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汝が罪を食い破れ

#アポカリプスヘル

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#アポカリプスヘル


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 盗んだ。騙した。裏切った。殺した。
 斬った。刺した。殴った。毒を盛った。

 わたしは天才じゃない。優秀じゃない。
 非凡な、ただのひとりの人間だ。
 だからあざやかな脱出劇も叶わず━━逃げたところでこの荒野に行き先なんかなく。
 そして必死の反撃もできず━━それができたらこんなことに手を染めたりしなくても済んだわけで。
 わたしは捕まった。
 人々は爛々と目を輝かせてわたしを糾弾し、刑罰を求める。
 縛りあげられて身動きが取れない。だのにぶたれ殴られた石が投げられる。
 昨日まで仲間だったのが嘘みたいだ。

 わたしは必死に吠える━━おまえたちだって、わたしだったら絶対にそうする!

 数々の唇から唾を飛ばし叫ばれる言葉はノー。

 この厳しい環境で、人類の瀬戸際で助け合うしかない我々は、きさまのように、罪を犯したりしない!

 罰を!
 罰を!罰を!罰を!
 罪にふさわしい罰を!

 声がひときわ盛り上がり、いよいよ私刑が迫り来る。
 わたしは震える。震えてしまう。
 わたしはただの人だ。意地も機転も勇気もない。
 死ぬのはこわい。辛いのは苦しい。痛いのは嫌だ。
 それが嫌で罪を犯したのに。
 いったいなにが悪かったんだろう。
 わたしは人々の娯楽にされてしまう。
 かみさま。
 憎らしいほど晴れ渡った空のど真ん中、あの太陽は絶対に何も見ちゃいない。

 ぎらり光る刃の輝きが、鈍く光を照り返す銃口が、松明にともされた炎が、わたしにむけられる。

 いやだ。
 悪いのはわたしじゃない。
 悪いのは世界だ。神様だ。

 そして、おまえたちだ。

「穏やかなりませんね」
 人々の声とはうって変わった、落ち着き払った声だった。
「善き人たちよ」突然の来客に、人々は瞬く。
 わたしも何度か見たことのある男だった。
 どこからともなく現れて教えを説いて去る、なんとか教の牧師だとかいう男。

「どうでしょう。その者を、私にくださいませんか?」

 願ってもみない申し出。
 どうなるのかはわからないが、今このまま死ぬよりずっとマシだ。
 わたしは叫んだ。なんども叫んだ。お願いします!もう十分懲りました!悔い改めます!
 なんとか教の神を信じるつもりなんかなかった。口先で騙り、身振りで真似ればいい。
 生きたいと思うことの何がいけないというのだ。
 そのためにあらゆるものを利用することの、何が。

 かくして、わたしは━━…。

 ━━さあ、罪を濯ぎ、善の栄冠を齎そう。
 わたしは、悪なんかじゃない。

●善悪の彼岸
「悪いことをしたことはあるかい?」
 イージー・ブロークンハート(硝子剣士・f24563)はきみたち猟兵にそう問うた。
 グリモア・ベース。その一角の木箱の上に彼は座っていた。
 きみが口を開こうとすると彼は慌てて掌をむけた。「ああ!言わんで!ただの前置き」

「ちなみに俺がしたいっちばん最初の悪事は、兄貴のへそくりをくすねたこと」
 ばつが悪そうに頭を掻きながらひとつの罪を告白する。「十才ぐらいの頃な」
 罪の理由を問うとイージーはもごついた後、思い切り目を逸らした。「……祭りで売ってた魔法のオウムの雛が欲しくて…」
 男は情けなく顔を歪めてかつての自分を笑った。
「もちろん買う前にバレたよ」
 ちょっと遠い目である。「ふとんたたきで何回だったかなアレは…」
 自らの尻を軽く撫でるあたりちょっとしたトラウマ事案のようだ。
「ちなみに諸々あって買ってもらったけど、色つけたウズラの雛だった、ってオチがつく」
 顛末を語り終えるとイージーは笑みを苦みでくすめた。
「…それ以降の悪いことなら数えきれないほど」
 けれども笑みを崩さない。
「ある人から見れば、オレはただの人殺し━━かも、しれない」ちいさな、ささやき。

「オブリビオンの拠点をぶん盗ろう。今回はそういう話だ」
 硝子剣士は木箱の上であぐらをかいた。

「舞台はアポカリプス・ヘル。
 ある教団が各地の拠点(ベース)から“罪を犯した者”を集めて働かせている廃墟がある」

 建物としては崩れかけた倉庫だとイージーは説明する。
 反抗的な他拠点を潰して奪った食料や資材を溜め込んでいる。

「奴隷にも食料の配給があり、寝床はいっしょくた、勤務は交代制。
 ちなみに逃げたり争えば銃で襲ってくる監視のドローン付き。
 食料や物品の管理も機械だ。オブリビオン側の人間の類は一切なし」

 片手の指を4本目まで折ったところで、イージーは目だけを上げて君たちを見る。
 彼は手をひっくり返す。折った指を広げて掌をきみたちに向けた。

「そしてそこにいる人間は何月かに一辺、審判の日とやらに総とっかえになる」
 そのまま、別れを告げるかのように手を振る。

「奴隷たちは自分たちがどうなるか気付いてないわけじゃない。けど、罪を犯したこと、荒野で行き先がないこと、あるいは自分だけは助かるという根拠のない見込みでただ茫洋と労働に従事してる」
 荒野に放り出されるよりマシだ。もとの拠点で受けた扱いよりマシだ。
 摩耗した彼らの心は、暗く鈍く、くすんでいるのだろう。

「あんたらは自分の罪を告白し、まあ罪はでっち上げでもいいや、犯罪者あるいは拠点にいられなくなった亡命者として潜り込んで欲しい」
 罪の真偽は問題ではないとイージーは後押しする。

「そんで、労働後その拠点を人が住みつづけられる地に作り替えるんだ。
 幸い廃倉庫で生活空間のベースがある。直せば使える施設がいくつもあるはずだ」

「犯罪者にそこまでする義理はないと思う?」
 だれかが曇らせた表情をうけて硝子の男はうなずく。「ご尤も」
「ま、そいつらの罪を見極めるといいさ」
 いつもの調子で軽く言い「オレは多分、助けちゃう」
「審判の日。管理者が現れる。そしたら強奪作戦実行だ。鬱憤をぶつけちゃれ」
 広げた掌を拳にし、剣士はにやっと笑った。
「あんたらの頑張りはもちろんその前に奴隷たちに働きかけてたんなら協力してくれると思うぜ。生きたいヤツらの本気を見せてやろう」

「管理者を倒せば晴れて自由、と言いたいが…もちろんそれじゃ終わらないと思う」
 油断せんでな。
 予知の響くこめかみを抑えながら剣士は付け加えた。「やっぱりちょっとくじけるかも、オレ」
 どこでもくじける男はグリモアを展開させる。

 グリモアの硝子の破片のようなきらめきを見つめながら、剣士はふと、こぼした。
「…オレはどっちかっていうと自分が悪いヤツだと思ってる」
 硝子。陽光を七色に切り分ける破片。
 その光が、剣士にも、きみにもふる。

「あんたはどう?」
 なにかの、祈りのように。

「じゃ、是非よろしく」


いのと
 こんにちは、あるいははじめまして。いのとと申します。
 罪と罰と赦しと人間のお話です。
 生きる価値、是とはどこにあるのでしょう。
 今回は地獄はありませんが、罪に関するちょっとダークなお話です。
 受付に関してはマスターページをご覧ください。

 第一章:ここを人類の拠点として作り替えましょう。
 “犯罪者”と語ることもよいでしょう。
 また、自分がどんな罪を犯したのか、本当でも嘘でも構いません。
 ひとつ述べていただけると助かります。
 第二章:集団戦です。管理者が現れます。さあ、拠点強奪の第一手といきましょう。
 第三章:ボス戦です。“わたしは、悪くなんかない”。

 それでは、罪をもって荒野へ出ましょう。
 罪は背負うと続くものですが、ときに縄のように首に絡み下がっているのかもしれません。
 ご参加、お待ちしております。
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第1章 冒険 『亡命者、或いは追放者。』

POW   :    仮の住居や増設すべき防衛装置を整える

SPD   :    生活インフラ全般を整備する

WIZ   :    増えた分を賄う新しい職などを考える

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●心はいずこに

 かあん、かあんと二度の鐘は、労働━贖罪奉仕と神父たちは言った━交代の時間の合図だ。
 労働と、休息と。犯した罪ごとに分けられたグループたちが入れ替わる。
 与えられる食事はぶんどってきてほっといたものを分けているだけに違いない味気なく食えるかどうかの代物で、
 寝床はぼろきれよりはまだマシな布を巻いて倉庫にまとめて雑魚寝だ。
 屋根は脆く所々穴があるようで雨が降ればどこからともなく雨水が滴ることも珍しくはない。
 全体的に薄汚れて暗く、それだけで気が滅入る。
 手を動かして、食って、寝て、起こされてまた動いて……ただ、それだけ。
 報酬のもらえる労働ではない。働くために生かされているだけの生活。
 健全なきみたちですらもすこうしずつ、胸の内でなにかが削れていく音を聴くだろう。
 一体なにを作らされているのだろう?
 運ばれてきたパーツをあるグループは研磨し、あるグループは白く塗装し、あるグループはコードとおぼしきものをつなぎ合わせ、組み立てる。全体は見えない。
 手を休めることは監視するドローンたちが許さない。
 すぐに罰が下されてのたうち廻ることになる。
 仲間内での暴力が騒ぎがあっても罰は機械的に下される。
 ちょっとした騒ぎがあってもすぐに罰が下される。
 罰、罰、罰!

━そう、あなたがたは罰を受けているのです。これは正しい罰なのです。

 騒ぎがあるたびにドローンから短調な声が流れてくる。

━犯した罪を悔い改めたという証を善たる冠を得るための正しい償いです。

 人々の目がゆっくりとなまくらになっていく。

━勤めなさい、励みなさい。その疲れも痛みも真に正しいのです。それこそが正しい在り方です。しっかりと身に刻むのです。

 …猟兵たるきみたちが本気を出せばあんなドローンなど玩具に等しいが、今はまだその時ではない。
 きみたちの勤めは労働のその後だ。
 罪にこそ厳しけれ、ある程度の自由が許可されている。…なにせ労働後なので少し負担はかかるし、なにが罪になるのかを探り探りの行動にはなってしまうが。
 たとえば硝子剣士の言うように、この拠点を少しずつ作り替える程度のことはできる。
 作業をしながら事件の裏について探ってもかまわない。
 また、罪人には男も女も老人も子供もいる。話を聞けば様々な職についていた者たちだともわかる筈だ。たしかに罪を犯したと聞けばかたってくれるものもいるだろう。
 命を守ろうとして。子供に少しだけ食べさせたくて。殴られるのを見てられなかった。
 さまざまな理由がでてくる筈だ。
 ……彼らと語り、見定めるなり、人間性を呼び起こすことも有効となろう。
 あるいはきみが自らの罪を語り、なぜ今も生きるのかをいうことも。

 さて猟兵。きみたちはどんな罪をかたってここにいるのだろうか?
 罪にはたしかに罰がいる。しかし。
 このゆるやかにひとのたましいを腐らせる沼で。
 きみは、どうする?
ダンド・スフィダンテ
俺様に出来ることは限られているが、そうだなぁ。それなら人々と話をしよう。
目的は、彼らの治癒と鼓舞。

労働の後、寝物語の僅かの間に。
明日の光に、意味がある様に。

魂を削られ惨めに死んで良い命など、1つも無いさ。
ただのひとつも。
それがどんな、罪であれ。

ああ、俺様の罪か?
今も生きていること、そして幸福を、得てしまった事。なんて、怒られてしまうか?
それでも、俺様のせいで大勢が死んだ。それに変わりはないんだ。
だが、まぁ!ここで償わされる罪ではないな!
はっはっはっ!
内緒だぞ?
皆、手を貸してくれ。
我々はここを打ち破る。

なぁに、その贖いは、林檎を植える為にでも、使う方が余程良い。

少なくとも、次の誰かの腹が膨れる。



●アップル・シードは夜に蒔かれる(結果犯/業務上重大過失致死・他)

 ありふれた夜のはずだった。
 労働を終えた“罪人”たちにとって夜、あるいは交代までの休憩時間とはありふれて変わらぬものだった。
 疲れた体を無造作に横たえ。身を寄せ合って暖を取り。薄い毛布を寄せかたく縮こまって。
 其々が其々、明日の労働のために少しでも休息を取ろうと息を潜め命を忘れる…ありふれた夜のはずだった。
 しかしこの数夜は少しばかり様子が違った。
 硝子が枠にほんの少し残ってそのままの窓、落石や強風で穴の空いた屋根からは月が静々明かりを降ろしている。吹き込む風や光は睡眠の妨げだ。“罪人”たちから避けられて明かりのおちる部分は、青白さもあいまってぽっかり喪失にも似た空白になっている…のが、常だったのだが。
 この数夜、そこに昼のかけらでも拾ってきたようなあざやかな金髪の男がいる。
 図体がでかいから空いてるところに失礼しよう。男がそこを寝床にしたのはそんなきっかけだったはずだ。なあ貴殿、どうしてここは空いてるんだ?雨漏りするとか?…男はそうやってごく自然に周囲と会話を始めた。
 男の声はやや低い声だが明るく張りがあってよく通った。会話の中で感情のまま声音は上がり、下がる。流れ、弾む。笑い声をこぼす。そう、笑い声だ。卑下も侮蔑も揶揄もない、純粋な笑い声。“彼ら”が“罪人”とまつりあげられてこっち、ほとんど耳にしなかったもの。それが会話の中で時に木漏れ日、時に夏の陽ばかりにきらきらひかるのだ。
 はじめは一人、次は二人。三人から四人…。
 いつのまにか、彼の周りにはゆるやかな人の輪ができるようになっていた。
 今晩もそうして、その男がそこにあぐらで座っていた。

「ああ〜」
 男―― ダンド・スフィダンテ(挑む七面鳥・f14230)は上がった声のあんまりにもな調子に思わずくつと笑った。
「どうした?」声のほうに顔をむければ、嘆いたのはダンドの右側に転がっている男だ。
「こんなに働いたんだからビールが欲しいなあ〜」
 大の字で天井を仰ぐ姿はおとといまでだんまりを決め込んでいたとは到底思えない。
「おっいいね」
 ダンドが相槌を打つより早く身を起こして胡座をかいたのは額に傷のある男で、ダンドの言葉に初日から快く応えてくれた。「キンキンに冷えたやつをこうさ」ありもしない缶ビールを持って、プシッ、唇を窄めてご丁寧に擬音を出して開け、ぐいと煽る。どうやっているのか喉まで鳴らす。あまりに上手いので何も知らない数人が顔をあげてそいつの方を凝視する。
 ぐっぐっぐ、空虚を飲み干して、沈黙。そのまま動かない。
「お味は?」ダンドの左側の男が問う。彼は片耳を切り落とされていながら小さな発言も細かく拾ってくれる。
「な〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んもしねえ〜〜〜〜〜〜〜」
 あっはっはっはっは!どっと場に笑いがみちた。ダンドも一緒になって大声で笑う。「そりゃそうだ!」「それで味がすんなら逆立ちしてでも真似らァ!」笑いまじりのヤジがとぶ。
「はっはっは!貴殿、上手いな!」
 ダンドが讃えれば返ってくるのは自慢げなガッツポーズだ。「詐欺罪も被ってる身は伊達じゃないぜ」「詐欺関係ねえべ!」「つまみは何がいい?」「枝豆」「塩キッツく振って」「い〜いねぇ〜」
 …夜半明かりを受けて見をえる人々の表情に、少しずつ血が通いはじめているようにダンドには思われた。
 情動。
 たましいの血が。
 大した話はしていない。今日は風が強かったとか、今日いじったあれは兵器の装甲だろうとか、他愛のない話を。それでいい。言葉をかわし、うなずく。感情を共有する。それが治癒として彼らを癒す。
 真に人が生きるとは、心が伴わなければ意味がない。
 止まりかけたたましいに、飽きもせずほんのすこしずつ火を入れ続けた。
 当初の死体置き場のような底冷えには心底ぞっとしたものだが、今のこの光景はどうだ。
 いつの間にやら一同は枝豆の話から枝豆を種から育てるパントマイムで盛り上がっている。
 よかった。ようやく安堵する。
 魂を削られ惨めに死んで良い命など、1つも無いのだ。
 ただのひとつも。
 それがどんな、罪であれ。
「そいや七面鳥の旦那」
 ダンドを呼んだのは右足の脛から先がない男だ。最低限の粗末な義肢で歩くので人より少しばかり遅れるが、いつだって周囲をよく見ている。
「おう、なんだ?」
 …気づけばダンドは旦那と呼ばれている。大将と呼ばれるのを謹んで辞退したら―そう、その呼称は流石にあわい痛みを持って胸を刺すのだ―そうなった。
「旦那は何をしたんで?」
 何を?何も、と言いかけて「ああ」思い至る。
「俺様の罪か」
 トンチキ騒ぎはまだつづいている。
 枝豆だけじゃもの足りないと、魚を稚魚から育てる話をしている。 
「そう、だな」
 ……。
 嘘をつくことは、いくらでもできたのだが。


「今も生きていること」
 口が滑った。

 トンチキ騒ぎの面々のむこうに描いたなつかしい顔に、負けた。 

 いつかの昨日も、ダンドの目の前でこうして馬鹿騒ぎをする気のいいやつらがいたのだ。

 …かつて。
 自分はかつて、多くの兵を率いた将だったと言ったら、目の前の彼らはどう思うだろう?
 枝豆の種まく計画も、川に稚魚を放流する計画も(自分は現地に見に行くことはあってもほとんど聴いているばっかりだったのだが)ほんとうにやったことがあると言ったら?

「そして」
 そして。

「幸福を、得てしまった事」
 みんな死んで、自分ひとり生き延びてしまったと言ったら?

 ――…。

「…なんて」
 ダンドはちょっとだけ笑みを情けなく崩す。

「怒られてしまうか?」
 問う。
 訊いてきた彼にではない。
 とおく、とおい、彼方に向かって。
 怒りそうな顔も泣きそうな顔も頷きそうな顔も綿々と叱りそうな顔も困惑しそうな顔もいる。あいつは肯定してから何故か山のような課題を出してきそうだ。
 幾分経つのに、まだ、こんなにもはっきりしている。
 どの顔も死んだ。みんな死んだ。大勢が死んだ。虚しく死んだ。自分は責任を果たせなかった。
 自分のせいだ。
 誰がどう応えようと、それだけは、変わりない。

 応えは、ない。

 ――息苦しさを覚えた。首に縄がかかったような、生への否定が甘美に首を撫でる。
 あぐらを組んだ足の間でまるくなっていたアンブロジウスがしずしず登ってきた。ダンドの肩に乗ってぐるり尾を回し、撫でてくれとねだってくる。
「…こいつは失礼」「いやいや」ダンドはアンブロジウスを撫でながら笑う。
「俺様ばっかり貴殿らの罪を聞いていては不平等だろう?」
「いやあ、なんだかんだ聞いてもらいたい奴ばかりだけかも」
 トンチキ騒ぎは小魚が逃げ出したのを追って川へ転倒したところ。
「はっはっは!それで皆が軽くなるなら重畳だな!」
 …ダンドはその騒ぎの中で笑っている皆のだいたいの性格と癖と…悪いやつもいるが概ねいい奴だということを、なんとなく把握している。
 『友』として。
「そういうとこですよ、七面鳥の“大将”」ちくりと言葉が脇腹をさした。
「…その名称は、勘弁してくれ」
「ここにいるおれたちゃみんな、この施設の中でも特に自業自得の大馬鹿野郎どもでさ」
「はっはっは、俺様もだがな!」
「ですからね、抱えてくれる必要は、ねえんですよ」義足の男がその木製の右足を伸ばしてつついてくる。笑いながら避ける。「…ねえ貴殿、俺様の言葉、無視してない?」「してません」「してるよぉ…」
「友ちゅうんは対等です――あんたは言う、おれらは乗る、それでいい」
「ああ」肯く。
「だから――」
「だから、重たそうだったらすこしだけ、担ぐのを手伝う」
 ダンドはしかと、言い添えた。
 長くため息をつかれた。むう。
 ちがうの?そうじゃないのか?見れば義足の男はがっくり肩を落としている。
「…降参です」両腕をあげられた。
「はっはっは!そうか!」
 よくわからないが、よかった。
「…抱えてなくして、苦しんだっておれァ知りませんからね」
 苦笑する。
「覚えておくとしよう」
 十分知っている――しかしこればっかりはしょうがない。
 たとえ溢れるかもしれずとも――手を伸ばし、つかもうとしてしまう。
 ダンド・スフィダンテは、強欲な男なのだ。
「ああ、でも」「はい?」
「今の罪の話は、内緒だぞ?」茶目っ気を添えたウインクをひとつ。「…あいさ」
 ぎゃう、とアンが鳴いた。

「さて、皆」
 ダンドが頃合いを見計らって声をかければ水を打ったような静けさが場を満たす。
 あるものは瞳をらんと輝かせ、あるものは身を乗り出す。佇まいを直すもの、全員の様子を把握し団結の維持に心を配るもの。寝返りをうつふりをしつつ巡回を警戒するもの。
 ダンドは僅かに目を細めた。

 嗚呼。
 懐かしの戦さ場の匂いを嗅ぐ。
 戦争前夜、昂りを宥めながら緊張感と期待でもって作戦を練る、愛おしきあの感覚。
 篝火の薪がはぜ、火の粉がひとりひとりを明るく照らす。

 どこに行っても、変わらないな、俺様は。
 暗がりの自嘲。

「手を貸してくれ」

 過去の骸を、忘れたことはない。
 粛々と罰を受け贖って然るべきだろう。
 新たに抱えるなど愚の骨頂…なの、だろう。

 しかし。

 ――冗談。

 上唇を歪めて舐め、貪欲に笑う。

「我々はここを打ち破る」

 この罪も贖いも、奴らにくれてなどやるものか。

 贖いとするのなら林檎の種を植えるのにでも使った方が余程よい。
 その方が、少なくとも、次の誰かの腹が膨れる。
 残った種がまた芽吹くかもしれない。

 その方がよっぽど――文字通り、”実“がある。

 応。

 いつかの戦場と同じように、幾多の声が、応えた。

成功 🔵​🔵​🔴​

ヴァシリッサ・フロレスク
なんでも歓迎!

拠点再建の肉体労働の合間に、人を殺めたと思しき者に声を掛け。

で、アンタ。
何をしたってンだい?

まァ、生きるってのは、テメェの中で、護るべきを護り、殺すべきを殺す、それだけのコトさ。

直接手ェ出すかどーかは問題じゃない。
問題は、アンタがどっち側に居て。
どンなカードが配られて。
どのカードを切って。
そン時のセカイの分水嶺が、偶々ドコにあったか?
てェだけのもンだ。

……アタシ?
たくさん殺したサ。身内も、ね。

アハハ!他の手札なンて、みーんな捨てちまったサ。

ジブンで選んだンだ。
その覚悟は。
最期まで、いヤ、死んだってドロップなんざするもンかよ。

で、アンタはアンタのカードで、何をしようってンだい?



●shuffle,cut,call,raise,hit,stay――poker(目的犯/殺人罪,内乱罪,他多数)

 天窓の外。傾いだ陽で空は金に輝いている。
 散り散りの雲は赤。はねた血か爆ぜた火か。
 ヴァシリッサ・フロレスク(浄火の血胤(自称)・f09894)は手を止める。
 提示されたローテーションから今日は夜勤のはずだ――時間はまだあるが、そろそろやめておかないと後々の労働が面倒だ。
「やれやれ」スパナを道具箱へ放る。古い機械油や錆でべたべたの手袋を脱いでそこへ追加。
 これで何機目だ?
 天井を支える無骨な骨組みの間に立ってこちらからあちらを見やれば、まだいくつもの備え付け自動機関銃が隠されている。
 …この収容所だか監獄だか更生施設だかの施設は全体として元々軍事基地・兼倉庫だったようだ。放置されて久しいとはいえ防衛機能としてのゴツい装備があちこちに備え付けられている。修理されているのは防壁ばかり。効果がないわけではないが…内に入られれた時こそ必要になるのは地の理であり、武だ。平常時は機械で管理されていたのだろうが、緊急用に人が乗り込んで撃てるようにもなっている。
 そんなわけで、ヴァシリッサは自分のねぐらに近い倉庫にそれを発見し、片っ端から修理に取り掛かっていた。「帰ったら本格的にガン・スミスも名乗れるかもねェ…」ぼやく。煙草が吸いたいが、今いる倉庫は空のくせに重要らしく―おそらく、この奥の倉庫が大事なのだろう。進入できないが―センサーが仕掛けてあるため吸えない。
 次はどの位置にあるどれを修理するか。アタリをつけながらヴァシリッサは声をかける。
「今日は終わりにすンよ」
 吹き晒す砂嵐色の髪がぼさぼさの少年だ。背はヴァシリッサよりも低い。子供といっていい。彼の顔面、作業着の立襟とマスクで覆っている鼻から下が真っ黒にただれているのを知ったのは今日だ。拠点再建を始めたヴァシリッサのもとに何も言わずにやってきて手伝いはじめ、以降必ず手伝いにやってくる。口数は少ない。ドローンどもを警戒しているのかもしれない。手際のいい少年だった。良すぎる。だが銃の手入れの手順は出鱈目で自己流。間に合わせの軍を率いたヴァシリッサには容易に見当がつく。おそらく元少年兵だ。それも志願したタイプの。
 少年は頷きタオルを放ってくる。「アリガト、気がきくねェ」「銃の整備の勉強代。片付けもおれがやる」「おや」「姉さんいつも先きて準備してるし」
 名前を聞いたことはない。聞かれたこともない。ねえさんという名称は、少々、むず痒い。
「で?」ヴァシリッサはそのまま声をかける。さっきの話の続きをするために。
「アンタは何をしたってんだい?」
 銃の話から戦場の話に移って、傷の話だった。鼻から下のそいつは戦場でついたのかと問うたら、罰だと彼は言ったのだ。毒を飲めと顔をつけられたのだと。
「…いもうとが、しんだんだ」
 ややのためらいがあったが、彼は素直にそう言った。
 ヴァシリッサも身に覚えのある、炭の中の炎の眼。 
「ころされた、とおれはおもっている」
 ドブの闇を練り込んでとぐろを巻いた憎悪が臭う。
 なるほど。
 ヴァシリッサは1人密かに納得する。彼が気になるわけだ。
「だから、飲み水のひとつに毒を入れてやった」
 少年はそこで一度言葉をきり、ヴァシリッサの様子を伺ってくる。
「続けナ」ヴァシリッサは思わず苦笑する。どうも、ずいぶん慕われていたらしい。「それで?」その場に座り込んだ。「相手はおっ死ンだのかい?」足場の縁に腰掛けて足をぶらんと揺らす。これぐらいなら大丈夫なのはチェック済みだ。
 床までは、だいぶある。
 少年はうなずくとヴァシリッサから視線を外して背を向け、手際よく道具を片付けはじめる。
 ヴァシリッサも彼を見ず…傍らの柱の隙間に汚れ切ったトランプがつっこまれているのを見つけた。
「しんだ。妹に水をやらなかった誰もかも」「ふゥん…」
 ヴァシリッサは手を伸ばしてトランプを取ってみる。汚れがひどいし慌てて突っ込んだのかいくつかのカードはくしゃくしゃに折れていて…煙草だろうか?煤汚れもある。
「そしておれは」ずっとむかし、誰か同じように銃を修理していた奴らがいたのかもしれない。
「誰も彼もに恨まれた」トランプは明らかに枚数が足りない。
「おれが殺した奴の子供に。殺した子供の親に。親戚に。仲間に。拠点内の誰もかれもに恨まれた」ダイヤのキングがいない。クローバーのクイーンがいない。ジャックはスペードを残して3名欠席…ああ、違う。
「親にすら」
 ハートはジャックだけでなく、キングもクイーンもいない。
「なあ、姉さん」
 ヴァシリッサに影がさす。彼女は顔をあげた。
 少年が立っている。ヴァシリッサを見下ろしている。
「おれは」
 言いながら、少年は無意識だろう、襟を下ろして鼻下の傷をひっかき始める。
 与えられた罰に傷を与えて。
「――おれは、まちがっていたのか?」
 血が滲む。
「…まァ」
 ヴァシリッサは眼を細める。
 見上げているのにずいぶん小さく見えてーー砂嵐の髪が、夕日に赤く染まって、そう。
 かつての己を、錯覚させる。
「生きるってのはさ」ヴァシリッサは膝の上でカードを揃える。
「テメェの中で」伏せたまま、ふた山に配る。
「護るべきを護り」左右5枚ずつ。「殺すべきを殺す」残りは再び揃えて床に置く。ふたりの間。
「それだけのコトさ」
 分けた5枚を左右の手にもって、少年へ向けた。「どっちがイイ?」
 彼はためらって「…それでいくと、おれは護れなかった」選ばずに、マスクと立襟で元どおり鼻から下を覆い、ヴァシリッサの隣に腰を下ろした。「殺さなくていいものも、殺した」同じように、ぶらんと足を揺らす。
「だから」
 …けれど少年の唇からその先は、いくら待っても続かなかった。
「まず、直接手ェ出すかどーかは問題じゃない」
 だからヴァシリッサは少年の手をむりやり取ってカードを握らせた。困惑の瞳が揺れている。「ポーカー。遊んだことは?」「…まあ、ちょっとだけ」「じゃ、ワンゲーム」
 ヴァシリッサは手札を広げた。
「問題は、サ」苦笑する。
「アンタがどっち側に居て」足を揺らす。
「どンなカードが配られて」手札が悪すぎた。自分でやっといてなんだこれ。
 …ああ、でも、そうだったのだ。
「どのカードを切って」1枚捨てる。1枚引く。少年はおずおず3枚捨てて、3枚引く。
 生まれた世界、時間、場所、状況。
 それだけ。
「そン時のセカイの分水嶺が、偶々ドコにあったか?――てェだけのもンだ」
 あっちが掴めばこっちがワルモノ。こっちが掴めばあっちがワルモノ。
 それだけのことで反乱も陰謀も…同じ人殺しが善悪より分けらて語られる。
「たまたま?」「偶々」「絶対じゃないの?」「あァ、ないね」
 長く、沈黙があった。「アンタの番だよ」隣がいつまでたってもカードを引かないので、ヴァシリッサは声をかける。
「…姉さんは?」
 ようやく、声が帰ってきた。
「アタシ?」
「なにを、したんだ」
 まっすぐな瞳をぶつけてくる。
「…たくさん、殺したのサ」
 炎のあとの、灰のにおい。ひとの脂のこげるにおい。
 浄火だと其を自称した。
「身内も、ね」
 何を慄く、罵倒する――やられたことを、やり返しただけのこと。御覧、おまえらと同じ血胤だぞ――

「…ほかの道があったとは、思わなかったの」
 ーーーー…。
「あ、そ〜れッ」ヴァシリッサはトランプを捨てた。ビーッ、という警告音が大きく鳴る。上はともかく下にはセンサーがあるのだ。「姉さん!?」少年が取り乱す。「アッハハ!だってブタばっかなんだモン♡」「姉さんがやりだしたんじゃん!」「あー、こりゃドローンくるかねェ」「くるよ!」「だよねェ。撤収するよ」「もう!」慌てて立ち上がる少年につづいて、ヴァシリッサも立ち上がる。
 ハートもダイヤもクローバーも、みぃんなはらはら踊って落ちていった。「他、ねェ」くつくつ笑う。
「アタシは、他の手札なンて、みーんな捨てちまったサ」
 少年が振り返る。
「ジブンで選んだンだ」
 相手にも家族がいる?恨まれる?混乱を生む?人が死ぬ?人を殺す?手が汚れる?
 焼け果てた家。浴びせられた呪詛。
 
「その覚悟は」
 とまれなかった。
「最期まで、いヤ、死んだってドロップなんざするもンかよ」
 とまりたくもなかった。
 少年は息を飲んだようだった。しかし、響く警告音、それからドローンの羽音が来ないか、耳をすませ――「じゃあ、また」「待ちな」呼び止める。
 
「アンタは?」
 少年に問う。

「アンタは、アンタのカードで、何をしようってンだい?」
 …少年の瞳にはヴァシリッサの赤毛が天窓からの光を受けて血のように赤く炎のように明るく映った。
 眼鏡の奥。灰色の瞳は爛々と。

「罪、罰――アタシ、銃、あとは、そう、審判の日、だっけ?」
 ドック・タグのように。
「噂があるよねェ、全員殺られちまうぞって、ネ――でもこれは正しい罰だと敵さんは言うよねェ…どう思う?」
 敵さんに言わせれば、これは教唆罪(poker)だろうか?
 ヴァシリッサは尻を叩いて埃を払う。腰に巻いていた上着を解いて、着る。
「アンタの覚悟はどうだった?」
 問わねばならない。
 もうそろそろ、中途半端は、許されない。
「おれ、は」少年が一歩下がる。
「妹が殺されて、やり返した」「それは」「直接手を下したかは問題じゃァないって言ったろ」ぴしゃりと言ってやる。「ぶちこまれた、罰を受けてる。それで?」「それで、って…」
「アタシを手伝うのも助かるケド、もうそろそろ潮時カモって話」
 歩き出す。どんどん少年に近づく。ヴァシリッサの爪先が山札を蹴って足場の上に散らかす。
 うるさいぐらいに警報が鳴っている。
「マークされてるとも言い切れないし、いざってときアンタがアタシの仲間だと叩かれる可能性だってあるンだよ」
 …そこで。
 ヴァシリッサは少しだけ意地悪をした。
 馴染みの皆に、マスターは不器用だと笑われるような意地悪。

「アンタが敵さんのスパイじゃないとも言い切れないし、ねェ?」
 こちらから、突き放すようなことば。

 彼が戦わず、逃げる道をとっても良い様に。
 
 ――
「ッ、いい!」
 ――少年が握ったままだった手札を捨てた。ヴァシリッサに倣ったのは疑いようもない。
 ヴァシリッサは唇をまるくする。「ドローン来ンよ?」「それも、いい。おれたちもう撤収するだろ」「まァね」「おれはあいつらの味方なんかじゃない!疑われたっていい!」彼は年相応の、地団駄を踏む。

「おれ、こんどこそ、生きたいんだ」
 喘ぐような一声だった。「どうしてあいつが死ななきゃならなかったんだって、そしたら止まんなくて」千々にちぎれる嘆きは、かつて自分もあげた声だ。
 おねえちゃん、と。
 ヴァシリッサは、遠くに弟の声を聞く。
 とまれなかった。焼き払わねば。
 焼き払い、なべて一族郎党、鏖して。
「でも、罰受けるような悪いことしたってのもわかってる」
 …彼ほどの良心は、自分には果たしてあっただろうか。「それに」
「妹が死んで、おれ、いきてるのつらいよ」
 だが、ひとり生きた罪の苦さはよく分かる。
「だけど」

 それでも、すべてやいたそこで、死ななかったのは。

「でも…おれ、おれが生きてないと、あいつが死んだのが悪かったみたいになっちまう」
 
 そう。
 そうだ。

 涙をにじませながら、恐怖に震えながら。それでも叫ぶ。
「しにたくないんだ」

 生きることは罪だろうか?
 そうかも、しれない。

「姉さん――仲間に入れて」

 嗚呼。
 ヴァシリッサは笑む。地獄の門扉で魂を待っていた悪魔のように。
 其は地獄における案内番――そして魂に道惑わせぬ、守り手。

「よく言った」
 浄火を歌った血胤は一歩進む。踏んでいたカードが足元で鳴った。
 ジョーカー。
 悪魔。

「いいよ」
 ゲームをひっくり返す、ワイルド・カード。

 差し込むこの陽の赤は、はねた血か爆ぜた火か。

「覚悟しな――次は銃の使い方をみっちり教えてやンよ」
 
 旗を翻す、炎と血の魂はかくして継がれる。

成功 🔵​🔵​🔴​

レオン・レイライト
暗いふんいきだな。あんまり楽しいところじゃなさそうだ

罪の告白?
せっかくだから大きな声で胸を張って言う

悪いことならいっぱいしたぞ
はたらかないで遊んでばかり。毎日毎日昼まで寝てる。あと勉強なんてしたことない
まとめるとナマケモノだった罪だ
だからこれからは頑張って働こうと思うます!

●POW
パゥワーに自信があるぞ。持ち前の【怪力】で建物の材料を運んだり、作るのを手伝ったり。頭を使うのは苦手だから、指示出しは得意なやつにおまかせだ。もちろん指示はちゃんと聞くし、頭が足りないのは力でカバーしていこう

仕事中に事故があったら大変だから【野生の勘】もバッチシ使う
『きんきゅーじたい』でもササっと動けたらいいな



●あくとせいぎについて。(危険犯/偽証・虚偽申し立て)

「あっぶな〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!」
 レオン・レイライト(⚡⚡⚡⚡・f26741)は全力で駆ける。
 崩れかけた鉄骨を蹴りとば…したらいけない、ので、きゃっち!
「だいじょーぶか!?」
 建築のための資材だ。レオンより高さも厚みも随分あるが、なあに、怪力の前には軽い軽い、だ。
「だ、大丈夫…」
 今まさに鉄骨でぺしゃんこになる筈だった女がうなずく。「ありがと、よくわかったわね」三つ編みのねーさん。ことあるごとにレオンのぼさぼさをなんとかしようとしてくる以外は、いいひとだ。
「ふっふん、野生の勘は伊達じゃないぞ」「本当にそうね」
 ねーさんは微笑んでレオンの頭に手を置く。「何度助けられたかわからないわ」ノラネコは撫でられるのは慣れてないけれど、今はあえて、享受する。わしわし。
「よ、よかった…」眼鏡のにーさんがへなへなと座り込む。垂れ目垂れ眉で、レオンには最初はずっと困ったような顔に見えていた。「安心しろ!だいじょーぶだぞ!」「レオンはいつも本当に元気だね」今はわりと、わかる。これは笑っている顔だ。「おう、げんきだぞ!」「えらいえらい」「へへへ…」嬉しくて鼻の下をこする。
「ほんっとマジでよかった…もう人死にとかみたくねえもん…」
 この部屋に駆けつけた瞬間転んで床に大の字になっているのはピアスのにーさんだ。なにかしらにつけレオンと張り合おうとする。そして動けない。
「でもふつーあんだけ働かされた後に動けんでしょ…」ほら。こんな感じで。
「うごけるぞ?」「マジで?なんで?」レオンは腰に手を当てて胸をはる。
「おれにはパゥワーがあるからな!」
「っその分頭はないけどな!!」ピアスのにーさんが顔を上げてちからいっぱい言うので「そうだぞ!」レオンは大きくうなずく。
「…そういう素直なとこなんだよなあ」ピアスのにーさんが苦笑する。「憎めねえわ」
 どういうとこだろうか?レオンは首を傾げてはっと気づく。
 パゥワーのことか!パゥワーのことだな!!
「ピアスのにーさんもパゥワーを鍛えたほうがいいぞ!」「いやいやいや!」ピアスのにーさんはばねのように飛び上がって後ずさる。
「大丈夫!おれが教える!」「いやいやいやいやいや!勘弁して!」
 ねーさんの悲鳴とレオンの大声で集まってきたほかの仲間たちは追うレオンと逃げ回るピアスのにーさんのこの光景に思わず笑う。
 きのうのつづきの今日。
 4人と、そして仲間たちは労働後、この拠点の改築作業をしていた。



 くらくて、楽しそうなところではないな、とレオンは最初に思った。
 みんなレオンのように体から放電はできないはずなのに、どこかぴりぴりして、おそるおそるだった。
 あなたは何をしたの。真っ先に声をかけてきたのは三つ編みのねえさんだった。彼女はレオンのことを見た目どおりのちいさな少年だと受け取ったのだろう。
 居住倉庫から労働とやらに向かう道すがらだったか。
 折角だからレオンは胸を張って言ったのだ。
「悪いことならいっぱいしたぞ!」
 ねえさんは目をまんまるにした後、どんなこと、と聞いてきたのだ。
 だから元気いっぱいに続けた。
「はたらかないで遊んでばかり」「それはみんなやりたいことね」まずねーさんが表情を柔らかくした。
「毎日毎日昼まで寝てる」「うっわあ、それ言う?」隣にいたピアスのにーさんが呆れた大声を出した。「おれ罪が追加になるわ」
「あと勉強なんてしたことない」「それはしたほうがいいねえ」後ろからやってきた眼鏡のにーさんが加わった。
 
「まとめると、ナマケモノだった罪だ。――だからこれからは頑張って働こうと思うます!」
 レオンのめいいっぱいな大宣言に、にーさんもねーさんもみんな笑い出した。

 どうして?と思ったのは一瞬。すぐに思考が切り替わる。まあいいか。
 暗いより明るいほうがよっぽどいい。
 あんまり楽しそうなところじゃない、と思ってきたけれど、いつのまにかちょっぴり楽しそうになっている。
 だからレオンは単純にそれを喜んだ。
 まさかその楽しさをもたらしたのが自分自身だとは思いもせずに。

「あなたはなんにも悪くなかった、ってことが分かったわ」
 三つ編みのねーさんが笑いながらそういう。
 そうなのか?罪が必要だというから、せいいっぱい考えたのだけど。

 …まぎれこんだ一匹の気ままな金のノラネコ。
 生命のエネルギーに満ち満ちた野生児は、やってきてすぐそこに存在するだけで、すくなくともまず三人を救った。
 レオンとその三人を中心に、電気が伝播するように、この一団は少しずつ、明るくなっていこうとしていた。



「しっかし…奪っちゃおう、っていうのは思い浮かばなかったなあ」
 眼鏡のにーさんがしみじみと言う。「たしかに効率がいいよ」にーさんはレオンも含めた4人の中で頭脳役だ。住み良い拠点につくり変えるために、手持ちの手帳に線を引き他の仲間と相談して、やれあれが必要だ、こうしようと提案してくれる。
「悪いやつだ」眼鏡のにーさんは笑う。考えたのはレオンじゃない。乗ったのはレオンだけど。
 悪い、と言われて、レオンはやっぱりちょっと考える。
 わるいこと。いけないこと。
 オブリビオンの悪は、またちがう。
 だけど、どうしてそんなに気にするのだろう。
「降りるか?眼鏡のにーさん」
「降りないよ。“犯罪者”らしく、悪いことするさ」
 最近やっているのはこないだ見つけた使ってなさそうな倉庫を新たに使えるよう改築しようという試みだった。自分たちが寝起きしているものよりは狭いが、屋根のあるところとはいくらでも使い道があるものだ。
 そのままではしょうがないので、倉庫内に放置されていた鉄骨や板でもう少し部屋をつくろうとしていた。
「眼鏡のにーさん、うまくいきそうか?」

 レオンは折れている柱の上にのっかって背伸びをして、眼鏡のにーさんの手帳を覗き込む。相変わらずちんぷんかんぷんだ。「ああ。うまく…というかそもそもここは住むにはやっぱりなにもかも足りてないんだ」「そうか〜」「そうだよ」
 レオンは頭を使うことや難しいことは苦手だし、ここをナワバリにするのは彼らだ。おとなしく聞いて、できることをやる。
「レオーン、わりい、こっちの持ち上げるの手伝ってェ〜」
「おう!いまいくぞ!」ぴょんと柱をとびおりる。
「転ばないようにね」心配されるのはくすぐったい。「ピアスのにーさんみたいにな!」かるく生意気を言って、レオンは小走りでそっちへ行く。

 わるいこと。
 まあ、たしかに自分たちは、一般的に、これからわるいことをするのだろう。



 きみが何をしたのかはわかった。
 じゃあ、何をしにきたんだい。
 …最初の労働が終わったあと眼鏡のにーさんは問うてきた。
 もらったごはんはパッサパサで味がしなかった。ごはんがおいしくないのは悲しい。貧民街のネズミよりはマシだけど。
「悪いやつを殴りにきた!そんでここを奪うんだ」
 その時、空気が少し変わったのを、レオンはひしと肌で感じた。
 そうだった。ここは罪があると言われた人たちばっかりの場所なのだ。 
「悪いやつって、にーさんねーさんたちじゃないぞ!」
 レオンは慌てる。
「悪いやつっていうのはあれだ」考える。ええと、たしか、あれだ。アポカリプス・ヘルではあれだ。「ぐわーって来るやつ!」両腕をあげてぶんぶん振り回す。「ごめんわっかんねえ」吹き出すのはピアスのにーさんだ。「あとはバイクがびよーんびょーんとか、デッカイ戦車とか…おっきい真っ黒い嵐とか」「オブリビオン・ストーム、かな?」眼鏡のにーさんが言う。「そうそれ!」レオンは肯く。「ああ、もしかしてレイダーとかもか?」「そうそれも!」レオンは首を大きく縦に二度振る。
「…もしかして、神父さまたちが、そう、なの?」三つ編みのねえさんが恐る恐る問う。
「そう!」肯く。「だと思う」ここにレオンを送った硝子剣士のにーさんはぶん殴っちまえと言っていたわけだし。
 三つ編みのねーさんは途端に眼をきらきらと輝かせた。

「もしかして、私たちは、悪くないの?」

 レオンは、そう思う。ねーさんたちは悪いやつじゃない。
 でも、そこでうんと肯くまえに、ふと立ち止まってしまった。
 首を傾げる。

 罪を告白しろと言われた。
 ナマケモノの罪といったら、ねーさんたちはレオンを悪くないといった。
 ならば。

 悪いこと、ってなんだ? 



「ふんぎぎぎぎぎぎ…」
 板をたてようとして、ピアスのにーさんは顔を真っ赤にしていた。倉庫を区切る壁にするから、厚さはピアスのにーさんの腕の太さぐらいあって、高さはピアスのにーさんよりも高い。
「ピアスのにーさん、それじゃだめだぞ」「だめじゃないもん!おれにもできるもん!」
 いう割にピアスのにーさんは全然動けないである。レオンは思わずしゃがんで、膝に両肘ついて手に顎をのっけて見守った。「できないからおれ呼んだんだろ?」しっぽをゆらゆらする。「そうです!やっぱヘルプ!」よっこいせ。レオンは立ち上がって「まっかせろ!」駆け寄り板を立ててやる。これぐらい、ちょろいもんだのドンドコドンだ。
「うわあ…おれの努力、なんなのかしらん…?」
 遠い目をするにーさんがちょっとかわいそうで、レオンは少し近づく。
「ピアスの兄さん、パゥワー…鍛えないのか…?」「えっ」手をわきわきさせてにじりよる。「おれ、手伝うぞ…?」腕立て伏せでにーさんの背中に乗るとか懸垂でにーさんにぶらさがるとか。
「くっ」ピアスのにーさんは眼を瞑ってレオンから顔を背け、眩しいみたいに顔の前に両手をやる。「レオンおまえ、そん、そんな瞳でこっちみてもおれは騙されねえっ、騙されねえぞおおおお」「騙してないぞ!素直に誘ってる!」「そうね!!」…ピアスのにーさんはレオンを素直というけれど、このにーさんも大概素直だとレオンは思う。
「パゥワーはいいぞ」
 今立てた壁をもともとある柱と、立てた別の柱に固定しながらレオンはピアスのにーさんにパゥワーを説く。「すごい、ノラネコからゴリラみたいな言葉が聞こえるゥ」「ゴリラは喋らないぞ、あとレオンはキマイラだ」「そおね〜」巡回のドローンは当分こないと見張りにいったやつらが教えてくれた。だから安心してトンテンカンテン作業ができる。レオンが壁を支えて、ピアスのにーさんが固定する。
「力はパゥワーだ」「お、おう、そうね…」鉄打つ音がリズムを刻む。
「パゥワーはジャスティスだ」「……」相槌がとぎれた。
「ピアスのにーさん?」
 レオンは声をかける。壁を押さえているから、姿を見ることはできない。
「パゥワーは、ジャスティスか」「おう」「ジャスティスって、なんだろな」レオンは首を傾げる。なにか難しい話になる予感がした。
「ジャスティスって、正義だよな?」
 鼻を動かしてピアスのにーさんの匂いを嗅ごうとする。感情は匂いにだってでるのだ。
「…おう、そうだ」
「パゥワーがあったら、なんでもできるよな?」「できる」
「じゃあ、パゥワーがあって、なんでもしたら、それはジャスティスなのか?」
 ぎゅっと額にシワを寄せてしまう。なにか、とげとげとした電気のようなものを感じる。
 はだが泡立って、ぱちとかるくレオンのからだから電気が爆ぜた。

「じゃあ、弱い俺たちは、レオン、どうだ?」

 ――……。

「ねえ、みんな、そろそろ戻って休んだほうがいいわよ」
 巡回のあと、別の作業をしながら時間を見ていた三つ編みのねーさんがそう声をかけてきたので
「おお、グッドタイミン」ピアスのにーさんのいつも通りの朗らかな声がする。「よっしゃ寝るべ」がしゃんと道具を投げて、隠し場所に入れるためだ、回収する音がする。
「先いくぜ、レオン」今日はこれでおしまいの合図。
「ごめんな」
 どうして、あやまる?

 レオンは壁をささえたまま、見上げる。
 手を離しても倒れることはないだろう。
 壁は天井に少し足りない。いいのと聞いたら、眼鏡のにーさんはいいと言った。仕切りがあるのが大切なのだと。
 その仕切りが、妙に邪魔くさく思われた。

 レオンが罪といったことを、そうではないという人がいる。
 じぶんたちがやることを悪だという人がいて、
 自分たちは悪ではないという可能性に目を輝かせたひとがいる。
 力はパゥワーで、パゥワーはジャスティスだ。
 それは間違いない。
 オブリビオンは悪いやつで、悪いやつはぶん殴ってもいいやつなので、レオンは大好きだ。
 パゥワーをふるってかてば、かっこいいしすっきりする。たのしい。
 じゃあ、パゥワーがよわくて、オブリビオンに殴られてしまう彼らは?
 …彼らを殴る、かれらよりパゥワーが強いオブリビオンは、彼らを殴ることが好きなのだろうか?
 ぱりぱり、とレオンに稲妻がはしりはじめる。
 
 みんなそんなに、自分が悪いことをしたと思っているのか?
 
「レオン、そろそろ行かないと今度はドローンも来ちゃうわよ!」
 呼ばれた。
 レオンは立てたばかりの壁を、耐久度を確かめるつもりで、なるべく軽く蹴って、駆け上がる。
 妙に壁が高く思われたが、どうってことはない。
 大丈夫――大丈夫だ。簡単に超えられる。
「おう!」
 レオンの胸の中に黒雲があって、そいつがごろごろと唸っているような気がした。
 たっぷりと躍る、雷をかかえて。

成功 🔵​🔵​🔴​

セプリオギナ・ユーラス

正六面体は主張する。
「実はわたくし、ひとを殺したことがございます」
黒い賽子、渾身の告白。
──信じてもらえるかは別として。

ころん。ころん。
お仕事はちゃんといたします。殺人は重罪ですから。

でもその間に
「皆さまいかがお過ごしですか?」
おや、あっちにもわたくしが。
「足りないものなどありませんか?」
あちらにも◆正六面体[わたくし]が。
「今までなんのお仕事を?」

なるべく目立たないように、でもなるべくたくさんに。猫の手ならぬ賽子の手。手分けしてお話を伺いましょう。
不満があればお聞かせださい。傷があればお診せください。
嫌なことは? 痛いところは? つらいことは?
どんなことでも、わたしが力になれるのなら。



●◆設問:右の式は成立するか? <殺した人数>−<救った人数>=償い (/殺人罪・業務上過失致死罪)

 その囚人たちのなかには、正六面体がいる。

 業務はブラック・タール独特の自由自在の変化でそつなくこなす。
 口調は丁寧、態度は常に友好的。ドローンから“罰”を受けたことも全くない。
 全き模範囚。
 
 正六面体― セプリオギナ・ユーラス(賽は投げられた・f25430)は以下のように主張した。
◆:「実はわたくし、人を殺したことがございます」
――何人?
◆:「さて、何人でございましたでしょう」
  首をかしげたつもりだろうか。こてん、と正六面体◆は右に倒れる。■
――どんなふうに殺したのですか 
■:「そうでございますね…」
  正六面体■は少し思案したのか黙り込み奥に倒れ■
■:「ああ、いえ…言えないのではございません。簡単に言えます」左に倒れ◆
◆:「すべてを言うには時間がかかるのでございます」と宣って、
◆:「多いのです、あまりにも」前に倒れ◆
◆:「薬も使いました、刃物は大小問わず使用し…ああ、鋸もございました。複数回刺したこともございまして」◆
   …――ひと回転、元の位置に戻ってくる。
◆:「ああ。そう!」ぱっと朗らかな声を出す。
  「一番多いのは、刻んだことでございますね」
   ころん、ころん、ころん。賽子が回転する。大きく何度もうなずく仕草、だろうか。
  「ええ、ええ…それはもう、細かく、細かく、細かく」
   
  面の読めぬ賽子ほどまで。

 ころん、ころん、ころん。
 今日の労働を終え、模範囚の正六面体◆はねぐらへと転がっていく。
 歩を進めるひとの足のなかで転がる正六面体は風刺画のようだ。
 正六面体は仲間たちの最後尾を転がっているので、蹴られることも踏まれることもない。
 …最も。
 たとえ仲間たちの真ん中を転がっていたとしても、誰も踏もうとも蹴ろうともしなかっただろうが。
 黒くのっぺりとした面には周囲を歩むひとの影も映らない。
 傷のひとつもないので、今上になっているのがどの面なのかもわからない。
 …どの面であっても意味はないのかもしれない。
 ころん、ころん、ころん。正六面体は自らの意思で転がっていく。
「先生…とあんたを呼ぶべきなのか?」
 ぼそ。彼のすぐ前を歩く囚人が呟く。ぼさぼさの頭。胃にいくつも潰瘍を持っている男。
「それは教師という意味でございますか?はたまた医者という意味でございましょうか?」
 正六面体はいつもどおりの朗らかさでそこまで述べーーことん、と止まる。「ああ、でも」
 ぼさぼさ頭も歩を止めた。
「…残念ながら、わたくしはそのいずれにも該当致しませんので、謹んで辞退させていただきますね」
 ぼさぼさ頭へ斜めに傾ぐ。礼のように。 
「わたくしは、あくまでも医療スタッフでございます」
 ころん◆と前に回転する。
――この場の誰も知らない。セプリオギナのその回転は、スキップのようなものなのだと。――
「“先生”は別に居りまして、ええ、ええ」「…そうかい」
――この場の誰も知らない。セプリオギナの大きさが、普段の彼よりすこしばかり小さいのを――
「ああしかし、医者というのはであればわたくし、みなさんの中で2名ほど心あたりがございますよ。ご案内いたしましょうか?」
「…いや、いい」男は静かにかぶりを振る。
「そこまでするあんたが何“物”なのか、知りたかったのと…」
 廊下が終わり、彼らのねぐらである倉庫の扉を開ける。
「ここまでしてくれるあんたを、尊敬を持って呼びたかっただけだ」
 中には先に戻って思い思いに過ごす仲間たちがいる。
「ちがうんなら、さん付けしかねえや」ぼさぼさ頭は入っていく。
「充分でございますよ」セプリオギナも続く。ころん。
 
「ところでセプリオギナさんよ、知ってるか」
 男の寝床は通路から入ってまっすぐ。突き当たりの壁だ。仲間たちの間を縫うように歩いていかねばならない。
「なんでございましょう?」セプリオギナもついていく。
 …何も知らない者がみたら、きっとこの光景に幾度も目をこするに違いない。
 先ほどの廊下の光景を風刺画に例えるならば、倉庫の中の“これ”はシュルレアリスム絵画のようだ。

 寝転がり、あるいは座り、思い思いに休む囚人たちの中を、

 ・・・ ・・・・・ ・・・・・・・・・・・・
 何体も、同じような、正六面体が動き回っている。

―“同じよう”な、正六面体?―
 
 …まだ慣れないのだろう。
 ぼさぼさ頭もそこですこしだけ足を止めて、その光景に見入った。
 それから振り返り、まじまじと“そこにいる”正六面体◆を見つめる。

―否。―

 正六面体は静かに“この自分”の“患者”の言葉を待つ。
「スタッフってのは、複数人を表す“集合名詞”ってやつなんだとよ」

 ・・・・・・・ ・・・・・・
―それらはすべて、違うことなく。―

「存じておりますよ」

 ・・ ・・・・ ・・・・・・・
―同じ◆正六面体、セプリオギナだ。

ころん◆、あっちで転がる正六面体(わたくし)は、
 「ミスタ、そろそろ雨が来るようです」寝っ転がっている患者の体の心配をし
かろん◆、右から左、窓際に沿って回転する正六面体(わたくし)は、
 「さあさ、こちらを。昨日の傷ですから、そろそろ替えたほうがようございます」『罰』で撃たれた者たちに換えの包帯を配り。
ことん◆、今ぼさぼさ頭の右斜め後ろで回転する正六面体(わたくし)は、
 「教師をしてらして、ええ、ええ、生徒さんが…」心的障害(トラウマ)を刺激されて動けなくなった男のカンセリングをしている。「子供たちを我が子のように思われていたのですね」

 猫の手ならぬ賽子の手。
 猫の手は両手両足、足しても四本。
 だがブラック・タールの賽子ならば、細くはなれど、無数、無数に伸ばすことができる。
 取りこぼさぬための手。
 黒の賽子、その数――58。
 
 なるべく目立たないように。しかし数は己を削ってでも最大限に。
 他倉庫へ“出張”している“物”もいる。

「“集合名詞”、ぴったりだと思わねえか」ぼさぼさ頭は笑いながら進む。
「さあ?」ひとつの角で立ち、賽子はくるりと回転した。「いかがでしょうね」面白がっているのが声の調子に出ている。
「わたくし普段は一“対”でございますから」
 ぽんと一度その場で跳ねて後、ぼさぼさ頭を追う。「そうなのか?」「ええ」
 この倉庫にいる罪人たち全員がセプリオギナに助けられた者たちだ。
 患者は自ずと並びを正し、賽子が回転できるような道が細いながらに碁盤の目を張っている。
「救急招集(エマージェンシー・コール)しただけなのでございますよ」
 精神的障害からだろう。喘いで嘔吐の様子を見せた“患者”がいた。すかさずその場に最も近い、正六面体◆(セプリオギナ)が対応する。
 すべて、セプリオギナだ。情報の共有という手間を省き、それぞれが最大限の活動をする。

「救急事態だと判断しましたので」
 ぼさぼさ頭は肩越しにセプリオギナを見る。「これが?」
 正六面体はころんと前へ転がり「ええ」揺らがず、答える。
 
「精神的圧迫、劣悪な食、強制労働環境に於る疲労。殺し合いをしないだけまだマシかもしれませんが、戦場と遜色なき…まったくもって挑むべき環境でございますよ」

 そこでぼさぼさ頭の寝床へたどり着く。

「ずいぶんとまあ、よくやるよ」
「目前に、危機に瀕した命あれば」

 かれは床に己の背をあずけ、皮肉っぽく笑った。

「おれたちが、殺人犯でもか」

 正六面体は器用にも床に一面をつけたまま、ふんわりと回転した。

「さて――罪はカルテに記入いたしませんので」

 男はもういちど、こんどは「は」と短いながらに声を出して笑って。
「そりゃそうだ」
 今日は、以前セプリオギナが指示した通りに横になった。

「ミスター」正六面体は回転する。
「おう」ぼさぼさ頭から返事がある。
「ご不調はございませんか?腹部に異物感は?」
 ころん。賽子は右に転がる。「ありがとうよ」
「大丈夫だ、ねえよ」
「それはそれは」賽子は左へ転がり、戻る。

「何よりでございます」

 総数58の賽子は、それぞれの感覚でもって、それぞれ回転している。
 
―― 不満があればお聞かせださい―――傷があればお診せください――
――嫌なことは?――痛いところは?――つらいことは?――

 …いったいどれが本当のセプリオギナ・ユーラスであろうか?
 どれでもいいし、どれでもかわらないのかもしれない。

 命の維持。生において最終的に問われるのは“患者”の力だ。
 故に、尽力する。
 生きるための力になれるのであれば。

――どんなことでも、わたしが力になれるのであれば。――

 欲しい出目があるのなら、賽子はなるべく多く振った方がよいのだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

ロク・ザイオン
★レグルス

(ここをいずれ棲処とするのなら、流れは必要だ
風の流れ、水の流れ、ひとの道
【野生の勘】で淀みを探して相棒に知らせよう
きっとこっそり直してくれる
おれは「生まれながらの光」を、こっそりわけてあげよう
見つかれば、傷を癒やす事すら罪だと詰られるだろうか)

…おれの罪は「無知」だって
相棒が、言ってた。
けれど…この罰は、何もおしえてくれないな。

(森はいつでも、生きるために足掻くことを許す
ひとはそれより強い「法」を作った
機械は?)

おれは、まだ罪を知らないけれど。
キミたちは、
…あの機械たちに、罪が無いと思うかい。


ジャガーノート・ジャック
★レグルス

(拠点の再建はロクと共に行動する。
鼻が利くし勘が良い相棒の事だ、適した場所を教えてくれるだろう。
自分は"Undo"でその空間を利用可能な水準まで回帰させつつ、監獄を周回する)

(ザザッ)
犯した罪には報いがある。
因果応報の道理だ。

ああ、だが。
均一化された報いだな。

君は何を犯した。隣の君は。
君達の罪は同質か?同じ重さか?
この罪をはかり償えと謳う監獄で
同じ罰を受ける事をどう思う。

本機の罪か。
共に過ごしていた二十四人を殺した。

――此処の罪を量る天秤は上手く働いてはいない様に思う。

いや、そもそも
この監獄の主が罪を謗るに相応しいとも、本機は思わない。(ザザッ)



●源罪(undo)(共謀犯/■■、殺人、建造物損壊・他)

 Undo,Undo,Undo――巻き戻る、巻き戻る、巻き戻るー…。
 錆びて穴だらけだった雨水タンクが蘇る。落石で潰れた雨水の浄化装置が蘇る。緊急電源装置が息を吹き返す。

――“元軍事工場兼・倉庫を使ってくれていたのが幸いしたな”
 ジャガーノート・ジャック(AVATAR・f02381)は今までの結果を振り返り、そう認識する。
 人間が暮らせるような備えがあった形跡がある。形跡さえあればジャックの能力をもってすれば復元は容易だ。通常であれば耐久度に問題が出てくるのだが…“復元”するのであれば緻密かつ精緻にできる。元軍事工場であれば装置は堅牢にできている。
――つまり、ジャックの能力と今回の事案、非常に相性が良かった。
 ジャックは立ち上がる。
 現在地は寝床になっている倉庫の塔屋だ。
 先ほど硝子を復元したばかりの窓から外を見やれば、他の倉庫の屋根が見える。
 一番高いのは向かいの倉庫で、2棟が縦に連なっている。審判の日とやらに入れるらしい。倉庫の天窓の奥、天井を支える骨にまぎれて銃器が設置されているようだ。ここを人類の拠点とするならば防衛装置は必須だ。あれも修復したいところではあるが、ルートがわからないし流石に見咎められる可能性も高い。
 やはり修復位置の判断は相棒に任せたほうが良いだろう。
 ジャックは判断し、階下への階段へは進まずに外への扉を開いた。復元した装置のスイッチはまだ入れない。奴らに気付かれれば面倒だ。
「“次のポイントの検討はついたか?”」 
 相棒から声をかけられロク・ザイオン(蒼天、一条・f01377)はドローンどもに見つからないようしゃがんだまま、ジャックへ頷いた。「応」
 屋上の縁ぎりぎりにかくれ、そこからここ一帯を俯瞰していた。素早くジャックのほう、塔屋へと移動してくる。
「このまま」ロクはジャックが展開した地図につ、と指で線を引く。「ここの、水道管と、こっちの管」ロクの指定したものが備え付けられているのは外壁だが、今まで通ってマッピングしてきた室内の廊下とリンクしている。「“ああ、成程”」
「“流石だな――効率がいい”」
 ん。ロクは首を縦に振る。
 建物とは人間の生活の行われる場所だ。
 いきものがいきるのであれば自然と“流れ”というものが存在する。
 水、人、空気…淀みを見分けるのはロクの勘からすれば容易い。においを嗅ぎ分けるだけだ。
「あ」「“ん”」「まって、あそこだけ」ロクはすぐ下の壁の一部を示す。ジャックもすぐに見当がつく。二本の管。先ほどの非常電源装置と雨水装置にそれぞれつながっているのだろう。
「“了解した”」
 うおん、と。
 音がしたのはその時だ。発砲音。続けてアナウンス。――近い!
 ドローンを警戒し、ジャックには珍しく操作がぶれた。
 戻すところを間違えた。物理軸と時間軸と。
 それが、これから起こるなにかを明らかにした。

「“これ、は”」
 ジャックの声のかすれはノイズだけではない、動揺だ。
 ロクは鼻にしわを寄せる。生々しいにおいが鼻をつく。
 もともとは雨水のタンクから繋がる水道管を直すつもりだったのだ。
 ずれたのはまず物理軸…範囲だ。範囲がずれて、建物から外れ、地面の一部を指定してしまった。
 そして時間軸。これらが正常に機能していたころにまで戻すつもりだったのだが。
「どのくらい、戻した?」ロクは唸るように問う。
 “それ”が現れたことでロクには空気がどっと濁ったように感じた。濁り、淀み、腐る。
 硝子剣士はこう言った――『何月かに一度、そこにいる人間が“総とっかえ”になる』
 ジャックは応える。ずれたもうひとつの軸。復元の、時間軸。
「“5ヶ月ほどだ”」
 人間の、総入れ替え。
 ここにはいま、多くの人間がいる。
 では。
 前にいた、人間は?
 想像していなかったわけではないが、見るのとはまた別だ。
 前にいた人間はどうなったのか?ここにいる人間はこれからどうなるのか?
 巻き戻した地面が語っている。
 ひび割れたコンクリートは復元前と大差ない。
 異なる点はたった一つ。

「“硝子剣士から聞いていた話と期間が一致するな”」
 濁るほど、血で真っ赤にぬれている。

 太い線の周りにはか細く赤い線――おそらく多脚の兵器による移動痕だ。引きずったのだ。真っ赤をしぶくそれを。
 復元で選択した範囲はあくまで地面の一部に過ぎないが、線は一本だ。乱れがない。
 どこへ運んだのかなどすぐ検討がつく。
 予想される先。あれは十分生きているからと後まわしにした建物。
 
 焼却炉だ。

「焼かれる、のか」
 それは祈りか?弔いか?浄めか?
 そうではあるまい。
 あそこで日常のゴミが焼かれているのは登る黒煙でも匂いでもわかる。
 地面の血。あの赤では死んだ後だろう。いらないものとして焼かれるに違いない。
 ふつふつとロクのなかでなにかが煮える。
 考えれば同じ火であるのにどうしてだろう。
 どうしても。
「“妙だな”」
 ジャックが呟いた。「ん?」ロクは熱から引き戻されて、そちらを見る。
「“理由だ”」
 ジャックは血痕を見て考えこむ。あの幅はおそらく成人男性がひとり転がれるくらいは優にある。それだけの人数、処分されたのだと言えるがそれだけでは。
「血が、多い」ロクの指摘。「“ああ”」ジャックは肯定する。
「“『処分』の理由はいくらでも想像がつくが『処分方法』の理由が不明だ”」
 そう。
 『処分』の理由はいくらでも想像がつく。見てはならないものを見た。もう不要であった。いくらでも。
 だが、理由がいくらでも想像がつくように、方法もいくらでもあって然るべきだ。
「“あれだけの線ともなれば人数はもちろんだがそれだけの出血がある負傷が想像される”」
 正直気持ちの良い話ではないが、ジャックとしては経験から気づいてしまう。
「“おまけに運んだのはドローンやロボットだとすれば”」「持ち方は、同じ」ロクが次ぐ。スペースシップ・ワールドでも見かけたことがある。
「“である可能性が高い。となれば、同じように赤を塗り重ねる負傷――つまり”」
「同じ、やり方か」
 ロクはじっと赤を見つめる。「“correct”」例えば腕や脚など負傷部位が異なれば、体格差などによって赤線はもっと大きく乱れ、派手に汚れるはずだ。そして、処分するならこんなにも出血するよりも『もっといい』方法がたくさんある。
 しかし、そうではない。この赤はどこまでも一定であり、ペンキか絵具じみてすらいる。
 一定の指向性があると言っていい。大量に出血する、傷――…。
「…血抜き?」ロクは真先に思い浮かんだ意見を口にする。「“廃棄で焼くのにか?”」「…むう」言われてみればその通りで、唇をすぼめる。 
「“しかし…血抜きか、そうか…”」
 この基地におけるなにかに近づいているような感覚があった。
 だが、いまひとつ、欠ける。ジャックはかぶりを振る。
「“――保留だ。次に行こう”」「応」
 彼らもまた今は“罪人”の身だ。使える時間には限りがある。
 ジャックは地面の復元を解除する。気持ちのいいものではないし、万一だれかが見て不安を与えてもいけない。ないとは思うが敵に気付かれて猟兵探しをされても困る。今度こそロクに指定されたところの復元をしながら、ジャックはそれを消去する。

 回帰の赤が、過去のものとして消えていく。
 どこかでだれかが、罰を受ける音。
 これこそが正しいのだと、償いだと、説いている。
 ロクは目を細める。

 神様はきらいだ。全部奪っていってしまうから。
 ひとはそれより強い『法』を作った。より多くが生きるために。
 では、機械は?
 機械には罪がないだろうか?
 ……。
 どこかが、ささやく。

 機械を、それを作ったのは人で、それを動かすのも、人だ。

 火と、おなじに。

―にんげんはすばらしいの。うつくしくて、きよくて、とうといの―
 ことばがよみがえる。
 無知。
 ジャックではないだれかがロクへささやいた。
 それは自分の声のように、ロクには思われた。

 ふたりは階段をおり、踊り場を回って、廊下に続く扉――「“待て”」ジャックが静止した。
 扉の外。足音は1、だが。
―「なんで、どうして、どうして…」「っいいから!」―
 声は、2。
 ジャックはロクに視線を向ける。ロクはうなずく。
 それで行動は決定した。
 扉を開く。一瞬だ。ジャックは両手を伸ばす。少女を背負った男を素早く引き込む。「なん」そのまま脚と背で静かに扉をとじ、男を離した後右手でその口を塞ぐ。左手は人差し指を立て口元。ロクは男が背負っている少女の口を両手で塞ぐ。
「“freeze”」
 ジャックの背後、扉の向こう。廊下をいくつもの羽音が飛んでいく。鉄が廊下をたたくあの音は、何度か見たことがある。処罰や重い物を運ぶ際に動く蜘蛛足のロボットだ。
 嵐のように無数が鳴り響き――静まる。
「あり、がとう、か…?」男がずるずるとへたり込む。髭面に長い髪をくくった男だ。「“そうなる”」ジャックは短く答えた。
「ごめん」ロクは少女へ短く謝る。「こっちこそ…ごめんなさい、ありがとう」栗色の髪をハーフアップにゆわえていた。
「“『処罰』か?”」少女の脚には銃創があった。「ああ」男が答える。
「“君は?”」「疲れちゃいるが無傷だ」へっと彼は笑った。「ほっとけなかった」

「見せて」少女をロクが引き受ける。男の背から下ろし、階段へ座らせる。傷を見る。
 ああ、よかった。浅い。「治す」
「まって」少女がロクの差し出した手を押さえた。「ん?」
「その」負傷に慣れていないのだろう。顔を青白くし、額に汗をうかせながらも彼女はいう。
「その、あなたも、バレたら罰を受けるかもしれない」
 ロクは微笑む。「“それを心配するぐらいなら、助けなどしていない”」ロクでは伝えきれない部分を、ジャックが添える。
 ロクは、迷わず生まれながらの光を使用した。

「これは、罪だと、思う?」
 光を当てながら問う。
「思わない、思えないわ」
 うん。
 頷く。「それで、充分だ」
「悪い、助かった」男が立ち上がる。「じゃっ」「“待て、どこへ行く”」「ドローン沈めてくる。あれぶっ壊さねえと、この子が戻った時にまた『処罰』だ」「“君はどうなる”」「俺?俺はおまえ、俺だよ…アレだよアレ…最悪の最悪自業自得で受けるんだよ…」「“…せめて逃げると言ったらどうだ”」どこにでも素直なお人好しというのはいるらしい。
 ジャックは自分たちを棚にあげてため息をついた。
「“…ロク、どうやら本機らは一度寄り道をせねばならないようだ”」「ん」うなずきかけて、はたとロクは思う。
「キミたちは、どこの?」ロクが少女へ問うたのはどの倉庫かだ。おずおずと少女が応える。それは自分の罪状をいうことにひとしい。回答を聞いて、ああ。であれば。「なら、大丈夫」「どうして?」
「そこなら」
 思い描く顔はひとつ。
「機械に強い、ともだちが、いる」
 放っておけないとあの鵺は言っていた。人のことに人一倍敏感なのだ。誰かが逃げたとあれば「たぶん、ごまかしてる」絶対に聞きつけて、なにかをしている。男が大きく息を吐き出した。「だと、いいが」男が考えこみながら言う。「信じていい。間違いない」

「…ごめんなさい」
 少女が声を絞り出した。「なぜ?」「だって、その」少女の年齢はそうロクと変わらないだろうか。
「わたしが、悪くてここに来て」緑の瞳。白い肌にそばかすが散っている。「わたしの要領が悪くて、罰を受けてて」吃りながらも、少女はゆっくり、しかし確かに喋る。
「これは、きっと、受けるべき償いで、その…巻き込んでしまって」
 膝の上の拳は強く握られている。
 何を言えばいいのか。ロクは自分の中のことばを探り――

「“…犯した罪には報いがある。たしかに因果応報の道理だ”」
 いつもよりやや強い調子でジャックが声を上げた。

「“ああ、だが――均一化された報いだと、本機は感じている”」
 …ああ。ロクは気付く。やっぱり。
 こちらに来て幾度か労働の合間に修理の計画を立てるために会話したのだが、その時に感じたことは間違っていなかった。
 ジャックはやっぱり、怒っている。

「“本機の罪は――共に過ごしていた二十四人を殺したことだ”」
 ジャックの罪は、問われた時に咄嗟に答えてしまう程度には、未だに生々しく柔らかい逆鱗だ。

 無知。罪がわからぬからと教えてくれと頼まれたジャックはロクの罪をそう言った。ああでも、あれは自身にも向かっていたのではなかろうか。知らなかった。知らなかった。わかるわけない。でもなにかできたのじゃないか?警戒していたら?新作ゲームを買って彼を誘って学校をサボっていたら?たくさん考える。考えないわけがない。知らなかったのだ、配られたゲームがあんなものだって。あんなことになるなんて、あんなことになって、そうするしかなくて、生き延びたくて――

「“――此処の罪を量る天秤は上手く働いてはいない様に思う”」

――…“これ”が罰?――

 冷静なロールプレイングの向こうから、一歩、ジャガーノート・ジャックは前にでる。
「“君は何を犯した?”」「…『詐欺』と『殺人』です」少女は答える。
「“隣の君は”」「『詐欺』と『誘拐』だよ」男が応える。

「“君達の罪は同質か?同じ重さか?”」

――笑わせる。
 
「“この罪をはかり償えと謳う監獄で、同じ罰を受ける事をどう思う”」
「正直ね」男はどっかと階段に腰を下ろす。「俺はいいがこの子が罰を受けんのは見当違いだと思ってる」「“ほう”」「どー聞いたって冤罪なんだよ」「そんなことないです」少女が首を左右に振る。

「知らなかったのが悪かったんです」

 ロクは少しだけ、息を止めた。

「…『無知』か」思わず呟く。「母と弟、それから姉が死にました」へた、と少女は崩れた笑みを浮かべる。「希望なんか持って、触らなきゃ良かった」何が起きたのか、ことばの端で推して知るしかない。詐欺と殺人。

「知らなかった――でも、それがいちばん悪かった」

 ロクは、胸の中に鈍い痛みとともに、首から下がる鎖と箱の、ずっと下げているが故にロクとほとんど同じ温もりをもっているそれの、人ではない鉄の質感と重みをひどくしっかりと感じる。
 ああ、ジャックの指摘は正しかったなと、ほんのちょっぴり、誇らしさも覚えながら。

「おれも」
 己の罪を告白する。

「おれも『無知』だ」
 あのころ、もう少し何か自分が知っていれば。

「けれど…ここの、この罰は、何もおしえてくれない」

 通り過ぎたドローンたちはいくら耳を澄ませても、返ってくることはない。

― 人間は素晴らしいの。美しくて清くて尊いの。そうでしょう。ねえ―

「キミたちは、あの機械には罪がないと、思うかい?」
 
 傷は問う。

 汝らに罪ありや?

「“いや”」ジャックが言葉を継ぐ。「“そもそも、だ”」

 屋上から見た、生々しい、あか。
 焼却炉。
 これは、正しい罰なのです…――

 不在の宣教師、あるいは神父たち。
 
「“この監獄の主が罪を謗るに相応しいとも、本機は思わない”」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ロニ・グィー
【pow】
アドリブ・連携歓迎

罪?うーん……敢えて言うなら

かつて一度だけ、地上を洪水で押し流したことがある
なんだかひどく怒られたからばつが悪くなっちゃってさ
もう洪水で君たちぜんぶを押し流したりしないよって約束しちゃった
しょうがないから次からは飢餓とか火砕流とか使うようにって言っておいたよ
…くすっ
そうだね、この話をするとみんなボクがまるで頭のおかしいこどもみたいな顔をする
じゃあボクの罪は嘘吐きの狼少年ってとこかな?

さてじゃあ活動開始だね
お菓子を配って誘惑しよう、甘いお告げで言いくるめよう
きみたちを許すと高らかに歌おう
ごりごりと深い掘を穿っていく球体、廃墟を砕くUCを見せつけて
隠し味に恐怖を一かけら



●かみさま、ときみたちはいう。(■■■/■■)

 おまえの罪はなんだと女がロニに問うた。
 ロニは首をかしげる。うーん?
 記憶をあっちからこっち、探って探って――掴む。

「かつて一度だけ、地上を洪水で押し流したことがある」

 …尋ねた女の顔があからさまに怪訝に歪んだ。
「なんだかひどく怒られたからばつが悪くなっちゃってさ」
 ロニはポケットに手を突っ込んで、弄る。
「もう洪水で君たちぜんぶを押し流したりしないよって約束しちゃった」
 ど・れ・が・で・て・く・る・か・な。
 適当にひとつ、掴んで引っ張り出す。わーお、今日のロリポップはコーラ味。 
「しょうがないから次からは飢餓とか火砕流とか使うようにって言っておいたよ」
 ロニは包装紙がちぎれて残らないように集中して丁寧に剥がしながらつらつらと喋り

 手を、とめた。
 眼だけ動かして女を見上げる。

 ロニの外見は小さなこどもだ。
 金の瞳に華やかな桃の髪。耳にはいくつもピアスが下がっている。
 鈴飾りのついたチョーカーにだぶついたパーカー、ショートパンツ。
 性の特徴に薄い足がすらりと伸びて、スニーカー。

 女は明らかに困惑していた。
 彼の唇から語られたのはある程度の教養があるならばだれだって知っている内容だ。
 それを自分でやった?

 くすっ。
 ロニは笑う。ゴミを握り潰す。
 
 女は知らない。ピアスに鬼神や巨人のたましいが眠っているなんて。
 彼から伸びている影が正真正銘の神様の影だなんて。
 そのスニーカーが有翼のサンダル、タラリアだったなんて。

 ロニはまるきり、こどもにしか見えない。 

「そうだね」
 ロニは愛嬌たっぷりの笑みで女を見上げる。
「この話をするとみんなボクがまるで頭のおかしいこどもみたいな顔をする」
 口を大きく開けてロリポップをくわえる。うむ、あまいあまい。
「じゃ」口の中でころころロリポップを転がしながら
「ボクの罪は嘘吐きの狼少年ってとこかな?」
 開いた手に、握られていたはずのゴミはない。
 その奇妙さに、女の怪訝が若干揺らぐ。

 ロニはもう一度ポケットへ手を突っ込んだ。
 どれがいいかな?どれでもいいか。
 一本とって、差し出した。
「食べる?」



 基本人間は変わらない。
 見えない神様や赦しより、見える奇跡に与えられる許し。
 ここに二つの神様がいるとする。
 さあ果たしてどちらを信じるだろうか?

 ここに連れてきたとおくの宣教師や牧師より――ここに居る近くの少年だろう?

 時刻は夜。月の他に灯りはない。場所はねぐらになっている倉庫、に近い、空き倉庫。
 狭いが二階まで吹き抜け。
 ロニは空中に立ち、全力のかわいい笑みで堂々と君臨する。
 月の明かりにぼうと浮かぶ少年は、それはそれは蠱惑的だ。
 
 ひとつの奇跡よりふたつの奇跡。
 まずはモノを与えて集めた人々。 
 ぶどう酒とパンとか言うけどそんなん古臭くてつまんない。
 ロニはポケットを叩いた。
 噂を聞きつけて素直に集まったかわいいかわいい信者にはサービスしちゃう。
 なにがいーい?

 物資に喘ぎ、明日の食料にすら苦しむ日常のアポカリプス・ヘルで。
 少年の手ずから渡される、かわいらしいプリントでビニール包装されたその菓子。
 どれだけ異常・異質で輝いて見えることだろう。

 味気ない食事よりとびっきりだ――ほら、昔からこどもっておやつ大好きだし。

「きみたちはここで勤めていれば許されると聞いて思って勤めているのだろうけど」
 ロニは微笑んで語る。

 見下ろす顔。
 おろかでおろかで、かわいらしいこどもたち。 
 
 そうして集めた“罪人”をまえに、彼は神聖たっぷりに其処に在り。
「きみたちのおこないに対する報いはそれでは足りない」
 まずは冷たい言葉で精神を身構えさせる。
「それは、私たちがやってることじゃ足りないってこと?」
「ああ――ごめんね、言い方が悪かったや、ちがうちがう」
 無邪気な少年の仕草で、向こうのほうが強いかのように半歩引いて
「きみたちは充分やってる」
 慰めもたっぷり含めて
「きみたちはここを――自分たちの拠点として、罪人ではなく住人として住むべきだ」
 あまいことばをそそいでやる。
 両手のポケットに親指をひっかけて、
「罪だ、罪だときみたちはいわれて――罰を求めて、それを受けんとした」
 人々の上を空中散歩する。
「きみたちのその心のありかたがね、ぼくはじゅーぶん気に入った」
 ぐるりひとりひとりを巡りながら、元の位置。
 もういちど全員を見てから
 
「ボクは、きみたちを許す」
 にっこりと、微笑んだ。

 わずかに、空気が揺らぐ。
「いやあ」ひとりの男が立ち上がった。「それが何になるって言うんだよ」 
「ん?」
 ロニは首を傾げる。ポーズだ。
 余裕は揺らがない。人間の考えることなんて、だいたいふんわりわかる。
「許すだなんだ言うけどさ、それがなんなんだ?」
 ――ほら、こんな感じ。
「もうちょっと詳しくお願い」
「おまえがただのガキでペテン氏だって話だよ」
 立ち上がった男は苛立たしげにかかとを鳴らす。
「そんで戦って死ねとかいうんじゃねえのか」
 奇妙な模様じみた火傷のある腕を組んで睨んでくる。

「そんであの宣教師どもが突っ込んできた審判の日に、盾にすんじゃねえのか!」
 
 ロニはどこまでもにっこり笑う。
「しょうがないなあ」
 とんとんとん、と、一足飛びにもう少し高い宙へ上がる。
 口元に手を当てて「見逃しちゃだめだよ?」笑う。
 放ったのは“汎用球体型掘削機械”(ドリル・ボール)
 倉庫の屋根の鉄骨を、ごりりと削る。
 もちろん、屋根がおちちゃ大惨事なので、ロニとしては最低限かつ最大限――落としてもいいところだけを、削り切る!
「えっ」
 人々の顔が凍りつく。削られたのは天井の鉄骨だ。

 人々は下にいて――ゆえに、そこに。
 
 ロニはにっこり笑う。
 かわいらしい白い小魚なみたいな指を握ってこぶしに変えて

「せーのっ」

 神撃は放たれる。

 どん。空気が鳴動する。
 地面ではなてば大地をくしゃくしゃに変える一撃に纏う神気。
 狙ったのは一番大きな鉄骨だが、その衝撃波は他の鉄骨すらも粉と砕く。
 信心無き者とて――眼にすれば。
 その異常さと神聖は、信じざるを得ない。
 甘いことばと、ひとかけらの恐怖。

 人間はそれで、ころりとくだる。

 かみさま。

 誰かが膝をつく。
「ほんとに?」「ほんとだよ」
 ふふん。どんなもんだい。
「ゆるされているの?」「ぼくがきみたちを許すよ」
 非常に、心地が良い。
「神様、なの?」「もー、だからそう言ってるじゃんか!」
 “罪人”たちの目にぽつぽつと光が灯る。
「ようやく来てくれたの?」「うん、来たよ」
 ゆるされている。受け入れてもらっている。
 
 自分たちは、もう、わるくない。
 きっと、すくってもらえる。

 与えられる確信が“罪人”を“信者”に変える。

 ロニはにこにこ笑ってかわいいかわいい信者たちを見つめ――

「かみさま」

 ――ふと、それをみる。

「うん、神様だよー」

 ああ神よ、うつくしく無垢で愛らしく邪気のない。
 かつて大地をまっさらに流したおまえ。
 偉大なおまえのちからの前に。
 信心無きものはそれを後悔し。
 無力な人は恐怖にふるえて。
 五体を投げて服従しよう。

 けれどひとり、下げた頭、降りた前髪、その隙間から、覗く、あるひとりの、いっついの瞳が。
 ロニのさみしがりの魂を、ちり、と焦がす。

 めいいっぱいみひらかれたひとみに、ロニの姿がうつっている。
 恐怖にふるえて涙がぷっくり盛り上がり、ロニのすがたをつやつや飾る。 

 めいいっぱいみひらかれた瞳が、ロニを映して問うている。

 ああ神よ、罪知らぬ美しきたましい。
 汝が罪は何処にありや。

 そのひとみは、あのときの怒りの声を上げたものたちのそれに似ている。
 非難の問い。

 神たるおまえにいったい誰が罪だ罰だのを言う資格あろうや?
 すべてはおまえの御指と掌の上であろうに。
 おまえが是と言えば人は是というしかない。
 そんな絶対の差があったのに。
 大地をまるごと流して。
 しこたま怒られて手法を変えることにしたおまえ。
 絶対の存在が――ばつがわるい。
 怒られたから。
 そのような罪悪感など抱く必要はなかったのに。
 だって怒られたから。
 手法を変えた。
 
―どうしていまさら、ここへきたの―

 ああ神よ。
 世界のなにより尊いはずのおまえ。

―どうして、もっと、まえに―

 ロニの奥でなにかがこげていく。
 かつて洪水を起こしたときと、同じような。

―どうしていまさらきて、なにもみずに、ゆるすというの―

 かみさま、かみさま。みんながよんでくれる。
 かみさま、かみさま。みんながたたえてくれる。
 かみさま、かみさま。みんながてをのばしてくれる。

 そいつはとっても気持ちが良い。
 かわいいかわいい信者たち!そうでなくちゃ。
 そうならたっぷりあまやかしてあげよう。そしてぼくをたたえて甘やかすといい!

―わがまま、みがって―

 だから多分、その眼のことなんてくるっと忘れてしまうに違いない。
 罪と問われてたまたま思い出した“洪水”のことみたいに。
 ロニは許す側だ。救いを選ぶ側だ。そのはずだ。

 ああ、神よ、絶対無比、天真爛漫、天衣無縫のうつくしいもの。

 おまえのつみは、なんだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

レパイア・グラスボトル
猟兵なのに拠点の強奪なんてな。
悪い事考えるヤツもいるもんだね。

【WIZ】
沢山の子供を保護した医者を演じる。
自身と子供達で雑貨集め【略奪】、怪我病人治療【医術】で貢献、人々の話を聞く。
ワタシとしちゃ笑顔が一番の薬だと思うんだけどな。
怪我人には真摯。
死んでも馬鹿はよいけれど、死んでから馬鹿になるのは恰好悪いぞ。

罪:表情のみ神妙に、正直に答える。

死体を使ったオブジェクト造り(仕様的嫌悪)以外ならこの世界で行われる略奪者犯罪は大半実行済というか稼業。悪い事とは認識しているが、罪とは思っていない。

子供達にある意味世界に負けた人間を見せる社会見学。

ガキ共、笑顔を忘れるとあんな大人になっちまうからな。



●グラス・ボトルからおちいでて(目的犯/窃盗・死体損壊・略奪:他多数)

 いひひひひ。
 レパイア・グラスボトル(勝利期限切れアリス・f25718)は笑った。
「猟兵なのに拠点の強奪なんてな」
 にやにや笑って腕を組む。
「悪い事考えるヤツもいるもんだね」
 言葉こそ非難であれ、浮かんだ笑みは肯定の形。
 故に返ってくるのもにやにや笑いだ。「罰をご希望?」
「冗談」レパイアはごついブーツをかつんと鳴らして前に進む。
 割れた硝子のきらめき。
 割れた硝子――グラス・ボトル(瓶詰め)レパイアにとってそれは自身を覆っていた卵のかけらみたいなものだ。
「そいつとこいつは別だろ」
 七色の光。
「少ない資源は有効活用、これ荒野の掟だ」


 
「ハイ次の方ァ」

 そんなわけでレパイアは“罪人”たちにその手腕を遺憾なく発揮していた。
 フラスコ・チャイルドらしい整った外見につぎはぎフリルのお洋服。色とりどりの液体で染まった白衣の内側からやれ薬品だ注射器だを取り出す。
 目前に座った“患者”の負傷に、金の前髪の間から覗く碧眼を細め
「あァ、こいつはまたクソみてえな傷だな」
 薄い唇から悪辣な暴言を吐く。 

 ブラック・ジョーク満載のカートゥンアニメから飛び出してきたような、まったくもって痛烈なアポカリプスヘル式アリス!

 …いや、アリスとはすこし違うかもしれない。

「麻酔」「はい、レパイア」金髪碧眼の少女が医療トレイに並んだ器具を差し出す。
 レパイアは慣れた手つきで治療をしながら――

「レパイア!大収穫だよ、缶詰くすねてきた」「グッボーイ」「こっち缶切り」「おう大事だな。…倉庫の位置は?」「チェックしたけど頻繁はムリ」「警備がすっごいヤッバイ」「数人を監視に回して隙を狙え」「ヨーホー!」「ねえ黒いサイコロいたーとってきてもいーい?」「そりゃ多分ご同輩の猟兵だから手ェ出したらゲンコツの刑だ」「あいさー!ウォーニン・ドントタッチー!」「ヤー」「レパイア、これあっちの患者さんからとれた蛆!」「その患者ソッコー連れて来い」「いえっさー!」

 ――子供たちからの報告・連絡・相談をも捌く。

 “沢山の子供を保護した医者”というのが、レパイアの肩書きだ。

 その実はUCで召喚した彼女のかわいいかわいいおろかな未来に遺す子供たちなのだが。
 まあ父母はだれかもしらないし、みんな家族だ。あながち間違いでもない。

 ごろごろと半死人のような重罪人がころがる中、椅子がないのでどっかと床にあぐらをかいて子供たちを指揮するレパイアは、アリスというよりは“女王”という風格を漂わせていた。

「…なんというか、だな」
 思わず、という感じで患者が呟いた。
 レパイアは眼だけ上げてそいつを見る。あと4針。
「ああ、邪魔なら黙る」「邪魔じゃない」が、少々変わった男だとは思う。
 たしかに麻酔をしているがここはそれほど資材が潤沢な地ではないため最低限だ。傷を縫ってる最中に喋ろうという心地が知れない。現に男の額には脂汗が浮いている。
「じゃあ付き合ってくれ、気が紛れるんだ」
 体格がいいが頬のこけた男だ。額から左眉にかけてと右目下から顎にかけて縦に裂傷と思しき古傷がある。
 今レパイアが治療しているのは男の右鎖骨から右腕付け根と、右上腕から肘までにかけた膿みかけの、これまた深い裂傷だ。独特の甘く酸っぱい臭いがする。レパイアはアポカリプスヘルのレイダーどもに育てられたからこういう傷には覚えがある。複数対一。腕を切り落とされかけて抵抗したら、というところか。
 あと3針。

「あんた、罪人じゃないのか」男が問う。
「罪人だぞ?」レパイアはあっけらかんと答える。「だよな…」男は肯く。
「この世界で行われる略奪者犯罪は大半実行済だよ」
 というか稼業ですらある。
 あと2針。

「にしては」
「罪悪感がない?」
 レパイアは男の台詞を先取りし、にやりと笑ってみせた。さいごの1針。
「…ああ」言いにくそうにしながらも男ははっきり頷いた。

「アンタ、いい根性してるな。治療してる医者にそれを聞くか?」
 糸を留めて、切る。

「気に触ったか?すまない」おざなりな礼。
「べつに」レパイアは針と糸をトレイに置く。次の指示を出す。「真実だ」
「その、気になって」ガーゼとテープがレパイアの元に運ばれてくる。
「何が」それをとって男の鎖骨からの傷に当ててやろうとし――男の視線を真っ向から見た。
 そいつはレパイアを見ていなくて、なんとなく追ってみて、気付く。
 
「子供たちが生き生きしてる」
 この男は、ずっと子供たちを見ていたのだ。

「そりゃそーさ」
 ガーゼを当ててテープで固定。腕の傷があるので包帯はまだしない。
「活躍できんのはだれだって嬉しかろうよ」剥がれないようしっかと。
「…すごい活躍だ」
 男はレパイアの指示に倣い彼女が傷を見やすい位置へ座りなおしながらしみじみという。
「だろ?」レパイアは笑って自分の胸を軽くノックする。
「ワタシらが骨の髄まできッッッッちり仕込んでんだ」
 時々しくじることもないわけじゃないが、ま、それはそれご愛敬ご経験ってヤツである。
 が、これは不安を与えるので黙っておく。
「いや手腕の話じゃない」男はかぶりを振った。「その」「なんだ?はっきり言ってくれていいぞ、すげー痛いとか」「いやたしかに痛いんだが、あんたの治療は丁寧だと思う」「だろ?」
 口こそ悪けれ、レパイアの治療は真摯だ。「そうじゃなくて」男は尚もいいつのる。

「罪を負うことが恐ろしくはないのか?」
 男はそこで顔をうごかし、レパイアをまっすぐ見た。

「子供たちにまで、背負わせることが」

 ……。
 ぶっ。
 レパイアはたまらず吹き出した。そのまま笑う。心の底から。

「おいおいおい」
 中腰から立ち上がってずいと男の顔に迫った。「おいおいおいおい!」
 ぐっと瞳を覗き込む。
「なんだ、正義の味方気取りか?」
 男はすこしだけ後ろへ下がる。「そんなんじゃねえさ」顔を逸らす。
「今更治療もいらねえとか抜かさないだろうな?」「ぬかすか」「グッド」
 「しみるぞ」消毒液をかければ男が一度呻いた。
 まあ拒否したって治療するのは決定事項ではあるのだが。レパイアの製品仕様だから。

「死んでも馬鹿はよいけれど、死んでから馬鹿になるのは恰好悪いぞ」
 言ってやる。
 血と膿みが混じった消毒液の垂れたのを、ていねいに拭いとる。
 へっ、投げやりな笑み崩れの声をあげたのは男だ。
「そういうお美しいことが出来りゃそもこんなとこにはいないさ」「違いない」
 レパイアはくつくつ、笑う。

「ワタシは自分のしたことをたしかに悪い事だと思ってるさ」
 一瞬だけ、そちらの方をみる――男の視線のほう。
 やんやと騒いでいる、子供たち。
 各拠点から奪われて溜め込まれたものが管理されている倉庫の場所を共有している。
 どこに置くのかの想像など用意につく。自分たちはそれをやる側だったのだ。

「だが、それを罪だとは思わないな」

 くすねてきたボロ切れに外で見つけてきた石灰で線をひいて地図を書いて。
 別の子供がドローンの巡回ルートをかきこんでいる。
 さらに別の子供が黒い四角マークで他の猟兵を見かけた位置を書き込む。
 大人顔負けの団体行動。ひそかな攻略作戦。
 何人か治療を終えた大人がそれを覗き込んでいる。

「おきれいな情は涙が出るほどありがたいが」
 レパイアは一声かけてメスを入れる。この傷は先ほどよりも深く、ひどい。
 男の食いしばった歯と歯の間から呻き声が漏れた。
「ここの名前を忘れたのか?」
 アポカリプスヘル。黙示の地獄。世界の残酷さが剥き出しの地獄。

「あんたが産まれ出でて見たアポカリプス・ヘルはどうだった?」
 レパイアは男へ穏やかに問う。

「善悪はあるだろうよ、でもそれは罪とつながってんのか?」
 血と肉と膿みを丁寧に見分ける。
「悪いことをしてそれが罪で――それで?」
 切り分ける。

「それで、うまれて、いきていくことに何か関係が?」

 膿みを取り除き廃棄のゴミ箱に投げ入れた。

「そのお暗ぁい顔で死んで馬鹿になりかけてたのはどこのどいつだ?」

 もちろん飛沫が飛び散ってはいけないので、注意は細心を払って、だが。

「おい」男の出血を抑えながらレパイアは声をかけた。男にではない。
「はい」補佐の子供が肯く。糸の通った針を渡しながら。
「見とけ、笑顔を忘れるとこーいう大人になる」針の先で男を指す。「イエス、レパイア」
 一声かけて再び男の縫合を開始する。
「…俺たちは教材か?」ようやく男から人の言葉が出てきた。
 苦い苦い、それは笑みに似ていた。
「いい社会見学させてもらってるぞ、負け犬ども」歯を剥き出して笑ってやる。
「…こういう大人、か」
 脂汗を浮かべながら男はそこで
「敵わんね」こんどこそ、ようやく笑った。

「お、笑ったか」
 レパイアは笑みをかえる――医者の顔でほほえんでやる、
「笑ったか?」男は言われて左手で自身の顔に触れる。
「ああ、笑った」レパイアはタオルを渡してやる。汗を拭けとジェスチャーで示しながら。
「そんなに大事なことかね?」
「大事さ」
 血を拭い、ガーゼを当てて固定し

「ワタシとしちゃ笑顔が一番の薬だと思ってるんでね」
 包帯をまいてやる。
 とびきり、きつく。
 
「なあ」男がぽつりとこぼした。
「なんだ?」「ながらでいい。さっきの話を聞かせてくれないか」
「どの話だ?」レパイアはすっとぼけた。
「いろんな話をして覚えてない」にやにや唇を歪めながら男をみる。

「とびっきり“悪い”話だ」
 男がにやりと笑ったので

「あァ」
 レパイアはレイダー式に、
「この拠点を強奪しようって話だな」
 とびっきり悪く悪い、笑みを返したのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

七那原・望
かつて吸血鬼等に囚われてた頃、この世の全てに絶望し激痛に喘ぐ姿を見せる為だけに生かされて。(【激痛耐性】)それに比べたら全然……
わたし、思ってた以上に壊れてたのかもですね。
せめて同い年くらいの子達がわたしみたいにならないようにしましょうか。

就寝時間頃に子供を中心に精神的なケアをしつつ犯した罪について語り合いましょう。

わたしは心が壊れて、たくさんの人を殺してしまったのです。そして一番大切な人の側にずっと寄り添ってあげられなかった。
わたしは一生を費やして、今度こそ大切な人達を幸せにしないといけないのです。それがわたしの贖罪です。

就寝時にはさり気なく【ブライドネス・フェザー】で彼らの睡眠に癒しを。



●羽根では腕に足りぬれど(結果犯/大量殺人)

 おそらく、おとといの風のせいだろう。
 屋根のどこかが剥がれたのだ。つきあかりがぽろりと床に落ちて、強い風の音が響いていた。
 そこにいるのはこどもたちだ。齢は5、6歳から12歳程度か。彼らもまた“罪人”だ。
 いくら数がいるとはいえ子供では大人と体格が違う。おまけにアポカリプス・ヘルでは満足な栄養も食事も難しい。痩せた手足に成長不良の体。
 床から登ってくる底冷えと隙間風に怯えて、こどもたちは身を寄せ合ってだんごになって眠っている。

 七那原・望(封印されし果実・f04836)はひとりからだをおこし、見回して――ゆっくりと立ち上がった。 
「大丈夫ですか?」
 その子の近くに寄って、ぺたんと座った。
 ひとり、何度も寝返りをうつ音が聞こえたのだ。
「んあ」癖っ毛の女の子だ。ひといちばい明るくて朗らかな子。「起こした?」
「いえ」首を振る。「さむいのです?」「ううん」返事は明るい。
「さみしくなっちゃっただけ」
 癖っ毛の子は歯を見せて笑う。「ありがとね、心配してくれて」
 ……。
「じゃあ」望は両手を前についてその子にへさらに寄る。
「わたしはさむいので、となりにおじゃまするのです」
 もぐりこんでそっとくっつく。「ひひ、あったかーい」癖っ毛が笑う。望も笑う。うふふー。
「でしょう?」
 どうしようもない日はこうするとよいのだ。だいじなぬくもりを思い出す。
「望いっつもえらいよね、ぜんぜん、泣きもこわがりもしないもん」
「あなたも」「あたしはほら、もっと怖い目でヤバい目がいーっぱいあったからさ」
 ……。

 暗がりと、血の匂い。あの頃、望のすべては激痛に喘ぐためだけにあった。
 嗜虐を満たすかわいいお人形。感覚のすべては苦痛のために。精神のすべては絶望のために。

「わたしも、です」

 あれに比べたらここの労働もなにもかも、まったく大したことはなかった。
 …思った以上に、自分は壊れていたということなのかもしれない。

「いえーい、つよいこ同盟だ」癖っ毛はうれしそうにわらってちいさく手をかかげる。
 ハイタッチのかまえ。
「はい、なのですー」ほかの子が寝ているから、音は立てないように、そっと合わせる。
 
 自分のことよりもほかの子が心配だった。
 成人の囚人よりは内容としては軽いだろう。しかし罰は容赦なくやってくる。
 泣き出す子に響く、アナウンス。
 こどもは純粋に言葉を受け取る。自分は悪いらしい。自分がいけないらしい。
 でもそれは、挽回することができるようだ、ちゃんとやればわるいことではなくなるのだそうだ。――奪われていく思考。自身を顧みぬように塗り替えられていく。

 かれらには、寄り添う声が必要だった。

「じいじをね、思い出してたんだ」「…ですか」「ですです」望の口調を真似て、またひひひと笑う彼女の声は、どこまでも明るい。
「おじいさまも、ここにいるのです?」癖毛の彼女は首を振る。
「じいじはだめだって言われた」
「…だめ、です?」
 なにか足首に絡むような予感がする。「おじいさまは、悪いことをしてなかったのです?」
 ううん。癖っ毛は首を振る。「一緒にやった。盗んだりとか騙したりとか…」
「わたし、てっきりじいじも一緒に来るんだと思ってた」
 ……。
「でも宣教師様がいったんだ、ダメだってさ」
 なんだ。不気味さの這い寄る音がする。
 濡れた細い髪の毛がびっしりと足首に絡むような、気持ちの悪い。
 罪を問いながら――選別、しているのか?
「たぶん、あたしを後押しして、引き換えに自分は残るとか、言ったんだよ」
 望の考察をよそに癖毛の彼女はそういう。
 声こそ明るけれ、そこには自責の念がひしと滲んでいた。
 
「おげんきだと、いいです」
 せめても。望はつぶやいた。「ありがと」やわらかな答え。
「でも、多分ダメ」
 望が思わず顔を向けた隣の彼女は、さっぱりと微笑んでいた。「さすがにわかるんだ」
 彼女は寄り添うほかの子に気をつけながら、体を仰向けにし顔を天井に向ける。
「何度も見たもん、“悪い”やつがあの拠点でどうなるか」
 粉々に砕けたガラスの弧をさわったようなゆるやかで危うい声だ。
 癖毛の少女は両手を伸ばす。その手の甲には何度も刺したような傷跡がある。
「あたしは機会をもらったんだ」
 そのまま両手を組む。祈るように。「ちゃんとやってたら」
 組んだ手を下ろす。胸の前に。

「しんぱんの日に、いいよってしてもらえる」
 震えるほど力のこもった、手を。

「そしたらじいじのぶんも許してもらえるかもしんない」
 隣の彼女の声がどんどんふやけていく。
「そしたら悪いのもしょうがなかったって、言って、もらえたら、あたし、あた、あたしさ…」
 気丈さがなりを潜めて、どんどん年相応のそれになっていき――
「…あ」黙り込んでしまった望をどう解釈したのか。「ごめんね」慌てた声を出す。再び明るい「なんかいろいろ、励ましてくれたのにさ、否定して、暗い話までしちゃって――」
 いつもの声で、からから笑う。
 だれかを起こさないように、抑えたままで。
 
「わたしは」
 望は手をのばした。彼女の組まれた手の上に重ねる。
「わたしは、心が壊れて、たくさんの人を殺してしまったのです」

 望は忘れることはないだろう。
 むせかえるような血とあらゆるものをぶちまけた酸をまぜかえしたすえたにおい。
 熱いなかみの温度は驚く程熱い。
 硬いはずの床は、歩こうと踏み出せばぬるりとぬめって、やわらかい。
 おぞましい、とおのれでも思う。

 屋根に穴があいている。

「そして一番大切な人の側にずっと寄り添ってあげられなかった」

 そのむこうに、夜空があって、星が光っている。
 吹けば、消えそうなまたたき。

「…じゃあ、がんばろう同盟も結成だ」
 癖毛の彼女は微笑む。組んだ手を解いて、望の手の上にもう片手を重ねてくる。
 望は首を振った。「…嫌だった?」「そうじゃないのです」
 もう片手を伸ばして、彼女の手にさらに自分の手を重ねて、
「同盟は結成ですけれど、そうじゃないのです」
 力を込める。
「たしかに償いはいります。しないとだめです」
「…うん」「つらいの、わかるのです」

 こんな話は、仲間たちにもあまりしたことはない。
 訊ねられれば、はぐらかしてしまう。ごまかしてしまう。
 話したくない?話せない?
 そのどちらでもあるのだろう。

 あの暗闇は過去のことだけれど――しかしぬらりと重たくそこにあって、まだ乾ききらずに強いくらやみとにおいを放っているのだ。

 ふりかえって、まっすぐ受け止めるのもおそろしいほどに。

「わたしは」
 思い描く笑顔のなかに、とくに輝く大事なひとを思う。
 比翼連理。あのひとがいなければ、自分はおのれの業に押しつぶされてぺしゃんこだろう。

「わたしは一生を費やして、今度こそ大切な人達を幸せにしないといけないのです」

 かわいくていとしいひと。
 おもうだけでいとおしさのあふれてくるひと。

「それがわたしの贖罪です」

「だから、えっと」望は癖毛の彼女の手をにぎりしめる。
 重ねた手にやどるのは、生者の体温だ。
「がんばろう同盟です」銀をいろどるアネモネが揺れる。
「人に言われるんじゃなくて?」「そう」大きくうなずく。
「…そっ、かあ」
「かんがえないとだめなのです」
 癖毛の少女が笑う。
 こどもの純粋さに、少し苦味を足して。
「むずかしいね」
 望はいまひとたび、大きくうなずく。
「ええ――むずかしいです」
 あのひとのしあわせはなんだろうか。
 どうしたらいいだろうか。
 ひとすじなわではいかない問題だ。
 しかし。 
「あしたが、あります」「うん」「いっしょに、がんばるのです」「うん」
 重ねた手を、少し持ち上げる。
「がんばろう同盟、おー、なのです」
「おー」
 よるにまたたくあかりのほうへと、掲げて、誓う。

「というわけで、もう、ほんとにねましょう」
 七那原は羽根をひろげる。
「うん、あしたも、がんばらないとだもん」
 うなずく。がんばらないと。その声に、もう引きつるような必死さはなかった。
「なのです」
 やわらか奏でる子守唄。
 子らを守る父も母もここにはいない。
 これは真似事だろうか――本物に比べたら、ずいぶんちっぽけだろうか。
 わからない。
 自分が幼い身であることが、ちょっとばかりくやしい。
 現実はいつだってむずかしい。

 癖毛の子は微笑んでいる。
 上下する胸。規則正しい呼吸。
 
「…今だけは、やわらかい夢のなかで眠ってください」
 がんばろう同盟です。

 望は片手をぎゅっと握り。

 えいえい、おー。

 誓いを、掲げた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルルチェリア・グレイブキーパー
※アドリブ歓迎

教団の拠点に犯罪者として潜り込むわ。
嘘に真実を混ぜれば、罪も怪しまれない筈。

私の罪?……親友を裏切ったの。
親友を嫌いになった訳じゃ無い。
食料や金銭のトラブルが有った訳でも無い。

親友が私以外の人と楽しそうにしていたから。
私と一緒に居る時よりも楽しそうに見えたから。

……そうよ、ただの嫉妬よ。
私は大切な親友を下らない嫉妬だけで……殺したのよ。

……後悔しているに決まっているじゃない。

他の犯罪者さんと話がしたいわ。
私の罪は話したわ。良ければ貴方達の罪を聞かせて頂戴。



●エナメル・リムーバーの功罪(目的犯/虚言・偽証)

「そうよ」
 ルルチェリア・グレイブキーパー(墓守のルル・f09202)はすこしムッとしながら頷いた。
「墓守。それが私だったの」すこしだけ語調を強めて言う。
「フーン」髪をポニーテールにくくったそばかすの少女は鼻にもかけずに相槌を打つ。
 ルルチェリアと同じか、すこし上くらい。でも親友ほどの年齢差じゃない。
 少女の態度がなんとなく気に食わなくて、ルルチェリアは思わずしっぽですこしだけ強く床を叩いてしまう。
 労働の休憩時間。二階の開放廊下。
 ふたりはなにをするでもなく、お情け程度の落下防止柵に頬杖をついたり、顎を乗せて工場や倉庫をやるかたもなしにみつめていた。
「墓守ってゼータクね」ぽつ、と少女が呟いた。
「なんですって?」今までに聞いたことのない言い草にルルチェリアは隣を見る。
「だって」少女もルルチェリアに顔を向けた。「そうでしょ?」
 まゆを寄せて、額に皴して、口を歪めて。
「死んだ人はなんにもなんないのよ、そのために生きる人が時間使って、しわしわのおばーちゃんになって死ぬんだわ、ばっかみたい」
 心の底からの言葉のようだった。
 ルルチェリアは13歳でも立派な女性(れでぃ)だ。霊の友達だってたくさんいる。いろんなことだって教えてもらった。
 だからこういう礼儀をわきまえない輩にはどうするか、きっちりわかっている。
「貴方ねえ…!」
 まるい耳がぴくぴくと動く。
 自分はひとりじゃない。いまだってこうして霊がそばにいる。はらはら心配してくれてもいる。
 そうだ。わかっている。わきまえない輩にはどうするか、きっちりわかっている。
 だが、これ、この言い草は我慢がならなかった。
 他人の仕事を侮辱するとは、たとえ子供といえど許されることではない。
 ぐぬ、と唇を歪めて反撃のことばを探し
「あーわかったわ、今痛烈に分かったわ、あんたがなんの罪かはともかく、どーやってここに来たか!」
 ずいっと人差し指を胸先に突きつけられた。
 とまどったのは一瞬だ。だがすぐ内心で首を左右にふって取り消す。どーやって来たかがわかった?まさか。猟兵だなんてバレるはずがない。とはいえ小さな心臓がすこし早まる。
「…なにがわかったっていうのよ」

「そーやってツーンって底意地張って来るはめになったんでしょ」
 ――言葉に詰まった。

 少女はルルチェリアに指をつきつけるだけでは飽き足らず、向き直って迫ってくる。
 ずかずかやってきて胸を
 …少女の意見は見当ちがいだ。ルルチェリアは硝子剣士の要請の引き受けて自分の意思でここに来たし、なんなら転送でやって来たのだ。
 だから少女の言うことは明後日の方向もいいところだ。
 ルルチェリアにいたむところなどなんらないことばのはず、だった。

「そーやってばっかみたい取りすましてつっぱねて」

 自分がなかなか人の友達が持てなかった理由が
 
「そんでみんなから取り外されて、今更だーれも助けてくれなくて」
 
 突きつけられているような、そんな――

「そうよ」
 ルルチェリアは一歩前に出た。
 売られた喧嘩を買うように、胸どころか額だってぶつかりそうな距離で少女と目を合わせる。

「親友を裏切ったのよ」
 潜入のために作った嘘を言ってやる。
 それは嘘だ、嘘だけど。
 でもどうしてだろう。後悔がある。
 潜入のためとはいえ、こんな嘘でっちあげなければよかった。
「へえ、悪党」少女が嘲笑っている。「嫌いになったの?」

「嫌いになった訳じゃないわ、なる訳ないじゃない」
 真実を喋る。そうだ、嫌いになるはずがない。「食料や金銭のトラブルが有った訳でも無い」
 
「親友が」
 こころのむこうで、きれいなエーデルワイスがゆれている。
 さらさらゆれる髪。
「私以外の人と楽しそうにしていたから」
 無二の親友、そう言ってもらった。
「私と一緒に居る時よりも楽しそうに見えたから」
 それなのに、やっぱり時々、ほかのひとと遊んでいるのを見れば、胸がくるしい。
 さみしい。
「それ、自分で言ったの」ああ、あれは戦争の最中だった。
 もしもあんなことがなかったら、言える日はきただろうか。
「そうよ、ご想像通り!勝手にいじっぱりして、平気なフリしたの」
 
「ちっぽけなやつ!」「そうよ、ちっぽけよ」
「ただの嫉妬よ」
 
 ルルチェリアは大きく息を吸う。
 ああ、ほんとに、こんな嘘、でっち上げなければよかった。

「私は大切な親友を」

 真実を混ぜるから

「下らない嫉妬だけで」

 あり得る要素を入れるから

「殺したのよ」
 
 なまなましく、頭に描いてしまう。

 これは嘘だ。これだけは嘘だ。
 そんなことはない。そんな日はこない。
 鬱屈した日々のせいだ。きっとそうだ。
 
 疑われぬよう、確実にするために真実を混ぜた嘘。
 それが、ルルチェリア自身に問うていた。

 …ほんとうに、絶対に、こない?
 
 だって幽霊だったら、魂だったら、一緒にいられるのよ?
 悪霊にならないように気をつけて、ずっとずっといられる。

「貴方はどうなの」
 当初の予定通り、いや、いまは半ば自分を誤魔化すためでもあり、ルルチェリアは少女へ強く尋ねる。
「わたし?」少女がここで、一歩、下がった。「わたしは、その」
 ルルチェリアは持ち前の強がりで前にでる。追う。
 ああ、似た者同士なんだ。少女の性質がようやくわかっていた。
 やたらとつっかかるのは、こわくてこわくて仕方ないことの裏返しなんだ。
「人の話聞いといて今更逃げるとかじゃないわよね?」食って、かかる。

「…あんたと一緒だけど?」
 少女はしどろもどろに

「へ?」ルルチェリアはまばたきする。「えっと、それは」
「殺したの、ともだち」
 彼女はそのまま落下防止柵を両手で掴んだ。「どーん」大声を出す。
 続いて身を乗り出して下を覗く。「ごきっ」ありもしない死体を眺める姿勢で、動かない。
「お父さんとお母さんが死んで、ずーっと泣いてんの」
 柵によりかかって下をのぞいたまま、少女はみずからの足をぶらぶらと中にけり出す。
「あたしがいるよって、何度も」たん。強くかかとで床を打つ音がする。
 そのまま。
「あたしなーんにも意味ないじゃんって、思ったら」
 そのままずるずる、崩れて、しゃがみ込む。「ばーか」
 ルルチェリアはそっと歩み寄る。
 ルルのそれは嘘だ。親友は生きている。殺人なんか起こってやしない。
 少女のそれは真実だ。ともだちを殺した。「居てって、遊んでって、あたし、そう言えばよかった」びず。音がする。「ともだちを心配するいいこちゃんのフリしないで、わがまま言って、困らせればよかった」手を伸ばして「こっちみてって、そしたら、そしたらさ」頭を撫でてやる。「そう」「うん」

「私も、そうしたいわ」
 抱きつかれた。
 そのままわあっ、と大きな声が上がる。わあわあと声をあげて泣き始める。
 いつかしてもらったみたいに腕を回して、背を叩いてやると、ぎゅっとしがみつかれた。
 まだ日の浅い付き合いだけれども、ルルチェリアはなんとなく悟る。
 たぶん、彼女は、今日初めて泣けたのだろう。

 墓守の仕事は、死者ばっかりじゃないと、今更ながらに思う。
 亡くした誰かに寄り添うことも、そうだ。仕事だ。

「…あんたは、後悔してる?」
 ルルチェリアから体をはなしおおつぶのなみだのむこうから、少女が訊ねる。

 ああ。

「後悔してるに決まってるじゃない」

 ありもしない罪を。ありえたかもしれない未来を、ルルは否定する。

 魂になったら一緒にいられる。ずっといっしょにいられる。
 だけどそれじゃ、クリスマスの飾りだってできない。
 でも後悔する。きっと後悔する。
 ぜったい。

「だよね」
 少女はそのままぽてんと後ろに倒れてしまう。
 ルルチェリアはれでぃだから、ぽてんと倒れたりは、普段は、しないのだけれど。
 今回ばかりは、ぽてんと倒れた。
 おんなじ空を見上げてあげかった。
 
「…もーちょっと、素直になりたいわよね」
 そっと言う。
「だね」
 なみだに濁りながら、返事がある。

 アポカリプス・ヘル独特の、いつ乱れるかもわからない晴天。
 雲ひとつなければ鳥の一匹も飛んでいやしない。
 
「ごめんね、墓守、無駄だって言ってさ」
 ……。目線だけ動かして隣の彼女を見る。
 疲れた顔をしている。
「なんか、ずーっと死んだ人のこと考えてるともだちと、あと、なんか、墓守?そういう人がいたら、ちがったのかなって、思っちゃったらさ…」

 誰かが処罰を受けたのだろうか。アナウンスが聞こえる。
 これは罰、正しい、罰です。「そうね」
 
「今回は特別に許してあげるわ」
 いつもの調子でルルはツンと言った。
「あんた、親友のほかに友達いないでしょ」「…、いるわよ」いくつも顔を思い浮かべる。
「へえ〜モノ好き」揶揄に悪意はない。からから笑い声がしている。

 これは、友達と呼んでもいいのだろうか?
 嘘をついていても?

 ルルチェリアの母から貰ったペンダントが太陽を受けて輝いている。まぶしい。
 嵌っているのは黒水晶。形見。負から娘を守る祈りを込めて渡された品。
 ねえ。
 今の私のことを見たら、どう、言う?

成功 🔵​🔵​🔴​

多々羅・赤銅
適当な男の隣に座り込んでだらだら話にいこーかな。
こっそり持ち込んだ酒でも、少量飲み交わしながら。
付き合ってよ。我らの命に、乾杯!

あんね
自己紹介すんね
私はこれを、罪と呼ぶ気無いんだけど。
複数の相手に、恋をもって姦通すんのは罪だと思う?

かーっそんな目で見るー!

うはは、そーよビッチなんだ私。人に愛し愛されないと生きてけない。
クソ女だろ?どーぞ嘲笑ってよ。
ね、お前はどんなクソ野郎だったの?
聞かせてよ、多分お前の事も私きっと愛するから。

ん。
そう。
クソ野郎だね
もーちょいちゃんと、クソ同士クソに贅沢したいねえ
その酒の残りあーげる
私とお前の仲だから

さて、なんか直してくっか
明日のこの場所に乞うご期待!



●よおクソ野郎、仲良く乾杯する?(目的犯/姦通罪・不義密通・他)

 ふんふんふ〜ん。
 ご機嫌な鼻歌で足取りも軽かろやかに。
 多々羅・赤銅(ヒヒイロカネ・f01007)は眠りこける“罪人”たちの中を適当にゆく。
 今日の労働は昼過ぎから深夜にかけてだった。だから終わるころにはこんな感じだ。
 寝っ転がる者を時に跨ぎ、イビキをかく者の足をちょいと足先でずらして、歯軋りするの頭の側を忍び足、大の字の男の腕を踏まないように超えて――ぶらぶらと。
 足が軽やかなら手も軽い。それぞれちょっとしたものを持っている。
 左手は縁のかけた硝子のショット・グラス。右手は酒。
 足取り合わせて下げた小瓶の中のわずかな液体もゆれる――たぽたぽと。
 夜風が赤銅の前髪を揺らした。毛先が頬をくすぐる。
 風の方をみやれば、倉庫の入り口がほんの少しばかりあいていた。
 興味本位でそこから首だけ出して外を見てみる。項垂れるように背中をゆがめた男がいる。
 倉庫の入り口から降りる階段にを数段降りた位置に座り込んで、何をするでもなく。
 ふむ。ひとつうなずく。
 きーめた。
 するりすべるように、そのまま表へ出る。
 
「よっす」「おー」こっちも見ずに帰ってくる返事。短く刈り込んだ髪。左耳の上に三本、刈り上げで線を入れている。返事に合わせてあげた左手の、薬指がない。
「ねーえ、なにしてんの?」「なんも」「お」
 軽い調子で「じゃあさじゃあさ」
 たん、たん、たん、3段降りて男の左隣にぱっと座り
「付き合ってよ」
 こん。瓶を置く。「…は?」思っても見なかったらしい。男は赤銅と酒を代わる代わる見る。
「まーまー」赤銅は持ってきたショット・グラスにすこしばかりの酒をそそいで
「そう言わず」男の手に握らせる。
「まだなんも言ってねえんだが?」男のツッコミに答えず、自身の分はジャケットの内ポケットからころり錫のぐい呑みを出してそこにそそぎ
「ほれほれ持って」ぐい飲みを持ってかるく掲げてみせる。「お…おう」流されるまま、といったふうで男もグラスを掲げたので、赤銅は満面の笑みをニンマリ広げた。「っしゃ」

「我らの命に、乾杯!」
 かちん。硝子と錫のぶつかる音が響いた。
 
 労働の後の酒はうまい。
「あんね」「おー」
 ちょびっとならなおさら貴重に、旨く思う。
「自己紹介すんね」「おう」
 でもやっぱり足んねえな、と赤銅は思う。というかまずビールが欲しい。キンキンに冷えたやつ。
 つまみも欲しい。
「私はこれを、罪と呼ぶ気無いんだけど」「はいはい」
 これはふつーのことだろう。罪ありきだかなんだが知らないが。

「複数の相手に、恋をもって姦通すんのは罪だと思う?」
 ぶは、と男が空気を吹いた。「なんて?」

「かーっ!」赤銅はげらげら笑って自分を抱きしめるように腕を回す。「もーそんな目で見るー!」「どんな目で見てる!?」「言わすなよー!そりゃああれだよ」赤銅はもちろんリクエストに答えてその単語を大きく一文字ずつ「 こ え が で か い!!」叱られた。「いうな言うなそんな単語!」ついでに遮られた。「あーん?」「あーんじゃねえわあーんじゃ」「ああん」「そっちのああんでもねえわ」「大丈夫だって〜」「大丈夫じゃねえからいってんだが」
「だれも起きてきやしねーって」赤銅はウィンクを飛ばす。「どいつもこいつもグッドリーミンナウって感じだったぜ」ばちこーん。
 それからくるっと表情を変える。「あ、なになに」にこにこ笑いながらぐっと身を乗り出す。「もしや私の心配か?そんな単語言わせないって?しんしー」だはあ。男のため息は大きい。「馬鹿めんどくせえだろ中のやつが起きてきたら」「私とおまえの仲を察されて?」「ちげーわ貴重な酒の心配だ」「あらお盛ん!」「なんでやコラ!」「やだ大きい♡」「ああ大きいさお前の声がなこのビッチ!」「お前もいい声出してるぞ!」赤銅がとどめの大声で指摘してやると男は自身の声量に気づいたらしかった。ぱくぱく魚のように口を開閉し
「言ってろ…」男はがっくり、肩を落とす。
「うはは!」赤銅はあっけらかんと笑ってやる。「そーよ、ビッチなんだ私」
 杯を唇に運ぶ。
「人に愛し愛されないと生きてけない」
 赤銅の舌先がゆっくりと杯のふちをぐるりと舐ぶる。
「クソ女だろ?」
 目だけ流し男を流し見る。
「どーぞ嘲笑ってよ」
 そういう赤銅の唇が濡れた花みたいに笑んでいる。
 ……。
「するか馬鹿」男は短く否定した。「そーいう資格ねえよ、俺にゃ」一言添えて。

 赤銅は酒をゆっくりと口のなかで転がして、飲む。「ね」「おん?」
「お前はどんなクソ野郎だったの?」
 声は澄んで清けし。
「俺か」ここの“罪人”たちにめずらしく男は語ることを渋った。「そーそ」
「気持ちのいい話じゃない」「え〜聞かせろよ〜」
 男が顔まで背けるので赤銅は今一度身を乗り出す。
 口のなかいっぱいに、酒の香りがしている。
 甘くはない酒だ。わずかな酸に苦味、花の匂いが。
「多分お前の事も私きっと愛するから」
「愛、ね」へ、と男は笑った。

「…惚れたヤツがいてな」「ん?」「ぐっちゃぐちゃだったんだ」
 男はショット・グラスを傾ける。酒をくるりと踊らせる。
「そんで」両手でグラスを愛しむように側面を包み持ち「こう」きつく握る。
 男は一度そこで話を切った。かるく首を傾けて赤銅をみる。
「ん」赤銅は酒を舐めて、男へ顎をしゃくった。「続けて」
 男の両手でグラスが温まって、酒が、薫っている。
「埋めたん?」「目的犯って知ってっか」「なにそれ」「目的があって行を犯す、というやつ」
 くく。赤銅は笑う。「愛は目的犯になんのかね?」ひひ。男も笑う。「知らね」
 男は笑って、笑って眇めた目まま、グラスを見つめている。
「おれのここも」左手の指を全て握って男は欠落を示し「こっちもあわせてさ」別の指を立ててなにを入れたかを示す。
 ぐるりグラスのうちにまとわりついた酒は、一瞬、月に光って、指輪のように見えなくもなかった。
「じっくり煮た――残さずだ」
 男が酒を煽る。

「まずかった」
 こん――とグラスが置かれた。

「もう、最悪に」
 男が笑い声をこぼす。ふふ。
  
「そう」赤銅は、短く、応える。
「クソ野郎だろ」男が笑っている。
「クソ野郎だね」肯いてやる。
「そーだ、クソ野郎だよ」男は笑いはじめる。堪えきれないように。くくく。片手で顔を覆って、もう片手は腹に当てて。
 赤銅はそこで気付く。男の左耳の上。三本の刈り込み。
 その、一番したの一本のなかに、小さな爪痕がある。男性のものじゃない。女の爪痕だ。
「あいつもう、どーしようもなくてさ、もっとさ、もっとさ…ああ、クソ野郎だ、おれもあいつもクソだったんだ…どうしようもない」
 線ではない。
「細胞だって速きゃ一ヶ月、遅くても一年でかわっちまうのによ…てめえらで降りた地獄だよ、てめえらのクソさ加減でたどり着いた場所だ」
 いち、にい、さん、しい――小さな下弦の月が、ある程度の間隔を持って並んでいる。
「そーね」
 片足を立てて、その上に頬杖をついて、赤銅はそれを眺める。
 顔を手で包んでそのまま爪を立てて力を込めたら、そんなふうになるだろう。
 赤銅は、男のひきつる小さな声を、笑い声として聞いておく。
 目を外した。空には月が浮いている。
 残念ながら今日は上弦の月。五本目の爪に数えようと思ったら、孤の方向が違う。
 
「もーちょいちゃんと、クソ同士クソに贅沢したいねえ」
 ああしかし、深夜を超えて朝に寄り、だいぶかしいできた月は――

 赤銅はぐい飲みに余っていた酒をあけてしまう。
 酸味と苦味、それから、花の匂い。
 労働の後の酒はうまい。それがちょびっとならなおさら貴重で旨く思える。
 でもやっぱり足んねえな、赤銅は思う。というかまずビールが欲しい。キンキンに冷えたやつ。
「…そういうもんかね」すこし枯れた声が隣からする。
 それからツマミが欲しい。やっぱり。
「したくねえ?贅沢」
 コンビニとかで買い込むのも全然いいけど。できれば
「…ちょっとしたい」
 くくく。赤銅は今晩何度目かもわからない笑いをこぼす。
 そうだよな。
「ほらな」
 私もそうだ。ツマミはできればコンビニじゃなくて好きなの適当に買って、いつものとーり転がり込んで、作ってもらいたい。

―だれかの唇の笑みのようにも、みえる。

 よいせっと。赤銅は来た時と同じ調子で軽く立ち上がる。
「その酒の残りあーげる」「えっ」
「私とお前の仲だから」
 投げキッス。

「さって、なんか直してくっかな」
 顎に手をかけひと思案。
 そうそう確か、電気の配線あったよな。電源生きてるよな?工場の機械動いてるもんな?
 いけるか?団地のブレーカーと同じノリでいけるか?レベル違うだけだもんな?
「は?寝るんじゃなくて?」
 振り返れば今寝泊まりの倉庫だ。あー外付けの建物があんな、あれかな?あれだな?
「いやーあれっぽっちの酒じゃ寝酒にもなんねーし」
 見当がつけばあとはなんだ、なりようだ。
 視線を戻せば男が困惑の顔で立っている。
 鼻の頭はまだ赤いが、酒盛りをふっかけた時と変わらない顔だ。

「じゃ、明日のこの場所に乞うご期待!」
 二度目のウインク。

 しごく爽やか、きびすを返して歩き出す。

「おう待てちょい待て」追っかけられた。赤銅は笑う。「やだなんだよ〜〜?惚れた?惚れちゃった?」男の業を聴く前と変わらず話し「いや惚れたのは生涯あいつひとりなんで」「たはー!のーろーけー?」男の業を聞く前と変わらず笑う。決して錆びぬ不変の日緋色金がごとく。
「クソ同士なんだ、手伝うよ。そのかわり」
「おっ」赤い片目で瞬きして下弦の月とばかりにんまり弧を描く。「なんだなんだ?これか?」子供の前ではとてもできないようなハンドサインをしてみせる。「お前な!」「うはははごめんごめん!今のはお前にするにはちょっと酷かった!ごめんね!そうだわ、お前はそーいうクソ野郎だ」げらげら笑って。

「それで?」笑いを引っ込める。

「その後でもっかい乾杯してくれ」

 ――…。

 羅刹は笑む。聖者は笑む。
 どこまでも笑む。

「いーよ」
 
 夜気はゆっくりと終わろうとしている。
 普通なら誰かがはたらくような陽の当たる時間の乾杯は、クソ悪いことをしてるみたいで、それはそれはクソ悪くないに違いない。
 クソなりの贅沢、という奴だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ホール・マン
 罪とか罰とか俺様ダダの下水マンホールの蓋だからよくわかんねぇや。
 ただ、血とか汗とか涙とか、水まじりの結果は俺様の横を通って泥の中に落ちていきやがる。春の雪溶けに沈む北国の砂利わらのように、後に残るのは赤さびた土だけだ。
 ところで、車輪の下のものとは言うけれど俺様にもちゃぁんと仕事がある──が、まずは寝るに限る。

 むにむに忍び込んでよぉ、道端に寝っ転がってよぉ。そうしたらだれか奇矯な奴が気ぃつくだろ。
 溶解炉行きは御免だがタダのマンホールの蓋が行き着くところには流れ着くはずだ、横目に見た血のように。十字架背負った罪深き手とやらがあるべき場所へ運んでくれるってわけよ。
 上か下か、どこかへなぁ。



●血と涙となにもかも流れゆく先を知るもの(侵害犯/罪状:偽造・侵入・情報窃盗・他)

 がり、とだれかの指先に引っ掻かれて、ホール・マン(マン・ホール・マン・f21731)は意識を浮上させた。

 今のホール・マンは家庭用核シェルターのハッチ扉となって地面に転がっている。これはそれ、アポカリプス・ヘルにおいて最も見られるご当地マンホールの蓋とは家庭用核シェルターのハッチだからだ。
 強奪すべき拠点たる倉庫基地の…どのあたりだろう。なるべく本丸に近そうなところにむにむに忍び込んで寝っ転がったのだが。
 デザインは目立つようにやや派手めを選択している。成人男性がすこし屈めば入るくらいの縦方向の長方形にちょいとすてきな重厚感…だが新品だと流石に怪しまれそうなので不本意ながら少し錆を浮かせた。蓋中央にはやや煤けたイエローで大きめに正方形のペイント。もちろん正方形の真ん中にはど定番の大王道・マットブラックでドアから逃走するピクトサインがかかれている。ハンドルは下辺に水平についている。鍵と一体のプッシュ・プル型だ。…ホール・マンとしては核シェルターのハッチというコンセプトからするとこれはおかしいのだが、目的はデザインではなく運ばれることである。持ちやすいに越したことはない。苦渋の決断だった。

――おうおう。
  おうおうおう――

 浮上した意識で自分を引っ掻いた相手を
認識する。

――女児(ガキ)だ――

 ほそっこい腕にも足にもブラシでも弾いたみたいに点々と黒々殴打の後がある、まあ最近のではなさそうだが。喉には大きな黒ずみが横一線に入っている。背も人の中では低い部類だ。残念ながらマンホールの蓋としては人間は見上げるばっかりで背丈の判断なんか大体おおよそ当てずっぽうだがそれでもわかる、小柄だ。ガキだ。UDCアースならランドセル背負ってらんらんスキップしてどんぐりどもの中で先輩ヅラしつつも横断歩道の真ん中にホール・マンがいたら島に見立てて飛び乗って更にジャンプして友達とはしゃぐような年頃だ。信号あっても横断歩道は早よ渡れや、ねえならなおさらだガキども。これぐらいのガキなら殆ど屈まなくても今のホール・マンを軽く持ち上げればするりと潜れるだろう。向こうに空間はないので潜れないのだが。
 がり、と伸びた爪が引っかかって、折れて、すこし剥がれたらしい。少女は自分の指を舐めて、再びホール・マンに挑戦する。顔の必死さに希望を滲ませて。
 こういう表情は見覚えがある。
 追われるネズミ野郎の顔だ。
 逃げ先を求める顔だ。
 嗚呼。
 ぽたり、ぽとり。汗が何滴かホール・マンに落ちた。水分が少なく、塩分が多い。あまり水分を摂取していない、労働でぶんまわされている人間の汗だ。
 少女はハンドルを両手で握り、どうにかホール・マンをひっぱり上げて…大きなためいきを響かせる。
 ぶうん、と羽音と共に、ドローンが追いついたのはその時だ。
 それにも少女はがっくり、肩を落とす。

―あぁそうだ。残念だったなあ嬢ちゃんよぉ。
 俺様はあくまで蓋だ。穴じゃあ、ねえんだわ―

 少女はそこから思い直したように、ホール・マンの下に潜り込んで、そのままかぶるように担ぐ。片端を地面につけ、ずるずると引きずり運ぶ。意外なことに一度もふらつかない。時折立ったまま休憩すら取る。ホール・マンの本日の形態が丸ではなく四角形なのも幸いしているのかもしれない。しかし引きずるとはその分地面の細やかな影響を大きく受けるし、支点を誤れば用意に傾く、はずなのだ。
 ちいさな両手は蓋を内側からしっかりと支えている。
 もちろんホール・マンはハッチの蓋にも造詣が深くこだわりがあるのできちんとそこにも取っ手が備えてあり、この幼い働き蟻はそれを支えに歩んでいく。

―おうおうおうおうおう。
 なるほど、“罪人”、こいつが十字架背負った罪深き手ってぇか。
 “自分よりも大きいもの”を“運ぶ”のに、慣れている理由と関係あんのかねえ。
 まァ罪とか罰とか俺様タダのマンホールの蓋だから、よくわかんねぇや。
 正味理解する気もあまり無えがよ、しかしこいつは随分とちっちぇ手だ。
 噛みちぎってるのかひっかけてんのか長さばらばら先はギザギザの十爪は横線に白斑点だらけ指も甲も掌もあかぎれだらけ、その上タコで形もぼっこぼこ。おう、でっけえ血豆まであんじゃねえか。
 ただのマンホールの蓋の俺様にだってわかるぜ――みずぼらしい手!
 罪とやらにゃあ手の大小傷の有無は関係ねえか?それもそうか?そういうもんか?ええ?
 マンホールを触る手ってのはよぉ、いやあ今日本日今回は核シェルターハッチの扉なわけだが、大抵手袋してんのよ。業者は勿論盗人は尚更おまけにこの俺様の顔面にべったり墨塗って魚拓ならぬ蓋拓とろうとするド阿呆だって物の道理はわかってると見え、しっかと手袋してやがるんだぜ。
 …だからマンホールなんざ素手で触るっつうのは、大体3パターンになる。
 1、逃走。逃げてくんのか逃げてきたのか。蓋にゃ乱暴きわまりねえ。こいつが一番多い。
 2、侵入。楽しい楽しいろくでもねえくっせえ匂いがするんだこれが。こいつが一番タチが悪い。
 …1、2は想像ついたか?でもよお、どうだ、3は想像つかねぇだろう。
 なあ、おい、ちんくしゃのお嬢ちゃん?―
 
 マン・ホール・マンはコンベアの上に置かれるようだった。少女の腰ほどの高さのある台で、不要な鉄屑を入れるようにと指示されている。コンベアの先は工場になっているが、そこに“罪人”たちは入れない。ともかく。不用な鉄を回収して入れる。それが少女の今日の労働だった。
 最後の置く瞬間ちょっとだけ、少女はふらついてバランスを崩した。前につんのめって倒れる。
 がたん。
 幸いホール・マンの今回のサイズが丁度良かった。そうともたまたま丁度良かった。たまたまだ。ホール・マンは決してちょっとばかしサイズが間に合わなくて潰しそうだったので台に突っかかるよう縦幅を伸ばしたりなんかしちゃあいない。決して。

―いいか、チンクシャのお嬢ちゃん。
 3は、なぁ――“不本意”だ。
 バカな暴力沙汰でコンクリとキスしたついでに。ドタマや心臓ぶち抜かれて倒れ込み。トラック突っ込んできてドンと引かれて吹っ飛んで。
 …。
 …または―

 少女は動かない。生きている。
 負傷としては地面に右膝を打った上にすりむいて、コンベアの台に左肘と右腕を激しく派手にぶつけた程度だ。
 軽傷だ。――それでも転がって、立てない。
 ホール・マンは今、ほんとうにただの、家庭用核シェルターハッチの扉だから―本当は動けるわけだが―動かない。

―または嘆き尽くして立てねえ時。
 そして、世の理不尽に憤って、雨の中拳を叩きつける時、だ―

 動かないで、少女に暗がりを提供する。
 世界から、ほんのすこうし、彼女が動けるようになるまで、庇い続ける。

―なあお嬢ちゃん。罪とか罰とか、俺様タダのマンホールの蓋だから、よくわかんねえのよ―

 水をすする音。
 水のあふれる、こぼれる――おちる、音。

―ただ。
 血とか汗とか涙とか、水まじりの結果は知ってんだ―
 
 流れる水の音を知り尽くしている蓋は、この瞬間下で鳴ったそのおとを、ただ、しっかと聴く。
 こうやって蓋の内側にそれがおちることなんて滅多ない。
 そも、落ちないための蓋なのに。

 蓋をするだけでは、やはり足りないのだ。
 
― そいつらは俺様の横を通って泥の中に落ちていきやがる――

 どんなに蓋をしても流れてくる嘆きや怒り。

―春の雪溶けに沈む北国の砂利わらのようにみいんな吸われ朽ちて。
 後に残んのは赤さびた土だけだ―

 どんなに濃かろうが苦かろうが――世界のしらんぷりを食らって、見えなくなってしまう。
 今落ちた涙も、こぼれた膝の血も、そうなるのだろう。
 血を吸って乾いた砂は血のあざやかな赤を嘘のように黒くすませて、粉々になって、誰かの靴に、車輪に、踏まれてわからなくなるのだろう。

―だがよう、いいかい、チンクシャのお嬢ちゃん。手袋も与えられねえなかでふんばった、そこいらの消防士や下水管工よりよっぽど厳つい手の持ち主よお―

 がこん、と今度こそホール・マンはベルトコンベアに置かれる。

―知っているんだ、俺様は。ただのマンホールの蓋は。水まじりのすべてを―

 白目も鼻先も真っ赤に染まった少女がコンベアに乗って流れていくホール・マンを見えなくなるまで見続けるのを、

―そいつが、そこに、あったことを―
  
 ホール・マンもまた、見えなくなるまで見届けた。
 
 ……。
 …本格的に人の目がないとなれば、むにむに、ホール・マンとしてはいもむし歩行で進むのもやぶさかではない。というかまずダストボックスがごめんだ。溶鉱炉とかお断り以外の何者でもない。必要ならお断りにノシをつけることも厭わない。この世界の守護者たるマンホールの蓋を溶かすなど予感でも言語道断である。
 蓋は車輪の下で運命と世界の重みに耐え、穴に蓋をしてこそ蓋だ。
 
 おっかないセンサーを気をつけながら這って進んで、転がった先。
 どうも、“罪人”たちによって加工させる前のパーツの製造所のようだった。

―こいつはなんとまあ―

 ただのパーツから見えるものはある。
 どうも“罪人”を使って作っているのは兵器の類のようだとホール・マンは目星をつける。
 戦車?そんなレベルではない。巨大兵器だ。
 想像するに技術の高さは最低でもUDCアース並みかそれ以上だ。
 生物的な曲線は優美さすら匂わせるが、だからこそ底意地の悪さが輝いている。
 …デザインは、そう。
 しいて言うなら、象、だろうか?
 
ーアレ、ほらあれだ、お鼻が長いのねって歌にあるあれだ。
 象の像だなんて洒落を見せられるとは思わなかったぜ、おい。
 …いや、象にしちゃパーツがおかしいな、ちょっと違うか?そも縮尺がちげえか?俺様動物園の歩道のマンホールになったことはあっても宿舎のになった事ァねえからわかんねえや。
 いやいや何より気になんのはあれだ―
 
 巨大兵器だがコクピットのようなものは見当たらない。
 どこかにコンピューターでも入れるのか?
 であればこのサイズだ。それなりに大きい箱か板かが収納されるはずだが…それもない。
 いやあ、ここで作ってないだけかもしれない。
 しかし、代わりに。
―ありゃ蓋か?蓋だよな?―
 不可解な、まあるい、蓋のようなパーツがある。サイズは…マンホールほどではない。しかし、小さくは決してない。

 意図のある大きさの、丸い蓋。

―なんだろうな?蓋魂にざわざわくるぜ。ありゃ人は入れねえよな?― 

 それが、いくつも。
 
―くせえな―

 ぶうんと、まあたらしい血が臭った、気がした。

 嗚呼、臭え。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『異端審問官』

POW   :    邪教徒は祝福の爪で切り裂きます
【強化筋肉化した右手に装備した超合金製の爪】で対象を攻撃する。攻撃力、命中率、攻撃回数のどれを重視するか選べる。
SPD   :    邪教徒は聖なる炎で燃やします
【機械化した左手に内蔵の火炎放射器の炎】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
WIZ   :    邪教徒に相応しい末路でしょう?
自身が【邪教徒に対する狂った憎しみ】を感じると、レベル×1体の【今まで殺した戦闘能力の高い異教徒】が召喚される。今まで殺した戦闘能力の高い異教徒は邪教徒に対する狂った憎しみを与えた対象を追跡し、攻撃する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●罰はいずこより

 放り込まれて感覚でいついつ経ったと日を数え。
 罪人と鉄だけが鳴るその場所に、とうとう人間が訪れる。
 落ち着いたたたずまいに光る爪。
 罪人と会話した猟兵たちならすぐわかるだろう。神父とやらだ。
 やってきたのだ。まことしやかにすみやかに、推測が飛び交う。

 罪に許しを問う、審問官――審判の日がやってきたのだ。

 罪人たちは一ヶ所へと集められる。
 倉庫の最奥。組み立てた部品が飲み込まれた場所。
 厳重な扉の向こうから低く、しかしたえず機械のエンジン音が響き続ける場所。
 
 機関銃や巨大なチェーンソーやさびた鋏といったものものしい装備を備えたドローンや蜘蛛足型のロボット。そして長い法衣に顔を隠した教徒たち。
 それらに取り囲まれ厳しい監視を受ける中、罪人たちは等間隔に集められ並ばせられる。

「では、問いましょう」
 今までお勤めご苦労様でした――審問官がきみたちの前で微笑んでいる。
 柔らかで暖かく嫌味がない態度で、まっすぐに。君たちを満遍なく見つめている。

 一名が呼ばれる。「前に」少女だ。ふるえる足で進む。 
 無理もない。前に出、立ち止まった瞬間、その首に鋏がかけられる。
 判断を誤ればどうなるか。いわれなくてもわかることだった。
「素直に、胸に問うてください――あなたは、犯した罪を悔い改めた、罪を許されたと思いますか?」 
 だれから見てもわかるほどに震えている。長い沈黙のあと、消え入りそうな声で答える。
「…はい」
「そうですか」審問官は微笑んだまま、鷹揚に肯く。「では」
 もう一名が呼ばれた。
 肝の太い男らしい。こちらは堂々とした足で前に進み、止まる。
 同じように鋏がかけられる。
「あなたは、いかがでしょうか?」
 男は間髪入れずにこう答えた。
「いいや」
 …是と否が囚人たちの前に並べられる。
 結果がどうなるか。だれもが息を呑んで見つめるなか。
 審問官はどこまでも澄んだ笑みで

「それは、非常に残念です」
 左手を上げた。輝く爪。刃が、光っている。

 ――。

「両名とも――ご自身の、罪染み付いた胴にお別れを」

 少女が叫ぶ。嘘、どうして!?男が叫ぶ。てめえ、どういうつもりだ!
 囚人たちのどよめきに審問官は微笑んでいる。「ああ、良い」
 どこまでも、どこまでも。
「罪すら無き我々にとって、それは非常に良い資源です」呟き。

 ――どこまでも澄んで澄み切った笑顔で、答える。

「どうしても何も――――真に罰を受け、償ったと思うなら、もう罪はないのでは?
 許しを思う時点で、あなた方はまずご自身に許されてはいないではありませんか」

 詭弁だ。

 許されたと思うか、という問いを発しておきながら――許しを思うことが既に間違いだと言っている!

「そしてまた、このお二人だけでなくみなさんの処遇も決しました」
 笑っている、笑っている、笑っている――
「ここに来たということは、あなた方も許しが必要だと思っている、ということでしょう?」
 ――狂いきった邪教の笑みで嘲笑っている!

「罪を濯ぐ身をさしあげましょう。きっとすぐになじみます」
 嗚呼。ドローンとは別のエンジンの唸りが聞こえている。
「そのために作っていただいたのですから」
 審問官の背後、その扉の奥から。「生まれる身は選べねど、生まれ変わる身を自身で作れたら、と思うでしょう?」
 人々の動揺の中で、審問官の声は冴えた刃のように静かに、滑り込む。
 
「真に罪なきものは、真に罪をすら思わぬものです」
 我々のように。

 左手が、下される。
 
 その鋏を、打ちとめたのはきみたちの刃だ、銃弾だ。
 少女が崩れ落ち、男が息をつく。
「とうとう来ましたか――ごきげんよう、猟兵!」
 あちこちのドローンや機械からタービン音が唸る。――本格軌道の、音がする!
 きみたちが動いたことで場は一気に動乱に包まれる。
「今回は致し方ありません、勿体無いですが少々焼いてしまっても良いでしょう」
 宣教師が配下へ指示を出す。「ここまで時間をかけてもったいなくもありますが」猟兵、きみたちをすら、見てなお笑う。「ふふ、またいくらでも手に入るでしょう」

「どうやら汚れた人々に在る罪とやらは――猟兵にすら蔓延っているようですから」

 さあ猟兵、

「罪とやらを収穫しましょう――殲滅戦です」

 戦争の時間だ。

 今よりの戦いが罪だというのなら、重ねてやることとしよう。

 武器の心配はしなくて良い。
 きみたちが呼びかけた者たちが協力して密かに運び込んでくれている。
 あるいはきみたちの努力の甲斐あって、事前に隠すことに成功している。
 敵は無数、しかして此度はこちらも多数――猟兵以外の援護も期待できる。
 戦うはもちろん――当然ながら出口は封鎖されている。罪人たちは多数だが無力な人々も多い。此れを守るも良し。

 汝が心はいずこにありや?

 仮に罪がその身にあるとして――
 
 汝が罰はいずこより来たるか?

 少なくとも――目の前からでは、なさそうだ。

※エネミー状況
 ・“異端審問官”
 ・教徒:多数
 ・ドローン・蜘蛛足型ロボット:多数
 
※利用できるもの
 ・施設内備え付けの機関銃(本来外敵を排除する用のものです)
 ・“囚人”有志のみなさん(元傭兵・元強盗 他)

 もちろん、これらを利用せず己の力で戦ってもかまいません。
 プレイングのご参考までに。
受付開始:4月24日(金)8:30〜
セプリオギナ・ユーラス
──くだらん茶番だったな。
罰であれ赦しであれ、本来必要な救済は得られない。“罪”という概念を持った時点で有罪、というわけか。『病気にも罹らず老いもしない身体になる一番手っ取り早い方法は“死ぬこと”だ』というのと同じ話だな。
罪を知らず生きるなぞ、善悪の基準を持たずに生きるということでしかない。実に、くだらん。

◆ひとは罪をおかさずにはいきられない
さて、派手な登場をなさったのに申し訳ありませんがわたくし、屑の相手をする余力はございません。戦う力のない人々を少しでも安全な場所へ誘導いたしましょう。
「罪のカタチが如何なるものであれ、斯様な処で命を差し出す程のことはございません」「さ。慌てず、落ち着いて」


レパイア・グラスボトル
バカは死んでも治らない。バカにつける薬は無い。
あんたらも充分にバカなわけだ。

【WIZ】
子供の時間は終わり、大人の時間なのだ。

集めた情報から侵入経路もしくは破壊しやすい箇所を連携。
子供と略奪品の回収班、敵と戦う班に分かれる。

汚い物の消毒はワタシらだって得意だぞ。

レイダー達も火炎放射器を主武装。
レパイアは後方支援、家族と他猟兵の治療に奔走。

一緒にバカをしたいなら歓迎するさ。うちは大家族だからな。
来る者は拒まない。
ただ不健康な面でいることは許さない。

罰を与える資格を持つ者なんていやしない。
されど因果応報。

無差別に燃やした結果、略奪品に飛び火するかもしれない。
敵が仕掛けていた何かも燃えるかもしれない。



●医者も匙を投げる(有罪:極刑)(有罪:極刑)

「――くだらん茶番だったな」
 セプリオギナ・ユーラス(賽は投げられた・f25430)より心よりの侮蔑が吐く。
「ワタシらだってもっとうまいお遊戯やるぜ?」
 レパイア・グラスボトル(勝利期限切れアリス・f25718)は歯を剥き出してニタニタと嗤う。
 黒髪に眼鏡の奥は眇め気味の半目、苛立ちの滲む渋面に痩身長駆の男。
 金髪碧眼カラフルな汚れの付いた白衣に満面笑みの色白の少女。
 珍妙な組み合わせであった。

「罰であれ赦しであれ、本来必要な救済は得られない。“罪”という概念を持った時点で有罪、というわけか」
 セプリオギナは相手を睨め付け眼鏡を直す。
「『病気にも罹らず老いもしない身体になる一番手っ取り早い方法は“死ぬこと”だ』というのと同じ話だな」
「バカは死んでも治らない。バカにつける薬はない――というアレだろ?」
 両手を腰に当て左右にゆらゆら首を傾げてレパイアが説く。あわせて金髪がさらさら揺れる。
「罪を知らず生きるなぞ、善悪の基準を持たずに生きるということでしかない――実に、くだらん」
「あんたらも十分にバカなわけだ」
「治療も必要ない屑だな」
 かたや心底の苛立ちを顕に、かたや侮蔑の嘲笑を浮かべ。
 モノトーンと極彩色は並んで相手の理論を切り開く。

 正反対ながら医者の二人は並び―

「死んだバカに興味はないね」
「そも健康な貴様らは患者ですらない」

 ―まったく同一の見解を処方して―

 黒髪痩身の仏頂面医とアポカリプス・アリスドクターはそれらに背を向けた。

 ―匙を、投げる!

「こっからは大人の時間だな。ガキはおさらばさせて貰うぜ」
 レパイアが右手を軽く掲げれば
 男は、くるり◆、
「ひとは罪をおかさずにはいきられないのでございますよ」かたん◆
 正六面体へと変わる。
「私もこれで失敬――あなたがたのお相手に裂くほどの余力はございませんので」

「逃げられるとお思いですか?」
 審問官は微笑んでいる。微笑みながら喚び出す。
 一様ローブに顔布で顔を覆った無数の教徒たち。
 ものものしい武器はどれも手入れが行き届き、しかし所々に凶行がありあり踊る。

「アァ」レパイアが歯をを見せる。
「相手してやるよ、目には目を、歯には歯を――バカには、バカがよ」
 レパイアの右手がフィンガー・スナップを鳴らす。
 
「頼んだぜ、生きてるバカども(マイ・ファミリー)」
 
 イィイイイイイイイイイイイハァァアアアアアアアアアッッッッ!!!!
 高らかなシャウトと共にそいつらは手に持った火炎放射器で鼓舞の火を噴く。
 呼び出されたのはアポカリプス・ヘルで忌避されるものどもだ。
 荒野のいかれ野郎ども。装備はレパイアに応えて火炎放射機が多い。ペンキで髑髏が描かれたタンク付きの火炎放射は大小さまざま、火炎瓶の数など数を数えるのもバカらしいだろう。チェーンソー、釘バット、近距離を考えて腕に鎖を巻きつけて鉄甲にしてきたものもいる。
 おどろおどろしい武装は革のジャケットやどこぞで見つけてきたらしい鉄片を鎧がわりにつけていればいい方で、肌に傷をつけて刺青がわりに盛り上げているものもいる。髪型も棟髪刈りに刺青びっしりの丸刈りから長髪まで様々なら顔面まで深い傷があるもの狂ったようにピアスを打ち込みまくっているものガスマスクやヘルメットなどで覆っているものなど、などなど。
 どいつをとっても同じ顔などいやしない。狂信者とまるで対照的。
 レパイアの白衣のカラーリングのようにとりどりだ。
 アポカリプスヘルの住民は彼らをこう呼ぶ。
 レイダー。
 略奪旅団!
 たとえ死のうと今日しか見ない、正真正銘の馬鹿野郎ども。
「大人、ね」並んだレイダーたちを見眇めて審問官はつぶやく。「ただ動き回る烏合の衆と一緒にしていただきたくないものです」
 行け。信者たちに命令が下される。
「かかれ、あれらは“対象外”だ――容赦もいらない」
 混戦が、始まる!

「汚い汚物の消毒はワタシらだって得意だぞ」
 戦闘から小走りで離れながらレパイアは胸をはる。「やっぱ消毒といえば火だよなァ」振り返れば文字通りの火花だ。
「それはそれは、非常に助かります。」
 前進しながらセプリオギナが増える。
 二乗◆を三乗■して四乗◆を五乗■――◆六面体の、大増殖!
「ではお手伝いは必要ですか」
 今ぞ危機の、緊急招集!
 レパイアはそれに手をひらひら振り払う仕草で答える。
「了解しました」
 セプリオギナの返答は朗らかだ。
「それでは、幸運を」「そっちもな!」
 返事はひとつ、回転の音――からん!
 二人、別々の方角へ――
◆かとん。「ああ失敬」――と思いきやセプリオギナが急ブレーキをかけた。
「あん?」レパイアは思わずまじまじ見てしまう。
「火は少々加減気味で。こちら、無事奪えたなら人が棲む拠点となりますので」
 ■正六面体は情動豊かにころころする。ことん◆
「…わかってるよ」「それは万全」六面体は朗らかに転がる。
「では今度こそ、失礼」ころん。
 ◆

 レパイアはセプリオギナがあっと言う間に見えなくなると、ややあってすっとぼけたようにつぶやいた。「忘れたりしてなかった。してなかったぞ、ほんとほんと」
 それから大きく息を吸う。炎ですこしばかり温度が上昇した空気は、あぁ悪くない。
「ガキども!」
 いーはー!
 先ほどのレイダーたちとそっくりな…しかし幾分も幼い声が合唱する。
 どこから?「ひゃっはー」雨樋をすべって窓から「よっしゃー」天井の骨組みからロープを垂らして滑り降り「タイム・イズ・カミ〜〜〜〜〜ン!」「タイムはハズだよ」「まじか」切り抜いておいた床を開けて顔を出す。「「ウェーイ!」」普段ならばセンサーで入れないはずなのにあちらこちらから次々現れる。
 どこもかしこも下調べした経路からだ。
「レパイア、どうする?」子供たちのうち金髪碧眼の一人が問う。「どうもなにも」レパイアは大袈裟に肩をすきめて腕を広げる。
「想定通りの万事が全事まったく変わりなく手筈通りにいつも通りの荒野の道理だ」
 レパイアの後方で炎が上がる。エンジンやチェーンソーのここちよい唸り声。
 いやはやまったくいかにも心踊る。ようやくらしくなってきた!
「いいなガキども!物資倉庫からの強奪と囚人どもの救助、きぃっちりやるんだぞ」
 そうともここはアポカリプス・ヘル。黙示の地獄。
 あらゆる文明と命が絶滅危惧種の絶望のふち。
「狼煙を上げろ!」
 くらやみにくすむのではなく

「略奪の時間だよ!」
 しみったれた理論を吹き飛ばす、暴風が吹き荒れているのがお似合いなのだ。

「レパイア」声がかかる。火があちこちをライトアップするなか、あの患者が立っている。片手にはどう得たのか教徒が持ってた槍が握られている。先にスパイクのついているエグいやつだ。
「よう悪者、気分はどうだ」悪者と言われたことに眉ひとつ動かさずに男は答えた。「お陰で動くよ」「マジかよ」日数があまり立っていないのに?無茶してないだろうな。検査しちゃうぞ。レパイアの顔の真剣さを受け取ったのだろう。男が相好を崩し「左手がな」レパイアは吹き出す。「言いやがる」にやっと笑って叩おもっいっきり背中を叩いた。「らしいサマになったじゃないか!チビどもに見せる悪い見本が減っちゃって困るなあおい!」ばしばしばし!「っ何度叩くんだ!傷に響くだろうが」耐えかねて男が叫んだ。
「響かねえよ、そんなヤワな体じゃないだろ?」
「ああ、ヤワじゃない。だから、加えてくれ」
 冴えた声だった。
 レパイアはすぐに返事をしなかった。男を見つめる。爪先から天辺まで。「大人はお断りか?」男は苦笑して首を傾げた。ずいぶん、さっぱりしたように見えた。「まっさか。うちは来る者は拒まない」あの賽子式に言うんならこうだろう。重畳だ。
「ただ」
 にぃっと笑ってレパイアは自身の唇の端を指でひっぱり上げる。犬歯が見えそうなほどに吊り上げる。笑みをさらに、笑みにかえる。

「不健康な面でいることは許さない」

 男は笑って、同じように唇をつりあげて、それから指でその端をさらにひっぱりあげた。
 それがすべてだ。

「レパイアみて黒いさいころ盗れた!!!」「はははリトル・ミスター。たしかに私、黒い賽子ではございますが、医療スタッフですよ」「バカそれは御同輩だっつったろうが略奪品じゃねェ!ごめんなさいして元いたところに帰して来い!」「ごめんなさい!」「はははでは私のお手伝いを頼めますか?」「はーい!」

 ■何十何番目かのセプリオギナがうっかり子供に略奪されて運ばれているころ。◆
 ◆何十何番目かのセプリオギナは避難誘導にかかりっきりだった。
――黒い賽子は床にぶちまけられたように、しかし法則性を持って解散する。
 そも形からして人間とは違う。機動で言えば人間よりよっぽど混戦の合間をかけぬけやすい。
 なに、いざと言うときはぐんにゃりと変形してしまえば良いだけだ。
 …何番目かのセプリオギナのような例はそれ、例外ではなあるが。
 そういう場合もあるからこそ。だ。
 必要なのは、数と質。
 かたん◆。病人と重傷はもちろん度合いによっては軽傷者は絶対安静だ。本来労働など持っての他だった。
――「ごきげんよう、ミスター。火の熱はお体に触ってはいませんか?」「こんにちは、ミス。汗をかいて火傷の傷にしみるのでは?」「ハイ、リトル。頭の傷は大丈夫ですか?」「足の膿みはどうなりましたか?」「腹部の異物感はぶり返していませんか?」「咳はどうです?素直に仰ってください」
  押さえるべき患者はそれぞれのセプリオギナがきっちりと把握している。
  幸いにも一部のセプリオギナにはレパイアの子供たちも支援がまわっているようだ。
 ころん■。一人一人の状況を確認し、
――時にはもらった略奪品から緊急用酸素ボンベをあたえ、判断によっては注射を打つ。要らない布を依頼して割いてもらい呼吸器の弱いものに与えて簡易マスクをしてもらう。
 からん◆。優先順位をつけて動けるものに依頼をする。
――「ではミスタ、そのまま彼をお願いします」
  「まかせろ、スタッフ・セプリオギナさんよ」
 かこん■。そしてすこしでも安全な方へ。方々で猟兵が動いている。レパイアの子供たちが開けた穴もある。
 ことん◆。敵の包囲網から始まった戦いだ。
――「ご武運を。また後ほど伺います」
 かつん■。じわじわと押しかえそうとしているとはいえ、すぐには動けない。
  「ヤー。同じ武運を、あんたにも」
 こつん◆。維持をしろ。

 命をたもて――1分1秒でも長く!
 
――かくん■。これは何十何番目のセプリオギナが見ている風景だろうか。
「逃げていいのか」声がある。「ええ」セプリオギナは答える。
 酸素を吸引してようやく落ち着き、いまマスクを与えられてぜいぜいと喘ぐ男。胸元に大きな傷があるのをセプリオギナは知っている。
「俺に構うと他が遅れる」天井が高くて助かった。煙がのぼっていく。
 瞳が問う。問うてくる。
 なんてことだとセプリオギナは思う。医者の前に来る人間はみんなそうだ。
 助かりたくてくる。すがりたくてくる。不安で来る。恐れで来る。
 自分の為にくる。医者に希望を見出しにくる。
 目の前の肺がぼろぼろの男はしかし、その光もありながら――心配している。
「“故に”あなたを重点的に補助しています。ミスター」セプリオギナはなんてことなく応えた。
 そして他ならぬ、セプリオギナのことを。

「罪のカタチが如何なるものであれ、斯様な処で命を差し出す程のことはございません」

 セプリオギナは囁く。ああ、やめてほしい。
「地獄渡りにはぴったりな気もするんだよ」
 そうやって自分の命を下げると、命は水みたいに流れ出してしまうのだ。
「あたたかなベッド、人としての尊厳」「…過ぎた望みだ」ため息が吐き出される。
 やめてくれ。
「いのちは、平等なんかじゃないだろう」
「ええ、平等などではございません」

「私、人を殺しました。それはそれは、たくさん」「それは、あんたが」
 ころろ、賽子はしずかに回転する。
 
「他者がどう言えどうであれ」
 かつん、賽子が硬く静かに床を叩く。
 苛立ちではない、いや、苛立ちでもあるのかもしれない。
 
「セプリオギナ・ユーラスの手から多くの助かったかもしれない命がこぼれた、それは変わりの無い事実でございますよ」
 強く静かな過去への音。

「いのちは平等などではありません。ええ。その通りです。
 しかし故に、ええ、ミスター。よろしいですか?」
 
 賽子のセプリオギナは真摯に、しかしおそろしく強い口調告げる。
 どの賽子のセプリオギナだってきっと同じことを言う。
 どころか、
  
「故に、私はいま、あなたの命を優先しているのです」
 医者のセプリオギナだって、絶対に同じことを言う。

「温かなベッド、人としての尊厳――あなたにだって、与えられて良いのです」
 ぜえ、と呼吸器に異常がある者独特の大きな息が吐き出される。
「…罪はカルテにかけないんだったか」「おや、どなたから?」「まあ、どなたでも構わんだろ?」「ええ、かまいません」

「善業も、あんたのカルテけたらいいのにな」

 炎が迫ってきていた。

「さ」セプリオギナは黙ってしまった男をいつもの調子で、しかし、静かにやさしく急かす。「いきましょう」
 ささえて、起こす。

「慌てず、落ち着いて」

 セプリオギナ・ユーラスは回転する。◆
 懸念すべき要素はごまんとあった。ここはお世辞にも綺麗とは言えない。
 ひたすらに回転する。■
 化学兵器など出されれば弱いものは一気にこぼれ落ちてしまう。
 望む出目を◆
 瀬戸際の戦い。
 叩き出すために。■

 そこに、いのちが、あるのだ。◆

 出目が異なるならもう一度振れ。
 6分の1だが◆8分の1だか■10分の1だか◆20分の1だか■100分の1だか◆
 知らないし知るつもりもないが。
 かつん。■叩き出せ。からん。◆叩き出せ。
 ことん。■叩き出せ。かたん。◆叩き出せ。
 回れ・回れ・回れ・回れ!
 賽子が触れるなら時間内で何度でも振ろう。
 欲しいのは、たったひとつの出目なのだ。

 投げられた賽はまだ宙なれば。
 現在が過去になるまでまだある。出目が決まるまで、いましばらく。
 戦いはまだ、もうしばらく、続く。


「罰を与える資格を持つ者なんていやしないんだよ」

 レパイアは地獄を歩く。囲まれた囚人たちは少しずつ脱出のための穴を開けようとしていた。
 もう少し、もう少しだ。
 罰を与える資格を持つ者なんていない。
 あるのは、因果応報だ。
 因は果を結んで応じて報ずる。炎放つというのなら、炎で焼かれても文句は言えない。因果、投げられた賽子をつかんで投げられるんなら、応報、なにか望んだ結果のひとつも狙えるように。
 今まで略奪してきたんならされても言えない。仕込んだ何かが焼けたんなら文句を言う権利ぐらいしかない。
ロボットが運び込んでいた跳弾を受けて割れる。何体かいた、明らかに戦闘用ではないロボットたちの一部が担いでいたもの。中の液体が飛び出して床に広がる。ガソリンか。レパイアの危惧を他所にいつまでも発火しない。「引火性じゃないな」揮発して毒ガスにでもなられたら厄介だ。レパイアは指先でその液体を掬い、匂いを嗅いだ。
 ああこいつは懐かしい。ずいぶん懐かしいにおいだ。
 硝子の卵の中身と一緒――
「あぁ?」
 ――思い、至る。
 中身と一緒?これは死者には要らないものだ。
 いまだ開かれぬ、扉の向こう。

「まだ、生きてんのか?」
 
 火が、あちこちで弾けている。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ロニ・グィー
【pow】
アドリブ・連携歓迎

ふと思う
かつては今よりもなお近く
ボクは隣人だった
共に生き、笑い、時に泣いた
共に遊び、踊り、歌った!
不完全な今のボクにはもう分からないけれど、完全なボクもその頃を懐かしく思ったのかな
罪なんてものを考え付くなんて、案外昔のボクはつまらないやつだね

つまり、君たちもつまらない!
そんなことを考える頭はいらないよね?

一斉に球体を飛ばして、ドローンといっしょに教徒たちの首をひとつひとつ潰して球体と挿げ替えてしまおう
ざーっ!とおっきな球体で薙ぎ払ってしまおう
そんな攻撃を避けるのは第六感と勘で十分!カウンターでUCをドーンッ!
さあさあゲームのはじまりだよ!
みんなも楽しんで、死なないで



●ワンス・アポンア・タイム(有罪:極刑)

 ああ、暴力のにおいがする。

 炎が身悶えしながら抱擁求めて無数に手を伸ばしている。
 たまらず弾けた火の粉がラメさながら空間にきらめきを添えている。
 チェーンソーやエンジンやモーターの唸りがベースよろしく鳴動していて、
 時折ぶつかる刃の音が不規則なリズムを刻む。
 どうも他の猟兵が支援を呼んだらしく時折起こる強い光は投げられたダイナマイト。
 それがまた巨大なフラッシュ・ライトさながらに戦う人々の影を床に天井に大写しにする。

 極めて趣味の悪い、ライブ会場。

――そういえば、ボクはどうして今、こんな姿になったんだっけ。

 ロニは指先を眼帯の下にいれてぱたぱた弄ぶ。
 自分もかつて何かを謳われた。偉大なる、偉大なる…なんだっけ?
 讃える声と断片が時折匂うだけで、そいつはとっくに骸の海よりむこうに去ってしまった。
 でも、断片だってわかることはある。
 快楽主義の彼には珍しく、ふかく、ふかく、記憶に手をのばして探ってみる。
 かつて。かつて。

――かつては今よりもなお近く

 悲鳴が聞こえる。
 暴力の嵐がロニの髪をゆらす。
 ロニさま、ロニさま、と信者たちが寄ってきてくれる。
 
――ボクは隣人だった。

 その顔にあるのは信心と現実への恐怖だ。すがるものを求める顔だ。
 うん、とあいまいに返事をする。
 ロニはその場に立ちんぼうだった。かかとを上げて爪先立っては下ろして靴をこつこつ鳴らす。

――共に生き、笑い、時に泣いた。

 あのころ、あのころ。とおい、あのころ。
 人々はもっと気軽にロニを慕っていてくれた気がする。
 駆け抜けながら手をのばせば返す手が気軽にあった、気がする。

――共に遊び、踊り、歌った!

 水を纏った、燦々ふらした。ふらした滴が人や草木に跳ねてぽろぽろ音がなっていた、あれは歌だった、気がする。季節の花やあざやかな木の葉をまきこんで渦を巻いてまきあげてぐるぐる回った気がする。木々や花や水だけじゃない。時に雷もかかえてまとい、ちりちりはねるのを指先でいたずらに走らせたり、アクセサリーみたいにちゃらちゃら鳴らしながら飾った気がする。そうして遊んでいると人々が手に手に楽器をもって家屋から出てきて、笑いながらいっしょに歌ってくれるのだ。誰かが美しいと讃えてくれたことがあった気がする。ロニのために歌声があって、人とともに歌った気がする。だれかがロニを描こうとして、色とりどりの糸を織ってて、迷うたんびにロニはおすすめの糸をゆらしてやっていた気がする。ロニが草の原や稲穂の満ちた畑や深い森などをかけぬけて跳ねて踊り、伸び伸び過ごしているのを人が歌にして聞かせてくれたことがあった気がする。通りすがればこどもたちがこぞって我さきにと追いかけてきてくれたことがあった、気がする。

 あらゆるひかりがかみにもひとにも平等にふりそそいで、いろんなものを照らしていた気が、する。

 気がする、気がする、気がする。

 ロニは手悪さをやめて、中指を眼帯のむこうへすべらせた。
 なにもない穴のした、目元を少しなぞってみる。
 すべて、

――不完全な今のボクにはもう分からないけれど

 すべて“気がする”だ。
 ロニはパーカーのポケットに両手をつっこむ。
 思い出せない。忘却のむこう。かつてのおのれ。
 罪、罰、赦し。選別の言葉。洪水の理由。
 あの洪水を起こした自分は、すべてが沈んだ水面を見てどう思ったのだろう。

――完全なボクもその頃を懐かしく思ったのかな。

 そして不完全になりゆくそのとき、いったい何を思ったのだろう。

 目の前では火の手が上がっている。
 囚人たちは散り散りになっている。戦うもの、逃げるもの。
 正直、囚人たちの分が悪い。審問官もそうだが教徒は全員戦闘能力を少なからず有している。それに加えてドローンやロボット。統率の取れた動き。そして囲まれている状況。
 猟兵が切り込み始めて風穴を開けんとしているが、いかんせん、戦えない、実戦慣れしていない囚人も多い。
 包囲網はじわじわ狭まりつつある。
 ロニが動かないので信者たちも動けない。周りがどんどん避難に後退するなか、ちいさいロニを中心とした一団は、狂信者どもにとってこのうえない標的に違いなかった。一様のフード付きローブで頭から爪先までをすっぽり隠し、手には鋏、チェーンソー、鎌、動物解体用の包丁などをたずさえた狂信者。機関拳銃を備えたドローン、散弾銃や、ビームライフルを備えた多脚型歩行型ロボット。
 
“ 真に罰を受け、償ったと思うなら、もう罪はないのでは?”
 ばかだなあ。ロニはひとり笑う。声はあげない。唇を少し吊り上げるだけ。
 ひとっていうのは新しい知識を存外忘れないもんなんだよ。
 審問官のことばを笑うのがまずひとつ。
 もうひとつは

「罪なんてものを考え付くなんて、案外昔のボクはつまらないやつだね」
 
 ――かつての、おのれを。

 とおくに思われる、うつくしい過去を。
 銃口が向いている。だれかが叫ぶ。ロニさま!

「つまり」
 吊り上げた唇を開く。にぃっと、全霊で笑う。
 両手をポケットに突っ込み

「君たちもつまらない!」
 両腕を広げて、否定する!

 ぎぎぎぎぎぎぎ、ぎぃん!

 マシンガンから発射された銃弾が全弾、空中で粉々に変わる。
 埃もかくやに裁断された銃弾の粉があちこちの光でキラキラ光る。ラメってのはこうでなくちゃね。
 鉄球。
 ひとつではない。先ほどポケットから両手とともにぞろ取り出されたいくつもの球。
 おっきい球もちっさい球も超重浮遊の鉄球群もなにもかもが―もちろん信者たちや他の囚人を巻き込んじゃいけないからものすっごいでっかいのはしまっておいて―ロニと信者たちの周りにくるくる浮かんでいる。

「そんなことを考える頭はいらないよね?」

 唇に人差し指を当てて艶然に獰猛に、解答を聞く気もさらさらないのに問う。

 なにが起きたのか。思わぬ伏兵に狂信者たちの足が止まる。
 ロニはそこを見逃さない。両手をまっすぐ伸ばして上げる。

 子供は神のごとく無邪気で

 にっこり笑って、指揮者のようにふり広げる。

「どーん、だ!」

 残酷だ。

 真っ赤にがしぶく。祝祭で一斉に封を切られたシャンパンみたいに。ぱあん、ぱあん。針で突かれた風船みたいな間抜けな音を立てたのは何機かのドローンがまんまるに胴を切り抜かれて暴発した音だ。

「ボクは“収穫”なんかしないよ?」
 ロニは笑う。
 審問官から囚人へ叩きつけられた言葉を、狂信者たちへ突っ返す。「だっていらないんだもん」
 まっ平になった首のうえに、頭のかわりと言わんばかりにロニの鉄球が回転している。血は一切ついていない。そんなもん回転で降り落ちてしまう。きれいにあたまだけをとったものだから、かぶっていたフードの上部分が残っていて、それが一拍あって右から順に鉄球のうえにおちていく。ぱたたたたたたっ!もちろんこれも、鉄球に裁断されて雑巾以下の塵になってちぎれて空中を舞う。そいつも飛び火にやられて灰になって散る。
「あまいあまいっ!」ロニは笑って前につっこむ。その後ろでキャップのないボトルが倒れていく。濡れた赤が広がっていく。
「あまいのは好きだけどダンスは楽しいのが好きだよ!」
 けたけた笑いながらショットガンで銃口を向けてきた蜘蛛足ロボットの脚を両手で掴んで、つるっと潜りながらこれまた下から上に鉄球でくり抜いていく。
「放てっ、ビームライフル機、放てッ!」2、3歩下がりながら狂信者の声が叫ぶ。「そんなもんあるのぉ?」笑っちゃう。
 見ればおなじ多脚ロボットのうち1機、狂信者がわざわざこちらにむけて出力を調整しているのが見える。ひときわ大きな銃口の中にチャージされている光。「わーお」スペースシップ・ワールドにも引けをとらないんじゃない?はで〜。などと茶化す。んー。ロニは唇をすぼめる。
「見たいけど、今日は残念!」ひときわ大きい鉄球でまとめてなぎ払う。搭乗者もロボットもまとめてくしゃくしゃにしてしまう。
 うしろにみんながいるからね。
「そこだッ!」ぴり、と首筋がひりつく。空気の震えと声。軽く見れば背後に振りかざされた解体刀。「ロニさま!」信者の悲鳴。
「おっとっと」
 軽く横にステップで避ける。上から下の振り下ろし攻撃。「そんな攻撃通らないよーだ」避けながら体をそっちへ向ける。両手で唇をひっぱって、べろべろべー。こんなの、見なくても第六感と勘で十分だ。「この、化物ッ!」振り下ろした大声から振り上げてくるのを上へ跳んで避け「失礼な」

「ボクは」
 そのまま宙に立ち両手を組む。祈る時の手を真似て。
 おおきく振り上げて――

「神様だ、」
 ――体重も乗せて――

「よっ!!」
 神なる撃――ゴットブロー。
 今日は、ダブルスレッジ・ハンマーで、振り落とす!
 例えようのない轟音が響き渡る。振り上げてきた刃をまるっと叩き潰しそれを構えていた狂信者も無論のこと、神圧の勢いで周辺のロボットまでもが制圧される。床のコンクリートはおおきく凹んで崩れ、めくり上がる。

「よいせっと」  
 ロニは地面へ着地して、後ろを振り返る。
 恐怖に身を縮こませた人々がいる。ロニに希望を見る人々がいる。
 かれらすべての視線を受けて、誰より甘く、柔らかく――そして、慈愛の赦しでもって、微笑む。
「さあさあゲームのはじまりだよ!」
 弾ける声には元気と愛嬌と明朗さが満ち満ちて輝き透ける。
 炎も銃弾の雨も全部背負い両手をおおきくあげて邪気のひとつもなく笑う。
 こんなこと、ちっとも大したことないというように。

 その笑みは神のよう?
 いいや。

「みんなも楽しんで」

 かわいいかわいい、誰にもの夢想にふとに浮かぶような
 誰にも誰よりも身近な、ちかくてとおい――近所の少年のよう。

「死なないで」

 いまはかなたの神より身近い、隣人のよう。

成功 🔵​🔵​🔴​

ホール・マン
 あのガキ俺様を炉にぶち込みやがった。いいセンスじゃねぇか、異物はクラックの元ってか。

 ピクトさんを♨︎に、まずはシャワーってなぁ!
 湯気が出てる側溝には風情がある、お盆みたいでよ。地獄の窯が開いてむこうとあっちがゆらゆらしてやがんのさ。
 サイボーグナスビ共も元気に歩き回ってやがる、俺にはあれがウシじゃなくて象に見えてしょうがねぇんだ、お鼻ぷらぷらじゃねぇか。象さん、像さん、長いお鼻で水浴びでもすんのか?
 大体盆の前には梅雨ってもんだ。聞こえて来るのは地面を叩く音、火の雨、雨の悲鳴、露天風呂に緋の霧雨だ。
 赦しも但だ儀式、きっと全部が全部洗い流してくれる、その後どこへ行くかは誰も知らねぇがな。



●雨よ、おお、彼岸の驟雨よ。(有罪/極刑)(不法侵入・器物損壊につき罪状追加予定あり)


―しっかし、あのガキ俺様を炉にぶち込みやがった。いいセンスじゃねえか、異物はクラックの元ってか。俺様が這って進めるスーパーグレイトな蓋で本当によかったな、おい―
 
 むにむに。蓋は変形しながら下を眺める。

―ああやっぱりそうだ、入らねえ。―
 あのまんまい蓋を思い出す。
―入らねえよな、あの蓋にあの頭はどいつもこいつも入らねえ―
 無数のうなじ。
 剃っていてうなじがねえ奴もいっぱいるが、そいつはご愛敬。
―であればするこたひとつだ、そうだよな?―
 下では乱闘が起き始めている。
 人々の隊列は崩れ、殺到し、もみくちゃになっている。レイダーどもが狂信者とぶつかりあったりなどしている。
 あのガキがどこにいるのかなんかちっともわからない。
 そも見たのは下からで上から見てもそりゃあわからねえわな。合点。
 炎があがる。

―おうおうおうおう、おうおうおうおうおうおうおうおう!
 炉のおつぎは炎ってェか!マンホールだけに飽き足らず人間もとかしちゃろってか?いいねえおい――

 ホールマンはにゅるりと伸びて通風口から出る。
 
「あれ」
 彼女はまばたきをした。それに目が止まったのは、見覚えがあったからだった。
 彼女は、どうしていいかわからなかった。
 こころが擦り切れていた。数日前に転んだ瘡蓋は何度も剥がしたせいで広がっていてじくじくするし打った腕のあたらしい痣がここに来る前を思い出して辛かった。敵の数だって多い。たくさんの人が逃げているけど、こういうとき逃げるのは足の速い強い子で、自分みたいな子はどうしてもどうがんばってもおくれて助かる気がしない。
 逃げる相手が変わるだけで、じぶんの人生なんか変わらない。
 自分が悪くて自分がいることすら悪いような気がして、怖いけれど、逃げられなかった。
 だからこの大動乱も無気力でぼうっと天井をみてしまって、それで、それでだ。
「あん!?どうしたガキ、はよ逃げろ!」腕を掴まれてびっくりしたが、それから目が離せない。「あれ」「アレ!?」少女が動じないので男は言われた方に首を回して
 へっ?と声が男から出た。
 蓋だ。
 正確に言うなら家庭用核シェルターのハッチだ。地面にあるはずの蓋が天井についている。
 唖然と見上げるその間に、ハッチのペイント、イエローの中心、ドアから逃走するピクトサインが渦をかくように、ぎゅるり、変形する。
 中心に穴でもあって水が吸い込まれるごとくに歪み、新たな模様が浮かび上がる――

 ♨︎

「は?」
 一般的名称は温泉マーク。地図上で言えば温泉記号とうたわれるものである。
 元は温泉・鉱泉を象徴する記号であるが現代においては公衆浴場施設表示にもなっている。
 異質だ。あきらかに。
 ピクト・サインことピクトさんが書き変わり終わる頃には、ホール・マンの変形も終わっている。
 ふう。マンホールの蓋としてはやはり円形は馴染む。非常によくなじむ。
 温泉記号の刻まれたマンホールの蓋だ。
 …天井にあるには、異質なことにはかわりない。

―おいおいそんなに見つめるなよ、しかたねえな。
 本日今日はお祭りだ。なんだらいつもは何人たりともいれねえ蓋も大サービスだ―
 
 蓋には用途が二つある。
 ひとつは、入れないため。

 ホール・マンはすこしだけ持ち上がる。いやこの場合は持ち降りる、というほうが正しいのかね?などとひとりならぬ一枚駄洒落てみたりする。

 もうひとつは

 ホール・マンは蓋だ。ただの蓋ゆえこの向こうに穴はない。
 しかし蓋であるがゆえにその向こうに、留めておくことができる。

 “中身を出さないため”である。

 ホール・マンが持ち上がったことで。
 ホール・マンがパイプに穴をぶち開け(クラック)してここまで空気ダクトを使って運んできた巨大兵器の部品冷却用作業用水が、溢れ出す!

 そのままではただ滝のように落ちるだけだ。
 故もう一手間。
 温泉記号も認識できぬほどの、大回転!

―まずはシャワーってなぁ!―

 あふれた水がホール・マンの回転に弾かれて飛散する。滝ではなく滴になる。
 そして重力に則って落下、降り注ぐ。スプリンクラーさながらに、否。

 シャワー
  驟雨 のようにだ!

 炎の熱にあぶられて雨は水蒸気となる。
 高と冷の差にけぶって躍り上がる。
 湯気の出る側溝には風情がある。というのがホール・マンの持論だ。
 倉庫内の何もかもがまっさらにけぶる。
― いいじゃねえか、お盆みたいでよ―
 誰もかれもの動きや判断に一時、障害となる。

―地獄の窯が開いてむこうとあっちがゆらゆらしてやがんのさ―

 死線が有耶無耶になる。
 今ならだれだっていくらでもかい潜れる。

「今だ」男がはっとなって彼女を促す。「でも」蓋。あれは、あれはいったいなんだったんだろう。「でもじゃないッああくそ――ほら!」少女が担がれる。運ばれていく。幾多張られた死線をくぐり運ばれていく。
 少女はホール・マンを見ていて、ホール・マンは少女を見ていない。
 そんなもんだ。
 マンホールの蓋というのは道にあって水と水に混じって流れてくるものを見ているものだから。
 霧は間もなく雨になる。
―猟兵の戦場もお盆みてえなもんだ。生者だ死者だ、あっちだこっちだ入り乱れ―
 部品冷却用作業用水は通常の水道水とは異なり“焼き入れ”用に一定の薬品が含まれている。
 たとえば、高速冷却剤。
 あるドローンは熱異常で機能低下を余儀なくされ、あるドローンは水分がとび薬品汚れでカメラの認識が狂い始める。
―ほうら見ろ、サイボーグナスビだってぶらぶらしてやがる―
 審問官が穏やかな笑みなどさらさらない苛立ちで天を仰いでいる。
 その両腕は様々な技術や部品でおおよそ人間ではないものであるのは今や明らかだ。

―俺にはあれがウシじゃなくて象に見えてしょうがねぇんだ、お鼻ぷらぷらじゃねぇか。
 象さん、像さん、長いお鼻で水浴びでもすんのか?―

 いったいどういうことだと、顔が問うて、雨の源を探している。

―浴びんだよな?浴びんだろう。パックリ開いて中身を蓋の向こうに入れるために真っ赤な真っ赤な水を浴びんだ、そうだろう?―

 扉の向こう。破壊することは敵わなかった。
 そいつは蓋一枚じゃ甚だむずかしい。

―“あの”蓋の中身とてめえのその頭の中に詰まってるもんの違いをおしえてくれよ、なあ―

 雨が降る、雨が降る。
 豪雨が降る。驟雨が降る。
 さながらそいつは膨大の涙だ。
 水にいろんなもんも混ざってるあたり作業用水はまさにぴったりだ。

 それに、だ。

 地獄の窯があいて、これからあの扉の向こう。
 盆が来るというなら。

―大体盆の前には梅雨が道理だ―

 見ろよこの大騒ぎ。盆はいつだって前夜祭から大忙しだ。
 こいつはさながら“そう”だろう?

―地面を叩く音。火の雨。雨の悲鳴。
 露天風呂に―

 床の赤錆びた汚れが剥がれる。
 建物や床のわずかな傾き、あるいは走り回る足の動作によってだんだら模様に乱れる。
 水を吸ってそいつらは一時本来の色を取り戻す。

 冷却用水にはもうひとつ薬品が含まれている。部品の汚れを落とすための洗浄剤。
 降り注いだ雨が倉庫の床を濡らす。
 同じことが起きてきたのだろう。同じことを何度も繰り返したのだろう。
 この五ヶ月前のあるいはその五ヶ月前のそのむこう四ヶ月前のそのまた三ヶ月前の前の前の前の前の前の前の前の前の――

 たとい大地が飲んだとて。
 大地に伏すもの、道の上のものはすべてそいつを知っている。北国の麦わらすら知っている。
 水まじりの結果。

―緋の霧雨―

 床一面の血。

 そこに、血があったことを。

 そいつらがみんな、ホール・マンより降り注ぐ雨で流れていく。

―赦しも但だ儀式―

 お盆と一緒だ。赦しなんてもんは但だ但だ儀式だ。
 別れの儀式だ。はいばいばいさようならはいさいなら。
 お別れの言葉みたいなもんだ。

―きっと全部が全部洗い流してくれる―

 だからきっとすべて流れていくだろう。水に流してさようなら。
 其れで済むなら此れ万々歳。

―まァ、その後どこへ行くかは誰も知らねぇがな。

 特に元々罪がないなどと嘯いて流されるものもねえ奴はまるっと“其処/底”に残るだろう。

 炎を消された審問官の唇から舌打ちが、漏れた。

成功 🔵​🔵​🔴​

ヴァシリッサ・フロレスク
なんでも歓迎

スヴァローグ、ノインテーター、クルースニクを携え。

敵中に吶喊。
挑発し、おびき寄せ、蹂躙する。

罪、ねェ?

――ACEs are high,ACEs are low……さ。

生憎、イイもワルイも、なンでも自分で決めにャ済まないタチでね?

ま!アタシらが来たからにャ、何にせよボロ勝ち間違い無いンだケドねェ♪

……ァあ?ブラフ、だって?

ハハッ。
カン違いすンじゃないよ。

この“場(ゲーム)”の“Death dealer(支配人)”は、コッチなンだわ。

なァ、少年?

高台の銃座の少年に援護射撃要請。だまし討ちからのUC発動。制圧射撃で磔になった敵を、纏めて浄火で焼却。

Jackpotだ。

そういや少年、名前は?



● ACEs high(有罪:極刑)

 ヴァシリッサ・フロレスク(浄火の血胤(自称)・f09894)は唇から煙草を離して、ふうっと大きく煙を吐いた。
 囚人の真似事で何が一番辛かったって、堂々煙草を吸えないことだ。
 ライターをポケットにしまい何日ぶりかの紫煙を、たっぷりと味わう。
 
「――ACEs are high,ACEs are low」
 敵中の、真っ正面で。

 口ずさみながら右手に握ったパイルバンカー・スヴァローグを縦にくるりと回す。
 古い映画の小洒落たタップダンサーみたいに。
 ぃん、りぃんと回す度に杭の先がコンクリートの床をかすって、小気味いい音がする。
「ポーカー、サ。やったことない?」
 煙草をくわえたまま、見やる。
 返事は、ない。「つっまンないなァ」笑んだ唇をさらにあげて、歯を向く。
「嬲り方(ソッチ)ばっかりで、闘い方(コッチ)はさっぱりってか?モテないよォ?」
 けたけた「生徒も締め切ってるってのにさァ――仕方ないねェ」一人で嗤い。
「じゃ」スヴァローグを回す手を止めて。

「アタシの手番からだ」
 ぷっと、煙草を吐き捨てた。
 
 それが合図だった。
 マシンガンの一斉掃射がヴァシリッサ目掛けて放たれる。
 前へ、身をかがめて自身の前、その一点へ突っ込みながら、まずはノインテータ。9mm経口自動拳銃を構える。
「ハイ・カード――要するにブタ。まあ、ブタ同士なら目があるけど、お話になんない。カマしゃいいってもんじゃないの、サ」横凪一線。
 蜘蛛足ロボットの関節を撃ち、足に動作不良を起こさせ動きを封じたところでたどり着く。そのまま蹴り、乗り上げて足で砲身を押さえつけ、放たれようとしていたビームのやり放たれる方向無理やりを変える。
 ――ドローン2体。これで落ちる!
 落ちたことも確認せず、前進。再びヴァシリッサ狙って放たれた砲撃がロボットをめちゃくちゃの穴だらけにする。「フフッ、ご苦労サマ♡」嗤いながらのノインテーターをホルスターに収めて。
 お次に抜くのは護拳付トレンチナイフ、クルースニク。
 握り込み、そのまま右、ヴァシリッサの首元めがけて振り抜こうと下ろされた大型の解体包丁を右手のスヴァロークで受け流し、えぐり込むように狂信者の鳩尾を、クルースニクのナックル部分で殴りこむ。げえっ。空気を吐き出した狂信者に「ペア・ツーペア」囁いてそのままそいつの襟首を掴んで、引き寄せ、抱きしめるようにしながら、ぐるり、身を返す。ヴァシリッサの背後に迫っていたチェーンソーをそいつでうける。血が、しぶいてヴァシリッサの眼鏡を汚す。「あァ、そうだ、あとスリーカード」盾にした狂信者から手を離し前へ蹴り倒す。チェーンソーを、封じる。そのままチェーンソーに覆いかぶさっている狂信者の背を足場にして、前進。抜けなくなったエモノに焦っていた狂信者の顔色が変わる。「もうまんまだから説明はいいよネ?」クルースニクの刃部分で首を一閃!そしてさらに前進!「さァ、お次はストレートだ」
 組まれた隊列を、引っ掻き乱す。

「ポーカーってエースが強いか弱いか、決められるんだよねェ」
 真っ赤に染まったスヴァローグをロボットに突き刺して立てかける柱代わりにする。
 たったひとり突っ込めばこうもなる――ヴァシリッサを中心に円ができていた。
 今度は逃さないというつもりらしい。じわじわと狭まる包囲網に、いっせいに向く銃口。
「なンだやさしい。じゃあもう一服させてもらおうかな」
 その向こうに狂信者。砲撃して足を止めてから一気に襲おうという目論見のようだ。
 ヴァシリッサはスヴァローグから手を離して下ろし、ノインテータもクルースニクも握っていない手をぷらりと軽くあげる。「何がいいたいかってと、サ」
 そのままなんの気もない仕草で、ポケットに手を突っ込んで、煙草を出す。
「こちとら生憎、イイもワルイも、なンでも自分で決めにャ済まないタチでね?」
 その赤い唇で煙草を挟む。
「我慢ならないのさ、そーいう押し付けは」
 ライターを取り出して。

「なァ、少年?」
 ささやいた。

「六時の方向三体―続き九時、二時、三時に二体ずつだ。カマせ」

 煙草に火をつけるのと同時に―
「Yes,ma'am」
 ―高台の砲台から、援護射撃が放たれる。

 所詮ありあわせに間に合わせの砲台だ。派手でこそあれ、威力には欠ける。
 だが、それでいい。「Good」煙を吐きながら褒めてやる。
 足や膝を撃たれて、あるいは武器を破壊されて、ロボットはともかく、狂信者どもが一瞬、動けなくなる。ハハッ。笑う。砲台の射撃で巻き上がる埃と紫煙の向こうを笑ってやる。「カン違いすンじゃないよ」いい気味だ。そうだろう、少年。
「アンタたちはここに来てる時点で“Guest(お客様)”なんだ」
 ゆっくりと一服を味わい。
「この“場(ゲーム)”の“Death dealer(支配人)”は、コッチなンだわ」
 煙草をくわえて、スヴァローグをゆっくりと持ち上げ、血を注ぐ。
「避けてみな」
 彼女の身の程もあるそいつを、射突杭を地面へ――叩き込む!
 走る。疾る。奔る。地脈を血脈と塗り替えて、
 地面をながれ、彼女を中心とした巨大な円内に
 
「Jackpotだ」
 爆発を巻き起こす。
 まとめて浄火で、焼却する!

「姉さん無事!?」天井、足場の砲台からあの少年が顔を出す。「無事無事」まだ炎はひいちゃいないが、全く問題ない。そも自身で起こした火であるし。「よか、った」へたっ。少年が崩れ落ちた。「コラ、新兵」なんだか懐かしいな、と思う。叛旗の軍。ああ、たしかにこういう子供がいた。「戦場で気ィ抜くなよ」「Yes,ma'am――もう、ああいうことすんなら教えてくれよ」いまので弾が空になったらしくドラムを引き摺り出して「いう暇なかったモン♡」「もー!」ぎっしり弾のつまった新しいドラムを力いっぱいぶち込む音がする。「そういや少年」「なに!?」
「名前は?」
「――」口を開けて、すぐつぐんでしまった。短い付き合いだがしっかりわかっている。これは言うことを躊躇っているってヤツだ。「八時の方向に2体」ついでに指示も出す。「ッYes,ma'am」
「姉さんは!?」マシンガンの間から聞いてくる。
「アー、名前を名乗るならってアレ?お堅いンだねェ…」くっちゃべりながらノインテータで少年が羽をおとしたドローンに止めを刺す。「ち・が・うッ」
「おれが先に名乗ってもいいけど、教えてくれんのって話!」
 ほ。ヴァシリッサの口が小さく丸く開いた。なんだそりゃ。どういう意味だ。
「しまりがないだろ、先生相手にいつまでも“姉さん”じゃさ!」がちん「一時の方向5体、撃っていい!?」「あァ、ぶちかませ」ふたたび空を銃弾の嵐がつっきり始める。
「堅いは堅いでも…義理堅いねェ」こいつはその音にかき消されたヴァシリッサの呟き。
「名乗らないほど野暮じゃァないよ」
 
「リッター」

「Ritter?騎士サマ?」「そーだよ!」やけくそみたいな大声が響いてくる。
「守れなかった、騎士サマだよ!」
 ――。

「姉さんは?」
 ああ。唇が笑んでしまう。
「ヴァシリッサ」
 こういう意味を持って、名乗るのは、いつだって心地がいい。
 怨讐の焼印で刻み付けてやるのではなく。

「ヴァシリッサ・フロレスク」
 ただ縁として、結ぶのは。

 さあて。
「次はもっと難しいぞ、アタシに当てずに、敵だけに当てナ」
「はァ!?」少年が、リッターが大口を開けるのでけらけら笑ってやる。

「Viel Glück,Ritter」(幸運を、騎士サマ)
 たったひとり残った、スペードの王子。
 贈るのはとびっきりのウィンクだ。

「守っておくれよ、騎士サマ★」ついでに投げキッスも投げておく。

「……」絶句とはこういう顔のことをいうのだろう。ぶるぶるふるえたかと思うと「姉さんはしゃいでない!?」「アッハハハハハ」笑って流す。「姉さんって誰だカナーアタシは名乗ったもンな〜」
 思いっきり聞かせるつもりの舌打ちだ――それでいい。怒ってくれていればいい。
 
「Yes,My Lord,My basilisa!」 (畏まりました、わが君主殿、我が女王陛下!)
 
 ――。
「だれが女王(basilisa)だ、人の名前で遊ぶンじゃない」くつくつ笑う。
「ていうか精一杯背伸びするンじゃないよ、そりゃカビの生えた古いフランス語だろ」
 精一杯の答えだったんだろう。耳まで真っ赤なのがここからでもわかるぐらいだ。
 だから届けない揶揄だ。
 
 ヴァシリッサは飛び込んでいく。死線へ。戦さ場へ。血の中へ。
 大きな狼が一匹突っ込んでいって、狩りの仕方を教えるみたいに。
 銃弾が炎の光をあびて、小さい、まだなんの形にも見えないような銃弾が尾を引いてそれを追っかけていく。

 …少年にはもっと難しいと言ったが、実はこれは全く難しくもない。

 ヴァシリッサは彼の位置がわかっていて、彼がどんな台にいるかわかっている。
 射線も自然と読めるというものだ。射線が読めるんなら、いくらでも見切りは効く。
 そも援護射撃を教えたのはヴァシリッサである。

 だからこれはちょっとしたボーナス・ゲームなのだ。
 彼がそれを知らないことも含めて。
 少しでも、と思う。

 これが、少しでも。

 だれかを守れたことは、妹を守れなかったことの代わりにはなるまい。
 でも、何かにはなるはずだ。

 歯抜けたトランプに、それでも残ってたジョーカーみたいに。
 
 こいつはあれだ、先輩(ディーラー)からのちょっとした贈り物(えこひいき)だ。
 せっかくディーラーなんだ、それぐらい“許される”だろ?

大成功 🔵​🔵​🔵​

レオン・レイライト
アドリブOK!

ピアスのにーさんの言葉が頭の中でグルグル回る
弱さが罪?
でも、にーさんねーさん達って弱いか?
三つ編みのねーさんのやさしさ。ピアスのにーさんのひたむきさ。眼鏡のにーさんの頭の良さ。おれの【怪力】とは違うけど全部強さだ
やっぱりみんなは悪くない。だったら何でここに……?

うんむ。わからん!
でもオブリビオンが悪くてバイオレンスなやつなのはわかる
パゥワーってのはジャスティスで、こうやって使うんだ!

●行動
【野生の勘】で囚人のみんなを狙うやつを嗅ぎ付けると【ダッシュ】!
敵の、囚人のみんなへの射線をさえぎりつつあえてよけない【捨て身の一撃】!
おれの【怪力】全開≪グラウンドクラッシャー≫を受けてみろ!



●ただ一対のちからいっぱいの拳(有罪/極刑)

 レオン・レイライト(⚡⚡⚡⚡・f26741)は考える。

 難しいことだけどいっしょうけんめい考える。頭がくわんくわんしてくる。
 レオンはもともと難しいことは得意じゃないのだ。
 あれからずっと考えていたけどわからない。
 こういうことは賢いやつに任せたほうがいいのに、それでもどうしても考えることをやめられない。
 パゥワーはジャスティスだ。それは間違いない。

 じゃあ、パゥワーがあって、なんでもしたら、それはジャスティスか?
 じゃあ、パゥワーがなくて、弱ければ?

 弱さは罪か?

 誰かが何かを悪いという。誰かが何かを悪くないという。
 レオンは思う。
 たしかにピアスのにーさんも眼鏡のにーさんも三つ編みのねーさんもちからは弱い。レオンのほんのちょっとの本気にも勝てないだろう。
 でも、それが弱いかというと――…。

 どうにもレオンには彼らが悪いようには思えない。
 みんななにをしたんだろう。きけばよかったな、とちょっぴり思う。
 罪ってなんだろう。
 悪いってなんなんだろうか。

 レオンはあれからぐるぐる考えて(しかし手伝いはちゃんとやって)答えが出ないままとうとうその日がきてしまった。

 聞いてた通り審判の日?ってやつだ。
 えらそうな人がえらそうに喋っている。
 わかる。オブリビオンだ。まわりのやつもぜえんぶだ。
 難しいしちょっと遠いしついでにレオンは他の大人に比べて背がちっちゃいからよく見えなかった。その場でジャンプするのもかっこわるいし。

 えらそうな人は言っている。
 おまえらみんなわるいんだって言っている。

――うんむ!わからん!

 でもわからないなりにわかることはある。
 ぜったいにこれは間違ってないってことがある。
 いま目の前の光景はバイオレンスだ。たとえばそう、そうやって殺しちゃおうとするところだ。

 悲鳴があがっている。ほのおがあがっている。
 こいつは大火事だ、大混乱だ。みんなぶっころすと叫んでいる。
 めちゃくちゃバイオレンスだ。

 レオンはいっとき、ずっと考えていた思考を手放す。

 オブリビオン、ほんとの、ほんとに、わるいやつが、そこにいる。
 だったら、やることは一つだ!

 ドローンが彼らを上空から狙う。機関銃自体は大したダメージを持っていない。
 比較的罪の軽いとされていた者たちの集団。
 つまり、非難や攻撃し、されなれていない、よわい、ものたち。
 機動を削ぐ。足を削ぐ。
 ちいさな攻撃も、弱いものたちには絶大な恐怖になる。
 その後の選定と収穫は、ロボットや狂信者たちの仕事だ。

「みんなッ!」
 レオンは飛び出す。疾る。勘が、鼻が、嗅ぎつけていた。「上だッ!」あらんかぎりに叫ぶ。
 レオンの声で人々が気付いて引くのと、銃弾が放たれるのは同時であり――
 レオンはそこに、間に合った!
 飛び込んで、斜線ぜんぶを横切って、受ける。
 いくつも叩き込まれる振動が体を揺らして肺から空気を吐き出させる。うべべべべ!とかいうかっこ悪い息が飛び出して、ついでに、痛い。
「こんッ、ちくッ」
 だが止まらない、それだけでは止まらない!
「しょうッ!」
 レオンは弾丸をうけたまま三つ編みのねーさんと振り下ろされた邪教徒のチェーンソーの間に入って掻い潜り、手は地面について体を支えて足でチェーンソーの横っ腹をキック!叩き折って回転をとめ、そのままチェーンソーのエンジン部分を足かけに邪教徒の頭に回し蹴りを喰らわしてさらに肩跳躍の土台にして。跳!眼鏡のにーさんの上を背面飛びしてそのままドローンを一個引っ掴んで自分を支える軸にして、ぐるり足を回して周囲のドローン2体にかかと、落とし!羽を折って落とす!そのままピアスのにーさんの頭すれすれになっちゃったけど手で掴んだドローンをぶん投げて別のドローンにヒット!沈める。
 あとは簡単、着地の際にさっき脚で羽を砕いたドローンにそれぞれどめのキックして衝撃を殺しがてらワン、ツー、ぴょいんともっかいはねて
 ちゃく――ち、
 と、
 とと、と。
 足がいたんで、できなかった。
 どさ。前のめりに崩れてしまう。
 レオンはむくれる。さいごがかっこわるい。ちえー。
「レオン!レオン!」悲鳴みたいにレオンの名前を連呼しながら三つ編みのねーさんが駆け寄ってくる。あたたかい手が背中を撫でて「うそ、いや、大丈夫!?」「ああ、そんなに揺らしちゃだめだ」眼鏡のにーさんの声。
「だいじょーぶ」
 レオンはとりあえず返事をしながらゆっくり起き上がってすわりこむ。いてて。「大丈夫なの?」うなずく。
「かすり傷だぞ」いや、彼らを守るために飛び込んだ捨身の一撃だったが、まあ、大丈夫じゃないんだけど、ちがうんだけど、左足もそうだけどお腹あたりがめっちゃやばいんだけど、まあ、かすり傷みたいなもんだ。
もう三つ編みのねーさんたらはらはら泣いている。「ごめん、ごめんね」レオンは手を伸ばす。わざわざしゃがんで視線を合わせてくれているねーさんの頭を撫でてやる。
「だいじょーぶだぞ」いままでそうしてもらって嬉しかったから。「え?」

「おれが、みんなをまもるためにやった。だから、これは、ねーさんは、悪くない」
 よっこいせ。立ち上がる。ちょっと左足が痛かった。
 けんけんぱ、大丈夫。左足に弾丸残ってるかも。
「ね?」
 レオンは笑ってみんなに首を傾げる。「ねじゃねーわ!!!」ピアスのにーさんが叫ぶ。「次がくる、みんな、まずドローン、次が信者だ、気をつけて!」眼鏡のにーさんがみんなに敵のくる方向を伝える。みんながわあわあ逃げていく。
「あのさ、ピアスのにーさん」
 レオンはたちんぼうしてそれを見送る。あっちではでっかいなんだろ―幽霊みたいな―でも壁かな、あれ、が形成されている。あっちなら大丈夫だな、うん。うなずく。
「なんだよ!?ああもう、つええからって無茶してえ」
 ピアスのにーさんはレオンが歩こうとしないので近寄ってくる。
「おれいっしょうけんめい考えて、全然わかんなかったけどさ、いっこ、わかったことがあるんだ」
「ほら来い!おぶってやる!逃げるぞ、おれたちと!」
 レオンは笑う。ピアスのにーさんそういうとこだぞ。おれいまちょっと大事なこと言おうと思ったのに。そういう一生懸命になっちゃう、そういう、あわてると前しか見えないから、足下気づかなくて転んじゃうんだぞ。三つ編みのねーさんの時みたいに。
「おれのほうがパゥワー強いんだから大丈夫だぞ」なんか照れ臭くてレオンは鼻先をかいた。
「だからなんだ、でもガキだろ!年下だろ、俺より!」
 数日前の壁越しの会話が、すこし溶けた気がした。
 ドローンとロボットと、それからなんかちょろっとした武器をかまえた狂信者が集まってくる。
 レオンしかいないと分かってか、逃げるみんなを追ってか…その両方だろう。
「レオン!」三つ編みのねーさんの腕を眼鏡のにーさんが掴んでくれる。「先行って、すぐ追うから」レオンは笑う。眼鏡のにーさんは頷いてくれる。ねーさんをひっぱってってくれる。「ピアスのにーさんは?」
「いか、行かない!おぶってやるんだからな!」脚ふるえてるぞ。「あぶないなーもー」言ってやる代わりに文句を垂れてやった。「な、なんだとお!?」
「つかなんか言いかけてたじゃんか!それを聞くまではだめ!死んでもいかない!」
 レオンは唇をすぼめる。そういうとこだぞ、ピアスのにーさん。ふたたび思う。
「じゃーかっこよくやっつけちゃうもんね」
 だってレオンの後ろにはにーさんがいる。
 じりじり、距離が詰まっていく。
「お、俺だって、俺だってえ」ピアスのにーさんの声が震えている。
「だいじょーぶ」レオンは笑う。でも、へっへん、いい度胸じゃん。
「じゃ、続き言うけど」「今いうのォ!?」「にーさんだって言うまで行かないっていったじゃん」「言ったけどお!」
 レオンは笑いながらその場で軽くジャンプする。
 ぜんっぜん、大丈夫――脚もお腹も、痛くない!
 いつでもいける。身を屈めて構える。

「にーさんは弱いっていったけどさ、三つ編みのねーさんも眼鏡のにーさんもそれからピアスのにーさんもぜんぜん、ぜんぜん弱いなんてことなくてさ」

 ぱし、ぱし。空気の埃がぴりぴりと、レオンから放たれる微弱な波動によって震えて弾ける。
 舞う埃や灰がレオンのそばに降りてくるたび、ちいさな雷にはじかれる。
 みせてやろーじゃん。

 三つ編みのねーさんのやさしさも、眼鏡のにーさんの賢さも、ピアスのにーさんのひたむきさも、それは、レオンの持ってないものだ。

「おれの怪力とは違うけど、強さだと思うんだよ」

 だからそれは、パゥワーだ。
 つよさだ。
 パゥワーは、ジャスティスで――

 先鋒のドローンから起動するモーターの音が強まる。銃口が動き、こちらを向く。
 いまだ。

 間髪入れずに雷獣が跳ぶ。
 宙に踊る。
 
「受けてみろ!」

 ――パゥワーは、こう使うんだ!

 振りかぶる拳は雷を纏い、ちいさいはずの拳は何倍何十倍と巨大な拳になる。
 ところで雷とは如何に発生するのか?

「おれのッ!怪力ィ、全ッ、開――」

 雷とはプラズマの動作。
 大きな雷はすべて、微弱なマイナスとプラスでできている。
 そう。

 すべては、ちいさな、しかし、たしかな――弱さ(マイナス)と強さ(プラス)で、できている。
 
「グラウンドクラッシャーだッ!」
 
 轟雷一迅!
 ロボットとドローンと、狂信者どもを、雷は地面ごと押し潰すッ!

成功 🔵​🔵​🔴​

七那原・望
【果実変性・ウィッシーズホープ】発動。

自身が犯し続けている罪を罪とも思わず、自分は汚れてないと言いながら理不尽な裁きごっこを繰り返す。
断言しましょう。お前たちはあらゆる世界でもっとも汚れた罪人です。

この閉じた世界を支配して、自分達こそが世界の意志の代弁者、神に等しき者とでも思っているのでしょうね。そういうの、一番嫌いなのですよ。
だから、お前たちのようなセカイは苦しめて苦しめて殺します。

【第六感】と【野生の勘】で敵の動き、攻撃を【見切り】対処しつつ、囚人たちを【鼓舞】

アマービレで召喚したねこさん達と【全力魔法】【多重詠唱】。オラトリオ、セプテットの【一斉発射】と共に【範囲攻撃】で【蹂躙】します。



●のぞみは今ここに(有罪:極刑)

 来れて本当に良かった。
 七那原・望(封印されし果実・f04836)はそう思った。
「望」
 ドレスを引っ張られている。望は今、ほかの子供達と狂信者たちとの間に立っていた。
 子供の集団だったのだ。どうしたって逃げ切れっこない。
 追い詰められるのなど時間の問題だった。「大丈夫だよ、あたしが出るよ」ふるえる声は、ああ、がんばろう同盟と笑った声だ。「望、ちっちゃいじゃん、がんばることないよ」
「いいえ、いいえ」
 引く訳にいかない。

 あの風の夜、星の下で組まれていた手。償いの祈りの手。
 自分のではなく、だれかの重荷の軽減を祈る手。
 自分たちが今回ここにいなければ、あの祈りは落ちた花弁より淡く踏み潰されていたのだ。

 来るのが遅かったぐらいかもしれない。

「健気なことです」
 にっこりと、審問官が笑っている。
「自分のがより罪が重いとかばおうとする。――ご自身の罪を真摯に受け止めて考えた結果でしょう?すばらしい」
 びくり、と彼女が震えたのが望にもありありと伝わる。
「であれば、同じことを繰り返す前に、すべきことがあり、それがわかる筈です。違いますか?」
 後ろめたい部分をありありと刺してえぐる。
 望のドレスを掴んでいた手が、おおきく震えながら、それを離すのが伝わってくる。
 あがり、ふるえる息には望だって覚えがある。
「いらっしゃい」
 こわかった。
 これから傷つけられると毎日毎日引き出されるたびにふるえていた。
「行かせません」
 望は腕を上げて、彼女が行こうとするのを止める。

 こうやって。
 こうやって戸惑う者を殺していったのか!
 
「自身が犯し続けている罪を罪とも思わず、自分は汚れてないと言いながら理不尽な裁きごっこを繰り返す」
 望は囁く。

 望の手に金の林檎が現れる。望みの果実。
 奇跡を引き寄せる勝利の果実。
 果実は手を離れてうかび上がり、果実を頂く杖となる。「望」「行っては駄目なのです」

「断言しましょう」
 杖を握る。
 守りきらねばならない。

 おそらく何人もいたはずだ。あんなふうに無垢に組まれた祈りの手が。
 真摯に罪と向き合い償いを欲した手が。

「お前たちはあらゆる世界でもっとも汚れた罪人です」

 白い翼はより一層輝いて広がる。
 黒のドレスに白のフリル。
 喪服を連想させる服に一点、首元のリボンの赤だけが、血のようにあかい。

 罪を思うからこそ罪ありつづけ、赦しなどあり得なき? 

 いいや。 

 塞がれたまなこで彼らをみる、見る、観る――!

「この閉じた世界を支配して、自分達こそが世界の意志の代弁者、神に等しき者とでも思っているのでしょうね」

 耳裏に蘇る、忘れ難き哄笑。
 その暴たるはかつて彼女を慰みものに虐げた彼奴らと変わり無し!

「そういうの、一番嫌いなのですよ」
 冷えた声で、言い捨てる。

 赦しを問うた審問官は笑う。

「おや、ではあなたはご自身に罪はないと」

 ――。
 ちの、においが。

「此れは何の罪でもなく、このようにあなたがたが抗いもがこうと蹂躙しようとすべては正義であり罪はないと、あなたはいうのですね?」

 におう。

「それはまるきり」

 審問官は唇だけを歪めて、

「我々と、同じですね?」

 全く笑わぬ目を三日月に抂げて望を映している。

「――痴れ言を!」
 望は杖持つ手のもう反対の片手に共達・アマービレを握る。
 白い鈴が鳴る。ちりん。一鳴に一声。にゃあ、と猫が鳴く。
「お前たちのようなセカイは苦しめて苦しめて殺します」
 ちりん、ちりん。
 ちりん、ちりん、ちりん、ちりんちりちんちりん!
 タクトから手を離して宙にあずけ、
 黄金の杖を自らの前に掲げる。
 びょうびょうと猫が合唱する。
 今ここにある地獄を塗り替えんと望の世界が展開されていく。
「随分と暴虐的だ。苦しめることにいったいなんの意味が?あなたが厭う私とて、痛みはなんの意味もないと知っているのに」
 その中で、その男は笑っている。
 その言葉に、揺れそうになる自分がいる。
 さっきの一言が、深いところにひとかけら、刺さっている。

 あなたとわたしに――わたしと、わたしをしいたげたあいつに、いったいどんな、ちがいが?

 杖握る片手に、もう片手を重ねる。
「わたしは望む」
 願う。
 銃奏・セプテットが宙で分解して七奏並び。
「わたしは望むわたしは望むわたしは望む」
 望む、乞う、祈る。
 影園・オラトリオが其を真似てもう7重奏。
「わたしは望むわたしは望むわたしは望むわたしは望む――わたしはッ――望む!」
 強く強く、強く強く強く強く強く、願う――トランスする!

 みゃあみゃあと続く猫の大多重詠唱は、喉も破れんばかりの大合唱だ。
 無数の子供たちの、泣き声のようにひびいている。
「望みが、一体何になるというのか」
 審問官が左手で指揮すれば一揃いの衣装を纏った教徒たちが現れる。
 揃いの衣装にとりどり持った歪な楽器は殺人機。
 広げた左手を掲げ、

「望んだだけで叶うのなら、あなたがたは罪を犯さず、罰を思い、赦しを願うことなどなかったのでは?」

 ゆけ。
 蹂躙せよ、と振り下ろす!

 なにもかも飲む赤く濁った濁流が迫ってくる。
 邪教徒たちが、突っ込んでくる。

「なります!」
 望が叫んだのは、それと同時だ。
「償いも許しも救いも」
 砲撃七重奏をさらに重ねて十四重奏。
 一斉発射で放たれる光の銃弾が線をひいきながら宙を疾走すれば、
 全力魔法の光がその模様をさらに複雑にしあげていく。
「望まなければ」
 幾人ものもの教徒が吹っ飛ぶ。ドローンもロボットもまとめて粉々に打ち尽くす。むこうから放たれた銃弾すら尽く撃ち落とす。一弾とて、通さない――!
 真白な彼女の世界にあかが、にくが、ぶちまけられていく。
 ぶちぶちとにくをたつおとがする。ぶざまにたおれるおとがする。
 其はまさしく蹂躙だろう。

「見えないようですからお教えしましょう――みごとに、鮮やかな真赤がひろがっていますよ」
 ひた――と。
 おとがせまった。
「我々でもここまでは、とても、とても」
 わずかな空気の揺れで、特に濃い血の匂いで、察する。
 信者たちを盾にしながら、ここまで、来たか!
「苦しめて苦しめて殺すのでしたか――わかりますか?」
 一歩、後ろに退く。ぃん!と鳴ったのは杖にぶつかった爪の音だ。
「ひどいありさまです。どれが誰の肉だったのやら」
 一撃では終わらない、にい、さん、と撃が続く。
 成人男性と十に満たない少女だ。埋められない体格差がある。
 頼りになるのは第六感と、虐げられて培った野生に近い勘しかない。
 見切り、かわす、かわしきれずに――ご!腹部に蹴りが入る!
 それでも下がらない、下がれない!
 なまぬるい血の温度、臓物をぶちまけてかきまぜたにおい――ああ、フラッシュバックする。
「これが、あなたが望んだ貴女の世界です」
「ええ、ええ」
 耐える、歯を食いしばる。赤のアネモネが揺れる。
 振り返ってはならない。見せねばならない。
 望が在ることがただ鼓舞となる。
 希望の果実にさらなる祈りが加わった胎動を感じる。
 がんばろうどうめい、おー。
「これが、わたしの望んだ」
 誓ったのだから。

 準備、完了。
 
「わたしの世界です!」
 いまひとたび、蹂躙の光弾が放たれる!

大成功 🔵​🔵​🔵​

スキアファール・イリャルギ
誰かが言ってた
この身に受ける実験は"罰"なのだと

耐えて耐えて耐えて壊れて
殺してほしいのに生かされ続けた
御伽の迷宮に呼ばれるまでずっと――

……怒ってんだよ、私は
あいつらみたいに戯言を吐いて
いたぶることで悦楽に浸るおまえらに、なぁッッ!!

罰だ赦しだ償いだ勝手なこと言いやがって!
わかってんだ私は一生赦されるわけないって!!
人間に擬態して人を欺き続ける私は
生きてるだけで罪を重ね続けてんだ!
犯した罪を忘れまいと戒めて背負い続けて
癒えない傷に苦しみ続けて月の無い夜に狂い続けるのが
私の罰なんだって自分に言い聞かせてんだ!!
とっくの昔にそう決めたんだよ!!!

……だって
大切な人達に願われたんだ

生きてくれ、と――



●影よ、咆哮せよ。いまこそ罰よりあらわれて。(有罪:極刑)

 罰です。

 言われて一瞬、回避することができなかった。
 マシンガンから、銃弾が、千本の針のように光りながら降ってくる。
 
 これは罰です。

 ライトが眩しい。手袋にマスク。汚染を受けないように防護服で覆ったせんせいたちは幽霊のようでいつも気味が悪かった。目だけが見えていて。いやだなあ。でもしょうがない。自分がわるいから。ひいふうみい、何人だろう。何人もにかこまれている。手術台に括り付けられている。動けないようにしっかり固定されている。いやだなあ。でもじぶんはわるいことをしたから。抵抗する気はないのだけれど、痛くて苦しくて辛いとどうしても体が跳ねてしまうから。
―耐えて―
 せんせいが薬を出す。注射器。いやだなあ。でもしょうがない。だってこれは罰だから。ちゅうしゃきのないひはもっといやだった。ぴっと刃がくいこんでひふのきりひらかれていくかんかく。いたいよ。でもしかたない。自分はなんのつみもないたくさんのひとをあやめたから。ごりごりと骨を切られる音を聞くのだ。いたいいたいいたいよ。でもしかたない。そんなつもりはなくても悪いことをして、たくさんのひとを殺めてしまったから。
―耐えて耐えて耐えて―
 なにかわからない液体を流し込まれたこともある。いたいよ、くるしいよ、つらいよ。でもしかたないだってこれはばつだから。なにかをひきずりだされたこともある、いたいよ、くるしいよ。悪いから。こわいよ、こわいよ。自分が悪いから。つらいよ、つらいよ、くるしいよ。ばつだから。いやだ、もういやだよ。命を奪ったから。心を狂わせてしまったから。だれか、だれか。
―こころが壊れて―

 いきていてはいけない。
 存在してはいけない。

 じゃあころしてよ、ころしてよ、わるいことをしたんでしょう。
 わるいことをしたひとにはしけいがまっているんでしょう。
 だったらころしてよ
― 殺してほしいのに生かされ続けた―

 いかさないで、いかさないで、いかさないでいかさないでいかさないでいかさないで
 
 次の実験までの時間が横たわる独房に近い個室。

 ひかりがさしていた。ふしぎだった。どあはあっちなのに。
 あてらはゆっくりおきあがって――…。

「おや」
 審問官は足をとめた。ひとり、影のようにふらり立ち尽くす男がいた。
 マシンガンによる掃射を受けたようで諾々と血を流しながら立っているさまは、立っているどころか、棒に、そう、ちょうど彼が巻いている包帯のような黒い布がひっかかって揺れているようですらあった
「どうなさいました?」
 どこまでも声は朗らかに。親しい友人のように近づいていく。
「…だよ」
 男――スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)の唇から、ぽろりと声が溢れた。
 ぐらりうなだれた首、彼の目には審問官は移ってなどいなかった。
 投げやりで、まるで無防備。肩でも押せば簡単に倒れそうだ。
 ゆえに審問官は逃走の隙を与えぬべく左手を伸ばしてスキアファールの首を掴んだ。
 吊り上げる。
「…怒ってんだよ、私は」
 五指を蠢かせて腕の動作を確認し、爪を鳴らす。
「ご自身の無力を?罪の重さを?」
 ぎちぎちと鋏でも鳴らすような音を立ててタンクを備えた蜘蛛足ロボットがやってくる。
 額から上。切って中身を、入れるための。
 それでもスキアファールは顔をあげない。
「ああ」応える。
 スキアファールの前髪の隙間から見えるのは床いっぱいの血だ。
 雨で蘇ったかつて流された血、そして今流された血、血、血、血、血血血血――!
「それはそれは、十全です」
「そして、だ」
 スキアファール自身から流れた赤がいくつもこぼれて、ぴちゃん。床を叩く。
 ぴちゃん、ぴちゃん、ぴちゃん。
「そしてあいつらみたいに戯言を吐いて――」
 過去に流れた赤に。今流れる赤に。
 混ざっていく。
「――いたぶることで悦楽に浸るおまえらに、なぁッッ!!」
 吠えた。

「溺れろッ!」
 血がさざなむ。泡立って盛り上がり、膨れ上がる。
 スキアファールから流れゆく血が呼び水となって、過去に流れた血今流れた血今流されている血――この床を浸す全ての血が応える。 
 まるで今立っているのが水面の上で、その下に深い深い地獄でもあるかのように。
 血の指先が現れる。
「食傷に溺れろ嫌悪に溺れろ呪詛に溺れろ憎悪に溺れろ過去に溺れろ報復に溺れろ」
 腕が伸びて両腕が現れて肩がひきずり出て腰そして足。
 一瞬、審問官の顔色が変わる。
 ずるりずるりと血でできたあかりにくらく濡れたひかりを照り返さぬ朱殷の影人間が現れる。
「憤怒に溺れろ慚愧に溺れろ贖罪に溺れろ怨嗟に溺れろ苦悩に溺れろ罪悪に溺れろ」
 一体ではない。
 何体だ?数えるのもバカらしいほどに。
 大人がいる子供がいる何人もいる。
 そしてああ、一様に。

「血に――溺死しろおおおおおおおおッッ!!」

 首がない。
 
 それらが一気に審問官へと殺到する!
 審問官は舌打ちをしてスキアファールを投げ捨てる。
 投げ捨てられたスキアファールはというと「ゲホッ」激しく打ち付けられて一瞬むせるものの、すぐに身を起こす。彼の黒は今、ほとんど赤に染まっている。
 前髪の奥。まっしろな顔に見開かれた眼で、審問官を睨め付ける。

「罰だ赦しだ償いだ勝手なこと言いやがってッ!」
 真っ赤な子供数人が切り裂かれて吹っ飛ぶ。

 これは罰です。
 あなたが悪いことをしたからです。

「わかってんだ私は一生赦されるわけないってッ!!」
 血に濡れた大きな青年が腹をぶち抜かれて霧散する。

 これは罰です。
 あなたは大きな罪を犯したのです。

 腹の大きな女が縦に裂かれて飛び散る。

 生を認められぬ、影人間。

「人間に擬態して日とを欺き続けてんだ!ああそうだ生きてるだけで罪を重ね続けてんだ!」
 スキアファールはぐらぐらにふらつきながらも、立ち上がる。
「わかるか、なァ!?解るのか!解るかって、訊いてんだよォ!!!!」
 スキアファールの顔を流れる血が、涙より濃くまだらに彩る。
「犯した罪を忘れまいと戒めて背負い続けてッ」
 こどもたちの影がショットガンの掃射で横なぎに吹き飛ぶ。少年の影が狂信者の鋏で胴が真っ二つになる。
 幾ら倒されようと、尚も呼ぶ、いくつも呼ぶ。
 流された血のぶんだけ影人間を呼び出すコード。それがスキアファールのNuckelaveeだ。
 流れた血を、業を、呪詛を呼びだし、叩きつけ――返す!
「癒えない傷に苦しみ続けて月の無い夜に狂い続けるのが、私の罰なんだって自分に言い聞かせてんだ!!」
 だれかが。
 影人間のだれかが、ああ、それは、過去に血を流した、誰でもあるのかもしれない。
 審問官に、追いつく。
 その足に縋り付いて。
 
「とっくの昔にそう決めたんだよ!!!」
 弾ける。
 一体弾ければあとは連鎖だ。次々と爆発する。
 爆発そのものに殺傷力はない。しかし、しかしだ。
 
 “Nuckelavee”―

 雨が降る。炎が起き、雨が降り、いまひとたび炎が起こり、
 そうして、今また、雨が降る。
 
 しねばよい、しんだらよい。
 罪が濯がれるのならスキアファールだって万々歳だ。
 傷に苦しまなくていいなんて最高だ。

 雨降り注いだ雨が滴となって濡らす。
 雨は粘着質であり、するりと流れてはいかない。洗っても残る罪のように粘着してまとわりつく。
 濡らす、濡らす――その筈だ。
 審問官もそのお付きもまたロボットもドローンもだ。そのはずだ。
 真っ先に気づいたのは審問官だった。
 素早く後退を始める。
「逃すかッ!」
 血の影を負わせる。
 その周囲では狂信者の一人が血を吐いて崩れおち始める。続いてロボットやドローンが。
 
―このコード、またの名を“ファフロツキーズ”という。
 そいつは怪雨の名だ。主には空から魚が降ってくる現象を言う。
 一部の地域ではこんな話もある。
 雨に打たれて、溶けて死んだのだと。
 この雨は、スキアファールに敵対するものだけを蝕む。
 溶解はしない。ただ何かを徹底的に脆く崩れさす。
 まさに“怪雨”なのだ。

 ああ万々歳だ。殺しに来てくれるなんて大歓迎だ。
 だけどそうはいかないのだ。

 だって、大切な人達に願われたんだ。

 両親と、あの先生と。

 生きてくれ、と。
 
 それだけで十分だって。
 
 それから。
 うたを、きいてくれていた。
 あの時は声をかけることも、かけられることもなかったけれど。
 じぶんのうたをきいてくれている、だれかのそんざいをかんじていた。

 あのとき、あのこもきっと、左右の生を願っていた。

 大事な人に願われて。
 行き合った、あのときは、知らない誰かに願われたら。

 雨は平等だ。スキアファールにも降り注ぐ。
 しかしこいつは怪異の雨、怨讐の雨だ。ゆえに彼を溶かすことはない。
 
 生きるしかないじゃないか。

 だから雨の中にたたずむスキアファールは、今生まれたみたいに真っ赤に濡れていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

多々羅・赤銅
【陽】

なあんだ、お前は人殺しがしたいだけだ
いや人殺しですら無いか、無価値な屠殺がお好みと見た!

機嫌は斬れ味最高!
良いぜ、戦える奴が来い!死にそうな時に真正面を殴り抜けりゃ合格点
続け、私がお前らの切っ先だ
首の皮一枚死守してくれよ
生かす。誰も死なせやしねえって

剣刃一閃、鎧無視、肉も鋼も斬って斬って斬り捨てる、
敵の隙間を縫う薄刃の如く、凡ゆる外敵を斬り伏せる。
一斬一体、討ち漏らしは後続に任せる!手の皮ズル剥けるまでメッタメタにしてやれ!!
ドローン届かねえなあーー、跳ぶから誰か打上げ頼んだ!

燃えるように呵呵大笑、此処が罪の花道だ
悪いねえ
罪を背負って生きると決めた生き物が最強って、古今東西お決まりなんだ


ダンド・スフィダンテ
【陽】
人は生きているだけで、罪だものな
貴殿の事も嫌いじゃないぞ
賛同は、出来ないが。

ミューズ・タタラ、機嫌はどうだ!彼らも一緒に連れてってくれ!

ははっ安心しろ、無理はさせない。
一撃で、彼らは戻る!ミューズが仕留め損ねた物を壊す事だけに、全力を注ぐ!

さて、どうだ?
その魂は動いているか?
理不尽に抗う、勇気は在るか?
死なずに生きる、覚悟はどうだ!

ああ!ああ!そうだろうとも!!
惨めに死んで良い命など、1つも無い!

さて、準備は良いか!!

花の香る道を行け!
彼女に二太刀を振らせるな!
強者に続くのは弱さではない!
生きろ!

生きろ!

誰一人、死ぬなよ!

(モブを含めた全体強化目的の支援/同調者に対する治癒、鼓舞、希望)



●赤き罪の花道を敷け(ともに有罪/極刑)

「なあんだ」
 多々羅・赤銅(ヒヒイロカネ・f01007)は審問官を見やるため額に当てて傘していた左手を外した。
「ありゃ人殺しがしたいだけか」抜身の愛刀、その背で自身の肩をとんとん叩く。「いや人殺しですら無いか」
 悲鳴、怒号、鉄の音――此処に満ちているのは戦争で
「無価値な屠殺がお好みと見た!」
 猟兵がいなかったら殺戮だ。

「まあ言ってることはわからんでもないぞ」
 ダンド・スフィダンテ(挑む七面鳥・f14230)はその隣で苦く笑った。
「おーまじ?」赤銅は左手の小指を身みに突っ込んでほじくる。

「人は生きているだけで、罪だものな」
 そうとも。
 生きているだけで、だ。
 金の前髪の奥、赤い瞳をほんのすこし曇らせて、口ずさむ。
「彼のことも嫌いじゃないぞ」
 まず自身にゆるされていないのでは?――解らないでは、ない。
「首出しちゃうか?」こちらを覗こうとするにやにや笑いを片手を振って払う。「まさか」
「賛同は、出来ないよ」
 ダンドにあるのは、どこまでも、苦笑だ。
「ところでミューズ・タタラ」「おうよ」
 目の前は戦もかくやの血腥さだというのに、ふたり、慣れっこでいつものように会話をする。
「機嫌はどうだ?」
「機嫌もご機嫌、斬れ味最高!」左手でサムズ・アップ。
「それは何よりだ」ダンドが笑めば――こっ、と彼の後ろで義足が鳴る。「七面鳥の旦那」「おう」
 ダンドが振り返れば“彼ら”がいる。
 元々ひっそりと用意したもの、あるいはこの戦いの中で強奪した武器を手に手に持って。
「ではミューズ・タタラ、彼らも一緒に連れてってくれ!」
 この数日間寝食を共にした“罪人”――友たちが。
 ダンドが親指で示した方を見やり赤銅は振り返り二度目の口笛を吹く。「すげーじゃん“七面鳥の旦那”」にやにや笑っておちょくれば「はっはっは」ダンドは爽やかな大笑を返す。「くすぐったくて敵わん」
 どいつもこいつも気持ちのいいろくでなしどもの顔だ。
 赤銅の見積もりとしては、まあ、ごろごろいる程度の手腕のものどもだろう。ふーむ。
「ははっ、安心しろ」赤銅があごに軽く手を当てて見てきたので、ダンドは先回りして答える。「無理はさせない」
 そも、揃えたとはいえ敵に向けるのはあまりに間に合わせすぎる軍だ。「一撃で、彼らは戻る」誰かが切り崩したところを
「ミューズが仕留め損ねた物を壊す事だけに、全力を注ぐ!」
 数の暴力で叩き潰す!――それしか取れる手がないのだ。

 赤銅にだってそれはわかっている。
 故に聞く。
 親しき中に報連相と肘鉄あり。頓珍漢な指示だったら脇腹どついてやるところだった。
「良いぜ」
 故に請け負う。ぐるり振り返って彼らに向かい合う。
「戦える奴が来い!」がんがんがん!拍手の代わりに武器が鳴る。「おうおうお盛んだこと」「はっはっは、皆威勢の良いやつばかりでな!」
「十分十分、死にそうな時に真正面を殴り抜けりゃ合格点だ」

 ダンドもまた彼らに向き直る。
「さて」
 あかあかひかる、炎を受けて、みなの、顔が見える。
「どうだ?」
 一歩、また一歩と彼らに近づく。
 だがもう1歩ほどの距離のところで止まり、彼ら一人一人の眼を見る。
「その魂は動いているか?」
 片手は槍を握ったまま、もう片手をかるくあげて問う。
 問いの形をした呼びかけだ。
 あたえられた問いは聞くことで胸の中に響き、反復して聴いたものの心を露わにする。
「理不尽に抗う、勇気は在るか?」
 故に問う。意識のありかを。
 彼ら全員の罪を、ダンドは聴いている。背負った罪ににおう、深い情を知っている。
 そして

「死なずに生きる、覚悟はどうだ!」
 そこに生きんとする、人間であることを知っている!

 応!叫ぶ声があり、掲げる拳がある。
 恐怖を追いやって尚、力強く笑う顔がある!
「ああ!」ダンドも笑う。
 掌を拳にして掲げる。
「ああ!そうだろうとも!!」
 “罪人”たちがゆっくりと前に進む。
 ダンドの隣に。

「惨めに死んで良い命など――」
 かつて、かつて。
 ダンドの側にこうして肩を並べる友がごまんといた。
 守るべき、後ろでダンドたちを待つ友もごまんといた。
「1つも、無い!」
 皆死んだ。
 ダンドは、無力だった。
 …そういうと彼らにやっぱりしこたま怒られそうだが、しかし、間違いなく、無力だったのだ。
 故に罪はその首に未だにあり、拭い去ることはできない。しかし、しかしだ。
 同じ轍は踏むまい。
 故に込める。願いを込める。
 少しでも彼らが生きられるよう、この言葉でああ、力が与えられるというのなら。ほんとは会話がいいけれど、いくらでも語ろう。願ってもない。安いものだ。
 武運を。――与えられる付与。

「さぁて――準備は良いか!!」
 声が答える、拳が答える。武器を鳴らす音が聞こえる。
 応、応、応――!

「征くぞ!」
 総員、駆ける。
 
「続けェッ!」修羅が大笑で赤銅は駆ける。
 誰より早く先頭をゆく。
 まず一閃。下から上に掬うように、狂信者の右足から胸を叩っ斬る。
「私がお前らの切っ先だ、迷わずついて来いッ!」
 閃としては甘い。普段ならさらに叩っ斬るが、今日はそのまませず――駆け抜ける!
「花の香る道を行け!」
 ダンドが檄を飛ばす。自身は側面から突っ込んでこようとする敵を貫き、吹き飛ばし、また槍を振り回して牽制しながら。
「彼女に二太刀を振らせるな!」
 赤銅が軽く切り捨てた狂信者の頭を、片耳のない男がありあわせのスパイク・ロッドで叩き潰す。
「いいぞ、そうだ!首の皮一枚死守してくれよ」赤銅は囃立てる。
 そいつさえ有れば最悪赤銅が血をぶちまければなんとかなる。
 続き左舷、赤銅は迫ってきた軽量型蜘蛛型ロボットへ砲身が腹につくほどの至近距離に迫り、脚数本と胴体三分の一を丸ごと斬り、斬り捨てた勢いでバランスを崩したそいつの胴に蹴りをお見舞い――蹴り倒して、さらに先へ!いつもビールやつまみのことばかりの食い道楽の男が、そのロボット、赤銅が入れた太刀筋にさらに手斧を叩き込んで徹底的に破壊する。
 赤銅が貫くは一斬一体だ。討ち漏らしは全て後続に任せる。
 なにせ数が多い。敵も――味方も。
 此度の勝負、要は、速度だ!
「強者に続くのは弱さではない!」
 ダンドの声が彼らを後押しする。 
「生きろ!」
 走れ、走れ――決して止まってはならない!
 赤銅は狂信者一人の首を切り落としながらコンマ以下何秒で、後方を確認する。
「上等だ!野郎ども手の皮ズル剥けるまでメッタメタにしてやれ!!」
 応、と声がして「ミューズ・タタラ!」前へ振り向けば、敵はいない。
 否!
「上です!」
 針のように突き出された砲身、こちらを向く銃口――刃は?届かない!
 銃口が狙うのは先頭の赤銅だけではない。
 何人かが止まったが、後続数名、同じく射程内だ。

 ならば!

 銃弾が放たれる。肩や脚、最悪頭蓋骨を叩き割って脳髄ぶちまけるような重い銃撃の雨が――

 ならば、降る雨すべて、斬ればよい。

 生かす。

「誰も死なせやしねえって」
 刀鬼が舞踏、ここにあり。

 勢いごと真っ二つに断たれた銃弾の雨が、床を叩く。

 誰もが息をのみ
「んぁクッソ邪魔!」赤銅は相変わらずだった。 
 ドローン。猟兵を警戒してか随分な高所を飛んでいる。どうも混戦で機体は減ったようだが落としやすいマシンガン型はあらかたおらず、残っているのは少々手強い狙撃型だ。
「ドローン届かねえなあ〜〜〜〜〜〜〜」赤銅は試しに刀を上に伸ばしてぶんぶん回してみる。「いやあ届かねえべそりゃあ!」赤銅たちに追すがっただれかが答える。「いや届くって。届くって跳べたら!」次の砲撃までに間があるらしく隙にとやってきたロボットを縦に真っ二つに斬る。「大砲でもありゃよかったがなあ」銃に弾を爪ながら、誰かがげらげら笑い声を上げる。
 ああ、心地良い。
 戦さ場死線最前線、まるでこいつは祭りの顔だ。
 命のやり取りとはこうでないとなあ!
「いや届く届く跳んだら届くっしょぜってぇ届く、あ、なんか寧ろ跳びたい気持ち」「特攻隊長殿、残念だけど飛ばせる砲台ねえからここに」額に傷のある男にどやされる。「砲台もトランポリンもいるじゃん此処に」「俺らかーい!」赤銅が切り捨てた狂信者の頭に一発銃を撃ちながらのツッコミが飛んでくる。「いけるいけるお前らならいけるって、あげてって!プリーズショットミートゥーザムーン!」ぐるり刀を振るう。袈裟斬りにした狂信者の血が円を描く。「月近えなー今宵の月」あっこれは流される予感ってやつだ。
「つーか」仕方ないので論法を切り替えことにする。「あれ逃したら寧ろ後方に迷惑かけるじゃん?」蜘蛛型ロボットに乗り半分に切り捨てた砲身を足で思いっきり踏みつけて射線をずらしながら一閃。寄ってきた狂信者の腕を握っているハチソン・ナイフごとまるっと水平に切り捨てる。「あ、まあ確かに?」「だろ?」「おいこんどは正論で攻めてきたぞ!」赤銅の目論見に気づいて、ロボットの関節を、拾ってきたらしい釘バッドで叩き壊しながらだれかが笑う。「ったァく七面鳥の旦那といい調子のいい…あれ、にいちゃん?ねえちゃん?」「ミューズだべ旦那がミューズって言ってたんだから」「女ァ!?あれで!?」
 男に間違われれることは少なくない。赤銅はからから笑って「そーだ、どーよ魅惑的だろ?」ウィンクと投げキッスを振る舞う。「世界不思議大発見」なんだとう。
 
「受け負おう」
 追いついたダンドが名乗りをあげた。槍を示す。「打ち上げでいいか?」「おう、高くイかせておくれ♡」口笛と笑い声とヤジが上がる。はっはっは。「善処しよう」ダンドはどこまでもつきぬけて明るく笑う。

 そういえば。
 槍に軽くのり、はたと赤銅によぎる。月夜に乾杯した男。
 あいつは一発で赤銅の性別を見抜いていた。いやそうではない可能性もないわけじゃないが、まあなんだ、あのときああいう気遣いをもらうということは、そういうことのはずだ。
「…くるくるまいっちゃうぜ」
 おもわず呟き。
「ん?」ダンドは首を傾げた。「作戦変更か?」ダンドは槍を軽くもちあげたところで、方向転換でもまだいかようにきく。「まっさかあ」赤銅はからから笑う。「頼むぜ、“七面鳥の旦那”」
 …私と言ったからそこで気づいたのかもしれないが、真実はかなたの夜のむこうだ。まあ、そんなこともある。うん、あるある。
「はっはっは!それはこちらの台詞だ。よろしく頼んだぞ」
「おうともよ」
 せい!という掛け声と共に、刀一本・花一輪、宙へ跳ぶ!
「うーわ旦那、馬鹿力…」額に傷のある男が口をあんぐりと開けている。
「はっはっは褒めるな褒めるな」ダンドはウィンクを飛ばす。「それより皆、ミューズ・タタラに見惚れるはいいが」槍を構える。「それに続くのだということを忘れるな?」
 おう、といま一度、声が答える。

「悪いねえ」
 赤銅の口先の謝罪。なんの悪びれもない顔で羅刹が笑う。
 燃えるように呵々大笑。火に燃えて赤けりゃ引き上げ素地まで赤い。それが赤銅(あかがね)というものだ。
 一閃。ぶん回せば5体が落ちる。
「罪を背負って生きると決めた生き物が最強って、古今東西お決まりなんだ」
 そのまま切り捨てたドローン一機を足場に体勢を調整。
 一刃なる一陣。
 揺れる髪は花の桃。内は冷やなり空の青。 

「さあ追うぞ!皆、着地地点を見誤るな!」
 ダンドが叫ぶ。
 皆が走り出す。靴底が床を叩く音が幾多も響いていく。

 ダンドが失ったあの日は、どうだっただろうか。
 いくつもの靴音が行って、帰ってこなかった気がする。
 声に、より、願いをのせる。

「生きろ」
 呼びかける。呼びかけ続ける。
 魂の灯が途絶えることのないように。
「生きるぞ」
 とりこぼしてしまわないように。

「誰一人、死ぬなよ!」
 生き、死に、争う。

 内臓業罪ぶちまけて、汚れた床は真っ赤っ赤。
 うつくしかないかもしれんがなかなかに見事な紅は、なるほど花と、言えなくもないだろう?

「此処が罪の花道だ」
 生をゆけ。生を刻め。
 
 上からは赤銅が首落ちる花が如く、首落とす花として、急降下して、
 地上からはダンドが道開ける閃光か槍が如く、人々を率いて。

 両者、敵陣へ尚も、突っ込む!

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ジャガーノート・ジャック
★レグルス

(ザザッ)
「真に罪なきものは罪をすら思わない」?
この姿でなければ腹の底から笑ってやった所だ。

ド ウ ル イ
身勝手な人殺しが無垢を気取るなよ、反吐が出る。
罪を知らない等と無知を晒すなら
その身を以て知るが良い。

(ザザッ)
電脳体広域拡散。
  ノイズ
"砂嵐"展開。(範囲攻撃)

(ロクの叫びを自分の砂嵐を介して拡散。

今この時、この電子体は
カクセイキの如くあれ。
相棒以外の他の者にも、囚人達にも
声を、音を、己が意を
届けんとする者がいるだろう。

怒りであれ
魂に響く訴えであれ
唸れ、叫べ、
それを吼えろ。(援護射撃))

因果応報。
善悪問わず為した事は己に還る。
今日この日がお前達にとっての審判の日だ。
(ザザッ)


ロク・ザイオン
★レグルス

(血抜き。刎頸。あの血はそういうことか)

…お前たちには、罪がないのか
かんきん
ぼーこー
さつじん
それとも、お前たちも「無知」なのか?

罪はひとが定める秩序だ。だから、
ここに住む人々。
今、巣の主として、決めろ――あいつらの罪はなんだ!!!
(【大声】の「啀呵」をジャックの砂嵐に乗せ
戦場全体を【鼓舞】
これはキミたちの、縄張りの為の戦いだ
まだ生きるために、明日の為に抗うのならば
ひとを守る森番は此処にいる
人々を【かばい】ながら敵を【なぎ払おう】)

(――人間は、素晴らしくて、清くて、尊い
…あなたは罪を知っていましたか)

(思い出したあねごの顔は
最後には、希望を失っていたんだ)



●シャウト・イット(両名ともに有罪:極刑)

 獅子の炎が審問官の前に立ちはだかった。

「おや、おや、おや…」
 邪魔をされたというのに彼は顔色を変えるどころか薄ら笑いもそのままに、二人をながめる。
 ちゃきん、と、側仕えの狂信者が鳴らす、鋏。
 うつくしさすら伴った、汚れひとつない輝きが空々しい。

(あの、血は――)
 ロク・ザイオン(蒼天、一条・f01377)は足先からぞっ、とつめたいほのおがのぼってくるのを錯覚する。

「もしや志願者ですか?それは非常に、喜ばしい」
 ひどくリラックスした調子で審問官は語り、本気か冗談かもわからぬ顔で両腕を広げる。
 
 罪。罰。許し。血抜き。刎頸。
(そういう、ことか)
 赤線。廃棄。焼却炉。

 要るのは、そこから、上だけ、と。

 頭の奥で生木のはぜる音がする。乾いていないから薪にはならない樹独特の水分がとぶきわの、か細く高い悲鳴が耳の奥で甲高く鳴っている。
 あるいは山火事。内から燃える、木の、おと。

「“ああ、そうだ、志願者だ”」
 ジャガーノート・ジャック(AVATAR・f02381)は乾いた声で答える。

 ジャックからすぶる炎のにおいを、ロクの鼻がかぎ取る。
 自分と同じ、どうしようもなく燻って皮を焼き、ほら。

「“『真に罪なきものは罪をすら思わない』?”」
 焔の赤い舌先が幹のうろからもうちろちろと火をのぞかせている。
 ジャックの声に走るノイズは、本日ばかりはアヴァターによる再生のせいだけではない。
「“この姿でなければ腹の底から笑ってやった所だ”」
 ジャックもまた自身の内でくすぶる炎を知覚していた。
 ぐらぐらと身のうちから吹き上がり、焼いて、焼いて、焼いて、焼きつくさんとうねっている。
 己がばらばらに朽ちながらも飲み込んで食らい尽くして、目の前は無論、この世界のどこいっぺんたりとも逃したくないと、炎が、巻き起こっている。
 純粋な怒りではない。
 赤々と燃える火であるのに、明るくなどちっともない。
 
 そうか、これが、きっと、そうだ。匂いと共に伝わった感情に、ロクはまたひとつ確信を得る。
 言葉では知っている。言葉では。
 喉の奥をふるわせ、人知れず歯を強く食いしばり震えるこの感情。
 そばに下ろした手をゆっくりと、とじる。言葉の意味を、身を持って知る。

 其の炎の名は――

 ド ウ ル イ
「“身勝手な人殺しが無垢を気取るなよ――反吐が出る”」

 ――憎悪。

「おや、同類とは御大層な」
 審問官は微笑んでいる。
 ジャックとロクの火のことなど鼻にもかけぬ涼しげな笑みだ。
「自らの罪を人に押し付けて“正義の顔”などしてはいけませんよ」
 広げた両手、銀の爪が光る手をふたりに向けて差し伸べ、掌を上に、小指からゆっくりと指を追っていく。「それこそ――」
 握った拳から一本。人差し指だけを立てて

「“冤罪”というものです」
 ふたりを、指す。

 がり、とロクの奥歯が派手な音を立てた。
「…お前たちには、罪がないのか」
 少しずつ、少しずつ、炎を吐き出す。
 叫び出したかった。思い切り喚きたかった。狂いそうなほど。
 それはジャックも同じであり、しかし、そうしたいからといって、そうした瞬間に何かが堕ちる。
 なにか、大事なものを手放してけものになりさがってしまう。
 ゆえにふたり、いまだことばを保っていた。
 いまだ人たろうと此処に在った。

 おまえ、そう言ったよなあ。
 あねごのあの、つよいつよいお声が蘇る。

 首から下がる鎖が、重い。

「かんきん。ぼーこー。さつじん」
 この罪の園でいくつも聞いたことばを突き返す。
「“まさか、そちらの行為は一切の罪ではないと?”」
 ジャックはいま一歩、前へでる。
 いまだ人たろうとここにあり、ゆえに。

「なあ」ロクの唇が、あの声音のさいごを自然となぞる。
「それとも、お前たちも「無知」なのか?」

 なあ、おい、ここは――なあ、おい。
 ここは、ひとのいきる、つみを、とう、そのでは、ないのか。
 なあ、おい。

「なるほど志願者とは、こちらを審問する“志願者”ということですね」
 くすくす、詰め寄られようとも下がりもせずに審問官は笑う。
 対する信者やドローンたちがゆっくりとジャックとロク、ふたりを囲もうとする。
「“ご託は十分だ”」「こっちは、訊いてる」
 また一歩、詰める。

「「“こたえろ”」」

 ――。

「まず、ひとつ」
 ほのおの全く通らぬ爽やかな声で審問官はふたりを指したままだった指を立てる。
「殺してなどいませんよ」
 は。ロクの思考が一瞬止まった。「人の話はもう少し丁寧にお聴きになった方がよろしい」
 ずっと笑みのままだった唇がひらいて、異様なほど白い歯がならんでいるのが見える。
 ざ。ジャックの髄が泡立つ。
 そういう歯を剥き出すような笑いを、みたことがある。
 他ならぬ、あの教室で。

「罪を、濯ぐ、身を、差し上げる」 

 だれがそんなものがほしいといった。

「彼らは生き、死に、そして、生きています」

 だれがそうしてくれといった。

 ジャックの腕が、弾かれるように動いた。

 審問官の額に銃口を突きつけ――ジャックの首に狂信者の、鉈ほどもある電磁ナイフが突きつけられる。ロクにもまた鋏で首を浅く挟まれ――ロクはすばやく抜いた烙印刀を自身に刃を突きつける者へ、突きつけ返す。
 審問官は右手をひらいて狂信者の行動を止める。
 拮抗状態、かに見えた。

 そして、ロクのもう反対の手は
「ジャック」
 銃口を突きつけたジャックの腕を掴んでいた。
「だめだ」

「“……”」
「それを、おれたちがきめて、しては、いけない」

「それを決めるのは、おれたちじゃない」
 一瞬の間を開けて
「“確かに”」
 ジャックは“あえて”銃を落とした。そのままゆっくりと両手を上げる。
 収納することもできた。しかし、また取り出しかねない自分がいた。
 銃のおちる乾いた音は、この大動乱の中でそこだけ音がないかのごとく大きく響いた。
 このことばが審問官には少し意外なようだった。「おや、よろしいのですか?」
「せっかくの機会だったのでは?」狂信者たちを制しながら安い挑発をなげて、油断なくふたりの様子を伺っている。「いい」ロクは素っ気なく答え
「罪は“ひと”が定める秩序だ。だから」
「“罪を知らない等と無知を晒すなら――その身を以て知るが良い”」
 ジャックが杭を打つ。

「ここに住む人々よ!」
 小声ですら人に忌まわれる声だ。
 大声で叫べば、サイレンのように響いた。パンザマスト(緊急放送)のようにはいかないが、よけいに重みを持った呼びかけだった。
 逃げようとしていた囚人たちが足をとめる。ことの成り行きを見守っていた者たちが呆気に捉えられる。
「“『囚人』と呼ばれた――きみたちのことだ”」ジャックが添える。
「なるほど」審問官がふたりの意図にようやく気づき笑みを皮肉に歪める。「たしかにここは“彼ら”のものです。私は管理者に過ぎない」「“…何?”」ジャックが問えば彼は目を細めたまま左手の人差し指をみずからの唇にあて、しい、鳴らす。

「ここの巣の主として決めろ――」
 無理矢理に首を回し、彼らの方を見る。
 怯えた顔、縮こまった魂。凍りついた顔。
 あの黒髪の男も、あの緑の目の娘もいない。どこだろう。
 贖罪しかないと、なげうったようなあの人を、ロクたちは逃すことができたけれど。
 それは一体、なにかになっただろうか。
 罪の重みに病んだ足を。生の苦しみに曇った目。諦めに濁った瞳を。

 嗚呼。

 思い出した。
 だいじなおひと。ろくにあらゆるすべての最初のひとしずくを与えてくれたひと。
 あのひとの、さいごのかお。

 ああ。ロク。
 ロク・ザイオン。

 きっと、すくなからずロクが無知であったがゆえに、させてしまった顔。
 この罪は無知ということばで足りようか?
 あの表情、あの意味は――

 おれの――おまえの、つみは。

―希望を、失っていたのだ。

「こいつらの罪はなんだッ!!!」

 胸が、引き裂かれるようだ。

 囚人にとまどいが走る。目の前に落ちてきた権利を。
 だれも彼もが胸に秘めて、しかしだれもいうことができなかったことばを問う、声だった。
 は。乾いた笑いは真正面。審問官からだ。
「汝ら罪抱えたものが罪を問うか!――それこそ片腹痛い、傲慢きわまりない!」
 囚人たちにおびえが入る。
「自らの罪すら持て余し他人に委ねて時を待つような者がッ!自らを棚に上げてひとを裁こうというのか!」
 だれもが抱える後ろめたさに爪を入れてえぐり込むことばが響く。
「“ああ、棚に上げる”」
 ひた、とジャックが切り返した。
「“ 棚にあげてッ!”」
 血を吐くように喉の奥から、
「“だれかになにかできるかもしれないと来たのが、本機らだからだッ!”」
 アヴァターのその向こうから、

「“言え!!”」

 叫ぶ!

「罪、ありき!」
 こえが、あった。

「てめえら―――てめえら形式で言ってやらあ!」髭面に、黒髪を束ねた男が。
 ――。
 ロクたちを見て飛び出そうとしたらしい、そばかすに、ハーフアップ、緑の目の少女の手首を掴んだまま、吠えていた。
「汝ら、罪、ありき!」
「“は”」おもわずジャックが笑った。「“…せめて逃げるとかしたらどうだ”」いつかの呆れながら言ったことばを、苦笑の大きく混ざった台詞にいじって揶揄する。

「つ、罪、ありき――!」
 続けてあの少女が、叫んだ。
 ロクの喉が、つまる。

「すくなくとも、そのひとは、そのひとたちは――私たちを、助けてくれて――徹頭徹尾、罪など、ありません!」
 恐怖だろう。「だ、だから、その――」目にいっぱい涙を溜めながら。

「その人たちは“冤罪”ですッ!」

「監禁、暴行、殺人、み、未遂」震える声で、どもりながら、それでも。
「未遂じゃねえわ多分やってるぞこいつら!」黒髪の男が吠える。「ああもうどれでもどうでも一緒だ、そうだよな!?そうだろ!?」

「汝ら、罪、ありき――!」
 贖罪しかないと、嘆いた少女。身を挺してとびだしていく男。
 なにかが、彼らに届いていたのだと。
「“ロク”」ジャックは相棒へ声を飛ばす。「ああ」ロクがうなずく。「たのんだ」「“上手くやれ”」「そちらも」
 ざ。ジャックから一際大きなノイズが漏れる。
「“電脳体広域拡散”」
 その姿が揺らぐ。「貴様、動くか!」狂信者が叫ぶ。「“動いてなどいないが?”」ジャックは両腕を上げたポーズのままとぼける。「“動いていないが――しかし、このような状態だ。動いてしまうものはどうしようもあるまい?”」ざらざらと形質を失い、崩れていく。

  ノイズ
「“『砂嵐』展開”」
「そうだ!」
 ジャックがノイズとなって吹き荒れると同時に、鑢たる(ノイジィ)声でロクは叩きつける。

 これはひとと、ひとのための戦いだ。
 尊厳と魂のための戦いだ。心の在処のための戦いだ。
 罪には罰がいるだろう。
 しかし。
 罰を下す手を選ぶくらいの、自由は。罰をくだそうとする手に対する、怒りは。
 あったって、いいはずなのだ。

「えんりょは、いらない――叫べッ!!!!」
 ロックン・ロールでも始まるかのようなシャウト。
 声を出すために動いたことで、鋏の刃が軽く喉へ触れる。
 しかし、全力の啀呵。
「おれたちは、まだッ」
 抗おうとするひとがあった。なにかを見逃せぬものがいた。
 なれば、迷いの森を行くものよ。業罪の嵐を進まんとするものよ。
「諦めなどしていない――此処にあるッ!」
 森番は導く歌をかかげよう。
 暗くて道が見えなくてもすすめるように。
“そうだ――そうとも” 
 ジャックの砂嵐がそれをひろい、ハウリングせんばかりに拡大拡散し、響き渡らせる。
 いまただひととき、この身は拡声器のごとくあれ。
 無防備なノイズとなってロクの啀呵を、“罪人”たちの叫び解析して、何倍にも複製する。
 電磁の嵐はささやこう。
 なにも見えず進めず立ち止まろうとも、共にゆくものがあることをつたえよう。
 ジャックはロクの声だけではなくだれもかれもの声を拾い、吹き荒れさせる。
 声を、音を、己が意を、届けんとするものの声を届けねばならないものに届け。
 
“怒りあるものよ”
 あのころ、すくなくとも一人にはそうしなければなかった分もこめて――深い悼み/痛みのままに。
 声の中には幾多の無念があった。贖罪を求める祈りがあった。
 ロクはジャックが自身を人殺しというと何か文句のありそうな顔をするが、ああ、その事実は、罪は揺るがない。許されたとは思わない。

 許してほしいとは、おもっているだろうか?

 おなじような戸惑いもまた、叫ぶ声の中に多くあった。
 そう、そうだよね。と向こうの彼はその分析にちいさなあかりを思う。
 悔やみは渦巻いて積み上がり、赦しだのなんだの、答えは出ないのだ。

“唸れ”だからだれもかれもの背中を押す。
“叫べ”ジャックがいつか背中を押してもらったみたいに。

“――それを吼えろ!”
 
 迷いの森を行くものよ。業罪の荒野を進まんとするものよ。
  
“ゆえに”「ゆえにッ!」
“汝ら”「汝ら、」

 レグルスは輝こう。
 暗い夜空を。

 うたえ。

「「“罪ありき”ッ!!」」
 魂の帰還を喜ぶ凱歌を!

 ひとの心に呼び――鼓舞する!

 大音量に審問官の眉が寄った。
「それで?と聞きたいところですが――いささか耳障りですね」審問官は軽く顔を上げる。「付近の囚人の包囲は…ああ、終わっていますか」ドローンの群れがずらり、揃っている。

“させるか”「させるか」
 ジャックが/ロクが――再び動く。
 ジャックは砂嵐より再構成、相手が宙をとぶドローンでよかったというものだ。銃には銃を。小型。ビームライフルを何挺か作成、下には落とさず水平に撃ち抜き/ロクはライカを抜いて刃を抜いて鋏を弾き審問官にはくるり背を向けて囚人たちへ殺到する狂信者やロボットへ突っ込んでいく。
 だれかの身体めがけて振られたスパイクを弾いて二撃を交わして蹴り、足を狙って放たれたマシンガン放射を跳んで除ける。
 あの、二人は――ああ、こんどは自分で逃げていけそうだ。

―人間は、素晴らしくて、清くて、尊い。

 あねご、と呼びかける。
 かなたのおかた。

 ロクの源罪を問えばきっとたどりつく、かわりなき、あなた。

 あねごは、さきほどのひとたちをごらんになったら、どうおっしゃいますか?
 
 最後に見た、絶望にみちたかんばせを思う。
 その重みを、しんと味わう。

 あなたは。
 罪を、知っていましたか。

 森の、神の、人の、掟の――そしてなにより、ロクの。
 
「“ 因果応報、だ”」

 ロクの背めがけて審問官が放った信者やドローンを時に撃ち時に切りながらジャックは言う。

「“善悪問わず為した事は己に還る”」
 赤いバイザーはいくつも敵を捕らえる。

 目標、補足。

「“今日この日がお前達にとっての審判の日だ”」

 一体たりとも、逃さない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ユキ・パンザマスト
【くれいろ】
逃がした二人
鋏に怯える男と少女
状況に己を重ね続ける代替行為
ああ畜生、また大層な教えとやらが只人を苛む!
(させるか)
勿論、相乗りさせて下さいな。
いきましょう
彼らの生に、安らなひを取り戻す。

背なは預けました!
【バトルキャラクターズ】
半数はハッキング媒介へ
プログラム捕食、機械群の停止を試み
止まらなくば枝根で薙ぎ払う!

残りは戦えぬ人々の守垣と、
“花晨”の指で椿一本にオーラ防御。
何方がついているのか、
今迄にない武勇で奮戦する彼の護りへ。

(人攫う狂信者。人攫いと語る彼。
重ねる筈があろうかよ
皆のあかり
やさしいあなたを!)

手じゃなくて
背負わせてくれるのですね。
ええ。誰一人、たそがれには迷わせない。


セラ・ネヴィーリオ
【くれいろ】

話を聞いて回った囚人さんたち
…彼らの罪は彼らのものだったね
だから道を見つけていくのも、彼ら
生きているものねと噛みしめ

なら、うん!
余計なお世話でも、今は僕らも彼らの隣に
「ユキさん、我儘言っていい?」
みんなで帰ろう
いまを生きる人にも笑ってほしいから!

おっけー!先駆けは頼むね!
《全力魔法》【残火】で特に狙われている人の救援に
『彼』の、歴戦の拳士の経験が染み渡る
重撃の一撃離脱で戦線をかき乱そう
《おびき寄せ》それで僕が狙われ出したら願ったり!《カウンター》で本命の一撃を
負傷は《覚悟》…けど艶椿が慄れを退けて

誘拐は元より無知も罪?そうかも
でも僕ら、背負って歩くって決めたんだ
止まってはあげないよ



●覚悟と人はその火を呼ぶ。(両名ともに有罪/極刑)

 命が渦巻いている。
 生者が足掻き、命がもがいている。

 かれらは並べられた列のうち、だいぶ後方だった。
 だから前線が遠い。
 騒ぎが、彼岸のようだ。

 その明るさに、眩さに――セラ・ネヴィーリオ(トーチ・f02012)は思わず眼を細める。

 彼は死者と遺された生者のための灯りだ。
 飛び込んだことがある事件は、うたう髑髏やあるいは死者眠る墓、だれかが凄惨に死んだ後にとびこむような、かなわない願いや死、想いのうねる事件だ。…まあモヒカン・レースでぶっとばしたりもしたことあるけど、それは脇に置いて。

 彼岸と此岸の間に横たわる、霧ふかき川の上に立てられた導き道知る道標。
 ゆえに誰も彼もを抱えて導く。
 それがセラだ。
 
 眼前の光景はまさに暴動。
 生者のど真ん中。いきるためのエネルギーが業々と響く狂地の真中。
 セラは知っている。誰もが重たい荷物を抱えている。
 その苦しみに喘いで、しかしその苦しみすらいけないのだと否定されて、争っている。
 ここに灯は必要――ない、わけでは、ないが、そう。
 きっと、この場でそれは、ちょっと違う。
 ここに今までの、墓守のセラ・ネヴィーリオの戦いは、ない。
 ほんのすこしの、とまどいがあった。

 駆け出した隣の少女に驚く。
 恐れも迷いもない足取り。
 そうか。きみはこんな事件に飛び込んできていたんだね。

「ねえ、ユキさん」
 セラは思わず呼びかける。隣に声かける。ひきとめる。
 この道は間違っていないにちがいないと。道連れがほしくて。
 そう、ゆきさき響く“アナウンス”(パンザマスト)がほしくて。
 …これはあまえてないよね?一緒にいくって、こういうことだよね?
 おそるおそるの、いっぽで。

「はい?」
 ユキ・パンザマスト(暮れ泥む・f02035)は応えた。
 こころなし、セラの顔色が青白く見えた。
 駆け出そうとした足をとめて駆け寄って、セラの顔をのぞく。
 ああ、返事がある。セラは安堵する。
 なるほど、嵐の中で灯を見つけるって、こういうことかあ。
 またひとつ、生を知る。
「大丈夫っすか?」
 覗き込むユキに、セラはゆっくりうなずく。
「話を聞いて回った囚人さんたち、さ」
 炎や爆音が遠い気がする。
 すべてが、コマ送りのスロー・モーションのようだ。
 だれかがさけんでいる。だれかが拳を上げている。
 だれかがだれかを助けようときた道を戻り。だれかが誰かの手を引っ張っていっている。
「…彼らの罪は彼らのものだったよね」
 みんな、苦しんでいた。悩んでいた。
 ややあって
「ええ」
 ユキはうなずく。
 セラの考えていることはうっすらとわかる。
 彼は抱えたいのだ。死者にするように引っ張ってあげたい。
 けれどそこへ死者にするように優しいやすらぎの場所を示すことは、できない。
 あるのは解答のない問題。痛みを抱える苦しみ。さきのみえない迷路。
 そして

「だから道を見つけていくのも、彼ら、だよね?」
 眼前のような、生への戦いだ。

「そうです」
 ユキは応える。ただ真摯に応える。
 優しいセラ。傷つけない回答は色々できる。
 けれど、本当の優しさとはたぶん、こういうことだと思って。
 
「生きているものね」
 噛みしめる。
 だれかの代行ではない、できない。

「ええ、生きているんです」
 戦いの場。

「余計なお世話かな?」セラは小首を傾げる。
「…どうでしょう?」ユキも反対へ傾げる。言われてみれば、たしかに。

 ユキのそれは大体行為だ。
 ドローンから逃げる二人を庇って隠蔽したのも。鋏にかけられて怯えた二人に総毛立ったのも。

 かつて、かつて、むかしむかしのじぶんの、その代わり。

 誰かのためではなく、誰のためでもあり、なにより、じぶんのためでもある。
 ゆえに、迷子にならぬよう平等に鳴るパンザマスト。
 それが猟兵・ユキ・パンザマストの行動原理。
 …だから、やさしい、おせっかいと言われると、時々すとんといかないこともあるのだけれど。
 ごたいそうな教えとやらに只人が巻き込まれるのをみれば、もう、

「ユキの場合は、いてもたってもいられなくなってしまうだけです」
 こう、とーん、と。両腕を広げて飛び出すようなジェスチャーをする。
 させるかと血が、毛が、逆立つようになってしまうのだ。

「そっか」「ええ」
 へへへ、とユキは笑う。こんな話、セラにするのは初めてかもしれない。
「困ったもんです」「そんなことないよ」「そうすかね?」「うん、絶対ない」 
「でも、そうっか」セラは何度もひとりでうなずく。
 これが生きると言うことなら。
「――なら、うん!」
 たった、と軽く散歩。
 進んでユキの、隣に立つ。
「今は僕“ら”も彼らの隣に、いきたい」
「よっしゃ、行きましょう」
 いつもの調子の戻ったセラに安堵しながら、ユキも大きくうなずく。「うん!」セラはどんと胸を叩く。「モヒカンだっていっしょにやっつけたじゃない」「あれとこれいっしょにしますう!?」
 ふたり、駆け出した。

「ねえユキさん」
 破壊されたドローンを跨ぎこえ、人々をかき分け前に進みながらセラはユキを呼ぶ。
「はいはいな」ほんとにたくさんセラに呼ばれることもあるものだなあと思いながら、まったく悪い気はしないのでユキは肯く。「なんでしょう」
「我儘言っていい?」
「あやめずらしい」片手を差し出す。「どうぞ」

「みんなで帰ろう」

 満面に微笑むセラの髪に、ハナミズキがゆれている。
 永続を願う木。

「いまを生きる人にも笑ってほしい!」
 もちろん、きみにも、こころから。――これはないしょの、セラの希望。

 あふれるようなセラの優しさに、ユキも顔を綻ばせる。「ええ、そりゃあいい」「でしょ」
「ね、そのわがまま、相乗りさせて、くださいな」
「おっいいよ、なになに?」
 なんだか、これを自分がいうのはくすぐったいな、とユキは思う。
 セラの真似っこだと言ったら、どんな顔するだろうか。言わないけれど。
 でもきっと、死者にするように、セラがほんとうに願うだろうことを、代わりに。
 生者には余計なお世話かもしれなくても
 
「彼らの生に、安らなひを取り戻す」
 願うことは、無駄ではないのだと。

「…、うん」
 炸裂音が近くなってくる。耳障りな低音はドローンの翅や蜘蛛型ロボットのモーター音だろう。 
 みやれば人混みの向こう。群れで逃げるところを狂信者とドローンが割り込んできて分断、囲まれた、というところだろう。囲まれた囚人たちがみえる。
「まずはユキが露払いを――セラ、背なは預けました」「まっかせて」
 ハイタッチして、二人、取り掛かる!
 
 しらたまさん、とセラはよぶ。
―応。いつもそばにいてくれる武闘家の彼が答える。

 しからば露払い。ユキはざっと手を横払いにしてそいつを展開する。
 陣取り合戦基本は櫓の形成です。こいつはユキのお得意、舞台の設置。
 めきめき育つ、藪椿!
 
「ちょっと、力を貸してくれる?」
―応とも。しらたまさんは快く答える。
 魂になれどこの武を奮えることは文字道理の武道家“冥”利に尽きるというもの。
 …そしてしらたまさんはこう付け加えた。

 ぐるぐる膨らむ蕾はプログラム。ぷっくり膨れて、そら満開。
 きれいなきれいな4まいの花弁はぜえんぶウイルス。
 咲いたら散るは花の道理。花弁ひらひらどこへゆく?

―意中の女子にかっこいいとこ見せるは漢の本懐であるしな!!!
「こらああああ!!!」セラは思わず大声をあげた。突然の大声に驚いた何人かが振り返る。
「セラ?」ほらあユキさんまで振り返っちゃうじゃない!「大丈夫!ユキさんごめん!気にしないで」「あいさ」
「…ここでそういうこと言うの無しだと思うなあ?」
 セラがぼそぼそ声で叱るとしらたまさんはからから笑った。
 …前のユキさんのにゃははといい、なんだか今回妙に笑われている気がする。ぷー。
 いや、いや――しらたまさんは笑いのあいまから言う。失敬、失敬。
「なんだかしらたまさん生き生きしてない?」男の覚悟は祭りだからな。はっはっは。なんだそりゃ。
―それも生きる事なりぬれば。側に居るがゆえに、事情は全て、承知している。

 マシンガン背負った蜂さん蜘蛛さん。かようにたくさん。蟲さんだけでは寂しかろ。
 振る舞って差し上げましょう。椿の花。
 たっぷり花の香嗅ぎましてフラフラお酔いになるがよろしかろ。
 とはいえちょいとお気をつけあそばせ、こいつは鵺の藪椿。
 花弁はらはら、きたと思えば再び花になり蟲を食うのでございます。
 こんなふうに――ハッキング!
  
 藪椿広げて立つ、ユキがみえる。
 あのこはこういう戦場に、何度も飛び出してきたんだろう。
 ほっとけなくて。たまらなくて。
 やさしい。
 そう指摘すると彼女は少しむず痒そうなかおをするけれど、それがなんだっていうんだろう。
 だってそれで、だれかが助かっているのは変わりない。
 それはすごくて、大事なことだとセラは思うのだ。

 セラが死者の手を引っ張る灯。ユキは危険を教えるパンザマスト。
 そっくりおんなじ、背中合わせの正反対。

 ねえユキさん。きみは

 ユキからセラへウィンクが飛んでくる。ついでにサムズアップも。
 準備はオッケー。ユキさんが裏方ならセラは役者。

 きみは、こんな中で、戦ってたんだね。

 出番だ。
 笛吹男と、謗らば謗れ、笑わばわらえ。
 
 あのこと、ともに。

 ともに、ゆこう。

―御意。
 
 決めたんだ。

 ふっ。セラの唇から短く呼気が出る。
 凛とした眼はいつもの彼に相応しくなく、いや、どこかいつもの、あのやわらかい少年の灯がある。
 宿すは武闘家の魂。
 少年にあり得ぬ動きで、ざ、足元に流れる水たまりにひとつ、水の輪が浮かび。
 少年の体が掻き消える。

 ユキは鼻歌まじりにどんどん藪椿を咲かせていく。今回は手加減はいらない。
 データをぜえんぶあさって大事なとこだけ抜きとって塗りつぶして書き換えるとかそういう優しくて細かくてめんど…大変な手加減は一切いらない。
 暴飲暴食むしゃむしゃと貪欲な椿たちの望むままにすればよい。
 花椿にデータを食われ、それこそ椿の首のようにドローンがぽろぽろ地面に落ちて、あるいは花弁みたいに蜘蛛足がひっくり返っている。
 ユキの眼は、その中を駆けるちゃあんとセラを捉えている。

 下から、突き上げ、掌底!
 目の前の追い詰めた囚人ばかりに気をとられていた彼らに、セラの拳は簡単に通る。
「なん」突然倒れた味方に思わず振り返る狂信者。「遅い」
 その背をとって踏み込む。震脚。大地を鳴らせ。
 放つ。魂載せた――発勁!

 終わった誰かの生の残り火、魂を己に宿し自らの炎とかえ闘う姿。
 あんなふうに戦っているところを見るのは初めて見るかもしれない。
 いったい何方のといっしょに戦ってらっしゃるのやら。
 まあちょっと嫉妬といいましょうか?くやしさというか?ないでも?ないですが?まあでもそんな?見やるに拳士どのですし?
 単身、飛び込んだ心配のが勝るってもんです。

「大丈夫?」セラは囚人の一団に微笑みかける。後ろに女子供をかばい、及び腰ながら逃げながら拾ったのだろう折れたのだろうサッシを握って構えていた男はセラに驚いたようだった。
「お、おう」セラも驚く。あらま、こんな運命もあるものか。微笑む。見覚えのある顔。
「悪い」「ううん」「あっちの椿の木まで、行ける?」「椿?え?あ、まじだ…なんで?」「ただの椿じゃない。僕が保証する」「ああ」「こんどこそ、ちゃんと届けてみせる」
 髪をたばねてくくった、髭面の男と――
「あなたは?」明るい茶髪をハーフアップにした、そばかす。緑の眼の少女。
「僕は大丈夫」ユキさんを真似てウインクする。「こういうのは、慣れてるから」背伸び。
「それに」髭面の男がセラを引っ張った。「待て」サッシを握って前に出ようとする。セラの背後で起き上がる、蜘蛛足のロボット!「こんの鉄クズ――」
 「大丈夫だよ」セラはにこにこと余裕のままだ。だって――

 おっと死んだ振りなんぞ、機械ながら小賢しい。ユキは鼻で笑って下唇をぺろりと舐める。
 そおんな“悪い”子には――こうです!
 忍ばせた根、コンクリ突き破って椿を咲かす。枝葉伸ばしてからめて落とせ。蜘蛛型だかなんだかしらないが、所詮虫、そんなもの関節押さえちゃえばちょちょいのちょい!
 ハッキング用のホログラム椿だけだと思っちゃそいつは早とちりってやつですよ!

「心強い味方がいるからさ」
 ぐしゃりと椿に飲み込まれるロボットを背に、笑う。
 だって僕だって、背を預けてるからね!
 セラは微笑んで告げ、ばん、と男の背を叩く「走って」「いいの?」少女がどこまでも心配そうに見返してくる。「いいんだよ」セラは灯の笑みで、やさしくうなずく。「でも」
「僕たちだって、きみたちが逃げたあの時、君たちをもっと早く助けたかったんだ」
 悪戯っぽく教える。「え?」少女がまばたきをする。
 次々にドローンやロボットが落とされたことを察知してだろう。嗅ぎつけた狂信者どもがまた集まってくる。「おい!」男はもちろん、続こうとしていた囚人たちにも動揺が走る――好都合。「そのまま行って!僕に――」

 言いかけたその言葉を、一度、胸に置いて、

「――僕に任せて!」

 いまいちど、誓いのように、叫ぶ。

「走って!」「いくぞ」
「生きて」
 祈りのように、一言を添える。
 あなたの唇から話は聞けなかったけれど、あなたもまた重い罪を抱えていると、セラはしっている。「あなた、あなたたち、もしかして」「お礼はあっちのユキさんに言って」セラは微笑んで、再び「ねっ」軽い調子を残して、再び敵へ突っ込んでいく。
 
「さあ、こちらです!」
 ユキは手を伸ばして藪椿へ囚人たちを引き入れる。あやや。こんな運命もあるものか。
 藪椿自体の耐久性はそうないが、しかしこちとら生きて伸び伸ばせる木。足止めと、かばいの城ぐらいにはなる!「そうだ、えっと、あなた、ユキさん?」少女が声をかけてくる。「?ええ、左様ですが」
「さっきの白い男の子に、言われたの、お礼はユキさんに言ってって」
 …あや、セラったら小憎い真似を。
 くすぐったくて眼をそらしたら、手をとられた。
「この間、逃げて助けられたふたりにも、別れ際に言われたの」
 この間、と言われて思い描く顔はひとつだ。記憶に橙のおさげが揺れている。「礼なら、友達にも、言ってくれって」ん、とうなずくさまが浮かぶようだ。
 …あなたがたもまあ、まあなんて小憎い真似を。
「あの、ありがとう」「……いえいえ」思わず身が後ろにすすすと動きそうになるのを堪える。
「わたし、ここで、贖い続けるしか、ないと思ってたんです」ぽたっ。
 少女に握られているユキの手の甲に、しずくがおちた。
 おもわずそらしていた顔をあげて、そちらを見てしまう。
 ――ユキもです。暗がり、儀式。「死んでそれが代わるなら、それもって、だけど」
 記憶の向こうにかすれた取り返しのつかない変貌。
「でも、ねえここまでいろんな人に助けられちゃったら、わたし」

「わたし、もう、いっしょうけんめい、いきるしか、ないわ」

 泣き笑いの雨。

「ええ、ええ」うなずく。
 すべては過去で届かない。
 すべては代替でしかないのかもしれない。
 それでも。

「左様です」
 ああセラ。たしかに、自分のためでも、ぜんぜんいいのですよね。
 
 がさっ!木が大きく鳴り。「おい!」男の大声がふたりの間に通った。「まずいぞ!あの子!」ユキはぱっと少女から手を離し「失礼」
 展開した藪椿からこの一分にも満たない間に起きた現象を報告させ――認識する!
「大丈夫か?応援行くか?」お人好しさん。苦笑して、それから真顔に戻る。
「大丈夫です。無論勿論」
 啖呵を切る。
「ユキがここにいんなら、なおのことです」

 藪椿があって助かった。でなければもうちょっと飛んで転がっていた。
 セラは鳩尾を抑えつつ息を吐く。―遅れを取った。蹴られるなどとは、悔し―仕方ないよしらたまさん。やっぱり身長とか体格の問題、あるって。
「汝ら」ぞ「罪ありき」ぞ「さすれば」ぞ「首を」ぞ。
 くぐもった声で唱えながら刃を鳴らし、あるいはふりまわし、じわじわと迫ってくる。
 所詮少年ひとりと侮られているらしい。願ったり叶ったりだ。
 恐れはない?

「罪を、濯げ」
 ないわけない。
 でも。

 再び突っ込む。セラの首目掛けて鋏が突き出され――

 ひらり。
 ユキの指先。朝の花あしらわれた指先が描く。
 
 ――ざく、と確かに挟みが手応えを得る。
 花椿!
「へっへっへ」セラはしてやったりで微笑む。駆けるときにユキさんにもらった一輪の椿。
 彼の胸元にひとときお邪魔しているそいつが花弁飛ばして守りとなる!
 負傷はもとより覚悟の上。
 それに、やっぱりかっこわるいとここれ以上見せたくないしね! 
 大振りな攻撃とは範囲と威力が高い代わりに融通が効かない。「『失敬』」これはしらたまさんの口調だ。宿しているからそうなる。がっと片手て掴んで固定。そのまま前進、懐に飛び込む瞬間に手を離し。

 再び震脚。
 必殺の拳で撃ち抜く。

「罪」「罪」「罪」「罪」「罪には罰がいる――汝ら罰を求めるものなりき」
「罪を濯げ」
「でもそれって、連れてって首すとん、ってことでしょう?」
 バックステップで藪椿の前に戻りながら、セラは自分の首を切る仕草をしてみせる。
「それは渡せないなあ」
 返しながら。はて。セラは思考の隙間でぽっかり思う。
「僕も人攫いだから、同類?」「ぜんぜん違います」藪椿の向こうからユキは苛立ちあらわに言う。怒る相手は、敵とそれから敵と自分を一緒にするセラにも、ちょっと。セラはそれをなんとなく感じ取って
「重ねるはずもありません」ユキが怒っているのに、なんだかくすぐったい。
「そっか」くつくつ笑う。
 
 誘拐は元より、と思う。
 なんにもしらなかった、この無知も罪かもしれない。とぽっかり疑問が浮かぶ。
 うん、そうかも。
 
 重ねるはずもありません。ユキは強く思う。
 みんなのあかり。一抹の寂しさを重ねながらも。
 やさしいあなたは、全然違う。

「でも僕ら、背負って歩くって決めたんだ」
 セラは力強く、言い放つ。


 そっか、とユキはそれを聞いて思う。

 手じゃなくて。
 背負わせて、くれるのですね。

 この喜びを、なんと言おうや。
 やさしいあかりのあなた。

 その胸にお渡しした一輪咲いてる椿のように。
 灯のしたに一本椿が生えてたって。
 そういうふうにいたって、いいのだ。

「ええ、ええ、その通り――勝手だなんだ、仰ってくださいな」
 椿よ、椿、どんどん伸びよ。
 ユキは藪椿たちを貪欲に枝をのばし根を張って見せる。
「誰一人、誰そ彼にァ迷わせません」
 生きよ、生えよ、栄えよ、枯るゝとしても。
「差し上げませんよ、だれひとり」
 ユキは、笑い。

 セラが再び、構える。

「止まっては、あげないよ」

 ふたりのめに、かがやく同じ色のあかり。
 人はその灯を、覚悟と語る。

 さあ向こうでは音がする。
 もうまもなく、“路”も切り開かれることだろう!

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

風見・ケイ
相棒はデカ過ぎるし預けるのも嫌だった――横流し品に名前を付けただけとはいえ。
ま、拳銃ひとつでもいけるさ。
蜘蛛は関節、ドローンはセンサーや動力部
動きを見切りスナイプ
配線弄ったついでに使える機関銃も把握済み

問題は審問官――Shoot!
炎からリーリエをかばう。
耐性で耐えるうちに炎に向けて撃つ。それをも喰らった銃弾が渦となる。
その程度で俺の罪が濯げるかよ

――俺の罪?
自分が薄れていく感覚。記憶が攪拌される。
風見螢の記憶にノイズが走り、でっち上げのはずの嘘の記憶がクリアになる。
誰かの声が――ルシオラってばまた怖い顔してる――懐かしい音が
わからない、俺は螢で、あれは嘘で、リリィはホントで、俺が殺して、
俺は、



●夕焼けの夢(有罪:極刑)(備考:忘却につき酌量の余地あり/想起につき加重の見込みあり)

 二度の雨が止んだ。
「なんとかなったようだな」
 風見・螢(星屑の夢・f14457)は軽く息をつく。各所では本格的な大混戦が始まっている。 ひとまず第一段階は成功といって良さそうだ。猟兵たちが何より警戒したのは反撃の打ちようない“一斉処分”だった。これを防ぎ、混戦に持ち込めば、まず大きく囚人たちの生存の目を稼ぐことができる…というのが猟兵共通の認識だ。囚人がついてきてくれるか?そも反撃の隙はあるか?
 すべてが綱渡りだったと言っていい。
 加えて、どうやら先の雨や各方面の反撃により包囲網もあちこちで穴が開き始めているようだ。状況は以前危ういが、ある程度目論見通りことが運んでいると言ってよかった。
 動くか。判断する。普段ならば混戦が始まったころに移動して、一定のやりやすい位置を確保して…などと先手を打つための行動をするのだが―
「リーリエ、動くぞ」
 周囲を警戒しながら螢は声をかけた。
「は、はあい!」返事がある。
 リーリエ。百合の名の、明るい茶髪の少女。
 ―同行者がいる今回は、そうはいかない。
「了解です、ルシオラさん!」リーリエが小さく敬礼などしてくる。
 ……。
 ルシオラ。
 それが螢が彼女に名乗った“偽名”だ。偽名。その筈だ。
 だけど、何故だろう。彼女を見かけたときから、何かが記憶の端でちらちら光るのだ。輝きじゃない。スコープを除いているときにたまたま誰かのサングラスが日光を反射したとか、そういった障る光だ。
 リリィ。唇に浮かんだ名前。相棒と同じ名前。目の前の彼女に重なる誰かのおもかげ。
 ほとんど沈んだ夕陽の中に揺れては像を結ぶ、影のように微かな何か。

―ねえ―
 ああ。

 ――きりがない。
 螢はかぶりを振った。何故はこの際どうでもいい。ちょっとどん臭い少女がいて面倒を見はじめたから最後まで見ようと決めた。慧だってきっとそうするだろうから俺もした。
 そういうことだ。それでいい。
 ちらつく百合から眼をそらして―しかし百合の強い匂いはそこにあって―螢はジャケットの内から持ってきていた拳銃を取り出す。
 くろがねの重みと冷たさを意識する。グリップの感触を確かめる。
 ほっとする。惜しむらくは狙撃銃でないことか。
「わ、すごい、いつのまに」リーリエの感嘆。「大したことじゃない」スライドを引く。
 手元に銃のあることが妙に――武器がある以上の意味で心地よかった。もっと使えないジャム前提の鉄屑みたいな銃を使わされたこともあったから。
 …どこで?
 うなじのあたりに砂嵐でも住み着いているような感じだ。
「予想、してたんですか?こうなること」
「まあ」短く答える。「胡散臭いだろ、審判の日なんて」安全装置を外す。オーケー。
 今日はこれ一丁だ。相棒のLilyは持ってきていない。マークスマン・ライフルは目立つし――誰かに預けるのも嫌だった。横流し品に名前をつけただけとはいえ、だ。
 素早く眼を滑らせて確認する。
 使える機関銃の位置。近くのドローンと蜘蛛型ロボット。
 ま、拳銃ひとつでもいけるさ。
 いざとなれば、どうとでも手はある。
 冷静な螢に珍しい楽観的な見切り。
「行くぞ」
 リリィ。また、言いかける。思わず額に皺を寄せてしまう。「る、ルシオラさん…?」こういう時のりり、リーリエは察しがよくて、こちらの不機嫌を真っ先に悟ってくる。「なんでもない、大丈夫だ」こんどこそ。
 …こんどこそ?
「走るぞ、いいな?」
「はあい!」
 戦場に似合わぬ震えためいいっぱいの返事が何故か胸に痛かった。


 
 構えまま左舷、続いてドローンを二機!センサー部分を打ち抜く!
 こういうのはだいたい似たようなデザインをしているものだ。カメラや動力さえ狙えばどうということはなく――狙撃こそ螢の十八番だ。
「そのまままっすぐ走れ!」螢は後ろも見ずにリーリエに吼える。「ふぁっ、ふあい!」ばたばたとした足音を確認しながら螢の上、高所を飛んでリーリエやその先の人々を狙おうとするらしいドローンをとらえ、撃つ!動力部を打ち抜いたところで「多いな」ぼやく。予想以上だ。
 そのままリーリエを追ったりはしない。きびすを返して『あれ』――高台の機関銃のある方へ向かう。ある程度の位置で駆け寄れるように調整しながら移動していた甲斐あって、この倉庫を横へ移動する形で、3メートルほどか!
 「首を、差し出せェッ!」巨大な鋏が突き出された。とっさに身を屈めてなんとかかわす。右頬を浅くと前髪をちょっとやられた。舌打ちする。慧が鏡を見てがっかりするかもしれない。跡が残らないといいが。「邪魔だ」銃を振りかぶる。こういうのは荊が得意だが、仕方ない、相手は大振りの武器だ。たしか首のあたりを狙うはずで、見様見真似ですべり、打つ!―ノック・アウト!―なんとかなった。念のため鳩尾もしっかり踏んで側壁まで走る。梯子を登り、高台に登る。使えるのはチェック済みだ。配線をいじっておいて本当に正解だった!
 機関銃はダメージ自体は低い。右から左で薙ぎ払えられたら一番だが、味方を傷つけてはもとも子もない。
「わ、わ、わ、わわ、わ!」
 見ればちょうどリーリエが蜘蛛型ロボットに3体、マシンガン型2体ショットガン型1体に立ち塞がられてしまって右往左往しているところで、なんだそのガバディみたいな動きは、ああ、もう、リリィはもうちょっとしっかり動いたぞ。
「マシンガンで狙撃の真似事する日が来るとはな」
 蜘蛛型のいいところは関節が一列に並んでいるところだ。胴を中心に狙えばまとめて足を落とせる。
 トリガーを引いて連射。胴は無理だが、足が切れて倒れた蟹みたいな無様な姿になる。良し。
 リーリエにさらに迫る追手がある――まずい。立ち上がって梯子を一足飛びに降りてかけよる。
 高い背、人間でありながらこの倉庫でローブを纏っていない。右手に鋭い爪。
「汝が罪は永遠其処に在り、その苦悩と自責・他責を――濯ぐ手立てはひとつです。汝が身を、捨てることで――」
 ご丁寧に朗々と説く、この一団のボス、審問官!
 リーリエは「あわ、あわわわわわ」ころんだらしい。腰を抜かして座り込んでいる。なんでそんな漫画かなんかみたいなことしてるんださっきから。ああだめだ、あれは動けそうにない。
 時間稼ぎに走りながら拳銃を構えて撃つ、Shoot!
 右手の爪であっけなく弾かれる。やはり身体能力を強化している類だ。面倒な。
「む、無理です」リーリエの声が聞こえる。「無理とは」
「そ、そういうことで悔い改められるような罪なら、は、端から背負ったりしてないとおおお、おも、おもいますので!」

 ――。
 
 審問官の左手が上がる。まずい、いや、いいのか。
 間に合え――飛び込め!
 放たれた炎が螢の身を襲う。

「る、るしおらさ」
「大丈夫だ」
 炎にならちょっとばかり耐性がある。
 なぜ、こんなに必死になっているんだ。螢のどこかがきいてくる。
 それは慧だってきっとそうするからだ。言い訳する。言い訳じゃない。ほんとうのことだ。

「しかし罪を濯ぎたいからこそあらがい、もがき、ゆるしをもとめたのでは?」
 審問官の野郎が謳っている。
 左手を再度向けてくる。炎の追撃をというところだろう。
 ぷちぷちと肌で嫌な音がし始める――だが、鼻で嗤う。
 
「そんなんで、俺の罪が濯げるものかよ」
 
 ――俺の、罪?

 ルシオラは、引鉄を引いた。

 放たれた銃弾は審問官には向かわない。
 そのまま炎に向かい、宙で止まって、大きく渦をかく。
 炎が螢を飲み込む。
 火なりし渦――即ち、火なる禍。
 獣人だ、焔の犬。
 ゆがんだ四肢にたなびく焔。

 風見螢がちぎれていく。くだけていく。炎には燃料がいるから。
 ちりちりに割れて、より高くうねり昇る火のために、熱の中へと投げ込まれる――飛び込む、プラズマ・ダイブ。
 積み上げたものがどんどん焼かれていって、かかっている霞が焼けて灰になって舞うから、その奥の、その向こうの、夕日の赤の中にピントが合っていく。

 炎のむこうから、叫び声がする。
 るしおらさん、るしおらさん。なんどもルシオラを呼んでいる。

 るしおらさん。
 リーリエの悲鳴が、とおい。

 かなたにだれかが立っている気がする。
 ルシオラ、とだれかが呼んでいる。
 ちがう。
 だれだ、お前は。今の俺は風見螢だ。
 他の誰かじゃない。

 ルシオラ。

 炎身、其処にあり――疾る!

―盗んで、騙して、裏切って、殺して―
 煤けた道、スリ。
 斜陽の赤。赤、炎、灰、赤、血。
 家とか森とか、でっかいものが燃えて大きい炎が上がると、真夜中でも空が真っ赤になるんだ。

―叫び声がある。
 嘘なんです!嘘なんです。りりぃ?りーりえか。
 わたし、わたしもっと悪い子なんです。ああ、やっぱり。
 き、きづいてるとおもいますけど、ピンなんて嘘です。だよな。手榴弾だったらあんたにももっと傷が残っているはずだ。
 こうさくいんです、わたしはわるいこだったんです。それはまた。
 たきょてんを、ね、おそってうばおうっていう、そういうやつらで、わたしは、かくれみのというか、チームで。
 ああ、なるほど。使い捨ての部隊か。おぼえがある。―

 向けられる炎なんてちっとも怖くない、一息で距離を詰めて、狙うは首。
 するどく銀の爪が向けられる。腕を浅く斬られた。

―そんな奴らが集められた使い捨てのチーム―
 煙はまっくろくて、その中に炎があって、ちょうど、そう。
 夜をかき分けて夕暮れが生まれるか、戻ってくるか、そんな風でさ。

―叫び声がどんどん大きくなっていく。
 わ、わたしは、いわ、いわゆるかくれみので、わ、わた、わた、わたし―

 審問官に応援がくる。教徒、ドローン、蜘蛛足のロボット。
 こうなってしまえばドローンやロボットの弱点を狙う必要なんてほとんどない。いくらでも手を伸ばして、爪で、腕で、足で、どうとでもなる。

―“一ヶ月持てば解放する”なんて―
 俺は風見螢だ。
 全部口から出まかせだ。あんなもの、なにもかもでっち上げの嘘の記憶だ。
 なぜ、こんなにもクリアなんだ。
 なぜ、こんなにも生々しい。

―叫び声が乱れる。ききとりづらくなっていく。わたし、ほかのチームのこを、ごりごりしたんです、チェーンソーです、バールもつかいました―

 ドローンの機関銃を軽くよけて爪で羽をたたき切ってそのまま掴んで力まかせに教徒にぶつけて、蜘蛛足は蹴り倒す。
 体が、軽い。

―信じちゃいなかったが…―

 『だいじょうぶよ』大丈夫じゃない。痛いだろ、それ。『……』なんだ。
 『ルシオラってばまた怖い顔してる』文句か?『ちがうよ』

 俺は螢だ。
 風見螢だ。

 これは、なんだ。

―声がほとんど悲鳴じみて響いてくる。だから、わたしは、わるいので、わたしが、わるいので、そんな、そんなふうに、みをなげないでください、なにがおきてるか、わかんないけど。
 わかんないのかよ。わらってしまう。
 でも、だめです、すてないで、やかないで、やかないで、やかないで、やかないで―

 審問官が笑っている。炎の拳をくらって倒されながら、しかし立ち上がり、笑っている。
 “業のふかき獣よ、汝が罪こそ、灌がれるべきです”

―直前に俺のミスで皆死んだ―
 ああ、でも、おれもわからないな。

 彼女は自身のちいさい額をつついていたずらっぽく揶揄する。
 『おでこに皺の寄った、静かな激情家さん』
 リリィ。

―すてちゃだめです、だめです―

 “汝の身を、捨てることで”
 
 獣は振り返る。
 少女が立っている。
 でも、けもののほうが炎で明るいから、真っ黒な影のようにしかみえない。
 かおがわからない。

―否―
 わからない。わからない。
 だってあれはうそだ。おれはかざみけいで、あれはうそで。
 りりぃは、ほんとで。
―るしおらさ、るしおらさあん、すてないで、すてないで、やいちゃだめです―

 捨てない。

―俺が殺したんだ―
 おれが、殺した。

 だから
 だから、こんどこそは、って。

 わかってる。わかってる。
 幾度目かの言い訳を重ねる。

 でも、捨てられなかったんだ。

 嗚呼。
 心はいずこに。罪はいずこから。罰はいずこより。
 そして、赦しは。

 炎の獣が、罰を語る者の腕へと噛み付いて、へし折る!

成功 🔵​🔵​🔴​

臥待・夏報
罪業《シン》を定義するのは神様で、
犯罪《クライム》を定義するのは法秩序だ。
この世界にどっちかでもあるって言うの?

……いや、夏報さんずっと居たよ。目立たないってだけで。
それで君たちはどうするの?
今あいつらを殴り殺したら、それもまた罪だと思うわけ?
ならいーよ、それを決められるのは、この世界で君たちだけだから。

夏報さんはただ、流石にアルコールが切れてイライラしてるだけ。
あいつらお高く止まりやがってどっかに酒隠してんじゃねえのかよ!
違うか!?
なあ!

(震える手で建材などの武器を投擲)
(無差別の火炎放射なら、遠くから群れを狙えば誘爆を狙える。焼却はこちらが上手だ)

しかし暴動、すっごい規模になってんなあ……



●弱きものよ、かくあれかし(有罪/極刑)

 逃げる、逃げ惑う。
 前からはもちろん、入り口を塞いでいた奴らもさっきの宣教師とやらの指示で動き出して後ろからも追手。囚人たちは囲まれていると言ってよかった。

 さっきの雨は、ああ、こりゃ匂いからしてなんかの薬剤が入ってる水だなあ。

 臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)は思考の余った部分でそんなことを考えていた。
 先ほどの雨が降り注いだのは炎と爆発がひどかったほうで、夏報の方には霧雨程度のそれしか届いていない。

 あんまり嗅いだことはないけれど…そうだなあ。ちょっぴりぬめるのは洗浄剤かな。煤汚れめっちゃ落ちてくから工業系の薬品なのはまちがいない。それから…なんだろう?水に混ぜるくらいだから可燃性じゃないのは確かだけど。なんかコーティング系の薬品も入ってんのかなあ…。

 とりとめもなく考える。
 化学のにおいが脳味噌に菜箸を両耳から突っ込んでぐるぐる混ぜるような不快感を与えている。
 雨が悪いんじゃない。火。化学薬品の匂い。
 一度消化されて落ち着くものの、炎が再び炎があがる。
 
 ほのお。
 
 びちゃっ、びちゃっ、びちゃっ、逃げ惑う人々の足が水を鳴らす。雨に含まれていた溶解剤はなかなか強いものらしくて、乾いた赤錆色――かつてここで死んだ犠牲者たちの血を浮かせている。
 その足元の水たまりがまた、濁っていて、ほら、なんか、変な薬品でも飛び散ったみたいになっている。
 あっちこっちで爆発やら衝撃やらで天井だかドローンだか誰かの武器だかの破片みたいなのもあっちこっちに転がっていて、人々は逃げ惑うのに苦労している。

 あー…。
 いつもと同じような気の抜けた、しかしいつもより低い音程で少し、短い、意味のない声が夏報の口からでた。

「罪業《シン》を定義するのは神様で」
 爆発。なにかの部品の足がふっとんできて夏報の横に音を立てて転がる。
 でも死んだあの子は悪かった?生きてる僕はどうなんだ?
 駄目なんだ、燃やしても燃やしても燃やしても燃やしても燃やしても燃やしない。僕だけがのこってぴかぴかぴかぴか。
「犯罪《クライム》を定義するのは法秩序だ」
 とうろく。エージェント。
 カウンセリング。
“あなた方はまず、ご自身に許されていないのでは?”
 へっ。
 彼女らしくない、至極全く本当に彼女らしくない、やさぐれた嗤いが口から漏れた。

「この世界にどっちかでもあるって言うの?」

 包囲網は狭まる。どん、と後ろからぶつかられた。
 無防備だった夏報は前に倒れてしまって、腕を強く打つ。
 びちゃっ。水が、灯油が、違う、これは灯油じゃないって、はねて、頬に当たる。
 ぬるい。化学のにおい。

 いたい。
 よけいなしこうがさっていく。
 痛みにピントが合って。自分の存在がくっきりと浮き上がって。
「えっ?」ぶつかった男がひどく驚いていた。
 まるで夏報が今まで其処にいなかったみたいに。
 ああ、無意識にフェイド・アウトしてたみたい。ちょっとばかり真面目に勤めて模範囚やってたからかな。
 人々の認識に現れていく。
「お、おわ、悪い!そんなところに居るとは思わなくて」
「……いや、夏報さんずっと居たよ」目立たないってだけで。
 起き上がる。
 耳から突っ込まれた菜箸でかき回された脳味噌がいよいよシェイクもびっくりのスムージーみたいになってついでになんだ、ポッピング・キャンディでも入ってたのかぱちぱち音を立てている。飲みたくないなあそんなドリンク。
 へっ。また嗤いが出る。
 まあ自分の脳の例えなんだけどさ。
「それで?」「え?」男の向こうには何人もの大人がいる。男も、女も、そろいもそろって困惑して、戸惑って、怯え切った顔だ。なんだよ大の大人が揃いもそろって。いや夏報さんも大人だけどさ。
「逃げて、まあ逃げるのは悪いことじゃないけどさ」
 頬についた水滴が不快だったので右手の甲で拭ったら甲側にも水滴が飛んでて塗り広げるはめになってしまった。脳味噌でぱちぱち音がする。揚げ物かよ。
「ドッジボールかみたいにさぐるぐるぐるぐる」足元が落ち着かなくて軽く左右に揺れる。「ぐるぐるぐるぐる息切れるまで走り回って、さぁ」どろどろに汚れて不快な掌を服の裾で拭いたいのに前のめりで倒れたせいで服もぐちゃぐちゃに汚れていて、不快だ。

「このまま殺されるの?」
 ぐっと男が詰まった。

 不快だ、不快だ、不快だ。
 夏報の顔から一切の表情が失われれる。

「今あいつらを殴り殺したら、それもまた罪だと思うわけ?」
 あいいろのひとみには一切の光がない―あんなに炎が燃えているのに。

「でも、だって、俺たちは」「罪人なんだぞ、って?」無表情のまま鼻で笑う。
 罪人。ああそう。
「ならいーよ」夏報はゆっくりと屈んで拾う。彼女の腕ほどもある、蜘蛛型ロボットの脚の一部。
 ちょっと重くて手がぶらぶら揺れる。狂乱状態に見えているのだろう。暴れだすことを警戒してか囚人たちから距離をおかれる。あんまり間違いでもない気もする。
 輪の中心。なかまはずれ。かごめかごめみたいだ。

「それを決められるのは、この世界で君たちだけだから」
 ひらかれた瞳でただ、ぐるりと彼らを見渡した。

 かほちゃん。

 夏報は前へ進む。戦闘が起きてる方へ。
 不快だ。
 涙が出そうなほどに。
「お、おい」「うるさいなあ、止めないでよ」ロボットの脚を握る手に力が籠る。手が震えている。「君たちは“それでいい”んでしょ?」首だけ軽く振り返って声をかけている。
「だって、俺たちは――」「ああ、ごめん、責めてるように聞こえた?」顔を前に戻して空いている手をひらひら振る。「夏報さんはただ、流石にアルコールが切れてイライラしてるだけ」
 人が避けてくれるので向かえばほら、転がるドローンやロボットや死体の川の向こう、離れたところで狂信者が誰かにむかって、振りかぶっている。手斧。

 ぐるぐるに練られてスムージーになってついでにポッピングキャンディでばちばちになっているの脳味噌はもはや記憶を引っ掻き回す菜箸なんかないのに勝手にぐるぐるぐるぐる回って膨れて

「あいつらお高くとまりやがって!!!」
 はじける。

「なにが罪だ罰だ好き勝手言いやがって!!あァ!?」
 持っていたロボットの脚を手斧を振りかぶっている狂信者目掛けてぶん投げる。「どっかに酒隠してんじゃねえのかよッ!!」
 頭は無理で肩に一撃、当たる。
 斧を振り下ろす手がとまり、こちらを振り返ってくる。
「人の何を知ってんだよのこのこやってきて偉そうにお説教垂れてさァ!!何を知ってんだよこっちの!何が正しい罪だよ!!酒寄越せよ!あんだろ!?結局どいつもこいつもよその拠点襲って好きなもん取って生臭坊主でベロンベロンなんだろ!?」
 つい先ほどまでの無気力とはうって変わった調子でがなり立て、足元から落ちてきたらしい屋根の破片を拾ってそれもぶん投げる。
 第二撃は当たらない。煩しそうに切り落とされる。
「こっちが殴り返さないと思って調子に乗って乗って乗りまくってここは海か!!いい波でも来てんのかよサーファー気取りか!勝手なおきれいごとばっかり言いやがって!ふざけんな!!」
 それでも、とどいてはいる。
 肩で息をしながら振り返る。
 先ほどの無表情が嘘のように怒りを滾らせた顔で“罪人”とやらをふりかえる。
 驚愕の顔でこちらを見ている。
「違うか!?」
 夏報のひとみは爛々と――もえるようだ。
「なあ!」

 ひとつ。
 足元に落ちていたドローンの胴体を拾う手があった。ふたつ、落ちてきた屋根の長い柱を取る手があった。みっつ、よっつ、いつつ、むっつ――。
 …純粋な戦闘力では、彼ら囚人は狂信者には及ばないに違いない。
 いつか崩れる砂の城のようなものだ。
 大きな波がくればあっという間に崩れて、あとかたもない。
 しかし。

 怒号がいくつも響いている。いくつもいくつも、拾ったものを投げる音がひびいている。誰かが大きな屋根だなんだかの破片をもってきて盾にする。
 彼らに今満ちるのは“怒り”だった。増幅された暴力衝動によって突き動かされており、多少の反撃で怯むことがない、どころか、逆にそれを滾らせてやり返そうとする。
 そして誰も彼にも“死にたくない”という強い執着がうねっていた。
 それが、ただの囚人たちである彼らを集団にまとめて、突き動かす!

 いつか崩れる砂の城とて。城を作る位置や作り方によっては、どうとでも保つのだ。

 夏報はというと。
 先に別の猟兵に呼び出されて戦闘を始めていた応援をひとり呼び寄せていた「遠距離武器、ある?」「火炎瓶でいいか?」「ばっちり」ちょっとモヒカンが気になるが(自分はアポヘル酒盛りで本当になにをしたんだろう)それはさておき。
 この奇妙な連携にたまりかねたらしく、火炎放射器を備えた舞台が囚人たちの前に立ち塞がる。
 知識のある誰かが叫ぶ、下がれ!大きくだ!指示によって人が引き、吹き上げる炎に巻き込まれるものはいない。
 都合がいい。
「うん、今だ、――あそこだ!」「イェッサー!」
 放たれる火炎瓶が見事に火炎放射器の一団の中に投げ込まれ、引火、誘爆を起こす!
 ひときわ高い炎が踊る。
 勢いづいた人々がさらに前に出る。

「ヒュー!」夏報は、見知らぬモヒカンとハイタッチ、は両方とも手が大変に汚れているので「いえーい」手の甲をぶつけて称える。「お次の準備してもらっといていい?」「まっかせとけ」
 炎の中で踊る影法師に言ってやる。
「焼却で夏報さんに勝とうなんて甘いんだよ」

 倉庫の後方、ドア周辺を塞いでいた狂信者やドローンが少しずつ減っていく。
 まもなく後方は制圧、無力なものを逃すべく、扉も開けることだろう。
 いますこし、今少しだ。

「しっかし…」
 夏報はすっかり乾いた服の端であらためて手をぬぐう。
 誰も彼もが必死であり、怯えながらも前を求める顔で足掻いている。
「暴動、すっごい規模になってんなあ……」
 まさか自分が、明日へ到る扉をたたかせるべく導いた本人(リングリーダー・ネクストドア)であるとはつゆ知らず。
 そらっと呟く夏報であった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルルチェリア・グレイブキーパー
※アドリブ歓迎!

 ……わかっていた事だけど、全く話にならないわね
何よあの態度、ふざけているの?
初めから罪人の事なんかどうでも良いんじゃない
何が真に罪なきものよ!そんなの単に無神経なだけじゃない!
誰にだって大なり小なり罪があるものなのよ!

 UC【お子様幽霊たちは成長期】で巨大化した子供の幽霊で
戦えない人達の盾になって、攻撃する敵を纏めて吹っ飛ばすわ!

 ふざけた審判なんか絶対に受け入れない!
そんな事の為に罪人達は、あの子は、ここに居るんじゃないわ!
 もし私の罪が一生許されないものであっても
あんた達にだけは、絶対に罰されてたまるもんですか!



●ともだちのなりかた(有罪/極刑)

 爆発があっちこっちで起っている。
 だれかの怒声があって、いろんなものがぶつかる音があって、逃げ惑う影があって、戦う人がいて、戦えない人がいる。
 どん!とまた一際大きな揺れが起きる。猟兵たちがあちこちで戦闘を始めている。
 殲滅戦だ。やるかやられるか――たおし尽くすか殺され尽くされてしまうか!
 向こうは精鋭。
 どおん、爆発が建物全体を揺らす。
 気をつけなければいけないのは敵だけに有らず。
 時には嗚呼、天井から崩れた鉄骨が――

「あーーーーーーーーーッもうッ!!」
 ルルチェリア・グレイブキーパー(墓守のルル・f09202)は苛立ちで思いっきり叫んだ。
「お願いッ!」苛立ちもそのまま、お子様幽霊に呼びかける。
“あい・あい・さー!”
 お子様幽霊が大きく息を吸ってぷくっと膨れ、その大きな体で降ってきた鉄骨をぽよんと跳ね返す。
「みんな、いい!?慌てちゃだめよ!?もうちょっとの辛抱だからっ!」
 ルルチェリアは大きな声で呼びかける。
 囚人には子供もいる。
 ルルチェリアは子供たちの守り手を担っていた。子供たちの脱出の護衛だ。
 事前のべつの猟兵からの下調べで聞いていた子供が抜けられるいくつかの出口のうちの一つ― その猟兵の使者も子供だったから、子供が通れること自体の確認は済んでいる―のそばに彼女たちはなんとか辿りついていた。
 後方では出口が空きそうだという騒ぎだが、それはすなわち最前線だ。
 よってそのまま脱出を続けている。
 最初に年長者が出て安全を確認し、次に小さい子順に。
 ルルチェリアたちがたどり着いたのは床の排水孔利用してつくられたものだ。中は今までの戦闘で流れ込んだ血でぬめっており、暗いこともあわせて泣き出す子も多く、脱出は遅々として進まない。
 集まっていればどうしても目立ち、猟兵達の間をぬってこちらにも決して少なくない追手がかかっていた。
「…わかっていた事だけど、全く話にならないわね」
 マシンガンの音に頭を抱えて蹲ってしまった子供の背を撫でながらルルチェリアは毒づく。 
「何よあの態度、ふざけているの?」「…あんた、怒ってるの?」ポニーテールの少女が蹲ってしまった子を引きうけながら「いい、暗いから気をつけて」また一人、送り出す。
 その間にルルチェリアはこちら目掛けてくるいくつものドローンからの砲撃を巨大化した幽霊に覆いかぶさるようにかばってもらってなんとか凌いでいる。
「怒るに決まってるじゃない!」
 ああ、苛々する。正直今すぐ思い切り殴り飛ばしてやりたいところだが――お子様幽霊は加減ができない。生きてる子供達諸共など洒落にもならない。
 
「なんで?」「なんでって」
 巨大化できるお子様幽霊は3体。
 うち1体はさっきここのスペースを確保するときにぶん殴って使ってしまった。
 あと2体。かといって、どっちを使っても守りはおろそかになる。
 身動きできない。耐えるしかないことが、ルルチェリアにとって激しくストレス負荷を加速させていた。
 自分にもうちょっと攻撃できる能力があれば。
 怒りが悔しさと混ざって歯がみする。
 でも、一番の怒りは、だ

「だって、初めから罪人の事なんかどうでも良いんじゃない!」
 ルルは叫ぶように怒鳴る。
 鋏にかけられた人。混乱と恐怖。その中で朗々と響く。
 
「何が真に罪なきものよ!そんなの単に無神経なだけじゃない!」

 御大層な演説。

「あたしたちは悪くないってこと?」
 いつもちょこまかしていた弟分みたいな子を送り出しながらポニーテールは聞く。
「それはちょっと…どうなの?」「そうじゃないわよ」
 彼女の罪を知っているルルチェリアはかぶりを振る。
「だって、そんなわけないでしょ?」ずずん、とまた向こうで爆発が聞こえて、ルルと彼女と子供達は思わずくっつく。「大丈夫?」「みたい」「…ほんと、急がないとね」
 ルルチェリアはお子様幽霊の向こうを伺いながら話を続ける。
 時には子供幽霊に指示して威嚇する必要がある。しかしそれも頻繁ではいけない。
 攻撃できないとバレたらどうなるかなど考えたくもないことだ。
「誰にだって大なり小なり罪があるものなのよ?みんなの話聞いたでしょう?」
 ポニーテールの彼女がルルにすがって泣いたあの日から、なんとはなし、二人はよく行動した。
「まあね」うなずきが返ってくる。
「いろんな子がいたよね」
 子供たちの面倒を見ながら、抱えた罪をきいて回った。重荷を軽くしようと走り回ったのだ。
「どうしていいかなんて、わかんなかったじゃない」
 他にどうしていいかがわからなかった。
 わかったのはみんな真剣に抱えて背負い込んでいたということだ。

 汝が心はいずこにありや?しかして罪は?
 ならば罪への償いは、いずこにありや。
 許しは。

 それを、だ。

「あんなふざけた審判なんか絶対に受け入れない!認めるもんですか!」

 ルルチェリアはポニーテールと一緒に泣き虫だった女の子を送りながら、怒り浸透で地団駄を鳴らす。
 許すどころか、ただの利用だったのだ。
 確信ではないから、あくまでも噂だった。ルルチェリアもまさかあ、とは思っていた。
 罪はあくまで口実であり――

「願い下げよ!うちの墓地の近くにあんなんいたら玄関どころか門の真ん前で叩き返して出禁にしてやるところだわ!」

 首。
 猟兵に渡っている情報から、どうなるか想像はついている。
 ただの贖罪を口実にした処刑ならまだ普通に怒り狂うだけで済んだが、そうではない。

「そんな事の為に罪人達は、あなたは、ここに居るんじゃないわ!」

――奪った命を、なおも侮辱する行為が待っているのだ、という。

「ルル…」ポニーテールがまじまじと見つめてくる。
「なによ!」いらいらしてつい大きい声で返してしまう。
「あんた、あたしのために怒ってるの?」
「そうだけ…」
 ルルチェリアはそこで言葉を切った。
 ポニーテールの彼女をまじまじと見つめてしまう。「今」「…なによ」じり、と彼女が下がる。
「私のこと、ルルって言った?」「い、言ったけど?」
 ああ。
「な、何よ!」
 ルルチェリアが黙っているので少女の顔がみるみる赤くなっていく。
「だ、だって、だって、だってだってだって」不安からだろう。青くなって
「呼びにくいのよルルチェリアって!不満!?あたしに愛称で呼ばれるのが、そ、そんなにふ、不服!?」また赤くなる。
 ………。
 もしかして自分もこう見えてるのだろうか。ふと思う。
 そして気づく。
「あなたって」「何!?」

 もしかして、
「意外と可愛いところがあるのね」
 不安なのはみんな一緒なんじゃないか、とか。
 なにかがすとんと納得がいく。

「はァ!?」おもいっきり目を向いた顔と一気に赤くなった顔がおかしくてくすくす笑う。
「…あなた、ほんとにもうちょっと素直になりなさいよね」
 それは、自分もだけど。そういう、ほんのちょっとの苦味も込めて笑い続ける。
「な、なによバカにしてるの!?」「してないわよ。勉強になったわ」「してる!ぜったいしてる!」「しーてーなーいわよ」「してるったら!もう、ちょっとルルチェリア!」肩を掴まれた。
「おっけー!」
 二人が振り返れば、排水口の入り口から子供がひとり、顔を出している。
 他の猟兵からの支援で来ていた、抜け道を知っている子だ。
「あとはきみらだけだよ!」ポニーテールがこっちを見てくる。
「だって」
 ルルチェリアはぱっと輝かせる。「わかったわ、こっちの子が今行く」返事をして
 ポニーテールの彼女に向き直る。
「ここでお別れよ」「は?なんで」「なんでって」
 ルルチェリアはにやっと笑う。

「私はここから反撃に出るからに決まってるじゃない」
「はあ!?」ポニーテールは心底呆れたという顔をする。

「まだ無茶するの!?バカじゃないの!?」また額をぶつけんばかりにこっちに迫ってくる。「無茶してないわよ」ルルチェリアはいつかの昼とちがい、今度は無理なくまっすぐ受けて立つ。「バカとはなによ、バカとは」腰に両手を当てて堂々の仁王立ちだ。
「いままでの私は加減してたのよ」ゆらり、しっぽを自信の通りに揺らす。「ほらほら行った行った」ぐいぐいとポニーテールの彼女の背を押し排水口へと押しやる。「ちょっと、ばかルルチェリア!」抵抗するのも構わずぐいぐい入れる。「だからバカとは何よバカとは。語彙の勉強たりてないんじゃないの?」きい、とポニーテールの彼女が顔を真っ赤にしたところで――
 どん!また爆発だ。
 いよいよ、ということらしい。
「ほら、本当に危ないから」
 思わず頭を引っ込めた彼女がそのまま頭を出さないように、穴に近づいて覗き込みながら言う。「でも、だってよ」先導した子供に引っ張られながらも、彼女は排水孔の縁にしがみついてなおも言い募る。
「心配ならそこから目だけ出して、私の活躍を確認するといいわ」
「自信家ルルチェリア!」
 ……。
 ほんとは、自信なんかない。
 いつだって、劣等感たっぷりだ。
「そうよ」でも今日は、虚勢をはる。
 自分のためじゃない。「見たらちゃんと逃げなさいよ」背を向けて手をひらひら振る。
 ……。
「それから」
 ほんの少しの勇気を持って、付け加える。

「ルルがいいわ」

「何?」
 自分がキマイラでよかったとルルは思う。
 くるっと背を向けるだけで赤い頬を隠せる。人間だったら耳が赤くてバレちゃうものね。
 ほんとは正面きって言ってあげるのが一番いいのだろうけど、それはほら。 
 いきなりいっぺんは難しいから。
「名前よ、名前」
 帰ったら親友にこの友達の話をしよう。すごく大変だったけど楽しかったんだって。
 なんだかすごく聞いてほしい気分だった。
 きっとあの子もルルに嫉妬させたくていろんな話をしたんじゃない。
 楽しかったことや、うれしかった経験を共有したくて、話してくれていたんだろう。
 遅まきながら、気づく。
 でも、もし、嫉妬されちゃったりしたら――それはそれで、ちょっぴり嬉しくもあるんだわ。

「ルルチェリアじゃなくて、ルルがいいわ。ルルで十分よ」

「またね」
 ばいばい、と手を振る。
 排水孔の中は暗くて、彼女の顔も見えにくくなっている。「ルル」どんと胸を叩いて答える。なにか余計なことをいってしまいそうで。「頑張って」必死な声。なにその顔。ブサイクよ。普段ならツンといってしまうのだけど、今回はゆるして、いわないであげる。

「負けたら承知しないんだから、ルル――…!」
 嗚呼。
 ほんとに、ルルで十分だ。

 きびすを返す。
 子供たちを追う腹づもりなのだろう。狂信者が話しあいながら何かを調整している。
 一際大きな、ルルの体もすっぽり入りそうな大口径の銃器を背負ったロボットだ。

「いい度胸じゃない、来なさい」

 顎を引き、胸を張れ。自らを鼓舞する。
 まっすぐ背を伸ばし、果敢に睨みつけろ。

「この墓守のルルと、あんたたちがいままで殺してきたような境遇の子供の幽霊とでいままでの分も倍々返しの全力でお相手してあげるわ」

 ともだちに(そう、これはそう呼んでもいいはずだ)(このまま戦闘が続いて、転送が起きて、再会することがないかもしれなくても)
 ともだちに、そう言ったからには、そういうルルチェリアでなくてはいけない。
 これは背伸びか?虚勢か?どちらでもあり、どちらでもない。
 なけなしの勇気だ。

「もし私の罪が一生許されないものであっても」
 後ろめたいことがないわけじゃない。
 おまえが悪いと言われれば、考えてしまうことがないわけじゃない。
 ぬぐいきれぬ劣等感。ルサンチマンは依然そこにある。
 だけど。

「あんた達だけには」
 ルルチェリアの感情に反応するように、子供の霊が大きく膨れ上がる。

「あんた達にだけは、絶ッ対に罰されてたまるもんですか!」
 やっちゃえ!
 ルルチェリアの指揮を受けて、巨大化した霊による猛烈なボディ・プレス!
 発射されるはずだったドローン諸共押し潰す!

「それ見たもんですか!」

 高らかに、勝利宣言を叩きつけた!

成功 🔵​🔵​🔴​

霧島・絶奈
◆心情
…その大小を問わず、罪無きヒトなど存在し得ない
彼らが其の問答を放棄したと言う事は、此れより始まるのは唯の生存競争です

◆行動
立てる者は武器を取れ、武無き者は勇を以て生き残れ…
其れがどれ程苦しくとも、生きる事から逃げてはいけないのですよ

そして私も、貴方方が抗う為の助力は致しましょう

『二つの三日月』を召喚し戦闘

私は巨人の影に隠れ【目立たない】様に行動
【罠使い】の技能を活かし「魔法で敵を自動識別するサーメート」を複数設置
効果範囲の狭さ故に、一般人を巻き込む心配はありません

設置を進めつつ【範囲攻撃】する【マヒ攻撃】の【衝撃波】で【二回攻撃】

負傷は各種耐性と【オーラ防御】で軽減し【生命力吸収】で回復



●罪ありて人ありきなれば(有罪/極刑)

 女はいつも、かみさま、といつも唱えていた。
 どうかおすくいください。どうかおゆるしください。
 いつも祈り、時に自罰すら負ってでも祈る女だった。
 女は今逃げていた。救いだと唱えて命を奪う刃から逃げていた。
 どうして?と彼女のどこかが問う。どうして逃げるのだろう。
 だって声が響いているのだ。
 目を隠した。白いローブの女。拷問室で嘆いた彼女に現れた女のことばが。
―己の悪を自覚した上で善き人としての生を模索する―
 人には到底言えぬ悪だった。女は彼女に語ったことで改めて感じていた。
― 其れが贖罪です―
 出口は塞がれているのにどこへ逃げようというのだろう。しかし逃げなければならなかった。
 逃げなくてもいいんじゃないか。また彼女の内側が問うてくる。
 罪を濯ぐ。自分が何より欲しかったもの。それが与えられるのなら、命など。
―与えられる苦役は、栄冠など齎しませんよ―
 生きねば。
 すこしでも微かでも長く。壊れたロボットの破片につまづいて転ぶ。
 サンダルが片方脱げて、落ちて、落ちた、後方。
 迫る凶刃がある。
 女の唇が開く。
 かみさま。
 癖だった。あまりに祈りを重ねたから。咄嗟に。
 だが、その先は違う。
 許してください、ではなく。
 助けてください、と。
 彼女は初めて、神を想い――

 女の前に、屋根を突き破り、光の柱が、落ちてきた。

 続けて、ひときわ大きな振動が倉庫を揺らす。
 誰しもの争う手が一時止まる。

 光の巨人があらわれていた。

 かがやける巨体が降り注ぐひかりとともに倉庫内をあかるく照らす。
 二つの三日月を持つ、其が内包するは無限の宇宙。
 恐ろしいほどの光量・質量でもって存在しながら、一切音らしい音を立てぬ――まったくの静謐。在るだけで死を臭わせながら、光。毎秒ごとに新生し続ける存在。
 月でありながら宇宙。
 巨人の周囲には代償さまざまないくつもの三日月が浮かび、ドローンを蠅でも落とすかのようにいなしていく。
「…かみさま…?」
 
「そう」

 霧島・絶奈(暗き獣・f20096)はその女のすこし後ろで、誰にもきこえぬようにささやいた。

「其れがどれ程苦しくとも」
 光の巨人がゆっくりと手を上げる。拳を握る。
 なにが起きるのかを悟り、囚人はもちろん狂信者たちも退避する。所詮システムで動かされているだけのドローンやロボットだけは処理が間に合わず、その場に残り―

「生きる事から逃げてはいけないのですよ」
 非常に、まったりとした優雅ささえたたえて拳が無慈悲に、振りおろされる。

「立てる者は武器を取れ、武無き者は勇を以て生き残れ…」
 うたうように口ずさみながら、絶奈はゆっくりと、しかし目立たないように進む。
 巨人の所作は注目の的だ。目立たぬことなど、容易い。
 絶奈にいつか拷問室で懺悔を語った女でさえ、すれ違う絶奈に気づかず一目散に走っていく。
 ――それでいい。それがいい。
 一途に走るがいい。生きる残るがいい。
 罪より目背けず。しかして生から逃げず。
 
「そして私も、貴方方が抗う為の助力は致しましょう」
 善く生きようと、あらねばならない。

 再び、巨人が拳を上げる。人々が息を飲む。
 第二撃。
 爆風にも劣らぬ風が巻き起こる。破片が吹き飛び、衝撃に天窓がびりびりとなる。屋根の破片がぱらぱらと落ちる。なにかの翅のように。
 絶奈もまた動く。加減はさせている。
 絶奈がすべき対処は、のこったものどもの駆逐だ。
 静かに。滑るように。速やかに。 
 ロボットの残骸の影に、あるいは倒れた狂信者の影に、ひとつ、またひとつ。魔力を練り上げ設置していく。
 ぱっと見は倒れているスプレー缶かなにかのようだ。今ここならばドローンかロボットの部品か。使い終わったマシンガンのマガジンか。どれでもいい。
 サーメート。
 燃焼温度は約4,000から5,000度にまでなる、焼夷弾――つまり、爆弾だ。
 もちろんただの焼夷弾ではない。絶奈の魔法によって丁寧に仕上げられたそいつは“魔法で敵を自動認識する”。巻き込む心配はない。爆弾といえどサーメートのそれの効果範囲は狭い。
 倒せるのはせいぜい――
ぎゃっという悲鳴が上がって狂信者のひとりが火だるまに変わる。炎の柱だ。踊るようにもがく暇もない。燃え上がって、倒れる。また温度の高さゆえに――どん、ほら、また一つ。蜘蛛足のロボットがえもいえぬ匂いを放っている。
 狂信者たちに遽に警戒が走る。光の巨人は注視すればよい。しかし、それだけではない。
 誰かが、自分たちに少しずつ包囲網を敷いている。

 その通りだ。

 追い詰め、囲み、ここぞというところで、狩る。
 殺戮を好む、獣の血がふつふつと熱を帯びようというもの。
 Guiltyをゆっくりと、そう、その優雅さは彼女の向こう、光の巨人が見せていたのと同じ、舞踊すら感じさせる動きで、追いつめ囲んだ獲物どもへと、振るう。
 いかに鋼鉄の鎧で覆うロボットであろうとも、いかなる素材を織り込んだローブをきていようとも、姿なきは振動。衝撃波にだけは敵わない――等しく、撃ち抜く。
 一度、二度!高速の一閃による二連続攻撃だ。臓のよわかったものがいたのだろうか。血を吐いて崩れ落ちる。

 いくらここまで絶奈が隠密に努めていたとはいえ、放たれればどこが元だかわかる。
 
「ごきげんよう?」
 刺さりそうな視線の中、絶奈は微笑む。
 微笑んで微笑んで微笑んで微笑んで、微笑み、続ける。
 たった今打ち抜いたものどもの注視もびくともしない。

「、」狂信者の一人が唇を開こうとして、できない。「な」一度衝撃波で膝をついたものが立ち上がることができない。
 神威込めた一発は彼らの神経のことごとくを揺らし、麻痺状態を起こしていた。

「その大小問わず、罪なきヒトなど存在し得ません」
 語る声は朗々と、響く言葉は深々と。

 突如数体のドローンやロボットが落とされたことを受けて後続のロボットが集まり、それをうけて狂信者どもが集まり、この状況に距離をとって構えてくる。
 彼らを見やろうと絶奈が首をめぐらせた瞬間、ロボットやドローンの放射が放たれる。
 Innocence。右手に握った一条の槍。その石突きで軽く床を叩く。
 すべてはそれで事たりた。
 オーラの壁が立ちはだかり、まずあがるのは細かい火花、続けて銃弾。
 それらを落とそうと絶奈は再び武器を持ち上げ、
 背後。
 ビームライフルが横腹を焼く。軽く腕を上げていたことで腕ごとは免れた。
 衝撃でふきとびそうになるも、なんということもないように堪え、立ち続ける。
「おっと」
 微笑み続ける唇からひとすじ、血がつうっと流れた。
 短く息を吐けばひとすじではない血があふれて唇を濡らす。
 攻撃は通った。焦げ臭い匂いは肉にも届いた証だ。
 だが絶奈は変わらぬ余裕を持って其処にある。
 この程度の負傷など、苦にもならない。
 武器を持ったまま唇を拭う。

「其の問答を放棄したと言う事は、もはや此処に在るのは唯の生存競争です」
 宣告する。 
 周囲から生命力を吸収し、浅くはなかった傷がみるみる癒えていく。
 
「加減も容赦も一切無用」
 白い肌、薄い唇にのこった赤が、紅のようでぞっとするほど艶かしい。
 昏き獣が其処にに居る。

「よろしいですね?」

 笑みは、まるで濡れた三日月のごとく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

カイム・クローバー
あー…思ってた以上にマヌケ面だな。戯言をほざくのが得意そうな面だ。

『窃盗』のグループ連中に大声で賭けを提案するぜ。査問官サマは聖なる炎とやらでチンケな泥棒の、俺の罪ごと身を焼いてくれるらしい。此処で賭けだ。炎が俺の身を完全に焼き払うか、どうか。
負けた奴は今日の晩飯のおかず一品ずつ寄越せよ。…あんたらが勝ったら、俺の晩飯持っていきな。食う奴が居ないなら腐らせるには惜しいだろ?
査問官サマはどうする?アンタも賭けるか?
【オーラ防御】と【火炎耐性】で乗り切る。神様やら宗教やらが大好きな査問官サマに対しての【挑発】の意図もある。
炎を掻き消すように黒銀の炎と共に魔剣を顕現。【二回攻撃】とUCを叩き込むぜ



●ショウ・タイムはここに(有罪/極刑)

 囚人は――否、人々は、審問官率いる狂信者どもを制圧しつつあった。
 審問官もまた左手を折られて十全とはいえない。彼の目が思わず“あの”扉の方へ向かう。「審問官様」そば付きのものが意図を察して声をかける。「…我々が巻き込まれる可能性はありますね」
 扉の向こうのエンジン音。
 暴動でその音はすっかり聞こえなくなっているが、それは確かにそこで、なっている。
 彼らが踵を返してそちらに向かおうとして――。
「よお、審問官サマ」
 声を、かけられた。


「あー…」
 調子よくブーツで床を鳴らしながら、カイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)はその男の前に追いついた。

「めちゃくちゃ探し回った割に、なんだ」顎に手を当て人差し指でとんとん叩きながら審問官を吟味する。「アレだな」
「思ってた以上にマヌケ面だな。戯言をほざくのが得意そうな面だ」
 カイムの背後、負傷の大小はあれどまだ意気を滾らせる強面の男たちがくつくつ笑う。
 顎に当てた手を離し、片手を振ることでカイムはそれをいなす。
「ご用件はそれだけですか?」
 審問官の顔色はかわらない、が眼は素早くカイムたちを見定めている。
 人数、質。もうすこし前の状態ならばやり合っても問題はなかったが、今であれば少し旗色が悪い――。
「おいおい、つれないな。こちとら折角あんたに会いたくて会いたくて探し回ったんだ」
 審問官の警戒は、カイムにもしっかり伝わっている。
 であるからこそ笑う。笑い続ける。
 人々の前に立った審問官が最初そうしたように。
「もうすこし迷える子羊に付き合ってくれよ、審問官サマ?」
 ウィンクをひとつ…おっと、こいつはしてないか。
 鷹揚に歩いて審問官たちに近づき――窃盗の集団からすこし距離を置く。
「左腕はまだ使えんのか?」
 これからやることを考えておけば、すこし離れておいたほうがよかった。
「ええ」審問官は答え、ごきり、と左手を鳴らす。折られているが、まだ使える。
「むしろ火力の調整が出来なくて困っているぐらいですよ」
 カイムはにっと笑った。
「そりゃあいい」
「なんですって?」
 審問官の質問には答えず、カイムは剣を背中のホルスターへしまい、くるりと振り返る。
「Hey,Guys!」両腕をひろげて呼びかける!
 Yea!
 カイムについてきた全員が傷だらけの武器を掲げて答えた。
「賭けをしようや!」
 指笛に拍手がそれを後押しする。「チンケなコイントスじゃ満足しねえぞォ!」恰幅のいい男が笑いながらヤジを飛ばす。「一番楽しんでたヤツが言いやがるぜ」
「OK,OK…どいつもこいつもイカれた野郎どもだ」
 両手をあげて拍手や指笛に答える。
「…我々は乗るとは言っていませんが?」刺すような一言がカイムの背に投げかけられる。「最後まで聴けよ」挙げた手はそのまま、肩越しに審問官どもを振り返って
「きっと乗りたくなるぜ?」
 誘ってやる。
 審問官は鼻を鳴らした後、部下に指示を出す。部下どもが左右両方からゆっくりとカイムとの距離を詰める。狂信者たちの動きに思わず動こうと身構えた者に、カイムは仕草だけでそれはいいと拒否する。雑魚に用はない。

「審問官サマは聖なる炎とやらでチンケな泥棒の、俺の罪ごと身を焼いてくれるらしい」
 左手を背に回し右腕は掲げたまま、役者のごとく朗々と言い放つ。
「此処で賭けだ」
 堂々とした、しかしそれでいて悪巧みたっぷりの笑みで、歯をみせて笑う。

「炎が俺の身を完全に焼き払うかどうか!」
 この業腹極まりない発言に呆気にとられたのはむしろ審問官側だった。

 カイム側はというと、今までにないぐらいの拍手と歓声が応えている。
「ハッ」至極愉快な気持ちでカイムは笑う。「ほんとにイカれ野郎どもだ!」
「負けた奴は今日の晩飯のおかず一品ずつ寄越せよ!」
 何度か本当にコイントスで遊んだ時のルールだ。
 ヘッド・オア・テイル(真か偽か)!ヘッド・オア・テイル!(真か偽か)
 大合唱だ。
「どのおかずかはこっちが選んでいいんだろうな!」鼻先から額にかけて傷のある男が叫んでくる。「みみっちい男は勝てないぜ?」にやにや笑いながら言ってやる。「今日は勝つからいいんだよ」
「お前が負けたら?」炎に髑髏の刺青の男が聞いてくる。「あー、忘れてた」「“チンケな泥棒”が大した自信だ」帰ってきたのは苦笑だ。
「OK、裏のあんたらが勝ったら…俺の晩飯持っていきな。食う奴が居ないなら腐らせるには惜しいだろ?」
 これにまた大拍手に指笛が帰ってくる。「騒ぎてえだけだろ、あんたら」くすくす笑う。左手の肘から先がない男がいつの間にか集計をとっている。賭け料と取ろうとして怒られている。そういうコスい真似をするからいつも途中退場なんだぞ、お前。
 しかし、まったく豪快なことこの上ない。
 窃盗をして尚猛然と、この拠点をさらに“窃盗”しようと話に乗ったバカどもだけある。
 割合はほとんどカイムに賭ているが、ちらほらとカイムが負けるほうに賭けているやつもいるようだ。「丸焦げ!丸焦げ!」まあ、こういう悪ノリする奴が。「デブお前は2品な」「あん!?」

「ということで、待たせたな」
 カイムは悠然と向き直る。

「審問官サマはどうする?アンタも賭けるか?」
 審問官の返事は、その腕から吹き上がった炎だった。
 熱と勢いは、今までの火ではない。
 カイムは思わず口笛を吹く。「いいねえ、刺激的だ――こちとらタルい囚人生活でウンザリしてたところなんで、丁度いい目覚ましだ」
「…お望み通り焼き払って差し上げますよ」
 一歩、また一歩と審問官が近づいてくる。左手から一度、二度と炎を確認するように噴上げながら。「そしてその後ろの方々も含めてね」
 ハッ。カイムは再び笑う。
「俺のメシも高くついたもんだ」
 カイムに向かって審問官の左腕が向けられる。くわえて狂信者が何名かがより詰めて、取り囲む。
「そんなに厳重に見なくったって逃げやしねえよ」嘯く。「いえ、生きているなどと焼かれながら吐かれても困りますので」笑みが返ってくる。 

 果たして炎にて身と罪は焼けるか?
 Head・or・Teil(真か偽か)

「It's Show・Time」
 カイムがそう言い放つと同時に。
 豪!
 渦巻く炎があっという間にカイムを飲み込み――続いて彼に向かって狂信者たちからそれぞれ、スパイクや槍が突き刺し込まれる。
 銀髪も褐色の肌も背負った剣も何もかもが炎に飲み込まれ影に変わる。
 ぐらり、炎の中で影が、歪む――
「汝、罪ありき――その脳髄を生かせないことはいささか勿体無くはありますが」
 びき、きッ!審問官の左腕が音をたて――

「おいおい」
 炎の中から一閃――黒い大剣が振るわれた。

 差し込まれた槍などの武器が叩き折られて宙を舞う。
「死ぬのを確認してから刺してくれよ」
 さらに一閃。炎が、晴れる!
 
 審問官から舌打ちが漏れた。「もうちょっと我慢できたんだがな?」カイムは爽やかに笑って首を傾げた。「死んでるのの確認で刺されちゃあ、なあ?」
 盗人どもの大歓声が再び起こる。 
 自身の袖に残った炎を払い落としながらカイムは笑う。「ハ」
 火を消したばかりの袖、左手で指差してやる。
「焼かれてるのはあんただったな」
 燻る左腕を笑ってやる。「とと、こういう時はこう言うのか?」片手から両手、剣を握る。

「汝、罪ありき」

「貴様ァッ!!!」
 審問官が吠えた。

「じゃあ、俺の番だ」
 カイムの剣に黒と銀の炎が現れる。

「俺は優しいからお供を連れて生死確認に突き刺すなんて真似はしないぜ」

 ぎん!剣の腹で突きを受け止める。相当の強化がされているのだろう。一撃が、重い!
 だが笑う。なおも笑う。
 見切れば表か裏がわかるようなイージーモードよりはこういうのでなくちゃあな!

「なんてったって俺たち寄せ集めにはあんたらみたいなhead・or・teil(ボスか部下か)なんてのはないからな!」
 カイムと審問官が撃を鳴らしたのが合図となった。
 狂信者と窃盗団が、衝突する!
 
 あちこちで武器がぶつかる音が響く。生死迫った命のやり取りの熱狂はダンスホールもかくやと言って差し支えないだろう。
 繰り広げられる死の舞踏!
 身の丈ほどもある大剣をカイムは軽々振るう。右から左の横一線、続いて振りかぶって縦一閃
、左下から右上。
 腕の制御装置が壊れてしまったのだろう。燃え上がる左手は倍ほどの拳となってカイムへ繰り出される。かたや明るき赤と光の炎、かたや昏き黒く銀きらめく剣。
 二つの炎がいくたびも交差する。

「さて、審問官サマ、もうひと勝負行こうぜ」
 だが笑う。カイムクローバーは笑い続ける。
「この後に及んで、何を」ひときわ勢いのある拳が剣を撃つ。
 ぎいん!
「何、簡単なことさ」
 カイムの剣は弾かれた。
 はね上がり、胴がガラ空きになった――ように、見えた。
 
 どっ!
 音を立てて審問官から黒に輝く炎に、包まれる。

「俺の炎でお前は焼けるのか、だ?」

 剣は弾かれた。たしかに。
 弾かれた瞬間に、高速で二連撃をたたき込んだ!

「きさ、貴様ァ――…!」炎に包みこまれ、それでも向こうから憎しみの声がする。
 カイムは軽く口笛を吹いた。「おやおや、炎耐久勝負は引き分けか」
 そしてそのまま
「さて。言ったよな?」
 残酷なほど鮮やかに唇を吊り上げて、笑む。
「俺は優しいからお供を連れて生死確認に突き刺すなんて真似はしない――お祈りもいいよな?お前の神サマに伝えといてくれ」

 剣をかまえ、最後の一閃。左から右下へ。

「次はお前だ」

 炎吹き上げる腕を切り落とし、深い一撃を与えた!

大成功 🔵​🔵​🔵​

エスタシュ・ロックドア
里の掟も十王の沙汰も腹に据えかねるってのに
このうえ他人に好き勝手裁かれるとか片腹痛ぇわ
ま、俺の腹は中身が地獄なんだがな
さて折檻といこうかぁね
てめぇが無罪?
いいや俺と同罪よ
出ちゃいけねぇ場所から出た
シンプルで笑えるだろ、オブリビオン

『鋭晶黒羽』発動
【範囲攻撃】で敵は全て切り裂く
教徒が生身の人間だったら無力化で留めておきてぇんだが
俺ぁ盗みとヒト殺しはしねぇ主義
暴行はしたか、UDCの邪教徒に
無数の羽で攻撃しつつ審問官の視界を遮り、
【ダッシュ】で近づいて岩門珠握りこんだ拳に【怪力】乗せて殴って【吹き飛ばし】

敵の攻撃にゃ血の代わりに業火垂らしつつ【激痛耐性】で対抗
【カウンター】で殴ってやりかえす



●鉄槌下すは獄卒が役目(有罪/極刑)

 かかかかかッ――!
 逃走を図ろうとした審問官たちの前に突き刺さるものがある。

 思わず周囲を警戒する。審問官は左腕を失い胸に大きな負傷。ドローンロボットの類はすでに全て堕ちた。残っているのはわずかな手勢。それでもいったいその扉の奥に何があるというのか、彼らは倉庫の奥を目指していた。
 その、扉はすぐそこだというのに、そこで邪魔が入った。

 地面に突き刺さっているのは大振りな黒い羽根だ。
 鳥?この室内に――一体どこから?
 彼らは思わず天を仰ぐ。そんなことをしてもなんの意味もないのに。
 
 其は獄卒が黒単衣。
 
「里の掟も十王の沙汰も腹に据えかねるってのに」

 黒単衣の主――エスタシュ・ロックドア(碧眼の大鴉・f01818)はその向こうに立っていた。

「このうえ他人に好き勝手裁かれるとか片腹痛ぇわ」

 鼻で笑う。肩に担ぐは鉄塊剣の燧石。
「ま、俺の腹は中身が地獄なんだがな」空いた片手で自らの腹はぽんと叩き、豪快に笑う。
「逃げようったってそうは問屋が下ろしても閻魔様がおろしゃしねえよ――俺は代理だけどな」
 担いだ燧石を肩からおろし、地面にぶつける。
 
「さて折檻といこうかぁね!」
 その重量と勢いで、ど、と火花どころではない火が跳ぶ。いったいどこが火打石だと言うのか!

 ぎり、と審問官から歯軋りがする。「おー!そーそー!そうそう、そう言う顔しろよ!よっぽど人間臭くて張りぼての笑顔よかまだ好感が持てるな!」エスタシュの揶揄に答えもせず顎先ひとつで狂信者に指示をして、襲い掛からせる。「あぁ?」エスタシュは顔をしかめる。「てめぇ案外頭悪ぃのか?」

「わざわざ見せてやったろうがよ」
 浮かぶは黒羽。浮かび上がる。「普段は逃さねえのに使うんだけどな。突っ込んで来てくれんなら好都合だ!」
 降り注ぐ。羽根の黒は射干玉のようであり、黒曜のようでもある。
 一色でありながら、何色も内包しているように、複雑な彩りを見せながら――それ自体が巨大な一羽の鴉でもあるかのように!
 たとい狂信者たちもまたオブリビオンであり、異常な改造を受け視力を強化されていたとして。あるいは驚異的な反射や筋力を持っていたとして。
 一発ずつなら、避けるというのなら、まだ目があったかもしれない。
 しかしいずれもそうではない。彼らは指揮をうけてエスタシュめがけて突っ込むところであり、羽根は無数に浮いていた。
「俺ぁ盗みとヒト殺しはしねぇ主義だが、全員オブリビオンなら加減もいらねえわな!」
 そして地獄の風切羽根――威力はマシンガンやライフルの比ではない!
 黒い大風が吹き荒れる。残りの狂信者と審問官諸共、飲み込む。
 見る間もなく、切り刻む!
 審問官はその中で一人、爪をふるい、自らに降りかかる羽根を切り落とし続ける。

「あちこちから聞こえるか?聞こえるよな?聞いたよなぁ?」
 風のむこうから、エスタシュは告げてやる。
 
「汝、罪ありきだ」

「否え、否え!」それだけは我慢がならない、とばかりに審問官は叫びをあげる。
「我らに斯様なもの一つとして無し!」
 斬られた左腕、残った部位から血と共に火が吹き上げて羽根を焼く。
 視界が、晴れる。
「てめぇが無罪?」
 心の底から嗤ってやる。

 エスタシュは審問官の目前に迫っていた!
「んなわけねえだろ」

 燧石を手から離す。燧石の威力は折り紙付きだが相手がいささか早い。叩き潰す前に首をとられてはたまらない。故に切り替える。まあこっち(拳のタイマン)も得意どころか大歓迎だ。相手に爪がはまってんのなら――利き手に握り込むは数珠、岩門珠。エスタシュがどう里に反乱しようが逃れられぬ業の証。

「俺と同罪だ!」
 えぐり込むように、鉄塊すら安々持ち上げる万力を拳にこめ、傷めがけて叩き込む!「がっ」
 血反吐がぶちまけられる。
 ――腕をつかまれた。
「監禁?暴行?殺人?ばかばかしい」
 口から鼻から目からすら血を流しながら、其れでも眼を見開き、エスタシュの瞳を覗き込んでくる。「ばかばかしい、ばかばかしい、ばかばかしい!」審問官の爪が食い込みエスタシュの腕から血が流れる。
「ンだと」
「そんなものは貴方がたが決めた名前であり、自分に不利となる現象を避けるために定めただけのうすっぺらい言葉に過ぎない」
 ちり、と空気の焦げる匂いがした。
 審問官の、左腕!
「理由さえ有れば!多数決で是とさえ成れば!あなたがたは私と同じことをするし――していた筈だ!何故なら」
 気づいてエスタシュは引き離そうとする――離れない!

「何故なら我々は、骸の海のもの、過去であるからだ!」

 審問官から炎がほぼゼロ距離でエスタシュにぶちまけられる!
 
「クソッ!」腕をつかまれたまま審問官の胸を蹴る!「がっ」審問官の攻撃がゼロ距離ならば、エスタシュの蹴りもまたゼロ距離だ。勢いこめたこの一撃には耐えきれなかったらしく、さすがに審問官が吹き飛んで転がる。
「は、どこまで仕込んでんだよそのオモチャ」
 焼かれながらも耐えて笑う。
 エスタシュの身に宿るは地獄だ。故に、こんなこともできる。
「そんなに火がお好きならてめぇ好みにノッてやる」
 滴ったエスタシュの血が燃え上がる!
「歯ァ食いしばれ、キッツイ仕置きをくれてやらあッ!」
 エスタシュが駆け寄る寸前に審問官も起き上がり体制を立て直している。

「罪をうたい、罰をもとめ、赦しを乞うたのは貴方がただ」
 低く身をかがめてかまえ、ぎちぎちぎちと爪を鳴らす。

「欲しいというからくれてやり、あるというからたれた頭を使う!一体其れの何が問題だというのか!」
 空気すら断つ、威力だけに重きを置いた必殺の一撃。

「あァ」
 その一瞬のエスタシュの表情をなんと言おう。

「違ぇわ」

 冷え切って温情の一切なく

「俺ぁそういう次元の話をしてねぇのよ」

 乾き切って同情の一切なく
 
 せまりくる爪による一撃をギリギリの線でかわす。 

「そいつが何やらかしたとか、それが実際裁かれるべきかとか、そういう難しい事を考えるのは猟兵の仕事でも獄卒の仕事でもねぇ」

―悪鬼が如く?―
 
 爪がほんの少しかすっただけの首が、まるで鉈にでも斬り付けられたように派手に獄炎をふく。
 そのかわり――再び審問官に必殺の隙を得る!

「俺から告げる、てめぇの罪は」
 拳を握る。

―エスタシュのその非情の貌は―

「出ちゃいけねぇ場所から出た、それだけだ」

 一撃に全力を注いだことによって空いたその場所に、ただひたすらに、重い一撃を打ち込む!

―閻魔に仕える、獄卒が如く!

 空気が震え、いま一度審問官は吹き飛び、自らが目的としていた扉に叩きつけられる。
 どん、と審問官叩きつけられるその音は、そう、何か槌を打ち付ける音のようであった。
 たとえば地獄。閻魔の前で槌を聴くことがあるのなら。
 きっとこんな音に違いない。

「笑えるだろ?オブリビオン」

 碧眼細め、大鴉は歯すらむいて剛毅に笑う。

「大人しく帰んだな、骸の海によ」

 エスタシュの問いに解答はなく、そして審問官ももう動こうとはしなかった!

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『『栄冠を齎す者』ホワイトノイズ』

POW   :    近接兵装『アサルトタスク&ストライククロー』
単純で重い【牙による突き上げ、またはストンプ】の一撃を叩きつける。直撃地点の周辺地形は破壊される。
SPD   :    全距離対応兵器『ノーズ・カノン』
【鼻先の砲門から放たれる拡散荷電粒子砲】が命中した対象に対し、高威力高命中の【集束荷電粒子砲による薙ぎ払い】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
WIZ   :    秘匿装置『Re:Generator』
戦闘中に食べた【ナノ粒子ペースト】の量と質に応じて【破損部位を補修。加えて最適な装甲を形成し】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は霧島・絶奈です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●汝が罪を食い破れ
 ぶちまけられる血反吐に、幾多と転がる教徒。ドローンやロボットはすべてガラクタとなって転がって。
 残ったのはひとり、罪を問う審問官、否、オブリビオン。
「あなたがたほど、贖いに向いたものはない…」
 ひどくおかしそうに、彼は笑う。
 何かのスイッチを押し、放る。

「罪を重ねるもの。罪を知るもの、罪を抱えるもの」

 扉が開く。倉庫の奥。
 滑らかな白。
 像。エンジン音。
 そいつはゆっくりと立ち上がる。
 ぶちり、ぶちりと接続されていたコードが切れて、何かしらの液体が床に広がる。

 巨大な角をもつ巨象。
 高さは5メートルほど。
 部品は変えられたばかり。ああ、きっと君たちには見覚えがあるだろう。
 作ったのは、君たちだ。
 パーツはどれも新しい。交換されたばかりだろう。
 古い部品?ああ、どすぐろく汚れた、ものが後ろで廃棄のダクトへ並んでいる。

「さあ…今こそ、贖罪の時でしょう」
 
 君たちは悟る。新たな身体。
 刻まれた丸い蓋の向こうに、一体何があるのか。
「ここを、倉庫のようだと思いませんでしたか?その通りです…」
 自らの血に溺れながら審問官は笑う。

「ここの主はわたしでなくあなたがたであり…あなたがたである、“彼ら”ですよ」
 審問官はそうして笑い、笑い続け

 動き出した巨象の踏み出した一歩に巻き込まれて跡形もなく消える。

 起き上がった巨体のいずこから、つう、と溢れる。
 赤。
 一歩、踏み出せば大地が震える。

お、お…

 タービンの唸りに人の声を聴く。

わたし、は

 陽炎のように立ち昇る猛念を聴く。

わたしは、悪くなんかない
 
わたしは何も悪くなんかない!罪なんかない!
わたしはそうするしか無かった!わたしはそうなるしかなかった!

ある部位が叫び

わたしは悪い。わたしは悪いわたしわたしは悪い
わたしが、悪い!

許してくれ、許さない、罰をくれ、罰を与えてやる。
償わせてくれ、償え、贖わせてくれ、贖え。

そいつは吠える。

白き巨像。禁忌の技術により君臨したそれは、かつて人のための技術だったのだが。
今や何月かに一度入れ替えられてあり続け、罪を濯ぐことを求めてあらゆる拠点を破壊するだけの、兵器だ。

ああ、罪人。集められた過去の、体のあるころの、“私”たちよ。

わたしはおまえのつみをしっている。

罪を濯ごう。

汝ら、罪を知るものよ。

罪を思う脳髄をかち割ってぶちまけ罪を背負う傲慢な背を踏みつぶし罪を嘆く喉を裂いて開き罪に崩れる足を曳き砕いて罪に祈る指を粉々に轢き潰し

なべて真っ平にしてやれば

罪も罰もなかろう

唯一の栄冠が、残った我に齎されるに違いない。

さあ猟兵。
汝が心は何処にありや。
汝が罰は何処より来たるか。

汝が、赦しは?

生を贖罪と語るなら白象(わたし)は全き其れを否定しよう。
死を救いと願う声を蹂躙しに、
罪なしと叫ぶ声に応えるだろう――おまえとおなじ罪を、わたしは、知っている!

さあ猟兵。
汝ら、生を望むというのなら。
清き雑音。ホワイト・ノイズ。

――汝らの罪を理解するものを、抱えることを否定するそれを、抱えることを強要するそれを、死ぬことをのぞむそれを、生きることをのぞむそれを、打ち破らねば、ならない。

心憂うなかれ。
のこっているのは脳味噌ばかりで、罪と罰と赦しと生死に囚われた彼らに、話は通じない。

変わり果てた、かつてきみたちのようだった、ああ、いまや、ばけものだ。

さあ猟兵。
汝が罪を食い破れ。

■エネミー■
 栄光を齎すもの“ホワイト・ノイズ”x1体

■状況■
・猟兵の努力あって、戦闘能力のない囚人の皆さんはほとんど逃走しています。
 安心して戦ってください。
 勇気あるみなさんは残って手伝ってくれることでしょう。
・施設に備え付けの砲台は一部使用が可能です。
・負傷に関しては第二章でのセプリオギナ・ユーラス(賽は投げられた・f25430)・レパイア・グラスボトル(勝利期限切れアリス・f25718)の行動により回復しています。ご安心ください。

■受付■
 断章投稿後より受け付けています。
ホール・マン
 もし透明な涙が流れたとして、果たしてそれは感情だろうか
 摩天楼の洪水はいつだって下からにじみ出る
 クソ偉大な石柱に守られた堤防は溢れることなんてない
 仮にも万化を奪われた流れと魂を捕らえる泥水に誰も気が付かない
 激流は其処に満ち満ちて、ついに溢れるおらが涙とならん

「車両通行止めだ、中身だけ通ってけ」

 ガハハハ!預かった塩と水の分くらいは働いてやろう。
 混ざりすぎると訳が分からなくなっちまう、牛乳はまだいいがマヨまでいくとお手上げだ。更にレモンとかしょっぱすぎだろ。
 手で幾ら受け止めても甲の筋を浮かせて後ろに流れて行っちまう、何も残らない、掌が厚くなって殴りやすくなるくらいだ、上等じゃねぇか!



●ティア・イン・ザ・レイン

 ご、ぉん!
 巨象が一歩を踏み出せば建物全体が揺れ、暴動の後を箱庭のおもちゃみたいに粉々にしていく。
 牙をふりまわして壁を紙屑のように破っていく。

―わたしはわるくない。

 そのタービンから、エンジンから、あるいは、蓋の、向こうから。
 声がする、ような気がする。

―わたしが、わるい。

 拡散荷電粒子砲を放ち、分解したがらくたどもを吸収して鎧に変える。

―…過食症者みてえだなァ、おい。

 ホール・マン(マン・ホール・マン・f21731)は、そうぼやいてそっと天井にくっついていたボルトを外した。

―もし、だ―

 ホール・マンは重力と衝撃に従い、そのまま落ちる。
 ホール・マンがこぼしていた水滴の残りと、一緒に落ちる。
 水滴を通してみれば、あんなにも巨大な姿は歪んでがりがりに見える。
 顔を覆うだれかの虚像をみてしまう。
 食うだけくってげえげえぜえんぶ吐くんだ、それでも食うことをやめられなくて、止められれば暴れて、食って、食って、げえげえ吐くんだ。

―もし、透明な涙が流れたとして。果たしてそれは感情だろうか―

 ぼたぼた泣きながら。

 涙をうつくしいと誰かは言うが、ホール・マンにはその感覚がとんとわからない。
 だってあれしょっぺえし化学の味するぜ。いくつもいくつも感情や苦悩のうねる味がよ、知育菓子もびっくりだ。お綺麗なもんかよ。雨だってそうだろ。なにもかも、海に流れてなお残る、なにかがめぐりめぐって天に昇っておちてくるだろうがよ。

 コンクリートでお綺麗にならして、整えて、美しく気取った街だって、その下には下水が流れている。下水にはゲロもクソも小便もなにもかもたどりついている。
 ごうごうと都市泣き濡らす驟雨もみいんな地下に行く。地面に吸われたようで、その実みいんな地下に作られた巨大な空間に溜められている。
 下から上を支える柱以外になんにもなくってただっぴろいありゃまるきり墓所みてえだ。

―摩天楼の洪水はいつだって下からにじみ出る―

 大雨降って水汚水があふれてくるたび、とんだもんだと皆顔を歪めるが、そいつはどっこい、てめえらが綺麗にならして気取ってコンクリで覆って塞いで下に流して見ねえフリして溜め込んでたのが出てきたって、そういうオチなんだ。
 滅多にない上に――出てくんのは上澄みばっかりで、全部じゃねえ。

 ホール・マンはおちていく。巨象の前に。

 ホール・マンがおちていくのと同時に、ドローンや、ロボットや、ぶちまけられたいくつもの弾丸。誰かの血がついた武器が、あるいは壊れた武器が、浮き上がっていく。

―クソ偉大な石柱に守られた堤防は溢れることなんてない―

 土と、涙と、血と、反吐と。
 すべては地下でたまりうねってよどんでくさりながら流れていく。

―仮にも万化を奪われた流れと魂を捕らえる泥水に誰も気が付かない―

 誰にも、知られずに。

 自然豊かな地なら大地が知ろう。田舎なら畑が知ろう。
 都市ではマンホールの蓋だけが知っている。
 がこん!という激しい音がして、倉庫の中にあった排水孔の蓋も持ち上がる。
 そいつは古い血で、あたらしい血で、驟雨で、濡れている。

 あらゆる無機物が浮かび上がるその中心に、一枚、ホール・マンが居る。
 雨にびっしょりと濡れた蓋が。

―激流は其処に満ち満ちて―

 浮き上がったロボットや、ドローンたちとホール・マンが組み合わさる、混ざり合う、形作る。
 ぱちりと音を立てて、倉庫の排水孔の蓋がはまる。
 かつて流された血と、今流された血と、かつて流された涙と、今流れた涙を知る蓋が。

 どん!と新たな足が倉庫の地面を叩く。

 かくして。
 
 マン・ホール・マンは真の姿でもって巨象の前にたどりついた。

 ユーベル・コード。
 ティアー・イン・ザ・アンダーグラウンド。

 Rise――立ち上がる。
 血と涙となにもかも流れゆく先を知るもの。
 あらゆる水まじりの嘆きを、怒りを知る、鋼の巨人。
 コードは排水孔のマンホールが加わって効果は最大を発揮し、今のホール・マンは異例の4メートル近くある。
 巨人は血やら雨やらでぐちゃぐちゃに濡れた部品を使ったせいで、全体的に濡れていて。

―ついに溢れるおらが涙とならん―

 なんだか泣いているみたいになっていた。

「車両通行止めだ、“中身”だけ通ってけ」
 一言、告げて――先攻、ホワイト・ノイズをその円盤で、横殴りに思いきり殴りつける!
 巨象は歩みの停止を余儀なくされる!

「ガハハハハ!!」
 ヒーローらしからぬ笑いをあげながらホール・マンは次の一撃を与える。「俺様ァどこぞの星人より寛大だからよお!預かった塩と水の分くらいは働いてやんのよ!」
 連続でパンチを繰り出す。
 大きな鐘を何度も鳴らすような音が辺りにやかましいほど響きわたる。
「おうおういいなあお互いデケエってのは!殴りやすいことこの上ねえじゃねえか!」
 手を休めてはならない。後退してもならない!
 牙による突き上げを軽く体を右に屈めることでかわす。幸い粒子砲の発射にはチャージが要るのか撃ってこようとはしない。

 そのかわり、牙が迫る。
 ホワイト・ノイズが攻勢に出た。

 手を休めてはならない、後退してもならない。
 故に正々堂々真正面、全体重を乗せた突き上げを真正面から受け止めるはめになる!

「どわっ!」
 とっさに蓋たる盾で受け止める。
 ごおん!しかしそれで終わらない。
 一撃、二撃、三撃――。こんどはホワイト・ノイズの連撃だ。
 おいおいおいおいマジか!さきっぽこっちに出ちゃってるぞオイ!
 角は盾二枚で受け止めたいところだが、しかし上から鼻でも何度も叩かれている。さすがにこっちも脳天揺らされるわけにはいかない。
 隙はどこだ、防戦一方じゃさすがにしんどいぞおいコラ!

 どん、どん、どん――規則的に揺れる。揺すられ続ける。
 十字架背負ったあのガキのいかつい手が、ハッチの蓋を引きずっていた時にも似た、規則的な振動。

―ゆるして、ゆるさない、ゆるして、ゆるさない、ゆるさないで、ゆるして―

 ……。

「あァ」
 ホール・マンからぽろりとことばが出る。
 雨水でいっぱいになった排水口の孔が、ほんのちょっぴり孔から溢れてさせたみたいに。

「混ざりすぎると訳が分からなくなっちまうよ、なァ――…」

 牛乳はガキのためのおまんまだからかーちゃんの体液に養分足してる程度でまだいいが、マヨまでいくとありゃ乳化製品なだけで脂と酢だ、それから無精卵。お手上げだ。更に引き締まるかなあなんて思ってレモンでも足したんだろう?

 そりゃしょっぱすぎだろ。なあ。

 てめえら全員いろんなものが混ざって、ついでにこんなケッタイなパーツも付け加えられて、いったいどこからどこまでが自分だかわからなくて、もう、どうしようもねえんだろう。

 大都市の地下で雨水がごうごう渦巻く、あの音がどこかで鳴っている。
 どこだろう。
 雨水のみといえば聞こえがいいが、血も涙も汚れも泥もまじってそりゃあきたねえのよ。ぐちゃぐちゃだ。そいつが鳴るんだ。 
 ごうごう、轟々、業々――。
 嗚呼。
 目の前の、巨像の内から鳴っている。

 ほんとうにしょっぺえだろう、“そこ”は。
 なあ。

 ごおん。
 盾に愈々亀裂が入る。

 水、水、水――なにもかもがぐちゃぐちゃに混ざった水。
 雨ばっかしじゃあお洗濯もんも乾かなくておんもにも出れず飽きちまうよなあ。
 苔むしてキノコもむくむく生えちまわあ。梅雨はお盆の前だけにして欲しいもんだ。

 降る雨は、あふれる水は、手で幾ら受け止めても甲の筋を浮かせて後ろに流れて行っちまう。

 何も残らない。

―わたしがわるいおまえがわるいわたしがわるいおまえがわるいわたしがわるい―

 とうとう、盾が破れる。
 粉々に割れて、ふきとんでいく。

 ああ、そうだ。なにも残らない。
 流れてく雨を受け止めて、塞ごうとした掌の皮ばっかりふやけて分厚くなっていく。

 盾の再構成?間に合わない。
 白い巨体が迫る。盾すら貫いた牙が迫る。

―うまれて、いきて、ここにいることが、わるい―

 だけどよお。
 
 ホール・マンは判断する。
 間に合わない、のなら。

―なにもかもが、わるい―

 受け止めた水で、掌が厚くなんなら、

―わたしも、あなたも、せかいも、なにもかも―

 ホール・マンの方へ、飛び散る破片を、そのまま――
 
 受け止めた水で掌が厚くなんなら、殴りやすくなるくらいだ。
 
「上等じゃねぇかッ!」

 ――そのまま、拳に纏わせ、手甲へ変える!

 ホール・マンは左手を伸ばす。ホワイト・ノイズの右牙をさばく、がりがりと腕を削るが無視だ無視!そのための装甲だ!そのまま長あいお鼻のキャノンは左腕の下にとおし、余った鼻の部分を肩に担ぐように腕を入れ――左牙を下から突き上げるように思い切り掴む!「お、おおおおおおおッ!!!」下から突き上げるようにがっぷりと組みつく。
 おうおうおうおう!象さんと力比べできる蓋はこの世界で俺様くらいだろうよ!いい運動だなおい!
 がちん、がちがちんがちん!耐えきれずにばらばらとホール・マンからパーツが崩れてはがれていく。
 だが、ほんの少しだけ、ホワイト・ノイズの左前脚を浮かせることに成功する!

「いいかァ、おい。俺様散々聞いたんだから、ぎゃあぎゃあひとり抜かしてねえで、てめえらもちょっとだけ聞けや」
 低い、低い低い声でホール・マンは囁き込む。

「“車両”通行止めなんだよ」
 右手は、すでに拳。
 振りかぶっている。
 ホワイト・ノイズは尚ももがくが、動けない!

「降りる気ねェんなら」

 狙うべき場所は、散々見た――ここまで散々叩いてきた。
 だってしょうがねえだろう。ピンポンなけりゃドアノックは基本中の基本だろうがよ。

「降りてもらおうか」

 ホール・マンは渾身の一撃を叩き込む。
 ホワイト・ノイズに刻まれたいくつもある丸い蓋、そのうち頭部側面にある、そいつに!
 
 ごぉん!
 派手な音とともに、ホワイト・ノイズの装甲のその部分に大きく罅が入る!

 ひび割れてくだけ、まず一枚、蓋が落ちる!
 中身とともに勢い良く溢れてきた液体は、意外なことに透明だった。
 はねた滴がホールマンに降りかかる。

 ああ、ほら、やっぱりだ。
 しょっぺえや。

 びちゃびちゃと排出液で頭側面を濡らす、ホワイト・ノイズ。
 滴がいくつもいくつもゆるやかな曲線をすべり、白象の顔の部分を撫で落ちていく。
 そいつはなんだか、泣いているように見えて。
 床に落ちた蓋のむこうの中身は古びたマヨネーズみたいにくずれていった。

 水まじりの全てのゆくさきを知るもの。
 世界の守護者。ただのマンホールの蓋。マン・ホール・マン。
 
 一枚の蓋は確かに、水まじりの業を真正面から受け止め、堰き止めたのだ!

大成功 🔵​🔵​🔵​

セプリオギナ・ユーラス
治療や延命だけが医療ではない。
癒やしたいのではない。
助けたいのでもない。

ただ、本当は──

・・・・
救いたいだけなのだ。

そのために、あまりにも多く
・・・
殺してきた

罪だと知って罪を重ねた。これからもそうする。
贖うつもりも、赦されるつもりもない。

これは過失ではなく。
俺は確かに殺意を持って殺すのだ。
それによって救えるかもしれないとき
それを行うまでのこと。

それが俺にとっての医者、俺にとっての医療。
ひいては救おうとする者の在り方なのだと思うから。
今までも、これからも。

吐露することのない想いと怒りを漆黒の霧に塗り込める。
武器を持て。覚悟ならとうに出来ている。

いつも通り

モハヤ救エヌモノ
 過去  を鏖殺するのだ。


レパイア・グラスボトル
死体だけなら壊してお終いだったのにな。
声が聞こえたら、診に行かないとな。
ガキ共と他のヤツラも逃げ終えたか?
なら、残ったヤツであそこの患者の問診だ。
危ないけど死ぬなよ。

【POW】
如何に仕込まれようが自身はRepair型フラスコチャイルド。
患者がいれば無視はできない。
とはいえ、所詮はレイダー(雑魚)。
略奪を終えた時点で勝利の期限は切れている。

突き上げられたら皆まとめて吹き飛ぶ。
破壊された地形は砕けて【砂塵】の如く舞う。
メタ:条件は揃った。アリスの元にジャバウォックがやってくる。

不本意だけどワタシをあの患者の所まで運べ。

材料の苦しみを無くす施療をする。
安楽死という形であっても。



●安楽死と鏖殺に関する或る考察

 ゆらいだ白の巨象。はじけとんだ蓋に、勢い良く流れ出た中身。
 あーあ。
 ひどく残念そうな、それでいて、投げやりな声をあげ

「死体だけなら壊してお終いだったのにな」
 レパイア・グラスボトル(勝利期限切れアリス・f25718)は立ち上がる。
 バカだよなあ。自分でもちょっと思う。
 どう考えても勝利期限切れだ。あそこにあるの以外はみいんな焼かれてどこにもない。
 他の医者だったら両手を上げて逃げ出すような案件だろう。
 しかもまだ元気に動いているとなると、そいつはひとつじゃないと見た。
 ワタシも大概悪趣味だが、骸の海も大概だ。
 如何にレイダーどもに如何に仕込まれようが――レパイアはその名の通りどうしようもなく“Repair型”、治療型フラスコチャイルドだ。
 だから

「声が聞こえたら、診に行かないとな」

 どうしようもなく無視できない。

 それはきっと、隣の男だってそうに違いなかった。
 レパイアは自分より先に立ち上がった男を見る。
「行くだろ、あそこの患者の問診?」「いや」答えは短い。「行かないのか?」

「俺は施術に行く。末期患者だ、詳しく診るまでもなくわかる」
 セプリオギナ・ユーラス(賽は投げられた・f25430)はどこまでも冷静に答えた。
 彼が手にもつそれの黒いカバーを剥ぐ。
 現れるのは狂信者のものとは比べものにならないほど大振りで鋭利な医療ノコギリだ。

「正気か?」レパイアは念のため聞いてみる。「正気だが?」セプリオギナはずかずかと入り口へ近づいていく。「ワタシに聞かれるのよっぽどだぞ?潰されちまうぞ」「そうか」
 セプリオギナは首だけ動かして肩越しにレパイアをねめつめる。
「それで?」
 レパイアは笑いながら息をついた。
 こいつはがんとして動かないタイプだ。
 タイプは違うがおんなじ、生きてるバカと見た。
 さっくり悟る。
「おい、ガキ共と他のヤツラも逃げ終えたか?」配下どもに問う。
「いえす!レパイア!」「たいひかんりょー!」「イーーーハーーー!!」
「OK、そのまま続けろ。危ないけど死ぬなよ」
 そう告げて、入り口から中へはいろうとしているセプリオギナに追いつく。
 剣呑な目で、彼が何をしようというのかは予想がついていた。
 しかし単身行くのはあんまりにも危険だ。
 だからレパイアは聞いてみる。巻き込んでみることにする。

「運命って信じるか?」
「は?」
 あまりにも場違いな問いだった。

 レパイアはにやにや笑う。「お伽話だよ。ピンチになると、来るっていう、運命」
「運命があったら医者はいらん」セプリオギナは刺すような一言を返した。
「ほんとにな、ワタシもそっちに大賛成だ。でもさ、なんつーか、たまにあるんだよなァ」
 心底くだらなさそうに、しかし面白がってレパイアは言い「あ」動きを止めた。「なんだ」
「ホント都合がいいな、いや、都合が悪いのか。そして悪い、ちょっと借りるぞ」セプリオギナの白衣を掴む。「アンタの方がでかくてがっしりしてるからな」「は?」
「前」
 ちょうど、ホワイト・ノイズのキャノンに光が集まっていた。
 狙いなら、ああ、こちらを向いている。
 拡散粒子砲、光の矢が入り口方面向かって放たれる!
 幸いなことにレパイアもセプリオギナもそれを食らわずに済む。
 続けて放たれる収束型光線は横凪に、入り口側の壁を破壊しする。
 攻撃は大振りだ、一度目が当たらなければ二度目が当たることもない。
 しかし、しかしだ。
 その余波はたまったものではない!
 あんなにも檻のように思われた建物の、天窓が割れてガラスが吹きとんできらきら舞う。
 ふたりは屈んで身動き取れずに――そこへ。
 ホワイトノイズが続けて角を振り、鼻を振りまわし、天井を、壁を破壊し、暴れ回る、その衝撃が襲いくる!
 酷いものだ。
 あらゆる鉄屑やガラクタが、大きな子供が玩具箱を投げたように飛び上がって宙へ躍り上がる。
 扉の外の、レパイアの家族(レイダー)どもまで何名か吹っ飛んでいる。
 そして、であれば、もちろん。

「よーしよしよし多分来る。あー不本意」
 レパイアとセプリオギナもだ。

 ふたり、派手に浮き上がって吹き飛び、叩きつけられる!

「何が、だ」セプリオギナのこめかみに青筋が浮かんでいた。
 運命だなんだこれで良いだのなんだの――まったく事情を知らないセプリオギナからすればこれ理不尽極まりない。一部の瓦礫など崩れて砂塵と化しており、煙たいことこの上ない。
 レパイアの方はといえば、無事セプリオギナを巻き込めたようだ、と感じていた。
 で、あれば、だ。
「喰らーう顎、引き裂きの爪」
 レパイアはのんびりと詩を口ずさみはじめる。
「らんらん眼(まなこ)をぎらぎら燃やす」
 こんな状態だというのにひどく子供っぽく、アポカリプスヘル式アリスは歌を歌う。
 舌打ちしながらセプリオギナは立ち上がる。「医者には説明の義務があったと思うが?」「いやあ、説明しづらいんだよな…」ホワイト・ノイズが再び脚をあげている。ストンプがやってくる。
 どうするべきか。正六面体代わって後ろの医者を逃すか。レパイアを振り返る。
「ところで今のコレ、きいたことないか?」レパイアはひどくさっぱりしていた。「ないが」苛々しながらもセプオギナは律儀に答える。「ないのか」
 レパイアの眼は、巨象を見ている――いや、巨象の前の、何かを見ている。
「じゃあ聴いて覚えろ、ガキにウケるぞ」
 ああ、やってきた、やってきた。

 レパイアはそいつを見てとる。
 なにかを見つめるレパイアの瞳が気になり、再び前を見たセプリオギナは瞬きをする。「…子供は当分遠慮したいな」まずは皮肉を返す。「患者を選べる立場かよ、ワタシらが」レパイアはけらけら笑う。「賽子を盗る相手もな」「悪かったって。キツく叱っとく」「なんだ、あれは」
「まあ、腐れ縁だよ」
 レパイアは詩の続きを口ずさむ。

「いーかりくるいて、ジャバウォック其処に来んー」
 砂塵に覆われた、運命。

 黙示の地獄においてアリスが勝利期限切れで在るなら。
 詩に死うたわれるジャバウォックは、ひっくりかえって全勝不敗に違いなく。 

 ホワイト・ノイズの足下に、砂塵を纏いながらもその脚を受け止めている者がいる。
 ジャバウォックをひっくり返したような、暴力的でありながら悪を駆逐していく運命の主だ。善の現れみたいなやつだ。珍しく予感はしてたけどマジで来た。なんで来るんだよ。なんでいるんだよ。…まさか運命にのっとって自らが召喚しているなんてレパイアは思いもしない。
 まあ、レパイアから言わせれば、あいつだって人殺しだけど。レパイアたちはいつもあいつに邪魔される。けれど今日ばかりは、自分の向こうを標的にしてくれるだろう。
 罪にまみれて、尚も罪にまみれようとする、ホワイト・ノイズを。

―罪だ/罪だ/罪の匂いだ/罰だ/罰を/とびっきりの罰だ/最悪の罰を/無慈悲なる罰だ―

Repair
「苦しみを無くす施療といこう」
 レパイアは宣言する。
「鎧はあいつがある程度やってくれる」先に立ち上がり行こうとするセプリオギナにそう言った。
「待っていろと?」「まあ、一理あるかなって」
「足止めの礼は言う」セプリオギナは淡々と告げた。「が」

「それは貴様の施療で、俺の施術とは違う」

 まったく笑わないモノトーンの医者が去っていく。
 極彩色アリスは笑った。

「…ワタシの目的ぐらい聴いていけよ」

 レパイアの金髪がさらさら揺れる。

「おんなじかもしれないだろ?」

 切れちまった蜘蛛の糸みたいに。

―赦しを―

 セプリオギナはそいつが足止めをしてくれている隙に巨象へと登る。
 振り落とされそうになるたび装甲のパーツの隙間に手を突っ込んで耐えながら鋸(メス)を入れるべき場所へ移動する
 巨体は硬質で、そして、不思議なことに暖かく感じられた。
 重低音が内側から響いてくる。
 えぐるべきパーツの特徴は先の戦闘、ホワイト・ノイズの負傷から察している。

―罪を濯げ、罰で拭え―

 嗚呼。声だ。
 どうしようもなく声だ。

―おまえがわるい―

 ああ。そうだ。
 善悪を問うのならまちがいなく俺が悪い。
 セプリオギナはあまりにも多く殺してきた。
 業罪を問うのならまちがいなく其はここにある。

 セプリオギナの罪を問えば誰もが想像するような“過失”ではない。

―おまえがわるい、おまえがわるいおまえがわるいおまえがわるい―

 自分の意識で、殺してきた。

 背の真ん中に其れを見つける。丸い蓋。
 他のパーツと異なり、ナンバーの刻まれている。
 種類は2種。種類ごとに管理されていた“業罪”の数字と、“人数”といったところか。
 しかし他と同じくネジやビスの類はない。
 まったく。こんなことなら機械に関する知識もつけておくべきだったか。

 どん!ホワイト・ノイズを大きく揺れる。
 振り落とされそうになるのを耐える。今日はよくしがみつく日だ!

―おまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだ―

 罪だと知って罪を重ねた。これからもそうする。
 贖うつもりも、赦されるつもりもない。

 蓋の淵に指を滑り込ませてみれば、わずかに素材が柔らかい。“密封”のための緩衝材といったところか。
 医療鋸を差し込む。いける。ならば。振りかぶる。
 
 治療や延命だけが医療ではない、とセプリオギナは思っている。

 癒やしたいのではない。そんな美しいことができるタマではない。
 助けたいのでもない。そんなやわらかい暖かさは持ち合わせていない。
 ただ。

 ただ、本当は──…

―ゆるさない、ゆるさない、さばかれろ、さばいてやる、あがなえ、あがなえ、あがなえ―

 ああ。
 セプリオギナはうなずく。
 彼ににあるのは黒い乾留液(ブラック・タール)を固めてつくった、六面体のような意思だけだ。

 べつにいい。裁きも贖いも償いも欲しくはない。
 罪でいい。
 そのかわり。 

  ・・・・
 ―救いたいだけなのだ。

 息をつめ、何度も鋸を打ち付けるように蓋の隙間へと打ち込む。何度も、何度も。
 とんだ重労働に額には汗が滲む。目に入って邪魔でしょうがない。
 それでも止めはしない。ただ、黙々と打ち込む。

 セプリオギナは、そのために、ただ、そのためだけに。
 多く。あまりにも多くを

 ・・・
 殺してきた。

 欲しいのは救いだ。たったそれだけだ。

 それにつながるというのなら殺人とて殺意をもって行おう。

 それがセプリオギナにとっての医者であり、セプリオギナにとっての医療だ。

 それこそが、救おうとする者の在り方なのだと思うから。
 今までも、これからも、きっと変わらない。

 謗られようと詰られようと罪であろうとなんだろうと。
 
 救えるのであれば、なんということは、ない。
 
―許しを、救いを、赦しを、救いをを、ををををををををを―

 吐露することのない思いが、あふれる怒りが、黒い霧となってセプリギナに満ちる。

 ああ、救いたい。
 救ってやりたいさ。

 一撃。
 蓋が、開く。
 セプリオギナは掴まっていた手を離し。
 鋸を両手で掲げ持つ。
              モハヤ救エヌモノ
 だからこそ、鏖殺してやろう。過去  よ。

 鋸を、蓋の中へと――思い切り突っ込み、掻き回す!

―救い、を―
 
 いくつかある知能のうちを今再び破壊され、ホワイト・ノイズは竿立ちとなり、めちゃくちゃに暴れ始める。
 両腕を上げていたセプリオギナは当然、振り落とされてしまう。
 このままでは叩きつけられてホワイト・ノイズのストンプに巻き込まれて、きっとぐちゃぐちゃになるだろう。
 まあ、無茶をしていればあり得る話だ。
 生か死か(デッド・オア・アライブ)。覚悟の代わりに無茶を許す。それはそういうコードだ。
 因果応報。因を結べば、応が報たろうというものだ。
 
 ひどく乾いていた。

 それよりも患者がまだいることのほうが、それが途中なのに投げ出されることのほうが、気がかりだった。

 さて、どうするか、正六面体に代わるか?
 間に合うか?

 セプリオギナは刹那、悩み

 ぶん投げられたレパイアがぶつかってきた。
 
「ごっ」さすがに予想していなかった。
「げっ」それはどうも、ぶつかってきた方も想像していなかったらしい。

 ふたり、本日二度目の吹き飛びをくらい―しかし、それによりホワイト・ノイズのスタンプに巻き込まれることを避けられたのだが―転がる。 
 
 げほ、とセプリオギナは肺から空気を吐いた。
「アンタなあ!ワタシは運べといったのであって、投げろと言ったんじゃないぞ!!」
 ぎゃあぎゃあとレパイアが助っ人に吠えている。
「まだ居たのか」埃を払い、鋸が無事であるのを確認しながらセプリオギナは立ち上がりつつレパイアに声をかける。「おういたぞ」
 レパイアはもはや汚れもそのままににぃと笑う。
「ワタシも大抵修繕・回復(リペア)バカでな、患者がいる限り逃げらないのさ」
「苦しみを無くす施療か」セプリオギナは低く言う。
 ああ。レパイアはうなずく。「あいつが鎧ひっぺがしてくれりゃできるから準備してたんだよ」

「安楽死させてやる準備をさ」

 ――。 
 セプリオギナは瞬きをした。

「それが、貴様の施療(リペア)か?」
 思わず問うてしまう。

 レパイアは尚も笑う。
 笑うしかない。
「まあ、今回のケースはな」
 ほんの少し、苦味を混ぜて。
   
 ふ。セプリオギナは笑った。
「そうか」
 ほんのかすか、皮肉っぽく。
 レパイアもまた、笑みを深める。
「そうさ」
 どうしようもない、バカのように。

―わたしはしっている、おまえの罪を知っている―

 投げられた賽を知る医者は鼻を鳴らす。「そうか」ただ、それで済ます。
 勝利期限のとっくに過ぎた医者アリスは笑う。「ワタシはそいつを悪い事とは認識しているが、罪とは思っていないよ」 

 セプリオギナは鋸を振り、埃と液体を払う。
「さて、施術続行だ、邪魔するなよ」
 レパイアは猛毒のアンプルを何滴かこぼし、威力を確認する。
「あァ、施療開始だ、さくさく片付けようか!」 

 相手がどう言おうが思おうが、医者のやることはいつだってひとつだ。
 そこに罪だ罰だの介入する隙はなく、いつだってそいつに全力を注ぐしかない。

 仕事はまだ、当分終わりそうになかった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ヴァシリッサ・フロレスク
なんでも大歓迎

ケッサクだね。
判っちゃいたが、サイテーの気分だ。
ここで終いにするよ。

先ずは接敵して牽制。攻撃を見切りながら、戦闘知識で出方を情報収集。リッターと共闘したいが、このままじゃ彼は砲の餌食だ。挑発しておびき寄せるにも限界がある。鼻の部位破壊を狙う。

Stay.
だからまだ、手ェ出すンじゃないよ?

かばうな、だって?
ノブレス・オブリージュ、だ。
王たるもンは一等に義務を負うのサ。

吶喊、反撃は怪力と激痛耐性で武器受けする。
隙を見てカウンター。鼻の付根を目掛け、捨て身の一撃でUCを見舞い、装甲を引き剥がす。

援護射撃要請。傷口を抉れ。

騎士道を魅せておくれよ?
Mein Ritter(ワタシの騎士サマ)?



●Stay Gold

―知っている、知っている、わたしはおまえの罪を知っている―

「ケッサクだね」
 言葉とは裏原に思い切りつまらなさそうにヴァシリッサ・フロレスク(浄火の血胤(自称)・f09894)は嘯いた。
「判っちゃいたが、サイテーの気分だ」
 口から血がいくつもいくつも溢れる。「ここで終いにしないとね」
 
 ヴァシリッサの前にいるのは罪を知る白象だ。
 かつてここにいたもの。罪を背負うたもの。抱えたもの。払い退けようとするもの。
 かつては拠点へ栄光を齎すためにつくられ、そして今は己たちだけの栄光を求めてあがくもの。

 最高に趣味が悪い。
 
 厄介な巨大兵器。
 気にするべきはその脚と角による突き上げだ。
 そして最も厄介なのはその鼻から繰り出される砲撃だ。
 あれは真っ先に破壊せねばならない。
 とはいえ当たれば必殺の二撃目が打ち込まれる。少年を守らなくてはならなかった。
 挑発しておびき寄せようにも限界がある。
 であれば、と思ったのだが。
「姉さん!」叫び声がする。「うるさいねェ」
 見事に鼻の物理攻撃を叩き込まれて吹き飛ばされ――今に至る。

 腹の底をひっくり返されたような気分だ。
 脊椎をやって動けなくなったりしていないのが幸いか!

 ホワイト・ノイズと眼が合う。
 埃まみれでもまばゆい白い巨体。

―おまえだ、おまえがわるい、おまえがわるい、おまえらがわるい―

 ちぃん!
 その横っ面をマシンガンが叩いた。
 ホワイト・ノイズがそちらを見る。「悪いのはお前だッ!」取り乱し叫んでいる少年を。
「ふざけんな、悪いのはおまえだ!おかしいのはお前だッ!」がちゃがちゃと砲台をいじっている。「この、このこのこのこの――」焦げ付いた唇から唾を飛ばしながら。

「この、化け物ッ!」
 嗚呼。炎の匂いがする。懐かしい、焦げ臭さ。

「ぶっ殺してやる、ぶっ殺してやる、ぶっ殺してやる!」
 怒りに囚われて憎悪に焼かれて、とまれない匂いがする。

 ああ、だめだって、リッター。そいつはだめだ。
 わかってる筈だよ。
 アンタはそうやって水に毒を混ぜたんだろう。

―わたしは/ぼくは/おれは―

「俺はッ」
 気づいているかい?
 今、あいつらとおんなじことを叫ぼうとしてる。

 ヴァシリッサはいい。後悔なんかなかったから。
 でも、アンタはそうやって、己を許せなくなったんだろう?

「Stay!」
 遮って、叫んだ。

 ヴァシリッサは立ち上がり、口に溢れた血を吐き出す。「まだ、手ェ出すンじゃない!」
 どん!地面に杭を叩きつける勢いで振り落とす。
 轟音に、ホワイト・ノイズが再びヴァシリッサを認識する。
「いいコだ。アタシが相手だ」
 血塗れになりながらも囁く。
「いやだ!」リッターの叫びはもはや悲鳴だった。「庇わなくてもいいよ!」なにもかもをかなぐり捨てた叫びだった。やめて、やめて。弟の声が被って聞こえてくる。あれはどうしてやめてって言ってたんだっけ。「やめて、危ないって、そんなの!」あのぶっきらぼうさはどこへやら。可愛いもんだ。年相応の口調で、絶叫だ。「いやだ、おれがやる!今撃つから!」やめて、やめて。そうだ、あれは、ヴァシリッサが暴行をうけに牢から引き摺り出される時の悲鳴だ。「やめて、そこにいて!」やめて、つれていかないで、おねえちゃん、おねえちゃん。

「逃げてよ――姉さん!」

 おねえちゃん、にげて。

 笑う。
 笑ってしまう。
 あんなに必死に、彼はヴァシリッサを心配している。
 姉さん、だって。
 今まで散々聞いていた呼び名なのに、こんなに甘いのはなぜだろう。
「逃げるかよ」こぼす。もう二度と逃げるか。

 少年にボーナス・ゲームを宛てたつもりが、こいつは自分のゲームでもあったのかもしれない。
 代わりじゃない。弟はもっと可愛かったし小さかったし声だって高かった。
 でも。
 でも、だ。 

「ノブレス・オブリージュ、だ」
 颯爽と言い放つ。

 でも、そういうことだってあるだろう。
 あっていいだろう。

「女王(basilisa)たるもンは一等に義務を負うのサ」

 ディーラーもプレイヤーも、ガワが違うだけでおんなじテーブル(戦場)についているのだから。
 
「騎士道を魅せておくれよ、Mein Ritter(ワタシの騎士サマ)?」

 返事は、聞かない―飛び込め!「姉さんッ!」

「らァあああああああああああああああああッ!!」
 吶喊。獣の咆哮をあげてつっこむ。
 鼻がうねり、ヴァシリッサを再び打ち崩そうと薙いでくる。巨大な一撃は側で見れば剛速かつ超重量を誇る。両手が床につくほど身をかがめ、スヴァローグで受け流す。掠っただけでもボディ・プレスでもきたかのような衝撃――竜でも相手にしているようだ!
 ごきっ、なにかの骨が砕けるいやな音がする。口から派手に血が溢れる。
「ヴァシリッサ!!」
 それが、どうした!「騎士ならギャアギャア喚くな、新兵ッ!」前進する。

 かっ、と、キャノンが光る。
 再び光が降り注ぐ。幾条もの光が駆ける、駆ける、駆ける――。
 絶対の攻撃は、絶好の機会でもある。強大な一撃には大きな隙が在る。
 ヴァシリッサは一足飛びに跳躍し、砲撃で動かない鼻の上に飛び乗り、駆ける。
 躱せ躱せ躱せ!当たれば吹き飛んで次の砲撃をモロに食うぞ!
 走りながらヴァシリッサは射突杭にありったけ血を注ぎ込む。
 ホワイト・ノイズを、その眼を、真正面に、受ける。

―おまえが、わるい―
 
 あァ、そうだ。
 アタシがわるいんだろう。

―わたしは、わるく、ない―
 
 いいや。

 アンタも悪いんだ。
 止まらなかった。止まれなかった。
 
 そうだろう?

 地獄へ、連れて行ってやろう。

 鎗の、くちづけを贈る。

 射突杭はキャノンの根本深くに差し込まれ、その血を巨象へ流し込む――爆発する!
 装甲が引き剥がされる。
 放たれる筈だった次の一撃が、とまる。
 つづけて――過剰なほどの血を得て、スヴァローグが真っ赤に燃え上がる。魔女狩りの道具みたいに。

 聖女を焼いた火みたいに。

 そいつがヴァシリッサとホワイト・ノイズを繋ぎ、身動きをそのまま、止めさせる!

「今だッ!!」
 ヴァシリッサは吠える。
 
「砲撃――放てッ!傷口を、抉れえええええええ!」

 そこから先は、スロー・モーションのようだった。
 少年が悲鳴をあげながら、それでも撃つ。剥き出しになった配線をいくつも打ち抜き、爆発が起きる。巨象は悲鳴をあげながら鼻を振り回す。
 勢いは恐ろしく、スヴァローグもろともヴァシリッサは高く吹き飛ぶ。
 戦闘で打ち崩されてぼろぼろの柱が、針みたいに突き出している。うーん、たしかに吸血鬼は心臓に杭だもんねえ。でもアタシ、ダンピールだから、ちょっと違うんだけどなあ、なーんて

 額を打った。
 角だった。

「痛ったァ…」ヴァシリッサはうめく。「嘘、どこが!?」リッターの声がする。どこからだろう?角が痛くて目を閉じてしまったのでわからない。「おデコ…」にゅう、と横から――横から?
「なんだ」まぶたをあける。
「赤くなってる程度だ」
 涙目のリッターがいる。
 音が、返ってくる。
 ヴァシリッサがふりかえれば向こうには、今先ほど間近に見た破損が見えた。
 吹っ飛ばされて、それで、すんでのところでこちらに引き込まれた――ということらしい。
「リッター」まじまじと見つめる。スヴァローグも無事だ。「力持ちだ」ねえ、と言いかけたところでチョップされた。「イタッ」思わず目を瞑る「ばかっ!姉さんのバカッ大馬鹿ッ!」「いたっ」連続チョップがくる「口ッ!血塗れッ!」「いたい、いたいって、そこ打ったばっかりなんだよ?」「大丈夫なの!?」「心配するか怒るかどっちかにしておくれよォ」「だって」「言い訳無、」
 どん、と再び大きく揺れた。
「本当に、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。それにしてもほんッと上手くやったねえ」
 ヴァシリッサはリッターの頭へ手を伸ばす。
「おかげ様で無傷だ。よくやっ」

 払われた。
 ヴァシリッサは両手を上げた。

「なンだい?ガキ扱いでお気に召さない?」
 ちょっとだけ、さみしい。

 リッターは心底むくれた顔をして

 ヴァシリッサに体当たりのように抱きついてきた。

「わぷ」予想だにしなかったので思わずよろめいて、背中を軽く打ち付けてしまう。いたい。
「無傷じゃないじゃん」「こら、離しな、奴さんまだ暴れてンよ」
 あれでは落とし切れたとは言えない。また向かう必要があった。引き離そうと脇をつかんで

「無事でよかった」
 リッターの声が激しくふるえて、濁っていた。
 ……。
 引き剥がそうとした手を下ろす。
「ハッハ」ヴァシリッサは明るく笑う。
 笑って首を傾げ、リッターの頭に頭を寄せてやる。ぼさぼさの毛が頬にささってくすぐったい。
 濡れる首筋は気にしないでいてやろう。
 エミルは、どうだったかなあ、なんて。

「こんなんでアタシは死なないよォ」

 そして、ヴァシリッサは手を伸ばす。
 こんどこそ、わしわしとリッターの頭と背を撫でてやる。
 ちいさな、勇敢な騎士を称える。

「大変よくできました」

 ヴァシリッサのその顔は、いつかの姉のようだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

風見・ケイ
頭痛に吐気。霞んだ記憶。
使いすぎるとこうなる。二日酔いに似てるんだ。
だけどなぜか今日は
いつものバーで昨日の負けを取り返した時みたいな
そんな気分だ。

リーリエ。
放っておけなかったってことは覚えてる。
罪なんて関係ない。俺がそうしたかっただけだ。
その罪をどうするか。靴の代わりに星でも眺めながら考えてみたらいい。

さて。記憶が曖昧なせいで暴れ足りないくらいだからちょうどいい。
俺は神でも正義でもない。罰も赦しも救いもくれてやれない。
だが、終わらせてやるさ。

【斯くして日は沈む】

一目で狙撃銃とわかるフォルム……コイツも荷電粒子砲みたいだな。
たまには空気読んでくれるじゃん。
狙いは鼻先の砲門。ドローンとおんなじだ。



●紫滲む朝焼けの赤、彗星は明るく

 流れ星が、瞬いている。
 一本ではない。いくつもいくつも、はっきりと流れていく。随分な大判振る舞いだ。
 どどん、どど、ん…潮騒が響いている。
 煙草が吸いたくなった。どこに入れたっけ。ズボンのポケット、ない。ジャケット、ない。
 じゃあ胸ポケットか。
 手をあげる。
 手を上げたところで――その手を誰かに、掴まれた。

 風見・螢(星屑の夢・f14457)は瞬きをした。
 あ、海じゃない。まず思った。
 見えたのは倉庫の天井と、こちらを覗き込む少女だ。
 しかも少女は鼻の頭から頬、耳から目まで真っ赤にして、ああおい、鼻水出てるぞ。
「る、るるるるるる」
 なんだそのどもりは、ここは北海道でなきゃ狐もいないんだぞ。
 不思議な気持ちで彼女を見つめ、それから起き上がる。

 ええと、ここはどこで――何が、起きているんだっけ?

 激しい頭痛がする。頭が重い。吐き気もする。記憶には霞がかかり、濁っている。
 どちらかといえば二日酔いに近い。
 螢は自分からわずかに焦げ臭さを感じとって、悟る――そうか、プラズマ・ダイブ。
 使い過ぎだ。数分前の自分は随分無茶をしたらしい。長くは使えない。使わないはずの力なのに。一体何がそうさせたのやら。

 
 周囲を確認する。
 破壊が吹き荒れる倉庫。その中心、暴れ狂う白き巨象。
 流れ星だと思ったのは奴の拡散粒子砲で、潮騒だと思ったのは奴の歩行音、というところか。物騒なところだ。
 ああ、状況がのめてきた。ひとまずホワイト・ノイズの牙がこちらを向くことはなさそうだ。
 戦っている猟兵がいる。見知った顔。
 偶然か計算かわからないが、二人は倉庫の壁際にいる。
 螢はあたりを見回して、おそらく、計算だったと結論づける。だって、すぐそこに梯子がある。
 梯子の先は――…

「よ、よ、よ、よ、よよ」…いつのまにか彼女のどもりの音が変わっている。嫌な予感がした。予感というか確信だった。「待っ」ちょっと勘弁してほしい、今それだけは勘弁してほしい。どう見たってこれは大声で泣き出す泣き出すカウント・ダ――
「よがったあああああああああああああああああ」
 ――間に合わなかった。
 螢は思わず肩を落として額に手を当てる。大声が頭にガンガン響く。判断を誤った。周囲の確認より彼女の確認を優先すべきだった。
 ため息をつく。苦笑しながらも。
 炎の跡、焼けた薪、記憶の残骸を探ってみるが、やっぱり、転がっているのは炭ばかりだ。
 何を思い、何を言い、何を聞いたのか――依然はっきりとは思い出せない。
 はっきりとは思い出せない、けれど。
 ああ、これか、と螢は思った。炎身はこのために駆けたのか。
 手を伸ばす。

「リーリエ」
 彼女の頭に軽く手を置く。

 思い出せないけれど、
 放っておけなかったってことは覚えている。
 
 理由がわからないのに唇が笑んでしまう。
 泣き声が煩くて喧しいのに悪い気がしない。

「罪なんて関係ない」
 理由がわからないのに言葉はすらすら出てきて

「俺がそうしたかっただけだ」
 ひどく、晴れやかな気分だった。

 いつものバーで昨日の負けを取り返した時みたいな。
 朝焼けの赤すら誇らしい。
 そんな気分。

 べちゃべちゃでぐちゃぐちゃの泣き顔。
 コツンと額をぶつけた。
「じゃあな」告げて。
 立ち上がる。「じゃあ、って」リーリエは座り込んだまま呆気にとられていた。
 螢は顎をしゃくって出口を示す。
「ここからなら一人でいけるだろ?」
 扉はとっくに突破されており、出口の向こうに退避し治療を受けて状況を見守っている人たちも見える。「俺たちは“もう”子供じゃないんだ」何かの残滓が口を滑らす。すぐ傍らの梯子に手をかける。
「で、でも」リーリエが立ち上がる。「一緒、に」
 だだだだ!と空気を裂くような音がする。マシンガン。金属を激しく打ちつける音。誰かが今戦っている猟兵の援護を放ったのだ。そこまで追い詰められているようだ。急がねば。
「一緒にはいけない」
 螢は猟兵の顔で答え、梯子を登る。
 夢はもう終わったのだ。誰かを互いに重ねる、夢は。「慌てて走ってまた転ぶなよ」「転びません!」「その意気だ」そのまま梯子を上り切る。

 あるのは高台だ。外敵排除のための機関銃。席に、つこうとして
 …意図して見ないようにしていたのに、高台に上がれば嫌でも見える。
 立ち上がったままのリーリエ。
 項垂れ下げた首は、雨にずぶ濡れて水の重さに蕾を下げた百合みたいだけだ。
 全く。
 最後まで、手のかかる。

「行け!」
 叫ぶ。
 背を押す。
 リーリエが顔を上げる。
 目があう。たっぷり涙をたたえた瞳。あんなに泣いたのに、まだ泣くのか?

 行け、行ってくれ――行って、いいんだ。
 そうすればきっと。

「その罪をどうするか。靴の代わりに星でも眺めながら考えてみたらいい!」
 
 そうすれば、きっと。
 きっといつか、その日が来る。
 
「星はいいぞ!」

 なんだか、慧みたいなことを言っているな。と思う。胸のどこかがくすぐったい。
 大声で叫ぶのなんかいつぶりだろう。らしくない。
 でも、悪くはない。

 行って、歩いて歩いて歩いて――それこそ、忘れた頃にでも、来るかもしれない。

「特に彗星なんか、すごく綺麗なんだ」

 昨日の負けを、取り返せる日が。
 敗北と屈辱と苦痛に塗れた苦悩の日々を、鮮やかに焼いてくれる、夕焼けが。

 訪れて、ほしい。

 リーリエが走り出すのを見届けて、見届けるだけで、見送りはしない。
 
 さて。
 螢は席につく。機関銃が使えるかどうかの確認はしない。そも相手はあのデカブツだ。機関銃では協力する相手でもいなきゃ有効打にはならないだろう。
 大事なのはしっかりした台があるということと位置だが――真正面!
 文句のつけようのない好条件だ。「よくやった」これは自分だろうが褒めてもいいはずだ。
 記憶が曖昧なせいで暴れ足りないくらいだ。ちょうどいい。
 聞き手を顔のまで掲げる。
 コード、発動。

 せっかく負けを取り返したのだから、徹底的に勝たせてもらおう。

 螢の手に武器が現れる。
 
『斯くして日は沈む』
 さあ、この日を終わりにしよう。

 どんなに最悪の日だって終わりは来る。
 どんなに最低の日だって朝に始まって夕焼けに焼かれて――柔らかく夜に包まれて夢を見る終わりが必要だ。

 現れるは悪を討つ銀の弾丸。
 対峙する敵にぴったりの武器。

 …ただひとつ、文句があるとすれば。

 光が像を結ぶ。一目で狙撃銃とわかるフォルム。
 マガジンがあるべきところには見慣れぬ小さなタンクと、タービンが付いている。
「コイツも荷電粒子砲、みたいだな」 
 それはいい。やりたい狙いにぴったりだ。「たまには空気読んでくれるじゃん」鼻歌でも歌いたい気分になって――すぐに額に皺を寄せる。
 白の対を意識したのだろうか?砲身は煌めく夜色。銃口に向かって、紫の流れ星が刻まれている。
 掘り込みの向こうにはLEDでも仕込んであるのか、薄く光っている。
 狙撃銃が光ってどうするんだよ。小さく笑う。いつにも増してないか?

 ただひとつ、文句があるとすれば、 
 銃のデザインがいつだって、カートゥーン・アニメに出てきそうな、おもちゃの様相であること。
 
 だが、今日はそれすら、愉快だ。
 一体誰が決めているのやら――まあ、気にしなそうな相手だからいいけどさ。
 
―わたしがわるい、わたしがわるい、わるいわるいわるいわるいわるい―

「俺は神でも正義でもない」
 銃床を肩に当てスコープを覗き込む。
 砲台を利用して、固定。
 狙うのはひとつ。ドローンと同じ要領だ。

―償い贖え償い贖え償い贖え償い贖って贖って贖って赦しを赦しを赦しを―

「罰も赦しも救いもくれてやれない」
 それができたら、何よりだろうけれど。
 息はひそめ、気配を殺せ。
 いつもの通りに――感覚を研ぎ澄まし、狙う。

「だが、終わらせてやるさ」
 静かな激情家は目を細める。
 砲門が掲げられた。いいぞ、だが、まだだ、もう少し。
 …狙う螢の胸に、一つの虚像が去来する。

―暗がりに、小さな、百合の花がよこたわっている。
 いったいどこからきたのだろう。他に百合はなく、花も見当たらない。踏まれ、汚れ、泥にまみれて、それが花であったことを語るのはほんのちょっぴり残った白だけだ。
 きっと、元々知っていた奴以外の誰にもわからない。―

 ホワイト・ノイズから拡散荷電粒子砲が放たれる。
 今だ。

 引鉄を引く。
 次の砲撃目掛けてチャージを始めた為にに動かなくなったそこに向けて。

 シルバー・バレットが放たれる。

―横たわる花だったものに、どこからともなく蛍がやってきて、花弁の白い部分に止まる。 
 蛍はいったいどこからきたのだろう?
 朽ちた花が横たわっているのは焼け跡で、蛍が好む水辺じゃないのに。
 ぽつ、ぽつ、と残った蛍が花びらの上でひかる。
 偲ぶみたいに。弔うみたいに。
 蛍のあかりでいちど、にど、白が際立つ。―

 螢の放った屑星がまっすぐ飛んでゆく。

―やがて蛍は白から離れて飛んでいく。上へ、上へ。
 飛行はどこかひょろひょろしている。蛍もここまで来るのにいろいろとあったのかもしれない。
 いちど、にど――花弁の上で見せたあかりよりも弱々しく、しかし、たしかに光りながら、上へ飛んでいく。―

 長く長く尾をひいて、彗星みたいに。

―蛍の光は、わずか夕焼け残り赤い空にまたたく小さな星のようだ―

「こいつが餞だ」
 呟く。

 一体、誰にだろう。

 ホワイト・ノイズに?
 リーリエに?
 リリィに?
 それとも

 “ルシオラ”?

 ぼ、と音を立てて砲門が異様な形に膨らむ。
 先に動いた猟兵によって根付の装甲が剥がされていることが幸いした。
 溜められたエネルギーに刺激を与えられたのだ。そうもなる。

「さようなら」

 砲門がばらばらに弾け飛ぶ。
 星でも生まれたかのような騒ぎだった。

成功 🔵​🔵​🔴​

七那原・望
矛盾した気持ちに支配された化物。憐れですね。ある意味わたしの写し身なのですか。

地形破壊を無視できるように背中の翼で【空中戦】を。

【第六感】と【野生の勘】で敵の攻撃を【見切り】、躱します。

アマービレで呼んだねこさん達をプレストに乗せて地形破壊の範囲外に逃がしつつ【全力魔法】の【多重詠唱】【一斉発射】をお願いします。

【Laminas pro vobis】で自分の攻撃能力を強化。ねこさんに合わせて【全力魔法】を叩き込み、敵を破壊します。

わたしは誰よりも自分の背負う罪の重さを知っている。憎悪だけで彼らのような敵を殺している事をちゃんとわかってます。

わたしは自分の罪から逃げるつもりはありません。


ルルチェリア・グレイブキーパー
※アドリブ歓迎

こんなものを作らされていたのね……
怒りを通り越して呆れてしまうわ

物理的に罪を濯ぐのは遠慮しておくわ
それに私の罪は私自身で決着を付けたいの

UC【お子様幽霊たちの海賊団】で空飛ぶ海賊船を召喚
ガンガン撃ちまくりなさい!敵に強化させる暇を与えないで!

私の罪は、親友を裏切った事
親友の信頼を一時の感情で全て無駄にした事
この罪が有る限り私は、親友と元の関係には戻れないかもしれない
それでも私は、この罪を無かった事にはしたくない

私は弱い、どうしようもなくなったら、簡単に罪を犯すと思う
でも私は自分がした事に責任を持ちたい
怖くて、辛くて、悲しくても
自分がやった事、自分の罪から逃げる真似だけはしたくない



●望む光はパイプオルガンのように

―あがなえ、つぐなえ、あがなえ、あがなえ、つぐなえ、つぐなえ―

 ルルチェリア・グレイブキーパーは(墓守のルル・f09202)嘆息する。
「こんなものを作らされていたのね」
 そりゃあ全貌が見えないわけだ。「怒りを通り越して呆れてしまうわ」
 生きる棺桶。ルルチェリアはそれをそう評することにする。
「移動式墓地なんて新しいこと」皮肉ってやる。「それってお墓参りしたい人はどうすればいいのかしら?」

―わたしはわるくない・わたしがわるい・わたしはわるくない・わたしがわるい―

「矛盾した気持ちに支配された化物」
 その隣で七那原・望(封印されし果実・f04836)はホワイト・ノイズのことをそう評価する。「憐れですね」呟きはしかし、ひどく乾いている。
「あれが、ある意味わたしの写し身なのですか」
「そんなことないわよ」ルルチェリアは力強く言ってやる。
「そうなのです?」望はこてんと首を傾げる。
「ええ。絶対そんなことない」力強く言い切る。

―あがなえ・あがなわせて・あがなわせないで―

「残念だけど、そうだったでしょ?」望を見る。

―つぐなえ・つぐなわせて・つぐなわせないで―

「みんな一人一人、事情があって、理由があって――おんなじかもしれないけど、おんなじなんかじゃなかったじゃない」

 ルルチェリアたちの周りにゆっくりと幽霊たちが現れ始めていた。
 ぐるぐると渦を巻いて、組み合わさって。

「聞いてあげることはできても」

 まず現れたのは舳先だった。
 かわいらしい女神の微笑み。旗を掲げたマストが現れる。

「誰かひとりでも救うなんてできなかった」
 できたのは、せいぜい胸を貸してやるぐらいだった。

 そしてルルチェリアと望の足元に甲板が現れ、彼女たちはゆっくりと浮かび上がっていく。
 
「…そうですね」

 風の夜。祈りの手。
 望はうなずく。 

 意地を張るようなものなのかもしれない。罪を背負うということは。
 これが、罪だと――ひとつの現象を、捉えて。

「というわけで」ルルチェリアは正面のそいつに言ってやる。「あなたの言い分に則って、物理的に罪を濯ぐのは遠慮しておくわ」
 行うべきは丁寧なお断り。それが淑女(れでぃ)ってもんだ。
 
「私、自分の罪は私自身で決着を付けたいの」

 まるで冥府の海からやってきたがごとく、幽霊によって作られたがゆえに透けて美しい海賊船――文字通りの“幽霊船”がのぼる。

「時間は私が稼ぐわ」ルルチェリアは望に告げる。「お願いね」
 望は微笑む。
「任せておいてください、なのです」
「いくわよ」ルルチェリアはランタンを強くにぎりしめ。
「ええ」望は林檎を頂く杖を今ひとたび握りしめる。「行きましょう」

「面舵いっぱい――目標、真っ正面よ!」
 船はルルチェリアの指示通り巨象を真っ正面に捉える。
 がらがらがら!と派手な音を立てて船の大砲が真っ正面へ向けられる。「そっちが何人もいてひとりなら、こっちだって何人もいて一個をぶつけて引っ掻き回してやるんだから」負けず嫌いルルはそう言って左手も掲げる。

「――撃てッ!!!」
 “えい”“えい”“おーーーーーーーー!!!”
 いくつもいくつも子供幽霊が応え、砲撃がホワイト・ノイズに叩き込まれる――…!
 


「ガンガン撃ちまくりなさい!」
 ルルは大声で指示を与えながら自らは舵を握って船を操作する。
 着かず離れず――そして、退かずの位置で飛び回り、ひたすら砲撃を放つ。
 所詮幽霊船だ。威力としては派手なものではない。
 だが、それでいい、それがいい。
 うるさく飛び回る海賊船からの衝撃と存在は、ホワイト・ノイズにとっては間違いなく邪魔だ。
 牽制としてはこの上ない効果を放っている。
 おまけに浮かんでいれば、ホワイトノイズの脚によるストンプは届かない!
“ぜんりょくだー”“おおばんぶるまいだー”“いえーいごーごー!”
 ルルが言うまでもなく、子供幽霊たちは楽しげにぽよぽよ跳ねる。

 ホワイト・ノイズの鎧が開かれる。
 燦々と輝く青い光が、今まで電粒子砲によって破壊されたことで漂うナノ粒子・ペーストを吸収し、新たな殻を形成しようとする。

「来たわよッ」
 ルルはもちろんこれを見逃さない。
「集中砲火ッ、放てーーーーーーッ!!!」
 開いた鎧の中めがけて再び砲撃を浴びせる。
「敵に強化させる暇を与えないで!」なにより面倒なのはあの内臓兵器だ。
 強化はもとより、せっかく剥いだ鎧が再形成されては今までの戦闘が水の泡になってしまう。
 砲撃を受けて鎧は吸収する間もなく乱暴に閉じられる。
 はん!ルルチェリアは思いっきり笑ってやる。
「ざんねんでしたーっだ!」いーっと歯をむいて舌を出してやる。
「ロイヤル・ルルチェリア号は強いんだから!」
 渾身の自慢をぶつけてやる。
 “ろいやる・るるちぇりあ号はないよねー”“ないねー”「ちょっとそこ!?」ルルの叫びに思わず手を止めた幽霊たちのお喋りに釘を――

「左、来ます!」望の叫び声が響いた。
「おっと!」ルルは思い切り舵を切る。

 浮いている幽霊船ストンプは効かない。
 しかし、牙による風圧まとった突き上げは、そうはいかない。下手をすると貫かれて、ふきとんでしまう可能性がある。

 よって一番高いマストの上でコードを発動させんとしている望の第六感の出番だ。
 くわえて、機掌・プレスト。
 変形する機掌がいざというときの盾となっていた。

 ルルチェリアの操縦による急旋回。
 大きく船体を切り、舳先をホワイト・ノイズの牙がかすめていく。
 かすめただけだ。
 どうん!――それでも海賊船が大きく揺れる!

 幽霊たちが大きく弾かれて、揺れる。右から左へ、ころころと幽霊が転がってしまう。「きゃあっ!」ルルチェリアもそれは例外ではなく、すっころび――ああ船の縁にぶつかってしま、にゃあ。
「にゃあ?」
 もふもふの猫に受け止められた。「ネコッ!」ちょっとなんとなく体がびっくりしてしまう。生き物がのることなんかないので、つい、だ。「ご、ごめんなさい、ありがとう」とりあえず礼を言う、淑女の基本だ。にゃあー。猫は丁寧にお礼を返してくれる。
「ああ、でもそっか、猫さんね」
 ルルチェリアは手を伸ばして撫でる。生き物のぬくもり。「と、言うことは、よ」
 顔をあげる。
 海賊船、一番高いマストのその上に浮いている、望を見つめる。
「そろそろってことかしら?」
 返事はない。しかし、ルルチェリアは急いで舵のもとへと戻る。
 
 そのとおりだった。

 望のタクトによって呼ばれた猫たちがごまんと海賊船の上にあふれていた。
 にゃあ、にゃあ、にゃあ。猫が再び大合唱する。つられてか一部のお子様幽霊も合唱している。
 にゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃあ。

「わたしは、望む――」

 望は翼を広げて浮かぶ。
 
 Laminas pro vobis。
 望のもとで、赤い結晶が、強く強く、輝いている。

―知っている、知っている、知っている―

 巨象が吠えている。
 
「ええ」
 望は応える。
 応えながら、望む。

―分かっている、分かっている、分かっている―

「ええ、わたしは、分かっています」
 
 あの審問官に突きつけ損ねた答えと、合わせて告げる。

 そして、ただただ、望む。
 
「わたしは分かっている」告解と言うにはあまりにも小さい呟きだった。

「誰よりも自分の背負う罪の重さを知っている」懺悔というにはあまりにも静かな言葉だった。

「憎悪だけで彼らのような敵を殺している事を」告白というにはあまりにも真摯な言葉だった。

 なまぐさい、血の匂いを脈々と想いながら

 己の罪も、傲慢さも、かくされた狂気も、一度こわれた心のことを。
 すべてをぐるりと思って、尚。
 
「ちゃんとわかってます」
 許しも償いも贖いも誰かに望まぬ、声だった。
 
 外見にそぐわぬ、冷静な声。
 普段の甘く柔らかな様子からは想像もつかない。

 それでいい――それがいい。

 この罪を、この胸のうちを、語る日は来るのだろうか?

「わたしは自分の罪から逃げるつもりはありません」
 それが、必要な気も、あまりしないのだけれど。

 そのかわり。
 そのかわり、こんどこそ、大切なひとのそばにずっといる。
 ずっといて、あのひとを、あのひとたちを、幸せにする。
 
 思うだけで、こんなにも胸のあたたかくなる、あの人を。あの人たちを。


 決意を新たにする。
 
 それだけは誰かの手を借りてはいけない。
 それだけは誰かに頼ってはいけない。
 
 それが、望の贖罪だからだ。
 
 だから望まない。
 
 ここで、望むのは、ただ――
 


 術式が展開していく。
 光が描かれていく。

「私の罪はね」
 舵を撫でた。

「親友を裏切った事」
 そして握りながら、あっけらかんと言う。

 巨象の向こう。
 罪を知る者に向かって。罪を分かってくれるかもしれない者に向かって。
 そして、ルルチェリアの脳裏に浮かぶ、ポニーテールのあの子に向かっても。

 ごめんね。彼女にはこころの中で一言いう。別れ際に言えばよかった。嘘をついたんだと。
 これは罪だろうか?

「親友の信頼を一時の感情で全て無駄にした事」 

 この声を聞いてくれているだろうか。
 聞こえないだろうけれど。

「この罪が有る限り私は、親友と元の関係には戻れないかもしれない」

 みゃあみゃあ猫が鳴いて呪文を唱える声。尚も続く牽制砲撃の雨。

 大騒ぎなのに、すべてがひどく遠い。
 なにも音がないよう(ホワイト・ノイズ)にさえ思われる。
 静かだ。

「それでも私は、この罪を無かった事にはしたくない」
 ルルチェリアは、ささやく。
 
 望の組み上げた光のタペストリーが、教会のステンド・グラスみたいだ。
 それでこんなに、穏やかな、厳かな気持ちなのかもしれない。
 ステンド・グラス。
 神様を思うために作られた芸術。
 人はみんなそれを見て神様を想い、魂の平安を願い、祈る。
 望むのだ。

―わたしがわるい、おまえがわるい、わたしのせいだ、おまえのせいだ―
 
「ええ。そう」ルルチェリアはうなずく。「私は弱いわ」
 ただ、自分と向き合っている。
「どうしようもなくなったら、簡単に罪を犯すと思うの」
 普段は様々なものが邪魔していえない言葉が、すらすらと出てきた。

「でも、でもね」

 しっかりと舵を握る、支える。
 
「私は自分がした事に責任を持ちたい」

 これから来るのは望の全力の一撃だ。反動も恐ろしいことだろう。
 支えなくてはならなかった。

 光が収束する。

 このまま死んだら、どうなるんだろう?ふわっと疑問がやってくる。
 もちろんそんなつもりはないけれど、思うことは自由だ。
 それはそれですっきりするのかもしれない。
 お子様幽霊たちはみんな気ままで気軽で素直でかわいい。素直になれるかもしれない。
 幽体になってふわふわ行ったら、友達はわあわあ泣いて、許してくれるかもしれない。

「怖くて、辛くて、悲しくても」

 でも、それは逃げだ。

「自分がやった事、自分の罪から逃げる真似だけはしたくない」

 ゆえに、望む。
 逃げないために、望む。
 
「わたしは」「私は」
 ふたつの声が、看板とマストの上で、人知れずハミングを奏でる。

「「望む」」

 望むのは、ただ――

「倒れなさい、清き雑音」
「休むといいわ、ホワイト・ノイズ」

 亡き子供たちの船に支えられ。
 
 全力魔法の多重演奏。

 教会で鳴らされる、パイプオルガンの音色のような光が、放たれる。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

幽遠・那桜
「存在感」をあえて「消す」。今、それが出来る条件がきっと揃ってるはずなのです。

それにしても、怖いことを言う、象さんなのです。

……だから、今は"墨染"になるしかないね。この場に合わない? そうだよね、見た目だけだと。
罪と罰か。
一体私の罪は何だろうね? 一体私の罰は何かな?
でもさ、きっと、気付かないうちにいっぱい罪を犯している。生きてる人達に言えるんじゃないかな。
まぁ、だからって私も死にたくないよ。

あなたに罪や罰を決められたいほど、まだ、"壊れて"なんかない。
怖くない。怖くないよ。機械みたいな過去(あなた)は怖くない。
無機物の多い、この領域であなたは耐えられるのかな?
……ここから、消えてなくなれ!



●無垢な桜はいかにして墨に染まったのか?

「ほ、わ」
 小さな足がその地を踏んだ。
 広がる光景を一言で言うなら、ありふれたものになってしまう――『えぐい』。
 柔らかな桃色の髪を、腥い風が強く揺らす。
 幽遠・那桜(微睡みの桜・f27078)はあたりを見回す。

 大丈夫?転送の直前、そう尋ねられたことを思い出す。
 私ではだめなのです?聞き返せば、だめじゃない。助かるよ。
 彼は素直に微笑んで、それから少し遠慮がちに続けた。だけど。

 そこは、廃墟に変わりつつあるといってよかった。
 聞いていたのは倉庫だったはずだが――この有様はどうだ。
 焦げ跡のないところの方が珍しく、破壊されたドローンやロボットがぶちまけられて転がっている。えぐられた壁、割れて落ちた屋根。床を浸すように広がるのは、血か。

 割とえぐいぜ。予知で負荷が掛かったらしいこめかみをさすりながらそう語った。
 構いません。那桜は首を横にふる。

 その中央で、白い巨象が狂ったように吠えている。

―知っている、知っている知っている知っているお前の罪を知っているお前の罪を理解している―

 できることが、あるかもしれません。

 幸い、転送された先は巨象より少し離れた後方だ。
 ホワイト・ノイズが今狙うのは先にそこにいる猟兵たちであり、そして、そこに生きている人たちだ。
「い、今なら…!」ゆっくりと息を殺しながら進む。
 気づかれていないのなら、『存在感』をあえて『消し』、接敵することが可能そうではあった。

―お前が悪いと、知っている―
 光が輝く。鎧が形成されている。

「それにしても、怖いことを言う、象さんなのです」
 思わず、半歩、後ろに下がる。
 あれは間違いなく、彼女を一度追い詰めたものと同じ――オブリビオン、であるのだろう。
 しかし今転送されたばかりの那桜はここにいる誰よりも無傷であり万全だ。
 不意打ちを狙い攻撃を与えることができれば、これは大きな隙になる。
 大きく、役に立つことができるはずだ。
「だったら」ゆっくりと瞳を閉じる。

「…今は“墨染”になるしかないね」
 目つきが変わる。漂う空気が研ぎ澄まされる。
 ほんわかとした無邪気な春の桜は鳴りを潜め、言葉にすらあった柔らかさが消える。
 研ぎ澄まされた変わりように精霊が逃げる。
 そのかわり、自然よりももっと身近で大きな力――時間や重力にすら、力を伸ばすことが、できる!
 この場に合わないのかもしれない。柔らかな桜の少女は。
 無垢な桜は、罪や罰など、全く、無縁――

――目が、あった。

 一体何が原因だったと言うのか、あるいは墨染に変わったことにより漏れた力で気づかれたか。
 おそらく、そうだろう。
 それほどに、彼女に秘められた力は、大きい。

 ホワイト・ノイズがこちらを見ていた。

「…なあんだ」笑う。
 変わっておいてよかった。いつもの那桜ならば怯えてしまうのだろう。
 しかし“墨染”はそうではない。

―知っている―

 ホワイト・ノイズがゆっくりとこちらへ向き直る。
 きき、と聞こえるのは分析の音だろう。
 鎧を開く―蒼い光が輝き―新たな装甲を纏う。

―お前の罪を知っている―

 一歩、踏み出してやってくる。
「ふふ」わらう。
「私の罪か…一体私の罪はなんだろうね?」手を掲げ、物質を操る。
 転がっていたドローンやロボットの亡骸が浮き上がり、ホワイト・ノイズへと殺到する。
 最適化されていた鎧がそれを次々と弾く。
「まだまだ」那桜は余裕の笑みで次の物体どもを浮かし
 ごう!と、ホワイト・ノイズが鼻の一振りでそれを叩き落とす。

―偽、り―

「…何?」

―偽っている、偽っている偽っている―

「私が、何を偽っているって言うの?」
 それが那桜の心の何かを引っ掻く。
 返答はない。
 沈黙のまま、ご、ごん…!さらに一歩、那桜へと近づいてくる。
 
 …さて、これは那桜の知り得ることか?
 『恐怖』彼女はそれを押し殺している。
 『墨染』に変わる――那桜はそう語るが、しかし、墨染とは決して『人格』ではない、那桜彼女自身なのだ。
 『墨染』を語ることが偽りである?恐怖を押し殺していることが偽りである?
 それとも、

「じゃあ、そうだとして」

 ほんの少しだけ『壊れた』心のことか?

「一体私の罰は何かな?」

 墨染の桜はわらう。それでも笑い、前へ出る。
 それを考える時ではないのだ――今は、まだ。

―罪ありき、罪ありき罪ありき罪ありき―
「答えてくれないの?」
 白象を前にしても態度を崩さず、微笑みを歪めず。
 迫る巨体に引いたりはしない。

「でもさ、きっと、気付かないうちにいっぱい罪を犯している」
 語り、時間を稼ぎながら――力を伸ばす。
 桜が根を伸ばすように、ここに転がる無機物たちへ触れ、干渉する。

「生きてる人達に言えるんじゃないかな?」

 怖くなんかない。
 恐ろしくなんかない。

―罪を、罪を罪を罪を罪罪罪罪を、認め、罰罰罰罰罰罰を、受けろ―
 狂気的な叫びに鼓膜を震わせながら、待つ。
 もうすこし。 

 歪め、歪め歪め歪め――…

「まぁ、だからって私も死にたくないよ」
 …さて。那桜はそれに気づいているだろうか?
 『罰を受ける』ことそれ自体を、否定してはいない己に。

 さらに一歩、巨象が進む。
 これ以上はストンプの範囲になる。

 ここだ。

―おまえが、悪い―

 逃げるな、退くな、立ち向かえ。

 那桜の記憶の奥――オブリビオンに襲われた恐怖の経験が身を過ぎる。
 ず、と一歩、那桜の何処かから墨がじんわりと、広がる。

 逃げるな(にげたい)、退くな(ひきたい)、立ち向かえ(もう、やめたい?)

 いいえ!

 一歩、前に出る。

「あなたに罪や罰を決められたいほど、まだ、"壊れて"なんかない」

 言い切る。

 …―歪め歪め歪め歪め歪め――…

 怖くない。怖くなんかない。

 …―歪め歪め歪め歪め歪め歪め歪め歪め歪め――…

「機械みたいな過去(あなた)は怖くない」

 歪み切り、その先よ、開け。

 空の術・歪みの先。
 
 墨染の桜より、半径、十メートル。
 無機物、全てが真空の刃へと、変わる。

「無機物の多い、この領域であなたは耐えられるのかな?」
 少女の面からは笑みが消え。

 琥珀の瞳にはただ、刺すような光が輝く。

 那桜は、気づいているのだろうか?
 四大精霊が恐れるほどの力。その萌芽。

 壊れかけた心のどこかに潜む、

 桜が、墨と染まるほどの
 
「……ここから、消えてなくなれ!」
     
 強烈な、想い(さつい)を。

 もちろん今は、おそらくただの恐怖反応だ。殺意に対し、殺意を返す。
 防衛本能――そう言っていいだろう。
 では、この先は?
 いつかは?

 今はただ、桜の花びらのように美しく閃が、飛ぶばかり。

成功 🔵​🔵​🔴​

ジャガーノート・ジャック
(想念の一つが過ぎる。「汝の罪を知る。今こそ贖罪の時」と。)

(ザザッ)
そうか。
本機の罪を知る。結構。

罪を犯した。
それは真で逃れようもない。

だが敢えて言おう


――――知 っ た 口 を 聞 く ん じ ゃ ね え よ。

それを裁いていい奴は罪を犯された奴だけだ。
お前に知った口で裁かれてなんかやるかよ。

――それに"約束"の邪魔をするなら
喩えそれが誰だろうと
更なる罪をひっ被ろうと
そいつをブチ倒してく。

嗚呼
全部「棚の上に上げてやる」。だから

("役割演技"――
いや、最早剥き身の「僕」を其の儘に。
どれだけ不利を被り傷を負おうとも、全力でブチ破る。)

――邪魔だ。
雑音に耳傾けてる暇なんてねぇんだよ。
(ザザッ)



●lnside Prayer・Outside Avatar

 “Suggestion”
 ジャガーノート・ジャック(AVATAR・f02381)の自身の思考プロセスから静かに、しかし断固として流れてくる提示を『彼』の思考のまだ冷静な人差し指が撫でる。

 “ Suggestion,”
 “本機『ジャガーノート・ジャック』は現在『レグルス』の片割れである。”
 “相棒が同じ戦場にいるというのならば、相談し協力的行動をとることが状況においては好ましい
。”
 “相棒は本機と同じく破壊活動が得意な個体ではあるが、攻撃方法や手段は大きく異なる。”
 “困難な状況・強大な敵ならば協力の必要性は尚高いといっていい。”

―知っている、知っている、知っている、知っている―
 白象が大きく唸っている。

 ジャックはひとり、まっすぐ“そいつ”目掛けて駆けて走る。
 『ジャガーノート・ジャック』の思考プロセスからの提示を流し続けながら。

 Suggestion, Suggestion, Suggestion, Suggestion,SSSSSSSSS――…。

 “この行動は『ジャガーノート・ジャック』の『ロールプレイ』からの逸脱である。”
“通常通りの行動をとるべきである。”

 そうだね。
 Avatarの向こう側、『彼』の冷静な人差し指が肯定する。僕もそう思う。そうすべきだと思う。
 相棒は後方、人の側に立っている。
 まあ、微に入り際に入りとまではいかなくても、Suggestion:提案は正しい。
 そうすべきだと思う。

 どこかで焦げ臭い匂いがしている。
 魂の銅線のどこかが引きちぎられて漏電している。
 熱のせいでコードのカバーのゴムが元の色もわからないほど黒くぐずぐずに溶けてべったり床に広がっている、コードからいくつも火花が散っている。火花の散る音も聞こえる気がする。
 ぱちん、ぱちん、ぱちん…。

―おまえは罪を犯した、おまえが罪を犯した、おまえこそが罪を犯した―

 そうだね。
 Avatarの向こう側、『彼』のなかの細くやわいところがうなずく。
 
―償え、償え、償え、償え償え償え償え償わせてくれ贖え贖わせてくれ贖え贖え贖わせてくれ― 

 僕もそう思う。そうすべきだと思う。
 ぱちん、ぱちん、ぱちん。火花がとぶ。別のコードに飛び火して、やがて加熱からそこのゴムも溶けて、銅線が剥き出しになって、また火花が出る。
 ツンと鼻をさす焦げ臭い匂い――自らの魂が発火しようとしている。

―おねがい―

 白象が暴れている。
 角を振り乱して罪を貫こうとしている。脚を振り下ろして罪を真っ平にしようとしている。

「“そうか”」

 白象が罰を求め、罰を与えようと身をよじり、もがいている。
 知っている、知っている、知っている。

「“本機の罪を知る。結構”」

 Suggestion, Suggestion, Suggestion, Suggestion,――…。

「“罪を犯した”」

 “『ジャガーノート・ジャック』、行動の修正を。”
 『Avatar』として在るための思考(プログラム)がもはや警告のように鳴り響いている。

「“それは真で逃れようもない”」

 Suggestion, Suggestion, Suggestion, Suggestion,――…。

「“だが”」

 “汝の罪を知る。今こそ贖罪の時”
 『罪を負った者』としての根底認識が強く一度、叫ぶように流れていく。
 他のだれでも何でもなく。あらゆる罪あるものを集めて束ねて叩き込んだ筐。
 罪を真に知るものはきっと正しく適正な罰をくれるだろう。
 十三段からなる贖罪の階段をくれるだろう。

 そうだね。『彼』はうなずく。
 どちらもきっと少しでも正しくて、どちらをとっても良いのかもしれない。
 だが。
 
「“あえて言おう”」

 栄冠を齎すもの。潔き雑音。
 あらゆる雑音が組み合わさって均一にがなるがゆえの、白き静寂。

 きっと、ジャックの罪をなにより理解してくれるだろうもの。

「“――――知 っ た 口 を 聞 く ん じ ゃ ね え よ”」

 それがどうした。
 冷静な思考は全て煮えきり、コードが銅線もろとも燃え上がる。
 魂が燃え上がる。

「“それを裁いていい奴は、罪を犯された奴だけだ”」

 跳ぶ。
 直後、ホワイト・ノイズの一脚が振り下ろされる。ただでさえ今までの攻撃でぐちゃぐちゃになっていた倉庫の床がさらに破壊されていく。もはや無事な床などひとつもなく、柱が曲がって屋根も降りてきているような状況だ。

 宙で銃器展開。出せるだけをありったけ出して放つ。
 吹き飛んできた瓦礫がジャックの頭部を強打する。ごっ、嫌な音がする。
 うるせえ。
 思考が真っ赤に塗り替えられていた。
 ふざけんじゃねえよ何見せてくれるんだよ。
 誰も彼の人格をまとめて同じ機械にブチこんで、機能が成立するわけがない。
 経験があるから知っている。生きた“経験値”たち。
 いるはずだ、あの蓋のどれかにメインの人格が。ばらばらの人間たちのつなぎになったやつが。
 あるいは。

      ド ウ ル イ 
 他の思考を全部叩き伏せて生き残った馬鹿野郎(メイン・パーソナル)が。


「“お前に知った口で裁かれてなんかやるかよ”」

 わかってるだろ僕(おまえ)にそんな権利がないって。
 
 どの蓋だ?ああまあどれでもいいや。
 剣で叩っ斬るには相手がデカい。だったら。
 機能制限(ロック)をひとつ投げ捨てる。
 制限を超えて尚出せる以上のかたっぱしから銃器展開だ。
 まとめて吹き飛ばせば一緒だろ?
“ Suggestion:ジャガーノート・ジャック。行動逸脱です。至急行動の訂正を求めます”
 銃器展開と操縦のための負荷で身体能力が低下する。
 いつもの豹のような素早くなめらかな、スマートな動作ができなくなる。
 それがどうした。安全装置(ロールプレイ)ならかなぐり捨てろ。

 ホワイト・ノイズが足を上げる。再びストンプが来るのだ。

「“それに”」

 この過重では逃げられない――

「"約束"の邪魔をするなら」
 ならば機械装甲展開。
 叩きつけられる一撃に対して耐えうるだけの装甲を。

 ――逃げる気もない!

 巨人から肘鉄でも受けるような衝撃が身を襲い、足が地面にのめり込む。
 これで足りないなら足すだけだ。加熱しきってイカれた思考が冷静に判断する。
 さらに機能制限(ロールプレイ)を引き剥がして投げる。
 外見の変貌?知るか。

―おまえだ、殺したのはおまえだ、おまえが殺した、おまえが殺めた―

「“喩えそれが、誰、だろうと”」
 たび重なる衝撃だ。音声を発することは難しい。
 発しないほうが良い。わかっている。それがどうした。
 業罪の嵐は今ここにあり、『ジャガーノート・ジャック』は、「彼」は今ここにあるのであれば、

―おまえがわるい、おまえがわるい、おまえが絶対に悪い―

「“更なる、罪を、ひっ被ろうとッ”」
 叫ばねばならなかった。言わねばならなかった。伝えねばならなかった。
  
―おまえさえ、おまえさえ、おまえさえ―
 うるせえよ、うるせえよ、いい加減黙れよ。
 知ったこと言うなよ、わかったようなこと言うなよ。

「“そいつを、ブチ倒してくッ!”」
 死にたいぐらいわかってるんだよこっちはッ!

―くたばれよ、くたばれよ、しねよ、ほろびろよ、おまえが、おまえがわるいんだよ―
 ジャックは耐えつづける。
 …いや、正しくは耐えているわけではない。
 地形を変形させるような一撃を真正面から受けているのだ。
 展開で対抗しているといった方が正しい。
 さまざまなパーツが組み上げたそばからジャンクさながらに吹っ飛んでいく。

―おまえだ、ほかのだれでもないおまえのせいだ、おまえだよ、おまえ、おまえおまえおまえおまえおまえ―
「“嗚呼、そうだ”」
 ひたすらに耐えながら、展開し続けて、機を、待つ。
 ああ、そうだ。そうだとも、そうだろうとも。
 
 Caution, Caution, Caution, Caution,,――…。
 鳴り響いていた提案が警告へ塗り変わっている。
 ジャガーノート・ジャック、ロールプレイを逸脱しています。思考のクールダウンを。プロセスの訂正を。行動の変更を。ジャガーノート・ジャック。ジャガーノート・ジャック、ジャガーノート・ジャック。変更を、改訂を、訂正を、改善を。

 うるせえ。
 怒れる中指で全ての警告をスワイプして投げ飛ばす。黙ってろ。

 ご、おん!
 足によるストンプではない。
 全体重を乗せた角による突き込みが打ち込まれた。

 なにもかもを投げた装甲展開・砲火装置によって、ジャガーノート・ジャックの姿はもはや巨大な鉄の塊のようになっている。

―おまえが、わるいんだよ―

「“全部『棚の上に上げてやる』”」
 
―Warning。

“ジャガーノート・ジャック。”
“逸脱しています。負荷値限界です。行動の是正を”

 警報。
 "役割演技"?
 
 うるせえ黙れっつってんのが聞こえないのか!
 それどころじゃねえんだよこっちは!

 最後の安全装置(ロールプレイ)も蹴り飛ばす。
 眼前に、白象の頭が迫る。
 目が、合う。

 ここにあるのは最早『ジャガーノート・ジャック』とは呼べない。
 剥き身の「彼」そのままだ。
 負荷も何もかも知ったことか。
 ロールプレイなんぞして倒すべき敵も倒せないんじゃ、それこそプレイヤーの本末転倒だろうが!

 かちり。
 ホワイト・ノイズの砲門がジャックを真正面に狙った。ストンプで潰せないことに業を煮やしたか。
 ほぼゼロ距離に近い。
 先の攻撃で吹き飛ばされたのだから、それ以上の砲撃は向こうにも大きな負荷がかかるはずだ。
 それでも狙ってくる。と。

 上等だ。

 正面からやってやる。

 装甲は持つだろうか?ちょっと疑問符を浮かべただけで、今日はいつもの計算なんかしない。
 どれだけ不利を被り傷を負おうとも、こいつは真正面から全力でブチ破る!

 きりきりと音を立ててあらゆる砲撃装置を組み上げることをやめない。
 
 たとえ、吹き飛んでも――
 
――ご、と炎が吹き上がった。

 巨象は装甲が剥がれてどうしようもなかった部分へ放たれたことでたまらず攻撃をやめ、その場で炎を振り払おうと躍起になる。

 ジャックではない。
 誰の炎か?確認なんかしなくてもわかった。
 幾度の戦場で、何度も見た炎だから。
 己が焼けていないことに、なんだか笑い出したいような気がした。

 そっか、相棒。
 君には僕が、まだ、焼くべきものじゃないと――そう見えるのか。

「“――邪魔だ”」

 よかった。

 インサイド・プレイヤー“He”。アウトサイド・アヴァター“ Juggernaut・Jack”。
 共に限界突破(オーバー)。

「“雑音に耳傾けてる暇なんてねぇんだよ”」

 己が罪を、食い破り。
 全力を込めた砲撃を、放つ。

 ホワイト・ノイズ(まっさらな静寂)のような一撃が、白き装甲を、破壊する!

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロク・ザイオン
ああ。
お前たちの罪が、やっと、わかった
(棺にもなれない呪われた機械だ
朽ちて還る栄誉を踏み躙る醜悪な獣だ)
これを生んだのが、罪だ
これを動かしたのが、罪だ
(もはやキミたちの知らぬ過去でも
あれは一度は生み出されたものだ
人間の、手で)

(美しさと清さと尊さが
罪を削ぎ落とし箱に詰め蓋をして残るものなら
罪の箱には、その行為には、どんな名をつければいい
ひとを、同胞を弄ぶ自壊の罪を)

…ひとよ
もう一度聞く
キミたちがあれに名前をつけろ
名前をつけて、そうじゃないって
あれは己の罪じゃないって言ってみせろよ

(この巣はあれを生み出すかも知れない
己たちが立ち去っても)

そうじゃないと
「悪禍」が何処に飛ぶかわからない。



●“ ἐλπίς” (Elpis)

 白き巨象の咆哮が空気を震わせる。
 放たれるは拡散荷電粒子砲。受ければ負傷は免れない。よしんば盾で防いだとしても、あの衝撃では動くことができないはずだ。つまり、当たればその後速攻で放たれる集束荷電粒子砲による薙ぎ払いをもろに受ける。
 放たれ粒子砲の光は、白い。真っ白だ。
 浄化。
 使用者にとっては、勝利の栄冠をもたらすもの、だったのだろう。

 嗚呼。

 ロク・ザイオンはいま再び、(蒼天、一条・f01377)内なる炎の爆ぜる匂いを嗅ぐ。
 炎の匂いだ。何もかも焼き払って灰伏し大地を平す匂いがする。
 過去が、其処にある。

 あいつには、踏み潰した人々の悲鳴がどう聞こえたのだろうか?
 ああやって平らにしてきた拠点の崩れる音が、いったいどう響いたろうか?

 きっと、歌か音楽のように聞こえたに違いない。

 動けなかった。相棒は真っ先に駆けて行ってしまった。
 つよい怒りと憎悪の匂いがしたが――その中に狂ったような悲しみの匂いがあった。
 故に、止められなかった。
 そして、進めなかった。

「ああ」
 ロクの口から言葉が出る。
 ふしぎだ。今まさに自らの炎に飲み込まれんとするロクの内の枝葉がささやく。
 こういうときは、すんなり言葉が出る。

 振り返る。
 呆然とする人々がいる。だれも彼も目をむいて、巨象から逸らすことができない。

「…お前たちの罪が、やっと、わかった」

 はらはらと灰のように唇から出る言葉。
 鑢の声も、空気がたっぷり含まれていると掠れが余計に顕著になるような気がする。

―知っている、知っている、知っている、知っている―
 白象が大きく唸っている。
 
 白い象といえば、そうだ、聞いたことがある気がする。
 宗教によっては動物の姿をした神様もいるんだよ。たとえばほら、これは結構有名だね。UDCだとアジア系のお店だと見ることもあるかも。白い象の神様。まあ、上半身だけだけどさ。アグラかいちゃってるし。ショーバイハンジョーの神様だよ。
 え?ショーバイハンジョーの意味?…そうだなあ…。

 人々の営みが栄える神様ってことかな。

 白象。
 どんな、皮肉だ。
『彼らは生き、死に、そして、生きています』
 審問官の言う通りなら、あれは、棺にもなれない呪われた機械だ。
 生きた人間を人間としては殺して生かして消費する、醜悪な筐だ。
 朽ちて大地に帰る栄誉を踏みにじる醜悪な獣だ。

 ロクにだってわかる。
 あれは神様なんかじゃない。過去が勝手に作り上げたものでもない。
 あれは。

―おまえは罪を犯した、おまえが罪を犯した、おまえこそが罪を犯した―

 白象が糾弾している。
 嗚呼。そうだ。
 あれは、あれこそは、あれこそが。

「これを生んだのが、罪だ」

 人が作ったもの。
 人が、望んで、作り

「これを動かしたのが、罪だ」

 動かしていたもの。

 あかあかほむらがもえている。
 きっと今のロクは内臓がねじれているに違いない。
 どうしていいかわからない。いや、すべきことはわかっている。

 後ろでは白象が、幾度となく無慈悲に脚を振り下ろし角で突き上げての破壊をくりかえしている。
 建物だった床を、あの暴動の痕を。
 すべてを、まるで意味がなかったみたいに叩き潰していく。

 あそこに加わりたかった。
 いっしょになって焼き払ってしまいたい。
 いっしょになって焼き払って、最後にホワイトノイズも焼き払ってやりたかった。

 どうしてあんなものを生んだんだ。

―償え、償え、償え、償え償え償え償え償わせてくれ贖え贖わせてくれ贖え贖え贖わせてくれ―

 ロクの魂の内から溢れたように焰が彼女の周りに浮かび始める。
 悪禍――燃え上がる憎悪が、ぽろぽろと涙みたいに溢れてしまう。
 
「ひとよ」
 
 ひとは、美しくて清くて尊い。

 悪いのはいつだって神様と病だと思っていた。
 それがロクの大事なものを全部持っていってしまうのだと。
 でも。

「もう一度聞く」
 ロクは一歩前に進む。人々が半歩下がってしまう。

 ひとは、うつくしくて、きよくて、とうとい?

「キミたちがあれに名前をつけろ」

 どこがだ。

 あれはなんだ。

『人間になりなさい』 
 怒っている。間違いなく自分は今憎悪を覚えている。
 にんげん、は。
『人間になってごらん』
 息が焔になったように熱い。
『ねえ』
 そして同時に
『人間は素晴らしいの。美しくて清くて尊いの。そうでしょう。ねえ。
 ――お前私をそう呼んだよなあ』 
 あふれそうなほど悲しい。
 希望を喪ったあのまなざしにみつめられているような気がする。

 たとえば、たとえばだ。
 美しさと清さと尊さが、罪を削ぎ落とし箱に詰め蓋をして残るものなら。
 罪の箱には、その行為には、どんな名をつければいい。

 ひとが、ひとを。
 同胞を弄んだ自壊の罪を。

 なあ、ロク・ザイオン。
 どうだ?すばらしいか?目の前にいるのは紛れもなくヒトだ。
 ヒトたちは、なあ、どうだ。

 ここにいる、おれは。

 なにかの箱でも開けて、その中からあらゆる悪辣が飛び出したみたいな気持ちだった。

『もし、おまえがここを出たら』
 嗚呼。
 ねえ、あねご。
『箱を、お前よりも、誰よりも、強くて、よい人間に』
 そんな方は、いるのでしょうか。
『渡しなさい』
 ねえ。
 ねえ、あねご、ねえ。
 あなたはこの箱に、何を思い、入れたのですか。

『それまで、決して蓋を開けてはだめよ』

 おこえが、ききたい。

「キミたちがあれに名前をつけろ、つけるんだ」
 怒って喚けばいいのか、泣き叫べばいいのかわからない。
「名前をつけて、そうじゃないって」
 強く拳を握る。震える息で何度もゆっくりと深呼吸をする。
 焼くわけには、いかなかった。
 
「あれは己の罪じゃないって、言ってみせろよ」

 己が罪を直視しろ。決別しろ。
 過去に杭を打て。

―そうでしょう。ねえ。
 お前私をそう呼んだよなあ―

 気付けばロクは左手が痛くなるほど首から下がった鎖を握っていた。
 その下の筐を。

「そうじゃないと」

 ロクの言葉と共に溢れた火球が、周りや後にぶくぶくと浮かんでゆらぐ。
 
「『悪禍』が何処に飛ぶかわからない」

 まるで空から人喰いの獅子が降りてきたかのようだ。

 この『施設』は、言ってしまえばホワイト・ノイズのための施設だった。
 『材料』さえあればここは今一度あれを生み出すかも知れない、ということだ。

 どこにいても仰げば広がる空のような青い瞳で『罪人』たちの一切の欺瞞も見逃すまいと、ただ、ただ見つめる。
 殺意は覚えてはならない。踏みとどまる。焼いてはならない。森番だから。ひとのがわに、たつ、ものだから。
 だけど、ひとが、ひとが、まちがっていたら、あくらつであったのなら。
 あねご。
 おれは、いったい、どう、したら。

―おねがい―
 白象が暴れている。
 角を振り乱して罪を貫こうとしている。脚を振り下ろして罪を真っ平にしようとしている。

「『…おれたちとあいつらは違う』って言ったら、それこそ、あいつらと同じだ」
 座りこんだ男がいた。

― おまえだ、ほかのだれでもないおまえのせいだ―
 ホワイト・ノイズが叫んでいる。ひときわ大きい一撃の振り下ろされた音がする。
 ふりかえれ、相棒の元に向かえ。おれたちはレグルスなんだ。そうすべきなんだ。

 だけど、ごめん。

「キミも、いっしょ、なのか」
 ぬらりと火焔の舌先が口から出たような気がした。
 焔の熱で、風もないのに髪がゆらめく。

 どうしても、今、これだけはみのがせない。

「や、焼くっていうんなら、焼いてくれ」やや強い語調に、ぞ、と男の周りから人が離れる。
「あ、揚げ足取りになっちゃうけどさ、ちょっと待って、きいてくれ」
 ロクは黙る。
 憎悪と、殺意を、本当にこれが向けるべきなのかを、ただひたと見定めようと。
「悪いんだよ、間違いなく、おれたちは。だって、あれらのさきに、おれたちが居たんだろう」
 恐怖からだろう。男の歯の根は噛み合っておらず、時々震えて途切れる。
「おれたちの罪じゃないって、否定したら、俺たちとあいつは無関係で、あ、あれは、数ヶ月前の、おれたちみたいな奴らだったんだろ。それが、みんな、無くなっちゃうってことになると、思うんだよ」
 男の言葉は早口だ。「過去なんだろ、あれは」

 ロクの手であたためられて、箱から、錆にまじって、懐かしい、いとおしいにおいがする。

―人間になりなさい―

「嫌だけど、どうしようもないけど、辛いけど、おれが罪だと思ってる罪(こと)と一緒で、あれはおれたちの過去でもあると思うんだよ、おれたちの罪じゃないっていったら、無くなっちゃうんだよ、それは、ああなっちゃった、あいつらが、どうしようもなく、なんていうのかな」
 後ろではホワイトノイズの地団駄が、棺桶の杭でも打つような音を鳴らしている。
「だから、あんたは、あんたが怒ってるのはわかるし、自分のじゃないって言えっていうけど、
 でも、でも、あんたの怒るとおり、同じヒトなんだよ、同じ人間がやったことなんだよ、最初の奴の選択が、自分でなったのか、違ったのか、どうであれ」

―人間になってごらん―

「あれは虐殺で、侮辱で、それ以上の、まだ名前の存在しないぐらい悪辣な、罪だと思う。
 そして――同じ人間として、おれは、あれを、絶対に、しない」

―ねえ―

「自分の罪を棚に上げてどの口が、って、思うと思うんだけど、苦しいのを、許してくれっていうんじゃなくて、意味あるものとして、手放しちゃいけないとおもうんだ、絶対にだ」

 ――。

「こたえにならないか、それじゃ」

―おまえだよ、おまえ、おまえおまえおまえおまえおまえ―

 ご、おん!
 激しい音にロクは思わず振り返る。
 足によるストンプではない。
 全体重を乗せた角による突き込みが打ち込まれていた。

 叩き込まれた巨大な鉄塊のようななにかを己の相棒だと真っ先に理解したのはロクだろう。

「わからない」

 焼かねば。
 苦しみを、許してくれというのではなく、意味ある、ものとして?
 わからない。苦しいのは辛いことだ。いたいのは嫌なことだ。

「けど、やってみる」
 
 神経を研ぎ澄ます。ずらしてはならない。外してもならない。
 憎しみと殺意に踊る焔は、ロクに嘘をつかせない。

 なあ、ロク、ロク・ザイオン。
 どうだ。
 にんげんは、ひとは、うつくしくてきよらかで、とうといか?

―おまえが、わるいんだよ―

 白象のことばが、静寂の中の一言(ホワイト・ノイズ)みたいに、その一言がロクの胸にも刺さる。
「ああ」思わずうなずく。
 ああ、そうだ。悪いと言われれば、浮かんでしまうお顔がある。
 おれがわるい。
 だけど、「だけど、いまは」

 いつかのようにふくれあがってしまった鉄の背を見つめる。

 罪を知るといえば。彼だって罪をよく知っている。
 ロクの罪を最初に無知だと言い当ててくれたのは彼だ。
 よく考えると、なんというか、自分は相棒のことを理解しているだろうか。
 どうだろうか。いつも教えてもらうばかりだし。
 だが――

「“全部、『棚の上に上げる』”」

 ロクは審問官に向かって相棒が叫んでいた言葉をなぞる。

 ――だが、彼が罪をどうしようもなく抱えているのはわかっている。
 それに苦しんでいるのも知っている。
 それがとほうもないことだと、なんとなくわかっている。

「苦しいのは、つらいことだ」

 祈りのような呟きだった。

 自分が今あねごへのことでどうしようもなくなっているように、罪に苦しむことは、無駄だろうか。
 それは、なんというか、苦しむことをやりすぎ、というのもあってはいけないと思うけれど――無駄ではない、と、考えてもいいのだろうか。

「悪いと思って、苦しむ、のは、すごくつらい」

 そうだといい。
 だって、彼はすごく苦しんでいる。苦しまなくていいのかと言われると、苦しくないのがいいけれど、しかし、それは彼の問題でもあって。
 緑の瞳の少女のことを思う。階段で会った時の朽ちたような表情を。
 自分が悪かったからと、罰を受け入れようとした顔を。
 知らなかったのが悪かった。
 そう言った彼女の言葉で、自分の無知だという罪に納得がいったあのときの感覚を思う。
 あのときたしかにロクは自分の罪を知ったのだ。己の罪を思っていた彼女に教えられたのだ。
 あの審問官との戦いで、己の罪を思っていた相棒の一言で、だれかになにかできるかもしれないということが、なにかになりはしないかと、ロクは、思ったのだ。
 だから。
 だからだからだから――嗚呼、言葉がこんなにも足りない。

「でも、それは」

 罪を思い、償いを探すことは、
 安息などなき焔を抱えて、身を焼かれ続けることは

「それ、自体が」

 相棒が言っていたように、だれかに罪に対する罰を預けるのではなくて、罰をくれ、ではなくて
 なにかが、なにかになりはしないかと、あてどなき嵐の中を、森を進むことは、

 悪辣の箱の中に、ひとさじのひかりがあるかもしれないと思っては

「なにかになりは、しないか」

 いけない、だろうか。

 ロク・ザイオンは、問いを、焔を、放つ。
 悪禍を、憎悪を、悲しみを、ただ、ただ、嵐のようにぶつける。

 罪の祓い手よ、贖いの担い手よ、罰の求め手よ。

 砲を突きつけられた、相棒をぬけ。
 周りも焼かず
 己も、焼かず。

 焼かれたのはホワイト・ノイズ一体のみ。

 巨象が焔を振り払おうと動き、それに合わせて焔の赤が振り踊る。

 苦しみと罪にもがく、人間のようだった。

成功 🔵​🔵​🔴​

スキアファール・イリャルギ
あぁ
人間は
血塗れで生まれるんだっけ

人間の躰で生まれてしんだ
怪奇の躰でまた生まれた
独房で生きてしんで
迷宮で生きてしんで
病室で人間に擬態して生まれなおして
血を流し続けて
炎で焼け爛れて
影に溶けて人の容に作りなおして――

何度、死と再生を繰り返す?
不死ではないから
いつかは何も残らず溶ける筈なのに

痛くて苦しくて辛い
目口は絶えず浮かんで影は蠢く
罪を濯げない身で生きる意味は?

嗚呼
赦されない
愛されない
悍ましいだけのばけもの
私は彼らで
彼らは私で

(でも歌は
彼らも口ずさめるのかな

すべてのうたはなべてたましいより――)

生きたいと
願い祈り叫び歌う

(呪いの歌?
違う
ただの存在証明
私に残った、なけなしの、)

どうか
私を、
俺を……



●魂あらば歌なりて

 ふるり、はらりと巨象がみじろぎをする。
 度重なる攻撃にはがれた鎧がこぼれて、ちぎれたコードが揺れ、折れた牙から火花が散る。

 スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)には、それらが曲のように聞こえた。

「あぁ」

 耳をすます、聞き取れる。
 聞き取れてしまう。
 たぶん、おそらく――本来は、言葉が聞こえるのだろう。
 罪とか、罰とか、ゆるしとか、そう言ったそういうことを言っている。そのはずだ。

「わかるよ」
 巨象へ呟く。

 スキアファールはそれを、音楽と聞く。

 傷の治療の際に血を洗い流す暇などなかったため、歩くとどこかしらまだ血が落ちる。
 靴も中のソールまでとはいかないが底がだいぶ血塗れらしく、歩けばペタペタと足跡がつく。
 
 かき、とホワイト・ノイズの巨体の一部が開く。清涼な蒼が輝いている。
 ビームか。皆が身構える。そうではない。すでに闘う何名かが気付く。
 巻き起こるのは風だ。『吸引』そう言っていい。
 今まで粒子砲で破壊しナノ粒子ペーストに変えた、壁を、床を、壊れたドローンやロボットなどを、強い輝きと共に――吸い上げる!

 かちり。組み上がっていく。はがれたはずの鎧は再び眩く白く。
 パーツはただしく補填され。
 今までの争いなど、抵抗など、叫びなど、全く無意味であったかのように――純白。
 栄光齎す白き巨象がそこにある!

「そう…そう、ですか」
 スキアファールの声は戦場には似つかわしくない安らかだ。

「私も――いや、俺もだよ」
 巨象の、唸りが、存在が、パーツのあげる音が。
 スキアファールには、音楽に聞こえる。

 パーツの噛み合う音が、コードの揺れる音が、エンジンの振動が、タービンの回転が。
 罪と罰と赦しとを重ねて束ね混ぜ合わせて。

 一つの音楽を、奏でている。

「俺は、今、その願いに気づいたところ」
 かすれた声は秋の小さな夜風の如く、ささやか。
 まだ麦畑で揺れる稲穂のように、ぐらり、ぐらり、スキアファールは揺れる。

 首をさげ、巨象をみず、まぶたすら閉じて、ただ『彼ら』が奏でる音楽だけを傾聴する。

 目を閉じれば。無数の手、無数の人がそれぞれに、楽器を鳴らしているようなイメージが浮かぶ。暗闇で、オーケストラによる大演奏。明かりひとつないホール。暗いから顔が見えなくて、みんな喪服にもなる正装なものだから、幽霊みたいに手元が浮かんでいる。
 左右はそれを、たった1人客席に座って聴いている。
 上を見上げれば鏡張になっていて、真っ暗なこちら側とは違う、燦々と明るいホールが見て取れる。舞台に上がっているのは巨象で、客席にはたくさんの猟兵が座っているのだ。
 音楽を求める耳は、その旋律に込められた願いを聴く。
 音楽はいつだって全てのものに作用する。
 聞くものは言わずもがな、奏でるものは奏でながら自らの音に揺らされている。
 彼らは自分がどんな音楽を奏でているのか気づいているのだろうか?
 
 こちら側の、たったひとりの客席から、左右はゆっくり立ち上がる。

 気づいていないに違いない。

 ぴたり。
 スキアファールは動きを止めた。
 ゆっくりと背をまっすぐに正す。

「歌は、口ずさめるかな」
 優しく、声をかける。
 返事はない。当然だ。みんな演奏しているんだもの。
 楽譜も見えず曲の終着点もわからないまま必死にただ演奏しているんだもの。

 気づいていないなら、伝えないと。
 ここに聞き手がいることも含めて。

 左右は席を離れ、舞台側、彼らに歩み寄る。
 近寄っても顔は見えない。見えなくて当然だ。
 まあ、その方がいいよ。影人間同士だもの。

 スキアファールはまぶたを開く。
 白い亡霊(ホワイト・ノイズ)が立っている。
 鎧を開き、再び青い、吸収して修復を行おうとしている。
 今の修復だけでは直しきれなかったために、今一度、ということなのだろう。
 軽く喉に手を当て、さする。

「大丈夫だよ、難しい歌じゃないから」

 左右は静かに微笑み、まぶたを閉じ――

 珍しく、応えてくれるだろうという確信があった。
 なぜなら、全ての歌はなべて魂より溢れて口ずさまれるだろうから。

―スキアファールから絶叫が迸る。

 魂からの絶唱。
 その細い体の何処から――喉よ裂けよと言わんばかりの大声量がほとばしる。
 もはや咆哮だ。
 きっとその場にいた者のだれも、そいつが歌なのだとは解るまい。

 歌われるはレーゾン・デ・トゥール。
 己が存在意義。

 いや、もっとシンプルだ。

―あぁ、そういえば。
 人間は血塗れで生まれるんだっけ―

 叫ぶスキアファールの頭に想念が漂う。
 その点ならきっと誰も彼もおんなじだ。
 ここにいる自分も、後ろにいる誰も、あそこの中にいる彼らも、皆。
 
 音、というのは防ぎようのない武器だ。
 しかしスキアファールのその叫びは、決して衝撃波といった物理的暴力性を持つものではない。
 では何に干渉するのか?

 人間の躰で生まれてしんだ。怪奇の躰でまた生まれた。
 独房で生きてしんで。迷宮で生きてしんで。
 病室で人間に擬態して生まれなおして。
 血を流し続けて・炎で焼け爛れて
 影に溶けたら人の容に作りなおして。

 それでも生きた、ただ生きた。

 左右は叫びに乗せる。何もかもを乗せる。
 嘘偽りなく、ただ朗々と叫ぶ、そうせねばならなかった。
 あそこにはたくさんの人がいて、より多くに呼ばねばならない。
 音は届く、響く。
 響く音楽の前に一体どこにそのパーツがあってどこに誰がどれほどいるのかわからなくても関係ない。コンサートホールの客席のようなものだ。

 何度、死と再生を繰り返す?

 問う。

 死んだら万歳万々歳。それでよいはずでも、願われたから生きたのだ。
 願いを、振り払うことだってできたはずなのに。
 それでも生きた理由は何だった。

 同じ解を持っている筈だ。

 そして、秘匿装置を晒している今こそ、声は届くはずだった。
 あの白象の中。揺蕩って夢をみる誰かに。
 スキアファールの耳が、ぶくぶく、と水の中に空気の混じる音を聞く。
 
 不死ではないから、いつかは何も残らず溶ける筈なのに。
 それでも足掻く、それでももがく。
 みっともなくじたばたと。

 痛くて苦しくて辛い。
 目口は絶えず浮かんで影は蠢く。望もうと望むまいと。

 なあ、それはどうしてだった?
 己に問う。彼らに問う。
 1分1秒でも長く生きんねばならないから?

 なあ、どうして生きる。どうして生きた。生きようとした。
 それが願われたことだから?それが罰だから?
 罪を濯げない身で生きる意味は?

 …白象の『彼ら』は果たして生者だろうか?死者だろうか?
 賛否両論、意見は誰にでもあるだろう。
 そいつはなんだかまるで、影人間のようじゃないか?

 ぴち、ぱしり。
 鎧を再構成・修復のための粒子吸引作業に入ったはずのホワイト・ノイズから奇妙な音が響く。

 嗚呼。
 わかるよ。わかるんだ。
 呼びかける。
 
 最早赦されない。最早愛してもらえない。
 悼ましいだけのばけもの。
 
 私は彼らで――彼らは私だ。

 真っ暗なコンサートホールの大演奏。
 罪と罰と贖いと赦しに塗れて。
 それでも演奏する、彼ら/私たち/俺たち。

 生きたいと、願い、祈り、叫ぶのは。
 その理由は。

 音は揺らす、音は響く。
 開かれた鎧の内側にも跳ねながら。
 詰められたコードをぶるぶると震わせながら。
 蓋を叩き、水を揺らす。

 はたから聞けば呪歌以外の何物でもない絶唱だ。
 実は違うのだと、左右だけと、彼らだけが知っている。

 どうか、どうか。
 どうか、どうか、どうか、どうかどうかどうかどうかどうかどうかどうか――。

 ぶくり、と彼らは注がれた音に身悶えする。
 彼らには音に震える耳膜などとうになく、合唱に連なるため開く喉もない。

 私を(わたしを)(ぼくを)(ワタシを)(ボクを)
 俺を(おれを)

 求めたのは、たった一つだ。
 そいつへの願いを、ただ叫んだ歌だった。 

 ただ。
 ただひとりでいい。ただ一瞬でいい。

 せめて音を奏でようと叩く手は、鳴らす足は、無数のパーツに置き換わってしまっている。
 せめて音に身を委ねようと揺らす体は、かつてのそれとは異なって大きく歪に変わっている。

 認めてくれ。
 ここにいると認めてくれ。
 ここにあると、生きていると認めてくれ。

 罪と罰を問い求めながらもがく彼らの、共通の存在理由(レーゾンデトゥール)。

 存在証明を、叫んでいた。

 入力された絶唱に、応える術を、彼らは持たなかった。

 彼らが求めたのは、影より投げられた呼に対する応だった。
 彼らが願ったのは、投げられた音に対する反応だった。

 彼らの中であらゆる手段が検討された。

 今の吸収と再構成はそれに値うだろうか。脚部を振り下ろし鳴らすことはそれに値うだろうか。角を振り乱し破壊することはそれに値うだろうか。目の前で我々を揺らす音を鳴らすこの個体を破壊することはそれに値うだろうか。粒子砲を放ち幾つもの光を降り注がせることはそれに値するだろうか。

 なかった。どこにもなかった。

 共鳴(シンパシー)による協奏(シンフォニー)。

 彼の叫びに、共感を示すための手段は、もう、どこにもなかった。

 彼らは、もう、人間ではなかった。
 ばけものだった。
 それでもまだ、何処かにはヒトがあった。

 目の前の、彼と同じに。

 故に、ホワイト・ノイズは一時停止する。

 スキアファールは唇を閉じた。
 絶唱は時間にして数分もないだろう。 
 しかし、
 一時間の音楽が時に一瞬のような夢を見せるなら、
 時に一分の音楽は一時間にも値う。

 スキアファール・イリャルギ(ばけもの)の声はたしかに届き、
 真境名・左右(にんげん)の魂もまた、たしかに共鳴した。

 ホワイト・ノイズに大きな隙を作らせた!

 左右は思う。 
 忘れないよ。
 俺がおぼえているよ。
 それがせめてもの、ばけもの同士の、手向けだろう。

 白き巨象の沈黙は大演奏が終わった後のまっさらな静寂に似ていた。
 万雷の拍手を予感させる、あの静寂に。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロニ・グィー
【pow】
アドリブ・連携歓迎

アハハハハッ!やっと面白いのが出てきた
どいたどいたおっきいのいっくよー!
相手のUCは第六感で時機を読んで特大の球体で【武器受け】
場所が開いたらおーっきな球体でドーンッと【鎧砕き】
さらに球体で押さえつけて【捕縛】
【鎧無視攻撃】のUCでドーンッ!

人はね、罪なんて背負わなくても一人で荒野を歩いていけるんだ
一人じゃ怖い、一人じゃ無理なんてのは、嘘だ
他人に依存しなくても、何の保証も無くても、どんなに恐ろしくても、こんな死が待ち受けていても
君たちにはその力がある
それはとても素晴らしいことだよ
…でもそれじゃあ寂しいよね?
ボクもそう思う!
みんな一緒に背負って、みんな一緒に生きなよ



● シンセイ(新生/神聖/sin says)

「い〜〜〜〜〜やっほう!」
 ロニ・グィー(神のバーバリアン・f19016)は弾けるように飛び出た。
 ホワイト・ノイズの巨大な脚、全体重を乗せた一撃によってひっくり返り飛び散るコンクリの破片を河の上の飛び石のようにぴょいぴょい飛び渡る。
「アハハハハッ!やっと面白いのが出てきた!」
 ぐるり飛び上がって、宙、繰り出された牙による一撃をひらり一枚の紙一重でかわし
「ヒューウ!」
 衝撃波で吹き飛ぶことすら両手を叩いてけらけら笑う。
「おっきいてっきはひっさしぶりーーーー!」
 歌いながら巨象の背にふわりと着地し
「やっぱこれくらい、ないと」ふりおとそうと前足を上げて棹立ちになろうとした瞬間を狙って「ねっ!」跳び逃げる。
 
 まごうことなき命のやりとりの筈だが、ロニの様子はアスレチックではしゃぐ子供と大差ない。

―わるいのはおまえだ!わるいのは、おまえだ、おまえのせいだ、おまえらのせいだ―

 いくつもの蓋を破壊され、また装甲をいくつも破られ、あるいはキャノンをやられ、エンジンが一層激しく激しく唸っている。

「ろ、ロニさまっ」信者の一人が飛び出そうとする「バカ巻き込まれるぞ!」そいつを別の誰かが引っ張って止める。
「そーそ、出てきちゃダメだよお!」ロニは純粋な少年の声で笑って彼らに声をかける。
 ピリ、と肌にさすような予感で咄嗟に思い切り高度を下げる。
「うおわっと」
 額スレスレに鼻の大振りな凪ぎが通っていく。「スリルたっぷりぃ」命のやりとりを心の底から楽しんで笑い「いやっほう!」床すれすれのロニめがけて、ホワイト・ノイズの脚が降ってくる。「おっとっと」ロニは素早くポケットに手を入れ「えっへっへ」髪を揺らして楽しい気持ちのままに笑う。「ボク、見てみたかったんだよね」
 取り出すは特大の鉄球。

「象の、玉乗り!」
  開放!
 言葉こそ可愛らしけれ。
 響くのは鼓膜を破りそうな金鳴りだ。
 ロニを踏み潰そうとホワイト・ノイズの巨脚は振り下ろしきれないどころか鉄球へ大きく乗り上げる。鉄球は回転しており、乗り上げたホワイト・ノイズの脚裏を削らんとしており――がくん!
 巨体が、体勢を崩す。
「はいはーい!ここでもうひと押し〜〜〜〜〜っ!」
 宙で体を大きく捻り。
 がらり開いた胴体狙い、次の巨大鉄球を、叩き込む!
 
 どど、ん!
 ひっくり返る、とまではいかなかった。しかしホワイト・ノイズは大きく右へ崩れ落ちる!
 巨大が倉庫の壁を打ち崩しながら沈み込む。
 とてつもない衝撃が巻き起こる。意図して起こしたストンプではないから誰かが巻き込まれたり、地形破壊で瓦礫が飛んでくるというわけではない。
 しかしあまりの烈風に誰もが一時、動けなくなる。

―おまえらのせいだ、おまえらがわるいんだ、わたしは悪くない、わたしは悪くない―

「ねーえ?」
 無論、ロニもだ。
 だが、動けなくなるというのとは少し違う。
 くるり、ロニは思い切り吹っ飛ばされた勢いそのままの流れにのってあえて吹っ飛び、信者たちの真上を漂っていた。「うわっ」「御無事で!」「んふふふ無事無事御無事!」ロニは胸を貼る。「ボクがあんなのに負けるわけないじゃん!」ほう、と何名かの口から漏れる安堵の息に、ニコニコしてしまう。

「みんな、あれ、どう思う?」
 気ままに文字通りの“宙返り”をし、そのままうつ伏せに寝っ転がって彼らに問う。
 ポケットからは球体を出し、指先に乗っけてくるくる回す。
「どう、とは?」質問の意味を掴みかねた信者は首を傾げている。
 ロニは巨象に目を細める。
「あれってさ」ロニは巨象に向けて両手を伸ばしてみる。
 あんなにも大きな機械は、ちょっと離れれば意外にも小さく見える。
 お人形みたいな可愛らしささえ…、ううん、ボクだったらもっと可愛くアレンジするなあ。

「生きて、歩く理由を欲がってるだけだと思うんだよね」

 ホワイト・ノイズを両手で包んでみる。もちろん距離を利用した錯視だ。
 おそらく、とロニは思う。
 最初にあれが動いた時にあったのは人類お好きな『尊い自己犠牲』だろう。
 始まりが、レイダー撃退のためか、他拠点との争いのためか、はたまた嵐を行くためかは知らないけれど。
 もちろん最初から最後まで欲望に忠実などす黒い妄執だったかもしれない。
 けれど関わる人間のうち誰かが思ったはずだ。
『これを動かすことは、罪ではないか?』
 責任者か中身か関係者か知らないけれど、絶対どこかにそれを言った奴がいたはずだ。
『だが』
 自分を使え。自分が背負う。
 そう言った誰か誰かがいたに違いない。
 人間はいっつもそうだ。

 そうして『始める』理由を欲したのだ。
 生きたい、生きる、そのために。

―罰を、罪を、許せない、許せ、許して、許してなんかやらない―

 白象には、古いゼンマイじかけの人形みたいな、哀愁さえ感じてしまう。

「人はね」

 白象のその向こうに。

「罪なんて背負わなくても一人で荒野を歩いていけるんだ」

 自分の知るヒトを見る。

「一人じゃ怖い、一人じゃ無理なんてのは、嘘だ」
 
 誰だって危機になったら、足掻いて、もがく。
 必要であればどんな親しい者でも時に裏切り、罵り、陥れてでも。

 目の前の白象の中でうめく彼らだってそうだ。

 自分が処刑されそうになったから叫んだヒト。
 自分の罪から手放すために罰を求めたヒト。
(こういうとヒトはだいたいそんなことないって言うけれど、罰なんてものを求めるってことは、根元はそうなんじゃないかと、ロニは思うのだ)

 みんな、みんな。

「他人に依存しなくても」
 神さまがもはや手を差し伸べてこなくても。

「何の保証も無くても」
 何もかもが流されて残らない大地に放り出されても。

「どんなに恐ろしくても」
 火山が噴火して焼き払う炎の雨が降ろうとも。

「こんな死が待ち受けていても」
 ホワイト・ノイズが、嘆きと怒りをここにある全てのものに、さざなみみたいに打ち寄せている。

 ロニにはそいつが、全く持って

 目の前の彼らの秘めた欲望と同じ

「君たちにはその力がある」

 生きたい、という声に聞こえる。
 
「それはとても素晴らしいことだよ」

 足掻いて踠いて何をしてでも。
 それは時におそるべき技を生み、力を生み、神さまだって説得してしまう。

 生きたい、生きたい、生きたい。
 だから、もういいでしょう?

 ロニには、ホワイト・ノイズの叫びがそう聞こえる。

 たった1人残っても生きたい。

「…でも」ロニは微笑む。「それじゃあ寂しいよね?」首を傾げる。
 たったひとり。荒野をゆく脚。
 ああ、ある晩に、ロニが何かを見た気がする瞳と、いま一度眼が合った気がした。

 なぜ?
 どうしていまさら。
 何をしに。
 
 ロニは満面の笑みを浮かべて両手を広げた。

「ボクもそう思う!」
 ロニだって1人は寂しい。

 …案外、そんな理由なのかもしれない。
 かつて完全だった自分がこうなった理由なんて。

 だってボクはすっごく可愛くて甘やかして可愛がってもらうとめちゃくちゃ嬉しいもん。

 だから、さ。
 ロニは広げた両手を後ろでに組み。

 なぜ?
 どうしていまさら?
 何をしに?

 それはね。

「みんな一緒に背負って、みんな一緒に生きなよ」
 誰より優しく微笑んだ。

 キミたちだけで、がんばれって言いたかったからだよ。
 キミたちなら大丈夫だからさ。
 たぶん、だけど。

 そんな、気がよぎった。
 よぎった気がしただけで、十分。

「こいつは特別にボクが、やっつけとくからさ!」

 ロニは再び敵前へ飛び出す。
 風に乗ってギュンとひとっとび!楽勝楽勝!
 なぜだかちょっと寂しくて、でも、ものすごく気分がいい。

「おっまたせ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

 軽やかに叫びながら大きめの鉄球をいくつも放ち、体勢を起こしたばかりの巨象を、昆虫をピンで縫いとめる見たいに動きを阻害する。
 ロニを狙ってホワイト・ノイズが角を叩き込まんと鉄球に削られながらも鋭く繰り出してくる、が
「きゃっほ〜〜!」これだけ勢いが殺されていれば問題ない。
 両手を伸ばして角を掴み、ポール・ダンサーのようにくるくると回って滑り――そのまま角の付け根に腰掛ける。

―おまえの、せいだ―

 ほとんどの鎧は砕かれ、ボロボロとこぼれていく。
 コードやパーツが剥き出し、何かの液体が止めどなくホワイト・ノイズから溢れている。

「そうかも」
 ロニは微笑んで、指先でちょこんと白象を優しくつつく。
「でもさ」
 拳を構える。
 
「キミたちはそのぶん、強くなったよね」
 
 神撃が、打ち込まれた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

多々羅・赤銅
【陽】

ははあ、つまりは私達は
悪趣味な共同墓地を作ってたってとこだ?
大丈ーー夫、スッフィーの言う通りにしな〜。皆抱き合って終われるように、五体満足で待ってな

うん、ピンと来ねえ
有象無象の鉄塊って感じ
象だけに

けどお前らにもう、誰かを愛する余裕は無いだろ
そうなったら、ひとは終い
だよなあ

時間稼ぎ承った

羅刹旋風、身体強化
剣の風圧で加速、時には身体を跳ね上げて
虚像に立ち向かおうぞ
施設の柱だ天井だの凡ゆる構造も、こうなりゃ知った足場だ
牙も重量も鎧無視にて斬撃を
巨大に隙間をこじ開けて
こざかしく舞う蝿となろう
私を殺せたらゆるしてやるよ!
稼げ、太陽が昇るまでのあと少しを!

いひひ
生還祝いのハグして貰って来るかー!


ダンド・スフィダンテ
【陽】

友よ、化け物の戦いだ。
この先必要な武器を、防具を、鉄を
こっそり奪って、逃げてくれ。

この場はきっと、崩れるからさ。

ありがとう。
うっかりで死ぬなよ?

なぁミューズ、ここは俺様が貰っても?
あれは、ミューズの好みじゃなさそうだし。

なに、時間を稼いでくれればいい。
帰ったら何か作るよ。

頼んだ。

あれが罪だ贖いだと言うのなら、穿とうとも。
死者は静かに眠って、生者は進み続けた方が良いさ。

槍を構え、力を溜める。
光は届くか?
苦しみしかない、その混沌に。

赦しを。
太陽は、全てを照らすとも。

「おやすみ、友よ」

天を穿つ光の槍が、雑音を消す轟きで、接触する。

……さて、彼らは無事に……ああ、うん。
思ったより元気だなぁ~~~



●ひとが初めにそれを陽と語る。

「ははあ?」
 多々羅・赤銅(ヒヒイロカネ・f01007)は両手に腰を当てうんうと唸った。
「言われてみっとなんか脚のあそこらへんみたいなやつめっちゃ作った気ィすんな〜〜〜」
 比較的負傷の浅かった彼女は手当ても終わり暇潰しついでに暴れ踊る白象の脚のパーツを、顔の中心に皺を寄せるように集中して眺めていた。「あ、うんそうだわ絶対そうだ、あれ私が誤魔化した塗装だわ」「えっじゃ俺の誤魔化した凹みもあるのでは?」額に傷のある男が隣に並ぶ。左太腿を大きくやられて巻かれた包帯が痛々しいにもかかわらず、ひょこひょこ歩いて同じように立ち並びみる。「あれあれ」「どれどれ?」「あれあれあれ」「わからねえ〜〜〜〜〜〜」

 赤銅はぬるりと表情を変える。
「まーつまり、私達は」
 唇吊り上げ眼を細め
「悪趣味な共同墓地を作ってたってとこだ?」
 ははんと業を、笑ってやる。

「みいんな一緒くたなら寂しくねえよ〜〜ってか」赤銅の物言いに顔を大きくやられた男が笑う。「しかも多分一緒のベッドにぎゅうぎゅう詰めだから昼夜問わずパーティできるぜ?」赤銅はそれに乗っかって教えてやる。「いやあ、御免だ」右脛を縦にやられた巨漢の男が肩をすくめる。「地獄のカーチャンにフライパンで撲殺されるね」「まあそもでけえお前と一緒のベッドはヤダな!」脇腹のガーゼからまだ血が滲む男が皮肉を添える。「ンだよ、でかいのはいいことだぞ」いろんな意味を込めた赤銅の物言いとふざけた腰つきにドッと男たちは笑い出す。「それとコレとは別だろ〜〜〜!」「私は好きだぞ〜〜!おっきい体ってあったかいじゃん?」
 赤銅は上品とは言えない冗談に一緒になってゲラゲラ笑いながら見定める。

 うん。
 彼らはここが限界だ。
 この先の戦いに、連れては、いけない。

「皆、元気そうで何よりだ」
 同じ判断を、ダンド・スフィダンテ(挑む七面鳥・f14230)もしていた。
 ダンドが喋ると、愛すべき友人どもはぴたりと口をつぐむ。
 誰もが彼の言葉を待っていた。
 皆の中心に立ち、人一人の負傷と顔つきを確認する。
「誰一人負傷はあれど欠け無し!」
 傷ついた体に、燦燦と輝く彼らの表情が、何より愛おしい。
 無傷の者はいない。今はまだ包帯が痛々しいが、医療技術の高い猟兵のお陰である程度安静にしていればそう問題にはならない状態だ。武器だってもはやスクラップに近しい。
「本当に良くやってくれた。見事なものだ」
 ダンドの賞賛に照れ臭そうに眼を逸らすやつがいる。軽く会釈する者がいる。自慢げな顔で腕組みをする者がいる。嬉しそうにダブルピースで笑う者がいる。

 嗚呼。
 あの動乱を超えてなお、彼らの魂は健全なり。
 来た意味は本当にあったと、何より安堵する。

「では、友よ」

 彼らがダンドの言葉に武勇を持って応えてくれたというのなら
 
「ここより先は化け物の戦いだ」

 今度は己ら猟兵が彼らの武勇に応える番だ。

「この先必要な武器を、防具を、鉄を」
 一人、一人。しっかと眼を合わせ。
「こっそり奪って、逃げてくれ」
 心の底から頼み――少し、へちゃ、と真剣な顔を崩した。
「この場はきっと、崩れるからさ」
 度重なる交戦で倉庫は倒壊寸前だ。
 十全ではない彼らがもし倒壊に巻き込まれでもしたら、せっかく生かした命が無駄になってしまう。
 そう言う紳士な依頼だったのだが…今回ばかりは返事がない。
 誰も彼もが不満そうだ。「ん?なんだ?」
 ひひひ、と笑ったのは赤銅だ。「心配されてるぜ、スッフィー」む。ダンドは唇をすぼめる。「俺様が?」「だって、なあ?」「旦那そういうとこあるよな」「そ、そんなことないぞ?」わかるようなわからないなりに否定してみる。ち、違うもん。そんなこと思ってないししないもん。
「大丈ーー夫、スッフィーの言う通りにしな〜」赤銅は歩を進めてダンドの前に立つ。
 そのままゆっくりとダンドの周りを一周しながら、同じように一人一人に語る。
「皆抱き合って終われるように、五体満足で待ってな」
 刀を抜く。しゃん、刃にきらりと陽が撫でる。
「この多々羅・赤銅が保証しちゃる」

 ダンドは苦笑する。「と、言うことだ」
 うう〜ん、そう言う心配されるの、心外なんだが。
 何かを見透かされているような気もするし、なんともはや。
「総員、退避だ」
 ダメ押しの、令を下す。
 まず最初に立ち上がったのは額に傷のある男だった。「おら大将困らせんな、行くぞ」「あっヒドイ!大将はやめてって言ったのに!」「体力に余裕のあるやつ、重傷者を運ぶの手伝ってくれ」食い道楽が続き「ほらお前、座り込んでぶつぶついうな」誰かの手を引っ張って立ち上がらせた片耳のない男が続く。 

 ぱらぱらと、しかし速やかに撤退し始める。

「旦那ァ」
 声をかけられてダンドは振り返る。
「おお、貴殿か」義足を折られた彼は別のものに負ぶわれながら、ダンドへ右手を伸ばしてきた。「無理するな」肩の深くまでやられた傷は絶対安静のはずだ。「いえ、いえ、無理に入りませんよ、これくらい」「…そうか」苦笑する。「どうした?」手を取る。
「握手です」
 自他の血に塗れた手。「ちょいと汚いのは、勘弁してください」苦笑の笑み。
 ……。
「汚くなど、ないさ」
 しっかと、交わす。
「ご武運を、ご無事を」「応、任せておけ」

「あんたは間違いなく、おれたちの陽でありましたよ」
 今度はダンドが、苦笑する。

「よせ」どこまでもほろ苦さの混じった思いが胸をわずかに焦がす。
 そんなんじゃない。そんなんじゃ、ないさ。
「あん?なんだよスッフィー受け取っとけよ。ありがとうだぞそういう時は」
 後ろからダンドの肩に赤銅が顎を乗せる。「おあっミューズ!」くしゃっと顔を笑みに歪めながら、赤銅はダンドの脇の下から右手を伸ばし、ダンドの手の上から彼の右手に手を重ねる。「安心して待ってな、お話はいつだってハッピーエンドのハグがお決まりだ」「頼んます」「おうよ」
「ありがとう」
「こちらこそ、旦那」

「おーい皆、急いでくれ!うっかりで死ぬなよ?」「わぁってますよお!」
 呼び掛ければそう、誰かが答えてくれる。
 ダンドは微笑む。どこまでも、微笑む。
 
 ん。
 赤銅はダンドから顎を離しながら、そいつと眼が合った。
 左手の薬指のない、左耳の上に、三本刈り上げの。
 よお。唇だけで言う。よお。唇だけで返ってくる。それから、小さく左手で何かを持って掲げる仕草――ああ、この中で意味を理解できるのは、赤銅だけだ。
 同じ仕草を返す。小さく。
 乾杯、クソ野郎。
「なんだミューズ?どうかしたか?」
 別の者に応えていたダンドが赤銅の沈黙を不思議に思って問うて来た。「んーん」目的犯のえみで、笑う。
「なんでもね」

 そういうことも、あるだろう。

―汝ら、罪、ありき―
 ホワイト・ノイズは前進する。
 片角は折られ、ほぼ崩れて砲撃のできない鼻。
 しかし巨体、重量は未だ、在り!
 二人、さっぱりとした足取りでそれに近づく。
 どどん、ど、どんと、諸々を破壊しながら進み続ける兵器へと。
「なぁミューズ」ダンドは構えた槍をぐるりぐるりと回して調子を試す。良し。集団の中とは違う。存分に振れそうだ。「あーにー?」抜身の刀を肩に背負った赤銅は空いた左手で白象の蓋を数えようとして、数えるのに失敗する。あれだ、だいたい左右対象かな。いやでも多いだろ、わかんねえな。
―罰を、罰を、罰を―
「ここは俺様が貰っても?」
 ダンドはとん、と石突きで地面を叩く。
 そもダンドの握る槍とは軍の先にゆくものや敵軍の中で使うことでこそ輝く武器だ。
「『あれ』はミューズの好みじゃなさそうだし」
 味方を背にするか、こうして味方を逃して戦うか、そういう時にこそふさわしい武器だ。
―裁かれろ、裁いてやる、裁いてやる、裁いてやる―
「うん」赤銅は頷く。「ピンと来ねえ」探ろうと思ったが全くダメだ。
 対して赤銅の刀はただ斬るためにあるものだ。
 単体というのなら白象も条件には合致していなくもないが――あれからは人間らしい声こそ響けれ、人間らしさなど微塵もない。
「有象無象の鉄塊って感じ」
 彼女が何より愛する、死線と死相に満ちたずぶずぶの熱愛たる相思相愛葬死合からは程遠い。
 斬れなくはないが、斬れなくはないというだけだ。「象だけに」駄洒落など乗っけてみる。食指が動かない。

「ああは言ったけどちょっとめんどくせえな〜」ばりばり頭を乱暴にかく。物臭な赤銅の言い様に、ダンドはからから笑う。
「なに、時間を稼いでくれればいい」
 あれだけのデカブツを仕留めるにはこの槍では足りない。
 ちょっと準備が必要だった。「帰ったら何か作るよ」ひと押し。「餃子」赤銅は注文をつけた。「はいはい」慣れっこなので、ダンドは笑う。「チーズのやつも入れて」「ビールもつけよう」「枝豆も」「ああ、いいな」「酒盛りしよう」「眠たくなるまで飲んで笑おうか」「乾杯しよ」「なんて?」

 ひとを愛し愛されることを望む聖者はほほえむ。

「“我らの命に”」

 ひとに愛されひとを愛す性分の君主たる男はほほえむ。

「それは、名案だ」
 
 後ろの彼らともそれができたら最高だけれど。

「よっしゃ」
 桃花の髪色した羅刹はにっと笑った。

「時間稼ぎ、承った」
 朗と、請ける。
 今までの愛嬌も人間らしさも何もかもを削ぎ落とした、剣鬼の顔。
 めりめりめり、と音を立てるように、顔に、首に、腕に、梅の枝が伸びる。

―我、我ら―

 対するダンドは真顔で槍を構える。 
「頼んだ」明と押す。

―罪、ありき―

 赤銅が、跳んだ。

 枝に赤赤、梅咲かせ。ひとつなる眼は見開いて。
 剣舞振るう。剣刃、圧飛ばせど巨象は鼻でいなし消される。「だろうな」
 失われた砲とて腕の代わりにはなるとばかり、そのまま飛び出した赤銅目がけて鼻が突き込まれる!
 赤銅はわずかに上半身を左へひねる。右側をごっそりと大木でも投げられたような剛風が傍らを通っていく。「道敷きご苦労!」がん、と鼻に乗り上げる。再び剣刃飛ばす。それも首振りて角で受けられ頭までは届かない。「はは、やっぱ剣圧じゃ届かねえわな」呵々と笑え!
「それで斬れたらどうしようかと思ったぜ!」鼻がうねる。巨人の腕の薙ぎが如く壁へ向かって震われる。赤銅を叩きつけてやろうというつもりなのだろう。「ッと!」前進しながらだったためにもろに投げられる。しかし空中で一回転。
 まるでそちらに重力があるかのように――叩きつけられるはずだった柱へ着地する。
「そう邪険にすんなよ」跳躍!
 直後赤銅がいた場所へ鼻が叩き込まれる。
 飛び込む先は、右角の上。
 ぴたりその先に片足だけ乗せて、立つ。
「人は愛してこそナンボだぜ?」
 くちづけを真似て唇を鳴らし、隙間目がけて一閃を斬りこむ。
 吸い込まれるように鎧の隙間からから内側へ――いける。斬れる!
 刀の腹半分まで食い込んだところで、ホワイト・ノイズが突き上げる!「最後まで聴けよ、ツレねえなあ、いけず」舞い上がる、天井まで――回転、再び、着地!
「人は愛し愛されてこそなんだよ」
―罪ありき、罪ありき、罪ありき、罪ありき― 
「けどお前らにもう、誰かを愛する余裕は無いだろ」
 ゆらり、天井の骨組みに逆さまにしゃがみ込んだことで赤銅の前髪が地面めがけて垂れる。
「そんなふうにしか見えなくなっちゃっちゃな」
―罰を、贖いを、贖って贖って贖って贖って償って償って償って償って償って―
 普段は花色で隠されている咲(ひら)かない梅の蕾が、聖痕が、剥き出しになる。
「そうなったら、ひとは終い」
 刀の鍔を鳴らす。
 天井から足を離す。落下?
 否。
「だよなあ!」
 今一度の、跳躍だ。
 落下する赤銅を迎えるは今先ほど足を乗せた角先。「そーいう洒落はできんのかよ」鼻で笑う。
「だったらそのアタマ、答える方に回して欲しいもんだなァ!」
 落下の勢いそのまま、斬り捨てる!
 右角丸ごととは行かない。だが半分、つるり、氷かのように、切り落とす。

―償って贖って償って贖って償って贖って赦し赦し赦し赦し赦しを―
 ……。
「赦しが、欲しいか」
 ささやく。

 角が切られ、また切り捨てた赤銅目がけ、再び鼻が突っ込んでくる。
 さあどうするか?落ちれば地面、そして脚。しかして迫るは鉄塊の腕、のようなもの。
 赤銅は息を引き、刀を構える。斜めに。鍔を頭に剣先は下に。迫る鼻をつるり、それで勢いを殺し、鼻の上を転がるようにやり過ごす――一歩間違えば腕と腹と刀諸共やられかねない狂気のいなし!
 ぱっと片手を刀から離す。
 吹き飛ばされる勢いを、左角先をその開けた片手で捕まえて殺し、ぐるり、回転
「私を殺せたらゆるしてやるよ!」
 巨像にして――人の虚像向けて刃を振るう!

 ここに踊るは羅刹旋風。
 ただ殺す刀の鬼。刃狂い。

 斬れなくはないのだ。斬れなくはない。
 もっと本気を出せばもっとやれなくはないのだ。
 
 ただ。

 罪と罰と赦しを叫び、狂う。
 あわれな、ものども。

「お前の事も愛するから――とは、私はお前には言えねえんだよな、残念なことに」
 刃の隙間から、微笑む。
 故ににまとわり付くこざかしい蝿となり、時間を稼いだ。

「別の奴が、お前を気にかけてくれてるよ」 
 聖者は示す。
  
 刻、きたり。
 
 赤銅は身を離す。
 彼女の後ろ。
 光の柱が現れている。

 其は天からの杭。
 陽光おもわす金髪をなびかせて、深い傷から溢れた血のように赤い瞳をしたひとりの男がそれを掲げていた。

 罪だ贖いだと言うのなら、穿とうとも。
 それを願い、思うのならば、与えようとも。
 死者は静かに眠って、生者は進み続けた方が良い。
「眠らずに戦いつづけるのも、辛いしな」
 いつかの昔の戦いを思い出してへちゃんと笑みを崩す。
 まあ俺様あれはあれで好きだけど。でもきついよな。
 伝わるわけもないのに、呼びかける。 
 
「……さて」息を吐く。「彼らは無事に」ちょいちょい。と赤銅が示してくれるのでちらと見る。「……ああ、うん」
 勢揃いでこっちの様子を伺っている。「思ったより元気だなぁ~~~」嘆息する。「巻き込まれるだろうから逃げてって言ったのになあ〜〜〜〜〜」ちょっと大将とか旦那とか呼ぶならそこらへんの言うことは聞いてほしい。本当に。切実に。「いひひ」赤銅が笑う。
「いーじゃん、落としゃいーんだよ、んーで生還祝いのハグして貰おうぜ」
 ホワイト・ノイズの突きをいなしながら軽口を叩く。
「やれやれ」ダンドは笑う。「言ってくれるなあ」「自信ない?」ニヤニヤと赤銅が笑いながら、一歩、ホワイト・ノイズより距離を取る――巻き込まれぬように。

「まさか」
 鮮やかに、剛毅に、美しく力強い、笑みだった。
 さて。
 挑め、七面鳥。

 この光は届くか?

 苦しみしかない、その混沌に。
 
 与うること敵うか?

 赦しを。
 
 傲慢だろうか?
 でも、与えられてはじめて、そうしても良いのだと、気づくことだってあるだろう?
 
 罪の有無、罰の有無、贖いの有無、赦しの有無――関わりなく。
 太陽は、全てを照らすとも。
 
 きっとそれは

「おやすみ、友よ」

 赦しと言っても、いいはずだ。

 天を穿つ光の槍が、雑音を消す轟きで接触する。
 天杭。空からの雷でも、叩き込むような眩さだ。

 神はかつて光あれといい、光が現れたという。
 しかしそれを陽と名付けたのは人だ。
 それを陽と語り愛しみと見たのは人だ。

 それは、そういう、陽光たる、一撃だった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

臥待・夏報
……悪いんだけど夏報さんは、元より「君たちのようなものしか殺せない」。
正義のヒーローの葛藤を見たいんだったら余所を当たってね。
さてさて十八番。
呪詛の時間だ。

有罪だろうと無罪だろうと。
悪くない、という言葉が、本音だろうと建前だろうと。
与えるまでもないくらいの「後悔」が既に此処にある。
どんな硬い殻だって、内側にあるものを防げやしない。

神にも法にも夏報さんにも、君たちを裁く権利はないよ。
君たちの過去が、
君たちの今を焼くんだ。

罪っていうのは、自分じゃそうだと思わないようなものなんじゃないかと思うよ。
酔っ払ったときの失敗みたいな、さ。
夏報さんはね。
一体何処で何を間違えたのか、未だに、全然わかんないんだ。



●date:■■■■,■■/■■

 いん、という音がして、ホワイト・ノイズの鎧が再生される。
 未だここにあり。そう、示している。
 逃げようと抗おうとなんであろうと、在る事は変わらぬ、と。

 裁いてやる、と吠えている。
 これこそが裁き、と吠えている。
 
 臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)は長く細い息を吐いた。
「それで葛藤すると思った?」
 苦笑する。「いやあ、むしろ葛藤してみたいところでもあるし」
 瓦礫の端っこにちょこんと座って白象を見上げていた。「知ってんだったら教えてみろよって気も、ちょっとするぐらいだけどね」
 夏休みの学生のようにぽん、と軽い調子で腰を上げる。

 白象が叫んでいる。
 何事かを叫んでいる。
 言葉のように聞こえるそれを、深く聞いてやったりはしない。
 聞くことで救われるような、そんな気持ちがするだろうなんて、思いやりがあるかないかと聞かれれば、それはあったところで身近な人とかほっとけないなと思った人にしか使う気もない。それがどれくらいいるのかと聞かれることは別として。大丈夫いるいる、結構いるって。いやほんとに。

「正義のヒーローの葛藤を見たいんだったら余所を当たってね」
 ふさわしい人はきっとたくさんいるだろう。

 じゃあ臥待・夏報はどうするかと言えば、だ。

「……悪いんだけど夏報さんは、元より『君たちのようなものしか殺せない』」
 夏報は軽く手をはたいて埃を落とす。
 衣類は乾いたし傷は手当てしてもらったけれど、やっぱり髪はパサつくし手はどこかベトベトする。「さっさと済ませちゃおう」

「さてさて十八番」
 ポケットに両手を突っ込む。
「呪詛の時間だ」
 
 条件は十分に整っている。
 あれに入っている一体何割が該当するのかはさておき、しかし叫びの半分は罪を叫び罰を願う声だ。
 
 均一化された叫び(ホワイト・ノイズ)が響いている。
 お前に罪があるんだとか、私に罪があるんだとか。
 私は悪くないんだとか、私こそが悪いんだとか。

 有罪だろうと無罪だろうと、どちらでも構わない。
 悪くない、悪いという言葉が、本音だろうと建前だろうと構わない。

 ぱた、という音がして、まず一冊。
 夏報の目の前にそいつが現れる。
 可愛らしいアルバム。
 百円均一に行けばあるような、安っぽくて薄いそれに、可愛くデコレーションがしてある。書き込まれた字や、デコレーションのシールからして、女子高生が作ったものだろう。
 日付は2012年の7月から8月。
 終わりの日付が、書いていない。

 与えるまでもないくらいの「後悔」が既に此処に、ある。
 どんな硬い殻だって、いくら直そうとしたって、内側にあるものを防げやしない。
 むしろ君たちはそれを原動力として組み込まれている。

 そうでしょう?

―ぱた、という音がして次に一冊。夏報の右手側に古びたアルバムが現れる。
 だいぶ年季が入って写真でパンパンだ。
―ぱた、という音がいてさらに一冊。今度は左手側に真新しいアルバムが現れる。
 親が張り切って用意するような分厚くて重たいアルバムが現れる。今までを収めこれからを収めるための白いページがたくさんあるような、可愛らしいしっかりしたアルバム。

―ぱた、ぱた、ぱた――アルバムは現れ続ける。

 適当に写真を貼り付けたせいで糊でベトベトにページが歪んだアルバム。何度も開いて閉じたせいでページの取れかかったアルバム。デコレージョンが多くて歪になってしまったアルバム。子供が書いてくれた絵や似顔絵を閉じて膨らんだ不格好なアルバム。神経質なほど写真が綺麗に並んだアルバム。小さいアルバム大きいアルバム、アルバム、アルバム、アルバムアルバム――

―ぱた、ぱた、ぱたぱたぱたぱたぱた―

 まだ現れる、まだまだ現れる。数えようと思ったら一日中では足りないに違いない。
 ぱた、とそれが開く、ぱた、ぱた、ぱた、と手も触れていないのにページがめくれる。

「神にも法にも夏報さんにも、君たちを裁く権利はないよ」
 少しだけ、目を伏せる。

 開かれたアルバムに自然と目がいってしまう。
 夏報の目の前のそれはまだ、開かれていない。
 開かれているアルバムの中の写真のだれも彼も夏報の知らない顔だ。
 あの中にいる誰かなんだろう。

「君たちだって、本当はわかってるんじゃない?」
 罪を、罰を、赦しをうたうあゆみ。

 ある一冊のことはさておき――それ以外は実在するわけではない。
 夏報のコードによって現れたアルバムだ。
 罪を背負ったと悔い罰を求める誰かのアルバム。
 共通点があるとすれば、すべて、色あせている、というところか。
 それは象徵だ。記憶、記録――後悔の記録の、象徵。
 
 夏報の目の前のアルバムが開く――目をやる。
 開かれたページ。日付は2012年8月19日。

 コール・イット・ア・デイ。
 その日を呼ぶ。

 知っているはずだ。
 忘れられないはずだ。
 知っていて忘れられないからそうなっているはずだ。
 間違えたことを知っているはずだ。してはならなかったと忘れられないはずだ。
 何度も振り返り、思い、どうしようもないと、悔いたはずだ。

―私が、悪い―

「ああ」
 夏報は頷く。「そうだ。君たちがそういうなら、そうなんだ。君たちが悪い、君たちが悪い、君たちが――悪かったんだろう」
 響く前進の音を、静かに聴きながら。「だから」

「君たちの過去が――君たちの今を焼くんだ」

 写真が、発火する。
 年季の入った古い写真が燃え上がる。可愛らしい幼児の映った写真が燃え上がる。べたべたにのり付けされた写真が燃え上がる。何度も開かれたせいでのりが剥がれかかっている写真が燃え上がる。ぎちぎちに飾り付けられた写真が燃え上がって似顔絵が燃え上がって記念写真みたいな整然とした写真が燃え上がって燃え上がって燃え上がって燃え上がって――当然、アルバムも燃えてしまって。

 夏報の周りを取り囲む、炎の、竜巻のようになる。

 夏報の目の前のそれだけは燃えない。
 どうしてだろう。
 それだけが、ちょっと寂しくもある。

「なあ、悪い、悪いっていうんならさ」
 ひたと、巨象を見つめる。
「謝れよ」
 呪う。呪う、呪う、呪う呪う呪う―。
「思い出に謝れ」炎が一際大きくうねる。生き物のように、否。あれこそは生き物だ。
「思い出に謝れ」呪詛という生き物だ。
 過去が呪う、今を呪う。過去が厭う、今を厭う。
 巨大な蛇。
 巨象の動きが、止まる。
 おお、と吼える。蛇が吼える。
 どうして、どうして。
 あなたは生きてきた、あなたは生きていた、
 あなたは生きて、ただ生きていたのに

 あなたは
 あなたは、どうして

「思い出に、謝れよ」

 どうして、そんなことしたんだ。
 
 炎の蛇が崩れるように巨象へと突撃する。
 過去が未来に復讐する。
 一体、今を生きるもののうち、どんなものが過去から逃れられよう。
 況や、自分の心をや。
 
 夏報は手を伸ばす。

「ほんとの罪っていうのは、さ」
 自分の目の前のアルバムを手に取る。

「自分じゃそうだと思わないようなものなんじゃないかと思うよ」
 2012/8/19――この日の、写真は、ない。
 書かれている日付を、指でなぞる。「酔っ払ったときの失敗みたいな、さ」

「夏報さんはね」
 ページをめくる。過去へ過去へ。
 少女が微笑んでいる。少女たちが微笑んでいる。
 手を止める。
 一瞬。
 写真の中の少女に、睨まれた気がした。
 どの写真だろう?

「一体何処で何を間違えたのか、未だに、全然わかんないんだ」

 どの写真でも、ある気がする。

 へ、と小さく、笑いが漏れた。
 ああやって燃え上がることのできる彼らが、羨ましくすら、ある?
 いやいやどうだろう。別に死にたいわけじゃないよ。

 写真の燃え上がる兆しが全くないアルバムを、夏報は閉じる。
 
 ぱたん。

 同時に炎が消え、沈黙が訪れた。
 後悔を抱えぬ今だけがそこに焼け残っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

カイム・クローバー
笑わせるぜ。罪だ罰だと、知るかよ。
集まってる連中は手癖の悪いクソッタレのイカれ野郎共で──最高にガッツのある連中さ。
そんな野郎共に最後の賭けだ。『動き出したガラクタをスクラップに変えて廃棄ダクトにぶちこめるかどうか』。
賭ける物は俺達の命。ハハッ、随分と刺激的になって来やがった!さぁ、Head・or・Teil?

魔剣を担いだまま、UCで飛翔。鼻先で着地。
【挑発】しつつ、牙による突き上げを躱し。再び跳躍して頭部の後ろに着地。見ろよ、この世界。クソッタレの世界だが、広いモンだ。罪だ罰だと…ケツの小さい戯言で世界が測れるかよ。
魔剣で【串刺し】。魔剣の柄に二丁銃で弾丸を叩き込み、楔にして内部破壊を狙うぜ。



● Call――Head・or・Teil

「いつまで笑ってやがる」
 カイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)が一括しても、バカ共は一向に笑いを引っ込めなかった。
 「だあって、なあ?」「あんな面白えもんなかなか見れるかよ!」「連戦連勝のカイム様がなあ!あっのツラ!」
 げらげらげら!
 …これである。肝の太いこと限りない。「勝てなかった憂さの晴らし方が陰湿すぎやしねえか?」投げやりに言い返せば笑い声は一層大きくなる。
 負傷こそあれど欠けた顔はいないようだ。割と命からがらの状況だったはずだが、誰も彼も変わりなくのうのうとしている。全くどんな神経をしているのやら。
「医者先生も医者先生だ。大したことない火傷だっつってんのによ」
 カイムは文句を言いつつ話題の猟兵を探してみるが、ぱっと見つからない。大方真っ先に突っ込んだのだろう。無事だといいが。
「心配だったんだろう」剃り上げた頭に刺青の男がやんわりと笑う。「わざわざトランクから別に薬出してきたんだ、そういうことだろう」
「違ぇよ」カイムは手首をひらひらと動かしながら答える。まだあってひりつく気がする。火傷の傷が、では無い。
「ありゃ消毒液だ」
 ぶっかけられた消毒液が、だ。
「消毒液ぃ?」額を思いっきり切られたので包帯を巻かれた別の男が怪訝そうな顔をする。「なんでまた」「『有言実行』ってところだろうよ」カイムは唇をとんがらせる。普段だったら余裕で逃げ切れたのだが、流石に多人数の治療の流れでは逃げられない。「さすがは医者先生だ」半ば批難めいた賞賛を贈る。忘れてると思ったのだが、彼は頭にカルテでも入っているのかもしれない。ありうる。

「さぁて、野郎ども」
 カイムは立ち上がり、歩き始める。
 すっかり顔なじみになった男たちの間をゆっくりと前へ向けて進む。
「シークレット・ゲームのご案内があるんだが、乗る奴はいるか?」
 唇を純粋な悪戯っけたっぷりの笑みに歪め、足取りは余裕たっぷりに。
 ここがカジノでどのゲームで遊ぶかとでもいうような、歩み。
「俺たち全員をペシャンコにするとどれくらいの厚さになるかとか?」
 ちょっとした皮肉をカイムは鼻で笑い飛ばす。「食えねえステーキの厚さを測る趣味はないね」
「とびっきりヤバくてハイなゲームさ」
 じじ、と空気に焦げ臭さが混ざり始める――カイムの身に雷が走り始めていた。
 輝きは紫。

「『動き出したガラクタをスクラップに変えて廃棄ダクトにぶちこめるかどうか』」
 ご、ごん…!
 ひときわ重たく激しい音が響く。
 ホワイト・ノイズの牙、だれかへの攻撃を外したひとふりがごっそりと壁をえぐった。
 あんなにも白かった巨象の装甲は汚れ、へこみ、ひしゃげ、あるいは剥がれ落ちている。
 だが攻撃はより一層激しさを増しており、飛び込むことは無謀と言って良い。
 良い筈だ。そのはずだ。
「賭けるのは俺達の命だ」
 しかしカイムはその危険を笑って語り 
「どうだ?」
 なんてことないことのように問い――
 Yea!
―全く喧しい歓声に指笛に拍手が武器のぶつかる音と共になり響く!
 一切の恐怖なく。一切の怯みなく。
 …全くどいつもこいつも。
「ハハッ!」
 愉快極まりない!
「随分と刺激的になってきやがった!」
 カイムは剣を構え、鳴らす。

「それじゃあラスト・コールだ、野郎ども。―― Head・or・Teil?」
 
 Head!

 もはやシャウトじみた声を聴きながら。
 翼が如く紫電を纏い――飛ぶ。

「ぜってえ勝てよ『今のとこ』全戦全勝のカイム様!」「おう勝てたら夕飯もつけてやらあ!」「無茶はするなよ」「怖かったら戻ってきてもいいんだぜ、おい!」「行け行けカマせーーー!!」

「バーカ」最後まで投げられるヤジに笑う。「この程度で誰が怖気づくかよ」喧しいバカども。「俺は期待に応える男だぜ?安心して待ってな」

 弾かれたコインのように。
 稲妻のごとき一線。

 紫雷をまとうこの力は、見た目の華やかさに反して扱いとしては非常に繊細だ。少しばかりコツがいる。
 力を封じる鎖を、ほんの少しだけ緩めて、溢れさせてはいけない、しかし、必要な分だけ引き出し続けなくてはいけない。楽なようでいて、少々手間だ。
 内なる神として覚醒するではなく、毎秒ごと寿命を削るほど引き出すでもない。
 そちらの方が早くケリがつくとしても、今回はそうしない。
 だがカイムはそちらを選ばない。
 なぜなら後ろには奴らがいるからだ。巻き込んでしまっては賭けもクソもない。
 それに、だ。
 それにここにいるのは『チンケな泥棒』、あいつらの選択(Head)でもある。
 故に、あくまでも、人のまま。
「その依頼――」
 いつもの文句を口にだし「あ」はたと気づく。「やっぱあいつらからなんかガメとくべきだったな」微か、笑う。「またタダ働きかよ」
 さらに加速、跳躍。
「便利屋Black・Jack――その依頼、たしかに請け負ったぜ」

―罰を、罰を、罪には罰を―
 清廉なる非難(ホワイト・ノイズ)が聞こえる。

―知っている、知っている、貴様らの罪を知っている―
 脚を踏み鳴らし。
―解っている、解っている、我らの罪をわかっている―
 壊れかけた砲門を振り乱し、叫んでいる。

「笑わせるぜ」カイムは飛翔の刹那で笑ってやる。「罪だ罰だと――知るかよ」

 かつ、と

「いいか?『カミサマもどき』ども」

 カイムはホワイト・ノイズの、文字通りの“鼻先”に立つ。
 何度も叩き壊されて繋がれたキャノンはもはや砲の機能を持ち合わせてはいない。
 振りかざし殴りあげる『暴力』だ。足や角の突き上げほどの威力はなくとも、十分な、暴力。

「ここに集まってる連中はな」
 剣は右手で持ったまま、空いた左手でアナウンスでもするかのように掌で示す。
 盛り上がっているバカどもが見える。はっきりと聞きとれないが多分あのがなりごえのほとんどはアホみたいなヤジだ。

「手癖の悪いクソッタレのイカれ野郎共で─」
 笑みをぐるり、言い回し通りの剥き出しの凶暴さに塗り替え、
 左手を離し――

「最高にガッツのある連中さ!」
 剣を巨象へ突きつける!
  
 ぐおん!ホワイト・ノイズがカイムを振り払おうと大きく鼻を横なぎに動かす。
「ほっ」もちろんそのタイミングでカイムはすでに前へ跳んでいる。
 空中に投げ出された形になったカイム目がけて角による一撃が突っ込んでくる。
 口笛を吹く。トラックでも突っ込んでくるみたいだな!
 カイムは左手でコートを掴む。剣を上に掲げ、優雅な仕草で相手に背を向けるようにぐるり、1回転――闘牛士のようにかわす!
「悪いな、オーダーメイドの大事なコートなもんでね」ジョークを口ずさみながら、ウインクを飛ばす。
 全ては刹那のことだ。カイムはちょっと脚を伸ばし「ご自慢のツノ、借りるぜ」今自分の横を駆け抜けていく牙に片足を乗せ、台代わりにし――再び、跳躍!
 ホワイト・ノイズのはるか上を飛び
「おっと」ふざけて天井すれすれの後方宙返りを決めて、着地する。
 どこに?
 巨象の頭部、その後ろ――わかりづらいが、首にあたる部分。
 煩わしいとばかり巨象が何度も首を揺らす。「おいおい、乗ったぐらいでキレんなよ」くつくつ笑いながらバランスを取る。
「それより見ろよ、この世界」
 こんこん、と爪先でホワイト・ノイズの頭部を叩く。ここに『あの蓋』はない。この近くにあるとすればおそらくこの頭部の中、奥まった部分だろう。見える位置あるのは少し後ろ…背の方だがそこはすでに開けられており、周辺がよくわからない液体で汚れている。
 そこからはよく見えた。
 あのバカどもだけではなく、多くの人間たちが固唾を飲んで見守っている人間たちが。
 その向こうにはさらに建物がいくかあって、あれを取り払うと荒野が広がっているのだ。
「クソッタレの世界だが――広いもんだ」
 きっと明日も快晴なのだろう。きっと明日も残酷なのだろう。
 アポカリプス・ヘル。黙示録の地獄。
 終末と最後の審判にさらされた世界。
 罪を問われて、待つ世界。

「罪だ罰だと…ケツの小さい戯言で世界が測れるかよ」
 
 罪があろうと明日をもとめて、誰も彼もがもがいているのだ。
 どん、と巨象が揺れる。カイムを振り払うべく両前脚を持ち上げてはおろし、衝撃を与えてくる。「おっととと」一度、二度、ふざけてバランスをとりながら、それでも語る。「なあ、どうだよ」呼びかける。

「罪であろうが生きたかった、あがきたかった――おそらくお前の製造方法を開けた奴らと同じだぜ?」

 これの中身は、数ヶ月前の囚人どもだ。つまりそこには、あいつらのようなバカどもも、やはり少なからずいたはずだ。「どうよ、カミサマもどきを辞めて骸の海から仲良く寝てこっち見守るってのは」愛すべきギャンブル狂いども――コイントスで文句をつけることはあっても、意地汚くゲームに残ろうとするやつはいなかったのだ。「そりゃちょっと怠惰なゲームだがよ」もしかしたらゲーム(人生)が終わっていることに気づいていないのかもしれない。

 だったらまあ、誰かが肩ぐらい叩いて教えてやったって、いいだろう?
 いつかドローンにギャンブルを吹っかけた時のように、駄目で元々、聞いてみる。
 ホワイト・ノイズに誰かの声は届くか否か――さあ、Head・or・Teil?

 Head(届け)
 
―貴様ら、我ら、裁かるるべきものなり―

 変わらぬ、回答。

 Teil(否)

「ハッ」 
 カイムは笑う。「そうかよ」わかりきってはいた話だ。
 ほんの少し、残念な気持ちも含めて。

 ぐわ、と巨象が振りかぶる。もはや後ろ脚二本のみで立つような直立。

「じゃあ遠慮なくいかせてもらうぜ!」

 カイムは巨象の首に、大剣を突き立てる!!
 ぎいいいいいいい!悲鳴を上げながらホワイト・ノイズは直立のまま体を大きくくねらせる。

「ハッ、象のロデオか!でか過ぎて面白味が」両手で剣を持って軸とし体を支え、両足は巨象の背につけたまま、思い切り、剣を差し込み――剣の腹まで埋め込む。鎧の隙間を狙ったといえ中はほとんど鋼鉄でできた部品ばかりだ。めいいっぱい力を込めてぎちぎちと差し込む。手応えがあった。硬い――あとちょっとだ。
 巨象がもがく前足を下ろす、縦が横に、横顔縦に――カイムは剣を離さず
「ねえ、なッ!」
 重力と勢いのまま、根元まで、押し込め!
 どん!と地面が叩かれる。もはや両足によるストンプだ。砂埃が一斉に巻き上がり、暴風を巻き起こして吹き荒ぶ。
「さて、ゲームだ」
 カイムは呟く。
 剣の柄からはとっくに手を離している。
 重力を持ってしても貫けなかった硬い層があった。
 剣もまだ、余裕がある。

 ならば。
 
 双頭の犬(二丁拳銃)を両手に構え。

「首といえば生物共通の弱点だが――首を串刺しにされてもお前は平気なのか?」
 狙いすます。

 普通に撃てば鎧に弾かれる。
 故に、狙うは魔剣の柄。

「さあ――Head・or・Teil?」

 間髪入れず撃つ!

 ぎん、ぎぃん!

 甲高い音を立て、火花を散らし――そして魔剣は、楔と変わる。

 派手に何かの液体が噴き出す。火花がいくつも上がる。
 ホルスターへ銃を収め、剣を引き抜き、再び跳躍。

「Head――俺の勝ちだな」
 
 巨象の前へ立つ。

「さあ、次はスクラップになって廃棄ダクトにぶち込まれてもらうぜ?」

 冴えた眼に獰猛な笑みを浮かべ、カイムは再び剣を構えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セラ・ネヴィーリオ
【くれいろ】

彼らの嘆きを聴く
「…苦しい、ね」
僕は彼らを助けたい
けど帰るべき体も無いんじゃ、海に還してあげるのが精々
分かってるけど
その選択は、まだ残る命の灯を消す行為だ

ユキさん
心に…?
(全部背負うんじゃなく、留めて)
…そっか。それでいいんだね
分かった
送り出そう、二人で

巨象と正面から対峙
もうお休みよと安らぎを祈り
命を摘む覚悟を全力魔法に装填
【滄溟航路】の波濤で椿に続く
巨体を塵に返しながら狙い駆けるは丸ハッチ
反撃や誰かへの攻撃は波を盾に相殺
「ねえ、出ておいでよ…!」
彼らと対面したら
弔花と共に、
…送ろう

魂は天に還りいつか海へ
うん。死者と、遺る生者の明日の為に
今は彼らを安らぎの旅路へ

――いつかは、僕らも


ユキ・パンザマスト
【くれいろ】
(曖昧然の真の姿)
(己も囚われているのかもしれません
未だ来ぬ終わりに
化け物、己のようなもの
赦されたいですか
お前達も難儀ですね)

ね、セラ
その震えは大切なものです。
背負うでなく心に大事に持っていて下さい
ええ。あなたが旗なら
殿は、わたし、が務めましょう

平らではなく
巡りて変わる道ゆえ愛おしい
【往森行路】で椿森を展開!
生命力吸収と捕食、マヒ攻撃
動力炉や装甲を崩し電子毒を注ぐ
味方猟兵や一般囚人の回復へ

(罪も罰も穢れも魂も信念も
余さず喰らって生きる
いつか吼えた言葉
けど魂は)

海までつれて往くのでしょう?

夜凪の炎に灼かれる姿に重ねる
あなた方はどうか海で安らかに
わたし、もいずれ

今はまだ
傍らで遠回りを。



●椿の生垣、海への道

―お前のせいだお前のせいだお前らのせいだ―

 ほろほろ、とユキ・パンザマスト(暮れ泥む・f02035)の姿がさざなんでいる。
 暴れ狂う白象の破壊が巻き起こす風に、そよ、そよと1ビット・1ピクセル単位でユキはゆらゆら揺らいでいた。
 今までの戦の鮮に随分触発され、またここまで震い続けた力の故に溢れたらしい――真の姿。
 ふむ。と〔ユキ〕はホワイト・ノイズへ思う。
 囚われているのですね、お前たちは。

―私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ―
何もかもを叩き潰し、貫き尽くし、焼き払い、時に食う、白象。
 己も囚われているのやも知れません。
 そう、心を寄せる。

 尋ねれば誰もがそこに〔ユキ・パンザマスト〕がいると認識するだろう。
 ではそれがどんな姿かと問われれば、言葉に窮するに違いない。
 そこにいるとわかるのに、そこにいることを語れない。

 光による存在とは物質存在に光があたり反射によって描かれる像を視覚することで語られる。
 熱による存在とは物質存在がそこにあり、内外的な温度の違いでもって語られる。
 音による存在とは物質存在がそこにあり、自他による動作によって受けた影響の反射でもって語られる。
 物理的存在とは、そうあるものだ。
 だが、〔ユキ・パンザマスト〕は。

―裁け、裁け、裁け、裁いてやる、裁いてやる、裁いてやる、裁かれろ―
 いつまで経っても来ませんものねえ。終わり。
 待てど暮らせど来ぬ終わり。

 お前たちはそれを待っているのでしょう?
 でもこない、こないから足掻いてもがいて、壊して食べて生きて生きて生きる。
 己も、時々そんな心地がいたします。

―贖って贖って贖って贖おう、償って償って償って償おう―
 赦されたいですか。お前たちは。

 白象。あの中に何人がいて、どんな形で収まっているのだろう。
 意識は全て一ビットまで分解されて、同一の罪によって結合されて、パーツを緻密に動かすプログラムとなり、プロトコルに則って動いているだけなのだろう。
 あれらのシャウトは、あくまで幻聴にすぎない。
 
 だが〔ユキ・パンザマスト〕の〔姿〕とはホロによる演出だ。
 〔存在〕はそこにあれど、物質的情報が演出で語られているに過ぎない。
 故に、あふれる力に、衝動に、ホロの“解像度”が歪めばこうもなる。
 モザイクなどという出力の不足やボカシのお遊びではない。
 ノイズなどという存在に対する否定ではない。
 〔彼女〕はそこにいる――たしかに。
 猿の顔?狸の胴?虎の手足?尾は蛇?胴を虎と語る者あれば、背が虎で手足は狸という声もある。
 見るところで形の変わる不確定――それが鵺だ。そして、それが〔ユキ〕だ。
 曖昧模糊たる認識できながら不可視の〔鵺〕。

―お前が悪いお前が悪いお前が悪いお前が悪いお前こそが悪い―
―私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私が悪い私こそが悪い―

 そちらは一つの体にばらばらの頭。こちらは一つの頭にばらばらの体。
 もとはヒト。
 己のようなものだ――おんなじで、正反対のばけもの。

 難儀ですね。お前達も。〔ユキ〕はそっと笑ってやる。
 求める岸は、何処にありや。求める岸は、真に求める岸なりや?
 
 ちょん、と〔ユキ〕の〔掌〕に、触れる指があった。
 誰かはわかっている。掌を求めるその気持ちも、わかる。
 〔指〕を〔伸ばす〕。〔絡める〕。
 〔そっと〕〔握る〕。
 いつかの荒野、トラックの荷台で彼にそうしてもらったように。
 いつかはそれが何よりのあかりであったから。

―わたし/あなた は 悪く ない ―

 優しく握ってくれる手がそこにあることに、セラ・ネヴィーリオ(トーチ・f02012)はこころからの安堵をゆっくりと吐き、握る手に力を込める。
 なぜだろう、熱とか柔らかさではない、存在がそこにちゃんとあると感じる。
 それが何より愛おしくて、泣きそうなくらいありがたかった。

―悪い のは おまえ/わたし だ―

 嘆きだ。叫びだ。狂気的なまでに悲痛な咆哮が目の前にある。
 びりびりと鼓膜を震わせ神経まで痛めるような感情がありありと伝わってくる。
 魂が見えるわけではない、ことがまた、セラの胸を強く痛める。
「…苦しい、ね」
 “死んでいない”のだ。彼らは。
 限りなくその縁に近い、満ちてきた波に呑まれつつある孤島。
 まだ、潮にやられていない緑のわずかにある、島――それがあれだ。
 彼らを助けたい。
 素直にそう願う。
 
 しかし、彼らはセラが願うような、本当の意味では、助けられない。

 ならば、できることを?
 実情を想像でしか知り得なくてもわかる。どう考えても帰るべき体は失われている。
 機械やプログラムの事に疎くてもわかる。どう考えてもあれはもう人間には還れない。

「止めて、あげないとね」
 セラはそっと呟く。
 精一杯いつも通りを心がけたのに、声が震えてしまう。
「ええ、左様です」 
 〔ユキ〕も肯定する。その道は間違いではないと、霧向こうの船が鳴らす汽笛のように。

 あれを助けようと思うなら。
 骸の海に。過去のものに還してやるのが、精々だ。

 でも、それは。セラはどうしても考えてしまう。
 胸が苦しい。喉に重たい熱が溜まって息ができない。耳の奥がつんといたい。

―罪ここにあり、罰ここにあり―

 その選択は、未だ残る命の火を吹き消す行為だ。

 悲しい。辛い。そうしなければいけないのはわかっているけれど、苦しい。
 悲しみが溢れて、どうしても手を強く握ってしまう。
 普通に呼吸がしたいのに、喉を使って震えと熱の詰まったみっともないものになってしまう。
 それしかない。わかっているのに――思ってしまうのだ、どうしても。
 だって。だって、未だ、まだ。 

「ね、セラ」
 〔ユキ〕は〔優しく〕〔語りかける〕。
 ホロが薄まって曖昧糢糊となっている今、それはユキの存在から発せられる声ならぬ声、あるいは何よりも感情とこころをたたえる魂よりの、ささやきだ。
 ユキには彼の苦悩の想像がつく。誰より優しい、誰もこぼしたがらぬ灯りのあなただもの。
「その震えは、大切なものです」
 セラのそのこころは、何も間違っていないのだ。
 命を前にためらうこころも、助ける手段にそれしかないと理解し決めている意思も。
「背負うでなく心に大事に持っていて下さい」
 その苦悩は、ひとを真に想うあたたかさゆえのものだ。
 失われてはならない輝きなのだ。
「…心に?」
 セラはとなりを見る。
 ユキがそこにいる。
 どんな顔でどんな姿で立っているのか、どうしてかピンボケしたように顔や姿をとらえることができないけれど、彼女がたしかにそこにいるとわかる。
 セラは眼を凝らす。彼女の表情が見たくて。それがまた眉を寄せて眼を細めるので、こみ上げた何かが溢れそうな気がしてしまう。
「そうです」
 〔ユキ〕は〔セラを見つめ〕て、心から肯定する。
 認識されないのに、〔微笑む〕。
 あ、〔こっちを見た〕。はっきりと見えないはずのセラはユキのそれを悟る。あ、〔笑った〕。
 泣きそうな、嬉しそうな、〔笑顔〕。
 …セラが魂の受取り手だからだろう。
 本来なら伝わらない彼女の〔感情の発露、機微〕を、彼は正確に感じ取っていた。
 あの巨象の心配なのに、どうしてユキさんがそこまで嬉しそうなんだろう。
 疑問は浮かべど、彼女が〔笑って〕くれたことが嬉しくて、セラも微笑む。
 背負うでなく、心に。
 その微笑みが、〔ユキ〕には〔本当〕に〔嬉しい〕。
 己ですらも認識できない〔わたし〕を、曖昧糢糊の鵺を、このひとはちゃあんと認識している気がして。
 彼の認識が、〔彼女〕の存在を〔全肯定〕する。
 霧むせぶ海辺の灯台の明かりのように。
 曖昧糢糊のはずの存在の肯定に世界への区切り:〔〕を取り払って、ここにいると、思える。
「…そっか」
 セラには彼女の全てを持ってしての肯定が、今は何よりあたたかい。
 あたたかい明かりの笑みを浮かべる。「それでいいんだね」「ええ」ユキはうなずく。何度だって肯定する。何も、間違ってなんか、いないのだ
 手放して背負うでなく、心に留めても、良いのだ。
 ユキの肯定を受け、セラはもう一度まっすぐ見つめる。
 ホワイト・ノイズ。純白の巨象。
 全てを平らにしてでも、何もかもを焼き払ってでも、何度打ち破ろうと何もかも食らって蘇ろうとする、人間の業、その機構を。

「わかった」
 セラは力強く言い切る。
「送り出そう、ふたりで」
 まだ握ったままだったユキの手に、決意を込める。
「ええ」
 ユキも握り返す。
 そしてゆっくりと、なごり惜しいけど、離す。
「あなたが、旗なら」
 背負われるでなく、手伝うなら。
 あたためられるばかりでなく、あたためるばかりでなく――時にはそれが、必要だ。
「殿は、わたし、が務めましょう」
 ともに、ゆきましょう。
 どこまでも。

 そして、うつくしい椿の森が巨象の行き手に咲き現れる。
 
 ユキ(もり)は両手を伸ばす。
 セラの覚悟を、巨象の存在を、抱きしめて包み込むみたいに。
 往森行路の名に違わぬ、椿の生垣囲う、行き止まりの一本道がまっすぐ、巨象から二人のまえへと線引かれる!

 今別のものへと焦点を当てていたホワイト・ノイズは、突然の妨害に周囲を探索する。
 見やれば一本道。少々想定外ではあるが、消去すべき存在(つみ)も在る。
 
 ええそうです、こちらへいらっしゃい。
 ユキは幹枝葉花もろともで呼びかける。
 巨象が足を上げる。大地をもろとも均しながらゆくために。あの少年(つみ)を巻き込んで殺害する可能性も大いに考慮しながら。

 ユキはすかさず枝葉を伸ばす――絡める!
 こらこらそいつはいけません。あげた足とれ。やれ待たれ!
 巨象がもがく、ぶちぶちと枝が折れ葉が散る、花が落ちる。
 神経だか髄だかがぶちぶちやられている感覚がする。ああこいつは背筋が火を噴いて火花でも散ってるような痛みだ!存在が揺らいでいる今、その表現は少々疑問なのだけれど、しかしそういうしかないのだからしょうがない!

 なんの、これしき!
 ユキは痛みを噛みちぎりながら魂で吠える。
 よいですか、きっとご存知のはずです。それだけたくさんの方がいらっしゃるのですから。
 平らではなく。
 巡りて変わるゆえ、愛おしいのです!

 枝伸ばせ。根を這わせ。

 森を振り払おうともがく巨象が異常に気づき始める。
 体が大きいからですか?ユキは葉擦れでクスクス笑う。少々遅かったですね。

 芽を吹かせ、蕾膨らめ、花咲かせ。
 
 枝根は白象の神経系コードへと接続し、食い込んでいる。繋がっている。
 破壊のためではないから少々遅れたのかもしれない。
 『エネルギー出力低下』ええそうです。
 『エネルギータンクないしはエネルギー管に異常あり』ええそうです。
 そうですとも――あなた方の生命力丸ごと、頂戴しています!
 そしてそれだけではありません。
 異常(Error)非常(Error)緊急(Error)――…。
 リンクしているが故に、その叫びを我がことのように聞く。
 しかし、やめない。
 森は所詮現実の演出でありプログラムたるホログラフ。
 ちょいと書き換えれば、電子毒!
 吸うことができるのなら――流し込むこともたやすい!

 巨象の鎧が開く。
 絡めとられた椿に耐えかねて、エネルギーと鎧再構築のための吸収を開始しようとする。
 
 きましたね。
 ユキはほくそ笑む。椿の花弁が爪先か唇のようにひらひら踊らせる。
 そのタイミングを待っていました――さあ、出番ですよ。
 ユキに請われて駆けだした脚がある。ユキが引いた道をまっすぐにかけてくれる脚が大地打つ振動をユキは根を通して慈しむ。

 ユキは呼ぶ。

 セラ!

 冬の終わりと春の始まり告げるなんでもない日の祝いのように椿の花びらを受けながらセラは一直線に走る。少しでも巨象を押しとどめてくれるユキの負担を減らしたかった。かといって不用意に近づけばストンプに巻き込まれる。いくら拳士に頼ろうと、身体の基礎がしっかりあるわけではない。
 セラは巨象の正面に躍り出る――対峙する!
 目が、あった気がした。
 センサーがセラを認識した。それだけではない。
 その向こうの、無数のひとみ。
 対の目が無数に、対でない混ざり合ってしまった無数の目で一つのひとみ、対であったはずがいくつにも分かれてしまったひとみ、ひとみ、ひとみ、目、目、目目目目目目目――…!

―罪負うおまえ―
 一瞬。
 セラの息が引っ込む。

―知っている。わたしはおまえの罪を知っている―
 一瞬。
 ユキの指が止まる。接続するということは、直で触れるということだ。
 それこそ口から他人の喉管を丸ごと突っ込まれてそこから胃酸でも直に注ぎ込まれる、ような。

―わたしは、わるくない―
 セラの、引っ込んだ息がそのまま喉に詰まる。震えが襲う。

―わたしは、わるくなんかない―
 ええ、ええ。そうでしょうとも―ユキのどこかが頷きそうになる。〔わたし〕は、悪くなんか、なかった―ええ、ええ、
 いえ、いえ、いいえ!鵺は、パンザマストは緊急放送はユキは

「セラ!」
 わたしは、

「ゆくの、でしょう!?」
 さけぶ。

 はらりと、椿の花びらがセラのほおを優しく、拭った。
「うん」
 セラは、命を摘む、覚悟を込めた。

 もう、おやすみよ。

 セラは両手を伸ばす。
 人攫い。お節介――あなたは、それを、望んでいないのかもしれない。
 でも、だけど、だからこそ。
 
「みちびくよ」
 あなたがたにも、やすらかな、ひを、取り戻して、あげたいんだ。 
 自分のためでも、ぜんぜん、いいよね。

 葬技、開放。

 ホワイト・ノイズめがけ、夜凪色の炎が寄せる。
 一波ではない、二波、三波――寄せては返す、夜の海の如く。
 音はない。あらゆる叫びもろとも、あらゆる願いの音もろとも、炎に焼かれて、ただ、寂滅たる。
 炎の波間に揺れるのは、いのりを込めた弔花。
 本当は白百合とか菊なんだけど、今日は特別に、椿の花。
 広大な冥河が迎えにきたような、光景。
 滄溟航路。
 炎が巨象を焼いていく。物理棄却の炎。もはや溶かしていくといってもいいのかもしれない。
 鎧が崩れる。ざざ。音を立てる側から音まで炎に焼かれていくので、潮騒のようだ。
 セラは打ちよせる波の中に佇んで両手を伸ばして呼びかける。
「ねえ、出ておいでよ…!」
 沈黙―
 は、と、ユキは呼吸をする。炎によって一部の接続が強制的に焼かれて、ようやく息ができた。
 ユキはセラを見つめる。なんと言おうか考えていた。繋がっていたユキだからわかる。
 セラの悲痛な叫びは間違いなく彼らに届いている。だけど。
 ―セラが気づいた。
 ああ、そうだ、彼らには腕がない。脚がない。体がない。
 どうしようもない気持ちにとりつかれて登ろうとして、枝に脚をかけようとしてすっ転ぶ。顔を擦る。それでも伸ばす。手を。ユキも慌てて枝葉を伸ばして彼が登るのを助ける。それから、いくつか見つけたうちの、最も近いひとつの位置を教える。
 椿の浸食によって緩んだ蓋に手をかける。引っ張る。
 セラ一人では足りなくて、ユキも手伝って、ようやく、ようやく一枚。
 そして、ああ――ああ。
 わからない。これでは何もわからない。大人か子供か男か女かすらわからない。
 セラは丸蓋を取り落とす。
 魂すら、癒着して混ざり合って、誰が誰ともつかない。

「セラ」ユキは椿の中から現れて、そっと彼を抱きしめる。額を背に埋めて、強く、強く。
 接続した時にもしやとは思っていた。彼の覚悟で至ったのがこれだなんて、あまりにも、あんまりだった。
「うん、うん…」言葉としては名前を呼ばれた、抱きしめられたそれだけだ。しかしその言葉に様々な心を読み取って、セラは何度もうなずく。「ごめん…ありがとう…」
「いえ、いえ」ユキは何度もかぶりをふる。優しいあなた。「殿は、わたし、が、と、言いましたもの」
 罪も罰も穢れも魂も信念も、余さず喰らって生きる。
 ――ユキがいつか吼えた言葉だ。
 ユキにはそれができる。そうしてしまってもいいのだろう。そうしてしまった方が良かったのかも、しれない。
 けど魂は、
「海まで、連れて行くのでしょう」
 セラの背を押す。できる限り優しく。どうか彼らがこうなった業まで、背負わないで欲しかった。「うん」セラは小さく、しかし確かな頷きを返す。抱きしめてくれる手に、手を重ねた。
「…送ろう」
 二人、両手を差し伸べて、彼らをそこから、引き出す。
 
 炎の海がさざなんでいる。物理は棄却され、彼らは、ようやく、そこで止まる。
 椿の垣根誘う先、広がる波は、骸の海へ誘う道。 
 鎧さえ解く波だ。それ以下のものなど、砂の城に等しい。
 焚けるのではない。崩れ、消える。故に煙も登らない。
 死者と、遺る生者の明日のために。
 彼らを安らぎの旅路へと、送る。

 ユキはそれを見届ける。
 波に焼かれて崩れるそれに、訪れるいつか先の己に重ねる。

 セラは仰ぐ。
 天へ還る、魂を追う。
 彼らはそして、海へ至る。

「あなたがたは、どうか海で安らかに」
 ユキはいのりを口ずさむ。
 ほのおの海は、なにより美しくきらめいている。
 物理の棄却。きっと痛みもなく、本当に優しいねむりのようなのだろう。

 わたし、も、いずれ。
 そうして還りますので。
 今はまだ――…
 
 そっとセラを忍び見る。
  
 うん。セラは頷く。
 昇る魂たち、のようなもの。
 ああでも、あれなら、寂しくないよね、と思う。
 
 隣を見ればユキと目があった。
  
 いつかは、僕“ら”も、そこへゆく、けれど。
 今はまだ――…

 …―今はまだ、このひとの傍らで、遠回りを。

 が、き、き、と。
 二人の後ろで音がする。
 蓋はまだ無数に。つまり中身も、また無数に。
 海へ運ぶべきものは、まだそこに。
 ふたり。ともした決意をさらにさえざえ研ぎ澄まし、立ち向かう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エスタシュ・ロックドア
罪の意識だけの脳味噌束ねたとこで、
そこに何があるってんだ
もう答える奴ぁいねぇか
そんじゃ行くぜ

『群青業火』発動
【範囲攻撃】で業火を撒いて敵を【焼却】
もちろん味方とか余計なモンは焼かねぇように適宜消火しながらな

敵の攻撃には真っ向から立ち向かって【カウンター】だ
【怪力】でフリント振るってぶち当てるぜ
力比べに勝てたなら【吹き飛ばし】だ

ああ、本当は悪かったとは思ってるさ
だが自由への欲望は俺にとっちゃ何より重い
それだけのこった
そして俺への裁定は腹に据えかねてっし、
不満しかねぇし、
納得ずくとは口が裂けても言えねぇが
受け入れて、贖罪中だ
外野が四の五の言わねぇでくれや
せめて荼毘に付してやる
地獄の業火で悪いがよ



●荼毘に伏せ、弔いの煙添えて

「ず〜〜〜っと考えてたが、やっぱそうだわ」
 エスタシュ・ロックドア(碧眼の大鴉・f01818)は大きくため息を吐いた。
「みんな、罪だ罰だなんだのを勘違いしてんじゃねーかなあ…」
 両手は組んで頭の後ろ。
 ホワイト・ノイズを見つめる。
 幾度も打ち砕かれ、再構成を繰り返した白像はそれでも前進し続けている。
 損傷を受けながらもなお前進する恐るべき兵器――と、一般人には見えるだろうが。

 ありゃ戦闘が終わった瞬間ボロボロに崩れて壊れておしまいだろうな。
 
 おそらく猟兵の誰もがもう薄々と気付いている筈だ。
 猟兵たちが一撃また一撃とあれを棺桶にするべく杭を打ち込み続けた結果。

―許さない、許さない、見逃しはしない、逃しは、しない―

「罪だけの脳味噌束ねたとこで、そこに何があるってんだ」
 それが一体何になると思ってたのやら。嘆息する。
 頭の後ろで組んでいた手を離す。
「もう答える奴もいねえか」
 聴いたところで理解は及ばないだろうが。

 あるとすれば、何か相手は抱えているものが軽くなった“きもち”のひとつもしたかもしれない、のだが。
 ……。

「なんてな」笑う。
 傍らに置いていた鉄塊剣、燧石を取る。

「そんじゃ行くぜ」
 前進!

 もちろん無策では突っ込まない。
 審問官との戦いはあちらの方が素早かったが、対するホワイト・ノイズは巨体だ。
 フリントのふるい甲斐があろうというもの。
 その分、範囲攻撃。大地を容赦なく破壊する歩行は直撃せずとも驚異だ。

 故にぢっ。空気が爆ぜる。熱がエスタシュより溢れる。

「此処に示すは我が血潮」
 全身の傷口よ噴出する、炎(ほむら)。
 色はあざやか、世に幕下ろす夜迫る群青。深い黒にも似た、青。
 散り舞う火の粉は夜の切れっ端か。

「罪過を焙る地獄の炉」
 火焔の源は、エスタシュの身の内に繋がる大鴉の小領土。
 こぢんまりかわいい一坪未満にいつだって響き続けるは大叫喚。
 人は其処を、こう呼ぶ。
 青い焔の中に立つエスタシュは――ああ、彼はそれを言われると心底しかめつらをするのだろうが。
 傷から溢れ、うねる焔が彼の姿を何倍にも大きく描いていて
「以て振るうぜ、臓腑の火――」
 まったく、獄卒と呼ぶにふさわしい。

 おのれから溢れるそれを燧石に全て乗せ、大きく、一線!
「――ってなァ!」
 あたりを満たし、炎踊る、己が領土――地獄と塗り替える!
 領土の焔だ。味方はもちろん、余計なものを破壊しないように操ることができる。
 そして――

 巨象が地団太を踏むかのように足を鳴らす。
 消火しようと躍起になっているのだろう。
「あー無理無理、次元が違ぇのよ」エスタシュは笑いながら距離を詰める。

「地獄の火を消してえんなら冥府の河でも持って来な」

 ――許されぬものは、尽く焼かれる!
 
 火を振り払えぬことを早々に悟ったか。ホワイト・ノイズはエスタシュ目がけて脚を繰り出してくる。
 避けてもいい、が
「避けた後のがめんどくせえか!」
 正面、受ける!
 
「お、が」
 意味のない音が口から漏れる――重い!「は、ははッ」食いしばった歯の隙間から笑いすら出てくる。
「クッソ、重ッ――」
 だが、下がらぬ。堂々真正面、受け耐える。
「いいぜ勝負だ、踏み潰してみろよ」がごん、とエスタシュの足が地面にめり込む。
 フリントの柄を握る右手だけではなく、左手も遣い、真っ向から耐える。
 だが、耐え切れ、なくは――
「は?」エスタシュは絶句する。
 エスタシュを踏み潰そうとする左前脚、その向こう。
「ッんの――マジか!」
 後ろ脚を、上げ始めている!
 全体重を持って、エスタシュを押しつぶすつもりだ!
「てんめぇ…!」ぎぎ、と歯が鳴る。逆立ちする象なんぞ滅多にお目にかかれないシュールな絵面に違いない。観る側になりたいぐらいだ。
 何かの洒落のようだが――相手は負傷しているとはいえ、かかる付加は、洒落にはならない!
 しかし好都合でもある。エスタシュは逆転の一瞬を狙わんと顔を上げる。

 巨象が、見下ろしている。
 見ている、と感じた。
  
―知っている、知っている、知っている、わかっている―

 白気鎧は焔に黒ずんで汚れ、美しさの影をただよわす。
 どろどろの汚れは、誰かが内側から叩く手か、押しつける顔を思わす不気味な模様を描いている。
 あんなにも喧しかった、周りで爆ぜているはずの焔の音も、タービンの羽が空回りする音も、エンジン音も、聞こえない。
 全ての音が均一化されたように遠いしじま(ホワイト・ノイズ)の中で

―悪い―
 ささやきが、聞こえる。

―おまえは、わかっている―
「ああ」
 エスタシュは頷く。

―おまえが、わるい―

「本当は悪かったとは思ってるさ」素直に、語ってやる。
 あの里を飛び出したことを。生まれてもった宿命を投げ出して出たことを。
 …ホワイト・ノイズは、この言葉を理解しているのだろうか?
 どう考えてもしていないと、思う。
 こいつは、エスタシュにどこか残る□□の勝手な告白だ。
 語る――打ち明ける。

「だが自由への欲望は俺にとっちゃ何より重い」

 打ち明けた、きもちになる。

「それだけのこった」のめり込んだ脚を、引き揚げて。
「なあ」再び、一歩、踏み出す。
 もう片足も引き上げて
「それだけの、ことなんだわ」
 叩きつけるように、引き上げる!

―わたしは、悪くない―
「どっちだよ」笑う。でも、どっちもわかる。
 故に、力を込める。
「そりゃ俺への裁定は腹に据えかねてっし」
 かかる負荷に、腕の骨や筋から嫌な音がしているのを、遠くに聞きながら。
 笑う。笑ってやる。
「不満しかねぇし」
 なんてったって『それ』がなけりゃこんなところに来て囚人の真似事して象とタイマンなんか張ってなかった。美味い肉でも食って好きなだけバイクで走っていた。
 傷口から溢れる焔をさらにフリントへ込めて支えに変える。
「納得ずくとは口が裂けても言えねぇが」
 汗をだくだくと流しながら、しかし、笑って、笑い続けて

 こんな罰など大したことはないと

 望んだ自由に比べれば安いものだと

 巨象の、圧力を

「受け入れて――」
 支える――支え切る!
 
 来た!
 一瞬だ。両前脚で立つ一瞬。エスタシュが下にいるから、両前脚はバランスが悪くなる。
 その一瞬を、見逃さず
「――ッ贖罪中だ!」
 フリントを、振り――払うッ!

 轟音。
 見事なカウンター。
 脚を払われた巨象が、吹き飛び、横転する。
「外野が四の五の言わねぇでくれや」
 エスタシュは左手で汗をぴっと払い、焔で右手のフリントを何倍にも彩る。

「せめて荼毘に付してやる」

 巨大な槌か、あるいは巨大な焔の弔い石がごとくまっすぐ振り上げ立て
 横転した腹目がけて振り下ろす!

「地獄の業火で悪いがよ」
 
 巨象を包む焔は、全てが終わった夜のとばり色をしていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

霧島・絶奈
◆心情
He rode out as a conqueror to conquer.
『ヨハネ黙示録』

勝者が歴史を作るのですから、勝利の果てには絶対正義があるのでしょう
何故なら勝者こそ法の裁定者であり、執行者なのですから…

◆行動
ですが、屍山血河の果てに平穏はありません
罪と向き合い善き生を模索し、執着を脱した果てにこそ平穏はあれ
浄罪とはかくあれかし

『涅槃寂静』にて【範囲攻撃】する「浄化」属性の「劫火」を行使
私自身も【範囲攻撃】する【マヒ攻撃】の【衝撃波】で【二回攻撃】し追撃

負傷は各種耐性と【オーラ防御】で軽減し【生命力吸収】で回復

栄冠の『白』に乗る騎手達よ
貴方方の巡礼は此処で終わりです
…安らかに眠れ



●巡礼の終着地

「“He rode out as a conqueror to conquer.”」
(其はすべての勝利のうえなる勝利者ならんとして乗り出でた)

 黙示録の一節を口ずさみ――霧島・絶奈(暗き獣・f20096)は立ち塞がった。
 ほとんど鎧を失い、もはや剥き出しと言っていい体のホワイト・ノイズの前に。

「あなたが産まれた理由は、おおよそ――想像がつきます」

 ホワイト・ノイズは新たな敵の存在を察知し、破壊しながらかき集めたエネルギーで最後の装甲を形成する。
 そこにいるのはひとだった。
 そこにあるのは罪だった。
 ならば、なべて、殺戮――真っ平。

 “子羊は7つあるうちのひとつの封印を解いた”
 「ひとが、栄光を、栄冠を、勝利を求めから」

 奇しくも、いや、必然というべきなのかもしれない。
 かたや聖骸布で作られた純白の衣。獣の耳を模したフードを纏い。
 かたやひとの手で作られた純白、獣の鎧を纏い。
 暗き獣と人たる獣は、対峙する。

―おまえ、おまえ、は―
 ホワイト・ノイズが唸る。

「勝利者が歴史を作るのですから、其れは妥当なこと」
 絶奈は自然そのものだ。語り口は悠然とし、攻撃するそぶりを見せない。

「勝利とはまた、より良い生存権を獲得するということでもあります」 
 語りながら――いのりを、終焉のための最後の一手を、練りあげる。
 青の頚垂帯が風もないのに揺らめく。

「勝者が歴史を作るのですから、勝利の果てには絶対正義があるのでしょう」
 あなたがたはそれを求めた。

「きっと、作られた時は何度かはそうして拠点に栄光をもたらしたのでしょう」
 栄冠の運び手。

 きっとその時の彼らは、祝福の対象であり、絶対の勝利者ですらあった、のだろう。

「勝者こそ法の裁定者であり、執行者なのですから…ええ、そう、そうなのでしょう」
 そしてそれをえ続け、求めた。そのデータかプログラムか。
 こうして罪人に寄るものと変わっても、尚求めた。

―汝、罪ありき―
 求め続けた。

「ええ」絶奈は軽く答える。
「私には罪があります」平然と宣う。

―罪ありき、罪ありき、罪ありき―

 “四つのうちのひとつのばけものが、叫ぶ”

「臓腑まで染み込んだ罪があります」

―ほろべ―

「神とまで、成り果てるような」
 求め続けて、成り果てた。
 コード、準備完了。

 “雷のような声で――「きたれ」”

 οκτώ
「涅槃静寂」

 コード、発動。
 
 現し身を引き剥がし魂招く冥府の河に燻られ。
 罪を灼き罰と変わる地獄の焔に尚焼かれて足掻いた白き巨象を。

 聖女の、病と獣司る第四の騎士の――暗き獣の、浄化の劫火が舞い包む。

―お、あ―
 色は奇しくも白。
―おあ、あ―
 度重なる攻撃によりホワイトノイズを動かす“頭脳”たちの連携に罅が入る。破壊され、揺らされ、引き摺り出され――精密に組み上げられていた罪と罰と赦し、そして無垢の栄冠を求める脳髄の精緻なモザイク画、パズルは歯抜けとなり、互いを支え合うことすらできなくなりつつあった。
―おあ、あああ、ああ―
 複雑な思考はもはや不可能。
 そして、水が、煮える。
 煮えたぎり、うねるように狂い
―おああ、おああああ、ああああああああああ!―
 もはや罪を謗り罰にしがらみ赦しを想うことすらできぬ、狂気と成り果てる!

「絶対勝利――ええ、勝利を重ねたそこにはそれがあるのでしょう」
 絶奈の声は冷静だ。

―わたしわたしわたしわわわわわわわ―
 ホワイト・ノイズが鼻を振り回す。当てようという意思のあるものではない。
 破壊だ。罪の有無を問わず、『そこにある』から『壊す』暴力の行動。
 めちゃくちゃに床や柱、壁は無論天井すら問わずに叩きつけている。

―冠、冠、冠、栄光、の、の、のののののののの―

「ですが、屍山血河の果てに平穏はありません」
 宣告する。
 
 一定の距離を保ちつつ確認する、1、2、3――。
 いくつかの蓋は開かれて『頭脳』たちは引きずり出すか破壊されているが、動作に違いはない。
 意識が単純化して統一化された分、勢いと速度が増しているほどだ。
 死ななければ、何かの折に再び鎧を修復し、動かし続けるのだろう。複数の『コンピューター』たちは複雑な判断や行動を可能にする意味もあれば、各個体がやられた際の代わりでもあるのだ。
 一気にトドメを刺さねばならない。

―罪、つ、つつつつつつつつみ、み、みみみみ耳味観未実身MMMMMM―
 意味のない叫び(ホワイト・ノイズ)が、がなっている。
 動きをとめ、がすん、がすんと関節がまだ無事な右足で何度も地面を撫でる。
 兵器ではない。もはや、動物じみた動き。――何の動作など、容易に想像がつく。

「罪と向き合い善き生を模索し」

 先んじて一歩、大きく横へ移動する。
 ご、と火達磨が恐ろしい風圧と勢いでもって今先ほど絶奈のいた場所を突き抜けていく。突進。
 あんな体で、そんな間に合わせの動きで、止まれるはずもなく。
 ホワイト・ノイズはそのまま、炎に突っ込み、さらに壁へとぶち当たって、額で壁をブチ破り、『前進不可』という形で停止する。
 壁からゆっくりと身を引き抜き、ホワイト・ノイズは標的を探す。
 がろ、と耳にあたる装甲が焼け落ちる。
 燃えてゆく。壊れてゆく。
 それでも、止まらぬ! 
  
―え、え、エエ、エエエエ、エエエ、エ、エイカン、栄、冠―
 かぱ、と鎧を開く。修復を求めて吸収しようとする。
 しかし、しかしだ。
 そんなものは全て焼けて、あるいは炎の熱に煽られて、踊り、飛び去ってしまったのだ。

“見よ、あの青白き獣を”

 絶奈は、その隙を見逃さない。
 動く――白いローブが、神性を帯びて、ふわり、はためく。

“ それに乗るもの者の名は『死』と言い、付き従うは黄泉”

 一撃。

【Innocence】――槍による衝撃波を放つ。
 幸い近くにほかの猟兵はいない。思いっきりやってしまって構わない!
 ど、と白い炎が絶奈を中心に、放たれた円に沿って舞う。

“つるぎと、飢饉なるもの、やまいと、死――地の獣らとによって人を殺す権威とが、与えられたもの”
 無数の細かい槍を叩き込まれたかのような衝撃にホワイト・ノイズは身震いする。
 重き波動は機械の内部までもを揺らしきり、麻痺――動けない!

「執着を脱した果てにこそ平穏はあれ」

 間髪入れずに二撃目の黒剣を振るう。
 ホワイト・ノイズの左足、先の猟兵との戦いでほとんど壊れかけだった関節が朽ちたようだ。
 脚を折る――前のめりに崩れ落ちる!
 ひとつ、またひとつと白き虚像のランプが消えていく。
 しかし失われない。前についている明かりだけはまだ、消えない!
 がしん、がしんと後ろ脚が無様にもがいている。
 前へ、まだ、前へ。
 
 どこにゆきたかったというのか。
 あるいは殺戮――それを行えば、手に入ると思ったのか。
 ホワイト・ノイズの後ろ足が止まる。

「浄罪とはかくあれかし」

 遠ざかる、だけだったというのに。

 距離を詰める――決定的な打撃を与えてやらねばらない。
 巨大な薪のようですらあるそれに近づき――ぶちぶちぶち、と、破壊音が聞こえた。
 ぞ、と這い上がる予感がしたが、逃げない。

 飛び込むような、一撃だった。
 切られた角が、まだあるつもりだったのだろう。
 頭部を胴体から引きちぎりながら絶奈の方へ突っ込んできたのだ。

―罪、あ、贖い―
 
 ど、と胸と腹を押し貫かんとする一撃を、絶奈は受け止めた。
 半分以上は神気、オーラによるものだ。
 しかし、間違いなく刺さり、あばらにも傷が入っている。

「栄冠の『白』に乗る騎手達よ」
 絶奈は手を伸ばす。
 いつかの彼方に伸ばされる無数の手にしたように、そっと、角を包む。
 生命力を、奪う――否、受け取る、其れで傷を塞ぐ。

―悪、悪、罪、罪、罪罪罪罪贖い、いいいいい―
 再生された装甲の接続部が熱に負けて焼け落ち、崩れ落ちて焔に焼かれる。
 いくつかの蓋からは、密閉素材が溶けたのだろう。湯気が吹き出している。

 罪を負い、罰の荒野を、救い求めて行きしものよ。
 慎しき罪の巡礼者。横暴なる罪人。

 そっと角から手を離し、うなだれた首のように、地面へ投げられた額の前へと向かう。
 本当は、このままでも良い。
 最後の攻撃に失敗したホワイト・ノイズは、おそらく放っておいてもこのまま浄化の炎に焼かれて消えるに違いない。

 しかし、しかしだ。

「貴方方の巡礼は此処で終わりです」
 示す。

 彼らもまた、ひとだったのだ。
 罪と罰に触れ、赦しを思う、純粋で愚かで一途な――ひとびと。

 ならば聖女は示さねばなるまい。
 旅の終着点を。

 ここが積み重ねてきた全ての、おしまいの場所なのだと。

 あゆみとは、いつかめねばならないものなのだ。 

―どうか―

 【Guilty】を構える。
 黒き剣。
 刑の裁定と執行を務める一振りで

 ――全ての部位と蓋とその中身を狙い、衝撃波を、放つ。

「…安らかに眠れ」

 額に刻まれた『獣』の文字ごと。
 絶奈は装甲を叩き割り、正しく、裁定と、執行した。

 空白が場を満たす。

 あらゆる音は遠ざかり、清めたような静けさがあった。

 直後。
 巨象が膝をつく。

 倒れる。

 崩れ落ちる。

 静かにではない。
 戦闘終了による、コードの解除を受けて、ここまで維持した全てのものが崩れ落ち、あらゆるつぎはぎがバラバラに変わる。

 あらゆるものが落ちる音は雨のようであり、無数の弔いの鐘じみた轟音だ。
 ノイズではない。

 罪をめぐり罰をさがし赦しを乞うひとつの旅が終わり。

 骸へ還る、音だった。

・ 

 転送が始まる。

 どうも絶奈が一番初めのようだ。
 
 汝が心はいずこにあるか。

 汝が罪はいずこより来たるか。

 汝が罰は如何様な形をし、汝が赦しは如何にして訪れるのか。

 さて、どうだっただろうか?
 思いをはせる。
 絶奈としては、出来る限りの示しを行ったけれども。
 
 後方の会話が彼方のようなざわめき(ホワイト・ノイズ)として響いている。

「ホラ、お前たち、謝れ」「本当にごめんなさいでした!!」「ごまんなさいでした!!!」「次は絶対にするな。…ん?待てどうして謝る子供が二人いる」「この蓋違うの!?」「…俺じゃない」「あー…おまえはこいつじゃなくてそいつにごめんなさいしろ」「“…さすがに、疲れた”」「ん」「"ん"」「ん」「“ん?”」「転送が、始まってる。立った方が、いい。手を、貸すよ」「“…ああ。すまない。ありがとう”」「ああ〜〜〜〜まってやべえ始まった転送始まった誰!?あとハグしてねえの誰!?よおしお前〜〜〜〜」「はっはっは、すまんな皆!この後のことも、少し、手伝いたかったのだが!」「ちょっと、怖かったです…」「ああもうちょっと!?あなたもレディでしょ!?何よそん、そんなに泣かないでよ!みっ、みっともないわね!」「頑張ろう同盟なのです。だからお互い、頑張りましょう。ね?」「これで新兵卒業、サ。いいね、しっかりやりな」「…うーん…なあ、この傷…どう思う?がっかりするかな」「大丈夫じゃないかな。…それにしてもまだ頭痛いんだけど、アポヘルの酒ってどうなってるのかな…」「ね」「はい」「行こっか」「ええ」「…あの〜、手、繋いでも、いい?」「どうよ、全戦全勝、フルコンプだ。快勝祝いだ、俺のメシはやるよ――配分はそうだな、コイントスでどうだ?」「あ〜〜っクッソ重かった!帰ったら絶対肉だ肉!肉食って寝てんで走る!」

「ふっふん!――いいかい。ボクの信者に恥じないように

 楽しく面白くみんなで生きてってよね」

 ――…様々な繋がりと別れの音。

 ホワイト・ノイズは骸の海へと帰っていく。
 戦闘を行った『この』倉庫はもう使い物にならないだろう。猟兵たちの攻撃は激しく、ホワイト・ノイズの後方にある作成の施設まで、とことん、破壊してしまった。
 よってホワイト・ノイズの製作方法も、失われた。

 はずだ。

 絶奈はなんとは無しに振り返る。

 この朽ちた巨象から、果たして人々はどう見えるかと気になったのだ。
 生憎と逆光で、誰が誰やらかはわからない。

 だが

「まあ」絶奈は口をほんの少し開けて小さく驚き。
 ほんの少し、ほんとうの意味で微笑んだ。

「あの」
 絶奈に駆け寄る女がいる。ボロボロのシュミーズ。「あの、覚えてる?あたし」
 絶奈は指を立てて唇に当てる。シー。喋らぬよう勧め、その人差し指で彼女の後方を指す。
「へ?」「どうぞ、あちらをご覧に」
 自分以外の誰かに、ここに残る誰かに、これに気付いて見て欲しかった。 

「あ」
 女は気づいたようだった。「これ」「ええ」絶奈は頷く。「あなたもこのうちのひとりです」伝える。
 聖女は、心からの喜びに唇が綻んでいた。

「善き生を、摸索なさい」

 拷問室で彼女に伝えて言葉を、白象にも伝えた言葉を、今再び口にする。
 簡単なことなのだ。

「それこそが贖罪です」

 そしてそれが、何より、難しい――長い長い、巡礼のように。
 でも、そうして足掻き、祈り、願い、模索する人々が、本当に、愛おしい。

 猟兵や人々は皆、外の光や転送の光を受けて輝いている。
 逆光気味で縁取りの、微かなひかり。
 そう、ちょうどホワイト・ノイズから見れば、その中には絶奈たちも入っているはずだ。
 まるで割れたガラスのようであり、汚れようと尚わかるステンドグラスの偉人像のようであり。

 そして何より、その人々のひかりを縁取りを辿ると

 悼みも、苦しみも、悲しみも、喜びも、楽しさも――影をも内包しながら、輝く。
 まぼろしの栄冠。

 冠はすぐに解け消えるだろう。
 それでいい。そうであらねばならない。

「冠はいつでも近くにあるかもしれないということ、ゆめゆめお忘れなきよう、お伝えください」

 彼らの旅も。
 絶奈たち猟兵の旅も、まだ終着地が何処かも分からぬほど、長く、長く、あるのだから。

「ではまた、どこかで」

 本当は、猟兵の出る幕がないのが一番ではあるけれど。
 それはそれ、ということで、ひとつ。

――「汝が罪を食い破れ」 完 (the“Relief” from the Sins――fin)

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年05月19日
宿敵 『『栄冠を齎す者』ホワイトノイズ』 を撃破!


挿絵イラスト