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あくまで食べてほしいだけ(作者 葛湯
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●知らぬが仏
 机の上にはぐつぐつ音が聞こえるほどに熱々な煮込みハンバーグ。
 鼻先を掠めて立ち昇る湯気は、甘く酸味のあるデミグラスソースの匂いだ。
 ブラウンのデミグラスソース、ホワイトの生クリーム、オレンジの人参や緑のブロッコリーといった温野菜の彩りが、目にも鮮やかに心を躍らせる。
 主役のハンバーグは、形は少々不格好ながらもふっくらとして、切ったらきっと柔らかく、じゅわりと肉汁が溢れるのだろう。
 そして大きめに切ったハンバーグを、たっぷりのソースと絡めたなら――。

「あれー。お姉さん、まだ食べてなかったんですかー?」
「っえ、えぇ……まぁ」
 知らず知らずのうちに口中に溢れていた唾を飲み込み、秀子は未練がましくフォークへと伸びそうになる手を、空腹に痛む腹部に下ろした。
 厨房から出てきた女子高生ほどの年齢の少女は、片手に先ほどハンバーグを提供したときと同じトレーを持ち、不思議そうに秀子の様子を見ていた。
 お昼時だというのに店内には他の客はおらず、少女は真っ直ぐ秀子のテーブルまで辿り着く。
 その理由を思い出し、秀子は少女に向けた顔が僅かに強張るのを感じた。
「あぁーもしかして、全部揃ってからじゃなきゃ食べない派ですかー?」
 だったら仕方ないですよねー、と秀子の心中を知ってか知らずか少女はのんびりと頷き、へらへらと笑う。
「ではではーお待たせしましたー」
 口調の緩さとは裏腹に丁寧な仕草でテーブルに並べられたのは、琥珀色に透き通った肉のスープと、食べやすいサイズに切られてこんがりと焼きあげられたフランスパン。
 どちらも食欲をそそる、温かな匂いがした。
 三品が食卓に揃ったとき、秀子の脳天から腹にまで痺れたような衝撃が走った。
 ――それはあまりにも、完璧だった。会社を出たとき秀子が食べたいと思い浮かべていた、まさに理想のランチそのものだった。
 それから秀子の味覚、聴覚、嗅覚は、ついさっきまで抱いていた怖気も忘れ、目の前の料理に心から魅了され、支配されてしまった。
 残るは、味覚と触覚だけであった。秀子は柔らかな肉の甘みを、しょっぱさを、噛んだ肉から溢れ出す汁を、蕩けるような食感を、今すぐに深く深く味わわねばならなかった。
 秀子の妄想はブレーキを壊しながら加速し、驚異的速度で現実を侵食していく。
 留められなかった涎が秀子の口端から溢れ、腹の虫が叫び暴れ狂う。
 じき獣の唸るような声まで喉から漏れだしてくる始末であったが、秀子は身形を気にする素振りすら見せず、ただ一心不乱に煮込みハンバーグランチを凝視していた。
「……そうだよ、食べてほしいと言われて差し出されたものをどうして拒むの? 食べなきゃお肉が可哀想。だってこんなにおいしそうなのに。それに冷めたら勿体ないし私すごくお腹空いてるし良いよね? 私は良いことをするんだから。悪くない。何も知らない。そうですよね? だから食べても良いですよね? ねぇ?!」
「もちろんですー。どーぞ、召し上がれー」
 己が食欲のために滅茶苦茶な自己欺瞞を吐き出し続けていた秀子の声は、少女の穏やかな肯定を聞くや否や、ふつりと途切れ。
 秀子はようやく飼い主に『よし』をもらった犬のように満面の笑みを浮かべると、猛然とその両手を伸ばした。
 いまだぐつぐつと煮える、デミグラスソースの中へ。

 数分後。
「はふっはっ、おぉいしいぃぃーっ! あぁぁこのおいしさ、皆にも教えたい……教えなきゃ……はぐっふふふー!!」
「えー、ちょー嬉しー。店長も喜んでますー」
 恥も外聞もなく肉を貪り食う秀子の姿を、少女は昏い目で見つめていた。

●トンでもないランチに御用心
 グリモア猟兵である遠千坊・仲道(砂嵐・f15852)は、彼の招集に応じて集まった猟兵たちに感謝を述べながら、アナログテレビの頭部を抱えて深々と溜息を吐いた。
 もし彼に人間のような顔があれば傍目にも分かるほどに青褪めた顔色をしていただろうが、顔代わりのテレビ画面には普段と変わらぬモノクロの砂嵐が流れているだけだった。
「……『感染型UDC』って知っているか? 自身の噂を知った人間の精神エネルギーを餌にして大量の配下の生み出す、新種のUDCなんだけどよ」
 嫌そうに問う仲道に幾人かの聡い猟兵が何かを察したように彼の顔を見た。仲道は彼らの視線に肩を竦め、頷く。
「お察しの通り、今回の予知は感染型UDCが活動を始めるって内容のものだった。
 不幸中の幸い――って言っていいか分からねぇけど、UDCが自分の噂を広めるために利用した人間は予知で見たところ、まだ一人しかいない。
 つまり、これから急いで彼女を保護して、噂を餌に出現した雑魚敵を倒しちまえば、ひとまず噂の拡大は食い止められるってわけだ。
 ちなみに現場に居合わせた一般人は組織が良い感じに対応してくれるから、心配しなくていいぜ。
 そしたら後は保護した人間から感染型UDCと遭遇した場所を聞き出して、いよいよボスとの最終決戦だ。
 ただ、そこに辿り着くまでの道中も何があるか分からねぇ。用心してくれよ、猟兵」
 仲道が説明を終えると、時間が惜しいとばかりにテレビ画面が白い光を放ちだす。
「――出されたランチは食べない方がいいぜ。特に肉料理はな」
 転移が完了する間際。計ったようなタイミングで早口に告げられた奇妙な忠告を最後に、猟兵たちは世界を渡った。





第2章 冒険 『ループ』

POWループを引き起こしている元凶を排除する
SPDループが起きる条件を満たさぬよう切り抜ける
WIZループが起きる法則を見極めて潜り抜ける
👑11

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●空っぽの時間
 秀子の記した地図を基に、例の料理店に続いているという道へと向かう途中。
 それまで無言で歩いていた猟兵のうち、鼻が利く者が不意に立ち止まると呟いた。
『……料理のにおいがする』
 しかし、周辺の目に見える範囲に営業しているレストランや居酒屋等はない。
 元々ここは空き物件の多いシャッター通りのようで、行き交う人も疎らだ。
 通る者も皆、左右に並ぶ閉鎖された商店には目もくれず、ただ前だけを向いて過ぎ去っていった。
 やがて、地図に印のつけられた場所に着く頃には、猟兵は皆そのにおいを感じていた。
 シャッターの下りた店と店の間に、通りから外へと続く細い道があった。
 食欲を掻き立てるそのにおいは、確かにその道から漂っているようだ。
 一見、行き止まりのように見えたが、秀子の話では奥まで行けば道が続いているのが分かる、とのことであった。
 道の先に何が待つとも知れず。
 されど猟兵たちは災禍の種を絶つため、未知へと足を踏み入れた。


 ――瞬間、君は道の真ん中に立っていた。
 他の仲間の姿はなく、振り返れど元来た道は既にない。
 眼前に広がるのは、日本とは異なる外国の町並み。
 立ち止まった君の横を、影のような半透明の人間たちが通り過ぎていく。
 腹の空くような料理の良いにおいだけが、先ほどと変わらず道の先から漂っていた。
 しかし、食事の時間はまだまだ先のようだ。
 それまで君は、何をして過ごす?




【MSからのご連絡】
ループと空腹、ちょっとした裏話。
フラグメントはあまり参考にならないと思います。
人影に話しかけても良いですし、ただ歩き続けても構いません。
だいたい何をしても判定は成功以上になります。
他人のプレイングやリプレイを参考にして考えても良いですよ。
(※ただしPCは一緒の場面にいない他PCの行動を見ることはできません)