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愛しいこの子が笑うから

#ダークセイヴァー

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#ダークセイヴァー


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 玄関のドアを開け、その夫婦は抱き合って泣き、喜んだ。
 病に倒れ、死を待つのみだった娘が帰ってきたのだ。奇跡は起きた。やはり、神は見捨てていなかった。
 おかえり、おかえりと娘を迎え入れ、温かい食卓を囲む。
 娘は言った。
「領主様の館に連れて行かれて、きっとここで死ぬと思ったわ。でも、神様が私を救ってくださったの」
 病に倒れた子が領主の館に運ばれ、信じられないほど快復することが、この街には度々あった。
 回復した子供たちは一様に言う。領主の館で神に救われた、神はそこにいたと。
 夫婦の娘も例外ではなかった。
「神様は、私を救ってくださったの。私、これからは神の御使いとして生きるわ」
 思いがけない言葉だった。夫婦はまた喜んだ。娘が立派な修道女になろうというのだ。
 果ては、聖女にも。そんなことを考える夫婦が異変に気づくのは、数日が経ってからだった。
 病気がちだった頃に比べて笑顔が増えたと思った娘。その笑顔が、いつ何時であっても崩れないのだ。
 仲のよい友人が街の外に出てしまい、魔物に食われたという話を聞いても、娘は笑っていた。
「友達が死んじゃったのは寂しいわ。でも大丈夫! だって、神様が私を救ってくださったんだもの」
 夫婦は不安になった。この子はおかしくなったのではないかと思った。神や領主の話しかせず、会話もあまり噛み合わなくなった。
 だが、そんな違和感は夫婦にとって些細なことだった。
 娘が、元気でいるのだ。愛しい我が子が、笑っている。その事実だけで、幸せだった。
 それ以上に、何を求めるというのか。


「なんで私の見る予知は、大概救いがないのかしらね。たまにはキマイラフューチャーのどうでもよさそうなほんわか予知を見たいもんだわ!」
 大変な風評被害を撒き散らしながら、チェリカ・ロンド(聖なる光のバーゲンセール・f05395)はぷりぷりと頬を膨らませた。予知の内容は、相当酷いようだ。
「場所はダークセイヴァーの、小川の辺にある静かな街よ。そこではとても悪い病気が流行っていて、特に子供がかかっちゃうことが多いの」
 ダークセイヴァーは、その世界特徴から劣悪な環境で暮らさざるを得ない。病の蔓延も珍しいことではないだろう。
 しかしオブリビオンは、そこにつけ込んだ。
「その街では、病気になった子を領主の館に送り込むの。神様が治してくれるなんて話になってるわ。実際、連れていかれた子は何日かしたら、元気になって帰ってくるのよ」
 上辺だけを見れば、腕の立つ聖女でもいるのだろうという話になる。
 しかし、チェリカは表情を曇らせた。
「でも……帰ってくる子は、偽物よ。本当の子は、もう――」
 流行り病に罹患した子供は、治療などされていない。つまるところ、生贄だ。
 オブリビオンに供された子らは、何らかの方法で偽物を作り上げられ、あたかも快復したように振る舞い、神と領主を称え、常に笑顔を貼り付けるようになるらしい。
 他人こそ違和感に気づくが、果たして我が子の帰りを喜ぶ親は、偽物という事実を受け入れられるのか。
「でも、これ以上の被害は出せないわ。みんなは街に行って、なんとしても子供たちを守ってほしいの」
 説得は難しいかもしれない。なにせ、領主の館に送れば、子供は元気になるのだから。
 真実をいかにして伝えるか。あるいは告げずに、力ずくで病の子供を守るか。
 その選択は、猟兵たちに託される。
「奴ら、生贄の子供がいないと困るんでしょうね。館に子供を連れて行こうとするのを止められれば、領主――オブリビオンは、必ず出てくるわ」
 猟兵の仕事は、そこからが本番だ。
 恐るべき敵を倒し、街に安寧をもたらす。それができるのは、猟兵だけなのだ。
「ダークセイヴァーは、私の生まれ故郷でもあるのだけれど……本当に、悲しいことが多い世界なの。でも、偽物の子供なんていう、仮染めの幸せがほしい人なんて、いないわ。みんな、力を貸して」
 真実を知って傷つこうとも、人々に強く生きてほしい。それは、猟兵たちに共通する願いだろう。
 もはや言葉はいらなかった。猟兵たちの力強い視線を受けて、チェリカは頷き、グリモアの力を解き放った。


七篠文
 どうも、七篠文です。

 今回はダークセイヴァーです。胸糞悪いシナリオになると思います。苦手な人は注意してください。
 全体を通して判定が厳しめです。苦戦以下はダイスの結果と思ってください。

 子供の偽物は、見た目も内部も人間と変わりません。また、街の人に害を与えることもありません。そのため、偽物の子供に手出しをすれば、猟兵はただの加害者になってしまいます。
 病気の子供はとても多いです。村に住む子供のうち六割は罹患しています。
 彼らをどう隔離できるか、自由な発想で工夫してください。ただし、あえて偽の子供や町の人に危害を加えるのであれば、判定はより厳しくなります。

 子供らを守り切れたら、オブリビオンと戦闘です。
 領主さえ倒せれば、この街は解放されます。ボコボコにしましょう。

 七篠はアドリブが多く、連携もどんどんさせます。あと文章が長いです。
 「アドリブ少なく!」「連携しないで!」「文章短く!」とご希望の方は、プレイングにその件を一言書いてください。そのようにします。

 グループで参加の場合は、合言葉のようなものを入れてください。

 それでは、よい冒険を。
 皆さんの熱いプレイングをお待ちしています!
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第1章 冒険 『病』

POW   :    村人たちを説得し、子供たちの安全を確保する

SPD   :    病弱な子供たちを匿い、領主をあぶり出す

WIZ   :    領主の情報を引き出し、次の標的になりそうな子供を守る

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

エーカ・ライスフェルト
・目的
情報収集

・行動
私は今回、【医術】を活かして流浪の医者という設定で活動するわ
領主を崇めるふりをして、返って来た子供に対する敬意を口にしながら、体調不良の子供を無償で診ていく
最初は非常に安価とはいえ料金を表示しているけど、「私は償いの旅をしているのです。子供の病人を紹介していただけるなら無料にします。そうでなくてもつけ払いで大丈夫ですよ」と言って営業する
話術はないけど【存在感】で頑張る

・準備
テレポートの前に高カロリーな保存食を買っておくわ
ピザ等でもOK
「この状況では医術より栄養優先なのよ」

多分、領主の次の標的を診る機会もあると思うの
監視がついていると思うから、隠れて【影の追跡者の召喚】を使用




  町の入り口をまたぎながら、エーカ・ライスフェルト(電脳ウィザード・f06511)は周囲を見回した。雰囲気は、思っていたより暗くない。
「さて……」
 エーカは町の中を歩き出した。旅人が珍しいのか、人々はこちらを注目している。
 怪しまれてしまう前に手身近な男性を捕まえて、エーカは微笑み声をかけた。
「こんにちは」
「あぁ、どうも。あんた、旅の人か?」
「えぇ。私は流浪の医者です。昔ある罪を犯してしまい……今は、旅路で償いをさせていただいています」
「そうかい、ご苦労だね」
 感心したように頷く男性は、エーカに少なからず良い印象を持ってくれたようだ。
 ことは急がない方がいい。努めて遠まわしに、尋ねる。
「もしこの町に、お加減の悪い人がいらっしゃるのであれば、ぜひお力になりたいと思うのですが」
「そうだなぁ。子供だけがよくかかる流行病があるが……領主様が治してしまうから、あんたの出番はないかもなぁ」
 その言葉から、領主への絶対的な信頼を感じる。これはやり辛いことになりそうだと、エーカは内心で舌打ちした。
 しかし、病気の子供との接点を持たなければ、情報を得ることも難しい。男の様子を伺いながら、控えめに提案する。
「……普段でしたら、医術の報酬として食料をいただくのですが、病気のお子さんを紹介していただけるなら無料にしますよ」
「そりゃまた、なんで」
「子供にのみかかる病は、大変な脅威です。他の町でも同じようなことがあった時のために……」
「研究か、なるほどな。……うちの隣の子が、例の病気にかかっている。案内しよう」
 男性に連れられ、町の奥に位置する家に辿り着く。
「おぉい、いるかい」
「はーい」
 ノックに答えたのは、まだ若い女だった。ドアを開けて二人の顔を見るや、怪訝な顔をしている。
 一礼するエーカを差して、男性が言った。
「この方は旅のお医者様だ。領主様から声がかかるまで、あんたの子を診せてやってくれ」
「そう。じゃあ、領主様のお声をいただくまで、楽になるお薬などをいただけたら……」
「分かりました、お邪魔しますね」
 女に連れられ、子供の部屋に入る。ベッドに横たわる少年は、酷く痩せて青い顔をしていた。
 エーカは鞄からブロック型の高カロリー食品を取り出した。少年はエーカを見て首を傾げている。
「私は医者よ。あなた、食事はできそう?」
「うん」
「そう。じゃ、これを食べてみて。きっと元気が出るわ」
 もそもそとブロック食品を食べる少年を見ていると、母親の女が耳打ちをしてきた。
「あの、お薬は……」
「お子さんの痩せ方を見れば分かります。この状況では、医術より栄養優先なのよ」
 町の食糧事情は分からなかったが、大人の様子を見るに、飢えている様子はない。病気による消耗だろう。
「体力がつけば、病状は軽くなるはずよ。これを渡しておくから、食べさせてあげてください」
「えぇ」
 戸惑いながらもブロック食品を受け取る女に頷いて、町に出た。
 罹患している子供の情報を探ろうと考えていると、ふと服の裾を引っ張られた。
 振り返ると、健康そう少女がニコニコと微笑んでいる。しかし、その目に違和感を覚えた。どこか、虚ろなのだ。
「……なにかしら」
 笑顔で答え、しゃがむ。少女は微笑を崩さずに、言った。
「あなた、お医者さん?」
「そうよ。旅の医者なの。あなたのお友達に、病気の子はいるかしら」
「たくさんいるわ。でもお医者さんは必要ないと思うの。全部神様が治してくれるから」
 拒絶を感じる言葉に、エーカは自身の体が強張るのを感じた。気取られないよう気をつけつつ、続ける。
「すごい神様なのね。あなたも病気が治ったの?」
「そうよ。神様が私を救ってくれたの。他の子もよ。だから、お医者さまはいらないわ」
「私も神様を見習いたいわ。領主様にもぜひ会ってみたいのだけれど」
「お医者さまは必要ないから、領主様も会わないと思うわ。だって、神様が救ってくれるから」
 これ以上情報を引き出そうとするのは危険だ。エーカは引き下がることにした。
「……分かったわ。でも、少しだけ町に泊めさせてね。旅の準備をしなくてはならないの」
「そう。じゃあね」
 微笑んだまま、少女は駆け出した。その背後に、エーカは魔術で作り上げたドローンを追わせる。
 五感を共有するドローンは、少女に気づかれないよう追跡し、やがて彼女が駆け込んだ、大きな館の前で止まった。
 間違いなく領主の館だ。ここから先は、オブリビオンの領域でもある。ドローンとはいえ、下手に飛び込むわけにはいかない。
 エーカは情報を整理する。領主や神とやらへの絶対的信頼は、大人にもある。これを覆すのは難しい。
 子供の隔離も、「領主が迎えにくるから」と信じ切っている親から引き離すのは、簡単ではない。
 そして、帰ってきた子供。彼らが監視役として使われているのは間違いない。エーカのことも、すぐ領主の耳に入るだろう。
「……これは、厄介な任務ね」
 宿に戻り、そして仲間たちに情報を共有するために、エーカは一人、歩き出す。

苦戦 🔵​🔴​🔴​

アリウム・ウォーグレイヴ
アドリブ歓迎

残念ながら私は神を信じていません。信じるには悲惨な出来事が多すぎる。
しかし、もし未知なる強大な存在や意志が存在しているならば、この村に幸福を。
この悲惨な現状にほんの少しでも憂いを感じるならば。お願いします。

私は領主に雇われた巡回神父とでも偽りましょう。
『礼儀作法』で上品に、穏やかな口調で『祈り』の言葉を諳んじ、病弱な子供達の親と接触します。
「病を治すため」と信用を得たならば同じく信用を得た近くの宿屋か教会に匿います。
私に医術の心得はありません。無力な事に魔法で布を冷やし額に乗せる事くらいしかできません。

不安がる親子を『鼓舞』し、新たな犠牲者を出さない事を静かに誓います。




 神父の装束に身を包んだアリウム・ウォーグレイヴ(蒼氷の魔法騎士・f01429)はしかし、神を信じてはいなかった。
 神という絶対の存在を信じるには、この世界はあまりにも悲惨な出来事が多すぎる。
「しかし――」
 祈りたくなる気持ちは、分からないでもない。未知なる悪意が蔓延っているのであれば、この町に幸福が訪れることを祈らずにはいられない。
 だからというわけではないが、アリウムは今、巡回神父として町を巡っていた。
 古びた家の戸を叩き、中から現れた女性に、上品に一礼する。
「こんにちは。私はアリウム、領主様に雇われた巡回神父です」
「あらあら、ご苦労様です。うちに御用かしら」
「お宅のお子様が病を得られていると聞きまして、拙い祈りではありますが、お力になれればと」
「そうですか。まだお迎えは来ないのね」
 この女性もまた、領主を信頼している。病気の子供を迎えに来るのを、心待ちにしているのだ。
 子供を隔離するのは、一筋縄ではいかないかもしれない。だが、アリウムは引き下がるつもりなどなかった。
 力なくベッドに横たわる童女に近寄り、しゃがんで祈りの言葉を諳んずる。神を信じないそれに力などないだろうが、親に神父だと思わせられればそれでいい。
 子供はアリウムの祈りをぼんやりと聞いていた。痩せていて、生きる気力が枯渇しかけている。
 咄嗟に、嘘をついた。
「……思っていたよりも重症ですね。これは、良くないものが憑りついている可能性もある」
「そんな! 吸血鬼とか、でしょうか」
 この世界における恐怖の代名詞である名前を口にし、女性が青ざめた。
 頼ってくれれば御の字だ。アリウムは、ゆっくりと頷く。
「可能性は、あります。私で力になれるかわかりませんが、しばらくお子さんを預からせていただけますか?」
「え、でも領主様が……」
「一刻を争います。いずれ、領主様もお気づきになられるでしょう」
 鬼気迫る様子の言葉に、女性は頷かざるを得なかった。
 幸い、この家の近くに使われていない教会がある。アリウムは童女を抱え上げ、教会に急いだ。
 心配する親をなだめて家に返し、童女の額に魔法で冷やした布を乗せる。
「ごめんね。私に医療の心得はありません。このくらいしかできないんだ」
 童女の髪を撫でて、立ち上がる。少々無茶な手を使ってでも、教会に子供を集めることを決意した。
 町を駆け回り、最後は領主に預けることを条件に、アリウムは五人の子供を教会に隔離することに成功した。
 とはいえ、町の人々を騙しているのだ。心に冷たい痛みが走る。
「……」
 痩せ細った子供を教会の椅子に横たえ、曇ったステンドグラスを見上げた時だった。
 教会の戸が開いた。身構えこそしなかったが、警戒しつつ振り返る。
 男の子がいた。少年は貼り付けたような笑みを浮かべて、アリウムを見ている。
 領主の館から帰ってきたという、子供の偽物だろう。その瞳に濁った闇が混じっているのを、アリウムは見逃さなかった。
「神父さん、なんでみんなをここに集めるの? 領主さまの館に行けば、みんな救われるのに」
「……私は、領主様に呼ばれて来たんだ。町の人々を安心させてあげるために、祈りを――」
「うそつき」
 笑みを絶やさず、少年は断言した。アリウムが背筋に感じた悪寒は、殺気のそれに近い。
 少年はにこやかに、しかし突きつけるように言った。
「領主さまは、神さまがみんなを救うことを知ってるんだ。神父さんが何かをする必要なんてないことも、知ってるよ」
「……」
「ねぇ神父さん、みんなを家に戻してよ。すぐにお迎えが来るんだから」
「それは、できない」
 これ以上の犠牲を出させるわけにはいかない。アリウムは少年の前に立ちふさがった。
「この子供たちは、私たちが助けます。そのために、ここから出すわけにはいかない」
「……いけないんだ。領主さまに言ってやろ!」
 おどけたように言いながらも、少年の表情はまるで崩れない。不気味だった。
 教会の扉へと振り返る少年に、アリウムは声を上げた。
「領主様に伝えてください。私たちは――必ず子供たちを守ると!」
 少年はこちらを見ずに、走って行った。その背を睨みつけながら、考える。
 領主が強硬策に出るのなら、仲間の猟兵を集めて対抗すればいい。
 怖いのは、大人たちが領主について、子供を取り返しに来ることだった。彼らを傷つけるわけにはいかない。
 オブリビオンは卑劣だ。取る手段は、恐らく後者だろう。
「それでも、私たちは負けられません。負けられるものか」
 苦しそうに眠る子供たちのために。アリウムは暗いステンドグラスに描かれた神へと、力強く宣言した。

成功 🔵​🔵​🔴​

デイヴィー・ファイアダンプ
水か、食料か、それともなにかしらの植物か。
何れにせよ、現在の領主がその権限を利用して病が流行る環境を作り上げているのかもしれない。
村人や子供に、最近なにか行政で変わったことがなかったか聞き出してみるか。

大人へは領主の行いを参考にしたいから、なにかしらの話を聞かせてくれないかと頼み、
子供へは素晴らしい神様だねと褒めたりして、神の御使いとしてなにかしらを話したがらないか試してみよう。
……家族の前で子供に何が見えても、表情を陰らせないように気をつけるのを忘れずに。

それで糸口が見つかれば、あとは辿るだけだ。
状況を整理して次の“奇跡”が訪れるであろう子供を探してみるよ。



「すみません、助かりました」
 招かれた家の食卓で、デイヴィー・ファイアダンプ(灯火の惑い・f04833)は頭を下げた。
 彼は今、食料の尽きた旅人を装っている。町の入口で倒れていたところを、この家の主人に運ばれた形だ。
 家族構成は、夫婦と子供が二人、うち一人は病床に伏しており、母親がつきっきりになっている。
 まだ病気のことを聞くタイミングではない。デイヴィーはまず、出されたスープとパンを口に運んだ。
「あぁ、温かい食事なんて久しぶりだ。本当にありがとうございます」
「いえいえ。この物騒な時代に旅人は珍しいですから。息子も喜んでおります」
 父親が向けた慈愛の視線を受け、スープを啜っていた男の子が笑った。彼はずっと笑っている。
「元気なお子さんですね」
「えぇ、おかげさまで、今は」
 苦笑気味に答えた父親は、自身のパンを息子に分け与えながら続けた。
「この町には、子供だけがかかる流行病がありましてね。倅もそれにかかってしまいまして、一時は命が危うい時期もあったんですよ。今は次男坊が同じ病気ですが……」
「それは心配ですね。ご長男さんは、医者にかかられたのですか?」
 穏やかに訊ねると、やはり父親は首を横に振った。しかし、答えたのは少年の方だった。
「僕はね、神様に救われたんだ!」
「へぇ、神様」
 突然信じすぎても疑われる。デイヴィーは子供の想像を聞く大人の表情を浮かべた。
 少年はまるで笑顔を変えずに頷く。
「うん! 領主様のお館に連れて行かれて、そこで神様が治してくれたんだ! 僕は神様に救われたんだよ」
「それは素晴らしい神様だね」
「そうでしょ! だから僕は、神様の御使いになるんだ。ね、父さん!」
 無垢な少年の夢――と両親には映るだろう――に、父親が優しく首肯する。
 その光景が痛々しくて、デイヴィーは微笑の奥でため息をつき、父親に向き直った。
「しかし、流行病ですか。気になりますね。流行りはじめた時に、水や食料、近隣の植物に変化はありましたか?」
「いえ、そうしたことはなかったと……。ただ、それまではかかれば死ぬしかなかった病気も、領主様が町を治められてから、すっかり怖くなくなりました」
 病は領主が流行らせているものではないようだ。昔から土地に根付いているものなのだろう。
 無論、敵はオブリビオンなので、流行しやすい何かを放出している可能性は十分にある。
「……この町はとても穏やかでいい町ですね。領主様は、善政を敷かれているようで」
「いやぁ、正直何かをしてくださることはほとんどありません。お姿も見たことがありませんし。ただ、他の町のような圧政は受けていません」
 少年のスープにお代わりを注ぐ父親は、政治を褒めることはないが、領主を信用しているらしい。
 何より、健康な体で戻ってきた子供たちの姿が、町の大人を安心させてしまっているのだ。彼らが偽物であるなどと、誰も思っていない。
 父親は、しみじみと言った。
「領主様のもとには、さぞ腕の良いお医者か聖人様がいらっしゃるのでしょう。私たちは本当に、恵まれている……」
 その後も父親と少年との会話を続けたが、少年は神と領主を讃える言葉しか言わず、父親もそんな息子に笑顔を浮かべるばかりだった。
 こうなれば、単刀直入に聞くしかない。あたかもただの興味本位であるかのように、デイヴィーは尋ねた。
「病気になられている子供さんは、いつ館に運ばれるのでしょう。お迎えが来る日は、バラバラなのですか?」
「そうですねぇ。何人かまとめて迎えられる日もあれば、一人だけの日もあります。ただ、病状の重い子供ほど優先されているようですが」
 うちの次男もきっとそろそろでしょう、と父親は付け加えた。その顔から見て取れる希望は、いつか必ず絶望に変わってしまうのだ。
 内心に生まれた憤りを、消すことができない。いつか奪われる仮初の希望ほど、残酷なものがあろうか。
 敵の思惑がなんであれ、必ずや打ち倒さなければならない。デイヴィーは立ち上がった。
「お世話になりました。本当に感謝します」
「とんでもない。なんでしたら泊まっていかれたらよろしい」
「いえ、お気遣いなく。このご恩はきっとお返しします」
 玄関の戸を開け、最後に一度だけ振り返る。
 少年と父親を交互に見て、信念を込めて、言った。
「僕は必ず――真の意味で、皆さんの力になります。約束します」
 その意味を、父親は理解できなかったことに違いない。困ったように笑う父親に礼をし、デイヴィーは仲間がいるであろう宿へと向かった。
 父親の言うことが本当ならば、次の生贄にこの家の次男が狙われる可能性は高い。
 彼を守り抜くことこそが、町の人々の救いの道になるはずだ。
「必ず、力になってみせる」
 父親と交わした約束は、自分自身に向けた誓いでもあった。

成功 🔵​🔵​🔴​



 静かな町に突然訪れた旅人たちが、子供のことを嗅ぎまわっている。
 中には、子供を親から隔離して、教会に連れ込んでいる者もいるらしい。
 旅人は町唯一の宿に集まっている。宿の主人の話によれば、随分仲良く話しているそうではないか。
 彼らは何を企んでいるのだろう。もしかしたら、子供を誘拐するつもりなのではないか――?

 大人たちが猟兵の動きを訝しむのに、時間はかからなかった。
 ここからは、疑われることを念頭に動くべきだろう。子供と顔を合わせることも難しくなるかもしれない。
 誠心誠意の説得をするか。あるいは力づくでも子供を連れ去り、ことが終わるまでなんとしても守り切るか。
 真実を明かすか、隠すか。
 武器を取るか、取らないか。

 選択すべきことは多いが、残された時間は、少ない。
 
伊美砂・アクアノート
うーむ。疑心の疑獄で猜疑が疑惑

他の猟兵のみなさんが正攻法なら
ボクは奇策を試そうか

ダークセイヴァー基準でもみすぼらしい、汚いボロ布服に着替えて。泥水かぶったり砂埃にまみれたり、最後は手持ちの毒香水『さいはての水香』を(死なないギリギリまで)飲み干す。
ーーーこれで、「行き倒れの旅人」の完成ってワケよ…!

うう…痛ぇ……苦しいよお…
こ、ここの領主サマってえのは
お優しくて病を治せるんだろ…?
オラの村も、みんな死んじまっただ

…なぁ、オラにも教えてくれよう
どうしたら、この病は治るんだよう
子どもたちは、元気になったんだろ
どうかお慈悲を…薬を…

狂言回しに徹する
たとえ石を投げられようと、哀れに彷徨う病人として歩く



「うーむ。疑心の疑獄で猜疑が疑惑」
 町の外から様子を伺っていた伊美砂・アクアノート(さいはての水香・f00329)は、町の外で腕組みをしていた。
 町の人々が旅人に扮する猟兵を疑い始めたため、調査が難航するであろうことは目に見えていた。
 せめて、領主がもたらす「奇跡」と呼ばれるからくりさえ暴ければよいのだが。
「他の猟兵の皆さんが正攻法なら――ボクは、奇策を試そうか」
 伊美砂は早速、ダークセイヴァーにおいてもみすぼらしさ満点のボロ服に着替えた。
 ついでに泥水を被り、地面を転がり回る。服も肌も髪も泥と砂まみれになったところで立ち上がり、自身の持ち物から瓶を取り出した。
 中身は、香水だ。ただの香りづけなどではなく、その内用液には毒がふんだんに含まれていた。
「さて」
 キャップを外し、あろうことか伊美砂は、香水を呷った。
 喉を鳴らして飲み、三分の二がなくなったあたりで口を離した。唇をボロ衣で拭う。
「うー、キクぜ……あっ」
 心臓が大きく脈打ったと思うと、伊美砂は視界が大きく歪んだのを感じた。膝をつき、激しくむせる。
 恐ろしく苦しいが、恐らく死にはしないだろう。ともかく、これでよいのだ。
「こ、これで――『行き倒れの旅人』の完成ってワケよ……!」
 演技では限界がある。ならばいっそ、本当に死にかければいいのだ。
 立とうにも立てなくなってしまったので、伊美砂は町の入り口まで這って進んだ。途中何度もむせ、だんだんと体温が下がっていくのを感じながら、何とか辿り着く。
 突然現れた死にかけのボロ服に、町の女性が悲鳴を上げた。
「な、なんだいあんた!」
「うぅ……痛ぇ……くるしいよぉ……オラ、死にたくねぇ……だ」
 伸ばした手がぱたりと落ちて、それっきり伊美砂は動かなくなってしまった。飲んだ毒が多すぎたようだ。
 怪しんで見ていた女性も、さすがに心配になったらしく、木の枝など拾って伊美砂を突っつく。反応がない。
「ま、まさか」
 慌てて抱え起こして、極端に体温が下がり蒼白となった伊美砂の顔を見て、女性は今度こそ悲鳴を上げた。
「た、大変だ! ちょっとあんた、しっかりしな!」



 目を覚ますと、暖かなベッドにいた。ボロ服は脱がされ、伊美砂の体より一回り大きい女性ものの服が着せられている。
 手を伸ばして袖を見ていると、ドアが開いた。
「それは私のさ。もう着られないけど、捨てられない性分でね。まさかこんな形で役に立つとは思わなかったよ」
「……」
 非常にバツが悪かったが、結果的に町の人と接触できたことはありがたい。何から話すべきかと迷っていると、女性から口を開いた。
「あんた、なんでこんな辺鄙な町に来たんだい。魔獣だらけの外をほっつき歩いて」
 女性には、警戒の色が見える。無理もない。言葉を選び選び、伊美砂は言った。
「ここの領主サマが、お優しくてどんな病も治せるって聞いただ。子供たちは元気になったんだろ。どうかご慈悲を……オラにも、いい薬をくんろ……」
「誰から聞いたんだい?」
「えっ、……それはほら、あれや。風の噂ってやつや」
「嘘を言うんじゃないよ。その話は誰も口外していないはずだよ。奇跡については、領主様が私たちに口止めをしているんだからね」
「……」
 毒のせいではない汗が、背中を伝う。女性は疑いの眼差しを隠そうともしない。
 ここは、狂言回しに徹するべきか。あくまで哀れな彷徨う病人として振る舞うのだ。伊美砂は覚悟を決めた。
「そんなことねぇだ! オラは確かにこの耳で聞いたど。どんな病気もたちまち治っちまう町があるって。この町のことだろ、嘘つくんでねぇ!」
「な、なんだいあんた」
 突如食って掛かった伊美砂に、女性は気圧されたようだった。
 次は泣き落としだ。途端に泣き声を上げて、伊美砂はベッドのシーツに顔を押し付けた。
「オラの村も、みんな病気で死んじまっただ。おっかぁがよぉ、死ぬ間際に『オメだけは生きろ』っつってよぉ」
 病で人が死ぬ悲しみは、この町の人が一番よく知っている。女性も例に漏れず、村が滅びたという話に同情の色を示した。
 計画通り。伊美砂は胸中でほくそ笑む。
「やっとこさ辿り着いて……おっかぁの分まで生きられると思ったども……ダメみたいだなぁ」
「あんた……」
「いいべ、オラまた旅に出るだ。今度こそ、死に場所探しの旅だ……」
「ま、待ちな!」
 ベッドから這い出そうとする伊美砂を抑えて、女性は窓を伺い、耳元で囁くように言った。
「領主様がお迎えを寄こす時には、館の鐘が鳴るんだよ。それまでうちに置いてやるから、お願いするなら、その時にしな」
「……鐘が鳴るタイミングで、館に忍び込めないかしら」
「バカを言うんじゃないよ。そんなことをしてご機嫌を損ねでもしたら、どうするつもりだい」
 それはつまり、子供が治療を受けられないようになることを恐れているということだった。
 だが、良い情報を得た。鐘が鳴る時に、何らかの行動を起こせそうだ。
 早々に仲間と合流したかったが、毒が全身に回ってしまい、体が動かない。
「これは……由々しき事態である」
「なんだって?」
「こっちの話だ、気にしねぇでくんろ……」
 結局伊美砂が回復し窓から脱出できたのは、深夜になってからだった。

苦戦 🔵​🔴​🔴​

露木・鬼燈
武力で解決できなことが多すぎるのです!
領主の得ている信頼を崩すとか難しすぎっぽい。
僕ができそうなのは秘密之箱庭に子供を囲うこと。
なんだけど、領主の所に招かれれば救われる。
そう信じ切ってるみたいだからなー。
偽物でもわからなければ本物と同じ、生きた証拠がいるからね。
治療と称して連れ込むのは難しいかな?
領主という希望がある状態でよそ者に縋るかとゆーと…
やっぱり信用してもらえないと無理っぽい。
実際に治療効果のある空間で衛生環境や食料も十分。
領主をあぶりだすくらいの時間は何とかなる。
治療系のUCの使い手や話術が得意な人と協力すれば…いける?
まぁ、不得意なことは得意な人に任せるっぽい。
一人じゃないからね。


トリテレイア・ゼロナイン
大人達は疑心暗鬼に陥りかけています。
そこを突いて「礼儀作法」で「子供を狙った人攫いの情報を探している遍歴の騎士」として振舞い、最近なにかおかしなことはないかと大人達と子供達に尋ねます。手口は薬を用いて子供達を洗脳して攫う…といった具合に説明しましょう。


偽物への変化は喜びで気づかないふりをしている親や大人よりも距離が近い子供の方が気づきやすい

自分の兄弟、友人が変わってしまって不安になっている子供を見つけたら、「優しさ」で励ましつつも、その不安を肯定してあげて、友達と結託して領主の下へ自分や友人を行かせないよう行動するようこっそり言い含め時間を稼ぎましょう
ガキ大将の位置にいる子供を味方にできれば…




 教会に隔離していた子供たちを小箱【秘密之箱庭】に移動させた露木・鬼燈(竜喰・f01316)は、深々とため息をついた。
「武力で解決できないことが多すぎるのです! 領主が得ている信頼を崩すとか、難しすぎっぽい」
「そうですね。我々も疑われ始めていますし、鬼燈様の箱庭に連れ込むとしたら、力づくの誘拐しかないでしょう」
 薄く曇ったステンドグラスを見つめながら、トリテレイア・ゼロナイン(紛い物の機械騎士・f04141)が答えた。
「大人たちは疑心暗鬼に陥りかけています。そこでですが……ひとつ、献策を」
 二人は何度も共に死線を潜り抜けた戦友だ。鬼燈がトリテレイアの作戦を聞かない理由などなかった。
 話を聞きながら、鬼燈は納得するものの、懸念があった。
「うーん、領主っていう希望がある状態で、よそ者に縋るかとゆーと……」
「偽物への変化は、ひと時の喜びで気づかないふりをしている大人よりも、心の距離が近い子供の方が気づきやすいでしょう」
「そうかなぁ。まぁ、そうかもなぁ」
 トリテレイアの確信に満ちた言葉は力強い。だが、どうにも自分向きではないなと鬼燈は感じた。
「僕は不得意な分野だから、なるべくトリテレイアさんに任せるっぽい」
「えぇ。多少は手伝ってもらうかもしれませんが、領主が力技に出ないとも限りませんので、そのご準備を」
「ぽい」
 頷き合い、二人は教会を出た。
 巨体のトリテレイアと小柄な鬼燈が並んで歩いていれば、嫌でも目に付く。すぐに大人が駆け寄ってきた。
「おいあんたら! また旅人か?」
「旅をしているという点で言えば、そうです」
「チッ……。こんな田舎町に、旅人がそうそう来るかよ。あんたらもグルなんだろ? 俺たちの子供を攫いに来たんだろ!?」
 やはり、町の人々は相当疑心暗鬼に陥っている。
 トリテレイアは鬼燈を振り返った。彼は表情をピクリとも動かさず、顛末を見守っている。
 町の男性へと向き直り、トリテレイアはわざと間を置いてから、尋ねた。
「子供を攫う、とは」
「病気にかかってる子らを探し回ってる旅人だよ。あんたもその一味だろ。俺の目は誤魔化せねぇぞ」
「そうですか……。ようやく追い詰めましたね」
 またも鬼燈に振り返って声をかける。鬼燈はやはり表情を変えずに、ただ一度だけ頷いた。
 追い詰めたという言葉に、男性が眉を寄せた。
「どういうことだ?」
「失礼。私はトリテレイア、遍歴の騎士です。こちらは鬼燈という、私の――弟子です」
「えっ」
「弟子です。ね」
「ぽ、ぽい」
 慌てて頷く鬼燈に、トリテレイアは内心で詫びた。咄嗟に出た言葉だった。
 もっとも、鬼燈が気にした様子もない。気を取り直して、トリテレイアは続けた。
「最近、ここからほど近い村でも子供を狙った人攫いがありました。私はその情報を探していたのです」
「そ、そうだったのか! すまん、疑ってしまって」
 頭を下げる男性に、トリテレイアは首を横に振った。
「いいえ。私と鬼燈は帯剣している身。警戒はもっともです」
「許してくれるか、ありがてぇ……。で、連中はどんな手口で子供を攫うってんだ?」
 トリテレイアは、今度は視線だけで鬼燈を振り返った。さすがに黙りっぱなしではまずい、ということだろう。
 頬を掻いて、鬼燈はしぶしぶといった様子で話しだす。
「薬を使った洗脳っぽい。妙に明るくなったり、ずっと笑って同じことだけを繰り返し言うようになったり。心当たり、ないです?」
「……」
 男性の顔色はみるみる青ざめていった。心当たりがないわけがない。鬼燈とトリテレイアは、じっと男性の言葉を待った。
 俯いて拳を握りしめていた男性は、やがて顔を上げた。
「ない」
「……本当ですか?」
 確認するトリテレイアに、男性は声を荒げた。
「ない! 断じて、そんなことは、ない! あるわけないだろ、そんなこと……!」
 不愉快そうに吐き捨てて去っていく男性を、二人はじっと見送った。
 答えは予想通りだった。二人の話を信じるとすれば、病気の子供は洗脳されて帰ってきたことになる。
 これから彼らが誘拐されるのだとしたら、その片棒を担いでいるのは領主ということになるのだ。
 真実は違うが、あの男性の心には領主への疑問が根付いたに違いない。いずれ疑問は不信感に変わるだろう。
「まずは、第一歩。次は健常な子供に尋ねてみましょう。鬼燈様にもご協力いただきたいのですが」
「師匠の言う通りにするっぽい」
「……根に持たれてますね」
 いつもより低い声で言うトリテレイアに、鬼燈はくつくつと笑った。
 二人は一時間ほど町を歩いて、声をかけられれば男性と同じ問答をしつつ、病気にかかっていない子供を探した。
 木こりの家を覗いた時、退屈そうに机に突っ伏す少年を見かけた。病に倒れているわけでも、領主にすり替えられた偽物とも違う。
 さっそくドアをノックすると、母親が出てきた。
「……なにか」
「私は遍歴の騎士トリテレイア。こちらは弟子の鬼燈」
「どうも。ここらで起きてる子供攫いについて調べてるです。息子さんと話させてほしいっぽい」
 鬼燈の単刀直入な物言いにトリテレイアは緊張を覚えた。しかし、母親は少しだけ少年を振り返り、二人を中に招き入れた。
「今、お茶を」
「お構いなく。少年、少し話をさせてもらいたいのですが」
 トリテレイアが言うと、少年は巨大な金属の体を見上げて、感嘆の声を上げた。
「でっけー! 騎士さま、強そう!」
「それは、どうも」
「後ろのお姉ちゃんは小さいね!」
「……僕は男です」
「えっ!」
 苦笑しつつも、鬼燈はすぐに少年と打ち解けられたことに安堵した。どうにも、こうした会話は苦手だ。
 母親に促されて椅子に座り、トリテレイアは早速少年に聞いた。
「お友達に、病気になられた子はいますか?」
「いっぱいいるよ。死んじゃった友達もいる。でも、領主さまに治してもらった友達もいるよ」
「その、治してもらった友達は――お元気ですか?」
 非常に遠回しな質問だった。しかし、少年の純粋な心は、見事な程まっ直ぐに心を拾ってくれる。
「んー、元気なんだけどさ。いつもと違うんだよね。神様神様ってずっと言ってて、なんか気味悪いんだよ。あいつら、教会に行くのも嫌がってたのに」
 唇を尖らせる少年に、トリテレイアと鬼燈は目を合わせた。少年は、違和感を素直に認めている。
 ならばやりやすい。母親が立ち上がったタイミングで、鬼燈は少年に言った。
「実は、戻ってきた友達はみんな、薬で洗脳されてるっぽい」
「えっ、洗脳!?」
「シッ! 大人に聞かれたらダメです。実は、町に子供を攫う悪い奴らがいるです。洗脳された子は、近いうちにみんな連れていかれるっぽい。人攫いを倒……追い出すために、君に手伝ってもらいたいことがあるっぽい」
 騎士二人――という設定――の二人に言われれば、少年の目が輝かないはずはなかった。
 食い入るように身を乗り出す少年に、鬼燈は小箱を取り出して続けた。
「この中に、病気で倒れた君の友達が何人かいるです。中は温泉旅館……まぁいい場所なのです」
「なにそれ、すげぇじゃん!」
「倒した吸血鬼が持っていたものです。マジックアイテムというやつですね」
 トリテレイアの口からさらりと言葉が出てくるのは、記憶データにある騎士物語のおかげだろう。化け物退治には、お宝がつきものだ。
 目を輝かせる少年に、すかさず鬼燈が言った。
「まだ病気になってない友達と、出来れば病気になってる友達も集めてほしいです。僕たちが人攫いを捕まえるまで、ここに隠れていてください。遊んでていいから」
「ほんと? すげぇや! みんなに知らせないと」
「大人に知られないよう、連れてこれる子だけで結構です。大人よりも、君たちの力が必要なのですからね。頼りにしていますよ」
 トリテレイアに言われて、少年は嬉々として頷いた。



 集合時間は、少年の門限ギリギリの時間。場所は、古びた教会とした。
 少年は、時間通りに現れた。十名近い少年少女を連れている。全員健康な子供で、さすがに病気の子を連れ出すことはできなかったらしい。
「ねぇ、この人信用できるの? 悪い大人かもしれないわよ」
 少女が言った。常識のある子だ。しかし、彼らを集めてくれた少年は、少女に食ってかかった。
「バカ! この人は子供を攫う悪い奴から俺たちを守ってくれる騎士さまだぞ!」
「そんな証拠ないじゃない!」
「う、うるせぇ! じゃあ今から帰れよ! お前もあいつらと一緒に神様大好きって言ってればいいだろ!」
 偽物の子供に違和感を覚えているのは、少女も同じらしい。彼女は口をつぐんで、俯いてしまった。
 しかし、子供の数はこれで全部ではないだろう。むしろ、町全体からすると少なく感じる。
「……上出来と見るべきでしょうか」
「ぽい。まぁ心配はいらないですよ。僕らだけじゃないからね」
 仲間はまだいる。病気の子供らを救い出すために駆け回ってくれている猟兵もいるはずだ。
 鬼燈は、少年たちを箱庭に案内した。湯気香る温泉施設に感激する少年たちを置いて外に戻ると、トリテレイアが自身の剣を見つめていた。
「鬼燈様、彼らは」
「楽しんでるっぽい。病気の子も見てきたけど、ちょっとは落ち着いてるかな?」
「そうですか」
 大人も子供も騙して、最後は結果的に希望を奪うことになるかもしれない。
 それが彼らのためとはいえ、騎士を志すトリテレイアは、剣にどのような想いを捧げるべきか、迷っていた。
 鬼燈は言葉をかけなかった。今声をかけたところで、彼の心が救われないことは分かっていた。
 それに、きっとこれから、もっとろくでもないことが起こるのだ。仕方のないこととはいえ――。
 大人たちの足音が教会の前で止まり、扉が蹴破られたのは、その直後のことだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ニィ・ハンブルビー
呼ばれて飛び出てボク登場ー!
…既に面倒な状況になってる!!
もー!これだからダークセイヴァーは!

しょうがない!
絡め手は苦手だけど、小細工勝負で行くよ!
教会にかくまってる子供は、【フェアリーランド】に隠れてもらう!
ついでに医者!仲間にいたら入って子供の面倒見てほしい!
そんでもって、仲間の情報から病状の重そうな子を見繕って、
夜の闇に紛れて【忍び足】で家に侵入!
どんどん壺にしまっちゃうよ!夜なら寝てて抵抗もされないはず!
【クライミング】で屋根まで上って窓や屋根裏から入れば気づかれないよね!
そんでもって、棚の裏とかフェアリーでないと入れないような物陰を塗って【目立たない】ように!

…よし!やるか!



「呼ばれて飛び出てボクっ――」
 大声を出しつつ教会に飛び込もうとしたニィ・ハンブルビー(怪力フェアリー・f04621)は、聞こえた怒声に口を抑えて空中で静止した。
「と、登場ー……」
 一応最後まで言い切りつつ、窓から教会の中を覗く。
 町の人々が、猟兵たちに罵声を浴びせている。子供を攫った犯人とされているらしい。
 見れば、教会の子供はもういなかった。仲間がうまく隠してくれているのだろう。
「……既に面倒な状況になってる!!」
 小声で叫んで、ニィは飛び上がった。声の届かない町の上空で、心置きなく声を上げる。
「もー! これだからダークセイヴァーは!」
 手足をばたつかせながら世界そのものへ不満をぶちまけつつも、ニィはやるべきことを見出していた。
 壺を取り出す。【フェアリーランド】へ繋がるそれに触れれば、抵抗しない相手を妖精の世界に連れ込むことができるのだ。
「絡め手は苦手だけど、小細工勝負で行くよ!」
 町の大人たちが教会に集まり、病気の子供たちだけが家で寝ているのであれば、壺を押し付けるだけで容易にフェアリーランドへ隔離できるだろう。
「なんだかホントに……誘拐みたいだなぁ」
 げんなりとしつつも、ニィは仕事に取り掛かった。
 事前に仲間から聞いていた病気の子がいる家に忍び込み、慎重にベッドへ近づく。
 子供は寝息を立てていた。酷く痩せている。不憫に思いながらも、躊躇いなく壺を押し付けた。
 たちまち光り輝いて、子供は壺の中へと消えた。中は全体的にふかふかしているし暖かいので、固いベッドよりゆっくり眠れるだろう。
「よーし、この調子でいこう!」
 町中を夜闇に紛れて飛び回り、ニィは次々に子供を壺に案内していく。
 最後は町外れの家だった。屋根裏から飛び込むと、下から足音が聞こえてきた。
「あちゃー、起きてるかー……」
 まだ目覚めていてもおかしくない時間ではある。ニィは素早くキッチンに移動し、食器棚の裏に隠れた。
 息を殺して様子を伺う。笑みを貼り付けたような少年が、誰もいない家を意味もなく歩き回っていた。
 偽物の子供だ。ニィの背筋に冷たいものが走る。
「き、気持ち悪いなぁ」
 すぐにでも出たい気持ちになるが、なんとかこらえる。重症の子供は、助け出さねばならない。
 偽の子供がキッチンから出たタイミングで、ニィは移動を再開した。
 それほど大きな家ではない。病気の子供はすぐに見つかった。偽物に変えられた少年とよく似ている。弟だろうか。
 早速壺を押し付けようとすると、弟の目が開いた。ばっちり目が合い、ニィは硬直する。
「あっ……ども、こんちは!」
「……誰?」
「えーっと、えっとねぇ」
 どう答えたものか。咄嗟に、自分が妖精であることを思い出す。
「ぼ、ボクはみんなの元気を守る、火の妖精だよ! ニィっていうんだ。よろしくね!」
「妖精さん? 本物?」
「うん、そこは本物」
 頷きつつ、背後を振り返る。偽の子供が来たら、まずいことになる。
 急ぎ、彼を隔離する必要があった。ニィは壺を指差した。
「この町にいる病気の子を、ボクたち妖精の世界に案内してるんだ。ふかふかで暖かくて、すぐ元気になれるよ!」
「本当? でも……」
 家族に無断では、ということだろう。彼はまだ幼いため、無理もない。
 もう少し説明をと思った、その時だった。
 町に鐘の音が響く。弟が「お迎えだ」と言った。恐らく、すぐにでも猟兵の動きは気づかれるだろう。
 戦闘が始まるかもしれない。焦るニィに、さらなる事態が降りかかる。
 家の玄関が開いたのだ。声はしないが、足音が二つ聞こえてくる。「やばっ……! ごめん、ボクのことナイショにしてね!」
 弟が頷いたのを確認し、ニィはベッドの下に身を隠した。同時に、この部屋の戸が開く。
 入ってきたのは、偽の兄と、黒フードの何者かだった。背丈は少年らと変わらないように見える。
 しかし、ニィは感じ取っていた。この気配、おぞましい雰囲気。
 間違いない。オブリビオンだ。緊張が走る。
 息を殺していると、オブリビオンはベッドの前で止まった。病床の少年に手を伸ばす。
「あの、お兄ちゃん。あのね」
「大丈夫。神様が救ってくださるよ」
「う、うん……」
 オブリビオンと偽の兄に手を引かれ、弟はベッドから立ち上がった。やせ細った足で、よろめきながら連れて行かれる。
 その弟が、ニィへと振り返った。兄の変化に戸惑い、気づかない両親に戸惑い続けた少年の不安が、顔に現れていた。
 その唇が、声を出さずに動く。「たすけて」、と。
「!!」
 瞬間、ニィは飛び出していた。
「おりゃぁぁぁッ!」
 拳を振り上げ、目視されるより速くオブリビオンを殴り飛ばし、弟に壺を向ける。
「触って!」
「う、うん!」
 壺に触れた少年が光となって壺に消える。ニィは偽の兄に振り返らず、窓をぶち破って外に出た。
 空に上がってみれば、町中にいくつもの篝火が見えた。先程のオブリビオンどもだ。
 消えた子供を探している。その足が徐々に教会へ向いているのが見て取れた。
「……負けるもんか。よし、やるぞ!」
 壺を大切に抱えて、ニィは教会へ飛んだ。
 戦いが終われば、必ず変化は起きるのだ。それがいいものか悪いものかは別にして、この町は変わらなければならない。
 闘志に燃えるニィは、負けられない戦いへと飛び込んでいった。

成功 🔵​🔵​🔴​

ハンネス・ヴェテライネン
「まぁ皆様思うところもありましょう。ですから、自分は申し上げましょう。猟兵であります。自分はとりわけ、化物専門であります」

自分は口がうまいわけでもないであります。ただ嘘をつかないであります。
しっかり村人に話すでありますよ。信じてくれる人は命を懸けて守るであります。
皆さんも猟兵がいる時点でお察しでありましょう。我々は何かが起こるところにしか現れない。
帰ってきた子たちは元通りでありますか?
昔遊んでいた遊びをしているでありますか?
ご両親との思い出を語るでありますか?
ノー。ノーであります。クソッタレの領主と神の話だけであります。
自己満のために本当の子を弔わず、人形遊びを続けていいわけがないであります。


雪月花・深雨
帰ってきた子供たちが、偽りの存在である事を示せば何よりの証左となるでしょう。
けれど、それを目の当たりにした家族は…。

笑みを張り付けた子たちには、かつての個性はあるのでしょうか。
子供であれば、爪を噛んだり、一人で遊ぶ、好きな食べ物などの癖や傾向も見られると思います。

神の奇跡を聞きつけた巡礼者を装い、笑う子供たちと接触して神について話を聞きます。
もしも、彼らに個性を見出せない場合は、家族の方にその事を伝えます。

恐らく、子供たちと一緒にいるだけで見咎められるので、その時が説得の機会でしょう。

こわい…けど、伝えなければなりません…。

奇跡だけに目を奪われないで、もっとお子様の事を見てあげてください…。




 教会に集った人々は、猟兵たちに明らかな敵意を向けていた。
「うちの子を、どこにやったの」
 木こりの家にいた女性が、震える声で言った。彼女の息子は、猟兵がユーベルコードで作り出した空間にいる。
 当然、無事だ。しかし、それを伝える術がない。猟兵たちが何を言おうと、言葉は彼らに響かない。
 それでも、雪月花・深雨(夕雨に竦む・f01883)は、伝えなければならなかった。巡礼者を装い、偽の子供たちと接触し、確信してしまったからだ。
 彼らには個性がない。どころか、心すらもない。
「子供を返せ!」
 体格のいい男の怒声に、深海の体がすくむ。足が震えるが、それでも顔だけは俯かせなかった。
「皆さんの子供を、今返すわけにはいきません。でも、全てが終わればちゃんとお返しします」
「全て? なんのことだ。この町にはお前らにくれてやる金も食料もないぞ!」
「……」
 領主がオブリビオンであることなど、彼らは露ほども思っていない。病が癒え、明るい笑顔で帰ってくる子供を見れば、そのようなことを思うはずがない。
 だが、そこにこそ突破口がある。この大人たちの中にも、偽の子供と暮らす人がいる。その人々に、深海は必死に訴えた。
「領主の館から帰ってきた子供に、違和感はありませんでしたか? 本当に、我が子だと心から言えますか?」
「なんですって? どこからどう見てもうちの娘よ。変なこと言わないで」
 言い返す短髪の女の手には、包丁が握られている。彼女が猟兵である深海に勝てるはずもないが、その敵意が、ただただ恐ろしかった。
 短髪の女性を正面から見返して、深海は胸の前で手を握りしめる。
「どこからどう見ても? 神様や領主のことしか話さなくなっている子供に、どうしてそう言えるのですか?」
「……領主様に世話になったんだ。子供でも恩を覚えるのは当たり前だろう」
 静かに言う細身の男性は、しかし、声に動揺が混じっている。彼の子供もまた、領主の館に連れていかれたのだろう。
 それでも、深海は首を横に振った。彼らの希望が潰えてしまうとしても――ここで引くわけにはいかなかった。
「考えてみてください。あなたのお子さんが持っていた個性、今もありますか? 顔かたちでなく、あなたの思い出にあるお子さんの仕草……最近、見ましたか?」
「あんたはさっきから、何が言いたいのよ! 娘が偽物だとでも言うの!?」
 冗談ではないと声を張り上げる短髪の女性に、深海はまっすぐな視線を返した。
 真実を口走ってしまった短髪の女性は、迷いのない深海の瞳に顔を強張らせ、目を伏せた。
 誰もが気づいていたはずだ。偽物などとは思わなかっただろうが、子供があんなにもおかしくなってしまっていることに、子を愛する親が気づかないはずがない。
 それでも、彼らは誰も言葉に出さなかった。口にすれば、全てが変わってしまう気がしたのだ。
 例え偽りの喜びであろうと、もし子供が、自分たちが、町が、狂ってしまっているのだとしても――。

 愛しいこの子が、笑うから。

 それだけが、彼らの心のよりどころだったのだ。
「……確かに、病気が治って元気に帰ってくれば、親は安心かもしれません。奇跡に縋れば、怖さを感じることもないかもしれません」
 それでも、と、深海は力強く言った。
「奇跡だけに目を奪われないで。もっと、お子様の事を見てあげてください……」
 子を領主に奪われた親も、病に伏している子を持つ親も、どうか。
 その切なる願いは、彼らの心を動かした。しかし、なおも頑なに認めないものがいる。
「冗談じゃない。冗談じゃねぇぞ! うちの息子を攫っておいて、なにを善人ぶってやがる!」
 体格のいい男は、猟兵が安全を確保した子供の親なのだろう。
 今も、深海たちは自分たちの正体を明かしていない。領主と戦うことになると言えば、反対されることは目に見えている。
 だが、もう猶予がなかった。業を煮やした者は、猟兵の中にもいた。
 黙って聞いていたハンネス・ヴェテライネン(対化物専門傭兵・f11965)は、寄りかかっていた壁から背を離した。
「まぁ、皆様にも思うところがありましょうな。ですから、自分は申し上げましょう」
 町の人々の視線が突き刺さる。それを無視して、ハンネスは淡々と告げた。
「自分たちは、猟兵であります」
「猟兵……」
「ご存じないでありますか。まぁ結構。戦いを生業とする者と思っていただければよろしい。自分はとりわけ、化け物専門であります」
 ハンネスは、口がうまくない。そのことを自覚している。だからこそ、ただ嘘をつかず真実のみを言葉にするのだ。
 振り返ると、深海が心配そうにこちらを見ていた。だが、今更彼らに気を遣うことに意味はない。
「化け物退治の専門家が、どうしてこの町に来た?」
 中年の男の問いに、ハンネスは肩をすくめた。
「考えて分からないでありますか? もう皆さんもお察しでありましょう。我々猟兵は――何かが起こるところにしか、現れない」
 もはや正体を隠す必要がなくなり、教会に集っていた猟兵が、警戒態勢に入る。異様な雰囲気に、町の人々がたじろいでいる。
「……ごめんなさい」
 深海は小声で詫びた。怖がらせたくはないが、いつでも動けるようにする必要があるのだ。敵は、すぐそばまで来ている。
 結論を急ぐ必要があった。ハンネスは畳みかけるように続ける。
「深海殿も質問されていたでありますが――帰ってきた子供をお持ちの方。子供たちは、昔遊んでいた遊びをしているでありますか? ご両親との思い出を語るでありますか?」
 町の人々は答えない。答えたくないのだ。
 だから、ハンネスが代わりに答えを突きつけてやる必要があった。舌打ちを一つ、吐き捨てる。
「ノー。ノーであります。クソッタレの領主と神だかなんだかの話を、ひたすら繰り返すだけであります」
「じ、じゃあ……うちのは……もう」
 細身の男性が、震える声で言った。そんなことが、許されるものか。町の人々はまだ、深海とハンネスの言葉が嘘であるという一縷の希望を捨てていない。
 どのみち、すぐに分かるのだ。ハンネスは表情を変えずに言い切った。
「自己満足のために本当の子を弔わず――人形遊びを続けていいわけが、ないであります」
「う、うそ……」
 膝から崩れ落ちる短髪の女性。誰も彼女を支えようとしなかった。誰もが打ちひしがれているのだ。
 もしかしたらと思っていた。だが、真実はさらに残酷だった。
「ま、待ってくれ……。まだ証拠がない。そうだ、証拠だ! 息子が死んだと、どうして証明できるんだ!」
 ハンネスへと縋り付くように、細身の男性が叫ぶ。あまりにも哀れだった。
 猟兵は誰も答えない。ハンネスもまた、黙って男性を見つめている。
 もういたたまれなかった。深海は男性の肩に手を置く。その手は、震えていた。深海もまた、怖くて仕方がないのだ。
「証拠があれば、受け入れられますか?」
「えっ……」
「証拠があったとして、それを受け入れることが、できますか?」
 もう、言葉は出なかった。男性は膝をつき両手をついて、地面に伏して泣き喚いた。
 町の人々は、一様に目の焦点が合わず、虚空を見上げたり、地面に視線を落としたりしている。
 仮初の希望が、絶望へ転じた瞬間だった。
「……こわい」
 自身の体を抱き、深海は呟いた。それでも逃げ出さなかったのは、彼女が猟兵だったから。
 人々を救えるのは、自分たちしかいないと知っているからだ。
「さて、ようやくお出ましでありますな」
 ハンネスは、ステンドグラスを見上げた。集った猟兵たちも、同じように一点を見つめている。
 次の瞬間、ステンドグラスが砕け散った。
「深海殿、町の人々を」
「はい!」
 深海が即座に町の住人を庇い、彼らを無理矢理教会の隅に押し込む。
 降り注ぐガラス片の奥から、月光を従えて現れたそれは、黒髪の乙女であった。
 白い肌に黒衣を纏い、背に揺らめく白く美しい翼は、天界の住人を思わせる。
 手にする剣は、あらゆるものを写し取る鏡面。
 ステンドグラスがあった空間で羽ばたく姿は、あまりにも神々しい。
「神……さま……」
 誰かが零した呟きに、黒髪の乙女は優しく微笑んだ。



 身構える猟兵たちの前に降り立った黒髪の乙女は、恭しく礼をした。
「私はプレアグレイス。救済の代行者。この町の子らを救うべく、天より降り立ちました」
「神様気取りでありますか、オブリビオン風情が」
 ハンネスが睨みつける。迸る殺気に、プレアグレイスは顔色一つ変えない。
「そう、あなた方の言葉を借りるならば、私は神となるでしょう。それは、私が救済した子らが伝えているはず」
「偽物の子供のことですね。あんなものは、救済なんかじゃありません」
 怯えながら、それでも目線だけは外さずに、深海が断言した。
 しかし、プレアグレイスは首を横に振る。
「それを決めるのは、あなたではありません。我が祝福を町で包み込めば、そこには完成された幸福が生まれるのです」
「つまるところ、いずれは大人も偽物に差し替えるという寸法でありますな。下劣なオブリビオンが考えそうなことであります」
 ハンネスの言葉に、プレアグレイスは否定しなかった。町の人々が顔色を変える。
 プレアグレイスが羽ばたき飛び上がると同時に、教会の戸が開いた。全員が振り返ると、そこにはかつて病を得た子供たちがいた。やはり変わらず、同じ笑顔を張り付けている。
 大人たちは困惑した。あの子は本当に我が子だろうか。愛しいと思っていた笑顔が――なぜ、不気味に見えるのだ。
 優雅に羽ばたくプレアグレイスを見て、子供たちが感激の声を上げる。
「神様だ!」
「私を救ってくれてありがとう! 神様!」
「僕は神様に救っていただいたんだ、母さん! 神様のおかげなんだよ!」
 偽の子供たちは親へと駆け寄り、いつものように甘えようとする。町の人々は、偽物であると理解しつつも、跳ね除けることができない。
 なおも人々の心を抉って、仮初の希望を植え付けようというのか。深海はプレアグレイスを見上げ、睨みつけた。
「許さない――!」
「救済の障害は、排除せねばなりません。迷える子らを傷つけることのないように。頼みましたよ」
 白い羽根を教会に舞わせて、プレアグレイスはステンドグラスがあった箇所から飛び去った。
 猟兵たちは教会の外に飛び出した。即座に扉を閉める。
 偽の子供が大人たちに危害を加えることはないだろうが、その精神が問題だ。早急にプレアグレイスを討たねばならない。
 篝火を持つフードのオブリビオンが、町中に溢れている。その中に背丈の低い者が多く混じっていることに、ハンネスは気が付いた。
「……どこまでも、外道でありますな」
 月光の中で町を見下ろすプレアグレイスを、睨む。
 この敵を倒し、プレアグレイスを倒した時、偽の子供はどうなるのだろうか。
 多くの子供を失った親は、町は、どうなるのだろうか。
 揺れる篝火が、猟兵たちへと近づく。猟兵たちに考える猶予は、もうない。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​




第2章 集団戦 『篝火を持つ亡者』

POW   :    篝火からの炎
【篝火から放たれる炎】が命中した対象を燃やす。放たれた【赤々と燃える】炎は、延焼分も含め自身が任意に消去可能。
SPD   :    篝火の影
【篝火が造る影に触れた】対象の攻撃を予想し、回避する。
WIZ   :    新たなる亡者
戦場で死亡あるいは気絶中の対象を【自分と同じ姿の篝火を持つ亡者】に変えて操る。戦闘力は落ちる。24時間後解除される。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 月が厚い雲に隠れ、町は蠢く亡者が持つ篝火にのみ照らされている。
 亡者は何も言わない。うめき声も上げず、ただ猟兵たちに歩み寄っていく。
「これは、救済なのです」
 上空から、プレアグレイスが言った。
「我が子を失くした親は、遣わせた光の御使いを子と思う。苦しみを終えた子らは闇の御使いとして私に仕える。そしてどちらも、救われる」
 それこそが、プレアグレイスの喜び。絶望せし弱き者の救済こそが、彼女の使命。
「それでも、あなたたち猟兵は私を否定するのでしょう。ならばその力で証明してみせなさい。我が闇の御使いを討ち倒し、私を滅ぼしてみせなさい」
 篝火を持つ亡者と戦う猟兵たちへと、プレアグレイスはまさしく神の言葉とばかりに、高らかに言う。
「その行ないがいかに無慈悲なものなのか――あなた方は、知るでしょう」
 月が、現れる。
 月光に照らされた亡者たちは、暗がりで見えなかったフードの中身を露にする。
 偽りの子と変えられた、痩せ細って死んだ子ら。かつては明るく輝いていた瞳は、骸の眼窩と化していた。
 こんなものが救いなものか。例え町から活気が失われようと、歪んだ救済を断ち切ることができるならば。
 猟兵たちが、亡者へと吼える。
エーカ・ライスフェルト
自作自演で追い詰めて歪んだ救いを与えて悦に入る
オブリビオンというのはどうしてこういうのばかりかのかしら
「真っ当な人格を持ってるなら骸の海から出てこないのでしょうね。今回も罪悪感無しで殺せそうで何よりだわ」

「救いに来た子供や親を殺すのかぁ? うへへ」(意訳)という感じで人質にとろうとしたり民間人を巻き込む形で攻撃してくる気がするの
だから【ウィザード・ミサイル】で、親や子を狙える位置にいる敵を優先的に攻撃するわ
【攻撃属性】で、威力を下げてもいいから当たった後も残る土属性を……具体的には滑りやすそうな小石とかねっとりした土とかを付与したいわ
転ぶのは無理でも数秒の足止を。その時間があれば他猟兵が助ける




 歪んだ救いを与えて悦に浸る。その腐った性根に、エーカ・ライスフェルト(電脳ウィザード・f06511)は怒りの籠った息をついた。
「オブリビオンというのは、どうしてこういうのばかりかのかしら」
 町に蠢く亡者たちは、猟兵のみを狙っている。民間人を巻き込もうとするかとも思ったが、そうした気配はなかった。
 予想外ではあったが、悪くはない。それならそれでやりやすいし、エーカのやるべきことは変わらない。
 魔力を解放し、粘性を持った土矢を無数、空中に生成する。 
 ただでさえ動きが遅い亡者だ。その足を止められれば、有利がこちらに傾くことは目に見えている。
 罪のない人々の骸に胸中で詫びつつ、エーカは土矢を放った。
 高温の土は死者に痛みを与えることはないものの、足を貫き、へばりつき、滑りやすくし、その機動力を根こそぎ奪い取る。
 篝火を掲げる亡者が、足に土矢を受けて倒れる。その瞬間に、追撃の土弾を心臓部へ叩き込んだ。
 纏わりつく土は魔法の矢にも影響を及ぼし、その威力は下がっている。しかし、死体を貫くには十分だ。
 大きく体を撥ねさせて、亡者は動かなくなった。
「……」
 この骸もまた、かつては町で笑って過ごしていたのだろう。彼らの過去に思いを馳せると、胸中に暗い感情が芽生えるのを止められなかった。
 エーカは上空を見上げる。悠々と白い翼を羽ばたかせ、神を気取るオブリビオンが、そこにいた。
 あるいは、彼女は本当に神だったのかもしれない。だが、骸の海から世界に染み出した以上、例外なく世界を滅ぼす、猟兵の敵なのだ。
 目が合う。聞こえはしないだろうが、エーカは溢れる言葉を止められなかった。
「真っ当な人格を持っているなら、骸の海から出てこないのでしょうね。オブリビオンなどになりはしないわ。ましてや、神だなんてね」
 思わず笑ってしまうほどに、くだらない。
 今この瞬間を共に生きようとする、その希望を持たず――死した者に縋る心を植え付ける者が、神なものか。
 エーカの周囲に浮かぶ土の矢に、一層魔力が込められる。
「今回も罪悪感無しで殺せそうで、何よりだわ」
 土の矢を一斉に放つ。矢は亡者に突き刺さり、その足を地面と縫い付け、また体を貫き、次々に打ち倒していく。
 倒れた亡者に、篝火を持つ亡者がゆらりと近づく。しゃがみ込み、手を触れるや、倒したはずの骸が立ち上がる。
 目の前でいくら同族が倒れても、亡者たちは足を止めない。倒れた者を蘇らせ、猟兵を排除するという目的のためだけに動く。
 プレアグレイスは「闇の御使い」などと言っていた。が、これは忠実な僕などではない。
「ただの、玩具だわ」
 エーカは亡骸を兵器とするオブリビオンを知っていた。実に品のない敵だったが、今回も、その連中と大差ない。
 神様ごっこに付き合わされている彼らを、解放してやらなければならない。
「いいわ。いくらでも蘇るというのなら――立ち上がる前に、まとめて骸の海に帰りなさい」
 大地の力を纏う魔法の矢が、さらに本数を増す。エーカが上げた右腕を合図に、百を超える土の矢が放たれた。
 矢は放物線を描き、亡者たちへと降り注ぐ。その一切が例外なく亡者を貫き、動きを完全に封じていく。
 死なずとも倒れてしまえば、復活させることも叶わないだろう。
 動かなくなっていく亡者たちに、エーカは一人、呟く。
「無念は晴らすわ……必ずね」
 だからこそ、躊躇わない。
 歪んだ信仰のために利用された魂の叫びが、エーカの魔力を果てしなく高めていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アリウム・ウォーグレイヴ
アドリブ歓迎

亡くなった子供達、いえ敵へは氷の魔法を主体とし、体への傷を抑える様に攻撃します。
全てが終わった後、できる限り傷の無い姿で親へ引き渡したいのです。
悲しみは満ちに満ちて溢れかえっています。もうこれ以上増やしたくありません。
町中へはホワイトパスを使用し、敵の影を踏まないように警戒します。
敵にはホワイトファングで動きを阻害し、ホワイトブレスの『属性攻撃』で無力化していきます。
『全力魔法』で『範囲攻撃』し、他の猟兵と協力して長引かせないようにしたいですね。

子供達の体に刃をめり込ませる感触を覚えたくない逃避が少なからずあります。
こんな時まで自分を優先させるのかと少々自己嫌悪。




 暗闇の町に揺れる篝火、その中に見える小さな姿に、アリウム・ウォーグレイヴ(蒼氷の魔法騎士・f01429)は歯を噛みしめた。
 亡者が纏う黒いローブから覗く手足は痩せ細り、足取りはいかにも覚束ない。病に倒れた子供であったことは、容易に想像がつく。
 氷の魔力を帯びた刺突剣「氷華」の切っ先を、小さな亡者に向ける。例え哀しき亡骸であろうと、敵だ。
「……それでも、せめて」
 アリウムの体を、強大な氷の魔力が包む。吹き荒れる冷気を、亡者たちは恐れない。
 氷華の切っ先から、氷の魔力を帯びた弾が放たれる。先頭を歩く亡者が凍てつき、その場に倒れた。
 後から現れる亡者の篝火により照らし出されたその顔は、幼い子供の死に顔だった。
 彼らはもう、笑わない。泣かない。夢を見ることもない。その事実が、アリウムの心に冷たい怒りを燃え上がらせる。
「せめて――!」
 まだ朽ちていないのであれば、傷のない姿で両親のもとへ。アリウムは氷弾を放ちつつ、敵陣に飛び込んだ。
 怪しく揺らめく篝火が作る影から、感じるおぞましい魔力を感じる。影を踏めば何かしらの悪いことが起こるだろうことを、アリウムは直感的に把握した。
 身に纏う魔力はアリウムの五感を研ぎ澄ませる。亡者の篝火により作られる影を、全身の感覚で避けていく。
 亡者の篝火が振るわれ、潜り抜けるように回避する。頭上を通過する炎は、どうしてか酷く冷たいように思えた。
 しかし、アリウムの纏う氷の魔力は、より冷たく、鋭い。剣を持たない左手を突き出し、纏う冷気を放出する。
「はぁぁッ!」
 放たれた冷気は空気中の酸素を冷やし固め、瞬時に液体と化したそれらは亡者に降りかかり、篝火ごと凍てつかせる。
 一瞬で、彼が視認している亡者は氷像と化した。空気が戻り、液体窒素が消えてもなお、凍りついた亡者は動かない。
 反転し、アリウムは切っ先から氷弾を放つ。被弾した亡者が凍りつき、こちらは幾分体を動かせたが、すぐに亡骸へと戻っていった。
 民家の窓から、戦いを覗く人々の姿があった。亡者は町の人を狙わない。それがまた、戦いを猟兵による一方的な虐殺に仕立てているように思えた。
 現に、覗き見る女性は泣いている。倒れた子供たちの中に、見知った顔があったのだろうか。
 胸に芽生えた強烈な罪悪感を、アリウムは頭を振って打ち消した。
「……私たちが、やらなければ」
 この町には、悲しみが満ち満ちて溢れかえっている。五感が研ぎ澄まされた今、アリウムはそれを肌で感じてしまっているのだ。
 心臓を抉られるような痛み。これ以上は、人の心が耐えられなくなってしまう。
「もう、悲しみを増やすわけにはいきませんッ!」
 再度魔力を解放し、空間を凍てつかせる。足を止めない子供の亡者が、アリウムの魔力に触れては凍りつき、二度と動かなくなっていく。
 影を避けて、篝火を持つ亡者へと剣を向ける。暗いフードの奥にある顔、その幼い唇を見て、アリウムは一瞬躊躇した。
「ぐッ……! 迷うな、アリウム・ウォーグレイヴ!」
 己を叱咤し、葛藤する心をそのままに、苦悶の表情で氷華の尖端から氷弾を撃ち出す。
 幼い亡者が氷弾を身に受けて凍りつき、崩れ落ちる。フードが外れ、その奥にあった少女の亡骸が露になる。アリウムは息を呑んだ。
 戦いの中にありながら、自分は何を思ったか。同情、憂い、怒り――。それらとはまた別の、もっと弱い心が働いた気がした。
「私は……」
 見れば、剣を持つ手が震えていた。もし本当に躊躇なく戦えたならば、この剣で亡者を斬ることもできるはずだ。
 凍りつかせて倒すのは、果たして本当に、親元へ無傷で返したいという想いによるものだけだろうか。
 その刃が子供たちの体に食い込む感触を、避けているのではないか。
 亡者の行進は止まらない。その中に混じる大人の――恐らくは相当前に死んだ者の骸であれば、躊躇なく剣を振るえるのではないか。
 自分の感情を優先させる己の心に、自己嫌悪が生まれる。
「……こんな時に、私は!」
 悠長に葛藤している暇はない。亡者は目の前まで来ているのだ。
 篝火が作り出す影を飛び越え、氷の魔力を解放し、氷弾を放ち、亡者を凍りつかせていく。
 アリウムは敵だけでなく、己の心とも戦い続けていた。
 町に満ち溢れる悲しみも、己の心の弱さすらも、凍りつかせられたら。
 一瞬過ぎる想いすらも、アリウムの冷気は氷に変える。

成功 🔵​🔵​🔴​


「なぁ、お父さんとお母さんと一緒に、薬草を摘みに行ったこと、覚えているかい?」
 細身の男性は、笑みを絶やさない息子へと語り掛ける。
 猟兵が言うことが偽りならば、この子はきっと話してくれるはずだ。貧しいながらも薬草を取って、町の人のお役に立とうとしたことを。
 たまたま見つけた綺麗な花を、母の髪に差してくれたことを。
 親子三人で、手を繋いで帰った日のことを。
「覚えているだろう? そう、言っておくれ――」
 元気だった頃と何も変わらない息子。抱きしめ腕から伝わる体温も変わらない。
 だというのに。
「薬草なんて必要ないよ、お父さん! 全部神様が治してくれる。神様が救ってくださるんだ」
「……母さんの髪に、お花を差してくれたろう。よく似合っていたよな」
「神様にきちんと仕えれば、お花畑をもっと広くしてくれるって言ってたよ!」
「帰った後はシチューを食べた。母さんのシチュー、お前は好きだったものな」
「領主様の館では、栄養たっぷりの食事が出るんだ! 神様の愛が込められてるから、誰でも元気になれるんだよ!」
 抱きしめる腕から、力が抜けた。
 嘘に縋っていたのは誰かを、思い知る。
「……あぁ」
 細身の男性は立ち上がった。笑ったままの息子の肩から手を離す。
「あぁ……」
 涙が溢れた。もう、止められない。全て理解してしまった。納得してしまった。
 連れ去られた子供を取り戻すために持ち込んだ手斧を、握りしめる。
「あぁ――」
 息子を見つめる。斧を振り上げているのに、笑ったまま、変わらない。
 この子はこんなにも愛おしいのに。笑顔でいるのに。だというのに。
 この子は――もう――。
「神様はねっ!」
「あああああああああッ!」
 教会に、鮮血が散った。
ハンネス・ヴェテライネン
「数の多いウォーキングデッドには、それ相応の戦い方があるでありますよ」

しっかり眠らせてやるとするでありますよ。
レプリカクラフトで進行方向に仕掛け罠を作って待ち受けるであります。
罠の中身は大量の指向性対人地雷たち。テリトリーに入ってきたら、大量のベアリング弾で面で制圧するでありますよ。数の多い敵には点より面であります。
こちらに純粋に向かってくるならそのままはめ込めばよし。
来ないなら、No.Ⅳライフルで次々と狙撃して、こっちに注意を引きつけて誘導するであります。
注意を引くついでに、周りの味方の動きも視野に入れて、その味方の死角にいるような敵も狙撃して、不意打ちの可能性を潰すとするであります。


伊美砂・アクアノート
へへっ…ようやく暴れられるぜ……げほっ…! 毒薬の後遺症でヘロヘロに倒れつつ、精一杯の挙動で見栄を切る。【だまし討ち5 2回攻撃5 投擲3 援護射撃2】、ユーベルコード【羅漢銭・須臾打】で、指先だけでコインを弾く固定砲台になる。 うーん、本調子とはいかないにゃー。指先でコインをくるくる回し、あちこちに隠し持ったコインを速射連打。 後方で固定砲台の如く射撃しつつ、町のヒトたちの様子を気遣う。襲われそうになったら、身を呈して庇う。……んー、ほら、なんつーの。オレはオレで、好きにやってるだけさ。救いも奇跡も、残念ながらこの身には縁遠い。ーーーできるのは、『なぜもっと早く』と恨まれてやるくらいさね。




 死人が溢れる町に、銃声が響く。
 木製銃床のボルトアクションライフル「No.Ⅳ」に弾丸をこめつつ、ハンネス・ヴェテライネン(対化物専門傭兵・f11965)は敵を観察する。
 足を引きずるように歩く亡者たちは、一様に黒いローブを纏い篝火を持つという特徴はあるが、動きはまさしくゾンビのそれであった。
 亡者は皆、例外なく猟兵へと歩を進めている。ハンネスもまた、多くの亡者に狙われている。ライフルによる狙撃が、より敵を集めている状況だった。
 しかし、ハンネスは焦らない。
「数の多いウォーキングデッドには、それ相応の戦い方があるでありますよ」
 ハンネスは化け物の専門家だ。亡者どもは彼からすれば、日常的に相手をしている化け物に過ぎない。
 無論、町の人々にとっては愛しい家族の変わり果てた姿だ。その情緒は理解できる。
「しっかり眠らせてやるとするでありますよ」
 偽りのない言葉だ。が、その手段を選ぶつもりはない。
 一瞬の閃光と、耳を裂くような爆音が轟く。足元からの爆風で亡者がはじけ飛び、その周囲にいた亡者もまた、飛び散ったベアリング弾を全身に受けて倒れ、動かなくなった。
 地雷である。猟兵へとまっすぐに進む亡者には、非常に効果的な武器だった。
 民家の崩れた塀を中心に、広範囲に設置された指向性対人地雷は、ハンネスがユーベルコードで作り出したものだった。
 この民家にはまだ人がいるらしいが、塀の崩れ方が狙撃ポイントとして絶妙だったため、利用させてもらっている。許可は取っていない。
 そこかしこで爆発が起き、腐った亡者がちぎれて吹き飛ぶ様子を、ハンネスの隣にいた伊美砂・アクアノート(さいはての水香・f00329)が青白い顔で眺め、力ない拍手をした。
「やーるじゃなーいハンネスくぅん。おぅぇっ」
「伊美砂殿、具合が悪そうでありますな」
「あーまぁ大丈夫っすよ。この機会を逃す手はねぇっす」
 劇薬を服用した後遺症は尋常ではないが、伊美砂はヘロヘロになりながらも崩れた塀から身を乗り出した。
「へへっ……ようやく暴れられるぜ。げほぁっ!」
 激しくむせつつ、袖口に忍ばせたコインを指先だけで弾き飛ばす。ただの硬貨ではない。縁を鋭く研がれた、暗器である。
 勢いよく弾かれたコインは、地雷原を恐れず進む亡者の腹部を貫いた。
 狙っていたのは頭なのだが、連続で放つコインは、ことごとく急所を外れてしまっていた。
 虚ろな目で、伊美砂はつまらなそうに呟く。
「うーん、本調子とはいかないにゃー」
「伊美砂殿、敵はもう死んでいるのであります。地雷も山のようにあるでありますから、急所にこだわる必要はないのでは」
 言いながらも、ハンネスの弾丸はことごとく亡者の脳天を貫いていく。
 指先でコインをくるくる回しながら、伊美砂は具合が悪そうにため息をついた。
「ヘッショ決めまくりの人に言われても、説得力ないわよぉ」
「当てられるならそれに越したことはないでありましょう。しかし最後に動かなくなるなら、どこに当てても同じであります」
「それな」
 亡者の足が遅いのをいいことに、伊美砂はどっかと地面に腰を下ろした。丁度、崩れた塀に手をかけられる高さだ。
 そのまま固定砲台よろしく、両手を塀に置いて凄まじい連射でコインをばらまく。その動作とハンネスの銃声、爆発する地雷の閃光が、伊美砂の吐き気を煽る。
「うぅぷ……あっやば、吐きそう……」
「休んでいてもよいでありますよ」
「んふふ、そりゃできねぇべ」
 毒によりもたらされる症状を、伊美砂は苦笑で掻き消す。ハンネスがアイアンサイトから視線を外して、息を整える。
 地雷が爆ぜる。吹き飛ぶ亡者を見ながら、伊美砂がぼやく。
「んー、ほら、なんつーの。オレはオレで、好きにやってるだけさ。救いも奇跡も、残念ながらこの身には縁遠い」
「なるほど。それについては、自分も同意であります」
 ライフルで亡者の脳天を撃ち抜き、ハンネスは背後を振り返った。
 崩れた塀の民家には、明かりが灯っている。その窓から戦いを固唾を飲んで見守る老夫婦がいた。両手を握り合わせたその祈りは、果たして誰に向けられているのか。
 少なくとも、蠢く死体を肉塊に変える自分たちである可能性は、限りなく低かった。
「空で偉そうにしている羽つきの方が、祈りやら救いやらは似合うでありますな」
「字面だけなら、あるいはそうかもしれんな。だが、わしは断じて認めん」
 伊美砂はおもむろに、コインを一枚上空へと弾く。その先にいたプレアグレイスが、鏡の如く磨かれた剣でコインを切り裂く。余裕の表情で、こちらを見下ろしていた。
 二人とも中指でも立ててやりたい思いだった。しかし、それは後だ。亡者に向き直り、各々の攻撃を再開する。
「あたいはね、ハンネスちゃん。何もここの人らを救ってやろうなんて思っちゃいないんだよ。分かるかい」
「今さら、でありますからな」
 地雷の爆音の中でも、ハンネスの声は不思議とはっきり聞こえた。彼は淡々とトリガーを引き続けているが、この惨状に何も思わないほど冷徹ではない。
「これを救いというのは、無理がありましょう」
「そうさ。だから――できことといえば、『なぜもっと早く』と恨まれてやるくらいさね」
 死んだ子供は戻らない。偽物の子供も、その本質がオブリビオンである限り、世界を必ず滅びに導く。共存はできない。
 猟兵がもし一ヶ月早く来ていれば、助かる命があったかもしれない。あるいは一年前に、さらに言うならば、プレアグレイスが町に来る前に。
 きりがないのだ。それは町の人らも理解している。だが、だからこそ責めずにはいられないのだ。
 誰かを恨むことで彼らの心が軽くなるならば、それを受け入れよう。ハンネスも伊美砂も、この町で戦うすべての猟兵が、想いは同じくしていた。
「ですがその前に、小うるさいハエを叩き落す必要がありますな」
「うむ。早々にあのたわけを空より引き下ろし、打ち首に処すがよかろう」
 銃声と爆発音、コインが肉を貫く音が、町の一角を埋め尽くす。激しい戦闘の光と音に、家の中から見守る人は、どのような思いでいるのだろうか。
 確かめる術はない。だが、自分たちの想いを示すことはできるはずだ。
 戦いに勝つことが、いつか手に入る本当の希望に繋がる。猟兵たちの信念は、伊美砂のコインとハンネスの弾丸を、鋭く強く、輝かせる。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ニィ・ハンブルビー
背中の『ウェポンエンジン』で自分を【吹き飛ばし】て急加速しつつ、
有無を言わさず敵陣中央に向けて【ダッシュ】で突撃!
今度こそ、ダイナミックにボク登場だー!

そしてすかさず【炎の噴出】!
四方八方に精霊の炎をばら撒いて、
仲間に活力を与えつつ篝火の影ができるのを妨害だー!
篝火からの炎なんて、そんなトロ火で精霊の炎は止められないよ!

そのまま炎を撒き続けて、亡者達は火葬させてもらうよ!
…来るのが遅くなってゴメンね
天国で、安らかに眠って欲しい

にしても…救済救済ってやかましいんだよバカ!
そんなに救済が好きなら、そもそも死なさず病気を治せっての!
どうせアンタにゃ、そんなことできっこないんだろうけどさ!


露木・鬼燈
うはー、また面倒なことに。
いつも通りに戦って血の海を作り出したら…
うん、まぁ、いろいろと酷いことになるよね。
猟兵の士気とか住民の正気度とか。
一人じゃないってゆーのは心強いだけではなく、
面倒なこともあるもんだね。
絵的な問題を解決するためには非効率的なことも必要っぽい。
瞬身焔舞と剣嵐舞踏の組み合わせでいくです。
剣嵐舞踏・葬焔華!
なんて技はないけど演出は大事っぽい。
子供たちは葬送の焔で清められ、天に送られた、ってね。
本当はそんなに上等な炎じゃないけど…
まぁ、どう認識するかが重要だから。
呪炎を纏った超高速の斬撃で、解体と同時に燃やし尽くすのです。
必要な火力を確保するために呪炎に自分の生命も注ぐっぽい!




 雲間から差す月光を受けて、ニィ・ハンブルビー(怪力フェアリー・f04621)の翼が輝く。
 眼下に見える町には、未だ多くの篝火が揺らめいていた。
 宙返りをしたニィが背負うウェポンエンジンが、猛烈に火を噴いた。敵のど真ん中に向けて、小さな妖精の体を、文字通り吹き飛ばす。
「今度こそ、ダイナミックにボク登場だー!」
 空高くから真っ逆さまに急降下したニィは、強烈な重力に片眼をつむりながらも、突き出した拳は引っ込めなかった。
 地面に激突し、衝撃波が巻き起こり、大地が抉れる。密集していた亡者たちが吹き飛ばされ、死せる者どもの視線が、ニィに集まる。
 無言で掲げられた篝火から、炎が噴き出す。死の炎は瞬く間に膨れ上がり、ニィへと襲い掛かる。
 燃え盛る炎に包まれ、ニィは篝火に焼かれてしまったかに思えた。
 しかし、大気に満ちる炎の精霊は、彼女の味方だった。膨れる炎が、弾け飛ぶ。
「そんなトロ火で、精霊の炎は止められないよ!」
 篝火の炎を吹き飛ばしたニィが、両手を突き出した。その掌から、夜空をも焦がすほどの轟炎が放たれる。
「燃えてきたー!」
 空中でくるりと回ると、炎は巨大な鞭のように多くの亡者を薙ぎ払い、焼き尽くす。
 しかし、いかに強烈な火炎といえど、多勢に無勢だった。飛び込んだ場所が群れのど真ん中だっただけに、いくら燃やしても、きりがない。
「わわわ、ちょっとまずいかも!?」
 徐々に距離を詰められ、慌てて上空に逃げようとした時だった。
 見上げた空に、赤い髪と絢爛な着物を纏った者がいた。巨大な、禍々しい黒剣を振り上げている。
 真っ直ぐこちらに降ってくるのだ。ニィは慌てて手短な亡者を殴り飛ばしてその場を退避した。
 振り下ろされた黒い大剣が、亡者を頭から切り裂く。両断された亡者は、腐った血肉を撒き散らして倒れた。
 顔を上げた露木・鬼燈(竜喰・f01316)は、一瞬周囲を確認して、無数の亡者から篝火が掲げられているのを目視するや、げんなりと眉を寄せる。
「うはー、また面倒なことに……」
 敵の数もそうだが、このパターンには見覚えがあった。
 町の人に連なる人物の死体を使われると、住民の正気は無論のこと、猟兵の士気も下がってしまうのだ。
 まして、いつも通りに暴れて血の海を作ろうものなら、それは見るも無残な結果を生むだろう。
「一人じゃないってゆーのは心強いだけではなく、面倒なこともあるもんだね。うーん」
 にじり寄る亡者にどうしたものかと考えていると、空から舞い降りたニィに頭をポカリと叩かれた。
「あいたっ」
「あいた、じゃないでしょー! 危ないじゃんか!」
 鬼燈の目線の高さで浮かびながら、ニィが腰に手を当てて頬を膨らませている。
「ごめんごめん。敵がニィさんに集中してたから、つい。それに、ニィさんな避けられると思ったっぽい」
 苦笑しつつ、鬼燈は大剣を背後へと振り抜いた。血と肉が舞い飛び、他の亡者に嫌な音を立ててへばりつく。
 肉塊と化した亡者を見て、ニィは悲し気に眉を寄せた。仕方ないことだと分かっていても、できるなら、という想いがこみ上げる。
 両腕に炎を纏わせて、鬼燈に見せた。
「鬼燈くん。亡者たちは、できれば火葬してあげたいんだ。いける?」
「うーん。上等な炎じゃないですけど、まぁ、どう認識するかが重要だからね。燃やすだけならできるっぽい」
「よーし! じゃあ家に火をつけないように、やってみよう!」
 突き出した小さな両手から、炎が放出される。ニィの心に合わせて熱を高める明るい火炎は、亡者たちの衣を焼き払い、操られた亡骸をも、一辺も残さず消していく。
 一方鬼燈は、大剣を連結刃に変形させ、敵の中に飛び込んでいった。
 直後、目にも止まらぬ斬撃が、縦横無尽に駆け抜ける。鬼燈が繰る刃の鞭には、呪いの炎が纏わりついていた。
 切り裂かれた肉片も、飛び散る血液すらも、赤黒い炎に焼かれていく。命無き者を燃やしても、呪いの炎は鬼燈に生命力を供給することはなかった。
「ま、分かってたです」
 炎の力を確保するため、剣を通して呪炎に己の生命を注ぎ込む。勢いを増した赤黒い呪炎は、ニィの鮮烈な炎と入り混じって、町を照らし出した。
 鬼燈のように切り裂いてはいないが、それでも火炎によって亡者を焼き払うニィは、その表情に大きな憂いを浮かべていた。
 泣きもしないし痛がりもしない。だが、亡者たちの苦痛に満ちた叫びが聞こえてくるような気がするのだ。
 特に、背丈の小さな、幼くして命を落とした亡者が焼かれる瞬間。その光景に、ニィは心が引き裂かれそうな気がした。
「……ごめん」
 声が自然に漏れていた。それでも精霊たちと繋がりを保ったまま、ニィは炎を放出し続ける。
「来るのが遅くなって、ゴメンね」
 涙が零れそうになったのを、ぐっと飲み込む。この町には、泣きたい人がたくさんいる。ニィよりも大きな悲しみを背負っている人たちで、溢れているのだ。
 空に飛び上がり、ニィは両手を天に掲げた。巨大な火球が膨れ上がり、それを地面へと、叩きつける。
「せめて天国で、安らかに眠って!」
 火球は衝突と同時に弾け飛び、オブリビオンを焼き払う浄化の炎となって、ニィに篝火を向けていた亡者を跡形もなく消し飛ばした。
 熱風を背中に受けながら、鬼燈は髪を抑えて笑った。精霊の炎が発する熱は、仲間には生命の活力を与える。
「やるですね! じゃ、僕も絵面にこだわってみるっぽい!」
 篝火から飛び交う炎をわずかな動作で回避して、呪炎を纏う連結刃を縦横無尽に振り回す。赤黒い蛇のようにうねる連結刃が、亡者を切り裂き、燃やし、奪い尽くす。
 実際のところ、この技は非常に非効率的だった。切り裂くだけでも倒せるし、ニィのように燃やすだけなら、剣は必要ない。
 同時に扱うことで威力を増す者もいるだろうが、純粋な火炎使いではない鬼燈にとっては無意味なプロセスだった。
 無駄な力を使っている自覚はあったが、演出は必要だ。
「剣嵐舞踏・葬焔華! なんてね」
 鞭のように連結刃を操りながらも、呪炎の威力を落とすことはない。
 あらかた数が減ったところで、ニィが再び鬼燈の背中についた。
「だいぶ倒したね! 鬼燈くん、まだやれる?」
「この程度なら、余裕っぽい」
 それもそのはずだった。敵は強大な力を持つオブリビオンではなく、無理矢理過去から現世に引きずり出された、哀しき死人にすぎない。
 幾多もの死線を掻い潜ってきた彼ら猟兵にとって、もはや敵ではないと言っていいだろう。
 襲い来る篝火の炎を黒剣で切り払いながら、鬼燈が言った。
「たぶん、精神攻撃がメインなんだと思うです。この死体たち、そもそもあいつの小間使いだったみたいだし」
「……趣味悪いよ、ホント」
 苦々しく吐き捨てて、ニィは空を睨みつける。
 その上空で、白い翼をはためかせるプレアグレイスが、鏡のように世界を映す剣を月光に掲げた。
「闇の御使いよ! 今こそ過去より出でて、迷える者たちのために標の炎を掲げるのです! 嘆きの子らに、救済を!」
 不可視の力で響き渡る声に応えて、墓地から新たな亡者たちが蠢く。中には白骨化した者までいた。
 ここに来て、まだ死者を辱めるというのか。ニィは激昂した。
「救済救済って……やかましいんだよバカァァッ!」
 飛び掛かろうとした右足を、鬼燈が掴む。思わず責めるように睨みつけてしまったが、鬼燈は冷静な顔で首を横に振った。
 ニィにも分かっているのだ。今一人で飛び掛かっても、あのオブリビオンには勝てないと。
 だが、命を落とした人々が道具として扱われるのを、黙って見ているなんて。
 足を掴まれたまま、ニィは両手をバタバタとさせながら、喚き散らす。
「そんなに救済が好きなら、そもそも死なさず病気を治せっての! どうせアンタにゃ、そんなことできっこないんだろうけどさぁー!」
 プレアグレイスは、ニィの叫びが聞こえていないのか、あるいは聞く価値がないとすら思っているのか、こちらを見ようともしない。
「こんにゃろー! バカにして! 絶対ギッタギタにしてやるーっ!!」
「ニィさん、今はこっちが先っぽい!」
 さすがに焦れて、鬼燈が叫んだ。見れば、亡者の群れに再び囲まれている。
 どのみち、彼らをこのままにはできない。もう墓に戻ることもできない哀れな死者を、正しく骸に返してやらねばならないのだ。
「鬼燈くん! ボクもー限界、怒ったよ! 思いっきりいくからね!」
「いいですね、付き合うっぽい!」
 明るい精霊の炎と暗い呪いの炎とが渦となり、町の中心に火柱を上げる。
 全てを焼き尽くす獄炎を前にしても、恐れることを奪われた亡者の達の行進は、止まらない。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

デイヴィー・ファイアダンプ
その笑顔を振りまいている子供が偽物であるように、亡者として蠢く眼の前の子供たちもある意味で偽物なのだろう。
本物の子供たちはもうどこにもいないのだから。

そして“神様”のいうことにはわりと同感だね。
苦しむ我が子の姿や助けられないという事実を突きつけるなんてものは無慈悲な話だ。
今更子供が死んでいる事実を隠す必要もないが、もう充分だろう。
せめてその亡骸の姿を見られないようにするためにも暗闇を呼ぶ“愚者火”で弔わせてもらうよ。

他の猟兵が暗闇に惑わされないように、念の為に目印を伝えておこうか。
もっとも篝火として既に用意されているものだが。
直接見るのが躊躇われるなら、それがある場所をを狙ってくれ。


トリテレイア・ゼロナイン
もう慣れてきましたね…いえ、このような非道に晒された人々を想えば精神を麻痺させることこそ悪
これ以上の犠牲を防ぐため、断固たる怒りをもって臨みます

遠隔「操縦」で呼び寄せた機械馬に「騎乗」、槍と盾を「怪力」で「なぎ払い」亡者達を攻撃します
放たれる炎は「盾受け」「武器受け」で防ぎ、建物に燃え移らないように建造物を「かばい」ながら戦います

倒した亡者は馬で「踏みつけ」足を破壊し、また動いても戦力低下するように計らいましょう

……顔を破壊するのは避けます。遺族が別れを告げられるように。いつか命取りになるとしても、この私の行動は変えられないでしょう

私の務めを果たします、たとえこの街に齎すものが悲嘆だとしても




 倒しても倒しても、同族に触れられるだけで立ち上がる亡者を、トリテレイア・ゼロナイン(紛い物の機械騎士・f04141)は大きな槍と盾を用いて薙ぎ払っていた。
 もはや心はほとんど動かない。この状況に、慣れてきている自分がいた。
「……いえ」
 槍を一突き、亡者の体を穿ちながら、トリテレイアは己の考えを否定する。
「このような非道に晒された人々を想えば……本来は憂いを抱いて当然。その心をも麻痺させることこそ、悪」
「そうだね。僕たちだけでなく、町の人々も、偽物の子供に心を破壊されてしまっていた」
 亡者を青白い炎で燃え上がらせながら、デイヴィー・ファイアダンプ(灯火の惑い・f04833)は頷いた。
「笑顔を振りまく子供が偽物であるように、亡者として蠢く子供たちもまた、ある意味では偽物だ。本物の子供たちは――もう、どこにもいない」
「どちらにしても、これ以上の犠牲は出させません」
 断固たる怒りを心に燃やし、トリテレイアは機械馬を遠隔操作で呼んだ。亡者どもを蹴散らしながら駆けつけた巨大な鋼の馬に騎乗し、亡者の頭上から槍を大振りに振るう。
 篝火を掲げ、亡者が炎を放った。それらすべてを、トリテレイアは盾で受け止め、槍で振り払う。
 町を燃やすわけにはいかない。飛び交う炎から建造物を庇いながら、槍を振り回して敵を打倒していく。
 青白い炎で亡者を土に返しながら、デイヴィーはその戦いぶりを横目で眺めていた。
 トリテレイアの槍に迷いはない。が、全ての亡者は頭を破壊されずにいる。動く死者を相手にする場合、頭部を破壊するのがセオリーなのだが、彼は頑としてそれを行なわなかった。
 視線に気づいたらしいトリテレイアが、大槍を振るい、倒れた亡者の足を機械馬で踏みつけ破壊しながら、言った。
「遺族が別れを告げられるように、せめて私が倒した亡者だけでも、顔を破壊するのは避けています」
「……そうか。でもそれでは、いつかキミも」
「命取りになるかもしれませんね。しかし、この行動は――変えられないと思います」
 倒れては立ち上がる亡者を前に、彼の意志は固い。デイヴィーは頷いて、再び青い炎を敵へと向ける。
 青く燃え上がりながらも、その身が燃え尽きるまで歩き続け、猟兵に纏わりつこうとする亡者たち。力量の差は明らかで、いくら数で押そうとも、猟兵に勝つことなどできまい。
 それでもなお、亡者の足は止まらない。燃え尽きた子供の亡骸が倒れ、後続の亡者に踏まれていく様を、デイヴィーは悲哀の目で見つめていた。
「……」
 この辺りにも民家はある。灯りはついていないが、恐らく戦いを見ている町の人がいるだろう。
 それは、あまりにも残酷すぎる。例え我が子でなかろうとも、死んだ町の子供が掘り返され、また殺されるのだ。
「これ以上、見せられませんね」
 トリテレイアが言った。彼もまた、デイヴィーと同じ想いだった。
「あぁ。苦しむ子供たちを助けられないという事実を、町の人々に突きつけるなんて――それは、無慈悲だ」
 だからといって、戦いを諦めるわけにはいかない。デイヴィーは青白い炎を空に撒いた。
「隠すとしようか」
 炎は広範囲に広がっていき、地に落ちる。瞬間、二人の視界は暗闇に包まれた。
 ユーベルコードの青い炎が闇の幻を形成し、漆黒の空間を生み出す。 
「トリテレイア、篝火を狙ってくれ」
「承知しました」
 目の前が見えなくなったことで戦闘は困難になったかと思ったが、篝火のおかげで、むしろ数の把握がしやすいとすら感じる。
 篝火に向かって、トリテレイアは淡々と槍を突きだす。肉を貫く感触が、亡者の最期を教えてくれていた。
 亡者たちに視界は関係ないらしく、その足取りに迷いはない。が、デイヴィーとトリテレイアの狙いは彼らの目潰しではない。町の人々から見えないのであれば、それでいい。
 肉を貫く音と、青白い炎で体が燃え尽きる音が、闇の中に静かに響く。
 亡者の篝火が、一つ一つ消えていく。かつてはその数だけ命があり、生活があり、あるいは幸せがあったのかもしれない。
 篝火から放たれる炎は、ことごとくトリテレイアの槍と盾に掻き消される。その光景が、消えていった儚い命と重なる。
 もっと早く来ることができたなら。トリテレイアの脳裏に、町の人々を颯爽と救う物語の騎士が浮かぶ。
 なんと遠い理想か。この先にあるものが悲劇だと知りながらも戦う己とは、何もかもが違う気がした。
「……」
「命を終えた魂にとって」
 暗闇の中で、デイヴィーの声が聞こえる。青白い炎に一瞬照らされた彼の顔は、ただ冷静だった。
「死は、安息だ。離れた肉体が静かに眠っている安心感が、死霊をあるべき場所に導くのだと思う」
 小さな亡者が青く燃え、フードの奥に見える腐りかけた少女が、口を開けて倒れていく。それを見つめながら、デイヴィーは続けた。
「僕たちは、彼らが安心して眠れる手伝いをしているんだ。死者も生者も安らかに眠り、新しい明日を過ごすための」
「そう、ですね」
 この戦場にいる猟兵は、きっと皆少なからず同じ苦しみを抱いているはずだ。いかなる戦いにおいても、猟兵は最善を尽くすしかない。
「私は、私の務めを果たします。例えこの街にもたらすものが悲嘆だとしても」
 覚悟を改めたトリテレイアに、闇の中でデイヴィーが頷く。
「そうだね。それが僕らの、戦いだ」
 闇の中で戦う二人を前に、篝火の数は見る間に減っていき、やがて最後の一つが消えた。
 デイヴィーが暗闇を解くと、夥しい数の亡骸が、そこにあった。何人も積み重なって、死臭が漂っている。
 その光景は、例え顔の判別ができるとしても、このまま家族に見せるわけにはいかないものだった。
 トリテレイアは馬から降りて、重なる死体から一人を抱え上げた。やせ細った少年の遺体は、光のない目で虚空を見つめている。
「……」
「彼らを……家族と会えるようにするのは、後にしよう」
 言葉を選びつつ言って、デイヴィーは空を見上げた。
 その先にいる、オブリビオン。神を自称し、そう呼ばれるだけの力を持つであろうプレアグレイスと目が合う。 
 もはや町に残る亡者は少ない。大勢はすでに決していた。プレアグレイスは、デイヴィーを真っ直ぐに見返す。
「愚かな。なぜ救いを拒むのです。彼らは私の救済により、幸福に暮らしていたというのに」
「確かに、苦しむ我が子を救えない無力さを、ごまかすことはできるかもしれない。だが――」
 手に浮かぶ青白い炎を、デイヴィーは握りつぶす。プレアグレイスを睨み付けた。
「キミの作った偽の子供も、亡者と化した子供も、『過去』に過ぎない。今を生きる人々には、必要ないものだ」
 彼の器物であるランタンから、青白い炎が吹き上がる。それを見ても、プレアグレイスは顔色一つ変えなかった。
 トリテレイアの巨大な槍、その尖端が、神と呼ばれる美しい少女に向けられる。
「プレアグレイス。あなたが救済と主張してやまない行為を、私たちは何度でも打ち砕いてみせます。過去から滲み出したあなたは、今を生き未来を守る私たちに、勝てません」
 怒りの籠った声で、トリテレイアは断定的に言い切った。
「……よいでしょう」
 翼を優雅に羽ばたかせ、美しい少女が骸に溢れた街に降り立つ。
 鏡の刃を持つ鏡像の魔剣を愛おしそうに抱えて、プレアグレイスは猟兵たちを見回した。
「ならば、あなた方の迷える心、私の翼と剣で包み込みましょう」
 身構える猟兵たちに、プレアグレイスは、微笑んだ。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​




第3章 ボス戦 『救済の代行者・プレアグレイス』

POW   :    黒死天使
【漆黒の翼】に覚醒して【黒死天使】に変身し、戦闘能力が爆発的に増大する。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
SPD   :    鏡像の魔剣・反射
対象のユーベルコードを防御すると、それを【魔剣の刃に映しとり】、1度だけ借用できる。戦闘終了後解除される。
WIZ   :    鏡像の魔剣・投影
【魔剣の刃に姿が映った対象の偽物】が現れ、協力してくれる。それは、自身からレベルの二乗m半径の範囲を移動できる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はリーヴァルディ・カーライルです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 ゆらりと翼を揺らしながら、プレアグレイスが抱えていた剣を両手に持ち直した。
「あなた方のやり方に、合わせましょう。猟兵たちよ、抱く想いが正しいと思うのならば、その力をもって、証明してみせなさい」
 得物を構える猟兵たちに、プレアグレイスはしかし、微笑みを崩さない。
 強者の余裕ではない。猟兵たちの多くは、その微笑を知っていた。
 それはまさしく、慈愛。親が子供を見守るよりも、遙かに深く、温かい。
 だが、この少女が心の底から与えようとしている慈愛こそが、全ての元凶なのだ。骸の海で腐りきった愛など、毒にしかならない。
 戦意を滾らせる猟兵一人一人に、プレアグレイスは優しい眼差しを向ける。
「かわいそうに。猟兵よ、あなた方もまた、迷える哀しき子らなのですね」
 翼が広がる。月光に照らされた純白の羽が舞い飛ぶ光景に、目を奪われる猟兵はいなかった。プレアグレイスが、魔剣の切っ先を持ち上げたからだ。
 光を反射させる鏡の剣が、天高く掲げられる。
「この世界――今というこの時こそが、悲嘆の根源。迷える子らよ。このプレアグレイスが、死をもって安らいの過去へと導いてあげましょう」
 鏡面の魔剣に映る月が、歪む。
伊美砂・アクアノート
【SPD】ーーーあ゛? ンだとコラ、もういっぺん言ってみろコラ。『かわいそう』とか、舐めてんのかコラぁ!? 激昂と共に反射的にコインを投擲。思考よりも早く、体調の不良など忘れる勢いで、初撃を投げつける。【暗視5、投擲5、スナイパー2、早業1】【羅漢銭・須臾打】 ……そんな正しさなんて、間違ってる。こんな安らぎなんて、苦しくて辛い。悲しいから無理に笑って、迷ってるから真っ直ぐ生きるんだよ。少なくとも、『わたしたち』はそう思ってる。…多重人格者の戯言だけれど、ね。 初撃後は、(流石にコインが底をついたので)【援護射撃5】で手持ちのタロットカードを投げつける。


エーカ・ライスフェルト
「無念は晴らすわ……必ずね」
武力も美意識も通用しないことを思い知らせてから、理想を言えば反省させてから滅ぼすのが最上なのでしょうけど、特に後者は私のような者には不可能
ただ殺すとしましょう

今回重視するのは手数と当たり易さ。威力は効果がある範囲で最低限ね
【ウィザード・ミサイル】を、偽物を含む敵の数で分けて、それぞれに対して一斉に弾幕を張るわ。【属性攻撃】で火属性を強化しておきたいけどできるかしら
【精霊幻想曲】と比べれば負担が軽いUCだから、2度か3度使える、といいな

他猟兵とも連携したいわね。敵に揶揄されたら
「あなたの生き方は戦友はできないか喪った。今の私の生き方なら戦友が大勢できる。それだけよ」


ハンネス・ヴェテライネン
「信仰を失った神はただの化物であります。化物を殺すのは、いつだって人でありますよ」

弾丸精製でNo.Ⅳライフル用に弾頭に炸薬を仕込んだ弾丸、回転式拳銃アイリーンには銀の弾丸を仕込むでありますよ。
弾の装填は物陰で、バレないようにやるとするであります。
基本はNo.Ⅳライフルで狙撃するであります。
敵の動作の初めに徹底的に狙撃、炸薬の爆風で視界を遮るのと武器をガードに回させるでありますよ。
これを真似されたとしても好都合。爆風を隠れ蓑に駆け抜けて、一気に接敵して、麻痺毒付きのマチェットで斬りつけ、意表を突いたところに、回転式拳銃アイリーンの銀の弾丸を全弾速射してやるであります。早撃ちは得意でありますよ。




 向けられた鏡像の魔剣ではなく、エーカ・ライスフェルト(電脳ウィザード・f06511)は町に溢れんばかりに倒れている死体を見つめていた。
 まだ埋葬されて間もない者から、白骨化した者まで様々だ。新しい死体の中には、子供も多い。
 うち一人の少女と、目が合った。物言わぬ少女は、輝きのない瞳をエーカに向けていた。
「無念は晴らすわ……必ずね」
 それは少女にだけでなく、町に住んでいたであろう全ての人々に向けられた言葉だった。
 プレアグレイスは、今も微笑んでいる。その顔に、罪悪感などというものはかけらもない。
「気に入らないわ」
 エーカは自身の周囲に炎の矢を召喚した。このオブリビオンに反省を促したところで、聞き入れないだろう。
 そんなことを期待するつもりもない。
「あなたは、ただ殺す」
 百を超える炎の矢が、放たれる。それらは一斉にプレアグレイスを突き刺し燃やさんと襲い掛かった。
 わずかに後退しながら、プレアグレイスが魔剣を振るう。鏡の刃が煌めいて、炎の矢を切り払う。
 赤熱する刃でエーカの魔術を防ぎながら、プレアグレイスは微笑みを絶やさない。
「愚かなる子よ。過去を嫌い退けようとも、あなたは逃れることはできないのですよ」
「嫌う? 逃げる? 愚かはそっちね。私が戦っている相手は、『今に浸み出した消えるべき過去』よ」
 さらなる炎の矢が放出され、互いの姿が見えないほどの弾幕となる。その奥から、なおも慈愛を含む可憐な声が聞こえてきた。
「よいでしょう。戦いに心を奪われたならば、私があなたの穏やかなる心を映して差し上げます」
 降りかかる炎を退けたプレアグレイスが、鏡像の魔剣を掲げた。そこに、エーカが映し出される。
 途端、鏡像に映ったエーカが空中に浮かび上がり、それはやがて実体となって、町に降り立った。
「……そういうからくりだったわけね」
 新たに現れた己を見て、エーカは偽物の子供の正体を確信した。同時に、すさまじい嫌悪感を覚える。
 鏡像のエーカは、笑っていた。それも、決して彼女がするような微笑ではない。貼り付けたような、満面の笑みだった。
 気持ち悪い。その言葉だけですべてが片付く。
「舐められたものね。私が自分のまがい物で怖気づくとでも?」
「いいえ。鏡像の穏やかなる微笑を見なさい。これこそがあなたの本来持つべき心」
「あなたに教えられなくても、自分の心くらい、自分で決めるわ」
 エーカが再び炎の矢を召喚する。同時に、まるで彼女を映し出している鏡の如く、もう一人のエーカが炎を呼んだ。
 ためらわず放った炎の矢が、鏡像が撃つ炎と衝突し、霧散する。
 感じる魔力は同等。さすがは鏡像と言うべきか。笑う自分を睨み付けながら、エーカは手を何度か握り締めた。
「薄気味悪い顔をするわね。燃やし尽くしたくなるわ」
「苦しみのない幸福な自分を受け入れられないのですね。戦いに囚われた愚かな猟兵。かわいそうに」
 白い翼を揺らめかせながら、プレアグレイスは心底気の毒そうに言った。
 エーカが舌打ちするより早く、どすの利いた女の声が町に響く。
「――――あ゛? ンだとコラ、もういっぺん言ってみろコラ」
 両手でコインを弾きながら、凶悪な顔でプレアグレイスを睨み付けるのは、伊美砂・アクアノート(さいはての水香・f00329)だ。
 彼女は激昂していた。誰もが同じことしか言わない、考えない。そんなものが安らぎなものか。正しいものか。
「人間を舐めてんのかコラぁッ!?」
 弾いていたコインを、プレアグレイスへと飛ばす。初撃からありったけのコインを放出し、視界を銀色が埋め尽くす。
「まったく同感ね」
 放出されたコインの隙間を埋めるように、エーカが炎の弾幕を張る。
 鏡像のエーカが、笑みを浮かべたまま炎の矢を撃ち出した。プレアグレイスに攻撃を向けていた伊美砂は、動けない。
「エーカ殿、お主のまがい物を止めてはくれぬか!」
「そうね。見ているだけで不快になるし、消えてもらいましょう」
 弾幕の半分を偽物に向け、相殺を試みる。弾幕の量は鏡像の方が多かったが、その質はエーカの炎が勝っていた。
 熱量と大きさは通常の倍に膨れ上がり、鏡像が放つ炎の矢を飲み込んでいく。笑みを顔面に張り付けたまま、鏡像のエーカがその身に炎を受けていく。
「人形ごっこは終わり。……目障りなのよ、あなた」
 静かに怒りを込めて、エーカは炎にさらなる魔力を籠める。胸像はやはり笑ったまま、圧倒的な火力を持った炎の矢に顔面を貫かれ、消えていった。
 もう一人の己が消滅する姿を見ても、エーカの心は何も感じなかった。そのことに、微塵の疑問も覚えない。
 プレアグレイスは、今も慈愛の笑みを口元に称えて、鏡像の魔剣で弾幕を切り払っていた。空を舞い飛びコインを叩き落して炎を掻き消し、優雅に着地する。
「……チッ」
 伊美砂が舌打ちした。コインを撃ち尽くしたのだ。袖から新たにタロットカードを取り出し、投擲の構えを取る。
 しかし、プレアグレイスが剣を一振りした瞬間、エーカと伊美砂は回避を余儀なくされた。これまで放っていた弾幕が、そっくりそのまま返ってきたのだ。
「死の救いを受けなさい。あなたたちの力は滅びの力だと知るのです」
 雨のように降り注ぐ炎とコインをなるべく民家から離れたところに誘導しながら、掻い潜りつつ、エーカは冗談めかして言った。
「私のユーベルコードって、敵にはこんな風に見えてたのね。我ながらすごい光景だわ」
「感心してる場合じゃないのだ! ぼくらの危機なのだ!」
 頭を抱えて叫ぶ伊美砂は、体の不調をすっかり忘れているようだった。激しい怒りと戦闘の中にあれば、無理もない。
 弾幕が消える。防いだだけの炎の矢とコインを撃ち尽くしたのだろう。
 伊美砂の腕を引いて立ち上がり、エーカは魔術を使おうとして、やめた。対策もなしに攻撃しては、また撃ち返されてしまう。伊美砂も同じ考えのようで、カードは構えたまま、攻撃に転じない。
 相も変わらず美しく微笑むプレアグレイスが、剣を持ち上げた。
「まずいわね」
 思わず呟き、エーカが身構える。接近戦を仕掛けられたら、不利だ。
 しかし、そうはならなかった。鳴り響いた銃声とともに、一発の弾丸がプレアグレイスの足元に突き刺さる。
 直後、弾丸が炸裂し、土煙が巻き起こる。一瞬だが視界を奪われ、プレアグレイスが飛翔した。
 さらに銃声が轟き、鏡像の魔剣で弾丸を受け止め、また炸裂。眼前での爆発に、さしものプレアグレイスも仰け反った。
 家屋の陰からアイアンサイトで狙いを定めるハンネス・ヴェテライネン(対化物専門傭兵・f11965)は、素早く次の炸裂弾を装填しながら、敵の様子を観察する。
 プレアグレイスの着地に合わせて、再度狙撃を仕掛ける。やはり剣で防がれ、弾丸が炸裂し爆風が巻き起こる。
「今であります!」
「了解ッ!」
「ガッテン承知!」
 ハンネスの声に応えて、エーカが炎の弾幕を、伊美砂がタロットカードを放つ。
 爆風の衝撃を利用して、プレアグレイスが再び空へと飛び上がり、炎とカードをやり過ごす。そこへ、ハンネスがさらなる銃弾を叩き込む。
 どういう理屈か、プレアグレイスはハンネスの狙撃を的確に剣で防いだ。それ自体に、ハンネスは驚かない。
「神を自称するだけありますな」
 無人の民家の塀に身を隠し、回転式拳銃アイリーンに銀製の弾丸を詰め込む。そのままホルスターにしまって、再びNo.Ⅳライフルを握った。
 人間と同様に狙っても、恐らく防がれてしまうだろう。だが、打つ手はある。
 激しく燃える炎の矢が、夜空を焦がす。プレアグレイスは優雅な飛行でそれを回避し、伊美砂が投げたタロットカードを切り払った。
 攻撃をしのぎ切ったプレアグレイスが、反撃に出る。左右が反転したカードを召喚し、エーカと伊美砂に撃ち返した。
「んなのありかよぉッ!」
 罵声を上げながら自身が投げたカードの鏡像を躱し、伊美砂はそれでも新たなカードを取り出す。
 ハンネスの狙撃が、敵に攻撃を当てるきっかけになる。それを、エーカと伊美砂は感じ取っていた。だからこそ、二人して敵の目を引いているのだ。
「炎の矢に魔力を籠めるほど、よく反応するわ。飛んで火にいる夏の虫とは、よく言ったものね」
「今は冬ですわ」
「だからいいのよ。馬鹿みたいで、連中にはお似合いでしょう?」
 唇に笑みを浮かべながら、エーカは再び炎を飛ばす。合わせて、ハンネスが狙撃を行なった。
 炎を避けて弾丸を剣で防ぎ、炸裂弾の爆風を受けてなお微笑するプレアグレイスが、着地する。そして、鏡の刃を、ハンネスが身を隠す塀に向けた。
 異端の神の力で作られた、鏡像の炸裂弾が放たれる。能力をそのまま写し取った弾丸は、塀に着弾すると同時に爆発を起こした。
「これを待っていたでありますよ」
 呟いて、ハンネスが動く。爆風に身を隠しながら、ライフルを地面に向けて打ち込む。さらなる粉じんが舞い上がり、その中に突っ込んでいく。
 プレアグレイスがハンネスの接近を警戒し、剣を構えた。そこに、伊美砂がタロットカードを投げつける。簡単に切り払われたが、伊美砂は構わず叫んだ。
「こっち見るでごわす! おいどんが相手になるでごわす!」
「か弱い人間よ。数の有利で私に勝てるとお思いですか」
 再び炸裂弾が爆発する。土煙の中を、ハンネスがさらに一歩近づく。プレアグレイスが反応する。
 しかし、そちらに攻撃を向けられない。エーカの炎だ。紅蓮の業火が巨大な矢となって、異端の女神に迫る。
 鏡面の魔剣で炎を受け止めたプレアグレイスへと、エーカは冷酷に言い放った。
「あなたの生き方では、戦友なんてものはできやしないでしょうね。でも、今の私の生き方なら――戦友ができる。それだけのことよ」
「猟兵よ。あなたは思い違いをしています。私はあなたの言う生命ではない。故に友など必要ないのです。そう、私は神。救済の代行者」
「神、とは」
 それは、あまりにも至近距離からの声だった。プレアグレイスが、初めてその微笑を崩す。
 爆風に、女神の黒髪が巻き上がる。その向こうから現れたハンネスが、マチェットを振るっていた。
 冷たい刃が、プレアグレイスの腕を抉る。爆風の勢いを利用して切り抜け、ハンネスはマチェットについた血を振り落とした。
「信仰があって、初めて成り立つもの。信仰を失った神はただの化物であります」
 プレアグレイスは、鏡の刃を持ち上げようとして、できないことに気が付いた。三人の猟兵に囲まれる中、体に走る痺れに、困惑する。
 マチェットに塗られていた麻痺毒だ。強烈な毒性は、神の域にある者の動きすらも、縛り付ける。
 拳銃アイリーンをホルスターから抜いて、ハンネスは銃口をプレアグレイスへと向けた。
「そして――化物を殺すのは、いつだって人でありますよ」
 拳銃が火を噴く。凄まじい速射により撃たれた銀の銃弾を全身に受け、プレアグレイスの体から鮮血が飛ぶ。
 エーカが指先に炎の矢を浮かべた。彼女の魔力と感情に呼応して、一気に巨大化していく。
「それと、オブリビオンを殺すのは、猟兵の役割。この意味が分かるわね」
 特大の炎の矢に、もはや容赦はない。血を流してふらつくプレアグレイスへと、叩きつけた。
 火炎が突き刺さり、体内に侵入した轟炎に包まれて、プレアグレイスが膝をつく。
 服が焼け落ち、その翼も炎に包まれながら、それでも神を名乗る少女は悲鳴を上げなかった。
 魔剣を杖にして必死に立ち上がろうとするプレアグレイスは、なおも救済の神としての意地を示す。
「私は……迷える者を導き、救う……」
「そんなものは、いらない」
 答えたのは、伊美砂だった。彼女はいつになく真剣な顔で、プレアグレイスを見つめた。
「……そんな安らぎなんて、苦しくて辛い。悲しいから無理に笑って、迷ってるから真っ直ぐ生きるんだよ。少なくとも、『わたしたち』はそう思ってる」
 目を閉じて胸に手を当て、心に住まう多くの人格を想う。
「多重人格者の戯言だけれど、ね」
「弱き、人よ。それは、傲慢……。私の、救いを受けねば――」
 麻痺に苦しみながらも、プレアグレイスが剣を構えようとする。
 これが、人々に偽りの幸福を与え、町に静かな滅びをもたらそうとしていた異端の神の末路か。
「……」
 焼け落ちた翼が、弱々しく揺らめく。ゆっくりと上げられた顔には、微笑はない。
 その顔面へと、伊美砂は最後の一枚となったカードを投げた。
 死の淵に立たされた瞬間、プレアグレイスが目を見開いた。焼けた翼が広がり、その体を空に跳ね上げる。
 鏡面の魔剣を握ったまま、焼け焦げ半裸に近い状態となった神が、月光に向かって両腕を広げた。
 体のいたる箇所から血を流しながらも、プレアグレイスが、笑う。
「そうでした。私は忘れていました。猟兵よ、過去に抗う者たちよ。私はあなたたちを倒さねばならない。あなたたちに与えるべきは、救済ではなく、断罪だったのです」
 それは、猟兵を悉く敵と見なす、オブリビオンの本能だった。
 しかし彼女は、その意思を神の使命と捉えている。歪んだ鏡に映された顔のように、どこまでも、どこまでも、プレアグレイスの心は歪んでいた。
「御託はもう結構。化け物の言葉に価値があった試しがないであります」
 拳銃を指で回しながら、ハンネスがつまらなそうに言った。エーカも頷く。
「そうね。何を言ったところで、所詮はオブリビオン。私たちのやることは変わらないわ」
「むしろ、こっちの方がやりやすいかも」
 伊美砂も同意する。そして、三者が三様に得物を構えた。
 プレアグレイスの持つ魔剣が、月光に輝く。その強くも禍々しい光に、猟兵たちは様々な想いで、目を細める。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

アリウム・ウォーグレイヴ
アドリブ歓迎

救済。今の私が欲して止まないものです。
敵の言葉は、暗闇の中を迷い続ける私にとって甘い毒の様に痺れる物でした。
手を伸ばしそうになるのを堪えます。
安易な希望を否定し、昏い絶望の中でも私は前を進んでいきたい。
それが例え苦痛に沈む道だとしても、前へ。

ホワイトパスを使用し近接戦を仕掛けます。
距離が離されそうな時は『全力魔法』のホワイトファング、ホワイトブレスの『属性攻撃』で休ませないようにします。
また私の魔法を真似された時は『氷結耐性』『激痛耐性』で無理やりにでも突破して攻撃していきます

犠牲者のご両親には『祈り』続ける事しかできません。
優しい忘却によって深く傷ついた心が少しでも浅くなる様に。


露木・鬼燈
あの魔剣はなかなか厄介。
でもどーにかすれば有利になるってこと。
狙う価値はあるよね。
化身鎧装・真の姿・瞬身焔舞の三重強化。
これでやってみるっぽい!
圧縮・解放した呪炎を推力に変えて翔ぶのです。
空中戦ってほどではないけど戦えるなら問題なし。
戦槌形態の魔剣を全力で叩き付ける!
直撃でも防がれても問題ないのです。
魔剣から這い出る百足型の呪詛を送り込む。
剣を握る上で指がどれだけ重要なのか。
これを改めて説明するまでもないよね。
とゆーわけで、呪詛に喰われろ!
呪詛をたっぷりと送り込んだら一度離脱するです。
その時には気を通して刃と化した蹴りをくれてやるっぽい。
剣が握れなくなるまで…何度でも食らわせてやるですよ!


ニィ・ハンブルビー
アンタのその思い上がった態度が!ムカつくって言ってるんだ!

もう堪忍袋の緒が切れたよ!
目にも止まらぬ【早業】で装備を脱ぎ捨てつつ、
炎の精霊と一体化して真の姿を開放!
そのまま拳に【力溜め】つつ炎の羽で全速前進!
反撃を受けても知ったことじゃない!
【ダッシュ】で突撃して【熱き一撃】!
有無を言わさずその横っ面をぶん殴ってやる!

ああクソ!斬られるって死ぬ程痛いなあ!
街人に恨まれるのも地獄に落ちそうな程しんどいし!
仲間が傷つくと心が折れそうな程悲しくなる!
けど…死んだ子供達の苦痛と屈辱は、きっとこんな程度じゃすまなかった!
だからその分も!!!!全身全霊で!!!!!
アンタを殴り続けてやる!!!!!!!!!!!




 月光を浴びるプレアグレイスは、慈愛の微笑を完全に消し、今や敵意に満ちた瞳を猟兵に向けている。
「猟兵――過去を受け入れず、過去に抗う戦士たちよ。このプレアグレイスが、あなたたちの罪を断ちましょう。そして、あなた方が惑わす人々を、私は救済する」
 鏡像の魔剣を両手で握る姿から、これまで隠していたのだろう邪悪な力を感じる。オブリビオンとしての、本質と言ってもいいだろう。
「罪とか、救済とか、さぁ……! さっきから聞いてれば、好き勝手言ってるけどさ!」
 小さな拳を握りしめて、ニィ・ハンブルビー(怪力フェアリー・f04621)は緑の瞳に怒りを満たす。体が熱い。炎の精霊が、ニィの心に呼応しているのだ。
 熱気が揺らめくニィを見据えて、プレアグレイスが言った。
「私の救済を拒み、救いを求める人々から希望を奪う。猟兵よ、あなた方こそ世界の害悪。故に、神たる私が滅ぼし、真の安らぎを世界にもたらしましょう」
「アンタの……その思い上がった態度が!」
 ニィの体が、炎に包まれた。服が焼かれて消し飛び、ニィの体も炎そのもののように、光輝く。
「ムカつくって言ってるんだ!」
 炎の権家と化したニィは、拳に力を込めたまま、火炎の羽を激しく燃やして猛進した。
 飛び出した瞬間からトップスピードでプレアグレイスに肉薄し、激しく猛る火炎を右手に宿して、ストレートを放つ。
 拳は魔剣に受け止められた。しかし、ニィは止まらない。炎を帯びた拳に怒りのすべてを乗せて、押し込む。
「おりゃぁぁぁぁッ!」
 魔剣が、弾かれた。プレアグレイスが目を見開く。
 ニィは空中で横に高速回転し、遠心力がこれ以上なく乗った拳を、プレアグレイスの横面に放り込んだ。
 柔らかい少女の頬の感触は、圧倒的な熱によって掻き消える。殴られた衝撃で激しく吹き飛ばされたプレアグレイスが、町の中央広場にある噴水に叩きつけられた。
 水の枯れた噴水が崩れる。瓦礫の中から飛び上がったプレアグレイスに、大きなダメージはない。
 どころか、その顔に明らかな怒りが滲んでいる。それでも、ニィは躊躇いなく飛び掛かる。
「んにゃろーっ!」
「妖精風情が、神たる私に逆らうかッ!」
 激昂する女神へと、容赦のない飛び蹴りを見舞う。炎の羽で急加速した一撃は、プレアグレイスが突き出した左手に受け止められた。
 裸の足に伝わる、プレアグレイスの手から放たれる禍々しい力に、ニィは炎に包まれながらも悪寒を覚える。
「もはや、慈悲すらも無用です」
 プレアグレイスが呟いた。刹那、焼け落ちていた純白の翼に異変が起きた。
 慈愛を捨てた救いの神は、その翼を漆黒に変貌させる。
「こいつっ……!」
 ニィの本能が警鐘を鳴らしていた。このオブリビオンは、危険だと。
 それでも逃げる気にはならず、一度離れてから再度加速し、炎の拳を振り上げる。
 一瞬だった。拳が届くより遥かに速く鏡像の魔剣が振るわれ、ニィの小さな体が、斬り飛ばされる。
「うあぁぁぁっ!」
 纏う精霊の炎が威力を軽減してくれたとはいえ、ニィの胸元には深い傷が走った。炎の中に、赤い血が飛ぶ。
 揺らめきながら落下するニィの体を、駆け寄った露木・鬼燈(竜喰・f01316)が受け止めた。
「ニィさん、大丈夫っぽい?」
「ああクソ! 斬られるって死ぬほど痛いんだなあ!!」
「大丈夫のようですね」
 苦笑気味に言ったのはアリウム・ウォーグレイヴ(蒼氷の魔法騎士・f01429)だった。小さな妖精が斬られた時は緊張が走ったが、ニィは喚き散らすくらいには元気がある。
 受けた傷は、炎によって癒えていく。まだまだ、彼女は戦えそうだ。
 自分で飛び上がったニィを離して、鬼燈は黒い旋風に包まれた。隙間のない漆黒の鎧を身に纏う。
「さて、どう戦うかな」
 まるで楽しんでいるかのように、鬼燈が言った。しかし、敵は考える時間を与えてはくれない。
 降り立ったプレアグレイスが、漆黒の翼を打って突進してきた。刺突の構えだ。
 鬼燈が横に跳び、アリウムは牽制の氷弾を放ちながら、自身の体に氷の魔力を纏わせる。
 強大な魔力により勘が研ぎ澄まされ、プレアグレイスの刺突を直前で回避する。
 アリウムが身に纏うすさまじい冷気を受けても、プレアグレイスの勢いは止まらない。
 魔剣による高速の斬撃を刺突剣「氷華」で受け流し、至近距離から氷弾を放つが、プレアグレイスはこれを鏡の刃で防ぎ、即座に攻撃に転じる。 
 刺突剣でいなしながらも、圧倒的な攻めの姿勢に、アリウムは背筋に力が入るのを感じた。
 黒死天使が剣を振るうたびに、漆黒の羽根が空を舞う。
 その羽根が、燃えた。
「こんちきしょー!」
 太陽の如く輝く炎を引き連れて、ニィが蹴りを放つ。振り返りざまにプレアグレイスが横一文字の斬りはらいを繰り出した。
 蹴りを中断し、ニィは鏡の刃に着地した。おぞましい力が足の裏に伝わるが、それすらも燃やし尽くして、刃の上を一気に走る。
「もらったぁーッ!」
 飛び掛かり振り下ろした拳から、プレアグレイスがわずかにステップをして身を逸らす。
 拳が空を切り、ニィが体勢を崩す。炎の羽を燃やして立て直す彼女の右太ももを、魔剣の斬撃が走った。
「いッ――!?」
 またも斬られ、斬風に巻き上げられる。炎が即座に傷を癒すも、走った痛みまでは忘れられない。
 空中で反転するニィを見もせずに、プレアグレイスは掌をアリウムに向け、彼が放ったものと同じ氷弾を放つ。
「これか!」
 敵はこちらのユーベルコードを防げば、その力を一度だけ使いこなす。仲間の戦い方で見ていたが、いざ自分の技を使われてみると、なんと不快なことか。
 しかし、アリウムは氷弾に向かって飛び込んでいった。冷たい弾丸が肩を貫く。それを、歯を食いしばって耐え抜いた。
 アリウムが撃った分だけの弾丸が放たれ、足や腕に被弾しても、止まらない。氷弾を撃ち終えたプレアグレイスへと、剣を突き出す。
「取った!」
 しかし、無慈悲な斬撃はアリウムをも襲う。細剣を弾かれ、返す刃が月光を反射させる。
 直感的に身をのけぞらせ、切っ先を回避。敵の首に氷華を振り下ろすも、黒い羽根を舞わせながら、プレアグレイスが空に飛び上がった。
 空中ならば、二人の剣士からは優位が取れる。そう判断したのだろう。だが、そうはいかない。
 赤黒い呪炎を推力にして、鬼燈が翔ぶ。手に持つ魔剣は、戦槌の形態をとっていた。
「羽が生えてると、飛びたがる。そんなことは誰でも分かるっぽい」
 呪炎を纏って振るわれた戦槌を、プレアグレイスが魔剣で受け止める。真上からの激しい衝撃を殺し切れずに、地面へと落下した。
 鬼燈も着地し、即座に追撃へ移る。狙うは、敵の魔剣と、それを握る手だ。
「厄介な魔剣でも、どーにかすれば有利になるってことです!」
 戦槌を振り上げながら、鬼燈は全身に禍々しい力を付与した。大妖の百足が呪いを走らせ、竜を呪う聖騎士の怨嗟に応えて、竜殺しの呪炎が勢いを増す。
 命を消耗する技を躊躇なく使える相手こそ、戦う甲斐がある。兜の奥で、鬼燈は血を吐きながら笑っていた。
「もらった!」
 叩きつけた戦槌は、避けられた。地面が陥没し、土煙が巻き上がる。
 そこに、血が混じっていた。一瞬の隙をついて、鬼燈が斬られたのだ。プレアグレイスは、もはや戦闘に没入する化け物と化している。
 戦槌を握りしめながらもよろめく鬼燈に、プレアグレイスが襲い掛かる。
「鬼燈さん、すまない!」
 体当たりで鬼燈を跳ね飛ばし、アリウムが割って入った。
 袈裟斬りに振るわれる魔剣は、受けない。冴えわたった勘で避け、刺突剣を連続で突き出す。
 アリウムは感じていた。鋭い眼光のプレアグレイスが、先程までは歪んでいようとも確かな慈愛の心を持っていたことを。
「救済……」
 思わず呟く。今の彼が欲して止まないものだった。いっそ手を伸ばしてしまえたら、どれほど楽だったろう。
 しかし、しない。抱きかけた安易な希望を、アリウムは刺突剣で切り裂いた。
「例え昏い絶望の中でも――!」
 前に、進むのだ。 
 突きと斬りを交えた攻撃は、プレアグレイスの一撃に比べればいかにも軽い。しかし、その速度は神の剣技に匹敵していた。
 そこに、炎が加わった。痛みを怒りに変えて激しく燃えるニィが、炎を纏う拳と蹴りのラッシュを見舞う。
「アンタは! 絶対!! ぶっ飛ばす!!」
 死人とはいえ、家族や友人の体を破壊してしまった。町の人々の中には、猟兵に恨みを抱いている者が少なからずいるだろう。
 激闘の中で、傷を負った仲間がいる。今だって、自身の技を反射されて被弾したアリウムと、呪いを宿したその身に魔剣の一閃を受けた鬼燈がいる。
 それらすべてが、心が折れそうなほど、地獄に落ちてしまいそうなほど、悲しく、苦しい。
「けど……死んだ子供達の苦痛と屈辱は、きっとこんな程度じゃすまなかった!」
 ニィは裸体を包み込む炎を、自身の身長の倍以上に膨れ上がらせる。
「だから、その分も――全身全霊で!! アンタを殴り続けてやるッ!!」
 拳に燃える炎が、黄金にも近い輝きを放つ。その重い一撃が、プレアグレイスを魔剣ごと跳ね飛ばす。
 空中で漆黒の翼を打ち、姿勢を制御しながら、プレアグレイスが目を丸くする。
「まさか、妖精如きに――!」
「人も妖精もない。あるのは、今を生きるか、過去に縛られるか。それだけです」
 愛用の刺突剣を、アリウムがプレアグレイスに向ける。彼が持つ強大な魔力を含んだ氷弾が、異端の神を貫かんと迫る。
 鏡像の魔剣が、氷弾を受け止めた。冷気が迸り、魔剣の表面が凍りつく。
 防がれたアリウムのユーベルコードは、再びプレアグレイスの武器となる。魔剣の切っ先をアリウムに向け、氷弾を放とうとした時だった。
 彼女の真下から、鏡の刃に迫る者がいた。赤黒い炎を纏い、呪いによって人の身に宿せる限界を超えた力を手にした、鬼燈だった。
 まったくの死角であった真下から、戦槌を鏡像の魔剣へと叩きつける。巨大な質量と恐るべき腕力による攻撃が、空間を振動させる。
 それでも、プレアグレイスは耐えきってみせた。魔剣で受け止めた戦槌は、押し止められている。
 空中で押し合う中、まっすぐ睨みつけてくるプレアグレイスの目を、鬼燈は笑って見返した。
「ねぇカミサマ。剣を握るうえで指がどれだけ重要なのか――説明するまでも、ないよね?」
 戦槌から溢れ出した百足型の呪詛が、魔剣を伝って細い指先に絡みつく。不快な力の波動に、プレアグレイスが眉を寄せた。
「呪詛に喰われろ」
 吐き捨てて、鬼燈は役割を果たしたとばかりに、戦槌を放り投げた。
 黒の鎧に包まれた足に赤黒い呪炎を纏わせ、素早く重い蹴りを放つ。気を通された蹴撃は、鋭い刃となって敵の腕を切り裂いた。
 蹴り飛ばされたプレアグレイスが町の地面に落下し、蹴りの反動で離脱した鬼燈も一瞬遅れて着地する。
 立ち上がり、プレアグレイスが魔剣を握ろうとした。そして、驚愕の声を上げる。
「な――」
 指が、動かない。まるで神経を食い潰されたかのように、まったく剣を握ることができない。
 自身の魔力を通しても、わずかに指先が動くだけだった。
「そんな、なぜ、なぜ……っ!?」
 必死に剣を持ち上げようとし、それが叶わないプレアグレイスには、もはや神としての威厳などなかった。ただの惨めな少女のようにすら見える。
 刺突剣を構え、アリウムは迷っている自分がいることに気が付いた。この哀れなオブリビオンを骸の海に叩き返す。それは簡単だ。
 しかし、弱り果ててなお戦おうともがくプレアグレイスに、刃を突き立てることに、強い抵抗を覚えてしまったのだ。
 弱者を救おうとした彼女が、弱者に堕ちた瞬間を見てしまったから。
「……私は」
「迷っちゃ、ダメだぁぁぁぁッ!」
 力強く叫びながら、ニィがプレアグレイスの顎を蹴り上げた。羽ばたいて体勢を整えた敵の頬を、燃え盛る足で蹴り飛ばす。
 民家の塀に頭から突っ込み、瓦礫に埋もれるプレアグレイスは、満身創痍だった。
 しかし、ニィは決して躊躇わない。怒りや悲しみを力に変えて、強く強く、言う。
「アリウムくん、できるなら助けてあげたいって思ってるんだよね。そういう優しいところ、ボクはすごいと思うな!」
「……」
「でも、倒さないといけないんだ! 僕らは猟兵で、こいつらは、オブリビオンだから!!」
「骸の海に沈めてやることが、僕らのできる最上の選択っぽい。救いとかは、まぁよく分からないですけど」
 兜の奥で血の混じった咳をしながら、鬼燈がやや弱々しく頷いた。
 分かっているのだ。ただ、アリウムが常に抱く諦観と諦念が、戦いの中でも顔を出しているだけだ。
「……ありがとう」
 仲間たちへと呟いて、アリウムは全身に冷たい魔力を再び纏う。それらを指先に集中させて、プレアグレイスへと向ける。
 人は弱い。その弱さが、アリウムは好きだった。例え力がなくとも、諦めずに希望へと進み続けるその意思に、羨望を抱いていた。
 なぜなら、彼もまた弱者であり、そう自覚していたから。だからこそ、彼らのようにありたいと、願ったのだ。
「あなたを倒して、私は進む。それが例え、苦痛に沈む道だとしても――」
 指先の魔力が、一発の氷弾へと変わる。瓦礫から這い出したプレアグレイスの瞳に、とうとう恐怖が浮かぶ。
「やめて……」
 呟いたプレアグレイスに、アリウムは一瞬浮かんだ動揺を冷気で吹き飛ばし、氷弾を放った。
 咄嗟に漆黒の翼で身を守り、アリウムの氷弾が翼に着弾してはじけ飛ぶ。舞い上がった黒い羽根に混じって、砕けた氷が輝く。
 なんとか一撃を防いだプレアグレイスは、翼に抱かれたまま空へと飛びあがった。
「逃げるつもり!?」
 ニィが叫んで追いかけようとするが、鬼燈とアリウムは動かなかった。
「ニィさん、たぶん違うっぽい」
 鬼燈の言葉に、ニィはもう一度プレアグレイスへと目をやった。
 漆黒の翼が、開かれる。沈みかけた月の光を受けて、黒く輝いている。鏡像の魔剣を抱えた少女は、不可視の力で声を響き渡らせる。
「あなたたちは……残酷です」
 それはまるで、幼い少女の訴えのようだった。ニィは、自分の体に纏う炎が小さくなっていくのを感じた。
「なんだよ、あいつ。あんなの――ずるいじゃん」
 ふらつきながらも、未だ戦う意思を見せるプレアグレイスの顔を見て、ニィはそう呟かざるを得なかった。
 魔剣を抱えて猟兵を睨みつける、神を名乗った少女は――今にも泣き出しそうな顔をしていた。

苦戦 🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

デイヴィー・ファイアダンプ
死を悼み、そして別れを告げることで今は築き上げられる。
そうだとすればキミは救えなかった過去に囚われ、その嘆きが染み出してきたものなのかもしれないね。
なぜそう思うかは、そういった“嘆き”ならよく知っているからだよ。

媒介として力を振るえるようにヤドリガミの肉体を亡霊のものへと変え、
ユーベルコードで死霊を呼び出して彼女にその声を届けよう。

聞かせる嘆きは救いを求めるものを、そして最後まで救われなかったものを。
幸運にもとは言いたくないけど、その手の声なら今この街に溢れている。
そして暗い感情のままでは決して安らかに眠れないだろう。
それを吐き出させるために、そして無念を晴らすためにも皆にも手伝ってもらうよ。


トリテレイア・ゼロナイン
貴女の齎す救済は人にとって地獄でしかない
その翼を折り、堕天させることで断固とした拒絶を示しましょう

事前に防具改造で投光器を増設、使用はしない

左右反転した猟兵の偽物を暗視で見切り、コピーされたUCは盾受けで防御
上空からの強襲は武器受けで仲間をかばいつつ機を待ちます

黒死天使と化したら攻撃を防御、武器と盾を思わず手放したように見せ、再度攻撃を誘います
その際に全格納銃でのだまし討ち、その際弾幕が薄い箇所を作ります
そこに逃げ込んだ天使にスナイパー技能で投光器の光を当て目潰し
その隙に隠し腕を飛ばし拘束、ワイヤを巻き取り手をつないで、怪力で地面に叩きつけて踏みつけて、パイルで地面に縫い付け追撃しましょう




 敵はもはや瀕死だ。しかし、漆黒の翼を羽ばたかせるプレアグレイスの目は死んでいない。
 猟兵の攻撃を恐れた一瞬は、彼女の本心だったことだろう。しかし、再びその恐怖が訪れるとしても、プレアグレイスが戦いを止めることはない。
 握れなくなった魔剣を抱える黒の天使を見上げて、デイヴィー・ファイアダンプ(灯火の惑い・f04833)は呟く。
「キミは……救えなかった過去に囚われ、その嘆きが染み出してきたものなのかもしれないね」
 そうした魂の“嘆き”を、デイヴィーは知っている。一度過去に囚われてしまい、そこに安住してしまえば、抜け出すことは難しい。
 猟兵が放った呪いを受けて、プレアグレイスの指はもう自由に動かない。大切そうに鏡面の魔剣を抱きしめ、彼女はしかし、それでもなお神として宣言する。
「私はプレアグレイス。救いの代行者。……破壊を生み出すあなたたちは、私が裁く」
「何が貴女をそうまでさせているのか、私には分かりかねます」
 鋼鉄の巨体で地面を踏みしめ、トリテレイア・ゼロナイン(紛い物の機械騎士・f04141)が黒翼の少女を見据える。
「その翼、折らなければなりませんね。どのような神話でも、愚かな神は堕天するものです」
 大きな剣と盾を構えて、トリテレイアはデイヴィーを見た。目が合い、頷く。
 デイヴィーは自身の器物であるランタンを掲げた。揺らめく青い炎から、幾多もの死霊が溢れ出す。
「幸運にも、とは言いたくないけど、嘆きの声なら、この街に溢れている」
 青白い光が町に広がり、死霊が空を埋め尽くす。そしてデイヴィーの体自身も、薄く透明になり、亡霊の姿へと変わっていく。
 放たれた亡霊が、プレアグレイスに纏わりつく。病に倒れ、治癒を信じ、供物とされた多くの子供たちの顔が、夜空に浮かび上がった。
『たすけて――』
『神様なら――たすけてくれる――』
『ねぇ――なんでわたし、死んじゃったの――』
 怨嗟の声は、プレアグレイスの心に直接響き渡る。彼女は黒い翼を激しく打たせ、亡霊を振り払おうとしていた。
 その様子を静かに見上げる半透明のデイヴィーへと、トリテレイアは尋ねた。
「デイヴィー様。プレアグレイスは、彼らを本当に救おうとしていたのでしょうか」
「……分からない。ただ言えるのは、その救済という行為で満たされていたのは、彼女だけだったのだろうね」
「なんと、虚しい」
 己の欲を満たすためといえば、いかにもオブリビオンらしい。しかし、黒髪を振り乱して亡霊から逃がれる女神は、邪悪さがない。
 無邪気、と言えばいいだろうか。救いがない残酷な行動に、幼い子供のような純粋さを、二人は感じていた。
「私を、惑わせるなッ!」
 叫んだプレアグレイスが、漆黒の翼を強く羽ばたかせる。黒い羽根が舞い上がり、亡霊が吹き飛ばされた。
 怒りと恐怖に震える瞳を、トリテレイアとデイヴィーに向ける。トリテレイアは短く確認した。
「彼女を誘導できますか?」
「やってみよう」
 デイヴィーの体がより薄く青く透き通り、その本質が亡霊に近づく。比例して、ランタンの青い炎が激しく燃え上がった。
 町に蠢く亡霊たちが、一斉にプレアグレイスを取り囲む。
『死にたくないよ――!』
『おか――さん――』
 己の救済を否定する声を拒絶して、プレアグレイスが空を飛び回る。抱えていた魔剣を放り投げ、亡霊を遠ざけようとするも、剣は虚しく空を切って、地面に突き立った。
「違う! 私は、私は! あなたたちに、救いの手を!」
 敵の動揺が激しくなった瞬間、トリテレイアは体に仕込んだ格納機銃を全展開し、一斉に弾幕を放つ。
 突然の攻撃に、プレアグレイスが身を守ろうとした。しかし、彼女が盾にもしていた魔剣は、もうない。
 弾幕を避け、亡霊から逃げるプレアグレイスは、一カ所だけ見つけた弾幕の薄いところへ飛び込んだ。
 瞬間、トリテレイアが防具に仕込んでいた投光器を点灯する。激しい光は正確な狙いで、プレアグレイスの目を焼いた。
「あぁッ!」
 短く悲鳴を上げたプレアグレイスが、両目を覆って空中で制止する。それが、彼女が空にいた最後の瞬間となった。
 即座にトリテレイアの肩から射出された隠し腕が、プレアグレイスを掴む。そのままワイヤーで巻き取り、鋼鉄の腕が、その体を捕らえた。
 プレアグレイスの目は、怯えていた。しかし、トリテレイアは間髪入れず、掴んだ少女を地面に叩きつける。
 内蔵に受けた衝撃により吐かれた血が、トリテレイアの顔面に飛び散る。構わず、漆黒の翼を踏みつけた。
「な、にを――」
「翼を折ると言ったはずですよ」
 足から射出されたパイルが、漆黒の女神を大地に縫い付ける。翼に杭を打ち込まれた激痛に、プレアグレイスが悲鳴を上げた。
 機械の心に徹して冷徹に、トリテレイアはもう片方の翼にもパイルを打ち込んだ。
 もがくプレアグレイスは、もう微動だにできない。漆黒の翼は力をなくし、薄汚く焼け焦げた白い翼へと戻る。
「私は……、私は救済の……!」
「貴女のもたらす救済は、人にとって地獄でしかない」
 まるで機械音声のように言い放って、トリテレイアは後ろを向いた。
 デイヴィーがいた。亡霊と化した体が持つランタンは、深く濃い青の炎を湛えていた。無数の亡霊が、彼に何かを求めるかのように纏わりついている。
 亡霊たちを従えて、デイヴィーがプレアグレイスへと近づく。堕ちた女神の顔が、引きつる。
「その、魂たちは」
「君は聞かねばならない。彼らの――最期まで救われなかった者たちの、叫びを」
 亡霊が一斉に飛び上がり、大地に縫い止められたプレアグレイスを覆いつくす。
 プレアグレイスの眼前にあるのは、いくつもの顔、顔、顔。恨みに目を剥き、悲しみに顔を歪め、怒りに叫ぶ、町の子供たちだった。
 彼らは一様に叫んだ。鏡面の魔剣により作られた鏡像と入れ替わり、一人で命を終えていった寂しさを。
 過去から染み出した化け物の虚栄心を満たすためだけに、暗い地下で骸と化すことを強いられた無念を。
 その命を終え魂となってなお、己の死を両親にすら知ってもらえない孤独を。
 抗う力を奪われたかつての神に、その耳から、目から、体内に沁み心を抉り、魂にまで叫び続ける。
「やめてっ……やめてぇっ!」
 お前さえいなければ、例えこの命が助からなくとも、家族でいられたのに。幸せに死ねたのに。
 幼い死霊の怒りが、デイヴィーの青い炎を激しく揺らす。
 亡霊に包まれ足をジタバタとさせるさまがあまりにも無残で、トリテレイアは目を逸らした。
 強大なオブリビオンであるプレアグレイスは、この状況でも死ねない。町中から集まってくる亡霊は、やがてその足も翼も覆い隠し、他の猟兵にもはっきりと聞こえる声で恨みを叫ぶ。
「キミが侵した魂だ。彼らの暗い感情を、代償として受け止めてもらう。彼らが、今度こそ安らかに眠れるように」
 亡霊の中で動きを止めたプレアグレイスを見下ろし、デイヴィーは淡々と言った。
 その後も、亡霊たちによる精神を蝕む怨嗟の叫びは続いた。その数こそが、プレアグレイスの罪なのだ。誰も、同情はしなかった。
 やがて、亡霊たちがデイヴィーのランタンに戻ってきた。彼の体はヤドリガミの肉体に戻り、ランタンの炎も勢いを弱める。
「ゆっくりとお休み。君たちはもう、眠るべきだ」
 天へと昇る死霊に優しく声をかけ、デイヴィーは微笑んだ。
 あとに残されていたのは、虚ろな目に涙を流す、恐怖と悲しみに魂を喰い破られた、堕ちた女神だった。
 トリテレイアが盾を置いて、剣を両手に握った。プレアグレイスの胸に切っ先を当てた時、少女が視線を上げた。目が合う。
「私は――救いたかった――」
「……」
 救済の道。それはあるいは、トリテレイアが目指す騎士道に通じるものなのかもしれない。
 猟兵が来なければ、確かに町の大人たちは一時的に救われていただろう。子供を失った今から目を逸らし、子供が笑顔でいる過去を見続けられるのだから。
 しかし遠くない将来、偽りの幸福は崩れ去る。やがて鏡像が蠢くだけの時間が止まった町になるのであれば、それが救いであろうはずがない。
「貴女は間違えたのです。救済の代行者、プレアグレイス」
「な、にを――?」
「……それは、骸の海でゆっくりと考えてください。亡霊たちの声に、答えがあったはずです」
 最期までこちらを見上げていたプレアグレイスの胸に、トリテレイアは剣を深々と突き刺した。
 真っ赤な鮮血を噴き出して一度大きく跳ねたプラグレイスの体は、光の粒子となって、この世界から消えた。



 教会に戻った猟兵たちは、絶句した。
 おびただしい量の血が、教会の中を赤く染めているのだ。
 原因は一目瞭然だった。鏡像の子供たちが、笑顔をまったく崩さないまま、全員死んでいた。
 首を斬られたもの、頭を割られたもの、心臓に包丁を突き立てられたもの。あまりにも惨い光景だった。
「終わったのかい?」
 細身の男性が言った。彼の服と手と顔は、血に汚れている。誰も何も言えなかった。
 しかし、彼は察して頷き、笑った。
「こっちも、終わったよ」
 己が手をかけた鏡像の子供を、人々は抱きしめたり名前を呼んだり、悲しみに暮れている。
 それは、死に気づくこともできなかった子らへの後悔なのか、それとも。猟兵たちがその答えを知ることは、ないだろう。
「終わったのなら、避難させていた子を返してほしい。そして、なるべく早く帰ってくれ」
 血塗れの息子を抱き上げて、細身の男性は感情のない声で続けた。
「大丈夫だ。こちらはなんとかする。この子らも、生き残った子供も、町も」
 出来ることならばもう少し残りたいと思う猟兵は、多くいた。しかし、人々から感じる視線に、猟兵たちは手伝いを申し出ることができなかった。
 言葉にはし難い様々な感情が、猟兵たちの心に突き刺さる。
「だから、帰ってくれ。私たちなら、大丈夫だ」
 暗がりの中、偽りの子を抱く細身の男性の足が、震えていた。
「帰ってくれ――」

 朝日が昇る前に、猟兵たちはグリモアの光に包まれて、町を去った。
 もう、あの町にしてやれることはない。悲しみに打ちひしがれた人々の顔が、猟兵たちの心を重くする。
 それでも猟兵たちは、戦い続ける。悪夢の根源を断つその日まで。
 例えそれが、人々に一時の痛みをもたらすことになろうとも――。

 戦い続けなければ、世界は滅びてしまうのだから。

 fin

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年02月22日
宿敵 『救済の代行者・プレアグレイス』 を撃破!


挿絵イラスト