それでも君は征くというのか
●炎が見えた
「というわけで愚民共。お前達は、いまからよく燃える篝火になってほしい」
「……え?」
銃声。鬨の声。村人が死ぬ。血塗れになり、或いは原形も残さぬほど拉げ、踏み潰され、斬り殺され、射殺され、嗚呼、夥しいほどの血が流れる。
単純な殺戮の光景が見えた。
なぜ、そうなるまで見通せなかった。歯を砕けんばかりに噛み締める。
グリモア猟兵は、予知を選べぬ。或いはより高い予知精度を持つグリモア猟兵であれば、もっと以前から、この事態そのものを防ぐように予知が出来たのだろうか。
分からない。確かなのは、壥・灰色(ゴーストノート・f00067)はその光景を視てしまい、そして――彼自身はその現場には飛べず。
一人の犠牲者も出さないことは、絶対に不可能だ、と解ってしまっていることだった。
ああ。村が燃える。人々が死んでいく。
そういう光景は視た覚えがある。何度も。
けれど今回違うのは、
「――そうとも。お前達は誘蛾灯だ。あのクソ忌々しい、しかし愛すべき怨敵、猟兵共を集める為のな。精々叫べ、いのちの最後の輝きを見せて、その後不様におっ死ね。上手に叫べたら英雄が来るかも知れないぞ。そら、啼け、啼け、啼け、啼け、啼け!」
くるいわらうその男の狙いが、『猟兵との闘争』であることであった。
●民は死ぬ。覆せぬ。報いはなく、きみは死地に飛び込む事になるだろう。
「おれは、……きみ達に征けとは言えない」
灰色はすこしかすれた声で、猟兵達に言った。
来て欲しいのは確か。しかし、征けとは言えない。
「ダークセイヴァーで、猟兵を探し、戦おうとするオブリビオンの存在を感知した。奴は今まさに、一つの村を灰燼として、それを篝火にきみ達を喚ぼうとしている。猟兵が、惨劇の元に現れると識っているみたいに」
村を篝火に、とは。
「言葉の通りだ。奴は村を焼き、蹂躙した。一人の生き残りも赦さないと言いたげに、念を入れて。おれの予知の時点で人が何人も死んでいる。今から行って、何人を助けられるかも分からない。しかも、不確定事項が多すぎる。確かなのは――そのオブリビオンが、『戦争卿』を名乗る強大な存在であるということだけ」
言葉は鬱屈を込めに込めたかのように重い。
敵の名と、主な攻撃方法。その程度しか分からずに、猟兵達に苦難を強いる己が身の不足を呪うように、灰色は大きく息を吐いた。
「敵は狙撃砲の乱射、人々の生命力を代償とした騎士団の召喚、そして負の感情に駆られたものの幻影を作り出し、そ達のユーベルコードを模して攻撃させる能力を持っている。おれが今まで案内した中でも、格別の難敵だ。……手ひどい傷を負うかも知れない。今から行っても、救える命はないかも知れない」
灰色は拳を握りしめた。骨の軋み音がするほどに強く。
「だが、ここで奴を殺さなければ、奴はきみ達が来るまで、何度でも他の村を燃やすだろう。……こうなる前に予知できなかった事を心の底から悔しく思う。けれど、悔いるよりも今はやらなければならないことがある」
灰色の両腕に蒼白い魔力のスパークが走る。腕を一閃! 集中のプロセスをすっ飛ばして、出し抜けに“門”が開く。
「始めに言ったように、征けとは言えない。――ただ、叶うならその力を貸して欲しい」
灰色は切望するように言い、猟兵らに頭を下げた。
見返りはなく。
死と危険の匂いばかりが濃い。
虚空に開いた“門”の向こうからは、かつてない危険の予感を孕む空気が流れてくる。
それでも、きみは。
煙
お世話になっております。煙です。
●注意
対強敵・難状況での戦闘となります。
本シナリオは、かなりの欠損・破損・負傷描写を伴うことが予想されます。
このため、『傷つき、尚諦めぬPCの活躍をご覧になりたい皆様』の参加を推奨します。
なお、本シナリオにおける欠損・破損・負傷描写は本シナリオ内のみ有効です。他に持ち出す事はPL様の裁量ですので、治癒するもそのままにするもご随意にお願い致します。
●特殊ルール:治癒困難
章と章の間が極めて短時間になると予知されています。
このため、当シナリオ内においてのみ、章間を通じ、基本的に負傷が回復しません。(一章は無傷で始まります)
『明示的に、治癒能力を持つユーベルコードを使用する』以外の方法では、猟兵の負傷は回復しません。このため、以下の場合以外は負傷が継続している前提でプレイングをかけていただけるとよいかと思います。
・合同プレイング相手(合わせ相手)が回復するプレイングを行っている。
・自身の回復を行えるユーベルコードを明示的に使用する。
●章構成
予知深度:D-。不確定事項多数。
第一章:vs『『戦争卿』ブラッド・ウォーデン』
第二章:vs???
第三章:vs???
●プレイング受付開始日時
『OP公開ののち、断章投稿後より』
●プレイング受付終了日時
『2020/03/17 23:59:59』
●お受けできる人数について
今回の描写範囲は『無理なく書けるだけ』となります。
基本的に一日三名様ないし二名様、『プレイング受付終了日時』までに送って下さった全ての方が失効するまで、書けるだけ書いてお返しします。人数制限の為、トリオ以上(三名様以上)の合同プレイングは、採用率が低下する傾向にあります。
再送をお願いしない為、普段より採用数が減ること、ご容赦下さいませ。
なお、プレイングの着順による優先等はありません。
また、お手数に思わなければ、『プレイング受付終了日時』までは再送を受け付けております。
それでは皆様、此度もよろしくお願い致します。
第1章 ボス戦
『『戦争卿』ブラッド・ウォーデン』
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POW : 開戦祝え銃砲連打の凱旋歌
【異形の狙撃砲から放つ血色の砲弾の大量乱射】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【を敵対者を自動攻撃する射撃兵器群に変え】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。
SPD : “血塗れ傀儡”聖堂騎士団
自身の【領地内の人間・動植物全ての生命力と精神力】を代償に、【百年前の戦死者を素材とした千人の重装騎士】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【生命力吸収能力を付与された斧槍と散弾銃】で戦う。
WIZ : 己を見よ、汝の名は『獣』なり
【戦意、敵意、害意、殺意、哀れみ、憎悪】の感情を与える事に成功した対象に、召喚した【対象本人と寸分違わぬ分身と武装】から、高命中力の【対象本人の最も殺傷力が高いユーベルコード】を飛ばす。
👑11
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そこは地獄の入口。
きみたちは空に開いた“門”から飛び出すなり、眼下に広がる村が既に致命的な状況に陥っていることを識る。あの空の月さえ赤く染める様な火の手が、そこかしこに上がって見えた。
救える命は、まだあるのか。それすら明らかにならない最悪の状況で、作戦は始まった。
ようこそ。来てしまった者へ。
これは、救われない、救いのない、
果てず残酷で痛ましい、戦争の話だ。
Chapter / 1
赤い月に涙の降る
●戦争卿は嗤う
村は、既に壊滅していた。
黒き鎧の騎士達が、次々と人々を殺して回り、燃えていない建物があれば火を点ける。ひっきりなしに響く砲声の度、何人もが砕けて死んだ。
紅蓮の炎が揺らめき、真紅の血が流れる。この光無き世界においてなお鮮やかに、村はまるで、煉獄めいた赤に染まっていた。
「やめろっ、やめてくれっ!! ちゃんと税も納めているはずだ! 反逆の意志はないっ!! だから命は、命だけは……!」
燃えさかる村の中で、若者が叫ぶ。
村の機能は破壊されて久しい。今更攻撃が止んだところで、おそらくこの村は再度機能はしまい。畑は焼け、家畜は死に、村民もそもそも半数以上が既に死んだ。その凄惨なる現場でなおも発される命乞いの言葉は、血を吐くように凄絶であった。
ぱらぱらぱら、とそれに応じるような拍手が幾つか。
「そーーーうだ、従順だった。素晴らしいことだ! 今日まで遅れもせず税を払いつつ、泥水を啜って爪に火を点し! 健気に健気によく生きてきた!」
へらへらと軽薄な笑みを顔に貼り付け、銀髪の男が応ずる。この村を襲った災禍の中心。
砲火の源。『戦争卿』、ブラッド・ヴォーデン。
手先で鴉をあやしながら、男は悲痛な叫びに笑顔で対した。
・・・・・・
「よく頑張ったとも。だから、死ね。惨めに惨めに死ね。過去殺しどもがよく憤るように――なるべく、無様に、哀れに、滑稽に、惨憺と、死ね」
「――ッ!!」
若者が目を見開いた瞬間、砲声。
初速一二〇〇メートル秒で吐き出された砲弾が若者の胴を突き抜ける。言わずもがな、その身体は抵抗すら赦されずに四散した。五体が砲弾により千切れ砕け飛び、ぽおん、と飛んだ頭を、戦争卿は踝でどむ、とトラップ。
「ッハハハ、クハハハハハハッ! おめでとう、これで苦役からも解放されるってものだ! 安らかに眠れよ!」
楽しげに嗤い、頸でリフティングをする戦争卿の身体に、突き抜けるような殺意が降り注いだ。
身も凍るようなプレッシャー。――しかし戦争卿は、それに怯むどころか歓喜の笑みを浮かべて空を見上げた。
天に開いた“門”より、猟兵達が、今まさに参じたのだ。
「――遅かったじゃないか、過去殺しども。一足先に乾杯していた、それくらいの無礼は赦してくれよ。――なんたって今日はいい夜だ。我とお前達が出会った最高の夜だからなァ!!」
戦争卿は若者の頭部を横に蹴転がすと、異形の狙撃砲を、天から降り来る猟兵らに差し向けた。
紅くぎらりと光る砲口を閃かせ、狂気に歪んだ笑みを向け、高らかに謳う。
「睨むな、笑えよ、猟兵共。素敵で熱くて最高な、戦争の始まりだぞ!! なァ!!!」
数宮・多喜
◎
……外道が。
そこまでして、アタシ達とのタマの獲りあいをしたいってか?
上等だ。今テメェが吐いたその唾、飲むんじゃねぇぞ……!
事前の情報が確かなら、アタシがやる事ぁ単純だ。
どうせこの怒り、逆に使われちまうんだ。
それなら全速力を尽くしてブッ込むだけさ。
カブに『騎乗』し、【嵐裂く稲妻】で極限まで空気抵抗を減らし。
一直線の『ダッシュ』で戦争卿へ肉薄する!
そのままぶち当たるだけじゃ、ねぇからよ。
戦争卿、アンタがアタシに放った攻撃。
そいつぁ一番の悪手かもな。
今、アタシが取れる最大級の攻撃は、
本来この地上じゃやっちゃいけない類のモノさ。
アタシ諸共、【宙穿つ穴】の只中に墜ちようじゃないさ!
次?考えてられっか!
●宙へ墜ちろ
「――外道が。そこまでしてアタシ達とタマの取り合いをしたいってか」
宇宙カブに乗り急降下しながら、唸るように言った女がいた。数宮・多喜(撃走サイキックライダー・f03004)である。尖らせた眦で戦争卿を見下ろす彼女の瞳には、侮蔑と怒りの冷たい光が点っていた。
「応とも! お前達と戦争がしたくてしたくて堪らなかったんだ。何もかも倦んで飽いたるこの世界で、唯一闘争だけが我の心を満たしてくれる! 楽しませてくれよ愛しき怨敵、お前達が踊るに申し分ない舞台だろう、ここはァ!」
哄笑する戦争卿に、多喜はいよいよ怒りも極まった風に歯を軋る。
「上等だ。今テメェが吐いたその唾、飲むんじゃねぇぞ……!」
――この場に確かな怒りを持って参じた以上は、戦争卿のユーベルコードから逃れること叶わぬ。声高らかに嗤う戦争卿の傍らに、多喜と寸分違わぬシルエットの影絵が浮いた。
「ハハハハハッ!! いい怒りだ、そら、鏡を見てみろ! 我に映ったお前を見ろ! これがケモノの姿だ、お前の内側にいるケモノだ!!」
戦争卿は害意を抱いた敵を寸分違わず模倣する能力を持つ。多喜を模したシルエットが、影絵のカブのエンジンを唸らせる。
しかしそれは織り込み済みだ。事前に解説のあったとおり。識っている。
「本物を越えられるかよ、偽物ごときがッ!!」
叫ぶなり多喜の全身が稲妻を帯び発光。迸る紫電が遊離し、彼女の周囲に球状のサイキックバリアを構築する。――『嵐裂く稲妻』!!
流星の如く一直線に、多喜は戦争卿へと突撃する。迎え撃つ戦争卿は泰然と構えて顎をしゃくった。撃ち出された砲弾の如く、影絵が、全く同じサイキックバリアを纏って飛ぶ。
「おおおおおおおおッ!!」
多喜は叫び、エンジンを限界まで回す。極限まで空気抵抗をカット。影絵の敵を凌駕せんと突撃する!
確かに速い。多喜のほうが、戦争卿が作り出した影絵よりも僅かに速い。
しかしそれでも、激突は避けられぬ!
地上一五メートル、轟音が響いた。
「っぐ、ううううううううううっ
……!!」
あと一歩の所。戦争卿に届く前に、影絵が多喜の前進を阻んだ。真正面から、ほぼ同じ速力での激突。バリアが軋み、大気が爆ぜ割れ、正に落雷めいた轟きが鳴り渡る。
「どうしたどうした、それで終わりか? 予想の範囲を出んなあ、猟兵!」
からかうような調子での戦争卿の声に、「冗談ッ、」と多喜。
「そんな訳あるかっての! 戦争卿、アンタのとった手が悪手だって思い知らせてやるよ!!」
正にオーバードライブ。エンジン限界突破、ともすれば自壊しかねぬ過大出力をカブに強いて、影絵の電磁バリアを押し返す。
「ほう――?」
軽い驚きに戦争卿が目を瞠る。相対距離一〇メートル。 ――『ここからなら、めくら撃ちでも外さない』。
多喜は機を見たりと叫んだ。
「対星獣シークエンス承認ッ!! ――アタシと一緒に宙穿つ穴に墜ちようじゃないさ、戦争卿!!」
ディメンジョン・コラプス。
・・・・・・・・
――指定範囲。自己周辺、無差別。
突如、多喜の周囲の空間が歪み、まるで水中に水泡が析出するかのようなエフェクトを以て、連鎖的に『崩壊』する。戦争卿が描いた影絵は、それを忠実に模倣した。――『無差別攻撃』を模倣したのだ。
崩壊はすぐさま周囲数十メートルに広がる。黒い騎士達が巻き込まれ次々と削れ飛び吹き飛ぶ!
「――ハァッハハハハア!! そうきたか、なるほどな
……!!」
戦争卿とて範囲内。しかし男は空間すら撃ち抜く真紅の魔砲を超速連射。亜空間の連鎖崩壊を『撃ち抜き』つつ飛び退く。
防ぎ切れない小崩壊が男の四肢を、胴を、無数の球状に抉り抜く!
血を吐きつつもしかし、戦争卿は未だ健在。
確かに有効打ではあった。――だが、
「――ッ――」
言うなればこれは後先考えぬ自爆覚悟の特攻。巻き込まれてはミンチどころの騒ぎでは済まない空間崩壊、それも、自分と影絵の二人分が炸裂したその災禍の中心にいた多喜が受ける損傷は、バリアを張ってなお計り知れぬ。
発生した衝撃波により吹き飛び、家屋を二つ貫通して、多喜はカブ諸共地面を滑った。
――カブのエンジンが、虚しい音を立てて停止する。
◆数宮・多喜
全身裂傷、出血過多。右鼓膜損傷。左目視覚喪失。
宇宙カブ、エンジン停止。中破状態。
――それでも指先が土を掴む。
まだだ。まだ、終わっちゃいない。
成功
🔵🔵🔴
イージー・ブロークンハート
◎
あー…。
聞いてたよ、聞いてた。聞いてたんだ。救える命はないかもって聞いてたし知ってた。でも来ちゃうんだよなあ。
そんでこういうの見ると死ぬほどしんどい思いするんだよ。辛いわ。相手も強そうだし辛いわ。笑っちゃうほど。
…だけどおんなじように別の村が燃えることも死ぬほど辛いんだよなあ。
じゃ、戦といこう。
前へ進む。切り捨ててやる。
なるべく銃弾は見切りで避けるか切り捨てたいとこだけど、無理なら最悪いい。左心房の硝子片に血をやってなけなしの激痛耐性と継戦能力で踏みとどまろう。後退は今日はナシだ。
こちとら負傷してからが本番だ。
砕けよ硝子剣。
血でも肉でもやるから、敵を討て。
素敵に冷えて最高に苦痛だよ、戦争卿。
●せめて手向けに硝子の花を
そこには死が満ち溢れている。
物言わぬ骸が。人間だったパーツが、そこかしこに、玩具箱をデタラメにひっくり返したみたいに転がっている。
「あー……。聞いてたよ、聞いてた」
識っていた。こんな惨状になっていることは。
「聞いてたんだ。救える命はないかもって聞いてたし知ってた。――でも来ちゃうんだよなあ」
地面に降りたって呟く、どこにでもいそうな茶髪の男。イージー・ブロークンハート(硝子剣士・f24563)。
「分かってんだよ。こういうの見ると死ぬほどしんどい思いするんだよ。辛いわ。相手も強そうだし辛いわ。笑っちゃうほど」
独言するような調子でうっそりと言い、足下に転がった骸を見下ろす。目を見開いて死んだ少女の骸。イージーは膝を突き、その瞼を閉じてやる。
「自虐趣味でもあるのか、お前。わざわざ傷つきに来てくれたことを嬉しく思うがね、我は」
へらへらと笑いながらに戦争卿がのたまう。イージーは立ち上がり、
「傷つきたいわけじゃない」
――地に向けていた目を上げ、刃のように光らせた。
「おんなじように別の村が燃えたら、オレはその時だって吐くほど苦しむんだよ。死ぬほど辛いんだよ。そしてきっと、戦わなかったことを、泣くほど後悔するんだよ」
イージーは剣を抜いた。透明な剣だ。金属ではない。――硝子だ。彼の名前をそのまま抜き出してきたかのような剣。切っ先鋭く戦争卿に差し向けて、イージーは貫くように言った。
「――お望みの戦といこうか。斬り捨ててやる」
「やってみろ。そんな壊れ物の剣で、出来るものならァ!!」
相対距離十五メートル。哄笑と同時に、戦争卿の影が伸びた。一瞬で数十の砲門、そして銃口が形成される。砲声、砲声砲声砲声砲声砲声ッ!! 真紅の弾雨が真正面から吹き荒れる!
一瞬、予備動作もほぼなしでその火力を繰り出してくる戦争卿の戦闘能力は異常と言っていい。だがイージーとて、生半な覚悟でこの地を踏んだわけではない!
(――あぁ、こりゃ無理だな。全部は弾けない)
極度の集中。弾丸の動きを見て取るほど。イージーは降り注ぐ弾雨に、剣を突き出しながら突っ込んだ。砲弾の尖端、丸みを帯びたカーブを剣の腹で受け流し、なおも前進する。
神業。しかし、彼がそうして一発凌ぐ間に敵は一〇発の弾雨を叩き込んでくる。誰が見ても明らかだ。その突撃は、無謀にして無望。
無理だ、と彼が感じたとおり、その弾幕を無傷で通り抜けることは土台不可能だ。
(――ああ、そうさ。無傷じゃ、な)
イージーは歯を食いしばり、急所に迫る砲弾と銃弾のみを弾きながら前進する! イージーは左心房の硝子片に全力で血を送り込む。血でも肉でもくれてやる。敵を討つための力をよこせと!
砲弾が脇腹を掠めた。それだけで肉が大きく抉れ千切れる。銃弾が太股を、ふくらはぎを掠め穿ち、立つ事さえままならなくなるような痛みがイージーの全身に走る。
「――ッッ!!」
弾幕を駆け抜ける。あと五メートル。砲声。反応が遅れる。左肩根元に着弾。口から叫びが出る前に、千切れた左腕が飛んでいった。
でも。
悲鳴も、怖じ気も、今は要らない。
「おおおおおおっ……――!!」
イージーは己に出来る全力で、残った五メートルを駆け抜ける。バカ正直に真っ直ぐに振り下ろした剣はしかし、
「何だ、単調だな。興に欠ける」
戦争卿自身が手にした深紅の砲の切っ先に止められ、――同時に砲声。透明な刀身が億の細片となって空中に吹き散る。
「ッ――!!」
「残念だったな。まあ、よくも痩せ我慢でここまで馳せ駆けたと褒めてはやるが――それ止まりならもう要らん。剣と共に散れ」
鼻先に突きつけられた砲。絶体絶命かに見えたその瞬間――イージーは、咬み付くように吼える。
「誰が終わったって言った? ――勝手に決めてくれるなよ!!」
――銀の風が吹いた。
「?!」
それは、無数の硝子の細片。粉々に砕けたはずの硝子剣が宙をさざめかせ、無数の飛刃嵐となって唐突に吹き付けたのだ!
「咬み千切れ、硝子剣!」
イージーは不治の傷ではないにせよ片腕を失い、大量の血を喪った。喪った血を代償に込めた飛刃嵐の威力は、常のそれとは比べものにならぬ!
顔と言わず身体と言わず引き裂かれ、束の間視界を失った戦争卿が後方へ跳ぶ。
「クハッ、ハハハハッ! そうでなくては! あァ――いい悪あがきだ、楽しいぞ、熱い夜だ!!」
「……そうかい。オレにとっては最低だ。素敵に冷えて最高に苦痛だよ、戦争卿。――こんな夜はさ、」
無数のガラス片が、柄のみとなったイージーの剣に舞い戻り――今一度、硝子剣の形をとる。
「さっさと、終わりにしないとな」
傷つきながらも決して退かず、イージーは刃を片手で雄々しく構え直す!
◆イージー・ブロークンハート
左脇腹、大抉傷。右太股貫通銃創三。左脹脛擦過銃創二。
左腕喪失。
絶望的なまでの傷をよそに。
砕けたはずの硝子剣が、また彼の手で光り出す。
成功
🔵🔵🔴
ジェイ・バグショット
…相変わらずのクズさだな。
ヴァンパイアのことはよく知っている
何せ身内にうじゃうじゃいるもんで。
挑発に乗るでもなく冷静に現実と状況を把握
怒りは思考を鈍らせると、過去より学んだ。
拷問具
【傷口を抉る】『荊棘王ワポゼ』棘の鉄輪を複数空中に召喚。多方面から輪を強襲させる
【恐怖を与える】『首刎ねマリー』断頭台と拘束具が個別に飛来。拘束具で囚われた対象を断頭台の刃で切断する
各武器は自動で敵を追尾し攻撃
自分で操る時は【早業】により速度アップ
…お望み通り殺り合おうぜ。
熱く激しく残虐に。
普段のアンニュイさに少しだけ興奮が混ざる
影のUDC『テフルネプ』による迎撃とカウンター
どこからでも出現し広範囲に対応可能
●紅月に噎ぶ
「相変わらずのクズさだな。所変われど趣味と性格の悪さは同じってところか」
声とともに、戦場に男が舞い降りた。着地音、ジャケットの裾が踊る。煙草の匂いを孕んだ風が舞う。黒髪に金眼をした、整った容姿の――しかしどこか退廃的な雰囲気を孕んだ男。
相対距離十メートル。迎える戦争卿が傷を塞ぎながら片眉を跳ね上げた。
「ほう? 知ったような口を叩いてくれるが、お前がどれほど我達のことを知っていると?」
「何せ身内にうじゃうじゃいるもんでね。……だから色々と知ってることもある。お前らにまともに取り合うと、ロクな目に遭わないって事とかな」
シニカルな口調で言い、ポケットから手を抜く彼の名は、ジェイ・バグショット(幕引き・f01070)。
いかに挑発的な口調で語りかけられようとも、この酸鼻極まる村の状況を見せつけられようとも――ジェイが冷静さを手放すことはない。怒りは思考を鈍らせる。思考の鈍りは武器の鈍りに直結する。過去の教訓だ。故に、ジェイは怒りを棄てた。
「まぁ、無駄口叩くより殺し合いが好みって手合いだろ、お前。ならお望み通り殺り合おうぜ。熱く激しく残虐に」
常のアンニュイなトーンを崩して続ける。彼とてダンピール。戦を、血を、厭い嫌うわけではない。戦に昂ぶる同類の匂いを感じたか、戦争卿は口端を吊り上げ狂笑を浮かべた。
「ほォう? 言ったな、お前。口だけで終わってくれるなよ!!」
戦争卿の叫びと共に、周囲の地面が隆起した。地より手を突き出し現れるのは、血塗れ傀儡、聖堂騎士団。焼け残った僅かな草木が、贄となって枯れ落ちていく。
召喚された騎士団の数は一瞬で五十を超える。今この瞬間もジェイを包囲するように増え続けている!
ジェイは口の端に引っ掛けるように笑みを浮かべると、フィンガースナップを一つ。それを合図としたように、自律機動戦輪『荊棘王ワポゼ』が宙に十数と召喚される。
「来いよ」
ジェイが言うまでもなく、騎士達が殺到する。それを――
・・・・・・・・・・・・・
紅い、紅い、二つ目の月が見下ろしていた。
ユーベルコード、『大殺戮の夜』の発露である!
天から唐突に降り注ぐ拘束具! 轡を填めるように聖堂騎士団を次々と捉え、鎧を軋ませて動きを止める。間髪入れずに断頭台の刃が虚空より現出し、捕らえられた死せる騎士らの首を刎ね飛ばした。汚泥めいた血が飛沫く。拘束具と刃で一対の断頭台、『首刎ねマリー』の複数同時召喚! 首を断たれても尚動こうとしたものはワポゼが次々と抉り削りバラしていく。腐った血と泥の匂いが戦場を満たす。
押し寄せる敵の物量もさることながら、驚嘆すべきはまさにジェイの手数だ。その速度、常の九倍。彼ほどの猟兵の、さらに九倍である。その威力は想像を絶する。
五十数騎の甲冑騎士を一瞬で解体し、そればかりか、
「ぼうっと立ってちゃ退屈だろ。お前も踊れよ」
自律機動するはずのワポゼを自身の支配下に置いて遠隔操作、戦争卿の首を狩らんと狙う!
――しかし。戦争卿はそれを意に介した様子もない。
「勘違いするなよ、過去殺し。踊るのは我じゃあない、」
戦争卿の影が膨れた。まるで花開くように、影が銃器の形をとり、
「お前達だ」
――迎撃の乱射!! ワポゼが次々と火花を散らして弾け散る。そればかりではない。ジェイに押し寄せる騎士の物量が倍増する。次から次へと、地面から湧いて出る死せる騎士共。
確かにジェイは五〇体を瞬く間に狩った。だが相手が一〇〇体、二〇〇体、三〇〇体となれば?
速度には限界がある。押し寄せる怒濤のごとき敵をジェイはひたすらその拷問器具で薙ぎ倒し続ける。飛び散る汚泥。押し寄せる敵。刃が掠め、ジェイの身体から血が飛沫く。一度刃を受ければ、動きが鈍る。
脇腹に。右肩に。左脚に。次々と剣が突き刺さり、慈悲でもくれるつもりなのか、ミゼリコルデが胸を突き抜け、右肺を穿った。
「か、ハ、」
呼気。吸えども吸気が漏れていく。血の味のする咳が込み上げる。
押し寄せる騎士の怒濤に呑み込まれて、そのまま消えてしまうかに思われた刹那、
「――踊らせるつもりなら、」
ジェイは突き刺さった剣を押し返すように、
「もっとマシな曲をかけろよ」
枯れた声で歌った。
瞬間、彼の影が伸びて変形し剣山めいて伸びた。周囲に押し寄せた騎士達を一気に貫き、引きずるように距離を空ける! 刻印に宿したUDC、『テフルネプ』が彼の命を繋いだのだ。 空いた間隙を再びワポゼとマリーを多数召喚、今一度の鏖殺を繰り広げながら、長剣を抜く。
――『絶叫のザラド』。
斬撃、斬撃斬撃斬撃ッ!! 騎士共を蹴散らし、金眼の光を曳いて駆ける!
「決めたよ。あの紅い月にかけて。――今日で、お前を終わらせてやる」
「よく吼えた! なら見せてみろ、虫螻なりの意地ってやつをォ!」
◆ジェイ・バグショット
左脇腹、右肩、左大腿、剣による刺傷。
右肺に短剣による貫通創。呼吸不全。
騎士の包囲を突き抜け、飛びかかる。
熱く激しく残虐に。謳ったとおりの苛烈さで。
成功
🔵🔵🔴
ユエ・ウニ
◎
話を聞いてしまったのも何かの縁だ。
その話、乗ろうじゃないか。
酷いな。
攻撃は任せ、生き残っている奴を助けよう。
生憎僕も匣に詰めたモノ達も壊れても直せるし、かばう事になれていない訳でも無いしな。
生きている奴を見つければ、そちらへ。
攻撃をされかけようとしているのなら、オペラツィオン・マカブルで人型人形に庇わせ反撃しよう。
逃げる場所も安全な場所も無い。
僕の後ろに。まだそこがマシな場所だろう。
一人でも多く……いや、一人だって良い。助けよう。
よく耐えたな。もう大丈夫だ。
根拠のない気休めでも、絶望でなく希望を見せよう。
生き延びる糧となるなら、不慣れでも、状況が凄惨でも嘯くよ。
負傷しても苦痛は見せぬように。
ユヴェン・ポシェット
話を聞いてじっとしている事が出来なかった。
俺は何も出来ないかもしれない、それでも…。
竜の槍を振るい、道を開く。助けられる人はいないか。
まずはその事を最優先に考えて行動。助けられる人を見つける事ができればUC「piilo」を使用。水晶庭園へと一時避難させる。
また自身のダークネスクロークに、助けられる人がいないか探す様に指示。
見つかるまで自身は戦闘へ集中。
燃え盛る炎。かつて目の当たりした灰になりゆく森の姿を思い出す。
…感情を抑えるのは得意な方だが、この状況に何も感じないなんて無理な話だ。ただ、感情に任せて自身を見失わない様に己の出来ることが何かをだけ考え、只管戦おう。
ドラゴンランスを手にどこまでも
●零れる命を留める手
「酷い話だ。――聞いてしまったのも何かの縁だろう。乗ろうじゃないか、この話」
「ああ。――確かに俺には、何も出来ないかも知れない。誰一人も助けられないかも知れない。けど、じっとしてはいられない」
「なら征こう。報われなかろうと。誰も助けられないかも知れないとは言われたが、『助けようとするのは無駄だ』とは言われていない」
首肯が返った。
「そうだ。征かなければ、助けられる数はゼロになる。……征けばそれがゼロじゃなくなるかもしれないなら。俺は、ただそれだけでどこまでだって走れる」
「頼もしいな。――遅れるなよ」
「そっちこそ」
鉄靴の音が鳴り響く。血塗れ傀儡、聖堂騎士団。戦争卿が生み出した死者の行軍、その最大総数は千体にも及ぶ。無為に散った人々の魂を燃料とし、死者を素材とした騎士を作り出す悍ましき能力の産物だ。
こんな小さな村など、瞬く間に飲み込んでしまえるだけの戦力。そうなっていないのは、ひとえに、最前線で敵の注意を惹き付け、村への攻撃速度を落とす猟兵の功である。
「ひいっ、ひっ、」
「逃げろ! 逃げるんだ、早く!!」
「逃げるって言ったってどこに行くのよ! もう、もう囲まれてるじゃない、どっちを見ても燃えてるじゃない!」
「うるせぇ!! とにかく足を止めるな、走れっ! 追いつかれて殺されたいのか?!」
逃げ惑う村民を、悠然とした足取りで黒き騎士達が追う。彼らに感情はない。ただ、主の命に従い、動く者を戮殺するのみの殺害機構。
五名ばかりの村民が、後ろから迫る騎士らより逃れようと走る。燃えさかる建物を行き過ぎ、十字路に差し掛かった正にその時、
「ッ!!」
先頭の男が足を止めた。
「おっ、おい、なんだよ! 急に止まるな――」
後続の男が怒鳴り、そして、同じように言葉を止める。
何を言えようものか。十字路、後ろは言わずもがな、残り三方からも騎士が来る。行き場を失った五人が、十字路の中心で身を寄せ合う。
鉄靴の音。鎧の擦れる音。赤錆びた斧槍と散弾銃を擡げ、死者の群が来る。
「いいっ、嫌だ、いやだっ、死にたくない……!」
「ああ……神様、お願いです、お助けを、」
「だれかッ……誰かいねぇのかよ、こんなのってねぇよ!! 助けて……助けてくれよぉっ……!」
迫る騎士達は、正に死の具現。
間近に迫った死に、涙を流し震える村人達。
ああ、その命は正に風前の灯火であった。
けれど、光っていた。小さな灯ではあったが、確かにそこにあったのだ。
だから駆けてきた。二つの希望が。
その灯火を絶やさぬ為に!
「邪魔だ、退けっ!!」
突如村人らの右方から怒号。五体の死霊騎士が鉄音と火花散らして、吹き飛んだ。
村人達が息を呑む。それは闇に差した一条の光だった。
色黒の膚に乳白色の髪。桃と緋色のオッドアイをした、整った面差しの青年である。鉱石竜の転身たる竜槍『ミヌレ』を携え、死霊騎士を次々と薙ぎ倒すのはユヴェン・ポシェット(Boulder・f01669)! ダークネスクローク『テュット』に命じ、生存者を捜索していたのだ。
突然の敵手の登場に不意を打たれ、騎士達が動きを止めた瞬間、ユヴェンは短く叫んだ。
「ユエ!! 少しでいい、保たせてくれ!」
「任せろ」
ユヴェンが開いた血路に、答えるなり迷いなく飛び込む少年が一人。銀髪にローズクォーツの瞳、浅黒い膚に冷めた表情。――しかしここまで誰かを助けるために、強い意志を持って馳せ駆けた。ユエ・ウニ(繕結い・f04391)である。
駆け寄せるユエに目を見開く村人達。
「あ、あんたは――」
「僕が誰かなんて、今は些末だ。それより、僕の後ろに付いて屈め」
「!」
ジャカッ、ジャキジャキジャキッ!!
水平二連式、古い型の散弾銃の操作音。銃口が上がる!
ユエは三方を敵に包囲された状態で、村人らを背に庇い立ち塞がる!
最早、この村に安全な場所はない。それでもせめても、自分の後ろならば前から飛んでくる弾くらいは防いでやれるとユエは考える。
「来るなら来い」
嘯き、ユエは大きなトランクめいた『匣』を開く。その裡より出でるは十数体のマリオネット。繋ぐ糸もないのにそれらは独りでに立ち上がり、村人の周囲を固める!
「――生憎僕もこいつらも、壊れど直せる人形だ」
ユエが言い放つなり、答えるかのように死霊騎士らがトリガーを引いた。ユエは歯を食いしばりながらユーベルコード『オペラツィオン・マカブル』を起動、
「っぐ……!」
するが、受けきれぬ。
戦争卿の加護を受けた聖堂騎士団が放つ紅き散弾は、戦争卿が扱う魔砲と同様の貫通性能と威力を示す。それが三方、二列横隊で路を埋め尽くす数十体の死霊騎士らの手より一斉射撃されたのだ。
そんなものを、無傷で防げるわけがない。マリオネットが立て続けに砕け吹き飛ぶ。吹き飛んだ分の穴を匣から新たに喚んだ人形で埋めつつ、ユエは散弾をオペラツィオン・マカブルにより受け続ける。――しかし、
「――ッ」
突如として、突き出していたユエの右腕が爆ぜた。
散弾の嵐に紛れて飛びきた凄まじい威力の一粒弾――スラッグ弾の直撃を受けたのだ。想定の遙か上の撃力に耐えきれず、ただの血の塊と化してだらりとぶら下がる。
集中が乱れた瞬間に次々と散弾がユエに突き刺さった。全身のそこかしこから、血が飛び散る。
「か、っは……、」
「きゃああああっ!?」
「ひ、ひいいいいいいいいっ!!」
敵の火砲の凄惨なる威力に、村人達が恐れの悲鳴を上げる。
――だが。
その苦境にあってなお、ユエは血の味のする咳を呑み込んだ。
ぶっきらぼうに、けれど決して声を荒げずに言う。そうだ。悲鳴が聞こえたのだ。ならば後ろの五人はまだ生きている。
「――大丈夫。大丈夫だ。僕達が来たんだ。安心しろ」
言い聞かせるように言う。
気休めだ。根拠なんて一つも無い。
手先に過ぎぬ聖堂騎士団さえ、数が揃えばここまでの火力を発揮するのだ。本体、戦争卿本人の戦闘能力たるやいかほどのものか。
これは、或いは絶望的な戦いなのではあるまいか?
――知ったことか。気休めだろうが、何だろうが、絶望よりも希望を見せよう。――それが生きる糧になるのなら。
どれだけ痛かろうが苦痛は見せぬ。ユエは歯を食いしばり、ただ前を見た。弾丸の嵐の中、砕けていく人形達と共に、五人の命を救うべく立ち塞がり続ける……!
ユヴェンの耳を、散弾銃の一斉射撃の音が劈いた。
しかし、ユエの状態を確認する暇はない。ユエを突っ込ませるためだけに突出して敵を薙ぎ倒したユヴェンだったが、必然、包囲状態からの乱戦を強いられることとなる。
「く、うっ!!」
鋭く竜槍を回旋。打ち掛かってくる敵の斧槍を回し弾き、踵を軸にコンパクトにターン。槍の石突で騎士の胴を打ち抜き一殺。間近に迫った敵が上げた散弾銃の銃口を跳ね上げた槍の穂先で逸らし、隣の敵に射線をくれてやる。銃声、また騎士が吹き飛ぶ。二殺。
敵の斧槍の一撃を回避しながら踏み込み貫く。ついでにその後にいる敵も纏めて貫く。三殺、四殺。突き刺さった敵の骸を振り回して敵に投げつけ、
「はああああああっ!!」
ぶつかり生まれた隙に、大振りの槍の薙ぎ払いを合わせた。穂先が芸術的な軌道で騎士達の頸を薙ぎ、刎ね飛ばす。瞬く間に七殺!
ユヴェンの戦闘能力は圧倒的だ。広い平地、かつ単身で戦闘に専念できるのならば、この騎士らに後れを取ることは決して無かっただろう。
――だが、彼は民を守ることを選んだ。
人を守ることを最優先に、と望んだ。
倒せる敵から順に倒しつつ、襲いかかる騎士達を撥ね除け、五名の村民とユエのほうへ走ろうとするユヴェン。
――それを阻むように、銃声が間近で鳴った。
「ぐ、っう!?」
倒したはずの騎士がトリガーを引いたのだ。ユヴェンの右ふくらはぎが大きく抉れ、がくんと体勢が崩れる。這い上る凄まじい痛み。数体が自分に狙いを定める、チリチリとした感覚が項を上る。
燃え盛る村、炎を上げる家屋に、不意に、かつて紅蓮の炎に呑まれ、灰と消えていった森が重なって見えた。
――ああ。何も感じないなんて無理だ。あの日の光景を思い出さずにはいられない。
ユヴェンは歯を噛みしめた。込み上げる感情にまかせ暴れることが出来たら楽だったかも知れない。けれど、彼はそうしない。
あの灰の森で出来なかったことを。
今の自分にならば出来ることを。
――いつか救えなかった何かを、今ならば!
「お、おっ!!」
ユヴェンは鼓舞するように吼え、槍を地面に叩き付けた。その反動だけで高跳び、目の前に迫った敵を跳び越える。空中に跳んだユヴェンを追って複数の散弾が放たれる。数発が着弾しユヴェンの身体を削るが、彼はもう止まらない。
着地しながらに、無事な左足で力の限り村人らへ向けて飛び込む。ユーベルコード『piilo』を展開。
「――手を!!」
叫び、村人達に向け、ガーデンクォーツを掲げた右手を伸ばす。反射的に応じた村人達が驚きの声を上げる間もなく、彼らは次々と水晶の中に光に吸い込まれるように消えた。彼のユーベルコードで作られた空間、水晶庭園へと退避させたのだ!
「ユエ!」
「……待ちくたびれたぞ」
傷だらけのユエが片目を閉じていらえ、ユヴェンの元へ飛び退く。
「来い、ロワッ!!」
ユヴェンは叫ぶなり、ユーベルコードを切り替えた。光の粒子が渦めいて彼の足下に凝り、吼声と共に巨大な金獅子――『ロワ』が、揺蕩う光の渦より飛び出した。ユエとユヴェンをその背に負って、金獅子が高々と跳躍する!
騎士達が追いかねてまごついたその一瞬に、
「――釣りだ。取っておけ」
ユエが尖った声で告げ、左手を指揮者めいて翻した。
その瞬間、残ったマリオネットらがその手より、騎士達が放ったのと寸分違わぬ散弾の嵐を放つ!! オペラツィオン・マカブルによるユーベルコード再現反射だ!
弾丸の嵐が血路を開く。騎士達が次々と吹き飛ぶ中に着地、猛進する金獅子を追い、トランクを掴んでマリオネットらがその後を駆けていく――
◆ユエ・ウニ
右腕破損、機能喪失。
全身各所に散弾による軽度の銃創。
◆ユヴェン・ポシェット
右脚脹脛欠損、左脇腹、左肩部に貫通銃創。
全身に斧槍および銃弾による微細な擦過傷。
「救けるぞ。一人でも多く」
「ああ。俺たちなら――きっと出来る!」
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
アレクシス・ミラ
【双星】
◎
僕達を『誘き寄せる』為に
命が燃やされ
死で溢れている
―外道が…ッ
救える命はないかもしれない
でも…もし、まだあるとしたら…
セリオスの言葉に不穏を感じる、けど
…僕は盾としてやるべき事を
地に【天聖光陣】を展開
狙うは狙撃砲の妨害、射撃兵器群の破壊
そしてセリオスの援護
まだ民が残っていたら其方の防衛を優先
盾を最大にし、オーラも纏わせ
後ろには一切銃撃を通さない覚悟で防ぐ
逃げる民に銃が向けられるなら光の柱を障壁のように放とう
…この剣と盾が、光が届く限り
僕は守ることを諦めない
だから
彼に危機が迫ればかばいに走る
傷付こうとも激痛に耐えよう
…この目に映る人々を、守ると誓った
僕は人々と――君の盾だ!セリオス!!
セリオス・アリス
【双星】
◎
血のにおい
燃える音と悲鳴
胸糞悪い光景でも
グッと喉に堪えるコレは吐き気なんかじゃない
頭も体も焼けそうだ
…アレス、救えるなら
お前はそっち優先しろよ
低く抑えて呟いて
歌うは【暁星の盟約】
攻撃力を最大に
靴に風の魔力を
一気に詰める
遠い距離じゃラチがあかねぇ
見切り避ける時もひたすら前へ
敵に刃の届く距離へ
俺は剣だ
アイツが守りに専念できるよう
今はただ斬る事だけ考える
アレスが守る
その意識以上に
剣として
戦える手足があればいいと振る舞って
より高い温度で上書きする様に
火の属性を込めて斬りつける
1度でダメなら何度でも
俺の事も守るつもりだと知っている
怒られるとわかってる
ソレでも俺は
お前に『理想』を貫いて欲しいんだ
●騎士、慟哭ス
ただ誘き寄せるため。
戦争卿にしてみれば、この惨状さえも、獣を寄せるために肉を晒した程度のことにしか過ぎぬという。
村には死が溢れていた。命が灼き尽くされていた。死んでいる、死んでいる、死んでいる。赤子を抱いた母が死んでいる。父の骸に縋り付いて少女が死んでいる。手を取り合ったまま首を無くして、恐らくは恋人二人が死んでいる。転がった彼らは、もう己ではその目すら閉じられない。
うつろなガラス玉のような瞳が、村の外れに降り立ったアレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)を見上げている。いくつも、いくつも、いくつも。
「――外道がッ
……!!」
歯を砕けんばかりに軋る。
もうこの村には、救える命はないかに見える。だが本当にゼロか? それを確認する術は、少なくともアレクシスにはない。時間が掛かると承知で一帯を駆けずり回るしかない。他の猟兵も既に行動に移っているだろう。分担すれば、そこまでの時間は掛からない。
――だが、盾のいない間、剣はどうなる?
「アレス。征け」
「ッ」
アレクシスの内心を見透かしたように、黒髪の男が言った。女性と見紛う細面の男だった。細くすらりとした指先で剣を握れば、手の甲に怒りを示すよう筋が浮く。中性的な美貌を怒りに歪め、アレクシスに言ったのはセリオス・アリス(青宵の剣・f09573)である。
「まだ、誰か生きてるヤツがいるかも知れねぇ。お前はそっちを優先しろよ。いつ戦争卿が気まぐれを起こすか解んねぇ。救えるはずの人間を救いに行かないのは――騎士じゃない。お前らしくないだろ」
低く抑えた声で言い、セリオスが踏み出す。
「でも、セリオスッ」
「大丈夫だ。俺一人だって暫くは保つさ。保たせてみせる。だから征け。心配だってんなら、なるべく早く戻ってきてくれよ」
肩越しに振り返り、セリオスは笑った。
その笑みが、紅蓮の炎に溶けてしまいそうで、アレクシスは手を伸ばしかける。けれど、その想いすら擦り抜けるように、
「歌声に応えろ――力を貸せ!!」
黒歌鳥が羽撃いた。漆黒の闇を裂く彗星のように。
青く燃える炎を伴って、燃える家々跳び越えて、天高く。
「――ッ」
アレクシスは、その背中を追いたがる脚を叱咤して走り出した。まずは他の猟兵との連携。範囲の確認。救助した村人の避難先の確保。
すべきことを果たすべく、盾もまた、一人走り出す。
――血のにおい。燃える音と悲鳴。
喉につかえる悪態と罵声。
渦巻く熱と、死んでいった者達の哀切。躰も心も、焼け切れてしまいそう。
ああ。きっと、だからだろう。
俺を守るつもりだって解ってた。
一人で守勢に回ること、本意じゃないとも知っている。
でも走って欲しくなったんだ。こんなところでくらい、理想を体現してくれるお前がいないと。こんな地獄でも、助けるための光があるんだと、確認できないと。
狂っちまいそうなんだ、アレス。
俺は。
「戦争卿ォォォオオオォッ!!」
「おっと、威勢がいいのが来たな。相手をしてやろうとも、何人だろうと、何十人だろうと!」
セリオスは叫んだ。悪辣な笑みを口元に引っ掛け振り向く戦争卿。
セリオスは燃えさかる屋根を蹴り跳躍。躰に纏うは『暁星の盟約』。今そばに天聖光陣はなく、頼みになるのは己が魔力のみ。
――勝算は薄い。アレクシスと二人で挑んでさえ、おそらく五分を割る。それが一人ならば、考えずともわかる。 絶望的な戦力差。
それでも、保たせると約束した。自分の理想の騎士に。
――俺はアイツの剣だ!
たかが吸血鬼一人を恐れるものか!
セリオスの躰から、根源の魔力が、蒼炎の形となって溢れた。
全ての魔力を攻撃力に振り、持つ長剣『青星』をその名の通りに青く燃やして挑みかかる。護衛の騎士団を蹴散らし、斧槍を、散弾を跳び越え掻い潜り、目指すは戦争卿ただ一人!
「いい気勢だ。だが、剣がそれに追いつくかな?」
戦争卿が、跳躍したセリオスに応じて腕を跳ね上げる。紅きマズルファイアが、竜の火焔が如くに咲いた。しかしトリガーが引かれるタイミングを見切っていたセリオス、空中で『エールスーリエ』の魔力を炸裂して斜め気味に前進回避! 回避しつつも距離を詰める機動。
「てめぇのヒョロ弾なんかに当たるかよッ!」
一呼吸に三度の斬撃。距離十五メートルから、火焔を乗せた剣波を飛ばしての攻撃! 戦争卿の前に躍り出た数体の聖堂騎士団が代わりに炎を受け、剣圧と熱波で粉々となる。――破片散る中を駆け抜けるセリオス!
「喰らいやがれ!!」
「ほう――これはこれは! 速い、それに鋭いな猟兵!」 賞賛の声など無視だ。エールスーリエを最大稼働、オーバーヒート寸前の速度で踏み込み、セリオスは連続で斬撃を繰り出す。愚直なまでに真っ直ぐな突撃。しかし、恐ろしいほどに速い!
斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃ッ!! 戦争卿は蒼炎に燃える剣を砲で弾き、身を捌き回避に努めるが、セリオスの動きがその速度を上回る! ざ、ざざ、ざんっ! 胸に腹に肩に傷が刻まれ、渾身の一閃が戦争卿の右腕を刎ね飛ばした!
「終わりだ、クソ野郎!! 燃え尽きやがれッ!!」
炎纏う剣により一層の魔力を、セリオスが込めた瞬間――
戦争卿は。追い詰められたはずの悪鬼は。
まるで口端が裂けたかと錯覚するほどに、喜悦を浮かべ笑った。
「クハハハハハハハハァ! 終わるだと? 何をバカな!! この愉しい夜を終わらせてなるものかよ!」
爆発的に飛び退く戦争卿。セリオスがそれを逃がすわけがない。当然の如く追撃をかけようとしたセリオスはしかし、
「ッ?!」
脚を強く引かれ、つんのめる。
足下。地から突き出た聖堂騎士団の手が、彼の脚を強く掴んでいた。
反射的に斬り払う。しかし視線を上げた時には、終わりは始まっていた。
相対距離二十メートル近く。戦争卿の影がぐにゃりと蠢き、両腕を這い上る。――左の砲が変形し、右腕が再生、新たに砲が形作られる。単装砲ではない。巨大なる連装砲。しかも、両腕に!!
「――ッ!」
「ヒリつく思いを楽しませて貰った礼だ。喰らってみろよ猟兵。お前の言うヒョロ弾が、どの程度のものか、知ってみるのも一興だろ?」
――砲声ッ!!
点ではない。面的制圧。先程の一射が同時に複数。――全てのリソースを攻撃に裂いていたことが災いした。防御はならず。回避も叶わぬ。
セリオスの躰は、周囲の雑兵諸共に一斉射撃の猛火に呑まれ――
――その圧倒的な威力の砲撃を、アレクシスは止めた。
三人。彼が救いえた村人の数だ。
――正面の建物越しに砲撃が来る事を、アレクシスは絶望の福音――未来視めいた勘によりを予知した。
「決して動かず、その場に留まってくれ! 僕が貴女方を必ず守る――!」
アレクシスは、背に庇った三人の村娘を守るため、『天聖光陣』を展開した。
砲撃の一瞬前に、半径七十メートル近くを覆う払暁の聖光。その陣より天を貫くように立ち上る光の柱は、敵を貫く為にも、凶刃を阻む為にも機能する。
光柱を貫くように、兇弾が降り注いだ。
「っぐ、ううううううううううッ
……!!」
弾道上、三重に立てた天聖光陣の光柱すらも突き抜ける凶悪な威力の砲弾を、アレクシスはオーラを通わせた盾で、角度を付けて弾き飛ばす!! 己の後ろの少女らへは決して通さない! その一念のみがアレクシスを衝き動かした。 腕が痺れるが、そんなことは問題ではない。砲撃一過、痺れる腕をおくびにも出さず、アレクシスは振り向いて状況を確認する。
「全員無事か!!」
哀れ、震える三人の村娘は、引き攣った声で「はい」を繰り返すことしか出来ぬ。
十秒先を今一度垣間見る。砲撃は来ぬ。――自分が前線に出て他方へ攻撃を惹き付ければ、彼女らに砲撃が及ばぬように避難させることが出来よう。アレクシスは砲撃で巻き上がった塵埃が晴れる前に、三人の娘を導くよう、路を指さした。
「この先に、私の仲間がいる。大きな獅子に乗った二人だ。彼らが君達を安全なところへ連れて行ってくれる。振り向かずに、真っ直ぐに走るんだ。――大丈夫、必ず助かるよ」
勇気づけるように、『理想の騎士』を演じ娘らに言い含めるアレクシスに村娘の一人が言いつのる。
「ッでも、でも、騎士様、騎士様は? どちらへ?!」
「私は、あの外道を討つ。君達とは行けない。――けれど大丈夫。私は払暁の騎士。――君達に、必ず夜明けを見せると誓おう」
行きなさい。静かに、だが強く言うアレクシスに、娘達は涙でくしゃくしゃの顔を向け、『どうかご無事で』と口々にいらえ、走り出した。
その三人の背を見送り、アレクシスは盾を構え直す。晴れていく塵埃の向こう側。いるであろう敵を睨む。
――名乗り、意識を引こう。的を自分に絞らせ、セリオスと連携して敵を討つのだ。
そう思っていた。
「――、」
――晴れた煙の向こう側。
ずたずたになって地に転がる、比翼の片割れを見るまでは。
アレクシスは目を見開き、呆然と友の名を呼んだ。
「セ、リオス」
左腕が無い。今も血を流している。顔は見えぬ。生きているのかも解らない。
ただ動かない。倒れたまま動かない。
まるで翼をもがれた鳥のように伏したセリオスの前で、戦争卿の哄笑だけが高らかであった。
「おや――その顔。どうやら大事なお仲間だったか? 遅参だったな。壊れて仕舞ったぞ」
「ッ、っ貴様ぁあァああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアッ
!!!!」
怒りと嘆きと後悔が混ざり、慟哭となって天を衝いた。 光柱伴い馳せ駆けるアレクシスに、戦争卿はただ、その戦意を愛するように腕を広げ、狂笑を向けるのだった。
◆アレクシス・ミラ
負傷なし。
「お前が負うはずだった傷は、」
◆セリオス・アリス
左腕喪失。左腹側部喪失。右大腿部抉傷。
右前腕亀裂骨折。右耳殻損失、左足損失、右胸貫通銃創四。出血多量。意識混濁。
青星の刀身に、亀裂が走っている。
夜は終わらず。
墜ちた比翼は、その直中に迷うのか。
答えは、未だ闇の中であった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ユーゴ・アッシュフィールド
【リリヤ(f10892)】と
あれが戦争卿か、ただの狂人ではないか
今回は危険だな、リリヤは置いて来るべきだったか
……言っても聞かないだろうな、今回のような場合は
まずはリリヤの救護を補助しよう
戦争卿がこちらに気付き攻撃されてはたまらん。
闘志を鎮め、奴の動向を窺っておく
ある程度の人数を救助できたら仕掛けるぞ、リリヤ
確かに有効なのだが……
容赦無く横合いから斬り付けるのは
少々性格が、なぁ?
リリヤに「自分の命を最優先にしろ」とだけ伝え
剣の津波の裏に隠れ、接近を試みる
津波が引いたら目についた敵を斬れるだけ斬る
生きて戻れたら、悪い狼娘を叱らなければならないが
今から俺も無茶をする手前、どうしたものか悩むな
リリヤ・ベル
【ユーゴさま(f10891)】と
自分の救える範囲の人間だけ救え。
――と、かつてユーゴさまが仰ったことを、おぼえています。
ほんとうは、それを良しとしていないことも。
目立たぬよう、戦場へ。
怪我をして動けない方はいらっしゃいますか。
叶うなら手当をして、少しでも戦火を阻む位置へと。
……はい、ユーゴさま。ゆきましょう。
安全な場所を作る手段は、ひとつ。
アレの目的は猟兵ですもの。
余所見をするなら、横合いから斬りましょう。
鐘を鳴らして呼ぶのは金属。鋭くひかる、剣の津波。
半分は皆様を守る壁に、もう半分は戦争卿へと。
無茶をするな、と。
そうも仰っていたことを、おぼえています。
……わたくしはわるいおおかみですもの。
●つるぎまい
「あれが戦争卿か――ただの狂人ではないか」
マントを翻し地に降り立ったユーゴ・アッシュフィールド(灰の腕・f10891)がぼやくように呟いた。
空に開いた“門”より飛び出した彼が地に降り立つまでのごく僅かな間に、先行した数名の猟兵が打ち掛かった。その全てを至高のものと言うかのようにその身で受け、苛烈な反撃を繰り出し、闘争そのものを至福として振る舞うさまが、その寸刻からでも見て取れた。
あれを狂っていると言わずして、何を狂っているという。しかも性質が悪いのは、その狂気が凄まじい戦闘能力を伴っているということだ。
猟兵達の任務に絶対安全なものなどないが、此度の敵の危険性は、いつもよりも数段上と見るべきであろう。
(置いてくるべきだったか――)
ユーゴは無言で傍らを見る。そこには、常に彼の道行きに共往く人狼の少女がいる。リリヤ・ベル(祝福の鐘・f10892)だ。
ユーゴの青い目を、少女の翡翠がいらえるように見上げた。
「……ユーゴさま。まだ、助けられる方がどこかにいらっしゃるかもしれません」
ですから、たすけましょう、と。
決然とした瞳。自分のすべきことを悟っているものの目だ。
(……言っても聞かないだろうな。これは。致し方ない)
齢九つの少女であろうとも、リリヤにはすべきことを己で決める意志がある。
「……自分の救える範囲の人間だけ救えと教えたはずだが」
「おぼえています。ユーゴさまに教わったことは、ぜんぶ。……ユーゴさまが、ほんとうは、それを良しとしていないことを、しってもいます」
窘めるようなユーゴの声に鮮烈な返し。
分不相応に手を伸ばせば、傷つくこともあるだろう。届かぬ手に嘆き、落胆することもあるだろう。燃える国、炎の中で駆けずり回り、やがて朝が来て――灰が積もるだけとなった地を見つめた時に感じた想いを、ユーゴは彼女に課したくなかった。
――だから言ったんだ。でもお前は、
「手をのばしましょう。わたくしもせいいっぱい、おてつだいしますから」
――征くというんだな。いつか傷つくかも知れなくても。
嘆息一つ。この年頃の少女は、目を瞠るような速度で大人になっていく。
ユーゴはフード越しにくしゃりとリリヤの頭を撫でて、戦意と闘志を鎮め、凪いだ水面のように心を落ち着けた。
「……ヤツに気取られちゃたまらん。目立たぬよう身を潜めろ。征くぞ、リリヤ」
「……! はい、ユーゴさま。ゆきましょう!」
斯くして、ユーゴとリリヤは死地に赴く。
今もなお、戦争卿が作り出した地獄の中で喘ぐ誰かのために。
――直視することすら憚られるような惨状が広がっている。村の至る所に酸鼻極まる光景が広がっている。人間だったものがばらばらの部品になってぶちまけられている。恐怖に歪んだ表情のまま、転がる頭をいくつ見たか。
数えることはない。ただその死を悼みながら、ユーゴとリリヤは気配を潜め、村の建物の影を回った。
襲われているものを見つけては、飄風の如くユーゴが襲いかかった。剣が孕むは『絶風』。斧槍で村人に襲いかかる黒騎士共の得物をまるで木の棒か何かのように真っ二つ、返す刀で首を、胴を断ち、動きを止める。
ユーゴが獅子奮迅と戦う間にかそけき歌声。死者の安息を祈り、生者へ祝福を齎す歌を囁くように歌うのはリリヤ、傷ついた村人を癒やし、勇気づけるように言う。
「できる手当は、しました。どうか、ごぶじで。わたくしたちの仲間が、向こうにいます。まっすぐに、そちらへ向かってください」
今も、彼らと志を同じくした猟兵らが村人を此処から離れた空間へ避難させ、安全を確保していることを知ったのは、つい先程のことだ。リリヤはその猟兵らがいるほうを真っ直ぐに指さしていう。
涙を流しながら数名の村人達が拝むように手を組んだ。
「あ、ああ、ああ……救世主か、あんたたちは……?」
「そんな大層なものじゃない。ただの人間だ。……逃げ果せろよ」
深い感謝の意を受け止めている余裕はない。ユーゴは地面で藻掻く黒騎士の頭にルーンソードを突き立てとどめを刺すと、剣を抜き血振りを一つ。
感謝の言葉を口々に告げながら避難していく村人らを見送るのもそこそこに、ユーゴは爆光閃光砲弾飛び交う村の中央の方角を見た。家屋に阻まれ戦場そのものは見えないが、空を染め上げるユーベルコードの光と爆音、剣戟と砲声がその戦いの激しさを伝えている。
「こっちの区画はあらかた回った。前線もそろそろ厳しいだろう」
「はい、ユーゴさま。逃げる方々をけどられては、たいへんですし。……余所見をしている隙に横合いから、斬りましょうね」
「気は進まんが、な。……重ねて言っておくが、自分の命を最優先にしろ。決して無茶はするな。いいな」
「はい」
言い含める言葉にいつもと同じように頷くリリヤの表情は相も変わらず凜と決然と。
――その芯の強さが、その身を傷つけねばいいと、ユーゴはそれだけを願い――それ以上の言葉は重ねずに、村の中央へと駆け出した。リリヤがそれに従う。
「一撃入れたら後退しろ。後は俺に任せておけ」
「はい!」
建物の間を抜け、村の中央広場へ飛び出す二人。
戦闘中の猟兵がそこかしこにいる。中には重傷を負っているものも少なくない。
「おいで、おいで、くろがねの波。鋭くひかる、つるぎの大波!」
戦争卿が二人を振り向く前に、リリヤがユーベルコードを放つ。『真鍮の鐘』。不吉を告げる鐘の音がした。
刹那、中に光の粒子が集い、何もなかったはずの中空に、無数の剣が金属擦れる軋り音と共に析出する!
ぎゃ、りり、じゃりり、ぎゃぎぎぎぎちりりりり!!
けたたましい金属のいななきと共に、剣の津波が戦場を襲った。波は幾つかに分化し、仲間の盾となり、黒き騎士共だけを斬り刻み押し流すように疾った。
「傷ついた方は、後退を!」
優しき狼娘の剣波が、少なくとも数名の猟兵の命を救った。後退の機を得た猟兵らが跳び下がる。
半数がそうして仲間の補助をする傍ら、もう半数が戦争卿目掛けて押し寄せた。その影に隠れ、追うようにユーゴが駆ける。
「ハッ、新手か! いいな、食い放題だ。もっともっと喰わせてくれ!!」
戦争卿が笑い吼える。彼の影がずるりと伸びて立ち上がり、少女を――リリヤを模した。
「ッ……!」
即座に発露する『真鍮の鐘』。鐘の音が重なり、対手からも巨大な剣の津波が発生。自らの配下である黒騎士達の安否などお構いなしに放たれた剣波が、軌道上の全てを薙ぎ倒し呑み込みながら押し寄せた。幾多の黒騎士が金属と腐肉の合い挽きになって散る。
敵の剣群は勢い衰えず、半数に過ぎぬリリヤの剣群を、ユーゴ諸共呑み込まんとするかのように迫る!
「化物め。――だが」
今更退ける場所もない。無茶をすることは決めていた。 ならば進むのみ。
死地に突き進むのは、慣れている。
――剣の大波が二つぶつかり合い、瞬く間にリリヤの波が圧され出したその刹那。
「でしたら、おともいたします」
すぐ背で響いた声を、叱ろうと想ったが――
「ユーゴさまの背中を、ずうっと見ていましたから――わたくし、わるいおおかみになってしまいました」
傷を厭わず、無茶をするなというくせ、無茶をするようなわるいおおかみに。
そう言われてしまえば叱り方にも迷うというもの。
ユーゴは諦めたように笑って、問題を棚上げすることにした。
「……あとで説教だ」
「ふふ」
笑い合ったも、ほんの一瞬。
密やかに追従してきていたリリヤが再び鐘を鳴らす! 威力を出すには時間が足りない、初手ほど大規模には力を奮えぬ! リリヤは足りぬ出力を補うべく、剣の波を集束させ一点に集めた。
ユーゴが通る隙間さえ開けるのなら、それで構わぬと言わんばかりに!
「津波よ、津波。みちをひらいて!」
力ある言葉を重ね、リリヤが術を解き放つ。鋭く集束した剣群が、ぶつかり合う剣群二つに重なり――始めにリリヤが放った剣群の勢力を寸刻、増す!
「ユーゴさま!」
「任せろッ……!」
ユーゴは灰殻に力を込め、ぶつかり合う剣波の僅かな綻びに身を躍らせた。打ち払う、打ち払う打ち払うッ! 右腕を、左肩を、両足を、跳ねる刃が引き裂いて、瞬く間に彼の旅装は赤く染まる。右脇腹に突き刺さった剣を気合一喝引き抜いて左手に携え、二剣にて、迫る剣を払って抜ける!!
刃のカーテンを決死の覚悟にて抜ける。背後では今、あのミキサーめいた刃の乱舞の中にリリヤが呑まれた所だ。
さりとて、助けに戻る選択肢はない。彼女は自ら決断し、ユーゴの背を圧したのだ。足を止めれば両者傷つくのみで終わる。ならばユーゴにできることは前進し、あの戦争卿に一矢報いることだけだ!
「おお、健気じゃあないか! 我は好きだぞ――そうして我の元に突撃し、敵わぬ事を知って散っていく時の、貴様ら猟兵の無様な顔がなァ!!」
剣波を抜けたユーゴへ、戦争卿が笑いながら砲を差し向けた。紅の魔弾は全てを貫く。
しかし駆けるユーゴは、たじろぐどころかなお強く地を踏み、駆けた。二剣を翼めいて引っ提げ、まるで天翔る雷光の如く!
「覚悟は出来ているという顔だな! 気に入った!」
躊躇いも。恐れも、迷いもない。青の瞳にあるのは、『貴様を斬る』というただ一心のみ。それを悟れぬ戦争卿ではない。向けられた殺意に喜悦の身震いを一つ、戦争卿は必中の魔砲をユーゴ目掛け撃ち放った。初速、威力、共に凶悪。命中すれば五体四散するであろうその砲弾を、
――『絶風』が断った。
代償は甚大。剣波からくすねてきた剣はその一回で粉々になり、剣を握っていた左腕がインパクトの余り複雑骨折。――だがユーゴの一撃は、無双の砲弾を二つに断ち割り、背後に紅蓮の爆光を咲かす。
「なッ……」
ユーゴは全く減速することなく、散った剣の欠片が地面に降り注ぐ前に、砲の射程の内側に潜った。
本命は『灰殻』の一閃。二射目は撃たせない。まさに捨て身、ユーゴとリリヤの二者の力なくば届かなかったであろう牙が――
「くれてやる。よく味わえ」
「ッグ、おおォおおおおおおおっ?!」
今まさに! 吸血鬼の躰を深々と、分かたんばかりに抉り裂く――!
◆ユーゴ・アッシュフィールド
右腹側部に背面に抜ける刺創。
右上腕部、左肩部、両脚大腿部に深い刃傷。
左腕全体に及んで粉砕骨折。機能喪失状態。
◆リリヤ・ベル
剣波に捲かれた際、全身多数の刃傷を負った。
特に大きいのは、右肩部、細剣による貫通創。
右大腿部、骨を削るほど深い、短剣での刺創。
左腹側部、背に抜ける剣での貫通創。
さて、戻れたならばどの切り口で叱ってやろう。
未来のことに思い馳せ、繋がる道を刃で拓く。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ユア・アラマート
◎
呼吸がしずらい
どうしてこの世界はこうも理不尽なんだ
溢れた水も血も元には戻らない
それなら、できることはこれ以上の犠牲を出さないこと
…それで死んだものが浮かばれるのか
答えはまだ私の中にはない
核路開放。全力でいく
襲いかかる敵を、波を、全て斬り裂き地へと還してやろう
不確定要素のある戦場だ。敵の攻撃は可能な限り見切って避けていきたいが
こちらが安牌を取って、いるかもしれない生存者を減らすことは避けたい
私が傷つこうとも、貫かれようとも、反抗する限りはこちらに注目が向くだろうからな
戦争がしたいのなら付き合ってやろう
ただし、これはお前の負けが確定している戦争だ
―首をはねたくらいで勝ったつもりにはならないことだ
●ヘイトレッド・フォックス・キルズ・ブラックナイツ
ああ、呼吸がし辛い。
なぜ、この無明の世界はこうも理不尽なのか。溢れた水も血も、決して元には戻らない。まるで飽きた玩具をゴミ箱に棄てるかのように、ヴァンパイア共は人を殺す。
かつて自分がいた闇の世界の残酷さを痛感し、ユア・アラマート(ブルームケージ・f00261)は歯軋りをする。
ユアには、死者を蘇生するような奇跡の持ち合わせはない。誰かを癒やすことも出来はしない。だが、彼女は刃を持っている。何をも斬り裂く、鋭い刃を。
「……今の私に出来ることは」
ただ一つ。ただ一つきりだ。
応報せよ。これ以上の死者を出さぬよう、斬って、斬って、斬り殺せ。
それで死者が喜ぶか。死者に報いることが出来るのか。
その答えをユアは持っていない。或いは、この世には転がっていないものかも知れない。死者の心など、最早どこにもないのだから。
だが――一つ確かな事がある。
彼女が此処で力を揮えば、誰かが、後方を走り人々を救わんとする誰かが、数人であろうとも村人を助けうるかも知れない、ということだ。
敵騎士団の総数は千。戦争卿の取り巻きを削り、ここに召喚する数を増やせば、村全体を襲う騎士の数は減る!
「核路、開放」
こぉっ、と形容しがたい音を立てて神象核路が光を放つ。魔術回路全体が紅く光り、ユアの力の発露を伝えている。
「戦争がしたいなら付き合ってやる、戦争卿。だが忘れるな、これはお前の負けが確定している戦争だ!」
吼えるユアが戦争卿目掛け突撃する。戦争卿は哄笑を上げ、それを迎えた。
「その細腕でよく吼えたな猟兵! お前が我に何を見せてくれる? どうやって我が鉄血の軍勢を滅ぼしてくれるんだ、なァ!」
嘲るような戦争卿の叫びと同時に、無数の騎士達がユアを殺すべく、黒い壁めいて押し寄せた。
ユアはダガーを両手に引き抜く。その刃の表面に有機的に魔力の光が疾る。
透過式、驟閃式、同時起動。それを投射式に乗せ、斬撃の速度のままに敵に投射する。
三術式の並立演算。これをして、複合演算魔術式・透過驟閃『斬撃廻廊』と呼称する!
「――皆殺しにしてやる。その身を血に染めて足掻け、外道ども!」
ごおぅっ!!
飄風と斬風が荒れ、一瞬で周囲半径六十五メートルが舞う蒼白い飛刃で埋まった。
『斬撃廻廊』により投射されるのは装甲を貫通する『斬撃』の概念。襲いかかる騎士達の装甲を無視し、中に詰まった屍肉をざっくりと断つ。鎧の隙間から腐った血を噴き出しながら頽れるように倒れていくフルアーマーの騎士達の合間を、ユアは躊躇なく駆け抜けていく。
「ハァッハハハ!! よく踊るじゃないか猟兵! ならこれはどうだ!」
戦争卿がフィンガースナップを一つ入れれば、即座に土からぼこぼこと這いずりでる新たな騎士達。土から完全に出る前に、彼らは卑劣にも銃口を上げ、
「ッ!!」
銃声、銃声銃声銃声ッ!! ユアの身体を、不意打ちの散弾が襲う!! 至近から喰らった散弾で右脇腹と右腕内腕が大きく削れ、ダガーがすっぽ抜けかけるのを気力だけで支える。ユアは残像を残すほどの速度で飛び退き、斬撃廻廊によりモグラ叩き気味に、出てきた者の首から刈り取っていく。
「ッあああぁ、ああああっ!!」
血を吐くほどに叫んで、ユアは斬撃廻廊を振るい続ける。しかし降り注ぐ散弾の密度と張り合い、それを避けながら敵を削り続けるのは至難。そればかりではない、足元からの不意打ちにさえ備えなければならない。一筋縄では行かぬ難敵である。
十数度目の足元からの不意打ちを、喰らう前に首を刎ねて回避した次の瞬間、
ユアの目の端に、血色に錆びた斧槍の刃が映った。
「――、」
身を仰け反らせた。しかし間に合わない。足元に気を取られた次の瞬間、迫ってきていた騎士が斧槍を射程一杯で振っていたのだ。斧槍の切っ先が迫り、鮮血が飛沫いた。
ユアは深く裂かれた喉から血を散らす。魔術回路を励起して傷口の状態を固定、失血を遅らせながらも飛び退き、斬撃を飛ばして騎士を解体、着地する。
「いいザマだなぁ、猟兵。……否しかし首を斬っても動くのか、呆れたタフネスだ。純種の吸血鬼ですら、軟弱ならば死ぬ傷だぞ」
愉快そうに笑う戦争卿。ユアは言葉を返すことなく、振り被った刃を叩きつけるように振るい、一際大きな斬撃波で数体を薙ぎ飛ばしながら前進する。
傷つこうとも。
この身が死に瀕そうとも。
貴様だけは、絶対に許さないと。
首を斬った程度で、勝ったつもりにならないことだと――そう謳うように!
◆ユア・アラマート
右脇腹、散弾による重度の銃創。右内腕、散弾による銃創。
喉に深い切創。音韻詠唱不可。
ああ、身を血に染めて足掻くのは私も同じか。
いいさ。この足が動く限り、踊り続けてやる。
成功
🔵🔵🔴
アダムルス・アダマンティン
◎
【結社Ⅰ-Ⅴ】
落ち着け、ザザ
いかに下衆な輩とて強敵には違いない。怒りに身を任せてどうこうできる相手ではないと知れ
俺が攻撃を引き受ける盾となる。ザザ、貴様は剣となれ
ザザが封印を解いて隙を見出す時間を稼ぐ。存在感を発して敵の注意を引こう
民家などの地形を利用して敵の銃弾を防ぐ。無論、着弾地点は射撃兵器群に変じてしまうだろう
刻器、神撃
ソールの大槌で兵器群と化した地形を打ち砕く。兵器は利用させん
利用できる地形が有限である以上、これは窮地に追いやられる消耗戦であり焦土戦だ
だが、ザザはやってくれるだろう
奴はプロメテウスの灯に認められた、長針のⅤであるがゆえに
ザザ・ロッシ
◎
【結社Ⅰ-Ⅴ】
初めに熱
次に音
そして匂い
よくわかったよ
ここが地獄なんだな
ふざけんなよ
ただ猟兵を呼ぶにしたって、この方法はねェだろ
人間を何だと思ってんだクソ野郎!
今まで練習した戦い方とか
地獄を見たら頭から吹っ飛んだ
怒りに歯を食いしばりがむしゃらに剣を振る
クソ、クソ、クソ
なんで死なねぇ
なんで勝てねぇ
なんで封印が解けねぇんだよプロメテウス
アイツを殺す力をくれよ!
すいません
アダムルスさん
迷惑かけました
俺、クソほどムカつくんですよ
たぶんアイツより
人々を助けられなかった俺にムカついてるんです
力を貸してくれプロメテウス
アイツを止めなきゃもっと人が死ぬんだ!
全力突撃
砲弾を弾き飛ばして駆け抜けろ
全力で叩き斬れ!
●太陽の剣
熱があった。パチパチと火の爆ぜる、銃の吼える、砲の猛る、鉄靴の、人々の引き攣った喉から出る、音、音、音、音、音があった。
硝煙のかおりがした。血の臭いがした。死の匂いがした。泣きたくなるほど哀切な、生きたかった人々の泪の匂いがした。
ああ――よくわかったよ。ここが、地獄なんだな。
少年は、ザザ・ロッシ(Ⅴの昇華・f18629)は、きつくきつく剣の柄を握り締めた。封印されし剣はものも言わず、ただ彼の手の震えに従い微震している。
「ふざけんなよ……ただ猟兵を呼ぶにしたって、この方法はねェだろ。人間を何だと思ってんだ、このクソ野郎!!」
「よく燃えよく泣きよく叫ぶ薪とでも言っておけば怒るか、猟兵? だが実際の所どうでもいいのだ、なんせ奴らは放っておいても盛って増える。我ら吸血種が圧政を敷こうともな。せめてもそれを有効活用しようと、この我が知恵を絞ってやっているのだ。奴らから感謝の声を聴きたいところだぞ」
嘲笑うような声。人を人とも思わぬその言葉に、ザザの怒りは頂点に達した。
「て、ッめええええええええええええっ
!!!!!!!!!」
――ザザ、という制止の声を後ろに聴いた気がしたが、最早止まれなかった。練習した戦い方も、型も何もない。真っ黒な金属で覆われた両手剣を振り翳し、ザザは一直線に猛進する。道を阻む黒騎士達を強引なスイングで鎧袖一触弾き飛ばし、戦争卿目掛け真っ直ぐに突っ込む!
「ブッ潰してやる!!」
「やってみろ。――しかし不格好な剣だ。そんなものでは、」
肉薄しザザが振り下ろした一撃を、戦争卿はあろうことか片手で受け止めた。大気が震えるような激突音。
「――この手の薄皮も斬れんなァ。退屈極まる」
「なッ――」
戦争卿は剣を突き放すようにして距離を空け、すぐさまもう片手を跳ね上げた。紅の砲身が変形分岐し、散弾砲へと姿を変える。
「我は強者と戦いたいんだ。弱卒は死ね」
「――!」
砲声が鳴った。反射的に両手剣を盾にしたザザだったが、その右大腿、左脇腹、左肩、右耳殻が削れ飛んだ。辛うじてバイタルが集中する正中線は護ったが、削れ飛んだ部位から血が飛沫く。吹き飛び為す術無く落ちるザザ目掛けもう一射をかけようとする戦争卿の前に、割り込む影があった。凄まじいプレッシャーを伴う偉丈夫。
「落ち着け。ザザ。下衆に怒るのは当然のこと。だが奴は怒りに任せてどうこうできる相手ではない。――剣を使え。俺が奴の攻撃を引き受ける」
筋骨隆々の大男。アダムルス・アダマンティン(Ⅰの“原初”・f16418)である。地獄の炎に燃え猛る戦槌、『ソールの大槌』を構え、転がり地面を滑るザザを護るように立つ。
「ア、ダムルス、さん……ッ、」
「ほォう? そっちの青二才よりは幾分使えそうな玩具が来たな。しかしなんだ、その剣とやらを抜けば? 我に能うような台詞に聞こえたが?」
「言葉の通りだ、侵略者。確かにザザは未熟。しかし、心に秘めた炎の熱は、貴様すら灼き滅ぼすほどに熱い。――奴は『プロメテウスの灯』に認められた、長針のⅤであるがゆえに」
「ハッ! 大層な名のあることだ。なら見せてみろよ、我が退屈すぎて殺して仕舞わんうちになァ!!」
戦争卿はその両腕に影を集め、散弾砲を無数に構築。アダムルスに照準を合わせる!
アダムルスは振り向いてザザを一瞥し――「任せるぞ」と、一言を残して吶喊した。砲声。緋色の砲弾が無数に降り注ぐのを、アダムルスは地獄の炎を宿した大槌で地面を叩き、そこから噴き出す火砕流めいた炎で砲弾を灼き落としながら駆ける。
「見かけの割に器用な真似をするなぁ、それならこれはどうだ、大男!」
戦争卿は即座に地面に砲弾をいくつも撃ち込んだ。紅蓮の砲弾は、まるで種だ。着弾箇所から瞬く間に砲身が伸張、火砲が構築される。外した弾丸が次の火砲となる恐ろしき戦争卿のユーベルコード、銃砲連打の凱旋歌である。
突如構築された火砲陣地。即座に火を吹き始める火砲が、アダムルス目掛け降り注ぐ!
「ぬうぅおおおっ!!」
大槌を振り回し、物理的に弾き、地獄の炎で燃やし散らせども、数発は被弾する。鋼のごとき全身の筋肉も、戦争卿の砲弾の前には分が悪い。土手っ腹を三発の砲弾が貫く。臓器は破壊されたが、しかしそれでも尚背骨と身を支えるだけの筋肉は無事。歯を食いしばりアダムルスは前進。背にザザを庇ったまま前進、火砲陣地を戦車の如く粉砕しながら、アダムルスは走り続ける!
「クソッ……クソ、クソ、クソォッ!! なんだよ、なんでだよ! なんで勝てねぇ、なんで死なねぇッ!! 傷一つだってつけられやしなかった!! なんで封印が解けねぇんだよプロメテウスッ!! アイツを……アイツをブッ殺す力をくれよ!!」
ザザは地面を指先で掻きながら、這いずるように立ち上がる。しかし彼の手の中にある封印の剣は何も言わない。
視線の先で、アダムルスが戦っている。まるで鬼神のような戦いぶりだ。構築される火砲陣地を粉砕し、その破片を紅蓮の炎に焼べファイアーウォールを作り出し、降り注ぐ砲身の盾とする。実に鮮やかな地形利用。
だが、アレすら苦肉の策だ。彼は、ザザを護る為に前に立った。本来ならば建物を盾に戦う事で、真っ向からの迎撃戦を避けることが出来たはずなのだ。
――俺のせいだ。俺が怒って突っ込んで、プロメテウスの力さえ使えずに、吹っ飛ばされちまったから。それを護る為にアダムルスさんは、前に出たんだ。
ザザは泣きそうに顔を歪め、畜生、と叫んで地に封印の剣を叩きつけた。何度も。何度も。視線の先では今この瞬間も、アダムルスが傷つきながら戦争卿と交戦している。
何の助けにもなれないのか。剣を抜けと。長針のⅤだと認めてくれたあのひとのために何も出来ないのか! 路傍の石を蹴るみたいに、村にいた人々を虐殺して、その骸の上で笑うクソ野郎に、一矢報いてやることすら出来ないのか!
「ちき、しょおっ
……!!!」
ザザは嗚咽した。そして気付いた。
本当に叩き潰したいのは。
――あの残虐非道の戦争卿ではなく。
そいつ相手に、何一つも出来ずに、涙を流して地団駄を踏むだけの。
誰一人助けられずに、無力さを、なんでだと喚いて嘆くだけの。
ザザ・ロッシそのものなのだ、と言うことに。
ザザは叩きつけていた剣を、ゆっくり持ち上げ、祈るように正眼に構えた。
「プロメテウス、」
剣を握る。熱く脈打つ炎の剣を。ぴり、と音を立てて、黒き外装に亀裂。
其は封印の剣。天照らし悪を灼く、この世界が忘れた光の剣。
「力を貸してくれ。アイツを止めたいんだ。アイツを止めなきゃもっと人が死ぬんだ。アダムルスさんだって危ない。――止めるんだ。俺たちが!! アイツを!!」
びし、ぴりり、ぴしり、り、ば、んっ!!
亀裂広がり、黒い外装が弾け飛んだ。
その瞬間、ヘリオライトの光が、天まで届けと輝いた。
それは朝焼けのいろ。この夜を灼き、光を齎す暁の剣!
「ッおお――何だ、あの光は?!」
「――掴んだか。言ったとおりの代物だ、戦争卿。アレが貴様を灼く光だ」
戦争卿の驚きの声。長針のⅠがいらえる声。
見開くザザの目は、今や爛々と、その太陽の輝きと同じ色に燃えている!
その手にした剣の名こそ、『プロメテウスの灯』! 刀身に煌めくⅤの刻印が、炎孕んで赤暁に燃える!
「すみません、アダムルスさん。迷惑かけました。今――行きます!!」
「よろしい。ならば務めを果たせ。長針のⅤ」
ど、うっ!
承認に応えるように、地面を蹴っ飛ばしてザザが走った。プロメテウスが剣の切っ先から炎を噴き、そのエネルギーを推進力に変える。
血が喪われていく。炎を掴んでも傷が消えるわけではない。
だがその速度は、初めとは最早比べものにもならぬ!!
「ハァッハハハハ!! なるほど大男、お前の云うとおりずいぶんな興だ! いや、驚くな。ただの弱卒かと思えば寸刻で変わる、猟兵とはつくづく解らんものだ!」
戦争卿は左右の散弾砲の照準を、片方をアダムルス、もう片方をザザに合わせて乱射した。圧倒的な火力。尚も数発がアダムルスを貫き、外れたものが地面に火砲を構築、そこからさらなる砲弾の連射を生む。しかし、
「ぬううううううううおおおおおッ!!!」
満身創痍のアダムルスの怒号と同時に地面にソールの大槌が振り下ろされた。円状に広がる衝撃波と熱波が、凄まじい勢いで地に生えた火砲を叩き潰し灼き尽くしていく。
「――!」
戦争卿が目を見開く。炎と衝撃波が彼の身を焼いた。バランスを取りかねてよろめいたところを狙うように――炎と衝撃波の中を、ザザが疾る。地獄の炎すらその聖剣に巻き取り込み、迫る砲弾を弾き飛ばしながら!
「いいぞ、楽しいな、楽しいぞ、猟兵! 今、心がザワついているのを感じるぞ!」
ついに両手の散弾砲の照準がザザにのみ絞られた。間近から再び浴びせかけられる散弾砲の連射。防ぎ切れるものではない。ザザの左腕が肩ごともげて飛んだ。だがまだ右腕がある。それどころか噴き出る血が燃え上がり、腕の形を成した。
間近に踏み込み、炎の魔人めいて、ザザは吼えた。力の限り剣を振る!!
「くれてやる――命を焼べろ、プロメテウスッ!! こいつを、ぶった斬れェッ!!!」
――ブースターめいたプロメテウスの燃焼、そして一閃ッ!!
「っぐ、おおおッ
……!?」
戦争卿の身体が袈裟懸けに裂け、噴き出す血諸共じゅうじゅうと音を立てて燃える……!!
激闘の果て、結社の刃は戦争卿の喉元にまで到ったのである!!
◆アダムルス・アダマンティン
臍部貫通銃創三。内臓破壊。左側腹部貫通銃創二、右側腹部貫通銃創四。
左肩部盲管銃創三、右前腕部盲管銃創二。右大腿部貫通銃創五。
以上、動作に支障を来すもののみ。他、動作支障の無い擦過傷・擦過銃創多数。
◆ザザ・ロッシ
右大腿部、左側腹部、右耳殻に抉れたような欠損。
左肩部以降を喪失。出血過多。
「灼き尽くしてやる。覚悟出来てんだろうな、てめぇ!!」
「――これが刻器の威力だ。刻みつけて死ぬがいい、下衆め」
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
鹿忍・由紀
◎
この世界の強者は理由もなく村を焼き、
退屈しのぎに蹂躙することを知っている
今回の顛末だけを知ってここに来たんじゃない
――アンタの気紛れに付き合いに来たわけじゃないよ
流石にあの軍勢に対して軽傷ってのは無理だろう
『暁』でダメージが少なく済む道筋を探す
騎士団は通り過ぎざまついでに可能な限り落とす
戦争卿へ向かい合う直前、攻撃の際は敢えて道を外してフェイントを
ダメージは誤魔化して有利な一手を優先させる
体勢を崩させて出来るだけ深く傷つけられるように
ああ、やだなぁ、強いねアンタ
面倒な事も嫌だし痛いのも嫌なんだけどなぁ
こんなつまんないことで死ぬことが一番嫌なんだ
気怠い声のまま、強く強く握り締める一振りの刃
安喰・八束
◎
戦の後ってのは何処の世も酷いもんだが
……何が戦争卿だ。
てめえのは下卑た破落戸の所業だろうが。
既に用心棒の出る幕じゃあ無くてもな。
それでも征くのは……反吐が出る程許せねえからだ。
負け戦を覆しに征くぞ。
骸千人が相手となりゃちと骨だ。
此処を抜ける猟兵の補佐に回りながら共に突破する。背後は任せな。(援護射撃)
射手は「人狼咆哮」で吹き飛ばし
槍に斧は振りかぶる間に頭を撃ち抜く。(クイックドロウ、鎧無視攻撃)
無傷じゃあ済まんだろうが耐えて見せよう。(激痛耐性)
そら、餌に喰い付いた狼が来たぞ
喰い散らかされる用意はいいか!!!
●貫く志
ガチャガチャと音を立て、重装の騎士達が方陣をしいて戦争卿の周りを固める。
その足元に、無数の骸が転がっていた。
死して尚、その骸は騎士達に踏み潰されて拉げる。
死者を晒しものにすることなど、誰にも許されてはいないのに。
戦の後ってのは何処の世も酷いもんだ。
そりゃあ、彼だっていくつもの戦場を渡り歩いた用心棒だ。そのくらいのことは知っている。撒き散らされた血は腐り、腐臭を放ち、死体に湧いた蛆が羽化しては耳を聾する羽音を立てる。いくつか残っていた呻きもいつかは聞こえなくなり、後には自然の静寂だけが残る――そういうものだ。戦が起こることは止められず、人は相争うものなのだと知っている。綺麗事は言わない、言うつもりもない。
――だが。それでも、これは。
「……何が戦争卿だ。こんなもの、下卑た破落戸の所業だろうが」
これは、戦でも何でもない。ただの戮殺だ。それ以下であろうと、それ以上ではない。
安喰・八束(銃声は遠く・f18885)が唸るのと同時に、その横でポケットに手を突っ込み、うっそりと、青年が涼しげな口調で応える。
「この世界の強者は理由もなく村を焼き、退屈しのぎに蹂躙する。つくづく悪趣味な話だけど、そういう連中ばっかりだ」
クールな声音だが、倦んだような響きが強い。蔑むように青い瞳を細め、抜いたダガーを弄ぶのは鹿忍・由紀(余計者・f05760)。
「知ってる。知っちゃあいるが、捨て置けねえよ。既に守る連中も絶えつつある、用心棒の出る幕じゃあねえ。……それでも行く。あの糞野郎が、反吐が出るほど許せねえ」
「だろうね。そういう顔をしてるよ。……で、どうする?」
「決まってる。負け戦を覆しに征くぞ。俺が背後を支える。背中は任せな。……何、一人だけで征かせやしねぇ。すぐに俺も征くさ」
「……正面突撃ね……ああ、やだやだ。あんな強そうな連中に、無傷で勝つなんてのはしんどいだろうね。っていうか、無理だね、はっきり言って」
――でもまぁ、仕方ないか。
投げ上げたダガーを受け止め、由紀は青く光る目で前を見る。
「――いいよ。征こうか。俺だって、奴のすることが気に入ってるわけじゃない」
「決まりだな。……征くぞ」
八束の声に従い、由紀がまず飛び出した。ダガー一本を頼みに駆け抜ける彼の後ろを、八束が猟銃『古女房』を携えて疾る。すぐさま敵騎士のうち、散弾銃を持っている者達が身構えた。銃口が跳ね上がり、火を噴くその一瞬前に、
「オオオオオオオオオオオォォォォァアァ!!!」
狼が、否、八束が吼えた。『人狼咆哮』。吼え声に圧されたように――否、現実に発生したプレッシャーと音圧が、射手の照準を乱し吹き飛ばす!
そこを由紀が衝く。駆け抜けざまにダガーを走らせ、敵を駆動させている臓器や筋肉を最小限の機動で斬り裂き、動作不全に陥らせながら飛び奔る。取り囲み押し寄せる敵騎士団の間を、由紀は蒼い稲妻のように縫って駆け抜ける。
八束が背後から銃により援護してくれていることもあるが、由紀の回避能力は明らかに常軌を逸していた。敵が斧槍をバックスイングした瞬間には既に由紀は回避機動に入っている。なぜ、そんな回避が出来るのか。
答えは闇に光曳く、彼のその両目にあった。ユーベルコード『暁』。類い稀な観察眼により、敵の動きの癖を即座に把握。生と死の狭間で鍛えられ、今日まで培ってきた直感と照合し、敵の攻撃の軌道を把握し潜り抜ける。
次々に騎士達を再殺しながら駆け抜ける由紀。
しかし、いかに敵の攻撃全てを見切れたとて、
「くっ、」
数だけは、覆しがたい。
由紀の視界の中が真っ赤に染まった。放たれるであろう敵の斧槍、そして散弾銃の軌跡がリアルタイムに紅い軌跡として彼の視界の中に描かれる。
真っ赤な世界はつまり、次の瞬間襲い来るであろう攻撃の軌跡が、彼の視界を埋め尽くしていることを意味している。
振り下ろされる、突き出される、撃たれる、薙ぎ払われる、撃たれる、突き出される、撃たれる、薙ぎ払われる、振り下ろされる。
由紀はそれを、息を詰め、声もなく潜り抜けた。深く斧槍が身体を薙ぎ、背中から右脇腹に槍が刺さったのを感じた。しどどに溢れる血が服を濡らして重い。
「糞がッ!」
八束の悪態。銃声が複数して、由紀の前の数体を薙ぎ倒す。由紀の視界の朱が薄まる。
「こっちだ、腐れ騎士共! 餌に食いついた狼が来たぞ。食い散らかされる準備はいいかァッ!!」
追いついた八束と、由紀の間で、どちらに狙いを絞るか敵が逡巡した瞬間を縫って由紀は今一度踏み出した。斧槍の刃を掻い潜り、散弾銃の銃口を弾き、狙いを逸らして別の騎士を撃たせつつ、騎士共の間を駆け抜け突き抜け――
そして人壁を抜け、戦争卿の前に向けて飛び出す。
「ハハハッ、真面に正面から抜けてきたか、いいな、そそるやり方だ!! 流石我が呼んだ猟兵よ!」
「――言っとくけど。俺は今回の顛末だけを知ってここに来たんじゃない。アンタの気まぐれに付き合いに来たわけじゃないよ」
戦争卿の声に、由紀はドライに応えてダガーを翻した。応えて戦争卿が砲を構える。単装砲に組み替えた左手の異形の砲を由紀目掛けてぶっ放すが、由紀は砲が放たれる前にその射線から身体を外している。砲の射線上、由紀の後方の騎士達がバラバラになり、金属と腐肉の細片になって吹っ飛んだ。戦争卿は笑う。げらげらと笑う。
「なんだ外れたか、よく避ける、よく踊るなぁ猟兵! だがそれがいつまで続くかなァ、見せてみろよ、お前の命が燃えるところをォ!」
哄笑を上げながら、戦争卿は空いた右手に影を練り固め、取り回しの効く短機関銃を作り出した。飛び退きざまに乱射。明らかに素早い由紀を殺す為の対策だ。
由紀は鋭くサイドステップして射線から身を躱すが、しかし数発の銃弾が左腕を掠め、服を裂いて血を散らす。暁の予測を以てしても十全には回避できない。
攻撃力、反応速度、攻撃速度、その全てが一流を越えた超一流。
「あぁ、やだなぁ、強いねアンタ。面倒事は嫌だし痛いのも嫌なんだけどなぁ」
「戦争を楽しまずして何を楽しむ? 倦んだこの世に他に楽しめるようなこともあるまいに! 強者との闘争の味が、生の実感こそが、至上の甘露だとなぜ解らん?」
笑う戦狂いに、うんざりしたような表情で由紀は応えた。
「――理解出来ないね。しようとも思わない。こんなつまんないことで死ぬのが、俺は一番嫌なんだ。――だからさ、」
吐き捨てるように由紀が言う。その刹那、後方で銃声が咲いた。
それはショットガンの轟音ではなく。単装式、ボルトアクションの猟銃の銃声。
なのにそれが機関銃のように連なった。『狼殺し・九連』。騎士達が立て続けに頭を射貫かれ、吹き飛び倒れるその骸の上を、狼殺しが駆け飛んだ。八束だ。八束が包囲を突き抜け、追いついたのだ。
その全身、血塗れ。斧傷が腕と言わず足と言わず全身に這い回り、裂けた服の布地をじっとりと血で染めて引きずる有様。
しかし立っている。走っている。狼殺しは未だ死なぬ!!
「アンタが、ここで死ね。これ以上、無駄な殺しはさせやしない」
「ほう――?」
「そうだ、外道! 俺たちは畜生以下の手前に、弾をくれてやる為に罷り越した!! 狼殺しの安喰・八束、推して参る!!」
「クハハハハハァッ! 良い、良いな、お前達! 実に良い! 最高だ、殺してやるというのなら殺して見せろ、お前達にそれが出来るのならァ!!」
(征くよ)
(応!)
着地し並び立った八束と一瞬のアイコンタクト。次の瞬間に両者は左右へ弾けた。
由紀は暁をフル稼働。脳が焼け切れるほどの熱を帯びる。
八束が取る移動コースの対称を取り、彼の逆側より襲いかかる。八束が右から、由紀が左から。
刃を、強く強く握る。
「毀れろ」
『影朧』。魔力を満たした由紀の全身から、十数の影が遊離する。溢れる魔力が残像となり、彼と同様のダガーを以て敵を断たんと迫る!
「曲芸か!」
突如の分身に意識を取られ、戦争卿が砲を手当たり次第に放ち分身を穿ち貫く。しかし由紀は止まらぬ、それどころか、其方に集中したならば、
「手前に馳走してやるには勿体ねぇ牙だが、鱈腹食らえ」
声が間近から響く。
「なにッ、」
驚愕の声。それは『狼牙一擲』。安喰八束が用いる縮地の術。一瞬でも構わぬ、由紀が注意を奪いさえすればその時に発露し強襲できると踏んだ技。――そして事実そうなった。銃剣『悪童』が戦争卿の脇腹に突き立った! 同時に、銃声!
突き刺してから銃を放つ。二段構えの刺殺銃撃。戦争卿の脇腹が大きく爆ぜて蹈鞴を踏む。
「があッ!! か、ははははっ!! やってくれるなぁ!!」
戦争卿は返礼の銃弾を乱射。間近だ、八束に避ける術はない。腕をクロスして全身に銃弾を喰らいながら吹き飛ぶ八束だが、その口端は嗤っている。
「頭の足りない野郎だな。なぜ俺の一矢を喰らったか、もう忘れたのか?」
「永く生きすぎてボケたんでしょ」
混ぜ返す声は再び戦争卿の間近で鳴った。
目を見開く戦争卿の眼前に、青い目を煌めかせ、由紀が四つの残像を伴って駆け来ていた。
砲の射線を外し、ダガーを繰り出す。狙った致命の一閃。
それに続く影朧、三連!! 肩、首、腹、腕! 戦争卿の身体から血が飛沫く!
「ぐう、ああッ?!」
即興としては出来すぎた連続攻撃が、今まさに戦争卿の身体に傷を重ねた。
無敵ではない。いかに圧倒的なこの男とて、決して無敵ではないのだと――彼ら二人は証明して見せたのである!
◆安喰・八束
右腕に盲管銃創三、左腕に二。右上腕、左前腕に骨まで届く斧傷。
右大腿部、左腹側部に斧傷。左大腿部に槍による刺創。出血多量。
◆鹿忍・由紀
右肩から左腰にかけ、袈裟懸けの深い刃傷。右腹側部に槍による刺創。
左副側部、散弾数発の盲管銃創。左上腕、短機関銃の擦過銃創多数。
「まだ俺たちは倒れんぞ」
「言っただろ。アンタの設えたつまんない踊り場で死ぬようなのが、一番嫌なんだってね」
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
芥辺・有
◎
手段を選ばない奴は嫌いでもないけどね
報いってやつがさ、あったりするらしいよ 世の中
無い奴もいたけどね 試してみるかい
お前見てるとさ、心もとなくなるよ
こっちはからだひとつのもんだから
降りる、跳ねて、走る
お前も、こいつも、全部うるさくてかなわない
虫みたいに集るなよ
全部避けられるほど器用じゃないんだ
咄嗟に伸ばす杭で最低限を払いのけるのが精一杯
傷など今更だ 血が飛んだって丁度いいじゃないか
それよりも足を前へ 辿り着けと、奔る
杭を薙ぐ 隙間をえぐる あるいは鎧どもを跳び越えて
足が揺らぐなら 疾さのままに蹴り飛ばす
胸倉掴めりゃ上等だね
ねえ、私の血、浴びたかい 十分にさ
それじゃあ燃えるといい
矢来・夕立
◎
遊んでほしいから玩具を壊して気を惹いた、と。
メンタル乳幼児、道徳〇点……前も言ったな。
こんなシケた村をよくもまあこれだけ散らかましたね。
オレはあなたのお母さんではありませんが、お片付けを手伝ってあげます。
【紙技・冬幸守】。
砲台、兵隊、誰かのニセモノ、それに本命。
“三秒”が保つ限り、見えるものを全部壊し続けます。
地上を征く人も少しくらいは通りやすくなるでしょう。
…カラクリがバレたら目を潰しに来るでしょうね。
《闇に紛れて》位置を変え続けます。
誰かを救う力とは無縁でして。
“祈るすべを持たず、彼らに安息をもたらす功徳もない”、どっかのバカとお揃いですよ。
殺し続けることだけが、オレの仕事です。
●貫け我道、猛れ黒炎
「はぁ、なるほど。遊んでほしいから玩具を壊して気を惹いた、と。アリを潰して喜ぶガキの次はママ離れできないクソガキですか。メンタル乳幼児、道徳〇点……これ前も言ったな。ダークセイヴァーってのは、タチの悪い幼稚園か何かなんですか?」
影から声がした。
戦争卿が顎をしゃくる。即座にその方向に十数体の死霊騎士がショットガンのトリガーを引いた。鮮血の散弾が闇を穿つ。だが着弾の音はない。跳弾の音のみだ。何かが倒れる音もない。
「こんなシケた村をよくもまあこれだけ散らかしましたね。蓄えもない、富もない、転がってる死体を見てみれば、揃いも揃ってガリガリの栄養失調。それ鴨撃ちの的にしてる間、あなたどんな顔してたんです? ああいえ答えなくてけっこう。どうせブッ殺しますんで」
逆方向から声。再び散弾の雨が降るが、当然、声の主を捕らえるに能わず。
闇の中から不意に、ば、ば、ばばばば、ばらりっ!! 千代紙の嵐が吹き散った。
紙は散弾に貫かれる前にひとりでに身悶えし、折れて捩れてこうもりの形を成す。
「――オレはあなたのお母さんではありませんが、お片付けを手伝ってあげます。というわけで、」
ヒュンッ、と音を立て、白い何かが飛び来た。一本二本ではない、数十本。次々と騎士達に突き立つ白い何か。戦争卿にも四本唸る。戦争卿は腕を一閃、その四つを事も無げにはさみ取った。
――燃える村の火に透かしてみれば。
それは、紙で出来た手裏剣であった。
「鏖だ」
闇より析出した影が言った。月下、紅い目が閃を曳く。
卑怯上等、闇討至上、暗中無敵の暴力忍者。
矢来・夕立(影・f14904)、推参である。
登場同時の忍法紙技、『冬幸守』!! 羽撃く紙の蝙蝠が、殺すべき敵を見定めたかのように襲いかかる! 次々と騎士達が肉を食まれ、鋭利な翼で首を裂かれ、どどう、どう、と倒れ臥していく。
「好き勝手に言ってくれるが、何だ猟兵、思ったより平静じゃないか。もっと分かりやすく怒ったりしないのか? お前はこの村を救えなかったんだぞ? というか、お前らがいさえしなければこの村は滅びなかったんだと言ってもいい。そこについてはどうなんだ?」
おどけた風に戦争卿は言い、次々と代わりを召喚しつつ騎士達を嗾けた。主を罵られたことを怒るでもなく、死せる騎士達は闇に紛れる夕立を追って散弾を的確に撒き散らす。必定、夕立は散弾の嵐を浴びることになるが、しかし紙忍、被弾はすれど致命傷は避け続ける。彼の周囲を紙技『禍喰鳥』が舞い、致命の弾丸を食い続けている。
「勘違いも甚だしい。あなたが蹴らなきゃこの玩具箱もひっくり返んなかったでしょうよ。――それに生憎、誰かを救う力とは無縁でして。『祈るすべを持たず、彼らに安息をもたらす功徳もない』。――どっかのバカとお揃いですよ」
夕立の脳裏を過ぎるは、己が心に殉じて果てた、哀色の牙。孤高に戦い死んだあの姿を覚えている。自分に出来ることを、知っている。
「だから殺す。殺し続けることだけが、オレの仕事ですから」
冬幸守が吹き荒れて、次々と騎士達を蹴散らしていく。騎士達の隊伍が乱れ、陣が徐々に緩む。
「なんだつまらん。もう少し分かりやすく激してくれないと興が冷めるだろう? それになんだ、さっきからコソコソコソコソと――水を差すような戦い方をするな。折角の戦争だぞ、派手に楽しもうじゃないか、なあ!」
「うるさいな……」
夕立が蹴散らし疎らとなった騎士らの間を、他方から黒い旋風が駆け抜けた。跳び跳ね、追おうとした重騎士の顔面を踵で射貫いて、三日月めいてしなやかに身体を反らせ宙返り。金の目が、冷めて騎士達を見下ろしていた。
手を閃かす。
蛇めいた黒縄に繋がれた杭が、空気を裂いて唸る。杭が次々に騎士の首を打ち抜き、その影の手許に舞い戻った。
着地。どうどうと倒れ臥す騎士達をよそに、逆手に漆黒の鉄杭を受け止めて、濡れ羽の髪した彼女は、煙にかすれてハスキーな、歌い疲れたような声で言った。
「うるさいんだよ。お前も、こいつも、全部うるさくてかなわない。うじゃうじゃと集りやがって。蝿か何かか」
芥辺・有(ストレイキャット・f00133)だ。こいつ――と呼ばれたのは、黒き風に見えたなにか。さざめく長躯の人影である。『亡き影』。夜が滴ったかのような黒き杭を携え、彼女は続ける。
「手段を選ばない奴は嫌いでもないけどね――報いってやつがさ、あったりするらしいよ、世の中。まあ、ない奴もいたけどね。お前はどっちかな――試してみるかい」
「上等だ。我に報いを下せるのは我以上の力のみ! 逆に問うてやる、猟兵。お前達はその力足り得るのか? 楽しみだなア! もしそうでなきゃ、お前達を皆殺しにして、また新しい村を燃やし、また新しい猟兵を呼ぼう! 何度でも戦争をしてやろう! クッハハハハハハハッ!!」
哄笑。彩るようにショットガンの銃声が咲く。有は身をかがめ、殆ど地を這うような軌跡で走り出した。
全部避けてやれるほど器用じゃない。散弾が次々と有の身体に突き刺さった。しかし肌に深々と刻まれる創を厭わずに有は駆け抜ける。傷など今更だ。血が飛ぶならば『丁度良い』。激痛をなだめ、最早防御を棄て。これまさに捨て身の乾坤一擲。
「うるさいってのが、聞こえないかね。……いいさ。なら、黙らせるだけだ。お前見てるとさ、心許なくなるよ。こっちはからだひとつのもんだから」
白い蝙蝠吹き荒れ、次々と有を狙う敵を噛み殺し、その道行きを守る。致命的な位置に来る射撃を、割り込んだ白い紙の鳥が阻んで、死んだように落ちる。
誰かが共に戦っている。有は視えぬ共闘者に内心の感謝を捧げ、打ち掛かってくる敵の斧槍を杭で払いのけ、間に合わぬものは最低限身を逸らして浅手で済ませて走り抜ける。隙間を縫い、阻む敵を薙ぎ、壁めいて連なる鎧共を蹴り登り飛び越えて。
突き進む!
「身ひとつ、死ねば終わりとはなんとも儚い話だよなァ、だがだからこそお前達は赤く熱く燃えるんだろう? 命の煌めきを見せてくれよ、猟兵ァアァア!!」
騎士達の隊伍を抜け、馳せ駆けた有が見たのは、両腕に機関銃を展開して自身を見詰める戦争卿の姿だった。
同時に銃声!! 凄まじい速度で激発する二丁の機関銃が産む銃弾の嵐が有を迎える。着弾、着弾着弾着弾! 右腕が深く抉れ千切れかけ、左脇腹を銃弾が突き抜けた。紙で折られた白い鳥が割り込み、心臓に来る銃弾を阻んでいなければ、或いは彼女はそこで果てていたやも知れぬ。
だが未だ生きている。だからこそ、有は足を止めなかった。杭を左手で持ち、力の限りに駆けた。
足を前へ。辿り着け。最早足取りすら確かならぬ。油断すればよろめき縺れ転んでしまいそうなのに、有はそれを意思一つで支えて、射線から身を躱し、回り込むように戦争卿に向けて迫る!
「おお、おお、健気な! 実にそそる! お前達みたいな猟兵と、存分に殺し合うのが我の望みだった! 随分と前から夢に見た一夜だ!」
「そりゃまた、クソみたいな夢ですね」
少年の声がした。紅い瞳が闇に曳光し、闇から飛び出す影があった。
矢来・夕立である。その全身は既にズタズタ。右足と両脇腹、右肩がしどどに血に濡れている。防御を有に分け与えた故に、散弾を幾度となく喰らい、その全身から血を流し続けていたのだ。
それを口にすることなく、夕立は紙の蝙蝠を戦争卿に嗾けた。視界を奪うように集る冬幸守。
「肝心なところで水を差すなァ! 後で嬲り殺してやったものを、そんなに死に急ぐかよ!!」
「生憎死に場所はここじゃないです。少なくとも、あなたの掌の上じゃ死んでやりません」
夕立は無感情に言い、駆け抜けざまに佳刃『雷花』を抜刀一閃、戦争卿の首筋を刈るように一閃した。針金めいた堅さの、しかして撓る銀糸の髪が、ぎゃぎりと刃を受け止めるが、それをして尚斬魔鉄の切れ味がそれに勝る。ばっくりと戦争卿の首が裂け、血が噴き出す! 戦争卿は声もなく反撃した。右手の機関銃が砲となり、駆け抜けた夕立を猛撃する。彼は闇に再び紛れるが、その左腕を砲弾が掠めた。
拉げ歪んだシルエットが、闇に溶ける。
その隙に有が駆け寄せた。左腕の杭を、力の限り戦争卿に突き立てる。力の入らない右手で、それでも爪を立て戦争卿の胸倉を掴んだ。
「つかまえた」
「あぁそうだな、情熱的なことで。で、ここからどうしてくれるんだ、猟兵。撃ち放題だぞ」
即座に機関銃が変形し、短機関銃に変じた。間近の有の腹に銃口が押し当てられ、フルオートで激発。腹を突き抜けた無数の銃弾。熱が、有の腹から脳へ、燃えるように突き抜けた。
「が、は」
「クッハハハハハハァッ! よく足掻いた、褒めてやる、ああ褒めてやろうとも! 届いた届いた、よく出来ました、だ!」
逆流し口から迸った血が戦争卿の胸元を真っ赤に染めた。腹から噴き出す血が戦争卿の服を染め上げる。有を軽々と突き放し、天を掻くように五指を広げて哄笑する戦争卿――
蹈鞴を踏んだ有は、
「――私の血、浴びたね。充分にさ」
「は、」
嗤いが途切れた刹那、低く冷たく、圧すように吼えた。
「それじゃあ燃えるといい。次はお前が叫ぶ番だ」
刹那、黒い炎が巻き起こる!!
ユーベルコード『亡き影』による、血を媒体とした黒炎だ。今この瞬間、只この瞬間の為だけに、放たず秘匿し続けた炎だ!
「ぐおおおおおっ!?」
燃える、燃える、めらめらと!
黒炎は、或いは感情を表に出さぬ有の、無言の怒りの代弁者だったのやも知れぬ。
戦争卿の長躯が、瞬く間に黒き炎に捲かれて燃え盛る――!!
◆矢来・夕立
右足、散弾銃による擦過銃創四。左腹側部に散弾の盲管銃創二。右腹側部、及び右肩にそれぞれ盲管銃創三。
左腕半断裂。出血多量。
◆芥辺・有
全身に疎らに散弾による銃創。
右腕、貫通銃創六。ほぼ千切れかけ半機能喪失状態。
左腹側部に貫通銃創三、臍部に着弾数判別不能なレベルの貫通銃創。出血多量。
「生きてますかお姉さん」
「なんとかね。……さっきはどうも」
「サービスってやつです。オレ一人じゃ無理。きっとあなた一人でも無理でした」
「ああ。――まあでも二人なら」
「そこそこイケる」
「続けようか」
「ええ、奴が死ぬまで」
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
雛瑠璃・優歌
◎
血の海に沈む体に命がもうある筈も無い
「っ…」
これほどの惨状を見るのは初めてで怖気とも最早判らぬ恐怖と吐き気が襲う
きつく歯を食い縛った
解るのは誰が見ても今の自分がこれを為した敵とやり合える筈がないこと
それでも人々がもし見ていたなら救いを求めた筈なんだ
こんな、私にも
「今更、退けるものか…」
愛する弟、私が拾った子、笑顔にすると誓った母、帝都の人々
例え今眼前の人々さえ救えぬ私でも諦めることだけは出来ない
この意志が絶える時が私の死だ(UC発動)
致命打回避を重視した見切りを駆使して高速で宙を飛び戦うが何れ武器は零すだろう
構わない、最後にそれは瑠璃雛菊(わたし)としてこの戦場に咲き誇る…!(瑠璃雛菊の風)
●願わくば天上に届け
血の海の上を、炎が舞っていた。
ああ、なんて、なんて、醜悪な舞台。
ばらばらになった、かつてヒトだったものが、一切合切ごちゃ混ぜにブチ撒けられて、それを戦争卿と黒騎士らが踏み拉いて舞い踊る。猟兵達は、あの醜悪なる存在に一太刀浴びせては浴びせ返され。踊り手の目まぐるしく変わる、血と炎の舞うマスゲームだ。
「ッ……」
惨状と、そう言っていいだろう。これは舞台の上の話ではない。現実に起こった、多数の人間が潰えた殺戮の現場だ。血の海に沈むばらばらのパーツに命がもうあろう筈もない。転がる首の、ビー玉めいたうつろな瞳が、涙の痕も生々しく、雛瑠璃・優歌(スタァの原石・f24149)の姿を映している。
きつく歯を食いしばった。そうでなければ頽れてしまいそうだった。こんな惨状を作り出す敵と戦うことが恐ろしい。骸の上で哄笑を上げ、猟兵達との戦いを至上と出来るような戦狂いと、今の自分が戦って、勝てるビジョンが見当たらない。誰が見てもそう言うだろう。挑むのは無謀だ、勝てるわけがないと。
怖気と吐き気が優歌の身体を支配する。こんなの、無理に決まってる。震える手。
――しかし、それでも。
もしも、血の海に沈んだ人々に命があり。未だ救いを求めていたとするのなら。
絢爛豪華なロングコヲトを翻し、ベストとタイを煌びやかに決め、蒼玉のレイピアを携えて。あの戦争卿と対極の、絢爛にして流麗たる騎士の姿をして踏み出した者に何を期待する?
かつて優歌が憧れた、舞台の上に立った騎士は。
客席の淑女らに、ウインクを一つ残し、華麗に悪に立ち向かったではないか!
「今更、退けるものか」
優歌は――否。優詩は、しゃんと音を立てて蒼玉の細剣『宵海蛍雪』を抜剣。
愛する弟、拾った幼子、笑顔にすると誓った母。そして、帝都の人々。守ると決めた者達が、いつか同じ危険にさらされるやも知れぬ。
今ここで退くような騎士に、その時戦える道理無し。
救うことは出来なかった。しかし天より照覧あれ。今この時よりこの細剣は諸君らの遺志。悪逆非道の戦争卿を、討ち滅ぼすものなり!
「この意志が絶える時が、私の死だ。征くぞ、戦争卿!」
優詩は舞台ならば後席まで音圧で押すような、凄まじき通りの声で言い、ユーベルコードを起動した。『スーパー・ジャスティス』!
優詩の踵は地を離れ。騎士は、そのまま低空を矢のように鋭く飛翔した。
「義憤に駆られてまた一人、か! けったいなナリだがなかなかどうして速い!」
全身に黒炎をぶすぶすと燻らせ、しかし燃えながら戦争卿は己が負傷を癒やし続ける。即座に振り上げた砲が変形、散弾砲と化した。砲声! 紅蓮の砲粒弾が一斉に数十発、優詩目掛けて襲いかかる!
「はあっ!!」
優詩は一射目をタイミングを合わせて斬り払い、翔け抜ける。斬り払い損ねた砲弾が右腰の肉を抉り、左肩を削った。血が噴き出す。しかし、致命の位置はやり過ごした。想像を絶する痛みが脳に駆け上る。
(痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!!)
優歌は内心で悲鳴を上げる。しかし、『優詩』は止まることを赦されぬ。いかなる苦境に立たされようと、銀橋を渡る騎士たらねばならぬ。その思いのみが優詩を衝き動かす!
「この程度では……私は止まらない!」
次弾が来る前に砲身の射程の内側まで侵徹した。レイピアによる鋭い刺突を放つが、戦争卿は即座に影を練り、右手に細剣めいた銃身を持つ小銃を構築、優詩に合わせて剣戟を重ねる。
「お前の流儀に合わせてやろう。そら、この程度ではあるまい! もっと速くステップを刻め、そら、そらそらっ!!」
宵海蛍雪の切っ先と、戦争卿の影銃が火花を散らして弾け合った。跳ね上がった影銃が火を噴き、その度にレイピアは弾かれ、弾丸が優詩の身体を穿つ。
「くうっ
、……!」
渾身の力を込めての刺突。しかし戦争卿はそれに合わせ銃を突き出し、切っ先と銃口を噛み合わせて跳ね上げる。同時に銃声! 優詩の手から宵海蛍雪が弾き飛ばされ宙に舞う。
「なかなかの興だった。だが終わりだ、死ね」
銃口が跳ね上がり優詩の顔面を睨む、刹那!
「まだ――だっ!」
優詩は横っ飛びに銃口から逃れんとしながら吼えた。激発した小銃弾が優詩の左鎖骨を破壊。きりきり舞いに廻りながら、しかし優詩は右手を振り下ろす。
刹那。宙に舞い上げられた宵海蛍雪が解け、
「――クッハハハ!! 最後の一手か!」
無数のブルーデイジーの花びらと化し、咲き誇る!
吹き荒れるは『瑠璃雛菊の風』! 斬り刻む斬風に捲かれ、鮮血を散らす戦争卿より飛び退き、傷を押さえつつも凜と――優詩は敵を睨み続ける!
◆雛瑠璃・優歌
右腰部、左肩部、砲弾の掠撃による抉創。
銃弾の直撃による左鎖骨粉砕。左腕上がらず。
右腹側部、左大腿部に貫通銃創それぞれ三。
咲き誇る花の嵐の中、敵は高らかに嗤う。
だが負けてやるわけにはいかない。
人々に希望を齎すスタアを目指すが故!
成功
🔵🔵🔴
スキアファール・イリャルギ
◎
嗚呼、嫌な夜
――なのにどうして来てしまうんでしょうね
生き残ってる人を探します
銃を【シューニャ・モデル】で作り出し
遠距離でもいつでも敵にすぐに攻撃できるようにして
攻撃されかけていたのならすぐさま発砲
近距離の敵には呪瘡包帯の締め上げか
属性攻撃の雷で応戦
オーラ防御は気休めに
派手に立ち回って敵をおびき寄せて――
……あぁ、性分じゃあないのにな
影は存在感を消し、目立たず、
闇に紛れるのがセオリーでしょうに
どうしてこうやって、自分を傷つけてばかり……
耐性はありませんが痛みは堪えます
大丈夫
もうすでに大丈夫じゃない躰だ
怪奇に侵されて躰をぐちゃぐちゃにされた時よりは、
被験体にされて心を壊された時よりは、マシです
●鉄火が影を焼く前に
分かっていたことだ。
悪辣なる戦争卿の企てのために、多くの人間が死んでいった。
もしかしたら誰も助けられないかも知れないと、いや、その目算のほうが大きいだろうと言われてもいた。知っている。
「――嗚呼、嫌な夜」
なのに、何故来てしまうのか。その答えを、彼は――スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)は、自身ですら持ち合わせていない。
彼はユーベルコ-ドを起動し、『影の銃』を作り出す。彼は影人間。光を反射せぬ漆黒の銃を手に、夜を往く。
めらめらと燃える建物の炎の影、傷を負いながら、未だかろうじて逃げ惑う人々。スキアファールが探しているのは、そうした生き残りだ。
視線の先。曲がり角から飛び出し、スキアファールの痩躯を見て、村人が恐れたように立ち止まる。一九〇センチメートルを越えようという長身痩躯、真っ赤なパーカーの下は黒尽くめの、隈の濃い男性――と外見特徴を並べれば恐れて然るべきスキアファールの風貌であったが、彼は努めて穏やかに言葉を紡いだ。
「よく耐えてくださいましたね。助けに来ました。私の後ろにどうぞ」
「えっ――」
「――私は、あの黒騎士達から、皆さんを守るためにここに来たのです」
身振りも大きく説明しつつ、大股に進む。足を止めた村人らの後ろから斧槍を振り上げた騎士が追い来るのを見て、スキアファールは『シューニャ・モデル』で汲み上げた影の銃を発砲した。マズル・ファイアも吐き出された銃弾も漆黒。銃弾が今まさに村人を襲おうとした黒騎士の兜を撃ち抜き倒す。
「細かい説明をしている時間はありません。ここは私が食い止めます。あちらに――私の仲間がいるはずです。真っ直ぐに走ってください」
「あ、ああ……!」
「なんとお礼を言ったらいいか……!」
「礼なんて些末です。さあ、早く!」
スキアファールは共に村人を救って回っていた幾人かのいる方向を示し、走り出す村人達を背に庇って前に立った。
軍勢と言っていい。敵の戦力は数十体を優に超え、未だに増え続けている。これが戦争卿のユーベルコード、血塗れ傀儡・聖堂騎士団――ブラッド・ブラッド・テンプルナイツ!
(――ああ、性分じゃあないのにな。前に立って戦うなんて。影は影らしく闇に潜み、反撃を受けぬよう戦うのがセオリーでしょうに。どうしてこうやって、自分を傷つけてばかり)
スキアファールは自虐するように笑い、しかしすう、と表情を引き締めた。
「……ですが、立ちはだかると決めた以上。あなた達をこの先に通しはしない」
確かな戦意を宿してのスキアファールの言葉に応ずるように、黒騎士達が斧槍を前に構えて突撃した。ランスチャージの要領だ。速力と鎧の重量がそのまま槍の穂先に乗る。如何に猟兵といえども、防御しなければ容易に串刺しだろう。
スキアファールは飛び退きながら、両手の影の銃を連射した。黒いマズルファイアが迸り、無数の銃弾が唸り飛ぶ。 銃声銃声銃声、がががががががががが、がンッ!!
数発叩き込めば一人止められる。八体ばかりを撃ち倒すが、残りは依然突撃してくる。
スライドが後退位置で止まりスライドストップ。弾切れ。スキアファールは銃を捨てる。再生成する時間より、敵の突撃の方が早い。即座に両手にしゅるりと『黒包帯』を帯び、自ら打って出るように前進した。
黒包帯は、絡めと念ずれば一瞬で絡みつき、解けろと念じれば潮の引くように解ける魔の包帯。スキアファールは先頭の一体の足首に黒包帯を巻き付け引き倒し、後続の足を取って前進速度を鈍らせる。
「はっ……!」
鈍らせた隙に力の限りの攻勢に出た。伸ばし巻き付け首を捻り折り、包帯を縮め、首が折れて頽れる死骸を振り回して他の敵に叩き付ける。振るわれる槍を潜り抜け、敵手に手を当てて雷撃を発動、感電させつつ抵抗熱で焼き殺す。瞬く間に二十数体を屠るが、しかし敵はそれに倍する数!
斧槍による近接攻撃を厭ってか、敵は二列横隊で隊伍を固め、膝立ちと立射の二列配置で散弾銃を一斉射撃した。
「ぐ、ううっ……!」
スキアファールの右腹が、左大腿が散弾の直撃を受け爆ぜる。黒包帯を巻き付け止血するが、ズタズタの肉は包帯を巻いただけでは補われない。
黒包帯を伸ばし、強引に敵一体を絡め取って引き倒す。黒包帯を伝わせ、雷を迸らせながら引き回した。十数体を連鎖感電させ、その隙に転げるように右方に逃れる。
無事な騎士より、なおも散弾が降り注ぐ。
スキアファールは全身を苛む激痛と痛苦を強引に押さえ込みながら疾った。
――大丈夫。もとより既に、真っ当でも、『大丈夫』でもない躰だ。
怪奇に侵され、躰をぐちゃぐちゃにされた時より。被検体として使われ、心を壊された時より。だいぶ、だいぶ、マシだ。
故にスキアファールは止まらぬ。
黒包帯に紫電纏わせ、敵の注意を引くよう派手に立ち廻る!
◆スキアファール・イリャルギ
左大腿部および右腹側部に散弾の直撃銃創。
機動力半減、および内臓損傷。
このほか、散弾を散発的に喰らっている。右肩、左胸、左腹側部、右腰部にそれぞれ盲管銃創。
彼自身は似合わぬ真似と感じたそれは、皮肉にも。
この上もなく、英雄らしい行為だった。
成功
🔵🔵🔴
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
――笑えと言ったな
あァ笑ってやろうじゃあないか
貴様が無為に起こした絶望こそが我が糧よ
この竜が、貴様の死を嗤ってやろう
幻想展開、【怒りに燃えて蹲る者】
この世界を守る意志を薪と変え、最大全長で相手をしてやろう
この場に留まる無念も、我が怒りも、猟兵らの憤怒も
全て我らを守る呪詛の盾とする
攻撃は避けない
意識が保てれば良い。覚悟で受け止め切ってやる
この竜鱗と意志、易々貫けると思うな
周囲の損壊を気にせず戦えるのも、呪詛の守りも――貴様が村人を蹂躙したお陰だな
ふは。皮肉というのは通じるか?
さァ乾杯といこう、貴様の血でな
口にするには下賤な安物だが
亡霊どもの無念とこの身を潤す一滴くらいにはなるであろうよ
●凍てつく亡者の叫びを聞け
遠くに聞こえていた村人の声は、いつしか止んでいた。
「笑えと言ったな――あァ、笑ってやろうじゃないか。お前はいまから、自分で起こしたこの業のツケを、自分で支払うことになる」
一人の猟兵が、『怒りに臥すもの』が、左目より呪詛の火焔を漏らし、地面を手で――否。『前肢』で、掴んだ。竜の翼持つ、銀髪の男であった。
「ツケ? 不思議なことを言う。さてはお前、ひとの命を奪ったことを業だ何だと言っているんじゃあるまいな?」
小馬鹿にしたような口調の戦争卿。散弾砲とした魔砲を地を掴む猟兵に向け構え、あくびを一つ。
「そうだとすればめでたいいことだ。くだらん」
「莫迦め。もっと即物的な話だ。この地に満ちる、この呪詛、怨嗟、怨念が見えぬか。貴様が手前勝手な感情で、無為に起こしたこの絶望こそが我が糧よ。この竜が――貴様の死を嗤ってやろう!!」
彼は邪竜の名を持つ者。ニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)。
ニ ー ズ ヘ ッ グ
幻想展開。『怒りに燃えて蹲る者』!!
殺された村人達の無念が、この惨状に対する猟兵の、そしてニルズヘッグ自身の怒りが、彼の身体を膨れ上がらせた。身体を竜鱗が覆い、四肢がめきめきと膨れ上がり、彼は一瞬で巨大な竜の姿を取る。全長、最早推し量るのにさえ難儀する程だ。
「ッハ! これはこれは、愈々何でもありだな猟兵! 随分デカい図体だ。避けることを織り込んでいないと見える!」
愉快そうに笑った戦争卿に、竜と化したニルズヘッグは傲然と吼えた。
『必要ない。貴様の攻撃など、我が竜麟で全て阻んで見せよう。この竜麟と意思――易々貫けると思うな!!』
竜が吼える。口笛を吹いて、眩しそうに竜を見上げる戦争卿。
今まさに、戦の火蓋が切って落とされた。
ニルズヘッグが爪に宿すは冷気。かれはかの神話に座す竜と同じ爪を振るう。
振り下ろされる爪を戦争卿が掻い潜る。爪が地面に突き刺さるなり、ざぎ、ががががががっ!! 音がして、地面から次々と氷柱が飛び出し、戦争卿を狙った。
戦争卿は弾けるように後退、左手の魔砲で氷柱を打ち砕きながら着地して踵で地面を滑る。
「出鱈目な巨大さだ。辺りのことなどお構いなしか」
『生きる者があれば構いもしたろうよ』
「ハッ、確かめもせずよく言う!」
嘲笑いながら戦争卿は魔砲――散弾砲をニルズヘッグ目掛け連射する。怒濤の如く放たれた散砲弾の嵐はしかし、
『解るさ。解ろうとも。私には怨念が見える。――その怨念が呪詛となり、この護りを成すのだから!!』
ニルズヘッグの身体に散弾が着弾する前に、黒き障壁に阻まれ失速。速度減衰を経た砲弾はニルズヘッグの竜麟を侵徹すること叶わず弾け散る。
戦争卿が驚きに目を見開いた。
『貴様は貴様が殺した村人の呪詛を侵徹できず潰えるわけだ。ふは。皮肉というのは通じるか?』
「――なるほど、視えぬものは信じぬ主義だが……これは随分な興だ――呪詛、呪詛と来たか! クハハハハッ!! ――だが!」
戦争卿は一瞬で数十メートルを飛び退き、即座に散弾砲をあるだけ地面に叩き込んだ。彼を中心とし、凄まじい速度で地面が盛り上がった。否、構造物が組み上がっていく。
――それは、銃と砲で組み上げられた一瞬限りのトーチカ。ニルズヘッグからすれば地を這う虫ほどの位置にいたはずの戦争卿が、瞬く間に目の高さまで迫り上る!
『!』
「皮肉も諧謔も解さぬではないが、今はお前の力にただ酔っていたい!! その竜麟と呪詛に敬意を表し、最大火力をくれてやる!!」
銃砲塔の頂点で、戦争卿の左腕の魔砲が変形、銃身が伸張。ただ一発の砲弾を放つ為に集約される!
『ハッ。ならば乾杯といこう、貴様の血でな。口にするには下賤な安物だが――亡霊どもの無念とこの身を潤す一滴くらいにはなるであろうよ!』
間に合うかは五分。しかしニルズヘッグの直感は告げている。
いかな呪詛と竜麟の護りといえど――あの砲を防ぐに能わず!!
傲然とした台詞だけは決して譲らず、邪竜は身を波打たせ踏み込んだ。渾身の呪氷の威力を一撃に集約、振り下ろすッ!!
高らかな戦争卿の嗤いが、ニルズヘッグの一撃の中に散った。炸裂した爪の一撃を中心として、巨大な銃砲塔が氷に呑まれ、バキバキと砕けて拉げていく――
しかして、閃光。
爪は確かに戦争卿を捉えていた。――だが。狂気の吸血鬼は、その一打に身を潰されながらも、砲のトリガーを引いたのである。
ニルズヘッグの右の視界が、紅蓮にヒビ割れる。魔弾の直撃。しかしものともせず吼える。
――止めてやる。来い。
放たれた紅蓮の閃光を合図に、銃砲塔の全ての砲が、ニルズヘッグ目掛けて斉射をかけた。
爆光がダークセイヴァーの闇を、炎の上より尚焼いた。
砲哮と咆哮が、天を貫く。
◆ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
右眼喪失。全身に無数の盲管銃創。
動きに支障のあるものとして、右大腿四、右脛二、左大腿二、右腰部一、左腹側部一、臍部三、右前腕二。
彼の爪は浅からぬ傷を戦争卿に負わせた。
しかし――それでもなお、敵の狂気は今だ止まらぬのだ。
成功
🔵🔵🔴
七那原・望
下衆が……っ!
余りにも理不尽で凄惨な虐殺。自分こそが世界の意思であるとでも言わんばかりの傲慢な戦争卿。
こんなセカイは殺さなければ……
【第六感】と【野生の勘】で相手の攻撃を【見切り】回避、或いは【オーラ防御】やプレストを使った【武器受け】で防ぎます。
生命力や精神力を奪われても怯んでる余裕はありません。【激痛を耐え】【限界を超えて】でも敵の殲滅を優先します。
セプテットとオラトリオで【制圧射撃】を【一斉発射】。
【範囲攻撃】による【乱れ撃ち】で敵兵を【蹂躙】しつつ、隙を見て戦争卿に【早業】で【全力魔法】の【世界】を放ちます。
お前に答えられてたまるものですか。これまで苦しめた分だけ、苦しんで果てなさい!
●悪意で悪意を駆逐せよ
巨竜咆吼。そして砲声の炸裂。氷撃と砲撃相撃つ爆心地から、血に塗れた戦争卿が哄笑と共に飛び出した。地面を蹴り飛ばし転がり、受け身を取って踵で地面を滑る。
「いやァ楽しいな、楽しいなァ!! こうまでやっても壊れん玩具で遊べるのは幸せだなァ!! 嗚呼よかった、我をここまで楽しませたんだ、村人共が死んだ価値も十二分にあったと言うもの! クハハハハハァッ!!」
「下衆が……っ!!」
余りに手前勝手な戦争卿の言葉に、激する声を上げたのは七那原・望(封印されし果実・f04836)。この、余りにも理不尽で凄惨な虐殺を行ったこの男は、この上、転がる死体たちの意味を語った。『ただ猟兵達を喚ぶ薪として、よく燃えた。よくやった。ただの薪の割にはいい仕事をしたものだ』と、笑って言ったのだ。
――こんなセカイは殺さなければ。
「下衆? 何が上等で何が下等かをお前達が語るかよ。オブリビオンと見るや有無を言わせず鏖殺するのがお前達の業だろうに。クハハハッ! 言ってみれば我は人間どもの、お前達はオブリビオンの死神だというわけだ! 死を撒くもの同士、通じるものがあるのではないかァ?」
「お前と一緒に括られて堪るものですか! 世界の敵、絶対悪――ここで断罪します!!」
「やってみろよ。裁けるものなら!」
戦争卿が腕を振るなり、地から無数の骸が這い出た。腐った死骸は地表に這い出るまでの間に、闇を固めたかのような漆黒の甲冑に覆われ、死霊騎士へと変成する。
――おお、おお、おおおお……!
低い鯨波の声が連なる。死霊の吼え声に歯を噛みしめながら、望は『セプテット』を展開。巨大な銃が七つに分解浮遊、そのそれぞれが自律して、押し寄せる敵目掛け斉射を浴びせる!
しかしそれだけでは止まらない。止められない!
セプテットの弾幕のみでは敵の物量を阻めぬ! 望は即座にエクルベージュの影――『オラトリオ』を針めいて集束、セプテットの弾幕に重ねて放った。針が数十と騎士らの身を貫き、その上にセプテットの銃弾が重なって初めてまともに殲滅できる状況だ。
――しかも騎士らとて、ただ討たれるだけにあらず。
「どうした猟兵、それだけか。我にはまだ何も届いていないぞ?」
嘲笑う戦争卿の声。それを合図に、騎士達が散弾銃の銃口を跳ね上げた。銃声、銃声銃声銃声銃声銃声ッ!! 無数の散弾銃が激発し、赤の魔散弾を撒き散らす!!
「く、うっ!」
望は機械掌『プレスト』、そしてオーラの障壁を展開、散弾より身を守る。而して敵はあの戦争卿が操る鉄血の軍勢。紅の魔弾は、それ即ち戦争卿が放つ砲と同質のものだ!
プレストが火花を散らし、次々欠ける。カバーしきれぬ散弾が防御を侵徹し、望の華奢な躰を次々と抉った。黒いワンピースドレスが瞬く間に血に濡れ重たげに照る。左腕が上がらぬほどの損傷、走れぬほどに右足が削れ、左脇腹が血の薔薇を咲かせた。
「ハァッハハハハ!! 首を引っ込めた亀のようだな。そのまま踏み潰してやろうか、猟兵!」
「――ッ……! まだ、よ!」
セプテットとオラトリオを最大出力でドライブ。セプテットの銃身が焼け付くほどに銃弾を撒き、一瞬だけでも戦線をこじ開ける。射線が通ったそのただ一瞬に、望はユーベルコードを発露した。
――それは、彼女の『世界』。
ダークセイヴァーの無明の空よりもなお暗き闇が、戦争卿を押し包んだ。
「ほう? これはこれは――」
――お前に問います。世界に希望はあるか。
闇の向こうより、望の声が響き渡る。
「おお、あるとも! 我がこうしてお前達に出逢えたように。虫螻共にもそれなりの希望というものがあろうよ。それは平穏な暮らしか、或いは安息か、麦を鱈腹食める肥沃の時か――生憎その仔細など知ったことではないがな。――くだらん問答が望みか、猟兵?」
――聞くまでもありませんでしたね。落第点です。悪意と絶望に呑まれ――苦しめた分の苦しみを味わって果てなさい!
望の『世界』は、彼女の問いかけに不的確な答えを返した対象を悪意と苦痛で陵辱する。
刃と錘の形となった悪意が、闇が、漆黒の世界の中、単身となった戦争卿に押し寄せる!
「グッ、おおああアアッ……、ク、ハハハハハッ! なんと理不尽な問いか。なんと答えれば満足だったのだろうなァ!」
躰を斬られ抉られ潰され、全身を拉げさせながら、
――しかしてそのバケモノは嗤っている。
闇天に、哄笑は不吉に、未だ残響やまず――
●七那原・望(封印されし果実・f04836)
機械掌『プレスト』、半損状態。
左腕上腕および肩部に銃創が集中、機能喪失。
右脚、銃創が集中、歩行機能喪失。
左腹側部に貫通銃創三。
悪鬼を閉じ込めた闇を、強い意志を以て閉じ続ける。
そんな答えは認めない。
そんなセカイを、わたしは認めない!
成功
🔵🔵🔴
逢海・夾
◎
此処に何も残らないとしても、何処にも届かせねぇ
…触らせねぇよ、彼処には。そのために此処にいる
オレもお前も自分勝手、そういう意味では同じか
守る、っつーのは苦手だ。増える程判断が遅れる
どうせ生半可な判断じゃお前まで届かないだろ
出し惜しみしてる場合じゃねぇ、避け切れねぇ時はくれてやる
そうだな、首と胴体が離れてなきゃそれでいい
それだけありゃ、灼ける
…炎の中で火、か。傍からみりゃどっちが悪者か分かんねぇな
そうだ、これでいい。代償はオレ自身、巻き込む奴もいねぇ
最大出力、全方位。狙うは親玉ただ一人、だ
向かって来るのは得物で仕留めるさ、こっちが本業だぜ
天が味方してくれりゃいいけどな。ま、なんとかするだけだ
●幻を越えて生きる、君へ
ば、ああんっ!!
悪鬼を拘束する悪意のセカイが爆ぜ、その中から血塗れの戦争卿が、哄笑と共に姿を現す。
傷だらけのその躰が、逆回しに治癒する。なんたる治癒能力、なんたる存在強度。
あんなものを殺せるのか。止められるのか。
これだけ攻撃しても、怖じけるどころかなおも嗤うあの悪魔の如き男を!!
否。止めるのだ。
ここにもう、何も残らないとしても。
ここから先には、征かせない。
どこにも届かせないと、吼えた狐が独りいた。
「触らせねぇよ。彼処には。オレはそのために此処にいる。オレもお前も自分勝手、そういう意味では同じだろうが――」
呟くのは、逢海・夾(反照・f10226)。
グリモア猟兵に曰く、放置すればこの戦争卿は、恐らくは他の地を焼き、やがては彼がいつか救ったものも焼き滅ぼしていくのだという。
ならば。
かつて悪辣の領主に恋人を殺され……その果てに、猟兵達に、夾に救われ、辛うじて生きていく事を決めたあのディルという青年も。彼の亡き恋人、アイノが愛したシロツメクサの咲く丘も。いつかはこの狂人の手に掛かって炎に包まれるやも知れぬのだ。
「お前には、ここで終わってもらうぜ」
「何を言ってるのか分からんが、踊りに来たという事で構わんか? なら歓迎しようとも。少しは楽しませてくれるんだろうなァ、猟兵ァ!!」
「分かってもらう必要もねぇ。……オレはただいつか護ったものを、二度と喪いたくないだけだ」
夾はダガーを抜き放ち、逆手に握って構えをとった。
「ハッ、砂糖菓子のように甘い言葉ばかりを吐く。猟兵とはそういう風に出来ているのかね。――まァ構わんさ。そうして希望と正義を語る口から血を吐かせるのも、好みの趣向のひとつだからなァ!」
相対距離十二メートル。哄笑しながら戦争卿は紅蓮の魔砲の引き金を引いた。
間髪見切り、紙一重。身を沈め右前に踏み出した夾の身体を、横殴りの衝撃波が包む。余波だけで身体に殴られたような痺れが残る程の威力だ。一瞬でも遅れれば夾の上半身と下半身は泣き別れだったろう。
だがそうはならなかった。ギリギリで命を繋ぎ、走る。
護るべき人々はすでに亡い。それは心境からすれば悲しいことだったが、この極限状況においてはプラスだ。守る対象が増えるほど、意思決定と判断は遅れる。
無駄を全て削ぎ落とせ。生半な手ではヤツには届かない。出し惜しみをしている場合でもない! ――首と胴体が離れず残れば、ただそれだけでいい!
「おおおっ!!」
凄まじいまでの覚悟を背負い、夾は吼え、真っ直ぐに突っ込んだ。
戦争卿に従う黒騎士らが、近接を図る夾に向け斧槍を繰り出すも、
「邪魔だ!!」
鎧袖一触、鎧の隙間に刃を滑らせ、その首を、関節の継ぎ目を、臓腑を抉って蹴散らしてみせる!
「そんな細い牙で、よくもやる!」
瞬く間に数体を屠る夾に、今一度の狂笑が注いだ。騎士を薙ぎ倒した夾の元へ、
「ッ――!」
砲声が轟く。
聖堂騎士団は所詮手駒に過ぎない。死体から作り上げる命無きコマだ。戦争卿はかれらを惜しまず使い捨てる。
戦争卿の魔砲の砲撃が数体の騎士諸共夾を撃った。夾は反射で身を捩るが、回避も間に合わぬ。攻撃範囲から外し損ねた左腕、肘より先が弾道に巻き込まれ消し飛んだ。
「っづ、あっ……!」
痛みに唸る彼の元へ、周囲の騎士達が追い打ちの散弾を叩き込む。まるで襤褸雑巾めいて夾は転げた。全身から、腕から、血が流れ出ていく。命が零れていく。死の文字が、脳裏をちらつく。
――冗談じゃねぇ。
首と胴はまだ繋がってる。
無数の散弾に嬲られ倒れるかに見えた夾は、地に伏す直前――まるで四足獣の疾駆めいた低姿勢にて前進した。「ほぉう?」と、戦争卿の歓喜の声。
「なかなかしぶといな、ならばもう一発くれて――」
「いらねぇよ。……それに今度は、オレの番だ!!」
振り下ろされる斧槍数本を掻い潜り、振り向けられたショットガンの銃口をダガーで弾く! 過去最高速で駆け抜け、夾は文字の通りに、命を燃やした。余りの速度に、傷口から流れ出る血が宙を棚引き――
じ、じりっ、
――ごうっ!!
まるで、ガソリンに火をつけたかのように発火。
戦争卿が驚きの声を発する前に、駆け抜けた夾は全力で、その身の全てに狐火を纏った。傷を厭わず接近し、ギリギリで発露した、自身を贄とした炎である。熱は彼の身体をも焼くが、知ったことではない。
――お前が分身を生むのなら。それより前に!
「灼いてやる。燃え、尽きろォォォッ!!」
煉獄の魔人めいて炎を纏う夾が、戦争卿を間近としてちかり、一度明滅――
そして、閃光。
自爆覚悟の猛炎が炸裂した。戦争卿を、周囲の聖堂騎士を、叫び諸共爆炎が捲く――!!
◆逢海・夾
全身に重度の熱傷。
左手肘関節より先を喪失。
左背側腹側部、右腹側部、右大腿部、左肩部に散弾による盲管銃創多数。
赤々と燃える焔に己が炎を重ね。
嗚呼、これではどちらが悪役か解らないと、からからの声で笑った。
成功
🔵🔵🔴
空・終夜
◎
言葉にならない惨状をただ静かに見とめる
憤る心を俺は…知らない…
故に眠い眼はそっと敵を見据える
…気にするな
今夜は多分無礼講
存分に愉しめよ
楔で己の腕を裂き
その手で地の血溜まりに触れる
俺にはアンタ達の痛みを理解してやれない…
けど…多くの命
嘆きだけでは終らせないと誓う
――…血を借りるな
それが俺の力だから
Sang Voix
範囲攻撃、呪殺弾交え
血で顕現する鎖が敵を捕らえ
無数の杭が空から降り注ぎ容赦なく蹂躙
2回攻撃、早業、串刺し用い
血で創る剣”Grim Reaper”で
卿を斬り刻まんと刃を振り下ろす
随分、殺り散らかしたな?卿
だが…
次は滑稽に無様に死ぬのは己だとイメージはOKか?
薄く好戦的な微笑を向ける
●血に贖え
最早主帰らぬ、炎上する家数軒を巻き込んで爆炎が猛った。
一人の猟兵が巻き起こした轟炎をまともに食らい、ブスブスと炭化した肉の塊が火焔を飛び出す。
「おお、おオ、凄まじイ……ことだ、――いイな、お前達、最高ダ」
引き攣った声で炭屑が言い、着地。炭化した表層が数秒で剥がれ落ち、闇が凝って衣服を成す。
――僅か数秒。無傷に巻き戻った戦争卿が、にやにやと笑ってそこに立っていた。
否。
無傷などではない。ないはずだ。ここまで大量の猟兵が、渾身の攻撃を浴びせてきた! 着実にその力は削られているはずなのだ!
「いや愉しいなァ猟兵よ。昂ぶろうとも言うものよ、お前達は過去戦った何よりも、我の命に迫ってみせる! 我ばかり楽しんでしまっているようで悪いが、今しばらく付き合って貰おうか、なァ!!」
余裕ぶった態度を未だ崩さぬ悪鬼の前に、また、新たに一人の猟兵が踏み出した。
「……気にするな。今夜は無礼講。存分に楽しめよ」
彼は、この焼けた村の惨状を見て特に何をも感じなかった。そもそも、彼には『憤る』という機能が存在しない。眠たげな眼で戦争卿を見据える彼の名は、空・終夜(Torturer・f22048)。
彼我の距離、十メートル余り。
「ほう? なかなか話の分かる猟兵もいたものだな。さっきから散々喧々諤々とうるさい連中しかいなかったものだが」
「……というか、わからないし、興味ない。好きにしたらいい。――俺も、そうする」
終夜は言い捨てて、首に飾った『楔』を握った。尖った鋭利なそれを握ったまま右手を払う。裂けた右手が血を散らす。
「……なんだお前、物狂いか。そんな眠たげな顔で我の前に、のうのうと顔を出して、挙げ句自傷だと? 命を捨てる準備は出来ているか?」
暖簾に腕押しと言うに相応しい物言いに、奇矯な行動。違和感を覚えた様子の戦争卿が凄む前で、終夜は跪き、
血に濡れた手で、血に塗れた地に触れた。
――俺はアンタ達の痛みを理解してやれない。そういう機能を持っていないから。
でも、想像は出来る。きっと、アンタ達は復讐をしたがっている。
ずっと仕事をしてきたからわかる。俺は、復讐の為の兵器だから。
喪われたアンタ達の命を、ここに漂う嘆きだけでは終わらせない。
「――血を借りるな」
呼びかけた。
繋がる。流れた彼の血と、死者の血が。
そこから生み出される鏖殺の為の機構が、彼の、空・終夜の力である。
「――ハハ、クハハハッ!! 女々しく祈るかと思えば――猟兵の力というのはどれもこれも、型破りを極めるな!」
戦争卿が笑った。――血の海から無数の鎖が飛び出し、紅き霧めいて蒸散した血が虚空で凝り、無数の杭となって結実したのだ。終夜のユーベルコード、『Sang Voix』が現出する異様である。
「随分と殺り散らかしたな、卿――」
流れた血の総量――即ち人々の無念を、憎しみと苦しみと痛みと嘆きを、己の血で繋いで武器とする。それこそが彼のユーベルコードの本領である。
宙に揺蕩う鎖と杭を従え、殺戮機構――空・終夜は謳った。
「――滑稽に不様に人を踏み躙ったならば。己をそうされる想像も、ついているな?」
ごく薄い。しかし、好戦的な微笑みが終夜の顔を彩る。
対する戦争卿は満面の笑みを浮かべ、吐き捨てるように言いつのる。
「ハッ! 愚問だ。 踏み躙るのは我にのみ許された所業よ! 貴様がそうすると謳うのならやってみるがいい、劣等種!」
戦争卿は周囲に、一瞬で百超の軍勢――聖堂騎士団を召喚!
鎧鳴らし進軍する騎士達を盾に、終夜を圧し潰さんと迫る!
終夜は、村の人々後より作り出された鎖と杭を全開で放ち、その群に単身で立ち向かった。
駆ける騎士達を鎖で留め、そこに杭と呪殺弾を降らせ、蹴散らしながらに前進。
狙うはただ、戦争卿の首一つ。掌から迸る血で作った剣――『Grim Reaper』が唸る音と、戦争卿が放つ散弾砲の音が重なった。
互いに退くことなく、飽くことなくぶつかり合う。それは、どちらかが膝を付くまで続く、連綿たる競り合いであった。
最早声すらなく、一太刀、戦争卿の腕が飛ぶ。しかし返礼一弾、終夜の腕も飛んだ。
――それほどまでに、苛烈な闘争だった。
◆空・終夜
左腹側部欠損、内蔵露出。
左腕欠損、両足に散弾による擦過銃創が複数。苦痛はあるものの、機動に問題なし。
復讐の為の殺戮機構には、笑う戦争卿が理解出来ない。
――ただ。あの嗤いを止めろと、血から伝わる嘆きが叫ぶ。
ただその想いに依ってのみ、空・終夜は止まらない。
成功
🔵🔵🔴
ジャガーノート・ジャック
(――ザザッ)
(虐げる者。徒に命を穢し貶める者が目の前にいる。)
――お前のような輩が一番嫌いだ。
任務を開始する。
(ロールを被って尚覆い切れない殺意に応じる様に、写し身が攻撃してくる。
"Thunderbolt"。本機であれ完全回避・相殺が容易でない破壊光が降り注ぐ。致命たりうる一撃だろう。が)
――"FEED-BACK".
(展開した砂嵐で可能な限り攻撃を吸収。
喰らった攻撃エネルギーを再利用、"雷光"を再形成し反撃射出(カウンター×スナイパー)。
せめて命を失った者達の代わり、雷以て怒りを顕せ。)
本機を獣と呼んだな。
そうだろう、その通りだ。
だがその獣の怒りの牙が
貴様に一矢を報いたのだと知れ。
(ザザッ)
●灰色の牙
――ザッ、
『本機は』
「うん?」
――ザザッ。ノイズ。
『お前のような輩が、一番嫌いだ』
「ッハハハハハハハァ! 光栄だなァ猟兵。愛よりも憎しみを! 情よりも敵意を! 安息よりも闘争を!! それが我が存在理由にして我が求める世界!! お前は何を見せてくれる、『鎧の獣』よ!!」
鎧の獣と呼ばれた猟兵のバイザーを紅い光が駆け抜ける。流れる文字列。
『――ならば見せてやる。地獄を、貴様に!』
Target Verified. Commencing Hostilities
討伐対象を確認。これより排除を開始する!
灰のモノクロノイズが、燃える村を覆うほどに吹き荒れた。
彼は赦せなかった。虐げるもの。徒に命を穢し、貶めるもの。私欲の為にこの村を焼き、骸を踏み躙り笑うものを!
無機質、無感情なる歴戦の兵士としての『ロールプレイ』ですら覆いきれない殺意を放ち、ジャガーノート・ジャック(AVATAR・f02381)は今まさに、悪逆非道の戦争卿と対峙した。
「実にそそる。見せて貰おうとも、お前の地獄は果たしてどんな色をしているのか――嗚呼実に楽しみだとも!!」
距離十五メートル、両者は弾けるように、尾を狙い合う蛇めいた軌跡を描き駆けだした。
「さて、お前はどんな力を持っているのかね。軽く見せて貰おうじゃないか?」
戦争卿が言うなり、その影が伸びてジャガーノートに酷似した何か――影豹を形作った。己に害意を抱く敵を模倣する、戦争卿のユーベルコードだ。
即座に、影豹の周囲にジャガーノートと同様の浮遊自律射撃兵器、レーザーファンネルが形作られ浮遊。側面の紅いエネルギーラインが蒼白く染まり、ユーベルコードの起動を告げる。
(『Thunderbolt』か)
疾るジャガーノートを狙い、四基のレーザーファンネルから放たれるのは、射線の延長上の全てを侵徹・貫通する雷霆のごとき破壊光! 『Thunderbolt』である!
かつて怪人、ウインドゼファーを超長距離射撃にて屠った例もあるその光は生半な事では防げぬ。着弾まで刹那とない。ジャガーノートは為す術無く、立て続けにその光を喰らう。
突き刺さる光に装甲を貫通され破片が飛び散り、ジャガーノートの電脳体が甚大なダメージを負ったかに見えた次の瞬間――
――ザリッ、ザッ、ザザザリ、ザザッ!!!
纏うノイズが音を立て、ジャガーノートの身体を突き抜けた蒼白い雷霆がしぼんで消え失せる。――ユーベルコード、『FEED-BACK』により、敵攻撃エネルギーを、纏ったノイズの中に雷雲めいて拡散させたのだ!!
『敵攻撃エネルギー、トラッシュノイズ変換完了。再現演算完了まで二、一、』
影豹が第二射を放とうと再チャージを開始した瞬間にはカウントは既にゼロ。拡散したエネルギーをレーザーファンネルが吸い上げる!
『Fire.』
きュガァッ!! 閃光に空気が引き裂かれ、大気が悲鳴を上げた。レーザーファンネルから射出された本家本元の『雷光』が、影豹の頭部を、胴を、立て続けに突き抜けて霧散させる!
すぐさまジャガーノートは戦争卿に筒先をずらし――
「ハハハァッ!! なんとまァ、流石は勝手知ったる己が術と言ったところか!」
――声は上から聞こえた。戦争卿はジャガーノートが影豹に対応したその一瞬の隙を突き跳躍していたのだ。『戦争卿が等速で走り続けた場合』の座標を狙ったジャガーノートの一手先を読んだ先行回避。
(照準補正。敵行動パターン学習、アルゴリズム反映)
並列で処理を走らせながら、レーザーファンネルを上方に向けた瞬間、先んじて敵の砲雨が降った。雨霰と砲声ッ!!! 戦車ですら一撃の下に爆散する威力の紅の散弾砲が、上空からジャガーノートを猛撃する。
(許容量オーバー。トラッシュノイズ変換オーバーフロー、敵脅威レベル更新、――)
レーザーファンネルが立て続けに撃ち落とされ、ジャガーノートの電脳体、その両腕と右脚が吹き飛んだ。胴も貫通され、紅きジャガーノートのバイザーが熱を喪ったように明滅する。ジジッ、ジジッ、ノイズが死にかけた蝉のように残響する。ジャガーノートもまた消失し掛かっている。
――まだだ。ここで本機が膝を折ったとしたのなら。
命を喪った者達の嘆きは、一体どこに征けばいい?
――ジャガーノートのバイザーに光が点る!
FEED-BACKのノイズにより受け止めた敵の魔弾のエネルギーを自らのエネルギーに転換。受け止め切れた分は微々たるもの。しかし、それを最大効率で運用する。喪われた電脳体の手脚をワイヤーフレーム再現、最低限の強度を確保。たった一基残ったレーザーファンネルに、残りの全出力を突っ込む!
『貴様は本機を獣と呼んだな。――そうとも。その通りだ。ならば、追い詰められた獣の危険さを知っておくべきだったな。――この一矢は怒れる獣の牙。民の嘆きを載せた本機の怒りが、貴様に一矢を報いるのだと知れ』
――赤雷、迸る!
紅蓮の魔弾を吸って逆用した紅き雷の一閃が、宙の戦争卿の胸を射貫く!
「が、ハァッ……ハ、ハハハ、ハハハハァッ!! 今、生きている……実感があるぞ、素晴らしい、もっと見せろ、見せろよ猟兵ども! その力をォ!」
◆ジャガーノート・ジャック
電脳体、両腕と右脚、及び胴部が欠損。ワイヤーフレーム再現により代用中。
欠損過剰、エネルギー残量僅少。ユーベルコードの大部分が出力低下。
『存分に感じておけ。先は長くない。
――本機らが、必ず貴様を駆逐する』
成功
🔵🔵🔴
皐月・灯
◎
ああ――オレはこの光景を知っている。
これに似たもんを、何度も見てきた。
よく知っている。ヤツらが、命を薪程度にしか思っていないことも。
だがな。
何度見たって、腸が煮えくり返るんだ。
なあ、お前もそうだったんだろ、灰色。
――やりやがったな、クソ野郎……ッ!
無理だ。抑えられるわけがねー。
こんなもんを見せられて……オレが黙ってられるかよ!
一切合切容赦無しだ、【全力魔法】で行く。
オレの分身だ?
眼中にねーんだよ。
【見切り】で致命傷を避けるだけだ、それ以外は構わねー。
腹に穴が開こうが、腕が飛ぼうが知ったことか。
オレのアザレア・プロトコルが、ヤツを殺せと啼くんだよ。
何があろうと叩き込む。
――何があろうとな!
●拳閃を曳く
ああ――この光景を知っている。大災厄に喰い滅ぼされた己の故郷。喪われた場所。帰る場所をなくし、己を掻き抱いたあの日の憎悪と孤独を忘れまい。
命を何だと思っているんだ。
そう、月並みに奴らに訊いたとしたら、よく燃える薪、程度の返答が返ってくることを知っている。
この惨状が、この無明の世界の常だと言う事を知っている。
――だが、知っていることと、認められるかどうかというのは、全く別個のことだ。
(何度見たって腸が煮えくり返るんだ。――なあ、お前もそうだったんだろ、灰色)
「やってくれやがったな、クソ野郎ッ――!!!」
吼える声が鳴った。まるで地を駆ける流星のように迫るその影は、皐月・灯(喪失のヴァナルガンド・f00069)。その両手にバチリ、と魔力の煌めきが散った。その手に宿すは幻釈顕理『アザレア・プロトコル』。瞳の橙と薄青が、確たる怒りに燃えている!
「おお、おお、猛る猛る。そんなにカッカと怒るなよ、猟兵」
薄笑いをし、戦争卿は空目駆け散弾砲をぶっ放す。灯は即座に『メテオ・レイダー』の術式を起動。靴に仕込まれたルーン機構が作動、かしゃ、しゃしゃしゃしゃしゃらッ! と音を立てて展開するルーンプレートが光り、灯の身体を軽くする。
身体軽量化術式、風による推進術式が並列起動。まるで羽めいて軽やかに灯の身体は横っ飛びにスライド回避、回り込むようにして敵へ迫る。散弾砲が更に数発激発、鋭く機動する灯を追うが、灯はガントレットに魔力を通し、表層の塗料を光化拡散! 直撃弾の威力を抑え、立て続けに弾き飛ばす。
「てめぇはオレが殺す! 何があろうが必ずブッ殺すッ!!」
「今までの猟兵も同じような事を謳ったモノだが、さて、報いもなく我はここで生きている。さてこの世に報いなどあるのか、因果応報とは弱いものの慰めの為の言葉ではないのか? もしそうだったら悲しいことだな猟兵! お前達弱者は、永遠に救われない事になるぞォ!」
散弾砲を辛うじて凌ぎつつの灯の接近に、しかし戦争卿に些かも動揺の気配無し。ばっと腕を一度打ち振れば、戦争卿の影が伸びて灯を模した影を作り上げた。
戦争卿は、敵意を抱いた対手のユーベルコードを模倣する。どっ、と地面を蹴り飛ばし、影の灯が迎撃すべくその両手に凄まじき高温のプラズマを纏い、迫った。《幻想融烈・大戦神ノ槍》。神の名を宿す灰燼の一撃。灯が寿命を削り放つはずの一撃を、いともたやすく模倣してくる。
だが、それが何だという。そんなものが、走らぬ理由になるものか。
一切合切の容赦はない。敵が何をしようと眼中にない。
「退け!! 偽物に構ってる暇はねぇんだよ!!」
フュージョンドライブ・オーディーンを発露している最中はその速度が著しく向上する。だが、その速度のコントロールは灯が行うからこそ先鋭化するもの。特質を知らぬ敵が扱うのならば、ただ直線的に疾る以外の行動を取らせるのは難しい。
自分の技術に対する信頼があった。アザレア・プロトコルは彼が作った彼の為の技術体系である。本質の模倣、容易には罷り成らぬ!
繰り出されるプラズマの杭めいた打撃を掻い潜り、灯は両手に宿した術式を瞬撃七発、影の胴体に叩き込んだ。アザレア・プロトコル・ナンバーワン、ユニコーン・ドライブ! 尖角めいた鋭い打撃が、灯の幻影の胴を貫き、光と共に四散させる!
何たる鮮やかな迎撃。彼の並外れた見切りとカウンターの技術が成せる技だ。
――だが散った光が晴れる前に、その打撃による一瞬の停止を狙い、散弾砲が降った。
「がっ――!!!」
右腕が吹き飛んだ。回避もままならず、土手っ腹に風穴が空き、血と腸がまろび出た。――戦争卿の狙いは初めからそれだったのか。鎧袖一触に倒されようと何ら惜しくない幻影を嗾け、動きを止めた瞬間に、その幻影ごと散弾砲で射貫くという手筈。圧倒的な存在量、そして己のユーベルコードの特質を遺憾なく発揮した制圧戦術。
絶望的なまでの戦力差。血を吐く灯。身体が前に傾く。
「んん、やはりこれに限るな、すばしこい連中には踏み台を嗾け纏めて撃つ! これが最善――」
朗々と歌う戦争卿が垂れる講釈を、
「っせぇええええんだよォッ!!!」
真逆。
斃れるはずの灯の声が貫いた。
ご、ぎッ!!
「――?!」
声もなく、戦争卿は後方に吹っ飛んだ。頬骨が陥没骨折――直後に炸裂した術式がその頭を半分ばかり削って吹き飛ばす。
倒れたかに見えた灯は、出血が増すのにも構わず、メテオ・レイダーに魔力を突っ込み、ロケットめいて己が身体を射出。残った左腕に魔力を込め、今一度の一角獣の一撃を叩き込んだのである。
吹き飛び転がる戦争卿に向け叫ぶ。
「立て!! 死ぬまでてめぇをぶん殴ってやる!! 楽に死ねると思うなよ!!」
彼の術が。アザレア・プロトコルが、奴を殺せと叫んでいる!
吼え猛る喪失の牙は、その命が燃え尽きるまで止まらない!!
◆皐月・灯
右腕上腕以降を喪失。胴に集中した散弾による貫通銃創。内臓露出、出血多量。
握る左手に光を掴む。いつか喪った、あのときにはなかった光を。
成功
🔵🔵🔴
メトロ・トリー
◎◎◎!
きみってばきみってばきみってば!
ぼくらを殺したいのかい!?
いいとも、いいとも!
うさぎのポットパイはお好きかい?
えへへ、ぼくも吸血鬼のジュースが飲んでみたいのさ!
仲良く交換しようよ!痛い!
え!?とっても痛い!ぼくは飛んでった右耳に手を振るよ!バイバイ!あ!ぼくのおてて!君がちょんぎるからサヨナラもできないじゃあないか!もう!
でもそろそろいいかなあ
ら、ヴぃ、あん、ローズ!
今度はぼくの番だよ、吸血鬼さん!
ぼくは腹をかっ捌いて、仲良しの荊棘を取り出すよ。
怪我した分だけこの子は、とっても元気になるんだよ、加虐趣味のクソ荊棘だからね!
きゃは!でもぼくの血肉じゃあたりないみたいなんだあ
首!首おくれ!
●狂った兎の狂騒詩
村がぼうぼう燃えて、人が沢山死んじゃった!
ころころ転がる人たちは、まるで壊れたマネキンみたいだ。
そこにもかしこにもピチャピチャたまる、噎せ返るみたいな血の臭い!
それもこれも全部ぜぇんぶ、ぼくらを呼ぶ為にしたことなんだって!
「あぁーーーー、たいへん! ねぇねぇねぇ、きみってばきみってばきみってば! そんなにぼくらを殺したいのかい!?」
「勘違いして貰っては困る。我の目的は――、殺し合いだ。至上の闘争だ。獲物を殺して飽き足りるなら、そもそも貴様らにバレぬように殺せばよかろうよ」
損傷が激しい。徐々にその治りも遅くなりつつある。しかし、戦争卿は失った頭部を、腕を、猟兵らの立て続けの攻撃により受けた損傷の全てを、呼吸一つで全て癒やし、左手に砲を再構築する。
「弱卒は要らん。我を楽しませるだけの強者だけが望みだ。故に足掻け、猟兵。足掻いて足掻いて足掻き抜いたその先で、泣きわめくお前達を踏み潰すのが我が快楽よ!」
「あっはははあ、いいとも、いいとも! ねえね、うさぎのポットパイはお好きかい? えへへっ、ぼくも吸血鬼のジュースが飲んでみたいのさ!」
びゅうんと振るのはおおきなナイフ。吸血鬼の首から紅を搾る為の、金にひかったテーブルナイフ。携え明るく笑うのは、メトロ・トリー(時間ノイローゼ・f19399)。時計嫌いの時計ウサギ。
メトロはナイフを構えて、可愛らしい顔と明るい笑みもそのままに、戦争卿に向けて踏み込み、
――轟いた砲声に殴り飛ばされるように横に転がった。
「ひゃあああっ!?」
「簡単に近寄れると思っているなら見込み違いだぞ。それともお前、それしか出来ぬ弱卒か?」
「ああああああああ痛いっ、えっ、とっても痛い!! 何それそんなおっきな大砲ひどい! ああぁっかわいいぼくの耳っ、」
言葉の通り。哀れメトロの右耳は泣き別れ、空にぽおんと飛んだ、時計ウサギの白い耳。端っこが血で染まっている。かわいいね! メトロは右耳さんにおわかれをいいました。小さなおててをぴょこぴょこ振って、さよならさよなら、バイバイバイ!
砲が再び怒号した。
「ぃあああっ、あ、っあ、あっ、ぼくの、ぼくのおてて!」
ナイフを持っていない左の腕がもげて吹き飛んだ。ああかわいそうなメトロ! 左腕さんにはバイバイできないね!
「君がちょん切るからサヨナラもできないじゃあないか! もう! どうしてくれるのさ!」
「……お前、もういいぞ。死ね」
無慈悲な戦争卿の台詞。立て続けに二射をまともに食らい、腕を欠損して戦闘能力を喪ったかに見えるメトロに対する興味を失ったように、砲を真っ直ぐメトロの身体に向け構える。
それを見て尚、メトロは笑った。
「ぁあもうそろそろいいかな、いいよねいいよねきっといい! 行こうか行こうかそうしよう、きみだってそう思うだろ!」
砲声。メトロはトリガーの動きを見て、右前に爆発的に踏み込んだ。砲が左腹側部を掠め、大きく削り、臓腑が零れかける。ちょうどよかった。メトロは血で真っ赤に塗れた頬を裂く程に口角を上げ、金のナイフを自らの腹に突き立てる。
ぞぶ、ずしゅっ、走りながらナイフを棄てて。割いた腹に手を突っ込み、ずる、ずる、ずるり、メトロは何かを引き摺り出した。臓腑か? ――否、
「あぁあぁあアアあァ痛い痛い痛い!! 痛いッ、うふっ、ふふふふうふふ、あはははぁっ! ねぇ吸血鬼さん今度はぼくの番だよ! 受け取ってくれるよね、くれなくてもあげるけど!」
それは荊棘、彼の身体の中に棲む、血肉を喰らう荊棘。
肉に腸に絡みついてギシギシ軋むものだから、引き摺り出すだけで一苦労!
「――ハ」
その有様を、『狂っている』と言う以外、なんと示せばいいというのか?
「ぼくが怪我した分だけこの子はとっても元気になるんだよ。なんてったって加虐趣味のクソ荊棘だからさぁ! きゃはははっ! ――でもでもでもさ、僕の血肉じゃ足りないみたいなんだあ。だからさぁ、」
うさぎうさぎ、何見て刎ねる。
「首ッ! 首おくれ、ねぇっ!!」
戦争趣味のクソ野郎の、嗤ったその顔見て刎ねる!!
びゅるりとうなる生ける荊棘が、凄まじい速度でうねり、鞭のように撓った。その尖端が音速を超えて一閃、飛び退こうとした戦争卿に先んじてその右腕を刈り飛ばすッ!!
噴き出す血液。メトロはらんらんと、月下に赤茶の眼を煌めかせ嗤う!
「腕じゃ足んない、足んないよぉっ!! 首じゃなきゃやーだーっ!」
「ハハハハハァッ! 弱卒かと思えばこれがなかなかどうして! ――いいだろう掛かってこい猟兵、原型がなくなるまで打ち砕いてくれるッ!!」
今一度の砲声が鳴った。
狂ったウサギと紅蓮の砲が、満月の下で荊棘と踊る。
◆メトロ・トリー
右耳喪失。左腕喪失。左腹側部が大きく削れ、内臓が露出。
腹に真一文字の刃傷。内臓に絡む荊棘による内臓及び肉体への激しい損傷。
ああ、ああ、ゆめごこち!
ねぇねえもっと踊ろうよ、時間なんて忘れてさ!
成功
🔵🔵🔴
ヴィクティム・ウィンターミュート
◎
気に食わねェ
テメェのやり方が気に食わねェ
だから此処に来た
死ぬかもしれなくても此処に来た
敗けるのは嫌いだ。特にテメェに負けるのはな
上位者面して、弱い奴はどうしたっていいと思ってる、テメェにはなァ!!
闘うのは嫌いだ
こんな死地に飛び込むような分じゃないことも理解してる
それでもこいつは殺さなきゃいけねぇ
ストリートで俺を足蹴にした奴と同じ目をした、こいつは!!
『Geek』──全部殺してやる
ナイフの機構を解除、二刀流化
ショットガンの【零距離射撃】と【二回攻撃】で騎士を殺しまわる
スピードで翻弄し、鎧の隙間に差し込む
殺してみろ
俺は何を失って止まらねえ
何百回と死ぬような傷を受けても、勝つまで決して止まらねェ
●勝利の二文字、他には要らぬ
気に食わねェ。
このやり口。自分の快楽の為なら、他の何を犠牲にしようが構わねェと思ってる奴のやることだ。
そのクソ野郎は、罪もない、虐げられる人々の命をまるでロウソクみたいに燃やして、俺たちを呼ぶ篝火にしやがった。そんなことをしなくても、クソ野郎共ハイツか纏めて、残らずブチ殺してやるってのにな。
だから来たんだ。だから此処に来た。
ヤツは強いらしい。征けとは言えないと、案内したグリモア猟兵は言った。普段は口数の少ないヤツだ。それがあれほど、切に、征けとは言えないと、勧めることは出来ないと言った。それほどまでの強敵なのだ。『征けとは言えない』という台詞の影に、俺は、『死ねとは言えない』と言う副音声を聞き取った。
だから笑ってやったのさ。
俺は敗けるのが嫌いだ。特に、最低にクソひっかけたくらいの最低野郎に負けてやるのは大っ嫌いだ。
信じろよ。俺は敗けねェ。だから征かせろ。
そうやって、強く言い切ってやったのさ。
フラットライン
「テメェを真 っ 平 らにする為に来てやったぜ、上位者気取りのクソ野郎が!! 死ぬ準備は出来てんだろうなァ!!」
突如として闇より、一人の猟兵が駆け出た。ヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)だ。吼える。或いはそれは、自分を鼓舞する為の声でもあったのかも知れぬ。
「おいおい、真逆お前、我を簡単に殺せるつもりでいるのか? ――こちらの台詞だぞ、猟兵。命を捨てる覚悟は出来ているか?」
「それこそまさかだってんだよ。テメェごときに俺が、殺せるわけがねェだろうが!!」
強がりだ。薄ら寒いくらいの強がり。
――あァ、本当はさ、闘うのなんて好きじゃねェ。
ヴィクティムは内心で独りごちる。何でも出来る万能の猟兵と認識されがちな彼だが、その実、彼は『特化していない』。何でも出来るのではない。『何でも出来るように見せるのがうまい』のだ。簡単なことだ。己の得意を活かし、欠点を晒さなければ全能に見えるものである。
彼が自分の技能をフルに使うのだとしたら、正面切っての斬った張ったなど問題外だ。影に隠れ、存在を欺瞞し、敵を攪乱し――騙しを何重にも入れての、一方的な殺しが最も有効だろう。
――だが、それでも、こいつを殺さなければいけないと思った。
いつか、何も持たなかった頃の自分を――ストリートの死神として、硝子片を握り、奪う側に回る前の自分を、踏み躙り、踏みしだき、優越感に歪んだ笑みを浮かべた加虐者と、同じ眼をしたこいつを、殺さなければいけないと思ったのだ!!
エクス・マキナ・ヴォイドの連結を解除。二刀に分かれた生体ナイフを両手に駆け寄せるヴィクティムから逃れるように戦争卿はバックステップし、くいと顎をしゃくった。その刹那、次々と地より這い出る聖堂騎士団! 聖堂の名を冠す癖真っ黒な甲冑を纏った腐肉の騎士共が、斧槍かざしてヴィクティムの道行きを阻む!
「どけ、」
ヴィクティムは恐れない。恐れなど置いてきた。
死んでしまうことよりも、負けることが恐ろしい。
戦い、勝利しないのならば、何の為に生まれてきたのだ?
勝利する為にひたすら走り続けなければ、たとえ心臓が拍動していようとも、それは生きていることにはならないだろう!!
「邪魔だァ!!」
立ち上がった黒騎士の顔面に左腕内蔵のショットガンを叩き込む。拉げて兜が吹き飛び倒れるその骸を蹴り踏み越え、宙に躍って身を廻した。両手にナイフが煌めく。生体ナイフとカテゴライズされたそのナイフは、伸縮自在にして天衣無縫。ヴィクティムが身体を廻し両腕を閃かせれば、鞭めいて撓り伸びたナイフがまるで命に咬み付く蛇のように、敵の鎧の隙間を抜けて、首を狩り腕を飛ばし脚を薙ぐ。鏖殺。
着地するなり撓めた膝のバネを解放して駆け抜ける。圧倒的なスピード。身体能力を増幅するサイバネ甲状腺をフル稼働し、神経ブースターを全開にして稼働する。神経が、筋肉が、骨が、過剰出力に悲鳴を上げる。己の身体を使い潰すようなバフが、敵に反応を許さない超高速を作り出す。刺し殺す刺し殺す刺し殺し斬り殺す、
しかし砲声は無慈悲。騎士達を殺しながら駆け抜けるヴィクティムを、戦争卿は騎士らごと散弾砲で猛撃した。騎士達が千切れ飛ぶ。悲鳴すらなく、ヴィクティムもまた紅き散弾砲の弾雨に呑まれる。騎士達の腐った血と肉、そして鎧の破片、生体ナイフを持った左腕が散り散りに散るその中から、
「殺してみろよ」
音もなくボルトが飛んだ。
「ッ!」
戦争卿に突き刺さった短矢が高電圧を発する。一瞬の運動機能麻痺。そこにねじ込むようにArseneが駆けた。割れたバイザーを下ろし。殺意の光を眼に宿し。
ストリートの死神と呼ばれた、あの頃の飢えた表情をそのままに!!
「俺は何を失っても止まらねえ――何百回と死ぬような傷を受けても、勝つまで決して止まらねェ!!!」
左腕がもげたからなんだ。腹に穴が空いたからなんだ!!
まだ右手がある、俺は走り続ける!!
増幅した身体能力のまま駆け抜けたヴィクティムの右手のナイフが、戦争卿の首を捉えた。声もなく口を戦慄かす戦争卿の首から、今一度、紅い噴水めいて血が飛沫く――!
◆ヴィクティム・ウィンターミュート
左腕欠損。このため散弾銃とワイヤーアンカーが使用不可。
また、防御プログラムの大部分を喪失。
臍部背骨よりやや逸れ、拳大の貫通銃創。出血多量。
手札が失せても。いつだって、持っているものだけで勝負してきた。
ガラスの欠片でも人は殺せる。なら、今度だってやってやるさ。
成功
🔵🔵🔴
鎧坂・灯理
【双竜】
ふぅー……
ああ、ハティ。私もあなたと殴り合えるくらいに、強くなったんだ
「守るもの」が弱点にならないという恐ろしさ
教えてやろうじゃないか
【銀月】で迎撃しよう
飛び道具を全力で拒絶、加えて『索冥』を活性化
防御はしっかりと 回避や再生の暇がもったいない
竜の腕に『死樹の篭手』、念動力で身体能力を底上げ
全力で殴りに行く
相手は強大で、一度のミスが死に繋がる
なんだ――いつもと同じだな
死にかかるのも、砲煙弾雨をかいくぐるのも、いつものことだ
だからこそ宣言しよう――私は「絶対に死なない」
必ず貴様をぶちのめす
沈め――我 は『 不 死 鳥 』! 百 折 不 撓 な り !!
ヘンリエッタ・モリアーティ
【双竜】
強敵相手と聞きました
灯理、警戒を。私はともかく、あなたは――ああ、そうか
あなたもだいぶ、強くなった
守るものがあると生き物は強くなるというしね
証明してやりましょうか
【黄昏】で相手をしましょう
構わない、どんな攻撃も許してやる
過去の抵抗程度、受けてやりましょう
ただ致命だけは至らせない。私も、つがいへの攻撃もね
言ったでしょう
「抵抗」は許す
――ただ、私たちへの「無礼」は許さない
お前の前に居るのが誰かを教えてやるよ
絶滅だ
砲弾の乱射は永縁刀「紫衣紗」にて捌いてやる
もっともっと怒らせて頂戴な、吸血鬼
千人の騎士団も踏み越えて、私はお前に宣言する
――我 が 名 は 、 『 円 環 竜 』 な り !
●双頭竜の叫び
――『それ』の相手は、大層骨が折れるものだと聞いた。
ヘンリエッタ・モリアーティ(円還竜・f07026)は、かつて数度、その灰色のグリモア猟兵からの仕事をこなしたことがある。その何れをも、彼女は危なげなく達成してきた。
しかし、今回は――声のトーンから、その危険性を察していた。語られる危険性、相手の異常性。それを聴きながら、元・犯罪王、ヘンリエッタ・モリアーティは拳を握り、緩く開いた。彼女は悪が成す邪悪に共感する。
――夫の死の際に、その死を悼みに参った男に惚れた妻が、子を殺した。
なぜか? そう問いかけた審問官に、
――また逢いたかったんでしょう。その男に。
事も無げに、そう答えるような女だ。
だから彼女は戦争卿の行為を理解することが出来た。愛しき怨敵を喚ぶ為に、罪もない人々を鏖殺するという行為を。それは、恋慕の対象の気を引く為に、奇抜なことをする道化のような所業だ。
嗚呼、来てやった、来てやったとも。
魔術回路を宿す、永久を象徴する刃『紫衣紗』を手に、荒涼たるダークセイヴァーの地を踏んだのだ。
「――灯理。警戒を。私はともかく、あなたは――」
ヘンリエッタは落ち着いたトーンで傍らに呼びかける。
そこには眼帯をした女がいた。深く息を吐き出しながら、彼女は前を見る。
その目には恐れはない。ただ、殺す為に。斃す為に、狂笑する戦争卿を見据えている。ヘンリエッタの慮るようなトーンの声に応えず、彼女は、こぉう――という掲揚しがたい音を立て、蒼白い幽玄の炎を身の回りに燃やした。
「……灯理?」
「ハティ。気遣いは要らない。――私はあなたと殴り合えるくらいに強くなったんだ。守られるだけの女じゃあない。それをこれから、ヤツに、消えないくらいに強く、刻みつけてやりに行く。『守るもの』が、弱点にならないという恐ろしさ。ヤツに教えてやろうじゃないか」
が、っぎいん!!
竜麟纏う両腕に、『死樹の篭手』を装じて、灯理は両手を打ち合わせた。大気が震え、戦争卿がその音に気付いたように灯理に視線を絞った。他複数の猟兵と交戦しながら、その気配に目を向けたのだ。
「――ああ、そうか。……あなたもだいぶ、強くなった。守るものがあると生き物は強くなるというしね」
ヘンリエッタは微笑み、灯理の髪をそっと梳った。臥所のうちでそうするほどに指先は優しく。けれどここは戦場。それ以上の触れ合いを求めることもなく。
「証明してやりましょうか。『私たち』を」
「ああ。――戦争を始めよう」
前衛の猟兵が剣の火花を弾けさせ、戦争卿を圧したその瞬間、竜のつがいは弾けるように前へ駆けた。
「――おお、」
びき、びきばき、ばきっ、びきりりりっ!!
「オオオオオオオオオオッ!!」
ヘンリエッタが吼えた。その全身に縄めいた筋肉が浮き、握った刀『紫衣紗』の柄が軋む。ユーベルコード『黄昏』。己の邪魔をするもの全てに対する激憤と憎悪を糧に、己の攻撃力を増幅する術。
立て続けに地面が爆ぜる。彼女が地面を蹴ったのだ。戦争卿へ向け真っ直ぐに、地面を飛翔するように駆ける!
「来い、戦争卿。『抵抗』を許してやる。だが私たちを殺せると思うな。お前の前にいるのが誰かを教えてやる」
「猟兵だろう? その名は知らんが! そもそも、そもそもだ。お前達が我の記憶に残るに値するなど、言葉に尽くしがたい思い上がりだぞ。その辺り、きちんと弁えた上での言葉だろうな?」
戦争卿は迫るヘンリエッタ目掛けて無数の魔散弾を放った。戦車ですら瞬く間にスクラップにするであろう散弾、しかもその連射を前に、臆せず進むとは一体どれほどの胆力か。
――否、それは信頼か。
「月に灼かれろ。貴様の弾が私たちに届くと思うな」
ヘンリエッタのそばに侍った灯理が、身に纏う炎を燃やし、更に思念防壁を張る。
散弾が炎に焼べられ、減った質量が防壁に弾かれる。鉄壁の防御! 散弾砲の連射さえ防ぎ止めるとは、驚異的な防御性能だ!
「ハッ! これはこれは、なかなかの護りだ。――ならば我も、少しばかり本気を出さないとなァ!!」
接近する二者から退くように、散弾を撒き散らしながら戦争卿が跳び下がる。
その両手が、影に包まれてぐにゃりと歪んだ。一瞬の間も置かず膨れ上がる! 砲、砲、砲砲砲砲!! 散弾砲では灯理の護りを突破し得ぬと踏んだその瞬間に、戦争卿は己の影を使用して連装砲を練り、散弾を遙かに上回る出力の砲弾を同時射撃する手を取ったのだ。
ぴりり、と空気が張り詰めた。いかな灯理の護りとて、あの砲の直撃までは防ぎ得ぬ。そう直感させられる。ニルズヘッグ・ニヴルヘイムの竜麟すら、あの砲は射貫いたのだ。
だが。
竜のつがいは、それを承知で直進した。迂回も、搦め手を撃つこともない。
ただ真っ直ぐに、あの外道を、真正面から殴りに征く!
「邪魔よ。引っ込んでいなさい!!」
ヘンリエッタが太刀を振るった。閃が駆け抜け、道行きを阻む黒騎士達を斬って捌いて撥ね除ける。その傍らで灯理が念動力で、身体能力を加速する。
「退け。然もなくば砕く」
ダッシュの速度を活かしたキックコンボからの右ストレート。竜の籠手を纏う拳が、騎士の身体をいびつに歪ませながら吹き飛ばし、後続の騎士達を薙ぎ倒す!!
「健気にもよくやる。――あァ、あア、いいな、お前達みたいなのをォォぉ、踏み潰してやるのが、我が一番好みの趣向なんだァ!!」
きゅうううううううううういいいいいいいいいいいっ、
集束する紅蓮。影の連装砲の砲身、その根元にエネルギーがとぐろを巻き、ほぼ同時に火を噴いた。二〇数発の魔砲弾が、竜のつがいに襲いかかった。
ヘンリエッタが前に出た。つがいに傷など許しはしない。灯理と己に降り注ぐ砲弾を、永縁刀『紫衣紗』にて斬り弾き受け弾き蹴散らし前に、
ず、ぐしゃっ。
左肩が吹っ飛んだ。右脇腹が抉れ飛んだ。第一射、鏖殺の嵐を凌いだ代償がそれだ。血が噴き出る。こみ上げる血を吐き散らす。
――防いで終わりでは当然無い。すかさずの追撃が来た。時間差を以ての第二射。疾る速度が緩んだヘンリエッタの前に、灯理が駆け出た。
両の拳に纏ったガントレットで、正面から砲弾を迎撃した。身に纏う炎を拳に集め、更に思念外殻――概念障壁『索冥』により砲弾を減速、連続で数発をパリィングする。
だが、たったの四発で両の拳が砕けた。そればかりか、両腕の骨が砕けた。圧倒的なインパクト。
「ッあ、ァァ
……!!」
亀裂の入る骨に、痛みの声を咬み殺す。
だがヒットする軌道の五発目を、砕けた右拳で尚も打った。それで、今度こそ右腕は使い物にならなくなった。真正面から砲弾と打ち合った右腕は圧し潰されたように拉げ、血管という血管から外へ噴血し、血の塊になってだらりと垂れ下がる。
瞬く間の一瞬で、ヘンリエッタが左腕を、灯理が右腕を失った。
痛みに膝を折っても、意思が砕けても、誰も責められないような重傷。
――しかし、それでも。
「……こんなもの。いつもと同じ事だ」
「ええ。征きましょう、灯理」
「ああ」
敵は強大、一度のミスが死に繋がる。
死にかかり、砲煙弾雨をかいくぐる。
生きながらにして死んでいるようなこの修羅場こそが、彼女ら二人の日常だ。
そして。
その理不尽なる不条理にこそ激憤し、彼女らは抗うのだ。
ヘンリエッタは、喪われた灯理の右腕に。
灯理は、己を庇ったヘンリエッタの、喪われた血と肉に。
「絶滅だ」
「私は死なない。貴様ごときに――殺されてはやらない」
激しく。地の底で煮える溶岩のように憤る。
戦争卿の砲弾が途切れたその刹那に、比翼の竜は翔け抜けた。ヘンリエッタが灯理の右腕になり、灯理がヘンリエッタの左腕になる。彼女らは不死の翼持つ双頭竜。
「――!!」
二度の斉射をも抜けて、駆け来る二体に――否、『一体』の双頭竜にたじろぐように、戦争卿が半歩退いたその刹那。
彼女たちは吼えた。まるで、地の底から熱と共に迸った、この星の血そのもののように!
「我 は 『 不 死 鳥 』! 百 折 不 撓 な り !」
「我 は 『 円 環 竜 』! 確 乎 不 抜 な り !」
「沈めぇーーーーーーーーーーーーッ!!!」
繰り出された灯理の拳が、戦争卿の顔面を捉えた。直撃した拳のインパクトは筆舌に尽くしがたく、浸透した衝撃が戦争卿の後頭部を爆ぜさせて脳漿と血を散らす。
吹っ飛ぶ狂人の頭を射貫くように、すかさず、渾身の力を込めたヘンリエッタの突きが飛んだ。黄昏の力を込めた突きが、衝撃波を伴って『伸び』、戦争卿の頭部を円形にくりぬいて消し飛ばした。
――膝を突く双頭竜の遙かその先に、骸めいた戦争卿の身体が落ちる。
◆ヘンリエッタ・モリアーティ
左肩部以降を喪失。右脇腹に戦車砲の掠撃による抉れ傷。
出血多量。
◆鎧坂・灯理
両腕共に複雑骨折。右腕は粉砕骨折に近く、既に機能しない。
砲撃を弾く際に、そのインパクトにより血管が軒並み爆ぜており、残る左腕も反応鈍し。
つがいの竜が疾る。
落ちる悪辣の王に、業の裁きを下す為に。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ラナ・アウリオン
◎
ラナ、現着しマシた。作戦目標は、防衛ではなく討滅と認識しマス。
世を脅かすオブリビオンに対峙する限り、戦意を欠くなどありえマセン。
必然、敵能力の発動は不可避。最も殺傷力が高い……火力を基準とするならば、〈神炎鐵火〉が該当するデショウか。
正面からは同等の火力を以て当たるほかなく、しかしそれでは戦争卿への対処ができマセン。
ただし、ラナと同性能である以上は、起動シークェンスに時間が必要なはず。
その間隙こそが好機と判断できマス。
現象〈氷の流砂〉〈紫電の霧〉、定義済みライブラリから並列ロード、即時発動。これで分身を牽制し、火砲を展開しつつ戦争卿に接近。
分身の攻撃に戦争卿が巻き込まれるように機動しマス。
●神火に焼べよ
「ラナ、現着しマシた。――作戦目標は、防衛ではなく討滅と認識しマス」
ラナ・アウリオン(ホワイトアウト・f23647)は空より戦争卿を俯瞰した。浮遊型火力投射外装『ウェヌス』を展開、その切っ先にて戦争卿を睨んだその刹那、ぐりん、と戦争卿は天を仰ぎ、ラナを捉えて嗤う。
「また新しい玩具か。こうまで我を傷つけてみせた猟兵共は間違いなく初めてだ――いいぞ、抵抗を許してやる。お前も精々踊れ猟兵!!」
同時に、右腕に影にて砲を編み、地上を掃射。戦闘中の猟兵を薙ぎ払いつつ、左手の魔砲でラナを狙い射撃!
トリガーが引かれる前にラナは横方向へ魔力を偏向させ、ベクターノズルめいてブーストダッシュ。ウェヌスに魔力を投入し魔弾を連射するが、戦争卿は踊るようにステップを踏み、火線の一歩先を駆けながら顎をしゃくる。
戦争卿の影がずるりと立ち上がり、ラナそのものと言ってもいいシルエットを形取る。
戦闘ドクトリンより警告。敵シャドウ・イェーガー腕部に高エネルギー反応。
ラナを模した影のその腕に、四門のウェヌスが纏い付き、その尖端に高速回転する魔法陣が浮かび上がる。――ラナが用いる最強の神威顕現、『神紀再製・神炎鐡火』の模倣だ。
「おやおやこれはまた、物騒な武器を積んでいるな人形! 真逆貴様もそれを自分で喰らうことになろうとは思っていなかったろうが!」
敵シャドウ・イェーガー、浮揚を確認。エネルギー反応増大中。起動シーケンスの進行を確認。
戦争卿の愉しげな嗤いを無視。戦闘ドクトリンより上がるアラートを聞き逃さぬようにしつつ、ラナは周辺環境を走査し、それに合わせ現象定義ライブラリの変数をアジャストする。
――ユーベルコード起動。これはアポカリプスヘルで使用した『現象』だが、周辺の魔力濃度と大気の状況を、湿度温度そのほかさえ判明すれば、一度ライブラリ化した『現象』を再現することは難しくない。
ジェネリック ・ ジェネシス
「即時起動。≪最 新 鋭の 創 世 神 話≫!!」
「むッ……?」
ラナは影と戦争卿の足元に『氷の流砂』を現出した。
戦争卿のステップが鈍る。完全に足を止めることは出来ないが、十全な機動を防ぐには充分だ。即座にウェヌスで斉射、氷の属性弾による連射で立て続けに戦争卿を射貫く。
「カハッ! ハハッ、ハハハ! 痒いな、この程度ではこそばゆいばかりだ!!」
立て続けに着弾するも、戦争卿は瞬く間に着弾の傷を癒やしながら応射してくる。紅蓮の散弾砲が天のラナを射貫かんと拡散し迫る。推進力を全開にして回避。
「そら、お前、我ばかりに構っていると死ぬぞ。自分の能力がわからん訳でもあるまい?」
――氷の流砂は確かに戦争卿の動作を阻害した。しかし、ラナは空を飛翔することが可能だ。彼女を基にして編まれた影もまた、飛翔能力を持つ!
空へ舞い上がり、高速回転するウェヌスを手に纏って、シャドウ・イェーガーがラナへと襲いかかる。
だが、彼女の行動をサポートする戦闘ドクトリンがそんなことすら予期していないわけがない!
デュアルブート
「並 列 起 動!!」
ばち、じじぃっ!!
刹那の間に、宙に紫電帯びる霧が広がった。
広がった霧から析出した雷電が、シャドウ・イェーガーの身体を打ち据える! 一射二射では到底止められないが、低威力とはいえ全方位から連続で紫電が走れば、その中を自在に機動出来るわけがない。身を守るように両腕をクロスした影の横を、ラナは推力全開で翔け抜けるッ!
氷の流砂により飛行を強い、そこを紫電の霧で包み込んで行動を封じる。鮮やかな連携を見せつつ、地の戦争卿目掛けウェヌスをフル出力で連射しつつ突っ込んだ。
蜂の巣になる戦争卿。全身から鮮血が煙る。
だが。
「先刻も言ったが、この程度では痒いばかりよ。もっと痺れる一撃を持ってこい」
戦争卿はウェヌスの連射をまともに食らいながら、散弾砲を持ち上げ無造作に連射した。真っ向から迫るラナの左脚と右腕、右脇腹が千切れ吹き飛ぶ。ウェヌスが二基落とされ、喪失。喪われた部位から漏出する血と魔力がスパークし、ラナの唇が戦慄く。
戦闘ドクトリンより警告。出力低下。被害甚大。至急の離脱を推奨。
――だがラナは止まらなかった。ヴァース・アンカーで傷口を固定。悪化を防ぎながら、真っ直ぐに飛ぶ。地の戦争卿を目掛けて!
「自棄を起こしたか。――まぁそれもいい。無駄な足掻きだったな、猟兵」
戦争卿がせせら笑う。ウェヌスによる火力投射では戦争卿に致命傷を負わせられない。それを承知で突撃するとは、なんと無謀な、と彼は考えたのだろう。
――しかし、彼女は戦争卿が思うよりも遙かに、周到に、この状況を作り出していたのだ。
・・・・
「――顕現解除!」
その瞬間、空を覆っていた紫電の霧が掻き消えた。戦争卿が目を丸くする。
空。神炎が燃えていた。ラナを模したシャドウ・イェーガーは、真っ赤に燃える筒先を、纏ったウェヌス諸共にラナに――引いては、彼女が向かう軌道上にいる戦争卿へ目掛けて差し向けた。
「――!!」
バックステップで逃れようとする戦争卿の脚を氷砂が取り、ラナのウェヌスが撃ち抜いて縫い止める! ラナが出力全開で戦争卿の横を翔け抜けたその瞬間、シャドウ・イェーガーが神火を解き放った。
再現された神の火が――『神紀再製・神炎鐡火』が、天より鉄槌めいて落ち、戦争卿を――飛ぶラナを呑み込んで、爆炎と火礫を吹き上げる!!
◆ラナ・アウリオン
左脚膝以降、右腕肩部以降を喪失。右腹側部が抉れ消失。
全身に重度の熱傷。
神の火に捲かれ吹き飛び転げ。
ドクトリンの警告を遠くに聞き、左手で土を掴んだ。
――まだ。まだ、戦える。
成功
🔵🔵🔴
高砂・オリフィス
◎
POW判定
こんにちは! ステキな笑顔のお兄さんっ
戦争……卿? ヘンな名前! あははっ
悪いけど、いたずらに人を傷つけるヒトと友達になるのはゴメンだねっ
…………あの山の向こうまでブっとばすッ!!
大量射撃攻撃だねっ? 物量を捌くのはちょーっと骨だから、負傷は覚悟の上で突っ込む!
被弾度外視、ダッシュや飛び込み跳躍で至近距離に接近することをまず考えるよ
射程距離30センチまで肉薄しちゃえば、弾幕の雨だって紙吹雪と同じさ! 動く腕か足でっやり返す!
喉さえあれば大丈夫、歌うなら勝利の凱歌を! 鉛玉より、応えきれないほどの歓声がほしい!
悲鳴はぼくの力でかき消すっ、遠慮せずに受け取ってちょーだいなっ!
●凱歌よ天まで届け
「こんにちは! ステキな笑顔のお兄さんっ」
空に開いた“門”から新たな猟兵が飛び出す。小麦色の肌、金の髪。快活な口調に笑み、均整の取れた体つき。抜群のプロポーションを夜気に晒し、ポニーテールを風に波打たせながら落ち来る彼女の名は、高砂・オリフィス(南の園のなんのその・f24667)。
「馴れ合いは要らんぞ、猟兵。我は、この戦争卿は、貴様らと殺し合うのが本懐ゆえ」
「戦争……卿? あははっ、ヘンな名前! ――でも馴れ合いなんて要らないって事には同意かな。悪いけど、いたずらに人を傷つけるヒトと友達になるのはゴメンだしねっ」
地に降り立ったオリフィスは、膝を撓めて衝撃を吸収。地に左手を預け、刹那目を伏せ――顔を跳ね上げる。
焦げ茶の瞳が怒りに燃えていた。燃え猛る激情を露わにし、敵を真っ直ぐに睨み付ける。
「…………あの山の向こうまでブッ飛ばすッ
!!!!!!!!」
「クハハッ! 何だ猟兵、ヘラヘラとしているかと思えばその奥にはきちんと怒りが煮えているじゃないか! 我はその顔の方が遙かに好きだぞ、もっと猛れ、もっと怒れよ!」
「もう喋んないで、あんたと喋ると口が腐るよ。殺し合いが望みなら叶えてあげようじゃないっ!!」
オリフィスは誰とでも友情を育める、希有な資質の持ち主であったが――その彼女を以てしてもこの吐き気のするような邪悪の塊とは相容れぬ。
オリフィスはその身体に『Força』を纏い、初手から全力で駆け抜ける。相対距離二十メートル。彼女の健脚を以てすれば僅か数歩で埋まる距離。
だが、そのたった二十メートルが果てしなく遠い。
戦争卿は猛るオリフィスの怒りを嘲笑うように、凄まじい速度で左手の魔砲を連射した。散弾砲形態となった魔砲は、凄まじい速度で紅蓮の散弾を吐き散らす。その中をオリフィスは真っ向から、真っ直ぐに駆け抜ける。
端的に言えば、それは無謀であった。
戦争卿の全力を以て撒き散らされる散弾。此処まで、あの散弾の前に数々の猟兵が腕を脚を喪い地を舐めた。オリフィスとて、決して例外とはなり得ない。Forçaを纏い、オーラでその上から硬度を増し、両手をクロスして護りとし、走り抜けるオリフィスのその腕を、真正面から散弾が三発、叩いた。
「ッ――!!」
圧倒的な撃力。装甲が歪み、オーラが霧散し、ガードが吹き飛ぶように弾けた。両腕の骨に亀裂。まるで万歳をするように弾き広げられた両腕を、次なる散弾が襲った。
「っあ、うぁあああっ!?」
身を捩りながら走ったが、右腕が吹き飛び、腹部の装甲をブチ抜いて腹に砲弾が食い込んだ。血が噴き出す。左腕は最早だらりと垂れるばかり。骨が砕け、これでは殴打には到底使えぬ。
「ハハハハハハハハッ! いいのは威勢ばかりか! 真っ向から突っ込んできてこの程度では愉しめる見込みもないなァ、もういい、くたばれ猟兵!」
散弾砲の砲口が煌めく。
オリフィスは、砲口を前に歯を食いしばった。十メートルまで詰めた距離を、更に、地面すれすれまで身体を倒してのダッシュで詰める。怒号する散弾砲。右肩を更に散弾が抉るが、激痛を噛み殺して彼女は進む。
距離五メートル。オリフィスは渾身の力を込めて踏み込んだ。敵の射程の内側まで。散弾砲の銃身長は一メートルを優に超える。故に射程の内側に踏み込んでしまえば散弾砲は彼女を捉えられぬ!
「――近ければ撃てぬと踏んだか?」
その瞬間、戦争卿の右手に影が凝り、短機関銃が作り出される。短銃身のサブマシンガンは近距離の敵制圧に最適! 飛び込むオリフィスは、まさに飛んで火に入る夏の虫か。間近から、オリフィス目掛けサブマシンガンが火を噴き――
その身体を、銃弾が擦り抜けた。
「なッ」
いや、オリフィスが身体を捩ったのだ。極めて精緻なアイソレーション。サブマシンガンの軌道上から身を躱し、オリフィスは短く息を吸う。
この近距離に到って、彼女の勘と鍛えた肉体が冴え渡る。相対距離一メートル未満。腰撓めに構えた戦争卿のマシンガンの銃口から三〇センチ。この距離においては、全てを鏖殺する鉄火の嵐さえ紙吹雪と同じだ。
オリフィスは吼えた。或いはそれは、高らかなる凱歌だったのやも知れぬ。叫びにも似た音律が天を貫く。
――喝采せよ。鉛弾よりも歓声が欲しい。もう、この村に生きた誰かがいなくても。今、この場に転がった無数の骸、天に昇っていったその魂まで届けと祈る。
オリフィスは振り向けられるマシンガンを、再び竜巻めいたターンステップで回避、閃光めいて脚を振るった。
「遠慮せずに受け取ってちょーだいな。――言ったでしょ、『あの山の向こうまでブッ飛ばす』って
!!!!」
ユーベルコード、『今なお来たる瞬間』。
斧めいた一閃の回し蹴りが戦争卿の左腕、散弾砲を叩き折り、まるでボールめいて戦争卿の身体を水平に飛ばした。燃える家屋を貫き、貫き貫き、戦争卿の身体が地面を弾んで転げていく――!
◆高砂・オリフィス
右腕肩部以降を喪失。
左腕複雑・開放骨折。出血多量。
腹部に砲による拳大の盲管銃創。原形を保っていられたのは、Forçaの装甲があってこそであった。
膝を突きかける。
でも、まだそれには早い。
込み上げる血の咳を飲み下して、追って駆け出す。
成功
🔵🔵🔴
ミハエラ・ジェシンスカ
◎
Warlordか
大義なく利益なく、ただ我欲の為だけに行う闘争
そんなものを戦争なぞと呼べるかド素人め
フォースレーダーによる【情報収集】で弾幕を【見切り】
【念動加速】による超音速での飛翔を以って距離を詰める
尤もそう易々と近付けるとは思わないが
先んじてセイバードローンを斬り込ませつつ
致命的な被弾だけは【武器受け】なり【念動力】で逸らすなりして防ぎ
決して退かず、止まる事もしない
我が身を顧みず、【捨て身の一撃】をも厭わず
元よりウォーマシンの戦いとはそういうものだ
剣を振るう両腕を犠牲にしてでもヤツの元へと辿り着き
無様にも「打つ手がなくなった」ように見せかけた上で隠し腕を展開
【だまし討ち】を叩き込んでやる
●戦争機、戦争卿に会す
燻る火を映した天が赤く染まっている。朱と闇の間で揺れる空に、光点が一つ舞った。遙か彼方から、邪道の剣が唸り飛ぶ。
「――大義なく利益なく、ただ我欲のために行う闘争を戦争と呼ぶか。Warlordが聞いて呆れる。そんなものを戦争なぞと呼べるか、ド素人が」
発したその声すら置き去りに、ソニックブームを伴って翔けるのはミハエラ・ジェシンスカ(邪道の剣・f13828)。銀河帝国攻略戦に際し目覚めた帝国製ウォーマシンにして、『悪心回路』を搭載した特殊モデル。両手に携えた念動剣『フォールンセイバー』が紅く煌めき、バイザーにアイホールめいて刻まれた光と共に夜空に光の線を曳く。
その速度、前述の通り超音速。ミハエラは追加爆装、セイバードローンコンテナを展開・発射。コンテナ状のユニットから、無数の半自律飛行型フォースセイバーユニット――セイバードローンが子弾として射出される。持ち手部分にブースターが増設され、剣だけが飛んでいるような形状の武装だ。
――セイバードローン、サイコキネシス・コネクト。
ミハエラの脳裏に描かれた脳波リンクチャンネル、一番から百二十八番までが飛翔するセイバードローンとリンクする。
刹那、百二十八本のセイバードローンが、切っ先を揃えてミハエラに随伴飛行し出す。
イディオット
「教育してやる、大馬鹿野郎め。貴様がやっているのはただの私闘、戦争と呼ぶには稚拙に過ぎる力のぶつけ合いだ。――セイバードローン、オール・リンク・アクティブ。刻むぞ。オールレンジ攻撃を開始する」
ミハエラが凶暴に歯を剥きだした刹那、紅い流星雨めいて、百二十八本のセイバードローンユニットが地へ降り注いだ。狙う先は当然、今まさに他の猟兵に吹き飛ばされ地を転げる戦争卿である!
戦争卿は受け身を取るように地面を手で叩き、まるでワイヤーアクションめいて地面と平行に十数回転、踵を地面に打ち付けて制動。両腕に影を纏い散弾砲を作り上げると、迫るセイバードローンをノールックで撃墜撃墜撃墜!!
「ハ、蚊蜻蛉のようによく飛び回ることだ。いいだろう、流儀に付き合ってやる。我に無傷で近づけると思うなよ!!」
ミハエラは最早無言で全方位よりセイバードローンを殺到させた。敵が一射するごとに一〇基ばかりのセイバードローンが叩き落とされる! 有効な傷の一つとて負わせること叶わぬ。
しかしそれすら織り込み済み。端から、セイバードローンで傷を負わせられるとは思っていない。その対応に追われる間に接近する目論見だ。
上空より急降下しての強襲を仕掛けるミハエラに、しかし戦争卿は三時の方向を散弾砲の連射でクリアリングしつつ逃れる。ついでとばかり地面に数射――散弾砲の砲弾が地面に炸裂、爆裂して吹き上がる土柱が突如凝固し、砲塔と化す。砲弾を砲塔の種とする戦争卿のユーベルコードが功を奏したのだ。その数一瞬で数十。如何にミハエラが高速で飛べども、進路を埋め尽くす物量作戦の弾幕だけは如何ともしがたい!
「そら、抜けてこれたら褒美をやるぞ、猟兵!!」
戦争卿の哄笑と共に、地から伸びた砲塔がミハエラの進路を弾幕で埋め尽くす!!
「願い下げだ」
罵ると同時にミハエラは両手のフォールンセイバーを最大出力で稼働。同時に、セイバードローンとのリンクが切れた念動力チャンネルを物理障壁に当て、砲の連射を斬り払い受け弾き念動力の障壁にて逸らし、取れる限りの防御策を講じて突っ込む!
立て続けに炸裂した砲弾が、いともたやすくミハエラの下肢を食い千切った。両足が小爆発と共に千切れ跳び、背後で千々の破片となる。推進器は生きている。下肢を失ったウェイトバランスの変化を入力。演算が終わらぬうちに今度は右腕根本に命中弾。フォールンセイバーの動きが鈍り、その隙を突かれ右腕が破壊された。垂れ下がったフォールンセイバーの動力パスが切れ、剣が灯を喪い死んだように沈黙する。
――人間ならば、両足と右腕を失った状態に相当する。
だがそれでもミハエラは止まらなかった。彼女は戦闘のために作られた機構だ。我が身を顧みず、捨身を厭わず、決して退かず、止まる事もしない。それがウォーマシンの戦い方である。
「ハッ! 絡繰り人形の分際でよくも粋がる! その腕一本で何が出来るか――言ってみろ!!」
砲の迎撃射撃を抜け、たった一本の剣を引っ提げて迫るミハエラに、戦争卿は無慈悲にも散弾砲の連射で応じた。第一射を弾きながら抜けただけで上出来だったろう。彼女の武器は最早たった一本のフォースセイバーだけだったのだから。しかし、それすらその一射で喪われた。腕がもげ飛び、宙で爆光とともに散華する。
「クハハハッ!! 愈々打つ手もなしというわけだ、おい、そこからどうするんだ? 真逆自爆でもしてくれるつもりか?」
散弾砲を打ち合わせ嗤う戦争卿。それを見下ろすミハエラの眼が、
「――ハ。助かった。貴様が想像以上に間抜けだったおかげで、」
鋭く尖った。
「どうにか当てられそうだ」
戦争卿が目を剥く暇すら与えない。ミハエラは残出力のほぼ半分を更にブースターに突っ込み加速。飛び退こうとした戦争卿の機動を先読みし照準補正。
相対距離二メートル。射程内。無手のはずの彼女の肩部が展開。二本の『隠し腕』がジャックナイフめいて飛び出し、その尖端にフォースセイバーの光煌めく!!
斬ッ!!
擦れ違い様の隠し腕の一閃が、戦争卿の身体を、Xの字を描くように引き裂く――!!
◆ミハエラ・ジェシンスカ
下肢ユニット完全破壊。歩行機能喪失。
右腕ユニット大破、機能喪失。左腕ユニット欠損。
空へ再び舞い上がりながら、割けた身体を修復する戦争卿を見下ろす。
回復速度の低下を確認。――終わりは決して遠くない。
成功
🔵🔵🔴
ネグル・ギュネス
【鳳仙花】
此れはまた随分な歓待だ
願わくば其れに応えてあげたいんだけどね?
…少しばかりハシャギ過ぎだよ、お嬢ちゃん
神楽耶、準備はいいね?
弾丸見切りには少し自信がある
武器受けて払い、致命傷だけ避けるように突貫
左半身は射抜かれても痛みは無い。まあ右を撃たれても止まらないんだがね
【勝利導く黄金の眼】でさ、射線も、後にくる痛みも先見した
覚悟はしてる、痛みなんざさ
俺とばかり遊んでいいのかい?
戦争を謳うなら、1匹の虫ぐらい殺せなきゃ、ただのママゴトだ
敵が此方に狙いを向けたら、無防備に突貫
──したのは、残像、迷彩のミックスな虚像
神楽耶、今!
自分も敵の横から、仕留めに行く!
笑えよ戦争屋、勝ち戦でしか笑えないか?
穂結・神楽耶
【鳳仙花】
グリモア猟兵は予知を選べない。
…知っています。だから「これ以上」は許しません。
来ましたよ、過去の残骸。
笑ってはあげられませんが。
…いつでも、ネグルさん。
正直今のあなたが一番心配なんですけど。
【錬成カミヤドリ】──
五十五の複製は、ネグルさんに降りかかる五十五の死の身代わりに。
あのお馬鹿さんの傷を少しでも減らす為に。
本体が折れなければヤドリガミに不足なく。
いくら多くの兵も同時接敵は不可能。
故に白兵戦にて殲滅を。
銃撃で味方ごと巻き込みますか?
数を減らして頂き有難いことです。
虚像に集った敵を薙ぎ払い道を開きます。
ここで騙し討つための複製を残しておいたので。
銀閃は目晦まし──行ってください!
●銀月、桜雷
「がフッ、ごはッ……カハッ、クッ、クハハハハハハ!! やってくれる。この我が――追い詰められかけているとは! いよいよ以て素晴らしい、人間の分際でここまでやるかよ!」
戦争卿は血を吐きながら傷を癒やし、空向けた掌で虚空を掻き抓むように指を曲げた。
――そこにはもう、村と呼べるだけのものは残っていなかった。建物はあらかた燃え落ち、蔓延った炎熱が地に転がる骸を舐め尽くした。肉の焼ける匂いと、不完全燃焼の黒い煙がもうもうと上がり、焦げ付いた地獄の様相を呈する。
生くるもののない地獄の中を、陽炎めいて揺らめく二つの影が歩み来る。
「此れはまた随分な歓待だ。願わくば其れに応えてあげたいんだがね、」
背の高いほうの影が皮肉っぽい口調で言葉を紡いだ。――ネグル・ギュネス(Phantom exist・f00099)だ。
「少しばっかりハシャギ過ぎだよ、お嬢ちゃん。それ相応の報いを受けることくらいは覚悟できてるんだろうな?」
ネグルの声を受け、戦争卿はげらげらとけたたましく笑った。
「報い! 報いと来たか! 度々お前らは其れを口にする。報いとは何だ? 我が我の思う儘に振る舞い、結果として人が死んだ。これはただそれだけの話だろう。それともその大義名分がなくちゃあ、その素晴らしい力を振るうことすら躊躇うのか猟兵共! まったく下らない、下らないにもほどがある!! それほどまでの力を持ちながら、下らん劣等種のために死線に飛び込む己をおかしいと思わないのか? なァ笑えよ猟兵、滑稽にもほどがあるというものだろう!」
「おかしいものですか」
凜と、声が響いた。黒髪に赤き瞳。少女は自身――否、自刃、『結ノ太刀』を音を立て抜刀。しゃん、と、まるで鉄のカーテンを撫でるような音を立て、白銀の刀身が露わとなる。
ああ、グリモア猟兵は予知を選べぬ。彼女とてまたグリモア猟兵。予知した事件を己では如何とも出来ぬその歯痒さを知っている。どれほどまでの思いを仲間達に託すのか知っている。故に来た。
「――これ以上の狼藉は赦しません。過去の残骸よ。笑ってもあげられません。あなたが下らぬと嗤ったその想いこそがあなたを殺す。それをこれから、嫌と言うほど教えて差し上げます」
穂結・神楽耶(舞貴刃・f15297)である。少女は謡うように言い、抜いた刃を霞に構えた。
ネグルもまた、彼女の横で黒刀『咲雷』を抜刀。
「神楽耶、準備はいいね」
「いつでも。正直今のあなたが一番心配なんですけど」
釘を刺すような神楽耶の声と窘めるような半眼に、ネグルはふっと自嘲気味に笑う。
「それは失礼。――それでも、私はヤツを許しておけない。力を貸してくれないか」
「それこそ今更です。――行ってください、ネグルさん。託します」
ぎゃ、らららららららっ!!
結ビ銀月。『錬成カミヤドリ』!
結ノ太刀模し五五振り、銀月めいた抜き身の刃がネグルを守るように侍る。ネグルの目が金に煌めき、戦争卿を真っ向見据えた。
「戦争を謳うなら、俺達を虫螻と呼ぶなら。その羽虫の一匹二匹くらい、簡単に殺して見せてくれるんだろうな。――やってみろよ戦争卿、やれるものなら!!」
「死に急ぐなァ、それもよかろう! じゃあ死ね。足掻いて死ね。最後は呪い言しか吐けなくなり、無様に無様に死んでいけ!!」
戦争卿は天へ右腕を突き上げた。軍団への号令めいた所作で振り下ろす。血の焦土と化した地面からずるずると、百数十の黒騎士が這いずり出る。
いまや彼らの内容物は、この村に散った命と、何度も砕けた黒騎士達の鎧と腐血との集合体だ。死者への冒涜以外の何物でも無し。
聖堂騎士団をネグルと神楽耶に嗾け、両腕に紅の狙撃砲を再生成する戦争卿。ネグルと神楽耶は距離を詰めるべく、全く同時に駆け出した。
聖堂騎士団は中身が腐肉の寄せ集めだというのに、機敏かつ柔軟に動作する。迫るネグルと神楽耶を目掛け、隊伍を組んで散弾銃を一斉同時発射。神楽耶はカミヤドリの分け身を一斉高速回転、刃のカーテンめいて散弾を弾き散らし、ネグルへの攻撃を防ぐ。
ネグルと神楽耶は瞬刻、アイコンタクトを交わし、左右に弾けるように跳んだ。敵の得手は大火力による制圧射撃、そして大軍勢による蹂躙だ。二人纏めて突っ込んだところで、纏めて薙ぎ払われるのが見えるばかり。ならば火力を分散させるべく二手に分かれるが上策であろう。
散弾を凌ぎ近接。斧槍を構えた敵兵らに、最初に接したのは神楽耶であった。
まさに剣舞めいた流麗たる太刀筋。大上段からの振り下ろし、受け太刀した斧槍ごと騎士を両断。勢いのままに身を返して横薙ぎ一閃、敵を上と下の二つに裂いて蹴転がす。結ノ太刀が銀孤を描く度に黒騎士が断たれ倒れ伏していく!
敵集団の中に深く侵徹した神楽耶は一見囲まれているように見えるが、その実それは想定された事態に過ぎぬ。いくら多数の兵がいようとも、四面四方より同時接敵が出来るのは、得物の振り幅からして三体が限度。――そして三体程度ならば、神楽耶の技前を以てすれば捌き続けることは決して困難ではない!
「なんとも健気に戦うものだ。しかし猟兵、こうされてもまだ立っていられるか? そぉら!!」
――しかしてそこに、嘲笑うような声と砲火が降った。戦争卿が騎士団の存在をもお構いなしに、散弾砲を連射したのだ。自分で召喚した騎士団を自分で粉砕するとは無駄極まりなく見えるだろう。しかし、彼のキャパシティを以てすればそれすらも有効な戦術として機能するのだ。
「――ッ!!」
吹き荒れた紅の魔散弾が、騎士団諸共神楽耶を猛撃した。弾丸を阻むように突き出した左手に真正面から砲弾が着弾しエネルギーを炸裂させた。神楽耶の左腕がまるでチーズか何かのように裂けて血を飛沫かせる。腹腔への直撃弾が一発、腸がまろびでて血が飛沫く。数十体の騎士達が巻き込まれて吹っ飛ぶ中で、辛うじて致命傷を回避し機動し続ける神楽耶。血を吐き捨てながら、挫けることのない眼光を戦争卿に注ぐ。
「……、数を減らしてくれるとは、有難いこと、ですね」「おうおう、よく出来た皮肉だなァ! その減らず口がどこまで叩けるか、次は脚から寸刻みにして試してやろうか、娘!」
「貴様ァッ!!」
ネグルが吼え、騎士団を蹴散らしながら前進する。しかしそれも、如何にカミヤドリの加護を受けているとて、戦争卿の照準から逃れうる速さではない。
「莫迦の一つ覚えとはこのことだなァ!! 相棒がどうなったか目に入っていないと見える! いいザマだぞ、貴様も後を追わせてやろう!」
散弾砲の連射、連射、連射、連射!! 降り注ぐ散弾を全て防げる猟兵など、おそらくその場にいなかったに違いない。それを前にネグルは最善を尽くしたと言ってよかった。黒刀を右腕に携え、左腕を盾に駆ける。彼を守るべく神楽耶の放った結ノ分け身が、宙で高速回転し弾丸への盾となる!
――しかし残酷なことに。
神楽耶が編み出した五五本の護りでさえ、ネグル・ギュネスの高い防御技術でさえ。その散弾の嵐の前には、薄氷も同じなのだ。
瞬く間に五五本の刃が砕け、ネグルの左腕が数発の散弾を喰らい歪み、追加でもう五発貰ってスパークと小爆発を起こしてもげ飛んだ。神楽耶が刃の群を託していなくば、或いはそこで終わっていたやも知れぬ。それほどまでに苛烈な攻撃。
右脇腹、そして胸に直撃を貰い、肉が抉れ血が噴き出す。喀血。痛みはないが左半身にも直撃弾を数発貰った。左脚の出力が落ちる。右の踏み込みでバランスを取る。
「ッグ、う、おおぉぉおぉっ!!」
ネグルは刀で散弾を弾き、それでもなお果敢に駆けた。無謀にして愚直な吶喊。
戦争卿のそばを固めていた最後の騎士達が踏み出し集まり、突っ込むネグル目掛け斧槍と散弾銃を構える。最早型も無く、殺すという意志だけで駆けるかに見えるネグルを、囲むように寄せた騎士達が、彼を抉らんと散弾を、斧槍の一撃を繰り出し――
「――何ッ?!」
戦争卿の驚愕の声と共に、全ての攻撃が、ネグルの躰を擦り抜けた。
否。ネグルの躰そのものが、薄れて蜃気楼めいて消失する!
「虚像かッ!」
戦争卿の看破は早い。しかしそれが明らかとなった瞬間には一〇本の銀閃が降り注ぐ。
「ぐウッ!!」
「あれで全てだと思いましたか。『ウソですよ』」
騙し討ち。どこかの誰かに倣って嘯き、最早立つのもやっとの神楽耶が、結ノ太刀の分け身を放った。
破壊された五五本は彼女が喚べる分け身の全量にあらず。秘匿していた残り一〇本を、戦争卿の護りが手薄になった今この瞬間に放ったのである! 刃が次々と突き立ち、血が飛び散る。
「クハッ、ハハハ! 小技を弄する! しかしこの程度では我は止められぬぞ!」
「――これを喰っても――同じ事が言えるか、外道ッ!!」
光学迷彩解除。
オゾン臭と重いハム音がするなり、戦争卿の左方に、急激にネグルの姿が結実する。
ユーベルコード『勝利導く黄金の眼』による唯一の勝ち筋を辿った男の姿がそこにあった。彼は散弾を喰らって停止したタイミングで、マズルフラッシュに紛れて虚像を現出。己は光学迷彩にて姿を隠し、虚像による欺瞞と神楽耶の奇襲に乗じて横手より回り込み、今まさに戦争卿を側撃したのだ!
「な ッ――」
奇襲に驚愕の表情を浮かべる戦争卿をせせら笑うように、ネグルはたっぷりの皮肉をまぶして、敵を嗤った。
「――笑えよ戦争屋。それとも、勝ち戦でしか笑えないか?」
返答など要らない、聞いてやる必要も無い。意趣返しの声を叩き付けるなり、咲雷の刃が閃いた。桜雷繚乱、絶佳一閃!!
桜色した雷爆ぜて、戦争卿の左肩から腰へかけてが、ざっくり裂けて血飛沫舞う。
「がああああああああああああ――ッ!?」
破魔の雷光がその身を焼いた。
蹌踉めくように飛び下がる戦争卿を、ネグルと神楽耶が追撃する!
◆ネグル・ギュネス
右胸部、右腹側部に指二本は挿せそうな貫通銃創それぞれ一。左腕喪失。左半身にも直撃弾を数発受けており、反応性および防御力が低下している。
左脚部出力低下、機動力低下。
◆穂結・神楽耶
臍部に散弾の直撃痕。内蔵露出、出血多量。
左腕崩壊。機能せず。
戦争卿が爆ぜる桜雷に焼け焦げ、天に絶叫を放つ。
傷の回復は遅れ、このまま圧せば倒せると、その場に希望が芽生えつつあった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
第2章 集団戦
『怪物に堕ちた黒騎士の群れ』
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POW : リピート・ナイトアーツ
【正気を失いなお残る、磨かれた騎士の武技】を発動する。超高速連続攻撃が可能だが、回避されても中止できない。
SPD : 無数の飢牙
【鎧】から【無数に伸びる蛇や狼、竜の首】を放ち、【噛み付きによる攻撃をし、拘束】により対象の動きを一時的に封じる。
WIZ : 鎧装転生・鋼獣群集
自身の【五体と生命力】を代償に、【吸収してきた生命の形をした鋼の生物たち】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【鋭い探知能力の下、生命力を吸収する牙や爪】で戦う。
👑11
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――斯くして、戦争卿は全身から黒く煙燻らせ、追撃に掛かる猟兵達を振り払うかの如く、地面に散弾砲を連射した。バラ撒かれた散弾が種となったかの如く、瞬く間に萌芽、一瞬で有機的に伸張し捻れた砲塔を形作る。
それが数十。数百。まだ増える。連射、連射連射連射連射連射!! 追撃に掛かった猟兵達すら脚を止める異様。伸び、絡み合う砲塔はやがて繭めいて戦争卿の周囲を覆い、鎧う。
全高二十メートル、半径四十メートルの強固な、銃身と砲塔で固められた構造体――『繭』から、鳴り渡る声。
『素晴らしい、素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしいッ!! この我が! 此処まで傷を付けられる屈辱にまみえるとは!! 全く以て度し難い、最低に最高だお前達は!! ああ、これは我が力と愛の全てを以て殺さなくては。お前達を骨の一片に至るまで絶望させ絶滅せねば! そうした時にこそ、今度こそ、この長く倦んだ生の意味が見えるだろうよ!! 殺す殺す殺す殺す殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ!! クハハハハ、ハハハハハハハハハハハァッ!!!』
――何を無様に、そんなところに逃げ込んで偉そうに――と、思う猟兵があったろうか。否。その『繭』から発される狂気的な量の呪力と魔力を見て取れたならば、嘲ることすら赦されない。
あの『繭』の中で、戦争卿は何らかの変質を遂げようとしている。それは恐らくは――あの強大凶悪たる戦争卿が、それよりも遙かに厄介な『何か』に成ることを意味している!
『竜脈接続――異界顕式――存在投影――是なるは終焉の火焔。我が身を焼べて喚ぶ異界の炎。クハッ、ハハハハ。お前達と争えるならば、そして殺せるならば! 何を代償とするも惜しくはない!!』
何が起きるかは解らぬ。しかし、好きにさせておく訳にはいかない。
反応の早かった猟兵が武器を構え、攻撃に移るその刹那――それにすら先んじて地から無数の黒騎士が湧き出た。
ブラックナイツ
『往け、「 闇 黒 隊 」!! 客人らを饗してやれ。世界を灼き尽くす炎がここに至るまでなァ!!』
戦争卿が特別に名を付け呼ばわる兵共が姿を現したのだ。先程までの有象無象とは訳が違う。一体一体が油断ならぬ身のこなしで構えた。一体の例外とてなく、優れた意匠の鎧を纏い、拵えの武具を携えている。――放つ威圧感がまるで別次元だ!
戦争卿の哄笑をバックに、ブラックナイツが進み出る。恐るべき戦闘卿の力の一部を預けられた騎士達だ。油断して掛かれば、猟兵らとて返り討ちに遭いかねない。
これらを排さずして、あの繭を排すこと叶わぬ……!
ほんの一握命を救えたとて、黒く焦げて転がる骸の数は減らぬ。
救えなかった命が多すぎる。
傷は熱く疼き、喪った部位の幻痛が君達を苛む。
嗚呼、君達は飛び込んできた。狂気の戦争卿をも恐れず。
勇気と、正義と、怒りを以て、あの悪鬼に戦いを挑んだ。
そのお陰で確かに、救いうる全ての命を君達は救っただろう。
だが代償は余りにも大きく、
君達は、常の十全たる力を発揮出来ぬ。
傷が、痛みが、欠損が、喪われる血が、混濁する意識が、
襲い来る敵と共に、君達の心を挫きに掛かるだろう。
君達は何に依って立つのか。
ここから先は、最早守るものすら存在しない。
傷ついた友を、傷だらけの己の身体を、
引き摺ってまで此処に立つ意味はなんだ?
戦争卿は嗤う。
血に塗れた君達の、今一度の奮起さえ。
奴の前には、娯楽の一つに過ぎない。
Chapter / 2
黒き死の這い寄る
●焦土の上で
猟兵達に刻まれた傷は放っておいては消えず、然りとて、あの『繭』をそのままにするわけには行かない。あれから何が出てくるのかも不明だが、戦えるものだけでも戦わねばならない。捨て置いた繭はいつか羽化し、最悪の結果を齎すだろうと、その場の誰もが予見した。
傷もそのままに、継戦するほかないというのか。
いかにも、癒やす術がなければそれしかない!
こうしている間にも状況は刻一刻と悪化していく一方だ。
たとえ、傷つき倒れかけようとも、もう動けぬほどに血を流していようとも、終焉の弓を引けるのは猟兵達以外に存在しない!
状況更新。敵対象、ブラックナイツ―― 『怪物に堕ちた黒騎士の群れ』 !
グッドラック、イェーガー!
●プレイング受付開始日時
『本断章上梓と同時』
●プレイング受付終了日時
『2020/03/30 23:59:59』
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
あー、くそ、目をブチ抜かれるのは何度目だ?
やはり銃は天敵だな……
だが愚痴も言っていられまい
最低限、呪詛焔で血だけは焼き止めて、戦闘続行といこう
私の本領は術師だ
傷はあるが術式の行使に問題はない
天罰招来、【冀求】
仕事だ同胞。ありったけの呪詛をくれてやる
五頭ばかりを私の護衛へ
残りは全てあの群れを叩き潰して来い
とはいえこの数、防御網を掻い潜って来るのは当然とみる
肉薄されるならば、呪詛を乗せた黒槍で相手をしよう
痛みに慣れているのは便利なことよ
傷のお陰で動きが鈍い
十全とは言えないが、攻撃を任せての専守防衛は私の得意とするところ
命以外は何だろうがくれてやる覚悟でここにいる
貴様らを殲滅し――必ず、生きて帰る!
●竜の壁
押し寄せる騎士達。未だ立ち上がれぬ猟兵達もいる中で、一人の猟兵が唸りながら前へ進み出た。身長一九〇センチメートル余りの偉丈夫。黒き槍をひゅんと振りながら、彼は傷の痛みに眉をひそめる。
「あー、くそ……眼をブチ抜かれるのはこれで何度目だ? やはり銃は天敵だな……」
呻くように呟く。全身の盲管銃創と右目喪失。紛れもない重症、満身創痍だ。止め処なく血を流し続けながら、ニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)は傷口を呪詛の炎で灼いた。想像を絶する苦痛が伴うはずだというのに、ニルズヘッグは声すら上げない。痛みには慣れている。
彼はその身を巨大なる竜へと変じ、あの戦争卿と正面から渡り合ったのだ。その結果、戦争卿に浅からぬ傷を負わせながらも――彼もまた、戦争卿渾身のトーチカと魔砲からの斉射を受け重傷を負ったのである。
さりとて黒騎士らが戦争卿の周りを固め、到底戦闘など不可能であろうという重傷の猟兵らが前線に立つこの時、彼に退くという選択肢はなかった。まだだ。この程度で戦えなくなるなど、竜の名折れだ。
ニルズヘッグは襲い来る多数の騎士を見ながら、手を組んで鋭く呪印を象った。
「――槍を使うならば普段ほど満足に相手をしてはやれんが。しかし、我が本領は術。傷があれども術式の行使に何ら問題ない」
ニルズヘッグは、未だこの『村だった焼け跡』に渦巻く怨嗟と呪詛を組み上げ、呪印と音韻にて詠唱。召喚術を発露した。
「仕事だ同胞。此処に渦巻くありったけの呪詛をくれてやる。来い、来い、来い」
宙に描かれた無数の陣から、ずず、ず、と竜が現れる。大きさこそさして大きくはない――ニルズヘッグの身長の半分ほどのものだったが、問題は数だ。瞬く間に召喚された竜達、その数計六八体。敵の軍勢を睨むその背に、ぴしぴしと音を立てて氷の翼が生えた。言うまでもなくニルズヘッグの力である。
天罰招来、『冀求』。五頭ばかりを己の護衛に残し、
「食い殺せ。右も左も敵だらけ、選り取り見取りの食い放題だ。さあ猛れ、同胞らよ!!」
ごお、うあああああぁうぅう!!
竜達が吼えた。ニルズヘッグの号令に従い、渦巻く怨念と呪詛を喰らいながら、六三体の竜達が黒騎士らを目掛けて飛翔した。
血が、竜達の怒号が飛び交った。
竜が咬み付き、腕をもぎ取り喰らい、首を食い千切り、血を飛沫かせるのと同じく、騎士達は戦槌や剣、槍、斧で竜達の首を、脚を、その翼を断ち切り、叩き伏せて殺していく。
趨勢としては騎士の優位だ。ニルズヘッグが喚んだ竜は皆小型とは言え強力な力を秘めている。むしろ、戦争卿直属の騎士団を前に互角に争っているのは驚嘆すべき事である。しかし、それでも数が違いすぎる。
竜が騎士を三体殺せば、その間に竜が一匹死んだ。
(――チッ。この数では全てを押し止めるわけにはいかんか)
だが戦線を維持することは出来ている。一番に矢面に立ち、一体でも多く敵を止めれば――他の猟兵にかかる負荷も減ろうというもの。
竜が這った防衛線が所々決壊し、敵兵がニルズヘッグのほうまで抜けてくるのに、そう時間は要らなかった。
「ふん――当然か。だが」
ニルズヘッグは左だけとなった目をぎらりと刃物のように煌めかせ、黒槍を握って構えを取った。
彼に侍る五頭の魔竜が威嚇するように吼えるなり、襲い来た騎士らはその形を変じて鋼鉄の獣となった。狼、熊、猪。いずれも森の脅威とされる獣たち。
竜が攻撃を止めた刹那を縫ってニルズヘッグの槍が唸る。
次々と獣の頭を刎ね飛ばし叩き潰し奮戦するニルズヘッグ。動きに精彩を欠くが、防衛戦は彼のもっとも得意とするところだ。
狼の牙が唸り、槍持つ腕に食いつく。牙に穿たれ腕から血を流しながら、ニルズヘッグは狼の喉に左手で喉輪を喰らわせ、喉笛を握りつぶし、凍れる呪詛の炎を流し込んで殺す!
「命以外ならば何でもくれてやろう。我が誇りを穿ち罷り通ろうと言うのならやってみるがいい。――貴様らを殲滅し――私は、必ず、生きて帰る!」
ニルズヘッグは吼える。
襲いかかる獣らを前に、絶望することもなく!
◆ニルズヘッグ・ニブルヘイム
承前の負傷に、右腕上腕に狼の牙による咬傷追加。
成功
🔵🔵🔴
矢来・夕立
紙垂で左腕の補強をしておきます。
ほっとくとちぎれる気がするんで。
ちぎるときは有効にちぎらないと勿体ないですからね。
例えば、食いつかれたときの尻尾切りとか。
刺し違えての広域攻撃とか。その両方とか。
…左腕を補強した、と言いましたね。
爆発する式を一緒に括り付けておきました。
あれこれ見境なく食べるなんて「《暗殺》してください」って言ってるのと同じですよ。
――熨斗付けて送り返してやる。腕ごと持って行け。
至近距離で爆ぜたら死ぬほど痛いですよ。
左腕ともお別れする羽目になりましたし。
でもアイツ、大口叩いたっきり出てこないから。
泣いて謝るまで居座ります。腕も傷もそれまでの場所代ってコトで。
死ぬほど痛いですけど。
●紙忍、爆ぜる
左腕に、ぐるりと紙垂を巻きしめた。
もはやまともには動かぬ腕だが、ちぎる時は『有効に』ちぎらないと勿体ない。
「すごいですね。構って期を通り越したら今度は不登校ときた。世の中の厳しさってヤツ、ちょっと教えてやらないとダメなんじゃないですか。これ」
矢来・夕立(影・f14904)は、ぼやくように言いながら右手に斬魔鉄製脇指『雷花』を引き抜いた。
右肩に埋まった銃弾はあとで穿り出せばいいとして、しかし痛みが全く引かぬ。めまいのするほど痛む盲管銃創。「クソ、」と呻きながら、夕立はそれでも低く構えた。躰に染みついた邪流剣法。敵の狙いを外し、敵の急所を穿つためだけの殺しの剣。
黒騎士の群が迫り来る。夕立は敵の群目掛け、吸気一つ、弾けるように駆け跳んだ。
「大変ですね。わがままな主人に尽くすのは。でも同情はしません。否応無く、死ね」
神業、『否無』。
騎士が剣を振り下ろし、大上段から夕立を狙った。刃は夕立の頭にめり込んだかに見えたが、しかして残像。空ぶった刃が地面に埋まった瞬間には、その剣の主の首が飛んでいた。倒れる死骸の背を蹴って、夕立は次の敵に襲いかかる。
鎧の継ぎ目は言ってみれば切取線だ。関節部、弱いと自己申告してくれている部分。狙わない理由がない。
夕立が疾らせる佳刃『雷花』は、斬鉄すら成す妖刀地金『斬魔鉄』にての作刀であったが、それでも刃を鈍らせずにより大量の敵を鋭断するとなれば、敵の装甲の薄い部分を狙う、使い手の技量が不可欠である。
夕立の技量は必要充分であった。夕立の目とそっくりな赤い煌めきを放つ刃が、闇夜にいくつも血の光めいた斬弧を描く。首飛び手飛び脚飛び指飛び、刺され倒れる骸の群が、暴力忍者の後ろに積み重なる。
だがそのように駆け抜ける夕立を留めんと、何体もの騎士が殺到した。ぎゅるりと騎士らの手足が変形し、狼の顎、竜の顎に変わる。夕立の命が欲しくて堪らない獣の首が四方八方から伸びて、彼の動きを封じようと襲いかかった。
夕立も禄に動かぬ左手に紙苦無、式紙『黒揺』を結わえ、躰を回して鞭めいて左手を用い、雷花との二刀流で抗うが、手数の差は歴然。瞬く間に両腕に食いつく獣の顎門。
右は自由のきく雷花で払えるも、左腕は――、
「づっ……!」
三つ四つと狼の顎が夕立の左腕を咬み込んだ。禄に動かぬくせに痛みだけ鮮烈とは。内心で毒づく。左腕に食いつかれて脚が止まる。敵が集まってくる。このまま囲まれて袋叩きになれば死が見える。
夕立は歯を食い縛り、
「イイでしょう。くれてやります。――熨斗付きだ、受け取れ」
佳刃一閃。己が左腕を根本より切り離した。
血が噴き出す。しかし夕立はそれにすら頓着せず前に駆けた。そうせねば死ぬほど痛い目に遭うと解っていたのだ。
夕立の腕を咬み込んだ狼首らがにいいと嗜虐的に笑った刹那、腕を捲いていた紙垂が鈍く光り――
爆発ッ!!!
「……!!」
全速で離脱する夕立の躰をも、衝撃波と飛礫が裂いた。勢いに逆らわず転がり、爆圧をいなす。
その場に留まった騎士達は原形のないほどに引き裂かれて吹き散る。左腕を捲いていた紙垂は言わばチェーン・マインめいた代物。切り離され次第、爆破するように仕込んでいたのだ。
――見境なしの悪食共に喰わせてやるのに丁度いいとばかりに、彼は己の左腕を餌として二十数体を一挙に葬ったのである。
「チッ……」
しかし自爆覚悟の一撃の代償は大きい。夕立は聞こえぬ左耳と、最早把握しきれぬ全身の傷に舌打ち一つ、受身を取って体勢を立て直す。
――まだだ。まだ死んでやるつもりはない。
「あの引き籠もりが出てくるまでは居座ってやりますよ。腕も傷もそれまでの場所代って事でくれてやります。死ぬほど痛いですけど」
流れ落ちる血が雷花を濡らす。夕立はその周囲に紙技『冬幸守』を浮かべ、
「アイツが泣いて謝るまで、オレが倒れると思わないことですね。取り立てはきっちりってのがモットーなんで。それでは、」
――鏖だ。
蝙蝠らしからぬ速さで敵陣目翔け舞う冬幸守の後ろを、紙忍が駆け抜ける!
◆矢来・夕立
承前の負傷に加え、左腕の欠損。
爆風による全身裂傷、左耳の聴覚喪失。
成功
🔵🔵🔴
ジャガーノート・ジャック
◎
《警告:鎧装中破。全UC中85%が稼働効率大幅減。
UC"Undo":稼働効率18%、使用非推奨》
《装備者の鎧装解除時ダメージ残響深度:Bを予測》
(ザザッ)Copy that.
(損耗が激しいが、あれを放っておけない。何より)
相手が狂い果てた騎士とあれば
それに背を向ける訳にいかない。
(其を志す者として、退く事は出来ない。)
《使用可能コード抽出。No.230:稼働効率98%》
POWを選択。
"Ace in the Hole".
(君から貰った剣を携え挑もう。
姫を守るべき者が膝を折る等、騎士が邪の前に屈する等、する筈がない。
その騎士像とこの騎士剣に疑念を挟む余地等一点もなく
故に負けも屈しもするものか。)
●騎士のためのピース
ザ、ザッ、
ザ……ザザッ。
システム・アラート。
外装中破。全ユーベルコード中八五%の稼働効率大幅減。状況のロールバックに“Undo”は使用非推奨。稼働効率一八%。外装解除時のダメージ残響震度『B』を予測。
『Copy that.』
ジャガーノート・ジャック(AVATAR・f02381)は冷徹に冷静に、己の負傷を俯瞰した。胴部および両腕と右脚がワイヤーフレームモデルにより代替された状態である。普段ならば使用可能なユーベルコードの殆どが使用不可能、或いは著しい威力減衰に追い込まれた中で、それでも彼は自分に出来ることを探している。
――黒金の繭を守るかのように立ち塞がる黒い甲冑の騎士達。闇黒隊。闇に堕ち、狂い果てた騎士が、猟兵ら目掛けて駆け寄せる。
戦術的な判断をするのなら、退いて然るべき状況だった。兵士としてのジャガーノートが全てを決めるとするのなら、ここは間違いなく一時後退のタイミングだっただろう。――しかし。しかしだ。
ジャガーノートもまた、一人の姫を戴く騎士なのだ。
あの悪逆非道の戦争卿を放っておけぬという理由のみならず――闇に堕ち、或いは己が望まぬままに異形の傀儡として操られる騎士達に、一人の騎士として、背を向けるわけには行かないのだ。
――使用可能ユーベルコード抽出。ナンバー・トゥーハンドレッドサーティ。稼働効率九八%。
故にこそ、ジャックはワイヤーフレームの踵と甲冑の踵を打ち合わせた。胸の前に揃えた手の内側に、眩い光と共に剣が姿を現す。
これこそはジャガーノートのための、彼の唯一の姫から贈られた剣。
「“Ace in the Hole”――Activate.」
絢爛たる騎士剣が、ボロボロのジャガーノートの手に燦然と輝いた。これこそ、ミコトメモリ・メイクメモリアが彼女の騎士に託した無窮の剣!
勝率は高くはない。論理的判断に基づけば迷わず後退すべきだ。しかし、騎士としての彼はそれを否定する。ミコトメモリから受け取った剣で切り拓けぬ未来などない。姫を守るべきものが膝を折るなど、騎士が邪悪の前に屈するなど、あってはならない。ある筈がない。
――故にこそ、ジャガーノートは満身創痍の身体を圧し、ただ一本の剣を携えて構えを取った。
折れず、曲がらず、高潔に。弱きを助け、強きを挫き、何よりも勇猛に、ただ一人の姫に剣を捧げる理想の騎士。 その騎士像とこの騎士剣に疑念を挟む余地等一点もなく――故に負けも屈しもするものか。
ジャガーノートが地面を蹴り飛ばすと同時に、焦げた血で泥濘んだ地面がバックファイアめいて爆ぜた。近接を感知した騎士が流麗な所作で剣を掲げ、ジャガーノートの打撃を受け止めようとし、
――剣ごと真っ二つに両断された。
『――!?』
周囲の騎士達の動きが一瞬止まる。彼らの持つ武具とてその一つ一つが名のある鍛冶の一点物。それがまるで紙を引き裂くように一刀にて切断されたのだ。
それはまさしく、『切り札』という名に相応しい切れ味だった。彼が騎士としての己を、己が忠義を疑わぬ限り、剣が輝きを失うことは決してない!
斬って捨てた騎士が塵と成り爆ぜるのを背景に、ジャガーノートは剣の切っ先を持ち上げ、構えを取り直す。
『我が名はジャガーノート・ジャック。ミコトメモリ・メイクメモリアの忠実なる騎士にして、堕ちた貴殿らを斬る剣』
騎士は噛みしめるように言い、
『――我が剣の耀きを恐れぬ者から掛かってくるがいい』
そして、爆ぜ駆けた。
見渡す限り敵、敵、敵。四方八方から獣の顎門、斧槍、鎌、斧、剣の切っ先が飛んでくる。装甲が削れ、存在強度が落ち、ついには左脚さえ維持できなくなり、あらゆるユーベルコードの稼働効率が落ちていく。
――だが、それでも、その剣だけは。
この闇夜の中で、燦然と輝いている。
剣が示すは絶えない希望。
ジャガーノートは姫の剣を振るい、駆け抜ける!
◆ジャガーノート・ジャック
承前の負傷に加え、左脚もワイヤーフレームモデリング状態に。
依然出力低下中。大規模な攻撃には何かしらの回復が必要。
成功
🔵🔵🔴
ユア・アラマート
◎
灯(f00069)と
・喉、右脇腹、右内腕にマントを裂いた簡易包帯
・音韻詠唱不可継続。会話は辛うじて、低く掠れた小声が出る程度
こんな所で会うなんてな
男前が上がっているが、さすがに痛々しい
まあ、細かい話は後だ。――殺すぞ、あれを
喋るも唱えるも支障あり、満足にできることは獣のように唸るくらいだ
しかし、声が出ずとも核が動いていればいい
立ち上がれ
満足の行く復讐は約束してやれない
だが、その死に納得がいかないなら起きろ
私の命を貸してやる!
黒炎の群れを引き連れて黒騎士達に突撃
数の多さで自分や灯へ攻撃が集中するのを避けながら
此方への注意が散漫になった敵の首を一体ずつ確実に狩り落とす
バテるなよ、灯
それと、死ぬな
皐月・灯
◎
ユア(f00261)と
・右腕、千切れた箇所をきつく縛り最低限の止血
・内臓飛び出さぬようユアの簡易包帯で固定。
……その声、喉やられたのか。
ひでーザマなのはお互い様、だな。
まずは取り巻きだ。――やるぜ。
ユアが「起こした」連中の真ん中を、クソ野郎共に向けて進む。
……片腕がねーと、動き辛い。
体も嘘みてーに重てーし、頭だってぼんやりしてやがる。
でもな――それが、どうした。
今もそこら中で転がってるヤツらが、見てんだよ。
いいぜ、見てろ。
怒りは、オレが連れていく。
近づいてきた傍から、【カウンター】を叩き込む。
体が思うように動かねーなら、ヤツらの動きを止めりゃいいんだ。
ここじゃ死なねーよ――オレも、お前も。
●葬列と征く
ああ、地獄を見た。
人が死んでいる。何人も、何人も。あのクソったれの戦争卿が殺した人々が、未だ燻る炎の中で燃えている。誰が誰だかも解らない、真っ黒焦げの死体達。目玉もとうに焼け焦げ消えて、黒々とした孔がオレを見上げている。
失った
――あかり、と。
彼を呼ぶ声がした。
皐月・灯(喪失のヴァナルガンド・f00069)は満身創痍の躰を引きずるように、声の方向を振り向いた。その先にいるのは翠緑の瞳を細めた、怖気の震うほどの美女。狐の耳と尻尾に、月の光を吸ったような銀髪。けれどその美しい毛並みも、今は血に汚れて濡れ光っている。
「ずいぶんと……男前な格好だな」
本来ならば艶めいて美しいであろうその声は今やかすれ痛々しい。喉に巻かれた簡易包帯には、じっとりと赤く滲んだ血。喉だけではない。右の脇腹にも、右腕にも血でじっとりと染まった布地が巻かれている。
「……ひでーザマなのはお互い様だぜ、ユア。その声、喉やられたのか」
灯の呼び声に、ユア・アラマート(ブルームケージ・f00261)は、地獄に光明を見たように微笑んだ。
「あぁ、……その分はやり返して、やったが。こんな所で、会うなんてな」
「まったくだ。大方、灰色を放っておけなかったんだろ」
「なんだ、同じ……か。……さて、クソ野郎を……引きずり出そう、というところだが、お前、その格好で暴れると、内臓が……飛び出る、ぞ」
咳き込みながら、ユアはマントを細く長く裂き、術式を浸透させて灯へ向けて放る。
「少し、痛むが。無いよりマシだろう」
「あぁ、構わねー」
ぎゅるり、と布地が蛇めいてうねり、灯の身体に巻き付いた。腕を、胴を巻き締めて傷口を固定。乱暴だが、最低限の止血が成される。歯を食いしばり痛みに耐え、灯は喘鳴するように荒く息をつく。
「今更、退こうなんて言わねーだろうな」
「真逆。細かい話は、あとだ。……殺すぞ。アレを」
ユアも灯も、到底継戦など不可能なレベルのダメージを負っている。退くことを選んでしかるべき状況。だというのに、彼らは征く。
片腕を喪くして、バランスを失ったせいで常の感覚で動けない。ある筈の部位がないことが、これ程までに枷となってのし掛かるとは。さらに、流れすぎた血が倦怠感を呼ぶ。血の代わりに鉛が流れているかのように身体が重く、思考は常に纏まらない。
裂けた喉は未だ喋るも唱えるも支障あり、満足に出来ることは獣のように唸ること程度。内臓が零れそうなほどに手酷く喰らった散弾が掻き回していった身体の中が、マグマが煮えているかのように熱く痛い。狂いそうなほどの痛みが脳を引っ切り無しに衝き上げてくる。立っているのも億劫だ。
だが、それでも。
――それが、どうした。
腕がもげようが、首をカッ切られようが。
今この身体はまだ動く。
今もそこら中で転がっている骸の、燃え渇いてただの孔となった眼が、灯とユアを見詰めている。
未だ口が動いたのなら、きっと無念を訴えていた彼らの、この炎の中に消えた泪を、怒りを、灯とユアは丁寧に掬い上げる。
救えなかった。ならばせめて、その怒りと想いだけは掬い上げて連れて行く、と。彼らは爪先の向きを合わせ、襲い来る黒騎士の群に向き直るのだ!
「――立ち上がれ。満足の行く復讐は約束してやれない。だが、その死に、納得がいかないのなら。私がお前達に、命を、貸してやる!」
最早声もかすれ、戦場の轟音に紛れかける。だが、しかし、声が出ずとも核が動いていればいい。ユアの魔術回路が励起する。紅き魔術回路が煌めいた刹那、転がるばらばらの骸が黒炎を噴き上げた。
――『不偲』。
かつて村人だった彼らの怨念が、黒炎という仮初めの肉体を持ち立ち上がったのだ!!
おお、おおぉぉおぉおぉぉおおおぉぉ……!!
黒炎燃え猛り、泣き喚くような鯨波の声が響き渡った。黒炎の人影達が、突っ込んでくる騎士らに向けて駆ける。それに合わせ、灯とユアもまた地を蹴った。
「一番近くでよく見てろ。ユアがお前らの想いを連れていくなら、オレはお前らの怒りを連れて行くッ!!」
寸刻も置かず、騎士達と、黒炎の人影達を引き連れた灯達が激突した。
騎士達はその身を獣として、黒炎の人影達に襲いかかり、その爪牙で人影を斬り裂く。掻き消えかける黒炎の影はしかし、炎の腕を突き立てて騎士達の身体を灼いた。
黒炎となった所で、基が村人だ。戦闘能力など期待は出来ない。しかし、黒炎が持つ熱量、怨みによって纏わり付き、完全に掻き消えるまでは消えぬその持続性が、騎士達の前進を押し止めて前線を形作る!
「っらァァアアッ!!」
直後、一喝。動きを止めた黒騎士――否、狼型の獣を、気合裂帛、灯の蹴りが二つに折って天高く吹き飛ばした。そのまま突出。ろくに動けもしないのに、灯はそれでも前進する。当然のように騎士達が長柄の武器で灯目掛け攻撃を叩き込んでくるが、
「当たるかよッ!!」
雷眼閃く。アザレア・プロトコル・ナンバースリー、『轟ク雷眼』!
繰り出された槍の柄に剣の腹に斧の腹に、雷光めいたカウンターの左拳が叩き込まれた。同時にに紫電疾る!! 拳から発された高圧電流が、灯に攻撃を仕掛けた四体の騎士を瞬く間に麻痺させる。
身体の動きが鈍り、己から攻撃を仕掛けるのに不足があるならば、向かい来る敵の攻撃を見切り、それに合わせ後の先を打つことに専念すればよい。灯が出した答えは、彼のもっとも得意とする攻撃の見切り、そしてカウンターによる反撃での敵拘束である!
「無茶を、する」
痺れに蹈鞴を踏み致命的な隙を晒した騎士達を、そこをユアが穿った。その身体に風を纏わせ孕ませ、まるで羽のように舞ったかと思えば、敵一体の首を蹴り折りながら、逆手に握ったダガーを風の魔術で加速。びゅ、おうッ! 唸り音を立てて、灯が止めた四体の間を駆け抜け、瞬く間にその首を刈り落とすッ!!
腐った血が吹き出し風に混じる中を、すたりとユアが灯の背を固めるように降り立った。
「無茶って言うなら、こんなズタズタでこんな危ねー戦場にいる時点で充分無茶だ。今更だろ」
「ハッ……確か、に。……飛ばしすぎて、バテるなよ。灯。――死ぬな」
ユアの尻尾がゆらりとうねって、労るように灯の太腿を擽る。
「解ってる。――当たり前のこと言ってんじゃねー。ここじゃ死なねーよ――オレも、お前もだ」
「……うん」
と、とユアの背中が灯の背中に触れた。ほんの一瞬だけ。けれど、それだけで充分な時間。次の瞬間には、灯を雷電が覆い、ユアを風が捲く。
「退きやがれ、クソ野郎共。オレたちはな、あのクソッたれの戦争卿に用があるんだよ!!」
「退かないなら、殺すだけだ。生憎……加減出来るような、余裕はないぞ」
満身創痍の雷神と風神めいて、二者は全く同時に弾けるようにそれぞれの方向に前進した。食いつく敵の顎門を、拳と刃でこじ開け――燃え尽きる寸前の炎が如く、苛烈に闇を駆け抜ける。
槍が、剣が、二人の身体を裂いた。いくつも牙が食い込んだ。
――しかし痛みで止まるのならば、端からこんな道は選んでいない!
「「道を、開けろォッ
!!!!」」
飄風、轟雷!
二つの影が、黒き“繭”を目掛けて、黒炎群伴い突き抜ける――!
◆皐月・灯
承前の負傷に加え、右脚と左脚に敵獣顎による咬傷それぞれ三。
背に槍による刺傷二。
負傷に応急処置を成したが、以前失血中。
◆ユア・アラマート
承前の負傷に加え、左腕に敵獣顎による咬傷二。
背に剣による深い切創一。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
スキアファール・イリャルギ
◎
まだ動ける方だ
だったら――
前へ。
属性攻撃を二種使用
雷を全身に纏い進む
炎を放ち黒騎士を焼却
放たれた飢牙を全部倒せるとは思えない
今の躰では避けるのも難しいだろう
なら――敢えて受ける
あぁ
壊される
ぐちゃぐちゃにされる
耐えろ、今は只耐えろ
動かぬ躰は呪瘡包帯で無理やり動かす
咬みついた奴も縛り上げ
呪詛を流し込みつつ纏った雷で焼く
嗤えよ
愚かだと罵れ
これは全部"代償"だ
【モハ・サクリフィス】にて成功させるのは――
『この炎が届く範囲に居る全ての敵の、焼却』
誰かを、仲間を救えるのなら
黒き死を排せるのなら
この身の怪奇の目口を何千何万何億と潰したって良い――!
動け!!
燃 や し 尽 く せ ッ ッ ッ ! ! !
●影焼べ、魔焔
周りの猟兵達が満身創痍だと解っていた。
腕を失い、脚を失い、それでも闘う彼らに、少しだけでも報いたいと思った。
――左大腿部および右腹側部に散弾の直撃銃創。自分の傷は、喪失には到らず。
血は止め処なく流れる。けれど、遅かろうと走れるならば。この腕が、この脚が、まだ動くのならば。
だったら。
ただ、前へ。
スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)は真っ直ぐに駆ける。その身体に、空気を爆ぜさせる紫電を纏い疾る!
そればかりではない。その手にゆらり陽炎揺れて、差し伸べた掌から火焔が発された。炎と雷、二種の属性発露。強烈極まりない炎が数体の騎士を火に焼べ、超高熱で焼き殺すが、焼き殺したそばから次が来る。前に挑んだ先達の末路を見たか、その手にした武具を振るい火焔を散らしながら、突撃するスキアファールから逃れるように左右に跳躍。同時に己の鎧を変形させ、鋼鉄の蛇、狼、竜の顎門を象って延ばした。
魔種と練り合わされ形作られたかの騎士らは、その鎧を己が取り込んだ魔種の形として敵を強襲する能力を持つのだ。スキアファールは炎を散らし、襲い来る飢牙を焼き祓う。だがしかし、数が多すぎる。四方八方を覆うような数の敵兵、それが更に、一体につき数頭、魔種の顎門を飛ばしてくる。
スキアファールが仮に万全だったとて、その全てを十全に防御出来たか? それすら危ういというのに――
今の彼は幾人をも救い、民の楯となり、傷つき――そして、己より傷ついた仲間達の助けになればと、その一心だけで身体を突き動かしているような状況だ。
炎を、焼けた獣の顎門が突き抜けた。スキアファールの右肩にぞぶり、と獣牙が食い込む。
「――、ッア、」
戦慄くような声が口の端から零れ落ちた次の瞬間には、それに続いた蛇、竜、狼の顎門が、次々と彼の身体に食い込んだ。スキアファールは身体に纏う雷電の出力を上げる。食いついた獣の主たる騎士らが感電し痙攣するが、食いついた獣たちが牙を離すわけでもない。
――そして。奴らは既に過去の残骸。
死など恐れない。
獣の顎門が降り注いだ。咬まれていないところなど無いほどに、スキアファールの身体を牙が埋める。
ああ。壊される。ぐちゃぐちゃにされてしまう。あのときみたいに。いや。あのときの方が酷かった。くそ。耐えろ。呪瘡包帯を収縮させて外装筋肉めいて扱い、食いついた獣を振り払う。牙が外れ肉が抉れる。脳を突き抜ける激痛。振り払った顎に包帯を放ち、縛り上げ、呪詛と雷をありったけ流し込み、灼いて呪い殺す。
「――嗤えよ。愚かだと罵ればいい」
ズタズタの身体に、未だ食いつくいくつもの顎門がある。
ああ、食うなら食えばいいさ。闇めいた血にしどどに濡れて、肉だか液だか解らなくなってしまった膚を。
これでいい。
これでいいのだ。
誰かを、仲間を、救えるならば。
この駆け来る、無慈悲なる、黒き死を排せるならば。
この身に宿す怪奇の目口を、何千、何万、何億と潰したって良い!!
「――これは、全部、"代償"だ」
ああ。スキアファールの全身を覆った黒包帯の下がどうなっているか、余人が知ることはあり得まい。彼は人間に擬態した冒涜的な『影』。人の形をしているだけの、人とは違う『影人間』。黒い包帯で隠したその下の膚には、無数の目口が隠れているのだ。
それが、牙で潰れた。割けて潰れて割れて裂けて、喪ったその数は最早数えることも出来ない。
スキアファールは己が術のトリガーを引いた。『モハ・サクリフィス』。喪われた己が怪奇の目口を代償とし、彼の願いを成立させる術。彼が願ったのは、恐らくはもっとも単純で、もっともプリミティヴな破壊願望だった。
この身を焼べてでも、おまえ達を灼く
!!!!!
「動け、動け、動け、
燃 や し 尽 く せ え ぇ え ッ ッ ッ !!!」
スキアファールの絶叫と共に放たれた炎が、届く限りの範囲を灼いた。
巻き込まれた騎士達が鎧ごと、身動ぎすら叶わず灼け果てる。
燃える、燃える、燃えていく。
――その中心で、彼もまた、燃えていた。
◆スキアファール・イリャルギ
承前の負傷に加え、全身に咬撃を喰らい、己が『怪奇』の機能の大部分を喪失。
己の放った炎の暴走により、全身に重度の熱傷を受けている。
――それでも、まだ。
成功
🔵🔵🔴
ラナ・アウリオン
◎
♯作戦未だ完了せず。戦闘は継続中。躯体と装備の被害状況を確認。
♯損耗は重度。作戦への支障、きわめて大。離脱を推奨。
――きわめて大(まだ、戦える)。
多勢を相手の、補給も地の利もない正面戦闘。まったく褒められたものではありマセンが、戦力の“交換比”を変えれば、話は別デス。
魔力防殻、自動防御機構、全停止。霊子圧限定解除――コンディション:オールレッド、〈ラピス・マナリス〉。
敵多数ならば、その総体に勝るだけの出力を。
征きマス。
いにしえの戦争。
個の力を恃み、ただぶつかりあうだけの闘争。
回路負荷甚大/即時バイパス形成/動力異常/
これがお望みデシたか、戦争卿。
ならば討滅するまで、デス。
/戦闘続行、可
●壊れかけの流星
ザリッ……ザザ、ザ――ザッ、
# 作戦目標未達。戦闘は継続中。躯体と装備の被害状況を確認。
# 躯体損耗重篤。左脚膝以降、右腕肩部以降を喪失。右腹側部が抉れ消失。
# 全身に重度の熱傷。継戦は推奨出来ず。
# 推定作戦達成確率、一二%未満。
# 敵対象の『羽化』により、更に下方修正の可能性有。
# 繰り返す。
# 躯体損耗は極めて大。離脱を推奨。
まだたたかえる
「わかっていマス。――極 め て 大と」
ドクトリンからの警告を無視し、ラナ・アウリオン(ホワイトアウト・f23647)は地を突き放して浮いた。右肩および左膝以降が欠損しており、彼女は最早真面に歩行することすらままならない。ラナは魔術により重力をカット、偏向・集束した魔力をベクターノズルめいて噴出することで、空中機動を可能とするが、最早そうすることでしか移動すら出来ぬ。
しかし藍色の瞳は、未だ光を失っていない。火力投射外装『ウェヌス』が、彼女に付き従うように二基浮いた。残る二基は先程撃墜され、この戦闘中の補給は不可能。
――戦術的に考えれば、この戦闘は非合理的。多勢を相手の、補給も地の利も情報的優位もない真っ向からの正面戦闘。下の下の下策、落第点だ。
だが。それでも来なければ、闘わねばならぬ理由があった。人々の嘆きがあった、死があった、涙があった。ほんの僅かだが救いうる命があった。――そして討つべき敵がいた。
だからラナは再び戦場を翔けるのだ。まだ、なにも終わっていない。
「……ええ。まったく褒められたものではありマセンが。戦力の“交換比”を変えれば、話は別デス」
# 戦闘ドクトリンの勧告及び指示を停止。
# ラナ・アウリオンの戦術判断を最上位に設定。
# 魔力防殻および自動防御機構全停止。
# 霊子圧、限定解除。コンディション:オールレッド。
# 回路負荷甚大。バイパス形成。出力安定化。
# 動力異常発生。ダメージコントロール。崩壊進行。残稼働時間……
# 算出不要との判断。計算リソースをダメージコントロールに充当。
「『ラピス・マナリス』起動」
# ――戦闘続行、可。
戦力比で敵に劣るならば、敵を凌駕する存在となればいい。
「征きマス」
ご、ばぉぅっ!!
ラナの装甲に設えられた推進器から魔力のバックファイア。装甲が悲鳴を上げるレベルの出力。魔力防殻、自動防御機構の全てを停止し、浮いた魔力を躯体に注ぎ込んで本来の限界性能を遙かに凌駕する演算・運動能力を叩き出す――ユーベルコード、『月並みの洪水神話』。定格駆動で越えられないならば、定格を越えてオーバーロードすればいい。その果てにあるものが滅びしかないとしても――滅びる前に、滅ぼしてしまえば良い!!
凄まじい速度で低空を飛ぶラナに、身体を獣に変じて飛びかかる騎士達。ラナはウェヌスの尖端に火焔の魔力を込め、超高熱のフレイム・ブレードを構築。ドリルめいて回転させながら、ウェヌスそのものを弾体として飛ばした。その威力、圧巻。飛びかかろうとした獣が瞬く間に六体、赤熱した鉄と焼け焦げた腐肉の細片になって飛散する!
飛び回り次々と敵を鏖殺するウェヌスを掻い潜って飛びかかる獣が二体! ラナはヴァース・アンカーを用いて空間に自分の身体を『時間固定』。その速度を一瞬でゼロにして静止した。
虚を衝かれ、牙も爪も空振り落下機動に入る二体。致命的な隙。ヴァース・アンカーを解除。ラナは一瞬前と同じ速力で機動を再開。
錬成術式刃『ユノー』を左手に抜剣。身から迸る魔力をユノーに突っ込めば、彼女の輝く瞳と同色のプラズマ・ブレードが伸びる!!
「はあああぁぁぁぁああぁッ!!」
その叫びも非合理。不要なもの。だがラナは吼えた。プラズマの刃を一閃、二体の獣を天地両断し、突き進む!!
これはいにしえの戦争。個の力を恃み、ただぶつかりあうだけの闘争。
それを望んだ狂人に、今から、この力を刻みつけてやりに行く!!
「これがお望みデシたか、戦争卿。ならば討滅するまで、デス!」
壊れかけの流星が翔ける。
決して振り返らずに!
◆ラナ・アウリオン
承前の負傷継続。中破した躯体に過剰出力を強い続け、崩壊が進行している。
成功
🔵🔵🔴
空・終夜
◎
上着を裂き、腹部の大きな損傷を縛って応急処置/医術
元より体は無痛体質
激痛に苦しまないのだ
足が動くなら継戦だ…
卿の言葉を聞き思考
この宴は
卿が己の生の意味を見出す為のものなのか?
煩く散らかす卿の言葉に
ほんの僅か興味を抱く
まずは目前の黒いのを掃討だ
高速詠唱:Spiderを顕現
其は血の命令で動く
身の丈程の6本の殺戮刃
範囲攻撃・早業
放つ刃は獰猛な蜘蛛が狩りをする様に素早く
敵を串刺し抉り散らかす
刃は死者の嘆きが止むまで
何度でも敵を穿つ
敵の攻撃対応
UCの刃を盾代わりに武器受け
カウンターに至れば上々か
怪物同士、卿が出てくるまで
暇潰し合うか…黒騎士共
俺はまだ動けるぞ?
この足元に血が満たされている限り…な…
●ブラッド・ブラッド・スパイダー・ライン
「……」
彼は、瞬く間に構築された黒鉄の繭を冷めた目で見詰めながら、自身の身体に冷静に処置を施した。
もげた左腕の創傷面をワイヤーで乱暴に止血。ビッ、と上着を裂き、削れた左腹から臓物が零れないよう包帯代わりに巻いた。腸に右手が触れる。常人なら発狂してもおかしくない状況だが、何事も無かったかのように、身体の中に押し込むようにして布を巻き締める。
彼――空・終夜(Torturer・f22048)には痛覚がない。常人にならば備わっているであろう感覚がない。彼はただただ、復讐の為に生み出された殺戮機構だ。脚さえ動けば継戦など容易である。
左腕を失い、左腹を削られ、立って動いているのが不思議なほどの重傷だというのに、終夜は全く退くことすらせず、未だ戦場に立っていた。
戦争卿の言葉が未だ残響しているかのようだった。あの狂気の吸血鬼は、今黒鉄の繭の中で何らかの変質を遂げようとしている。
「――この宴は、卿が己の生の意味を見出すためのものなのか?」
戦争卿の言葉を、何を勝手な、と罵るわけでも、憤るわけでもなく。終夜はただ静かに、噛み砕くように呟いた。そこまでして自分の存在の意味を確かめようとする戦争卿に、或いは少しの興味を抱いたのかも知れない。
当然ながら、彼の呟きに応えるものはない。ただ迫り来るは、言葉を発することもない、無数の黒き甲冑の騎士共だけだ。
「まずはお前達の相手からか。――いいだろう。借りた血は、尽きない。お前達がぶち撒けたものだ。死者の嘆きは――お前達の血でしか濯げない。啜れ罪の血を、尽かせその命を」
終夜はすう、と低く構え、残る右手を地にかざした。焦土から赤黒い血が滲み迸り、終夜を取り捲くように、身の丈ほどもある六本の刃を形作る。それは終夜の意志に従い動く、血で作られた殺戮の刃。
――ユーベルコード、『Spider』。まるで蜘蛛の脚めいた節持つ刃が、キチキチと音を立てて揺らめく。
「来い」
終夜は無感情に言った。騎士達が鎧を変形させ、伸びる獣の、竜の顎門を放ってくる。終夜は踊るように回った。六本の蜘蛛脚が、彼のステップに追従して紅い竜巻を描く。
斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬ッ!! 飛び来た鋼鉄の顎門とて、終夜の身体を捉えるに能わず。終夜は飛び来る獣らの伸首を片っ端から斬り落としながら、ひゅうう、と低く息を吸って突撃した。
数体の騎士が抜剣し打ち掛かってくる。終夜は地面に紅き刃を突き立て、――刃で地を突き放すように跳んだ。刃と彼の間は強靱な血の糸で繋がれ、まさに蜘蛛脚めいて彼の機動を補佐するのだ。
今や終夜は、怨念の絲で巣を張る、獰猛なる蜘蛛であった。
高々跳ぶなり、六本の刃脚を下に突き出して敵の上に落ちる。強襲を受けた騎士が二体、鎧ごと刻まれて腐血迸らせ、地に染みる。降り立った終夜は一瞬とて止まることなく刃脚で地を掻き、次なる敵へ突撃。腕の一本を喪ったとて、ここにはまだ怨念が、血が渦巻いている。その全てが消えるまで、終夜もまた止まることはない。
斬撃、刺突、斬撃、薙ぎ払い。敵の群へと躍り込み、力の限りを尽くして殺し続ける。亡者の嘆きがその刃脚の強度を支えている。罪もないのに殺された、今や喪われた無辜の人々が、応報せよと叫ぶのだ。
振り下ろされる刃を刃脚で受け、すかさず別の刃脚で貫き殺す。三体同時に迫った敵を串刺しにして抉り散らかす捌く間に、後ろから突き出された槍が終夜の左背を穿った。肺に穴が空く。喀血しながら終夜は力の限り身体を廻し、六本の蜘蛛脚を大きく振り回して周囲の敵を薙ぎ払う。七体ばかりを一息に屠り、咳をいくつか落とした。
「かはっ、こふっ……ッ、」
ああ、敵は尽きぬ。死すら恐れず迫り来る。
喀血を拭い、終夜は迫る敵に目を細める。右手にGrim Reaperを抜き、強く握り締める。
「――怪物同士、卿が出てくるまで……暇潰し合うか、黒騎士共。いくら傷をつけようと……俺が止まると思わないことだ。……この足元に、血が満たされている限り……な」
冷めた声色で――ただ、僅か。この闘争を楽しむかのように言葉を弾ませ。
今一度蜘蛛が駆ける。真っ赤な血の色をした蜘蛛が。
◆空・終夜
承前の負傷に加え、背側より、左肺を貫通する刺傷。
出血は止まらない。
成功
🔵🔵🔴
ジェイ・バグショット
……まぁた…面倒くさそうなヤツらが出てきたな…。
損傷した肺のせいで呼吸は荒く苦しい
回復手段はUC喰種行為(グラクト)のみだが
鎧を纏う相手に牙は届きそうにない
……仕方ねぇ…。
回復を諦め、防御を固める武装
流れ出る血液を刻印機構により凝血式アーマー『BLOODAM』へと変化させる
漆黒のアーマーは悪鬼の如く禍々しい
戦闘力とスピードも上がる
…パワータイプは苦手なんだよ…。
悪いがコッチもそれ相応の武装させてもらうぜ…。
負傷が治るわけじゃねぇが、少しはマシな動きが出来そうだ
黒剣『絶叫のザラド』による【先制攻撃】
重量のある一撃はスピードこそ劣るが威力は抜群
UCで敵に隙を作りつつザラドでの一撃を食らわせる
●鉄血鎧装
「……まぁた……面倒くさそうなヤツらが出てきたな……」
ひゅう、ひゅうと苦しげな呼吸に喘鳴が混じる。穿たれた右肺が勝手に癒えるはずもない。酷く億劫そうに呟いて、ジェイ・バグショット(幕引き・f01070)はうんざりしたような表情で、湧いて出る黒騎士達を見た。一〇体二〇体の騒ぎではない。それこそ千にも届こうかという軍勢だ。
右肺に穴を開けられ、左腹と腿と右肩にも刺傷。悪態の一つも突きたくなるような激痛が脳を揺さぶってくる。
グラウト
回復するならば『喰種行為』で敵の肉を食わなければならないが、あの頑丈な鎧にはそうそう牙など通るまい。然りとて、血を喪う一方では継戦もままならない。
「……仕方ねぇ」
回復を諦め、ジェイが選んだのは現状の維持。流れ出る血に刻印の魔力を走らせる。瞬間、流れ出る血液は瞬く間に黒く凝固し、ジェイの傷はおろか全身を装甲めいて覆った。刻印機構による凝血式全身装甲『BLOODAM』。瞬く間にジェイのシルエットが、伸張する凝血装甲により悪鬼めいて変ずる。
傷を直接装甲で覆い継戦能力を高めると共に、戦闘能力を増幅したのだ。戦争卿から絶えず狙われていては発露する間もなかったが、この僅かなインターバルが幸いした。黒剣『絶叫のザラド』を携え、ジェイは毒づきながら踏み出す。
「パワータイプの相手は苦手なんだよ……悪いが、こっちもそれ相応に武装させてもらうぜ……これなら、少しはマシに踊ってやれる」
負傷が治ったわけでは決して無い。出血を巨大な瘡蓋で無理矢理にせき止めているようなものだ。しかし出血量は抑えられる。振り絞れる力も増える。――今はそれだけで良い。
鉄靴を鳴らし、軍勢が迫る。敵の漆黒の鎧がぐにゃりと変形し、狼やら竜やら蛇やらの顎門を象った。いかなる仕組みか作られた獣らの首が伸び、ジェイの命を求めて食いついてくる!
「……趣味の悪い動物園か何かかよ。笑えねえ」
足りない血に頭痛を覚えながら、ジェイは『荊棘王ワポゼ』を召喚。拘束回転する荊棘の戦輪を敵勢に放ち、その後を追うように真っ直ぐに駆ける。
ワポゼで無数に伸び来る獣首を斬り払い斬り落としつつ、先駆けてきた騎士と真っ向激突。ザラドと敵の剣が弾け合い火花を散らすが、体勢を崩したのは黒騎士の方だ。BLOODAMで増幅されたジェイの身体能力が、練達の騎士の剣の威力を上回る!
「さっきまでと同じだと思ってくれるなよ」
剣を弾かれ蹈鞴を踏んだ騎士に踏み込み、一閃!! 肩口から逆腰へ、鎧諸共身体が裂けて、どうと倒れ臥す黒騎士。骸を踏み越えジェイは駆ける。
牽制に放ったワポゼが敵の剣に割れ断たれる光景を視ながら、しかしジェイはニイと口元に皮肉な笑みを浮かべた。ザラドを引っ提げた手とは逆、左手を、固めるようにグッと握る。
刹那。
ジェイの意思に応えたかのように――割り断たれたはずのワポゼが、敵の首を、或いは身体を、はたまた手を武器を、咬み込むように閉じて拘束した!
ユーベルコード、『咎力封じ』の発露である。僅か一瞬でも動きを封じられればそれでいい。BLOODAMで引き出した筋力なら、その隙一つに剣をねじ込んで絶殺出来る!
動きを封じられ、それでも獣首を鎧から出してジェイ目掛け放つ黒騎士達。ジェイはそれを斬り払い、時折咬み付かれ、装甲に罅を貰いながらも、食いついた顎を力尽くで引きちぎり、ザラドを振るって斬り払い、突き進む!!
「言っただろ。終わらせてやるってな。地獄で待ってろ」
拘束され藻掻く黒騎士らに、漆黒の悪鬼が襲いかかった。振り下ろされる黒剣が、封じた戦輪ごと黒騎士らの身体を、紙のように断ち割る!
腕が脚が、無明の空に幾つも飛び――腐血飛沫く。死をも恐れずなお襲い来る、尽きぬ無数の敵の中を、ジェイはワポゼを伴って駆け抜ける!!
◆ジェイ・バグショット
承前の負傷継続。追加の負傷無。
BLOODAMを構築するために多量の血を使った。失血進行。
成功
🔵🔵🔴
イージー・ブロークンハート
◎
…長く倦んだ生、かあ。それがあんたの理由か。
やだなあ、引けねーわそれ聞いたら。
立ち続けてあんたを倒す理由ができちゃったじゃん。
いや、こういうとあんたそれこそ死ぬほど嫌そうだしオレだって娯楽扱いは正直御免だけど。
逃げずにあんたが死ぬまで付き合ってやるよ、戦争卿。
まあ脛と腿やられてマジで立ち続けるしかないんだけど!
鎧で対人多人数の戦場とはこれ剣豪のお得意舞台。うれしいねえ、ボーナスステージって感じ。いや、虚勢なんだけどさ。左手ないのがマジで痛い。
残像と見切りでなるべく動きを最小限にして、一閃、切り捨てる。
たとえ崩れ落ちても今回ばかりは立つよ。無理矢理でも。
…はは、馬鹿だよな、おれもあんたも。
●硝子は割れる。然れども尖る
――我が力と愛の全てを以て殺さなくては。お前達を骨の一片に至るまで絶望させ絶滅せねば! そうした時にこそ、今度こそ、この長く倦んだ生の意味が見えるだろうよ!
今は黒金の繭の内側に閉じこもった戦争卿の声が、耳の奥にこびりついて離れない。
「長く倦んだ生、かあ。それが、あんたの理由か」
ああ、確かに敵の所業は赦せるものではない。いかなる理由があろうとも、戦争卿が無辜の人々を戮殺したという事実は消えはしない。彼は断つべき絶対的な邪悪だ。それは、決して変わることのない事実。
でも、
「やだなあ。こういうの向きじゃねぇってのにさ。退けねーわ、それ聞いたら。……立ち続けて、あんたを倒す理由が出来ちゃったじゃんか」
硝子の男は、イージー・ブロークンハート(硝子剣士・f24563)は、誰にも聞こえぬほどにかそけく呟いた。
そう、きっと戦争卿はこんな言葉を望んではいまい。平穏に飽いて闘争を愛し、否定を愛し肯定に唾棄しする男だ。初めから誰にも理解されることを望んではいるまい。――その上、あの戦狂いに、娯楽扱いされるのも正直御免だった。けれどイージーはごくフラットに思ったのだ。
――ああ、逃げずに、あんたが死ぬまで付き合ってやるよ、と。
想像を絶するほどの永きを生きたのだろう。骸の海に堕ちる前からの生を含めれば、この世に飽いたという言葉の重みが解ろうものだ。
だからと言うわけじゃないし、戦争卿が積み重ねた罪を、その倦怠が濯ぐわけでもない。ただ――こんな風に思って、あの戦狂いに付き合ってやる猟兵が一人くらいはいたっていいだろう。イージーは、硝子の剣を持ち上げる。
「つってもまぁふくらはぎと太腿やられちまっててマジで立ち続けるしかないんだけどね! 走るとかムリ!!」
脳を突き上げる痛みを噛み殺し、イージーは押し寄せる黒騎士らに向け構えを取った。数えるのも億劫だ。誰か代わりに数えてくれよ。
「――鎧で対多数の殺陣とくれば、これ剣豪のお得意舞台。うれしいねえ、ボーナスステージって感じ。ついでに残機も増やしてくれねえかなあ!」
虚勢を張った。イージーの負傷は左脚ふくらはぎに擦過銃創、右太腿に貫通銃創、左脇腹の深い抉傷、さらには左腕の喪失と、最早まともに戦える状態など通り越している。左腕がないのが最悪だ。斬撃に力を乗せられず、体幹のバランスが崩れて機動力が、継戦能力が落ちている。血は失われていく一方。死が、恐ろしいほど近くにある。
だが笑う。笑い飛ばしてやる。
諧謔を解さぬ鉄血の騎士共がイージーを殺そうと殺到した。
間合に先頭の騎士が触れた刹那、イージーは無音で踏み込む。動きは最小限に。敵の剣が振られる前に、硝子剣の切っ先で首を薙ぎ飛ばした。切っ先の反りで頸を掻っ斬った。サイドから繰り出される槍の突き二つを飛葉の如くひらりと避け、回した躰の勢いで威力を補い、一息にまたも二つ首を刎ねる。
斧槍の薙ぎ払いを地を這うほどに伏せて回避、地面すれすれを薙いで敵二体の足首を刈り転倒せしめ、復位、伸び上がり様の突きで横合いの一体の首を穿った。
がき、と嫌な音。首を穿った筈の騎士が、最後の力で硝子剣を掴む。
「ッ!!」
引けど抜けぬ。一瞬のタイムラグに、三方から剣が突き出された。イージーの左背に、右腹に、右肩に、騎士らの剣が突き立った。
「ッ、づあぁぁっ
……!!」
迸る苦鳴を止められもせぬ。続く攻撃が来る。イージーは死力を尽くし、硝子剣に力を注ぎ込む。
「喰い裂け、硝子剣ッ!!」
吼える声と共に抜けなかった硝子剣が砕け、銀の吹雪めいて周囲に吹き荒れた。十数体の騎士を一挙に薙ぎ払い倒すが、イージーは膝を突き掛け蹌踉めく。力も、血も、使い果たす寸前だ。
――けれど。
けれど、まだ倒れない。
「……はは。馬鹿だよな。おれも、あんたも。……でも」
イージーは硝子剣を再び一本の剣に固め、杖のようについて踏み止まった。
「今更止まれやしない。……そうだろ?」
踏み込んでくる無数の騎士の奥。
不気味な沈黙を保つ黒金の繭を、イージーは只真っ直ぐに見つめ――突撃する騎士らに向け、今一度踏み込むのだった。
◆イージー・ブロークンハート
承前の負傷に右腹側部、右肩、左背部に刺傷。
出血多量。
成功
🔵🔵🔴
アダムルス・アダマンティン
◎【結社】
ザザは戦場の狂気に呑まれたか
場数を踏んでおらん新兵なれば、ままあること。補ってやらねばならぬ
纏うは漆黒、ダークヴェンジャンス
今までの負傷を全て戦闘力を高める。動作は激痛耐性で支障ない
ザザが集めた敵へと重量を載せた範囲攻撃だ。その鎧、砕いてやろう
ここからは団体行動だ、ザザ。あまり突出し過ぎるなよ
敵を屠り、ダークヴェンジャンスで得た生命力吸収で傷を癒やす
今や廃神なれど、鋼を叩く感触はまだ腕が覚えている
征くぞ、ザザ。まずは露払いだ
ザザ・ロッシ
◎
【結社Ⅰ-Ⅴ】
左腕がない
体が寒い
バランスとりづらい
マフラーを咥えながら片手で止血
いまできるのはこれだけだ
どうすりゃいいんだ
いやどうもこうもねぇよ
敵を倒す
戦いは終わってねぇんだ!
周囲の警戒を怠らずとにかく動く
新米剣士にできるのはそれだけ
敵を見て地形を見て
孤立した敵から斬って深追いはしない
危険を感じたら、敵が集まったらすぐに引く
ヒット&アウェイだ
けど
くそ
斬っても斬っても敵が減らねぇ
どうすれば――
そして俺は纏まった敵を一掃するあの人の背中を見て理解するんだ
こういう場面は、合理的に立ち回り効率よく倒す、十全に戦える力を維持し続けるんだと
集団行動…
そうだよな
戦ってるのは俺だけじゃない
はい
まだ征けます!
●欠けた地球が僕を笑っても
炎で形作った左腕は一撃くれた一瞬、あの一瞬きりで吹き散った。流れる血。熱が出ていく。寒い。バランスが取りづらい。だが、泣き言を言うだけのタイミングはもう過ぎた。
「クソッ……」
とにかく止血。止血だ。ろくな設備も資材もないが、どうにかマフラーの一端を咥え、左肩の傷口から右脇に回し圧迫して固める。今できることはこの程度しかない。こうしたところで気休め程度にしかならないのは解っている。だがやらないよりマシだ。次はどうしたらいい。どうもこうもない。
敵が迫ってくる。黒騎士の群。いや、まるで津波だ。押し寄せてくる、と言った方がいい。奴らを倒す。倒さなくては。そしてその奥に潜む、あの戦争卿を引きずり出さなくては!
――戦いはまだ、何一つとして終わってはいないのだ!
「ッおおおおお!」
ザザ・ロッシ(Ⅴの昇華・f18629)は声を限りに吼えた。突撃してくる敵は多い。右手に握った刻器、熾天焔剣『プロメテウスの灯』を構え、敵の群へと吶喊する。
燃え上がるプロメテウスを、隙も小さく右腕一本で振るう。プロメテウスは両手剣。大振りになれば隙を晒す。とにかくコンパクトに振り、火焔の威力で騎士達を牽制しつつ隙を衝いて断つ!
いまだ新米猟兵の域を出ないザザに出来るのはただそれだけだ。決して集団を正面から相手取らず、孤立して浮いた敵から狩る。プロメテウスから発される炎を足下で爆ぜさせ推進器めいて用い、鋭いステップワークでヒット・アンド・アウェイを仕掛ける!
「っきしょ……!」
しかし、斬れども斬れども敵が減らない。
原因は明らか。その消極的な戦法にある。踏み込みが足りずに一発では倒せない敵も多く、『孤立した敵を狙う』都合上、一発で纏めて倒すことも出来ない。必然、撃破効率は落ちる。
――その上、敵の数は余りに多い。逃げ場は削られる一方、ザザは瞬く間に追い詰められていく。跳び回りつつ次の手を考え続ける。いつまで、どうやって凌げばいい、次はどうすればいい――
――或いは、これは絶望的な戦いなのではないだろうか?
一瞬の疑念が足を取る。ただ一瞬の集中の乱れに、縺れるザザの足。踏み止まるも隙を晒す。
「しまっ――」
そこを黒騎士らが逃がすわけもない。凄まじい勢いで、十数体からなる騎士達がザザ目掛けて驀地に攻め寄せ――
「――闇を見据えることと、闇に呑まれることは違うぞ。ザザ」
重い声が響いた。
ザザが声を振り向く前に、彼の身体を飄風が叩いた。それはまるで、全速のトラックが間近を走り抜けた時のような風圧。
「――ッ!」
ザザは目を見開く。迫り来る敵に、自分の後ろから飛び出した黒い影が突撃する。言うまでもない。アダムルス・アダマンティン(Ⅰの“原初”・f16418)だ。
黒い影。その通り、アダムルスはその全身を漆黒で覆っている。ユーベルコード、『ダークヴェンジャンス』。彼が纏う漆黒は、受けた傷の分だけ、アダムルスの攻撃力を増幅する性質を持つ。
常でも並外れた破壊力を持つ刻器『ソールの大槌』、その威力に、さらに戦争卿から受けたダメージを乗せようというのだ。
「……しかしよく集めてくれた。上出来だ。騎士崩れ共、見るがいい。これが貴様らの鋼を砕く終の槌。――その鎧、粉々にしてくれる」
アダムルスは静かに言って身をひねった。
ソールの大槌が翻り、残り火を映して煌めいた刹那。
インパクト
振るわれるその 衝 撃 、絶殺に値する。
「オオオオオオオオオオオオオォォッ!!!」
う゛、おうっ!!!!
凄まじい勢いで振るわれたソールの大槌が、衝撃波を纏って騎士達に叩き付けられた。ザザの背筋が凍るほどの威力。――アレは最早、人の形をした『暴力』という概念だ。
おお、一体目が拉げ五体四散、いや、二体、三体、四体目も同様、槌部分が直撃した黒騎士は腐血と肉と金属の砕片になって文字通り飛散した。それより後ろにいた騎士達が、余りの威力で振るわれた大槌の衝撃波に巻き込まれ、それこそトラックに撥ねられたかのように五体を捻れさせながら錐揉みに吹き飛ぶ。
ただ一発。たったの一発で、攻め寄せた騎士達が纏めて吹き飛んだ。
ずどうっ!!
アダムルスは振り抜いたソールの大槌を引き戻し、地面を衝いて地を揺るがす。柄に手を置いて仁王立ち。漆黒の、かつての鍛冶神の威容に、後続の騎士らが攻めかね蹈鞴を踏む。
「ザザよ」
鋼めいた声が再び少年を呼ばわった。思わずザザの背筋が伸びる。
「――っは、はい!」
「戦の狂気に呑まれるも、闇に足を取られるも、新兵ならばままあることだ。恥じることではない。それを補佐するために俺がいる」
アダムルスは鋼鉄めいた筋肉が隆起を刻む背をザザに向けたまま、続けた。
あの漆黒の下に、いくつの傷を隠しているのだろうか。
或いは傷を吸い上げ威力に換える漆黒により、傷は徐々に癒えていくのかも知れない。しかし、あの凄まじい攻撃を、ボロボロの満身創痍で繰り出しているのだ。傷が無事であるはずがない。
しかし、戦神は一切それを表に出すことはしない。少なくとも、ザザにはそう見えた。
――たとえ、きっと全身が砕ける寸前であろうとも、あの鋼の声は揺るぎはしないのだ。
これが長針のⅠ。結社の長!
「ここから先は突出し過ぎするな。戦とは一人でやるものではない。集団行動だ」
集団行動。――そうだ。一人で立ち回るのは非合理だ。ここには複数の猟兵がいる。その力を、呼吸を合わせれば、今アダムルスがそうしたように、大技を叩き込んで一気に屠ることも出来るし、何より生存性が段違いとなる。アダムルスの助けを受けねば、ザザとて今頃命が危うかったところだ。
だが生きている。これも、アダムルスが守ってくれたからだ。まだ剣を持つ腕は動く。――ならば、今度は自分がアダムルスのフォローをすればいい。彼の隙を埋め、スピードを活かして敵を攪乱し、今一度アダムルスに攻撃の機を作り出す。そうすることで、自分一人で闘うよりも、総合的な殲滅効率を遙かに上げることが出来る!
この戦場で立つ、一分一秒が彼の学びになる。まるで戦場という鎚に打たれるように、ザザの戦闘識覚は鍛え上げられていく!
「出来るな? 長針のⅤ」
「――はいッ!!」
この頼もしき旧き神が、己を対等と認めてくれることに報いたい。
ザザの右手でプロメテウスが真っ赤に燃え上がる。
燃え盛る炎の温度を感じてか肩越しに振り向き、アダムルスは唇の端を僅かに吊り上げるように、笑ってみせた。
襲い来る敵の群は無数。恐るべき強敵達。
あの戦争卿の力を分け与えられた修羅共。
だが、それを前にして――
天を焦がすように燃えるプロメテウスの灯を。
その長針を、信じている。
「良い声だ。ならば征くぞザザ。この身、今や廃神なれど――鋼鍛える手応えも、鋼殺す手応えも忘れてはいない。――まずは露払いだ。あの邪悪なる戦争卿を、我らで止めるぞ」
「はい――征けます、アダムルスさん。……征きますッ!!」
アダムルスが踏み出すのと同時に、ザザはそれに増す速度で駆け出した。
剣燃ゆ。ヘリオライトの輝き散らし、長針二人が肩を並べ、怒濤のごとき敵の群へ、迷い一つなく突っ込んでいく――!
●アダムルス・アダマンティン
ダーク・ヴェンジャンスによるオーバーロード、スペックを上回る攻撃力発揮による筋繊維断裂及び傷の拡張。また、矢面に立ち闘う過程で更に多数の刃傷、咬傷を受けている。
ただし、同時にユーベルコードによる生命力吸収を発露したため、全体的なコンディションは『一章終了時点より、三割の悪化』程度。
●ザザ・ロッシ
承前の負傷継続。アダムルスに同様、乱戦で切創・咬創を多数受けた。
失血の継続。体力は低下する一方だが、戦意は高揚している。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
数宮・多喜
◎
……チッ。
厄介なのが出てきやがったね、まったく!
相棒の具合は!?
……次元操作機構破損、エンジン停止、外装穴ぼこ、ってとこか。
よし、「これくらいで済んだ」かよ。
それなら休んでる暇はないぜ……【戦地改修】の時間だオラァ!
左目が見えない?右で見れんだろ。
右が聞こえない?左で音を聞ける。
手足はしっかり繋がってる、血はドバドバ流れてるけどな。
これだけ動けば、相棒を仕上げられる。
この戦場にふさわしい、黒き装甲バイクによ!
改修中は『オーラ防御』と『激痛耐性』で堪え続ける。
終わったならば即座に『騎乗』して、
あの繭を目指しながら辺り構わず蹂躙してやる!
味方は近寄るんじゃねぇぞ、よく見聞きできねぇんだからな!
●鋼鉄の風になりて
「チッ……厄介なのが出てきやがったね、まったく」
数宮・多喜(撃走サイキックライダー・f03004)は力を込めて土を掴み、ゆっくりと立ち上がった。全身の裂傷からの多量の出血、右耳は聞こえず、左目は見えない。
満身創痍の有様で多喜は身体を引きずるように、地震の半身に向けて歩いた。彼女の手を離れ、残骸めいて転がった宇宙カブ――JD-1725へ向けて。
辿り着く。コンディションを確認。エンジンは停止し、次元操作機構は完全に破損。外装は穴だらけで、素人が見れば最早廃車にするしかないと感じるであろう有様だったが、しかして多喜は唇の端を吊り上げる。
「『これくらいで済んだ』かよ。お前もアタシと同じでしぶといね、相棒」
余人が聞けば耳を疑う台詞だった。その多喜本人とて全身から血を流し、今にも倒れそうな青い顔をしているのに。頼みのバイクは穴だらけ、エンジンも止まり、先程の攻撃を行うために必要な次元操作機構も完全破損していると言うのに――それでも多喜は、『この程度で済んだ』と笑うのだ。
「そうとも、『この程度』さ。アタシの両手と両脚は繋がってる。血がドバドバで止まる気配もないけどね。確かに左目は見えないし、右耳だって聞こえない。でも逆は生きてる。アタシはまだ動ける、走れるんだ。――お前だってそうだろ、相棒!」
多喜はカブの車体を起こし、高々と右手を突き上げて吼えた
「『戦地改修』の時間だオラァ!!」
周囲に転がる黒騎士の骸、その纏っていた鎧が弾け、解けて、黒い砂鉄めいて宙に渦を巻いた。周囲の無機物をサイキックエナジーで分解還元、黒鉄の風としたのだ。掲げた多喜の腕に纏い付いた黒い風が、一瞬でいくつもの鋭利なる装甲板、カウル、ボルト、ナット、ギア、いまカブに足りない部品の全てを複製する!
多喜はカウルを、アーマープレートを、カブに空いた穴を塞ぐようにボルトオン。JD-1725は瞬く間にその姿を、この戦場に相応しい姿へ変じていく。
装甲の大部分を着装完了、機関部の破損を修繕しかかった瞬間、黒騎士達の駆け寄せる音がした。建物の影、奴らからすれば死角だった筈のそこを嗅ぎつけ、駆け寄せてくる。
「チッ……目敏い奴らだね! でも……アタシだって並の覚悟でココに立ってるわけじゃないんだよ!!」
多喜は自身と宇宙カブをサイキックエナジーの障壁で覆い、黒鉄のカウルをなおも幾つか複製し、敵に向けサイコキネシスで投射、投射、投射! 少しでも敵の接近速度を緩めながら、修繕継続! 長く保つわけがない。もとより攻撃をするためのユーベルコードではない。
騎士達は投げつけられる装甲板を弾き打ち払いながら駆けてくる。残り少ないパーツをはめ込み、機関部を組み戻す多喜の真横で、サイキック・バリアがスパークを上げて剣に破られた。突出してきた一体の騎士が突き出した剣が、そのままぞぶりと音を立て多喜の右脇腹を抉る!!
「っぐぅ
……!!!」
――痛みに曇る声。
だと言うのに、その手は止まらない。装甲板を叩き付けるように填め、ボルトを締めて固定する。何という精神力。身にサイキックエナジーの電流を走らせ、己が脇腹を穿った騎士を高圧電流で焼き動きを止める!!
「ッづ……、今更、止まるかよ。止まれるかよ!! アタシもコイツも、まだ走れるんだ!! 邪魔ァ、するなぁッ!!!」
麻痺した騎士を握ったスパナで殴り飛ばす。迫る騎士達を前に、多喜は黒い流線型の車体へと変貌を遂げた宇宙カブに飛び乗った。は右脇腹に突き刺さった剣を引き抜いて棄て――
「行くぜ相棒!! 反撃開始だ!」
弱音も弱気も吹っ飛ばすようにキックスターターを蹴った。
ヴ、オオオォォォオオォゥンッ!!
――JD-1725が、唸りを上げて再始動する!
その姿は最早原形を留めていない。敵を引き裂く為の衝角めいたカウルに増設された装甲板、戦争卿が従えた騎士らの装甲を用いることで、同質の存在である敵からの攻撃に耐性を持つ装甲バイクである!
「味方は近寄るんじゃねぇぞ、よく見聞きできねぇんだからな!」
多喜はスロットルを絞るように開け、後輪から泥を散らしウィリー気味に駆け出した。
加速、加速、加速! 進路を阻む敵を衝角とサイキックエナジーによるバリアで刺殺轢殺しながら、漆黒の鉄馬が駆け抜ける――!
◆数宮・多喜
承前の負傷に加え、右脇腹に剣による刺傷。
出血多量。
成功
🔵🔵🔴
穂結・神楽耶
【鳳仙花】
ネグルさん、動かないで。
【二人静燎】で傷を塞ぎ、主に脚部を修復します。
慢心、驚き、不審。
いずれにせよ稼げる時間は僅か。
ならばこの炎で騎士様方の気を惹きましょう。
さあ、一番に燃えたい物好きは誰ですか?
とはいえ回復には使わせません。
こちらの射線を通し、あちらの意識を乱し。
通常の炎も織り交ぜてこちらを先に感知させます。
…ヤドリガミは。
本体さえ無事なら死ぬことはありません。
本体さえ、戦場で僅かなりとも安全な場所に預けられたら。
肉体は囮と肉壁に徹します。
力の続く限り暴れ、燃やし、隙を作ります。
頼みましたよ? ネグルさん。
たとえ五体が砕けても。
あなたを癒す炎だけは、決して絶やしませんから。
ネグル・ギュネス
【鳳仙花】
傷を負えど、血を流せど
其れで止まれば、我が後悔にさらなるものが──か
手筈通りに行く
敵を目の前に、いきなり味方に焼かれて雄叫びを上げれば、慢心か驚きか、虚を突けるか
その瞬間に、【強襲具現:深き海の瞳】起動
敵の頭、胸、脚と素早く狙い撃ち抜こうか
考えろ、相棒なら如何に敵を殺すか!
冷静に、敵を虚像で欺き、そして核たる場所を探すように狙い撃つか、武器を持つ手首、身体を支える足首を狙い撃て
負傷が癒えれば、役目を果たす
身を隠し、神楽耶の本体を守り、囮を利用して、静かに撃つ
相棒の見る景色は、こんな感覚なのだろうか
だとしたら──ああ、そうだ、無事に敵を倒し、帰って
怪我したこと、ごめんて言わなきゃな!!
●加護の炎、滅びの焔
「っく……、」
負傷に次ぐ負傷を重ねた激戦、そして戦争卿への追撃を経たネグル・ギュネス(Phantom exist・f00099)の肉体は、最早ほぼ限界を迎えつつあった。生体部分、右胸部と右腹側部からの出血が著しい。機械の左半身も無傷かと言えばそんなわけはなく、左腕を喪失した痕、そして左脚の散弾創から、血液の代わりにスパークが噴き出ている。
がくり、と膝を突く。他の猟兵が爾後を引き継ぐまで戦争卿と継戦したツケがここで回ってくる。もはや機械の半身の出力は底を突き、右半身の生体は半分死んでいるのではないかという程に冷たい。死が、間近に見える。
――だが、傷を負えど、血を流せど、ここで止まってはいられない。
ここで立ち止まれば、その事実はいつか後悔となって自分の心を灼くだろう。きっと、炎の温度は弁明を許さぬほどに熱いのだ。
黒鉄の繭の根元より魔法陣の光跡疾り、幾体も幾体も――地を埋め尽くすほどに、精鋭騎士団『闇黒隊』が召喚される。敵は尽きず、こちらの余力は僅か。それでも、ネグルは刀を衝いて立ち上がった。
「ネグルさん、動かないで」
それを間近で固めるのは穂結・神楽耶(舞貴刃・f15297)。彼女もまた羽織を血に染め、最早ただの血と肉の塊になってぶら下がる左腕を晒したままネグルに寄り添う。
二人は間近で視線を重ねた。どちらかともなく交わす頷き。黒鉄の繭の方から一〇〇に届こうかという黒騎士達が今一度駆け寄せるその前で、神楽耶がひたりとネグルの機械の半身に手を当てる。
――これは静かなる篝火。道行きを照らすための灯。
全く唐突に。
神楽耶の手から発された紫の炎が、ネグルの身体を包み込んで灼いた。
「ぐ、うぁああぁああああぁぁあっ!!」
ネグルの喉から迸る絶叫。突如の事に、駆け来る騎士らも一瞬足を止める。突然の同士討ちを見ればそうもなろう。猟兵が猟兵を灼いたのだから、その衝撃は計り知れぬ。ネグルは残る右手を炎を振り払うように振り回しながらよろめき、転げるように前に身を投げ出して――
そのまま、どん、と音を立てて地面を踏み砕き、前進した。
『?!』
突如の猛進。紫の炎に包まれたネグルの身体に異変がある。――機械仕掛けの左腕が、そして先程まで走ることすら叶わなかったはずの左脚が、まるで傷を逆回しにしたかの如く再生していくのだ。
――その炎は神楽耶のユーベルコード、二人静燎。
彼女の望むものを――たとえ無機物であろうとも癒やし、復元する癒やしの炎!
ネグルの絶叫も痛苦のそぶりも、全てはただ一瞬の隙を勝ち取るための演技に過ぎぬ!
『Access! ――code:ASSAULT,type Abyssal Shooter!』
異様に気付いた騎士が散開しようとする前に、ネグルは攻撃を開始した。
復元された左手を突き出す。間髪入れず変形、左手が大口径弾を放つナックル・バスターと化す。――変形したのは左手だけではない。彼の左目もまた、凪の海めいて変色していた。蒼白い光。ネグルは拡張する視界と識覚をフルに活かし、射程内にいる全ての敵を認識する。
“……狙って撃つんじゃない。奴らのいる座標の上を、射線でなぞるんだ。重なった瞬間に引き金を撫でれば当たる”
脳裏に蘇るのは相棒の言葉。そしてネグルは、それを忠実に履行する。
――これが、相棒の見ている世界。
サジタリウス・トリガー
ユーベルコード、《 強襲具現:深き海の瞳 》!!
銃声、銃声銃声銃声銃声! 千変万化の弾道描き、無数の蒼き光弾が宙疾る! ネグルは一切の躊躇も慈悲も無く、騎士達の頭を、胸を、脚を次々と撃ち抜いていく。命中した結果を観測。胸に穴を開けても歩く敵を確認。脚を失えば流石に動きは止まり、頭ならば完全に活動を停止する事も確認。射撃優先順は的の大きさと有効ダメージを勘案し、下肢、頭、胴の順!
ネグルが弾丸を撒き散らすのを圧殺するかの如く、楯を構えた騎士達が前に出て壁を作り迫る。ネグルが踏みとどまったその横を、紫の炎を伴い神楽耶が駆け抜けた。
「さあ――一番に燃えたい物好きは誰ですか? そこの楯の貴方様がたですか?」
薄笑みを浮かべた神楽耶はタワーシールドを構え突撃してくる騎士らに無防備に身を晒す。紫の炎は癒やしの炎。脅威足り得ぬと知って、迷わず駆け寄せる黒騎士達。
「では御馳走しましょうね。――生憎と加える手心は、先程までで売り切れですが」
神楽耶は紫の炎の火力を増した。身体から溢れ出るように広がる紫の火勢。
大量の騎士達が今まさに神楽耶の身体を圧し潰さんと迫った刹那――
「召しませ」
紫の火が、死者の血めいた朱殷に変わる。
――ッッッゴウッ!!! 吹き荒れた朱殷の炎が黒騎士らを灼いた。先陣を切った十体弱の騎士が真面に炎を喰らい、全身の筋肉が焼け縮み、つんのめって倒れ臥す。
神楽耶の炎は一色ではない。寧ろ、いつか破滅を導く火焔こそが彼女の本質だ。癒やしと見せかけての騙し討ち。
だが第二陣以降は止められぬ。神楽耶は右手に一刀携え、最低限内臓が零れぬ程度に表面を繕っただけの状態で、押し寄せる騎士らに対する。
「ネグルさん。征ってください」
「――、」
逡巡するようなネグルの沈黙に、神楽耶は言い聞かせるように優しく囁いた。
「そういう手筈だったでしょう。――大丈夫。わたくしは平気です。たとえ五体が砕けようと――あなたを癒やす炎だけは、決して絶やしはしませんから」
「……解った。私は、私の役割を果たす。ここは任せたよ、神楽耶」
「お任せを」
神楽耶のあえかな笑いを受け、ネグルは敵陣の手薄な部分をバスターで攻撃、陣に穴を開けて突破を試みる。すかさずそれを圧殺しようと集まる敵を、
「貴方様がたのお相手は、わたくしが務めます」
踏み込んだ神楽耶が、結の太刀に朱殷纏わせ叩き斬った。
斬る、斬る、斬る、斬る! 凄まじいまでの太刀回り!! その動きはまさに捨て身。まるで己が死んでも構わぬかと言うほどに踏み込み、敵を斬り、灼き、燃やし、屠り続ける!
決死の勢いの神楽耶を半端な手勢では止められぬ。必然彼女を抑えるために騎士達が集中し――その隙間にねじ込むように、今度こそネグルが最速で前線を駆け抜ける。彼の身体には未だ紫の炎燃え、その傷を癒やし続けているのだ!
その炎を眩しげに見ながら太刀を振り回し戦い続ける神楽耶。明らかに無茶かつ捨て身の特攻は長くは続かず――その身体に次々と剣が、槍が、狼牙が、竜牙が突き立った。
「か、は」
血を吐く彼女の喉を、槍の穂先が貫き通す。
「――」
最早言葉もない。漏れる息が笛めいて鳴るだけ。
神楽耶は太刀を棄て、喉に突き立った槍をガッと握り締めた。血に塗れた手から、再三朱殷の炎が迸り――
爆発にも似て、神楽耶の身体から吹き出した炎が周囲を薙ぎ払った。業熱が席巻するその跡に――神楽耶の姿はない。
その先を、ネグルが疾る。
身に纏う紫の火焔。神楽耶に託された力。ネグルは固く歯を噛み締めながら駆ける。
襲いかかる数体の騎士。ネグルはすぐさま脚を、頭を狙ってバスターを連射。撃墜撃墜撃墜! しかし一体、胴に風穴を開けつつも止まることなく飛びかかってくる敵! バスターのリロードにタイミングが重なる――黒騎士が力の限り刃を振り下ろす!
――交錯。血が飛沫く。
だらり。空中に力を失った四肢が垂れた。ネグルが電瞬抜き打った太刀の刃が、黒騎士の首を貫いたのである。
それは紫の火焔纏う太刀。――そう、『結ノ太刀』! 神楽耶の本体である!
ネグルははやにえめいて突き刺さった敵の身体を振り棄て、バスターをリロードしつつ再び疾駆。
「すまない神楽耶、助かった」
『いいえ。あなたを護り癒やすのが今回のわたくしの役どころですから』
神楽耶は己が肉体を囮とし、本体をネグルに預けることで共にこの前線を突破する策を取ったのである。
『参りましょう、ネグルさん。――今しばらくこの炎、あなたのために燃やします』
「応。無事に奴を倒して、帰って――腹減ったって皆で笑い合うために。もうこれ以上、誰も砕かせない!」
一人と一刀が駆ける。
悪逆の戦闘卿に、天誅を下すべく!
◆ネグル・ギュネス
承前の負傷、左腕部と左脚部に関してほぼ快癒。
右半身については負傷継続。
◆穂結・神楽耶
肉体を喪失。補助がなければ、本戦闘中は再度現界は不能。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ミハエラ・ジェシンスカ
◎
幕間の余興にしては大仰だな
我が【念動変異】は全身をサイキックエナジーへと変異させる
逆説、手足をエナジーから再構成する方法も知っているという事だ
正規のやり方ではない以上ロスも大きいがな
残った右腕をパージ
【念動変異】の応用で四肢を擬似的に再構成
全【念動力】をその制御に当てる
エナジーの消耗はこの際度外視だ
「手数」に自信はあるが
この状態で超高速連続攻撃とやらと張り合うのは愚策だな
【見切り】ながら非実体化と再構成を駆使し
連続攻撃の「狭い隙間」に【カウンター】を無理やり捻じ込んでやる
私は元より兵器でありただの邪剣だ
悪いが、義憤も悲嘆も抱きはしない
あるとすればそれは私をこの戦場に送り込んだ男のものだろうよ
●空戦伝説
自在に動く流星のように高速機動し、三次元高速戦闘を仕掛けていた一人の――否、一体の猟兵が、ぐうんと高度を上げて空から黒金の繭を見下ろした。
「――ふん。幕間の余興にしては大仰だな」
その顔に相当する部位、バイザーに赤いラインが点る。ウォーマシンだ。人間で言うと下肢、加えて左腕に相当する部位がない。右腕は大破し火花を散らすばかり。肩から展開した複腕――隠し腕が赤き念動剣を煌めかせているのみで、他には武装らしき武装もない。
だがそれだけで、ただそれだけの僅かな武装で、その機体はここまで戦線を駆け抜けてきた。――その邪剣は、銘をミハエラ・ジェシンスカ(邪道の剣・f13828)という。
「いいだろう。付き合ってやる。隠し腕で足りないなら、もう一度剣成すまで」
ミハエラは最早死に体となりただ垂れ下がるだけの右腕ユニットを根本からパージするなり、悪心回路をドライヴ。己が内に存在するサイキックエナジーを絞り出す。
サイコトランス
ユーベルコード起動。念 動 変 異。
ミハエラの躰から、燐光上げる赤い粒子が漂う。
念動変異とは、本来的には彼女の身体をサイキックエナジーに変異させるという、物質と非物質の境界を超越する術である。サイキックエナジーに変換された彼女の身体は、あらゆる隙間を煙のように透過することが可能となるが――此度彼女が発露したのはその応用だ。
もとより欠損した状態だ。この状態でこの術を発露し解除しようとも、欠損した状態に戻るのみ。――だが、『存在しない』ものを、『存在するかしないか曖昧』なものに変えることまでなら、彼女の力を以てすれば不可能ではない!
「全脳波リンクチャンネルを念動変異・逆変換シーケンスに充てる」
宣言。彼女の行動を審査する評価AIがすぐさま否定評価。エネルギーの損耗が激しすぎる。補給のために一度後退するべきとの進言。
だがミハエラはそれを一顧だにしない。黙っていろとばかり評価AIの警告をシャットアウトし、念動変異を継続する。
――失われたはずの彼女の四肢に赤き粒子が凝り、赤光の腕脚を成す! エナジーの消耗は度外視。継戦を優先。サイキックエナジーで作り出した仮初めの四肢を動作させ、ミハエラは現状の自身の戦力を評価する。
(辛うじて成功か。手数に自信はあるが――それは常の話。現状動作は不安定。敵の連続攻撃に張り合うのは愚策だ。思考ルーティンとアルゴリズムをカウンターメインに最適化する)
「……征くぞ。超高速連続攻撃とやら、見せてみるがいい」
ミハエラは戦闘方針を固め、赤光の四肢を煌めかせて、隼の如く急降下した。騎士達が身構えるそれを迎え撃つ。クロスボウによる迎撃射撃を非実体化することで抜ける。赤き光の塊と化し、はたまた再び実体化し、ミハエラは緩急を付けて明滅しながら、未確認飛行物体めいてジグザグに空を滑り降りた。
フーファイター
それはさながら、空 戦 伝 説。
「私は元より、兵器でありただの邪剣に過ぎん。貴様らに何一つ、義憤も悲嘆も抱きはしない。ただ機能に基づき、貴様らを鏖殺する」
クロスボウの一斉射、二度目を非実体化で擦り抜け再度実体化。間髪入れずブースターに点火、最終加速。仮初めの赤き両腕が、赫奕たる刃そのものとなって伸びる!!
「――だがもしも、意志あるとするのならば。それは私をこの戦場に送り込んだ男のものだろうよ。貴様らを殺すのは邪剣――そして魔剣の意志だ!!」
ミハエラは吼えながら、邪剣の名に相応しく赫腕を振るった。赤光二刀に隠し腕二つ、彼女が身を翻せば赤き斬閃が竜巻めいて唸る!
斬、斬、斬斬斬斬斬斬斬ッ!! 先手を取っての鏖殺刃舞が瞬く間に数体を膾切りにする! 敵とてそれだけでは終わらぬ、続く数体が距離を詰め刃を突き出し振り下ろすのを、ミハエラは非実体化と実体化を単スパンで繰り返し回避斬り返し、鏖殺し続ける。エナジー残量が瞬く間に吹っ飛んでいく。だがまだ終わらない。
――真打ちはこの後に控えているのだから。
「出てこい、戦争卿。雑兵で私を止められると思うなよ!」
刃渦の直中、ミハエラは高らかに吼える!
◆ミハエラ・ジェシンスカ
承前の損傷継続。
サイキックエナジー残量僅少。
敵の群を突破する頃には、最早同じ手は使えまい。
成功
🔵🔵🔴
ヴィクティム・ウィンターミュート
◎
──最高で最悪の気分だ
左腕は落ちた…状況は非常に悪い
だから何だ?止まる理由になるとでも?
負けは認めない、絶対に
勝つまでは何を犠牲にしたって良い
行くぜ──封印指定解除、『Undead』
死ねないんだ、生きる地獄に居続けなきゃいけないから
だから俺は、死の間際で踊ろう
死の恐怖を感じながら、生という地獄に浸ろう
恐れろ──俺はイカれた殺戮者だ
ナイフ1本だけで、鋼の生物を切り裂く
【捨て身の一撃】で殺し、【生命力吸収】でギリギリ死なずに耐える
その繰り返し、生と死のシーソーゲームだ
腕だろうが足だろうが、内臓だろうが持っていけ
ニューロンと心臓さえありゃよォ…生きられる
なぁに…人間辞めた怪物だぜ?
切り札はあるさ
●懐かしきハイエナの影
息が上がる。
血が、止まらない。
腹から漏れ出ていく熱を、彼は右手だけでどうにか留めようとした。布を当て詰めて上から巻いただけの雑な止血。その程度しか行える処置はない。
左腕は落ちた。つまりは今の彼には『アヴァロン』が存在しない。防御用プログラムの大半、それに加えて内蔵ショットガンが喪失された状態である。状況は最悪に近かった。これは本来なら、負ってはならないレベルの負傷だ。
「あァ――最高で最悪の気分だ」
彼は――ヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)は、荒れる息の中で喘ぐように言った。喉奥から込み上げる血を飲み下し、血の味のする唾を吐き捨てる。
コンディションは劣悪。最初から『自分の戦い方』が出来なかった。盤面を虹色の手札で操作し戦場を己が意のままに彩る、それがトップ・ウィザードたる彼の戦い方の筈。生体ナイフを手にしての正面切っての白兵戦など、常の彼からすれば下の下の策だ。
だが、赦せない敵がいた。もっとも殺さねばならない、唾棄すべき傲慢なる敵が。
そいつは今、黒金の繭に籠もって、手下共を操って片手間に猟兵の相手をしている。
「出てこいよ。クソ野郎」
ヴィクティムは歯を剥き出し、唸るように言った。悪環境に加え絶望的な戦力差。押し寄せる黒騎士の群は、まるで黒い津波のようだ。
――だが、それがどうした。それが止まる理由になるというのか? 勝利を目指さぬ理由に、諦め膝を折る理由になるというのか?
否、否、否だ!!
負けは絶対に認めない。勝つためならば己の何を犠牲にしようと構わない!
ヴィクティムは右手に携えた生体ナイフを構え直し、プログラムのロックを解除した。それは命を紫電に換える禁断の封印指定コード。――『Undead』。
少年の身体を紫電が覆った。スパーク散らす電荷が細胞を強制的に賦活。出血が和らぎ、傷の痛みが薄れる。
痛みが薄れると言っても、傷が治ったわけではない。この瞬間もヴィクティムは一歩ずつ死に近づいていく。だが、ヴィクティムは狂気的な笑みを浮かべて膝を撓めた。
――死ねない。こんな所では。まだ生という地獄に居続けなくてはいけない。死という向こう側に渡るギリギリの位置で踊り続ける。
「恐れろ、クソども。俺はイカれた殺戮者だ」
傲然と言い放つなり、ヴィクティムは割れたバイザーの下で目を不気味に青く輝かせ、押し寄せる敵集団目掛けて跳ねた。
騎士達は己の身体を鋼鉄の獣に変じ疾駆、ヴィクティムに襲いかかるが、しかしヴィクティムはそれよりも速い。加速、加速、加速。命を燃やし死に近づくほど、負傷が多ければ多いほど、ヴィクティムの身体を覆う紫電は強く輝く!
「オラァッ!!」
振るった生体ナイフが鞭剣めいて伸び、二体の獣を絡めた。即座に収縮。発生する剪断力で絡めた二体を輪切りにし、鞭撃を回避して飛び込んできた一体の喉を一突きにして振り棄てる。横合いから飛び込んできた獣が右脚と左脇腹に食いつくが、左を手首から射出した短矢で、右を伸ばしたナイフで刺して殺した。生命力を吸い上げ、燃え落ちる命の蝋を僅かに継ぎ足す。足を止めずに駆け抜けた。殺して、殺して、殺して、殺す!!
殺した分だけ傷を受け、然れど死なず。決して死に落ちることのない、危機的なバランスのシーソーゲームだ。ヴィクティムは数十体目の騎士の首を掻き斬りながら前進する。
彼の視線の先には黒金の繭。決して許せぬ傲慢の戦争卿が座す場所。
襲いかかる黒騎士の群を斬り、裂き、刺され、刺し返し、ヴィクティムは血でガラガラに濁った声で叫んだ。
「――テメェがどんだけ偉いか知らねぇが――こちとら人間止めた怪物だぜ。俺はニューロンと心臓さえありゃあ生きられる。こんなスクィッシー共じゃ俺は殺せやしねぇぞ!! 戦争卿ォ!!」
目だけをギラギラ光らせて、血泥を蹴立てて飛びかかる。引き裂き突き刺し暴れ回る、その姿はまさに、かつてのストリートのハイエナの再演であった。
◆ヴィクティム・ウィンターミュート
全身に多数の刃傷、刺傷が追加。最早総数は数え切れない。
漏れていく血を、敵から吸い上げた生命力で補い動き続けている。瀕死。
成功
🔵🔵🔴
高砂・オリフィス
SPD判定*アドリブ歓迎
あ゛ッづうぅう……これじゃ握手できないなぁ……ッ!
ぐぐ……でも、こういう時こそ笑顔笑顔! 声出してこーよ! いっくぞお!
腕を庇いつつ、使うのは《やがて来たる過去》!
時間差攻撃で数を削りつつ、攻撃が通りにくそうな鎧越しに声の衝撃波でぶっ飛ばす!
拘束されても動けなくても、口さえ開けばやりようはあるよ!
振動衝撃で内側から込み上げる、というかっいろいろ飛び出そうだけど、泣き言なんかゼッタイいわないもんねっ! 辛いと感じるのは生きてる証拠さ!
さあ動いて動いてぼくの体! 今日の戦場、こここそがぼくにとっての晴れ舞台だから!
安喰・八束
◎
痛え
半矢にも程があらぁ糞ったれ
嗚呼、然し、生きている
未だ戦場に立ち、右腕がお前を掴んで離さねえ
なら、行けるな"古女房"。
血の香に昂ぶる獣の性は、狼を負う前から変わらなんだ
「凶旋」
黒狼の獣人に変じ、被り直した獣の皮で傷を無理矢理塞ぐ(激痛耐性)
有象無象の噛み付き、拘束は血の残像を囮に(だまし討ち)
乱戦に乗じ包囲の薄い箇所を突き、眼の前だけを斬り払いながら
脚力に任せて最短でこの鎧共を突破する(情報収集、見切り、鎧無視攻撃)
用があるのはあの糞野郎の大将首だけだ
似たようなことを考えてる奴が居るなら同道しよう
独りでは、そう長くは持つまい。
何故まだ立っているか?
何故だろうな。
迎えがまだ来ねえからだよ。
●吼声、天をも貫けと
「……半矢にも程があらぁ、糞ったれめ。狩りの流儀も知らんのか、あの野郎は」
牙を剥きだし唸るように、安喰・八束(銃声は遠く・f18885)が呟いた。漏れ出た血の量は途方もない。右腕だけ柄五つ孔が空き、刃傷刺傷斧傷も数えるのが億劫なほど貰っている。
凄まじい痛みが脳を突き上げてくる。八束はぎりと歯を食い縛りつつ、右手に持った木の銃把を確かめた。
――ああ、痛え。痛くて痛くて堪らねえ。だが、嗚呼、然し、生きている。皮肉にもこの痛みこそが生存の証明。手に返る確かな手応えと、踏みしめた地面が、まだ生きている、戦場に立っているのだと教えてくれる。
血を流せど、二本の脚があり、決して離さぬその銃――“古女房”が右手にある限り、八束はどこまででも戦える。
「行けるな、“古女房”」
名の通り、壊れる度に部品を継いで剥ぎ、今となっては元の原型も残さぬ、彼だけの銃。魔性が宿るでも光を放つでもないそのただの猟銃こそが、安喰・八束の牙である。 戦場はまさに乱戦。そこかしこで猟兵達が激戦を繰り広げている。
ひしめく無数の騎士達を見据え、八束は凶暴に、それこそ獣めいて笑った。
「ハ――因業なもんだが、血の香に昂ぶる獣の性は、狼を負う前から変わらなんだ。征くぞ、鎧共。てめえら木偶に、この『狼殺し』、止められるかァ!!」
ああ、呼ばれたのだ。このむらに吹いて荒んだ血風に。
顕れ来たるは『凶旋』。
生きずして死すことなしと決めた、
手負いの牙が目を覚ます。
八束の身体が瞬く間に漆黒の毛皮に覆われ、全身の筋肉がパンプ・アップする。変異までほぼ一瞬。八束は全身に艶やかな黒に光る毛並みの、黒狼獣人へと姿を変えていた。変異に伴い幾許かの傷が癒える。少なくとも、表面を取り繕う位のことは出来る。出血が止まり、痛みが和らぐ。 まだ立っている。まだ走れる。まだ戦える。まだ迎えは来ぬ。――あの糞野郎に、狼牙の味を教えてやるまでは終われない!!
八束は天を衝くように吼え、古女房携えていくさばへと躍り込んだ。
地面を蹴る。高速で駆ける一つの影。女だ。金髪に小麦色の膚。近未来的な装甲。――そして、歪なシルエット。少し注視すればすぐに解る。彼女には右肩以降がなく、左腕は身体に沿うように固定されている。走れば走っただけ、刺され砕かれ抉られるような痛みが脳を突き上げるだろう。常人ならば意識を放り出してもおかしくない重傷で、彼女は――高砂・オリフィス(南の園のなんのその・f24667)は、しかし動きを止めずに走り続ける。
「あ゛ッづうぅう……ッ、これじゃあ握手もできないなぁ……ッ!」
苦痛混じり、ざらついて苦い声。欠損した右腕、複雑・開放骨折で使い物にならなくなった左腕に加え、彼女の腹には拳大の盲管銃創が空いている。貫通していれば恐らく背骨も砕かれ戦闘不能、否、死亡していたやも知れぬ。
戦争卿との激戦の中、纏うサイバースーツ『Força』がその防御力を発揮し、彼女は間一髪のところで死を免れた。だが戦争卿の猛攻を切り抜けてなお襲い来る敵。膝を折ってしかるべき重傷をおして、オリフィスは戦場を駆けている。
「っぐ、ぐぐ
、……、」
動くだけで、意識を投げ出したくなるような痛みが腕から、腹から、引っ切り無しに込み上げてくる。しかしオリフィスは前を向く。――死者に報いるため。この滅びた村に手向けるため。焦げ茶の瞳を凜と光らせる。
「……こういうときこそっ、笑顔、笑顔っ! 声出してこーよ、みんなっ! いっ……くぞぉーーーー!!!」
血に塗れなお笑う。さながら太陽のように。
乱戦の中、共に闘う猟兵達を鼓舞するように明るく言いながら、オリフィスは腹に穴が空いているというのに深く息を吸った。臓器が迫り出そうになるが残った腹筋を分離運動、間髪堪え、
「どっ……けええええええええええええええええええええええええええええええええぇぇえええええぇえええぇぇえっ!!!」
怒号!! その刹那、音圧に力が宿る。凄まじい気迫の声に力がこもり、文字通りの音速で発生した『音の壁』が、彼女の進路上の騎士達を薙ぎ倒す。直撃地点にいた者は全身が拉げ吹き飛ぶ有様。これぞ、ユーベルコード『やがて来たる過去』!
一瞬拓いた路を、すぐさま群れてきた黒騎士らが埋める。オリフィスはそれを予期していたかのように敵の渦中へ突っ込んだ。
「そんなにがっついちゃ……モテないよっ!」
軽口一つ、腰のビーム砲を着装したままオート照準で乱射、敵の下肢を撃ち抜いて動きを止めつつ、その反動を活かし独楽めいて回り、カポエイラ仕込みの蹴りを立て続けに叩き込んで回る! 十数体を千切って捨てるも、すばしこく動き回る彼女を狙い幾つもの顎門が放たれた。黒騎士らが、鎧を変形させての獣首を一斉に放ったのだ。
「ぐっ……うあっ!」
庇っていた左腕に、頼みの綱の両足に、次々と獣の牙がめり込む。そうして一瞬動きを止めたが最後、駆け寄せた騎士の突撃ざまのシールド・バッシュがオリフィスの胴を強かに打った。
「かはっ
、……!!」
声が止まる。気迫の声が放てねば、彼女のユーベルコードは発動せぬ。息を詰めて吹き飛ぶ彼女目掛け、騎士達が凶器と獣牙を掲げて殺到する――!
絶体絶命の窮地。まさに、その柔肌に刃が食い込もうとした瞬間、
カゼ
血の色をした獣風が吹き抜けた。
否。それは獣の形をした残像。騎士らが一瞬、惑わされ剣を突き出すも、獣の本体を捉えるに能わぬ。その一瞬の隙を突き、オリフィスの身体を戒める獣首に疾る斬閃四つ! 獣首から解放された女の身体を空中で掻っ攫い、しどど血に濡れた黒き狼が着地する。
オリフィスを片腕で抱えたまま再び獣めいた速度で、敵の間を縫い前進!! 動きを止めぬまま、獣は口を開いた。
「大丈夫か。随分派手にやられたもんだ」
――“狼殺しの”安喰・八束である!
「ッ、ありがと、けほっ、大丈夫。助かったよ」
「ならいいがよ。……お前さんがここまで血路を開いてくれたお陰で走ってこれた。あと少しで、抜けられる」
敵の護りは堅く、容易には侵徹出来ねども、黒鉄の繭まであと僅か。……一人では無理だ。八束は直感する。
ここまで来れたのも、他の猟兵の力があってこそ。八束には、それを認めるだけの度量があった。
故に問う。
「まだ動けるか。お前さんの力を借りたい」
「――もちろんっ! 手は……ないからちょっと貸せないけど! まだ、声は枯れてないから。こんな晴れ舞台で、カッコ悪いところは見せらんないからね!」
オリフィスは八束が寄せた信頼に、この闇夜を照らすような笑みで応えた。重傷を些かにも感じさせず八束の腕で身じろぎ、地に足付くなり八束と並ぶ速度で駆け出す!
二人の行く道を多数の敵が塞ぐ。
八束が殺気を剥き出しにし、流した血を、或いは浴びた敵の血を使っての紅き虚像を飛びかからせた。敵の視界と注意を一瞬奪い、突き出した銃を激発。目にも留まらぬ槓桿捌き。爆音一瞬、刹那に九、一八、二七の真鍮の薬莢が宙を舞う。
狼殺九連・三千世界ッ!!
刹那に二七発の弾雨が騎士達を薙ぎ倒す!!
降り注ぐ銃弾が敵を撃ち倒し、集まる敵の勢いを留めた。
動け、動け、ぼくの身体。
深く息を吸う。腹がまた少し割ける。腹筋が追いつかない。今度こそ内臓が飛びだしかける。
けど、泣き言なんて似合わない、言いたくない!
――誰かがぼくを信じてくれる、一緒に駆ける仲間がいる!
それなら――まだ、もう少しだけ頑張れる!
二七の薬莢が地に落ちる前に、オリフィスが再度吼えた。音の壁が、狼殺しの連弾で乱れた騎士らの隊伍の一角に、今度という今度こそ穴を穿ち、黒鉄の繭への路を拓く……!!
「さあ、征こう! こんな悲劇は――もうこれっきりにするんだ!」
「応!!」
狼と踊り手は力の限り地を蹴った。空いた守りを突破する――決して振り返らずに!
◆安喰・八束
承前の負傷は、真の姿を解放することで機動に問題ないレベルまで回復。
ただし、敵の群を突破する際に全身に刃傷を負っている。出血多量状態は継続。
◆高砂・オリフィス
承前の負傷に加え、腹部の傷の悪化。全身各所に獣牙に依る咬傷あり。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
鎧坂・灯理
【双竜】
オーライ、ハティ。あなたに続こう
無責任で、分別を知らない、選民思想に酔った、力を持つクソども
最低最悪だな こういう類いが私には一等怖い
だからこそ――私は絶対に負けない
腕が砕けた程度で止まるかよ
オーラ防御を外骨格に 念動力で止血と動作を
関節が砕けているなら無茶な動きも出来るな?
痛覚は自分の脳をハッキングして麻痺
連続攻撃を『霊亀』越しに見切り、『黄龍』の小転移も駆使して回避
隙という隙に【柘榴衝】を叩き込んで破壊する
触れればいいんだ、髪だって使うさ
心は熱く、頭は冷たく 静かに測って見切って確実に斃す
恐怖とは長い付き合いだ 飼い慣らすには十分さ
故にこそ我は不退転 元人間の意地を見せてやる
ヘンリエッタ・モリアーティ
【双竜】
――喧しい
巨悪であるのなら騒がしくするな、みっともない
灯理、私が第一波を派手にぶちかますから、その後に続いて
たった二度ですべて殺しきれるとは思ってない
よくもやってくれた、戦争卿
私への攻撃だけでない、――私の味方にまで、つがいにまで、そして救えない命にまで
お前は「よくもやってくれた」
【犯罪王の復讐】
悪いね、やられたら「やり返す」じゃ収まらない
八 つ 当 た り だ
お前たち相手とてひとつも手を抜かない
退けよ、ちゃちな黒ども
お前たちに着られる黒も可哀想だ
永縁刀「紫衣紗」で――切り開く
この乱痴気騒ぎにももう飽きた
絶滅だ、悪ども――絶えて死ね!!
さあ出てこい、三下
本当の「悪」を教育してやる
●ランペイジ・ツイン・ドラゴン
悪には悪の美学がある。
例えば、信念を曲げぬこと。それをひけらかさぬこと。
強い言葉を使うのならば、命に代えてもそれを果たすこと。
人の心を絡めとるならば、聞きたくなる声で話すこと。
己の器を示すのならば、聲ではなく行為で示すこと。
「――落第点だ。喧しい。巨悪であるのなら騒がしくするな、みっともない」
未だ黒金の繭の裡より残響する戦争卿の哄笑に、犯罪王が嘯いた。『教授』、『ウロボロス』、『猟奇探偵』、人が彼女を呼ばわる名は数ある。――しかしてその本質は犯罪王にして確乎不抜の円環竜。
ヘンリエッタ・モリアーティ(円還竜・f07026)である。
左肩部以降を失い、右腹をごっそりと持って行かれていながら、彼女の言葉は些かにも張りを失わない。右手に携えた永縁刀『紫衣紗』をスイング、ここまで斬り捨てた敵の汚れた血を振り棄て、迫り来る多数の騎士共相手に進み出る。
視界の先、黒金の繭までをみっしりと埋めるほどの敵数。諦める猟兵がいたとて誰も責められない異様を前に、然しヘンリエッタは躊躇いなく踏み出した。
「灯理、私が第一波を派手にぶちかますから、その後に続いて」
つがいへの呼びかけ。ああ、といらえる声がヘンリエッタの左後方で一つ。
「オーライ、ハティ。あなたに続こう。――だが決してムリをしないように」
眼帯の女だ。ヘンリエッタとは対照的に、右腕がだらりと垂れ下がり動かぬ状態にあった。戦争卿の魔砲を真正面から拳によって打ち砕き防いだその代償である。
百折不撓の不死鳥こと、鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)だ。
「……そこは、あなたのする無茶に準じると言っておくわ」
肩越しに振り返ったヘンリエッタが気遣わしげにその両腕を見た。ヘンリエッタの見立てが確かなら、灯理の両腕はもうボロボロだ。内部に複数の亀裂骨折がある。血管が破壊され各所が真っ赤に膨れ、特に右腕など圧し潰されたように拉げている。もはやそれは腕ではなく、腕の位置に付いた血と肉の塊のようだった。
「……ずるい言い方をする」
唇をかすかに尖らせての声に、ヘンリエッタは息を漏らすように微笑った。
「当たり前でしょう。二人で一つなのだから」
灯理の返しで、相応の無茶をするつもりなのだと悟る。ヘンリエッタは嘆息するでもなく、ならば彼女の負担を減らさねばとごくフラットに考えた。
そして行動に移す。前傾姿勢。
――戦争卿と打ち合ったのはまだたった一度。この手下共に対するのを数に含めるならこれで二度目。ただそれだけで全てを殺しきれるなどとは思っていない。
だが、確かな事が一つだけある。この短い時間で、戦争卿は猟兵達の――ひいては、この黄昏の暴龍の逆鱗を鑢で逆撫でしたということだ。
迫る騎士らを前に、犯罪王は唸るように言った。
「よくも、よくも、やってくれた。戦争卿。これは私の腕の話だけではないぞ。私の味方に、つがいに、そして救えない命に。お前がもたらした、ありと、あらゆる、傷と、災厄に、言っている」
言葉を切り、切り、噛み締めて含めるようなクレッシェンドでヘンリエッタは言った。
「嗚呼そうとも、こうまでやられてただ『やり返す』だけじゃ収まらない。残念だったなちゃちな黒ども。呪わば呪えよあれの業を。――今からするのは、無慈悲正当理不尽な 八 つ 当 た り だ ッ !!」
ヘンリエッタの身体を茨のような黒雷が覆う。――『犯罪王の復讐』!! 黒雷に宿るは、自らの傷の重さと怒りだ。犯罪王が抱えたその総量、途方もなし!
刹那、ヘンリエッタの姿が消えた。いや、地面を蹴ったのだ。蹴り飛ばされた泥が爆ぜ跳ねる軌跡だけでしか追えないような高速移動。まさに稲妻!!
視界から消え失せるヘンリエッタと、ただ事ではない高速機動に騎士達が脚を止めたまさにその時、
「お前たちに着られる黒が可哀想だ。色に詫びろよ」
陣中を、殺意の風が吹き抜けた。犯罪王が嗤う。
――永縁刀『紫衣紗』の刃が、蜻蛉の羽めいて翻り、焼け跡の燻る炎を照り返して光瞬かす! 斬弧が黒騎士を刻む、刻む刻む刻む刻む刻む刻む刻む刻む刻む刻む刻む刻む刻む刻む刻む刻む刻む刻む刻むッ!!!
駆け抜けるヘンリエッタの軌跡の後に、刎ねられた腕が脚が首が捌かれた胴が鎧が乱れ飛ぶ。刃振り回し太刀廻る彼女はさながらミキサーめいて、進路上の全てを鏖殺して駆けるッ!!
間合いで勝る槍が、或いは放たれるクロスボウが、迫る獣の顎門が、全方位から集中する。それらを一身に受け、なおも血を流しながらも犯罪王は止まらない。
「この乱痴気騒ぎにももう飽きた――絶滅だ、悪ども。絶えて、死ねッ!!!」
吼声に重なり、刃が唸る!!
「派手にぶちかます、とはよく言ったものだ。ほんとうに派手じゃないか、ハティ」
つがいの竜が暴れ回るその後をフォローするように灯理が走る。最早動かすことすらできぬ右腕と、複雑骨折を経てほぼ死に体の左腕――彼女に出来ることなど最早何もないかに思われた。
ヘンリエッタから辛くも逃れた黒騎士達が灯理に的を絞った。放たれるクロスボウの連射を灯理は思念外殻により弾いて前進。
……そう。前に進んだのだ。
最早、出来ることもないはずなのに。
「――嗚呼、嗚呼、寄って集ってきたな。無責任で、分別を知らない、選民思想に酔った主の下で、力と血に酔いしれる、最低最悪のクソども。貴様らも戦争卿と同類だ。私は――貴様らのようなのが、この世で一等怖い」
灯理は吐露するように言う。こわいと、おそろしいと言うのに、彼女は脚を止めない。いや、それどころか踏み出すその速度は増していく一方だ。
「……だが。怖いからこそ退けない。私は私を、私の世界を脅かすものに負けない。……絶対にだ!!」
トップスピード。前傾姿勢のまま敵に襲いかかる灯理。――その両腕。砕け、潰れたはずの右腕が、ろくに動かぬはずの左腕が、跳ね上がるように持ち上がってファイティングポーズを取る!!
まさか、である。前述の通り彼女の両腕はほぼ機能を喪失しているはずなのだ。それを、灯理はその念動力で強引に止血、オーラを纏わせて外骨格とし、オーラに念動力を通わせることでマリオネットめいて操ったのだ。
動かぬはずの部位を無理に動かすことで襲う破滅的な痛みを、痛覚をブロックすることで遮断。灯理は繰り出された剣を撫でるように逸らしながら至近距離に詰め、
「はああっ!!」
寸勁ッ!!!
黒騎士に叩き込まれた拳から、その内側に破砕念波が流し込まれた。拳の命中点から、力が一瞬で全身に浸透しきるまでコンマ二秒。発勁めいて内部で爆発的に発露する破砕念波の威力が、柘榴めいて黒騎士の身体を破裂させ吹き散らした。衝撃が内部で発露したことを教えるように、中身を失った鎧ががらん、ごわん、と原形のまま転がり散る。
――喰らった者の末路から。
この拳を、念動拳術『柘榴衝』と呼称する!
心は熱く、頭は冷たく、故にその境地明鏡止水。
襲う剣を槍を斧を鎌を、飛葉の如く舞い避け、或いは能動補環『黄龍』による短距離転移で敵の背後を取り、さらには流水の如くに流し受けで逸らし、――返礼とばかり、猛火の如くに拳打を叩き込む。
刹那の乱撃。敵の群を擦り抜けるかの如くに抜け残心を極める灯理の後ろで、十数体の黒騎士が一斉に柘榴の如くに弾け散る!!
「恐怖とは長い付き合いだ――飼い慣らすには十分さ。故にこそ我は不退転。掛かってこい。元人間の意地を見せてやる」
圧すように言い、駆ける灯理。その横にヘンリエッタが合流、併走。
アイコンタクトを一つ、二人は真っ直ぐに駆けた。
双頭竜が暴れ進む。
傷を恐れず、敵の骸を散らし、あの黒金の繭へ、驀地に。
「「さあ出てこいよ、三下。
本物の『悪』を教育してやる
!!!」」
◆ヘンリエッタ・モリアーティ
承前の負傷に加え、全身に矢傷と刃傷。
最早常人では行動不能なレベルの失血と痛苦が身を苛む。
◆鎧坂・灯理
オーラ外壁で覆った両腕は最早、念動力とオーラの補助なくばただぶら下がっているだけの血と肉の塊である。
矢は思念外殻で防御したが、敵の一団を駆け抜ける際にヘンリエッタと同様、多数の刃傷を浴びている。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
芥辺・有
◎
随分群れるのが好きだね……やっぱり虫か? 暑苦しい
いいよ、そのまま固まっててくれ 見分けなくて済む
全身ずぶ濡れみたいで気持ち悪いったらないが
おかげでね、……いつもより調子よくいけるみたいだ
いつもより数段多く創り出せる杭を、視界いっぱいの鎧どもにねじこむよう
……すり抜けてくんのはやめてよ
そしたら蹴り飛ばして、お前だけ先に串刺しだ
全身痛いし、もう足くらいしか用意がないんだから
なるべく手間かけさせないでよ
目を離す一瞬もやりたかないんだ、ほんとは
……は、私の動きを止めたとこでさ
これが止まることとは思わないでよ
言ったろ、今更大して動きやしないんだって
それでも、見えればいい
見えればあとは存分にある
●血華繚乱
読み飽きたカートゥーンを投げ捨てる時のような声で、女が呟いた。
「ずいぶん群れるのが好きだね……やっぱり虫か? 暑苦しい」
芥辺・有(ストレイキャット・f00133)だ。全身からしどどに血を垂れ流し、か細い呼吸を呼吸を繰り返す。黒き杭『愛無し』で屠った騎士の数はもう数えきれぬ。
数えきれぬと言うのに、まだ来る。
有の身体は銃創でズタズタだ。右腕と腹が特に酷い。集中した銃創が右腕を半ば引き千切っていたし、腹には内臓が零れそうな程の大穴が開いている。どこからどう見ても死に体の虫の息だ。
放っておいても死にそうな有を、それでも騎士達は躊躇なく殺しに来る。僅かな油断すらない。走る騎士らの鎧が歪み、獣の顎門を形作る。
正面から相手取るには厄介な数だ。一瞬後には間接距離からの獣顎が降り注ぐだろう。無数の騎士の足音は、地唸らせる死刑宣告めいていた。
――しかし有はそれを前に些かも動じた様子なく。
黒杭を、指さすように差し向けた。
「……いいよ。そのまま固まっててくれ。見分けなくて済む」
有はだらだらと流れていく自分の血に力を通わせる。かつてないほどの失血は、彼女にとってはまたとない好機でもある。
「あいつが好き勝手にやってくれたおかげで、全身ずぶ濡れで気持ち悪いったらないが――おかげでね、いつもより随分、調子よく行けるみたいだよ。見ていくといいさ。――満開だよ」
みちみち、ぱきぱき、という軋むような音が有の手先で爆ぜた。彼女の身体から、正確には血に濡れた服と身体から立ち上った赤い蒸気が、瞬く間に空中で無数の杭へ形を変える。
それは繚乱と咲き誇る血杭の葬列。
――『列列椿』!!
有が腕を振り下ろすなり、無数の赤杭が矢衾めいて宙を唸り飛んだ。突き立つ、突き立つ突き立つ突き立つッ!! 騎士らの漆黒の鎧の隙間を縫い、アイホールを貫き、関節部を射貫き、次々と殺していく! 一瞬で二十数体を蜂の巣にし殺すが、しかしそれを越えて駆け来る騎士もやはりいる。先程まで相手にしていた騎士達とはやはり練度が異なるのだ!
「……擦り抜けてくんのはやめてよ。もう、全身痛くってさ――」
距離を詰めてくる騎士が地面を踏み、次の一歩の方向が確定した瞬間に、有は居合めいて踏み込んだ。彼女の黒いブーツは化生を作り替えたもの。その強度を活かし、足裏に杭を伸張させての反作用も活かし爆発的に前進、
「脚くらいしか用意がないんだよ。お前たちにくれてやるものなんてさ」
虚を衝かれ蹈鞴を踏む騎士の首を、赤きヒールめいて伸びた赫杭で穿つ!!
もう片足で騎士の身体を蹴り飛ばし、有は身体を撓らせ降り立つなり、列列椿を尚も全方位に連射。騎士共を手当たり次第に抉り立てる。
「なるべく手間、かけさせないでよ。目を離す一瞬もやりたかないんだ、ほんとは――」
嘯き杭を撒き散らし続ける有。だがそれも長くは続かない。敵は尽きず、怒濤のように押し寄せる。現界した全ての赫杭を撃ち尽くしてなお、その後ろから敵勢躍り出た。再生成が間に合わない。その隙を縫うように押し寄せた騎士らが、その腕を狼の顎門に変えて有へ向けて放った。
目の前を埋め尽くす餓狼の首の群。三つ、四つを黒杭で叩き潰したが、そこまで。有の全身に狼牙が食い込んだ。血が飛沫く。駆け寄せた騎士が有の頭を割ろうと振り下ろした剣を、有はお釈迦になった右腕をかざして盾にし、身を捩った。盾にした右腕が斬り飛ばされるが、その甲斐あり死は免れる。
ハ、と有は冷たい息を吐いた。
残る三肢には顎門が所構わず食いつき、動きは封ぜられ。出血はここに至ってなお激しく。
ああ、それでもまだ。
その強かな女の目から、光は消えない。
「私の動きを止めたとこでさ……、これが止まることとは思わないでよ。……言ったろ、今更大して動きやしないんだって」
半ばより断たれた腕から。腹の傷から。今なおどくどくと溢れる血を贄に、有は捨て身の紅き椿を織り成す。再演、『列列椿』。命の焔を燃やしているかの如くに、その数は先程撒いた一撃の更に倍の数だ。
追い込まれれば追い込まれるほどに――彼女の血椿は絢爛と咲く!!
「――見えさえすればいい。見えれば――」
射貫くところは選り取り見取り。存分に吹き荒らし撒き散らすのみ。
紅く禍々しく美しく、列列椿の棘が舞う。突き刺さり散らす血肉が、春というには余りに寒い、荒廃のダークセイヴァーを満開と彩る……!
◆芥辺・有
承前の負傷に加え、右腕を半ばより喪失。
左腕と両脚に狼の顎門による咬傷多数。出血著しく、思考は混濁しつつある。
成功
🔵🔵🔴
メトロ・トリー
◎◎◎!
あだ、あだだだだ!
もう!食べ過ぎだよ荊くん!
ほらみて!モツがボロン!
これじゃあ踏んずけて転んじゃうだろう!?ぐちゃぐちゃナイナイ!
も〜きみが食べてばっかりだから、吸血鬼さん拗ねてヒキコモリ!
起きる時間だって教えてあげな、きゃ‥‥エ!?時間!?
時間の話はやめておくれよ!!!
あヤダヤダ!ムカムカしちゃうぼくのまわりでお茶会の準備が始まるわけだ!
あ〜うるせえガチャガチャうるせえ!なア
んで俺が動かなきゃいけねえんださっさと働け食器共!
てめぇら座れよお茶会だぞ
ァ
アレ??
頭!頭!首、首!クビ?!
わあい!首がいっぱい!ダーツだね?
落とし放題じゃねえか、しね
秒針が動く限り、うるさくって眠れやしねえよ
●マッド・ブラッド・ティーパーティ
「あだ、あだだだだ! もう!食べ過ぎだよ荊くん! ほらみて! きみのせいでモツがボロン! これじゃあ踏んずけて転んじゃうだろう!?」
あららたいへん、メトロ・トリー(時間ノイローゼ・f19399)のかわいいおなかは、もう端から端までばっくり口を開けたみたいに真っ赤に開いちゃった。彼がおなかのなかから引き出した、真っ赤なともだち、茨棘――ラ・ヴィ・アン・ローズが、彼の肉まで食べたから!
メトロはずるずる、縄跳びできそうに飛び出したはらわたを、右手でよいしょよいしょとたぐり寄せ、おなかの中に押し込んだ。踏んで転んじゃったら痛いもんね! ぐちゃぐちゃナイナイ!
「んも~、きみが食べてばっかりだから吸血鬼さん拗ねてヒキコモリ! 首だって結局もらえなかったしさ! あんなにおくれっていったのに!」
メトロはむくれて可愛らしくほほをふくらます。しかたないね、世の中なんてうまくはいかないものだから。吸血鬼――戦争卿さんもきっとそのうち出てきてくれるよ。
でもでもメトロは待てません。今すぐにだって彼に会って首が欲しいもの!
「もうきみのせいにばっかりするのは止めるけどさあ、部屋に籠もって寝てる吸血鬼さんに、そろそろ起きる時間だって教えるのくらい手伝って、」
――時間?
「ッえ、時間。時間?!」
メトロはまん丸おめめを見開いて、自分のことばをもう一度反芻しました。かちこち、カチコチ、時計の針の音が聞こえた気がして、
「時間の話はやめておくれよ!! あぁぁあぁやだやだムカムカしちゃう、追いかけるのも追いかけられるのもだいきらい!」
ガリがりがりガリガリ、メトロは頬を頭を掻きむしる。
爪の間に血混じりの肉が挟まる。
「道理でぼくのまわりでお茶会の準備が始まるわけだ!! あぁ~~~~うるせェ、ガチャガチャうるせぇなァ!!!」
メトロの瞳が淀む。時間という単語がスイッチになったかのようだった。けたたましい音とにメトロの周囲に五十余りの銀食器が――縁が営利に磨がれた皿が、テーブルナイフが、フォークが、割れて鋭利に尖るティーカップが、犇めくように浮かび上がる。
黒騎士達を、メトロは赤土色の目で睨む。
「なぁんで俺が動かなきゃいけねェンださっさと働け食器共!! 客が来てんだよ客がァ!! ――てめぇらもボサッとしねぇでとっとと座れ!! メトロ・トリー様のティータイムだぞァ!!!」
常の彼が纏う楽しげな雰囲気も、可愛らしい笑みもどこかへ消えた。それが本性なのか、あるいは戦場の狂気に浮かされてのことか。一つ確かなのは、メトロが金のナイフを握り、殺戮銀食器の群と共に黒騎士達へ突っ込んだという事だけである。
メトロがナイフを号令めいて一閃するなり、銀食器が降り注いで黒騎士達を斬り裂き突き刺し次々と殺す。フォークがアイホールの隙間に突き刺さりそのまま眼窩を抜け、首元に飛んだテーブルナイフが頸骨までをも貫いて、或いは銀の皿が頸を刎ね飛ばし、ティーカップの欠片が次々と鎧の隙間を縫い通して突き刺さる。
『GIFT』と名の付いたそのユーベルコードは、授かり物の名をしているくせ、その本質は呪いのようなものだった。時計、ひいては時間への憎しみを原動力とし、銀食器に敵を襲わせる。狂った時計ウサギのマッド・ブラッド・ティーパーティ。
しかし五十数個の殺戮食器を呼べど、それを上回る敵の数には瞬時には対応しきれない。辛うじて銀食器をやり過ごした数体の黒騎士らが、メトロへ三方向より一斉に殺到した。
剣閃三つ。鋭い刺突。メトロは一つをナイフで弾いたが、もう二つをモロに受けた。右胸。左脚。貫かれた所から血が溢れる。ごば、と血を吐くメトロ。唇が戦慄き、淀んだ目に光が明滅するように混じる。
「アレ
、……?」
剣が引かれた。血が迸る。俯き加減で地に膝を突くメトロ。その手から金のナイフが零れ落ちた。断罪するように剣を振り上げる三体の騎士。
その剣がまさに振り下ろされんとしたその時、
「へへ、へへへへへ……あはっ、はははは!!!」
狂ったように嗤いながら、少年が顔を跳ね上げた。腕を一閃。瞬刻抜いたテーブルナイフ三つを一息に投擲、騎士達の首を射貫く!
「頭! 頭! 首、首! クビ?! わあい! 首がいっぱい! ダーツだね? 得意だよ!」
壊れた人形のようにケタケタ嗤いながらメトロは立ち上がり、
「落とし放題じゃねえか、しね」
指を鳴らした。舞い来た銀皿が、三体の頸を刎ね飛ばした。
ふらり、ふらり、立ち上がる。メトロは幽鬼のように敵の群へ進む。
「ああぁああぁ、うるせぇ、秒針が動く限り、うるさくって眠れやしねえよォ!!」
彼は狂っていた。
これは、ただそれだけの話だ。
◆メトロ・トリー
承前の負傷に加え、右胸と左大腿に剣による刺創。
最早残る血はなく、速くも動けない。
成功
🔵🔵🔴
フェルト・フィルファーデン
◎
御託は結構、悪辣なる者よ。ここまでに奪った命を償わせるために、そして、これ以上誰一人死なせないために。これ以上好きにはさせないわ!
UCで炎の壁を作り出すわ。目的は2つ。1つは傷ついた猟兵の方の負担を減らすため、ワザと抜け道を残し炎の壁をバリケードとして設置して敵軍を分散させる。この手の敵は数で圧倒されて囲まれると危険だもの。一団の規模が小さくなれば対処もし易いし負担も減るわ。
2つ目は残りの炎の壁で少しでも数を減らす。押し潰し、囲んで焼き尽くし、一体でも減らす。
……あんなに傷ついても、皆立ち向かうのだものね。ええ、誰一人死なせはしないわ。無辜の民も、猟兵も全て!そのために、わたしは来たのよ。
逢海・夾
【永歌】
焦ってもいいことはねぇ、できることをするだけだ
さて、戦えねぇとは言わねぇが、その先は見えてる通り
ま、どの道永くもねぇならとっとと行けって話か
まさか治療が受けられるとは、な
ああは言ったが、長く戦えるならその方がいい
体が動く程度でいい、時間が惜しい
足らねぇもんは地獄の炎で補うさ
武器がねぇんじゃ仕方ねぇ、受けた恩は返すぜ
付かず離れず通さず、か
突っ込む方が楽だが、出来ねぇ訳じゃねぇ
近くに戦力があると都合がいいが、贅沢は言えねぇか
【煙】で攪乱を狙う。惑わなくても、匂いで隙を突く切欠になれば
どこまで避けられるかは分からねぇが、オレを狙ってこい。全部掻き切ってやる
使えるもんは全て使うぜ、オレ自身もな
雛瑠璃・優歌
【永歌】
他人を顧みる余裕を問われれば厳しいが、1人で貢献できる実力が無いのは明白なんだ
花と散らした武器の事は一旦忘れ、出来得る最速で、視界の端で総身を焼かれ腕を失った猟兵の許に赴く
「すまない、力が入らないんだ許してくれ」
今の私には仮に幼子でも抱えるのは難しい
半ば引き摺る様に極力敵と距離を取る
出来れば半壊でもいいから家屋に入りたい
敵の方向に背を向けて庇う様にしつつUC発動の為意識を眼前の猟兵の中に潜る気持ちで集中する(ハイカラさんだから止まれない)
腰のベルトに差していたタクトを抜き、巫女と指揮者のイメージの下軽く振ったその先を全身熱傷の体に押し当てた(五八四之鈴)
普通はまず助からないが君なら…!
●救いの円環
立ち上がろうとして、力が入らずに土を舐めた。
――自身の状況を検分する。
全身に重度の熱傷。左手は失い、全身各所に盲管銃創が散在する有様。気ばかりが焦り、逸る。
今こうして、猟兵達が足止めを喰らっている間にも、戦争卿はなにか、致命的な変質を遂げているのではあるまいか。それをこそ、今すぐに止めなければならないのではあるまいか――
逢海・夾(反照・f10226)は、身体をどうにかして動かそうとした。
身体の動きは、イメージしたのよりも酷く緩慢だ。傷の痛み云々によるものではない。炭化寸前の熱傷が筋肉を焼き、しかもそこかしこを銃弾によって破断されている為だ。命令を下そうと、最早まともには動かない。
――焦るな。焦ってもいいことはねぇ、できることをするだけだ。
夾は己に言い聞かせながら、地獄の炎で手脚を包み、その動きを補助。動かすのに慣れるまで暫くは掛かるだろうが――立ち上がれさえすれば、後は戦いながら慣れるだけだ。
(――これは、死ぬかもしれないな)
命を、地獄を燃やし尽くせば、きっと戦えないことはあるまい。……だが勝算を問われれば曖昧に笑うしかない。このまま進めばおそらく自分は死ぬだろう。けれど、それでも、見過ごしておける状況では決してない。
「ま、どの道永くもねぇならとっとと行けって話か――」
からり笑って呟いて、混迷極める乱戦の戦場に向け、夾が立ち上がろうとしたまさにその時、夾のボロボロの身体の腕を取り、ぐいと引いた猟兵があった。
「駄目だ、そんなボロボロの身体で! 死にに行くつもりか!」
夾は紅玉の瞳を丸めて瞬いた。そんな、当たり前だけれど人間らしい言葉で、前進を留められたのが余りにも意外で。
華奢な身体。細面の麗人であった。捕まれた手から伝わってくる感触は華奢で、男装した少女なのだとすぐに知れる。
「……あんたは?」
「雛瑠璃・優詩。心配することはない、君の味方だ。とにかくここを一時離れよう。そのままでは戦えたとしても長くは保たない!」
優詩と名乗った少女――雛瑠璃・優歌(スタァの原石・f24149)は、夾の身体を半ば引きずるように前線に背を向ける。
「すまない、力が入らないんだ。許してくれ……少し、引きずってしまうけれど」
声に仰ぎ見れば、彼女もまた手負いであった。左腕に左鎖骨あたりと肩に銃創があった。腕が上がらないのだろう。
「……構わねぇさ。けど――敵さんもタダじゃ逃がしてくれないって感じだぜ」
引きずられつつ夾は駆け来る足音の方向を見た。
黒騎士達だ。死体のように伏していればともかく、動く者は否応無く捕捉される。命の気配に、黒騎士達は敏感であった。優詩と夾目掛け十数体の黒騎士が駆けてくる。
「くっ
……!!」
「オレのことはいい。置いて逃げろ。一人ならなんとかなんだろ」
「嫌だ! ……私一人生き残ったところで、戦場に何か貢献できるわけでもない。どうせ、もう武器もないんだ。ならせめて、誰かを助けるために動きたい!」
優詩は懸命に夾を引き摺り逃れようとするが、敵との速度差は明白。瞬く間に黒騎士達が二人の背に肉薄し――
「――その尊い想いを、決して忘れないでね。私の力を貸しましょう」
轟炎! 逃れんと走る優詩と夾の後ろに、全く前触れなく火焔の壁が立ち上った。先頭の騎士三名が全く唐突の火焔壁に呑まれ、瞬く間に全身の鎧を赤熱させて悶え狂い、炎の中に倒れ伏す。後続の騎士達が蹈鞴を踏み足を止める!
「――!」
夾と優詩が振り仰いだ空中に、一人の妖精の姿があった。光そのもののような色をした翅を羽ばたかせ、金光の粒子を散らして微笑む。
「ここは任せて、行って!」
「……済まない、恩に着る!」
「優しい猟兵が多いな、ここはよ。悪い、任せるぜ」
促す声を背に受けて、這々の体で難を逃れ、優詩が夾を引き摺り直走る。
引き摺られていく夾の視線の先で、焔の壁を突破せんとする黒騎士と、妖精の死闘が幕を開けた。
――許せなかった。
何を御託をぶっている。何を高らかに笑っている。偉そうに、殺す、殺すと繰り返し、ただの殺戮を正当化するその所業、純粋なる悪辣を、許しておけなかった。これ以上は誰も、殺させない。好きにさせはしない。
だからこそ、フェルト・フィルファーデン(糸遣いの煌燿戦姫・f01031)はここに来たのだ!
フェルトはここに来るまでに幾つもの焔の壁を立て、敵の移動をコントロールしていた。当然ながら焔の壁はいつまでも燃えるものではないが、燃え落ちた敵を見れば解るとおり、その威力については折り紙付きだ。
無尽蔵に、同時に多数湧き出る強健な敵がいたとするなら――恐れるべきは数で囲んでの圧殺戦術に他ならない。それを知っていたからこそフェルトは敵の群を割るように焔の壁を張り――その包囲にわざと抜け道を設けることで、敵の移動先を選択的に操作したのだ。
彼女がいかに火力を全開にして敵を叩けど、撃破出来る人数は限られている。しかし、能力の使い方を少々変えるだけで、敵を数体撃破するに止まる焔の壁は『戦略兵器』としての価値を持つ!
フェルトの火計により猟兵達の戦闘は格段に楽になった。流石に戦場全域をカバーは出来ぬまでも、彼女が支援をすることで確実に猟兵達の負担は減っている。
そして今。彼女は助けた二人の猟兵を守るため――不向きである筈の正面戦闘に挑む。
――あんなにも傷ついて。火傷だらけになって。今にも死んでしまいそうなのになお闘志を燃やし立とうとした猟兵がいた。それを、我が身に換えても救おうと、己も決して浅からぬ傷を負っていように、迷いなく走る猟兵がいた。
そうしたものをこそ、フェルトは救いに来たのだ。
「ええ。これ以上、誰一人だって死なせはしないわ。無辜の民も、猟兵も全て!」
二人の方向へは行かせない。焔壁を繰り返し張り、敵の侵攻を押し止めつつ、更に迂回しようとする方向にも連続で火焔壁を発露。魔力を絞り出し、焔壁で敵を囲み込んで、
「焼き尽くせ!!」
吼え、火力を上げて灼き潰す!
何体もが包囲より素早く逃れ、クロスボウを放って宙のフェルトを撃ち落とそうとする。――彼女の矮躯では一打当たれば致命傷だ。雨の如く放たれる矢を掻い潜りながら、フェルトは火焔壁を放ち続ける!!
奇跡的に無事だった家屋の中に逃げ込み、ドアを閉めて、優詩は即座にユーベルコードを発動する。外からは剣戟と怒号が響き、火焔と吼声が幾つも爆ぜていた。
暗がりの中、優詩は腰のベルトに挿していたタクトを引き抜き、指揮をするように振って、その尖端に魔力を集中する。夾の手脚で燃える地獄の炎が、手酷い彼の負傷を皮肉にも克明に照らしていた。
「今治療する。気をしっかり持ってくれ」
「ああ……悪い、な」
返事への頷きもそこそこに、優詩はただただ意識を集中した。彼女の気配が、纏う輝かしいオーラが薄れ消え、ともすれば死んでしまったのかと疑うほどに静かに、彼女は息を潜め目を閉じる。
夾が言葉を呑むほどの集中。それを阻むかの如く、突如、粗末な木窓を、扉を破って、数発の矢が飛び来る。流れ弾か、或いは炎壁に阻まれた騎士達からのクロスボウの連射か――真っ直ぐに優詩の背を貫くように飛んだ殺意の鏃は、しかし、
「……?!」
阻まんと手を伸ばそうとした夾の視線の先で、空中、不可視の壁に遮られたかのように止まって、落ちた。
ユーベルコード、『ハイカラさんだから止まれない』。或いはそれこそが彼女の本当の地力なのか。極度に集中した彼女が発した守りの壁が、流れ矢の全てを防ぎ止めたのだ。
きっ、と青の瞳が開き、夾を見た。
「こんな傷、普通ならまず助からない。……けど君なら、きっと
……!!」
祈るように言って優詩は燐光帯びるタクトの先を夾の身体に押し当てた。その刹那、『五八四之鈴』の癒やしの力が夾の身体を包み込む。千切れた腕が再構成され――熱傷が癒えていく。命に対し優先度の高い順で傷が癒えていく!!
「……ッ、っはぁっ
……、!」
タクトの先から光が失せた。優詩が力を使い果たしたのだ。『五八四之鈴』の力は人を癒やすが、使えば使うほど術者を疲労させる側面をも持つ。……しかし、彼女の力は、確かに功を奏していた。
「……まさか治療が受けられるとは、な。ああ、これなら――まだまだ闘ってやれる」
驚いたような、はっきりとした強い声。夾のものだ。再構築された左腕と、ひりつく程度にまで回復した火傷。銃創は埋まらなかったが――充分すぎる。夾は手を握り、開き、勢いをつけて立ち上がった。
「手間かけたな。受けた恩は返すぜ――武器がないなら、俺があんたの剣になってやる」
「それは、はぁっ、……は、……助かる。……済まない」
「済まないより、ありがとう、にしといてくれ。……最初に助けられたのはオレなんだから」
夾は笑って、腰のダガーを抜いた。
さっきまであんなに重かったはずのダガーが、今は羽のように軽い。
始め焔壁により優勢を保っていたフェルトだが、敵勢が攻撃への対応を固めだしてからは徐々に後手に回り始める。
焔壁は、要は『突っ込みさえしなければいい』類のもの。極論、フェルトがユーベルコードを行使するモーションがあった瞬間にその座標から飛び退けば当たらないものだ。フェルトが避ける先を予見して炎壁を展開したとて、黒騎士が皆同じ方向に避けるとは限らない。
明らかに殲滅効率が落ちる。囲もうにも囲めなくなっていく。後ろに漏らさぬよう壁を作るのに追われるだけになるフェルトの視界の端で、唐突に何かが光った。
「――!!」
それは、爪だった。竜の爪。空を飛ぶ竜に姿を変えた黒騎士が、凄まじい速度で飛び来たのだ。複数体。炎壁を張るが全ては落とせない。フェルトは身を捩り回避を試みるが、しかしそれよりも爪が閃く速度が速い。
血が散った。
「きゃああああっ!!」
フェルトの片翅が根元から深く抉られ輝きを喪う。一枚の翅で飛べるわけもない。落ちるフェルトに騎士達が次々と、獣に、竜に、姿を変えて襲いかかる。炎の壁で遮ろうとする。しかし勢いづいた騎士達は、先頭の数名を犠牲として、炎掻き分け彼女に迫った。
万策尽きたかに見えたその瞬間――
全く唐突に、その一帯を煙が覆った。
「っ?!」
フェルトが息を呑んだ。自分を狙って駆け来ていた騎士達の剣が、突如いきなり空を斬ったのだ。騎士達はまるで、『そこに敵がいるかのように』剣を振っている。
呆然としつつ落ちるフェルトの身体を、タッチダウン気味に嫋やかな手が受け止めた。
「……彼風に言えば、恩を返しに来た、というのかな」
黒髪、青い瞳を安堵に緩ませて男装の麗人が言う。優詩だ。フェルトが助けた二人の猟兵。その片割れ。
「貴方、は」
フェルトがまだ驚き冷めぬと言った顔で言う、その傍らを熱い風が抜けた。
ダガー二本を逆手に握り、地獄の炎を刃に纏わせ。
「そうさ。狐の恩返しだ。――さぁ黒騎士共、オレを狙ってこい。片ッ端から全部掻き斬ってやる!!」
吼える妖狐。身体に地獄の狐火を纏い、夾が混乱する敵陣に躍り込む!! 騎士達に『梅華・幻煙奇譚』で幻覚を見せ、攪乱して襲いかかったのだ。
己が助けたものが、廻り巡って己を助ける。
――嗚呼。何と、得がたい縁か。
フェルトは、優詩の掌の上で態勢を整える。
「御免なさい。今は翅が一つなくて飛べないの。……もうしばらく、掌で支えてくださる?」
「無論だとも、小さなレディ。そのために私は馳せ駆けたのだから」
優詩は歌うように言って快諾。
優詩がフェルトの移動を補佐し、フェルトは炎壁を張り敵の挙動を操作し、そして夾が前衛に立ち、傷つきながらも攻撃を引き寄せ敵を斬り裂き屠っていく!
即席ながらも三名の連携は完全に機能した。悪辣たる戦争卿の設えた舞台の上で――それでも彼らの高潔な想いは、確かな光を放っているのだ。
◆逢海・夾
承前の負傷は銃創を除きほぼ全快。
新たに複数の刃傷を受けているが、死に到るほどのものではない。
◆雛瑠璃・優歌
承前の負傷継続。
ユーベルコードの使用による疲労が蓄積している。
◆フェルト・フィルファーデン
右翅を喪失。翅根元にズタズタに裂けた裂傷。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
七那原・望
◎
痛い……左腕と右脚が動かない……熱い……痛い……それでも……あのセカイを……苦しめて……殺すまでは……
今のわたしが戦うなら、これしかない……
【果実変性・ウィッシーズスカイ】を発動。オラトリオで身体を支え【騎乗】。オラトリオで補助しながらの【操縦】で【激痛を耐えて】【空中戦】。
邪魔……なのですよ……失せなさい……!
【第六感】と【野生の勘】で敵の攻撃を【見切り】、セプテットとオラトリオの【一斉発射】で迫りくるものだけ迎撃。
攻撃は【狙いを定めて】の【全力魔法】で。
拘束されても諦めず、【限界を超えて】【激痛を耐え】、【オーラで防ぎ】、オラトリオで抜けます。
絶望なんてしない……次は……お前です……!
●空翔る星のように
痛い。熱い、痛い、――動かない。
左腕と右脚が燃えているようだった。動かそうとするたびに、激痛の荊棘が少女の足と腕を巻き、彼女の意識を引っ切り無しに苛む。
身を守る楯、機械掌『プレスト』さえも喪い、脚を傷つけられ移動もままならなくなり――そのままでは戦う事もままならない。
だが、それでも少女――七那原・望(封印されし果実・f04836)は、苦痛に耐えて前に進む道を選ぶ。
「あのセカイを……苦しめて……殺すまでは、止まれない……!」
哄笑を上げ黒鉄の繭のうちに消えていった戦争卿を、必ず屠らねばならぬ。数々の人の命を奪い、多数の猟兵を傷つけ、この乱痴気騒ぎを生き甲斐とばかりに楽しみ悦に浸るあの外道を、許しておくわけには決していかぬ!
――今のわたしが戦うのなら、これしかない。
望は銃奏『セプテット』の一部、長銃で宙を撃ち抜く。輝ける虚空の孔から、優美な白鳥を思わせるフォルムをした宇宙バイクが飛び出し、望の前に反重力スラスタを噴かして静止。奏空『スケルツァンド』。純白の翼持つそれに、望は影――『オラトリオ』で身体を支えつつ騎乗する。
黒き騎士たちが迫り来る。最早一刻の猶予もない。ろくに動かぬ左手にオラトリオを纏わせ、動作を補助する。スケルツァンドで飛行するのなら翼は邪魔なだけだ。即座に背の翼を縮め、その衣服もまた輝き、空気抵抗を軽減した仕様のものへと変形する。
――果実変性。『ウィッシーズスカイ』!
「邪魔……なのですよ……わたしは、あのセカイを殺すのです。失せなさい……!」
アクセル解放。スケルツァンドの機首が浮き、凄まじい推進力で宙へ舞い上がる。
空へ飛んだとて、黒騎士達には遠距離攻撃の手がある。その鎧の一部を変形しての獣首による間接攻撃! 地表からまるで対空ミサイルのように無数の獣顎門が望目掛けて伸びる。
望はその軌道一つ一つを確認。左脚でフットレストを蹴りつけスケルツァンドの躯体を錐揉み回転、メインブースターの噴出方向を変えることで凄まじい曲芸飛行を演じて回避。追尾してくる獣顎を、自律機動し自分の周りを舞うセプテットの六門と、己が手にした長銃で立て続けに撃墜、撃墜、撃墜する!
敵の攻撃の手が緩んだ瞬間に、セプテットに魔力を叩き込む。チャージ。防戦に回るばかりでは勝てない。攻めねばならない!
獣顎による攻撃が緩んだ次の瞬間、地表から黒い矢の嵐が吹いた。クロスボウによる斉射だ。
「くっ!」
望は即座にオラトリオにより壁を作り、弾き散らしながら回避機動を取る。矢嵐が過ぎた瞬間にオラトリオによる壁を解除。掃射をかけようと地を睨むが、
「ッ――!」
宙に浮き派手な機動戦闘を見せたことが災いしたか。敵の密度が上がっている。
見仰ぐ騎士らが先ほどに倍する数、一斉に獣顎を望目掛けて放った。先程同様のバレルロールめいた回避を試みるが、その先にも既に獣顎が回り込んでいる!
「く、ぁっ……!」
オラトリオにより自律迎撃する刃を構築し、いくつかの首を断ち落とす。それでも落としきれない獣の顎が、望に食い込んだ。右肩。左脚。左脇腹。燃えるような痛み。流れ出ていく血。這い寄る死の気配。
「く、ぅうう、うう
……!!」
悲痛な声を上げる望を笑うように、獣たちが牙を剥く。獣の牙が望を離すことはない。機動力を封じられた望に、幾つもの獣牙が降り注ぐ――
――それは或いは突きつけられた絶望の、何より明確な形だったのかも知れない。
けれど、見せつけられた絶望を撥ね除けて尚立つ猟兵が、ここには大勢いた。
彼女も、またその一人だ!
「絶望なんて……しないっ!!」
吼えるなり、オラトリオを全力稼働。刃を作り直し、自身に食いつく首を断ち落とす。続けて襲い来る首を刃で迎撃、迎撃、迎撃、次が身体に食い込む前に、七つの銃口を地に向ける。
フルトランス
セプテット、一番から七番まで全銃最大出力。
「吹き飛びなさいっ!!」
注ぎ込まれた望の膨大な魔力を増幅し、セプテットが凄まじい威力の光条を放つ。七本の光の柱めいた光条が空から地に向けて突き立ち、数十体の騎士を一息に灼く――!!
地が捲れ上がり吹き飛び、光散らしてクレーターとなる地面を尻目に、望は黒鉄の繭目掛け飛翔する!
「……次は、お前です、戦争卿! わたしたちは、決して諦めない!」
◆七那原・望
承前の負傷に加え、獣顎による咬傷が右肩、左脚、左腹側部に追加。
成功
🔵🔵🔴
ユエ・ウニ
◎
ユヴェン(f01669)と共に。
ここで奴を逃せば同じ惨劇が繰り返されるのだろう。
僅かでもそうさせない可能性があるなら、それを掴みに行くだけだ。
前はアンタに任せるよ、ユヴェン。
ユヴェンと繭へ向かう他の猟兵達の道を拓こう。
騎士と戦っている猟兵の援護を行う。
刻止めで時間を止め、猟兵と騎士が戦っている所へ。
ここは僕達が。早く行け。
僕と人形達で一瞬でも押さえ込みが出来るのなら、充分だ。引き受けた。
一瞬を奪い続けよう。
ユヴェンの様子を見て必要であれば庇うよ。
助けた奴らがいるだろう、アンタに死なれたら困る。
僕は本体さえ無事なら問題はないから。
躊躇って零すものがあるのなら、傷や代償、何も躊躇わずに。
ユヴェン・ポシェット
◎
ユエ(f04391)と共に
まだ何も収まってないんだ。このままアイツを見逃すなんて事する訳ないだろう?
俺達は俺達が出来る事をやる。なあ、ユエ。
他の猟兵達が繭のもとへ向かう道をつくる。援護をしつつ、敵の戦士との戦闘を請け負い、他の猟兵達を先へ進ませる。
脚負傷の為、基本的に獅子「ロワ」に乗った状態で移動。敵を引きつけ槍を振るい攻撃。敵の攻撃をよく見極め、隙をつく。
また獅子の上に騎乗中と思わせたまま、途中でおりて別角度から攻撃。UC「ドラゴニック・エンド」使用。
…何処を見ている?俺は此処だ
死なれたら困るのは俺も同じだ。俺に何かあったとしても、ユエ、託せるアンタがいるだろう?自分自身の事も大切にしろ。
●欠けてはならぬ
巨大な獅子の上に、男と少年が跨がり、村の外れから中心へ向けて駆けていた。
少年が呟く。
「――ああ、確かに奴は強いとも。僕だって、アンタだってもうボロボロだ。もしかしたら、向かっていっても勝てないかも知れない」
これは絶望的な戦いなのかも知れない。それは、彼も解っていた。
「でも、ここで奴を逃がせば、同じ惨劇が繰り返されるんだろう。もっと沢山の人が死ぬかも知れない。……それは許せない。僅かでも、そうさせない可能性があるなら。残っているのなら、それを掴みに征くだけだ」
少年は呟くように静かに言う。それに、獅子のたてがみを手繰りながら男が応えた。
「ああ。まだ何も収まっていないんだ。このままアイツを見逃すなんて事、する訳ないだろう? 俺達は、俺達が出来ることをやる。一人じゃ出来ないことも、二人ならきっと出来る。――さっき何人も、村人を助けたように」
男の髪が、朧な月明かりに遊色に煌めいた。
肩越しに少年を振り返る。瞳には強い光。
「征こう。ユエ」
「ああ。――前はアンタに任せるよ、ユヴェン」
ユヴェン・ポシェット(Boulder・f01669)、そしてユエ・ウニ(繕結い・f04391)。
偶然に戦場で行き会った顔見知りの宝石と時計は、互いの意思を確かめ合い、そのまま一丸となって戦場へと吶喊する。
「刻を止める。長くは使えないが――奇襲の助けにはなるだろう」
ユエはユーベルコードを起動する。『刻止め』。本体たる懐中時計が時を刻みつつ輝いた。――その針の動きが鈍る。同時に、時が鈍化した。
ユエ、そして彼に接したユヴェンと獅子――『ロワ』のみが、その泥のような時間の中を常の速度で動く。――実効速度、実に九倍。泥濘めいた九分の一倍速の時間の中を、彼らだけが等速で走るのだ。
命を削っての時間歪曲である。ユヴェンがそれを察さぬ訳もない。
「ロワ! 疾れ、征けッ――!!」
ユヴェンの檄と共に、ロワは縮地する弾丸となった。
一際強い跳躍! この乱戦においても精緻な陣を組み堅固に構える騎士達の狭間に目掛け、ロワは爪を振り翳して落ちる!
強襲、振り下ろしの一撃。深く抉られ断たれた騎士が吹き飛び仰臥する。即死。
「退け、退け、退けッ!!」
ユヴェンが己が力を使い、跨がった獅子を猛らせる。
戦場に躍り込んだロワは、地を震わすような低音で吼えて前肢を振るった。百獣の王の爪は黒騎士らの鎧さえも紙のように引き裂き、或いは拉げさせて撥ね飛ばす。複数の猟兵戦うそこへ侵徹した刹那に、ユエがまず獅子の背より飛び降りた。
「征け。前へ進め! ここは僕達が支える!」
敵の一大戦力に突っ込み、高らかに宣言するユエの姿に、周囲に点在する猟兵達が頷いた。判断の速いものから順に、浮き足立った敵を打ち払い、黒鉄の繭目掛けて走り出す。
それを追わんとする黒騎士らを、
「余所見をするな。――お前達の時を奪う。こっちを見ろ」
ユエの冷たい声が貫いた。
ユエはトランク――『匣』を蹴りつけ開く。空いたそばから立て続けに武具持つマリオネットが飛び出して襲いかかった。手にした武具は戦争卿の配下たる騎士共より奪い取ったもの。背を向けた騎士達に槍で剣で打ち掛かり、次々と貫いて斬り裂き倒す。
乱戦だ。人形と騎士が打ち合い、彼らの手脚がまるでブロックパズルのように飛び交った。
平行して、ロワが吼えながら爪を振るい牙で騎士の首を咬みもぎ取り咆哮する。ユヴェンが操る獅子を殺すこと、並々ならぬ!
ならばと黒騎士ら、鎧を獣顎に変形させてロワの上にいるユヴェンを射貫かんと次々と獣牙を放つが――
「何処を見ている? 俺は此処だッ!!」
獣牙が次々と空を切った。獅子の背に既にユヴェンの姿はない。
一瞬の早業。攻撃の予備動作としてロワが竿立ちになり、己の姿が隠れたその瞬間、ユヴェンは魔力により宙を舞い、全くの別方向へ跳んでいたのだ。身体をひねり、槍を溜めるように構え――
投擲ッ!!
ドラゴンランス『ミヌレ』が真っ直ぐに唸り飛び、二体の騎士を貫通した。騎士が頽れ倒れる前にミヌレは鉱石竜としての本性を現し、その口を開いて火焔の息を撒き散らす! 十数体を薙ぎ払い、すぐさまユヴェンの手許に舞い戻る。
三者三様に奮戦する彼らだが、しかし数の差は残酷だ。
たった二名と一匹で、二百数十に及ぼうかという――否、いまだ増えつつある黒き騎士らを相手取るなど、無謀に過ぎた。
次々と敵を薙ぎ倒すロワが、まず的になった。『刻止め』の影響下から離れたロワの速度に騎士達が目を慣らした頃、獅子に向け全方位から獣の顎が降り注いだ。咬み付き、強靱な顎で食いついて話さず、動きを封じる。ロワは果敢に首を振り身体を波打たせ振り払おうとするが、黒騎士達は寄って集って、数でそれを抑え込んだ。無数の獣顎がロワを拘束し、殺到した騎士達がその身体を容赦なく刃で引き裂き、貫く。
「くっ
……!!」
ユヴェンはユーベルコードを解除し、ロワを退去させる。完全に破壊される前にそれは叶った。光の粒子となって消える獅子。時を経て癒やせば再度の召喚も叶おうが、すぐには無理だ。
手に戻り来たミヌレを受け止め、ユヴェンはほぼ動かぬ片足を圧して華麗に舞った。押し寄せる騎士達を貫き、打ち払い、貫いた死骸を投げ飛ばして敵を薙ぎ倒し奮戦する。だが負傷の不利は拭えない。
打ち掛かる騎士の凄まじい剣戟に圧され、右踵で地面を抉りながら滑るユヴェンに、ロワを貫いた無数の獣牙が放たれた。全方位から襲うそれを、ユヴェンは息すらせずに槍を大回旋。払う払う払う、だが、
「っ
……!!」
その回転が止まるなり第二波。無数の顎門が降り注ぐ。
ユヴェンが目を見開き、訪れるであろう痛苦に身構えた瞬間、彼の前に影が割り込んだ。
牙が立て続けに食い込む。ユヴェンではなく、その影に。
「ぐ、っぅ……!」
「ユエッ!!!」
――名を呼ばれ、割り込んだ影は――ユエは、息を漏らすように笑った。
「助けた奴らがいるだろう。……アンタに死なれたら困る」
――一呼吸の猶予が出来た。ユヴェンは衝撃と怒りに任せ、ミヌレを振るってユエに食い込んだ獣顎を斬って斬って斬り払う。
「何をバカな! 死なれたら困るのは俺も同じだ。俺に何かあったとしても、ユエ、託せるアンタがいるだろう!? 自分自身の事も大切にしろッ!」
「……慌てるな、って。僕は死にはしない。本体さえ無事なら問題は無い。アンタが死んで、水晶庭園が消えれば、救った人々はここに放り出されるんじゃないか? ……そうなれば、僕はそれを庇いきれない」
ユエは冷静に言う。躊躇って取りこぼすような事はしたくなかったのだろう。傷も代償も厭わず動いた、彼の分析は恐らく正しい。
――でも、だからといって。ユヴェンは傷つく友をよしと出来るような男ではない。彼は進み出て、ユエを庇うように立つ。
「……それでも。アンタに傷ついて欲しくない、ユエ。生き延びるなら、二人でだ!」
ユヴェンは友の肩を抱いた。同時に遊色の光が疾り、二人の姿が闇に薄れ掻き消える。――『クリスタライズ』! 命を削り、姿を隠し。広がる脚の傷を植物によって仮初めに埋め、肉と木質の齟齬から生まれる苦痛を歯を食い縛って耐えながら――敵の間を縫い駆け、ゲリラ戦を仕掛ける!
「……呆れるほどのお人好しだな、アンタ。……嫌いじゃあないけどさ」
ユエの『刻止め』も、クリスタライズも、命を削って行使する術だ。ユエはうっすらと笑い、匣の中身を全て吐き出した。残り僅かな戦力だが、全て使っても惜しくはない。
「――なら足掻こうか。アンタと僕が、『終わったな』って、二人で笑える未来のために」
人形兵団と騎士達が激突するその間を、身を隠し、宝石と時計が駆け抜ける!
◆ユエ・ウニ
承前の負傷に加え、全身に獣顎による咬傷を受けた。
出血多量。
◆ユヴェン・ポシェット
承前の負傷のうち、脚の傷を植物で埋めた。常の七五パーセントの移動効率を確保。
本作戦中は『ロワ』を召喚出来ない。獅子が受けた分のダメージを自身にもまた負っている。ひどい倦怠感が身体を満たしている。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ティオレンシア・シーディア
◎・現負傷度合一任
…っ、は、あ…
まったく、一息入れるヒマもありゃしないわ、ねぇ…
なんとかあそこまでの道を拓かなきゃいけないわけだけど…ダメねぇ。まともに当たったらあたしじゃどうやっても手数か威力が足りないわぁ。
…しょうがない、か。ちょっと、本格的に○覚悟決めましょ。
〇ダッシュ・ジャンプ・スライディング駆使して最大戦速で敵陣に突撃。少しでも損害を大きくできる位置取りに○切り込みかけて、●虐殺で纏めて○薙ぎ払うわぁ。
負傷は○気合いと激痛耐性で痩せ我慢ねぇ。
悪いけど、本気で余裕ないの。周りの味方さんは頑張って避けて頂戴?
…両手が使えないとあたし本気で戦力外だし。
最低限、そこだけは守らないとねぇ…
●アナイアレイション・リボルバー
「ッつ……ぅ、はぁ、全く、一息入れる暇もありゃしないわね……」
女は甘い声音で独言した。ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)である。彼女もまたこの戦場に喚ばれ、戦争卿が召喚する騎士達を屠り倒して戦場を駆け抜けてきたが、今やその全身は傷だらけ。致命的な傷こそないものの、右腹側部と左肩部、左大腿部に散弾の掠撃を受けている。
仮に直撃であれば行動不能でもおかしくなかった傷を、卓抜したゲリラ戦技能で掠り傷に抑え、ここまで継戦してきたが――次の相手は、どうやら先程までよりも手強いらしい。
(練度が違う。動きも違う。武具の質も違う――身体に当てても貫けないわね。貫くつもりなら、同じ所に二回か三回――それなら最初からアイホールを狙った方がいい。でも軽々しくそう言えるほど動きが遅いわけでもない……)
百戦錬磨の猟兵達ですら、容易に蹴散らすことは叶わぬ高練度の騎士達が相手だ。ティオレンシアは物陰から敵の動きと練度を観察し、深く息を吸って吐く。
蠢く無数の騎士達の向こう、黒鉄の繭が、まるで生きているように脈動するのが見える。
(なんとかあそこまで路を拓かなきゃ行けないわけだけど……ダメねぇ。まともに当たったんじゃあたしじゃどうやっても手数か威力が足りないわぁ。――)
遮蔽物はなく、ゲリラ戦を仕掛けるのにも難儀する。しばらくティオレンシアは彼我の戦力比を勘案し、作戦をシミュレートしたが――短く息を吐き、思考を切り上げた。
解ったことはただ一つ。無傷では、あの群を切り抜けるのは不可能ということだけ。
「当たる弾しか撃ちたくないんだけどねぇ。――しょうがない。ちょっと、本格的に覚悟決めましょ」
抜いたシングルアクション・リボルバー『オブシディアン』にカートリッジをリロード。撃鉄を起こし、ティオレンシアはフロントサイトに額を当てて意識を集中する。
――最大戦速で動く。自分の持っている武装は何だ。オブシディアン、クロスボウにダガーのセット。各種グレネード、短刀一つ。特殊弾が幾つか。使えるものは全て使う。一歩でも先に、前に向かう。
考えることは、ただそれだけでいい。
フロントサイトを額から浮かせた。ティオレンシアは、刃の如く薄く目を開けた。
「始めましょうかぁ」
身を翻したティオレンシアは、右手にグレネードを二つ手挟んで駆けた。投擲。気付いた騎士から順にファニングで兜のアイホールを射貫く。グレネードが地面にバウンド、炸裂! 十体ほどを吹き飛ばすがうち半数は半矢。その鎧が捻れて狼顎と化し、ミサイルめいて無数に伸び、ティオレンシアを狙う。
ティオレンシアは反射的に『牙』を抜き、迫る鋼鉄の狼牙を跳び避け、滑り、掻い潜り、斬り払う。いくつかが食いつくが、激痛を噛み殺して牙で斬り飛ばし、煽り撃ちで眉間をブチ抜いて壊す。
「ふ、っ
……!!」
息を鋭く吐く。極度の集中。リロード。駆ける足を止めないまま廃莢。イジェクトした薬莢が地面を叩く前に六弾を再装填。牙を片手にしながらも、その手が目で追えないほどのファニングを披露。六射で六名を撃ち倒し、目の前に迫った騎士の首を牙で力任せに貫き、力の限り蹴飛ばしてその後ろにした数名を転倒に巻き込む。
「悪いけど本気で余裕ないのよぉ。退いてくれるかしらぁ!」
ティオレンシアの集中は頂点に達する。最早紡ぐ声もない。襲いかかる敵の位置座標を記憶。右肩と左脚に獣牙が食い込むが、その迎撃よりも攻撃が先だ。迎撃に手を裂けば追い詰められ圧殺される。敵を圧倒する火力を出さねばならない。痛みを噛み殺せ。敵の座標記憶を完了。榴弾を放り上げる。敵が殺到する。ティオレンシアは目を閉じた。
カウント、ワン・ツー。
瞼の向こう側で――
凄まじき閃光が爆ぜた。
閃光手榴弾――フラッシュバンが炸裂したのだ。視界に頼り敵を捕捉するならば、その百万カンデラの閃光から逃れることは出来ない! 蹈鞴を踏み動きを止める周囲の騎士達。
ティオレンシアとてその光の影響から逃れることは叶わぬはず。――しかし彼女は迷いなく、納めた牙の代わりに抜いたクロスボウと、最早身体の一部という程に馴染んだリボルバーの銃口を跳ね上げる。
『虐殺』。クロスボウからグレネード付きのボルトを射出、敵が固まっている一帯を爆破。直後にファニング、六名を撃ち倒して再装填。連射、撃滅。
――そう、覚える時間ならあった。ほんの一瞬、敵が攻め寄せるまでの間隙。その一瞬で覚えた限りの敵の位置座標を、銃と榴弾で薙ぎ倒す!!
「さぁ……いつまで保つかしらねぇ。やれるだけやってみましょうかぁ」
光薄れる中目を開き、ティオレンシアはリボルバーに弾丸を込め直す!
◆ティオレンシア・シーディア
右腹側部と左肩部、左大腿部に散弾の掠撃痕。
右肩、左脚脹ら脛、左腹側部、右上腕、右脛に咬傷。出血多し。
成功
🔵🔵🔴
雷陣・通
ひでえもんだ
後は……無理だな
俺だけじゃだめだ、みんなも踏ん張ってもらわなければ
ならばどうする?
決まっている
「来い黒騎士ども、怪我人相手に調子乗ってんじゃねえぞ!」
『紫電の空手』発動
攻撃回数を増やし、【二回攻撃】を絡め徹底的に動いて、敵を殴りに行くぞ
【殺気】をこめた【残像】で幻惑し敵を【おびき寄せる】
徹底的に時間を稼ぎ、他のみんなの体勢を少しでも整えさせる
大丈夫だ【継戦能力】はそれなりにあるし、痛みだって【激痛耐性】で耐えてやるさ
動け、ライトニングファクター!
筋肉に電気を流し、拳を振るわせろ!
それが、今、動くことが出来る
俺のやるべきことだ!!
●活人拳
戦争卿との一幕が終わり、戦いが次のフェーズに入った今。新たに戦場に参じた数名の猟兵がある。少年もまたその一人だ。雷電を帯びて逆立ち、朱金に輝く髪、白い空手着が纏う雷電映して光る。
「――ひでえもんだ。好き勝手やりやがって――」
着地。既に猟兵と黒騎士達との乱戦は佳境を迎えている。
後は任せろ、と言ってやりたかった。
だが、それは土台不可能だとすぐに悟る。
地の果てまでをも埋めるような、無数の黒騎士達。そしてその最奥に座す、黒金の繭。
人々の骸は黒く炭化し土に沈み、それを蹴立てて地獄の騎士が襲い来る。
雷陣・通(ライトニングボーイ・f03680)は惨憺たる戦場を見渡しつつ駆けた。この戦場は、最早突出した個の性能で解決できる段階をとうに越えている。自分一人では解決できない。傷ついた猟兵一人一人にさえも踏み止まって貰わねばらない。
ならば、どうする?
決まっている。それを助けるのだ!
「来い、黒騎士ども!! 怪我人相手に調子乗ってんじゃねえぞ!!」
戦場深くに駆け込み、通は無謀とも言える挑発をした。すぐさま数十体という黒騎士達が殺到し、通目掛けて剣を振り下ろす。
「コオォォォオオォォッ
……!!!」
特異な呼吸音。異質なる呼吸、『息吹』! 通の身体に纏う雷電がその勢いを増し、バチバチと跳ねる。
彼が扱うは『紫電の空手』。身体を駆け巡る雷電は彼の拳の威力を何十倍にも増幅する!!
その拳精強にして迅駛、疾歩すること紫電の如し!!
「いヤあぁあアアアッ!!」
気合一喝。地面を蹴り、通は稲妻のごとく跳ねた。先頭の敵の間合いの内側に潜り込み、目にも留まらぬ拳を叩き込む。瞬きの間に五打!! 板金へこむ撃音が五つ、ほぼ同時に重なって、水月胸骨首顎陣中鼻柱、砕けて騎士が吹っ飛んだ。
紫電乱撃、正中線五段突き!!
即死である!!
すかさず横から槍の一撃が、剣による刺突が襲う。しかし刃は残心を極める通の身体を擦り抜けた。残像。ばちりと雷爆ぜて、通は既に右方より槍を繰り出した騎士の左手へ回り込んでいる。
「ぜああァッ!!」
声と言うよりも喉に息が擦れて出たに過ぎぬ音。底知れぬ覇気纏う気合と同時に放たれた右上段回し蹴りが騎士の首を捻じ切った。
身を返しての左後ろ回し蹴りでさらにもう一体、両脚揃えて踏み切って身体を捻り、旋風めいた右飛び回し蹴り!! 一騎に三体の首を二七〇度回転!! 絶殺!!
着地と同時に襲い来る敵。天雷の如く落ち来る剛の斬撃を、しかし通はバンテージをした掌一つで回し受け流し、鉤突きで顎を捻り頸骨破壊! 突き出された槍を、脇腹掠めつつ受け止め、槍を奪って棒術めいて回旋、
「そのまま返すぞッ!!」
二体の首を刃で薙ぎ、雷を纏わせた槍を力の限り投げつけてさらに一体を貫く!
まさに獅子奮迅の戦働き。だが、全方位から襲い来る敵をいつまでも一方的に屠れるわけがない。
如何に通が速く動こうと、彼が動けるのは何もない空間だけ。逃げ場さえも潰して圧殺するように襲いかかる騎士達から逃れることは叶わない。
「ぐうっ
、……!!」
押し寄せる騎士達の鎧を蹴り、突き、跳び上がって騎士の兜を蹴りつけ、宙を走る通。振るわれる刃が、放たれる獣牙が、通の腕を脚を胴を、斬り裂き食い千切り血を飛沫かせる。食いついた獣顎を走らせた雷で灼き落としながら、歯を食い縛り通は戦場の僅かな空隙に降り立ち、飛び退いて敵から距離を取った。
右腕がだらりと下がる。筋肉をやられたか、腱をやられたか。或いはその両方か。
――構わない。繋がってさえいるのなら!
「動け――動かせ、ライトニングファクター!! 身体を巡れ、拳を奮わせろ!! まだ俺は動ける――動かなきゃならないんだ!!」
ばちり――
通の四肢に纏う紫電が、その筋肉を、腱を代替して右腕を持ち上げる。まだ戦える。傷口を雷で焼き止血、何千何万回と取った組み手立ち、基本の構えにて迫る大群に対する。
「これが今の俺に出来る――やるべきことだっ!!」
一体でも多く引き付け、他の猟兵の負担を減らす。
一体でも多く倒し、道を拓く!
救いの光となるべく、紫電は再び敵の群へと躍り込む!
◆雷陣・通
右腹側部、左大腿部、右肩部、左下腕部に咬傷。
左副側部と右上腕部に深い刃傷。雷の補助なしには右腕が上がらない。
成功
🔵🔵🔴
鷲生・嵯泉
其方が援軍を呼ぶならば此方も相応に増える迄の事
喪われた命への贖い、其の終焉を以って為せ
必要な代価ならば“くれてやる”
武技には武技を――終葬烈実、砕けよ我が箍
視線に切っ先、脚捌きに気の流れ、あらゆる動作の全てを戦闘知識にて計り
極限まで集中した第六感にて攻撃を見切り躱す事に努め
フェイント絡めた死角移動からのカウンターで叩き斬る
痛苦なぞ悉く捻じ伏せ無視してくれる
そんなもので此の脚を止められるなぞと思わん事だ
どう足掻こうが逃しはせん
血反吐吐けども膝なぞ付かんぞ
如何な窮境に堕とそうとも此の身は折れはしない
外道には外道に相応しい最後を“くれてやる”
骸の海の藻屑と化せ――疾く潰えろ、過去の残滓、其の汚点
●際涯の剣
乱戦は猟兵達の徹底抗戦により混迷を極めた。その戦況に加勢すべく押し寄せる多数の黒騎士。彼らは黒金の繭のそばから発生し、戦争卿を守護し、或いは混戦状態の戦場へと援軍として駆ける。
殲滅が進まぬのはそれが大きい。倒せど倒せど後ろから敵が援軍を補充するため、見かけ上の数が減っていかないのだ。成果が目に見えて現れなければ精神的な疲労を招く。戦争卿がそこまで考えていたかは不明だが、実に卑劣にして効果的な遅滞戦術である。
「小癪な真似をしてくれる。ならば、正面切って踏み潰すのみ」
――だが、事ここに至り、断ち切るような声が鳴る。
宙に開いた“門”より、新たに一人の猟兵が飛び出した。金の髪、隻眼、眼帯で片目を鎧った偉丈夫だ。ざん、と地に着いて、混戦への援軍に参じようとした黒騎士らの一団、五十騎あまりの前に立ち塞がる。堂々たる所作で抜刀。背より立ち上る余りの剣気に、百戦錬磨であろう黒騎士達が思わずといった風に蹈鞴を踏む。
「――増えるのがお前達だけの特権だとでも思ったか。目出度いことだな」
燃える怒り。剣気爛々たる赫眼で敵を睨み、叩き付けるような烈気を以て告げる。男の名は鷲生・嵯泉(烈志・f05845)。露払い災禍断つ一刀『秋水』を構え、調息。
「其方が援軍を呼ぶならば、此方も相応に増える迄の事。喪われた命への贖い、其の終焉を以って為せ。必要な代価ならば“くれてやる”」
堂々たる正眼の構え。八方隙なしにして不動。攻めあぐね立ち止まる騎士らだが、勢力で勝るのは彼らだ。迷いを物量で押し切り、先頭の数騎が剣をかざして襲いかかる。
敵が踏み出しての五歩を、嵯泉はじっと見据えた。兜孔の向き。視線がどこに刺さるか。槍、剣、鎌、斧の切っ先がどこに向いているか。剣気の流れ。敵の狙い。踏み込みの幅。速度。それら全てから弾き出される敵の練度。
あらゆる動作が、そして理論では説明しがたいファジィな『気配』『氣』の類が――敵の力量を、そして嵯泉がどう動くべきかを教えている。
「砕けよ我が箍。涯ての剣を見せてやれ」
迫り来る敵。敵の歩幅で後四歩。強く踏み切ればもう一歩で埋まるだろう。来る。
フゥ――……ッ、
森が息を付いたかのような深き呼吸。嵯泉は息吹一つの後に、瞬きよりも速く踏み込んだ。敵が踏み込もうとする、まさにその一瞬前である。
斬ッ!!
大上段から振り下ろされた秋水の刃が、先頭の黒騎士を兜割りに叩き斬った。否、兜どころではない。真っ二つ――分かたれた身体がズルリと泣き別れ、二つになって倒れ伏す。
その身体が地に着く前に、嵯泉は後続目掛け、羅刹の如くに襲いかかった。摺り足から爆発的に踏み込み、浮き足だった敵を斬る、突く、斬る、いずれも一撃必殺。伏した骸を一顧だにせず、嵯泉は次へと襲いかかる。黒騎士の鎧が、まるで薄紙のように裂け貫かれ断たれていく。
――武芸際涯、『終葬烈実』。
命を削り、嵯泉の保つ天恵の太刀筋を神域に押し上げる術である。
瞬く間に十五体、否、今裂けたので十六体が血祭りだ。ものも言わずに襲いかかる黒騎士らの刃を、まるで水面に浮く羽のような、流れる動きで流したかと思えば、地を蹴り死角に踏み込んで、返した刀はまさに鉄火の如き剛の剣。
一閃。右腕から入った剣が、そのまま胴を天地に斬って、左腕まで狩り飛ばして抜ける。五つの肉塊になった黒騎士がブチ撒けられて転がった。十七。
「どう足掻こうが逃しはせん。貴様らの剣が臓腑を裂こうと、私は決して膝など付かんぞ」
巌のごとき声。最早命も、意思もないであろう騎士達が、気圧されたように一歩退く。彼らの中に残るひとかけらの武人としての本能が、嵯泉の技量と気迫に圧され、今確かに恐れるように一歩、下がったのだ。
そこに嵯泉が飛び込んだ。戦況は劣悪。しかし、嵯泉がそうであるように、皆負けることなど考えずに遮二無二戦っている。
刃が掠め。避け切れず刺され。矢が、獣牙が、身を穿つ。だが如何な窮境に堕とそうとも嵯泉は、彼が持つ鋼は折れはしない。
「外道には外道に相応しい最後を“くれてやる”。骸の海の藻屑と化せ――疾く潰えろ、過去の残滓、其の汚点よ!!」
全身より血を流し、振った剣より紅き飛沫を散らしながら、剣の鬼が敵陣へ飛び込んだ。進路上の騎士を鏖殺し、痛苦ねじ伏せ駆け抜ける……!
◆鷲生・嵯泉
全身各所に獣牙による咬傷、刃傷、矢傷が胸と腕、足に合わせて七つ。
しかして達人。骨身に到る傷はなし。
成功
🔵🔵🔴
アルトリウス・セレスタイト
◎
遅参となったが、幕はまだだな
では働くか
魔眼・円環で負傷者を復元
現着次第最大数を視界に捉え即起動
行使してしまえば即終了するので邪魔される心配もない
とは言え全員を即座に癒せるとも限らん
癒えていない者を狙われれば面倒だ
間に合わぬ所は飛び込んで盾に
『刻真』で自身を無限加速して間に合わせ、同時に攻撃は終わった後へ飛ばし影響を回避
自身を盾に阻みつつ『解放』の魔力放出を乗せた打撃で吹き飛ばし、敵勢の邪魔になる位置へ
魔眼行使には一瞬を稼げば事足りる
得た時間で復元
魔力は『超克』で“外”から汲み上げ、必要なだけ繰り返す
猟兵ならば死に挑む覚悟もあろうが
俺は死なないでくれる方が嬉しいのでな
アヴァロマリア・イーシュヴァリエ
◎
ごめんね、遅くなっちゃった。でももう大丈夫だよ?
マリアが来たから、どんな傷だって大丈夫。
また立てるように、走れるように、全部全部治してあげるから。
だから、お願い。あともう少しだけ頑張って。
マリアの光で、絶対にみんなを負けさせないから。
みんなの力で、勝って!
『生まれながらの光』を全力で、全霊で届かせる。
全てを癒すには途方もない消耗を強いられるだろう。
どれだけ癒やしても足りぬほどに仲間達は傷つくのだろう。
それでも、君達は征くのだろうから。
目が霞もうと、手足が震えようと、力尽きるまでどこまででも、聖者の光を、みんなへ。
●照らせ光よ、と宝石は言った
アルトリウス・セレスタイト(忘却者・f01410)の誤算は、『視界』を信じすぎたことにあった。
「――当てが外れたか」
ぽつりとぼやく。――元は村だ。壊れた建物も、ゲームのように消え失せるわけではない。一部残った瓦礫が視界を塞ぐ。そして猟兵達には、指揮官がいない。連携はすれども、全員が互いの思惑を識っているわけではない。
各種ユーベルコードによる視界欺瞞、爆炎、マズルフラッシュに閃光手榴弾での攪乱。その全てに加えて、黒鉄の繭の周囲を覆いうように、無数にひしめく黒き騎士共。
戦場を駆け抜けながら、特に負傷の酷い猟兵を二人ほど視界に捉えてその傷を復元したものの、それ以上の回復は行えない。――敵総数は恐らく千体超。対する猟兵達は精々が五十名。二〇対一の勢力バランスに、劣悪な視界での飽和戦闘。これでは、視界に依存する『魔眼・円環』の回復をメインに行動するのは効率が悪すぎる。
「……仕方あるまい。遅参となった分の働きはしよう」
アルトリウスは冷静な男だ。最善の効率を発揮するために、彼は行動を開始する。
右腕を無造作に払う。ユーベルコード、『焼尽』。迸るのは、青い剣型をした『原理』の炎。アルトリウスはこの世の根源、原理を識る能力者にしてその行使者である。
(この戦場で大規模な出力を出せば……怪我人を巻き込むか。それで果てる猟兵がいるとは思ってはいないが)
だが、軽々しく力の全てを振るえるでもない。全力を発揮すれば、黒騎士達がいかな精兵と言えども、多数を纏めて消滅させることなど造作もなかっただろう。しかしそれをするには環境が邪魔をする。
畢竟、彼は枷を填められた状況で戦わざるを得ない。アルトリウスは七〇本余り出現した原理の剣を二本に集約し、両手に握って敵の群へと飛び込んだ。
振り下ろされる剣をカウンター気味に斬り裂き、重心バランスを崩した敵を頭から唐竹割りに割る。両断。
「七〇余を固めてある。貴様らの存在強度では、受けられまい」
冷たく嘯くアルトリウス目掛け、更に十数の騎士が打ち掛かった。アルトリウスは時の原理を己に作用させ加速。剣の隙間を擦り抜けて更に三体を斬断。
大上段から剣を振り被って襲い来た次の敵を、剣を返すのが追いつかぬと見るやおもむろに手放して土手っ腹に掌底。魔力放出。発勁めいてその身体を魔力の衝撃で打ち抜き絶命させる。
原理の剣が空いた手に舞い戻り収まる。再び疾駆。彼は一瞬たりとて止まらない。
騎士達を相手に獅子奮迅の死闘を演じるアルトリウスの視線の隅に、不意に暖かな光が映り込んだ。アルトリウスは首を巡らす。
そして見た。
涯てに輝く光と、それに集る虫のような黒騎士達を。
焼け残った建物の上に陣取り、一人の少女が戦場を俯瞰していた。……否。俯瞰するといっても、どこでどの猟兵が戦っているかなど、この闇と混迷の戦場では全く見通せぬ。
――だが、それでも構わない。彼女は照らしに来たのだ。
「ごめんね、遅くなっちゃった。――でももう大丈夫だよ。マリアが来たから、どんな傷だって大丈夫。また立てるように、走れるように、どんな傷だって全部全部治してあげるから」
はっきりと言えば、それは無謀だった。
迫り来る大量の敵に策を講じず、己の光を――『生まれながらの光』を届かせることのみを考えるというのだから。輝ける彼女の光は、猟兵達に希望を齎す前に、黒騎士達に捉えられて的になるだろう。
だがそれでも、彼女は――アヴァロマリア・イーシュヴァリエ(涯てに輝く・f13378)は、そうしなければならぬと思ったのだ。血に塗れ、己が身命を賭してこの闇空の下で戦う猟兵達に、光の加護を届かせたいと願ったのだ。
己が両手に光を集める。アヴァロマリアの光は、彼女の疲労と引き換えに、浴びたものの傷を癒やす。アルトリウスの『円環』が視界に納めたもののみを対象にするのに対し、彼女の光は高所から強く輝かせれば、届く範囲の全てに癒やしの恩恵を与えるだろう。
――届かせることが、出来たのならば。
ひゅ、ひゅひゅん!!
風切り音がして、数本のクロスボウの矢がアヴァロマリアの脚に、腕に突き立った。
「うっ、く……!」
血が散る。光を見とがめた黒騎士達がすぐに集ってきたのだ。アヴァロマリアは手をかざし、サイコキネシスで寄る黒騎士達を弾き飛ばす。そうしながらも、アヴァロマリアの身体から、掌から迸る光は止まりはしない。――彼女は癒やすと決めたのだ。聖者として、この混迷の闇に戦う戦士達の、僅かでいい、希望になればと。
「そう、傷は……全部、マリアが請け負ってあげる。治してあげる、だからっ。……だから、お願い! あともう少しだけ頑張って。マリアの光で、絶対に皆を負けさせないから!! 振り向かないで! 皆の力で、勝って!!」
更に数本の矢を受け蹈鞴を踏みながらも、アヴァロマリアは両掌を空に掲げて宙に太陽めいた光球を浮かべた。幾人に届くかも解らない。この規模の回復術を独りの身で支えれば、瞬く間に力を使い果たし、彼女自身の寿命を削るだろう。
しかしアヴァロマリアは躊躇しなかった。『生まれながらの光』を、全力で、全霊で届かせる。――嗚呼、残酷なことに。途方もない消耗を以てしても、全てなど、到底癒やしきれぬ。
「く、うう、うっ
……!!」
掲げた両手から力が漏れ出ていくかのようだった。当然だ。間近の数名を癒やすのですら疲労するこの技を、長距離を置いて、数十名を対象にしたというのだから。効率は最悪、縦しんば全て癒やしたとても、彼女の身体が保たないだろう。手脚が震え、目が霞み、急激な喪失感に襲われて、いつを膝を突いてもおかしくないのに――アヴァロマリアは、決して諦めようとはしなかった。
どれだけの癒やしをもたらそうとも、それでも足りぬほどに仲間達が傷ついている。幾度癒やそうと、この地の果てまでを埋めるような軍勢を前に――アヴァロマリアの身体にいくつも突き立つクロスボウの矢など、問題にならぬほどに傷つくのだろう。
腕をなくした猟兵がいる。脚をなくした猟兵がいる。内臓を零し、血を失い、真っ青な顔で、けれども燃える怒りだけを露わに、義の心を杖にして立ち続ける猟兵がいる。
ああ、それでも君は征くのだろうから。
アヴァロマリアは――自分が彼らに報いるのなら、それしかないと思ったのだ。
屋根の上まで騎士達が跳び上がってくる。注ぐ光を維持し続けるアヴァロマリアは、サイコキネシスで数名を排除するが、それだけでは到底手が追いつかない。
剣を鎌を、槍を構えて、四方から黒騎士がアヴァロマリアに殺到し――
斬、ざ、ざざ、ざ、斬ッ!!
まるで飄風のように割り込んだ一人の男が、アヴァロマリアを襲う騎士達を微塵に斬り刻んだ。
「邪魔をする。猟兵ならば死に挑む覚悟もあろうが――俺は死なないでくれる方が嬉しいのでな」
アルトリウスである。
――見れば彼も傷だらけ。満身創痍と言っていい。両眼を抉る刃傷、右肩、腹、左脚に刺傷。刃により破壊された魔眼は使えず、喪失した感覚器の機能を補うために原理の権能のほぼ全てを用いているために、その攻撃性能は激減していたが――しかしそれでも、原理の剣を両手にし、未だ立っている。
涯てに輝く光を見たのは黒騎士らだけではなかった。光の目的が回復にあると悟った瞬間、アルトリウスはそのフォローをするために、被害度外視で駆け参じたのだ。
彼が如何に素早く動けど、槍衾の間を無傷で抜けられるわけではない。無数の刃を最低限だけ斬り払い、速度最優先で駆け抜けた結果がそれだ。
「酷い、傷っ……! 待ってて、今、癒やして」
「不要だ。ここでお前を守る防衛戦を展開するだけならば、これ以上の性能は必要ない。――届かせるのだろう。仲間達に。ならば、それに力を尽くせ」
アルトリウスはぶっきらぼうに――だが、確かな言葉でアヴァロマリアの背を圧した。降り注ぐクロスボウの矢を、襲い来る狼の顎を、両手にした原理の二剣で斬り払い、二剣から原理炎剣を再分離。焼尽の刃を周囲に舞わせ、敵の接近を牽制。不用意に近づいた者から斬り刻む!
「支援する。――お前は、お前の成すべき事をしろ」
「……うんっ!」
アヴァロマリアはアルトリウスの声に応え、高く両手を掲げた。
中の光がいや増す。戦場を遍く照らす光を、少女はその細腕で一秒でも長く支えようと足掻く――!
――嗚呼、届け、涯ての光よ。全てを癒やす耀きとなれ!
◆アヴァロマリア・イーシュヴァリエ
全身に計八本の矢傷。行動に支障はないが、大規模な治癒術式の使用のため極度に衰弱している。
しかし、その術式はほぼ戦場の全域まで届いた。この状況に、何らかの変化を与えるかも知れない。
◆アルトリウス・セレスタイト
両眼を真一文字に抉る刃傷。
右肩部、臍部、左大腿部に深い刺傷。魔眼を喪失。
現状使用可能な術式は、目および脚を使用した物以外となる。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
セリオス・アリス
【双星】
◎
身体中至る所が焼けそうで
全ては遠く
ああ、それでも感じるこの暖かさは
…アレス…守れたのか?
目を開け開口一番訊ねる
守れたと聞けばソレだけを受けて
そうかと嬉しそうに笑み
…なんて顔してんだよ
伸ばした手が触れる直前
周囲の状況に漸く気づく
…はっ、戦いはこれからってか?
アレス、もういい
癒すアレスを押し退け立ち上がろうと
全快するくらい使ったら
お前が戦えないだろ
少なくとも片手は動く
無理矢理でも駆けることはできる
足手まといになんざなりたくねぇのに
ああ、くっそなさけねぇ
なら今だけだ
今だけ少し休むから
【羊飼いの祈り】
アレスに噛みつき己の全てを注ぐ
…頼んだぜと背中押し
無理矢理前へ
倒れるまではせめて歌っていよう
アレクシス・ミラ
【双星】
◎
セリオス…!
かばうように盾で防御しながら【生まれながらの光】で彼を治療
死ぬな
約束しただろう
頼むから
いつものようにアレスと呼んでくれ
―セリオスッ!!
目を開けた彼に心から安堵する、けど
…っああ、救える命は救えた
…守れたよ
(だけど、君を守れなかった)
セリオス…?
待て、駄目だ
君は戦ってはいけない
…僕がいる
君には絶対に通させない
…ッ!?
噛み付かれ、巡る力に拳を強く握る
―ッどうして、君は…!
…言いたい事は沢山あるけど
敵が、来る
託された力が続く限り
鋼の敵を打ち砕くように剣を振るう
セリオスを絶対に守るという意志と共に
盾となろう
君が望むなら、僕に託すなら
僕は最後まで貫こう
君の、皆の、
…僕の、『理想』を
鹿忍・由紀
◎
好き放題やってくれるね
安全圏からの見物なんてズルくない?
両手を開いて閉じて
どれだけ動きに支障があるかを確認
痛みに苛立ちはあれど口先は軽いまま
コイツらみたいに玩具にされるのは
死んでもごめんだね
冷めた瞳で敵の群れを見据えて
激情のような雨を降らせる
弾かれど折れど欠けど次々に
負傷した猟兵と軍勢を引き離すよう戦場を駆けながら
呑気に休憩してるあのバカが
自分一人でどうにかなる相手じゃないことを分かっているから
少しでも勝率が高くなるよう賭けるだけ
もう待ちくたびれたよ
折角満を持しても肝心の俺達が全滅してたらアンタも肩透かしだろ
口でそう言えどもどんなに傷付いても
生への諦めがよぎることなんて微塵もないのだけれど
●光影、共立つ
地獄のような戦場だった。
救いがない。転げた骸が、至る所で踏み拉かれて泥と混ざり、燃え焦げ渇いて空いた目の虚が、生者を羨むように、奈落の底のような暗い視線を投げかけてくる。
死。死。死。有り触れて溢れきった数多の人間の死の上を、黒い騎士が武器を光らせ迫り来る。
振るわれる剣を、槍を、無我夢中で楯で受けた。火花を散らしながら、金髪の青年は、数多の人間を救った『理想の騎士』は――否。
友を守れず、夜闇に迷う一人の青年、アレクシス・ミラ(――――・f14882)は、声を限りに叫んだ。
「セリオスッ……セリオス!! 死ぬな!! 待ってくれ……行かないでくれ、約束しただろう!? 起きてくれ……頼む、頼むから、」
言葉が切れる。彼は右腕に一人の青年を抱いていた。言うまでもない、セリオス・アリス(青宵の剣・f09573)だ。恐らく、その場で誰よりも重い傷を負っていた男。左腕が、左脚がない。最早立つこともままならず、右胸と千切れ欠けた右脚、そして喪失した左手脚の創傷面から、未だに血を垂れ流している。その身体を右腕一本で支え続けるアレクシスが、余りの軽さに半狂乱になるほどだ。
セリオスを抱えたアレクシスはまさに防戦一方、『生まれながらの光』でセリオスを治療しつつ楯で敵の攻撃を阻むが、攻撃が出来ぬ以上彼らは追い詰められる一方だった。剣を握ってはセリオスを抱えられない。盾を離してはセリオスを守れない。
「くそッ、……邪魔をするなッ!!!」
シールド・バッシュ。楯で黒騎士を殴り飛ばし、飛び退く。敵の数は一向に減らない。防戦に意識を割く必要がある以上、生まれながらの光による治療に全霊を注ぐわけにはいかない。それ故にセリオスは今も、緩やかに死の淵に落ちていく。血が止まらない。
やっと守れるところへ来たのに。彼の命が、アレクシスの手の内側から零れ落ちていく。
「認められるものか……そんなことを、認められるものか!! 頼む……頼むよ、返事を……いつものように、アレスと呼んでくれ、セリオスッ!!!」
熱く濡れかける目を拭うこともままならぬまま、アレクシスは藻掻く。しかし、現実は無情だ。押し寄せる敵は、彼一人では押し返せない。剣を持つ腕はなく、赤暁の光もまた放てぬ。
懸命な奮戦も虚しく、押し寄せる黒騎士達の勢いは止まらぬ。
連理の鳥はそこで果てるが定めかと、まさにそう思われた瞬間であった。
「好き放題やってくれるね。安全圏からの見物なんてズルくない?」
戦争卿を痛罵する涼しげな声が響き、天から刃の雨が降り注いだ。厳密に言えばそれは刃ですらない。真っ黒な黒いダガーを象った『影』だ。しかしその鋭さは本物に引けを取らない。次々と騎士達が貫かれ、十数体が瞬く間に崩れ落ちる。学習した後続が刃を弾きながら一斉に後退した。
「!?」
アレクシスが避けるまでもない。刃の雨はアレクシスとセリオスを、敵と分断するような分布で降り注ぐ。余りに唐突な攻撃。術者をアレクシスが探すその前に、
「退がりなよ。少しの間なら請け負える」
彼の横を低姿勢で男が駆け抜けた。感情の薄い声。揺れるくすんだ金髪の間に蒼い瞳が曳光する。突如として戦場に躍り出たその影は――鹿忍・由紀(余計者・f05760)だ!
由紀は突撃しつつ、両手を開いて閉じる。外傷が筋や腱の動作に支障を及ぼしていないかを確認する。腹立たしいくらいの痛みはあるが、動きに支障なし。
「ッ、済まない!! 少しの間だけ、任せる……!」
「あんまり期待しないでよ。重たい荷物には慣れてないんだ」
背から掛かるアレクシスの声にひらり手を振り、由紀はその両手に影の刃を複製。
ユーベルコード、『影雨』。影の魔力で練って複製した刃を使用し敵をズタズタに引き裂く業だ。その刃の数、雨の名に相応しい。まさに無数。
「――コイツらみたいに玩具にされるのは死んでもごめんだね。ねえ、今何考えて、あんなのの命令を聞いてるの?」
涼しい声での軽口への答えは、無数のクロスボウの矢だった。空気を裂いて襲う矢を、由紀は二刀閃かせて弾き弾き弾き、魔力を燃やして自身の周りに影の刃を侍らせる。一瞬にして二〇〇近い数。
「返事をする能もない、か」
由紀は腕を一閃。冷めた瞳に涼しげな声、なのに由紀が放つ『影雨』の刃嵐は、燃え立つような激情めいた猛威を示す。刃の雨を真っ向から降らせて一〇〇体に届こうかという敵群を圧し、自身に意識を引き付ける。
右肩から左腰にかけての深い刀傷、槍による刺傷に盲管銃創擦過銃創と、由紀とて決して浅からぬ傷を負っている。しかしそれをものともせず――彼は負傷した猟兵達から敵を引き離しては撃滅し、猟兵達が体勢を立て直す一助を担っていたのだ。
理由を聞けば、慈善からではない、と彼は言うだろう。
――呑気に休憩してるあのバカが、自分一人でどうにかなる相手じゃないって分かってるから。少しでも勝率が高くなるよう賭けただけだよ。
そう、涼しい顔をして言うのだろう。だが、事実として、その行動が幾人もの猟兵を救った。
それを誇るでもなく、由紀は征く。
影の刃が弾かれ折られ散らされる、その後ろから、新たな影雨を放ちながら特攻! 刃を弾いて体勢を崩した敵を、陣形から浮いた者を、手にした影の刃で刺し、薙ぎ、斬って駆け抜ける!
由紀が攻撃を引き寄せてくれている間に後方へ退き、アレクシスはセリオスを横たえて、己の光の限りを尽くして彼の身体を癒やした。喪われた左脚を再構築し、左腕の出血を止める。屍蝋めいた色の頬に、徐々にだが血色が戻る。
――先程までは見上げる余裕もなかった空から、かつてアレクシスが、リリアーナ・ヒルと戦った際も感じた、柔らかな光が注いでいる。その光がセリオスの治癒力を賦活しているのだろう。姿こそ見えぬがあの日共闘した聖者を思い出し、アレクシスは心中で礼を言う。
「……目を開けてくれ、セリオスッ!」
「……、ン……、」
長い睫が震えて、果たして、セリオスはその藍色の瞳を開いた。痛みを覚えるのか、顔をしかめて身悶え。二度ほど瞬いて、焦点をアレクシスの顔に絞る。
口を開き、セリオスは、
「……アレス。……守れた、か?」
ただ。開口一番に彼が、騎士の中の騎士で在れたかどうかを問いかけた。
「ッ……ああ、救える命は救った。……守れたよ」
――けれど、君を守れなかった。
そう続くはずだった言葉を、セリオスの血塗れの指先が、アレクシスの唇を押さえて止めた。
「そうか。なら、よかった。……なんて顔してんだよ。俺は確かにちょっとドジ踏んだけどさ。お前のお陰で、ちゃんと生きてるだろ」
「……仕方ないだろう。君が死んでしまうかもと思ったんだ。そうなってもおかしくない傷だった」
笑うセリオスに、心底の安堵を込めてアレクシスは応じる。よほど酷い顔をしていたのか――と、アレクシスが指先で目元を拭うと、その間に、ゆらりとセリオスが立ち上がった。制止する間もない。
「っは。戦いはこれからってか」
「セリオス! まだ治療が終わってない、無理に立ち上がらないでくれ!!」
「俺が全快するほど使ったら、お前が戦えないだろ。……今だって右腕くらいなら動く。走ることだって出来る。充分だ」
ようやく血色が僅かに戻っただけの頬に戦意を乗せ、罅の入った長剣を今一度抜くセリオス。征かせないと、止めるようにアレクシスがその肩を引く。
「駄目だ!! 君は戦ってはいけない! ……僕がいる。今度は、君の前に僕が立てる。それなら――僕の後ろの君にまでは、鼠一匹通させはしない!」
一度守り損ねた時の想いを、身の張り裂けるような思いを、もう二度と味わいたくはない。アレクシスは強く強く言い、それに、と付け加えた。
「まだ、傷がただ塞がっただけだ。安静にしていてくれないか。ここは僕に戦わせてくれ。僕の負うはずだった傷を、全て君が背負ってくれた。――なら、今度は僕が君の代わりに傷つく番だ」
訴えるようなアレクシスの言葉に、セリオスは「ッああ……もう、」と唇を引き結び、剣を収める。
「足手まといになんてなりたかねぇってのに……くそッ。情けねぇ。なら、アレス。……どうしても一人で征くってんなら、」
セリオスは身体を廻して、アレクシスの襟首を強く掴んで引き寄せた。
「ッ?!」
「せめて、俺の力も連れて行けよ。……お前の言うとおり、今だけ、少しだけ、俺はここで休んでるから」
傾ぐアレクシスの首筋に、セリオスの牙が埋まった。息を呑むアレクシスの血を吸い、代わりに力を注ぎ込む。――『羊飼いの祈り』。己が意識の喪失と引き換えに、対象の全能力を増幅する祈りの牙だ。
「ッ――どうして、君はいつもそう
……!!」
奪うのではなく、与える力。アレクシスの四肢に力が漲る。拳を握り締めて、もの言いたげな顔をするアレクシスから身を離し、セリオスは目眩を堪えて立つ。
「これでも、助けてくれた分を返せてもねぇ。説教なら、あとで聴く。二人で生きて帰ってからな」
笑って言ってから、セリオスは、すうっと表情を引き締めた。
「……行けよ、アレス。振り返るな。皆を守る盾に、俺は力を託したんだ」
セリオスの細い腕が、アレクシスの――理想の騎士の背を圧した。
そう言われては、もう進むしかないではないか。
「……わかった。君が望むなら。僕に力を託すなら。僕は最後まで貫こう。君の――皆の、僕の、『理想』を」
手を挙げる。振り翳すと同時にセリオスを守るように『天聖光陣』の光柱が展開!
増幅された彼の力は凄まじい。確たる守りを残して尚余力がある。
背に天使めいた二対の翼を展開し、――彼は。
アレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)は、大きく羽撃き、己が光柱を抜けて飛び立つ!
――迷いなく羽撃くその背を、彩るように天に声、高く響く。
黒歌鳥が歌うのは、『赤星の盟約』。かの騎士の行く道に、輝きのあらんことをと。
闇の中、身体中に焼けるような痛みだけがあった。
全ては遠い彼方のことのようだった。
泥濘のような、死に到る眠りの中。
けれど、遠くに温かな光があった。
惹かれるように向かってさ。
目を開けてみたら、その光は――
お前だったんだ、アレス。
いつだって……お前は、俺の道標なんだよ。
だから飛べ。真っ直ぐに。
理想を貫いて、至高の騎士でいてくれよ。
黒騎士を裂いて貫き、繰り出される槍を残像を残して回避。
「ふ……ッ!」
由紀は残像を魔力で留める。『影朧』。魔力によって構築された残像はそれそのものが鋭利なる刃。突撃させれば数体の騎士をバラせる。なのでそうした。残像を追うように駆け数体を蹴散らし、残像が潰えた瞬間に変拍子で次の敵の懐に潜り込む。
一瞬で拳先に集中した魔力を、発勁めいて黒騎士の身体に叩き込んだ。『壊絶』。圧縮された魔力が爆ぜ、黒騎士は鎧ごと五体四散。己が戦闘技能をフルに使い、由紀は黒騎士の群を殺して、殺して、殺して、殺し続けた。
しかして傷が増える。周囲全方向が敵。孤立無援となれば、如何に彼とていつまでも戦い続けることは出来ない。
血の味のする咳をつき、由紀は動きを止めず黒騎士の相手をしながら、静かに嘯いた。
「もう待ちくたびれたよ、戦争卿。折角満を持したところで、肝心の俺達が全滅してたらアンタも肩透かしだろ。そろそろ出てきたらどうだい」
死ぬ気はない。まだまだ倒し続けてやる。その想いを胸の内で燃やしたままに戦争卿に対し挑発を零す。
「――そうだ!! 貴様には報いを受けてもらうッ!! 僕達の怒りを――死せる人々の無念を嗤ったこと、必ず後悔させてやるぞ、戦争卿ッ!!!」
由紀の声を継ぐように、空から声が降り注いだ。由紀が上を伺う前に、彗星の如く落ち来た騎士が、低空を滑空しながら右手の剛剣で五体ほどを薙ぎ払い、地を踵で削りながら滑り着地。――アレクシスである!
「友達はもういいの?」
「ああ。守りを固めてきた。済まなかった、ここからは僕も加勢する!」
「助かる。一人だといい加減しんどくてね」
さっぱりとした調子で応じながら、いつもと同じ無表情で由紀は腕を一閃。
殺劇の影刃、『影雨』が再起動。自信の周囲に無数の影のダガーを浮かべ、今一度前傾姿勢を取る!
「――じゃ、やろうか。背中は任せるよ」
「ああ!」
騎士と影は、背を預け合い同時に反対に駆けた。
光の剣と影の刃が、黒騎士達を貫き裂いて吹き荒れる――!!
◆鹿忍・由紀
承前の負傷に加え、右上腕、左大腿、右脹ら脛に剣による刃傷。
全身に疎らに、獣牙による咬傷。失血が激しい。
◆アレクシス・ミラ
力を託され、未だ万全である。
◆セリオス・アリス
左腹側部、右前腕の骨折、左脚の欠損が回復。
残る負傷は承前の状態。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
セフィリカ・ランブレイ
◎
「シェル姉、時間稼ぎにしちゃヤバい相手だね。気合い入れよ!」
《あんたも、無茶すんじゃないわよ》
相棒の魔剣と軽口
《赤杖の魔女》を呼ぶ
悪魔を核とし、極高温低温まで熱量を操作する殲滅用ゴーレム
長所は圧倒的な攻撃力
短所は…攻撃間隔の大きさ
魔剣は憂う
この使い手は天才だ
だが天才過ぎて、傷に慣れていない
限界は来る。その時は強制離脱させようと秘かに誓う
「……平気だよ。怒りのが強い。侵略って、酷いね。そんな事に明け暮れる国のお姫様としてはさ……せめて一回ぐらい、止めたいんだ」
手持ちのゴーレムが無くなっても、まだ相棒がこの手にある
残念だけど、私達より強いゴーレムは作れていないのだから
だから、ここから、だ!
●蒼剣姫、翔ぶ
黒金の繭をバックに居並ぶ黒騎士達は、最早命なき傀儡。しかし生きていた時の記憶を未だ受け継いだかのように、彼らの動きは鋭く――往時の実力を偲ばせる。
かつては彼らも名のある騎士だったのだろう。セフィリカ・ランブレイ(蒼剣姫・f00633)にはそれが解る。己が国を守る騎士らも、彼らのように精強だった。如何にして戦争卿の配下となるに至ったか明らかにはならなかったが、実力だけははっきりと見て取る事ができたのだ。
「時間稼ぎにしちゃヤバい相手だね。気合い入れよ、シェル姉!」
《無茶すんじゃないわよ。周りをしっかり見なさい。――嫌なにおいがするわ。相手にはまだ仕込みがある》
虚空に呼びかけたかのようなセフィリカの声に応える、アンニュイな声があった。――意志持つ魔剣『シェルファ』が応じたのだ。
うなずき一つ、セフィリカは魔剣を一閃する。空間が斬り開かれ、中から軋むような駆動音が響いた。
「七虹の一、最大の猛火。朱く燃え出でよ、――『赤杖の魔女』よ!!」
ごお、おおお、おおおぅん……!!
セフィリカが開いたのは『次元格納庫』への扉。その裡より踏み出すのは『赤杖の魔女』――フェイムツェール! それは悪魔を核とし、極高温低温まで熱量を操作する殲滅用ゴーレム。彼女が保有するゴーレムの中で最大の出力を持つそれが、両腕に炎を纏って唸り、黒騎士の群へと飛び込んだ。
フェイムツェールは右腕をバックスイング。ラリアット気味に、無造作に振った右腕が、纏う余りの熱量で炎の竜巻を巻き起こす。腕が直撃した黒騎士は千切れ燃えて吹き飛び、巻き込まれた者もまた炎に燃えて悶え転がりまわる。なんと圧倒的な攻撃力か。触れさえせずに十数騎を屠るとは!
――だがしかし、フェイムツェールは万能ではない。高い出力の代償は手数の少なさだ。二打目を放つまでの溜めが大きい。黒騎士達は即座にそれを看破し、第二打が放たれる前にフェイムツェールに向けて殺到した。獣に変形した黒騎士らが食いつき、熊に姿を変えた者が真正面から組み付き、動きを封ずる。
「――凍り付けッ
……!!」
セフィリカの命令に従い、フェイムツェールは自身の周りの温度を極低温まで下げ、自身に纏わり付く獣たちを凍結させる。しかし凍り付いた騎士達は決してそのまま離れようとはせず、後続が次々と襲いかかってフェイムツェールの装甲を削る。赤杖の魔女は万能にあらず。その外殻に罅が入り、動きが鈍る。長くは保たない。
それどころか、フェイムツェールを蹂躙する騎士達の内数体がセフィリカに狙いを変じた。身体を波打たせ数体の狼が疾駆、牙光らせて襲い来る。
《セリカ!》
「わかってるっ……!」
セフィリカは魔剣を構え、短く息を吸った。
超高出力の魔導ゴーレムを従えつつも、彼女の本領は白兵戦だ。手持ちのゴーレムが封じられようとも、魔剣がその手にある限りセフィリカが諦める事はない。
蒼剣姫疾る。魔力により空中にリアルタイムに足場を固め、それを蹴り渡る事でジグザグに機動。フェイント混じりに飛びかかる敵の、さらにその裏を掻いて飛び込み、
「はあああっ!!」
魔剣一閃!! 狼の喉笛を裂き、心臓を突き通し、開いた顎から尾までを開きにするように斬り裂くッ!!
しかし敵もやられっ放しではない。空から飛び来た鉄騎竜が、黒のブレスを吐いた。
ぎゃりりりっ!! 空気を軋ますその黒息は、無数の小鉄棘を高速で吐出する事によるもの! 一棘一棘は微細だが、重なれば肉を裂き目を潰す恐ろしい吐息だ。
「く、うっ!!」
セフィリカは目を庇いつつ、魔力壁を蹴り飛ばして逃れる。逃れた先に回り込んだ数体の鉄竜が、ここぞとばかりに爪を振るった。
「~~~~っ!!」
身を捩るも、間に合わぬ。
セフィリカの右の肩口が、左の脇腹と大腿が裂けた。心臓を穿ちに来た爪だけは魔剣で受けた。撃力が身体を圧す。セフィリカはそのまま背中から地面に叩き付けられた。息が詰まる。それでも身体だけは動いた。受身を取り飛び退き、刃を構え直す。
《セリカ、大丈夫?!》
「……平気、だよ」
咳混じりに魔剣に応えるセフィリカ。
魔剣は憂う。彼女の危うさを。
この使い手は天才だ。しかしそれ故に、折れた事がない。傷に慣れていない。身を濡らす血の温度を知らぬ。
魔剣の軫憂をよそに、美姫は続けた。
「……痛みより、怒りのが強い。侵略って、酷いね。こんな奴らが民を踏み躙ったんだ。そんな事に明け暮れる国のお姫様としてはさ……せめて一回ぐらい、止めたいじゃない」
視界の端で、フェイムツェールが崩壊し倒れる。敵の群がセフィリカのみを睨む。
しかし彼女の剣はまだ折れていない。腕も脚もまだ動く。
「――だから、ここからだ。征くよシェル姉っ!!」
セフィリカは吼えた。魔剣に魔力を注ぎ込み、血を流しなお猛る!!
◆セフィリカ・ランブレイ
本戦闘中は魔導ゴーレム『フェイムツェール』を喪失。
全身に鉄棘による刺傷・擦過傷、爪による鉤裂きの痕が右肩部、左腹側部、左大腿部にそれぞれ一つずつ。
成功
🔵🔵🔴
ユーゴ・アッシュフィールド
◎
【リリヤ(f10892)】と
ハァ、手痛くやられてしまったな
とんでもない化物が居たもんだ
リリヤ、その足では動けないだろ
とにかくお前自身の回復と可能な限り多くの味方の回復を頼む
それとシルフを預けておく、こいつの風に唄を乗せてくれ
……支障がないとは言わないが右腕だけは動くな
とりあえずしばらくはリリヤの死守だ
今のままでは黒騎士を抜けて繭に辿り着く事はできないだろう
お前も出てこい、ナイアス
黒騎士を止めるには、どうしてもお前が必要だ
魔力ならいくらでも食っていい、だから水の加護をよこせ
最小限の動きでカウンターを狙いたいんだ
これ以上ダメージを貰うと不味いからな
リリヤ、お互いに動けるようになったら繭に向かうぞ
リリヤ・ベル
◎
【ユーゴさま(f10891)】と
痛い。熱い。どこが痛むか、もうわかりません。……けれど。
動けずとも、声は出ます。手も動きます。
深く息を吸って、吐いて。
わたくしはレディですもの。ちゃんとできます。
はい、ユーゴさま。
おまかせください。
弓を預かり、もう一度深呼吸。
うたを遠くまで届けるように。
だれもが征くと決めて来たのです。
ほんのすこしずつをかさねて、違う未来を手繰るために。
このうたは、再起のうた。
……、わたくしの、うたには。共感が必要なのです。
だからこそ、わたくしを信じられないわたくしの傷は、治りが遅い。
ユーゴさまにはないしょです。
これ以上、無理はさせられませんもの。
――ユーゴさま。ゆきましょう。
●たたかうあなたへ、ただとどけ
痛い。熱い。夢うつつ、朧に霞む意識。全身の無数の刃傷が、立つのを止めろと訴えてくる。
どこが痛いのか、もうよく分からない。全身がくまなく痛くて、まるで刃と器に入れられて、シェイクされた後のようだ。血が流れ出ていく。寒い。指先が悴むように冷たい。
けれど。
「――ハ。手痛くやられてしまったな。とんでもない化物が居たもんだ」
霞む視界の中に、変わらずその背がある。ああ、だらりと垂れ下がった左腕。最早動かないのだろう、血に塗れて痛ましい。それ以外にも傷は尽きず、だらだらと血を垂れ流し続ける男が、しかしそれでも自分の前に立っている。
敵の騎士を阻むべく、後ろに通さぬと謳うように。嗚呼、その背の後ろをカンパニュラは跳ねる。昨日も、今日も、きっと明日も。
「リリヤ。歌は使えるか」
男は――ユーゴ・アッシュフィールド(灰の腕・f10891)は、肩越しに振り返り、いっそ素っ気ないほどの口調で言った。その瞳の裡に籠もる確かな信頼の色を汲み取り、
「――はい。おのぞみのままに」
リリヤ・ベル(祝福の鐘・f10892)もまた確かな声で応えた。息を吸う。全身をくまなく刻んだ刃傷の中で、特に大きいのが三箇所。右脚と、左腹、右肩。まともに歩けないほどの重傷。呼吸の度に動く腹と肩が、気の遠くなるような激痛で脳を刺す。それを堪え、リリヤは深く息を吸って、吐く。
「わたくしはレディですもの。なんなりとお申しつけください」
「『悪い』レディだろう。その脚では動けないだろ、とにかくお前自身の回復と可能な限り多くの味方の回復を頼む。――シルフを預けておく。無茶はするなよ」
軽口混じりに言うユーゴ。差し出される弓を受け取り、リリヤは目を和ませて笑う。
「ふふ。はい、ユーゴさま、おまかせください。ちゃあんとこなしてみせましょう」
「頼りにしている。シルフの使い方は解るな?」
「はい。こえは、空気のふるえですもの」
歌を風に乗せる。戦場の全域まで、シルフの風をアンプにして歌を届けようというのだ。満点の回答に、僅か口元に笑みを引っ掛け、ユーゴは前を向き直った。
ユーゴとリリヤに的を絞った数十騎の騎士が押し寄せてくる。戦場に自ら突っ込むまでもなくこの数が寄せるのだ。打って出た猟兵達を押し包む鉄騎の数は一体何騎か。
ユーゴは右手に握ったルーンソード『灰殻』を鋭く振り、真っ向、迫る黒騎士らを睨み付けた。
「征ってくる。一騎も通さん」
「どうか、ごぶじで」
背を向けたままのユーゴの、括った後ろ髪が頷きに揺れた。――同時に疾駆。駆け出すユーゴを見ながら、リリヤは痛みを圧して息を吸う。常人ならば最早立っても居られないであろう激痛を押し殺し、それでもなお、彼女は歌を歌うのだ。
握りしめた弓『シルフ』が風を渦巻かせ、穹まで届けと彼女の声を広げる。リリヤの翠緑の眼が見つめる先で、ユーゴの剣と黒騎士の剣がぶつかり合い、火花を散らした。
剣が跳ねる。ユーゴは片腕で、黒騎士達と真っ向から打ち合った。敵に押されるが、尚踏みとどまる。一人とて抜けさせぬと激しく剣を振るい回るのは、後ろのリリヤを守るためだろう。
喉から絞る声が、震える。恐れは消えない。ブレスは乱れ、フレージングが揺れる。常のようにはとても歌えない。けれど、小さなおおかみは、ああ、獅子奮迅と戦うユーゴの姿を写し取るように、鳴り渡る声で希望を歌った。戦争卿がもたらした絶望と、傷と血、黒き死の蔓延る、赤黒の戦場のただなかで。
遠くまで。遠くまで届けと、澄んだ硝子のベルめいてソプラノを響かせる。
このうたは、再起のうた。
――誰もがこの絶望的な戦場に、己の意思で、征くと決めて参じたのだ。
己に出来ることなど何もないかも知れないと、そう知りながら。誰も助けられないかも知れない、取り戻せないほどに傷つくかも知れないと知りながら。この絶望と死の渦の底で、それでも己に出来ることを探し、その力を重ねて重ねて、違う未来を手繰り引き寄せるために、猟兵達は来たのだ。
グリモア猟兵は訊いた。
この戦いはきみたちに、何一つの利益ももたらさない。
傷つき、苦しみ、地に這いずり、泥と血に塗れるやも知れぬ。
『それでも君は征くというのか』と。
そうとも。それでも征くのだ。
――それが、未来を変えるただ一つの方法ならば!
リリヤは殺陣を演じるユーゴの背中を見つめて、決して倒れぬ、かつての騎士の姿を支えとして歌う。
――とどいて。どうか、とどいて。
――あきらめぬ全てのひとに。
――いまいちど立つ力を、つるぎとる勇気を。
人狼の少女が紡ぐその歌声が、共感する全ての猟兵達の傷を癒やしていく……!
奇蹟引き起こすその只中で、リリヤは最後まで口にしない。
彼女の唄には共感が必要だ。この切なる想いを共有出来なければ傷は癒えない。
――だからこそ、自分自身を信じられぬリリヤの傷は治りが遅い。
これは、最後の内緒話。ユーゴには明かせない。
知ってしまったら彼はきっと……
身を削って、リリヤを助けようとするのだろうから。
感覚のない右手のしびれが、雪解けのように薄れる。
リリヤが歌う再起の詩――『シンフォニック・キュア』による癒やしが、ユーゴの背を押す。
多数を相手にし、共感したものを治療するユーベルコードだ。無論のことユーゴにも効果を発揮する。即座に傷が全快とは無論行かないが、活力が湧いてくるのを感じる。
――他の猟兵にもこれは作用するだろう。全体の戦力を維持し、個々の力を底上げすることで、この劣勢を覆すべきだ。
ユーゴは即座に戦術判断を下し、精霊を呼ばわった。
「来い、ナイアス。魔力ならいくらでもくれてやる。水の加護をよこせ。――お前の力がどうしても必要なんだ」
纏う外套に、静かな声でユーゴは呼びかけた。四半秒、ユーゴが剣打ち合って埋める沈黙のあと、青灰の燐光が外套から漏れ――やれやれ、とでも言いたげな遅さで、ユーゴの身体をぼんやりとした蒼い光が包み込んだ。
「よし」
是とする声をユーゴが発するなり黒騎士が刃を振り下ろし、ユーゴの額を割ろうと狙う。――ユーゴは、恐れることなく前に踏み込んだ。右腕一本でかざした灰殻が敵の刃の腹を受けた瞬間、――まるで水が伝うかのように滑らかに、黒騎士の刃が受け流される。
そのままユーゴは腕を払いながら身体を廻した。身体の力と腕の撓りが合一し、翻った刃が黒騎士の首を刎ねる。
――水の加護。彼の外套に加護を齎す精霊『ナイアス』がユーゴに力をもたらしている。剛たるユーゴの剣に、さらに水の柔軟性を付与するエンチャントである。
水は如何様にでも形を変え、柔らかく流すことも烈しく打つことも出来る。最小限の動きにして、最大限の反撃――無駄に使える力など一つとてない、この瞬間にこそ活かされる力だ。
その守り、千変万化にして自由自在。騎士達の技にて貫くに能わず……!
絶技を前に蹈鞴を踏み、踏みとどまる騎士達に、ユーゴは涼しい口調で言った。
「これ以上喰らってやるわけにも行かないんでな。悪いが、使えるものは全て使わせてもらう」
歌声高まる中、剣を差し向ける。
二人並んで、あの戦争卿の悪辣を叩き潰しに行くために。
全ての猟兵が揃って、決戦に望むために。
ユーゴは剣を構え、リリヤは声を張る。
――征くぞ。リリヤ。
――ええ。ゆきましょう、ユーゴさま。
片腕の騎士が爆ぜ駆けた。鳴り渡る、狼の仔の祈り唄を背に。
◆ユーゴ・アッシュフィールド
承前の負傷より、右腹側部の刺傷、及び右上腕部の刃傷が治癒。
カウンター先頭に用いる部分が優先して快癒した。その他の傷は未だ埋まらない。
◆リリヤ・ベル
承前の負傷より、右大腿部が歩ける程度に回復した。
彼女の唄は、彼女には優しくない。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
第3章 ボス戦
『憤激魔竜イラース』
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POW : 燃えろ
【レベルの二乗m半径内全てを焼き尽くす炎】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
SPD : 燃えろ
【レベルの二乗m半径内全てを焼き尽くす炎】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
WIZ : 燃えろ
【レベルの二乗m半径内全てを焼き尽くす炎】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴
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●追憶
幾つもの銃声があった。
身を裂き砕く、幾つもの砲弾が、銃弾があった。
天まで届くような銃の塔を築き撃てば、女はその塔を獣めいて駆け上がり、不可視の銃弾と無数の銃身で我の命を狙った。
我達は、飽くことなく殺し合った。
……いや、この表現はおかしいか。我達は共に飽いていた。
ただ単純に、それしかやることがなかったのだ。
「アッハハハ! 飽きたねこりゃ、飽きたよ! 飽き飽きだ、ウォーデン!」
あいつは言った。この上なく陽気に、ただ諦念の滲んだ声で。
「アタシらが殺りあったって面白くないんだ。だってアタシもアンタも、結局の所死ぬのが怖くないだろう? アタシらの戦いにはね、足りないものがあるんだよ」
――足りないものとは?
完全にして、永遠を生きる、我達に足りないものとはなんだ?
「いいかいウォーデン。完全ってのは、満ち足りちまってるって事なんだ。足りないもんがない」
古ぼけた猟銃を下ろしながら、その女は天を仰いで、紙煙草を咥えて火をつけた。不要なものを愛する、変な女だった。今でも覚えている。
その女は、名前をディアナと言った。我楽多を愛する女だった。
「矛盾しているぞ吸血猟鬼。足りないものがない我達に、何が足りないという。さては貴様、生きながら脳が腐ったのではあるまいな。余りに使わなかったためならば、憐れみの言葉の一つもくれてやるが」
「息するみたいにケンカ売るのやめな色男。アンタはもうちょっと、罵倒と皮肉以外の言葉を覚えるべきだね。――まぁいいや。あんたが今言ったとおりなんだよ、ウォーデン。もう一回言ってご覧、最初から」
「……足りないものがない我達に、何が足りないという?」
「あったじゃないか。足りないものが」
「……?」
最初、何を言わんとしているのかが解らなかった。
女の酔狂は今に始まったことではなかったからだ。
「――足りてるんだよ。アタシ達は。たぶん、このまま永遠に生きていける。完成されてるんだ。『足りない』という思いが、亡い」
「……、」
虚を衝かれて黙り込んだ、その沈黙にディアナはずけずけとねじ込んだ。
「足りないと思わないから、アタシ達は今以上になろうと思わない。だって一度終わってるからね。死んだときにアタシらの存在限界はそこだったと定められてる。――そしてアタシらは、強かった。自分の得意で戦う限りは、神様だってねじ伏せて、せせら笑ってブチ殺してやると思ってた。アンタもそうだろ。だってアタシらは、そう信じながら死んだんだ」
「……」
反論が出来なかった。
ディアナの笑みは、割れた硝子めいて脆く尖って見えた。
「それに気付いたからって、じゃあどうすればいいなんてアタシはアンタに教えてやれないよ。だってアタシだってわかんないんだ。脆いだけの人間なんて狩り飽きた。締め上げて苦しみを見るのも飽きた。アタシらには、神様だって殺せる性能があるのに――抵抗もしない虫ケラに、弾ブチ込んだって虚しいだけ。ねぇ、ウォーデン。今のアタシらに必要なのはさ、」
「命を懸けるに値する、いのちのある敵なんじゃないのかい」
ああ、
嗚呼、嗚呼、嗚呼!!
お前達を待ち侘びていた!!
虚無を抱いて嗤う寂しいあの女が、『猟兵』に殺されたと聞いたあの瞬間から!!
なあ、お前達はあの女とどう戦ったんだ。
そのちっぽけな命で、あの手強い女をどう殺したんだ!
語らなくてもいい。その時と同じでなくても構わない!!
燃やせ、燃やしてくれ。限りある命を、血潮を、焼べて炎を成してくれ。
その熱がきっとこたえなのだ。
この薄ら寒い夜の中、或いはとこしえに生きるはずだったこの生の。
最後の解なのだ!!!
足りない命で藻掻き。
到底、殺せぬような命を、燃える一瞬の輝きで灼き斬る。
その目映さを、目を瞠らんばかりの輝きを、
我は、ただ、異界の炎で踏み躙りたい。
そうとも尊いだろう、巨悪を渾身の力で断ち切る、定命の正義は。
だからそれをくしゃくしゃに踏ませてくれ。嗤わせてくれ。
お前達は此処に来てしまった。この、ブラッド・ウォーデンの前に立ってしまったのだから!!!
猟兵達が決死の覚悟で騎士を蹴散らし、前進するその前で。
黒鉄の繭が割れた。真一文字に罅が入る。
ごごり、ごごり、まるで身悶えるように繭が動く。
薄気味悪く大地が揺れた。
あの、巫山戯たサイズの繭の内側で、動いた何かが揺らしたのか。
だとしたら、それは一体何だ。
戦争卿は人間と大差ないサイズだったはずだ。
猟兵達の疑問をよそに、集まった彼らの視線の先で、
黒鉄の繭が弾け飛んだ。まるで、膨れ上がった何かが、
繭を内側から引き裂いたように。
破片を散らし、飛び出した何かが羽撃いた。
ダークセイヴァーの巨大な月をすっぽりと隠して、
それは猟兵達を見下ろした。
翼幅一五〇メートルはくだらない。全高、恐らく一〇〇メートル超。
鎧めいた外皮と乱杭の牙、
燻るような漆黒の瘴気が、関節部よりブスブスと漏れ出る。
――余りに巨大な、漆黒の竜だった。
龍脈接続、異界顕式。
己が全てを捧げようとも構わないと、謳った男の成れの果て。
遍く世界を、事物を呪い、闘争を全てとした男は、
いま、世界を燃やすもの、憤激の魔竜となって猟兵らの前に君臨する。
あんなものを殺せるのか?
傷ついた身体で。折れた武器で。
少しでも恐れれば、怖じければ、
あの威容は、そこから心を折りに来るだろう。
――いずれにせよ、きみたちにもう退路はないのだ。
剣を持て。
今、最後の悪意が襲い来る。
Chapter / 3
そして絶望が来る
●竜殺し
『ク、ククク、ククク、ハハハハハハ!!! 嗚呼、猟兵!! オ前達ヲ待チ侘ワビタ!! オオ、モウ声モ、我ガ思考モ――消エルダロウ、ガ、意思ハ……消エン、闘争ヲ、闘争ヲ、全霊ノ戦争ヲ演ジヨウ――……ディアナヲ……、アノ吸血猟鬼ヲ……屠ッタ牙ノ煌メキヲ……コノ竜ノ身ニ……余、サズ、刻ミ込ンデ……見セルガイイ!!』
ノイズ混じりの声が戦場に鳴り渡り――そして竜が吼えた。
それは言うなれば、火焔の咆哮であった。燃えろ、という意思だけがあった。
爆轟。
咆哮に乗った炎の息吹が、地表に付くなり炸裂し、繭を守っていた黒騎士の群を、もう必要のない玩具だとでもいうように吹き飛ばした。瓦礫が吹き飛び、地が捲れ上がり、爆発の音圧が鼓膜を裂かんばかり。
ただの火焔の放射ではない。『質量のある火焔を』『叩きつけて炸裂させた』ような――言葉を失うほどの、圧倒的な威力であった。
何気なく、ただ声に炎を乗せただけでその破壊力。況んや、戦闘に入ればその恐ろしさは比較になるまい。ず、ずうん、と音を立てて竜は降り立ち、黒騎士達の残骸を蹴り散らした。
ぎしりと牙を剥き出して、竜が嗤う。嘲笑う。
それは、堅く、大きく、強く、おそろしいものだった。
脅威という言葉の具現。恐怖と死の顕現といっても構うまい。
――だが、空にアヴァロマリア・イーシュヴァリエが浮かべた光が。
風に、リリヤ・ベルが高らかに歌い上げる聲が乗り、猟兵達に届く。
いずれも満身創痍の猟兵達が、最後の一歩を踏み出すための力を、歌と光が補う。
武器を握る。震える脚を叱咤する。竜を睨む。猟兵達が取った所作はそれぞれ、しかしその瞳より光を失った者は、未だこの場には存在せぬ!
竜殺しは、英雄の仕事だ。
作戦、最終フェーズに移行。
敵対象、戦争卿・異界顕式。――憤激魔竜『イラース』!!
戦闘開始。グッドラック、イェーガー!!
≫≫≫≫≫MISSION UPDATED.≪≪≪≪≪
【Summary】
◆作戦達成目標
憤激魔竜『イラース』の撃破
◆敵対象
憤激魔竜『イラース』×1
◆敵詳細
戦争卿が龍脈の力を用いて、伝承にある異界の『竜』をこの地に降ろし、己を核として世界に固定した姿。戦争卿としての意識は既になく、視界に入った全てのものを、踏み潰し、叩き潰し、焼き尽くし、嘲笑う――ただそれだけの機構。
奇しくもそれは、闘争を愛する戦争卿の真の姿めいていた。
◆戦場詳細
村の跡。
一面の焼け野原、焦土、瓦礫。
足場はよくないが、猟兵達ならば駆け抜けるのに不自由はするまい。
◆補遺
アヴァロマリア・イーシュヴァリエとリリヤ・ベルが広範囲にもたらした回復が、猟兵らの傷の一部を癒やしている。
猟兵達は負傷のうち一箇所を回復する、または技の発露に必要なだけ、魔力・気力・体力を回復の上戦闘に挑むことが出来る。
◆プレイング受付開始日時
本断章上梓と同時
◆プレイング受付終了日時
2020/04/17 23:59:59
◆執筆開始日
2020/04/12
アヴァロマリア・イーシュヴァリエ
大きい、ね。それに、すごく強そう。
でもね、宇宙には、もっとずーっと大きい怪物はいっぱい居るよ。
強い敵だって、銀河皇帝や大魔王、神様だって居たわ。
此処に居る猟兵のみんなはその全部に勝った、すっごく強い人たちなんだから!
だから、あなたなんか全然怖くない。みんな、あなたなんかに絶対負けない!
限界まで光を放ち続けて今にも倒れる寸前。だがそれで構わない。ただ一度、あと一度だけ奇跡を起こす時間さえあれば、大勢の仲間達が勝利を掴み取るという確信があるから。
栄光は地に満てり。命の光届く限り、戦う者たちへ聖者の祝福を。
●涯ての光と共に征け
「大きい、ね。それに、すごく強そう」
アヴァロマリア・イーシュヴァリエ(涯てに輝く・f13378)は、身体に突き刺さった矢傷を癒やすこともないままに竜の巨体を見上げた。
戦争卿――と、呼ぶことすら最早不適であろう。かの竜、憤激魔竜『イラース』の巨体と比べれば、アヴァロマリアの身体の何と小さいことか。けれど彼女は怖じることなく言う。
「――でもね、宇宙には、もっとずーっと大きい怪物はいっぱい居るよ。強い敵だって、銀河皇帝や大魔王、神様だって居たわ」
アヴァロマリアを支えるのは、『経験』である。
この憤激の魔竜が如何に強く、おそろしいものだったとしても。猟兵達にはここに到るまで戦ってきた、その経験と蓄積がある。
戦ってきた。ありとあらゆる攻撃を無効化し、先を読んだかのように猟兵達の得意を叩き潰して、自身の最大火力を叩き込んでくる強大なオブリビオン達と。
銀河皇帝、リスアット・スターゲイザー。
花の園の女帝、ドン・フリーダム。
第六天魔王、織田・信長。
終焉兵器の主、クライング・ジェネシス。
禍々しき災禍の主にして大魔王、ウームー・ダブルートゥ。
あらゆる世界において最強にして最大のオブリビオン――オブリビオン・フォーミュラと対峙し、生き延びた経験が、アヴァロマリアの脚を支えている。
「此処に居る猟兵のみんなはその全部に勝った、すっごく強い人たちなんだから! だから、あなたなんか全然怖くない。みんな、あなたなんかに絶対負けない!」
ごぉぅ、ああああああアアッ!!
竜が吼える。凄まじい威力の火球が放たれた。アヴァロマリアは力一杯に飛び退いて回避を試みるが、地に触れた瞬間、火球は凄まじい火焔を周囲に撒き散らし炸裂。地面にクレーターを穿ち、爆風と延焼でアヴァロマリアの全身を焼け爛れさせ吹き飛ばす。背中から焼け残った木に叩きつけられアヴァロマリアは息を詰める。
あの竜にしてみれば、この火球さえ児戯に等しい一打なのであろう。――あの竜からすれば、そうともいかにも、矮小な存在なのかも知れない。如何に猟兵といえど。
アヴァロマリアは木にもたれてずるずると沈み込みそうになる身体を支える。大丈夫。まだ少しだけ動ける。
――風に乗って届いた、あの再起のうたが、アヴァロマリアの膝を支えている。
「負けない。絶対に負けたりなんてしない。――皆、受け取って、マリアの光を。きっと長くは続かない。でも、マリアは、皆を照らしたいの!」
最早治癒するために放ったあの光で、アヴァロマリアはキャパシティを遙かに超えた力の放出を経ている。本来ならばもう倒れてしかるべき所を、リリヤの歌に支えられて立っているだけの状況。これ以上の力の行使は、最早その命をも危険にさらすやも知れぬ。
だがそれでも構わない。
ただ一度だけ、後一度だけ。光を、皆に届くように光を。
アヴァロマリアは地を蹴り、高く浮いた。胸に手を当て、己の中に残った光を燃やす。
この奇蹟は、皆のために。きっとこの光が、この場全ての猟兵の勝利を支えると信じている。
一分もすれば意識は潰え、彼女は落ちるだろう。
然れど――『栄光は地に満てり』。
命の光届く限り、戦う者たちへ聖者の祝福を!
アヴァロマリアの小さな身体から光が迸り、その場の猟兵らを遍く照らした。
その光は奇跡を起こす光。大量の猟兵に力を分け与えた故に、効果時間はほんの僅か。――だが、決して無意味ではない。
全ての猟兵が、身体の軽さを感じた。己の使う武器が、力が、確かに賦活されているのを感じる。ほんの一瞬であろうとも、託された力の重みだけは、ああ、皆正しく理解している。
「進んで――戦って、皆。マリアの光を背に。勝利を、その手に!!」
焼け爛れた全身で少女は叫ぶ。
光を背に、猟兵達は今まさに邪竜へと戦いを挑む!
成功
🔵🔵🔴
イラースの竜麟が、変形して全方位へ砲門として伸びる。
猟兵達がいかなる方向から襲いかかろうと、即座に応じて砲門を生成、火炎弾を撒き散らし鏖殺せしめるようデザインされている。
それは、イラース本来の能力に、戦争卿の性質が掛け合わされて発生した形質であろう。
奴の口を塞ぐだけでは砲撃は止まぬ。
「構わねぇ」
「口を塞ぐだけで足りねェなら――」
「その全身を砕いて、」
「地獄に叩き返すだけよ
……!!」
満ちた光に包まれて、猟兵達は己が武器を構え、憤激の魔竜目掛けて襲いかかる――!
イージー・ブロークンハート
◎
真の姿は骨まで透ける硝子人形。色はお情け程度。剣と同じく、いくらでも蘇る、不滅の身――相性、最、悪ッ。
硝子になれば出血は止まる。治癒のお陰で足も動く。
やることは、ただ一つ。
前へ。
なるべく見切って避けつつ素早く行きたいけど相手が範囲じゃどうかな。焼かれる、膝をつく、蘇る、吹き飛ぶ、崩れる、戻り、膝を屈して、でも、立ち上がる、何度も。硝子になっても痛覚はある。狂いそうだ。いや狂ってるかもしれん。間違いなく寿命も削れてる。
征く。それでも征く。みっともなくても。相手の魂が残っていなくても。求める戦士と違うだろうけど。
何度でも立ち上がる。
斬る――あいつを討ってやるために。
付き合ってやると、決めたのだ。
●ラストレター
「ッハ……何だよ、あれ。デケぇ。デカすぎんだろ」
男は笑った。笑うしかなかった、と言ってもいい。
硝子の剣一つで、あんな化物にどう立ち向かえというのだろう。敵の攻撃範囲はおそろしく広く、剣を割って吹き荒れさせたところで届くかどうかも解らない。いや、あの鋼鉄の外皮を、竜麟を、突破し得ない可能性すらある。
男は真の姿を晒していた。骨まで透けた、薄色の、それこそいるかいないかも解らないかのように透けた硝子の人型。左腕がない。彼の名は――イージー・ブロークンハート(硝子剣士・f24563)。この姿となった彼は、剣と同じく割れても何度でも蘇る不滅の身だ。
――だが、それが何だというのだ。あの規模の制圧攻撃を繰り返す敵相手に、再生能力を得て、それで何が変わる? 殺される回数が変わるだけではないのか。
「相性、最ッ……悪ッ」
だから笑うしかなかったのだ。でも……、
リリヤとアヴァロマリアが施した治癒が、彼の脚を今一度万全の状態に戻している。そのほかの傷はそのままだ。けど、脚が動く。
硝子となった瞬間に、巡る血すらも硝子となったが故に、出血自体は止まっている。走ってももうこれ以上漏れ出ることはない。
――なら。やるべき事はたった一つだ。
前へ。
イージーは身を縮め、一瞬後、弾けるように――爆発的に駆けだした。憤激魔竜がその小さな、硝子の人形を見とがめた。口が開く。咥内が赤熱する。
ご、おあああうっ!!
咆哮! 鼓膜が疼く轟音と同時に吐出されるは、散弾めいた無数の火球!!
降り注いだ炎の雨が、イージーを猛撃した。爆ぜる、爆ぜる、爆ぜる。何という威力か。一発一発が手榴弾めいて地面を抉り爆ぜさせ、広がる火焔はまさに地獄の業火だ。今の一陣だけで、イージーだけではない、周囲で並列して攻撃を仕掛けようとしていた十数名の猟兵達が牽制され攻撃範囲より逃れる。そのレベルの火力だ。
イージーは、火球の間を縫った。炸裂する順を見切り、ジグザグに駆けて、火球の直撃と延焼の側撃を可能な限り避けた。だが、『順』が解れど、『同時に』幾つか炸裂するものを、二足で駆ける身では避けること叶わぬ。
爆裂。サイドで炸裂した二発動時の散弾着弾に巻き込まれ、イージーの身体は両側から爆圧に圧し潰されて拉げ砕けた。
「っあ”、……あ”あ”ぁああ”
……!!!」
爆圧だけではない。熱が来る。地獄の全てすらも焼き尽くすであろう焦熱がイージーを包み込む。生まれてきたことを後悔するような苦痛。
だが、硝子の身体は未だ滅びない。砕けた隙間が液体めいて埋まり、イージーの形を取り戻そうとする。
そこに容赦なく、狙い澄ました狙撃砲めいた火球が叩き込まれた。イージーは飛び退く。だが至近に着弾。イージーの身体は五体に分かれて吹き飛び、
――だが引き合い、彼の形に戻る。
壮絶な苦痛があった。
発狂しそうだ。
或いは、既に狂っているのかも知れなかった。こんな痛みを感じてまで、まだ立ち上がるのか。もういいじゃないかと心のどこかで誰かが言う。寿命だって縮んでるはずだ。こんな無茶苦茶をして。もう休めよ。
うるせぇ。うるせぇ!! 黙ってろ!!!
立ち上がる。何度でも。剣を杖にしてまでも。
イージーは、目に溜まった硝子の泪をざり、と払いのけ、それでも前に出た。
もう見返りなんて一つだってない。それでも彼は征くというのだ。
――相手の魂はもう残っていないだろう。あの魔竜になった時、彼は文字通り魂を売り渡したのだ。
火球、至近着弾。イージーは爆圧を『斬』ッた。全身にクラック。でも吹き飛ばない。前に進む。
――自分が、あいつが求めた戦士だなんて思ってない。でも、
火球の雨が降り注ぐ。イージーは手近な一弾を掻い潜り、その着弾を背にして、爆圧の広がりに合わせて跳んだ。何という見切り、そして跳躍。背中と下肢がズタズタに裂けるのを感じながらも、イージーは高く高く跳んだ。魔竜のその首に到るほどに。
続く炎弾を斬る、斬る斬る斬る斬る!! あとほんの少し、ほんの少しで届くところに来ている! だがそれを前に無情に竜が首を擡げ、目と鼻の先のイージー目掛けて火を噴いた。
直撃するかに見えたその刹那。
イージーの周りに、暗い靄が掛かる。
――此処に来たのは、手前勝手な約束を果たすため。だって、
イージーの名を冠するユーベルコード『ブロークンハート』が、『戦いに来た』のではない、『約束を果たしに来た』彼の周りを覆い、一瞬、ほんの一瞬だけ。竜の炎を遮断した。
――付き合ってやると決めたのだ。あいつを討ってやると決めたのだ!!
「っおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
吼声。一閃、疾る!!
ああ、意地っ張りで弱虫の硝子剣士。でも君の剣は何より鋭く尖っていた。
炎を潜り抜けて振るった傷だらけのイージーの一閃が、竜の首を裂いてどす黒い血を飛沫かせた。
成功
🔵🔵🔴
ヴィクティム・ウィンターミュート
◎
──命の灯が消えかけてるのが分かる
もう動けるはずもない
だが──どこかのお人好しのおかげで、出血が抑えられてる
これなら、アレが使える
さぁ、生命の残り時間を食い潰せ
人間性を飲み干せ
『Void End』──俺は人では無い
猟兵デモ無い
テメェト同ジダ、戦争卿
左腕ヲ虚無デ埋メル
腕ガ燃エヨウト、足ガ燃エヨウト
斬リ落トシテ虚無デ埋メ直ス
骨ガ折レテモ関係ナイ
俺ハ、脳ト心臓ダケアレバ戦エル
嘘ジャア無カッタダロ?
マダ足リナイ
ドラッグモオーバーロードモ全テ使ウ
素手デモ肉体ヲ引キ裂イテヤル
ドウセ中ニコアガアルンダロ?
壊シテヤルヨ
戦イノ後デ四肢ヲ失ッタトシテモ
勝利ハ全テヲ凌駕スル
死ネナイ化ケ物ヲ、地獄デ嗤ッテイテクレ
●漆黒の死神
漆黒の虚無とは、彼が人間をやめたという証明だ。
――命の灯が消えかけているのが分かる。もう動けるはずもない。
左腕がなく、土手っ腹から脇腹にかけてが吹き飛んでいて、大穴が開いてる。そんな状態で敵の群に突っ込み、斬った張ったの大騒ぎ。刺し傷切り傷のバーゲンセール状態だ。
命を繋ぐのすら困難なこの状況で、しかし、束の間、出血が止まった。
少年は思わず唇を歪めた。どんな手を使おうかと思っていたが、これなら……まだ、もう少しだけ戦える。
さあ、乾杯の時間だ。生命の残り時間を食い潰せ。人間性を飲み干せ。
ヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)はユーベルコードを起動した。……封印指定、『Void End』。
「――俺は人では無い。猟兵デモ無い」
まるでディストーションを通したように、ヴィクティムの声が歪む。
『テメェト同ジダ、戦争卿』
ヴィクティムの左腕に、腹の風穴に、全身の銃創と刃傷に、『虚無』が凝り固まった。真っ黒な――手の形をした『ヴォイド』、左手に成り代わったそれを開き、閉じ、感触を確かめる。
そこにサイバーウェアなど積まれているわけも無い。つまり装備は回復しない。だが、何の問題もない。
どうせ左腕にあるのは防御用のサイバーデッキ。防御などしている時間が惜しい。故に不要だ。その漆黒はただそこに存在するだけで異様なものだ。『虚無』が『在る』という矛盾を内包したそれは、ただ他者をゼロで塗りつぶすための概念となる。
『燃ヤシテミロヨ。テメェニ出来ルモンナラナ』
挑発めいたヴィクティムの聲を焼き尽くすかのように炎が放たれた。火焔散弾。憤激魔竜は今や戦争卿の性質を取り込み、本来よりも邪悪かつ凶悪に変貌を遂げていた。
その竜麟は変形して全方位へ砲門として伸びる。猟兵達がいかなる方向から襲いかかろうと、即座に応じて砲門を生成、火炎弾を撒き散らし鏖殺せしめるようデザインされている。
ヴィクティム目掛け、数十の砲門が一気に火を噴き、火炎弾が降り注いだ。ヴィクティムはふらりと前に倒れるように踏み出し、その降り注ぐ無数の火炎弾を掻い潜る。被弾、爆圧による損傷、火焔による熱傷がヴィクティムの全身を傷つけた。血が煮立ち、四肢が焦げて動かなくなっていく。
それを、ヴィクティムはせせら笑うように切り落とした。――まともではない。狂気の沙汰だ。切り落とした四肢を虚無で作り直す。骨が折れようが、どこが喪われようが。このユーベルコードが機能している間は、かれは、
『俺ハ、脳ト心臓ダケアレバ戦エル。強ガリトデモ思ッタカ? 嘘ジャア無カッタダロ?』
――思考する脳髄と、鼓動する心臓の他を、全てを虚無で代替出来る。
ああ、それは、確かに。彼自身が奇しくもそう口にしたように。
猟兵と言うより、オブリビオンの在り方に程近い――
次々に炸裂する炎弾を、虚無の両腕で引き裂き、爆裂する火球の衝撃波を蹴って宙を駆け上る。
ドラッグによる筋力増強、思考加速、神経伝達速度限界上昇。それを更に装備したエンハンサー二基をフル稼働、オーバーロードしてマキシマイズ。
間近で爆裂した火球によりゴーグルが吹き飛ぶ。ゴーグルの下から現れたのは、虚無に侵食され漆黒に染まった目。化物よりよほど化物らしいその目をぎょろりと向けて、ヴィクティムは虚無の右手を思い切り振った。――虚無が、アンカーめいて伸びる!!
竜の表皮を貫通し敵の胴に突き刺さる虚無の楔。間髪入れず収縮、ヴィクティムはワイヤーアクションめいて宙を飛び、敵の胴に着地するなり、突き刺さったアンカーを爪の形状に戻して、――鋼鉄よりも尚固いイラースの鱗を引き裂きながら、その身体の上を駆け抜けるッ!!
『ガアアァァァアアアァア!!』
『知ッテルゼ。ドウセ中ニコアガアルンダロ。――引キ摺リ出シテ壊シテヤルヨ』
最早ヴィクティムは喪った四肢を、欠けた身体を虚無で失い駆動しているだけの死に体に過ぎぬ。――なのにこの期に及んで尚苛烈。駆け抜けるヴィクティムの軌跡を追うように抉り傷が疾り、黒い血が迸る!!
竜の絶叫をよそに、死神は血の涙を流しながら笑う。
『終ワッタアトニドウナロウガ――関係ネェ。勝利ハ全テヲ凌駕スル。死ネナイ化物ヲ地獄デ嗤ッテテクレヨ、戦争卿。ドウセソノウチ、俺モソコニ行クンダ』
――嘯くようなヴィクティムの声が、竜の咆哮の中に溶けていく。
成功
🔵🔵🔴
数宮・多喜
◎
……血ぃ、流し過ぎたかな。
それとも、この熱のせいかな。
前が良く見えねぇ、轟音で周りも良く聞こえねぇ。
普通なら、こんな中で突っ込める訳ないよな。
……けどな、それでもやらなきゃならねぇんだ。
幸い、サイキックの力は全快じゃァないが戻ってる。
相棒のエンジンも快調さ。
だから……その憤怒、その嫉妬、その憧憬。
諸々纏めて、ぶち抜いてやらァ!
襲い来る炎は、避けようが無いだろうさ。
だから、切り拓く。
相棒に『騎乗』して『操縦』しながら、
テレパスの力を込めた『衝撃波』で
進む道を確保する。
勝利への道行きは目で「見る」モンじゃない、
心の目で「視る」ものさ。
放ったテレパスで魔竜を捉え。
貫け、【サイキック・ブレイカー】!
●サイレントドライヴ
――不思議なことだ。
数宮・多喜(撃走サイキックライダー・f03004)の耳には、もう何も聞こえなかった。それどころか、その目にすら何も映ってはいなかった。イラースが放つ全方位火焔砲撃が、引っ切り無しに地面を抉り飛ばし天まで穿つような火柱を上げる。それをスラロームをこなすように神がかったハンドリングで回避する。間近で炸裂する炎の煽りを受けて右半身が灼かれる。ライダースーツの袖が焦げて千切れ飛び、無惨なやけどを負った右腕が露わになる。
「チッ――」
完全回避など不可能だ。ハナからそれは解っていた。少しでも少ない傷で前進することだけ考え、多喜は憤激魔竜を真正面から見据える。
その視界は暗い。目は霞み、ろくに見えず、喪失した右の聴覚に引き摺られ、左の聴覚まで薄れつつあった。炸裂する火球の音が、ヤケに遠い。
――……血ぃ、流し過ぎたかな。それとも、この熱のせいかな。
通常、ライダーはその耳と目で周囲の状況を把握し、判断を下して運転を行う。今や、多喜はハンドルこそ握っていれど、ライダーとしては手と足をもがれたに等しい状況だ。そればかりか、鼓膜がイカレているついでに、三半規管もまともに働いていない。その状況で車体を真っ直ぐに保っているだけで驚嘆するべき事なのに――彼女は、
「――退ける状況じゃねぇよな。ああ、解ってる」
腹の底から込み上げるような熱情があった。これをあの手前勝手な戦争卿の成れの果て、魔竜。ヤツにぶつけてやらなければならない。
満身創痍の状態で突撃するという。狂気の沙汰だ。けれどそれでもやらねばならない。降り注いだ光が、遠く聴いた祈りの歌が、多喜の身体に幾許かのサイキックエナジーを宿らせた。――全力を出すには心許ない。しかしそれを補うようにJD-1725の、漆黒のフルカウル・モンスターバイクのエンジンが吼える。
「ッハ、そうでなきゃな。頼りにしてるぜ、相棒。ここまで来たんだ。あの憤怒、嫉妬、憧憬。諸々纏めてブチ抜いてやらァ。――それがアタシら猟兵の、ヤツに対する答えってヤツだ!!」
スラロームではそれ以上の速度が稼げないとなった段で、多喜はエンジンをフルに回した。JD-1725が咆哮し、前輪を浮かせるほどの加速で直進。
その前方を阻むように、イラースの身体前面の竜鱗が盛り上がり新たな火焔砲塔を作り上げる。射撃、射撃射撃!! 多喜の前方の地面が火柱を上げて爆ぜ割れ、爆風が押し寄せる!!
「ッおおおおおおおおおおお!!」
多喜は吼えた。サイキックバリア、全開。それを衝撃波めいて拡散、指向性を持たせ前方に射出!! 立て続けに吹き上がる火柱を斬り裂きながら、多喜は真っ直ぐにバイクを走らせる。無論、無傷で抜けうるわけが無い。斬り裂いたとはいえ残る熱が、爆圧が、バイクの装甲を捲れ上がらせ、多喜の膚を、身体を灼く。想像を絶する苦痛。だが、それを噛み殺す。
――いつしかその前輪は、宙に浮き。後輪までもがそれに続いた。
「貫け、貫け、貫け。――勝利への道行きなんて、目で『見る』モンじゃない。心の目で――『視る』ものさ!!」
サイキックバリアを空中にリアルタイムに構築、足場を作りながら尚も加速。道が無いなら念じて作る、見えたルートがそのまま勝利への道となる!!
霞んだ目の中で、けれどその勝利への道だけは明らかだ。――視界の中に見えるものが全てでは無い。今やその瞼さえ落として、多喜は全ての念動力を車体と、再三放つ衝撃波に乗せた。
着弾!! イラースの身体が小揺るぐ。当たった衝撃波の後ろを、音速を超えて突撃する多喜とモンスターバイク!! 光に包まれ彗星めいて突撃する彼女とバイクのホーンが、イラースの右脇腹を貫き――
「――『サイキック・ブレイカー』ッ
!!!!」
着弾の一瞬後に、置き去りにしてきた声が周囲に響き渡った。
『ガア、アアアアアアアアアッ!!!』
天を揺るがす竜の苦鳴をバックに、空中に放り出された多喜のバイクから、突貫工事で装着した黒い装甲が剥落する。空中、壊れかけのバイクの上で振り向く多喜。
イラースの抉れた腹から、地獄の瘴気が吹き上がるのが、かすみ落ちかける視界の中に微かに見えた。
「――どうだよ。カマしてやったぜ」
拳衝き上げ、稲妻のライダーは笑う。己の全霊は、あの鋼の竜さえ貫いたのだと。
成功
🔵🔵🔴
高砂・オリフィス
片腕が動くっ、それならぼくは、ぼくのできることをしよう!
本当は握手と、ダンスと、人を笑顔にするために振るうべき腕がだけどっ
今宵は! ごめんねっ! 先に謝っとくよっ
ゴッドハンドとして、神拳で! 真剣に! いっきまーす!
Cordão De Ouroを外して囮に、空中で体勢を整えて接近肉薄! 一撃必殺を叩き込む!
腕以外は傷だらけのままだって?! 知ってるよ、炎みたいに広がる攻撃は横に動いちゃ避けられない。飛んで跳ねてしか、勝ち目ないから!
何が愉しいんだ、このバケモノめっ!
いっぱい人の笑顔を奪っといてっ、もう寝てろよおッ!
●スマッシュ
光が見えた。歌が注いだ。思わず、自分も歌い出したくなるほどだった。
あれは再起の歌だ。この絶望的な状況にあって、尚、誰も欠けるな、いざ立ち上がれ。あなたたちにならそれが出来る、それがためにこの歌を捧げると唄う歌だった。
少女の左腕に力が宿った。先程まで、折れた骨が腕のそこかしこから飛び出していたような、複雑・開放骨折の重傷だった彼女の左腕が――驚嘆すべき事に、常の力を取り戻していた。
――ああ、それなら、ぼくは、ぼくのできることをしよう!
本当はこの腕は、握手とダンスをするためにある。人を笑顔にするために振って、踊らせるべき腕だ。けれど。今日この日、この時――
「今宵は! ごめんねっ! 先に謝っとくよっ。今だけは――皆を喜ばせるためには踊れない。悼むため……そして、未来に泣くかも知れない誰かのために! ゴッドハンドとしてっ!! 神拳で! 真剣に!! いっきまーす!!!」
少女は左の拳だけを構え、ファイティングポーズを取った。
拳たった一つ。右腕肩部以降の欠損は直っていない。腹に拳大の盲管銃創、未だ出血やまず、全身各所に獣牙による咬傷あり。満身創痍の状況は一切変わらないにもかかわらず、血に塗れた金の髪を軽く頭を振って払い、キラリ光る目で前を見る。
猟兵類別、スカイダンサーにしてゴッドハンド。
高砂・オリフィス(南の園のなんのその・f24667)、推参である!!
オリフィスはダンスシューズで焦土を踏みしめ、真っ直ぐに走った。イラースの左方より攻撃を仕掛ける猟兵に合わせ、右方より踏み込む。当然、憤激魔竜がそれを黙って見過ごすわけが無い。その竜鱗が銃砲へと変形し、機関砲めいて火炎弾を掃射。オリフィスを炎の雨にて猛撃する!!
「このぐらいでッ
……!!」
オリフィスは腰の自律機動浮遊式ビーム砲『Cordão De Ouro』を連射、空中で幾つもの火球を撃墜し、自身に向かう火球の数を減らして駆け抜ける。しかし、ユーベルコードを伴わぬビーム砲の連射と、イラースの火炎弾斉射――ユーベルコードと呼ぶには、余りに雑で、余りに大雑把で、そして余りにも強力すぎる焦熱の投射――では、火力を比べるべくもない。
焼け石に水とはまさにこのこと。時間にして三秒も保たない。――だからオリフィスは、あっさりとその手を捨てた。
爆圧は三次元的。よしんば跳ねて避けども空中で次弾の的になる。
ならば跳躍は、最後の一手とするしかあるまい。
「飛べッ!」
彼女が叫ぶなり、ビーム砲がその内側に溜め込んだエネルギーをそのままに、それそのものが弾体であるかのように空へ向けて飛んだ。火炎弾が殺到し、ビーム砲本体に着弾着弾着弾、轟音、大爆発!! 空に咲く爆光が、幾つもの火炎弾を誘爆させて虚空を紅蓮に染め上げる!!
『がアッ
……?!』
視界が紅蓮で埋まる。きっとイラースから見ても同じはずだ。ビーム砲を囮に捧げ爆発させたことで空中に咲いた轟炎が、続く火球を呑み込んで誘爆させている。
代償は大きい。直撃時の爆圧からは逃れることは出来ても、雲霞の如く降り注ぐ火焔の熱からは逃れられない。
オリフィスは全身を爆炎で灼かれながらも、地表までをも焼き尽くす灼熱の熱波の中を無呼吸で駆け抜ける。一息でも吸えば肺が焼け爛れ、呼吸すら出来ずに死ぬだろう。傷が焼ける。血が沸騰する。ああ、それでも、息を止めて走る。腕以外は未だ傷だらけなんて承知の上だ。
飛ばねばあの巨体に到れず。二足、未だ動く。ならば。
焼け爛れた膚、白く濁る角膜。
だがその内側で、眩いばかりに瞳が煌めく!!
「何が愉しいんだ、このバケモノめッ!!
――人を殺して。踏み台にして玩具にしてッ!!
笑って過ごせるはずだったんだ!! おまえたちさえいなければ!!
いっぱい人のいのちを、笑顔を、奪っておいて――」
残り少ない息を、血を吐くような叫びに変えた。
オリフィスは、全力で右脚を踏み切った。
――ッどうっ!!! 焦土が爆ぜて、空中に炎の雲めいて蟠る爆炎を突き抜け斬り裂き、全身から血の蒸気を上げてオリフィスが飛び立つ!!
『……?!』
イラースが竜麟魔砲に次弾を装填するよりも。
流れ星めいた、オリフィスの渾身の一打が速い。
「それを笑うようなお前を、ぼくは許さない!!
寝てろおォーーーーーーーーーーーーーッ
!!!!!」
絶叫が宙を劈いた。
ご、がンッ!!
スクラップハンマーが車を叩き潰したような快音。一撃必殺の左拳が、巨大なる竜の顎をカチ上げ、歯を折り飛ばし、巨大なる魔竜に天を仰がせる
……!!!
成功
🔵🔵🔴
ザザ・ロッシ
◎【結社】
歌が聞こえた、光が見えた
きっとこの場にはたくさんの猟兵がいて
俺の見えないところでも戦ってるんだよな
アダムルスさん
あのデカいの相手に俺はどう動けばいいですか
いくらプロメテウスでも
あんな炎に真正面からぶつかったら消し飛ばされそうだ
けど小細工なんかが通じる気もしない
全てをぶつける、ソレしかねぇよな
命を焼べろ、ありったけだ
プロメテウス、お前のつけたリミッターを外すし
ストックした命を使わせてもらう
止めたってやめねぇからな
限界を越える、付き合ってもらうぜ
あのドラゴンを倒したい
アダムルスさんの信頼に応えたい
他の猟兵を励ましたい
生き残った人に夜明けを見せたいんだ!
・戦法
剣の形をした太陽をぶんぶんする
アダムルス・アダマンティン
◎【結社】
不老にして不死
あるいは、奴は俺に近しい存在だったのやもしれぬ
だが、見誤ったな
神々のように権能を持たぬがゆえに己が領分を履き違える
天まで手が届くと増上慢する
さあ、怪物退治だ。戦神ならず、英雄ならぬ身なれど、不死の怪物を討つは古来よりヒーローズアースが神々の務めよ
俺が先頭に立つ。俺が受ける
その先でお前が真の炎を見せてやれ、ザザ
貴様の炎は美しい
右大腿部の傷に光を受けて癒やす。これで脚は動く
そして継戦能力の限界を突破する。火炎耐性で敵の炎を受け、ザザを庇おう
刻器、真撃
その不遜、その不敬、万死をもって償え
貴様も、俺も、万能であれど全能ではないのだ
●悪夢を明かせ、太陽の剣
神は死なない。不老にして、少なくとも定命の寿命を持たぬ。
オブリビオンもまた同じだ。恐らくは奴も、長い、長すぎる日々を生きた。
元はただの人だったのか、或いは原種だったのか――それは今となっては確かめることも出来ないが――一つ確かな事がある。長すぎる生は命を腐らせる、ということだ。
「見誤ったな、戦争卿、ブラッド・ウォーデンよ。長すぎる時が貴様の在り方をより歪ませた。神々のように権能を持たぬが故、己が領分を履き違える。人の命を自由に出来ると、天にまで手が届くと増上慢する。――弁えよ」
重たい、金属そのもののような声がする。バチ、と雷電が、地獄の炎が爆ぜる。アダムルス・アダマンティン(Ⅰの“原初”・f16418)が、アッパーでよろめく巨竜を真っ向睨み、その武器――『ソールの大槌』を構える。
……否。それは既にソールの大槌ではない。紫電を帯び、電磁力と地獄の炎を総じて扱うもう一つの姿。PM形態、『トールの創槌』!!
「さあ、怪物退治だ。戦陣でも英雄でもないこの身なれど、不死の怪物を討つは古来より我ら、ヒーローズアースが神々の務めよ」
これが神。旧き鍛冶神。
ザザ・ロッシ(Ⅴの昇華・f18629)は、彼の背を見ながら問う。
「アダムルスさん。俺はどう動けばいいですか」
「――まずは俺が先頭に立つ。俺が受ける。貴様にまでは通すまい」
壁めいた背中。縄めいた筋肉。傷だらけの全身のうち、届いた光と歌が、アダムルスの右脚の傷を埋めている。最低限の機動力を確保し、創槌のグリップを力強く握る。
背から伝わってくる決意と覚悟が、痺れるほどに熱く重い。
「全ての攻撃を叩き伏せ、隙を作る。そこにねじ込め。奴のちゃちな火焔など紛い物に過ぎぬ。お前が真の炎を見せてやれ」
あの巨大なものが。そしてあれが放つ炎が、そんな言葉で纏まるわけがないのに。
けれど、この男が揺るぎない声で言えば戦える気がしてくる。精神的な支柱。
偉丈夫は肩越しに振り返り、ごく僅かな笑みを口端に引っ掛け、言った。
「ザザ。貴様の炎は美しい。――この無明の世界に、明かりを灯す炎だ」
――ああ、そんな風に言われてしまったら、発奮せずにはいられない。
「ッはい!! 解りました!! 俺に出来る全力で――プロメテウスを燃やします!!」
「いい返事だ、長針のⅤ」
アダムルスが前を真っ直ぐに睨む。一人の猟兵による強力なアッパーカットで天を仰いだイラースの竜鱗が各所で立て続けに捲れ上がり、全方位に向け竜麟魔砲が構築される。
アダムルスがアッパーでよろめいた巨竜に追撃に掛からなかったのは、魔力の高まりを予見していたからだ。体勢を立て直すための全方位、無差別の高火力攻撃が来る、との予測。
果たしてそれは的中した。全身に生み出された竜麟魔砲から、砲弾めいた獄炎の火閃が無数に射出される! まるでその様は腹まで棘の付いたヤマアラシ、伸びる棘は地獄の火線!
「お、おお、おッ!!」
アダムルスが吼える。彼の身から迸る地獄の炎が渦を巻いた。彼がトールの創槌を振るうたび、降り注ぐ火線が爆ぜる。
発生する轟炎と熱量によるダメージは、鍛冶神たる彼が備えた火炎耐性によりある程度軽減出来るだろう。――しかし着弾時に生まれる爆圧と爆風はそうは行かぬ。炸裂する炎の衝撃波が、アダムルスの強健なる肉体を軋ませ、血管を、筋肉を爆ぜさせた。血が噴き出る。受け弾くたびに発生する爆圧に押され、踵が地面にめり込む。
「アダムルスさんッ!!」
「狼狽えるな!! 前だけを見ていろ、ザザッ!!!」
だがそんなことなど構わないとばかりに、アダムルスは前に踏み出す。継戦能力の限界突破。
イラースからしてみれば、それは大層不快だったことだろう。
吹けば飛ぶ、踏めば潰れるような、虫に等しいサイズの生物が、己が地獄の火砲を真っ向から受けて踏みとどまっているというのだから。故に、イラースは躯体前面の竜麟火砲をアダムルス、引いてはその後ろのザザ目掛け集中的に照準した。
ッきぃぃイィい――、んっ、魔力が加速し炎が錬成される高周波音。砲口に光が集う。第二射が来る。
それを前に、アダムルスはトールの創槌を高々と振り上げた。
「分を弁えぬその不遜、その不敬。万死を以て償うがいい。――貴様も、俺も、万能を謳えど全能ではないのだ。――決して!!」
黙れ、と。
アダムルスの声を掻き消すように、再び獄炎砲の嵐が吹いた。それを前に、鍛冶神は、紫電纏うその槌を――ただ、己が渾身の力を込めて振り下ろした。
それは始まりにして終わり。
創造と破壊、開闢とその涯てを示すもの。
アルファオメガ
刻器真撃、『創 始 終 焉
』……!!!
まさに天雷めいた振り下ろしであった。地に叩きつけられた槌頭から荊棘の如くに迸った雷電が、地面に広く染み渡るように拡散。刹那と置かず、土から無数の槍めいて、天穿つ雷となり衝き上げた。一瞬遅れ、地獄の炎が地を爆ぜさせ、まるで隕石が炸裂したかのように、前方、扇状、広範囲に――土礫を天に巻き上げる。
敵の圧倒的な面的制圧を、一瞬ではあるが相殺する雷陣。そして姿隠すための土礫による煙幕。
「――征け!!!」
言われるまでもなかった。
ザザは、アダムルスが叫ぶ前に、既に飛びだしていた。
――ああ、歌が、聞こえた。光が見えた。
戦っているのは、俺たちだけじゃない。
なら、見せないと。俺たちは負けていない。どれだけ絶望的に見えたって、俺はまだここにいる。生きている。戦っているんだって。
夜明けの光がここにあるんだって、伝えないと。
アダムルスさんは、真の炎を見せてやれと言った。
いくらプロメテウスだろうと、あんな炎に真正面からぶつかれば消し飛ばされてしまいそうなのに。
――でも、それは俺が思っているだけで。アダムルスさんは、出来ると信じてそう言ってくれたはずだ。だって、俺のために隙を作ってくれた。あんな凄まじい一撃を繰り出せる人が。
疾る。
敵の第二射が来る前に、この土礫に混じって駆け抜ける。小細工なんかは通じない。なら、俺が持てる全てを燃やしてぶつけるしかない。
「プロメテウス。命を焼べろ!! ありったけだ!!」
熾天炎剣プロメテウスのリミッターを解除。
プロメテウスの灯は、その内部に命を取り込み耀き続ける命の灯だ。取り込んだ命を焼べて燃やすときにこそ、その焦熱は真価を発揮する。
「あのドラゴンを倒したい。アダムルスさんの信頼に応えたい。他の猟兵を励ましたい。――生き残った人に、夜明けを見せたい!! 力を貸せ、プロメテウス!! お前に貯めた命を使うッ!!」
どこかで、仕方がないわね、と少女が嘆息した気がした。
ザザの手の中でプロメテウスが燃え上がる。夜明け色をした魂の炎が、優美な大剣を真っ赤に染め上げた。
ザザは右腕一本だけで剣を支え、足下に伝わせたプロメテウスの炎を炸裂、炸裂、炸裂、まるでブースターに蹴飛ばされたロケットめいて空を駆け上る!!
跳ぶ。過去、最大の速度で。
浴びせかけられるまばらな獄炎砲を、剣で叩き落とし、数発喰らい、苦痛と焦熱に苛まれながら。
「沈めええええええええええええええええええええええええッ!!!」
若く未熟な猟兵の手の内で。
剣の形をした太陽が唸りを上げた。
――プロメテウスの刀身が真っ赤な炎で延長され、天をも衝けと伸びる。太陽の光熱めいた一閃が、真正面からイラースの身体を袈裟懸けに裂くッ……!!
壮絶な咆吼。この傷とてヤツにとっては手傷一つ、致命傷には程遠いだろう。
「それが、どう、したァッ!!」
――一撃で死なないならば、死ぬまで叩き込んでやる!!
空中、刃を返し次撃を振りかぶるザザ。それを追いアダムルスが駆ける。太陽と鍛冶神が、阿吽の呼吸にて巨体へと猛撃を仕掛ける!
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
スキアファール・イリャルギ
◎
(真の姿:泥梨の影法師)
光が見える
歌が聞こえる
征ける
竜を殺せ
這ってでも
この躰が動くなら
絶え間なく"死"が襲おうとも――
諦めてたまるか……!
存在感を消し闇に紛れ接近
この身が燃やし尽くされる前に
あいつの躰に纏わりつければいい
振り払われぬよう呪瘡包帯で竜の躰に自身を縛り付ける
まだ僅かに機能する怪奇の口で咬み呪詛を流し込む
最大出力の雷(属性攻撃)を浴びせ続ける
己すら痺れさせ灼いても出力は弱めない
……気力だけじゃ限界があることくらい、知ってます
だから、クイックシルバー……あとは、任せ、た
教えてやる
おまえの存在証明の為の薪であろうと
おまえを焼き尽くす焔となれることを!!!
――私ごと燃やせえぇッッッ!!!
●影は燃ゆる
光があった。
歌が聞こえた。
酷く遠くに聞こえる歌と、かすれた視界に映る光は、もしかしたら見落としてしまうほどにかそけき希望の象徴だった。
「――ァ……、」
メロディラインを手繰るように喉を動かした。なんとか、声が出る。自爆覚悟の暴走火炎による敵陣一掃を経て、彼の身体は焼け爛れ、常の機能を真面に発揮出来ない。常人ならば動くことさえ困難だろう。
しかし、彼は――泥梨の影法師、スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)の身体はその全身、総身が影で出来ている。真の姿を解放した今、スキアファールの身体は流体めいて不安定に揺らめく影法師。真っ黒な身体がゆらりゆらりと揺蕩うさまは、まるでコールタールが歪な人型を取っているかのようだった。
「――」
光が、歌が、この影の身を賦活する。僅かに身体に力が戻る。
スキアファールは呪瘡包帯を今一度身体に巻き締めた。不定形の影がみちりと締め上げられ、常のスキアファールの身体に似たフォルムに固定される。
再起を願う歌が、降り注ぐ光が言う。そしてスキアファール自身の心もまた、そのように猛る。
――征ける。進める。竜を殺せ。まだこの躰が動くなら。幾度倒れようとも、這ってでも食らいつけ。譬えあの黒き“死”の権化が何度吼えても、炎を放とうとも。それは諦める理由にはならない。――諦めて、たまるか……!!
スキアファールは真の姿を解放する前に、左大腿部、右腹側部に散弾の直撃を喰らっている。そのほかの全身にも盲管銃創を幾つか。更には、黒騎士達が放った狼牙による咬撃を全身に受け、枯れるほどに血を流したあとに――更には己が炎で、自身ごと敵を灼いた。最早、生きていることさえ不思議なほどだ。
それでも尚。
あの邪悪の権化を、打ち倒さねばならぬと猛る。
二人組の猟兵が敵の正面を取り、火炎剣と雷槌で猛撃を加えるその横を衝く。スキアファールはここに来てようやく常の戦い方をした。即ち正面切っての戦闘ではなく、影に紛れての側撃だ。闇に紛れ、地を蹴り走る。
しかし敵は最早移動砲台の様相。全身の竜鱗が逆立ち、捻れ伸びて砲塔になる。ヤマアラシの棘めいて全身から突き出る竜麟魔砲が、周囲の猟兵全てを無差別に燃やすべく放たれる。
ど、がががガガガガガガがァァッ!!! 地面が抉れ炎が吹き上がり、爆圧が躰を拉げさせに来る。直撃を避けて尚爆圧に嬲られ吹き飛ぶ影人間。酷い痛みが襲いかかる。熱い。爛れて燃え落ちてしまいそう。それでも――地面に二本の脚で杭を打ち、スキアファールは走る。
「と、ど、けッ
……!!」
ばひゅ、と放った呪瘡包帯を竜麟魔砲の一本に絡め引き寄せた。縮める。跳躍。敵の右脚に飛びつく。
イラースが飛びついたスキアファールに気付き、無造作に脚を振り上げて踏み下ろした。大地が揺らぐ圧倒的なインパクト。振り落とされてもおかしくない。しかしそれを耐える。影人間たるスキアファールの手に浮いた、影の『口』が、竜鱗貫きイラースの脚に咬み付いて離さない。しがみつくように左手を這わせ、同じように『口』を食いつかせる。
『がアアァあぁっ!!!』
恐ろしい咆哮。最早猶予は無い。スキアファールは躊躇わず、呪瘡包帯を周囲の魔砲に命綱めいてくくりつけた。
同時に。
影の口から呪詛を、己の全力の雷を流し込む。白雷が闇に光り、竜の躰へ雷と呪詛毒が流れ込む。
『がアアアアアアアアアアアウゥウッ!!!』
それすらさしたる痛痒では無いのか。
イラースは二度地に足を踏み下ろし、それでもスキアファールが離れぬと見るや、スキアファールがしがみついた部位の下の竜麟を無数の短銃に変化。発砲。
「ぐ、っああああああア
……!!」
獄炎に全身を貫かれ、不定形の躰から焼けた血が迸る。声が枯れる。
だが、離れない。離さない。スキアファールの狙いは、この一歩先にあった。
ハナから、気力だけじゃ片付かないことくらい解っている。
最早誰が見ても明らかな瀕死の状態。スキアファールはユーベルコードを起動する。
「――戦争卿。教えてやる。たとえ私がおまえの存在証明の為の薪であろうと――燃え盛ったならば、おまえを焼き尽くす焔となれることを!!!」
不定形のスキアファールの身体から、意味不明な、名状しがたい言語を撒き散らしながら、複数体の『影人間』が分化した。口々に喚き立てながら、彼らは竜麟魔砲に絡みつき足がかりとして両腕を掲げる。
――その先に炎が点る。『死有の焔』。
「クイックシルバー!! 手加減無用だ!! 私ごと――燃やし尽くせえええええええええええッ!!!」
スキアファールの死の匂いを嗅ぎ取って分化する影人間たち――『Quicksilver』は、スキアファール本人と同様の攻撃能力を有する!!
それが今回は三体。スキアファールの叫びに従い――否、或いは、単純に敵を壊すためにか。轟炎を全く同時に、竜の右脚へ叩きつけた。
――閃光ッ……!!
爆炎迸り、竜の苦鳴が天を衝く!!
炎の中、包帯も焼けて千切れ、爆炎に煽られスキアファールは吹き飛ぶ。
竜麟抉れ焼けた血を垂れ流す竜の躯体へ向け、ざまあ見ろと笑ってやった。
――この爆炎こそ。ひかりこそ。おまえが嗤った薪の熱だ。戦争卿。
成功
🔵🔵🔴
七那原・望
思考を放棄?下衆が……!結局愉しむだけ愉しんで勝ち逃げですか……!
引き続きスケルツァンドで【空中戦】を。
左腕が動く……ありがとうなのです……まだ、なんとか戦えます……
【第六感】と【野生の勘】で敵の攻撃を【見切り】、【オーラ防御】も用いて回避を。
セプテットとオラトリオの【一斉発射】で一箇所に集中して抉るように攻撃します。
躱しきれない事なんて分かってます。だから機を伺います。
【アベンジ・オブ・アークライト】。わたしの切り札が最大の力を発揮し、なおかつわたしがそれを辛うじて使いこなせるギリギリの境界線を。
火焔を弾き返しつつ【リミッター解除】。【限界を超えて】【全力魔法】。この一撃に全てを込めて。
●奏でよ神槍
「思考を放棄? 下衆が……! 結局愉しむだけ愉しんで勝ち逃げですか……!」
憎々しげに吐き捨てながら空中を帚星の如く飛ぶのは、七那原・望(封印されし果実・f04836)。今や理性なき悪性の塊、邪竜となった戦争卿を空中から睨みながら、ちらり、自身の左腕に視線を走らせる。
先程までは痛みを押せど動かなかった左腕が、今は動く。遠く鳴り聞こえた少女の歌と、宙に輝いた涯ての光が望の腕を癒やした。
――ありがとうなのです。まだ、なんとか戦えます。
心の裡で礼を零しつつ、望は流麗なフォルムの空中機動バイク『スケルツァンド』を駆り、地上八〇メートルを機動滑走する。顔よりやや下あたりを高速で飛ぶ望を、イラースが邪魔に思わぬ訳もない。顎を反らし吸気、火焔が練られる唸り音。一瞬も置かず、イラースは咆吼と共に無数の火焔散弾を吐き散らす。
フットレストを蹴りつけて、望は空中でバイクをバレルロールのように回転。縮めた身体を伸ばし、空気抵抗を活かして巧みに減速して被害半径より逃れる。
しかし間髪入れず、イラースの上半身の竜鱗が逆立ち、捻れて無数の砲身を形成。巧みに飛ぶ望を叩き落とすべく、竜鱗魔砲に装填された火炎弾が立て続けに激発。望目掛けて掃射される。
「く、……っう!!」
スロットルを全開。機首を上に向けて急上昇。追従する照準のその半歩先をすれすれで駆け抜ける。彼女の第六感とすら言える予測がなければ、そのマニューバを取る前に叩き落とされていただろう。
望は自律機動銃『セプテット』によるカウンターファイアで火炎弾を叩き落としながら隙をうかがう。一瞬でも隙があればいい。
攻撃がなくなる瞬間とは言わない。火線が、一瞬薄くなる瞬間が欲しい。
竜鱗魔砲の砲撃は止まない。それどころかますます苛烈になる。凄まじい激音を立てての斉射だ。望の速度に目が慣れたとでも言うかのように、イラースは望の軌道を先回りするかのように、檻めいて炎弾を放つ。
「っあああああっ
……!!」
いかなる機動性を持っていたとしても、包み込むように放たれる弾幕全てを躱す事叶わぬ。
オーラを全身に纏わせ、セプテットでの迎撃弾幕を張り、望は敵の弾幕を駆け抜ける。火炎弾が立て続けに至近で爆ぜ、その爆風で木っ端のように吹き飛びながらも、決してハンドルから手を離さない。左手が癒えていなければ、或いは撃ち落とされていたやも知れぬ。
――しかしまだ、左手はハンドルを掴んでいる。その表情に諦めの色はない。相手の圧倒的な火力の事など知っていた。躱しきれない事も解っていた。
けれど、戦っているのは自分だけではない。他の猟兵もまた死力を尽くしている!
轟音! イラースの右脚で炎が爆ぜた。
自爆覚悟の火焔炸裂。イラースが天を衝くような苦鳴を上げ、右脚で地団駄を踏む。影色をした猟兵が、己の身を挺して、火炎にてイラースの右腿を抉ったのだ。――まさにそれは、望が待っていた瞬間。たった一瞬の隙。
――右腿が抉れたならば、次は左腿だ!!
起動、『アベンジ・オブ・アークライト』!! 望の膚を超剛性金属装甲が覆う!!
肉体の崩壊も、魔力の暴走も、何もかもを恐れずに、リミッターをカットする。出力全開。セプテットとオラトリオに過負荷をかけるかの如く魔力を突っ込む。――この一撃があればいい。全てを込める気概があった。
イラースは望を撃ち落とすべく、竜麟魔砲を斉射した。だが超剛性金属装甲はユーベルコードすらも反射する。火炎を弾き散らしながら、望は突撃した。声なき声で叫ぶ。
セプテットとオラトリオより放たれる、魔銃の閃光とエクルベージュの火線が一点に収束し、まるで槍めいて輝く。最大火力を集中させ、望は突き抜けた。
――右腿を、抉り抜いて抜ける。維持していた超剛性金属装甲が砕け散り――竜の膚より、赤黒の血が飛沫く。望の最高速が、巨竜の守りを貫いた瞬間であった。
成功
🔵🔵🔴
ティオレンシア・シーディア
◎
…あは。
アタシの目の前で成り果てたのが、よりにもよって灼滅の火竜、なんてねぇ。
…当然ハナから潰すつもりだったけど、俄然殺る気が湧いてくるじゃないの…!
…とはいえ。治療術のおかげで出血は止まったけど当然血は足りてないし…なにより、ちんたら近づいて生半可な攻撃仕掛けようもんなら上から焼却されるに決まってる。
…あんまりこういう使い方したくないけど、しょうがないか。
残った手持ちのルーン洗い浚い使ってミッドナイトレースの前面に○火炎耐性のオーラ防御を展開。全速で特攻かけて●滅殺を叩き込むわ。
弾丸に刻むのは全てシゲルの二乗とペオース。
「エネルギー」爆弾六発の至近炸裂、「運否天賦」といきましょうか…!
●ギャンブル・ランブル
「……あは。アタシの目の前で成り果てたのが、よりにもよって灼滅の火竜、なんてねぇ」
刃のように薄目を開き、指先で銃を弄う女が呟いた。バイクに跨がり、黒曜石の名を持つリボルバーをスピンさせ受け止めざまにハンマーをコック。銃口に鋭い殺意を灯すのは、ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)。
「当然ハナから潰すつもりだったけど、俄然殺る気が湧いてくるじゃないの……!」
イラースまで辿り着いたのは総勢にして四〇名足らずの猟兵達のみ。そのうちの一人として、彼女もまた行動を開始する。
(――とはいえ、取れる手は少ない)
ティオレンシアは自分の状況を検める。光と歌のおかげで、出血はどうにか止まっている。しかしそれは傷が完全に塞がったことを意味しない。両脇腹、両肩、右上腕に右脛、左腿に脹ら脛から、散弾やら獣牙やらで抉れた傷の痛みが未だ鈍く衝き上げてくる。この有様では走ろうとしても、決して常のようなスピードでは駆けられまい。血は足りず、これ以上出血すれば意識を失う危険性もある。継戦するのはどう考えても悪手。――しかし。ここまで来たのだ。あの邪竜に、一撃返さねば帰れない。
「……あんまりこういう使い方はしたくないけど、しょうがないか。まったく、今回は苦手ばっかり押しつけられて、アタシの得意が出せないわねぇ」
肩を竦めて言いつつも、けれどいざとなれば手段を選ばぬのもティオレンシアの強みである。ティオレンシアはバイク――ミッドナイトレースのキックスターターを蹴り飛ばしエンジンを始動。
――彼女はガンスリンガーにしてルーンシューター――ルーンの行使者でもある。常ならば、戦闘の進行を考え、次に使うルーンを選択しつつ温存、計算して使用していくのがティオレンシアの戦い方だ。
しかし、あの巨大なる竜相手に最早計算など無意味だ。のろのろ近づいて温存前提の温い攻撃を叩き込んだところで、竜麟魔砲と火炎の吐息で骨も残さず灼かれて終わりだ。
ならば、最初から二撃目以降など考えない。
「――大盤振る舞いよぉ。全部持って行きなさいな」
ティオレンシアは銃弾をリボルバーから排出。六発全てを、シゲル――太陽と勝利のルーンの二乗、それにペオース――『賭け』のルーンを乗せた特殊弾に詰め替える。
即座に手持ちの銃弾やチャームに刻み込んだルーンの効力の大部分を発露した。ミッドナイトレースの足回りの反応速度、グリップ力が強化され、更にはその前面に燃える炎の壁が構築される。ルーンを数十、数百と掛け合わせて任意の効果を得る事に、ティオレンシアは非常に長けていた。
「――運否天賦といこうじゃないのぉ!」
バイクのスロットルを開ける。地面を抉り飛ばし、焦土を巻き上げてミッドナイトレースが急発進した。イラースから見れば燃える弾体が真っ直ぐに突っ込んでくるようなものだ。当然の如く、竜麟魔砲が次々と照準され熾烈な弾幕を形成する。
ティオレンシアは巧みなハンドルワークで魔法を回避、回避回避! 常ならばリボルバーで敵の攻撃をインタラプトする程度のことはしてみせる彼女だが、今回はそれも使えない。賭け金に手をつけるわけにはいかないのだ。
回避しきれぬ火炎弾がバイク前面の炎の壁を穿ち魔焔を散らす。膚を焼かれ突き抜けた炎弾に肉を抉られ穿たれても、ティオレンシアはハンドルを離さない。残り三十メートル地点で、残しておいたウル、ラド、ユルのルーンを発露。スロットルを全開にし、瓦礫に乗った立て板をジャンプ台めいて使って、彼女は飛んだ。
カタパルトめいた速度で、ミッドナイトレースの車体が空中に弾き出される。ルーンの力を使って速力を増幅しての大跳躍である。虚を衝かれたイラースが撃ち落とすべく車体に向け魔砲を集中させる。着弾着弾着弾ッ!! 炎の壁が爆ぜ、ついに守りが消えたその瞬間――
『がアッ?!』
――バイクの上に、既にティオレンシアの姿は無い!
「引っかかってくれて助かるわぁ。――もう手持ちにはこれしかないもんだからぁ」
ティオレンシアの姿が宙から溶け出る。――エオローのルーンによる隠密変化、視覚欺瞞! 地上五十メートル地点で囮となったミッドナイトレースの車体から更に二十メートル上。敵胸部との相対距離十メートル。イラースの顔がよく見える位置。全てを使って尚、近づけたのはここで限度。シリンダーをスイングアウトする。
林立する竜麟魔砲が自身に照準を絞る前に、ティオレンシアはクイックローダーで六発の特殊弾の雷管を打った。
――シリンダーから光が迸り、激発。
凄まじい銃声と共に、六発同時に放たれた銃弾は、まるで光の杭めいて尾を引き、真っ直ぐに飛び――イラースの顎に突き刺さって、爆裂した。
「ガア、アアアァァアァ!!!」
「――賭けは、アタシの勝ちかしらねぇ?」
浮遊感に包まれる。
落ちながら、空の銃でBang、とイラースを指して、ティオレンシアは嗤った。
成功
🔵🔵🔴
アルトリウス・セレスタイト
◎
セフィリカ(f00633)を見つけ合流
酷い有様はお互い様のようだが
そちらも意地を張ったものと見える
とりあえず歩けるようにはなったから問題もあるまい
幸い猟兵基準でも俺は最高度に死に難い方の筈だ
絢爛を展開
起点は目の前の空気
秩序の原理で戦域全ての空間を支配
「何かを害するもの」全て、イラースのみを害するのものへ変える
誰かが命を削り糧としたなら、代わりに竜が存在を削り取られ
竜の炎は放たれる前に裡から爆ぜて竜を灼く
魔力は『超克』で“外”から汲み上げ『解放』を通じ常に最大量供給し一切緩めず
仮に自身へ届くなら『刻真』で異なる時間に自身を置いて影響を回避
撃たれるのはお前のみと知れ
セフィリカ・ランブレイ
◎
アルトリウス君と出会う
「エグイ怪我し過ぎててウケる。でも……この光を守ったからか。ま、そーゆーヒトだよ君は」
心配はない。両の足がついてれば、彼はやる
その生き様以外は、信頼してる
「そう?わりかし素直な性分だよ、私ってば」
《…動けるの、セリカ?》
シェル姉の昔の相棒の父さんも、痩せ我慢得意でしょ?
私も結構得意。ほら、お姫様だからネ
相棒の魔剣に、軽口
「ま、全機作り直しの最終回仕様といこうか!」
赤杖が潰れ、私が指示に専念できない今。
黄槍、蒼斧、紫砲、橙弓。現状どれもが決定打にはならず
だから盾と囮にする。その上で今出来る全力を剣に
私自身も、結構ヤバいけど
皆に苦痛を強いる責任は取ってキメるよ
お姫様だからネ
●ノブレス・オブリージュ
「、ッつぅ……、」
傷だらけだった。剣を杖になんとか立つ。今この瞬間も、傷口からだらだらと血が流れ落ちていく。幾体も騎士を薙ぎ倒した果てに、目の前に立ち塞がるは巨大な竜。多数の猟兵相手に戦いながらも、受けた損傷全てを回復しつつ、猟兵らの死闘を嘲笑うように傷を復元し、満身創痍の少女の心を挫きに掛かる、漆黒堅固の鋼鉄邪竜の威容。
あんなものを相手に、どう戦えばいい。
サイズで言えば城塞が動いているようなものだ。その全身くまなくに、竜鱗が変形して生み出される無数の火砲が配されている。それに加え、圧倒的生での再生能力。まさに、無敵の要塞。
《セリカ――》
魔剣から声。うん、と応ずる。
「……大丈夫。まだ、何も終わってない」
考えろ。考えろ考えろ。
セフィリカ・ランブレイ(蒼剣姫・f00633)は、己に何が出来るか、残りの手札は何かを検める。赤杖――フレイムツェールは喪失。残機は黄槍、蒼斧、紫砲、橙弓、そして無銘のゴーレム達。しかしその何れを使っても、あの巨竜に有効なダメージを負わせることは出来まい。
――一人では。
「ここは、考え事をするには向かんぞ」
横合いから声が聞こえた。無愛想で静かな声。――こんな時だからこそ頼もしい、その声の響きをセフィリカは知っている。
セフィリカは、声のした方を振り向いた。自分に負けず劣らずにズタズタの男が、そこに立っている。
「……アレ相手に考えなしで突っ込むなんて無理でしょ。エグい怪我し過ぎててウケる。だいじょーぶ? アルトリウス君」
「問題ない。魔眼は使えないが見ての通り歩くことは出来る。――あの光を守るためならば、眼程度、くれてやるとも」
男は刃傷で潰れた目の瞼を固く閉じながら言った。セフィリカが呼ばわったとおり――アルトリウス・セレスタイト(忘却者・f01410)である。眼だけではない、肩と腹に未だ血を流す深い刺傷があった。その傷は、アヴァロマリアを守るために敵陣を最高速で駆け抜けたために負ったものだ。
セフィリカは納得したとばかり、緩く肩を竦める。
「ああ――この光を守ったからか。ま、そーゆーヒトだよ君は」
酷い有様のアルトリウスに、しかしセフィリカは心配した様子もなく笑った。両の足さえ付いていれば、彼は疾り飛び、あらゆる事をやってみせると知っていた。少なくとも、その生き様以外は信頼している。個体性能を疑うべくもない。
「……そう見えるか。しかし、酷い有様はお互い様のようだが。そちらも随分と意地を張ったものと見える」
アルトリウスが示すとおり、セフィリカの全身にもまた深い傷が刻まれている。いや、傷の数だけならばアルトリウスよりもセフィリカの方が遙かに多い。全身に負った鉄棘による刺傷・擦過傷に加え、右肩部、左腹側部、左大腿部に爪による鉤裂きの傷が残る。
「そう? わりかし素直な性分だよ。私ってば」
薄く笑う。
ああ――素直だから。だからこそ、あの戦争卿の悪辣を見逃せなかった。叩き潰そうと思った。
剣を持ち上げる。立っているのもやっとの有様で。
《……動けるの、セリカ?》
魔剣から憂うような声。セフィリカは笑い飛ばす。
「平気。シェル姉の昔の相棒――父さんも痩せ我慢が得意だったでしょ? 実は私もけっこう得意なの。ほら、お姫様だからネ」
耐え忍ぶのには慣れている。自由に育てられたとはいえ、いつかヒトを治める立場になるのならば、耐えて学ばねばならぬ事もあった。
――だから、この程度、何のことはない。
肚の決まった、決然とした表情を見せるセフィリカに、
「……俺は何をすればいい、セフィリカ」
「隙を。一瞬でイイから。私も最終回仕様。出し惜しみなんてしない。全部絞り出すよ」
セフィリカは魔剣を大きくスイング。次元格納庫が開き、その内側からゴーレムの軍勢が進み出る。無数のゴーレムを指揮するのは、指揮官機とでも言うべき黄槍、蒼斧、紫砲、橙弓の四機。
セフィリカは剣を正眼に構えた。燐光を纏い燃える刀身。
「征こう」
「了解した」
アルトリウスはセフィリカの言葉に頷くなり、残りの魔力を全て突っ込んで術式を起動する。『絢爛』。
大気にある魔力は僅少。それもそのはずだ。地の底にあった龍脈は既に枯れ、今この瞬間もあの強大な竜の躯体は、周囲はおろか、他世界のあらゆるチャンネルから魔力を吸い上げながら駆動している。
それを知りながら、僅かなりとも吸い上げる。術式の規模は常に比べれば制限もされよう。しかし、それでも今できる最善を尽くす。
イラースが深く息を吸う。邪竜が、竜麟魔砲の内側で、無尽蔵の魔力を炎と変えた瞬間――
「――撃たれるのはお前のみと知れ」
アルトリウスは右手を邪竜目掛けて突き出した。支配するは邪竜、その周辺にある『何かを害するもの』。つまりは、邪竜が全身に灯した竜麟魔砲のそのエネルギー。
支配は長くは続かぬ。リソースの足りない状況でアルトリウスが選んだのは、敵の火力を逆用することだった。
突き出した右手を握る。――同時に、轟音が爆ぜた。
『ガアァ、アアァァァァアッ?!』
イラースの全身の竜麟魔砲が爆裂。放たれるはずだった終焉の火炎が、一斉にイラースの体表で炸裂したのだ。それはイラース自身の力、炎。故に、変形した鱗を剥いだ以上の意味は無かったやも知れぬ。邪竜の炎では邪竜は焼けぬ。
しかしそれは致命的な隙だ。リズムの乱れ。そして、爆ぜた竜麟魔砲は即座には再生出来ぬ。アルトリウスは注文通りの一瞬の隙を、見事に作り出して見せたのだ。
それを見届けるまでも無く、セフィリカはゴーレムの軍勢と共に既に走り出していた。アルトリウスに寄せる信頼の成せる技。
イラースが即座に竜麟魔砲を再構成するのを、完成するそばから、紫砲と橙弓が配下のゴーレムと共に砲撃で叩き潰す。しかしそれとて長くは持たぬ。再構成、再生の速さが圧倒的に早い。イラースは時間差をつけ、段階的に魔砲を斉射する。
「チッ……」
アルトリウスの舌打ち。絢爛を起動しっぱなしに出来ればいいが、それほどのリソースは残っていない。故に断続的な起動になり、時間差をつけられると対応しきれない。アルトリウスが爆破しきれなかった竜麟魔砲の斉射が、ゴーレムの軍勢をまるで紙切れを破るように吹き飛ばしていく。
――だが構わない。出し尽くすと決めたのだ。
ゴーレムが瞬く間にその数を減らしていくのを見つつ、しかしセフィリカは足を止めず駆けた。
セフィリカとアルトリウスが仕掛けた攻撃により、イラースの対応は確かに遅れている。一拍後手に回っている。
セフィリカは隙に乗じ、黄槍を突っ込ませた。巨大なる竜の脚を抉らせる。竜は不快げに唸り、ゴーレムらをメチャクチャに踏み潰す。意識がそちらに傾いた。竜麟魔砲の射撃の手が緩む。
セフィリカはその隙に潜り込むように跳躍。蒼斧が平を前にしてバックスイングした斧の上にひたりと降り立ち、
「飛っ、ば、せえぇぇぇぇぇええぇっ!!!」
叫ぶ。
蒼斧がその力の限りを尽くし、カタパルトめいて――凄まじい速度でセフィリカの躰を打ち出した。
イラースが反射的に口を開き、火炎により迎撃しようとするのをアルトリウスが許さない。今一度、『絢爛』による掌握が走る。竜の口の中で火炎が爆ぜる!!
暴発する火炎、その一瞬の間隙を衝き――
蒼剣姫が疾った。今までのいつよりも早く。
彼女を支えるは高貴なるものの、姫としての義務。ゴーレムらに破損という痛苦を強いた責任を、今まさにその剣で濯ぐ。
「はあああああぁぁぁぁぁああぁぁっ!!!」
蒼き光放つ剣が一閃する。剣は巨大なる竜の鱗をいともたやすく貫き――その顔面、鼻先から右目にかけてを深々と斬り裂いた。
壮絶な竜の絶叫が天を衝く。――果たして、蒼剣姫の剣は邪竜に届いたのであった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ネグル・ギュネス
【鳳仙花】
かつてはそうでも、其れは今では無い
震えるなら半歩下がって背中を見ていると良い
──男の子に、カッコつけさせてくれ
さて、何だったかな?
…まあ良いや、相棒みたいに言うなら、興味も無い
俺達の歩みの邪魔になる小石は蹴っ飛ばすだけだ
昏き世界も、悲しみも、嘆きも
全てを暖める優しい神様と共に
今こそ顕現せよ、『降臨昇華・陽炎神楽ァ!!』
闇を悪意を塗り潰せ
ヒトの未来を創り出す為に
皆の希望を照らす為に
限界を超え、攻撃を見切り、接敵する
竜とやり合った経験は少しはあるんでね、その隙は見逃さない
その御首、叩き落とす
神話に語られるような英雄たるもんじゃないさ
俺は、…俺達は、「人間」だ
人間はな、弱いが、強いんだよ!
穂結・神楽耶
【鳳仙花】
…ずっと前にね。
ああいう「世界を焼き滅ぼす焔」に負けたんです。
だから今、ちょっとだけ怖い。
だから…力を貸してください。
共に征きましょう、ネグルさん。
現界の必要はない。
その分も含めたありったけ、加護の炎と燃やします。
光を結び、焔へ至る。
希望の明日を齎す為に。
いざや顕現、【緋結乙女】─!
征く手に在るが破滅の火焔なら。
わたくしの内側に在るそれと同じ属性。
なら多少は加護の炎に取り込んで力に変えられるはず。
その為のオーラ防御をネグルさんへ付与。
剣を届かせるために、炎を噴射し加速と飛翔を担います。
竜殺しにかみさまの加護は付き物。
守られるだけなんて柄ではないので。
いざや神話の如く。――勝ちますよ!
●神焔昇華
『……ずっと前にね。ああいう、「世界を焼き滅ぼす炎」に負けたんです』
手の中で、刀が呟いた。結ノ太刀、穂結・神楽耶(舞貴刃・f15297)。その器物としての本体が訥々と言う。
『だから今、ちょっとだけ怖い。このままぶつかれば、あのときの再演になるのではないか、って、今度もきっと、勝てないのではないか、って』
「かつてはそうでも、其れは今ではない。その時には、私は君の隣にいなかった。でも今回は違う。私がいる。皆がいる。――それでも恐ろしいのなら、震えてしまうのなら、半歩下がって私の背中を見ていればいい。そうしている間に終わらせてみせる」
それに頷く神楽耶ではないと知りながら、ネグル・ギュネス(Phantom exist・f00099)は言い聞かせるように呟いた。結ノ太刀を強く握りしめ、彼は竜を睨む。五十メートルの距離を置いてさえ、巨竜からすれば息の届く距離。即ち二人は既に、敵の射程距離内にいる。
『――ふふ、勇ましいですね』
鈴を鳴らすように、神楽耶が笑う。ネグルは飄然と応えた。
「少しくらいカッコつけさせてくれ。意地があるんだ、男にはさ」
『素敵ですよ。……では。ネグルさん。私に力を貸してください。あのときとは違うというのなら、一番近くで私にそれを見せて。――共に、征きましょう』
「応。征こう、神楽耶。私の全霊を以て君に応える」
『ならば、』
「いざ」
ゆらり、結ノ太刀の切っ先が揺らめき、めらめらと燃えた。――否、刀身が燃えているのではない。刀身そのものが揺らめきだし、炎となったのだ。
結ノ太刀は瞬く間に形を喪いネグルの腕を這い上って躰に纏い付き、白く熱く燃え上がる。
それは加護の炎。
神楽耶は肉体を作り直す事を放棄し、その分の力も込めて全てをこの術に注ぎ込んだのだ。光を結び、炎へ到る。ついぞ太陽の光無く、永久に灯無きこの世界に、明日の希望を齎す為に。
赤白く燃え上がる炎となった神楽耶の意念が、空気をびりりと震わせる。
『是なるは堅き護り。一度は尽きし我が身なれども、灰より焔へ立ち返り、担い手に熱を捧げやう――いざや顕現、【緋結乙女】!!』
白く燃える炎となった神楽耶がネグルの防御を固め、その焦熱にて全ての攻撃を大幅に強化する。――それだけではない。炎を纏い無手となったネグルもまた、黒刀『咲雷』を抜刀。
この昏き世界も、悲しみも嘆きも。白くまるで太陽のように燃える、この優しい神と共に征けば、きっと照らせるだろう。照らしてみせると、息を吸う。
「昏き世界に結ぶは光、暁を照らす優しき炎。奏でし神楽は地を照らし、大邪を祓う力とならん! これこそは神より賜りし白焔。今こそ顕現せよ、『降臨昇華・陽炎神楽』ァ!!」
神楽耶が発した緋結乙女の炎が、ネグル自身が発した破魔の炎と混ざり、深く結びつく。ネグル自身の意思で、言わば旧き神たる神楽耶の権能を振るうことを可能とした状態。これこそ、『降臨昇華・陽炎神楽』。
神楽耶の炎の本質は破滅の炎。ネグルの炎は破魔の炎。二つが結びつけば、最早焼けぬものなど存在しない!
白く燃え輝くネグルの姿を見て、イラースが複数の竜麟魔砲を構築、凄まじい勢いでの斉射を欠ける。大部分の猟兵がその圧倒的な火力に圧されて後退を余儀なくされる中、ネグルと神楽耶だけが、前に出た。
『破滅の火炎ならば――それは私の一要素でもある。防ぎ止めます』
「任せたッ!!」
降り注ぐ炎弾を、ネグルは咲雷を振り、纏い付く白焔で薙ぎ斬り払う。立て続けに爆炎が裂いた。炸裂に伴う衝撃波と圧力がネグルの躰を、骨を軋ませる。しかしその膚が裂けることはない。神楽耶の加護が、ネグルの躰に掛かる負荷を半減しているのだ。
ネグルは止まらない。彼一人でそのような無茶な突撃をすれば、早晩爆炎と爆圧に呑まれ焼き散らされていただろう。だが、神楽耶がそれを可能とする。破滅の火炎の熱量を吸い、加護の火炎に転化し、ネグルの守りを強化する。
「飛ぶぞ、神楽耶!!」
『ええ!』
ネグルは地を蹴った。同時に全身に纏う炎、背側で爆ぜるような爆発。爆圧の反作用でネグルの躰は、まるで撃ち出されたかのように空を飛ぶ。
『ガアァアァアッ!!』
小癪な人間めとでも吼えたのか。速射砲めいて、宙のネグルを狙って竜麟魔砲が連射された。しかし、ネグルを守る白焔がその身体の各所で姿勢制御スラスター火のように炸裂、炸裂炸裂炸裂! 宙をジグザグに翔け抜け、当たるコースにあるものを片端から炎纏う剣により叩き落としていく!
「――さて、何だったかな。『素敵で熱くて最高な、戦争の始まり』だったか? 残念だったが、そんなものは始まらん。相棒風に言うなら、お前が何と言うかなんぞ、興味も無い。『俺』たちの歩みの邪魔をする小石は蹴飛ばすだけだ」
敵を相手に言い捨てるネグルの口調に容赦は無く、全高百メートル超の巨竜を示して小石と称すその胆力、既に尋常の域になし。脚下で破魔の炎を爆ぜさせ空を駆け上る! 目指すは一所。竜のそッ首のみだ!!
――闇を、悪意を、塗りつぶせ。
ヒトの未来を創り出す為に。皆の希望を照らす為に。笑って迎える明日が来るのだと生き残った村人の絶望を――僅かでもいい。汚れた指でも構わない。拭ってやる為に。
イラースが吼えた。凄まじい火炎の息。散発的な竜麟魔砲とは比べものにならぬ爆圧と威力を備えた、まるでビーム砲めいた一撃を、ネグルは最速で横方向にスライド回避。しかしイラースがそのまま薙ぐように首をひねり、火炎の吐出方向を変ずる。
「っぐ――!!!」
下肢が焼かれる。嗚呼、神楽耶の加護さえも突き抜け、破滅の火炎がネグルの両膝から下を消し飛ばした。バランスを崩しかけるネグル。しかし、
『ネグルさんっ!!』
その名を呼ぶ声と共に、炎が脚の形に固まった。
神の加護。その最大展開。伝承に謳われる竜殺しには、かみさまの加護がつきものだ。
――無論、神楽耶とてネグルを案ずる心がないわけもない。だが、哀痛であの竜麟を貫けるか? 否だ。 無茶はやめろと勢いを削げば、敵の攻撃を躱せるか? 否だ!!
故に神楽耶は、己が存在量を燃やして、命を削って焚し、ネグルに力を預けるのだ!!
『――走って!!』
「任、せ、ろッ!!!」
炎と化したネグルの脚は既にブースターめいている。先程に増して自在な機動で空を駆け、火炎弾を掻い潜りながら更に加速加速加速ッ!!
「その御首――叩き落とすッ!!!」
ネグルは吼えた。携えた刀、咲雷の尖端に炎が集まり、数メートルにも達する巨大な刃を形作る。破魔の力と破滅の力を一身に集めた、それは煉獄の極刀。
――決して自分は英雄ではない。神話に語られるような、勇壮にして勇猛、武勇の逸話に事欠かぬ、絢爛豪華な綺羅星々のような煌めきを持つわけではない。
だが、それでも――
あの邪竜を見過ごせぬと、決して赦してはおけぬと。己が力の全てを懸けて、奴を殺しに来たのだ。
一人ではきっと、あの巨体に傷をつけることすら叶わぬ。
だが、何人も。同じ志を集めれば。束ねれば。
それはいつか収斂され、怪物を射貫くただ一発の銀の弾になり得るのだ。
「俺は――俺たちは、『人間』だ。――人間は、弱いが強いんだよ。それを、その意味を、解らなかった貴様の負けだ、戦争卿――ッ!!」
まるで彗星めいて迫るネグルを前に、生半な攻撃であれば一切通さぬはずの竜麟を持つイラースが、その時初めて、後退って右腕を上げた。それは首を守る為の防御動作であった。ネグルは、それに構うこと無く突き抜けた。白き炎の柱めいて燃え上がる咲雷をバックスイングし、渾身の力を込めて――振るうッ!!
『ッガ、アアァアァァアァァアア!!』
受けようとしたイラースの右前腕が断たれ、飛んだ。刃の切っ先が邪竜の喉首を捉え裂き、爆ぜるようにどす黒い血をを噴き出させる――!!
あと何合こうして打ち込めるか。体力の限界は程近い。
……だが限界を超えろ。
ネグルは爆ぜる神楽耶の炎を伴い、勢いのままにイラースの横をフライパス。空中反転――
「見たか。俺の刃は貴様に届くぞ。――何度でも打ち込んでやる、覚悟はいいな、外道ッ!!!」
『死を、生きとし生ける人々を嘲笑った報いを――ここに受けなさい!!』
おお、またも刃が恒星めいて燃える。
神焔昇華、刀に纏った神の火が、邪悪断つべしと燃えている!!
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
フェルト・フィルファーデン
◎【紡歌】
あの光のおかげで、何とか戦うための余力は出来た。でも、飛べないわたしで、あの巨大な敵に立ち向かえるの?
いえ、だとしても、ここでただ眺めているわけには……!
――その、姿は?
ええ、わかったわ。お願い、貴女の力を貸して!
……ありがとう。貴女の覚悟、受け取ったわ。
電子の蝶よ、この気高き者の姿を幻で覆い隠して。今、狙われると不味いもの。
残りの蝶達はわたしに付いてきて。竜に無数の猟兵の幻を見せて攻撃を明後日の方向へ誘導するわ。
ええ、これでまだ飛べる。まだ戦える。まだ救える。そのために力を貸してもらった。だから……負けるわけにはいかないのよ。
わたしの騎士人形よ、力を貸して。誰も死なせないために!!
雛瑠璃・優歌
【紡歌】
(真の姿:後光が燦々と輝き、片目のみ一重梅色になり常に涙を零す。痛みはなく、零れた傍から光の花弁化して散る)
…この姿になったのは初めてだ
全快とまでいかないが傷も大分消えたろうか
それに
「…疲れが消えている…?」
敵が発した筈もない光は見た
もしや誰かが広範囲で回復魔法を、無理を通してくれたのかもしれない
ならば
「お嬢さん、動くのは少し待ってくれ」
再びタクトを抜いて癒しの力を使うことに心血を注ぐ(ハイカラさんだから止まれない、五八四之鈴)
何処まで癒せるだろうか
非戦闘行為たる治癒が終われば無敵時間は終わる
敵の攻撃は即死級だ
それでも足掻く
先刻花と散らした武器を手元に再構築し、命喪うまで彼女達と共に!
●空に咲く華
光があった。
歌が聞こえた。
焦土の上で立ち尽くす男装の少女と、妖精姫は、遠く聞こえる歌と、未だ空に眩く煌めく光を見上げている。
アヴァロマリアが浮かべた涯ての光が、彼女ら二人を照らしていた。――光の向こう側に、黒き竜の姿が見える。
妖精姫は、その威容を見た。
多数の猟兵が凄まじい攻撃を叩き込んだ。事ここに到り、命の最後の煌めきが如く、猟兵達は己が全力を、魂魄の限りに叩き込む。しかしそれでもあの竜は、受けた損傷に不快げに吼えながらその身を復元する。ある猟兵が斬り払った腕が、首が、爆破した脚が、貫いた脇腹が――今や、元の形を取り戻している。
あんなものを、どうやって殺せばいい。
妖精姫、フェルト・フィルファーデン(糸遣いの煌燿戦姫・f01031)は、服の胸元の布地を強く握った。光と歌は枯渇しかけていた魔力を確かに補ってくれた。今しばらく戦う為の余力が、身体に戻ってきたのを感じる。――けれど、
(飛べないわたしが、あんな敵を相手に何を出来るの?)
抉れて消えた片翅は未だ還らず。フェルトは、男装の少女の掌の上にへたり込んだまま、数多の猟兵と渡り合うどころか圧倒して久しい、邪悪なる巨竜――憤激魔竜『イラース』を見仰ぐ。
あの巨体を前に、心が挫けかけるのは詮方ないこと。胸に去来した無力感を、フェルトは払う様に首を振った。
(――いいえ。いいえ!! たとえ何も出来なかったとしても――ただここで眺めているだけなんて事、絶対に――)
絶対にしたくない。
そう思った瞬間、はらり、はらりと光の花弁が降った。
ひらり落ち来た花弁を、フェルトは反射的に両の手で支える。フェルトの小さい掌の上では一抱えほどもある光の花弁は、しかし淡雪のように、さらりと溶けて光の粒子となった。
フェルトは、自身を支える掌の主を見仰ぐ。
雛瑠璃・優歌(スタァの原石・f24149)――否、小鳥遊・優詩。
その後背には、まさにスタアが纏うかのような後光。鮮やかな蒼い双眸の、その片目が一重梅に染まっていた。紅赤の眼から絶え間なく零れる涙が、はらり、はらりと光の花弁となって降り落ちているのだ。
思わず、問いかける。
「その、姿は?」
「――解らない。初めてなんだ。けれど、あの光を見ていたら……私にも、何かを果たせるかも知れないと、そう思って」
優詩は訥々と語った。
「きっと、誰かが無理を通したんだ。あの光は、この歌は。あの竜がわざわざこちらを回復する理由なんてないはずだから。――さっきまであんなに重かった身体が、今は軽い」
優詩は掌の上に座すフェルトに目を落とし、そっと語りかける。
「――お嬢さん、動くのは少し待ってくれ。私の力を貸す。長くはかけないさ」
優詩は左手でタクトを抜いた。光と歌によって左鎖骨の損傷が癒えたのだろう。タクトの先は先程、夾を癒やす為に使われていたときと同様、淡い光に煌めいている。
「っ、でも、あの竜の炎はっ」
フェルトが案ずるように上げる声に首を振る優詩。はっきりとした声で言い切る。
「阻む。私に出来ることは確かに少ない。けれど、お嬢さん、君を癒やして再度空に浮かべることくらいは出来る。あの竜の咆哮が来ようともね」
す、とタクトがフェルトの翅元に向き、治癒の光が発された。疼くような痛みにフェルトがきゅっと唇を噛んだ瞬間、その癒やしの光を見とがめたように、イラースが憤激の咆哮を上げた。
竜麟逆立ち、捻れて、竜麟魔砲がまた幾つもその表皮に尖る。他の猟兵を砲撃しつつも、一部の竜麟魔砲が優詩とフェルトを捉えた。立て続けに発砲!! 直撃すれば爆炎と爆圧で、手練れの猟兵にすら多大な損傷を与える火線が真っ直ぐに伸び――
「――っ!」
思わずフェルトが目を閉じる、直撃の瞬間。
しかし、衝撃も爆圧も、フェルトの身を襲うことはなく――火炎弾は彼女ら二人を捉えるその直前で、まるで不可視の障壁に当たったかのように遮られ吹き散っていた。
「これは
……?!」
「阻む、と言ったろう? 案ずることはない。君をこうして癒やす間だけではあるけれどね。――さあ、もうすぐだ。じっとしていて」
ユーベルコード『ハイカラさんだから止まれない』。優詩の後光と気配を消し、非戦闘行為を行うその間だけ、不可視の障壁で自身を守るユーベルコードだ。
その障壁の強固さは、あの巨竜の竜麟砲さえも遮って見せたのである。
「……ええ。わかったわ。改めてお願い――貴女の力を貸して!」
「無論だとも、小さなレディ」
銀橋を渡るスタアのように余裕のある笑みを浮かべ、フェルトの声に優詩が応える。尚も数発の火炎弾が炸裂し、周囲を紅蓮の炎で押し包む。しかし優詩もフェルトも、それに怖じることはない。
敵の弾幕の切れ間を計り、
「征こうか、お嬢さん」
優詩がタクトを引き、
「ええ!」
フェルトがその両翅をぴんと広げる。
ど、ぉうっ!!
土礫散らし、優詩は真っ直ぐ直上に跳んだ。スーパー・ジャスティスによる超高速機動。跳躍に一瞬遅れて射出された火炎弾を回避し、空へ舞い上がる。
当たれば即死してもおかしくない、兇悪なる炎。だが、恐れない。足掻いてみせる。
空へ舞い上がった優詩の手の内から、フェルトが光の鱗粉を散らして飛び立つ。
「――ありがとう。貴女の覚悟、受け取ったわ」
フェルトは大きな瞳を和ませて感謝の言葉を紡いだ。これで、まだ飛べる。まだ戦える、まだ救える。そのために力を貸してもらった。ならば、負ける訳にはいかない。
勝算が無くとも、出来ることはある。フェルトの周りに、七〇匹余りのワイヤーフレームの蝶がはらりひらりと浮かび上がり、舞う。『Jamming-papillon』。
そのうち一〇匹ほどが、優詩の周りを侍るように飛ぶ。眼を瞬かせる優詩にフェルトは穏やかな声で言う。
「連れて行って。貴女の姿を隠してくれるわ。――奇襲に使うのも、隠れるのに使うのも自由よ。どうか、活かしてあげて」
言葉に、優詩は少々の思案を挟んで頷く。フェルトもまた、それに頷きを返した。
それ以上の会話を許さぬとばかり、イラースがまた吼える。フェルトはキッと怒竜を睨み据えた。火炎弾が殺到するのを、十全な機動力で避けながら接近する。
「電子の蝶よ。彼の者の目を塞ぎ給え!」
距離三十メートル。最早敵の爪さえ悠々届く間合いに入って初めて、フェルトはその電子の蝶の真の機能を解き放った。
『ガアァアッ?!』
イラースが驚愕の声を上げた。それもそのはず、電子の蝶達は、空中で捻れてその姿を変じ――この戦場にいた数々の猟兵に姿を変えたのである。一瞬で六〇名余りの猟兵が生まれ、二手に分かれ、左右からイラース目掛け襲いかかったのだ!!
イラースはすかさず竜麟魔砲の照準を左右に集中させ一斉射、襲い来る猟兵らを貫こうとした。――しかし、魔砲は空を切る。
命中するわけもない。それはフェルトが創り出した幻影に過ぎないのだから。火線は擦り抜け、結ばれた猟兵の像を歪ませたのみ。
「――わたしの騎士人形よ。力を貸して。誰も死なせない為に!」
イラースがフェルトの視覚欺瞞に気付き、竜麟魔砲を再装填する一瞬の隙を突いて、フェルトは急上昇。イラースを見下ろす高度より、一体の騎士人形を解き放つ。――現れるは二刀を携えた騎士人形。姫の願いに応えるように、二刀を翼めいて広げ、騎士人形は大鷲の如く急降下。イラース目掛け襲いかかる!
斬、斬斬斬、斬斬斬斬斬斬ッ!! 火を噴こうとしたイラースの鼻先を斬り裂き、二刀翻してスピン。イラースの鉄膚を二剣で裂きながら、まるで自由回転するミキサーの刃めいて、巨竜の身体を駆け転げ降りる騎士人形!!
『ギァァグァアァァアァッ!!!』
駆ける騎士人形を排除する為、イラースが口を開け火炎を蓄えたその瞬間――
金の光が瞬いた。
『ガアアアアアアッ、ギイイイイイ!!』
軋むような叫び。竜の左目が抉れ、血が噴き出す。
イラースの後方――瞬いた金の光が空中より析出する。電子蝶による視覚欺瞞の下から現れたのは――優詩だ。最初に散華したはずのレイピア『宵海蛍雪』を残る力で再構成し、スーパー・ジャスティスのオーラの煌めきを引いて飛来。フェルトの攻撃に合わせて一撃を加えたのである。
「一人で征かせはしないさ。命尽きるまで共に征こう!」
強く響く声が、フェルトの身を奮わせる。
共に命を懸け、力を重ねる味方がいることの、何と心強いことか!
「ええ。――なら、力を貸して。わたしも全力で、全霊で、貴女のことを支えましょう!」
――二輪勇ましく凜と、いくさばの空に咲き誇る!
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ラナ・アウリオン
◎/前章終了時の被害詳細ご随意に
敵戦力――本作戦中最大規模と判断。詳細、測定不能
被害状況――戦闘続行、不可
提供された魔力……を、プールできる躯体状況に非ず
ダイレクトに術式に投入しマス
撃って無事に済むかは不明デスが、最大火力――《神炎鐡火》
――の、事前シーケンスを表面的にのみ再現しマス
装備の失逸に伴う出力不足に加え、目標と近似属性である点が不利と言えマショウ
ならば預かった魔力を、あえて囮とし
接近するか、接近を待つか
いずれにせよ、あらゆる手段を以て、可能な限り近接した状況を目指しマス
目標を効果圏内に捉えたなら、コマンド実行
漂白
炎も魔竜も区別なく
(漂白領域は類似手段での上書きなき限り半永久的に存続)
●虚白
# 敵戦力、本作戦中最大規模と判断。
# 当機のセンサーでは勢力規模を測定不能。分析不能。
# 被害状況、甚大。躯体フレームに深刻な障害。
# ジェネレータ各部崩壊進行中。アクチュエータ動作不全。
# ――警告。これ以上の戦闘は続行不能。
# ***WARNING***
# 直ちに後退せよ。
# これは、自己保存回路より行われる最優先の勧告である。
# ***WARNING***
ドクトリンからの警告を、どこか遠くに聴いていた。
右腹側部から、躯体全身に渡り走る罅割れから、絶え間なく漏出する魔力。無数の傷と、欠損した左足、そして右腕。
ラナ・アウリオン(ホワイトアウト・f23647)は、損耗状況で言えば『大破』の域にあった。全損の一歩手前、意識を保っているのが奇跡だ。
空に放たれた光が、遠く聞こえる狼の歌が、ラナに魔力をもたらす。――だがそれすら無意味。マナ・プーリングタンク、およびマナ・バッファーが数カ所破損している。魔力を溜めおく事が出来ずに、補給された分の魔力が破損箇所から直ちに漏出していく。
ぎぎ、ぎィッ、
ラナは壊れた人形のように首を巡らせて、自身前方百メートル地点で暴れる、巨大なる邪竜を見た。あの巨躯相手に、この壊れかけの躯体で、今更一体何が出来るのか。
「――リーサル・プログラム、エグゼキュート。付近の猟兵に待避を要請しマス。これより本機は――」
応えるかのようにラナは呟いた。
左手に握った錬成術式刃『ユノー』に、残る二基の自律火力投射外装『ウェヌス』がドッキング。刃のない大剣のような形状となったユノーとウェヌスの切っ先に、プラズマの煌めきが走る。
「……対界攻撃シーケンスに移行しマス。ヴァース・アンカー、オン。コーディネート・フィクスト。アーティフィシャル・スティグマ、クラウド・ディアティ、フルドライヴ」
ラナの視界は既に霞み、抑えがたいノイズで満ちている。しかしそれでも彼女は動く。補充された魔力を直接術式に投入し、彼女が為すは、
「――神威、顕現!!」
神の火の再現。神紀再製『神炎鐡火
』……!!
炎の権能を身体に纏い、ラナはノーモーションから最大加速。巨竜に向けて突っ込んだ。躯体の罅が広がり、滅びが近づく。
だが、加速!
突っ込むラナを、巨竜は竜麟魔砲の斉射で迎撃。ラナは神炎鐡火を裡に秘めたユノーとウェヌスにより、飛び来る火炎の嵐を叩き落としながら、弾幕の隙間を稲妻めいて縫う。
――だが巨竜の斉射を、自暴自棄めいた前進で抜けられるわけがない。火炎弾が立て続けにラナの身体に、その左腕に突き刺さった。爆裂。――残り十五メートル地点。千切れた左腕ごとユノーとウェヌスがこぼれ落ち、ラナの瞳が明滅。創傷面から魔力が烈しく漏出し、がくん、とラナの高度が落ちる。
墜ちる。そう、誰もが思った瞬間だった。
『がぁッ
……?!』
魔砲でさらなる追撃を加えようとしたイラースが、突如警戒したように口を開く。己が最大火力、咥内よりの爆炎を展開せんとする。
「対象を効果圏内に捕捉。コマンドを実行、しマス」
墜ちながら、ラナがかすれた声で言う。最早四肢も右脚しか残っていないような満身創痍で。その身体が末端から光の粒子に変わる――否、それは、光ではない。
突撃は『自棄に見せかけて』距離を縮める為の手段に過ぎなかった。真打ちは神の火ではなく――己が身さえも白く染め尽くし放つ最後の一撃。言うなれば、それは全てを上書きする『虚無』。完全なる漂白。
ラストコマンド ホワイトアウト
「最 終 指 令。―― 」
か、ッ!!!
音すら無く、爆発的に広がった純白が真正面からイラースへ迫った。
周囲を完全漂白し、存在を虚無で塗りつぶす最終指令。――ホワイトアウト。言うなればラナは己が身をその純白の虚無に変換し、間近の魔竜を削り取りに掛かったのだ。
イラースは迎撃の火炎を放った。『漂白』に真っ向から対抗する熱量、存在量。空虚なる白と、破滅の具現たる赤が交わり、この世のものとは思えぬ奇怪な炸裂音を奏でる。ああ、最終指令、命を賭した一撃というのに、この邪竜はそれをすら踏み躙るというのか!
「■■■■■――
!!!!」
ラナは、純白の裡側で吼えた。
虚無さえも『焼却』する邪竜の魔焔に焼き尽くされる漂白空間の中から、一条の矢が飛び出した。
――白き矢。否、それはラナ自身の意思を宿した、一条の『白』。
邪竜は白き虚無を焼きつつ、竜麟魔砲にてその一閃を迎撃するが――生半な火炎など、対界兵器、ゼロの光となったラナを焼くに能わぬ。
光条はそのまま真っ直ぐに飛び、イラースの左肩を突き抜けた。壮絶な苦鳴が響き渡り――
臨界したように、光と焔が混ざって、天を衝くような爆炎を上げる。
身体再構成。
突き抜けたラナは今度こそ墜ちる。
彼女がその場で最後に見たのは、焔の中、千切れたイラースの左腕が地に落ちていく――己が成した崩落の光景であった。
成功
🔵🔵🔴
ユエ・ウニ
◎
ユヴェン(f01669)と。
あぁ…あれは流石に予想外だ。
征こう、そして共に帰るぞ。
…痛みはあるが、力が湧いてくる。
お人好しばかりだな。
問題無い。動かせるから、大丈夫だ。
人形はもう無いが手段はまだある。
影を。
目標は巨大竜、対価はお前の好きなだけ。
痛みも苦痛も全て受け入れる。
だから僕に憑け。
醜い姿になったな。憤怒と欲にまみれて反吐が出る。
幾らでも向かうよ。
希望はある、帰ってからユヴェンとやる事もある、独りじゃない。
狙えるのなら竜の中心、その核を狙おう。
僕が届かなくとも、この一手を次に。
征け、ユヴェン!
勝手に動く体に反して、対価を出し過ぎたのか鈍る思考。
これで良い。
大丈夫。これは仮初めの体だから。
ユヴェン・ポシェット
◎
ユエ(f04391)と共に
ある程度の予想はしていたものの、とんでもねぇ奴現れたな。
身体はまだ動きそうか…先程より脚軽くなった…?誰だか判らないが感謝する。ユエはまだ動けるか?
sateenkaari(布盾)をミヌレに巻き付け槍で炎を払う。
炎はあまり好きではなくてな、特に奪う炎というのは。やられる訳にはいかないのは最もだが、そもそも負けたくねぇんだ。
自身の懐深く…庭園水晶のある位置にそっと手を当て、
これだけは守り抜く。俺の身体が削れようと砕けようと…何があろうと。ロワが怪我を負い、
ユエだって身体張って守ってくれたのだからな。
俺だけでは力不足だ。
決めるのは俺達で、だろ?
ユエ、打ち嚙ますぞ!
●穿て、友の楔と
「――ある程度は予想してたが、とんでもねぇ奴が現れたな」
桃と緋色のオッドアイを瞬き、ぽつり、竜の巨躯を見仰いで白髪の青年が呟く。
今まさに身命を賭した猟兵の一矢が竜の左肩を射貫き、その左腕をもぎ去った瞬間のことである。
「あぁ……あれは流石に予想外だ」
傍らで少年がそれに応じた。銀髪にローズクォーツの瞳、血に濡れてさえ煌めく銀糸を揺らして、呆れたように竜の巨体を見仰ぐ。
「まったく、余力も乏しいってのに……、ああ……――でも、あと少しだけなら、踊ってやれる」
青年、ユヴェン・ポシェット(クリスタリアンの竜騎士・f01669)が密やかに呟いた。黒騎士らの襲撃を身体透明化、クリスタライズと解除による攪乱戦法で切り抜け、この最終局面に這々の体で辿り着いた彼だったが、その足取りは未だ軽い。――否、先程までよりもずっと軽くなっている。
空に輝いた光が、風震わせた切なる歌が、己の力を賦活しているのだと気付く。――まだ動ける。全ての傷は埋まらない、万全の状態にはほど遠いだろう、しかし、まだ戦う事が出来ると、自信を持って頷ける。
誰とも知れぬ――けれどきっとこの戦場で共に戦う猟兵の力なのだろうと、同輩に感謝を捧げつつも、ユヴェンは傍らの少年を見た。
「ユエ。まだ、動けるか」
「足を引っ張らない程度にはな。……痛みはあるが、力が湧いてくる。僕の場合、そっちの方がよほど死活問題だ。力さえあれば、この身体はいくらでも動かせる。――しかしこんな時まで他人の心配か、お前といいこの光と歌の主といい、全く、お人好しばかりだ」
問いかけにドライに応じたのはユエ・ウニ(繕結い・f04391)。やれやれといった語調で語るも、言葉の端々に好意が揺れた。
ああ。力を尽くすに足る同輩が、ここには多くいるのだと。
それを確認したような。
「征こう、ユヴェン。そして共に帰るぞ。独りで帰ったとしたら、きっと僕らは、どちらが生きて残ったにしろ、きっとしつこくこの夜を夢に見る。――そんなのは、戦争卿のいい笑い草だ」
「ッハ。違いない」
スイキ
ユヴェンは小さく笑い、水 気纏う布盾、『sateenkaari』を竜槍『ミヌレ』に結びつけた。片手でひゅるりと一度回せば、布はためいて艶やかに舞う。
「ああ、そうとも、これ以上、あんな奴に笑わせるものか。――俺が前に立つ。征くぞ!」
ユヴェンが地を蹴る。
ユエもまた、その後ろにぴたりと添って駆け出した。
巨竜、イラースが吼えた。
その左腕のあった位置に、ぞるりと骨格が再構成され、肉がメリメリと伸張し、表皮と鱗が張り、左腕の形を取り戻す。凄まじい速度の自己再生に見える。
だがしかし、猟兵達は恐れない。
先程右手を再生した時には、段階を踏まず即座に再生していたはずだ。
なのに今、なぜそれが叶わないか。
――奴とて、確実に消耗しているのだ!
イラースの咆哮とともに、体表に形成された無数の竜麟魔砲が火を噴いた。数百の火炎弾が爆撃めいて二人に降り注ぐ。ユヴェンは唸りを上げて槍を廻した。
「炎は余り好きではなくてな。特に奪う炎というのは。――やられる訳にはいかないのは最もだが、そもそも負けたくねぇんだ!!」
かつて森を焼いた炎を思い出す。今の自分にならばそれが阻めると、先程も戦闘の最中に抱いた思い。降り注ぐ火炎弾の嵐を、槍の回転速度により受け流し弾き漁っての方向で炸裂させ、水気の布盾により熱を遮断する! 類い稀なる技量による適切な防御を前に、イラースの竜麟魔砲が三々五々と弾け散る!
ユヴェンは槍を振り捌きながら、自身の懐深く、ガーデンクォーツが位置する場所にそっと手を当てた。その奥に、今も息付く生き残りの村民達。猟兵達が救った命を、絶対に喪うまいと決意を新たにする。
ユヴェンの友――獅子たるロワが傷つき、ユエがその身を挺して守り抜いた命だ。
そればかりではない。他の数多の猟兵が手を尽くし心を砕き逃がした村人らも、ガーデンクォーツの中に退避している。今や、全ての生き残りはユヴェンに託されているのだ。
(これだけは意地でも守り抜く。俺の身体が削れようと砕けようと……何があろうと!)
決意を新たに邪竜を見仰ぐユヴェンの背より、かの邪竜を冷たく罵るように声が鳴る。
「醜い姿になったな。憤怒と欲にまみれて反吐が出る。――影よ。僕に憑け。此度の獲物は巨大竜。対価はお前の好きなだけ。血も痛みも苦しみも、何もかも全て受け容れよう。――だから僕に憑け!」
傷口から大量に流れる血が逆巻き、ユエの身体を覆った。
血は鎧めいて、その手先は鉤爪のように尖り、ユエの姿は、謳ったとおりの悪魔の姿に程近く変ずる。
「ッ、ユエ! アンタ、またそんな無茶を……!」
「無茶を通さずに戦える相手か。このまま地べたを走って行ったところで踏み潰されるのがオチだ。――飛ぶぞ、ユヴェン。奴の中心を射貫く。守りは任せた」
ばんッと音を立て、ユエの背中に血色をした悪魔の翼が広がった。『機械仕掛けの悪魔』。流れる血、そして生命力――代償を以てその身体に悪魔、『影』を憑依させる禁忌の術だ。
ユヴェンの返答を待たず、ユエは右腕を血の装甲で覆い無理矢理に動かせるよう再構築。掻っ攫うようにユヴェンの身体を抱えて飛び立つ!
「……ああくそっ、アンタのヤケなところを叱るのは後だッ! やれっていうならやってやるさ……!」
降り注ぐ火炎の嵐の中をユエが羽撃く。地面が見る見る間に遠ざかる。撃ち落とさんと迫る竜麟魔砲の乱射を、ユヴェンが水布の守りで受け流し弾く弾く弾く!! 至近で爆裂しなければ魔砲の威力は無いも同じ。水のごときユヴェンの堅守の前に、火炎弾は逸れ弾け散るのみ!
(――血を流しすぎたか、思考が鈍いな。……ああ、でも、身体は、まだ動く)
ユエは靄の掛かったような思考の中、戦術的に最適な判断を下して動く己の身体を、どこか遠くから俯瞰しているような心地でいた。
痛み苦しみ、今まさに命を縮め戦っている。――そうする価値が、希望がある。帰ってからユヴェンとやることを幾つか約束している。独りではない。ならば帰らなければ。
ユエは血の翼を烈しく羽撃いた。加速し、イラースの左脇、再生したばかりの左腕側から鳩尾を目掛け、斜め下から抉るようなコースで飛ぶ。
迎え撃つべく、巨竜の左腕が虫でも落とすかのように振るわれた。ユエは僅かに回頭しギリギリで回避。空気の流れが乱れ、まるで戦闘機が間近をフライパスしたかのような衝撃と風が二人を襲う。
「ッうっ……!」
「くッ」
腕が空ぶったと見るや、その空ぶった左腕の表面の竜鱗が変形し魔砲を構築。対空砲火めいて二人を襲う。ユヴェンの左腕、左脚に、ユエの左半身に数発が突き刺さり爆裂。凄まじい爆圧に身体が軋み拉げ、熱が全身を焼く。意識が飛びかける。
「ぐうっ
……!!」
ユヴェンの苦悶の声が耳朶を揺らす。ユエに到っては、最早声もない。
しかし意識は潰えていない。ならばまだ終わってはいない。
――身に宿した悪魔が、間髪のところで意識を留めてくれている。
「ユヴェンッ!! 僕がアンタを届ける、届かせる!! 征け――っ!!」
ユエは血を吐くように叫んだ。着弾した火炎砲弾の衝撃さえも推進力に転化し、ぼろぼろの翼で羽撃く! 体表まで後十メートル。ユエは、力を振り絞ってユヴェンの身体を、右腕一閃、邪竜へ投げ飛ばした。
――同時に左手に槍を、ああ、見様見真似だけれど、血で、ユヴェンの竜槍に似た槍を創り出す。
ユヴェンを投げた勢いのままに身を一転、血の槍を、竜に突き立つように真っ直ぐに投げる――
……その槍の行く末を見る前に、ユエの身体を無数の火炎弾が打ち抜いた。
炸裂するその音すらもう聞こえない。
身体がどんな状態になっているのかも、解らない。
――大丈夫。大丈夫だ。これは仮初めの身体だから。
(だから、振り返るな。ユヴェン)
祈りながら、墜ちる。
ああ、確かに俺だけではここに届かなかった。
けれど今、背で友が墜ちていく。
振り向いて助けに征かねばという心と、ここまで羽ばたいてくれたその献身を無に出来ぬという心が揺れる。
ああしかし、ユヴェンの迷いを断ち切るように、ミヌレによく似た紅い槍が、イラースの巨体、その胸の中心に突き立った。
――振り返るな。
そう聞こえた気がして。
「ああ。ユエ。決めるなら俺達で、だろ。わかってる――」
ユヴェンはもう、振り返らなかった。
「――打ち嚙ますぞッ!!」
左腕を一閃。瞬時に木質に変じた左腕が蔓めいて伸び、アンカーのように突き刺さった血槍に絡む!!
「喰、ら、ええぇえぇええッ!!!」
ユヴェンは蔓めいた左腕を力の限り縮め尚加速、力の限りバックスイングしたミヌレを突き出し、邪竜の胸に渾身の一刺を叩き込む!!
深々と突き立った槍、その奥で、鉱石竜の力を爆ぜさせる。ミヌレの嘶きと共に虹の光が溢れ――
炸裂ッ!!
『ッが、ああアァァ!!!』
苦鳴、天を衝く。邪竜の胸が大きく抉れ、その巨体がずうん、と圧されたように蹈鞴を踏んだ。反動で吹き飛び墜ちつつ、ユヴェンは槍をただ強く握る。
誇れ。
友より託された槍は、今、確かに、邪悪なる竜の胸を穿ったのだ。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
メトロ・トリー
◎
聞いておくれ、荊棘くん
仕える使えるうさぎとはとても言えない状態なんだよ
腕くん離婚、耳も家出ちゅー、溢れた腑ぶーらぶら
かわいいメトロくんが台無しじゃあないか!もう!
でも大丈夫、大丈夫だよ
ぼくの削れる部分なんて、まだいっぱいあるもの!
秒針が進む速さで脳味噌が溶けていくのがよおく分かった
ほら!片腕でも大きなナイフを振り回せるし
ほらほら!蜥蜴さんの腹に突き刺したよ!
尻尾ビンタなんてピョンと避けちゃう
逆に尻尾に噛み付いて血を吸ってやるのさ
あ!でもながーい爪に掴まれちゃって絶対絶命!?
大丈夫、大丈夫だよ
きゃは
ぼくは考えられる間に最高の血祭りを思い浮かべるのさ
ほら、ほら!全部ぼくの思い通り!
しんじゃえ!
●ヴォーパル・バニー・ブラッディ・ロアー
「ねぇね、聞ぃーいておくれ、荊棘くん。もうぼく、仕える使えるうさぎとはとても言えない状態なんだよ」
うさぎは真っ赤に濡れた唇で呟いた。
「腕くん離婚、耳も家出ちゅー、溢れた腑ぶーらぶら。かわいいメトロくんが台無しじゃあないか! もう!」
メトロ・トリー(時間ノイローゼ・f19399)だ。可愛らしい口調で自分の状況を鑑みるが、その実情は凄絶の一言だ。右耳を喪失。左腕を喪失。左腹側部が大きく抉れて、それと繋がった真一文字の刃傷から、はらわたが飛び出している。まろび出た腸に、彼自身が身体の中から引き摺り出した荊棘が絡みつき、血を迸らせている。
死んでもおかしくないその重傷に、更には右胸と左大腿に剣での刺傷がある。満身創痍という言葉で説明するのも生ぬるい。ほとんど死んでいるようなものだ。
「でもでも、大丈夫、大丈夫だよ! ぼくの削れる部分なんて、まだまだいっぱいあるもの!」
秒針の進む速さで、脳味噌が溶けていくのがよくわかった。狂った時計ウサギは、赤茶の瞳を爛々と煌めかせる。
百メートル超の竜、その側面から襲いかかった。正面で他の猟兵が戦闘しているまさにその最中を狙う。グレイヴめいた長さの、巨大なテーブルナイフを右手一本で取り回し、メトロは悪鬼のように跳ね駆けた。空に光った涯ての光が、束の間、メトロの身体能力を賦活している。
地面から迫る猟兵が他に数名。イラースは苛立たしげに身を返し、長い尾を撓らせて地面近くを勢いよく薙ぎ払った。尖端が撓り音速を超え、衝撃波を発する。テイル・スイング。
数名の猟兵がそれに巻き込まれ回避を余儀なくされる中、十メートル近くを跳躍し尻尾を回避しながら、メトロは巨大なナイフを尻尾に突き立て組み付いた。
『があぁぁあぁぁアッ!!』
不快げなイラースの吼声を無視。凄まじい勢いで振り回されながら、牙を剥き出しにして尻尾に食いつく。鱗食い破り、溢れるどす黒い血を呑み、濃密な魔力を吸う。茶会の友にするには余りに酷い味に嘔吐いて、その度メトロは引き攣ったように笑った。
「う゛エッ、ゲホッ、っは、きゃはっ、きゃはははは! まっっっっずいなぁ!」
イラースは即座に対応。尻尾の竜麟を変形させ、竜麟魔砲を構築。メトロを射貫かんと十数発を放つが、しかしその軌道上にメトロの姿は既に無い。
はらわたに絡んだ荊棘が伸びて、アンカーめいて竜の右脚に突き立っている。それを縮め、その収縮力でサーカスめいて空を飛んだのだ。
「ほぉら、片腕だってこんなことができちゃう!」
メトロはイラースの脚に着地するなり、荊棘を巻き戻しながらナイフを振り回した。壁に絵を描いてくるくる回る子供みたいに、イラースの膚を滅茶苦茶に斬り裂きながら、竜麟魔砲をアスレチックめいて蹴って、イラースの身体を駆け上る!!
「痛い? ねぇ蜥蜴さん教えておくれよ! 荊棘くんもぼくも、知りたくてたまんない!」
歌うように言いながら、狂ったうさぎはナイフを突き出した。ぞぶん、とイラースの腹に刃が埋まり、黒い血が飛沫く。
『がぁアッ!!』
「あッ」
苛立ちも露わに、竜がその右手を閃かせた。小さきメトロの身体が囚われ、その手の内で握りつぶされる。全身の骨が砕ける。血が噴き出す。
メトロは最早、まともな思考を出来る状態では無かった。故に理性など、全て焼べて捨てた。考えるのは、この竜を如何にして屠るか。想像出来る、最高の血祭りは何かということだけ。
ああ、ナイフでね、寸刻みにするんだ。飾り切りにしたげる。細かく切れ目を入れた野菜が、アコーディオンみたいに伸びるの、きみだって知ってるよね? あんなかんじ!
「だいじょ……ウぶ、大、丈ブ……だよ、きゃは、きゃははっ」
――焼べた理性が、メトロの動かぬ躰を無理矢理に駆動する。
「きゃは、きゃははははははっ!!」
う゛ぉっ、と音を立てて、握られた状態のままナイフが一閃した。否、一閃ではない。四、五程の斬光が走り、竜の掌が裂けて指が飛んだ。
『ギィィイアッ!?』
「ほら、ほらほらほらほらほら!! 全部ぜぇんぶぼくの思い通り!! しんじゃえ、しんじゃえしんじゃえしんじゃえええええッ、しね
!!!!!!!!!!!」
真っ赤に染まったヴォーパル・バニーが疾った。落ちる竜の指を蹴ってイラースの右腕に飛び乗るなり、ナイフを突き立て、足場となる腕を手当たり次第に滅多裂きにしながら転がり走る!! 前腕、上腕、肩、彼が疾った順に濃霧めいた噴血が起き、
耳障りなイラースの咆哮が耳を劈くその前に。
メトロのナイフが、竜の首を裂いて抜けていた。
――ほら。
さいこうのちまつりだ。
駆け抜け、力尽きたように落ちるメトロが見守る中、竜が、怨嗟と苦痛を天にぶつけるように吼える。
成功
🔵🔵🔴
芥辺・有
◎
随分育って出てきたじゃないか
馬鹿みたいにでかくていけないね 首が痛くなりそうだ
これも小さかないのにさ……比べるとゴミみたいな大きさみたいに見えちゃうな
ほら、そうして足でも食ってな
食い出があるだろ 味は知らないが
デカブツの足元に食らいつく蛇の体を蹴って飛び上がる
同時に白い翼を広げて
おっと……久しぶりだからどうかと思ったが
案外飛べるもんだ ――ああ、おや、見えるもんだね、顔
……ね、何だか気分がいいんだ、今
ここで死ぬかもなんてね、……そう思うとさ はは
あるいはお前の墓場なのかな
まあいい どれが死ぬかだ やりゃわかる
杭をデカブツめがけて振るう
少し力が弱いのは許してよ なにせ生えたてみたいなモンでね
●デスプレイスエクスプロラ
「……随分と育って出てきたじゃないか。馬鹿みたいにでかくていけないね。首が痛くなりそうだ」
間近で見上げれば、きっと顔も窺えまい。皮肉っぽい口調で言って、女は臓腑より込み上げてくる血を飲み下し、口元を拭った。紅差したように血がかすれる。
巨大なる敵、憤激魔竜『イラース』。この常世全てを焼き尽くすためにだけ存在する怒りの竜。その全身の鱗は鋼鉄が如く。更には鱗を変形させ、竜麟魔砲を成し、全方位への砲撃までも可能とした、まさに悪夢のごとき敵。意思持ち蠢く要塞と言っていい。
呆れるほどの敵の性能に、女は、――芥辺・有(ストレイキャット・f00133)は、かすれた声で嘯いた。
「おいで。飯の時間だ」
ず、ずず、ずうっ、
闇の中に闇より尚黒く、何かが凝った。有の後ろに現れるのは全長三十メートルはくだらない、漆黒の大蛇である。長い身体をのたくらせ、尻尾を震わせて、じゃああああああっ、と威嚇音を発する。
『水つ霊』。有がユーベルコードで喚ぶ黒き蛇。
……しかし巨大なる蛇のその体躯さえ、イラースと比較すれば霞む。体積比は例えるならば、人間とマムシほどもある。
イラースが、黒蛇を認識した。黒蛇の威嚇の音が高まる。
「これも小さかないのにさ……比べるとゴミみたいな大きさみたいに見えちゃうな」
有は悔しがるでもなく、ただ呆れたように、竜と蛇のにらみ合いを見上げて、クイと顎をしゃくった。
「ほら、食いつけ。あれだけでかいんだ、食いでがあるだろ。味は知らないが」
じゃ、あああっ!!
蛇の瞬発力は凄まじい。彼らが獲物を捉まえるとき、撓る首の速さはまさに目にも留まらぬ速度だ。残像を残すような速度で跳ねた大蛇がイラースの脚に食らいつく。
『ガアァァアッ!!』
イラースは即座に全身の竜麟魔砲を回頭、大蛇目掛けて乱射する。巨大にして強固な鱗持つ蛇だったが、竜麟魔砲を防ぐにはそれでも足りない。長く晒されれば必然、鱗は剥がれ皮は破れ肉は抉れていくだろう。
そうなる前に。有は食いついた蛇の身体を蹴り登り、中空、高く身を躍らせた。
天から注いだ光と歌が、ちぎれた彼女の右腕を癒やすと共に、もう僅かばかり――継戦するための力をもたらしている。
ば、ん! 空気を叩く羽撃きの音一つ!
先程までは何もなかった有の背にはためくは一対の白い翼。天使の翼だ。
「――おっと、久しぶりだからどうかと思ったが――案外飛べるもんだ」
イラースの竜麟魔砲が有をも狙う。下の蛇が持ち堪えている間に、有は最大速度で上昇した。竜麟魔砲の火線が順次火を噴くその一歩先を翔破し、月をバックに宙に躍る。煌めく金眼をとろりと眇め、女は邪竜の眼を覗き込んだ。己と同じ金色の眼を。
高度百メートル超。愛無き牙を右手に提げて。
「ああ、おや、見えるもんだね。顔」
有は、黒杭の柄を飾る長い武器飾りを掴み、空を切って振り回しながら邪竜へと突撃する。
立て続けに放たれる火炎弾を杭で叩き落とし、爆圧爆風を翼に受けて揚力、推力として舞い飛ぶ。流れ落ちていく血を、留める術はない。長くは保たない。
――そうさ。長くかけるつもりもない。
「……ね、何だか気分がいいんだ、今。ここで死ぬかもなんてね、……そう思うとさ、はは。あるいは、お前の墓場なのかな? ここが。まあ、いいか、どっちでも。どれが死ぬかの違いだけ。やりゃわかる」
捨て鉢にドライに言って、有は羽撃き、最速でイラースに突っ込んだ。迎え撃つイラースの竜麟魔砲、一斉射! 最早回避の隙も無いそれを、
「抉れ」
再三、身の回りに浮かべた無数の紅い杭を斉射することで相殺、相殺相殺相殺!!!
この上使う、『列列椿』!! 己が血を杭にする範囲攻撃! 火炎弾の嵐をほんの一部だけ相殺し、炸裂する熱と爆炎の中に有は迷いも無く飛び込んだ。
全身が焼ける。翼が焼け落ちる。撃ち漏らした火炎弾が翼を撃ち貫く。悪態さえ出ないような痛み。
――それでも左手に握りなおした杭だけは、絶対に離さない。
斉射を抜ける。有の全身は各所が焼け焦げ、まともに動かないような有様だった。角膜が熱変して白濁し、最早視界に掛かった靄も取れぬ。翼も片方、穴が空き、揚力が確保出来ない。
その満身創痍の有様で、有は這々の体でイラースの胸元に到った。細腕の力を、残った僅かな推力を、一心に乗せて黒い杭をイラースの胸に突き刺す。
――イラースの竜麟を、皮を、僅かに裂いて突き立った杭。巨竜に何ら痛痒を与えぬ掠り傷のような一撃。
嘲笑うように、周囲の竜麟魔砲が、イラースの胸元に着地した有を咆哮で睨む。ここが貴様の終わりとばかり。
「少し力が弱いのは許してよ――なんせ、生えたてみたいなモンでね」
有は犬歯を立て、右手の平を噛み裂いた。治ったばかりの右手から鮮血が迸る。杭尻に右手の掌底を叩き込み、滴る血を杭に伝わらせた。
――伝った血は竜の傷口に流れ込み。
その奥で、ああ、彼女が吹かす棘の葬列が結実する。
『ッゴアアアアアアアアアアアアッ?!』
傷の中に染みた有の血が、竜の体内で棘杭――『列列椿』となって荒れ狂う!! 血管を裂き、肉を穿ち傷つけ、裡側から竜の肉体を破壊していく!
身を捩りのたうつ竜の身体を蹴り離れ、落ちる。
遠ざかる傷を見上げながら、有はハスキーボイスで囁いた。
「……どうやら多分、私の死に場じゃないみたいだ。ここはさ」
それじゃあ、きっと、お前のだな。
成功
🔵🔵🔴
空・終夜
◎
回復は腹部
もう一走りできる程になれば十分
そうか…
その悪意にはちゃんと理由があったのか
命を賭けて戦争を起こす程の願いが…
なら
俺も見合えるように征くとしよう
UC起動
「彼の者が望む終焉を与えたもう――Amen.」
全力魔法/属性攻撃
Grim Reaperを聖を宿した氷属性の断頭大斧に形成
大斧を背に構えダッシュ
攻撃に対するはカウンター/武器受け
放つ攻撃はジャンプ/捨て身の一撃
この戦は愉しかったか?
命を燃やし尽くす程の価値を見出せたか?
俺には
姿を変えてまでの臨みがない
だから…少しアンタが羨ましいかもしれない
闘争を愛し
戦を求め咆哮する姿が
この聲は聞こえないだろう
だが敢えて問う
命尽くした最期の言葉を聞きたい
●ソラニサク
光と歌を浴び、腹を埋めた。もう一走りできれば十分。それ以上は望まない。
左腕はないが、右腕はある。武器振るう事くらいなら出来る。脚は傷つき左肺には穴が開いているが、短期的な機動に問題なし。
決して分のいい戦いではないが、勝算がないわけではない。
「そうか……その悪意には理由があったのか。どれだけ身勝手であれ、命を懸けて戦争を起こすほどの願いが」
敵が人を殺した、ただの殺戮者である事に疑いなどなく。断たねばならぬ悪だということにもまた変わりない。
だが、そこには敵なりの理由があった。どれだけ浅ましく独善的であろうとも、命を懸けた殺し合いをするだけの――或いはそれそのものが目的だったか――理由が。
空・終夜(Torturer・f22048)には、怒りという感情がない。故に猛るでもなく、激するでもなく、ただただ凪いだ声で続ける。
「なら、俺も見合えるように征くとしよう。彼の者が望む終焉を与え給う」
終夜が振った右手の先に、ぎゅるりと血が渦巻いた。血はすぐさま断頭大斧の形に固定され、そこに冷気が纏う。
終夜はその身の丈に見合わぬ巨大な斧を軽々と取り回し、背に負うように構え、姿勢を低くして駆け出した。
『ガァア、アアァァア!!』
烈気凄まじい。イラースの竜鱗が変形し、砲身を形成する。構築された竜鱗魔砲が、終夜を吹き飛ばすべく火を噴いた。終夜は斧を振り回し受け弾く。着弾の瞬間に爆裂する炎の熱気が、爆圧が、終夜の身体を焼き砕く。だが、焼けた血を撒きながらも終夜はなお止まらない。それどころか、流れた血の全てを大斧――『Grim Reaper』に流し込み、その威力を一層高める。
「楽しかったか。この戦は。命を燃やし尽くす程の価値は、見出せたのか?」
終夜の声は酷く静かだった。そこには責めるような響きはなく――只純粋な興味と、僅かばかりの羨望があった。
返答は火焔の嵐であった。最早魔竜は言葉など解さぬ。戦争卿の意識さえも、或いは溶けて消えてしまったかも知れない。
終夜は斧を地面に叩き付けた。地中の水分を一瞬で凝結操作、氷の槍めいて無数に射出し、火炎弾を叩き落とす叩き落とす叩き落とすッ!!!
「俺には――姿を変えてまで果たしたいような、望みがない。だから……少しアンタが羨ましいかもしれない。戦うためだけに自分を棄てるほど闘争を愛し――戦を求め咆哮する姿が」
氷槍での迎撃を数秒で切り上げ、僅か薄くなった弾幕の中に飛び込み、終夜は捨て身の構えで突っ込んだ。流れる血の一部を、黒騎士共を屠るのにも使った蜘蛛脚――Spiderに変じ、機動を補助する。直撃だけは避け続け、竜との相対距離二〇メートルの地点までつける。
終夜は身を撓めた。蜘蛛脚が溜めた力の余りにみちみち、ぱきぱきと軋む。顎を天に突き出すように竜の巨体を見上げ、終夜は囁いた。
「この聲は、きっと聞こえないだろう。――でも俺は知りたい、卿よ。この戦いは命に相応しいものだったか。お前の最期の言葉を――教えてくれ」
ああ。その言葉に応えがないことないくらい解っていた。
加速された思考、鈍化した世界の中、竜鱗魔砲に赤々と火が点る。終夜を焼くための光。それが放たれる前に、Spiderと己の脚の全力全霊を込めて終夜は跳んだ。
上昇。空中、身を捻りスピン。射出される火炎弾を、振り回すSpiderで弾き、或いは純粋な速力で回避し、放たれた火炎弾を寄せ付けずに高度を上げる。
最早不要となった蜘蛛脚を撓らせ飛刃として飛ばし、殺到する火炎弾を撃ち落とし、空に咲く紅蓮の爆光を潜り抜けた。
全身は焼け、血が蒸気となって上る満身創痍の有様だ。それでも終夜は突き抜けた。只一個、断頭のための機構となって。
最早言葉もなく、彼は裁きを――血の断頭斧を振りかぶった。
「Amen.」
そうあれかしと祈りの言葉。
安らかなれとは祈るまい。変える答えも期待すまい。
ただこの一刃にて終われと。
繰り出す大斧はまさに断頭台めいて。
イラースの竜鱗を裂き、その首を深々抉って、空に漆黒の血を飛沫かせた。苦鳴の息さえ傷から漏れて、ゴボゴボと血が泡立ち吹き上がる――
成功
🔵🔵🔴
ミハエラ・ジェシンスカ
◎
ああ、やはり貴様は大馬鹿野郎だ
支配も殺戮も、貴様にとっては闘争に至る手段に過ぎないというわけか
それではまるで、戦う為だけのマシンのようじゃあないか
エナジーの充填を確認
【念動力】による機動力の確保に当てる
尤も、もはやまともな空戦なぞ叶うまい
最低限の【見切り】で肉薄し【捨て身の一撃】を届かせるまでだ
たとえこの身が砕け、刃が折れようとも
我が意思だけは必ず貴様の元へ届かせる
悪心回路を起動
最大出力の【殺気】を放ち、ヤツに【恐怖を与える】
たとえ既にただの機構に成り果てていようとも……否
私と同じ戦争の機構であるからこそ
自身へ迫る脅威を感じ取らずにはいられまい
貴様が渇望した殺意だ
存分に持っていけ、戦争卿!
●邪剣、竜を断つ
「あぁ――やはり貴様は大馬鹿野郎だ。支配も殺戮も、貴様にとっては闘争に至る手段に過ぎないというわけか」
ふつふつと、怒りに燃え立つような声が言った。
ザッ、ザリッ、声には所々ノイズが混じる。まるで壊れかけのラジオのようだ。
しかし、決してその怒りの熱が冷めることはない。残った隠し腕二本、その尖端のフォールンセイバーを、巨竜の――戦争卿の喉に埋めてやるその瞬間までは。
「――それではまるで、戦う為だけのマシンのようじゃあないか。戦争卿」
戦う為だけのマシンがそう口にしたことを、皮肉と呼ばずに何と呼ぶ。
ミハエラ・ジェシンスカ(邪道の剣・f13828)は己のサイキックエナジー残量を確認する。およそ二十二パーセント。黒騎士らを突破してきたその直後の値が八パーセントであったことを考えれば、天から降る光と響き渡る歌は、確実に彼女の消耗を回復してくれていた。
(フォールンセイバーの稼働に必要な分を残して、全て機動力の確保に当てる。残存念動力チャンネル、全てを機体制御及び推進力に充当。――どうせ受けて耐えられる機体強度は残っていない。障壁など要らん)
ミハエラは最早四肢を喪い、残った装甲の各所にも傷と歪みが目立つ。武器は隠し腕と呼ばれる補助格闘アームユニットと、その先に展開された二本の念動剣『フォールンセイバー』のみ。ブースターによる推進をするにも、ウェイトバランスとエアフローがメチャクチャで、影響演算の上念動力で補正しなければ真っ直ぐ飛行することすらままならない。
(まともな空戦など叶うまい。――だが上等だ。『まともな空戦』などで、あの巨竜に届くものか)
――然り。あんな化物に、精々が人間大のサイズで挑もうというのが狂気の沙汰。しかしそれでも牙を剥く。邪剣には邪剣の矜恃があるのだ。
「たとえこの身が砕け、刃が折れようとも――我が意思だけは必ず貴様の元へ届かせる」
距離一〇〇。目標、憤激魔竜『イラース』。
猟兵の攻撃が炸裂し、巨体が蹈鞴を踏んだその瞬間。
ミハエラは推進器を全開で解放、撃ち出された弾丸のように飛翔した。
躯体が軋む。罅の入った装甲の表層が剥落する。推進炎を散らし、滅茶苦茶にぶれる躯体の軌道を念動力で補正し、真っ直ぐに、流星の如く翔ける。
イラースが口を開き、前方扇状を薙ぎ払うように広範囲に火炎放射をかけた。直撃すれば命は無い。ミハエラは即座に高度を急上昇、火炎放射の範囲から逃れ、イラースの上を取る。
回頭。すぐさま急降下。トップアタック。イラースは即座に肩周りの竜麟を逆立たせ、竜麟魔砲を構築。ミハエラを撃墜すべく無数の火線を放つ。
ヤマアラシの針めいた密度の迎撃弾幕を、隠し腕で叩き落とし、念動力による微細なコントロールで潜り抜けながら、ミハエラは流星の如く墜ちた。
凄まじい弾幕。胴体下部に着弾、ボディが抉れ、爆発により内部フレームに傷害。防御が間に合わず左の隠し腕が根本より吹き飛ばされ、左アイカメラ付近に小口径の火炎弾が一発着弾、バイザーが吹き飛び左の視界が失われる。
視界に引っ切り無しにノイズが走り、エネルギーゲインの低下を示すレッドアラートが鳴り止まない。
「――戦争卿。貴様は殺意が欲しいと、殺し合いがしたいと言ったな。――ならば。私が貴様に解を示してやる」
アラートに割り込む、『悪心回路』の起動デーモン。ミハエラの残る右アイカメラが真っ赤に――そう、血のようにぎらりと煌めく。
ただ、争いを求め、相手を殲滅するための存在に成り果てていようとも――否、成り果てていたからこそ。ミハエラと同じ、争うための一個の戦争機構としてそこにあるからこそ。
その殺意から、何も感じぬ訳にはいくまい。
……ず、うんっ!!
例えるならば、ミハエラは空を纏ったかのようだった。それほどまでに圧倒的な剣気を放った。
圧倒的な重圧、プレッシャー。ヒトによってそれは呼び方は様々だったが――ミハエラはそれを便宜上、『殺気』と呼んだ。指向性を持ち、敵の隙を作り殺すための、気魄と精神的重圧。――是をして、彼女は『鏖殺領域』と呼称する。
あの巨竜さえもが、それを一瞬、恐れたように右腕を上げた。首が断たれるビジョンが見えたのだろう。当然だ。ミハエラは、『貴様の首、右を断つ』と殺気に込めたのだから。
そこを衝いた。奇しくもそれは剣の達人の、剣気によるフェイントめいて。
動揺交じりの腕を避け、ミハエラは左より突っ込んだ。最後に残ったフォールンセイバーに、己が全てのサイキックエナジーを突っ込み――
「これが貴様が渇望した殺意だ。――存分に持っていけ、戦争卿ッ!!!」
――斬ッ!!!!
満身創痍の邪剣の切っ先が、今まさに邪竜に届く。
ミハエラが飛び抜けるのに一瞬遅れ、イラースの首、左側が裂けてどす黒い血が飛沫く――!!
成功
🔵🔵🔴
ジェイ・バグショット
……嘘だろ。全く…、悪夢かよ。
オブリビオンってのは何でもアリなのか?
途方もなく強大な力を嫌でも再認識させられる。
BLOODAMによる【リミッター解除】
失血の再利用と戦闘力の底上げ
仲間からの治癒効果は負傷よりも体力の回復へ回す
一発でも喰らえばヤバそうだな…。
回避は最優先
UC『キリングナイト』で
的にならぬよう拷問具『荊棘王ワポゼ』と『首刎ねマリー』に注意を集める
敵の視界外からの【騙し討ち】
拷問具で狙うのはウィークポイント
目や口腔内、喉元など鱗で覆われていない部分
弱点が全くない訳じゃあねーだろ?
あとは隙を作るだけだ。
絶叫のザラドは重量級の刃
リミッター解除によるパワー増強も相まって重い一撃を食らわせる
●Blood Engine.
空から、流星めいて一機の猟兵がイラースの首を目掛けて翔け降りた。
それを見上げながら、甘ったるい匂いのする煙草のフィルターを噛み潰す。隙間から口腔に流れ込む、焦げたチョコレートの薫りをひと吸いして、肺腑の中に満ちた煙を吐きだした。
「……嘘だろ。全く……、悪夢かよ。オブリビオンってのは何でもアリなのか?」
ああ、畜生、こちとらこれだけ苦労して、過去を屠るためにあの手この手を尽くしてるってのに。
煙草でも吸わなきゃ、現実を認めてもいられない。さっきまでは互角真面に組み合えるようなサイズだった敵が、百メートル級の巨大なバケモノに姿を変じた、なんてのは。
じりじりと立ち上る煙を透かして、ジェイ・バグショット(幕引き・f01070)は敵を見上げた。憤激魔竜『イラース』。戦争卿がその存在量の全てを尽くし、この地に這う魔力の源、龍脈全てを吸い上げて変貌した姿。
――途方もない力だ。一人の人間には及びも付かぬほど、強大な力。それを嫌と言うほど再認識させられながらも、ここに来て諦めるなどという選択肢があるわけもない。
「全く、難儀だ、猟兵ってのは。……だが、やってやるさ」
ジェイは降り注ぐ光と、風に響く歌に願う。
傷は二の次だ。……動くための活力を、体力をくれ、と願った。
血を流せば流すほどに彼の凝血式装甲『BLOODAM』は力を増す。ならば、ごく短期的に見るのなら、傷を塞ぐよりも余力を増す方が、瞬間最大出力は向上する。
「集まれ。……奴をぶちのめす。俺に、従え」
流れ落ちて地に浸みるはずだった血が集まり、ジェイを覆う。
――仮にそれを、機械で代替するとすればどれだけの機構が必要だったろうか。
流れる血はジェイの外装、鉄血の鎧を補強・強化し、体積を変化。分厚い装甲だけで無く、流れるためのパイプ網を形成した。
まさにオーバードライブ、リミッター解除。装甲が張り詰め、各所よりばしゅ、ぶしゅう、と音を立てて血の蒸気を排気し、凄まじい流速で血が循環し始める。それは流れる血が、必要なとき、必要なだけ、必要な場所に留まり――一気に流れ出すことで、必要な出力を得るための機構。
ブラドエンジン
言うなれば血 殺 機 関が、BLOODAMに備わる。
「――征くぜ」
翔け降りた猟兵が、あの竜の首を抉り血を散らしたその瞬間。
ジェイは手の剣を強く強く握り締めた。
死せる罪人。『絶叫のザラド』を。
爆発に等しい速度で地を踏んだ。
あの火炎砲の嵐。一撃でも喰らえば勢いを削がれ、最悪そのまま戦闘不能だ。ならば、
「征け」
ユーベルコード『大殺戮の夜』!
ジェイは悪辣なほどに分かりやすく――イラースの周囲にくまなく、『一瞬後にお前を殺しに行くぞ』とでも言わんばかりに、殺意の結晶を凝らせる。
拷問具、棘つき鉄輪――荊棘王『ワポゼ』を。
刎首機械、『首刎ねマリー』を。
『がァっ!!』
イラースはその挑発に乗じるように、全方位目掛け、逆立てた鱗を変形させた砲身――竜麟魔砲により、全方位砲撃を放つ。ワポゼが、マリーが、その性能を発揮出来ぬままに叩き落とされ、鉄屑、億の細片に分解され散る。
――だがそれこそが狙いどおりだ。ジェイは火力疎らな地表を、流れ弾を避けながら走る。
マリーとワポゼは、邪竜の足下を避けるように配置した。言うなれば囮。
浮かべた拷問具に注意を取られたならば、その瞬間が命取り。
ジェイは、縮みゆく己が寿命を噛み潰すように歯を剥き、諸歯を食い締めた。
血殺機関、出力全開。
上体流路に集中させた血を、一気に下に流すその反動。
噴き出す血の蒸気。その出力。
そして撓めた膝、踏み切る彼自身の膂力。
それらが全て相乗し、ジェイ・バグショットの手が幕を掴む。
跳躍。カタパルトに撃ち出された飛石めいてジェイの身体が宙を舞う。
いや。……駆け上る!!
ジェイは、それまでの猟兵の攻撃で鱗が剥がれ、脆くも膚が晒されたイラースの下肢から腹、胸、首筋を、駆け上りながら、引き摺るザラドの重き剣身にて引き裂いた。己を針として、敵の弱点をつなぎ縫い通すような疾走。身をのたくらせて暴れる巨大なる竜の身体を蹴り、ジェイは高々と跳躍。敵の目と鼻の先、巨大なる竜の左目、その三メートル上地点が放物線の頂点。
――その距離も計算していた。これだけ近くては火も噴けまい。
身を限界まで反らせ力を溜め、
「言っただろ。あの紅い月にかけて――お前を終わらせてやるってな」
血殺機関の圧力を高め、身を反らして生まれる、全ての筋力の威力と重ねる。
竜が首を逸らすよりも早く、ジェイは全ての力を剣に乗せて、必殺の刃として振り下ろした。
――――打撃力、壮絶ッッッ!!!
振り下ろされた剣が頭骨に響く快音を奏でた。
あの強大なる竜の頭部骨格が歪み、左目が完膚なきまでに叩き潰される。
天を衝くような血の奔流が吹き上がり――世界を震わすような、怨嗟の竜鳴が響き渡る
……!!!
成功
🔵🔵🔴
逢海・夾
◎
何も変わらねぇよ、倒せばいいんだろ
助けられた分、役には立つさ
力比べする相手じゃねぇ、削られる前に削らねぇとな
オレの使えるものはまともに動く体、【狐火】、【煙】、得物か
狙うは目だな。視界を潰せりゃいいが、駄目でもダメージにはなるだろ
【煙】で目くらまし、【狐火】で攪乱兼攻撃といきゃ最高だが、結局はできることをやるだけだ
ヒトがいなきゃ詰らないか?悪いがオレで間に合わせてもらうぜ
遊んでやる暇はねぇが、飽きさせもしねぇよ
精々派手に足掻くさ、見るならオレだけ見てろ
今度は簡単にはくれてやらねぇからな、ちゃんと狙えよ
少しでも隙を作りゃ、噛み付く奴は必ずいるだろ
オレじゃなくたっていい、誰かが届けば、それでいい
●化かし狐火大一番
打ち下ろされた剣が、壮絶な音を立て、竜の眼窩を穿ち頭骨を響かせ、血を飛沫かせた。あの竜が、あの巨体が、凄絶な苦鳴を上げて、一撃を加えた猟兵を振り払う。
「ハッ、景気がいいこった。――オレも征くとするか」
妖狐の青年――逢海・夾(反照・f10226)はぽつり呟き、手にダガーを握り直す。相手は一〇〇メートル級の巨大なる竜。その火力比類なく、この闇の世界を灼き尽くすかに思われた、最強最悪の邪竜。それを相手にするにしては夾の台詞はあまりに軽い。
だが、ごくフラットだ。気負いなく、己のするべき事をするだけだという割り切りがある。デカくなろうが、縮もうが、敵の本質が変わるわけではない。
ならばすべきこともまた変わらない。倒せばいいのだ。
多少の傷はあれど身体のコンディションは十全。手持ちの武器は狐火、幻影煙、そして右手に握った短剣。
たった三つ。されど、竜を化かすに不足なし。
「助けられた分の役には立つさ。なァ?」
今なお天を舞い、蝶の舞う如く攻撃を加える恩人――優詩とフェルトを一瞥し、笑み一つ。夾は地面を蹴って走り出した。
――先行した猟兵が敵の左目を叩き潰したならば、左の警戒は手薄の筈。
夾は即座に状況を判断し、左より、地団駄を踏む竜の足下に駆け込んだ。同時に跳躍。鱗の変形した砲塔、竜鱗魔砲を蹴り駆け登る!
「呆れたデカさだ。まったく、どんな芸を使ったんだかな。――力比べするような相手じゃねぇ。削られる前に削ってやる」
軽口一つ。
一息の跳躍で敵の前に躍り出る手は取らない。それが得策となるのは、一撃叩き込めればそれで構わないというケースのみ。夾の目的とは合わぬ手だ。ひっきりなしに暴れる竜の身体を、夾は凄まじい速度で蹴り上っていくが――竜とて、その違和感に気付かぬ訳もない。
イラースが吼えた。
首を巡らせ、右眼にて、腹まで駆け上がった夾の姿を捉える。同時に夾の周りの魔砲がその砲身を歪曲して彼を睨んだ。凄まじい反応速度、だがそれよりも夾の行動が速い。いつの間にやら咥えた煙管、ふうと吐き出す梅香の煙が広がり、夾の姿を覆い隠して照準を外す。
「今度は簡単にはくれてやらねぇ。よく狙わねぇと後悔するぜ」
『がぁアっ!!』
不快げないななきとめくら撃ち。乱射される火炎弾は、しかしそれでも凄まじい弾幕密度だ。
「ぐッ
……!!」
ほとんどを大部分を回避しながらも、一矢着弾。右脇腹あたりが灼熱し、爆圧が骨を軋ませ、肉が炭化するほどに熱で焼ける。たった一発もらっただけでその威力。
だが、脚は動く。夾は煙による照準欺瞞を継続、全力で竜の身体を駆け上った。
今の自分に出来る事は攪乱、そして隙を作り出す事。誂え向きな事に、敵の左目はまだ潰れている! ならば!
――もう片目も叩き潰し、今しばらくの隙を作る!
「オレ一人が相手じゃ詰まらないか? ま、そう言うなよ。悪いが付き合ってもらうぜ。――さぁ、見るならオレだけ見てやがれ!! 遊んでやる暇はねぇが、飽きさせやしねぇよ!」
他の猟兵が穿った胸部の傷の復元痕の凹凸、そして魔砲を足がかりに駆け抜け、夾は左手に狐火を浮かべる。
生半な火焔では話にならない。ならば全力をぶつけるまで!
夾は再び浮かべた煙幕に幻影を映す。『梅華・幻煙奇譚』! 竜が求めるは強き敵、即ち猟兵! 一瞬にして十数人の猟兵の幻影を広げ、片隅に混じって残り僅かな道程を駆け抜ける。
対するイラースの迎撃は苛立ちを映すかのように熾烈だった。間近で展開された幻影を全て撃ち抜かんとするかのように、短砲身の竜鱗魔砲を構築、激烈に火炎弾を撒き散らす。歩兵戦団の槍襖めいた至近での乱射だ。夾も右肩、左腿、右膝を撃ち抜かれ吹き飛ぶ。爆風で、竜の目と鼻の先に浮く夾の身体。
幻影が失せる。最早騙しは効かない。敵の攻撃手段は噛み殺すも焼き殺すも選り取り見取り。絶体絶命。
――ああ、でも、ここまで来た。爆炎が四肢を焼けど、まだ左腕が残っている。
夾は左腕を力一杯に伸ばした。かざした手の先に、己が最強の熱を想起する。
狐火、五四個まで同時に制御が可能な筈の炎を、ただ一個に練り合わせ――
「喰らいやがれッ!!」
解き放つ!!
イラースの竜鱗魔砲に劣らぬ灼熱の狐火が、まるで彗星の如く閃を引いた。目標はただ一点。――イラースの右眼!!
炸裂、散華する爆炎――!!
『ご、がアアァアァァあぁ
!!!!』
音圧だけで人を殺せそうな、竜の怨嗟の叫びが響いた。イラースの金眼は最早両共に失われ、吹き出すどす黒い血が涙のように滴り落ちる。
この隙に、必ず誰かが食らいつくだろう。
「――言っただろ。よく狙わねぇと、後悔するってな」
落ちる滴と同じ速度で、嗤う狐が地に落ちていく。
成功
🔵🔵🔴
ヘンリエッタ・モリアーティ
【双竜】
うん、ボロボロだ。ハニー、おまえをそうしたあいつが憎いよ
――言っておくが『キレやすさ』だけは誰にも負けない
問答無用、征くまで。私たちの先に、道が在る限りね
起動、【安難ノ太刀】
あたりの血、霊魂、目に見えぬ何から何までを生命力として吸収してやる
『ワトスン』、私を癒せ。紫衣紗の力を使って底上げしろ
地獄に落ちれば燃やされるらしいけど
ああ、なら――『こんな地獄は』なまぬるい
もっともっと、火力を上げるべきだったな、この『トカゲ野郎』
焔すら断つ、空気すら裂く、つがいの動きに合わせて、無駄は省き
得た戦闘知識と怪力で、お前を叩き斬ってやる
見せてやる
『竜』というのは、『こう』怒るのが正解だ
――絶えて、死ね
鎧坂・灯理
【双竜】
お互いボロボロだな、ダーリン だが生きている
ならば征ける、そうだろ?
嗤いたいならいつまでだって嗤っていろよ、ヤブ蚊
そのまま沈め
私は人から生まれた怪物 最悪最強の竜が私のつがい
貴様程度ではまるで足りない 私と彼女を殺すには、到底足りちゃいないんだ
今からそれを教えてあげる
『双睛』よ、私の意思を汲め 『鳳凰』よ、限界を飛び越えろ
私たちを燃やすって?あまりにも温いよ、その程度じゃ
私は「不死鳥」
炎の中より生まれ変わるもの 炎を喰らい、より高みへと昇るもの
貴様の炎をすべて喰らい、強化された力のすべてで貴様の体を押さえつけよう
自分を捨てたものでは私に勝てない
さあ、ハティ
とどめを譲ってあげる どうぞ
●『竜』を畏れよ
「お互いボロボロだな、ダーリン」
「うん、ボロボロだ。ハニー、おまえをそうしたあいつが憎いよ」
「ああ。私もだ。……なあハティ、確かに私たちはもうボロボロで、ズタズタだ。だが」
「うん」
「――だが、生きている」
「うん」
「ならば、」
「「征ける」」
重なった声に、つがいの竜は場違いなまでに柔らかく笑った。
竜の両眼が失われたその瞬間を狙い、矢の如く駆け出た二人の猟兵がいた。
ヘンリエッタ・モリアーティ(円還竜・f07026)、そして鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)。ヘンリエッタは左腕を根本から失い、灯理はもはやただの血袋になった両腕を念動力をギプスめいて使って固定し動かしている有様。全身に走る刃傷が痛々しく、両者ともに今だ血を垂れ流し続けている。
だがそれでも、まだ動く。
「いいザマだな。嗤えるものなら嗤ってみろよ、ヤブ蚊。そのまま沈め。私が、私たちが、貴様を地獄の底の底まで叩き送ってやる」
灯理が嘯くその横で、ヘンリエッタが刀の刃を立てる。
「――言っておくが『キレやすさ』だけは誰にも負けない。今さら赦しを請うても無駄、問答無用、征くまで。私たちの先に、道が在る限りね」
ギラリと煌めいたかに見える刃は錯覚ではない。『安難ノ太刀』、起動。周囲一帯にある血、霊魂、エーテル、魔力の類を区別なく吸い上げ己が活力とする。吸えるのは僅か、今やこの場に一大存在として現界するあの巨竜が、殆どの魔的リソースを持って行くなかのほんの僅か。
だが、それでも構わない。
「癒やせ、『ワトスン』。血を止めるだけでいい。残りは全部紫衣紗に回す!!」
己が中に宿るUDC『ワトスン』に命じ、ヘンリエッタは吸い上げた力を用いて全身の傷、止め処ない出血を一時抑える。全快などには程遠い。しかしそれでいい。
ヘンリエッタは口元を歪めた。それは明らかな、嘲笑の形をしていた。
――あんなものが竜を名乗るとは笑わせる。
・・・・
・・・・・・・・・・
あの程度、これだけあれば充分だ。
ヘンリエッタの内心をまるで知っているように、灯理が詩吟めいて続ける。
「私は人から生まれた怪物。最悪最強の竜が私のつがい。そうとも貴様程度ではまるで足りない。私と彼女を殺すには、到底足りちゃいないんだ、木偶の坊。――今からそれを教えてあげる」
来いよ、と。
最早、骨片混じりの血肉の塊となった両腕を念動力で覆い、灯理はよく通る声で邪竜を痛罵する。
それが引き金となった。未だ言葉を解するのか。邪竜は明確な怒りの咆哮を上げ、鱗を変形させて生み出す火砲――竜鱗魔砲を声の方向、即ち灯理とヘンリエッタへ向けて一斉射した。
その弾幕密度は、既に、壁だ。絶対不可避の炎の壁。全方位に向け放つものを前方一所に目掛け集中させたのだから然もありなん、直撃すれば骨さえ残らないと思われた。
だがしかし、灯理が踏み出す。
――『双睛』よ、私の意思を汲め。『鳳凰』よ、限界を飛び越えろ。魔術式多重展開、心術:『火食い鳥』。
それは熱と炎を吸収し、それを己の力に転化する術式だ。念動力で火線の軌道をずらし、ヘンリエッタに逸らさぬようにしながら、自身が盾となって降り注ぐ紅蓮弾幕を真っ向、受け止めるっ!!
「ッグ、……ッ
!!!!」
それは、猟兵一人が受け止めきれる熱ではなかった。
「あアァァ、あああアァァァアァああアアッ
!!!!!」
瞬く間に許容量を超える。肉体が燃え出す。地獄の只中にさえ、これ程の苦痛はあるまい。よしんば熱を受け止め切れても、叩き付けられる竜鱗魔砲の爆圧と衝撃波は消えない。思念外殻を粉砕する徹甲弾めいた魔砲の爆圧を真正面から喰らい、瞬く間に灯理の全身が拉げた。血を吐く。死が、かつてないほどに間近にある。
だが血を吐きながら、灯理は絶えず思考と証明、演繹と詠唱を繰り返す。オーバーフローした熱量を片っ端から『鸞鳥』で思念力にダイレクトコンバート、燃え砕ける肉体を『九狐』によって修復し、立ち続ける。
押し寄せる火焔の嵐はまるで終末の光景。灯理が立つその後以外が、まるで隕石でも落ちたかのように抉られ吹き飛ぶ。
「――灯理!」
叫ぶヘンリエッタに、しかし、
「言っただろう、ハティ。私はもう、守られるだけの女じゃあ、ない」
灯理はいつものよく通る、落ち着き払った声で謳う。
熱を喰う。脳を強化する。並列演算、思考加速、熱量待避、念動力変換、障壁更新、肉体再生、――嗚呼、脳が焼き切れる!!
ギリギリの綱渡りを続けて、しかしその女はそれでも笑うのだ。
「――こんなもので、私たちを燃やすって? あまりにも温いよ、その程度じゃあ。私は『不死鳥』。炎の中より生まれ変わるもの。炎を喰らい、より高みへと昇るもの。――自分を捨てて、大きな怪物になって、暴れ倒して皆葬ろうなんて――甘っちょろい夢物語だ。お前の炎じゃあ――」
灯理は血の涙を流しながら、咬み付くように叫んだ。
わたし
「不死鳥を焼くには、まるで足りないッ
!!!!!!!!!」
吼え声。弾幕が尽き、僅か一瞬のインターバル。
驚嘆すべき事であった。その場にそんな真似を出来る猟兵が他にいただろうか? 魔竜の全力全開の火力投射を防ぎ止め、愛する半身を守り抜き、そしてなお立って啖呵を切るなどと。
――おお、凄まじき御業。灯理は吹き荒れる弾幕、その一射目を見事防いだ。膚はそこかしこ焼け焦げ、動いているのが不思議な有様。血が噴き出て全身くまなく焼け爛れ、魔術礼装の殆ども焼損し。最早赤黒の血と炎に取り捲かれ、シルエットしか解らないような状態に成り果てて。
しかしそれでも、まだ。彼女は。
「さあ――ハティ。走って。とどめを譲ってあげる」
二射目が来る前に睦言のように囁いて、灯理はプールした熱量の全てを念動力に変換。
空間がみしりと軋む――邪竜がそれを察し、第二射をかけようとしたその瞬間。
灯理は無造作に腕を振りあげ、――『空を落とした』。
彼女が取った動作は、親指を下に出して四指を握り、地に向けて振り下ろすゼスチュア。有り触れた『くたばれ』のボディ・ランゲージ。
――しかしそれに、鎧坂・灯理が、己の呪いと力の全てを乗せたならば。
『ガ、アァアアァアァ、アアアアアアアアア?!』
それは、巨竜すら縛り付ける死刑宣告となる。
凄まじい重力。空が墜ちてきたような重さがイラースを上から圧し潰す。
熱量を変換して得た念動力を全て使い、数百倍の重力でイラースを縛ったのだ。
両目が潰れ、今まさに動きが封ぜられ、補正照準を成そうにも、『基準にできるものが何もない』状態。
棒立ち、よろめき、絶好の機。
――つがいを慈しみたい、その傷だらけの、いや、もう死んでしまうのではないかと言うほどの損傷を癒やしてやりたいと、どれほど思ったか。
けれど、きっと灯理はそれを望まない。
『せっかくこの機を作ったのだから、それは残さず平らげてくれなくては』と。
平気な顔で言うに決まっている。
だから、ヘンリエッタは選び取った。
愛するつがいが最も望む、
つがいのための復讐を。
「――地獄に落ちれば燃やされるらしいな。それなら、『こんな地獄は』なまぬるい。ああ。そうだとも。私のつがいはこんな熱では焼けない。もっともっともっともっともっと火力を上げるべきだったな、この『トカゲ野郎
』!!!」
灯理の横を駆け抜けて、ヘンリエッタは隻腕に一刀引っ提げて爆ぜた。否、爆裂したかのような勢いで駆けた。音が彼女の後ろに付いて従う。馬鹿げたことにその速度は音速を遙かに超えている。地を踏む音も風斬るノイズも、音の全てが彼女の後塵を拝する。
「教えてやる。『竜』というのは、『こう』怒るものだ」
空気を引き裂き地面を蹴った。異様。重力に逆らい竜の身体を駆け上る、その最中でさえ加速している!!
紫衣紗の刃が狂竜の鉄鱗を、紙裂くように貫き通し、ヘンリエッタは兇刃を引き摺るままに竜の身体を駆け上った。絶叫苦鳴、鼓膜が破れるほどの叫び!! だがそんなものは 完 全 無 視 ッ!!!
最早くれてやる言葉も惜しい。思っていることはただひとつ。
――つがいに負わせた苦しみの!! その十億倍を受けてくたばれ!!!
「絶えて、」
ヘンリエッタは敵の胸郭をクレーターめいてへこませるほどに強く踏み切り、
「死ねええぇぇぇええええええッ
!!!!!!!!!!!!!」
その軌跡、まさに昇竜。竜たる怒り、鮮烈にして激烈なり。
力の限り振り上げた刃が竜の顔面を真っ二つに断ち割った。
斬鳴藍穹に響き――遙か空の彼方、天覆う雲が二つに裂ける。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ヘンリエッタ・モリアーティが繰り出した一撃が、イラースの顔面を二つに叩き割った。
数多の猟兵が繰り出した攻撃が、無敵かに見えるイラースの存在強度を削り、その存在自体に綻びを作った涯ての一撃。まさに猟兵達の総力の成果である。
イラースは最早苦鳴すら発せぬままよろめいた。二つに割れた頭部を起点に、その全身に唐竹割りに罅が入っていく。
ばき、ばき、ばき、ばき、……ばきぃ、ん!!
――竜が割れた。二つに。
その内側から、幾分小型になった漆黒の竜が飛び出す。
まるで脱皮したようだ。最早常世の生物の器官、内臓機構の常識など通用しない。
――しかし、最早、あれをどうすれば殺せるのだ、などと嘆く猟兵はいない。
事実は一つ。過大ダメージを受けたイラースは割れて、小さくなった。サイズは目測で全高七十メートルまで縮小。
初期の巨体を維持しきれず無くなった故に――サイズを絞り、無駄を減らしたのだ。
小さくなった分、コントロールはより細密になるだろう。動きも素早くなるだろう。その竜麟は頑強さを増しより密度高く、駆動魔力の全てを今までより一段階圧縮し、より高出力で動くようになることだろう。
だが、それがどうした。
奴とて決して無敵ではない。
猟兵らの思いはただ一つ。
その身縮んで消えるまで、総力尽くして技の精髄を叩き込んでやるのみだッ!!
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
下らん
知性を捨てた知的生命体なんぞ肉塊と同じ
そのザマで竜を名乗るな――不愉快だ
貴様が竜の姿を取るというのなら
こちらも真の姿で相手をしよう
姿形こそ先に見せた黒竜だが、術式で発露させただけのそれと同じ力だと思うなよ
躱しきることこそ不可能と見るが
翼を使って飛びさえすれば、ある程度の損害は防げよう
――現世失楽、【腐乱死体の毒杯】
術中に入れば呪詛の効果で腐蝕する
鱗を引き裂くのは容易でないからなァ
柔らかくしてから引き千切ってやるに限る――そうであろう?
御大層な名を謳うなら、少しくらい頭を回せ
理性を捨てた段階で貴様の負けだ
この場で私を壊そうが、後続の連中が仕留めるであろう
……さて、その程度で「蹂躙」か?
●『竜』を騙らば
「下らん。知性を捨てた知的生命体なんぞ肉塊と同じ。そのザマで竜を名乗るな――不愉快だ」
吐き捨てる男がいた。ニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)である。全身に銃創を負いながらも、彼の左眼は今なお金に燃えている。
竜としての矜持が、あの邪竜の歪なる在り方を許さぬ。怒りと衝動が彼を衝き動かす。
「貴様が竜の姿を取るというのなら、こちらも真の姿で相手をしよう――術式で発露させただけの紛い物の姿と同じと思ってくれるなよ。――我が真体、その目に焼き付けろ!!」
幻想再臨、真体展開、現世失楽――
それは一切の邪悪を布く凍土の魔竜。
ニ ー ズ ヘ ッ グ
『怒りに燃えて蹲る者』が干すは、
ニザフィヨル
『腐乱死体の毒杯』!!
ニルズヘッグは真の姿を露わとし、翼を広げて飛び立った。その全長、現在の力の全てを尽くして二〇メートル。敵の体躯とはそれでも三倍以上の差がある。組み合っての格闘戦は問題外。ならば唯一勝る機動力での勝負となるのは自明だ。
『るぅぅぅぅゥウァアアアアァアアアァゥッ!!!』
イラースが天に吼え、竜鱗魔砲を展開。その展開速度、照準速度共に先程までよりも速い。無数の火炎弾掃射がニルズヘッグの飛ぶ軌跡を追う。ニルズヘッグは羽撃きと共に空気中の水分を集め氷柱として凝結、迎撃機関砲めいて乱射し、火炎弾を撃ち落としつつ旋回飛行! 十、二十、撃ち漏らした火炎弾がニルズヘッグの身体を貫き、衝撃と熱を楔めいて彼に撃ち込む。しかしニルズヘッグはその痛苦を露わにすることなく飛び続けた。
イラースの上方を取り、その身体から黒き瘴気を撒き散らしつつ飛び回る。
『がぁッ!!』
イラースが、魔砲のみならずその口を開き、集束した火焔を放った。まるで高収束率のレーザー砲だ。白熱する火線が天を衝く。辛うじて回避するニルズヘッグだが、それを追うようにイラースが首の角度をぐんと変えた。火線はニルズヘッグの下肢を横切るように唸り、
『ッづ……ゥ!!』
その両脚と尾を、壮絶なる威力で切断した。
漏出する黒い瘴気が降り注ぐ。それを浴びイラースは笑うように低く唸った。
――だが、
『ク、クク……お目出度いことよなァ。私の脚を壊した程度で勝ったつもりか』
しゅう、じうう、じゅううっ……。
戦の音満ち満ちた戦場のど真ん中、イラースの膚が鱗が泡立ち、腐食する。
異変に気付けど、もう遅い。
『これから貴様は未だ後続を相手取らねばならんというのにな。戦争卿? 憤激魔竜? 御大層な名を謳うのなら、少しくらいは頭を回せ。私が無為に貴様の頭の上を飛んでいた訳がなかろうッ!!』
脚失えど翼あり。ニルズヘッグは一転回頭、眼下のイラース目掛けて急降下!!
イラースは即座に竜鱗魔砲で迎撃を掛けんとするが、全身に構築した竜鱗魔砲は既にその大部分が腐食。発射の圧力に耐えられず暴発、暴発暴発!!
『がぁアァアァッ?!?』
これぞニザフィヨルの真価。ニルズヘッグの身体より溢れる腐食の瘴気が、敵の全てを腐らせる!!
生まれた値千金の隙にニルズヘッグが飛び込んだ。爪に氷を纏わせ、一本一本が大剣めいて長大な鉤爪となった右上肢をバックスイング。まるで天空から襲いかかる隼めいたトップアタック!
――竜爪一閃ッ!!
イラースの身が深く裂け、真っ黒な血が噴水めいて吹き上がるッ!!
『ぎ、いィがアアアァァァアぁぁあッ!!』
腕を振り回し薙ぎ払おうとするイラースの反攻を回避しながら、翼に目一杯の揚力を受けて急上昇。攻撃半径より逃れて嘲笑うかのように言う。
『ハ。鱗を引き裂くのは容易でないからなァ。柔らかくしてから引き千切ってやるに限る――嗚呼それとも、貴様にはその程度の智慧もないか。その程度で『蹂躙』とは聞いて呆れる』
ニルズヘッグは羽撃き、左上肢にも右と同様の氷鉤爪を生成。空を羽撃く。イラースはその巨体からは想像できぬ速度で俊敏に飛び退き、瘴気から逃れながら竜鱗魔砲を再生成、ニルズヘッグ目掛け砲口を据える!!
――単細胞め。
ニルズヘッグは声に出さず嘯く。
上空に注意を引き付ければ、それは間違いなく爾後の猟兵の助けとなる。今しばらく、一秒でも長く持ち堪え、後続のために隙を作らんと、ニルズヘッグは考えた。
――それに。
あの莫迦面に、もう一発くらいは叩き込んでやらなければ。竜を騙った不埒者への怒りも、収まりが付かぬ!
『撃ってくるがいい、愚物。貴様にこの私が墜とせるかッ!!!』
羽撃き一つ、ニルズヘッグは再びの加速!
火線曳く無明の夜空を縫い、氷竜が飛ぶ――!
成功
🔵🔵🔴
鷲生・嵯泉
静火で出血を焼き止め、再度前へ
怒りも畏れも――覚悟も
悉くが私の識る竜の何れにも到底及ばん不出来な代物
お前の様な下種が称する竜など不快が過ぎて見るに堪えん
――伐斬鎧征、血符に応えよ
視線や身体の向き、動く予兆や気の流れと云ったあらゆる情報を計り
細かな攻撃は武器受けにて落とし、致命に至るものは見切り躱す
お前に刃を届かせる為ならば、炎とて斬り払ってくれよう
全方位が的と成るなら小細工なぞするだけ無駄か
ならば総ての痛苦は激痛耐性と覚悟で無視し、一気呵成に接敵し
極限まで集中した第六感を以って、攻撃の通る1点を見極め
怪力乗せた斬撃を、鱗という鎧砕いて叩き込む
此の身も刃も、お前なんぞに折れるものか
潰えろ、紛い物
●刃の怒りに触れるだろう
「怒りも畏れも――覚悟も。悉くが私の識る『竜』の何れにも到底及ばん不出来な代物。お前の様な下種が称する竜など不快が過ぎて見るに堪えん」
男は鋼の声で言った。彼は知っている。
イラースの面を、正しき怒りに懸けて二つに叩き斬った円環竜を。
イラースの身体を腐らせ、矜持に懸けてその在り方を否定した冥氷竜を。
故にこそ。最早理性も持たず、敵を焼却し暴れ狂うだけの木偶を、『竜』と称する事が許せない。
術符『静火』で傷を焼き止め、氷竜に次いで襲いかかったのは鷲生・嵯泉(烈志・f05845)。抜き身の刀を引っ提げて、逆手に携えた黒い符を握り潰す。
「血符に応えよ」
潰れた黒符には、嵯泉の血が染みこんでいる。それは緩めた手の内側で、見る間にめらめら炎を上げ燃え――嵯泉の身体に燐光を宿す。
――万象滅砕、『伐斬鎧征』。
刀にすらその燐光這い上り、凄まじい重圧を放つ。発されたプレッシャーを感じ取ったか、イラースは足下、駆け抜ける嵯泉目掛け竜鱗魔砲を乱射した。まさに火の雨。
竜鱗魔砲から発される火炎弾の主な脅威は二つある。
一つ。単純な熱量。
二つ。着弾と同時に生み出される、圧倒的なまでの爆圧、衝撃。
熱を耐えども衝撃が、衝撃を耐えども熱が襲う。同時に対処することは極めて困難である、そう思われた火炎弾の嵐に、嵯泉はあろう事か刀一本で飛び込んだ。
視線。身体の向き。予兆。発砲順。殺気の流れ。
それら全てを織り込んで、嵯泉は迫る火炎弾を、斬る、斬る、斬る斬る斬る斬る斬るッ!! 凄まじい剣速、己に迫る弾幕の悉くを斬り裂く刃!
だがしかし爆圧に対する防御は皆無!! 炸裂する竜鱗魔砲の爆炎が、嵯泉を包み込む――かに思われた瞬間。
・・・
断たれた火炎弾が、『砕けた』。
『がぁぁッ?!』
イラースさえも驚愕した。炸裂するはずの火炎弾が、まるで硝子のように砕けて消え失せる。
「何を驚くこともあるまい。それもまたユーベルコードならば――この剣に砕けぬ道理無し。お前に刃を届かせる為ならば、炎とて斬り払ってくれよう」
これぞ伐斬鎧征。氣を纏った刃は、触れた敵のユーベルコードを破砕する。畢竟、嵯泉が断った火球はユーベルコード足るよすがを失い、空中に霧散霧消するのだ!
尚も斬り払い駆ける、駆ける、駆け抜ける!!
イラースはその段になって、かの小さき生き物の危険性を悟ったかのようだった。より多数の竜麟魔砲を構築、空中迎撃に使っていた分も回して嵯泉目掛けて一斉射する。凄まじき火力。かの暴竜の粋を集めた火力だ、人一人の身など滅ぼして余りある。
だというのに。嵯泉の足は止まらない。
「おおおおおおおおォォォッ!!!」
咆哮。空中に描く斬閃はまさに驟雨が如し。走る刃の銀光が火炎弾を斬り刻む!! だが本腰を入れた敵の一斉射もまた凄まじ。ついに嵯泉の身体に着弾する炎弾、炸裂炸裂炸裂ッ!! 肉を抉り焼き焦がし骨を軋ませる、凄絶なりし緋弾の嵐!!!
吐く血も惜しい。
激痛を噛み殺し。覚悟で地を蹴る。
一気呵成とはまさにこのこと。
嵯泉は紅き瞳を爛々と輝かせ、竜の脇腹に死線を視て取った。
それは第六感、戦術眼、気の流れを読む識覚、戦闘経験――その全てを以て見通した、一条の線。
ああ。斬れる。今なら、斬れる。
ニルズヘッグが腐らせ、再生の追いついていない、かつ、弾幕の薄い唯一の場所。
「――舐めてくれるな。紛い物。此の身も刃も、お前なんぞに折れるものか」
全身が焼け焦げ、所々抉れた重傷で嵯泉は弾幕を駆け抜け、相対距離三十メートル余りの地点で地を這うほどに身を撓めた。
空気さえ軋むような一瞬の溜め。負った負傷を己が力に変える。
――起死回生。『剣怒重来』。
どおう、と音を立てて、嵯泉が踏んだ地が捲れ上がり、土礫が散った。跳躍。
散った土の最初のひとかけらが地に落ちるよりも速く、秋水が銀の光を宙に描く。
ああ、それほどまでに速い。イラースすら、何をされたか解らなかっただろう。
刃が走り、嵯泉が思い描いた軌道を、一直線に翔け裂いた。
翔け抜けた嵯泉が、イラースの五十メートル後方で、地面を削り飛ばしながら着地する。凄まじき一足飛びの絶刀。
その段になって、ようやく斬られたことを知ったように――イラースの脇腹から断裂したパイプラインめいて、黒血が噴き出した。
『があぁぁあぁアアァ
!!!?』
「潰えろ。お前には死さえ生温い」
刃、氣、未だ尽きぬ。
満身創痍の傷を負いながら尚、剣鬼は刃を構え直す!!
成功
🔵🔵🔴
アレクシス・ミラ
【双星】
◎
真の姿継続
『騎士』は人々を守る盾
たとえ地獄だろうと
相手が暴虐の竜だろうと
守るべき人々がいる限り
僕は征く…守る事を諦めない
力も託されたんだ
光を剣と盾に宿し翔る
…けど
聴こえてきた歌声にどくりと鼓動が騒ぐ
セリオス、何で
炎が、彼に迫る
――【理想の騎士】
背を押した君から託された願い
『僕』は――
限界を超える疾さで
彼をかばうように立ち塞がり
迫る炎を光纏う赤星で斬り開く
ッセリオス!無事か!?
またひとりで無茶を…!
…当たり前だろう
今度こそ君を守らせてくれ
…生きて帰ろう、セリオス
セリオスを支え、守るように共に征く
何が来ようと盾で弾き返してやる
そして彼の剣に僕も光を送り込もう
今度はふたりの力だ
受けてみろ!
セリオス・アリス
【双星】
◎
左腕回復
昏倒から目覚め立ち上がる
…何時までも寝こけてるわけにはいかねぇだろ
すぐそばにアレスがいりゃどやされるんだろうけど
回復した手を握って確かめ感謝を
歌で身体強化すりゃ動かせない事はない
あのでかブツを少しでも削ってやんねぇと
避けれるか…?何処に?
炎を防ぐすべもない
それならいっそ踏み込むか
覚悟を決めた所で現れたのは
――ああ、
もう大丈夫だから離せ…って言いたいところだけど、正直ギリギリだ
アレス、支えててくれるか
集中して全ての力を剣へ
焦りも、不安も全部後ろの体温が消してくれる
重なる鼓動に泣きそうになった
そんな場合じゃねえってのに
ひとりじゃない、ふたりの力をのせて――【彗星剣】
食らいやがれ!
●重ねた手を離さないで
――ああ、長いこと眠っていた気がする。
意識を取り戻したセリオス・アリス(青宵の剣・f09573)が視たのは、きっと親友が残していったのだろう、薄れていく守護光のカーテンと――その向こうで、声を限りに吼え、暴れ狂う邪竜の姿だった。
その全高七十メートル超、セリオスが眠っていた所からかなり離れた位置で暴れているが、それでも挙措がつぶさに見える。縮尺が狂っているかのような錯覚。
跳ね起きて、
「づっ……、」
胸を突き抜ける痛みに反射的に左手を当てた。
――左手?
「……ああ、」
喪われていたはずの左腕が、ある。服の袖は無くて不格好ではあったが。降り注ぐ温かな光が、遠くに聞こえた誰かの歌が、きっとこの傷を癒やしてくれたのだ。
左手をきゅっと握り、誰とも知れぬ猟兵に感謝を捧げる。
――未だ、胸の傷は塞がっていない。銃創が四つ。右耳殻が吹っ飛んでいるのも同じだし、右太腿の傷も残っている。だが、それでも、
「これ以上寝こけてるわけにはいかねぇだろ――誰かが戦ってんなら」
きっとこの光をくれた誰かも、歌を唄う誰かも、いまだ前線で戦っているのだ。ならば、動ける自分が立って走らぬ理由などない。
――アレスに見られたらどやされそうだけどな。
今が無茶のしどきだ。あのデカブツを、少しでも削ってやらなければ。
「歌声に応えろ、力を貸せ!!」
セリオスは高らかに歌い上げ、『根源』より魔力を汲み上げる。身体に宿した根源の魔力で身体能力を強化。鞘から抜きだした剣――『青星』にもまた、同質の魔力を通わせる。
青星の刀身には亀裂が走っている。自分を守り、辛うじて命を繋いでくれた剣。
「……これが終わったら、直せるところを訊かねぇとな」
あのグリモア猟兵が担当した事件の中には、確か、刀鍛冶の村が舞台となったものもあったはずだ。直せないことは決してあるまい。
――だが、今はまず、この戦いを終結させねばなるまい。
「征くぜ
……!!」
セリオスは地面を蹴り、跳ね駆けた。
優に二百メートルは先だが、身体強化して駆けるセリオスの速度を以てすれば瞬く間に距離が縮む。
近づけば近づくほど、その異様さが解る。巨大すぎる。生物としてのスケールが違う。吐き気のするほどの威圧感。鉛みたいに重い空気。
「でけェな……、」
あんなものを、どうやって倒せばいい? 折れかけの剣で、傷ついたこの身で。
セリオスが僅かな疑念を抱いた瞬間、巨竜――憤激魔竜『イラース』が、光る金眼でセリオスを睨んだ。
「ッ……!」
セリオスが構えを取ったその瞬間、イラースの全身の各所が立て続けに光り、火線が伸びた。
その鱗を変形させ砲身とし、火炎弾を射出する攻撃。『竜麟魔砲』である。セリオスに向け凄まじい速度、密度で降り注ぐ火線!!
最早セリオスに選択肢はなかった。後退しても火炎弾は彼を呑み込むだろう。炎防ぐ術もない。ならば突っ込むしかない!!
セリオスは駆け抜けながら青星を振るい、根源の魔力を宿した剣で火炎弾を斬り、
「ッがッ
……?!」
――爆ぜた火炎弾の爆圧で、身を軋ませてよろけた。あっさりと青星が二つに砕けて、切っ先側が地に刺さる。
何たる威力。身に迫った数発を斬って防いだはずが、間近で炸裂した火炎弾の衝撃波と圧力が骨までも軋ませる。撒き散らされた爆炎が身体を焼く。根源の魔力で賦活していなければ、その一撃だけで再び戦闘不能に追い込まれていただろう。
「ッバケモノ、かよ……、」
セリオスの眼は降り注ぐ、隕石雨めいた火線を捉える。
――ああ。いまのが、あと何発来るのだ。数百? 或いは数千?
そんなものに、勝てるわけがない。
あんな巨大なものを相手に、独りで。
勝てるわけが、ない。
――独りだったならば。
空の遙かより来たる、一条の光。
かの『騎士』は、人々を守る盾。
たとえそこが地獄の只中であろうと、相手が暴虐の竜であろうと。
そこに、守るべき人々がいる限り彼は征く。
誰も殺させないなんて、美辞麗句かもしれない。
けれどその理想は尊いものだ。
初めから全ては助けられないと、諦めてしまうよりもずっと。
綺麗事だと誰が笑っても、彼は征く。決して、守ることを諦めない。
黒歌鳥から託された歌を、力を、光を。その剣と盾に宿して翔ける。
それは、祈りを込めた願い歌。
――『理想の騎士』を歌ううた。
ああ。そうだとも。だからこそ。
「セリオスーーーーーーーーーーーーーーッ
!!!!!」
・・・・・ ・・・・
今度こそは、守り抜く!!
叫びと共に、アレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)は右手に握った剣を力の限りに振るった。それは星の剣。『赤星』。彼の光を光刃として放つに足る業物。
天空から振り下ろされた刃の先から光迸り、光柱めいてその軌道上にある全ての炎弾を叩き落とす!! セリオスが両手で顔を庇い蹈鞴を踏む。彼に直撃した炎弾は一つとてない!!
そうだ。初めは――戦争卿と戦ったときは。
彼を一人で征かせ――見えてさえいれば、守れる距離に……天聖光陣の射程内にいたはずなのに、彼を守れずに瀕死の重傷を負わせてしまった。少し巡り合わせが悪ければ、あのときに彼を喪っていたかも知れない。それを思うと今でも背筋が粟立つ。
今だって、歌声が聞こえなければ、間に合わなかったかも知れない。
腕の中で冷たくなっていくセリオスがフラッシュバックする。
――落ち着け。
アレクシスは、畏れを振り払う。亡骸へ変わっていく親友を抱いて駆ける、その苦しみを知った今だから。もう絶対に喪わないと、そう決めたのだから!!
――僕は彼の盾だ。セリオス・アリスの無二の盾だ!!
限界を超える疾さでアレクシスは急降下!! セリオスの眼前に落着! 着地の衝撃を魔力で殺し、左腕の盾を掲げる。魔力走らせれば盾はその面積を広げ、光纏い無双の光壁を成す!!
竜麟魔砲の嵐が、限界を超えて強化されたアレクシスの盾の前に次々と爆裂!! しかしアレクシスは踵で地面を削りながらジリリと下がったのみ、何という耐久力、不動の構えか!
「セリオス!! 無事か?!」
「――ああ、……お前が来てくれたから」
振り向くアレクシスに、セリオスは淡く笑う。
「また独りで無茶をして――心配する僕の身にもなってくれ!」
「悪い。――でも、あいつは倒さなきゃいけないと思ったんだ。絶対に」
「……それについては、同感――……ッ!!」
防がれた竜麟魔砲に苛立ったように、イラースが口を開いた。咥内に火炎が溜まる。
アレクシスは思考する前に飛び退いてセリオスの身体を右腕で掻っ攫い、即座に飛び立った。
『ゴアアアアァァアァァッ!!!』
咆哮。同時に、レーザーめいた火炎熱線が、一瞬前まで二人がいた地面に炸裂。爆圧で巻き上がる土礫までもが赤く溶け、瞬く間に地が溶岩となって沸き立つ。
「なんて威力だ……!」
飛びながらアレクシスが舌を巻く。彼の盾でさえ、あの火線までは防げまい。或いは全力を尽くし、一打限りならば防げるやも知れぬ。だが、それでは後が続かない。
圧倒的なまでの攻撃を無尽蔵に繰り返す邪竜。それを前に、抱かれて飛びながらセリオスが呟く。
「アレス」
「……、なんだい、セリオス」
「二つ、頼みがある」
「聞くよ。なんだって」
「……剣を貸してくれ。それと」
セリオスは、自分を抱くアレクシスの手をきゅっと握った。
「最後の一撃。支えててくれるか」
「――当たり前だろう。今度こそ、君を守らせてくれ。生きて帰ろう、セリオス。二人で」
赤星をセリオスに託し、アレクシスはセリオスを抱いたまま高度を上げる。
空中の二人を狙撃する、対空火砲めいた竜麟魔砲の嵐!!
それをアレクシスが巧みな飛行で避け、左腕の盾で受け、爆圧の反動さえも活かし高速機動!
揺れる視界。間近で爆ぜる爆炎。
恐ろしいはずなのに、けれど今は何一つ怖くない。
重なる鼓動。ああ、怖くは無いけれど、少しだけ泣きそうになる。
そんな場合じゃねぇのにな。
でもさアレス、直接は言わないけど、今、俺、不思議なくらいに落ち着いてるんだ。
焦りも不安も恐れも、全部、お前の熱が消してくれるんだ。
君を支えて、君を守るよ。
向かう先がたとえ地獄の底だろうと、僕は君と共に征こう。
君を傷つける全てのものを、僕がこの盾で弾き返してやる。
光を貸そう。君に借りた力を今返す。
――あの邪竜に、戦争卿に見せてやるんだ。
僕ら二人が――無窮の剣と盾が揃うということが、何を意味するのかを!!
「今度は僕ら二人の力だ。……受けてみろ、戦争卿!!」
「独りじゃぁお前に勝てねぇかも知れねぇよ。だが、二人なら何だってぶっ倒して見せらぁ!! ――燃えろ、彗星剣!! 赤星の加護と共に!!」
セリオスが天に掲げた剣が、純白の光に輝いた。
それはアレクシスが送り込んだ光。そして、それを増幅するセリオス自身の光。
二人の光は天を衝くほどに伸び、空さえ断つ剣となる!!
メテオール・アンタレス
「「喰らえッ!! 彗 星 剣・『熾天赤星』――ッ
!!!!!」」
振り下ろされた光の刃が、イラースの右肩から左脚までを袈裟懸けに叩き斬った。
あのイラースが。巨体が、一瞬、その咆哮さえ失った。声もなく二歩、巨体が蹌踉めくように下がる。
黒き瘴気が、血が、爆ぜるように噴き出した。
天剣、威力凄まじく――邪竜は聖剣で断たれるが定め。
双星の絆の具現たる聖剣が、邪竜に終の楔を叩き込む……!!
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
安喰・八束
◎
痛みは薄れた
失血で狭まった視界も、今は戻った
光に歌、あまりにもこの死地にゃ似合わねえ
浄土にでも来ちまったかね
……違うよなあ。
何処にもお前が居ねえもんなあ。
てめえは矢張り戦人の風上にも置けんが
修羅道を踏み外した哀れは、解らんでもない。
不死の外道も、死に場所を選べぬという意味では、同じだったか。
但し、鮮やかな戦花の内で大往生と思ってんなら大間違いだ。
戦じゃ何人も等しく塵芥なんだよ。
たった、一発。
炎嵐貫くたった一発の、ただの鉛を呉れてやる。
「三千世界」の彼方まで。
この弾丸、届かせて見せらあ。(スナイパー)
●穿て、三千世界の彼方まで
最早真の姿を解放することもままならない程に力を使い、他の猟兵が邪竜との戦に専念出来るよう、黒騎士の残党を屠り続けて来たその男は、未だ淡く空を照らす光を見上げた。
遠くから聞こえる歌。天から注いだ優しい光。余りにも死地に不似合いなその二つが、安喰・八束(銃声は遠く・f18885)が今一度立つための力となる。
「――浄土にでも来ちまったかね、こりゃあ」
寸刻、疑う。――ああ、けれど、それにしちゃあ暴れ狂う竜の姿は暑苦しすぎるし、何より。
「……違うよなあ。どこにもお前が居ねえもんなあ。良」
もう帰ることのないいつか自分がそちら側に行くことでしか逢うことも叶わない女房の名前を呟いて、八束は『古女房』に銃弾を込める。
――歌と光のお陰で痛みは薄れた。失血で狭まった視界も、随分とマシになった。女房から継いだ一張羅は見せちゃやれないが、牙未だ尽きず。
黒騎士は粗方片付けた。なら最後の仕上げだ。
「俺の銃弾でてめえを殺せるとは思っちゃいねえが――、俺にも狩人の意地ってもんがある。さんざ巻き込んで引っかき回してくれた礼くらいはさせろよ、腐れ外道」
距離七十メートル。八束は片手に引っ提げた猟銃、古女房をイラースの顔面目掛けて構えた。
それは宣言だ。
今から、貴様に、彼方へ届く銃弾を送り込むという。
八束は地面を蹴り、駆けた。
相対距離は七十メートル。敵からしてみれば目と鼻の先だろう。だが八束からしてみればその距離は決して小さくない。
僅かでも、一メートルでもいい、距離を縮めなくてはならない。――それに。
一番弱いところにブチ込んでやるとするなら、単純に、こっちを見ていてくれた方がやりやすい。
『があァアアァ!!!』
邪竜は吼え、胸から吹き上がる鮮血と瘴気を無理矢理止めて、全方位に向けてその鱗を変形させた魔砲――『竜麟魔砲』を乱射した。あれだけの傷を負ってなお烈火のごとき気勢。
八束はバトンのように猟銃を取り回し、射撃射撃射撃! 指の股に挟んだ銃弾をボルト操作と同時に再装填し、単発式とは思えぬ連射力で火炎弾を叩き落とす!!
「てめえは矢張り戦人の風上にも置けんが――修羅道を踏み外した哀れは、解らんでもない。死なずの外道も、死に場所を選べぬという意味では、同じだったかよ」
永き時を彷徨ったのだろう。同情する気は欠片もないが。
撃ち落とした火炎弾の後ろから更に数十発と降り注ぐ。八束は、火炎弾の間を縫い疾った。間近に炸裂した火炎弾の衝撃波、爆圧に吹っ飛び転げた先で、尚雨霰と降った火炎弾を、撃ち抜き落として跳ね起き駆ける。全身は既に火傷塗れ、衝撃波に鼓膜をやられ右耳が聞こえぬ。
しかし八束は止まらない。もとより、迎えが来るまでの長い休みのような余生。今更死など怖くはないし――それに、己の道行きに逃れられぬ――否、むしろ、待っている迎えが、死がある八束には、無鉄砲なまでの自信があった。
自分の女が迎えに来ても居ないのに。自分が死ぬものかよ、という。
「てめえは戦を祭りか何かだと思ってるらしいが、戦火の鮮やかは見た目ばかり。咲き誇る銃火と火炎の中で、戦いながら誇らしく勇ましく大往生と、夢見がちにも思ってるのかも知れねえが――」
八束は深く息を吸う。邪竜が脚を振り上げ、八束目掛けて踏み下ろした。しかし八束、一瞬の隙を盗み、ほぼ直角にカーブ。地面を揺るがす踏みつけを回避した彼は、地面を爆ぜるほどに強く踏んだ。
――狼牙、一擲。閃疾歩。
敵の隙を盗む八束独特の歩法。残る力の限りを尽くし、八束は空目掛けて跳躍した。脚の骨に罅が走る。二度、同じようには飛べまい。しかし一度でいい。これより先、こいつにくれてやるのはただの一発。跳ねるのも、これきりで構わない。
「そんなもんは、ただの幻想、大間違いだ。戦じゃ何人も等しく塵芥、華の散り際なんざ存在しねぇ。踏み拉かれて泥にまみれて、いつか野っ原の草に吸われるだけ。――だからよ、」
槓桿を引く。一発の薬莢が弾き出される。八束は最後と決めた一発を、薬室の中に叩き込んだ。
「――今からそれを、てめえにも解らせてやるよ」
跳躍力、壮絶。八束は七十メートルを一足で跳んだ。目の高さが合う。竜が口を開いた。生意気な虫を潰そうとでも思ったのか。口の中に熱が溜まり、おお、今まさに放たれるは焦滅の轟炎。
八束はただ一挺。己の牙を持ち上げる。
これは超常の術ではなく、神殺しの武具でもない。しかし。
彼が届かせると決めたものは――『三千世界』を越えて届く。
炎が噴き出す一瞬前、八束は言葉もなく銃爪を引いた。――激発。
唸り飛んだ銃弾が、ただの鉛のはずのそれが、まさに放たれんと溜まった咥内の轟炎を掻き分け貫いた。イラースに驚愕する間すら許さぬ。初速四三五メートル秒で射出されたただ一発の銃弾が、イラースの灼熱の咥内を真っ直ぐに進み――
喉に飛び込んで、その奥を撃ち抜いた。
たった一発の銃弾が、イラースの脊髄を貫き、その背に抜ける。
――それですら致命傷ではない。奴はまた動き出すだろう。
だがこの一矢、安喰・八束が見せた意地が――竜の意識を奪い、その動きを停止する!!
成功
🔵🔵🔴
矢来・夕立
◎
捨てるしかなかった切り札が返ってきた。
血を流せる。首を切れる。
おれが奪った生命は、おれに「死ね」と言いながら力を貸す。
地獄道へ堕ちろと言いながら、その為の罪はまだ足りないと。
――火は都合がいい。
荒らした場所を焼いてやれば、ぜんぶ隠し通せる。
だが“本当になかった”ということにはならない。
おれがまだ生きているのは、おまえを殺すためだ。
おまえがおれの体中に鉄の飴玉をぶち込んだこと。
おまえの躾のならない部下が、左腕を食ったこと。
これからおまえを殺すが、未精算では済まさない。
おまえが恐れを知らず、いくさばかりを望んで暴れ回るのなら
おれが初めて教えてやる。
相手を怨むほどの恐怖を。
鳴け雷花。あれを喰うぞ。
●シャドウ・オーヴァーレヴ・ライク・ア・ライトニング・ブロッサム
八束が穿って生まれたその隙を、その場で最も速く認識した男がいた。
棒立ちとなった竜を前に、迷うことなく、そいつは、自分の首を掻っ斬った。
ぶしゃあ、と血が飛沫いた。全身に銃創、裂傷、挙げ句の果てには左腕がない。そのざまで、この上自分の喉を刀で捌いた。何がしたいのか。
――あのクソトカゲをブッ殺したいに決まっている。
ずおっ、と重々しい空気が、その狂忍――矢来・夕立(影・f14904)を取り捲いた。彼は天から注いだ光と風に乗って聞こえた歌を、自身の血の補充に使ったのだ。もげた左腕を捨て置き、己の機能を最も高める――神業『影暗衣』を用いるためだけに。
昏き影のごときオーラが夕立を覆った。彼自身を示すかのようなドス黒く冷たい殺気。
おれが奪った生命は、おれに『死ね』と言いながら力を貸す。
地獄道へ堕ちろと言いながら、その為の罪はまだ足りないと。
もっと罪を重ねろ。おまえが『あちら』に落ちるその日まで。
おまえを地獄に蹴落とすために、おまえに力を貸してやると。
いいさ。それなら使わせてもらう。罪をもう一個積むために。
「火は都合がいいな。荒らした場所を焼いてやれば、ぜんぶ隠し通せる。――だが知らないようだから教えてやる。全部燃やしたからといって、“本当になかった”ことにはならない。どうせその調子で何もかも踏み倒して生きてきたんだろ。ツラに出てるぞ」
血で濁った声が鳴った。だが声響いたそこに、紙忍・矢来夕立の姿なし。
既に駆け出している。声さえ置き去りに。疾い、疾すぎる。
「おれがまだ生きているのは、おまえを殺すためだ。
おまえがおれの体中に鉄の飴玉をぶち込んだこと。
おまえの躾のならない部下が、左腕を食ったこと。
ああ、ああ、よくまあ、好き放題にやってくれた。
これからおまえを殺すが、未精算では済まさない」
声が届いたときに声の方を見ても、既にそこに夕立の姿はない。
況してや脊髄を再生したてのイラースが、その速度に対応出来るわけもない。
――ばひゅ、と音がして、紙忍の失せた左肩から何かが飛んだ。――紙垂だ。血に染まった紙垂はまるで意志持つかのように伸び、イラースの左腿辺りに食い込んで、夕立の身体を引き上げた。伸縮自在の紙垂に血を染み込ませ、影暗衣の範囲下におきその性能を引き上げる。収縮の勢いだけでは無く、夕立はイラースの竜麟を己が脚で蹴り飛ばし登り更に加速。登りながら速度を増すとはいかなる事か。
いまや、月光すらかれを捕らえられぬ。
影が落ちぬほどに速く、夕立が駆ける。
「おまえが恐れを知らず、いくさばかりを望んで暴れ回るのなら、おれが初めて教えてやる。相手を怨むほどの恐怖を。痛みを。這いつくばって噎ぶ惨めさを」
夕立は赤い眼をぎらりと煌めかせ、加速した身体能力の余り、上がった体温を排熱するように、地獄の蒸気めいた息を吐いた。
翻る刃。蒼白の月光を受けて尚赤く。匂に朱混じる脇指は、この敵手相手に余りに細い。
だのに、夕立は一切の疑いも、弱気も、懸念も無く、吼えた。
「鳴け雷花。あれを喰うぞ」
――いいわ。うたってあげましょう。
かかんッ、かんッ!!
| 斬 刃 艶 閃 永 第 御
| 魔 銘 め く 海 七 覧
御 と く こ ・ 代 じ
命 我 雷 こ と 鉄 ろ
道 花 と 雷 観 斬
頂 の 花 が 魔 鉄
戴 極 が 如 作 鉄 風
仕 致 如 く 雷
る に し 筆 花
て 頭 の
鍛 つ
冶 る
ぎ
ま
い
今や隻腕。出血多量。死に体の乱波一人に何が出来る。
そう笑うものが居たならば、駆ける人修羅の様を見よ。
蜻蛉の羽めいて翻る刃が、竜麟魔砲を斬り刻み裂き開き破壊。爆ぜる炎より先になお駆ける。竜麟引き裂き邪竜の血を飛沫かせ、その飛沫一つも浴びずに加速加速加速!! 夕立が駆け進む軌道上の鱗がたちどころに剥げ裂け、竜麟魔砲さえも刈られ尽くしていく。まるでヒトの形をした刃の嵐!!
まさに神業。影暗衣、凄絶なり。夕立の勢いは天に落ちるかのように尚も加速!!
夕立はトップスピードに乗り、逆手にした雷花に影暗衣の闇の全てを突っ込んで、イラースの身体に突き立てた。ほぼ根元まで突き立てた雷花の刃を、闇にて拡張して深く深く深く裂く!!! 竜が痛苦を叫ぼうとするのを許さない。おまえが一丁前に苦痛を叫べる立場か。死ね。夕立は刃を突き立てたまま竜の胸郭を蹴り首を駆け上った。声帯までを貫き破壊。ごばひゅうううううう、と漏れる炎交じりの呼気を置き去りに一際強く首を蹴り跳躍、
「否応無く、死ね」
天に拳を衝き上げるように、紙忍が雷花を逆手で振るった。
イラースの右の金眼が、ぴ、と赤い一閃に裂かれ――
噴水のように黒い血が飛沫き、ダークセイヴァーの夜空を煙らせる。
佳刃『雷花』、紙忍・矢来、闇より昏けれど、しかし凄烈に鮮烈。
全高七十メートルの竜の巨体を一直線に裂き散らして、千代紙の忍びは、二つ名たる影の如くに闇に溶ける。後に残るは、苦悶に蹈鞴を踏む邪竜のみ。
大成功
🔵🔵🔵
ジャガーノート・ジャック
◎
《警告:鎧装活動限界域に到達》《解除時ダメージ影響深度:Dへ上昇》
《兵装全損‥→一部回復、№113のみ稼働可》
(ザザッ)
――剣一つあれば十分。
そしてこの剣なら
邪龍を討つにはお誂え向きだろう。
騎士の何たるかを知っている。
死に瀕し
死を経ようと
折れず
屈せず
誇り高く。
かの騎士はそう在った。
故に"哀色の牙"よ。
貴騎の名を拝せし剣に誓う。
折れず
屈せず
誇り高く
如何なる傷を負えど
それでも本機は征くと。
是は唯の模倣に非ず。
是は――
(嘗て在った者の形を
今此処に在る者が再刻する。則ち、)
「継承」だ。
(学習力×戦闘知識×威厳)
この一撃に残った全てを懸ける。
(限界突破×ランスチャージ×破魔)
唸れ、"極閃"。(ザザッ)
鹿忍・由紀
◎
殺し合いたいならもうちょっと対等な姿になってくれよ
不満を隠さず吐きながら
流れ落ちる血を手で掬いとる
ああ、もううんざり
だけど、こんな奴が踏み躙る世界はもっとうんざりだ
痛みが和らぐならまだ疾れる
血と魔力を交わらせ高速移動で接近
胴体には攻撃が通りにくそうだから
飛び乗れる機会を狙って顔付近まで一気に駆け登る
のちに杭を複数形成して射出
多少視界が霞んでもあれだけ的がデカけりゃ当たるだろ
炎に身を焼かれても高速移動の風圧で威力を弱めながら
どうせ引いても死ぬんなら前のめりに一撃を狙いたい
諦めると思った?
俺は生き汚いんだよ
杭を強く撃ち込めば
朧げな記憶が浮かび上がる
…ああ、ディアナってあいつか
いたなぁ、そんなやつ
ユーゴ・アッシュフィールド
◎
【リリヤ(f10892)】と
随分と大きく育ったな
いや、限度があるだろう
……リリヤは大丈夫そうだな
本当に強くなったな
さあ、決着を付けに往くか
ああ、引き続きこき使ってやってくれ
お前が道を作るというなら、信じよう
俺は竜を斬る事だけを考える、守りは任せたぞ
残る全ての魔力を剣に纏い、火の鳥を目覚めさせる
名を呼ぶからには吸血猟鬼の時のような半端な目覚めは許さん
――その身を燃やせ、フェニクス
……肉体は万全ではない
虹に程遠い藍色の焔、技の発露はインパクトの瞬間が限界
歪なれど、技の準備は整った
――技を借りるぞ、剣狼
"我式・極閃"
名付けて"牙焔"
この世界で暴虐に抗う英雄の剣技だ
どうだ、少しは効いただろ?
リリヤ・ベル
◎
【ユーゴさま(f10891)】と
視界を埋めるほどの、おおきな竜。
――おそろしいと、おもいます。
それでも、こわくはないのです。
降るひかりに、そっと息を吐いて。
……だいじょうぶです。ゆきましょう。
ユーゴさま。
もうすこしだけ、シルフさまをお預かりしてもよいでしょうか。
あの炎を留めます。
わたくしがユーゴさまの道を作ります。
おおかみは、群れてえものをねらうものですもの。
狙うのは炎の間隙。
鐘の音を外へ広げぬよう、真っ直ぐ竜まで伝えましょう。
しずかに。やすらかに。
この鐘は、鎮魂の鐘。
あなたを果てへと、送るための。
塞がらない傷に血を零そうと、ちからの続く限り鳴らしましょう。
振り返らず、駆けてくださいましね。
ユア・アラマート
◎
灯(f00069)と
・身体の負傷は回復なし
・走行、および渾身の一撃を叩き込むのに不足のない程度に体力を回復
行こう。私が連れて行ってやる
核路、開放。花片全連結解除。『咲き誇れ』
生命維持に必要な魔力も全て、私の力を核路に注ぎ込む
世界よ、このしんぞうを捧げよう
だからどうか、私に応えてくれ
――神象、顕現
さあ行くぞ灯、私が今行使できる最大の防御結界だ
片道切符だが、あのデカブツを駆け上がって一撃入れるくらいの時間は保つはずだ
お前の拳も、私の刃も、お望み通り全部叩きつけてやればいい
さあ見ろ!これがお前を倒す者だ!
もう、お前は何も壊せない!
忌々しいが仕方ない、お前の望みを叶えてやる
満たされろ
そしてくたばれ!
皐月・灯
◎
ユア(f00261)と
傷の回復は無し
代わりに、戦闘と失血で喪われた魔力を回復
ああ、頼む。
この魔力量……ありったけか。
わかってる。オレもだよ、ユア。
ヤツの炎はユアが防いでくれる。
心配? いらねー話だ。
世界一の女が、その存在までも懸けて作った結界だ。
竜一匹の火なんぞ目じゃねー。
それだけありゃあ十分だ。
体中穴だらけだが、オレはまだ走れる。
野郎に、目にもの見せてやろう。
ヤツの脳天に、《雷剛神ノ鉄槌》を叩き込む。
とっておきだ。
【全力魔法】9回分の魔力を、残る左拳ただ1発に込める。
一度たりとも的を違えたりしねー。
――幻想、大開帳
オレの左手をよく見とけ、トカゲ野郎。
これが終わりだ。
てめーに下す、鉄槌だ!
●杭よ穿てと余計者が言う
血が流れ落ちていく。右肩から左腰、右上腕、左腿右、脹ら脛の深い刃傷と、右脇腹に刺傷、数えるのも億劫な銃創、咬傷。先程までは、失血の余り動きが制限されていたほどだ。
げんなりした調子で息をひとつ吐く。
「殺し合いがしたいって言うなら、もうちょっと対等な姿になってくれ。こんなワンサイドゲーム、そうそう見ないよ」
多少縮んだとはいえ全高七十メートルの巨体。相手が爪先を上げて下ろすだけでこっちは踏み潰されそうだっていうのに、これで殺し合いも何もあったものか。男は、零れ落ちていく自らの血を手で掬い取り、残った魔力を通した。
「ああ……もう、うんざり。だけど、お前みたいなのが誰かを踏み躙るような世界は、もっとうんざりだ」
男は傷口に手を這わせる。魔力の通った血が、流れ落ちる血に交わり、ぴたりとその流れを止める。
痛みは薄れた。多分、お人好しの誰かが照らしたあの光が、風に乗せた歌が、束の間だけれど彼の傷の痛みを取り去ってくれたのだろう。それなら、まだ疾れる。
銃声が聞こえた。同時に、誰かが敵の左脚から襲いかかるのが見える。それに遅れること一拍、男は――鹿忍・由紀(余計者・f05760)は、残る全ての力を使って駆け出した。
超高速でイラースまでの距離を走破。先行した猟兵が敵の喉を、右目を、纏めて破壊したのを見て、由紀は右側に回り込む。
喉が裂け火炎が漏れている。つまり今のイラースは、主力級の攻撃、口からの火炎放射を行うことが出来ない。
――好機。
全力で駆ける由紀を、しかしイラースも捨てては置かぬ。イラースは竜麟を逆立て、ヤマアラシめいて鱗一枚一枚を砲身に変形。『竜麟魔砲』と通称されるその火砲は、イラースが口を使わずその獄炎を投射する為の――より全方位をくまなく迫撃する為のもの。
ど、が、がが、がががががががががっ!!!! 立て続けに竜麟魔砲が火を噴き、駆け抜ける由紀を猛撃する! 押し寄せる火線を、由紀は無数の影の刃『影雨』にて迎撃。空中、影のダガーとぶつかり合った火炎弾が凄まじい爆風と衝撃波、そして熱波を撒き散らす。
しかしそれを前に由紀は更に加速。己の身体に衝撃波と風圧を纏い、押し寄せる熱波、衝撃波を掻き分け弱めながら前進する。由紀が纏うは、魔力を通わせた己の血。『虚空への献身』、顕現。
弱めたとはいえ凄まじい熱が、由紀の身体を、膚を焼いた。剥き出しの傷口が焼け爛れて、壮絶な苦痛が全身を苛む。だが退けばその痛みは治まるのか? 否だ。それどころか脚を一瞬でも緩めれば、自分が放つ風圧も衝撃波も失せ、魔砲の爆炎に呑まれて塵芥になるのが関の山。
ならば。このまま駆け抜けて、せめて一撃叩き込む。
竜麟魔砲の弾幕を駆け抜けた由紀の前に、しかし無情にも第二波の弾幕が放たれる。
貴様に越えることが出来るわけがないとでも謳うかのように、イラースは圧倒的な火力で由紀を迫撃した。何という無尽蔵の魔力、火力。膝を折る猟兵がいても、何ら不思議ではないその威容。
――けれど折れない。
彼は、折れない。
「諦めると思った? ――俺は生き汚いんだよ」
由紀は視線に魔力を込めた。『磔』。視界に入った竜麟魔砲の火炎弾を寸刻、『停止』させる。
『――、!?』
竜の喉笛の傷から炎が噴き出た。驚愕の表れだろう。
由紀が魔力を込めて見据えた空間は、寸刻『停止』する。ユーベルコード、『磔』。停止した火炎弾を潜り抜け、由紀は右腕を翻した。
火に照らされた彼の影が、長く伸び、身体に纏った真っ赤な血に向けて這い上って、熔ける。
ずら、り。
宙に浮かぶ無数の杭。赤黒の、影と血の集合体。
由紀が創り出したのは、かつて吸血猟鬼を穿った杭。血と影で構成された、敵を犯し蝕む為の牙。
「――あぁ」
由紀は今思い出した、とばかりに息をついた。
「ディアナってあいつか。いたなぁ、そんなやつ」
我楽多ゲーム・ハントの主。あの畜生と知己だったとは。
類は友を呼ぶとはまさにこのこと。由紀は数奇な偶然に、しかし少しも笑わずに言った。
「あいつは頭をブチ抜かれて死んだよ。――ついでに、俺があいつをどうしたかも、お前の身体に教えてやる」
跳躍。どがん、と音がして地が爆ぜた。由紀はざらついた敵の鱗を足がかりに、邪竜の身体を駆け上る。
力を練る。どうせ胴には通らない。なら、顔面に叩きつけてやる。
男の周りに浮かぶ血杭は数を増し続ける! 敵を殺すための、由紀の全力の牙!!
腹を過ぎ、胸を蹴り、顔面間近。霞む視界。だがこれだけ近ければ、外しようもない。
「穿て」
血杭の切っ先めいて鋭く、由紀は吐き捨てた。
振り下ろす右腕に従い、無数の杭がイラースの顔面を貫いた。眼が、脳が、ぐしゃぐしゃに破壊される。
その一撃は死の楔。魔竜が、耐えかねたように膝を付く……!!
●竜よ終われと神槌が言う
歌と、光を、ただただ二人は、己が力に換えた。
最早傷を治すことなど望まない。苦痛は癒えるかもしれないが、今この瞬間にそんな安息に何の意味がある。少々の回復などでは足りない。
今必要なのは、己が幻想を僅かでも強くする、力だけだ。
皐月・灯(喪失のヴァナルガンド・f00069)には右腕がない。身体は銃創で痛々しいまでに孔だらけ。咬傷、刺傷でズタズタだ。
ユア・アラマート(ブルームケージ・f00261)は背に大きな刃傷、左腕に咬傷、右脇腹と右内腕に散弾による銃創。引き裂かれた喉からは掠れた声しか出ない。
いずれにせよ満身創痍。このまま戦い続けるなど、愚の骨頂だ。死に向かって走っているようなものだ。
――だが、そうだとして。
それは、彼らが止まる理由にはならない。
「走れるか、灯」
先程より幾分か明瞭になった声で、ユアが灯に問いかけた。
「ああ。行ける――いや、征く。身体中穴だらけだが、オレはまだまだ走れるぜ。あの野郎の顔面に、一発叩き込んでやるまで止まれねー」
「はは。お前なら、そう言うだろうと思ってた。なら征こう。私が連れて行ってやる。お前を、あそこまで」
ユアは翠緑の眼を蕩けるように細めて、そのまま目を閉じた。
花片全連結解除。神象核路、解放。
「――『咲き誇れ』。世界よ、このしんぞうを捧げよう。だからどうか、私に応えてくれ。私を、灯を、あの悪魔の元まで届けておくれ」
ユアの長い髪が、彼女の身体から迸る魔力風に嬲られて美しくも禍々しく千々乱れ、うねる。
それは、ユアの命を賭した大魔術。彼女の術式体系の名、そのものを取る式。
「『神象』――顕現」
こぁ、ううぅっ!! 形容しがたい音を立て六角形のテクスチャが走る。灯とユアの身体を、蒼白い六角形が球状に覆う。防御結界。これを前に攻撃を侵徹出来る脅威など、恐らく常世に存在しない。それはユアの存在を懸けた壁だ。破られれば、彼女の存在が否定されるようなもの。
「これが今の目一杯だ。帰りの分はない。片道切符だ。けど――あのデカブツを駆け上って、一撃入れるまでは保たせてみせる。構わないだろう、灯?」
「ああ。充分だ。――この魔力量、ありったけ突っ込んだな」
「そうだよ。出し惜しんで死ぬのも馬鹿らしい。出し切っても死なずに済むかは解らないがね。――でもどうせ死ぬなら、一撃叩き込んでからの方がいい。違うか?」
「賛成だ。けど、忘れんな」
「?」
「お前は、オレが、死なせねー」
「……ふふ」
真っ直ぐ前を見たまま言い切る灯の背を、ユアはぽふりと尾で叩いた。
「頼りにしてるよ。灯。じゃあ征こうか。切符が切れてしまうまえにさ。奴が望んだとおり――お前の拳を、私の刃を、正真正銘全力全部、奴に叩きつけてやろう!!」
「ああ。野郎に、目にもの見せてやろう!!」
地を蹴り、灯とユアは駆け出した。
イラースは混乱していた。というより、叩き込まれた血と影の杭に脳が破壊され、思考能力と運動機能に障害。破壊されたそばから脳さえも再生していくが、しかし打ち込まれた血杭は侵食能力を以てその再生を阻害する。
イラースがなんとか視界を片方だけ取り戻したときには、次の猟兵二体が襲い来ていた。
何なのだ。こいつらは。
片方は腕がもげている。片方は首から尋常ではない出血をしている。なのになぜ、それを恐れず駆け来るのだ。死を恐れないというのか。定命の矮小な生命が、なぜ己が命を惜しまない?
イラースは口を開き、ようやく癒えつつある喉を圧して、今度こそ滅却するつもりで炎を吐いた。出力全開にはほど遠いが、直撃せずとも、掠めただけで全てが焼け落ちる炎の息だ。猟兵二体は左右に跳んで直撃を回避。しかし火炎のブレスは地面に着弾するなり炸裂、散らした土礫さえ赤熱する火炎弾に換え、猛炎と共にその一帯を煮え立つ溶岩へと変える。
骨も残るまい。そう思ったのに、
「この程度かよッ!!」
なぜ。
「――さあ、よく見ろ。これがお前を倒す者だ。もう、お前は何も壊せない!!」
なぜ!!
奴らは原形を保って走り来るのだ!!
イラースが吼えた。
火炎のブレスの直撃を裂け、飛び散る土礫と熱を神象の結界で阻んだ二人目掛け、竜麟魔砲が嵐のように火を噴いた。最早、当たらずに抜けるのは不可能な凄まじき緋弾の嵐。
竜麟魔砲の火炎弾は、命中した瞬間に身を焦がす超高熱の炎と、骨さえ砕くような衝撃波を撒き散らす死の弾丸。しかし、ユアが遣わした堅固なる守りはそれさえも防ぎ止める!! 立て続けの火炎弾着弾六連、しかし神象結界が阻むたびに蒼白く明滅し、炸裂する猛炎と衝撃波を阻む阻む阻む!!
そうだ。ヤツの炎はユアが防いでくれる。灯は何一つ心配していなかった。決して口には出さなかったけれど、――これは世界で一番の女が、その存在を懸けて作った障壁だ。竜一匹の火など目じゃない。
――オレを届かせるために、最高の女が命を懸けた。
自分の命を懸けるのに、これ以上に相応しい理由があるか?
「灯ッ!!」
「応ッ!! 征くぞ!!!」
竜麟魔砲の乱射を抜けて、今まさに灯とユアは、膝を付いたイラースの身体に飛び乗った。ヤマアラシめいて林立する竜麟魔砲を蹴り登り駆ける!!
『がアアァあァアッ!!』
イラースは吼えながら、先行する灯を薙ぎ払おうと右腕を振るう。しかし横合いから凄まじい勢いで降り注いだ『風の杭』――『刹無』が関節部分に立て続けに着弾!! 当然、ユアの側撃だ。拡張術式『呪射必中』!! 魔弾の悪魔の名を冠す術式を帯びた刹無の嵐が、邪竜の右腕を押し止め――
「はあああああああああああぁぁぁあっ!!!」
風身に纏わせたユアが駆け抜け、手のダガーに風を捲かせた。振り絞った魔力の余りに、その眼から血が流れ落ちる。ダガーを捲く風は槍めいて尖り――ユアはそのまま、刹無を叩き込んだ関節部に向け風纏う刃を突き入れた。
――暴風炸裂!! 神象術式開花壱式『惨死大輪』!!
千切れ落ちる腕、竜の絶叫!! それを斬り裂く女の叫び!!
「征け!! 灯ッ
!!!!!」
「任、せ、ろぉぉおオォッ!!!」
灯は速度を上げた。全力で竜の腹を、胸郭を蹴り、最終跳躍。全身に巡る魔力を刻印に通しながら、敵の目と鼻の先に躍り出る。イラースが顎を開き食いついてくる前に左肘から魔力放出。ブースターめいて推進。
狐が謳う。
「忌々しいが仕方ない。戦争卿。お前の望みを叶えてやる。満たされろ。
――そして、くたばれ!!」
その光こそが、お前の死だ!!
振り上げた左手が輝く。それは灯が持つ最強にして最大の幻想。
臨界を越えた魔術刻印が雷のいろに輝く。最大増幅した雷轟の拳、『轟ク雷眼』のそのさらに九倍の魔力量。それを一撃に込める。
「――幻想!! 大開帳!! 其は天を貫く拳、雷剛神ノ鉄槌が化身!! ――これが終わりだ、戦争卿。てめーに下す……鉄槌だぁぁぁぁああああァッ
!!!!!!!」
天が裂けた。いや、天を裂いた。皐月・灯の左拳から発された放電が、雲間の雷霆を地に喚んだ。
天雷落ちて、空気が裂けてひりつくような音が轟いた瞬間、灯の拳が振り下ろされた。
フュージョンドライブ・トール。雷剛神ノ鉄槌。
その威力たるや、最早説明も出来ぬ。叩き込まれた拳はそのままイラースの、七十メートルからなる巨体を、地面に向けて叩き伏せた。質量差などお構いなし、只一発の拳が邪竜の巨体を凌駕する。
頭がぐしゃりと陥没し、真下に落ちるようにイラースは顎から地面に叩きつけられ轟音。余りの質量激突に、地面がクレーターめいて大陥没!! 竜の口の中、牙が残らず砕けてバラバラに散る。眼の光がぶれて薄れる……!
何なのだ。
一体、こいつらは。
自由が効かない。
最早頭部の脳で思考しては追いつかぬ。一度ならず二度までも脳を破壊された。
核に脳機能を移管、神経ネットワークを再編。
馬鹿げている。
あの矮小な命に。
なぜ、この無敵の竜が。世界を燃やす邪竜たる我が負けるのだ!!!
ああ――
ああ、ああ、最高だ!!
凄まじい。この竜の躯体を以てさえ、殺せぬものがこの世にあるのか!
ディアナ、お前もこうして死んだのか。これならば得心もいく。
奴らは、おそろしいものだ。定命で儚く、限りある命を引き摺るくせに。
烈しく、熱く、そして強い。
まだだ、まだだろう憤激魔竜。左手も足も付いている。魔砲はまだまだ放てる。
立て。立ち上がれ。この夜を仕舞いにするにはまだ早い――!!
「『いいや。ここで終わりだ、戦争卿』」
二人の男が踵を揃えた。
響き渡る鐘の音の中、剣持つ二人が、立ち上がらんとする竜に相対す。
●果てへ葬送ると少女は謳い
暫時前。
「……やれやれ、随分と大きく育ったな。限度ってものがあるだろう。あれで対等な戦争を謳うとは、吸血鬼というのはいつでもどこでも、随分と身勝手な生き物らしい」
ユーゴ・アッシュフィールド(灰の腕・f10891)が呟くその横で、風の精霊宿す弓を握り締めて、少女が応えるように言う。
「おそろしいと、そうおもいます。それでも――こわくはないのです。わたくしはふるえません」
空から降る光が、まだあどけない少女の横顔を照らした。けれど、いとけないその顔に浮かぶは決然とした表情。
「――だいじょうぶです。ゆきましょう」
少女、リリヤ・ベル(祝福の鐘・f10892)ははっきりとした声でユーゴに告げた。
「……」
ユーゴは目を細めた。幼いばかりでは無くなってきたとずっと思っていたが、けれど成長の早さは日に日に増して目を瞠らんばかりだ。フードの上からリリヤの頭を一度撫で、「ああ」といらえる。
「ユーゴさま。もう少しだけ、シルフ様をお預かりしてもよいでしょうか」
「ああ、引き続きこき使ってやってくれていい。しかし、どうするつもりだ?」
「あの竜の炎を留めます。わたくしが、ユーゴさまの道を作ります」
デジャヴ。いつかもこんなことがあった。記憶はすぐに繋がる。あのときもこんな闇空の下――ユーゴは彼女の機転に驚かされるばかりだった。
「まえにもおつたえしたように。おおかみは、群れてえものをねらうものですもの」
「――そうだったな。ああ、そう教わったんだった」
吸血猟鬼を斬ったその時を思い出しながら、ユーゴは巨大なる竜へと踏み出す。
「お前が作る道を信じよう、リリヤ。俺は竜を斬ることだけを考える。守りは任せるぞ」
「おまかせください。どうか――お気をつけて。ユーゴさま」
首を縦に一度振り、ユーゴはゆっくりと竜に向かって歩く。先行する猟兵が、首を裂き、頭を貫き、そして腕をもぎ去り、大槌めいた拳で竜を地に叩き伏せる。
その衝撃波がリリヤまで届く。髪を嬲り吹き抜けていく烈々とした風の中を、ゆっくりと進むユーゴの背をじっと見詰め、リリヤはベルを持ち上げた。
からん……からん、からん。からん、からん、からん。
鳴り響くはずの鐘の音は、弓に宿る風の精霊『シルフ』が風の内側に閉じ込める。まだ。
放つべきは今ではない。ひたすらに増幅する。塞がらぬ傷から血を止め処なく零し、顔色を蒼白くしても尚、鐘を鳴らすのをやめはしない。
ここまで、リリヤはずっと歌ってきた。戦場に立つ全ての人々を癒やそうと。そのうたは、再起のうた。倒れてしまわないように――或いは倒れても、また立ち上がれるようにと祈って。彼女は血を喪いながら、孤独に、霞む意識と苦痛に耐え続けた。
今鳴らすこの鐘もそう、彼女のユーベルコード。『鉄の鐘』。ユーゴの、或いは他に打ち掛かる誰かの道行きを開くためだけに鳴らす鐘。
竜が立ち上がろうとする。その全身の鱗がまたも逆立ち、竜麟魔砲を形作る。数十名の猟兵らを苦しめた、熱と衝撃の火炎砲弾。それを歩み征くユーゴに放とうというのだろう。
――させません。
リリヤは解放の時を見計らう。風の壁の中に閉じ込めた、終わりを告げる鐘の音の中で。
●彼に誓うと騎士は呟いた
ザザッ、ザッ――ザザッ、
《警告:鎧装活動限界域に到達》
《解除時ダメージ影響深度:Dへ上昇》
《兵装全損……→一部回復、№113のみ稼働可》
《電脳体障害発生:仮想鎧装演算に問題あり。略式現実投影フレームを起用》
引っ切り無しに視界内をアラートが行き来し、彼の姿にバグが起きたような電子ノイズがビリビリと走る。それを制御し、押し止め、やり過ごし――小康を保つ頃には、ジャガーノート・ジャック(AVATAR・f02381)の姿は、常の彼のものでは無くなっていた。
常ならば身長一八五センチメートルを上回る彼の背は幾分か――二〇センチメートル近く縮み、全身に纏っていたはずの豹の鎧は所々が省略され、只人の手脚と黒髪をした少年の姿でそこに立っている。名残を残すのは、真っ赤なバイザー付きのヘッドギア、各所を覆うプロテクターのみだ。
大部分を破壊され、再生もままならなくなり、散逸しかける電脳体を、とっさのプログラム変更で『現実の姿』の枠に押し込め、辛うじて最低限の機能を維持した姿がそれだ。
『――剣一つあれば充分。装甲も、他の武装も、もう必要ない。この剣なら――暴虐の邪竜を討つにはお誂え向きだろう』
ジャガーノート・ジャックは――否、少年は呟いた。ノイズ混じりの、けれどいつもより高い声で。
――彼は、騎士の何たるかを知っている。
かつてダークセイヴァーの片隅のとある村に、一人の騎士がいた。
人々のため、義によって立ち、悪断つために戦った、不器用なまでに真っ直ぐな騎士だった。
彼は死に瀕し、死を経た。なるほど確かに一度は無為に散ったやも知れぬ。
しかし彼は骸の海に沈んで尚折れず、屈せず、誇り高く。
いつか必ず、悪逆の王を殺すと――そのためだけに骸の海より蘇った。
長き戦いの果てに、彼の剣が、悪逆の王を斬ったその瞬間のことを、彼を襲った呪いを引き剥がし、騎士として立ち合ったその時のことを、ジャガーノートは忘れない。
悪辣たるエインシェント・ヴァンパイア、フェイリア・ドレスデンを断った、あの天剣の太刀筋を。決して忘れない。
『故に。“哀色の牙”よ。貴騎の名を拝せし剣に誓う。貴騎がそうあったように、折れず、屈せず、誇り高く、』
ジャガーノートは右手にメイスほどの大きさをしたデバイスを抜いた。先端、分銅部分が二つに割れて展開。極彩色の光帯びた光の刃が生まれる。サイズは大剣めいている。刃長、一・五メートルはくだらない。
それは天体の獣の殻鋼にて鍛えられた破邪魔滅の刃。
――銘を、『剣狼』。
ボク
『如何なる傷を負えど、それでも本機は征くと』
ジャガーノートの足が土を掴む。巨大なる機械剣を携え、歩く。
彼の視線の先で、竜が立ち上がる。力の限りを尽くした攻撃が来るだろう。
解っている。だが、それすら越えてこの剣を叩き込む。剣狼ならばそうしただろう。
彼の最強の一閃。虹を、空に閃かせて。
『是は唯の模倣に非ず。彼の魂は、此の機剣と本機の中に刻まれた。是は――「継承」だ』
「気の利いたことを言うじゃないか。――あいつの魂に引かれたかもな」
ふいに右手で声がする。ジャガーノートはバイザーをそちらに向けた。
くすんだ金の髪をして、血色をなくした顔をして。
しかし未だその足取りだけは確かに、竜に向けて歩む金髪の男がいた。
ジャガーノートの横に無造作に踏み出したのは、ユーゴ。
その左腕は既に使い物にならない。故に剣を執るのは右手でのみ。肉体、万全にほど遠く。しかし、意気と魔力の全てを以て、ここに最後の一撃を刻む。
深く呼吸。残った全ての魔力を、剣の中に注ぎ込む。
「起きろ。名を呼ぶからには吸血猟鬼の時のような半端な目覚めは許さん。――その身を燃やせ、フェニクス」
ご、うおおああぁあぅっ!!
ユーゴのルーンソードに宿った火の鳥――『フェニクス』が目覚めの声を上げ、藍色の火炎が彼の剣を取り捲いて猛る。――虹にはほど遠い。体力は尽きる手前。だが、歪なれど、技を繰り出す準備は整った。
ジャガーノートの視線が走るのを横顔で受け止め、ユーゴは飾らずに続ける。
「何かの縁だ。征くぞ。俺の仲間が道を拓いてくれる」
『――ならば借りよう。この借りはいつか返す』
「律儀なヤツだな」
軽口を返すユーゴ。二人はすぐに、竜麟魔砲に魔力を注ぎ込みながら、立ち上がる竜の前方、三十メートルの地点に到る。
凄まじい竜の吼え声の中に、いびつに歪んだ男の声が混じった。
『マダダ、マダダロウ憤激魔竜。左手モ足モ付イテイル。魔砲ハマダマダ放テル。立テ。立チ上ガレ。コノ夜ヲ仕舞イニスルニハマダ早イ――!!』
戦争卿の声。
あの男の意識が表出してきたということは、魔竜は限界に近づきつつあるのか。
考察すればいくらでも出来る現象を、しかし、二人の騎士は文字の通りに切って捨てた。
「『いいや。ここで終わりだ、戦争卿』」
燃える剣が。
虹の機械剣が。
吼え猛る魔竜を真っ直ぐに示すように、突き出された。
●そして煌めく、あいいろの牙
『ガアアアアアアアアアアアアァァァァアアアアアァ
!!!!』
イラースが吼えた。力の限りに吼えた。
それは敵を威圧し圧し潰すための咆哮というよりは、最早、恐れの表れに見えた。
怯懦する獣が上げる叫びと同質のもの。迫り来る猟兵達の未知の力を恐れての叫び!!
しかし最大装填・最大出力の竜麟魔砲の威力、未だ凄まじい!! ユーゴ、そしてジャガーノートを、それどころか全方位にいる猟兵を猛撃せんと、今まさに、竜麟魔砲の嵐が放たれる!!!
一度着弾すれば全てを焼き焦がし、発露する衝撃にて撃砕する火炎弾、それが数千と二人目掛け襲いかかることだろう。しかして、ユーゴは上げた剣を引くこともなかった。
繰り出される炎の嵐を散らすのは自分の仕事ではない。
――そらに鐘が鳴り渡る。
からん、からあん、からん、からんからあん。
鐘の音が真っ直ぐに。ユーゴとジャガーノートの躰を追い越し、まるで指向性スピーカーめいて、竜に目掛けて真っ直ぐに飛んだ。激しく振るような音では決してないのに、その鐘の音は竜麟魔砲の轟音の中を、ただ静かに、安らかなる音色で鳴り渡った。
――風が吹いている。道めいて、音を風が運んでいる。ユーゴが渡した弓に宿る精霊、シルフの術である。
鐘の音は空に拡散して消えることなく、イラースへ届いた。
風の路に鳴り渡るその鐘の音は、『鉄の鐘』!!
次の瞬間、全方位目掛けて竜麟魔砲の嵐が放たれた。あらゆる猟兵が、その火線から逃れるために退避と防御行動を強いられた。
――ただ三名。
ユーゴと、リリヤと、ジャガーノートを除いて!!
リリヤが鳴らした鐘の音は巨竜に届き、竜麟魔砲の一部を――彼女たち三名を狙う軌道上のものを封じたのだ。それこそが『鉄の鐘』の効果。鐘の音の届いたものの動きを止め、園ユーベルコードを封じる。
寿命を削り、己の力を尽くし、リリヤが作ったのは――竜まで届く一直線の道!! そこには火砲の光なく、騎士らが駆けるに不足なし!!
――どうか。
――どうか、振り返らず、駆けて下さいましね。
ユーゴさま。異邦の騎士のかた。
竜よ。おおいなる竜よ。
この鐘は、鎮魂の鐘。
あなたを果てへと葬送るための。
おやすみのじかんです。
――ねがわくば、しずかに、やすらかに。
「技を借りるぞ。剣狼」
ユーゴの剣を取り捲く炎が不意に縮んだ。
――否。それは縮んだのではない。『圧縮された』のだ。
今やルーンソード『灰殻』は藍色に沈み、裡から溢れ出る光を留めるかのように沈黙している。
『征くか』
「ああ」
二人の騎士は狼の仔の導きを、この千載一遇の好機を活かすべく駆け出した。
彼ら二人の全力を以てすれば、三十メートルなど一瞬で縮む。未だ身体を起こしきっていないとはいえ全高七十メートルの竜を前に、たった二人の騎士、たった二本の剣が何を出来るのか。
――否。
二人の騎士ではない。
そこに居たのは三人の騎士だ。
灰の腕。黒の豹。――そして、哀色の牙。
忘れじと心に刻まれた剣狼の刃が、彼ら二人の手に宿る。
アウロラ
「『《 極閃 、披露奉る》』」
全く同時に、跳躍!!
ジャガーノートのエネルギー残量は僅少!! 発露出来たとて一瞬が限界!!
ユーゴの魔力残量も同様。あの剣狼が放った虹の極光には及ばぬやも知れぬ。
ああ、しかしそれでも!! 彼らの勢いはもう止まらぬ!!
これは暴虐と支配に抗い、昏き歴史の狭間に消えた英雄の剣!!
『唸れ!!!』 ――破邪閃光『極閃
』!!!!
「軋れ!!!」 ――我式極閃『牙焔
』!!!!
集束し、煌めく、藍色の炎が、虹色の光が、寸刻天を貫いた。
Xを描くように左右から、全く同時に振り下ろされたインディゴブルーの火炎閃と、極光の剣が、最早限界を迎えていた魔竜の両肩より射入し――
今、まさに。
その奥の奥、竜を竜たらしめる核を――戦争卿の躰を、完膚なきまでに引き裂いた。
――竜の口が戦慄くように揺れ。道連れに吐こうとした炎さえ、鐘の音が掻き消し。
今、ここに。
悪逆非道たる戦争卿は、世界焼き尽くす邪竜は――
『があ、ああ、ア、ア、アあ、あ、あああああああああああああアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああアッ
!!!!!!!!!!!!!』
天まで届く爆炎となって、散華したのであった。
着地する。ジャガーノートの身体は揺らぎ、消えかけ。ユーゴは全ての力を使い果たしたように膝を付き、地に突き立てた剣に縋る有様。
――だが、それでも。
彼らはまだ生きている。
爆炎一過し、ざあ、と風が吹く。
ノーマンズランドの果てで感じたような、荒れ遊び、けれどどこか清涼な風が。
「奴の墓でもこしらえてやるか?」
『必要ないだろう。名を残すまでもない。ただ忘れられることが、奴の最後の贖罪だ』
容赦の無いジャガーノートの声に、ユーゴは肩を竦めた。
「違いない」
斯くして悪逆の王は潰え。
生き残った僅かを連れて、猟兵達は、闇の下を征く。
それでも君は征くというのかと――そう問われ、迷わず参じた勇者達が。
大成功
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