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こいくれなゐに染まる

#サクラミラージュ

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#サクラミラージュ


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 恋慕のいろを赤と呼ぶのなら、抱くより先に死んだ想いは何いろなのか。
 小指から繋がる赤い糸は、どこにも行かずに腐り果ててしまった。恋にも染まらずきよらを保って、娘の首は椿と落ちる。終ぞ知ることのない愛の味が、ただこいしくて、こいしくて――。
 赤々咲いた椿のいろが、袴を染めて滴っていく。睦む手足も朽ちたのだ。心も鼓動も凍らせて、残る業火は悋気に染まる。
「縁なき娘に生きる価値はないでしょう」
 ――むすめは皆、恋をするものだと言う。
 恋とは貴い絆であるという。結ばれた縁を永遠のものとして、愛する誰かに愛されて、幸福を続けるものだという。
 ならば――最初から、縁など結ばれなかった彼女らには。
 むすめである資格など、ないというのか。
「このまま一生、こうして誰にも愛されないでいるの?」
 少女らの耳元に囁いて、怪異はわらう。
 誰かの想いを盗み喰らって、壊してしまえば良い。
「私が貴女たちに縁を運んであげる。だから、恋人たちを見付けたなら、私を呼んで」
 もう得られぬものならば。
 もう――手に入らぬものならば。
 せめて皆同じにしてしまおう。己らに価値がないというのなら、皆を等しく価値なきものへと変えてしまおう。そうすれば取り払われるものがある。
 黒く染めよう。妬気も慕情も羨望も、この焦燥感も。
 憎らしい――あの、あかいろも。


 恋に狂う娘は、時にドラマティックだ。
 慕情とは、それそのものが人を惹き付ける感情だ。古来より、美談も怪談も同じだけ有り触れているのだから、人間の営みに切り離す方が無理なのだろう。
「といっても、私は恋愛こそが人生の全てだとは思わんが。まァその辺りは個人の見解と、社会の目という奴による話だな」
 そんなことを言ったら私なぞ生きながら死んでいるようなものだしなァ――などと磊落に笑ったニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)が、ゆらりと黒い竜尾を揺らした。
「今回は悲劇の方だ。それも正確には痴情の縺れではない」
 おんなからおんなへの嫉妬である。
 影朧を匿っている娘らがいる。皆一様に女学生で、じきに卒業を控えた者たちだ。学校も違えば友人同士でもない彼女らは、全員が影朧によって集められている。
 ――曰く。
「恋に憧れるが、実際には恋をしたことがない娘らである、という話らしい」
 学生を謳歌するということを考えるにあたり、まず話題に上がるだろう浮いた話を、得ることのないまま卒業に至った。それそのものはよくある話だ。いずれ学生生活の思い出として、笑い話に昇華されるような若さである。
 それを、まるで人生の終わりとばかりに煽っているのが――影朧だ。
「縁談もなく卒業を迎え、果てに自ら命を絶った娘らの、無念の塊というのかな。幸福になりたくてなれなかった彼女らが、復讐の相手を探しているようだ。赤い髪のレディにいやに執着しているようであるから、当てはまる者がいれば気を付けてくれ」
 お前さえいなければ――実際にそれが正当な怨恨であるかどうかなど、当人らにも分からなくなっているだろう。ともあれ早急に止めねば被害が出るのは明白である。
「その一団が市場に現れるというわけでな。絶好の機だ、根城を突き止めたい」
 ――大切な人に想いを伝えるために、あかいろの贈り物を。
 最近のサクラミラージュで流行しているらしい。大切なひとにあかいろのものを贈って、それを日々の想いのかたちとする。或いは誰か大切なひとに巡り会えるように、あかいろに願掛けをする。少女らの目的は後者だろう。
「ホワイトデーというのがあるであろう? それに向けた催しらしい。大切な人へのお返しに、大切な人と出会えるように、赤い贈り物を――ってな」
 匿っているという少女らは、すぐに見分けがつく。皆一様に赤いリボンを腕に巻いて、集団で移動している。事情を知る猟兵にしてみれば、この上なく目立つ印――というところだ。
 学生らに話を伺えば、一団の誰ぞを知る者もいるだろう。そうでなくとも赤いリボンは目立つのだから、どの方角から来たのかを知る者もいるはずだ。一団にいる娘らも、不安を煽られてこそいるが、根は普通の学生だ。接触を試みれば、話の一つや二つは聞けるだろう。妙な方向に走らないよう相談に乗ってやれば、素直に口を割ってくれるやもしれない。
 とはいえ、追跡しても場所は割れる。それそのものが難しい話だというわけでもないのだし――。
「折角の機会だ、貴様らもひとつ、贈り物でも選んでみてはどうだろう」
 勿論、渡す渡さないは当人の自由だ。その感情が何も恋に限定されることもないだろう。
 日頃の感謝を、想いを、願いを――或いは、もう届かぬ胸懐を、あの人へ。
 想いは心にあるだけで力になるという。妬気を払うにおいて、大事な誰かを愛おしむ心は、何よりの武器にもなるだろう。
「恋慕とは善いものなのであろう? だが焦燥と嫉妬に変えてまで抱かねばならないものでもないはずだ。それを教えてやってくれ。世界の愛と希望のため、よろしく頼むよ」
 破顔するニルズヘッグの手の内にて、グリモアが閃いた。


しばざめ
 しばざめです。
 少女漫画はちゃお派でした。

 今回は(今回も)心情中心のプレイングを頂けると喜びます。よほどのことがない限り全採用の運びです。
 第一章で出来ることは以下の通りです。

 ①少女らの情報の聞き込み。
 ②少女らへ接触する。
 ③赤いものを買う。

 やりたいことを一、二個に絞っていただけると、一つ一つの描写が濃く出来るかと思います。
 少女たちは一般人であり、彼女たち自身が現状ことを起こす気はありません。全員が③を選んでも何やかやで成功します。

 また、第三章では「赤い髪の女性」は特に強い敵意を向けられることとなりますが、判定には一切関係ありません。思い思いのプレイングを頂ければ幸いです。

 プレイングの募集は『3/1(日)8:31~』となります。
 お目に留まりましたらよろしくお願いいたします。
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第1章 日常 『くれなゐ浪漫』

POW   :    ひと目で気に入る贈り物を見つける

SPD   :    相手の好きそうな贈り物を見つける

WIZ   :    不思議と心惹かれる贈り物を見つける

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 ゆるやかな日差しが冷えた風を暖めている。
 休日の昼下がりとあって、くれなゐ市場と銘打たれた大通りは賑わっていた。厳寒というには穏やかな陽光の下、ずらりと並んだ露店の前には、若い男女の姿が多くみられる。
 或いは恋人と連れ立って。
 或いは友人らと共に。
 一人そわそわと覗き込む顔もあれば、子連れの夫婦が顔を見合わせて笑い合ってもいる。長閑な光景の中、客引きの声が朗々と響く。
 並んだ品々を見て回れば、贈答に使えるものはおおよそ揃うだろう。店員に頼めば、赤いラッピングを施してくれるサービスもあるようだ。同じあしらいの袋を持った人々が、めいめいの表情を浮かべて歩いているのが目に入る。
 ――その中に。
 着込んだ衣服の上から、赤いリボンを巻いた少女らが歩いてくる。数えてみれば十人にも満たない彼女らは、どこかぎこちなく視線を交わしてから、ぐるりと露店を見渡した。
 期待と不安と、確かな焦燥――。
 孕んだ色に淡い夢を乗せて、年相応の表情をした彼女らは、どうやら集合場所を赤い旗の前としたらしい。友人同士と呼ぶには開いた距離より遠ざかるや、散り散りになって露店を覗き込んだ。
 そこまでを見ていたならば、追跡の容易さは知れたも同然だ。
 猟兵たちもまた、それぞれの目的を持って、大通りの人込みの中へ紛れていくだろう。
榎本・英
赤色か。
露天に並ぶ赤色に目移りしてしまうどころか
一体全体何がなんやらさっぱり分からない。
何を送れば良いのか。
そもそもホワイトデーとは一体なんなのか。
私にはあまりにも馴染みがなさすぎる。

嗚呼。そうだ都合良い。
お返しを選ぶどこぞの男として
赤の彼女たちと接触してしまおう。
目立たないを使って人に紛れて、ふとした時にぶつかる。

嗚呼。すまないね。夢中になっていたよ。
おや……。君たちは赤色を身に着けているのだね。
そうだ、赤色が好きなのだろう?
年頃の女の子はこの赤の中ならどれが欲しいのかな?

私には女の子の気持ちはさっぱり分からないのだよ。
乙女心は複雑と云うだろう?
ぜひとも。君たちが良ければね。




 人波に流されている。
 流れに逆らわずとも顔を窺うことくらいは出来るのだ。そこらを歩いている人々と変わらぬ身に、時流だの催事だの流行だのに逆らうつもりは特段ない。それはまあ、ペン先に隠した倫理には多少なりと歪みはあるのだろうが、そも何がしかの歪みだの闇だのがなければ作家なぞという稼業は務まらぬのである。
 そういう意味で、榎本・英は人である(f22898)といえるのだろうが――。
 とまれ今の彼の頭を悩ませているのは、浮ついた流行に思うところがあるだとか、催事の意味を問い質したいだとか、およそ己が真面であると思っている人間のような、崇高な話ではなかった。
 ――ホワイトデーとは何ぞや。
 赤々と塗り潰された露店の店先を覗くに及ばず、そも誰に何を送れば良いのかも定まっていないのである。あまりに馴染みのない世界に放り込まれてしまえば、如何に想像力を日々の糧としている英にも手詰まりだ。
 まあ――。
 すべきことは何も、この幸福そうな人々の一人となることだけではない。
 ごく当たり前の歩幅と、ごく当たり前の容姿に乗せて、眼鏡の底で瞬く紅玉は温和な色を孕む。
 人であるというのは――特技と言って差し支えのない特性なのかもしれない。
 きょろきょろと露店を見回しながら、定めた赤いリボンの位置は把握している。並んだ二人の少女たちは、どうやらあの一団の中では親しい間柄らしい。まだ見えぬ夢に頬を染め、一人が通りの反対側を指さした。
 従うように向きを変えた少女の肩へと、努めて軽く己のそれをぶつける。予想するよりも小さな衝撃が走った。丸々と見開かれた娘の目を真似るように、英も目を瞬かせて見せる。
「嗚呼。すまないね。夢中になっていたよ」
「いえ、その、こちらこそ――」
 ぶつかったポニーテールの少女が、俯きがちに首を横に振った。ショートカットの娘がおずおずと瞳を覗き込むのに、英の赤がゆるりと細められる。
 これ見よがしに、腕のリボンへ目を遣って――。
「君たちは赤色を身に着けているのだね」
 言えば曖昧な笑みが返る。
 作家とは得てして観察屋である。人の行動を描いているようでいて、その実は心をこそ綴っているわけであるから、その仕草に警戒はあれど拒絶や否定はないと確信するのは早かった。
 瞳の穏やかな色は変えぬまま、何か考え込むように顎へ手を遣る。ふむ、と尤もらしく一つ唸って、瞬いた瞳に明るい表情を湛えた男は、退くも行くも出来ぬままの少女らへ提案を投げかける。
「そうだ、年頃の女の子はこの赤の中ならどれが欲しいのかな?」
 赤色が好きなのだろう――と問えば、目を合わせた二人はおずおずと頷いた。それからどちらが口を開くかで数秒悩んで、ショートカットの娘が息を吸う。
「ええと――贈り物、ですか?」
「そうなのだがね。私には女の子の気持ちはさっぱり分からないのだよ。乙女心は複雑と云うだろう?」
 さながら秋の空――と言っては陳腐だろうか。否、一見して使い古されたと思われる言葉にこそ、永きに渡って口ずさまれる理由があるのだ。
 ともあれ。
 小さく言葉と視線を交わしていた少女たちにとって、歳下の少女への返報に悩む男というのは、さして怪しげにも映らなかったらしい。笑みを作ろうとして失敗したような顔のまま、如何にも大人しげな女学生らしく視線を泳がせながらも、彼女らは頷いた。
「えっと、私たちでお手伝いできれば」
「嗚呼、有難い。ぜひとも。君たちが良ければね」
 手を叩かんばかりに喜ぶように――目を細めた英は、早速と少女らの道案内に付き従うこととした。
 鋭い好奇心のペン先を瞳の奥にしまい込んで、外套が揺れる。その影にて、人であった獣が、無数の腕を従え静謐に唸る。
 さあ教えて呉れ給え。
 憧れ乞い果て終ぞ命を奪う――恋とは一体、如何なる物ぞ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
【比華】③

戀の色をあかと喩うなら
それ以前は白なのかしら
かつてのわたしが無し色であったように

嗚呼、なんて懐かしい
幼き頃のわたしはとても稀薄で
何処へ往くにも手を引かれていた
あねさまはしるべだった
あなたの茨は絡んだまま
今もなおこの身を引きつづける

戀をしり求めるがままに奪い殺めた
咲いた白い牡丹一華は血に染まった
あかを、冠したの

何時しかあねさまも黒を宿していた
今までずうと気に留めなかったのに
何故白薔薇は黒く染まったの

こいする乙女に話を聞こうと歩む
あなたの手がそれを制す
髪に差し込まれるくれなゐの鬼灯
欺瞞の花
あなたの笑顔が心を射抜く
あなたは“鬼”であるわたしを求める

ねえ、あねさま
あなたは“あか”がすきかしら


蘭・八重
【比華】③

赤…愛の色
とても可愛い考えね

穢れなき純粋な無色透明な子
稚き手は迷う事無く私の手を握った
迷わない様に離れない様に
……逃げない様に

愛は不完全
男達の愛の言ノ葉は嘘偽
ならば言霊の通り死へ導いただけ
怨念が黒へと染める
いえこの黒など比では無い
あの人の私の想いが漆黒を墜とした

なゆちゃんに贈り物があるの

ずっと渡せず持っていたもの
くれなゐの鬼灯の簪
彼女の髪を結い簪を挿す
瞳が真っ直ぐ私を貫く
ふふっ、そんな瞳をする様になったのねと北叟笑む
疑い無く慕ってくれてた子
嗚呼、私の心を真実を覗く

無垢だった私だけのなゆちゃん
愛おしい子
辿り着けるかしら貴女と私の秘密を

えぇ〝あか〟を愛しているわ
微笑みはより一層紅く冷たく




 戀のいろを赤と呼ぶ。
 見渡す限りのくれなゐを、人は心に咲く華のいろと喩えた。ならば紅色を知るより前の、無垢なる心の色をこそ、白と喩うのだろうか。
 強すぎるひとしずくが全てを染め行くのは、ああ――確かにあかいろめいているだろう。
「赤……愛の色。とても可愛い考えね」
 昼光に差した紅一輪、夕景の色を髪に纏った蘭・八重(緋毒薔薇ノ魔女・f02896)が、思わずといったように小さく声を零した。
 嫋やかな手にちいさな手を取れば、じっと見上げる蘭・七結(こひくれなゐ・f00421)の紫水晶が、姉の桃色に映り込む。取った手にほんの少し力を込めて、八重が妹を引くように、一歩を踏み出してわらった。
「行きましょう、なゆちゃん」
「ええ、あねさま」
 ふたり雑踏に歩み行く後ろ背は、昔日の姉妹の姿によく似ている。
 あかに侵されるより前、無垢な妹の手を姉が引いた頃――過るのは郷愁めいた仄かなあまい痛みだ。色を知らない時分の七結に望みは稀薄で、絡みつく茨にも似た八重の手はしるべだった。
 何も知らない稚児の指先に、それより幾分長い娘の手が絡む。伸ばせば迷いなく取られた手の温度が、この手から逸れぬように、迷わぬように――。
 ――間違えても、逃げてしまわぬように。
 囚われた茨の鳥籠の中で、妹は透明な瞳で姉を見ていた。薄桃を孕んだ灰色の髪は、八重の冴えたあかいろと長さだけが揃いで、それは今も変わっていない。
 それなのに。
 七結の心を戀の赤が染め上げて、八重の白薔薇は黒く色を落とした。
 咲いた牡丹の白一輪――それを白いままに保つすべなど知ることのないまま、求めるが儘に奪った赤のひとしずく。冠した花弁を染め上げて、宛を失ってなお咲き誇るいろ。
 咲いた赤を識って、七結は己の瞳を得た。今ならば見える。見得てしまう。絡む指先が茨の鎖であることも、白薔薇の一輪までもが、いつしか黒く染まっていたことも。透明な目に見えなかったそれを当たり前だと思っていたのに、浮かび上がる疑問は確かな意志を孕み行く。
 何故――白薔薇は黒く染まったの。
 引かれる指先に籠もる力の曖昧さを隠すように、引く掌が力を強める。
 ――愛は。
 八重の心の識るそれは、不完全の象徴だ。
 言葉を吐くだけならば誰にでも出来る。ただ空疎な嘘偽りに過ぎないそれが、骨を、肉を、皮を剥いで、どれだけ残るというのだろう。
 なればこそ死に行くのだ。しなやかな娘の指先がいざなう無明は、元より男らの言ノ葉の裡に潜む奈落の響きに過ぎなかった。愛のいろを赤と呼ぶのなら、それより重い色で染め返してしまえば良い。そうして隠した憎悪が黒く染める、この一輪すら霞むほどの漆黒は、ただあのひとの、八重の――。
 するりと。
 繋いだ茨を抜け出そうとした七結の手は、ただ目の前に赤いリボンの娘を見たからで。
 それを許さず繋ぎ止めた八重の手は、ただ無垢のいろを喪った妹を見た。
「なゆちゃんに贈り物があるの」
 髪に添えられた娘の手が、そっと挿すのはくれなゐの色。欺瞞と偽りの意を込めた贈り物。ずっとその手の中にあって、渡す先も決まっていて、それなのに今の今まで手を離れることのなかった一輪だ。
 りんと揺れる鬼灯に示されるそれを、七結はもう、知らないままにはいられずに――。
 紫水晶が、薄紅の微笑を映し出す。
 心を穿たれ呼吸を止めた。一瞬の合間に悟るのは、もう己が、姉を疑いなく慕い続けることの出来ないこと。
「ねえ、あねさま」
 ――“鬼”のわたしを求めるあなた。
「あなたは“あか”がすきかしら」
 七結の瞳が映すいろに、八重の胸中が北叟笑むようなさざめきを立てる。
 心の断片を見透かすような、真っ直ぐな瞳。立ち止まることをやめた――己にも色のあることを知った、茨の籠の中で咲く一輪華。
 ――無垢だった私だけのなゆちゃん。
 その瞳が迷路を辿って、いつか鎖された場所に辿り着くだろうか。二人の間に横たわる、秘密が隠れるそこへ。
「えぇ」
 すうと細まる瞳が紅を増し、嫋やかな娘へ冷えた色を差す。微笑のかたちは変えずとも、捕らう指にはそっと力を込めて――。
 緋毒はただ、わらうようにうたった。
「〝あか〟を愛しているわ」
 ――甘くやわい、劇毒のいろ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

華折・黒羽
この思いが戀と呼べるものなのかわからない
知り得る前にあの子は居なくなった
けれど求める思いは止まず
いつかの再会を夢見て此処まで生きてきたのに

生死も分からなかったあの子が「死んだ」という事を
──つい先日、ある怪異によって知った

胸中渦巻いた喪失感、悲しさ、寂しさ
それと同時に溢れたのはどうしようもない、…こいしさ

紅絲の運命なんていらなかった
ただ、傍に在れたらそれだけで…
もう叶わぬ思いを巡らせながら番の烏を呼び出し

あの女性達を、追ってくれるか?

紡げば烏の飛び立った先
歩く少女達の背に視線を向ける

身をも焦がすは 遠き夢
花の影にと 語らいもせず

…死んでしまったあなたを尚も想うのは
やっぱり、戀なんだろうか




 大事なものがあった。
 向ける想いがこのくれなゐと同じいろだったのかは、分からないけれど。
 知るより先に、いなくなってしまったのだ。いなくなってしまったからこそ、余計に焦がれるように焼き付いたのかもしれない。ただ求める思いだけが止まないままに、日に日に朧に揺らぐ記憶を刻み込んだ想いで繋ぎ止め、纏った名でもってどんな地獄の底へも身を投じようと思っていた。
 ――彼女が、生きているのなら。
 知らねば希望があった。目の前にないものを、ただ世界のどこかにあると信じていたくて、決定的な証左を目にしてしまうことをどこかで恐れていた。
 それを――塗り替えて。
 知った現実は、あまりにも無情だった。
 その姿が目に焼き付いている。刺すようなひかり、このあかあかとした戀のいろによく似た、あの夕景の中の怪異で――。
 彼女が、この世のどこにもいないことを知った。
 覚悟をしていた――と言うほど、本当は懐けていなかったのかもしれない。
 その懐かしい姿を前にして、心に渦巻いたのはどうしようもない感情の嵐だった。全ての想いをぐちゃぐちゃに壊して、混ぜて、この体ごと巻き上げて消してしまうような。
 胸の裡が一気に空になって、そこに寂寥が埋め込まれる。もう掴めない手との断絶が波打って、ぶちまけられた悲哀の色に全てが塗り潰されそうになったとき――。
 そこに灯ったのは、どうしようもなく消えないいとしさのひかりだったのだ。
 小指に繋がれた運命の糸の先に、自分がいる必要などなかったと、華折・黒羽(掬折・f10471)の胸が軋む。紅くうつくしい唯一の甘さなどと大層なことは望んでいなかったのだ。
 ただ、彼女が生きて。
 この世界のどこかで笑っていて。
 その傍に、己の身が在れるというのなら。
 ほんの細やかな幸福すらも、世界のどこにも遺されてはいない。手繰ることすら、もう叶わない。
 すれ違う人々の紅に染まった顔が、今はひどく虚しく思える。胸に抱くこの軋みこそが戀であったとして、もう伝えるべき相手も、交わすべき言葉もありはしない。
 苛む痛みを吐息と変えて、黒羽の翳る瞳が番いの鳥を呼び起こす。比翼のそれが影より出でて、眼前で羽搏くのを、碧眼の奥に飼った空疎が見詰める。
「あの女性達を、追ってくれるか?」
 零れた息は震えるようだった。飛び立つ番の先、リボンを巻いた少女らの、どこか希望に溢れた背を見る。
 まだ見ぬ恋への憧れが、未だ知らぬその蜜の味が、ひどく甘やかであることを知っているかのようだと思う。
 ――身を焦がすのは、遠き夢。
「……死んでしまったあなたを尚も想うのは。やっぱり、戀なんだろうか」
 それすらも――教えてもらえないまま。
 気付くことすら出来なかった想いを抱えて、黒羽はただ、赤の中に立ち尽くした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

輝夜・星灯

あか、――あかいろ、ね
好きないろだけど、なにかを捉うそれは好きじゃない
憧憬に押し潰され、嫉妬に塗り潰され、怨讐に鎖され
其が為に赤色を求むのなら、たすけてやらないといけない
誰かを害するというのなら尚更に

まずは止めよう、今を生きる彼女らがその行いを悔いる前に
話をしたい、聲が聴きたい

客を装って市場で買い物をしていこう
装うといっても本当に買うが
――かのひとへ、贈る想いをどれに例えようか
手に取るのは、――

選んだ贈り物を真っ赤に装ってもらう間に
近くにいる赤リボンの女学生に声を掛ける
贈る為の相談に乗って欲しいと唆したなら
少しずつ彼女へ話題を預けていく

君の苦しみを吐き出してくれ
受け止めるくらいは、私も出来る




 赫が好きだ。
 それは鮮烈な戀のいろだった。心に宿し、その身を繋ぐ、鎖のいろによく似ている。
 なればこそ――愛するそれが何かを捉うことを、歓迎することは出来ない。
 善き色であってほしいのだ。いつか己の身を、その楔がとらえて繋ぎ止めたそのときのように。あの日に得た彩の全てをこそ、赫と呼びたい。
 だから。
 無垢な憧憬を塗り潰し、嫉妬に狂ってぶちまけられた無秩序なそれが、怨讐の果てに赤を求めるというのなら。
 ――その暴虐が取り返しのつかない場所に行く前に、救いの手を差し伸べるのは、輝夜・星灯(迷子の星宙・f07903)の使命とすらいえた。
 この世界には、もう戻らない赤がある。零れたいのちの色が、無辜の彼女らの手を染め上げてしまわぬよう――今を生きて未来を見ることの出来る瞳が、絶望に鎖されてしまわぬよう――権能を喪った星見水晶は、沿道を歩き出す。
 聲を聴きたい。今も孤独の淵に苦しむ少女らの、心からの聲を。
 赤々と照らす看板の前に立って、星灯の美しい碧が瞬く。自分の色彩とは正反対の、けれど彼女の想い人によく似合う、赫の最中へ足を踏み出した。
 買い物客を装いながら、愛しいひとへの贈り物を探す。その間にもリボンの娘から意識は離さない。そのくらいの芸当は容易に出来る。
 まるで迷っているかのようなそぶりで、けれどもう、選ぶべきはひとつと決まっていた。
 この心を墜とされたとて悔いることすらないだろう、かのひとへ――。
 送る想いを喩えるそれを、店員に渡した。赤い包装の中へと仕舞ってもらおう。贈ればよろこんでくれるだろうかと、ふわり浮かぶような心地も一緒に。
 その間に、近くにいた赤いリボンに目を遣った。
 背の低い少女だ。もじもじと視線を巡らせるさまからは、目当てのそれを取りたくとも取れない――といったふうが滲んでいる。
 ならばと、星灯の声はひどく穏やかに響いた。
「少し良いかい」
 びくりと肩を跳ね上げて、けれど少女はゆるゆると肩の力を抜いた。明らかな安堵に声を重ねて、星灯が小首を傾げる。
「贈り物を探しているんだ。丁度、君と同い年くらいのひとへ。良ければ相談に乗って欲しい」
「えと、わ、わたしでよければ」
 こくこくと二度ほど頷いた顔に向け、星見水晶は笑顔を返す――といっても、口許を覆う布のおかげで、目許が緩む程度のそれでしかなかったけれど。
 少女の指先が、惑うように幾らかを指したところで、星灯がふと少女の瞳を見た。
 ――吸い込まれるような星空に、見開かれた娘の目が釘付けになる。
「そういえば、君はどれが欲しかったんだろう」
「あ、えと、あれが」
 はたと我に返ったように、少女が指さしたのは根付だ。鈴を鳴らすそれを手に取って渡せば、深々と大仰すぎるほどの礼が戻って来る。
「誰かに贈り物かい?」
 問えば――。
 口ごもった少女は、ひどく苦しげに俯いた。
 戀にすくわれるような顔ではない。夢を見ているふうにも見えなくて、星灯の瞳がひどく真剣に揺らぐ。
 その肩にそっと手を添えて、彼女はじっと、震える少女の眼を見据えた。
「君の苦しみを吐き出してくれ。受け止めるくらいは、私も出来る」
 ややあって、ぽつりと吐き出されるのは、いたく苦しげな声だった。
 ――男性が怖いという。
 周囲の少女たちが、何の衒いもなく未来に思いを馳せているのが、理解出来なかった。あんなにも恐ろしい生き物と四六時中接さねばならないと考えるだけでも怖気が走った。けれどそのままでは、ずっと置いて行かれるばかりだ――というのは、ずっと思っていたことだった。
「恋――できないですよね。でも、どうしても」
 ――おいていかれたくない。
 少女の零す涙を拭う。星灯の繊手が、想いの露に濡れた。
「想いを懐くのに、性別は関係ない。それに、もしかしたら、君のそれをいつか癒してくれるひとがあるかもしれないよ。君の友達だって、君の事情が分かれば、置いてはいかない」
 ――だから、焦らないで。
 言えば頷く少女の顔は、先よりも晴れやかに笑った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
其れが生きる糧と成り得る事を否定はせんが
人生の総てと云う訳でも無かろうに
況してや花実どころか精々蕾の年頃で何を諦め切っているのだか……

先ずは品を物色している風を装いながら赤リボンの娘の様子を観察し
“定めた”気配が有れば声を掛けるとしよう
――其の行動が縁の糸を断ち、罪を生むと知っているのか
恋と出逢うに期限なぞ有る訳が無い
其れが事実なら世の大半は愛する者を得ない侭終わる事になるだろう
お前にそんな出鱈目を吹き込んだ者は何処だ

嘗てを思い出す――
既に身を焦がす想いを抱く心は凍り果てたが故に
想い起す事すら冒涜に感じる様に成ったのは何時からだったか
愛しい記憶迄が消え失せた訳では無いというのにな……




 焦がれる想いというものに、縁のない人生ではなかった。
 元より血が上れば手の付けられない激情家と称されていたのである。律し抑えてなお足りぬとばかりの性質に、身を焦がす慕情を宿したことがないはずもない。
 それも最早、遠く霞んだ心地であるし――。
 想いの最中にあったときにも、それこそが人生の全てであり至上であると言うほど、冷静さを欠いてはいなかった。
 まして件の娘らは未だ二十にも満たぬ女学生である。女性を喩えて花やら実やらと言うことはよくあるが、その中で言うなら未だ蕾だ――それも、咲くには遠い青さの。
 通りを彩る赤の群れの中で、鷲生・嵯泉(烈志・f05845)の柘榴色は、隣の少女の様子を窺っている。
 買ったとて渡す宛もない。品々を前に迷っているようなそぶりを見せこそすれ、その実意識の大半は少女らの気配に割いている。
 ――己の長躯を理解はしているから、その視線が好奇の気配で以て時折刺すのも、致し方のないことだろう。
 とまれ嵯泉への視線の質といい、さして声をかけにくい相手でもないだろうと判じた。これが恐怖や警戒を孕んでいるのなら場所を変えるつもりでいたが、その必要もなさそうだ。
 視覚を補うために極限まで研ぎ澄まされた感覚が、迷うように動く気配がひとつを定めたのを捉える。その手が翻されるより早く――。
「――其の行動が縁の糸を断ち、罪を生むと知っているのか」
 掛けられた低い声に、少女の動きがびくりと止まる。
 横目に捉えた仕草に反し――或いは予想に反することなく――背の高い娘の瞳は、じっと嵯泉を見ている。見開かれたそれに驚愕はあれど、彼に対する恐れはない。
 故に。
 腕のリボンへと目を遣って、言葉を重ねる。
「運命と出逢える呪(まじな)いか」
「あっ、えと、そうです」
 思うよりもはきはきとした声が戻った。溜息じみた息を一つ仕舞いこみ、長躯の男は瞬く娘へ向き直る。
「其の時分で何を焦る必要が有る」
「や、えっと、皆――ほら。学生のうちにやっておかないと価値がないんだって言うから」
 ――つまり真面目に捉えているだけだと。
 いっそ愚直なまでの生真面目な性質に、理解を示さぬではない。だが、そうであるが故に、嵯泉はぴしゃりと言い放つ。
「恋と出逢うに期限なぞ有る訳が無い」
「そういうものでしょうか――」
「其れが事実なら世の大半は愛する者を得ない侭終わる事になるだろう。十代の内に初恋の無い者等、幾らでも転がっている」
 試しに周囲の大人に訊いてはどうだと提案すれば、少女はまさしく天啓を得たとばかりに手を打った。
 この年頃は――丁度、自分たちの中で世界が閉じてしまうのでは、あろうけれど。
 なればこそ、その心を復讐へ利用するものを絶たねばならない。
「お前にそんな出鱈目を吹き込んだ者は何処だ」
 そう言われれば、少女の口が止まる。
「――えっと。本当のところ、知らないんです。呼べば来てくれるって言ってたんですけど、それも色々、ルールが決まってて」
 そういう人たちの集まりだったから知らないと――。
 その言葉に嘘偽りがないことは確かであろう。嘗ては政にさえ関わった直感が判ずる。
「そうか」
「あの、何だかありがとうございました」
「――いや。他人の言葉は余り簡単に信じない様にしなさい」
 恐らく初対面で零した己の言葉さえも信じているのであろうから。真面目なのも素直なのも取り柄と言えようが、行き過ぎれば不利益をもたらすのは自明だ。
 頷く背がどこまで理解しているのかも分からぬまま、嵯泉は一つ息を吐く。視線を落とした先にある紅に、ふと伸ばしかけた指先を無意識が律した。
 ――思い出までを亡くしたわけではないのに。
 笑みも、声も、仕草も、忘れられようはずがない。それなのに、喪った想いを思い返すことすらも、いつからか冒涜だと思うようになった。身を焼く心は凍り果てたのか、それとも己が凍らせたのか――。
 ふと息を吐く。もうここにない面影を振り払うようにして、軍靴が硬い音を立てた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鎧坂・灯理
一般人なら手荒く行くわけにもいかんよなぁ
よし、炎駒を使って【BPハック】、小娘共の考えを読み取る
並列思考は得意だよ 複数人の考えを読み取り整理しながらでも買い物くらいは出来るさ

赤色と言えば我が妻、土産を買わない手はない。とはいえ何を買えばいいか……
しまったなぁ、もう少しそういう雑誌も読んでおけばよかったか?
……よし、手足の爪に塗る奴にしよう マニキュア?ペディキュアだったか
一番流行りの赤色と、私の目から見て彼女に似合いそうな赤色をひとつずつ
服やアクセサリーは彼女の方が選ぶセンスがある、彼女はプロだからな
花は事件が終わる頃にはしおれてしまうし、郵送は面白みがない

赤いラッピングで
丁寧にお願いするよ




 幾ら何でも一般人を相手に実力行使は出来ない。
 裏を返せば一般人でなければ文字通り捻じ伏せることも厭わないということでもあるのだが、そんなことは鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)が口にするまでもない理だ。
 力を行使するならば、返報の覚悟を持てということである。
 この和やかな通りにおいて、少なくともそのリスクを背負う意味はない。
 手元にある傘がふわりと花弁に変わるのを視認出来るのは、この場では灯理だけだ。風に吹かれた概念の花が、舞い散る幻朧桜に紛れ、赤いリボンを掠めていく。
 ――運命の人っているのかなあ。
 ――この根付、かわいい。
 ――いつ呼んだらいいんだろう。
 ――幸せそうで良いな。あたしも恋したい。
 ――先輩が言ってたのって、ああいう人たちのことかな。
 脳髄へ渦巻くのは、少女らの心に浮かぶよしなしごとだった。飛び抜けて優秀な処理機構は、それぞれの声の出所までをも精確に理解する。左目を覆う眼帯が映し出す視界に、彼女らが道行く恋人へ目を向けているのを確かに捉えながら、しかし灯理自身の思考は周囲の赤へと廻っている。
 何しろ彼女の愛しい妻は、赤が似合う女性であるから――。
 土産を買っていかない手はない。飛び跳ねて喜ぶ姿を思い浮かべれば、うっかり思考が可愛いの嵐に圧し潰されそうになるが、彼女を目の前にしたときに比べれば押さえ込むのは簡単だ。
 ――何しろ、当人の前でも相応にしっかりとした顔を取り繕っているもので。
 閑話休題、目的は最愛の妻によく似合う赤を見付けることである。
 目につくものは多い。多すぎるほどだ。
 灯理はそう女性的な代物を知っているわけではないが、それはそれとして妻の喜びそうなものは知っている。とはいえこうまで選択肢が多いと選びようがない。彼女が好んで読んでいる雑誌の一冊でも目を通して来れば良かったか、この時期はギフトの特集などよく組んでいるのであるし――などと思ったところで、手元に現れるわけでもない。可能かもしれないが、そもこの場で大層な超能力を披露すれば、余計な注意を惹いてしまう。それは望むところではないのだ。
 花はしおれているだろうし、かといって郵送などという味気ない真似はしたくない。アクセサリーや服は彼女の専門だ。素人考えで選ぶより、本人が似合うと思うものを選んで欲しいから――。
 意志堅固な灯理にしては珍しく、散々に迷って足を止めたのは、化粧品を売る露店の前だった。
 マニキュアとペディキュアの違いはよく分からない。そういう細かい呼称の違いに意味を見出せないのだ。強いて呼称するなら、手足の爪に塗るやつで充分である。
「――一番流行りの赤色は?」
「一番人気は、こちらの『戀桜』になります」
 幻朧桜の花弁から抽出した成分と云々と続けられる説明を、脳の片隅に焼き付けておく。勿論、彼女に渡すときに軽く教えてやるためだ。
 とまれ流行だというのならそれを一つ。それから、と廻らせた視線に、すぐに留まった一つを手に取った。
「なら、それと――これを」
 『日暮錦』と銘打たれたそれは、夕景のように鮮烈な赤をしている。店員曰く鮮やかすぎることはなく、塗れば肌に馴染む色になるという。
 ――愛しの妻によく似合う、美しい色だと思う。
「赤いラッピングで。丁寧にお願いするよ」
 じっとあかいろを見詰める紫水晶に、誰かを想う穏やかな色を乗せて、灯理の唇に穏やかな笑みが浮かんだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

天方・菫子
恋かあ、あたしもよくわからないから
気持ちはわからないでもないけれども…
人を恨むのは、話が違うよね?

赤いものを買うふりをして、聞き込みをします

赤いものを選んでいる子たちに話しかけて
まずは何がいいかな、お勧め教えてーから初めて
リボンの少女たちの来し方を聞きます
聞けるのであればどういう印象の子たちかも
思いつめて自分を傷つけるようなイメージがあるけれど
それってあたってるかな?

恋をすれば世界は変わるって聞く
でも、恋をしなくたって世界は自分で変えられる
あたしは、そう思うけど…強がりなのかな

赤い髪留めを選んで、少しだけ考えちゃうよ

絡み、アドリブ歓迎です




 恋の花――と銘打たれた店を見上げて、曇りのない碧眼がぱちりと瞬く。
 華のようなものなのだろうか。髪に咲き誇る菫をひと撫ですれば、そよりと青いリボンが揺れた。
 天方・菫子(花笑う・f17838)は、恋の心地を知らない。
 なればこそ、花咲きわらうようなそれに憧れる、というのも理解は出来る。年頃の少女が抱く憧憬が、想いの成就より先に、想い人を得ることへと向いてしまうのも。
 ――けれど。
 それは人を傷つける理由にはならない。想いの糸を誰かへ繋ぐためだとして、暴虐が許される理由にはならないのだ。
 ならば止めねばなるまいと歩き出せば――。
 その懐から、竜が小さく顔を出す。人の多さに圧倒される小さな彼女の興味の先を辿って、董子の視線はアクセサリーを並べる店先へと向いた。
 赤いリボンの少女が一人、眼鏡の底の瞳を真剣に輝かせている。その背へそっと近寄って――。
「こんにちは。何か良いの、あった?」
 びくりと揺れた肩が、董子の顔を見るなり緩んだ。
 同い年の少女どうしである。ましてこの恋色の市場にいるとなれば、自然と生まれた安堵が、少女の唇を震わせた。
「あなたも何か選びに?」
 髪に咲いた菫ごと、青い瞳がわらう。そのまま頷けば、視線は知れず店先の品ぞろえへと向けられた。
「何がいいかな、お勧め教えてー」
「そう――ですね。自分でつけるなら、髪留めとか、こっちのリボンとかも可愛いと思うな」
 私はこれにしようと思って。
 眼鏡の少女が手に取ったのは、桜があしらわれた赤いかんざしだ。成程、幻朧桜を象徴とする帝都にあって、映えそうなデザインだった。
 人懐っこい笑みを浮かべるままに、董子は勧められた品々へ目を遣る。真剣に悩むような素振りで、花唇はふと声を紡いだ。
「誰かにあげるの? それとも、おまじない?」
「あ、私はおまじない。好きな人って、いたことなくて」
「そうなんだ。憧れの人とかは?」
「それも、あんまり」
「あたしも同じ」
 首を横に振る少女へ、そっと目を移せば。
 じっと青い瞳を見詰め返した眼鏡の底の黒い瞳が、ふと寂しげに視線を落とした。
 ――本が好きだと、ぽつり声が漏れる。
 本の中に出てくる恋愛は情熱的で、どこか破滅的でもある。その激情の熱に浮かされるのが好きで、いつかそんな『うつくしい』恋が出来たらと、そう思ううちに卒業を迎えてしまった。
「運動が得意な人って怖くて。趣味が合いそうな人は、話しかけても返してくれなかったりとか」
 言い訳なんだけど。
 苦笑が自嘲めいていて、董子は己の推測に確信を持つ。引っ込み思案で、内向的で、それ故に思いつめれば自罰と自傷に走る。悪いのは自分だからと思いながら、どこかで憧れと、周囲への期待を捨てられない。
 だから、もう一つ――。
「リボンつけてる人たちは、お友達なのかな?」
「あー、えーと――友達っていうか、似てる人の集まりっていうか」
 何て言えば良いんだろう――口ごもるように声を上げる少女へ助け舟を出すように、その関係性に言及はしないと告げるように、花のような笑顔が首を傾げる。
「皆、どんな感じ?」
「私と同じ。恋してみたいけど男の人は怖いとか。でも、それじゃ、恋なんかできないよね」
 どこか諦めたように、不格好な笑みを作る少女の声を受けて、知れず董子の口は小さな息を吐いた。
 誰かを想う気持ちは、それだけでもきっと、心を照らしてくれるのだ。想いが実るだとか、初恋は散るだとか、問題はそういうことではなくて。
 ――瞳に映る彩を変えてくれる何かを、欲しているだけ。
「恋って、世界を変えるっていうけど」
 赤い髪飾りを手に取る。椿のあしらいが可愛らしい――これを手にしていれば、恋が訪れると言われても。
「恋をしなくたって世界は自分で変えられる。あたしは、そう思うな」
 ――或いは、それも強がりなのかもしれないけれど。
 じっと視線を落として零した董子の声に、眼鏡の少女はただ、はっとしたような顔をした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

緋翠・華乃音
【蝶華】

目に留まったものの一つくらい、買ってみるのも悪くはない。

件の少女たちの気配に少しだけ意識を割きながら。
もちろん一度“視た気配”を逃すなんて有り得ないけど。

“あか”は実のところそんなに好きな色じゃない。
何故ならそれは喪失の色。
大切な者を喪ってしまう時の色だから。

大切な運命を結ぶように巻かれる絲。
運命は寛容で、同じくらいに無慈悲だ。

好きという感情はよく分からないけれど。
向けられた好意くらいは俺にも分かる。

だからこれはそのお返し。
名も知らぬ美しい紅の花、その髪飾り。
彼女の髪に触れたとて互いの温度は伝わらないから。

自分の手の冷たさが伝わないことに安堵。
でもそれは、少し寂しくも思える。


ルーチェ・ムート
【蝶華】アレンジ◎

せっかくだし赤いものを買おうかな

先に陽光蝶々を羽搏かせ
少女たちの後を追う事だけは忘れずに
蝶を通して情報収集を怠らずにいよう

赤いみさんが
柔く笑い
キミの手首にくれなゐを添えたなら
絲に纏う心を言の葉に
例え戀と呼ばずとも

キミを大切に想う

あかいはさみも共に渡そう
帰ったら、キミのその手でそれは切ってしまってね
本物の運命の邪魔にならないよう

赤は好きな色
血、温もりの色
生きている証の色みたい
だからこの花も嬉しい

撫でて貰えた気分
お返しと理解していても笑みが咲く

寂しげなキミに手を伸ばしかけて止める
それはボクがすることじゃない
温もりを渡す人はきっと他に居るから
寂しい、なんて思ってもいけないんだ




 ひらり、揺れる蝶々の翅があわくひかりを放つ。
 赤いリボンの背を追って、少女と薄桃を分かつ光が桜の間を分けていく。幸福そうなふたり、そわそわと周囲を見渡す少年、息を弾ませる少女――数多の人々をそのあわいに映し出して、ルーチェ・ムート(无色透鳴のラフォリア・f10134)が双眸に飼う紅月は、くれなゐの看板らを見渡した。
 並び歩く緋翠・華乃音(終ノ蝶・f03169)の蒼銀が揺れる。沿道を見渡せば、痛いほどの赤が視界へ飛び込むのに、ふと目を眇めた。
 ――折角来たのだから、一つくらいは何か手に取ろう。
 そう思うのは二人とも同じだった。けれど今の任とて忘れてはいない。薄桃の蝶が少女らの後を追う間、瑠璃蝶の瞳はその息遣いを片隅に留め置いている。
 天賦の知覚は捉えた彼女らを忘れない。雑踏と重なる声の奥に、赤いリボンの娘らの気配が揺らぐのを、看板を見回しながらも確実に捉え続けている。
 華乃音にとって――赤は、良い色ではない。
 零れ落ちていく命は、いつでも赫と共に消えていく。喪失の記憶と深く結びつき、空虚に落とされた鮮烈な色だ。何か大事なものを取り落とす、その瞬間を焼きつけたような。
 なればこそ、見渡す瞳に宿すのは、裡の寂を映すような深い色を孕む。
 その前を行く桃銀の方はといえば、上機嫌にふわりと華の笑みを浮かべていた。どれにしようかと躍らせる指先もかろやかに、店先に並ぶ赤を見て回る。
 それは生の色だ。
 死の際に流れるのは、赫がいのちの色だから。ここに生きて、息をしている証をこそ、ルーチェは双眸に宿している。
 だから――贈り物を見付けるのは、少女の方が先だった。
「はい。これはボクから」
 紡いだ絲を赫と呼び、少女の指先が華乃音の腕に紅を差す。結ばれたミサンガに心と声を重ねて、ルーチェの唇は歌うように言葉を漏らした。
 ただ、キミを大切に想う――。
 けれど。
 今しがた赤を結んだ腕の先、開かれた手へ、そっと赫い鋏を添える。
「帰ったら、それは切ってしまってね」
 ――キミのその手で。
 いつか本当の運命を手にするとき、この赤が紡がれるままでは邪魔になろう。この絲を謳うのは、今だけで良い。たとえ今だけだって、掛け替えのない縁に変わりない――。
 わらうルーチェの繊手が紡いだかりそめの運命を、華乃音の双眸がじっと見る。
 運命とは。
 寛容だ。如何に人より外れた身も、そこに在ることを赦し、その意志を赦す。けれど赦しこそすれ、助けてはくれない。空虚にあえぎ、天に伸びた手を掴もうとはしないもの。
 それを――よく知っていて。
 けれど、確かに結ばれたそれが、凍えた蒼銀にも温度を灯す。
「――お返しに」
 人と理を違えた生き物は、戀と呼ぶべき想いを知りなどせぬけれど。
 腕に巻かれた紅が、与えられた好意を確かに伝えるから。
 名も知らぬ紅の華を手に取って、簪と銘打たれたそれをそっとルーチェの頭へ近づける。
 髪に触れる指先は、何らの興味も孕まぬようで慎重だ――心の芯にまで孕んだ、凍てる温度が伝わらぬよう。
「わぁ、ありがとう!」
 果たして、少女は華の如くにわらった。繋いだえにしの絲の先が、桃銀の髪へと紡がれたようで、ふわりと頬に朱が差す。
 冷えた温度が知られなかったことに――。
 瑠璃蝶の相貌に、知らず幽かな安堵が過ぎる。同時に翳る眼差しは、確かに寂寥の憂いを揺らがせていた。
 ――その顔へ伸ばそうとしたルーチェの指が、ふと止まる。
 赤といのちを、紡ぐえにしを愛で抱き締めるルーチェの腕は、指先は、きっと暖かい。迸る熱に似た音を高らかに謳う唇は、華乃音の懐く氷を容易く溶かし、その心を灼いてしまう。
 空虚と寂寞をよすがとするその身には、熱すぎる。
 だから。
 その凍えを――融かすのは、自分ではない。
 ひらりと羽搏いた桃色の蝶が、少女らの行方を伝えるように少女の腕を引き留める。
「華乃音、行こう。あっちだって」
「――ああ」
 ふいと上げられた眼差しが透明であることを――。
 きっと、寂しいなどと思ってはいけないのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シン・コーエン

(いつもの軍服ではなく)私服で、くれなゐ市場を観光気分で散策。
気さくな感じで赤いリボンを巻いた女学生達にお勧めのお菓子や食べ物の店を聞いて、道案内を頼んでみる。

道すがら彼女達の話を聞いて、感想を告げる。

「学園生活中に恋人ができなくても、恥じたり焦ったりする必要は無いよ。
部活したり、友達と遊んだりして、学生生活を楽しんだ場合もあるだろうしね。恋愛を卒業後の楽しみに取っておいているだけだ。

俺も今まで恋人できた事無いよ。
まあ、それでも仕事したり、友達と遊んで充実しているかな。」
と軽く苦笑いしつつ彼女達と語り、彼女達の重荷が少しでも軽くなるよう笑いかける。

影朧に会えば、(今は)屈託なく笑って挨拶する




 見渡す限り活気のある赤に埋もれる光景は、そうそう見られるものではない。
 幻朧桜の花弁が翻る。道行きに弾む老若男女の吐息に、歩く足取りも知らず軽くなる。
 街路を歩くシン・コーエン(灼閃・f13886)が纏うのは、凛と戦うための軍服ではなく、日々を楽しむためのもの。日常に潜む危機への対処が猟兵の任とはいえ、此度はまずは平穏の裡に在る者でなくては始まらない。
 戦人の性は仕舞いこんで、見渡した先に赤いリボンが立っている。
 何やらきょろきょろと目移りしているらしいのは、癖毛の娘だ。決めあぐねるその背に向けて歩み出し、そっと後方より声を上げる。
「ちょっと、良いかな」
「は、はい」
 ぱっと振り返った相貌へ、シンの青い瞳が快活に笑いかけた。歳もそう離れていない姿に、僅か緊張が緩んだような気配があるから。
「市場があるというから来てみたんだけど、いまいち詳しくなくて――」
 青年の唇が問うのは、専ら少女が好みそうな菓子や食べ物のこと。赤を差したそれらの味をその脳裏に想起しながら、歩み出した歩幅は自然、連れ立つように緩む。
 道すがらにシンが気負いなく声を上げれば、俯きがちに口ごもっていた少女の口も、いずれぽつぽつと声を漏らすようになる。
 曰く――。
 恋する友人が、羨ましかったのだという。
「何だか、きらきらしてて。わたしも、恋人とか――ううん。そうじゃなくても、好きな人が出来れば、あんな顔が出来るのかなって」
 だから、ここに来たのだし――。
 ――影朧に目を付けられてしまったのだろうな。
 シンが瞳に宿した僅かな真剣みは、しかし少女には見えていないようだった。友人の楽しげな顔を語りながら、足はゆるゆると前に進む。
 その全てに相槌を打って、声が途切れた静寂に、金の青年は声を差し込む。
「学園生活中に恋人ができなくても、恥じたり焦ったりする必要は無いよ」
 ――少女が顔を持ち上げる。
「部活したり、友達と遊んだりして、学生生活を楽しんだ場合もあるだろうしね。恋愛を卒業後の楽しみに取っておいているだけだ」
「卒業後の――?」
 瞬いた瞳は、その後のことなど考えてもみなかったとでも言いたげだった。
 それは――そうなのだろう。
 シンの前に開かれた無限の世界からしてみれば、学校は箱庭だ。けれど少女らにとってみればそれが全てで、整えられた庭の中から見えるものが世界なのである。
 ――だから、それを教えてやれば良い。
「学校って、狭いだろう? ああ、世間からしたら、だけど」
 学校を卒業すれば、それだけでも世界は開く。
 小さな庭園の中に見惚れるような花がなかったとして、その門から一歩出た先にはあるかもしれない。いつか彼女を見留めた誰かが、その姿を運命と称するかもしれない。
 先は長くて――広がる景色は、ずっと広いのだ。
 そうとまで語って、シンは苦い笑みを浮かべて少女を見遣る。
「俺も今まで恋人できた事無いよ」
「あなたも?」
「ああ。まあ、それでも仕事したり、友達と遊んで充実しているかな」
 ――猟兵稼業は、事実天職だったと思う。
 戦人としての在り様と、足を延ばすことに躊躇しない性質。元より根無し草のような生き方を好んでいた程度には好奇心が旺盛で、この世に三十六もある世界をこの足で踏むことが出来るだけでも、命を懸けるに充分な返報だ。
 まして今は、共に戦う仲間がある。戦場で、訪れた拠点で、声を交わし背中を預ける同胞たち――。
「友達がいるんだろう?」
 水を向ければ、小さく首肯が返る。
 恋愛というただ一つの小さな欠落が、その思い出の全てから輝きを奪うはずがない。恋の縁が紡がれることは確かに美しいのかもしれないが、それだけが世界を輝かせるというものでもないだろう。
 大事なえにしは、既にその手の中にある。彼女にとっては当たり前のようなものだから、目を遣らないだけで。
「それがあれば、充分、学生生活は充実してたっていうことだと思うよ」
 相好を崩して笑声を漏らせば――。
 少女はただ、何か思い至ったように瞬いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
アドリブ連携OK

恋をしたことがないってのは成就しようがしまいが、誰かに焦がれた事すらないって事なのか?
あこがれるってぐらいはありそうなもんだけどなぁ。
いや、俺自身は学問所とか学校といったものとは縁遠かったからわかってないだけかもしんないけどさ。
しかし赤いものばっかりで目がちかちかしてきた。ほかの色見たら残像で変な色になりそうだ。

日々の想いか…(漠然と対象の姿が浮かぶ)赤いものって話だけど、赤って感じじゃない気がするけど…、何がいいかな…。
うーん、赤い紅い…うんガラスだな。紅い硝子の…器、かな。あぁ、この香水瓶がいい。
贈れるかどうかはわからないけれど。




 あまり鮮烈な色は目に毒だ。
 見渡す限りの赤に、幻朧桜の淡い色が舞い散っている。沿道を歩けば、日常の中にある人々の悲喜の表情が揺らめいた。
 ――きっとその誰もが、誰かに想いを懐いているのだろう。
 黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)の出自は器物である。それも戦うための刃とあれば、学問所と呼ばれるもの――例えば学校であるとか、そういうものには疎い。知識がないわけではないとはいえ、実経験の伴う話でなければ、その心地を寸分違わず想起するのは難しい。
 件の少女らは――。
 恋をしたことがないという。
 愛し合う誰かがいたことがないというのは、あることだろう。けれど憧れを抱くような相手も、燃えるような想いのうちのひとさじすらも、抱いたことがないのだろうか。それとも彼女らにとっての恋愛とは、彼女らの抱いたことがある感情よりも、もっと美化されたものなのか。
 考えたとて答えが出るわけではないけれど――人に添いたいと思うのは、彼自身の気質によるところが大きい。分からないことを分からないままにし続けていては、寄り添うことなど出来はしない。
 赤いリボンの少女らを横目に捉えながら、顔を上げれば鮮紅に目が眩んだ。
 恋の色と言われて想起するのは、概ね鮮やかなものなのだということだろう。通りに並ぶのは皆、自分が最も美しいと主張せんばかりの鮮やかな赤ばかりだ。一店なら目を惹くそれも、これだけ並んでいればどれも同じように見える。陽光の反射と相まって、目に焼き付いたらしばらく離れそうにない。
「ほかの色見たら残像で変な色になりそうだ――」
 正直な感想をぽつりと呟いて、瑞樹は首を横に振った。
 ともあれ――自分も何か一つくらいは、買って帰ってみようか。
 何とはなしに足を向けたのは、雑貨を扱う店先だ。赤く染まった商品の中には、淡い色合いのものも散見される。自然、目が追うのはそちらだった。
 ――日々の想い。
 言われて思い浮かぶ顔は少なくないけれど、そうと言われれば輪郭が形を変える。漠然とした、けれど確かに一人を思い描いた脳裏は、そのひとに似合うものを探し始める。
 くれなゐ市場の名の通り、見事に赤いものばかりが売っているが――件のひとにはあまり赤のイメージがない。この催事の目的を考えれば、赤のうちより選ぶのが理にかなっているのだろうとは思うのだが。
 ――しばし目を移して、悩むように顎へ手を遣る。ぼんやりと見比べるそれらの中に、ふと目を惹くのが硝子製品だ。
 淡く赤の差した瓶たちは、桜の花弁のようにも見える。近づいて見れば幾らかの細分化が成されていて、そのうちから瑞樹の指が選ぶのは――。
「これを」
 香水瓶だった。
 赤い半透明の硝子には、複雑なカッティングが施されている。陽に翳せば数多の彩を見せるだろうそれを包みに入れてもらいながらも、瑞樹はふと、赤い包みから視線を逸らす。
 ――あのひとに似合うものを選べたとて。
 ――贈れるかどうかは、また別の問題なのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

霧島・ニュイ
〇△


人形のリサを動かしながら商店街デート
小動物系の少女
リサはかつて生きた羅刹だった
辛さに負け自殺した彼女が愛おしくて憎くて人形に
このままじゃいけないと分かっているが、未だ誘惑に抗えず連れ回している

短い髪に、紅と雪の椿飾りを一つずつ
今日も可愛いよ
赤色と言えば、血も捨てがたいけどやっぱり椿が思い浮かぶね

お…
道すがらに化粧品屋が目に付いたので入る
真っ赤な口紅が色っぽくて綺麗だ
早速買って、近くでリサの唇につけてやる
いつもはほんのり桃色にしている唇は扇情的な赤に

……ふふ、素敵だよ
軽く唇をなぞって恍惚と
過去に贈った白椿に椿の練り香水、そして
君への愛の証がまた一つ増えたね

記憶の欠片の初恋に未だ酔う




 手を繋ぐ。赤の狭間に、二人分の足音が跳ねる。
 握った手を引いて、少女羅刹――リサが前を行く。きょときょとと周囲を見渡して、この祭りに目を輝かせる屈託のないさまは、まるで小動物のようだ。
 彼女が人間でないことを知っているのは、この場においては霧島・ニュイ(霧雲・f12029)ただ一人である。
 髪に咲いた赤々とした椿の花は、この鮮烈な赤の群れの中にあってなお美しい。少なくとも、彼女に焦がれたニュイにとってはそう見える。手の内にある操り糸が彼女の身を繋いでいたとして、写し身のように作られたそれは、まさしく目の前でリサが生きているかのようにわらうのだ。
 ――生きていた頃の彼女は。
 その命を捨てた。絶望に耐えかねて、背負う辛さに勝てずに、ニュイ独りを置き去りにして――。
 それが。
 憎かったのだ。世界の最果てにも届くような絶望だった。この期に及んで彼女への感情を愛だと断じた自分の心にさえ、ただ湧き上がるような黒ばかりが滾った。
 だから――ずっと一緒にいられるようにした。
 自らの赤を零すのならば、全てこの身の内に引き込んで。
 愛の証明を拒絶するのならば、心に刻み込んで。
 命あるまま共に在ることを拒むのならば、その身だけでもこの傍に。
 この歪んだ有様を、否定する心がないではない。このまま彼女の脱殻を連れて、過去に抱いた恋慕の一片に、憎悪と愛情を滾らせ身を委ねることを、良しとしているわけではないのだけれど。
 ――髪に揺れる紅と雪が、その手を離すことを赦さない。
「今日も可愛いよ」
 睦言のようにニュイが囁けば、可憐な笑みが戻る。短い髪を揺らした少女に映える紅は、彼が糧とするいのちの色より目に焼き付くのだ。
 道行く人々の期待に満ちた表情を見送りながら、ニュイとリサのデートは続く。ふとニュイが足を止めれば、どうしたの――とでも言いたげに、手を引かれたリサが歩み寄る。
「これ、リサに似合いそう」
 指した赤色の口紅は、少女のものとするには少々大人びているけれど。艶めくそれにどうしても目が留まって、ニュイの手はするすると会計を終えた。
「じっとしててね」
 早速開けたそれを手に、ちいさな唇を見る。動かないよ――と返すが如く、少女人形が目を伏せた。
 そのまま唇を彩れば、可憐な薄桃は艶めく赤を纏う。大人びた美しさを纏う彼女の顔は、どこか煽情的にも見えて――。
「……ふふ。素敵だよ」
 恍惚と赤い唇をなぞる青年の指先は、三つ目の愛の証をそっと彼女へ刻み込む。
 一つ目は白椿。
 二つ目は椿の練り香水。
 三つ目は――この、椿のような紅。
「君への愛の証が、また一つ増えたね」
 恋の茨が囲む籠から、心は未だ逃げ出せない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

太宰・寿
女子高時代の友達は
誰かに恋していても、恋に恋していても
喜んだり、悲しんだり
みんなそうしてきらきらしてた
ちょっと羨ましい
私は白い紙に恋してしまったのかな、なんて

折角の市場ですから、楽しみましょう
ガラス細工の美しいくれなゐは見つかるでしょうか?

露店を眺めながら、自然と近づけるなら赤いリボンの女の子に声をかけてみます
さっきから、赤いリボンをしている女の子を見かけるのですけど
赤いリボンを身につけるのも、流行りなのですか?
私、そういう流行りとか疎くって
もしかして、恋のおまじない?
学生の頃に同じようにおまじない流行ってたなって

警戒されるようなら、
可愛くてつい
驚かせてごめんなさい、と自然に露店眺めに戻ります




 幻朧桜を描き出すなら、何色を使えば良いだろう。
 掌に落ちて来た一枚をそっと摘まんでみる。淡さの向こうには、鮮烈な恋の色ばかりが通りを照らしていた。
 喧騒は苦手だけれど、幸福に心を弾ませる人々が生み出す希望のうねりは、どこか心地良い。太宰・寿(パステルペインター・f18704)の目的は、赤い硝子細工だった。
 沿道を進めば、目当ての店にはすぐ辿り着く。ふわりと癖のある髪を耳にかけて、手を伸ばしたのはビードロだ。
 陽に透かせば輝くそれは、赤い硝子を基調として、薄桃の花弁があしらわれている。一目で気に入ったそれを手に、心なし上機嫌に他の露店に目を遣れば――。
 ひらり、揺れる赤リボンを纏う少女が、真剣な顔でくれなゐを見比べている。
 ゆるりと近付く寿の足取りにも気付く様子はない。一つに縛った髪を揺らす彼女へ、ゆったりと声を上げてみた。
「あのう」
 びくり。
 肩を跳ね上げて振り返った少女に、寿の方も目を丸くした。しばし見詰め合ってから瞬けば、ゆるゆると力を抜いたのは一つ縛りの少女の方だ。
「あ、知ってる人じゃなかった――どうかしましたか?」
 どうやら随分と気さくな性分らしい。警戒心の一つも見せずに笑う彼女へ、寿は首を傾げて見せる。
 視線を遣るのは――その腕に巻かれた、綺麗な赤いリボンだ。
「さっきから、赤いリボンをしている女の子を見かけるのですけど――赤いリボンを身につけるのも、流行りなのですか?」
 きょとんと見開かれた目には、怪訝というには些か純粋な色をした疑問が浮いていた。だから、寿の方も、色素の薄い瞳を申し訳なさそうにかたどってみる。
「ごめんなさい。私、そういう流行りとか疎くって。もしかして、恋のおまじない?」
 学生の頃に同じようにおまじない流行ってたなって――言えば、少女は一つ頷いた。
「そうなんですよ。赤いものを身に着けるっていうか、赤いものに願掛けっていうか。そういう感じです」
「素敵ですね。好きな人がいるのですか?」
「あー。あたしは、なんていうか」
 ――好きな人が欲しい方で。
 そこで初めて、少女はごにょごにょと口ごもった。
 明るめのグループに所属して、卒業までを過ごした。男子はもっぱら遊び相手であって、愛だの恋だのなんかに発展するようなことを考えたこともなかった。けれど、ある日――。
「友達に相談されちゃって。その子の好きな人に好きな人がいるか、あたしだったら訊けるでしょって。それで何か」
 羨ましくなってしまったそうだ。
 寿の脳裏をよぎるのは、学生時代の記憶だった。女学校に所属していたから、異性との色恋沙汰は学内で発生することなどなかったけれど、それでも恋とは思春期の大きな話題の一つだ。
 誰に恋をしている人でも――そのひとを語るときは、きらきらと輝いているように見えた。終ぞ学生時代に味わうことのなかったその心地は、外から見ている者からすれば――。
「私も、ちょっと羨ましかったです」
「お姉さんも?」
 モテそうなのに、と言われて、寿は少し困ったように笑った。
「私は白い紙に恋してしまったのかな、なんて」
 ――絵が好きだ。
 画材を持って白い紙に向き合っているとき、世界は輝いている。頭の中にあるそれを再現していくときにこそ、この世界の持つ明るさを再認識するような気分になる。
 それはきっと、恋の心地とよく似ているのだろう。
 そうとまで言えば、少女はどこか夢心地に息を吐いた。
「素敵です」
「ふふ、そうですか? でも、私からすればあなたも素敵ですよ」
 恋に恋しているようで。
 少女が瞬くのを、寿はゆったりとした笑みで見た。思いもよらなかったとばかりの表情は、すぐさま何か救いを見付けたかのように変わっていく。
「恋に――恋」
「何か目的に向かって頑張る姿って、恋してる人と同じくらい、きらきらしてると思います」
 それは決して代替ではなくて、どちらも尊いことだ。
 だからといって、どちらかがなくてはならないものでもないのだと。
「――ありがとうございます。何か、自信ついて来ました」
 一人納得して、少女は深々と頭を下げた。走り去る背がどこか軽やかだったから、残された寿の唇にも、ゆるゆると笑みが浮かぶのだ。
「どういたしまして――で、良いのかな」

大成功 🔵​🔵​🔵​

新島・バンリ

ホワイトデー……こっちの世界にもあるのね。
もう、あまり縁のない行事だけど。

……そうね、でもせっかくだから何か買っていくわ。
甘いものは好きじゃなかったから……ホワイトデーらしくはないけど、煙草とか?あるかわからないけど。

平行して、少女の一人に接触するわ。

露店を見ながら「あなたも贈り物?」って声をかけるようなイメージね
怪しまれたら、学生に憧れや懐かしさを感じたとでも言っておくわ
説き伏せるのは正直自信ないけど、話を聞くくらいなら出来るでしょうし

どんなヒトが好きで、どんな恋がしたいのか
話してれば少しは自分の中で整理付くでしょ?
後は……一つだけ
待ってるだけじゃダメよ

……はあ、ガラじゃないわね




 ホワイトデーという催しと、縁遠くなって久しい。
 生まれ育った世界では当たり前のようにあったイベントも、知る文明とは違う世界にあれば些か驚くものである。以前ならば、先月のバレンタインデーと揃いで期待を抱いていたそれも、今の新島・バンリ(重力の井戸の底で・f23548)にとっては宛のない催事だ。
 チョコレートを渡すべき最愛のひとはもういない。この日に戻って来ていたものも、もう誰からも渡されない。
 それでも――ホワイトデーと呼ばれる日の趣旨とは違うけれど、折角ここに来たのだから、一つくらいは。
 思い描く愛しさの在り処は一人だけ。最愛の唯一が浮かべる表情を脳裏に描いて、バンリの視線は赤の最中を廻った。
 ――ホワイトデーと言えば甘いものだろうけれど。
 あのひとは甘いものが苦手だった。どうせなら喜ぶ顔を思い浮かべながら供えたいものだから、探すのは愛した嗜好品の一つ。あるかどうかは分からないが、と進めた足の先に、目当ての代物が並べてある。
 煙草である。桜戀煙と銘打たれたそれを一つ手に取って、甘くないかどうかだけを訊いた。さして甘みのあるものでもないと分かれば、手に取らぬ道理はないというもので――。
 赤い包装を施されたそれを片手に、先から隣の店を覗く少女へ声をかける。
「あなたも贈り物?」
 瞬いた瞳が小動物のようだと思った。くりくりとした容姿に違わず、大袈裟な動作で慌てた少女は、けれど逃げるそぶりは見せずに細い声を上げた。
「わ、わたしは、その――おまじないって、流行ってるんですけど」
「ああ、運命の人が現れるように?」
 道すがらに聞いたような台詞で問えば、返って来るのは弱々しい首肯だ。驚いている――というよりは怯えているような気もする――仕草に内心で息を吐いて、バンリの伏し目がちの瞳が少女を捉えた。
 ――説得が得意な性質ではない。
 だから彼女に喋ってもらう必要がある。心にあるものを吐き出せば、それだけでも焦りは薄らぐはずだ。
「急にごめんなさい。学生って懐かしくて」
 軽い謝罪にぶんぶんと首を振るから。
 己の手にある赤い包装を一瞥して、口を開くきっかけになるだろう問いを一つ零すのだ。
「でも、おまじないね。好きなヒトがいるの?」
「ま、まだ――ですけど」
 恋愛小説が好きなのだそうだ。
 あまり本を読むほうではなかったが、その世界観にすっかりと魅了されて、そればかりを読んでいた。結果として恋への理想は高くなるばかりで、白馬の王子様の存在に憧れるようになったという。
 いつか迎えに来てくれる――などという夢見がちな認識は、周りの少女らが地に足のついた恋愛をし始めたところで塗り替えられた。気付けば卒業を迎え、周囲には幸福そうな二人が増え始めていて、けれど恋愛小説には答えが載っていない。
 そこで頼ったのが――このおまじないだそうだ。
「なら、情熱的な恋がしたいとか?」
「ううん、でも、話してたら、そうでもなくなってきた、ような。暖かい、というか――そういうののほうが、好き、かもです」
 ふと。
 バンリが目を細めたのは、少女が訥々と語る理想に、在りし日の己とあのひとを見たからで。
 けれど語り終えるころには、すっかりとその感傷も沈みこませていた。
「少しは整理付いた?」
「は、はい」
「そう。なら、後は……一つだけ」
 立てた指先に少女の視線が行った。その目をじっと見詰めて、バンリはただ、脳裏にある幸福な思い出を探るのだ。
「待ってるだけじゃダメよ」
 ――どんなに美しい花だって、実を結ぶには努力をしているものなのだから。
 瞬いた少女の瞳に宿る光は、きっといつか、嫋やかな結実を迎えるだろう。頭を下げて歩き行く背を見送って、一つ溜息が口を衝いた。
「……はあ、ガラじゃないわね」

大成功 🔵​🔵​🔵​

宵馨・稀由
🐈黄昏
アドリブ歓迎


こい、戀――俺の戀は一方通行の片戀
何時だって
乞いは叶わない
君には愛する人がいるから

けれどそれで構わない
君がしあわせならば

赤い薔薇を選ぶロゼを見遣ればどんな花より美しい君が微笑みかけてくれる
薔薇より赤い顔を隠すよう顔を背け
ロゼには赤い薔薇が良く似合うな
金蜜に咲いた赤に笑んで
薔薇の唇が紡ぐ言葉に言ノ葉を散らす

そうか君は――戀をしらないのか
ひたすらに『彼』は愛で浸していたから
しってるよ
戀は、
無いはずの心臓が傷む

狂う程
苦しくていたくて
熱くて冷たく甘く苦い
そして――幸福なものだよ

俺はちゃんと笑えてる?
いっとう美しい赤薔薇一輪、リボンで結んでロゼに差し出す

応えはいらない
唯、受けとって


アンジェローゼ・エイアロジエ
🌹黄昏
アドリブ歓迎


あか、赤、朱―
こんなにたくさんの赤い薔薇を揃えたお花屋さんははじめてです!
感嘆に頬染めて、薔薇の精は薔薇を選ぶ
私にも今は赤薔薇が咲いていることでしょう
優しい貴方の眼差し感じて振り返れば、あら?真っ赤な薔薇が咲いたのかしら?なんて
褒めてもらえて嬉しいです!

ねぇ、きゆ
戀とはどんなものなのかしら?
戀をする前に愛をしったの
穏やかで優しい愛を…
『彼』は教えてくれました

戀とは――
燃えるようなの?
苦しい?
きゆはしっている?
湧き上がるあかい憧れを問えば

何だかよくわからないわ、きゆ
ああ、
なんて苦しそうな、甘い顔で笑うのかしら

よい馨――
薔薇一輪うけとって
語らぬ華の言葉ごと
そうと馨を胸に仕舞う




 戀の赤はうつくしいけれど、時に棘と苛むのだ。
 二人の――否、アンジェローゼ・エイアロジエ(黄昏エトランジェ・f25810)を連れ出した宵馨・稀由(散華メランコリア・f22941)の目的は、咲き誇る赤い花々をおいて他になかった。
「あか、赤、朱――こんなにたくさんの赤い薔薇を揃えたお花屋さんははじめてです!」
 きらきらと輝く笑顔は、彼女自身が七彩の薔薇を司るが故。アンジェローゼの髪に咲き誇るそれも、今は店先の弾む戀色を映し出すように赤く染まっている。
 嫋やかな指先がそっと花を撫でるのを、稀由は一歩を引いて見ていた。
 ――隣に立つべきは、自分ではないから。
 戀のいろ。目を奪うような鮮烈な赫。痛いほどに知ったその蜜の味が、今はただ、彼女に届かないというだけでこの身を蝕む。胸を苛む茨の棘は、彼女とこうして共に時を過ごす間、いつだって作り物だったはずの身に宿るのだ。
 それでも――。
 振り返ったアンジェローゼが、稀由のひどく優しい眼差しに、頬を染めてわらい返すから。
「あら? 真っ赤な薔薇が咲いたのかしら?」
 くすくすと笑う愛しい声に、稀由は薔薇より色を濃くした顔を背けて見せた。きっと耳まで赤く染まってしまっているから、悪あがきにしかならないと知っていて。
 ――そうすれば、もう先の痛みは吹き飛んでしまう。
 代わりに埋め尽くされた幸福のまま、稀由の瞳が金の髪を捉える。まるで蜜のように輝くそれに、赤い花弁がよく映えていて――。
「ロゼには赤い薔薇が良く似合うな」
 思わず口を衝いた呟きに、返るのはまた、花のように可憐な喜色なのだ。
「褒めてもらえて嬉しいです!」
 色を増した花々は、彼の言葉を受け止めるが故。けれど届かないのだということは、稀由ばかりが知っている。
 その証左に――。
「ねえ、きゆ」
 薔薇を選ぶ指先は、謳うように声を紡ぐのだ。
「戀とはどんなものなのかしら?」
 ――アンジェローゼは、戀を知らない。
 身を焦がし、焼けつくような戀よりも先に、穏やかで暖かな、陽だまりのような愛を知った。『彼』が彼女に注いだのはただ全霊の愛だけで、心に満ちたのは安寧だった。生まれた感情は戀と呼ぶには穏やかすぎて、うつくしすぎたのだ。
 稀由の身に焼き付くこの想いより、ずっと。
 目を伏せた青年の顔を見ることもなく、少女の繊手は華を選ぶ。自らが司るのと同じ、くれなゐの花弁に手を添わせて、まるで声を聴くように。
「戀とは――燃えるようなの? 苦しい? きゆはしっている?」
「しってるよ」
 砕けて消えるはずだった。
 朽ちることなく遺ってしまったこの体に、宿ってしまった想いはただひとつ。目の前の金蜜に抱く、決して消えないねがいだけ。
「戀は、無いはずの心臓が傷む」
 ――左胸へ添えた手に、拍動は伝わらない。
 ただ壊れて朽ちるだけの人形だった。それがこうして得てしまった自我と命と、このどうしようもなく叶うはずのない祈り。彼女が幸福であるならば、こんな想いは叶わなくて良いと言い聞かせ尚、願いと期待を抱いてしまうこの心。
 ――君の隣が、欲しい。
「狂う程、苦しくていたくて、熱くて冷たく甘く苦い。そして――」
 すいと歩を進めた稀由の手が、アンジェローゼの手に近い、いっとう美しい一本を選び抜く。店員へ差し出せば、甘やかな紫水晶が細められたのだ。
「幸福なものだよ」
 上手く――笑えているだろうか。
 アンジェローゼの丸く見開かれた常磐に映る、漆黒の笑みは。
 ただ、あまりにも、苦くて。甘くて――。
「何だかよくわからないわ、きゆ」
「良いんだ、ロゼ」
 君はそのままで良い。
 籠の中の青い鳥。その加護を得て、今だって愛されて――愛している。
 それが全てだから。
 店員から受け取った一輪には、赤いリボンが巻かれていた。稀由の指先はそっとそれを差し出して、瞳は緩やかに笑う。
「受けとって」
 ――応えは要らないから。
 ただ一輪の薔薇に込められる意味に、気付くことさえしなくて構わないから――。
 差し出されたそれをそっと受け取って、アンジェローゼの指先が花弁に触れる。吸い込む空気にあまい花のそれが満ちた。
「よい馨――」
 ――目を閉じて。
 アンジェローゼはただ、その馨を胸の裡へと仕舞いこむ。
 語らぬ花は、けれどそれ故に鮮烈に、想いを語って咲き誇る。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

永倉・祝
鈴白くん(f24103)と。
恋慕の色が赤と言うのはなかなか面白いですね。それ故に赤に執着するのが今回の影朧のようです。
鈴白くんは恋をしたことがありますか?
僕は…そうですねこの思いを恋と呼ぶのなら僕は恋をしているのかもしれません…君にね。

赤い物…この椿の髪飾りなんかには惹かれはするのですが…僕よりも鈴白くんの方が気がして。
ほら、この口紅も鈴白くんの唇によく似合いそうです…。

(女学生から視線を感じて)
あの子…今回の依頼に関係ありそうですね。
声をかけてみましょうか…ふふ、僕らの格好を見てください世界は君が思うよりも自由だったりするんですよ。だからどうか…恋や結婚だけが答えだと思わないでください。


鈴白・秋人
永倉さん(f22940)と

あら、永倉さんからその様なお話をなさるんですの?ふふ。珍しいですわね。

わたくしに?永倉さんが…?

…もう
わたくし、てっきり…。

髪飾り…綺麗ですわね。
貴女がこれを下さるのなら、揃いに致しませんこと?
椿の赤はネクタイに見立てて。
金のピンを合わせれば…赤椿らしくってよ?


わたくし、常々思っていた事がありますの。

何故、人は、一つの物事に対して、一つの答えしか望もうとしないのかしら?
それを美徳だと仰る方もいるくらいに。

起こった事は一つと言え、立ち位置も、見る角度も人数さえも違えば、それだけ色々な答え、色が返って来てもおかしくはないと思いませんこと?

そこが、わたくし納得いきませんの。




 響く人々の声の狭間に、二人分の姿が踊る。
 背の低い男性――その恰好をした女性、永倉・祝(多重人格者の文豪・f22940)と。
 背の高い少女――そう見える少年、鈴白・秋人(とうの経ったオトコの娘・f24103)は、時折ちらりとこちらを捉える視線を気にすることもなく、並んで通りを歩いた。ひらひらと舞い散る幻朧桜のひかりに目を遣って、その先に立ち並ぶ赤に目を眇める。
「恋慕の色が赤と言うのはなかなか面白いですね」
 ――それ故に赤に執着するのが、今回の相手である影朧だという。
 祝は小説家である。故に感情を色に喩える技法も知っているが、恋のいろを赤と呼ぶのは、彼女にはあまりない発想だった。ぽつりと零した声と共に隣をちらと見上げて、全ての光を呑み込むような漆黒は、花蜜のような金を見る。
「鈴白くんは恋をしたことがありますか?」
「あら、永倉さんからその様なお話をなさるんですの?ふふ。珍しいですわね」
 口許に遣った手も淑やかに、喉を転がして笑う秋人のさまは、どこから見ても美しい令嬢そのものだ。足取りも嫋やかに、けれど瞳に宿す色は強かに――秋人の声は隣の女性へ水を向ける。
「そう仰る永倉さんは如何ですの?」
「僕は……そうですね。この思いを恋と呼ぶのなら、僕は恋をしているのかもしれません」
 ふと。
 逸らされた漆黒が、周囲の赤に巡るから。
 秋人の中に僅か、どろりとしたものが湧き上がる。我儘も強欲も自覚するところだ。懐に入れた相手の全てが欲しいのに――その眼差しが、他の誰かを見ているかもしれないなどと。
 金蜜に幽かな翳を落とす秋人の横より、祝の足が離れる。こちらです――そう告げるような手招きに従えば、髪飾りの並ぶ店先で、深い黒を湛えた目がゆるゆると笑う。
「……君にね」
「わたくしに? 永倉さんが……?」
 きょとりと瞬いた。
 思わず動きを止める秋人を横目に、祝の指先が紅のひとつを摘まむ。男物の衣装に似つかわしくない繊手が、少女の姿をした少年へ赤を差し出した。
「赤い物……この椿の髪飾りなんかには、惹かれはするのですが……僕よりも鈴白くんの方が似合う気がして」
 ――その顔が、楽しそうにも見えるものだから。
「ほら、この口紅も鈴白くんの唇によく似合いそうです……」
「……もう。わたくし、てっきり……」
「どうかしたんですか?」
「いいえ!」
 鈍感なのだか、わざとなのだか――その気がないと知ってなお火照る頭を振り払うように、大袈裟に唇を尖らせて、けれど秋人の瞳は椿を捉える。
 成程――確かに、造形には拘りがあるようだ。
「髪飾り……綺麗ですわね」
「ふふ。気に入ってくれましたか」
 それならそれを贈り物にしましょう――と、祝が長閑に声を紡ぐ。翻ろうとする服を繋ぎ止めて、少女めいた少年は悪戯にわらった。
「貴女がこれを下さるのなら、揃いに致しませんこと?」
「えっ、でも、僕に髪飾りは――」
「ふふっ。そうではなくて」
 ――椿の赤は、ネクタイに見立てて。
 手にしたそれに、選ぶのは椿のあしらわれたネクタイピンだ。それをそっと赤布へ通せば、丁度、祝の手の中にある赤金とよく似た色合いの――。
「金のピンを合わせれば……赤椿らしくってよ?」
「ああ、本当だ。これならお揃いですね」
 ふわりと笑みを見せる少年のような女性に、秋人の笑声が返る。仲睦まじい様子は誰が見ても穏やかな恋人らのようで、しかし二人の出で立ちは奇妙にアンバランスだ。
 だから――。
 ふと、視線を感じて振り返る。吸い込まれそうな漆黒の瞳に映る景色には、祝らを気にするように目を動かす少女がいる。
「あの子……今回の依頼に関係ありそうですね。声をかけてみましょうか」
 浅く頷く秋人と目を合わせる――その一瞬だけ。
 如何な日常にあっても任務を忘れることのない、鋭い猟兵の眼差しが交わった。
 ゆるりと歩を進めれば、少女は逃げ場を失ったようにその場で足をまごつかせる。自分の好奇や怪訝が、失礼に当たることは知っているのだろう。真面目そうな面立ちに謝意を載せて、観念したように頭を下げた。
「あ、あの。ごめんなさい、じろじろ見ちゃって――」
「いえ。構いません。どうぞ、見てください」
 手を広げた祝に。
 きょとんと瞬いた瞳へ向けて、どこまでも深い漆黒が笑う。
「僕らの格好は不思議でしょう? でも、こうして堂々と歩いていても、誰も僕らを捕まえたりしません。世界は君が思うよりも自由だったりするんですよ」
 ――それは、気の持ちようで。
 彼女が『彼』と呼ばれるような格好をすることも、彼が『彼女』と言われるような衣装を着ていることも、二人にとってそれが自然なのであれば――何も恥じることはない。
 じっと二人を見詰める眼差しは、不躾なようにも思えるけれど。その瞳に宿る色が真剣であればこそ、二人はそれを咎めない。
 代わり、秋人が淑やかに口を開く。
「流行っているおまじない――ですわよね? 赤いものに願をかけて、運命の人と出逢えるように」
「あ、えっと。はい」
 こくりと頷く瞳へ向けて、金の眼がふと細められる。
「わたくし、常々思っていた事がありますの。何故、人は、一つの物事に対して、一つの答えしか望もうとしないのかしら?」
 それを美徳だと仰る方もいるくらいに――そう問えば、少女は意図を掴みあぐねたように首を傾げた。
 だから、声を続ける。
「起こった事は一つと言え、立ち位置も、見る角度も人数さえも違えば、それだけ色々な答え、色が返って来てもおかしくはないと思いませんこと?」
 恋のいろを、口を揃えて赤と呼ぶけれど。
 青を抱く者があっても良いだろう。橙の灯だったとして、咎められるものではないはずだ。抱くものに、見えるものに、正答はない。
 ――この人生は、テストではないのだから。
「どうか……恋や結婚だけが答えだと思わないでください。僕たちが、僕たちらしく振る舞うことを答えとするように、君には君の答えがあるはずですから」
「私の答え――」
「ええ、そうですわ。あなたにだって、好きなことの一つや二つ、あるのでなくて?」
 まずは、それを追ってみるところから始めればどうだろう。
 その先には、きっと出会いがあるはずだ。それが恋であったとしても、そうではなかったとしても――。
 紡ぐえにしは、きっと暖かい。
 顔を見合わせて笑う二人の姿に、少女はしばし考えるように瞬いて。
「は、はい。えっと――あの、私、頑張ってみます」
 深々と頭を下げる頃には、成すべき道への期待に、煌めく瞳をしていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

雛瑠璃・優歌
【恋歌】
(※男装時は本名は名乗らない)
戦闘を含む依頼だから男装してきたよ
端役が貰えるか程度の卵だが名と顔が判る人も居るかもしれないな

兎角情報収集しよう
「こんにちは、お嬢さん方。少し尋ねたいことがあるんだが今少し時間を頂けないかな」
まずは赤いリボンを褒めて流行りなのかと尋ねようと思った所で後ろから可憐な声が威勢よく迫ってきて
「えっと…き、君は?」
何だかすっかり彼女の独壇場だ…
些か、その…い、勢いが凄いから止めた方がいいかとも思うんだが、これ、止めたら矛先が私に来るよな…
「ええ…?」
無茶苦茶な筈なのに何故上手く進んでるのか困惑が隠せない
「えっ、わ、私は恋とかそんな…」
頼むから私に振らないでくれ…!


オリアナ・フォルケ
【恋歌】聞き込み中の小鳥遊様(初対面)に合流する形

あかいろに恋人達への羨望、運命の出逢いへの渇望…
なんて素敵なおまじない!
私のこの髪飾りも、運命の赤い糸をイメージしてますのよ。
ぜひ詳しくお話しお聞かせ願えますかしら!

ねぇ、皆様はどういう恋に憧れていらっしゃるの?
身の内から燃えるように焦がれる恋?それとも…

少女たちに恋バナを持ち掛け【言いくるめ】する勢いで
自身も恋に恋する仲間だと印象付けて情報収集。

とはいえ私が好きなだけなのですけれど、恋バナ!
だって私だって恋愛成就には一家言ございますもの!
勿論、小鳥遊様だって逃しませんわ。
姦しい少女たちの中、
一人だけだんまりなんてそうは問屋が卸しませんものね?




 ふわり舞い散る桜のあわいに、凛々しく結んだ髪が揺れている。
 きりりと背筋を伸ばして歩く雛瑠璃・優歌(スタァの原石・f24149)――戦いを前にした今は、小鳥遊・優詩である――の目が追うのは、赤々と輝く恋のいろではない。
 道行く赤いリボンの三人組だ。
 どうやらグループの中では仲の良い娘ららしい。寄り添う距離は短く、ぎこちないよそよそしさも見受けられない。その背にゆっくりと近寄って、なるべく驚かせないようにと、優歌は努めて穏やかに声を上げた。
「こんにちは、お嬢さん方。少し尋ねたいことがあるんだが今少し時間を頂けないかな」
 果たして、彼女の気遣いは功を奏した。振り返った少女らの目には怯えも警戒もなく、ごく自然に優歌を見遣った瞳が大きく見開かれ――。
「小鳥遊・優詩――さん?」
「本物?」
「あっ、あの、ファンです!」
 色紙持って来れば良かった――などという声に、喜びが湧き上がらないはずもない。いつかスタァになるべくと研鑽を積めども、未だ年若い役者の卵の身だ。端役がもらえれば御の字のところに、こうして声援を届けてくれる人たちの有難いことといったらないのだ。
 心底の喜色を紳士然とした声音に変えて、はしゃぐ少女らの歓声に応じる。握手を求められれば拒む道理はないし、サインをと言われれば彼女らの示した物品へ筆を走らせた。そうして幾らか役者らしいことをしたのちに――。
 猟兵としての本題へ、そっと話題をずらしていく。
「それで、その可愛らしいリボンは、最近の――」
 ――流行りなのかい、と。
 問おうとする唇が止まったのは、後方より上がる可憐な少女の声が故。
「あかいろに恋人達への羨望、運命の出逢いへの渇望……なんて素敵なおまじない!」
 輝かんばかりの恍惚とした声音に、思わず優歌が振り向けば、そこには可憐なる恋の嵐が立っていた。
 見知らぬ少女である――が、その瞳にありありと映す色は、立ち並ぶ紅のどれよりも戀の色をしている。輝く金の髪に結ばれた赤いリボンをひらりと揺らし、娘らの最中へ突如と現れた愛の化身が、彼女らとよく似た黄色い声にて高らかに謳う。
「私のこの髪飾りも、運命の赤い糸をイメージしてますのよ。ぜひ詳しくお話しお聞かせ願えますかしら!」
「あっ、わぁ、可愛い!」
「素敵――わたしも真似して良いですか?」
「勿論ですわ!」
 恋を抱き、恋に憧れ、恋を望む者たちの願いを、断る道理などない。
 解いたリボンをめいめい髪に飾る少女らを前に、呆然と立ち尽くすのは優歌である。
 すっかりとペースに呑み込まれてしまった。思えば彼女が誰なのかも分からない。知った顔ではないようだが――ともかく名を聞くべきで――おたおたと続ける思考にも、培った仮面が剥がれ落ちることはない。
 ともかく、素を晒すほどの動揺は押し込めて、優歌の碧眼は少女を見た。
「えっと……き、君は?」
「まあ、まあ、素敵な装いですこと! 私はオリアナ、オリアナ・フォルケ(恋愛成就の金色フォーク・f09185)と申しますわ。アナタは?」
「私は――小鳥遊・優詩と」
 ――名乗りは芸名だ。
 この格好をしているとき、彼女は『彼』であるのだから。
 オリアナと名乗る少女の方はと言えば、素敵なお名前ね――と満足げに頷いた。それから、リボンを結び合う少女らの方へと目を遣って、ずいとその足を踏み込むのである。
「ねぇ、皆様はどういう恋に憧れていらっしゃるの? 身の内から燃えるように焦がれる恋? それとも……」
 きらきらと光を孕むオリアナの瞳は、まさしく恋に胸躍らせる娘のそれと相違ない。
 というのも――。
 これは確かに、彼女の策略である。少しでも距離を縮め、情報を得るために、彼女らと同じ恋に恋する娘だという印象を付ける。そのうえで、必要なものに辿り着こうという思いがある。
 けれど――オリアナの成り立ちは、まずもって恋愛成就のフォークなのだ。
 とあれば人の恋を好んで食まぬわけがない。まして数多の人間の恋愛にご愛顧いただき引っ掻き回し、最終的には数多の縁を紡ぎ繋いできた――少々物騒な決闘などにまで巻き込まれて、多少の呪いを受けたような気もするのだが――彼女とあれば、恋愛には一家言あると胸を張って当然のこと。
 オリアナのマシンガントークに圧されてか、少女らの口もゆるゆると開き出す。自分の理想の恋愛を語る顔は、どれも熱に浮かされたように熱を帯びていた。
「わたしは、暖かいのが良いなあ」
「私はドキドキするのとかも良いと思う」
「禁断の恋――とか」
「それは現実じゃどうなのよ?」
「憧れるじゃん」
 ――盛り上がる恋愛トークの蚊帳の外、一人取り残された優歌の唇が、呆然と小さな音を紡いだ。
「ええ……?」
 あまりに滅茶苦茶だ。突然現れて場の空気を掻っ攫い、自らのペースに巻き込むオリアナの手腕は、しかし何故か――優歌にはついて行けないレベルで、功を奏している。
 混沌としたもみくちゃの会話の中央、嵐の目を止めた方が良いのだろうか。本気で恋愛トークに縺れ込んでいて、このままでは欲しい情報が手に入りそうにない。
 ――のだが、多分、口を出すと自分に飛び火する。
 その確信に発するべき声を邪魔されて、結局立ち尽くすだけになっていた優歌を、ふと煌めく紫水晶が捉える。
「恋する方々は皆、素敵ですわ――ね、小鳥遊様」
「えっ」
 別に首を突っ込まなくても飛び火した。
「小鳥遊様にも、恋の想いに理想に憧れ――一つくらい、ございますでしょう?」
 思わず助けを求めるように視線を巡らせた優歌に、救いの手は伸ばされない。それどころか少女らも、応援する役者の恋愛トークを心待ちにしているではないか。
 思わず降参とばかりに後ずさる。しかし視線らは逃れることを許してくれない。そのうちにじりじりと近寄ってきたオリアナの紫が放つ圧に、少々ばかり弱々しい素顔が覗いた。
「えっ、わ、私は恋とかそんな……」
「一人だけだんまりなんて、そうは問屋が卸しませんわ!」
 ずらり並んだ四対の眼たち。最早当初の目的すら見えなくなっていて、いつの間にやら味方はいない。優歌の心の裡に、切実な悲鳴だけが木霊した。
 ――頼むから私に振らないでくれ!

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

佐那・千之助

思い浮かぶのは、贈り物好きな想い人
返せるものがあるだろうか…

赤いリボンが目に入り
その人の白い手が浮かぶ
あれを巻いたら綺麗だろうな…
いや、刺激が強すぎて世の中を混乱させてしまう
私は混乱する

髪を結う赤も実によき
でも…
うわ派手、若者に付き合うのマジしんど…とか
飲み仲間に嘆かれたらどうしよう
いや待て居酒屋で弱音なんて吐いた日には
悪い輩に優しく慰められてお持ち帰りされかねぬ、あのひと可愛いから
(ここまで妄想)

くっ、贈り物を選ぶのはかくも心を抉るものか…!
まぁ黒に一つの蒼、という今の姿が既に触れ難き美
外套の内側に仕込む物は、綿密な計算のもと決めてそうじゃし
やはり消耗品がよいかと
赤い麦藁菊のメモ帳を選んだ




 大切な相手へ送る、赤い想いを携えたもの――。
 とはいえど、佐那・千之助(火輪・f00454)の脳裏によぎるのは、黒一色に落とされた蒼の一滴だ。受け取れるよう、遠慮をしないよう――実に自然に千之助の手へひかりを残す贈り物好きなそのひと。貰ったものは、今でも彼の裡で、この命を彩る色彩を放っている。
 だから――少しでも、返せるものがあればと、思うのだけれど。
 気が遠くなるほど些細な願いを込めた贈り物選びは、現状のところで難航している。
 雑貨が置かれた大きな露店の前である。美しい容姿に朝焼けのような髪を揺らし、顎に手を遣り唸るさまはどこか果敢なげにも見えるもので――しかし、頭の中には数多の想像が行ったり来たりを繰り返す。
 例えば、目の前にある赤いリボン。
 かのひとの腕に巻かれたそれが揺れるなら、どれほど美しいことだろうかと思う。白い肌に赤がよく映えて、その笑みと共にひらりと翻る――。
 美しい。
 あまりの美しさに世界が混乱をきたすだろう。あのひとがリボンを巻いて現れるたび、民衆の瞳は釘付けとなるに違いない。世の中に落ちる波紋が広がって、その手に己のそれを絡ませようとする人々が殺到するやもしれない。
 少なくとも千之助はそのくらい混乱する。
 たった一本のリボンで、そこまでの狂おしさを作り出してしまうのが、あのひとの魔性たるところなのだ。
 却下だ。ではその隣の髪留めはどうだろう。
 椿の如く赤いそれが、美しい髪をまとめ上げる。鮮やかであればあるほど、かのひとの美しさを際立たせるだろう――。
 ――いや待て。
 あのひとと千之助の歳の差を考える。自分よりも前を生きる黒と蒼からすれば、UDCアース換算でようやっと成人と少しといった彼は若造だ。
 ――しんどいかもしれない。
 若者である千之助にしてみれば、このくらいの鮮紅は許容範囲だ。むしろこのくらい派手でなければ、かのひとには映えないとすら感じてしまう。けれど贈る相手からしたらどうだろう。
 うわ派手、若者に付き合うのマジしんど。
 そんな台詞で飲み友達などに愚痴をこぼされてしまった日には、もう生きている心地すらしない。
 ――いや待て。
 そもそもあの愛らしいひとが居酒屋で嘆くとは如何なる了見か。そんなことになったら必ずや良からぬ輩に目を付けられる。優しく慰められて体よく酒を勧められ、飲み潰れたところをお持ち帰りなどされてしまったら――。
「くっ、贈り物を選ぶのはかくも心を抉るものか……!」
 突然に左胸を押さえて苦しげな声を吐き出す美形に、周囲の視線が集まる。ふるりと首を横に振った千之助の方は、最早それどころではないような痛みを抱えているのだが。
 閑話休題――。
 あのひとの容貌を落ち着いて思い出してみれば、そこに下手に何かを加えることなど、不用意だろう。その外套の中にある数多も、きっと緻密な計算に裏打ちされた必要物ばかりなのだろうから。
 やはりここは――使いきれるようなものの方が良い。
 手にしたのは麦藁菊の描かれたメモ帳だ。赤い包みに入れてもらえば、ふくふくと笑みがこぼれるのも致し方のないことだった。
 いつかこの道が別たれるとも――あのひとの記憶の片隅に、永遠となれば良い。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レイラ・エインズワース
③〇
匡サン(f01612)と

赤?
結構好きダヨ、なんだか元気になる色だよネ
情熱、とかほんのりおめでたい感じもあるシ
おろ、そういうの珍しいネ
内緒っていうなら聞かないケド
ほいっと手を差し出して、それじゃいってみよっか

何件か見て回って、可愛いのはいっぱいあったケド
お返しに良さそうなのは見つからないネ

わぁ、綺麗な鈴
可愛いしとっても素敵ダヨ
お返しなんて気にしなくていいノニ
花言葉?
確か、「不屈」「高潔」あとハ「約束を守る」ってコトかな
おっけおっけ、確かに聞いたからネ

それジャ、とお返しに選んだノハ
パン切り包丁
朱塗の宿木を柄に使っていて
ホラ、専用のがあるとけっこう使いやすいっていうしサ
ヨシ、新作なんかお願いネ


鳴宮・匡
③○
◆レイラ(f00284)と

赤い色、レイラは好き?
俺は――好きかな
なんでって、(レイラの瞳をじっと見て)……内緒
ほら、行こう
手、繋いでいい?

幾つかの露店を二人で見て回って
紅白の梅の花を模した根付の鈴をひとつ買って

はい、レイラ
バレンタインのお返し、って言うには
ささやかかも知れないけど
梅の花言葉、知ってる?

そう、“約束を守る”
できるかわからない、とか、自信がない、とか
言い訳はやめにして
言ったことも、約束したことも
全部守るつもりだから、って

お返しに、と渡されたものを見て瞬き
……レイラ、案外この間の本気だった?
まあでも、喜んでもらえてるなら嬉しいけど
帰ったらまた、何か作ろうか
リクエストはある?




 視線を巡らせるのは数秒。それだけで充分である。
 鳴宮・匡(凪の海・f01612)の知覚が捉える全ては脳髄に刻まれて、その記憶から消えることはない。ちらほらと少女らに声をかけている背も見えることだし――。
 悩みを聞くのは、彼の役ではないだろうから。
「赤い色、レイラは好き?」
 隣から問いかけられたレイラ・エインズワース(幻燈リアニメイター・f00284)は、きょとんと目を丸くした。
 揺れるのは消えぬ紫を孕むランタンだ。盛る焔片手に、少女の相貌は華のような笑みを浮かべる。
「結構好きダヨ、なんだか元気になる色だよネ。情熱、とかほんのりおめでたい感じもあるシ。匡サンは好き?」
「俺は――好きかな」
 最近は、随分好きな物が増えた気がする。
 声を零せば、良いコトだヨと笑う声が理由を問うた。匡の裡に返しうる答えは一つしかないのだけれど――。
「……内緒」
「おろ、そういうの珍しいネ。内緒っていうなら聞かないケド」
 楽しげに細められたレイラの、恋に喩えられる色を飼った双眸から、焦げ茶の瞳が逸らされた。告げれば困った顔をさせてしまいそうだし――何となく、気恥ずかしくて。
 ほら行こう――などとわざとらしく声を上げて、差し出した手と共に続けるべき言葉に、ふと詰まる。
 逸れないように――とか。
 つけようと思えば幾らでも浮かぶ理由は、全て喉の奥に詰まってしまって。
 結局、零したのは願望だった。
「手、繋いでいい?」
「良いヨ」
 ほいっ、と軽い調子で差し出された手が、一回り大きな掌をいつものように握る。
「それじゃいってみよっか」
 ――そう言って、意気揚々と歩き出したレイラの手に、ランタンが揺れた。
 通りに並ぶ店は数多ある。そのうち幾つか――主にレイラが指さす場所を回ってみるも、渋い顔をするのは手を引く彼女の方である。
 匡へのお返しとして送るには、少々可愛らしすぎる。
 どれもこれも男性の手には似合わないだろうと思うと、唸り声が口を衝くのも致し方のないことだ。
 悩む彼女を横目に、匡がふと手を伸ばしたのは――花のようにわらう彼女によく似合う、華飾り。
「はい、レイラ」
 紅白の梅があしらわれた根付だ。二つの鈴が音を立てる。紅白はめでたい色だ――なんて、誰ぞと言葉を交わしたのは年末だったか。
 差し出されるがままに手に乗せたレイラの方は、りんと音を立てる梅たちに、ひどく嬉しそうに笑った。
「わぁ、綺麗な鈴」
「バレンタインのお返し、って言うには、ささやかかも知れないけど」
「可愛いしとっても素敵ダヨ。お返しなんて気にしなくていいノニ」
 ありがと、と可憐な声が礼を紡げば、ふるりと匡の首が横に振られる。大したことではないのだ――本当に。
「梅の花言葉、知ってる?」
 レイラの手にあるそれを見遣って、そうとだけ問う。
 ――彼女が持っているときの方が愛らしく見えるのは、何故なのだろうか。
 匡の思考など知る由もなく、レイラの指先が顎に添えられる。少しばかりの思案の後に、彼女は長閑に声を紡いだ。
「確か、『不屈』『高潔』あとハ『約束を守る』ってコトかな」
「そう」
 ――約束を守る。
「できるかわからない、とか、自信がない、とか――言い訳はやめにして。言ったことも、約束したことも、全部守るつもりだから」
 これは決意だ。新たな誓いと言っても良い。
 それは以前にはなかった意志の声。ふわりと花咲くようなレイラの笑みに、確かな安堵と喜色がないまぜになって、彼女の首が深く頷くのだ。
「おっけおっけ、確かに聞いたからネ」
「できれば、レイラもな」
「――アハハ、うん。頑張るヨ」
 約束だもんネ――と。
 頷く表情は、確かにその願いを受け取った。
 ――その約束をひかりとしているのは、彼女だって同じだから。
「それジャ、私からはこれ」
 約束の証の代わりにと、レイラが差し出したのは、一本の刃物である。そんなものまで売っているのかと少々驚きはすれど、見てみれば柄は朱塗の宿木だ。成程、これも赤色というわけだ。
 その刃の形状は特殊だ。確か見たことがあったはずの、これは。
「――パン切り包丁」
「ホラ、専用のがあるとけっこう使いやすいっていうしサ」
 にこりと笑う赤い双眸に、忘れもせぬ言葉が蘇る。雪降る剣の袂にて、戯れに交わした声のひとつ。
 突然パン屋さんトカ初めても驚かないケド――。
「……レイラ、案外この間の本気だった?」
「もちろん」
「――まあ、喜んでもらえてるなら嬉しいけど」
 口許を覆う声の響きは、確かな安堵と喜色を零した。包丁と梅花の似つかわしくない交換を終えれば、ふと落ちる声音は、日々の穏やかさに身を埋めるが如く、静かに揺らめく。
「帰ったらまた、何か作ろうか」
「お。良いネ。楽しみだヨ」
「リクエストはある?」
「ヨシ、新作なんかお願いネ」
 悩むようなそぶりを見せながら、匡の頭には幾らかの選択肢が浮かんでいる。ちらと隣の藤色を見れば、赤が瞬いて首を傾げた。
 何でもないと装って、その手に込める力を強める。
 言えようものか。
 ――レイラが一番喜んでくれるのは、どれだろう、なんて。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヘンリエッタ・モリアーティ
赤いものねぇ、私も好きよ
【お気に召すまま】で赤髪にしちゃいましょ
狙われたいわねぇ、追われるのは好きだし?

あら、素敵なリボン!こんにちはお嬢さん方。私、アー、外国(よそ)から来たものだから、ここのナライ?を知らないの
これ、なんのお祭りかしら?
――おばかさんのフリは得意よぉ、会話を弾ませるのもね

好きな人……素敵なダーリンがいるわ!
すっごく真面目で努力家なの、まるで太陽みたいにハートが燃えてて、かっこいいのよ!
あらいけない、私ばっかり惚気てちゃだめね
恋も愛も赤色もみーんなだいすき!ねえねえ、お話をいっぱい聞かせて!
恋多き乙女だったものだから、ティーンの気持ちは大好物よ
――あかくてあまいお話しましょ?




 赤いものは好きだ。
 とりもなおさず人に流れる命の色であるからである。ヘンリエッタ・モリアーティ(円還竜・f07026)の名を持つ四人のうちの一人、メアリー――或いはマリーは、赤々としたいのちを好む。
 戀に幻想を抱く時分はもう終わった。運命の王子様を待つようなふりで、悲劇の人魚姫に酔い続けていた頃には、ややもすればその赫色をこそ運命と呼んだかもしれないけれど。
 今は生憎と、紫色の特等席があるものだから。
 ――誰かの運命の女を装うのは、今はこういうときだけだ。
 折角だからと軽い調子で、装い新たに一歩を踏み出す。看板にも負けぬ鮮やかな赤色を纏った髪が、女の薫りを纏って艶やかな笑みを浮かべる。
「狙われたいわねぇ、追われるのは好きだし?」
 ――それは、およそ追われる草食獣の表情などではない。
 甘い銀月にサディスティックな色を潜ませ、ローレライは歌うように人の狭間を泳ぐ。きっと何を選んだところで喜んでくれるあのひとへ、贈り物を選ぶのも良いけれど――揺るがぬ愛をくれる最愛と分かち合うなら、自分の色よりあのひとの色が良い。
 だから、声を取り返した足が目指すのは、並び歩く二つの背である。
「あら、素敵なリボン!」
 ぱっと声を上げて笑う。唐突な音は、けれど少女らをはっきりと呼び留めて、足をその場に縫い付ける。
 ――逃がしはしない。
 それが例えば、狩るべき獲物ではなく、情報源だったとしても。
「こんにちはお嬢さん方。私、アー、外国(よそ)から来たものだから、ここのナライ? を知らないの」
「あ。えっと、日本語がお上手ですね」
「あは。Thanks!」
 人懐こく相好を崩すのは得意だ。べたりと間延びした声と媚びるような甘い瞳――唇に浮かべた笑みは『からっぽ』の頭を示すように能天気だ。
 装うのは処世術である。
 ――もの知らずの馬鹿を警戒する者は少ない。
「これ、なんのお祭りかしら?」
「えっと――」
 軽くなった口で、目を合わせた少女らはおずおずと語り出す。紅の贈り物に想いを込めて、或いは紡がれたい縁への祈りと共に、この手に。
 まるで夢物語である。そうでなければ子供じみた『おまじない』だ。数多の恋も、その酸いも甘いも、人の心に潜む汚泥すらも軽やかに渡り歩いたマリーにとってみれば、『かわいい』幻想に過ぎない。
 勿論、おくびにも出さないが。
「素敵ね! あは、私も何か買っちゃおうかしらぁ。皆は好きな人とかいるの?」
「それが、その」
「――まだ、いなくて」
「ああ。Sorry! なら、おまじない?」
 暗い声には明るい声を。それもまた肯定してやれば、少女らの口はますます軽くなる。
「お姉さんには、いらっしゃるんですか?」
「ええ。素敵なダーリンがいるわ!」
 ――思い浮かぶのは、凛々しい黒髪を一つに纏めた、『かわいいひと』。
「すっごく真面目で努力家なの、まるで太陽みたいにハートが燃えてて、かっこいいのよ!」
「良いなあ――」
 語る声が甘さを帯びたのは、それが事実だったからだ。勿論語らない面だって数多あるけれど、それは彼女の特等席である。他の誰にだって、内緒にしたい。
 はっと我に返ったような表情の方は、仮面だったけれど。
「あらいけない、私ばっかり惚気てちゃだめね。恋も愛も赤色もみーんなだいすき! ねえねえ、お話をいっぱい聞かせて!」
 ――例えば、ここで何を探していたのか、だとか。
「おまじないには、最後に儀式が必要って相場が決まってるじゃない?」
 祈りを捧げた依り代は新月の夜に燃やさねばならない。巻いた糸は想いが叶えば切らねばならないし、願いごとを書いた紙だって満月の光に当てる必要がある。
 だから、彼女らが捜しているのは、赤い糸を本物にするピースに違いあるまい。
 きらりと煌めくマリーの瞳に、少女らが見たのは同胞の輝きだったのだろう。顔を見合わせたあと、まるで秘め事を囁くように、そっと唇を震わせた。
「――一番、仲の良さそうな恋人同士を探せって」
「へえ。そうしたら、どうなるの?」
「よく分かりませんけど、椿姫先輩――あ、わたしたちを集めた人ですけど――が来てくれて、わたしたちに縁を分けてくれるらしいです」
「なるほどねぇ――」
 目的は、恋人らと赤い髪。
 ――『ひっくり返す』のは、マリーだって好きだ。
 甘い銀月が孕んだ捕食者の色が、今度こそ確かに煌めいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リア・ファル

アドリブ共闘歓迎

恋慕。恋かあ。

憶えがあるかと言われれば無いけれど。

例えば幾星霜と過ぎた先に、
独り使命を果たす明日があるなら、
この心、この艦(み)を捧げる艦長(ひと)が欲しい、という気持ちはちょっと分かる。

でもまあ、いつ果てるとも分からない、
そんなボクの片棒を背負わせようとは、現時点では思わないけど。
それでもなお、共に在ろうと思えるような相手が、恋っていうのかなあ?


おっと、脱線脱線。
くるりと女学生のレイヤに早変わりして(早着替え)
ヌァザと一緒に聞き込みに行こうか
(情報収集)

嫉妬ねえ。競争相手を全員蹴落として
消去法で選ばれても嬉しくないと思うけどな……?




 あかいろに祈りを込める人々の顔の、何と明るいことだろう。
 すれ違う表情を見るだけで嬉しくなる。けれど己のあかいろが、誰かに向けられることは想起出来ない。
 リア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)の本来の役割は、巨大な艦の統御だった。轟沈ばかりは免れたそれも、今は深く虚数空間の奥底で凍結している。
 人型と共に強い要望で得たひとらしさは、けれどそれ故に己の領分をよく理解している。恋慕という強い想いに憶えはなくて、その先にあるという幸福も、どちらかといえば見守り祝福したいものに近い。自分の中にある感情の裡から、それに近いものを選び出すとするなら――。
 ――いつか。
 この日、この思い出すらも遥か過去へと成るときが来るとして。
 いつか母艦ティル・ナ・ノーグと共に駆け回った、あの広大な無限の海へと漕ぎ出して、独り与えられた使命を果たす明日が来るというのなら。
 そのとき、傍にいる誰かが欲しい。
 この艦(み)を任せ、絶なる信頼の元に舵を預ける。心の底から安堵して続ける旅は、どれほど明るいだろう。今に在る幸福の果てに、いつかそんな日があったとしたら、リアはそれをこそ運命と呼ぶだろう。
 重ねて来た全て、磨いて来た総てを、その腕へ託しきれる。
 そんな――艦長(ひと)に出会えたなら。
 人の懐く切なる赤色が、それと似たものだというのなら、想いを理解することは出来た。その縁に焦がれてしまうのも致し方のないことだろう。
 尤も、今のリアには、それを是が非でも手にしたいとは思えないのも実情だ。
 その小さな手に背負うものは重すぎる。いつ果てるとも分からぬまま、それでも明日の光が差し込むようにと前を向く彼女が、安易に己の荷物を他者に預けることは出来ない。
 ――それは、大切な誰かを泥濘に誘い込むようなものだから。
 だとしても――それでも、己と共に在ってほしいと願う誰かが現れたなら、いつかそれを、彼女は恋と呼称するのだろうか。
 ふと思考の海に沈んで、いつの間にか足が止まっていた。ふるふると軽く首を振れば、いつもの通りに煌めく桃色の瞳が、快活な笑みをかたどる。
「おっと、脱線脱線」
 ――バーチャルキャラクターは、そのレイヤを変更することで、如何なるかたちをも取ることが出来る。
 此度選んだのは、リボンの少女たちと同じ学生服だ。一つ瞬けば、そこに立つリアは、どこからどう見ても休日を満喫する少女そのものである。
「行こう、ヌァザ」
 ひらりと手を翻して呼べば、足許の灰猫がにゃあと一鳴き。主の足に従って、愛らしい動物のかたちをした魔剣も走り出す。
 ちょっとごめんね――声をかけたのは、店先に佇む少女だった。見たところ同年代の彼女は、リアの目論見に違わず、彼女に警戒の視線を向けはしない。
「あのリボンって、流行りだったりする?」
 零した穏やかな問いかけに、少女がああ――と頷いた。ちらりと遣られた視線が、リボンの少女らを捉えている。
「恋のおまじないだって、前に友達が言ってたけど、ちょっと派手だよね」
「へえ。でも、可愛いよね。どんなおまじないだって?」
「あれを一日巻いて過ごすと、出会う人から縁を分けてもらえるんだってさ」
 成程、それならば今日に似つかわしい装いだということか。
 一つ頷いたリアの瞳を見遣り、言って良いのかな、と口ごもった少女が、しかし声を続ける。
「――でも、怖い話もあって」
 やり方を間違えちゃいけないんだって、と、囁くのだ。
 そのリボンを巻いたまま、誰かの名前を呼んではいけない。繋ぐべきえにしが捻じれ捩れて、いつか嫉妬を呼んでしまうから。
 そこまでを告げて、少女は友人との待ち合わせがあるからと手を振った。赤い袋を抱えて走っていく彼女の幸福そうな背を見送って、リアはふと目を眇める。
 ――嫉妬。
「競争相手を全員蹴落として、消去法で選ばれても嬉しくないと思うけどな……?」
 それともそれもまた、恋を欲する者の宿命なのか――。
 瞬いた桃色の瞳に思案の色を孕んで、リアの呟きは桜に掻き消えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴィクティム・ウィンターミュート


…随分と目立つ女どもだな
アレが件の女子学生ってやつ?統率が取れてるってわけでもなさそうだ
気が弱そうな奴にでも話しかけてみるか
ハロー、麗しきレディ?いきなり話しかけて悪いね

いやなに、随分と君たちが目立っていたもんだからな
何かの集まり?にしては仲良しって感じでも無さそうだけど
へぇ、そう…ちなみに誰に誘われたの?俺、その人の事興味あるな
教えてくれたら、好きなお菓子いくらでもあげるよ

…さて、まあこんなもんだろ
しかし贈り物ねぇ…何か、買って帰るか?
あぁいや、そもそも誰に渡すんだって話だ
チームメイト?流石にガラじゃないし…
…やっぱ、やめよ

贈り物するような上等な人間じゃねえし…
これ以上は、別れが辛ぇだけだ




 ――随分と目立つ女どもだな。
 脳裏をよぎる冷徹な感想としては、そんなものだった。
 ヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)が、持ちうる技術の手札を切るまでもない。赤いリボンは嫌でも目に入るし、バイザー越しの視界が全ての情報を担保してくれる。
 さて、と歩き出した足に、情報を整理する間も要らない。オーダーは『影朧の消滅』、成すべきは情報収集――最も良い情報源は、眼前に捉える少女らである。
「ハロー、麗しきレディ?」
 一人。
 気の弱そうな少女が置いて行かれたところで、彼女へ声をかける。
 裏返った声でびくりと肩を跳ね上げた少女が振り向いた。男性としては小柄なヴィクティムから見ても、なお背の低い娘だ。見上げる瞳が泣きそうに歪むから、努めて穏やかな微笑で返すこととする。
「いやなに、随分と君たちが目立っていたもんだからな。何かの集まり?」
 にしては仲良しって感じでも無さそうだけど――。
 零したのは本音である。どう見ても、衒いなく友人といえる距離ではない。この少女が一人取り残されたのもそうだ。大方、まごついて歩きだせなかったのだろうが――そうしている少女を見遣りはすれど、声をかける者はなかった。
 距離を測りあぐねている、というのが、正しい言い方になるだろうか。
 しばらく意味のない声を紡いでいた少女は、ふと大きく息を吸うと、ヴィクティムから視線を外してか細い声を上げる。
「さ、誘われた、ので。えっと。同じような子たち、で――縁を、繋ごうって」
「へぇ、そう……」
 眇めた瞳に、少女が気付く様子はない。声音ばかりは穏やかに、少年の方は笑みをかたどった唇で声を紡ぐ。
「ちなみに誰に誘われたの? 俺、その人の事興味あるな。教えてくれたら、好きなお菓子いくらでもあげるよ」
「え、えと。お菓子は、良いです」
 ――初めて幽かに笑みめいたものを揺らがせて、少女は声を絞り出す。
「椿姫先輩、って。卒業生だ、って、言ってました」
「へぇ」
 卒業生――。
 つまり、彼女らは影朧に篭絡されているとは露とも知らない。その狂気にうまく当てられて、何やらそれに吹き込まれたことを実行しているだけということか。
 ぺこぺこと無意味に頭を下げる少女を見送って――。
 見渡す限りの紅に、ふとこの催事の趣旨を思い出した。
 ――日頃の想いを込めて、赤色の贈り物を。
「……何か、買って帰るか?」
 ガラではないと知りながら、一度そうと志向すれば、思い浮かぶ顔が無意識を過っていくのは止められない。
 何かとヴィクティムの身を心配し、言葉を尽くすチームメイト。役に立ちたいと声を落とした従業員。彼を想う心をひたむきに告げる少女。拠点に匿うサイボーグの娘。大規模な戦線における協働先。大樹の王国で出会った縁。共に日々を過ごす人々の顔が、真雪にいつしか根付いた思い出が、その喜ぶ顔がニューロンを掠めて――。
 ふいと、何かを選ぼうと迷っていた指先を握り込む。律するように力を籠めれば、未練がましく誰かへの想いを選ぶ瞳が、諦めたかのように動きを止めた。
「……やっぱ、やめよ」
 何かを贈れるような上等な人間ではない。
 悪党だ。どうしようもない罪人だ。罰を渇望し、その果てにある約束に至るまでを、辛うじて繋ぐような悪人だ。
 だから――いけない。
 これ以上は。誰も心の中に入れてはならない。踏み込ませてはいけない。永久に鎖したはずの冬に訪れる雪解けなど、あってはならない。
 そうして重ねて、紡いで、この安穏に浸れば浸るほど――別れが、辛くなる。
 避け得ぬと思っている。避ける気もない。欲しかった罰にこそ、ようやく心底の安堵を得られる。
 ――そうでなくては、ならない。
 何をも手にすることなく、少年は踵を返す。ひどく寂しげなその背に、幻朧桜が揺れた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

芥辺・有
こう赤だらけ、ってのも妙な光景だな、結構
手近な店でも適当に見てりゃ女達とすれ違うか

人影に紛れる狼が赤いリボンを探す中
爺さんに老眼鏡でも買ってやるかな、とか
嫌味を含めて適当に手にした眼鏡を矯めつ眇めつしたり
冷やかし程度に売り物を眺めて

ほんと、よく目が疲れないな
赤ばっか、チカチカする……
目頭を押さえた視線の端、ふいに光るものに気を取られて
手にしたのは赤い根付の
椿、……
記憶の中の あいつの目と同じ色して
光に透けたときなんかそっくりだ なんて

あんた、いつか好きな花だって言ってたね
私の知らなかった花
わたしの、

根付を握る、冷たくなる指先が気に触る
少女を追いかけるのは狼に任せたまま




 赤い瞳を見詰める。
 視界の半分に映る己の顔は、いつものようにつまらなさそうだった。もう片方に漆黒の狼の顔を捉えて、芥辺・有(ストレイキャット・f00133)はふと息を吐く。
 これは誰にも見えない。
 だから、リボンの少女らを追うのは任せた。共有した五感は彼女らの声を明確に拾うだろうし、半分の視界を埋める己の顔は、その背を映し出すだろう。
 他に、有に能動的な目的はない。
 とはいえ赤一色の光景は珍しかった。ちかちかと目に痛くさえあるそれのあわいを裂いて、金の瞳はひとつ、些細な皮肉を思いついた。
 ――爺さんに老眼鏡でも買ってやるかな。
 目下の大家である。否、大家というほどのものでもないのかもしれない。有が寝床にする映画館の主で、彼女にそこを明け渡す物好きだ。けれどもまあ、色々としてやられていることもあるのだ――賭けごとに付き合わされて大敗したりだとか。
 最近は近いところのものがよく見えないだのと言っているから、折角だと老眼鏡を手に取る。嫌味だ。
 一応はそうと銘打たれているのだから、まさか遠視用の眼鏡というわけでもないのだろうけれど、有にはそこに書かれた度の意味がよく分からない。さりとて未だ若い己で試すわけにもいかず、矯めつ眇めつ見ていれば、見かねた店員から適当な一つを渡された。
 適当で良かったから、受け取る。
 そうして赤い包みの一つを手にして、いい加減にくらくらとしてきた眉根を揉めば、細められた目にふと映るものがある。
 椿の根付。
 思わず手に取ったのは、それが赤々と輝いていたからだった。
 有に咲く大輪。誰かに似た何かの瞳と同じ、明るく燃え立つような色。
 好きだと言った。
 まだ少女だった彼女にとっては、見上げても足りぬような上背の持ち主だった。意地悪くにやついて見せるくせ、時折太陽のように笑った。いつでも手を引いて連れて行ってくれたから、彼女はその手に導かれるままに歩いていた。
 輪郭はぼやけた。声は思い出すたびに違った。いつか何もかも消えてしまうのだろうと怯えて過ごす日々すら擦り切れた。もう、全てが焼けた後に遺った白い塊以外に、正しい記憶などないのかもしれない。もしかすれば、それすらも。
 それでも、些細なことばかりはずっと覚えているのだ。
 咲き誇る赤い大輪。謂れとしては縁起の良い花ではないらしい。首切椿――まるで首が落ちるように、花がそのまま落ちるから。
 好きだと笑った花。
 有が知らなかった花。
 ――わたしの。
 頭の奥底がいたむ。冷えた指先が煩わしい。半分の視界が赤いリボンを捉える。立ち尽くした手は、何故だか椿を手放せはせずに――。
 ――遠い黎明は、奪った温度を返してくれない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クロト・ラトキエ
○◇

贈り物には縁浅い四十前…
赫奕と目映い光さえ眩む赤が在るなら、求めるも一興ですが。

故に、意識は専ら件の娘達へ。
未だ単独の少女在れば…
すみません、お助けを。
等こそり声掛け。
誤解で追われ、けれど地理に疎く…
どうにか此処を離れたいと切実を演じ
…そう、彼女を其処から離せれば、上々。

移動叶ったら当然に礼を述べ…
目の高さを合わせれば「失礼」と、
リボンを解き腕から髪へ。
嗚呼。やはり思った通り…
その赤は、その方がよく映える。

恋に恋する初々しさ。
学び舎が縁の全てと思う若さ。
可愛らしい…けれど。
むすめはいずれ、おんなになるもの。

貴女はきっと、もっとお綺麗になりますね。
別れ際、告げる意は即ち…
影朧の言など戯言、と




 燦然と輝く赤の列に、思わず顎へと手を遣った。
 贈り物――と言われても、己のセンスに自信がない。故に身につけるような代物を贈ることなど出来ないし、さりとて消耗品というのも如何なものか。
 まあ――。
 結局のところ、クロト・ラトキエ(TTX・f00472)の懐くひかりより、なおいっとう輝くものでなければ――釣り合いはしないと思うけれども。
 なればこそ、視線を巡らせるのは陽光に照らされる紅ではなく、少女の腕に揺れる赫の方だった。
 散り散りとなった少女らのうち、取り残された背の低い一人に少年が声をかけていたのは見た。頭を下げて歩き出す彼女は、しかし困ったようにきょろきょろと通りを見渡している。
 ――クロトはそれを、好機と見た。
「すみません、お助けを」
 無防備な背へするりと近寄って、こそりと小さく囁きかける。面白いように肩を跳ね上げた彼女は、しかし今日は二度目になるであろう他人からの要請に、逃げる様子は見せなかった。
「え、えっ、えっと?」
「誤解で追われていまして。ですがこのあたりの地理に疎く……どうか、連れ出してもらえませんか」
 この通り――手を合わせて好青年めいた笑みを浮かべてみせれば、元より年齢不詳の顔立ちは、余計に実年齢を覆い隠す。二十も半ばと言われたとて違和感のない彼へ、随分と人の良いらしい少女は二度ほど頷き、小走りに先導を始める。
 大通りを外れ、ちらほらと店の並ぶ路地を通り、二本ばかり先の道へ。くれなゐ市場に気を取られているのか、そこそこに広いそこに人通りはなかった。
 ――年頃の少女にしてはいたく無防備だな、とは思えども。
 今はそれが、クロトを助けてもいる。
「ああ、ありがとうございます。助かりました」
「い、いえその、お役に立てたら――良かったです」
 全く無垢な声だった。想いを懐く先があるのならば、それを遂げることなど容易いだろう――というのは、人生の先達であるクロトの勝手な想像に過ぎないが。
「失礼」
 穏やかな声でそう告げて、礼とばかりにすいと膝を落とす。跪くような格好になれば、背の高いクロトと背の低い少女の視線が噛み合った。
 するり、腕を撫でるように、男の手が驚く少女のリボンを解く。
 突然の行動に茫然と瞬く瞳を、碧眼がじっと、柔和な笑みを刷いたままに見詰め――。
「嗚呼。やはり思った通り……」
 ――長い髪に結ばれた赤が揺れた。
「その赤は、その方がよく映える」
「ひぇ」
 小さく零れた悲鳴と共に、少女の顔が紅に染まった。耳までをも染め上げおろおろと視線を彷徨わせる彼女の幼気な反応は、どうにも愛らしい。
 恋に恋する年頃だ。学び舎という狭い箱庭の中を世界の全てとしているのは、それより前にあった箱庭がもっと狭かったからに相違ない。少しずつ広がっていく世界の中で、今を海より広く思うのは、当然のこと。
 けれど、彼女は知らない。
 ――むすめという蕾はいずれ、おんなへと花開く。
「貴女はきっと、もっとお綺麗になりますね」
 そうと指を己の唇に当て、秘密を共有する戯言のように、海のように凪ぐ眦を緩めて見せる。
 ――クロトは。
 人を篭絡するすべを知っている。そうと定めたつもりもなくて、けれどその魔性ともいえる軽やかさが、いとも容易く人の心を絡め取るのだ。ひどく穏やかで柔らかな笑みが、するりと人の内側に踏み込む声が、真っ直ぐに相手を射抜く瞳が――得難い天性のものであるということに、いまいち自覚が薄い。
 だから、影朧の言など戯言に過ぎぬと、伝えるための手段が――。
 真っ赤に染まって胸を押さえる少女が灯す戀いろと変わったことに、気付く由もなかったのである。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『恋は偲ぶもの、怨みは晴らすもの』

POW   :    恋人や軟派師や尻軽女、自らが囮となって影朧をおびき出す

SPD   :    対象が分かっているならそれを探せばいい、広範囲をくまなく捜索だ

WIZ   :    影朧を見つけ出す、あるいはおびき寄せる斬新な策を閃いたぞ

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



「――このくれなゐ市場で、一番仲が良さそうな恋人さん方を探して、そうしたら先輩の名前を呼ぶようにって言われたんです。そしたら縁をあたしたちに分けてくれるからって」
 一度集合した猟兵らの元を訪れた少女らは、しばし誰が口を開くか迷ったのちに、そうと声を紡いだ。
 くれなゐ市場に昇る日は未だ高く、めいめいの手にある赤色を照らしている。各々に目配せをする少女らは、どこか吹っ切れたような顔をしているだろう。
 ――彼女らが『先輩』と呼ぶ影朧は、己をどこぞの女学校の卒業生だと語ったという。
 卒業を間近に控えた彼女らから、恋への憧れを引き出した。元より学校も違えば面識もなかった者たちが一堂に会し、しかし同じような劣等感を抱えているとなれば互いの事情に踏み込むことも憚られ、今まで『先輩』がどこから来たかすら知る気がなかった。
 それでも、『先輩』は縁を繋いでくれると言った。恋をしたい少女らの味方であると嘯いた。
 そうして言い渡されたのが、赤いリボンのまじないの結実である。
「でも、皆さんのお話を聞いて、何となくやめとこうって話になって」
「じ、自力で。なんとか、してみます」
 ぺこりと頭を下げた少女らに、安堵した者もあるかもしれない。何しろ赤いリボンのまじないには不穏な噂もあると聞いたのだ。
 ――誰かの名を呼べば、縺れた縁が彼女らを絡め取る。
 それから、少女らは顔を見合わせた。一様に申し訳なさそうな顔をして、おずおずと声を紡ぐ。
「でも――私たちもここで待っていようとは思うんですけど、先輩、私たちが何を言っても納得してくれないと思うんです。だから、もしそれらしい人を見付けたら、おまじないに頼らないで頑張るって決めました、って伝えてもらえませんか」
「そのう、不躾だとは分かってるんですけど――すみません」
 己らをこうして導いてくれたように、彼女の説得も手伝ってはくれまいかと――そう依頼を残し。
 めいめいの物品選びに戻る少女らの背を見送れば、猟兵の手元には情報だけが遺される。
 長い黒髪の、袴の娘。椿のような赤い瞳を携え、腕に包帯を巻いているからすぐにそれと分かるだろう。
 そして。
 ――恋人らを狙う。
 猟兵の取り得る策は数多ある。まずは道行く恋人らに気を配ること。仲睦まじい彼らの元に現れるというのだから、幾組かに当たりをつけることは出来るだろう。
 或いは誰ぞと連れ立って歩けば、自らが格好の囮となる。仲睦まじい恋人を演じれば――或いはそれは『本当に』そうなのかも分からないが――必ずしも見目が男女である必要もないだろう。
 そういった技術に覚えがあるのなら、一般人に声をかけて連れ立って歩いてもらうでも良い。声をかける相手が先の少女らのうちにいるのなら、事情をある程度理解しているだけに、話は早くつく。
 或いは全く別の――影朧を惹き付ける術があるのなら、それを用いることも出来ようか。
 ――何より重要なのは、この市場の一般人を、影朧の手より守ることだ。

※プレイングの受け付けは『3/8(日)8:31~3/11(水)いっぱい』とさせていただきます。
誘名・櫻宵
🌸櫻沫


例え呪詛で押し込めたって
くれなゐの戀心は溢れ暴れる
全て飲み込む暴風雨のように
決壊した濁流のよう
私が呪われた八岐大蛇だから?
ちがう違う

隣を游ぐ人魚が笑みかける
白を彩る赤いリボンが揺れて

美味しそうな血の彩を描いている
小指に結わえた赫が揺れる
曖昧に笑って返す
戀人同士にみえるかなんて
愚問よ

あいしているとうたう人魚の脣を脣で塞いだならば
壁際に追い詰めて
手を伸ばして白を絡めて捉える
睦むよう咲みかけて
愛でるように細い首に手をかける

あなたはどうして私などに戀などしたの
龍の贄になってくれるの?

驚かせばきっと逃げるわ―あなたも、

優しい温もりに笑顔がとける

私には
奪うことしかできないのに、どうして
戀なんて


リル・ルリ
🐟櫻沫


例え君が僕を忘れてしまっても
僕は変わらず君が好きだから
忘れてしまったのは僕を守るためだって
しってるから
そんな、優しい桜龍(殺人鬼)に
くれなゐを重ねて、愛を重ねて戀を紡ぐんだ
幾度も幾度も
まっかな戀獄

小指に結んだ赫い絲で繋がって、髪を結う赫を風に揺らす
隣に櫻宵がいる
それだけで嬉しくって、心に愛が咲いて戀が歌うんだ
僕達、戀人にみえてるかな?
嬉しいな
美しい君に身をよせてはにかむ
ふふ、だって僕は君をあいしてるから

あ、

塞がったそれに、瞳瞬く
頬が赫に染る前に、呼吸を封じられる
窒息しながらしかとうたう
それこそ愚問

君を、愛してる
贄にだってなってやる
理屈じゃない
逃げはしない

違うよ、

君に戀をおしえてあげる




 ――あかは、奪う色だ。
 櫻がうつくしく咲うのは、埋められたあかを吸ったから。けれど戀のいろを引き裂き喰らえば、己の心すら赫く砕けてしまうから。
 誘名・櫻宵(屠櫻・f02768)は、リル・ルリ(想愛アクアリウム・f10762)を忘れた。
 愛した。けれど戀さなかった。ひとのこころに鋭敏な人魚はそれをよく知っていて、だからこそ焦った。
 たくさんの愛を受け取って、なお足りぬままに記憶を壊してしまったのは、きっと龍の過去にあるただひとつが欲しかったから。そうして追い詰め縋ったから、いとしいひとを護るために、龍は全てを忘れてしまった。
 その過ちを悟って――。
 ――リルは、櫻宵に貰ったものを、与え返そうと決めた。
 子供のようにきょときょとと不安そうな顔をする人魚の手を、艶やかに笑う櫻龍が引いていたのは昔のこと。今は詰められた瓶を抜け出して、心に鮮やかな戀いろを落としたリルが、俯きがちに道行く櫻宵の隣、一歩だけ前を泳ぐ。小指に繋がれた絲がさやさやと揺れ、リルの透き通るような乳白色の髪が、結わえた赫いろを携えうす水を孕む。
 ――忘れてしまったなら教えよう。
 何度だって紡げば良いのだ。愛の果てに呪詛が絡め取ったこの色を、もう一度紡ぎなおそう。いつかリルに教えてくれた世界の彩を、今度は櫻宵に教えよう――。
 櫻宵の重い足を絡め取るかのように、赫い戀獄が熱と伝う。嵐に変わって吹き荒れて、その身を苛み、いとも容易く防波堤を乗り越える。
 喰らってしまう。壊してしまう。赫いろはいつだって、燃え立つ衝動と変わり心を呑む。
 櫻宵が――呪いを受けた八岐大蛇だから。
 違う。
「僕達、戀人にみえてるかな?」
 隣からふわふわと声がするから、はっと櫻宵が目を上げた。中空を泳ぐ人魚の鰭が、ふわりと揺れて笑う。
 ただ隣に在れるだけで嬉しい。戀人であることを忘れてしまったとしても。そう如実に伝えて来る表情から努めて目を離さぬよう、龍は穏やかにわらう。
「戀人同士にみえるかなんて、愚問よ」
 リルが笑うたびに揺れる小指の赫が。髪を彩る結わいた絲が。
 ――美味しそうだと思ってしまうから。
 いつの間にか、くれなゐ市場の喧騒は僅か遠のいていた。ひと気のない路地にふたりぶんの声が反響して、リルは嬉しそうな貌をする。
「嬉しいな」
「どうして?」
「ふふ、だって僕は」
 すり寄るように、預けるように。
 龍へ寄り添った人魚が、桃色の瞳をじっと見詰める。
「君をあいしてるから」
 瞠目は一瞬だった。
 押し付けるようにした唇から、熱が伝わる。見開かれた紺碧を見詰めながら、やわく触れた感触に、吹き荒れる櫻嵐がいっそう心をかき乱す。
 絡めた指は透き通るようで、けれどどこか少年らしく骨ばって、櫻宵を赫く染め上げる。
 それを振り払うように。
 首に手をかける。壁に押し付けて、指に力を込めて、この龍が与える痛みを教え込むように。
「あなたはどうして私などに戀などしたの。龍の贄になってくれるの?」
 唇ばかりは笑んだまま、深淵の如く昏い色を孕んだ桃色が、苦しげに歪んだ碧を見据える。
 脅せば逃げる。愛をうたえどその程度。そう思いたくて、けれど何故、こんなにも心が軋むのか――。
 櫻宵の絡めた指先を、しろい指がそっと包む。
「君を、愛してる」
 息を止められ、ひどく掠れた声になった。見開かれる桃色を、空気を求めて歪む視界に見る。
 リルは識っている。
 押し付けられた背が痛まないのを。締める指がこの首を折ることだって出来るのを。その目が――酸素を失うリルよりも、ずっとずっと苦しそうに歪んでいるのを。
 だから。
「贄にだってなってやる」
 この愛を証明出来るなら。
 理屈ではない。逃げることもしない。この腕に絡んだ桜獄の鎖は柔らかで、人魚が望めばすぐにでも解けて消えるようなものだった。
 だから――そこから逃げようとしなかったのは、リルの方だ。
「私には――奪うことしかできないのに、どうして」
「違うよ」
 今度こそ、声は頑と響いた。
 ――教えてもらった。愛してもらった。箱舟に囚われたうつくしいばかりの瓶詰人魚を閉じ込めた、戀の檻に櫻を舞わせ、世界をこんなにも赫く彩ってくれたのだ。
 今度は――僕の番。
「君に戀をおしえてあげる」
 己で締め上げた喉の掠れるような響きに、櫻宵の瞳が地を捉える。
 宵知らず咲き誇り、後は散るばかりの徒櫻に。
 戀なんて――遠くあるべきだったのに。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

榎本・英


恋人ごっこ。
嗚呼。知っているよ。
そこには何のぬくもりもない。
只々、虚しいだけの行為。
憧れる者ならば一時の甘い夢に溺れるのだろう。

さて、私は猟兵であり少々事情がある。
君たちの何方かが協力してくれると有り難いのだが……。
嗚呼。恋人とその友達として二人とも一緒に来てくれても構わないよ。
君たちの身の安全は、私が保証しよう。

暫しの辛抱。
知り合いの作品にあった初々しく甘いやり取り
嗚呼。赤は熱が籠もりすぎる。
恋したのならば春風のような桃色、清々しい青、潔白の白
君は赤よりももっと別の色が似合う。

友人である君も。
どうせなら二人で揃い色を纏ってみないかい?
赤以外。
そう、赤以外でね。




 花の女学生を二人侍らせている。
 状況としては、両手に華とでも喩えるべきだろうか。けれども心は空疎だ。この虚しいだけのごっこ遊びは、仕事といえど心に冷えた思いを呼び込むものである。
 ――君たちの何方かが協力してくれると有り難いのだが。
 榎本・英(人である・f22898)が協力を仰いだのは、先に声を掛けた二人の女学生たちだった。顔を見合わせる二人は、彼が超弩級戦力であると知るなり、顔を強張らせた。
「えっと、つまり、先輩は――影朧?」
「嗚呼、察しが良いね。そういう事になる」
 彼と共に行くというのは、即ち囮となるということでもある。だが、この市場で一番安全なのも、逆説的にまた――超弩級戦力である彼の隣だ。
「恋人とその友達として二人とも一緒に来てくれても構わないよ。君たちの身の安全は、私が保証しよう」
 しばしまごついていた二人は、しかしはっきりと意志を持って頷いた。結局、どちらが恋人役をやるかで多少のひと悶着があったが故に、歩き出したのはそれから五分ばかりしてからだったが。
 英と手を繋ぐのはポニーテールの少女だ。初々しく頬を染め、落ち着きなく周囲を見渡す彼女へ、時折身を寄せ声を紡ぐ。
 ――英は、こういう青春小説めいた恋愛は書かない。
 だから引用するのは知人の描いた物語である。甘く初々しく、どこまでも透明な――恋と呼ばれる感情の、上澄みめいたものを拾い上げたような。
 英の心は波立たない。凍り付いたように、空虚の輪郭を確かにするだけだ。分かち合った熱も、恋人ごっこに過ぎねば何ら価値あるものではないのだから。
 けれど隣を歩く少女らにとってみれば、それは何より憧れる人々の真似事である。指を絡めてもいなければ、本人に囁かれているでもないショートカットの娘が、それでも頬を染めているのが良い証左だ。
 所詮は一時の甘い夢。影朧の脅威を排除するための、仕事の一環に過ぎぬのに。
 ――あかあかとした台詞らに、いい加減に嫌気が差したころ、英はふと声を紡ぐ。
「春風のような桃色、清々しい青、潔白の白――君は赤よりももっと別の色が似合う」
「そ、そうですか?」
「そうとも。赤は熱が籠もりすぎる」
 ――本当の恋をしたのならば。
「友人である君も。どうせなら二人で揃い色を纏ってみないかい?」
 そう提案してみせれば、二人はぱっと顔を見合わせた。瞳に浮かぶのは楽しげな希望の色である。
 英ならば――それを、未来に馳せる水色とでもするだろう。
「お揃い――良いかも。ね」
「今度、どこか買いに行ってみようか」
 にわかに姦しくなる娘らを横目に、ポニーテールの少女の手を引く。友人らの可愛らしい話し合いに口を挟むのはどうかと思うが、念を押しておかねばなるまい。
「赤以外。そう、赤以外でね」
 眼鏡の奥底の赫が眇められたのを――。
 随分と緊張が抜けたらしい少女らが、小首を傾げて見ている。
「赤、嫌いなんですか?」
 ――零した溜息のような返答は、きっと雑踏に紛れて届かないまま。
 人であった獣の指を、偽りの愛が絡め取る。

大成功 🔵​🔵​🔵​

霧島・ニュイ

赤の少女の誰かをナンパして協力してもらうのもいいなあ…
それで遊びの関係に持ち込んでも……
はいはい、冗談だって。リサちゃん睨まないのー

リサちゃんと市場を歩く
手を繋いで、恋人同士を演じる
…君が生きてたら、こうして二人で歩けたのかな
ぎゅっと手を繋ぐ
指を絡めて、少し離して、また深く絡めて
ふふ、頬を染めて可愛いね
いつもと違う赤い唇が此方の恋情を更に誘う

猫のぬいぐるみが欲しい?
うん、いいよ
サバトラがいい?つぶらなおめめが可愛いよね。君みたいだ
もー、照れ隠しでぽかぽかしないの。可愛いよ

恋は確かに人生のスパイスだし、人生変わるよ
でもさ……しなくたって輝いてると思う
恋に囚われて身動き取れなくなることもあるし?




 すべきことは決まっていた。
 それなのにぐるりと周囲を見渡して見せたのは、傍らの少女人形がくりくりとした目で見上げるからで。
 上機嫌なその顔に、少し意地悪をしてやりたくなったからだった。
 赤い紅を喜ぶ顔をまじまじと見つめた霧島・ニュイ(霧雲・f12029)は、リサがこちらを見るや、わざとらしく視線を外した。
「赤の少女の誰かをナンパして協力してもらうのもいいなあ……それで遊びの関係に持ち込んでも……」
 ――むう。
 分かりやすく膨らんで、本物のように作られた少女の手が、絡めたニュイの手にもう一方の手を当てた。まるで自分に注意を移させるような、可愛らしい嫉妬を孕んだ瞳が、じっと緑の眼を睨み上げる。
「はいはい、冗談だって。リサちゃん睨まないのー」
 軽くぽんぽん頭を叩いてやれば、ぷいと視線を逸らした少女が前を行く。仕方がないなあなんて苦笑を零せど、自分の方が悪い戯れだったのはニュイも分かっていた。
 ――幸福だ。
 どこまでも普通の恋人同士としか映らないのだろう。それなのに、心の奥底にどうしようもなく冷や水が忍び寄る。
 もしも――君が生きていたら、こうして二人歩けたのか。
 襲う凍えに繋いだ手の体温が奪われていく心地がした。満ち足りた恋人同士の内側に、もう戻らない凍てつく温度が吹き荒れている。
 だから。
 繋ぎ止めるように、その手に力を籠める。一度離せばひやりと風が吹き抜けるから、今度は指を深く絡めて、もっと温まるように。
 そうして少し、自然と体を寄せれば、リサの頬に朱が差した。それで少しだけ、心を覆わんとする水が遠のく。
「ふふ、可愛いね」
 言えば林檎のようになってしまった彼女の唇は、頬よりもなお赤い。それが余計に愛おしくて、ニュイの鼓動を強めていく。
 浮かんでしまったひどく幸福そうな笑みを見遣り、リサは誤魔化すように首を横に振って、わざとらしく手を引いた。そのまま強引に連れて行かれたショーケースには、愛らしい猫のぬいぐるみが飾ってある。
 ――これが欲しいということだろう。
「うん、いいよ」
 ぬいぐるみのペットショップさながら、沢山の種類がある。どれがいいの――と問えば、どれも捨てがたいとばかりに泳いだ少女の瞳が、しかしすぐに一点を指さす。
 青灰の体色に縞模様の入った、大きな青い目の猫。
「サバトラがいいの? つぶらなおめめが可愛いよね。君みたいだ」
 さりげなく愛に溢れた言葉を囁けば、リサは忘れかけていた先までの心地を取り戻して、再び顔を朱に染め上げた。
 可愛らしい仕草で腕を叩かれる。さして痛くもなければ、そんな叛逆もまた愛おしいものだから、もーぽかぽかしないの――なんて笑う声も穏やかになってしまう。
「可愛いよ」
 追い打ちとばかりに言う。とうとう大人しくなってしまった少女人形の手を引いて、深く深く指を絡めて、今度はニュイが先を歩いた。
 恋は――。
 幸福だ。世界を変える。今までに見ていたどんな彩も、ここにある温もりが齎すそれに敵わないと悟ってしまう。
 けれど自由ではなくなる。
 雁字搦めの恋慕は、いつだって鎖だ。この身を縛り上げたそれが、時に過去に足を縛り付けて、今に在る己を歪ませる。
 だから――恋などしなくとも、その先の自由な世界に、輝きを見出すことは出来るとすら思う。
 己を泥濘に捕らえる少女より前を歩く。歩調は自然に――けれど決して、リサからこちらが窺えないように。
 ――今の顔を、見られたくなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シン・コーエン
○◇

その気も無いのに演技やナンパするのは性に合わない。
『先輩』の条件に合致する人を探そう。

多少は変装(外套を着込んだり、帽子被ったり)する可能性もあるので、ぱっと見だけでなく、足元の袴の色や赤い瞳等の隠しきれ無さそうな特徴に注意する。

カップルが多い店中心に【情報収集・視力】で捜索。
目だけでなく【第六感】も大事にする。
候補が見つかればUC使用。

当たりなら、人ごみの市場という【地形の利用】して、人を避けつつ速やかに移動して【追跡】。
【コミュ力・礼儀作法】を活かし、『先輩』に笑顔で明るく声掛けして引き留める。
「すみません、この市場は詳しくなくて、良い店を教えてくれませんか?」と。
正直興味も有るしね。


黒鵺・瑞樹
アドリブ連携OK

いい感じの恋人たちに目星つけて護衛に回ろうかね。
残念ながら「仲睦まじい」といえる相手はいない事だし、できるかどうかもこの先怪しい。

対象を定めたら【存在感】を消し【目立たない】ようにし周辺警戒と【情報収集】を。
時間帯的にできるかわからんが影に紛れてもいいし、UCで屋根に上がって上から探してもいいな。
赤い袴というから多少はわかりやすい特徴だろう。さすがに袴を贈ってすぐ着替えるような女性はいないと思うし。
もし一般のカップルの元にオブリビオンが現れるようであればすぐさま【かばい】、避難の【時間稼ぎ】を。
猟兵仲間の方であれば、一般人の避難誘導を優先。




 影朧は恋人を狙うという。
 ならば目を付けた睦まじい恋人らを見張れば、事態の動きに気付くは容易いことだろう。影朧である『先輩』が、非常に目立つ容姿であるというのならなおのこと。
 その点において、シン・コーエン(灼閃・f13886)と黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)の狙いは同じだった。金銀の髪を靡かせ、紺碧の眼をかち合わせれば、そこは同じ猟兵――それも武に重きを置く者たちだ。互いの意志の疎通はそれで充分と、歩き出す足は自然な距離を装いながら恋人らを追う。
 囮になるためとはいえど、その気もないままナンパをしたり、演技をする――というのは、どうにもシンの気性に合わない。元より旅を愛しひとところに留まることが苦手で、どちらかというまでもなく気儘な性質だ。己の心を偽り縛するような行為は、あまり得意とはいえない。
 一方の瑞樹はといえば、そもそういう手合いの触れ合いが苦手だ。仲睦まじいといえるような相手はこの場には――今現在の彼の周囲にも――おらず、この先にあるかどうかも怪しい。恋愛関係と呼ばれるものが齎す甘美な堕落や、求めて届かぬ苦しみや、そういうものに躊躇するのは如何ともしがたいことだった。
 だからこそ――。
 こうして、道行く恋人らの狭間へ目を光らせている。
 店に夢中になる人々の視界に入らぬよう、路地に逸れた瑞樹が地を蹴る。まるで不可視の足場を蹴るように、中空を華麗に飛び上がる。
 適当な建物の屋上に立つだけでも、視界は一気に開ける。見下ろす先の赤々とした屋根の向こう、ぞろぞろと通る人々を見ているだけでも、十二分にその恰好は目に入る。
 ――もう一人の猟兵の動きをはっきりと捉え、シンは地に立ったまま周囲に視線を巡らせた。
 この通りには恋人らの姿が多い。どうもペアの商品を売っている区画のようだ。どの男女も――時にひそりと同性らで手を繋いでいる者も、幸福そうな顔でそれぞれのパートナーと目を合わせている。現れるならばここだろう――半ば直感的な確信は、光景を見るだに深まった。
 こうまで周囲を警戒して、しかし殺気も警戒心の一つも見せない二人の視線が探すのは、少女らが示したただ一人だ。
 赤い袴に、椿のような赤いまなこ。
 長く伸びた黒髪と、腕に巻かれた包帯――。
 『先輩』と言われた影朧は、それだけを聞けば絶対に見逃しはしないだろう存在である。流石に赤い衣装を着ている者はそういないし、まして赤い瞳に包帯と言われれば、そうそう見受けられる特徴ではない。
 だが――あくまでもそれは、彼女が『そのまま』現れたらの話だ。
 何らかの変装をしている可能性はある。帽子を被られれば目は見えないし、長そでで包帯を隠していれば見えなくなってしまう。赤い袴とて決して特有の特徴ではないのだ。
 だからこそ、瑞樹が上方より人々の動きを観察し、シンが往来に紛れて直接探るのだ。
 ――果たして、二人の作戦は実を結ぶ。
 見上げたシンと、見下ろす瑞樹の視線が噛み合った。互いの紺碧は、同時に視線が移動したことで更なる確信を深める。じっと見返す揺れない目に浅く頷いて、二人は同時に動き出す。
 屋上より飛び降りる瑞樹はヤドリガミであり、それ以前に猟兵だ。登ったときと同じ路地裏に難なく着地して、何食わぬ顔で往来へと戻る。
 その視線の先で――。
 シンは人懐こい笑みを浮かべて、赤い袴の娘へと声をかけていた。
「すみません、この市場は詳しくなくて、良い店を教えてくれませんか?」
「はあ」
 赤い瞳。腕の包帯。長い黒髪は解いたまま、風に任せて靡いている。
 ――間違いない。
 未だ品定めの最中なのだろうか。不健康そうな隈を湛えた娘は、シンの声に抗うこともなく、訝しげに目を細めている。
 ちらりと、金色の合間から覗く紺碧が、銀の狭間にある蒼眼へと合図を送る。
 だからこそ、瑞樹は小さく頷いて、付近のカップルへと声をかけた。
 シンが時間を稼ぐ間に、彼がこの周囲からそれとなく人を遠ざける。未だことを起こす気がないのならば、それ以前に打てる対策の全てを打っておくのみだ。
「すみません、ちょっと良いですか――」
 ごく自然に溶け込んだ二人の男の声により、市場は緩やかに、影朧の脅威より遠ざけられていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

永倉・祝

鈴白くん(f24103)と。
そうですね…せっかくですから僕らが囮になってみましょうか?
チグハグな僕らでも仲は良い様に見てもらえるようですから…よければ少しの間僕の恋人になってくれませんか?
恋をしているのは本当ですからいつかは君と恋人になりたいなんて気持ちもあるんですよ。
けれど僕は君以上に歪な人間ですから…今すぐ君の隣を歩く勇気はなくて…臆病ですみません。

では、恋人らしく手でも繋ぎましょうか。
ふふ、鈴白くんの手は綺麗で少し緊張してしまいます。
仲睦まじいな恋人同士に見てもらえれば嬉しいですね。


鈴白・秋人

永倉さん(f22940)と

ふふ。囮になるのは構いませんが…
「折角ですから」で、よろしいの?

それに…ほんの少しの間だけ…なんて、その美しい唇で、わたくしにそんな寂しい事を言うんですのね。
(頬を膨らませ、プイと横を向き)

なんて…ふふ。

貴女の困った顔も可愛らしいものですから…つい。

貴女のその謙虚な心こそ、素直で真っ直ぐで…
とても素敵だと思っていますもの。

どんな自己が在ろうとも、恋に臆病になる心の…

なんて…いじらしくて、愛おしいこと…。
(彼女を安心させられる様に、後ろから優しく抱き寄せ抱きしめて、ふと我に返り)

大丈夫。
離しませんから。

(一つ咳払い。可愛らしい手に自身の手を重ね)

さて、参りましょうか。




 男のような格好の女性と、女のような格好の少年。
 二人並んで『普通』と称するには、少々ばかりちぐはぐだ。鈴白・秋人(とうの経ったオトコの娘・f24103)が服の下に隠した体は年相応に骨ばり始めているし、背も高い。一方で背の低い永倉・祝(多重人格者の文豪・f22940)の纏う袖口は、ほっそりとした女性の指先を覗かせた。
 どこか不安定で、けれどそれ故に心地良い。きっと恋人同士のそれと呼ぶには距離が足りないけれど。
 それでも、二人並んでいれば仲が良さそうに見えることに違いはなく――。
「せっかくですから僕らが囮になってみましょうか?」
 提案するのは祝だった。小首を傾げて見上げる女性の漆黒を、艶やかな黒髪を携えた金蜜の眼が見下ろす。
 秋人を誘う言葉をどう紡ごうか、一瞬ばかりの空白がある。
 小説家の語彙は膨大で、けれどその瞳を見据えて、口に出来る言葉は少なかった。
「……よければ少しの間僕の恋人になってくれませんか?」
「ふふ」
 小さく笑った秋人の表情が、愛おしげに緩むのもごく僅かの間。刹那にわざとらしいくらいの不満をかたちづくった彼は、人形めいて愛らしい娘の表情で、拗ねたように声を上げる。
「囮になるのは構いませんが……『折角ですから』で、よろしいの?」
「え――」
「それに……ほんの少しの間だけ……なんて、その美しい唇で、わたくしにそんな寂しい事を言うんですのね」
 頬を膨らませて顔を背けられてしまえば――。
 困ったように、おろおろと視線を泳がせるのは祝の方だ。
「鈴白くん――」
 どう言ったものか。
 そういう沈黙がありありと伝わってきて、秋人はついつい、不機嫌の仮面に罅を入れてしまう。膨らませた頬から息を吹き出すのは口許に当てた手で隠したが、漏れた楽しげな笑声ばかりは誤魔化しようがない。
 僅か見開かれた、吸い込まれそうな漆黒の眼を見返して、ごめんなさい――と紡ぐ声もどこか嬉しげだ。
「貴女の困った顔も可愛らしいものですから……つい」
 ――彼女は素直だ。
 秋人の言葉に返る仕草はいつだって純真なほど真っすぐで、それが余計に愛らしく感じる。小さく笑いを零す彼に、祝はゆるゆると安堵したような顔をした。
 そうでしたか――と、納得するのは簡単だけれど。
 伝えておかなくてはいけないことが、きっとあると思うから――。
 逡巡の後、ぽつりと声を零す。
「恋をしているのは本当ですから、いつかは君と恋人になりたいなんて気持ちもあるんですよ」
 キャスケット帽を意味もなく被りなおして、彼女はふいと背を向ける。その背が心なしか小さく丸まっているような気がして、秋人の瞳が瞬いた。
「僕は君以上に歪な人間ですから……今すぐ君の隣を歩く勇気はなくて……臆病ですみません」
「いいえ。謝ることではありませんわ」
 ゆるゆると首を横に振りながら、彼が歩み寄ってみせても、彼女の足が動き出す気配はない。
 それが今の距離への拒絶ではないと知って、安堵したのは秋人も一緒だった。
「貴女のその謙虚な心こそ、素直で真っ直ぐで……とても素敵だと思っていますもの」
 ――どんな自己を持っていようとも、恋には臆病になるものだ。
 そうして不安を抱えて、通じ合う想いにすら頷くことをためらうような、甘くて苦しい葛藤。ひどくいじましくて、どうしようもなく愛おしい縺れた心。それがありありと伝わって来るから――愛情を示すのは、何も彼女に今すぐ応じて欲しいからではない。
 その小さな背を抱きしめるように、やわく腕を回した。胸の内に閉じ込めた温もりが、秋人の造り出す柔らかな檻を抜け出すことはない。
 このままこうして体温を分け合っていたい気持ちで――。
 ふと、ここが往来であったことを思い出した。
「大丈夫。離しませんから」
 咳払いを一つ。ぱっと離した腕が名残惜しかったのは、果たしてどちらだっただろうか。
 ともかく、口を開いたのは祝の方が先だった。
「では、恋人らしく手でも繋ぎましょうか」
 頷いて、差し出された秋人の手を見る。
 美しく手入れがなされた、艶やかな手だ。女性のそれのような白磁の肌に、己の手を絡ませることに躊躇する。
 けれど確かに、その温もりに触れれば――。
「さて。参りましょうか、永倉さん」
 繋がれた手がすいと引かれる。そうして嫋やかに笑いながら呼ばれる名前が、ほんの少し鼓動を早めた。
 今は隣を歩けない。こうして引かれる手について行くままで、眩しい彼の隣に胸を張って並べない。己の歪が、奈落が、見えているから。
 それでも今は――たとえこれが、通じ合わせる想いに頷けないごっこ遊びの延長だったとしても。
 ――少しでも、恋人らしく見えていたなら、それほど嬉しいことはない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アンジェローゼ・エイアロジエ
🌹黄昏


戀人達が襲われるなんて
なぜ想い合うだけで襲われねばならぬのでしょう?
きゆに貰った薔薇を大切そうに眺めてから、彼をみやる
妬み、ですか……

戀は、しらない
けれど妬むもの
そう例えば、あなたの横に私ではない誰かがいたら、
思い浮かべることもできなくて小首を傾げる
「あなた」はいつも息つく暇もない程に私だけを見ていてくれたから
他のなにもかもが私の瞳に映らないように

きゆ?
守るのは私だけじゃダメです
……手持ち無沙汰な彼の手を、そっと握る
は、恥ずかしいですからこちらを見ないでください!
……照れるそんな様子も可愛いだなんて内緒

並んでる歩く
いつもと同じ
でも違う
胸の鼓動がうるさくて

あぁ
戀とはどんなものなのかしら


宵馨・稀由
🐈黄昏


戀人が襲われる、か
妬みか何かなのだろうか
人の恋路を邪魔するやつはと言うのにな

言いながら思い出す
……俺だって、君とあいつの恋仲が羨ましくて
何度、あいつになりたいと願ったことか
隣で笑っていたいと
君の笑顔を一番近くでみたいって
その笑顔を向けられるのが俺だけだったらって
薔薇の生垣の向こうで、いつも

ああ、今一時だけでもそのように
見えたらいいなんて、勝手なことだ
けれどロゼは俺がちゃんと守るから、安心してくれ

ふと、握られた手
君はこちらを見ない
耳が赤いのは気のせいか――いや、赤いのは俺も

陶器に伝わる熱が愛しい
不格好に、それでも寄り添って歩くよ

今一時だけ、フリでもいい

ロゼの戀人は俺だ、なんて夢を抱いて




 愛を告げる花の戀いろを見詰めている。
 大切に、決して壊さないように――繊手が握るのは赤薔薇一輪。けれど薔薇の精が戴くそれは薄水の憂いを仄差して、長い睫毛の下で瞳を震わせた。
「なぜ想い合うだけで襲われねばならぬのでしょう?」
 アンジェローゼ・エイアロジエ(黄昏エトランジェ・f25810)には分からない。幸福を分かち合っているだけの人々が、危機に晒されねばならない理由が。
 或いは彼女にとって、それはひどく理不尽に見えていて――。
 けれど、宵馨・稀由(散華メランコリア・f22941)は、赤を黒ぐろと染め上げたい理由に手が届く。
「妬みか何かなのだろうか」
「妬み、ですか……」
 馴染みのある響きではなかった。どこまでも無垢に、純粋に、なくしてしまった愛ばかりに守られるのがアンジェローゼだ。首を傾げる彼女に穏やかな笑みを浮かべて、頬に罅割れを走らせた人形は、行き交う幸福そうな顔を見遣った。
「人の恋路を邪魔するやつは――と言うのにな」
 そうと息を吐きながら、稀由は物憂げに目を伏せる。
 ――羨ましかった。
 薔薇の生け垣の向こうで笑う、今は隣にいる少女の顔が愛おしかった。それが己に向けられないことが狂おしいほど心が燃えた。
 何度も夢想した。彼女の隣で笑う彼になれたなら、どれだけ幸せだろう。彼女の笑顔を一番近くで見られたなら。その頬に差す紅色が、自分の言葉に齎される充足であったなら。
 甘い願いはどこまでも大きくなる。幸福に底がないのなら、表裏の不幸にも涯はない。理想の楽園を目の前に見て、けれど己はその中にいられない。生垣越しの想いは、ただ純粋にひたむきなだけではあれなかった。
 一滴落ちた黒を自覚すれば、胸の軋みは大きくなる。手を伸ばせば届く距離に、心を尽くしても届かぬ光景がある。見れば見るだけ苦しむだけなのに、その顔から目が離せない――。
 懊悩の果てに全てを壊してしまえたなら。幸いを彩る薔薇の花を乗り越えてしまえたのなら、どれだけ楽だったろう。
 けれどその先にある、何より愛しいひとの幸福を壊すことなど出来はしなくて。
「きゆ?」
 はっと顔を上げる。
 常磐の色がじっと彼を見ている。首を傾げて覗き込むアンジェローゼに、稀由はゆるゆると首を横に振って、過去に呑み込まれそうな己を現在に刻むように笑った。
 ただの錯覚でも良い。身勝手な想いが、今一時だけでも本物に見えるなら。
 不格好でも、寄り添って歩こう。彼女の戀人という夢を見たままで。
「ロゼは俺がちゃんと守るから、安心してくれ」
「守るのは私だけじゃダメです」
 道行く人々らに視線を巡らせてから、アンジェローゼがむう、と声を上げた。
 ――猟兵の仕事は、この美しい戀のいろたちを、そのまま鮮やかに咲かせること。嫉妬という感情から守り抜くことだ。
 とはいえ――。
 アンジェローゼには想像もつかない領域だ。例えばそれは、今も隣で彼女に笑いかけてくれる稀由のその顔が、他の誰かに向けられるようなものなのだろうか。
 ――やはり、想像が出来ない。
 いつだって稀由の瞳はアンジェローゼを映している。他の誰もが彼女の瞳に映らないよう、ひたむきで大きなもので覆ってくれる。息つく間もなく己だけに向けられるそれがなくなってしまうだなんて、そんなことが本当にあるのだろうか。
 一体どんなものなのかも分からないけれど、何となく。
 ――空いたままの彼の手に、自分の手を絡ませる。
 顔を上げた彼が真っ赤になっているのは、見なくても分かる。アンジェローゼだって顔を上げられない。
「ッ、ロゼ」
 揺れる声は、いつも彼女を誘うときのように照れを孕んでいて、それが可愛らしい――なんて、言えないし、言わない。
 ――それどころではない。
「は、恥ずかしいですからこちらを見ないでください!」
 髪に抱いた薔薇の花々だって、きっと先より真っ赤に咲き誇ってしまっている。色づく華が鮮やかになるなら、それは喜ぶべきことなのに、何故だろう――ひどく気恥ずかしくて、鼓動が高鳴る。
 自分の手だって熱い。頬を撫でる空気の温度も分からないほど。それなのに、彼の暖かな掌だけは、ありありと熱を伝えて来る。
 まるで浮かされたよう。ふわふわと足が地につかなくて、この鼓動が彼に聞こえてしまったらどうしようかと焦るのに、繋がれた温もりがどうしようもなく離しがたい。
 いつもと同じ、けれどいつもと違う、たった少し縮んだだけの距離。
 ――あぁ、戀とはどんなものなのかしら。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

蘭・八重
【比華】

恋人を狙う
あかいこいびと
私の愛がなゆちゃんをあかく染める
いけないわ、このままではこの子も狙われてしまう
…死なせる訳はいかない、其れだけは

こちらに避難しましょう
彼女の手を引き安全な場所へ

そこから動いてはダメよ?いいわね?
子供の様に注意を促す

【薔薇の従者】
傍に骸骨が現れる
彼は殺した男達の残滓
私を護り愛を騙る
恋人同士見えるかしら?

颯爽とヒールを鳴らし彼女から離れる

あの子の赤い華を散らせはしない
…だって

瞳に映るのは私だけ
囀りを聴くのは私だけ
愛してるのは私だけ

散らせていいのは私だけ

嗚呼、あかい嫉妬が彼女を隠す
誰にも誰にも気づかれなればいい
あの子を私から奪わないで

一一愛してるわ
私だけのなゆちゃん


蘭・七結
【比華】

こいびと
なんてあまい響きなのかしら
左の小指のさきが痛む
茨は絡んだまま離れない
今もその手に引かれている
離せていないわたしもいる

あねさまがわたしを隠す
あかい髪が宙を遊ぶ
あかいろを、愛をあやめる怪異
あねさまへと害意が向く
理解に至るまで時間はかからない
あねさま、きいて
ナユのことを、みて
ナユにだって出来ることがあるわ
あなたの隣に立ちたいの
だから――
わたしの言葉は届かない
あなたの瞳に映っている“わたし”はだれ
ナユを通してなにをみているの

嗚呼、だめ。あねさま
いやよ、いや
見ているだけはいやよ

このまま何も出来ないのならば
浮かぶのは最悪の惨劇
あねさまがしんでしまう
そんなの、――ゆるさないわ
踵の音を鳴らせた




 こいびと――。
 戀は甘美だ。甘くて赫くて、時折苦い。人のいのちが生み出すものに、色も味もよく似ている。
 それが束縛だとうたうひとがいる。己のものになれば良いと希うひとがいる。絡んで縺れるその味を、知ってしまえばもう戻れない。
 左の小指に絡んだ見えない茨の鎖に、蘭・七結(こひくれなゐ・f00421)の指先がちくりと痛む。
 未だ姉に手を引かれている。
 彼女が見ているものが、戀と共に堕ちた己でないと知っていて、その手を振りほどくことも出来ない。この紫紺の瞳が映すのは、いつでも姉の後ろ姿ばかりで――。
「なゆちゃん」
 顔を上げる。
 七結の姉――蘭・八重(緋毒薔薇ノ魔女・f02896)は、いつものように笑っていた。けれどその桃色の瞳は、時折そうして妹を見るのと同じように、決して笑みばかりを孕んではいなかった。
「こちらに避難しましょう」
 ――八重の抱く心配は、声が凍っているように聞こえやしないかと、それだけだった。
 それ以外の想いは心配と称することすら生温い。彼女の生命にさえ訴えかけてくる、明確な焦燥と恐怖だ。
 あかいこいびとを狙うと言った。
 戴く牡丹のように、八重の愛は七結をいのちの色に染める。そうして睦まじく、二人連れ立って歩いていればどうなるだろう。
 八重が怨嗟に狙われるのならばまだ良い。妹が――七結が、その瞳に映ってしまったら、どうなる。
 赤い海が零れる。溢れた命に、散った牡丹の赤が浮かぶ。あかあかと色づく華の主は、もう――。
 悪寒が走る。そんな蛮行を許すわけにはいかない。
 死なせはしない。殺させはしない。
 紫紺の瞳に映る誰かも、囀る美しい声がうたう誰かも、惜しみない愛を注ぐ誰かも――咲き誇る牡丹を刈り取るのも。
 全ては八重でなくてはならない。他の誰がそこに割り込むことも認めない。
 ――七結の懐く全ては、八重のものだ。
「ここにいてね」
 小奇麗な路地の一角へと、八重の手が七結を導く。そっと座らせて、まるで子供にそうするように、目を覗き込む。
 返事も待たずに喚び出すのは、いつでも彼女へ付き従う、偽りの愛を囁くばかりが取り柄の男の一人。いつか八重の毒を呑み、嘘ごと愚かに息絶えた、愛を嘯く肉のないひとがただ。
 連れ立ち歩けば、影朧にも死した戀人と連れ立つ女のようには見えるだろう。まして湛えたあかいろは、風に靡いているのだから――。
 踵を返さんとする姉の思惑に気付いて、七結は勢いよく立ち上がった。
「あねさま、きいて」
 振り返る――。
 八重の瞳は。
 ぞっとするほど、遠くを見ていた。
「任せて、なゆちゃん」
「あねさま」
「そこから動いてはダメよ」
「ナユにだって出来ることがあるわ」
「いいの。ここで待っていて」
「あなたの隣に立ちたいの」
 桃色の瞳には、確かに薄赤を孕む灰いろが映っているはずなのに。紫紺のまなこは、確かに緋毒を見詰めているはずなのに。
 どうして――そこに、今ここに立つ七結が映らないのだ。
 声が届かない。八重の瞳に『蘭・七結』がいない。確かに見詰め合っているはずなのに、確かに言葉を交わしているはずなのに、姉の目は妹を捉えてすらいない。
 誰を見ているのだ。
 姉が見ている『なゆちゃん』は――どこにいる。
 七結は、ここにいるのに。
「あねさま、ねえ」
 ――ナユのことを、みて!
 ふと瞳を緩めた姉に、淡い期待があったのに。近寄って来てくれるから、この手が届くかもしれないと思ったのに。
「いいわね?」
 今にも触れそうになった指に気付く様子もなく、子供に言い聞かせるようにして、ヒールの音は遠ざかった。
 残された七結は呆然と、伸ばしかけて中空に留まった手を強く握る。ここで待てと八重は言うが、もしもその言う通りに、良い子でここに留まっているとして。
 ――このまま、何も出来ないのならば。
 過るのは奇しくも八重が想起したのとよく似た光景だった。姉が一人で死んでしまう。あかいろに浮かぶ薔薇の一輪に変わってしまう。
「そんなの、――ゆるさないわ」
 きっと前を睨んだ瞳に、確かな意志の色が宿る。握った手を降ろし、踵を高らかに鳴らして――。
 手を引く誰かのいないまま、七結は歩み出した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リア・ファル
SPD
アドリブ共闘歓迎

囮とはいえ、ボクじゃ恋慕の真に迫るのは難しい
オブビリオンに見抜かれるとも限らない

UC【変幻自在】で「トレンチコート」にレイヤ変更!
(追跡*100)

まあ正確にはディアストーカー・ハットに
インバネスコートの探偵スタイルなんだけど。

聞き込み(情報収集、聞き耳)で対象を絞り込み、
目立たないように人混みに紛れて(迷彩、地形の利用)尾行

囮になってる猟兵が狙われる可能性も高そうだ
すごく仲睦まじそうで、
「じれったいな、ボクちょっとイイ雰囲気にしてくる!」って、
なりそうな人達もいるし

……気付かれたり、してないよね?
こうして見守ってる中で異質な相手がいたら
それがオブビリオンなのかな?




 身を挺することに、躊躇のある性質ではない。
 元よりひとのために生まれた存在だ。実体化させている体とて、根本的には生物と異なる。一般人の危機が回避出来るのなら、リア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)としては、囮となるのも吝かでないのだが。
 ――恋の何たるかを知らない。
 自分の中にある遠大な理想の一角にそれらしい感情を見付けることは出来ても、真に迫ることは出来ない。睦まじい恋人同士を演ずるというのなら尚のこと、その小さな齟齬が生む違和が、恋慕をこそ渇望し嫉妬に身を滾らせる影朧に悟られないとも限らなかった。
 ならば、すべきはもう一つの選択肢だ。
 自然な動きで路地に逸れ、レイヤーをくるりと変えれば、そこに楚々とした女学生はいない。チェック柄のディアストーカー・ハットにインバネスコート、外見年齢の問題でパイプを咥えてこそいないものの、瞬く間に女流探偵一式の完成だ。
「行こう、ヌァザ」
 にゃんと一鳴き、足許を猫が連れ立つのもそれらしい。そのまま路地から抜け出せば、何らかの調査でくれなゐ市場を訪れた探偵そのものだ。
「すみません、少しいいですか?」
 にこやかに道行くカップルへ声を掛ければ、返答はすんなりと戻って来る。そも探偵とはそういう職業であるから、目撃情報だってすぐに手に入るのだ。
 椿のような赤い瞳、長い黒髪に、赤い袴と腕の包帯。目撃情報を辿るように手繰って、少しずつ首魁の痕跡へ近付いていく間――。
 恐らく囮となっているのであろう顔を、ちらほらと見る。
 見るだに甘酸っぱい空気の二人組を、そこかしこで見かける。先に集合したときに見かけた猟兵らだ。恋人を装うというには少しだけ開いた距離と、それでもしっかりと絡んだ指先。そうだ、そのままもう少し距離を詰めて、ほら顔を見て、いける、これはいける、あと一歩――。
 勿論、あと一歩が詰まることはないのだけれど。
「くっ――」
 ――じれったいな、ボクちょっとイイ雰囲気にしてくる!
 などと言って駆け出したくなる衝動に駆られるような。そう例えば、この道にプロジェクションマッピングを投影して、薔薇の小道にしてみるだとか。リアならば出来る。何なら今すぐにでも。
 さりとて人の恋路に口を出すのは野暮というものだ。リアは密やかな後押しと盛大な横入りを履き違えるような心の構造はしていない。なればこそ、ここは見守るに徹するが『ひとのため』というものだ。
 それに、今は別件の仕事中。気付かれてはいないだろうかと、帽子の下から周囲に視線を巡らせて、リアの瞳ははっと一点を捉える。
 ――ゆらゆらと覚束ない足許。赤い袴。
 桃色の瞳に、すぐに真剣な色が宿る。足許の魔剣にいつでも手を掛けられるよう、少女はじっと息を詰めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

新島・バンリ
〇◇

良かった。
……じゃ、ここからは仕事の時間ね。

おびき寄せる餌は……まあ、周り見ればわかるけど足りてるでしょ。
私は脇道に逸れて『解放』、
上昇して屋根の上から上から影朧を探すわ。

長い黒髪で袴で腕に包帯。目立つ容姿みたいだし、運が良ければすぐ見つかるかもね。
一般人を狙うところを見つけたら、『解放』で無重力化して影朧の行動の阻害、場合によっては一般人の方に撃って退避させるわ。

色々抱え込んじゃうのは私にも覚えがあるけど……
それはそれとして、八つ当たりみたいなのって好きじゃないのよ。
だから、ダメよ。




 井戸の底は息苦しい。
 水がない。とうに涸れて、それでも言い渡された言葉を糧に、水があるふりで生きて来た。まだ足掻ける。この暗くて乾いた水底で、溢れもしないくせに喉にばかり詰まる水塊と共に歩んでいる。
 それは渇望だ。あの日への。幸福だったそのときへの。外せない左手の薬指の指環が導いてくれたはずの、在りし遠い日々への。
 だから、水のない井戸に自ら身を投じようとしていた少女らが考えを改めてくれたのは、本当に――。
「良かった」
 新島・バンリ(重力の井戸の底で・f23548)の零した声は、ひと気のない路地に融けて消える。
 憂いがなくなったのなら、ここからは仕事の時間だ。
 二人連れ立って歩く猟兵らが多いのは見ていた。或いは少女らのうちの幾人かに声を掛けるのも。そも往来には愛も恋も満ち足りていて、影朧の方が品定めに迷うほどだろう。
 だから、バンリはその中には混ざらない。
 まるで一歩、走り出すときのように。とん、と軽く地面を蹴れば、その体はふわりと中空へ浮かぶ。人一人――ことに己を支えるくらいは、彼女にしてみれば大した労でもない。
 重力の鎖から解き放たれた体は、緩やかに空中を馳せる。いっとう高い屋根に当たりを付けて、徐々に地球の力を足へ手繰り寄せれば、普通の女性と同じだけの重みを取り戻したバンリが音もなく着地した。
 ――見下ろすのは紅一色。
 人々の顔はよく見えないが、だからこそ個々の特徴を捉えるには最適だ。視線を巡らせれば絞り込むのは容易で、合致する幾人の中から目的の人物を探し出すのにも、さしたる労は要らない。
 よろよろと覚束ない足取りの娘がいる。じっと見詰める先に、ごく普通の恋人らが弾む足取りで歩んでいる。
 その手が伸びるのを。
 足がゆるゆると動き出すのを。
 ――バンリは逃さない。
 打ち込んだ力が、少女の体を重力から解き放つ。僅か浮き上がるような心地に異変を覚えたか、訝しげに周囲を見渡す椿のまなこは、歯噛みするように眉根を寄せた。
 恋に夢見る少女らを篭絡する程度には理性のある、復讐と嫉妬の塊。望む縁が結ばれなかったが故に、ついには命を絶った娘らの――。
「色々抱え込んじゃうのは私にも覚えがあるけど……それはそれとして、八つ当たりみたいなのって好きじゃないのよ」
 彼女らを死に追いやったのは、誰かではない。
 或いはそれを運命と呼ぶのかもしれないし、もっとどろどろとした言葉であるのかもしれないけれど。
 恨む先がないから、何もかもを恨むのだろうと思う。胸に抱えた空虚の行く先が、重く垂れこめた暗雲であることも、知らないわけではない。
 知っているからこそ――。
「だから、ダメよ」
 語り掛けるように目を伏せて、バンリはふわりと屋根を蹴った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

天方・菫子

みんなが改心してくれたのは嬉しいな
さて、どうやって影朧を見つけるか、かあ

仲睦まじい二人には聞かれたくない秘密などもあるのだろうから
話の内容までは聞かないように恋人さんたちを尾行します
かなり申し訳ないのだけれども

…一人でも世界は変えられるなんて豪語したけど
好きな人と一緒にいる女の子の笑顔は、純粋に素敵
例えるならほころんだ花
笑い声は涼やかに鳴る鈴のよう

胸が痛いよ
恋は知らないはずだけど、あんな笑顔を見せたい人はいる
あたしがあんな素敵な笑顔を見せたら
彼はなんて言ってくれるだろう

ああ、このままじゃ、あたしがくれなゐに飲み込まれちゃう
なんて、なんて恋は厄介なものなの




 ――みんなが改心してくれたのは嬉しい。
 天方・菫子(花笑う・f17838)がほっと胸を撫で下ろしたのは、彼女らが皆一様に吹っ切れたような――心の底から思い直してくれたような顔をしていたからだった。
 もう心配はないだろう。ならば次に考えるべきは、この市場を守り抜くことだ。
 よし、と一つ気合いを入れて。往来を見渡せば、溢れる恋と愛のいろ。寄り添い歩く人々は、菫子には皆仲睦まじく見えてしまって、ここから一番を選べ――と言われても、無理難題であるように思えた。
 だから、選んだのは通りかかった一組だった。
 歳は菫子とあまり変わらないように見える。学生だろう。まさしく付き合い始めたころといったふうで、繋いだ手は様子でも窺うように力が籠っていない。交わす言葉も途切れ途切れに、それでも交わした視線だけは幸福そうに、ゆっくりと歩みを進めている。
 ――二人の会話は、二人だけのものだと思う。
 だから見える距離にはいたけれど、その声は意識的に拾わないようにしたし、拾えない場所にいるようにした。こうしてこっそり後をつけているというだけでも、二人の大事な時間を邪魔しているような気がして申し訳ないのだから、まさかその会話に耳をそばだてるなんて出来やしない。
 それでも、紺碧の瞳に映した少女の笑顔に、思わず見入ってしまうのだ。
 ――一人でも世界は変えられる。
 そう思っていることに違いはない。恋をしていなくたって輝いている人たちは沢山いて、だから恋ばかりが人生に彩を添える花ではない。
 けれど、やはり――たった一人に向ける大切な笑顔は、純粋に素敵だ。頬に朱を差して、ひどく幸福そうに口許を緩めるさまは、綻ぶ花のように美しい。大好きなひとの声に応じる笑声が、鈴のように転がる。
 左胸に手を当てたのは――。
 そのひかりがあまりに眩しくて、胸を刺したから。
 菫子は恋を知らない。知らないはずだった。それなのに、笑う少女に自分を投影してしまう。何より幸福な笑みを見せたいひとを、隣に立つ少年に重ねてしまう。
 一緒に出掛けた。思い出が重なった。これからも重ねていきたいと願う。その先に、菫子がああして笑顔を向ける日があったなら、彼は何て言ってくれるだろうか。彼もまた、同じように笑ってくれるだろうか――。
 ふるふると首を横に振って、少しだけふわふわとした足を進める。このままでは、菫子の方が先にくれなゐに呑まれてしまう。
 恋のいろ。愛のいろ。知らないはずのそれが、こんなにも掴みたくて堪らない。同じいろに染まるなら、願わくは彼の隣が良い――。
 ああ。
 ――恋とは何と、厄介なもの。

大成功 🔵​🔵​🔵​

華折・黒羽
高い屋根の上
耳を聳て目を凝らし、市場を見渡す

いっとう仲睦まじい恋人、
その姿がどんなものかわからなかった
恋人が居た事等無い
己の想いとて図りかねているのに判断の出来るはずもなく

だから探る
五感全てで
微かな違和も逃さぬよう

吹く風と遊び
舞い上がる桜花弁
手伸ばせば掴まえられずすり抜けていく

心に穴が空いたよう
思考に霞がかかるよう

いつかの夏の陽の下
一人の男と話した記憶が過る

─次にその子に会ったら、どうする?

好きと伝えたのかと聞かれ、否と答え
次いで問われたその言葉に、内緒だと笑んだ

思いに決着はつかぬまま
心は見えず霞むばかり

分からない事ばかりが増えゆくまま
違和の音拾ったなら地を蹴り駆けよう

戀至上と謳う、怪異の許へ




 頭の裡に巡るのは、今とは似ても似つかない、温い風が吹き抜ける頃のことだった。
 初夏である。今のように冷えた風が頬を撫でるわけでもなければ、場所だって屋根の上などではなかった。耳を聳てて周囲の音を聞き続けるわけでもなかったし、目を凝らして遠くを見ようとしなくたって、近くにいる派手な色合いの男はすぐに目に入っていた。
 華折・黒羽(掬折・f10471)の黒い翼が揺れている。いっとう高い店の屋上、見下ろす赤たちがさやさやと揺れている。耳に入るのはごうごうと吹き抜ける風の音ばかりで、他には何も聞こえない。
 仲睦まじいこいびとの姿を、黒羽は知らない。
 この想いを恋と呼んで良いのかすら分からない。まして恋人などいたこともない。昏く憂いを落とす瞳には、道行く二人組は皆、似たような姿に見えた。
 だから五感を使う。知覚の全てで違和を探り当てる。分からないのなら分からないなりに、別のやり方で探る。
 そうして極限まで集中しているはずなのに、どこかぼんやりと鈍い頭が捉えるのは、眼前を吹き抜ける桜の花弁だった。
 薄桃が艶やかに舞う。戯れるように、わらうように、眼前を駆け抜けるそれに無意識に指先を伸ばす。
 すり抜けて、吹き抜けて――。
 どこかへ消えていくそれを、軋みすら空虚に響く心で見送った。
 ――木陰。
 いつかのやり取りが、突然に蘇る。話す気もなかったはずのことをぽつりぽつりと口にして、どうしようもなく足掻く想いを他者に吐き出した、あの店先。彼女のことを話したことなど、思えばあのときまでにあっただろうか。人の心の鍵をするりと開ける手腕も鮮やかな、薬屋だと言った男の口ぶりは、何故か今ばかり鮮明だった。
 ――……じゃあさ、次にその子に会ったら、どうする?
 どうしようもなく凝る想いは、そのまま表情に出ていたような気がする。声も重く伝えられなかったことを告げれば、何故だか微笑が戻ってきたのだっけ。それから、そう問われて――。
 あのときの自分は。
 音にしたくなくて柔く笑んだ。幾度も夢想し、そうであったらと望んだ都合の良い未来に、内緒だ――と。
 あのとき出来た隠しごとは、きっとそれだけだ。
 結局、決着はつかないことになってしまった。どう願ったとて、彼女はこの三十六世界のどこにもいないのだ。『次にその子に会うとき』など、もう永遠に訪れない。
 だから余計に見えなくなってしまった。あんなに鮮明だったはずの覚悟さえも。遠く霞んで朧な心に、されど体は感傷を許さない。
 ――捉える。
 たん、と地を蹴った。黒い翼が蒼空を覆う。違和の音に向けて飛び立つ羽が一枚、幻朧桜の中に紛れて攫われていく。
 行かねばなるまい。
 戀至上と謳う――怪異の元へ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

芥辺・有
仲が良さそうな恋人ねえ まあ、適当に探してもいくつかは見つかるだろ
なんか映画で見たような……そういう奴らなら見りゃわかる、多分 私でも
ぐるりと通りを眺めながらぶらぶらふらついて
それらしい奴らを見ながら、つかず離れず

ああやって並ぶわけを、私は知らない
恋人、とか、そういうもの
隣でさ、手を引かれてるのと何が違うんだろうね
斜め後ろをついて歩くのとも
なんにしろ一緒にいるんだろうにね
一緒にいて、呼び方が違ったら、何かが変わるのかとか
未だにわかんない
だれかにそういうの、望んだこともないし

ポケットに入れた手で、包みを握る
……まあ、好きってことまで知らないほど、物知らずでもなかったけど




 仲睦まじい恋人の定義は知らないが、画面越しには知っている。
 特段意味もなく流している映画の中において、色恋沙汰はメジャーな題材だ。B級映画から世界で絶賛されるものまで、理想的な恋人同士は――或いはそうではないのかもしれないけれども――嫌でも目に入る。
 嫌でも目に入るのだから、嫌いだとも良いとも思っていない芥辺・有(ストレイキャット・f00133)の気だるげな金色にも、当然残っていた。
 それらしい二人組を見つけるのは、そういうわけで簡単だった。深く手を絡めて顔を寄せ合い、白い息を弾ませて歩く男女は、傷付きざりざりとノイズを走らせる画面のワンシーンでよく見たそれと相違ない。
 ふらふらと店先を冷やかしながらも、有の瞳は決して二人を見失わない。遠くも近くもなく、ただ歩き行く二人の公開された秘め事を見詰める距離感は、彼女がそうして有象無象の間を過ぎ去っていくのとよく似た感覚だった。
 ――恋も愛も、よくは知らない。
 あんなに幸福そうに笑うのだ。ただ普通に隣を並んで歩くのとは、何かが違うのだろう。友人と恋人の間に見出されるらしい絶対の線は、映画の中では大抵くだらない諍いを拗らせる原因になっているが、それとて一般的には正しい感覚なのだろう。
 そうでなければ、あんなにも多く視界に入れることになりはしない。
 手を絡めて、指先で遊ぶ。男がするその仕草に、くすぐったそうに女が笑う。
 ただ――。
 手を引かれて、隣を歩いて。
 或いは斜め後ろをついて歩いて。
 その顔を見上げて声を交わし、与えられる言葉に耳を澄ませて、その背を追う。或いは隣に並ぶ。その一連の所作と恋人同士と、何が違うのか。
 やっていることは、結局は同じことなのに。
 呼び方が違うだけで、一緒にいる意味すら変わってしまうという。一般的な観念としての理解と、実感を持って嚥下した理解は違う。
 ――ふと、ポケットに入れていた指先が、密やかに包みを握る。
 まるで秘め事のように。心の底にこびりついて、剥がれるたびに思い出してしまう面差しが、本物であることを願うように。
 静謐の中に滲むのは寂寥だけだ。奪って得たひとつの代償に、ずっとそれだけを抱えている。新しく得たものだけが手元に残って、あの頃あったはずのものは、何もかもなくなってしまった。飲み下した骨片が切り裂いた喉の痛みすらも。
 だから――そう。
 有は、誰かを好くという心地すらも分からないと一蹴するほどの、もの知らずではない。
 空疎に飼った擦り切れた痛みが、またぼんやりと頭に幕をかけるようだった。連れて行ってくれた手。温もり。あったはずの――。
 握った指先を外気に晒すことはせずに、有の瞳はただ、画面越しのワンシーンを見詰めていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
解ってはいたが、随分と曖昧なものに飛び付いていた様だな
こんな話に引っ掛かるとは、其れだけ純粋とも……単純とも云えるか
まあ何れにせよ、踏み止まったのなら十分だ

しかし誘き寄せるにしても一般人を巻き込むのは性に合わん
店を物色している様に装いながら
一般人の恋人達の周囲に気を配りつつ待つとするか……
猟兵の囮に近付いてしまう様な者が在れば
極軽い殺気を使った“居心地の悪さ”で誘導し引き離しておこう

改めて眺める赤い品々
ふと掠める――赤い瞳を綺麗だと……宝石の様だと笑った声
恋しさも愛おしさも、深く凍り付いた此の身には過ぎた光
だからこそ其れ等を汚すモノが赦し難い
如何な微かな気配であろうと、過去の残滓を逃がしはせん




 女性というのはどうにも、根拠のないまじないが好きだ。
 それを知らぬわけではない。けれども此度ばかりは度し難いほどに曖昧なものへ飛びついていたようだ――鷲生・嵯泉(烈志・f05845)の吐く息が、どうにも溜息じみたものになる。
 どうにせよ、踏み外すことなく歩くと決めたのならば、それは良いことなのだが――己も通ったのであろう年頃の純真さというのはどうにも遠い心地で、呆れじみた感情が浮かぶのも致し方のないことだった。
 めいめいに歩く一般人らの中において、嵯泉の上背はよく目立つ。さりとて互いに夢中な恋人らの間にあれば、店先に立っている男の一人に目を向ける者も多くはない。
 そうして風景の一つに紛れながら――。
 嵯泉の神経は、周囲の気配を鋭敏に読んでいる。片目を補うために培った鋭い感覚は、全ての気配の流れを読むのにさしたる苦労は要しなかったし――。
 一般人とは一線を画す気配へ近寄るのもまた、背を向けながらでも分かった。
 ちらと見遣った先に、見慣れた後姿がある。隣を歩く相手は距離感で見当がついた。その気配の異質さに気付いているのは、恐らく嵯泉をはじめとする猟兵程度のもので、なれば往来で近寄る者があっても致し方あるまい。
 ――故に。
 十全に囮の役を果たせるよう、補佐をするのはこちらだ。
 周囲の空気が張り詰める。歴戦の戦士が持つ殺気の片鱗だ。常に周囲に張り巡らせている警戒を、ほんの少し表に出しただけであるともいえる。
 一般人がそれを解することはない。けれども長居をしたい空間でもないだろう。何とはなしにばらけた人波と、遠ざかる知己の気配にふと一つ息を吐いて、男の眼差しが店先を巡った。
 ――宝石のよう。
 ふと脳裏に鮮明な声が蘇って、嵯泉の指は眼帯越しに瞼を撫でる。凛と光を孕む柘榴の瞳を、わらう優しい声が綺麗だと紡ぐ。
 ずっと――隣で目を細めてくれるのだと、思っていた。
 今となれば、根拠のない希望だと自嘲することも出来る。だが、懐いた想いの総てをそうと括ることなど出来ようはずもない。
 一つを手繰れば全てを思い出してしまう。美しい過去はいつでも取り返せない終わりに繋がっていて、悔悟と絶望に沈んだ痛みが胸を軋ませる。愛したひとの輪郭が鮮明になるより前に、唇を引き結び、奥歯を強く噛んだ。
 これ以上は――嵯泉が嵯泉に赦さない。
 一度伏せた瞳は、次に開いたときには硬質な意志の色を取り戻す。軍靴の音を響かせて、男の昏い外装が翻る。
 疾うに過ぎ去った眩い光は、喪い凍り付いた身には熱すぎる。己が掴むことなど二度とないであろう想いは、けれど嵯泉の心に懐いた暖かな思い出の中核だった。
 なればこそ――。
 それを穢すものを、赦すことなど出来はしない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レイラ・エインズワース

匡サン(f01612)と

狙いが分かってるナラ、後は待つダケだね
楽しい思い出が悲しいモノにならないようニ
必ず見つけて、守ろ

身に纏うのはハンチング帽にアンパン
ナンデ、って
張り込みと言えばコレって聞いたんダヨ
こういうのは形から入ろっカナ、って

熱アル?
悪い物食べタ?
何かに憑かれタ?
や、悪いコトじゃないケド、びっくりシタ
そっか、ヒトになるニハ、って
(もうとっくに人間なのにネ、なんて思ってるんだケド)

よぉし、というワケで、はいアンパン
いつ相手が来るか分からないカラネ

どうしたのサとため息を一つ
(前に進んでるシ、今日くらいはいいカナ、と優しい視線を向け)
ほんとカナ、なんてくすくす笑えば

ン、見逃さないようにネ


鳴宮・匡

◆レイラ(f00284)と

囮を担う猟兵、道行く人の中から
“それらしい”人に目星をつけて
影朧らしき姿がないかを監視

え、アンパン? なんで?
なるほど、まずは形からって?
レイラ、そういうところ可愛いよな……

いや、熱はないけど
悪いものも食べてないし、憑かれてたらレイラがわかるだろ
俺だってそういうことくらい言うよ
人間なんだから、さ

……らしくないのは知ってるけど
あると思いたいなら信じなきゃってレイラが言ったろ
だから、そうしてみることにしたんだ

短い沈黙に首を傾げつつ
パンを受け取って、帽子越しに彼女の頭を撫でる

……言っておくけど、さすがにわかって言ってるからな

……なんでもないよ
さあ、気合入れて見張ろうか




 その目は如何なる異状も見逃さない。
 鳴宮・匡(凪の海・f01612)の記憶は、今更数百人を視るくらいでは零れない。頭に入れた情報を参照して、行き交う人々らの顔を見遣りながら、いっとう仲の良い二人に目を付けて――それを妬むという影朧が現れるのを待つ。
 その隣、ハンチング帽を被って――いつもより赤い瞳を輝かせているのは、レイラ・エインズワース(幻燈リアニメイター・f00284)だ。
 ――楽しい思い出が悲しいモノにならないようニ、必ず見つけて、守ろ。
 少女らの背を見送って、そう呟きを落としたレイラの声は、少しだけ重かった。
 悲しいものは聞き慣れてしまった。辛いものと、苦しいもの――そういうものばかりで出来上がっている。
 だからこそ賑やかさを振りまくのだ。零した声が翳ってしまったのなら、それを塗り替えるくらい楽しく笑う。誰かの心に凝った冬の温度を、暖かな春と融かせるように。せめてもの贖罪が――果たせるように。
 それを知っている。だから、匡もそれからは目を逸らしたのだ。
 そうして笑うレイラの指先が、ほいっと匡の眼前に差し出したのは、丁寧な包装が成された食べ物だ。
 アンパンである。
「コレでも食べて待とうヨ」
「なんで?」
 ――思わず、拠点にいるときと似たような声が漏れた。咳払いひとつで誤魔化そうとした匡の気恥ずかしさを知ってか知らずか、レイラの方はにこりと花のようにわらってみせる。
「張り込みと言えばコレって聞いたんダヨ。こういうのは形から入ろっカナ、って」
「なるほど」
 まあ――確かに。
 テレビでよく見る張り込みによく似ている。電柱の影からそっと対象を見守っていたりするのだ、こういうのは。
 ドラマをなぞるような出で立ちと、楽しげな瞳。じっと見詰めたくれなゐいろに、匡の唇は思わずとばかりに声を紡いだ。
「レイラ、そういうところ可愛いよな……」
 ぱちくり。
 瞬いた赤い瞳が見開かれる。次いでまじまじと匡の顔を見上げたレイラが、様子を窺うように彼の全身へ視線を走らせ始める。
「熱アル?」
「いや、熱はないけど」
「悪い物食べタ?」
「食べてないよ。一緒だっただろ」
「じゃ、何かに憑かれタ?」
「憑かれてたらレイラがわかるだろ」
 きょときょとと覗き込むレイラの瞳が、あまりに心配そうだから。
 少しずつ語尾が萎む。匡の目にふと陰りが差して、自信がなさげに歪みそうな唇を覆い隠す手の下から、やはり少し調子の落ちた声が漏れる。
 間違えることも、失敗することも――怖いのだ。
「――こういうこと言うの、良くなかった?」
 今度はレイラの方が首を傾げる番だ。瞬きながらその顔を見遣って、ふるふると首を横に振る。
「悪いコトじゃないケド、びっくりシタ」
「――俺だってそういうことくらい言うよ。人間なんだから、さ」
 ふと。
 開かれた匡の瞳が、レイラの赤をじっと見る。
「……らしくないのは知ってるけど、あると思いたいなら信じなきゃってレイラが言ったろ。だから、そうしてみることにしたんだ」
 ――『ひと』になるには。
 己をひとでなしと称し、ひとと一線を画す存在だと自認する彼は、その心の在り処すら分からない。それでもあると思いたいものがあるのならば、まずは己がその芽を認めてやらねばならない――そう言ったのは、確かにレイラだ。
「そっか」
 だから頷く。やわらかく笑って、ほんの少しの沈黙を挟んだ。
 己が己を信じられない。だから認められないだけの、大きいと思い込んでいる小さな亀裂を、知らない間に飛び越えた足。
 レイラからすれば――彼はもう、とっくの昔に『ひと』なのに。
 首を傾げる匡はどこか子供のように見えて、永くを生きる少女はにこりと笑った。そのままもう一度、手の中の包装を目の前に差し出す。
「よぉし、というワケで、はいアンパン。いつ相手が来るか分からないカラネ」
 それを受け取って、頷いて――。
 匡の手が、そっと帽子越しの藤色に触れる。
 その仕草に溜息を一つ。普段ならば一言でも口にするところだが、不器用ながらに踏み出したと知った足を止める気にもなれなくて、レイラの唇には笑みが仄差した。
「どうしたのサ」
「あのさ」
 問いかけに。
 零そうとした言葉が、一瞬だけまた、喉の奥に詰まったのを感じた。
「……言っておくけど、さすがにわかって言ってるからな」
「ほんとカナ」
 くすくすと返る笑声をちらと見る。匡の潰えて捻じれた『こころ』にも、細められた赤はまっすぐに、美しさだけを孕んで届くのだ。
 ――焼け朽ちた廃墟に咲く華が、こちらを見るより先に、匡は視線を往来へと投じる。
「さあ、気合入れて見張ろうか」
「ン、見逃さないようにネ」
 彼だけでも事足りると知っていて、それでも一緒に真剣な瞳で往来を見る藤色が、視界の端に揺らめいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

クロト・ラトキエ
○◇

戀、ね…
いとしいとしと言ふ心――なんて、誰かが言っていましたか。

彼女らに猟兵と明かしても、
うら若き乙女を危険に晒すのは、本意では無く。
先刻のお嬢さんに協力を仰ぐにも、こんなおじさんですし?
…万が一にも傷などつけてしまっては責任重大!

また、一度は市場を抜けた身。
もし影朧が近いなら…違和感を与えるのは避けたくて。
故に。
市や、建造物…視覚を欺き死角を取って、
仲睦まじい皆さんの周囲警戒、影朧を早期に発見、
人気の無い方へ誘導頂く等、一般人への損害を限りなく減じたく。

…いえいえ決して、
偶然目にした知人を観賞して愉しむですとか、
フリでも不実はなぁ…なんてらしく無い事を考えたりなど
していませんからね?ね?




 他方、往来を見遣る二人を視界に入れて、穏やかに笑みを浮かべている男が一人。
 路地裏に佇む黒に、蒼一滴。これとて計画の一つであって、親愛なる弟分の鑑賞などとは考えていないのだ。考えていないと言ったら考えていない。クロト・ラトキエ(TTX・f00472)は、時折遊び心――或いは悪戯心――を前面に押し出しこそすれ、とまれ仕事は十全に熟す男である。
 本当は、先に声を掛けた少女に事情を明かして、囮をしようかとも考えた。けれど見渡せば充分に足りている様子だし、クロトは『己のために戦う』生き物だ。必要とあらば専守防衛も熟せはするが、それとて己の身を守るが最優先の戦法に違いない。
 うら若き純真な乙女をむざむざと危険に晒してしまうのは本意でなく――ましてこちらは四十手前だ。おじさんと呼ばれるに充分だと自認する年齢の男が、万一にも傷をつけてしまっては大ごととなろう。
 ――バレて社会的に抹殺されるのはクロトの方でもあることだし。
 そのうえ一度はあれこれと理由を付けて市場を抜け出した。のこのこと戻っていったのでは説得力も何もあるものではない。不審がられて万一にも警戒を買うよりは、裏方仕事に徹するというわけだ。実に合理的で賢い選択だと言えよう。
 昏い世界を照らす太陽の如き二藍のひかりに、例え仕事で必要に駆られたとて不実を侵すことは躊躇われる――だとか、柄にもないことが脳裏をよぎっただなんて、そんなことも断じてない。ないったらない。
 ともあれ。
 黒一色に蒼い光を混じらせて、クロトの体はくれなゐの中へと潜んでいく。人間の死角は、一般人がそうと認識しているよりずっと多い。例えば建物の裏、例えば路地の暗がり、例えば市に立つ柱の影――。
 蒼が巡らせた視線は、何らの他意もないように見えて、その実全てを捉えている。戦場で生き残るに必要なのは、何よりも『そう』と悟られぬ力なのだ。
 見られている――と認識しなければ、人間は視線を向けられていることにも気付かない。『ない』視線を錯覚はしても、他意なく『ある』視線は知覚することすら出来ない。
 だから、そう。
 クロトは、まるで『そこに何もないかのように』人を見ることが出来る。
 凝視はしないのだ。例え今、目の前に赤い椿の娘がいるからといって、彼女を意識することはない。覚束ない足を、ゆらゆらと定まらない赤い瞳を、揺れる黒髪が掠める腕に巻かれた、真白い包帯を。
 ――まるで風景を見るように、見ている。
 そうして、少女の足取りが人通りの多い方へ流れていくのを見遣り、クロトは。
 ひらり――市の柱の影より手を振って、よくよく知った顔へと合図を送ったのである。

大成功 🔵​🔵​🔵​

佐那・千之助

恋人ウォッチして影朧探し
不審者扱いされぬようさりげなく…

恋人達を眺める包帯娘がいたら
そっと独り言めかして
恋人…とは…?
好き…と思っているだけで軽く5年くらい経過しそう…

影朧の反応があれば
あ、と、聞こえたかな。いや失礼、仲良き二人を見てつい
大人になっても解らぬことばかりで
そなたも彼らを見ていたな…どうされた?
と水を向けて、心の片鱗にでも触れたく

あれ、そなた怪我を
包帯の替えは?治療いる?
反応が是ならUC使用
戦う者と解っているが
未だ戦いが始まる前の幕間
痛みが減るとか
呑気な男に毒気が抜けるとか
そんな形で他への危害をなくせぬかな
…一連の行動がどうも痛ましく、放っておけず
何か、和らぐものひとつでも…と




 さて、見知った掌の合図を一瞥した佐那・千之助(火輪・f00454)の方はと言えば、先の混迷を極まる想像がバレでもしたかと、一瞬ばかり肝を冷やした。
 勿論おくびにも出さない。そも使えたとて違和感がないというだけで、彼に読心術の心得があるとは聞いたこともない。完全なる杞憂であるから、余計な行動を取って後からさりげなく誘導尋問されることを避けたともいえる。
 つかず離れず、千之助がゆるゆると追う恋人らを、件の娘がじっと見ている。
 だから敢えて――。
「恋人……とは……?」
 すれ違う刹那に、独り言めいて声を零した。
「好き……と思っているだけで軽く5年くらい経過しそう……」
 紛うことなき素直な胸中である。
 色々と、理由がある。照らす炎になるべく抱いた影が、きっと今でも千之助を追っていること。独り往くべき道に、幸せにしたい人を引きずり込むのが怖いこと。
 それでも彼がその想いに気が遠くなりそうな年月を費やすであろう事実に変わりはなく、故に口を衝いたのは真に迫った吐息だった。
 椿色の瞳が、それに釣られたようにふと彼を見るから――。
「あ、と、聞こえたかな」
 取り繕うように、千之助は二藍を細めて見せた。
「いや失礼、仲良き二人を見てつい。大人になっても解らぬことばかりで。そなたも彼らを見ていたな……どうされた?」
 詰める間合いはあくまでも自然。長く伸びた夕景色の髪が揺れるのから視線を逸らして、俯く娘はしかし、距離を取ろうとはしない。
 そうして、千之助があと一歩と踏み込んだところに――。
「――うらやましい、と」
 細い声が、娘の唇から零れ落ちる。
「恋する縁が紡がれることは、素晴らしいことなのでしょう」
 ――私には、なかったひかり。
 ふ、と吐く息は、怨みよりも強い羨望を抱いていた。この市井に溢れ返る恋と愛を、ただ欲するだけの娘のように。
 ――告げられない想いの苦しみを、この娘は知らない。
 それでも千之助は、どうしようもなく痛ましく思った。仮令この想いを届かせることすら己で律しているとしても――愛しい者があることは、出会えたことは、確かなひかりだ。
 ついと目を遣った腕に巻かれた包帯は、最初から分かっていた。それでも、今さっきようやく気付いたように、男の指先がそれへ向く。
「あれ、そなた怪我を」
「ああ――これは」
 何でもないのです、とでも言おうとしたか。
 少女の声が止まったのを良いことに、千之助の足がもう一歩、彼女の前へと距離を詰める。
「包帯の替えは? 治療いる?」
「お持ちなのですか」
「うむ。包帯ではないが、こういうのは得手でな」
 ――灯すのは光。宿すのは熱。
 飛び立つ蝶は、常闇の世界を照らすひかりだ。そうであれと願っている。太陽の隠された心にすらも届くよう、穏やかな熱を孕んで、娘の腕へと留まる。
 ――これを見ているのが、千之助をよく知る彼でない、他の猟兵だったなら。
 咎められただろう。己の疲弊を対価に敵を癒すなどと、利敵行為と取られても仕方がない。
 だとしても。
 千之助は、影朧にまで成り果てるほどの痛みを、ただ悪と糾弾することが出来なかった。
「――ありがとうございます」
「いいや。乙女に傷など残っては大ごとだ」
 痛みが減らずとも、せめてこの呑気な男の笑みに、身に宿した毒棘が少しでも抜ければ良いと。
 光を孕んで真っ直ぐに見る二藍へ、娘はただ、静かに視線を落としていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーチェ・ムート
【蝶華】○

空を羽搏いて消えちゃいそうな人だと思う
縫い止めるのはボクじゃない
それでも伸ばされた手がこんなにも嬉しくて

戀も戀人も解らないから感情の赴くまま咲う

小指に小指をそうっと絡めて
灼いてしまわぬよう結は緩く

熱くない?大丈夫?
冷たさが心地良い

ガラス越しじゃない
頰がくれなゐへ染まる
溶け合う熱は現実

まるで禁断の果実を齧ったよう
キミの味(温もり)を知ってしまった
優しくて、甘い蜜

ボクはきっと楽園には居られない
偽りの失楽園に独り

街を歩けば揺れる簪
妙に擽ったい

番う蝶のように寄り添い生きる
満たされるのも欲するのも唯一人
戀はそういうものなのかもしれない

(いつかキミが戀をしたら教えてね)
なんて


緋翠・華乃音
【蝶華】

恋。戀。いとしいとしと言う心。
くれなゐ色の優しい感情。

でも、人の心を解さない蝶はその感情を覚えない。
分からないものは答えられない。

きっと、そうやって傷付けてしまった人がいる。
ささやかな後悔。
もっと人らしく在れたらなんて。

空を見仰ぐ。
戯れる薄桃と瑠璃の蝶はまるで番のよう。
翼を広げて空を飛べたら、なんて今はもう思わない。

そっと差し出す手。
戀人の真似事。
彼女の熱が緩慢に伝播する。

戀は甘い果実だと誰かが言った。
ひとたび味わってしまえばもう戻れない。

楽園を追放されてまで得たいのなら。
誰もが望む果実はどれだけ甘いことだろう。

でも今は、小指が繋ぎとめられているから。
どこにも行けない。行かなくて良い。




 瑠璃と桃色が、翅を絡めるように飛んでいる。
 緋翠・華乃音(終ノ蝶・f03169)が見上げる先に、彼と隣にいる少女の象徴が、縺れ合うように羽搏いていた。
 いとしいとしというこころ。
 恋。戀。いとしさのくれなゐ。ひとのこころに咲く華を――。
 蝶は理解しない。
 比翼のようだ――と、ルーチェ・ムート(无色透鳴のラフォリア・f10134)が思ったのは、あの美しいネモフィラの幻想でだったか。
 戀も、戀人も知らぬ身。誰であっても同じように、そのこころには大切なものとして刻まれる。純真な少女の紅月は、それが残酷なことだとは露も知らない。誰もが大切なえにしで、どれもがその胸にある溢れんばかりの想いに繋がっていて――そして、誰もただひとりにはなれない。
 ――ルーチェ自身も、きっと。
 華乃音は、それを理解しなかったことを、少しだけ悔いている。
 暖かくて優しい感情に憶えがないわけではなかった。触れたことだってある。けれど今でも指先は冷え切っていて、とうにその温もりも消えていた。
 分からない。
 分からないから、応えられない。きっといつか、遠くない過去にも、誰かを傷付けた。
 もっと――人らしく在れたならば。
 少なくとも、答えの一つは見つかっただろうか。いらえることは出来ずとも。
 見仰いだ空の瑠璃と桃色の翼に、焦がれることはない。今はもう。翼を広げるより先に、華乃音には伸ばせるものがあるから。
 すいと、無音のうちに手を差し出す。ルーチェの赤い眼差しがぱちぱちと瞬いた。
 ――灼いてしまうと、思うのに。
 そうして触れて良いと言われれば、きっと彼は融けないでいてくれるような気がして、少女は華咲くようにわらった。
 翼があるなら、どこまでも蒼空を駆けていきそうなひとだと思う。そのまま深い青に溶かされて、華乃音の魂は――蝶はきっと、そのときこそどこにも見えなくなってしまうように思えた。
 それを繋ぎ止めるのは、ルーチェではない。それを知っている。悲痛な現実を振り仰ぐでもなく、ただ自然に。暖かくて小さな掌が繋ぎ止められるものではないと、どこか冷えたような心地で理解している。
 だから、戀人の真似事をしてみせる手に、絡ませるのは小指だけ。
 運命の誰かへ繋がる指先を、そうっと絡めてルーチェが笑う。融かしてしまわないように。灼いてしまわないように。
「熱くない? 大丈夫?」
「ああ」
 ――ゆるくゆるく、互いの熱が混じり合う。
 ルーチェの暖かな指先は、華乃音の冷えた温度で熱を失う。代わりに仄かな温もりを纏うのは、瑠璃蝶の体温。
 ぱっと頬を染めたのはルーチェの方だった。差した紅を覆うように、もう片方の手を頬に当てて見せる。幻想の中にたゆたう硝子越しのふれあいなどではない。今ここにあるのは、確かな他人の体温だ。
 ――戀は果実だ。
 その甘みを、人は求める。まるであの日に交わした戯れの続きのようだ。甘い禁断の実。ひとつ口付けを落とすだけで、もう元には戻れない。一人翅を羽搏かせる日々が終わって比翼を得て、そしてもう二度と独りでは飛べない――。
 人々が楽園を捨ててまで求めるその味が、如何に甘いのだろうと、華乃音は思う。それが手の届く場所にあるというのなら、それは一体、どんな風に人を誘うのだろうか。
 どちらともなく歩き出せば、ルーチェの髪に簪が揺れる。しゃらりと質量をもってくすぐるそれに小さく笑みをこぼして、重なった温度を引いて、ゆるゆると歩く。
 縺れるように飛ぶ瑠璃と桃のように寄り添いながら、求めるも欲するも、内に湧く渇望を叶えるもただ一人。
 こうして絡めた指先を、永遠にしたいひと。
 それをこそ、戀と呼ぶのかもしれない。
 だとしても――。
 いつかの楽園に、ルーチェはいられない。壊れ崩れた失楽園で歌う駒鳥だ。偽りの内側に、独り。
 いつかキミが戀をしたら教えてね――。
 さやさやとわらう死の華の、あかあかとした笑みを、華乃音の瞳はじっと見ている。
 楽園の果実。食せばもう、地に叩き落とされるだけのそれ。人々が求めてやまない誘いを、冷えた心に想起することはあれど。
 今は、桃色の温もりに小指が繋ぎとめられているから、どこにも行けない。
 ――行かなくて良い。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

太宰・寿
あまりピリピリするのもよくないかな
喧騒の渦中からは少し離れて、市場の様子を見守ります
行き交う恋人さんたちに目を向けながら、
先ほど出会ったビードロを時々みつめて
件の影朧が現れるのを待ちます

視線の先の幸せそうな姿にほっこりしながら
でも、やっぱりそれは自分には縁遠いものに感じてしまいます
幸せそうな姿に、自分の姿を重ねられないというのでしょうか
お付き合いしたことがないわけではないけれど
友だちと過ごす方が気が楽で
何より今の環境が一番落ち着く

幸せそうな姿は素敵だなと思うけれど
…でもやっぱり、何か描いてるのが一番好き




 ひりつく空気は、きっとこの幸福色に満ちた場所には似合わない。
 くれなゐ市場は未だ平穏だ。行き交う人々の暖かな笑顔を見遣りながら、太宰・寿(パステルペインター・f18704)のゆったりとした歩みは、ゆるゆると喧騒を外れていく。
 往来に満ちるざわめきは、普段そうと感じるよりは穏やかなのだけれど――。
 やはり、寿の歩くテンポとは、少しだけ外れてしまうのだ。
 恋は鼓動が早まるから、もしかしたらそれに合わせて足も弾んでしまうのかもしれない。穏やかな足が一歩を行く間に、周りは一歩と半分を踏み出している。その差が少しずつ開いていくのは、何だか歩きにくい。
 だから、少しだけ穏やかな――どうやら恋人同士というよりは夫婦が多い一角で、椅子に座って往来を見守っている。
 『先輩』と呼ばれた影朧は、恋人らを追うという。だからそういう人たちを中心に目を凝らしながら、ふと手にあるビードロの薄桜越しに、赤く染まった通りを見てみる。めいめいの浮かべた幸福そうな顔が、舞い散る幻朧桜の薄紅が、寿の紅色をした視界を横切っていく。
 ああ――絵になりそう。
 一番最初に思い浮かぶのはそういう言葉で、幸せを溢れさせる恋人らへの羨望は薄い。
 素敵だ――とは思う。忌避感があるわけでもないし、きっとそうやって隣を歩く人がいるのは幸福なことなのだとも思う。
 思うのだけれども。
 道行き笑う女性のふくふくとした顔に、自分を重ね見ることが出来ない。穏やかな日々に差す誰かという陽光に、自分が照らされている日に想像が及ばない。
 いつか――。
 年相応に隣を歩いたひとが、いたこともあったのだけれど。
 結局、上手くはいかなかった。永遠を誓うには至らずに、それはまあ――それなりに、破局の動揺はあった。
 ごく普通の恋愛は、ごく普通に終わって。
 夢物語のおしまいから日常に戻ってみれば、友達の間に居場所を見つけている方が気が楽だった。
 それに今は、今が一番落ち着く。
 組織で研究を重ねる無言の時間の心地良さ。ときに気儘に絵を描いて、雑貨屋をめぐって、部屋の彩を少しずつ増やしていく。色彩に囲まれながら、世界を覗き込んで、頭の中へ生まれたそれを白い紙に零していく。筆を取れば、それだけでぱっと輝くように賑やかになるのだ。
 そうしているのが、とても楽しいから。
 誰かのペースでずっと一緒に歩くのは――今の寿にはほんの少し、息苦しくて窮屈だ。
 恋いろの硝子越しに、恋する人たちを見送っている。その色彩はとても鮮やかで、美しくて、それこそ明々と輝くあかいろなのだろう。
 その色を、心に落とすことを――寿だって、素敵なことだと思うけれど。
 ――でもやっぱり、何か描いてるのが一番好き。

大成功 🔵​🔵​🔵​

輝夜・星灯

この後、空いている?相談のお礼をさせて欲しいんだ
話してくれた彼女へ声をかける

誘いに乗ってくれるなら近場の喫茶へ
好きな物を頼んでほしいな
お代?君が気にする事じゃないさ
悩みなんて失くすほど、たんとお食べ
甘いのが好きならこれもどうだろう、なんて微笑いながら
私も小さなパフェを頼んで、ひとくち差し出す
やっぱり、わらってる方が似合いだよ
口元に付いたクリヰムを指さきで掬って

――嗚呼
ただ『好き』なひとには簡単に触れるのに
如何してきみへ触れることすら躊躇うのか

もたりとあまい其れを無意識のままに口へ運んだなら
少女にひとつ、強請りごと

君が付けてた赤いリボン、くれないかな
いやね、私も、まじないをかけてみたくてね――




「この後、空いている? 相談のお礼をさせて欲しいんだ」
 己の唇に指先を当てた輝夜・星灯(迷子の星宙・f07903)の誘いに、未だの淵を目を赤くした少女が頷いたのが、半刻ほど前の話である。
 訪れた小洒落たカフェーは、休日にしては珍しく人入りが緩やかなようだった。長閑な往来がよく見える窓際の二人席、運ばれて来た水のグラスを少女の方へ押しやりながら、星灯の碧い瞳がやわやわと笑んだ。
「好きな物を頼んでほしいな」
「でも、わたし、買い物分のお金しか持ってなくて」
「私に任せておくれ。君が気にする事じゃないさ」
 ――悩みなんて失くすほど、たんとお食べ。
 そう囁く声はどこまでも優しい。広げたメニューはとうに少女の方を向いていた。星の輝くような目の色に、頬に朱を差した背の低い娘は、おずおずと紙面を指さす。
 一つ目はショートケーキ。もっと要らないのかい、と問えば、迷ったようにもう一つ――アイスクリーム。
 それ以上は流石に遠慮するようだったから、星灯の方が追加でパフェを頼んだ。
 ぽつり、ぽつり――少女の来歴に耳を傾けながら待つ時間は、殊の外短く感じた。気付けば目の前に並んだ甘味にフォークとスプーンを添えながら、星見水晶は自分のパフェにスプーンを入れる。
 そのまま――。
 甘い笑みを乗せて、少女へと差し出すのだ。
「甘いのが好きならこれもどうだろう」
「え――でも、それは」
「良いんだ。君のものだよ」
 ヤドリガミは生命維持に必要なものが少ない。
 元来が生き物でないから、こうして何かを食べる必要性は薄い。本体に走る歪な罅割れを補うために、星灯は血を求めもするし、食物を消費しもするけれど。
 ――今は目の前の少女のために、これを頼んだのだから。
 引く気配のない白い指先に従って、おずおずと娘が身を乗り出す。口の中にそうっと差し込まれた甘みに目を輝かせた彼女の唇が綻ぶから、つられて星灯も笑った。
「やっぱり、わらってる方が似合いだよ」
 かあっと頬を染める少女をじっと見ながら、彼女の口許に残ったクリヰムを指で拭って。
 無意識のうちに口へ運ぶそれに残る温もりに、遠い想いがふつふつと湧き上がる。
 ――ただ『好き』なひとに触れるのに、躊躇はしないのに。
 むしろ触れたいとすら思う。温もりを分かち合うことが是であるなら、出会い声を交わした全ての人間と、手を触れ合わせることを心地良く思うだろう。
 それなのに。
 いっとう戀しい赫絲には、ただそうっと指先を這わせることすら躊躇われる。
 その繊細な横がおに。白魚のような指に。甘やかな色を孕んだ桃灰いろの髪に。紫水晶のような――瞳に。
 焼けつく想いばかりが大きくなって、熱に浮かされる。触れねば伝わらぬこの温度を、伝えられない。
 もったりと甘みを感じる。白がほどけて重い後味になる。
 まるで、この想いのよう――。
「君たちはもう、まじないには頼らないんだっけ」
「は、はい。自分で、頑張ってみようって、思いました」
 不意に問いかけてみたのは、首を横に振られれば諦めるつもりだったからだ。けれど肯定されてしまえば、もう後戻りは出来ない。
「君が付けてた赤いリボン、くれないかな」
 ぱちくり。
 瞬く瞳に苦笑する。ああ――今の自分の方が、目の前の彼女よりも赫くて、赫くて――。
「いやね、私も、まじないをかけてみたくてね――」
 ――こいしいひとに、つたわるように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴィクティム・ウィンターミュート


…ま、俺に出来るのは監視くらいしかないわな
恋人のフリ?オイオイ、その道の素人には無理だろ
第一、誰を相手にすりゃいいんだっつーの
愛だの恋だの、俺には煩わしいだけだ

『Team Up』──展開
それぞれで怪しいと思ったカップルに狙いをつけて、監視活動をしておく
同時に、一般人が逃走しやすいように退路を広く確保しておこう
工作しとけば幾らでも作れるはずだ
人の混雑も予想されるからな、ルートを予測しておこう

しかしまぁ…ベタベタとよくイチャつけるもんだよ
愛し合うってそんなに良いものなのかねぇ…やっぱわかんねーや
誰かを懐の深くに入れたって、弱みにしかならねえ
俺ぁ、誰かの愛だって裏切る
…そうして、ここにいるんだよ




 手が足りているのなら、わざわざ表舞台に上がる必要はない。
 そも目立つという行為は苦手である。超一流の端役の自負にかけて、どんな役回りであろうが主役を引き立てるためなら熟すと誓いこそすれ、此度ばかりは流石に彼の仕事ではなかろう。恋人同士の演技は恋を知るものがすれば良い。
 故に、ヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)のサイバネは、地道な監視を効率良く行うことを最善と判断した。
 プログラムを起動する手際は慣れたものだ。Copy Program『Team UP』――展開。
 この世界において、空を飛ぶドローンは目立つ。飛行物はいたずらに警戒を強めるだけだ。だから――必要なのは、人手である。
 現れるのは二人のヴィクティムだ。シングル・コアよりダブル・コア、それで足りぬならトリプル・コアで当たるまで。脳こそ共有していないが、思考は同等の二人は、己の意義を理解するなり正反対の方向へ散った。
 この人出に催しの意義を考えれば、似たような顔が三つあった程度で、気付く相手もいるまい。
 残された一人のヴィクティム――即ち本体――は、休む間もなくバイザーを起動する。生体反応感知により混雑区域を示すマップには、幸いにして大きな通りが付近に点在することも示されている。これならば、退避経路の確保にも簡単な工作で充分だろう。
 パニックを起こした場合を想定し、最適なルートを算出する。記録が終了すれば即座にバイザーを持ち上げて、少年はさてと通りに目を遣った。
 ――感情は、科学技術で読み取るには少々複雑だ。
 それでも隣り合う男女が幸福そうに笑うのは見て取れた。秘めているのだろう同性同士であってもその表情は変わらないから、ヴィクティムの目には異性の組み合わせとさして変わりなく映る。
 愛し合うということを――。
 知らない。知ることの出来る環境になかったと言っても良い。生まれたときには人生が終わっていたようなもので、最下層でゴミ溜まりのような生き方を強いられた。年頃の少年らしからぬ怜悧な頭と、常に一歩を引く目線――生を繋ぐには、余計な情はあるべきではなかったのだ。
 ――あるべきで、なかった。
 恋も愛も、ヴィクティムには煩わしいだけだ。人を懐に入れ込んで得はない。あくまでもビジネスパートナーで、或いは引き際をわきまえた友人関係であるべきだ。弱みは少ない方が良い。
 信頼は金では買えない。だから、取引先から信用されることが大事だ。そういう打算で行動している。向けられた愛とて、あっさりと足蹴にする。
 そうしてここにいるのだから。
 もう一度、同じことをするのも分かり切っている。
 だから駄目だ。同じことを繰り返してはいけない。もう約束を破ることは出来ないのだから、護れない契りなど交わしてはいけない。居心地のいい場所などない。あってはいけない。
 この先にあるのは――何もかも凍り果てた、地獄だけ。
 踏みしめた地面の冷気が、うそ寒く背筋を這った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鎧坂・灯理
【つがい】
ん…マリー?……やっぱり、マリーだな!
ははっ、まさかあなたも来ていたなんて!会えて嬉しいよ、私の貴婦人。
おっと……今は仕事中だから抑えなくては。
ちょうど指先が冷えるなと思っていたんだ 暖めてくれると嬉しい

何色をしていても私のマリーだ 気付かないわけがないさ
これを受け取ってくれる?本当はバラの花束でも渡せればいいんだけど
そう――『仕事中』だからな

――ハロー、マイ・ビューティ
【掌上の自在】で見ているが、どうやら近づいてきているよ
身の程知らずがね……ああ、わかっているとも
ふふ、あなたは本当に赤が似合うけれど――そうだな
少しばかり、この赤は「開けっぴろげ」だ


ヘンリエッタ・モリアーティ
【つがい】
あら――来てたのね、マイダーリン♡!!
あは、嬉しいわ。居てくれてたらって思ってたの!すっごく心強い
アー、ま、まだ仕事中よね。そう、仕事中
……手をつないでもいい?

【お気に召すまま】で今日は髪色も化粧も変えてたけど
――気づいてくれてうれしかったの
私達、きっとどんな姿でもお互いを見つけられるのね
甘い言葉をささやくように彼女に身を寄せたら

――ハロー。マイ・ビースト
私に夢中な「虫」は居ないかしら
誘惑してみてるんだけどね――ア、怒っちゃいやよ。『お仕事』の話だから
赤い髪色も口紅も、もらったマニキュアもぜんぶ今は灯理向けじゃない
はーあ、赤は好きだけどこういう明るすぎるのって飽きちゃうのも早いわぁ




 顔を上げるのはほぼ同時だった。
「ん……」
「あら――」
 瞳が交わされて、ヘンリエッタ・モリアーティ(円還竜・f07026)――のうちの一人、マリーの赤い髪が揺れた。未だ健在の変化の術に、しかし鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)の隻眼が揺れることはない。
 何故なら。
「マリー? ……やっぱり、マリーだな!」
「来てたのね、マイダーリン♡!!」
 ――愛しい愛しい妻を見誤ることなど、地球がひっくり返ったってあり得ないからだ。
「ははっ、まさかあなたも来ていたなんて! 会えて嬉しいよ、私の貴婦人」
「あは、私も嬉しいわ。居てくれてたらって思ってたの! すっごく心強い!」
 駆け寄り、抱き寄せる。密着した体から、そのまま唇を合わせようとして――ふと思い出したように、灯理の指先がマリーの口を軽く塞いだ。
「今は仕事中だから抑えなくては」
 にこりと笑う伴侶に、マリーの瞳がさも残念そうに地面を捉える。
 あからさまにしょんぼりとしてみせた彼女は、けれど愛する伴侶へ、そっと手を差し出した。
「アー、ま、まだ仕事中よね。そう、仕事中……手をつないでもいい?」
「ちょうど指先が冷えるなと思っていたんだ 暖めてくれると嬉しい」
 躊躇なく――。
 そんなことを言いながら、マリーの手を覆ったのは灯理の指だった。だから、歩きながら体を寄せて、慣れた調子で指先を絡ませる。
 赤い色を纏う女が、その毛先を空いた片手で弄ぶ。お化粧も髪色も変えてるけど――と、落とす呟きはひどく甘い響きだ。
「私達、きっとどんな姿でもお互いを見つけられるのね」
「勿論だ。姿が変わったくらいで私のマリーに気付かないだなんて、私の方が許せない」
 だから灯理が返すのも、極上の愛の囁き。
 互いの体温を分け合って、白い吐息を弾ませ交わす。その距離感を変えぬまま懐を探るのも慣れたもので、灯理の手が取り出した赤い包みが、マリーの手へとゆっくりと渡る。
 片手は決して離さぬまま。
 マリーの手に乗った包みを、灯理の片手が開く。スマートにその二つを取り出すまでに、多少念動力のお世話になったのは内緒にしておこう。
 そうして――取り出されたのは、妻のためにと選んだ二つのあかいろ。
「これを受け取ってくれる? 本当はバラの花束でも渡せればいいんだけど」
「わあ、綺麗! ねえ、今塗ってもいい?」
「それは嬉しいな。でも、最初は私だけに見せてくれ」
「オーケー、ダーリン」
 そう。
 ――仕事中だ。
 知った剣豪の幽かな殺気を受けた。一般人を誘導しているらしいそれに、秘かに笑みを交わす。数多の猟兵が目を光らせているのも、優秀な端役が退路の工作を行っているのも、灯理の透視が全て捉えている。
「――ハロー。マイ・ビースト。私に夢中な「虫」は居ないかしら」
「――ハロー、マイ・ビューティ。どうやら近づいてきているよ。身の程知らずがね」
 黒い長髪。赤い瞳。じっとこちらを捉えているけれど、覗き返されていることに気付いた様子はなさそうだ。
 どこか遠くを見遣る伴侶の瞳を見上げてから、マリーは徐に自身の唇をなぞった。
 差した紅は派手な赤。髪と同じ鮮紅で、これがドレスだったら相応に気に入っていただろう代物だ。
 けれど――愛しいひとの隣を歩くことにかけては、あまり気にいるものではない。
「はーあ、赤は好きだけどこういう明るすぎるのって、飽きちゃうのも早いわぁ。早く灯理向けのにしたいの」
「嬉しいな」
 くすくすと笑う灯理の唇が、本音をかたどって柔らかく綻んだ。
 ――ああ、私の妻の何と愛しいこと。
「あなたは本当に赤が似合うけれど――そうだな。少しばかり、この赤は『開けっぴろげ』だ」
 だから――釣れるのだけれど。
「あなたが誘惑したおかげだ」
「怒っちゃいやよ。『お仕事』の話だもの」
「ああ、分かっているとも」
 囁く伴侶の声に、マリーの瞳もとうとう彼女と同じものを見て。
「みいつけた」
 ――吊り上がる獰猛な鮫の唇の前に、椿の女は現れる。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『卒面ノ怨念『椿姫』』

POW   :    紅眼ノ煌
【紅色に輝く瞳で見定めること】により、レベルの二乗mまでの視認している対象を、【超高速で放たれる紅光線】で攻撃する。
SPD   :    貴女ノ顔ヲ欲スル
自身が【女性として劣等感】を感じると、レベル×1体の【死んだユーベルコヲド使い】が召喚される。死んだユーベルコヲド使いは女性として劣等感を与えた対象を追跡し、攻撃する。
WIZ   :    血粧ツバキ
自身の装備武器を無数の【血液で出来た椿】の花びらに変え、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。

イラスト:そらみみ

👑11
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種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠宝蔵院・ハルです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



「うらやましい」
 細く声を漏らしたおんなの唇を、きっと猟兵たちは見ただろう。
 一般人らのざわめきが、異様な空気にどよめきへと変わる。訝しげにおんなを見る視線など気にも留めずに、彼女はゆらり、胡乱な赤い瞳に火を宿した。 
「噫。何て倖せそうな顔。倖せなのね。そうなのでしょう? 赤色の、戀いろの、貴いえにし。うらやましい。うらやましい。にくい、にくい、にくい――」
 身より染みだすのは妬気のあか。どろどろと凝り、いずれ黒へと染まる想いのいろ。えにしを求め、しかし得られなかった娘の身より、滴り落ちて鉄錆の香を放つ。
 花開いた椿より、泪の如くに滴るあかが、じわりじわりと地を染める。項垂れ零す錆びた匂いは、斬られ晒された首のよう。
 悲鳴を上げて逃げ出す人々の退路は、既に猟兵らによって確保されている。彼ら彼女らの隣にいる女学生たちも、同行する猟兵が合図を送れば、きっとすぐに逃げ出すだろう。
 ――もう、椿のおんなの目には、邪魔者以外は映っていない。
「おまえさえいなければ。おまえさえ。おまえさえ、噫」
 赤い髪に悋気を燃やす――数多が重なる声は、しかし全てがおんなのものだ。踏みしめる一歩に、じわりと腕の包帯に赤が染みる。
 あかい。
 あかい――まなこに。
「死んでしまえ」
 首切り椿の姫君の、絶えぬ嫉妬がいろづいた。
※プレイングの受け付けは『3/16(月)8:31~3/19(木)いっぱい』とさせていただきます。
蘭・七結
【比華】

あねさま、!

その手を引いた
あなたの眸にわたしが映りこむ
注いだ衝撃が襲うはず
いたいのかしら
いたいのは、いやね

あねさまとならば逝ってもいいと思っていた
今はちがう
痛みと共に温度をしった
あなたとの心中が“さいわい”ではないと識った

ここにいたい、いきたい
生きたい、生きている
逝かない、逝かせない
ナユは――なゆはいのちを生きたい
あねさまとも生きたい

今までもこれからも
なゆはあねさまがすきよ
手を引かれるのではなくて
あなたの隣に立ちたいの
だからこの手を解いて往く
茨と愛の籠を拒絶する

光線を薙ぎ払う
塗りつぶす黒がなんだというの
憎悪の漆黒が阻むというなら
なゆに染まってしまえばいい

どんなあねさまも
なゆはあいしてる


蘭・八重
【比華】

前を歩く
あの子を護る為?
いえもう私だけをみないあの子に背を向けた

あかく染まる
私のあか?いえ、あの子のあか
私を庇い染まる真っ赤な血の色

スルリと茨の手鎖を外し
鳥籠から逃げた私の天使
赤く染まった天使

オマエ…わたくしの天使に何をした?

黒薔薇は散り地獄の使者へと変貌する
漆黒薔薇の屍人
この醜い姿をあの子に見られない様に
紅薔薇荊棘を取り出し敵の身体に荊を絡めぐちゃぐちゃに斬りさく

一一私だけのなゆちゃん

私だけを信じていた
私だけを慕っていた

一私だけが愛してた

鳥籠に入った天使はもう居ない

私は漆黒の魔女
貴女色には染めれない
だから…

彼女に駆け寄り手を取ると自分の頬へ
瞳から紅い雫を流す

今の貴女を
あいして…ないわ




 護るためではなかった。
 蘭・七結(こひくれなゐ・f00421)がその瞳の中に自身を見出せなかったように、蘭・八重(緋毒薔薇ノ魔女・f02896)もまた、妹の眼の中に己を見てはいなかった。
 ――八重の姿は。
 風景に融けていた。紫紺の中には空があって、街があって、八重があった。だから背を向けた。澄んで己だけを映した瞳を亡くしてしまった七結に。
「ああ――あかい――あかいかみ――」
 女の悲痛な声がする。緩やかな思索に沈む八重の耳に、その声はひどく遠く響く。
 故に。
 その憾みの視線が、己の赫い髪を穿つのも、この身を貫くのも。
 許容するつもりで――。
「あねさま、!」
 ――腕を引く、よく知る温もりがあった。
 視界が赤く染まるのは、八重も七結も一緒だった。唇を零れ落ちる七結の赫が、見開かれた八重のまなこによく映る。
 頬に、生温い感触があった。
「なゆちゃん」
 姉を――。
 あかく染めるはずだった閃光は、彼女を抱きしめる妹を貫いた。紫水晶が苦痛に歪む。痛みに耐え切れず膝をつく七結を呆然と見て、八重はようやく何が起きたのかを理解する。
 八重の鳥籠の中で咲き誇った白牡丹。あかに染められ、ただひとりを映す目を失った天使。とうとう幾重にも嵌めた茨すら抜け出して、赫く、その命を――。
 ――心の奥底から湧き上がる、凍てつく心地がある。震え出す拳を強く握って、見開かれた桃色の眼に紅毒が宿る。
「オマエ……わたくしの天使に何をした?」
 地の底を這うような。
 八重の声が、椿姫に届くより先。
 白薔薇の茨がその身に絡む。醜く崩れ落ちていく美貌を七結に見せたくなくて、ずっと前に出た屍人地獄の陰惨たる門の番人は、相対するおんなの悲鳴を斬り刻む。
 煌々と睨む瞳を、自分に背を向けたままの姉を――。
 七結は、じっと見ている。
 あかが零れ落ちる。じくじくと脈打つように傷口が痛んだ。唇をそっと拭えば、白い指先に、戴いた牡丹によく似た赤が線を引く。
 ――いたい。
 ――いたいのは、いやね。
「あねさま」
 ぽつりと零した声に、しかし姉は確かに反応した。
 『ナユ』は――。
「なゆは」
 いたみを知った。
 いたいのが嫌だと知った。己の体から、己の愛する体から、あかが零れ落ちることを知った。
 生きる温度を、識った。
 生きたい――生きている。
 逝かない――逝かせない。
「いのちを生きたい」
 ――あねさまともいっしょに。
「なゆはあねさまがすきよ」
 今までもそうだった。
 これからもそうだ。
 変わったのは一筋の彩だけ。澄んだ湖面に落ちた、ただの赫一滴だけ。それなのにもう、茨のつめたい死毒の祝福を、さいわいだと呼ぶことが出来ない。
 立ち上がる。
 隣に並ぶために。今度は手を繋いで、同じ速さで歩けるように。七結の行きたい場所を話して、八重の好きな場所を聞いて、ふたりでそこを目指せるように。
 もう、姉と一緒に逝けないから。
 今度は、一緒に生きよう。
 ここにいよう。八重が生きられないのなら、今度は七結が繋ごう。愛の楔を。薔薇の茎は腕を刺したけれど、牡丹のそれには棘がない。
 だから。
 憎悪の黒が、さいわいを阻むというのなら。
「――なゆに染まってしまえばいい」
 どこか呆然と、八重は七結を見ていた。赫を零しながら立ち上がる姿を。向けられる嫉妬の光を振り払うように、舞い散る赤牡丹の渦の最中を。
 ――八重だけのものだった。
 八重の言葉だけを信じた。八重だけを慕っていた。八重だけが――愛していた。
 それが、どうだ。
 とっくに鳥籠を抜け出した天使は、数多の愛を得た。それは眞白の齎した祝愛だけに留まらない。翼のあった鬼はもう、自ら人へ墜ちんとしたのだ。
 再び膝をつく妹に近付く。漆黒の魔女は、もうそれ以外の色に染まらない。そうと知りながら、白い手を醜悪な頬に添えたのは何故だったか。
「『なゆちゃん』」
 応えはない。
 代わりに指先が、触れた先の頬を撫でた。
 零れるあかい涙が七結の指を濡らす。醜いままの顔が瞬くたびに、瞳が揺らぐ。
「今の貴女を、あいして……ないわ」
 ――そのまなこの奥に。
 微笑む七結の姿が映っていたから。
「どんなあねさまも、なゆはあいしてる」
 囁きは赫と融け、黒へと絲を零した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

榎本・英
嗚呼。恋など、恋人ごっこなど、愚かで汚い。
私にはなぜ君がそんなにも羨望の眼差しを向けるのか
なぜそんなにも嫉妬をするのか気になって仕方がない。

不確かで、下心に塗れた汚い感情。
薄い言葉のやり取り。嘘偽りの行動。
欲に塗れた気休めの行為。そこに愛などない。
愛に発展するなど、
……昔の事を思い出した。
厭だ。止めだ、止め。

恋にあかは似合わない。
君があかを纏うなんて。
君は黒。お似合いだよ。

だから君が纏うあかを私がこの筆で全て切り刻もう
嗚呼。今の君はとても醜い。
その眼も、滲む色も全て全て、断ち切る。
恋など必要ない。
だから君も羨む必要は無いのだよ。

嗚呼。醜い君。
恋など忘れて哀しあおうではないか
君の事は覚えておくさ




 愚かだ。
 恋に清涼なる風など吹かない。望む陽の光など差し込まない。人の指先がこぞって求める温もりが、己の温度を奪わないことを何故そんなにも愚直に信じられるのか。
 恋は、愛ではない。
 愛に繋がる道でもない。寧ろ何より遠い。少なくとも、榎本・英(人である・f22898)にとっては。
 不確かなそれは情欲に塗れている。あるのは欲を満たすための下賤な計算と、価値なき言葉の応酬だけだ。軽薄に誓われる永遠が、どうして結実しよう。祈りとすら言えぬ戯れの、何を信じれば良いという。それでも星の光よりも壊れやすいそれを、人は恋と呼び、至上と語る。
 愚かでならぬ。
 恋は何も生まない。一時の気休めに本物などない。嘘と偽りと下卑た衝動に塗れた感情に、紡がれる未来などない。
 まして愛など――。
 過るものを赤い瞳に隠して、英の指先がペンを執る。物語を綴るためではない。この妄執を書くためではない。
 いつか。
 ――いつか、そうしたように。
 断ち切るためだ。今は、そう――誰の『お願い』でもなく、英の脳裏に咲いた厭な記憶ごと、目の前の赤を絶ち切るために。
「私にはなぜ君がそんなにも羨望の眼差しを向けるのか、なぜそんなにも嫉妬をするのか気になって仕方がない」
 恋などに憧れて。
 嫉妬などで黒く染め上げてまで。
 そうして死してまで――。
 嗚呼、だから。
「君は黒」
 赤は似合わない。
 昏く煌めいた赤い瞳は英のもの。血椿の最中を駆ける体が、執ったペンで軌跡を描く。刃が穿つのは、読者の心でも、作者の意図でもない。
「嗚呼。今の君はとても醜い」
 ――その、あかあかとしたすべて。
「恋など必要ない。だから君も羨む必要は無いのだよ」
「そんなこと。そんなこと――」
 その唇が、赤い悲鳴を放り出す前に。
 閃いたペン先が体を裂く。椿の如き瞳を、赤い袴を、滲み出した赤黒すらも絶ち切るように。絶叫と共に噴き出す鮮紅は、いずれ色を変えて黒く凝っていくだろう。
「お似合いだよ」
 ざり、と、己の命の擦り切れていく音がする。
 煩わしい。
 命などなきに等しい。この妄執に自ら歯止めをかけない限り、英は決して終わらない。死なぬ命が生きているか。生きる命に終わりがないことなどあるのか。人と同じでは満足のいかなくなったこの身は、心は、執着は。
 どんな物語にすらも――終幕があるというのに。
「嗚呼。醜い君」
 恋の終わりはいつでも醜悪だ。だからそんなものを求める必要などない。
 ゆるゆると手を広げれば、花弁の刃が眼鏡越しに舞い踊る。赤く染まる体も、斬り裂く痛みも、その悲哀の絶叫も――。
 ひどく、哀らしい。
「恋など忘れて哀しあおうではないか」
 ――君の事は覚えておくさ。
 甘やかで冷えた囁きを携えて、赤く哀の言葉を綴るペン先が翻る。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レイラ・エインズワース

匡サン(f01612)と

他人の思いは他人のモノ
自分を変えて、願うコトはできるケド
他人に強制できるモノじゃないシ
奪い取るようなモノじゃ絶対ナイんだヨ
変われるノハ、自分ダケ
きっとそういうモノだカラ

(方向は違えど、焦がれるほどの思いに覚えがないワケじゃナイ)
(デモ、こんなのは絶対間違ってるカラ)
呼び出すのはかつての幻
サァ、一緒に止めヨウ

花弁が飛んでくるケド、敵の動きに集中
大丈夫、信じてるカラネ
敵の動きを阻害するヨウニ、亡者の腕を召喚
捉えたところに魔術師の雷撃と合わせて紫焔を
……さみしかったんデショ?
でも、こんなコトしても変わらないノハ分かってるデショ
だから、ここでおやすみ

(随分前に進んだネ)


鳴宮・匡

◆レイラ(f00284)と

全知覚を駆使し、赤い花弁全ての数、位置を捉える
目で見切り、聞き耳を立てるほか
血の香りでも判別がつくだろう

あとは飛来する傍から目で捉えて撃ち落としていくだけだ
身体に触れさせる前に全て無力化する
俺のいる前でレイラを傷つけさせやしないし
レイラの前で傷つくわけにもいかない

撃ち落としと並行して
相手の動きの起点を潰すように狙撃
攻撃の隙を作る

望んだものに手が届かなくて、それを苦しいと思う
その気持ちは、わかる気がするけど

羨んで、憎んでも、手に入るものじゃないし
得られなかったから、あんたの命に価値がなかったなんて
そんなことだって、ないんだ

だから、
……もう、囚われるのは終わりにしよう




 焦げ付いた想いは毒だ。
 レイラ・エインズワース(幻燈リアニメイター・f00284)は、まさしくその身を以て知っている。からりと揺れるランタンの、いびつな紫焔が盛る。
「他人の思いは他人のモノ」
 ――それは凛と、無垢なほどの響きを孕んだ。
「自分を変えて、願うコトはできるケド。他人に強制できるモノじゃないシ、奪い取るようなモノじゃ絶対ナイんだヨ」
 誰も、誰かの心を変えることは出来ない。その背を押して、大丈夫だと笑うことは出来るかもしれないけれど――決して、心の奥底にあるわだかまりを、その手で解くことは出来ないのだ。
 ランタンが灯した光は、道行きを照らすだけ。
 道を選ぶのは――光を手にした誰かのすべきこと。
「変われるノハ、自分ダケ」
 ぽつりと零された声に頷いて、鳴宮・匡(凪の海・f01612)が手の内の銃を構える。
「俺も、そう思うよ」
 変わったと言われることが増えた。
 自覚のある部分もある。そうでない部分もある。けれど少なくとも、変わったことを受け容れられない自分でなくなったのは確かで――。
 その道を照らしたのは、隣で盛る藤色のひかりだった。
「レイラ」
「――大丈夫」
 とん、と一歩、前に出た娘の後方に、渦巻く血風があるのを捉えている。だから一つだけ、思わず名前を呼んだけれど。
「信じてるカラネ」
 華のような笑みで――。
 ランタンの少女が言うものだから。
 そう――とさえ返せずに、男の指先はトリガーを引いた。
 視えている。聴こえている。嗅ぎ取っている。化け物じみた異形の知覚は、舞う無数の血椿の、その一片さえも逃さない。
 場所が分かれば射貫くに労する腕ではない。凪いだ瞳に映る花弁がレイラに届くより先に、全てを叩き落として地に臥せる。どろりと零れだした血腥さに、ひとを殺すために戦場にいるときを思い出す。
 ――今は。
 ただ、全てを荒野とするためだけに戦っているのではないけれど。
 少女に傷はつけさせない。彼女の前で傷付くわけにもいかない。痛みに歪む表情も、悲しく怒る顔も、決して見たくない。
 レイラは――。
 己を取り囲む呪いの焔の内側で、じっと椿の娘を見ていた。
 慣れた銃声は、やはりレイラを安心させるのだ。血の香りを纏う惨花に、身を呈する盾とならないでいてくれること。
 紫焔の裡より呼び起こされたのは、レイラにとってのかつての主――その幻影だった。
 潰えた夢。無垢が呼んだ狂気。届かぬ再会、叶わぬいつかの光景に囚われた、妄執のひと。
 ――だからこそ、椿姫を共に討とうと思った。
「……さみしかったんデショ?」
 亡者の腕が椿姫を縛る。悲哀に沈んだ怨嗟を振り払おうとする彼女の腕を、銃弾が精確に抉る。
 焦がれる想いはレイラも知っていた。それが決して恋でないとしても、胸に焼き付く炎獄の中で、手を伸ばす渇望は分かっている。
「でも、こんなコトしても変わらないノハ分かってるデショ」
「それは――」
 魔術師の雷撃が鳴る。狂気の果てに過去の亡霊となったそのひとへ、手向けるように、少女の赤い目が閉じられる。
「だから、ここでおやすみ」
 苦悶と共に舞い散る血椿を、弾丸が撃ち落とす。
 ――望んだものに手が届かないということは、存外に多いのかもしれない。
 匡は己の知る感情にしか共感が出来ない。だからその焦がれにも、『なんとなく』という曖昧な語を挟んでから理解を示す。
 ひとになれなかった。
 ひとになれない。
 歪な、痛むままの心に、それでも差し込む陽の光へ焦がれないはずがない。だとしてその暴虐を赦すわけにもいかなくて――或いはそれが、己の大切な者へ向けられなかったのなら、それすらも『どうでも良かった』のかも知れないけれど。
「羨んで、憎んでも、手に入るものじゃないし――得られなかったから、あんたの命に価値がなかったなんて。そんなことだって、ないんだ」
 この命を認めてくれるひとがいる。
 いつの間にか差し伸べられていた沢山の手を、見ないふりで通すことは出来なくなってしまった。こんな歪な生き物にすら生きている価値があるのなら、ただ普通に生きて狂ったひとが、無価値であるはずがないのだ。
 だからこそ、その妄執を絶つ。
「……もう、囚われるのは終わりにしよう」
 マガジンの最後の一発が吐き出されて、おんなの絶叫が響く。紫焔越しに真っ直ぐな瞳を見ていたレイラが、思わず花咲くように笑った。
 ――随分前に進んだネ。
 声には出さなかったけれど、その顔に気付いた匡が、ふと彼女に視線を遣る。
「レイラ?」
「何でもないヨ」
 くすくすと笑う少女の顔に、男はただ、小さく首を傾げた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

佐那・千之助
〇◇
あの傭兵いつから見て…いや無理訊けぬ
暫く死ぬほど澄まし顔で接するとして

痛ましい腕の傷…気休めにもならなんだな
赤い髪の女とやらが居なかったら、恋ができた…?
恋を知る前に、傷付き虐げられ生を閉じたのか…
解らぬことばかり…でも、
さっき接したのは礼儀正しい娘さんで。
丁寧なお礼には此方の胸が痛んだくらいで。

ひとを怨みながらも
ひとに恋したい気持ちが在るのなら…
怨みだけ此処で、もういいという程ぶつけていって
恋する心だけ携えて、桜を巡っておいで
…節介をすまぬ

避難する人を火花のオーラで護り
花弁は焔で焼き落とし
身を刻まれても、花弁が血液ならば掴み喰らって力とできようか
そなたの怨み獄炎で焼き尽くそう


クロト・ラトキエ
○◇

店先よりリボンを一本拝借。
お代は置いておきますね?

彼女の視界を意識し、極力外野へ位置取り。
光線の前兆を見切るか、向く迄の時間を稼ぎたく。
また、ワイヤーフックや鋼糸も用いて空間全体を利用し移動、狙いを定め難く。

近接まで攻撃は控え、回避と接近に注力。
一足で届く範囲まで近づいたら。
フックを放って一瞬でも気を逸らし…

この一手だけは、疵ではなく。
側面を取り早業で以て、彼女の手に赤を結い贈る。

僕は、壊す者。
おくれるのは、これくらい。
UC起動、魔力を攻撃力へ、
他の傷、頸…脆いとみた処を鋼糸で断つ。

赤い贈り物。
いつか誰かの祈った、新たな生の先で――
大切な人と出会えるように。

…なぁんて!何の影響ですかねー?




 ――本当に、どこから見られていたのだろうか。
「千之助? 何か考えごとでも?」
「いや。何も考えとらんよ」
 すいと逸らした二藍の瞳。その視界にちらつく一本の赤いリボンを努めて意識の外に追い出しながら、佐那・千之助(火輪・f00454)はクロト・ラトキエ(TTX・f00472)の声に応じた。
 白々しいほどのすまし顔である。大方何かバレたら困ることでも考えていたのだろうから後でそれとなく聞き出そう――というのがクロトの感想で、今後暫くはしらばっくれて通そう――というのが千之助の目論見だった。
 どちらが通るのかはともかくとして。
 ひらりとクロトの手の内で揺れる赤いリボンの代金は、店先にそっと置いて来た。これで正真正銘彼の所有物となったそれが、血腥い風に踊る。
 千之助の危惧――或いは僅かな期待――に反し、クロトがそれを自身の白腕へ巻く様子はない。並び立ち静かに笑むかのひとを横目に、動いたのは橙灯が先だった。
 溢れる火花が向かう先は、血にまみれた娘ではない。退避が間に合わぬまま、男に手を引かれる女だ。
 舞い散る椿の血風を裂いて、火の粉がばちりと弾ける。睨む娘の瞳が、はっとしたように一瞬ばかり見開かれたのは――。
 千之助の瞳が、僅か歪む。
 礼儀正しい娘だった。ただの怨嗟の煮凝りだというには、あまりに人間らしかった。塗れた血と痛みから救うには、とうに手遅れだったとしても。
 自身に笑いかける橙のひかりへ、けれど娘は無言で指先を伸ばした。舞う花吹雪が鉄の香を纏い、その体を引き裂かんとする。
 花の嵐の中、血刃に宿るいのちの色を己が力と変え立つかのひとを見遣り、外野へと転身したのはクロトだ。
 どこまでも優しい照らす光の――己はその影に在る。かけてやれる言葉は多くなく、同乗してやるには関わりも想像も遠く。同情も憐憫も己の領分になければ、この場において出来ることは一つのみ。
 生み出された濃影の裡に蒼を一滴、血風の注意を逸らすように足を鳴らせば、椿姫の視線はそちらを睨んだ。
 ――けれど、遅い。
 立ち並ぶくれなゐの支柱、その一本へ巻き付けられたワイヤーが、黒を中空へと運ぶ。逆光に眉根を顰める椿姫が瞬くより先、その視界を遮るのは獄炎である。
 今の千之助に――容赦はない。
 赤い髪の女が憎いという。そのひとさえなければ、自分は幸福になれたという。その想いを察し切ることなど出来はしないだろうと分かっている。
 それでも。
「ひとを怨みながらも、ひとに恋したい気持ちが在るのなら……」
 絶叫を掻き消す地獄の熱に、幻朧桜のひとひら。
「怨みだけ此処で、もういいという程ぶつけていって。恋する心だけ携えて、桜を巡っておいで」
 ――節介をすまぬ。
 謝罪の声は、ただ優しく響く。椿姫の瞳が涙をこぼすように揺らぐ。それを誤魔化すかの如く、それでも己は怨みの塊だと告げるが如く、唇が引き結ばれた。
 常闇を照らすひかりを、再び血風が遮る前に。
 漆黒の裡より出でた蒼が、笑うように小さく声を紡ぐのだ。
「――全く、君らしいことで」
 ああ。だから。
 クロトの贈る一手もまた、このときばかりは壊すためのそれでなく。
 死角より迫った声に、おんなが振り返るより先。その腕へ巻いた赤いリボンが、ふわりと風に揺れ躍る。
 ――壊すだけの殺戮者から、ささやかな赤い贈り物。
「いつか誰かの祈った、新たな生の先で――大切な人と出会えるように」
 なんてね。
 やわらかな呟きと同時に放たれる魔力が、クロトの腕へと輪転する。他の猟兵がつけた傷、千之助が作った焼け焦げる皮膚、或いはその首へ――翻る細い鋼糸が、食いこみ断つように軌跡を描いた。
 ――それを見る千之助の方が、どこか驚いたような声を上げる。
「そなた敵には厳しいと思うたが」
「さて」
 煌めく二藍のひかりを一瞥し――。
 今度は、クロトがしらばっくれる番だった。
「何の影響ですかねー?」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
アドリブ連携OK
右手に胡、左手に黒鵺の二刀流

「羨ましい」という気持ちはわかるが、なんで「憎い」とか「居なければ」になるんだ?
あと貴い縁と言える物になるかどうかは…のちの努力次第だろう?ともに堕ちるか高みを目指すか。
…こんなんだから俺には縁遠いんだろうな。

自身は【存在感】を消し【目立たない】ようにし、隙を見て【マヒ攻撃】を乗せたUC五月雨で【暗殺】攻撃を。マヒは効果が出れば上等。状況によっては召喚されたものを優先で。
相手の攻撃は【第六感】による感知と【見切り】で回避。回避できないものは黒鵺で【武器受け】し可能なら【カウンター】を叩き込む。
どうしても喰らうものは【オーラ防御】【激痛耐性】で耐える。


シン・コーエン
どこかで一歩踏み間違えて、そのまま間違え続けて来てしまったんだろうな。
哀れではあるが、他人を犠牲にして良い理屈など無い。
その怨念ごと両断して空に帰そう。

【先制攻撃による氷の属性攻撃と範囲攻撃】で氷の粒を相手周辺にばら撒き、【念動力】で氷の粒を相手周辺に滞空させる事で、相手の視線で見定める事と紅光線を乱反射して妨害しUCを防ぐ。
すぐさま【ダッシュしつつ残像】を大量に生み出し、的を絞らせないようにして接近。
攻撃に備え【オーラ防御】を纏う。

【炎の属性攻撃と衝撃波】を伴いつつUC発動。
斬り下げ、直後に斬り上げる【2回攻撃】で彼女の妬心ごと全てを斬り粉砕し焼き尽くす!

次の生では幅広く人生を楽しむんだぞ。




「ああ、あああ、どうして。どうして、どうして私は。私には、戀を得る資格すらないというの! にくい、にくい、にくい――!」
 絶叫だった。
 血濡れの椿がなお赤々と咲き誇る。零れる鮮紅が地を染め上げて、人通りの一つもなくなったくれなゐ市場を、鉄の香りが満たしていく。その中央に立ち尽くし、頭を掻きむしって絶叫するおんなの姿を、黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)の青い瞳が見詰めている。
 黒塗りの一刃は彼自身――黒鵺と呼ばれる大振りのナイフ。もう片方に携えるのは、銘の摺り上げられた一刀、胡である。
 ――敵である以上は、容赦をする気はない。
 ただ、疑問だったのだ。
「『羨ましい』という気持ちはわかるが、なんで『憎い』とか『居なければ』になるんだ?」
 元よりそういう風に作られた。戦をこそ常とする実戦刃であるが故、その在り様は市井の人々の心より戦人が戦場で感ずる思いにこそ近い。
 戦では、欲しいのならば己が力で手に入れるのがならいだ。
 であらば、妬気から誰かを恨む思いは、およそ理解の及ぶものではない。
「あと、貴い縁と言える物になるかどうかは……のちの努力次第だろう? ともに堕ちるか、高みを目指すか」
 あくまでも――。
 武人的な在り方こそが、瑞樹自身を恋から縁遠いものにしていると知りながら。
「どこかで一歩踏み間違えて、そのまま間違え続けて来てしまったんだろうな」
 瑞樹に応じたシン・コーエン(灼閃・f13886)もまた、武人である。
 とはいえ彼には生物としての土壌があった。故にいくらか、人間と切り離せぬ感情に理解を示しはする。
 ――狭い世界だとは、ここまでで実感していた。
 彼女らが囚われていた檻は、どれほど堅牢だったのだろう。それこそ、縁組のないことで自らの命を絶たねばならぬほど。
 思えば憐憫は浮かぶ。さりとて、過去に成り果てた身に必要なのは、寄り添う心以上に立ち切る一刀だ。
「哀れではあるが、他人を犠牲にして良い理屈など無い」
 抜き放たれるは深紅。シン自身のエネルギーを基として作り上げられる、美しい刃の一振り。
 ――青い視線を曇りなく交わす。
「やろう」
「ああ」
 それ以上の言葉は、要らなかった。
 椿姫の視線は、ふわりと影に消えるヤドリガミを追うより先に、氷によって遮られた。凍てつく冬の空気が更に温度を下げて、シンの指先が手繰るように動く。
 展開された無数の氷粒は、娘の視線がシンへ向くことを許さない。睨み遣った先にあるのは己の顔が映る無機質だ。乱反射した紅光が彼女自身に牙を剥いて、細い悲鳴が通りに響く。
 その隙を――。
 瑞樹は見逃さない。
 中空に展開されたのは黒ぐろとした刃である。ごうと風を切るそれにようやく気付いて、苦悶するおんなのまなこが見開かれる。
 ――地の鮮紅から召喚されようとしていた過去の残滓をも穿って。
 黒いナイフを防いだ腕の向こうに、驚愕したような顔の椿姫がいる。腕から肩、胴を通り足――塗り込められた麻痺毒が、その体の自由を奪うのだ。
 影より現れた瑞樹の体を、娘が自由の利く目で睨む。
 けれど――遅い。
 ナイフの刃が、紅光を弾いた。刹那に、完全に視界の外にいたシンが、武器を振りかぶっていたことに気付いて。
 おんなは、小さく声を漏らした。
「恋は世界の全部じゃない」
 ――紅い輝きを。
 振り下ろす間際の穏やかな声は、ひどく優しい響きを孕む。
 世界は美しい。その広さに胸が躍る。それをたった一つの価値観で鎖して、或いは鎖されてしまった者たちだ。
 だから――今すべきことは。
 この怨嗟を、一刀のもとに断ち、あの空へと返すこと。
 あるべき幸福が再び望めるような場所へ、戻してやること――。
「次の生では幅広く人生を楽しむんだぞ」
 絶叫を断ち割るように、剣が迸る。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

永倉・祝

鈴白くん(f24103)と。
そうですね僕は戀をしています。
こうやって鈴白くんの隣を歩けることを幸せだと思います。
けれど…戀とは必ずしも幸せを齎すとは限りません。
貴女だって戀に焦がれてそうやって苦しんでいるじゃあないですか。

貴女は戀に焦がれて燃えて落ちた椿と自身をそう言いますか?
指定UC『そんなにも椿の花はお嫌いですか?』
…僕は椿の花が好きですよ。
首が落ちるようでそれを不吉だと言う人もいますが。
僕はね美しいまま落ちる様を哀しくも愛おしく思いますよ。
落ちる時に目がいってしまうかもしれませんが。
咲いている時だってとても美しいのに。


鈴白・秋人

永倉さん(f22940)と

…また、決め付けですの?
そんな物にはもうウンザリ。

貴女が相手に振り向かれないのは、貴女の心も行動も、人として、女性としての魅力に欠けるからでしょう?

頭の中では恋に焦がれる…
焦がれ続ける「女性」なのでしょうけれど、それだけですわ。

己を磨く努力も、その歪んだ性根とも向き合わず、人の物を欲しがるばかり。

そんな直向きさも無い、浅ましさしか無い心に…誰が惹かれ、目を向けると思って?


【指定UB】
(最期に貴女を沢山傷付けても…俺にはどうあっても守りたい人が居るから…)

永倉さんの前に立つ

自身の思考と発言を遮断し、何もせず脱力

自身への攻撃は勿論、永倉さんへの攻撃も、全て俺が受け止める




 この絆が憎いなら、きっと己は憎まれてしかるべきだろう。
「僕は戀をしています」
 永倉・祝(多重人格者の文豪・f22940)の声は、愛の告白というには自然で。
 けれどただの言葉だというには、重かった。
「こうやって鈴白くんの隣を歩けることを幸せだと思います」
 隣に立つ鈴白・秋人(とうの経ったオトコの娘・f24103)が、漆黒に沈んだ眼を見る。真っすぐに椿姫を見据え、己への戀を告げる、いとおしいひと――。
 それでも、この指は絡まなくて。
 互いに繋ぎたいはずの指先は、冷えたままだ。
 胸の奥が軋む。燃えるような炎は、幸福の熱と共に焼けつき焦げる苦しみをも運ぶ。それは時に――絶望にすら変わってしまうのだろうということすら、理解出来てしまうほど。
「けれど……戀とは必ずしも幸せを齎すとは限りません。貴女だって戀に焦がれてそうやって苦しんでいるじゃあないですか」
「私のこれは、手に入らなかったからよ」
 吐き捨てるように、椿姫が祝を睨み遣った。
 その瞳に宿る諦めが――。
 気に入らなかったのは、秋人である。
「……また、決め付けですの?」
 幾分、普段より低い声になった。
 どんな世界であっても、常識には枠組みがある。そこから外れ育った秋人にとって、大多数の人々にとっては安寧の檻であったのだろう籠は狭すぎたのだ。
 自由に生きたい。
 降り注ぐ決めつけの瞳には、もう付き合っていられない。祝を庇うように前に出た背が、赤いまなこを睨み返す。
「貴女が相手に振り向かれないのは、貴女の心も行動も、人として、女性としての魅力に欠けるからでしょう?」
 目を見開いたのは椿姫だ。わなわなと震える指先に、なおも秋人の声は続く。
「頭の中では恋に焦がれる……焦がれ続ける『女性』なのでしょうけれど、それだけですわ。そんな直向きさも無い、浅ましさしか無い心に……誰が惹かれ、目を向けると思って?」
 おんなは。
 ――おんなであるだけでは、愛したひとを掴めない。
 おんなだけではない。戀の舞台で戦う男女は、生まれついた性別という基準の上では、誰しも同じ役回りなのだ。選ばれるために必要なのはその先――己の力であるのだから。
 ずろりと影から呼び覚まされる死者が、陽炎の如く揺らめく。その先で、椿姫がふと、赤い瞳を眇めた。
「だから何。私は、戀に焦がれて燃え落ちた、椿にすぎないのよ」
 ――その言葉があまりに自嘲めいていて。
 祝の唇が、ぽつりと問いを零す。
「『そんなにも椿の花はお嫌いですか?』」
「ええ」
 懐の本より現れるのは、祝の情念――牙持つ獣。常に飢餓に苛まれたそれがぎらりと光る。漫ろに動き出したユーベルコヲド使いたちの残滓が、或いは獣の牙を阻み、或いは二人へ敵意を向けた。
「きらい。きらいよ。こんな、不吉な花――」
「……僕は好きですよ。美しいまま落ちる様を、哀しくも愛おしく思います」
 頭を抱えた娘を見遣る。漆黒の瞳は、ただ首切り椿の成れの果てを見据えている。
 不吉な花だ。それは知っている。けれど、そうして永久にも見える美しさのままに死んでゆきたい悲痛な想いが籠っているようにも見えるのだ。
「落ちる時に目がいってしまうかもしれませんが。咲いている時だってとても美しいのに」
 ごう、と。
 風を切って、ユーベルコヲド使いたちが構える動作があった。
「永倉さん」
 秋人の声は柔らかい。ただ真っ直ぐに前を見詰めて、祝の肩をそっと押しやって、下がるようにと告げる。刹那に瞳が自分へ向くのを、彼はしっかりと感じ取っていた。
 柔らかい部分を引き裂くような言葉は、なるべく多くを己へ向けるため。己へと飛ぶユーベルコヲドを前に、秋人はただ目を閉じた。
 ――最期に貴女を沢山傷付けても、俺にはどうあっても守りたい人が居るから。
 それだけを思考の最後とし、その体は崩れ落ちる。
「鈴白くん――!」
 祝の声が吐き出され切る前に。
 傷一つない秋人の指先が手繰る人形が、椿姫の前へと撃ち出される。
 己が全ての怨嗟を浴びて、絹を裂く絶叫が辺りを包んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

霧島・ニュイ


……恋は良いものばかりじゃないんだけどね
でも、恋焦がれる良さも知っているよ

またちゃんと恋しよう?
憎しみだけじゃ……囚われて抜け出せない
(愛おしさ残す僕すらも囚われるのに)
恋に破れたのかな
哀しかったね……
君がもうおしまいにしてしまった事が寂しい

もう一度生まれ変わって、やり直そう?
君にだって価値はあるよ

リサと連携して攻撃
先に行かせてフェイント
此方は騙し討ちで銃撃

椿は目を引く
傍らの初恋の人も椿
……既に命を絶った、椿
ねえ、リサちゃん。君も
僕を忘れないでいて
先立たれるって、狂おしく憎らしいんだからさ

UC
対象は敵のみ
椿の香りに、血の香りに負けないくらいに
勿忘草、咲いて
スナイパーで命中率を上げて
2回攻撃




 そうまで苦しみ憎しむ理由が何であるのか。
 想像でしかないそれに、けれど霧島・ニュイ(霧雲・f12029)は沈痛な面持ちを見せた。
「恋に破れたのかな。哀しかったね……」
 その想いは察するに余りある。だから進める歩は緩慢だ。隣に携えた少女人形は、大きな瞳で、じっと傍らの青年を見詰めていた。
「またちゃんと恋しよう? 憎しみだけじゃ……囚われて抜け出せない」
 ニュイの手が自身の胸を掴む。
 ――ここに灯る炎は、憎しみだけではない。
 確かに愛おしかったのだ。愛おしかったからこそ憎んでいる。誰よりも、何よりも。その想いの楔を胸に撃ち込まれている彼ですら、こうまで過去の鎖に囚われているのだから。
 それがただ――憎しみだけであるという椿姫には、どれほどの重みがのしかかっているのか。
「もう一度生まれ変わって、やり直そう? 君にだって価値はあるよ」
「あなたに何が分かるというの」
「――わかるよ」
 泡沫のように散る。それは選ばれなかったときであり、或いはその手を取り合うようになった先にある絶望でもある。幸福そうに笑う顔が、いつか仄昏い憎悪の中に沈んで、手の届かなかった痛みに変わる。
 ――叶ったことが終わりでないのが、恋だ。
「恋の苦しみくらい、わかる」
 走り出すのはリサだ。
 きりりと瞳を眇めた彼女が、真剣な表情で椿のおんなの前に立つ。一瞬、相対する赤い瞳が揺らいだのを見て取るや、ニュイの手元でマスケット銃が唸った。
 肉を穿たれ、悲鳴が飛び散る。赤が零れて舞うとともに、おんなの背負う椿が色を増した。
 ――ああ。
 目を惹く花だ。
 焦がれて焦がれて、掴んだはずの初恋のひと。その戴く花も同じ、椿だった。美しい花。赤々と咲き誇り、けれどどこか不吉な予兆を孕む赤。おんなが求めてやまぬ美を閉じ込めたまま、首ごと落ちていく鮮紅――。
 落ちてなお鮮やかに咲き誇る、既に絶たれた命のいろ。
 それを――掻き消すように。
 舞い上がる勿忘草が、強い芳香と共に、ニュイの前に立つ少女の二人を包み込む。けれどその花弁が斬り裂くのは、血椿と怨嗟のむすめだけ。
 指先を手繰れば少女が歩み寄って来る。その瞳を真っ直ぐに見詰めて、彼は声を漏らした。
「ねえ、リサちゃん」
 ――先立たれることは。
 募った恋慕の数だけ、狂おしいほど憎らしい。愛憎は表裏一体だと誰かが言ったのをよく覚えている。その通りだと思ったのだ。
 だから。
 自分が死んだら何も映さなくなる目に、ゆるりと笑いかける。
「君も、僕を忘れないでいて」
 吹き荒れる勿忘草の花弁が、瞠目する少女人形の眼に映り込んでいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

緋翠・華乃音
【蝶華】

……初めまして、紅き椿の姫君。
そして君にはさよならを告げないといけない。

腕に結った紅の環。
まるで運命を回す車輪のようだとも思う。

結ばれ、紡がれ、束ねられた想いの重み。
止まってしまった姫君の運命を廻そう。

共に立つ彼女を庇うように、ゆうるりと前に歩む。
無拍子の歩み、無形の位。
それは上から下へ水が流れるような自然。

違和の無い調和。
歩みの音すら聞こえない。

――赤き慕情に、終止符を。

渦舞う桜吹雪。
紛れるようにして姫君の眼前、後背、真横、直上。

瑠璃の蝶はいっとき桜を伴とする。
故にその羽搏きは不規則。
風に乗り、あるいは逆らうように。
緩慢と俊敏の両立。相反する二つの動作。

糸を半つのが、絆というのなら。


ルーチェ・ムート
【蝶華】○

キミもえにしを尊ぶんだね
胸がちくり痛む

嫉妬、やきもち
ボクも最近少しだけわかるようになった
でもそれは憎しみとは違う気がするんだ

例えば欲しい物を横から攫われたら
その事が、攫った何かが憎いんじゃない
ただ欲しかっただけ

哀しくて寂しい
そんな気持ちだと思うから

優しさ溶かし歌う
これはキミへの葬いの花
桜の加護含む祈りの花弁を含ませ送ろう
キミが捕われずに済むように

もう、いいんだよ
恨むのは疲れるでしょう?
美しい瑠璃の蝶が終焉をくれるから
ゆっくりおやすみ

いつか読んだ簪を贈る意味を思い出す
キミは知らないだろうな
識る必要もない
ゆるり笑む

絡む指はとうになく
焦げ付くあかに口を噤み
囚われた幻想を絶ち、赫を断つ




 あかい、あかい、焦がれのいろ。
「キミもえにしを尊ぶんだね」
 ルーチェ・ムート(无色透鳴のラフォリア・f10134)の眉根がひそりと寄る。胸元の指先がぎゅっと服を握り締めて、僅かに軋む心の棘を抜きたがるような仕草を見せた。
 嫉妬もやきもちも、知ったばかりだ。ふたりきりの間に誰かが割って入ることに、ほんの少しだけ拗ねるような、寂しいような、哀しいような思い。
 けれどそれは、きっと憎しみなどではない。
 ――欲しかったものが手に入らなかったときの、切なさと虚しさの狭間にある、胸の隙間と同じ。
 だから。
「キミが捕われずに済むように」
 ――桜の輪廻に、かえれるように。
 響く歌声を随として、椿を隠すように桜花が渦巻く。逆巻いたそれに、紅いおんなが一歩を下がる、その刹那。
「……初めまして、紅き椿の姫君」
 声が聞こえたときには、もう遅い。
「そして君にはさよならを告げないといけない」
 緋翠・華乃音(終ノ蝶・f03169)の透徹な瞳が、真っ直ぐに椿姫を見ている。
 彼に他意はない。
 害意も、殺意もない。魂を運ぶ蝶の羽搏きが耳元を掠めても、視界を過るまで誰も気付かないのと同じ。無拍子の、無形の、流水が流れ落ちるような歩み――。
 だから、運び来たる死は、誰にも見得ない。
 齎される痛みは断罪とすら言い難い。罪の自覚がないというなら、与えられる死はきっと理不尽で、罰にすらならない。
 振り抜く腕に巻かれた赤が揺れる。今日だけのえにし。たったひととき、見ただけの甘い夢。いつかのあの日、不完全な『はじめまして』を紡いだときと同じ――けれど確かに回り出した、結われたえにしの重みを乗せた、運命の歯車。
 切れるのだろう。
 切ってしまうのだ。
 華乃音がその手で断つだろう。優しい嘘は真実にはならない。たった少しの間だからこそ、嘘を現実のように錯覚することは出来ても。
 ――冷えた死蝶の瑠璃色が、熱を灯すことはない。
 だからこそ、ああ――この運命の終わりに、止まった姫君のえにしを廻そう。せめて紡がれたものを無為とすることのないように。解れる糸にも、確かなひかりを灯すように。
 ――赤き慕情に、終止符を。
 絹を裂く絶叫を覆うように、甘やかな歌声が紡がれる。咲き誇る白百合が血腥い鉄錆を覆い尽くして、いつかの楽園を模倣する。
「もう、いいんだよ」
 ――その中央で歌う駒鳥は、とっくに涸れ果ててしまっているけれど。
「恨むのは疲れるでしょう?」
 瑠璃色の蝶が舞う。桜花の嵐の最中、揺れる白百合にあそぶように、歌声の響く蒼穹を死が過ぎっていく。
 風に乗るように、逆らうように――華乃音のもたらす羽搏きは不規則に揺らぐ。或いは柔く、或いは鋭く。抉る蝶の翅が閃いて、天に叫ぶおんなの体を穿っていく。運ばれる死の香りがあかあかと通りに満ちて、咲く白百合に軌跡を描く。塗り潰すように――塗り潰せることを、祈るように。
 だから、華乃音はその祈りを塗り替える。
 糸を半つのが、絆というのなら。
 桃色の死の花弁に、今一時の伴を。
「ゆっくりおやすみ」
 桃華が陽光に紡ぐ天啓は、或いは月光の蠱惑だったか。死への甘い誘いを以て、抱いた情動の全てを肯定するように謳う。
 ――しゃらり、揺れる簪が、紅月のまなこによぎる。
 それが持つ意味を、重みを、きっと華乃音は知らない。ただひとときの逢瀬とするには絡まりすぎるそれを、ルーチェの唇が紡ぐときも、きっと来ない。
 識らなくて良い。
 識る頃には、どうか――。
 何も知らずにむすめへ贈ったくれなゐのことなど、忘れていて。
 解けた指先がうそ寒い。彼の体温よりも暖かいはずの風が、つめたく指に染みる。
 ――自分の指を絡めてみても、融けた温度は戻らない。心の底に焦がれ焼け付く赫いろを断つように、亡くした楽園の駒鳥が啼いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸櫻沫

響く人魚の歌声に
心のどこかが咲いていく
散らしてはいけない
この花を
桜が咲いて呪縛が解ける

戀は奪うもの
私はとうに人魚から奪っていた――心を
そして
奪われ―与えるもの
私はとっくに人魚に奪われていた
この、こころを

奪い合いことばと言葉で向き合い
赫い絲で結び愛
欲しがる心を互いの訫で満たしてうめる
あなたが欲しい
私をあげる
戀は求めて咲いて与えて愛をうむ―

わかった
みつけた
私の――戀

やっとあなたに手を伸ばせる
やっとあなたの手をとれる
私がリルを殺し奪うことはない
だってもう私の中にいる

私を戀うてくれてありがとう
私もあなたを戀うている

貴女にはあげない
嫉妬ごと綺麗に散らす
放つ真っ赤な絶華

椿のように首を落としてあげる


リル・ルリ
🐟櫻沫

嫉妬――知ってる
僕がずっと抱いていた感情
櫻宵に戀をしてからずっと

櫻宵の過去に
彼の恋を奪った女に
ずっと嫉妬して
君の1番になりたくて
上手く愛を受け取れない櫻に、想いを押し付けて
追い詰めて
いつだって君は、僕を愛して守ってくれていたのに

ごめんね
大好きだよ

あいを重ねよう
心の痛みを重ねてつなごう
いつだって君が愛おしい
寄り添って、与えるもの――これが、あいなのかな
穏やかで優しい想いが咲く
僕の櫻
君を守るためにうたう、「望春の歌」
君を散らすものなんて許さない

僕はグランギニョルの人魚だった
悲しい恋の劇はたくさんみて歌ったよ
でもこの戀を
そうはしたくないんだ

僕のあいをたべさせてあげる
君を咲かせる

だから、一緒に




 指先は絡めたままだった。
 戀獄の人魚が、枷を忘れた櫻へとゆるり微笑む。すうと息を吸えば、血腥いはずの空気がぴんと張り詰めた。
 ――リル・ルリ(想愛アクアリウム・f10762)が紡ぐのは、春を望む戀の歌。
 櫻の咲く日を待ち続けている。一度は散らしてしまったそれを、再びこの手が咲かせる日を待っている。注ぎ続ける愛の水が、己のよく知る甘やかな笑みを咲かせる日を、この手で作り出す。
 確かな意志が、誘名・櫻宵(屠櫻・f02768)の心を包んでいる。
 人魚の指先の感覚だけを頼りに、自分を現実へ繋いでいた。そうでもしなければ、目の前に咲き誇る想いに呑まれそうだったから。二度と咲くことのないよう、衝動と共に深く雪に鎖したはずの櫻が、雪解けに見薄紅を開かせるのを見ていたから。
 ――散らしてはいけない。
 ごうごうと吹き荒れた花吹雪の祝福の中で、櫻宵は確かにそう思った。
 この櫻は――血を吸って咲いたあかではない。
 深い雪の中で冷たい冬を耐えた涯、ようやく出逢えた春の手を固く握り締める大樹が、龍へ深く根付くのを確かに悟る。
「ごめんね」
 わらうリルの声が、囁くのは。
 目の前のおんなと同じ、嫉妬の炎に――燃やされたことがあるからだ。
 たった一人、愛する櫻の戀を抱くおんながいた。過去に融けて消えたはずのそれが、いつまでもその想いを独占し続けているようで、瓶詰の水が蒸発するような恐怖に駆られた。
 ――繋ぎ止めなくてはならないと。
 一番であるためには、過去以上の今を与えねばならない。決して消えない思い出を塗り潰して、リルの渡す愛に埋めなければならないと、櫻宵の手を強く握ってきた。
 それが――。
 何より愛する櫻に、土を被せて封じるだけの想いだと、龍が全てを失ってから気付いた。
 だから、もう同じことは繰り返さない。独り善がりの愛で埋めたりしない。いつか舞台で歌った苦しいだけの恋物語を、ふたりの現実としたくない。
「大好きだよ」
 指先に込める力を強める。雪解けを謳う暖かな声が、愛する花を吹雪とし、嘗てのリルと同じ感情に染まる者を穿った。
 ――今と過去は、違う。
 それは重ねたあいの重みである。隣に在る時間の差で、感情の差だ。それはきっと今すぐには埋まらない。
 だから。
 新しく重ねよう。あいも痛みも共に繋ごう。今は緩やかな鎖が、いつか心を穿つ楔になるまで。
 ――僕のあいをたべさせて、君を咲かせる。
 告げる人魚の歌声に、龍はただ、ちいさくわらった。
「私を戀うてくれてありがとう」
 ――奪うもの。
 戀はそういうものだった。だから怖かったのだ。いっそ忘れてしまった方が幸福なほど。
 けれどもう、手遅れだったのだと知った。
 人魚の瞳に櫻宵が映っている。櫻龍の瞳にリルが映っている。心の奥底にまで穿たれた楔が、確かに見える。
 奪ったのは――人魚の心。
 そうして同じだけ奪われたのは、己の戀。
 あなたが欲しい。同じだけ、私をあげる――だからもう、この戀から何をも奪わなくて良い。
 視界が開ける。霞のように掛かった衝動が、弾けて消えた。
「私もあなたを戀うている」
 絡めた指先を、解く。
 櫻宵はもう分かっている。リルももう、分かっていた。
 咲いた花は散らない。この心は徒桜などではない。心は重なって、必死に繋ぎ止めずともここにある。
 だから。
 背を見せる櫻龍に、人魚が手を伸ばすこともなければ――。
 ――人魚の手を、櫻龍が引くこともない。
 そうして想いを証明しようとしなくとも――全てはもう、心に在る。
「椿のように首を落としてあげる」
 貴女には、あげない。
 囁く櫻宵の刃が、紅く絶華を咲かせた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

華折・黒羽
あかが、舞う
目前に見たのは威烈で鮮明で、眸を焼く様な
これが戀の色…?
満ち満ちて溢れ出る感情
けれどもそれは俺の知っている色ではない気がした

胸の裡に灯っているのは穏やかなやさしい色
泣きたくなるほどに切なくて
それでもこの手から離したくはない
淡いぬくもりを与えてくれる、春色
なら、やっぱり…

この想いは、あなたのくれなゐとは違うみたいです

目を、閉じる
あかいろを拒む様に
赤を纏わぬこの身ならあなたの目もきっと見向きはしない
その椿を捕らえるのには、好都合
地面に氷纏う刃先を

──咲け、氷花織

…氷の花は冷たいでしょう?
その熱を冷ますのに、ちょうどいい

ぽつり溢して後ろへ下がる
椿を落とすのは、答えを持たない俺じゃない


芥辺・有
お前も赤い瞳だね
そう……でもお前のそれは良いと思わないな 不思議なもんでさ
同じ色だってのに

赤色が恋の色だって言うんなら
私に流れるこれは何だろうね
腕に杭をあてて
生傷をえぐると、傷から血が漏れるのを眺める
恋なんぞ知ったことじゃないけど
それなら私の赤は違うもんかな どうだろうね
まあなんだっていい話だ 興味もない

血溜まりを見る
大層なもんは見せられないけどさ……結構使えるんだよ、これ
何もなくても生きてりゃ使える
そのためのものだ
そんなに赤が好きならくれてやる
いや、嫌いなんだっけ まあ、どっちでもいいけど

椿なんか背負ってさ
ね、その花背負うなら潔く落ちた方がお似合いじゃないか
私が言えたことじゃないけどね




 恋など知らない。
 身を焦がすほどの鮮烈な赫を、見たことも感じたこともない。
「これが戀の色……?」
 華折・黒羽(掬折・f10471)視界一面に広がるのは、あまりにもいのちの根源に近い、いっそ絶望的なまでの赤だった。紺碧の、移ろう夜空めいた瞳の奥に、目を閉じてすらちらつくような――一度見れば、きっと永遠に忘れられないような――残酷ないろ。
「さあね」
 そう言うならそうなんだろ――。
 目が痛い。さもどうでも良さげに呟く芥辺・有(ストレイキャット・f00133)の目には、鮮紅は少々強すぎる。
 手にした黒杭をくるりと回し、女の白い指先がそれを握り込む。
「お前も赤い瞳だね」
 おもむろに問うた声に、確認以上の意味合いはなく。
 故に、目で見れば分かるそれに、返事を求めてもいなかった。
「そう……でもお前のそれは良いと思わないな」
 同じ色が隣に在った。
 あの瞳だって、充分に眩しかったはずなのだけれど。同じように焼き付く色だったはずなのだけれど。
 ――この赤は目が凝るだけで、あの赤はずっと見上げていられた。
 手にした杭を廻す。躊躇なく腕に突き立てれば、同じような血腥い赤が零れる。さしたる感慨もなく、よくつけ慣れた傷を抉って、引き抜いた黒に鮮血が滴った。
 赤が恋の色だと言うなら、それを知らぬ有から流れ落ちるこれは何なのか。椿姫の体から流れ落ちる鮮紅と混じり合い、己のものであるかどうかさえ分からなくなるこれは。
 恋か――それとも、もっと別の何かか。
 有より零れる赤を見遣り、黒羽は目を閉じる。
 溢れ出した想いの色。張り裂け決壊した心の裡から零れる悲鳴。自分の中にあるそれは、そんな悲痛で苦しいだけのものではなかった。
 ――思い返される広げられた両腕は、春の訪れに似た。
 戦列に焼き付いて、泣きたくなるほどに切ない。それなのに、穏やかなひかりは獣の手を掴んで離さない。離れたくない。離したくない。
 それは、冬が雪解けを尊ぶように。静謐に満ちた雪が、賑やかな芽吹きを喜ぶように。暖かく穏やかな、淡いぬくもりのいろ――。
 かくも鮮烈ではない。かくも苦痛に満ちたものではない。忘れがたく、亡くしたが故に澱のように心の底へ剥がれながら、しかし決して黒くは染まらぬ絶対のひかり。
「この想いは、あなたのくれなゐとは違うみたいです」
 場には赤が満ち満ちている。ならばここで、赤を拒むように囁く黒一色など、椿姫の目には映りもせぬだろう。
 二人分の赤に塗れる地を斬り裂くのは、黒羽の身より顕現する黒の刀身。白雪のいろを纏った縹の符より、放たれる冷気が屠る刃に冴え冴えと宿る。
 咲き誇るのは、氷花織。
「……氷の花は冷たいでしょう?」
 全てを凍てつかせる冷気の中にて、獣はただ、静かに声を上げる。
「その熱を冷ますのに、ちょうどいい」
 ああ、けれど。
 そんな焦がれる熱を――黒羽は知りもしない。今は幸福なのか、幸福だというのならこの想いこそが糧なのか、それを口に出来るほど、己の感情を理解も出来ない。
 だから。
 椿を落とすのは、己ではない。
「有さん」
「はいはい」
 呼びかけられた方の女も、答えを持っているわけではないけれど。
 少なくとも、己が落とすことを躊躇する少年ほど、眼前にあかあかと照るものに抱く感慨がないのは事実だった。
 今より見せるのが、その衝動
「そんなに赤が好きならくれてやる。いや、嫌いなんだっけ」
 どちらでも良いけれど。
 感傷に付き合えない。付き合う気もない。そも恋など知らぬのだから、焼け付く心地に同乗も憐憫も抱けようはずがない。
 ――まあ。
 戴いた花に囚われているのなら、それは少し、哀れだとは思うけれど。
「椿なんか背負ってさ」
 並ぶ血杭は、正しく椿が如く。紅く染まったそれが空を埋め、椿の娘へ降り注ぐ。
「ね、その花背負うなら潔く落ちた方がお似合いじゃないか」
 ――私が言えたことじゃないけどね。
 零れた椿の女の声が、絶叫のあわいへ融けて、消えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
恋は盲目とは能く云ったものだ
恋の最中に在る者だけではなく、得ぬ者迄目を曇らせる
其れが高じて此の有り様に至るなぞ、愚かに過ぎよう

元より戦う事に通じてはいないだろう攻撃なぞ
戦闘知識の経験の前では見切るも躱すも易いもの
とは言え無駄に抵抗されるのは面倒ではある
――仕事だ、火烏
総て止めろ。娘も、花の一切も悉く
苦しませる心算は無い
怪力乗せた一刀を以って、其の歪んだ望みと嫉妬ごと断ち切ってくれる
妬みばかりを掴んだ手では、他の何をも掴めはせん
況してや恋しい者の手を――縁を手にする事なぞ出来る筈も無い

焦がれる想いは美しくも醜くも成ろう
得る事が叶ったとて、其れが必ず永久であるとも限らない
ああ全く……苦しい、事だ




 舞い散る幻朧桜のひとひらのあわいを、冴える白刃が過ぎる。
 抜き放った己が刀の先、血椿の姫君が吼えるように哭いた。見据える柘榴の隻眼は揺らがない。凍てた冬の空気になお鋭く、ひりつく殺気が静謐に満ちる。
 恋は盲目だと、市井は語る。
 事実そうなのだろう。恋の煌めきを前に、人の心は容易く眩む。業火の最中に燃え焦がれる心のみならず、知らぬ者の命すらも絶ち切るほどに。
 知らぬわけではないのだ。
 否――知るからこそに。
「其れが高じて此の有り様に至るなぞ、愚かに過ぎよう」
 鷲生・嵯泉(烈志・f05845)の声が低く響く。薄桃の舞い散る帝都を赤く塗り替えて、娘の背負った華が開く。
 逆巻く血風の最中、数に任せて襲い来る花刃は、しかし嵯泉の瞳には素人の剣戟と同じである。
 ――人には、穿てば死ぬ場所が多くある。
 武とはただ闇雲にそれを狙うのみで成立はしない。分かりやすく殺せるからこそ読みやすい。不慮の一撃、命を奪うに足らぬと見える一打こそ、致命の隙を生むための本命となる。
 勿論――それは、武人たる嵯泉であらばこそ知る事実。ただ無念の裡に死した少女が放つ、分かりやすい軌道を描いた花弁を、いなし躱し絶ち斬って、揺るがぬ刃が一つ息を吐いた。
 無為な抵抗は面倒だ。
「――仕事だ、火烏」
 親しむ不動の真言を零し、火をつけた符を弾き飛ばす。炎の軌跡が滲み、渦巻いて、現れた三本脚が天に啼く。
「総て止めろ。娘も、花の一切も悉く」
 応じるように、烏の翼が陽光に閃いた。陽光を背に降り注ぐ羽が、盛る火焔となって惨華を燃やす。残るそれらが意志を持つが如く娘に纏わりつけば、負傷と炎に遮られた娘の力の前に、立つは金色の夜叉の影が一つのみ。
「妬みばかりを掴んだ手では、他の何をも掴めはせん。況してや恋しい者の手を――縁を手にする事なぞ出来る筈も無い」
 ――苦しませるつもりはない。
 恋に焦がれ狂っただけの、ただの娘に変わりはないのだ。仮令それが、世界を滅ぼす災厄に堕ちたとて。
 閃く白刃が振り下ろされる。一閃、零れ落ちる深紅に僅か、嵯泉の瞳が揺らいだ。
 得られたからと――その幸福が、永遠に確約されるわけではない。
 喪われたものがある。いつでも胸の裡に懐く誘いがある。投げ出すことが叶ったのなら、とっくにこの身は滅んでいただろう。
 愛するひとの最期の願いに、心をくべた。砕けた嘗ての幸福の裡に身を燃やした。嵯泉の抱いた恋は、ただ独り剣を振るう亡霊の道行きに果てたのだ。
 美しい恋物語が全て現実とはならない。零れ落ちる痛みと叶わぬ苦しみを較べることなど出来ないとしても――。
「次は、望む物を掴むと良い」
 ――次を、望むことが出来るのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鎧坂・灯理
【つがい】
ああ、幸せだよ。見ればわかるだろ?
私は今幸せだ はばかることなく言い切れる
うらやましいか?なら人の足を引くな 人を不幸にする奴は不幸にしかなれん
いくら引きずり落とそうと、他人の椅子は他人のものでしかないからな
だから私はずっとあがいて、もがいて――ようやく、ここまで来たんだ
幸せになりたかったから

なあ、貴様
私たちが努力も苦労もしないままに幸せでいるとでも思ったのか?
幸せを「当たり前」だと?

光線とは熱だ 【火食い鳥】で全て吸収しよう
一筋の熱も、愛するつがいへ届かぬように
貴様の赤は少々毒々しすぎるな 塗り替えて貰え
私も手伝うよ、マリー。「三人」でロンドと行こう


ヘンリエッタ・モリアーティ
【つがい】
ブス。
あ、ごめんなさぁい――、言ってあげたほうがあなたの為になりそうかなぁって
幸せそうなのが妬ましいって、わかんないわけじゃないのよぉ
私も嫉妬はなじみ深いわ、毎日みんながうらやましかったもん
でも――私、「ブス」にだけはならなかったわよ

教えてあげるわ
だから、生まれ変わった時はちゃんと覚えておいてよね
「しあわせ」って自分で作るものなのよぉ、お嬢ちゃん
あなたきっと、愛も恋も、酸いも甘いも全然足りてないんだわ
頭の良さも、ね
――きれいな桜に変えてあげる
真っ赤な色、すきでしょ
来世はきれいな女の子になれますように。
【女王乱舞】でお手本、みせたげる
はーあ。なんか、同情しちゃったわ。ちょっとだけよ!




「ブス」
 ヘンリエッタ・モリアーティ(円還竜・f07026)が開口一番吐き出したのは、彼女がおよそ厭いそうな『かわいくない』声で。
 横で聞いていた鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)の方が、思わず紫の隻眼を丸くした。
 つがいの様子を横目に、ヘンリエッタ――或いはマリーの唇が、悪戯っぽく笑う。憎む紅い髪より一番に突きつけられた台詞に目を見開く椿姫に、女は嫋やかに唇をなぞって見せた。
「あ、ごめんなさぁい――、言ってあげたほうがあなたの為になりそうかなぁって」
 ――だってわかるもの。
 零す声音には確かな同調がある。彼女の原動力にして、力の根源は、紛れもなく嫉妬で羨望だ。
「幸せそうなのが妬ましいって、わかんないわけじゃないのよぉ。私も毎日みんながうらやましかったもん」
 きょうだいたちには役割があった。
 自分は出来損なっていた。だから彼ら彼女らが優雅にナイフとフォークを使っている間、彼女は冷えた部屋で独り、地べたの皿から食物を口に放り込んでいた。
 どうして。
 どうして自分だけ――。
 赤く咲く衝動に、理解は示せる。共感も出来る。けれどその先を決定的に違った娘に、女が向けるのはどこまでも率直な声だ。
「でも――私、『ブス』にだけはならなかったわよ」
 ね、灯理。
 振り返りざまに問えば、伴侶はひどく満足げな顔をして頷いた。そうだよマリー、私の妻はいつでも誰より可愛いよ――だなんて、聞かずとも目が語っている。
 並ぶように一歩を踏み出して、灯理はつと隻眼を眇めた。
「私は今幸せだ」
 凛と響く宣誓である。隣を歩く――今は赤髪の伴侶の肩を抱き寄せて、その瞳を覗き込む。
「はばかることなく言い切れる。うらやましいか?」
 唇を噛み切らんばかりの椿姫の情動など、テレパスを使うまでもなく読み取れた。だから灯理が浮かべるのは、優越でも至福でもない、ただ冷徹な色である。
「なら人の足を引くな。人を不幸にする奴は不幸にしかなれん」
 ――不幸だったことがある。
 思えば、半生はその極致に在った気がする。自らの意志で檻を抜け出し、何らの苦労も知らないやわい手に傷をつけ、心を鎖して死に物狂いで生きていた。幾重に纏った不遜の仮面が恐怖と激情を隠して、どうしようもなく歪んだ心に目を伏せてきたことがある。
 それでも藻掻いて足掻いて来たのだ。焼き切れそうな脳で生きて来た。泥を啜って地を舐めて、なおも求めたのは、ただ無垢な子供の希求。
 ――幸せになりたかったから。
「なあ、貴様。私たちが努力も苦労もしないままに幸せでいるとでも思ったのか? 幸せを『当たり前』だと?」
「それなら、お手本、みせたげる」
「私も手伝うよ、マリー。『三人』でロンドと行こう」
「あは、嬉しい」
 手を取った二人の指先は、一瞬だけ触れ合ってすぐに離れる。
 意思の疎通は、それで充分だった。
 馳せるマリーの両手で、騒がしくチェーンソーが鳴る。轟音に瞠目した椿姫の赤いまなこが、憎らしい赫を睨むよりずっと先に。
 ――伴侶を守る盾は、展開されている。
 一筋の熱とて届かせない。それを届けて良いのは灯理ひとりだ。まして傷付けようとするのなら尚のこと、赦せはしない。
 つがいを穿つはずのそれを溜め込んで、視界が開ける。処理可能な情報量が増えるほど、世界がはっきりと彩をもって目に飛び込んでくる。
 その最中。
 赤に塗れて踊る、血の伯爵夫人がいる。
 ――やはりあなたには、赤が似合う。
「教えてあげるわ」
 だから、生まれ変わった時はちゃんと覚えておいてよね――。
 駆動音を奔らせて、赤に塗れたマリーが椿姫の耳元へ囁く。どこか甘く、彼女が雇う娘らへ向けるものとよく似た響きを孕んだ声で。
「『しあわせ』って自分で作るものなのよぉ、お嬢ちゃん」
「じぶん、で」
「あなたきっと、愛も恋も、酸いも甘いも全然足りてないんだわ。頭の良さも、ね」
 それはいつかの彼女のようで。
 だからこそ絶対に、変われるという確信もあった。
 今世で紡げなかった願いを、来世へ繋ぐために。
「――きれいな桜に変えてあげる」
 来世はきれいな女の子になれますように。
 赤が踊る。吐き出された絶叫は、しかし――苦しみの果てに、誰かを傷付け続けるだけの、憎悪のそれではなかった。

「はーあ。なんか、同情しちゃったわ。ちょっとだけよ!」
「ふふ。あなたらしくて素敵だよ、マリー」
「んふふ、なら良いわ!」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヴィクティム・ウィンターミュート


──ハッ、醜い嫉妬…ご苦労なことだな
あぁそうさ、倖せだよ
俺はとても恵まれている。人に、時に、環境に…愛されている
此処に倖せ者がいるぞ、馬鹿女
憎いというのなら向かってこい

Void Link スタート
どれだけ綺麗な花を作ろうとも、虚ろに染まれば意味を失う
『Void Sly』──お前から、『攻撃したという過去』を強奪した
後に続く時間は歪められ、全ては無かったことになる
さぁ、このままお前の過去を奪い尽くすぞ
何、すぐに何も感じなくなるさ…虚ろに浸るようにな

倖せだよ
倖せだから、死にたくなるんだ
倖せだから、自分が嫌いなんだ
倖せはは俺にとって毒で、終わらない冬と同じなんだ
いいよな、お前は
簡単に死ねるんだから




 不幸を嘆けるのは、それまでが幸福だったからだ。
「──ハッ、醜い嫉妬……ご苦労なことだな」
 吐き捨てるヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)が、大きく腕を広げて首を横に振る。まるで誘うような動きの最中、紺碧の瞳だけがひどく歪んで、相対する紅を睨んだ。
「あぁそうさ、倖せだよ」
「それなのに私と同じような顔をするのね」
「気のせいじゃないかい、お嬢さん」
 大仰な皮肉にひずめた口許が、笑みのように吊り上がる。およそ幸福とは程遠いその表情こそが――。
 今のヴィクティムだった。
 倖せだ。得たいと願って得られる幸福ではない。己を心底から心配する手がある。友人がいる。背を預けられる存在がある。軽口を叩き合った。その言葉に導きめいた気付きを得た。心底から安らいでいる。いつまでも続けば良いと思う。確かな絆に手を引かれている。
 その全てを無碍にしている。
「お前の目は節穴か、馬鹿女。憎いというのなら向かってこい」
 ――お前が望む幸福を、自ら蹴り捨てる者のところへ。
 Void Link、スタート。
 おんなの目が見開かれるのを、ヴィクティムはただ見ていた。何が起きたのか理解出来まい。彼自身にしか、きっと何も見ては取れないのだ。
「お前から、『攻撃したという過去』を強奪した」
 端的な事実だ。続く時間は歪み、放たれる漆黒の虚無に苛まれた彼女の周囲には、何もかもが奪われる。
 睨む瞳が放つ紅も、生まれるはずの死者も、舞い散る血椿も――一切が、彼女の周りから消えてなくなった。呆然とする椿姫の眼が、次は内側への侵食に絶叫するときだ。
「さぁ、このままお前の過去を奪い尽くすぞ」
 憎悪も絶望も、痛みも苦しみも。或いは喜びも楽しみも幸福も、数多の魂が抱いたその全て。
 漆黒に呑まれて消えていくそれに手を伸ばす。白腕が力なく天を掴まんとするのを、ヴィクティムはただ眺めた。
「いいよな、お前は」
 ――零れた声は、ひどく少年じみていて、しかしいたく凍っていた。
 幸福だ。
 幸福でたまらない。温もりに浸って笑っていたい。このままずっと――何もかもの中にいたい。
 だから苦しい。
 どん底に生まれて、一度は幸福を知って、それをめちゃくちゃに壊した。その影がずっと、心に雪を降らせている。もう二度と取り返しのつかない失敗に数多を巻き込んで、決して償えない場所に叩き落としてしまった。
 その己が、のうのうと幸福を貪ることが許せない。
 遅効性の毒だ。幸福であり続けることで、彼はどんどん彼を許せなくなる。己が幸福を味わうたびに、この中にいられたはずの人間を奪ってしまったことを、赦せなくなる。
 それでもまだ。
 願ってしまうのだ。祈ってしまうのだ。
 どうか――避け得ぬ終わりを選ぶ日までは、ここで。
「お前は簡単に死ねるんだから」
 吐息と共に零れた声に、心のどこかが軋むような気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

新島・バンリ
〇◇

今が幸せ、とは言わないけど。
前はそうだったし。
もっと前よりは……まあ今の方がマシね。

正直、私が何言ったところで、って感じなのよね。
逆撫でする未来しか見えないわ。

ストップ。近づかないで。
悪いけど、やられてあげるつもりはないの。
『失墜』
出来るだけ範囲を絞って局所的に撃ち込むよ。
石畳とか割れちゃうかもしれないけど、それくらいは許してね。

「おまえさえいなければ」……か。
……そうね。
私がいなければ、私と会うことがなければ、きっと今も彼は――

時間も命も幸せも、取りこぼしたものはもう得られない。
たらればの話をしても仕方ない……仕方ないのよ。
あなたも――私も。




 暗い水底を、幸福とは呼べない。
 少し前よりはずっと不幸だ。それでもずっと前よりは、今の方がマシだと思う。左手の薬指に嵌ったままの、対を亡くした指輪を撫でて、新島・バンリ(重力の井戸の底で・f23548)は憂えた瞳を伏せた。
 ――愛するひとが手を握って笑っていてくれた頃は。
 きっとその問いに、胸を張って頷けたのだろう。けれど今は、確かな答えが返せない。紡ぐべきよすがを喪ってしまったから。もうこの身は、彼のいない水底で、彼の願いを抱えて生きることしか出来ないから。
 だから、何も返さなかった。
 猟兵たちがつけた傷痕を抱いて、椿の娘は頽れている。それでもよろよろと持ち上げた体で向かいたがっているのは、果たしてどこなのか――。
 それが、どこなのだとしても。
「ストップ。近づかないで」
 バンリが手をかざすだけで、血椿は失墜する。
 ぐしゃりと、綺麗に舗装された石畳がひしゃげた。飛び散るそれの最中に叩き付けられたおんなの胡乱な赤いまなこが見える。
 少しだけ――。
 この幸福に終わるはずだった市場に爪痕を残してしまうのは、罪悪感もあるけれど。
 出来うる限り半径を狭めた。狙いすました不可視の鉄槌は、舗装のうちの幾枚かを割り、その周囲の十数枚をひしゃげさせるに留めた。これならばまた、すぐに元に戻せるだろう――バンリの瞳が僅か細められる。
 お前さえいなければ、と、おんなは言った。
 それが心に刺さる棘となっている。バンリを苛む内側の声が、見透かされたような気分だった。
 愛するひとがいた。
 愛するひとに愛された。
 幸福の蜜を互いに与え合うことが運命だったというのなら、間違いはバンリと彼が出会ったときに始まっていたのだ。惹かれ合ってしまうことを宿命というのなら、最初から出会いさえしなければ。
 今だって彼は生きていて。
 誰かと笑い合っていたのだろうに。
 バンリはあの、どうしようもない不幸の中にいたのかもしれないけれど――。
 それでも世界の分岐は、バンリの抱く一時の幸福と引き換えに、彼の命を奪っていった。
「時間も命も幸せも、取りこぼしたものはもう得られない」
 戻らない。
 時計の針が戻るなら、きっとバンリは飛びつくだろう。あの日あのひとと出逢ったあの瞬間をなかったことにすることを、躊躇いもしないだろう。
 それであのひとが生きられるなら。
 愛したひとが――今も息をしていてくれるなら。
 そんな術はどこにもない。時間は先に進むだけだ。時計の針を逆回しにしたところで、今いる時間が巻き戻ることなどない。
 だから。
「たらればの話をしても仕方ない……仕方ないのよ」
 あなたも――私も。
 噛み殺すような声と共に、バンリの指先は、愛したひとへの土産を握った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リア・ファル
WIZ
アドリブ共闘歓迎

紅いね
その嫉妬と血液で紅いとも
だがその紅は貴女の目を濁らせるばかり

敵の攻撃を演算解析で把握、予測回避
(情報収集、時間稼ぎ)

『セブンカラーズ』から
引力と風の属性弾を撃ち、花びらを吸収し防ぐ
(属性攻撃、武器落とし、制圧射撃)

恋をした最初の気持ちは、嫉妬ばかりじゃないだろう?
思い出してよ、その
世界が明るく満たされるような「喜び」を

UC【琴線共鳴・ダグザの竪琴】で「喜び」を奏でる
(失せ物探し)
椿姫に怨念を減ずる在りし日の瞳の輝きを

隙が出来たら、弾丸を切り替え
鎮魂の弾丸を撃つ
(破魔、クイックドロウ、スナイパー)

嫉妬の炎じゃ
骸の海への旅路には昏いでしょ
その胸に、灯りを灯して往きなさい


太宰・寿
いろんな色を混ぜていくと、いつか黑くなってしまう
この人も最初は純粋な赤だったのかな
強く焦がれて、混ざり合って、違う色に染まったなら
なんて強い思いなんだろう
思えば報われるわけじゃない
それは私にも分かる
絵が一番好きなのは本当
だけど、目を逸らしたい思いがあったのも……否定できない

恋は素敵だと思うけど、恋が全てじゃないです
そう告げたところできっと彼女には響かない
元より私は言葉で伝えるのって、あまり得意じゃない

虹霓を手に対峙します
恋の赤以外の色も、知ってほしい
その赤い椿は、白で全部塗りつぶしましょう
まっさらになって、どうかもう一度やり直せますように




 黒は。
 数多の色が混ざり合ったものだ。どんな色とて節操なしに混ぜ合わせていけば、いずれは黒く染まっていく。たった一滴の昏い絵の具が、紅く焦がれる想いを染め上げてしまったのなら。
 それはどれほど強い想いなのだろうかと、太宰・寿(パステルペインター・f18704)は僅かに目を伏せた。
「この人も最初は純粋な赤だったのかな」
「そうかもしれない――いいや。きっとそうだ」
 独りごちる彼女の声を掬ったのは、桃色の瞳に確かな決意を滾らせた少女である。
 リア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)の纏うレイヤーはいつもの通り。女学生でも探偵でもない、機動戦艦ティル・ナ・ノーグの中央制御ユニットのそれだ。
 ひとのためにあれと願われ、ひとのためにあれと作られた。守るべきに届かなかった手を胸の前で強く握り締めた少女が、今まさに苦しむおんなを真っ直ぐに射貫く。
「その嫉妬と血液で紅いとも。だがその紅は貴女の目を濁らせるばかり」
 ――だから、ボクたちが。
 振り返るリアの瞳に、寿はしかと頷いた。徐に取り出したのは、彼女の一番の武器――巨大な絵筆である。
「少しだけ、お時間を頂いていいですか」
 目の前に立つ少女に告げたのは、黒く濁ってしまった赤色へ、確かなものを届けたいからだった。
 絵は、寿の言葉だった。
 恋は素敵だ。だがそれが全てではない。そんな言葉を自分の唇が紡いだとて、心に届くものにはならないだろうと悟っている。元よりそうして声を伝えるのが苦手だからこそ、きっとこの溢れんばかりの思いを綴るために、絵筆を手にしたのだから。
 寿は――寿の一番丁寧な『声』で、椿姫の想いの歪みを取り去る。
 その確かな意志は、言葉にせずともリアへ伝わった。快活な笑みを刷いた少女が深く頷く。
「任せて!」
 過去を、想いを、全てを奪われて尚、椿姫は影朧だった。未来を排し時間を停滞させるため、その意志の有無にかかわらず花嵐を生む。
 それらに意識を集中させて――リアが寿の前へ立ちはだかった。フル回転する演算機能が全ての情報を読み解き、逆算し、全てをただの液体へと戻していく。それでもなお足りないと見て、リアの指先は構え慣れた銃を抜いた。
 狙うは一点、花吹雪の中央。
 撃ち出された弾丸が、風と引力を纏って椿の花弁を吸い寄せる。業と逆巻くそれらが収まる頃には、鋭い刃はもうどこにもない。
 ふ、と短く詰めていた息を吐く。後方を一瞥すれば、準備を終えた寿と目が合った。
 ――ああ、なんて奇遇だろう。
 リアもまた、言葉で届かぬ奥底に、想いを届けようとしているのだから――。
「恋をした最初の気持ちは、嫉妬ばかりじゃないだろう?」
 言いながら、その手に現れた竪琴の、三本の弦に指をかける。
 鳴らすメロディは明るくて美しい、世界の希望を謳ううた。満ち足りた全てが目の前に広がるような、光を宿した旋律――。
「思い出してよ、その、世界が明るく満たされるような『喜び』を!」
 ちかりと。
 瞬いた椿姫の瞳に、光が戻る。
 その刹那に、寿が走らせるのは、白い絵の具。油彩のそれより淡いそれが――虹に潜む番の龍が、その身を安らげ誘うように。
 恋というものに、寿は重点を置いていない。
 日々が楽しい。絵を描くのが楽しい。恋をしたのは白いカンバスだというのは、きっと間違いではないけれど。
 そこに一片の言い訳が混じっていたのも、否定しえない事実だ。
 恋物語への憧れは、きっといつだって、誰だって抱くもので。
 だからこそ、その悲喜が全て、鮮烈な赤と黒に染められてしまってはいけない。
 黒にも赤にも、映える色は少ないから。
 飛び散る絵の具が椿姫を掠めた。旋律と共に描かれるのは、椿の赤いカンバスを塗りつぶす、まっさらないろ。
「わたし――」
 ――旋律に耳を澄ませ、白く染め上げられていく花を呆然と見ていた椿姫が、唇をわななかせる。
「わたし、しあわせになって、いいの?」
「もちろんさ」
 気付けば音は止んでいた。紅い椿はもうどこにもない。
「嫉妬の炎じゃ、骸の海への旅路には昏いでしょ」
 ――リアの手には、想いを絶ち切る鎮魂の弾。トリガに掛けられた指先は、それでもひどく優しく笑う。
「その胸に、灯りを灯して往きなさい」
 弾丸が――。
 むすめの胸を穿って。
 じわりと染み出すあかにも、彼女は笑っていた。
「まっさらになって、どうかもう一度やり直せますように」
 祈りの白を、薄桃が攫う。
 憑き物が落ちたような顔をしたむすめがひとり、笑って涙をこぼしたのだ。
「ありがとうございました」
 その声だけを残して。
 赤は、黒は、跡形もなく拭われる。
 ――何色をも宿した、真白に染まって。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年03月21日


挿絵イラスト