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そして楽園へと至る

#ダークセイヴァー

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#ダークセイヴァー


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 五日目の朝、少女はとうとう人間ではなくなってしまった。
 生き血が渇きを癒してくれる。屍肉が腹を満たしてくれる。汚濁が酩酊感を与えてくれる。
 ほんの数日前、まだ人の身だったころは、嘔吐が止まらないほど厭っていたというのに、今ではその"食餌"が少女にとって無二の御馳走になっていた。
 目を塞がれて久しいから、少女は自分の体がどうなってしまっているのか、見ることが叶わない。四肢の感覚の有無も、とうに定かではなくなっていた。きっと、未だ残る人間としての脳神経では正確に識別ができないくらい、肉体は変異を遂げてしまっているのだろう。
 ふと、辺りの空気がざわつき始めたことを、少女は肌で感じ取った。
 ざわざわと、さわさわと、葉擦れのような音があちこちから聞こえてくる。
 ――あの御方が訪ねてくださった。
 少女もまた、上手く動かない体を揺すって、"あの御方"の慈愛を乞おうと己の存在をアピールする。そして、頬を撫でる暖かな指先の感触を感じたとき、少女は熱っぽい嘆息をついて歓喜に打ち震えた。
 黒髪の天使さま。
 いつ腹を空かせた魔獣に食い殺されてもおかしくない、地獄のような村の生活のなかから連れ出してくださった、慈愛の救世主。
「美しい花を咲かせてくれてありがとうございます。死が別つその時まで、わたくしは貴女のことを守り、慈しむことを誓いましょう」
 そんな囁きと共に、天使の口唇が人ではなくなった少女の口唇に触れた。
 彼女に愛してもらえるのなら、少女は人の身を失ったことにも後悔を抱かない。それが凶々しき異端の神……偽りの救済者たる黒天使に植え付けられた、まやかしの感情だと知る由もなく。

「手を汚すことも厭わないヤツだけが残れ。だが、命を軽んじる冷酷な者は去れ。仕事だ」
 羅刹の娘は遥か遠くの光景に向けていた意識を現実に戻すと、すでに冷え切っていた紅茶を一息に飲み干した。彼女の名は、グリモア猟兵のショコラッタ・ハロー。グリモアの術で視得た光景を、猟兵たちに伝える役目を負った娘。
「場所はダークセイヴァーだ。現世からの救済とかいうお題目を掲げて、さらってきた女子供を囲っている異形がいる。もちろん、オブリビオンだ。その地域は表向きヴァンパイアどもの影響下にないように見えるが、実際はそのオブリビオン……仮に黒天使とでも呼ぶか。そいつの支配下に置かれている」
 ダークセイヴァーの支配者たるオブリビオンたちは程度の差こそあれ、皆一様に暴君として君臨することを隠そうとしない。だが、なかには衆目に姿を見せないまま、己の愉しみのためだけに人の命を弄び続ける者もいる。
「黒天使は、攫ってきた娘たちに魔術実験を施して、生きたまま薔薇の花に作り変えている。湖のほとりに建った廃城の中庭に、硝子で造られた巨大な温室が視えた。そこが黒天使の根城兼、お楽しみの実験場ってわけだ」
 おまえたちにはその温室に潜入してもらい、囚われた者の救出と研究所の破壊を頼みたい、とショコラッタは続ける。さらに言えば、黒天使が居る廃城の地下へは、その温室を経由しなければ行けないそうだ。
 温室の一階が人間造花が飼育されている庭。
 地下一階が人体改造の魔術実験場。
 地下二階が実験台にされる前の、攫われてきた娘たちが囚われている地下牢。
 視得た光景に憤りを感じているのか、それとも、伝えるべき言葉を口にするのを迷っているのか、ショコラッタは親指の爪をガリッと噛んだ。
「助けられるのは、実験台にされる前のヤツと、人の形を留めている実験初期のヤツだけだ。地上一階の温室で飼育されている娘は一人も助からない。だから……せめて、おまえたちの手で、楽にしてやってくれ」
 噛み続けていた親指の爪が割れて、血が流れ出していた。ショコラッタは代わりの紅茶に手を付けぬまま、言葉を続ける。
 温室を下っていけば、廃城地下へと繋がる地下道に抜けられる。
 詳細は視えなかったが、そこには実験に失敗して廃棄されたらしい、生ける屍と化した娘たちが徘徊しているそうだ。
 彼女たちにも、残さず死を与えてやってくれ。例え黒天使を倒したとしても、元に戻る者は一人としていないから……と、ショコラッタは告げた。
「この戦で得られる名誉は何一つとしてない。華々しい武勇伝にもならないだろう。だが、それでも構わないと言うならば――」
 最後まで告げぬまま、ショコラッタは席を立つ。
 猟兵たちを導くために、手中にグリモアを浮かべながら。


扇谷きいち

 こんにちは、扇谷きいちです。
 本シナリオには残酷な描写が登場する可能性があります。
 あらかじめご注意ください。

●補足1
 オープニング中に登場した「少女」を特定することは出来ません。
 また、人間造花との密なコミュニケーションは難しいとお考えください。

●補足2
 冒険章における「POW」「SPD」「WIZ」の行動は一例です。
 思いついたことは何でも試してみて頂いて構いません。

●補足3
 第一章の開始時刻は昼。
 天候は晴れ。
 時刻と天候による有利・不利は存在しません。

 以上、皆様の健闘をお祈りしております。
 よろしくお願いいたします。
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第1章 冒険 『私の為に花は咲く』

POW   :    研究施設の破壊など

SPD   :    囚われた人をこっそり救出するなど

WIZ   :    侵入ルート、避難経路の割り出しなど

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

鼠ヶ山・イル
生きたまま薔薇に変えるなんて、悪趣味すぎて笑っちまうね
もっと笑えるのは、その魔術の凄まじさなんだけど
……あーあ、オブリビオンってのは、これだから

とりあえず中に入れなきゃ話になんねーな
侵入ルートを探してみるぜ
技能の【封印を解く】を使って、封鎖された扉や窓を開けられねぇか?
ま、できなきゃ他のルートを探す
草むらに覆われたガラスの箇所とか、割ってもバレねーだろ
誰か救出に向かうやつ居るだろ?その助けになれればいい
一刻も早く「無事」な子を逃さなくちゃな

許すとか許さないとか、考えるだけで莫迦らしい相手だよほんと
全部、きれいに 終わらせてやる


エア・ルフェイム
救いの形は人それぞれだけど
エアはこんな救い絶対に認めないし許さない
彼女達へ行った罪は必ず償わせてみせるから
首洗って待ってなさいよ天使サマ?

侵入次第周囲の確認
中庭の温室へ続く道が1本だけなのかとか、可能な範囲内で調べてみる
城壁や床も触れて叩いたりして念入りにチェック
仮にも城だったなら、
高貴な人達用に作られた緊急用の抜け道とかもあるかもしれない
脆くなってる箇所があれば手にしたガジェットでそっと壊してみて
地下牢へ続く道がないかも探してみるよ

望みは限りなく薄くても諦めたくない
命がかかってるんだからこっちだって命かけなきゃ

中庭の温室に至る迄の道のりに、
実験に関連する物や亡骸等があれば焔華刃で燃やしてくね


ジル・クラレット
何もかも何時か忘れてしまう私には
彼女達を終わらせる資格はない
けれど、せめて
未来が残された子達には道を作りたいの

退路と侵入ルートを探るわ
目的同じ仲間と協力
得た情報は随時仲間へ共有

身を潜め、遠眼鏡も使って

まずは温室の外周の形や扉・窓等の位置を<学習>も併用して記憶
内外の形状差異が隠し部屋や通路の発見に繋がれば

あとは侵入・退路ルートの探査ね
扉や窓以外…通風口や下水道までルートを探るわ
逃走する敵は影蜥蜴で追尾
退路の参考になれば

仲間が救った子達は退路へ誘導
邪魔する敵は立ち塞がって容赦なく戦うわ
振られたのに追いかけるなんて、格好悪いんじゃない?

回復【シンフォニック・キュア】
攻撃【シーブズ・ギャンビット】




 仰ぎ見れば薄闇の空を歪な形をした黒い影が貫いていた。陽の代わりに空を統べる月が、寒々しい光を湖畔の廃城に投げかけている。
 崩れかけた城壁から慎重に城内中庭に侵入したジル・クラレットは、瓦礫に身を隠しながら遠眼鏡を用いて辺りの様子を窺った。
 篝火や歩哨の影などは、全く見当たらない。必要以上の防衛体勢や警戒体勢を敷くことで、自身の尻尾を掴まれることをオブリビオンは避けているのだろう。
 ――それも今日でお終いにするわ。必ず。
 ジルは同じく斥候として動いていたエア・ルフェイムにハンドサインを送ると、中庭の奥へと進んでいく。
 すっかり枯れ果ててしまった中庭の植え込みや、所々が砕けている彫刻の合間を縫って、エアは温室への道を探っていく。瓦礫などで足場は悪いが、幸い中庭は迷うような作りにはなっていなかった。中庭に通された遊歩道を辿って、ぐるりと城を回り込んでいけば、すぐに温室を見つけることができた。
 ――こんな歪んだ形での救いなんて、エアは絶対に認めない。いえ、そんなものを救いだと呼ぶことも、許さない。
 いつ頃ついた汚れなのか、もはや知る由もない古い血痕を石畳に認めたエアは、小さく息をついて周囲を見渡す。
「すんなりここまで来られたのが逆に気にかかるが……迷っているヒマもない。オレは素直に温室への侵入を試すが、アンタらはどうする?」
 白い息が漏れぬよう、外套で口元を抑えながら鼠ヶ山・イルが問うと、ジルは「私は窓や扉以外のルートを」と、エアは「地下牢への抜け道が無いか探ってみる」と、それぞれ答えた。
 三人は何か発見したらこの場で落ち合う取り決めをしてから、散開していく。
 イルは改めて眼前にそびえる温室を観察した。
 温室はおおよそ建物の五階ほどの高さを誇るドーム状で、外周はちょっとした円形劇場並の周長があるようだ。ほぼ全てが澄んだ硝子張りだが、一階相当部分の壁だけは目隠しのためか、精緻なレリーフで飾られた石材と、曇り硝子で構成されている。
 素早く温室の壁際まで接近したイルは、唯一の入り口と思しき鉄扉に手をかけた。案の定、鍵がかかっていて開かない。
 ――コイツは魔術封印の錠前か。硝子も魔術で固められているし、自分のしていることが悪趣味だって判っているから、ここまでするんだろうな。
 少し骨が折れそうだ、とイルは眉をひそめながら封印の解除を試みる。
 一方、温室の外周部を探っていたジルは、窓や扉だけではなく、通気口や排水口も含めたありとあらゆる通り道を探っていた。
 温室の裏手側に回ったジルは、そこで鼻をつく異臭に気がついた。慎重に茂みのなかを探ると、地下から伸ばされているらしいガス抜きの管を発見する。
「……っ」
 中を覗き込むなり、ジルは口元を抑えて顔をそむけた。芬々たる腐敗臭と汚物臭に粘膜を刺激され、たちどころに顔中が涙と鼻水で濡れてしまう。
 ジルは暗い気持ちになりつつも、意を決して五感すべてを共有"してしまう"影蜥蜴を管のなかに潜り込ませていく。
 いずれ全ての記憶を失ってしまう以上、ジルは薔薇に変えられた娘たちの命を背負う資格がないと考える。どんな形であれ人の命を奪う以上は、心の傷という名の重荷を負わねばならない。
 ――それができないならば、せめて未来がある子たちには、進むべき道を探し出してあげたい。これくらいの苦痛、なんてことはないわ。
 あまりの汚臭に頭痛と目眩すら覚えるが、ジルはこめかみを指先で抑えながら、懸命に影蜥蜴を操った。
 影蜥蜴は地下に潜り、屍人が徘徊する地下道から、温室地下に至るまでの様子を探っていく。得られた情報は、いざ内部へ侵入したあとで大きく役立つだろう。仲間へその情報を伝えるために、ジルは合流地点へと戻っていく。
 温室の周囲をくまなく調べて抜け道を探っていたエアは、ジルから聞いた下水の情報を元に、廃城の中まで探索範囲を広げた。
「これだけ立派な城だからね。必ず抜け道の一つや二つは確保しているハズ!」
 廃城のなかは崩壊極まり、崩れた天井から上の階が見えるどころか、場所によっては空まで見上げることができるほどだ。
 下手に動いて崩落に巻き込まれでもすれば命も危ういが、エアは構わず城内を探っていく。人の命がかかっている仕事なのだ。こちらも命をかけて臨まねば事を為せるはずがない。
 その強い信念が天に通じたのだろう。エアは、廃城一階の片隅にある倉庫に、瓦礫で慎重にカムフラージュされた地下へと通じる床扉を発見する。
 床扉に鍵はかかっておらず、エアは音を立てぬよう慎重に扉を開くと、人一人がやっと通れる程度の狭い石階段を下っていった。
 だいぶ、深い場所に通じているようだ。悪臭を含んだ生温い風が地下から漂ってくる。地下牢獄に直接繋がっている可能性があった。
 ふと、エアは階段の半ばに白骨死体が倒れていることに気がつく。最初は動物の死骸かと見間違えたが、そうではない。異様な形に変異をしているものの、注意深く観察すれば、それは元が人間だったことは明らかだった。
「実験の途中に、まだ人としての心が残っているうちに、なんとか逃げ出そうとした……ってところかな。かわいそうに」
 逃亡が発覚し、そのまま殺されてしまったのだろう。エアは哀れな娘の亡骸をそのままにはしておけず、彼女の骨を集めてから地上へと戻っていく。これ以上、単独で深入りするのも憚られた。
 仲間に地下への階段の存在を伝えてから、エアは火葬を執り行った。敵に見つからないよう、血から生み出した焔で瞬時に骨を灰に還す、ささやかな弔いだ。
「……首洗って待ってなさいよ天使サマ?」
 夜風にさらわれて消えていく遺灰を目で追いながら、エアは小さくつぶやいた。その視界の隅に、こちらに向かって歩いてくる人影が見えた。イルである。
 くたびれた様子で首をコキコキ鳴らしていたイルは、「ようやく開けてやったぜ。そっちも収穫があったみてーだな」とジルとエアに白い歯を見せる。
 そのころには、周辺を警戒していた猟兵たちも斥候三人娘に合流していた。
 ごく短い作戦会議を開いた猟兵たちは、温室の正面口から侵入し、敵の排除と囚われている少女の解放を行ってから、隠し階段を経由して地上に帰すプランを採った。
 もし狭い隠し階段からの侵入途中に敵と遭遇しては厄介だし、解放した少女たちに温室の様子を見せるわけにもいかない。隠し階段を退路のみに使用することに異論を唱える者はいなかった。
 話が決まったところで、ジルがイルに温室内部の様子を尋ねると、イルは熱を感じさせない青い瞳をそらした。
「許すとか許さないとか、そういうレベルの話じゃない。オレの説明よりも、自分の目で確かめるといい……善悪に理屈をつけることもバカらしい相手だよ、黒天使ってヤツは」
 そう言ってイルは、皆の先頭に立って温室の正面口に向かった。
 青白い光の筋が、鉄扉に彫られた紋様に沿ってぼんやりと浮かんでいる。陰陽術と魔術に通じ、封印解除の知識を持っていたイルでなければ、この門扉の解錠は不可能だっただろう。彼女は仲間に苦労話を語るでもなく、わずかに開いていた扉を全て開ききると、なかの光景を見つめながら呟いた。
「全部、きれいに、終わらせてやろう」

 暴かれた秘密の花園に踏み入れた猟兵たちは、その退廃の庭の光景に、誰もが息を詰まらせる。
 少女たちの血と肉を命を糧にして、大輪の赤い薔薇が咲き乱れていた。
 ざわざわと、さわさわと、葉擦れの音があちこちから聞こえてくる。
 かつて少女だった薔薇たちは、肌を撫でる夜風を感じ取ると、根に繋ぎ止められた不自由な身を揺すり、全身で天使の慈愛を乞うのだった。
 或いは、そのなかの幾ばくかは、人としての理性を残しているのかもしれない。
 芳醇な薔薇の香りのなか、「ころして」という声が、聞こえた気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アルミィ・キングフィッシャー
こちとら色んなものを盗んできたつもりだが、この世界の『宝』はどれもこれも重いのばかりだ。
愚痴が過ぎたな。始めるよ。

アタシは地下二階へ急ごう。頭の回るやつは研究所とやらの方が良いだろう。…あとで、また。

地下牢へ降りたら、軽く鍵束があるか見ておこう。…気休めだが。
無いなら無いで鍵を敵と見立て盗賊の七つ道具からピッキングツールを取り出そう。力技が必要ならレプリカクラフトで、てこみたいなものを作っておく。
早く逃げな、上に仲間がいる。早く帰って知り合いを安心させると良い。

上の『花』は脱出が済んだ後に火をかけたい。…これが隣にいたやつの果てだとは伝えたくない。

…次、だ。


神埜・常盤
黒天使か、名にそぐわない酷い所業だねェ
思う事は有るが、先ずは救える命から対処して行こう

僕は侵入ルートや
避難経路の割り出しを手伝おう

侵入前は「目立たない」技能を活かし
温室の周囲を探索
情報収集能力や世界知識を総動員して
最も敵に気付かれにくい侵入口を探してみよう

温室に入った後は造花達に気付かれぬよう
息を殺し物音に気をつけながら地下への入り口を探索

その後は人手が必要なら救出を手伝い
不要なら妨害されぬよう入り口付近で見張りを
荒事には七星七縛符や催眠術で対処しよう

救出後は、地下でも避難経路の模索を
攫われた子達が安全に逃げられるよう
長く使われた痕跡のない道や扉があれば
其処を確認したりして退路を見つけたく




 薔薇の少女たちの合間を縫って、猟兵たちは至って冷静に各々の務めを果たしていく。温室と魔術実験場の破壊は成さねばならないが、まずは囚われている少女たちの救出が最優先だ。
 神埜・常盤とアルミィ・キングフィッシャーは、物音一つたてずに温室のなかを巡っていき、ほどなくして地下室へと至る階段を発見した。このころには、薔薇の少女たちも天使が降臨したわけではないことを察したのか、眠るようにおとなしくなっていた。
「外壁と鉄扉によっぽど自信があったのかねェ。中の警備は杜撰も杜撰。この調子でラクをさせて貰えればいいんだが」
「有り得ない話じゃないよ。アタシの経験上、表が立派なほど中身はスカスカだったりするんだ。建物も、お宝も、男もね」
 申し訳程度の明かりが灯された階段は、想像していたよりも深い。地獄の底にまで繋がっていそうな階段を下りながら、常盤とアルミィは小声で言葉を交わし合う。
 ふと、階下から濡れ雑巾を叩きつけているような湿った音が聞こえてきた。
 それが足音だと気づくや否や、常盤はすかさず踊り場の石柵の影に身を隠すと、複雑な印を手で組んだ。
 階段を登ってきたのは、屍人だった。耐え難い腐敗臭に腹の中身が込み上げてきそうになるが、常盤はぐっとこらえて、踊り場に上がってきた屍人に眠りを司る式神をけしかける。
 屍人はものの見事に催眠にかかり、その場で昏倒した。はずみで、屍人が運んでいた大樽が転がり落ち、中身が踊り場一面にブチ撒けられる。
「うへぇ、堪らんなこりゃ」
 アルミィはバンダナの垂れ布を引っ張って、口と鼻を覆った。薔薇少女の肥料なのだろう。樽の中身は、大量の血と、細かく砕いた肉片や屎尿の混合物だった。
 足の踏み場もないとはこのことで、階段を流れ落ちる汚濁はあたかも小さく連なった滝のようだ。常盤は服が汚れてしまうことは諦めて、足を滑らせないよう注意しながら階段を下っていく。
 二人が目指したのは、地下二階だ。
 なかを調査しながら、囚われの少女たちを開放するのが二人の役目だった。
「アタシも色んなものを盗んできたけどね、この世界の"宝"は……アタシの手で持ち運ぶには、あまりに重すぎるよ」
 地下二階に到達したアルミィは、地下牢の様子を前にして、かぶりを振った。
 小さなロウソクの灯りくらいしかない暗い地下牢には、人の身では満足に立ち上がることもできないほど狭い動物用の檻が天井ギリギリまで積み重ねられており、そのいずれの檻にも少女たちが囚われていた。
「もう安心だ、すぐに助けてやるよお前たち。けれど、騒ぐんじゃない。怖いヤツらが戻ってきたらいけないからね」
 アルミィは静かに、しかし勇気づけるように明るい声で少女たちに語りかけた。助けを求める声で狂騒にならないかと彼女は心配していたが、少女たちは顔を軽く上げるばかりで、声を発する者もほとんどいなかった。
 おそらく、騒ぐだけの力も残されていないのだろう。中には、すでに事切れている少女もいるのかもしれない。
「黒天使、か……。いや、いまはそいつのことはいい。この子たちを助けてやらないと」
 周囲の見張りをしていた常盤は、新手の屍人の気配がないことを確かめると、少女たちの解放をアルミィに一任し、地上への隠し階段の場所を探し始める。
 地上部ほどではないが、温室の地下施設も随分と広い。ジルから教わった内部情報を元に、図書館の書架のように立ち並ぶ檻の合間を縫っていくと、不意に視界が開けた。
 そこは薔薇の少女たちと、囚われた少女たちの"食餌"を作る調理場のようだ。
 血脂で黒く染まった粗末な寝台には、もはや正視に耐えない姿にされた人間の残骸が山になっている。側に置かれた大樽の中身は見るまでもないし、調理台に並んでいる犬用の餌入れは、各檻のなかに置かれていた物と同じだ。
「……」
 すでに知覚が麻痺していた常盤は、鼻と口を押さえていた手を離すと、苦虫を噛み潰したような表情のまま視線を巡らせた。普段から使用されていると思しき、脂でヌメった鉄格子戸が一つ。おそらく、廃城地下へと繋がる地下道の扉だろう。
 そして、物置になっている作業台や屠殺道具の後ろに隠れていて見えづらいが、小さな鉄の扉がもう一つ設けられていることに常盤は気がついた。
 邪魔な作業台をずらすと、陰に隠れていたゴキブリやネズミが蜘蛛の子を散らすように這い出てくる。それに構わず、常盤は鉄扉に手をかけた。
「……錆びちゃいるが、鍵はかかっていないみたいだねェ。無駄な手間を取らずにすんで良かった。アルミィ君、そっちの首尾はどうだい」
 扉の先がエアの見つけた地上への隠し階段であることを確かめた常盤は、少女たちの解放を手伝うために引き返す。
「ひどいもんだ。これだけたくさんの子がいるのに、生き残っているのは半分くらいだろう。その子たちだって、生きながらえられるかどうか……」
 檻の鍵こそ見つからなかったが、アルミィは盗賊稼業で培った解錠技術と、盗賊の七つ道具を巧みに組み合わせて、驚くほどの速さで少女たちを解放していた。
 声をかけ、脈を測り、命ある者を檻から出していく。すでに命を失っている子たちには、「あとで必ず戻ってきて、弔ってやるから」と心中で語りかけた。
 二人の猟兵は、足元もおぼつかない少女たちに肩を貸してやりながら、隠し階段を降りてきた猟兵に少女たちの身柄を渡していく。
 幸い、全ての避難が終わるまでのあいだ、鉄格子の奥から屍人が現れることはなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ユハナ・ハルヴァリ
…そう。
終わらせるのが、救い
そういう事も、あるんだね

温室に蠢くのは只の薔薇ではなく
嘗てはヒトだったモノ
もう戻れないのなら、ひとつずつ
せめて手折るよ
痛いよね
だから、忘れない
おやすみ、可愛い子

全て手折ってから
出入り口や避難経路を頭に入れて下の階へ
未だ助けられる子がいるなら逃がし
助けられない子は
……噫、噫、
ごめんね、おやすみ、だいじょうぶ
優しくするから
花は手折って
花ではないなら、人でもないなら、
月の名の短剣を握って
指先で髪を撫でるように、そのいのちを

せめて歌くらいは安らかに降るようにと
温室に歌声響かせる

痛いのは
棘の刺さった掌じゃなくて
渇いた侭の瞳じゃなくて
痛いのは
…なんだろう。
わからないや。


レイラ・エインズワース
鳴宮・匡サン(f01612)と共闘

ヤな相手……
本当に、ヤな相手ダネ
過去の幻が、今を生きる魂を弄ぶナンテ

温室の外から様子をうかがって
花の少ないところや、相手の気配が少ないところを探すヨ
そこから侵入しタラ、あたりを踏みしめた様子ヤ、移動経路を探して地下に向かう道を探してサポート
【情報収集】はそこそこ得意ナンダヨ
任せておいてネ
どうしても邪魔なモノがあったラ、【全力】で壊すケド、あんまり目立たぬように

救助は他の人に任せて、助からないヒトに引導を
せめて痛くないように、一気に焼くカ、頭がある場所を狙うヨ
私の炎は葬送の灯火
迷わぬように、送るから、どうか今はおやすみナサイ


鳴宮・匡
レイラ(f00284)と同行


……ああ、どうしてだろうな
こういう話を聞くと、落ち着かなくなるんだ

レイラの割り出した侵入ルートを使おうか
道中は【情報収集】をサポートしつつ
乗り越えられる程度の障害なら【迷彩】や【忍び足】を使って目立たないように
施設破壊が必要なら【破壊工作】で突破口を開く

中へ辿り着いた後は
間に合う子の救出は他に任せる
戻れない奴は、こっちで片付けるよ
狙うのは胸か、あるいは頭か
一撃で、せめて苦しまないように送ろう

……慈悲かって? わからないよ
ただの自己満足かもな


自分の中の「怒り」や「悲哀」、
相手に対する「憐憫」や「同情」「慈悲」を認識しない
(それを「なんとなく落ち着かない」と表現する)




 常盤とアルミィが地下牢から少女たちを救出していたころ、地下一階の魔術実験場には、魔術の心得がある猟兵を中心とするチームが足を踏み入れていた。
「本当に、ヤな相手ダネ」
 レイラ・エインズワースは、実験場に広がる光景を目にして、紅玉の瞳を微かに伏せた。
 過去より戻ってきた古の存在が、此の場で成してきたこと。
 人の命を、魂を、偽りの救済の名のもとに弄んできたこと。
 それはとても正気とは思えない所業で、レイラは口に出した言葉以上の感想を形にすることができなかった。
 そしてそれは、レイラの隣に立つ鳴宮・匡にとっても同じだった。いや、レイラ以上に、彼にはこのやるせない感情をどう表現すればいいのか、解らずにいた。無意識のうちにぽつりと溢れ出た小さな言葉が、彼にとっては全てだった。
「落ち着かないな」
 匡には、この気持ちをどう仲間たちに伝えればいいのかわからない。いま目の前にいる十二人の娘たちに、どう声をかけたらいいのかも、わからない。
「終わらせるのが、救い……そういうこと、なの?」
 目深にかぶっていたフードをもう少しだけ引き下げながら、ユハナ・ハルヴァリは自身に言い聞かせるように、あるいは、誰かが他の答えを教えてくれるのを期待するように、独り言ちた。
 ユハナの言葉に、レイラと匡が顔を見合わせ、そして、雪色の少年から目をそらした。
 本当は、うなずかなければならなかったのかもしれない。
 本当は、尋ねるべきではなかったのかもしれない。
 けれど、そのことに後悔を覚えるのは、レイラが、匡が、それにユハナが、人間としての気高い魂を確かにいだいていることの証だった。
「そういうことなんだろう。俺には何が正解かはわからないが、それが正しいと信じるしかない」
 しばしの間をおいて、匡はどこか淡々とした口振りでそう言うと、取り出した拳銃のスライドを退いて、銃弾を装填する。壁に掛けられた術式洋燈の白い炎に照らされた実験場に、乾いた金属音が響いた。
「他に通路や階段はないみたいだネ。上の階も下の階もミンナがいるし、敵は現れナイ……私たちは、私たちのすべきことをシヨウ?」
 フロアを見て回ってきたレイラが、神妙な面持ちで二人に告げた。努めて、平静を装った声音で。

 円形の魔術実験場には放射状に十二の寝台が並べられており、そこに拘束された少女たちは、正体のわからない薬液の点滴が多数繋がれていた。
 皆いずれも拘束具を除けば一糸まとわぬ姿であり、肌に刻まれた呪いの紋様は、一番古いものでもまだ傷口が乾いていなかった。無論、それらは未だ人の姿を十分に留めている少女の話だ。
「ごめんね、今は少しだけ、我慢して」
 ユハナは謝罪の言葉を口にしながら、少女の体に食い込んだ術式用の鈎を、点滴用の針を、慎重に抜いていく。そのたびに、口枷を嵌められた少女は肢体を震わせて、くぐもった悲鳴をあげたが、少年が囁きかける歌声が授ける癒やしを受けて、すぐに鎮静する。
「この子は少し変異が現れているケレド、まだ助かるヨ。魔術が魂まで冒していないカラ」
 レイラは掌をかざして、ひとりひとりの少女の容態を魔術的観点から探っていた。肉体的な表面上の変容はあまり当てにならないことを、魔術そのものによって生み出された彼女は知っている。
 レイラの診察を受けて、ユハナが癒やす。痛みを伴う処置は二人で手分けして取り掛かった。その間、魔術の心得をもたない匡は、実験場施設を破壊するための準備を進めていく。
 傭兵として数多の戦場に身を置いてきた匡にとって、砲撃や銃弾に脅かされることのない場所で破壊工作を行うのは、平場となんら変わりがない。実験に使われているのであろう、高純度アルコールや可燃物を用いて即席の爆薬を作成しながら、彼はその時を待つ。
「痛っ……」
 実験初期段階にあった、ある少女の体から生えていた茨を抜いたはずみで、ユハナは掌に怪我を負った。見る間に袖口のファーが自身の血で赤く染まっていく。少年は自身の怪我を癒そうかと一瞬考え、しかし、手を握りしめてそのままにしておく。この痛みは、自分自身で背負うべきものの気がしたからだ。
「助けられるのは、その子で最後か」
「……ウン。だいぶ衰弱しているけれど、八人は元の生活に戻れると思う。ケド、あとの四人は……」
 匡がユハナの手に包帯を巻いてやりながら尋ねると、レイラが項垂れながら答えた。ヤドリガミの少女は紫焔のランタンを提げた杖をきつく握りしめて、寝台に目をやる。
 寝台に残された四人の少女たち。いずれも体の変異は誰の目にも明らかで、なかにはほぼ人の形を留めていない者もいる。実験が失敗したのか、呼吸するたびに苦しげな呻き声をあげている少女もいた。
「俺が手を下す。二人は補助を頼む。即死させるには、どこを狙えばいい? 魔術が施された相手だとしても、急所は人間と変わらないと考えていいのか」
「ウウン、体の構造が変わっている子ヤ、人にはナイ器官に乗っ取られている子もいるノ。私とユハナさんでナビゲートするヨ。それと、手を下すのは……」
「僕たちも、責任を負うよ。そうしなければ、いけないから」
 ユハナは、匡の顔を見上げながら、はっきりと口にした。
 レイラも少年と同じことを口にしようとしていたのだろう。二人の目を順に見つめると、力強く頷いてみせる。
 それ以上、匡はなにも言わなかった。拳銃のセイフティを外し、一人目の少女に銃口を向ける。その仕草をどこか茫と見ていたレイラは、すぐに我に返ると、弾かれたように彼の側に寄り添い、「もう少しダケ、胸の下側を狙っテ」と、手に手を添えて慎重に位置を調整する。
 レイラが側を離れ、ユハナが耳を塞いだを確かめてから、匡は迷わず引き金を二度引いた。狭い地下室に落雷にも似た轟音が響き渡り、硝煙の匂いのあと、血の匂いが鼻孔をついた。
 ――こういうのを、慈悲と言うのだろうか。いや、ただの自己満足か。
 人でもなく、薔薇でもない少女は、なんの反応も示さぬまま息絶える。
 あまりにもあっけなかった。レイラは、どこか現実感に乏しい感覚が薄い膜のように身を包んでいる気分を覚えていた。
 次の少女の傍らに立つ。年の頃はレイラとあまり変わらないだろうか。見れば、萎縮して醜く捻れた翼が四枚、乳房の下の肋骨を割って生えていた。オラトリオだったのかもしれない。
「どうか今は……」
 なにか声をかけてやりたくて、でも、言葉が続かなかった。レイラは少女の頬を包むように両手を添えると、そっと炎を小さな頭蓋の内側に灯す。
 薄暗い室内に、ささやかな歌声が響いた。ユハナだった。彼が紡ぐのは、葬送の歌ではない。春の豊穣を祝う歌だった。どうしてこの歌がついて出たのか、彼自身にもわからない。ただ、送ってやりたかったのだろう。本当の、常春の楽園に。
「ごめんね、おやすみ、だいじょうぶ」
 その気になれば、魔法を使い、手を動かす必要もなかった。けれど、ユハナはあえて月の名を冠する短剣を手にし、自らの手で命を手折る。全身が不完全な茨に変異し、もう人ではなくなってしまった少女の心臓へ、刃を滑り込ませる。不意に掌の傷口が開いて、ひどく痛んだ。それ以上の痛みを、心身のどこかで感じていたのだけれど。
 最後の一人の少女は、匡の手によって幕が降ろされた。二人の若い魔術師が、最後まで生かすべきか死なせるべきか判断に迷っていた女の子だった。
 匡は、あえて躊躇を見せずに事を終えた。それが自分がここにいる役目だと、彼はよく理解していたからだ。
 やがて合図が来れば、この実験場は爆薬で粉微塵に破壊される。
 猟兵としてすべきことを終えた三人の猟兵は、四人の少女の遺体を丁重に布で包むと、簡素な鎮魂の儀を執り行い、火を焚べた。全てが灰燼に帰す前に、せめて人らしく、魂を見送ってやりたかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アーノルド・ステイサム
【POW】
“俺向き”だ。
感情を模倣する機能は実装されているが、所詮エミュレーター。
制御するのは生身の人間よりは得意だよ。
……胸糞悪さを感じちゃあいるがね。

施設の破壊と、それから手遅れの娘たちの始末を請け負う。
前者は遠慮なくブチ砕かせてもらうが、
後者は……もはや元に戻るまいとしても、せめて人として終わらせてやりたい。
戦斧は使わず、火器で心臓を止めさせてもらう。
変異が進んで心臓の位置特定が難しければ、違う急所を同様に。
可能限り速やかに。
痛みを感じる間もないように。

悪いな、お迎えだ。楽にさせてもらう。

――ああ……本当に、胸糞悪いぜ、おい。


ジャハル・アルムリフ
師父アルバ(f00123)と組んで

そうか、最早戻れんか

此れが、若しも我が身であったなら
嗚呼、良く識っている願いだ
故に――

<怪力>を活かして扉や檻などを破壊
花と化した娘らには、与える苦痛をせめて短くすべく
【竜血咒】で引き上げた後に、師父と合わせて
容赦なく【うつろわぬ焔】で根まで焼き尽くす
他の植物や燃やせる物も全て延焼させ障害物も払っておく
全て夢だったとでも思わせる様に、灰に

俺達こそが敵と見えような――それでいい
恨め、呪え

<生命力吸収>により娘らのそれを己の裡に
今更幾つ増えた所で構わん
御前たちの無念も、呪いも
その一片でも連れて行って呉れよう

……御身は他の立ち回りとて選べたろうに、難儀な師だ


アルバ・アルフライラ
ジジ(f00995)と
この手は疾うに罪なき者の血で穢れている
ならば、今更背負う命が増えようと些事に過ぎぬ
…ああ、だが
従者が背負う命は少ないに越した事はない
そう願うのだから、我ながら矛盾したものだ

従者を伴い、向うは温室
乙女の成れの果てだ――咲き誇る花々はさぞや美しい事だろう
ジジに合わせ、容赦なく<全力魔法>の【愚者の灯火】で燃やし尽くす
――この身に走る罅は我が業
全てが灰燼に帰すまで魔法の手を止めはしない
…悪鬼は決して心を痛めぬ
ならば、この胸の痛みもきっと「悲しみ」ではないのだろうよ

全ての生を終らせた後、ショコラッタより予め得た情報からルートを割出
避難させる為のではない
――全ての元凶を屠る為の、な




 遠くから響いた数発の銃声を受けて、咄嗟に柱の陰へ身を隠したアーノルド・ステイサムは、バツが悪そうにかぶりを振った。
 この世界に連射の利く銃器はない。地下で仲間の誰かが仕事を終えただけだ。そうはわかっているものの、身に沁みた条件反射というのは機械の体とはいえ拭い難い。いや、こういう状況だからこそ、組み込まれた生存プログラムが走りやすくなっているのだろうか。
 アーノルドは最後の爆薬を温室の柱に設置すると、仲間の猟兵たちの元へと合流する。
「準備はできた。いつでもこの温室をふっ飛ばすことができる。そっちは?」
「全部で四十五輪……いや、四十五人ですね。隣の者と融合してしまっている個体も含めて」
 温室内で飼育されている薔薇の少女たちの人数を数えていたアルバ・アルフライラが、仲間に情報を共有する。アルバが薔薇の助数詞を訂正したことに、彼と温室内部を探っていたジャハル・アルムリフは、あえて何の反応を示さなかった。
「急所を見分けることができない者も少なくない。アーノルド、なにか見分ける方法を持っていないか。そういう……機能と言うべきものを」
 ジャハルが尋ねると、アーノルドは太い腕を組んで口元を引き締めた。
「あいにくと前線向けの陸戦型でね。あまり上等なシロモノは搭載されていない。……見たところ、最も変異している者でも植物と呼ぶよりは動物のそれに近い印象を受ける。心臓か中枢神経を破壊するだけでは駄目なのか」
「いや、概ねその認識で問題ないでしょう。ですが、施されている魔術が未知のもので、脳髄を断ったからと言って即死させられるとは言い切れないのです」
 受け答えたアルバは、女性と見紛う細指でおとがいをなぞり、思案の表情を浮かべながら言葉を続ける。脳髄や心臓の位置が判じがたい者には、魔力の反応が強い部位に印を付けてきた。迷ったらそこを狙うといい、と。
 だが、魔術的な判断がつかない個体も少なくないという。
「それならば、一瞬で焼き尽くせばいい。痛みも熱も感じないうちに」
 アルバとアーノルドの会話を一歩退いて聞いていたジャハルが、そう告げた。二人の視線を受けても、竜人の男の表情には気負った様子はない。
「元より俺は他のやり方を知らん。銃も扱えない。人として終わらせてやるのは、アーノルド、あんたにしか頼めない仕事だ。俺と師父の手立ては、人の身を相手にするには敬意に欠ける」
 己の顔を見上げるジャハルの目を真っ直ぐに見つめ返していたアーノルドは、組んでいた腕を解いて硝子張りの天井を見上げた。
「買いかぶりすぎだ。俺の言葉も仕草も表情も、所詮は人間らしい感情をトレースしているに過ぎん。人の命に敬意を払っていると、言い切れると思うか?」
「言い切れますよ」
 アルバが目を細めながら、請け負った。アーノルドが視線を自身に落とすのを待ってから、彼は続けた。
「そうでなければ、なぜ少女たちを苦しませずに済むよう、腐心するんです?」
「……」
 アルバの問いかけにアーノルドは何も答えなかった。ただ、「――ああ」と嘆息とも相槌ともつかない言葉を漏らし、再び視線を薔薇の園へと向ける。
 しばしの間を置いたのち、アーノルドはアルバとジャハルに向き直った。
「ならば、俺に判断のつかない者は、二人に任せたい。それは俺にはできない仕事だ。それと、俺が手を下した者の火葬も頼む。人間には、弔いの炎が必要なんだろう」
「わかった、引き受けよう」
 ジャハルが小さく頷きを返す。そして、すべきことをする時が来たと判じたのだろう。彼が温室の東側の壁へと向き直ると、アルバが先に立って歩みだした。アーノルドは、西側へと別れていく。
「私なら、ジジよ。お前と違ってもっと器用な手立ても取れるんだがな」
 温室内に同心円状に並ぶ薔薇の少女たち。その外周列の前に立ったアルバは、従者である竜人の肩に身を乗せながら、冗談めかして笑った。
 魔法陣の刻まれた喉奥の調子を確かめるように、喉仏を親指でさすっていたジャハルは、そんなアルバの言葉に小さく頭を振った。
「いいや、御身は御身が思っている以上に不器用だ」

 そうして、三人の猟兵たちは黒天使が築き上げた偽りの楽園に終止符を打っていく。その光景は、いっそ淡々としていると呼んで差し支えないだろう。
 嬉々とする者はなく、躊躇する者もない。冷徹ではあるが、冷酷ではない。
 三者三様ではあるが、数多の戦場と修羅場を経てきた身だからこそ、それは成し得る仕事だった。
 まだ少女らしい体の曲線を残す一輪の薔薇に、アーノルドは内蔵火器の銃口を向けた。途端、視界モニターに浮かぶ各種情報に赤い警告文が点滅する。いま彼が狙っている相手は、非武装の民間人だという。
 その警告文を読むのはもう七度目だったが、アーノルドはしっかりとその文言を確かめた上で、ロックされた火器管制をオールグリーンに設定変更した。引き金を三度引く。
 顔半分を覆うように咲いた薔薇の花よりも、なお鮮明な赤い血がマズルフラッシュに照らされて妖しく輝いた。音が駆けるよりも短い時間で、少女の心臓は粉々に砕けた。表情すら変える間もなかった。
 ――"俺向き"の仕事だと思っていた。だが、どうだ。この胸糞悪さは。
 八度目の警告が出る。それを確認し、ロックを解除して、トリガーを絞る。
 楽にしてやる、などとどうして言えようか。かつて見た戦場の非道の場に、アーノルドは放り込まれた気分だった。いっそ感情のエミュレーション機能を断ってしまえばいいのだろうが、それは仲間と、自分と、少女たちへの裏切りに他ならない。
 だからアーノルドは、ただひたすらに己の責務を全うしていく。
"!WARNING! 対象を民間人と判定 DCQ179-8888-003をロックします"
"!WARNING! 対象を民間人と判定 DCQ179-8888-003をロックします"
"!WARNING! 対象を民間人と判定 DCQ179-8888-003をロックします"
 十一度目の警告が出る。
 それを確認し、ロックを解除して、アーノルドはトリガーを絞った。
 銃火と業火が温室を赤々と照らしあげ、元より冬の厳寒とは無縁だった室内は、さながら夏の熱気に迫るほど気温が高まっていた。
 もし、自身が眼前の薔薇の少女たちと同じ身であったならば、俺はなにを願うだろうか、とジャハルは胸中で自問自答する。
 答えは見えているようで、見えていない。答えは決まっているが、それを確かな言葉として形作ることが、不思議とできずにいた。
 きっと、この熱気のせいだ。ジャハルは靄がかってきた頭の片隅でつぶやくと、思考を打ち切って、目の前の薔薇に意識を集中させる。
「三人同時に弔うぞ。内臓や神経が繋がり合って、一つの根になっている。魔術核は左の娘の肝臓のあたりと、右の娘の臍下あたりだ。真ん中の……崩れてしまって判別し辛い娘は、全身を炎で包め。できるな、ジジ?」
「無論、御身がそう求めるのならば」
 ほんのわずかな間だったが、従者であるジャハルの意識がそれていたのを感じ取っていたアルバは、いつもより少しだけ増した声量で声をかけた。
 気付け代わりにジャハルの髪を乱雑に掻き乱したあと、アルバは背に刻んだ印に魔力を込めて、生まれたての星にも近しい炎を発生させる。
 ぱき、と……乾いた音が耳の側で鳴った気がした。魔法を行使しつづけたせいか、あまりの熱に耐えられなくなったのか、輝石の髪一房に細かなヒビが入ったのだろう。
 ――いや、違うな。背負った業と考えるべきか。望むところだ。
 アルバは誰にも気づかれぬよう自嘲すると、ジャハルの用意が整ったのを確かめてから、薔薇の少女たちに炎を投げかけた。常に、彼の炎が先だった。背負うものは年若い従者ではなく、自分のほうが相応しい。アルバはそう考える。
 生物が生きたまま焼かれる、あの異様な臭気すら昇らない。周辺の酸素を根こそぎ燃焼させて、二人が生み出した豪焔は骨の一欠片も残さず少女を昇華させた。
 炎と共に立ち昇った生命の輝きを、ジャハルは喰らう。いつもは感じるはずのない味が、今日はなぜだか感じられる。それが苦味だとは、なんとも出来すぎている話だと彼は思う。
 きっと、楽園に住まう娘たちにとって、俺たちは紛れもない敵なのだろう。
 人間としての顔を保ったままの少女の一人と目があったとき、ジャハルはその瞳の奥に秘められた暗い感情に気がついていた。
 ――恨め、呪え。
 ジャハルは少女の目を見つめながら、竜の息吹を燃え上がらせた。
 ――お前が流した恐れの涙は、死するその日まで俺が抱いていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『屍血流路』

POW   :    再び動き出さないよう、ひたすら破壊し燃やせばいいだろう。。

SPD   :    最奥にいる元凶を倒せばあるいはすべて解決できるだろう。

WIZ   :    再生の仕組みを解明すれば怪物を生み出せなくできるだろう

👑11
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 やがて、楽園に咲いた薔薇は、その全てが手折られた。
 用意された爆薬によって温室と地下魔術実験場が跡形もなく破壊され、地下二階の牢獄も火葬を兼ねた炎で焼き尽くされた。
 もう後戻りはできない。
 猟兵たちは地下道を通って、黒天使が潜む廃城地下へと向かう。
 だが、下水を兼ねた地下道には、薔薇にもなれず、死者にもなれなかった、哀れな娘たちの成れの果てが蠢いていた。
 薔薇と囚われの少女たちの世話役である屍人の娘らは、いざという時は衛兵として戦うことを命じられているのだろう。
 血で錆びた屠殺解体道具を手に、二十人は下らない屍人の娘らが猟兵たちに襲いかかってくる。彼女らを救う手立ては、与えられた仮初の命を完全に摘み取るより他はなかった。
 黒天使を滅ぼしたとして、屍人の娘たちに授けられた命は、永遠に潰えないのだから。
アルミィ・キングフィッシャー
…体の作りが変わってる、って話だったな。
なら腕か、それとも足か。頭を使っているなら目か首も考えられるか。

いずれにせよ心臓で動いてはいないのは間違いないか。
…ここは湿度が高く足場も悪い。仕掛けるには丁度いい。
レプリカクラフトで天上から広がって落ちる網を用意し、動きを止めてから首にダガーを突き刺す。止まらなければ肩口だな。でなければ腱を狙って無力化していこう。
網には返し鈎を仕込んである、もがけば手足に傷を付けて動きを鈍らせることが出来る。…その辺りは人のままだろう。

刃物を拭う布くらいは用意しておこう。切れ味が鈍る。
手についたのは後で良い。
…こういうのは年長者に譲るのが筋だ。って言っても今更だな。


レイラ・エインズワース
鳴宮・匡サン(f01612)と共闘

鳴宮サン、無意味な死ナンテきっとないんダヨ
死が救いナンテ、私は言わないケド
死ねない痛みは知ってるカラ
ココで断ち切る

呼び出すのは狂気の魔術師、私の創造主
【高速詠唱】での魔法の連打、ランタンからは焔を、魔術師は雷撃を
【全力】の魔力と、私の思いを載せて、再生の核になってる部位を探しツツ
当てていくヨ
上手く核が狙えないトキは、魔術師に死霊召喚を頼むヨ
鳴宮サンが、射抜いてくれるカラ
呼び出すのはココの子タチ
【呪詛】はきっと天使にあてたモノ、哀れな子を連れてくために、力を貸して
射抜いてあげてネ
撃つコトで救えるコトだってあるんダヨ

ああ、どうか
どうか迷わず逝ってヨネ

アドリブ歓迎


鳴宮・匡
レイラ(f00284)と共闘


ああ、落ち着かないな
今まで、立ち塞がるものを排除することに否はなかったのに
でもだからと言って、この手がそれを撃ち損じることはない
躊躇えば、死ぬのはこちらで
俺はそれを望まないから

基本はアサルトウェポンで面制圧
レイラの攻撃が通るよう【援護射撃】をしていく
必要に応じて【破壊工作】で足場や頭上の構造物を狙うなど
相手の動きを鈍らせるよう立ち回ろう

要請があれば、拳銃での狙撃に切り替える
……ああ、任せな
視るのは得意なんだ、一撃で終わらせるさ
動きの先を読んで、示された弱点や核を精確に撃ち抜く

死ねない苦しみは、俺にはわからない
だからレイラの言葉を信じて撃つよ
それが「救い」になるのなら




 胸の奥で渦巻く灰色がかった感情は、魔術実験場を後にした今でも消えることがない。無抵抗のものに銃口を向けるよりも、戦のなかに身を置いていたほうがいっそ心惑わされることもない――そう考えていた鳴宮・匡は、いまだ晴れぬ感情の靄を抑え込むように、きつく銃把を握りしめた。
 灯りすらない地下道の奥から現れいづる、屍人たち。そのいずれもが、おぞましい人体実験によって人としての形状を失ってしまっている。
「……」
 匡はアサルトライフルの制限点射を解除し、押し迫る屍人の娘に制圧射撃を浴びせかける。屍人の娘たちはしばし足を止めるものの、簡単には倒れない。弾丸は確かに人間の急所を砕いてはいるが、上階にいた娘たちのように、内臓器官が変異しているのだろう。効果的に致命傷を与えられずにいる。
「このままでは押し返される。レイラ、娘たちの弱点を探れるか?」
「任せテ。でも、少し足止めをして欲しイ……襲われながらダト、どうしても探り当てる精度が落ちてしまうカラ」
 匡の要請にレイラ・エインズワースがランタンを掲げて答えると、彼の掃射に合わせて接近戦を試みていたアルミィ・キングフィッシャーが、屍人の反撃を避けざまに二人の元へと退避してきた。
「足止めならいい方法があるよ。だが、相手を一箇所にまとめなければ効果が薄い。匡、アンタの得物で娘たちの進行をコントロールできるかい?」
「ああ、やってみよう」
 頷き交わし合い、散開する三人。匡が再び制圧射撃を開始して、最前列の屍人の娘たちの進行を牽制していく。
 アルミィはすかさず両の掌を組み合わせ、気を錬成する。ユーベルコードによって生み出されたものは、捕り物で用いられる大網の罠だ。彼女は足に絡みつく汚濁を跳ねさせながら体を回転させると、遠心力を利用して屍人の娘たちの頭上に網を投げ広げた。
「どんなもんだい、まさに一網打尽ってヤツだろ? さあ、こいつでしばらく時間は稼げる、嬢ちゃん頼んだよ!」
「ウン!」
 アルミィの網に囚われた屍人の娘たちは、力任せにそれを引きちぎろうともがいている。だが、鈎のついた網罠は動けば動くほど体にまとわり付き、行動を阻害していくのだ。
 匡とアルミィに立ち代わって最前線に躍り出たレイラは、杖に提げたランタンにそっと息を吹きかける。途端、なかで揺らめいていた紫の炎が蕾綻ぶように大きく燃え盛った。
 炎が立ち上らせる陽炎が、見る間の内に人の形を象っていく。
 その者の顔を知る猟兵はこの場には皆無だが、喚び出されたその存在はレイラを凌ぐ叡智を司る存在らしい。
 ――サア、記し示して、私の創造主。
 レイラが心の声で命じれば、"その者"はかいなを振るって血色にも似た凶々しき雷撃を屍人の娘たちに降り注いでいく。
 それはともすれば、デタラメに放たれた無差別攻撃にも見える。だが、魔導の申し子たるレイラが用いる術法に不思慮が紛れ込むはずもない。
「見えタ。雷の焼印のある箇所が、アノ子たちに不死をもたらす根源が隠されている箇所だヨ!」
「助かる。一息に終わらせるぞ」
 探査に重点を置いたために威力こそ大したことはないが、確かに屍人の娘たちの体には黒雷で打たれた焼き痕がくっきりと残されている。
 匡はアサルトライフルを背中に回すと、ホルスターから拳銃を取り出した。拘束を振り払った屍人の娘たちは、その腐敗臭が目に染みるほど接近している。この距離ならば、ライフルよりも手に馴染んだ拳銃のほうが匡にとっては取り回しがしやすかった。
 ――躊躇うな。目の前で立ちふさがるものがなんであれ、迷ったほうが命を落とす……それだけだ。いまは他のことは、何も考える必要はない。
 凶器を手に迫る屍人の蝶形骨を、脇腹を、肩口を、匡は至って冷静に撃ち抜いていく。一見すれば致命傷には成り得ない場所も、焼き痕を目安に狙っていけば、なるほど。弾丸で撃ち抜かれた屍人の娘は、電池を抜かれた玩具のように苦悶する間もなく、次々と汚水に突っ伏していくではないか。
 余りにも味気ない、出来すぎた光景に、匡は優勢に転じたにも関わらず、知らぬうちにこめかみに力が籠もっていた。
 ――これでいいんだな、レイラ。不死という名の苦痛には、これが「救い」になるのだと……俺は信じているぞ。
 黙々と引き金を引く匡の隣に立つレイラもまた、次なる魔法を従者たる幻影の創造主に無言で命じていく。
 実験場を立ち去ったあと、隣に立つ不器用な男の問いかけに答えた自分自身の言葉が、レイラは頭の片隅から離れない。
 "無意味な死ナンテきっとない" 
 果たして、そうなのだろうか。いま目の前で、雷撃に打たれて仮初の命を散らす屍人の娘たちは表情こそ変えず、苦痛を感じている様子は見られない。同時に、幸福の表情も感謝の言葉も彼女たちは示すことはない。
 けれど、与える。
 ――私ダッテ、死ねない痛みは知っている……!
 けれど、与えていくのだ。これが救いなどと言い切るのは傲慢なことだとレイラは理解していた。それでも与えねばならない。百年以上の永きを知る彼女だからこそ、その決意には揺らぎないものがあった。
「火よ、火ヨ。戸惑いも焼き尽くし、私という名の旧い檻を巣立って」
 数の不利を覆すために、レイラはここで死した娘たちの亡霊を呼び覚ます心算だった。しかし、堕した天使に良いように命を使われた娘たちを、いま自分が同じように使役するなど、どうして出来ようか。
 レイラは、自らの根源たる洋燈の焔を手繰る。娘たちの死を意味あるものにするには、自らの手で、その魂の行く先を幸福に満ちた地に導かねばならない。
 それが己に課せられた試練だと、レイラは確信する。
「どうか、アナタも迷うことナク」
 ついて出た言葉は端的だが、そこには炎よりもなお熱を帯びた魂が込められていた。
 最前線に押し寄せる屍人の一団はあらかた片付いたが、匡もレイラも疲労は隠せない。銃弾も魔法も錬り上げるにはひどく精神力を消耗するものだ。
 奇しくも等しく十歳差。頼もしい戦士同士、若造と笑う気は毛頭ないが、苦悩の表情をかすかに浮かべる年若い二人を慮り、アルミィはあえて血みどろの戦場で笑顔を浮かべてみせる。
「もう、いいだろう。アンタたち、"上の子"たちにも終わりを与えてきたんだろ? これ以上苦労を背負ったら、せっかくの二枚目と別嬪さんが台無しになっちまうよ」
 冗談めかしてアルミィが声をかければ、知らぬ内に神妙な面持ちが顔面に張り付いていた匡とレイラは、うたた寝から醒めたように目をしばたたかせた。
 二人の言葉が返ってくる前に、アルミィはダガーを構え直して血溜まりを蹴る。残された相手は多くはないが、ラクに倒せるほどではない。いくらか骨が折れそうだが、だからこそ、これ以上は前途ある若い衆に委ねたくはなかった。
 ――やれやれ、一番相手をしたくないお年頃だ。
 相対するは、十歳前後の面影を残す屍人の娘たち。性の判別も定かではない幼い娘たちはそれぞれ、気味の悪い肉瘤や節足、或いは剥き出しの臓器など、惨たらしい様相を肢体に背負いながら寄ってくる。
 ――体の作りは、確かに変わっている。だが、焼き痕を狙うだけならワケもない。悪いが、ここで正真正銘の最期を迎えて貰うよ。
 大鋸を振りかざしてきた娘の首筋を、逆手に構えたアルミィのダガーが切り裂いた。鼓動は、未だ止まっていないようだ。ドス黒い血がだくだくと娘の裂けた首筋から溢れ出す。駆け抜けざまに、次の娘が叩き下ろしてきたハンマーを避け、半円状に体を捌いた。殴打の勢い余ってガラ空きになった娘の背中目掛けて、三度刃を突き立ててやれば、魔力核を潰された娘はあっけなく汚泥の露と消えた。
「さあ、次だ」
 刃についた血脂を拭う布など、とっくに使い物にならなくなっている。アルミィは己の衣服に無造作に血をなすりつけると、眼前に迫っていた屍人の娘へと肉薄する。
 戦はまだ始まったばかりだ。汚れなど、気にする必要などはない。
 刃を揮うたびに重ねる汚れに比べれば、血も汚泥も、いずれは失せるものなのだから。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

鼠ヶ山・イル
なあ45輪って言ってた?それで、ここにいるのは20人以上?
ああ、たまんないな
この一人一人が、大事に大事にと生きてきた命なんだろ
……ごめんな、終わらせてやるくらいしかできなくて
せめて人として殺してやるから

オレも魔法を使ってこの子たちを「殺して」いく
花と化した身に、花の劔なんてなんの冗談だと思うだろうけど、
一番得意なのがこの魔法なんだよ、許してな
【2回攻撃】で苦しむ間もなく死なせてやる
最後ぐらい苦痛を感じないでくれよ

再生の仕組みってなんだ?
こんな莫迦な所業を断てる手段があるのか
オレも魔道の端くれなんだ、解明してやるよ
そんで、再起不能なまでに破壊してやる
それが、この世界に生まれたモンの責任だから


神埜・常盤
造花も酷かったが……此方も酷いなァ

僕は再生の仕組みの解明を試みる
其の身を縛る邪悪な術を紐解く事で
せめて望まぬ仕事から、彼女らを解放してやろう

仲間と協力や連携を
まずは七星七縛符で周辺の娘達の動きを封じて
少しでも解明に集中し易い状況を確保したく
次にその内の一体に対抗せぬよう催眠術を

抵抗を封じた後は式神に祈りを捧げながら
破魔の力を活用し彼女に掛けられた術の解除を試みよう
此れは忌まわしい呪いの類に見える
少なくとも僕の目にはね
故に祈りで呪詛耐性も強く意識

もし解呪中に発見などがあれば
その都度仲間へ共有を

娘らに最期の眠り授ける時は
符と共に催眠術も使用
大丈夫、次の眠りはきっと優しいよ
おやすみと朽ちた身に触れて




 屍人の娘たちの第一波を退けたあと、より戦闘に向けてカスタマイズされたと思しき大柄な屍人が散見されるようになった。
 優に三メートルはあろうかという異形の長腕が振るわれ、錆びた大鉈が壁を削って火花を散らす。その人外の一手を巧みに避けた神埜・常盤は、呪縛の術が封ぜられた呪符を投擲しながら、憐れみにも似た色を瞳に浮かばせる。
 ――意思も奪われ使役されているぶん、造花よりも此方のほうがよほど酷なもんじゃないか。
 どれだけ魔術で補強されていようと、所詮はか弱い娘たちの肉体で出来た模造の怪物だ。屍人の娘が攻撃を繰り出すたびに、ツギハギだらけの体は捻れ、折れ曲がり、苦痛の叫びを狭い地下道を震わせる。
 ――ならば、務めを取り上げてやることも、人としての温情ってやつかねェ。
 一度不死の要となる魔術核を探るコツを掴めば、次からはさして苦労もなく探査を成すことができる。常盤の役する式神が、そっと彼の耳元に屍人の娘たちの魔術核の在りかを教えてくれた。
「数が多いとは思っていたが……全部合わせたら犠牲者は百人どころじゃないな。ああ、なんてこった。どうしてもっと、早く気がついてやれなかったんだ、オレたちは」
 後悔しても詮無きこと。そうとわかっていても、鼠ヶ山・イルは胸の奥に沈み込んでいく鉛のように重い感情に引きずられそうになる。
 縛符によって動きを止められた長腕の屍人目掛けて、イルは暗い気持ちを押し殺すように……いや、その思いを込めるように、淡い色を帯びた花刃を撃ち放った。
「ごめんな」
 ――こんなことしか出来なくて。こんな姿になるまで、助けに来られなくて。少し遅れてしまったが、受け取れ……!
 一太刀目の剣閃が屍人の長腕を根本から断ち切ると、すかさず二太刀目の剣閃が肩の内側に埋め込まれていた赤紫色の生体器官を貫いた。
 黒天使の実験によって与えられた、仮初の不死をもたらす魔力の根源だ。それを破壊された長腕の屍人は、濁った目をカッと見開いたかと思うと、先程までの痛々しい絶叫がウソのように、静かに息絶えた。
「見事な腕前だね、イル君。とても頼もしいよ」
「どーいたしまして。アンタの呪縛のおかげで、こっちもだいぶラクさせて貰っているよ、常盤」
 長腕の屍人を倒すなり、すぐ次の脅威に成りうる屍人の娘に常盤とイルは相対する。隣り合わせで戦に臨むうち、同種同職の術士の二人が即席のコンビを組んで連携するのは、ごく自然な流れだった。
 常盤が探査と拘束を用い、イルがすかさず屍人の娘に手を下す。流派こそ違えと手繰る力の源は同じで、二人の間に言葉を介した煩わしいやりとりは不要だ。
 次に闇の淵から現れたのは、先の長腕の娘より大柄な屍人だった。相貌こそあどけない少女のそれであるが、異常なまでに全身の筋肉が隆起しており、もはや女性らしさの欠片も見られない。そのさまを見て、常盤が眉をひそめる。
「……可哀想なお嬢さんも居たもんだ。封じ込めるには、少し手間がかかる。フォロー、頼めるかい」
「任せな。誰一人として傷つけさせない。アイツらにも、傷つけさせない」
 常盤はイルの言葉に短くうなずくと、式神に捧げる祝詞を紡ぎ出していく。眼前に迫る屍人から力を奪い取る呪言だ。それに合わせて、手はこの地に満ちる呪怨から身を護る印を結ぶ。
 黒天使の用いる魔術がいかようなものか正確に判じることはできないが、古今東西を問わず、呪いのメカニズムに大きな差異がないことを、常盤は知識と経験で知っている。
 目には目を、歯には歯を、呪いには呪いを。哀れな屍人の娘を介して、常盤はいまだ見ぬ黒天使と対決していく。
「抗わなくていい。苦しまなくていい。そのまま眠れ……さァ、永遠の眠りはすぐそこにある。君に優しく寄り添っているのがわかるだろう」
 まるで子守唄のように、常盤は自身の耳にしか届かない声音で、巨躯に造り変えられた哀れな娘に囁きかける。
 いかにも猛々しく押し迫っていた巨躯の屍人が、不意に吠えるのを止めた。そのまま、抗戦の意思もなく脱力していく。
「わかってるよ、お前を苦しめている素が。オレにも見えるんだ」
 巨躯の娘が動きを止めざまに、イルは胸に抱いていた一編の小説を手繰る。何度も何度も目を通してきたものだから、栞がなくとも求める頁はすぐに開いた。
 十五頁目。紙面に目を向ける必要もない。指先で文字列をなぞり、綴られた文言を正確に心中で詠み上げる。
 ――皮肉だなんて、受け取ってくれるなよ。オレに使える手立ては、これくらいのものなんだ。せめて、餞の花として受け取ってくれ。
 いま再び放たれる、花を模した刃の群像。それは薄桃色の豪雨にも似て、常盤の術によって力を奪われた巨躯の娘へと殺到する。
 薔薇になることを求められ、それも叶わず、暗闇のなかで永遠に生きることを強いられた娘たち。その無残な生に終止符を打つものが花の刃だとは、なんという悪い冗談だろうか。
「……本物の花が、あったら良かったんだけどな」
 何もさせぬまま、巨躯の娘に眠りのなかで真の死を迎えさせた。飛び交っていたイルの花刃が、花弁を散らしながら虚空へ溶け込んで消え失せていく。
 倒れた巨躯の娘の表情はおだやかで、その顔だけを見れば本当に年端も行かぬただの少女に見える。常盤は、半開きの少女の瞼に手を添えて、目を閉ざしてやった。
「十分だよ。イル君の気持ち、ちゃんと伝わったと思う」
「それなら良いんだが。でも、オレは……」
 その先の言葉は、ついぞ出てこなかった。イルは目の前で倒れている巨躯の娘の顔をしばし見遣ったあと、かぶりを振り、すぐに闇の向こうから現れる新手へと視線を向けた。
 感傷に浸るのは、まだ早い。屍人の娘も、そして、黒天使もまだ残っているのだ。
 常盤とイルは、仲間たちと共に次の戦いへと身を投じていく。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ジル・クラレット
その手にした解体道具で、逃げようとした子達も手折ったのかしら
…ううん、それも空想に過ぎないわね
ただ一つ、はっきりと言えるのは
命を奪う正当な理由は、権利は、誰にもありはしないのよ
あなたも…私も

極力、戦況把握の為、常に戦場を広く見通すように努めるわ
序盤はまず数減らしね
白いポピーの【花嵐】で敵のみを攻撃
せめて、最期は白で着飾って
神々の伝承にあるように、苦しみから解放される眠りとなれば

減ってきたら各個撃破に転じるわ
残り体力の少なそうな相手から順に
【シーブズ・ギャンビット】で攻撃
有効そうなら下水の水面の上や頭上を【花踊】でショートカットして
奇襲や油断を狙うわね

可能な限り、とどめは一瞬で
苦しまないように


エア・ルフェイム
この身体を奮い立たせるのは今は亡き少女達の嘆き
どんなに辛く苦しくても迷わない
立ち止まるわけにはいかないんだ

黒剣の焔棘の女王を片手に【見切り】や【激痛耐性】【武器受け】を活用しながら、一気に間合いを詰める
多少の怪我は承知の上。今は一秒でも時間が惜しい

戦いなんだから痛みは伴って当たり前
…だけど、貴女達は望んでそうなったわけじゃない
過ぎ行く日々を、生きる為に一生懸命だっただけなのに
奪われるだけでなく命すら弄ばれて
その苦しみも辛さもきっと計り知れないものだろう
だから一秒でも早く。望まぬ時から解放してあげられる様に
分かる範囲内で急所を狙い、全力の炎舞爪を

必ず貴女達の無念は晴らす
悲劇は繰り返させないから


ジャハル・アルムリフ
師父(f00123)と組み
俺は壁を兼ね、師父の精察の機を作る

せめて、無念でも何でもぶつけて来るがいい

数が多い故、防御・吸収は最大限活用
【竜血咒】を使用、後方に通さぬ様耐え凌ぎながら
ドラゴニアン・チェインで散らしてゆく
師の魔法射撃時は素早く退き、視界を開ける

娘らを生に縛った術は何であるか、探りながら相手取る
間近で砕いた娘の体内、己の目でも何かを糧にした
不自然な再生などに気付ければ師父へと声を
或いは疾く、破壊を
それさえ解れば余計な苦痛は無用
済まなかったな

成れの果て――か
救われず
導かれなかったものの

……永き務め、御苦労だったな


アルバ・アルフライラ
ジジ(f00995)と
慈愛?救済?
はっ、戯言も此処まで来ると最早滑稽よな
娘達の身を、心を此処まで弄んでおきながら
――救済の天使等片腹痛いわ

脳を壊され、心臓を穿たれ、致命傷を受けて尚彼女等は動くのだろう
ならば【女王の臣僕】による範囲攻撃で屍人を足止め
弱点を探す時間を多少稼げるだろう
屍人は魔術実験により生み出された存在
魔力を源として人の形を保っていると仮定すると何処かに命の根源たる魔術核がある筈
再生の過程等を注視、魔術核を見出したらジジにも伝達
後は、我等の手で破壊するのみ

仮初の命とはいえ娘達を…そしてジジを無闇に傷つけぬよう疾く終らせよう
…全く、独りで背負おうとするなというのに
背負う時は共に――だ


ユハナ・ハルヴァリ
屍人。
死んではいなくて、
…でも、生きているの、この子たちは

悩む様に少し立ち竦んで
けれど
長杖は華に
短刀は掌に
確りと握って前を見る
…僕には、わからない
わからないよ。
どれがしあわせなの

わからないから、答えを探る様に
その屍の仕組みを、成り立ちを、術を追う
手が、身体が勝手に動いて娘達の隙間に潜る
終わらせ方を、知ってしまう
如何して、と足掻いて
返り血を浴びて
その軀に突き刺さる星屑の貴石を茫と眺めて
ただ記憶する

確かに鼓動を止めた君が
如何やってその姿になったのか
確かに瞬きをした君が
どうやって終わっていったのか

この昏い路には降らない星を零して
先へ、先へ
天使を見つけるまでは、止まれない
止まらない
全部終わりに、しよう




 猟兵たちの感覚は、とうに狂ってしまっていた。
 いつ終着点が訪れるとも知れない、漆黒の闇に。
 足首まで浸す、腐った血と汚物の澱みの臭いに。
 己が運命を呪いながら迫る異形の娘たちの姿に。
 地下道の奥から殺到する屍人の娘たちの人数など、もはや正確に数えている者もいなかった。この娘を倒せば終わる。その次の娘を倒せば終わる。その次の娘さえ倒せば、きっと――。
 その果ての知れない戦に、猟兵たちの思考が焼き切れそうになった頃。
 さらなる異形が闇を掻き分けて猟兵たちの目の前に現れた。
「屍人たちの親玉、というわけか」
 ジャハル・アルムリフが視線を向けるのは、眼前に迫る屍人の娘たちではない。彼女たちの更に後ろから這い寄ってくる、規格外の屍人の娘だった。
「違う。この子たちは、そんなんじゃない」
 竜人の男のつぶやきに、ユハナ・ハルヴァリは表情をかすかに……ほんのかすかに曇らせながら、首を振った。従者たる竜人の男の肩に腰掛けたアルバ・アルフライラが、雪色の少年の言葉を補足する。
「親玉どころか、失敗作だな。見ての通り巨人のような図体だが、他の娘たちはおろか自身の体すら制御しきれていないように見える」
 ジル・クラレットがその言葉に頷くと、仲間が提げるランタンの灯りに照らされて、髪に飾った赤薔薇が艷やかに煌めいた。
「よく見て。たくさんの女の子たちが無理矢理に繋ぎ合わされているわ。数は……四人、いえ、五人かしら」
「失敗作にせよ、遊びで創られたにせよ、許せない。もう、私にはなにも言えないよ。これ以上口を開いていたら、たぶん……普段の私ではいられなくなってしまうもの」
 眼前に立ち塞がる脅威にして悲劇に、エア・ルフェイムは息をつまらせる。いつだって笑顔を忘れたことのないエアだが、今日ばかりは常のように振る舞うことができずにいた。
 数多の屍人の娘たちを引き連れ、足元の汚濁を掻き分けながら迫る、集塊の娘。猟兵たちが敵の出方を注意深く観察するなか、ジャハルは躊躇なく最前線に歩み出る。
「相手がなんであれ、すべきことはこれまでと変わらない。俺が壁になる。師父、ユハナ、探りを入れてくれ」
 すでに戦に意識を集中しているジャハルは、声をかけた二人を一顧だにせぬまま地を蹴った。肩の上から汚濁に降りざるを得なかったアルバが物凄くイヤそうな顔をしたことも、今は気にしない。眼前に迫る屍人の娘たちと、集塊の娘を押し止めることが、いまの彼にとっての全てだ。
 次々と振り下ろされる鉈や、鋸や、槌を、ジャハルは腕の一振りでいなしていく。集塊の娘が下した縦横無尽の殴打はさすがに軌道をずらせず、幾らかの打撃をその身に受けざるを得なかった。
 だが、娘たちの意識を一処に縫い付ける意義は大きかった。
 アルバは従者であるジャハルが娘たちの攻撃を受け持つうちに、魔術によって呼び覚ました存在を現し世に顕現させていく。
「救済の天使など、片腹痛い」
 ――だが、それならば、私たちの行いは何と呼ばう?
 偽りの救済に苦しむ娘たちに、終末をもたらす者。偽善だろうか。傲慢だろうか。アルバは魔法を紡ぎながら、思索を中断して小さく吐息をつく。
 たとえそうだとしても、何を惑うことがあろうか。己を信ずるからこそ、ここにいる。それ以上の意味を求めることなど、無用だ。
 穢れのほかになにも無い戦場に、麗しい青玉の翅をひらめかせる無数の蝶々が舞う。それは氷をも凍らせる冷気を纏い、群がる屍人の娘たちの動きを立ちどころに鈍らせていった。
 万物が足元の汚濁ごと凍てつくなか、アルバはユハナをちらりと視線を巡らせる。
「六花の、力を貸してくれ」
「わかった。僕も追っていく、一人残らず……誰も苦しめたくないから」
 ユハナは手にした杖から手を離すと、交響曲のコンダクターのように掌を大きくひるがえした。彼の白い指先が辿ったあとには、天の川のような無数の輝石の煌めきが残されていく。その手元からは、あの杖が跡形もなく消え失せていた。
 青玉の蝶と共に、白く澄んだ輝石が流星群のように屍人の娘たちと集塊の娘へと殺到していく。
「見つけた」
 見つけてしまった。すでに黒天使が娘たちにほどこした魔術のパターンを見抜いていたユハナには、魔術核の在りかを探り出すことは造作もなかった。
 射抜いたユハナの輝石が、撒かれたアルバの青蝶の鱗粉が、屍人の娘たちの不死の根源の在り処を正確に掴み、薄闇のなかで鈍い光を与えた。
 まともに動けず、弱点も露わになっている相手など、ジルにとっては薔薇を手折るよりもなお簡単なことだった。
 まずは別個に動いている娘たちに、ジルは最期の時を迎えさせていく。
 動きを止められてもなお、牙を剥いて襲いかからんとする屍人の娘たちを見て、彼女は口唇を噛みしめる。
 例え抗えぬ命令だとしても、屍人の娘たちはこのようにして生者から命を奪い尽くしていったのだろうか。だとすれば、心にまとわりつく錆びた鎖は、ますます心身を重く沈めていくばかりだ。
「恨むなら、恨みなさい。あなたが心からそう願うなら、それが呪いだとしても私は受け止めてあげるから」
 小さな刃にも似た、乱れ往く白い花びらの刃。それは狙い違わず屍人の娘たちの魔術核を一息で貫いていく。
 まるで手向けの花が散るように、清廉な光景だった。透き通った白が屍人の娘たちを覆い尽くしていく光景のなか、娘たちへ真の終わりをもたらすために、エアは剣を片手に戦場を駆けていく。
 ――でも、これで終わりじゃないことを、私だってわかっているんだ。立ち止まるわけには、いかない……!
 揺らめく炎の形を象った刃は、フランベルジェという名で呼ばれているそれを思わせる。だが、エアが携える黒剣は、それとは性質を明らかに異とした。
 エアは焔棘の剣を携え、一気呵成に屍人の娘たちの陣へと攻め込む。
 時が惜しい。一刻も早く、屍人たちを黒天使の呪縛から解き放ってやりたかった。一人の娘の不死を解き放つ間に、三人の娘の攻撃がエアに襲いかかる。それらを素早い剣さばきで受け流していくエアだが、相手の数は多く、その全てを避けることは、いかな猟兵とはいえ不可能だった。
 その苦痛を巧みな操心術で押し殺し、エアは返す刀で相対する娘たちを仕留めていく。その二つ名の通り、華の焔が如く、美しく、果敢に、燃え尽きんばかりに。
「娘たちは全て解き放たれたか……この者を除いて」
 被打は最小限に抑えたはずだが、それでも少なからぬ怪我をエアは負っていた。ジャハルはそんな勇猛を見せたエアと並び、再び集塊の娘へと視線を送る。彼らの周りには、魔術核を穿たれて生を失った数多の娘たちの亡骸が転がっていた。
 残された敵は、五人の少女を繋ぎ合わせて創られた集塊の娘のみ。構成する娘たちの姿形はそれぞれが大き異なり、もはや一言で形容することは不可能だった。
 ある娘は海の底の軟体生物めいた触手器官を全身で蠢かし、ある娘は肢体のほとんどを節足動物の体躯と甲殻に置き換えられ、また、ある娘は腫瘍だらけの病み爛れた毛皮で全身を覆われていた。そしてその全てが、五体不確かな姿のまま、茨状に変異した体組織で複雑に絡み合い、解け合っているのだ。
「全部で五人。不死の力を与えている核も、五個ずつ。同時に破壊しなくちゃ、すぐに再生されてしまいそう」
 ユハナの言葉に、楽観的な言葉を返すものはいなかった。これまでの戦いの中で、猟兵たちは不死の呪いの強さを肌で実感していたのだから。
 ならば、同時に集塊の娘の魔術核を打ち砕けばいい。
 五つの魔術核を、同時に穿てば、苦しませぬまま倒すことができる。
 誰とも無しに提示された作戦は、作戦と呼ぶのもおこがましいシンプルなものだった。
 ――それでも、やるしかない。
 ジャハルは全身を呪紋によって生じさせた甲冑で包み直すと、惑うことなく仲間たちと共に集塊の娘へと踊りかかった。
 主の生命力を喰らって生き永らえる呪いの甲冑は、ジャハルの身を一秒ごとに苛んでゆく。しかし同時に、鎧は彼に無上の力を与えることを厭わなかった。
 無念でも、憎悪でも、諦観でも、なんでもいい。腐り果てた肉体の奥に仕舞われた、人として残された最後の感情を、ジャハルは受け止める所存だった。
 彼は戦場のなかにあって、ただ一度だけ、師父と仰ぐアルバの顔を肩越しに見遣った。この手を再び汚すことへの、許しを求めるように。
 そして、無言のなかで気合を発し、竜の血が与えた縛鎖の力を、飛びかかりざまに集塊の娘へと放った。
 愚かな男だと、アルバは従者の背中を見つめながら苦笑した。それと同時に、なんと可愛い男だとも思った。出来の悪い子ほど可愛いとは言うが、よもやこのような状況でそれを実感することになるとは。
 アルバは無論、黙って攻勢の行く末を見守るつもりなどなかった。深海の輝きに近しい瞳に力を込めて、無数の蝶々を呼び覚ます。
 竜人に次ぐもう一つの従者たる蝶々は、アルバの命令通り、狙い難い集塊の娘の背中へと殺到していく。娘がいくら振りほどこうと暴れても、霞のように柔軟な蝶々を打ち払うことは不可能に近い。
 ――背負うならば、せめて私も背負おう、ジジよ。
 自らが印をつけた、集塊の娘の魔術核の在り処へと蝶々をけしかけながら、アルバは思う。誰もこれ以上傷つけさせない、と。屍人の娘も、そして、従者である男のことも。
 戦いのさなか、ユハナは白昼夢を見た。
 いや、それは、彼が振るった魔術による共鳴現象のようなものだったのかもしれない。手にした刃の先が、集塊の娘の指先に小さな怪我を負わせた瞬間、それは起きた。
「……ああ」
 ユハナは目を見開いて嘆息した。
 集塊の娘を形作る五人の少女たち。それらの生と死の記憶が、荒波のように真白い少年の頭のなかに流れ込んでくる。
 決して、見たくはなかったその情景。時間にすれば、わずか一秒にも満たない間の知覚だったが、それは若い少年の精神を疲弊させるには十分なものだった。
 されど、ユハナは決して魔術を手繰る手を止めなかった。
 苦痛に満ちた生前の生活も、苦痛に満ちた死の瞬間も、苦痛に満ちた今この瞬間も……ユハナにとっては、娘たちが抱える全てが、すぐにでも浄化すべきものに思えたからだ。
「終わりにしよう。それがしあわせなのか、どうか……僕にはわからないけど」
 それが不幸だと断ずるのは自分勝手なことだと、ユハナはわかっているつもりだった。それでもなお、矢の如く降り注ぐ輝石の力が、娘たちの苦痛を祓うと信じるしかなかった。
 身に纏うドレスは汚濁を染ませて、ひどく重々しい。ジルは心身にまとわりつく粘り気を帯びた感情を打ち払うように、戦のなかで汚れきった上着を破り捨てた。
 体が軽くなっても、心に沈殿したものまで軽くなるわけではない。だが、一度覚悟を決めれば、思考をかき乱す暗雲のようなざわめきは、一筋の光が指したように静まっていく。
「あなたの命を奪うわ」
 汚れきった戦場においては、彼女の姿こそが一輪の花だった。闇のなかでもそれとわかる生命の輝きを放ちながら、舞うが如く軽やかに空中を駆けるジル。その身は跳躍の頂点でくるりと背中向きに回転をし、地下道の天井を蹴った。
 空中で加速を得て落下する先は、眼下で暴れる集塊の娘の核である。構えた短刀がぬらりと妖しく輝き、ジルの恵み深い彩を誇る髪が風を受けてなびいた。
「もしあなたが、誰の命を奪っていなかったとしても」
 命を奪う。その権利があるわけでも、正当化できるわけでもない。それは驕りだということはジルにはわかっていた。どんな理由や大義名分をつけようとも逃れられない、命を奪うことの意味と重みを彼女は自分自身につきつける。
 集塊の娘が叩きつけてきた鉄槌を避けたエアの片腕は、炎を纏う竜の腕へと変異を遂げていた。すぐ真横で打ち付けられた鉄槌の威力は凄まじく、かすってもいないというのに衝撃が体の芯まで伝わってくるほど。常人であれば、恐れおののいてその場で立ち止まっても無理はなかっただろう。
 しかし、エアは止まらなかった。果敢に集塊の娘の懐に飛び込むと、絡み合った巨体の中心で嘆き叫ぶ、一人の少女の元へと駆けつける。
「貴女たちの無念は、必ず私たちが晴らしてみせる。だから――」
 もう、泣かないで。
 エアは心中で告げる。敵としてではなく、救済者としてではなく、一人の人間として、彼女は少女の嘆きに向き合った。
 風と共に闇をも切り裂いた竜の剛爪が、少女の心臓に埋め込まれた不死の魔術核を貫いた。なんの温もりも持たないその内臓器官を、一握の元に砕き潰す。
 安らかに眠ってくれることを、エアはただただ祈った。奪われ、弄ばれ続けた哀れな少女たちの生に、苦痛という名の傷跡を増やしてあげたくはなかったから。
 そうして、それは成し遂げられた。
 五人の猟兵たちの渾身の一撃が、集塊の娘の全ての魔術核を破壊したのだ。
 ほぼ同時に。全く狙い違わずに。不死の力で回復する間も与えず、猟兵たちは集塊の娘を打ち破った。
 歪な形に積み上げられた積み木がバラバラと崩れ落ちていくように、核を失った屍人の娘たちはその身を地下道の汚濁のなかへと崩壊させていく。
 そのあとは、何人たりとも地下道の闇の奥からは現れなかった。屍人の娘たちに取って代わるように、恐ろしいほどの静寂が押し迫るなか、戦の熱が猟兵たちの心身のなかで燻り続けていた。
「……永き務め、御苦労だったな」
 ジャハルは、来た道を振り返る。死屍累々とは、まさにこのことだった。口に出た言葉は皮肉ではない。人として終わることが出来なかった、誰からも救われることのなかった娘たちへの、心からの労いだった。
 ジャハルの背に手を添えたアルバは、「振り返らなくていい」と静かに告げた。
 振り返り続ければ続けるほど、思いを馳せれば馳せるほど、この戦が残した呪いのような毒が心を蝕んでいくだろう。いかに猟兵とはいえ、アルバは人の心がその毒にひどく弱いことを知っていた。
 けれど、無理に前を向かせることだけは、しなかった。その毒こそが、人を人たらしめる尊い痛みであることもまた、事実だったからだ。
「先に進みましょう……この痛みをぶつけるべき相手が、まだ残っているわ」
 顔についた血と汚物を拭いながら、ジルは仲間たちの顔を見渡す。あえて足元に散らばる娘たちの遺体には、一度も視線を落とさなかった。見ればきっと、憐憫の念を抱いてしまうだろう。その感情は、いまは胸の奥に秘めていたかった。
 ――決して、忘れたりしない。君たちのこと。君たちが生きた証を。
 再び闇の奥へと向かい始めた猟兵たち。ユハナは手にした杖を胸元に抱きながら、少しのあいだだけ、まぶたを強く閉ざした。
 脳裏に浮かび上がるのは、五人の少女たちの生の記憶。彼女たちの無念を晴らすためには、立ち止まるわけにはいかない。躊躇うわけにはいかない。
 まぶたを開いた少年は、闇の奥に灯る幽かな火をまっすぐに見据えた。
「ようやく顔を拝めるね。これまでの報い、しっかりと受けさせてあげなくちゃ」
 竜爪から元に戻った己の手を胸元で強く握りしめたエアは、地下道の終点にそびえる鉄扉を見上げた。
 この先に、この悲劇を作り出した元凶がいる。エアは溢れ出しそうになる感情を堪えながら、最期に目が合ったあの少女にたてた誓いを胸中で反芻する。
 ――悲劇は決して繰り返させない。任せて。
 猟兵たちはそれぞれの胸に思いを抱きながら、廃城地下へと通じる扉を押し開いた。そこで待ち構えているであろう、黒天使を討ち滅ぼすために。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​




第3章 ボス戦 『救済の代行者・プレアグレイス』

POW   :    黒死天使
【漆黒の翼】に覚醒して【黒死天使】に変身し、戦闘能力が爆発的に増大する。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
SPD   :    鏡像の魔剣・反射
対象のユーベルコードを防御すると、それを【魔剣の刃に映しとり】、1度だけ借用できる。戦闘終了後解除される。
WIZ   :    鏡像の魔剣・投影
【魔剣の刃に姿が映った対象の偽物】が現れ、協力してくれる。それは、自身からレベルの二乗m半径の範囲を移動できる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はリーヴァルディ・カーライルです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 廃城の地下に広がっていたのは、地下聖堂だった。おそらく、ヴァンパイアたちの目を逃れて神に祈るために造られた、人々の聖域だったのだろう。無論、いまとなってはそこに訪れる者は一人としていない。
 祈る者のいないからっぽの聖堂の主は、薔薇の花で飾られた黒い髪をなびかせる天使だった。彼女は白い翼を緩やかに広げながら、青い炎の洋燈に照らし出された薔薇の娘の髪に、手ぐしを入れていた。それが慈愛だと、心から信じているように。聖堂に活けられた、七人の薔薇の一人一人へと。
 その手が、ぴたりと止まった。
 猟兵たちだった。数多の薔薇を、数多の不死を、その手で手折ってきた戦士らの顔には、疲労の影が色濃く滲んでいる。だが、一人としてその目から力の抜けている者はいない。
 大仰な名乗りも、冗長なやりとりも、無用ということなのだろう。黒天使は無言のまま、無表情のまま、禍々しい装飾の施された長剣を手に、猟兵たちへと向き直る。
 だが、注意深い猟兵たちの幾人かには、きっと見えていたはずだ。
 表情も変えない黒天使の瞳の奥に、憎悪の色が滲んでいることを。身勝手な己の行いを真の救済と信じている、歪んだ憤怒の炎が灯っていることを。
レイラ・エインズワース
鳴宮・匡サン(f01612)

アア、ああ……
これが天使、この薔薇園の元凶
瞳に宿る感情は到底理解のできないモノで
滅びたはずの幻が、救済を与えられるハズなんてないノニ

私もまたきっと、過去のモノ
ソレでも、夢を覚ますコトくらいはできるカラ
鳴宮サン、連戦ごめんネ
もうちょっとダケ、力を貸して
死霊を使役するような迷いはもうない
この天使は、私の手で
【高速の詠唱】は謡うように、込めるのは私の【全力】の魔力と、想い
被弾も厭わない
【生命力】を啜ってデモ、ココで討たないといけないカラ
鳴宮サンの術がかかったのを見極めて、確実に槍を放つネ

望まぬ不死は救済じゃないッテ、よく知ってるんダ
きっとコレは私の――

アドリブ・絡み歓迎


鳴宮・匡
◆レイラ(f00284)と共闘
◆複数描写OK

対峙した相手の瞳に宿る色に
指先に僅か力が籠る
ああ、もしかしたらこれが
(……怒り、ってものなのかな)

その「感情」は内に沈める
何よりそれを誰かに見られたくない
特に、隣にいる彼女には

謝ることなんて何一つない
このくらい慣れてる、頼っていいぜ
相手の動きを「視て」動き出しや攻撃の起点を阻むように牽制
加えて、レイラへ迫る攻撃は全て弾く

狙うなら剣を持つ手首
あるいは機動を削ぐなら翼の付け根
手っ取り早いのは眼か
複数回の銃撃を起点に【抑止の楔】を
完全に封じられなくてもいい
レイラの攻撃に繋げる起点にさえなれば

見えるだろ、「死」が
お前の頭上に振るのは救いじゃない、「終わり」だ




 鳴宮・匡は指先の震えを握りつぶすように、一度だけ強く拳を握りしめた。
 恐怖や緊張のための震えではない。この廃城に辿り着いてから、匡のなかでずっと燻り続けていた「落ち着かない」感覚が、指先に無駄な力を伝えているのだった。
「ゆこう、レイラ。この仕事を終わらせるために」
「ウン。そのために来たんだカラ。あと少しダケ力を貸して、鳴宮サン」
 こちらの出方を伺っているのか、悠々とした足取りで距離を詰めてくる黒天使を真っ直ぐに見つめ返しながら、レイラ・エインズワースは匡の言葉に応じた。
 白魚の細指が、無意識のうちに杖に施された装飾をなぞる。レイラもまた、悲劇の元凶を前にして、言葉にしきれない感情が心身の奥底から広まっていく感覚を覚えているのだ。
 戦の始まりは、唐突だった。円状に動いて睨み合っていた匡と黒天使双方が、突如弾かれたように駆け出した。
 匡の指先の震えは、とうに消え去っている。一度トリガーに指をかければ、感情は凪いだように平静を取り戻すことができた。
 願わくば、その感情の気配が指先の他に表れていないことを、彼は祈る。それは己自身が相対すべき感情であり、特に、傍らにいる少女が知るべきものではなかった。知られればきっとまた、少女に要らぬ気遣いをさせてしまうだろうから。
 小手調べの銃撃は黒天使の致命傷にはならず、反撃の剣戟も匡の羽織るジャケットをかすめるのみ。
 その一瞬の攻防の間隙を狙ったレイラは、白く霞む息を後方に流しながら身を翻すと、魔術の詠唱を素早く紡いでいく。紫炎が力ある言葉に応じて大きく燃え盛り、飛び散った火の粉がたちまち昏き炎の槍へと変じていく。
 ――人が人に救済を与えることナンテ、そんなに簡単にできるハズがナイヨ。ましてや、それが人ではない過去の幻であれバ、それはきっト……。
 黒天使の濁った瞳の奥に灯る光の意味を知れど、レイラはそれを理解することはできなかった。いや、理解できたとしても認めるわけにはいかなかった。
 放たれた炎の槍が、黒天使の咄嗟の防御の合間を縫って身を貫いていく。黒天使とて痛みはあるというのか、その表情が醜く歪んだ。人と同じ色をした血が、床を赤黒く汚していく。
 不意に空間が揺らいだ。黒天使の携える魔剣が妖しい光を帯びて、その姿を捉えられたレイラの幻影が生み出されたのだ。
 用いる手立ても幻燈の娘のそれと同じく炎の槍。匡がすかさず放った牽制の一手で致命傷こそ免れたものの、レイラをかばった彼も、レイラ自身も、浅からぬ怪我を負ってしまう。
「……よくも」
 偽物とはいえ、レイラの姿に向けて引き金を引かせたことによる「落ち着かない感情」が、匡の心を満たした。その強い感情は彼の心身を昂ぶらせ、しかし同時に、恐ろしいまでに神経を研ぎ澄まさせた。
 剣を振りかざす手首を、翼を、腰部を。黒天使の行動の要となる部位を、匡は正確無比に撃ち抜いていく。
 黒天使の動きが、止まった。身を以て己の魔術が生み出す力の結果を知ったレイラは、腹を焼き貫かれた痛みを胸に刻み、一歩前へ踏み出す。
 この痛みは、恐れるべきものではない。本当に恐れるべきものがなんなのか、彼女はこの短い戦いのなかで知っていた。
 生み出した冥府の炎槍を一つに束ね、まっすぐに撃ち放つ。レイラの手を離れた炎槍は満ちる瘴気を焼き払い、澱んだ空気を浄化し、そして黒天使を貫いた。
「……ごめんネ、鳴宮サン」
「謝らなくていい。このくらい慣れている」
 一度黒天使から間合いをとった匡とレイラ。
 レイラがなにを言わんとしているのか、匡にもわかっていた。その謝罪の言葉に複数の意味が込められていることも。それも含めて、匡は答えた。
「頼っていいぜ」
 彼の言葉に、レイラは小さく、そしてしっかりと頷きを返す。視界の隅で、黒天使が再び剣を掲げたのが見えた。
 レイラは詠唱を口遊みながら、黒天使を見据える。
 これは悪夢だ。過去から滲み出た悪夢だ。それならば、夢を覚まそう。その力が私にはある。私たちにはある。
「もう、何一つだって……迷わナイ」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

アルミィ・キングフィッシャー
ああ、こいつは一番嫌いな類の存在だな。
手前の善に酔っ払って施しとやらを振りまく奴。
オブリビオンだろうがそうでなかろうが、蘇る前からろくなやつじゃなかったんだろう。
問答は無用だ。アタシらが潰す。

『七つ道具』から刃物を掴んで奪うための手袋を取り出す。概ね相手の攻撃は剣が中心だ。奪えれば攻防を封じられる。…向こうもそれを分かっているだろうから隙を窺う必要がある。
戦いの中で相手が別の猟兵に向いた所で隠者の指輪(UC)を使用。目立たないように迷彩をマントに託し相手の背後に忍び足で回り込む。
そして相手の剣を握る力が弱まる瞬間を見計らって、奪い取ってしまおう。

今まで奪い取る側だったんだ、これくらい我慢しな。




 そういえば、と戦いのなかでアルミィ・キングフィッシャーはふと昔の出来事を思い出す。
 訪れたある街で見かけた、裕福な商人のことだ。商人は一代で財を成したやり手だったが、決して驕り高ぶることはなく、得た利益を街に多く還元し、そして慈善活動にも積極的だった。まさに絵に描いたような紳士だ。商人の評判は高く、街の名士としての名声を欲しいままにしていた。
 ――だが、そんなものはウソだった。いま目の前にいる黒天使とやらと同じさ。手前の行いに酔っているだけの、外道だ。手にしたものは生み出したものではなく、奪ってきたものだというのにね。
 商人は、街の外で人道に悖る手口で商売をしていたのだ。黒天使の所業と、それはほとんど変わらないものだった。
「問答無用だ。必ず潰してやる。アタシらの手でね」
 アルミィは七つ道具から取り出した、分厚い黒革と鉄鎖仕込みの手套を手にはめた。仲間との交戦に黒天使が意識を集中している今がチャンスだった。
 アルミィは音も立てずに地を蹴り、聖堂に満ちる薄闇に身を投じながら黒天使の背後へと駆けていく。冬の嵐にも似た戦の轟音と、飛び交う魔の応酬。鼻をくすぐる血と、薔薇の香り。その全てに女盗賊は己の身をなじませ、溶け込ませていく。
 ――そういや、あの商人はどうなったんだっけ。失脚したのか、それとも今でものうのうと生きているのか……。
 黒天使が高々と振り上げた魔剣に、アルミィは手をかけた。刃の鈍い付け根を掴んだにも関わらず、鉄鎖がブツブツと千切れ、黒革が裂けていく。
 直接動きを止められたことに、黒天使がわずかに驚いたような表情を浮かべた。アルミィはにやりと不敵な笑みを浮かべると「今まで奪い取る側だったんだ、これくらい我慢しな」と言い残し、その手から魔剣を奪ってみせる。
 即座に黒天使の追撃を逃れて距離を置いたアルミィは、手のなかの禍々しい得物を軽く振るって「ほう、悪くない」と感心してみせる。
 あの商人の末路を、アルミィは知らない。だが、眼前にいる黒天使の末路は、知っている。奪う者はいつか奪われるのだ。
 ――ま、それはアタシも同じか。この剣をいつまで奪い返されずに済むかね。命懸けの鬼ごっこと洒落込もうじゃないか。
 魔剣を失った黒天使の翼が見る見るうちに漆黒へと変じていく。
 救済の天使の皮を剥ぎ捨てた、死の天使。それこそが黒天使の真の姿なのだろう。口元を歪めて嗤う彼女の姿は、紛れもない邪悪そのものだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジャハル・アルムリフ
師父(f00123)と組み

正しい定義など知らんが
否、不愉快だ
あの仕打ちを救いなどと

せめて長引かせはすまい
全て此の身に刻んできた
貴様も受け取れ

師の呼んだ死霊達を共として
喰らってきたものを喚び起こす様に【竜血咒】
一端である竜翼を広げ、【怨鎖】で追撃
負傷は厭わず、生命力も喰らう
逃がさぬ
我が裡で詫びてやれ

師父の姿映し取ったなら許せぬ
偽物を己の血で汚し、目印とする
驕るな、紛い物が

何を真の救済と呼ぶかなど
嘗て伸べられた御手に教えも乞えず
此の娘らに与えられるものは死ひとつ
故、最期までを焼き付けて

御前たちは、もう自由だ
……手向けのなんと白々しい事か


アルバ・アルフライラ
ジジ(f00995)と
偽りの救世主め
貴様の罪、身を以って贖わせてくれる

描いた魔方陣から【死霊騎士】と【死霊蛇竜】を召喚
我が渾身の魔術――走る罅に構わず死霊にジジの援護を命ず
奴の攻撃の隙を埋め、敵に隙を作る事は勿論
黒き翼に覚醒した彼奴の力は侮り難い
貴様等が身を以ってジジの盾になるが良い

刃の投影は極力死霊で阻止するが
我が姿が投影されようと怯みはせぬ
…それが喪われた我が半身と瓜二つでも
愛おしい星彩は直ぐ傍に在る
我が許しなく姿を映す等、度し難い不敬
――万死に値すると知れ

我が手では娘等を殺す事しか叶わぬ
これを慈悲とするならば我等も天使と変わらぬな
奪う命に目を逸らす事は許さぬ
全てを背負う覚悟で等しく最期を




「師父よ、救済の定義とはなんだ」
「わからん。だが、救済を定義付ける者は、真の救済者足り得ないことだけは、知っているつもりだ」
 黒死天使の凶爪に裂かれた肩を押さえながら、ジャハル・アルムリフは師父に問うた。アルバ・アルフライラは真っ直ぐに見据えていた黒死天使からわずかに視線を外し、聖堂に並べられた薔薇の娘たちに一寸だけ意識を向ける。
 少なくとも、ここに存在する救済という名の所業を、ジャハルもアルバも一片たりと肯定するつもりはなかった。聖堂に、地下道に、温室に満ちていたものは、ただただ命に対する冒涜だけだった。
 ――不愉快だ。救済などと、称することすらも。
 血を巡る呪いの一滴。その身に呪紋を刻み、凶々しきものを纏ったジャハルは、竜の一翼を広げて猛々しく吠えた。魂をも震わす咆哮に、黒死天使の意識が彼へと向けられる。
 猛然と肉薄するジャハルに対しても、黒死天使は退くことをしない。竜人の男は胸中で嗤った。元より逃がすつもりはなく、あちらから向かってくるのであれば好都合。
 黒竜の腕と黒死天使の腕が、恐るべき勢いでぶつかり合う。衝撃が空気を震わせ、聖堂の柱が軋みを上げた。
 ジャハルの拳は痛々しく腫れ上がり、黒死天使の腕がゴキリと嫌な音をたてる。双方、それでも退かない。さらなる追撃を見舞わんと一層距離を詰めていく。
 ――身を以って贖わせてくれよう。それが私たちの答えだ、偽りの救世主め。
 アルバは指先で虚空に記した陣に、そっと魔法の息吹を吹きかけた。いずこかで眠る古き死霊の騎士と蛇竜が、男の命に従って現し世にて目を覚ます。
 それらの軍勢を、アルバは今まさに死闘を繰り広げるジャハルの元へと遣わせた。黒死天使の力は圧倒的で、いかに頑健が取り柄の従者とはいえ、そう長くは相対し続けられるものではないからだ。
 守り、導くことこそが己が使命と信ずるアルバは、そのための力を行使することに躊躇はしない。例えそれが、自身の心身を削るものであったとしても。
 死霊たちの揮う刃が、牙が、黒死天使の身を切り裂き、闇に染まった羽根が薄灯りのなかで舞い散っていく。
 全身を血に塗れさせながらも、ジャハルはしっかりと地を踏みしめて黒死天使の猛攻を耐えしのいでいた。死霊の加勢で相手が怯んでいるうちに、澱んだ生命力を奪っていく。その身に包みこんできた薔薇の娘たちの魂に、己が裡で詫びよと言わんばかりに。
 死霊たちを打ち払った黒死天使が、次に狙いを定めたのはアルバだった。無論、それを安々と許すジャハルではない。肉体はすでにボロクズのようで、拳を握るだけで痛みに全身が悲鳴をあげるが、身を挺して黒死天使の前へと立ちふさがる。
「これ以上はさせぬ。ジジの命はおろか、血の一滴も、髪の一本たりとも、貴様にはくれてはやらぬわ」
 いつか聞いた罅割れの音がまた一つ、体のどこかからか聞こえた。だからなんだというのだろう。自身の体に刻まれる苦痛をものともせず、アルバは召喚魔術を行使した。
 奪われた魔剣を取り替えさんと足掻く黒死天使を、再び喚び覚まされた死霊たちが群れを成して圧していく。魔剣を用いて我が身を、或いは従者の姿を盗み取ることなど、アルバにとっては許されざることだった。
 ――試みることすら、万死に値する。不敬を悔やみ、朽ち果てるがいい。
 全ての死霊を薙ぎ払うだけの力は、もう黒死天使には残されていないらしい。ようよう反撃の糸口を掴んだものの、すでに遅かった。
「受け取れ」
 ジャハルの繰り出した拳から弾けた血潮が、鎖へと変じていく。鮮やかなその血流の光のなかに、数多の薔薇の娘たち、屍人の娘たちの横顔がかすかに映っていたことを知る者は、誰一人としていなかった。
 黒い縛鎖と変じた竜人の血が、黒死天使の胸を貫く。悲鳴の一つも上げさせない。ただしそれは、薔薇の娘たちにかけた温情とは程遠いものだ。
 死の実感すら、ジャハルはこの黒死天使に与えたくなかった。
 奪い続けてきた黒死天使が受け取るべきものは、死という冷たい現実、ただ一つだけでよかった。

 黒天使は滅び去り、死に満ちる廃城は静けさを取り戻した。
 聖堂に残された薔薇の娘たちもまた、温室で、実験場で、地下道でそうしたように、猟兵たちの手で弔われた。
 灰となり、夜風に消えていく娘らの姿から、アルバは目をそらさなかった。最期まで見送ることこそが、せめてもの餞に思えたからだ。
 寂しい葬送を終えたのち、猟兵は誰からともなく廃城を後にしていく。
 みな努めて、かつて偽りの楽園があった地を振り返ることをしなかった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2019年01月20日
宿敵 『救済の代行者・プレアグレイス』 を撃破!


挿絵イラスト