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いらない子

#アルダワ魔法学園

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#アルダワ魔法学園


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●わたし、いらない子なんだって
 魔力で編まれた矢が飛び交った先、学生たちはひとりの少女と出会う。
「わたし、失敗作っていうの」
 不穏な名乗り口上だが、淡い雪色の髪を揺らす少女に他意はなさそうだ。
 和らげた眼差しは愛らしく、口角は楽しさを象っている。
「あなたも、おともだち。だいすき!」
 突然、少女は浮き立つような足取りで、学生のうち一人のケットシーへ抱きつく。驚きのあまり呆然となった他の学生をよそに、少女の掌から噴き出した魔導蒸気がケットシーを包み込んだ。
 しゅしゅしゅ、と蒸気は絶えず溢れ出す。抱きしめたケットシーが苦痛に喘いでも、少女はふふと楽しそうに笑うばかりで。
「おともだち、まってたの。よかった、きてくれて」
 漸くケットシーを手放したかと思えば、くるりと踊るように回って彼女は周りの学生たちにも笑みを傾ける。
「すてられてヒトリだったから」
 失敗作はいらない。そうおとうさんがいっていた。
 だめな子なんだって、おとうさんはわたしにいった。
 けれど廃棄されたところで、少女は命断つための鼓動を持たない。泣くための水も出ず、悲しいという感情すらわからない。
 だから少女の過去だったものは、今こうして形を成して『おともだち』を──迷宮の奥までやってきた者を迎え入れる。
「だいすきだよ!」
 愛されることを知らなくても、微笑める。
 意味やその言葉によって感じる喜びを知らなくても、好きと言えば『おともだち』が反応してくれると理解している。
 それによって受ける刺激が少女を満足感へ導く。
 誘われた学生たちの、命と引き換えに。

●グリモアベース
 恨みや悪意が本人になくても、やはりオブリビオンには違いない。
 そうホーラ・フギト(ミレナリィドールの精霊術士・f02096)が口を開く。
 オブリビオンが今回の現場を「居場所」と定めたおかげで、かの者の影響を受けた仕掛けを迷宮は生み出している。そして運悪くそこへ探索に向かった、四人の生徒がいる。
「生徒さんたちは、まだ災魔のいるところまで到達してないわ。だから間に合うの」
 敵の待つ地へ彼らが踏み込んでしまえば、命を貪り尽くされてしまう。
 そうなる前に、オブリビオンを倒す必要があった。
「ただね、そこ、ちょっと厄介な迷宮なのよ」
 最初の迷宮へ足を踏み入れた瞬間から、襲いくるのは臆病風。
 訪れた誰もが「臆病」になる一帯だ。「失敗してしまわないか」と行動に移せなくなり、「嫌われてしまうだろうか」と恐れたり、理由もわからず不安になって進むのを躊躇ってしまう。
 臆病の程度は人によるが、元が勇敢だったり豪胆で怖いもの知らずなほど、激しくなる傾向にあるらしい。もちろん、迷宮に留まる時間が長ければ長いだけ、臆病さも増していく。速やかに抜けるなどの対処が必要だろう。
「そこを抜けても、もうひとつ厄介な迷宮が待ってるわ」
 次なる舞台は、あらゆる方向から魔法の矢が飛んでくる迷宮──鏃の道だ。
 射られたら当然身体も傷つくが、何よりも厄介なのは矢に篭る魔法の効果だろう。矢を受けてしまうと、嫌な記憶が強制的に呼び覚まされてしまう。
 生涯忘れられぬ失敗談や、誰かから告げられた「おまえなんか要らない」という言葉の威力。そうしたものを思い出し、更に誰かから詰られる幻聴に苛まれる。
 魔法に囚われると、身動きもままならない。どうにかして奥へ向かわねば。
「その迷宮に生徒さんたちもいるの」
 矢のおかげでなかなか進めず、足止めを喰らっているのが幸いした。
「オブリビオンを倒せば、迷宮の仕掛けも解除されるけど……」
 気になるようなら、道中で生徒を探して声をかけても良いかもしれない。
「その鏃の道の奥に、オブリビオンとなったミレナリィドールがいるわ」
 自らを『失敗作』と呼んだ、柔らかな印象の少女型ドールだ。
 製造された少女に植付けてあったのは、『楽』の情のみ。喜ぶ素振りも示すが、真に嬉しいと感じているわけではない。
 他の情がわからないから、少女はただただ楽しむために動く。
「感情が固定されてるドールも珍しくないけど……相手は災魔だから、油断は禁物よ」
 少女がどんなに『おともだち』を欲しても、どんなに笑顔を向けてくれたとしても。
 存在するだけで今を生きる者や世界を歪ませる、倒さなければならない相手だ。
 説明を終えると、集った仲間たちを見やってホーラがにこりと笑んだ。
「たいへんな迷宮探索になるでしょうけど、どうかお願いします」
 話を終えたホーラは、すぐに転送準備にとりかかった。


棟方ろか
 お世話になっております。棟方ろかです。
 一章と二章で冒険をし、三章でボス戦でございます。

●一章(冒険)について
 時間経過で心を変化させていく迷宮。どんな人も「臆病」になります。
 迷宮内に設置された装飾を恐れたり、この道で合っているのか不安になったり、飛び出してきたネズミ型ガジェットに悲鳴をあげたり、いろいろあるでしょう。
 なお、変化した性格はこの第一迷宮を抜けた時点で治ります。

●二章(冒険)について
 舞台は四方八方から魔法の矢が飛来する迷宮。
 肉体的に受ける傷の他、矢を受けた人の「失敗談」や「犯したミス」「おまえなんか要らないと言われた記憶」を思い出させて、誰かから詰られる魔法にかかります。
 魔法に囚われたままだと、暫く動けなくなります。対処しましょう。
 特に過去設定が無い場合や、NPCを魔法から解放するRPをご希望の場合は、以下のNPC設定をご利用頂くと良いかもしれません。

●NPC(※二章にいます)
『ズン』15歳・男・心身共に強くなれず、親に責められて育った竜派ドラゴニアン。
『ムロ』22歳・男・トラップメイカーの家系だが、うまく仕掛けが作れない人間。
『ベーヌ』10歳・女・臆病で恩返しもできず、親猫に棄てられたケットシー。
『リーゼ』19歳・女・人形をモノとして見るヒトを愛したミレナリィドール。

 NPCは、PCの設定や性格を活かす場としてどうぞ。
 なお、複数名のNPCを、ひとつのプレイングで捜し当てることはできません。
 それと複数のPCが同じNPCと交遊する場合、PC同士その場に居合わせるか、それぞれが別の場所でNPCと遭遇する展開になると思います。
 特に必要なければ、捜索しなくて大丈夫です。彼らを発見できなくても、ボスさえ倒せば自力で帰還してくれます。

 全体的に心情寄り・PC設定で戯れる主旨のシナリオとなります。
 それでは、迷宮へいってらっしゃいませ。
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第1章 冒険 『刻一刻と変化する心身』

POW   :    気力を振り絞って最奥部まで向かう

SPD   :    影響が出てしまう前に一気に駆け抜ける

WIZ   :    何らかの手段で最短経路を見つける

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

レザリア・アドニス
また個性的な迷宮が出たよね…

とりあえず入ってみればわかる…と、迷宮に潜る
最初は何の変則もない迷宮だと思うけど、だんだん、言葉で表せない恐怖を感じでしまう
耳を澄ませ、じーっと観察しても、そこには何もない
だけどわかる、なにかがあるって
見えない、聞こえない、触れない
名付けられない、理解できない、想像もできない何かが、

いる

その不安と孤独感で心臓の鼓動が激しくなり、その音すらも恐怖になる
思わず走り…逃げ出しるけど、自分の足音すらも、自分を追いかけるなにかになる

ただし経験と知恵は消えない
恐怖感に抗いつつ、頭の中で通過した経路を計算し、気流を翼で読み取り、正しい道を選んでみる

抜ける時にはもう思わず涙が零れる



 奇妙な迷宮が存在するのはレザリア・アドニス(死者の花・f00096)もよく知っていた。此度訪れたのも、レザリアにとって随分と個性的だ。意識せずとも、好奇心と足が向く。
 ──どういう魔法がかかっているのか……入ってみればわかるはず……。
 魔術に関して彼女も長けている。いかな魔術が作用し迷宮を歪めようとも、探れば攻略も困難ではないだろうと考えていた。
 心を不安や恐れで掻き乱してくるのは、わかっている。気を確かに保ちながら進む少女の靴音さえ、果ての無い筒闇は飲み込んだ。もちろんこの道が行き着くところに何が待っているのかも、彼女には見えない。
 黒に艶めく髪を靡かせて辺りを見回すが、生き物の気配はなかった。黒衣を揺らし歩むレザリアの足取りは、しかし徐々に重さを増す。
 ──ふつうの迷宮だと、思っていたのに……。
 なぜだか段々と、肌身を恐怖が撫でていく。言い表せない寒気が背を駆け抜け、咄嗟に振り返るもやはり人影はなかった。
 だからレザリアは立ち止まり、全身を巡る恐れを吐き出すように一度だけ深呼吸をする。そうして耳を澄ませて、観察に集中する。
 けれど、何もない。
 あるのは延々と続く真鍮製の配管と、動くのを忘れた歯車たち。壁や天井を織り成すそかれらは、じっと押し黙ったままレザリアを眺めているだけだ。
 それでもレザリアは感じてしまう──なにかが、ある。
 内なる死霊たちがざわつく。緊迫していく空気に喉の乾きさえ覚え、いつしか呼気すら止めてまで正体を掴もうとし始めた。
 ──どうして……。
 声に出さず思うだけに留めたというのに、レザリア自身の想いも鼓動も、ひときわ大きく響いて。
 ──何も見えない。聞こえない。触れない。でも……。
 弾けるようにしてレザリアは駆け出した。顔にちくちくと突き刺さった不安は、レザリアが確かに覚えたものだ。ゆえに煽る負の情に飲み込まれるより早く、彼女は逃げ出した。
 そこにいる、何かから。
 名付けられず、理解も想像もできない、ナニカ。
 少女を追い立てたソレは、ひとり分の駆ける靴音にも憑依する。だから彼女は自らの足音さえ、追走してくる得体の知れない存在となった。こわいと感じながらも、レザリアは振り向かない。ひたすら前を見続け、求めるのは出口だ。アレが何者かなど考えてはならないと、本能が警鐘を鳴らしている。
 迷宮を漂う気の流れは翼で知り、足は灰翼の導くがまま道を選び取っていく。
 ──こっち……!
 脇目も振らずに突っ走り、闇とナニカが支配する迷宮から飛び出せば、どくどくと激しい鼓動がレザリアの身体を打ち鳴らす。
 途端にぽろぽろと、目の縁から零れたのは温もりだ。頬を伝う生暖かさも信じられず、少女はそっと指で雫を拭うことしか、今はできなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

イージー・ブロークンハート
【POW判定願います】
嘘でしょ。
「うぇっ!?」とか「ウソでしょ」とか悲鳴を上げながら進む。
すごい。すごい悲しい。
この迷宮は膝から崩れ落ちたいほどオレにお誂え向きだ。
危機に心が折れることに関してはほんと猟兵の中でも抜きん出ているという自負がある。
迷宮とか正直出れる気がしない。入る前から。
…向きすぎて悲しい。
「やだ…もう無理…ほんと無理…」
いつも以上に挫けて、いつも通りに立ち上がって歩いてしまう。
だっていつものことなのだ。
罠にはまり先の暗がりに怯えつど膝から崩れ落ちたり膝を抱え座り込みつつ着実にズルズル進む。
…いらない子かあ。別のことを考える。
そりゃ、寂しいわな。
(アドリブ・ピンチ・協力可能です)



 想定よりも暗く感じる迷宮に、イージー・ブロークンハート(硝子剣士・f24563)の足取りは重い。
 何がそうさせるわけでもなかった。気に触れる模様や、心身を侵す言の葉が彷徨うこともない、至って静かな地下迷宮。なのにイージーの喉は進むたび悲鳴をあげる。
「うぇっ!?」
 漂う薄闇にどこまでも響く足音は、果て無き道のりを連想させた。迷宮が広大だからこそ、徐々に消えていく足音にも終わりが見えないのだろうと。
「う、ウソでしょ……」
 声も、そして吐息さえも壁や天井に伝い、やがて奇妙な重なりとなって己へ還ってくる。イージーを襲うのは、それだけではない。
 ──すごい。すごい悲しい。
 ひとつなぎの衣を揺らして天を仰ぎ見るも、真鍮の管が無数に入り組むばかりで青空も星も拝めやしない。とぼとぼと歩む彼の眼差しは、定まる場所もなく漂う。おかげでイージーは覚った。何も無いはずの迷宮で、ひとり膝を震わす自身の姿を、改めて。
 ──オレにお誂え向きの場だ。
 膝だけでなく心折れる点で、猟兵の中でも抜きん出ている自負がある。眉間に掌を押し当てて動かせば、少なくとも視界ははっきりしていく。だが薄闇に慣れ、景色が鮮明になればなるほどイージーの胸裏を駆け巡るのは──異様なまでの、かなしさ。
 突入するよりも前から、無事に脱出できる予感などイージーにはなかった。それだけで竦む理由になるというのに、今は滓かな期待も望みも、すべて歩き続ける地の底が飲み込んでいく。
 そうして湧かぬ意気地に囚われていれば当然、無防備だった彼の足先は歪な迷宮に捕まる。浮き上がった合金の床板に引っ掛かり、イージーは為す術なく転んだ。
「やだ……もう無理……ほんと無理……なんでこんな……」
 すっかりくじけて座り込むと、臀部を通してひんやりした心地が浸みゆく。
 留まっていたら、動けなくなってしまいそうだった。だから徐に身を起こす。そう重たくもないはずの身体だが、地に縫い付けられたかのように重い。
 いつものことだ。だから彼はいつも通りに立ち上がる。
 ただ、力を振り絞るには熱が足りなかった。今にも砕けそうな心を辛うじて引きずる足も、ひどく冷えきっている。
 それでも一歩一歩着実に、イージーは奥へ進む。そこで不安を除けるように、想い馳せるのはとある言葉。
 ──いらない子、かあ。
 ふと沈思しかけたものを引き戻し、何処にでもいそうな男は、どこにでも在る首振りののち前を向く。
 ──そりゃ、寂しいわな。
 大地を宿したかのような双眸で、口にするのもためらう音の先を見据えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

キトリ・フローエ
出口が遠くて、それだけで怖くなる
先に進まなくちゃいけないってわかっていても
…ほんとうに?
この先に進んでしまってもいいの?

世界がとても大きくて押し潰されてしまいそう
今すぐ逃げ出したい気持ちを抑えきれないまま
全速力で迷宮を抜けていくわ

…きっとあたしも、いらない子
最後には、ひとりぼっち
…もしかしたら、はじめから?
そんなのあるわけないって思いたいのに、とってもこわくて

無事に抜けられたら安堵の息
臆病な心が元に戻っても、ついさっきまで思っていたことが
真っ暗な渦のように心の中でぐるぐるしているのを感じるの
普段のあたしなら思うこともないでしょうに
でも、本当は
心の奥底でこんな風に思うあたしが、いるのかもしれない



 世界はあるがままの姿なのに、キトリ・フローエ(星導・f02354)の見る景色は、筒闇よりも深い色で歪んでいた。
 彼女の不安で染まった迷宮を見上げると、天井は高く、振り返っても疾うに置いてきた入口は影も無い。進まなくちゃと自らを奮い立たせるも、乾いた喉をこくんと鳴らすのはやはり不安だ。
 ──ほんとうに? ほんとうに、進んでしまってもいいの?
 圧しかかるような世界に、キトリはひとり取り残された。天井や壁は微動だにせず少女を見守るだけなのに。道もひらけているのに。
 とても大きな世界に、押し潰されてしまいそうだった。
 胸で息が詰まったような感覚がして、掌で幾度もさする。星夜きらめく双眸に、迷宮の先に広がる暗黒を映して。
「……いかなきゃ」
 自らへ言い聞かせるため呟き、キトリは飛んだ。風音に耳を傾ける余裕も、壁や床に刻まれた模様に目を呉れる時間もなかった。とにかく全速力で抜けるだけで。
 今も尚、逃げ出したい衝動がキトリのはばたきに縋り付く。それは彼女から飛翔する自由を奪って、寂しい大地へ心身を打ち付けようとしていた──思わず、飛び方を忘れそうになる。
 すべてを閉ざす一瞬のまばたきすら怖くなって、キトリは瞳を潤ませながら無我夢中で迷宮をゆく。
 ──きっとあたしも、いらない子。
 誰の声もない。笑顔も見えない。差し伸べられる手も、ここには。
 皆に背を向け、皆と違う道へ旅立ち、そうしていつも最後は、ひとりぼっちだ。
 ──もしかしたら、はじめから? はじめから……ひとりぼっち……?
 心を拉ぐ言葉が過ぎる。
 そんなのあるわけない、と胸中で繰り返すキトリに、迷宮を満たす空気はやはり冷たい。その凍てつく世が、彼女を底なき思考へ引きずり込もうとする。翅や脚を掴もうとする重さをも払いのけ、キトリは最初の迷宮から飛び出した。
 そして振り返ったキトリが出口を認める頃にはもう、全身を巡っていた臆病さはすっかり抜けていて。
 ──よかった、でも……。
 安堵の息を吐き、へたり込みかけた身をなんとか持ち直して飛びあがる。
 普段のキトリなら陥らない思考のはずだ。けれど今なお彼女の心に渦巻くのは、迷宮で感じていた真っ暗な何か。
 決して消えぬそれが、キトリにはどうしても放っておけずに。
 ──本当は。
 心の奥底でこんな風に思うあたしが、いるのかもしれない。
 逸らさず昏き渦を確かめ、キトリは漸く、震える瞼を閉ざした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

花園・スピカ
【WIZ】
元々気弱な性格故極端な変化はないが、それでも何とも言えない恐怖や不安に襲われる

「なんだか胸がざわざわして…何なんでしょう、この感覚は…
…それでも、進まなきゃ救えない
学生さんも、失敗作さんも…!」

決意を固めるかのようにてんちゃんを抱きしめUC発動
様々な動物を模したぬいぐるみ達に(迷宮に住む動物がいれば動物からの情報も含め)出口に関する情報収集を頼みつつ、自身も【動物と話す・第六感・地形の利用】を駆使して【情報収集】

ぬいぐるみ達や自身が得た情報をメモにまとめ【学習力】を生かして出口の方向を予測、【早業】で早急に脱出を試みる

他の猟兵とも可能な限り協力、情報の共有等を行う
(※共闘描写等OK)



 踏み締めたのが星空だったのなら、きっと花園・スピカ(あの星を探しに・f01957)の歩みもまた前途洋々であっただろう。けれど静まり返った迷宮に瞬く星は無く、暗澹たる心持ちへ誘われるかのようで、スピカは胸元をさする。
「なんだか、さっきから胸がざわざわして……何なんでしょう、この感覚……」
 彼女を満たすはずの好奇心とは、明らかに異なるもの。それがあろうことか内に居座っている。
 篭から出てしばらく経ったというのに、スピカの知らない感情が世界には溢れていた。今抱いた情もそのひとつだろうと、思考を繋いでスピカは前を向く。
「進まなきゃ救えない。学生さんも、失敗作さんも……!」
 暗中でも、彼女の瞳は爛々と輝いたままだ。意気込みを言葉に換えれば、自然とスピカの意志が固まっていった。
 だから間をおかずに柴犬ぬいぐるみのてんちゃんを抱きしめる。柔らかな毛並みとふんわりした身を蓄えたてんちゃんが呼んだのは、同じぬいぐるみの仲間たち。
「お手伝い、お願いできるかな……?」
 か細くスピカが問うと、ぬいぐるみたちはぱたぱたと軽やかな足音を奏でて、分かれ道の先へ旅立った。
 スピカは彼らを見送り、静寂を湛えた空間を見渡す。元よりおどおどする性分の彼女にとって、臆病へ引きずり込むという得体の知れぬ迷宮は、意識が向く矛先でもあった。
 壁や天井を仰いでも、特殊な仕掛けが施されているとは思えない。真鍮の配管やバルブなど、ありきたりの蒸気機関で構築されただけだ。
 ──どういう仕組みなんでしょう。
 そわそわと疼くのはやはり興味で。
 次第に込み上げつつあった不安を払うべく双眸を揺らし、スピカは通路の片隅を見やった。
 ちう、と鳴きながら姿を見せたのはネズミ型ガジェットだ。管の隙間から漏れている魔導蒸気を自らの体内へ吸い込み、ネズミはスピカをじっと見つめる。
「こ、こんにちはねずみさん。あの、少しお聞きしてもいいですか……?」
 声をかけても逃げる素振りはない。スピカは思いきって、かれに出口の在り処を尋ねる。
 すると答えを聞く前に、情報収集に出ていたてんちゃんたちが駆け戻ってきた。得た情報をメモにまとめて記し、出口がある方角を予測しながら進もうとして、ふと足元を見下ろす。なぜかネズミ型ガジェットは忽然と姿を消していて、スピカは首を傾いだ。みるみるうちにスピカの面差しが暗く沈んでいく。
「えっ、と……もしかして、見てはいけないものを見ちゃった、とか……わっ」
 そんな彼女の様子に、てんちゃんが飛びつき顔をすり寄せた。
 健気な姿にスピカも眦を和らげ、気を取り直して、と自らを奮い立たせて歩き出した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

瀬名・カデル
大変、生徒のみんながオブリビオンとあう前に救出しないとね…!
そしてオブリビオンの彼女も止めてあげなきゃ…行こう、アーシェ。

厄介な迷宮だって聞いていたけど…どんな感じだろう
むむ…この模様は何か怪しいんじゃないかな…?
近くに寄ったら仕掛けがあるとか触れたら何かあるとか……
そっと避けながら先に進もう。

怖くない怖くない…でもこの道って本当にあっているかなぁ?
ボク迷子になったことがないのが自慢なのに…
ううん、きっとあってる、そうだよね?
アーシェをぎゅっと抱きしめてダッシュでこの道をまっすぐに進んでいくよ!



 事情を知って駆けつけた瀬名・カデル(無垢なる聖者・f14401)は、肩で息をしながら深い迷宮を眺めた。
 ──大変……間に合わせないと……!
 きゅっと握った拳にも、自然といつも以上の力が入る。そんなカデルの強張りを溶こうと、黒髪の人形──アーシェがそっと寄りそう。カデルの指が奏でるアーシェの動作は、彼女自身の背を支えてくれるものだ。
 ──厄介な迷宮だって聞いていたけど……。
 そろりとつま先から立ち入れば、冷えきった静寂がカデルを包み込んだ。
 どんな感じだろうと、恐れよりも先にくるのは興味だ。目にしたすべてが真新しく、だからこそカデルの視線は四方へ漂いだす。天井も壁も物珍しげに見回しながら、くるりくるりと踊るような軽やかさで進む姿は、正しく純粋な少女のもの。自分がいた神殿とは趣も異なり、それがまた好奇心を掻き立てる。
「むむ……?」
 ぴん、と身を弾ませて立ち止まったカデルは、とある柱の模様を目で認めた。
「何か怪しいんじゃないかな……?」
 アーシェと並んで近寄ってみると、渦巻模様の至るところにスイッチらしき石が埋め込まれていた。へたに触れると、なんらかの仕掛けが発動するのかもしれない。あるいは新たな道が切り開かれるのだろうか。
 カデルもアーシェも、首をこてんと傾けて考え込む。けれど答えが出るはずもなく、しまいには避けて進もうと決めた。幸か不幸のどちらかが降りかかるなら、やはりここは安全を取りたい。何せ迷宮はまだ先へと続いている。足を止め、逡巡する時間さえ惜しかった。
 怖くない、怖くない。何度も自身へ言い聞かせているうちに、アーシェと繋がった部分が徐々に冷えていく。緊張がカデルに走り、熱を奪う。不安が小柄な彼女の背に圧しかかり、重しとなって、歩む手段をも強奪しようとする。
 おかげでぱたりと、カデルの足が床に根付いた。
「この道って、本当にあっているかなぁ……?」
 分かれ道で奥を覗くも、暗くて先がわからない。ひたすらに静かな空気だけが、カデルとアーシェの頬を撫でるばかりだ。
「ボク、迷子になったことがないのが自慢なのに……」
 どうしよう、と眉尻を下げたカデルに、アーシェは物言いたそうな目線をくれる。
 頻繁に迷子になったとしても、当の本人に迷った自覚が無ければ、それは確かに迷子とは呼べない。周囲の目からは、迷子でしかなくても。
「ううん、きっとあってる。そうだよね?」
 ふたつの色彩を燈した瞳でぱしぱしと瞬けば、アーシェの目も応じるようにきらりと光った。
 微かな笑みを口の端に乗せ、カデルはアーシェをぎゅっと抱きしめる。
 ──生徒のみんながオブリビオンとあう前に救出しないと……それに。
 ちらりと視線を落とすと、アーシェの持つ名と面影が、カデルへ力をもたらしてくれる。
 だから迷わず、真っ直ぐに突き進む。アーシェを抱きしめたままで。
「オブリビオンの彼女も、止めてあげなきゃ……行こう、アーシェ」
 まだ道のりは険しいと意を決し、少女と人形は夜陰にも似た闇を駆けて行った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

七篠・コガネ
…暗いですね。さすが地下迷宮
体の発光部分光らせて光源確保です
この世界へ来るのはなんだか久しぶり
ミレナリィドールと間違えられますが僕違いますよ

ふふ…僕は元々臆病なので臆病風なんてどうって事…
ってなんの解決にもなってない!
前へ進むだけの事がどうしてこんなに難しいの?
また敵味方の区別が出来なくなったらどうしよう…
そんな事になったらまた僕暴走して……

【ダッシュ】で駆け抜けます!
目の前に壁や柱があろうとそんなの知らない!
逃げるように走るんです!
怖い…また自分を制御出来なくなるのも、
制裁を受けるのも見限られて捨てられちゃうのも怖い!

また閉じ込められて一人ぼっちになるのは怖い!!



「……暗いですね」
 さすが地下迷宮だと感心しながら、七篠・コガネ(ひとりぼっちのコガネムシ・f01385)が筒闇を照らした。
 彼自身の発光により、あるがままの迷宮が広がりはじめる。
「なんだか久しぶりです。この世界へ来たのは」
 懐かしむように視認する。動きこそ検知しないものの、くすんだ真鍮管や板金が織り成す景色も、見慣れたように思える。
 そういえば、とコガネは想起した。ミレナリィドールと間違えられるのも珍しくなかった。この世界の住民にとって、コガネの見目はそれだけ近しい存在なのだろう。
 さて、ときっかけを自ら作りコガネは駆け出す。
 走り抜けることにはコガネも自信がある。道中に彼を襲う奇妙な模様の壁も、得体の知れぬ視線をくれる柱も、コガネが足を止める理由にならない。
 常より敵を鋭く射抜く金色の眼光で、ひたすら前だけを見据えた。
 ──走るだけです! 僕は、逃げるように走るんです!
 走力も衰えぬまま、迷路と化した地下世界をゆく。けれど彼を沈思させて取り込もうとする迷宮は、黙したまま魔の手をのばす。
 怖い、とコガネの呟きが微かに落ちた。じわじわと迫りくるのは、コガネの内で眠っていた不安を掻き立てる。
 ただ前へ進むだけ。それだけのことが困難に思えて、眉根を寄せた。
「いえいえ、僕はもともと臆病なのです。臆病風邪なんてどうって事……」
 すぐさま不敵な笑みを刷くも、直後には彼の口が現実を捉える。
「って、なんの解決にもなってない!」
 どうしよう、と沸き起こった言葉が彼の思考を物語る。
 蘇るのは、いつかの光景。識別機能に異常が生じたかつての姿が、コガネ自身を追い詰めていく。
 また同じことが起きたらどうしよう。また敵味方の区別ができなくなったら──自分を制御出来なくなったら。
 また、暴走してしまう。
 糅てて加えて、制裁を受けたときの記録が蘇る。芋づる式に引きずり出されるのは、捨てられるまでの一連の流れ。終いには処分という名のあまりに重い「懲罰」が降され、彼の根本をも揺るがした。あるいは彼の盤石なる礎を──見限られて廃棄される恐さを築いたとも言える。
 ──また……また。
 すてられたら、とじこめられる。とじこめられたら、ひとりぼっちになる。
 幼き音が意識を浸す。お蔵入りとなった記録が前面に出たことで、彼自身の動作を鈍らせた。
 ──怖い、怖いっ!!
 身に覚えた震動が、恐れからくるものかはわからない。それでもコガネは冷えきった迷宮を駆け、その震えを紛らせようと突き進む。ある種の機械的衝動のまま空気を引き裂き、ガシャガシャと迷宮を賑わす。
 コガネは単身、その馴染んだ騒音と共にやがて昏き迷宮を突破した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ファリス・エクナーネ
生徒の捜索くらいなら、私でも手伝えるかしらね?
はぁ。奉仕活動なんて地味な事どうしてやらなきゃいけないのかしら。低位の奴らにやらせればいいのに。
(監視役兼エレメンタルロッドの低位精霊が訝しげに見つめてくる)
「あ、あはは。何でもありませんよ?」

【絶望の福音】の応用で迷わず行けると思ったけど、見事に迷ったわ。人間ってどうしてこう不便なのかしら。
この辺りは蒸気機関が多いけれど、防衛用のオートマタとか出てこないわよね?
「ひぃ!?な、何ですか今の音……」
やめてよ、敵とか来ないでよ?
何も……来ない?
「ふぅ。……ねぇ精霊さん、あなたなら出口が解りませんか?」
すっかり怯えている私の背を見兼ねた精霊が押していく。



 靴音さえも虚しく響き渡る迷宮に、ファリス・エクナーネ(ポンコツ修道女・f25090)は意識を巡らせた。
 ──生徒の捜索くらいなら、私でも手伝えるかしらね?
 剥奪された力は未だ取り戻せず、為せることも限られているだろうとファリスは歩む。揚々とした足取りではない。どちらかといえば気落ちしたような動作だ。奉仕活動を種とする修道女にとって、迷宮探索は範疇の外。ゆえに項垂れている──かと思いきや。
「どうして奉仕活動なんて地味なこと、私がやらなきゃいけないのかしら」
 深々とした溜め息と物憂げな面差しが、ファリスの本音を物語る。
 低位の奴らにやらせればいいのに、と不満をぶちまけたところでロッドの強烈な視線が彼女を射抜く。訝しむ眼差しにファリスの笑顔が引きつった。
「あ、あはは、いやですね、何でもありませんよ?」
 取り繕うと杖はおとなしくなる。元よりおとなしかったが、少なくともねめつけるような意識は感じられない。ファリスは胸を撫で下ろし、そこで気付く。
「……あれ?」
 十秒先をも見透かす力の欠片で進路を探っていたファリスだが、突然覚えたのは不穏な気配。
 ──迷わず行けると思ったのに、見事に迷うなんて。
 絶望の福音さえ活かせば、道は開けるはずだった。しかし迷宮も黙ってはいなかったのか、福音どころかファリスもろとも、恐怖や不安感で包み込む。人の不便さを実感しながらも、ファリスは進んだ。歩くことさえ忘れなければ、いつか出口にはたどり着く。そう信じて。
 それにしても、と辺りを見回せば、静穏な世界は不気味そのものだ。喧騒も、蒸気機関の稼動音も響かない。
 だが地下に葬られたいわくありげな魔導機械の数々は、そうっとファリスを手招く。戦いどころか逃げるのさえ苦労する彼女を、恐怖のどん底へ叩き落とすために。
 もしかしたら迷宮の防衛装置が起動して、オートマタか何かが襲ってくるのではないか。そこまで想像してしまい、ファリスの指先もひどく冷えきってしまう。カチャリ、とずいぶん固そうな音が不意に聞こえて来る。
 ひぃっ、と悲鳴を飲み込んでファリスはきょろきょろと周囲を確かめた。
「な、何ですか今の音……」
 四方から音が響き、どこからのものか判断がつかない。
 ──や、やめてよ、敵とか来ないでよ?
 薄い望みを胸に、震える足を進める。怯えながら歩くファリスに、しかしいつまで経っても音は近づいて来ない。いったい何の音だったのか正体は定かでないが一先ず、ファリスは「何も来ない」ことに安堵して。
「……ねぇ精霊さん、あなたなら出口が解りませんか?」
 しおらしい様相でエレメンタルロッドへ問う。
 するとすっかり縮こまった彼女の背を、見兼ねた精霊が支えるように押し始めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ミリア・ペイン
…ふん、はた迷惑なお人形さんもいたものね
悪意が無いって所がまたタチが悪いのよね
さ、こんな子供騙しの迷宮なんかさっさと脱出して…



【WIZ】《冥き深淵の守護者》
こんな迷宮私なんかに突破できるのかしら…でも頑張らないと【狂気耐性】
でもどうすれば…私には少し当たる勘くらいしか頼る物はないし、魔力を強く感じられる方角を探って進むしかないかしら【第六感】
辿ってきたルートも紙に書いておいて…
ちょっと今何か変なの通らなかった?!
もう嫌!ねえ守護者の皆出てきて!皆で手分けして道を探せば早く出られる筈…え?戦闘以外は無理?
うっさいわねつべこべ言わずさっさと行って来て!

…ちょっとあんまり離れないで、怖いじゃない!



 ふん、と鼻を鳴らしたミリア・ペイン(死者の足音・f22149)は、唇を尖らせる。
 ──はた迷惑なお人形さんもいたものね。悪意が無いって所がまたタチ悪いわ。
「さ、こんな子供騙しの迷宮なんかさっさと脱出して……」
 自らを奮い立たせるべく意思を言葉に換えるも、静まり返った迷宮の深さはミリアそのものを飲み込んでいく。強い姿勢で挑んだものの、そこに眠る不穏な空気はやはりミリアにとって恐ろしいものだった。
 ──こんな迷宮、私なんかに突破できるのかしら……でも。
 頑張らないと、と握った拳に意欲を込める。けれど戸惑いは隠せない。
 ──どうすれば……。
 頼れるものを挙げるなら、少し当たる勘くらいだとミリアは考える。
 しかしここは魔法学園の地下に広がる迷宮。たなびく魔力の欠片を手繰り、ミリアは少しずつ前へと歩いていく。
 辿ってきたルートを紙に記していると、突然ミリアの意識の片隅を過ぎるものがあった。
「え!? ちょっと今何か変なの通らなかった!? 何か! おかしいのが!」
 紙をくしゃりと握りしめて震えを抑える。改めて静かな景色を確かめるも、生き物どころか人影すらない。だがミリアの視界を外れたところで、やはり何かの影が蠢く。カサカサと壁か床を擦り動く気配。
 それはミリアの心を折るのに充分なものだった。
「もう嫌!」
 悲鳴に近い叫び声が、虚しく迷宮にこだまする。返す言葉も慰める温もりもないこの場で、ミリアはひとり震えるばかりで。
 思わず、守護者たちの意識を呼び起こす。
「ねえ、皆出てきて! はやくっ!」
 慌ただしくミリアが招いたのは、死神と大きな兎のぬいぐるみだ。
 地下迷宮の暗さに死神がふわりと浮遊する一方、ぬいぐるみは難しげな眼差しでミリアを見つめていて。
「ほら、皆で手分けするわよ。そうしたら早く出られる筈……え?」
 目映い赤で染まった双眸を、ぱちくりと瞬かせる。
 死神と兎の抗議の声に、ミリアが固まった。
「戦闘以外は無理? うっさいわね、これも戦いよ! つべこべ言わず行って来て!」
 構わずミリアは両者を道の先へ向かわせる。
 かれらの後方をついていきながら、時おり感じるのは懐かしい気配だ。気の所為かとミリアが辺りを見渡すも、得体の知れぬそれは姿を現さない。不思議な心地を覚えながら、ミリアはきゅっと唇を引き結ぶ。そして、急ぎ足で出口へ向かうふたりとの距離にぎょっとした。
「ちょ、ちょっと! あんまり離れないで、怖いじゃない!」
 置いていかれてはことだ。距離を縮めるためミリアは薄闇の中を駆ける。
 離れてほしくない一心で走るミリアにはもう、周りの気配に囚われる余裕などなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルネ・プロスト
同族の災魔が現れたって聞いたから壊し(弔い)にきたはいいけど
……なんか、すっごく面倒臭い場所にいるみたいだね
まぁ、ぐちぐち言ってても仕方ないし
道中は飛ばしていくよ

人形達は死霊憑依&自律行動

森の友達は迷宮の内部構造について調査、その情報元に最短経路を辿っていけば――
この迷宮、死霊達にも影響及ぼしたりしないよね?
あの子達の情報収集能力は信頼しているけど、万が一ってこともあるし
いっそ壁ぶち抜いていった方が安全?
※臆病になると一周周って過激になるタイプ

……そもそもこの状況自体がこの迷宮の思う壺ってやつだよね
兵は拙速を尊ぶとも言うし
ナイトに騎乗してUC発動、心を無にして全速力で駆け抜けてしまうとしようか



 ぱちりと瞬いたルネ・プロスト(人形王国・f21741)の双眸は迷宮に満ちる不穏な闇にも囚われず、ただ同族を弔うため前を見据える。少女は古きものを、現れた災魔を壊しに来ただけだ。他の理由もしがらみも持たず、その足取りが疎かになることもない。
「……なんか」
 ルネは口を開く。足音さえ露骨に響き渡る静かな迷宮で、漂うのは嫌な空気だ。誰の謀略が渦巻いたわけでもないのに、迷宮そのものの怨嗟が、生きとし生けるものを飲み込もうとしていると、ルネは感じた。
「すっごく面倒臭い場所にいるみたい」
 奥へ進まねばならぬのに、まるで来訪者をここに閉じ込めたくて仕方がない、そんな迷宮で。
 ──まぁ、ぐちぐち言ってても仕方ないよね。
 速攻が求められる迷宮だと人形の肌身でもわかる。だからルネは前を向き、淡々と告げた。
「飛ばしていくよ」
 彼女の言に、死霊を憑依させた人形たちが歩み出す。カラカラと音を立てて進む人形もあれば、トストスと空気を食むような足音の人形もいた。そうしたかれらと並び迷宮を進むルネに、恐れるものなど何もない。何もなかった。
 森の友は皆、内部構造の調査に当たる。先を急ぐ旅路ならば、最短経路が望ましい。否、最短でなければならない。滞在時間が長引けば、あらゆるものに迷宮の作用が影響しそうでルネは心なしか──不安を過ぎらせていた。
「さすがに死霊達に影響及ぼしたりは……しないよね?」
 宙空に問う。板金や配管が連なる静寂の迷宮で、少女は不測の事態も想定して動く。じわじわと迫り来る感覚が何かは、ルネにもわからない。もしも宿った魂がどれだけ震えても、身体は止まらず進むのみだ。
 人形たちが集めて来る情報を元に、分岐では道を定め、とにかく出口を目指す。
 だが、奥へ向かうほど彼女の意識は激化しつつあった。ルネの総身を浸す重い気配が、そうさせているのだろう。
「いっそ壁ぶち抜る? そっちの方が安全?」
 戻ってきた人形たちに伝えたところで、ルネはかぶりを振った。
 ──違う。これこそ迷宮の思う壺ってやつだよね。
 危うくのまれる寸前で思い止まったルネは、自らへ言い聞かせる。焦れず、急くことなく、動かねばと。
 だから彼女は遊撃騎兵を、ナイトを呼んだ。ふわりと慣れた様子で跨がれば紫電が迸り、頼みの綱は人馬と化す。
 そしてルネは、いかな闇をも見透かす金色の瞳で、行くべき場所を見定めた。
 ──兵は拙速を尊ぶとも言うし。
 心を無にし、早駆けを迷宮へと披露する。
 馬はひた走る。臆病さをもたらす迷宮の誘いを跳ね退けて。

大成功 🔵​🔵​🔵​

南雲・海莉
【視力】で人が多く通った痕跡を【追跡】
迷ったら【聞き耳】と【第六感】で判断
一気に走り抜けるわ

足が止まりかけたら
ポケットの中の『鬼灯の葉脈のハーバリウム』に触れる
鬼灯は、私を育ててくれた義兄の誕生花
義兄を見つけるのだという決意を籠めて、これを作ったのよ

「私が本当に怖いのは」
呟いて確認する
義兄の死を確認する事?
違う、諦めて全ての可能性を失う事

「足を止める事の方が、ずっと怖い」
止めれば助けられたはずのものが死ぬ
言葉も届けられなくなる

『希死念慮の化け物』と呼ばれるだけの心の闇を抱えた義兄に届ける言葉も

「まずは目の前の人を救う
救い続けたその先に、義兄さんはいる」
信じて、【勇気】【覚悟】を奮い立たせるわ



 南雲・海莉(コーリングユウ・f00345)は先に向かった猟兵たちの痕跡をも追って、奥へ奥へと進んでいた。ひとが多く通った道では、くたびれた中にも生気が尾を引いている。
 ゆえに海莉は感覚を研ぎ澄ませて、走る。一気に出口へと到れば、恐れるものもない。しかし徐々に、引き止めて地の底へ繋ごうとする不安の色が、駆ける海莉の手足へ絡みつく。薄闇は手招くよりも強引に、海莉の足取りを重くさせた。心を不安で煽りながら。
 すかさず手を差し入れたのは、ポケットの中だ。そこで静かに身を寄せる『鬼灯の葉脈のハーバリウム』へ、海莉は指先を這わせた。
 触れるだけでわかる。透ける葉脈は器の傾きで光も色味も変化させる、いわば魔法だ。なによりも鬼灯は、南雲海莉というひとりの人間を育てた義兄の誕生花。思い入れもひとしおならば、受ける加護も強い。
 海莉の口端にわずかな笑みが燈る。ハーバリウムを作ったときのことを思い起こした。義兄を見つけるのだという決意を籠めた祈りのかたちが、常に海莉と共に在る。
「私が、本当に怖いのは……」
 呟いて確かめる。胸裏に留めるだけではなく、口に出しはっきりと紡いで漸く、向き合えるものがあった。
 海莉が怖いもの。果たしてそれは、義兄の死を確認することか。彼の死という事実に直面することか。
 ──違う。
 端的な三文字の音は、海莉の芯を掴んで離さない。彷徨いかけた少女の眼差しを引き戻そうと、声音は腹の底まで響く。淀みに沈んだ心を、臆病な闇から引き揚げるかのように。
 怖いのは、諦めて全ての可能性を失うこと。
「足を止める事の方が、ずっと怖い」
 たとえ躓いても。海莉の意志が己の足を傷つけても、止まるわけにはいかない。止めてしまえば、助けられたはずのものが死ぬ。一度死を迎えた相手は、声も聞こえぬ遠い場所へゆく──言葉も届けられなくなる。
 そう、『希死念慮の化け物』と呼ばれるだけの闇を抱えた義兄へと、届ける言葉さえ。
 だから海莉は睫毛を震えさせて、そうっと瞼を伏せる。もう眼裏に義兄の姿は映らない。光の余韻だけが残るそこに、何も映らなかった。
 当然だ。いま海莉が見ていたのは、自分が立つ場の景色。そして今、海莉が想っていたのは。
「まずは目の前の人を救うの」
 押し上げた瞼が、隠していた光を世に──悪辣な迷宮に知らしめる。
 海莉のまなこに燈る漆黒の輝きは、迷宮のいたずらにほんの一瞬狂ったとしても失われない。
 なぜなら彼女は、信じて疑っていないからだ。
「救い続けたその先に、義兄さんはいる」
 今の彼女は、果たしてそこにいるのだろうかと思い悩みもしない。
 足裏に勇気が熱く滾る。覚悟を決めた強さで踏み締めれば、歩みを早め、海莉に眠る覚悟を奮い立たせた。
 出口はもう、まもなくだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鏡島・嵐
判定:【SPD】
臆病になる迷宮、かぁ。
人間、多少慎重になるくらいなら問題無ぇけど、先に進む自信すら失くしちまうのは困るよな。
実は結構怖がりのおれが言うんだから間違い無ぇぞ、うん。

ともかく、《残されし十二番目の贈り物》で〈第六感〉を強化して、最短経路を探しつつ進んでいく。
……いつもなら勘が冴え渡ってそれなりに自信が出るとこだけど、やっぱどこか不安が拭えねえな。これが「臆病になる」っていうここの効果なんかな。
……奥に進んだらおれ一人だけで、仲間が誰も居ねえってことにはならねえよな?

戦うのが一番怖ぇおれだけど、ここにずっと留まっていたら戦うより怖いもんが出来たりすんのかな? なんてちょっと怯えたり。



 鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)の面魂は精気に満ちたまま、力強い足取りで迷い路をゆく。
「これが臆病になる迷宮、かぁ」
 口に出してみると、声が果てなく響いて消えた。先行きわからぬ闇の向こうまで伝った自分の声は、どこかで忽然と姿を眩ます。相当広いのだろう。
 見渡すも構造自体は平凡なものだと、嵐は思った。真鍮製の管、くすんだ板金、飾りのように錆び付き動かないバルブ。そうしたものが闇に沈んでいるだけで雰囲気は出るが、嵐の歩みを阻むには至らない。
 ──人間、多少慎重になるくらいなら問題無ぇけどな。
 だが、進む自信すら失くしてしまうのは困る。そうして巡った思考は、嵐にとって精一杯の平静さだ。
「怖がりのおれが言うんだから間違い無ぇぞ、うん」
 誰にでもなく言い切れば、静寂が満たした迷宮も少しばかりざわつく。
 ううん、と小さくうなりながら嵐は頭を掻く。
「……ガラじゃねえけど」
 吸い込んだ息に夢を乗せて、切り拓くための導を呼ぶ。研ぎ澄ませたのは第六感だ。祖母から得た占いの術を基に道を照らし、ガラではないと紡いだその唇で未来へ呼気を向ける。いつものやり方だ。
 だが、今日ばかりは様子が違った。
 ──やっぱなんか不安が拭えねぇな。自信が出ねぇ。
 平時の彼なら勘も冴え、結果を見出だすまで揺らぎはしない。しかし今は不調だった。臆病風という名の、迷宮の風に吹かれてしまったのだろう。
 けれど嵐は歩き出す。留まっていても悪化するのみだ。一歩でも早く出口へ到達するために、歩みを速めた。
 道中でふと、嵐は恐ろしい想像に圧しかかられる。
「……着いたらおれ一人だけで、仲間が誰も居ねえってことには……ならねえ、よな?」
 考えるや否や、二粒の琥珀が揺れ動く。度を超えた悪戯で、訪れた者を惑わす迷宮なら有り得る話だ。
 足跡を辿ったというのに、いざ奥へ出たらひとりだけ。先人の縁あって導かれたのに、この場を脱してもひと気が無い。そんな可能性を考えるほど、嵐の頭に熱が篭る。このまま募り続けてしまうと、頂点からしゅうしゅうと湯気が昇りそうだ。
 思わずぶるぶると頭を振って、嵐は己の頬を挟んで叩く。
「大丈夫だ、これは戦いじゃねぇし、ここは戦場なんかじゃねぇ」
 言い聞かせるように呟きながら、嵐は進む。胸中を掻きむしる熾烈な恐怖心があっても、彼の立つ場に命のやりとりはない。
 そこまで考えてふと、嵐は目を見開いた。
 ──ここにずっと留まっていたら、戦うより怖いもんが出来たりすんのかな?
 もしも、戦いよりも遥かに恐ろしい何かが生まれてしまったら。
 想像だけでも身震いがして、嵐は考えるのをやめて突き進んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

陽向・理玖
【SPD】

あんまりびびったりはしたことがない
元からそうだったのか、…記憶を奪われてそうなったのかは知らない
けど
臆病になったら戦えなくなる
多分、そう思ってるからあんまびびったりはしたことがない

…んだと、思うが…
何だろうなこの迷宮
あの角から得体のしれないものが出てきたらとか
…詮無い事を考えちまうな…
ごくりと唾を飲み込み覚悟決め
…一気に、行くか!
UC起動
スピード上げて先へ

何か風切る音まで不気味に聞こえるのは何でだ
いやいや…
こんなとこで負けらんねぇ…!
自らを鼓舞

って何も考えないで来ちまったけど
こっちで合ってんのか!?
いや…いーや
奥が正解だろ
仮に違ってても探せばいいだけだ
情けねぇ
びびってんじゃねぇ、俺!



 臆する心と言われてもピンとこない。そう考えながら地よりも深き迷宮へ訪れたのは陽向・理玖(夏疾風・f22773)だ。空をも射抜く青の瞳で環境を確かめる。
 後夜にも似た静寂と暗闇が、連なる配管や板金たちを覆っている。正しく蒸気機関が歴史作った迷宮は、理玖の関心を惹く。しかしすぐさま己の好奇心に首を振った。
 ──びびった覚えがないとはいえ、警戒するに越したことはない。
 残された記憶を手繰り「臆病」のヒントを得ようにも、からっぽとなった理玖にはわからない。いや、記憶が奪われていなかったとしても、元から怯える気質ではない可能性もある。いずれにしても理玖の進むべき道はただひとつ。前へ前へと駆けるのみで。
 臆病になったら戦えなくなる。
 ──多分、そう思ってる。
 自身に問うて答えを探り、理玖は走る。
 ──んだと、思うが……。
 だが次第に身を蝕みつつある狂気を、彼も覚りつつあった。はたと立ち止まり辺りを見回す。
「何だろうな、この迷宮……」
 呟きが寂しげに響く。吐息のみならず鼓動までもが、理玖を追い立てるようだ。
 じっと道の先を見つめれば生まれるのは可能性。角から得体のしれないものが出てくるのでは。突如として奇怪なものが現れるのでは。ひとたび立ち止まったが最後、想像ばかりが先走る。
 ──詮無い事を考えちまうな……。
 ごくりと唾を飲み込み、理玖は呼気を整える。そうして見つめ直すのはやはり前だ。
「……一気に、行くか!」
 意を決してのフォームチェンジ。七色に輝く龍の気が迸り、理玖に遥かな高みへも届く力をもたらす。どこまでも高く、どこまでも遠くへ行ける力を。
 そうして疾風と化した理玖を、迷宮はただただ見守るだけで。
 しかし視線なき眼差しすら、理玖には不気味に思えた。耳朶をくすぐる風を切る音が、まるで迷宮の唸り声のようで。いやいや、と取れてしまいそうなほどにかぶりを振る。
「何言ってんだ、こんなとこで負けらんねぇ……!」
 ぐっと拳を握りしめて、自らを鼓舞するべく胸を張る。
「うおおおッ!!」
 大音声を轟かせるや否や、理玖は再び駆け出した。
 独りだとしても、進もうとする足がある。立ち向かおうとする心がある。ゆえに理玖は止まらず、闇の奥へと突き進む。
「っ、こっちで合ってんのか!? あっちか!?」
 確かめるように音にしながら、三叉路をも感覚で狙い定める。
「いや……奥が正解だろ」
 これ以上迷いはしない。仮に道を間違えたとして、また探せばいいだけだ。
 それでも、迷宮が引きずり下ろそうとする気配は理玖に絡みつく。恐怖と不安で彼を迷宮に沈めたくて仕方がないのだろう。
 ──情けねぇ。
 だが震える膝を叩き、理玖は前方を睨みつけた。
「びびってんじゃねぇ、俺!」
 そして叫びを糧に突破する。薄闇の先へ。紛うことなき、未来へと。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ソラスティベル・グラスラン
あ、あれ…?
な、何故でしょう、迷宮には何度も潜っているはずなのに

まるで『最初の冒険』みたいに、怖いっ…!

この迷宮のことは聞いていました、臆病風に吹かれると
しかしわたしは『勇者』
常に心にある【勇気】で問題なく先に進めると
そう、信じていたのですが…

この感覚は覚えがあります
まだ故郷にいた幼い頃、両親の目を盗み立ち入り禁止の山を冒険した時の事
意気揚々に挑んで、途中から空腹になり、空が暗くなっては泣きながら登る
あれがわたしの『最初の冒険』でした…

怖い、怖い
でも、なんでそれでも頂上を目指したんでしたっけ

ああ、そうでした
『勇者』になりたかったから―――

あの時唱え続けた言葉を、もう一度
「勇気、気合い、根性っ」



 ──あ、あれ……?
 太陽を思わせるソラスティベル・グラスラン(暁と空の勇者・f05892)の笑顔が曇りはじめたのは、そのときだ。大空を映した瞳も不安定に揺れ、焦点があやふやな景色に惑う。
 蒸気機関で築かれた地の底の迷宮は、ソラスティベルにとって初めての体験ではない。幾度となく潜った。何度も冒険した。いかな暗雲も彼女の勇猛さを傷つけるに能わない──そのはずだったのに。
「な、何故でしょう、これは……っ」
 胸に沸き起こる感情が、ソラスティベルの足裏を床へ張り付かせる。
 こわい。
 短いながらも端的な言葉だ。たった三つの音に、今彼女の心身を張り裂かんとするすべてが詰まっている。
 ──これではまるで、『最初の冒険』みたいじゃないですか……!
 震えた膝をかばうこともせきず、ソラスティベルは呆然と項垂れた。
 この迷宮の奇妙さは確かに聞いていた。どんな人物も臆病風に吹かれてしまうと、知っていた。
 しかしソラスティベルなる存在は『勇者』なのだ。
 心には常に勇気を燈し、表情と声は爛々と快活さを放つ。彼女を知る誰に問うても、それはいつも通りだと証するだろう。平時となんら変わらぬ様相で挑んだ彼女は、信じるもののために迷宮でも在り続けた。
 そう、信じていたはずの何かがソラスティベルの中で怯んでいる。
 ──覚えがあります。この、感覚は。
 そうっと閉ざした瞼は、闇のみを見る。
 思い起こされるのは故郷にいた頃、幼いときの出来事。絶対に断られるだろうと理解したうえで、親の目を盗んで立ち入ったのは、禁足の地──幼い少女にとって壮大に聳える山だ。意気揚々として挑戦した冒険も、子どもゆえに準備が足りず、空腹になり、暗くなった空と静かな木々の合間で泣いていた。泣きながら登ったのだ。
 ──あれが。
 ソラスティベルの、最初の冒険だった。
 怖い、怖い。
 耐えず襲い来るのは、そのときに覚えた衝動だ。恐怖は彼女から熱を奪っていく。どうして、恐れても尚頂上を目指したのか、その理由さえ眠る記憶が歪み、失われようとしていた。
 けれど眼裏の暗さを開こうと、押し上げた瞼でソラスティベルは再び世界を見る。
 ああ、と吐いた息は安堵にも似た温もりを含む。
「そう、でした」
 難しい問題ではない。簡単なことだ。
 あのときのわたしは。
「勇者に、なりたかったんです」
 胸の前で握った拳に、熱が戻る。だから彼女はあのときの──初めての冒険で唱え続けた言葉を、誰にも阻まれない武器を、もう一度振りかざす。
「勇気、気合い、根性っ!!」
 見はるかす世界を翔けるために、少女は再び勇者となった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

榎本・英
やれやれ、今回は何処にいるのか分かるから良いものの
迷宮を抜けなければならないのか。
早急に抜けて助け出さねばなるまい。

進めば進むほどこの身が可笑しい。
ちょっとした物音が身体中に響くような感覚だ。
思わず肩も震えてしまう。
後ろから見たこともない生物が追いかけてくるのではないかと
変な妄想に囚われてしまう。

嗚呼。何かがおかしい。
足元を通り過ぎる鼠が巨大な化け物に見えた。
この迷宮に足を踏み入れたときには感じたことの無い恐怖が
徐々にこの身を侵食するではないか。

嗚呼。早く抜け出さなくては。
狂気耐性で視覚の情報にある程度の免疫をつけて足早に出口に向かう
走って、早く抜け出さなくては……。

気が狂いそうだよ。



 やれやれと息吐く榎本・英(人である・f22898)の振るまいも、深い迷宮に飲み込まれていた。
 そう、確かに迷宮だ。それも魔法学園の地下に築かれた、得体の知れぬ世界。
 謎で構築された場所ではない。何処に立っているのか──それが分かるだけで迷う原因にはなり得ないと、英は重々理解している。立つ位置がわかる。まだ良い方だ。
 顎を引き、そう納得する英の眉根を寄せさせるのはしかし、迷子という名の札によるものではない。
 ──なぜ、迷宮を抜けなければならないのか。
 今度は顎を撫でて唸る。
 もはや踏み入ったが最後、悶々と沈思する英さえも翻弄するかのように、迷宮は彼を奥へ奥へと歩ませる。誘っているように迷宮も錯覚したことだろう。
 ──早急に抜けて、助け出さねばなるまい。
 わかり得ない。彼に宿るこころを、微塵も知らぬ迷宮には。
 右か左かはどうでもよかった。進めば進むほど可笑しくなる身が、英を締め付ける。カタンと軽いものが倒れた音、道の先まで吹き抜けるときの風音。様々な刺激が身体中に響いてやまない。
 そんな感覚は、日ごろ平然と歩き回る彼の肩をも容赦なく震わせる。
 もしかしたら、見たこともない生物が後ろから追いかけてくるのではないか。
 どんな書や体験談でも拝めなかった奇々怪々な出来事が、我が身に起こるのでは。
 妄想にばかり囚われるのを、性分とするか職業病とするか、判断すらつかず英は冷えきった足裏で踏み締めて進む。
 ──嗚呼。何かがおかしい。
 単なる小型ガジェットでしかない鼠も、足元を通り過ぎるだけで巨大な化け物のように思えた。壁に影が映っただなんて、言い訳にもならない原因を探してみる。けれど真鍮でできた物いわぬ壁は、英に理由を発見させない。
 足を踏み入れたときには、感じたことの無かった恐怖だ。
 或いは恐怖としか例えられない感覚だろう。未知の「ナニカ」が徐々に心身を侵食していくのを、英は痛感した。口端が意識せず歪む。笑みや楽しさに吊り上がるならともかく、床に引き寄せられたかのように下がるばかりで。
 ──嗚呼。早く抜け出さなくては。
 足早になるが、焦りは面差しに乗らない。淡々とした顔で突き進むだけだ。
 情念が生み出す狂気をよく知っている。だから恐れ戦いた情が狂い咲くことはない。
 それでも、早く抜け出さなくてはと焦燥が両足を走らせた。足音が悲しげに響くことさえ、英を繋ぎとめようとする情念に聞こえる。だからこそ脇目も振らず駆けた。
 行きながら口を開く。己の意思で動かしたのかすら、もはやわからない。そして迷宮へふらりと入って以降、一度も言葉にしなかった怖さを、漸く唇に刷くのだ。
「気が狂いそうだよ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

鵜飼・章
豪胆や勇敢とは何か違うけれど
怖いもの知らずと言えばそうなのかな
『きみはいらない子』
僕はいつだってそう決める側だった
ひとは真実を口にすることを
何より恐れないといけないのにね

一度、すべての記憶と引き換えに
たった一瞬『人間』になれた夜があった
その時僕は確かに怖いと感じたんだ
闇を、敵を
何も知らずにいる事を
そして結局元の僕に戻ってしまったんだけど…

ああ…確かにあの時はこんな感じだったよ
厭だね
とても厭な感情だ
【相対性理論】で素早く通り抜けよう
隼くんや鴉達も臆病になっているのかな…
励ましあって奥へ進む

ああそうか
すごく厭だけど…
恐れるからひとは助けあえるんだね

またひとつ余計な事を知った
僕が人間になれない理由を



 きょろきょろと迷宮を見回すも、あまりの静けさに口を開くこともせず鵜飼・章(シュレディンガーの鵺・f03255)は歩む。靴音だけがどこまでも響き、得体の知れない風か空気の抜ける音がこうこうと微かな音を立てている。
 ひとりきりで進むと考えれば、たしかに恐ろしい場所なのだろう。
 豪胆な人や勇敢な人間であれば落差も激しかっただろうかと、考えばかりが章の中で巡る。比べてみれば、自身の立ち位置はその枠に当てはまらない。ただ、怖いもの知らずと言ってしまえば、そうなのかもしれないと唸った。
 きみはいらない子。
 いつだって章は、決める側だった。
 思わず睫毛を震わす。
 ──真実を口にすることを、何より恐れないといけないのにね。
 恐れ、という言葉にはたと立ち止まる。蒸気機関で築かれたこの迷宮が、恐怖や不安を煽り、来訪者たちをそうした感情で痛め付けていく。
 だからだろうか。章もいつしか、思考の海に沈みつつあった。
 想起するのは、あのときのこと。一度だけ。すべての記憶と引き換えに『人間』になれた夜。
 ──僕は確かに、怖いと感じたんだ。
 底のない闇を。敵を。そして何も知らずにいることを。
 それは瞬きほどの時間。元に戻ってしまった以上、そのとき覚えたかたちも、疾うに過去となっている。
 ただ、それでも。
「ああ……確かに、あの時は」
 こんな感じだったと、最後まで紡ぎ終えるより早く、胸中に感情がにじみ出す。
 渦巻き占めるほど大きくはないはずなのに、妙に章の心身をざわつかせた。
 ──厭だね。……とても厭な感情だ。
 吐息を交えて、指笛を吹く。高らかに奏でた音は、たとえ地の底であっても勇猛な隼を呼ぶ。筒闇さえも跳ね退けて舞う隼が旋回し、まるで章を誘うように乗せて先へと導く。
 ──隼くんや鴉達も、臆病になっているのかな……。
 ひとだけでなく、生きとし生けるものすべてが影響を受けるのなら。
 騒ぎ立てることはなくとも、彼らもきっと異様な不安を覚えているのかもしれない。章はふと眼を眇めてから、励ましあって出口へ向かう。章の心持ちを感じたのか、隼がひと鳴きする。その反応に、章は眼を見開いた。
 ──ああそうか……すごく厭だけど……。
 恐れるから、ひとは助けあえる。
 怖いと感じるから、誰かの怖さもわかりあえる。
 ──またひとつ、余計なことを知った。
 それを歎く間もない。言葉もなく立つ章は俯き、冷えきった床が果てしなく続くのを改めて確かめる。余計なことだ。だから悲しいとか悔しいとか、そうした情に苛まれるのともまた違う。迷宮の所為か、ただなんとなく──怖かったのかもしれない。
 人間になれない理由を知るのが。

大成功 🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
厄介……ホント厄介ネ
怖いもの知らずだって自覚はある
だから一刻も早く通り抜けないと不味いわ
主にアタシの今後の精神状態的に……!

入ってすぐ【黒管】呼ぶわネ
くーちゃんお願い、素早く抜けれる道を探しましょ
影は両の指の数
常より多く呼び出してるのは無意識の不安

早足で駆け行き止まりは避けて
障害はそこまでに排除方法を考え進み余計な時間を使わない

いつもなら楽しめそうな迷宮でも
ネズミや黒光りするアノ虫に似た何かが出たら
(表の職の)天敵!と必要以上に攻撃しちゃいそう
それを誰かに見られるのは
いいえ、何よりそんな自分が存在するのが……、

考えすぎを止めるように
くーちゃんを一匹手元に呼び返し頬擦り
最後には走って出口目指すわ



 多少なりとも無鉄砲な方が、冒険を楽しめる。けれど、考えたくもないあの影を連想させるくたびれた地下迷宮は、怖いもの知らずと自覚するコノハ・ライゼ(空々・f03130)にとって致命的だった。
 ため息すらまともに吐けないほど、切羽詰まっている。見た目は平時と変わらぬ様相だが。
「厄介……ホント厄介ネ」
 ぽそりと呟き俯くのをやめた。足を止めている時間が惜しい。一刻も早く通り抜けなければ不味いと確信できる。
 ──主にアタシの今後の精神状態的に……!
 予知よりも明瞭な先行きだ。
 意を決するように顎を引き、唇を引き結んで呼び出したのは黒管──小さな管狐だ。黒き仔狐はするりと這うように世に出現し、コノハをじっと見上げる。
「くーちゃんお願い、素早く抜けれる道を探しましょ」
 コノハの言葉に仔狐は瞬く間に道を求めだす。いつもであれば一匹で充分こなせるというのに、今日ばかりは両の指の数だけ管狐を招いた。抱いた不安が無意識に数となって現れたのだろう。けれど今のコノハに、そこまで考えが至る余裕はない。
 ──とにかく急がなくちゃ。
 思考も眼差しも、ただひたすら前を向くだけ。それでも胸中を染める不安は拭い切れず、いつまでもコノハの心身を迷宮に留めようとする。
 黒管の助力を元に入り組んだ迷い路を駆けた。追っ手が迫るわけでも、迷宮が崩壊するわけでもないのに、常に何かに追い立てられているような感覚だ。見知らぬ壁が、柱が、静かに聳えながらもコノハを凝視している。その視線を感じて、どうにも落ち着かない。
 余計な時間も使えないと、一秒でも早く先へゆくコノハはしかし、胸が凍るのに似た心地を覚えた。自身の鼓動さえ異様な音を立ててコノハを追い詰める。いや、実際にコノハに迫っていたのは、迷宮へ入るときに危惧していた──忌まわしき影。
 カサリ、と乾いた音が擦れる。続いてカサカサと気配が近づき、薄暗い柱の足元から触覚が顔を出す。そう、触覚が。
 ぴくりとコノハの瞼が引き攣る。床を這うような触覚。妙に黒光りした色艶。かたちをはっきり捉えずともコノハにはわかる。
 かのものこそ天敵。そして天敵こそコノハが撃退すべき存在。
 誰がやれと告げるまでもなく、コノハは動いていた。有無を言わさず加えるのは一撃。悲鳴もあげず黙々とこなすのは害虫退治。飲食の場に現れたのが運の尽きと言わんばかりに叩き伏せ、表へその残骸すら残さぬよう処理をする。平たく言えば猛攻だ。
 必要以上に攻め立てれば、迅速な対応に抗う術もなく触覚の主は消える。
 ふ、と短い息を吐いてコノハが改めて現実に佇む。
 ──よかった、誰かに見られなくて。
 我に返って真っ先に知るのは、安堵感。
 いつもであれば他人に見せない姿と行動だ。決して表へでない、コノハの一面。
 目撃されなかったことにホッとしたものの、コノハの顔色はやはり晴れずに。
 ──いいえ、何よりそんな自分が存在するのが……。
 ゆるくかぶりを振って、くーちゃん、と呼んだ。
 手元へ戻った一匹と頬を擦り寄せ、そうっと瞬き、最後にはまた駆け出した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロリーナ・シャティ
【要晶】
臆病になる、って言われても…
イーナは元々な気がする
でも、もっと酷くなっちゃうのかな
もう二度とアリスラビリンスに、イーナの扉、探しに行けなくなっちゃうくらい?
それは嫌…ううん、だめ
「奥に、行かなくちゃ」
ラパンスを両手でぎゅっと握り締める
いつもの、頑張り方

あの小さい子は何?…お人、形…?
そっか、あの子はお人形さんが一緒なんだ
ひとりじゃ、ないんだ
……声、掛けたら
イーナも『一緒』にしてくれるかな
ずるいかもしれない
でも、ひとりじゃきっと負けちゃう気がする
だから
「……あ、あのっ」
「イ、イーナも、『一緒』にしてほしい、ですっ」
だって行かなくちゃ
「イーナは、ロリーナ」
迷宮を抜ける仲間に、してくださいっ


草守・珂奈芽
【要晶】
これが異世界…臆病風がなくても怖さを感じちゃう。
なにせ元もやしっ子、現新米猟兵!…色々不安じゃん。
知らない場所、力は足りない、その他たくさん。
でもヒーローになりたいのも本当の気持ち。
「脆くたって草化の守り手、心ぐらいは鱗ばりに固くあるべーし!」
人形の草化媛(小さい)を風避けみたいに前に出して、ずんずん進む!!

って思ってたら声にびっくり!
「ぴゃー!?こ怖…くないこんにちは!」
慌てて見たら女の子?
この子も猟兵で…でもわたしと同じで不安そう。
「い、いいよ!わたしが一緒にいてあげる!」
強がりだけど笑顔はめいっぱいに。二人なら、きっと怖くないし!
「ロリーナちゃんね。わたしは珂奈芽!さ、行こう!」



●要晶
 新米猟兵だと自認している草守・珂奈芽(小さな要石・f24296)にとって、異世界も地下迷宮も、あらゆるものが不安の種でしかなかった。知らない場所で、力も足りなくて、だからこそ。
 ──臆病風がなくても、怖さを感じちゃう。
 ふるふるとこうべを横に振り、その眼差しに宿した光で前を見据える。
 ヒーローになりたいと願う珂奈芽の気持ちは、紛うことなき本物だ。
 意を決するため、胸を張り静寂が満たす迷宮へ宣言を轟かせる。
「脆くたって草化の守り手、心ぐらいは鱗ばりに固くあるべーし!」
 小さくとも草化媛を前に突き出して、ずんずんと大股で進むだけだ。言葉に換えた想いが珂奈芽の足に熱を点し、心に勇気を滾らせる。
 そのころ。
 イーナは元々な気がする、とちらりと視線を流したのはロリーナ・シャティ(偽りのエルシー・f21339)だ。けれど元からその気があるなら、度を越して酷くなってしまうのかもしれない。そこまで想像してふるりと身震いする。
 たとえばもう二度と、アリスラビリンスに扉を探しに行けなくなったら。
「……それは嫌……ううん、だめ」
 ゆるくかぶりを振り、ロリーナは筒闇に包まれた奥を見据える。
「奥に、行かなくちゃ」
 朝陽が彼方に滲むときの輝きに似た、金色のラパンスを両手で握り締める。ぎゅっと篭めた力はいつもより強い。自然と、ロリーナの心身にも緊張が巡っているのかもしれない。
 それでも凍る胸が向かおうと言う。砕ける怖さを知りながら、鋭利な破片が突き刺さる痛みを知りながら。
 だからロリーナは進む。足裏に感じる迷宮の冷たさも、天井や壁から感じる異様な視線も全身で受け止めて。
 ──いつもの、頑張り方。
 そう自らへ言い聞かせた。
 しかし光の届かぬ底で、寂しさが渦巻くのをロリーナは痛感していた。
 やがて視界にぼんやり映りこんできたのは、人影らしき揺らめき。ロリーナは自身の意識が混濁していないことを確かめ、その影をじっと見つめる。
「あの小さい子は、何? ……お人、形……?」
 ぱちりとロリーナが瞬く。そっか、と細めた双眸で光が揺らいだ。
 ──そっか、あの子はお人形さんが一緒……ひとりじゃ、ないんだ。
 ひとりじゃない。淡々と響く言の葉が、ロリーナの胸中で燻っていたものを染み出させていく。
 もしも声を掛けたら、どうなるだろう。
 ──イーナも『一緒』にしてくれるかな。
 ずるいかもしれない。でも、ひとりだけでは、きっと。
 負けてしまう、とまで至った考えさえ恐ろしく、ロリーナは喉元でつかえていた言葉を紡ぐ。
「……あ、あのっ」
 思いきってかけた声は、ロリーナが思っていた以上に大きく響いた。直後。
「ぴゃー!?」
 甲高い悲鳴が響く。突然の出来事に眼をぱちくりさせた珂奈芽は、現れた姿を見て胸を撫で下ろす。おばけでも獰猛な生物でもない。きちんと確かめてみると、あどけない顔立ちの女の子にしか見えなかった。
「ここ怖……くないこんにちは!」
「あ、あの、イ、イーナも、『一緒』にしてほしい、ですっ」
 いかなくてはならないのだと、その一心で願いを寄せる。
「イーナは、ロリーナ。迷宮を抜ける仲間に、してくださいっ」
 鮮明に奏でられた心の音が、ロリーナを掴み迷宮へ留めようとしていた恐怖や不安さえも跳ね退けようとする。
 同じだ、と珂奈芽は感じとる。きっと目の前の子も、その細身に不安を押さえ込んでここまで進んできたのだろうとわかる。
 だから珂奈芽は口端をあげた。
「い、いいよ! わたしが一緒にいてあげる!」
 珂奈芽は強がりはしても、笑顔はめいっぱいに咲かせる。
「ロリーナちゃんね。わたしは珂奈芽! さ、行こう!」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『鏃(やじり)の道』

POW   :    防備を固め、負傷覚悟で通路を強行突破する

SPD   :    飛来する矢を躱しつつ、素早く先へ進む

WIZ   :    罠が起動しないよう細工をしつつ、慎重に先へ進む

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●鏃の道──封鎖されたもの
 この道で矢が真に射当てるのは、身体よりも、誰かが「いつかに見聞きした」ものだ。
 魔術で編まれた矢は従来の矢と異なり、どこからともなく現れる。道ゆくものすべてを鏃が傷つけ、篭った魔法で嫌な記憶を呼び覚ます。不安や恐れといった臆病に繋がる心を超えたばかりだというのに、畳みかけてくるように鏃は来訪者を痛めつける。
 嫌な記憶、と一口に言っても様々だが、今回の道に飛ぶ矢がもたらすものは限られている。
 生涯忘れられぬ失敗談や苦労話──昔の憂さ話を持つ者は多く、そうした中で最も迷宮が好むのは。

 いらない子のおはなし。

 要不要の区分についてではなく、当人が「自分はいらない存在なのだ」と思ったときのことを。いらないと聞いたときの記憶を、迷宮は好んで射る。ひとたび撃ち抜かれれば、誰かの詰る声が聞こえるやもしれない。そのときの感覚が蘇るかもしれない。
 だから射抜かれた者は動けなくなる。矢の魔法が引き起こす記憶によって。
 矢を避けられるか否かで判断するならば、回避は可能だ。ただし簡単にはいかない。
 なぜならここは魔導蒸気機関が満ちる迷宮。素早さや反射神経で逃げきれるほど、単純な話でもない。
 あるいは甘んじて鏃を受け、記憶や言葉と向き合う覚悟があるならば。乗り越えるか受け入れさえすれば、以降は矢に触れても過去に囚われないだろう。
 もしくは幻聴に詰られながらも、今を生きる存在を──自分を必要としてくれる誰かや場所を想い、抗う手段もある。誰かの名は必要ない。「必要とされている」という考えこそが、魔法を弾き身体を動かす。
 いずれにせよ矢を受けた人の発想や動き方によって、対抗方法は異なってくる。

 魔法学園の生徒たちもまた、そんな迷宮に囚われていた。
 ひとりは、内向的な性格で、誰かを傷つけることを恐れた竜派ドラゴニアンの少年ズン。魔法学園の生徒でありながら、戦いに遠慮がちなのもあり、心身共に強くなれず親類から責められて育った。
 ひとりは人間のムロ。仕掛けで災魔を食い止めるトラップメイカーの青年だが、仕掛けがうまく作れず、まともに機能しないことも珍しくないため、周りに迷惑をかけてばかりいる。
 もうひとり、ケットシーのベーヌがいる。幼い頃からどうにも臆してしまいがちの性分で、恩返しひとつするのにも、なかなか行動に出られず、声もかけられない。それが理由で親猫に見放された、まだ幼い少女だ。
 そして最後のひとりはミレナリィドール。たとえミレナリィドールでもモノとして見るばかりのヒトを愛し、そのために廃棄されたリーゼという名の女性。
 彼ら学生は矢に射られ、迷宮のどこかで足止めを喰らっている。
 奥に居座るオブリビオンを倒せば、迷宮の仕掛けも解除され、学生たちも自力で帰還できるようになる。
 だが気になるようなら、道中で生徒を探し声をかけるなり、動向を見守るなりしても良いかもしれない。

 すべては猟兵たちの心赴くがままに。迷宮はそのすべてを、待っている。
南雲・海莉
蘇るのは
『俺は海莉を愛しているのか分からない』
義兄さんの言葉と
その言葉の侭にアルダワに留学を決めた後悔

今は知ってる
義兄の言葉の本当の意味を
ずっと、幼い頃から自分の感情さえ信じられずに、自分の生も存在も否定し続ける義兄の闇を
義兄はこの強い感情を隠しながらも、私を救ってくれた


学生を見掛けたら直ぐに駆け寄る
転校生よ、この迷宮から助けにきたわ

哀しい事をいっぱい思い出したのよね
私もよ

認めてほしい
自分を認めたい
その気持ちを知ってるから、他人のその気持ちが分かるの
痛みを感じる貴方だから助けられる人がいる
あなたを必要とする人がいるの、必ず
私はそんな人に救われた
だから私も救うと決めたの
【手をつなぎ】【鼓舞】する



 わからない、という五つの音が奏でる深みについて、南雲・海莉(コーリングユウ・f00345)は考えた。たった五つの音ながら、その言葉は多くのものを乗せる。あやふやなまま何処にも着地せず、宙空に浮かぶ意味を持つだけのはずなのに。
 矢雨の下、体の痛みとも胸の痛みともつかぬちくりとした感覚に、海莉は睫毛を揺らす。
『俺は海莉を愛しているのか分からない』
 浮かんだのは義兄の言。遠い過去にも思えるのに、声の強弱までもが鮮明に蘇った。
 ──あの言葉の侭に、アルダワに留学を決めたから。
 それを後悔した自分がいる。
 今思えばわかったかもしれない、なんて。あのときもっとよく考えていたら理解できたかも、だなんて。
 取り戻せぬ一瞬を思うも、やはり過去なのだと海莉は理解している。時間と経験を経た今だからこそわかったことを、海莉は抱き続けるしかなく。だからこそ義兄が口にした言葉の本当の意味は、幾度となく海莉の胸中に蘇っては巡る。
 自身が持つ感情さえ信じられずにいた義兄の影が、ぼうと浮かぶ。幼い頃からずっとそうだったのだと考えてしまえば、意識せず吐息が零れる。自分の生も存在も否定し続けた義兄の闇を覗くのは、やはり海莉の根幹を震わす一大事だ。
 それでも海莉は痛むほどに感じている──義兄はこの強い感情を隠しながらも、私を救ってくれたのだと。
 息を吐ききると虚ろな視界が定まった。そして迷宮を再び進み、蹲った影を見つける。
 すぐに駆け寄るも既に前後不覚らしく、竜派の姿を取るドラゴニアンの少年は近づいた海莉にも気付かない。
「転校生よ。助けにきたわ」
 呼びかけて漸く、のろのろと顔がもたげる。
「哀しい事を、いっぱい思い出したのよね。……私もよ」
「き、きみも……?」
 怯えた声音が返った。少年の眼差しが、少しずつ海莉を捉えはじめる。
「認めてほしい、自分を認めたい……その気持ちを知ってるから、他人のその気持ちが分かるの」
 再び鏃の魔力に捕まらぬよう、紡ぐ音ははっきりと、そして迷宮を牽制するように響かせていく。
「痛みを感じる貴方だから助けられる人がいる。あなたを必要とする人がいるの、必ず」
 他の誰でもない自分だからこそ。
 理由を綴れば、少年の瞳にも光がちらつく。
「私は、そんな人に救われた。だから……」
 私も救うと決めたの。
 意志を寄せた声は強く、少年の耳にも響いた。
 迷宮だけでなく不気味な風音さえも、そうした姿を望まないのだろう。二人めがけて射られた矢もしかし難なく打ち払い、悪意の元を焼き尽くす。そこで海莉が動けるかを尋ねると、頷きで応じた彼はまだ強張ったまま、だいじょうぶ、と笑みを刷く。
 恐怖や緊張で冷えきった手に触れて、海莉もゆっくり首肯する。
 わからないまま蹲っていた少年に、また歩き出せるのだと分かってもらうために。

大成功 🔵​🔵​🔵​

花園・スピカ
周りを注意深く観察【情報収集】しつつ可能な限り【オーラ防御・見切り・地形の利用・咄嗟の一撃】で矢を避けベーヌさんを探す

いらない子…私はどうなのでしょう
ただ一つ悔いるとすれば、別れの際涙を流していた持主のあの人にどんな顔をすべきか理解できなかった事でしょうか
そういう意味では私も欠陥品なのかもしれません
…外に出た事には後悔はないですが


ベーヌさんには【優しさ・コミュ力】で話しかけUCで治療

確かに行動を起こす事はとても勇気のいることですね
でも行動に移せずとも相手を思いやる気持ちを持つだけでも十分立派な事だと私は思うのですが…ダメですか?
考えや想い…目に見えるものだけが全てではないと…私はそう思うんです



 不穏な音がもはや風なのか誰かの歎きなのか、花園・スピカ(あの星を探しに・f01957)には判断つかない。
 けれど迷宮を築いた情念が、いらない子と認識する存在を取り込もうとしているのは解る。だからスピカは急いだ。
 探しだそうとする意志はスピカの足を速め、彼女が放つ聖者の加護を重ねた。虚しさばかりが先走る地下迷宮でも、輝きは間違いなく世界を照らす。
 そうした中、鏃の道に現れては的を外れて消えゆく魔法の矢を一本、また一本と見送ってスピカは思う。
 ──いらない子……私は、どうなのでしょう。
 思い当たる節がない。咄嗟には浮かばなかった。
 ただひとつだけ悔いるとするなら、わからなかったときのこと。
 涙を流していた持主にどんな顔をすべきか、自分にはわからなかった。別れの際の記憶としてしっかり刻まれているのに、表情も、向けるべき情も、正式に記録されてはいない。
 ──そういう意味では、私も欠陥品なのかもしれません。
 あの人が恐らく望んだであろう顔ひとつ、つくれなかった。
 外へ出たことに後悔はなくとも、気掛かりとして心のどこかで蟠っている。ただそれは、今のスピカの足を留まらせるような真似をしない。今の彼女が進むのは助けが必要な者のいる道。そして現在を生きる者たちを苦しめ、閉じ込めようとする恐ろしい迷宮の内側だ。立ち止まるわけにはいかない。
「大丈夫ですかベーヌさんっ」
 呼びかけは朗々と、無意識に迸った聖なる光と共に注いだ。
 すっかり耳もぺたりと倒れて伏していたケットシーのベーヌが、顔をあげる。まだ毛並みも顔立ちもあどけない。近寄るスピカに気づきびくりと跳ねるも、持ち前の笑顔が届いたのか、ベーヌは目をぱしぱしと瞬いて。
「えっ、と、あの、あなたも学生さんですか……?」
 少し不安定ながら、喋る声音ははっきりしている。そのことに安堵したスピカは、緩く頷いて。
「あ、はい、そうです。転校生のスピカっていいます」
 流れで会釈をすると、ベーヌもつられて頭を下げた。猫の耳がぴこぴこと向きを変えて忙しないのは、現況を理解しようとアンテナを張っているのだろうか。
 スピカの光に癒されたためか、我に返るまであっという間だった。代わりに少しばかりの疲労を覚えながらも、スピカは笑顔で話を続ける。
「あの……行動を起こす事は、確かにとても勇気のいることです」
 迷宮が視せた恐れゆえにか、固く逆立っていたベーヌの毛並みが目に留まった。
 だから怖がらせないようそろりと伸ばした手で、幼い少女の手に触れようと試みる──触れるだけのことが、スピカにもすぐにはできなかった。それでも、時間をかけて触れ合う。
「行動に移せずとも、相手を思いやる気持ちを持つだけでも十分立派だと私は思うのです」
 引っ込み思案なスピカの言葉と行動を察して、ベーヌの双眸がじっと彼女を映し出す。まるで星を見ているかのような、きらきらした眼差しで。
「……ダメですか?」
 こてんと傾いだスピカに、ふるふるとベーヌがかぶりを振る。
 スピカの様相を見れば、ダメじゃないです、と少女も否定せずにいられなかった。
「でもわたしに、スピカさんとおんなじような、ちゃんとした気持ちが持てるどうか」
 やはりすぐに不安は拭えず、耳もヒゲもしゅんと下がってしまう。だからスピカは眦を和らげる。
「目に見えるものだけが全てではないと……私はそう思うんです」
 恩返しというのは、たしかにかたちになりやすいものではあるけれど。
 そうしたいと考えることの意味を、その尊さをスピカは紡ぐ。
「不安に感じても、そうしたい、行動に移したいって思えることだって、大事な思いやりですよ」
 外へ出るための第一歩を踏み出したときを、何とは無しに思い出しながら。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ファリス・エクナーネ
……恥ずかしいぃ。穴があったら入りたい。
あんな情けない姿、あの方のお耳に入れるわけにはいかないわ。監視役の低位精霊を口止めしておかないと。
「っ!?」
しまった、もう次のエリアに入って――

『君はあまりに勝手が過ぎる。そういった危険な者は私には必要ない。だから――』
あの時、あの方はどんな表情をされていた?言葉の方が衝撃的過ぎて上手く思い出せない。
苛立ち?うんざり?……無関心?
あの方の害になる者は徹底的に排除してきたのに。
涙が溢れて止まらない。
もう、私はいらない子なの?

「ぃったぁ!!な、何をするんですか、この」
あれ?もしかして、低位精霊に殴られて意識が引き戻された?
傷を治療してここから離れないと……。



 ああ、なんて恥ずかしい姿を。
 両の手で顔を覆いながらファリス・エクナーネ(ポンコツ修道女・f25090)は入れる穴を探していた。いや、穴があったら入りたいだけで、実際に顔から突っ込んでしまってはそれこそ情けない姿をさらけ出してしまいそうだと、あたふたと戸惑う。
 こうなったら、あのような姿を晒したという事実を隠し通し、監視役の精霊に口止めしておかなければ。ひとり脳内でぐるぐると策を練っている間にも、彼女自身の歩みは先へ先へと進んでいく。
 そして気付けば、今まで居た迷宮とは異なる空気がファリスを出迎えていた。静謐を湛えた空間──と思いきや、どこからともなく飛来した魔法の矢が、ファリスを射止める。しまった、と呟くよりも先に彼女の耳朶を打ったのは、あまりにも覚えのある声。
『君はあまりに勝手が過ぎる』
 次なる矢を警戒しようとしたファリスは、その第一声に固まった。
『そういった危険な者は私には必要ない。だから……』
 だから。
 たった三つの音ながら、突き放したような音に聞こえる。底なしに凍てついた音に感じる。必要ないと言われたからだろうか。
 ファリスの聞き間違いであったなら軽く流すだけで済んだのに、その声からは意識を逸らせない。
 頬が震えてファリスから笑みが遠ざかる。白い肌から血の気が引き、青さを帯びていくのも、ファリス自身は気づけない。
 今の彼女の思考を占めるのは、ただただ『あの方』のこと。果たしてあのとき、『あの方』はどういう顔で自分を見ていたのだろうか。衝撃が強すぎる言葉のおかげで、うまく思い出せずにいる。
 ──苛立ち? うんざり? ……無関心?
 その、すべてかもしれない。
 思わず肩が震える。ファリスにとってどんな種類であれ、向けられるのが負の感情か、興味を示してもらえないことほど怖いものはない。
 ──あの方の害になる者は、徹底的に排除してきたのに。
 すべてはあの方のために。どんなこともあの方のために。
 もはやファリスの意志など構わずに、募れば募るほど大粒の涙が溢れていく。
 ──もう、私は……。

 いらない子なの?

「ぃったぁ!!」
 行き着くところまで思考が沈んだところで、突然乾いた音とファリスの叫びが迷宮にこだました。
 咄嗟に振り向いたファリスの目に飛び込んできたのは、今し方彼女をひっぱたいた精霊だ。位の低い精霊は、素知らぬ様子で彼女の前にいる。
「な、何をするんですか、この……っ」
 むっとして言葉で反撃しかけたところで、はたと思いとどまった。あれ、と口にした途端、ファリスには今まで聞こえていた音も言の葉も、一切なくなっていて。それだけではない。迷宮を進んでいたはずの自分が、いつのまにか蹲っていた。
 もしかして、とファリスがゆっくり精霊へ眼差しを流すものの、精霊は常と変わらぬ素振りで存在するのみで。
「何が何だか……とにかく、ここから離れないと……」
 生命力を内側へ迸らせて、ファリスは漸く立ち上がった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

キトリ・フローエ
あたしには、昔の記憶がない
でも、そんなあたしにも今がある
あたしの名前を呼んで、手を差し伸べてくれる子がいるの
だから、大丈夫
そんな風に心を守って、鏃の魔法を弾きながら迷宮を飛んでいくわ
どうしても、見つけてあげたい子がいるの

臆病な、小さな猫のベーヌ
今もきっとひとりぼっちで、震えているでしょう?
第六感を頼りに耳を澄ましながら
見つけられたら名前を呼んで、大丈夫よって伝えてあげたい
一歩踏み出す勇気を持つことは怖いでしょう
嫌がられたらどうしようって、あたしも思ったことがないわけじゃないもの
でも、ここまで来た勇気はあなたの中に確かにあるわ
だから、大丈夫よ
あなたが少しでも笑ってくれたら、それがあたしへの恩返し



 自身の記憶というものがいかに重要であるかを、恐らく大半の人物は意識せずに過ごしているだろう。昔の記憶が欠乏していたり、穴があいたように抜けていれば、無くしたものの重みもわかる。
 キトリ・フローエ(星導・f02354)のように、そこで立ち止まれない者もいた。なぜなら自分には今があると知っているからだ。
 ──あたしの名前を呼んで、手を差し伸べてくれる子がいるの。
 思い出せる昔日の光景がなくても、思い浮かぶ声とひとが、たしかにいる。
「だから、大丈夫」
 音にした。口に出してみると自然と落ち着く気がする。
 おかげで鏃が隠れた精神を貫き、心を無理にめくりあげようとも、今のキトリを追い込むには至らない。飛び交う矢雨の下を翔けてキトリが向かうのは、迷宮の奥。どこかで絶望の欠片に苛まれている少女ベーヌのもと。
 ──今もきっとひとりぼっちで、震えているはず。
 臆病な小さな猫。耳を澄ませてその心の断片を辿り、キトリは飛ぶ。
 ──どうしても、見つけてあげたいの。
 募る想いと共に向かったキトリの目に飛び込んできたのは、縮こまって震えるケットシーの後ろ姿だ。少女が背中を丸め、耳もぺたんと横たえている姿は痛々しく、キトリも一瞬眉を悲しげに動かす。
 そしてふわりと高く飛び上がり、ベーヌ、と名を呼びながら少女の前へ舞い降りた。突如として天から現れた姿にベーヌは驚き、耳もひげもピンと張る。キトリがよくよく見てみると、迷宮探索の所為か毛並みも薄汚れ、目も疲れきっている。魔法の矢にも何度かあてられたのかもしれない。
 しかしキトリを見て怯える素振りはなかった。だからキトリは微笑みを湛える。
「大丈夫よ」
 飾り気のない端的な一言は、少女の胸へすんなり吸い込まれていく。
 しおれた毛が痛ましいベーヌの手をそうっと取ってみると、随分冷えきっていた。緊張と不安、そして魔法により心を引き裂かれたのだとキトリにも容易に想像つく。想像つくからこそ、アイオライトの眼差しは優しく少女を映した。
 一歩踏み出す勇気を持つことの恐さを、キトリもよく知っている。紡ぐ言葉は穏やかに、そしてゆっくりと少女を捉えた魔法から遠ざけていく。
「嫌がられたらどうしようって、あたしも思ったことがないわけじゃないもの」
「あ、あなたも、です?」
 誰かと関わる以上、いつだって付き纏う可能性のある恐怖だ。
 そこへ共感を抱きつつ、キトリが綴るのは少女の見せた姿勢について。
「でも、ここまで来た勇気はあなたの中に確かにあるわ。だから……」
 大丈夫よ。
 自分にもかけた言の葉と同じものを、今度はひとへ捧げる。そうしてキトリが伝えた音は、鮮やかな色を伴って少女の耳にも届く。だから自然と少女は頬の強張りを緩めた。未だに落ち着かぬ迷宮の中で、身を覆う緊張が解れる空気は、辺りに漂う魔力すら拒む。
 よかったと感じて、キトリは微かに息を吐く。笑みを吐息へ交えたキトリに、少女がきょとんとした。
「恩返し、してもらったわ」
 えっ、と驚く少女にもキトリの面差しは揺らがない。
「あなたが笑ってくれたから」
 たとえ少しでも。そうして恩返しのかたちを滲ませると、ぱちぱちと瞬いた少女の思考が宙を泳ぐ。
 ややあって少女は目を細め、「は、はい……っ」と声を震わせた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ミリア・ペイン
ちっ…とんだ醜態を晒してしまったわ
ある意味魔物より恐ろしい罠だったわね…
いいわ、売られた喧嘩は買わないと

【WIZ】《黒き怨恨の炎》
って、痛っ…いきなり何よ今の?(オーラ防御)…そういう事

こんな所でも私に悪夢を見ろっての?…もう分かってるのに
私のこの死霊を操る力のせいで村が魔物に目を付けられた事
家族も友達も皆殺された事
何度命を絶とうと思ったか、数えきれない程に
私は…いらない子
皆に罵倒されても暴力を振るわれても構わない
でも私は生きなければ、どんなに無様でも
皆の無念を背負って、災魔共を消し去るまでは…

…よくも人の記憶に勝手に入ってくれたわね
退け、私をこの程度の罠で止められると思うな(狂気・呪詛耐性)



 零したミリア・ペイン(死者の足音・f22149)の舌打ちが静かな迷宮に響く。
「……とんだ醜態を晒してしまったわ」
 寄せた眉根に嫌悪の情が刻まれる。身体を痛め付けようとしてくるだけの敵よりも、別の意味で恐ろしい存在だ。とんだ罠にかかったものだと、ミリアは息を吐く。
「いいわ」
 続けた言葉は地の底よりも低い声音で紡がれる。
 ──売られた喧嘩は買わないと。
 悪戯にせよ悪意の塊にせよ、迷宮がこうして阻み挑んで来るのであれば、ミリアとしても相応の態度を取るのみだ。露骨に闘志を燃やさずとも、その赤きまなこにはゆらりと熱意が燈る。
「って、痛っ……いきなり何よ今の?」
 ちくりと身を刺した感覚に、ミリアが振り向く。霊感が何かを射止めたかと思いきや、射止められたのは己の胸のうちのようだ。
 咄嗟に構えた加護により、深く貫かれることはなかったが、それでも幾重にも守りを固めた心を一枚一枚引き剥がそうとする感覚に、ミリアも察する。
「……そういう事」
 囁きが空気に溶けた途端、ミリアの視界にぼんやり浮かび上がるのはいつぞやの景色。
 実際に眼前で広がってはいないはずなのに、剥がれた心が見せるのは、確かにあのときの色彩だ。
 ああ、と双眸が揺れる。瞬きすらできない。
 ──こんな所でも、私に悪夢を見ろっての?
 引き寄せた魔が何をしたのか、目を付けてきた魔物が家族や友人を、村人たちをどうしたのか。
 ──もう分かってるのに。
 忌まわしい記憶が蘇る。ミリアの頭の中を掻き回すかのようで、思わず眉間を押さえた。苦しいのは胸だ。けれど頭がざわざわとうるさい。
 村を襲われたのは、死霊を操る力のせい。ミリア自身の持つ力が要因。事実はわからなくともミリアはそう考えていた。考え込んでいた。
 だから命を絶とうとした。指折りで数えられないぐらいには、何度も。
「私は……いらない子」
 意識せずこぼれた呟きに、迷宮が悦ぶ。吹き抜ける風が笑い声にも聞こえて、ミリアはかぶりを振った。
 たとえ罵倒されても、暴力を振るわれても構わない。自分が原因なのだから、責め苦に会うのも必然だと考える。ただ、それでも。
 ──私は生きなければ。どんなに無様でも。
 どれだけ詰られ、罵声を浴びようと、ミリアの底で燻る芯は崩れない。無念を背負ったままミリアはゆく。災魔を討ち滅ぼすまで、その足は止まらない。
 だから心身を侵す矢の魔法を弾く。
「……よくも」
 憤りに僅かながら声が震える。
「よくも人の記憶に、勝手に入ってくれたわね」
 悪霊の魂を浮かべて、ミリアは進む。
 沸き上がってやまない感情の矛先は当然、魔力に満ちたこの迷宮で。
「退け、私をこの程度の罠で止められると思うな」
 その眼差しは、魔をも射抜く。

大成功 🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
鏃を受けずとも分かってる
「あの人」を殺めた自分がのうのうと生きててイイ訳がない

矢は敢えて受け乗り越える
こんな生にだって、意味をくれる人がいた
自分にも笑顔が作れると教えてくれる人達がいる
あの人の分も、それが自分の――

抜け出せたら生徒を探そう
幼いケットシーのコが気に掛かる
聞いた話に、酷い親と沸く憤りは胸に秘め

やあキミも進めなくなっちゃった?
同じだね、しばらく一緒にいても?

オレは親も、自分が何者かも知らない
何をするのも、生きる事さえ許されない気がしてずっと怖かった
ケド今は、俯くヒトを笑顔にしたい
オレがそうやって助けてもらったように

笑顔の魔法、と飴玉ひとつ渡して
キミの笑顔が誰かの笑顔になる日も、きっと



 迷宮を眺めるコノハ・ライゼ(空々・f03130)の眼差しは強く、顔色はどことなく浮かない。
 矢があたる前から分かっているのだ。自身を詰るものが、何なのかを。
 ──「あの人」を殺めた自分が、のうのうと生きててイイ訳がない。
 だからコノハは軽やかな靴音を奏でて迷宮をゆく。迷いも、躊躇も、疾うに置いてきた。すると靴音に呼応するように矢が飛来する。射手なき矢は奇妙な曲線を描き、獲物を貫くためだけに飛ぶ。
 前を見やればまだ先は長い。矢の脅威に晒され続けるなら、ここで敢えて受けようとコノハは的を与える。乗り越えるために、かすり傷ほどの痛みを刻む。瞬く間に全身を巡った心地は不快なものだった。血の色すべてを、どす黒い情で染めようとしてくる。
 ──こんな生にだって、意味をくれる人がいた。
 ぐっと言葉を飲み込んだコノハの歩みは止まらない。
 笑顔が作れるのだと、そう教えてくれる人たちがいる。コノハの日常にある風景にも、解決に赴く旅先での光景にも。
 ──あの人の分も、それが、自分の……。
 意を決するように己へ呼びかけ、コノハは矢を打ち砕く。
 そして破け散った魔法の残滓を振り向きもせず、たたらを踏んだ勢いのまま駆け出す。
 気にかかる存在がコノハにはいた。だから路地の先でよろめくそれを見つけた瞬間には、あっ、と息を零す。
 何度か矢に降られたのか、あるいは迷宮探索で疲弊したのか、くたびれた様子のケットシーの少女だ。
 やあ、と声をかけると耳がぴんと立つ。やや力無い目線だが、意識は保てているようだ。
「キミも進めなくなっちゃった?」
 幼いケットシーは、ぱしぱしと瞬いたのちゆっくり頷く。
 ──このコが……。
 親に見放された少女。沸く憤りはあれど覚られぬよう秘めて、コノハは眦を和らげる。
「同じだね、しばらく一緒にいても?」
「は、はい……ありがとう、です。一緒にいてくれて」
 少女が告げた感謝はきっかけを生んだ。小さい頃からひとりだったのだと、すっかり弱気になった少女が零す。話題が生まれれば、コノハにとって言葉を続けるのは容易だ。
 一頻り話に耳を傾けてから、気落ちした肩を一瞥して薄く笑う。
「オレはね、親も、自分が何者かも知らない」
 えっ、と少女が驚きの声をあげた。
 いったい自分は何者なのか。それを証明するものも、存在を証明してくれる誰かもいない。だからコノハは生きることさえ許されない気がして、ずっと怖い思いを抱いていた。
 ケド、と続けた音はしかし、コノハが思った以上に柔らかな温もりを孕んで。
「今は、俯くヒトを笑顔にしたい。……オレがそうやって助けてもらったように」
 仰ぎ見た暗い天井の先に、広大な空があることをコノハは知っている。美しい空が続いているのに、俯く人が多いことも。だからこそコノハは、そうした人々にも空色を感じて笑ってほしかった。
 次いで「ドーゾ」と少女へ差し出したのは飴玉だ。
「コレ、笑顔の魔法」
 コノハが片目を瞑って囁くと、少女の毛並みが嬉しさにそよいだ。
 ──キミの笑顔が誰かの笑顔になる日も、きっと。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レザリア・アドニス
いらない子って、私は…とっくにわかっていたのよ…

待雪草の花で機動力を上げる
するりと滑るように飛翔して、壁やオブジェに触らないように、素早く通路を通過
矢が出てれば隙のあるところへ回避しようとする

刺されたら
儀式失敗で廃棄処分を宣告された日のことを思い出す
一族にとってはもういらないもの
家族も、親すらももう向かってくれなかった
そして追い出された…殺さなかっただけは温情してくれたか

黒い、冷たい、けれどどこか暖かいものが内から湧き上がる
そうですね…あなただけは、私のことを必要としてくれる
訳が訳だけど、あなたがいて、よかったわ…
もう決めたよね、お互いに「必要」にして生きること
だからもう、いらない子ではないわ



 すっかり芯まで灰色に染まった翼をなびかせて、レザリア・アドニス(死者の花・f00096)は迷宮に満ちる悪意と向き合う。性格の悪い迷宮が欲しているのは、いらない子の話。考えるまでもないと瞼を落とす。
「私は……とっくにわかっていたのよ……」
 いらない子。必要とされないだけで留まらず、不要との判を押された存在。
 そこはレザリアにとって過ぎ去りし時間であり、かといって目を背けたい過去でもなかった。
 資格を失った器としての捉え方も、遠退いた家も。もしレザリアがずっとひとりぼっちであったなら、きっと矢が含む魔に囚われ、苛まれて動けなくなっていただろう。心の弱き部分を突かれて、戸惑いもしたかもしれない。だが。
 すう、と細く吸い込んだ息で姿勢を正し、レザリアは待雪草の花を招く。はらりはらりと舞い降りる雪の雫は、彼女の想いを受けて淡き白を、無垢なる色を分け与える。そうして雪が模るのは少女の翼。
 暗澹たる迷宮の最中をするりと滑るように飛翔して、何物にも触れぬままレザリアは道を突っ切る。天使を思わせる少女の飛び方は美しくも速く、誰の目にも捉えられぬ勢いで白光を鏤めていく。
 そんな彼女をも、矢は狙った。
 見事な的中とはいかないが、掠った矢は間違いなくレザリアの記憶から昔日の光景を引き出してくる。
 代々魔術を研究している家に生まれ、目的のために勉強に励んで育った日々の、あたたかな思い出。それもすべて、儀式の失敗により廃棄処分を宣告された日との落差まで、残酷なまでに突きつけてくる。
 ──もういらないもの。一族にとって、私は。
 親すらも顔を合わせてはくれなかった。それ以上の言葉を交わそうとしなかった。せめて殺されなかっただけ、温情だったのかもと感じられるかもしれない。期待と呼ぶにはあまりに、切ないが。
 不意に、内側からじんわりと滲むものを、レザリアは感じた。
 黒くて、冷たくて、けれどどこか暖かいものが湧き上がっていく。
「そう、ですね……あなただけは、私のことを必要としてくれる」
 たとえ誰もがいらないと詰ったところで、今のレザリアを打ち崩すほどの脅威にはならない。常にいる存在が、自分にそっと寄り添ってくれているのだから。
「訳が訳だけど、あなたがいて、よかったわ……」
 大事なことだ。内なる温もりへ、声にして伝える。
 もう決めたのだと、確認するように肯う。
 互いが必要で、互いを必要として生きるからこその共生だ。だからもう。
 ──いらない子ではないわ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鏡島・嵐
忘れられねえ失敗、か。
一応矢は躱すようにはすっけど、多分全部は避けらんねえだろうな。

失敗なんていろいろしてっけど……一番鮮明に覚えてるのってったら、初めて猟兵として戦いに出た時の話だな。
恐怖で頭が真っ白になって、戦うのはおろか動けもしなかった。一緒に戦った先輩猟兵が庇ってくれなければ、最悪死んでたかもしれねぇ。

うん、そうだな。「おれがあの場にいなければ」確かにあの人は怪我せずに済んだんだろうけど。
それでも、きっとおれにとっては、あの出来事は無意味じゃなかった。
おれ自身が無価値だとしても、おれに出来ることは、今までおれがやってきたことは、無意味じゃねえ。
今は、そう思える。

※他人との絡みは適当に。



 迷宮が望むものを考えながら進む鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)は、飛来する矢の奇怪な動きに思わず唸った。
 矢が描く曲線からもどことなく意思を感じられる。まるでこの迷宮そのものだと、息を切らさず走る。矢が狙うのは目に見えぬものだ。だからこそ不規則な流れを読みつつ、ほぼほぼ反射神経で躱していく。
 それでも執拗に迫る矢が視界を過ぎった。
 ──失敗した話、か。妙な記憶を掘り起こす矢だな。
 避けた矢が消えるよりも先に、嵐は前を見据えて思考を巡らせる。
 たしかにひとによっては、所謂トラウマ級の経験もあるだろう。動けなくなるのも無理はないと想像できて、駆けながら嵐は顎を引く。かくいう嵐にも、小さなものから大きなものまで、失敗という枠に当て嵌められるものなら覚えがある。
 そうして沈思している彼の腕を掠ったのは、鏃の道に違わぬ凶器。
「……さすがに全部は避けらんねえか」
 かすり傷に目もくれず駆け抜ける間も、矢雨は容赦なく飛び交う。
 降り注ぐのは矢ばかりだが、嵐の内側からじわじわと滲むものもあった──遠い日の記憶だ。
 恐らく失敗した話の中で、最も鮮烈に蘇るとすればそれだろうと自覚している。初めて猟兵として戦いに出たときの、自分の姿。
 準備も怠らなかった。見聞きした情報から想定もしていた。だのに戦うのはおろか動けもしなかった、短くも長いひとときで。文字通り頭が真っ白になったのだと、今となっては苦笑いで済ませられるが、そのときは最悪死んでいた可能性がある。一緒にいた先輩の猟兵が庇ってくれなかったら、恐らく。
 ──うん、そうだな。
 もし、あの場に自分がいなかったら。まともに応戦もできなかった自分がいなければ、あの人は怪我をせずに済んだだろう。足を引っ張るような真似をした事実を、嵐はずっと胸に留めている。だが、当時は悔しさで満たされていたとしても、今の嵐が秘めるのはもっと大きなものだ。
 思い返せば、渦巻く感情も自然と凪いでいく。だから魔法の矢を弾いて、嵐は突き進んだ。
 ──きっとおれにとっては、あの出来事は無意味じゃなかった。
 体験をバネにして、彼の眼差しは俯かずに前だけを見据える。
 ──おれ自身が無価値だとしても。
 想いは言葉に出さず、ただただ咥内でのみ紡いでいく。
 すると気の所為か、心を砕こうと飛んでいた矢も嵐を避けつつあった。あるいは嵐の動きにより生じる空気が、纏う雰囲気が魔法の矢を遠ざけているのだろう。真実は何であれ、嵐の心を制止できるものが、この鏃の道にはもうない。
 嵐だからこそ出来ることが、この道行きにあるのだと示しているようだ。
 あのときの嵐ではなく、いまの嵐だからわかった。
 自身が今までやってきたことは──。
「無意味じゃねえ」
 そう、思える。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ソラスティベル・グラスラン
意地の悪い仕掛けを乗り越え、続く道を意気揚々と進む
あっさり矢で射られ、魔法の矢と気付き身構えるものの…
…何も起こらない?ふ、こけおどしですか!

そして道中で話に聞いていた生徒さんを笑顔で拾い、
何も不安なく一緒に軽い足取りで道を抜けます!


自分を不要と思ったことは無く
そんな悩みなど一段飛ばしで上がってしまった
物心ついた時から既に自分の道を走っていたのだから

偉大な勇者である物語の英雄のようになりたいと
幾度となく世界を救った勇者たちのように生きたいと
勝手に冒険し、旅をして、人助けをする
誰に求められるでもない、自分が「勇者になりたい」から
自己中心的な「憧れ」
けれど、思う存分夢を追いかける彼女は幸せだった



 なんとも意地の悪い仕掛けを乗り越えた先、果てしなく続く迷宮をソラスティベル・グラスラン(暁と空の勇者・f05892)は意気揚々と進んでいく。いかに地下が暗くとも、彼女の精神は明朗たるものだ。意地を張っているわけでも、強がって装っているわけでもない──彼女が彼女だからだ。
 勇気と気合、そして根性で自らを高めて悠然と歩む彼女の姿と鼻歌は、深閑としていた迷宮ですら臆するほど朗々と響き渡った。
 しかし射手なき矢は、彼女の歌も歩調も厭わない。ただ訪れた者の心を折るべく宙を翔け、妙な動きで襲い掛かった矢はソラスティベルをあっさり射る。魔力で編まれた矢が装備を突き抜け肌に溶け込むのを目の当たりにして、ソラスティベルは身構える。
 もしかしたら、身体の内から爆発するかもしれない。魔力が血を通して心身を狂わせるかもしれない。想像はできても、いざその事態に陥れば何が起こるかわからず、備えておくに越したことはない──とまで考えたところで。
「……何も起こらない? ふ、こけおどしですか!」
 堂々と胸を張って告げ、再び走り出す。
 彼女の発言に、迷宮は呼応しない。矢を射かけたところで物事が進展すると思えなくなったのか、飛翔する矢が視界を過ぎることはあっても、彼女自身を狙う素振りを見せなくなった。問題なく奥へ行けそうですね、とソラスティベルの頬が上気する。
 いらない子という考えは、元より持っていなかった。
 自分自身を不要だと思った経験もないのは、物心ついたときからソラスティベルがソラスティベルとしての道を、全速力で駆け抜けていたからだろう。要不要について悩むのは、彼女にとって一段飛ばしで駆け上がるほど、些細なもので。
 けれでも、その「些細な」はずのもので苦悩する人がいるのも、彼女は知っている。だからこそ道中で見かけた学生には笑顔で声をかけ、軽い足取りで進んでいく。
 幼き頃より抱いているのは、偉大な勇者である物語の英雄のようになりたい──そんな想い。
 勇者たちは幾度となく世界を救い、世界に生きる人々を、生き物たちを救っていくものだ。
 だから自分もそのように生きたくて冒険し、旅路の最中に困る者あれば助けに向かう。
 そこには「勇者として必要されたい」といった欲ではなく、ただただ「勇者になりたい」という揺らがぬ心があった──誰に求められるでもない、自分だけの純一なる憧れだ。
 夢を追いかけて突き進むばかりの彼女は、幸せだった。溢れる輝きはいつだって彼女の胸にあり、絶対的な真実として彼女を奮い立たせるのだから。
「さあ、もうすぐ奥ですよ!」
 凱歌にも似た高らかな声を、彼女は響かせる。
 指差す先はそう、そんなソラスティベルが決めた『道』だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

陽向・理玖
【SPD】

ダッシュで先を急ぎ
意識集中し見切り

矢は出来るだけ避けるも
脇腹に一矢受け
ああ…何でだ
分かるのか
そこは師匠が俺を庇って受けた場所
師匠がいなくなってから何度思ったか
俺がもっと強ければ
いや
師匠が俺を助けなければ
…俺がいなければ

カンッと音がし
ドライバーが矢を弾きはっとし
…そうだよな
こんな迷宮、師匠だったら軽々抜けてた

それでも俺は託されたんだ
師匠に意志を
希望を…!
覚悟決め矢は引っこ抜き激痛耐性で耐え
それに俺は
…それでもまたいつか
前を見据え

飛んでくる矢は武器受け
跳ね返し吹き飛ばし
ほんと、いやな迷宮だ
人を臆病にさせ弱気にさせる
けど…もう負けねぇ

生きてんだ
生きろって言われた
その意味は
自分で勝ちとる…!



 靴音ばかりが先行しているように響く中、陽向・理玖(夏疾風・f22773)は駆ける。
 なんとか矢を逃れてはいたものの、避けるにも限度があった。思いがけない動きで飛び込んできた一矢を脇腹に受けた瞬間、動きが鈍る。
「ああ……何でだ」
 分かるのか、と己の身に投げかける。
 間違うはずもない。そこは理玖の師匠が感じたはずの熱──理玖を庇い、受けたところ。
 師がいなくなったと実感してから、幾度となく彼の胸中を掻き乱す想いが、途端に湧き出てくる。
 ──俺がもっと強ければ。……いや。
 もし、師匠が俺を助けなかったら。自分があのとき、あの場にいなければ。
 失われぬものがあった。変わらぬものがあったはずだ。もしも、もしもと渦巻く思考が次第に彼自身の芯をも蝕もうとする。
 カンッ、と虚しい音が響いたのはそのときだ。
 音と衝撃だけが彼の腰回りに伝った──ドライバーが矢を弾いたと気付く。
 ふと視線を落とすと、龍の横顔を模したバックルが何事か訴えかけてくるようだ。脇腹がじくじくと痛む。普通の矢とは違うはずなのに、深く射抜かれた痛みそのままだ。そう感じるのは、理玖の心持ちゆえだろうか。そこで理玖は目を見開く。
「……そう、だよな」
 思わず、ふ、と笑いにも似た音を吐く。大した罠も待ち伏せも設けられていない、言わばしがない迷宮。この程度、彼の師匠であれば疾うに抜けていた。警戒はしても苦戦はせずに。
 それでも。
 ──俺は、託されたんだ。師匠から。
 意志という名の武器を、希望と呼ばれる光を。
 静かに瞼を押し上げた理玖は、意を決して矢を引き抜く。返す鏃が更なる苦痛を招こうとも、ためらわない。放り投げた直後、矢は跡形もなく消えた。魔力の残滓すら感じられないが、もはや今の理玖にとって、矢など取るに足らない存在だ。
それに俺は
 ──それでも、またいつか。
 見据える先は前だ。上げた顔が彷徨わぬよう、ただ前だけを。
 再び進みだそうとする彼の元へ、懲りずに矢が飛来した。
 すかさず念珠の加護で矢を弾けば、連なった虹色の珠がきらきらと光を零す。迷宮がどれだけ暗くとも、彼の道ゆく先が真闇であったとしても、その光は損なわれない。立ち向かう彼の姿勢と同じように。
「ほんと、いやな迷宮だ」
 口にしてみれば、胸が痞えていたかのような感覚が徐々に溶けていった。人を臆病と弱気で侵食する忌まわしき迷宮も、ひとり黙って駆け抜けるより、音にしてみると違う。考えるだけ考えて、それを内側に溜め込むのは良くないのだろう。
 だから彼は敢えて言葉にする。
「けど……もう負けねぇ」
 鋭い眼光が景色を貫く。宣言したばかりの口で迷宮に漂う空気を知り、けれど今度ばかりは苛まれない。
 うろたえぬ理玖の姿に動揺したのか、迷宮のそこかしこからざわざわと風音が起こった。だが理玖はやはり、迷宮の仕掛けた魔力に左右されずに。
 ──生きてんだ。生きろって言われた。
 だから少年はひた走る。
 その意味を、自分で勝ちとるために。

大成功 🔵​🔵​🔵​

榎本・英
お願い。
たったそれだけの言葉が頭の中を支配する。
きっと矢を受けたのだろう。

嗚呼。分かっているとも。

最初は私がまだ餓鬼の頃だった。
親しい者が泣きながらお願いだと縋り付いて来るものだから
正義感から叶えてやった。
悲しかったと同時に妙な幸福感を得られた。

しかし誰もが私に懇願しても
そこに私と言う存在は居ないと気付いたのもその頃だ。
死ねないこの身は心中するには都合がいい。
そう、都合がいい

榎本英とは。
哲学的な思考を巡らせていると
私の脳裏には一つの景色が浮かんだ。

さて、こんな昔話は終いだ。
私は分かっている。受け入れている。

だから今も――
嗚呼。あれは学生かな。
先に進まなければいけないね

お願い。の声が聞こえるから



 何の変哲もない迷宮をただただ進んでいたはずなのに、いつからか榎本・英(人である・f22898)にずっと訴えかけてくる声があった。
 お願い。
 声と呼ぶにはあまりにも文章的な声だ。
 声を忘れたからなのか、単に言葉の意味が強かっただけか、原因まで探るほどの関心はさすがに持ち合わせていない。
 少なくとも先ほどから脳を掻き乱す、この言葉については。
 そう、たったひとつきりの言葉が、ずっと頭の中を支配している。
 いっそこの文字が分裂増殖して、頭を満杯にしてくれれば余分なことを考えず楽だろうに、単細胞生物でもない「お願い」の音は、占拠しながらも考える余地を与えてくる。
 きっと魔法の矢でも受けたのだろうと思い至り、英は頷いた。
「嗚呼。分かっているとも」
 返事は端的に為すも、蘇る光景は昔日の仔細までも表す。
 最初は所謂『餓鬼』の頃だった。お願いだと縋り付いてきたのが親しい者であったがゆえ、覚えた正義感のまま行動しただけだ。
 泣きながら請われては、まだ酸いも甘いも理解していない身では──否、理解しているからこそあらゆるものを感じ取ってしまう身では、受け入れるしかなく。
 たしかに叶えてやったのだ。
 果たした結果、得たのは「悲しかった」としか言い表せない感覚と、妙な幸福感。
 瞼を伏せて英が唸る──この出来事は特段、問題点を挙げるまでもない。
 迷宮がもたらす魔力のおかげで、うろつきながら沈思することさえ侭ならぬまま、英はいつか見た人という輪郭を次々と思い起こす。
 誰もが懇願しても、しかしそこに『私』はいない。
 英を構成する要素だけが模った「私」に願うのみで、『私』という存在は居なかった。そう気付いたのも丁度同じ頃だ。
 死ねないこの身は、心中に都合がいい──そう、都合がいい。
 顎を撫で、吐息混じりにもうひとつ唸ると、巡る思考は哲学的な分野へ突入する。
 榎本英とは。
 問い掛けるのは自分自身。納得がいく答えと、想定できる回答を浮かべてみるも、脳裏に現れたのは一つの景色で。
 沈黙が、ほんの僅かな時間辺りに満ちる。
 ──さて、こんな昔話は終いだ。
 かぶりを振り、心身を侵した魔力に目もくれず英は歩き出す。
 みなまで言わない。何せ分かっている。受け入れている。だから今も――。
「嗚呼。あれは」
 迷宮の奥にひとを見た。学生かな、と首を傾いで英は歩みを早める。
 先に進まなければ。暗い迷宮の奥へ向かわねば。

 お願い。

 ほら、あの声が聞こえるから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

七篠・コガネ
依然光源を確保させたまま進みます
ええ…【ダッシュ】したまま――
矢!?そんなもの、鎧装騎兵たる僕にはどうって事…

昔、母さんと呼ぶ人がいました
なんで母さんかは覚えてないですけど…たぶんメモリに制御かかってる
僕は命令も守れない悪い子だから
敵味方の区別も出来ない駄目な子だから…
兵器のクセに人間ぶろうとするから…
母さんに見限られちゃった
ごめんなさい、母さん

ごめんなさい……

デストロイマシンが稼働してた時は恐怖なんて分からなかったのに
克服なんて周りは言ってたけど僕のは単なる故障です
いずれ壊れるなら今出来る事をやり遂げる
不安も恐怖も淋しさも全部消してしまえばイいカラ(UC使用)
もう失敗ハ…しないカらネ……



 光源の用意は変わらず万端。進路の確保も上々。的確に命を狙い、行く手を阻む罠も検知せず。
 迷宮が醸し出す幽暗な雰囲気とは反対に、七篠・コガネ(ひとりぼっちのコガネムシ・f01385)の道行きは正に明るかった。恐れるものも今のところ無い。
 だが、駆ける彼をも飲み込む迷宮の悪意は、彼が秘めるいつかの景色を欲した。だから妙な曲線を描いて飛ぶ矢を生む。
「矢だなんてそんなもの、鎧装騎兵たる僕にはどうって事……」
 頑強なる機体が、たやすく跳ね退ける。
 だから脇目も振らず走ったとて、コガネを阻止できる一打になり得ない。そう、思っていた。
 けれど矢は彼の身へ染み込み、傷とは違う痛みを招く。
「かあ、さん」
 意識せず零れた呼称に、コガネ自身が驚く。
 昔、そう呼んだ人がいた。母さん、母さんとそればかり呼びかけていた。理由はわからない。どうして母さんなのかも、記録から引きだそうとしたところで、制御のかかったらしいメモリは応じてくれやしない。
 ──命令も守れない、悪い子だから。
 だめな子だから。
 兵器のクセに、人間ぶろうとするから。
 次第にコガネの思考が、底へ底へと沈んでいく。
 ──見限られちゃった。
 淡々と思う言葉の調子さえ、まるで幼子のようだ。
 愛情を求めた子のように総身から抜けていく音を感じて、コガネは呆然と立ち尽くす。
「ごめんなさい、母さん」
 口にした途端、陰欝な音が響き、焼き切れないはずの思考がショートする。
「っ、ごめんなさい……」
 飛び出したのは謝罪の言葉。瞬く間に、占めるはずのないものが彼の内側を駆け巡り、ウイルスのように侵していく。
 デストロイマシンが稼働していたときは、恐怖なんてものも分からなかった。自我を抑制していた頃は、感情と呼ばれる余分なモノも持たなかった。
 そうした機能は疾うに一部消去したか、あるいは改竄するなどして、少なくとも今の彼を──コガネの日常を脅かす存在には、ならないハズなのに。
 不安で押し潰されるという感覚だけが、コガネを覆い、やがて考える行為すら放棄した。
 克服と呼ぶのが正しいのか、故障と称するのが妥当なのか、問われれば後者だと今の彼は言うだろう。
 壊れている。壊れる。いつ? いつか? 今?
 いずれ壊れるならと、やり遂げるためにコガネはモードを切り替えた。殲滅を主とするモードは、高火力と耐久をもたらす代わりに、彼から理性を──自我を損なわせる。
 簡単なことだ。消し去ってしまえばよかった。不安も恐怖も、そして淋しさも全部。
 そうするには、殲滅モードという選択が正しかったのだ。少なくとも、今の彼にとってはそのはずで。
「もう失敗ハ……しないカらネ……」
 言語に不安定さが生じる。すべてわかった上での決断だ。
 きっとコガネにとっては──。

大成功 🔵​🔵​🔵​

草守・珂奈芽
【要晶】
まず草化媛を先にして囮にするよ。
飛んできた矢は《サイキックブラスト》+〈誘導弾〉で弾くよー!
(素人ゆえ撃ち漏らし多し)

(当たったら)
矢ってこんなに痛いの…!?
「痛い、怖いよっ…」
思い出すのは猟兵になる前。まだ神通力が弱くて宝石の体が脆いだけの頃。
心配されるのが辛かった。出来ない自分が嫌だった。
「…ロリーナちゃん!?」
顔をあげたらロリーナちゃんが矢を受けてた。
一瞬下を向いた、わたしのせい?
そう思うと自分の痛みよりも苦しい…けど堪えなきゃ!
「負けないで!一緒に行こう、わたしたちが助けに行かなきゃ!」
嫌な記憶を吹き飛ばすくらい大きな声で呼ぶよ。
声をかけてくれた勇気に今度はわたしが応えなきゃ!


ロリーナ・シャティ
【要晶】
(聞こえるのはロリーナで実験した者達の声。しかし記憶想起時にバグを起こしやすい体質になった為実際は聞こえた様な気がする程度の言葉の片鱗を基とした妄想)
武器受けは狙ってみるけど…
イーナ鈍くさいし、避けるのは多分無理
痛いのは…猟兵だから、平気
そう思わないと、いけない
戦えなく、なっちゃうから
それに、珂奈芽さんを、守らなきゃ
「っ…」
『実験は失敗だ』『この被験体はもう要らん』『廃棄処分しておけ』
実験って何?失敗?廃棄って…
頭が痛い
だめ、イーナが分からなくなると、アレが出てきちゃう
「イーナは、何…?」
目の前が真っ暗になる前に声が聞こえた
…そうだ、行くって、決めたんだ…!
UCを鞭の様にし矢を払い進む



 草守・珂奈芽(小さな要石・f24296)がくいと十指を踊らせれば、草化媛が迷宮と戯れだす。珂奈芽の意思を汲みとり歩いていく魔術人形は、二人の道標となって血路を開いた。
 飛び交う矢はいびつな動きを見せる。魔力で練り上げられたがゆえか、弧を描くような曲線を美しく飛んだかと思いきや、うねりにうねって標的へ落下もする。
 魔の矢が飛び交う迷宮を見渡して、ロリーナ・シャティ(偽りのエルシー・f21339)は目を細めた。
 ──これだけの数……狙ってみる、けど。
 うまくいくだろうかと、小さな不安が胸を過ぎる。
 それでもラパンスをしっかり構えて、降りかかる鏃を払っていく。
 兎の耳を思わせる二本の爪で矢を防ぎ、あるいはくるりと振り回して落とす。
「任せて! がんばって弾くよー!」
 一方の珂奈芽も、鼻を鳴らして意気揚々と両の掌を向かい合わせた。
 見えないエナジーを両手で挟んで編み、その力を掌ごと矢へと突き出す。彼女の元から解き放たれた高圧電流が、降り注ぐ矢雨を次々と撃ち落とす。
 よしっ、よーし、と珂奈芽も一度は拳を握り得意げに笑うが、やはりすべての矢を射落とすには──甘い。不慣れさだけでなく、来訪者を閉じ込めようとする迷宮の意思の凄まじさが、少女が迸らせた電流をもすり抜け、ふたりを襲う。
 痛い、と感じたままを珂奈芽は言葉に換えた。
 ──矢ってこんなに痛いの……!?
 驚愕に目を瞠る。過保護に浸かって育った蛍石は当然、矢に射られる経験などあるはずもなく。魔力で象られた矢とはいえ、鋭い鏃により肌に受けた苦痛は尋常ではなかった。
 そして苦痛は、少女の心を抉る。
「痛い、怖いよっ……」
 呟きに乗せて引きずり出された記憶は、珂奈芽がまだ猟兵になる前の出来事。神通力が弱く、脆く繊細な宝石の身を支えて生きていた日々だ。
 心配されるのは仕方のないことだと、理解してはいる。
 それでも──辛かった。
 逞しくもなく、なにも出来ない自分が嫌だった。考えに沈めば沈むほど、珂奈芽は俯くばかりで。
 少女に現れた瞬きほどの時間は、迷宮の悪意に付け入る隙を与えた。
「……っ、ロリーナちゃん!?」
 感じた衝撃の余波に珂奈芽が顔を上げる。
 次なる矢を受けたのは珂奈芽ではない。共に進んでいたロリーナで。
「平気。痛いのは……猟兵、だから」
 ロリーナの言葉は苦痛を帯びながらも、静かに紡がれた。
 そう思わないと、いけなかった。
 戦えなくなるのはロリーナにとっても本意でない。それに──守りたいという想いは、ロリーナの足を奮い立たせる絶対的なものだ。だから自身の気持ちに沿って、戦う。
 しかし珂奈芽の顔色は優れない。たとえ一瞬とはいえ、下を向いた自分の所為で──そう珂奈芽は唇を凍てつかせる。
 ──わたしのせいで。
 痛みよりも、苦しさが勝った。心を叩いて急くのは己自身だ。何をしていたんだと責めたくなる念さえ抱く。
 けれど。
 ──堪えなきゃ!
 しっかり前を見据える。もうその双眸に、先程まで染みていた暗鬱な色はない。
 その頃。
「っ……ぅ」
 何かがロリーナの元に聞こえた気がした。記憶に直接届く何かだ。
 もしかしたら、ロリーナの内側から滲み出たものかもしれないが、当人にそこまで考える余裕など無く。
『実験は失敗だ』
 冷徹な声のように思えた。突き放すだけの、凍りついた言葉を紡ぐその声が。
 だがロリーナには状況がわからない。実験とはいったい何なのだろう。
『この被験体はもう要らん』
 響いた言葉の片鱗が、ロリーナを底なしの思考へ誘う。
『廃棄処分しておけ』
 頭が痛い。廃棄、処分、単語ばかりを喉元で繰り返しては奥へ飲み込むだけだ。
 ──だめ、イーナが分からなくなるのは、だめ。
 抑えた額が疼く。
「イーナは、何……?」
 ロリーナの目の前が真っ暗に落ちるより早く、別の声が聞こえた。
「負けないで! 一緒に行こう、わたしたちが助けに行かなきゃ!」
 魔法が見せた嫌な記憶をも吹き飛ばす大音声で、珂奈芽が呼ぶ。
 暗いくて静かな迷宮で、自分に声をかけてくれたその勇気。
 今度はわたしがそれに応える番だと、珂奈芽はしかと地を踏み締める。
 そして彼女の言葉は狙い過たず、ロリーナへ届く。
「……そうだ」
 ロリーナが震わせたのは唇で。
「行くって、決めたんだ……!」
 掲げたラパンスから、高圧の電流で編んだ鞭を放つ。
 煌束はロリーナの心赴くがまま、止まない矢の雨を撃っていく。
 抗うならば二人で。進むのは共に。
 迷宮での邂逅は、ふたりのクリスタリアンを確かに未来へと歩ませた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

瀬名・カデル
道中の矢は恐れない。
今のボクにはアーシェがいるから。

そして出会ったドラゴニアンの少年。
怪我をしている…大丈夫?
まずは彼の傷をボクの光で癒そう。

とても悲しそうな瞳だから、何があったか聞いてみようか。
彼のお話を聞けたなら、ボクはきっとこういうよ。

君はとっても優しいんだね、
ボクも戦闘ってそんなに強くないから、遠慮がちになる気持ちはわかるな。

ね、戦い方って一つじゃないんだよ。
相手を傷つけるんじゃなくて、仲間を守る戦い方。
例えばこんな風に傷をいやすことだって、一つの戦い方なんだよ。

優しい君、きっと君なりの戦い方を見つけられるよ。
これはボクからのおまじない。
両手をぎゅっと握って、君に祈りをささげるよ。



 瀬名・カデル(無垢なる聖者・f14401)は最初の迷宮から脱し、次なる迷宮の奥をじっと見つめていた。
 相変わらず薄暗い道のりだが、降りかかってくるのは魔法の矢。しかしカデルとアーシェは共に在る。怖いか怖くないかの二択で表すなら、後者だった。
 踏み出せば当然、どこからともなく矢が飛んだ。心を折るために、歩みを止めるために矢は翔ける。
「行こう、アーシェ」
 それでもカデルは動じず、アーシェと頷き合って進む。
 やがて邂逅を果たすのは、ドラゴニアンの少年ズンだ。壁へ背を預けたまま項垂れて座り込む姿に、カデルは不安を覚える。艶を失った竜鱗は、探索の所為かこの鏃の道の所為か、だいぶ薄汚れていて──怪我をしていると気づく。
 足早に近寄り、カデルとアーシェ二人して顔を覗き込む。
「……大丈夫?」
 尋ねるも竜の眼はどこか虚ろだ。一応、誰かが声をかけてきたというのは理解しているのか、声を聞いて目元の肌がひくつく。
 ──とても悲しそうな瞳……。
 カデルは近くの縁にぴょんと腰かけて、事情を問う。反応は薄くとも、きっかけはいくらでも作れた。
 すでに魔法の矢を何本も受けた後らしい。進もうと腰をあげる度に射られ、そして地の底で聞こえるはずのない声で詰られたのだと、彼は言う。
 ドラゴニアンとしての誇りを、勇姿を、一族に恥じない戦果をどうして得られぬのか。何故、まともに戦えぬのか。
 至るところから声がするのではなく、いつもと同じ高さから指摘される。災魔すら傷つけられない少年が説教をされるのは、いつも同じ部屋、同じ位置に座ってのことだ。
 彼の話が一区切りしたところで、カデルは微笑む。
「君はとっても優しいんだね」
 カデルの言葉を漸くはっきり捉えるようになったのか、竜のまなこが不思議そうに瞬いた。
「優しくなんて……僕はただ、臆病で、弱いだけで……」
 想像通りの反応をして俯く少年にも戸惑わず、高く暗い天井をカデルは見上げた。
「ボクもそんなに強くないから、戦闘とか遠慮がちになる気持ちはわかるな」
 言いながらカデルがそうっと寄せたのは、世を遍く照らす聖なる光。たとえ自らが疲れ果てようとも、誰かのために紡ぐ治癒の力だ。
 春光にも似た温かさで少年をくるんだカデルの力は、彼に確かな事実を披露する。
「ね、戦い方って、なにも一つきりってわけじゃないんだよ」
 仲間を守るという戦い方もある。声に耳を傾け、温もりを分け与えて心に寄り添い、傷を癒して苦痛を拭う。そんな立派な戦い方もあるのだと、あどけない顔でカデルが咲う。
「優しい君、きっと君なりの戦い方を見つけられるよ」
 続けた言にも偽りはなく、カデルとアーシェはドラゴニアンの両手を握った。
「これはボクからのおまじない」
 捧げる祈りは、他の誰でもなく彼のために。
 安心感に少年の腕が震えるのを、ふたりは彼の手を通して知り、そっと瞼を閉じた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルネ・プロスト
いらない、いらない、望まれない

そう感じた最初で最後
それはきっと、ルネが最初に目覚めた時のこと
ルネを造ったお父様、『ルネ』ではない『わたし』を求めたお父様
縋った希望に見放され、崩れかけの心も砕け、狂気に堕ちてその果てに朽ちたお父様

言葉にこそしなかったけど
その視線で、その表情で、痛い程にそう感じてしまった

けれど同時にルネは知っている
『わたし』ではない『ルネ』を愛してくれたお父様
『わたし』になれないルネ達を許してくれたお父様
だから、だからルネは――

(『慟哭』を壁に向け撃ち放つ)

……なんて最悪の目覚め
よくもまぁ、人の心を土足でずたずたに踏み荒らしてくれたね
後で爆薬持ち込んで、不快な夢と一緒に沈めてやる



 その声は、自分のものだった。
 鏃の道が招き入れた少女ルネ・プロスト(人形王国・f21741)は、飛来した矢が見せる魔法の中にいる。
 そこは誰にも邪魔されない場所。ルネだけが知る最初の記憶。
 呼び覚まされた感覚は、正に少女が目覚めたときのものだ。
 ──いらない、いらない、望まれない。
 矢の魔法が響かせたのは、音にすら成り得なかった、最初で最後の想い。
 目覚めて間もないルネの視界に飛び込んできた、創造主たる父の顔もはっきりと思い出せる。
 なんだかとても明るい世界に感じた。世界というものをはじめて覚えた。
 けれどルネにとっての父が求めたのは、『ルネ』ではない『わたし』で。
 嗚呼お父様、と嘆くことすらルネには為せなかった。
 縋った希望は、悪意なく欲した者を見放す。崩れかけの心が砕ける音も聞いた。狂気は父を侵し、その果てに朽ちさせた。
 そのとき言葉にこそしなかったけれど、言葉にしなかったからこそ、覚ってしまう。
 目は口ほどに物を言う。面差しは、心情を映す。
 痛いぐらいに感じてしまったものが、未だルネの中に刻まれていた。いつまで経っても、決して消えることのないものだ。
 それでも、ルネは知っている。
 『わたし』ではない『ルネ』を愛してくれたお父様。
 『わたし』になれないルネたちを許してくれたお父様。
 だから、前を見据える双眸は揺らがない。だから、ルネは銃口を向けた。
「最悪」
 呟きがぼそりと落ち、迷宮の壁を撃ち抜いたのは細い銃身を駆けた弾だ。
 迷宮に漂う悪意の念を、探索者たちを見守るばかりで矢を止めようともしない迷宮を、慟哭を冠する狙撃銃で撃った。
 悲鳴にも似た銃声が轟き、乾いた音が迷宮の壁を伝っていく。
「……なんて最悪の目覚め」
 凍てついた声でルネが零し、心身に染み入っていた矢の魔法を掻き消す。
 そうすればもう、自分が抱いたはずの声は聞こえない。あのとき目にした瞳も、顔も、少女の前に現れない。
 ただ眼前に広がるのは今という名の現実で、ほの暗い地の底で燻るひとつの迷宮だ。
 生者を惑わす魔が満ちた迷宮に、ルネは憤りで模った言葉をぶつける。
「よくもまぁ、人の心を土足でずたずたに踏み荒らしてくれたね」
 冷淡さを刷いた唇が尖り、自然と眉間がほんの少し険しくなる。
 ルネがどれだけ言を投げようとも、迷宮は素知らぬ顔でそびえるだけだ。それがまた少女にとって許されざる態度で。
「……あとで不快な夢と一緒に沈めてやる」
 迷宮は、少女の勇ましい宣言を押し黙ったまま受け入れた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鵜飼・章
思い出すのは中三の教室
退屈なテストの最中で
いつものように頬杖をついて
余った時間で答え合わせもせず
なんとなく窓の外を眺めてた
あの日もすべてが上の空だった

特別なきっかけなんて何もなかったと思う
ただふっと気づいただけ
『僕、ここに馴染んでないな』って

あれからずっとふわふわ浮いたまま
『皆と同じじゃないと大変だから』
人の真似して当たり前に失敗してる
トライ&エラー
だって他にやる事ないんだ

ああ
あの時窓をあけて校庭へ飛び降りたら
人生は楽しかったかなって
僕の事を
こんな灰色の日々を
いらないと囁くのは僕の声だ

でも猟兵だし
聞かなかった事にする
世界のどこかにこんな僕をいる子が
たぶん居るんだってさ

きっとこの先にも
さ、進もう



 特別なきっかけなんて、何もなかった。
 無愛想なアルミサッシの窓がグラウンドを見下ろしていて、彼もまた、頬杖をついて同じものを眺めていた。
 退屈なテストの時間だ。中三にもなると見飽きるほど知り尽くして興味の薄れた校内の景色も、いつもの光景として記憶に刻まれてしまっている。
 窓から意識を逸らすと、今度はカリカリとペンの走る音ばかりが響く。余った時間で答え合わせもせず、ただ過ぎるのを待つだけの彼には、絶え間なきこの音もまたいつものことで。
 だから特別なきっかけなんて、何もなかったと思う。
 いつもの教室、いつもの席でぼんやりしていたときに、ふっと気づいた。
 ──僕、ここに馴染んでないな。
 そうと気づいてからテスト用紙に視線を落として、名前記入欄を見る。
 あまりにも当然の流れで書いたため、もはや記入した記憶すら乏しい文字がそこに並ぶ──鵜飼・章(シュレディンガーの鵺・f03255)なる人物は、記入欄の枠に収まっていた。
 以来ずっと、彼はふわふわ浮いたまま、人の真似をしては失敗している。
『皆と同じじゃないと大変だから』
 聞き覚えのある声がした。たぶん自分の声だ。
 大変だからという理由を添えたトライ&エラーの繰り返しは、未だにわかりそうでわからない感覚を彼へもたらしている。
 ──だって、他にやる事ないんだ。
 それを惜しむでも悔やむでもなく、彼の目はある一点を見つめている。
 もしも。もしもあのとき教室の窓を開けて、校庭へ飛び降りていたら。
 自分の人生は楽しかったかな、と。
 過日に寄せた思考が、再び今の彼を築き上げていく。責め立てるように彼の思考へ滑り込んでは、心の片端をぺりっと引き剥がしていく言葉があった。
 ──いらない。
 豊かな色彩も匂いもない灰色の日々を、「いらない」と囁くのは他の誰でもない自分の声だ。
 だが、彼は耳を塞がずに聞き流す。いや、聞かなかったことにした。
 そうして引き戻された地の底で視線を移すと、今しがた腕を射抜いたはずの鏃の跡が消えている。溶け込んだ魔力が抜け落ちていくのが、章にもわかった。
 だから彼は歩み出す。ここは学校の廊下でも通学路でもない。暗くて静かな迷宮だ。いつもの風景など今は無い。
 そこへ次なる矢が狙い定めるも、枠に嵌まることを選んだ者の声が、魔法を跳ね退けた。
 章は小さく唸る。この先へ赴く理由としては不透明だが、きっかけなんてそんなものだと薄々感じているから、彼はただ足を動かす。
 歩きながら、黙々と結わえて推測を繋げていく。やはりわかりそうでわからない感覚だが、世界のどこかに「こんな僕」をいるという子が。
「たぶん居るんだってさ」

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『失敗作』

POW   :    わたしのだいすきな『おともだち』!
無敵の【虹色の髪を持つ『おともだち』 】を想像から創造し、戦闘に利用できる。強力だが、能力に疑念を感じると大幅に弱体化する。
SPD   :    あなたもわたしの『おともだち』?
【掌から噴き出す魔導蒸気 】で受け止めたユーベルコードをコピーし、レベル秒後まで、掌から噴き出す魔導蒸気 から何度でも発動できる。
WIZ   :    だいすきな『おともだち』、はぐはぐ!
【掌から灼熱の魔導蒸気を噴きつつの抱擁 】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【を魔導蒸気で満たし】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。

イラスト:楠なわて

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠セロ・アルコイリスです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●いらない子
 噴き出す蒸気は手の平から。明るい笑みはその顔から。
 佇む少女はあらゆるものを溢れさせて、迷宮の奥地──開けた空間にいた。
 まるで廃棄物を処理する場所のように、天井からは巨大な管が伸びている。全く動いていないが、その先端から覗いている無数の影は機械のパーツだ。解体の末に処分された部品が、管からここへ運ばれていたのだ。
 そして室内の各所に散乱した鉄屑や機械の破片らしきものが、無言で猟兵たちを出迎える。
 オブリビオンもまた、身構えるでもなく自然と猟兵たちを迎え入れた。
「はじめまして。わたし、失敗作っていうの」
 お決まりの自己紹介は明るく、名乗る以外の意図を何ひとつ持たない。
「あなたも、おともだち?」
 首傾ぐときでさえ、少女の表情は変わらなかった。
「わたし、おともだちだいすき!」
 すてられてヒトリだから、と付け足した少女は、この場に『おともだち』が増えることを純粋に楽しんだ。
 大好きと口にしながらも、その言葉が与えるはずの喜びを少女は知らない。
 微笑む少女には、知らないものがたくさんあった。いらないと言われて廃棄されたことの悲しみや、処分した者への怒りもそのひとつだ。
 災魔が知っているのは、楽しいという感情のみ。だから楽しむために、おともだちを招待するだけ。
 痛みさえ理解できぬ災魔を自由にしていては、奪われてしまう未来がある。
 だから猟兵たちは向き合った。失敗作と名乗った、少女型ミレナリィドールと。
レザリア・アドニス
あなたも、いらない子ですね…
故障になったのは、自分のせいじゃないけれど…廃棄されたんですね…

彼女を「処分」することにはまだ少し抵抗がある
壊れたからって…あまりにも、悲しすぎる
その悲しみすらも、あなたが感じられないんですね…

炎の矢で攻撃したりおともだちを撃破
それは、本当に「おともだち」?
あなたと同じの、かわいそうな子を作るだけではないか
魔導蒸気を鈴蘭の嵐で吹き飛ばす
近づかせないように距離を取る

おともだちは、無理やりに作られるものじゃない
そんなの、本当に「楽しい」ですか…?
本当だったら、こんなに求めなかったよね…

あなたといろいろ、似ているけれど…やっぱり、違う…
だからおともだちには、ならないのよ…



 失敗作と名乗った少女型ミレナリィドールとの邂逅は、レザリア・アドニス(死者の花・f00096)の胸中に蟠りを生んだ。
「あなたも、いらない子、ですね……」
 目を伏せれば、下を向いた睫毛が悲しげに震える。
「そう、私いらない子なんだって」
 言葉から受ける印象と、紡ぐ声があまりにもちぐはぐで不気味だった。いらない子だと自称しながらも、声音は異様なまでに明るい。
 それが不可解、とまでは言いきれなくてレザリアが顔を上げる。いっそ「白々しい」と指摘できれば、戦うのもどんなに楽だったか。災魔の少女は嘘偽りなき本心で向き合っているだけ。そうと解るからこそため息が零れる。
 災魔の取る言動を、理解はできる。悲しみすらも感じられないのなら──笑顔しか持たないのなら、彼女は笑うだけなのだ。廃棄された事実を告げる声にすら、一片の曇りもないままに。
 けれど、だからといって処分に取り掛かれと急かされたら、きっとレザリアも動けずにいた。まだ少し抵抗がある。
 ──あまりにも、悲しすぎる……。
 ニコニコしたままの少女の素振りは、レザリアがどんな反応を見せても変わらないだろう。それだけは、わかる。
「だいすきなおともだち! ねえ、はぐはぐ!」
 対峙して窺っていたレザリアへ、しびれを切らしたのか災魔から駆け寄って来る。しゅうしゅうと噴き出す蒸気を手の平から溢れさせて、その腕でレザリアを抱擁しようと。
 蒸気が囲い始めるよりも一瞬早く、レザリアは飛んで距離を取り、指先で魔術を編む。
「それは、本当に『おともだち』?」
「えっ? どうしたの? おともだちだよ」
 尋ねたレザリアに、心底不思議そうに瞬いて災魔が問う。
「先に聞いたのは、私……そんなの、本当に『楽しい』ですか……?」
 無理やりおともだちを作って、無理に求めて。
 やりきれぬ想いを抱きながら、レザリアは魔力で結わえた矢を放つ。
 本当のおともだちなら、本当におともだちを欲しているのなら、こんなかたちでは求めなかったはずだと、諦めずに災魔へ呼びかける。
「それじゃ同じなんです……あなたと同じ、かわいそうな子を作るだけ」
 道連れにするだけ。命ある誰かを、今を懸命に生きる誰かを、おともだちとして死の淵へ引きずり込もうとしている。
 根気よくレザリアが連ねるも、感情が欠けているがゆえか──もしくは、疾うにオブリビオンとしての無垢なる悪意が染みているのか、少女は楽しそうに首を傾けるばかりで。
 だからレザリアは確信した。微かに残っていた気持ちも、決意へと変わる。
「あなたといろいろ、似ているけれど……やっぱり、違う……」
「ちがう? わたしとあなた、ちがうの?」
 無邪気な災魔へと、レザリアは花を贈る。別れを告げるため、そして手向けとして。
「違う……だからおともだちには、ならないの……」
 はっきり宣告したというのに、災魔の少女はいつまでも笑みを絶やさなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ファリス・エクナーネ
「あら、あの姿は……」
生徒の子……じゃないわよね?もしかして、追い越しちゃったのかしら。
参ったわね、生徒の避難誘導をして一緒に帰ろうと思ってたのに。

ここまで来てしまったのなら仕方ないわね。倒すのに抵抗を感じる相手ではあるけど、放っておくわけにもいかないし。裁きの雷の一発でもお見舞いすれば……あれ?何で発動しないのかしら。
「何ですか、精霊さん?――対価の魔力量が足りない?」
そういえば、道中で傷を治してたわね……。
はい、後ろの方で大人しくしてます。
でももし怪我をした猟兵が居たら【残された能力】で回復してあげましょう。
「すぐに治療いたします。大丈夫、傷跡も残りませんよ」
今の私にはこれが精一杯ね。


花園・スピカ
もし貴女の『楽』の感情を「前向きだ」と思ってくれる持主に出会えていたら…貴女は失敗作なんて名前じゃなかった
持主によって生き方も存在意義も変わってしまう…それが私達人形なのですね

自信の『やるせない』という感情に困惑しつつ

【早業・高速詠唱・先制攻撃】でUC発動
地形塗り潰しが発動したら敵や【地形の利用】で廃棄物に絹糸を引っかけて強化エリアから引っ張り出す

敵の攻撃は【第六感・見切り・オーラ防御・地形の利用】で回避

隙を見逃さず【スナイパー】で【破魔の属性攻撃】

私も昔は一人同然だったから…本当はお友達になりたかった
でも私は貴女を直す方法を持ち合わせていないから…骸の海に還す事しか出来ません
ごめんなさい…


ミリア・ペイン
私ね、今とっても機嫌が悪いの…お前には理解出来ないでしょうけど
その薄っぺらい感情を私に振りかざさないでくれる?余計苛々するから

【WIZ】《冥き深淵の守護者》
悪いけどお前とお友達ごっこしてる暇はないの
一気に決めさせてもらうわよ【先制攻撃】

掌を狙って集中攻撃、UCのコピーと魔導蒸気を封じましょう【部位破壊】
もし魔導蒸気で場を支配されたらそれに【呪詛】を含ませて居座りを妨害してやるわ

私は守護者の陰に隠れ、攻撃を受けぬ様自衛を【オーラ防御】
抱擁と蒸気を警戒しつつ、遠距離で戦う様心掛け
馴れ馴れしく触れられるのは嫌いなの

同情はしないけれど…哀れな存在だわ
負の感情が分からないのはせめてもの救いなのかしら、ね



 ぼんやり浮かぶ影こそありふれた少女のものだが、あら、と不思議そうな声を零したのはファリス・エクナーネ(ポンコツ修道女・f25090)だ。
「あの姿は……生徒の子……じゃないわよね?」
 追い越してしまっただろうかと振り向き、もう一度前方へ目をやる。
 廃棄された機械の部品で築かれた迷宮は、変わらず静かだ。静かながらどこか──機械の残響めいた唸りが聞こえる。その殆どがもう動きやしないのに。
「参ったわね、避難誘導をして一緒に帰ろうと思ってたのに」
 修道女としての役目はそれで充分だとファリスは考えていた。彼女は頬を掻いて漸く、開けた空間の主を意識に入れる。
 ニコニコと穏やかに笑む姿。楽しそうな雰囲気。
 災魔の様相に、ミリア・ペイン(死者の足音・f22149)は、ただひたすら眉間のしわを刻んだ。情を伏せもくるみもせず、災魔へ躊躇いなく告げる。
「私ね、今とっても機嫌が悪いの」
 ミリアの予想通り、少女型ミレナリィドールから返るのは、意味を理解していないらしい首の動作だけ。
「……お前には理解出来ないでしょうけど」
 だからため息混じりに、そう告げた。
 もしもの話だ。
 もし、貴女の『楽』の感情を、「前向きだ」と思ってくれる持主に出会えていたら。
 もし、貴女の『楽』の感情と向き合い、手を差し伸べてくれる人と出会えていたら。
 ──貴女はきっと、失敗作なんて名前じゃなかった。
 花園・スピカ(あの星を探しに・f01957)はそう想いを馳せる。
 彼女にもよくわかっていることだ。持主によって生き方も、その存在意義もさえ変わってしまう。それが。
「……私達、人形なのですね」
 一人だけの呟きを、スピカは廃品だらけの床へ落とす。
 どうしてか彼女の内を駆け巡る、『やるせない』という不慣れな感情。どこから湧いて、どう動くのか絡繰が不明なそれに、彼女は困惑した。自然と視線が災魔へゆくも、少女型ミレナリィドールは変わらず微笑んでばかり。
 そこでファリスの呼気が長く物悲しく迷宮に転がる。
「……ここまで来てしまったのなら、仕方ないわね」
 倒すのには抵抗を感じる相手。しかし放っておくわけにもいかない。
 急ぎ事を済ませて帰還すれば何の問題もないと、ファリスが寄り集めようとしたのは裁きの雷。
 この一発でもお見舞いすれば、と今ばかりは前途洋々の心持ちでいたファリスだが、しかし裁きは降されない。あれっ、とやや頓狂な声が響く。
「何ですか精霊さん、え……対価の魔力量が足りない?」
 そういえば、と道中を想起して、次にファリスの口から飛び出したのはやはり溜め息。
 対価という名の厳しい制約に、やり場なくファリスは肩を縮める。
「はい……はい、後ろの方で大人しくしてます」
 精霊に指摘されて、とぼとぼと後ずさった。けれど帰還はせず、彼女は仲間を支える役目を担う。
 一方ミリアは、深淵から守護者を招いていた。
 現れたのは鎌を携えた死神と、大きな兎のぬいぐるみ。かれらはミリアを守る位置に陣取り、敵の行く手を阻む。
「あなたもおともだち、だからはぐ……」
「やめて」
 ミリアが放った限りなく短い拒絶と避ける仕種は、さすがに災魔の足を止めさせた。
 抱擁が叶わぬ代わりに、辺りへしゅうしゅうと蒸気が重たげに零れていく。
「その薄っぺらい感情を、私に振りかざさないで」
 苛々が募る一方だからと、ミリアは敵を拒む。魔導蒸気に支配されつつある場へ、呪詛を織り交ぜながら。
 きびすを返して災魔が次に抱き着こうと試みたのは、スピカだ。
「だいすきな、おともだち!」
 そう笑う少女の顔はいつだって、ある種の清廉さを持っている。
 けれどスピカも翻弄されはしない。戦いへの決意も準備も疾うに済ませてきた。スピカは身軽さを生かして戦場を跳ねまわり、蒸気もハグも華麗に避けていく。
 一帯を魔導蒸気が侵すのを認めて、スピカはすぐさま重厚な廃棄物の山へと絹糸を放った。いびつな形状は糸を括るのにも最適だ。そして蒸気に守られた災魔を、そのエリアから引きずり出す。同じ場には居させまいとして。
 そこへミリアが続く。
「悪いけど、お前とお友達ごっこしてる暇はないの」
 遊びに着きたのではないのだと、ミリアはやまぬ蒸気が噴き出す敵の掌を狙う。厄介なのはあの蒸気だ。触れられるのは嫌だが、強化されるのも好ましくない。
 だからミリアは噴き出し口へ、死神の鎌を仕掛ける。相手もそう簡単に壊れはしないが、片手の蒸気がやや鈍った。どうやら蒸気口を傷つけることに成功したようだ。
 尚も懲りずに抱擁を試みる災魔だが、守護者の陰に隠れたミリアへは届かない。
「馴れ馴れしく触れられるのは嫌いなの」
 災魔へ言い放ち、ミリアはまとわりつこうとした蒸気の余韻をも払い落とす。
 ──同情はしないけれど……哀れな存在だわ。
 幸か不幸か、目の前のドールの災魔には負の感情が分からない。
 それがせめてもの救いだろうかと、ミリアは行き場のない息を吐ききった。
 めげずに抱擁を求める災魔の、その行動だけは曲がらず、強い。
 ふんわりした面差しながら意志は強固で、逃れるスピカの腕を掴んでぐいと引く。抱きしめるには至らず振り払うも、災魔は加減を忘れたのだろう。捕まれた部位から痛みが滲む。
 怪我をした彼女に、ファリスの内に残された能力が、癒しを施す。
「すぐに治療いたします。大丈夫、指の痕すら残りませんよ」
 編んだ魔力と、自然から抽出した生命力を塊と化して招く。柔らかな治癒の力は、スピカの腕についたおともだちの証を瞬く間に消し去った。
 ありがとうございます、とスピカが礼を返すのを見届けて、ファリスは再び災魔を見やる。
 ──今の私には、これが精一杯ね。
 相変わらず楽しそうで、ファリスは咥内に乾きを感じた。
 すかさずスピカが展開したのは、魔法で結わえた絹紐。災魔を絡め取れば、もはや抱擁もままならず、笑み絶やさぬ少女をスピカは見つめた。
「……私も昔は一人同然だったから……本当はお友達になりたかった」
「おともだち、あなたもおともだち」
 同じ単語ばかりを災魔は繰り返す。まるでその言葉に憑かれたかのように。
 望みを知りながら受け入れるに能わずスピカは明言した。ごめんなさい、と。向き合ったまま。
「私は、貴女を直す方法を持ち合わせていないから……」
 骸の海に還すことしか、できない。
 あえかな声音は、震えて消えた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

ロリーナ・シャティ
【要晶】
まるで廃品置き場…
そこの主になったミレナリィドール…つまり彼女はジャンク扱いの…
「でも、すごく楽しそう」
楽って音はどこか『空(から)』っていう音に似てる気がする
「珂奈芽、さん」
新人、なんだよね
聞かなくてもさっきまでで何となく解った
イーナ、巻き込んじゃった
怖いからって
今日の敵はあんなに無邪気、それに、人の形をしてる
でも猟兵として生きるなら
「あれは、オブリビオン。過去には、生きてたかもしれないけど。今は居ちゃいけない存在」
「骸の海に、還さなくちゃだめなの」
ハグしようと近づいてきてくれるなら好都合
UCで絡めとって捕まえる…!
珂奈芽さんか他の人か
誰かが一撃入れられるまでの時間は作ってみせる…!


草守・珂奈芽
【要晶】
あんなに楽しそうなのに人を傷つけるの?
おともだちにしちゃダメって分かる心ならよかったのに…。
淋しいけど、ロリーナちゃんの言葉にハッとした。
「世界を守るのが、使命だもんね」
猟兵になったからには倒さなきゃいけないんだ。

ロリーナちゃんが動いたのを見倣って追随!
「草化媛、ジャマして!」
近付いてきた所を草化媛で〈目潰し〉狙い!当たらなくても視界を遮ればOK!
あれ、ロリーナちゃんの攻撃は…拘束?そっか、確実に当てる為に…!
怖がってわたしまで牽制するんじゃ、ダメなんだ!
相手へ駆けながら電力を溜めて至近距離で放電!
ロリーナちゃんの電撃に上乗せるのさー!
「穿て雷鳴!わたしたちの、力!!」



 廃品置き場のような雑多な空間に僅かながら眉をひそめて、ロリーナ・シャティ(偽りのエルシー・f21339)は周囲と、そしてこの場の主となったミレナリィドールを見つめる。
 ──つまり彼女は……ジャンク扱いの……。
 想像が次なる想像を呼びかけて、思わずかぶりを振って思考を断ち切る。あまり長引かせて良いものではないと判断して。
「でも、すごく楽しそう」
 それでも落ちたロリーナの呟きに、隣で草守・珂奈芽(小さな要石・f24296)がぎこちなく頷く。
「うん、あんなに楽しそうなのに……人を傷つけるの?」
 とてもそうには見えない。
 にこにこと身体を揺らす災魔を一頻り眺めるも、やはり珂奈芽にはしっくりこなかった。
「おともだちにしちゃダメって、分かる心ならよかったのに……」
 ままならぬのを理解し、珂奈芽はやり場もなく肩を落とす。
 そこでふと、楽の文字をロリーナは思い浮かべる。その音はどこか『空(から)』に似ている気がして、響きを追ってしまう。
「珂奈芽、さん」
 何気ない呼びかけに振り向いた珂奈芽へ、ロリーナが向ける眼差しはやはり静かなままだ。
 直接聞かなくても、ここまでの行動でロリーナにも察することができた。珂奈芽がまだ、新人なのだと。
 ──イーナ、珂奈芽さんのこと巻き込んじゃった……怖いからって。
 珂奈芽を映すロリーナの眼差しが、そっと和らぐ。
 そしてもう既に言うことを決めていたかのように、まっすぐ珂奈芽の所思へ言葉を投げかけた。
「今日の敵はあんなに無邪気、それに、人の形をしてる。でも……」
 これからも猟兵として生きるなら。
 ロリーナがそう傾けた言葉は、明瞭な音で模られる。
 そのままロリーナは災魔を目線で示して。
「あれは、オブリビオン」
 改めて事実を突きつける。
「過去には、生きてたかもしれないけど。今は居ちゃいけない存在」
 紡がれた言に、珂奈芽が小さく息をのむ。
「骸の海に、還さなくちゃだめなの」
 続いたロリーナの話を、珂奈芽はゆっくり嚥下していく。
 淋しくはなるだろう。拭えぬ想いというものは、つきものだ。だが。
「……世界を守るのが、使命だもんね」
 珂奈芽は自らへ気合いを入れ直す。自分は猟兵だ。猟兵になったからには──。
「倒さなきゃいけないんだ」
 俯くのは、もうやめた。
 そこへ、手の平から噴き出し続ける蒸気を気にも止めず、災魔の少女が駆け寄って来る。目的はただひとつ。おともだちとして、ハグをするためだ。
 無邪気に近づく災魔へ、ロリーナはラパンスの先端を向けた。
 薄暗い迷宮も、辺りに散乱する廃品をも照らし出して、高圧電流のロープを放つ。
 ──近づいてくれるなら、好都合。絡めとって、捕まえる……!
 拘束してしまえば、災魔も動きが鈍る。けれど長くは抑えられないだろう。
 それでも誰かが一撃入れられるまでの時間は作ってみせると、ロリーナの意思が電流をより目映いものへ変えた──勇猛を連れて戦場を駆け、災魔を感電させて痺れをもたらす。
 珂奈芽がロリーナの動きに倣い、迷わず動く。
「草化媛、ジャマして!」
 近付いてきた所を、魔術人形で狙う。草化媛が災魔の視界を遮ったところで、あれ、と反射的に珂奈芽が声をこぼす。
 そして次の瞬間には唇を引き結んだ。
 ──怖がってわたしまで牽制するんじゃ、ダメなんだ!
 思うが早いか珂奈芽は、おともだち、はぐはぐ、と調子良さそうに告げる災魔へ、走る。
 拘束された災魔に贈るのは、両手で溜めた電力の塊。至近距離から放電し、けれど災魔の抱擁は拒む。
「穿て雷鳴! わたしたちの、力!!」
 災魔の総身を駆け巡る感電の音に、ロリーナと珂奈芽は少しばかり顔を見合わせたあと、ぱちんと控えめなハイタッチを交わした。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

陽向・理玖
俺は
その施設では唯一の成功例だったらしい
記憶は奪われ
負の感情以外も奪われ
…師匠に助けてもらわなかったら
その後は、きっと…
だからあんたは他人のようには思えねぇ

けど
オブリビオンなら
あんたが楽しくても
他の奴を悲しませるなら
俺がここで倒すッ!

龍珠弾いてドライバーをセット
変身ッ!
衝撃波飛ばしダッシュで距離詰めグラップル
ああ…遊んでやるよ
拳で殴る

俺はあんたと逆だ
楽しいが…未だよく分かんねぇ
けど、一緒にいて胸がほこほこして温かくなる
多分それが楽しい、だ

あんたのそれは想像だよな?
友達は一緒にいて楽しいだけじゃねぇ
辛い事や悲しい事も共有できる
…して、くれる
けど
無理やりさせんのは違う!
攻撃見切り懐に潜り込みUC



 陽向・理玖(夏疾風・f22773)はいつかの出来事を想起した。
 ──俺は、成功例だったらしい。少なくとも、その施設では唯一の。
 記憶も、負の感情以外も根こそぎ奪われた、己の過去。
 もしあのとき、師匠に助けてもらえずにいたら。
 想像に難くない。散々なその後を生きていただろうし、きっと──。
「あんたは他人のようには思えねぇ」
 だから理玖は伝えた。災魔が意味を理解しなくとも、きちんと言葉にした。
 それでも、現在を生きる者を害するオブリビオンであるのなら。
「あんたが楽しくても、他の奴を悲しませるなら……」
 堂々たる姿で敵の前に立ち、理玖はバックルに触れる。
「俺がここで倒すッ!」
 虹色の龍珠を手早く弾いた。勇ましい音が鳴り響けば、出番を待ちあぐねていたドライバーをセットするのみ。そして。
「変身ッ!」
 構えた理玖の総身が装甲に艶めき、飛ばした衝撃波が迷宮を震撼させた。
 その隙の中を理玖は、風を連れて駆ける。
「おともだちだから、あそぼう」
 笑う少女型ミレナリィドールとの距離を、一瞬で詰めた。だのに動揺ひとつ浮かべず災魔は微笑む。
 だが理玖も惑わされはせず、掴み取った災魔の身は──やはり冷たい。
「ああ……遊んでやるよ」
 余るほどの勢いでぶん投げ、少女が受け身を取った瞬間に拳を叩きこむ。
 ふ、と短く息を吐いた理玖が標的の姿を確かめると、敵は痛がる素振りもなく、ただはしゃいでいる。
「俺はあんたと逆だ。楽しいが……未だよく分かんねぇ」
「わからない? おともだちになって。そうしたらわかるよ」
 誘う災魔に悪意の種はないのだろうが、理玖はやはり受け入れられずこうべを振る。
「けど、わかることもあるんだ」
 理玖は己の胸へ手を当てた。一緒にいると、この辺りがほこほこしてくる。温かくなっていく。誰に教わったのが最初か、理玖にわからなくてもその感覚は知っている。
 ──多分それが楽しい、だ。
 曖昧なまま内に覚えていたものを、漸くかたちにした。
「ほら、わたしのだいすきな、おともだち!」
 災魔の言と連動するように、『おともだち』なる人形たちが迫る。ゆらゆらと左右に揺れる身、不安定な歩調、不安を抱かせるほどの光景を理玖はしかと見届けた。
 そう、虹の色彩を添えたかれらが少女にとっておともだちなのだと、改めて感じる。だから理玖は指先にまで伝う冷たさを知った。ぞっとするような感覚だ。
「あんたのそれは、想像だよな?」
 忌憚なく告げる理玖の声が、心なしか震える。
 眼前の状況が、いま理玖の視界に広がる景色がもたらしたものだろう。
「友達は一緒にいて楽しいだけじゃねぇ……辛い事や、悲しい事も共有できる……して、くれる」
 ──けど。
 言いながら、穏やかに微笑む少女を見る。
「けどな、無理やりさせんのは違う! 違うんだ!」
 理玖はおともだちの間を駆ける。おともだちとして引きずり込もうと伸びる腕も、纏わり付こうとする音をも振り払って。
 そうして飛び込んだのは災魔の懐。あの笑顔さえも間近で拝める位置から、素手で的を抉る。深く、その心身を支える感情さえも震わせるように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

キトリ・フローエ
名前すら貰えなくて、こんな所に棄てられて
それでもあなたはそんな風に笑うのね
…笑うことしか、出来ないのね

あたしはキトリ
ごめんなさい、あなたのおともだちじゃないわ
…あなたのおともだちにはなれないけれど
あなたがこれ以上誰かを苦しめることがないように
ここで、終わらせてみせる

破魔の力を込めた黎明の花彩で
地形を染め上げる魔導蒸気ごと吹き飛ばすつもりで攻撃するわ
きっとあなたは、終わりを迎えるその瞬間まで笑っているのね
過去として、災魔として生まれる前のあなたに逢えたら
今を変えることは出来ていたかしら
そんなもしもの話に思いを巡らせても
何かが変わるわけじゃないってわかっているけれど
それでも、思わずにはいられないの



 もらえなかった名前。認められなかった居場所。
 失敗作なる少女型ミレナリィドールの境遇を想い、キトリ・フローエ(星導・f02354)は睫毛を震わせた。
「それでも、あなたはそんな風に笑うのね」
 投げかけた言葉の意味さえ、きっと少女は覚ってくれないだろうとわかっている。
 だが口にせずには居られなかった。たとえ相手が、何ひとつ疑問を持たないとしても。
「……笑うことしか、出来ないのね」
 笑顔は良いものだ。笑って過ごせる人生は素晴らしいもののはずだ。
 けれど今のキトリに、それを肯定することはできない。笑うことのみを得た、少女の前では。
 選択肢なき選択を前に、キトリはゆっくりかぶりを振る。それは少女の「おともだち」という呼びかけに対しての返事だ。
「あたしはキトリ。……ごめんなさい」
 一拍ののち、謝った。首傾ぐ少女へ、顔を向けながら。
「あなたのおともだちじゃないわ」
「どうして? あなたはおともだち」
 頑なな、否、そうすることしか知らない少女にもキトリは根気よく向き合う。
「……あなたのおともだちには、なれないの。なれないけれど」
 悲しき魔をも打ち破る力を指先へ燈し、キトリはその淡い唇に意志を刷く。
「ここで、終わらせてみせる」
 あなたがこれ以上、誰かを苦しめることがないように。
 真情を声にして紡げば、その決意は確かな熱となってキトリの飛翔を助ける。
 直後、蒸気を連れてやってきた災魔は、おともだちと呼ぶキトリに抱擁を試みる。はぐはぐ、と楽しげに声を弾ませる無邪気ささえ、キトリにはやりきれないものに映った。
 だからひらりと少女からの触れ合いを躱し、指先をまっすぐ向ける。
「きっとあなたは、終わりを迎えるその瞬間まで、ずっと笑っているのね」
 キトリのあえかな囁きも、花弁に溶けた。
 示した先、災魔の影から踊り出た、無数の花弁の中へと。
 花弁は色なき蒸気に春の到来を見せ、その白を瞬く間に浚っていく──その一帯に留まらせるわけにはいかない。
 花びらと戯れて散りゆく蒸気のなか、ぽつんと佇む少女へ、ねえ、と声をかけた。
 キトリからの呼びかけは、災魔の少女に更なる笑みをもたらす。
 けれど笑顔に応じるのではなく、キトリはかの者のの在り方へ語りかけた。
 過去が生み出した骸として、災魔として生まれる前のあなたにもしも逢えていたら。
「今を変えることは、出来ていたかしら」
 こういうかたちでなく、別の在り方で、互いに笑いあえただろうかと。
 柄にもなく、そんなもしもの話に思いを巡らせる。過ぎ去りし過去が変わらないと、キトリもよくわかっている。ただ。
 ──それでも、思わずにはいられないの。

大成功 🔵​🔵​🔵​

南雲・海莉
痛みが分かるから自分を省みれる
自分を幸せにしようと思える
それが「他人の痛みも感じる」苦しみと一緒だったとしても
(自分の痛みにだけ目を逸らす義兄の事を考えるも直ぐに敵に向き直り

UCで防御力を上昇
【パフォーマンス】の如く派手に刀を振るい
【存在感】で【おびき寄せ】、攻撃を【剣で受け】
味方の有効打まで【庇い】【時間を稼ぐ】

問い掛け
「この『おともだち』も結局は貴女自身なのね
自分が知ってる楽しいだけだと飽きるし、楽しくなくなる
それが貴女の理想の『おともだち』?」

いつか骸の海で貴女が痛みを覚えたなら
哀しみも怒りも目を逸らさずに感じられたなら
失敗作じゃない『本物』になれたなら
……その時にはもう一度逢いましょう



 マインゴーシュを構えて、南雲・海莉(コーリングユウ・f00345)は災魔と相対した。得物に刻まれたルーンの魔力が迸る。
 海莉の内から漲る守りをもたらし、彼女の背を押す。
 だから海莉はしかと立ち、楽しむばかりいる災魔の姿を、もう一度よく確かめた。
 痛みが分かるから、自分を省みれる。自分を幸せにしようと、そう思える。それが、他者の痛みをも感じる──そんな苦しみと一緒だったとしても。
 沈思の末、ちくりと喉を通り抜けたものを、海莉は認めながら静かに飲み込んだ。胸元にまで下がれば、自身と一体化してそれも治まるだろうか。眼裏に浮かんだ義兄の影も、落ち着くだろうか。
 敵に向き直るも、義兄のことから目を逸らしたくはなかった。だから消えずに残るものをしっかり抱き留めたまま、海莉は刀を振るう。
 披露するのは剣舞を思わせる所作。華麗に咲き誇る花のごとく、絢爛の中を海莉は駆ける。その存在感はあまりにも目映く、災魔の意識を惹いた。
「だいすきなおともだちと、あそぼう!」
 途切れぬ笑顔で災魔が招いたのは、おともだち。
 廃品の隙間から現れた人型は、美しい虹の色彩をこぼして海莉へ近づく。伸びる腕を、掴もうとした手を刀へ滑らせて流し、いなした反動を糧に戦場で舞い続ける。
 すべては仲間の──猟兵たちの動きが滞ることのないように。
 そうして災魔の言う『おともだち』と戯れながら、海莉は尚も視線を集めようと口を開く。
「この『おともだち』も、結局は貴女自身なのね」
 海莉の言が持つ意味を、少女は知らない。
 海莉の想いが放つ言葉を、少女は理解できない。
 それでも問い掛けは、やめなかった。
「自分が知ってる『楽しい』だけだと飽きるし、楽しくなくなる……ねえ」
 それが貴女の理想の『おともだち』?
 連ねた言葉に、ひとであれば動揺しただろうか。
 多くの感情を覚えた者ならば、誰かを想える者ならば、きっと足を止めただろう。
「りそう? おともだちは、おともだち!」
 夢も理想も、おそらくありふれた望みさえ災魔は──失敗作と名乗った少女は、持てずにいる。
 把握した事実に、海莉は目を僅かながら細めた。
 そして徐に、暗く、どこまでも遠く感じる天井を仰ぎ見た
 やり場のなかった息が、気がついたらこぼれている。
「……いつか、骸の海で貴女が痛みを覚えたなら」
 哀しみも怒りも、目を逸らさずに感じられたなら。
 失敗作ではなく、少女が『本物』になれたなら。その時には。
「もう一度逢いましょう」
 刀に災魔の面差しを映して、海莉は痛みの欠片をまたひとつ飲み込んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルネ・プロスト
失敗作だから、名すら与えず廃棄されたのか
それ故に『失敗作』と名乗るのか
だとしたら。もし君の造り主をルネが見つけた時は、きっと――
……ともあれ先ずは目の前のことを
挨拶されたら返さないとだね

初めまして、わたしはルネ
――君を壊し(弔い)に来た同族だよ

人形達は死霊憑依&自律行動

キングの斧槍でフェイント仕掛けつつ隙を見て『悪意』のなぎ払いを当てていくよ
敵の攻撃・UCは森の友達に敵を監視してもらい見切り、敵から距離をとって回避
敵UC回避したらUC発動
魔導蒸気で満ちた地形に当てて、地形を特大のファンに再構築
魔導蒸気を吹き飛ばしてしまえば後はひたすら攻めるだけ
キングと連携して『悪意』と斧槍の連撃を当てに行くよ



 失敗作と名乗った少女型ミレナリィドールへ、ルネ・プロスト(人形王国・f21741)が恭しく一礼する。
「初めまして、わたしはルネ。……君を壊しに来た同族だよ」
 破壊という名の弔いを、災魔へもたらすために。
 ルネの放った単語にも動じることなく、少女はにこにことルネを迎え入れた。魔導蒸気を辺りへ撒き散らしながら。
 災魔が生み出す蒸気の流れ方を、ルネはしかと見る。
 魔力が満ちあふれているからか、少女を守るかのようにやがて渦を巻きはじめた。油断をすると、あっという間に持っていかれそうになる。
 ふとルネの頭に過ぎったのは、災魔が口にした名乗りの言葉。
 失敗作だと、少女は言った。失敗作だと造り主が判断したから、名すら与えず廃棄したのだろうか。
 もし、それゆえに災魔が自身を『失敗作』と名乗っているのなら。
 ──もし君の造り主をルネが見つけた時は、きっと……。
 紡ごうとしたルネの想いを、しかし寸前で飲み込む。
 今の少女に理解を求めるのは、きっと困難なのだろう。話をしたところで首を傾げるばかりかもしれないと、ルネには薄く想像できた。ならば。
 取るべき行動はひとつ。元より、そのつもりでいた。
 ルネの意思に呼応した人形たちが、寂しい空間に戦いの音を響かせる。
 大きく振るわれた斧槍が、固い床もろとも少女を斬り上げる動作を示す。襲いくる一撃を察した災魔が、楽しげに跳ねて後ずさるのをルネはしかと見届けた。
 だから斧槍によるフェイントが生んだ隙をつき、悪意の鎌で薙ぎ払う。
 おともだち、はぐはぐ、と弾む声で迫る災魔へ切り付けた。
 代わりに災魔が抱き着こうとしてきたのを、フォレストドールズによる監視で察知し、距離を開ける。間合いは適度に保ちながら、蒸気満ちる足元をちらりと見下ろして、ルネは片腕を掲げた。
「さぁ、盤面を整えるよ」
 宣言と共にルネの指先が標的を示し、クイーンの魔法が地へ炸裂する。
 すると廃品ばかり散乱していた床が、瞬く間に特大のファンへと再構築された。ルネの考えによるものだ。大きなファンは凄まじい風で、魔導蒸気を散らせていく。
 その間、ルネたちによる神秘の術を眺めていた災魔が、すごいすごい、と手を叩く。
 周囲の蒸気が跡形もなく吹き飛ばされたというのに、少女の様相は微塵も崩れない。
 辺りを包んだはずの白もすっかり消え、いよいよルネは次手を繰り出す。
「油断も慢心もいらない。徹底的に追い詰めて」
 そう告げた先は共にゆく人形たち。
 果てなきマリスと斧槍による連撃で、ルネはおともだちと呼びかけてくる声を掻き消した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鏡島・嵐
……おれは、おまえのおともだちじゃねえ。そんなものにもなれねえ。
おれは、おまえの敵だ。“敵”って意味、わかるか?

なんか、モヤモヤする。
奪われることへの恐怖や悲しみ。自分を捨てた奴への怒りや疑問。そういうのを何も持たねえ、ある意味純粋無垢な存在。
それを今から壊さなきゃいけねえってのは……こんなにも心が痛むんだな。

だけど。一つだけ解ったことがある。
楽しいって口にしても、喜ぶ素振りをしても、こいつは“それ”を実感出来ねえ。その楽しさは外側だけで、中身が無ぇ。
それじゃ、死んでるんと変わりなくねえか?
……やっぱり、すげえモヤモヤする。

………………頼む。フェモテューヴェ。
(痛みを堪えて、攻撃命令を下す)



 おともだち、とはしゃいでいるようにも見える少女型ミレナリィドールを前にして、鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)は覚らせるようにゆっくりこうべを振った。
「……おれは、おまえのおともだちじゃねえ。そんなものにもなれねえ」
 違うのだと口で説明するも、災魔はにこにこと首を傾ぐばかり。けれど嵐は根気強く言葉を連ねた。
「おれは、おまえの敵だ。『敵』って意味、わかるか?」
 てき、という響きを災魔の少女も繰り返す。くるくると動いた視線は何事か考えるかのようだが、しかし笑みが絶える気配はない。
「てきは、こわいってきいた」
 他人事だからか、情報として知っているだけのようだ。怖い、という感情の意味を理解していないのかもしれない。
 しかし知っているなら話が早いと、嵐は頷いた。
「あなたは、おともだち」
「いや、だからおれは……」
 会話だけを見知らぬ人が聞けば、まるで思い込んでいるかのような素振りだろう。そんな災魔に、嵐も思わず眉間を押さえる。
 だが嵐の心境など露も知らず、災魔は蒸気が噴き出す掌をぶらぶらと揺らして楽しげだ。
 ──なんか、モヤモヤする。
 胸中に渦巻くのは、やり場のない感情。
 奪われることへの恐怖、悲しみ。自分を捨てた者への怒りと疑問──そうしたものを何ひとつ持たない災魔の言動は、嵐へ戸惑いにも似たものを抱かせる。目の前の少女はある意味、純粋無垢な存在なのだと嵐は目を眇めた。
 ──それを今から壊さなきゃいけねえってのは……。
 こんなにも、心が痛むんだな。
 やりきれなさが迸るも、抱擁を試みた少女から跳び退く。
 はぐはぐ、と言いながら蒸気と笑顔を振り撒く災魔を眺めていて、嵐にもひとつだけ解ったことがある。
 楽しいと言葉に出しても、そうした素振りを披露しても。
 ──こいつは、それを実感出来ねえ。その楽しさは外側だけで、中身が無ぇ。
 事実を突きつけたところで、少女が理解を示さないのも嵐には想像できた。
「……それじゃ、死んでるんと変わりなくねえか?」
 囁きに近いか細い声で綴る。
 しんでる、と少女は同じ調子で繰り返すも、理解は得られそうにない。
 ──やっぱり、すげえモヤモヤする。
 だがモヤモヤに苛まれてばかりもいられず、嵐は大きく息を吸い込んで、異観を呈する空間を改めて見る。
 地上であれば陽をも透かす瞳で、散乱する廃品も、その空間に立つ少女も捉えた。この景色を放置しておくことは、できない。
「……頼む。フェモテューヴェ」
 想いを盾に、力を刃に。そう掲げた嵐の呼びかけに応じて、武装した兵士の霊が現れる。片脚の義足を感じさせぬ佇まいで、兵は姿勢を正し銃剣を構えた。
 兵士の戦意が敵へと──災魔へと向く。それでもまだ少女は微笑んだままだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鵜飼・章
失敗作さんこんにちは
僕は人間の失敗作だよ
きみのともだちだ

きみのお友達、綺麗だね
少なくとも僕の鴉達にとっては
ここのがらくたは宝の山だ
鴉達が気に入った子を連れていってもいいかな
捨てる人がいれば拾う鴉もいるんだ

試しに【模範解答】を使うけど
きっときみも僕もなにも感じない
ひととしては駄目だけど僕は猟兵だから
きみの事は連れていけなくてごめん

代わりに大切な話を
本当にいらない子ってね
きみみたいな子を『いらない』って言っちゃう人のほうなんだ

それでもきみはお父さんが好きなのかな

僕が生まれた意味がもしあるとしたら
きっと死ぬまでそういう奴らと戦い続ける為だ
次はきみをいらない子にさせない
約束だよ

字数がないので戦闘お任せ



「失敗作さんこんにちは」
 柔らかい声音で紡いだ鵜飼・章(シュレディンガーの鵺・f03255)の挨拶は、色なき微笑みと共に災魔へ向けられた。
「僕は人間の失敗作だよ。きみのともだちだ」
「あなたも、わたしのおともだち」
 ふふ、と少女が笑う。一見すると嬉しそうな素振りだが、声が微かに帯びた感情を察しながら、章は目線を脇へ逸らす。
 そこには災魔にとってのおともだちが、たくさん居て。
「きみのお友達、綺麗だね」
 挨拶代わりに友を褒めるのは、心を開かせる上でさりげなくも大事なことだ。それに嘘は吐いていない。張り付いた笑顔にも冗談は塗っていない。
 何せ災魔のおともだちは本当に綺麗だ。ぴかぴか、つやつや、きらきらと。それらの色彩は章の鴉たちの目を釘付けにするし、それを欲するがために争うことだってある。
「ここのがらくたは宝の山だ。ねえ、鴉達が気に入った子を連れていってもいいかな」
「つれてくの?」
 首を傾いだ少女の気配に、章は続きを待つ。もっと突き刺すほどの緊迫か別の感情が滲み出ればわかりやすいのだが、少女にそうした前兆はない。友を連れていくという章の言葉を拒む様子もない。
 ただ──やさしさと与える恐怖を募らせた章の綴る音が、少女には雑音のように届く。
 とんとんと耳の辺りを叩いたり、頭を揺すったりして、自らの機能を確かめる仕種をしてみせた。顔色も面差しも、先ほどと何ら変わりないというのに。
「きみの事は連れていけなくてごめん」
 一応の謝罪を手向けて、代わりに大切な話をしよう、と口端を上げた。
 章には感じている。きっと災魔はなにも感じない。少女の見せた不調が、章がお披露目した『模範解答』によるものと思ったからではなく、自分も、そうだから。
 ──ひととしては駄目だけど、僕は猟兵だから。
 理由をとりあえず並べておいて、話し出したのはいらない子のこと。
「本当にいらない子ってね、きみみたいな子を『いらない』って言っちゃう人のほうなんだ」
 それでも、災魔となった少女は想うのだろうか。作り手と思しき、父とやらを。
「今もまだ、きみはお父さんが好きなのかな」
 すき、という単語を何故だか不思議そうに繰り返して少女は微笑む。
「おとうさんは、おともだちじゃないよ。でもおとうさんはぜんぶ正しいの」
 そうとしか、少女には言えない。そういうものだと、記憶されているのかもしれない。
 しかしその回答は、父と好きは切り離されたものだと章に教えた。
 だから章は、そうか、と呟いて短い息を吐く。恨みもしなければ、だいすきの対象にもなり得ていないのだろう。
「……僕が生まれた意味がもしあるとしたら、きっと」
 綴る音が異様に響くのは、災魔もそのおともだちも黙して章に耳を傾けているからか。
 あるいは自身の言葉が、凍てついた氷よりも熱く、めまぐるしく章の中を巡っていくからか。
「死ぬまでそういう奴らと戦い続ける為だ」
 章の言に、少女の目がわずかに見開かれた。面差しは微笑んだままだというのに、まるで驚いたかのような。
 けれど構わず章は続ける。何故なら少女へそれを伝えるため、彼はこんな寂しい空間へ脚を踏み入れたのだから。
「次はきみをいらない子にさせない。約束だよ」
「やくそく」
 やはり少女は繰り返す。そして心なしか、それを抱き留めるようにそっと瞬いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

七篠・コガネ
僕も昔、ひとりぼっち
此処は僕が幽閉されていた場所とどこか似ている
だから眼前にいるあの『失敗作』はまるで過去の僕

孤独が悲しかったから。
ずっと、心の中だけでいい。寄り添ってくれる誰かが欲しくて…

違う!この場所から出なければ意味が無いのに!
【武器受け】しながら弱体化を狙います
だって同じ経験をした僕は分かるもの
どんなに心の中に友達を作ったところで…
それは悲しい虚構
空っぽなんです。結局は
本物の友達を得た今だからこそ言えます

おともだちが弱体化したらとっとと蹴り飛ばし
敵本体に向かって【ダッシュ】
抱きしめてあげるのですよ
そしたらその首、UC(攻撃力重視)で狙わせてもらいます
次生まれる時は友達になれます。きっと



 ひとりぼっち。寂しげな音だけで紡がれたその言葉は、七篠・コガネ(ひとりぼっちのコガネムシ・f01385)の心を抉る。
 ──僕も昔……だからかもしれない、此処は……。
 幽閉されていた場所と、どこか似ている。
 馳せる想いに引っ張られながら、物悲しい光景を見渡す。散らばる廃品、まだ形状を保っている人型、しかしどれも動かない。動き出す気配のない、こわれたもの。
 そんな空間にぽつんと佇んで、失敗作と名乗る少女は何を思い稼動し続けていたのか──コガネには難くない想像だった。まるで過去の自分を見ているようで、居ても立ってもいられない。
 ──僕は、孤独が悲しかったから。
 音にならず、胸のうちでのみ響く想い。ずっと欲していたものは、ある。心の中だけでも良いから、寄り添ってくれる誰かがいてくれたら、と。
 きっと少女も、そうしておともだちを呼び続けていたのだろう。ひとり寂しい場所へ手招いて、おともだちにして、一緒に長い時間を過ごす。
「わたしのおともだち! あそぼう!」
 ほら、今だって──虹の色彩をはためかせた人形たちで、コガネを出迎えてくれている。歓迎の心持ちで、楽しもうと──。
「っ、違う……!」
 思わず声に出していた。けれど災魔もおともだちも特に驚く素振りはなく、ひたすらコガネへ腕を伸ばす。
 掴もうとするその手を、コガネは払いのけた。
「この場所から出なければ、意味が無いのに!」
 募る一方で、やり場のなかった言葉を漸く音に換え始めた。
 同じ経験をした彼の言は、真実を語る。
「どんなに心の中に友達を作ったところで……それは」
 悲しい虚構。偽り。真の願いとは反対のところへ突き進むだけの行為。
 痛感したコガネだからこそ紡げる。
「空っぽなんです。結局は」
 本物の友ではないのだと、災魔へ訴えた。自身が本物を得た今だからこそ、口にできることを。
 けれど少女は揺らがない。
「? おともだちは、ここにいるの。こころにはいないの」
 不思議そうに首を傾げて、少女は微笑む。
 僅かに、コガネは情を噛み締めた。
 そして、災魔がおともだちだと呼ぶ虹色たなびく人形たちを蹴り飛ばして、走る。少女の言うおともだちに感けている暇はない。だから一直線に駆け抜けた。
 群がるおともだちを弾けば、そこに残るのは淡い白を漂わせる少女ひとり。
 迷いもためらいもなく、コガネは災魔を──少女を抱き寄せた。
 首へ囁くのは夢でも哀しみでもなく、鋭い爪痕だ。いつだって綺麗に磨き、手入れを怠らずにいるコガネの鉤爪。手先で模るそれは一見すると凶悪めいた武器でしかないが、しかし──それを揮うのはひとりぼっちのコガネムシ。否、もはや孤独も友も知るひとりの少年で。
「……次に生まれる時は友達になれます。きっと」
「つぎに、うまれる?」
 コガネの言葉を、災魔が繰り返す。
「つぎ、わたしにはないんだってきいたの。でも、ねえ……」
 首に得た傷も厭わずに、少女は紡ぐ。
 震えたかのように聞こえて、コガネは目を見開く。そっと放して顔を覗き込んでみれば──少女はやはり笑ったままで。
「つぎって、いつかなあ。わたしも、もらえるものなのかなあ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
ちょっとだけ残念、とても好みな色なのに

自分の肌を裂き血肉から【黒涌】を生むヨ
影狐を攻撃力重視で嗾け、『おともだち』が創られたら
『2回攻撃』駆使し自分が『おともだち』の攻撃誘い
『見切り』躱しながら声掛けるわ

トモダチってのはネ、在るモノでも生むモノでもねぇのよ
互いに紡ぎ育むモノ
創られすぐに矢面に立たされて使い捨てられる
そんなモノは『おともだち』だナンて言わねぇの
ま、教えてもらってナイでしょうケドネ

仲間の刻んだ傷があればちょいと借りて
『傷口をえぐる』よう柘榴刺し込み『生命力吸収』してくヨ

トモダチが消える時も、自分が消えるその時も、楽しいままいられるのなら
ある意味幸せかもネ
羨ましくはないけれど


瀬名・カデル
ようやく見つけられたんだね。

実際に目にして、その様子に本当に胸が、痛くて。
けれど、この子と戦わなきゃ

丁寧に自己紹介をしよう

初めまして、失敗作さん
それが君のお名前になるんだね
ボクの名前はカデルだよ
こっちはアーシェ、ボクのお友達

ボクは君のおともだち?
一緒に遊ぶなら…いいよ
アーシェとも一緒にあそぼうね、…疲れて眠るまで

ドールの少女がとてもとても哀しくて
その分いつもよりもずっとずっと強く祈ってしまう

ユーベルコード「君がための光」を使用
アーシェに祈りを込めて、どうかあの子に安らかな眠りを与えられるように
強く強く、祈りの光を

楽しみしか知らないあの子は
疲弊しても体を止めることをしないはず

さぁ、一緒に踊ろうね



 地下深い迷宮で見出だした光明は、七色に輝いている。
 だからだろうか。コノハ・ライゼ(空々・f03130)の思考を過ぎるのは、「ちょっとだけ残念」というあえかな吐息。
「とても好みな色なのに」
 虹の色がさらさらと踊り、少女型ミレナリィドールがかれらのおともだちとして佇む。幾つもの傷を負いながらもやはりニコニコとしている。苦痛を覚えないのか、たとえ感じたところで笑うだけか。
 相手は災魔。沈思してしまうのは本末転倒だと、コノハは自らの肌を裂く。柔肌へ刻んだ痛みはまもなく、影となって宙空に出る。
 その間に、瀬名・カデル(無垢なる聖者・f14401)が呟いていた。
「ようやく見つけられたんだね」
 吐き出したのは安堵の息か、それとも胸に過ぎる痛みか。
 カデルにも判別がつかぬほど、どちらとも取れる呼気を零す。実際に目にしてみて感じるものがある。災魔の少女が織り成す様子に、胸が痛む。
 ──この子と戦わなきゃ。
 意を決して、カデルは一礼した。
「初めまして、失敗作さん。それが君のお名前になるんだね」
「そう呼ばれたから、それがわたし」
 災魔から返る言ごと胸に抱き、カデルは微笑んだ。
「ボクの名前はカデルだよ。それとこっちはアーシェ、ボクのお友達」
「おともだち」
 やはり気にかかるワードだったのだろう。カデルが紹介した黒髪の人形を、災魔は凝視した。
 その前方ではコノハが「おいで」と告げた影が、狐の形に落ち着く。そしてしなやかな身で跳んだ。
 一方コノハはおともだちと戯れる。かざした得物が描きだす閃光も、軌跡に起こる風切りの音も、おともだちを誘った。コノハの妙技は無垢なるおともだちを連れていく。
 コノハがおともだちを引き付けても、災魔は構いやしない。かの者の意識は既に、別を狙い澄ましている。
「おともだち、だいすき!」
 次の瞬間、カデルとアーシェへ抱擁を試みた。ふたりは両腕を広げ唇へ笑みを刷く。
「おともだち? 一緒に遊ぶなら……いいよ」
 痛みこそ走ったものの、カデルは迷わず応えた。
 災魔は眦を和らげ、あそぼう、と繰り返すものだからカデルは続けた。
「アーシェとも一緒にあそぼうね」
 ──疲れて眠りに就くまで。
 接いだ言葉はカデルの、そしてアーシェの歩みを宣告するものだ。
 はぐはぐ、と抱き着くのを楽しむ災魔をよそに、パラパラと乾いた音を立てて、虹の煌めきが──おともだちが崩れていく。
 災魔の望んだおともだちは、コノハの差す一手を前に、為す術もなかった。
「トモダチってのはネ、在るモノでも生むモノでもねぇのよ」
 そしてコノハがかけた言葉は、カデルたちをぎゅっとしていた少女を振り向かせる。
「互いに紡ぎ、育むモノ」
 相手がいて、自分がいる。自分の気持ちを伝えて、相手の想いにそっと寄り添い繋ぐ。
 そうして少しずつ紡ぎ、築かれるものこそ少女の欲する存在なのだと、静穏なひとときの中コノハは投げかけた。
「創られすぐに矢面に立たされて、使い捨てられるような……」
 ちらりと目線を外せば、転がったおともだち──廃棄された人形のパーツが、じっとこちらを窺っていて。
「……そんなモノは、『おともだち』だナンて言わねぇの」
 コノハの話を受けて、少女がカデルたちを手放す。そこへ飛び込んだ影狐が、災魔を翻弄する。
 けれど首傾ぐ少女にあるのは、変わらない笑顔。ただ、初めに見たときとほんのり色味が異なって見えた。
「どうしてみんな、わたしにいっぱいおはなしするの?」
 心底不思議だと言いたそうな気配だ。
 さあ、とコノハは肩を竦める。誰もが同じ想いかは知らず、けれどひとつだけ言えるのは。
「気にかけてるカラだと思うケド」
 それすら理解の範疇にないらしく、少女は微笑を浮かべるばかり。
 だからコノハは緩くかぶりを振った。
「……ま、教えてもらってナイでしょうネ」
 仲間たちが記していった傷へと、コノハが柘榴を刺し込む。お借りするヨ、と告げる声もどこか弾んでいて。
 流れる赤の代わりに、命を吸う。滴らんばかりの生命力に、コノハは僅かに目を見開いた──生きようとする力は、いったい何処から生じているのか。答は定まらずともその間に、元々血の気のなかった少女の身体から更に色が遠退く。
 一旦距離を置いたところへ、カデルとアーシェが踏み出した。
 とてもとても哀しい。ドールの少女の境遇を、張り付いて剥がれない笑みを、楽しげに弾むばかりの声音を思って、カデルは睫毛をぱしぱしと揺らす。
 だからだろう。いつもよりずっと強く、色濃く祈りを捧げてしまう。
 聖なる光が満ちる。一帯を包み込んだ無垢なる輝きは、暗い迷宮を照らすだけでなく、カデルと共に在るアーシェの仕種をも優しく導く。
 なぜなら光にこもるのはカデルの祈り。だからアーシェに注ぐのもまた、祈りの言葉で。
 ──どうか、あの子に安らかな眠りを与えられるように。
 果てなき強さを燈してアーシェを解き放つ。
 十指から伝う想いを友の面影へ託して、カデルは災魔を誘った。踊り出たアーシェが、少女の手を取る。
「さぁ、一緒に踊ろうね」
 あの子は楽しみしか知らない。楽しむばかりで他は──自身のこともなおざりにする。ならば。
「くるくる、たのしい!」
 アーシェと一緒に舞う災魔の姿は、一見すると日常の光景にも思える。けれどアーシェを操る糸の先、器用に指を動かすカデルは真剣な眼差しだ。
 舞踏を眺めてコノハは思う。災魔にとってのトモダチ、そして自分が消えるそのときも、楽しいままでいられるのなら。
「……ある意味、幸せかもネ」
 羨ましいとは、これっぽっちも思わないけれど。
 そうして黙したコノハの前で、人形と人形は踊り続ける。
 やがてぷつんと糸が切れたかのように、災魔は崩れ落ちた。
 そして何の迷いもなく、猟兵たちへと穏やかに微笑んで。
「ああ、たのしかった! あしたもあそぼうね、おやすみなさい」
 そう言ったきり、少女は動かない。もう、動かなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年02月08日
宿敵 『失敗作』 を撃破!


挿絵イラスト