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さよなら、わたしの王子様

#ダークセイヴァー #異端の神々

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#異端の神々


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●かのじょのみるゆめ

 夢をみていたの。
 すてきな王子様がわたしを迎えに来てくれる、そんな夢。
 ずっと苦しくって、痛くって、怖くって。
 だからそんなわたしを助けてくれる王子様が、きっと世界のどこかにいるんだって。
 そうやって息をしていたの。

 なのに不思議ね。
 わたしが手を伸ばすとみんなこわれてしまうの。
 わたしが抱きしめるとみんなつぶれてしまうの。
 わたしが口づけるとみんなくさってしまうの。

 きっと、あの人たちは王子様じゃなかったのね。
 小人さんたちは喜んでくれているみたいだけど、わたしはつまらない。
 だってわたしはここから動けない。
 出られないから王子様を探しに行けない。
 だから、ずっと待ってるの。

 ねぇ、王子様。

 わたし
 お姫様はここにいるわ。
 おとぎ話のハッピーエンドみたいに、どうか口づけてね。


●物語の続きを綴る筆

「──と、いう訳で! ダークセイヴァーの辺境観光ツアーです!」

 どう考えてもそぐわない二つの単語に猟兵達が目を白黒させるのもなんのその。
 穂結・神楽耶(あやつなぎ・f15297)は背にしたスクリーンを指示してみせた。

「ダークセイヴァーの大半は吸血鬼の領土なのですが……辺境にはそうではない場所というのもございまして」

 そこは闇だった。
 そこは深い谷の形をしていた。
 けれど底を見通せなかった。
 カサカサと蠢く黒い影が存在を示すが、まっとうな善いものであるはずもない。

「──『異端の神々』、その一柱の居住域です」

 一度ヴァンパイアが手にしながら、なぜか放棄したという辺境の谷。
 彼らの目の届かないそこに住まうモノは様として知れず。
 近づく者さえいないとあらば、そこは『穴場』だ。

「もしここを奪還できれば、新たな人類砦……あるいは人類のための居住域に出来るかもしれません」

 ことダークセイヴァーにおいて、『安全な場所』がひどく貴重であることは今更語るまでもない。
 今も各地で活躍している闇の救済者達のように戦える人員ばかりではない。
 だから、比較的安全な土地というのは重要だ。
 その為に力を使ってほしいと、刀は丁寧に頭を下げた。

「現場は闇。危険はそれなり大きいかと思いますが、どうぞ無理なく」

 ───果たして、どんな予知を視たのか。
 刀はただ、幻焔の向こう側で微笑んだ。

「『彼女』に、どうか『さようなら』を。よろしくお願いしますね」


只野花壇
 十九度目まして! 好きな童話はヘンゼルとグレーテルな花壇です。
 今回はダークセイヴァーより、辺境でのお姫様探しの旅へご案内いたします。

●章構成
 一章/冒険『暗く、深い谷の底へ。』
 二章/集団戦『死肉喰らい』
 三章/ボス戦『?????』

 各章の詳細につきましては断章の投稿という形でご案内させて頂きます。

●プレイングについて
 ある程度のアドリブ・連携描写がデフォルトです。
 ですのでプレイングに「アドリブ歓迎」等の文言は必要ありません。
 単独描写を希望の方は「×」を、負傷歓迎の方は「※」をプレイング冒頭にどうぞ。

 合わせプレイングの場合は【合わせ相手の呼び方】及び【目印となる合言葉】を入れてください。
 詳しくはMSページをご覧下さい。

●受付期間
 各章の断章でご案内。
 その他、MSページやTwitterなどでの案内をご確認いただけると確実です。

 それでは、ようこそ谷底の楽園へ。
 皆様のプレイング、心よりお待ちしております。
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第1章 冒険 『暗く、深い谷の底へ。』

POW   :    頼れるのはこの身一つ、ひたすら降りる。

SPD   :    深淵を恐れるな、空に身を任せ飛び降りる。

WIZ   :    時間はまだある、休憩でもしながら降りる。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●かのじょはいばらのゆめのなか

 ねえ、王子様。
 わたしのことをむかえに来てくれる王子様。
 ……もしかして、わたしのいるところが分からないのかな?
 ああ、そうだったらイヤだなあ。
 もしそうだったら、わたしのところに王子様は来てくれない。 
 小人さんたちも遠くまでは行けない。

 こういう時、どうすればいいんだろう。
 ……ううん、おとぎ話のお姫様はどうするんだっけ。
 わたしは踊れない。
 わたしは出られない。
 わたしを見つけてくれる王子様を待っているしかない。

 ……ああ、でも。
 わたしでも歌うことはできるかな。
 歌う声ならあなたのところまでとどくかな?

 ねぇ、王子様。

 わたし
 お姫様はここにいるわ。
 ハッピーエンドのおとぎ話みたいに、はやく駆けつけてくださいな。



●セイレーンに姿なく

 ───暗い、昏い、谷の底から、声が聞こえる。

 声は意味を為さない咆哮のようで、一定の韻律を含む響きだった。
 声は、ただ呼んでいる。
 はやく来て、と。
 わたしのところにきて、と。
 切実に、熱烈に、───狂的なまでに。

 ただそれだけの願いを込めて、うたっている。
 だからそれだけに思考を塗り潰される。

 ……それは狂いたる異端の神が放つ声。
 魂にすら干渉し、意志と思考を捻じ曲げてしまう。そういう種類の声だ。
 深く、暗い、谷の底から声は響いている。
 転送を行った折紙の小鳥が示す隘路は細く、今にも崩れてしまいそう。
 慎重に歩を進める間も、ずうっと『彼女』は歌っている。

 思考に闇がにじり寄る。
 どうすれば一番早いかって? そんなの簡単だ。


 ───谷底へ、身を投げてしまえばいい。



******

◆第一章における注意事項

・谷底から聞こえてくる『彼女』の声は、猟兵達の魂にまで干渉する狂気の声です。
・具体的には一刻も早く『彼女』の下へ辿り着くため、谷底に向けて飛び降りたくなります。
・谷がどれだけ深いかは誰にも分かりません。少なくとも生きてはいられないでしょう。
・それでも『声』が示す方へ向かわなければなりません。
・何らかの方法で声を、あるいは狂気を抑えながら隘路を進んでください。

・待っているわ、王子様。
・はやくわたしのところまで来てくれる?


◆第一章プレイング受付期間
 【9月24日(木) 08:31 ~ 9月26日(土) 15:00】


.
クロト・ラトキエ

ツアーにガイド不在とか楽しさ半減では!?

…と、お約束のボケはさて置き。
迎え待ちのお姫様なんて、正直まっっったく好みじゃ無いんですが!
全く、何処でそんなお伽話など知ったんだか…

でも、ま…
ひとりはさびしい、か。

ワイヤーを壁面に掛け標兼命綱に。
念の為、滑落時の対処用に鋼糸と、UC…防御力へと換えた風の魔力を。

声。心底の叫び。
只管に、強く願う…うた。
意思が、思考が急き立てられて、深く昏い底へと向かってく。
その『声』の元へと――

…だというのに。
心が、体が、どうしようもなく抗う。
手に刃立てて、只管に希う。

かえりたい。
あの、ひかりの元へ。

だから…いきますよ。その闇の奥へ。
貴女に会いに。
…貴女と、お別れに。



●光の梯子

「ツアーにガイド不在とか楽しさ半減では!?」
「最近はそういうツアーも増えてますからねぇ」

 お約束のボケをさらりと流され、クロト・ラトキエ(TTX・f00472)はひと時谷合の住人となった。
 ひとまずワイヤーを壁面に掛け命綱に。滑落時の対処のため鋼糸と風の魔力を用意する手際は流れるよう。鼻歌交じりにこなせる手慣れた行程だ。
 二、三度軽く引いて落ちてこないことを確かめて、踏み出す足はひどく軽い。

「迎え待ちのお姫様なんて、正直まっっったく好みじゃ無いんですが!」

 明日の糧にも困窮する常闇の世界で、どうしてそんなおとぎ話を知ったやら。
 戦わねば死ぬ、戦ったとて報われるとは限らない支配下の世界で、そうしてそんなお姫様に憧れるに至ったやら。
 ぶつくさと呟く溜息纏うのは、けれど怒りではなかった。
 まるで「仕方ないですね」というような。
 苦笑めいて、どこか優しくて、「分かっているよ」と告げるように。
 進む足は軽く、早く、次第に駆け足になっていく。
 足元の石に罅が走る音は『声』にかき消されて聞こえない。
 はやく、ねえ、来て、待ってるの、ほら、こっちよ。
 心からの叫び。願い。うた。
 あまりに強いそれに急き立てられる。
 あまりに大きいそれに追い立てられる。
 踏み外しそうになるのも構わず、大股に岩を飛び越えて。

 ひとりはさびしい。
 そう言ったのは『声』か、それとも。
 
「っ────!」

 足を止めたのは痛みだった。
 利き手が握った白銀色。命を繋ぐ願いを託された刃が赤い命を地面へと零す。
 いたい、と何も考えずに呟いて。

「……違う」

 欲しい赤色はこれじゃあない。
 気付いた瞬間、『声』がすうっと遠ざかった。

「……かえり、たい」

 だって、クロトの願う光はこの色じゃあない。
 かえるべき場所は谷の下にはない。
 それは常闇の世界ですら照らし出す、眩き炎色の。

「───   、」

 名前を呼んだ。
 誰にも届かぬように、己しか知らぬように。
 それが何より強い灯火だと、誰に言われるでもなく知っていた。
 だから自分のものでない意志に、ただ引きずり込むだけの願いに、これ以上揺さぶられることはない。
 息を吐く。白銀の銘なきナイフをお守りめいてしまいこんで、また歩き出す。
 それでも声は問うてくる。
 囁くように、叫ぶように、うたうように、切なる祈りを込めて。

 ───ねえ、王子様。
 はやくわたしのところに来てくれる?

「ええ、いきますよ。貴女に会いに」

 そうしなければ、お別れだって言えないでしょう?

大成功 🔵​🔵​🔵​

春乃・結希
大剣を胸に抱き、谷を降りて行きます

物語の王子様は、強くて優しくて、命懸けでお姫様を守ってくれる、素敵な人
でも、現実は違うと思う
生きている人には心があるから
自分がどれだけ大切に思ってても、裏切られるかもしれない
私は、もう、そんな思いはしたくない

だから私は『with』を選んだんだ
どんな時でも側に居て、私の心に寄り添ってくれる
『with』の重みと、冷たい感触に触れている限り、私は狂気に囚われたりしない【勇気】
大剣を恋人にするなんて、他の人からすると狂気に見えるかもしれないけど
そう想うことが、私が強くいられる理由だから

私は素敵な王子様にはなれないけど、会いに行くよ
あなたの物語を終わらせるために



●愛する者に正気なし

「『with』」

 胸に抱いたそれに声をかけたところで、大剣が返事をすることはない。
 それが己の恋人だと、春乃・結希(withと歩む旅人・f24164)は頷いた。

「……行こうか」

 隘路へ踏み出す。
 身の丈ほどある大剣は見た目を裏切らず相応に重い。にもかかわらず結希の体幹が揺らぐことはない。
 闇の中で触れているには、金属の塊はひどく冷たい。
 それでいい。
 それが結希の正気を保ってくれる。
 恋人に触れているかぎり、彼女の思考は冴えたままでいる。
 『声』が結希の魂まで侵すことは、ない。

 ───ねえ、来て、早く。
「……ううん」

 だから結希は、見えないと分かっていても首を左右に振った。
 だって、現実に王子様はいない。
 強くて、優しくて、命懸けでお姫様を守ってくれる素敵なひとなんて。
 正しくお姫様を選んで、一生裏切らずにいてくれる夢のよう人なんて。
 ……「めでたし」で終わるおとぎ話なんて、現実にはない。

「……」

 知らず、ルビーの指輪を握り込んだ。
 現実に「おしまい」の区切りは存在しない。
 生きている限り物語は続いていくのだから、時間の経過があらゆることを変えてしまう。
 それは容姿だったり、知識だったり、状況だったり、
 ……心、だったり。
 「そんなもので変わらない」と約束することはひどく簡単だ。
 だからそんな約束を破ることだって簡単だ。
 もしも自分が変わらなくたって、相手まで同じであるとは限らない。
 裏切りは痛くて、苦しくて、いっそ死んでしまったら楽かもしれない、なんて。
 もうそんな思いはしたくないから、だから。

「……『with』」

 振り切るように大剣を抱きしめる。
 大剣は応えない。
 それが纏う温かさだって結希の体温が移っただけの儚いものに過ぎない。
 だからそれでいい。……それがいい。
 意志を、心を持たない大剣は決して結希を裏切らない。
 結希が想い続ける限り、この愛は永遠不変だ。

 無機物を恋人と呼ぶなんて、後ろ指をさされることがある。
 狂っていると正面から言われることだって。

 ───けれど。

 それこそが春乃・結希という猟兵の強さの核だ。
 この想いがある限り、自分と彼とは最強でいられる。
 だから叫ぶ『声』の主へと、結希は確かに微笑んでみせる。

「私は、素敵な王子様にはなれないけど」

 Close with Tales。
 あなたの物語を終わらせに行くよ。
 私の恋人と、一緒に。

大成功 🔵​🔵​🔵​

琴平・琴子
行かなきゃ
それがどんなに罠だと分かっていてもその声に抗えない
だって私は、あの日助けてくれた時のような王子様になりたいのですから

いらっしゃい結
お前となら怖くないですよ
谷底まで案内してくれますか?
暗いから今灯りを――

光を蓄えた輝石のランプを翳して思い返すはあの日の王子様の姿
この暖かい光の様に包み込んでくれてどんな脅威にも立ち向かう人
今私、結と共に谷底に落ちようとしていた
あの人はそんな自分と誰かを傷つける事をしない

大丈夫ですよ結、ごめんなさいね
自らの体とお前を投げ捨てる事なんてしませんから

灯りをともしたランプを掲げ
あの人の事を思いながら狂気に耐える

向いましょう
王子様を求めるお姫様のところに



●落とし穴の縁を踏む

 罠だなんて百も承知。  
 けれど、それでも、「王子様」を求める『声』だから。

「行かなきゃ」

 よりにもよって琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)が抗えるはずがない。
 だって救われたことがある。
 掴まれて、引きずり込まれて、うさぎの穴から落っこちて、辿り着いた不思議の国は死の迷宮。
 追いかけられて、捕まって、食べられてしまうはずだったアリスは「王子様」に助けられた。
 ……今でもはっきり思い出せる。
 伸ばされた手。掴んだ温度。
 優しく拾い上げてくれた「王子様」。その肩で微笑む「お姫様」。
 あの手に憧れた。その姿になりたかった。
 助けられるのではなくて、助けるひとになりたくて。
 嗚呼、ならば是非もなし。
 お姫様の下へ向かうのが王子様でしょう?

「いらっしゃい、結」

 主の呼ぶ声に応えて、光り輝く白馬が蹄を鳴らした。
 甘えて鼻面を寄せてくる愛馬を優しく撫でれば、柔らかな鬣の感触が琴子のこころを落ち着ける。
 だからきっと大丈夫。
 ええ。大丈夫。だから来て、王子様。私はここで待ってるわ。
 『声』が呼ぶ闇へ、ペリドットの目を向けて息を吸う。

「暗いですけど……お前となら大丈夫。谷底まで案内してくれますか?」

 けれど応える嘶きはなかった。
 振り向いて見た目つきはまるで睨むようで、見たことのないそれにびっくりしてしまう。

「……結? どうしたのですか?」

 声をかけれど道を切り拓くはずの足は動かない。
 ただ首を巡らせてじいっと琴子を見つめる。
 訴えかける目に少しだけ考えて、瞬きひとつ。

「……ああ、暗いのですね? 今灯りをともしますから、」

 光を蓄えた輝石のランプも闇の底まで照らし出せない。
 蹴った小石がひとつ、道の端から落ちていく。
 ぶつかる音は聞こえない。
 どうして?
 ここは谷合。道は狭くて、下は遠くて。
 だから。
 だから?

「───あ」

 今、
 自分は、
 結を連れて、
 谷底に落ちようとしていた?

「……ごめんなさい、結。大丈夫ですよ」

 『声』の下に向かうべきで、けれど引きずられてはいけなかった。
 不甲斐なさに思い至って息を吐く琴子へ、寄せられる結のからだは温かい。
 その温度に思わず唇を噛みしめる。
 自分を投げ出すなんて。この子を傷つけるだなんて。
 あの人はそんなことをしない。
 琴子はそんな人になりたいわけじゃない。
 「王子様」は、もっと。

「───こう、ですよね」

 ランプを掲げる。
 常闇の世界であって尚、光は包み込むように柔らかい。
 温かい光だ。
 優しくて、けれど強い彩。
 どんな脅威にも立ち向かい、心を照らし出してくれる人。
 それが琴子が抱いた輝きで、歩むべき道を示す標だ。
 暗い道だとて、辿るべき軌跡が見えていれば進んでいける。
 だから、さあ。
 
「待たせてしまいましたね。向かいましょう」

 琴平・琴子は王子様だ。
 助けを求めるお姫様の下へ、いざ。

成功 🔵​🔵​🔴​

ヤニ・デミトリ
闇の底って隠されてるんだか丸裸なんだか解らなくってわくわくするなァ
そこへあんな声が響くものだから
つい一歩なんてすっとぼけちまいそうっスね

大鴉に姿を変えて底へと降りる
三つ目から調節した「あやしい光」でわずかに周囲を照らしつつ
情動何てさして解りゃあしないんスけど、
内側から沸くものは自分じゃないみたいだ。へへ、怖い怖い
飛ぶのを忘れりゃ真っ逆さまなのは同じっスから、きっちり抵抗しますとも
身体に巡る魂を持たない機械どもを精神に作用させて、
無理やり引き戻して貰うっス(狂気耐性)
足りなきゃ羽でも引っこ抜く いてえ

どちらかといえば、俺は王子様を騙って忍び寄る悪者向きっスね
ばれて追い返されないといいんだけどなァ


真白・時政
ワァ~~すっごいすごーい
とォってもいろんなキモチが籠った歌声。ステキ、ステキ
今スグきみの所へ飛んでいきたいのはヤマヤマだけどォ~、ぼくは王子サマじゃナイんだヨネ
だからだから、ココだけのオハナシ
ぴょんぴょんぴょーんって空を跳んで、きみの所まで降りていくヨ
だってウサギさんはウサギさんだから
ぴょんぴょんするの、トクイなのォ~

きみの歌声が聞こえる度にウサギさん、とォっても跳ぶのヤメたくなっちゃって
このままエイ!ってシたくなっちゃうカラァ~
そォだなそォだなきみの声が聞こえないくらい大きな声でお歌を歌っちゃおうカナ?
ウサギさん、お歌も上手なウサギさんだから
んフフ~そしたらきみのお歌、聞こえなくなっちゃうネ



●鴉とウサギは何見てとんだ?

 来て、王子様。
 わたしが待っているの。
 あなたは来てくれるんでしょう?
 それがたまらなく楽しみで、どこまでも輝かしくて、だから早く。
 早く。
 ねぇ、早く!
 
「すっごいすごーい。ステキな歌声!」
「ああ、闇の中から聞こえてくるにはお誂え向きって奴ッスね」

 切なる声と狂いたる歌に、おおきな笑い声をあげたのは黒と白。
 からからと笑う真白・時政(マーチ・ヘア・f26711)が隘路も構わず飛び跳ねれば、ニヤニヤしたヤニ・デミトリ(笑う泥・f13124)から黒泥が跳ねる。
 傷つけているのではなくて、それがごく自然な結果だと。
 白も黒も分かり切っているものだから、うそ寒い闇に空虚が満ちた。
 銀の瞳を落としたところで、闇を覗き込むなど出来はしない。
 それが愉快だとヤニは笑って、声は自然と落ちた。

「闇の底ってワクワクするよなァ」
「ヘェ? それはまた不思議な趣味だネ。どうして?」
「見えないのに開いてる。隠されてるんだか丸裸なんだか解らなくって、おまけにあんな声っスよ」

 切なるようで、無邪気で、それでいて狂っている。
 けらけら、きゃらきゃら、響く声に合わせて踊るように無造作に、くるりと身を翻して。
 屑鉄の尾が地面を叩いた。
 それはつまり、尾の繋がる場所があるべきから遠ざかったということで。

「つい一歩、なんてしちゃいたくもなるじゃないっスか」

 跳ぶ。
 無重力が体を引いて、声がいっそう高くなって、白の笑い声もがよく響いて。

「アッハハハ、そんなの落ちて死んじゃうじゃん!」
「と、思うじゃないっスか」

 バサリ、音を立てて羽が開いた。
 不定の泥は何にでも成れる。【化物騙り(シェイプシフター・ユガ)】、飛翔を担う大鴉が溶けるように姿を現す。
 異質なのは顔に張り付いた三眼。
 彼の泥の内包する球が放つ光は、光量を絞ったせいで闇を一層深めるかのようだ。

「ええ~っ、何それずっるい! 手品だってもっと控えめだよ」
「最近の手品は間違うと死んじゃうんっスか」
「そういうのもあるんじゃナイ? ここダークセイヴァーだし」
「だとしてもそれはごめんっスねぇ」

 手を引く声は魂を揺さぶる。
 だから魂持たぬ機械を用いて無理矢理精神を平衡に保たせた。
 その必要があるのかなんて分からない。無機の泥に、ひとと同じ魂があるのかどうかなんて。
 確かめて命を手放すわけにもいかないからと羽ばたくヤニを見て、時政は少しだけ考えこむ。

「……うーん」
「どうしたっスか?」
「ぴょんぴょんぴょーんって飛び降りたくもなるケド、うん。そっちのほうが安全そうだよネ」

 だから、と呟く時政の頭部からまっさらなうさ耳が生えた。
 猟兵の能力は多種多様、とはいえ唐突なそれにヤニが鳥の頭を傾げたのもつかの間。

「ヨイショー、っと!」
「え? うわっ、」

 ぴょん、と。
 か細い地面を蹴った足が空中に着地した。
 もう一度ジャンプすればすぐに落下、また宙を跳ねて進む速度は翼に勝るとも劣らず。
 【三月兎の脚翼(ボクノツバサ)】で跳んでいく白を追い駆けて、黒は知らず口元を歪める。

「……最近のウサギってのは空中も跳ねられるんスね」
「んフフ、そうだよ。ウサギさんはウサギさんだから、飛ばないで降りていくの」
「ええ? 飛んじゃったらいいじゃないっスか」
「だってウサギさん、王子様じゃナイからねぇ」

 今すぐお姫様の下へ飛んでいける、きらきらしいそれではなくて。
 ……いつかを夢見て、何時かに恋して、騎士を希うウサギはくるりと一回転。
 踏み締めるそこはダンスホールではない。
 主役たるお姫様の声をかき消すように、ウサギは踊って歌って笑う。

「そーいうのはそっちにお任せしちゃいたいカナァ」
「イヤイヤ、大鴉だって王子様なんちゃあ呼べないっスよ」

 だからヤニも降りてゆく。
 内側から湧く、己のものでない衝動を飲み下して、息を吸って。
 いっそ大袈裟なまでに笑って、わらって、ワラッて。

「せいぜい、ソレを騙って忍び寄る悪者ってところじゃないっスか?」
「アハハ! それならぼくは騙されて悪者を案内しちゃうウサギさんかぁ~」
「今なら追い返せるかもしれないっスけど?」
「それこそ面白くナイじゃん」
「へへ、」
「あはは、」

 声に負けじと笑う声ふたつ。
 羽音を立てず、足音なく、ただ声だけを残して。
 狂った歌をかき消しながら、鴉が飛んでウサギは跳ねる。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鏡島・嵐
今度の異端の神サマは、王子様を谷底へ飛び降りさせるお姫様か。
おとぎ話にしちゃあ物騒過ぎるし、冗談にしちゃあ笑えねえ。
まあそもそも、おれは王子様ってガラじゃねえけどさ。

それにしても深い谷だな。
こんなトコでも弱い人間にとっては安住の地になりうるんだから、ダークセイヴァーもなかなかどうして底が見えねえ世界だなぁ。
……なんて暢気な考えと〈狂気耐性〉で谷底からの呼び声をやりすごしながら、〈野生の勘〉や〈視力〉で最短ルートを割り出しつつ〈早業〉でさっさと降りていく。
飛び降りたくなる衝動があまりに強くなってきたら、掌に握り込んだ《針の一刺、鬼をも泣かす》で自分の掌を突き刺して、痛みで正気を取り戻す。


ロキ・バロックヒート
もう飛び降りれば良いんじゃない?
大口を開けた谷はひょいと飲み込んでくれそうで
とっても魅力的
あぁでも駄目駄目
こんなところから飛び降りたら
きっとぐちゃぐちゃになっちゃって彼女に会えない
生きて会わないと、生きて、生きて、
あぁ
生きようとすることの方が私にとっては狂気の沙汰じゃないか

この声は嘆いているの?哀しんでいるの?寂しいの?
届かないくせ慰めるよううたをうたう
世界の悲哀と『私』の滅びを望むこえと混ざって
頭の方がぐっちゃぐちゃでサイアク
それが狂気を抑えてるのは皮肉なおはなし

ねぇ
そういえばお姫様にプレゼントがなんにもないね
あの崖の淵にある花でも摘んでいってあげようか
私は王子様じゃないけど
喜んでくれるかな



●崖端に咲くものがあるならば

「───もう飛び降りちゃったらいいんじゃない?」
「……え?」

 谷底をのぞき込む男の目が、あんまりに虚ろだったから。
 息を呑んだ鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)は手の中に古い待ち針を現した。
 【針の一刺、鬼をも泣かす】はあらゆる異常のみを排撃するユーベルコード。
 谷底から響く狂った『声』に侵された精神なら、これで引き戻すことが───。

「なぁんて、ね」

 ロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)の蜂蜜色が笑う。
 咄嗟に拳へ針を隠して、嵐は慎重な表情を作った。
 少年の顔の中にある警戒は見慣れた色だからロキだって対応は分かっている。いっそ不自然なくらいわざとらしく、笑う声を上げて立ち上がる。

「あはは、ウソ嘘。冗談だよ、ジョーダン」
「この局面で言われても聞こえないんですけど……」
「きみって真面目だねぇ。もう少し肩の力抜いた方がいいよ」

 猫のような身のこなしで立ち上がったロキはそのまま隘路を歩き出した。
 その足取りに不安定なところなんてひとつもない背を見送って、思わず一息。
 いくら嵐が旅慣れているとは言っても、それはUDCアースでの話だ。
 まず人が通ることなど想定していないような隘路しかない谷すら安住の地の候補だなんて、世界は広いのだと思い知らされる。
 息を吐く。
 歩き方は同じだと、自分に気合を入れ直した嵐の勘にひっかかるものがひとつ。

「あの!」
「うん?」
「そっち、崩れそうなんで。こっちから行った方がいいと思います」
「え? ……そうなんだ。目がいいんだね」
「こんなの慣れっすよ」

 果たしてゆるりと足を止めたロキを、先導するべく嵐は隘路を降りていく。
 鮮やかなスカーフと丈夫そうなポンチョの背中は、足元の悪さを差し引いたってゆったりとしたペースだから。

「あはは、真面目なだけじゃなくって優しいんだ」
「そうっすか? 普通だと思いますけど……」
「ううん、王子様っぽい」
「いや……そんなの、ガラじゃないですよ」

 否定の声はひどく固くて、思わずロキはくすくすと笑ってしまう。
 見知らぬヒトにも声をかけて、手を差し伸べて、背で道を示すというのに、その呼び名は拒否する。
 それが愉快で、面白くて、突きまわしたくて、蜂蜜色は闇に視線を投げた。

「……この声はさ、」
「うん?」

 闇の底から魂を揺さぶる声。
 掴んで、引きずって、落として、それ以外のことは考えない。
 王子様を求める、狂った『彼女』の歌声は。

「嘆いていると思う? 哀しんでいると思う? 寂しがってると思う?」
「え……」

 考えもしなかった、と嵐は黄金の目を見開いた。
 聞かないように、考えないように、意識を逸らしていたのだからそれは当然の反応で。
 ……数秒の沈黙を破る声は、どこか迷うようだった。

「……おれは、寂しがってるんじゃないかと」
「どうして?」
「おとぎ話にしちゃあ物騒過ぎるし、冗談にしちゃあ笑えねえ、です、けど」

 ここへ来て、と。
 待ってるわ、と。
 自ら行くのではなくて、王子様を谷底へ落としてしまうお姫様だけど。

「呼んでいるじゃないですか」

 真っ直ぐな視線と、端的な回答。
 それがあんまりにも眩しいから、ロキは知らず微笑を形作る。

「やっぱり優しいんだ」
「そんなことねぇって。そういうアンタはどう聞こえてるんです?」
「私?」

 聞き返されるとは思わなくて瞬いたのはほんの数秒。
 罅のない隘路へ踏み出しながら、ロキは答えを迷わなかった。

「ほろんでほしいって、聞こえるかな」
「え、」
「なんてね」

 世界が嘆いている。
 滅ぶべきモノがここにいると。
 慰めるためのうたをうたったって、闇の彼方へ届きやしない。
 ならば落ちればいいのかなんて考えるけれど。
 ぐちゃぐちゃの肉塊になって、影の中のものとおんなじになって、そうしてしまえば《彼女》には会えなくて。
 生きて、生きて、生きて会わないと?
 もう過去なのに?
 嗚呼。
 狂っている。
 ぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、挽き潰されて、なのに明瞭で。
 だからこれ以上狂わない。
 そんな皮肉な話だと、ロキはくるりと身を翻した。
 『王子様』に聞かせる話でもないと。先までの狂気を拭い去った、悪戯な笑みだけを口の端に乗せて。

「プレゼントが欲しいって聞こえるかな」
「……プレゼント?」
「うん。あそこに咲いてる花とかどう? 喜んでくれそうかな?」
「分かんねぇ、けど」

 隘路を進んでいく。花を摘むことが出来る方向へ。
 彼にとっては明らかに不要な寄り道を、ロキのために躊躇なく選ぶものだから。

「ひとからの贈り物を蔑ろにするんじゃ、お姫様とは呼べないんじゃないですか」
「あはは! そんな答えが出るなんて、やっぱりきみは王子様だ」

 いよいよ嵐が浮かべた渋面に、ロキは弾けるように笑った。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

宮落・ライア
ほぉ? ほお。ほぉー。
お呼びか? お呼びか。いいさいいさいってやるさ。
王子様? はっはっは。
正義の味方が今行くぞ?
臭くて臭くて敵わないからな?

さぁさぁさぁ心に期待を込めよう。
祈りを詰め込もう。決意を満たそう。
どこの馬の骨かもわからぬ狂気になど振り回されぬように、
自分自身のものだけで一杯に一杯に。

一体どんな物だろうな? こんな場所で待っているものは。

ゆっくり歩いて行ってやろう。
駆けていくのも急いていくのも王子様らしくないだろう?
息を切らして到着するなんて王子様らしくないだろう?



●それは善に非ざる『正義』

「ほぉ? ほお。ほぉー……」

 声が聞こえる。
 孤独な闇の底から手招く、それはお姫様の歌声。
 そう呼ぶには捻れて、聞くに堪えなくて、気持ち悪いオト。
 罪と悪と血と泥と毒と死が煮込まれ、煮詰まり、濁って澱んだ臭い。
 宮落・ライア(ノゾム者・f05053)の嗅覚はソレを決して逃さない。

「腐った姫君は『王子様』をお呼びか。ならば行ってやろう」

 ───正義の味方が、な。

 呟く声は闇の中に呑まれてライアの耳にさえ届かない。
 それよりずっと大きい声がずっと、ずっと響いているから。
 ただ求めて、招いて、自ら動かぬ、聞くに堪えないお姫様の歌。
 だから、ライアはそれを聞いてやらない。

「私は託された。選ばれた。だから止まらない、負けられない、──死なない!」

 彼女が聴くのは己の中に響き続ける祈りだ。
 それに応えねばならないと強く願う期待だ。
 カラの心にそれだけを込めて、詰め込んで、満たして溢れさせぬよう踏み固める。
 固めすぎた証明は信念であり、衝動であり、少女を生かし続ける狂気に等しく。
 だから余計な声が入ってくる余裕などありはしない。
 【侵食加速:自己証明】。
 検算の式は単純。ただ、ヒーロー足らんと。
 英雄だけを直向きに目指す、その心は未だひとふれたりとも揺らがずに。
 薄く笑みさえ浮かべながら、声がしていた闇を見通す。

「こんな場所で待っている姫君とは……一体どんな代物やら」

 だから、踏み出した足はひどくゆっくりとしていた。
 狭い隘路を踏み外すわけにはいかないという実務的な理由があり。
 振る舞いくらいは『王子様』らしくしてやろうという慈悲もあった。

「冠に、マントに……白馬? そのくらい派手ならば格好も着いたかもしれんが、なぁ」

 少なくとも常闇の世界に持っていくものではないから、せめて。
 駆けたり、急いだり、息を切らして到着するなんて『王子様』らしくない振る舞いだけはしないでおこう。

「ゆるりと待っていろ、『お姫様』よ」

 『お姫様』を気取って『王子様』を待つからには、そのくらい心得ているだろう?

成功 🔵​🔵​🔴​

ネウ・カタラ

どこまでも深い、やみ
大きな口の中に自分から飛び込むみたいで不思議なきもち
たべられるよりたべる方がすきなんだけどなぁ

昏いそこ目指して一歩、いっぽ
呼ぶ声には、喚びだした兎達に声をかけて貰ったり、
蝙蝠の貴婦人にちくりと牙を立てて貰って
応援や鈍いいたみで自分を保ちながら進む

あぁ、それにしても
本当に熱烈なアプローチ
段々と強く響く声に
零れるのは微かな笑みと、鳴るお腹
…ああ、何だか少し、たのしくなってきたかも

ねぇ、大丈夫。あせらないで
今からいくよ。あいに、いくよ。
迎えにいくから、まっていてね?

狂気は狂気で抑えて上書きして
声の主へ呼びかける様に、うたを口ずさみながら
たのしく愉快に、底へそこへと、おりてゆこう



●どんな歌より響かせて

「……深い、やみ」

 まるで大きな口の中に飛び込んでいくみたい、とネウ・カタラ(うつろうもの・f18543)は独り言ちて、そして頬を膨らませた。
 だって、食べられるより食べる方がずっと好きだ。
 大きな口を開いて、噛みついて、いのちを啜って、それから、それから。

───じゅるり。

「ああ、いけないね」

 ネウの食欲に反応して鳴った腹を優しくさする。
 垂れてきた涎を辛うじて口内に抑え込む。
 声がするということは、底にいのちがあるということだ。
 ネウが食べてもいいものが、そこにある。
 ただそれだけの理由で眞白の獣は薄く笑う。
 ああ、だったら早く行かなくちゃ。足を止めている理由なんてどこにもないじゃないか。

「いこう、───【霧森の遊び手(ミスティックハビタント)】」

 羽を生やしたウサギが七十羽、ましろい蝙蝠の貴婦人に率いられるように霧から姿を現した。
 カレらを引き連れて、昏い底へと一歩、一歩。
 踏み締めて、歩いて、闇の中に踏み込むたびに声はいっそう強くなっていく。

──ねえ、はやく。王子様、わたしが待っているの。
「ねぇ、大丈夫。あせらないでいいよ」
──そんなにお姫様を待たせて楽しい? ずうっとずうっと、待っているのに。
「今からいくよ。あいに、いくよ」
──ほんとう? はやく、ねえ、はやく来て!
「もちろん。すぐに迎えにいくから、まって、あいたっ」

 口ずさむ歌を遮ったのは鈍い痛み。
 胡乱に視線を巡らせれば素知らぬ顔をした蝙蝠がひらひらと先に飛んでいってしまう。
 その、どこか普段と違う飛び方の理由を少しだけ考えて、首を傾げて。

 
《あのね》                《へいきだよ》
    《あのね、ネウ》
           《ジール様、怒ってた》
   《ネウ、ぼうっとしてたから》
《わたしたちもいるのに》               《だめなの》
               《あの魔女とばっかりうたってるからって》

 ハビタント達がいっせいに騒ぎ立てる。
 白いふわふわのウサギたちが一斉に動くと、そこだけが雪景色めいて非現実的だ。
 その声を聞いて、聞き分けて、整理して、納得して。
 思わず吹き出してしまった。

「あははっ、うん。そうだったね」

 熱烈なアプローチはそれはそれは甘美だけれど。だからといって落ちてしまうのは興ざめだ。
 王子様ではなく獣なのだから、底で待つクライマックスは決まっている。
 だから、それまでは。
 ネウはネウと来てくれる仲間達と一緒に降りていく。
 たのしく、愉快に、うたを口ずさみながら。
 暗い、昏い、谷の底へ。

成功 🔵​🔵​🔴​

ハイドラ・モリアーティ
【BAD】
エコー、手ェ出せ
アホか!怖いとかじゃなくて
お前のことだから「僕死体だから飛び込んでも平気!だって死んでるもん!」とか言って
紐なしバンジーやらせねーためだよ
あのね、お前は平気でもお前の真似しちゃう良い子が出てきたらどーすんの
正気じゃないやつもいるかもしれないんだからな
そうそう、周りみて動く、いい子だ

俺はこーいうメンヘラお姫様やだね
CRYONICSでお断り
狂気には狂気の権化で打ち消す
あとこういう試す姿勢が可愛くないので無理
助けたいともあんまり思わん。エコーはどーよ
王子様願望とかあんの?
いーや、似合いそうなツラしてっから
いつもに増してお喋りだろ?
お姫様より俺の声に集中してな
――落ちちゃうぞ


エコー・クラストフ
【BAD】
手? どうしたんだよ、怖いのか?
随分かわいいこと――あぁ、なんだ、そういう話か?
別に……飛び降りるつもりが無かったわけじゃないけど……いいだろ、実際死なないんだし
……まぁ、確かに真似する奴が出たら大変か。わかったよ、飛び降りはなしだ

うるさいな、この声。不愉快だ
ボクも――そもそもオブリビオンだから論外ってところを置いても、こういう手合いは好きじゃないな
ボクは王子様になるつもりはないよ。待ってるだけのお姫様なんて助けたって無駄だし。いざって時に自分で自分を助けられない奴は結局死ぬ

……ああ、なるほど。助かるよハイドラ
声に集中ね……君は結構綺麗な声してるよな。発音と言葉は汚いけど



●おとぎ話は信じない

「エコー。手ェ出せ」
「手?」

 ハイドラ・モリアーティ(Hydra・f19307)が唐突に投げかけた言葉にエコー・クラストフ(死海より・f27542)は眉を僅かに動かした。
 付き合いは短いが、こんなことを理由なく言い出す相手ではないと知っている。
 左右で色の違う瞳をじっと見て思考を読もうとしたが、「あ?」という不機嫌な威嚇しか返らない。
 なるほど、つまり。
 
「……怖いのか? 高所恐怖症なんてずいぶんかわいい弱点───」
「アホか! お前に紐なしバンジーさせねぇためだよ!」
「──え、なんだ、そういう話?」

 ハイドラの切り返しに気勢を削がれてエコーの声は僅かに緩む。
 「だからどうした?」と言わんばかりの態度に、先に声を荒げたハイドラの方が眉間に皺を寄せる有様だ。
 さすがにまだ(見える範囲で)身投げしている阿呆はいないが、目の前の死体が第一号になりかねない。

「お前なあ……俺が止めなきゃ『僕は底に飛び込んでも平気! だって死体だもん!』とか言うだろ。絶対」
「……いいだろ、実際死なないんだし」
「あのね、」

 どうやら止めなければ本当にそうなっていたらしい。
 頭痛すら感じるようになってきたのは気のせいだろうか。ヒュドラ達の思考を流しながら、示したのは崖底の闇。

「お前は平気でもお前の真似しちゃう良い子が出てきたらどーすんの。正気じゃないやつもいるかもしれないんだからな」

 そこから声が聞こえる。
 目の前にいるそのひとからだけでなく。
 脳髄に直接差し込んだように響いて、揺さぶって、引きずる声は───「いい子ちゃん」をこそ闇へ落とすのだろうから。
 じっと海色を見据えるヘクロテミアに、やがてエコーは根負けして息を吐いた。

「……まぁ、確かに真似する奴が出たら大変か。わかったよ、飛び降りはなしだ」
「Good for you。周り見て動けるっていいもんだ」
「ハイドラ。僕は犬じゃないんだけど」
「似たようなもんだろ」
「違うって」

 戯れで伸ばされる手を雑に振り払う。と言っても体幹を揺らさない程度、どちらも加減を分かっている戯れでしかない。
 攻防はどちらからともなく、中間地点で結び合わされる形で決着がつく。

「ほら、行くぞ」
「ん」

 手を繋いで隘路を行く。
 エコーの手はハイドラの手に温められて、ハイドラのそれは逆に冷えていく。
 均一に混ざり合うように、繋いだ手は同じ温度を纏いゆく。
 ただ、そこに己のものでない質量があるということが不思議で、くすぐったくて。 
 ……だからという訳ではないけれど、BGMが気に喰わない。

「……うるさいな、この声。不愉快だ」
「ホントにな。俺はこーいうメンヘラお姫様やだね」

 狂気に抗するのはいつだって狂気だ。
 お断りを突き付けるのは【CRYONICS】。
 外から囁かれるうたより生まれてきた時から共に在る声の方が強いのは自明の理。
 だからハイドラが意識は、お姫様の声ではなくて隣を歩むエコーへと向けられる。

「あとこういう、『試してやろう』って上から目線が可愛くない。無理。助けたいとか思わん。エコーは?」
「ボクも。そもそもオブリビオンだから論外ってところを置いても、こういう手合いは好きじゃないな」
「へぇ。王子様願望はねぇんだ?」
「ボクは王子様になるつもりはないよ。待ってるだけのお姫様なんて助けたって無駄だ」

 海の上はそうだ。
 役割分担をして、それぞれの役目をこなしながら力を合わせるけれど、緊急事態では自分を助けることが最優先。
 ……だから、なのに、どうして船員のみんなは。
 死体を動かす原動力ではあるけれど今は必要ない靄を振り払う。怒りを沈めるのに、隣を歩く黒との会話は丁度いい。

「なんで急にそんなこと聞いたんだい?」
「いやぁ、エコーがそういうの似合いそうなツラしてっから」
「そう。僕はハイドラがお姫様志望なのかと思ったよ」
「ハァ? どこがだよ。ありえねぇっての」
「似合う気がするけど」
「お前がやればいいだろ」
「それこそごめんだね」
「お前さあ。自分が嫌なことをひとにさせるなって」
「好きならいいと思ったんだけど?」
「じゃあこの話は終わりだ」
「了解」

 特に頭を働かせたわけではない軽口のラリーが途切れても、もう声は気にならなかった。
 少しだけ低い位置にある銀が瞬くのをなんとなしに眺めて、ふと気づく。

「……今日はいつもに増してお喋りだね、ハイドラ」

 エコーの言葉に。
 「ようやく気付いたか」とでも告げるように、握った手にやわらかな力が込められる。

「そうすりゃやかましいBGMなんて聞こえねぇだろ。お姫様より俺の声に集中してな」
「……ああ、なるほど。助かるよ……うん」
「? エコー? どした?」
「いや。発音と言葉は汚いけど、君は結構綺麗な声してるよなって思った。聞いていて飽きない」
「……ははっ、口説き文句かよ。───落ちちゃうぞ?」

 それだけ言って、手を引いた。
 どこになにが、とは言わなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鳴宮・匡
◆アサルト


なんだ、サイボーグのお前らの方が感傷的じゃん
すっきりしない感じはするけど、それだけだ
こっちは問題ない、行こうぜ

【無貌の輩】を先行させておく
地形や、風向き、水源の有無等も含めた環境の把握と
敵性存在の有無も調べてもらうか
得た情報は先導するネグルに随時伝達するよ

ワイヤーフックで慎重に降下する
ないとは思うが襲撃を警戒して右手は空けておく
常に目と耳を配って異変を見逃さないように留意するよ

脳裏にいつもこびりついているものがある
殺してきた人々の怨嗟と――殺してきた自分の、声なき悲鳴

この手が奪ったものを何一つ、忘れちゃいないから
――それを、無意味にしないと誓ったから
安易に命を投げ出したりは、しないさ


ネグル・ギュネス
【アサルト】
悲しい声がさ、聴こえるな
いや大丈夫、頭を機械として切り替えたら呑まれないからさ
さ、行こうか

【スターダスト・トリガー】に変身
飛翔形態の装甲を纏うことで、不幸な落下事故を防ぐ
そして二人を先導するように降りながら、【足場習熟】の技能を生かして、アンカーを使って降りる二人に適した場所を選定する。脆い場所とか罠が無いとも限らないからな

途中休憩出来そうな場所では、先は長いし戦いもありそうだからと休憩を提案もしてみようか

なあ、なんで声の主はこんなに必死なんだろうな
いや興味無くても良いんだがさ?…思い出しちまうんだ

あの人を招く、救おうとしたうたを
堕ちたあの人をさ

らしくない戯言か。さ、いこうぜ。


ヴィクティム・ウィンターミュート
【アサルト】

…神経を直接撫でまわすみてーな声だな
ま、大丈夫だと思うぜ
"声"に悩まされるのは慣れてる
24時間365日、フル稼働でうるせーのが居るからな
──それに、お守りもあるさ

ウチの従業員はとても有能さ
悪いものはさっぱり退散、結界を展開しておこう
ネグルの後を追うように、ワイヤーアンカーを利用しながら慎重に降りる
妙な妨害は結界で何とか防げるだろうし、そこまで心配はしちゃいないよ

…さーな、向こうの考えてることなんてわかりゃしないが
俺も思い出すよ、色んなことをな…
だが後ろ髪を引かれてる場合じゃあねえんだ
ちゃんと未来を見てないと、何も出来くなっちまうぜ
底に落ちるのは絶対に今じゃあない。そうだろう?



●強襲、降下、追憶。

 声が聞こえる。
 神経を直接撫でまわすような。
 魂を掴んで揺さぶるような。
 ただ己の意志だけを押し付ける、お姫様の声が。

「お前ら、大丈夫か?」

 聴覚に伝わるものではない“声”にも表情を変えず、鳴宮・匡(凪の海・f01612)はチームメンバーを振り返る。
 隘路を通るより確実な降下用ワイヤーフックの固定を確かめる手も淀みなく、凪いだ表情に動揺は欠片たりとも窺えない。

「この程度じゃあ慣れてるからな。年中無休のウルセーのに一人くらい増えたって何も変わらねぇよ」

 だからヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)も軽妙に応え、左腕からワイヤーアンカーを射出した。
 固定地点が違うのは意図的なリスク分散。言わずとも心得る安全のための選択はすっかり慣れたものだ。

「……」

 だから際立つのは、闇の底を見据えて動かない最後の一人。

「ネグル?」
「ん? ああ……」

 ネグル・ギュネス(Phantom exist・f00099)は再度の声に、ようやく緩慢に首を上げた。
 指先で弄ぶ鍵は打ち合わせ通りの星の色。浮かない表情は常闇の世界に釣り合っていて、だから危うくさえあった。

「悲しい声が聞こえるな……って」
「オイオイ、もう敵の術中か?」
「落ちるなよ、さすがに自由落下されたら拾えないから」
「えっなんで落ちる前提? 大丈夫だって、心配しすぎだよ」
「お前自分の今までの行動振り返ってみたらどうだ?」
「だから二の轍は踏まないって! 頭を機械に切り替えれば呑まれることはないからさ」
「そうやって過信してると痛い目見るぜ?」
「うるせっ」

 舌戦で二人を相手にして勝てるはずないと、鍵を回して飛翔形態装甲を身に纏う。
 【スターダスト・トリガー】、降る星屑は灯りとなって三人の周囲を照らし出した。
 命綱を必要としないネグルが降りゆく背に危なげはないから、匡とヴィクティムは目線を合わせて頷きひとつ。

「……行くか」
「おうよ」

 【無貌の輩(ストレンジネイバー)】が続けて谷を下っていく。 
 知覚能力は匡のそれと同等たる兵士たちは人形大の身体を生かして、ひとには踏めない窪みを足場に降りていく。
 風なし。水の気配はあるがまだ遠い。谷底に川が流れているのか。
 崖はそこまで脆くない。少なくとも影人形たちがジャンプする程度で砕けることはなかった。
 それらを確認し終えた人形のうち一体がネグルの装甲に飛びついて肩へと登っていく。彼らのする情報伝達にしては原始的だがこれが確実なのも事実。
 齎された情報を基に、己の経験と勘も生かしてネグルがルートを選択。
 その後に続いていけば、少なくとも一時の安全は確保されている。
 とはいえ襲撃がないとも限らないから匡は右手を空けているし、ヴィクティムとて周囲を走査するプログラムを随時走らせている。
 力を抜きすぎず、かといって過度に緊張もせず、一定のペースで降下していく。
 二人の耳に、バキ、と鈍い音が届いた。
 石の欠片を落としながら、空中のネグルが僅かに体勢を崩している。

「どうした?」
「脆い足場があった。もう少し下に行かないと降りれそうにないな」
「了解」
「こっちは平気だ。焦んなよ、ネグル」
「とは言っても下行ったら戦闘もありそうだ。途中で休憩は挟むべきだろ」
「お前よりペース配分は心得てるよ」
「……それもそうか」

 流星が散る。光がバーニアスラスターとしての性能を発揮し、ネグルは元の飛翔姿勢を取り戻す。
 危険地帯で交わす言葉は最低限であるべきで、それ以上を必要とする絆ではない。
 先行くタンクの背を信頼してのワイヤー降下は恙なく、やがてネグルがひとつの広場に足を付けた。
 二度、三度、踏みしめて。次いで辿り着いた影人形たちも好き勝手ジャンプするが地面は小動もしない。
 ここならいいだろうと、ネグルは様子を窺う二人を見上げた。

「ここなら降りれそうだ。二人とも大丈夫か?」
「ああ」
「今行くぜ」

 スルスルと伸ばしたワイヤーの終端を地面に。伝い降りれば久しぶりの堅い感触に知らず息が漏れた。
 訓練を積んだ身体は降下など容易くこなせるが、元より人間は空を飛ぶようには出来ていない。普段使わない筋肉と神経を休ませるのはまだ長い道のりを踏破する為に必要な行程だ。
 なのでヴィクティムが取り出したるは符を一枚。

「悪いものはさっぱり退散、と」

 有能な従業員のお手製【結界霊符『冬梅』】。魔術系の適性が消し飛んでいるヴィクティムでも使える結界が声を遠ざける。
 警戒を維持したまま体の力だけを抜く、息継ぎのような休憩時間。
 それでもネグルの浮かない色は拭われない。友人の珍しい姿にヴィクティムは肩を叩いた。

「ネグル、何辛気くせぇ顔してんだ。飯でも当たったか?」
「そんなコンディションで仕事に来るか! ……ただ」

 声が聞こえる。
 結界に遮られてなお響くのは、ネグルの心の奥底で降り続ける雨音。

「……なんで声の主はこんなに必死なんだろう、って」
「オブリビオンの考えてることなんてわかりゃしないだろ」
「分かってる。興味なかったら聞き流してくれ。ただ、」

 ……そう。ただの感傷だ。
 月も星も見えない常闇の空。似ても似つかぬ景色を繋げる共通点。

「……思い出しちまうんだ」

 それは、あの日下した堕ちた聖女。
 旋律も、想いも、声も違うのに、破滅へと手招くどうしようもない共通点がどうしたってあの星を思い出させて。
 けれど堕ちた星はもう見えない。
 常闇の世界ではなおさらで、嗚呼、けれど。

「……俺もだよ」

 だからそうっと、ヴィクティムも息を吐きだした。
 一等星の輝く空の下。
 壊せなかった春の色。
 過去の仲間を滅ぼす為に繋いでいるはずの命に、違う理由があるのだと突き付けられて。

「だがな、ネグル」
「……ヴィクティム?」
「後ろ髪を引かれてる場合じゃあねえんだ。ちゃんと未来を見てないと、何も出来なくなっちまうぜ」

 墓を作ろうと思った。
 自分以外にとってはただの過去でしかない彼らを弔うための。
 そのためにも、見据えるべきは闇ではない。

「底に落ちるのは絶対に今じゃあない。そうだろう?」

 笑うその顔が、年齢には不釣り合いなくらい穏やかだったから。
 ネグルもふっと笑って肩の力を抜いた。こんなところで暗い顔をしていたって仕方ない。

「……それもそうだ。らしくない戯言だったな」
「本当にな。サイボーグのお前らの方が感傷的じゃん」
「そういうお前はどうだよ、匡」
「すっきりしない感じはするけど、それだけだ」

 匡は、声に惹かれない。
 外から囁かれる声より、ずっと前から、ずっと深くに、こびりついているものがある。
 それは、殺してきた人々の怨嗟。
 殺してきた自分の、声なき悲鳴。
 凪がせてしまって、もうない心。

「問題ないよ」

 己が奪ってきたすべてを覚えている。
 見なかったことにして、目を逸らして、水底に沈めてきたすべて。
 ――それを、無意味にしないと誓ったから。
 壁面にワイヤーを固定し直す。
 休憩は終わりだと、それぞれ立ち上がるチームメイトへ頷きをひとつ。

「さ、行こうぜ」

 たとえ闇の底に、何が待っていようとも。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

百々海・パンドラ
POW ※

愚かな子ね
王子様が迎えに来るなんて物語の世界だけ
だけど…その愚かさは嫌いではないわ
でも、眠り姫
夢はいつか覚めるものよ

羊の夢想曲を呼び出し、それに乗ると下へ降りていく
狂気耐性を用いて声に対抗

何度も自分に言い聞かせる
この子は何よりも強い羊
誰よりも強い羊
私はその事を何よりも知ってるわ
羊を抱きしめて言い聞かせる

この子の強さを証明する為にも声に負ける訳にはいかない
女の意地ね

声が聞こえる度に黄金の羊を抱きしめる
ラチェレ、大事な姉の名
あなたなら決して膝を折ったりしない「王子様なんて必要ないわ」と鼻で笑うに決まってるもの
待ってるだけのお姫様にあなたが負ける訳ないわ
あなたと一緒の私が負ける訳ないわ



●箱の底はまだ見えない

 それは黄金色。
 どのような闇の中にあってもなお褪せることない、黄金の羊。

「王子様が迎えに来るなんて夢を見ているなんて……愚かな子」

 その上に乗っているのはひとりの少女。
 百々海・パンドラ(箱の底の希望・f12938)は闇に相反する白髪を揺らして、夢想曲を奏でながら谷の底へと降りてゆく。
 己の翼は使わない。
 謳うのは【羊の夢想曲(トロイメライ・オブ・ラチェレ)】。パンドラだけの、パンドラのための物語。
 それは、王子様とお姫様が幸せになるおとぎ話ではない。
 
「その愚かさは嫌いではないけどね、眠り姫」

 ……返歌はきっと届かないのだろう。
 だってパンドラは、崖底へ届かせるつもりなんてない。ただ、己を落とそうとする声に対抗するために羊を抱いている。
 そうでなくてはならないと、己を奮い立たせるために。

「夢はいつか覚めるものよ。……覚めなくては、いけないの」

 声が聞こえる。
 王子様を欲して、求めて、落としてしまう狂気の声。
 だから自分に言い聞かせる。
 こんな声に負けてしまっては、この子の強さを証明できない。

「そうでしょう、ラチェレ」

 あなたなら、決して膝を折ったりしない。
 「都合のいいところで出てくる王子様なんて必要ないわ」と鼻で笑うに決まってる。
 そんなあなたが好きだから。
 待ってるだけのお姫様に、あなたが負ける訳がない。
 ましてや、あなたと。大事な姉の名を持つ羊と一緒の私が。

「私たちは、負けないわ」

 跨った無敵の羊。
 想像の中の姉。
 そして、腕の中にいるぬいぐるみ。
 抱きしめて、ぬくもりを感じて、声を聞かないふりをする。
 何よりも強い羊。
 誰よりも強い羊。
 パンドラが強さを知っている。
 だから大丈夫だと言い聞かせて、見えぬ下方を睨み据えた。

「だから、あなたの夢を覚ます王子様になんかなってやらない」

 声が聞こえる。
 うたっている。
 踊れないけれど、出られないけれど。
 見つけてほしいから。
 駆けつけてほしいから。
 はやく来て、と声がする。

「ええ、行くわ」

 羊から落ちて身を投げ出す、なんて無粋ではなくて。
 あなたに負けないと抱きしめた羊を連れて。
 何も見通せない闇を、それでも深海色と蜂蜜色とで見据えながら。
 闇の底へと沈んでいく。

 ……そこにあるのは希望か絶望か、まだ分からないけれど。

成功 🔵​🔵​🔴​

リア・ファル
詩は検知次第、解析防御している
己が胸に響く声は灯ったまま
(情報収集、学習力、オーラ防御)

わお、何とも情熱的なアプローチだね
だけど飛び込むワケにはいかない

唐突なクライマックスでは興ざめだし
焦がれる時こそイイっていうしね

何より……ボクは王子と言うより
魔女の方なんだけれど!

UC【琴線共鳴・ダグザの竪琴】
奏でるは心を保つ安寧の調べ

今を生きる人々の命の輝ける喜び
紡錘となって希望の糸を紡ぎましょう

そちらに参りますよ、いばら姫


狭筵・桜人
こーんな土地を制圧したところで、本当に人が住めるようになるんですかねえ。
ないよりマシかなあ。

谷底から響く声に耳を塞いだまま降りて行きます。
いやコレ手で塞いでもムダですね。うるせえ。
道が細いのであんまりやりたくはありませんが
干渉が強まるなら自分自身の意識を【呪詛】で侵して外部からの干渉を中和します。

【電子改竄】で呼び出した光体を先に下降させて灯りの代わりに。
落っこちそうな人がいればそちらにも飛ばして足元を照らしてあげましょう。
……光を降ろしたって底は見えないんだろうなあ。
私も足を踏み外さないように気をつけますね。

呼んでるんですかねえ。何を?誰を?
ま、人恋しいなら賑やかしくらいはしてあげましょう。



●芽吹きは遠く、救いは遥か

「こーんな土地を制圧したところで、本当に人が住めるようになるんですかねえ?」
「こんな土地だからこそオブリビオンが来ないんだ。ヴァンパイアに支配されている普通の土地より安心して暮らせるんだって聞くよ」
「……つまり『ないよりマシ』って意味ですか」
「……そうだね。ダークセイヴァーで『安全な場所』っていうのがそもそもほとんど存在しないんだもの」
「ああ……そうですか。やっぱりダークセイヴァーって辛気臭いですね」

 隘路を進むのは常闇にそぐわない春色と水色。
 狭筵・桜人(不実の標・f15055)が他人事めいて投げかけた疑問に、リア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)は存外丁寧な答えを返した。
 状況が違いすぎるが、いつぞやC4でオブリビオン釣りをしていたとは思えない態度に目を細めて……けれど嘆息で済ませる。
 それよりうるさい声が、魂を掴んで揺さぶり始めたからだ。

 待っているの、と。
 はやくきて、と。
 夢の中にいるからこそ、その声は剥き出しの欲望を訴える。
 お姫様は我儘に、ただ自分の声を押し付けるばかり。

「わお、何とも情熱的なアプローチだね」
「私には喧しいだけですけど……耳塞いだって聞こえてくるじゃないですか」

 その声へリアは飄々と笑い、桜人は不快げに眉根を寄せた。
 その違いは防御の厚さだ。桜人は手で耳を塞ぐだけ、音声すら遮断しきれない耳栓では孕む狂気を弾けるはずがなく。
 対するリアはといえば、その機体スペックを余すことなく利用して声をリアルタイムで解析にかけている。即時に組み上げた防壁プログラムで防御しているのだから狂気に侵されるはずがない。
 ちらりと琥珀色を覗き込む。
 リアの使命はいつだって人の為にあることだ。それは猟兵たる味方も例外ではない。

「じゃあ……飛び降りるかい?」
「何を言いますか。それこそ絶対御免ですよ」
「うん、じゃあよく聴いていてね───」
「え?」

 煌きを纏って現れたのは三弦の金の竪琴。
 それを手順通りにつま弾けば、流れだすのは常闇の世界を宥める甘やかな旋律だ。
 【琴線共鳴・ダグザの竪琴】。
 それは、今を生きる人々の命が輝ける喜び。
 いつか希望の地となるのだろう地で、希望の糸を紡ぐための紡錘。
 声による狂気ではなく、心の安寧を保つメロディーが静かな谷合に響き渡る。

「……ああ」

 知らず、彼は息を吐いた。
 そこに込められた想いは桜人の理解の外にある、けれど。
 意識を呪詛で満たすよりずっとずっと心地いいことだけは確かだ。
 意識せずとも唇が弧に曲げる。目尻が下がって、常闇の世界とは思えないほど感情が平衡に保たれる。

「やっぱり聞くなら変な声より美人の旋律ですね。ありがとうございます」
「ボクは王子様っていうより魔女の方だもの。これくらいはね」
「それ私が王子様扱いってことになります?」
「え、イヤかい?」
「メンヘラ相手に使う気は持ち合わせていませんので。こちらからお断り申し上げますとも」

 思考を回さない軽口を叩きながら、【電子改竄】を起動。
 構成を変えた機械兵士群が暗く細い隘路に光を灯す。
 落ちぬように、ぶつからぬように、けれど決して邪魔にならないように、照らし出す光は底までは届かないけれど。
 その道を辿っていけば、彼女が『何』を呼んでいるかどうかくらいは分かるだろうか。
 
「───ま、人恋しいなら賑やかしくらいはしてあげましょう」
「そうだね。クライマックスには遠いけど、待ち合わせ場所はもうすぐだ」

 今そちらに参りますよ、夢の中にいるいばら姫。
 騒々しくはなりますが、どうぞお許しくださいな。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ユーゴ・アッシュフィールド
【リリヤ(f10892)】と

……脆く見通しが悪い、歩き辛い道だな。
こんな場所で襲われたら対処が難しいが、襲ってくるような気配は感じない。
これならしばらく戦う事も無いだろう。
仕方がない、無用な心配をしているお子様と手を繋ぐか。

それにしても、頭の奥まで響く煩い……麗しい歌声だな。
一体どんなお嬢さんが歌っているのか楽しみだよ、まったく。
意識を持っていかれないように、繋ぐ手の力を強めよう。

リリヤ、戦闘前に負担になってすまないが歌を頼めるか。
お前の歌なら、底から響く声を和らげられると思う。
俺は風の精霊を呼びだして、リリヤの歌を風に乗せ周囲に届けよう。

良い歌だな、今日は帰ったら贅沢なご飯にするか。


リリヤ・ベル
【ユーゴさま(f10891)】と

こわくはありませんもの。だいじょうぶですもの。
狭いところだって、暗いところだって、へっちゃらです。
……でも、ユーゴさまが落ちてしまったらたいへんですから。
手をつないで差し上げますね。

ずっと、ずうっと深いところから、招くちからはつよくて、ふかい。
ユーゴさま、……ユーゴさま。
つないだ手に、すこしだけ力を込めて。

うたはとくいですもの。おまかせください。
響く声を打ち消すように、うたいましょう。

このうたは、いってきますのうた。
わたくしはここに。あゆみをともに。
かえりみちを想いながら、ゆくみちを進むのです。

ふふん。そうでしょう。
わたくしはお肉がすきですよ、ユーゴさま。



●帰るために行く道を踏む

 脆く、見通し悪く、歩きづらい、細い道。
 裏返せば襲われたら対処が難しい、攻めるに難く守るに易い地。
 だというのに命の気配も、過去の息吹もないから、ユーゴ・アッシュフィールド(灰の腕・f10891)は金の髪をかき回した。
 視線を落として見るのは、自分よりずっとずっと小さなレディのまるい頭。

「リリヤ?」
「だい、じょうぶです。こわくはありませんわ。へっちゃらです」

 リリヤ・ベル(祝福の鐘・f10892)の声は、決して震えてはいなかった。
 狭いところだって、暗いところだって、高いところだって。
 彼が行くならどこだって、彼女はちいさなこぶしを握りしめてついていくだろう。
 もっと多くの、もっと怖い戦場だって、彼と一緒に駆け抜けてきたのだから。
 だから。

「ほれ」
「え……?」

 きょとん、と翠が瞬いた。
 差し出された手のひらを見る。高い位置にあるユーゴの顔を見る。
 もう一度、ふたつを交互に見て……自分の手を、そっと重ねる。

「……ユーゴさまが落ちてしまってはたいへんですから、つないで差し上げますね」
「ああ、ありがとうな。レディ」
「えへへ、……!」

 思わず綻んだ顔を慌てて引き締めて、狭い隘路を並んで征く。
 けれど、そうして笑っていられる時間は長くない。
 だって声が聞こえてくる。
 闇の奥底。ずっと、ずうっと深いところから。
 頭の奥まで響いて、満たして、招いて、引きずろうとして。
 駆けつけたくなる。
 飛び出したくなる。
 あの闇へ、身体を投げ出したくなる。
 自分のものではないはずなのに、自分の裡から引き出されるような感情がひどく気持ち悪い。

「ユーゴさま、……ユーゴ、さま」
「ああ。全く煩い……失礼、麗しい声だ」

 それが正しい衝動ではないと知っているから、二人はつなぐ手に力を込めた。
 落ちない為には命綱が必要だ。
 自分でない温度というのは、何より強い錨として二人を道の上に留め置く。
 それだけでは足りないと、溜息に言葉を紛れさせて。

「まったく……一体どんなお嬢さんが歌っているのやら」
「分かりません……」
「お前さんに聞いた覚えはないんだがな……」

 そんな些細な言葉でさえ、今は衝動に耐えるために必要なのだろう。
 本当に厄介な歌だ……考えて、ユーゴはふと。

「リリヤ」
「は、はい!」
「戦闘前に負担になってすまないが、歌を頼めるか」
「……うたを?」
「ああ。お前の歌なら、底から響く声を和らげられると思う」
 
 うたには歌を。
 狂気には平穏を。
 為すべきを告げられた少女の翠色が、力ないぼうっとしたものから静かな決意を籠めたものに変わっていく。

「───おまかせください」

 響く声を打ち消すべく、甘い歌が闇に満ちた。
 歩くようなテンポ。弾むリズムは楽しげに、少女の尻尾もぴょこぴょこ跳ねる。 
 それはいってきますのうた。
 わたくしはここにいるよ、と。あゆみをともにしているよ、と。
 語り掛けるように、引き戻すように。
 祝福の鐘がささやかな幸せをうたって進む。
 想うべきはかえりみち。
 帰ることができるから、ゆくみちを進むことが出来るのだと。

 少女の声は、幸せをうたう。

「……ああ」

 ユーゴが呼び出した風の精霊も、軽やかな歌を聞いてどこか楽しげに踊る。
 狂気の声を払い渡ったそれに碧の瞳をやわく細めた。

「……良い歌だな」
「ふふん。そうでしょう。わたくし、うたはとくいですもの」
「そうだな。それじゃあ、今日は帰ったら贅沢なご飯にするか」
「いいですね。わたくしはお肉がすきですよ、ユーゴさま」
「───ああ」

 知っている、と。
 答える代わりに握った手は、今日も変わらずに温かい。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ナギ・ヌドゥー
脳を直接揺さぶられる様なこの感覚……
これは地獄への誘い歌か
このまま谷底に身を投げたら楽になれるんでしょうね
……でも「彼女」に会わずに逝くというのも気が引けます
内なる武器『冥き殺戮衝動の波動』の結界展開【結界術】
暗黒オーラの【呪詛】障壁にて狂気の歌を遮断
この身はとうの昔に呪われている……今更どこぞの神の呪いなぞに従う気はありません【呪詛耐性】
声が大きくなる方向へ進んで行きます
近付けば狂声も強くなりますが……それ以上に己が【殺気】も昂ってくる
待ってて下さいねお姫様
もうすぐあなたをバラバラにして救ってあげるから
……そう、死ねばきっと助かる
それがこの世界のハッピーエンドだ



●エンドロールで待ち合わせ

 声が聞こえる。
 手を引くように、背を押すように。
 脳を直接掴んで揺さぶるかのように。
 それは王城に至る道を開く調べか。
 あるいは地獄への誘い歌か。
 結果として齎されるものを思えば、いっそ讃美歌の方が近いかもしれない。

「……このまま谷底に身を投げたら楽になれるんでしょうね」

 ナギ・ヌドゥー(殺戮遊戯・f21507)はゆるく頭を振って、苛む飛翔衝動をやり過ごす。
 少し覗き込んだくらいで谷底の闇の向こう側は見えない。
 けれど、きっとこうして呼んでいる彼女の下へは辿り着けるのだろう。
 ……魂も何もない、死した抜け殻でいいならの話だが。

「うん、それは気が引けますね」

 こうまで求められているのだから、彼女に会わずに逝く訳にはいくまい。
 幸い道は繋がっているのだから、急がば回れというだろう。
 ゆっくりと息を吸って。

「行きますよ」

 ───宣誓。重なるように闇が広がる。

 それは狂気。
 それは暗黒。
 それは、ナギに植え付けられた衝動。
 可視化されるほど凝縮されたソレは、彼を呪うためだけの詛りだ。
 尋常な生命であれば一端に触れただけで自死を選びかねないほど強烈なそれも、ほかの命の姿形すらなければ抑える必要はない。
 ただ声の狂気を遮断するための手段としてそれを用いたナギは冥き道を降っていく。
 遮断して尚狂気の声は強烈だから道に迷う心配はない。
 最短で辿り着けるだろう闇の底には振り向かない。
 とうの昔に呪われて、元の形を失くして、殺戮に最適化されたココロに他の呪いを受け入れる余地などない。
 それがお姫様であれ。
 神様であれ。
 ナギ・ヌドゥーの殺戮遊戯を止めうるものなど世界のどこにも存在しない。

「ああ……」

 だから、吐いた溜息には恍惚が混ざる。
 声が高くなっていくにつれてナギの身体も昂り始める。
 殺したくて、殺したくて、殺したくて、殺したくて堪らなくて。

「待っててくださいね、お姫様」

 声が弾む。足取りもまた、自然と。
 スローテンポの足取りが弾むようなスキップに、肉食獣が跳ねるような疾走へ。
 自然と唇が吊り上がる。歯を剥き出した笑顔は血に飢えた鮫めいて。

「今、ハッピーエンドを届けに行きますから」

 その身体を引き裂いて、
 魂ごと砕いて、
 踏みつけて、蹂躙して、焼いて千切ってたくさん血を流して、それから、それから、それから、それから─────


           スクッ
「──バラバラにして、殺してあげるから」

成功 🔵​🔵​🔴​

ティオレンシア・シーディア


うーん…飛空装備で最短距離をワンチャンダイブ、もちょっと考えはしたけれど。下の状況が分からない以上さすがに無茶が過ぎるわねぇ。大人しく地道に下ってきましょ。

何はなくとも干渉を遮断、最低でも緩和しないとねぇ。ゴールドシーン、お願いねぇ?
エオロー(結界)とラグ(浄化)をベースに○狂気耐性のオーラ防御を展開、補助に色々くっつけましょ。ウル(不屈)・ソーン(不惑)にマン(自律)、月光菩薩印の○浄化の権能も使えるかしらぁ?

保険として●禁殺も準備しときましょ。あたし自身は問題なかったとしても、誰かを引き戻すのに使えるかもしれないし。…あんまり考えたくはないけれど、最悪の想定くらいはしとかないとねぇ。


シャルファ・ルイエ
あの声に従う訳じゃありませんけど、その方が早いのは確かですから。
谷底に向かって飛び降りて、飛んで下まで向かいます。
大丈夫。わたしには自分の翼がありますもの。

《オーラ防御》と《狂気耐性》で、声の影響を軽減しながら降りていきます。
ベルや杖の小さな灯りを頼りに、障害物には気を付けて。
それでも羽搏く翼が縺れて止まりそうになるなら、何か歌を歌いますね。
『彼女』の声に負けない、わたしの歌を。
そうすればきっと、声にのみ込まれずに済むと思うんです。
なるべく大きな声で歌って、叶うなら他の人への声の影響も少しでも軽減出来れば良いです。

王子様ではないけれど、わたしの歌は、あなたの所に届くでしょうか。



●彼方の月光、此方の希望

「うーん……飛空装備で最短距離をワンチャンに賭けてダイブ……」

 ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)は闇を見据えて思考を巡らせる。
 それもありかもしれない、と思う心が確かにある。
 だってそれが一番近くて早い。
 声に悩まされながら行く隘路は普通に辿るよりずっとずっと長く感じるだろう。
 飛び降りて、風を受けながら闇の中を突っ切る。それはひどく魅力的な案に思えた。
 けれど、それは声に誘発されて出て来たものだ。
 底の見えない闇のどこが最短距離だというのか。読めない距離は実行するに値しない。

「ないわね」

 断固。
 宣言することで誘惑を断つ。
 視線を闇から引きはがし、見据えるのは隘路。
 暗く、細い道を歩くための灯火は光を閉じ込めた鉱石。

「ゴールドシーン、お願いねぇ?」

 ぽう、と灯る。
 ペンの先に輝くシトリンは、祈りに応えて願いを叶える鉱物生命体だ。
 とはいっても漠然とした願いは漠然としたカタチでしか叶わない。
 祈りと願いを結ぶのはティオレンシアの裡にある膨大な知識。

 eolh lagu    thorn
「結界、浄化、重ねて不惑! 輝きなさい!」

 光が文字を刻み、以て世界に意を通す。
 必要なのは狂気ではなく導きのみ。
 故にその光が通すのは行くべき道の示しのみだ。
 手ごたえにゴールドシーンをひと撫でし、ティオレンシアは前を見て。

「────え?」

 過ったのは、闇に堕ちゆく水色だった。

「ちょっと!」

 【禁殺(ビシージ)】。
 多段跳躍。保険程度に考えていたそれを躊躇なく切ってティオレンシアは空を跳ねる。
 自分が大丈夫であるということは、他人も同じであることを意味しないと。とうの昔に知っていた。



「ぁ……」

 シャルファ・ルイエ(謳う小鳥・f04245)はかすみ草を飾るオラトリオだ。
 空を征くなどいつも通り。
 声に従って飛び降りて、はためかせればすぐに着く。そう思っていた。
 だというのに翼が上手く動かない。網に絡まったかのように縺れて、引きつって、耳元でがなり立てる風が酷く冷たい。
 杖を握る指先もが強張って、頼りない灯りが不安定に揺れた。

 彼女の声が聞こえてくる。
 はやく来て、と願う声は、それが齎す結果など想像していないのかもしれない。
 無知ゆえに無邪気。だからこその狂気。
 気付いても、嗚呼、もう力が───

    mann uruz
「───自律、不屈! ちょっとあなた、大丈夫!?」

 腕を掴んで、差し込んだのは月光だった。
 否、常闇の世界は太陽も月も見えはしない。だからそれは月光を溶かしたような石が放つ浄化の光。
 闇に呑まれた魂を包み込む光の温かさといったら!
 ゆるく頭を振る。苛む狂気は随分と小さくなっていた。

「すい、ません……ありがとうございます……」
「気にしないで、助け合いって重要でしょう? すぐ地面に戻るから、」
「い……いえ! その必要はありません!」
「?」

 だからもう、空を征くのを邪魔されない。
 音を立てて開いたのは闇の中でなお眩い白翼。落下速度が急にゆるやかになって、腕を掴んだ女……ティオレンシアの息を呑む音が伝わってくる。

「このまま一緒に降りても大丈夫ですか?」
「え、ええ……そうね。この方が早そうだし、お願いするわぁ」
「いいえ、お礼を言うのはわたしの方です」

 りん、と涼やかなベルの音が響く。
 そのまま二度、三度、続けて揺らせば音は旋律となって空間を漂う。
 道行く勇気を湧かせるような行進曲を歌おうと思っていた。
 けれどそれを探すより狂気は早く、ずっと強く。
 それでも射した光があったから、シャルファが歌うべきはそんな希望だろう。

「───手の中には星がある。さあ開いて、絶望に呑まれたって輝く希望があるんだって───」

 握った手を、そっと開く。

「わぁ……!」

 そこから飛び出した光の粒が空へと降った。
 ふわり、ゆらりと雪めいて、輝きが二人の周囲をくるりと回って空を照らす。
 常闇の世界だからこそ一層眩いそれにティオレンシアはそっと目を細めた。
 月光を纏い、星光を引いて、二人は闇の底へと降りていく。 

「ねぇ、お姫様」

 見えているだろうか。
 聞こえているだろうか。
 ……『彼女』は、手を伸ばすだろうか。

「わたしは王子様ではないけれど。この歌は、あなたの所にも届いていますか?」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

鷲生・嵯泉
ニルズヘッグ(f01811)同道
吸血鬼共さえ放棄した地、か……
正直を云えば、此の手の干渉には私も抗する手段は多くない
荒業と云うか……碌な手ではない、だな

前を? 其れは構わんが……
では居る事が判る様、マントの端でも掴んでおけ

意識を己の裡へ向ける事での感覚遮断程度では御し切れん様だ
ならばより強く意識を集中させるものを用意するまで
――そう嫌な顔をしないでくれ。此れが1番手っ取り早い
裂いた手を隠す様にして、決して振り返らずに背に在る気配を連れて進む
其の籠められる力が、何より強く私を此処へ繋ぐ事と為ろう

お伽話の姫君の心算なのだろうよ
待つだけで救われる程、世界は甘くない
伸ばさねば、手すら取る事も叶うまいよ


ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
嵯泉/f05845と

くそ。こういう精神干渉、得意じゃないんだよな
……嵯泉、大丈夫?
ま、お互い荒技で行くしかないよなあ……

嵯泉、ちょっと前歩いてくれるか?
いや……姿が見えてれば何とかなるかなって
あんまり見せたくないしさ、とは、言わないけど

振り向かないと思うけど祈っとく
――起動術式、【慟哭】
許容限界ギリギリまで呪詛を取り込んで、一時的に自分の自我を破壊する
好きなだけ喚けよ、それが私を繋ぐんだ
何なら乗っ取るつもりで来ても良い
精神干渉に抗うよりも、呪詛の破壊に抗う方が楽なんだ
これなら嵯泉の背中を追ってれば、自分を見失うこともない

なァにが王子様だよ
ただそこで待ってるだけの奴に、救いの手があるかってーの



●光は伴に

 珍しい、荒々しい舌打ちに鷲生・嵯泉(烈志・f05845)は咄嗟に思考を打ち切った。
 思索を巡らせるより何より必要なことが隣にある。
 視線を向けた金色は珍しい感情を帯びていた。

「……ニルズヘッグ?」
「ああ、いや……こういう精神干渉、得意じゃないからさ」

 ニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)の声に混ざっていたのは苛立ちだ。
 元より「そういうもの」を力とする竜だ。響く声も、脳髄を侵す狂気と衝動も、闇の底から引くような錯覚も、ひとよりずっと強く感じている。
 それらを氷の下に押し込めて、ニルズヘッグは盟友の隻眼を見遣った。影響を受けるのは彼とて同じだろうに。

「……嵯泉は? こういうのどう?」
「お前相手に隠し立てすることもないが……私も、此の手の干渉に抗する手段は多くない」
「だよなあ……お互い荒技で行くしかない、か」
「其の様だな。吸血鬼共さえ放棄した地、易くはないと見える」

 だが、尻尾を巻いて逃げ帰るという選択肢は端から存在していない。
 行くと決めた道だから、どのような手を使ってでも果たすだけ。
 ……けれどその姿を見せたくはないからと、ニルズヘッグは首を傾げた。これくらいなら嵯泉は聞いてくれるだろうと知っている。
 
「あのさ、嵯泉。ちょっと前歩いてくれるか?」
「前を? 構わんが」
「背中が見えてれば何とかなるかなって。あんがとな」
「しかしそれでは私から分からんな。……居る事が判る様、マントの端でも掴んでおけ」
「ん、おっけ」

 握り締め、握られたことを確かめて、同じ速度で歩き出す。
 その背が振り返らないことを祈りながらニルズヘッグは術式を結んだ。

 ────起動術式、【慟哭】。

「っ、あ゛っ」
 
 こと常闇の世界は非業の死を迎え、怨嗟を抱え込んだ死霊に事欠かない。
 加えて、『お姫様』は予想よりずっと多くの王子様を飛び降りさせたと見える。
 だから呪詛を取り込んだ自我は容易く罅が入った。
 仮面が剥がれる。魂を引っ掻かれる。左目を燃やすしろがねがより強くひかりを揺らす。

「好きに喚けよ」

 けれど、“己”として吐き捨てる。
 呪詛の破壊は慣れた痛みだ。精神干渉よりずっとずっと抗いやすい。
 生きている間ずっと付きまとう痛みは、裏返せば生きていることの証左である。

「っ、……」

 ……何より。
 掴んだ外套は何より堅い命綱だ。前を行く背が……その光が消えぬ限り、『ニルズヘッグ・ニヴルヘイム』を見失うことはない。
 帰り路を示すように、赤い雫が地面に落ちる。
 鋭敏な嗅覚が鉄の匂いを嗅ぎ取って、ニルズヘッグは見えぬと分かっていて眉をひそめる。

「嵯泉……」
「……そう嫌な顔をしないでくれ。此れが1番手っ取り早い」

 感覚遮断で御しきれぬ衝動は、より強い感覚で圧し潰すまでのこと。
 嵯泉が最も容易く、確実に用意できるそれは痛みだ。
 元より神経の集った掌を裂いてやれば、浅くとも芯まで響く感覚となる。

「……っ」

 痛い。
 それは生が続いているが故に思う感覚だ。
 歩くたびに響く振動も、揺らすたびに撫でる風も、隠した拍子に触れる袖も、その全てが生きていることを訴えかける。
 だから歩いて行ける。
 何より。
 背の気配。外套越しに込められる力。微かに漏れる苦悶に振り返りたくなる衝動を堪えて前を見る。
 共にあると誓った。
 故に彼を連れて逝くなどあってはならない。
 嵯泉の足は隘路を踏む。一歩を確実に刻んで、続けて一歩。繰り返して、着実に下っていく。
 ……そして、下っていくにつれ声は強くなっていく。
 早く来て、と。
 待ってるわ、と。
 王子様を呼ぶ声に、まずニルズヘッグが吐き捨てた。

「───なァにが王子様だよ。ただそこで待ってるだけの奴に、救いの手があるかってーの」
「お伽話の姫君の心算なのだろうよ。ただ待つだけで救われる童話はどこの世界でも事欠かないと見える」

 それを好むことは否定しない。
 けれど現実はおとぎ話のように優しくないとも知っている。 

「───伸ばさねば、手すら取る事も叶うまいにな」
「ああ。……本当に、そうだよな」

 握る布の強さを思い、握られるそれの確かを感じ。
 手を取った二人は闇の底へと降りてゆく。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『死肉喰らい』

POW   :    捕食行動
【集団での飛び掛り攻撃】が命中した対象に対し、高威力高命中の【噛み付き】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
SPD   :    多足歩行
【大口を開けての体当たり】による素早い一撃を放つ。また、【数本程度の足の欠損】等で身軽になれば、更に加速する。
WIZ   :    死肉を喰らう
戦闘中に食べた【落ちた仲間の足や死肉】の量と質に応じて【傷を癒し】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 みずのおと。
 はねのおと。
 ほえるこえ。
 それから、ヴァンパイアのわらうこえも。 

 よるはこわいことばっかりで、わたしはいつもふるえてて。
 そうしたら、パパはぎゅうってしてくれた。
 ママはおはなししてくれた。

 ここじゃないどこかのおはなし。
 じぶんじゃないだれかのおはなし。
 おとぎばなしっていうのよ、ママはいってたっけ。

 わたしはおひめさまのはなしがすきだった。
 おうじさまがむかえにきて、おひめさまがしあわせになるおとぎばなし。
 ×××はこのおはなしがすきね、なんて。
 ママはなんどもなんどもきかせてくれた。

「ねぇ、パパ、ママ」

 おはなしのおわりに、わたしはいつもおなじことをきいた。

「わたしも、『おひめさま』になれるかなぁ?」

 ×××ならきっとなれるよ、と。
 パパもママも、いつもこたえてくれた。






●かのじょはしろのおくふかく

 ……あら?

 小人さんたち、急にさわぎ出して。どうしたの?
 ……え?
 王子様が来てくれた?
 ほんとうに?
 歌がとどいていたのね。やったあ!

 ……あ、でも。
 もしかしたらまよっちゃうかな?
 ここまで来てくれる王子様、全然いないんだもん。

 うん、小人さんたち、連れてきてくれる?
 いつも通り、王子様じゃあない人たちは食べちゃってもいいわ。
 いってらっしゃい。
 うふふ、楽しみだわ。

 ねぇ、王子様。

 わたし
 お姫様はここにいるわ。
 おとぎ話のハッピーエンドみたいに、はやく手をとってくださいな。



●死肉喰らいの小人たち

 谷底は川だった。
 ……正確には「川だった場所」というべきか。踏んだ地はぬかるんではいても流れる様子はない。
 泥になっている以上水はあるのだろうが……そも人類にとって厳しさしかない常闇の世界だ。どんな水が流れるかなど予想もつかない。

 ぬちゃり、ぬちゃりと進んでいく夜の底。
 カサ、と異質な音がして、それは姿を現した。

 蟲だ。

 高さは一メートル超、体長も三メートル近い生き物をそう呼んでいいならの話だが。
 夜に紛れる枯れ木色の足を忙しなく動かして、それは視界を埋めていく。
 前を行くそれが潰れたって構いはしない。
 落ちた仲間の足も、死肉も、それにとっては大事な食糧だ。丹念に喰らって傷を癒し、また前へ前へと進んでいく。
 
 その暴食を見れば想像に難くないだろう。
 多くの『王子様』が落ちているはずの谷底に血痕のひとつも、骨片のひとつもない理由を。

 蟲達は向かってくる。
 新たに落ちてきた餌に狙い定めて。
 喰いたい、という根源衝動に則って。

 そして、お姫様は蟲の生垣の向こうにいる。
 ならば、最短経路を切り拓く他ない。



◆第二章プレイング受付期間
 【10月01日(木) 08:31 ~ 10月03日(土) 14:00】
 ※第一章と締め切り時間が異なります。お気をつけてお越しくださいませ。



.
琴平・琴子


これがダークセイヴァー流というお出迎えですか?
姫君に付き従う小人と言うにはおぞましく
王子様を迎えるものとしては手荒いお出迎えですこと

いらっしゃい、お前たちの主が望むは王子様は此処よ
挑発する様におびき寄せ
飛び掛かる蟲達にはレイピアで武器受けてカウンターで切り込み
集団で切り込みが間に合わなくなれば邪魔で仕方がない嫌悪を蟲たちへ茨によって払い除けた際に茨で貫通攻撃
茨の道を超えようとするから、痛みは存分に

――例え、痛くても
その先に助けを求めるお姫様が居ると言うのなら私は立ち上がりますよ
だってそれが、王子様なのですから


百々海・パンドラ

あぁ、嫌だわ
ぬかるみに顔をしかめた
着物が汚れてしまうじゃない
お前達のお姫様はお客様をお迎えする作法も知らないのかしら?
まぁ、王子様では無い私は招かねざる客でしょうしね

現れた虫達を一暼して言葉をかける
あら、私を食べるつもり?
そう、なら仕方ないわね

彼らに全力魔法で強化した海神の刃を放つ
同胞も喰らうのなら、喰らう破片も残さない程、切り刻んであげましょう

弱肉強食と言う言葉をご存知?
お前達が私よりも強いと言うのなら食べるがいいわ
私はお前達よりパンケーキがいいけど
だって、お前達は不味そうですもの

道を開けなさい
私が用があるのはお前達のお姫様よ
待つ事しか知らない哀れな姫君
私が興味があるのは彼女の物語の結末



●招く道を踏み越えて

「あぁ、嫌だわ。着物が汚れてしまうじゃない」

 高貴な姫君そのもののように、百々海・パンドラ(箱の底の希望・f12938)は口元を隠した。
 とはいっても隠すのに使ったのは扇子などではなく愛らしい羊のぬいぐるみ。そこだけ可憐な印象になったとて、蟲たちが斟酌する理由にはならない。
 ぬかるみはパンドラの足を取るが、細い蟲達のそれに絡まることはないらしい。流れめいて押し寄せ、近寄ってくる蟲にパンドラは流し目ひとつ。

「あら、私を食べるつもり?」
「──それがダークセイヴァー流のお出迎えですか? 手荒いですこと」

 常闇の世界に在り得ざる新緑が水色を追い越してぬかるみを踏んだ。
 眉を吊り上げた琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)は、ただ凛と立ちはだかる。
 パンドラより頭ひとつちいさな少女にも関わらず、まるで姫君を庇う騎士の───否。

「まさに王子様、ね」

 招かれざるを自覚するパンドラはそっと息をついて、靴底のぬめりから逃げるように一歩下がる。
 下がった場所もぬかるんでいたけれど、前を行く琴子にとっては自由に使える舞台が広がったことを示す。

「……姫君に付き従う小人と言うにはおぞましく、吐き気のするような光景ですね」
「そうねぇ。お姫様と言うのに、お客様をお迎えする作法も知らないのかしら? 確かに教育を受けていないように見えるけれど」
「差し引いたとしても手荒いを通り越して不愉快です」

 睨み据える琴子も、小首をかしげるパンドラにも、蟲達は応えはしない。
 ソレらはそもそも『王子様』なんて欲していない。
 欲しいのは己の腹を満たす死肉。
 生きのいい、若い肉があるのだから、することなどひとつしかないだろう。
 飛び掛かってくる。

「はぁっ!」

 橄欖石の細剣が新緑の軌跡を引いた。
 ばしゃりと飛び散る汚らわしい体液に眉を歪めて、けれど被ることをイヤとも言わず、琴子はさらに一歩を刻む。
 蟲との距離が近くなる。
 鼻をつく悪臭は、生ゴミを放置したそれによく似ていた。

「邪魔……!」

 蟲にとって近づいてくるちいさな女の子は格好の餌だ。
 歯を剥き出して、おぞましい臭いの息を吐いて、長い肢を振り上げる蟲の動きは本能のまま、食欲のまま、素直に琴子を狙ってくる。
 嫌だ。
 だからその足は進ませない。
 小人では、茨の道を超えられない。
 泥濘から深緑が聳え立つ。

「自業自得ですよ」

 宣告。縫い留めるは茨の棘。
 超えようとするものへの痛みは存分に、容赦なく。
 突き刺し薙ぎ払う緑色はそれだけ違う生き物のようだ。あっという間に緑色に制圧されたステージを仰いでパンドラはころころと笑った。

「あらあら、これじゃあ私達に近づけないし、食べることもできないわね」

 水色が揺れる。
 近寄られたくはないだけで、排除の意志は変わりなし。
 パンドラの手から撃ち出されるのは海神の刃。
 切り刻む。押し流す。
 喰らって回復するのなら、足の一本も破片のひとつすら残してやらない。
 だから茨に縫い留められたその口へ、水の刃をご馳走してやる。
 空を滑る透明は三百を超えた流れとなって突き刺さった。
 刺さった茨ごとバラバラにするまで一息に。それから小さく肩をすくめる。

「食べるなら、私はお前達よりパンケーキがいいわ。不味そうなお肉なんて食べたくないもの」
「同感です。そもそも食べられそうにないですが」
「食べたがってるのは向こうの方だもの」

 だから仕方ないわ、と。
 拒絶は凛と、さりとて容赦なく、弱肉強食の理を突き付ける。
 選択権を持っているのは常に強者の方だから、パンドラが斟酌してやる理由はない。
 それでも食欲のままに押し寄せる蟲の群れへ、もう一度海神の刃を突き立てる。

「道を空けなさい、汚らわしい小人。用があるのはお前たちのお姫様よ」

 待つ事しか知らない哀れな姫君。
 最果てで微笑む夢見がちなお姫様。
 パンドラにとって興味があるのは、彼女の物語の結末のみ。

「そして、お前たちの主が望むは王子様は此処ですよ。今からそちらへ参ります」

 たとえ待つことしか知らない哀れなあなたでも、その先で助けを求めているなら立ち上がろうと。
 希望が開いた正面一直線、わき目も振らず駆けていく『王子様』の背に笑みひとつ。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

リア・ファル
やれやれ、随分と食いしん坊な小人だね
魔女としては食べられるワケにもいかない

『ライブラリデッキ』から、毒弾、マヒ弾をロード
『セブンカラーズ』で撃ち込んでいく

相手の動きを抑制すると共に、食べてもデバフをプレゼントだ
(時間稼ぎ、制圧射撃、マヒ攻撃、毒使い)

その間で対象の行動その他を演算把握
(情報収集、偵察)

味方の援護に繋げよう(援護射撃、集団戦術)
充分に解析できたらUC【凪の潮騒】で動きを止め
炎属性弾を撃つなり、『ヌァザ』で斬るなり

それじゃあ小人は退場さ

さあ、三界の魔女が征くよ?
フィナーレの準備は終っているかい?


春乃・結希
あなたたちが小人さん?イメージと全然違うなぁ
もっと楽しそうに歌ってたりしてると思ってたよ
でも、お姫様が小人って言うなら、そうなんだよね
ここはお姫様の物語の中だから

UC発動
飛び掛かって来る蟲達を焔で焼き払う【焼却】【範囲攻撃】
焔を抜けてきたものは『with』で叩き潰す【重量攻撃】
噛みつかれたとしても『wanderer』の蹴撃で強引に引き剥がし【激痛耐性】
道を開いて前へ進む
…邪魔だよ。王子様やなくても、会わせてくれたっていいやないですか
あなた達の大好きな、自慢のお姫様なんですよね?
ぜひ紹介して欲しいなぁ

with。もう少しでお姫様に会えるよ
どんな結末になるとしても、最終章はわくわくするね



●君が待つページの続きへ

 潰れた蟲も、千切れた足も、バラバラになった茨さえ。
 餓えたそれらにとっては立派な食事と喰らい付いていくから、リア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)は静かにピンク色の目を細めた。
 過る色は感心と観察と呆れで、それを指摘する人も今はいない。

「やれやれ、随分と食いしん坊な小人だね」
「小人っていうからにはもっと楽しそうに歌ってたりしてると思ってたのに……」
「カレらは楽しいんじゃないかな? ボクらでお腹を満たせるからね」
「だとしてもイメージとは全然違いますよ」

 軽口めいて愚痴を返す春乃・結希(withと歩む旅人・f24164)も、抱きしめていた大剣を戦闘の為の構えと持ち替える。
 正眼の構えはあらゆる状況へ対応するために。川の流れか海の波かと見紛う侵攻を見据えたまま、結希はぽつりと零した。

「でも、そうなんでしょうね」
「お? どうしてそう思うんだい?」
「……ここは、お姫様の物語の中だから」

 彼女はお姫様。
 付き従う蟲はかわいい小人。
 苦難に満ちた道を超えて、迎えに来て、口付けをくれる王子様を待っている。
 そういう物語を編んで、お姫様が待っているというなら。

「だから、私達はそうしましょう」

 翼が開く。
 炎で編まれた緋色の光は拒絶の意で以て蟲達を飲み込んでいく。
 蛋白質が焦げていく嫌な臭い。嘔吐感を齎すそれを『with』を握ってやり過ごす。
 それでも仲間を盾にした蟲は燃えながら跳び縋ってくるから、

「そうだね。ここで食べられたくもないし──っと!」

 射撃。
 リアの銃、『セブンカラーズ』はデータをダウンロードして弾丸を生み出す。
 火に巻かれた上に装填の隙を狙うなどという脳のない蟲では避ける等不可能だと、着弾音は軽やかに。
 撃たれた蟲は焔の中に落ちて、焼けて、熱気に混ざって薬効が立ち昇る。
 それは蟲だけに効く麻痺毒。もしかしたら即座に灰になれた蟲は幸運だったかもしれない。

「邪魔だよ……っ!」

 叩き潰される。
 斬り飛ばされる。
 蹴られ、踏まれ、ほとんど泥と一体化しながら突き刺される。
 『with』を手足の延長のように操る結希は疑いようなく強い。刃で出来た暴風めいて吹き荒れるから、通り過ぎれば破片と灰しか残らない。
 前だけを見据える黒い瞳は、それだけに一直線だ。
 噛みつきから身を守るより切り払って進むことを優先して、ぬかるんだ道を踏み締める。
 切り返しの僅かな隙は後方を守る魔女が埋める。

「会わせてくださいよ、あなた達の自慢のお姫様に!」
「応えてくれないっていうなら、仕方ないけど小人は退場かな」
 
 そしてリアとて、ただ支援射撃に徹していた訳ではない。
 行動パターン、優先順位、固有振動数に最適戦術の解析は終わった。
 それこそ魔法を操る魔女のように、銃を握らない方の掌を翳す。

「解析完了! 動きを止めるよ……その隙にお願い!」
「はい!」

 三界を渡る魔女が操る魔法は、停滞の波。
 世界と世界を切り離す共鳴波が蟲達を押し留める。
 動けないのに進もうとして、蹴り飛ばされた泥がびちゃびちゃと跳ねるから。

「全部、全部……消えてしまえ!」

 焔は、絶望を拒絶する。
 夜明けのように照らし出して、停滞の波ごと飲み込んで、焼いて払って飲み込んで、乾かして。
 そこに何も残さない。
 あまりに高温すぎて、今度は嫌な臭いすら立たなかった。
 だから証拠は、そこだけ乾いてしまった地面だけ。
 幾分か歩きやすくなった地面を『イルダーナ』で飛びながら、リアは柔らかく首を傾げる。

「それじゃ、キミがお姫様を迎えに行く王子様なのかな」
「まさか。私にはもう恋人がいますから」
「おっと、そりゃあ失礼を言っちゃったね。だったら」
「はい。……『with』、もう少しでお姫様に会えるよ」

 結末を辿りに、魔女と旅人が行く。
 どのようなフィナーレを迎えるにしろ、最終章はいつだって心躍らせるものだから。
 恐れることは、何もない。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

宮落・ライア
真の姿解放:厚着ケモミミ

これが小人さんだなんて随分と大きな小人ね?
それに趣味も悪い。
拾い食いに意地汚い。
そんなのは消えてしまえ。
醜悪で見るに堪えない存在なんて、雪に埋もれて消えてしまえ。
凍てついて凍りついて砕けてしまえ。

飛ばずに一歩一歩歩いて進む。
そんな細い脚、何本あってもすぐ凍ってしまうし、凍ってしまえば跳びかかる事も出来ないほどに脆くなるでしょう?
雪に埋もれてしまえば、他の個体に食べられる事も無くなる。
静かな道を歩きましょう。



●すべてを白く平らげて

 ───しんしんと、音を消す音が降り積もる。
 降れば降るだけ世界を染めて、音のない白一色に塗り潰していってしまう。
 そうしなければならない理由を、鮮血の色をした瞳が見据えた。

「随分と大きな小人……」

 自分より大きい生き物を小人だなんて呼べないと、宮落・ライア(ノゾム者・f05053)はゆるく頭を振る。
 分厚いフードから零れたお下げ髪が二本、それだけ違う生き物めいてひょこひょこと揺れた。
 歩む道はもうぬかるんでいない。
 代わりに響くのはさくさくという霜柱を踏むに似た音だ。

「趣味が悪い」

 それを番人にして置き、あまつさえこうして差し向けてくるなんて。 

「意地汚い」

 お眼鏡に叶わぬ『王子様』を殺す、死肉漁りの拾い食いなんて。

「見るに堪えない」

 だから吹雪は吹き逝く。
 寒く、冷えて、震えて、凍えながら。
 ライアは淡々と、その願いを言葉にする。

「凍てついて」

 温度のない声に応じて雪が降る。

「凍りついて」

 湿度のない声とともに吹雪が荒れ狂う。

「砕けてしまえ」

 しゃん、と。
 踏み鳴らした足に負けて割れ砕け落ちる、蟲達の死骸を置いて行く。
 彼女が一歩進めばそれだけ吹雪も進んでいく。
 これはライアの周りで吹き荒れて、ライアの周りの全てを凍てつかせる雪だ。
 それに蟲も、地面も、空気も、すべては区別されない。
 ただ平等に、世界を丸ごと凍らせていく。
 細い肢はたちどころに凍ってしまう。
 凍り付いた足では跳ぶことも出来なくなる。
 動けなくなった蟲達の末路は、降り積もる雪に埋もれることだけだ。
 しんしんと、音を消す音が降り積もる。
 白に呑まれた世界で、動くことが出来るのは白を纏ったライアただ一人。

「これで、静かになった」

 表情を少しも動かさず、ライアは雪の女王のように歩き出す。
 無人の野が如き静かな道。
 その先で、きっと『お姫様』は待っているから。

成功 🔵​🔵​🔴​

ティオレンシア・シーディア


うっわあ気色悪い。スルーして先を急ぐ…には、数が多すぎるか。流石に無理ねぇ。
挟み撃ちされても面白くないし、ブッ潰して押し通りましょ。
…この手合いは物理的に押し留めるしかないから地味に面倒なのよねぇ…

ミッドナイトレースに○騎乗してテイクオフ、●轢殺で速度と精度を増強してグレネードの〇投擲で爆撃仕掛けるわぁ。空中のほうが飛び掛かってくるのを避けるのも楽でしょ。
使うルーンはニイド・カノ・ソーン。焼夷手榴弾と組み合わせれば「束縛」する「炎」の「茨」の出来上がり。三次元機動でブッ飛ばしつつ最大限効率的な箇所に〇範囲攻撃バラ撒いて〇焼却処分しちゃいましょ。
これでも○瞬間思考力にはちょっと自信あるのよぉ?


狭筵・桜人
せっかく気分良く降りてきたのに、靴は汚れるし虫はキモいしで
もう最悪です。虫除けスプレー持ってくれば良かった。
それともコイツらがお姫様を守る騎士だとか?
いや~会いたくなくなっちゃいますねえ。

ま、いいです。ほうら、餌ですよ――『名もなき異形』。

UDCを囮に、集団で餌に飛びつく習性を利用して一箇所に集めましょう。
蟲毒ってこんなでしたっけ。固まると益々キモいですが、纏めて殺せます。

というワケで。はいどうぞと他の猟兵にパス……出来なければ、そうですね。
用意していたオイルとライターを投げて焚き火しときます。
谷底で火事って逃げ場なくて最悪ですけど
地面がぬかるんでいればそんなに燃え広がらないでしょう。たぶん。



●災厄齎せ箒星

「うわキモッ」
「うっわあ気色悪い……」

 異口同音に重なった言葉は形こそ違えど同じ意味と感情を伴う。
 奇妙な連帯感にちらりと目線を交わし合った二人のうち、先に口を開いたのは狭筵・桜人(不実の標・f15055)だ。

「すみません、虫よけスプレー持ってませんか?」
「ルーン使えば似たような効果は出せるけど……この手の奴をスルーしていってもあとで挟み撃ちにされるだけじゃあない?」
「でっすよねー……」

 ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)の無情な切り捨ては想定通りで、だからこそ桜人は肩を落とす。
 分かっていたって面倒なものは面倒だ。直前までいい気分であったから尚更、蟲の気色悪さも足元の悪さも機嫌を急降下させる要素にしかなり得ない。
 ぶつぶつと文句を漏らす桜人をティオレンシアは振り返らない。軽く手を振ってソレを呼び出しながら、言葉だけは甘く紡がれる。

「ブッ潰して押し通りましょ。害虫駆除なんてよくある仕事だわ」
「威勢がいいですねぇ。私はそんなすぐに切り換えられませんよ」
「面倒だとは思ってるわよぉ? こういう手合い、物理的に押し留めるしかないもの」

 ミッドナイトレース。
 そう名付けたバイク型UFOに跨ればふわりと空へ舞い上がる。離れすぎてはいけない。飛び掛かってくることを諦めさせてはいけないからだ。
 だから維持する高度はギリギリ五メートル。生臭い息が爪先を掠めるのを表情を変えずに堪えて、下を見る。
 春色はどこにもいない。

「いやあ、いい眺めですね! 蟲は見下ろすに限りますよ」
「ってあなた、いつの間に?」
「ついさっきです。いやぁ、こんな足があるなんて! 助かりますよ、汚れなくて済みますし」
「乗せるなんて言った覚えはないんだけどねぇ……」

 一人用バイクの狭い荷台だが、男性としては小柄な桜人が座るには十分だったらしい。
 安全のためと称したセクハラにならなければいいか、と放置を決め込んで次弾の準備をするティオレンシア。
 殺意を感じたのか、はたまた天性のソレか。へらりとした笑みを崩さず、桜人は眼下を見た。

「その分役には立ちますって。ほうら、餌ですよっと」

 ソレに名など必要ない。
 何故ならそれは餌だ。死肉が欲しい蟲共へくれてやる為に、その臭いを纏わせた異形のUDCが空から地面にばらまかれて。
 蟲共は集まってくる。
 高く遠い猟兵より食べやすい肉片に群がって、食って、喰って、喰って喰って喰って喰って食い散らかす。
 集まるから肉があると知れ渡りさらに蟲が集まってくる。肉片に夢中の蟲を蟲が喰らう。蟲毒めいた無限ループ、共食いの姿は自傷めいてすらいて、「うわぁ」と口から声が零れた。

「固まってるとますますキモいですねぇ……」
「殺しやすくなったのは確かよぉ」
「ではお願いします」
「ええ」

 だから一網打尽にしてしまえばいい。 
 単純無比にして簡潔明瞭な最適解。道筋は用意されているのだから何も迷うことはない。

   nied    kano thorn
「──束縛、重ねて 炎。 茨と化して焼却なさい!」

 バイクから炎が落ちた。
 遠目からそう見えるのはルーンを施された焼夷手榴弾だ。白い炎の尾を引いて、落ちて、発火する。
 ごう、と。
 空気を喰って炎が燃え盛る。自然ならざる蔦──茨となったそれが蟲へ纏わりついて、縛り付けて、押し留めて、肉片UDCごと焼き尽くす。
 気付いて逃れようにももう遅い。外周を巻いてしまえば逃げ道はない。見る間に真っ赤に染め上げられた谷底の光景に傍観する桜人の方が笑った。

「いやあ、浮いててよかったです。谷底で火事なんてぞっとしませんから」
「さすがにそんなことしたら死ぬもの。そこまで生き急いでないわぁ」

 地面が湿っている上、束縛のための炎だ。程なく燃え尽き、乾いた痕跡しか残さないだろう。
 灰になって崩れていく蟲の欠片を見下ろして。空ゆくバイクはお城の深くを目指していく。

「……こーんな騎士様に守られてるお姫様、会いたくないですねぇ」
「何言ってるの。 ロクでもないお姫様だなんて、『歌』の時点で分かってたでしょう?」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鏡島・嵐
ッ、何だそれ。悪趣味にも程があんだろ……!
骸骨だらけってのも確かに不気味だけど、こんなんに喰われるとかもっとタチ悪ィじゃねえか……!
(蒼褪めた顔、震える躰。それらを必死に堪え)

魔力を込めた弾丸を使った火〈属性攻撃〉を〈スナイパー〉ばりの精度で撃ち込み、蟲どもの身体を燃やして喰わせねえことを狙って攻撃。
あとは他の仲間が近くに居るんなら、適宜〈援護射撃〉を撃って支援したり、〈マヒ攻撃〉を蟲に撃って仲間がダメージを受けることを防いだりする。
それでも回復とか戦闘力増強は多少なりとされるだろうから、ユーベルコードで相殺して、戦いが長引かねえように気ィ付ける。

……やっぱおれは、王子様ってガラじゃねーよ。


ロキ・バロックヒート


こんなに家来がいるなんて
お姫様は随分と慕われているよう
きっと王子様が君の元に辿り着いてくれるよ
かれらのその旅路に【祝福】ぐらい与えても良いよね
世界を灼く光はこの昏い谷底にだって届く
ほら早くご飯を食べるのは後にして
早くお姫様のところへ連れて行ってよ
それとも私は王子様じゃないから駄目?
“小人”に語りかける
本気で言ってるのか冗談なのか
自分自身ですらもうわかんない

ちっとも案内してくれない愚図で鈍間な小人たちが
体を齧っていくのは構わないけど
持っていた花に触れられそうになったら神罰で止める
触るな
せっかく『王子様』につんでもらったんだから
これはお姫様に届けないと
ね?

ああ、お姫様はどんな子かな
楽しみだね
ふふ



●落ちた先で馬車を待つ

 あはははは、と。
 哄笑ばかりが楽しげに常闇の空を渡っていく。
 
「こんなに家来がいるなんて! お姫様は随分と慕われているみたいだね」

 ロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)は両腕を広げて一回転。
 足元で跳ねる泥なんて知ったことではない。ただにちゃりと踏む感触、冷たさ、肌を粟立たせるような怖気すら愉快だと笑みしか浮かばない。
 『王子様』の次に出てくるのがこんな素敵な小人だなんて思ってもみなかった。
 メルヘンを謳うには悍ましいだなんて発想、生憎ロキが持ち合わせているはずがない。まるで本当の御伽噺のようだと、ちらりと隣を仰いでみれば。

「これが、家来……?」
「おや?」

 鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)は真っ青だった。
 歯の根が合わない、ガチガチという微かな音がロキの耳にも届く。思わず首を傾げれば、弾かれたように琥珀の瞳が苛烈の色を湛えて燃えた。

「ッ、何だそれ。悪趣味にも程があんだろ……!」
「ありゃ。王子様は気に入らない?」
「当たり前だろ!」

 たとえば、この谷底が食べ残しの骸骨だらけでも。
 嵐はその不気味さに震えてしまっただろう。ダークセイヴァーがそういう世界であるとは理解していても、実際に目の前にしてしまえば恐ろしい。
 彼にとっての当たり前はそういうものだ。
 だからこそ。

「こんなんに喰われるとか、そんなのもっとタチ悪ィじゃねぇか……!」

 弔う骸すら残らない。
 すべて蟲の糧とされて、それを悲しむ誰かも、同情する誰かもいなくて。
 ……自分もそうなってしまうかもしれない、という想像が嵐の身体を震えさせる。
 それでも視線を逸らさずに、新鮮な肉を欲して向かってくる蟲達を見据えた。
 その只中へ撃ち放つのは炎の魔力を籠めた弾丸だ。ちょうど前へと進んでいた蟲の口内へ着弾、即時発火。
 狙ったとはいえ、立ち込める嫌な臭いに思わず眉根が寄る。

「王子様が言うんなら、そっか」

 スキップひとつ。ロキの本気はいつだって冗談で、あらゆる冗談は常に本気になる可能性を孕んでいる。
 くるくる狂々、向かう先は本人にだって分からない。
 けれど、『王子様』のいうことは快いと思うから。

「だったらすぐにお姫様のところに案内してもらおう?」

 ───だからほら、キミ達にだって祝福を。

 天から注ぐ眩き光は道化の神が与える祝福だ。
 破滅を齎す光が砕いて、火の海をさらに広げては退廃と狂気で満たしてゆく。
 砕かれて、蒸発して、それでもセカイに残ることが出来たものにだけ齎されるのは、食欲よりも優先される衝動だ。
 油を切らした発条仕掛けめいてぎこちなく蠢く足を見据えて、蜂蜜色の視線は苛立ちに歪む。
 だから味方の影に隠れて祝福を受けなかった蟲なんて気付かない。

「キミ達のお姫様が待ってる王子様だよ。早く案内してったら」
「いや、だから俺は王子サマなんてガラじゃ、──危ない!」
「え?」

 ロキを通り越して蟲へと飛び掛かっていったのは、全く同じ形の蟲だ。
 同時に飛び出した無傷の蟲と互いに貪り合い、さらに食べる速度を増して、あっという間に消滅する。
 嵐の命により鏡の彼方、逆位の庭園からやってきた蟲の役割はその為の盾。薄れていくそれの向こう側から心配の表情が覗き込んだ。

「大丈夫っすか!?」
「へーきへーき。私は死なないもの」

 けれどもまだ蟲達は残っている。
 ヘラヘラ笑うだけのロキの横合い、花を握る手の方へもう一匹。
 噛みつく動きのそれを鏡が照らし、さかしまの現身が飛び出していく。

「───触るな」

 それより早く黒雷が弾けた。
 純粋な拒絶。純然たる害意を以て行使されるソレを神罰と呼ぶ。打ち据えられた蟲が炭と化して転がる。

「え……」
「おっとっと」

 嵐が呆然と見送る横顔が、見る間にへらりとした笑みに切り替わる。
 そこに先までの害意も拒絶も微塵もなく。ただ手の中に握った可憐な花を童子めいた仕草で揺らすだけ。

「せっかく摘んでもらったお花。『お姫様』に届けなきゃ、でしょ?」
「……それもいいけど、もっと自分の事気にしてくださいよ」
「ふふ、そうだね」

 死なないから、別に齧られたって構わないのに。
 知らない『王子様』の心配がくすぐったくて、だから愉快で。
 進む足を邪魔する蟲はもういない。
 先へ導く御伽噺の魔法使いめいて、ロキは嵐へ手を伸ばす。

「さ、もうすぐお姫様に逢えるよ。王子様」
「だから違ェって……けど、本当にどんな奴なんでしょうね」
「ふふ、あはは、さぁ? でも楽しみだね」

 それがどんなカタチであれ。
 『お姫様』であることだけは間違いないのだろうから。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ネグル・ギュネス
【アサルト】
いる訳ねぇだろンなもん
──て、と。奴さん空腹極まれりって感じだし、地獄のレストランに御招待と行こう
いつも通り突っ込むから、あとは宜しく
…ジョーカーは、まだ切り時じゃあないからさ?


此処が世界の果てでもこいつは来るのさ
フィンガースナップで愛機を呼び、【幻影疾走・速型】で突っ走る
バイクで轢き潰し、跳ね飛ばし、飛び掛かる奴ぁ刀で蹴散らす
現代風騎馬戦のような立ち回りでさぁ!

俺の役目は切り込み、ヘイト稼ぎ、大雑把でも蹴散らして数を減らしていくこと
後ろのこたぁ考えない、どうせ上手くやるさ。あの二人だからよ

さて、玄関先や庭のお掃除が終わったなら、行こうか
泣いているお嬢様に、理由を問い掛けに、さ


鳴宮・匡
【アサルト】


言い出しっぺの法則って知ってるか、ヴィクティム?
あいつら鋼でも噛めそうだぜ
……冗談だ
行こうぜ、目的地はまだ先だ

ネグルの撃ち漏らしを処理していくよ
死なない限りは復活する可能性があるんだろ
なら、確実に息の根を止めないとな

基本的にはまだ動いている奴から処理していくよ
目に見えて動くやつがいないなら「動かないが死んでいない敵」を狙う
生命活動をしているかどうかは視ればわかる
呼吸はしているし、体液はあるし、鳴き声も発するだろう
一つも漏らさないように努めるさ

同情的だな、お前
……お姫様の機嫌なんてどうでもいいね、俺は
ここに引き込まれて死ななきゃならなかったやつらのほうが、よほど、

――なんでもないよ


ヴィクティム・ウィンターミュート
【アサルト】

どうやら…"清掃員"のお出ましみたいだぜ
ちょっと齧られたいって好奇心が疼いてる奴はいるかい?
いない?そいつは結構なことだ
害虫駆除だ

俺ァ奴らが復活しないようにするのをメインに立ち回る
セット、『Sanctuary』
領域掌握完了、改変を開始
2人が仕留めた虫の死骸、切り離された足を『地中に引き摺り込んで』圧壊、どう足掻いても食えないようにしてやる

それに加えて、トラップを幾つか設置だ
さらに奴らの周囲に見えない壁を作って、移動するルートを制限させる
知らないうちに細道を密集して進むように仕向けられるってわけだ
あとは入れ食い、パッパとよろしく

さて──奥には何が居やがる
今から"怪盗"が行きますよっと



●強襲、鏖殺、遠景。

「どうやら、"清掃員"のお出ましみたいだぜ」

 電脳ゴーグル越しの視界にうぞうぞと蠢く蟲達を見て、ヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)はからりと笑ってみせた。
 数は多いがそれだけの烏合の衆だ。有象無象が彼らの道を塞ぐには役者が足りない。
 油断ではなく余裕を持って、首を回して睥睨する。

「ちょっと齧られたいって好奇心が疼いてる奴はいるかい?」
「いる訳ねぇだろンなもん」
「言い出しっぺの法則って知ってるか、ヴィクティム?」

 おどけて“主役”たちへと問い掛ければ、返ってくるのは二者二様の即答。
 慣れ親しんだ空気より気安く軽く。それがいいから雰囲気は崩さない。

「俺? 煮ても焼いても食えない鋼作りなんだけどな」
「ああいう歯だったら鋼でも噛めそうだぜ」
「あいつらってオイルも飲めると思うか?」
「……冗談だよ」
「いないってんなら何よりだ」

 嘆息する鳴宮・匡(凪の海・f01612)へと笑みひとつ。状況に適したプログラムを呼び出すヴィクティムの横で、ネグル・ギュネス(Phantom exist・f00099)は気取ったフィンガースナップ。
 世界の果てでも共に征く黒塗りの宇宙バイク、SRファントムに跨れば切り込みの準備は完了だ。

「喰われるより食う方が良いからな。地獄のレストラン、開業と行こうぜ」
「オーライ、チューマ。害虫駆除を始めようか」
「ああ。目的地はまだ先だからな」

 エンジンが唸る。
 初手からの最高速度で突っ込む機械の馬を格好のターゲットだと、蟲達は次から次へと飛び掛かってくる。とうに人肉を喰らい肥え太ったそれらへ容赦の道理なし。 
 だからネグルはそのまま突っ込んでいく。
 なぜなら速度と質量のある方がずっとずっと重くて強い。
 そのまま肉を轢き潰し、足を切り裂いて、死肉と泥濘を混ぜた道を引いて行く。
 大雑把? 元より数を減らせればいいと心得ている。
 だから車体とタイヤが過ぎていった轍にはまだ生きた蟲が残されていた。半ば以上潰れた体で、それでも後ろから飛び掛かろうとたわんだ足に力を込めて、

「───そこ、貰っていくぜ」

 乾いた銃声に撃ち抜かれる。
 たかだか銃弾の一発、ではない。致命的破壊をもたらす死神の咢は狙いを違えず蟲を地へと落とした。
 凪を体現する匡は戦果を誇らず、ただ淡々と次の獲物へ狙い定める。
 飢えた蟲達は死んだ仲間すら食うという。だから死んだばかりの仲間は格好の餌だ。一射一殺。引き返してきた半壊の蟲達が次々命を散らされていく。
 そうして殺した死肉さえ糧になる? なら使えなくしてしまえばいいという最短解答。
 
「状況計算終了、領域掌握、改変を開始」

 だからヴィクティムは、不要な旋律を口ずさみながら空間に指を滑らせた。
 爪先が刻むリズムはロックのテンポ。地面に含まれていた水分が軽やかに跳ねてみせるのは、そういう風に現実を改変した証明だ。

 >Rewrite Code『Sanctuary』
 >Started.

 重ねた拡張現実の地形データを現実へフィードバック。
 元より変形しやすい泥の地だ、改変にさほどの猶予は必要ない。
 ネグルが敷いた肉の道、匡が落とした死骸を地面が呑んだ。まるで口だ。
 地面に開き、すぐに閉じた巨大な口が落ちた死骸を咀嚼する。いかな大喰らいの蟲達とて、ミリ単位、コンマのサイズまで摺り潰された肉では力と変えられない。

 それだけ?
 いいや。端役の舞台仕掛けがその程度で終わるものか。

「ゴチャゴチャも悪くはねぇが、それよか一列にお並びください、ってな!」

 地面が動いていく。
 潰れた死肉の臭いは蟲達専用の誘引剤だ。餌の在処は分からずとも、それを追い駆けて蟲達の動きが変わっていく。
 誘導されている、だなんて食欲しかない蟲の知能が考えるはずもない。
 互いの身体がぶつかり合って、足同士が絡まったって、食べればいいのだから知らぬと道を進むだけ。

「あとは入れ食い、パッパとよろしく」
「はいはい。一つも漏らさないように努めるさ」

 袋小路の終点で待ち受けるのはヴィクティムと匡。
 狭い道を作りだした透明の壁、そのひとつひとつが高威力の爆薬だ。順次起爆していけば熱波に巻かれ破片に潰された蟲が汚い体液を地面に滲ませる。
 新鮮な死肉だと振り返ったところで、万禍を齎す銃弾が精確に急所を射抜く。もんどり倒れる死肉は新鮮な素材と、改変の意が通ればそれすら即席の爆薬と化して群れを薙ぎ払う。

「任せろ。こういうお掃除は得意なんでな」

 かといって逃れるべき後方には、蟲達の群れを追い越して最後尾に着けたネグルが待ち構えている。泡を食って飛び出しただけの蟲に飛び掛かられたとて何を恐れることがあるだろう。
 大上段から斬り捨てる。それは機械と刃が織り成す騎馬のいくさ。半分に分かたれてなお蠢く肉片を轢き潰してターン。いつの間にか静まり返った谷底は死のにおいに満ちている。
 慣れているから、切り替えに必要なのは嘆息ひとつ。いやな体液で汚れたSRファントムを送還してネグルはへらりと笑った。

「さて、行こうか。泣いているお嬢様に理由を問い掛けに、さ」
「……同情的だな、お前」
「いいじゃねえか。それがネグルの持ち味って奴だろ」
「いやだって。あんな声で誘われたら気にならないか?」
「いや別に。オブリビオンなんてそんなモンだろ」
「俺も。それより、」

 ここに引き込まれて死ななきゃならなかったやつらのほうが、よほど。
 ───『  』だっただろう、なんて。
 
「匡?」
「──なんでもないよ。行こうぜ」

 口に出すには遅すぎて。
 向けるべきであるはずのこころに形はない。
 既に終わった話に視線を向けたって、今更死者は応えないのに。
 過ったものを飲み込んだ横顔に、ヴィクティムも視線を向ける。

「……ああ、そうだな」

 『お姫様』の声は、まだ遠い。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
ニルズヘッグ(f01811)同道
白練にて傷を塞いでおくとしよう
しかし呼び付けた後に出てくる迎えが此れとは
どうしようもなく趣味が悪いと見える

喰って即時に糧とするなら、何も残さねば良いだけの事
――祕神落妖、焔の海と為せ
炎にて成る波逆巻く嵐の海を召喚
ニルズヘッグの船団を乗せ運び、蟲共悉くを呑み込み焼き払ってくれる
繰り返す焔の波で以って、1匹たりとも逃さず捉え焼き尽くす
原料が此れという事に目を瞑れば綺麗と云えなくも無い……か…?

ああ、御伽噺には能く在るパターンだな
では刃の口付けでもお見舞いする事にしよう――彼の首に向かって、な
お前が姫を浚うドラゴン……?すまん、想像が付かん
いや……うん…そう、だな


ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
嵯泉/f05845と

呪詛を追い払って首を振る
少し目眩はするけど大したものじゃない
この程度で嵯泉を心配させるわけにもいかないな
つか、呪詛どうこうより虫の方がよっぽど気持ち悪いし……

虫なら炎に弱いだろ
起動術式、【常夜の旅路】
あいつらが貴様らを喰ったんだ、心置きなく燃やしてやると良い
幸いにして呪詛はたっぷりあるんだ
……あ、攻撃の盾にはなってくれよ。それだけ数がいるんだし
嵯泉と私は喰われたくないからな
はは、こうなると焚き木みたいで綺麗だな!

お姫様には王子様のキスが必要なんだろ?
なら骸の海に還るほど強烈なのをお見舞いしてやらないと
私はお姫様を浚うドラゴン役みたいなもんだけど
……こ、これでも邪竜なんだぞ!



●煉獄回帰

「うわっ気持ち悪っ」
「呼び付けた後に出てくる迎えが此れとは……趣味が悪いことだ」

 オーバーフローした呪詛を振り払い、あるいは手の中の傷を術式符で癒して。
 踏み締めた大地の不安定さに眉をひそめながら、ニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)も鷲生・嵯泉(烈志・f05845)も行くべき先を見据えた。
 かつて川だった道は巨大な蟲で埋め尽くされている。
 生理的嫌悪を催す数、動き、そのどれもが不快を掻き立てるから。呪詛の影響を残すニルズヘックは大きく首を左右に振った。
 僅かな目眩以上にちょっと直視したくない光景だ。進むと決めているから逃避は長く続けないけど。

「嵯泉」
「どうした、ニルズヘッグ」
「虫って炎に弱いよな?」
「ああ。その上で、喰って即時に糧とするというなら」
「何も残さなきゃいいってことだ」

 心得て、指先が術式を刻む。
 近づきたくないなら遠くから打ち払えばいい。
 恨むものが多いのだからその呪詛を使えばいい。

「――─【祕神落妖】、焔の海と為せ」
「───起動術式、【常夜の旅路】!」

 生まれたのは視界一面埋め尽くす嵐の大海。それらがすべて炎と熱で編まれているから、谷底の河川跡はさながら煉獄の情景か。
 そこを征く船は地獄の炎を纏っていた。
 多くの死と呪いと怨嗟を乗せて、船はゆっくりと遡上していく。
 上げているのは鬨の声か、あるいは悲嘆の叫びか。あまりに炎の波と風が強くて二人まで届かない。
 それでも召喚主たるニルズヘッグと意志は繋がっている。黒い手袋に包まれた指先がついと進行方向を埋める蟲の流れを指し示した。

「あいつらが貴様らを喰ったんだ、心置きなく燃やしてやると良い」

 波が動いた。
 大きな船はいつだって波と風で動くものだ。その「海」が隻眼に支配されているものならばなおさら、目的地まで着くは容易い。
 目的地の方から近づいてきてくれているのだから、死霊達が上げた叫びが憤怒のそれであることは嵯泉にまで伝わった。
 接舷。
 既に地獄の炎に燃やされた霊達は海の焔を物ともしない。いつか自分達を喰った、あるいはその同種の蟲を槍で刺し、突き、薙いで、燃やす。
 とはいえ蟲とてやられるばかりではない。飛びつき、噛みつき、燃えていった仲間ごと喰らい付く。
 波が打ち寄せる。
 蟲も、霊兵も、諸共飲み込んで、けれど蟲だけを呑んで燃え盛る。
 ジャック・オー・ランタンの狂宴か、あるいは壊れたセントエルモの灯か。

「はは、こうなると焚き木みたいで綺麗だな!」
「……原料が此れという事に目を瞑れば綺麗と云えなくも無い……か…?」

 炎の波が遡っていく。
 状況は海を味方に着けた船団に優勢だ。ぬかるんだ地面を乾かして、死骸代わりの灰を落として、船と海は川を遡っていく。
 嵯泉とニルズヘッグはただ、それを追ってゆっくりと歩くだけでいい。
 蟲の群れとて無尽蔵ではない。多くの猟兵が駆け付けている現場であれば尚更だ。
 あかあかと燃える波を追うように並んで歩く二人は次の話をする余裕さえあった。

「しかし、お姫様……だっけ。王子様のキスが必要なんだろ?」
「ああ、御伽噺には能く在るパターンだな」
「だよな! だったら骸の海に還るほど強烈なのをお見舞いしてやらないと」

 拳を握ってみせるニルズヘッグへ、嵯泉は口元を緩ませる。
 柄へと触れる刀はどれもが『王子様』が持つには血臭を纏わせているが、だからこそ『王子様』ではない彼らが持つべきものだ。

「では刃の口付けでもお見舞いする事にしよう――彼の首に向かって、な」
「ははっ、そりゃあいいな!」

 それが世界を害する過去が求める絵姿になどなってやらない。
 だから彼らの刃は、ただ、ひとと世界を害すそれを滅ぼすために。

「ニルズヘッグ、お前はどうする?」
「どうすっかな……私はお姫様を浚うドラゴン役みたいなもんだろ? どういうのがイメージっぽいかな?」
「………………?」
「さ、嵯泉! その沈黙は何だよ!」
「いや……すまん、お前が姫を浚う……というのが、想像付かん」
「なんで!? いや、……こ、これでも邪竜なんだからな!」
「いや…………うん…そう、だな。そうだったな」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ハイドラ・モリアーティ
【BAD】
ほら、飛び込まなくてよかったろ
バラバラになったお前が食われて俺がひとつずつ取り出すのがifルート
今は――足場最悪のとこで殺し合いだ
いやー、どうすっかな
正直結構困ってる。だって足場滑るじゃん
この靴高かったんだぜ、っかー……もう最悪。ドロドロだし滑る
なあ、エコー
お前の靴しっかりしてそうだよな

……いいこと考えた
SCHADENFREUDE。俺は「何故か」なんでもうまくいく
虫どもちゅうもーく!ハイハイこっち見た
俺?動かんよ
エコー、しっかり構えとけ。俺たち目掛けて虫がやってくっから
ぶつ切りの下処理だ。おやおやなーんでワイヤーが駆け巡ってんだろーな
ええ?忘れたよ。じゃ、後はよろしくな
海賊さん


エコー・クラストフ
【BAD】
まぁ……そうだな。これはちょっと落下してたら面倒だったかもしれない
足場が悪い、か。ここだと確かに駆けまわって戦う、みたいなのは難しそうだな
でも、泥濘んでるってことは水はあるんだろ。だったら打つ手はある……

なんだろうな。鳩に集まられる餌とかになった気分だ。食っても旨くないと思うけど
とにかく、なるほど……多少ぶつ切りにされた程度じゃ死なないのか。それなら、【一切の希望を捨てよ】を発動する
泥の底から湧き出ろ。焼けた鉄杭がお前たちを苛むだろう
この技はこういうデカブツへの決定力はそんなに高くないが、ここまでバラバラになった虫にとどめを刺すには十分すぎる
さぁ、地獄まで沈んで行け



●悪は悪を笑う

「な? 飛び込まなくてよかったろ?」

 バラバラになった肉を別々の蟲に食われて、お前を喰った蟲を探して、一匹ずつバラして取り出しに行くifがなかったことになった。
 ハイドラ・モリアーティ(Hydra・f19307)がうたうように口ずさむから、エコー・クラストフ(死海より・f27542)は渋々ながら頷いた。
 確かにこんな光景を見せられればハイドラの方が正しかったと頷かざるを得ない。
 自分たちを“餌”として狙ってくる蟲達の群れ、だなんて。

「つってもまァ、今もかなり最悪なんだが……」
「足場が悪い、か」
「だって結構滑るじゃん。この靴だって高かったんだ、汚すつもりなかったんだぜ?」

 ほら、とハイドラが足を持ち上げて見せるからエコーもなんとなしに視線を落とす。
 黒いブーツにはそれと目立つ砂色が当然のように点々と、地面に近い側面部にはべったりと、己の存在を主張している。すらりと伸びる足とのコントラストが眩しい。
 さすがにどう返答しようか迷うエコー。つられて視線を落としたハイドラの「お」という呑気ですらある声が思考を断ち切った。

「なあエコー。お前の靴しっかりしてそうだよな」
「あげないよ」
「履かねぇよ」

 つかそうじゃねぇよ、と。確かな呆れを帯びる声に瞬きひとつ。表情を変えることのないエコーの足元をハイドラは指さした。
 
「お前は歩きにくくねーの?」
「確かに駆け回って戦う、みたいなのは難しそうだな」
「だよなあ」
「けど」

 そもそも、エコーが生きていたのは船の上だ。波で揺れて、風に吹かれて、安定しない場所を走り回るのが常。
 そうでない地面の上ならどうとでも動き回れるし、そもそも。

「水はあるだろ」
「泥だけどな?」
「なら、ボクはこれで十分だ」
「ひゅーう。やるねぇエコー。だったら俺は、」

 ハイドラが無造作に一歩踏み出せば、泥の雫がびちゃりと跳ねる。
 大袈裟な動きで両腕を振って己の存在をアピールしてみせる。

「虫ども、ちゅうもーく! ハイハイこっち見た、こっちだぜ」

 続けて打ち鳴らされた拍手ばかりが高らかに谷底へと響き渡る。
 それ以外は蟲達の足音しかない場所だから、果たしてその顔が一斉に二人の方へと向けられた。
 白く濁った吐息は唾液が蒸発したものか、はたまた生臭さの可視化したものか。
 いずれにせよこうまで剥き出しの食欲を向けられるなど尋常の状況ではありえないからエコーの眉根が微かに寄る。
 
「……」
「動くなよ、エコー。んで構えとけ」
「ハイドラ?」
「いーから」

 囁かれる声に冗談はない。むしろエコーを促すためのそれだから逆らう理由は思い浮かばない。
 たとえ目の前に蟲が突っ込んできたって、最後に殺すためなら我慢できる。

「いい子だ」

 言葉の矛先はエコーか、それとも蟲達へか。
 どちらにもだったかもしれない。
 だって彼女は言いつけ通り動かなかったし、蟲達はバラバラになったのだから。

「おやおや、なーんでワイヤーが駆け巡ってんだろーな」

 ちょうど蟲達が突っ込んできた空間には七つ目の首。
 なんでもござれな鋼の糸は暗殺だってお手の物。少なくとも蟲の数匹くらいじゃ小動ぎもしない。
 だから、何もしていないのにバラバラになったそれに驚いたのはエコーの方だった。瞬きの回数が少しだけ増える。

「いつの間に……?」
「さーね。そんなこと忘れちまったよ」

 他人の不幸は甘い蜜。
 敵の成功は己の成功だからハイドラは蟲達に中指を立てることで答えた。
 けれど、ぶつ切りにされた肉片は動いた。動いて、ゆっくりと、二人へと近づいてくる。

「それよか、あとは頼んだぜ。海賊さん?」
「ああ、そういうこと。ご苦労様、ハイドラ」

 ぶつ切りにされた程度で蟲達は死なない。
 だからここから先はエコーの役割。
 オブリビオンを殺したいのは、ハイドラではなくエコーの方だから。

「地獄の扉が開かれる───汝、一切の希望を捨てよ」

 一歩踏み込む。足音で地面を鳴らす。
 地面から───泥に含まれる水から、錆びた有刺鉄線と焼けた鉄杭が飛び出した。蠢く肉片へ絡み付き、刺し穿ち、熱と錆とで苛み潰す。
 蟲が巨大なままだったら足止め程度にしかならなかっただろうそれも、ぶつ切りにされて弱っているなら話は別。
 すべての肉片を捕捉して余りある引っ掻く者は、すべての過去を許さない。

「さあ、地獄まで沈んでいけ」
「ひゅう。カッコいいぜ、エコー」
「……ハイドラのおかげだけどね」

 それが沈んでいった谷底に、過去の気配は傍らにだけ。
 だから足を向けるのは殺すべき『お姫様』のいる方だ。
 仕方ないねと苦笑して、足跡は並んだ二人のものになる。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

真白・時政
カラスくん(f13124)と

ハァイ、これでとォちゃーく!
スマートに着地シたかったのにうげげ
ナンだろナンだろ足元ぐじゅぐじゅするよォ

しかも見て見て~いっぱいウゴウゴカサカサきもちわるーい
アレがメルヘンに見えるカラスくんのおめめダイジョーブ?三つとも曇ってなァい?
ねェカラスくん見てて見てて。ウサギさんのトッテオキ、披露してアゲル
ウサギさんがイイヨって言わないと出られないぼくのお家にゴアンナーイ
一人部屋なんて贅沢デショデショ?

アハハ~!カラスくんの虫が蟲タイジしてる〜!共食いみたいできもちわるーい
谷底の更に底にある巣穴からは出られないヨ
疲れても食べるモノが自分のカラダしかナイの、カワイソォだねェ


ヤニ・デミトリ
ウサギさん(f26711)と

人型に戻り立つとゆるい足場に気を遣る
なァんだかいい感じの雰囲気になってきたっスねえ

んん、さしずめあれがお姫さんの取り巻きってとこスか?メルヘンな見た目っスねえ…
いやァ…健気な可愛い小人さんでしょう(棒読み
とっておきって…ええ、そんなのアリなんスか!?
…あーあー、立派なお家だなァ…全く強引なウサギさんっスね
そんじゃあ俺も相乗りさせて貰いましょうか
仕事っスよ相棒、巣穴を巡って残さず食ってきな

えらい絵面になった…。そういうウサギさんも、全然逃がす気ないよなァ…ヒヒ
まあ小人さんにゃあ気の毒っスけど、
食って来たんスから、食われる覚悟もできてるでしょう。多分ね。



●カラスもウサギも穴には落ちない

 カッコよく着地するはずの足は、そのままぐちゃりと地面に埋もれた。
 あれれ? と首を傾げて持ち上げたそこは泥だらけで、真白・時政(マーチ・ヘア・f26711)は首をこてんと倒す。

「ナンだろナンだろ、足元ぐじゅぐじゅ。カラスくんこの変なのわかる~?」
「なァんだかいい感じの雰囲気になってきたってことっスかねぇ」

 ヤニ・デミトリ(笑う泥・f13124)の笑みもやはりヘラヘラと。ヒトガタのままゆるい足場に踏み入れば跡が着くのは自明の理。
 ついた足跡をなんとなく振り返る黒より、ふーんと生返事だけのんびりと進む白の方がそれを見つけるのは早い。
 あ、という声はささやかに。危機感なんてまるでなく、指先がそれを指し示す。

「カラスくんカラスくん、見て見て~」
「うん? なんでしょー…………うわァ」

 そして黒も、それを見た。
 うぞうぞうぞと蠢く多脚。口の端から覗く牙は汚らしい唾液でてらてらと鈍く光る。
 一匹だけでも嫌悪感を齎す蟲が、二匹、三匹、五匹──……数えることすら嫌になるくらい二人の行く手を埋めている。

「あっははは、いっぱいウゴウゴカサカサきもちわるーい」
「さしずめあれがお姫様の取り巻きってことっスか。メルヘンっスねぇ……」
「カラスくんカラスくん、『メルヘン』って言葉の意味わかる? それとも、カラスくんのおめめはみっつとも曇ってたりする?」
「随分な言い草っすねウサギさん。健気な可愛い小人さんでしょー」
「あはははは、ぜんっぜんホンキで言ってない~」

 それで止まるようならまずもってこんな薄暗い谷底へ来てはいないけど。
 あははと笑う白と黒。そこだけのんびりした空気を醸し出したって蟲達は止まりやしない。
 だから顔を見合わせる二人に、緊張感は欠片たりとも存在しない。

「さてさて、ウサギさんあんな蟲に食べられたいっスか?」
「えぇ~、そんなのイヤだよ面白くないモン」
「でっすよねー……どうしましょうか」
「あ! じゃあカラスくん見てて見てて、サギさんのトッテオキ、披露してアゲル!」
「とっておき?」
「ウン」

 時政の足がステップを刻む。
 泥水が跳ね、飛沫を散らして、踊る姿はどこか楽しげですらあったけれど。
 白ウサギの導きは不思議の国への招待状。
 深淵が、開く。
 空を征く術を持たない蟲達は突如開いた穴の底へ落ちていく。堕ちていく。墜ちていく様に、白ウサギはまた笑う。

「ふふふふふっ、ぼくのお家にゴアンナーイ。ウサギさんがイイヨって言うまで帰れないケド!」
「ええ、そんなのアリなんスか!?」
「ウサギさんだもん」
「あー……そうでしたねェ強引なウサギさん。立派なお家で何よりっスよ」
「カラスくんも住む?」
「いやいや、それはちょっと」

 だからヤミも笑った。
 どこかに閉じ込められるなんてぞっとしない。けれど逃がされそうにない蟲達を追いかけまわすのは……この状況に相乗りするくらいのことは、ひどく魅力的に思えて。

「『お掃除』手伝うくらいで勘弁してほしいっスね」

 仕事だ相棒。残さず喰らって片付けな。
 深淵へ落としたのは己のタール。
 宿されたバラックスクラップが自然と組み上がる。見る間にワームめいた形に変異したそれが、巣穴の底を巡り進むのを感じ取る。
 生命力を糧にする殺戮機械は蟲さえ餌にするだろう。いや、もしかしたらあれだけ生命力にあふれた蟲だから最適の餌ですらあるかもしれない。
 ギシギシと動く機械の音色。食い合う虫と蟲のぶつかり合う悲鳴のようなノイズ。己の巣穴で行われる宴を覗き込んでウサギが笑う。

「アハハ~!カラスくんの虫が蟲タイジしてる~!」
「なかなかの光景だと思うっスけど。どうっスかウサギさん?」
「共食いみたいで気持ち悪いネ~」
「こんな時ばっかはっきり言うのやめてくれねぇっスかねぇ……」
「でもカラスくんだって楽しいでしょう?」
「まあ小人さんにゃあ気の毒っスけど、」

 深淵になんて用はないから、カラスは綺麗になった道を歩いていく。
 ひょこひょことついて来るウサギと、二人分の足跡を刻んでいきながら。

「食って来たんスから、食われる覚悟もできてるでしょう。多分ね」
「アッハッハッハ! それもそうだねェ。もう出られないんだし」

 心底慈しむように───あるいは、嘲るように。
 カラスは笑う。ウサギも笑う。
 笑い合うふたりは、もう深淵の底を振り返らない。

「疲れても食べるモノが自分のカラダしかナイの、カワイソォだねェ」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ユーゴ・アッシュフィールド
【リリヤ(f10892)】と

お姫様と会う為の道程は厳しいと相場が決まっているが……
ムードが無いな、それに少々厳しすぎやしないか。

流石にこのサイズと見た目は気持ちが悪い。
リリヤ、デカい虫は平気か?
まぁ、苦手でも頑張って貰うしかないんだけどな。

足を多少失う程度なら、むしろ早くなるのか。
ならば狙うは胴体だが……俺では相性が悪いな。
リリヤ、お前の力で奴等をぬかるんだ地面に飲み込んだり、壁面の岩で圧し潰す事はできるか?

……まったく、何度戦っても虫の相手は面倒だな。
いくら傷付こうと怯む事すらしない。
これなら不機嫌な時のリリヤの相手の方が何倍もマシだ。


リリヤ・ベル
【ユーゴさま(f10891)】と

いばらの森や、ほのおの海よりは超えやすいのですよ。
試練のひとつやふたつで挫けてはいけないのです。

これくらい、へっちゃらです。へっちゃらですもの。
畑などでわるい虫の退治にだって慣れております。
…………。
……へっちゃらですけれど、あんまりよく見ないようにはします。
はやくゆきましょう。ユーゴさま。

鐘を鳴らして、呼ぶのは大地。
土を捏ねて、岩を波打たせて。
大波をつくり呑み込みましょう。
蟲たちが喰らったものごと、埋めて還してゆくように。
やすみたい、と。そう思うことすらないのなら、おやすみを言いにゆくのです。

……もー、もー!
レディをたたかいと比べないでくださいまし!



●終わりの先の夢を見る

 足裏から伝わる感触はぬかるんだ泥のそれ。
 踏み出すたびに滲む水の冷たさが靴を貫通してくるような気がして、ユーゴ・アッシュフィールド(灰の腕・f10891)は眉根を寄せた。
 とはいえ、それを表に出すような柔さはとうの昔に失われた。代わりに口をついたのは常と変わらぬローテンションの軽口だ。

「お姫様と会う為の道程は厳しいと相場が決まっているが……ムードが無いな」
「さっきまで歌があったじゃありませんか」
「それにしたって少々厳しすぎやしないか」
「いばらの森や、ほのおの海よりは超えやすいのですよ。試練のひとつやふたつで挫けてはいけないのです」

 だからつんとすまし顔のリリヤ・ベル(祝福の鐘・f10892)も、普段と変わらぬトーンでユーゴへと返す。
 けれど翠色の視線が見ているのはユーゴの方ではない。
 進行方向の先を埋める、リリヤより余程大きな蟲の群れ、群れ、群れ。
 うぞうぞと蠢いて己の存在を主張するそれらは、一言で言ってしまえば気持ち悪い。

「リリヤ、デカい虫は平気か?」
「何をおっしゃるんですか、ユーゴさま。これくらい、へっちゃらです。へっちゃらですもの」

 つよがりレディの言葉にはどこか言い聞かせるような色が付きまとう。
 さすがにそこを指摘する程無粋ではない。引き抜いた愛剣を構え直しながら、その口調はどこまでも動揺せず平坦のままだ。

「流石にこのサイズと見た目はなあ」
「…………へっちゃらですけれど、あんまりよく見ないようにはします」
「ああ、そうしとけ。『試練』なら、苦手でも頑張って貰うしかないからな」

 絶風一閃。
 無造作なひと薙ぎは重ねに重ね鍛え上げられた剣技の成果。武骨であっても無頼ではなく、過たず切り裂かれた長い肢が泥の中へと転がった。
 だが蟲は動じない。
 残った肢と胴だけとて地面を這いずるに不自由ない。後ろ脚で跳ねれば、足を奪った男も射程内だと牙が覗く。

「っと、」
「ユーゴさま!」
「足を多少失う程度なら、むしろ早くなるのか……!」

 水が跳ねた。
 ユーゴの纏う水精のマントは多少の害は拒絶する。巨大な蟲も一匹ならそれで弾ける範疇だったらしい。
 返す刀と切り返す。狙いは胴。
 上下へと払えば、三分割された肉が汚らしい色の体液を散らして地面をさらにぬかるませていく。
 手ごたえはあった。
 だからユーゴは舌を打った。
 裏返せば、足より胴体狙いの方が効率的で……ユーゴにとっては相性が悪いという事実がそこにある。

「リリヤ」
「っ、はい!」
「お前の力で奴等をぬかるんだ地面に飲み込んだり、壁面の岩で圧し潰す事はできるか?」

 だから動きは効率的に。
 固唾をのんで見守っていたレディはきりりと眦を吊り上げて頷きひとつ。
 リリヤの意に従って、真鍮の鐘がとおくまで響き渡る。
 ラルルルラ・ラルララ・ラル、森の奥の鐘の音はいつも不吉を呼ぶ。
 けれど此度、それが襲うのは蟲達だ。
 新鮮な死肉のにおいに釣られてやってくる蟲の群れを、リリヤは静かに見据えた。

「はい。おやすみを言いにゆきましょう」

 土を捏ねる。
 岩を波打たせる。
 地面が海へと挿げ変わる。
 途端に膨れ上がった大津波。川を下らず昇っていく波が蟲達を呑んで押し流す。

「やすみたい、と。そう思うことすらないのなら」

 けれどそれは水ではなく、泥と岩との混合物。
 圧し潰して埋め立てるまでがリリヤの約束した過程だ。
 ぐしゃりと轢き潰されて、それでも動く蟲の足はさすがの生命力というべきか。
 だがそんな悪足掻きを通す道理はない。

「──だれかが、やすませてあげないといけませんから」

 鐘が鳴る。
 送り出す祝福はまだお姫様に届かないだろうけど、そんな未来に繋がる道を敷くために。
 道を塞ぐ蟲達にはお別れを。
 均された道へ一歩踏み出して、きょろきょろとあたりを見回して、 

 ぼこ、と。

「……!」

 僅かに埋めの甘い地面から細い肢が一本飛び出す。
 土を割って、岩を崩して、這い出て食欲を満たそうとして、

「よ、っと」

 断ち切る。
 『それだけ』ならば、相性が悪くとも剣は過たない。
 ユーゴの手によりそれ以上を防がれれば、地面の上はもう静かなものだ。
 ほっ……と無意識に息をついて、リリヤは隣のユーゴを見上げた。

「ユーゴさま、ありがとうございます」
「これだから蟲は……。不機嫌な時のリリヤの相手の方が何倍もマシだ」

 ぱちくりと、大きな瞳が瞬いて。
 言葉を汲み取ったリリヤが悲鳴じみた声を放つ。 

「……もー、もー! レディをたたかいと比べないでくださいまし!」
「はいはい」
「おへんじはいっかいでいいです!」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

クロト・ラトキエ

此れを小人と呼ぶのは、聊か…割と…相当?無理がある気が…。
城から出ず、隘路を登らず…あの高みにまで響いた、声。
オヒメサマ、案外大物でいらしたりして。

暢気ぽくしつつ…
敵を視る。
数…は考えるだけ無駄か。
体躯に比し、脚は細い。
配置、速度、跳ぶ前兆、起点となる者…
捕食行動に掛かる凡ゆるを見切り、初撃の回避に繋ぐ。
足場が悪い…が。
UCにて攻撃力補う炎の魔力を鋼糸に、同時に足元に纏い。
一瞬でも水気を蒸発、足場を固め、
駆けるよりは横、又は空中へと跳ぶ、線では無く点の移動を。
鋼糸を掛け、敵の脚も利用して。
引き、2回攻撃も交え斬り、体勢を崩し、道を拓く。

此処が人類の居住域になるかは…
ちょっと判りませんけどねぇ


シャルファ・ルイエ
歌で誘って、落として食べて。
まるで罠みたいです。

あの集団に埋もれたくはないですから、空を飛んだまま迎え撃ちます。
飛びつかれて地面に落とされないように気を付けますね。

死んだ仲間を食べてしまっているんですね……。
それなら【統べる虹翼】で餌になるものが残らないよう、全部焼いてしまいましょう。
他の人が火に巻き込まれてしまわない場所、蟲がたくさん密集している場所を選んで《全力魔法》と《範囲攻撃》で一気にいきます。
ここで食べられてしまう訳にはいきませんもの。

無邪気でも、悪気がなくても、きっと此処で何人も亡くなりました。
何人亡くなったか、誰も分からないくらいに。
これ以上犠牲が出る前に、歌を止めます。



●弔いに燃やす炎の行方

「歌で誘って、落として、食べる蟲が待っているなんて……」

 罠じゃないですか、と。
 己の翼で空に浮くままのシャルファ・ルイエ(謳う小鳥・f04245)は厳しく眉根を寄せた。
 踊るように少しだけ高度を上げれば、それまで彼女がいた空間に蟲が喰らい付く。
 そして肉片単位まで分断された。

「この世界、群を抜いて物騒ですからねぇ。餌を得るにはいいアイデアじゃないですか?」

 その正体は密やかに張り巡らされた鋼糸。
 繰り手たるクロト・ラトキエ(TTX・f00472)はそんな素振りをちらとも見せずただ飄々と笑みを形作る。
 年頃の少女らしいシャルファが嫌悪を持つ『お姫様』の手際も、彼にとっては軽口の対象にするだけのものでしかない。
 新鮮な餌たる二人へ喰らい付いてくる蟲の、足をたわめる飛び掛かりの初動。
 その瞬間を見切って炎の魔力を解放する。
 人の身たるクロトに飛翔はできずとも跳躍は可能だ。線ではなく点での移動で身を翻せばローブの一筋にすら蟲の牙は立てられない。
 炎熱を纏い切れ味をさらに増した鋼糸に切り裂かれ、新たな死肉が泥濘の大地に落ちた。

「それに、城から出ず、隘路を登らず……あの高みにまで声を響かせるなんて。オヒメサマ、案外大物でいらしたりして?」
「……でも、きっと、此処で何人も亡くなりました。……何人亡くなったか、誰も分からないくらいに」

 声が届いたから。
 ただそれだけの無邪気でも、悪気がなくても、此処できっと大勢が死んだ。
 そんな悲劇を肌に感じるからシャルファの表情は自然と険しいものになる。

「それは、特にこんな世界ではよくあることですよ」
「それでも、悲しまない理由にはなりません」

 視線は真っ直ぐに。
 悲劇の執行者である蟲達を捉える。
 その向こうで待っている『お姫様』をも射抜くかのように。
 常闇の世界ではけして見られない空色に、散らされたかすみ草の白が鮮やかなまでに主張した。
 そうすべきだと、態度のすべてで物語る。

「ここで止めましょう。これ以上の犠牲が出る前に」
「──……ええ。では、そのように」
「いってらっしゃい、わたしの鳥。その翼で、何処へだって飛べるから」

 シャルファの差し出した指の先で硝子の鳥が羽搏いた。
 目と翼の先だけが美しい緋色に染まった三百八十体の鳥は空へ舞い上がり、常闇の空を美しく輝かせる。
 見上げれば見惚れただろうその光景に、誰も感慨など覚えない。
 だから鳥は構わずにその能力を解放した。
 それは炎。
 蟲達が最も嫌う、好む死肉すら欠片たりとも残さないための全力が群れの尻に火を着けた。
 立ち昇る火柱に、ちらりとクロトが笑み作る。

「なかなかに意地悪くていらっしゃる」
「これなら、あなたは火に巻き込まれないでしょう?」
「ええ、その通り。助かります」

 炎に包まれた蟲はすぐにでも焼き尽くされて、死肉の欠片すら残さない。
 死肉を食べようにも燃えてしまっては嫌だからと原始的な衝動が蟲たちを前へ前へと進ませる。
 前へ───健在の肉がある、シャルファとクロトの方へと。

「お嬢さん、一匹貸して頂けますか?」
「え? 構いませんけど……何をしたらいいですか?」
「いえ、こちらに火を」
「はい!」

 シャルファが全力を籠めて生み出した熱量の欠片に己の魔力の炎を重ねて、引き出した鋼糸のレールに熱を乗せる。
 二種の魔力によって切れ味を増したそれは斬撃と同時に燃焼を付与する悪辣の罠。
 前も後ろも炎で埋めて、蟲達を鏖殺しながら城への道を突破する。
 その様はきっと求められる王子様のザマではないけれど。
 ここで朽ちていった誰かに送ることのできる葬送で、終点を目指すための標のひとつ。
 ただ。

「此処が果たして、人類の居住域になるのやら……」

 誰かが気にするだろう、気がかりがひとつ。
 クロトのぼやく声もまた、炎に呑まれて届かず落ちる。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ネウ・カタラ
暗い夜の底は思ったよりさわがしいけれど
想像していたよりもずっといいところかも
さきにはおひめさまもいて、
ここには御馳走がこんなにもあるんだから
――うん。それじゃあ、いただきます

大鎌で手近なモノからなぎ払い切り刻む
数が多い時は衝撃波起こし、死肉ごと蟲を吹き飛ばし
敵の攻撃は視界の悪さも利用し、
闇に紛れたり見切りも使いながら躱していく
でも多少の血肉はあげる
だって俺はきみのすべてを貰うんだから
それぐらいはゆるしてあげなきゃ、ね?

…遊ぶのもたべるのも楽しいけど
早くいかないとあのこにおこられちゃうかも

徐に氷の呪槍を展開し、うごめく彼等へとさしむける

まってる子がいるからごめんね
いっぱい沢山ごちそうさまでした



●食べ放題の簒奪者

 こてんと首を傾げれば、傾いた視界を埋めるのは泥と闇と蟲達の群れ。
 思っていたより騒がしい、けれど。

「──……うん。いいところかも」

 ネウ・カタラ(うつろうもの・f18543)は無表情に瞬いた。
 行く手にはご馳走がこんなにたくさん。
 そのさきにはお姫様。
 ネウは王子様ではないけれど、招いているなら訪れたっていいだろう。
 こんなに歓迎されるだなんて、思っていなかったから。

「うん」

 それじゃあ。
 いただきます。

 泥が爆ぜた。
 走り出したネウの手にはいつの間にか大鎌が収まっている。一閃。先頭の蟲が真っ二つにされて嫌な臭いを撒き散らしながら地面に落ちた。
 お腹の虫が鳴る。
 食べたいと訴えたのはどちらだったのか。
 構わない。
 蟲が飛び掛かってくる。たくさん。一度に切れないから巻き起こした衝撃波をぶつけて距離を取る。
 けれど捌ききれない。
 別の蟲を盾に追い越して、振り抜いた鎌を抑え込んで、ネウの肩肉に喰らい付く。
 突き立った牙の痛みが鮮やかに、視界にちかちかと赤を散らす。
 獣みたいな顔でネウは笑った。

「いいよ」

 だってきみのすべてを貰うんだもの。
 無慈悲な宣告は返す刀の柄の打撃。半端に千切れた肩肉と服だった布ごと撃ち抜いて、吹き飛ばして、ソレが他の蟲の手で死肉と化していくのを見送る。
 落ちる赤色が、地面に染み込んでぬかるみを増していく。
 いいな、と思う。
 思うからネウは地面を蹴った。弾ける泥には死肉の匂いが染み付いているから蟲達にとっては目晦ましとおんなじ。
 土しかないそこへ牙を突き立てる蟲を今度はちゃんとに切り刻む。
 新たな死肉が落ちていく。
 たべちゃおうと伸ばした手は、同じ肉片を狙って跳んできた別の蟲とぶつかった。
 握り潰す。
 手の中についた体液と肉片を舐めとれば、うん。

「おいしいね」

 少しだけ舌をぴりぴりさせる毒の風味を味付けに、たくさん食べてきたからこその滋養がからっぽの胃に落ちていく。
 これならたくさん食べてもいいな、と思って。
 けれど道の先はまだ遠くて。
 早くいかないとあの子に怒られちゃいそうだから、少しだけなごりおしいけど。

「きみの命で、みちて、満たして」

 串刺した。
 墓標のような氷の呪槍がまとめて蟲を刺し貫く。
 いくら数が多いとて百は超えない蟲達は少なくとも三本、多いと八本もの呪槍に刺されて動けなくなる。
 血を喰らうそれが赤く、赤く染まっていくのをネウはうっとりと見つめて。
 一斉に、それらが砕け散るから。


 ───ごちそうさまでした。


 さあ、あのこにあいに行かなくちゃ。
 お姫様だって、待ちくたびれたでしょう?

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『異端の魔女ディアナイラ』

POW   :    異端の落とし仔
【傷付けられた際に発生する猛毒の返り血】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【に落ちた血肉は異端の神の眷属へと変化し】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。
SPD   :    穢された聖遺物
レベル×5本の【神聖と猛毒の二重】属性の【かつて自身を討伐に来た者達の武器や防具】を放つ。
WIZ   :    ハイドラの降臨
自身の【人間だった頃の記憶や人間性の喪失】を代償に、【自身の内外を侵蝕する異端の神の血肉】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【驚異的な再生力や土地を汚染する程の猛毒】で戦う。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はアイシス・リデルです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 ある日、ひとつの村が滅んだ。
 男は殺され、女子供は連れ浚われた。
 ダークセイヴァーならよくある話。ヴァンパイア達にとって、人間などその程度のモノだ。

 少しだけ違ったのは、そのヴァンパイアが珍しいものを持っていたこと。
 かつて『異端の神々』がいたとされる辺境の谷合。
 そこに遺されていた狂えるオブリビオンの血肉を、人間に与えたらどうなるのか。
 好奇心は正直で、理性はブレーキを掛けなかった。

 ───……そうして彼女は、『異端の神』の一柱になった。
 彼女だけが、そう成った自覚を持つことなく。


●彼女は『お姫様』になれなかった

 だから、微笑む『彼女』は酷く醜悪だった。
 ヒトの上半身に繋がっている触手は、触れれば毒を撒き散らす刺胞動物のそれ。
 毒に染まった泉から身を持ち上げて、異端の魔女は幼子のように笑った。

「待っていたわ、『王子様』」

 彼女にとって、ここまでやってきた者は全てそう見えるのだろう。
 だから彼女は疑わない。
 彼女に害意は欠片もない。
 彼女に、戦う意思はない。

「ずっとずっと、待ってたの」

 彼女の手は異端の神の触手。巨大なそれは伸ばすだけで周囲を薙ぎ払う。
 彼女の腕は異端の神の触腕。柔らかな抱擁は万力の締め付けにしかならず。
 彼女の血肉の全ては異端の毒。口づける、どころか身を寄せるだけで腐食を齎すだろう。

 ──そうやってヴァンパイアをも殺してみせたから、この地は放棄されて久しいのだと。

 嫌でも気付かされる。 
 だから彼女は、助けられるお姫様では断じて無い。
 ただ在るだけで世界を毒する『魔女』───オブリビオンだ。

「さあ、ハッピーエンドの口付けをくださいな」

 彼女だけが、バッドエンドを知らなかった。
 彼女に、どうか「さようなら」を。




◆第三章プレイング受付期間
 【10月15日(木) 08:31 ~ 10月17日(土) 13:00】
 ※前二章と締め切り時間が異なります。お気をつけてお越しくださいませ。


.
琴平・琴子
【👑🐏】



「王子様」は此処ですよ
貴女が求める王子様に相応しいか
どうか見定めて下さい

私の知るお姫様は
可憐で、凛々しくて
自由奔放ではあったけれど
それに相応しいお姫様に貴女はなってくれるでしょうか
魔女の呪い
――否、祝福をかけられるのは
この私ですけども

毒でも無い、甘い口付けでもない
甘く滴る果実を一齧り

黄金の林檎の光も吸収したランプの中の輝石は僅かな光を一層集める
彼女の頭を縛り付ける様に王冠の形にして縛るような攻撃を
綺麗ですよ、宝石でもあれば立派な王冠でしょうに

ランプの中から輝石を一つ取り出し
彼女への餞に
おやすみなさい
良い夢をご覧になってね


百々海・パンドラ
【👑🐏】
私が王子様?
ふふ、貴女って本当に何も見えていないのね
周りも、貴女自身も

いいわ、貴女をお姫様にしてあげる
ご存知かしら?
白雪姫が魔女の毒林檎を食べたように
人魚姫が魔女から足を手に入れたように
眠り姫が魔女の呪いで百年の眠りについたように
お姫様が王子様に出会うにはね、いつだって魔女が必要なのよ
だから、私が貴女の魔女になってあげるわ

お姫様の呪いを解くのは王子様の役目
見せてちょうだい、彼女の結末を
琴子へ『罪の果実』を差し出す

哀れな子ね
魔女なら魔女らしく生きる事が出来たなら幸せだったでしょうに
叶わぬ夢を見て、待ち続けるのはもう疲れたでしょう
おやすみなさい
今度は良い夢を見てね



●徒花に宝石

「ふふ、貴女って本当に何も見えていないのね。貴女自身だけじゃなくって、周りも」
「……王子様、じゃないの?」
「そうよ」

 そう。百々海・パンドラ(箱の底の希望・f12938)は『王子様』ではない。
 王子様とお姫様が幸せになるおとぎ話を信じない自分は、そんなものを欲していない自分は、煌びやかで眩しい幕引きの役に相応しくない。
 知っている。
 心得ている。
 夢見がちな『お姫様』へ、パンドラが差し出すページはただひとつ。

「だから、貴女の魔女になってあげる」

 髪長姫が魔女に育てられたように。
 白雪姫が魔女の毒林檎を食べたように。
 人魚姫が魔女から足を手に入れたように。
 眠り姫が魔女の呪いで百年の眠りについたように。

 ───『お姫様』の物語には、いつだって『魔女』が付き物だ。

「あなたの『魔女』として、『お姫様』を『王子様』に出逢わせてあげる」

 彼女をこんな『魔女』へと仕立て上げた本人でも、元凶でもないけれど。
 そう望んでいる『王子様』がいるのだから、パンドラは結末へとページを引くだけ。
 そういう『魔女』として、彼女は羊の影から黄金に輝く林檎を取り出した。

「わぁ……!」

 小さな感嘆の声。
 常闇の世界ではそんな光さえ珍しいのだろう。身を寄せる気配に地響きが伴ってたたらを踏んだ。
 転倒はどうにか堪えて、手の中の林檎を差し出す。
 その先にいるのは、『王子様』。

「さあ、受け取って。琴子」
「──ええ」

 黄金の光は白から緑の手の中へ。
 受け取った彼女はそれをひと齧り。
 毒ではない。甘い口づけでもない。
 ふつうの……というには輝きすぎているが、瑞々しくて美味しい林檎。
 それを咀嚼して飲み込んで、ペリドットが進み出る。
 己の身長を遥かに超える『お姫様』を真正面から見据える視線に怯えも不安も含まれない。
 だからしてみせたカーテシーはひどく優雅に、軽やかに。決して弱々しく守られる『お姫様』の風を見せない。

「『王子様』はここですよ」

 ───琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)は『王子様』だ。
 助けられるお姫様でなく。
 ご都合主義の魔女ではなく。
 この御伽噺に幕を引く『王子様』として、この谷底までやってきた。

「だから貴女が求める王子様に相応しいか、どうか見定めてください」
「ここに来てくれただけで『王子様』なのに?」
「それでも、です」

 琴子の手の中、掲げられたランプが揺れる。
 黄金色の光が踊って、合わせて影もが踊った。
 まるで影絵の舞踏会。それこそ御伽噺じみた光景にディアナイラが見惚れているのが分かる。
 だってそれをじっと見て、動く気配の欠片もない。
 ……そんな楽しみすらなかったのだろうと、かすめる憐憫は一瞬。

「私の知るお姫様は、」

 舞踏会の輪が狭まっていく。
 光が狭まれば、影は付き従って集まってゆく。
 それでも踊り続ける影と『王子様』の語る言葉に、彼女はひどく真剣だ。

「自由奔放ではあったけれど、可憐で、凛々しくて」

 けれど彼女が語る『お姫様』は、ディアナイラでは決してない。
 いつか彼女を救って、憧れをくれた王子様の肩にいたプリンセス。
 夢想を映して影絵は跳んだ。
 たどり着いたのはディアナイラの頭部。

「ずっと見ていたくなるような、……そんな方でした」
「きゃあっ!?」
「貴女は、それに相応しい『お姫様』になってくれるでしょうか」
「痛い! やめて!」

 そのまま輪を狭めていけば、孫悟空の頭に嵌められたという緊箍児のよう。
 痛みから頭を振り乱しても影たるそれは決して外れない。
 恐れはどこまでも追いかけてくるものだ。
 暴れる触腕の無作為に巻き込まれないよう距離を取りながら小さく唇の端を吊り上げる。

「綺麗ですよ」
「あら。『王子様』は口説き文句も一流って訳?」

 一歩半後ろからさらに距離を取ったパンドラがからかうように笑った。
 その指先から放たれるのは水の刃。
 ランプの光で輝くそれは触腕が投げつけた剣を打ち落とす。感謝を言いかけて、それより先に問いへの答えが口をついた。

「そう言うわけじゃありません、ただ……」
「ただ?」
「……宝石のひとつでもあれば、立派な王冠だなと」
「……そう、かもね」

 輝石のランプの小窓を開く。
 宝石なんて持っていない琴子が用意できる、いちばん綺麗な石。
 指先は迷わなかった。何色もの輝石を秘めたそこからただひとつを選び取る。
 それを邪魔させぬよう水の刃を放ちながらパンドラも『お姫様』を見上げた。
 苦しみ、のたうち、その全てで他者を害するしかできなくなった『魔女』……オブリビオンを。

「……『魔女』なら、それらしく生きる事が出来たなら幸せだったでしょうに」

 けれど『お姫様』を夢見てしまった。
 叶わない夢だと、彼女だけが知らなかった。
 そんな感傷を、滅びゆく過去に捧げても意味はないのかもしれないけれど。
 それでも、待ち続けた『お姫様』を救う『王子様』が此処に居る。

「───おやすみなさい」

 捧げられた輝石は、きっと彼女が夢見たこともない。
 常闇の世界では忘れ去られてしまった、夏の空の色。

「……ええ。きっと、今度は良い夢を」

 そんな祈りだけを重ねて、まばゆい餞が贈られる。
 見送る『魔女』の瞳には、ただあどけない憧憬だけが映る。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

真白・時政
カラスくん(f13124)と

ざァんねんウサギさんは王子様じゃないンだよネ
だってウサギさんはただのウサギさんだから~
だから行ってきて王子様!

んフフ~ちゃァんとフォローはシてアゲル
カラスくんがケガしないヨーニってカミサマにお祈りしてェ~
それでもケガしちゃったらウサギさんがぎゅーってシてあげる
ハイ、コレで全回復~!

ドーセならお手手だけ置いてってくれなァい?
そしたら毒のダメージも相殺できるカラねェ~
アハハハ!ひんやりもちもちにぎにぎシてたらすっぽ抜けちゃった!ゴメンネェ~!

ウサギさん、カラスくんのコトいーっぱいぎゅっぎゅシて疲れちゃったァ
ネ、ネ、お外まで連れてって
んフフフ乱暴なエスコートは許してアゲル


ヤニ・デミトリ
ウサギさん(f26711)と

だァから俺も違うっつってんスけどねえ
そこのウサギさんちょっとカラス使い荒いっスよ?

まあ仕事に来たんスからやるこたやるっス
放たれるもんは尾と刃でなぎ払って本体へ
泥刃が触れる分毒は得意じゃないんスけど、
ウサギさんにゃ何か案があるっぽいっス…ん?
…擬態とはいえ、毒交じりの泥に触るの思い切りよすぎて引くっス…

泥片無くさないで下さいよ
全くお手々繋いで元気が出るたあ複雑っスねえ…
ねえ、お姫様になるより先に神様になっちまったお嬢さん
せめて痛くないように削ぎますね

いや俺も目の前で仕事してたんスけどね!?
はァ…誰がお姫さんなんだか
帰りは攫われウサギみたいに首根っこ掴んで飛んでやるっス



●カラスとウサギは幕間にだけ

 瞬いた瞬間、空色の光はどこかへ消えていった。
 ほんの少し名残惜しいような気がして、真白・時政(マーチ・ヘア・f26711)は首を傾げる。

「ウサギさん? どうしたっスか」
「ウウン~、カラスくんが気にするようなことはナイナイよ?」
「またこのウサギさん信用ならんことを言ってるっスねぇ……」
「アハハハ!」

 ヤニ・デミトリ(笑う泥・f13124)もウサギの振り回しには慣れてきたが、それは疲れないということを意味しない。
 嘆息ひとつ落として、目的地にいた『彼女』をそっと見やった。

「んで、この『お姫様』はどうするっスか?」
「……王子様が行くんじゃないの?」
「誰のことっスかそれ」
「カラスくんデショ?」
「だァから俺も違うっつってんスけど? そこのウサギさんちょっとカラス使い荒いっスよ?」
「まぁまぁ気にしないでカラスくん。ウサギさんも気にしないから」
「ちょっとは気にしろって話なんスけどねぇ……」

 とはいえ、仕事は仕事。
 気乗りしないとはいえきっちりやらせてもらうのが流儀だと、どろりと身を溶かし───

「鬼ごっこなの? わたし、得意じゃないけどがんばるわ」
「っ、!?」

 尾とぶつかり合ったのは赤黒い、毒の滲む触手。 
 痺れるような痛みが泥の身体に染み渡って、厭な感覚が背を伝う。
 ……忘れていた訳ではない。彼女はお姫様ではなく異端の神。
 そう呼ばれる程に強大なオブリビオンなのだと。
 思って、喉が乾く。濡れた地面に膝を着いたヤニへウサギがのんびりと近寄ってきた。

「カラスくん? どしたのどしたの?」
「毒、得意じゃないんスよ……」
「そうなの?」
「切った端からこっちに染み込んでくる毒っスよ? 厄介に決まってるじゃないっスか」
「フーン……じゃあウサギさんがちゃァんとフォローしたゲル!」
「は?」
「エイっ!」

 腕に伝わってきたのは他人の腕の感触。寄せられた体温。驚くほど近い顔がニヤニヤと、ヤニの腕を抱きしめながら笑っている。
 呆気に取られて思考停止したのはほんの数秒。
 気付けば痛みと違和感は拭われたように消えている。

「ハイ、コレで全回復ー」
「あー……つまりどうやっても俺のこと使い倒すつもりっスね?」
「エエー、ウサギさんのギュギュギュギュッだよ~? ご褒美だよ~?」
「あーはいはいそっスね。毒交じりの泥に触るの思い切りよすぎて引くっス」
「それならわたしも抱きしめて!」
「もちろんお断り、っスよ!」

 引きはがす。
 跳ねる。
 片足の泥を素材に形成するのは刃だ。飛び上がりは回避と攻撃の予備動作を同時に叶える。
 普段より軽いからだは触手の起こす風圧でブレて、けれど狙いを過つことはない。
 蹴りの威力は超高水圧のそれに相当する。
 だから異端の触手はぶつりと切れて宙を舞った。
 吹き出した血は赤い。
 当たり前のように人間のそれと同じ色を浴びて、けれど先のような痺れはない。
 答えは後方。引きはがして置いて行ったウサギの方から告げられた。

「ゴッメ~ン、さっきカラスくんの腕持ってっちゃった!」
「ドーリで毒来てるのに平気な訳っスわ!」
「だって離したくなかったんダモンっ」
「あんたお姫様だったんすか?」
「ウウン、ひんやりもちもちにぎにぎシてたらすっぽ抜けちゃった。もう少し遊んでてイイ?」
「あーはいはい。ソレ、落として無くさないでくださいっスよ」
「ハ~イ!」

 溜息。仲良くお手々を繋いで元気が出るような年でもないというのに、今日だけでどれだけ幸せが逃げていったやら。
 とはいえ毒が効かないのは有難い。そのままウサギを置き去りに、ヤニは再び地面を蹴る。風圧を刃に変えて撃ち放つ。
 ガードのためと引き寄せたのろう触腕がばつんばつんと切り裂かれて宙を舞った。

「ああっ、せっかくのドレスが……!」
「ああ、それ、ドレスなんスね」

 痛みを与えないようにしているとはいえ、道理で痛がらない訳だと。
 かわいそうな異端の神様。お姫様になれなかった彼女。
 カラスとウサギでは大した救いなぞ与えられないから、置いて行くだけしかできないと。

「カラスくぅん~、ウサギさん疲れちゃったァ」
「いや俺も目の前で仕事してたんスけどね!?」
「ネ、ネ、飽きちゃった。お外まで連れてって?」
「……ま、こんぐらいやっときゃあいいでしょう」

 ウサギの襟首を引っ掴む。「キャー」なんてふざけた悲鳴を聞き流して空を蹴る。
 お姫様にするには乱暴な、ウサギを浚っていくそれすらも羨ましいのか。

「待、……!」

 お姫様の声も触手も届かない。
 だって彼らはウサギとカラス。
 救いを齎す王子様はいないから、穴の底でサヨウナラ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

春乃・結希
恋人を胸に抱き、お姫様の前へ

王子様と会えたら、その先に幸せが永遠に続くと思ってるんですか?
何不自由なく、楽しく暮らせる未来があるって
…そんなこと、絶対にありえない
辛くて、苦しくて、悲しくて…そんな経験も何度もしてきた
だけど、それも全部私の…愛するひとと私の物語。
ふたりで歩いた思い出。私に、力を。

『with』──私の側に居てね

真の姿解放
あなたの夢見た結末は、ここには有りません
抱擁を拒む焔の翼【焼却】
放たれた遺物を真白き大剣で弾き飛ばす【怪力】
私に触れていいのは『with』だけだから

こんな悲しいお話、もう終わりにしよう
次に眠りから覚めた時は、素敵な物語を紡げますように
だから今日は…おやすみなさい



●終わりを鎖す想いは炎

 遠ざかっていく流れ星を追い駆ける目は、やはりどこかあどけない。
 手を伸ばしたって夢には届かない。そんなこと知っているはずなのに現実を見ていない。

「王子様と会えたら、その先に幸せが永遠に続くと思ってるんですか?」

 だから春乃・結希(withと歩む旅人・f24164)は問い掛けた。
 恋人───『with』を胸に抱き、どこか穏やかですらある表情で。

「その後は不幸なんてなくって、何不自由なく楽しく暮らせる未来があるって?」
「そうじゃないの?」

 『お姫様』は。
 そう信じ込んでいる異端の魔女は、あどけない少女の仕草で首を傾けた。
 ずるりと蠢く触腕。結希へ向けて差し伸べられるそれも、彼女にとってはただ腕を伸ばしただけでしかないのだろう。
 そのうち幾本かが中途で断たれている現実すら知らずに。

「『王子様』が迎えに来てくれたら、痛いことも苦しいこともなくなるんでしょ? だから『王子様』がいるんでしょ?」

 夢見る少女は高らかに歌う。
 斬られたものも綺麗なものもいっしょくたに、結希を抱きしめて潰すために伸ばされて。

「だから、ねぇ。『王子様』、」
「──そんなこと、絶対にありえない」

 だって、痛かった。
 結希は『王子様』に会えたけれど、苦しくて、辛くて、悲しいことは終わらなかった。
 「めでたし」で終わらなかった物語。
 けれどそれら全部、愛するひとと歩いた思い出。
 哀しみを知らぬ魔女の言葉尻ごと断ち切るように振り切られた大剣は、目が覚めるような純白。

「【Close with Tales】───」

 物語の終わりが開く。
 絶望の色を抜いて、希望の光が姿を現す。
 緋色の炎を纏った白は、近づく触手の悉くを切り払う。
 呆けたように結希を見る『お姫様』はやっぱりあどけなかったけど。

「ごめんね。私に触れていいのは『with』だけだから」

 吹き出した毒血の一滴すら結希に触れることは許されない。
 だって結希は王子様ではない。もうそういうものに出逢ってしまった旅人は、歩み続ける道しかない。
 『そうして二人はずっと幸せに暮らしました』───なんて、ありふれた「めでたし」はここにはない。

「こんな悲しいお話、もう終わりにしよう」

 過去が夢見た結末は永遠に訪れない。
 そんなものはここにはないと、告げるために大剣が輝く。
 
「おやすみなさい」

 次に目覚めた時に。
 羨むくらい眩しい、素敵な物語を紡げますように。
 そんな願いを伴って、物語を閉じるための剣は振り下ろされた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

狭筵・桜人
彼女の王子様像ってやっぱりアレですか?
歌いながら出てきて一緒に踊りはじめるやつ。
いや~私にはちょっと厳しいかな~。他の方に譲りますね。

こんにちは、お嬢さん。ああ、違いますよ。私は王子様ではなくて。
お姫様を攫いに来た悪いやつです。
これって王子様が助けてくれる場面ですよねえ。ンッフフ。

さて、どうして王子様はあなたを助けないのでしょう?

――『謎を喰らう触手の群れ』。
もはや切り離せないのなら異端ごとその身を捕縛します。
王子様と信じた者を傷つける程、傷つけられる程、次々と疑問が湧いてくることでしょう。
まあいいです。無垢な残虐性も子供の特権ですからね。
なんでどうしてって、幼い心のまま死なせてやりますよ。


クロト・ラトキエ

王子が姫にキスして結ばれて…
なんて甘っちょろいお伽噺、浸ってていいのは子供だけ。
命はその先も続く。面倒事も山ほど転がってる。
ハッピーエンドもバッドエンドも、死ぬまで判りゃしない。
誰ですか、“生”なんて鬼ルート作ったの。
いえ、創造神とか信じちゃいませんけど。

生憎と、貴女に口づけは出来ぬのですよ。
…先約アリなんで。
UCで風の魔力を防御に。
触手の数、伸ばす腕の、速さや動き。
視線や言動から思惑を見切り、躱し。
鋼糸で巻き斬り断ち…
返り血も、風も用い避けたく。

無辜の怪物。無垢な娘。
心まで獣にならず済んだなら…
子供の侭、只の不幸なお姫様の侭で、お逝きなさいませ。
同情は無い、憐憫でも無い。
僕は、悪人ですから



●救えないから突き落とす

「彼女の『王子様』って……やっぱアレなんですかね?」
「おや、アレとはいったい?」
「歌いながら出てきて一緒に踊りはじめるやつですよ。いや~私にはちょっと難しそうですね、っとぉ!?」

 叩きつけられた、のではない。
 半ばまで切れていた触手が己を振った反動に耐えられなかっただけ。太さだけで狭筵・桜人(不実の標・f15055)の胸元まで届くようなそれが真横に落ちてきたのだから悲鳴は正直だ。
 距離を取ったのは反射行動。飛び散る血の赤色はヒトのそれと何ら変わりないから眉は露骨にひそめられる。
 それを後方から眺めていたクロト・ラトキエ(TTX・f00472)は、鉄臭さをまるで意に介さず飄々と笑った。

「ほほう、最近の御伽噺はそんな風なんです?」
「この状況でよく話続けられますね……ええ。だからひ弱な私には厳しいんですけど、あなたはどうです?」
「僕も、そういうのはとてもとても」

 会話の間は隙ではない。
 むしろ放たれる鋼糸に丁度いい緩急がついて、あっさり触手を巻き切った。
 斬った者がいるなら切れるもの。闇に紛れる鋼糸の軌跡は明瞭に、異端たる魔女の手を切っていく。
 飛び散る飛沫はどこからともなく吹く風に逸らさせながら、閃く笑みばかりがひとのように淡い。

「それに、先約がありますし」
「えっ」
「驚くところです? そこ」
「い、いやぁ……まさかそんな…………ねぇ?」
「最近の若者は正直ですね。いいことですよ」

 子供向けの甘っちょろいお伽噺なら、きっととっくにエンドマークが着いていた。
 それだけのものをもらっていたとして。
 人生はそこで終わらない。その先も続いていく。“そうではなかった”時には知らなかった面倒事も山ほどついて転がってる。
 それに、『王子様』だけがクロトの人生に関わっている訳じゃない。
 それだけのハッピーエンドも、そうじゃないバッドエンドも、死というエンドマークまで分かりはしないから。
 吐いた息には苦笑が混ざった。

「誰でしょうね、“生”なんて鬼ルート作ったの」
「カミサマじゃないです? ヒトが苦しんでるのを見るのが好きな、とびっきりのサディストですよきっと」
「おや、カミサマを信じてらっしゃる方でしたか」
「まっさかぁ」

 桜人の手に武器はない。
 旧式の記憶消去銃なんでオブリビオン相手には護身用にすらなってはくれない。
 けれど薙ぎ払う鋼糸と風がすべての攻撃を弾いてくれるから、無手で十分と。微笑みかける春色は王子様の風格を決して具えない虚ろ。

「ただの、お姫様を攫いに来た悪いやつですよ」
「……『王子様』、じゃないの? なんで?」
「いえいえ、私達は『王子様』じゃあありません」

 ただの「悪い奴」だ、と。告げる声に嘘も衒いもない。
 ……もし含まれていたとて、彼女は見抜くこともできなかったろうけれど。

「そうですよね。こんなの普通『王子様』が助けに来てくれる場面でしょう。ンッフフ」


───なのに、どうして王子様はあなたを助けないのでしょう?


 囁く声に触手が応じた。
 ディアナイラの触腕に負けじと毒々しい紫が魔女の手を取り縛り上げる。
 心なきそれらは幼い悲鳴など意に介さない。謎を喰らう触手の群れは疑問を抱いた彼女を決して逃さない。

「御伽噺じゃないからですよ」

 だから囁いた回答もきっと聞こえてはいない。
 幼くして狂い果てて、ある種無垢なまま惨劇を繰り返した『魔女』は分からない。
 分からないから疑問は尽きず、謎を喰らう触手はその厚みを増すばかり。

「これなら切りやすいですか?」
「逆に悲惨な絵面ですけどねぇ」
「とか言いながら手止めてないじゃないですか」

 紫の触手に捕縛されて身動きままならず、鋼糸に削られていくばかりだなんて。
 縛っている方が方なら切り裂く方も切り裂く方だ。
 飛沫ひとつも自分達へと飛んでこない、作業めいた解体現場。

 それが無辜の怪物だとて。その心が無垢な娘だとして。
 悪人達に同情も、憐憫もない。
 ただ無知ゆえの残虐を抱えた『子供』のまま。
 『不幸なお姫様』の役を被ったまま。

「───お逝きなさいませ」

 断頭の刃に、容赦の言は滲まない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リア・ファル
彼女や眷属の動向を演算分析し、魔女らしく神出鬼没に動こうか
(情報収集)

魔女が来ましたよ、お姫様

UC【召喚詠唱・白炎の不死鳥】!
自分と周囲の猟兵がいれば燃やし癒やそう

白炎を『ライブラリデッキ』で強化し、『ヌァザ』に付与
その身を焼き斬っていく
(属性攻撃、浄化、全力魔法、切り込み)

毒を燃やし腐蝕も燃やし
異端なる権能を燃やしましょう

後戻りできる相手なら、白き炎はヒトとしてキミを癒やし、
異端の血肉と分かたれたかもしれない

だけど
キミは魔女と成りはてた

彼女に、真の配役を告げる意味は失われている
いずれにせよ
彼女が夢から覚めるとしても……それは王子様の役目なのだろう


シャルファ・ルイエ
わたしは、彼女を助ける王子様にはなれませんから。
彼女はもうあの姿になってしまっていて、悪意は無くても犠牲者は出ていて。
出来るのは、これ以上を止めるくらいで。

だからせめて、悲しい物語に終わりを。

お姫様に憧れているのなら、きっと花はお好きでしょう?
口づけの代わりににはならないけれど、花吹雪なら見せられます。
毒より先に、花を綺麗だと思えるうちに、《全力魔法》の《先制攻撃》で【燈花】を彼女に。
誰かが怪我をする様子なら、【慈雨】での援護も考えます。

彼女が憧れた物語にも、花は出て来たでしょうか。



●葬送の旅路に添えるひとつ

 『王子様』になれたらよかったのに。
 もうとうの昔に『魔女』に成り果てて、悪意なく犠牲者を出し続けていて、なのに彼女は何も知らずに千切れかけた触腕を己の手と伸ばしている。
 そんな彼女でも救える『王子様』に、シャルファ・ルイエ(謳う小鳥・f04245)は決してなることができない。
 できるのは、「これ以上」を出さないことだけ。

「───だからせめて、悲しい物語に終わりを」

 祈るように組み合わせた手をそっと、ほどく。
 その手の中に携えられていた鐘杖が真白の光となって散った。

「まだ、花が綺麗だと思えるうちに……あなたが還る行き先を、示します」

 降り注ぐ燈花は、シャルファの髪を飾るかすみ草を形作る。
 淡く小さく、けれど確かな花束が常闇の空を彩って、それから一斉にほどけて降り注いだ。
 花吹雪というには眩しすぎる、それは光の花の流星群。ただ一人にだけ手向けられたそれをいっぱいに浴びて、傷付き始めた『お姫様』が顔を綻ばせたように見える。

「きれい……」
「うん、そうだね。ボクもそう思う」

 リア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)は。
 王子様でなく『魔女』としてここに立った彼女は、もうとっくに気付いている。
 シャルファの放った光の花は、オブリビオンだけを骸の海へと還す……言い換えれば、それ以外を決して傷つけないユーベルコードだ。
 その花の雨がディアナイラに当たるたび、体が光の粒と溶けていく。
 つまり、もう彼女は『魔女』ということ。
 彼女が望んで、なったつもりでいる、『お姫様』ではないということ。

「……けれど、キミには伝えない」

 伝えたって分からないだろう。そうしたところで結末は変わらない。
 かつてヒトであった……いつか生きていた過去に、未来はないと。
 そう告げるためにリアは踏み込んだ。
 手の中には既に剣状へと変異した『ヌァザ』が握られている。

「コード承認! 白き再生の不死鳥よ……再生の炎をここに!」

 剣が白炎を纏う。
 熱の棚引きだけを感じて、リアは花の嵐の中を駆けた。
 電子生命体の利点。分解していた己を再構成したのは、ディアナイラのすぐ手前。

「さあ、魔女が来ましたよお姫様……お休みの時間です」
「え……もう夜なの? 寝なきゃいけない?」
「うん。……残念でしょうけど」

 白刃一閃。
 浄化の熱が神の血肉を突き抜ける。

「ああああああああああああっっっっ!?」

 切り裂いた肌から呆れる程赤い血が噴き出した。けれどそれもすぐ白炎に灼かれて跡形もなく蒸発する。
 白い炎はリアの呼び出した、再生を司る不死鳥のそれだ。
 本来であれば傷を癒やし、異常を拭い、条件さえ合えば蘇生さえ叶えるが……しかし、毒も腐食も傷付いた血肉も、のべつ幕なしに焼いていく。
 再生という……今を生きる存在のための加護が与えられない、過去ということ。

「せめて、歌と花を手向けましょう」

 シャルファはそっと、目を伏せた。
 ダークセイヴァーの御伽噺にもそういうものは出てきただろうか。
 『お姫様』に憧れたという彼女は、そういうものも夢見ただろうか。
 とうに狂ってしまった『お姫様』は答えを返してくれないから、シャルファはただそれだけを祈って歌う。
 『お姫様』の物語を彩るのは、いつだって花と歌。
 本当に望んでいた『それ』だけはあげられないけれど。

「キミの夢を覚ますのは、キミが望んだ『王子様』の役目だ」

 それは自分達ではないからと。
 花と炎の異なる白が、一面を広がって染めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宮落・ライア
真の姿:ケモミミのフードの:二章と同様

思った以上にお姫様じゃ無い。蛸。
けど人じゃないのはわかってた事か。
さぁ、幸福な終わりを迎えさせよう。

凍りついてしまえば、返り血なんて出ない。
暫く動けるだろうけれど、吹雪は捕まえる事なんてできない。
その体も、視界も、真っ白に染めて、眠ってしまいなさい。

貴女はお姫様にはなれない。
貴女は愛される事も口付けられる事も無い野獣。
けれどせめて幸福な眠りを。
真っ白に凍って、真っ白な雪に包まれて、幸せな夢を。
あかるい日の下で、綺麗なお城で、王子様と出会うような夢を。



●幸いは吹雪の向こう側

「……蛸?」

 宮落・ライア(ノゾム者・f05053)の呟きは端的に彼女を示した。
 切り裂かれ、焼かれ、分解されて、だからこそ異端の血肉は神たる体を生かそうと触手を生やしている。
 ヒトの体を保っていた箇所も、少しずつ、少しずつ、赤黒い触手に埋もれていっている。

「…………さ、ま」

 だというのに。
 隙間から覗く金の瞳は純粋だ。
 ただ真っ直ぐ、何も存在していない虚空を睨み据えて、刻まれて血を流す腕をそっと伸ばす。

「おう、じ……さま、は……ど、こ……?」
「……人じゃないのは分かってたことか」

 呟きひとつ。そんな姿に心揺らされるほど、甘い気持ちでここまで来たわけではない。
 だから正義の味方がやることはひとつ。
 彼女に幸福な終わりを迎えさせよう。

「お姫様」
「その声……王子様? わたしを助けに来てくれたの?」
「そうだけど違う。さあ、逃げないで……目を閉じて」
 
 瞬間。
 気温ががくんと低下したことにディアナイラだけが気付かない。
 それは極寒の象徴。吹き逝く吹雪を担う、復讐を望む白狼の継嗣。
 けれど『王子様』の言葉だから、『お姫様』は逆らわない。
 毒血を落とす傷口から、触手から、凍り付く白の中へと鎖されていく。

「眠っておしまいなさい」

 だって、貴女は。
 目を開けていたってお姫様にはなれない。
 童話で例えるなら野獣。
 『お姫様』を傷つける役回り。愛されるどころか、『王子様』に口付けられる事は決してない。
 そう言い切れる。
 けれど、眠ってしまえば。
 真っ白に凍って、真っ白な雪に包まれて、幸せな夢を見ることができるだろう。
 こんな常闇の世界の、毒で満ちた谷底の、偽物のお姫様ではなくて。
 あかるい日の下で、綺麗なお城で、自分を愛して口づけてくれる……そんな王子様と出会うような夢を。
 もう、夢でしか叶わないのだから。
 きっとそれが幸せだと。

「おやすみなさい」

 本を閉じるように、ライアはそっと瞼を下ろした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鏡島・嵐
――ああ、確かにコイツは「お姫様」のなりそこないなんかもしれねえな。
悪い夢に囚われて、挙句オブリビオンなんて化けモンに変わり果てて。
まあ、生憎おれは王子様なんてガラじゃねーから、その悪夢をどうすりゃ終わらせられるかなんてわかんねえけど……。

……そうだな。怖ぇけど演ってやるよ。おれなりの「王子様」を。
力を貸してくれ、クゥ。

クゥの背に乗って〈ダッシュ〉で攻撃を振り切ったり、〈武器落とし〉で飛んでくる武具を撃ち落としたりして対処。それでも全部は相殺できねえから〈見切り〉で躱すなり、〈オーラ防御〉で防ぐなりして耐え、隙を見て〈スナイパー〉ばりの精度で反撃を撃ち込む。
他の味方には適宜〈援護射撃〉を。


ロキ・バロックヒート


さぁ王子様
手を取ってあげる?
抱き締めてあげる?
それとも口付けしてあげる?

異端の神であるのに可愛らしいと思うのは
きっとこの子の心がひとのままだから
あぁそうだ
この花をあげたらどんなお顔をするだろう?
見てみたいなぁ
王子様の代わりに渡しに行くよ
もし笑ってくれるなら
可愛いねって褒めて
物語を繋ぐ花は役目を終える

でもやっぱり神様より王子様がいいよね
ほらほら頑張って王子様
お姫様をエスコートしておいで
神様が手伝ってあげるから
【救済】は彼女を魔女たらしめるモノを壊す
最後ぐらいお姫様らしく、ね

だいじょうぶ
お姫様は最後に眠るものでしょう
それはバッドエンド?ううんきっとハッピーエンドだよ
だからおやすみなさい
さようなら



●「迎えに来たよ」と言えたなら

 ───かわいいな、と。

 ロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)はうっそり微笑んだ。
 身体は異端の神……『魔女』と化しているのに、夢見る様はひとの少女そのままで。
 無垢に、純粋に。ただそれだけを願うひたむきな姿は愛らしい。
 けれどその顔は氷の下に鎖されていた。
 それがぱきぱきと割れていく。
 砕けていく。
 永劫の拘束には足らなかったのだろう。彼女は間もなく氷の棺から身を起こし、目を覚まし……そうしてまた、『王子様』を探すのだろう。

「さぁ、王子様」

 手を取ってあげる?
 抱き締めてあげる?
 それとも口付けしてあげる?

「───どうする?」
「決まってる」

 問われた『王子様』──鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)は。
 震える手で拳を握った。
 悪い夢に囚われて、オブリビオンなんて過去の化け物に変わり果てて。
 なのに彼女だけがそれを悪い夢だなんて思っていない。
 なるほど確かに、彼女は成り損ないの『お姫様』なのだろう。
 それを怖いと思う。
 恐ろしいと思う。
 『王子様』なんて、いくら言われても柄ではないから……この悪い夢を終わらせるハッピーエンドを上手く描くことさえできないけれど。

「演ってやるよ。おれなりの『王子様』を」

 だから力を貸してくれ、と、
 決意を定めた主の意志に従って黄金の炎が吹き上がる。
 霊力励起、我が涅槃に到れ獣。
 クゥと呼ばれた獅子が、成獣の威を伴って嵐の前に着地する。それに跨るのと同時に最後の氷が砕けた。
 そっと開かれた金の瞳が、まず嵐とクゥを捉える。

「……王子様?」
「ああ」

 『お姫様』の視線から逃れるように、獅子の足が跳ねた。
 直後、さっきまで嵐たちがいた場所に剣が突き立つ。だからか、とごうごうと耳元で鳴る風と質量を感じながら嵐は歯を食い縛る。
 決めていたって怖いものは怖い。
 それでも、と。そう思ったからスリングショットを取り出して。

「ほらほら、エスコート頑張って王子様」

 軽やかな声と共に光が落ちた。
 神性も猛毒も、カミサマの前ではたかがラベルでしかない。放たれた剣などなんのそのと、救済のための破滅が『王子様』のための道を拓く。
 神はただの舞台装置。
 物語を円滑に進めるための一手。
 だから、ページを手繰るのは『王子様』の役割だ。

「ハッピーエンドはキミにしか作れないんだから、ね?」
「分かってますよ、ンなこと……!」

 だからクゥは駆けた。
 光の間をすり抜けて、叩きつけられる触手を踏みつけて、降り注ぐ毒血に焼かれながら。
 足を止めては終わりだと『お姫様』の捧げ物───穢された聖遺物を打ち落とす。

「……どうして受け取ってくれないの?」
「ああ、もしかして、そうしないとバッドエンドだと思ってる?」
「そうじゃないの?」
「違うよ、『お姫様』」

 ロキは。
 物語を見届けに来ただけの神様は。
 堕ちゆく黄昏の瞳を歪めて、嗤うように笑う道化は。

「『お姫様』は最期に眠るものだ。だから、これはきっとハッピーエンドだよ」

 こんな直向きな『王子様』が来ているのだからと、神罰の光を打ち下ろす。
 『魔女』を魔女たらしめる異端の血肉が焼かれていく。
 上がる悲鳴は幼いもので、その声にすら悲痛に表情を歪める嵐が愛おしくて眩しくて。

「大丈夫。ちゃんと目を閉じて、『おやすみなさい』と『さようなら』をしよう」

 炸裂。
 それは傷つけるためではなくて目を晦ませるための光。
 幾本のも触手で顔を庇ったディアナイラ。それが隙だと気づいて、嵐を乗せたクゥは疾走する。
 
「お、おおおおおおおおお!!」

 狙い定めるのに二秒もいらない。
 ただ真っ直ぐ、正面めがけて撃ち放つ───浄化の光を固めた弾丸。
 ささやかな音と共に撒き散らされた輝きが『魔女』を貫いた。

「うん」

 魔女を飲み込んだ輝きにロキは頷きひとつ。
 渡せなかった一輪をそっと空へと投げ渡す。

「やっぱり、お姫様には花と光が似合うよ」

 物語を繋いだ花は、光の中で叫ぶ彼女の手に落ちて。
 そして、毒血に触れてあっという間に腐って散っていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
嵯泉/f05845と

やァ、こんばんは
お伽話よろしく迎えに来たぞ
――悪いドラゴンがな

来い、【“Níðhǫggr”】
貴様の方がお誂え向きであろう
この身に宿る呪詛の全てをくれてやる
待たせたな、レディ
さァ逃げ切って見せよ
私に攫われれば、二度とは王子様と巡り会えまいぞ

ただの鬼ごっこに興じている訳ではない
確実に致命を取れる位置を探っているだけだ
お姫様を助けてくれる魔法使いは、「悪いお姫様」には味方してくれないとよ
ってわけだ。頼むよ、嵯泉

同情するほど私は人間らしくない
そういうのは優しい誰かに任せるよ
呼ぶ相手は選べって話だ
誰でも良いって言ってるうちは、誰も助けちゃくれないからな
はは、確かに
間違っちゃなかったか


鷲生・嵯泉
ニルズヘッグ(f01811)同道
既に禍と芽吹いた異端の姫君、か
御伽噺と云うには夢の無い事だ

終焉を齎す竜が爪牙を掻い潜り、此処まで逃げて来るが良い
しかし追われるものの抵抗は侮り難い
――壱伐覇壊、重ねて穿て
衝撃波を咬ませ攻撃を相殺し、傷を負わせぬ様に援護

御伽噺に姫君を援ける魔法使いは定番だが
知らずとは云え罪に塗れた姫君を助ける魔法使いなぞ居はしない
……任された
終わる為の刃と云う口付けを其の命へと呉れて遣ろう

我等はお前の望む迎えでは無い――誰でも良い等と願った結果が此れだ
だが招くものを間違えた訳でも無かろう
世の理から外れたものを在るべき場所へと送る為の迎えではあるのだからな
……邪竜の姿も見た事だしな



●禍津の花は手折るだけ

「れ、ぁ───け、て…………」

 炎に焼かれ、切り裂かれ、光に穿たれ。
 それでも異端の魔女はまだ生きていた。
 その表現が過去の怪物に相応しいかはともかく。艶やかだった肌からも悍ましい肢を生やして、言葉すら覚束なくなりながら、まだ活動を続けているのだから驚嘆に値する生命力だ。
 だが、それだけだ。
 禍と芽吹き、花開いた異端の姫にそんな甘い夢など許されないと、彼らは舞い降りる。

「やァ。こんばんは、レディ」

 それは常闇の空を更なる黒に染める漆黒。
 纏う閃光も、身を埋める鱗も、──漂わせる気配すら、彼女と同種のそれ。
 蹂躙する暴威。邪悪の体現。
 終焉を齎す邪竜、骸魂ニーズヘッグ。
 それに見竦められたディアナイラが小さく息を呑む様が見えて、変成した張本人であるニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)は確かな笑みをこぼした。
 
「悪いお姫様を迎えに来るのは悪いドラゴンだ。知っているだろう?」
「い、ヤ───わた、し、王子様、が……」
「なら逃げ切ってみるがいい。私に攫われれば、二度とは王子様と巡り会えまいぞ」

 言葉と同時。
 撃ち落とされたのは氷柱の雨。命を凍結させる呪詛が為す、怒涛の刃が命を削り落としにかかる。
 息を呑む。怯えは明白に、けれど彼女は逃げられないから。

「イヤ……!!」

 空へ向かって撃ち出される、それは猛毒に塗れた神聖の刃。
 氷柱とぶつかり合い、削り合い、軌跡をずらして、その大半を微塵に散らす。
 撃ち落としきれない僅か、あるいは元より太いそれだけが着弾。触腕を地面に縫い留め凍らせていく。

「ふはは! 痛かろう、苦しかろう」
「やめて! はなして! いたい!」
「──だが、同情はせんよ。そういうのは優しい人間に頼んでくれ」

 邪竜が手を抜く? そんな光景、それこそ御伽噺の中にしかい。
 まして悲鳴を上げているのは異端の姫君。
 数多の人を惑わせ落とし、死肉喰らいの糧へとしてきた『魔女』なれば。
 ニルズヘッグの内に躊躇いはない。
 削り凍らせ縛る。甚振りではなく、致命を探すための露払いとして。

「御伽噺に姫君を援ける魔法使いは定番だが……」

 そうして動けなくなれば、彼を阻めはしないと。
 駆け寄る先遣として放たれる斬撃の名は【壱伐覇壊】。
 放たれようとしていた剣を削り落とし、邪竜の氷槍を『魔女』へと落とす援けとしながら琥珀色が泥中を征く。

「それは無垢なる姫だけ許される手助けだ。知らずとは云え罪に塗れたなら、魔法使いは助けはしない」

 況や、王子様など。
 来る者全てを『王子様』と認識し、誰でもいいから迎えに来てほしいだなんて、夢を見続けた結果。
 鷲生・嵯泉(烈志・f05845)は、邪竜と共にそれを叩きつけに来た。
 引き裂かれた触腕が中空で凍る。地面に落ちて眷属と化す筈の血は個体のまま泥に埋まる。
 音に、痛みに、黒光に、切れ切れの悲鳴が上がる。
 その様だけ見れば成程、悪しき邪竜と剣士とに追いやられる悲劇のお姫様にも見えるだろうけど。

「たす、け……」
「助けてくれる『誰か』なんていないんだからさ。呼ぶ相手は選べって話」
「だが招くものを間違えた訳でも無かろう」

 呪詛の邪竜も、琥珀の剣士も。
 『お姫様』に差し出せるのは救いの手ではない。
 呪詛の爪牙。あるいは禍断の刃。
 それはオブリビオンを骸の海へと送り返すための武器。
 ある意味でもっとも慈悲深い、突き付けられる正しさだ。

「世の理から外れたものを在るべき場所へと送るのが、我々だ」

 故に。
 その口づけは、命を終わらせるための刃が齎す。

「頼むよ、嵯泉」
「任された、ニルズヘッグ」

 交わす言葉も端的に、邪竜の姿が見慣れた色に戻って行くのを視界の隅に。
 一歩踏み込む。
 泥の飛沫が散る。
 構わず追い越し、閃かせ。
 抵抗は許さないと二重、三重の斬撃がディアナイラを切り裂いた。

「イヤァァァァァアアアアア!!?」
「──貴様が与えてきた痛みから逃れられると思うな」

 一罰百戒。
 無辜を殺したその罪に、下される罰は痛みだけ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ハイドラ・モリアーティ
【BAD】
口づけ?お断りだ
だって俺のタイプじゃないんだもん
つか魔女だろ。身分相応の立場でいろや

そりゃ世界の数だけヒュドラはいるだろ
だってほら、無数の頭だし
それはそれで――エコー、「お前向き」だな
お前、俺に対して強いじゃん。だからあいつにも強いよ

俺からはキスの代わりに【SUISENN】をプレゼント
はっは、他人の空似ってやつもバカにできねえ――おっと。
「魔法が溶ける時間」みたいだぜ
ああそうだ、俺もだよ。だからこっからは――シンプルな舞踏会さ
「俺が死ぬかお前が死ぬか」
ところが俺にゃコイツがいてね
王子様?さあ、どうだか
でもまぁ、綺麗なやつだろ。嫉妬しちゃ嫌ぁよ
「お前にはやらん」――ここで「打ち切り」だ


エコー・クラストフ
【BAD】
いつまでお姫様のつもりでいるんだ?
お前が元は何であれ、どんな過去があれ、今お前はただの醜悪なオブリビオンだ
容赦はしない。ここで殺してやろう

ヒュドラ……ってこれが? ハイドラと一緒なのか?
うーん……まぁ、そうなのかも。一緒のものってことは、再生能力も一緒ってことか
それならそれでやりようはある――【呪われし血を鎮めよ】
ちょっと下がっててくれ、ハイドラ。ここら一帯から再生の力を奪った……いつも通り戦ったら危険だぞ
代わりにボクが前に出る。ボクは少しくらい耐性があるし、元々死んでるからハイドラより被害は少ない

生憎ボクはお前の王子様じゃない
……いや別にハイドラの王子様でもないよ



●Scarmiglione

「なんで……王子様……」
「そんなナリで、いつまでお姫様のつもりでいるんだ?」

 だからエコー・クラストフ(死海より・f27542)は傲岸に頤を持ち上げた。
 ぼたぼたぼたと、音を立てて赤黒い血が落ちていく。
 地面が毒に濡れていく。
 引き裂かれた触腕が地面に落ちていくたび、まだ少女の形を保っていた上半身もが肢に塗り潰されていく。
 彼女はそれを異状と思わない。
 ただ、『王子様』がやってこない現状を嘆くだけ。
 醜い。気持ち悪い。見るに堪えない。
 だから寄せられた眉根はきつく、彼女の内心を如実に示す。

「元は何であれ、どんな過去があれ───お前はただの醜悪なオブリビオンだ」
「つか、『魔女』だろ? 身分相応の立場でいるか、もっと俺好みの面になってから出直せや」

 ハイドラ・モリアーティ(Hydra・f19307)も鼻で笑う。
 エコーと違って『オブリビオン』に思うところは薄い彼女だ。かといって過去を侍らせたいわけではないし侍りたいとも思わない。
 『王子様』になんてなるつもりはないから。
 泥の地面から鎌首をもたげる触手に、僅かに異色の瞳を見開いた。

「へェ……何か変な感じがすると思ったらヒュドラか」
「ヒュドラ? ……これが? ハイドラと同じ?」
「他人の空似だよ、一緒にすんな。世界の数だけ違うヒュドラがいるに決まってんだろ」

 コンバットナイフが閃く。
 うねうねと身をくねらせる触腕は、本体から離れていてもやる気があるらしい。
 上等だとその一本を切り裂く。毒血がどう吹き出すかは知っているから身を翻して、ハイドラはエコーへと笑みを向ける。

「だからエコー。こいつはきっと『お前向き』だぜ」

 世界を超えた別物だとして。
 名が同じなら込められた意味と性質は同じだ。毒を含む蛇。死なない怪物。
 エコーがハイドラに強いなら、「ヒュドラ」にも恐らく強い。
 疑惑に首を傾げる彼女が少しだけ考えを巡らせて、ゆるりと疑問を吐き出した。

「似たようなもの……ってことは、再生能力なんかも?」
「たぶんな。宿主を侵食して強化、毒血を撒きながら自分は超回復するって感じ?」
「なるほど」

 それなら、と。
 あっさり頷いたエコーは、己の手首を呪剣で裂いた。
 流れ出る血は多大な呪詛を含んで黒霧と漂う。途端に崩れゆく切り離された触腕に息を呑む音はあちらとこちらから一つずつ。
 意に介さず、ただエコーは一方的に告げる。

「ハイドラ、ちょっと下がって。ここら一帯から再生の力を奪った。……いつも通りに戦うと危険だ」
「……いや、それってお前も同じじゃね?」
「ボクはもともと死んでる。少しくらい耐性もあるから、ハイドラより被害は少ない」

 ───それに。
 オブリビオンは、殺さなければならない。
 
 その意志だけが堅固なまま、黒霧と共に少女の身体を取り巻くから。
 これは止められないなと、ハイドラは理解のある大人ぶって髪をかき回した。

「わーったよ。魔法が溶けたら『王子様』が頑張る番だもんな」
「……ハイドラ。ボクは王子様じゃあない」
「知ってるよ、プリンセス・アンデッド」
「お姫様でもない」

 リミットは七十三秒。
 このやり取りで十二秒───十三秒。
 残り、六十秒。

「そォか───んじゃ、ここからはシンプルな舞踏会だ!」

 ヒュドラが立ち上がる。
 こちらとあちらと同じ数───いや、ハイドラが使役する方がいくらか多い。
 【SUISENN】。借り物のユーベルコードとて、類似のそれなら学習解析は容易ですらある。
 だから、触腕たちはエコーの行く手を遮らない。
 赤黒い、似たような触手同士がぶつかり合って絡み合って、回復しないまま泥の糧へと埋もれていく。

「すごい……これが、『王子様』……!」
「まだ寝ぼけてんのかバーカ。見惚れるくらい綺麗なのは分かるけどよ」

 ナイフに残った血を払い捨てながら笑みひとつ。
 流れるように親指を下に向ければ、分かりやすい「ぶっ殺せ」のハンドサイン。

「けど、お前にはやらん。俺のでもないけどよ」
「うるさい。───たとえ、過去だろうと」

 ハイドラが召喚した血肉の腕を踏み台に。
 ディアナイラの身体に繋がる触手を道に。
 殺意だけを漲らせた双眸が魔女を真っ直ぐに見据えるから。

「いつまでも生きていられると思うなよ」
「だから、ここで“打ち切り”だ」

 赤雷が『魔女』の喉笛へと喰らい付く。
 引き裂くように振り抜けば、飛び散る飛沫は目の覚めるような赤。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ネグル・ギュネス
【アサルト】
何が悪かったかと言えば、運が悪かったとしか言いようが無い
彼女のしてきた事が赦されるとも思わない

だが、それでも
ただ運が無かったから救われてはならない運命なんて、無い
──頼む、二人とも。時間を、稼いじゃくれないか

刃を鞘に納め、破魔の力を集中
二人が引き付けてる最中に飛んで来る流れ弾じみた攻撃は、見切りや残像で対応し、回避に専念

一瞬、ただ一刀があれば良い
破邪の刃よ、彼女に纏わり付く邪を、断ち切れ!
ほんの少しでも良い、昏き世界に堕とされた彼女に救いを

お目覚めか、お姫様
残念ながら、現実は理解してるとは思う
俺は神様じゃないから、せめて、安らかに

さようなら、おやすみ

そんな事は、ない
俺が傲慢なだけさ


鳴宮・匡
【アサルト】


同情はしない、容赦もしない
救ってやるべきだ、とも思えない
……ここで無惨に死んだやつらには、
救われる余地すらなかったんだから

でも、お前がそうしたいなら
そのための時間は作るさ

【影装の牙】は“滅ぼす”ことに特化した――攻撃力を高めた状態で形成
射程は切り詰めていい、もとよりそれほど距離は取らない

こちらへ飛んでくる武具を撃ち落としていくよ
完全に破壊できるよう計らうけど
無理でも軌道を逸らしたり、
それが帯びる属性くらいは殺せるだろう

本体には出来るだけ攻撃を与えない
毒とわかっていて食らいたくはないからな

救いを、か
……そう、思ってやれないから
俺はやっぱり、“人間”には程遠いんだろう


ヴィクティム・ウィンターミュート
【アサルト】

こいつが件のお姫様、ってやつか
どうやら俺達は王子様らしい
…いつまでも夢を見てるんだろうな
とっくの昔に悲劇で終わっただろうによ
──行くか、キッチリ終わらせに

動きを止めに行く
ヒステリー起こした女みてーに色々飛んでくるからよ、迎撃よろしく!
【ダッシュ】で一気に近づき、飛んでくる武器どもは【見切り】で避けるか、ナイフで弾いて迎撃する
近づけたなら左手を押し当てて、仕込みショットガンを【零距離射撃】
だがこいつは盛大な目眩まし…本命は右手の、小さいメダル
くっついたならこれで終い、権限は剥奪された

──俺には幸福の妨げを排除することしかできない
救うことだけは、出来ない
…後はよろしく、怪盗はお役御免さ



●強襲、救済、永訣。

「さあ、王子様───うけとって!」
「悪いけど、そういうのは間に合ってるんだ」

 金属音。
 下から入った銃弾に突き上げられた剣が推進力を失って回転、あらぬ方へ飛んでいく風切り音だけを聞く。
 なぜなら剣の雨はまだ終わっていない。
 だから当てる場所を変えた。
 正面から入った影の銃弾は“滅ぼす”ための威力に特化したそれ。打ち捨てられた無数など意に介さず、スクラップを作り上げていく。
 その光景を見る、鳴宮・匡(凪の海・f01612)に感慨はない。
 同情も、容赦も、その『お姫様』に抱くことはない。

「……いつまでも夢を見てるんだろうな。とっくの昔に悲劇で終わっただろうによ」

 ヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)のぼやく声もどこか呆れ交じりだ。
 その間にも見切りは正確に、己に当たる軌道に乗った破片だけを弾いていく。
 まるでヒステリーを起こした女の癇癪だ、と叩く軽口も普段の精彩を欠いている。

「そして、今も悲劇を起こし続けている……か」

 憂う、溜息じみた言葉は何も間違っていない。
 彼女がいなければ、この谷底に導かれてくる『王子様』はいなかった。
 彼女がいなければ、あの死肉喰いの蟲達が集まってもいなかった。
 彼女がいなければ、ここで無惨に命を奪われる人なんて、いなかった。

「それでも……ただ運が無かったから救われてはならない運命なんて、無い」

 けれど、ネグル・ギュネス(Phantom exist・f00099)はそう言うのだ。
 それが悲劇だとて、救いのない話だとて。
 手を伸ばさない理由はないと拳を握って、真っ直ぐ前を見据えて。

「───頼む、二人とも」
「お前がそうしたいなら、そのための時間くらい作るよ」
「ああ、行くか。キッチリ終わらせによ」

 ならばそのように。
 いざ、“強襲”を始めよう。


「行くぜ、迎撃よろしく!」

 まず走り出したのはヴィクティムだ。
 突っ込むのは一直線。なぜならそこが最短距離だから。
 一撃喰らえばゲームオーバーのスプリント。普通だったら冷や汗を流してスニーキングを選びたくなるそれを笑って走ることができるのは、頭上を追い越していく銃弾がいるから。

「ああ。お前は前だけ見ておけ」

 【影装の牙】、攻撃形態。
 射程距離の代わりに攻撃力だけを突き詰めた影銃が静かな破滅を突き付ける。
 毒血だと分かっているから本体───『魔女』を攻撃しないよう、僅か上方へと角度をつけて撃ち放つ。
 鉄の砕ける音はいっそ涼やかだ。 
 脆くなっていた部分を正確に穿たれた剣は中空で真っ二つ。
 余計な破片を零さないならヴィクティムだって恐れることはない。踏み込みに加速のプログラムを乗せる。実行。耳に感じる風がさらに忙しなくなって、ディアナイラの触腕が目の前にある。

「うおっ」
「きゃっ」

 血泥がぬめる。
 振り上げられるそれは捕縛──という名の圧搾──を定めている。
 だから左腕を向ける。発射。
 音もなく放たれる散弾銃の衝撃が赤い血を散らす。僅かに腕の侵略を押し留める。
 その隙に、ちいさなメダルを貼り付けた。

「止まってもらうぜ、『お姫様』よ」

 紫電の意匠は彼の象徴。
 秘する意はあらゆる行動を剥奪する封印プログラムだ。
 ヴィクティムの手札にはこれ以上に容赦のないプログラムなどいくらでもある。このまま彼女を滅ぼしてしまうことだってやろうと思えば簡単だ。
 彼では救えない。
 そのつもりもない。 
 だから幸福の妨げを排除する“怪盗”の出番はここまでだ。
 さぁ。

「主役の出番だ! 行ってこい、ネグル!」
「───ああ!」

 もう剣雨の降らぬ道程を黒白の風が駆けた。
 稼いでもらった時間は全てチャージに費やした。破片ひとつすら飛んでこない後方で集中し続けることが出来た。
 鞘から零れる光は、常闇の世界のどこにもない太陽を映して強く輝く。
 一撃、ただ一刀に全てを駆けると見据える瞳は傲慢さえ宿して振るわれる。

「破邪の刃よ、ほんの少しでも良い。昏き世界に堕とされた彼女に救いを……!」
「……救いを、か」

 その背を見送って、その叫びを聞いて、匡はひそりと溜息を落とす。
 ……そう思ってやれない自分は。
 殺してきた彼女より、殺された『王子様』の方にばかり意識が向いてしまう自分は。
 ああいう、まっとうな人間には程遠いのだろう。
 それでも目を離せない背中を、破邪の輝きを、目で追って、追いかけて、

「───あ、」

 その光が、『魔女』を切り裂いたのを見た。


「……お姫様、気分はどうだい?」

 残心を解いて振り抜いた刀を下ろす。
 そうっとかけられた声は寝起きの子供を起こすような優しいそれだ。
 怖がらせないように笑みを作って距離を詰めれば、茫漠とした黄金と目線が重なった。

「…………じ、さま?」
「いいや、残念ながら。けれど、」
「じゃ、あ……いらない」
「!」

 動こうとした触腕がメダルの禁止プログラムに阻まれて中空に固定される。
 その視線は、ネグルを決して見ていない。
 彼女は異端の魔女。
 とうの昔に狂い果てて壊れ切った心では、優しい救いを見つけられない。
 『魔女』は、『お姫様』には戻れないから。

「…………ぅじ、さま……」

 まだ剥奪のメダルの効果は続いている。
 彼女は攻撃することができない。動くことも許されない。虚ろな視線を虚空に向けて、夢の中にしかない救いにだけ手を伸ばしている。
 それが、彼女に許された現実だった。
 奥歯を噛み締める。酷く重く感じる刀を持ち上げる。

「ごめん…………おやすみ」

 振り下ろす。
 終わらせることだけが、彼女に渡せる救いだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

ネウ・カタラ

ひとりきりおいてけぼりのおひめさま
さびしいのも苦しいのも、今日でおしまい
焦がれ望んだおわり
さいごの時まで
たくさん一緒に、あそぼう?

自在に蠢く触手を大鎌でなぎ払い
或いは黒剣で切っては刺して
攻撃は可能な限り見切りや武器受けで躱す
身を侵す毒や傷の痛みはジッと堪える
だってこれは、彼女からの愛情表現のようなものだろうから

…でも空腹感だけはどうにもならない
あれだけ食べたはずなのにふしぎ
ぐぅと鳴るお腹を合図に、真紅の瞳を瞬かせて

ねぇ、ちょうだい。きみのこと

返り血すら御馳走にして
柔い肌へ牙をたて、噛みつくような口づけを
王子様じゃなくてごめんね
でも、もうひとりにはさせないから
ゆっくり目をとじて、どうかいい夢を



●血の交わりこそ、

 ───だったらもう、我慢する必要なんてない。
 飛び跳ねた白皙。牽いた残光は滴る血のような赤。
 その衝動と血統を解放したネウ・カタラ(うつろうもの・f18543)は、ばけものみたいな『お姫様』の下へと飛び出した。

「さあ、さいごの時まで一緒にあそぼう?」
「えェ、ダンスはとくいなの!」

 エスコートを乞うように伸ばされる腕は赤黒い無数。
 囚われては踊れないから大鎌の薙ぎ払いを差し出した。
 一気呵成に切り刻む。
 びしゃりと散った血の色が眩しいから、撒き散らされるそれを踏んで正面から突っ込んでいく。
 頬まで飛んだそれを舐めとれば、酷く甘い。

「おいてけぼりのお姫様。焦がれ望んだ終わりをあげる」
「ううん、始まるの! だってつれていってくれるんでしょう?」

 口の中に痺れに似た痛みがあるのを自覚する。
 何でも食べてしまうネウとはいえ、猛毒の血を含めばそれくらいの影響は出る。
 承知の上で食んだのだ。
 潰すための腕も、壊すための手も、腐らせるための毒も。
 狂って壊れたお姫様が王子様を求めてする、愛情表現だろうから。
 受け止めて、堪えてあげるのがいいんだろう───なんて。

「だったら、ちょうだい」

 そう思っても、止められない衝動がある。
 おなかがすいた。
 おなかがすいた。
 もっとたべたい。
 ───きみがほしい。

「きみを、たべさせて」

 ぐうとお腹が鳴ったから。
 地面から湧き出してきた触手を黒剣が払う。
 それだけでは刻み切れなくて、伸びてきたそれに貫かれる。
 地面に落ちた『お姫様』の血にネウのそれが混ざり合う。
 痛みを知覚する。
 けれど足は止まらない。
 真紅の瞳はただ、夢見て微笑む黄金の瞳だけを見ていた。

「つれていってあげるから」

 ───もう、ひとりにはさせないから。
 ネウの腹の中で溶けて、ひとつの血肉になって、見たことの無い夢を見に。

「……『王子様』じゃなくて、ごめんね」

 柔い肌へ噛みついて、牙を立てて食い千切る。
 吹き出す返り血すらご馳走とばかりに飲み干した。
 上がった悲鳴は歓喜の色すら混じっているように聞こえたから。
 きっとそれこそが、お姫様と王子様になれない魔女と獣に相応しい口づけ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユーゴ・アッシュフィールド
【リリヤ(f10892)】と

どんな蟲が出てくるかと思えば、随分と美しいお姫様だ。
そして、そうか……お前には戦意が無いのだな。
……どのような事情があってそのように歪な存在になったかは分からんが、ここで終わらせてやろう。

自身に迫る危険は剣で払う。
それでは足りぬ脅威は、闇の底にまで届くリリヤの光を信じ走り抜けよう。
そうしてお姫様の近づけたら、力を込めた一撃を叩きこむ。

すまないな、出来る事ならもっと違う方法でお前を救ってやりたかった。
せめてお前の眼に、この光景が幸せなものとして映る事を祈る。
どうか安らかな眠りを、美しき姫よ。


リリヤ・ベル
【ユーゴさま(f10891)】と

すがたかたちも、そのこころも。
きっとおひめさまには、おひめさまに見えているのでしょう。
待ち続けるのは、くるしいのです。
だから、ゆめからさめないことを選んだのでしょうか。
……ゆきましょう、ユーゴさま。

くらいくらいやみのそこに、天からひかりをまねきましょう。
ユーゴさまの行く手を照らすように。
かのじょの道行きを灯すように。
手は取れずとも、くちづけはできずとも。
おひめさまにつたえなくてはなりません。

わたくしもユーゴさまも、おうじさまにはなれないのです。
ただ、あなたのページを捲りに来ただけ。

ちゃんと還れるよう、おやすみなさいと、さようならを。
もう待たなくてよいのです。



●さよなら、哀しいお姫様

 それは想像していたより、ずっと美しくて凄惨な。
 多くの猟兵に斬られ、焼かれ、凍らされ、串刺され、挙句に喰われ。
 傷付いた箇所を覆い尽くす赤黒い触手の束に埋もれながら。
 それでも彼女は、決して己を『魔女』だと思わぬ『お姫様』だった。

「ァ、ア、アアアア…………」

 近づく二人の姿を認めても、彼女の触手は力なく伸ばされるだけ。
 蠢く質量がひとをはるかに超えているだけで、叩きつけるようなことはない。
 だからユーゴ・アッシュフィールド(灰の腕・f10891)は音を立てぬように剣を抜いた。

「『お姫様』、か」

 それは救われるべき者で。
 愛されるべき者で。
 ……祝福を受けるはずの者だ。
 その全ては戦い、勝ち取る者の動きではない。……そう悟ってしまったから。

「まちつづけるのはくるしいから、ゆめからさめないことを望んだのでしょうか」
「……かも、しれないな」
「それでもまっていることは変わらないから、くるしいことに変わりはないでしょうに」

 呟く、リリヤ・ベル(祝福の鐘・f10892)の声にも憂いが混ざる。
 問うたところで返る答えはどこにもない。
 虚ろに沈んだ瞳のどこにも、答えを返せる正気はない。
 カンパニュラの持ち手をぎゅっと握りしめる。息を吸う。吐くまでの間に覚悟を定める。

「ゆきましょう、ユーゴさま」
「ああ、ここで終わらせてやろう」

 灰色が踏み出した。
 ゆったりとした歩みが疾走に変わるまで二秒とない。
 駆ける一直線を塞ぐように赤黒い触手が殺到する。
 それだって、決してユーゴを阻もうとした訳ではない。
 ただ「何か来ているから触ってみよう」というくらいに軽く、けれど容赦のない質量。

「───ひかり、あれ」

 だから天から光が落ちた。
 十字架の裁きはユーゴの行く手を照らすように、鮮烈な白色で触手の束を焼き払う。
 返り血ごと蒸発させて。
 地を潤す肉片ごと消し飛ばして。
 そうしてできた道を灰色の風が疾駆する。
 手は取れない。───壊れて潰れてしまうから。
 口づけは出来ない。───腐って死んでしまうから。
 そんなことを伝える声が、もう届かなくても。

「わたくしたちは、あなたのページを捲りに来ただけなのですから」

 その結末に、望んだ幸せがみつからないとしても。
 『王子様』が、いないのだとしても。
 リリヤは鐘を鳴らすのだ。

「ゆきましょう。かえりましょう」

 道行きを灯す光がまた、落ちる。
 それが谷底の闇を照らすからユーゴもまた迷わない。

「……すまないな」

 出来ることなら。
 もっと違う方法で救ってやりたかった。
 どうしてこんな『お姫様』になったのか分からないけれど。
 光で動かなくなった触手から、まだ生きている触腕へ移る。それが最短ルート。呆けたような『お姫様』が、踏まれる衝撃に気付いてユーゴを見た。

「……ぅじ、さ、ぁ…………?」

 探るように伸ばされる一本を切り払う。
 踏み込む。やわらかな地面が沈む、前に反動を利用して跳ぶ。
 完全に『魔女』に変質した、どこかあどけない表情の『お姫様』と目を合わせる。

「───どうか安らかな眠りを、美しき姫よ」

 願わくば。
 命を絶つだけの銀風が、幸せなおわりであることを。
 祈って薙いだ一閃は、大上段からの切り落とし。
 全体重をかけて繰り出された刃は過たず『お姫様』を両断した。

「おやすみなさい」

 その返り血がユーゴに振りかかる前に、最後の光が灯される。
 空から降るような、天国に繋がっているような、光の梯子が差し込んだ。

「もう、待たなくてよいのです」

 だから、これでさようなら。
 「めでたし」などとは綴れなくても。
 いびつに繋がった本を閉じて、おしまいを告げた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年10月20日


挿絵イラスト