船上のジングル・ベル~クリスマスディナークルーズ~
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数多の世界を駆け巡り、オブリビオンとの戦いを繰り広げる猟兵たちにも休息は必要だ。
それも12月――とりわけクリスマスとくれば、戦いや事件の解決を一休みしてもいいだろう。
なにしろここUDCアースでは、ご存知のように一月以上かけてクリスマスへ向けて雰囲気を作っていく並々ならぬ入れ込みようなのだから、普段はイベントごとに興味のない人だってなんとなくクリスマス気分になったりするものだ。
「ふっふっふっふ……。そう、クリスマスなのだよ!」
わざわざ言わなくても分かりきっていることを堂々とドヤ顔で宣言するのは三池・葛士郞(三下系クズイメン・f18588)である。
「クリスマスとくれば、ボクにとっては豪華客船クルーズだね!」
普段は値段的にも日数的にも手が出にくい豪華客船だが、クリスマスの時期になるとそれなりにリーズナブルな値段の日帰りディナークルーズや、一泊二日のワンナイトクルーズが企画されることが多い。
船の上から星空や陸地の夜景を眺めながらのディナーやパーティー。
その前後にはクリスマスだけの特別なコンサートやショーが催されることもある。
「イケメンにして高貴なボクにとっては今更なものではあるんだが、UDCが貸切ツアーを組んでくれるというのでね。他の人にも声をかけてあげようと思ったわけさ」
嫌味ったらしく言う葛士郎の背中に隠された手には『はじめてのクリスマスクルーズ』というガイドブックが握られていたりするのだが、幸いなことにツッコむ人はこの時点ではいなかった。
「幸い貸切だし、細かなマナーやドレスコードはあまり心配しなくていい。もちろん、せっかくだから雰囲気を楽しみたいというなら、ドレスアップしてくるのもいいだろうね」
ボクはもちろん正装で参加するとも!
とふんぞり返ってどうでもいい主張する葛士郎はさておき。
ドレスアップしたい場合は、衣装も貸してくれるし船内の美容院でヘアメイクや着付けもしてもらえるので心配はいらないようだ。
葛士郎の隣に積まれているパンフレットによると、船内スケジュールは大凡このようなものらしい。
16時:乗船。
17時:出港パーティー
17時半:ディナータイム
19時:クリスマスコンサート
22時:下船
ディナーの後は実質自由時間。
クリスマスコンサートを聞きに行ってもいいし、カフェコーナーでお茶をしてもいい。
甲板でゆっくりと夜景や星空を見たりしてもいいだろう。
甲板の後方に備えられた鐘は船上ウェディングの時にも使われるもので、二人で鳴らすカップルも多いとか。
日本国内だからお金はかけられないがカジノコーナーでちょっとしたゲームができたり、ダンスホールで踊ったり、二十歳以上ならバーラウンジでお酒を飲むこともできるようだ。
クリスマスコンサートに参加しなくても、人が集まる場所ではだいたい生演奏が行われているので、それほど気にすることでもない。
今回も費用はUDC持ちで貸切。周りの目をあまり気にせず気楽に参加できるディナークルーズとなっている。
「べ、別にボク一人では不安だと言うわけではないけれどね! イケメンで高貴なボクと違って機会がない人もいるだろうし、誘ってみただけさ!」
後ろ手にガイド本を握りしめながら言い張る残念な男もいるくらいなので、あまり細かいことは気にしなくとも問題ない。
クリスマスらしい特別な時間が過ごしたい人や、ちょっとした好奇心で客船を覗いてみたい人。
どんな理由だって構わない。
なんとなくそわそわする、特別なことが起こるようなクリスマスの夜――思いきって更に特別な夜に変えてみるのはどうだろうか。
江戸川壱号
お久しぶりです江戸川です。
こちらは【UDCアース】のクリスマスシナリオとなっております。
<お友達と参加される場合>
・同行者全員のfから始まるID
・グループ名を【】内に
プレイング冒頭にいずれかを記入してください。
また執筆や構成の関係上、プレイングの送信タイミングはなるべく揃えていただけると助かります。
特に「8:30」をまたぐ送信は失効日に差異が出るため、避けるようにしてください。
<アドリブとか>
日常のため比較的アドリブ多めになる可能性が高いです。
そのあたりの指示に関してはMSページをご覧ください。
<船内スケジュールイメージ>
●16時:乗船。
生演奏をバックにクルーが並んでお出迎え。
●17時:出港パーティー。
ウェルカムドリンク(シャンパン、ホットワイン、オレンジジュース、ウーロン茶など)を片手に。
あの船から紙テープ投げるやつです。お見送りの人に手を振ったり。
●17時半:ディナータイム
窓からは陸地の夜景が見えます。
豪華なクリスマスディナーコース。
前菜・サラダ・スープ・メイン・デザートの構成。
●19時:クリスマスコンサート
専属キャストによるクリスマスソングを中心としたコンサート。参加は任意。
参加しない場合は自由時間。
●22時:下船
<自由行動>
ディナー後の行動をメインにする場合、下記から選んでアルファベットで指定していただくと文字数の節約になるかと思います。
もちろん、下記以外の行動でも問題ありません。船内探検とか。
A:コンサートを聴きにいく
B:甲板でゆったり(夜景を見る/星空を見る等)飲み物片手にもOK
C:カフェコーナーでお茶。生演奏付。
D:バーラウンジでゆったり(同行者全員が20歳以上の場合限定)
F:カジノコーナーで遊ぶ(同行者全員が18歳以上の場合限定)
G:ダンスホールで社交ダンス
コンサート以外はいずれも壁一面のような大きな窓から夜の海や陸地の夜景を見ることができます。
いずれもイメージしやすくするため&字数節約のための提示です。
全スケジュールに対してプレイングを書く必要はなく、むしろ「特にここを書いてほしい」という部分を中心にしていただいた方が薄味になりにくいかと思います。
<備考>
葛士郎はその辺でびくびくしながら参加しています。
お声かけあった場合はご一緒させていただきます。
それでは、ご参加お待ちしております。
第1章 日常
『UDCアースでクリスマス』
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POW : 美味しいパーティー料理を楽しむ
SPD : クリスマスイベントに参加したり、観光を楽しむ
WIZ : 恋人や友人との時間を大切に過ごす
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
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桟橋からタラップを通って船へ入れば、そこは吹き抜けのロビーだ。
天井にはシャンデリアが輝き、真下には様々なオーナメントで飾り付けられたクリスマスツリーが立っている。
その向こうにはよく磨かれたグランドピアノが置かれていて、裾の長い黒いドレスを纏った女性がなめらかに鍵盤を叩いている姿が目に入った。傍らにはバイオリンやサックスを奏でる人までいて、美しい音楽で乗船してきた人達を歓迎している。
ロビーの左右にはゆるく曲線を描く階段がのびていて、床にも階段にも赤い絨毯が敷かれている様はとても船の上は思えない。
ツリーのオーナメントに錨や浮き輪があるのが船らしい部分だろうか。
音楽だけでなく、黒い礼装であったり船らしい白を基調とした制服に身を包んだクルーが並んで出迎えている様は、慣れていなければ少しばかり腰が引けてしまう光景かもしれない。
例えばこのクルーズに誘ってきたグリモア猟兵などは、精一杯慣れている風情を装っているけれどロビーの隅で落ち着かなげにグラスをいじっている。
彼のように声をかけられた時に動揺しすぎて拒否していなければクルー達が船内を案内してくれるようで、ウェルカムドリンクを受け取ったあとはロビー奥のラウンジへ行ったり、デッキへ出て桟橋や海を眺めたりして出港パーティーを待つことが多いようだった。
出港は17時。
沈みゆく日と入れ替わるようにして、船は海へと出て行くことになる。
「良い船旅になりますように。メリー・クリスマス!」
スタッフの一人が笑顔で、ドリンクの入った細いグラスを差し出してきた。
薄荷・千夜子
ミントグリーンのドレスをお借りして
ヘアメイクや着付けまでとは至れり尽くせり!
はわー…せっかくなのでとお邪魔してみましたが…これが『せれぶ』のクリスマスというやつでしょうか…!
慣れぬ様子で辺りを見回しながらディナー会場をうろうろと
その時に見知った顔を見かけて目を輝かせながら
葛士郎さん!!よかったー、こういう場に慣れてなくて…あ、正装もとてもお似合いですねっ!
もし葛士郎さんが良ければディナーご一緒どうでしょう?
美味しいものが食べられると聞いて楽しみにしていたのです!
あ、そうだ!と思い出したようにジュースの入ったグラスを差し出し
メリークリスマス!良いクリスマスを過ごしましょう、と微笑んで
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「はわー……。せっかくなのでとお邪魔してみましたが……。これが『せれぶ』のクリスマスというやつでしょうか……!」
ディナー会場へ足を踏み入れた薄荷・千夜子(鷹匠・f17474)は、物慣れぬ様子で周囲を見回して感嘆の溜息と共に言葉をこぼす。
会場となるレストランはクリスマスカラーのリボンやリースで美しく飾られており、礼服に似た黒の制服を纏う給仕スタッフの物腰と対応は気後れしてしまうほどに丁寧だ。
今日は貸切でUDC関係者か猟兵しかいないせいか人もそれほど多くなく服装も様々だけれど、それでもやはりドレスアップしている者の方がどちらかと言えば多いようで、全体的に華やいだ雰囲気である。
もちろん千夜子もしっかりとドレスアップ済みであり、その華やぎに色を添えていた。
ミントグリーンのドレスは髪の一部を彩るメッシュと同じ色で、ノースリーブのマーメイドライン。少し大人っぽい雰囲気だけれどハイネックタイプなので露出は少なく、肩から裾へかけてはダークブラウンのレースが斜めに線を描いてアクセントとなっていた。腕にからませているレースのストールは、このラインと同じレースで作られている。
名前が表すようにチョコミントのようなドレスに身を包み、船内の美容院で髪もメイクもしっかりとセットしてもらっていた千夜子はディナークルーズに相応しい装いになっていたけれど、本人は慣れぬ場ゆえに不安は拭えなかったようで、席への案内を待ちながらもそわそわと視線が動いていた。
と、同じように落ち着かなげにそわそわウロウロしている人物が不意に目に留まる。
「あ……」
ちょうど反対側の壁付近で挙動不審な動きをしていたのは、このクルーズのパンフレットを持ってきた当人の三池・葛士郎のようだった。
緊張に強張っていた表情を綻ばせてそちらへ足早に向かうと、千夜子は所在なげな葛士郎に安堵と共に声をかける。
「葛士郎さん!」
「ぅおぅ!?」
よほど緊張していたのか、キョロキョロしていた割りには周りが見えていなかったようで、大げさなくらいに肩をハネさせた葛士郎が驚きの声をあげる。
だが千夜子の姿を目にとめると、あからさまにホッとした様子で息をついてから髪をわざとらしくかき上げて背を伸ばし、尊大な決めポーズを取り始めた。
「やぁ、千夜子くんじゃないか! キミも来ていたんだね」
「はいっ。よかったー、私、こういう場に慣れてなくて……。知ってる人がいて安心しました」
眉を下げた笑みで告げられた言葉は葛士郎としても同感だったようで、うんうんと幾度も頷く様子には実感がこもっている。
「わかる、わかるぞ……! ――あ、いや、うん。もちろん高貴でイケメンなボクはこういった場に気後れなどしないし慣れているけれどね! 慣れない者の気持ちも察することができる天才なのさ!」
とても慣れているようには見えなかったけれど、千夜子はわざわざ言及しないでおく。
楽しみではあってもこの場に気後れや不安を抱いていたのは同じなのだ。
ふんぞり返って言われる尊大な言葉も、こうも分かりやすく虚勢だと微笑ましさを感じなくもないかもしれないし。
「ありがとうございます! ……あ。もし葛士郎さんが良ければ、ディナーご一緒にどうでしょう?」
千夜子はくすくすと笑みをこぼしながら、ディナーの誘いを口にした。
一人でゆっくり味わうのも良いけれど、この場ではちょっと緊張してしまう。
せっかく同志を見つけたのだ。二人で食べれば、緊張も緩んでもっと美味しく食べられるだろう。
「もちろんだとも!」
どうやら葛士郎にとっても天の助けと言える申し出だったようで、食い気味に了承が返ってきた。
「……ごほん。……いや、うん。ボクは慣れているからね! エスコートは安心して任せてくれたまえ!」
直後にまた必死で取り繕おうとするのは、もはやルーチンか何かなのだろうか。
張り切って差し出された手はやっぱり慣れているようには見えなかったけれど、数秒後には任せてくれるかどうか不安になっているらしい様子にまた笑いを誘われて、千夜子は「お願いします」と軽く手を添える。
そうして葛士郎にエスコートされながら席に着いた千夜子は、さっそく席に置いてあったメニュー表を手に取ってみた。
本日供されるのはクリスマス限定メニューだが、具体的にどんなものが出されるのかが書いてある。
「美味しいものが食べられると聞いて、楽しみにしていたのです!」
盛り付けや飾り付けもクリスマスらしく美しいと聞けば、メニューを見ているだけでわくわくしてくる。
どのメニューが楽しみかを話し合っていると、乾杯用のドリンクが運ばれてきた。
千夜子が未成年のため、注がれるのはノンアルコールのシャンパン風炭酸飲料だが、シャンパンと同じように細長いグラスに注がれるとなんとなく特別な感じがする。
双方のグラスに注がれるのを待ちグラスを手にしたところで、葛士郎が何かにはたと気付いた様子で手を止めた。
「そういえば言いそびれていたね。今日は一段と綺麗だぞ、千夜子くん。そのドレスもよく似合ってる」
「えっ……」
自画自賛する姿を見たことはあれど、こうもストレートに褒めてくるとは予想外だったのか千夜子は思わず赤面する。
「ひゃあ~、ありがとうございます……! 葛士郎さんも、正装とてもお似合いですよっ!」
両の頬に手をあてて照れを誤魔化そうとしながら千夜子も褒め返したが、これは失敗だったかもしれない。
なにしろ相手が相手であったので。
「ふはははは! 当然だとも。なにしろボクは超絶イケメンゆえに、なんでも似合ってしまうからね!」
このように、すぐに調子にのってしまうからである。
幸か不幸か照れもリセットされたところで、千夜子は思い出したように手にしたままだったグラスを差し出した。
心得たように向かいからも細いグラスが差し出される。
今日という日の乾杯の時、口にする言葉は当然にひとつで。
「メリークリスマス!」
「メリークリスマス! 良いクリスマスを過ごしましょうね」
「ああ、お互いに!」
微笑んだ二人の間で、微かに触れあったグラスがキンと涼しい音をたてた。
大成功
🔵🔵🔵
セツナ・クラルス
会場の用意は周到、準備は万端
ということかな
…ふむ
つまり
参加者は開催者の意向に沿うべく全力で楽しまねばならないねえ…!
ディナーもさることながら、デザートプレートの美しさよ…
あれを罪深いと言わずになんと言おうか…!
先程終えたばかりのディナーの思い出に浸りながら会場を闊歩
途中で葛士郞さんを見かけて声をかけ
今日はお誘いありがとう
おかげさまで楽しい時間を過ごせているよ
…ところで少しお願いがあるのだが
「かじの」というところに行ってみないかい?
大人の社交場だと聞いてね
救い主たるもの、様々な場に慣れることが必要だと思ってね
葛士郞さんからOKを貰えたら一緒に何かしらのカジノゲームができたら
(勝敗はお任せ)
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「……ふむ」
きらびやかに飾られたクリスマスツリーの傍らで、腕を組み顎に手をあてて周囲を観察していたセツナ・クラルス(つみとるもの・f07060)は、思考の区切りとしてひとつの頷きを行った。
見たところ立ち働くクルーやスタッフはみなこの船専属のスタッフらしく、その仕事ぶりも接客も見事なもの。
船内にはいくつもの施設があるが、どこへ行っても彼らが物腰丁寧に素早く対応してくれる。
UDC側の人間は全て客として来ているようで、思い思いに過ごしているのが見受けられた。
どうやら彼らもまた船上のクリスマスを思いきり楽しんでいくつもりのようである。
「会場の用意は周到、準備は万端――ということかな」
日常や仕事を忘れ、非日常といえる船の上でのクリスマスを過ごす。
そのための舞台が整えられているのだ。
つまり――。
「(参加者としては開催者の意向に沿うべく、全力で楽しまねばならないねえ……!)」
出航から帰港までの時間はどうしたって船の上ならば、しっかりと楽しまねばもったいない。
出港までに船内を一通り見て回ったセツナは、そう決意したのであった。
デッキから紙テープを投げて見送りの人々に手を振り、ディナーの開始時間まで温かい飲み物をいただきながら夕日が沈みきるのを見守る――。
なかなかに優雅なひとときの後でいただいたディナーは、とても満足のいくものだった。
品数こそ時間の都合かハーフコース程度ながら、その分ひと皿のボリュームがあり、味も申し分なかった。
どれもよかったけれど、セツナの心を最も震わせたのは最後に出されたデザートプレートである。
「(あれを罪深いと言わずになんと言おうか……!)」
粉砂糖が皿の上に作り出した雪景色の中に、クリスマスらしいミニサイズのブッシュドノエルが浮かびあがり、その周囲をカットされた色とりどりのフルーツやミニマカロンがとりまいて。
美しいスイーツの箱庭に特に華やかさを添えていたのは、プレゼントボックスを模したケーキだろう。
ボックス部分は真っ白い生クリームで表面を覆われたキューブ型のショートケーキ。リボン代わりは薄く細いチョコプレート。そして上部にはリボンの結び目の代わりに、薄くスライスした林檎を巻いて花のようにしたものが並んでいた。
リボンの飾り結びを表現したのだろう。見た目も美しく華やかだが、味もまた素晴らしかった。
食べ終えて船内を移動している最中にも、セツナはつい何度も姿と味を反芻してしまう。
そんな風にどこか夢見心地で歩いていたセツナであったが、通路の先で船内スケジュールと開催場所が書かれた掲示板を見ている人物に目を留めてそちらへと足を向けた。
何やら真剣に悩んでいそうな金髪の男は、このクルーズの情報を持ってきた葛士郎ではなかったか。
「やぁ、葛士郎さん」
声をかければハッとして居住まいを正した葛士郎に、セツナはにこにこと笑いかける。
「今日はお誘いありがとう。おかげさまで、楽しい時間を過ごせているよ」
美味しい食事にデザートまで食べられたしね、というと葛士郎も目を輝かせて何がどう美味しかったのか滔々と述べ始め、しばし食事の感想を互いに語り合った。
「罪深い――。うん、まさにそうとしか言えないな!」
林檎の花を崩して食べる時の気持ちに頷きあったところで、不意に思いついてセツナは葛士郎のこの後の予定を聞いてみる。
すると、どんな風に過ごそうか迷って決められていなかったのだ、という答えが返ってきた。
「そうか……。それなら、『かじの』というところに行ってみないかい?」
セツナはもともと、食事の後は『かじの』とやらに行ってみるつりだったのだ。
何故ならば――。
「大人の社交場だと聞いたものだから。救い主たるもの、様々な場に慣れることが必要だと思ってね」
救い主として在るためには、様々な知見も必要だ。知らぬ場、慣れぬ場だからと取り乱したりしている者に人が救えるわけがない――ということかもしれない。
「大人の社交場か……! 知らなかっ……たわけはないぞ。うん、もちろん行くとも! 高貴なイケメンならば当然の嗜みさ!」
明らかに知らなかった様子の葛士郎だったが、セツナとしても初めての場だ。
幸い二人とも規定の年齢は満たしていることだし、連れ立ってカジノコーナーへと向かうことにする。
船内のカジノコーナーは、それほど大仰なものではない。
演奏会が行われるホールの手前、開けたスペースに気軽に立ち寄ることができる形で儲けられていた。
日本国内では金銭を賭けられない上、今日は貸切のためか同じように「ちょっと試しに」といった体の客がちらほらといる程度。
年若いディーラーから説明を受け、まず二人はゲームセンターのように専用のチップを買ってからゲームに挑む。
ゲームで稼いだチップに応じて景品がもらえるシステムだそうだが、景品も船のオリジナルグッズや次回使える割引券などのため、あまり気負わずに参加できそうだった。
まず試してみたのは途中参加もしやすいルーレット。
セツナは手堅く赤か黒かに賭けてじっくりしっかりとチップを稼いでいくのに対して、葛士郎は何故か数字単発賭けをして次々と外していく。どう見ても賭け事に向いていない。
逆にセツナはある程度チップを増やすと、徐々に賭ける枚数や賭ける箇所を増やしたりしつつ、多少の負けを織り込んでも最終的には勝ち越すという結果となった。第六感が随分と働いたようだ。
「ふふふ、なかなかに楽しいものだね。大人の社交場というものは」
「ぬぐぐ……。き、今日はちょっと調子が悪いな……」
倍くらいに増えたチップを手にしたセツナと違い、ほぼすっからかんになった葛士郎は悔しそうに言いながらも無駄な負け惜しみを口にする。
しかもやめればいいのに、ルーレットの方角がよくないに違いないとかなんとか謎の難癖をつけて今度はポーカーをしようとセツナを引っ張っていったのだが――。
「――おや? ストレートフラッシュのようだよ」
「なー!?」
こちらでもセツナは驚きのツキをみせ、葛士郎はまぐれ勝ちの1回以外は驚きのツキのなさを露呈する結果となったのである。
「これは自分の手札と親との駆け引きが、なかなか興味深かったよ」
もっともセツナにとっては積み重なったチップよりもここで得た経験の方に価値を見いだしているようなので、この無欲さが勝利の鍵なのかもしれない。
「うぐぅ……次は負けないからな、覚悟しておきたまえ!」
「ふふふ、かまわないとも。楽しみにしておこう」
雑魚キャラのような葛士郎の捨て台詞にも何故だか楽しそうに鷹揚に頷いたセツナは、その後も何度か勝負をしたり、甲板から夜景を眺めたりして、最初の決意通り全力でクルーズを楽しんだのであった。
大成功
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