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黒魔術洋館キネマ殺人事件

#サクラミラージュ

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#サクラミラージュ


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「探偵には殺人事件がつきものだ」
 男はそんなことを思った。殺人事件、それも連続殺人事件が好い。特に意味があるような連続殺人。見立ての華やかさ。それを探偵が解決する姿、いかにも好い。派手だし、目立つ。男の性分にぴったりであった。
 さてここに、一本のキネマが在る。二階建ての豪奢な屋敷に、氷の張った広い池。雪に埋もれた枯れ木の生えた庭。先祖が集めた悪魔や黒魔術に関する蔵書に傾倒する長男、爬虫類のために借金をしてまで温室を作った次男。いくつもの人形に囲まれて暮らす長女と、流行り物が好きで、兄らを疎んでいる三男。気が強く、連れ子の三男を溺愛する母親、それを非難する高圧的な父親。離れに住む、出戻りの卑屈な伯母。その私生児たる息子……。
 彼らが次々に殺害されていくという筋書きのこのキネマ。
「実際の『連続殺人事件』になったら――探偵が必要になりそうじゃあないか?」
 多少の展開の前後や、登場人物の変更なんてかまいやしない。
 連続殺人事件を解決する名探偵さえ、自分なら。
 最後にスポットライトを浴びるのが自分であれば、それでよいのだ。
 だから男はその台本を実現することにした。
 自分が目立てる、自分が探偵役になれる、そんな殺人事件を。

 ●

「連続殺人事件を扱った映画の、台本通りに役者が死ぬ――という連続殺人事件が起こるわけなのであるが」

 葛籠雄九雀は常と同じくのんびりとした調子で、集った猟兵に予知を説明した。

「探偵として目立ちたいので、自ら連続殺人事件を起こしたと。動機は実に単純であるな。困ったものである」

 事件が起きるのは、キネマ撮影のために貸し切りになった洋館だ。二階建てで部屋数も多く、ダンスホールなどもある立派なものである。元はとある華族が建てた別荘であったとのことだが、金銭に困った先代当主が、キネマ関係者相手にロケ地として貸し出しをするようになったらしい。

「役者や監督などのスタッフは、予知した時点でこちらから連絡し、来ないように言ってもらったのであるが……それでは勿論、影朧が出て来ないわけである。だが撮影が始まれば、影朧は必ず現れる。名探偵として登場するためにな。つまりその場所ではもう撮影ができんのであるよ」

 要するに、何が言いたいのかと問われると。

「彼らに代わって、連続殺人事件の被害者になって欲しいのである」

 九雀は猫背を伸ばしながら、さらりと言った。

「ああ勿論、スタッフとなってくれても構わん。一応台本はあるが、その通りにする必要はない……と思うのであるぞ。連続殺人事件さえ起きれば良いのであるからな。因みに、急なことであったので、機材が一部そのままになっておるらしいが……触ってもいいが壊すのだけは勘弁してくれ、とのことである」

 戦いになったら結局壊れると思うのであるがなあ。九雀はそんなことをこぼしつつ、間の抜けた口調で首を傾げる。

「まあ、最後に影朧はついてくるものの、概ねやることは撮影所見学のようなものである。是非楽しんできて欲しいのであるぞ」

 それではよろしくお願いするのである。
 そして彼は、いつもの通り頭を下げた。

 


桐谷羊治
 なんだかポンコツなヒーローマスクのグリモア猟兵にてこんにちは、桐谷羊治です。
 七本目のシナリオです。何卒よろしくお願いします。

 そんなわけで、初めてのサクラミラージュです。お手柔らかにお願いします。
 あまり深いことを考えずに遊ぶ話です。多分。

 第一章では撮影地となった洋館を色々探索してくださればと思います。セットとか衣装とかご自由にお使いください。着物も洋装もあります。

 第二章では渾身の殺人事件を起こしたり起こされたりしてください。OPには色々書いていますが、役柄なども自由なのでお好きにどうぞ。でも誰かを殺すか殺される必要はあるのでその点だけお気をつけください。

 第三章はボス戦です。

 心情があれば書きます。なくても大丈夫です。全体的にいつもの通りです。
 また、今回より、己の執筆速度を鑑み、人数が増えすぎた場合抽選を行いますので、予めご了承ください。

 幾分筆が遅いきらいのある若輩MSではございますが、誠心誠意執筆させていただきたく存じます。
 よかったらよろしくお願いします。
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第1章 日常 『キネマの天地』

POW   :    衣装を借りて撮影エキストラ体験

SPD   :    セットを探訪して名画の雰囲気を味わう

WIZ   :    役者たちと交流して記念のサインを

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

クロム・ハクト
探偵が犯人じゃあべこべだが、細かい事に頓着しないのは助かるな
こっちも演技といった細かい事は不得手だしな

衣装(背丈合う物から適宜)に袖を通し館内を巡る
他の世界の服はどうにも慣れないな…
そんな事も思いつつ
巡るのは、この世界を知るのと、屋敷を知る(間取り・立ち回り把握)為の両方で

人形が相棒だからか、気を惹かれたのは長女の部屋
これはセットか、それとも屋敷の物を利用したのか
作りや手入れの具合からそんな事を考え、想像する
丁寧に扱われた物ならば戦いで極力壊さぬようにと

さて、どんな役になったもんか
役柄は原案に沿うなら長女/人形に、興味/好意を持つような役(伯母の息子等?)を考えています(PL視点)
アドリブOK


ヴォルフガング・ディーツェ
成程ね、自分が事件を起こせば時期もトリックも思いの儘ってワケか
そういう自分勝手で短絡的な考え、嫌いじゃないよ?――ま、踏み躙る前提の話だけどね

被害者かスタッフを選べるのであれば、被害者役かな
この無駄に生きて来た年月、演技に活かしておきたいところだねー

台本を片手に、戦闘になった時も考えて別荘は隅から隅まで探索
シナリオがあるならその通りに添っていった方が互いにやり易いだろうし、後でアドリブ効かせたくなったときにも便利だね
セットもどんな作りになっているのだろう、楽しみだ

服装は折角だから借りて…そうだな、書生服とか着て見たかったんだよね!
九雀が来れたら、一緒に巨大照明に潰される役とかしたかったな、残念



 
 ――成程ね、自分が事件を起こせば時期もトリックも思いの儘ってワケか。ヴォルフガングは、洋館の玄関ホールの備品置き場、そこにあった真新しい――おそらく予備として保管されていた――台本を片手に廊下を歩きながら、鼻を鳴らすように笑った。
(そういう自分勝手で短絡的な考え、嫌いじゃないよ? ――ま、踏み躙る前提の話だけどね)
 取り返しがつかなくなる前に、その恥ずかしくも愚かしい妄想を潰してやるのだ。いっそ感謝してほしいくらいである。
(さてさて、オレはどうしようかな)
 被害者かスタッフか。今のところ、どっちをやるかは選べるみたいだし、被害者役かな。
(この無駄に生きて来た年月、演技に活かしておきたいところだねー)
 それなら、まずは衣装から変えちゃおう。セットもどんな作りになっているのだろう、楽しみだ。そんなことを考えながら、男は、『衣装部屋』とプレートのついた、元は物置か何かだったと思しき部屋の扉を開いて。
「あ」
 そんな声を上げたのはどちらだったか。ヴォルフガングが扉を開けた先、そこに居たのは彼と同じく台本を手にして立つ、人狼の少年であった――見覚えがある。彼の名前は、確か。
「キミ、クロムだっけ?」
「ああ。そっちは……ヴォルフガング、だったか?」
「そうそう! 久しぶり、奇遇だね」
 あの六月の、雪景色以来の邂逅であるから、およそ半年近くであろうか。あの時一度会ったきりの相手を、よく覚えていたと思う。お互いに。
「キミも演者をやるの?」
「そうだな、そのつもりだ。ただ、どんな役になったもんかと思って」
 言いながら、クロムはくすんだ緑の和装を着せられたトルソーに近付いて、そのサイズを見ていた。
「……年齢的には、伯母の息子か?」
「ああ、いいかもねえ」
 台本通りであれば、その役の年齢はヴォルフガングよりクロムの方が近い。尤も、どんな役でも、ヴォルフガングより他の者の方が年齢は近いような気はする。
「オレはどうしようかなぁ。長男が面白そうかなー」
(服装は折角だから借りて……そうだな、書生服とか着て見たかったんだよね!)
 そうなると、長男は駄目だ。洋装である。いや洋装でね、懐中時計とかこう、持つのもかっこいいんだけれど。台本をめくって、書生服を着ている役を探す。あった、――次男だ。
「決めた、オレは次男をやろうっと」
「次男か」
 確認のためか、クロムもまた、台本をめくる。それから、その金色の眼をぱちぱちと数回瞬きさせてから、少しばかり困ったように男の顔を見た。何があったのかと首を傾げれば、少年が台本を指し示す。
「……あんた、真っ先に殺される役だぞ……」
「エッ」
 被害者になろうとは思っていたけれど、まさか最初の犠牲者とは。死体でいなければいけない時間が結構長そうだな。齢百歳の演技力が試される。いやでも死ぬ順番とかは関係ないって言ってたし、どうにか後の方で死ねたら。そんなことを考えるヴォルフガングに、少年は続ける。
「しかも、凍った池に沈められて溺死するやつ。大丈夫か? 今、真冬だが」
「で、溺死……」
 予知の通り、外は雪が積もっている。ここへ来るまでに少し確認したけれど、池もしっかり凍っていた。実際のキネマ撮影であれば人形でも使うのだろうが、今回の場合はそうもいかない。殺されたふりをしなくてはならない以上、池へ放り込まれる可能性は十分ある。一般人と違って、その程度で死ぬほど軟ではないけれど、寒さを感じないわけでは勿論ない。というか、絶対寒い。しかも、連続殺人事件ということは、ずぶ濡れで死体を演じ続ける必要があるわけだ。屋内に連れて入ってもらえなければ、凍える庭でずっと死体役。あの六月とは訳が違う、今回は本気の冬である。
 ……もしかして、結構つらい役かな?
 男の長い尻尾が、しゅんと垂れてちょっとだけ揺れた。
「……だ、大丈夫! 死に様はアドリブしたらいいだけ!」
 ぐっと拳を握り、ヴォルフガングは笑顔を浮かべる。書生服を着てみたい――その興味が、寒さへの不安に打ち勝ったのだった。打ち勝ってしまったとも言う。
「そ、そうか」
 あんたがそれでいいならいいが。少年の言葉に男は「ありがとね」と答えてから、ふと、自分を、つまり次男を殺すのが誰なのか気になって訊いてみる。
「まだ確認してないんだけど、次男を殺すのって誰?」
 クロムが、「ちょっと待ってくれ」とページをめくる。そして終盤で手を止め、また困惑したような顔をした。
「……伯母の息子だ」
「……」
 二人揃って、しばし無言になる。
「……い、池はやめてね……?」
 結局、ヴォルフガングはそう言うしかなかった。

 ●

 ――予想外に被害者と加害者が揃ってしまったわけであるが、むしろ今回の場合は好都合だな、とクロムは思った。そして、彼に殺される役のヴォルフガングもまた、そう考えているらしかった。「シナリオがあるならその通りに添っていった方が互いにやり易いだろうし、後でアドリブ効かせたくなった時にも便利だね」とは、先程池に放り込まれることが判明してしまった彼の言である。
 そのような都合で、今クロムは、書生服とやらに着替えたヴォルフガングと共に、洋館の中を探索しているわけなのであった。
(探偵が犯人じゃあべこべだが、細かい事に頓着しないのは助かるな)
 役者でなくても構わないどころか、死因も、登場人物の多寡も、台本通りでなくても良いというのだから、いくらでもやりようがあるというものである。
(こっちも演技といった細かい事は不得手だしな)
 クロムは『殺す演技』など知らない。無論、『殺される演技』も。
 上手く騙せればいいが、と思いながら、クロムは首の襟巻を少し持ち上げて口元まで隠す。スタッフや役者が皆避難した洋館の中は、暖房も入っていなくてそれなりに寒い。加えて言えば、クロムの着ている、灰緑色の――台本には青鈍色と表記されていた――ズボンのない服、着物というものに、やはり少しばかり、少年は歩きにくさを感じるのだった。
(他の世界の服はどうにも慣れないな……)
 足の指の間に紐を挟んでおく感触など、普段であれば絶対に感じられないものである。歩き方も自然にいつもとは変わって来るし、中々難しい。
 そんなことを思いつつ、それでも巡る彼の足が止まらないのは、この世界を知りたいと思うからだろう。間取りや立ち回りの把握のために屋敷を回ることも、着物でこの世界の光景を眺めるのも、少年にとってはどちらも大事なことなのだ――きっと。
「ここがお風呂場だね」
「このあたりは台本の間取り通りだな」
 風呂場、炊事場、玄関ホールやバルコニー、応接間などを順繰りに見て行って、洋館の内部を二人で把握していく。やはり、風呂場一つとっても、クロムの世界とは違う。何しろ、蛇口を捻れば、すぐにお湯が出るのだ。
「いやあ、どこも立派だね」
「そうだな。立派過ぎるくらいだ」
 これが別荘と言うのだから驚きである。屋敷の主は、どれほどの財を投じたのだろう。
「彼が来れたら、一緒に巨大照明に潰される役とかしたかったな、残念」
 ヴォルフガングが言う彼とは、今回の事件を予知した、あの仮面のグリモア猟兵のことだろう。クロムも何度か世話になっている。
「穏やかじゃないな」
「だって、楽しいじゃない。映画の衣装で映画のワンシーンみたいに死ねるんだ。こんな体験、そうそうできないからね」
「そういうもんか?」
「そういうものだよ」
 確かに、違う衣装で違う世界を、違う役として歩くのは楽しいが。そんな会話をしながら、ダンスホールと爬虫類の温室などに置かれたカメラ用クレーンを見て俄かに高揚したりしつつ――
「それじゃ、次は登場人物の部屋を見て行こうか」
「ああ」
 部屋は、大体二階にある。間取りを確認し、階段を上がって、一つずつ部屋を見ていく。小物で演出された部屋はいかにも非日常的で『セット』らしく、面白かった。
 そんな中――人形が相棒だからだろうか。
 あるいは、長女に気があったという、役柄がそう思わせたのか。
 どちらであったにせよ、クロムが強く気を惹かれたのは、長女の部屋だった。
「おお……これはすごいね」
 アンティークなのかな、とこぼすヴォルフガングと共に、部屋の中へ入る。キネマとは、部屋までも演者となるんだろうか、と少年は思った。様々な種類の、いくつもの人形が置かれたその部屋は、確かに、ある種の異様さを持って、そこに在った。
(これは……セットか、それとも屋敷の物を利用したのか……)
 人形の一体に手を伸ばし、その金色の髪の毛を撫でる。かなり丁寧に手入れされているものである。年季も入っている――セットで持ち込まれたものではなさそうに見える。であればやはり、屋敷の住人のものだったのかもしれない。
 ……誰かの、大事なものだったのだろうか。
 だとしたら、それをここに置いていかねばならなかった持ち主の心境や、いかに。
 この人形たちを壊してしまうのは――嫌だとクロムは思う。
「ここは……戦闘に巻き込みたくないな」
「……そうだね」
 ぽつりと呟いた自分に、同じく人形を見ていたヴォルフガングが同意してくれる。
「それじゃあ、殺人現場候補を探そうか。影朧も、そのあたりに現れるんだろうし」
「わかった」
「出来れば、オレは池以外で死なせて欲しいなあ……」
 そんなことを話しながら、二人は再び、探索に戻ったのであった。

 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ロカジ・ミナイ
夕立くん/f14904

何処がいいかねぇ…僕らの舞台は

袴姿のハイカラさんに見合う、小綺麗な書生の衣装に身を包む
ハイカラさんはもちろん夕立くんよ
僕らが並ぶとあらあらなんて美麗

僕が売った女物の着物を着て見せてくれるって約束したからね
バレバレさ
けどもあんまりも別嬪だからね!僕のことならコロッと騙せるよ
…ちょいとタッパがあるけども
あんまり喋んないでおくれ…!夢が醒めちゃう!ああ!
…声を変える薬作ろうかな

さぁさぁ、何処で殺し合おうかねぇ、なんて浮かれ気味に館内探索

おや、ここなんかどうだい
男女のでっかい肖像画がある壁の前
コイツを血反吐で濡らしたらさぞ印象的だろうよ
え?何かイタズラするの?手伝う?


矢来・夕立
雷眉毛さん/f04128

潜入および偽装工作。承知しました。
影朧の目的からして、舞台にはそれなりの華が必要でしょうね。絵的に。

というワケで、こちらがプロの忍者による渾身の変装です。

オレに気づくまで黙っておこうと思ったんですけど。
雷眉毛さんから買った服なんで、バレますね。
それにやはり背丈がネックでしょうか。
ここまで伸びるとは思ってませんでしたから…
…。は?夢?もう少しガラの悪い声で喋ってあげましょうか?

さて、幸いにして殺すのも殺されるフリも得意です。
血染めの肖像画。意味深になりそうでイイですね。
……額縁の裏に何か仕込んでおけそうですし。
とりあえずは悪戯の下見ですよ。
後で何か頼むかもしれませんね。



 
 ロカジの前には今、とても可愛らしいハイカラさんがいる。いや、可愛らしいなどと言うものではない。巻いた黒髪、鋭いが丸くてこぼれそうな大きい紅玉の瞳。つんと澄ました鼻に、口紅を差してつやつやした唇……ほっそりした体躯としなやかな指先……どこからどう見ても、とびきりの美人である。百点満点だ。キネマの舞台となる洋館、その雪積もる玄関ポーチに立った『彼女』は、銀幕に映し出される女優よりもよっぽど鮮明な美しさでそこに立っていた。ロカジはその姿を視界に収めながら、感嘆と共に近付く。
 その睫毛の長さまでわかるような距離に立った時――彼女が、不意に口を開いた。
「……どうしました?」
「……」
 うん。
「……やっぱり夕立くんなんだよねぇ……」
 その声にハイカラさんの正体が見知った少年であることを確かめたロカジは、がっくりと肩を落とした。いや、最初から分かっていたのだけれど。だって彼が着るその服には、非常に見覚えがある。
「オレに気づくまで黙っておこうと思ったんですけど」
 雷眉毛さんから買った服なんで、バレますね。
 赤い目の少年が、長い睫毛に縁どられた薄い瞼をぱちぱちと瞬かせる。雪の舞う季節に、少年の華やかな色合いは、その容貌の美しさと相まって酷く現実味がない。
「僕が売った女物の着物を着て見せてくれるって約束したからね。バレバレさ」
 まさか、見せてくれるタイミングが今日とは思わなかったけれど。
「因みに、いきなりどうして?」
「今回の仕事は、潜入および偽装工作として承知しましたので」
 そう言って持ち上げた指、それを彩るのはレースの手袋と黒く丁寧に塗られた爪である。
「影朧の目的からして、舞台にはそれなりの華が必要でしょうからね」
 絵的に。
「というワケで、こちらがプロの忍者による渾身の変装です」
 そう言われれば確かに、美女の死体の方が盛り上がるように思う。何しろキネマとは娯楽だ。ロカジだって同じ死体を映画で見るなら、しなびた中年より、薄幸の未亡人などの方が良い。映える。
「成程ねぇ」
 そんなことを言いながら、流石に雪の中で立ち話も寒くなってきたので、何となく夕立をエスコートするように玄関の扉を開き、洋館の中へ入る。物色しつつ目指すのは、衣装室である。この姿の夕立と仕事をするのであれば、一先ず衣装を変えるべきだろうと思ったのであった。それこそ、華がある姿の方が影朧も食いつきが良いだろうという判断である。ついでに洋館の見取り図なども見て、『死に場所』の検討も忘れない。
「さぁて、何処がいいかねぇ……僕らの舞台は」
「そうですね……」
 歩きながら、ハイカラさんの姿の夕立がロカジの持つ見取り図を覗き込む。うん、髪からいい匂いがするんだよね。何かね。長い睫毛の少年――少女が顔を上げ、すっかり声変わりしたその喉で、淡々とロカジに言葉を投げる。
「……バレバレだったのでは」
「バレバレさ。けどもあんまり別嬪だからさ!」
 僕のことならコロッと騙せるよ、と言ってから、ロカジは、自分の目線とあまり変わらぬ場所にある夕立の朱い目を見た。
「……ちょいとタッパがあるけども」
 普段はもう少し低いはずだから、おそらく少年の履くヒールブーツのせいだろう。自分の言葉を受けてか、少年がロカジから少し身を離し、近くの窓ガラスに映る彼自身にその目を向けた。憂うような紅玉の反射が、雪景色に映る。ああ、とっても絵になる。キネマの宣伝ポスターだって作れる。それも、満員御礼間違いなしの。加工も要らない、写真に撮って、題名を入れたら、それだけで完成する。見惚れるような完璧さだ――少年の『渾身』と言うのは、間違いないのだろう。
「まずは衣装……」
 しかし。ロカジは思わず顔を覆う。
「それにやはり背丈がネックでしょうか。ここまで伸びるとは思ってませんでしたから……」
 声が、低い。
「あんまり喋んないでおくれ……! 夢が醒めちゃう! ああ!」
「……。は? 夢?」
 視覚と聴覚のギャップによる悲しみを吐露すれば、夕立が、呆れたように目を細めた。
「もう少しガラの悪い声で喋ってあげましょうか?」
「そうつれないことを言わずにさ、もっと夢を見させておくれよ……」
「馬鹿なことを言っていないで、仕事をしますよ」
 夕立が窓から離れて、先へ立って歩き始める。既に見取り図は頭に入っているのだろう、その足取りに迷いはない。すらりとした後ろ姿は、身長こそロカジ並に高いが、うっとりするような艶やかさである。
「……声を変える薬作ろうかな」
 ロカジはそんなことを呟いてから、少年の後ろ姿を追ったのだった。

 ●

 衣装室に何着もあった映画の衣装、その中でロカジが選んだのは、小綺麗な書生の衣装であった。袴姿のハイカラさんに似合うものを、とのことで選んだらしい。ついでに、楽屋の鏡を使って、着替えた男にいくらかの化粧も施す。キネマとなれば男もメイクはするだろうから、後々面倒にならないための保険であった。影朧は台本すら気にしないということであるし、そのままでも良かったのだろうが。
 そうして完成した役者としての自分たち――尤も、夕立はここへ来る前から完成していた――の姿に、はしゃいだ声を上げたのは、勿論。
「いいねぇ!」
 ピンク色の雷眉毛が特徴的な、ロカジの方であった。先程夕立の姿を見て夢が醒めるだの声を変える薬がどうだのと言っていたことはさっさと忘れ去ったのか、男の表情にはもうその名残すらない。
「これだけでもう、映画に出てくる感じだよ」
「心置きなく死ねますね」
「そうだねぇ」
 ちょいちょいと手招きする男に近付いて、鏡の中に並んで映る。
「なんですか」
「見てご覧」
 言われて目をやるが、鏡の中には自分たちが映っているだけだ。不思議に思っていると、ロカジが笑ってその顎を撫でる。
「こうやってさ、僕らが並ぶとあらあらなんて美麗、どっちが死んでも絵になりそうじゃあないかい。いっそ悲恋でも演出したりする? 殺し殺され――ってね」
「雷眉毛さんは、殺す方と殺される方、どっちがやりたいですか?」
 質問をすれば、男が白い歯を見せてニッと笑った。
「殺し合いを所望したいね」
 そんなことを言う男と連れ立って、夕立は部屋を出る。目的は決まっている――場所探しだ。役者が居るなら、舞台を選ばねばならない。頭の中にある見取り図の中から、より良い場所を探しつつ、袴姿の少年は書生服の男と歩く。
 さて。
(幸いにして殺すのも殺されるフリも得意です)
 ならば、後は最小の労力で最大の結果が得られる手段の模索となる。考える夕立の横で、ロカジが浮かれた様子で言った。
「さぁさぁ、何処で殺し合おうかねぇ」
 ほんのり黄色に光る明かりに照らされる洋館の中で、男は鼻歌でも歌い始めそうな様子であった。いつも楽しげな男ではあるが。
「随分と上機嫌ですね」
「当然! こんな機会は滅多にないからね」
「そうですか」
 ふっふっふ、と笑う男の横で淀みなく歩を進め、品定めを続ける。どこで死ぬのが一番、『華』があるか。目立ちたがりで、スポットライトを求め、『探偵』であろうとする影朧が、思わず飛びついて事件を解決しようと思える場所は何処か、『事件』は何か……。
 そして夕立は、その場所で足を止めた。それは隣のロカジも同じであったらしく、「おや」とこぼして立ち止まる。二人揃って『それ』を見上げれば、先に口を開いたのは、普段から饒舌な、男の方であった。
「ねぇ夕立くん」
「なんでしょう」
「ここなんかどうだい。この、男女のでっかい肖像画がある壁の前」
 ロカジが示したのは、玄関ホールから続く階段の踊り場、その、如何にも何かありますと言わんばかりの場所である。よく出来ているが、見る者が見れば、セットとして用意されたものであることがすぐにわかるその絵画は、確かに『うってつけ』であるように見えた。誰を描いているものか、眉目秀麗な男女である。もしかすると、今回撮影するキネマに登場する夫婦の若い頃などであるのか。詳細は不明だ。
「コイツを血反吐で濡らしたら、さぞ印象的だろうよ」
「血染めの肖像画。意味深になりそうでイイですね」
 動機、犯行方法、見立て……様々な要素を込められる。絵画に近付いて、その素材や重量を確かめながら、少し裏なども確認してみる。――これならば。
「……額縁の裏に何か仕込んでおけそうですし」
「え? 何かイタズラするの? 手伝う?」
 嬉々として目を輝かせる男は、まるで玩具を見つけた子供のようである。だが、今はまだそこまで手を入れるつもりはない。他の猟兵も来るだろうし、影朧を呼び寄せる前に彼らが引っかかってしまったら、仕事に差し障る。
「とりあえずは悪戯の下見ですよ。後で何か頼むかもしれませんね」
「そうかい? 必要ならいつでも呼んどくれ、夕立くんがどんなイタズラをするのか楽しみでしょうがない」
「楽しみにしてもらっていいですよ」
 嘘とだまし討ちは得意分野です。そう言った自分に、ロカジが「違いない」と笑った。
「それじゃあ一応、他のところも見ておきましょうか。何か面白いものでもあるかもしれませんし」
「よしきた!」
 男の威勢のいい返事と共に、夕立は再び歩き出す。
 冬の冷気が、そんな少年の髪を撫でて、溶けた。

 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

葡萄原・聚楽
【POW】

クソだなその“自称”探偵

まぁせっかくの初サクラミラージュだ、今は純粋に楽しんでおく
影朧がもう見てるかもしれないし…ってのもあるけど

陰ある人、秘密持つ人、楽しそうにしてる人…そういうのが死んだほうが、物語としちゃ面白い
その探偵だけじゃロクな話にならなそうだからな
舞台整えて、幕引きまで付き合ってやるさ

和装混じりの学ランに帽子、ちょっと気になってたんだ
似合う自信はあるけどな

人形あるならどんなのか見てみたい
可愛いのは好きだし、ビスクドールや日本人形も嫌いじゃない
技術や想い詰め込まれてるものだからな

ああでも、球体関節は少し、複雑だ
綺麗なのは、間違いないんだけどな

※アドリブ、他の方との絡み:歓迎


トリテレイア・ゼロナイン
出ない反吐が出そうな動機ですね…未遂が唯一の幸いですが
転生を促すか、問答無用で首を刎ねるか

為人を見て判断しましょう

…理性ある影朧の討伐の選択肢が最初から挙がるのは初めてですね

台本に目を通し館を散策
殺人トリックに使えそうな場所を捜索
建物を破壊しない程度に派手な爆発で衆目の目を逸らす為の●破壊工作の仕掛け、偵察用妖精ロボを盗聴器代わりに屋根裏など隅々に配置し
●情報収集の仕込み等も敢行
(事前に他猟兵には盗聴ポイントを申告)

役柄は「騎士道楽に血道を上げる、館に隠された魔術財産狙いで動く親戚の狂人」、状況を混沌とさせる被害者枠として最適でしょう

…探偵も騎士も、出番があって嬉しいのは御話の中だけなのですよ



 
 自分が目立ちたい。
 ただそれだけのために、連続殺人事件を己で引き起こす。
(出ない反吐が出そうな動機ですね……)
 トリテレイアは撮影機材の残った洋館の中を一人歩きながら、そんなことを思った。その手には、スタッフが忘れていったと思しき、書き込みのある、少しくたびれた台本が一冊。この筋書きを壊さない程度に、己の役柄を演じようと彼は思っていた――例えば、騎士道楽に血道を上げる、親戚の狂人であるとか。館に隠された魔術財産狙いで動く、巨躯の白鎧。それが殺されるとなれば、状況を混沌とさせる被害者枠として最適だろう。幸いにして血糊は山ほどストックされているのを見つけている。機械の体であるトリテレイアでも、これならば十分『それらしく』死ねるはずである。
 台本によれば、死ぬのは四人だ。四人も『現実に』死ぬところだった。それも、あまりに身勝手な欲望のために。
 それを是とする思考回路も規範も、トリテレイアは持っていない。
(……未遂が唯一の幸いですが)
 転生を促すか、問答無用で首を刎ねるか。
 ふと立ち止まり、窓の外へと視線を向ける。外は雪で白い。白く染まった雪の中に、南天の赤が、目立って見えた。
 その赤が、血にならぬことを――トリテレイアは望んでいる。
(為人を見て判断しましょう)
 トリテレイアは一つ頷いて、窓から離れると散策を続ける。何を目的に歩いているのかと言えば、殺人トリックに使えそうな場所を探しているのであった。無論、それだけが目的ではない。建物を破壊しない程度に派手な爆発で周囲の目を逸らすための仕掛けや、盗聴器代わりの偵察用妖精ロボを設置しているのである。他の猟兵たちにも、先んじて飛ばした妖精ロボにて、遭遇出来次第、設置場所を共有している。
 西洋建築の天井は、トリテレイアが身を真っ直ぐ伸ばしても頭を打たない程度の高さがある。先日列車に乗った際は天井の高さが足らなくて貨物列車へ乗ることとなったので、これは少し有り難かった。
 そう言えば、と、階段を上がりながら、ウォーマシンは気付く。
(……理性ある影朧の討伐の選択肢が最初から挙がるのは初めてですね)
 常ならば、説得できるかどうかを考えるところだと言うのに。役柄に固執して他者を巻き込もうとするその言動が、自分の逆鱗に触れたのだろうか。ふと思いついたそれは、正しいように思えた――何故ならば。
(……探偵も騎士も、出番があって嬉しいのは御話の中だけなのですよ)
 物語、とはそう言うものだ。困難に立ち向かう勇壮さも、打ちひしがれる恋の美しさも、現実にないからこそ、『物語』として胸を打つのだ。物語とは、乗り越える壁あってこそのもの。だが、『現実』にそれらを望む者はいない。誰も自ら不幸を欲しない。
 即ち、虐げられる民草がいない故に騎士は不要。
 謎めく悲劇の殺人事件がない故に探偵も不要。
 それが道理だ。
 だからこそ彼は――かの探偵を不快に思うのだろう。
(……さて)
 気を取り直して、頭の中の見取り図を参照しながら、ホールの反対側、奥まった場所にある階段を上がる。狭いので、少し横になりながら二階へ上がれば、家人の私室がある。
 魔術に傾倒しているという長男の部屋へ入り、そこへ収められた蔵書を一冊取り出して見る。演出用の小物なのだろう、古く見える紙は、そう加工されているだけで、随分と新しかった。とは言え書かれた内容は、存外いい加減なものではなく、少し目を通しただけでも読み物として興味を惹かれるものだった。実は誰かの私物だったりするのでしょうか、と感心しながら本を閉じ、本棚の奥を覗く。そこに多少のスペースがあることを確認して、妖精ロボを置くことを決める。この階が終わったら、屋根裏にも向かうとしよう。
(その前に、盗聴ポイントを申告しなければいけませんね……)
 そう考え、猟兵との伝達を担う妖精ロボを遠隔操作しようとして――トリテレイアは、暖炉の上に設置された鏡へと顔を向けた。何と言うことはない、ただ彼のセンサーに、何かが反応したので、確認しようと思っただけである。ちらと見えた映像だけでは、その正体がよくわからなかったのだ。
 そして――トリテレイアはそれを理解した瞬間、部屋の外へ飛び出していた。
 ――鏡の中、見えたのは一人の少年だ。彼は、操り人形がいくつも吊られた暗い部屋の真ん中で、細い透明なワイヤーに、周囲の人形同様全身を絡め捕られていた。否、その表現は正しくない。
 彼は首を、絞められていた。
 その少年の名を、トリテレイアは知っていた。
 葡萄原聚楽。あの夏の、彼が己をペーパーナイフと称した、青薔薇の事件。
 あの時、一緒になった少年であった。
 第一の犠牲者はこの子にしよう――と、どこかで、男の声が聞こえた気がした。

 ●

(クソだなその“自称”探偵)
 聚楽は屋敷を歩きながら、この事件を引き起こした影朧のことを考えて眉根を寄せた。ただ己が『探偵』でありたいがために人を殺す――胸糞悪いことこの上ない動機だ。傷ついた魂と言うが、やっていることは邪神やそれを祀る教団のものと大差ない。己の傷のためならば他者を傷つけてもいいというのは傲慢だ、聚楽はそう思う。
(まぁせっかくの初サクラミラージュだ)
 今は純粋に楽しんでおくとしよう。何せ、このように大正浪漫な世界も服装も、UDCアースでは中々味わえるものではないのだから。空気もどこか違う――どこが、と言われると難しいのだが。
(影朧がもう見てるかもしれないし……ってのもあるけど)
 生まれ育ったのとは違う世界、というのは、どんな理由で渡ってきたのであれ、存外見ているだけでも楽しいものだ。少しばかり機嫌よく洋館を歩く青年の衣装は既に、和装混じりの学ランに帽子という、如何にもと言ったものである。
(――うん)
 聚楽は内心で頷いて、帽子の角度をちょっとだけ変えてみたりする。こういう衣装は以前から気になっていたので、衣装室で見つけたのを幸いに着てみたのだが、自分でも様になっていると思う。己のメッシュが入った黒髪や、色違いの瞳が特に、怪奇を連想させてよい。通りすがる窓ガラスに反射する自分の横顔に、聚楽は満足する。
(似合う自信はあったけどな)
 陰ある人、秘密持つ人、楽しそうにしてる人……そういうのが死んだ方が、物語としちゃ面白い。そんな己の考えに、聚楽の今の姿は、よく似合っていた。こう、猫のように現れては思わせぶりな詩などでヒントを残しつつ、最終的に死ぬ少年とか。耽美の方向で考えても、かなり映えるのではないだろうか。
(その探偵だけじゃロクな話にならなそうだからな)
 舞台整えて、幕引きまで付き合ってやるさ。そんなことを考えながら、聚楽は長女の部屋へと向かう。人形があるなら、どんなものか見てみたいと思ったのだった――可愛いものは好きだし、ビスクドールや日本人形も嫌いではない。人形とは、多かれ少なかれ、技術や想いが詰め込まれているものだから。
 そうやって長女の人形へ思いを馳せながら、折り畳まれてカメラの近くに置かれていた、書き込みの多い見取り図を広げて、その部屋へ向かう。
 辿り着いた長女の部屋は――人形の城、だった。何故そう思ったのかはわからない。ただ、凄いな、と素直に思った。このキネマがどんな風に撮られる予定だったのかは知らないが、この部屋を切り取っただけでも、かなり良いものが撮れる気がする。『そう言う』部屋だ。ある種の感動にも似た気持ちで、部屋の中を見ていく。
 何となく、そこにある温かいものが、聚楽を満たしていくような心地がしていた。
(――ああ、でも)
 部屋の一角にあった、一体の人形で、青年は足を止める。眠るように目を閉じた、球体関節人形。金色の髪をしたその可憐な姿に、少しだけ、眉根を寄せる。
(球体関節は少し、複雑だ……)
 綺麗なのは、間違いないんだけどな。花嫁なのだろう、白いドレスを着たその人形に、少しだけ触れてみて――突如、男の笑い声がした。
「え、」
 声が漏れる。誰かに強く背中を押される。バランスを崩し、たたらを踏んで、体勢を整えるべく壁に手をつけば、壁が。
「――ッ!?」
 壁が、回転した。聚楽の体が隠し部屋に倒れていく。だがこんな部屋、見取り図にはなかった。元は華族の別荘――貸し出す時に、記載しなかったのか。何のために、いや、それよりこれは。抵抗することもできず倒れる青年に、何かが絡まる。首に、腕に、胴体に、足に、『糸』が。
 ――人形に見惚れた美しい少年の、操り人形見立ての縊死体だ。好いだろう? 聞き間違いではない、男の声がする――だが、遠ざかる。首が、ぎゅうと絞まった。引き千切ろうと藻掻くが、千切れない。パペットがあれば、と思うが、指にすら繋がっていない現状ではどうしようもなかった。視界に映るものと言えば、暗闇と床ばかりだ。まずい、これはまずい。帽子が、頭から滑り落ちた。目の前が昏く落ちていく。駄目だ、どうにかしないと本気で死ぬぞこれは――そう、思った瞬間のことだった。破砕音と、剣が振るわれるような音が連続で響き、絞られていた気道が解放される。同時に落下の浮遊感があり、硬い何かに抱き留められた。
「ご無事ですか!?」
 言葉と共に顔を覗き込まれて漸く――聚楽は、誰に助けられたのかを知った。
 見覚えのあるウォーマシンだった、確か、トリテレイア・ゼロナインと言ったか。聚楽は感謝を言おうとして咳き込み、「落ち着いてからで構いません」と背中を支えられる。ふと見れば、隠し扉だったと思しき場所が、木っ端と化していた。
「……本当はどうにか開けようと思ったのですが……」
 どうしても開かなかったので、とトリテレイアが、聚楽に絡んでいた糸を取り払いながら言う。
「キネマの撮影スタッフには悪いことをしてしまいました」
「いや、げほっ、まあ、大丈夫だろ。……ありがとう。助かった」
「お礼など……偶々、鏡に映っていたのを見つけられただけです」
「鏡?」
「ええ。おそらく壁の一部がマジックミラーになって……え?」
 トリテレイアに助けられつつ立ち上がり、二人で壁を見る。表情がなくてもわかるほど困惑して、ウォーマシンが壁を撫でる。
「ここに……鏡があるはずなのですが」
「……何もないな」
「おかしいですね……」
 押したりもしてみるが、やはり何もない。
「……なあ、一つ聞きたいんだが」
「なんでしょう」
「その鏡に、最初から――ここは、映ってたか?」
「……いいえ。最初は、普通の鏡でした……」
 トリテレイアが聚楽を見たのは長男の部屋であったということでそちらも見に行ったが、鏡は、普通の鏡だった。室内を全て調べてみたが、隣の部屋が見られるようなところは、どこにもなかった。針の先ほどの穴さえも。
「い、一体何が?」
「さあな……?」
 首を傾げながら、結局二人は、真相を究明することは出来なかったのであった。

 

苦戦 🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

霑国・永一
マリア(f03102)と

ほぅほぅ、これは中々どうしていい洋館じゃあないか
いっそ金目のものを盗んで帰りたいけど、撮影用に貸してるわけだし、そういうのは撤去済みだろうなぁ。惜しい
それじゃ、マリア。衣装も色々用意してあるみたいだし、せっかくだから何か試そうかぁ。
(着替え後)無難にスーツ、面白味のない服装だけど秘書みたいな付添人っぽい目立たない感じなのは好ましい
おや、マリアは俺と違って煌びやかじゃあないか。うんうん、良く似合ってる。綺麗だよ、マリア

それではこの霑国永一が御付き致しましょう(恭しく演技)

ここは食事する場所か。晩餐の最中、一人くらい苦しみ倒れそうだよ

個室も中々。ベッドも大きいなぁ(ごろん)


マリアドール・シュシュ
永一◆f01542
アドリブ歓迎

むぅ…またすぐに盗みに走ろうとするのだから
メッ!よ(ビシッ
映画通りに殺人事件が起こるのは嫌だけれど、
役になりきれるのは楽しそうなの!(目きらん
早速着替えましょう!

純真の華飾衣着用
胸に薔薇のコサージュ
ヒール
髪型お任せ

マリアはオペラ歌手に扮してみたのよ(胸張り
ふふっありがとう(褒められ嬉々
永一こそ有能なマネージャーの雰囲気が出ているの

まぁ…
ええ、あなたの働きには期待しているわ(高飛車風に一瞥

食事中に倒れる…毒殺とかかしら

屋敷内で怪しい物がないか捜索(情報収集
銀食器を指で突く
永一の隣でベッドにダイブし休憩
館に隠れ部屋がないか探索
黒魔術に関する蔵書で栞を挟んでる所を読む



 
「ほぅほぅ、これは中々どうしていい洋館じゃあないか」
 品定めをする目で、霑国永一は館の外観を眺める。建築といい、庭の作りといい、これは間違いなく『富豪』のものである。この洋館を別荘としていたあたり、華族である以上に資産家であったのだろう――尤も、こうして屋敷を手放してしまう羽目になったところを考えると、資産を維持する才能はなかったのかもしれないが。何しろ、金を使う才能と金を稼ぐ才能と金を貯める才能は全て別のものである。
「いっそ金目のものを盗んで帰りたいけど、撮影用に貸してるわけだし、そういうのは撤去済みだろうなぁ。惜しい」
 散策していた雪の庭から洋館を見上げてそう呟いた永一に、その白い頬を膨らませたのは、隣を歩くマリアドール・シュシュであった。
「むぅ……またすぐに盗みに走ろうとするのだから」
「いけない?」
「メッ!よ」
 ビシッと指を突き付けて自分を叱る少女が可愛らしくて、永一は笑う。連れ立って玄関へ進む二人の足元で、積雪がさくさくと音を立てていた。
「永一、本当に怒っているのよ!」
「大丈夫、わかってるよ」
「わかってないわ!」
「わかってるわかってる――盗みも殺人も、よくないことだね」
 玄関へ辿り着き、手袋越しでもわかるほど冷えたドアノブを回しながら言うと、風船のようにふくれていたマリアが、しゅんとしぼむのがわかった。基本的に、わかりやすいお嬢様なのである。
「……映画通りに殺人事件が起こるのは嫌だけれど」
 分厚いドアを閉めると、ようやく冬の寒さが和らぐ。ただ、何の暖房も入っていない屋敷の中は、『外よりはマシ』以上の温度ではなかった。これならば、スタッフとして暖炉の一つでも火を入れてバチは当たらないのではないか。そんなことを思う。
「けれど?」
「……役になりきれるのは楽しそうなの!」
 本当に、わかりやすい。少女はそのシトリンにも似た金色の瞳をきらきら輝かせて、胸の前できゅっと小さく拳を握る。
「早速着替えましょう!」
 先程までのふくれっ面や消沈した表情はどこへ行ってしまったものなのか、マリアは期待に満ち満ちた笑顔を浮かべるのであった。永一は、彼女のそう言うところが嫌いではない。どうにも甘やかしたくなってしまう。
「それじゃ、マリア。衣装も色々用意してあるみたいだし、せっかくだから何か試そうかぁ」
「ええ!」
 一度話を切り上げ、終始楽しげにきょろきょろと辺りを見回す少女と共に、衣装部屋へ向かう。途中、見取り図があったので失敬しておくのも忘れない。台本の予備は既になくなっていた――おそらく他の猟兵が持って行ったのだろう。尤も、台本通りにする気などなかったので、別段なくても支障はなかった。
 そうして衣装部屋へ辿り着き、永一が選んだ衣装はと言えば。
(こんなものかな)
 無難にスーツであった。
(面白味のない服装だけど、秘書みたいな付添人っぽい目立たない感じなのは好ましいね)
 盗人が派手というのもおかしいし、これくらいが丁度良いだろう。さてそれじゃあお姫様はどんな様子だろうか、と衝立の向こうへ声をかけようとして――先に出てきたのは、マリアの方であった。
「見て、永一!」
 満面の笑みと共に披露された少女の姿は、普段とはまるで違っていた。
 身に着けるのは、蜂蜜色のラメが星屑のように要所へ散りばめられ、薄くたなびく朝靄のベールで控えめに飾られた翡翠色のアフタヌーンドレス。その胸元には、薔薇のコサージュが咲いている。普段は少女らしく幼げな雰囲気の強いマリアだが、結い上げられた銀色の髪によって現れたうなじと、足元を彩る高めのヒールが少女に大人びた印象を与えていた。ざっと見た衣装部屋の中にこんなドレスはなかったから、おそらく彼女の私物なのだろう。
「おや、マリアは俺と違って煌びやかじゃあないか」
 そんなことを口にすると、ふふんとマリアが胸を張る。
「マリアはオペラ歌手に扮してみたのよ」
「うんうん、良く似合ってる。綺麗だよ、マリア」
「ふふっありがとう」
 自分の褒め言葉に、マリアがにこにこと嬉しそうに笑って、くるりとその場で回る。
「永一こそ有能なマネージャーの雰囲気が出ているの」
 大人びた年若いオペラ歌手と、そのマネージャー。殺人事件の配役としては悪くない組み合わせだ。
「それではこの霑国永一が御付き致しましょう」
 マリアへ向かって恭しく一礼をすれば、それを受けて少女が胸を反らす。高飛車風お嬢様、と言った演技なのだろう。
「まぁ……ええ、あなたの働きには期待しているわ」
 そして、ヒールを履いても永一より一回り以上小柄な少女から、精一杯の一瞥が飛んできたのであった。

 ●

「ここは食事をする場所か」
 最初に庭を散策していた時同様、怪しい物はないかとあちこちを覗いては捜索し、幾らかの感想や発見と共に立ち去る、というのを繰り返していたマリアと永一がふと足を止めたのは、長く大きなテーブルが部屋の中央に置かれた、豪奢なダイニングルームであった。濃いレンガ色をした壁へ作られた暖炉が一つ。その上には金色の額縁に彩られた絵画がかけられていて、とても綺麗だと少女は思った。緑の鮮やかな、水辺の風景だった。
 ただ、まだここでの撮影は始まっていなかったのか、テーブルの上には、咲き誇る薔薇の花瓶が置かれているばかりで、グラスの一つもない。
 そんな部屋の中を、マリアは青年と二人で歩く。
「晩餐の最中、一人くらい苦しみ倒れそうだよ」
 赤いカーテンのかけられた窓を背にして、永一が言う。雪の庭を背景に歩く黒いスーツの青年は、部屋の中の雰囲気と相まって、なんだか夜の影法師みたいだった。
「食事中に倒れる……毒殺とかかしら」
「そうだね。こういう場所なら、そんな死因が多いだろう」
「じゃあ、必要なのは銀食器ね!」
「本当に銀かどうかはわからないけどね」
 何しろ映画の撮影をするための場所だから、と言う永一に、「キッチンへ行きましょう!」とマリアは先導するように入口へ向けてドレスを翻す。が、青年の声が、そんな彼女を引き留めた。
「マリア。キッチンへ行くなら、ついでにこっちの部屋を見て行こう」
 振り向くと、いつの間にかダイニングルームの柱の影へと移動していた永一が、入口よりもずっと小さな扉を開けて、ちょいちょいと手招きをしている。
「そんなところに扉があるの? 隠し部屋かしら?」
「ちょっと違うな。こういう屋敷なら、たまにあるものさ」
「本当? 永一は物知りね!」
「泥棒だからね」
 招かれるままに扉の向こうの部屋――家具も然程なく、あんまり空っぽなので、どんな用途の部屋なのか、彼女には見当がつかなかった――を通り抜け、キッチンへ二人向かいながら、マリアは訊く。
「どうして泥棒だと、お屋敷に詳しくなるの?」
「そりゃあ、逃げる時に困るじゃないか」
 辿り着いたキッチンは、当然ながら、誰も食事など作っていなくて、がらんとしていた。「食器はこの辺りかな」と永一が歩いていくのを、マリアは追う。
「あったあった。……やっぱり銀じゃないね」
「銀じゃないの?」
 こんなに綺麗なのに、と覗き込み、指でつついてみたスープ用の皿は、きらきらと光ってマリアの顔を映している。鏡みたい、と彼女は思う。どんなスープを入れるためのお皿なのだろう。温かいのかしら。それとも、冷たいのかしら。そんなことを考えると、どうしたってどきどきしてくる――殺人事件を阻止するためにここへ来ているマリアだけれど、楽しい気持ちは抑えられないのだ。
「銀みたいに見せてるだけだよ。だからこの食器で、毒を判別することはできないな」
「そうなのね……」
「残念?」
「ちょっとだけ。どんなふうに色が変わるのか、見てみたかったの」
「怖いもの知らずだなぁ、マリアは」
「好奇心旺盛と言って?」
 くすくすと笑いながら、二人、調味料の瓶たちなども調べてみる。そうしてそこに何もないことを確認してから、キッチンを出た。
「しかし、当たり前だけれど、偽物ばかりだね」
「偽物だと駄目なの?」
「盗んでも価値がないからなぁ」
「まあ、またそんなこと! メッなんだから!」
 来た時同様、頬を膨らませて指を突き付ければ、永一が「わかってますよ、お嬢様」とお道化たように言った。
「……っと、ここが客室か」
 扉を開いて、青年が遠慮なく入っていく。中には、キングサイズと呼ぶべきようなベッドが、完璧なベッドメイクで鎮座していて――自然、マリアの足も、永一同様ベッドへ吸い寄せられるのだった。
「個室も中々。ベッドも大きいなぁ」
「本当、とっても広いのよ!」
 ごろん、と、スーツへ皺が付きそうなくらい無造作に寝転がる永一の隣へダイブすれば、ベッドがぎしりと大きくたわむ。いつもは見上げる位置にある青年の顔が、すぐ近くにあった。金色の眼――マリアと同じ色の瞳。それが、目の前にある。
 部屋へ差し込む冬の日差しは、微睡のように弱く柔らかい。
「ねえ永一」呼びかける。
「何?」応える永一の声は優しかった。
「休憩が終わったら、黒魔術の部屋に行きたいの。栞が挟んである蔵書とかがあるかもしれないもの。それから、他に隠れ部屋がないかどうかも調べるのよ」
「お安い御用だよ、マリア」
「ありがとう」
 うふふ、と笑ってベッドの上で背を伸ばせば、永一が、「そんなに動くと、折角綺麗に纏めた髪の毛が崩れてしまうよ」と苦笑いを浮かべた。
「そうしたら永一に直してもらうの。だって、永一はマリアの有能なマネージャーなんだから!」
「やれやれ……」
 この休憩は随分高くつきそうだ。
 ――そんな会話と共に、二人の時間は過ぎていくのであった。

 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​




第2章 冒険 『イッツ・レイトショウ』

POW   :    登場人物になぞらえた行動を取って囮となり、犯人をあぶり出す。

SPD   :    登場人物に似た人を尾行・護衛して、犯人をおびき出す。

WIZ   :    原作を調べて次の事件の場所や犠牲になりそうな人物を推測、犯人の目的を予想する。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 
 役者だ、と男は思った。
 役者が揃っている。脚本通りの次男と伯母の息子、麗しの書生と袴の女、色違いの目をした黒猫の少年――殺し損ねてしまった――と巨躯に白鎧の騎士、それから、オペラ歌手と思しき少女とその付き人。事前に読んだ脚本と随分登場人物が違うようだが、以前の脚本は捨てられてしまったのだろうか。それに役者ばかりで、キネマ撮影のスタッフはどこへ行ったのか――そんなことを、多少は男も考えなくもなかった。
 けれど、それは些細な疑問に過ぎない。どんな芽生えがあっても、彼の論理が、思考が行き着くところは、いつでも同じだ。

 ――目立ちたい。

 堂々巡りの回廊を、その欲望が支配する。

 あの男より。
 あの男より。
 あの男より……。

 光を浴びていたい。注目されていたい。どうして自分は、あの男より目立たない? そればかりを考えて――だから、だから。
 だから――自分の立つ舞台を、男は作る。

 探偵は僕だ。
 目立つのは僕だ。
 断じてあの男ではない!

 探偵に扮した男が描く、穴だらけのあえかな夢想は、嫉妬の炎にくべられて、彼の影とも呼べる助手たちを呼び寄せる。集まった役者を、殺すために。そして、その中に犯人を見出すために。

「『目立つ』というのは、他人を自分の影に落として踏みにじるのと同義だろう」

 僕はそう思うね。
 男は高らかに哄笑を上げると、マントを翻して館に潜む。まだ、彼の登場する『幕』ではないから。

 集まった役者たちが皆――彼の思惑を全て承知で、集まっていることも知らずに。
 彼らの死が、血が、彼ら自身によって齎される予定調和であることも知らずに。
 男は、己の出番を……己を照らすライトの存在を、待ち続けるのだった。

 
 
 ●

   序

 “(前略)
 詰まる所、それらの殺人が一体何処に端を発していたのかと言えば、悪魔、あるいは神に魅入られる者が、この世には少なからず存在しているという――言葉にしてしまえばただそれだけの――単純な事実だったのではないかと思う。
 奇妙な招待状、現れない家人、雪荒ぶ冬の屋敷。
 それ故に、この事件における探偵とは――
(後略)”

 
クロム・ハクト
相手役が見知った相手なのは
やり易いようにもやり難くも、まあ半々だな

池を避けて溺死となると、風呂場か温室か
(爬虫類用の水場もあるしな

こういう話だと、遺体を動かして犯行現場の偽装あるみたいだが、
難しそうならそのままで良いか

溺死となると事故で殴って気を失ったか薬で眠らせたにしろ
手足は縛る事になるか
(うっかり普段の猟兵仕事の調子で隙なく縛りかけ、自分で気付くか相手の反応で察して調整し直し
『あんたの好きな蛇みたいだな。よくお似合いじゃないか』
例えもがいても、何度も、何度も
加減は相手が猟兵である事を信頼しつつ

脚本にあるような感情は判りかねるが、
任務への忠実な態度は冷淡さのように映るかもしれない

アドリブOK


ヴォルフガング・ディーツェ
いよいよ本題、黒幕さんのお出ましかな

台本チェックも完了、折良くクロムと呼吸合わせも出来たし…ならしっかり殺されてきますか!
…でもなー、台本通りだと冬の沐浴なんだよね。いや、水葬か

誰が俺を殺すにせよ、やる事は一緒さ
「全力魔法」「オーラ防御」で体に這わせるように防護のルーンを展開
同時に服には血糊を仕込むよ

準備が整ったら温室で爬虫類を愛でながら機を窺う
本当に爬虫類もいるのかな…あ、蛇とか意外に円らな目で可愛いよね。専ら食べてばかりだったけど

刺されたら何で、オレが!とか叫びながら水中へ
ハッキングで周囲を書き換えて空気膜を作り冷気遮断
適当なところで浮かび上がろう

殺される、か
オレはそうなったら死ねるのかね



 

   一

 “(前略)
「あの死体は――何なんだ」
 少年は言った。目の前には、不愉快な男が一人。血の繋がった従兄ではあるが、少年はこの男が好きではなかった――尤も、少年は、母の血筋の人間は、殆ど好きではないのだが。辛うじて、あの人形を愛ずる従姉だけは嫌いでなかったけれど――彼女もまた、あの血生臭い部屋で死んでしまっていた。哀れだ、と少年は思っていた。鼻の奥に、鉄錆の匂いがこびりついて気持ちが悪い。
「あの客たちも。俺は何も聞いてない」
 茶色い――少年は何と言う名なのか知らない――蛇を腕に絡ませ撫でながら、ぼんやりとする男は答えない。
「ぼうっとしていないで答えろ!」
 語気を強めて問いかければ、ようやく男が顔を上げ、少年を見た。その赤い目が捉えているのは、一体何なのか。
「知らないよ。兄さんが何かしたんだろうさ。あの人は、随分と頭がおかしかったから」
「……警察に行く」
 温室を出るため踵を返した少年の背後で、男が、陰鬱に笑うのがわかった。それが癇に障って、苛々としながら、少年はそちらに再び顔を向ける。ランプの光に満たされた温室の外では、雪が強く降り始めていた。
「……何が面白いんだ」
「いや、それで――キミはどうやって生きていくつもりなのかと思ってね」
「は?」
「だから、」男が、近くの木に蛇を戻して、温室の真ん中に作られていた、小さな水辺の縁に腰掛けた。「この家の財産を相続するとなれば、それはオレなんだよ」
「……お前」男の言わんとすることがわかって、顔を歪める。
「オレにとって、この子たち以上に価値のあるものはないよ?」
「だからって、警察に行かないわけにはいかないだろう」
「そうかな。別に、しばらくいいんじゃないの……どうせ、雪が止むまで外には出られないんだし。おかしな兄貴も、うるさい弟もいなくなって――オレは楽しいよ」
 それに。男が言う。
「餌代が浮くじゃないか」
 ああ。
 ああ――と、少年は、眩暈のような憎悪の中で、笑う男を見た。
「若い女の方が、美味しく食べてくれるのかな、やっぱり」
 脳裏を焦がす激情が、吹雪にも似た冷たい嵐となって、少年の指を、いつもポケットへ忍ばせていた、小さなナイフに伸ばす。
 死なねばならない。この男は、死なねば。
 果物を切り分けるくらいにしか使ったことのないそれは、いやに熱かった。
 そして少年は、従姉に桃を切ってあげた時のことを――少しだけ、思い出していた。
 あの、綻ぶ花の蕾にも似た、柔らかな笑顔を。
(後略)”

 ●

「……さて。いよいよ本題、黒幕さんのお出ましかな」
「そうだな」
 屋敷の中には、既に、針で刺すような視線と気配が満ちていた。誰かが、自分たちを見ている。それがクロムには、よくわかっていた。おそらく、隣に立つヴォルフガングにも。
「じゃ、予定通りやっていこっか」
「ああ」
 男の言葉にクロムは頷く。予定、というのは、先程取り決めた、『天候の都合でスタッフよりも先に役者のみが揃ったため、先に現地で稽古をしていた』という『設定』のことである。撮影スタッフがいるなら機材を使わないと不自然だが、カメラを回すとしたらフィルムが要る。消耗品を勝手に使うのは流石にどうか、ということで、使い方自体は何名か分かる者が居たものの、最終的にこの形に収まったのであった。これならば、役者しかいなかったとしても、探偵は欺けるであろうという結論である。何しろ、脚本が多少変わっていようと看過してくれるくらいだ。正常な判断はできないのだろうと踏んだのであった。
(……相手役が見知った相手なのは、やり易いようにもやり難くも、まあ半々だな)
 そんなことを考えながらクロムは温室の外を何となく見遣る。夜になって急に天候が崩れたため、既に外は吹雪き始めていた。だが、ガラスで精密に作られ、ストーブが焚かれているらしい温室は、余程出来がよいものなのだろう、少し汗ばむほどに暖かかった。それが、どことなく、少年に不思議な心地を与えている。
「わ! すごい、見てみてクロム! 生きてる! この蛇生きてるよ!」
「……本当だ」
 ヴォルフガングの声にそちらへ顔を向ければ、する、と水辺近くの木――多分――の上から、一匹の蛇が頭を垂れていた。よく見れば、そこかしこに蛇やとかげの類が潜んでいるようであった。しかも、どれも生きている。殺人事件に関係のない爬虫類たちは呑気なもので、皆この人造の楽園を楽しんでいるようだった。本物を用意してたんだね、とは、下りてきた蛇の頭に指の腹で触れながら、朗らかに笑う男の言葉であった。
「動物園とかから借りてきたのかなあ、人懐っこいね」
「確かに、まるで警戒してないな」
「ふふ……蛇とか意外に円らな目で可愛いよね」
 専ら食べてばっかりだったけど、と笑顔で言い放った男に、クロムは驚いて瞬きをする。
「食べてたのか?」
「食べてたよ。結構骨っぽいんだよね、蛇」
「……そうか……」
 何となくそれ以上は深く訊かず、最後に確認をしようとクロムは台本を開く。屋敷に集まった猟兵たちで、役柄や、やりたいこと、やるべきことを擦り合わせた結果として、物語の筋書きは多少変わっていた。とは言え、元の役柄に比較的忠実なクロムとヴォルフガングがやることは、それほど大きく変更されているわけではなかった。尤も、男の死に場所だけは、吹雪く外の池を避けての溺死ということで、風呂場か温室か、という選択の結果、より派手に演出できそうな温室、そこにある爬虫類用の水場となったが。
(こういう話だと、遺体を動かして犯行現場の偽装あるみたいだが)
 難しそうならそのままで良いか、ということで、彼の『死体』は一先ず動かさないことが決まっていた。元の台本にも一応そう言った死体を移動させての偽装の記述はないので、大きな齟齬も出さず演じられるはずだ。
「――よしっ」
 ヴォルフガングの楽しげな声がして、クロムは台本から顔を上げる。男は、先程まで撫でていた蛇を、腕に巻きつけていた。
「いい感じじゃない? 爬虫類狂いっぽくてさ」
 擽るように蛇の顎を撫でながら、男が怪しく笑んで小さく首を傾げた。成程――確かに、これならば、如何にも、『それらしい』。……ように、見えるのではないかと思う。
 結局のところ、クロムには、『演者』となるのは、難しいのだろう。台本には粗方目を通し、内容を把握して、台詞も大体は覚えていたが、そこに描かれた彼らの感情そのものは、きっと……『正しく』は理解できていない。
「さあ――開演だ」
 何らかの呪文を男が唱えて、『シーン』が始まる。
「『あの死体は――何なんだ。あの客たちも。俺は何も聞いてない』」
 次男を殺すこの男の、感情。殺人にまで導いた、その衝動。愛情、憎悪。
「『ぼうっとしていないで答えろ!』」
 自分の手を汚してまで、誰かのために誰かの死を望む、ということ。演じながら、それを考える。それは『欲』なのだろうか。
(……そう言えば、この男と初めて出会った事件でも、『欲望』について――考えたな)
 誰かの夢を守る。
 あの時、あのオブリビオンは、彼の欲をして、『ケーキの上の飴細工のよう』と言ったか。
「『オレにとって、この子たち以上に価値のあるものはないよ?』」
「『だからって、警察に行かないわけにはいかないだろう』」
 あるいは――この、従兄を殺害した少年も――そうだったのだろうか。
 いや、とクロムは思う。やはり、少し違う。自分の感情は、彼のそれには、きっと満たない。そんな気がした。
「『若い女の方が、美味しく食べてくれるのかな、やっぱり』」
 男が、ひどく邪悪に、唇を歪めた。その表情に、演技が上手いな、と少しばかり感心する。彼は、自分が演じる人物の感情を理解できているのかもしれない。
(……脚本にあるような感情は判りかねるが、)
 ポケットの中に入れていた小道具の仕掛けナイフを握り締めて、クロムはヴォルフガングを見据える。男を、台本通り殺すために。
(任務への忠実な態度は、冷淡さのように映るかもしれない)
 それが、殺人犯の冷え切った激情と見えればいいが。
 そう考えながら――彼は男の腹にナイフを突き刺した。



   二

 “(前略)
 とつ、と、少年の握るナイフが、自分の腹に刺さるのを見た。
「……な」
 真っ白に表情の抜け落ちた少年が、ナイフの柄を、ぐる、と回転させる。それに合わせて己の腹が真っ赤に染まるのを見て――男は、悲鳴を上げるより先に、何故、と思った。
「な、あ」
「……死んでしまえよ」
 ナイフが引き抜かれる。口から溢れた血の味に、恐怖と憤怒が込み上げて、だが体が少しも言うことを聞かず、男はよろめいた。理解が――できなかった。
「何で、オレが!」
 叫んだ声は掠れていた。何故、自分が死ななければならない。何故。二歩、三歩とまた後退り、男は水場の縁に足をぶつけて後ろに転がった。背中から落ちて顔まで沈み、慌てて体を起こす。この水場は、存外深いのだ。いずれ鰐なども飼ってみたいと思っていたから。
「何で、と言うのか、あんたが」
 腹の痛みと失血で手足に力が入らなくて、少年が唸るように喋るのを聞くことしかできなかった。
「あんたたちが嫌いだった。ずっと」
 この家に来てよかったことなんて、一つもなかったよ。少年が近寄って来る。温室だから水は冷たくないけれど、生まれて初めての痛みで、動くことはできなかった。声を出すことすら、喘ぐ喉では難しいのだ。
「自分たちの欲のためにしか生きられない奴らだったよ、あんたたちは皆。勿論、俺の母親も含めてな。……それでも、たった一つ、希望みたいなものはあったんだ。だがそれも消えてしまった」
「き、えたって――」
「あんたは考えなくていいさ」
 身をよじって逃げようとする自分の頭を、少年が掴む。殺される、その確信に手足を必死に動かせば、舌打ちと共に腹を膝で押さえつけられた。その激痛に呻いていると、邪魔だな、と吐き捨てた少年が、近くに垂らしていた鉢を引き摺り下ろして、その細い鎖で男の手足を縛った。鉢が、がしゃんと音を立てて砕ける。
「あんたの好きな蛇みたいだな。よくお似合いじゃないか」
「お、おまえ――ッ」
 髪の毛を掴まれて、水場に沈められる。衝撃に肺から空気を吐き出してしまって、男は溺死の苦痛に藻掻く。水の向こうで、死ね、死んでくれ、と、祈るように少年が咆えていた。その声を聞きながら、男は思う。
 嫌いと言うなら――自分だってそうだった。
 この家の全部が嫌いだった。
 自分と、血の繋がった全部が厭わしかった。
 だから、これっぽっちも、許せなかったんだよ。
 勿論、キミも含めてさ。
 それだけ考えて――男は、意識を失った。
 永遠に。
(後略)”

 ●

 仕掛けナイフが腹に当たった途端に弾けて噴き出した血糊が、借り物の衣装を真っ赤に汚していく。血にしては鮮やか過ぎないかなあ、などと一瞬だけ頭を過ぎったが、映画で見るなら、実物に近いことよりも、画面に映えることの方が大事であるはずなので、これが一番いい色なのだろうな、とヴォルフガングは納得した。そんなことを考えながら、口の中にも仕込んでいた吐血用の血糊をこぼして、呆然とした演技をする。真っ赤な液体からは、慣れた鉄錆の匂いではなく、何か甘い味がしていた。割と美味しい。
「『何で、オレが!』」
 叫びながら、よろめき、後ろ向きに水場へ倒れる。外から見てたより深い。オレの膝からやや下ってとこかな、と冷静に水深を把握しつつ、尻餅の状態でクロムに目をやる。少年の背後では、ガラス越しの暗闇に雪が吹き荒れていた。うん、ほんとにこれ、外じゃなくて良かったね。ストーブありがとう。危うく人狼の氷漬けができるところであった。
 他の猟兵たちと合流し、己の仕事を全うすべく「台本チェックも完了、折良くクロムと呼吸合わせも出来たし……ならしっかり殺されてきますか!」と勇んだのと、日暮れの別荘が吹雪に覆われたのは、ほぼ同時だった。「……でもなー、台本通りだと冬の沐浴なんだよね。いや水葬か」とちょっとだけつらい気持ちになりつつ半ば諦めることにしていたヴォルフガングも、これには思わず顔を覆ってしまったものである。「できればお風呂か温室に変えない?」と提案した自分にクロムが同意してくれて良かった。何なら、暖炉に火を入れてからそれほど時間の経っていない屋敷の中より、爬虫類のためにストーブがついたままだった温室の方が余程暖かいくらいだった。
 なお、当初は影朧のユーベルコードかと思われた吹雪だが、屋敷にあったラジオなどの諸々で確認したところ、単に吹雪になっただけであった。どうも現在、地域一帯吹雪らしい。運が良いのか悪いのか。ヴォルフガングには判断がつきかねた。
「『自分たちの欲のためにしか生きられない奴らだったよ、あんたたちは皆』」
 少年の台詞。特別上手い演技が出来ているというわけではない。おそらくそれは本人もわかっているだろう、だが、その静かで淡々とした喋り方は、ある種の迫力があった。観客によっては好ましく映る類の演技だ、きっと。少年が続ける。
「『それでも、たった一つ、希望みたいなものはあったんだ』」
 この役にとっての――希望。彼の従姉。
 狂気の中に一つ実った、あまりに淡い恋心だった。
 クロムが台本に沿って、逃げようとするヴォルフガングの傷口――血糊だが――を膝で踏む。今の苦しむ演技は、中々迫真だったと思う。改心の出来だ。
「『邪魔だな』」
 少年が鉢を壊す。そうそう、この音で、屋敷にいた客の一人が気付くって算段なんだよね。殆ど別物になっている台本ではあるが、破綻なくまとまっているのではないかと思う。おそらく。そのまま、手に入れた鎖で、クロムがヴォルフガングの手足を拘束した。――と。
(……おっと、凄くしっかり拘束するね?)
 逃がさないと言わんばかりに固く巻かれた鎖に少しばかり驚いていると、クロムがハッと気付いたような顔をした。それから、唇だけで「悪い」と言って、鎖を緩める。どうやら、猟兵としての『いつもの調子』で縛ってしまっていたようだ。
「『あんたの好きな蛇みたいだな。よくお似合いじゃないか』」
「『お、おまえ――ッ』」
 さて、本番だ。ここからが頑張りどころ、気合を入れよう。ヴォルフガングは、今から殺されなければならないのだから。どのタイミングで『本当に殺される』のかはわからないけれど。クロムが沈めている最中かもしれないし。だがそれなら、事故死になってしまうか。
 ――まあ。
(誰が俺を殺すにせよ、やることは一緒さ)
 ヴォルフガングは、頭の中でそう静かに独り言ちた。既に調律・機神の偏祝〈コード・デウスエクスマキナ〉は発動し、防護のルーンも全身へ這わせるように展開し終わっている。何が起こるにせよ、どうにかなるだろう。クロムに髪の毛を掴まれて、そのまま頭を水の中に沈められる。どうやらこちらが猟兵であることを信頼しているらしく、存外容赦なく沈めてきたので、男は水の中で小さく笑った。中途半端に遠慮されるのも不味いだろうから、良い判断だと思う。それと同時に、ハッキングにて周囲に干渉、書き換えを実行し空気膜を作る。本来は冷気を遮断するために使うつもりだったが、温室の水温は、遮断する必要もなさそうだった。
 しばらく藻掻いてから、段々と動きを弱める。やがて動かなくなってやる――シーンはまだ終わっていないが、ヴォルフガングの『役』としての出番は、ここまでだ。クロムが――と言うより役としての『少年』が、自首のために温室を出て行く。それを止めるのが、先程の割れた音を聞いていた客の一人で――ここから先の殺人事件の犯人なのだけれど。
(来ないね?)
 内心で首を傾げる。このまま上がっていいのかな。なんだか拍子抜けだ。そんなことを考えながら、まあ失敗したのかな、と体を起こそうとして――
 ――ガチン、と、大きな音がして、温室の照明が落ちた。屋敷の方も消えたのか、水中でもわかるほど、周囲は暗い。その直後、何者かに、『頭を押さえつけられて』――ヴォルフガングは水に沈められた。暗闇の中だが、クロムではないことだけはハッキリわかる。成程、そう言う趣向か。ならば乗ってやろうじゃないか。
 大人しく――『殺されて』やろう。
(――殺される、か)
 沈められながら、ヴォルフガングは、ふと思う。
(オレはそうなったら死ねるのかね)
 この……呪われた狼は。
 その問いに答える者は、無論、何処にもいなかった。


 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

葡萄原・聚楽
【POW】

油断した
してやられた悔しさ、鏡の謎はまだあるが、今は切り替えないと
助けられた分、こっから返してかないとな

既に殺されかけた人物、というのを利用できないか
殺されかけたことを話し、殺人犯への不安を煽る
その後は怖がって、どこかの部屋に一人で籠もる

勿論、全部演技だ
一人とは言ったが、実際には誰か居てもいいし、血糊も持っていく
念の為、出入りわかるよう糸仕掛けて、見た目武器らしくないパペットたち抱いておく

あとは殺人犯役か、殺人犯を待って『死んだ演技』を
今度は糸でズタズタはどうだ?
まぁ今回は自分の糸だし、俺以外もズタズタかもだが

事前に打ち合わせできれば良いが、難しいなら即興劇か
俺もできる限り、応える



 

   三

 “(前略)
 停電があった。
 雪降る山の夜だ。蝋燭を探すのにも手間取る暗闇で、電気が復旧するのに、きっかり四十分かかった。庭にあった非常電源を見つけて、こじ開け、切り替える。言葉にすれば、それだけのこと。行動にしてみれば、それだけでなかったこと。
 暖炉に火を入れた広間で皆、一様に黙り込んでいた。そして、それは、少年も同じだった。もし他の招待客と違うところがあったのだとしたら、黒いマントの下、学生服のポケット、その中で招待状を握り締めた少年の手が震えていたことかもしれない。それは決して寒さのせいではなかった。
 この屋敷の住人の親族であるという白鎧の男は、少年たちが持つ招待状の差出人を見て、大凡予想がつく、と言った。
 曰く、それの差出人は、黒魔術に傾倒していたこの屋敷の長男であり、生贄にでもするつもりで呼び出したのではないか。そんなことを言った。
 生贄、という言葉の重みが、少年の細い双肩に、圧し掛かっていた。
 はたして自分は、見も知らぬ人間から殺されるような生き方をしてきたのだろうか。この招待状は、どういう基準で送られてきたのだろう。白鎧の男は招待客でないので除くとしても、集まった客には共通点など殆どない。年齢が比較的若いか、程度だ。何しろ、学生だけならまだしも、著名な歌劇女優とその付き人まで居る始末である。
 大体――
「……今見たら、この消印、この屋敷の住所じゃない」
 どうやら恋人同士らしい男女二人組の、男の方が、ぽつりと言った。
「でも、もらった時は、確かに、ここの住所のものだったんだよ」
 付き人が、弱り切った声音で言う。だから信用したのだと彼は続けた。
「黒魔術で郵便を出した? 馬鹿げていますね」
 白鎧の男が、騎士然として、だが、棘のある口調で答える。女性たちは黙っていた。俯いて絨毯を見ていた少年には、彼女らがどんな表情をしていたのか、わからなかった。
「……何でもいい」少年は、絞り出すように、言葉を吐き出した。「どんな状況だったとしても、今この屋敷に殺人犯がいるのは間違いなくて、俺たちは、未だそいつと一緒にいるってことだろ。それも、どこに居るのか、わからない」
 全員、何も言わなかった。温室の溺死体と、離れにあった、家人たちのものと思しき死体たち。『思しき』と称したのは、全員バラバラの肉塊になっていたからである。これ見よがしに描かれた赤黒い図形の上に転がされ、手足と内臓をそこらじゅうにぶちまけた氷漬けの首なし死体が、一体『何人分』で、『誰』のものだったのか――調べる胆力のある者は、この場に居なかった。
 首が――首が、痛い。俯いた少年の喉が、勝手に、唸るような呻きをこぼした。
 首なしの死体。
「……俺も、殺されかけた」
 少年が低く告げた内容に、その場にいた人間が皆、動揺するのがわかった。
「それは、」「後ろから首を絞められたんだ!」
 誰が声を上げたのかもわからないまま、思わず叫んで、立ち上がる。形になった恐怖が、少年の唇を震わせていた。
「細い糸、多分、ピアノ線か何かでッ! 殺すつもりじゃなかったら何だって言うんだ!」
 誰も何も言わなかった。
「……俺は、どこかの部屋にこもる」
 一人は危ない、と言ったのは誰だったか。マントを翻して、少年は、『名前も知らない』、他の招待客を見回す。
「――あんたたちが、結託して屋敷の住人を殺したかもしれないのに?」
 離れに転がる人間の残骸。あれを一人で成した可能性と、複数で成した可能性。どちらが高いかなど、考えずともわかることであった。それを分かっているのか、少年の言葉に、誰も何も言わなかった。あるいはただ、殺人犯と疑われて、怒りに言葉を失ったのか。
「じゃあな」
 どちらにせよ、少年には関係のないことだった。だから彼は、誰にも行き先を告げないまま、一つの部屋に籠って――そうして。
 ――夜の十時を回る頃。玄関ホールに置かれた柱時計が、鳴る中で。
 細い糸に絡め捕られるように――操り人形のように、蜘蛛の巣にかかった蝶のように――屋根裏で見つかったのであった。
(後略)”

 ●

 ――油断した。聚楽は先程締め上げられた喉を撫でながら、マントを翻して廊下を歩いていた。目指すは内鍵がかかる部屋――ではなく、屋根裏である。殺害現場は屋根裏であるからだ。聚楽は『死体にならなければならない』。それが探偵の求める『シーン』だ。それ以外は必要ない。
 それに――停電は、予定にない。
 確実に見ている。そして、聚楽たちに干渉している。
『自分の手で、自分の舞台を演出しようとしている』。
(……本当に、悪趣味なやつだ)
 隙を見せた己自身への苛立ちに僅か唇を曲げながら、聚楽は階段を上る。今回のシーンは一人で行う手筈になっているが、確か屋根裏には、あのウォーマシンが仕掛けた妖精がいたはずだ。『次』へ移るタイミングなども、そちらが上手くやるだろう。
 聚楽の――聚楽演ずる少年の死の真相としてはこうだ。内鍵をかけた部屋で、少年は殺される恐怖に怯えている。だが部屋は寒く、孤独は精神を疲弊させていく。そこに、登場人物の中で、『まだ信頼できる』類の人間が、柔らかく話しかけてくる。その部屋は寒かろう、せめて食事でもどうか、などと。
 その人物は更に言う。
 考えてもみてくれ、『自分にそんなことができるはずがない』だろう、と。するはずがない、ではなく、『できるはずがない』と言うのだ。それは確かに、と納得するだけの理由で以て。
 さて、怯える少年は、それを聞いてどう思うだろうか?
 そう言った筋立てである。
 事前に打ち合わせができれば良いが、難しいなら即興劇か――とにかく自分もできる限り応えよう、と考えていたが、存外顔見知りも多かったのと、話が何やら上手くまとまったので、聚楽は現在それに従っているのであった。
(してやられた悔しさ、鏡の謎はまだあるが、今は切り替えないと)
 既に殺されかけた人物、というのを利用できないか。その考えが聚楽の役柄の発端である。殺されかけたことを話し、殺人犯への不安を煽る。その後は怖がって、どこかの部屋に一人で籠る――そうして、本当に死体として発見される。
「……さて、と」
 屋根裏に到着して、小さく呟く。死ぬ算段を始めるか。内心でそう独り言ち、ぐるりと見回す。明かりのない屋根裏は暗く、息が白くなるほど寒かった。聚楽の眼球が『正しく』人のものであったなら、動くのもままならなかったかもしれない。当の探偵にも見えているのだろうか、この屋根裏が。まあ見えているのだろうな、と聚楽は思う。
 しかし――スタッフの持ち物の一つであったらしい未開封のカイロを拝借し、暖は取っているが、まさか雪まで降り始めるとは思わなかった。しかもかなりの吹雪である。分厚い氷の張った広い池などがあることを考えると、本来はスケートでもするために作ったのかもしれない。下駄スケートというやつだ。
 サクラミラージュ特有の幻朧桜は、こんな中でも咲いているのだろうか。そんなことを、聚楽は思考の片隅で考えながら、念の為、屋根裏への扉には、他人の出入りがわかるように糸を仕掛ける。無論、探偵に気取られるわけにはいかないので、慎重に、如何にも演技のために場所を確認しているのだとでも言ったように糸を張り巡らせて――最後に立ち上がると、聚楽は服の下に血糊を仕込んでから、パペットたちを腕に抱いた。見た目が武器らしくないので、油断するだろうと思ったのである。
 それから、自分が吊るされるための糸を設置して、少しだけ笑う。演出用の糸を自分で用意する役者など、ましてこんな暗闇で用意をする役者などいるはずもないのに、探偵は、それを気にしないという。温室で実際の死体が出ても――流石にいつまでも沈めておくのは酷かろうと、既に一旦引き揚げて暖炉の近くで『死んだように』寝てもらっている――練習を続ける役者がいるものか。何も見えていない、見る気がない。狭窄した視野で、ただ都合のよいものを見ているだけ。
 あまりに滑稽な、憎悪の操り人形だ。
(……お前も俺を操り人形に見立てたな)
 操り人形仕立ての縊死体。それを好いだろうと、探偵と思しき男の声は笑った。
(それなら今度は、糸でズタズタはどうだ?)
 まぁ今回は自分の糸だし、俺以外もズタズタかもだが。
 ――屋根裏の糸が、くん、と、聚楽の手の中で、引っ張られるのがわかった。誰かが来ている。殺人犯役の猟兵は今頃次のシーンへ移っているだろうから、これは、探偵か、それに類するものなのだろう。風が唸る音ばかり響く暗闇の中で、聚楽は、糸に自ら絡まる。その糸の中に、いつの間にか、聚楽のものでないものも増えていることには気付いていた。
 だが――糸なら、聚楽も使えるのだ。
 暗闇に密やかな嘲笑を浮かべて、自分に絡まる鋼の糸を、強く引く。衣装が破れ、血糊が噴き出す。それに加えて、知らぬ糸までも、聚楽の肉体に食い込んでいった。四肢を引き裂き、首を千切ろうとするそれを、自身の糸で相殺し、ギリギリのラインを見極めて耐える。この衣装、流石に弁償かもな。サアビスチケットでどうにかなればいいが、と考える聚楽の頭上で、糸をかけた梁が、ぎいぎいと鳴っていた。絞めつけられる体が、宙に吊り上がる。嗚呼、何て美しい蜘蛛の巣だ!と、どこかで誰かが叫んだ――ように聞こえた。
 ――張り巡らせた蜘蛛の巣にかかるのは、どちらだろうな。
 蜘蛛の眼も足も――『八つ』あるんだ。
 そうして、やがて出血多量で意識を失ったように見せながら――聚楽は、その葡萄色の双眸を閉ざしたのだった。


 

成功 🔵​🔵​🔴​

ロカジ・ミナイ
夕立くん/f14904

別嬪さんには毒が似合う
そう思わないかい?
もしかしたら、別嬪さんこそが毒なのかもしれないねぇ

もちろん作ってあるよ、任せて
これが薬で、こっちが血清ね、はい
この通りいい舞台も揃ってるし、早速試してみるかい
どうだい夕立くん
いい出来だろう?僕の毒は

ねぇ、もしもよ
美人の口から真っ赤な血の花を咲かす毒が
僕があげた髪飾りに事前に仕込んであったとしたら
探偵さんは見破れるのかね
…あは、そう怖い顔するなって!可愛いお約束じゃないか

じゃあ僕の事も殺してくれるかい
キレイな人にそれっぽいセリフ付きで
刺殺される味がクセになっててね
夕立くんの身体なら薬が効くまでに数十秒あるから
カタ付けちゃってよ


矢来・夕立
雷眉毛さん/f04128

偽装工作に着手します。
テーマは探偵ごっこが捗りそうな絵面。
先程の絵画の前。死因は毒殺。実際に薬を服用の上での演技、と。

脈拍と体温を生命維持の限界まで下げる薬。
それに加えて、すぐ動けるようになる血清。
作って来ていただけましたね。
それじゃあサックリ死んどきましょう。

…てかこの髪飾り、やっぱりその手の…厄いブツですよね。イイですけど…

で、死に方のリクエストはあります?
オレが殺してあげても構いませんよ。ウソで良ければそれっぽいことも言ってあげます。
「来世でわたしを幸せにして」。って。

そのクセはナイショにしといたほうがいいですよ。フツーに気持ち悪いんで。



 

   四

 “(前略)
 人は、理由なくして行動できない。
 そう言う生き物だと女は思う。因果応報という言葉があるけれど、真実、因果こそが人を動かすのではないか。
 では、何故女は、こんな場所へ来たのだったろう。
 否、来なければならなかったのだろう?
 どういう因果によって――この場所に女は居るのだろうか。
 雪の降る山、その、瀟洒な屋敷は、今や密やかな死の匂いに満たされて静かだった。激高した少年が立ち去ってしまってからは特に、誰も言葉を発そうとはせず、また、動こうともしなかった。無為な時間だとはおそらく全員理解していた。だが、己の視界に互いを入れていなければ不安だったのではないかと思う。少なくとも、女はそうだった。
 どうしてだか、胸が、ひどく、苦しかった。
 結局、女を含め、広間に集った者たちが顔を上げたのは、玄関ホールに置かれた柱時計が、鐘を鳴らすのを聞いてからだった。
「……こうしていたって仕方がありません」
 そう口を開いたのは、騎士鎧の男だった。
「やることがあるので、私は一度失礼します」
 有無を言わさぬ言葉の強さでそう言って、男はさっさと出て行った。この状況で、九尺を超える大男を止める胆力がある者はいなかった。まして、それが、時代錯誤な鋼の鎧を身に纏っていたのであれば猶更。
 ただ、あの男もまた、因果によって動くのだ、と女は閉じる広間の扉を見ながら思った。
 理由なくして人は動かず、原因なくして実は結ばず。
 それを皮切りに、歌劇女優とその付き人も去り、広間に残ったのは、女と、一人の男のみとなった。
 不意に、横の男が、女の震える指先を温めるように握った。これが恋愛小説であれば、男は優しい言葉の一つも口にしてくれるのかもしれなかった。歯の浮くような、甘く柔らかい囁きを。そうして、二人は死臭立ち込める雪山から逃れ落ち、一切合切の困難を置き去りにして、幸福な結末へ至るのかもしれない。だが、女が置かれているのは、そう言った一篇の夢想の中ではなく、あまりに寒々しい現実の一片だった。
 それなのに、手の温度は、その温もりだけは、只々狂おしくて――たまらないのだ。
 胸を締め付けるような痛みが、一層強くなった。
「……髪飾りがずれているよ」
 男の手が離れ、女の髪を直す。これは、往路の列車にて渡された、男からのプレゼントであった。目を伏せ、「ありがとうございます」と言えば、微笑む気配がした。
「……僕たちも、部屋に戻ろうか」
「はい」
 わるいおとこ、なのだと。
 女は、多分、思っている。
 それなのに愛してしまったのだからどうにもならぬ。どうともなれぬ。因果である。男は書生の姿で、女は女学生の袴で、見知らぬ屋敷を歩いていた。胸は先程から、ちくちくと痛い。苦しい。階段を上るだけなのに、息が詰まる。まったく一体どうしたのと言うのか、肺を患っているわけでもあるまいに。
 実のところ、どうして自分たちに招待状が届いたのか、ちっとも見当はつかなかった。確かに、歌劇女優の方は、一度か二度、公演を見たことがあったと思う。でも本当にそれだけで、別段知り合いというわけではなかったし、少年に至っては、今日初めて出会った子なのに間違いなかった。主たる華族とは、未だ会ってすらいない。
 それでも届いたのだから――何かがあったのだろう。女にはわからない何かが。
 どうにも胸の痛みに耐えられなくて、踊り場にある大きな絵画の前で立ち止まる。男が振り向いて、よろめく女の肩を支えた。
 胸が。
 胸が、痛い――否、熱い。全身が氷のように感じられるのに、胸だけが、痛くて熱くて、たまらない。眩暈がする。げほ、と咳をしたら、口を押さえた手のひらに、椿のような赤が広がった。
 それを見た男が、驚いた顔をして。それから。
「……ああ……」
 それから、堪えるような歪さで、薄く笑った。
(後略)”

 ●

「別嬪さんには毒が似合う」
 広間にて他の猟兵との話し合いを終え、停電した頃のことだ。暗闇の中で、ロカジがそう言った。件の探偵に気取られぬよう潜めた声は、冷えた宵闇から這い寄るようで、どこか蛇のそれに似ていた。
「そう思わないかい?」
「そうですか」
 適当な返事をする。男のお道化に付き合うつもりはなかったし、どうせ自分が付き合わなくとも、こういう時、男は結局、喋りたいだけ喋るのだ。
「もしかしたら、別嬪さんこそが毒なのかもしれないねぇ」
 案の定、夕立の心のこもらぬ相槌も何のそのと言ったような風情でロカジは言葉を続け、うんうんと得心したように頷いた。
「別嬪が毒でもなんでもいいですが」少年は静かに立ち上がる。「僕らも始めますよ」
 ロカジが楽しげに目を細めて、笑顔を浮かべるのがわかった。やはり、蛇に似ていると夕立は思う。だからどうだというわけではないが。
「待ってました」
 停電になったということは、相手は既にこちらを見ているということだ。怯える女優の表情を作りながら、暗闇の中を、ロカジと連れ立って非常電源の方へ行く。
「それでは、偽装工作に着手します」
 他の猟兵は、既に演技を始めた二人がいる温室の方へ向かった。おそらく、そこには既に『死体』があるだろうからである。『女優』である夕立であれば、そちらへ赴くよりは電源の方へと向かった方が自然に見えると判断したからだった。ロカジは女優を心配して、と言った役回りである。
 夕立は淡々と続ける。
「テーマは探偵ごっこが捗りそうな絵面。先程の絵画の前。死因は毒殺。実際に薬を服用の上での演技、と」
「うんうん」
 荒ぶ吹雪に女優らしく悲鳴など上げつつ、凍り付いた蓋をロカジと共に庭にあった非常電源を入れる。思ったよりも凍り付いた蓋が硬かったものの、男二人の膂力にかかれば開けるのは然程難しいことではなかった。
「脈拍と体温を生命維持の限界まで下げる薬。それに加えて、すぐ動けるようになる血清」
 星が瞬きでもするように光が漏れ始めた屋敷を少し見上げてから、ふ、と小さく息を吐き出して、ロカジに目を向ける。
「――作って来ていただけましたね」
 白熱電球の橙に横顔を照らされながら、男はずっと笑っている。例の笑顔で。きっと楽しくて仕方がないのだろう――この状況が。何が楽しいのか、それはわからないが。
 夕立と殺し合えるのが楽しいのかもしれない。
 どう考えてもアブナイ男だ。頭の中でそんなことを独り言ちる。男は面白がっているが、夕立にとって、今行っているすべては仕事である。無論、ロカジと殺し合うことまで含めて。
「もちろん作ってあるよ、任せて」
 雪を踏みながら、ロカジが書生服の袂から薬を二つ取り出す。
「これが薬で、こっちが血清ね、はい」
 渡された薬剤を受け取って、それぞれを確認する。
「流石本職ですね」
「やあ、夕立くんに褒められちゃったなぁ」
 そう言えば、とロカジが首を傾げた。
「ふと思ったんだけどさ。声は男のままだけれども、いいのかねぇ」
「探偵は細かいことを気にしないそうですし、そもそも今回は映画の撮影なんですから。後でいくらでも吹替が出来る以上、声はさしたる問題ではないと思いますよ」
「成程!」
 吹替か、とロカジが手を打って、それと殆ど同時に辿り着いた、庭と屋敷を繋ぐ扉のノブを掴む。
「さて、夕立くん」
 この通りいい舞台も揃ってるし、早速試してみるかい。男が扉を開けると、温度差に発生した風が、二人を撫でる。
「ええ――」
 乱れた髪を直す際、ふと目をやった庭。その吹雪の奥に――誰かの影が。
「それじゃあサックリ死んどきましょう」
 見えたような気がした。
 広間へ戻り、ずぶ濡れになって横たわる『死体』や他の『演者』と一緒に、『練習』を続ければ――『出番』が回って来るのはすぐだった。決まった台詞を口にして、ロカジと二人、部屋を出る。ここから先に、『決まった台詞』は殆どない。だが、それでも別段、少年に不自由はなかった。
 ――演技とは嘘だ。真実よりも真実めいていなければならず、だが『真実』では決して有り得ない、あまりにもっともらしい嘘。であるならば、夕立が演じられぬものなどないのに違いなかった。不幸な恋をする女を演じる女優を演じる夕立。
 あるいはその不幸な恋をする女すらも――何者かの皮を被っているのやもしれぬ。
 兎にも角にも、そうして嘘で出来上がった入れ子人形は、今、絵画の前に立っているのであった。
 さてここから先の台詞を、と考えたところで――急に眩暈がして、夕立は瞬きをする。ハ?と狂暴な疑問符が脳裏を過ぎった、まだ薬は使っていない。よろめいた夕立の肩を、ロカジが支えた。芝居には影響しないような囁き声で、男が少年に言う。
「……どうだい夕立くん」
 いい出来だろう? 僕の毒は。
 見上げれば――牙を剥いた毒蛇のように、やはり、男は笑っていた。



   五

 “(前略)
 女を殺して、待っているのは何か。
 簡単である。何もない。それを男は知っていた。ここで女を殺すことに、何の意味などありはしないのだ。
 世俗において、男が裕福な恋人を殺す理由としては、財産目当てか、他に愛人が出来たと言ったところなのだろう。だが、男は、どちらにも当てはまらなかった。女と自分の間にはおそらく愛があったが――少なくとも女は、男を愛していたのだろうと知っていた――婚姻関係はなかったし、女が自由にできる財産なども別にないと男は知っていた。女の他に愛人があったわけでもなかった。金も邪恋も、男の動機ではなかった。
 頽れ、男の腕の中で女の命が散りゆくのを、ただ眺める。血を吐き、真っ白に色が抜けていく顔が美しいとぼんやり思っていた。
 女の――死ぬところが見たかった。
 美しい女だった。
 美しい女だったから。
 綺麗な蝶を、標本にしたいと願ったことはないだろうか。薬剤で殺し、展翅して、硝子蓋の桐箱に入れて――眺めてみたいと。
 男は、願ったことがある。
 だからつまり、男はただ、誰もが振り向くような美しい蝶〈おんな〉を殺すのに、この屋敷ほど似つかわしい場所はないと思ったのだ。招待状が来た理由などどうでもよかった。ただ、華族の屋敷というなら、『桐箱』として丁度良いのではないかと思った。この女を、この屋敷で一等美しい場所に、飾ってみたかった。
 それだけだった。
 胸を抑える女が、何も言わず、俯いた。そのまま丸くなるように咳き込み、女の血反吐が階段を赤く染める。
「……顔を」
 よく見せておくれ、と、男は、愛しさに優しい手で、女の頬をそっと撫でた。血の気が失せ、人形のように白い顔が視界に入る。血潮に赤く染まった小さな唇が、薄く開いて、真珠色の歯を覗かせていた。その儚さが、男にはたまらなく狂おしい。
「……君を愛しているよ」
 女を胸に抱き寄せ、男は言う。それも多分、本当のことだった。愛していたのだと思う、でなければ、こんなことはきっとすまい。
「こんな形で不幸にしてしまう、僕をきっと許しておくれ」
 細い体から溢れ出す鉄錆の匂いと、女の白粉の匂い。それから、うつくしいおんな特有の柔らかなにおいと、密やかな死臭が、そっと男の髄に触れる。痺れるようなユーフォリア、その陶酔に、男の精神は微睡む。悲しみとは、愛しさがあるからこそ甘美なのだろうと思う。
 そこで不意に、女が咳き込んだ。毒の効果だろう。震える細い体のためか、女に贈った髪飾りが床に落ちて、女がそのまま、男へと体重を寄せる。それにバランスを崩して尻餅をつくような形で仰向けに転んでしまうと、猫のように背を丸めて男の体の上に覆いかぶさった女が、上半身だけを少し起こして、男の顔を覗き込んでいた。
 ああ――死ぬのだ、と思った。
 女だけではなく。
 己も、また。
 女の手には、先程落ちた髪飾りが握られている。ひどく、鋭利な先端の。
「――」
 桜桃のように可愛らしい、小さく赤い唇が、ゆっくりと動く。
「来世で、わたしを幸せにして」
 その言葉に、男は。
(後略)”

 ●

「ねぇ、もしもよ」
 美人の口から真っ赤な血の花を咲かす毒が、僕があげた髪飾りに事前に仕込んであったとしたら。
「探偵さんは見破れるのかね」
 黒く長い睫毛に彩られた二つの紅玉を見下ろしながら、ロカジは囁く。よろめいた少年は既に頽れ、支える男の腕の中に体重を預けていた。
「……」
 腕の中で、少年は無言である。半眼――睨んでいるのは間違いないのに、何も知らずにその表情だけ見れば、死の縁に臨んで生気が抜けているように見えるのだから流石だ――になり、じっと書生姿になった男の顔を見ている。どうやら、何を言うべきか、考えているようであった。あるいは、言いたいことが多すぎて、言葉を選んでいるのか。真っ赤な血でしとどに濡れた小さな唇は、今のところまだ『きゅ』と結ばれたままだが、しばらくもしないうちに、何らかの舌鋒が飛んでくるのは間違いがない。
「……あは、そう怖い顔するなって! 可愛いお約束じゃないか」
 こんな機会はそうそうないのだし、そもそも夕立の場合、自分が仕込んだ毒程度では死なないとロカジは知っている。渡した薬も、彼の肉体に合わせて調整していた。男は薬屋なのである。毒も薬も、一切は彼の匙加減だ。顔をよく見せておくれ、などと適当な台詞を言いながら、ロカジはその白い頬を指の背で撫でる。
 少年が、二三度ゆっくり瞬きをしてから、唇を物言いたげに僅か尖らせ――それから、諦めたように、ほう、と死に際の吐息に似せて、ため息を吐いた。
「つくづく呆れますね」
 ため息だけでは留まらず、言葉にまでされてしまった。あなた今日ここに来てから、だいぶアレですよ。ひっそりと、だが真っ直ぐに辛辣なコメントとジト目が胸に刺さる。
「だって楽しいんだもの――こんな、映画でも滅多にお目にかかれないような別嬪さんを自分の手で毒殺するなんて絶好のシチュエーション! しかも、実際の映画のセットの中で! これを楽しまずにこの世の何を楽しむんだい」
「……まあいいです」
 夕立が、小さな頭を、そっとロカジの胸に寄せる。外見だけなら本当にそこらの女が裸足で逃げ出すような美女なんだけれどもねえ、などと思いながら、自分も少年演ずる女の恋人らしく、抱き寄せるようにその頭へ顔を寄せた。
「……てかこの髪飾り、やっぱりその手の……厄いブツですよね。イイですけど……」
 で、死に方のリクエストはあります? か弱い女の顔のまま、冷たい男の声で夕立が問うたので、ロカジは「ちょっと考えさせておくれ」と答える。殺し殺され、というところまでは決まっていたが、最終的な死に方自体は、詳しく決めていなかった。他の猟兵と簡単に作った台本でも、二人の話は本筋からは少し離れたように作られたので、『最後に死ぬ』ということさえ守れば、ほぼロカジたちの裁量で好きなように演じられるのだ。そうなると、この状況でどのように死ぬのが一番楽しいか。
「オレが殺してあげても構いませんよ。ウソで良ければそれっぽいことも言ってあげます」
『来世でわたしを幸せにして』。って。
 ――それは。
「とってもイイ死に方だ」
 多分、言葉と共にロカジは笑ったのだと思うが――夕立がまた呆れを滲ませて目を細めたので、もしかすると、もっと違う表情になっていたのかもしれない。
「じゃあ僕の事も殺してくれるかい」
 さっきの台詞つきで、是非ともさ。
「キレイな人にそれっぽいセリフ付きで刺殺される味がクセになっててね」
 ロカジの言葉が終わらぬうちに、少年が、背を丸めるようにして、咳き込む素振りで口元に手を持って行った。薬を服用するためだろう。その拍子に、夕立の結い上げた髪にあった飾りが、するりと落ちて、かしゃんと音を立てた。丁度良く落ちたわけではなく、夕立が凶器にすべく落としたのだろう。咳き込む女の袖の影で、レースに覆われた華奢な手が髪飾りを握る。その鋭利な切っ先に、男はぞっと臓腑が冷えるような愉悦を感じた。
「――夕立くんの身体なら薬が効くまでに数十秒あるから、カタ付けちゃってよ」
 凭れかかるように少年が男に体重を預け、バランスを崩したふりで夕立に押し倒される。その顔に浮かぶ、命の灯火が吹き消える寸前の、それでも愛を抑えきれぬと言わんばかりに、狂おしいまでの恋心を滲ませた表情。それを見て、ロカジはまるで本当に、この場で己が毒殺せんとしていたはずの女に襲われているような、たまらない錯覚を起こした。少年の手にある髪飾りが掲げられて、天井の灯りに反射して、きらりと金色に鋭く光っている。女の、朽ちかけた美しい顔の向こうで、踊り場に飾られた無意味な肖像画が、顰めつらしく二人を見下ろしていた。
 来世でわたしを幸せにして。約束通り口にされた、少年の――否、女の台詞。
 非現実の倒錯が、万華鏡のように咲き誇る。
 夕立が、静かに囁いた。
「……そのクセはナイショにしといたほうがいいですよ」
 フツーに気持ち悪いんで。
 そして、男の喉目掛け――髪飾りが振り下ろされた。


 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

マリアドール・シュシュ
永一◆f01542
アドリブ歓迎

どうやら゛探偵さん゛はマリア達の思惑に気付いてないみたい
探偵失格、と言いたい所だけれど
ええ、彼が望む舞台を作りましょう

黒魔術の部屋へ

マリアの歌が引き金となって
その命を代償に甦らせたい人がいるとか…永一なら邪神かしら?
そんな動機なら本当にありえそうよ(ふふ
一冊ぐらい本物があってもおかしくないのだわ

蔵書を読み耽り時が来た

っ…!何、
あなた…んな、として…裏切…

演技はオーバー
ハリウッド女優並にノリノリ
突如流れる蓄音機
音外れで狂気が増す
抵抗するも力の差は歴然
刺殺されたフリ
蔵書の中の「永」と「一」に血糊をつけ眠る

(永一のあの目…あれは獲物を狩る目だったわ
半分本気…だったのよ)


霑国・永一
マリア(f03102)と

さて、頃合いのようだねぇ
それじゃ、先ほどの約束通り黒魔術の部屋に行くよ、マリア。我々の惨劇の舞台へだ

いやー流石は黒魔術の部屋というか、その手の本には事欠かないなぁ。蔵書がいっぱいだよ。邪神が生み出せるかもしれないねぇ

いい頃合いになったら本に夢中なマリアを後ろから片手で口を抑えつつ抱き寄せてそのまま背中にナイフで一突き、刺殺。血糊が出る刀身が縮む玩具だけど

マリアが倒れるのを見届けたら部屋を静かに出て素早くナイフを処分、マリアを探してるふりでも遠くでするかな
さてさて、マリアはダイイングメッセージをちゃんと書けたかなぁ? 君を殺した男の名前をどんな気持ちで書いてるやらだ(笑)


トリテレイア・ゼロナイン
鏡のトリックは敵のUC?
そして「仕掛けられた」以上、「見られている」可能性も考慮すれば…
…念には念を入れて死を偽装しましょう

借金返済の為の隠し財産が見つからない、死人が出た
所在と真相を言わなければ館と身体につけた爆薬を起爆させると脅迫し住人を庭に集める従軍経験もある狂人
真犯人の細工で突如爆薬が作動し爆死…が筋書

成立させる為起爆の瞬間UCを使用し防具改造で偽装甲冑装甲をパージ
破壊工作で爆薬の煙の量を増量
(黒い超重フレーム剥き出しで)煙に紛れて館に潜伏し後には焦げた甲冑が転がるのみ
移動の音を誤魔化す為(建物を破壊しない爆発)事前の細工も併用

機械のアドバンテージを活かし探偵の裏をかかせて頂きましょう



 
 

   六

 “(前略)
 騎士道というものに男が傾倒し始めたのはいつ頃であったか、それは定かではない。随分昔から続けていたような気もするし、そうではなかったようにも思う。ただ、おそらく、男が騎士道というものにこれほど執着してしまったのは、男の血筋が齎した性質が多分に原因となっていたのだろう。今歩いている屋敷は彼の従兄のものであったが、ここに住まう彼らもまた、そう言った道楽じみた趣味嗜好に耽溺して、社会での生活というものをおざなりにしてしまうところがあった。つまり生来社会不適合者なのだ。この家の者は、そう生まれついている。
 だから――男が借金を背負ってしまったのは当然の成り行きであり、非難される謂れなどないことなのだ。自分の現状は、己ではどうにもならぬ性分のために起こってしまったことなのであるから、自分は、『無条件に恵まれなければならない』はずなのである。
 だと言うのに。
(――これは一体どういうことだ!)
 見知らぬ招待客に、従兄家族の死体。それだけではない、招待客の中からもまた、死人が出てしまった。隠し財産など何処にもない、あったのは血腥い屍のみである。白鎧の下で、男は苛立つ。
 そう――隠し財産だ。聡い女であった祖母は、嫁いだ先の性質をいち早く見抜き、将来困ることがないようにと、ひっそり財産の一部を分けて隠しておいたのだという。そしてそれは、この屋敷にあるのだ――と、男が話を聞いた老婆は言っていた。老婆は、祖母の端女であった。男の借金を聞きつけた老婆は、男の住まいにやってくると、そんな話をして駄賃を強請った。
 無論最初は信じていなかった。老婆の笑みは信じるに値しないと思わせるほどには卑しく醜かったし、そんなものがあったとしても、従兄らがとっくに見つけて使ってしまっていると思ったからである。それに、幼少の頃この屋敷へ招かれた際、従兄たちと共に屋根裏まで探索してみたこともあるが、それらしきものはどこにもなかった。だが、老婆が、「鏡の裏側に隠し部屋があるのを知っておりますか」と嗤ったので――男は、老婆の言を、信じてみるつもりになったのである。
 それでこの仕打ちだ。借金取りに近日中に返せると言ってしまった手前、どうにかそれを見つけなければ、自分はこれまで集めたすべてを競りにかけられ、失ってしまう。
 猫のように少年が飛び出した後の広間を苛々と後にして、再び屋敷を探索しながら――男は、はたと足を止めた。この屋敷に住んでいた者で、行方不明の子供がいるではないか。順当に考えれば、犯人はその子供だろう。そして、子供一人でこの犯罪を成せるわけがない。ならば、この屋敷のどこかに子供とその共犯者が隠れているのだ――男はいつの間にか俯いていた顔を上げる。
 ――馬鹿にするなよ、小僧ども。
 人を殺したがどうした、そんなもの自分も戦争で幾らでも殺した。私は先の大戦で勲章を賜ったのだ。今のように騎士道を志してから、周囲は私を狂ってしまったと罵った。それは違う。私は己の真実に目覚めたのだ。ただそれだけだ。屈辱で煮えた憤怒に急き立てられ、男は足早に廊下を歩く。早く炙り出さねばならない!
 決まってしまえば、後は簡単だった。
 元より、自分は、『そう』するつもりで、この屋敷を探索していたのだから。
「――あら、騎士様?」
「……」
 曲がり角で、客室から顔を出した歌劇女優が、きょとんとした――同時に、僅かばかり怯えた――表情で、男を捉えた。女優は、扉を閉めて中に戻るかどうか迷ったようだが、まさか自分が危害を加えられるとは思わなかったのか、あるいは他に思惑があったのか、扉を閉めることなく、男に質問を投げた。
「あなた、私の付き人を知らないかしら? ほら、あの、黒髪の男よ。少し欲しいものがあるのだけれど、何処にもいないの」
 そう言えば――彼女の舞台は、一度見たことがある。素晴らしい舞台だった。
「……失礼ですが」
 そのような貴婦人には、相応の礼を払わねばならない。その精神を以て、芯から優しく、それでも目的のため、どこまでも冷徹に――
「一緒に来てもらいましょう」
 男は、女優を人質とすることに決めたのだった。
(後略)”

 ●

「――マリアドール様、寒くはありませんか?」
「ありがとう、でもこれくらいなら大丈夫よ!」
 銀色の髪を結い上げたクリスタリアンの少女――マリアドールは、うきうきとしたような調子でそう微笑むと、整った造作の中で金色の瞳を瞬かせた。己の半分ほどしかない身長の少女と並んで、トリテレイアは吹雪の庭を歩く。しかしひどい天候であった。少女の纏った白い毛皮の外套――現在の天候を考え、このシーンの間だけ、衣装室にあったものを拝借することにしたのだ――や、自分の装甲に、容赦なく雪は降り積もっていく。舞台は既に終幕へ向かっているが、吹雪は未だ止む気配を見せない。
「悪い騎士に捕まって、助けてもらうなんて。物語のお姫様みたいでわくわくするのよ」
 少女の無邪気な様子に、「確かにそうですね」と柔らかな返答をしながら、トリテレイアは考える。
 あの少年を助けた時に見た、鏡のトリック。あれは、敵のユーベルコードだったのだろうか。もし自分の考えが的中しているならば、それは、早くも敵の側から『仕掛けられた』ということになる。事実、停電も、溺死も、屋根裏も、『誰か』の作為によって手が加えられていた。隠して配置していた妖精たちの視界でも、その『誰か』は僅かに映っている。向こうも妖精に気付いていたのか、暗闇の中で動くそれらの姿形までは判然としなかったが、猟兵以外の何者かがいるのは間違いのないことであった。そして『仕掛けられた』以上、『見られている』可能性も考慮すれば……。
(……念には念を入れて死を偽装しましょう)
 まして、妖精たちが捕捉した影は一つではなかった。それらの眼が――ずっとトリテレイアたちを追いかけているのだとしたら。生半可な演出では『手を出される』。そうなると、自分の場合は最悪、『人間でないことが相手に漏れる』。そうなれば、いかに細かいことは気にしないという探偵も、警戒して出て来ないかもしれない。気を付けなければならなかった。
「……この辺りがよさそうですね」
「ええ、そうね」
 窓から溢れる光がスポットライトのように照らし出す雪の庭の一角でトリテレイアは立ち止まり、館へと向き直る。さて、ここからが『芝居』の始まりだ。「それでは失礼します」と少女に一言断ってから、ウォーマシンはその肩を掴む。
「出て来なさい!」
 きゃあ、とマリアドールが――否。狂った、騎士とは名ばかりの道楽者に捕まった哀れな女優が、怯えた声を上げる。
「隠れているのはわかっているのです――小僧ども! この声が聞こえているのならば、今すぐ出てきて、私の前に跪け! そして告白なさい、『この屋敷に隠されたすべて』を! そうでなければ、この屋敷を爆破します!」
 トリテレイアが演ずるのは、騎士道楽に血道を上げていた親戚の男。従軍経験もある狂人で、この屋敷に来た理由は金が目当て。だが、借金返済の為の隠し財産が見つからない、その上死人が出た。このままでは自分の命も危うい――そう判断した男は、最早後がないことも手伝って、所在と真相を言わなければ館と体につけた爆薬を起爆させると脅迫し、住人を庭に集める。だが男は、真犯人の細工で突如爆薬が作動し爆死……というのがここから先の筋書だった。
「この吹雪です、どうせ逃げることなどできなかったでしょう?」
 男は声を張り上げ、続ける。
「出て来ないのであれば、私の体に巻いた爆薬にも火を点けます。この女優も死ぬでしょうね――可哀想に。私でも知っている女優です。たとえあなたがたがこの後爆発を逃れて首尾よく助かったとしても、彼女が死んだら、大事でしょうね。警察もきっと、余程力をいれるでしょう。そうしたら、こんなことすぐに露見しますよ」
 そう狂人は呼びかけるが、狂人の体についた爆弾は空である。死ぬつもりなどないのだ、当然ながら。真犯人の細工によって本当に爆発するものとなっているとは知る由もない。
「ですが――今出てきてすべてを私に教えるのであれば、私もあなたがたの手伝いをしてあげましょう。さあ!」
 再度叫べば、館の方から、仕立てのよいスーツの男――つまり永一演ずる女優の付き人が現れる。狂人は男を一瞥すると、言うのだ。
「あなただけですか」
 付き人はコートも着ないまま、焦った顔で叫ぶ。
「彼女を放してくれ、無関係なんだ!」
「必死ですね」
「当たり前だろう!」
「まあ――構いませんよ。あなた方は最も犯人とは縁遠い人間たちでしょうしね」
 この少女の細い腕に殺人など似つかわしくない。
「じゃあ、」
「ですが、私はどうしても今、この屋敷に隠されたものの真相を知る必要があるのです」
 それがわかるまでは、彼女には人質になってもらいますよ。そう告げれば、付き人が「彼女を解放してくれたら金を払う!」と叫ぶのだ。
 その提案は――狂人にとっては魅力的なものだ。何しろ、狂人は、あるかどうかもわからない隠し財産に縋るほど困窮しているのだから。
「……如何ほど出すつもりですか」
「好きな額でいい!」
「ふむ……」
 狂人は幾らか考え込んで、それから女優を突き放す。女優は走って付き人の傍まで行き、狂人は「その言葉、忘れることのないように」と言ってから、館に目を向ける。
「出て来ないようですね」
 金が手に入った狂人は、屋敷がなくなっても構わないと思う。落ちぶれた華族の隠し財産よりも、世界的歌劇女優が支払う額の方が間違いなく高額だろうと踏んだからだ。
 だから――
「では、瓦礫の下で心中すればいい」
 そうして、スイッチを入れて。
 狂人を中心に、爆発が起きた。
 ――そしてここからは、狂人ではなく、トリテレイアの本分となる。無敵城塞にて爆発を耐えると、防具改造で偽装甲冑装甲をパージ。破壊工作で増やした爆発の煙が吹雪で散る前に、黒い超重フレームを剥き出しにしたまま走る。万一にもその音が『何者か』に捉えられぬよう、移動の音を誤魔化す為、屋敷を壊さない程度の爆発を連続して起こしながら、トリテレイアは問題なく館の影に滑り込んだ。念のために、配置した妖精たちの視界で確認する限り、潜んでいた者たちは皆、爆発地点に転がる焦げた甲冑のみに注目しているらしい。トリテレイアの足跡も既に吹雪で消えている、彼らが自分に気づくことはないだろう。
 爆死なんて派手なことをするじゃないか――と、心底愉快そうな声が、ふと、どこかから聞こえた。
 笑っているのなら、結果は成功ということだ。
 人ならば確実に死ぬ火薬でも無事でいられる――そんな機械のアドバンテージを最大に活かした結果、無事に探偵の裏をかけたらしい。しかし、人が死んで笑うとは……。
(……やはり、問答無用で首を刎ねることになるかもしれませんね……)
 この事件のことを聞いた時にも考えたことを再度浮かべながら、トリテレイアは、配置した妖精たちを利用して、屋敷へと潜伏したのであった。



   七

 “(前略)
「知らなければならないわ」
 女優として舞台に立ち始めてから、こんな目にあったことは一度だってなかった。いや、女優として舞台に立つ前だって、こんなひどい事件に巻き込まれたことはない。普通の人間だったら皆そうだ、そのはずだ。
 今彼女がいるのは、得体の知れない部屋だった。多分書庫なのだろうと思う。そこに逃げ込んだのは、横の男が連れてきてくれたからである。内鍵もかかるし、一番頑丈そうだったから、と彼は言った。確かに、本が沢山あって、いざという時投げつけることができそうなのは女優としても都合が良かった。それに本は、情報だ。
 殺人を犯すに至った人間の心理を解き明かすことができるかもしれない。
 少女が本を取ると、男がそれを優しく止めようとする。
「無理をしない方がいい」
「無理なんてしていないわ」
 泣きそうになりながら、歌劇女優は――年若く美しい、銀色の歌い星は――黒煙と吹雪に荒れる庭から屋敷の中へと自分を連れ戻した付き人に平静を装った口調で返した。
「重要なのは、何をしようとしているかなのよ――あの離れも、この屋敷で死んだ人たちも……『何か目的があるから』殺されているのではないの?」
「……」
 男が黙る。
「目的があるということは、そこへ至る行動を推測することができるということよ。それができれば、わたしたちは死なずに済むかもしれない」
「そうかな」
「そうよ――きっと。だから、本を読もうと思うの。どうせなら、あなたも何か探してみて頂戴」
「……そこまで言うなら、もう止めはしないよ」
 男が手を引いたので、少女はそのまま本を取り出して、開く。古い本だった。永遠の命だとか、なんとか。何時頃の本だろうか、もしかすると、二百年は前かもしれない。だが埃っぽくはない――やはり誰かが読んでいたのだ。そうしてさっと目を通し、次の本へ。文章は楽譜に似ている。意味のあるものの集合体。だから読んで中身を覚えるのは得意だった。
 それを繰り返して、多分、四冊目か……五冊目だったと思う。
 不気味な本だった。嫌な本だ、と、何となく思った。首筋に冷たい指が這うような怖気で少女は眉をひそめる。読まない方がいい、と頭のどこかが警鐘を鳴らしていた。この本は、一体何だろう。
 蛇。子猫。蝶。騎士。蜘蛛の巣。硝子の箱。水の棺。炎の檻。取り留めのない言葉。何の関連性があるのかわからない。文章に一貫性がない。けれどそれは、『繋がっている』。意味が読み取れないのに、理解している。気付いた、これは『楽譜』だ。
 ぐらりと、頭の中で何かが揺れた。
 歌っている。誰が。
「――、――」
 わたしが。
 なぜ歌っているの?
「……君の歌には、特別な力があるんだ」
 かち、かち、かち、かち、かち、かち。パズルのピースが嵌まるような音が、頭の中から響いている。蛇、子猫、蝶、騎士、蛇、子猫、蝶、騎士、蛇。誰が殺したかなんて本当は重要じゃない、それが死ぬことが大事。そのように死ぬことが大事。歌っている。くるくると回っている。蓄音機の音がそれに合わせて響いている――誰が流して、なんて。
「それを俺は知っていた」
 わかっているのに。
「最初は、君だけでいいと思っていた。でも、離れがあんなことになって……しかもあの子がね、」
 蛇を殺してしまうから。
「ここまで『揃った』なら――やってみないと、嘘だろう?」
「――、っ……! 何、」
 歌う少女の口を、優しく誰かの手が覆って――背中が、熱く燃えた。刺されていた。衝撃に僅か我に返り、振り払おうとすると、男が少女を抱き寄せるように抑え込み、より深く刃を沈めた。背後で、「歌って」と囁く。その言葉で、金糸雀が囀るように喉が動く。歌が。
 厭。
「――、」
 男が少女を解放する。崩れ落ち、倒れ伏した自分を、赤い色が染め上げていく。血が喉に詰まって、幸い、歌も止められた。その隙間で、絶え絶えに、少女は言う。
「あなた……んな、として……裏切……」
 言えたのはそれだけだった。すぐにまた、こぽこぽと歌だけが自分の喉から勝手に溢れ出して、宙を舞っていく。嗚呼、なんて綺麗。
「裏切っていないよ」
 最初から、そのつもりだったんだ。
「君の付き人になった時から、俺はいつかこうするつもりだった」
 ああ――駄目だ。
「しかし、どう読んでもらうか考えていたけれど……君が自分から読んでくれるとは思わなかった。ありがとう」
 美しい俺の歌姫。
「ほんの一時だけ……さよならだ」
 男が楽譜に埋もれた幻想の中、男の立ち去る音が聞こえた。わたしはただ、歌っている。でも――
 でも、指は動く。
 最初の一冊に手を伸ばす。あの本は、この国の言葉で、あの男の名前と同じ言葉で書かれていた。本を開く。どこでもいい、どこでも。その文字さえあれば。
 そして少女は、震える指を。
(後略)”

 ●

「さて、頃合いのようだねぇ」
 どこか楽しげにも聞こえる口調でそう言った青年に、マリアは「そうね」と返事をする。
 庭から屋敷へと戻り、借りたコートなども元に――勿論、十分乾かせそうな場所に――戻してから、マリアは永一と共に廊下を歩いていた。既に他の猟兵は『死んでいる』か隠れているかで、今『生きて』動いているのはもう、自分たち二人だった。
「どうやら“探偵さん”はマリア達の思惑に気付いてないみたい」
 小さく歌うように零せば、永一が唇だけで笑う。
「さっき笑い声が聞こえたからね。楽しんでいるんだと思うよ」
「本当? マリアには聞こえなかったわ」
「聞こえなくても構わないさ」
 あんな声はね、と青年が言ったので、ふうん、とマリアは首を傾げて相槌を打つ。
「真相にも気付かず笑ってるなんて……探偵失格、と言いたい所だけれど」
「そちらの方が『いい』んだからね、かの名探偵様は」
 永一が自分の言葉を継いだので、頷く。いい――マリアたちにも、都合が『いい』。
 だから自分たちも続ける。最後の最後まで陰惨で、一際悪徳に満ちた……かの探偵が躍り出たくなるような、悲劇〈キネマ〉を。
「それじゃ、先ほどの約束通り、黒魔術の部屋に行くよ、マリア」
 我々の惨劇の舞台へだ。そう言って、永一が恭しく少女に手を差し伸べたので、マリアも『歌劇女優』として胸を張り、その手を取る。
「ええ、彼が望む舞台を作りましょう」

 ――そうして青年と共に開いた部屋は、ちょっとした図書室のような様相であった。部屋の奥に置かれた重厚なウォールナットの書斎机と、その横に置かれた蓄音機が、橙の照明に照らされて静かな緊張感を部屋に与えている。アンティークに見えるけれど、これも偽物なのかしら、などと興味のままに家具や本を眺めていると、永一が、感心するような吐息を漏らした。
「いやーさすがは黒魔術の部屋というか、その手の本には事欠かないなぁ」
 蔵書がいっぱいだよ、と青年が言うので、マリアも本の背表紙に視線を移す。タイトルは読めないものも多いけれど、読めるものもある。ただ、それのどれが永一の気を引いたものなのかまではわからなかった。もしかすると、すべてなのかもしれないけれど。
「でも、偽物が多いね」
「そうなの?」
「うん、これも映画撮影用なんだろう」
 視界の外で本を眺めているらしい永一に振り返って、マリアは、悪戯に微笑む。永一が何を考えてそんなことを口に出したか、わかったからだ。
「盗めなくて残念ね」
「本当に」
 けど、と永一が、本の背表紙に書かれた、金色の文字を指先でなぞった。題字と同じ金色の瞳が、すっと細められる。
「タイトルは……『装丁』自体は、多分本物を写してる。偶然かもしれないけど、これが元は全部本物としてここに収められていたのだとしたら――誰が何のために集めたんだろうね」
 何のために。うーん、と首を傾げると、永一が笑った。
「まあ、俺たちにはもうわかりようのないことだよ」
「そうだけれど」
「……もしかすると、俺たちの『演じている物語』を、本当にやろうとした人間がいるのかもしれないね?」
「マリアたちの作ったこの『お話』を?」
「そう」
 この殺人劇は、マリア演ずる歌劇女優の歌が発端である。その歌の特別性に気付いた付き人が、この屋敷の長男を唆して事件を始める――というのが筋書きだ。話を作る時に、彼女が「マリアの歌が引き金となって、その命を代償に蘇らせたい人がいるとか」と言ったことによる。でもそれを、昔の人がやろうとしたというのは、どういうことだろう?
「そんなことがありえるかしら?」
「まあ、有り得ないだろうけれど」
 そういう不思議なことがないとは言い切れないからね、と永一は言った。本気かしら、と上目遣いに見てみれば、そうではないようである。冗談なのだろう、多分。
(蘇らせたい人……永一なら邪神かしら?)
 そんな動機なら本当にありえそうよ。ふふ、とマリアが口角を緩めれば、永一が不思議そうな顔をした。
「ねえ、永一は全部偽物だと言ったけれど……」
「うん?」
「こんなに本があるんだもの、一冊ぐらい本物があってもおかしくないのだわ」
 両手を広げて指し示せば、永一が少しきょとんとしてから、小さく声を上げて笑った。
「そうだね。そうしたら、邪神が生み出せるかもしれないねぇ」
 そんなやり取りをしてから、台本通りに永一とやり取りをして、本棚から一冊取り出す。ふと見れば、奥の方にトリテレイアが配置したらしい小さな鋼の妖精がいたので、マリアは唇の端だけで微笑んだ。古い屋敷で本を取り出したら妖精が住んでいた、なんて、とっても素敵だと思ったのだった。
 そうして蔵書を読み耽り――時が来た。永一の言葉と共に突如流れ始める蓄音機は音外れで、狂気を増す。わくわくする、映画のクライマックスのように、いいえ、これは映画のクライマックスそのもの。マリアは今、映画のシーンの中にいるのよ。誰にも見られることのない映画だけれど、その高揚感は本物だった。鳴り続ける蓄音機、即興で歌うマリアの歌声に、それは奇妙に合致しているようだった。やがて永一の手が背後から伸びて――彼女の口を塞ぐ。
「――、っ……! 何、」
 楽しさに真剣さを織り交ぜて振り仰ぎ、抵抗する。だが、抵抗するも力の差は歴然で――ノリノリだなあ、と苦笑する声が聞こえてくるような目をした永一が、マリアの背中に玩具のナイフを突き立てる。天井で光る橙色の照明が、青年の顔に影を落としていた。歌って、青年の台詞。瞬きをして、マリアは、歌を。
 その瞬間。
(――……ッ)
 永一の眼が、ぞっと底冷えのする――黄金の光を乗せた。
 ……果たして、演技で倒れたものか。先程までとは別種の緊張を感じつつも、演技は忘れず、最後の言葉を告げる。そのまま台本通り永一が出て行ったので、マリアと一緒に転がる本へ、血糊をつける。「永」と「一」で、彼の名前を示すように。そして瞼を閉じながら、少女は先程の眼を思い出していた――永一のあの目……あれは。
(あれは獲物を狩る目だったわ。半分本気……だったのよ)
 蘇らせたい人。
 青年の言葉は、どこまで『本物』だったろう?



   八

 “(前略)
 あ、は、は、は、は――は、は、は、は、は!
 誰かが笑っている。
 笑っている。
 笑っている。
 多分、自分だった。わからない。窓に映る若い男は、黒いスーツの付き人は、歌劇女優のマネージャーは、星に潜む影のような男は、少しも笑っていない。壊れている。壊れていっている。笑い声は続いている。ああはははは――ははは――唸るような哄笑。これは吹雪の音だっただろうか。吹雪の中には怪物が住まうのだろうか。

 怪物とは――俺のことか?

 四拍子のタクトを、怪物が振るっている。スポットライトの照明に、閃いている。
 雪の荒ぶ外に出て、布に包んでいたナイフを、予め見つけておいた僅かな池の割れ目から、水の中に捨てた。これで冬の間は少なくとも誰にも見つかるまい。着て来たコートの下で、肉体が熱を持ってひどく暑かった。正体のわからぬ興奮が、胸の底から頭の隅までを煮えるように満たしていた。
 こんなに。
 こんなに――『簡単なこと』だった!
「――!!」
 少女の名を叫ぶ。必死に探しているような素振りで――意味などないけれど。誰も生き残ってなどいやしない。どうせ足跡も吹雪が消してしまうし……それでも、何故か。自分は、少女を探している。自分で今、刺し殺したはずなのに。
 白い宵闇にぎらつく金の瞳を二つ、鬼火のように揺らめかせながら、男は血塗れの離れの前に立つ。ここが始まりだった。この屋敷の長男が、最初に、つまり彼女のパトロンになりたいと自分に近付いて来たあの時、何を考えていたのかは知らない。ただ、あの男と自分の欲は一致していた――彼女を利用したい。金銭などではない。そんなものよりもっとずっと、『崇高な』もののために! それだけが自分とあの男の共通点であった。そうして、あの男と自分は、計画を立てた。
 だが、あの男は、狂った。自分より先に、あるいは、自分とは違う有様で。
 彼女の舞台の客から、楽譜に見合うよう、見繕って招待状を出し――そこで、男は、箍を外してしまった。否、本当は違うのかもしれない。わからない、自分たちが来る前に『この離れで何が起こったのか』、本当は、自分も知らなかった。意識のなくなった自分が、勝手にこの惨劇を起こしたのだと言われても、自分はきっと、納得する。だって、あの男もまた、ここで死んでいたのだから。
 けれど――いずれにせよこれが――この肉と血が。
 そして、あの少年が、怒りに任せて殺人を犯したことが。
 自分を生きながら怪物にした。
 身の毛もよだつ、人殺しの怪物に!
 ああ――あああ――既に声は哄笑でない。離れの扉を開く。血と臓物にまみれた入り口を過ぎて、廊下を歩き、少年を匿っていた部屋を開く。灯油のストーブの横で、少年はどうも眠っているようであった。この少年は――このまま、自分の予定通り、この惨劇の犯人として仕立てあげられたら、どう思うのだろう。裏切ったと言われるだろうか。どちらでも構わなかった。興味がない。
 ただ一つ以外には、一切の興味など。
 歌が聞こえている。歌が。
 そう――これは、歌だ。
 歌が聞こえている、不可思議な旋律。船乗りを惑わす妖鳥のそれか。いいや。
 これは。
 これは……かの人を讃える尊い歌。
(後略)”

 ●

「あなた……んな、として……裏切……」
 まるで本当に刺されたみたいに崩れ落ちる体を、支えるようにしてゆっくり横たえれば、マリアが血糊の中でそう言った。その様子は、とても演技とは思えず、オーバーなのではないかと思いつつも真に迫っていた。先程から楽しそうだと微笑ましく思ってはいたが、まさしくノリノリである。
 ――まったく、ハリウッド女優並だね。
 内心で苦笑しながら、そんなことはおくびにも出さず、ナイフの血糊を軽く振って払う。刺せば刃が引っ込み、血糊が噴き出す玩具のナイフは、マリアの背中を血でしとどに濡らしながらその用を済ませていた。
「――『ほんの一時だけ……さよならだ』」
 小さくそう告げると、永一は衣裳部屋の隅に置かれていた端切れでナイフを包み、血糊が服に滲まないようにしてから、先程まで隠し持っていた懐へと戻した。そのまま静かに部屋を出て、ナイフを処分するべく外へ向かう。
 ……そう言えば、あの服はマリアの私物のようだったけれど、あれほど盛大に血糊で汚してしまってよかったのだろうか? そんなことを永一は今更ながら思った。背後に控えて、いい頃合いになったら、本に夢中なマリアを、後ろから片手で口を抑えつつ抱き寄せて、そのまま背中にナイフで一突き――刺殺、というのが筋書きだったし、翡翠色のドレスに赤い血は眩むほどに美しかったが。
(……後で泣かないといいけどね)
 まあ大丈夫か。そんなことを考えながら、永一は、視界にポップアップしてきた分析情報に、僅か目を細めた。眼球に装着していたデバイスに、何かが映り込んだのだ。普通の人間なら気付かないのだろう一瞬だったが、『誰か』がいる。考えるまでもなく、どうせ例の探偵の関連だろう、猟兵は皆、各々の役割を既に終えている。
 ……それじゃあ、マリアを探しているふりでもしようか。
 この喜劇の黒幕たる永一がそんなことをする必要などないが――それでは探偵が推理をする必要もなくなってしまう。尤も、生き残った人間が殆どいない以上、これはそもそも二択のクイズに過ぎず、おそらく『ミステリー映画』としては不出来なこの物語は、既に探偵など求めていないのかもしれないが。
 それでも探偵は、己が『探偵であること』を求めているのだから――それに倣うほかあるまい。
「……マリア、どこだい?」
 焦っているような歩調で廊下を進み、少女の名と共に虚空へ呼びかけてみる。当然ながら返って来る声はない、少女はあの部屋の中だし、他に猟兵はいない。なんとなく、本当に、あの少女が死んでしまったような気分がして――ふと視線を横にやれば、窓に映った自分の瞳が、吹雪の暗闇に鈍く光っていた。
 女優の付き人は、何を思って彼女を殺したのだろう。猟兵たちで打ち合わせたこの喜劇は、作ったその場で本番を迎えた。本当の役者なら、台本を読み込んで、登場人物の心情を理解しようとしたりするのかもしれない。けれど永一は役者ではない。だからだろうか、僅かながら、演ずる登場人物は、どこか自分に似ているような気もした。
 ふ、と永一は笑う。似ている、似ているだろうか? 似ているとも思えるし、似ていないとも思える。
 一つ瞬きをして笑みを消し、青年は再び歩き出す。屋敷の外は相変わらず吹雪いていて、永一は衣装室でコートを借りる。それでも寒いな、と思いながら庭に出れば、焦げて吹き飛んだトリテレイアの鎧が、雪の中に転がったままであった。彼はウォーマシンと聞いたけれど、あんな風に外部装甲を放っておいていいのかな、などと青年は思った。まあ、必要ならば本人が回収するだろう。その横を通り過ぎ、永一は、池の傍に辿り着く。
(……あったあった)
 足元の池の縁には、小さな隙間が空いていた。先程のトリテレイアの爆発で吹き飛んだ庭の小石か何かが、落ちてその熱のままに氷へ穴を開けていたのを、永一は見ていたのであった。しゃがみ込んで、懐から玩具のナイフを取り出す。一応紐で枝と括っておき、後で拾えるよう穴の縁に枝をかけて、永一はナイフを池の中に落とした。最悪拾えなくても弁償できるだろうけれど、拾えた方が勿論いい。うん、とナイフの状態に納得してから、永一は立ち上がると、離れへ向かって歩き出した。離れには、物語の発端となった少年――役の、人狼の猟兵がいる。永一演ずる付き人が、そこに少年を匿うことになったからだ。まさか死体のある離れに少年を匿うとは思うまい、と付き人はそうするわけである。
 離れには古い火鉢があったので、少年猟兵はそれと一緒に待っているはずだ。台本通りでもあるし、報告がてら顔を出そう、けして俺も火にあたりたいわけでは、いや嘘だ。寒いので早く温まりたい。流石に僅か背が丸まる、眼鏡が凍りそうだ。
 早足に吹雪の中を歩きながら、もう一度、マリアを探すように視界を巡らせて、少女の名を呼ぶ。今度は屋敷の中で呼ぶよりも大きく。返事はない。屋敷からも離れている、マリアにもきっと届いていない。見上げれば、マリアを殺した部屋の窓が、カーテンに閉ざされているのが見えた。あそこで彼女は今、『死んでいる』。
(――さてさて、マリアはダイイングメッセージをちゃんと書けたかなぁ?)
 面白くなってきて、永一は笑う。ダイイングメッセージを残すとは聞いていたが、どんな手段で残すかは聞いていなかった。その赤い血で俺の名前を書いたのかな、そうだとしたら、君を殺した男の名前を、どんな気持ちで書いてるやらだ。
 笑いながら、永一は、更に一度、「マリア、どこにいるんだ」と叫んだ。青年の声は吹雪に飲まれ、消え失せる。そしてまた、諦めたように歩き出し――

 ――いつの間にか、屋敷から落ちる、スポットライトのような光の中に、金色の髪の男が立っていた。

 吹雪が、奇跡のように止む。男が満足そうに笑う。
 ……どうせなら、俺が火鉢に当たるまで待ってくれても良かったじゃないか。そんなことを思いながら。
 永一は――その、鳥打帽にマントという、『いかにも探偵然とした』男と対峙したのだった。


 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​




第3章 ボス戦 『『名探偵』斜録・家々』

POW   :    僕の完璧な推理を聴きたまえ!
【誰にでも思い付くような穴だらけの推理】を披露した指定の全対象に【この推理は一切の隙がなく完璧であるという】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。
SPD   :    助手君、始末してくれたまえ。
自身が【自らより目立つモノへの強烈な嫉妬】を感じると、レベル×1体の【家々の助手たち】が召喚される。家々の助手たちは自らより目立つモノへの強烈な嫉妬を与えた対象を追跡し、攻撃する。
WIZ   :    助手君、何とかしたまえ!
【家々よりも有能だが戦闘能力のない助手】が現れ、協力してくれる。それは、自身からレベルの二乗m半径の範囲を移動できる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は比良野・靖行です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 


「諸君!」

 窓から差す橙の光に照らされて、男の声は朗々としている。屋敷の屋根裏から庭の隅まで届くほどはっきりと、舞台に立つ役者のように、男は両手を広げる。だが、男の言う『諸君』とは誰のことだろうか。
 彼の眼前に広がる雪の庭には、猟兵が一人立つばかりだ。

「安心するがいい、僕が来たからにはこの殺人事件はすぐに解決してみせよう」

 何故なら僕は名探偵なのだからね。男は言う。男は誰を見ている?
 最早彼の目が何を映しているかなど、誰にもわからないのかもしれない。

「死んだ者たちは哀れだ、だが、仇は僕が必ず討つ」

 今すぐにでも真実を明らかにして、裁きを下してみせようじゃないか。男が両手を、指揮でもするように掲げる。寂しい雪の屋敷で、それが作られた喜劇であるとも知らずに。

「そして、主役の僕に喝采を送りたまえ」

 ――そこで、探偵のすぐ傍に、屋敷の中から一人の男が走って来る。黒いシャツに、黒いサスペンダー。目立たぬ――認識できないほど没個性的な容貌の男は、探偵の傍に来ると、何事かを耳打ちした。

「何だね、助手君――」

 訝しげに、不機嫌そうに男の言葉を聞いていた、探偵の表情が変わった。

「『死体が生き返った』、だと――?」

 それは驚愕か。否。否――

「――なんだそれは」

 ――それは、憤怒だ。

「なんだそれは――そんなの、『僕より目立つじゃあないか』!」

 主役になれない男の、探偵の、スポットライトの外で演じ続ける他ない端役の――憤怒が男の整った顔を歪めた。

「そんな馬鹿なことが――あって、あってたまるものか! あの男より目立つために――僕は――助手君! 確かに君たちは彼らを――」

 そこまで口にして、探偵は、ハッとした顔で唇を結んだ。そうだ。それを認めたら、彼は『目立つことができない』。『名探偵になれない』。『超えたい存在を超えられない』。だから男は俯いて沈黙した。

「……だが……それでは……あんまり惨めじゃあないか……」

 男が呟いて、それから、耳が痛くなるような静寂が数瞬あった。

「……嗚呼、そうだ」

 顔を上げた男の顔からは、憤怒が消えていた。狂気の陶酔が、男を満たしている。それは誰の目にも明らかであった。

「『蘇った死体』の謎も――一緒に解けばいいのか」

 それでこそ名探偵というものだ、ははは、ははははは。
 過去に囚われて変質した男は、マントを翻して屋敷を見上げ、離れを見遣り、最後に庭の猟兵へと視線を戻した。

「庭へ集いたまえよ、『死体』の諸君! 『生き延びた』者も、皆! 君たちの『真相』を、僕が暴いてみせよう!」

 そうしたら。
 そうしたら――

「僕があの男より『目立つ』ことが証明できるだろう!」

 そうだろう?
 影朧となった男は、正気を失くした鳶色の瞳を、猟兵たちに向ける。

「そして、君たちも、僕が踏みにじろう。何、『死体』だったのだから――本当の『死体』に戻してしまったって、誰も困らない」

 さあ。

「諸君も、僕の影となれ」


 
ロカジ・ミナイ
夕立くん/f14904

しばしば思うのよ
僕って名優さんになれるんじゃないかなってさ
さっきなんて君が本物の美少女に見えちゃって
気持ちよくおっ死ねたもんね
…ここ禁煙?

名優ってのは何も主役ばかりを指すものではない
目立たせるべきモノを目立たせるのも腕の内

この一服だって仕事の内よ
スキタリス効果で夕立くんの作った死体をより死体にね、するのよ

ふふ、ねぇ、探偵さんは
蘇ってないない死体の謎はどう解くんだろうね
きっと魅せてくれるはずよ
解いたところでまた立ち塞がる難題も待ってる
死体を残して蘇った死人の存在がさ
そしてこいつらにこっそり殺される
スーパー早業でサクサクっと二刺しほど

鉄則を覆すミラクルエンドな物語
僕は好きよ


葡萄原・聚楽
【POW】

人を喰い物にする奴を止められるなら、手段は問わない
転生は促しも止めもしない

ただ、一矢報いたいのも事実
「顔か性格、片方くらいもうちょい磨いてこい。美少年の俺と並べば、霞む程度だぞ?」とでも『挑発』する
乗って来たら『カウンター』で武器【爪の刻印:人形】のパペット叩きつけてユーベルC【終結果】で動き制限したい
俺とパペットは悪食だから『生命力吸収』もするが

助手共相手は武器【鋼糸:人形操り】で
薙ぎ払うよう『範囲攻撃』したり、張り巡らせた糸で『罠使』うように引っ掛ける

死体は死体へと言う推理も、人を踏みにじるやり方も嫌いだが
「こうありたい」って気持ち自体は、悪いものじゃないと思う
それだけは伝えとく


ヴォルフガング・ディーツェ
蘇った死体、ねぇ…ま、俺に関して言えばあながち間違いでもない
本来の寿命を越えて生きているモノは、本当に生の範疇に入るか疑問だろう?

謎解きがお望みなら叶えて差し上げよう
培った技能を練り上げて語ろうか
顔形なら生い立ちまで知る村人に、生きながら食い殺された俺の弟妹達の噺を!
報復に村人達を1人1人、どのように殺し、解体し、我が神に捧げたのかを!
「何故生きているのか」、それは対価というモノだよ探偵殿?ああ、君の筋書きにはなかったか

此れは呪詛
俺という畜生が育み、練り上げ、今も尚抱える憎悪の形
犯人に相応しいだろう?

言の葉に乗せ、精神を犯し、破壊する呪言で隙を作ったら【指定UC】で暗殺を
善き来世をな、探偵殿?


霑国・永一
マリア(f03102)と

やぁ、のこのことお疲れ様だったねぇ名探偵。
しかし場は謎が謎を呼ぶ負の連鎖。命がけで解き明かして、どうぞ?

おっ、よくぞ生き返ってくれたよマリア!我が麗しの歌姫!(笑)(大仰に白々しく) ははは、痛い痛い。(頬引っ張られても動じてない)

おおっと、名探偵ともなると助手が沢山居るものなのかぁ。ではここで一つ謎が発生だ。君に忠実なはずの助手たちが、君に襲い掛かる狂気の事件!果たして解けるかなぁ?(狂気の使役発動して助手たちを操る)

ではしがない付き人でしかない俺は、歌姫に舞台を譲るとしよう。
さぁマリア、この事件の舞台に相応しい装飾を施してくれ

うーん、いい歌だ。流石マリアだねぇ


クロム・ハクト
人狼咆哮(或いはそれに近い咆哮)の後に登場。
助手たちの攻撃を、庭木に処刑道具の糸を巻き付けワイヤーアクションの様に
派手目に回避、まとめて攻撃されやすい状況を作り
オペラツィオン・マカブル。助手たちに家々を攻撃させる。

あいにく、目立つ事は専門外だが、相手をするには合わせるしか無いか。
代わりに抑える必要はないのは都合が良いしな。
咆哮は物語に沿うなら慟哭の様に映ったかもしれない。
何にせよ、自分より目立たれる事を嫌う自称探偵を刺激するには十分だろう。

嫉妬や乱心から助手や部下に刺されるというのもこういう事件には丁度いいんじゃないか?
それが「探偵物」のセオリーに沿うかは知らないし、興味もないが。
アドリブOK


マリアドール・シュシュ
永一◆f01542
アドリブ歓迎

頃合い見て起きる
汚れた自慢のドレスに眉顰め

楽しかったけれど後で永一にはメってしなくっちゃ

場を盛り上げる為、例の歌を口遊み庭へ降り立つ

また逢えて嬉しいの
現世に未練があったみたい
黄泉から甦ってしまったわ
何故かしらね?永一(歌姫として笑う。永一の頬を引っ張る

名探偵さん
今は皆があなたを見ているのだわ
マリアも同じ
まぁ永一ったら
この謎も解けたら注目の的ね?

永一の攻撃の後、懐に隠してた竪琴の大きさ変更
大量に流し読みした本を楽譜に見立て
麻痺の糸絡めて演奏(範囲攻撃
再び例の歌の続きを謳う

この舞台を用意した名探偵へ
歌姫として
最期に最高の歌を贈るわ!

耳飾りを変換し【茉莉花の雨】
総て浄化


矢来・夕立
雷眉毛さん/f04128

●方針
死体を偽装・入れ替わり→潜伏→奇襲

ここは望み通りに死んであげましょう。
目立たず、あっさり、出落ちみたいに。
【紙技・出鯉】。
オレと雷眉毛さんの死体を一つずつ、状況に即した死に様で作ります。
【闇に紛れて】潜伏、忘れられた頃に闇討ち。この方針で行きましょう。
死体の監修だけしてくれるなら煙草吸ってていいですよ。
庭ならにおいも籠もらないでしょうし。アンタのせいでバレたら殺しますけど。

我々が死んだぶんセリフの尺を与えてあげたわけですから、聞き応えのある推理を期待したいものですが…それは酷かもですね。
『探偵が事件の犯人であってはならない』。
ミステリの鉄則を無視しています。


トリテレイア・ゼロナイン
(おや、客観視出来る正気が残っているとは
首を刎ねた方が慈悲かもしれませんが
UC睡眠薬抜き●ハッキングでナノマシン調整し…)

では『爆死』の謎を教えて頂けますか?

…それは貴方の『真相は劇的であるべき』願望でしょう

浅くUC刺し

脳内物質の分泌を制御する為投与しました
己を熱狂で誤魔化せぬように

そも、探偵とは?
推理で事件を解決に導く
失せ人やペットを探す

私は何方も名探偵であると断言します
依頼人の要望に見事応えたのですから

貴方の依頼人は…劣等感と功名心

私は騎士で在りたいと常々考えております
探偵か、喝采浴びる役者か
貴方はどちらになりたいのですか?

最後の矜持が残っているのなら
桜の精への『自首』をお勧めいたします



 
 
「……しばしば思うのよ」
 血だまりの中で夕立と共に起き上がったロカジ・ミナイは、ひどくけたたましい――九官鳥のようだと彼は思った――探偵の声を聞きながら口を開いた。
「僕って名優さんになれるんじゃないかなってさ」
「寝言は寝たまま言ってくれません?」
 半眼で辛辣な言葉を口にする少年と、探偵の元へ向かいながら、男は呵々と笑った。
「まあそう言わずに。だって――」
 雪の止んだ庭に、狂気を宿した鳶色の目で、金髪の男が立っている。はぁ、成程あれが今回の影朧かと思いながら、ロカジは庭への扉を開ける。
「さっきなんて君が本物の美少女に見えちゃって、気持ちよくおっ死ねたもんね」
 倒錯というものは快楽である。だから或る種の者はそのような薬を使いたがるのだから。自分の言葉に、夕立が、「褒め言葉として受け取っておきます」と、小生意気に鼻をツンとさせた。その姿に、ふふ、と僅かに口角を上げて、ロカジは煙管を取り出す。雪の庭に立って助手と何か喋っていた探偵が、ロカジたちを見る。どうやら(最初から庭にいた永一を除いて)自分たちが一番乗りのようだ。永一が探偵の向こう側で何かを言っているのが聞こえたが、シンと静まった冬の夜でさえ、内容を聞き取ることはできなかった。まあ、彼が何を話しているかなどさして重要ではないが。探偵が永一へと視線をやった隙に、ロカジは煙管を吸おうとして、ふと動きを止め、夕立を見る。
「……ここ禁煙?」
「さあ。さっき楽屋で灰皿は見かけましたけどね」
「それじゃあいいか」
 屋外にも出てるし、とロカジは煙管に火を点ける。それから何ヶ所かに目を配って、数歩だけ歩く。勿論、夕立と一緒に。そうして目的の場所に立つと、男は、ふう、と、紫の煙を冬の夜に吐き出した。永一はと言えば、いつの間にか消えている。当然、探偵は再び二人を見ていた。
 心中したはずの書生と女学生か、探偵のそんな声が聞こえてきた。探偵は何事かを考えているようだったが、纏まらないのか、苛立ったように眉根を寄せる。しかし、言うほど目立たない外見じゃあないだろう、特にサクラミラージュなら、なんて思うが、探偵が繰り返す『あの男』とやらはそんなに派手なやつだったのだろうか。マ、何にしたって僕には関係のない話。それよりこの一服さ……。
 と、突如、銃声が轟いた。それから、気の弱い人間であれば、いや常人であればきっと身を竦めるのだろう、恐ろしげな咆哮。それと共に離れから、宵闇の中を跳んできたのは――
(ああ、)
 犯人役として離れに居たクロムである。見れば、離れの窓からは、猟銃を持った助手が、少年に照準を合わせていた。また銃声。少年が、何かを動かす仕草でそれを避けた。
 おそらくワイヤーか何かによる、そのあまりにも『派手な』飛翔を見たからだろうか。影朧は、憎悪のこもった眼差しをクロムへ向けたまま、横の助手に何事か命じ――そして助手そのものも増えていく。そのうちの一部は、こちらへと向かってきた。「来ましたね」夕立が淡々と言う。そのほっそりした指に、形代を二つ挟んで。
「ここは望み通りに死んであげましょう」
 目立たず、あっさり、出落ちみたいに。
 夜闇に光る赤い目が、ロカジが歩いた数歩分、その暗闇の中で、煙のように揺らめく。
「……ニセモノですけど」
 騙されろ。
 紙技・出鯉〈カミワザ・イデコイ〉。
 探偵助手たちの持ったナイフが、『ロカジと夕立の喉を切り裂いた』。そのまま、どう、と雪の中に、二人の死体が転がる。次々に現れる助手たちの真ん中で、探偵がきょとんとした顔をし、それから、爆発したように笑った。ざまあみろと言わんばかりのその大笑を――
「……名優ってのは何も主役ばかりを指すものではない」
 ――ロカジは、夕立と共に、雪残る屋根の上から見ていた。
「目立たせるべきモノを目立たせるのも腕の内」
 ユーベルコード、スキタリス効果。
 この一服だって仕事の内よ。そう嘯いて、男は一つ、灰を落とした。
 やがて聞こえて来たのは――女の歌声だった。

 ●

 猟銃を持って離れの中に押し入ってきた――やはり猟兵全員の動きは把握されていたのだろう――助手と思しき、あまりに目立たぬ男が放とうとした猟銃の一発を、クロムは熊猫の人形でその腕を逸らすことにより回避する。それから庭へ面した窓を開けると、手近な木へと処刑道具の糸を放つ。身を切るような寒風が吹き込んでくる中、クロムは咆えた。人狼咆哮かと紛うほどの大音声に、猟銃の男が耳を抑えて身を竦める。その隙に少年は窓から飛び出すと、糸を引き寄せるようにして闇の中を『飛翔』した。
 夜の紫に沈んだ世界で、屋敷の橙に照らされた探偵が――クロムを見た。その目にあるのは――羨望、憎悪、嫉妬。男の顔が歪めば歪むほど、どこからともなく、黒子のような助手が増えていく。
(……あいにく、目立つ事は専門外だが、相手をするには合わせるしか無いか)
 離れにいた助手が、自分に照準を合わせて銃を撃つ。どうせ撃つなら、着地の瞬間を狙うべきだったな――そんなことを頭の中で思いながら、糸を僅かに繰って半身を反らし、弾丸を避ける。糸を巻き付けた木の枝に着地すれば、眼下では、ロカジと夕立が、助手に喉を裂かれて殺されるところであった。抵抗もなく血を噴いて倒れ伏す二つの人影に、自分の目を疑い、一瞬だけ助けに行くべきかとも迷う。だが死んでいるなら今更だし――そもそも彼らが(というよりも猟兵が)あのように抵抗なく殺されるはずがないので、何か策があるのだろう。クロムは雪の白に真っ赤な花を咲かせた二つの死体から視線を外すと、次の庭木へと糸を投げて跳んだ。助手はまだ増える――一体何人出てくるんだ? 庭を埋め尽くすのではないかとさえ思える、この調子では、いずれ百人を超えそうだ。
 ふと歌が聞こえたので――見れば、マリアが何か歌を口遊みながら永一に抱えられ、庭へ降り立つところであった。上から見る限りでは他の猟兵も既に参戦し始めていて、そちらにも合わせて助手の人数はどんどんと増えている。相手がこの人数では目立つのが苦手だなどと言っていられない――それに。
(代わりに抑える必要がないのは都合が良いしな)
 もう一度腹の底から咆える。飛び道具を持った類の助手たちが、一斉にクロムを見る。この咆哮は、物語に沿うなら、慟哭の様に映ったかもしれない――悲嘆と復讐に咆える獣の。何にせよ、自分より目立たれる事を嫌う自称探偵を刺激するには十分だろう。銃声が響く、それを避ける。さあ今何人自分を見ている? ワイヤーアクションの様に宙へ舞い、二度目の弾丸も避ける。その音で、焦ったような探偵が、『自分の助手に攻撃されるのを、別の助手に守ってもらいながら』、再びクロムを仰ぎ見た。それは憎悪の瞳、嫉妬の瞳。妬みは緑色と言うが、この男の瞳は違うのだな――そう思う少年へ向けて、助手たちの銃口が揃う。中には、投げナイフなどの武器を構えている者もいた。見れば、助手たちの輪の向こう側、屋敷の傍では、丁度永一がマリアに場所を譲るところであった。恭しく、歌姫の付き人らしく。
 それを見て、熊猫のからくり人形を操りながら、クロムは雪の上に着地する。
 そのまま、『完全に脱力した状態で』、少年は熊猫を前に置き、助手たちを見る。凡庸な、誰の記憶にも残らないと思わせる者たちが、何の感情もない瞳で、武器を構え――クロムへ放った。
「嫉妬や乱心から助手や部下に刺されるというのも……」
 銃弾を、ナイフを、あるいは何らかの針状のものを。
 クロムへ届く前に熊猫の人形がすべて受け止め、無効化する。
 聞こえてくるのは、マリアの奏でるハープの音色。
「……こういう事件には丁度いいんじゃないか?」
 それが『探偵物』のセオリーに沿うかは知らないし、興味もないが。
「――オペラツィオン・マカブル」
 人形の無効化した攻撃が、同時に始まったマリアの歌と共に、助手と――探偵へ。
 反射するように、すべて排出された。

 ●

 一番乗りで現れたロカジと夕立へと顔を向けた探偵を見て、永一は笑った。
「やぁ、のこのことお疲れ様だったねぇ名探偵」
「……なんだって?」
 黒髪に単なる黒スーツという、些かの煌びやかさもない、目の色以外の一切が黒づくめの自分にはあまり嫉妬心も湧かないのか、探偵は比較的正気を保ったような様子で自分の方へと振り返った。
「いやいや――君が名探偵だって話さ」
「馬鹿にしているのか?」
 くっく、と永一は笑った。それがわかるなら、いやそれがわかるから、この探偵は影朧になったのだろうか。誰かと比べて、誰かと比べられて。自己顕示の欲望で――狂っていく。影朧は傷つき虐げられた者たちの過去から生まれる。ではこの男を真に虐げたのは誰だったのだろうね? まあ、永一にとってはどうでもいいことだが。探偵の向こう側で、ロカジが夕立と何か喋って、それから煙管に火を点けた。滑るように何かを探る男の視線から、その目的を察して、永一は続ける。ロカジが数歩、暗闇の方へと歩く。背の高い庭木の近く、闇に乗じて『跳べば』屋根まで上がれそうな場所。
「さてどちらだろうね……いやしかし、場は謎が謎を呼ぶ負の連鎖」
 命がけで解き明かして、どうぞ?
 ロカジが止まった。それをすっと指さして、探偵の目をそちらへと向ける。黒スーツの男はその視界の外の暗闇へとそのまま溶けると、雪の夜を歩いていく。クロムの咆哮が聞こえても、ロカジたちが椿の花みたいに殺されても、他から現れた猟兵たちに反応して、探偵の助手たちが鼠のように増えていっても、ただ静かに、その閉ざされた窓の下まで。カーテンの閉まった、二階の窓。それが、開く。
 現れた少女は、金糸雀のように歌っていた。あの蓄音機から流れていたものとよく似た、得体の知れぬ――だが確かに何処か心を惹かれる、奇妙な旋律が夜に溶ける。
 少女が、永一へと視線を下ろした。
「――」
 天使のような微笑みであった。
 歌を口遊みながら、少女が、窓から身を乗り出す。翡翠色のドレスを纏った歌姫が、翼もないのに落ちてくる。
「――っと――」
 両手を広げてその飛べない金糸雀を捕まえてやれば、マリアが歌うのをやめて「あら」と子供みたいに笑った。それを雪の地面へと下ろしてから、永一は大仰に、そして白々しく、驚いてみせる。
「おっ、よくぞ生き返ってくれたよマリア!」
 我が麗しの歌姫! 言って、笑いながら、大きくお辞儀をする。
「ええ、永一。また逢えて嬉しいの」
 体を起こし、踊りへ誘うように手を差し出せば、現世に未練があったみたい、と言いながら少女が手をそっと乗せる。
「黄泉から蘇ってしまったわ」
 何故かしらね? 永一。そう『歌姫』の笑顔を浮かべたマリアが、ゆっくりともう片方の手を永一の頬へと伸ばして――
 ぎゅうう。
「ははは、痛い痛い」
 マリアに頬を引っ張られた。少女が本気かどうかは――まあ、多分本気ではないだろうが――知らないが、まったく痛くないので少しも動じず、永一はただ笑うだけで返す。
「――なんだ、君たちは!」
 叫んだのは、探偵だった。よろめくように顔を手のひらで抑え、先程とは打って変わった狂気に濁った眼で、永一たちを見ている。
「許してはおけない――僕より目立つことは、絶対に!」
 ぶわ、と膨れ上がるようにして、助手が更に召喚される。同時に放たれたクロムの咆哮で一部はそちらを向いたようが、それでもなお凄まじい数がこちらへ敵意を向けている。
「おおっと、名探偵ともなると助手が沢山居るものなのかぁ」
 お道化て永一は言う。いいのを出したじゃあないか。俺にも使わせて欲しいくらいさぁ。そんなことを舌に乗せて。
「名探偵さん」
 クロムへの銃声が轟く中、永一の横で少女が言う。
「今は皆があなたを見ているのだわ」
 マリアも同じ。
「皆――が?」
 探偵の動きが、僅かに止まる。確かにそれは事実だった――ここへやってきた猟兵は皆、この男のために集まったのだから。
「そうだね」
 永一もそれを肯定する。探偵は戸惑っているようだった。そんな影朧の前で、永一は一本だけ指を立てる。
 嘲笑に目を細めながら。
「ではここで一つ謎が発生だ」
 自分の言葉に合わせて、『永一の視界に入っていた』探偵の助手たちすべてまでもが探偵と同じように動きを止め――
「君に忠実なはずの助手たちが、君に襲い掛かる狂気の事件!」
 ――手に持っていた武器を、一斉に探偵へと向けた。
「果たして解けるかなぁ?」

 ●

「取り巻きの数が多すぎますね」
 ロカジと一緒に――というよりも連れて来てもらった。物陰の闇で潜んでおけばいいかと思っていた自分を、男が庭木と屋敷の壁の間を跳んで屋根まで引っ張り上げたのだった――屋敷の上から戦況を見下ろしていた夕立は、わらわらと増え続ける助手たちを見て、小さくそう呟いた。夕立たちの方針は、ロカジと自分の死体を偽装し入れ替わり、潜伏して奇襲というものであり、こう言った乱戦状態で活きるものではない。他の猟兵も攻めあぐねている――幸い、その中でもクロムや永一、マリアが何らかの形で動いてくれているようなので、その状況を見ているところである。
 せめて奇襲をかけるまでの道筋がひとつでも見つかればそれで動けるのだが。
「やだねぇ、増える敵っていうのは」
 雪の積もった屋根にしゃがみ込んだロカジが、何かを思い出しているような顔で、ぎゅっと鼻の付け根に皺を寄せた。
「まあ、忘れられた頃に闇討ち、という方針は変わりませんよ」
 最悪この辺りまであの探偵が逃げてきたら、上から襲えますし。こんな暗闇の乱戦状態にあっても、夕立の目は未だ探偵を追っている。本人は目立ちたいと言っていたが、この冬の夜にあの金髪はそれなりに目立っていた。無論、探偵の求めた形ではないのだろうが。夕立の知ったことではない。
「それより死体の方、お願いしますね」
「大丈夫だよ」
 スキタリス効果――この、玉虫色の怪物の名を冠するロカジのユーベルコードは、夕立が作った二人の死体の完成度を上げるために使用されているものだった。見ようによっては単なるサボタージュであるが、立派にユーベルコードであるらしい。これで夕立くんの作った死体をより死体にね、するのよ。とは、ロカジの談である。
「死体の監修だけしてくれるなら煙草吸ってていいですよ」
 庭ならにおいも籠らないでしょうし、と夕立は言う。
「アンタのせいでバレたら殺しますけど」
「わかってるさ、だから屋根まで来たんだよ。煙ってのは下には行かないものだからね」
「それ、下から見上げたら見つかるのでは?」
「大丈夫さ――」ちょいちょいとロカジが高く育った庭木を指さす。「あれのおかげで下からは見えないんだよ、ここは」
 こっちからは見えるけどねえ。呑気な返答であった。
「――ふふ、ねぇ」
 ロカジが煙管をふかしながら、笑みの形に目を細めて、横で機を待つ夕立に、視線だけを寄越した。
「探偵さんは、蘇っていない死体の謎はどう解くんだろうね」
「さあ」
 クロムが咆える、銃声がする。
「きっと魅せてくれるはずよ――解いたところでまた立ち塞がる難題も待ってる」
 死体を残して蘇った死人の存在がさ。そしてこいつらにこっそり殺される。
「スーパー早業でサクサクっと二刺しほど」
 探偵さんはどう推理するのかね。ロカジの潜めた笑い声が雪に沈む。この男は、あの探偵に真実それができると思って口にしているのだろうか。確かに、あの探偵にそれができるのであれば、どうやって形代の死体と自分たちの謎を解くのだろうかという興味がないわけではない――ないわけではない、が。
「我々が死んだぶんセリフの尺を与えてあげたわけですから、聞き応えのある推理を期待したいものですが……それは酷かもですね」
 永一が助手の一部を操って、探偵を襲わせているのを見下ろしながら、続ける。
「『探偵が事件の犯人であってはならない』。ミステリの鉄則を無視しています」
「ミステリってそうなのかい?」
「ええ」
 ふうん、とロカジが煙を吐いた。でも。
「鉄則を覆すミラクルエンドな物語、僕は好きよ」
 笑ったまま男が言う。マリアが竪琴を取り出す――探偵が何か叫んで、現れた新たな助手によって、『助手たちの統率が、一瞬だけ完全に取れた』。そして、道筋が見える。
 探偵への――違う、『場合によっては探偵よりも厄介だと思われるそれ』への。
「――行きます」
 ロカジの返答を待たずに夕立はひらりと飛び降りると、庭木を上手くクッションにしながら地面へと着地する。助手たちの隙間を縫うように走って――マリアの歌声が響く中、探偵の傍へ、闇のように――否、闇そのものとして滑り込むと、『その助手』に手を伸ばした。
 抜刀した脇指、雷花を握って。
 探偵が気付くがもう遅い。マリアとクロムが放つ範囲攻撃の轟音と煌めきの中――夕立の雷花が、助手の心臓を正確に貫いた。助手の壁に守られたままそれを見る、探偵の顔。
 ――ミラクルエンドな物語。
 この探偵にとっての――『そんなもの』はどこにもないと思いますけどね。
 わかってて言ってるなら、あの人相当性質が悪いな。知ってましたけど。そんなことを考えながら、夕立は雷花を引き抜いて、その血を払ったのだった。

 ●

 窓から飛び降りる少し前、部屋にいたマリアは、屋敷の隅々まで響くような探偵の声で、頃合いね、と目を覚ました。むくりと起き上がれば、床にはダイイングメッセージの残った本。んん、と背中を伸ばせば、ぬるりとした感触がある。手を伸ばして触ってみると、指先が真っ赤に染まった――「あ!」
 血糊だった。おそらく永一が刺した仕掛けナイフのものだろう、そうか――血糊。だからダイイングメッセージにも使えたのだし――背中も当然汚れる。それに気付いて、マリアは眉を顰める。自慢のドレスだったのに。
 それに……最後に見せた永一のあの目。
 金色の狂気。
(楽しかったけれど後で永一にはメってしなくっちゃ)
 頬を膨らませて、マリアは立ち上がる。窓の外から狼の咆哮が聞こえる、探偵の笑い声がする――どこから出ていくのが、一番盛り上がるかしら。玄関、ううん、つまらないわ。庭への入り口、それもダメ。
(それなら、やっぱり)
 先程まで歌っていた例の歌を口遊んで、拍子をとる。そう言えば、結局この曲は何なのかしら? 誰が用意したものなのかしら。
 どちらにせよ――この場に一番相応しいのはこの歌だわ。
 マリアは窓へと歩み寄ると、閉ざされたカーテンと窓を、大きく開け放った。吹き込む風は冷たかったけれど、開かれた窓はスポットライトみたいで――こちらを振り仰いだ探偵と目が合う。そこから視線を下ろせば。
 永一が待っていた。
 だからマリアはそのまま窓から出ることにしたのだった。落ちていく自分を、きっと探偵は見ていた。だって、「ああ――」だなんて、感動と劣等感に苛まれた声が、確かに聞こえたもの。そうして雪の庭へと降り立って、永一の頬をちょっとだけ引っ張って叱って。
「――果たして解けるかなぁ?」
「まぁ永一ったら」
 マリアは微笑みながら、言う。
「この謎も解けたら注目の的ね?」
 その声は、果たして探偵に聞こえていただろうか?
 盗み操る狂気の使役〈スチールパペット〉で探偵の助手の主導権を盗んだ永一が、探偵を襲わせた。『盗まれていない』助手を使って応戦する探偵の背後で再度銃声が轟き、そちらの方へと探偵の注意が逸れる。その一瞬で、永一操る助手が、探偵を守っていた助手の一部を切り崩した。それにしたって数が多いわ――もう百人くらい、それともそれ以上現れているのかしら? とっても広いお庭だったのに、もうぎゅうぎゅうなのだわ。きっとパーティにだってこんなに沢山は来ないのよ。
 嫉妬で生み出した自分の助手に守られながら、探偵は、同じ助手に攻撃されている。もしかしたら嫉妬って、そういうものなのかもしれないわ、と少しだけマリアは思った。そしていつか、探偵を押し潰すくらい溢れ返ってしまう。
「くっ――うっ――君たち――ッ!」
「――ではしがない付き人でしかない俺は、歌姫に舞台を譲るとしよう」
 さぁマリア、この事件の舞台に相応しい装飾を施してくれ。そう言って、永一が、ひとつお辞儀をすると、すっとマリアの後ろへ下がった。
「ええ――」
 探偵の苦悶を聞きながら、懐に隠していた黄金律の竪琴〈エルドラド・ハルモニア〉を取り出して、大きくする。先程『殺される』まで大量に流し読みしていた本を楽譜に見立て、黄昏色のハープに麻痺の糸を絡めて――
 指をそっと、動かし始めた。
 歌うのはやはり――例の歌。その続き。
「――この舞台を用意した名探偵へ」
 助手君、何とかしたまえ!と探偵が叫ぶ。新しく現れた助手は、少し今までの人たちとは違うらしい。永一に操られていない助手を見事に統率すると、守りを固めた。
 でも。
「歌姫として」
 それでどれくらい耐えられるかしら?
 マリアの竪琴が、歌声が、場に響いていく。
「――最期に最高の歌を贈るわ!」
 耳につけていた茉莉花の歌環〈アンゲルス・ディーバ〉を、無数に輝く水晶へと変える。歌に合わせ、ジャスミンの形をしたそれらがすべて、探偵や助手たちへと向いて――
「ハルモニアの華と共に咲き匂いましょう、舞い踊りましょう──さぁ、マリアに見せて頂戴? 神が与えし万物を!」
 ――雪の結晶にも似た美しい煌めきが、反対側から放たれたクロムの攻撃と共に、探偵を守る助手たちの殆どを浄化し、圧殺した。後に残ったのは、探偵と、それを守っていた十数人の助手だけである。それも殆どが大なり小なり傷ついている。見れば、運よく、最後統率のために呼び出されたらしい助手も倒すことが出来ていた。いつの間にか探偵の傍に立っていた夕立へ手を振ると、何故だかひとつ頭を下げられ、幻みたいにそのまま溶けた。そんな少年に首を傾げつつ。
「……うーん、いい歌だ。流石マリアだねぇ」
 拍手をしながらそんなことを言う永一に。
「当然なのよ」
 マリアはドレスを摘まんでお辞儀をしたのだった。

 ●

 畜生、流石にきりがない。そう思いながら、その可視化された嫉妬の、人の形をした黒い津波の始末をしていた聚楽の視界を、煌びやかでありながらどこまでも暴力的な――美しい水晶の散弾と、報いとも呼ぶべきからくり人形の反射が奪った。それに反射で目を閉じて、次に目を開いた時、残っていたのは、呆然とする探偵と、先程までより随分――否、あまりにも人数が減った、助手と男が呼ぶ戦闘員たちだった。
「な――な」
 言葉を失って、探偵は唇を戦慄かせる。その顔に浮かんでいるのは、一体どのような感情だろうか。驚愕、焦燥、憤怒、憎悪、不安。何となく、そのどれでもないような気がした。
「何故――殺したはず、あの娘は――いや、それより、一体、嗚呼!」
 一つの単語で定義するには繊細過ぎる、その表情が、混乱と困惑に糊塗されて、探偵が声を荒げた。
「じょ、助手君ッ!」
 叫ぶ探偵の声は僅かに裏返っている。流石に打ち止めなのだろう、新しい助手は現れず、傷ついた助手が立ち上がって武器を構えた。数は大体二十人いるかいないか――本当に随分と減らしてくれた。これくらいならどうにかなる。
 そう――『どうにか』。
 並ぶ庭木を背にしたまま、聚楽は探偵を見据える。
「っ、しっ――始末してくれたまえっ!」
 探偵の言葉で、助手の一部が聚楽へと向かってきた。だが。
 聚楽が今の今まで、『どれだけの数を相手にしていたか』。確かに状況を打開する決定打を持っていなかったから、ひどい長期戦になりそうだなとうんざりしていたし、馬鹿みたいな数の暴力に苛立ってもいた。
 逆に言えば、ただそれだけだ。
 数さえ減ったなら、ここは聚楽の『蜘蛛の巣〈独壇場〉』である。
 人を喰い物にする奴を止められるなら、手段は問わない。聚楽はこの探偵について、そう思っている。転生させたい奴がいるならさせたらいいし、それについて促すことも、止めることもしない。
 ただ、一矢報いたいのも事実であった。
 やられたことはやり返す。
 殴られたまま黙っているような性格を、聚楽はしていない。
「……お粗末な探偵だ」
 少年に武器が届く直前で、助手たちの動きが止まる。鋼糸:人形操り〈ストリング:マリオネット〉を縦横無尽に仕掛けられた罠に絡め捕られた羽虫たちの武器を、パペットで奪い取って届かない場所まで放り出す。手首や腕ごと千切っておくべきかとも思ったが、どうせ動けないのだし、と思って武器を奪うだけに留めた。
「少年――ッ、それは――何が――」
「……お前、本当にどうしようもなく『無能』なんだな」
 顎を少し上げ、挑発的に。聚楽は探偵を見下すような表情で、軽蔑の視線を投げる。
「少しは自分で頭を使えよ。探偵を名乗るくせに推理の一つも出来やしなくて、考える前から全部投げて。あまつさえ、『考えなくてもいい舞台』を用意して――思考放棄は知性として最も下の行為だってこともわからないのか? その上、今になっても助手とやらに守ってもらわなくちゃ吠えることすら出来ないなんて……」
 探偵としても役者としても人間としても、三流過ぎるだろ。聚楽は卑しいものを見る者の目をして、動けぬ助手たちを背後に、一歩進み出る。嘲るように腰を手に当て、犬でも追い払うような仕草をしながら。
「せめて顔か性格、片方くらいもうちょい磨いてこい。美少年の俺と並べば、霞む程度だぞ?」
 目立ちたいって言うなら話はそれからだ。言えば――その鳶色の目が、激情に燃えるのがわかった。聚楽以外の猟兵へ向かっていた、そして悲しいほど順調に数を減らしていた助手たちの残りに、探偵が命じる。
「助手君あの子供を――今度こそ確実に、殺してくれたまえよ」
 その言葉で、一斉に彼らの標的が聚楽へと転じる。探偵が燃えた目のまま、外套を翻す。
「舞台はもう終わりだ。もう必要ない、僕は別の舞台を『作りに行く』としよ――」
 う、と。おそらく言いたかったのだろう。
 探偵は、何故か、突然目を見開いて凍り付くと、青い顔で周囲を見回した。何が起こったかはわからなかったが、それを逃す聚楽ではない。
「――逃がさない、ここが終いだ」
 鋼糸で助手たちを切り裂いて動きを止め、その隙に聚楽は飛び出す。
 パペットを操り、繰り出すのは終結果〈クローズ・アイビー〉。ユーベルコードに呼応して、人形の牙は強靭な葡萄の蔦へと変貌し、逃げようとする探偵の足を――
「――あっ」
 突き刺して、絡め捕った。
「ああああああああ――ッ!」
 雪の上に転がった探偵が悲鳴を上げて、鮮血が宵闇に広がっていく。影朧でも血は赤いのだ、と聚楽はそんなどうでもいいことを、何となく思った。いずれにせよ、これで探偵は、もう逃げられない。背を丸め、苦痛の悲鳴を上げる探偵から、鳥打帽が滑り落ちる。
 そして苦悶で雪に爪を立てる探偵の――背を。
 一発の銃弾が、胸まで貫いた。

 ●

(蘇った死体、ねぇ……)
 鬱陶しい黒蟻どもを魔爪の状態にした這い穿つ終焉〈スニークヘル〉で引き裂き、千切り、単なる肉の塊へと貶めては、ヴォルフガングは笑う。
 冬の雪山の影は昏い。他の猟兵からだって、隠れようと思えば隠れられるほどに。尤も、見ようとしている者からは逃れられていないだろうが。例えば、あの屋根の上にいる二人であるとか。地面からは庭木に隠れて見えない向こう側で、あの薬屋と、絶世の美女に化けた少年が状況を俯瞰して眺めているのをヴォルフガングは知っていた。最初見た時は綺麗な子だなー、なんて思っただけだったので、少年の声変わりしきった声での挨拶を聞いて、ヴォルフガングの尻尾は驚きでちょっとだけ膨らんだ。古来美女に化けるは狐の専売特許だろうと思ったが、昨今そうでもないらしい。何にせよ、血しぶきと共に、『彼らの死体』が遠くに転がっているから、単に機を窺っているのだろう。それならそれで、別にどうでもよい。
 リボルバーの弾を跳んで避け、懐へ飛び込んだヴォルフガングの、鋭く輝く魔爪が、助手の顎から頭部までを、ばり、と――簡単に言えば削いだので、哀れな助手がまたひとり、息絶えた。この狼にとって、彼らを殺すことなど、無知な子供が蟻の行列を踏み躙るようなものだった――造作もなく、そして、罪悪感もなく。ただそこにあるから、潰してみた。潰せるから。その程度のもの。今は、そう、歩こうとした道で大量に湧いていたので、邪魔だと思って潰している。それだけだった。
 例の探偵は、当然ながらヴォルフガングのことなどまったく眼中にない様子だ。自分の周囲で派手に振る舞う猟兵の方が彼にとって重要なのだろう。
『死体』だったのだから――本当の『死体』に戻してしまったって、誰も困らない。そんな探偵の言葉を思い出しながら、ヴォルフガングはまた笑う。
 ま、俺に関して言えばあながち間違いでもない。流石は自称名探偵様と言ったところだね……口には出さず、淡々と、探偵がこちらへ注意を向けない程度に、ひたすら呼び出された助手を殺しながら、そんなことを、その呪われた不老の狼は思っていた。
(本来の寿命を超えて生きているモノは、本当に生の範疇に入るか疑問だろう?)
 そうして唇だけを歪めて、マリアやクロムが広範囲に攻撃を加えるのを見る。血まみれの女優が奏でる旋律と、復讐に燃える少年の報復は、一瞬にして黒蟻を駆逐し――闇に紛れた女学生の亡霊は、探偵を支える芯を簡単に折った。
 もうなんにもない。
 あの探偵には、なんにもない。
 力も技術も頭も――なにも。
 ヴォルフガングはそっと探偵に近付いていく。スニークヘルを、爪から魔銃へと変形させながら、その射程まで。探偵は気付いていない。
 その上、聚楽が挑発的なことを言ったので、探偵はすっかり丸裸になってしまった。男は全部を捨てて逃げようとしていたようだが――
「――そうはいかない」
 男の耳元で囁くように、声を届ける。
「ねえ――俺たち死体には、名も聞かせてくれなかったひとよ」
 目を見開いて凍り付いた探偵が、きょろきょろと見回す。無駄だ無駄――『光のまばゆさにしか興味のない』お前には、影の濃さなどわかるまい。
「謎解きがお望みなら叶えて差し上げよう」
 培った技能を練り上げて、探偵に朗々と語り聞かせる。そっと、男へ寄り添うような声音で、正気を削ぐような口調で。
「――顔形なら生い立ちまで知る村人に、生きながら食い殺された俺の弟妹達の噺を!」
 葡萄色の目をした少年の、残酷な蔦が、探偵の足に絡んで突き刺さる。探偵が絶叫を上げて転がるのを見ながら、ヴォルフガングは続ける。見よ、この男の柘榴よりも赤い血!
 男の鳥打帽が落ちる。狼は――あるいは狼の容をしただけの怪物は語り続ける。己の弟妹の報復に、村人たちを一人一人、どのように殺し、解体し、我が神に捧げたのかを!
「『何故生きているのか』、」
 痛みに叫び、冷や汗を滴らせる男の頭に、スニークヘルの照準を合わせる。
「それは対価というモノだよ探偵殿? ああ、君の筋書きにはなかったか」
 此れは呪詛。嘲弄と共に紡がれる、言の葉に乗って精神を犯し、破壊する呪言。
「俺という畜生が育み、練り上げ、今も尚抱える憎悪の形」
 犯人に相応しいだろう? そう言って、男が見せた隙を逃さぬよう、引き金に指をかける。
「――左様なら、神に愛された君。善き来世をな、探偵殿?」
 そうして、『主よ、戯手もて射貫かせ給え〈インパイアティ・バレット〉』で、探偵の頭を砕こうとして――
 弾は、狙いを外れ、探偵の胸を貫いた。
 原因は簡単である。
「……何のつもりだ」
 黒い超重フレームを剥き出しにしたままのトリテレイアが、ヴォルフガングの手を掴んでいたのだった。

 ●

 何のつもりかと聞かれれば――ただ、一つトリテレイアが質問をしてみたかったから、ということになるのだろう。別段、探偵を助けたかったわけでもなかった。探偵の様子を見た時は、「おや、客観視出来る正気が残っているとは」と皮肉なことを考えたし、「首を刎ねた方が慈悲かもしれませんが」などとも考えた。だから、おそらく、所謂同情心と呼ばれるものなどがあったわけではないはずだ。特に、探偵によって生み出されたあの尋常ならざる数の助手と戦っている間など、「これがかの探偵の『嫉妬』によるものなのだとしたら、やはり何も言わず殺してしまうのが一番よいことなのかもしれない」とさえ思っていた。
 だが――自分の手の中には、『ただ殺す』前にまだ試せることがあった。使える手段があった。それならばトリテレイアは、それを、一度だけ試してみたかった。
 あの男が、骨の髄から、あの『出ない反吐が出そうな動機』で動いているのか。
 それとも――ただ、傷のために歪んでしまっているだけなのか。
『そんなの、あんまり惨めじゃあないか』。
 そう呟いた、あの、きっと、人からは愚かと呼ばれる男の、そう――真実を、暴いてみたいと思ったからだった。
 何故ならこれは……『ミステリ』だったから。
 真実を暴く、『舞台』だったから。
 たとえそこに何もなくても。
 明らかに普段と違う怜悧な目をしたヴォルフガングに、「申し訳ございません」と、まずは謝る。『その手段』以外のすべての武装を先ほどの殺人偽装でパージしていたので、相談する方法がなかったのだ。しかもあの乱戦で、それらを拾う暇もなかった。
「相談もなく、このようなことを。機会がなかったものですから」
「それはいい。それより何故、『殺す』のを止めた?」
「彼を殺す前に……試してみたいことがあったので」
「試してみたいこと?」
 男が訝しげに――探るように目を細めた。ウォーマシンである自分が、何故こんなことを言っているのかを考えているようだった。そう言えば、この人狼の男と話をするのは、あの初夏の工場以来だったろうか。そうだ――あの場にいたのであれば、この男は、トリテレイアが持つ『手段』を知っている。
「初夏の頃……あの白い神に私が使った短剣を、覚えていらっしゃいますか」
「……ああ」
 あれか、とヴォルフガングが呟くように言った。あの工場で、とある少女の親友を、邪神から引き剥がした慈悲の短剣〈ミセリコルデ〉。今もトリテレイアの胴体に格納されている、例の特殊な短剣。
「あれを使いたいの?」
「ええ」
 人狼は二度瞬きをしてから、仕方なさそうに――銃を下ろした。
「いいよ、こっちこそ問答無用で殺そうとしてごめんね」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
 そこで会話を止め、トリテレイアは探偵へと歩き出す。弾丸は胸へ逸らしたが、肺を貫通しているはずだ。そう長くはないだろう。ひゅー、と苦しげな息と共に血を吐いて雪の上に倒れる探偵の傍へ、ウォーマシンは跪く。
「……では、良ければ、『爆死』の謎を教えて頂けますか?」
 剥き出しのフレームで自分を見るトリテレイアに気付いたらしい男が、ふ、と笑った。
「『爆死』……ふ、は、は……君が……あの、鎧の……男、か……」
 機械人形だったなんて、と、探偵が笑いながら咳き込む。
「そうだね……真相は……こう、だろう……君は……真実、デウスエクス……マキナだったのさ……」
 一番派手に演出をすることで、皆に『死んだ』と思わせておいて、最後の最後で混乱したすべてを解決するために出てくる手筈だったのだろう、イドメネオの三幕のように。探偵はそう言った。
「こうなったら、探偵、なんて……本当に要らないじゃあ……ないか。僕の、此度の、舞台は……もう……幕引きか……つまらない、な……全然、推理も、できなかったし、目立ても、しなかった……」
 今はもう、痛いばかりだ。
「……それは貴方の、『真相は劇的であるべき』願望でしょう」
 既に冷え切っていた――元から体温があったかどうかもわからない体を持ち上げ、その背に浅く、短剣を刺す。尤も、浅くとも深くとも、最早そこに意味があったかどうか定かではないけれど。
「私は神ではなく、ただの、ウォーマシンと呼ばれる、元銀河帝国の、式典・要人警護機体で、一介の猟兵で……そして騎士です」
「銀河帝国……うぉー……ましん」
 フフフ、と探偵が息だけで笑った。
「なんだ、それは……現実の方が……余程荒唐無稽じゃあないか……」
「……今、脳内物質の分泌を制御する為、貴方に薬剤を投与しました。己を熱狂で誤魔化せぬように」
 本当は薬剤だけではなく、ハッキングで調整したナノマシンも含まれているが、この探偵にそれ以上を言ってもおそらくわからないだろうと判断し、トリテレイアは言わなかった。
「……痛くなくなってきた……」
「痛覚を麻痺させる薬剤を投与しましたからね」
「実はやっぱり神なのじゃあないか?」
「だから違うと言っているでしょう――少なくとも私は」
 ただ私は、あなたに問いたいだけです。血まみれの男を、トリテレイアは真っ直ぐに見る。
「そも、探偵とは?」
「……」
 男の目にはもう、破滅の狂気は見えない。だが、探偵を名乗る男は、探偵として振る舞おうとした男は、何も応えなかった。だからトリテレイアは続ける。
「推理で事件を解決に導く。失せ人やペットを探す。様々な『探偵』があるでしょう」
 その中でもあなたは、前者に固執していたようですが。
「私は何方も名探偵であると断言します。依頼人の要望に見事応えたのですから」
「だが今の僕に依頼人はいない」
「……」
「では僕は探偵ではないのだね」
「貴方の依頼人は……」トリテレイアは言う。「劣等感と功名心」
 であれば、貴方はもしかすると『依頼人』の要望に応えようとしたのかもしれない。
「私は騎士で在りたいと常々考えております」
 先程もトリテレイアは己を騎士と称したが、それは、彼が『そう在りたい』と願うからだ。
「だから私はそれに従う。私の、騎士道に」
 その道に恥じないよう、トリテレイアは行動する。
 たとえ――己がペーパーナイフに過ぎないのだと自覚していても。
「貴方はどうなのですか」
 探偵か、喝采浴びる役者か。
「貴方はどちらになりたいのですか?」
 目立ちたいと子供のように叫んで、役者ぶって喝采を望み、それでいながら探偵として振る舞おうとして――誰かを踏み躙ろうとして。
「舞台役者として『探偵』を演じて脚光を浴びたいのですか。それとも地味でもいい、ただ仕事として依頼を達成する、職業としての『探偵』として生きたいのですか? あの男より目立ちたいと、貴方は言っていたようですが……」
 貴方を本当に影へと追いやったのは、誰でしたか?
「本当に……その男でしたか」
 貴方自身ではありませんでしたか。探偵の顔は、屋敷から差す橙の光に照らされてなお、血の気もなく白い。痛みがなくなっているだけで、あとはただ、死にゆくだけだ。
 だからこそ、機会は今しかない。
「どちらにせよ――最後の矜持が残っているのなら」
 トリテレイアは短剣を胴に仕舞う。
「桜の精への『自首』をお勧めいたします」
「――は」
 は、は、と男が笑った。
「探偵が『自首』なんて――まったく締まらない結末だ! これ以上ないほどつまらない!」
 だが、まあ。トリテレイアの腕の中で、探偵の体から力が抜けていく。
「考えてみる――さ。転生か――考えたことも、なかったが」
 男が、鳶色の目を閉じる。
「もし、転生したら……その時は――喝采を、頼むよ……諸君」
 これ以上ない、大喝采を。
 その言葉を最後に。
 探偵が呼び出した助手たちも含めて――すべての影朧が、桜の花びらとして崩れた。それもすべて、柔い光になって消えていく。
 そうして探偵が消えてしまえば……後にはただ、雪の山の静けさが残るばかりだった。



 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年04月22日


挿絵イラスト