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黒魔術洋館キネマ殺人事件(作者 桐谷羊治
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「探偵には殺人事件がつきものだ」
 男はそんなことを思った。殺人事件、それも連続殺人事件が好い。特に意味があるような連続殺人。見立ての華やかさ。それを探偵が解決する姿、いかにも好い。派手だし、目立つ。男の性分にぴったりであった。
 さてここに、一本のキネマが在る。二階建ての豪奢な屋敷に、氷の張った広い池。雪に埋もれた枯れ木の生えた庭。先祖が集めた悪魔や黒魔術に関する蔵書に傾倒する長男、爬虫類のために借金をしてまで温室を作った次男。いくつもの人形に囲まれて暮らす長女と、流行り物が好きで、兄らを疎んでいる三男。気が強く、連れ子の三男を溺愛する母親、それを非難する高圧的な父親。離れに住む、出戻りの卑屈な伯母。その私生児たる息子……。
 彼らが次々に殺害されていくという筋書きのこのキネマ。
「実際の『連続殺人事件』になったら――探偵が必要になりそうじゃあないか?」
 多少の展開の前後や、登場人物の変更なんてかまいやしない。
 連続殺人事件を解決する名探偵さえ、自分なら。
 最後にスポットライトを浴びるのが自分であれば、それでよいのだ。
 だから男はその台本を実現することにした。
 自分が目立てる、自分が探偵役になれる、そんな殺人事件を。

 ●

「連続殺人事件を扱った映画の、台本通りに役者が死ぬ――という連続殺人事件が起こるわけなのであるが」

 葛籠雄九雀は常と同じくのんびりとした調子で、集った猟兵に予知を説明した。

「探偵として目立ちたいので、自ら連続殺人事件を起こしたと。動機は実に単純であるな。困ったものである」

 事件が起きるのは、キネマ撮影のために貸し切りになった洋館だ。二階建てで部屋数も多く、ダンスホールなどもある立派なものである。元はとある華族が建てた別荘であったとのことだが、金銭に困った先代当主が、キネマ関係者相手にロケ地として貸し出しをするようになったらしい。

「役者や監督などのスタッフは、予知した時点でこちらから連絡し、来ないように言ってもらったのであるが……それでは勿論、影朧が出て来ないわけである。だが撮影が始まれば、影朧は必ず現れる。名探偵として登場するためにな。つまりその場所ではもう撮影ができんのであるよ」

 要するに、何が言いたいのかと問われると。

「彼らに代わって、連続殺人事件の被害者になって欲しいのである」

 九雀は猫背を伸ばしながら、さらりと言った。

「ああ勿論、スタッフとなってくれても構わん。一応台本はあるが、その通りにする必要はない……と思うのであるぞ。連続殺人事件さえ起きれば良いのであるからな。因みに、急なことであったので、機材が一部そのままになっておるらしいが……触ってもいいが壊すのだけは勘弁してくれ、とのことである」

 戦いになったら結局壊れると思うのであるがなあ。九雀はそんなことをこぼしつつ、間の抜けた口調で首を傾げる。

「まあ、最後に影朧はついてくるものの、概ねやることは撮影所見学のようなものである。是非楽しんできて欲しいのであるぞ」

 それではよろしくお願いするのである。
 そして彼は、いつもの通り頭を下げた。

 





第2章 冒険 『イッツ・レイトショウ』

POW登場人物になぞらえた行動を取って囮となり、犯人をあぶり出す。
SPD登場人物に似た人を尾行・護衛して、犯人をおびき出す。
WIZ原作を調べて次の事件の場所や犠牲になりそうな人物を推測、犯人の目的を予想する。
👑11 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 
 役者だ、と男は思った。
 役者が揃っている。脚本通りの次男と伯母の息子、麗しの書生と袴の女、色違いの目をした黒猫の少年――殺し損ねてしまった――と巨躯に白鎧の騎士、それから、オペラ歌手と思しき少女とその付き人。事前に読んだ脚本と随分登場人物が違うようだが、以前の脚本は捨てられてしまったのだろうか。それに役者ばかりで、キネマ撮影のスタッフはどこへ行ったのか――そんなことを、多少は男も考えなくもなかった。
 けれど、それは些細な疑問に過ぎない。どんな芽生えがあっても、彼の論理が、思考が行き着くところは、いつでも同じだ。

 ――目立ちたい。

 堂々巡りの回廊を、その欲望が支配する。

 あの男より。
 あの男より。
 あの男より……。

 光を浴びていたい。注目されていたい。どうして自分は、あの男より目立たない? そればかりを考えて――だから、だから。
 だから――自分の立つ舞台を、男は作る。

 探偵は僕だ。
 目立つのは僕だ。
 断じてあの男ではない!

 探偵に扮した男が描く、穴だらけのあえかな夢想は、嫉妬の炎にくべられて、彼の影とも呼べる助手たちを呼び寄せる。集まった役者を、殺すために。そして、その中に犯人を見出すために。

「『目立つ』というのは、他人を自分の影に落として踏みにじるのと同義だろう」

 僕はそう思うね。
 男は高らかに哄笑を上げると、マントを翻して館に潜む。まだ、彼の登場する『幕』ではないから。

 集まった役者たちが皆――彼の思惑を全て承知で、集まっていることも知らずに。
 彼らの死が、血が、彼ら自身によって齎される予定調和であることも知らずに。
 男は、己の出番を……己を照らすライトの存在を、待ち続けるのだった。

 
 
 ●

   序

 “(前略)
 詰まる所、それらの殺人が一体何処に端を発していたのかと言えば、悪魔、あるいは神に魅入られる者が、この世には少なからず存在しているという――言葉にしてしまえばただそれだけの――単純な事実だったのではないかと思う。
 奇妙な招待状、現れない家人、雪荒ぶ冬の屋敷。
 それ故に、この事件における探偵とは――
(後略)”

 
クロム・ハクト
相手役が見知った相手なのは
やり易いようにもやり難くも、まあ半々だな

池を避けて溺死となると、風呂場か温室か
(爬虫類用の水場もあるしな

こういう話だと、遺体を動かして犯行現場の偽装あるみたいだが、
難しそうならそのままで良いか

溺死となると事故で殴って気を失ったか薬で眠らせたにしろ
手足は縛る事になるか
(うっかり普段の猟兵仕事の調子で隙なく縛りかけ、自分で気付くか相手の反応で察して調整し直し
『あんたの好きな蛇みたいだな。よくお似合いじゃないか』
例えもがいても、何度も、何度も
加減は相手が猟兵である事を信頼しつつ

脚本にあるような感情は判りかねるが、
任務への忠実な態度は冷淡さのように映るかもしれない

アドリブOK


ヴォルフガング・ディーツェ
いよいよ本題、黒幕さんのお出ましかな

台本チェックも完了、折良くクロムと呼吸合わせも出来たし…ならしっかり殺されてきますか!
…でもなー、台本通りだと冬の沐浴なんだよね。いや、水葬か

誰が俺を殺すにせよ、やる事は一緒さ
「全力魔法」「オーラ防御」で体に這わせるように防護のルーンを展開
同時に服には血糊を仕込むよ

準備が整ったら温室で爬虫類を愛でながら機を窺う
本当に爬虫類もいるのかな…あ、蛇とか意外に円らな目で可愛いよね。専ら食べてばかりだったけど

刺されたら何で、オレが!とか叫びながら水中へ
ハッキングで周囲を書き換えて空気膜を作り冷気遮断
適当なところで浮かび上がろう

殺される、か
オレはそうなったら死ねるのかね


 

   一

 “(前略)
「あの死体は――何なんだ」
 少年は言った。目の前には、不愉快な男が一人。血の繋がった従兄ではあるが、少年はこの男が好きではなかった――尤も、少年は、母の血筋の人間は、殆ど好きではないのだが。辛うじて、あの人形を愛ずる従姉だけは嫌いでなかったけれど――彼女もまた、あの血生臭い部屋で死んでしまっていた。哀れだ、と少年は思っていた。鼻の奥に、鉄錆の匂いがこびりついて気持ちが悪い。
「あの客たちも。俺は何も聞いてない」
 茶色い――少年は何と言う名なのか知らない――蛇を腕に絡ませ撫でながら、ぼんやりとする男は答えない。
「ぼうっとしていないで答えろ!」
 語気を強めて問いかければ、ようやく男が顔を上げ、少年を見た。その赤い目が捉えているのは、一体何なのか。
「知らないよ。兄さんが何かしたんだろうさ。あの人は、随分と頭がおかしかったから」
「……警察に行く」
 温室を出るため踵を返した少年の背後で、男が、陰鬱に笑うのがわかった。それが癇に障って、苛々としながら、少年はそちらに再び顔を向ける。ランプの光に満たされた温室の外では、雪が強く降り始めていた。
「……何が面白いんだ」
「いや、それで――キミはどうやって生きていくつもりなのかと思ってね」
「は?」
「だから、」男が、近くの木に蛇を戻して、温室の真ん中に作られていた、小さな水辺の縁に腰掛けた。「この家の財産を相続するとなれば、それはオレなんだよ」
「……お前」男の言わんとすることがわかって、顔を歪める。
「オレにとって、この子たち以上に価値のあるものはないよ?」
「だからって、警察に行かないわけにはいかないだろう」
「そうかな。別に、しばらくいいんじゃないの……どうせ、雪が止むまで外には出られないんだし。おかしな兄貴も、うるさい弟もいなくなって――オレは楽しいよ」
 それに。男が言う。
「餌代が浮くじゃないか」
 ああ。
 ああ――と、少年は、眩暈のような憎悪の中で、笑う男を見た。
「若い女の方が、美味しく食べてくれるのかな、やっぱり」
 脳裏を焦がす激情が、吹雪にも似た冷たい嵐となって、少年の指を、いつもポケットへ忍ばせていた、小さなナイフに伸ばす。
 死なねばならない。この男は、死なねば。
 果物を切り分けるくらいにしか使ったことのないそれは、いやに熱かった。
 そして少年は、従姉に桃を切ってあげた時のことを――少しだけ、思い出していた。
 あの、綻ぶ花の蕾にも似た、柔らかな笑顔を。
(後略)”

 ●

「……さて。いよいよ本題、黒幕さんのお出ましかな」
「そうだな」
 屋敷の中には、既に、針で刺すような視線と気配が満ちていた。誰かが、自分たちを見ている。それがクロムには、よくわかっていた。おそらく、隣に立つヴォルフガングにも。
「じゃ、予定通りやっていこっか」
「ああ」
 男の言葉にクロムは頷く。予定、というのは、先程取り決めた、『天候の都合でスタッフよりも先に役者のみが揃ったため、先に現地で稽古をしていた』という『設定』のことである。撮影スタッフがいるなら機材を使わないと不自然だが、カメラを回すとしたらフィルムが要る。消耗品を勝手に使うのは流石にどうか、ということで、使い方自体は何名か分かる者が居たものの、最終的にこの形に収まったのであった。これならば、役者しかいなかったとしても、探偵は欺けるであろうという結論である。何しろ、脚本が多少変わっていようと看過してくれるくらいだ。正常な判断はできないのだろうと踏んだのであった。
(……相手役が見知った相手なのは、やり易いようにもやり難くも、まあ半々だな)
 そんなことを考えながらクロムは温室の外を何となく見遣る。夜になって急に天候が崩れたため、既に外は吹雪き始めていた。だが、ガラスで精密に作られ、ストーブが焚かれているらしい温室は、余程出来がよいものなのだろう、少し汗ばむほどに暖かかった。それが、どことなく、少年に不思議な心地を与えている。
「わ! すごい、見てみてクロム! 生きてる! この蛇生きてるよ!」
「……本当だ」
 ヴォルフガングの声にそちらへ顔を向ければ、する、と水辺近くの木――多分――の上から、一匹の蛇が頭を垂れていた。よく見れば、そこかしこに蛇やとかげの類が潜んでいるようであった。しかも、どれも生きている。殺人事件に関係のない爬虫類たちは呑気なもので、皆この人造の楽園を楽しんでいるようだった。本物を用意してたんだね、とは、下りてきた蛇の頭に指の腹で触れながら、朗らかに笑う男の言葉であった。
「動物園とかから借りてきたのかなあ、人懐っこいね」
「確かに、まるで警戒してないな」
「ふふ……蛇とか意外に円らな目で可愛いよね」
 専ら食べてばっかりだったけど、と笑顔で言い放った男に、クロムは驚いて瞬きをする。
「食べてたのか?」
「食べてたよ。結構骨っぽいんだよね、蛇」
「……そうか……」
 何となくそれ以上は深く訊かず、最後に確認をしようとクロムは台本を開く。屋敷に集まった猟兵たちで、役柄や、やりたいこと、やるべきことを擦り合わせた結果として、物語の筋書きは多少変わっていた。とは言え、元の役柄に比較的忠実なクロムとヴォルフガングがやることは、それほど大きく変更されているわけではなかった。尤も、男の死に場所だけは、吹雪く外の池を避けての溺死ということで、風呂場か温室か、という選択の結果、より派手に演出できそうな温室、そこにある爬虫類用の水場となったが。
(こういう話だと、遺体を動かして犯行現場の偽装あるみたいだが)
 難しそうならそのままで良いか、ということで、彼の『死体』は一先ず動かさないことが決まっていた。元の台本にも一応そう言った死体を移動させての偽装の記述はないので、大きな齟齬も出さず演じられるはずだ。
「――よしっ」
 ヴォルフガングの楽しげな声がして、クロムは台本から顔を上げる。男は、先程まで撫でていた蛇を、腕に巻きつけていた。
「いい感じじゃない? 爬虫類狂いっぽくてさ」
 擽るように蛇の顎を撫でながら、男が怪しく笑んで小さく首を傾げた。成程――確かに、これならば、如何にも、『それらしい』。……ように、見えるのではないかと思う。
 結局のところ、クロムには、『演者』となるのは、難しいのだろう。台本には粗方目を通し、内容を把握して、台詞も大体は覚えていたが、そこに描かれた彼らの感情そのものは、きっと……『正しく』は理解できていない。
「さあ――開演だ」
 何らかの呪文を男が唱えて、『シーン』が始まる。
「『あの死体は――何なんだ。あの客たちも。俺は何も聞いてない』」
 次男を殺すこの男の、感情。殺人にまで導いた、その衝動。愛情、憎悪。
「『ぼうっとしていないで答えろ!』」
 自分の手を汚してまで、誰かのために誰かの死を望む、ということ。演じながら、それを考える。それは『欲』なのだろうか。
(……そう言えば、この男と初めて出会った事件でも、『欲望』について――考えたな)
 誰かの夢を守る。
 あの時、あのオブリビオンは、彼の欲をして、『ケーキの上の飴細工のよう』と言ったか。
「『オレにとって、この子たち以上に価値のあるものはないよ?』」
「『だからって、警察に行かないわけにはいかないだろう』」
 あるいは――この、従兄を殺害した少年も――そうだったのだろうか。
 いや、とクロムは思う。やはり、少し違う。自分の感情は、彼のそれには、きっと満たない。そんな気がした。
「『若い女の方が、美味しく食べてくれるのかな、やっぱり』」
 男が、ひどく邪悪に、唇を歪めた。その表情に、演技が上手いな、と少しばかり感心する。彼は、自分が演じる人物の感情を理解できているのかもしれない。
(……脚本にあるような感情は判りかねるが、)
 ポケットの中に入れていた小道具の仕掛けナイフを握り締めて、クロムはヴォルフガングを見据える。男を、台本通り殺すために。
(任務への忠実な態度は、冷淡さのように映るかもしれない)
 それが、殺人犯の冷え切った激情と見えればいいが。
 そう考えながら――彼は男の腹にナイフを突き刺した。



   二

 “(前略)
 とつ、と、少年の握るナイフが、自分の腹に刺さるのを見た。
「……な」
 真っ白に表情の抜け落ちた少年が、ナイフの柄を、ぐる、と回転させる。それに合わせて己の腹が真っ赤に染まるのを見て――男は、悲鳴を上げるより先に、何故、と思った。
「な、あ」
「……死んでしまえよ」
 ナイフが引き抜かれる。口から溢れた血の味に、恐怖と憤怒が込み上げて、だが体が少しも言うことを聞かず、男はよろめいた。理解が――できなかった。
「何で、オレが!」
 叫んだ声は掠れていた。何故、自分が死ななければならない。何故。二歩、三歩とまた後退り、男は水場の縁に足をぶつけて後ろに転がった。背中から落ちて顔まで沈み、慌てて体を起こす。この水場は、存外深いのだ。いずれ鰐なども飼ってみたいと思っていたから。
「何で、と言うのか、あんたが」
 腹の痛みと失血で手足に力が入らなくて、少年が唸るように喋るのを聞くことしかできなかった。
「あんたたちが嫌いだった。ずっと」
 この家に来てよかったことなんて、一つもなかったよ。少年が近寄って来る。温室だから水は冷たくないけれど、生まれて初めての痛みで、動くことはできなかった。声を出すことすら、喘ぐ喉では難しいのだ。
「自分たちの欲のためにしか生きられない奴らだったよ、あんたたちは皆。勿論、俺の母親も含めてな。……それでも、たった一つ、希望みたいなものはあったんだ。だがそれも消えてしまった」
「き、えたって――」
「あんたは考えなくていいさ」
 身をよじって逃げようとする自分の頭を、少年が掴む。殺される、その確信に手足を必死に動かせば、舌打ちと共に腹を膝で押さえつけられた。その激痛に呻いていると、邪魔だな、と吐き捨てた少年が、近くに垂らしていた鉢を引き摺り下ろして、その細い鎖で男の手足を縛った。鉢が、がしゃんと音を立てて砕ける。
「あんたの好きな蛇みたいだな。よくお似合いじゃないか」
「お、おまえ――ッ」
 髪の毛を掴まれて、水場に沈められる。衝撃に肺から空気を吐き出してしまって、男は溺死の苦痛に藻掻く。水の向こうで、死ね、死んでくれ、と、祈るように少年が咆えていた。その声を聞きながら、男は思う。
 嫌いと言うなら――自分だってそうだった。
 この家の全部が嫌いだった。
 自分と、血の繋がった全部が厭わしかった。
 だから、これっぽっちも、許せなかったんだよ。
 勿論、キミも含めてさ。
 それだけ考えて――男は、意識を失った。
 永遠に。
(後略)”

 ●

 仕掛けナイフが腹に当たった途端に弾けて噴き出した血糊が、借り物の衣装を真っ赤に汚していく。血にしては鮮やか過ぎないかなあ、などと一瞬だけ頭を過ぎったが、映画で見るなら、実物に近いことよりも、画面に映えることの方が大事であるはずなので、これが一番いい色なのだろうな、とヴォルフガングは納得した。そんなことを考えながら、口の中にも仕込んでいた吐血用の血糊をこぼして、呆然とした演技をする。真っ赤な液体からは、慣れた鉄錆の匂いではなく、何か甘い味がしていた。割と美味しい。
「『何で、オレが!』」
 叫びながら、よろめき、後ろ向きに水場へ倒れる。外から見てたより深い。オレの膝からやや下ってとこかな、と冷静に水深を把握しつつ、尻餅の状態でクロムに目をやる。少年の背後では、ガラス越しの暗闇に雪が吹き荒れていた。うん、ほんとにこれ、外じゃなくて良かったね。ストーブありがとう。危うく人狼の氷漬けができるところであった。
 他の猟兵たちと合流し、己の仕事を全うすべく「台本チェックも完了、折良くクロムと呼吸合わせも出来たし……ならしっかり殺されてきますか!」と勇んだのと、日暮れの別荘が吹雪に覆われたのは、ほぼ同時だった。「……でもなー、台本通りだと冬の沐浴なんだよね。いや水葬か」とちょっとだけつらい気持ちになりつつ半ば諦めることにしていたヴォルフガングも、これには思わず顔を覆ってしまったものである。「できればお風呂か温室に変えない?」と提案した自分にクロムが同意してくれて良かった。何なら、暖炉に火を入れてからそれほど時間の経っていない屋敷の中より、爬虫類のためにストーブがついたままだった温室の方が余程暖かいくらいだった。
 なお、当初は影朧のユーベルコードかと思われた吹雪だが、屋敷にあったラジオなどの諸々で確認したところ、単に吹雪になっただけであった。どうも現在、地域一帯吹雪らしい。運が良いのか悪いのか。ヴォルフガングには判断がつきかねた。
「『自分たちの欲のためにしか生きられない奴らだったよ、あんたたちは皆』」
 少年の台詞。特別上手い演技が出来ているというわけではない。おそらくそれは本人もわかっているだろう、だが、その静かで淡々とした喋り方は、ある種の迫力があった。観客によっては好ましく映る類の演技だ、きっと。少年が続ける。
「『それでも、たった一つ、希望みたいなものはあったんだ』」
 この役にとっての――希望。彼の従姉。
 狂気の中に一つ実った、あまりに淡い恋心だった。
 クロムが台本に沿って、逃げようとするヴォルフガングの傷口――血糊だが――を膝で踏む。今の苦しむ演技は、中々迫真だったと思う。改心の出来だ。
「『邪魔だな』」
 少年が鉢を壊す。そうそう、この音で、屋敷にいた客の一人が気付くって算段なんだよね。殆ど別物になっている台本ではあるが、破綻なくまとまっているのではないかと思う。おそらく。そのまま、手に入れた鎖で、クロムがヴォルフガングの手足を拘束した。――と。
(……おっと、凄くしっかり拘束するね?)
 逃がさないと言わんばかりに固く巻かれた鎖に少しばかり驚いていると、クロムがハッと気付いたような顔をした。それから、唇だけで「悪い」と言って、鎖を緩める。どうやら、猟兵としての『いつもの調子』で縛ってしまっていたようだ。
「『あんたの好きな蛇みたいだな。よくお似合いじゃないか』」
「『お、おまえ――ッ』」
 さて、本番だ。ここからが頑張りどころ、気合を入れよう。ヴォルフガングは、今から殺されなければならないのだから。どのタイミングで『本当に殺される』のかはわからないけれど。クロムが沈めている最中かもしれないし。だがそれなら、事故死になってしまうか。
 ――まあ。
(誰が俺を殺すにせよ、やることは一緒さ)
 ヴォルフガングは、頭の中でそう静かに独り言ちた。既に調律・機神の偏祝〈コード・デウスエクスマキナ〉は発動し、防護のルーンも全身へ這わせるように展開し終わっている。何が起こるにせよ、どうにかなるだろう。クロムに髪の毛を掴まれて、そのまま頭を水の中に沈められる。どうやらこちらが猟兵であることを信頼しているらしく、存外容赦なく沈めてきたので、男は水の中で小さく笑った。中途半端に遠慮されるのも不味いだろうから、良い判断だと思う。それと同時に、ハッキングにて周囲に干渉、書き換えを実行し空気膜を作る。本来は冷気を遮断するために使うつもりだったが、温室の水温は、遮断する必要もなさそうだった。
 しばらく藻掻いてから、段々と動きを弱める。やがて動かなくなってやる――シーンはまだ終わっていないが、ヴォルフガングの『役』としての出番は、ここまでだ。クロムが――と言うより役としての『少年』が、自首のために温室を出て行く。それを止めるのが、先程の割れた音を聞いていた客の一人で――ここから先の殺人事件の犯人なのだけれど。
(来ないね?)
 内心で首を傾げる。このまま上がっていいのかな。なんだか拍子抜けだ。そんなことを考えながら、まあ失敗したのかな、と体を起こそうとして――
 ――ガチン、と、大きな音がして、温室の照明が落ちた。屋敷の方も消えたのか、水中でもわかるほど、周囲は暗い。その直後、何者かに、『頭を押さえつけられて』――ヴォルフガングは水に沈められた。暗闇の中だが、クロムではないことだけはハッキリわかる。成程、そう言う趣向か。ならば乗ってやろうじゃないか。
 大人しく――『殺されて』やろう。
(――殺される、か)
 沈められながら、ヴォルフガングは、ふと思う。
(オレはそうなったら死ねるのかね)
 この……呪われた狼は。
 その問いに答える者は、無論、何処にもいなかった。


 
成功 🔵🔵🔵🔵🔴🔴

葡萄原・聚楽
【POW】

油断した
してやられた悔しさ、鏡の謎はまだあるが、今は切り替えないと
助けられた分、こっから返してかないとな

既に殺されかけた人物、というのを利用できないか
殺されかけたことを話し、殺人犯への不安を煽る
その後は怖がって、どこかの部屋に一人で籠もる

勿論、全部演技だ
一人とは言ったが、実際には誰か居てもいいし、血糊も持っていく
念の為、出入りわかるよう糸仕掛けて、見た目武器らしくないパペットたち抱いておく

あとは殺人犯役か、殺人犯を待って『死んだ演技』を
今度は糸でズタズタはどうだ?
まぁ今回は自分の糸だし、俺以外もズタズタかもだが

事前に打ち合わせできれば良いが、難しいなら即興劇か
俺もできる限り、応える


 

   三

 “(前略)
 停電があった。
 雪降る山の夜だ。蝋燭を探すのにも手間取る暗闇で、電気が復旧するのに、きっかり四十分かかった。庭にあった非常電源を見つけて、こじ開け、切り替える。言葉にすれば、それだけのこと。行動にしてみれば、それだけでなかったこと。
 暖炉に火を入れた広間で皆、一様に黙り込んでいた。そして、それは、少年も同じだった。もし他の招待客と違うところがあったのだとしたら、黒いマントの下、学生服のポケット、その中で招待状を握り締めた少年の手が震えていたことかもしれない。それは決して寒さのせいではなかった。
 この屋敷の住人の親族であるという白鎧の男は、少年たちが持つ招待状の差出人を見て、大凡予想がつく、と言った。
 曰く、それの差出人は、黒魔術に傾倒していたこの屋敷の長男であり、生贄にでもするつもりで呼び出したのではないか。そんなことを言った。
 生贄、という言葉の重みが、少年の細い双肩に、圧し掛かっていた。
 はたして自分は、見も知らぬ人間から殺されるような生き方をしてきたのだろうか。この招待状は、どういう基準で送られてきたのだろう。白鎧の男は招待客でないので除くとしても、集まった客には共通点など殆どない。年齢が比較的若いか、程度だ。何しろ、学生だけならまだしも、著名な歌劇女優とその付き人まで居る始末である。
 大体――
「……今見たら、この消印、この屋敷の住所じゃない」
 どうやら恋人同士らしい男女二人組の、男の方が、ぽつりと言った。
「でも、もらった時は、確かに、ここの住所のものだったんだよ」
 付き人が、弱り切った声音で言う。だから信用したのだと彼は続けた。
「黒魔術で郵便を出した? 馬鹿げていますね」
 白鎧の男が、騎士然として、だが、棘のある口調で答える。女性たちは黙っていた。俯いて絨毯を見ていた少年には、彼女らがどんな表情をしていたのか、わからなかった。
「……何でもいい」少年は、絞り出すように、言葉を吐き出した。「どんな状況だったとしても、今この屋敷に殺人犯がいるのは間違いなくて、俺たちは、未だそいつと一緒にいるってことだろ。それも、どこに居るのか、わからない」
 全員、何も言わなかった。温室の溺死体と、離れにあった、家人たちのものと思しき死体たち。『思しき』と称したのは、全員バラバラの肉塊になっていたからである。これ見よがしに描かれた赤黒い図形の上に転がされ、手足と内臓をそこらじゅうにぶちまけた氷漬けの首なし死体が、一体『何人分』で、『誰』のものだったのか――調べる胆力のある者は、この場に居なかった。
 首が――首が、痛い。俯いた少年の喉が、勝手に、唸るような呻きをこぼした。
 首なしの死体。
「……俺も、殺されかけた」
 少年が低く告げた内容に、その場にいた人間が皆、動揺するのがわかった。
「それは、」「後ろから首を絞められたんだ!」
 誰が声を上げたのかもわからないまま、思わず叫んで、立ち上がる。形になった恐怖が、少年の唇を震わせていた。
「細い糸、多分、ピアノ線か何かでッ! 殺すつもりじゃなかったら何だって言うんだ!」
 誰も何も言わなかった。
「……俺は、どこかの部屋にこもる」
 一人は危ない、と言ったのは誰だったか。マントを翻して、少年は、『名前も知らない』、他の招待客を見回す。
「――あんたたちが、結託して屋敷の住人を殺したかもしれないのに?」
 離れに転がる人間の残骸。あれを一人で成した可能性と、複数で成した可能性。どちらが高いかなど、考えずともわかることであった。それを分かっているのか、少年の言葉に、誰も何も言わなかった。あるいはただ、殺人犯と疑われて、怒りに言葉を失ったのか。
「じゃあな」
 どちらにせよ、少年には関係のないことだった。だから彼は、誰にも行き先を告げないまま、一つの部屋に籠って――そうして。
 ――夜の十時を回る頃。玄関ホールに置かれた柱時計が、鳴る中で。
 細い糸に絡め捕られるように――操り人形のように、蜘蛛の巣にかかった蝶のように――屋根裏で見つかったのであった。
(後略)”

 ●

 ――油断した。聚楽は先程締め上げられた喉を撫でながら、マントを翻して廊下を歩いていた。目指すは内鍵がかかる部屋――ではなく、屋根裏である。殺害現場は屋根裏であるからだ。聚楽は『死体にならなければならない』。それが探偵の求める『シーン』だ。それ以外は必要ない。
 それに――停電は、予定にない。
 確実に見ている。そして、聚楽たちに干渉している。
『自分の手で、自分の舞台を演出しようとしている』。
(……本当に、悪趣味なやつだ)
 隙を見せた己自身への苛立ちに僅か唇を曲げながら、聚楽は階段を上る。今回のシーンは一人で行う手筈になっているが、確か屋根裏には、あのウォーマシンが仕掛けた妖精がいたはずだ。『次』へ移るタイミングなども、そちらが上手くやるだろう。
 聚楽の――聚楽演ずる少年の死の真相としてはこうだ。内鍵をかけた部屋で、少年は殺される恐怖に怯えている。だが部屋は寒く、孤独は精神を疲弊させていく。そこに、登場人物の中で、『まだ信頼できる』類の人間が、柔らかく話しかけてくる。その部屋は寒かろう、せめて食事でもどうか、などと。
 その人物は更に言う。
 考えてもみてくれ、『自分にそんなことができるはずがない』だろう、と。するはずがない、ではなく、『できるはずがない』と言うのだ。それは確かに、と納得するだけの理由で以て。
 さて、怯える少年は、それを聞いてどう思うだろうか?
 そう言った筋立てである。
 事前に打ち合わせができれば良いが、難しいなら即興劇か――とにかく自分もできる限り応えよう、と考えていたが、存外顔見知りも多かったのと、話が何やら上手くまとまったので、聚楽は現在それに従っているのであった。
(してやられた悔しさ、鏡の謎はまだあるが、今は切り替えないと)
 既に殺されかけた人物、というのを利用できないか。その考えが聚楽の役柄の発端である。殺されかけたことを話し、殺人犯への不安を煽る。その後は怖がって、どこかの部屋に一人で籠る――そうして、本当に死体として発見される。
「……さて、と」
 屋根裏に到着して、小さく呟く。死ぬ算段を始めるか。内心でそう独り言ち、ぐるりと見回す。明かりのない屋根裏は暗く、息が白くなるほど寒かった。聚楽の眼球が『正しく』人のものであったなら、動くのもままならなかったかもしれない。当の探偵にも見えているのだろうか、この屋根裏が。まあ見えているのだろうな、と聚楽は思う。
 しかし――スタッフの持ち物の一つであったらしい未開封のカイロを拝借し、暖は取っているが、まさか雪まで降り始めるとは思わなかった。しかもかなりの吹雪である。分厚い氷の張った広い池などがあることを考えると、本来はスケートでもするために作ったのかもしれない。下駄スケートというやつだ。
 サクラミラージュ特有の幻朧桜は、こんな中でも咲いているのだろうか。そんなことを、聚楽は思考の片隅で考えながら、念の為、屋根裏への扉には、他人の出入りがわかるように糸を仕掛ける。無論、探偵に気取られるわけにはいかないので、慎重に、如何にも演技のために場所を確認しているのだとでも言ったように糸を張り巡らせて――最後に立ち上がると、聚楽は服の下に血糊を仕込んでから、パペットたちを腕に抱いた。見た目が武器らしくないので、油断するだろうと思ったのである。
 それから、自分が吊るされるための糸を設置して、少しだけ笑う。演出用の糸を自分で用意する役者など、ましてこんな暗闇で用意をする役者などいるはずもないのに、探偵は、それを気にしないという。温室で実際の死体が出ても――流石にいつまでも沈めておくのは酷かろうと、既に一旦引き揚げて暖炉の近くで『死んだように』寝てもらっている――練習を続ける役者がいるものか。何も見えていない、見る気がない。狭窄した視野で、ただ都合のよいものを見ているだけ。
 あまりに滑稽な、憎悪の操り人形だ。
(……お前も俺を操り人形に見立てたな)
 操り人形仕立ての縊死体。それを好いだろうと、探偵と思しき男の声は笑った。
(それなら今度は、糸でズタズタはどうだ?)
 まぁ今回は自分の糸だし、俺以外もズタズタかもだが。
 ――屋根裏の糸が、くん、と、聚楽の手の中で、引っ張られるのがわかった。誰かが来ている。殺人犯役の猟兵は今頃次のシーンへ移っているだろうから、これは、探偵か、それに類するものなのだろう。風が唸る音ばかり響く暗闇の中で、聚楽は、糸に自ら絡まる。その糸の中に、いつの間にか、聚楽のものでないものも増えていることには気付いていた。
 だが――糸なら、聚楽も使えるのだ。
 暗闇に密やかな嘲笑を浮かべて、自分に絡まる鋼の糸を、強く引く。衣装が破れ、血糊が噴き出す。それに加えて、知らぬ糸までも、聚楽の肉体に食い込んでいった。四肢を引き裂き、首を千切ろうとするそれを、自身の糸で相殺し、ギリギリのラインを見極めて耐える。この衣装、流石に弁償かもな。サアビスチケットでどうにかなればいいが、と考える聚楽の頭上で、糸をかけた梁が、ぎいぎいと鳴っていた。絞めつけられる体が、宙に吊り上がる。嗚呼、何て美しい蜘蛛の巣だ!と、どこかで誰かが叫んだ――ように聞こえた。
 ――張り巡らせた蜘蛛の巣にかかるのは、どちらだろうな。
 蜘蛛の眼も足も――『八つ』あるんだ。
 そうして、やがて出血多量で意識を失ったように見せながら――聚楽は、その葡萄色の双眸を閉ざしたのだった。


 
成功 🔵🔵🔴