8
蜃気楼の果て、黄金の都

#アックス&ウィザーズ

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#アックス&ウィザーズ


0




●幕裏
 砂塵に砕けた太陽が、ぼんやりとした視線を投げかけている。何も見えない。あの不確かな太陽の位置だけを頼りに、砂嵐を進む。
 肌を炙る熱がイフリートの息吹ならば、吹きすさぶ風はジンの唸り声か。この果てしなく続く砂の世界は、ちっぽけなヒトが挑むには余りに過酷な環境だったのだと、生き残った誰もが身に染みて理解していた。
 あるものは渇きに倒れ。あるものは流砂に呑まれ。あるものは砂塵に惑い、あるものは蜃気楼に狂った。途中のオアシスで引き返せばよかったと、何度も何度も後悔して。200人もの遠征隊は、気が付けばたったの30人になっていた。
 砂塵が舞う。足が重い。口の中はカラカラで、罅割れた唇はとうに干乾びて固まっている。それでも、歩く。この先にきっとある、あの楽園を目指して。幾度も寝物語で夢に見た、その光景を求めて。

 ───唐突に、風が止んだ。幾つもの犠牲の果てに、ついに彼らは砂嵐を抜けることが出来たのだ。
 砂埃に軋る目蓋を擦って、滲む視界に目を凝らす。
 抜けるような青空の中に、見上げるほどに巨大な一本のバオバブが、無数の葉を青々と茂らせ聳え立っているのが見えた。瑞々しい下草の絨毯と、澄んだ泉から水の湧き出る音が微かに聴こえる。過酷極まるこの砂漠において、正しく楽園と形容すべき豊かな大地。しかし彼らの目をなによりも奪ったのは、その大地にあってなお燦然と輝きを放つ、かの都の威容であった。
 蜃気楼に揺らぐ空の下、眩く輝く黄金の尖塔が天を衝く。連なる無数の屋根が陽光を反射して、目も眩まんばかりの黄金色が溢れていた。当たり前だろう、その都においては城も、壁も、家々も、例外なく黄金で形作られているのだから。
「───本当に、あった」
 ぽろりと零れた誰かの一言に、とうに枯れ果てた筈の涙が昴として頬を伝うのを、誰もが感じていた。嗚呼、あれが、あれこそが───夢にまで見た『黄金の都』。ようやく、ようやく、辿り着いた‥‥‥!
 涙に霞む視界の中、黄金の都から一頭のラクダに乗った男が駆けてくる。全身に奇妙な刺青を纏った男は優しい笑みを浮かべ、耳慣れない言葉で彼らを歓待する意図を口にした。数十年ぶりの来訪者たちを、黄金の都は全霊を以て持て成す───そう伝え、都の遣いは恭しく首を垂れる。
 思ってもみなかった歓迎に、遠征隊は涙ながらに笑顔を浮かべ───一斉に、その腰から曲刀を引き抜いた。

●プロローグ
「───『さざめく砂丘の向こう側、咆ゆる嵐のその先に。ゆらめく蜃気楼の果て、黄金の都は永久に輝く』───と。これはアックス&ウィザーズの一地方に、古くから伝わる民謡です。中々風情があって良い曲だとは思いませんか?」
 ご清聴ありがとうございます、と慇懃にお辞儀してみせた紳士人形、ヘンペル・トリックボックス(仰天紳士・f00441)は、常の如く飄々とそう嘯いた。
「砂漠の果てに佇む黄金の楽園‥‥‥なるほど、大変に夢のある、浪漫に溢れた御伽噺だと言えましょう。しかしてこの『黄金の都』なんですが───実在します。」
 招集に応じた猟兵たちの間に、小さくどよめきが走る。ヘンペルの告げたその事実に、瞳をキラリと光らせる猟兵も少なくはなかった。
「いやぁ、相当な昔から、その存在自体は確認されていたらしいんですよ、えぇ。実際、隣接する国からは一度ならず遠征隊が組織され、派遣されています。ですが───」
 ポン!という音と共に、シルクハットのてっぺんから大型の地図が飛び出した。ばさりと広げ、紳士人形は話を続ける。
「この地図でいう西の果て‥‥‥黄金の都が存在すると思しき座標までの道程は、周辺の砂漠地帯の中でも屈指の過酷さで知られています。朝晩の温度差が他所の比ではない上に、突発的に発生する流砂や砂嵐、生息域に入ると襲ってくる大型の魔物や超自然的蜃気楼。そして最後に立ち塞がる、数キロに及ぶ巨大な砂嵐の壁『大瀑砂』。その攻略の難易度故に、各国の遠征隊も幾度となく撤退を余儀なくされてきました。」
 黒檀のステッキが、羊皮紙性の大型地図をなぞってゆく。
「そして先日。隣国から派遣された第十三期遠征隊が、『大瀑砂』を突破した先で消息を絶ちました。それと時期を同じくして、同座標周辺に強大なオブリビオンの復活を予知。どう考えても、無関係ではないでしょう‥‥‥えぇ。お集まりいただいた皆さまには、このオブリビオンの討伐をお願いしたいのです。」
 と、いうことは───砂漠を越えるのか?という猟兵の問いに、紳士はバツの悪そうな表情で小さく頷いた。
「‥‥‥えぇ。皆さまには、危険極まりない砂漠越えをしていただくことになります。私が皆さまを転移させられる場所は、『黄金の都』から数十キロ離れた最終オアシス地点までが限界。物資や移動手段等、必要なものはこちらで手配させていただきますが‥‥‥極力単独行動は避け、どんなトラブルが起きようと対処できるようにキャラバンを組んで砂漠越えに臨んでいただきたいと思います。」
 ペコリと大きく頭を下げ、ヘンペルは尚も言の葉を重ねる。
「歴戦の猟兵たる皆さんの足であれば、或いは一日で『黄金の都』に到達できるかもしれませんが、場合によっては野営の可能性もあります。気温差には特にご注意を。人ならぬ領域においては、自然そのものが大いなる敵と化します。最終目的は、あくまでオブリビオンの討伐。この砂漠越えでどれだけ体力を温存できるかによって、以降とることの出来るアクションの幅が大きく増減すると思ってください。」
 言い終わるや否や、ヘンペルの左手へと光が収束してゆく。白いカラスの姿をとった光が飛び立つと同時、猟兵たちは次々と転移を開始した。
「‥‥‥どうかお気を付けて。黄金は、ときに人心をも獣に───」
 舞い散る羽と共に、千切れた言葉が虚空へ堕ちる。斯くして猟兵たちは、砂塵舞う砂漠へと、その足を下ろすのであった。


信楽茶釜
 それは現か幻か───。
 どうも皆様はじめまして、信楽茶釜と申します。陶器製です。
 全体的にアドベンチャー要素が多めのシナリオとなります。
 以下補足です。

●最終目的
 復活したオブリビオンの討伐。

●第一章の目的
 砂漠を越え、『黄金の都』までの到達。

●現在開示可能な情報
『砂漠越えにおける障害について』
 第一章はランダムイベント制の踏破型シナリオになります。発生するイベントは「流砂」「砂嵐」「蜃気楼」「魔物との遭遇」「トラブルなし」のいずれかです。順調にいけば野営することなく『黄金の都』までたどり着けますが、そうでない場合は一日消費します。

『装備品・消耗品、移動手段について』
 基本的な食料や飲料はこちらで用意します。服装によるペナルティは特にありませんが、場合によってはボーナスがつきます。あと、総参加人数÷3匹のラクダがつきます。

●予知による断片的な情報
 『黄金』『繁栄』『虐殺』『呪詛』『執着』『枯れ木』『獣』

 それではどうぞ、よろしくお願いします。
95




第1章 冒険 『砂漠を越えて』

POW   :    大胆に進む

SPD   :    慎重に進む

WIZ   :    冷静に分析して対策を練る

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

大河・回
くっ、黄金ということでやってきたが失敗だったかもしれない。いや、やると決めたからにはやるけど。

何が起こるか分からないし着脱が簡単なマントを羽織ってエナジーバーと薬物調合キットは手放さないようにしよう
ドローンを先行させて【情報収集】してトラブルには早めに対応できるようにする
【世界知識】でトラブルに有効な対処法を取る
また【サーベルドッグ召喚】を使ってサーベルドッグ(右腕の肘から先がサーベルになっている犬の怪人)を護衛兼索敵要員(嗅覚による)として召喚しておこう
魔物が出たらサーベルドッグを戦わせて私はアローガンからの【毒】の矢で【援護射撃】するよ


彩瑠・姫桜
SPD
砂漠って初めてだけどどうにかなるのかしら
…って、弱気になっても始まらないわよね
出来る事を頑張ってみるわ

ひとまず服装ね
しっかりと準備するわ
風通しのよい薄い生地の大きめの服を重ね着し
頭からは顔を覆うように長めのスカーフを巻いておくわ
足は砂が履けやすく、脱げないようにストラップ付きのサンダルを履いていくわ

移動中ははぐれないよう注意
方向は太陽や星の位置での【情報収集】と【第六感】で示すわね

砂嵐来たら嵐が過ぎ去るまでは動かないように
流砂に嵌ってしまったら、とにかく落ち着いて表面にゆっくりと足を出す事を意識する

仲間が嵌ってしまった場合も
落ち着つかせるよう声かけていくわね

野営必要なら【料理】で手伝うわ


鏡島・嵐
判定:【WIZ】
砂漠の旅かー。正直面倒な思い出しか無ぇんだよなあ。
暑さ寒さは言わずもがな、気を抜くと目口鼻耳に砂が入ってくるし、砂と風が合わさると凶器になるし。

強い日射し対策に露出の少ない恰好。目はゴーグル、口はマスクで覆う。食糧は水と塩を十分に。下準備でおれが気遣えるのはこれくらいか。
砂嵐はいつ発生してもおかしくねぇから、魔物接近対策も兼ねて適宜辺りを見渡して警戒。〈第六感〉的に危なそうなら皆に危険を報せて回避する。
行軍中に体力が消耗してる仲間がいるなら、《大海の姫の恋歌》で少しでも回復できるようにしておくぞ。


キャロライン・ブラック
これが砂漠、まばゆい程に一面の砂色……
素敵な色ではあるけれど、人が住まう場所とは信じられませんわ
それでもなお、黄金の魅力には勝てないという事なのかしら

ともあれ、まずは入念な準備をいたしませんと
服はいつものドレスではなく、動きやすいものが宜しいかしら
日差しを防ぐ外套は勿論、靴なども砂が入らないものにいたしますわ

野営はしなくて済むのでしたら何よりなのですけれど
それでトラブル時に無理に進んで消耗してもいけません
寒暖差や魔物の襲撃も念頭に置き、万全の用意をいたしましょう

ああ、それと、流砂や砂嵐でもはぐれぬよう
ロープも必要ですわね

勿論、わたくし一人では限界がございますから
皆さまとご協力しながら参りますわ


ミアス・ティンダロス
果も見えない砂の海原を越えるのは、一体どれほどの勇気が必要でしょう?
砂塵を抜いて、引き戻すこともしなくて、ただ夢見る場所に辿り着くために、ひたすらに前に進む。
猟兵にとっても決して容易じゃない壮挙を成し遂げた彼らを、僕が救いたいです。

召喚したビヤーキーに乗って、空中で偵察したり、流砂などを飛び越えたりします。
普通の砂嵐に遭った場合は【地形の利用】で掩体を探して身を守ろうとします。
最後の『大瀑砂』は身を低くして、地形を利用しながらくぐり抜けようとします。なにかやばいものが飛んで来たら【衝撃波】を放って弾けます。


ガルディエ・ワールレイド
凄ぇな。こんな光景を見るのは生まれて初めてだ。これが砂漠って奴か!
知識がねぇから事前に色々と調べとかねぇとな

【POW】大胆に進む
防砂、日中の日除け、夜中の防寒、を兼ねたローブを用意。口元も布で覆って露出を抑えるぜ。防寒には別で毛布も用意。

道中【竜神気】活用。
魔物への攻撃手段、流砂からの救出、砂嵐で物が飛ばされねぇように抑える等に使う。
あと緊急時に助ける優先順位だが、命の危機じゃねぇ限りは猟兵より脆い駱駝を優先するぜ

また武器(複合魔槍斧ジレイザの槍部分)が変化した小型ドラゴンを偵察に使うぜ
上空から周囲(特に流砂)を探るし、蜃気楼っぽいのは違う角度や距離から観察させて実像か虚像かの判断材料にする


メタ・フレン
「黄金の都」ですか。
何かロマンを感じますね。
お伽話だと思っていたものが実在していたっていうのは、ワクワクしますよ。
その前に過酷なサバイバルを乗り越えませんとね。

か弱いわたしは【エレクトロレギオン】で、スタックしにくい頑丈な車輪付きの機械兵器を出して、それに乗ります。
余り多く出すとその分魔力を喰うので、必要最低限の数だけ出しますね。

移動中は【地縛鎖】【情報収集】で、常時周辺の気候や地形、生命反応等に注意します。
流砂、砂嵐、蜃気楼なら、察知した時点で即経路変更して迂回。
魔物との遭遇なら、機械兵器一体を【おびき寄せ】で囮にして逃げます。

なるべく力を温存したいですが、そう簡単にはいかないでしょうね…


セリエルフィナ・メルフォワーゼ
黄金は、ときに人心をも獣に、か。
ただ光ってるだけの石ころの為に、色んな国が争って大勢の人が死んだんだよね。
幸いボクの国は、そういう類の争いに巻き込まれたことはなかったけど。

何にしてもボクだって王族なんだ。
そう簡単に黄金なんかに負けてやらないんだから。

砂漠を進みながら、【オーラ防御】で砂嵐や直射日光、温度差から体を守るよ。
移動は出来るだけ徒歩で。
ラクダには乗りたいけど、他の皆のことも考えないと。

皆が疲労してきたら、【歌唱】【パフォーマンス】技能をフルに使った【シンフォニック・キュア】で、皆を回復させるよ。
もし野営することになって、空に月が出ていたら、UDCアースで聞いた「月の沙漠」を歌おうかな。


空雷・闘真
「砂漠の行軍か。懐かしいな。昔はよく砂漠を戦場に暴れ回ったものだ」

【宇宙バイク】に【騎乗】した闘真は、ラクダと他の仲間の横をゆっくり並走していた。
後ろには、ラクダに乗り損ねた仲間が一人乗っている。

浮上して走る【宇宙バイク】は、砂地に足を取られない。
加えて己の流儀でないとは言え、遠距離攻撃が可能な【アサルトウェポン】もある。

(つまり不測の事態に最も素早く対応出来るのは、恐らく俺だ)

そう考えた闘真は【影の追跡者の召喚】を使い、常に周囲を警戒していた。
流砂発生前の砂地の窪み、砂嵐が吹く前のそよ風、蜃気楼が現れる前の空気の歪み、こちらを狙う魔物の殺気…
あらゆる危険の前兆を【見切り】、仲間を守る為に。


三原・凛花
黄金ねぇ。
そんな危険を冒してまで欲しい物なのかな。
私は普通の生活さえ出来れば、それで十分だったのだけれど。

とりあえず【聖霊受肉】でオフロード車になった『聖霊』を出して、それに乗るね。
相変わらず白い肉塊みたいでグロいけど、馬力と踏破性は確かだし、冷暖房も完備で快適だよ。

後一人位なら一緒に乗せられるけど、運転が下手なのは我慢してね。
私、免許なんて持ってないから。

ちなみに【聖霊オフロード車】の燃料は、この砂漠で息絶えた者達の残留思念。
余程無念だったのか、至る所に負の感情が溜まってるね。
そのお陰と言ったら何だけど、ガス欠の心配はなさそうだね。

周囲を警戒しつつ、仲間とはぐれないよう注意しながら進むよ。


シャイア・アルカミレーウス
砂漠の果てにある黄金都市!これだよこれ!こういうのが冒険ってものだよね!砂漠は初めてだけど、それも楽しんでいかなくっちゃ!

(pow)
砂漠なんだし、対策は慎重にしておかないとね!
まずは流砂!これは問題ないね、僕飛べるし「トリニティ・エンハンス」で風の魔力で飛行力強化すれば、他の人も担いで脱出できそうだ。
「蜃気楼」は野生の勘で、「砂嵐と魔物」は周りに何もないから「魔術師の咆哮」で吹っ飛ばすとして……あれ?これガンガン行くのと変わらないような……

万一砂漠で野営することになったら、夜は冷えるから熱々のお茶を振舞って仲間を温めてあげよう!

(イベントで砂まみれになったら、涙目で「砂漠嫌い!」とか叫びます)



●第一幕 -1-

 ───照り付ける太陽を背に、翼を広げた一羽のハヤブサが地上を見下ろしている。

 一面の砂景色であった。無数の砂丘が連なる地平で、遠く、蜃気楼に揺れる青空と砂漠とが二色に分かたれているのが見える。吹く風までもが広大で、舞い上がる砂塵は踊り子の如く、情熱的に肌を灼いてゆく。
 美しくも、灼熱の日差しと乾ききった砂に支配された、生存するには余りに厳しい世界。適応することのできない生物は、軒並み淘汰される───それこそが、この砂漠という極限の世界に定められた絶対の規範であった。
 そんな茫漠たる砂のキャンバスの上に、隊列を組んで進み往く、奇妙な一団の姿があった。ハヤブサの視線がスッと落ちる。あれなるは紛れもない人の子。しかし日頃眼にする商隊にあらず。数日前に通った、大規模なヒトの群れにもあらず。あれなるは───。
 ハヤブサは知るまい。ヒトでありながら、生命体の埒外にある彼ら───即ち猟兵の存在を。

「‥‥‥凄ぇな。こんな光景を見るのは生まれて初めてだ。これが砂漠って奴か!」
 耐環境用に纏ったローブを砂塵になびかせ、ガルディエ・ワールレイド(黒竜の騎士・f11085)はラクダの背で感嘆の言葉を口にした。極寒の辺境で育ったこの少年にとって、光溢れる砂漠の光景は想像以上の感銘をその胸に響かせたようであった。
「どこ見ても砂、砂、砂‥‥!どうやったらこんな風景が出来上がんだろうな‥‥‥なぁ、二人は砂漠は初めてじゃねぇのか?」
「‥‥‥いいえ、私も初めてよ。正直、思った以上に暑いからちょっと参ってるわ‥‥どうにか砂漠を超えられるのかしら、これ‥‥‥」
 スカーフの下で眉をハの字にしつつ、彩瑠・姫桜(冬桜・f04489)が幾分げんなりした様子で言葉を返す。自分に流れる吸血鬼の血はこの際関係ないとしても、この太陽光はちょっと凄まじい。ついこの間までごく普通の女子高生だった彼女にとって、この環境は強烈の一言に尽きた。
「‥‥‥鏡島君は慣れてるのよね、こういうの。素直に尊敬するわ‥‥‥」
 普段素直じゃない彼女がそう言うのだから、即ち本心なのだろう。姫桜の言葉に、同じくラクダの背で揺られていた少年───鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)は左手をヒラヒラ振った。
「馬鹿言うな、おれだって砂漠越えはそう何度も経験してねぇ‥‥‥正直面倒な思い出しかねぇしな。暑さ寒さは言わずもがな、気を抜くと目口鼻耳に砂が入ってくるし、砂と風が合わさると凶器になるしよ‥‥‥」
 そう語る彼は、ゴーグルにマスクの完全装備。どうやら本気で面倒な目にあったらしい。
「へぇ、経験者は語るってヤツだな。まぁでも、俺も姫桜には同感だ。世界中を旅して回りながら見分広げるってなぁ、そう簡単なことじゃねぇだろうに。素直にスゲェと思うぜ?」
「やめてくれガルディエ、小っ恥ずかしいから‥‥おれからすりゃ、同じくらいの歳でバリバリ戦ってるお前や姫桜の方がスゲーと思うぞ。おれは、未だに戦うのは怖ぇ‥‥‥まぁ、少しは頑張れるようにはなったけどさ。」
 蒼天をゆく影に目を向けて、嵐はマスクの内にそう呟く。しかしてそんな彼に同調の声を上げたのは姫桜であった。
「あら、私だって怖いわよ?戦うのは。あのピリピリした雰囲気は、ひょっとしたら一生慣れないかもしれないなって、そう思うもの。」
「そ、そうなのか‥‥?」
 どこか意外そうな表情を向けた嵐に、姫桜は人差し指を立てて眼を瞑る。
「そうなの。猟兵だからって、皆がみんな平気な顔で戦えるワケじゃないんだから」
「───、ハハッ、あぁ、全くもってその通りだ。違いねぇ!」
 一瞬、心底驚いた顔をして、それから嵐は楽しげに笑った。この臆病な少年なりに、同調できる部分があったのだろう。熱風に服をはためかせて、三人を乗せたラクダが砂漠をゆく。
「そういう意味では、ガルディエさんは戦い慣れてる方なのかしら?」
「まぁな。つっても、別に俺も平気な顔して戦っちゃいねーぞ?戦わなきゃどうしようもねぇ局面ばかりだったってだけの話だ。‥‥‥だからよ、正直びっくりしてんだ。」
「びっくりって‥‥何に対してだよ?」
 首を傾げた嵐に、ガルディエが肩をすくめて言葉を返す。
「‥‥‥出発地点のオアシスから早3時間───魔物の出現どころか砂嵐の一つも起きやしねぇ!順調すぎて逆に恐ェよ!」
 口をへの字にして天を仰ぐガルディエに、後の二人も思わず首を縦に振った。全力で身構えて砂漠へ行軍してみれば、天候良し、風向き良し、トラブルなしの順調さ。本来は喜ぶべき事なのだろうが‥‥‥
「後がコエーよな‥‥‥」
「なんか幸運を前借りしてる気になるわよね‥‥‥」
「んなこたぁねーんだろうけどさ‥‥‥」
 どうにも今までの経験からすると、こういう場合は面倒事が後に控えてそうな気がしてならない三人なのである。
「───ほら来た。噂をすれば、だ」
 ガルディエの言葉に顔を上げれば、小型のドラゴンが三人の元へと飛んでくるところであった。ガルディエの武装───複合魔槍斧から乖離していたパーツのひとつ、ジレイザの仔竜である。偵察用に飛ばしていたそれが戻ってきたということは、進行経路上で何かトラブルが発生したということに他ならない。
「‥‥‥おぅ。あぁ、そうか。分かった。」
「‥‥‥何があったんだ?」
 恐るおそる聞く嵐に、ガルディエが再び唇をへの字に曲げる。
「───この先で大規模な流砂地帯が発生してる。ちなみに‥‥‥すでに二人、落っこちてるらしい。」
「‥‥‥。」
「‥‥‥。」
 三人は顔を見合わせると、一目散に先行しているはずの仲間の元へラクダを走らせた。

●第一幕 -2-

「───『黄金の都』ですか。‥‥‥何だかロマンを感じますね。お伽話だと思っていたものが実在していたっていうのは、ワクワクしますよ。」
 強風に煽られ、蒼い髪が砂塵に踊る。同じ色の瞳を空へと向けて、メタ・フレン(バーチャルキャラクターの電脳魔術士・f03345)はそんな風に独り言ちた。年齢としてはダントツで幼い少女であったが、その淡々とした語り口はこの灼熱の砂漠にあって尚、涼やかなものであった。
「‥‥‥まぁ、その前に過酷なサバイバルを乗り越えないといけませんが。」
「あぁ、全くだ。まずはとりあえず───この流砂から抜け出す方法を考えないとね‥‥‥ッ!」
 メタの隣で青い顔をしているのは、世界征服を企む悪の組織「デスペア」幹部の少女、大河・回(プロフェッサーT・f12917)であった。なお彼女の言う通り、二人は大絶賛流砂に足を引っ張られている最中である。
「くっ、黄金ということでやってきたが、コレは失敗だったかもしれない‥‥‥!」
 轟音と共にあらゆるものを呑み込んでゆく砂塵を尻目に、プロフェッサーTはぐぬぬと唸って歯噛みする。無尽蔵の資金源が確保できれば、世界征服の野望達成に大きく近づけるハズ───そう思って意気揚々とオアシスを出発してから数時間。先行させたドローンが流砂の兆候を伝えた頃には時すでに遅し、想定を超える大規模な流砂は、二人を地の底へ引きずり込まんと大口明けて待っていた。
「下手に動いてはダメだぞ、メタ嬢!もがけばもがく程に流動性が増すと、私の知識にはある‥‥‥!」
「‥‥‥心配しなくても、両膝が埋まってるので動けませんよ。搭乗していた砂漠踏破型エレクトロレギオンが呑み込まれた時点で、わたしの命運は尽きてます。身長的に。」
「だったら何でそんなに冷静なんだい!?」
 半ば砂に埋もれつつ無表情でピースサインする幼い少女に、プロフェッサーTが額を抑える。そんなバーチャルキャラクター二人に追い打ちをかけるが如く、不吉な影が砂中より迫っていた。
「‥‥‥大河さん。なんか来てます。こっちに。」
「‥‥‥なに?」
 視線の先へと振り向けば、砂をかき分け猛スピードで迫ってくる巨大な三角形の姿。それは、確かに───
「‥‥‥背ビレだな。」
「‥‥‥背ビレですね。」

 一瞬の、間。

「───『砂鮫』じゃないかー!?」
 悪の女幹部が絶叫する。それは彼女の世界知識にある、砂漠に住まう魔物の名であった。砂中に潜み、身動きの取れない哀れな犠牲者を貪り喰らう砂漠のギャング。そして現状、その哀れな犠牲者とは自分たちのことである。
「‥‥‥絶体絶命ですね。」
「だから何でそんなに───あぁもうこの際、逆に助かるな!出番だぞ、サーベルドッグ!」
 主人の呼び声に呼応して、遠吠えと共に右腕の肘から先がサーベルと化した犬の怪人───サーベルドッグが、どこからともなく姿を現した。しかして忠実なる配下怪人は、早速砂中へとズブズブ沈んでゆく。
「おいバカやめろもがくなサーベルドッグ!お前の筋力なら抜け出すくらい訳ないだろ!私は援護射撃に回るから、お前はアイツを三枚に下ろしてやれ!」
 了解と言わんばかりにサーベルドッグが砂から飛び出すのと、牙を剥き出しにした砂鮫が地上へ躍り出たのは、ほぼ同時であった。怪人の肩口に、無数の牙が深々と突き刺さる。一方で怪人の刃もまた、魔物の腹部をザックリと切り裂いていた。二匹は中空で激突するや否や、再び砂上へ墜落───激しい揉み合いを開始する。濛々と砂煙をあげて砂上を跳ねまわる二匹を前に、アローガンを構える回は歯噛みした。
「暴れ過ぎだぞ、サーベルドッグ‥‥!これじゃ狙いをつけようにも───」
「‥‥‥二秒後、三時の方角。」
「───!?」
 隣から聴こえた声のままに引き金を引く。放たれた猛毒の矢弾は寸分の狂いもなく、暴れる砂鮫の腹部へと突き刺さった。
「‥‥‥三秒後、一時の方角。」
 引き金を引く。命中。
「‥‥‥五秒後、六時の方角。」
 引き金を引く。命中。
「‥‥‥一秒後、十二時の方角」
 引き金を、引く。全弾命中。回お手製の猛毒を装填された矢弾に全身を侵された砂鮫は、サーベルドッグの猛攻を受け、ついに腹を見せて動かなくなった。
「‥‥‥なるほど、地縛鎖による情報収集からの先読みか。見事だね、メタ嬢。」
「‥‥‥大河さんの射撃の腕があってこそ、ですよ。」
 そう言ってジャラリと地縛鎖を引き上げたメタは、すでに腰のあたりまで砂に埋もれている。その表情は心なしか、強張っているように見えた。
「どうした、メタ嬢?」
「‥‥‥悪いお知らせです。」
 少女の額を、はじめて冷や汗が伝う。
「───もう一匹、います」
 流砂が、爆発した。
 砂煙を巻き上げ宙に身を躍らせたのは、先の個体と比べて二倍近い体躯を持つ巨大な砂鮫であった。おそらくこちらが成体なのだろう、保護膜で覆われた金色の瞳が、冷たい殺意に漲っている。それは獲物を見る目ではなく、我が子の仇を見る親の目であった。
「ッ───!サーベルドッグっ!!」
 血の気の引いた顔で、回が叫ぶと同時。鋭い歯の無数に並ぶ口腔が、空を裂くようにガバリと開いた。身動きの取れない少女たちへと、砂漠のギャングが脇目も振らずに突貫する。
 ───故に。
「───『魔術師の(ウィザードリィ)』───」
 この魔物は、自身の最期を認識することのないまま───
「───『咆哮(ブラストマギア)』───ッ!!』
 突如叩きつけられた膨大な魔力の奔流を受け、跡形もなく蒸発した。
「───ゴメン、遅くなった!」
「お二人とも、無事ですか!?」
 杖先から魔力の残滓を燻らせるキマイラの少女───シャイア・アルカミレーウス(501番目の勇者?・f00501)と、異形の飛翔生命体『星間の駿馬』に跨った人狼の少年、ミアス・ティンダロス(夢を見る仔犬・f00675)である。砂煙を翼で掻き分けて、救助隊はようやく到着を果たしたのだった。



 大流砂地帯から大分離れた場所へと、砂を蹴立てて『星間の駿馬』が降り立つ。メタと回を背に乗せて、『星間の駿馬』は一声高く嘶いた。
「助かったよ、ミアス君、シャイア嬢。正直、もうダメかもしれないと一瞬思った‥‥‥。」
「‥‥‥わたしは、来てくれると思ってましたけどね。」
 大きく安堵の溜息を吐く回と、無表情ながらもどこか嬉しそうなメタ。絶体絶命のピンチを乗り越えた二人に、ミアスとシャイアもホッとしたような表情を自然と浮かべていた。
「手遅れにならなくて本当に良かった。あの流砂地帯から二人を見つけ出すのは、さすがに骨が折れましたよ‥‥‥」
 彼女に感謝ですね、とミアスが『星間の駿馬』の鼻先を撫でる。その隣でシャイアもまた、腕組みをして深く頷いた。
「うんうん、無事でなにより!二人を見失っちゃったときは、どうなることかと思ったよ‥‥‥!」
「───あれ、でもシャイアさん、初めて見る流砂に大はしゃぎだったような‥‥‥?」
 ミアスの指摘に、シャイアがうぐっ、と声を詰まらせる。
「しかもよそ見して飛ぶものだから、頭から砂丘に突っ込んで涙目になりながら『砂漠嫌いッ!』とかなんとか言って───」
「わー!わー!も、もう!いいでしょ別にボクのことは!とにかく二人が無事だったんだからオールオッケー!それよりも、これから先の進行経路を見直さないと!」
「うーん、そう。それなんだよ。現状、あの大流砂地帯を迂回する以外に方法はない。時間を大分ロスする計算になるね」
 回の言葉に、一行はうーんと首をひねる。
「‥‥‥僕やシャイアさんみたいに、空路を行けるなら問題はないんですけどね。」
「でもでも、空飛ぶ手段を持ってるメンバーはそんなにいないよ?」
「ですよね‥‥‥」
 焦りと共に、ミアスは小さく唇を噛む。ここで時間をかけてしまえば、行方不明の遠征隊の生存確率は下がる一方だ。大いなる勇気をもってこの砂漠を進んだ彼らを、可能な限り救ってあげたい。彼がこの冒険に参加したのも、つまるところそれが目的であった。
「‥‥‥急がば回れ、とも言います。ここは遠回りでも確実に進む方が良いと思います。」
 メタの言葉に歯がゆさを感じつつも、ミアスは決心と共に頷く。今は耐え時だ。一歩一歩、しっかり踏みしめていこう。
「さて、と!じゃあ、ボクは後続のみんなに経路の変更を伝えてくるねっ!」
 シャイアが翼を広げたのを契機として、再び彼らは立ち上がる。目指すは蜃気楼の果て。砂漠の旅情はまだまだ続く。

●第一幕 -3-

 正午過ぎ。中天に太陽を迎えた広大な砂漠は、いよいよもって灼熱の地獄と化していた。吹き出す汗が片端から蒸発してゆく程の気温。吹き付ける風は熱砂を連れ、剥き出しの肌を容赦なく焦がしてゆく。
 大流砂地帯を迂回し、再び西へと進路を取ってから早二時間。止まることを知らず上昇を続ける気温と、砂と青空だけで構成された代わり映えのない景色。未だ終わりの見えぬ光景に、徐々に疲労を覚えつつある一行であったが───並走する宇宙バイクに乗る二人組に限っては、およそ疲労とは真逆のバイタリティを発揮していた。
「ハハッ、砂漠の行軍か!懐かしいな‥‥昔はよく砂漠を戦場に暴れ回ったものだ」
 熱を帯びたハンドルを、無骨な手が握り締める。太い笑みを唇に浮かべて、空雷・闘真(伝説の古武術、空雷流の継承者・f06727)は、懐かしさに目を細めた。かつて数多の戦場を駆けたこの男は、並大抵の極地では動じないメンタルとバイタルを獲得している。砂漠越えの一つや二つ、鼻歌交じりに熟す自信があった。
「───これが砂漠、まばゆい程に一面の砂色‥‥‥!素敵な色ではあるけれど、人が住まう場所とは信じられませんわ」
 一方、闘真の肩口からヒョコリと首を出したのは、ダンピールのゴッドペインターたる少女、キャロライン・ブラック(色彩のコレクター・f01443)だ。キョロキョロと砂漠を見渡す彼女の眼差しは、しかして強い好奇心と『色』への憧憬に満ち溢れている。
「それとも‥‥このような環境にあって尚、黄金の魅力は色褪せないものなのかしら?だとしたら───」 
 是非ともその黄金色を、この目で見てみたい。まだ見ぬ色彩に胸をときめかせ、キャロラインは揺らぐ地平に目を向けた。
「ねぇ空雷様、黄金の都まで、あとどれくらいなのかしら!遠回りはしてしまったけれど、私たち結構進んでいると思いますの!」
 期待に弾む声色に、歴戦の武人は珍しく揶揄うように笑う。
「さあな。あるいは───もう通り過ぎてるかもしれんぞ?」
「えぇ!?そ、そんな‥‥‥!引き返してくださいませ、空雷様!」
 肩のあたりをグイグイ引っ張る小さな手に「冗談だ」と返して、闘真はもう一つの『眼』───即ち先行させている『影の追跡者』と五感をシンクロさせる。どこまで眺めても、一面の砂、砂、砂。広大な砂漠だとは聞いていたが、キャロラインの言う通りかなりの距離を進んでいる。もう間もなく、『大瀑砂』とやらに行きあたっても良い頃なのだが───。
「‥‥‥もう。人が悪いですわ、空雷様ってば。あまり煙に巻くようなことを仰られては───」
 突如、宇宙バイクが急ブレーキをかけた。砂を噛む音に注意を引かれ、一行の足が止まる。揺らぐ陽炎の中で、闘真の呟く声が聴こえた。
「‥‥‥煙に巻く、か」
「ど、どうしましたの‥‥‥?」
「フン、どうやらしてやられたらしい。道理で進んでも進んでも景色が変わらんわけだ」
 八重歯を剥き出して闘真が嗤う。その笑みは、先ほど浮かべていたものとは全く別種の───ある種の凶暴さを秘めた笑みであった。
「正午を過ぎてから、気温の上昇は異常だったからな。この頻度の発生もあり得るのかと思っていたが‥‥‥なるほど、『超自然的蜃気楼』とはよく言ったものだ───キャロライン。」
「は、はい‥‥っ」
 思わず姿勢を正す彼女に、闘真はただ一言、こう問いかけた。
「この景色の中で、一番おかしな色彩はどこだ?」



 ぐにゃり、と。光彩の歪む厭な感覚がして、ついに砂漠は真の景色を顕わにした。
「ほ、本当に通り過ぎていたなんて‥‥‥!」
 口元を押さえるキャロラインに、闘真が自嘲気味に笑う。
「‥‥‥お前の一言がなければ、俺たち全員が蜃気楼の中で野垂れ死んでたかもな。またぞろ、余計な時間を食ったものだ───」
 砂塵が唸りを上げている。見上げんばかりの暴風の壁が、延々十数キロに渡って続いているのが見えた。あれこそは、黄金の都へ続く道の最終関門。大自然の生み出した絶対拒絶領域『大瀑砂』‥‥‥!
 隊列を組みなおし、一行は危険極まりない砂嵐の中へと、足を踏み入れる。

●第一幕 -4-
 ───もう、どれだけの時間この砂嵐の中を歩いただろうか。時間の感覚が、徐々になくなって逝く。砂塵に霞む天蓋に薄っすらと、ともすれば消えてしまいそうなほど儚い光を投げかける太陽だけが、いつの間にか心の拠り所になっていた。
 しかしてロープで乗り物を繋ぎあい、はぐれる事のないように砂嵐を往く。ラクダ、バイク、異星の生命体、砂漠踏破型機械兵器‥‥‥しかして彼らの先頭には、ある種この世界に最もそぐわないシルエットがあった。
 オフロード車である。
 否、正確に言えば、グロテスクな『白い肉塊』によって形成されたオフロード車型の何か、ということになるのだろう。しかし、馬力・踏破性共に抜群の性能を持ち、冷暖房完備、おまけにガソリンは残留思念で環境に大変優しいとくれば、これはもうオフロード車と呼んでも差し支えない。
「‥‥‥【聖霊オフロード車】、と呼ぶべきかな。」
 唐突に独り言ちて、運転席の三原・凛花(『聖霊』に憑かれた少女・f10247)は薄く笑った。
「ん───なにか言った?凛花さん」
 助手席のセリエルフィナ・メルフォワーゼ(天翔ける一輪の君影草・f08589)が、不思議そうに首をかしげる。ううん、と小さく首を横に振る凛花に、セリエルフィナはどこか申し訳なさそうな顔で頬をかいた。
「良いのかな、ボク‥‥‥こんなに楽しちゃって。外のみんなはもっと大変なのに‥‥‥」
「良いんだよ。そもそも、荷運び用のラクダを移動用に割り振れる程度には、みんな自前で移動手段を用意していたんだから。助手席が空いていて、あなたは徒歩だった───なら、乗ってもらった方が安全だしね。」
「むー‥‥‥」
 納得いかなそうな顔のセリエルフィナを横目に、凛花が自嘲気味に笑う。
「‥‥‥むしろ、私の下手な運転につき合わせちゃってごめんね。私、免許なんて持ってないから‥‥‥」
「な、なに言ってんのさ!この砂嵐の中、運転できてるだけでも凄いことだよ!」
「───ふふ、ありがとう。お世辞だとしても嬉しい。」
 止むことのない砂嵐を掻き分けて、聖霊オフロード車はゆっくりと進んでゆく。セピア色に塗りつぶされた視界は、数メートル先も見通せない有様だ。もしかしたら、ここから抜け出すことは永久に出来ないのではないか───そんな荒唐無稽な想像が真実味を帯びる程に、この茫漠たる空間は感覚を狂わせる。
「‥‥‥黄金は、ときに人心をも獣に、か。」
 呟いたセリエルフィナに、凛花は静かに首を傾げた。
「ただ光ってるだけの石ころの為に、色んな国が争って大勢の人が死んでいった。幸いボクの国は、そういう類の争いに巻き込まれたことはなかったけど‥‥‥」
 そこまでヒトを変えちゃうのかな。砂嵐を見つめて、セリエルフィナがぽつりと言った。この嵐の向こう側にあるモノが、もしもそういった類のモノであるならば───正直、怖い。自分はそれを目の前にしたとき、果たしてヒトでいられるのだろうか。
「‥‥‥そうだね。有るに越したことはないだろうけど───そんな危険を冒してまで、欲しい物でもないなぁ。」
 私は普通の生活さえ出来れば、それで十分。矢張りぽつりと呟いて、凛花もまた黄金へと思いを馳せる。片や一国の姫であるが故に、片や地獄の日々を味わってきたが故に、奇しくも真逆の生い立ちを経ながら、二人は殆ど同じ結論に至っていた。
「‥‥‥そう簡単に、黄金なんかに負けてられないよね。」
 どちらからともなく、そんな言葉を口にする。セピア色の砂景色に、いつの間にか白いモノが無数に混じり出していた。───骨だ。大小無数の骨が、砂嵐を縫って見渡す限りどこまでも折重なっている。
「‥‥‥道理で【聖霊】が好調なワケだ。一体どれだけの無念が、絶望が、執着が、この場所には沁み憑いているんだろうね。」
 凛花が昏い笑みを浮かべ、ハンドルを静かに撫でる。ここは墓場だ。黄金を夢見て到達できなかった者たちの、あまりに無惨な終着点。負の感情を喰らう【聖霊】にとって、これほどの餌場はあるまい。窓の外で泣き叫ぶ暴風は、あるいは無数の亡者の嘆きによく似ていた。
「───り、凛花さん、アレ‥‥‥!!」
 悲鳴に近い声をあげて、セリエルフィナが窓の向こうを指さした。砂塵に煙る視界の果て、巨大な影がゆっくりと、一行に向かって近づいてくるのが見える。
「‥‥‥なに、かしら───アレは」
 大地が揺れる。目算にして体高三十メートル。およそ尋常の巨大さではない。一歩一歩、大地を揺らしながら歩むその巨大な影を前にして、凛花は速やかに進路を変更した。後続の猟兵たちが続いてゆく中、直進ルート上の砂塵を突き破り、それは姿を顕わにする。
 轟音と共に無数の骨片を踏みしめるのは、大樹の幹を束ねたが如き太く巨大な四本の足。長い尾の先に広がる扇形のヒレが、砂嵐を泳ぐようにうねる。傷だらけの鼻面を天へと向けて、巨体の主はゆったりと歩みを進めていた。形容するのであれば───陸生のクジラとでも言うべき姿をした、巨大な獣。この地獄のような大瀑砂の内にあって、苦境を諸共せぬその威容に、誰もが息を止めて見入っていた。
 巨獣は猟兵たちには目もくれず、砂塵を蹴散らして唯々歩みを進める。黙々と、弛まず歩むその姿は、聖地を往く巡礼者を思わせた。
 ──────。
 静かに開いた巨大な口腔から、腹の底に響くような、低く長い重低音が漏れる。どこか寂し気な鳴き声を残し、巨体は砂塵の向こうに呑まれて消えていった。



「───なんとか無事、抜けだせたね。お疲れ様。」
「一時はどうなるかと思ったよ‥‥‥運転ホントにありがとう、凛花さん!」
 巨獣を見送ってからそう長い時間を経ず、一行はついに大瀑砂を突破した。西の空へと太陽が沈んだのはほぼ同時。ギリギリの到着である。
「‥‥‥大分経路が逸れてたみたい。もう少し進めば今晩中の到着も出来るとは思うけれど───」
「みんなもうヘトヘトだよね‥‥‥。」
 セリエルフィナの言葉に、皆が一様に頷いて。誰からともなく、野営の準備が始まった。

●第一幕 -5-

 ───月が、出ている。蒼い月だ。
 昼間の熱気は嘘のように逃げ去り、代わりに底冷えするような寒さがゆっくりと迫る。昼夜の温度差、脅威の四十度。しかして毛布にくるまった猟兵たちは、煌々と爆ぜる焚火を囲み、一日の疲れを癒す。
「ふむ。姫桜嬢、味噌汁のおかわりはあるかな」
「何杯目だよ回。俺の分がなくなるじゃねぇか」
「そういうガルディエ君も三杯目だろう?」
「俺は肉体労働担当だからな。」
「喧嘩しないの。沢山作ったから好きなだけ食べてちょうだい」
 木彫りの簡素な椀に、アツアツの汁が注がれる。具は乾燥わかめや高野豆腐といった簡素なものであったが、鰹節からしっかりと出汁をとった味噌汁は、疲れた猟兵たちの胃袋に良く沁みる。飯盒で炊いた白米を頬張れば、明日への気力がモリモリ涌いてく気がするから不思議なものだ。
「姫桜さん、お料理上手ね。良いお嫁さんになれるよ。」
「ちょ、やめて下さいよ凛花さん!?お、お、お嫁さんとか、まだまだ早いし───」
「‥‥‥なんなら私のとこに来てくださいよ。これが毎日食べられるなら言うことナシです」
「もう、メタさんまで!」
 パチパチと、焚火の爆ぜる音が賑やかだ。焚火を囲むように張った簡易テントの側で、『星間の駿馬』が小さくあくびを漏らす。
「シャイア。この茶の配合法だが‥‥一体誰から教わった?」
「うん?お母さんが実家から送ってくれたんだケド‥‥どうしたの、闘真さん?そんな驚いた顔して。」
「ふむ‥‥この茶の薬効は、素晴らしいの一言に尽きる。お前の母君はよほどの手練れと見た‥‥‥っ!」
「うぅ‥‥僕にはちょっと‥‥‥苦いかなぁ」
「たはは、みんなの反応としては、ミアスくんの反応が一般的なんだけどねー。」
 蒼い夜の下、砂漠はひと時の平穏さを取り戻していた。
「───不思議。どこから見ても夜空は一続きのはずなのに、眺める場所によってこんなにも色合いが違うのですね」
「ハハ、そりゃそうだ。むしろ同じ夜空なんて一つもありゃしねぇ。ここから見える夜空は、今この瞬間しか見れない空だ。」
「まぁ───それってとっても素敵ですわ。お詳しいのね、鏡島さん。もっと聞かせてください!」
「お、おぅ‥‥えっとな、キャロライン。あの星が───」
 月明かりに負けじと瞬く星々が、遠く数千光年先の命を燃やして輝いている。思い思いに談笑する仲間たち。なんだかとっても暖かい気持ちになって、銀翼の少女───セリエルフィナは、静かに息を吸った。

「───月の砂漠を はるばると───」

 蒼い夜を震わせて、美しい旋律が砂漠に揺蕩う。聞き覚えのあるフレーズに、いつの間にやら皆が目を閉じ聞き入っていた。砂漠の旅情、とある国の物語。自分たちの旅路も、またひとつの物語となるのだろうか───。
 唄声と共に、砂漠の夜は更けてゆく。この先に待つ艱難辛苦はさて置いて。砂漠を往く物語は、前半戦の幕を漸く降ろすのであった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​




第2章 冒険 『遺跡探索』

POW   :    モンスターを力でねじ伏せる.罠を破壊する.攻撃から仲間を庇う等

SPD   :    モンスターを速度で翻弄.罠を解除する.隙をついて味方を援護する等

WIZ   :    モンスターを魔法で攻撃.罠、宝を探知する.傷ついた仲間の回復等

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


※マスターより参加者様方への連絡

第二章幕間は2/1の公開となります。プレイングを送っていただける方はどうぞ、ご一考ください。
●幕間

 ───東の空が燃え上がる。去り行く夜風が帳を上げて、煌めく朝露は地上の星か。藤色に染まる空の下、透明な風に乗り、一羽のハヤブサが地上を見下ろしていた。
 眼下に広がる無窮の砂漠。この辺りは特に獲物が少ないことを、ハヤブサは識っている。あの荒れ狂う砂嵐の壁が在るからなのか、それとも───あの『呪われた土地』が在るからなのか。朝日を浴びて光り輝く、かつての繁栄の残滓に眼を向ける。
 あの場所は嫌いだ。視覚を狂わす輝きと、拭い去れない血臭のせいで、狩りが上手くいった試しがない。こんな場所を好き好んで訪れるのは、凡そ地を這うヒトの子くらいなものだろう。再びジロリと、視線が落ちる。
 ───嗚呼。やはり彼らも、ヒトの子であったか。
 その場所に集う奇妙な一団を尻目に、ハヤブサは天高く一声、鳴いた。



「───これが、『黄金の都』───」
 そう呟いたのは、どの猟兵だったか。ついに辿り着いたその都市を前にして、猟兵たちは一様に息を呑んだ。黄金の朝日を照り返し、目を灼かんばかりの輝きが溢れ出す。
 ───その壁は、黄金で出来ていた。その家は、黄金で出来ていた。その塔は、黄金で出来ていた。その都は紛れもなく、黄金によって形作られていた。地上の楽園。繁栄の都。御伽噺に語られし伝説の都は、蜃気楼の果てに確かに存在していた。
 だというのに。だと、いうのに───。
「どうして、誰もいないんだ‥‥‥?」
 人影ひとつ、見当たらない。砂塵だけが、ただただ茫漠と宙を舞っている。家々の屋根には分厚く砂が積もり、荒れ果てた街並みは正しく廃都のそれであった。
 栄華を極めた筈の人々は、豊かな大地に揺れる草花は、どこへ行ってしまったのか。見上げれば立ち枯れて半ば化石化したバオバブの大樹が、半壊した幹の虚からこちらをジッと見ている。黄金が、輝いている。黄金だけが、ただただ輝いている。

「───なんだ、アンタたち」

 呆然と立ち竦む猟兵たちに、震える声が飛んだ。驚いて目を向けると、全身傷だらけの、最早立っているのもやっとと言わんばかりの軍服の青年が、同じく満身創痍の軍服の女性に肩を貸してこちらに歩いてくるところであった。
「王国からの救援隊‥‥‥じゃないよな、その恰好。───いや、この際誰でもいい、助けてくれ、頼むから‥‥‥ッ!」
 第十三期遠征隊所属隊員を名乗った青年は、砂埃に塗れた顔を歪ませて懇願する。
「ここに辿り着いてから、みんなおかしくなっちまった‥‥‥!ダンも、エギルも、ジヘー爺さんも、みんな目の色変えて、フラフラ都の中へ消えていっちまった‥‥‥!止めようとした俺たちに剣を向けてまでだ!追いかけてった隊長たちも戻ってこねぇ、この都は、きっと───」
 呪われてる。そう言って、青年は頭を下げる。
「頼む‥‥‥もう手遅れかもしれねぇけど、みんなを助けてやってくれ‥‥‥!どこの誰とも知らねぇが、もう頼れる仲間がいねぇんだ!頼む、この通り───!」
 嗚咽を噛み殺して、青年は頭を下げたまま。舞い踊る砂塵が嘲笑う様に、不穏な空気を漂わせた黄金の都を吹き抜けていった。



※マスターより第二幕の補足
 大変お待たせいたしました、第二幕、開演でございます。都はかなりの広さですが、大部分が砂に呑み込まれている状態です。現存する主要施設は『枯れ果てた噴水広場』『風化した商業区域』『崩れ落ちたオベリスク』『血濡れの太陽神殿』『黄金宮殿入口』の五つ。
 第十三期遠征隊メンバーの生き残りが何人か徘徊しているようですが、黄金の魅力に取り憑かれ正気を失っているため戦闘になる場合もあります。ご用心を。また、探索中に『黄金からの誘惑』を受ける場合があります。重ねてご用心ください。
 では、どうぞよろしくお願いいたします。
鏡島・嵐
判定:【WIZ】

見る者を魅了してやまない黄金の呪いってやつか。これじゃ呪いのゴーストタウンじゃねぇか。
外から来たおれらですら魅せられるんだ。まさかここの住人たちも……。
やべぇ、イヤな想像しちまった。

傷だらけの遠征隊の人たちが放っておけねえから、とりあえず今いる場所からは動かずに〈医術〉と《大海の姫の恋歌》で応急処置だけでもしておく。
あとは、どういう経緯で他の隊員たちと散り散りになったとか、どうやって難を逃れられたかとかを訊いてみる。
自分が誘惑に囚われそうになったら〈呪詛耐性〉で抵抗を試みる。


メタ・フレン
いよいよキナ臭くなってきましたね。
不謹慎ですが、ちょっとワクワクしてます。

例によって【地縛鎖】【情報収集】で、都の地理、遠征隊員達の現在地、そしてこの都で何があったのかを探り、他の猟兵とその情報を共有します。
可能ならその呪いについても調べたいですが。

情報収集後、遠征隊員達の元へ向かいます。
黄金も魅力的ですが、猟兵として人命を最優先しないと。
念の為【バトルキャラクターズ】でRPGとかの美少女キャラを20人出して護衛させます。

わたしに言わせれば黄金より、美少女の方が遥かに魅力的なんですがね。
と言うわけで、この美少女キャラ20人+同行してる美少女猟兵達の魅力と色気で【黄金からの誘惑】に対抗しますよ1



●第二幕 -1-

「それじゃあ、怪我した二人の救護は任せるぜ、嵐、メタ!」
「───おぅ、すぐに追いつく。何があるか分かんねーから、お前らも気をつけてな!」
「‥‥‥任されました。情報収集が完了次第、みなさんにもご連絡します。」
 足早に黄金の都へと突入して行く仲間たちを見送って、鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)とメタ・フレン(バーチャルキャラクターの電脳魔術士・f03345)は、都の入り口に張った簡易テントの中へと身を潜らせる。意外と広い内部には、昏睡状態で浅い呼吸を繰り返す軍服姿の女性と、全身傷だらけで満身創痍の青年が、広げた寝袋の上にその身を横たえていた。双方、第十三期遠征隊の生き残りである。
「‥‥‥悪ぃ、待たせちまったよな。すぐに応急処置に入るから、もう少し気張ってくれよ、二人とも‥‥‥!メタ、おれの荷物から水と鍋、あとシングルバーナーを出してくれ。」
「了解です。‥‥‥お湯沸かしとけ、って意味で良いんですよね、鏡島さん。」
「おぅ、傷口を消毒しねーと治療に取り掛かることも出来ねぇ。この砂埃だらけの環境じゃ、破傷風になりかねないしな。」
「‥‥‥変わらず博識ですね。重ねて了解、包帯も用意しておきます。」
「サンキュ、頼んだ!」
 阿吽の呼吸、とはこの事か。勝手知ったる様子でテキパキと、少年と少女は治療の準備を開始する。身体の至る所に見られる打撲傷や切創痕に顔を歪めつつも、手早く消毒と応急処置を済ませ、嵐は呟くように希う。
「───頼む、力を貸してくれ。お前の“歌声”が必要なんだ‥‥‥!」
 ピチャン、と。空間の揺らぎが波紋を生んで、蒼い輝きがテント内を包む。泡沫と共に姿を現したのは、嵐の友たる大海の姫君であった。静かに息を吸い込む音がして、彼女はかつての悲恋を歌い上げる。その調べは哀しく、その詞は切なく、その末期は儚く───傷だらけの彼らから、痛みを遙かに運び去る。
「‥‥‥凄い」
 目を見開いて、メタが小さく声を漏らした。消毒された傷口が蒼い燐光を放ち、見る間に塞がっていく。胸を震わす恋の歌は、ひしり上げる様に絶頂を迎え───静かに空気に溶けていった。
「‥‥‥ふぅ、なんとか治療は成功みたいだな。身体の具合はどうだ?」
 驚愕の色を浮かべて全身を見回す青年に、額に浮いた汗をぬぐって嵐が問う。青年は畏怖と感謝の入り混じった表情で、簡潔に「もう大丈夫だ」と答えた。
「‥‥‥こちらの女性も呼吸が安定しました。しばらくすれば目を覚ますでしょう。ただ、その前に───聞きたいことが山ほどあります。」
 バーチャルチックなエフェクトを纏い、メタの手首から電子の地縛鎖が垂れる。土地から魔力と共に情報を吸い上げるこの鎖は、電脳魔術師たる彼女の演算能力を合わせると、情報収集という観点で凄まじいまでの効率を発揮する代物であった。
「あぁ、おれも聞きたい。アンタらが、どういう経緯で他の隊員たちと散り散りになったのか。んでもって───どうやって難を逃れたのか。話してくれねーか?第十三期遠征隊の隊員さん。」
「‥‥‥ザジだ。仲間からもそう呼ばれてる。ありがとよ、見ず知らずの俺らを助けてくれて‥‥‥アンタらは命の恩人だ。勿論、話せることなら何でも話すさ」
 そう言って青年───ザジは大きく頭を下げると、居住まいを正して事の経緯を語り始めた。



 元を辿ると、この『黄金の都』への遠征隊が組織されるようになったのは百年以上も前のこと。当時、浸食と拡大を続ける砂漠によって深刻な財政難に陥った彼らの祖国は、苦境から脱却を図るべく、存在さえ不確かな『黄金の都』への遠征を計画した。しかして、ハナから無謀であったその遠征は案の定、結果を出すことなく徒に犠牲者を増やすだけであった。
 第一期遠征隊。魔物の群れの襲撃により壊滅。
 第二期遠征隊。超自然的蜃気楼により行軍途絶。
 第三期遠征隊。大瀑砂突入後、消息不明。
 結果だけ見れば、まず間違いなく失策である。ところがこの冗談のような遠征は、彼らの祖国が精霊魔術による緑地化を成功させたその後も、打ち切られることなく続けられた。『黄金の都』への遠征は、最早単なる政策の垣根を超え、ある種の因習と化していたのだ。
「‥‥‥よく教官から言われたよ。『我らが祖父の屍を超えてゆけ。いつか辿り着かなければ、我らの祖父に申し訳が立たん』‥‥‥てな。」
 数えきれない程の失敗と犠牲を繰り返し、そして───第十三期遠征隊は、遂に祖国の悲願たる『黄金の都』へと到達を果たすことに成功する。しかし、この場所に辿り着くまでの道程は、決して平坦なものでは有り得なかった。
「三日目だ。サンドサーペントの縄張りに知らず入り込んだ俺たちは、抵抗虚しく半数をあの巨体に呑まれて半壊した。本来なら引き返すべき状況だったんだが───」
 幸いにして、物資は被害を受けずに済んでいた。『大瀑砂』まで一日程度の距離、まだ遠征成功の見込みは残されていた。
「行軍は続行。大瀑砂の中で、さらにその三分の二を失って───ボロボロの状態で、俺たちは此処に辿り着いた。‥‥‥正直に言うと、俺はもう黄金なんて半ばどうでもよくなってたけどな。ただただ、祖国に帰りたかった。クラリス───隣で寝てるコイツも、そう言ってたよ。」
 そうして、『黄金の都』内部の調査と富の回収をはじめた彼らに、程なくして異変が起こり始めたそうだ。
「譫言を呟きながらな、隊列を離れてフラフラ居なくなっちまう奴が出始めたんだ。最初の内は、肩でも揺すりゃ正気に戻ったんだが───」
 ある場所を境に、生き残った隊員の殆どが豹変したのだという。
「‥‥‥この地図でいうと、どの辺りですか」
 地縛鎖から得た情報を元に、メタが人差し指を走らせる。突然空間に投射された立体地図に目を白黒させつつ、ザジは「ここだ」と神殿じみた形状の建築物を指さした。
「この建物に差し掛かってから、みんなの様子が急激におかしくなった。暴れるヤツ、離反するヤツ、狂ったように笑いだすヤツ───俺らや隊長みたいに正気を保ってた隊員は止めに入ったんだが、抵抗が凄まじくて戦闘になった。隊長と他数名は正気を失った連中を追って都の奥へ。重傷を負った俺とクラリスは敢え無く戦線離脱‥‥‥で、今に至る。」
 喋り終えたザジは、疲れ切ったような表情で深いため息をつく。
「‥‥‥ここは、御伽噺にあるような楽園なんかじゃない。呪われた場所だよ。」
「‥‥‥見る者を魅了してやまない黄金の呪い、てヤツか。これじゃ呪いのゴーストタウンじゃねぇか。外から来たおれらですら魅せられるんだ、元々この都に住んでた連中も、もしかしたら───」
 脳裏を駆ける厭な想像に、嵐は顔を歪めて頭を振った。
「思った以上にヤバそうだな、この場所‥‥‥。」
 どこか気弱に呟いた嵐に、蒼い少女が視線を投げる。
「‥‥‥日和ってる場合じゃないです。どのみち、オブリビオンは倒さなくちゃいけないんですから───危険地帯が判明しただけでもグッドです。行きますよ、鏡島さん」
 そう言って踵を返すメタの後を、嵐は慌てて追った。テントの入り口から顔を出せば、砂塵に蒼い髪を靡かせる少女の後ろ姿。思わず嵐が声を上げる。
「ま、待てよメタ!何か対抗策でもあるのか!?」
「───無論です。」
「───っ」
 完膚なきまでに言い切った幼い少女を前に、嵐は言葉を失った。蒼い瞳が、チラリと嵐に向けられる。
「鏡島さん。わたし、思うんですよ。黄金なんかよりも、よっぽど───」
 メタの周囲の空間が、ノイズを伴い魔力を帯びる。魔力が収束するにつれ、ヒトの形を模した20体もの輝きが、メタの周りを取り囲んだ。
「───美少女の方が、遥かに魅力的だって‥‥‥!」
 ある種、衝撃的な発言に呼応して、バーチャル美少女軍団が砂塵舞う黄金都市へと顕現を果たす。その蠱惑的且つ魅力的な桃色空間は、なるほど、生半な誘惑など塗りつぶして消し去るだけの魅力を兼ね備えていた。
「‥‥‥あー、メタさん。メタ・フレンさんや。」
「‥‥‥なんですか、鏡島さん。一人くらいなら、分けてあげても良いですよ」
 どこか可笑しなテンションの少女を前に、嵐は髪の毛をガシガシと掻いて言う。
「いらねーっての!‥‥‥なんてーか、お前、良い顔するようになったなって。そう思っただけだ。」
 嵐の言葉に、メタはキョトンとした顔をして───ブイ、と。嵐にピースサインを突き付けるのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

セリエルフィナ・メルフォワーゼ
【幕間に参加します】

大瀑砂で見たあの巨大な獣……
あれは一体何だったんだろう。
もしかしてあれがヘンペルさんの言ってたオブリビオン?
でもボクの見た限り、そんな嫌な感じはしなかったけどな。
寧ろ、何だか寂しそうに見えた。

「真っ赤な太陽沈む砂漠に大きな怪獣がのんびり暮らしてた……」

何だかUDCアースで聞いた歌を思い出しちゃった。
確か一人で砂漠に暮らしてた怪獣が友達を求めて旅に出るって歌詞だったよね。
あの巨大な獣も、ひょっとして友達が欲しくて、砂漠を旅していたのかな。

黄金を求めて殺し合う人間と、友達を求めて旅する怪獣。
……どっちの方が人間らしいんだろう?


三原・凛花
【幕間に参加します】

大瀑砂のあの巨獣を見て、何か思い出しそうになってたんだけど…
思い出した、『怪獣のバラード』だ。
懐かしいな。
昔、音楽の授業でよく歌ったよ。

個人的にあの歌で印象深いのは、あの怪獣が砂漠のこともちゃんと愛してたってところ。
住み慣れた愛する故郷を捨ててでも、あの怪獣には成し遂げたいことがあったってことだよね。

私は黄金なんてさして興味ないし、欲に塗れた人間なんて大嫌いだけど……
『何かを犠牲にして、それでも目的を目指して前に進み続ける』
ミアス君も言っていたけれど、そういうところは素直に凄いと思うよ。
歌の中の怪獣も、今回の遠征隊も。

私にはもう……犠牲に出来るものなんて何もないからね。



●第二幕 -2-
 
 ───風化した商業区域は、不気味なほど静かだった。
 唯一聴こえるものと言えば、金の街路に積もった砂を踏み締める音だけ。それも舞い込んだ熱風に攫われて、すぐに聴こえなくなってしまう。ただただ、黄金だけが眩い。それ以外、この都には存在しないとでも言う様に。それ以外は、必要ないとでも言いたげに。
 押し黙る黄金の街並みを、早足で往く。何者かがどこからか、ジッとこちらを伺っているような気がする。物陰で誰かがヒソヒソと、不快なノイズを発している。ノイズが、動いた。近づいてくる。ヒソヒソ。ヒソヒソ。耳の周りを回る、廻る、転る。雑音が、囁きが、■■■■が鼓膜を掻き分け脳髄へと侵入を果たし思考を停止させ黄金色の坩堝へと精神を呑み込み───
「───大丈夫かな、セリエルフィナさん。」
「‥‥‥ぅ、ぁ、あれ?ボク、今───」
 ハッとした様子で、セリエルフィナ・メルフォワーゼ(天翔ける一輪の君影草・f08589)は目を瞬かせた。ここ数秒間の記憶が酷く曖昧だ。なにか、とても厭な夢でも見ていたような───。思わずこめかみに手を当てたセリエルフィナの顔を、三原・凛花(『聖霊』に憑かれた少女・f10247)が静かに覗き込む。
「気を確かにね。ここは‥‥‥思った以上に酷い場所かもしれないから。拭い去れない想念と執念が折重なって、誰彼構わず引き込もうとしてるみたい」
 そう言って虚空を見つめる彼女の横顔は、どこか憂いを帯びていた。この世ならざる幽世を見通すこの死霊術師には、この街並みは如何様に見えているのだろうか。
「‥‥‥早いところ、オブリビオンを仕留めてこんな場所とはおさらばしたいけれど───今のところ影も形も見当たらないものね。一体どこにいるのかしら‥‥‥。」
 凛花の言葉に、セリエルフィナが思い出したように顔を上げる。
「オブリビオンと言えば‥‥‥大瀑砂で見たあの巨大な獣、あれは一体何だったんだろう‥‥‥」
「あぁ、私も気になってたの。あれもオブリビオンだったのかな。」「んー、でもボクの見た限り、そんな嫌な感じはしなかったけどなー。寧ろ、何だか寂しそうに見えたよ‥‥‥。」
 巨獣が最後に残した、あの低く長い鳴き声を思い出す。砂嵐の中に消えてゆく巨大な後ろ姿は、なぜだか妙に寂しそうだった。
「───真っ赤な太陽 沈む砂漠に 大きな怪獣が のんびり暮らしてた───」
 ついと言った体で、そんなフレーズが口をついて出た。UDCアースで聞いた歌。確か、この曲名は───
「懐かしいな、『怪獣のバラード』かぁ‥‥‥昔、音楽の授業でよく歌ったよ。」
 合点がいったという表情で、凛花がコクリと頷く。UDCアースの日本では、教科書にも載っているくらいポピュラーな曲であった。
「‥‥‥確か、一人で砂漠に暮らしてた怪獣が、友達を求めて旅に出るって歌詞だったよね?」
「えぇ。『海が見たい、人を愛したい───怪獣にも 心はあるのさ』ってね。」
 凛花の口ずさむフレーズが、ぎらついた黄金に呑まれて消える。黄金を求めて殺し合う人間と、友達を求めて旅する怪獣。どちらが人間らしいのだろうか。そう心の中で独り言ちて、セリエルフィナは独りぼっちの巨獣に思いを馳せる。
「あの巨大な獣も、ひょっとして友達が欲しくて、砂漠を旅していたのかな‥‥‥。」
「───うん。そうかも、しれないね。」
 ともすれば夢見がちとも取れるセリエルフィナの言葉を、しかし凛花は笑わなかった。
「‥‥‥あの歌で印象深いのは、あの怪獣が砂漠のこともちゃんと愛してたってところだよ。住み慣れた愛する故郷を捨ててでも、あの怪獣には成し遂げたいことがあったってことだから。」
 『何かを犠牲にして、それでも目的を目指して前に進み続ける』───それがヒトによるものであれ怪物によるものであれ、善であれ悪であれ、それそのものは敬意を払ってしかるべき覚悟だと、凛花は思う。
「私にはもう‥‥‥犠牲に出来るものなんて何もないから。」
 小さく呟いて───立ち止まった。
「凛花さん‥‥‥?」
 今度はセリエルフィナが凛花の顔を覗き込む番だった。黒目がちな瞳を見開いて、凛花は黙って立っている。
「大丈夫───って、どこ行くの?凛花さんてば!」
 迷いのない足取りで、風化した商業施設の一店舗へと凛花は向かう。かつては何の施設だったのだろうか。周囲と同じような黄金色の屋根では、推し量ることもままならない。
「───そこに、居るのね?」
 黄金で形作られた扉に、少女が静かに手を当てる。
「な、なにが居るの‥‥‥?」
「‥‥‥“お友達”かな。」
 とうの昔に、蝶番は壊れていたのだろう。崩れ落ちる様に、黄金の扉が内側に倒れる。砂塵が濛々と舞い上がって、セリエルフィナは思わず口元を翼で覆った。
「ヒッ───」
 翼の奥で、そんな声が漏れる。砂塵が晴れた先で二人を待っていたのは、部屋の隅っこで干乾びて縮こまった、一体の木乃伊であった。
「‥‥‥凛花さん、あれ───」
「‥‥‥えぇ。」
 特に怖じる様子もない凛花の左手を握り、セリエルフィナが後に続く。年齢も性別も判別できない程に干乾びたその木乃伊は、落ち窪んだ眼窩を自身の手元に落としていた。───何か、大事そうに抱えている。
「笛?いや、オカリナ‥‥‥かな?」
 凛花の右手が、オカリナに触れた───その瞬間。つないだ手を通じて、二人の視界が暗転した。



『───ごめんよ。この先、君を連れていくことは出来ないんだ。』
 酷く、ノイズがかった映像。見覚えのある、しかしどこか意匠の違う軍服を着た少年が、哀しそうな顔で首を横に振った。
『とっても、とっても危険なんだ。君たちはもう、ただでさえ数が少ないんだから───』
 少年が語り掛けているのは、野生の馬程度の大きさをした生き物であった。ずんぐりとした、四本の足。うなだれる様に垂れた長い尾の先に、扇形のヒレが伸びている。傷ひとつない鼻面を少年に向けて、その生き物───陸生のクジラの如き獣は、寂しそうに一声鳴いた。
『‥‥‥心配してくれるんだね、ありがとう。僕たち『第三期遠征隊』が、この『大瀑砂』を超えられるかは、正直なところ分からない。ここに来るまで何人も死んだ。酷い───酷い旅だったよ、本当に。でもね‥‥‥』
 日に焼けた掌が、鼻先を撫ぜる。
『君という友達に出逢えたことだけは、この旅で唯一幸運だった。どうか、どうか‥‥‥幸せに生きておくれ、ケートス。』
 少年の掌に鼻先を擦りつけて、ケートスと名付けられた獣はまた一声、鳴く。まるで行かないで、と言うかのように。
『‥‥‥君は本当に良い友達だね。───でも駄目だ。君がもっと、もっと大きくなって、砂嵐なんてヘッチャラになったら‥‥‥そのときは、砂嵐の向こう側においで。もし君が僕を見つけられないようなら───』
 少年が、懐から取り出したオカリナを目の前に差し出す。
『───いつものように、僕がこれを鳴らすから。だから、このオカリナの音を聴いたら───駆け付けてくれ、ケートス。きっと、きっとだ!』
 出発を始めた遠征隊に続いて、少年の背中が砂嵐へと消えてゆく。獣は最期に一声、長く、長く、長く───哭いて。視界が再び、暗転した。



 目を瞬かせる。やけに視界が歪んで見える。いつの間にやら、頬が濡れていた。
「‥‥‥そんな、こんなことって───」
 やりきれない。そう言いたげに、セリエルフィナは首を左右に振った。
「‥‥‥ずっと、ずっと待ってたんだね、あの子は───」
 静かに呟いて、凛花はジッと、物言わぬ木乃伊を眺める。それはまるで、目に見えぬ何かと言葉を介さず会話をしているような───そんな様相であった。
「‥‥‥うん、わかった。」
 小さく頷いてから、凛花は再びオカリナへと手を伸ばす。干乾びた指先から、それは驚くほど簡単に外れた。
「‥‥‥セリエルフィナさん。これ、あなたが持っていて。」
「‥‥‥え?」
 手渡されたオカリナの白磁の感触が、掌に伝わる。
「これはきっと、あなたが持っているべきだから。」
 そう静かに微笑んで、凛花は踵を返す。
「───行きましょう。やっぱりこんな場所、とっとと終わらせるべきなのだから。」
 少女たちは、再び歩み始める。暗がりの中に一人残された木乃伊は───どこか穏やかに眠っているように、見えた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

キャロライン・ブラック
砂に埋もれた黄金、というのも味があるとは存じますが……
それを誇る人のいない建造物の、なんと寂しいことでしょう

オブリビオンの前に都の謎を解明しなければなりませんわね
それに、殿方が頭をお下げになったのです
応えられるよう全力を尽くしますわ

とはいえ、解呪の術は持ち合わせておりませんから
傷のお手当や、血濡れの太陽神殿に赴いての情報収集に努めますの

道中、正気を失った方をお見掛けしたら
避けるか対処できる方にお任せいたしますわ

折角沢山の方とご一緒なのですもの
一人ではなく、どなたかと共に参りましょう

黄金の誘惑につきましては、勿論油断はいたしませんが……
わたくし、一つの色だけで満足する女ではなくてよ?


シャイア・アルカミレーウス
皆に何があったんだろう……の、呪いなんて怖くないんだからね!勇者だもん!

(pow)
住んでた人がどうなったかわからないけど、こんなにすごい街なんだから壊さないように戦わないとね。近接戦だ。成長した装備達の初陣だよ!

罠解除や宝探しをする人を守りながら進もう
「勇者の心得」で防御を強化!思い描くのは皆を守れる自分!
かばうと盾受けを合わせて敵の攻撃を受けたら「守護者の奇襲逆襲」で盾を針山みたいにして反撃しちゃおう!
もし敵が調査隊の人だったら、盾を手枷に変形させて拘束するよ!
「勇者の心得その4!勝って帰るまでが冒険、いのちをだいじに!」

(箪笥や壺の中を積極的に物色しますが、黄金より小物や武器に物欲を示す)



●第二幕 -3-

『ボンリジャボン・ゴグゴンパ・ゴセンロボザ!』
 旗槍の穂先が、黄金の輝きを映して宙を奔る。旅人の服を翻し、シャイア・アルカミレーウス(501番目の勇者?・f00501)は慌てて間合いを取った。
『ボルグレバンゾビ・パダギパゲンゾ!ギベ!』
「あーもう!何を言ってるのかさっぱり分かんないよ!交易共通語を覚えてから出直してくれないかなっ!」
『ゴグゴンパ・ザセビロパダガンゾ!ゴラゲロボボゼボソギデジャス!』
 血走った眼に、砂と金粉に塗れた軍服。『第十三期遠征隊』と名打たれた旗槍を振り回し、おそらく遠征隊員であろう男は聞き覚えのない言語で喚き立てた。
『ギベ!ギベ!ギベギベギベギベギベ───ッ!!』
 返り血に汚れた旗を砂塵にはためかせ、旗槍による連続突きがシャイアに向けて放たれる。鈍く輝くその穂先には、紛れもない相手への殺意が籠っていた。
「───仕方ない、だったらボクも容赦しないんだから!成長した装備の力、存分に味わってもらうよ!」
 シャイアはキッと男を睨みつけ───下がることなく、一歩前へ踏み込んだ。
 熱風を切り裂き迫る穂先を迎え撃つは、シャイアの愛用する楯『土鍋の蓋』。一見すると、頼りないにも程があるその日用品は、しかして内蔵された希少鉱石により見た目以上の強度を以て槍の穂先を受け止める。そのまま貫き押し通すとばかりに、穂先へと力が籠った───その瞬間。赤髪の下で、キマイラの少女はニッと笑みを浮かべた。
「迂闊な攻撃は命取りだよ、おじさん!」
 魔力を流し込まれた希少鉱石が、主の意に呼応して変質する。楯の表面から瞬時に無数の剣山が生成され、血塗れの旗をズタズタに引き裂き柄の半ばから切断してみせた。『守護者の奇襲逆襲』───これまでの冒険の中でシャイアが編み出した、新たなユーベルコードである。
『───ダババ・ガシゲン!?ゴセンジャシゾ・ズゲグザド!?』
「いい加減に───」
 驚愕の色を浮かべる遠征隊員に、シャイアが肉薄する。
「分かる言葉でしゃべれ───っ!!」
 手枷型に変形した土鍋の蓋が、遠征隊員を完膚なきまでに拘束した。抵抗虚しく後頭部に振り下ろされたシャイアのゲンコツが、狂った男の意識を吹き飛ばす。‥‥‥戦闘終了。額に浮いた汗をぬぐい、シャイアは大きく息を吐いた。
「シャイア様!───お怪我はありませんの?」
 背中にかけられた可憐な声に振り向くと、崩れかけの家屋の陰から、一人の少女が駆け寄ってくるところだった。キャロライン・ブラック(色彩のコレクター・f01443)である。
「うん、へーき!キャロちゃんこそ、最初にこのおじさんから奇襲を受けたときにケガしてない?」
「えぇ、咄嗟にシャイア様がかばってくれましたので!‥‥‥しかし、これで四人目ですね。やはり、あの神殿が元凶なのかしら‥‥‥?」
 澄んだ黒い瞳が、目の前に聳える長い長い黄金階段のその先───『太陽神殿』へと向けられる。半ば砂塵に埋もれつつも、午前の太陽を浴びて陽炎を纏うその威容は、燃え盛る黄金の炎を思わせた。
「砂に埋もれた黄金、というのも味があるとは存じますが‥‥‥それを誇る人のいない建造物の、なんと寂しいことでしょう。それに加えて───」
 ユラユラと揺らぐ眩い神殿は、その絢爛豪華な意匠とは裏腹に、凄まじいまでの『悪意』を漂わせていた。物陰からヒッソリと嗤う類の悪意ではない。満面の笑みを湛えて狂笑するかの如き剥き出しの悪意が、聳え立つ神殿から全方位に向けて放たれている。
「‥‥‥あの場所に何らかの手掛かりがあることは、火を見るより明らか。シャイア様、一刻も早くあの神殿へ───」
「なーにやってんのさキャロちゃーん!早くしないと置いてっちゃうよーっ!」
 いつの間にやら大階段の半ばあたりまで登ったシャイアが、両手を口に当ててキャロラインへと叫ぶ。バッサバッサと、背中から生えた翼が手招くように空を掻いた。
「い、いつの間に‥‥‥!待ってくださいましシャイア様ー!この階段は結構ハードですのよー!」
 慌てて駆けだすキャロライン。しかして太陽神殿は、陽炎の内から二人の少女の姿を、強烈な悪意を以て睨めつけていた。



「なに‥‥これ‥‥‥?」
 呆然と、シャイアが呟く。黄金の伽藍にあってその言葉は、やけに大きく響いて聴こえた。
「元凶───少なくとも、この黄金の都に充満する悪意と呪いは、この場所から放たれているように思えます‥‥‥!」
 同時にキャロラインの言葉もまた、宙を舞う砂埃を揺らして響く。等間隔に配置された採光用の開口から射し込む陽光が、広い太陽神殿の内部を鮮明に浮き上がらせていた。
 一体、どのようなテクノロジーの産物か。一片の継ぎ目もなく作られた五段式の巨大な祭壇が、入り口の大扉から向かって最奥に配置されている。祭壇の頂天に座するは、黄金で形作られた牡牛の偶像。しかして何よりも目を引くのは、その偶像に縋る様に幾重にも折重なって祭壇を埋め尽くす、夥しい数の『黄金の髑髏』であった。ドス黒い絨毯の様に広がる赤黒い痕跡が、かつてこの祭壇にて多くの血が流されたことを示唆している。
「一体、ここで何が───」
 瞬間。物理的な質量すら伴い、二人の少女の脳髄に、強烈なビジョンが叩き込まれた。

『───リンバ・リンバ───ガギヅサビ・ボソガセヂラダダ‥‥‥!』

 脳内に、あの耳慣れない言語が遠く響く。
『───みんな、奴らに殺された───』
 なぜか、言葉の意味が理解出来た。霞んでゆく視界と、脳を掻き毟る耳鳴り。思わず膝をついた二人は、朦朧とする意識の中、在りし日の悲劇を目撃していた。

『───嘘だと言ってくれ‥‥‥ここに集った100人、それ以外、全員殺されたというのか?あの砂嵐の向こう側からの来訪者に‥‥‥?』
『‥‥‥嘘など申しませぬ、大司祭。我が妻も、子も、等しく奴らの手で殺されました‥‥‥ッ!』
『足を悪くしていた母は、逃げることも叶わず───』
『娘は、手籠めにされた挙句に首を───』
『私を庇った夫は、抵抗虚しく旗槍で───』
 薄暗い伽藍に、啜り泣きばかりが木霊する。大司祭と呼ばれた老年の男性は、見開いた眼球を小刻みに震わせて、呆然とした様子で口を開く。
『‥‥‥王は。我が無二の親友たるモントゥ王は、どうなった‥‥‥?』
『王は‥‥‥王は、最期まで対話の道を歩もうと舌鋒の限りを尽くしましたが‥‥‥言葉届かず、奴らの凶刃にかかり───』
『───おのれ、凶賊どもがァ‥‥‥ッ!!』
 気焔を上げ、老人は激昂する。はたしてこれほどの怒気を、枯れ果てた体のどこから発しているのか。怒りと憎しみに燃えた双眸は炯炯として、開け放たれた大扉の向こう側───黒煙をあげる黄金の街並みへと向かう。
『‥‥‥奴らは現在、『黄金宮殿』内部の同胞を皆殺しにし、略奪の限りを尽くしています。この『太陽神殿』へ略奪の手を伸ばすのも、時間の問題かと‥‥‥』
『‥‥‥そうか。それほどまでに、黄金が欲しいか。───ならばくれてやろう。最早、奴らを同じヒトとは思わぬ‥‥!浅ましき欲に身を任せた愚かなるケモノ共には、相応しい末路を与えよう。たとえそれが、我らの命全てを賭さねば成せぬ大願悲呪であろうとも───』
 腰から儀礼用の短剣を引き抜き、老人は祭壇へと向かう。後に続く人々もまた、その瞳に凄まじい決意と憎悪を漲らせ、各々が凶刃を手に取った。黄金色の牡牛を仰ぎ、彼らは自身の喉元へと、その切っ先を静かに宛がう。

『───我らが神に希う。同胞に仇為すケモノ共に、久遠に渡る罰を与え給へ。今日この日、この時より、我らを庇護するバオバブが根元まで崩れ落ちるその日まで、黄金を求む心に無尽の狂気を与え給へ。畜生道へと堕ち果て、自らの同胞と殺し合い、最後の一人になるまで争えケモノ。黄金の呪縛は無限なり、貴様らが狂気に惑う様を、我らは哄笑しながら見届けよう───!!』

 高らかに狂笑を上げ、彼らは一斉にその刃を、自らの喉笛に突き立てた。



「う、ぁ───」
 頭を押さえ、黄金の床へと倒れ伏す。脳髄を踏み荒らしていったかつての光景に、シャイアは小刻みに身体を震わせて動けずにいた。視界が黄金に染まる。略奪の気配を嗅ぎ取って、祭壇から放たれる強烈な悪意が、静かに狂気を運んでくる。
 ───そうだ、自分は勇者なのだから、もっと積極的に民家を物色しよう。壺を壊し、箪笥の中身を引きずり出して、『黄金』を手に入れよう。‥‥‥あれ。自分が欲しいのは、『黄金』だっただろうか。いや、きっとそうに違いない。『黄金』に勝る富などないのだから。富さえあれば、どんなに希少な武器や防具であろうとも簡単に手に───

 ───カンッ!と。甲高い音が伽藍に響いた。ハッとした顔で、シャイアが顔を上げる。

「‥‥‥なるほど。確かに、黄金さえあれば大抵の望みは叶うでしょう。食べ物も、暖かい寝床も、場合によっては命だって、思い通りになるかもしれない───。」
 キャロラインであった。砂漠越えの為に新調したブーツの底を床に叩きつけて、色彩のコレクターは立ち上がる。
「で、あればこそ───侮らないでください。わたくし、一つの色だけで満足する女ではなくてよ?」
 その、気位と自負に満ち溢れた少女の堂々たる宣言に、祭壇から発せられた狂気が怯むように勢いを弱める。
「───大丈夫ですか、シャイア様」
「‥‥‥う、うん!ありがとう、キャロちゃん。ボク、危うく勇者じゃなくって強盗になるところだったよ‥‥‥!」
 頭をブンブン左右に振って、半熟勇者は立ち上がる。
「───勇者の心得その4!勝って帰るまでが冒険、いのちをだいじに!狂気なんかに負けるもんかっ!」
 シャイアが引き抜いた剣の切っ先を祭壇に突き付けると同時、祭壇から放出されていた悪意が爆発的に増加した。鬼火の如く燃え上がる無数の黝い焔が、折重なる黄金の髑髏たちへと宿ってゆく。怨嗟と憤怒を眼窩に宿し、およそ100体にのぼる黄金の亡者が、歪んだ悪意を放つ祭壇を背に再誕の産声を上げた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

彩瑠・姫桜
文字通りの「黄金の都」だけど……何だか不気味な感じね
呪われているって言葉にも納得だわ

助けを求められれば、受けない理由はないわね
見つけたら縛り上げて頬をひっぱたいてでも正気に戻させてあげるわ

POW
『黄金宮殿入口』へ
どこよりも黄金が多いイメージがあるから遠征隊の人達が集まっているかもね
【第六感】【情報収集】も駆使して注意深く探索するわ

遠征隊の人に会ったら【咎力封じ】使うわ
【拘束ロープ】中心に放って縛り上げるわね
黄金に目が眩むのもいいけれど、
活用するためには黄金を生きて持ち帰らないといけないんでしょ?
こんなところで狂ってる場合じゃないわよ?

敵遭遇時、遠征隊を保護している場合は【かばう】よう意識するわ


大河・回
艱難辛苦を乗り越え、着いた!ここが黄金の都!ミッションコンプリート!……ああ、うん、分かっているよ。ちゃんと隊員も探すさ。ただ、その中でお宝を見つけてしまうことだってあるよね。

さて、私は「黄金宮殿入口」に行こう
一番宝がありそ……ではなく黄金に影響を受けたというなら隊員がそこに向かっていそうだからね
ドローンを複数機飛ばして周囲の警戒と隊員の捜索をさせよう
ついでに宝もないか探させようかな
隊員を見つけたら一応説得を試みる
もし戦闘になったらサーベルドッグに抑えさせてアローガンから麻酔弾を発射し眠らせる
その後は拘束した上でサーベルドッグに運ばせて青年の所に連れていくとしよう

※アドリブ歓迎


ミアス・ティンダロス
まだ、手遅れというわけではありませんよね。
これで一安心……とも言えませんか。そうですね。これからこそ本番なんです。
猟兵の勘が囁いています。はやく隊員達を救出しないと、きっと何かやばいことになるでしょう。

スターヴァンパイアを召喚して、施設の中で比較的新しい痕跡を捜します。【追跡】でそれらを辿って、遠征隊の生き残りを見つけ出そうとします。移動する時は【忍び足】で自分の気配を消し、黄金に魅入られた隊員を発見したら不意打ちで気絶させようとします。
できるだけ多くの場所を探索したいです。優先順は宮殿入口→太陽神殿→オベリスク→商業区域→噴水広場となります。


空雷・闘真
「【空雷流奥義・天】【見切り】【神如き握力】【武器受け】を使い、奴らの剣を白刃取るか」

遠征隊員を探しながらも、彼らに襲われた時のことを闘真はシミュレートしていた。

「しかし、下品な街だ」

けばけばしい光に顔を顰め、ふと闘真に『呪い』という言葉がよぎる。

「『呪い』とは、この都自体の巨大な悪『意』なのでは?」

闘真はほくそ笑んだ。
『呪い』だろうと、それが『意』であるなら【天】で察知出来るからだ。

「『意』には『意』で対抗する。【黄金からの誘惑】には『それを上回る強い欲求』で」

『闘争への欲求』に、闘真はその身を震わせる。

「俺の勘が言ってる。この先激闘が待っていると。黄金などよりそちらの方が余程楽しみだぜ」


ガルディエ・ワールレイド
黄金都市か。
砂漠と同じく当然初めて見る光景だし、凄ぇのは間違いねぇが……。
薄ら寒さも覚えるな……。

【POW】
◆ユーベルコード
【龍神気】使用。
攻撃手段にするし、探索時の障害物除去などに活用。

◆戦闘
武装は【怪力】【2回攻撃】を活かすハルバードと長剣の二刀流。
場所が狭い場合は長剣一本に切り替え。

【武器受け】【オーラ防御】を守りに使い、一般人やヤバそうな仲間を【かばう】

◆探索
一般人救助を念頭に探索だ
黄金の誘惑を感じた時は、ただ金があれば解決するわけじゃない故郷を思い出して振り切る
何処かへ誘導される感覚が有れば、自分の意識がしっかりしている事を確認し且つ他の猟兵に連絡を取った上でそちらに敢えて向かう



●第二幕 -4-

 砂塵が吼える。金粉を乗せて吹き付ける熱風を振り払い、猟兵たちはギラギラと睨めつける街並みを、一気火勢に駆け抜けていた。
「‥‥‥嫌な雰囲気。まるで悪意の塊に、ジッと見つめられているような───」
 金沙の髪を靡かせて、彩瑠・姫桜(冬桜・f04489)が青い瞳を訝し気に細める。眩い輝きに潜む狂気の影を、少女は敏感に感じ取っていた。
「文字通りの『黄金の都』だけど‥‥‥何だか不気味な感じね。呪われているって言葉にも納得だわ。」
「───まったくだ。凄ぇのは間違いねぇが‥‥‥薄ら寒さも覚えるな、こいつは」
 姫桜の言葉に顰め面をもって同意を示すのは、若き黒竜騎士ガルディエ・ワールレイド(黒竜の騎士・f11085)。顰め面になるのも無理はなかった。この黄金都市に足を踏み入れてからというもの、事あるごとに黄金の瞬きが脳裏を奔るのだ。街道の先から引き寄せられるような不快感を覚え、ガルディエは八重歯を剥き出しにする。
 抵抗するように思い返すのは、ただ『金がある程度じゃまるで解決にもならなかった』自身の故郷の暗い空。絶対の規律と法が敷かれて初めて、黄金は力を持つに至る───若干18歳にしてこの少年は、その心理を身を以て知っていた。
「‥‥‥この先に、何かあるのは間違いねぇ。間違いなく今、俺は何者かに『誘導されてる』。ヘンな質問だがよ───ちゃんと正気だよな、俺は?」
「あぁ、正気も正気だ自信を持ち給えよガルディエ君!ようやく辿り着いた黄金の都だからね!ミッションコンプリート!ここからはボーナスステージだぞヒャッホウ!」
「おいコラ回お前の方が正気失ってんじゃねーだろうな!?テンションが普通じゃねぇぞ!」
 青い瞳をキラッキラに輝かせ、世界征服を企む悪の組織『デスペア』情報戦担当幹部こと大河・回(プロフェッサーT・f12917)が、テンション高めに街道を駆ける。
「うん?あぁ、分かっているさ‥‥ちゃんと遠征隊員も探しているとも!でも、まぁ、ほら───その先でお宝を見つけてしまうのは、仕方のない事だろう?」
 先行させたドローンから複数の生体反応とお宝発見の報告を受け、プロフェッサーTはニンマリと笑う。
「いやぁ、素晴らしい街だなぁ!そう思うだろう、ミスター闘真!」
「───下品な街だな。」
 鎧袖一触。回の感想をバッサリ斬捨てて、歴戦の武人である空雷・闘真(伝説の古武術、空雷流の継承者・f06727)は、けばけばしい光の中を黙々と走っていた。
「生憎と、俺は黄金なんぞに興味はないが───」
 ニヤリ、と。唇の端に好戦的な笑みを浮かべて、闘真は黄金に霞む街道の先を見据える。
「俺の勘が言っている。この先には、激闘が待っていると。黄金などよりそちらの方が、俺は余程楽しみだぜ‥‥‥!」
 強烈な覇気を身に纏い、歴戦の武人はスピードを上げる。戦いを前に湧き上がる血液が、この男の肉体を昂らせているようであった。
「───もう間も無く、多数の生命反応に接触します!おそらくは遠征隊の生き残り‥‥‥まだ手遅れというわけではなさそうです!」
 追跡用のショートマントをはためかせ、ミアス・ティンダロス(夢を見る仔犬・f00675)が声を張り上げる。先んじて痕跡を辿っていた異星の追跡者が、ついに遠征隊へと追いついたのだ。
 早く隊員達を助けなければ、きっと拙いことになる───。
 逸る気持ちを抑え、猟犬は再び声を張る。
「これからこそが本番、気を引き締めていきましょう、みなさん!」
 視界の先に現れた豪奢な門を前にして、猟兵たちは力強く鬨の声を上げた。



「くっ‥‥‥いい加減に目を覚ませ!お前たち!」
『ザラセ・ギゼンギャ!ゴラゲロ・ゴグゴングゾギブデ・ダラサバギブゲビ!』
 黄金が嗤う。無数の金塊と装飾品、数えきれないほどの財宝に囲まれたその広場では、剣戟の音が高らかに鳴り響いていた。第十三期遠征隊───その生き残りたちが、互いに刃を交え争っているのである。
『ビンザ!ビンザ!ザセビロ・パダガンゾ!』
「───隊長!ケビンとウォルターも落ちました!このままでは持ちません!」
「くそ‥‥っ!どうしてこんな事に───!」
 血走った眼で意味不明な言語を喚き散らす部下達を前にして、隊長と呼ばれた壮年の男は歯噛みする。正眼に構えたグレートソードが小さく震えているのが、自分でも理解できた。ここまで苦楽を共にした部下をここで斬り伏せることが、果たして自分に出来るのだろうか───。
『ゴグゴンゾ・ダダゲデ・ギビガサゲ───!』
「くっ───!」
 一瞬の逡巡が、刃を鈍らせる。すかさず迫る白刃。心が折れかけた───その瞬間。
「───そこまでよ!」
 間一髪、背後から伸びた強靭なロープに全身を絡めとられ、正気を失った隊員が黄金の上に倒れ伏す。呆気にとられた様子で振り向く隊長に、拘束具の主───姫桜は一言「間に合った」と呟いて、額の汗を拭った。
「思った以上に状況は悪いみたいですね‥‥‥!」
 身動きが取れずにもがく隊員の首筋に素早く手刀を叩き込み、戦場へと滑り込んだミアスが鋭い視線を向ける。
「姫桜さん、右方からも来ます!もう一度『咎力封じ』を!」
「えぇ!そこを、動くな───ッ!」
 すかさず放たれる拘束ロープの群れに怯んだ隊員の後頭部に、不意打ち気味に放たれたミアスの蹴りが炸裂する。倒れ伏した隊員を飛び越え、ミアスが壮年の男へと歩み寄った。
「大丈夫ですか?どうやら貴方は正気のようですが───」
「き、君たちは、一体───いや、まずは礼だ。助太刀、感謝する!私は第十三期遠征隊隊長・ジルバ。突如正気を失った部下達を追って、この場所まで来たのだが‥‥‥」
 突然現れた助っ人に目を白黒させつつも、隊長───ジルバは剣の柄を強く握りなおした。聴きたいことは山ほどあるのだろうが、それは今は重要ではないと切って捨てる。さすがの状況判断であった。
「僕たちは、あなた方を救援するために此処へ来ました。ここは危険です、どうか撤退を‥‥‥!」
「し、しかし‥‥‥!」
 簡潔に述べられたミアスの言葉に、しかしてジルバは逡巡する。彼の目線の先には、今尚正気を失い殺し合う、部下達の姿があった。
「部下を置き去りにする訳には‥‥‥っ!」
『ゴラゲロ・ゴセンゴグゴンゾ・グダゴグドギグボバ‥‥!』
「いい加減にしなさいっ!」
 死角より襲い掛かってきた隊員を絡めとり、姫桜がその顔面へと盛大に平手打ちをかました。
「黄金に目が眩むのもいいけれど、活用するためには生きて持ち帰らないといけないんでしょう!?」
『ヂョ、ラ───!?』
 再びのインパクト。単なる平手打ちではない。往復ビンタである。
「こんなところで狂ってる場合じゃないわよ!とっとと!目を!覚ましなさいッ!!」
『ガ、ギ、ゴ───!?」
 怒涛の如き往復ビンタに、狂気に落ちた隊員が白目をむく。
『ギ、ヂョ、グ───がっ、はっ!?お、俺は、一体───!?」
 鬼のビンタの洗礼に、遂に隊員に正気が戻る。またしても呆気にとられた表情で、ジルバがミアスへと振り向いた。
「‥‥‥お気持ちは分かります。貴方の部下は、僕たちが責任をもって正気に戻します!だから───」
「そう言うこった!大船に乗ったつもりで任せとけよ、遠征隊長さん!」
 ハルバードと長剣をブン回し、黒い旋風───ガルディエが二カッと笑う。その頼もしい笑みが、最後の一押しになったのだろうか。ジルバは深々と頭を下げると、正気の隊員に退却の号令をかけた。
「‥‥…かたじけない、見知らぬ援軍よ。この恩はいつか必ず‥‥‥!」
「おぅ、有る時払いの催促ナシでいいぜ!でも必ず生きて返せよ!」
 短い言葉を交わし、黒竜騎士と遠征隊長は互いに背を向けて走り出す。
『ゴボセ!パパンビンダシドロ・ボガグバ!ゴゲ!』
 意味不明な言葉を喚きながら、狂気に落ちた隊員たちが離脱する遠征隊員を追う───が。しかして立ちはだかる黒鉄の騎士が、それを赦す筈もない。
「───悪ぃな。そこはもう、俺の間合いだ。」
 瞬間。隊員達の目にはガルディエの姿が、数倍にも巨大化して見えた。地を震わす程の莫大なオーラを身に纏い、ヒトのカタチをした竜がゆっくりと、両の手に構えた獲物を交差させる。
「寝てろ。───『竜神気(ドラゴニック・フォース)』‥‥‥ッ!!」
 音が、消失する。
 薙ぎ払う様にして放たれた衝撃波は、周囲の財宝諸共狂った隊員達を呑み込み───その意識の一片に至るまでを、完膚なきまでに刈り取った。
「‥‥‥来いよ。次にブッ飛ばされてぇのは、どいつだ?」
 聳え立つ黒竜騎士のその威容に、狂った隊員だけでなく都に充満する悪意までもが、本能的な恐れを抱いたようであった。



「ふぅん───やるなぁ、ガルディエ君てば。これは負けてられないぞ‥‥‥と、言うわけで。大人しく投降してくれないかい、第十三期遠征隊諸君?」
『───ズザベダ・ボドゾ・ブバグバ!』
『ゴグゴンゾ・ゾググス・シャブザヅギャレ!』
『ビガラロ・パセサドゴバジ・ベザロボジョ!』
 一応の説得を試みる回に、正気を失った隊員たちが一斉に彼女へと武器を向ける。しかして悪の女幹部はさして怯んだ様子もなく、青い瞳をスッと細めた。
「‥‥‥ま、最初から期待はしていないけどね。───出番だぞ、サーベルドッグ」
 遠吠えと共に、プロフェッサーTの忠実な僕たる怪人が、財宝を蹴立てて姿を現す。
「さて。生憎と私は、野望達成のために手段を選んでるヒマはない。ここのお宝はマルッと貰っていくつもりなので───大人しく眠っていてくれ。」
 右腕の刃を振り翳し、怪人が突貫する。一の白刃を以て二の太刀を受け流し、殺到する槍の穂先を叩ききってサーベルドッグが吠え立てる。正しく一騎当千、凄まじいまでの猛攻に圧倒される隊員達へ次々と、回のアローガンから放たれた麻酔弾が突き刺さった。
「ふむ、実に簡単なお仕事だ。サーベルドッグ、片っ端から担いでテントまで運んでやれ。さてと、フフフ‥‥私は早速お宝を───」
 足下に散らばる財宝へと、回が手を伸ばしたその刹那───その隙を、ずっと狙っていたのだろう。強烈な悪意と共に彼女の脳髄へと、黄金色の狂気が叩き込まれた。
 視界が、狂った輝きに染まってゆく。

 ───そうだ。私こそ、このプロフェッサーTこそが、この都の黄金を総べるに相応しい‥‥‥!この無尽の黄金をもってすれば、新たな兵器や新薬も作り放題つかい放題!悲願であった世界征服の達成も容易いだろう。どころか存在しないはずの『組織』をこの地上に顕現させることだって、夢物語ではなくなるに違いない‥‥‥!私は悪の組織『デスペア』の情報担当幹部『プロフェッサーT』!今こそ組織の一員として、野望達成に王手を───

「あー、やめやめ!バカらしい。もとより『たかが黄金ごときで』、世界征服の野望が叶うなんて思っちゃいないんだよ、私は。」
 酷く冷めた、声だった。どこか自嘲気味に笑って、大河・回は立ち上がる。
「狂気に染まるくらいなら、別に構わないよ。けれどね───そのチャチな妄想で、私の存在意義を汚すなよ。」
 強風に揺らぐ白い髪の下で、少女は酷薄な笑みを浮かべていた。黄金の輝きが、気圧された様に色褪せる。
「───悪意如きが、私に指図するな。潰すぞ‥‥‥!」
 バキリ、と。足元の財宝を踏み砕き、回は誰よりも凄烈に嗤うのだった。



「‥‥‥フン、底が見えたな」
 突入前とは一転、つまらなそうに鼻を鳴らして、闘真は襲い来る狂人たちを悉く素手で沈めてゆく。
「───つまるところ。この都に蔓延る『呪い』とは、黄金を求める者に対してこの都が放つ巨大な悪『意』なのだろう?」
 背後から振り下ろされたロングソードを苦も無く片手で白刃取り、歴戦の武人はギロリと隊員を睨みつける。親指と中指、そして人差し指。たったの三指に刃を阻まれ、狂った隊員が唸り声と共に腕力を籠める───が。闘真の指は、ピクリとも動きはしない。
「意に呑まれたのであれば、それ以上に強大な意を以て、これを塗りつぶすだけのこと。」
 ギリギリと、金属が悲鳴を上げる音が聞こえる。
「───俺を昂らせてみろ、『黄金の都』ッ!!」
 凄まじい破砕音と共に、刃が粉々に砕け散る。すかさず叩き込まれた掌底が、意識ごと隊員に巣食っていた狂気を吹き飛ばした。
「‥‥‥他愛もない。」
 眼を閉じ残心する闘真。その背に向けて、不可視の狂気が静かに伸びあがる。次々と狂気を跳ねのける猟兵たちに、都の『悪意』は半ば恐怖に近い感情を覚えていた。ここで始末しなければ、或いは彼らに食い破られるのは此方の方かもしれない、と───。
 しかして歴戦の武人へと、黄金の悪意が槍のように解き放たれる。狙うは脳髄、持てるすべての憎悪と狂気を流し込み、その精神ごと破砕する呪いの一撃‥‥‥!

「───言っただろう。底が見えた、と」

 闘真に宿る最も強い感情───即ち『闘争への欲求』に阻まれ、黄金の悪意が霧散する。
「天は全てを包み込む。空や雷すらも‥‥‥で、あれば。悪意を察知し防ぐこともまた、容易いこと。久遠の闇でヒトを忘れたか、黄金の都よ───そう簡単に、ケモノに墜ちる人間ばかりではないぞ‥‥‥!」
 闘真の一括に、大気が震える。この時を以てして、黄金の都は漸く悟った。この来訪者たちこそ、100年前の呪いの精算者足りえる存在だ。で、あれば───この呪いを一身に纏う『始原のケモノ』を以て、我らの呪いの是非を問おう。身をに余る欲徳に溺れケモノへと堕ちた嘗ての罪人を、今こそ黄金の檻より解き放とう‥‥‥!

『───ゴビソ・ゲギガンンジバンザ・カツィカ!』
『───ゴビソ・シャブザヅンジバンザ・カツィカ!』
『───ゴビソ・ボゲソ・ボソギデラパセ・ガンジンジョグビ!カツィカ!カツィカ!カツィカ───!!」

 瞬間、遠く『太陽神殿』より放たれた強烈な呪詛が、『黄金宮殿』へと降り注ぐ。

 ───ドクン、と。宮殿の奥底で、悪意の胎動する音が───聴こえた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『呪飾獣カツィカ』

POW   :    呪獣の一撃
単純で重い【呪詛を纏った爪 】の一撃を叩きつける。直撃地点の周辺地形は破壊される。
SPD   :    呪飾解放
自身に【金山羊の呪詛 】をまとい、高速移動と【呪いの咆哮】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
WIZ   :    カツィカ・カタラ
【両掌 】から【呪詛】を放ち、【呪縛】により対象の動きを一時的に封じる。
👑17
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はナミル・タグイールです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


※マスターより参加者様方への連絡

第三章幕間公開・及びプレイングの受付は2/7の夜中からとなります。皆さまにご迷惑をおかけします事を、この場を借りてお詫び申し上げます。
●幕間

 ───砂風が止んだ。張り詰めた空気に不穏なものを感じて、旋回を続けていたハヤブサは、細めた眼で視線を落とす。眼下に映すのは、陽炎に揺らぐ呪われた神殿と、ケバケバしい輝きを放つ黄金の宮殿。二つを繋ぐレイラインが禍々しく励起しているのを、ハヤブサだけが上空から眺めていた。
 
 砂粒一つ微動だにせぬ、不気味なほどの静寂の中、沈黙する黄金の輝きだけが、ジリジリと肌を灼いてゆく。黄金宮殿へと降り注いだ膨大な呪力の奔流は、額から垂れる汗のように、渇いた砂へと吸い込まれるようにして消失した───ように思えた、が。
 ───ドクン、と。
 酷く不吉な胎動を、都に立つ誰もが耳にした。腹の底に重く響き渡る音と共に、黄金宮殿の内側から、黄金色の狂気と執着に塗れた気配が急激に膨れ上がる。
「‥‥‥!」
 凄まじい速さで外界へと迫る災厄の気配を感じ取り、猟兵たちは各々手にした獲物を構え直す。息を詰めて睨む視線の先───宮殿の正面、黄金で鍛造された二枚の巨大な大扉が、午前の太陽を歪めてゆっくりと開いていくのが見えた。悲鳴のような軋音を上げて開いた隙間から、フラリ、と。奇妙なシルエットが姿を現す。
「‥‥‥?」
 身構えていた猟兵が数人、訝し気に首を傾げた。扉からヨロヨロと出てきたのは、眼を背けたくなるような醜い怪物───ではなく、酷く汚れたボロきれを身に纏った、痩身の男であったからだ。
『‥‥‥ログ・ギジャザ‥‥‥ボソゲ・ボソギデブセ‥‥‥』
 枯れ木のような手を伸ばし、男は擦れ切った声音で天を仰ぐ。しかしてその表情は、頭に被った黄金の獣の頭蓋骨のせいで、伺い知ることは出来なかった。
『ボソゲ‥‥ボシャブボソゲ‥‥‥ベロボビ・バスラゲビ・カツィカ‥‥‥!』
 今にも倒れそうな様子で、男はフラりとよろめく。翻ったボロの背中に、擦れて消えかかった『第三期遠征隊』の紋章が、微かに見えた気がした。
『‥‥‥ダボル‥‥ログギジャバンザ・ベロボビバスボパ‥‥‥』
 嘆願するように、右手が猟兵たちへと伸ばされる。
『ザジャブ・ザジャブ・ボソゲ‥‥‥!ベロボビ・ゴヂスラゲビ・カツィカ‥‥‥!!」
 瞬間。激烈な悪意を伴って再び『太陽神殿』から放たれた呪詛の奔流が、男へと直撃した。ドクン、ドクン、と。悪意の胎動が早鐘を打つ。
『ァ‥‥ガ‥‥‥ビ・ビゲソ‥‥‥!』
 伸ばされたか細い右腕が、突如ボコリと変貌した。筋繊維は何十倍にも太さを増し、獣の如き体毛が見る間に伸びて全身を覆う。枯れ果てていた筈の痩身がミシミシと音を立て巨大化し、鋭い牙の生え揃った口腔から赤い舌がデロリと垂れ下がる。
『───ザジャブ・ビゲソ‥‥ログ・ロダン‥‥‥!』
 およそ10メートル近い巨躯に禍々しい紋様が浮かび上がる。黄金の頭蓋骨の下、その瞳に呪わしいまでの狂気が宿るのを、猟兵たちは見た。
『ボソグ‥‥‥ゴグゴンゾ・グダグロボパ・グデデ・ボソグ・カツィカ‥‥‥!』
 散らばる財宝を蹴散らして、異形の獣が屹立する。───彼の名は『呪飾獣・カツィカ』。かつて無尽の黄金を前に理性を捨て、略奪と暴虐の限りを尽くした、一匹のケモノである。

『ザセビロ・ザセビロ・パダガンゾ‥‥‥!!』

 莫大な呪詛を纏い、理性なきケモノが咆え猛る。その浅ましき姿を嘲うかのように、遠く聳える太陽神殿が、陽炎の中で揺らめいていた。


※マスターより第三幕の補足
 大変お待たせして申し訳ありません、『蜃気楼の果て、黄金の都』最終章、開幕です。
 現状、『黄金の都』から激烈な呪いを受けているオブリビオン・カツィカを完全に倒すためには、呪いの原因をどうにかして破壊・ないし解除する必要があります。プレイングを書く際はご一考ください。また、呪いが消滅した時点で『黄金の都』の崩壊が始まります。重ねてご一考ください。他の猟兵との連携が要となります。
 それではどうぞ、よろしくお願いいたします。
ミアス・ティンダロス
黄金に惑わせることであれば、やはり呪いの原因は黄金宮殿の中にあるでしょうか?
ここは……賭けますね。
人の心を乱すもの、人の夢を汚すもの。あまりにも酷いこの悲劇の鎖を、ここで断ち切りましょう!

真の姿になります。姿は特に変わりませんけど、胸元の黒曜石に白き炎が灯され、それを囲むように歪んだ五芒星が浮かび出します。
その後、ユーベルコードを【高速詠唱】します。母なる魚人間(ヒュドラ)を敵の足止めに向かわせたら、父なる魚人間(ダゴン)と一緒に宮殿の中に潜り込もうとします。
【追跡】で今まで呪飾獣になった男が身を隠す場所を捜します。そこで何か呪いの原因に見えるものを発見したら即破壊しようとします。


三原・凛花
物凄い呪詛だけど、呪詛使いが怯えてられないよね。

敵も呪詛使いなら寧ろ好都合。
【呪詛の篝火】は敵の【呪詛】も燃料にする。
敵が【呪詛】を放つ瞬間、鬼火を敵の【両掌】に向けて放つ。
【両掌】に鬼火が引火したら、鬼火21個を繋いで鎖にして縛る。

その隙に【太陽神殿】に行き、呪詛の源泉に【呪詛の篝火】を放ち、空焚きさせて呪詛を弱めるよ。
枯渇は流石に無理だけど。

どの道私じゃ呪いは解けない。
呪獣も都の住民も、何かを犠牲にしてでも成し遂げたい事があった。
それがない私じゃ、彼らの執念を上回れない。

望みがあるとすれば…
己を犠牲にして友を待ち続けたあの怪獣。
彼ならあるいは…

その為にも、後は頼んだよ、セリエルフィナさん。


鏡島・嵐
判定:【WIZ】
呪いの元凶を破壊すれば、この街も崩壊するんか。
おれが思ってたカタチとは違うけど、やっぱこの街の住人も黄金に縛られてたんだな。そうじゃなきゃ、こんな呪いを遺したりするもんか。
……怖ぇな。
敵も勿論、一歩間違えば誰でもこんな風に堕ちるってことがさ。

〈援護射撃〉を放ちつつ味方を〈鼓舞〉。
〈フェイント〉〈目潰し〉を駆使して敵の動きのテンポを狂わせ、攻撃はタイミングを〈見切り〉ながら《逆転結界・魔鏡幻像》を使って相殺できねぇか試みるぞ。
呪詛には〈呪詛耐性〉で可能な限り対抗。

呪いの源は目視できるモンなら隙見て〈視力〉を働かせて、それらしいのを探してみる。破壊は多分、仲間任せになるだろうけど。


キャロライン・ブラック
その呪いを肯定することはできないけれど……
貴方達の過去を拝見してしまった責任はとりましょう

こちらの習慣は存じ上げませんで
逆に怒らせてしまうかもしれませんが
ウィザードミサイルで亡者を弔いますわ

そしてもう一つ、呪いの終着点があちらの獣ですのね
残念ながら、わたくしではその無念を晴らすことはできません
ですから、他の方になして頂けるまで時間稼ぎをいたしましょう

わたくしの好きな色、氷河の青を用いて敵の動きを阻害いたしますの
距離を取り、よく観察して初動を抑えれば
巨体であろうと止められるはずですわ

勿論、わたくし一人の力では成し遂げられぬことも存じております
皆さまと手を取り合い、協力して立ち向かいますわ


空雷・闘真
「待ったぜこの時を。俺にはお前が黄金よりも輝いて見える!」

【気合い】で精神を研ぎ澄まし、≪神如き握力≫で拳を握りしめ、闘真は【覚悟】を決める。
【力溜め】により、全身に【怪力】が漲っていく。

「お前は都の呪いの集大成。つまりこれは俺と黄金の都との代理戦争というわけだ。ならそれに相応しい技で応えねばな」

闘真は敵の爪に視点を置く。
≪心眼≫【第六感】で【呪詛を纏った爪】を【見切り】、そこから【カウンター】で【空雷流奥義・電】を放つつもりなのだ。

「俺の拳でお前達の呪いを真っ向から打ち砕いてやろう。黄金の都よ」

呪獣の背後で哄笑する太陽神殿に、闘真はそれ以上の凶暴な笑みを浮かべた。


メタ・フレン
成程「もう獣になりたくない、早く殺してくれ」ですか。
自業自得とは言え流石に哀れですね。
反省もしてるようだし助けてあげたいところですが…

無駄でしょうけど一応説得を試みますか。
「パダギパゴグゴンビビョグリガシラゲン。ヂギョグジョンゾググザンゼングビゼグ」
【時間稼ぎ】位にはなるかな?

呪いの源は太陽神殿でしょうが…個人的に一つ気になる場所があります。
ここは皆に任せて、私はバオバブの大樹の元へ行き、【地縛鎖】【情報収集】で調べます。

結果に関わらず、呪いが解け次第【バトルキャラクターズ】でSTGの戦闘機を22機出し、一機に乗り込みます。
残りも遠隔【操縦】で飛ばし、他の猟兵や遠征隊も乗せて都を脱出しますね。


彩瑠・姫桜
呪いの原因の解除を試みるわ

太陽神殿へ行った仲間の話によれば
黄金の呪縛をかける際、こう言ってたのよね
「今日この日、この時より、我らを庇護するバオバブが根元まで崩れ落ちるその日まで」
…なら、バオバブの木に呪いを解く鍵があるかも知れないわ

確か、この「黄金の都」に来た当初、バオバブの大樹があったはず
「立ち枯れて半ば化石化したバオバブの大樹」を、もう一度探して
「根本まで崩れ落ちる」ように倒すわ

倒す際には【双竜演舞・串刺しの技】でひと思いに
もう呪わなくていいと、安らかに眠ってと
この一撃に込めるわね

「黄金の都」の崩壊が始まったら
【第六感】【情報収集】で脱出経路を探すわ
一般人にも手をかして、一緒に脱出するわね


大河・回
はあ、黄金なら気持ち良く私を酔わせてくれればよかったものを……すっかり醒めてしまったよ。もうここに用はないしさっさと片づけよう。

電脳系ならともかく呪術とかはさっぱりだ
他にそういうのに詳しい猟兵もいるだろうしそちらがなんとかしてくれるまでの時間稼ぎを行う
【試作型衛星砲】(量産型の前に作られたという意味で既に完成している)を使用する
呪いをどうにかするにしてもあの骨が妨害してくるだろうから衛星砲からのビーム砲撃で足止めを行う
崩壊が始まった時点でも骨が消滅していなかったら引き続きビーム砲撃だ
倒したら都の崩壊に巻き込まれない為にも全力で離脱する

※アドリブ歓迎


シャイア・アルカミレーウス
さっき見た幻影が過去の出来事なら、太陽神殿にいた「彼ら」が呪いの原因かもしれない!「彼ら」を止めに行こう!

(pow)真の姿を開放
あの大きいのは仲間に任せて、原因を断ちに行こう!
「太陽神殿の牡牛と髑髏達」に向けて全力全開の攻撃を放つよ!

キャロちゃんのおかげで思い出したよ!黄金より僕の歩んだ経験、一緒に戦った仲間達の方が何倍も輝いてるんだ!それを見せてやる!

「召喚士の輝跡記録」で日記から、僕が最初に戦ったあの翼竜を呼び出して合体攻撃だ!彼と僕の魔力を合わせる最高の杖は持ってる!名付けて「ワイバーン・ブラストマギア」!
(破魔と冥福を祈る優しさをのせて全力魔法)

脱出なら砂漠で待っていた彼を呼んで凱旋!


セリエルフィナ・メルフォワーゼ
ボクが戦うべき真の敵。

それは目の前の獣でも、この都の呪いでもない。

それら全ての元凶。



…黄金だ!



【存在感】【おびき寄せ】で、全ての『黄金からの誘惑』をボクに集め、真っ向から受け止める!

普段のボクなら、あのオブリビオンのように心を奪われて獣に堕ちるだけだろうけど…

生憎、今のボクには【勇気】がある。

黄金にも負けない輝きを持つこのオカリナが、ボクに【勇気】を与えてくれるんだ。



そう簡単に、黄金なんかに負けてられないよね。

だってボクは…『何も犠牲にしない為に、前に進み続ける』んだから!



全部終わったら、このオカリナを吹いて怪獣と友達を再会させてあげよう。

きっとそこが…彼にとって「愛と海のあるところ」だから。


ガルディエ・ワールレイド
呪詛の大本は太陽神殿と見るべきか?
そっちは仲間に任せるとして、それまで少し相手してやるよ

◆行動
【黒風鎧装】を使用し真の姿である黒い巨大ドラゴンへ成るぜ
【怪力】を乗せ、爪で【2回攻撃】、牙で【生命力吸収】、尾で【なぎ払い】などが基本
切り札は【全力魔法】【衝撃波】【属性攻撃】を融合した赤い雷のドラゴンブレス

敵の注意を惹いて足止めする事を重視するぜ
あと呪詛を受信するギミック(枯れ木のようだった腕や黄金の頭蓋骨等)が無いかには注意を払い怪しい場合はそこを狙うぜ

一般人の事も視野に
地形破壊の余波が退路ルートを潰しそうな時は【かばう】

敵撃破後は一般人避難を確認しつつ撤退
障害物を除去したり少人数なら空輸で運ぶ



●第三幕 -1-

「───成程、『獣になるのはもう嫌だ。早く殺してくれ』ですか‥‥‥自業自得とは言え、流石に哀れですね。」
 呪獣が咆える。砂塵が嗤う。照り返す黄金の輝きに目を細めて、電脳魔術師メタ・フレン(面白いこと探索者・f03345)は、そう独り言ちた。
「‥‥‥もしかして、アイツが何言ってるのか分かんのか、メタ?」
 その隣で目を丸くするのは若き旅人、鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)。退避してきた第十三期遠征隊員の治療と、黄金都市に関する情報収集を軒並み終えた二人は、一手遅れて『黄金宮殿』に集う仲間たちと合流することに成功していた。強大な呪詛の気配を辿り、黄金の都に散っていた猟兵たちが次々と集ってゆく。
「これ程巨大な呪詛は初めてだけど‥‥‥呪詛使いの私が怯えてられないよね。」
 擦り切れた服の裾を翻し、死霊術と降霊術の使い手、三原・凛花(『聖霊』に憑かれた少女・f10247)が、両手に抱えた『しゃれこうべ』を静かに撫ぜる。漆黒の瞳が見据えるその先には、莫大な呪力を纏って咆え猛るケモノの姿があった。
「‥‥‥アレが、もともとボクたちと同じ人間だったって‥‥‥?」
 震えた声でそう呟いたのは、銀翼の歌姫、セリエルフィナ・メルフォワーゼ(天翔ける一輪の君影草・f08589)だった。右手に携えたオカリナをキュッと握りしめて、少女は胸に手を当てる。
「中々に悪夢的な話だけれど、その通りだよ、セリエルフィナ嬢。なにせ、あの扉から出てきたときは今にも倒れそうなヒョロガリ君だったんだ。呪術とか、私にはサッパリだが‥‥‥」
 あれだけ巨大化出来るなら、怪人に転用するのもアリだね───と嘯いて、悪の組織『デスペア』情報戦担当幹部、大河・回(プロフェッサーT・f12917)は、ニヤリと嗤って電脳ゴーグルを装着する。世界征服を企む以上、そのテの情報収集には余念がない彼女であった。
「バカ言うなっての、あんな規模の怪人がホイホイ街中に現われたら、世界征服以前にこの世の終わりだ。あーいう厄いのは、とっとと終わらせちまうに限る。」
 漆黒の頭髪をガシガシと掻いて、ガルディエ・ワールレイド(黒竜の騎士・f11085)が『複合魔槍斧ジレイザ』を構えなおす。その切っ先は、ピタリと呪獣に向けられていた。
「えぇ、その意見には大賛成。でも───そう簡単に倒させてはくれなさそうな相手よ。油断せずにいきましょう‥‥‥!」
 黒と白の双槍を手に、彩瑠・姫桜(冬桜・f04489)は蒼い双眸を眼前の怪物へと向ける。禍々しい紋様の浮き出た巨躯から滲み出すプレッシャーに歯を食い縛り、少女は戦場に立っていた。
「───待ったぜ、この時を。俺にはお前が黄金よりも輝いて見える!」
 対して声音に喜びの色すら滲ませ、歯を剥き出しにして嗤うのは歴戦の武人、空雷・闘真(伝説の古武術、空雷流の継承者・f06727)。強者との闘いに無類の歓びを覚えるこの男にとって、眼前の敵が強敵であればある程、その血の滾りは激しさを増す。この都からの呪詛を一身に受け膨大な呪力をその身に蓄えるカツィカは、闘真の目に正しく死合うに足る猛者として映っていた。
「黄金が先か、呪いが先か‥‥‥どちらにせよ、あれが、あの姿が、夢の果てに辿り着いた姿なのだとすれば───断ち切らなくちゃ。この悲劇の鎖を‥‥‥!」
 小さな拳を握りしめ、ミアス・ティンダロス(夢を見る仔犬・f00675)は、決意もあらわに一歩、前に出る。人心を乱し、夢を汚す都の悪意を前に、人狼の少年は躊躇いなく真の姿を開放した。胸元の黒曜石───エルダーコアに白き炎が燈る。それを囲むように浮かび上がる歪んだ五芒星が、ミアスの存在を埒外の生命体へと書き換えてゆく。
「───その沈んだ夢(たましい)をすくい上げてください、最も深き愛をもつ者達よ――惹かれ合う心は、揺れる水面のように。来たれ波乱双濤・大いなる深きものども‥‥‥!」
 一瞬の隙すら見せぬ高速詠唱。少年の呼び声に応じて、展開された魔法陣から、強大な力を持つ一対の神格が顕現する。即ち───父なるダゴン、母なるヒュドラ。水を司る二柱を従え、猟犬は熱砂に煙る黄金を睨む。
「───行きましょう、みなさん。砂上の楼閣を崩すときです‥‥‥!」
 猛る呪獣が、両の腕を天高く振り上げる。狂ったように照り付ける日輪の下、黄金の都を巡る戦いの火蓋が、ここに切って落とされた‥‥‥!



 舞台は移り替わる。カツィカとの死闘を開始した『黄金宮殿』の陰で、『太陽神殿』の内部でもまた、猟兵と呪いによる熾烈な戦いが繰り広げられていた。
「たああああああああああああ!!」
 裂帛の気合と共に振り抜降ろされた『半熟勇者の剣』が、声なき絶叫を上げ迫る黄金の亡者を一刀両断に切り伏せる。額に垂れる汗を乱暴に拭って、シャイア・アルカミレーウス(501番目の勇者?・f00501)は荒い息を吐いていた。
「‥‥‥たはは、100対2って言うのは、さすがに、キッツイなぁ‥‥‥!」
 鬼火を纏い襲い来る亡者の頭蓋を『土鍋の蓋』で叩き割り、やせ我慢も顕わに少女は笑う。神殿に足を踏み入れてから半刻、未だ仲間からの連絡はない。数度にわたって『牡牛の偶像』から強烈な呪詛が『黄金宮殿』へ放たれている現状を省みるに、仲間たちも何らかの戦闘に巻き込まれているのは明白であった。
「───あづっ!?」
 脳髄に走る黄金色の衝撃に、足元がフラつく。集中力を極限まで酷使せねばならないこの状況下で、加えて断続的に襲い来る『黄金の誘惑』。撥ね退けることは可能でも、その一瞬の隙は致命的な戦況の傾きを誘発する。すかさず呪詛を纏った腕が、脚が、顎が、シャイアを狙って殺到した。
「───シャイア様、上空へ退避を!」
 半ば悲鳴にも似た、鋭い声。反射的に翼を広げ、シャイアは間一髪、高い天井付近へと逃れる。雪崩るように突っ込んできた亡者の群れへと、容赦ない炎の絨毯爆撃───マジックミサイルが降り注いだ。後方で虹色の杖を繰るのはモノトーンの少女、キャロライン・ブラック(色彩のコレクター・f01443)である。彼女もまた、肩で息をしながら魔法の行使にあたっていた。疲労の色を濃く浮かべるキャロラインの隣に、シャイアがフラつき気味に着地する。
「───大丈夫?キャロちゃん」
「えぇ、おかげさまで傷は負っていませんけれども‥‥‥」
 カタリ。
 その小さな音に顔を引きつらせて、キャロラインはレインボーワンドを握りしめる。
「このままではジリ貧ですわ‥‥‥!」
 ゴゥ、と。鬼火の燃え上がる音と共に、爆炎に散ったはずの黄金の骨が寄り集まって立ち上がる。何度叩き切ろうとも、何度焼き滅ぼそうとも、呪怨纏う黄金の亡者たちは休む暇を与えず二人を攻め立て続けていた。
 カタリ。カタリ。カタリ。
 黄金色の亡者が嗤う。いずれ限界の来る生者を前にして、まるで弄るように。ゆっくりと包囲を狭めていく黄金の髑髏は、いずれも歪んだ愉悦と憎悪に満ちていた。
「これは───」
「───マズイですわね」
 乾いた唇を噛む。多勢に無勢、加えて敵の戦力が無尽蔵とくれば、これはもうちょっとした悪夢に他ならない。けたたましく蠢く亡者たちの奥で、牡牛の偶像だけが、静かに憎悪を燃やし続けている。
「クッ‥‥‥どうにかして、キャロちゃんだけでも───」
 瞬間。高い神殿の天井をブチ抜いて、眩い光が亡者たちへと降り注いだ。凄まじい音と共に、包囲網の一部が木っ端みじんに吹き飛ぶ。
「な、なんですの‥‥‥!?」
『───あ、あー、あー、テステス。聴こえてるかな?二人とも』
 唐突に響き渡る声に目を向けてみれば、いつの間にか二人の頭上を多機能ドローンが旋回していた。紫紺の瞳を輝かせ、シャイアが大きく声を上げる。
「そ、その声は‥‥‥!」
『フハハハハ!そうとも!私こそ『デスペア』情報戦担当幹部、プロフェッサー───』
「大河様ッ!!」
「回ちゃんッ!!」
『あ、うん。どうも。大河・回デス』
 心底ほっとしたような少女たちの声に押され、多機能ドローンが傾き気味に応答する。
『‥‥‥遅くなってすまないな。コッチはコッチで苦戦中でね‥‥‥援軍を寄越すまでもう少し、時間がかかりそうだ。衛星からのビーム砲で援護はするから、もう少しだけ耐えてくれ、二人とも‥‥‥!』
「‥‥‥えぇ、えぇ!先の見えない戦いであればこそ、この消耗ではありましたが───」
「君たちが来てくれるなら、勇気百倍ってもんさ!よーし、いっくぞー!」
 少女たちの、反撃がはじまる───。

●第三幕 -2-

「───さて、もう少し、とは言ったが‥‥‥」
 電脳ゴーグルの下で顔を引き攣らせ、プロフェッサーTこと回は小さく歯噛みする。
「よもや、ここまでバケモノじみてるとはね‥‥‥!」
『───ゲゲギ・ボザバギギ・ブグドドゾログ!ギベ!』
 強烈な呪詛が両腕に集う。狂気に濁った瞳を見開いて、カツィカが力任せにその両腕を地面へと叩きつけた。
 大地が大きく揺れる。発生した衝撃波が蜘蛛の巣上に地面を割り、その割れ目から物理的な破壊力すら獲得した呪詛が噴き出す。膨大な呪力の籠ったカツィカの攻撃は、一撃一撃が地形を変えるほどの威力を有していた。
「───合わせろ、ガルディエ!」
「おぅ!しくじんなよ、闘真のおっさん!」
 しかしてその破壊跡を恐れることなく、吹き出す呪詛の合間を縫って、黒竜騎士と歴戦の武人が接敵する。
 ───右方、複合魔槍斧と複合魔剣による怒涛の斬撃。
 ───左方、神如き握力を以て放たれる打撃の嵐。
 攻撃直後の硬直を狙った、回避困難な致命の双撃。右方を避ければ左方に粉砕され、左方を防げば右方に膾切りにされる。単純ながらも、確実に敵を葬り去る連携攻撃。しかしてカツィカは、二人の攻撃を避けるでも防ぐでもなく───受けて立った。
「おおおおおおおおおおおおお!!」
『グルアアアアアアアアアアア!!』
「はああああああああああああ!!」
 左右から叩き込まれる凄まじい連撃。常人であればまず間違いなく死に至る猛攻。トドメとばかりに、金沙の髪が宙を舞う。姫桜だ。
「───背中が、ガラ空きよ!」
 双槍による連続刺突。篠突雨の如きその連撃は、呪獣の背をハチの巣に───
「なにこれ、硬っ───!?」
 ───することなく、細かな刺し傷を付けるに留まっていた。左右のガルディエ、闘真も、その攻撃の通り辛さに顔を歪める。
『───ビバブパ・ザルギゾロ・ビゲガセ!』
 周囲を薙ぎ払うように振るわれた左右の呪爪が、強烈な呪詛の嵐と化して吹き荒れる。たまらず距離をとった三人の目の前で、呪獣の身体に刻まれた細かい傷が、みるみる内に消失していった。
「なんだそりゃ、反則もイイとこだろ‥‥‥!」
 焦燥感も顕わに嵐が、手製のスリングショットを引き絞る。狙うは黄金の頭蓋のその奥───即ち眼球。しかして彼の瞳の先で、呪獣は両腕を広げ咆哮を上げる。
『ルオオオオオオオオオオオオ!!カツィカ───カタラ!!』
 両掌に、莫大な呪詛が集う。黒い太陽の如きそのエネルギー体から放たれる凄まじい破壊の気配に、嵐の本能が全力で警鐘を鳴らす。
 ───不味い。あれほどのエネルギーが直撃しようものなら、この周囲一帯が焦土と化しても不思議ではない───!
「───っ!?あれはヤベェ、後退を───!」

「‥‥‥わたしのように、どす黒く燃えて‥‥‥っ!!」
 
 ゾロリと、嵐の背筋を怖気が奔る。地の底から噴き出すようなその呪詛の言葉に振り返ってみれば、昏い双眸を見開いて、三原・凛花が呪獣を睨みつけていた。同時、カツィカの両掌に集まっていた呪詛が発火する。
「───縛れ、【呪詛の篝火】‥‥‥!」
 発火した呪詛は黒い鬼火と化し、カツィカの両腕を数珠つなぎに縛り上げ拘束する。
「今だよ、鏡島さん‥‥‥!」
「───、あぁ!」
 刹那の逡巡を押しのけ、目つぶし用の弾丸が砂塵を切り裂いて飛翔する。寸分たがわず右の眼球を抉ったその弾丸に、苦鳴を上げ頭を大きく振るカツィカ。
 好機とばかりに、猟兵たちは体制を立て直さんと集う。
「あれはヤベェな。ジレイザとレギアの刃がまるで通らねぇ‥‥見えねぇ障壁に遮られてるような感覚だ。」
「同じく。途中から浸透勁を織り交ぜて打ち込んだが、手応えがない。おそらく、物理的な防御機構ではないのだろう。」
 ガルディエと闘真の言葉に、何人かが得心のいった表情を浮かべた。
「‥‥‥おそらくですが、あのケモノの表皮を覆う呪力の鎧───『呪装』とでも言いましょうか、呪力を防護壁として転用する不可視の領域が発生しているように思えます。どう考えても、尋常の耐久力じゃない。」
 顎に手を当てたミアスが、そう言って眉間に皺を寄せる。同じく眉をハの字にして、セリエルフィナが口を開いた。
「じゃ、じゃあ、あの傷が勝手に治っていったのも───」
「ううん、あれはもっと単純な『呪い』だね。『死ぬよりも苦しい目に合わせてやる───』この都に渦巻く怨念が、結果的にアレの自己再生能力になってるんだと思う。」
「‥‥‥怖ぇな。」
 凛花の分析に、嵐がポツリと呟く。獣に墜ちたあの男も、それを延々と呪い続けるこの都も───そして、一歩間違えば誰であろうとこんな風に墜ちるという事実が、何より恐ろしく思えた。
「どうにかして、アイツにかけられてる呪いを解除しないとな‥‥‥」
 こめかみを抑える嵐に続いて、姫桜も静かに歯噛みする。
「‥‥‥つまり、この都の呪いと悪意をどうにかしないと、勝負にすらならないって、そういうことよね?」
「どうやらそういうことらしい‥‥‥ところで、今シャイア嬢とキャロライン嬢が交戦中の太陽神殿なんだけどね───」
 喋りながらも衛星砲での支援を絶え間なく続ける回の言葉を遮り、死霊術師たる凛花が口を開いた。
「間違いなく呪詛の出どころはあの場所だよ。他に何か所か『楔』があってもおかしくはないけれど───」
「心当たりがあります。」
 地縛鎖から吸い上げた情報を整理しつつ、メタは簡潔にそう言った。他にも数人の猟兵が、心当たりのありそうな表情を浮かべる。
 呪いの解呪と、カツィカの足止め。腹を括ったような顔をして、ガルディエが右拳を左掌に打ち付けた。
「───よし、取り急ぎここからは別行動だ。各々、自分に出来る最善の行動をとる。その方針でいいな?」
 全員が無言で頷く。短い砂漠の旅ではあったが、全員が全員、互いを信頼していなければ出せなかった結論である。適材適所、長所は伸ばし、短所はカバーする。この11人は短期間で、それだけの連携がとれるようになっていた。
「───んじゃ、また蒼い月の下で。散会ッ!」
 己が役割を果たすべく、猟兵たちは一斉に黄金の都へと散っていった。

●第三幕 -3-

『ルアアアアアアアアアアアア!!ボザバギギ・ブグドド・ゾロレ!!』
 黒炎の手枷を引き千切り、ドス黒い呪詛を右目から垂れ流してカツィカが咆える。その憤怒に呼応するかのように、全身を覆う禍々しい紋様が、黄金色の輝きを放ちはじめた。『呪飾解放』───自身の生命力を代償に戦闘力を倍増させる、カツィカの奥の手であった。
「───さて、と。」
 仲間たちを見送って、ガルディエは耐環境ローブを翻す。見据える先には凄まじい呪詛を纏う、かつてヒトであったケモノの姿。全身に刻まれた禍々しい紋様を輝かせ、呪獣が咆哮する。身長差はおよそ十倍。しかして黒竜騎士は臆することなく、不敵な笑みを浮かべて見せた。
「呪いの大元はアイツらに任せるとして───少し、相手してやるよ。」
『───バラギビバ!ビガラゴドビ・ググビボソグ‥‥‥!』
「‥‥‥悪ぃな。生憎と、お前の言葉は分かんねぇ。だからよ───」
 バサリ、と。耐環境ローブが宙を舞った。
「とりあえず、肉体言語でどうだ、ケダモノ‥‥‥!」
 砂塵を呑み込んで、漆黒の旋風がガルディエを中心に吹き荒れる。赤雷が疾る。颶風は地を削り、うねりを上げ、巨大な竜巻を形成する。全てを呑み込む漆黒の嵐───しかしてその内で赤く輝く一対の眼を、黄金の獣は狂乱の内に目にしていた。

『───特別だ。見せてやる』

 砂塵を切り裂き、ソレは屹立する。漆黒の外皮は鎧の如く、その両翼は日輪を奪わんと天を覆う。黒き嵐と赤雷を纏いて顕現したるは、遠く極寒の地で崇め奉られし異端の神。あらゆる生物の中で最も完成に近いとされる、至高至極の幻想種───即ち竜!
『──────ッ!』
 真の姿を開放し漆黒の竜と化したガルディエ・ワールレイドが、眼前のケモノへと咆え立てる。黄金の都にて未曽有の激突が、始まろうとしていた。


●第三幕 -4-

 防御に秀でた母なるヒュドラを足止めに残し、ミアス・ティンダロスは父なるダゴンを連れて『黄金宮殿』内部を走っていた。
 すべてが黄金で形作られた豪奢な宮殿は、凄まじい量の財宝で埋め尽くされていた。常人であれば、まず正気を保つことが出来ないであろう強烈な魅了を放つ財宝だ。
 しかして真の姿を開放したミアスは財宝には目もくれず、一目散に宮殿の最深部へと足を進める。辿っているのは、他でもないカツィカの臭いであった。
「‥‥‥間違いない、この先だ。この先に、彼は幽閉されていた‥‥‥!」
 半開きになった黄金の扉を潜り抜ける。その瞬間、ミアスの脳髄に強烈なビジョンが叩き込まれた。

『───ぁ、あぁ、ぁ‥‥‥』
 燃え盛る焔の中、一人の男が、蹲って泣いている。
 広い部屋は、一面血の海であった。王室なのだろうか、玉座を囲むようにして、沢山の男たちの死体が転がっている。
『───く‥‥ぅ‥‥ぅぅぅぅ‥‥‥』
 一人の男が、蹲って泣いている。
 よく見れば、倒れている男たちの着ている服は、泣いている男のものと同じものであった。背中に染め上げられた『第三期遠征隊』の文字が、確かに読み取れる。
『なんで‥‥どうして、こんな、こんな───』
 男が、泣いている。
『殺すつもりなんて‥‥俺は、俺は‥‥‥!』
 病気の妻を救う金が必要だった。日に日に痩せていく息子に、腹いっぱい飯を食わせる金が必要だった。それだけ。たったの、それだけだったはずなのに。
 名前も知らない沢山の人を手にかけた。名前を知っている仲間たちをも手にかけた。殺して殺して、殺し尽くした。だって、欲しかったのだ。黄金が。独り占めしたかったのだ。そうすれば、■■■■になれると、そう思ったのだ。
 炎が黄金の壁に乱反射して、ギラギラと嘲う。紛れもない自分たちが都に放った火は、ついにして都を焼き尽くし、この惨劇に幕を下ろさんと猛り狂っていた。
『嫌だ、否だ、厭だ‥‥‥!死にたくない!せっかく、ここまで辿り着いたんだぞ!?せっかく、全員殺しつくして───』
 黄金を、我が物に出来たというのに。ここで、こんな終わりしかないというのか。
 冷たい玉座に縋りつく。
『あ、あぁ‥‥‥!』
 黄金が、嗤っている。あまりに浅ましい自分の姿を。あまりに惨めな自分の有り様を。
 黄金が、問う。『死ぬのは怖いだろう?』と。
 涙ながらに頷く。何度も何度も頷く。死にたくない。終わりたくない。『過去に沈みたくない』‥‥‥!
 黄金が、嗤う。『なればこの都と共に命運を共にせよ』と。
 涙ながらに頷く。何度も何度も頷く。もう、帰れない。この都以外に自分の居場所など、最早どこにもない。
『‥‥‥‥‥‥‥‥』
 この玉座だけが、自分の居場所だ。
『黄金は‥‥俺のものだ‥‥‥誰にも、渡さんぞ‥‥‥』
 昏く澱んだ狂気がその瞳に宿るのを、ミアスは確かに見ていた───。

「ぅ、ぁ‥‥‥?」
 意識が白痴から浮上する。気が付けば薄暗い部屋の中で、、ミアスは玉座の前に座り込んでいた。
「‥‥‥どれくらい、こうしてたかな」
 父なるダゴンに尋ねれば、広げた指は三本。およそ数分間の出来事だったらしい。
「‥‥‥やっぱり、そうだったんだ。あのケモノも、呪いも、副産物に過ぎなかった。この『黄金の都』そのものが───」
 瞼の裏にチラつく在りし日の終焉が、その予感を確信に変える。
「受肉した過去‥‥‥オブリビオンなんだ」
 静かに立ち上がる。黄金で出来た玉座は、この灼熱の砂漠にあってなお、酷く冷たかった。
「───ダゴン。」
 こんな悲劇、早く終わらせてしまおう。そう呟いて、ミアスは己が友人へと、玉座───『黄金の都』を繋ぎ留める楔の、破壊命令を下した。

●第三幕 -5-

 何発目かの衛星によるレーザー砲が、神殿の天井を貫いて亡者を消し飛ばす。穴だらけになった天井から射し込む陽光に、戦場を舞う少女たちの姿がクッキリと浮かび上がった。
 赤い髪を振り乱し、亡者の群れをシャイアがなぎ倒してゆく。
「だー、もう!キリがない!無限涌きするなら経験値がすぐ溜まってレベルアップ!とかないワケ!?」
『生憎と、レベルアップしたところでHPとMPが全快!とはいかないだろうさ!残念ながら現実とは常にハードモードだからネ!』
 不規則な機動を描いてホバリングするドローンから聴こえる回の声も、どこか疲労の色を隠しきれずにいた。『黄金宮殿』と『太陽神殿』の二局面で援護射撃を同時にこなす回の演算能力は、組織のブレインの名に恥じぬ冴えを見せてはいるものの、流石に負担は大きいようであった。
「些か、黄金色にも飽いてきましたわ‥‥‥!」
 真紅の炎が迸る。レーザー砲の一撃から再生しかけていた亡者たちを再び消し飛ばし、キャロラインは気丈に胸を張る。澄んだ黒い瞳の中で、決して折れぬ色彩が、強い光を放っていた。
「そうそう!こうも同じ敵ばかりだと良い加減うんざり───あぐっ!?」
 隙間を狙って襲い来る黄金の誘惑に、シャイアが頭を振って抵抗する。半熟勇者を執拗に狙う太陽神殿の猛攻は、いよいよもって激しさを増していた。
「シャイア様、一度後方で休息をとってくださいませ!数分程度ならわたくしと大河様で食い止められますわ!」
「それは無茶だよキャロちゃん!アイツらは僕を狙ってる、きっと分かってるんだ、僕が───」
 牡牛の偶像から放たれる凄まじい呪詛の嵐が、砕け散った亡者たちを叩き起こす。再生を果たした黄金の亡者たちは、脇目も降らず少女たちへと殺到した。
『流石にしつこいなぁ、この金ピカども‥‥‥!』
 回が再び、衛星砲の照準を向けた瞬間だった。
「───黒く、黒く、黒く、黒く───燃えて!その魂まで‥‥‥!」
 開け放たれた太陽神殿の大扉から、強烈な呪詛が放たれる。その呪言(コトバ)に触れた亡者たちが次々と、黒炎を上げてのたうち回り始めた。
「遅くなって本当にごめんね、シャイアさん、キャロラインさん‥‥‥!」
「り、凛花さんっ!!」
「三原様!良かった‥‥‥!」
 珍しく息を切らせて駆け付けた凛花の姿に、神殿で戦い続けていた少女たちは心からの安堵を浮かべた。そんな二人の様子に、凛花は困ったような顔で笑う。
「‥‥‥まぁ、わたし一人が駆け付けたところで、タカが知れてるけど───」
「そんなことないっ!」
「そんなことありませんわ!」
 年下の少女たちの猛抗議に、さしもの百戦錬磨の死霊術師も面食らったようだった。頭上のドローンが、揶揄うように声を上げる。
『‥‥‥フフ。凛花嬢、望もうと望むまいと、ヒーローに成ってしまうのが猟兵というものらしいよ?悪の組織的には業腹だけどね。』
「えっ、と───」
 これまた珍しく戸惑った様子で、凛花は少女の顔を交互に見つめる。シャイア、キャロラインともに、その眼差しには強い輝きが篭められていた。
『───ま、電脳系はともかく呪術系はサッパリな私より、ここは君が適任だ。端的な質問だが‥‥‥この状況、どうすれば打破できる?』
 回の問いに少しだけ間を空けて、呪詛のスペシャリストは双眸を祭壇へと向ける。黒炎に悶える亡者の群れを睥睨し、牡牛の偶像は静かに呪詛を放ち続けていた。
「‥‥‥呪詛の大元は間違いなくアレだね。無限に復活する亡者も、黄金神殿のケモノが得た超耐久力も、あの偶像を破壊すれば消滅するはず。ただ───」
 偶像の纏う莫大な呪詛を前に、凛花は静かに目を伏せる。
「‥‥‥アレを破壊するつもりなら、あの怨念を超える熱量の一撃を叩き込まないと駄目。どんな犠牲を払ってでも、成し遂げたいことがあったからこそ、あの無尽の呪怨機関は稼働している。そんな熱量、わたしにはとても───」
「あるよ」
 凛花の言葉を遮って、シャイアが短くそう言った。
「あるよ。あの祭壇ごと消し飛ばせる、切り札が。‥‥‥さっきまでは、完璧に発動させる自信がなかった。───けど、今なら出来る気がするんだ。」
 瞳に強い色を燈して、シャイアは腰から手製の杖を引き抜く。
「みんな───協力してほしい。」



「どす黒く、燃えて‥‥‥っ!」
 黒炎を上げて、牡牛の偶像が激しく燃え盛る。『呪詛の篝火』───悪意や怨念といった、攻撃的な負の感情を燃料として炎上する、凜花の繰る死霊魔術の秘奥である。
 膨大な呪詛を撒き散らしていた偶像はもとより、その怨念を以て機動していた黄金の亡者たちもまた、自身の原動力である呪力を片っ端から燃焼させられ弱体化を余儀なくされていた。
(‥‥‥でも)
 際限なく燃え続ける呪詛に、凛花は小さく歯噛みする。
 ‥‥‥どの道自分では、この呪いは解けない。呪獣も都の住民も、何かを犠牲にしてでも成し遂げたい事があった。それがない自分では、彼らの執念を上回れない。
 徐々に削り取られてゆく精神力。意識は白昼の内に朦朧として、黒い炎だけが視界の内で燃え盛っている。
 自分は、何のためにこうして戦っているのだろうか。相手は、何かを成し遂げるために犠牲を厭わなかった。自分には、犠牲にできるものなど何も残っていない。体内に巣食う『聖霊』は、一片の慈悲もなく、自分という人間からすべてを奪い去ったのだから。
 黒く。黒く。黒く。燃やす。燃やす。燃やす。
 嗚呼。わたしは───。
『───犠牲にする必要なんて、ないんじゃないかい?』
 霞む視界を切り裂いて、遠く宇宙より放たれた光が凛花の意識を引き戻す。
「‥‥‥え?」
 ドローンの向こう側で、悪の女幹部は笑う。
『イチを得るためにイチを犠牲にする。成程、立派な志だ。‥‥‥でも、イチを犠牲にせずにイチを得ることが出来るのなら、それに越したことはない。だろう?』
 光の柱が、燃え盛る偶像へと降り注ぐ。
『これは私の持論だが───生きている限り、人はどこまでも貪欲であるべきだ。でないとほら、生きる目的を見つけるのが大変だしね。』
 それは、かつて虚構の出生に向き合ったが故の、大河・回の考え方であろうか。しかして100年近い人生を『不幸』に翻弄され続けた少女は、胸に抱えたしゃれこうべをキュッと抱きしめた。
「‥‥‥生きる、目的?」
『うん、まぁ、そこまでけったいなモノでなくても良いさ。ただ───犠牲にできるものはなくても、犠牲にしたくないものは出来ただろう?』
 スッと思考がクリアになって、凛花は静かに目線を背後の少女たちに向ける。
 嗚呼、少しだけ。少なくとも今、自分が戦っている理由は、掴めた気がした。
「‥‥‥悪いヒトね、あなた。」
『よく言われるよ』
 降り注ぐ光の柱と競り合う様に、黒炎が勢いを増した。



「大丈夫ですの?シャイア様‥‥‥!」
 滝のように汗を流しながら魔力を充填するシャイアに、キャロラインは思わず声を上げた。ここまでの戦闘による肉体的疲労だけでなく、度重なる黄金の誘惑がシャイアを蝕んでいることに、キャロラインは気が付いていた。
「いくら勝ちの目が見えてきたと言っても、疲労が回復したわけではありません。無理は禁物です‥‥‥!」
「‥‥‥たはは。キャロちゃんには、隠し事できないなぁ‥‥‥」
「シャイア様っ!?」
 フラリ、と倒れそうになるシャイアに慌てて肩を貸し、キャロラインはその顔を覗き込む。普段は血色の良い肌が、今は青白く染まっていた。
「‥‥‥やはり、一度撤退して体制を整えるべきです!でないと、身体が───」
「‥‥‥ダメだよ」
 気丈にも愛杖『ワンド・オブ・マジックミサイル』だけはしっかり構えて魔力を充填させつつ、シャイアは強がりも顕わに笑って見せる。
「みんな、頑張ってるんだ。自分の出来ることに向かって。だったら、ここで倒れるのは、勇者として断じて否だ‥‥‥!」
 ガクン、とシャイアの頭が揺れる。容赦ない黄金の誘惑が、彼女の脳髄を揺さぶっていた。『黄金の都』も理解しているのだ。彼女が呪詛の根源を吹き飛ばすに足るユーベルコードを有していることを。
 杖を構えていたシャイアの右腕が、ぐらりと地に落ちる───
「‥‥‥でしたら」
 寸前。その腕をしっかりと支える、もう一本の腕があった。
「───わたくしが、貴女を支えます。何度も、何度でも‥‥‥!だから───必ず、その杖が描く貴女の色彩を、わたくしに見せてください‥‥‥!」
 力強いキャロラインの声に、シャイアはニッと唇を曲げる。
「───うん、必ず。‥‥‥きっと、そろそろなんだ。」
「‥‥‥え?」
 未だフラつくシャイアの視線が、穴だらけの天井に向けられる。穴から覗く抜けるような青空を駆ける銀色を、キャロラインは見た気がした。



 銀翼が日輪に閃く。白磁のオカリナを握りしめ、セリエルフィナ・メルフォワーゼは強い決心を瞳に宿して呟いた。
「ボクが戦うべき敵。それは目の前の獣でも、この都の呪詛でもない。それら全ての元凶───」
 黄金だ。そう呟いて、銀翼の歌姫は一人、黄金の都の上空に身を躍らせる。見下ろせば、都から照り返すギラギラとした誘惑が、眩い輝きを放っている。
 あぁ、そうだ。これこそが、真に自分が戦うべき相手。
 きっと、今から自分がする行為は、ほとんど自殺行為みたいなものなんだと思う。これだけ莫大な量の黄金が目の前にあって、『どうにかならないわけがない』。それでも───戦うと。そう決めたのだ。

 息を、吸う。

 少しだけ、怖かった。右手の中の感触を確かめる。思い出すのは、あの大瀑砂の中を悠々と往く、誰よりも友達想いの怪獣の姿。どんな嵐の中に在ろうと、たった一つの約束のために今も歩み続ける、傷だらけのその背中。
 ───負けられない。ここで全ての元凶たる黄金に打ち勝ってはじめて、自分はこのオカリナを唇に携えよう───。
 眼下にて輝く黄金の都へ、銀色の歌姫が今、叫ぶ‥‥‥!
「───来い、黄金!ボクは、ここに居る───!」
 抜けるような晴天を背に、少女は堂々たる宣言を轟かせる。
「───ボクは、お前たちなんていらない。ボクを墜としたいのなら、かかってくればいい!ボクはセリエルフィナ・メルフォワーゼ、逃げも隠れもしない!お前たちの価値が本物ならば───逃げずにボクを落としてみろ、黄金───ッ!!」
 セリエルフィナの言葉が、都へ響き渡る。
 ───瞬間、おぞましいまでに圧縮された『黄金の魅了』が、銀翼の少女へと殺到した。
「くぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
 その小さな体では到底受け入れきれない程の誘惑を前に、狂いそうな頭を左右に大きく振る。右手に握りしめた白磁の感触───黄金にも負けない輝きを持つオカリナだけを頼りに、セリエルフィナは誘惑の嵐を耐える。
「そう‥‥簡単、に‥‥!黄金になんて負けてられるか‥‥‥!ボクは、ボクは───何も犠牲にしない為に、前に進み続けなきゃいけないんだから‥‥‥!!」
 セリエルフィナの瞳に、強い輝きが宿る。
「今のボクには勇気がある‥‥‥!どんな誘惑に晒されても、負けるもんか───ッ!!」
 莫大な誘惑を前に、しかして銀翼の少女は、その全てを広げた翼で迎え撃つ‥‥‥!



 フッと、身体が軽くなった───そんな感覚に、シャイアは顔を上げる。あれだけ精神を苛んでいた黄金色の狂気が、脳髄から綺麗に払拭されていた。
「‥‥‥スゴイなぁ、セリエルフィナちゃんてば。一国のお姫様なだけあるや‥‥‥!」
「シャイア様‥‥‥?」
 力強い右腕の感触に、キャロラインが目を見張る。
「───ありがとう、キャロちゃん。キミのおかげで思い出した。黄金より僕の歩んだ経験、一緒に戦った仲間達の方が、何倍も輝いてるんだ‥‥‥!それを見せてやる───いや、見せてやろう、この都の黄金に!」
 シャイアの瞳が金色に染まる。鋭い鱗に覆われた両腕は、先程とは打って変わって力強い。真の姿を開放し、シャイア・アルカミレーウスは左手を伸ばす。その動きに呼応して、カバンから飛び出した日記帳が、凄まじい輝きを放った。開かれるは、在りし日の1ページ。呼び出すは彼方の記憶、仲間と共に駆け抜けた大地で死闘を演じた、大空の主、飛竜ワイバーン‥‥‥!
「‥‥‥久しぶり。少しだけ、力を貸してもらうよ‥‥‥!」
 他でもないこの飛竜の牙を芯として作られた愛杖が、その魔力に呼応して輝きを増す。充填されるは太陽の如き輝き。その背にて顕現した飛竜が、凄まじい勢いで吸い込んだ大気を圧縮する。
「───キャロちゃん、これが僕の色だよ。でも、僕一人じゃここまで辿り着けなかった。だから‥‥‥キミの好きな色を、ここに。」
「まぁ───」
 少し驚いたような顔をしてから、モノクロームの少女は笑う。
「えぇ、喜んで!───青い、透き通るような、氷河の色───」
 重ねた虹色の杖先に、涼やかな青が灯る。
「───いくよ、キャロちゃん!」
「───えぇ、シャイア様!」
 太陽の輝きが、圧縮された大気が、氷河の青色が───解放される。
 この輝きに名を付けるのなら───。
『『蒼天に咆えよ、在りし日の飛竜(ワイバーン・ブラストマギア・スカイブルー)』』
 澄んだ蒼色の奔流は、黒く燃え盛る偶像を呑み込み───太陽神殿上層部を丸ごと消失させ、その昏い呪詛を大空の向こうへ完膚なきまでに葬り去って見せた。

●第三幕 -6-

 黒竜が咆える。呪獣が猛る。熱を帯びた空気が、張り裂けんばかりにビリビリと震える。
 振り下ろされた爪の一撃は地を砕き、強烈な尾の一撃は凄まじい衝撃波を纏って土砂を巻き上げる。牙と牙、爪と爪、咆哮と咆哮による絶え間ない応酬。最早、これは天災の域であった。黒竜と呪獣が衝突するたびに、もう持たないとばかりに大地が悲鳴を上げる。
 そんな埒外の戦場にあって───鏡島・嵐は、震える膝を必死に支えて戦場を駆けまわっていた。
「おいおいガルディエのヤツ、こんな隠し玉用意してたのかよ‥‥‥!」
 額を伝う冷や汗を拭いながら、その威容に目を見張る。何処からどう見ても、真の姿を開放したガルディエは漆黒のドラゴンに他ならない姿をしていた。
「‥‥‥ッ!」
 ───竜。嵐の故郷であるUDCアースにおいては架空の怪物として語られる存在。そして、このアックス&ウィザーズ世界においては、明確に『世界の敵』として認識される過去の存在である。
 呪獣が咆哮と共に、強烈な衝撃波を放つ。相殺するように黒竜もまた、凄まじい咆哮を上げて尾による一撃を放った。
「ひっ‥‥‥!」
 思わずといった態で、喉の奥から悲鳴が漏れる。その事実に顔を歪めて、嵐は歯を食い縛った。
「クソッ‥‥‥!」
 正直に告白するならば、あの黒竜の姿に畏怖を覚えている自分が居る。その腕の一振りが残す爪痕が、尾による薙ぎ払いで蹂躙される大地が、その咆哮に揺れる大気が、かつて対峙した怪物に重なって、どうにも足が鈍るのだ。
 頭を大きく振って、手製のスリングショットを構える。
 ───仲間に怯えてどうする。おれが今すべきことは、仲間が少しでも戦いやすいようにサポートすること‥‥‥!
 振りかぶった呪獣の右腕に照準を合わせ、関節部に向けて弾丸を放つ。巨体にとっては、あまりに小さな衝撃。しかし、嵐の狙いは間違ってはいない。最大の威力を発揮するタイミングで指向性を小さく変えられた右の一撃は、大きく勢いを削がれ中途半端に空を切る。危険極まりない戦場を走り回りながら嵐は、この地道なアシストを延々続けていた。
「そこ‥‥‥ッ!」
 何発目かの弾丸を放ち、呪獣の攻撃が空を切る。次の攻撃ポイントへ移動───その瞬間、ギロリと。黄金の髑髏から覗く狂った瞳が、はじめて嵐へと照準を向けた。呪獣が大きく息を吸い込む。衝撃波を伴う咆哮が来る‥‥‥!
「マズッ───!?」
 タイミング悪く尻餅をつく。回避は間に合いそうもない。万事休す、目を閉じたその瞬間。凄まじい衝撃を伴い、嵐の目の前に黒竜───ガルディエが身を投げ出した。その巨体を衝撃波に晒して、ガルディエが苦悶の叫びを上げる。
「ガルディエ‥‥‥ッ!!」
 悲痛な声で叫ぶ嵐を、黒竜は一瞥する。『大丈夫だ』と。
「‥‥‥ッ!」
 どんな姿になろうとも、彼は共に砂漠を旅したあの少年だった。己の臆病さに歯噛みして、嵐は立ち上がる。正面に立つは咆え猛る呪獣。その両掌には、凄まじいまでの呪詛が集い始めていた。
「アレは‥‥‥!」
 嵐の背中を冷たいものが走る。先刻は凛花の術で不発になったものの、直撃すれば黒竜化したガルディエであろうと重傷は免れない、強烈な呪詛の一撃『カツィカ・カタラ』‥‥‥!
 傷ついた黒竜が、嵐を背に屹立する。その後ろ姿に強く心揺さぶられて、気が付けば臆病な少年は、最前線へと走り出していた。
 怖い。当たり前だ。怪我をするかもしれない。重傷を負うかもしれない。死ぬかもしれない。身体が震える。それでも走る。自分にできることが、そこにあるから。
「お───おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
 呪獣の両掌から、黒い太陽が放たれる。直撃すれば即死。掠っても即死。しかして死地へと少年は走る。
「───幻遊びはお終いだ、来い!逆転結界・魔鏡幻像(アナザー・イン・ザ・ミラー)!」
 少年の叫びに呼応して、時空がグニャリと歪む。しかしてこれは蜃気楼に非ず、現を騙りし鏡面結界。即ち───あらゆる攻撃を相殺する、絶対防御の大結界‥‥‥!
 呪詛と呪詛が相殺し合う。強烈な爆震と共に揺れる快晴の空を、なお蒼い輝きが奔ってゆくのを、嵐は見ていた。あの方角は───。
「───ガルディエ!アイツら、やってくれたみてぇだ!呪詛の気配が大分弱まってる!」
 嵐の言葉に応えるように、ガルディエが咆える。その咆哮は凱歌の如く、黄金の都に大きく響き渡った‥‥‥!

●第三幕 -7-

「神殿に向かったみんなの話だと、このバオバブの樹が最期の楔かも、ってことよね?」
 蒼天を突き抜けるような魔力の奔流に目を見張りつつ、姫桜は隣のメタに問いかける。
「‥‥‥はい。呪いの根源は凛花さんの言う様に神殿でしょうけど、他に楔があるのだとしたら、このバオバブが一番怪しいです」
 青い髪を翻し、幼い少女が小さく頷く。砂塵に霞んでイマイチ大きさが分からなかったその大樹は、近づけば近づく程その巨大さに圧倒させられる。立ち枯れて半ば化石化しても尚、その威容はある種の畏敬の念を抱かせた。

『今日この日、この時より、我らを庇護するバオバブが根元まで崩れ落ちるその日まで───』

 シャイアとキャロラインが視たビジョンの中で、かつての都の住人はそう叫んで自決したという。この言葉が真実であれば、このバオバブの大樹は都の呪いを繋ぐ、最後の楔に他ならない。しかし‥‥‥
「これが本当に最後の楔だったとして───」
 倒せるのだろうか。数十人の大人が手をつないで、漸く一周できるほどの太い幹を眺めて、姫桜は顔をひきつらせる。自身の持ちうる最大威力のユーベルコードをもってしても、この規模のオブジェクトを破壊しきれるかどうか。
「情報収集を開始します。デモリッションに適したポイントも探してみますよ」
 かつて数千年の時を生きたであろう大樹の残骸を前にして、メタは怯むことなく愛用の地縛鎖で情報収集を開始する。手首から垂らした電子の鎖が、大樹の根元へと吸い込まれるように伸びていく。
「へぇ、メタさんは何時もこうやって情報収集してるわけね」
 物珍しそうな顔で、姫桜が電子の鎖をまじまじと見つめる。
「‥‥‥えぇ、土地の情報を現在の情報と照らし合わせて、限定的な未来予知なんかも───」
「‥‥‥メタさん?」
 突然硬直したメタの左肩を、姫桜が揺さぶったと同時。視界が大きく暗転した。



 小さな、小さな、苗木だった。
 見渡す限りの草原はどこまでも広くて、抜けるような青空を眺めては風に揺られている。
 穏やかだった。何もかもが、平穏に満ちていた。

 瑞々しい、若木だった。
 この辺で群れを作ったランドホエールに食べられそうになったけど、何とか無事だ。
 健やかだった。大地も獣も、皆等しく健やかであった。

 逞しい、成木だった。
 最近住み着いたヒトたちの子供が、よく自分の身体を上り下りして遊んでいる。
 平和だった。誰もかれもが、争うことなく生きていた。

 厳めしい、巨木だった。
 住み着いたヒトは増え、地に広がり、大きな町が出来た。
 賑やかだった。誰もかれもが、楽しげに見えた。

 止まることなく成長を重ねる、大樹だった。
 町は街となり、街は国となった。ヒトは繁栄し、日々を謳歌している。
 彼らを愛していた。共に歩んできた彼らを、愛していた。

 樹は見ていた。ヒトの繁栄を。争いを。歴史を。
 最期まで見届けるつもりでいた。どんな結末が待っていようとも。

 樹は───この日を、ずっと待っていた。



 気が付くと、大樹の根元に座り込んでいた。目の前には、大きく口を空けた大樹の虚。半ば洞窟じみたその虚の奥から、それはゆっくりと姿を現した。
 長い髭を蓄えた、老爺であった。どこか植物を思わせるその身体は半透明で、今にも消えてしまいそうに弱々しい。長く柔らかな眉毛の下に光る愁いを帯びた静かな瞳が、座り込んだ姫桜とメタを見つめている。
『‥‥‥ジョグジャブ・ゴギゼ・バグダダバ。』
 穏やかな口調で、老人は語り掛ける。その言葉におずおずと反応したのは、メタだった。
「‥‥‥ガバダパ・ギダダギ・バビロン・ゼグバ‥‥‥?」
『───バオバブ。』
 メタの双眸が、驚いたように見開かれる。隣で姫桜は目を白黒させながら、メタに小さく耳打ちした。
「えっ、と───メタさん。このおじいちゃん、誰かしら‥‥‥?なんて言ってるの?」
「あ、えっと‥‥‥このお爺さんは、『バオバブだ』って名乗ってます。」
「へ───!?」
 今にも消えそうな老爺を見る。バオバブを名乗る老人は何事か考えてから、得心いったように小さく手を打った。
(───すまんの。最近のヒトの言葉は分からんでな)
 突如頭の中に響いた言葉に、二人は思わず飛び上がった。
「え、ちょ、これって───」
「‥‥‥テレパシー、というやつですか」
(儂は、この枯れ木そのものよ。この都が滅んでから、ずっと、ずっとアンタらみたいなヒトが来るのを待っとった)
 静々と、老爺は語る。
(───ここでずっと、ヒトが増え、育ち、死んでゆくのを見ておった。最後は悲しい、哀しい終わりじゃったが‥‥‥それもまた、ヒトが出した未来。ヒトの選んだ結末。口出しはせんよ)
 頭に響く声に含まれた哀しみは本物で。しかして老爺は粛々と語る。
(‥‥‥じゃがの。今のこの場所はいただけない。呪い、呪われ、怨嗟と悔恨が渦を巻いておる。主らに頼みたいのは他でもない、儂を───切り倒してほしい。もう、ヒトの子の残滓がヒトの子を呪うのを、儂は見とうない。頼むよ、異邦のお嬢さん方)
 あくまで静かに、老爺は訴える。しかし半霊体の筈のその双眸には、薄っすらと涙が浮かんでいるように見えた。
(儂の残骸が繋ぎとめている呪いを、どうか断ち切ってくれ。頼む、どうか───)
「ま、待って!お爺さん───!」
 空気に溶ける様にして、老爺の姿が消失する。右手を伸ばした格好のまま、姫桜は静かに肩を落とした。
「‥‥‥泣いてたわ、お爺さん。」
「‥‥‥えぇ。」
「最後の、頼みだったのよね。きっと」
「‥‥‥えぇ。」
「だったら───」
 どこか決意を秘めた表情で、姫桜は振り返る。
「終わらせましょう、呪いを。この都を。この過去を‥‥‥!」
「───えぇ、勿論ですとも。姫桜さん、この大樹の崩壊点は‥‥‥この虚の中です。」
 手首から垂らした地縛鎖を引き戻しつつ、メタが静かに指をさす。老人の出てきたその場所こそ、このバオバブが根元より崩れ落ちる場所であった。
「‥‥‥ヴァイス。シュバルツ。」
 姫桜の両手に、愛槍たる一対のドラゴンランスが顕現する。暗く寂しい大樹の虚で、少女は静かに息を吸う。
「‥‥‥あなたの願い、確かに聞き届けました。もう、呪わなくていいから。どうか、どうか───安らかな眠りを。」
 一思いに放たれる、二槍による大威力の一撃が、虚の奥で崩壊しかけていた大樹の幹へと連鎖するようにヒビを入れていく。姫桜とメタが急いでバオバブの虚から脱出すると同時───バオバブの後を追う様にして、黄金の都の崩壊が始まった。

●第三幕 -8-

『バンザ・バビグ・ゴボデデギス‥‥‥!?』
 カツィカが驚愕を声音に浮かべ、両の呪爪を振るう。しかしその攻撃はガルディエの鱗を切り裂くことなく、耳障りな擦過音を響かせるだけであった。
 太陽神殿陥落からおよそ数分。カツィカから感じていた莫大な呪力の喪失に、ガルディエは遂に切り札を斬る。
『───選別だ。手向けと受け取れ‥‥‥!!』
 ガバリと、鋭い牙の並ぶ口腔を開いた。集ってゆく莫大な大気が唸りを上げ、体内で生成された魔力が純粋な破壊エネルギーへと変換されてゆく。布を盛大に引き裂くような音を響かせて、凝縮された赤雷が強烈な輝きを放つ。是なるは黒竜ガルディエ・ワールレイドが放つ最強の一撃。絶大な威力を以て全ての種族から畏怖されてきた竜族の証にして権能が一。即ち───『竜の吐息(ドラゴンブレス)』‥‥‥!口腔より溢れ出す輝きが、日輪をも遮って放たれる───!
『───ブゴガ!?ゴボセ・ボンバドボソゼ───!』
 衝撃波で大地を抉り、強大なるブレスがカツィカに直撃する。呪詛による超耐久力を喪失した呪獣に、最早抗うすべは残されてはいなかった。
 凄まじい爆音と共に、巨大な火柱が天を衝く。濛々と舞い上がる砂塵が、怒涛の如く猟兵たちに押し寄せた───と、同時。腹の底を揺さぶるような地鳴りを伴って、黄金の都が震え出す。
「うぉ!?な、なんだ!?」
 突如大きく揺れ出した大地に手をついて、嵐は思わず声を上げる。
「あー、マズイねこりゃ。黄金の都の崩壊が始まってるみたいだ。絶体絶命大ピンチ、てヤツだね。」
「言ってる場合か!避難ルートが崩落する前に早く逃げるぞ!」
 他人事のように肩をすくめる回を前に、嵐がやっとの思いで立ち上がる。
「うーむ。そうしたいのは山々なのだが───」
 この時初めて、嵐は回の顔色が真っ青なのに気が付いた。まるで流砂に墜ちた時と同じ顔をしている。
「‥‥‥どうにも手遅れっぽいな、コレ。」
「う、嘘だろ───!?」
 ベキリ、バキリ、と。嫌な音を立てて、地面に亀裂が入って逝く。
「回、掴まれ!!」
 嵐の手が回の手を取った瞬間、凄まじい音と共に大地が避けた。無数の財宝が、暗い穴の底へと堕ちてゆく。ギリギリの段階で、回は嵐の手につかまってプラプラゆれていた。
「ぜってー、離すなよ‥‥‥!!」
「あたり‥‥まえ‥‥‥だ!」
 顔を真っ赤にして、嵐が回を引っ張り上げる。しかして息つく暇もなく、亀裂はみるみる大口を広げはじめていた。
「マジかよ‥‥‥!」
「万事休す、か───」
 迫りくる断崖に、さしもの二人も諦めかけた───その瞬間。強烈な羽ばたきと共に、舞い上がる砂塵が綺麗に晴れる。
『とっとと乗れ!早く!!』
 黒竜姿のままガルディエが、丸めた背を二人の目の前に差し出していた。



「うわわわわ!?大変だ早くしないと道が無くなるっ!!」
「とにかく、今は走るしかありませんわ!!」
「これは‥‥‥まずいね‥‥‥!」
 崩壊した太陽神殿の大階段を一目散に駆け下りて、シャイア、キャロライン、凛花の三人は崩れ往く黄金の街並みを駆ける。早くも倒壊した家屋が道を塞ぎ、三人は回り道を余儀なくされていた。
「畜生、ホントに道が無くなる‥‥‥!!」
 目の前で倒壊したオベリスクに道を塞がれ、シャイアが悲鳴に近い声を上げる。
「シャイア様、貴女、飛べるんですのよね!?」
「えぇ!?ぼ、僕は飛べるけど、抱えられるのは一人が限度だよ!!」
「───だったら、わたしを置いていって。」
 凄まじい地鳴りの中にあって、凛花のその一言は尚凄烈に響いた。
「な、なに言ってるのさ凛花さん!?───そんなこと出来るわけないだろうっ!!」
「このままだと三人纏めて死ぬ。だったら、わたしが此処に残る方がよほど良い‥‥わたしは───」
 もう、十分生きたもの。そう言って、灰色の少女は笑う。
「馬鹿なこと言わないでください!みんな無事に脱出するために、知恵を絞り出すべきですわ、三原様!」
「もう、考えている時間なんてないんだよ───?」
 キャロラインの言葉に、凛花が小さく首を振った。揺れがさらに酷くなる。巨大な横揺れに加えて、断続的な揺れが徐々に───
「───待って、なんかヘンだよ!?この揺れは───」

「みんなーっ!お待たせーっ!!」

 凄まじい破砕音と共に、黄金の瓦礫が蹴散らされる。随分高いところからの声に三人が顔を上げると、そこには山と見まごうばかりの巨大な獣が屹立していた。
「───ケートス、そこの三人はボクのお友達なんだ!乗っけてあげて!」
 腹に響くような重低音と共に、傷だらけの巨大な鼻先が三人の前に降りてくる。その上で手を差し伸べていたのは、銀翼の歌姫───セリエルフィナ・メルフォワーゼであった。
「さぁ、早いトコ脱出しよう。もう、お別れは済ませたから‥‥‥あとは、帰るだけ!」
 どこか寂しそうな、けれどスッキリしたような声音で、巨獣───ケートスが鳴き声を上げる。三人は一瞬顔を見合わせて───一も二もなく、その鼻先へとよじ登るのだった。



『───ギンゼ・ダラスバ・ラザザ・ラザ・ギベバギ‥‥‥!!』
 黄金が降り注ぐ。未だ崩壊を続ける都の中心部、黄金宮殿。巨大な亀裂の底で、かつてヒトであったケモノ───呪飾獣カツィカは、傷だらけの身体を引きずって、なんとか体制を立て直す。
 よもや竜と勝負することになろうとは思ってもみなかったが、この身を縛り続けてきたあの忌々しい呪詛が消え去ったのは僥倖だ。これで、これでようやく、この『黄金の都』は真に俺のものだ。
『ギハ、ギハ、ギハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!』
 狂ったように哄笑する。否、実際に狂っているのだろう。彼にかけられていた呪いは消え去っても、彼自身が内に秘めた黄金への狂気と執着は、最早取り返しのつかないところまで逝き付いてしまっていた。
「───よう、ケダモノ。捜したぜ」
 しかしてその男の声は、黄金に狂ったケモノの耳に、よく響いた。
『───バ、バビロン‥‥‥!?」
 降り注ぐ黄金の中、凄まじい闘気を全身から漲らせて、空雷・闘真がそこに立っていた。
「───なるほど、太陽神殿の呪詛は消滅したか。アレはアレで手合わせしたかったが‥‥‥今のお前は、真に正しく黄金の都の集大成だ。お前を恨む有象無象の呪いでなく、この黄金の都の悪意そのものが生み出した怪物。で、あれば───」
 降り積もる黄金を踏み砕き、歴戦の武人は拳を構える。
「これは俺と黄金の都との代理戦争というわけだ。」
『‥‥‥グスガギ・ジャヅザ・ゴセン・ジャラゾ・グスバ‥‥‥!』
 牙を剥き出しにして、カツィカが忌々し気に闘真を睨めつける。
『ドドドド・ボソギデ・ゴグゴンビ・リゾジダゴグ‥‥‥!』
「あぁ、来いよ。相応しい技で応えてやろう、黄金の都‥‥‥!!」
 呪獣を軽く超える凶悪な笑みを浮かべ、闘真が精神を集中させる。カツィカもそれに合わせ、両手の呪爪を展開した。
 大地が揺らぐ。黄金が、絶え間なく降り注ぐ。
 先に動いたのは───カツィカ。呪獣は両腕をクロスさせたまま、放たれた矢の如きスピードで突貫する。
 間合いまで残り十歩。九歩。八歩。七。六。五。四。三。二。一───!
『ルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』
 単純で重い、呪詛を纏った両手の爪による一撃が、闘真を叩き潰すようにして放たれる。直撃すれば周囲の地形事赤い水溜まりと化す、正しく必殺の一撃。呪爪が、闘真の身体を抉り引き裂きペシャンコに叩き潰してそこには迸る鮮血の中で哄笑を上げる黄金に狂った一匹のケモノの姿だけが残される───はずだった。少なくとも、カツィカの中では。
 思わず命中したかと錯覚するほどに、鮮やかな躱身。二連超高速踏み込みで地の底を尚砕き、闘真はカツィカの懐へと入り込む。
「───俺の拳で、お前達の呪いを真っ向から打ち砕いてやろう。黄金の都よ‥‥‥!!」
 『空雷流奥義・電』。超至近距離から放たれた渾身の拳が、カツィカの心臓部を直撃する。手加減抜きの『心臓破りの突き(ハートブレイクショット)』は、その威力を内側から膨張させ───ついにして黄金に囚われた過去のケモノを、完膚なきまでに爆散せしめたのだった。

「──────。」
 眼を閉じて残心する。いよいよもって地鳴りは激しさを増し、亀裂へと凄まじい勢いで瓦礫が降り注ぐ。それでも、闘真は動かなかった。満足いく死合いの余韻に、しばらく浸っていたかったのだ。
「──────。」
「闘真さーんっ!!」
「───ん」
 瓦礫の雨を潜り抜け、闘真の側に異形の飛行生命体が降り立つ。その背中で珍しく顔を真っ赤にして起こっているのは、ミアス・ティンダロスであった。
「───ミアスか。」
「ミアスか‥‥‥じゃないですよ!何やってんですかこんなとこで死ぬ気ですか!?ほら、早く乗って!早く!!」
 最早顔見知りと言って差し支えない少年に背中を押され、歴戦の武人は『星間の駿馬』に跨った。すぐさま離陸した『星間の駿馬』から見下ろす亀裂の底に、あのケモノを象った黄金の頭蓋が見えた気がして。唇の端に小さく笑みを浮かべた闘真は、崩れ往く黄金の都を後にするのだった。

●エピローグ

 西の空へと、赤い太陽が沈んでゆく。時を同じくして、呪われた黄金の都もまた、地の底へと呑まれて消えていった。ハヤブサは───寝床に帰ったようだ。

 ───月が、出ている。蒼い月だ。
 黄金の都跡地からそう離れていない場所に設けられた大規模なキャンプでは、猟兵たちと生き残った第十三期遠征隊のメンバーたちとが、ささやかながらも賑やかな宴会を始めていた。
「いや、ありがとうございます、ジルバさん。キャンプの設営に加えて物資まで分けていただけるなんて‥‥‥」
「なに、こちらこそどれだけ礼を言っても言い足りないくらいだ、ミアス殿。君たちのおかげで、生き残った隊員がこれだけいる。本当にありがとう。」
「や、やめてくださいよジルバさん、僕は、僕のやりたかったことをしたまでですから‥‥‥!」
 深々と頭を下げた第十三期遠征隊長に、人狼の少年は慌てて両手を振る。
「‥‥‥で?黄金の都も地の底に沈んじまったことだし、このふざけた遠征隊もこれ以降は組織されないってことで良いんだよな?」
 焚火の側で胡坐をかいたガルディエが、干し肉片手に水を向ける。
「‥‥‥あぁ。もうこれ以上、黄金を求めて血が流されることはないだろう。なにより我々の祖先が犯した過ちを、私たちは嘘偽りなく祖国に伝えるつもりだ。」
 隊長の真剣な眼差しを受け、黒竜騎士は「ならいい」と一言返してゴロリと寝転んだ。
「食べてからすぐ寝ると牛になるぞ、ガルディエ君。」
 揶揄うように回が言うと、ガルディエはめんどくさそうにヒラヒラ手を振った。
「いーんだよ、俺ァ竜だからな。」
「いや、マジで助かった。ぶっちゃけ死んだかと思ったぞ、おれ。あの時は。」
 迫りくる亀裂を思い出して、嵐がブルリと身体を震わす。
「確かに、本気で危なかったなあの時は。ガルディエ君もそうだが───礼を言おう、鏡島君。俗にいう命の恩人だな、君たちは。」
 回の言葉に照れ臭そうに頬を掻いて、男子二人は同じ方向へそっぽを向いた。
 焚火が爆ぜる。砂漠に瞬く星空は、今日も美しいままだ。
「‥‥‥おい、彩瑠。少しばかり、手当てが荒くはないか‥‥‥?」
 凄まじい量の消毒液の滲んだガーゼをゴシゴシ当てられて、闘真が小さく苦鳴を漏らす。
「これくらいで丁度良いんです‥‥‥!怪我人は大人しくしといて下さい!」
「‥‥‥いや、しかし」
「しかしもかかしもないっ」
 取りつく島もないとはこのことか困り顔で闘真がメタを見やるが、こっちもこっちで変わらない。
「‥‥‥あのあと、バトルキャラクターズで大捜索した私の負担を思い知ればいいと思います。」
「うーむ‥‥‥」
 解せぬ。そう呟いて、歴戦の武人は夜空を見上げる。
 巨大な四本の足を畳んで、ケートスは静かに焚火の炎を見つめている。その背中を大はしゃぎで駆け回っているのは、キマイラの少女───シャイアであった。
「うわー!スゴイな広いなおっきいなー!キャッチボールくらいなら余裕でできちゃうよ!キャロちゃーん!なんで登ってこないのさー!」
「シャイア様こそ、あんまりはしゃぐとお身体に障りますわよー!どうしてあんなに元気なのでしょう‥‥‥?」
「さぁ‥‥‥勇者だから、かな?わたしはすっかりヘトヘト。あまり走り回るものじゃないね‥‥‥」
 心配そうなキャロラインと、幾分くたびれた様子の凛花。ふたりして寄りかかるケートスの身体は、暖かくて心地が良かった。
「ケートス君は、俺たち第十三期遠征隊が責任をもってあずかる。安心してくれ、セリエルフィナさん」
 男性隊員のザジの言葉に、目を真っ赤にしたセリエルフィナがコクリと頷く。自分の世界には連れていけないとわかってはいても、お別れは寂しいものだ。
「‥‥‥ケートス、ボク、毎日会いにいくからね‥‥‥!」
「毎日は無茶じゃないかしら‥‥‥」
 女性隊員のクラリスが苦笑いするも、セリエルフィナはケートスのそばでオカリナを取り出した。
「ちゃんと、覚えてよね。君の歌なんだから、さ───。」
 楽し気な、けれどどこか切ないメロディが、白磁のオカリナから流れ出す。
 『怪獣のバラード』。愛と海のあるところを、いつか見つけられますようにと願いを込めて、セリエルフィナは素朴な旋律を奏でる。

 ───砂漠の旅情は、これでおしまい。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年02月16日


挿絵イラスト