#サクラミラージュ
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●還ってきた娘
「紅、入るよ」
ノックをして年配の男性が部屋に入ってくる。
紅と呼ばれた女性は、読みかけの本を卓に置いて振り返った。
男性に微笑み、親しげに挨拶する。
「お父様、こんにちわ。今日も良い日和ね」
どうやら男性は父親のようで、女性はその娘にあるらしかった。
娘の笑顔の成分が移ったように、父親もまた微笑む。
「ああ、良い天気だ。紅よ、調子はどうだい」
「別段どうもしてないわ。ただ……彼に会えないのが寂しいわ」
眉を顰める娘。父親は心配するなと声をかける。
「彼がお前を忘れるはずがないじゃないか。ただ、仕事で忙しいだけさ。今度あったら説教しておくよ」
「まあお父様、彼を叱らないで欲しいわ。私の許嫁ですもの」
ころころと、年相応の顔持ちで娘は笑う。
父親は娘の声にうんうんと頷き、しばし会話を楽しむのであった。
どれほど話し続けたであろうか。
父親が腕時計を一瞥し、時間を確認した。
「……ふむ、名残惜しいが私はこれで失礼するよ。紅や、なにかあったら遠慮無く言いなさい」
「はい、お父様。紅は良い子にしてますわ」
互いに会釈を返し、父親は部屋から出る。
ドアを閉め、娘がいる部屋から遠ざかるたびに、だんだんと沈痛な表情に変わっていく。
そして咳き込み、ハンカチを口元にあてる。
口から離れたハンカチには、赤い血が点々とついていた。
父親はそれを眺めしまうと、場所をあとにするのであった。
●グリモアベースにて
「親子の情というものは美しく、そして哀しいものであります」
ここはグリモアベース。
ライラ・カフラマーンは居並ぶ猟兵たちに深々と頭を下げていた。
その背後に生じている霧には、さきほどの光景が幻となって現れている。
頭を上げると幻は雲散霧消していき、周りの霧と溶け込んでいった。
「今回皆さまにお願いするのはあの親子、久遠寺・嘉一郎さんとその娘久遠寺・紅さんの調査です」
ライラの説明によれば、久遠寺・紅は影朧と化しており、嘉一郎は娘を世間から匿っているのだという。
「紅さんは嘉一郎さんの一人娘であり、それは大層可愛がられたそうであります。久遠寺家は華族でもあり、娘に相応しき人物をと縁談も運ばれました」
だが幸せな家族に不幸が起こる。紅は奇病に冒されてしまったのだ。
花が身体から咲き続ける、奇妙な病へと。
「許嫁であった男性は好漢でもありました。帝都桜學府に勤める彼はこの奇病を呪いと考え、自らの力で恋人を救おうとしたのです」
だが結果は悲惨であった。男性は症状を抑えることは出来たのが、花が生み出す毒に冒され落命してしまう。
そして、久遠寺・紅も。
「一人娘と、未来の息子を亡くした嘉一郎さんは悲嘆にくれました。そしてその事を忘れずに過ごしていたある日、娘が現れたのです」
生前の元気な姿、記憶を細断された愛娘、久遠寺・紅の姿が。
「嘉一郎さんの喜びは如何様にも表せないものでした。しかしすぐに異変に気づきます。彼女は許嫁が亡くなっていることを知らず、身体に異変が起こっていることも気づいていなかったのです」
再び現れた久遠寺・紅は毒気を振りまく影朧と化していたのである。
永遠に恋人を待ち続ける、哀しい存在として。
「許嫁の愛情ゆえか、今は毒気は抑えられています。しかしやがてどうなるかはわからないでしょう。それは嘉一郎さんを冒し、そして延々と周囲に毒気を振りまく恐ろしい存在となってしまうでしょう。我々は、これを防がねばなりません」
ライラが杖の先で地面を軽く叩くと、霧が変化し姿を形どる。
それは舞踏会であった。
上流階級が交流を深める、紳士淑女の場所。
「皆様におきましては嘉一郎さんと接触し、影朧と決別することを説得してください。最悪……悪人を演じることにもなるかもしれません。親に子を殺す選択など、非情で間違いないのですから」
ライラの声に動揺が含まれる。
自分は何もしないで猟兵達に難しい役目を押しつけるのを躊躇っているのであろう。
「未練を残す限り、影朧はこの世に留まりつづけるでしょう。それは嘉一郎さんが無くなっても、周りを滅ぼしても、永遠に許嫁を待ち続け悲嘆に暮れながら。皆様におきまして、この哀しい親子関係の禍を断ち切れるよう、協力をお願いします。
そう言ってライラは、深々とまた頭を下げたのだった。
妄想筆
こんにちは、妄想筆です。
今回はサクラミラージュにて影朧を匿う人物の説得、および影朧の退治となります。
一章は舞踏会の潜入です。潜入と行っても猟兵の身分ならばさしたる苦労もせずに会場へ入れます。ドレスコードはありませんのでご安心を。
嘉一郎他、華族の皆様にそれとなく情報を聞き出してください。
嘉一郎は娘を匿っていることを他者に漏らしてはいません。
いきなり本題をつきつけると不信感を露わにするでしょう。
それぞれの方法で、まずは信用を得ることから始めましょう。
情報ついでに会食を楽しむことは構いません。
オープニングを読んで興味が湧いた方、参加してくださると嬉しいです。
よろしくお願いします。
第1章 日常
『回ル廻ル舞踏会』
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POW : 豪華な料理を食べまくる。
SPD : 華麗にダンスを楽しむ。
WIZ : 優雅に誰かと語り合ったり、建物を見て回る。
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🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
桜の花びらが舞う帝都の会場。
本日は貸し切りで舞踏会が開かれていた。
曲に合わせて踊る人々、立食でそれらを眺める人々。
政治や商談の無粋な会話は外の庭園で話すのが、ここでの作法だ。
目標の人物、久遠寺・嘉一郎も知人や商談相手と穏やかに会話をしている。
猟兵達はこの舞踏会へと足を踏み入れていた。
優雅な舞踏や美味な飲食にそそられるが、まずは情報集めだ。
嘉一郎その人か、周りの人物か。
焦ることは無い、舞踏会はまだまだ続く。
情報を集めるとしよう。
氏神・鹿糸
SPD
さすが、花の帝都。
人の催し事は華やかだわ。
お仕事だって分かっているけれど…気晴らしに遊びたくなっちゃう。
こんにちは、素敵なあなた。
お喋りだけ、というのも退屈でしょう?
一曲付き合ってくれるかしら。
[誘惑]するように、人間…華族を誘いましょう。
くるくる回る踊りってとても素敵。ドレスが広がって、花になったみたいでしょう?
[情報収集]も忘れずに。
踊った後にでも、それとなく華族の中の噂を聞いてみましょう。
怪しまれそうになったら、また[誘惑]するように踊りに引き込んで。
くるくる回って、悟られないようにしましょうね。
(アドリブ連携お任せ)
小春日和といって差し支えない天気の下、氏神・鹿糸は会場の中へと足を進める。
すれ違う人々は誰を見ても上流階級の香りがした。
「さすが、花の帝都。人の催し事は華やかだわ」
氏神は自分の姿を確認する。
薄蒼のドレスに身を包んでいる姿は、場違いとは呼ばれはしないだろう。
その布地にひらひらと、淡い桃色の桜の花びらが舞い落ちる。
それを一つつまんでみせて、彼女は微笑んだ。
「こんな素敵な天気に仕事なんて、遊びたくなっちゃうわね」
冗談をほのめかしながら、氏神は舞踏会の扉をくぐるのであった。
会場には穏やかな曲が流れていた。
氏神は目を走らせる。
演奏する管弦楽団、それに合わせて踊る男女達、そして歓談を楽しむ人達。
氏神は、立食の卓にある杯を取って、歓談を楽しんでいる者達へと歩むことにした。
一人の男性と目が合った。丁度いい具合に同年代のように見える。
会釈をすると向こうも返し、互いにささやかな乾杯の礼をとった。
「こんにちは、素敵なあなた」
「どうもこんにちは、素敵な貴女。何処かでお会いしましたかな?」
「いいえ、今日が初めてよ。舞踏に興味がありまして」
氏神は自らの器量を知っている。異性を誘う術を知っている。
互いに酒を交わし、挨拶をかわし、適当な相槌を打って、彼女は殿方に手を差し伸べる。
「お喋りだけ、というのも退屈でしょう? 一曲付き合ってくれるかしら」
男は笑みを浮かべてその手を取った。
「なるほど婦人の誘いを断るのは野暮というものですね。お付き合いさせてください」
手と手を取り合い氏神と男性は、踊る男女の中へと引き込まれていく。
くるくると回る男女の集いは、二階からみれば花びらが舞うように見えたであろう。
曲が早さを増すと風に吹かれる花のように、動きをまして花びらは舞踏会場を廻る。
くるくる、くるくると。
弾かれている曲調が終盤にかかると、男女は名残惜しそうに余韻を残し、その場に留まるのだ。
一曲が終わり、舞踏の花々は散っていく。
その一片である氏神と男性も、立食の卓へと戻っていった。
酒をすすめ踊りを褒め、彼女はそれとなく水をむけてみた。
「ねえあなた、休むついでに何か愉しい話をしてくださらない?」
「愉しいか……ふむ、それはどうかわからないが、こんな話を聞いたことがあるよ」
多少打ち解けて口が軽くなった男性は、氏神にとある話を語ってくれた。
それは、こんな話であった。
上流階級の中には別荘を持つ者も少なくは無い。
とある華族の御方も、別荘を数多く所有している。
邸宅の雑事は使用人がするのが当然だ。
だが、その別荘のひとつに、使用人が入ることを許されぬ一室があるらしい。
もちろん主人の命とあらば、入るなと言われば入らない。
だがその一室が何なのかは、憶測を生むのは無理からぬこと。
そしてその憶測が解決することは無い。
使用人達は、数年おきに替わってしまうのだから。
「素敵な話ね。その華族の御方はどなたなのかしら」
「さあ、そこまでは……自分も又聞きのとりとめのない噂だからね」
男性が苦笑した。話はこれで終わりとばかり、杯に口をつける。
やがて曲が再会し、また舞踏広場へと人々が踊り始めた。
氏神と男性も、その中へと再び入っていくのであった。
成功
🔵🔵🔴
四王天・燦
SPD
『上流社会とコネ作りたいから紹介状出して(はあと)』
某学園(縊れ鬼参照)の校長に無茶振りして制服で入り込む
「学生の内に社会勉強させていただいてます」
猫被りならぬ狐被りでご挨拶。
嘉一郎の関係者に近しい令嬢―紅の友人がベスト―に接触し、ダンスを教わるべく誘うぜ
無技能故にリードして貰う。
談笑を交えたり、偶然を装って顔を近づけ吐息を感じさせたりして誘惑
区切りがついたらベランダに誘い出し、淑女の演技をやめ身分を明かす。
嘉一郎の近況、紅の未練、久遠寺家の所持物件などを情報収集。
何より紅に伝えたいことと令嬢個人の連絡先を聞くぜ。
「情報収集の為だけに近づいたと思った?」
お友達からだけどねと小さく笑うのさ
「ふむ、確かに本物の招待状ですね。失礼しました、どうぞお入りください」
招待状を確認した守衛が、一人の淑女を会場の中へと案内する。
淑女、四王天・燦は礼を言うと中へと入った。
彼女の今の格好は、普段の動きやすい服装では無い。
とある学園の制服、女学生の格好で潜入していたのであった。
以前、燦はサクラミラージュにて事件を解決したことがある。
その縁を通じ、紹介状と制服を頂くことに成功していたのだった。
「学生の内に社会勉強させていただいてます」
声をかけてくる大人たちに、猫被りならぬ狐被りで適当に挨拶をして通り過ぎる。
相手をしようと思っているのは、彼らではない。
燦は、嘉一郎の関係者に声をかけようとしていたからだ。
そのため余計な手間など取りたくはなかった。
会場のあちらこちらに視線を行き来させ、耳をそばだてるのであった。
「あれ……かな? うん、ビンゴ」
会場の会話を盗み聞くうちに、燦は一人の娘を見つけた。
運の良いことに、相手は紅の友人らしき人物らしい。
年相応の娘の顔を作り、燦は接触を開始するのであった。
「こういう所は慣れませんわね。あなたはどうなのかしら」
「……え?」
いきなり話かけられ、驚く女性。
だが燦の格好を一瞥し、同年代であることがわかると、すぐに警戒を解く。
「ドレスじゃなくて制服だなんて、親御さんの付き添いかしら?」
「いいえ、社会勉強のためにひとりでね。私は燦、あなたは?」
「私は仙よ、燦さん。よろしくね」
こちらこそ、と挨拶を交わして燦は仙と会話を弾ませる。
見かけは淑女だが、中身は歴戦の猟兵だ。
すぐに打ち解け、仙をダンスへと誘う。
社会勉強ゆえの未熟さ、その言葉を信じ仙は快く承諾してくれた。
大人達の舞踊の中に、乙女二人がたどたどしくデヴュウする。
わざと相手にエスコヲトさせる燦。
未熟を装い、相手の身体に触れあい、近づく。
舞踏の心得はあっても、このような事は不慣れなのであろう。
一曲終わる頃には、仙の頬は運動の高揚とは別の赤みが差していた。
ダンスが終わり、二人はベランダへと出ていた。
一曲踊ったあとの身体に、風が心地よかった。
ここならば、と燦は演技を止めて本題を切り出す。
冗談かと思う仙であったが、サアビスチケットを見せられては信用するしかない。
自分が知っている範囲の事柄を、話してくれるのであった。
嘉一郎の近況、彼は娘が死んだ哀しみから立ち直っているようだ。
会場にて仙と会った時も、明るく声をかけてくれた。
また多忙な日々を送っているらしく、帝都から姿を見せなくなることもあるらしい。
だが紅のことを考えると、やはり哀しみが拭えない。
彼女は病に伏せっていた折、会えないことを寂しがっていた。
許婚のこと、親しき友人のこと、たわいのない日常。
病の治療のため、彼女は休学していた。
仙は手紙でのやりとりをしていたが、読んでいてくれたかどうかはわからない。
ただ、嘉一郎が礼を言ってくれたのは確かだった。
久遠寺家の所持物件については、仙はよく知らない。
あちこちに所有していることは確からしかった。
「なるほどありがとう。じゃあ最後に質問だ。紅に伝えたいこと、それから仙の連絡先について」
その言葉に仙はしばし考え、そして複雑な感情の面持ちで答える。
「……もし今会えるなら、以前の紅に会えるなら、とりとめのない、他愛の無い話をしたい。そして、また明日が来て……おはよう、って……」
話しているうちに、生前の彼女との日常を思い出したのであろう。
仙の目から涙がこぼれ落ちた。
十代の少女なら無理も無い、友人が亡くなったのだ。
燦はそれ以上尋ねることを止め、さめざめと泣く仙の身体に寄り添い、そっと抱きしめるのであった。
成功
🔵🔵🔴
テイラー・フィードラ
悪、悪か。当然だ。この世は優しさだけで生きていける訳が無いだろうに。
ひとまず着ていた礼服を整え、堂々と舞踏会に参加し商人と接触するとしよう。まずは世間話から服の話題を、流行りの服でも様々ある事であろう。相手もそれ相応に詳しい筈、かつての礼儀作法より学んだことを活かし、失礼の無いよう会話を続けよう。
さて、ある程度打ち解けたのならば久遠寺家の服についても話題にあげる。以前よりも女性服の方の受注数に変化がないかを主に伺おう。当主自身の服も以前より細身になってないかも伺うとしよう。
毒に侵され血を吐くほどだ、毒に対抗するために養分や抗体を生むために自然と肉付けは減るはずであろうからな。それで探るとする。
舞踏会場の門構えを前に、見つめる男が一人。
その堂々とした態度に、守衛は失礼にならない程度に様子を伺っていた。
どこの誰かはわからない。
だがその豪奢な礼服からは、さぞや高貴な御方であろうということが窺い知れた。
男、テイラー・フィードラは守衛に会釈をして当然といった風に通り過ぎる。
「悪、悪か。当然だ。この世は優しさだけで生きていける訳が無いだろうに」
一人呟くテイラー、彼は色々と苦労を重ねてきた。
綺麗事だけでは世間はうまく渡っていけないことを、その身を持って理解していた。
影朧と対峙してどうするか、現時点ではそれを決めるは早計という物。
まずはその道しるべ、久遠寺家に関する情報が必要だ。
会場の廊下を歩くテイラー。
彼の足取りは、管弦楽が聞こえる方向とは別の場所へと向かっていた。
テイラーが接触を試みようとしているのは、華族ではないのだ。
このような場所であるならば、上流貴族の御用聞きがいるに違いない。
そう当たりをつけていたテイラーであったが、その予想は当たっていた。
試着室、とでもいうのであろうか。
多種多彩な礼服を並べ、一人の男が上流階級の皆様方にむかって衣服を薦めている。
おそらく、舞踏会にかこつけて己の商品網を増やそうという魂胆なのであろう。
巧言令色をまくし立てて話すその男に、テイラーは近づくのであった。
「服に詳しそうだな」
長身、威風堂々たるテイラーに話しかけられ、男は目を細める。
「ええ、ええ、そりゃあもう旦那様。あっしはこれが商売でございますから。なんとも立派な御方でございましょうか、何を着ても映えますでしょうが、衣装が負けないように、精一杯見繕わさせてございますでやす」
へへへと愛想笑いを浮かべ、籾手をする男。これが性分なのであろう。
礼を失さないように気をつけようと思っていたテイラーだったが、相手は商人根性が染みついてるようだ。
一目でテイラーがどんな人物かを判断し、へりくだってきた。
礼服を着てきた甲斐があったという訳だ。
「違った日に舞踏会に招かれていてな、今日と同じ服は着ていけぬ。貴殿、何か流行に詳しそうなら助かるな」
ええ、それはもちろんと、男はテイラーに合いそうな礼服を引っ張りだし、色々と話してくる。
それに対して適当に話を合わせ、テイラーは探りを入れはじめるのであった。
「ところで貴殿は久遠寺殿にも品を卸しているのか」
「ええ、それはまあ。お知り合いで?」
「まあ取引先の御仁であるからな。たしか娘御がおらっしゃると伺っていたが、この舞踏会でお目にかかれなくて残念である」
「おや、ご存じないので。久遠寺様の娘様はお亡くなりになっておりますよ。でも、諦めきれないでございましょうなぁ。生前と変わらず、衣服をあつらえさせて頂いております」
男はペラペラと知っていることをテイラーに聞かせてくれたのだった。
一人娘用の衣服については前より品は減ったが、注文自体は続いている。
零ではない。
以前の仕立て通りの寸法をあしらえて、久遠寺家へと納めさせて貰っている。
特に口を挟める身分ではないし、何故頼むのかも聞かない。
注文があれば仕立てる、商人とはそういう者だ。
嘉一郎本人についても、以前のままだ。
ただ、普段通りの生活を持ち直しても、娘が亡くなったことはやはりこたえているのか、この会場で顔を拝見したときには、以前拝見したときより痩せているような気がした。
そう言えば、立食もあまり召し上がってなかったような気もする。
なるほど、おおよその事は聞けた。
匿われていても年頃の娘。
いや、閉じ込めておく不満を解消するための衣装か。
とにかく、服の注文があることは確かなようだ。
テイラーは礼を言って踵を返す。
後は嘉一郎本人に会って確かめよう。
そう思い彼は舞踏会の部屋へと、今度は歩を進めるのであった。
大成功
🔵🔵🔵
寧宮・澪
華やかな現の影に、哀しみかなー……。
優しい親の愛、ですねー……。
破滅する前に、終わらせないと、ですが。
礼服で、会場内やお庭を、先客の邪魔にならないように、くるくるり、見て回りましょー……。設えや、造形、きっと綺麗でしょね……。
巡るうちに、嘉一郎さんがお一人になったら、ご挨拶しましょか……。
良い、日ですね。
こんな華やかな席ですし、お嬢様もお連れしたらよろしかったのではー……?
可愛らしい、お嬢様でしたよねー……今は、どうおすごしでしょかー……。
なんて、すこし緩んだ心地になる、夜糖蜜の香り、させながらー……軽い軽い催眠状態にしてうかがってみましょか……。
できれば、優しく、慰めるようにー……。
御形・菘
この肢体に違和感を抱かれんのは助かるのう
華麗なドレスを身を包み、メイクもナチュラルに
演技力や話術をフル活用して、どこぞの商人の連れ合いという設定で動くとしよう
歓談を楽しむ相手として、グラス片手に嘉一郎に接触をするぞ
娘の件に触れることはせんよ、あくまでお喋りを楽しむという形だ
どちらかといえば聞き役に回り、その人物像を観察するとしよう
打ち解けてきたら踏み込むとしようか
それにしても大丈夫ですか?
どうも、身体のお加減があまりよろしくないようにお見受けします
ご家族の方もこの場に? わたくしが事付けておきますから、一旦休んだ方が良いのではありませんか?
初対面ゆえの一般的な対応を仕掛けて、反応を見てみよう
それぞれの礼服に着替え、舞踏会場にまた猟兵が二人。
寧宮・澪と御形・菘の両名である。
寧宮の方は落ち着いた衣装に身を包み、御形は艶やかなドレスに身を変えていた。
対照的な二人の姿であったが目的は同じ、影朧についての情報を掴むこと。
それには嘉一郎本人に直接聞くことが近道と考えた二人は、会場を歩きながらその姿を探していたのだった。
「妾らはかの者にとっては知らぬ者、矢継ぎ早に問うても仕方があるまい。やはりここはひとりずつ、別々の角度から揺さぶってみるがよろしいであろうな」
「そうですねー……、では、その手はずで、伺ってみましょうかー……」
こくりこくりと寧宮は頷いた。
まずは御形が会話を試みる。そのように相談し、二人は嘉一郎を探す。
見ればようやく、向こうに嘉一郎本人を捜し当てることが出来た。
「では、先客の邪魔にならないように、お気をつけてー……」
寧宮が、御形の邪魔にならぬよう離れていく。
御形はグラスを片手に、嘉一郎のほうへと近づいていくのであった。
「こんにちは、楽しんでいますか?」
培ってきた演技力で体裁を飾り、御形はこの会場に相応しい人物の立ち居振る舞いを見せつけながら、嘉一郎に声をかける。
「ええ、楽しんでいますよ。そちらは?」
「勿論楽しんでいますよ。連れとはぐれてしまいまして、少し話し相手になってくれませんか?」
そう尋ねると、嘉一郎はグラスを傾けて相手になるのを応じてくれた。
返礼とばかりに、そのグラスに御形は酒を注ぐ。
ぐいと、杯をあおる嘉一郎。
その姿を御形はそっと観察する。
年の頃は四十半ばから五十といったところか。
初老の紳士。物腰が柔らかそうな印象を与える。
だが、この人物が影朧を匿っていることは確かだ。
「お連れの方はどちらへ行かれたのですかな」
「さあ……、それが見当も」
「もしかしたら見ているのかもしれない、特徴をお教え願えますかな」
嘉一郎の言葉に偽りは無い。一見の人物を適当にあしらうような素振りはみえず、気遣いが込められていた。
これが上流階級の、華族たる由縁なのであろう。
連れの設定を嘉一郎に語るが、彼に心当たりは無かったようで首を横に振る。
当然だ。
そのような人物などここにはいないのだから。
だが、彼は力添え出来なかったことに残念そうな様子だった。
おそらく、根は優しい人物なのであろう。
それゆえに影朧に囚われ、決別できないでいるのだ。
(そろそろか……)
御形は頃合いかと判断し、今度は嘉一郎に声をかけてみる。
「それにしても大丈夫ですか? どうも、身体のお加減があまりよろしくないようにお見受けします」
「そう見えますか? 酔いが回ってきたのでしょうかな」
とぼける嘉一郎。
だが己が演技に長けているだけに、御形は相手の動揺を見逃さなかった。
酒がむせたのではなく、病による咳き込み。
加齢による衰えでではない、手の甲などに見える不健全な肌。
理容はされているが、
それは演技でも化粧でも出せない、迫真の蝕みであった。
それを見抜けぬスタアではない。
民の反応を見抜けずして、なにが英雄か。
「ご家族の方もこの場に? わたくしが事付けておきますから、一旦休んだ方が良いのではありませんか?」
「いえ、大丈夫ですよ。気遣ってくれてすみません。家族は……ここにはいませんので」
ここにはいない。そう言った嘉一郎が見せた一抹の表情。
こことは舞踏会場のことか。
それとも、この世のことであろうか。
大丈夫、大丈夫と言い張る嘉一郎に介抱を拒絶され、御形は致し方なしと判断した。
「そうですか、では私はお連れを探しに行きますので、何かあったらお声をかけてください。また、来ますね」
そう言ってその場を去る御形。
その姿が完全に見えなくなったことを確認すると、嘉一郎はハンカチを口にあて、咳き込むのであった。
一方、寧宮は会場内を散策していた。
館の窓の外からは、桜の花びらが舞い散るのが見えている。
そして、館内には曲に合わせて踊る人々が見える。
誂えてある装飾品の数々は、彼女の目から見ても素晴らしく思えた。
そして所々に歓談を楽しむ人の姿も見えた。
親子で招かれたのであろうか。年の離れた男女の姿も中には見受けられる。
「華やかな現の影に、哀しみかなー……」
この舞踏会を愉しんでいる人々。
そのひしめきの中にいる嘉一郎の心境は如何な物か。
この庭園に手入れされている花々を眺めても、彼の心は癒やされているのであろうか。
「さて、そろそろ、良い時間ですかねー……」
寧宮はそれを尋ねに、嘉一郎がいる場所に向かうのであった。
途中、御形とすれ違って寧宮は嘉一郎の元へと。
先客は用を終わらした様であった。
静かに彼へと近づき、軽く挨拶からはじめる。
「良い、日ですね」
御形が嘉一郎へとすすめた酒には夜糖蜜の小瓶を数滴含ませてある。
それは使いようによっては毒にもなる、微睡みの薬。
館内を徘徊し、嘉一郎の周囲にもその香を忍ばせてある。
その効果は内外より彼の判断力に侵入し、幾分話やすくなってくれることであろう。
あとは寧宮が喋る言葉に含まれる、催眠の韻。
これにより、彼女は相手が持つ秘密に迫る手はずを整えていたのであった。
一般の者に猟兵の技を仕掛けるなどと、非難する者はいるだろう。
だが、放っておけばこの人は破滅へと向かってしまうだろう。
寧宮はそう考え、その業を使用するに至ったのであった。
挨拶から世間話に話を弾ませ、寧宮は相手の反応を見る。
どうやら相手は見事術中にかかってくれたようだ。
もう少し、踏み込んだ事を口にしてみる。
「こんな華やかな席ですし、お嬢様もお連れしたらよろしかったのではー……?」
まどろみながら彼は答える。
「……娘も連れて期待のですが、事情がありましてな。あの器量……、きっと目を惹くことでしょう。息子と呼べる男がいたのですが、二人が踊る姿を見られないのが残念ですな」
寧宮が紅を知っていることを疑問に思わず、語りかけてくる嘉一郎。
催眠は上手くかかっているようだった。
「ごめんな、さいねー……」
寧宮は小さく謝り、彼に質問を投げかける。
その言葉には偽りでは無い、慈しみの感情が込められていた。
「可愛らしい、お嬢様でしたよねー……今は、どうおすごしでしょかー……」
「私の至らなさでして、別荘に住まわせております。籠の中の小鳥でしょうかな。ええ、ええ、本当に、妻に似て……可愛らしいんですよ。私は、娘が望むことを叶えさせてやりたい」
ぼそりぼそりと、嘉一郎は語り続ける。
妻との間に一子を授かったこと。
成長し、可愛らしい娘となったこと。
良き伴侶をと苦悩し、一人の青年を見つけたこと。
青年は良き婚約者であろうとし、娘と自分たち夫婦に敬意を払ってくれたこと。
帝都桜學府の學徒であった青年は、娘の病を治すために奔走し、命を墜としたこと。
病に冒された娘はあの世に旅立ち、悲観した妻も後を追うように亡くなってしまったこと。
「だから私はね……あの子を喪いたくないのですよ。それが我が儘だとしても。これが残り火、幻想だとしても、私は再び失いたくないのです……」
催眠状態にある彼は、矛盾したことを喋っているのに自分では気づいていないようだった。
娘を失ったこと、そして再び娘がいることを。
こっくりこっくりと、嘉一郎が舟をこぐ。
どうやら完全に寝入ってしまったようだ。
これ以上の質問は野暮というものであろう。
寧宮は、眠る彼に囁くように、その顔へと自分の顔を近づけた。
「お眠り、なさい……どうか、その夢が、夫妻と娘の、幸せな夢で、ありますようにー……」
寧宮は踵を返す。
遠くに御形の姿も見える。
この情報を他の猟兵にも伝えるために、二人はそこを後にするのであった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第2章 冒険
『花びら舞う帝都の下で』
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POW : 「聞かせてみろよ、お前の本心を……でっけえ声で叫んでみろ!」
SPD : 「この写真に写っているのは家族ですね。我々が守ります、安心してください」
WIZ : 「影朧は人外にてあなたの手に余る物、我々の手に委ねてください」
👑11
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
午睡から覚めた嘉一郎は辺りを見回した。
陽は幾分、傾いているかのようにみえた。
「いかん、いつの間にか寝入ってしまったようだな」
懐中時計をとりだし時刻を確認すると、舞踏会はもうすぐ終わりを迎える時間のようだった。
聞こえる管楽器団の演奏は間奏にと替わり、人々に余韻を噛みしめさせていた。
立ち上がる嘉一郎。
その姿を確認する猟兵達。
舞踏会は終わり、これからは我々の時間。
彼に影朧との決別を説得し、その居場所を聞き出すのだ。
情報を元に影朧の害意を説くか。
情に訴えかけ、信用を元に聞き出すか。
あるいは、強引に吐かせるか。
猟兵は嘉一郎を説得するために、彼に近づくのであった。
※章を成功させれば嘉一郎は影朧の居場所へと猟兵たちを案内します
テイラー・フィードラ
ふん。無論理解はするが……
過去は礎であり錨である。縋り付きすぎれば、後は沈むだけだ。
久遠寺を個室に誘った上で、話を付ける。
話題は率直に、娘はどこだ。貴殿が影朧である娘を匿っている事を知っている。正直に話せ。と。
当然反発されるはずだ。「そんなこと知らない」「あの子は大事な娘だ」「お前らなんぞに引き渡せるか」
当たり前の話だ。商人やお前自身からの話で、それだけ大切であることは理解した。
ならば俺は外道となる。相手の態度に対して、己の威圧的な存在感を更に強めるよう形相を変えた上で話を続ける。
お前が匿い続けることで害が出る。今はお前だけだが、いずれは無辜の民にも被害が出る。俺はそれを断たねばならんと!
舞踏会場の一室。そこに嘉一郎はいた。
話があると言われ、ここへと案内されたのだ。
ノックの音が響き、部屋に男が入ってくる。
嘉一郎にその男との面識は無い。
「話とは、何ですかな」
穏やかに尋ねる嘉一郎に対し、男……テイラー・フィードラは単刀直入に言い放った。
「娘はどこだ」
嘉一郎の眉が逆立つ。
不快の表情を浮かべながら、テイラーに疑問を返す。
「いきなり失礼ではありませんかな。それに、私には娘はおりません。すでに……なくなりました」
「私は猟兵だ、この意味が分かるな」
とぼける嘉一郎に対し、あえて威圧的な態度で交渉に出るテイラー。
彼は憎まれ役を買おうとしていた。
影朧といえど他人様の娘。父親である嘉一郎がその選択を判断出来るとは思ってはいない。
しかし誰かがやらねば、この男は過去にすがったまま溺れていくであろう。
テイラーは嘉一郎に憎まれるの覚悟の上で、この部屋に彼を招いたのであった。
「お前が影朧である娘を匿っている事を知っている。正直に話せ」
相手が逃げ出さぬよう、扉の前に立って睨むテイラー。
その双眸から目を逸らしつつ、様子を伺う嘉一郎。
この世界の住人であれば、猟兵がどんな輩のかは知らぬはずがない。
影朧を狩る者達。
自分と娘のことを、どこまで知っているのかと図っているのであろう。
だからテイラーは、あえて自分が知っている情報を彼に伝えた。
「娘を別荘に匿っているようだな。そのために色々と手を回していることも。だが人の口に戸は立てられぬ。しらばっくれるならするが良い、その都度情報を突きつける手間が増えるだけだ」
しばしの沈黙。
そして嘉一郎が口を開く。
「娘を……殺すと?」
テイラーは無言で首を縦に振った。
再びの沈黙。
わなわなと身体を震わせ、嘉一郎は指を突きつけてきた。
「……知っているならお分かりでしょう。私の一人娘だということを! あの子に死ねと、そう仰るのですか! そしてそれを私に受け入れろと!」
声を荒げる嘉一郎に対し、テイラーは冷たく言い放つ。
「違う、お前の娘はとうに死んだ。あれは人では無い」
「巫山戯るな!」
激昂し拳を振るう嘉一郎。
あえて避けないテイラーの顔面目がけてこれでもかと殴ってきた。
オブリビオンと戦ってきたテイラーにとって、これぐらいの事など痛痒にすら感じない。
だが娘を思う父親の情が頬を伝わり、足の指先までへと駆け抜けていった。
その感情に流されぬよう、歯を食いしばるテイラー。
どれほど殴られたであろうか。
急に咳き込み、崩れ落ちる嘉一郎。
口を押さえる手元から、赤い滴が垂れて床に落ちた。
「……情に溺れ逡巡した結果が、その姿だ」
悪態をつき睨み見下ろしながらも、その手にはハンカチが握られ嘉一郎へと差し出されていた。
「言ったろう、あれは人では無い。その証拠にこうやって蝕み始めている。今はお前だけだが、いずれは無辜の民にも被害が出る。俺はそれを断たねばならん」
ハンカチを受け取り、嘉一郎は口を拭った。
「一人娘と言ったな、なるほど。ではお前は娘を親殺しの不義の子とするわけか? そしてその後は?」
むんずと、襟首を掴んで引き寄せるテイラー。
怒気をこめ、憐れな老紳士を睨みつける。
「お前が匿い続けることで害が出る、もう一度問うぞ。娘はどこだ」
目を逸らす嘉一郎。
だがその表情に、迷いが浮かびはじめていたのであった。
大成功
🔵🔵🔵
御形・菘
格好は邪神モードに戻して、再び嘉一郎に相対しよう
はっはっは、また来たぞ!
と言っても分からんであろうな、…仕方ありませんよ(一瞬、声色を変える)
まあ、偽りを抱えておるのはお互い様であろう?
妾としては、お主が影朧をどう扱おうが好きにせいという考えよ
親の子に対する情など妾には分からんが、どんな形であれ否む気は無い!
たとえそれで命を削ろうが、満足するのならそれで構わんさ
…しかし、その後はどうする、どうなる?
周りを巻き込み、一切合切滅茶苦茶にして滅ぼされる未来を、許すというのか?
お主は、己の死んだ後は知ったことではない、などと言えるような者ではあるまい
此処が最悪を避ける分水嶺であるぞ、よく考えてくれ
「はーっはっはっは! また来てやったぞ!」
淑女の姿から本来の蛇体へと変え、扉を破らんばかりの高笑いを上げ、御形・菘が部屋へとやってくる。
またの来訪者に驚く嘉一郎。
「と言っても分からんであろうな」
どうやら彼は御形のことを覚えてはないようだ。
当然だ。
民が邪神たる御形の戯事を見破れるはずもない。
そこで御形は先ほどの出会いで駆使した声色を、再び嘉一郎に聞かせてみせた。
「…仕方ありませんよ」
その声は、歓談を一緒に楽しんだ婦人の声。
それを聞いた嘉一郎の目が、また別の驚きで開かれた。
「貴女は……、あなたも猟兵なのですか」
「無論。妾も猟兵よ。まあ、偽りを抱えておるのはお互い様であろう?」
顔を下にむける嘉一郎。
彼は、猟兵達が自分と娘を調べていたことに薄々と気づき始めたのだ。
そんな嘉一郎に、御形はまあしょげるなと口の端を歪める。
「気落ちする必要などないぞ? 妾としては、お主が影朧をどう扱おうが好きにせいという考えよ」
その言葉を訝しがる嘉一郎。
御形は仰々しく、相手に印象づけるかのように、両手を広げて天を仰いだ。
「おお、情け! 人の情けよ! 何故人は破滅へと向かうのか! 素晴らしい! 親の子に対する情など妾には分からんが、どんな形であれ否む気は無い!」
長爪を突きつけ、邪神は嗤う。
「たとえそれで命を削ろうが、満足するのならそれで構わんさ。それがお主の覚悟であろう?」
そうよのう? と胸の内へと問いかけるように彼女はせせら笑い、首を傾げる。
うなだれる嘉一郎。
彼はそうするつもりであった。
だが、先ほどの言葉が胸に響く。
――今はお前だけだが、いずれは無辜の民にも被害が出る
娘のためなら死んでも良いと考えていた嘉一郎であったが、没後のことが頭をよぎる。
その先のことを考えるのを、紅の行く末を考えたくなかったのかもしれない。
憂いにざわめく薄黒い湖に、御形は一石を投じるのであった。
「…しかし、その後はどうする、どうなる?」
胸の内を見透かしたかのような一言。
顔を上げ、嘉一郎は見つめる。
その眼差しを真摯に受け止め、御形は続ける。
「周りを巻き込み、一切合切滅茶苦茶にして滅ぼされる未来を、許すというのか?」
真逆、とご大層に首を振る御形。
「お主は、己の死んだ後は知ったことではない、などと言えるような者ではあるまい」
老紳士に視線を返す邪神の面持ちは、確固たる自信に満ちあふれていた。
その表情とは対照的に、嘉一郎の顔には翳りが見え始めていた。
彼は迷っていた。
おそらく、自分が死ぬことは受け入れることが出来ていたのだろう。
だが、関係の無い人々を間接的に殺めることも、彼には受け入れがたいのだ。
彼は優しき人物だ。
だからこそ、娘と再び離れるのが辛いのだ。
咳き込んだ手をじっと見つめる。
だが……だからこそ、娘一人のために無辜の人々を犠牲にしてよいのか。
幸か不幸か、死の先触れが彼の心に理性を働かせていた。
長い沈黙が部屋を包んでいた。
彼の熟考に御形は口を挟まなかった。
「此処が最悪を避ける分水嶺であるぞ、よく考えてくれ」
ただ、彼の決断の後押しをするのみである。
「私は……」
華族、久遠寺・嘉一郎。
彼の心中で親子の情と人の情がせめぎ合うのであった。
成功
🔵🔵🔴
寧宮・澪
WIZ
悲し愛し、親心ー……。
けれどずっとは、無理でしょね。
せめて、もう一度出会った時間は、慰めであるようにー……願います。
嘉一郎さんの、娘さん、大切に思う気持ち……失いたくない、気持ちも。
我儘であっても、それは……貴方の情でしょう。幻想だとわかっていても。
けれども、これから先……ずっと、娘さん、紅さんを……別荘に閉じ込めておくつもりでー……?
望みを、叶えて上げたいなら……息子さんと、見込んだ方に、会わせてあげるよう……影朧として迷った現世から、転生の輪に戻してあげるのは。
親の愛でありー……役目では、ないでしょか……。
なので、居場所を……教えてください、なー。
私達、ユーベルコヲド使いに。
四王天・燦
WIZ
名刺と猟兵の証―桜の代紋なり見せて座らせる。
「紅はアンタも死に追いやる。次は友達。死を撒き続け、やがて魂が闇に堕ちる呪いだ。断ち切ろうぜ?」
と切り出すが後は嘉一郎の心次第
「とりあえず毒気に中てられても体が持つようにしよ」
医術や破魔の符を貼りまくる。
果たして助かる状態か見極める。
(死相が…)
「このままアタシらだけで解決したら…きっとアンタが死人に憑かれたままだ」
だから一緒に紅に会って欲しいんだわ。
紅と嘉一郎が二人とも呪いから解かれないと…輪廻の果てで再び家族になれないんじゃないかな、なんて思うのさ
「それと聞き分けない子に説教するのは猟兵じゃなく親の仕事さ」
親の役目を他人に渡しちゃいけねーぜ
考えあぐねる嘉一郎。
そしてまた別の何者かが、部屋へと入ってくる。
彼が尋ねる前に、入ってきた二人は猟兵の証を見せて己を証明してみせた。
「アタシは四王天・燦、そしてこちらが寧宮・澪、同じくユーベルコヲド使いさ。立ち話ばかりで疲れたろ? まあ座りなよ」
燦は彼に椅子をすすめ、自分も座り彼を見据える。
嘉一郎は薦められるままに座り、燦と寧宮を一瞥した。
目が合った寧宮は、静かに会釈する。
その姿に嘉一郎は思い出した。
「君は……そうか、すでに娘は君たちの知る処だったというわけか」
深くため息をつく嘉一郎。
その姿に、申し訳ありませんが、と寧宮は目を細めた。
「嘉一郎さんの、娘さん、大切に思う気持ち……失いたくない、気持ちも。我儘であっても、それは……貴方の情でしょう。幻想だとわかっていても」
「だが、わかってるだろうが紅はアンタも死に追いやる。次は友達。死を撒き続け、やがて魂が闇に堕ちる呪いだ。断ち切ろうぜ?」
寧宮が説くと燦も後押しするように口を開いた。
彼は決断を迷っている。
当然だ。
だから無理強いすることはしない。
どんな方法であれ、彼が納得する形で結末を迎えて欲しい。
そう二人は願っていた。
椅子に座り、考え込む嘉一郎は己の手をじっと見つめていた。
それが急に咳き込み、ハンカチで口を押さえる羽目になる。
急いで駆け寄る燦。寧宮も後に続く。
懐から医療用の符を取り出し、彼を介抱しようとする。
「大丈夫、ですかー……?」
「ああ、アタシの符は天下一品だぜ」
軽口を叩く燦であったが、内心は暗い。
符術を施すために直に触って分かったが、彼の身体は年齢以上に痩せていた。
毒は確実に彼を蝕んでいる。
応急的な処置は施せるが、症状を無くすには元凶を絶たねばなるまい。
このような舞踏会にも平然と出席するのも、娘と離れたくない精神故か。
「そういえば、立ち話、でしたねー……」
歓談する彼の姿を見た者はいても、踊る姿を見た者はいなかった。
もしや、激しい運動などは難しくなっているのではないか。
介抱される嘉一郎の姿を見て、寧宮はそう感じたのだった。
嘉一郎の息の荒さが静まっていく。
「君らには助けて貰ってしまったな、すまない」
「いや、これから助けるのさ。アンタをな」
身体のことにはついぞ触れず、燦は気にするなと軽く手をあげた。
平静を取り戻したところで、、寧宮が言葉を発した。
「自分の、お身体は……自分が、御存知。けれども、これから先……ずっと、娘さん、紅さんを……別荘に閉じ込めておくつもりでー……?」
嘉一郎が倒れたあと、娘をどうするか。
それを寧宮は尋ねているのだ。
「過去の、残り火だと、貴方は、仰いました……。それは、きっと貴方が、倒れても……この世にくすぶり続ける、でしょうねー……。これから先……ずっと、娘さん、紅さんを……別荘に閉じ込めておくつもりでー……?」
静かに嘉一郎を見つめる寧宮。
その双眸が彼に問いかけている。
影朧は人では無い。
今でないにせよ、嘉一郎が影朧より早く亡くなることは変えられない。
だからこそ問うのだ。
この世に一人娘を、たった一人にして永遠に残すかと。
はたしてそれは、親子の情と言えるのだろうかと。
「望みを、叶えて上げたいなら……息子さんと、見込んだ方に、会わせてあげるよう……影朧として迷った現世から、転生の輪に戻してあげるのは。親の愛でありー……役目では、ないでしょうか……」
そう問いかける寧宮の目を、怖じ気づに見つめ返す嘉一郎。
「このままアタシらだけで解決したら…きっとアンタが死人に憑かれたままだ」
横から燦が口を挟んだ。
「だからさ、アタシらと一緒に行こうぜ。紅の元へ」
続けた燦の言葉に、寧宮がその耳に口を寄せた。
「危険では、ないでしょうかー……?」
彼女の疑問は当然だ。
戦闘になるかもしれぬ場所に、父親といえど一般人を誘うというのだから。
寧宮の疑念を払拭しようと、今度は燦が耳打ちをするのだった。
「影朧ってのは転生の可能性があるとは聞いた。けど、紅と嘉一郎が二人とも呪いから解かれないと……輪廻の果てで再び家族になれないんじゃないかな、なんて思うのさ」
呪縛から解き放つには嘉一郎の勇気、すなわち彼も立ち会う必要があるのではないかと燦は考えていたのだ。
寧宮とて影朧を転生へと導くつもりではいたが、それでもやはり抵抗は拭いされなかった。
思案している彼女が結論を出す前に、嘉一郎が椅子から立ち上がり気持ちを吐き出した。
「……正直、迷っていた。娘をまた手放すこと、そして私が死んだ後のこと。ずっと側に居て欲しいと願ってはいるが、相反する感情に悩んでいた」
憮然と、しかし顔をそむけることはせずに二人を見る嘉一郎。
そこには憔悴した老紳士ではなく、困難に立ち向かおうとする華族の姿があった。
ふう、と寧宮がため息をつく。
このままでは彼も一緒に行くことになるだろう。
影朧が危険と分かれば、彼を護ることも考えねばなるまい。
それを燦は理解しているのであろうか。
しかし、彼はその気になりはじめている。
ここはそれを利用し、案内させるのが先ではなかろうか。
寧宮はそう判断し、内心の葛藤を悟られぬこともなく、いつも通りの茫洋とした声で、嘉一郎に頼んだ。
「なので、居場所を……教えてください、なー。私達、ユーベルコヲド使いに」
「それと聞き分けない子に説教するのは猟兵じゃなく親の仕事さ」
燦も続けて彼に頼んだ。
ここまで説得にあたっていたが、肝心要の役は嘉一郎がするべきだと、彼女は考えていた。
未練があるからこそ、霊はこの世にしがみつく。
そして、あの世に行こうとする霊を引き留めるのもまた、生者の未練なのだ。
これを乗り越えずして事件の解決はない。
そう燦は考えていた。
(他の猟兵はなんて言うかなぁ……)
馬鹿げたことをと、非難されるであろうか。
「ま、そん時はアタシ一人でもやるしかないね」
両拳をぎゅっと握りしめる燦。
そして、嘉一郎が長い長い思案の末に、ようやく口を開いた。
「……わかった、君らを娘の元へと案内しよう」
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 ボス戦
『『死人花の災厄』久遠寺・紅』
|
POW : 花言葉は『諦め』
自身の装備武器を無数の【許婚の居ない世界全てを蝕む猛毒の彼岸花】の花びらに変え、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
SPD : 花言葉は『想うはあなた一人』
自身が【害意や許婚が帰らない悲嘆】を感じると、レベル×1体の【見れば狂気に陥る彼岸花に埋もれた屍人】が召喚される。見れば狂気に陥る彼岸花に埋もれた屍人は害意や許婚が帰らない悲嘆を与えた対象を追跡し、攻撃する。
WIZ : 花言葉は『また会う日を楽しみに』
対象への質問と共に、【許婚により封じられた呪符の綻び】から【自身からレベルの二乗m半径を覆う彼岸花】を召喚する。満足な答えを得るまで、自身からレベルの二乗m半径を覆う彼岸花は対象を【無機物も有機物も朽ち果てさせる猛毒の香気】で攻撃する。
イラスト:久佐葉
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「黒玻璃・ミコ」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
猟兵達は嘉一郎と共に汽車に揺られて帝都の外れへと。
辿りついた場所は、自然の多い景色が立ち並ぶ。
そこは避暑地と呼ぶべき場所か。
林の先に小高い丘が見え、洋館が建っている。
「あそこだ。あそこに紅……、影朧が住んでいる」
嘉一郎は道すがら、猟兵達に所持物を渡そうとする。
一つは死亡診断書。
医師が許嫁と紅を看取った時に書かれた物であり、カルテが同封されていた。
一つは一対の婚約指輪。
二人が荼毘に付したときに、形見として預かっていたものだ。
一つは弔辞の文
学友が葬儀の際に読み上げたものだ。
それらを見つめ、嘉一郎は嘆息する。
「屋敷から持ってきた物だ。それを使うかどうかは自由だ。君たちの好きにするが良い」
それらを渡した嘉一郎は前を歩き、館への道を先導する。
重苦しい門構え。
その錠に鍵を差し込むと、軋んだ音を立てて扉が開く。
館へと踏み入ると、どこからか音楽が聞こえてくる。
おそらくレコヲドだろうか。
優雅な曲が館内の一室から流れ、その音に案内されるように一行は進む。
曲は段々と大きくなり、誰かの声も混ざってきた。
そして、その音が発生している部屋の前へと辿りついた。
意を決し、ドアを開けると、そこには娘がいた。
曲に合わせ、誰かと手と手を合わせ踊るような真似をしながら、娘がいた。
くるりと転向すると、猟兵達と目があった。
娘は驚き、そして優雅にスカートをつまみ上げてお辞儀する。
「あら、来客とは珍しいわ。初めまして、久遠寺・紅と申します。ご機嫌いかがでしょうか?」
愛らしい無邪気な笑顔を浮かべ、紅は突然の来訪者を警戒するでもなく応対する。
猟兵達は影朧 『死人花の災厄』久遠寺・紅 と遭遇した
※プレイングは12/13(金)8:31~以降に送信してくださるようお願いします
※上記ユーベルコードを読んでいただけば分かる通り、説得敵対問わず彼女は周りに被害を及ぼしかねない攻撃を使用してきます
※その点を踏まえ、嘉一郎を説得に参加させるのかお考えください
※特に記載がなければ彼は戦闘エリアから離脱扱いになります
※紅の魂を鎮め転生を願うか、オブリビオンとして骸の海へと還すか、どちらかで結末が若干変わります
テイラー・フィードラ
……私は影朧だろうと過去の残骸であろうと構わん。所詮は他人だからだ。
だが、嘉一郎。貴殿は違うのであろう?やりたいことがあるのならばやれ。参加するのならば好きにしろ。納得と情動は別物だ。
礼を正し紅を『人として』挨拶、その上で剣を取り敵意を見せる。奴は困惑するはずだ、何故、と。それを分からせる。
死亡診断書を読み上げ、此処に居るお前は影朧だと突きつける。それを理解したか、否定する為か暴れるはずであろう。
ならば俺は、それを止めるのみ。あ奴の背後より、寿命を代価に悪魔の手を召喚。無理やりでも奴のUCの行動を縛り付ける。それでも暴れるのならば、剣を手足に突き刺して更に拘束。
……嘉一郎、説得するなら、今だ。
四王天・燦
嘉一郎に許嫁の名を聞き外で待ってもらう。
「彼の術を補強したら呼ぶよ」
紅に名乗り容態を診る。
許嫁と紅自身の死を漏らし指輪を預ける。
「今の紅は死を撒く―呪われている」
紅と屍に破魔の符で対処。
「鎮まってよ。このまま魂が独り歩きしちゃ家族も許嫁も友達とも、輪廻の因果が離れちまう」
狂気耐性と気合で符術『魔封じの儀』を施し「嘉一郎!」と呼ぶ。
らしくないが男―嘉一郎を危険からは庇う。
「ありたけ想いを伝えろ!」
「仙がまたおはようを言いたいってさ。また友達になってよ」
弔辞を渡し呪詛の符で命を断つ。
紅の言葉は仙に伝える
許嫁の墓に手合わせ。
「アンタだろ…同じ符術士、封呪を扱えるアタシを導いたのは。満足して成仏しな」
御形・菘
今は邪神の姿であるからな
怯えさせんよう、まず話の取っ掛かりは皆に任せるとしよう
少なくとも先制攻撃を仕掛ける気は無い!
お主がどうしたいかは聞いておくぞ
事ここに至ってしまったら、選ぶ道が二つしかないのは分かるか?
好きに選べば良い、少なくとも妾はその意思を尊重しよう
ただ、妾としては、お主のようなエモい戦法を使う者とバトれるのは実に喜ばしいが
…『私』としての本意ではないよ
弔辞の文はここで出すとしようか
嘉一郎がお主を、命を削りギリギリまで庇った理由、話をしてよく理解できた
そしてそれは、お主の父親だけではないよ
お主は皆に愛されていたのだ
妾たちの感情は気にするな、だが親しき者たちの気持ちは考慮してやってくれ
寧宮・澪
嘉一郎さんが、離脱するならそのままで。
来たいと言うなら止めませんし、守りましょね……庇える位置に、ついておきましょか。
Resonanceで傷を癒やしつつー……。
紅さんの攻撃は、歌って風を起こしてー……嘉一郎さんに、仲間に届かぬようにー。オーラ防御と合わせて、守りましょね。
それでも嘉一郎さんに届くなら、私が庇いましょ。
紅さん、ここにいても、許婚には会えませんよー……この世界にはいないんですよ。
死んだものが、正しい形で還って来ることなんてないんです。
ご自分の死を、愛し君の死を、認識しましょー……居ない世界は哀しいから、会える世界を目指しましょか……。
証拠を示しつつ、話しかけ、転生願います。
「嘉一郎、許嫁の名は?」
四王天・燦は彼にむかって尋ねた。
「……蒼士、だが?」
それを聞くと燦は退室を促す。
「娘さんとの説得はきっとアンタが鍵だ、そしてアタシ達が状況を作る。だからそうなるまでちょっと離れていてくれ」
娘と、猟兵達を一瞥し嘉一郎はうなずき部屋を出ようとする。
その背に、テイラー・フィードラが声をかけた。
「……私は影朧だろうと過去の残骸であろうと構わん。所詮は他人だからだ。だが、嘉一郎。貴殿は違うのであろう?やりたいことがあるのならばやれ。参加するのならば好きにしろ。納得と情動は別物だ」
舞踏会で会ったときの礼服ではなく、鎧とマントに身を包んだテイラーの姿は、彼とは違った覚悟を決めていた。
それゆえに、背中を推したのだ。
影朧は我々が対処する。しかし娘を説得するのは親の役目だと。
寧宮・澪は去ろうとする紳士の姿を見つめていた。
彼がどうするのか、それはわからない。
だが彼が勇気を出し、この部屋に再び踏み込むというのなら、その時は寧宮は庇うつもりであった。
舞踏会で眠りに落ちた嘉一郎の顔は穏やかであった。
「出来ることならば、もう一度、みたいですねー……」
誰に言うとでもなく、寧宮は呟くのだった。
御形・菘は黙して語ろうとはしなかった。
彼女もドレスでは無く、猟兵としての姿、蛇体となって紅と仲間達の行動を見守っていた。
今はまだ討つときではない。
他の猟兵達が説得を試みようとしている。
ならばまずは様子を見ようと、御形は両腕を組んで事を見据えていた。
まずはアタシが、と燦が前に出た。
「こんにちは。アタシの名前は四王天・燦。後ろにいる輩はアタシの連れさ。館に籠もりがちなお嬢さんが身体をどこか悪くしてないかお父様に頼まれてね」
「まあ、そうでしたの」
紅は納得したかのようにうなずき、椅子に腰掛けた。
その手を取り、燦は容態を調べる。
詳しく見ずともその異常はすぐに気づいた。
紅の脈は動いておらず、体温も感じることも無い。
いわば、動く死体といった処か。
大人しくしている彼女は、こうしてみればなるほど、年頃の娘だ。
だれがオブリビオンだと、影朧だと、信じられるはずもない。
だが、事実なのだ。
燦が他の猟兵に目配せをする、ここからが本番だと。
「紅さん、容態を診させていただきました」
「ええ、それでどうでしょう。悪い処はありまして?」
その言葉に切ない痛ましい返事を燦は返す。
「紅さん、貴女は死んでいます。そして婚約者の蒼士さんも」
嘉一郎から預かった指輪を、そっと差し出す。
「今の紅は死を撒く―呪われている」
そう診断を下すのだった。
「燦さん、何を……御冗談を」
「だが事実だ」
困惑する紅に低く言い切り、テイラーが前へ出る。
「遅れて名乗る非礼をまずは詫びる。私の名はテイラー・フィードラ。貴殿はすでにこの世で亡くなっておられる」
淡々と事実を述べ、剣と書類を取り出すテイラー。
二通の診断書を彼女へと突きつけるのだ。
「読めるであろう、貴殿と許婚が死亡したことを認める医師の診断書だ。貴殿は人ではなく、影朧としてこの世にいるにすぎん」
「嘘、嘘よ……みなさん、何を仰って……これは、どういうこと」
影朧といっても、か弱い娘の経験しかないのであろう。
わなわなと身体は震え、事実を受け入れ難いようには思えなかった。
「妾たちはユーベルコヲド使い、すなわち影朧を狩る者である」
今度は御形が前に出る。
「お主は影朧、それは揺るぎのない事実よ。だがお主がどうしたいかは聞いておくぞ」
翼をひろげて身体にオーラを纏い始める御形。
だが彼女は自分から手を出すことを良しとはしない。
「事ここに至ってしまったら、選ぶ道が二つしかないのは分かるか? 好きに選べば良い、少なくとも妾はその意思を尊重しよう。ただ、妾としては、お主のようなエモい戦法を使う者とバトれるのは実に喜ばしいが……『私』としての本意ではないよ」
その顔には一抹の寂しさが浮かんでいた。
出来れば彼女を殺めたくはない。
言葉にも彼女の胸の内がありありと込められていた。
「ちっ」
テイラーが舌打ちをし、書類を捨てて剣を抜いた。
一堂より早く彼は気づいたのだ。
目の前の娘が、魔物と化していくのを。
「嘘…嘘よ……認めない、認めないわ……」
瘡蓋が自然に剥がれるが如く、紅の肌が剥がれていく。
ボトリ、ボトリと床に落ちたそれは腐臭を放った。
すると臭気に触れた部屋の丁度品が、カビがつくようにうっすらと粉を吹き、それはたちまち蕾となって花開いた。
紅い花、彼岸花。
その香気は部屋を瞬く間に包み込み、猟兵達は咳き込んだ。
喉を焼かれ、肺を痛みが奔り四肢の神経へとそれは伝わっていく。
これだ。
これに嘉一郎は蝕まれたに違いない。
「これは、いけませんねー……」
謳匣を懐から取り出し、寧宮はその喉から歌を奏でた。
その清涼な歌声は風をおこし、香気を飛ばす結界を自分と猟兵の周りに作り出す。
歌は祈り。
仲間を護るため。そして紅を鎮めるため。
この毒の香気を吹き飛ばすために、寧宮は両手を合わせ、祈るように歌う。
気のせいか、その身は桜色に淡く輝いていたのだった。
燦も仲間とと自分に符を張った。
毒の嗜みもある彼女は、それに対抗する符術も施せるのだ。
とはいえ詳細がわからぬ今は、軽減させる汎用的なものしか施せないが。
それでも、対抗しうる策としては充分であろう。
「これである程度毒に耐性は出来るはずだ! 悪いけど痛みは我慢して!」
「言われなくてもこの程度、痛痒に感じぬ」
「邪神たる妾に毒などと、ある意味相応しくもあるなぁ、はーっはっはっは!」
それぞれの武器を構え、紅と対峙する猟兵達。
その先に変わり果てた紅の姿があった。
剥がれ落ちた肌の隙間から、何かの印を施された符が見える。
そして疵口から鮮血が零れ滴り、紅い紅い花を次々と咲かせていく。
それは家族の一人娘、久遠寺・紅ではなく、この世に災厄をまく死人花と呼ぶにふさわしい姿であった。
「消えて! 貴方達!」
異形と化して拒絶の意志を明らかに、紅は吼える。
だがその申し出を拒否するかのように、御形は高く嗤い悠々と歩を進ませる。
「出来ぬ相談だな! なぜなら妾は嘉一郎がお主を、命を削りギリギリまで庇った理由、それが対話をすることでよく理解できたからよ!」
紅を中心に更に部屋は赤く染まっていく。
花は咲き乱れ、風に逆らって宙に浮くのだ。
そして花びらは鋭利な刃と化して御形を切り刻む。
鮮血を滋養としてか、彼女の表皮にも紅き花が咲き始める。
だが御形は歩むことを止めない。嗤うことも止めない。
撮れ高のために身体を張るのは当然だからだ。
緞帳が上がれば観る者を惹きつけるまで舞台を下りてはならぬのだ。
それこそが国民的スタア、この逆境を乗り越えてこそ当然の存在なのである。
「そしてそれは、お主の父親だけではない! お主は皆に愛されていたのだ! 妾たちをどうこうしようと其の方の勝手、だが親しき者たちの気持ちは拒絶するでないぞ」
経文を開くが如く、手紙を開く御形。
邪神の啓示を信者に伝えるように、朗々とその中身を読み上げるのであった。
それは弔辞であった。
紅の学友たちがその死を哀しみ、惜別を伝えるための手紙。
言葉は人の心を打つ。
スタアである御形はそれを良く理解していた。
鮮血に塗れる御形の姿。
寧宮の歌声が穏やかな風となってその肌を拭う。
撫でられた傷口は塞がり、彼女の肌に咲き始めていた紅い花は、しだいに枯れて床へと散り散りに落ちていった。
弔辞は紅の心を打った。同時に哀しみも。
「どうして……なんで、皆そんなことを言うの……?」
すすりなく紅。
涙が床に咲いた花へと落ちる。
哀しみは異形を、狂気を生むのか。
次々と花が盛り上がり、人の形を取って叫んだ。
それは屍人。
見る者を狂気へと追いやり、奈落へと引きずる者。
そしてそれは紅以外、生ける者にむかって襲いかかってきたのだった。
「無粋、あまりにも無粋」
死者を送り出す弔辞の言葉を、邪魔はさせぬとテイラーは剣を振るう。
花を摘むが如く、いともたやすく剣士は異形の群れを刈り取っていく。
だがいかんせん数が多い。
紅の身体から生まれる花々は、他の存在を蝕んでいく。
「やむをえんな……」
異形には異形、悪には悪。
テイラーは剣で己の頬を斬りつけた。
「契約により、出でよ……俺の命を喰らうがいい」
空間が歪む。
瘴気とも呼ばれる黒き霧がテイラーを覆うよう出現する。
そこからさらに濃く黒い影が現れ、触手のような長い舌で彼の頬をべろりと舐めずった。
「そして悪魔よ、そいつの動きを止めろ!」
心得た、とばかりに口の両端をつり上げ影は笑う。
影と一緒に霧が晴れる。
今度は紅を包むかのように彼女の周りに出現し、その霧から黒い手がとめどなく溢れ、捕縛する。
「きゃあっ!?」
悲鳴をあげる紅。
痛みはないが、捕まれた箇所箇所から力が抜けていく。
それは紅が花を出現するのを止めさせ、次の花が開くのを防いだのであった。
テイラーが咳き込む。
毒の香気を吸い込んだとは別の、赤い血を吐くのを押さえ彼は口を拭う。
「むせるな、ここは」
状態を仲間に悟られる前に、テイラーは残る屍人の群れにむかって突撃していく
寧宮の歌声が後ろより響く。
それは黙して明かさぬ彼の心を満たし、後押しするのであった。
拘束され自由が奪われた紅の耳に、弔辞を読み上げる御形の声が聞こえる。
多くの弔辞が読み上げられていく。
学友たちの追悼の言葉。それはやはり、人の心を打つ。
影朧である紅に、人の心を取り戻させていくのだ。
――なぜ紅が亡くなったのか。神様を張り倒してやりたい。
そこには仙が読んだ弔辞もあった。
理性を取り戻していく紅。
そのうちに花は枯れ萎んでいく。
「仙……仙ちゃん……そういえば私、なんで元気なんだろう」
過去の記憶が紅によぎる。
病に伏せった自分を励ます友人達、蒼士、父親。
彼らの心配する表情に申し訳ない、不甲斐ないと思っていた。
こんな身体で、迷惑をかけてばかりで申し訳ないと、いつも思っていた。
それがなぜ、なぜこうも元気なのか。
目の前に対峙する人達は、何故傷ついているのか。
縛られている自分の身体を見つめる。
そういえば、何故私は、私は、こんな身体なのであろうか。
理解、そして嫌悪。
自分が忌むべき存在に変わってしまったことに、少女は泣き叫んだ。
「嫌ああああああああ!」
拘束された紅の身体がトランポリンのように弾む。
テイラーの顔が苦味を増す。
彼はもう片方の頬も傷つけ、彼女の声に負けないくらいに咆哮した。
「悪魔よ! 押さえつけろ!」
そして自らは剣を取って紅の両足を突き刺した。
テイラーの顔が苦痛に歪むのは、悪魔を操るが故か。
暴れる紅にむかって燦が叫ぶ。
「鎮まってよ! このまま魂が独り歩きしちゃ家族も許嫁も友達とも、輪廻の因果が離れちまう!」
絶叫する紅に誘われるかのように、再び現れた屍人も叫ぶ。
それは猟兵たちの思考をも歪ませる、彼方よりの叫びであった。
その合唱に、独奏である寧宮の歌声がかすむ。
「お主の本心はそれか? そうなのか? 泣け! 喚け! そして心の内を曝け出すがよいぞ!」
狂気、毒気、そして激痛。
それらを物ともせず、御形は紅へと駆け寄る。
行く手を遮ろうと壁を作る屍人共。
「握手券を持たぬ輩は寄るでないわ!」
強力な尾撃の薙ぎ払いによって吹き飛ばされる屍人たち。
その一体が吹き飛ばされた先には窓。
突き破って飛び散った窓枠から、桜の花びらが部屋の中へと舞い散った。
桜の香が、部屋を一瞬浄香したような気がした。
そして、御形が紅を抱きしめて耳元で囁く。
「……そして、その激情を嘉一郎さんにぶつけるのです。反抗期は……誰にでおるものですから」
父親の名を呼ばれ、紅の目に理性が宿る。
燦が三枚の符を取り出し、紅へと投げつけた。
頭部、腹部、脚部。
「御狐・燦が命ず。符よ、これをもって魔封じを為せ!」
魔封じの儀を施し、紅の力を削ぐ。
殺しはしない。それは燦の、嘉一郎の望みでは無い。
そしておそらく他の猟兵も同じ。
ならば、ギリギリまで力を封じるだけだ。
部屋の花々、屍人たちは猟兵達の抗戦によって失われていた。
そして新しい花を生み出す力も。
この状況を猟兵達は必死で作りあげたのだ。
そして事を成すのは、燦の役目では無い。
「嘉一郎!」
燦が叫ぶ。
「ありたけ想いを伝えろ!」
テイラーも続く。
「……嘉一郎、説得するなら、今だ」
「素晴らしい撮れ高を期待しておるぞ」
いつもどおりの、邪神たる嗤いを浮かべ御形が促す。
寧宮も、仲間と嘉一郎を護るために一層の声を張り上げる。
悲しき娘の路をつくるために、歌風の道筋を。
そして猟兵たちに誘われ、嘉一郎が部屋へと入って来たのだった。
「紅、入るよ」
優しい声。しかしそれには哀しみがこもっている。
紅は抵抗するのを止めて、理性を取り戻した眼で嘉一郎へと声をかける。
微笑み、親しげに。
「お父様、こんにちわ。今日も良い日和ね」
窓から流れてきた桜の花びらのような、柔らかい笑顔。
娘の笑顔の成分が移ったように、父親もまた微笑む。
「ああ、良い天気だ。紅よ、調子はどうだい」
「別段どうもしてないわ。ただ……」
眉を顰める娘。
「……私、死んでしまったのね」
その声には、現実を受け入れた含みがあった。
すまん、とうなだれる嘉一郎。
「ああ……本当だ。お前は死んだ。そして……彼もな」
頭をさげる父親の姿は、娘に謝っているかのように見えた。
「嘘…と言いたいところですけど、事実なのですね」
哀しく、そして優しく紅は笑う。
彼がつけているはずの指輪。
死亡診断書。
学友たちの弔辞。
そして……いつ見につけたかわからない異形の力。
冷たい気持ちが紅を支配していく。
嘉一郎は前に進み、娘へと両腕を広げる。
それを察した猟兵は、紅の拘束を緩めた。
猟兵達が見つめる中で、父親は愛娘をしっかりと抱きしめる。
「お前が戻ってきてくれたときは嬉しかった。と同時に失いたくなかった。二度もお前を失うなどと、私に出来るはずがないじゃないか」
涙ぐむ嘉一郎。
猟兵達は言葉を発しない。
父娘の抱擁をただ、見守っていた。
「……だが、ああ、だが……お前に悲しい事実を告げなければならない。お前は人に仇なす存在となってしまった」
「影朧、ですね」
紅の肩に滴が落ちる。
両目から零れ伝わり落ちた涙が、紅の衣服を濡らす。
紅はやさしく父親を抱きしめ返すのであった。
「静養地で療養でしたっけ。ここに住まう理由は。でもそれは嘘でしたのね」
影朧と化した紅は、その意がなくとも人々を傷つけてしまう。
それを恐れた嘉一郎は、こうやって娘を籠の鳥としたのであろう。
「今になって色々と、合点がいくことばかり……ねえお父様、正直に答えて」
「ああ」
首を縦にふる嘉一郎に、紅は静かに問いかける。
「私は、誰かを傷つけてしまったのかしら」
「……ああ」
「彼を、お父様を?」
無言で頷く嘉一郎。
娘は続ける。
「私は悪い子だったのかしら」
「そんなはずはない、お前を邪険に思った事など……絶対にない!」
思わず抱きしめる腕に力が入る。
「私が消えたら……また、どこかで、お父様と会えるのかしら?」
娘の問いかけに、嘉一郎は即答する。
「当然だ、お前は私の娘、たった一人の、妻と私の愛娘なのだからな!」
大きく、はっきりと力強く答えた父親の言葉に、紅は満足そうに頷くのであった。
仲間たちによって紅の力は封じられている。
彼女から彼岸花がひとつ、またひとつと剥がれていく。
それを確認し、寧宮は歌うのを止めた。
あそこに見えるは影朧ではない。
親子の、愛ある抱擁だ。
寧宮は近づき、紅に語りかける。
「紅さん、ここにいても、許婚には会えませんよー……この世界にはいないんですよ。死んだものが、正しい形で還って来ることなんてないんです。ご自分の死を、愛し君の死を、認識しましょー……居ない世界は哀しいから、会える世界を目指しましょか……」
寧宮の手には小箱があった。
それは燦が差し出した婚約指輪であった。
「癇癪、起こしましたけど、無くさないで、良かったですねー……」
寧宮は笑った。嘉一郎も苦笑する。
「あまり、我が儘を言わない子でしてな」
寧宮から指輪を受け取り、その指にはめてやる嘉一郎。
符だらけの肌。しかしそれを笑う者はここにはいない。
もう一対の指輪が入った小箱を紅に手渡し、そして今度は死亡診断書を渡す。
それを拒否せず受け取り、見つめる紅。
彼女は何も言わなかった。寧宮も何も告げず離れる。
香気は薄れ、外から入ってきた桜の風によって、部屋は柔らかい空気に包まれていた。
窓に近寄り、寧宮は歌う。
それは送る言葉。
転生を願う、祈りの歌であった。
ありがとう 貴方が生まれて 来てくれて
貴方の眼差しが 柔らかくて
桜の花も 頬を染めるの ほらみてごらん
あんなにあざやかに
誰もが ほら 見上げてるわ 桜と一緒に貴方のこと
もし 私が この世にいなくても
きっときっと また会えるはず
貴方の眼差しを 覚えているから
桜の花びら 散った先に ほらみてごらん
猟兵達、と嘉一郎は黙ってうなずき、それを聞いている。黙祷を捧げるように。
抱擁を解き紅が離れる。
「お父様」
「なんだい?」
「紅は、お父様の娘で、幸せでございました」
そう告げ、今度は猟兵の方に向き直る。
「皆様、ご迷惑をおかけしますが、今の私は影朧。この世の理から外れたモノ。どうか皆様の手で、始末をつけてくださいませ」
一礼する紅を名残惜しそうに見る嘉一郎であったが、やがて離れ後ろを向く。
覚悟は決めても、やはりその瞬間を見るのは辛いのであろう。
テイラーが無言で剣を握る。
汚れ役を引き受けるのであろう。
だが、それを静止し燦が前に出る。
「仙がまたおはようを言いたいってさ。また友達になってよ」
弔辞を渡し、にっこりと微笑む燦。
その手には対魔の符が握られていた。
燦もまた、悪役を受けようというのだろう。
テイラーは柄に手をかけたまま、一歩引いた。
「仙ちゃんと私、また……友達になれるでしょうか」
その言葉に、燦は満面の笑顔で答える。
「当たり前だろ?」
「ありがとう。じゃあその時は私も、おはようって返したいな」
紅は微笑み、そしてテイラーを見て頷いた。
無言でうなずき、剣を構えるテイラー。
符が華族の娘を穿ち、剣が介錯をする。
ほどなくして部屋には猟兵たちと嘉一郎の姿のみ。
がっくりとうなだれ泣き崩れる彼の姿を見ながら、御形は呟く。
「天晴れ、さすがは華族。大和撫子よ」
その眼は邪神に似つかわしくない、いつくしむ顔であった。
寧宮は歌う。謳匣を手に持ち窓から突き出しながら。
シンフォニックデバイスは緩やかに歯車を軋ませながら音を奏でる。
主と一緒に、転生を願う歌を。
ありがとう 貴方が生まれて 来てくれて
貴方の眼差しが 柔らかくて
桜の花も 頬を染めるの ほらみてごらん
あんなにあざやかに
誰もが ほら 見上げてるわ 桜と一緒に貴方のこと
もし 私が この世にいなくても
きっときっと また会えるはず
貴方の眼差しを 覚えているから
桜の花びら 散った先に ほらみてごらん
●それから~
帝都の共同墓地。
そこに燦の姿はあった。
手を合わせて祈る墓には紅の許嫁、蒼士の戒名があった。
紅との戦いで垣間見えた符。
あれは陰陽の心得がある者の仕業に違いなかった。
紅は呪いで死んだと聞く。
あの符は生前、彼が施した符術ではなかったのだろうか。
もし、もしも影朧に符術が施されていなかったら、紅花の毒は更に増していたかもしれない。
「アンタだろ…同じ符術士、封呪を扱えるアタシを導いたのは。満足して成仏しな」
真偽はわからない。
だが燦は、符術士同士の因縁を感じずにはいられなかった。
生きていれば、彼から何か聞けたのだろうか。
拝むのを終えた燦は踵を返す。
仙に紅の言葉を伝えるためだ。
信じようと信じまいとそれは構わない。
「まだ詳しい連絡先、聞いてなかったしな!」
彼女は明るく笑いながら、帝都の街へと消えていったのだった。
カフェーにて、しばしの休息をテイラーは味わっていた。
依頼は終えた。この世界には用は無い。
迎えが来る前での時間つぶしに、珈琲を一杯頼んでいたのである。
店内のラジヲから、ニュースが聞こえてくる。
「……久遠寺氏は事業を譲り、恵まれない児童のために孤児院を建設することを約束し――」
それは華族、久遠寺・嘉一郎が事業を人に譲り、孤児院の院長として第二の人生を送るというニュースであった。
カップを置き、その報せを聞き入るテイラー。
嘉一郎は親を無くした子供たちの親代わりとして、孤児院を設立するらしい。
「それも、納得の成果か」
桜の精によって影朧は転生出来ると聞く。
いつか生まれ変わって、新しい子供として、娘と巡り遭えるのを期待してのことか。
それとも代替えとしてか。
「縋り付きすぎれば、後は沈むだけだぞ」
冷たく物言い、珈琲を飲み干すテイラー。
彼はカフェーを後にする。
次なる戦いの地。己を高めるためにと。
御形の表情は晴れやかだった。
良き戯事。人の営みであった。
「しかし、配信はちと出来ぬ相談であったな」
苦笑し天地通眼、撮影用ドローンの内容を確認する御形。
撮れ高を期待するという彼女の言に偽りはなかった。
動画配信用として常に記録は怠ってはいない。
それは他の猟兵にも話してはいない。
演技では無く、ありのままの表情が欲しいからだ。
記録映像に、久遠寺親子の抱擁する姿がバッチリと撮れている。
御形は今回の映像を配信する気持ちはなかった。
彼女は邪神でありスタアである。
人の秘密を暴く出歯亀女郎などでは決してないからである。
「致し方なし、やはり怪人をボコってる方が数字が違うからであるしな」
これは妾だけの秘密。
映像の中で見せる久遠寺・紅の笑顔につられ、久遠寺は口の端をつり上げて嗤うのであった。
寧宮は舞踏会場を歩く。
すれ違う人々の中には、同じ年頃の男女も見える。
今日の出来事を愉しそうに、そして明日を夢見ながら。
ありがとう、と影朧は言った。
そして幸せだったと。
厳密に言えば、影朧は久遠寺・紅そのものではない。
彼女の過去、影ともいうべき存在だ。
だがそんなおぼろげな記憶でも、親子の情は切れなかった。
寧宮は天井を見上げる。
窓からは桜の花びらが館内へ。
おそらくは明日も、明後日も、そのまた次の日も、変わらず桜は咲き乱れるのであろう。
この世界の未来の先に、桜は咲き続ける。
彼女が転生したその日にも、桜は舞い続けるのであろう。
寧宮は彼女が、もう一度この世に生まれてくることを願わずにはいられなかった。
そして再び、恋人に逢えんことを。
ここまで考えて、おや? と寧宮は首を傾げた。
「影朧は転生出来ますが、普通の人は、どうなんでしょー……?」
しばし悩み、彼女は疑問を一人納得させた。
恋人同士は紅い糸で繋がっていると聞く。
片方が転生出来れば、もう片方も生まれ変われるに違いない。
そう思い直し、寧宮は目的の場所へと歩きつき腰掛ける。
夜糖蜜の香によってまどろんでいた嘉一郎の場所へと。
彼女は眼をつむり、うつらうつらと夢に沈む。
館内に流れる管楽器を聞きながら。
踊る紅と蒼士、そしてそれを穏やかに見守る、嘉一郎の姿を夢見ながら。
大成功
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