#アリスラビリンス
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●天国と地獄
「ええ!? 本当にやるんですか運動会!?」
「やるっつったらやるんだよ!」
赤絨毯の豪華な部屋に、悲鳴と怒号が飛び交った。
「そんな……! うちの患者さまは大体寝たきりか車椅子ですし、当日は台風が直撃するんですよ!?」
「うるせえ! 全員参加のイベントを毎月やるのは我が社のブランディング戦略なんだ」
――ここは『有栖迷宮病院』。
区分としては療養型病院、つまり、ひと昔前でいう老人病院である。ホテル運営会社を経営母体に持ち、『人生最後のときをリゾート気分で』がコンセプト、なのだが。
「先月だって、炎天下の流しソーメン大会で七人も亡くなったばかりじゃないですか!」
「病床の回転率が上がんだよ!!」
なおも食い下がる女性職員を、なぜか院長よりも煌びやかな『事務局長』のネームプレートが威圧する。
「ナマ言ってんじゃねーぞ覚原、仕事に戻れ仕事に」
「でも、患者さまが風邪にでもなったら……!」
「期限切れのインフル薬と抗生物質があったろ、あれ全員に飲ませとけ」
「えっ、腎機能が落ちてる患者さまにそんなことしたら副作用が」
「言ってる意味がわっかんねーんだよコミュ障が!!」
事務局長の投げつけた真っ赤なスリッパが、覚原と呼ばれた女性職員の顔面にクリーンヒット。この病院では、マーケティングに寄与しない医療従事者に人権は存在しないのだ。
「ううっ、もう限界、こんな職場……」
●現代社会の病巣に鋭くメスを入れてぐりぐりぐりっとね
「アリスがパワハラを受けている」
グリモアベースの一角で、臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)は重々しく告げた。
「繰り返すが、アリスがパワハラを受けている。……アリスラビリンスといえば、ふつーは絵本かアニメみたいな世界な訳だけども」
何事にも、例外というのは存在するもので。
「なぜか時々、現実……というか、アース系世界に酷似した『巣』を形成するオウガがいるみたいでね」
高度な社会風刺なのか、マジックリアリズム的表現なのか、それとも単にオウガの頭がおかしいのか。
この手のオウガは、アリスをすぐに食べようとしない。『嫌な現実』の幻を見せ、自分は上司などの姿に扮して、とにかくアリスを精神的に痛めつけることに固執する、らしい。
「今回はつらい仕事の代表格、介護の現場だね。高齢者が余生を静かに過ごすための小さな病院、……を模したよくわからん世界に、アリスがひとり囚われている」
夏報が手のひらを上に向ければ、アリスの姿を念写したポラロイド写真が一枚浮かぶ。
「御覧の通り、二十歳前後の女の子に見えるね。名札に『覚原(ま)』って書いてあるから、仮にそう呼ぼうか。彼女は自分本来の人生も、異世界に迷い込んだことすらも忘れて、介護士兼看護師兼栄養士兼理学療法士兼薬剤師兼清掃員として酷使されている。――深刻な人手不足なんだよ」
……はたして問題はそこなんだろうか。
首を捻る猟兵たちの姿が見えているのかいないのか、夏報はあくまで真面目に話を続ける。
「激務による肉体的な疲労、理不尽に怒鳴りつけられる恐怖、そして――、なんていうのかな。彼女の強い『罪悪感』を、予知の中で感じたよ。……法令違反を強制するのも、立派なパワーハラスメントの一種だ」
それ以前に犯罪だ。
「バカみたいな状況だと思うかもしれないけど、どうか、覚原(ま)くんを助けてあげて」
謎の任務に手を挙げた勇気ある猟兵たちを前にして、夏報はアルバム型のグリモアを開く。
「まず皆には、病院の中に潜入してもらう。……とはいっても、行き先はあくまでアリスラビリンスだ。アースっぽいのは見た目だけ。適当に同僚だとか見舞い客だとか出入り業者だとか言い張っておけば、誰も深く気にしない」
変装したり、身分証の類を用意する必要は一切ないということだ。ただ病院に紛れ込み、自信満々に振る舞っておけば大体のことはなんとかなる。
――ただし、注意事項がひとつ。
「荒事は駄目だ。オウガらしき人物の前で特殊能力を使ったりするのも、できる限り控えてね。……あんまり向こうに警戒されると、戦う前に逃げられちゃうんだ」
グリモアの予知がそう告げている。――ここでオウガを取り逃がせば、また別のアリスが同じ被害に遭うだけだ、と。
「じゃ、何をするのかというと……。なるべく現実的な手段で、覚原(ま)くんを守ってくれればそれでいいんだ。いつまで経っても彼女の心が折れないとなれば、オウガの側から痺れを切らして、普通に戦うつもりになってくれる」
相談に乗ってあげてもいい。
代わりに怒鳴られてあげてもいい。
あるいは何か――彼女が自信を取り戻すきっかけを、与えることができたなら。
「人の心ってのは複雑なものだし、一筋縄じゃあいかないのかもしれないけど。……敵が正体さえ現せば、あとは殴って解決できるから。そこは気楽にね?」
やや物騒な一言とともに、転移の光が猟兵たちを包むのだった。
八月一日正午
おひさしぶりです、ほずみしょーごです!
今回はアリスラビリンス(?)からお届けします。ゆるゆるギャグシナリオなので、のんびり楽しくご参加くださいね。
各章、冒頭の無人リプレイで軽い状況説明を挟みます。そのタイミングでプレイング募集開始となります。よろしくおねがいします。
1章冒険、2章集団戦、3章ボス戦となります。
まずは皆さん、有栖迷宮病院に潜り込み、つらい仕事に耐えるアリスの女の子『覚原(ま)』くんを事務局長から守ってあげてください。このあたりは、自由な発想でどうぞ!
おあつらえ向きに、オウガの側にはやりたいことがあるようです。運動会とやらを妨害してやるのもよいですね。ただし、戦闘などのあまりにも派手で非現実的な行動を取ってしまうと、オウガの警戒を招きます。最悪、シナリオ失敗に繋がるので注意してください。
まあそのうち奴らの側から暴れ出しますので、あとの章は流れでドーンしてガーンです。とっちめてやりましょう!
第1章 冒険
『嫌な現実の国』
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POW : 嫌な奴の嫌がらせに対して、「アリス」を正面から庇う
SPD : 素早く細工や手回しを行い、嫌な奴の嫌がらせをわかりやすく妨害する
WIZ : 親身になって「アリス」の話を聞き、慰めてあげる
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●渡る世間はラビリンス
有栖迷宮病院。
静かな海辺にぽつりと佇む、小さな療養型病院である。規模こそ大きくないものの、美しい景色と小綺麗な内装が特徴だ。
恵まれた立地と、病院の枠にとらわれないサービス。『人生最後のときをリゾート気分で』。高齢者向けの広告にはそんなキャッチフレーズが並んでいる。
――しかし、それは二重の意味でかりそめの姿。
「えーと、まず抗生物質は風邪にもインフルエンザにも効きませんし、肺炎の予防投与だとしても患者さまへの負担が」
「んなこた聞いてねえんだよ!」
事務局長の投げつけた真っ赤なスリッパが、覚原(ま)……ではなく、彼女の隣で持論を述べる中年医師の顔面にクリーンヒット。
「もう会報の記事もできてンだよ。あとは写真をはめ込むだけね。なんとしてでも全員外に出して運動会の写真を撮れ」
覚原(ま)は唇を噛む。……このままでは本当に、患者たちの命が危ない。
下っ端の自分ではダメでも、医師の話なら聞いてくれるかもしれない。そう考えた彼女はこの中年医師に頼み込み、事務局長室まで同伴してもらったのだ。
しかし結局、事務局長の反応はいつも通りであった。バケツを持たされた学生よろしく、二人並んでちんまりと罵声を聞かされる羽目になる。
「だいたい『患者』ってなんだよ、『お客さま』だろ。これだから理系はダメなんだ」
「ええっ」
「ここは病院じゃなくてホテル。お客さまに体験を提供してんの。わかる?」
「いえ全然……」
「バカじゃねーの! 社会に出たら医師免許なんざ通用しねーんだよ」
「は、はあ」
あまりの理不尽に、覚原(ま)の目が徐々に絶望に染まっていく。まさか、医師を連れ出してきても話が通じないなんて。
――それもそのはず。
ここは既にオブリビオンによって占拠された不思議の国。事務局長は言わずもがな、――死んだ魚のような目で怒鳴られている同僚も、彼女が守ろうとしている患者たちも、数日後に迫った観測史上最大の台風ですら、アリスを苦しめるためにオウガが生み出した『嫌な現実』の幻の一部に過ぎないのだ、
このトチ狂った世界で彼女の味方をできるのは、君たち猟兵だけである。
カイム・クローバー
変装する必要もねぇとはそりゃ楽で良い。オマケに自信満々に振る舞え、だって?尚更、得意分野じゃねぇか。
栄養士という触れ込みで潜入。まずは事務局長に挨拶に行く。
挨拶ついでに茶でも持っていく。仕事が出来る男は気の配り方からして違う。
局長に雑巾の搾り汁をたっぷり含んだお茶を持っていくぜ。廊下やら窓ガラスを拭いた色んな栄養素が詰まってるからな。きっと体に良い。
叱られたら淹れ直すか。…次は熱々のお茶を転ぶ振りして局長にぶっかけるというメジャーなやつ。書類とかびしょ濡れにしてやると面白いな。
とりあえず棒読みで謝っとくか
覚原(ま)に軽くウインク。表立って派手な事は出来ねぇから、せめて笑わせてやるぐらいは…な?
風見・ケイ
【POW】
パワハラを通り過ぎて滅茶苦茶ですが、色々思い出してしまう……。
私は看護師か介護士ということで。
探偵らしく細工や手回しをしても良いのですが、ここは覚悟して、代わりに、又は一緒に怒鳴られることにしましょうか。
恫喝されるのには慣れていますから。
「そういう人たち」からだけでなく、「上」からのもね。
……工作活動って探偵らしいか?
――と、別のことを考えてやり過ごしても良いのですが、ちゃんと申し訳なさそうにしておいた方がこちらに矛先を向けてくれるかな。
それと覚原(ま)さん、お疲れのようなので、
せめて私のおやつから、飴玉やチョコレートだけでもこっそりと。
物を隠すのはそこそこ得意なので。
探偵ですから。
●探偵便利屋危機一髪
「百メートル走1? 寝たきりの患者さんはどうするんですか!?」
「お前らが担いで運べ」
「もう借り物競争じゃないですかあ!」
今日も今日とて、有栖迷宮病院は大騒ぎ。
……というのが、ホームドラマの冒頭であればどんなにかよかったのだろうけど。悲しいかなこれはパワハラの現場である。その上さらに一皮むけば、オウガとアリスの食うか食われるかの攻防だ。
「パワハラを通り過ぎて滅茶苦茶ですが……」
必死の訴えを続ける覚原(ま)の隣に並んで、風見・ケイ(The Happy Prince・f14457)は小さく溜息をついた。
傍から見れば最早ふざけているようにしか思えないやりとりではあるが、……これはこれで、色々と思い出してしまう。当人たちは真剣なのに、繰り広げられるのは不毛なやりとりばかり。病院に限らず、組織の中ではありがちなことだ。
――元警察官としては、身につまされるものがある。
今となっては良い思い出……とも言いがたい日々の記憶に浸っていると、事務局長がこちらに気付き、怪訝そうな視線を送ってきた。
「で、お前は誰だっけ?」
「看護師の風見ですが」
変装する気が微塵もないスーツ姿で、ケイはきっぱりと言い切った。グリモアベースではそれで大丈夫だと説明されたし、堂々と行こう。
「いや。介護士のほうがよかったかな」
「どっちでもいいが、挨拶もせずに入ってくるんじゃねえよ」
一応、部屋に入ってきたときにしっかり挨拶はしたのだが。……涼しい顔で、言葉を飲み込む。あらゆる状況を鑑みて、そんな反論には意味がない。
今の職業らしく――『探偵』らしく、裏でこっそりと細工や手回しをする選択肢もケイにもあった。しかし、ここは覚悟のしどころだろう。疲弊している覚原(ま)の代わりに、それが無理でもせめて一緒に、事務局長に怒鳴られてやろうではないか。
恫喝されるのには慣れている。自分のほうが適任だ。
「あ、あの。風見……さん?」
――少なくとも、戸惑ったようにこちらを伺う、この優しそうな少女よりは。
「部屋に入る前に挨拶! 入った後に挨拶! 小学校で習わなかったか!?」
「はあ……」
現職警察官時代は、それこそ恫喝が稼業の『そういう人たち』を相手にしてきた。大声も、舌打ちも、所詮は原始的な威嚇にすぎない。獣の相手をするのと同じ。
……『上』からの恫喝はもう少し厄介だったけど、この事務局長はそのレベルですらない。
そうだ、工作活動、せっかくだから後で少しはやろうかな。でも、それって言うほど探偵らしいか? どちらかというと犯人のやり口のような気もしてきた。
「聞いてんのか風見!」
――と、別のことを考えてやり過ごしても良いくらいだが。ここは一応、ちゃんと申し訳なさそうにしておいたほうがいいだろう。一般的には隙を見せてはいけないのだけど、今はこちらに矛先を向けさせることが目的なのだし。
「す、すみません――」
ケイが精いっぱいに体を縮めて、声のトーンを落としたその時だ。
「ちわ――っす!」
朗々とした挨拶とともに、給仕用のキッチン・ワゴンが事務長室に突っ込んできた。
「あぁ間違えた。失礼します!」
青年はトレンチコートをたなびかせ、有無を言わさず机の横にワゴンを寄せる。
「だ、誰だお前」
「栄養士の便利屋Black Jackだ。挨拶ついでに、お茶汲みに来たぜ」
こちらも変装する気は微塵もなし、自己紹介は怪しさ爆発、しかし自信満々の振る舞いは人一倍――カイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)からすれば、こんなものは朝飯前の得意分野だ。
「ほら見ろ風見、普通は部屋に入るときは挨拶すんだよ」
事務局長も深く気にしていない。
「栄養士の便利屋ってなんですか?」
覚原(ま)はちょっと気にしている。
――ともあれ、仕事が出来る男は気の配り方からして違う。カイムは流れるような手つきで、机の上の書類の隙間に洒落たコルクのコースターを敷き、湯気の立つ紅茶を湛えたティーカップをその上に置く。
普通に考えれば栄養士の仕事はけしてお茶汲みなどではないのだが、まあこの狂った病院ならば仕方あるまい。
「まったく。お前たちもこの新人を見習って――」
利き手に書類を持ったまま、事務局長は紅茶を口に運ぶ。
「――ごべば!」
「お味のほどは?」
今日の栄養士おすすめは、雑巾の絞り汁をたっぷり含んだ特別製。土足の見舞客も立ち入る廊下の砂に、潮風を受けた窓ガラスを拭くだけ拭いた、海をそのまま味わえる逸品である。
さぞかし色んな栄養素が詰まっていることだろう。なんかのミネラルとか。きっと身体に良いはずだ。
「おま……お前これ……ちゃんとダージリン使ったか!?」
「いや、そこは気にしてなかったな……」
大して味の違いもわからんなら銘柄なんかにこだわるなよ、というツッコミは、爽やかな笑顔の裏に隠しておく。
「淹れ直して来い!」
「はいよ」
華麗にUターンを決めるカイムを見送りながら、当の覚原(ま)はすっかり固まって――いや、ぷるぷると全身で震えていた。
……笑ってはいけない。今笑ったら、確実に事務局長に怒鳴られる。
同意を求めるように、隣の同僚に視線をやれば。
「く、……ふ、ふふ」
「風見さん!?」
そこには普通に大ウケしているケイの姿が。
「笑ったら殺されますよ!?」
「ふ、あ、駄目だ、あはは……」
「風見ィ!」
事務局長の投げつけた真っ赤なスリッパがケイの顔面に――クリーンヒットする直前に、身体をくの字に折って回避。もしくは普通に腹筋が痛かっただけかもしれない。神がかったタイミングで、スリッパは彼女の頭上を飛んでいく。
「おかわりだ!」
畳みかけるようにカイムが再入室。熱々のダージリンを無駄に満載したキッチン・ワゴンが、何もない場所でちゃぶ台のようにひっくり返る。
きらきら光る熱湯の飛沫が、事務局長を、机の上の書類を襲う。
「のわ――! おっお前、えーと名前なんだっけ、便利屋ァ!」
「あー誠に申し訳ありません。遺憾の意を表明します」
何故か突然棒読みになって謝りながら、――カイムは、覚原(ま)に軽くウインクを飛ばす。
それが、とどめの合図になった。
「……う、う、……あははっ」
零れるように、笑い出す。
数分後。
「……いや、傑作でしたね」
「はい……」
書類がびしょ濡れで言い争いどころではなくなったためか、カイムは元より、ケイと覚原(ま)も事務局長室を追い出されていた。廊下を並んで歩きながら、思い出し笑いを交えての談笑に興じる。
「あんなに笑ったの、久しぶりかもです」
そう言って、覚原(ま)は目を細める。ケイも、つられて同じように。……表立って派手な事は出来ない分、せめて笑わせてやろうというカイムの気遣いなのであろう。
そうだ、自分も、最後にちょっとした工作活動を。スーツの懐を少し探って。
「お疲れのようなので」
常備している飴玉やチョコレートを、こっそりと覚原(ま)の手に握らせる。
「えっ、いいんですか?」
「疲れた時にはこれが一番です。まだまだありますよ」
その言葉通り、ケイは次々とグミ、ラムネ、マシュマロ、どこかのお土産物などを取り出して見せる。スーツの懐から出てくるにしては、明らかに辻褄の合わない量だ。
「どこに入ってたんですか……?」
「物を隠すのは、そこそこ得意なので」
探偵ですから、という一言は、心に仕舞っておく。
「――お、二人ともおやつの時間か? そりゃいいな」
廊下の向こうから現れたキッチン・ワゴンの上には、今度はちゃんとした紅茶が三人分。
現実の国のアリスにも、しばしのお茶会があってよいだろう。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
アイシャ・ソルラフィス
※アドリブ、共闘はOKですのでお任せします
ひどいとしか言いようのない職場だね…
覚原さーん! 助っ人に来た介護士兼看護士兼理学療法士のアイシャですよー!
今日からよろしくお願いしまーすっ!
…という感じで飛び込んでみようと思います
ボク、ちょうど医術と救助活動の技能を持ってるから、それで覚原さんの傍で医療のお手伝いをしますね
もし人手が足りなくなる等の問題が発生したら、オウガに隠れてこっそり、ボクのUCでリトルナースたちを呼んで手伝ってもらいますけれど、オウガに見つかりそうなら使いません
で、覚原さんを、優しさ技能で労ったり、料理技能で作ってきたお菓子を振舞ったり、鼓舞技能で励ましたりしたいと思います
十文字・武
<アドリブ連携ok>
【SPD】
自由気ままな冒険者家業のオレからすりゃ、このアリスの境遇は悲惨すぎるわ……。
てか、これだけ働いて、よく今まで保ったな?
っと、んな事よりアリスの助太刀だな。
特にガンなのは事務局長として……。
なら、アレとアリスを会わせない様に立ち回るか。
出入りの清掃業者として紛れ込むぞ。
掃除をしながら事務局長を付回し、アリスと出会いそうなら
『おぉっと!うっかりバケツがっ!』(空飛ぶバケツくんin事務局長)
『はいはい、ごめんなさいよー。イマココ掃除するからねー』(ガミガミインターセプト雑巾掛けアタック)
『あ、そこワックス掛けたばかりなんすよー』(ツルピカトラップ部屋事務局長室)
●役割分担は大事です
とある病室。
「おからだに変わりはありませんか? お薬飲めてらっしゃいますか? 採血しますね! えーっと、あとは」
質問事項の職種がもはや迷子である。……いくつものチェック表を記入しながら、覚原(ま)は忙しそうに走り回り、患者たちを車椅子や歩行器に移していく。一人一人は軽いとはいえ、これが続けば重労働だ。
――そんな彼女の様子を、こっそりと伺う猟兵がふたり。
「ひどいとしか言いようのない職場だね……」
開けっ放しの扉の陰で、リボンが印象的な少女――アイシャ・ソルラフィス(隣ん家の尚くんを毎朝起こす当番終身名誉顧問(願望)・f06524)は眉をひそめる。
しばらくこの病院を観察してみたけれど、全体的に職員は疲れ切っているし、いつ医療ミスが起きてもおかしくない状況だ。それでいて、見てくれだけは小綺麗で雰囲気がいいところもタチが悪い。
近くの掲示板で、件の流しソーメン大会が美辞麗句とともに紹介されていたが、読むのは途中でやめておいた。あんまり真剣に取り合ってはいけないやつだ。
「自由気ままな冒険者家業のオレからすりゃ、このアリスの境遇は悲惨すぎるわ……」
一方、覚原(ま)の境遇を自分に重ねて遠い目をしているのは、十文字・武(カラバ侯爵領第一騎士【悪喰魔狼】・f23333)。……彼自身も、アリスラビリンスに召喚され、オウガに追い回された経験の持ち主だ。あの逃避行も命がけではあったけれど、持ち前のバイタリティと運で潜り抜けることは出来た。しかし、こんな真綿で首を絞められるような目に遭わされたら、自分は切り抜けられただろうか。
「てか、これだけ働いて、よく今まで保ったな?」
「案外タフだよね、アリスの子……」
少なくとも、先月からずっとこの状況のはず。……実はものすごいツワモノなのでは?
そんな疑念が二人の間に生まれるが、だとしても、事態を打開できるのは自分たち猟兵だけであることに変わりはない。
「――っと、んな事よりアリスの助太刀だな。特にガンなのは事務局長として……」
「仕事自体も大変そうだよ。そっちも手伝わなきゃ」
であれば、と、アイシャと武は目を見合わせる。――互いに互いの作戦で行こう。
病院だって、戦場だって、役割というのは一人で背負うものではない。仲間がいれば、その分できることは増えるのだから。
と、いうわけで。
「クソッ覚原、さっき絶対に俺を笑いやがったな……。仕事を追加してやる……」
「おぉっと! うっかりバケツがっ!」
「のわ――!」
嫌がらせに来たと思しき事務局長に、清掃業者に扮した武が空飛ぶバケツくんを放つ。もちろん、中身入り。濁った水飛沫が放物線を描き、投げ輪の要領で頭にすっぽりはまる。
「前が、前が見えな――」
「ちょっとここ拭きますねー!」
武がモップでゴミをどけている隙に、アイシャは元気よく病室に飛び込む。
「覚原さーん! 助っ人に来た介護士兼看護士兼理学療法士のアイシャですよー!」
「えっ?」
覚原(ま)は振り返って、目を見開いて注射器を取り落とす。彼女が驚いたのは、アイシャの唐突な登場でも、肩書に見合わない幼さでも、エルフの容姿でもなく。
「事務局長が人件費を増やすなんて!?」
「驚くポイントそこなんですね……」
「嵐でも来るんじゃ……。あっ来るんでした……」
「はいっ、はいっ、後の心配はひとまずおいときましょう! 今日からよろしくお願いしまーすっ!」
ぽんぽんと手を叩いて、病室を見渡す。医術や救助活動の心得があるアイシャには、この病室でやるべき作業、その途中経過を把握するのもお手の物。
落とした注射器はしっかり廃棄。新たな注射器の袋を確認して、手で触れないように開封する。
「採血、引き継ぎますね!」
「ありがたいです……!」
礼儀正しく頭を下げる覚原(ま)の視界の外で、アイシャはさらに『慈愛の祈り(プレアー・オブ・ソウルレゾナンス)』を展開する。――愛らしい、小っちゃな従軍看護少女(リトルナース)達が、ベッドの陰で細かい作業を手伝ってくれることだろう。
……こればっかりは、事務局長に見られそうになったら流石に止めなくてはいけないけれど。
「なんだ今日は、出入り業者もたるんでるな……。覚原の奴がサボってないか見にッて、のわ――!!」
「はいはい、ごめんなさいよー。イマココ掃除するからねー」
懲りずに説教という名の八つ当たりへ行こうとする事務局長の足元に、魔狼がごとき疾走感の雑巾掛けがインターセプト・アタック。膝カックンの要領で姿勢を崩し、そのまま廊下の向こうへと駆け抜ける。
「ッお前――!」
怒りを込めた真っ赤なスリッパも、武の速度には追い付けない。事務局長は目的を忘れて彼を追い回すはめになり、見えないところでユーベルコードの秘密は守られていた。
「これで、この病室は完了!」
ひと仕事を終えた二人は、肩を撫でおろして笑顔を交わす。
「えーっと、じゃあ私、薬剤師の業務できますね。ちょうど、輸液に抗がん剤入れなきゃなんでした」
「覚原さん、すごいですよね! そんなに色々な仕事ができて」
アイシャの何気ない誉め言葉に、覚原(ま)は少々視線を彷徨わせる。
「あっ、いえ。資格とかは持ってなくて……」
「ないんですね……」
「採血とかも結構勘で……」
「そ、それは……」
一瞬言葉に詰まるアイシャだが、逆に言えばここが励ましどころ。
「覚原さんは悪くないですよ。この病院がヘンなんですから!」
「そうでしょう、か……」
「どう見てもそうですよ!」
励ますというか、もはや単なる真実である。
「とりあえず、お昼休憩にしましょう! ボク、お菓子用意してきたんです」
「わあ……! 甘い物、大事ですよね」
一方、その頃。
「今日は厄日か……。甘いもんでも食ってッのわ――!」
「あ、そこワックス掛けたばかりなんすよー」
事務局長室は、アルダワにでもありそうなツルピカトラップ部屋と化していた。……悪に与えるお昼休憩はない、と、言わんばかりに。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ロリータ・コンプレックス
なんて非道い……前代未聞だよ。診療所を手伝ってる身としてほっとけない!
★概要
祖母の見舞いに来たふりをして潜入。
病室の名札で適当な患者の氏名を把握した後、覚原様に接触し労う。
その際【慰め、鼓舞、奉仕】の技能でストレスの緩和と自信の回復を試みる。
「祖母がいつもお世話になってまーす。あ、あなたがお婆様が言ってた優秀な看護師様かな?お名前、伺って良い?」
世間話で抱えてる不満を吐き出させる。
「運動会?お婆様耐えられるかな?」
「うん、おかしいよね!その考え方は間違ってない!!」
「めげずに進言出来るなんて偉いよ!立派なことだって!!」
「お婆様ね、覚原様のことすごく感謝してるよ。あの人のおかげで幸せだって。」
穂結・神楽耶
介護現場を模した不思議の国とは…
この手のオウガの考えることは本当に訳がわかりません…
とはいえ、アリスが苦しめられていることもまた事実。
彼女のことは救い出さなければなりませんね。
覚原様の後輩に扮して潜入しましょうか。
覚原様…先輩にぴったりくっついて、お仕事をお手伝い。
《医術》の心得はありますので、専門的な部分でも多少は助けになれます。
事務局長の理不尽パワハラには一緒に立ち向かっていきましょう。
「先輩が言ってくれたから、わたくしも勇気を出して諫言できました。ありがとうございます!」
●偶像だって戦いだ
「介護現場を模した不思議の国とは……」
広々とした廊下、窓の向こうの青い海を見渡して、少女の姿――穂結・神楽耶(舞貴刃・f15297)は小首を傾げる。……『嫌な現実の国』について、話には聞いていたけれど。
「この手のオウガの考えることは本当に訳がわかりません……」
オウガの味方をするわけではないが、そもそも普通に喰らえばいいのでは。
ともすれば、殺して喰らうだけではなく、魂までも擦り減らし、汚そうとする魔性の悪しき考えが――いや、だとしても、何がどうしてリゾート終末医療施設? やっぱり全然わからない。
というか、理解できてしまっては駄目な気がする。
「――とはいえ、アリスが苦しめられていることもまた事実」
彼女のことは救わねばなるまい。形は違えど、ここは地獄に相違ないのだから。
「本日からお世話になる、穂結・神楽耶と申します。よろしくお願いしますね」
――神楽耶は、新入りの後輩として病院に潜入することにした。潜入とはいっても、自信をもって言い切るだけで事足りるのだけれど。
「ほ、ほんとに人員が増えるんですね……! こちらこそ! よろしくお願いします」
よほど有難かったのか、覚原(ま)は直角を通り越した角度で頭を何度も下げる。絵に描いたような平身低頭に、神楽耶はあくまで穏やかに微笑み返す。
「覚原様、まずは何からお手伝いしましょうか」
「さ、さま!? 様だなんて、もっと普通でいいですよ」
「では、『先輩』ですね」
「先輩だなんて……そんな、私なんか……」
たったそれだけの言葉で、覚原(ま)は俯いて口ごもってしまう。
――本来は、礼儀正しく心優しいだけの女性なのだろう。しかし、今の彼女の振る舞いは少々卑屈にすぎる。これも、オウガに苦しめられたことによるものかと思うと。
彼女の自信を取り戻すには一体どうすれば良いのだろう。そう神楽耶が考えていた、ちょうどのその時だ。
「こんにちはー! 祖母がいつもお世話になってまーす」
抜けるように明るく高い声が、滞った空気の流れを一掃した。
「えーと。ヨシ子お婆様の孫の佐藤です!」
……そう名乗って部屋に入ってきたのは、もちろん佐藤さんちの孫娘ではない。事前に病室の名札で適当な患者の氏名を確認し、堂々と見舞客に成りすましたロリータ・コンプレックス(ロリータちゃんは天使である!繰り返す!ロリータちゃ・f03383)である。
「佐藤さんのとこの?」
「あ、あなたがお婆様が言ってた優秀な看護師様かな?」
「ええっ」
さっきから、慣れない尊敬と誉め言葉の雨あられ。覚原(ま)は数歩後ずさる。
「ゆ、優秀……? でしょうか私? あと看護師……看護師なのかな、採血やってるから看護師かも……。でも調剤もやってるし……。私は一体」
「お名前、伺って良い?」
「名札には『覚原(ま)』って書いてありますね……」
あくまで営業スマイルを崩さないまま、ロリータは内心絶句する。……なんて非道い。人のアイデンティティをここまで崩壊させる病院なんて前代未聞だ。
個人的に、診療所を手伝っている身としても、これを放っておくわけにはいかない。何としても彼女のストレスを緩和し、心を癒してあげなくては。というか、どう見てもこっちのほうが患者だ。
……猟兵同士、想いは同じ。神楽耶とロリータが交わす視線の間で、目的意識が通じ合った。
――運良く、という表現は若干いたたまれないが。ロリータの選んだ佐藤ヨシ子という患者は、耳が遠く、一日のほとんどを寝て過ごしているお婆さんであった。嘘がバレる心配はないだろう。
その車椅子を押す覚原(ま)を挟んで、ふたりの猟兵も連れ立って歩く。
建物を出て、病院の敷地内。海が見える庭へと続く遊歩道。家族の面会ということで、ちょっとした散歩を設けたかたちだ。自然と、世間話にも花が咲く。
「運動会? お婆様耐えられるかな?」
「正直、ちょっと心配です……」
「だよねっ」
あくまで祖母を心配する孫という体裁で、ロリータは覚原(ま)の不満を吐き出させようと働きかける。
「病気を治すだけじゃない、人生に楽しみがなくちゃ、って、広告とかにはありますけど……。運動会を押し付けるのって、おかしい気もして」
「うん、おかしいよね! その考え方は間違ってない!!」
「わたくしも、そう思います」
すかさず神楽耶も同意する。ここまで、医術の心得を活かして輸液や酸素のチェックを行い、ロリータと覚原(ま)が会話に集中できるようさりげなくサポートしていたのだが――、ここが押しどころだろう。
「こちらの病院にはまだ来たばかりですけど、あの事務局長は理不尽だと感じましたから……。やはり、一緒に立ち向かいましょう」
否。
「一緒に立ち向かってください。お願いします」
――『後輩』の言葉に、卑屈そうな瞳がわずかに輝いて揺れた。
そして、事務局長室。
「やっぱり運動会なんて絶対おかしいですよ! ご家族から苦情も出てきてるんです!」
「わたくしからも。人の最期の幸せというのは、他人が決めるものではありません」
「うるせ――!」
他の猟兵たちに相当痛い目に遭わされたのだろうか。事務局長はなぜかびしょ濡れの上にワックス塗れで、超がつくほどの不機嫌であった。
「ガキは顧客アンケート書かねーんだよ! 飴ちゃんでも渡しとけ!!」
「……にべもありませんでしたね」
「いっつもこうなんです……」
結局、ものの数分も経たないうちに追い出されることとなった二人。肩を落とす覚原(ま)を支えながら、神楽耶はどこか冷静に思考する。
――直訴がうまく行かないところまでは、想定内と言ってもいい。オウガの目的はあくまでアリスを苦しめることなのだから、どんな道理や倫理を持ちだしたところで簡単に引き下がりはしないだろう。
だから、大切なのは彼女の心だ。
「どうだった?」
様子をうかがいにきたロリータに、覚原(ま)は申し訳なさそうに頭を下げる。
「ごめんなさい、また駄目でした……」
「ううん! 何度も言ってくれてるんでしょう? それでもめげずに進言できるなんて偉いよ! 立派なことだって!!」
――その通り。
予知の中でも、猟兵たちが来てからも、おそらく、この病院に閉じ込められてからずっと。彼女は、患者のために進言することを止めてはいないのだ。
狂った世界のなかで、笑われても、バカにされても、自分が信じたものを貫く強さ。それがどれだけ大変なことか。電波系中二アイドルのロリータちゃんは、誰よりも知っている。
「先輩が言ってくれたから、わたくしも勇気を出して諫言できました。ありがとうございます!」
「お婆様ね、覚原様のことすごく感謝してるよ。あの人のおかげで幸せだって」
「そんな――」
照れくさそうな覚原(ま)の笑顔は、最初より幾分柔らかかった。
「もったいないお言葉です。……こちらこそ、ありがとうございます」
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
安喰・八束
今時は客は神様仏様だってのが流行りの宗教なんだろう?
てめえらにカネ払ってんのはここで寝てる爺婆じゃあねえやなあ。
さぁて、本物の「お客様」の登場だ。
(一番耄碌してそうな爺の側で)
おとっつぁんどうした!!!
ああ!!??
台風の日に外に放り出される!?
夏場も酷え目に合わされて将棋友達が死んじまった!?
どいつもこいつもめんこいお嬢ちゃん一人をコキ使ってて世話になんのが忍びねえ!?
(有無を言わさぬクソデカ大声)
…おうおうてめえらうちのおとっつぁんに何して呉れてんだ?
こちとら高い金払ってんだ。
こんなことじゃあおとっつぁんおかあちゃん親戚の一郎から三十郎まで全員引き上げさせて貰うっきゃねえなあ!!
●お客様は狼です
「どうもこの、『病院』ってのは慣れねえな――」
白く四角い建物を見上げて、安喰・八束(銃声は遠く・f18885)は苦々しげに息を吐いた。
彼の生まれ育ったサムライエンパイアにも、医者や薬師はごまんといる。しかし、ここいらの世界で見る病院というのは、彼らとは根っから違う理屈で動いていると八束には感じられるのだ。それを得意即妙に語るほどの言葉は、未だ持たないが。
いや、この絵巻物の世界には普通『病院』はないんだっけか。そこのところもよくわからない。
「しかし、だ。……話に聞いたところじゃ、ここのお偉いさんは医者というより商売人だな」
その理屈なら、少しは詳しい。
「今時は、客は神様仏様だってのが流行りの宗教なんだろう? ……てめえらにカネ払ってんのは、ここで寝てる爺婆じゃあねえやなあ」
笠を被り直して、にやりと笑う。――この辛気臭い場所でやんちゃができるというのなら、考えてみれば悪くない。
「――さぁて、本物の『お客様』の登場だ」
透明の妙な障子をくぐる。まずは一番耄碌してそうな爺か婆を探して――。
と、早くも見つけた。入ってすぐの大広間に丁度良く、ぼんやりとして、耳が遠そうで、しかも、なんだか八束の顔に数本シワを描き加えて白髪にしたような都合のいい奴が。適当だなあこの世界。
爺の肩をがっと掴むと、部屋じゅうに響くような大声で叫ぶ。
「おとっつぁんどうした!!!」
「あー?」
「ええっ、どうされました!?」
慌てて駆け寄ってくるのは、グリモアベースで聞かされた覚原(ま)とかいう娘だろう。彼女にも聞かせるように、八束はさらに声を張り上げる。
「あー?
「ああ!!?? 台風の日に外に放り出される!?」
間違いなくそんなことは言っていないのだが、こういう出たとこ勝負は勢いが命だ。自信満々に言い切っておけば大丈夫だろう。現に、場違いな笠も、あからさまに背負った猟銃も、今のところ誰も気にしていないし。
「すごい……! ご家族ともなるとお話がわかるんですね……!」
覚原(ま)に至っては普通に感心している。
「あー?」
「何ぃ!? 夏場も酷え目に合わされて将棋友達が死んじまった!?」
「お爺ちゃん将棋指せたんですか?」
「こう見えて名人だぞおとっつぁんは!」
冷静なツッコミも入ったが、そこは適当に誤魔化しつつ。
「あー?」
「どいつもこいつもめんこいお嬢ちゃん一人をコキ使ってて世話になんのが忍びねえ!?」
「そっそんなっ、めんこいだなんて……」
「どうなってんだこの病院はぁ!」
八束の血に流れる、秘められた獣の性――とは別になんの関係もないクソデカ大声が、有無を言わさず病院中に響き渡る。
……以前までの覚原(ま)であれば、突然のクレーマーの登場にわけもわからず謝るばかりだったかもしれない。しかし、猟兵たちの働きかけによって自尊心を取り戻しつつある彼女は、この状況を好機と見たようだ。
「あのっ、私、偉い人呼んできますね!」
「おう、頼むぜ嬢ちゃん!」
ぱたぱたと走り去る覚原(ま)を見送って、八束は大きく息を整える。……怖がらせてしまうかとも思ったが、案外肝の据わった娘のようだ。
「なんだ覚原、俺はクリーニングに忙し――」
ぶつくさ文句とともに引き摺り出された事務局長を、八束はさっそくねめつける。
「ははあ、お偉いさんってのはそいつかい」
「あっお客様。――こらっそういうことは早く言えっ。――あっはい職員が失礼を。本日はどういうご用件で――」
「……おうおうてめえら、うちのおとっつぁんに何して呉れてんだ?」
つかつかと歩み寄る偉丈夫の只ならぬ気配に、事務局長も冷や汗を流して徐々に後ずさる。
「運動会だのソーメンだのですっかり魂抜けてんじゃねえか! さっきから『あー?』しか言わねえで!」
「それは元からでは」
「ああ!? こちとら高い金払ってんだ」
実はあんまり入っていない小銭袋をちゃりちゃり鳴らして、大袈裟な溜息を吐いてみせ。
「はあーあ。こんなことじゃあおとっつぁんおかあちゃん、親戚の一郎から三十郎まで全員引き上げさせて貰うっきゃねえなあ!!」
「ほらっ事務局長、大口顧客じゃないですか。顧客アンケートいっぱい書かれますよ」
すかさず覚原(ま)も援護射撃。
……これまで、いくら医療倫理を持ち出しても太刀打ちできなかった相手だ。しかし、サイコパス経営論理の土俵に持ち込んでしまえば、オウガの側としても辻褄合わせが必要になる。
「も、申し訳ありませんでした……。検討いたします……」
苦々しげに頭を下げる事務局長をみて、覚原(ま)もほっと肩を撫で降ろす。……おそらく、彼女が自ら地獄を抜け出すまで、あと一歩。
もうほんの少し助けてやれば、彼女はきっと一人で戦えるだろうと八束は思う。魑魅魍魎の類ではなく、『嫌な現実』というやつと、だ。
大成功
🔵🔵🔵
幸・雪之丞
ベンタブラック企業だね。
閉ざされた場所は治外法権になりやすい。無給医師とか狂って……おっと、今は関係ないか。
さて、アリスこと覚原(ま)さん。
……これ、オウガに同じ名字がいるってことかい? 縁起が悪いね。
ユーベルコードを使って、破ったノートに魔筆で『不可認』と書く。
これを持っていれば、そう易々と認識されないはずだ。
念のため声を上げたりしないように。僕もいっしょに隠れるから安心し給え。
探しに来たオウガの服に『不可探』と書いた紙を忍ばせる。
リゾート病院なら自販機くらいあるだろう。汁粉缶でも奢ってあげよう。
少しでいいから休みなさい。
君はよく頑張っている。僕は知っているからね。
●あまい夢ならさめなくたって
「ベンタブラック企業だね」
生命。倫理。尊厳。そんないかなる美辞麗句をも台無しにする現実を、あらゆる光を吸い込む黒の塗料に喩えて――書生服の青年、幸・雪之丞(魔典作家・f22935)はしたり顔で頷いた。
実のところ、さして珍しい話ではない。閉ざされた場所というのは、えてして治外法権になりやすいものだから。汚れた俗世から遠ざかろうとするほどに、闇の深さが増していくのはこの世の皮肉か。
「他にもね、無給医師とか狂って……。おっと、今は関係ないか」
これから来るべき大団円に、そんな記述は必要ない。
雪之丞の眼鏡の奥。その微笑みを見上げて、――アリスこと覚原(ま)は、彼の隣で戸惑うように瞳を瞬かせていた。
ふたりが身を潜めているのは、病院外の並木の陰。
……その向こうでは、何やら不機嫌そうな事務局長がうろうろと周囲を見渡している。
「くそっ、これだけ苦情が来たらさすがに中止にせざるをえんか……」
猟兵たちの妨害工作が功を奏してか、オウガの運動会――を通してアリスを疲弊させようとする計画は、無事防がれつつあるようだ。
「かくなる上は――今日中に会報用の写真だけでもでっちあげるぞ!」
そこかよ。
「おいっ今から患者を運ぶぞ! サボってんじゃねえ出てこい!」
遠く聞こえる事務局長の罵声に、覚原(ま)はびくりと身を縮める。
「ううっ、本当あのひと本末転倒です……。見つかったら手伝わされます……」
そうして、そろりと雪之丞を見上げて。
「……で、その、貴方は一体……?」
「名乗るほどの者じゃあないが、名前を訊くのにそれでは失礼だな。――雪之丞で良いよ」
洒落た帽子を被り直して、彼女の名札に視線を落とす。グリモアベースで聞いた通りの文字列がそこにある。
「変わった名字だね、なんと読むのかな」
「ええと。さめはら……の、はずです」
「括弧は名の頭文字か。これ、同じ名字がいるってことかい?」
だとしたら、オウガの見せる幻に同じ名字が居ることになる。それは少々縁起が悪い。
「……かもしれません。あんまり気にしたことありませんでした。毎日、忙しくって」
「そうか。――だろうね。お疲れの様子だし、お困りの様子だ」
雪之丞は懐から一冊のノートを取り出し、一枚破る。――それ自体は、只の紙だ。しかしそこに魔筆を走らせ文字を『綴』れば、力の宿った符として用いることができる。
さらりと書くのはたった三文字、意味を示して漢字だけ。『不可認』、と。
「これを持っていれば、そう易々と認識されないはずだ」
「え……?」
「念のため、声を上げたりしないように。僕もいっしょに隠れるから安心し給え」
首を傾げて半信半疑の覚原(ま)の手を引いて、雪之丞は静かに遊歩道を進む。
行き交う同僚も、患者たちも、――不思議とその姿に気付かない。
「覚原――! ……く、アリスに加担させないと悪事をはたらく意味が……」
もちろん、若干本音が漏れつつある事務局長にも。――やはり、こいつがオウガの本体、少なくともその意識と見て間違いないだろう。すれ違い様、さらに一枚の頁を破り、『不可探』の文字をその襟元に忍ばせておく。
「ほ、ほんとに見つかりませんでしたね……」
「信じてみるものだろう?」
当然のような涼しい顔で、雪之丞は覚原(ま)を見晴らしのいい休憩所まで連れ出した。小高い丘と淡い潮風。……景色だけ見れば、ここは本当に良い処にも思えるのだが。
リゾート病院というだけあって、自販機などもそこかしこにある。適当な世界の貨幣を突っ込んだら適当に買えた。そのあたりはアリスラビリンスらしい雑さであった。
暖かい汁粉缶をひとつ、覚原(ま)の手に置いてやる。
「少しでいいから休みなさい」
「そ、そんな。奢ってもらうなんて」
「遠慮のしすぎは二重の損だよ」
……雪之丞の言葉の響きに乗せられてか、冷たい秋風に金属缶の熱が心地よかったのか。覚原(ま)は小さく頷くと、大人しく汁粉に口を付けた。どんな時でも、疲れた時には甘い物。
「――なんだか、今日は不思議な日ですね。色んな事があって、ちょっと疲れちゃいました」
そういう彼女の表情は、確かに疲れが滲んでいるが――それ以上に、安心したような笑みが浮かんでいた。
彼女は今日、疲れたのではない。心と余裕を取り戻して、自分がずっと疲れていたことに、ようやく気付いただけ。
「君はよく頑張っている。僕は知っているからね」
「……あの、雪之丞さん」
いつもと違う一日の最後に、目の前で繰り広げられた摩訶不思議が。
疲れた脳に染みて広がる糖分が。
――彼女に『それ』を気付かせた。
「これって、何かの夢ですか?」
どこからどこまで夢ですか。
空っぽになった汁粉缶は、とっくに冷めてしまっていた。
成功
🔵🔵🔴
佐藤・和鏡子
新入りの看護婦・介護士として入り込みます。
表面上はあの事務局長にハイハイ従って積極的に持ち上げるようにします。
あの手の人間はそういう人間を好みますから。
そうやって、取り入った影で、お年寄りたちのケアに全力で当たります。(取り入ったのも事務局長に横やりを入れられたくなかったためです)
看護・介護は和鏡子の得意分野ですから。
技能(医術など)で対応出来ない症状が重い方にはユーベルコードも使用します。
そうやって覚原さんの負担を減らす形で彼女をサポートします。
●胡蝶のいのち
「どいつもこいつも、経営の哲学というものを理解しない」
「そうですねえ」
怒り肩の事務局長の一歩後ろを、ナース姿の少女――佐藤・和鏡子(リトルナース・f12005)は楚々と歩く。
「人間は、IQが20違うと会話が成立しなくなると言いますから。事務局長の話が理解されないのも、皆さんとレベルが違いすぎるからですよ」
「いいこと言うなお前!」
もちろん、本心から同意しているわけではない。あくまで表面上の振る舞いであるし、なんならさっきの誉め言葉は言葉の綾でどっちにも取れる。
新入りの看護師として有栖迷宮病院に入り込んだ和鏡子は、直接アリスに接触するのではなく、事務局長にアプローチすることを選んだ。他の猟兵たちが工作活動を行っている間、こうして彼にぴったりと付き、隙あらば積極的に持ち上げるよう徹してきたのだ。
――まあ、この手の人間はそういう人間を好みますから。
愛らしい見た目に対して、意外と冷静に相手を見ている和鏡子である。これも実際の介護現場を長く経験してきたゆえか。
「覚原のやつめ……。妙にしぶとい。くそ、もう少しでアリスの心を折れるところだったのに――」
そんな努力を朝から続けてきた甲斐あって、事務局長はすっかり和鏡子を信頼しきっているようだった。というか、オウガとしての本性すら漏れている。やっぱり今回のオウガ、ただのバカなのでは。
和鏡子はただ静かに、白衣の天使の微笑みを崩さずに。
「――何か別の手が必要なのでは?」
別の手。
それはつまり、アリスをパワハラで痛めつけるなどというわけのわからない手段ではなく――あくまで普通のオブリビオンとして、戦いを挑んではどうかという意味だ。
向こうが戦う気になって、ユーベルコードのぶつかり合いに持ち込んでしまえばこっちのもの。
「……そうだな」
そんな和鏡子の意図を、オウガは疑問を抱くこともなく飲み込んだ。
「――さて、これが最後の仕事でしょうか」
海を見に行きたいというお婆さんの車椅子を押して、夕日の射す庭までの散歩道。
……おそらく、この『嫌な現実』の幻はもうすぐ終わる。オウガも、アリスも、悪い夢から覚めつつある。この病院も、患者たちも、幻のまま消えてしまう。
それでもなお、和鏡子は『看護師』としての役割に対して一片たりと手を抜くことはない。そもそも、事務局長に取り入ったのだってこの仕事に横やりを入れられたくなかったからだ。太鼓持ちの陰で全力でお年寄りたちのケアにあたってきた。それが間接的に、覚原(ま)の負担を減らす形にもなる。
和鏡子は元々、高齢化の進んだ都市で作られた看護用のミレナリィドール。患者に尽くすことが得意分野であり、存在意義であり、たぶん、それ以上のなにかでもある。
時々、オウガの目を盗んで使ってきた『生まれながらの光』のもたらす疲労も、心なしか心地いい。
「着きましたよ、お婆さん」
「ああ、ありがとうね……」
小高い丘に、穏やかな潮風。海の向こうへと沈んでいく夕陽。……見た目だけなら、ここは本当に素敵な不思議の国だ。
和鏡子がそんなことを考えていると、車椅子の上のお婆さんが、しわだらけの顔を綻ばせて、固い体で振り返る。
「最後に海が見れて、良かったよ」
「え?」
その意味を問い返すより先に、――『嫌な現実の国』の景色が、ぐにゃりと歪んで崩れ始めた。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 集団戦
『恐怖心に宿る影』
|
POW : オウガ様、食事の準備が整いました
【恐怖に支配されたアリス】と共に、同じ世界にいる任意の味方の元に出現(テレポート)する。
SPD : あなたも人を殺してみる?
自身の【存在】を代償に、【自身が憑依するアリス】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【感触を増大させた影の刃】で戦う。
WIZ : ねえ、アリス。その先はどんな恐怖が待っているの?
戦場全体に、【アリスの恐怖心が具現化する影】で出来た迷路を作り出す。迷路はかなりの硬度を持ち、出口はひとつしかない。
|
種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●現実からは覚められない
――『恐怖心に宿る影』。
かつてはアリスに寄り添い、その姿を映し、恐怖心を和らげる形なき『不思議な仲間』であったという。しかし彼らはオウガの支配によって存在を歪められ、オブリビオンと成り果てている。
今回の『嫌な現実な国』も、ともすればアリスの恐怖の投影であったのだろうか。多忙。叱咤。怒号。――病院。……彼女が自分の扉を見つけていない以上、それがどのように『恐怖』と関わっていたのかは謎のままであるけれど。
「え? ……えっ? なに、何ですかこれっ」
それらを抜きにしても。目の前の光景が歪んで崩れ始める――たったそれだけで、普通の少女にとっては十分な恐怖である。
「私、疲れて――」
目をそらそうとしても、世界に入った亀裂から、『影』はそろりと忍び寄る。
作戦は成功。
しかしそれは、命がけの戦いの合図でもあった。
幸・雪之丞
やっとおでましか。さて、君。先の札を大事に持って隠れていたまえ。
影猫、彼女の影に潜ってついておいで。
いいかい、君。これは最初から最後まで夢だよ。
だが夢というのは現実の欠片なんだ。
例えば僕をはじめとした皆々は実在している。
そうだね、現実では悪夢に囚われ続けている君を、覚まさせる為にお邪魔したと思ってくれ給え。
ここではどんな奇想天外も起こりえる。なぜなら夢だからだ。
そして夢の王は君だ。自分は負けないと信じ給え。
ここでは思いの強さこそがすべてだ。
高速で「爆」という文字を大量に書き連ねて影娘に叩き付けてあげよう
一筆、十筆、百筆でも奏上して進ぜよう
怖がる必要なんてないよ、アリス
君の夢だ。君が最強さ
●幼心の君の国
「――やっとおでましか」
張りぼての『現実』は、まだ辛うじてその形を保っている。崩れゆく景色に空の汁粉缶を置き、幸・雪之丞(魔典作家・f22935)は静かに傍らのアリスを見下ろした。
きょろきょろと左右を見渡すアリスの心が、恐怖に染まり切るより前に、伝えておくべきことがいくつもある。繋ぎ止めるように言葉をかけて。
「さて、君。先の札を大事に持って隠れていたまえ」
「隠れるって、えっと、どこに……でしょうか?」
「この場合は、僕の後ろに――といったところかな」
恐怖を和らげるためならば、物陰よりも誰かの背中がよいだろうから。
自身の影に、背の低いアリスの影を隠して。そしてその彼女の影には、小さな『影猫』を潜り込ませる。戦いの役には立たないけれど、彼女に寄り添い、そっとついてきてくれるように。
「少し歩こう。もうしばらくは、散歩の続きと思ってくれていい」
不安げなアリスと手を繋いでやりつつ、雪之丞はゆったりと歩む。
最初のうちは、遊歩道を。……その果てに、他の場所に辿り着けるというわけでもない。ただ遊歩道であったものが次第に薄れ、如何様にも記述できない何かへと崩れていくだけだ。
「いいかい、君。これは最初から最後まで夢だよ」
「今、こうしてるのもですか?」
「きっとね。だが、夢というのは現実の欠片なんだ」
病院だとか。仕事だとか。……何も、この妙な世界だけに限らない。荒唐無稽に見える戯画だって、何もかもが現実の比喩なのだ。
それは勿論、皮肉なことばかりではなくて。
「例えば、僕をはじめとした皆々は実在している」
「雪之丞さんと……?」
「親切だった人々だ。――そうだね、現実では悪夢に囚われ続けている君を、覚まさせる為にお邪魔したと思ってくれ給え」
そうして、雪之丞は足を止めた。
淀んだ闇が、影が――鏡写しの恐怖の影が、吹き溜まって淀んで、揃いも揃ってこちらを見ている。
「ゆ、雪之丞さん。これは?」
「ここではどんな奇想天外も起こりえる。なぜなら夢だからだ」
残念ながら、手を繋いでいられるのはここまでだ。そっと指を解いて――懐より取り出した紙束を、重ねたままで一気に破る。今回は少々枚数が必要だ。
「そして、夢の王は君だ」
「私が、」
「そう。自分は負けないと信じ給え」
ここでは、思いの強さこそがすべてだ。
ペンは剣より強しと云う。――雪之丞の指が、魔筆・綾樫がひらめいて、舞い散る紙のひとひらひとひらに『爆』の一字を書き連ねてゆく。
爆ぜる。爆ぜる。力ある文字の攻勢に影娘たちはたじろぐが――アリスもまた、その身を竦めてしまう。
「や……」
「怖がる必要なんてないよ、アリス」
左手で、その背を優しく押してやる。ここからは君が君の足で走るんだ。大丈夫、味方は一人ではないのだから。
ここは僕が食い止める。一筆、十筆、百筆でも奏上して進ぜよう。悪夢には、それを否定する物語《ゲンジツ》を。
僕はこれから僕の言葉を書くとする。
だから君もそうしたまえ。
「――君の夢だ。君が最強さ」
成功
🔵🔵🔴
ロリータ・コンプレックス
★友達のあいしゃん様(f06524)と行動
異変後すぐに覚原様の元へ。
敵を認識次第、【全力魔法】で光弾を放ち【先制攻撃】を仕掛ける。
敵の姿から覚原様の恐怖を煽る意図を推察し、覚原様を【優しさ】で【鼓舞】し【慰める】事で恐怖を緩和する。
「覚原様、落ち着いて。こう言う時は恐怖にとらわれるのが一番危険なの。大丈夫。この佐藤ロリータちゃんが必ず守るからね!」
戦闘中も【オーラ防御】を纏い、彼女を【かばう】。
UC【召喚術】で敵を近づけさせないよう戦闘。敵や恐怖を煽るものが多い方向に出口があると推測しつつ、あいしゃん様の案内で脱出を試みる。
「あいしゃん様!出口見つかった!?んじゃ、だーーーっしゅ!」
アイシャ・ソルラフィス
ロリータさん(f03383)と一緒に行動します
【WIZ】
覚原さんの恐怖心が具現化した影で出来た迷路…
あっちを見ても、こっちを見ても、覚原さんの怖いものばかりっていうのなら、覚原さん、まともに前を見て歩けないんじゃないかな?
なら、ボクが先行してリトルナースたちと脱出経路を探してみますから、ロリータさんは覚原さんをお願いしますね!
…とは言っても、出口を見つける能力なんて持っていないから、人海戦術でしらみ潰すしかないんだよね…
もし敵が現れたら全力魔法+属性攻撃でやっつけるよ!
脱出経路が分かったら、走るか、UC「瞬天の祈り」を使かって、ロリータさんの元に戻って、覚原さんを鼓舞しながら出口を目指します
●答えは小さな胸の中
歪む不思議の国の中を、ロリータ・コンプレックス(ロリータちゃんは天使である!繰り返す!ロリータちゃ・f03383)は一直線に駆け抜ける。
既に病院の景色は崩れ去って、――『影』が徐々に形を持ちつつあった。これはおそらく、アリスを捕らえるという迷宮の類だろう。これが完成してしまったら、そのまま道が閉ざされてしまう。
影の群れが行く手を阻む。敵がこちらを見る前に、認識次第の全力魔法だ。――選ばれし者の、聖者の光の弾丸が、影を貫いて千々にする。
その向こう側に、彼女がいた。
「――見つけた!」
「あっ、佐藤さんの……」
「お孫さんっ!」
挨拶もそこそこに、ロリータは急いで覚原(ま)の手を取る。なんとか会えた、ここからは護ってあげないと――。そう決意しているのは、もちろん彼女一人ではない。
「……覚原さん! ロリータちゃん!」
二人に駆け寄ってくるのは、アイシャ・ソルラフィス(隣ん家の尚くんを毎朝起こす当番終身名誉顧問(願望)・f06524)の姿である。……別行動をしていたものの、もともとふたりは気の知れた友達同士。駆けるロリータの姿を見たアイシャは、その行先を察して同じ場所へ向かっていたのだ。
「あいしゃん様っ、来てくれたんだ。これで百人力だよ!」
「うんっ、まずは……この迷路だね」
影が、具現化していく。
三人の少女を取り囲む『迷宮』は、文字と図形の群体だった。
複雑な記号を連ねた計算式、六角形を繋げた化学式、解剖されたマウスの内臓のスケッチ。ひとつひとつの意味は解らなくても――合間に挟まるどこかで見たような文章たちが、それが何であるのかを示している。
一言でいえば、これは『試験問題』だ。
……これが、アリスの恐怖心の影。彼女の『怖いもの』であるとするならば――。
「ちょっと解る気がする、かも……。尚くんも嫌がりそう」
「解けない問題って、怖いもんね」
難しい試験問題でアリスを怖がらせようという魂胆だろうか。そう推察したロリータは、覚原(ま)の手を優しく握って、恐怖を和らげてあげようとする。
……しかし、当の彼女は、困惑したように周囲をきょろきょろと見渡して。
「あまり難しい問題ではない、と、思います」
「そうなの!?」
「覚原様すごいね……」
「い、いえ……」
考えてみれば、彼女は大学生ぐらいの年頃だ。このくらいの問題は解けるのかもしれない。――でも、だったら、どうして。
「……どうして。こんなに怖いんでしょう……」
彼女も疑問は同じようだった。数歩を後ずさって、目を伏せて、首を小さく横に振る。
その姿を見て、アイシャもまた考え込む。――彼女の事情はわからないけれど、『これ』を怖がっていることだけは確かだ。あっちを見ても、こっちを見ても、怖いものばかりというのなら――まともに前を見て歩けないかもしれない。
「なら、ボクが先行しますね。脱出経路を探してみますから」
言葉と同時に――アイシャの慈愛の祈り《プレアー・オブ・ソウルレゾナンス》によって、小さな従軍看護少女《リトルナース》達が召喚される。今度は、隠す必要もない。
……とは言っても、彼女たちはあくまで看護師だ。医術には長けていても、出口を見つける能力を持っているわけではない。人海戦術に頼らざるをえないだろう。
「ロリータさんは、覚原さんをお願いしますね!」
だったら、一人でも人数を加えたほうがいい。アイシャもまた、出口を求めて走り出す。
迷宮は徐々に変形し、更に強固なものとなっていく。『試験問題』だけでは恐怖を煽りきれないと見たのだろう。
「覚原様、落ち着いて。こう言う時は恐怖にとらわれるのが一番危険なの」
「は、はい……」
怯えるアリスを背中にかばって、聖なる光で防御を固める。――ロリータの視線の先で、『影』が更なる形を持って揺れた。顔のない、女たちの姿だった。
『まやちゃんてさあ――』
『ほんと勉強だけはできるのにね――』
背後の彼女が、びくりと震えるのが分かった。
――かちん、なんて可愛い言葉で表現できない怒りが、ロリータの小さな胸に灯る。彼女が怖がっていることだけではなくて、単純にその言葉自体に対しても。
「良く知りませんけれど――それは覚原様のいいところでしょう!」
少女の本音の叫びと共に、――ロリータと同じ姿の聖霊たちが、影たちのせせら笑いを薙ぎ払った。
「大戦用聖霊プリティーロリータちゃん1号っ!」
センスがないなんて笑わせない。
「暗殺用精霊キューティーロリータちゃん1号っ!」
この名前が最高に可愛い。
だから貴女も、あんな言葉を怖がる必要なんてない。自分で何の努力もしないで、妬むばっかりの人間が言うセリフなんて。
「大丈夫。この佐藤ロリータちゃんが必ず守るからね!」
……『影』たちの攻勢に、罵倒に耐えるロリータ達のもとに、ほどなくしてアイシャが戻ってくる。両手にリトルナースたちを抱えて、『瞬天の祈り』によるテレポートだ。その表情は険しいが、目の光は鋭いまま。
「あいしゃん様! 出口見つかった!?」
「ごめんっ、出口まではわかんない! でも少なくともあっちは安全!」
「んじゃ、だーーーっしゅ!」
アイシャが指差した次の目的地へ。三人の少女たちは、足元の影を蹴って駆ける。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
カイム・クローバー
忍び寄る影、ね。実態が無いのは有難いな。覚原(ま)に悲惨な現場を見せずに済む。俺は荒事も専門の栄養士でね。…直ぐにこのブラック職場を文字通り、掃除してやるよ。
両手の銃を使用した【二回攻撃】と【クイックドロウ】を用いた銃撃。恐怖に支配されたアリスって…覚原(ま)の事か?餌として連れて行こうってんならさせねぇぜ?俺を素通りなんざさせるかよ。
味方の元に、なんざ好都合だ。集まった所で纏めて一網打尽を狙う。
【範囲攻撃】と紫雷の【属性攻撃】を使用してUC、覚原(ま)を避け、その周辺の影を一掃。
栄養士兼便利屋、特製の銃弾だ。脳天を突き抜ける痺れる旨さを約束するぜ。
…扉は分かるか?エスコートが必要なら任せな
風見・ケイ
小さな違和感
疲れも、名前すらも自覚できなくなる程のストレス
弱音を吐きながらも耐え続けたアリス
善意や正義感だけで?
そういえば、此処へ送られる前に言っていた……『罪悪感』
――後にしろ
悪い癖が。
今すべきことをします。
[優しさ]を込めて、恐怖を和らげる言葉をかけながら迷路を進む。
【猫に噛みつく鼠】の話すら、真実だと思わせるほどに
[鼓舞]は良くない気がする。
そう、これは夢です。
貴女は夢の世界に囚われたお姫様。
私は貴女を救う王子。
もう怖がらなくていいんです。
震えるなら落ち着くまで抱きしめます。
もう耐えなくてもいいんです。
辛ければ隣に立って支えましょう。
どうか私の手を。
恐怖心に繋がる銃撃は限界まで行わない。
●
迷宮の中をアリスは駆ける。駆け抜けながら思考する。
……知らない人たちが、親切な人たちが、私のことを守ってくれる。助けてくれる。一人はぐれてしまっても、彼らが味方につけてくれた影の猫や、リトルナースたちが共にある。
「どうして私なんかのために――」
違う。『私なんか』と言えるほど、自分は自分のことを知らない。胸に付けっぱなしの名札の文字列がいやに頼りなく見えた。最初から気付くべきだった。
ここはどこで、わたしはだれだ?
「――覚原さん」
そんな彼女を呼び止めたのは、壁に手をつき、総当たりを試みていた風見・ケイ(The Happy Prince・f14457)だ。――互いの顔に、それぞれの安堵が浮かぶ。知った顔を見つけたことと、守るべき対象を見つけたことに。
「会えて良かった。ほら、ここからはエスコートしますよ」
「風見さんたら……」
軽い冗談に応えるように、アリスは礼儀正しく笑った。――その態度に、ケイは小さな違和感を覚える。
「大丈夫ですか? お怪我は」
「怪我は、ないです。皆さん本当に親切で。はぐれちゃいましたけど、もう、出口も近いって」
「覚原さん、本当に」
「大丈夫、です。ありがとうございます」
……この異様な状況下で、やけにしっかりした受け答えと丁寧な物腰。そのくせ、顔色だけは真っ青で。
思えば、あの病院の時点で彼女はおかしかったのだ。疲れも、自分の名前すらも自覚できなくなるほどのストレスの中で、彼女は弱音を吐きながらも耐え続けていた。正しいことを成そうとまでしていた。
善意や正義感だけで? それよりもなお人を衝き動かすものを、ケイは嫌というほど知っている。此処に送られる前に、グリモアベースで聴いた言葉を思い出す。
――『罪悪感』。
「――後にしろ」
「風見さん?」
「いえ。こちらの話です」
探偵の悪い癖が出た。……彼女の過去を混ぜ返すより、今すべきことをしなければ。
アリスの手を引いて、文字と図形の迷宮を進む。恐怖の影が具現化した、『試験問題』でできた迷宮だ。
問題の意味はわからないが、これが何なのか類推はできる。……彼女の歳は大学生程度で、悪夢の内容は病院だった。そして、ケイには『わからない』という事実そのものもヒントになる。おそらくこれは、医師の国家試験だ。
「……変な迷路ですよね。私を、怖がらせようとしてるんだそうです。……なんでこんなものが怖いのか、自分でもよくわからないんですけど」
「怖いなら、考えない方が良いですよ」
自分のことはさておいて、ケイはつとめて優しい言葉をかけようとする。
「でも私、考えなきゃ、だってほら、自分の名前もわかんなくって」
彼女の表情を伺ってみれば。――最初に彼女を見たときのような、困ったような固い笑顔だった。これは良くない、とケイは直感する。
「あの影に、『まや』って呼ばれたんですよ。それが名前なのかな、なんて。可笑しいですよねえ、私」
繋いだ指に、震えが伝わってくる。――まずい、と思ったときには遅かった。迷宮から染み出た『影』が、アリスの足を掴もうとしている。ひとつ、またひとつと、アリスの姿を模した影娘たちが現れて、二人をぐるりと取り囲む。
……ケイは、一瞬の判断を迷った。今ここで銃を抜いたら、余計に彼女の恐怖心を煽ってしまう。それでは敵の思うツボではないか。
限界までその手は使いたくない。しかし――。
「忍び寄る影、ね」
新たに現れたその声には、一切の躊躇がなかった。
双魔銃『オルトロス』。その銀の弾丸は、形のない魔をも撃ち抜くことが可能だ。淀んだ影を広範囲斉射で薙ぎ払い、アリスを模した影娘には集中砲火をくれてやる。
「俺は荒事も専門の栄養士でね。……直ぐにこのブラック職場を文字通り、掃除してやるよ」
実体が無いのは有難い。お嬢さんに悲惨な現場を見せずに済む。……愛銃を両手に構え直して、カイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)はにやりと笑う。
けれどまあ、荒事は荒事だ。多少怖がらせてはしまうかもしれない。だから――。
「……そっちは、任せたぜ?」
――カイムの言葉に、ケイは己の成すべきを悟った。
影と銃弾の行き交う戦場の真ん中で、目の前の少女を抱き寄せる。攻撃も防御も気にしなくていい。きっと彼が凌いで、避けてくれるだろうから。
「風見、さん?」
「これは夢です」
大丈夫か、なんて問うべきじゃなかった。
嘘だって憶測だって、大丈夫だと、自分が言わねばならないのだ。
「貴女は夢の世界に囚われたお姫様で、私は貴女を救う王子で」
「また――」
冗談を、だって風見さん女の人じゃあないですか、そんな言葉を言わせないように、小さな頭を自身の胸へと押し付ける。目も耳も塞ぐくらいに、強く。
根拠なんて無くていい。猫に噛みつく鼠の信じるような物語を、貴女も信じて。
「もう怖がらなくていいんです」
その震えが落ち着くまで、こうしているから。
「もう耐えなくてもいいんです」
辛ければ、隣に立って支えるから。
どうかもう一度、ちゃんと、私の手をとって。
「――サンキュー」
その光景に、カイムは力を抜いて微笑む。……あれと同じことを自分がやろうものなら、後で誰かさんに蹴り飛ばされかねない。間違いなく、これが妥当な役割分担だろう。
『影』の勢いは目に見えて弱まっている。アリスの恐怖心が和らいでいるためだろう。……彼女をオウガの餌として連れて行こうという魂胆なら、残念ながら失敗だ。
「俺を素通りなんざさせるかよ」
一ヶ所に群がろうとするその行動こそが、今や絶好の的。こちらにとっても好都合。
「栄養士兼便利屋、特製の銃弾だ」
紫雷の銃弾《エクレール・バレット》。
「――脳天を突き抜ける痺れる旨さを約束するぜ」
その文字通りの紫雷を纏った銃撃が――抱き合うふたりをしっかりと避けて、『影』を一網打尽に薙ぎ払う。
「……扉は分かるか? エスコートが必要なら任せな」
カイムの差し伸べた手に、アリスは柔らかく笑って。
「今、エスコートは間に合ってます」
「ふられたな。……あ、このセリフもまずいか」
手を繋ぐ女二人を先導しつつ、カイムは行き場のない手をコートのポケットに突っ込んだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
十文字・武
<アドリブ連携詠唱略ok>
おーし、出てきやがったな、オウガの尖兵が。
親玉はここに、こいつの現実でも投影してんのか?
諧謔が過ぎて、趣味が悪いんだよ。
辛い現実を、前見て『生きている』奴らを、馬鹿にするんじゃねぇよっ!
いずれの我が身、オウガに取り込まれた影たちを前に退くは無し。
ただ真っ直ぐに己を怒りを叩きつける。
UC【カラバ二刀流・壱ノ太刀】起動。
斬り、突き、抉れ。
【戦闘知識・ダッシュ・二回攻撃・串刺し・捨て身の一撃】
ただ前に。只管、前に。
屠り、喰らい、打ちのめし、己の道を踏破しろ。
【激痛耐性・生命力吸収・狂気耐性】
己の耳元で囁く、魔獣の声を打ち消すように。
●未だ見ぬ明日の現実は
「おーし、出てきやがったな、オウガの尖兵が」
十文字・武(カラバ侯爵領第一騎士【悪喰魔狼】・f23333)がモップをくるりと回して放り捨てれば――その両手には、代わりに刀が握られている。妖刀、退魔刀の二刀流。清掃業者の服装もまた、拘束衣へと姿を変えて。
夢が覚めても、彼の戦いは終わらない。――いつ終わるのかは分からないけれど、少なくとも今日は、あのアリスを護らなければ。
彼女の身柄は遠く背後、他の猟兵たちが保護しようとしてくれているところだ。……直接話したわけでもないし、自分はただ、戦いの場で力を示して貢献しようか。
……『嫌な現実』の幻で虐めても、尖兵を放って恐怖を与えようとしても、アリスが屈さないためだろう。『影』たちは最早なりふりを構わず、一斉に呪いの言葉を唱和している。
『覚原くんは真面目だねえ――』
『そういうこと、口を出さなくていいんだよ――』
『君はねえ、黙って勉強だけしていれば――』
ち、と武は舌打ちをひとつ。意味は一つもわからないが、声色の粘つく感じが鼻につく。あの事務局長とやらによく似ている。これはかつて、あのアリスに向けられた言葉なのだろうか。――オブリビオンはこの世界に、彼女の『現実』を投影しているのだろうか。
連れ去られた不思議の国のデスゲームで、同じ悪夢を見せられる二重構造。
「――諧謔が過ぎて、趣味が悪いんだよ」
アリスと同じ現実を見聞きしたことがある訳でもない。
自分のかつての現実すらも見つからない。
それでも、――何かを踏みにじられる怒りの感覚だけが、武の心に炎を灯す。
「辛い現実を、……前見て『生きている』奴らを、馬鹿にするんじゃねぇよっ!」
目の前のオウガは――『恐怖心に宿る影』は、アリスに憑りつき殺すのだという。その泥のような影の中には、犠牲となった数多の『アリス』も溶け込んでいる。
つまるところは、いずれの我が身。鏡を前に退くは無し。
ただ真っ直ぐに、己を、怒りを、叩きつけろ。
――カラバ二刀流・壱ノ太刀。
それは『侯爵領騎士剣』と『死神殺し』、その両方による斬撃乱舞だ。どちらかを盾にするようなまだるっこしさは一切ない。ただ敵陣に突っ込んで、傷も厭わずに影を割く。回避のひとつも許すものか。
……『影』の内から、何かの武器が、攻撃の意思が、武の肌へと向けられる。それはかつて、彼と同じアリスであった誰かのものかもしれなかった。お前もいずれこうなるのだと、魔獣の声が耳元で囁く。
その声を打ち消すように、武は影を払い――喰らう。同じであるなら、その命を吸うこともできる。
斬り、突き、抉れ。
ただ前に。只管、前に。
屠り、喰らい、打ちのめし、己の道を踏破しろ。
その先に見つかる現実が、無くした過去だとしても、まだ見ぬ破滅だとしても。
……少なくとも、『そうはならずに済む誰か』を、救うことはできるはずだから。
成功
🔵🔵🔴
安喰・八束
……あぁ、全くえげつねえ事をしやがるな。
影の刃だけを狙って撃つのはやれなくはねえが
……この様子じゃあ、覚原(ま)も只では済まんのだろう。
お嬢ちゃんは真面目に勤めていた。
爺婆がどうすりゃコロッと逝っちまうかも見てきたろう。
こんな酷え世界で、よく今まで耐えていたよ。
覚原(ま)がその真面目さと優しさ故に俺を殺しきれねえのに、賭ける。
俺も、こんなお嬢ちゃんに殺されるようじゃあ
女房に顔向け出来ねえからな。
精々急所は外して時間を稼ぎ、埒が明かねえと思わせる。(戦闘知識)
業を煮やして「影」が分離、自ら俺を殺しに来たところを
「狼牙一擲」一瞬で決めてやる。
……嫌な思いをさせたなぁ。
すまん。
佐藤・和鏡子
迷路を作り出してこちらが分断されるとやっかいなので、ミレナリオ・リフレクションで相殺させて迷路の形成を阻止します。
幸い、今回は一緒に戦う方がかなり多いようなので、医術を使っての負傷者の治療や救急箱を変形させてシールドを展開(武器受け)など、援護や回復中心の立ち回りをします。
もし、攻撃する際は救急箱からいろいろな物を出して攻撃します。
(救急車だと覚原さんを巻き込んでしまうので)
ただ、今回の敵が覚原さん(覚原さん)を操って攻撃するタイプのようなので、敵が影から実体化した時を狙うなど、彼女にけがを負わせない事を最優先にします。
●答え合わせをしよう
ばらばらの記憶が繋がっていく。
さっきまでの『嫌な現実』は悪い夢で、だけどどうしようもなく現実だ。
……たぶん、元居た世界でもそうだった。尊い命を、穏やかな最後の時を、そんな広告みたいな理想を語るたびに、真面目だねえと笑われて。結局見過ごすことしかできなくて。
夢の中では、正直頑張れたと思う。でも、現実は――。
『まや』
するりと現れた影は、自分の顔と声をしていた。
『あなたに、――私に、お医者さんになる資格なんてないですよ』
「――ッ」
その一言が、おそらく『恐怖心に宿る影』の持つの最後の切り札だったのだろう。――勢いの衰えつつある『影』の存在を代償に、アリスの身体に入り込み、その制御権を奪おうとする。
彼女の手のひらに一振りの刃物が現れる。影でできた、医療用のメスだ。あなたも人を殺してみる? 頭の奥で、誰かが囁く。
その刃が周囲の他の猟兵に向く前に、――彼女に惨いことをさせてしまう前に。すかさず飛び込んだのは安喰・八束(銃声は遠く・f18885)の姿だ。少々無礼だが身を当てて、刃の標的を自分一人に絞る。
「あっ、避け……避けてくださいっ」
最初の一閃は、前髪と額の皮一枚で済んだ。血なんてほとんど出やしないが、それでも少女の瞳に動揺が走るのが見て取れる。
「……あぁ、全くえげつねえ事をしやがるな」
「ご、ごめんなさいっ」
「嬢ちゃんのことじゃあない」
怖がらせないように笑えたろうか。正直あまり自信がない。……この悪趣味な『影』を彼女から引き離す。まずはそこに集中するしかないだろう。
この妙な小刀を狙って撃つのも、“古女房”ならやれなくもない。しかし、物の怪に操られた娘が相手では、ただの武器落としとは話が違う。万一勘付かれでもしたら、『影』は躊躇いなくアリスを盾にしてくる筈だ。
だから少々やんちゃが要る。手に馴染み、加減の出来る武器が良い。
『影』の操るアリスの刃を、八束は銃剣“悪童”でいなす。右へ、左へと弾いて、傷付けないよう徐々に退がって。
「すいませっ、ん」
こんな時まで、よく謝る娘だ。
あの巫山戯た夢の中だって、彼女は真面目に勤めていた。……爺婆がどうすりゃコロッと逝っちまうかも見てきたろう、と思う。年寄りが死ぬのなんて当然だろうに。それを慈しんで、ままならないまま見送るだなんて、考えてみれば姥捨て山より惨い話かもしれない。
こんな酷い世界で、よく今まで耐えたものだ。
――だから。その真面目さと、優しさに賭ける。
あえて、八束はアリスに――『影』に隙を見せた。後ろに倒れ込むようにして、振り被られた刃を受ける。
「……っく、」
急所は外した左肩。
刃が突き立った個所にありったけの力を籠めれば、そうやすやすとは引き抜けない。次の攻撃には移させない。……業を煮やした『影』が、自ら殺しに来る筈だ。その一瞬が勝負。
利き腕が残れば十分だ。狼牙一擲、その一瞬で決めてやる。
「――お返しだ。鱈腹喰らえ」
滲み出た影を銃剣で削ぎ、――姿を顕したその『影』を、猟銃の一射が貫く。身を捩った『影』が、慌てたようにアリスの身体に戻ろうとした、その時だ。
「ご無事ですか!」
少女の鋭い声とともに、無数の注射針が降り注ぐ。その全てが『影』へと突き刺さり、跡形もなく霧散させる。――猟兵たちの治療や看護に当たっていた佐藤・和鏡子(リトルナース・f12005)が、戦場に合流したのだ。
「待っててくださいね、いま手当を」
手負いの八束と、その傍らに茫然と座り込むアリス。二人に駆け寄って、和鏡子は手早く救急箱を広げていく。
「安喰さん、お怪我は?」
「大したことねえさ。……俺も、こんなお嬢ちゃんに殺されるようじゃあ――女房に顔向け出来ねえからな」
それに、と。空いた右手を、ぽんとアリスの頭に乗せて。
「外してくれたろ?」
「……はい」
刃が急所を外れたのは、八束自身の身のこなしもあるが――何より、アリスが必死に抗ったためでもある。この娘に人は殺せまい。意地でも殺したりはすまい。その賭けに、八束は勝った。
「……嫌な思いをさせたなぁ。すまん」
「いえ……。ご迷惑、おかけしました」
しゅんとうなだれるアリスの姿を見て、和鏡子は少し思案する。
「覚原さん、応急処置の心得は?」
「……習ったことある、と思うので、多分、少しは」
「一緒に、お願いできますか?」
小首を傾げて微笑んで、包帯や消毒液などをアリスの手へと握らせておく。……彼女に任せるのがいいだろう、と判断する。彼女自身の、心のためにも。
「大丈夫です。覚原さんのような方なら、きっといいお医者さんになれますよ」
いくばくかの仕事をアリスに任せて。――救護の場を汚そうとする『影』に、和鏡子は厳しく対峙する。
救急箱を変形させてシールドを展開。無粋な攻撃を防ぎつつ。
「この迷路が厄介ですね。こちらが分断されてしまいますから……」
アリスの『怖いもの』を写す、文字と図形で構成された迷宮。和鏡子の知識をもってすれば、それは医師の試験問題だとはっきりわかる。
……彼女は、試験が怖いのではないのだろう。医者になることが怖かったのだ。
けれど、それは、高い理想の表れでもある。同じ事象の裏表。
「だったら、――相殺できるはずです!」
ミレナリオ・リフレクション。
和鏡子が展開する、『影』のものと全く同じ試験問題の迷宮は――まるで問題を解くように、恐怖の世界を払っていった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
穂結・神楽耶
――失礼。
あなた方にそのような意識が残っているかは存じ上げませんが。
『先輩』を、あまり怖がらせないでいただけますか?
オブリビオンを覚原様に近付けさせぬよう、召喚した炎の蝶に庇わせます。
近付こうとしたなら蝶の炎で焼けますし…
そうでなくともこちらから差し向けて燃やしましょう。
現実の世界には理不尽も、恐怖だってあるでしょう。
ですが、それは乗り越えられるものです。
声をあげれば誰かが助けてくれるものです。
ここでだってそうだったでしょう?
だから、願わくば。
この炎が、覚原様に灯す希望の一助とならんことを。
●今はまだ夢のまた夢でも
繰り返し繰り返し退けられ、既に数も勢いも弱り切った『恐怖心に宿る影』たちは――それでも尚、アリスから恐怖を絞り取ろうと追いすがる。
見苦しい。
けれどそれは、侮っていいという意味ではない。
「――失礼」
楚、と、その手に太刀を携えて、穂結・神楽耶(舞貴刃・f15297)は終わりかけの戦場に佇んでいた。
ほんの少し、想いを巡らせる。この『影』たちがこうもアリスを貶めようとするのは、単に親玉の命令か。それともかつて『影』に呑まれたアリス達が、虚しく同類を求めているのか。
「あなた方にそのような意識が残っているかは存じ上げませんが。……『先輩』を、あまり怖がらせないでいただけますか?」
今最も重要なのは、この背に庇うひとを汚させないこと。
アリスと猟兵たちを庇うように包む――それは、数百の炎の蝶だった。
舞い散る羽根。涯なき霊。この焦羽挵蝶《コガレバセセリ》はけして鮮やかではないけれど、消えゆくまでのひと時を、人の子を護ることに費やしてくれる。
近付こうとするものを焼き、怯んだところにも差し向けて焼く。その光景は、戦よりも儀に近かった。
「あの。穂結さん」
「どうしました? 『先輩』」
……『後輩』の役も、そろそろ終わりだろうけど。彼女は今、己を何と見ているだろうか。それがわからないうちは、もう少し『後輩』で居ておこう。
「思い出したんです。……医学部の最初に行った体験学習の、老人病院です。あの夢は、あの場所にそっくりでした」
「――そう」
「酷いところだったけど、私は何もできなくって。――国試を受ける段になって、急に怖くなったんです。このままお医者さんになって社会に出れば、私もいつかあの人たちと同じになるのかなって」
だから、と、『覚原まや』は眉尻を下げて微笑んだ。
「『先輩』じゃ、ないですよ。私は、たぶん、まだ」
そう、ともう一つ繰り返して、神楽耶は静かに彼女を見返した。――貴女が、『後輩』ではないわたくしの言葉を望むというのなら。
「現実の世界には理不尽も、恐怖だってあるでしょう」
手が届かないものも、救いきれないものも、数えきれないほど。――それでも。
「ですが、それは乗り越えられるものです。声をあげれば誰かが助けてくれるものです」
貴女の抱いた輝きを、人だって神だって見捨てない筈だ。
「――ここでだって、そうだったでしょう?」
「……はい」
答えるアリスのその笑顔は、ようやく見れた本物だった。
人は願うべきだし、願いは叶うべきだ。だから、わたくしも願わくば。
「この炎が、」
この炎こそは。
「覚原様に灯す――希望の一助とならんことを」
――蝶たちの最期の一華が、悪夢の一切合切を焼き払う。
その後に現れたまっさらな『不思議の国』は、奇しくも、あの現実の景色とよく似た海辺のかたちをしていた。
大成功
🔵🔵🔵
第3章 ボス戦
『赤い靴』
|
POW : この女の罪を教えてやるよ!
【絶望した魂を好んで捕食する口を開いた形態】に変形し、自身の【操るアリスの罪を喧伝、言葉でいたぶること】を代償に、自身の【操るアリスの舞踏と鋭い牙による噛み付き】を強化する。
SPD : 罰として死ぬまで踊ってもらおうか!
【舞踏に合わせて放たれる殺傷力十分な脚撃】【美しい所作で攻撃を回避する華麗なステップ】【足切断時アリスが死亡する呪い(常時発動)】で自身を強化する。攻撃力、防御力、状態異常力のどれを重視するか選べる。
WIZ : 赦されるいい方法を教えてやろうか?
自身の【憑りついたアリスが罪の記憶を取り戻すこと】を代償に、【アリスの足を切断する為召喚した首切り役人】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【首切り斧と「赤い靴」が操るアリスとの連携】で戦う。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「トリテレイア・ゼロナイン」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●ダンスに理屈はいらないわ
ひらけた海に穏やかな風。
白砂のまぶしい『不思議の国』で、猟兵たちはオウガの親玉の姿を探す。
けれど『それ』は――最初からそこに居たのだ。
『くそ、猟兵どもめ……! 何月もかかって、ようやくアリスの五体を撥ねられるところをよぉ!』
――『赤い靴』。
分不相応な夢を見た少女を、力尽きるまで踊らせ続ける呪いの童話。それと同じ名を持つオウガ。
アリスの抱く罪業に取り憑き、宿主の体すら作り替え、意のままに踊らせる力を持つオブリビオンだ。
意識が投影されていた事務局長の姿すら、本質的には恐怖の影の幻にすぎない。その本体は、足元から、ずっと彼女を踊らせていた。
「負けません……!」
――『覚原まや』は叫ぶ。
「私は、貴方なんかに負けませんっ!」
……類似事例の報告によれば。アリス自身が己と向き合う心を持てば、『赤い靴』は大幅に弱体化するのだという。ならば、勝敗はもう決まったようなものなのかもしれない。
「っていうか、だいたい……」
まやは、己の足元の『赤い靴』を毅然と見据えて、断言する。
「スリッパじゃないですかこれ!」
割とすぐ脱げそうだった。
カイム・クローバー
下手なダンスを披露してくれるぜ。ダンスってのはもっと情熱的に、スマートに踊るもんだ。ま、スリッパ如きに理解できる訳ねーか。
良い叫びだぜ、まや。俺達、猟兵はちょっと手を貸すだけ。苦しくても立ち上がり、負けずと自分の意志を叫ぶアリス。この世界はこれだから面白れぇ。さぁ、ダンスと行こうぜ。しっかりついて来いよ?
魔剣を顕現し、刀身に黒銀の炎を宿した【属性攻撃】を【早業】で振るい、【範囲攻撃】で炎を放ちながらUC中に【二回攻撃】で手数を増やす。
【残像】を用いりゃ踊ってるように剣を振れると思うぜ。
脚撃は【見切り】で躱す。押すだけじゃダメだ。引く事も踏まえて初めてダンスさ。
恋の駆け引きと同じ…なんてな?
十文字・武
まさかあのスリッパがオウガの本体だったとはな……
あまりに自然に在り過ぎて気が付かなかったぜ
このオウガ……やりやがるッ!
……とか、無理矢理シリアスに持ってこうとしたけど、無理だろこれ!?
えぇいくそ!力抜けながらも何とか構えて戦闘開始だ!
覚原まやと首切り役人を引き離さんと、鼬の最後っぺって感じに足を切られちゃ適わん
更に覚原まやも傷つけられんて事は
【おびき寄せ・だまし討ち】にて打ち合い、オウガ伺いつつ首切り役人を徐々に覚原まやから引き剥がせ
UC【カラバ二刀流・弐ノ太刀】起動
【戦闘知識】にて、立ち位置把握。本命オウガの意識が此方より離れ、隙を見せたら一気に踏み込み一太刀入れろ【ダッシュ・捨て身の一撃】
●ブレード・ダンスはカジュアルに
「まさか、あのスリッパがオウガの本体だったとはな……」
眼前――というにはやや下方向の敵を見据えて、十文字・武(カラバ侯爵領第一騎士【悪喰魔狼】・f23333)はにやりと歯を剥いた。
常に視界に入っていて、なんなら何度か頭上に飛んできた真っ赤な職員用スリッパ。まさかあれが敵の正体だったとは。あまりにも自然に在り過ぎて、全く気がつかなかった。
「このオウガ……やりやがるッ!」
「そうか……?」
威勢十分の武の隣で、カイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)は首を傾げる。その冷静な視線の先には、……おっかなびっくり踊るまやと、ぺこぺこと今にも脱げそうなスリッパの姿。
「突っ込むの止めろよ、今無理矢理シリアスに持ってこうとしてるんだよ」
「自分で無理矢理って言ってるじゃねえか」
「だって無理だろこれ!?」
どうあがいても珍妙な光景を指さして吼える武を、カイムはまあまあとたしなめる。
――どんな状況であろうとも、臨機応変に乗りこなすのが真の格好良さというものだ。まずは自分が示してやろう。まやの前へと進み出て、招くように手を伸べる。
「しかし、下手なダンスを披露してくれるぜ」
「仕方ないじゃないですかあっ、これ、スリッパが勝手に」
「いや悪い、あんたに言ったわけじゃなくてな。……そこのスリッパ、喋れるんだろ?」
問いかける声の先で、真っ赤なスリッパの爪先が――鋭い牙の並んだ口を開いて、にい、と笑う。どんなに見た目がおかしくても、これは異形で、死の呪いだ。
『うるせえぞ栄養士の便利屋。――お前にも死ぬまで踊ってもらおうか!』
「ダンスってのはもっと情熱的に、スマートに踊るもんだ。――ま、スリッパ如きに理解できる訳ねーか」
少女の手を引く代わりのように、カイムの手には神殺しの魔剣が顕現する。退がって、回って、それがダンスの始まりだった。
……その光景を若干釈然としない表情で眺めつつ、武も己の武器を構えた。もちろんモップではなく、妖刀と退魔刀の二刀流。
「えぇいくそ!」
女性の相手は軽そうな男に任せておくとする。
力が抜けそうにもなるけれど、ここは戦場。今、自分が相対すべき相手のことだって見えている。――まやの傍らに顕現しつつある、戯画めいた首切り役人の姿だ。
どこかで聞いた童話の通りなら、あれはいつかアリスの脚を斬り落とそうとするはずだ。その続きがあるとして、義足が用意してもらえるような優しい物語にはならないだろう。
このままあの『赤い靴』を追い詰めて、鼬の最後っぺのような真似を許してしまっては敵わない。戦いが始まったばかりの今のうちに、あの首切り役人を出来るだけ彼女から引き剥がしておかないと。
「――余所見してていいのかよ? せっかくの二対二だろ」
オレを見ろ。
此処に在るはカラバ侯爵領第一騎士、悪喰魔狼。
「決闘と行こうぜ……!」
敵の影が、こちらを向いた。
――ちらと伺うだけで、武の作戦を理解して。カイムはまやとの死の舞踏《ダンス・マカブル》に集中する。
魔剣の刀身に黒銀の炎を宿し、目にも留まらぬ速さで振るう。動きの手数が多いのか、それとも残像がそう見せるのか、傍からは区別が付かないほどに。
勿論、まや本体を傷つけるわけにはいかない。超高速の連続攻撃は実質すべてが牽制だ。踊るように放って、踊るように避けて。
「まや、しっかりついて来いよ?」
「はい……っ」
彼女も意図を理解しているのだろう。炎に、斬撃に、震えながらも怯まない。
元は、普通のか弱い女の子だろうに――ああ、でも、そうでもないか。さっきのも良い叫びだったぜ。
生命体の埒外なんて言ったって、自分たち猟兵はちょっと手を貸すだけ。苦しくても立ち上がり、負けずと自分の意思を叫ぶアリス。彼女のような者に、そっと手を差し伸べるだけ。
これだから、この世界は面白い。
「便利屋さんっ、――避けて!」
「任せな!」
合図とともに、殺傷力を持つ脚撃が放たれる。……オウガの側も焦れたのだろう。遠心力でスリッパが脱げそうなほどの一撃だ。
見切って躱す。ちょっと前に見た茶番のように、頭の上を通り過ぎる。
この一瞬が、好機。
「カラバ二刀流、弐ノ太刀――」
オウガの意識が彼方の戦場に集中し、此方より離れるその隙を、――武は見逃しはしなかった。おびき寄せ、だまし討ちながら、ずっとこの機を伺っていた。
死神殺しに霊が宿る。
騎士剣がこの身を蝕んで焼く。
「――御霊貫き」
一気に踏み込む太刀筋は、与えられたこの名の通りの十文字だ。首切り役人の防御と血肉を貫いて、その先の霊魂を――悪趣味な童話の概念を、四ツ裂きにして斬り伏せた。
「――よし」
武の一撃を確認して、カイムは一度まやとの距離を取り直す。彼女は未だに『赤い靴』……ならぬスリッパに憑かれて踊っているが、少なくとも今の連携で、首切り役人は始末できた。
「良かったです、避けてくれ、て」
「押すだけじゃダメだ。引く事も踏まえて初めてダンスさ」
ほんの少し口が滑って。
「恋の駆け引きと同じ……なんてな?」
今のは少し、後で誰かに蹴られかねないか。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
幸・雪之丞
赤い靴……かのデンマーク童話でも有名なひとつだね。
踊り続けるという題材からバレエにもなったという。
君の元となった寓話がそれならば、彼女に勝てる道理はない。
あの話の基幹となるのは「許し」だ。
どんなに罪深い行いをしても、罪を自覚し、悔い改めて、日々善行に努めれば、最後には許される。
実際のところはどうだか知らないが、あの話はそういうものなのだよ。
つまりだね。
己の罪と向き合い、悔い、もう逃げないと決意して人のために働いてきた彼女が、君に負けるはずがないのだ。
僕は手助けをするに留めよう。
口に「毒」と書いた紙を入れ、閉じた上から「不可開」と書く。
この戦い、アリス自身が勝たなくては意味が無いのだからね。
安喰・八束
流石無茶な世界で揉まれ続けただけはあるな。
嬢ちゃん、良い啖呵を持ってるじゃねえか。
"古女房"から"悪童"は外しておき
互いに致命傷を受けんように気遣いながら、銃床での棍棒術で相手をしよう。(戦闘知識)
よし、踊れ踊れ。
脚振り回していりゃあ、緩い赤い草履もスッ飛ぶだろう。
脚が掲げられる隙を見て「スキルマスター『スティール』」で剥ぎ取ってもいい。(武器落とし)
脱げりゃただの草履だな?
足入れる穴増やしてやらあ。遠慮すんなよ。(クイックドロウ)
嬢ちゃん、さっきはありがとよ。実に良い手際だった。
怪我してすぐに暴れるんじゃねえ?
すまん……御医者様は手厳しいな。
●その教訓は君次第
「嬢ちゃん、良い啖呵を持ってるじゃねえか」
流石、無茶な世界で揉まれ続けただけはある。声の張りも、その眼の光も好ましい。したり顔で頷く安喰・八束(銃声は遠く・f18885)であったが――、それはそれとして、あの妙な踊りの良し悪しは正直よくわからない。
「……どういう理屈なんだ、ありゃ」
「『赤い靴』、……かのデンマーク童話でも有名なひとつだね」
幸・雪之丞(魔典作家・f22935)は、眼鏡の奥から眼前のオウガを透かし見た。現実の病院を模したところで、やはりこの世界の根幹は絵物語でできているということだろうか。
「貧しい生まれの少女は、美しい真っ赤な靴に心を奪われてね。服装を慎むべき教会でも、家族や恩人の死の床でも、けして赤い靴を脱ごうとしなかった。……その罰として、死ぬまで踊り続ける呪いをかけられるんだ」
踊り続けるという題材からバレエの演目にもなったという。美しく、しかし、その美しさを求める虚栄心を厳しく戒める寓話だ。……一般的には、そう解釈される。
「惨い昔話もあったもんだな」
雪之丞の淡々とした語りを聞いて、八束は見知らぬ異国に思いを巡らせる。……でも、まあ、よくよく考えてみれば。子供に聞かせる話なんてのは、うちの国でも脅かして怖がらせるものばかりだったな、とも。
「で、……あのやたら緩い草履も、そのでんまーくの品なのか?」
「いや、あれはスリッパと言って。……起源は確か、どこだったかな……」
さすがにそれは咄嗟に出てこなかった。こうして目の前にスリッパの『魔』がいるのだから、後でしっかり知識を加筆しておかないと。
『詳しいじゃあねえか。……そう、俺はアリスの罪を食い物にする赤い靴のオウガよ』
「しゃ、喋られると転びそうになるんですけど……」
『うるせえ覚原!』
若干キャラが事務局長に戻りつつ、まやの足元の『赤い靴』は牙の並んだ口で嗤う。
『この女の罪を教えてやるよ! 実力も資格もないのに理想ばっかり並べて、結局なんにもできないその弱さ! 脚を斬られて死ぬのがお似合いだ』
「――理解が浅いね。君の元となった寓話がそれならば、彼女に勝てる道理はない」
表情ひとつ変えることなく、雪之丞はオウガの悪罵を口で斬って捨てる。……『赤い靴』は、そんな風には終わらない。子供ですら知っているだろうに。
「あの話の基幹となるのは『許し』だ。どんなに罪深い行いをしても、罪を自覚し、悔い改めて、日々善行に努めれば、最後には許される」
実際のところはどうだか知らない。覚原まやが帰るべき『現実』が、そんなに優しいとも限らない。
――けれど、あの話はそういうものなのだよ。
そうであれ、と願うための物語だ。
物語とはそういうものだ。
「つまりだね」
骸の海の悪鬼には、もう少しわかりやすく言い直してやろう。
「己の罪と向き合い、悔い、もう逃げないと決意して人のために働いてきた彼女が、――君に負けるはずがないのだ」
『――ッ意味わかんねえこと言ってんじゃねえよ眼鏡オタクが!』
苦し紛れの罵倒とともに、まやの身体がくるりと回り――勢いの乗った右脚が、雪之丞の眼前、寸でのところで止められる。防いだのは、八束が素早く差し込んだ猟銃だ。
「兄ちゃんも達者だな。こりゃ口じゃあ負ける気がしねえ」
「当然だね」
この“古女房”の銃身は槍や棍棒としての用にも堪える。弾を抜き、“悪童”も外しておいた、これなら少女を傷つけることもあるまい。
相変わらず妙な踊りだが、少しは動きの道理が読めた。ふらつく身体を立て直したら、きっと次には左脚が来る。
来た。
「よし、」
踊れ踊れ。……大怪我はさせないように、その足首を銃床で受ける。脚が掲げられたその隙に、踵の側に差し込んで振り抜けば――。
『しまッ……』
なんとか片方剥ぎ取った。――宙を舞う草履が、醜い口を開いて何ごとか叫ぼうとしたその瞬間。
「もう静かにし給えよ」
雪之丞が投げ寄越した紙片が、その口の中へと滑り込む。綾樫で一筆『毒』と『綴』られた一枚である。思わず閉じた口の上から、更に重ねて『不可開』と。
うぐ、と呻いて、『赤い靴』はその動きを止める。
「こうなりゃただの草履だな? 足入れる穴増やしてやらあ」
退屈そうにしていた“悪童”を引き抜いて。
「――遠慮すんなよ」
立て続けの銃弾が、左のスリッパを襤褸へと変えた。
「あ、ありがとうございます、雪之丞さん」
「礼には及ばない」
雪之丞は最後まで、涼しい顔で応えるのみだ。――僕は今回、手助けに留めたまで。
「この先の戦いは、君自身が勝たなければ意味がないのだからね」
「はい……」
頷くまやの姿を見て、八束もまた、雪之丞に倣うように言葉をかける。
「嬢ちゃん、さっきはありがとよ。実に良い手際だっ」
「あなたは怪我人じゃないですか!」
啖呵がこっちに向けられた。
「そんな暴れちゃ駄目ですよ! あぁあ、包帯取れてるじゃないですか」
「す、すまん……」
どの世界でも、御医者様というやつは手厳しい。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
風見・ケイ
彼女は負けなかった。
独りでも抗い続けた。
強くて、優しい人。
……頑張りましたね。
『嫌な現実』はどこにでもある。
医療の世界ならきっと星の数ほど。
貴女なら大丈夫、なんて軽々しいことは言えないけど
私は貴女を応援します。貴女の頑張りを知っています。
もし辛くなったら、いつでも胸を貸しますよ。
なんてね。
さて、弱いといっても私のままでは分が悪い。
でも、私がやります。
目を瞑ってくれませんか?
大丈夫
信じて。
銃把を両手で包み込む
……きっと、大丈夫
幽明境の暮れ泥みに、彼岸も此岸もありはしないのだから
覚悟して親指を押し込む
――ッ!
これで、ダンスに付き合えるかな。
祈る。
彼女の呪いが消えるように。
――彼女の未来に、幸いを。
●今はまだ上手く踊れなくても
スリッパであろうとも靴は靴。『赤い靴』はふたつで一足。
その片割れを猟兵たちが倒した今、残る戦力はちょうど半分。――しかしそれは、単純な割り算では済まされない問題を抱えていた。
「あ、あのう、これで踊るのはお互い無茶なんじゃ」
『うるせーこれは踊る技なんだよ! 仕方ねえだろ!!』
「現実見ましょう!?」
そう、操れるのが片脚だけでは、まともに踊れるわけがない――筈なのだが。右側だけになった『赤い靴』は、なおも無理やりダンスを続けようとしているのだった。戸惑うまやを引きずるようにして、なんとか左脚を軸に蹴りを放とうと奮闘する。
「……あ痛っ、」
足をくじきそうになりながら、よろめく少女を――後ろからそっと、抱きとめる者がいた。
「大丈夫」
一言目から言い切って、風見・ケイ(The Happy Prince・f14457)はまやの頭上で微笑んだ。
小さな体だな、とケイは思う。見た目だけなら、本当にか弱く無力な少女のようなのに。
それでも、彼女は負けなかった。狂った世界の中でも抗い続けた。体ばっかり大人になった私より、ずっと強くて優しい人だ。私も、皆も、ちゃんとそれを知っている。
「……頑張りましたね」
「風見さん?」
覚えのある声に顔を上げようとして――まやはくるりと身体を回す。こちらを向くためではなく、『赤い靴』の命じる攻撃のために、だ。
そう、いつまでもこうしてはいられない。他の二人ならまだしも、『慧』は大した戦闘能力を持たないのだ。いくら弱体化していると言っても相手は異形のオブリビオン。押し留めることもできなければ、脚撃ひとつにだって堪えきれないだろう。
だから、一度は手を離す。もう一度彼女へ向き直る。
この先彼女が一人で歩いていく道にも、『嫌な現実』がいくらでも待ち受けているだろう。医療の世界なら、それこそきっと星の数ほど。
――貴女なら大丈夫、なんて軽々しいことは言えないけれど。私は貴女を応援するし、貴女の頑張りを知っているから。
「もし辛くなったら、いつでも胸を貸しますよ」
なんてね、と笑って、おどけて両手を広げて見せて。
さて、――私のままでは分が悪い。でも、私がやらなくては。
最後は殴って解決できるから、なんて言われて来たけれど。……これはもう、そういう物語じゃあないだろう。これだけ格好つけた『王子様』が最後に人任せでは締まらないのだ。『螢』も、『荊』も、今回ばかりは出る幕無し。
「無理に靴に逆らったら、まやさんが転んでしまいますよ。私が全部避けますから、……目を瞑ってくれませんか?」
「目を……?」
「大丈夫。――信じて」
きゅう、と目を閉じた彼女を見据えて、懐の拳銃を――前後を逆に取り出して、銃口を胸に押し付ける。銃把を両手で包み込む。見せるわけにはいかないけれど、これが合図で、私の身体の撃鉄だ。
……きっと、大丈夫。ここは元より童話の世界だし、幽明境の暮れ泥み《ホロウ・ワールド》に、彼岸も此岸もありはしないのだから。祈る。彼女の呪いが消える分、私が呪いを背負うから。私に力を。――彼女の未来に、幸いを。
親指を、押し込む。
銃声は聴こえてしまうけど。
「――――ッ!」
「風見さん!?」
壊れた鉛の心臓を銃弾が貫いて――そこにある『星』が脈打った。全身の神経を速度が巡って、全てがそれこそ暮れ泥む太陽のように止まって見えた。死ぬはずの身体に死ねない呪いが満ち満ちて、ぱたぱたぱたと血が落ちる。ああ、これじゃ、結局見せられはしないか。
「目は、まだ、開けないで」
でも、これで、きっとダンスには付き合える。この身体から血が抜けきるまでは、時間を稼がせてもらおうか。
成功
🔵🔵🔴
穂結・神楽耶
……どうしてスリッパなんです?
踵で支えられない靴は脱げやすいですし、そもそもダンスのような激しい動きには不向きじゃないですか。
どうしてその形で顕現したんですか?
そもそも形を選べなかったんですか?
えっ、お可哀想に……
じゃあ頑張って脱げてもらいましょうか。
スリッパというなら、覚原様の足にぴったりくっついている訳ではないと見ました。
隙間に刃を入れて、こう、スパッとやってしまいましょう。
口を開い頂いても構いませんよ? その方が斬りやすいですからね。
もう、偽りの絶望に踊らされるアリスはいません。
夢を見る時間はおしまい。全日に帰る時が来たのです。
頑張ってくださいね、『後輩』!
佐藤・和鏡子
赤い靴(スリッパ)が脱げたところを狙って救急車で轢くユーベルコード(轢殺)を使用します。
轢く際は、運転と戦闘知識で正確に狙いを付け、捨て身の一撃と吹き飛ばしを乗せてさらに威力を高めます。
覚原さんを巻き込む心配が無ければ高威力のユーベルコードを遠慮無く使えますから。(もし、彼女と一体化していわば人質状態になっていたら、と考えるとぞっとします)
『猟兵としてではなく、同じ医療関係者の一人として、覚原さんの夢の邪魔はさせません』
前回のリプライでも言っていましたが、医師になるのは簡単ではないと思いますが、数ヶ月に及んだオウガの嫌がらせに屈しなかった彼女の精神力ならきっと良い医師になれると思います。
●オーバーキルは鮮やかに
「…………」
まやを躍らせる『赤い靴』の姿を見て、穂結・神楽耶(舞貴刃・f15297)はずっと考えを巡らせていた。真面目を絵に描いたような顔での沈思黙考だった。
けれど答えが出ないので、素直に本人に聞いてみる。
「……どうしてスリッパなんです?」
『うるせえ!』
「いや、うるせえではなく……。踵で支えられない靴は脱げやすいですし、そもそもダンスのような激しい動きには不向きじゃないですか」
あまりにも残酷な正論であった。
現に、まやの踊るダンスはどこか頼りない。そのうえ片方は猟兵たちに倒されてしまって、今は右足のみときた。もはや明らかに無理がある。あれだ、遠い昔に子供たちと遊んだ、けんけんぱに似ている。
「どうしてその形で顕現したんですか?」
『わかんねえよ……。他の連中は普通にバレエシューズだったはずなんだよ……』
「そもそも形を選べなかったんですか?」
妙なことを考えるオウガだと思ったものだが、まさか当人も状況の意味を理解していないとは。ともすれば、この『赤い靴』も狂った世界観の犠牲者のひとりに過ぎなかったのかもしれない。神楽耶は眉尻を下げ、小さな口をそっと押さえる。
「えっ、お可哀想に……」
『うるせえ!』
「うるせえではなく。――じゃあ、頑張って脱げてもらいましょうか」
些事の答えが何にせよ、その結論は変わらない。
「穂結さんっ、……ですよね、その声。あの、なんだかすみません」
「お気になさらず。もうすぐ終わります」
ぎゅっと目を瞑ったまま、まやは奇妙なダンスに身を任せてくれている。それでいい。この場合、そのほうが動きが読みやすい。
――繰り出される脚撃。その爪先を覆うのは、見ての通りのスリッパだ。足そのものにぴったりとくっついているわけでもない。むしろ、今まで遠心力で飛んで行かなかったのが奇跡というべきか。
神業真朱、『刀』たるわたくし、その本体の一太刀で十分。スリッパだけにスパッとやってしまいましょうか。狙いどころは、靴底と踵の隙間の辺り――。
『――くそ、このアリスの罪を』
「あ、いいですね。その口」
言いがかりの罪状などいくら並べても構わないし、――隙間が増えて斬りやすい。
刃を入れて一刀両断。
それで上顎と下顎が、甲と靴底が泣き別れだ。
千切れ飛ぶスリッパの残骸へはたして追撃が必要か、神楽耶が判断するそれより前に。
『――救急車通過します!!!』
大音量のアナウンスと共に、救急車がスリッパを轢殺した。
急ブレーキで停車して、巻き上がった砂がもうもうと視界を埋める。年代物のアメリカ製救急車、その左側の運転席から飛び降りたのは、佐藤・和鏡子(リトルナース・f12005)の小柄な姿だ。
「やりましたか!?」
「明らかに殺りましたね……」
「念入りに処置しておきました。覚原さんを巻き込む心配もなさそうだったので」
……タイヤが変形するほどの猛スピード。『赤い靴』がまやから離れた瞬間を正確に狙いすました運転技術。若干やりすぎである点を除けば、完璧な高威力攻撃である。
顔の前で両手を合わせ、和鏡子は可憐に微笑んだ。
「ありがとうございます。オブリビオンを引き離してくれて。もし一体化して人質状態にでもなっていたら、と考えるとぞっとしますから……」
「ええ。……ぞっとしますよね」
戦いを終えた少女たちの背後で、徐々に砂煙が晴れていく。スリッパはおそらく――跡形もない。
ぺたりと座り込んだまま、まやは神楽耶と和鏡子を見上げる。……両足は自由になったけれど、彼女はまだ少し不安げだ。
「皆さん、お仲間なんですよね……? どうして、助けていただけたんですか……?」
おずおずとした問いに、和鏡子は考えて表現を選ぶ。
猟兵、オブリビオン、骸の海から世界を救う。……そんな用語では、きっと何も伝わらないから。
「猟兵としてではなく。私は、――同じ医療関係者の一人として、覚原さんの夢の邪魔はさせません」
夢、という言葉に、まやの瞳は少し揺れた。その手を取ってそっと握って、和鏡子はさらに言葉を重ねる。
「医師になるのは簡単ではないと思いますが。……あの事務局長の嫌がらせに数か月も屈しなかったのは凄いですよ」
「それはちょっと、正直、自分でもすごいとは思いますけど……」
「でしょう? あなたの精神力なら、きっと良い医師になれると思います」
そうそう、と付け加えて。
「あの手合いは、適当に褒めておくのがいいですよ? ――もちろん、心は売り渡さずに」
「……なるほど」
苦笑いで返して、――まやは、ゆっくりと立ち上がった。裸足のままの自分の脚で、砂をしっかり踏みしめて。
もう、偽りの絶望に踊らされるアリスはいない。
「ええ。夢を見る時間はおしまい。全日に帰る時が来たのです」
神楽耶もまた笑顔を浮かべ、まやの肩を強めに叩く。
和鏡子のそれとはまた違う、優しいけれど甘くはない、咲くような笑顔で。
「頑張ってくださいね、――『後輩』!」
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ロリータ・コンプレックス
★友達のあいしゃん様(f06524)と行動
他者との連携可
「それ本当にまや様の罪?結果が伴わなくても立派な行動じゃない!」
【オーラ防御】でまや様を【かばう】のを最優先。
赤い靴と首切り役人は【全力魔法】で攻撃。
赤い靴は【精神攻撃】で誤射を避ける。
「そこのスリッパ!まや様追い詰めた理由は何!?必要なのは人肉でしょ?まや様が優秀だから嫉妬?……かっこ悪っ!」
UC【生まれながらの光】でまや様とあいしゃん様を随時治癒。
「今だよ!あいしゃん様!」
まや様を【鼓舞】しアリスの戦う力を引き出す。
「まや様には誰にも負けない力がある!一緒に戦って!」
戦闘後は『自分の扉』探しに協力。
「行こう!『希望に溢れた現実』へ!」
アイシャ・ソルラフィス
ロリータさん(f03383)と一緒に行動します
アドリブ、他者との共闘はOKです
【WIZ】
…本体、スリッパだったんだ…
えっと、覚原…まや、さん、だよね?
まやさん、これ脱げる?…脱げない?
じゃあ脱げるようにしないとね!
脱げるようになるまで長期戦になりそうだから、防御力強化の目的でUC「守護の祈り」を仲間に使用
あとは使える技能を総動員。赤いスリッパの攻撃を避けて、首切り役人を攻撃しつつ、ロリータさんと一緒にまやさんを勇気づけます
お医者さんになる資格ってなんだろう?
死を当たり前と受け入れること?
死に無関心なること?
ううん。死に向き合って、諦めないことじゃないかな?
なら、まやさんは資格は十分のはずだよ!
●あなたの、あなただけの力
「覚原さん! 無事!?」
猟兵たちの奮闘によって、なんとか両足を解放されたアリス。彼女の元に、アイシャ・ソルラフィス(隣ん家の尚くんを毎朝起こす当番終身名誉顧問(願望)・f06524)が駆け寄ってくる。
ここまで、守護の祈り《プレアー・オブ・プロテクション》による応援で味方を強化することに集中していたアイシャは、ここで初めて、彼女の『名前』を確認する。
「えっと、覚原……まや、さん、だよね?」
「はい。色々、なんとか思い出せました。――皆さんのおかげです」
アイシャは肩を撫でおろす。彼女の晴れやかな笑顔を見るに、身体も、心も、しっかり無事だ。
……まさかあの真っ赤なスリッパが、オウガの本体だとは思わなかったけど。見た目は脱げやすそうに見えて、実際はかなりの長期戦。意外としぶといスリッパだった。
――そう、意外としぶといスリッパだった。
『このままでは……このままでは済まさんぞ!』
そう呻いてずるずると砂浜を這うのは、……『赤い靴』こと、片方だけになったスリッパの残骸である。救急車でオーバーキル轢殺された右側のほうは跡形もないので、足を入れる穴を増やされた左側のほうだ。
『くそっ、とりあえず手でもいいからもう一度アリスに憑りついて』
「往生際が悪――いッ!」
そんなことをされたら更に絵面がギャグになっちゃう! と言わんばかりに、ロリータ・コンプレックス(ロリータちゃんは天使である!繰り返す!ロリータちゃ・f03383)がその残骸を踏みつける。
これにて本当に一件落着。……そう言いたいところだが。
『これで最後だっ、――その罪人の足を斬り落とせ!』
ぼろぼろの『赤い靴』の最後の手は、『首切り役人』の召喚だった。
一度は倒され、概念を破壊された役人の姿はゆらゆらと揺らいで曖昧だ。靴本体が死に体な以上、連携攻撃だって不可能なはず。……けれど、足さえ斬り落とせば自分の勝ち。そういう考えなのだろう。
「――ここはボクが!」
まやに向かって振り下ろされる首切り斧を、アイシャが咄嗟に杖で受け止めた。その小さな背中の後ろ側で、ロリータが更にまやを庇う。
「下がって、まや様!」
「は、はいっ」
ロリータの全身から、聖者の光が溢れだす。アイシャへと力を与えつつ、まやへの攻撃を防ぐように。
『邪魔すんな! その女の罪はなあ、資格もねえのに大口叩くその態度だ』
「そんな訳、ない……!」
斧と杖とで競り合いつつ、アイシャは考える。そもそもお医者さんになる資格ってなんだろう? 自分にも医術の心得はあるけれど、それを活かして猟兵をやるのと、お医者さんを仕事にするのとでは、きっと全く違うはず。
オブリビオンとも骸の海とも関係なく、人はいつかどこかで死ぬ。どうやったって失われる命と共に生きるのは、戦って死ぬより怖いことなのかもしれない。
死を当たり前だと受け入れることが資格なのかな。
それとも、無関心になることが資格なのかな。
もっと言葉通りに、試験に受かれば資格なのかな。
「ううん」
違う。
「資格っていうのは。――死に向き合って、諦めないことじゃないかな? なら、まやさんは資格は十分のはずだよ!」
「あいしゃん様の言う通り!」
まやの身体を抱きしめて、ロリータもまた叫ぶ。敵の言葉を否定して、彼女を元気づけるように。
「大体それ、本当にまや様の罪? ――結果が伴わなくても立派な行動じゃない!」
何が『赤い靴』だ。何が『首切り役人』だ。理想を持って、傷ついて、ほんの一回つまずいたことが罪だなんて――そんな理屈、『わたくし』は絶対に認めない。
「そこのスリッパ!」
足元のボロ切れを、精一杯に踏みつけて。
「だいたい、まや様を追い詰めた理由は何!? 必要なのは人肉でしょ?」
『……いやまあ、それは、そうだけども』
「はーん、まさかまや様が優秀だから嫉妬? ……かっこ悪っ!」
『うるせーッ決めつけんな! 俺は罪人しか喰えねえんだよ! それがよお! ……あんな善良なアリスが巣に引っかかるなんて』
「何それつまり言いがかりってことじゃん!」
話す価値無し。スリッパの残骸を蹴っ飛ばすと、ロリータは改めてまやに向き直る。
「ねえ、まや様。まや様には誰にも負けない力がある!」
「え、あ、はい!」
「一緒に戦って!」
「戦う!?」
まやは目を白黒させるが、ロリータの言葉には根拠がある。彼女も『アリス』である以上、ユーベルコードをひとつ持っているはずだ。
「ええと。……敵の弱点は」
おずおずと、まやは『指摘』する。
「人が、罪を乗り越えて成長できるって、知らないことです」
その瞬間。――無数のカテーテルとチューブの群れが、『首切り役人』を拘束する。
「い、今ので大丈夫ですか?」
「十分! ――今だよ! あいしゃん様!」
「うんっ!」
動けない『首切り役人』へと、アイシャの全力魔法が放たれて――。
●扉のかたちは
……今度こそ、『赤い靴』は完璧に消え失せて。
不思議の国は、完全に穏やかな海と砂浜の風景になっていた。そのうちに愉快な仲間たちが移住してきて、平和な社会が形成されていくのだろう。
勝利に胸を撫で降ろす猟兵たちの中で――、『それ』を最初に見つけたのは、アイシャだった。
「ねえ、みんな、あれ……」
彼女が指さす先。
――小高い丘の上に、『病院』がある。
まさか、またもや『嫌な現実』の国が現れたのか。無限ループって怖くない? そんな動揺が猟兵たちに広がるものの――。
「違います」
静かな声が、その可能性を否定する。
「多分、――いえ、多分じゃなくて。あれが私の『扉』です」
辛いことも、苦しいことも、たくさんあった場所だけど。――『覚原まや』のくぐるべき扉は、そのかたち以外にありえない。
「そっか」
それってなんだか、格好いいね。ロリータは笑ってまやの手を引く。
「じゃ、行こう! 『希望に溢れた現実』へ!」
大成功
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