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いつかまた、約束の桜の下で

#サクラミラージュ

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#サクラミラージュ


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●堕落への誘い
 月明かりに浮かぶ朽ちかけの西洋建築。
 当時の生活感を残したまま、時の流れに取り残された異人館。
 その一室で埃に塗れた古い写真立てを手にする男の背後には、一人の少女が立っていた。
「誠一さん。私との約束、守ってくれるんでしょう?」
「……千鶴」
 少女の口から紡がれるのは、いつか聞いた懐かしく優しい響き。
 暗がりから伸ばされる華奢な腕が、その全身から染み出した黒い温もりが、男の肢体を優しく包み込む。
 寄りかかってくる心地よい重み。とくん、とくんと刻まれる命の鼓動。
「――私を見殺しにした人達を、殺してくれるのよね」
 その囁きは男の心を溶かし、蝕むように深く染み込んでいく。
「……ああ、約束したもんな」
 それは遠い日に交わした一つの誓い。
 あの日、美しく聳え立つ幻朧桜の下で、風に舞う幾万の花びらに包まれながら――。

 ――いつかまた、この桜を見に来よう。オレ、ずっと待ってるから。
 ――はい。必ずまた、二人で……。

「…………」
 ほんの一瞬、いつか見た景色が男の脳裏をよぎる。
 はたして、そうだっただろうか。
 彼女と交わした約束は、本当にそんなものだったのだろうか。
「……誠一さん?」
 訝しむようにその顔を覗き込む少女。
 男はハッとした様子でなんでもないよ、とだけ返し、手にした写真立てを静かに戻す。
 今の自分にはやらねばならないことがある。それが彼女との――千鶴との約束であるのなら。
「それじゃ、行ってくるよ」
「はい。いってらっしゃい」
 懐に隠し持った短刀を羽織の上から握りしめ、心の底に迷いを残したまま男は歪められた道を歩み行く。

 誰もいない部屋の中に残された写真立て。
 そこに写されていたのは幻朧桜を背に黒い学生帽とトンビコートを羽織り、微かに頬を染めぎこちない表情をした若かりし頃の誠一。そして今と変わらぬ姿で誠一と並び立つ、頬を染め微笑んだ千鶴の姿だった。

●狂わされた歯車
 神々廻・夜叉丸(終を廻る相剋・f00538)が手にしていたのは『飛行船、墜つ』という見出しが記された古い新聞の切り抜き。
「もう、十数年も前の話になるそうだ」
 かつてサクラミラージュでは大勢の乗客を乗せたある飛行船が予想外の大嵐に見舞われ、炎上し不時着するという事故が起こった。
 すぐに救助活動が行われたものの、思った以上に火の回りが早かったためか一部乗客の救助が間に合わず、多くの犠牲者を出してしまったらしい。
「新しい世界の知識を得ようと現地の図書館で古い記事を読み漁っていたのだが、この記事を目にした時に予知を見た。誠一という男が、千鶴という名の影朧に籠絡される場面のな」
 猟兵達を見渡しながらそう告げれば、夜叉丸は再び切り抜きへと視線を移す。
「この事故の犠牲者の一覧の中に千鶴という女学生の名と生前の顔写真があった。予知で見た影朧と同じ名、同じ顔のだ」
 おそらく千鶴はこの事故で命を落とし、長き時を経て歪んだ影朧として蘇ってしまったのだろう。
 今もなお生き続ける自分を見殺しにした者達――あの日、救助活動を行っていた人々へと復讐するために。

「……こんなものはただの逆恨みに他ならん」
 そう零した少年は表情こそ変わらぬものの、微かに語気を荒らげていて。
「誠一は今、影朧の言葉に惑わされて正気を失い、理不尽な復讐を遂げようとしている。しかし、すぐにそれを行動に移すという訳ではないようだ」
 何か思うところがあるのか、誠一は写真に写っていた幻朧桜を訪れようとしているらしい。
「其処で誠一を捕まえ、説得し正気を取り戻させることが第一の目的となる。別に力づくで拘束しても構わんが……そこは皆に任せよう」
 その後は生前の千鶴が暮らしていた異人館へと向かい、そこに潜む影朧を討伐もしくは転生させる。それが第二の目的。
 討伐と転生。どちらの結末を選ぶかは猟兵達次第だ。
「誠一と千鶴。かつて二人がどの様な関係であり、どの様な過去を抱えているのか、そこまではおれにはわからない。だが、もし誠一の正気を取り戻す事が出来れば、それについても本人の口から聞き出す事が出来るかもしれん」
 その情報はきっと、影朧を転生させるための手助けとなることだろう。
 そこまで言い終わると夜叉丸は札型のグリモアを広げ、転移の準備を始める。
「一度起こった過去が巻き戻る事は決してない。だが、おれ達猟兵は未だ見ぬ未来の可能性を選び取る事ができるはずだ」
 おれはそう信じている、と。その想いを猟兵達に託して。


空蝉るう
 猟兵の皆様、こんにちは。空蝉るうです。
 サクラミラージュの平和を守る為、どうか皆様の力をお貸しください。

●登場人物
 誠一:30代前半の男性。
 影朧に惑わされて正気を失い、記憶の一部を歪められた上で理不尽な復讐を遂げようとしています。
 説得に成功すれば正気と歪められてしまった記憶を取り戻します。
 誠一は特別な力を持たない一般人ですが、仮に説得もしくは拘束に失敗してしまった場合は懐に忍ばせた短刀で罪の無い人々を殺めてしまいます。

●やるべきこと
 誠一の説得もしくは拘束及び影朧の討伐もしくは転生。

 第一章は街道から少し離れた場所にある、満開の幻朧桜が立ち並ぶ小川沿いの小道。そしてその先に聳え立つ、大きな幻朧桜を訪れる日常章です。
 この章では誠一の説得もしくは拘束が目的となります。
 説得の内容は誠一の良心に訴えるものや、予知の内容から自分の考えをぶつけるなどなど、全てお任せします。
 この章で説得に成功すれば、誠一から後の戦いでの説得材料となる情報を聞き出すことが出来るかもしれません。
 また目的の大きな幻朧桜に辿り着くまでの間であれば、仲間達との語らいや周囲の景色を楽しんだりする余裕があります。

 第二章は廃墟と化した異人館での影朧捜索を行う冒険章です。
 この章では館の何処かに隠れ潜む影朧の発見が目的となります。
 敷地内は広く、罠などは仕掛けられていないものの所々が朽ちており、また影朧による何らかの妨害が予想されるため探索には若干の危険が伴うかもしれません。
 前章で誠一の説得に成功していた場合は、猟兵達が望めば彼が館の案内をしてくれるでしょう。

 第三章は影朧との決戦となります。
 討伐と転生。オープニングにある通り、どちらを選ぶかは皆様次第となります。
 攻撃の合間に何らかの説得を行う事で影朧の荒ぶる魂と肉体を鎮める事ができれば、戦闘後に転生の可能性が出てきます。

●プレイング受付開始日
 10月7日(月)8時31分から。

 何れかの一章のみの参加、また途中章からの参加も歓迎です。気軽にお越しください。
 それでは、皆様のプレイングをお待ちしております。
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第1章 日常 『風に舞う幾万の花びら』

POW   :    仲間達と語らう。

SPD   :    風景を楽しむ。

WIZ   :    故郷や誰かを偲ぶ。

イラスト:雨月ユキ

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🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

フリル・インレアン
ふわあ、綺麗な桜ですね。
もし、あの時アヒルさんが(アリスラビリンスで)助けてくれなかったら、この桜を見ることはなかったんですね。
たまたま、私がアヒルさんの傍にいたから、私は助かりましたがやはり他の(アリスの)方たちは助からなかったんですよね。
ふえ、わ、分かっています。
私は運が良くて助かったのだから、亡くなられた方や遺族の方にどれだけ恨まれても生きなければいけないんですよね。
それは助けたくても助けられなかったアヒルさんや、私を助けるために犠牲になられた方の思いを裏切ることになるのだから。



●誓いを胸に
 長く続いた残暑をかき消す色のない風は、舞い散る桜色を纏って鮮やかに咲き誇る。
 青く澄んだ秋晴れの下、フリル・インレアン(大きな帽子の物語はまだ終わらない・f19557)は眼前に広がる見慣れぬ景色に、そして満開の桜並木にその瞳を輝かせていた。
「ふわあ、綺麗な桜ですね……」
 かつて居た世界では感じる事のできなかった穏やかな時の流れの中で、フリルは静かに目を閉じる。
「……もしあの時アヒルさんが助けてくれなかったら、私はこの桜を見ることはなかったんですね」
 思い返すのは忌まわしい記憶。
 咲き誇る花々はむせ返るような血の赤で染まり、囀る小鳥達の声に交ざり誰かの断末魔が響き渡る。どこまでも無慈悲で、残酷な世界。
 伸ばされる腕を掴むこともできず、ただ自身が生き残るためだけに戦い続けてきた悪夢のような日々。
「私はたまたまアヒルさんの傍にいたから助かりましたが……きっと、他のアリスの方達は助からなかったんですよね……」
 決してその最期を見届けたわけではない。だが、確信めいた予感と共にそう零したフリルの顔には昏い影が差し込んでいた。
「ふぇ……? わっ!」
 そんなフリルを見兼ねてか、力強く服の袖を引く影が一つ。
 突然の感覚に驚いたよう視線を下ろせば、そこには両翼を羽ばたかせ窘めるような視線を送るアヒルさんの姿があった。
「わ、分かっています。それでも私は前を向いて生きていかなければならないんですよね」

 私が生き残ったのは運が良かっただけ。
 もしかすると、あの日斃れていたのは私だったのかもしれない。
 だからこそ、たとえあの時助けられなかった人々からどれだけ恨まれていようとも、私は生き続けなければならない。
 何故なら――。

「……そうしないと、あの人達を助けたくても助けられなかったアヒルさんや、私を助けるために犠牲になられた方の思いを裏切ることになるのだから」
 だからこそ、私は今ここにいる。
 これ以上、あんな悲劇を起こさせないように。オブリビオン達を止めるために。
「行きましょう、アヒルさん。……私達なら、きっとできますよね?」
 その言葉に頷くようアヒルさんはもう一度だけ小さな翼を羽ばたかせ、彼方に見える一際大きな幻朧桜へと向き直った。
 そんな姿に笑みを零せばフリルもまた、自らが進むべき道へと向けて歩み出す。

大成功 🔵​🔵​🔵​

天御鏡・百々
●神鏡のヤドリガミ
●アドリブ連携歓迎

【道中】
周囲の景色を楽しみつつ幻朧桜へ向かう
サムライエンパイアの桜は一時の儚さも魅力だが……
常に桜を楽しめるというのはそれはそれで良いな

【説得】
心を乱し、偽りの約束で誠一殿を操るとは……
しかも、助けることこそかなわなかったとはいえ、
自らを救助に来た人々を殺そうなどと逆恨みにも程があろう
なんとしてでも説得し、誠一殿の強行を止めねばならぬな

鍵は約束か……?
それは千鶴のために人を殺す様なものでは無いはずだ
本当の約束を思い出すのだ!
また、生前の千鶴は、そんな殺人を望むような少女だったのか?
誠一殿よ! 思い出すのだ!

破魔の力や癒やしの光が正気に戻すのに有効であれば使用


シキ・ジルモント
◆SPD
幻朧桜へ向かい誠一を説得

影朧に惑わされているにも関わらず幻朧桜を訪れた理由
それが誠一を止めるきっかけになるかもしれない
刺激しないよう武器は構えず会話を試みる

「ここはいい所だな。…だが、あんたはただ花を見に来たという訳ではないんだろう?」
「やるべき事があるのなら、なぜすぐに実行に移さずこの場所に来た?
そうさせる何かがあんたの中にあるんじゃないのか」

会話の中から『情報収集』し、様子を観察して『言いくるめ』を織り交ぜ
誠一の内にある、ここに来た理由を強く意識させたい

「その何かが、あんたには何よりも大切なものだった…違うか?」

惑わされて尚この場所に来る事を優先させる理由
忘れたままでいいはずがない



●堕ちた欠片を拾い集めて
 神鏡が映し出すのは秋の訪れ。
 季節を厭わず風に踊る淡紅色は、蒼天を望む紅色の双眸にとってあまり見慣れない光景だった。
「サムライエンパイアの桜は一時の儚さも魅力だが……」
 何と無しに広げた手の内へ舞い落ちる花弁ひとひら。
 これがサクラミラージュという異国の在り方なのか、と。天御鏡・百々(その身に映すは真実と未来・f01640)はありのまま広がる世界にその瞳を細める。
「季節を問わず常に桜を楽しめるというのも、それはそれで良いな」
 決して散り過ぎる事のない永久の桜を見やりながら、シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)もまた、秋特有の涼気をはらんだ麗らかな日和の中で歩を進めていく。
「ああ。だが、あまり気を抜きすぎて本来の目的を忘れるなよ」
 一時の漫遊を楽しむ百々へとそんな言葉を落としてみれば、わかっておる、と足早に駆けてくる姿にシキは仄かな笑みを零して。
 時には小川のせせらぎへと耳を傾け、時には少しだけ足を止め満開の桜へと思いを馳せる。
 そんな穏やかな時間も、目的の幻朧桜が見えてきた事で終わりを告げた。
「……見えてきたな」
 桜並木を越えて辿り着いた先に聳え立つ一樹の巨木。
 雄々しくも美しく咲き乱れる花房に視線を這わせれば、シキの目に留まったのは一人の男。
 心ここに有らずという有様で幻朧桜を見上げる男――誠一の姿が、そこにあった。
「……っ」
 まるで魂を抜かれたような、どこかやつれきったようにも見える佇まいに百々は思わず歯噛みする。
 語られた予知に垣間見た過去。
 偽りで塗り固め、歪められてしまった約束を思えば、心抉られるような感覚が百々の胸を穿つ。
 なんとしてでも誠一を説得し、その凶行を止めねばならない。
 そんな決意を胸に抱きながら、百々はシキと共に誠一の元へと歩み寄る。

「ここはいい所だな。……だが、あんたはただ花を見に来たという訳ではないんだろう?」
「……あんた達は?」
 掛けられた言葉に振り返った誠一は、濁る瞳で訝しむようにシキと百々を見据える。
「ただの猟兵だ。通りすがりのな」
 そう自らの身分を明かしたシキは敵意が無い事を知らせるように、ごく自然に振る舞ってみせた。
「……そのただの猟兵が、俺に何の用だ」
「あんたが今やろうとしている事について、少し話がしたい」
「…………!」
 懐に忍ばせた短刀を抜き放とうとする誠一の腕をシキはそれよりも早く掴み上げる。
「っ、離せ……ッ!」
「俺達はあんたを捕まえに来た訳じゃない。言っただろう、少し話がしたいと」
 二人のやり取りに思わず身構えた百々だったが、落ち着いた様子で大丈夫だ、と告げるシキと視線を交わせばその腕を下ろして。
「抜きたいのなら好きにすればいい。だが、それは俺達の話を聞いてからでも遅くはないはずだ」
 真っ直ぐと射抜くように向けられたシキの眼差しに誠一は視線も泳がせるも、その内に観念した様子で掴まれた腕を振り払いながら小さく舌打ちを漏らす。
「それで、何を話そうっていうんだ。俺を言いくるめにでも来たのか?」
 敵意のはらんだ視線を向けられる中、シキは静かに問いかける。
「単刀直入に聞かせてもらう。あんたは何故ここに来た?」
「……は?」
 訳がわからないといった表情を浮かべる誠一に構うことなく、シキは言葉を続けていく。
「あんたにはやるべき事があるんだろう。なら、何故すぐ実行に移さずこの場所に来たんだ」
「はっ、そんなこと――」
 そう言いかけた誠一の動きが、不意にピタリと止まる。
 目の前の男の言う通り、俺は何故ここに来たのだろう。
「それは……」
「そうさせる何かが、今のあんたの中にはあるんじゃないのか」
 紡がれていくシキの言葉の一つ一つが、誠一の心の奥底へと染み入るように響いていく。

 ――いつかまた、この桜を見に来よう。オレ、ずっと待ってるから。
 ――はい。必ずまた、二人で……。

 この記憶はいつの物だっただろう。
 あの日、千鶴と交わした約束は――。

 思わず言葉を詰まらせた誠一に、そのやり取りを見つめていた百々が口を開く。
「誠一殿よ、思い出すのだ! 生前の千鶴は、そんな殺人を……理不尽な復讐を望むような少女だったのか?!」
 百々の叫びが誠一の心を激しく揺さぶれば、その内に封ぜされていた記憶が一つ、また一つ蘇ってくる。
 そうだ、千鶴は誰かの不幸を願うような人ではなかった。ましてや、復讐を望むような人では――。
 神鏡から放たれる癒やしの光に包まれる誠一を見つめながら、そしてその瞳に宿った狂気の色が褪せていくのをはっきりと感じながら。百々は伝えるべき言葉を――その想いの全てをぶつけていく。
「かつて誠一殿が交わした約束は、人を殺す様なものでは断じて無いはずだ! 本当の約束を思い出すのだ!」
「本当の、約束……」
 
 ――いつかまた、この桜の下で……。

 気がついた時には、誠一は駆け出していた。
 頭を抱え、自身を縛るその呪縛から逃れるように。
 行く先もわからぬまま、ただがむしゃらに。
「誠一殿!」
 その後を追いかけようとする百々の肩をシキが掴む。
「何をする! 早く誠一殿の後を追わねば……」
「心配ない。……後は、上手くやってくれるはずだ」
 憤る百々へと静かに首を振れば、シキは遠く彼方を見やり、そう呟いた。
 誠一の駆け出した先、自分達が来た道の向こう側。その先にいる、頼もしい仲間達を信じて――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

華折・黒羽
常に花弁が傍らに添うこの世界
黒の毛皮を撫で時折留まるひとひら見れば
思い出してしまうのはあの子の姿

桜が好きだと言っていたから
あの日いなくなってしまったあの子が
もしかしたらここに居るのではないかと…

満開の桜色の中
見上げ歩くのは誠一さんとぶつかる為
思惑通りいけば謝ろうと声を掛け

す、すみません
桜を見ながら歩いていたもので…

話すきっかけにと
俺が思い出してしまう人がいるという話をすれば
誠一さんも記憶に引っ掛かりを感じてくれるかもしれない
思い出してくれたなら一番いいのだろうけど

俺は以前、守れなかった人がいるんです
…もし再会できた時はあの子に胸を張れるよう
己を偽らず、強くなりたい

…─誠一さんは?

はらり、舞う桜



●変わるもの、変わらないもの
 ひらり、ひらり。
 花片が黒の毛皮を撫でれば、それは留まることなく風に乗って空を舞う。
 散れど散れども絶えることのないその様は、頬を濡らす雨のようで。
 掴めども掴めども手をすり抜けていくその姿は、あの日の面影のようで。
 満開の桜並木を往く中で、寄り添うよう張り付いたひとひらの花弁。
 その中に、いなくなってしまったあの子が見えたような気がして。
 桜が好きだと言っていたあの声が聞こえた気がして。
 華折・黒羽(掬折・f10471)は思わず天を仰ぐ。
 ここに来た目的はわかっている。ただ、それでも今だけは――。
「……っ!?」
 不意に訪れたのは体を揺らすほどの衝撃。
 響いた声に慌てて視線を落とせば、そこには予知で聞かされた男性が尻もちをついていて。
「す、すみません。桜を見ながら歩いていたもので……」
「いや、俺も前を見ていなかったから……」
 一瞬の沈黙。差し伸べられた手を取り立ち上がる誠一の瞳に、濁った色は既に無く。
 それが先に発った仲間達のお陰なのだと直感した黒羽は、誠一と向き合えばおもむろに口を開いて。
「……誠一さん。突然だけど……実は俺、思い出してしまう人がいるんです。守りたくても守ることのできなかった、とても大切な人が――」
 そう切り出された黒羽の音が、誠一の耳朶を打つ。
 紡がれ、語られる言葉の中で、あの日見た景色が鮮明に蘇る。

 千鶴は優しい人だった。
 時々無愛想な物言いで怒らせてしまうことはあったけれど、それでも最後にはいつも笑いながら許してくれる。そんな人だった。
 あの日、俺は千鶴が遠く離れた大學へ通うことになったという話を聞いた。
 自分の夢を叶えるために、遠く離れた地で暮らさなければならないと聞かされた。

 ――私、帰ってきます。夢を叶えたら、誠一さんのいるこの場所へ、必ず。
 ――……その時は、いつかまた、この桜を見に来よう。オレ、千鶴が帰ってくるのをずっと待ってるから。
 ――はい。必ずまた、二人で……。

 いつかまた、この桜の下で会いましょう。

「……もし再会できた時は、あの子に胸を張れるよう、己を偽らず、強い自分でありたい」
 それは誠一にとって叶うことのなかった誓い。
 駆け巡る記憶に囚われながら、万感の思いの篭もる黒羽の言葉が誠一の耳に木霊する。
「――誠一さんは?」
 はらり。
 とめどなく溢れ出す感情を拭うように舞った桜ひとひら。
「俺は――オレ、は……」
 そうありたい、そうありたかった。
 されど、変わってしまった今の千鶴にこの腕は届かない。
 それでも、だとしても。今の自分にも出来る事はある。
 崩落ちる体を黒羽に支えられながら、誠一はぽつり、と。
「千鶴を……助けてください……」
 追いついてきた猟兵達へと向け、そう呟いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『よすがの跡』

POW   :    庭を調査

SPD   :    地上階を調査

WIZ   :    地下室を調査

👑11
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

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 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●異人館へ
「千鶴の家はこの先にあります」
 昼下がりの閑静な住宅街を抜け、猟兵達を先導する誠一の瞳にもう迷いはない。
 ――かつて誠一と千鶴は恋仲であった。
 自らの夢を叶えるために遠く離れた大學に留学する事を選んだ千鶴は、その身を案じ送り届けること望んだ両親と共に件の事故に遭い、命を落としたのだという。
「千鶴が帰ってきてくれた時は嬉しかったです。たとえ影朧になっていたのだとしても。でも――」
 千鶴は変わってしまった。
 多くの無念や悲しみに包まれながら尽き果てたその魂は、長い時を経て歪んだ念を纏い蘇ってしまった。
 それは、決してあってはならない命の形。
 世界の在り方そのものを変えてしまう、忌まわしき過去の骸。
「帰ってきた千鶴は、決して外へ出ようとはしなかったんです。だから、今もきっと敷地内のどこかにいるんだと思います」
 千鶴の父親は有数の資産家であり、彼らが暮らしていた異人館は広大な敷地を誇るのだと誠一は語る。
「建物は二階建てで、確か地下室もあったはずです。俺の知っている範囲だと二階には千鶴と両親の部屋が、一階には応接間と食堂、使用人の人達の部屋があります。地下は……流石に入れてもらったことがなくて。すみません……」
 もし館内の案内が必要であれば引き受けるという旨を猟兵達へと伝えながら、更に歩くこと十数分。
 辿り着いたのは当時の面影を残したままに朽ちかけた西洋建築。
 門の向こう側に広がる庭園を見つめながら、誠一は揺るがぬ決意を胸に大きく息を吐く。
「中に入ったら気をつけてください。家の色々なところに、よくわからない血溜まりのようなものがあったので」
 言いながら錆びついた門を押し開ければ、改めて猟兵達へと向き直り、真剣な表情を浮かべて。
「他にも俺に答えられる範囲の事であればなんでも答えます。だから、どうか――」
 千鶴のことをよろしくお願いします、と。
 猟兵達に先の事を託し、誠一は深く頭を下げた。
天御鏡・百々
他の猟兵たちの力もあり
誠一殿の説得は上手くいったな

あとは元凶たる影朧、千鶴殿だな
果たしてこの館の何処にいるのやら……?

思いの外に大きな館だな
虱潰しに探すとなかなか骨が折れそうだ
目星を付けて捜索するとしようか

誠一殿の知らぬ地下は確かに怪しいが
生前の千鶴殿に裏があるような話でも無し
地下に隠されたものがあるようにも思えぬ

単純に千鶴殿の自室が一番可能性が高いように感じるな
あとは食堂や居間など
千鶴殿の生活の場を中心に探してみるとするか:情報収集16
捜索中は奇襲等に注意しつつ捜索だな:第六感10

捜索はユーベルコードで呼び出した
我の鏡像体と共に行うぞ

危険が伴うので誠一殿を館内には同行しない

●アドリブ連携歓迎



●鏡が映す道の先
 猟兵達の尽力により、誠一の説得は成った。
「あとは元凶たる影朧、千鶴殿だな」
 そう独りごちた百々が軋む扉を押し開ければ、館内から漂うのはむせ返るような鉄臭さ。
「これは……血の臭いか?」
 鼻をつく強い臭いに思わず顔をしかめながらエントランスへと踏み入れば、真っ先に目につく埃かぶった調度品の数々。
 そして色褪せた絨毯のあちらこちらに広がる――おそらくは臭いの発生源であろう、ドス黒い血溜まりのような何か。
 淀んだ空気で満たされた館内を見渡しながら、百々は思索を巡らせる。
「さて、この広い館を虱潰しに探すのはなかなか骨が折れそうだ。ある程度の目星を付けて捜索を進めるべきか」
 まず始めに思い当たったのは誠一ですら把握していない地下の存在。
 詳細のわからない場所を怪しむ気持ちが無いと言えば嘘になる。だがあくまでそれは十数年も前の話であり、今回の件とは無関係であるように百々は感じていた。
 と、すれば――。
「……生前の千鶴殿と関わりがありそうな、地上階の探索を主とするべきだろう」
 そう確信をもって頷けば、手にした神鏡を自身へと向けて秘められた力を解き放つ。
 ――鏡の世界の住人よ。
 その呼びかけに応えるよう、眩い光の中から現れたのは百々の鏡像たる分身の姿。
 そちらは任せたぞ、と鏡像に告げれば、自身は本命である二階での探索へと向けて歩き出す。

「やはり、一番可能性が高いのは此処だな」
 一階に比べ明らかにその数を増している不浄な黒溜まりを避けながら辿り着いた部屋の前。
 未だ姿を見せぬ脅威に全神経を研ぎ澄ませながら、百々はその部屋――千鶴の自室のドアノブへと慎重に手をかける。
「…………」
 ギィ、と鳴り響いた扉の軋む音。
 一瞬の間を置いて開け放たれたその向こう側に、百々の求めた姿はなく。
「むう、あてが外れたか。……む?」
 生活感をまるで感じさせないほど小綺麗に片付けられた室内。その中で唯一残されていたのは一台の脇机。
 そして、差し込む陽光に照らされ輝く一枚の写真立て。
 思わず手にとったその先に写されていたのは、在りし日の千鶴と誠一の姿だった。
 切り取られた時間の中でぎこちなくも幸せそうに笑む二人に、百々はどこか胸が締め付けられるような感覚に苛まれる。
「……だからこそ、我が救ってやらねばな」
 失われた時が戻ることは決してない。その魂を元ある形へと戻す事は叶わない。
 されど、これ以上過ちを繰り返すことのないように。
 歪んでしまったその心が、これ以上の理不尽な悲しみを生み出すその前に。
 せめて、人を助け導く存在として――。
「……残るは千鶴殿の御両親の部屋だ」
 確固たる決意を胸に、百々は千鶴の部屋を後にした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふわあ、大きなお屋敷ですね。
あれ?異人館ということは千鶴さんは外国の方なのですか?

た、確かにあちこちに血溜まりがありますね。
ふえ、アヒルさん嘴に羽を当てながら歩きだしてどうしたんですか?
あ、もしかしてこれは名探偵アヒルさんなのでしょうか?
ということは、もしかして私は・・・。
ふええぇ、やっぱり私は助手役なんですね。

ところで、名探偵アヒルさん何か分かりましたか?
ふえ?こ、ここに正座をするんですか?
あの、もしかしてどこかの名探偵さんのように異名を付けたいんですか?
『正座のフリル』ってなんだか恥ずかしいですよ。
それにアヒルさんの推理中ずっと正座をしていたら足がしびれてしまいますよ。



●廃墟に降り立つ名探偵
「ふわあ、大きなお屋敷ですね」
 率直な感想を漏らしながら敷居を跨ぐフリルは、先程までの誠一との会話を思い返していた。
 ――千鶴の家ですか? 長い間空き家になっていたものを買い取ったと聞きましたけれど……。
「誠一さんが仰っていた通り、千鶴さんのお父さんはとってもお金持ちだったんですね……」
 目の前に飾られた調度品の数々も、かつては相応の輝きを放っていたのだろう。
 そんな想像を広げるフリルだったが、立ち込める血生臭さがいつかの記憶と共に、逸らしていた意識を容赦なく現実へと引き戻していく。
「ふぇ……。た、確かに血溜まりがあちこちにありますね……」
 漂う異臭に少しだけ怯えた様子で辺りを見回せば、そこかしこに広がる黒溜まり。
 なるべく傍には近寄らないよう意識しながら、逃げ出すように最寄りの扉へと潜り込む。
「あ、あれ? ここは……応接間でしょうか?」
 そうして辿り着いたのはあまり朽ちた様子の無い、当時の姿をそのままに残した豪奢な一室。
 金と赤色で飾られたソファや一際大きな額縁に飾られた風景画は、かつての輝きをそのままに。
「ふぇ……す、すごいですね。……あれ、アヒルさん? どうしたんですか?」
 いつの間にかフリルの手を離れていたアヒルさんは、その翼を嘴に翳しながらくるり、くるりと周囲を見遣る。
 埃かぶった蝋燭立てを見上げたと思えば、何かを追いかけるような足取りは灰に塗れた暖炉へと。
「あ、もしかしてこれは名探偵アヒルさんなのでしょうか。ということは、もしかして……」
 フリルを見上げる小さなガジェットはその通りだと告げるよう頷く。
 その姿はまるで、推理小説で描かれる名探偵のようで。
「ふええぇ、やっぱり私は助手役なんですね……。わ、わかりました。私もお手伝いします」
 アヒルさんに急かされるまま、成すがまま。忙しくもどこか穏やかな時間が過ぎていく。
 そうして応接間を調べること十数分。
 一通り部屋中を調べてはみたものの、特にこれといった実りがある訳でもなく。
「ふう……。あ、名探偵アヒルさんは何かわかりましたか?」
 そんな言葉と共に振り返れば、食器棚を見つめていたアヒルさんは何か伝えたげな様子で小さな翼を羽ばたかせていて。
「ふぇ? こ、ここに正座するんですか?」
 ちょこん、と膝を下ろした姿を見つめる熱い視線。
「……あの、もしかしてどこかの名探偵さんのように異名を付けたいんですか?」
 その意図に気がついたフリルは困った様な表情を浮かべて。
「えぇ……『正座のフリル』だなんて、なんだか恥ずかしいですよ。それにアヒルさんの推理中ずっと正座をしていたら、足が痺れてしまいますよ……」
 それから少しして。部屋を後にするフリルの足取りが覚束ない様子だったのは、また別のお話――。

成功 🔵​🔵​🔴​

シキ・ジルモント
◆SPD
屋敷地上階の調査を行い、影朧を探す
調査に集中する為、内部をよく知る誠一に同行を頼む
その上で影朧…いや、千鶴を鎮める為に有効だと思われる情報も意識して探す

暗所の調査は多機能性ゴーグルの『暗視』機能を使用する
周囲を観察しつつ『聞き耳』を立てて『情報収集』、痕跡があれば『追跡』し居場所を探す

調査中に攻撃、罠等あればユーベルコードでの回避を試みる
誠一の身に危険が迫った場合も庇い、同じく回避する
危険もあるとわかって連れてきた責任があるからな

道中、千鶴の”夢”について誠一に尋ねる
千鶴や両親の部屋の調査でその夢に関する物が見つかった場合、持っていきたい
転生を狙うなら手札は多いに越したことはないからな


華折・黒羽
見知った顔が視界に入り意図せずも安堵する
数度戦線で共にあっただけとしても
それだけでは割り切れぬ恩がこの人にはある
…それを口にした事は無いけれども

この手で屠るしかない命から
目を逸らさぬ事
抱え生きていく難しさを教えられた
そして駆けて伸ばした手が届く喜びを教えてくれたのも─
その人に小さく頭を下げた後

誠一さん、共に行きませんか

必ず守る事を約束すると続けて

影朧は悲しみを生む
周囲の人間も影朧自身も
その悲しみの因果を断ち切れるのは当事者
誠一さんだけでは、ないのだろうか

館内では聞き耳や野生の勘で罠や襲撃に気を付けながらも
案内受けながらやはり一番怪しい地下を調べるべきだろうかと
進みながら思い出話でも聞ければ、と



●紡ぎ繋いだ糸を手繰って
「――まずは地下階を。その後に地上階の調査、という流れで構わないか?」
「わかりました。俺がどれだけお役に立てるかはわかりませんが……」
 地下へと続く階段を降りながら、今後の方針についてのやり取りを交わすシキと誠一。
 そんな二人の背中を見つめる黒羽は、無意識の内に安堵のため息を漏らしていた。
 ――見知った顔が傍にいる。
 かつて幾度かの戦いを共にしてきた黒羽とシキ。
 それは単なる偶然であり、彼らの間に深い繋がりがあったという訳ではない。
 しかし、それでも。ただそれだけでは到底割り切る事のできない恩を、黒羽は感じていた。

 ――だから、あれの代わりにあんたが生きてやれ。
 
 思い返すのは、かつて黒羽の耳を打ったあの言葉。
 あの日、この手で屠るしかない命から目を逸らしてはならないということを教えられた。
 あの日、自らが奪った命の分まで抱え生きていくことの難しさを教えられた。
 そして、駆けて伸ばしたその腕が届くという喜びも。
 尤も、それらを口にしたことは無いけれども――。
 前を行く背中に誰にも気づかれぬよう、黒羽は小さく頭を下げた。

 ――誠一さん、共に行きませんか。
 そう問いかける黒羽を認めれば、シキもまた同じように頷いて。
「俺としても、屋敷の内部をよく知るあんたの力を借りられるなら助かる」
 二人の言葉を受け、それが千鶴を救う助けになるのであれば、と想いを紡いだ誠一の姿は記憶に新しい。
「……やはり電気は通っていないか。一応、暗所探索向けの装備は用意してあるが……」
 数度繰り返しても反応を示す事のないスイッチから指を離し、シキはそう独りごちる。
 仮にシキ一人での探索であれば強行することもできただろう。しかし、今この場所には三人の人間がいる。
 猟兵かつ夜目が利くかもしれない黒羽はともかくとして、問題は一般人である誠一だ。
 視界が不明瞭な中で敵からの強襲を受けるリスクを考えれば、十分な光源を用意できない状態での地下探索は危険であると判断せざるを得なかった。
「仕方ない、地下は後回しだ。地上階で影朧……いや、千鶴が見つからなかった時、その時は改めてここに来よう」
 危険があると理解した上で誠一に同行を頼んでいる以上、自分達には彼を守る責任がある。
 それで良いか、というシキの問いかけには黒羽も頷いて。
 再び地上階へと昇り立った三人を出迎えたのは、先程よりも数を増した黒溜まり。
 行く先々で不快な音を立て血生臭さを吐き出し続ける悪意の沼に、思わず誠一は全身を総毛立たせる。
「誠一さんの事は俺達が必ず守りますから」
 大丈夫です、と黒羽は震えるその肩を支えながら先へ進むよう促す。
「…………」
 やはり、彼を連れてきたのは間違いだったのだろうか。
 脳裏を掠めたそんな声を打ち消すように黒羽は小さく頭を振る。
 千鶴は今、この瞬間も新たな悲しみを生み出し続けている。
 周囲の人間のみならず、千鶴自身をも巻き込み、誰の手も届くことのない昏い闇の中へと沈み続けている。
 その悲しみの因果を断ち切り、歪んでしまった魂を真の意味で救い出せるのは当事者である誠一だけなのではないか。
 少なくとも、黒羽はそう考えていた。
「少し、いいか」
 思考の渦に囚われていた黒羽を現実へと引き戻したのは、誠一へと語りかけるシキの言葉。
「あんたは千鶴について、夢を叶えるために留学を望んだと話していたな。その夢について、あんたの分かる範囲で教えて貰えないだろうか」
 きっとその情報は千鶴の魂を救うための手がかりになる、と。
 そう告げられた誠一は、過去を思い返すように瞼を伏せて。
「千鶴は……昔から医者になりたいと言っていました。医者になって、一人でも多くの命を救いたい、と」
 今も何処かで苦しんでいる誰かに、迷わず手を差し伸べられる存在になりたい。
 そんな千鶴の優しさに、かつての誠一もまた救われたのだという。
「底抜けのお人好しだったんですよ。あいつは……」
「……そうか」
 一人でも多くの命を救いたい。
 そんな少女の抱いた小さな願いは、叶うことなく消えていった。
「……とんだ皮肉だな」
 救いたいと願った命は奪う者へ。
 救いたかった命は骸の海へ。
 どこまでも残酷なこの世界の在り方に、苦い過去を思い出したシキは小さく歯噛みした。

「何も見つからない、か」
 若干の疲労をはらんだため息を零しながら、黒羽はそう独りごちる。
 あれからいくつかの部屋を調べてはみたものの、目立った収穫を得ることはできなかった。
「多分、留学の時に殆どの荷物を持っていってしまったんだと思います。最後に見た千鶴の部屋も、大分片付けられていましたし――。あ、」
 そこまで言いかけた誠一は、ふと、何かを思い出したように。
「一つだけ、残っているものがあります。戻ってきた千鶴の持っていた写真立てです」
 曰く、それは影朧となって帰ってきた千鶴が唯一懐にしまい込んでいたものらしい。
「一応聞いておくが、額縁の中には?」
「……幻朧桜の下で撮った、昔の俺と千鶴の写真が」
 一瞬の静寂の中で、ギシリ、と。
 誰かが階段を踏みしめた音だけが木霊する。
「なるほどな。その写真立てが今何処にあるか、わかるか?」
「おそらくは、千鶴の部屋に」
「それなら、まずは千鶴さんの部屋に――」
 二階へと辿り着いた三人が千鶴の部屋から出てきた仲間の姿に気がついたのは、ちょうどその時であった。
「残るは両親の部屋、だな」
 微苦笑を浮かべながらもそう漏らしたシキは、残された一室へと意識を向ける。
 ――何かが、いる。
 人狼としての直感が、こちらへと敵意を向ける者の存在を誰よりも早くに感じ取っていた。
「……行きましょう」
 黒羽の言葉に頷き合わせれば、猟兵達は残された最後の部屋へと向けて歩き出した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『血まみれ女学生』

POW   :    乙女ノ血爪
【異様なまでに鋭く長く伸びた指の爪】が命中した対象を切断する。
SPD   :    血濡ラレタ哀哭
【悲しみの感情に満ちた叫び】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
WIZ   :    応報ノ涙
全身を【目から溢れ出す黒い血の涙】で覆い、自身が敵から受けた【肉体的・精神的を問わない痛み】に比例した戦闘力増強と、生命力吸収能力を得る。

イラスト:綿串

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠山田・二十五郎です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●邂逅
 開かれた扉の向こう側に、彼女はいた。
「――ねえ、お父さん。お母さん。もうすぐ私達を苦しめた人達はみんな死んじゃうの。誠一さんがね、みぃんな殺してくれるのよ」
 ぐるり、ぐるりとまるで舞い踊るかのように、千鶴の世界が流転する。
 虚空へと向けられた呼び掛けに応える声はない。
 たが、そんなことはどうでもよかった。
 狂気の笑みを浮かべる千鶴は至極嬉しそうに、心のままに呪詛の言葉を吐き出し続ける。
「千、鶴……」
 変わり果てた想い人を前に、思わず零れ出た言の葉。
「……誠一さん?」
 感情の抜け落ちた、色のない視線が誠一へと。そして並び立つ猟兵達へと向けられる。
 かき消えた笑顔は瞬きの合間に悲哀の色へ。
 ぼたり、ぼたりと体中から染み出す涙は黒く、昏く世界を染め上げる。
「……そう、そうだったの。私、信じてたのに……。誠一さんだけは私の味方だって、信じてたのに……!」
「っ、千鶴……!」
 溢れ出した黒色が象る呪いの形。
 全身に浮かぶ痛々しい傷跡は、あの日事故の中で付けられたもの。

 ――私、お医者様になって世界中の人達を救いたいんです。

 儚く散った少女の願いは果てのない絶望へと塗り替わり、かつての想い人へと向けられる。
 そんな二人の間に割って入る猟兵達を、千鶴は悲哀と憎悪の入り混じった瞳で睨みつけた。
「貴方達が……貴方達が誠一さんを唆したのね……! 許さない、許さない許さない許さない……!」
 動き出してしまった歯車は止まらない。
 たとえその先にどのような結末が待ち受けてるのだとしても、今はただ、この悲しみの連鎖を断ち切るために――。
レイ・アイオライト(サポート)
『影に紛れて敵を討つ。それがあたしのやり方よ。』
ロールとしては暗殺者です。背中の傷痕から漏れ出す影を操って敵を暗殺します。
影の力で闇そのものに潜伏したり、影を変形させて刃として飛ばしたり、影を纏って完璧な変装したりと様々なことができます。
基本はぶっきらぼう、冷静。とはいえ悪人というわけではなく、友人、知り合い等には結構気安い雰囲気です。

基本的には投げやりな言動が目立ちますが、
ギャグでもシリアスでもお好きに行動させてどうぞ。



●纏う者
 向ける矛先は道を阻み、立ち塞がる者達へ。
 伸ばしに伸ばされた血爪が駆け出した千鶴の眼下に広がる木目調を乱暴に引き裂いていく。
「許さない、許さない許さない許さない……!」
 感情のままに振るわれる凶刃はかつての日常と思い出を巻き込みながら、その内に捕らわれた全てを形のない木くずへと変えていく。
「返してよ! 私の誠一さんを返してよ!」
 一切の躊躇の無い斬撃が悲痛な慟哭と共に猟兵達へと襲いかかる、その刹那。
 死角から鳴り響いた風切り音が、黒色の一振りを火花と共に跳ね上げた。
「ッ、誰!?」
 急襲に驚き振り返れども、返される言葉はあるはずもなく。
 眼前に広がるのは時間から見捨てられた音のない世界だけ。
 降り積もった埃は払われることもなく、閉め切られた窓は一片の陽光すらも通さない。
 しかしそんな常闇の中にも関わらず、千鶴は舞い踊る一筋の影を見た。
「――遅いわね」
 響いた声が千鶴の耳を打つよりも早く、虚ろの一閃が歪な爪を刎ね落とした。
「あっ……!」
「影に紛れて敵を討つ。悪いけど、その隙は逃さないわよ」
 音もなく姿を現したレイ・アイオライト(潜影の暗殺者・f12771)に千鶴が驚いたよう目を見開いたのも一瞬。
 断ち切られた血爪をかばいながら、振り返りざまに闇に溶けゆく影を斬りつける。
「アンタ、酷い女ね。ずっとアンタを想い続けてくれていた人の記憶を歪めて、唆して……先に裏切ったのはどっちなのよ」
「うるさい、うるさい! 私が今までどんな目に遭ってきたかなんて知らないくせに! 貴女なんかにそんな事を言われる筋合いはないわ!」
 あまりにも身勝手なその言い分に眉をひそめながら、向けられる出鱈目な爪撃をくぐり抜けたレイは千鶴の懐へと潜り込んで。
「……話にならないわね」
 そのままの勢いで、千鶴の身体を袈裟に斬りつける。
「あっ……あ、ああああ……!」
「あたしはアンタの事なんて知らないし、長ったらしい昔話に付き合う気もない。……何もかもを喪う前に、せめてその思い違いに気がつくことね」
 絹を裂くような悲鳴が上がる中でただの一言そう告げれば、レイは再び影の中へと姿を消した。

成功 🔵​🔵​🔴​

シキ・ジルモント
見慣れた漆黒の翼と毛並みが目に留まる
見るたび強くなる姿は素直に頼もしい
躊躇せず背を預けられるのは、信を置いているからに他ならない

目的は千鶴の転生
まず話ができる状態に持ち込む
誠一を守りつつ、千鶴の行動妨害を行う
攻撃の合間を『見切り』ユーベルコードで狙い撃ち(『スナイパー』)、千鶴の動きを止める

”味方だと信じていた”?
誠一は今でも千鶴の味方だ、危険を承知で同行したのがその証拠
『言いくるめ』、説得で千鶴を落ち着かせたい

あんたと交わした約束、医者になって人を救うのが夢だと言った事、誠一は全て覚えている
歪められた感情に負けて本当の約束を反故にするのか?
夢も、それを応援した者の言葉も、全て捨てるつもりか?


天御鏡・百々
●神鏡のヤドリガミ
●本体の神鏡へのダメージ描写NG
●アドリブ連携歓迎

貴殿が千鶴殿か……
逆恨みにて思い人を洗脳し凶行に走らせるとは許しがたし
いや、それも影朧と成り果ててしまったからなのか?
どちらにせよ、惨劇はここで止めねばならぬ
成敗してくれようぞ!

「応報ノ涙」にたいして「真実を映す神鏡」を使用
我が本体たる神鏡に千鶴殿の真の姿を映し出し
ユーベルコードを封じることで強化を解除してやろう
……あるいは、生前の姿が映るやもしれぬな

その他の千鶴殿の攻撃には
真朱神楽(武器:薙刀)による武器受け5と
神通力(武器)による障壁(オーラ防御81)で対処

攻撃は真朱神楽の刃に破魔の力(破魔78)を乗せての斬撃だ


華折・黒羽
転生の道探りながら誠一さんを守る事優先に
直接攻撃は武器で受け
縹纏った屠の属性攻撃でその身凍らせ鈍らせる狙い

もっと一緒にいたかった
共に笑って未来を─

ぽつり零す言葉
それは自身も感じた事のある思い

千鶴さんあなたは
突然未来を奪われたその悲しみを
何処に向ければいいのかわからなかったんじゃないですか?

辛かったろう
悲しかったろう
けれど
残された側も悲しみは続くんだ

思い出してください、あなたが誠一さんと交わした約束を

あなたから彼女に言葉を、と誠一さんに目配せ
攻撃がきたなら攻撃のみを相殺しようと花雨降らせる
桜ではないけれど
この花弁が少しでもあの日の記憶へと結びつけば良い、と

もし転生叶わぬならば
そのまま花雨で攻撃を



●真実は天照らす光に導かれ
「うっ、うう……。よくも……よくも……!」
 怨嗟の言葉と共に溢れ出した命の色はとめどなく。
 たとえ影朧と化してしまったとはいえ、誠一にとっては千鶴はたった一人の想い人。血を流し苦しむ姿に今は目を背けることしかできなくて。
「誠一さん、どうして何も言ってくれないの……!? この人達は私を傷つけて……」
「そうやって想い人を洗脳し、凶行に走らせていたのだな。貴殿は」
 千鶴の叫びを遮る百々の言葉には静かな怒りが篭められていて。
「まったくもって許しがたい。……いや、それも影朧と成り果ててしまったからなのか?」
 それは生前の千鶴とはあまりにもかけ離れた精神性に浮かんだ疑問。
 はたして眼前の少女は本当に千鶴なのだろうか、それとも――。
「……どちらにせよ、惨劇はここで止めねばならぬ。我が成敗してくれようぞ!」
 千鶴へ向け真朱神楽を突きつける百々の瞳に一切の迷いはない。
 それこそが猟兵の役目であるが故に。
「私はただ、私達を見殺しにした人達に復讐したいだけなのに! 一体それの何がいけないというの!?」
 勢いを増して流れ続ける血涙は今や千鶴の体を覆い尽くし、その身に尽きることのない力を与え続ける。
 絶叫と共に振るわれた凶爪を百々は真朱神楽の刃を滑らすようにして受け流す。――受け流したはずなのだが。
「くっ……これはあの血涙の力か。なんと厄介な……」
 千鶴から溢れ出る血涙は相対する者の生命を奪い自身の糧とする。
 返す刃で距離を取る最中、纏い付く血霧を神通力で払いながら百々が唸る。
「っ、千鶴! もうやめてくれ!」
「危険だ、下がれ」
 身を乗り出すようにして声を上げる誠一を制しながら、シキはシロガネを構え続けざまに引き金を引き絞る。
 爪撃の合間を縫うようにして放たれた銃弾は千鶴の頬を掠め、その動きを鈍らせた。
「邪魔しないでよ!」
 千鶴の敵意が自身へと向けられたことを感じたシキは誠一を突き飛ばし、自身はそれとは真逆の方向へと駆け出しながら引き金を引く。
「味方だと信じていた?」
 銃弾に弾かれた血爪がシキの寸での距離をすり抜ける。
 風切り音に舞った銀髪を気に留めることもなく、シキは冷静にシロガネを突きつけながら言葉を紡ぐ。
「わからないのか? 誠一は今でもあんたの味方だ。危険を承知でここまで同行したのがその証拠」
「ならどうして私を助けてくれないのよ!」
 至近で発せられた悲哀の慟哭。
 館全体を揺るがすような絶叫は衝撃を伴い猟兵達へと容赦なく襲いかかる。
 それは反射的に木目模様を蹴り飛ばして距離を取ったシキも例外ではなく。
「ちっ……!」
 次に来る衝撃へと身構えたシキを覆う氷の花弁は黒羽のもの。
 視界に映る見慣れた毛並みにシキは思わず息を漏らす。
「千鶴さん。あなたは……」
 迫り来る衝撃を氷の花弁と化した屠で受け止めながら、黒羽は言葉を詰まらせる。

 ――もっと一緒にいたかった。共に笑って、未来を……。

 ぽつりと零れ落ちた言葉は黒羽自身も感じた事のある思い。
 生き別れたあの子に――薄れていく記憶の彼方に残る、あの人達に。
 駆け巡る想いに唇を噛み締めたのも一瞬。眼前に迫る千鶴を確りと見据えて黒羽は大きく口を開く。
「あなたは、突然未来を奪われた悲しみを何処に向ければいいのかわからなかったんじゃないですか?」
「そんなこと……! 私は憎いの! 私達を見捨てたあの人達が、憎くて堪らないの!」
 繰り返される斬撃の応酬の中でも千鶴へと向ける瞳だけは決して逸らさずに。
「私は……私達は……!」
 その言葉を遮るように差し込んだ輝き一筋。
「我は真実を映す神鏡なり――!」
 百々の本体たる神鏡に篭められた神通力は千鶴に纏い付く血涙を祓い、その真なる姿を露わにする。
 神鏡の向こう側。そこに映されたのは数多の傷を負った生前の千鶴。
 そして、その周囲に渦巻く怨念――かつてあった事故の犠牲者達の姿。
 映された真実の形に百々は思わず目を丸くする。
「これは……!」
 その瞬間、百々は全てを理解した。
 千鶴もまた、誠一と同じように歪められてしまった者の一人だったのだと。
「…………」
 千鶴の優しさに惹かれ憑いた怨念達は今も尚叫び続ける。

 ――痛い、苦しい。
 ――誰か、助けて。
 ――どうして私達が、こんな目に。

 誰が悪かったというわけでは決してない。
 強いて言うのであれば、ただ間が悪かっただけ。
 運悪くその場所に居合わせてしまった。ただ、それだけのこと。それなのに――。
「貴殿達は……」
 鏡の向こう側で救いを求めるように伸ばされた子供の腕を百々は掴めない。
 どんなに掴もうとしても、届かない。
「ッ……!」
 やり場のない感情に拳を強く握りしめながら、百々は声を張り上げる。
「黒羽殿、シキ殿! 彼らは……千鶴殿は……!」
「わかってる……!」
 ただ、そう一言。
 黒羽は屠の柄を返し、千鶴の体を強く打ち据える。
「がっ……!」
 渾身の力で押さえつけられ身動きの取れない千鶴は、頭上の黒羽をその爪で引き裂こうとして――。
「ここまでだ」
 シキの放った銃弾が千鶴の四肢を縫い付けるように貫けば、血爪は力を喪ったかのように崩れ落ちていく。
「……強くなったな」
 見る度に強く、逞しくなる黒翼の彼。
 シキが躊躇する事なくその背を預ける事ができるのは、信を置いているからに他ならない。
 ――だが、今は俺が守ろう。
 地へ伏せる千鶴へとシロガネを突きつけながら、シキは黒羽と並び立つ。
「あんたと交わした約束、医者になって人を救うのが夢だと言った事。誠一は全てを覚えている」
 突きつけた銃口を天へと逸らしながら、シキはまるで諭すように言葉を紡いでいく。
「歪められた感情に負けて本当の約束を反故にするのか? 夢も、それを応援した者の言葉も、全て捨てるつもりか?」
「本当の、約束……?」

 ――いつかまた、この……。

 千鶴の脳裏を駆け巡るのはあの日の記憶。
 幻朧桜の下で、あの日の復讐を――。
「……違う! 違う、違う! 私は、私は……!」
 押さえられた腕の下で必死に頭を振る姿に、黒羽はゆっくりと戒めを解いていく。
 千鶴の周囲を取り巻く怨念は百々の神鏡の光に照らされ、今やその姿を消していた。
 辛かったろう。苦しかっただろう。
 自分を取り戻そうと藻掻き続ける千鶴に、そっと。
「思い出してください。あなたが誠一さんと交わした、本当の約束を」
 あなたからも彼女に言葉を、と黒羽に促されるまま。誠一は千鶴へと歩み寄る。
「……千鶴」
「……誠一、さん」

●いつかまた、約束の桜の下で
「……俺さ、ずっと待ってたんだ。千鶴の事を」
 静かに口を開いた誠一はその胸に抱え続けていた思いを紡ぎ始める。
「あんな事があって俺達は離れ離れになっちゃったけど、千鶴はいつか帰ってきてくれるんじゃないかって」
「誠一さん……」
 ぽたり。
 千鶴の頬を伝った一筋は確かな輝きを帯びていて。
「そしたらさ、千鶴は本当に帰ってきてくれた」
 こんな形になっちゃったけどさ、と。誠一は小さく苦笑いを浮かべて。
「だから、ありがとう、千鶴。――俺との約束を守ってくれて」
 駆け巡る情景は鮮やかに。千鶴の心に色付き、花開く。
「あ……あ……!」
 差し込んだ柔らかな光は先刻の衝撃で開け放たれた窓からのもの。
 末端から崩れ始めた千鶴の体は桜の花弁へと姿を変え、ふわり、ふわりと空を舞う。

 ――ありがとう、お姉ちゃん。

 百々の手へと舞い降りた花弁ひとひら。
 不意に響いたのは聞こえるはずのない子供の囁き。
「……! 今の声は……」
「? どうした?」
 百々は驚いたように辺りを見渡せども、その姿は見えず。
 シキの問いかけになんでもない、と返せば、向けた視線は手のひらを離れ飛んでいく花弁へと。
「……我の手は、この思いは。貴殿らに確りと届いていたのだな」
 真実を照らす光に導かれた魂は、風に誘われ天へと昇り逝く。
 その行き先を見つめながら、百々はぽつりとそう呟いた。
「…………」
 桜の花弁となって消えていく千鶴の姿を認めれば、黒羽は目の前で膝をつく誠一へと視線を移す。
 猟兵として成すべき事をした。いずれ千鶴の魂は舞い戻り、この地で新たな花をつけるのだろう。
 ――しかし、残された者は?
「誠一さん……」
 訪れた再びの別れ。それはあまりにも残酷で。
 誠一の心を慮る黒羽は浮かない表情でその姿を見遣り――。
「……!」
 頬を伝う涙の先にあったのは穏やかな微笑み。
「ごめんなさい、誠一さん……。私、私……!」
 ただただ謝ることしかできない千鶴の頬へと添えられた手は誠一のもの。
 今にも崩れそうな表情で千鶴を見つめる横顔はゆっくりと。
「……俺、待ってるから」
「え……?」
 紡ぐ想いはただ一つ。
 あの日から変わることのない、その胸に抱き続けたただ一つの約束。
「また千鶴が帰ってきてくれるのを、ここでずっと待ってるから」
 溢れ出した涙色。
 はたしてそれは十年後か、数百年後か。きっと、記憶だって残らない。
 それでも、だとしても。
 千鶴は残された片腕で誠一の手を握りしめ、声を張り上げる。
「私、帰ってきます……! 誠一さんのいるこの場所へ、必ず……! だから、その時は――!」
「ああ。その時はまた、あの桜を見に行こう。必ずまた、二人で――」

 いつかまた、あの桜の下で――。

「……また、会えるのだろうか」
 残された花弁を握りしめたまま肩を震わせる誠一を見つめながら、黒羽はそっと言葉を落とす。
 ――いつかまた、俺もあの子に……。
「会えるさ、きっとな」
 そんなシキの言葉に頷いた百々は窓の先に続く青空を見遣り、静かに目を伏せる。
 決して侵されることのない魂の安息を。そして、来たるべき再会の日を祈りながら。

 巡る季節の中にあっても変わらずに咲き続けるは幻朧の桜。
 決して散り過ぎることのないその彩は、今日もまた新たな生を落とし、そして花を結ぶ――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年10月23日


挿絵イラスト