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ジェイル・ハウス・ロック

#アリスラビリンス

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#アリスラビリンス


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 狭く、古ぼけ、汚れた部屋を激しいノックの音が揺さぶる。
 荒っぽく叩かれた扉は蝶番を軋ませ、パラパラと木クズを降り積もらせた。表面をささくれ立たせたドアは今にも砕けそうだ。
「オラァ! 早く出て来い! 居るのはわかってンだぞ!? あァ!?」
 遠く聞こえる怒鳴り声。廃屋めいた部屋の中央、毛羽立った毛布にくるまった少女は、枕を抱いて震えていた。
 火曜日。クラスのジョックが部屋に石を投げに来る。
 水曜日。外で同級生の女子たちが、これ見よがしに自慢話を繰り広げてくる。
 木曜日。学校の先生が来て、評価がどうとか喚いていた。
 金曜日。薄ら笑いを張りつけた、自称養護施設の男が少女を連れ出そうとする。
 昨日は土曜日。大家を名乗る人が部屋から出ていけと叫ぶ。
 そして今日は日曜日。横柄な大人が親の代わりに金を払えと要求してきた。
「もう……やだっ…………!」
 少女は恐怖に震えながら涙を浮かべ、枕に顔を押しつける。
 気づけば親は消えていて、日替わりで来る者たちが、部屋の外から少女に嫌な言葉を投げてくる。四方八方から聞こえる音に、やがて少女は耳を塞いで毛布の亀のようになった。
 息が苦しい。喉に真綿が少しずつ詰まっていくような感覚がする。やがて、胸も圧迫感に襲われ始めて、空っぽの胃がぎゅるるると飢えを訴え始める。
「っく……ひっく……」
 少女は嗚咽しながら目を閉じる。月曜日には、きっと救いが来ると信じて。
 怒声とノックは、まだ止まない。


「現実世界みたいな不思議の国……そんなものもあるんですねぇ……」

 ぶつぶつと呟き、シーカー・ワンダーは困り顔で首を傾げた。
 舞台はアリスラビリンス。現代日本じみた『不思議の国』に迷い込んだひとりの『アリス』が、オウガに苦しめられているとの予知が入った。

「アリスの女の子はルネスちゃんと言うそうです。ごく普通の小学生の女の子だったんですけど、不思議の国に取り込まれた影響で大変なことになっちゃってて……」

 ルネスはアリスラビリンスである事もすっかり忘れ、孤独で薄幸な少女として日々を過ごす羽目になっている。具体的には、『自分は両親に捨てられた小学生で、周りから毎日のように嫌がらせや圧力を受けている』という役回りを押しつけられてしまったのだ。

「ルネスちゃんもこの役に囚われてしまっていて、このままだと遠からず心が潰れちゃいます。だから、まずはルネスちゃんを守って慰めてあげて欲しいんです」

 ルネスを苦しめている存在は、全てオウガと、オウガの創り出した幻で構成されている。つまり、彼女の敵対者は全てオブリビオンとなるのだが――――先手を取ってユーベルコードを見せたりすると、オウガは逃げ出してしまう。
 オウガを全て倒さない限り、ルネスは決して解放されない。なのでまずはユーベルコードに頼らず、ヤクザに変装したオウガを叩き、正体を現してからユーベルコードでトドメを刺すのが良いだろう。

「このラビリンスを支配しているのは、『獣躯卿』と呼ばれるオブリビオンです。獣の性質を持つオウガで、配下には『こどくの国のアリス』というオウガたちにルネスちゃんを苦しめさせてるみたいです」

 そのため、人間に扮しているのは全て『こどくの国のアリス』。正体を暴かれた彼女たちを殲滅し、その後に出て来た『獣躯卿』を倒せばフィニッシュ。迷宮は崩れ、晴れてルネスは解放される。

「あ、そうそう。ひとつ注意点。ルネスちゃんを助けるのは良いんですが、彼女もアリス。無意識のうちにユーベルコードを使って部屋を一種の『結界』に変えてます。ルネスちゃんの部屋に入ると玩具になってしまうので注意してくださいね」

 ルネスの結界はサイキックブラストの亜種で、『全身から蜃気楼を放ち、玩具化させることにより対象の動きを一時的に封じる』効果がある。動きを封じると言っても、ちょっと動きにくくなる程度のものなので、ルネスと話す分には気にしなくても良いだろう。

「ルネスちゃんを上手く慰めてあげられれば、結界も解除されて元通りになれます。逆にこれがあるから、オウガたちも直接手を下せないわけなんですが……」

 正体を暴かれたオウガは、猟兵はもちろんルネスをも標的に加えて殺そうとする。立ち回りなども慎重に考えるべきだろう。
 皆の奮闘を期待する。


鹿崎シーカー
 ドーモ、鹿崎シーカーです。今回はアリスラビリンス。テーマは『部屋』、『蜃気楼』、『壊れた幼女』。不幸な少女という役を演じさせているルネスを救助するのが当シナリオの目的です。
 成功条件は『ルネスを慰め』、『オウガを全滅させる』こと。
 失敗条件は『オウガに逃亡されること』と『ルネスがオウガに殺されること』。

●第一章『ルネスを説得し、現実的な手段で助ける』
 部屋から出られず、恐怖により心が折れかけているルネスを助けてあげてください。
 ルネスを苦しめているのは、『こどくの国のアリス』が扮したヤクザたちです。先にユーベルコードを見せてしまうと、『こどくの国のアリス』たちは逃げ出してしまいます。オウガが倒せないと迷宮を壊すことができません。注意してください。

●第二章『こどくの国のアリス』(集団戦)
 「孤独」「蟲毒」。過去、オウガの犠牲になったアリスがこの姿を取る事があると言われていますが、真相は不明。 彼女たちは集団で現れ幻影を見せる事で犠牲者を増やします。幻影は対象の「しあわせ」の形を色濃く反映させるようです。
 ルネスを慰められ、自らもボコボコにされたオウガたちが正体を現します。なりふり構わず猟兵とルネスを殺そうとするので、彼女を守りつつ戦ってください。
 また、第一章でルネスの慰めに失敗していると、防衛判定にマイナス補正がかかります。
 全部で10体。

●第三章『獣躯卿』 (ボス戦)
 ラビリンスの獣躯卿と呼ばれ恐れられている。本名は本人以外発音できず、人のしめす文字では表せない。あらゆる獣の要素を持ち合わせ欲望のままに行動する。現在、不完全な状態であるがそれでも並のオウガより強い。
 こちらも隙あらばルネスを殺そうとします。守りながら戦ってください。

 アドリブ・連携を私の裁量に任せるという方は、『一人称・二人称・三人称・名前の呼び方(例:苗字にさん付けする)』等を明記しておいてもらえると助かります。ただし、これは強制ではなく、これの有る無しで判定に補正かけるとかそういうことはありません。

(ユーベルコードの高まりを感じる……!)
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第1章 冒険 『嫌な現実の国』

POW   :    嫌な奴の嫌がらせに対して、「アリス」を正面から庇う

SPD   :    素早く細工や手回しを行い、嫌な奴の嫌がらせをわかりやすく妨害する

WIZ   :    親身になって「アリス」の話を聞き、慰めてあげる

👑11
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

セゲル・スヴェアボルグ
護る相手の顔もわからん状況では、文字通り話にならんからな。遠慮なく部屋に入らせてもらうぞ。
まぁ、玩具化とやらがどの程度のものかはわからんが……
此処では頼れるやつもいないだろうし、簡単な話相手になるだけでも違うだろう。
いずれにしても、俺みたいなナリのやつと対面で話すよりも、多少はデフォルメされて、ぬいぐるみにでもなった方が警戒心も和らぐしな。(床に転がりながら短くなった手足をじたばた)
彼に誰かが入ってきても、ヤクザ程度であれば軽くひねってやろう。
その時は俺を盾として使ってもらって構わんぞ。
まぁ、今のままだとその程度か遊び相手、抱き枕になるぐらいしかしてやれんのだがな。

アドリブ歓迎


ペトニアロトゥシカ・ンゴゥワストード
『一人称:あたし 二人称:キミ・(敵には)アンタ 三人称:あの人 呼び方:苗字+さん』

うーん、弱い人の心に寄り添うってのは苦手なんだよねえ。
あたしはどこでも一人で生きて行けちゃうから。
まあ、とりあえずは目の前にいる敵をどうにかするところから始めようか。
やかましく騒がれたら、落ち着いて考えたり話を聞く事だって出来ないしね。

さて、ユーベルコードは使えなくても相手が現実的なヤクザ程度なら、力任せにぶん殴って黙らせてしまえばいいかな。

後は、部屋の中に入った時に持ち物が玩具になるなら難しいけど、野営道具から毛布と枕を引っ張り出して渡してあげよう。
質が良いやつだから、毛羽立った物よりはましじゃないかな。


ザザ・クライスト
【狼鬼】

「随分イカした格好じゃねェか、ジャスパー」

床をバンバン叩いて大笑い
普段からイカレてはいるが、独特のファッションはなかなかのモンなんだが──
対してオレ様はブリキの兵隊だ
スラッとしたシルエットにマスケット銃、キマってるだろ?

「ルネス、元気出せよ。ジャスパーを見てみろ、ヘンな顔だぜ……ぷぷっ」

言いながら一人で勝手にウケてしまう
実際はオレも玩具化して大概な事実は無視する

「あンなのはヤクザとも言えねェ、ただのチンピラだよ」

本当のヤクザ……イヤ、オレ様だとマフィアか、見せつけてやンよ
任せとけ、泣いてると可愛さも半減だぜ

アドリブ歓迎
男にはヘル・苗字、女にはフラウ・苗字で呼ぶドイツ風の敬称
一人称はオレ


ジャスパー・ドゥルジー
【狼鬼】

「……あんたこそつぶらな瞳がイカしてるぜ、兵隊サン」
何故かクマのぬいぐるみになっちまった自分を見下ろしながら
中途半端にパンクファッションが残ってるのが完成度の低いデッド・ベアみてえだ
おいおい何なんだよこれは

まァ、その
「元気出せよ」
間抜けな足音と共にルネスに近寄り
あんたは見失ってるだけだ
本当の自分を、帰るところを
そこはここまで酷い所じゃなかった筈だ
気を確かに持て、きっと帰れる
俺もな、昔この世界で「迷子」になってたんだ
でも何とかなったからサ

懐からチョコ菓子を取り出してルネスに渡す
――まさかこれまで玩具になってたりしねえよな
今こんなモンしかなくて悪ィけどさ
もっとうまいもん食いに「帰ろう」ぜ


リドリー・ジーン
一人称・私 二人称・あなた 三人称〜さん (ルネスちゃん)

「こんな状況でずっと耐えていたのね、こんな世界も思い出も取り除いてあげないと...」



【心情】アリスの状況を考えいたたまれない気持ちになります。感情に引っ張られやすく楽しい話では楽しく、辛い話では涙ぐむ場面も

【行動】
部屋に入りアリスの話を聞いて安心させてあげる事を優先し立ち回る
必要あれば戦闘に立ち回ります
近距離戦には向かないので遠くからの【援護射撃】で


「私でよければ話を聞くわ、大丈夫、悪夢はもうすぐ私達が終わらせるから」

アドリブ/連携歓迎します
よろしくお願い致します。


泉・火華流
「まずはルネスちゃんに信用をされないと駄目よね」

嫌がらせしに来る奴等を全員撃退

OPを元にした対策イメージ
火曜日
投げてきた石を鉄パイプで打ち返す

水・木・土曜日
放水攻撃

金曜日
自称~の怪しい男に踵落としを食らわせる
「絶対にアンタ養護施設の人じゃないでしょっ!!」

日曜日
鉄パイプ片手に実力行使
「ルネスちゃんを見捨てるなら、友達なんてやめてやるわよっ!!」


ルネスちゃん
撃退の合間…基本的に部屋には入らず、ドアからお握りやサンドイッチの差し入れ
扉の外で…
「ルネスちゃん…愚痴りたい事があるなら私が聞いてあげる…」

ここまでする理由
「友達守るのに理由なんている?」

設定に乗っての行動だが、火華流の行動・言動に嘘は無い


フォーネリアス・スカーレット
【私・お前・名前=サン】
「すまないが、近所迷惑だ。静かにしてくれないか」
 ハンチング帽にダスターコートの暗黒非合法探偵スタイルでヤクザに声をかけ、鋭い眼光で睨みつける。これで引き下がるなら良し、どうせそうはならないだろうが。
「聞こえなかったか、近所迷惑だ。やめろ」
 あくまでもこちらから先に手を出す様な事はしない。正直さっさと殺したいがそうも行かないようだしな。殺気が漏れてるかもしれんが知らん。
「この家に払う金があるとは思えない。取り立て先を間違えてはいないか? どの道迷惑なのでさっさと消えろ」
 殴りかかられても素手で受け止め、殴り返しはしない。まだだ、まだ殺してならない……まだか?


九之矢・透
一人称:アタシ
二人称:アンタ
三人称:ソイツ
名前の呼び方:○○サン

……胸クソ悪ィ方法をとってくるモンだな

借用書あんの?ソレ正式?
ルネスサンとの親子関係は証明されてんの?証拠は?

親が姿消した?へーえ??知ってるか?
親の借金だからって子供にゃ返済義務は無いんだ
つまりアンタのはただの言いがかり!

あの手この手で屁理屈こねて【言いくるめ】
あきれた口調、敢えて大声で
ルネスサンに聞こえる様に
少しでも【鼓舞】できればってね

オウガが襲ってきたら【逃げ足】【見切り】で躱し
足かけしてスッ転ばす
納刀したままのダガーで足の脛殴ってやる!

ルネスサン
アンタよく頑張ったよ
アタシらがついてるから
こんなクソったれな世界から出よう!



 疑問に思ったのは、いつからだったか。
 ルネスは毛布にくるまったまま、耳を塞ぐ手をそっと外した。
 火曜日。石がぶつかる音の代わりに、野球のような音が聞こえた。
 水曜日と木曜日には、土砂降りの雨が降るような音。微かに悲鳴や怒鳴り声が混ざっていたようなきがする。
 金曜日。『絶対にアンタ養護施設の人じゃないでしょっ!』という大声。しばらくして、誰かがバタバタと家の前から走り去る。
 土曜日には、また大雨のような音がしていた。
(何か、変……)
 時間間隔は既に曖昧。ずっと毛布にいたせいか、同じ日々が何度も巡って来たせいか。心を閉ざしていた幼い少女は、注意深く耳を澄ませる。
「ハハハハハハハ! ハァ――――――ッハッハッハッハッハッハ!」
 ルネスがビクッと肩を竦めた。声は外からではない。部屋の中、毛布のすぐそこからだ! しかも、床をバシバシと叩く音もする。
(入って来た……!?)
 ルネスの心臓が早鐘を打つ。枕をぎゅっと抱きしめたまま目を開き、石のように体を固める。外の誰かが部屋に上がり込んで来たのだろうか。しかしいつの間に――――。
 極限状態で震えるルネス。これまであった様々なことが浮かんでは消え、絶望と恐怖が心臓を下からジワジワと侵食してくる。毛布をいつ剥ぎ取られるのか。耐えかねて両目をぎゅっとつぶった、次の瞬間。
「ブハハハハハハハハ! マジかそのナリ! 随分イカした格好じゃねェか、ジャスパー!」
「……あんたこそつぶらな瞳がイカしてるぜ、兵隊サン」
(……ジャスパー? 兵隊さん?)
 二人分の声。しかし、どちらの言葉もルネスに向けられていない。
 恐怖を忘れ、怪訝に思ったルネスは毛布にほんの少し隙間を作る。出来た穴から声のする方を覗き込むと――――少し離れた所の床で、ブリキの兵隊が腹を抱えて笑い転げていた。
 その傍らには、赤いツノと翼を生やし、トゲトゲの生えたジャケットを着たテディベア。悪魔めいた姿のクマは、自分の体を見下ろし腹をモフモフと触る。
「おいおい、なんなんだよこれは。これじゃあちょっとグロ系混ぜたゆるキャラじゃねえか」
「ぶあっははははははははは! キモカワイイって奴か!? ははははははは……ッゲホ!?」
「爆笑してむせるお前も大概だがな、兵隊サンよ」
 悪魔クマ、もとい玩具化したジャスパー・ドゥルジー(Ephemera・f20695)は嫌そうに溜め息を吐く。ブリキの兵隊ことザザ・クライスト(人狼騎士第六席・f07677)がヒィヒィ言いながら顔を上げると、不満げなジャスパーと視線がかち合う。するとザザはまた爆笑し出した。
「ハァーッハハハハハハハハハ!」
「………………」
 片眉をピクピクと動かし、白い目でザザを見下ろすジャスパー。若干苛立ったクマは片手に小さな火種を灯し、ザザの尻に押し当てた。
「あっつぁッ!?」
 尻を押さえて飛び跳ねるザザ。ジャスパーは明後日の方を向き、後頭部で手を組んで口笛を吹き始めた。振り返ったザザが
「な、なにしやがる!?」
「あん? 何もしてねえけど?」
「嘘吐け! 火ィつけただろ、今!」
「さあな?」
「こ、この野郎っ……!」
 口笛を吹いて白を切るジャスパーに、ザザは握り拳を持ち上げる。子供じみたケンカが触発する寸前、ぽふぽふと軽い音がした。
 音源は、白いセーターを着たウサギのぬいぐるみ。二足歩行の雪ウサギめいた姿になったリドリー・ジーン(ダンピールのシンフォニア・f22332)が手を叩く。
「こらこら、その辺にしておきなさい? ルネスちゃんがびっくりするでしょう?」
 ジャスパーとザザが顔を見合わせ、互いにそっぽを向いた。リドリーは苦笑を零し、回れ右。ひっくり返り、手足をバタつかせる青ドラゴンのぬいぐるみに駆け寄った。太い腕を片方つかみ、引っ張り起こす。
「大丈夫ですか? セゲルさん」
「むぅっ……かたじけない」
 助け起こされたセゲル・スヴェアボルグ(豪放磊落・f00533)が、かなり縮んだ頭を振る。
「やれやれ。目線も低いし、体もかなり動かしにくい。良く動けるな、お前さんたち」
 ヴェスパーが肩をすくめ、混ぜっ返す。
「歳じゃねえのか? 爺さん」
「図体の差だろうよ。デカければデカいほど、小さくなった時に困る。クマよ」
「クマ言うな。つか、そんな身長差もなかっただろうが」
「はいはい、ケンカしないの!」
「ウサギに怒られるクマ……! ぶくくくくく……っ!」
「ザザさん?」
 リドリーにけん制され、三人が押し黙る。人形たちが口々にしゃべる光景を、ルネスはポカンと口を開けて眺めていた。
(………………夢?)
 頬をつねると痛みが走った。夢じゃない。だが、現にクマと兵隊とウサギと竜が、自分の足で立って喋っている。絵本を見ているような感覚に戸惑うルネスの目が、不意にこちらを向いたセゲルの視線とかち合った。
「ん? ……おお。なんだ、見ていたのか」
「っ!?」
 ルネスがぎょっとして覗き穴を塞いでしまった。再び丸くなって震える少女を見上げ、リドリーは小首を傾げる。
「あら、怖がらせちゃったかしら?」
「……元の姿よりは、マシだと思ったんだがな」
 ややショックを受けたように呟くセゲル。リドリーはキュッキュと足音を立ててルネスに近づき、毛布ごしにそっと触れた。ビクリと跳ねる毛布の山を、優しく撫でる。
「よしよし。こんな状況でずっと耐えていたのね。大丈夫、大丈夫……」
「………………」
 毛布の山の小刻みな震えが、少しずつ弱まっていく。リドリーはひと撫でするたび、母親めいて優しく語る。
「怖くない、怖くない。安心して。私たちは、ルネスちゃんの味方だから」
 毛布の山がかすかに動き、下側が僅かに持ち上げられた。
 暗闇の奥から、不安げな瞳。これを好機と見たザザが、後ろ手にジャスパーを指差して見せる。
「ルネス、元気出せよ。ジャスパーを見てみろ、ヘンな顔だぜ……ぷぷっ」
 耐え切れず、体を折って笑い出したザザの背後に、ジャスパーが音も無く回り込む。そのままクマはザザの首を締め上げた。
「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……!?」
「ほーら、兵隊サンがにらめっこしたいんだとよ。ほれ、あっぷっぷ!」
「ぐええええええええっ!」
 ザザの目が酸欠でぐるぐると回り始める。やがて泡を吹き始めた彼を見ていたルネスの頬が、ぎこちなく動く。笑おうとして、しかして笑えない少女。ジャスパーはザザを雑に倒すと、バツが悪そうに目を泳がせた。
「まァ、そのー……なんだ。元気出せよ。あんたは見失ってるだけだ。本当の自分を、帰るところを」
 毛布がもう少し上がり、ルネスが不思議そうに首を傾げる。
「本当の……?」
「ああ。ここは……そうさな。言っちまえば、悪い夢だ。目を覚ましゃあちゃんとしたベッドに居て、優しい親御さんと飯食って、学校行きゃあ友達と会える。そこはここまで酷い所じゃなかった筈だ」
 ジャスパーが一歩踏み出すと、ルネスは毛布ごと下がった。しかし気にせず、ジャスパーは手を差し伸べる。
「気を確かに持て、きっと帰れる。俺もな、昔この世界で迷子になってたんだ。でも何とかなったからサ。……っと、そうそう」
 ふとザザの方を向き、うつ伏せに倒れ伏した彼に駆け寄る。ブリキの背中、玩具のマスケット銃と交叉する形で背負ったチョコ棒を引き抜くと、包み紙を向いて再びルネスの下へ。プピプピと笛の根じみた足音を立てつつ、チョコ菓子を毛布の闇に突き出した。
「今こんなモンしかなくて悪ィけどさ。もっとうまいもん食いに帰ろうぜ」
 不意に、部屋の扉がノックされた。反射的に毛布を閉ざすルネス。
 わずかに開いたボロボロのドアの隙間から、ビニール袋に収められた新品の毛布と、皿に積まれたサンドイッチとおにぎりの山が差し出される。部屋の外から呼びかける声。
「美味しいものなら、こっちにもあるわよー」
「おお、良いところに」
 セゲルが覚束ない足取りで、慎重に一歩ずつ確かめながら差し入れに近づいていく。慣れない玩具の体に四苦八苦する竜人の背中を追いかけるリドリー。
 力を合わせ、毛布と食糧を引っ張ってくるセゲルとリドリーを見つつ、ジャスパーは肘でルネスをつっつく。
「ルネス、ルネス。ビビるこたねえよ。俺たちの仲間が飯くれるってだけだ。まともなモン食ってねえだろ?」
 毛布が再び持ち上がり、ルネスが警戒抜けきらぬ目でジャスパーを見る。だが、もう一度差し出されたチョコバーに、彼女の胃はきゅるるるるると切なげに空腹を訴えた。
 恥ずかしそうに首を縮めたルネスは、恐る恐るチョコバーを受け取った。
 毛布の中から聞こえてくる咀嚼音。それが鳴り終わる頃、セゲルとリドリーが辿り着く。扉の奥から、小さな慰め。
「ルネスちゃん……愚痴りたい事があるなら私が聞いてあげる……。ここじゃないどこかでも、辛いことあって帰りたくないとかあるかもしれないけど……私たちで良ければ、全部聞くから」
「大丈夫、悪夢はもうすぐ私達が終わらせるから」
 リドリーが毛布と皿を置く。雪ウサギの面立ちは読み取れないが、ルネスはビーズの瞳にあたたかな輝きを見た。毛布にくるまったまま、ルネスは蚊の鳴くような声で言う。
「………………が、と」
 小さな小さな感謝の言葉を、泉・火華流(人間のガジェッティア・f11305)は部屋の扉越しに聞いた。蜃気楼漏れだすドアを閉じ、膝を抱えて背中を預ける。
 火華流の隣で、ペトニアロトゥシカ・ンゴゥワストード(混沌獣・f07620)が首を傾げる。
「泉さん、入んなくていいの?」
「ペトさんこそ」
「うーん……弱い人の心に寄り添うってのは苦手なんだよねえ。あたしはどこでも一人で生きて行けちゃうから。九之矢さんはー?」
「んん?」
 真上を見上げたペトニアロトゥシカ。ボロアパートの二階、さび付いた手すりにもたれて見下ろしてくる九之矢・透(赤鼠・f02203)に、ひとつ頷く。
「そー。入んないの?」
「アタシはまぁ……っていうか、中に四人もいるんだろ。じゃあ、アタシはこっちだ。人手、いるだろ? なあ、火華流サン」
「うん。それに、まずはルネスちゃんに信用をされないと駄目よね」
「その割りに、あの人たち堂々と突っ込んだ挙句大騒ぎしてるけど」
 ペトニアロトゥシカの言葉に、二人がそろって微妙な顔をした。扉越しに聞こえる賑やかさと子守歌。ぽつぽつと微かに聞こえるのはルネスの声だ。先ほどの衣擦れの音は、毛布を変えた際のものだろう。
 自分の渡した毛布をまとうルネスの姿を思い描くペトニアロトゥシカ。彼女の頭上で、透がそっと苦笑した。
「まあ……ルネスサンがいいなら、いいんじゃねえの? それにほら」
 透が手すりを飛び越え、火華流とペトニアロトゥシカの前に降り立つ。オーバーオールのポケットからダガーナイフを引き抜いた透は、大きな帽子の下から剣呑な眼差しを光らせた。
「お客さんだぜ? 応対してやらなきゃな」
 ペトニアロトゥシカと火華流がゆっくり立ち上がる。
 彼女たちの前方、距離にして約20メートル! ダークスーツを着たヤクザたちが十人、ぞろぞろと敷地内に踏み込んで来たのだ。
 ヤクザのうち、木刀を担いだ男が顎を突き出す。
「あァ? なんだぁテメェらは」
「ここは幼稚園じゃねえんだぞォ? 遊ぶんなら余所行けや」
 鋭く睨みつけてくるヤクザたち。一歩進み出た透と火華流は、それぞれダガーと鉄パイプを突きつけた。
「余所行くのはアンタらの方だ、チンピラ。他人の家にズケズケと」
「それに、幼稚園じゃなくても、ここは私の友達んちなの。友達の家に居ちゃダメって法律でもあるのかしら?」
「友達? あのガキのかァ?」
 ヤクザたちが顔を見合わせ、暗い笑い声を上げる。
 油断なく身構える二人の前で、別のヤクザ二人が下卑た笑顔で言い放った。
「あのなぁお嬢ちゃん方。おじさんたちはお仕事で来てんのよォ。君たちのオトモダチのご両親がお金貸してほしいって言うから貸してあげてんだけど、いつまでもいつまでも返してくれねえワケ。しかもオトモダチおいてどっか行っちゃってさあー」
「それじゃあこっちも困るんだよ。お金大事だからキッチリ返してもらわねえと」
「つまり、借金取りっつーわけだ。なるほどなるほど? よーくわかったぜ」
 透が帽子のツバを押さえて目深に下げる。その下でギラつく緑の瞳は、研がれた刃の如く鋭い!
「で、借用書あんの? ソレ正式? ルネスサンとの親子関係は証明されてんの? 証拠は?」
「……何?」
 ヤクザの一人が眉を動かす。透は構わず、挑発的な口調で続けた。
「親が姿消した? へーえ? ……知ってるか? 親の借金だからって子供にゃ返済義務は無いんだぜ。つまり、アンタらのはただの言いがかり!」
「ヘッ。聞きかじっただけの法律知識をタテにしようってか。大人を舐めるなよ、ガキが」
「アンタらこそ、アタシらを舐めんなよ……!」
 透が告げ、三人とヤクザが疾走予備動作を取った、その時である!
「Wassoi!」
 三人とヤクザたちの間に赤黒い影が墜落! もうもうと噴き上がった砂煙。それを左右に引き裂いて現れたのは、ハンチング帽にダスターコートを羽織ったフォーネリアス・スカーレット(復讐の殺戮者・f03411)! 両手をポケットに突っ込んだ彼女は、吹き散らされた砂埃を受けて咳き込むヤクザたちに近づいて言った。
「一体なんだ。大勢でギャーギャーと。すまないが、近所迷惑だ。静かにしてくれないか」
「チッ……」
 砂埃をまともに受けたヤクザのひとりが、フォーネリアスに接近していく。
 彼女のゼロ・インチ距離に踏み込んだヤクザは、鎌首をもたげてフォーネリアスの瞳をにらんだ。
「いきなり出て来て何様のつもりだァァァン?」
「聞こえなかったか。近所迷惑だ。やめろ」
 フォーネリアスは欠片もゆるがず、冷徹な声音で言葉を重ねる。
「この家に払う金があるとは思えない。取り立て先を間違えてはいないか? どの道迷惑なのでさっさと消えろ」
「テメェ……」
 こめかみに青筋を浮かべたヤクザが、腕を跳ね上げた!
「ウラァァァァァァッ!」
 繰り出される大振りのパンチ! フォーネリアスは顔面狙いの一撃を片手で受け止め、そのまま拳を捕まえた。
「ぐっ……ッ……?」
 ヤクザが拳を引こうと力を込める。だが、フォーネリアスに囚われた手は押すことも引くことも敵わない。それを知らぬ他のヤクザたちが怪訝そうな顔で事を見守り続ける中、フォーネリアスが呟いた。
「……まだか」
「何……?」
「お前ではない」
 聞き返すヤクザに冷たく言い捨て、フォーネリアスは背後の三人を見やった。その目には静かに燃える憎悪の炎!
「まだ、殺せないのか」
「さあ」
 ペトニアロトゥシカが肩をすくめる。
「とりあえず、あたしたちは力尽くで黙らせようかと思ってるけど。殺していいかまではちょっとなー」
「おい、何かってに話進めてンだよ」
 九人のヤクザたちが表情に苛立ちが募らせ、フォーネリアスと拳をつかまれた仲間の左右を抜けて三人の下へ。手に木刀、金属バット、拳銃などを握り、ジリジリと距離を詰めていく。
「一体誰を殺すって?」
「舐め腐った態度もいい加減にしろよ、お嬢ちゃん方」
「そろそろ教育が必要かァ?」
「どきな。仕事の邪魔をするんじゃねえ」
「誰が退くもんですか」
 臆さず鉄パイプを構える火華流。同時に透も殺気立った目つきで腰を低くして構え、ペトニアロトゥシカが肩を回す。戦闘態勢をとる三人のうち、火華流と透が目配せをし、大きく息を吸い込んだ。
「ルネスちゃんを見捨てるなら、友達なんてやめてやるわよっ!」
「聞こえるか、ルネスサン! アンタ、よく頑張ったよ! アタシらがついてるから、こんなクソったれな世界から出よう! なぁに、心配しなくていいさ!」
 透は納めたままのダガーを逆手に構える!
「元凶の奴らは! 今、アタシたちがぶちのめす!」
「どこまでも甘く見やがって……」
 ギリ、とヤクザの誰かが歯軋りをした。さらに別のヤクザが木刀で三人を指し示す!
「行け! ガキどもを叩き潰せ!」
「オオオオオオオオッ!」
 ヤクザの二人が地を蹴って走る! 対抗して飛び出したのは透だ。彼女は刀を振り回す二人の間をスライディングで突破! 直後、ヤクザ二人が大きく体勢を崩した。目にもとまらぬダガーの攻撃でスネを打ちのめされた二人は、うめきながらうずくまる!
「ペトサン!」
「はいはーい」
 その場に膝をついた二人の前に、ペトニアロトゥシカが立ちふさがった。その両腕が急激に肥大化し、丸太めいた前腕部を形成。巨大化した拳を、ひざまずいたヤクザ二人の頭へ振り下ろす!
 SMASH! 頭を殴られ地面に叩き伏せられる二人! 刹那、拳銃を持ったヤクザの三人が踏み出し、ペトニアロトゥシカに狙いを定めた。
「死ね!」
 BLAMBLAMBLAMBLAM! 放たれた鉛弾がペトニアロトゥシカに突っ込んでいく。顔を上げる彼女の目前に着地した火華流は、鉄パイプを振りかぶる!
「やっ!」
 鉄パイプの往復スイングが火花と金属音を散らす! 銃弾を撃ち返した火華流は、鉄パイプを投げ槍めいて引き絞り投擲。一直線に飛んだ鉄パイプの先端が、銃撃ヤクザ一名の眉間を打ち抜いた。
「ぐぁッ!」
「そらよッ!」
 のけ反る銃撃ヤクザの腹に透の飛び蹴りが直撃! 蹴倒した反動で浮き上がった透はムーンサルト回転し、さらに左右の銃撃ヤクザをブレイクダンスじみた回転蹴りで吹き飛ばした。
「ほらよ、これで5!」
「野郎ッ……!」
 金属バットを下げたヤクザが華麗に着地した透へ突っ込む。帽子を被った脳天めがけて鈍器を打ち下ろされた鈍器を、透はバク宙で回避! 受け身後転の最中に鉄パイプを拾い上げ、片膝立ちで停止すると共に火華流へパス!
「火華流サン!」
「ありがと透ちゃん! ペトさん、手伝って!」
「はいよー」
 ペトニアロトゥシカは太い腕に火華流を乗せて大振りに腕を引き絞った。そのまま虚空に拳を繰り出す勢いに乗り火華流が跳躍! 前方回転して飛来する鉄パイプをかっさらい、透の金的蹴りを食らって身を折るヤクザの側頭部にドロップキックを叩き込む!
「ぐうぇぇぇッ!」
 吹き飛び砂地を転がるヤクザ。背中合わせに立った透と火華流直後、部屋の扉が開け放たれた。陽炎めいてゆらめく玄関から駆け出すブリキの兵隊とウサギのぬいぐるみ!
「おいコラ! なにヒトん家の真ん前で銃ぶっ放してんだ!」
「銃声が聞こえたけど! 三人とも、無事!?」
「ん」
 そちらを振り返ったペトニアロトゥシカが、部屋を飛び出した玩具に向かって首を傾げる。獣めいた聴覚から声色を引き出し、照合。ブリキの兵隊を指差した。
「えーと。そっちがクライストさんで、そっちがジーンさん。合ってる?」
「合ってるぜ、フラウ……あー、ンゴゥワストード? 発音これで合ってるよな?」
「うん。呼びにくかったらペトでいーよ」
「そいつぁ有り難い。で、だ」
 ザザは背負ったマスケット銃を引き抜いて構え、片膝立ちで狙撃体勢を取った。
「ふん。あンなのはヤクザとも言えねェ、ただのチンピラだよ。本当のヤクザ……イヤ、オレ様だとマフィアか、見せつけてやンよ」
 そう言って、ちらりと後方を一瞥。部屋の奥には銃声に恐れおののくルネスが、セゲルとジャスパーを抱きかかえて震えていた。ボサボサになった長い金髪に、涙を浮かべた青い瞳。蜃気楼でぶれ始める少女の輪郭をしっかりと捉え、ザザは呟く。
「任せとけ、泣いてると可愛さも半減だぜ」
「ザザさん、援護するわ!」
「頼むぜ、フラウ・ジーン!」
 リドリーが透と火華流に殴りかかるトリプルヤクザに狙いを定め、小さな弓矢を発射する。同時にザザはマスケット銃の引き金を引いた。PON! 放たれたコルク栓がヤクザひとりの側頭部に命中!
「イテッ!」
 コルク栓のぶつかった場所を押さえるヤクザ。別の一人は、肩に刺さった爪楊枝サイズの矢に気づかず火華流の腹を蹴り上げに行く! ザザは忸怩たる思いで舌打ちをした。
「あークソッ! やっぱ玩具レベルか……!」
「ま、しょうがないよね」
 ペトニアロトゥシカが欠伸を噛み殺しながら言い、足元に這いつくばった二人のヤクザを持ち上げる。両手にそれぞれひとりずつ、全力で投擲! 透を挟み撃ちにしようとしたヤクザたちが仲間をぶつけられて転倒した。
 ヤクザ相手に大立ち回りを二人の幼女。その暴れっぷりを背後にしたフォーネリアスは、拳を捕らえたままのヤクザに地獄めいて問う!
「さて。三文芝居はいつまで続く? ……いい加減に正体を現せ。私はお前たちが本性を現すのを待ちわびているのだ。お前たちとて、その姿では十全な力が出せないと見た」
 フォーネリアスの手に力がこもり、ヤクザの拳がミシミシと軋みを上げ始める!
「それともこのまま殺されたいか。ならば望み通りにしてやろう……!」
「ぐッ……クソッ!」
 ヤクザが全力を込めて拳を引っ張る。フォーネリアスに手を離され、数歩後退する彼の元に、特攻をかけた九人のヤクザが舞い戻って来た。顔をしかめたヤクザの口から出た声は、高い少女のそれだった。
「ああもう、邪魔してくれちゃって! これじゃあ私が獣躯卿に食い殺されちゃう! あの人はバンダースナッチよりも怖いの! だからみんな逆らえない」
「安心せよ。おびえる必要などもはや無し。私がジゴクに送るからだ……!」
「あなたも暴れん坊さんね。頭がおかしいわ!」
 ヤクザは言い捨て、全員そろってスーツの肩に手をかける。一息に上着を脱ぎ捨てたそこには、長身の少女たちがたたずんでいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『こどくの国のアリス』

POW   :    【あなたの夢を教えて】
無敵の【対象が望む夢】を想像から創造し、戦闘に利用できる。強力だが、能力に疑念を感じると大幅に弱体化する。
SPD   :    【わたしが叶えてあげる】
【強力な幻覚作用のあるごちそう】を給仕している間、戦場にいる強力な幻覚作用のあるごちそうを楽しんでいない対象全ての行動速度を5分の1にする。
WIZ   :    【ねえ、どうして抗うの?】
自身が【不快や憤り】を感じると、レベル×1体の【バロックレギオン】が召喚される。バロックレギオンは不快や憤りを与えた対象を追跡し、攻撃する。

イラスト:すろ

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●追加OP

 第二章、集団戦に入ります。
 成功条件その1、『ルネスを慰める』は達成されました。『こどくの国のアリス』からルネスを庇いつつ戦闘を行い、これを排除してください。
 現在、ルネスのユーベルコードは解除されていません。
 途中参戦も歓迎しております。
 プレイングは9月30日8:31~10月1日8:29までです。
セゲル・スヴェアボルグ
UCの兵と武装は部屋の外に呼び出すとしよう
数体は部屋内にも置くか
反映元が今の俺か元の俺かわからんが
どうせ今の状態で白兵戦は出来ん
戦闘は兵に任せる

ルネスがUCが発動している限り部屋内は安全だ
仮に何かあっても俺を盾代わりに使わせればいいが
他の猟兵の戦力低下も看過はできん
それに更にぬいぐるみ化が進行したり
戻れなくなっても困る
俺も彼女もここに居続けるわけにいかんしな
解除前提で動こう

まずは彼女の願いを聞くか
俺は願いを叶える竜(適当)だからな
無理難題だろうが望むことなら何でも叶えてやろう
それで嬢ちゃんが笑えるならよし
もしそれを叶えるために敵が邪魔ならば
その願いのために全力を尽くそう

アドリブ歓迎


ペトニアロトゥシカ・ンゴゥワストード
『一人称:あたし 二人称:キミ・(敵には)アンタ 三人称:あの人 呼び方:苗字+さん』

さて、これで存分に殴れるわけだけど、動きが遅くなるユーベルコードがちょっと面倒だねえ。
まあ、何とかしてみようか。
【混獣生成】で適当に不思議の国の住人っぽい合成獣を作って、給仕されたごちそうを食べさせるよ。
獣のしあわせなんて、目の前に沢山ごちそうがあるって事くらいだしね。
条件が給仕している間なら、逆に言えば食べる客がいる限り給仕をしなきゃいけないって事だろう?
何人かはこれで足止めできるだろうし、後は適当に大きめの合成獣を用意して、部屋の扉の前に陣取って迎撃しようか。

こっちに来ても、食い殺されるのは変わらないよ?


リドリー・ジーン
こどくの国のアリス…オウガの犠牲になったアリスという真偽不明の情報がふっと頭をよぎります。
「私達が必ずルネスちゃんを帰してあげる、絶対これ以上傷つけさせない」

傍にいる事を徹して守り抜きます。
 ユーベルコードを解除して貰えれば彼女を抱きかかえて
 前線から離脱し後方へいきたいけれど
 他の方がルネスちゃんを安全な場所へつれてくれるならお任せするわ。

指定UCで敵とルネスちゃんの間に巨大な木々を出現させ、壁にして隔離。
伸びる根で攻撃、重視は命中で足元を狙って転ばせたり躓かせたり。

 いざとなったら盾にもなるつもりでいるわ、ルネスちゃんよりは頑丈だと思うから


フォーネリアス・スカーレット
【私・お前・名前=サン】
「頭がおかしいだと? 然り、私は狂人の類だ」
 両手を合わせ、挨拶をする。
「ドーモ、オブリビオンスレイヤーです。貴様らを皆殺しに来ました」
 挨拶終了直後、コートの下に隠した居合刀で騙し討ちを仕掛ける。素手と見せかけていたからな。少なくとも、間合いは読み違う筈だ。
 闘志を斬るUC、思惑通りなら無力化できる筈だ。
「成程、これが新世界の力か……悪くない、使い道はありそうだ」
 ここはインタビューが必要だろう。炎印の刻まれた赤熱する刀を首筋に押し当てる。
「貴様らのボスはどこだ。答えればこのまま介錯してやる。答えないなら」
 無造作に具足の踵で踏みつけて、
「どうなるかは分かるな?」


九之矢・透
【POW】
ヤクザだろうがアリスだろうがやる事は変わんない
アンタ達もその昔は助けられるべき側だったのかも、ってのは
少し気の毒だけどな

アタシの夢
もしいつか両親に会う事が出来たなら
赤子の姿しか知らない親が今のアタシを見たら何て言うかな?
謝って抱きしめてくれたり?

どっちだっていい
こう言いたいだけ

アンタ達が捨てた子は
アンタ達が居なくっても全然
問題なく幸せです
ってな!!

さあ来い『鵲』
ルネスサンにゃ触れさせない
絶対に此処から帰してやる

アタシはダガーを握り部屋の前に
麻痺や目潰しだので入室を妨害する動き

もしルネスサンの近くまで敵が来たら最優先で『鵲』で狙い撃つ
ユーベルコードが玩具化しないと良いケド

アドリブ連携可


泉・火華流
わたしが叶えてあげる
ごちそう(の皿)を掴み、敵の顔面に投げつける事を楽しむ(歪んだ楽しみ方)
1/5になったら
SKT使用(ガジェットは器物・装備なので『行動速度が1/5にならない?』・武装は機銃のみ)かアームズフォートを使用

ねえ、どうして抗うの?
「友達を守りたいから…それだけっ!!」
「それならこれよっ!!」
SKT使用(機銃のみ)…バロックレギオンに対して数の優位を利用、一体に対して複数…多角的に攻撃
機銃の嵐を抜けてきたバロックレギオンはナイトメア・シザーズで挟み込んで【武器受け】して、【部位破壊】の要領で敵を両断したり、挟み込んだ状態で【敵を盾にする】

【拠点防御】でルネスの家に入らせない


ザザ・クライスト
【狼鬼】

「フン、厄介そォな女だぜ」

ジャスパーが言うンなら相当だな、美人なのは同感だぜ

嘯くも腹から綿を出すジャスパーに、

「綿だ! 綿が出てやがる! ブフーッ! 臓物じゃねェのはイイけど綿ってオマエ!?」

我慢できなくてまた爆笑
ヒィヒィ喘いで涎を拭く
笑い殺されちまう

「笑い転げてる場合じゃねェぞ、ジャスパー!」

コルク弾を【呪殺弾】に替えて【援護射撃】

更に【鉄血の騎士】を発動
マスケットが紅く染まり凍りつくような音で哭く

「寄って集ってきやがって、くたばれ!!」

【クィックドロウ】からの【なぎ払い】
味方は【かばう】意外と頑丈なブリキボディ
綿が出る誰かさんとは違うなァ

「オレ様まで燃やすンじゃねェ!」

アドリブ歓迎


ジャスパー・ドゥルジー
【狼鬼】

あいつら…
アリス時代に追っかけられた事あるな
美人だが敵に回したくねえタイプの女だ

自分の腹にナイフを突き立て肉を抉る【激痛耐性】
肉じゃねえな、綿だな
まあ抉ったそれを代償に【オウガ・ゴースト】だ
呼ぶのは赤い鱗に黒い炎の魔竜
俺の自慢の相棒さ
まさかコイツも可愛くなっちまうのか?
まあ頼むよ

いやさっきからうるせーよザザ!
笑い転げてるのはあんただ!俺は真面目にやってる!

相棒の操る炎で敵を焼き払って貰いつつ
俺自身は炎を掻い潜るようにナイフで応戦

普段より燃えやすくなってる仲間が多いから
巻き込まねえように気をつけろよ相棒

……あー
ザザのやつはブリキだから心配しなくていい
心置き無く「お見舞い」してやれ

アド歓



 開かれた部屋のドア。その向こうで起こる光景を、ルネスは唖然とした表情で眺めていた。
 日曜日。黒い服の大人たちが、知らない者たちに一蹴された。すると大人たちは、女性の姿に変身したのだ。
 ピンクの服に、透けたヴェールじみたスカートを履き、結わえた金髪が長い尻尾のようになびく。彫りの深い、整った顔には冷たい微笑。それが十人、全く同じ姿に背格好で立ち並んでいた。
 ルネスは、ぬいぐるみ化したセゲルを抱く手に力を込める。
「トカゲさん……」
「ドラゴンだ。どうした?」
 問い返されて、言葉に詰まる。どうと言われても。
 幾度も続く嫌な現実。突然現れた玩具。外にも知らない人が居て、大人たちと戦っていた。しかも、会ったことも無いのに友達だと言う。ルネスの頭はパンク寸前であった。
「安心しろ、悪いようにはならない。何かあれば、俺を盾にすればいい。
 困惑したまま、流されるように頷くルネス。彼女の背後に、パンクファッションのテディベアがポキュポキュと足音を立てながら走る。
 息を切らせ、玄関に辿り着いたクマ――――もといジェスパーは、足音に噴き出しかけるザザの後頭部を引っ叩いた。ブリキがスカンと音を立て、ザザはお辞儀めいた姿勢で額を床にめり込ませる。 λ(ラムダ)姿勢で両腕を振り回すブリキの兵隊を余所に、ジャスパーはヤクザに扮していた少女たちを遠目に見やった。
「あいつら……アリス時代に追っかけられた事あるな。美人だが、敵に回したくねえタイプの女だ」
「へえ。ジャスパーが言うンなら相当だな。美人なのは同感だが……フン、厄介そォな女だぜ」
「実際、厄介な連中でな。このナリでなんとか出来るか……」
「ブフッ! いいじゃねえか。あいつらも可愛がってくれるかもしれねェぞ?」
「………………」
 ジャスパーはフェルトの眉間にシワを寄せると、ザザの頭を踏みつけた。
 そして、玩具ふたつが争う玄関を出て数メートル前方! 十人の『こどくの国のアリス』たちと大きく距離を取って向かい合う四人のうち、ハンチングにトレンチコートをまとったフォーネリアスがジゴクめいて口を開く。
「頭がおかしいだと?」
 ハンチング帽の下、瞳が炎の如き真紅に光る!
「然り、私は狂人の類だ。だがお前たちより遥かにマシだ。下らんままごとを繰り返し、ヤクザの猿真似にうつつを抜かすイディオットよりはな」
「あら、猿真似なんてひどいわ? うまく行ってたと思うのだけど。ねえ?」
 アリスの一人が肩をすくめると、残る九人がそれぞれ違った反応を見せた。
 くすくす笑う者、不満げな者、少し考え込む者。そのうち、首を傾げたアリスが悩ましげにこぼす。
「うーん……どうかしら。あの子、なかなか折れないんだもの。色々やってみたっていうのに、亀さんみたいにじっとするのよ?」
「お部屋も入れないものねー。入っちゃうとほら、かわいいぬいぐるみさんになってしまうし。そうでしょ? そこのクマさん、ブリキの兵隊さん。ウサギさんと、ドラゴンさんも!」
「でも出来ないと、私たちが食べられちゃうわ。獣躯卿は怖いのよ。うまく行かないって言ったら、絶対に怒っちゃうんだもの!」
「でも今、お邪魔虫が出てきちゃった。マッドハッターが二人、女の子が一人。それと、えーと……鹿さん? トナカイさん? 一匹かしら。一人かしら?」
 アリスたちの目がペトニアロトゥシカに集まる。当の本人は暇そうに、欠伸を噛み殺しながら呟いた。
「なにこれ。もう殴っていいわけ?」
 ペトニアロトゥシカの問いに答える者無し。彼女とフォーネリアスと共にアリスの道行きを阻む残りの二人――――火華流は鉄パイプを中段に構え、透がダガーの鞘を足元に落とす。
 ダガーナイフを逆手に持った透は前傾姿勢を取り、剣呑な声音を漏らした。
「なあ、茶番はもうそろそろ終わりでいいだろ? ヤクザだろうがアリスだろうが、アタシたちのやる事は変わんない。アンタ達もその昔は助けられるべき側だったのかも、ってのは……少し気の毒だけどな」
 ダガーの切っ先が、アリスたちに向けられる。
「悪ぃが、ルネスサンには指一本指触らせねえ!」
 火華流が鉄パイプを手に半歩出た。ピンと張り詰める空気。フォーネリアスはジリジリと下がるウサギのリドリーの気配を背後に感じつつ、両手を合わせてアイサツした。
「アイサツがまだだったな。ドーモ、オブリビオンスレイヤーです。貴様らを皆殺しに来ました」
「あら怖い」
 アリスの一言を最後にその場が沈黙。次の瞬間、フォーネリアスのトレンチコートが空中に跳ね上げられた!
「イヤーッ!」
 フォーネリアスが隠し持っていた刀でイアイ! 同時にアリス九人とペトニアロトゥシカ、透、火華流が飛び出した。アリスの一人が毒気を抜かれた表情で膝を突く。
「じゃ、ぶん殴ろうか」
 ペトニアロトゥシカが像の両足を膨らませ爆発的加速! 茶色い毛に覆われた丸太の腕を振り上げての大振りパンチを、二人のアリスは飛び越えてかわす。ペトニアロトゥシカの両脇を抜けた二人のアリスが彼女の脇腹にフォークを突き刺した!
「痛っ」
「ペトサン! 背中借りるぜ!」
 真後ろからの声に背を丸めるペトニアロトゥシカ。透が彼女の背中を駆け上がり、丸太のパンチを飛び越えた二人に回し蹴りを見舞う! ガードされるも打ち返される二人のアリス! 透はペトニアロトゥシカの背中に着地し、そこを起点に後方へ飛ぶ。ペトニアロトゥシカに置き土産めいてフォークを刺した二人を追跡!
「ね、後ろ」
「そうね」
 先行く二人のアリスは囁き合うと、急ブレーキを踏んで反転! 振り向きざまにケーキナイフで透の両目を潰しにかかる。透は海老反りになってギリギリ回避する。が、オーバーオールの腹に二人同時のサイドキックが直撃した!
「がはッ……!」
「お砂糖いっぱい紅茶に入れて」
「行きつく先は、甘い夢!」
 二人のアリスが透を弾丸めいて吹き飛ばす! 斜めに飛翔した透は浮遊する巨大ティーポットに叩き込まれた。
 素早くルネスの家に向き直るアリスのコンビ。その視界をパンクなテディベアが塞ぐ! 戦線に突入したジャスパーは、ナイフを逆手に持って振り上げた。
「出番だぜ、相棒! 魔炎の龍、ジャバウォック!」
 ナイフが弧を描いてクマの腹を引き裂いた! 切腹――――否、ジャスパーの腹から噴き出した綿が黒い炎を灯して炎上、膨れ上がってぬいぐるみのブラックドラゴンを生み出す。ドラゴンの背に騎乗したジャスパーは素早くバックジャンプするアリスコンビを指差した。
「焼いてやれ、相棒ッ!」
「KRRRRRRRR!」
 高い鳴き声を上げた黒龍が黒い炎のブレスを吐き出す。火炎放射器じみた威力のそれを、アリスの片方がどこからか取り出した平皿を掲げて防御!
「まぁ! 美味しいパイが焼けそうね!」
「言ってくれるぜ。ザザ!」
 ジャスパーが合図を放つ。だが返事の代わりに返って来たのは笑い声、そしてブリキがガチャガチャと擦れるサウンド。ジャスパーがそちらを振り返ると、玄関口でザザが腹を抱えて笑い転げていた。
「ははははははははは! 綿だ! 綿が出てやがる! ブフーッ! 臓物じゃねェのはイイけど綿ってオマエ!? ぶっはははははははははは!」
「うるせーな! 仕事しろ兵隊さんよ! ハートの女王に首ちょん切られる前になァ!」
 ザザを振り向いて怒鳴るジャスパー。彼の意識が逸れた一瞬を突き、ガードしなかったもう片方が飛行する黒龍人形の懐に潜り込んだ。下段から繰り出されたナイフの刺突が黒龍の首を貫き、ジャスパーの胸に突き立つ!
「ぐえっ!」
 ジャスパーと龍がブンと真横に振り回される。ワルツを踊るように回転したアリスは、部屋の奥に見えるルネスめがけてクマを穿つナイフを振りかぶった。
「かわいいクマさん! 私をあの子のところに連れてって!」
 THROW! クマごと投擲されるナイフがルネスめがけて一直線! ぬいぐるみを連れた銀閃は、部屋に入る前に金属音を上げて跳ね上げられた。
 薄ら笑いを浮かべて小首を傾げる投擲アリス。ルネスの部屋を塞いで立つのは、槍を手にした竜人の兵だ! 部屋の中、ルネスに抱かれたセゲルは手元に出現したホロウィンドウを苦労して操作する。
「むぅ……一人が限界か。だがいないよりはマシだろう!」
 短い両腕を動かし、ホロウィンドウにコマンドを入力。遠隔命令を受けた竜人兵は槍を構えてアリスへ突進!
 ジャスパーの炎を防いだアリスがフリスビーめいて平皿を投げ、クマを穿ったアリスが両手十指にフォークを握って疾走していく! フォークアリスが下げた頭の上を平皿が通過。竜人は槍で皿を打ち払い、高速のフォーク連撃を槍の穂先を素早く振るっていなし始めた!
 火花と金属音を撒き散らす両者。その頭上を後方回転で飛び越えた火華流はアパート二階の手すりに飛び乗った!
「それ以上は進ませないわよ! 次元格納庫オープン!」
 火華流が片手を垂直に掲げると同時、彼女の左右に青い波紋が複数出現! 波紋の中央から顔をのぞかせるのはマシンシャークだ! 火華流はランドセルめいたバックパック側面に垂れたホイッスルを引っつかみ、思い切り吹き鳴らす!
「全機テイクオフ! ルネスちゃんを守ってあげて!」
『Sharrrrrrrk!』
 マシンシャークが大口を開けて波紋から飛び出した。喉奥から覗くビーム砲、バルカン砲、キャノン砲、小型ミサイル! 空中を泳ぐ機械サメたちは口内に蓄えた武装を一斉掃射!
 BRRRRRRRRZGAMZGAMBOOOMBOOOM! 竜人兵と打ち合っていたアリスが跳び下がり、ルネス宅へ押し寄せる他の五人も銃弾の雨あられに後退。その背中に突風めいて吹きつける殺気! 最後尾のアリスが振り向くと、そこには赤熱するカタナを振りかざしたフォーネリアス!
「イヤーッ!」
「きゃっ!」
 前後反転しながら掲げられたフライパンが首狩り斬撃をすんでで防御! フライパンアリスはフォーネリアスの膝をキックし、脳天にフライパンを振り下ろす! フォーネリアスはフライパンを裏拳で弾き、アリスの心臓へ刺突を放った。回転キックで刃を逸らしたアリスの背中にサメ戦闘機のレーザーが命中!
「ンアーッ!」
「イヤーッ!」
 フォーネリアスの前蹴りがアリスの腹部を打ち抜いた。軽く吹っ飛ぶアリスのうなじ、肩、ふくらはぎに噛みつくマシンシャーク! すかさず後退してきた別のアリスがナイフを振るってサメ戦闘機の体を落とし、フォーネリアスの喉笛にフォークを突き出す! フォーネリアスはバク転回避!
「痛いわ痛いわ! ワニザメさんに噛まれたみたい!」
「まぁ大変! それはひどいわ!」
「怖いサメさん、また来るわ!」
 サメに噛まれたアリスの肩に二人のアリスが腕を回し、大ジャンプ! フォーネリアスの頭上を越えて開始地点に戻るアリスたちを余所に、火華流は真下を見下ろした。
「リドリーさん! ルネスちゃんをお願い!」
「任せて!」
 蜃気楼の部屋へと駆けこんでいくウサギのぬいぐるみ。アリスのUCの影響で玩具化したリドリーへ、開始地点に居たアリスの一人がフォークを射出!
 最初の一本は割り込んだペトニアロトゥシカの腕に食い込み、二本目は彼女の頬を掠めて竜人兵の喉笛に命中! 仰向けに倒れ込むドラゴンの鼻先を抜ける三本目! 玄関に踏み込んだリドリーは、振り向きざまに両手を地面に打ちつけた。ウサギの足元を覆う深緑の光!
「木々よ、私の声に応えたまえ!」
 直後、リドリー目前の地面を突き破って樹木が育つ! くねくねと曲がった細い木はフォークを受け止め、ルネス宅への侵入を防いだ。リドリーは自分の両手を見下ろした。生み出した樹木は想像より遥かにか弱く、頼りない。
(もっとたくさん、大きな木を生やせるはずなのに……。玩具になってるせいかしら)
 リドリーは胸中に吹く冷たい風を振り払い、ルネスの下へと走っていく。
 セゲルは弱々しく、今にも立ち枯れそうな木を眺め、駆け寄って来たリドリーに告げる。
「やはり……力を上手く出せないか」
 リドリーは内心やるせない思いで頷いた。だが、声音には出さない。己に強いて語調を整え、ぎゅっとセゲルを抱きしめて縮こまるルネスの膝に手を当てる。
「大丈夫。私達が必ずルネスちゃんを帰してあげる、絶対これ以上傷つけさせない」
「だが、少々このままでは不便でな。ルネス、この蜃気楼は解除できないか?」
 つぶらな瞳で見上げられ、ルネスは不思議そうに首を傾げる。言葉の意味が理解できないといった少女の様子に、セゲルは下顎を撫でた。
 部屋をうっすらと満たす蜃気楼は、実際彼女の無意識下より生じた力なのだと言う。操ることはおろか、他人をぬいぐるみに変えていることに――――それどころか、結界の発生にすら気づいていない可能性さえある。
 リドリーはセゲルを上目遣いで見上げる。
「どうしましょうか。これさえなんとかなれば、ルネスちゃんをここから連れ出してあげられるけど……」
「ふぅーむ……」
 セゲルとリドリーはそろって悩む。
 蜃気楼の結界がある限り、こどくの国のアリスたちが部屋に押し入ることは無い。しかし今のところ、セゲルとルネスを含めて四人が玩具に変えられ弱体化させられている。加えてこの状態が長引けば、元の姿に戻れなくなるやもしれぬ。
 セゲルはしばし唸ったのち、ひとつ頷いてルネスを見上げた。
「……よし。ルネス、何か願い事は無いか?」
「へっ?」
 ルネスがきょとんとした表情で問い返す。セゲルのトルコ石の目に、あどけない顔が映り込んだ。
「俺は願いを叶える竜だからな。無理難題だろうが望むことなら何でも叶えてやろう。それで嬢ちゃんが笑えるならよし。もしそれを叶えるために敵が邪魔ならば、その願いのために全力を尽くそう」
「ねがい……?」
 リドリーがルネスの膝を優しく撫でつつ、補足する。
「なんでもいいの。美味しいものが食べたい、でも、どこかに遊びに行きたい、でも。何か、ない?」
 ルネスは困ったように眉根を寄せ、黙り込んだ。
 彼女に気づかれないように目配せをするセゲルとリドリー。ひとまず互いの意図を察した二人が言葉を重ねようとしたその時!
 THOOOM! 大きな地響きが部屋を揺すった!
「ひぅっ……!」
 ビクッと肩をすくめ、セゲルを抱きしめルネスが縮こまる。
 インシデントは部屋の外部! ペトニアロトゥシカとフォーネリアスが、張り詰めたアトモスフィアを周囲に放ちつつ身構える。フォーネリアスは隣に立つペトニアロトゥシカを見ずに言った。
「大事ないか、ペトニアロトゥシカ=サン」
「ペトでいーよ。ま、これぐらいなら平気。すぐ治るしね」
「そうか」
「でもまあ、問題はアレだよね。どうしようか」
『ORRRRRRRRRRRRRR!』
 相談する二人の声を、不気味な大音声が塗り潰す。
 アパートの目前にはそびえ立つ、山のような影。円形の台めいたそれは、実際巨人サイズのホールケーキだ。しかしスポンジ部分には青紫の炎を灯した眼窩と、大きく裂けた口がある! ホールケーキのバロックレギオンなのだ!
「あまーい思い出、にがーい記憶」
「ぜーんぶ忘れてしまいましょう? 紅茶のカップにミルクとお砂糖」
「お菓子も欲しいわ。たっくさんたっくさん準備して!」
「さあ始めましょ! ティーパーティー!」
「今日のあまーいおやつは貴方!」
 手を繋ぎ、横一列になって踊るアリスたち。その光景を空から見下ろし、黒龍に乗ったジャスパーとザザが顔をしかめる。
「おいおいケーキのバケモンか。しかも滅茶苦茶でけぇ」
「切り札持ち出して来たってところか? 笑い転げてる場合じゃねェぞ、ジャスパー! ……ブッ! つかその腹ッ……いつの間に縫って……ぶははははははははは!」
「いやさっきからうるせーよザザ! 笑い転げてるのはあんただ! 俺は真面目にやってる! ……うおっ!?」
『ROOOOOOOOOOOOOONG!』
 バロックレギオンの咆哮が暴風じみて猟兵たちに、ルネスのボロアパートに打ちつける! 砂の城を押し崩しに来る波の如き大音量。
 火華流は片腕で顔をかばいつつ、バックパックから伸びたアーム先端についた分析レンズを覗き込む。ホールケーキのバロックレギオンを中心に様々な情報が映し出された。
「気を付けて! バロックレギオンだけじゃない……十人がかりで三つのユーベルコードをまとめてる!」
「んーなるほど? つまり、あれは普通に食べられるってわけか」
 火華流の声に、ペトニアロトゥシカが合点する。そんな彼女に、アリスの一人が口元に人差し指を立てた。
「それはダメ。だってだって……食べられるのは、あなたたちなんだもの!」
『ORRRRRRRRRRRR!』
 再三の咆哮! 恐るべき風圧で動きを止められたフォーネリアスとペトニアロトゥシカのワン・インチ距離に、直後アリスが一人ずつ踏み込んだ!
(ハヤイ!)
 フォーネリアスがカラテを構え直すも束の間、アリスは彼女の顔面に思い切りパイを振りかぶる!「イヤーッ!」
「グワーッ!」
「イヤーッ!」
 パイを顔面に受けたフォーネリアスの鳩尾をアリスのハイキックを抉る! さらに回転キックがフルフェイスメンポの頬を打った!
「グワーッ!」
 錐揉み回転するフォーネリアスを蹴り飛ばすアリス! 一方、ペトニアロトゥシカは顎下に打ち上げ掌打を食らってのけ反り、上向いた顔面にかかと落としを食らう。二人の猟兵視力を以ってしても捕らえられぬ強襲速度! 他方、ケーキの上には三人のアリスが飛び乗り、ルネスのアパートを指差していた。
「あなたなら結界なんてへっちゃらでしょう? さあ、可愛いアリスを食べましょう!」
『ORRRRRRRRR!』
 両側面からスポンジ生地の腕を出し、アパートへ這いずり始めるホールケーキバロックレギオン! 素早く腕を振って指示を飛ばしかけた火華流の顔面に、フルーツタルトがぶつかった。火華流はタルトごとへばりついた皿を引っぺがし、恐るべき速度でルネス宅へ走る七人のアリスを見下ろした。
「やったわね……こんのぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 フルーツタルト全力反撃投擲! 先頭を行くアリスはこれを足を高く振り上げた蹴りで蹴散らし、マカロンを連投! 大口を開けて迎撃態勢を取るマシンシャークたち、その口内の銃口にマカロンがつまり、暴発を起こして爆散した。
 その上空で、ジャスパーは黒龍の背中を叩く!
「行くぜ相棒ッ! こんがり焼いてやんなッ!」
「KRRRRRR!」
 高い声で鳴いた黒竜は口から黒い火球を連射する。
 BOMBOMBOMBOMB! グレープフルーツ大の炎を、七人のアリスは踊るように回転しながら後退回避! 代わりに進み出て来たホールケーキバロックレギオンの頭の上で、三人のアリスのうち一人がジャスパーたちを指差した!
「困ったわ! 空飛ぶいたずらドラゴンさんよ! どうしましょうか、ケーキのおじさん!」
『ORRRRRRRR!』
 ホールケーキは巨体を激しく左右に揺すると、上部から火山弾めいて大量のクリーム弾を発射した。ジャスパーは黒龍の首にしがみつく!
「捕まってろよ、ザザ!」
「ドラゴンに引っつかまるパンクマ……ぶくくっ!」
「やっぱり落ちろ! 落ちて死ね!」
 罵声を上げるジャスパーを余所に、黒龍は空中を素早く急降下! 大きく蛇行しながらクリーム対空砲撃を避け、ケーキに乗った三人のアリスに黒火球を乱射する。
 BOMBOMBOMBOMBOMB! クリームの合間をぬって飛来する炎の弾に、アリスたちはプレートやコーヒーカップを投げつけて迎撃! ついでに一人がジャスパーの眉間へフォークを投げた! 次の瞬間、ドラゴンが直角に曲がりザザを振り落とす!
「よし、行け」
「嘘だろお前ェェェェェェェェッ!?」
 絶叫しながら突き落とされるザザ! 彼は空中で連続前方回転を決めて体勢を立て直し、背のマスケット銃を引き抜いた!
「くっそあのクマ覚えてろよ!? 鉄と血を以ち我が身を呪う。その勇士の名を……ジークフリートッ!」
 ザザの前腕部が引き裂かれ、大量の血がマスケット銃にまとわりついた。赤黒く染まった銃身は呪いめいた瘴気をくゆらせ、銃口に詰めたコルク弾に血管めいた不気味紋様を浮かばせた。
「寄って集ってきやがって、くたばれ!」
 PON! 呪装コルク弾が撃ち出され、ホールケーキの片目に突き立つ! BGUM! 真紅の閃光が爆ぜ、バロックレギオンが体を大きくのけ反らせて悲鳴を上げた!
『UooooOOOOORGH!』
「わわっ!」
「危ないわ!」
 うっかり滑り落ちかけたアリスたちが互いに手を繋いで落下をしのぐ。レギオンの隙を埋めるべく前に出る七人のアリスたちに、ザザは落下しながら次弾装填!
 PON! PON! PON! 気の抜けた音を上げて撃ち出される呪いコルク弾三発。最前列に躍り出た二人のアリスのうち片方が右手にフォークを構えて回転! コルク弾をひとつ、ふたつ、みっつフォークでキャッチした。さらに回転、遠心力を加えてマシンシャークへ投げ返す!
 コルク弾を銃口に詰まらせた機械サメたちが爆発四散! 火華流は残ったサメたちに、進撃を再開したホールケーキの迎撃を指示!
「展開、囲んで……ファイアッ!」
 ホールケーキレギオンを取り囲んだサメたちが大口を開け、機銃を掃射! ケーキ表面のクリームが幾度となく爆ぜ、太い腕が弾丸を嫌がって振り回される。ペトニアロトゥシカはトカゲめいた尻尾を八本生やした。
「泉さんそのまま。そっちはどうにか出来る、かも」
 両手で後ろ手に、尻尾を四本ずつつかむペトニアロトゥシカ。そこへ飛びかかる五人のアリス!
「ケーキ、ケーキ、せっかくのケーキ!」
「みんなで心を込めたケーキを壊しちゃダメよ」
 THROW! フォークやナイフが一斉投擲され、ペトニアロトゥシカに振りかかった。ちょうどそこへ落下してきたザザが紅いマスケット銃を振り回して数本を撃ち返す! 胴体にナイフを一本突き立った彼を、低姿勢ダッシュで滑り込んだアリスが蹴り上げた!
「グワーッ! ジャスパーッ!」
 悲鳴混じりの呼び声に応じ、ジャスパーのドラゴンが黒火球を連射、連射、連射! 即座に跳び下がるアリスたち。
 BOOOMBOOOMBOOOM! 小爆発が地面を覆い、黒炎の一発が宙を舞うザザに直撃!
「ぐわああああああ! オレ様まで燃やすンじゃねェェェェェェェ!」
「ブリキだし燃えやしねえよ。最悪溶けるかもしれねーが……ま、そんときゃスプーンにでも打ち直してやるよ!」
「悪魔かお前ェ!」
 火だるまになったまま叫ぶザザを、アリスの足が足場にして跳躍! 蹴落とされ、ペトニアロトゥシカの頭と衝突するブリキの兵隊を余所に、二段ジャンプを決めたアリスはジャスパーに肉迫。流麗な回転蹴りで真後ろに蹴り飛ばす!
「ぬおおおおおッ!?」
「KRRRRRR!」
 制御を失い、回転しながら吹っ飛んだジャスパーとドラゴンは浮遊する巨大ティーポットにぶつかった。
 BOFF! 鈍い音を聞き、透はハッと目を開いた。気づけば、周囲は分厚い雲が空を覆う貧困街。透は訝しんだ。
(なんだ、ここ。故郷か?)
 透が立つのは、ぽつんと立った家の前。窓には橙色の明かりが見え隠れして、不思議と温かさを感じさせた。
 透は目の前を塞ぐドアを押し開け、中をのぞいた。小さな部屋に、暖炉と絨毯。揺り椅子を揺らす女性と、壁に据え付けられたキッチンに立つ男性の後ろ姿が見えた。
(……誰だ、あれ)
 半開きのドアから体を半分だしたまま、まばたきをする透。ふと、揺り椅子で編み物をしていた女性が透を見、慌てた様子で駆け寄って来た。
「透……透っ!」
 感激した女性の声に、料理していた男も振り返って目を見開いた。透は女性に抱きしめられるまま突っ立っていた。やがて男もやってきて、あたたかな笑顔で透の頭に手を置いた。
 自分を迎え入れる二人と、漂うホワイトソースの香り。それらを透は、どこか冷めた気分で認識していた。
(……ああ、そうか。夢か)
(アタシを捨てた両親の……)
 やがて、透を撫でる男が口を開いた。
「ああ、帰って来たんだね。おかえり。今日はシチューだ。好きだろう?」
「…………」
 透は少し口を開いて、やめた。ポケットに手を入れる。ダガーナイフの感触があった。
 透は皮肉っぽい笑顔を浮かべ、女性を引きはがした。女性がやや驚いた顔をする。
「透?」
「ははっ……なんだ? これが、アタシの願望ってか……? ふざけんじゃねえ」
 吐き捨て、ダガーナイフを引き抜いた。男と女性が驚愕して後ずさる。透は二人に背を向け、閉ざされた扉に向き直る。
「アンタ達が捨てた子は……アンタ達が居なくっても全ッ然問題なく幸せですッ!」
 不敵な笑顔と共に言い捨てた透は幻影の両親に背を向けて駆け出し、閉ざされた扉へジャンプキックを繰り出した!
 CRAAASH! 巨大ティーポットを内から砕いて飛び出した透の真下に、地面を這いずって進むホールケーキのバロックレギオン! 透は指笛を吹いた。
「カササギ! そいつらをルネスサンの部屋から引っぺがせ!」
 どこからともなく飛来した二匹の鳥が、ルネスの部屋を塞ぐ木に手を駆けんとしたアリス二人の肩をつかんで引きはがす。突然のことに二人のアリスは体勢を崩した。
「きゃっ!?」
「わわっ!」
「よーし、いい子だ!」
 リドリーが生やした樹木の前に着地した透はダガーナイフを抜き放つ。すぐそこまで迫りくるホールケーキ!
「こっち来んじゃねえデカブツ! おらあああああッ!」
 BOOOOOOM! ダガーナイフのスイングに合わせて巻き起こる砂嵐! クリームを削るライトブラウンの竜巻を嫌い、ホールケーキが嫌がるように後ずさる。 同時にアリスたちの目にも砂が入り視界を奪った!
「いたっ……!」
「目が……!」
 三人のアリスが目を覆う。そこへペトニアロトゥシカは自身のトカゲ尻尾を千切ってホールケーキに投げつけた! 尻尾は光って獣人たちに姿を切り替え、ホールケーキの取りついて貪り始める。
 彼女たちを憎々しげなまなざしで睨んだ透は、鋭く叫んだ。
「胸糞悪いもん見せやがって! 殺れ! フォーネリアスサン!」
 SLASH! 赤い横薙ぎの光がアリス三人の首を断つ。赤々と燃える刀を振り抜いたフォーネリアスは、地獄めいた声で告げた。
「言われずとも、オブリビオンは全て殺す! イヤーッ!」
 縦一閃の斬撃が爆炎を放ち、ホールケーキレギオンを一刀の下に寸断! アリスの一人が巻き添えになって真っ二つにされて死んだところへ、フォーネリアスは両腕に仕込んだパイルを放った。ホールケーキレギオンに乗った、残り二人が腹を射抜かれうずくまる!
「うっ!」
「うぎゅっ……!」
 クリームの上で膝を突く二人、その頭上に大ジャンプするペトニアロトゥシカ! 丸太の両腕を振り回し、隕石めいて落下する!
「そーらよっ、と!」
 SMAAASH! ダブルアームハンマーが騎乗アリス二人もろとも未練がましく残っていたホールケーキレギオンを圧殺! グズグズに崩れて崩壊する巨大ケーキを余所に、二階から飛び降りた火華流が鉄パイプで残りのアリスたちを指し示す!
「今よ! 全弾発射ぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 彼女の周囲に現れたマシンシャークが機銃を掃射! BRRRRRRRRRRR! 横殴りの鉄砲雨がアリス四人の脇腹や足、胴体を射抜きひざまずかせた。
「……どうして、どうして抗うの。意味なんて、ないのに……」
「どうしてなんて決まってる。友達を守りたいから……それだけっ!」
 残ったアリスの四人が表情を歪め、身をひるがえす。逃げようとする彼女たちの目の前にジャスパーが駆るドラゴンの火球が突き刺さってけん制、さらにホールケーキの残りを突き破って跳び出した巨大な魔獣が、タコの触手を振るって三人をとらえ、狼じみた口の中に放り込んだ。凍り付く最後の一人の背に、フォーネリアスは刀を一閃!
 闘志を断たれ、力なくへたり込む残党の背中を踏み付け、彼女は呟いた。
「成程、これが新世界の力か……悪くない、使い道はありそうだ」
 そのまま彼女は炎印の刻まれた赤熱する刀を首筋に押し当てる。アリスが悲鳴を上げた。
「アイエエエエエエエ!」
「貴様らのボスはどこだ。答えればこのまま介錯してやる。答えないなら」
 無造作に具足の踵で踏みつけて、踏みにじる。
「どうなるかは分かるな?」
「アイエエエエエエエエエ!」
 絶叫し、戦意喪失したアリスが何事か言おうと口を動かす。次の瞬間、地面から飛び出した黒い触手がフォーネリアスを跳ね飛ばし、アリスを捕らえて引っ張り寄せる!
 突如として現れた巨大な怪物の口に、最後のアリスは放り込まれて噛み砕かれた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『獣躯卿』

POW   :    不明の獣『ジェヴォーダン』
【獣の本能】に覚醒して【正体不明・理解不能・変幻自在の獣の姿】に変身し、戦闘能力が爆発的に増大する。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
SPD   :    頑強の獣『ネメアー』
無敵の【生身による絞首以外を無力化する獅子の力】を想像から創造し、戦闘に利用できる。強力だが、能力に疑念を感じると大幅に弱体化する。
WIZ   :    母胎の獣『エキドナ』
自身が戦闘で瀕死になると【腹を突き破り最上級の魔獣や神獣の集団】が召喚される。それは高い戦闘力を持ち、自身と同じ攻撃手段で戦う。

イラスト:透人

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は吾唐木・貫二です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●お知らせ
 第三章に入ります。
 プレイング受付期間は10月7日8:31~10月8日8:29です。
 ルネスのUC解除まであと一歩。
ジャスパー・ドゥルジー
【狼鬼】

クマだクマだとうるせー奴め
こっちにも考えがある

【バンダースナッチの影】で全身を魔炎に変えてやんのさ
これでクマの面影は微塵もない
ハーッハハァーッ参ったかァ!
俺の力を舐めンじゃねーぞ、ブリキめ!

っと、それどころじゃなかった
炎になった所為でナイフは持てねえが
実体がねえ分物理攻撃への防御面は優秀だぜ

文字通り煙に巻くようなトリッキーな動きで獣躯卿を翻弄

っしゃ、その技を待ってたぜザザ
「Dancin' to the jailhouse rock♪」
ステップ踏めよ、イカしたダンスを教えてやる
熱い抱擁で燃やし尽くしてやるぜ

無事「元」に戻れたらザザの奴とハイタッチさ
へへん、仲間割れなんて誰が言ったんだ?


ザザ・クライスト
【狼鬼】

「そンなムキになンなよ、ジャスパー」

笑いかけてゲフンと咳払い
笑い死にしたらどォしてくれる?
煙草に火を点ければいつものオレ様
ブリキだがな

「あァ、ようやっと黒幕のお出ましだぜ」

オレは想像から創造する
マスケットをバラライカに持ち替えて【先制攻撃】
【呪殺弾】の銃撃で【なぎ払い】

命中時に【檻の鎖】を発動

「テメェみたいな奴を野放しにしない為のモンだ、逃がしゃしねェ」

一本で足りないなら二本、三本と鎖で絡め取る

「ジャスパー、イカした炎で派手にヤれ!」

同時に【零距離射撃】
防御は【盾受け】
ジャスパーは悦んでるし放っといてイイな

魔獣・神獣どもが現れたら、

「幕引きの時間だ!」

【乱れ撃ち】まくるぜ
アドリブ大歓迎


泉・火華流
「獣躯卿なんて名前だから、どんな奴かと思ったら…」
兎獣人とは…(見た目から油断はしていない)

頑強の獣~
「要するに素手での格闘戦が有効って事よね…」
レガリアスシューズを除く武装を解除
基本的に回避重視【野生の勘・戦闘知識・ダッシュ・ジャンプ】を活用
敵の攻撃を掻い潜り、絞首へと持ち込もうとする【気絶攻撃】?

不明の獣~
(二章ラストに出てきたものなら)
黒い触手をナイトメア・シザーズで切り刻む
飲み込まれたら、噛み砕かれる前にあえて奥へと突入
胃袋の中で徹底的に暴れまわり、最後はナイトメア・シザーズで腹を突き破り、切り裂いて脱出
「悪い獣は鋏で腹を切り裂かれる…って話、知らなかったかなぁ~?」
童謡あるある?


ペトニアロトゥシカ・ンゴゥワストード
『一人称:あたし 二人称:キミ・(敵には)アンタ 三人称:あの人 呼び方:苗字+さん』

仲間さえ喰う悪食がわざわざアリスを狙って、獣が美食家でも気取るのかい?
ま、今日は店仕舞いだよ。拳と鋼をたっぷり食らってお家に帰るがいいさ。

戦闘は【如意伸躯】で巨大化、巨大な怪物相手に真正面から殴り合うよ。
どんな姿であれ、獣の争いなんて結局の所、大きい方が強いんだよ。
ルネスちゃんの護衛は、細かい動きは他の人に任せて、相手が力押しで来るのを止めることに専念するよ。

あと、ルネスちゃんに一言。
あたしみたいになれとは言わないけど、理不尽や恐怖には耐えるより立ち向かった方がいいよ。
その為の力は、キミはもう持ってるしね。


リドリー・ジーン
今のままだと前衛に出る所かこの場所を守り切る事もままならないものね…
ルネスちゃんを守りつつUC解除に向けて声をかけるわ
私達は彼女を守る仲間で、友達で、騎士だから……なんて今の私が言っても頼りないかな。

【歌唱】して(自分自身を含め)【鼓舞】します
大好きだったお祖母様が作ってくれた歌
ルネスちゃんにも響いてくれれば嬉しいわ。

力を増強させるために【歌唱】を合わせ更に集中してUC使用
拡声ブローチを使用して響き渡る箇所からツタや木々を生やして仲間の踏み台を作ったりして援護するわ。
こちらに来る敵は動きをとじ込めて射撃で応戦。繊細に【命中率重視】

ここで嫌な思いばかりしてきたルネスちゃんにどうか最後には笑顔を


フォーネリアス・スカーレット
【私・お前・名前=サン】
「ドーモ、獣躯卿=サン。オブリビオンスレイヤーです」
(コートを脱ぎ捨てるといつもの鎧姿。下に着込んでいたのだ)
「インタビューの手間は省けたか。殺されに来るとは感心な奴だ。念入りに殺してやろう」
 千撃ちで牽制をかけつつ、炎剣の投擲を主体に地獄焼きを仕掛ける。絞首以外を無力化する獅子とやらは望み通りにしてやろう。
 隙を見てフックロープ投擲、盾殴りで距離を詰めて楔打ちを両手両足で四連。
 この辺りで瀕死になるな。腹を突き破って何か来るのか。一か所に固まっている内に芯断ちで纏めて闘志を斬り捨ててやろう。
「俳句でも詠むか?」
 闘志を斬られれば後に残る感情は何か。纏めて喰らうのみだ。


セゲル・スヴェアボルグ
UCを解除して元に戻るには、恐怖心を払拭せんとな。
そのために願い事へと思考を向けさせる。
叶えばそれでよし、仮に今この場では叶わなくとも、想像するだけでも人間ってのは前向きになれるもんだ。
そして、そういうときこそ俺のUCが役に立つ。
まぁ、今の俺の願望を対価にするとなると、それなりにリスクを負うが……戻れない場合の事は後で考えよう。
他の奴等だけでも先に元に戻せれば僥倖だ。
俺はルネスの壁になれるだけの力が得られればそれでいい。
むしろ噛みつかれたところで、綿がぶちまけられるだけの方が、ルネスへの刺激は少ないだろうしな。
使用するのは盾は当然として、武器は槍の方が仮に戻れた場合にも周囲への影響は小さいか。


九之矢・透
同情をする気はない、けど。
あいつ、部下を砕きやがった。

【WIZ】
「蜘蛛の絲」使用

「2回攻撃」で狙うのは口と腹だ
「スナイパー」で確実にな
がっちり拘束してルネスさんの方へは向かわせないよ
腹から何かが出てこようと蜘蛛の巣で妨害してくれ

何かのおとぎ話か聞いた事があるなあ
女の子を騙して食おうとする悪い狼が
最後には腹を割かれて石を詰め込まれ
井戸に沈められて退治されるんだ

アンタの腹に詰まってるのは石なんて生易しいモンじゃなさそうだが
それでも沈めてやる

その話の最後はね
女の子も助かって家に帰りメデタシメデタシなんだ
だからルネスさんだって助かるさ
こんな所に居たくないだろ?
狼の腹なんざ此方から飛び出してやろうよ



 CRASH、CHEW、SQUASH、CRUNCH。
 肉と骨を噛み潰す音が絶えず鳴り、粘ついた液体や血液がボタボタと滴る。
 無惨に食い殺されるこどくの国のアリス。残った右腕が唾液と血の混じった池に落下するのを険しい表情で見守る6人の猟兵のうち、フォーネリアスは両手を合わせた。
「インタビューの手間は省けたか。殺されに来るとは感心な奴だ。念入りに殺してやろう。ドーモ、獣躯卿=サン。オブリビオンスレイヤーです」
「GRRRRRR……」
 フォーネリアスのアイサツに、地鳴りじみたうなり声が返された。
 唾液を垂らすのは、横に広がった巨大な怪物の口だ。全長は二階建ての家屋を縦に三軒並べた程度。濃い紫の体色は腫瘍めいた無数のコブに覆い尽くされ、太いカギ爪を生やした六本足に支えられている。顔に目と鼻は無く、代わりに平たい頭部からは人の上半身を伸ばす。肩甲骨まである水鏡色の頭髪から、兎耳を生やした少女の体を!
 怪物の下半身を持つ少女、オブリビオン『獣躯卿』は猟兵たちを見下ろし侮蔑的に鼻を鳴らした。アイサツを返さぬ実際無礼!
「いつまで手間取ってるのかと思ったら、こんなガキどもに苦労してたの。使えないわ。罰として首をちょん切って…………あぁ、もう死んじゃってたわね」
 獣躯卿が嘲ると、怪物の前脚が唾液の池に落ちたアリスの足を踏み潰す。飛び散る粘液。執拗に踏みにじる足裏と粘液が絡み合い、ぬちゃぬちゃと水音が響いた。
 火華流は自分の身の丈ほどもあるハサミを構え、片足を下げて身構えた。
「獣躯卿なんて名前だから、どんな奴かと思ったら……兎獣人だなんてね……」
「んー、油断しない方がいいよ、泉さん。あんなでも一応、ここのボスみたいだしね」
 だらんと両腕を下げ、ペトニアロトゥシカ。緩く両腕を下げた彼女の方は見ず、敵に鋭い視線を向けたまま火華流が返す。
「大丈夫。これっぽっちもしてないから!」
「要らない心配だったね。……それで?」
 ペトニアロトゥシカが両拳を握ったまま言葉を繋ぐ。
「仲間さえ喰う悪食がわざわざアリスを狙って、獣が美食家でも気取るのかい?」
「あら、気取っちゃダメかしら? 獣だって美味しいものが食べたいじゃない。そうでしょ? 混ざりものの貴女。私の言いたいこと、理解できるんじゃない?」
「アンタと一緒にされたくはないかな」
「ふふふふふ! そうなの? てっきり同類かと思ったのだけど!」
 楽しげに笑う獣躯卿と、頬に汗を流しながら苦笑するペトニアロトゥシカ。猟兵たちはまだ仕掛けぬ。
 強者同士の戦いにおいて、こうしたにらみ合いはしばしば起こる。致命的UCの使い手に隙を見せれば即、死。先走れば即、死。出遅れれば即、死! 天文学的希少瞬間を逃すべからず。まずは精神的優位を取るべし!
 フォーネリアスがカラテを構えて再度斬り込む!
「見上げた余裕だな、獣躯卿=サン。貴様を守る女給どもはもはやいない。残るは貴様ただ一人。ハンターの前にノコノコ現れた間抜けな獲物よ。
「だぁ――――――――れに物を言ってるのかしら?」
 その時、獣躯卿が口元を頬まで裂けさせ、肉食獣じみた笑みを作った。冬風が吹きつけたかの如き怖気!
「あの役立たずが数匹いなくなったからどうだと言うの? 私は大人しく食卓で待っていただけ。食糧を持ってくるのはあの子たちの役目。でもま、失敗だったわね。最初から……」
 怪物の口がやや上向き、口いっぱいに息を吸い込む。透は両手を前に突き出して構えかけ、はっと両目を見開いた。何故か脳裏に一瞬過ぎる、絵本の一枚絵。無防備になった豚と狼。
「……まさか!」
 透は背後を勢いよく振り向いた。弱々しく生えた一本の木、その奥にいるはずの少女へ叫ぶ!
「オイ、ルネスサン! 聞こえるか!? 伏せろぉ――――――――っ!」
「こうしていればよかったのにねぇッ!」
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAARGHッ!』
 怪物が大口を開き爆風じみた咆哮を放つ! とっさに防御体勢を取る猟兵たち。すさまじい風と獣の臭気にあおられ、テディベアとブリキの兵隊が体勢を崩しかけるドラゴンぬいぐるみの首にしがみつく。
「うおおおおおおおおッ! 耐えろ相棒ッ! ザザも落とされんじゃねえぞ!?」
「おっとコイツはやべェんじゃねえか!? ぬいぐるみドラゴンごと飛んでいきかねねえ! …………ドラゴンに乗って飛んでくクマか……ぶふッ」
「ホントにいつまで笑ってんだザザ! やっぱあんただけ吹っ飛べ! お空の彼方にすっ飛んでって帰ってくんな!」
 ジャスパーの怒声が獣の大音声に消し飛ばされた。その後方ではルネスを押し込めていたボロアパートの屋根が次々はがれて吹き飛んでいき、壁が粉々になって霧散する。アパート二階の欄干が飛び、一階の全室が飛散! 部屋内のルネスはセゲルを抱いて体を丸め、悲鳴を上げた。
「きゃあああああああああっ!」
 ガタガタ震える少女の背中を、リドリーが守るように抱きかかえる。その頭上を槍めいて突き抜ける木々を見上げ、セゲルはうめいた。
「アパートを力技で吹き飛ばすとはな……! もはやなりふり構わずといったところか!」
「ルネスちゃん……!」
 リドリーがルネスを抱く手にぎゅっと力を込めた。もはやアパートは跡形もない。狼のワンブレスで砕け散った、哀れな豚の家めいて! 獣躯卿がルネスを見つけて舌なめずりをする。
「見ぃつけた。待ちに待ったメインディッシュ……頂きましょうか!」
「GRRRAAAAAAAAAAAAAAAAARGHッ!」
 怪物が咆哮しながら地を蹴った! 大地が狂乱した巨象の大群が疾走するかの如く激震! 立ちふさがる六人は怪物の絶叫を正面から受けて耳を塞ぎ、スタンしている。獣躯卿はそのまま彼女たちを踏み潰し、ルネスを捕食する構えなのだ!
 しかし迫りくる巨大質量を前に、ペトニアロトゥシカは右目を開いた!
「んんんんん―――――――――っ! そうは問屋が、卸さないってね……!」
 両足を踏みしめ、ロケットスタート! 真っ直ぐ獣躯卿を目指す彼女の全身が茶色い剛毛に覆われ、風船めいて膨れ上がった。一気に怪物と同程度の巨体に肥大化し、二足歩行のトナカイ獣巨人へと変貌! 怪物のワン・インチ距離に踏み込み、唾液を滴らせる口にボディブローを繰り出した!
「バモォォォォォォォォ!」
 SMAAASH! 殴り飛ばされた怪物の巨体が真後ろに後退。六本足を踏みしめてブレーキをかけさせた獣躯卿に、ペトニアロトゥシカは野太くなった声で宣告する。
「ま、今日は店仕舞いだよ。拳と鋼をたっぷり食らってお家に帰るがいいさ」
「そう言わないで。だってメインディッシュがまだでしょう!?」
 直後、怪物は再度咆哮してペトニアロトゥシカへ突進していく! 途中、怪物の頭部にボコボコと紫色の肉が泡立ち、獣躯卿を飲み込んで山の如く膨れ上がった。肉の山から飛び出す歪な両腕! 頂点にサメじみた歯をそろえた大口を開け、不明の獣はペトニアロトゥシカに襲いかかった!
「GYAAAAAAAAAAARGH!」
「バモォォォォォォォ!」
 ペトニアロトゥシカと不明の獣は互いに巨拳を握り右ストレート! ケンタウロスめいた上半身と毛皮に覆われた鳩尾にそれぞれの拳が突き刺さると同時、二者はそろって高速ラッシュの応酬を始める!
 ZGAMZGAMZGAMZGAM! 戦艦同士の零距離砲撃合戦じみた殴り合いを繰り広げる不明の獣。その右サイドにスタンから復帰した透が駆け込み、前足の一本に両手を伸ばす。彼女の手首には一匹ずつ取りついたクモ!
「図体ばっかデカくなりやがって。足一本ずつもぎとってやる……! やれッ!」
 透の声を受けた二匹のクモが白い糸を発射し、足の一本をぐるぐる巻きにする。ピンと張ったクモの糸をつかみ、透は全力で引っ張った! 獣の片足が地を離れて真横に伸びる!
「火華流サン! 叩っ斬れ!」
「任せて透ちゃん!」
 透に応えた火華流が大バサミを持ってクモ糸に巻かれた足へと疾走! 勢いつけて跳躍し、ハサミの口を大きく開きながら不明の獣の足へと迫り――――SLASH! 足の反対側へと抜けて着地した火華流の真後ろで足が断たれた!
 クモ糸に引っ張られ、透の頭上をすり抜ける獣の足を横目に火華流はガッツポーズを決める。
「よっし! 成功っ!」
「もう一本行くぜ火華流サン! このまま全部………。………っ!?」
 慣性に引かれてややのけ反った透の目が驚愕に見開かれた。
 一方、激しく殴り合うペトニアロトゥシカの背中を駆け上がり、彼女の肩から跳躍するフォーネリアス! ムーンサルト回転しながら不明の獣を飛び越え、両手に地獄めいた炎を灯す!
「イヤーッ!」
 コマじみて回転するフォーネリアスから無数の火炎弾が放たれる! それらは軌道上で短剣の形を成し、ケンタウロスの如き上半身の腰裏から背中にかけてをハリネズミに変えていく。
 回転を止め、空中で体勢を立て直したフォーネリアスが赤橙色に光る大剣を振り抜いたその時、獣の体がグジュリと嫌な異音を発した。炎の短剣が大量に突き刺さった背中、火華流と透に斬り落とされた足の断面に大量の肉泡が現れたのだ!
「AAAAAAAAAARGH!」
 ペトニアロトゥシカの顎下を殴り上げる不明の獣! 背中を覆う肉泡が炎の短剣を全て飲み込み、表面に夥しい数の眼球と牙を生やす。足の切断面を覆う肉泡が弾け飛んで、元の足が高速再生! 再び大地を踏みしめた。
「GAAAAAAAARGH!」
 背中に生まれた五十近い数の眼球が虚空のフォーネリアスを補足し、合間を縫うようにして生えた大量の牙を対空射出! フォーネリアスは燃える大剣を横薙ぎに振るって炎を放ち迎撃するが、熱波を突き抜けた牙が彼女の体を次々と射抜いた!
「グワーッ!」
「フォーネリアスさん!」
「透ちゃん、危ないっ!」
 フォーネリアスを見上げた透を抱え、火華流が真横にジャンプした。二人の居た場所に、注射針めいた器官を生やした触手が数本突き立つ。さらに火華流を追跡する五本の触手! 火華流は片手で大ハサミを開き、手裏剣めいて投げ放った! 
 飛翔した刃は触手を斬り抜き、眼球地帯と化した獣の背中に突き刺さる! が、再度泡立った肉の泡が大ハサミを取り込んで背中全体を覆い隠し、新たな眼球と対空射撃牙を作り出す。その光景を上空から見下ろし、ザザは気味悪げに顔をしかめる。
「なにがジェヴォーダンの獣だ、思いっきりバケモンじゃねェか。どうするよ、クマ」
「クマだクマだとうるせー奴め。こっちにも考えがある!」
 ジャスパーが騎乗したドラゴンぬいぐるみの首をポフポフと叩く。主の意図を汲んだドラゴンは方向転換して不明の獣へと急降下! 加速するドラゴンの背でジャスパーが発火し黒い炎に包まれた! テディベアの輪郭が消え、漆黒の炎そのものと化す!
「ハーッハハァーッ参ったかァ! 俺の力を舐めンじゃねーぞ、ブリキめ!」
「ふはッ……そンなムキになンなよ、ジャスパー。笑い死にしたらどォしてくれる?」
「俺で煙草に火ィ点けんな! 呑気に一服してンじゃねーぞ!」
 ジャスパーが怒鳴るのを余所に、ドラゴンぬいぐるみは体を丸めて高速回転。カタパルトじみて魔炎化したジャスパーを撃ち出した! ジャスパーは炎の車輪と化して不明の獣背中の眼球に突撃!
 着弾、BOMB! 爆裂と共に眼球がひとつ飛散し、魔炎の車輪が空へと飛び出す。ギョロギョロと蠢いた多数の目がジャスパーを補足し、生えそろった牙で対空射撃を開始した。
「当たるかよ、そんなもんが!」
 魔炎輪ジャスパーは複雑軌道を描いて飛来する牙の数々を回避し、再度獣の背中へダイブアタック! 眼球のひとつに直撃してBOMB! 爆破して垂直上昇を決めるジャスパー。その軌道と十字を描くように黒竜のぬいぐるみが滑空した。その背にはドラムマガジン短機関銃を構えたザザ!
「ザザ!」
「おうよクマさん。実物より小っこいが、まァ威力はご照覧あれってなァ!」
 ブリキの兵隊が引き金を引き、短機関銃を掃射する。PRRRRRRR! 連射された豆粒サイズの弾丸が巨体の目玉に降り注ぎ、白目をどす黒く変色させて破裂せしめた!
 ふたつ、みっつと爆ぜていく眼球。しかしドロリとした粘液を溜めたくぼみからは新たな目が生え、周囲を高速旋回する猟兵たちを捕捉し続ける!
「MYAAAAAAAHHHHHHHH!」
 獣がサボテンめいて全身に牙を生やし、全方位に無差別射出! まとわりつく猟兵たちを強制後退させたジェヴォーダンの獣は、後ろ脚二本を蠢かせ内側から爆ぜさせた。バッタ状に変異する脚部! さらにペトニアロトゥシカと向き合う面にはサイの如き角がいくつも飛び出す!
「バモォォォォォォォォォ!」
「ARRRRRRRRRRRGH!」
 一回り巨大化したペトニアロトゥシカの拳を、ジェヴォーダンの腕が弾き返した。不明の獣はそのままバッタ型の後ろ脚を蹴ってペトニアロトゥシカにタックル! 角状突起が毛皮に覆われた巨体を穿ち、ペトニアロトゥシカの背中を貫く!
「GiiiiiiYAAAAAAAAAARGH!」
 六本足を駆使してペトニアロトゥシカを押し込む獣! 彼女の後方には困惑した面持ちで事態を見守るルネスと、彼女に寄り添うセゲルにリドリー! ペトニアロトゥシカは両足で踏ん張り、ジェヴォーダンの獣を押し止めんとす!
「このッ……GAAAAAAAAAARGH!」
 ペトニアロトゥシカが吠え、獣の異形肉体を抱えて真上に放る。角が抜けて出来た風穴から滝めいてあふれ出す血。上空に投げ出された獣は巨大なコウモリの翼を生やして羽ばたいた。その下方に地上から垂直に飛翔した何かが直撃! それは全身にワシの羽をまとった透だ!
「気色悪ィ肉ダルマがッ!」
 透は両拳を握り、マシンガンじみた連打を肉塊に叩き込む! 既に冒涜的形態となった獣は表面をトゲ付きの甲殻に変異させて防御。硬い針が透の拳に傷をつけ、手を包むワシの羽を赤くする。しかし透は連撃の手を止めぬ!
「だらあああああああああああッ!」
 ZGAGAGAGAGAGAGAGAGAGA、SMAAASH! 全力のアッパーが甲殻を砕いて獣躯卿の巨体を更に浮かせた。
「UUUUGYAAAAAAAARGH!」
 割れた殻を突き破って飛び出した拳が透を殴った。斜めに突き落とされながら、透は声の限り叫ぶ!
「フォーネリアスサン! 撃ち落とせぇぇぇぇぇッ!」
「イヤーッ!」
 両足から獄炎をジェット噴射し、不明の獣よりも高く飛翔するフォーネリアス! 高高度に達した殺戮者はドリルめいて回転し、獄炎の螺旋を描きながら墜落ドロップキックを打ち込んだ! 蹴り足が甲殻を破壊し、肉を抉るように回転、回転、回転!
「イヤァァァァァァァァッ!」
 両膝を折り曲げ、渾身の力でジェヴォーダンの獣を蹴落とした! SQUASH! 地面に叩きつけられ、全身をボコボコと膨張させる獣躯卿にザザが上空が機関銃の掃射を浴びせる。刹那、肉塊から出現した巨大カニの足がフォーネリアスの腹部を貫いた。
「グワーッ!」
「おいおいおいおい!」
 ザザが泡を食い、カニ足の根元に機銃を撃ち込む。だがカニ足は一切揺るぐ様子もなく、フォーネリアスを明後日の方へ投げ飛ばした。そこへペトニアロトゥシカが鉄拳を振り下ろす! 右! 左! 右! 左!
「MYAAAAAAAHHHHHHHH!」
 ザザの銃弾を食らった箇所が黒く変色し、泥状に崩壊。殴られるたび、全身から黄緑の汁と壊死した組織を噴き出しながらも、獣躯卿は巨体を泡立たせて変異・肥大化を繰り返す。ドラムマガジンを引っぺがしたザザはリロードしながら顔をしかめた。
「どうなってやがんだ、ったく。仮にもメルヘン世界の住人か? TとかGとか言うウィルスに感染してんじゃねェだろうな? ……ジャスパー! ラチが明かねえ、熱消毒だ!」
「ああ! 細胞ひとつ残さず焼き尽くしてやるぜ!」
 再装填を終えたザザが再度の銃撃を繰り出すと同時、空高くからジャスパーが一直線の火の筋となって不明の獣に急降下! 着弾とともに小爆発が連鎖するものの、タコじみた触手を何本も生やして四方八方をやたらめったら打ち据える。
 そしてその背後では、一連の戦闘を目の当たりにしていたルネスが虚ろな表情でへたり込んでいた。セゲルが彼女の腕を必死で揺する。
「ルネス、ルネス! 大丈夫か?」
 セゲルに呼ばれ、ルネスはぱくぱくと口を動かす。噛み砕かれ、飛び散った血飛沫が真横まで突き抜けた。開かれた目でそちらを見つめた。千切れた筋線維。腹の底から熱いものが湧き上がり、喉を塞いだ。
「っ……っっっ………っ!」
「ルネス!」
「ルネスちゃん!」
 両手で口を押さえ、体を折るルネス。両目から涙があふれ、歯の根が震え、腹がぎゅっと縮こまる。セゲルとリドリーが寄り添い、呼びかけるが応答は無い!
「不味いな。ストレスが限界まで来たか。俺はそこまで詳しいわけではないが……」
「辛い現実に置かれて、こんな状況に放り込まれたら無理もないわ。無理もない……けど!」
 リドリーの真後ろを巨大触手がSWIP! そちらを一瞬振り向いたリドリーは硬い声音で言った。
「今のままだと、前衛に出るどころかこの場所を守り切る事もままならないものね……!」
「最低でもクマとブリキの兵隊が戻れば……だがどうする……!」
 顔を見合わせるセゲルとリドリー。ルネスは痙攣し、苦しげに咳き込みながらうめく。頭は既に真っ白で、何も考えられない状態。吐き気を抑え込むので精一杯!
 胸を焦燥にあぶられたぬいぐるみ二体が、ルネスに呼びかけようとしたその時。地面が砕け、ルネスの左右に開かれたワニめいた口が突き出した!
「SHHHHHHHHHHHH!」
 獣躯卿と対峙していた六人が一斉にルネスの方へ向き直る。正体不明・理解不能の獣のアギトが地面を伝ってルネスに牙を剥いたのだ!
「つか、まえ、た」
 肉塊の奥から、獣躯卿本体の舌なめずりをするような声がし、ルネスを挟む牙が動いた。
 ルネスは僅かに顔を上げ、自分を咀嚼せんとする牙を見つめる。時間の流れが一気に鈍化し、びっしりと牙の生えた何かが迫りくる。視界を埋め尽くしたそれを為すすべなく眺めるルネスの体の耳に、火華流の声が飛び込んだ。
「ルネスちゃんっ!」
 ルネスの体が浮き上がり、アギトの範囲から突き飛ばされた。地面を転がったルネスが身を起こすと、閉じられるアギトの間に挟まる火華流。彼女はルネスを見返し、屈託のない笑みを浮かべた。
「良かった。間に合った……」
「え……?」
 そして時は加速する! 閉ざされた口が地面に引っ込み、後には穴の空いた地面だけが残された。尻餅をついたルネスはその光景を虚無的な表情で眺め――――喉の奥から震えた声を絞り出す。
「え、あ、あ、あ…………」
「むう、不味い! ルネス、おいルネス! 気を確かに持て! ルネス!」
 ルネスの頭の奥で何かが砕け散った。決壊したダムじみて様々な記憶が噴き出してくる。見えない誰か。布団の中で聞いた声。じゃれ合うぬいぐるみ。差し入れ。扉の外で自分を守ってくれる影。火華流が笑い、食べられた。
 ルネスは頭を抱え、悲鳴を上げた。
「あああああ、ああああああああああああっ! うわああああああああああああああああああっ!」
 BFOOOOOOM! ルネスを中心として分厚い陽炎が戦場中に広がった。ペトニアロトゥシカ、フォーネリアス、透の表皮がフェルト生地に変化し始め、動きがどんどん鈍くなっていく。
 無限脱皮を繰り返して玩具化をすんでのところで回避しながら触手で猛攻!
「ヌゥッ、これは……!」
「ルネスサン!? くそっ!」
 表皮を布地に変えられたフォーネリアスと透の背丈が縮小していく。同じく超巨大ぬいぐるみになりかけたペトニアロトゥシカは、力を振り絞って高速脱皮しながらルネスを狙う触手を両脇に抱え込んで押しとどめる!
「あ、やばっ……」
 ガクンとペトニアロトゥシカが体勢を崩し、縮みかける体が押され始めた。セゲルはルネスに呼びかけるが、慟哭にかき消されて声が届かぬ!
 小ぶりなぬいぐるみと化した透とフォーネリアスがバタバタともがく。ザザがガトリングガンを乱射し、ジャスパーが激突と爆破を繰り返すが獣躯卿は幾度となく脱皮しながらルネスへ食指を伸ばそうとする。
(このままではッ…………!)
 セゲルが内心で歯噛みをする。その隣で、リドリーが小さく息を吸った。
「In My Sweet……Cradle,Embrace you―――――――…………」
 透明な歌声が沁み渡り、ルネスの悲鳴に優しく被さる。
「あ……」
 ルネスがぼんやりと声を零した。リドリーは彼女の膝に手を当てて、歌う。
 草原に吹く微風めいて響く歌がルネスの胸にそよぎ、壊れかけた心を包み込む。無軌道な蜃気楼の拡張は止まり、凪いだ水面めいて風景がゆらゆらと揺れた。
 ぽろぽろと涙を流しながら、ルネスはリドリーを見下ろす。リドリーはつぶらな瞳で、彼女の目を見返した。
「大丈夫、落ち着いて。どんな怖いことがあっても、私達が守ってあげる。私達はルネスちゃんを守る仲間で、友達で、騎士だから……なんて今の私が言っても頼りないかな」
 ルネスが何事か言おうとして、口を動かす。言葉は出てこず、言いたいこともまとまる前に霧のように薄れてしまう。自分から見えない何かが噴き出していく感覚が、ルネスから思考と力を吸い上げる。水に溶けて消えていくような感覚。
 セゲルはリドリーにならい、少女の膝に手を当てる。
「ルネス。俺がさっき言ったことは覚えているな? お願いごとだ」
「おねがい……」
 うわごとのように呟くルネスの目をじっと見て、セゲルは力強く頷いた。
「ああ。俺はなんでも叶えてやれる。お前の願望のためならば、いかなることでも成し遂げられる。さあ、言ってみろ。お前の願いは、なんだ」
「あー、あたしからもひとついい?」
 力いっぱい触手を阻みながら、ペトニアロトゥシカ。
「あたしみたいになれとは言わないけど、理不尽や恐怖には耐えるより立ち向かった方がいいよ。その為の力は、キミはもう持ってるしね」
 ぼんやりと、靄のかかったような頭に解像度の低い記憶がフラッシュバックした。不安に押し潰されそうだった心にかけられた言葉。口に広がる、優しい味わい。柔らかなぬくもり。曖昧なそれらが脳裏をよぎった瞬間、ルネスは頭のてっぺんまで総毛立った。
 薄れていく自分を呼ぶ声が聞こえた。力強く、暖かな励ましの言葉を聞いた。視界を真っ白に染める霧の向こうに、誰かの笑顔が見えた気がした。
「……い、いや……」
 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ルネスは言った。
 少女は吐き出すようにして叫ぶ!
「いや、しにたくない……! ともだちと、いっしょにいさせて――――――――――っ!」
 ルネスは自分の肩をぎゅっと抱きしめた直後、ルネスを中心として透明な嵐が渦巻いた! 拡散した蜃気楼が巻き取られていき、小さな体に吸い込まれていく。獣躯卿が咆哮した。
「ARRRRRRRRRRRGH!」
 触手に力を込めてペトニアロトゥシカを真後ろに投げ出し、先端に捕食口を備えた触手をルネスへと伸ばす! ルネスは二の腕に爪を立て、体を丸めて力の逆流に耐え忍ぶ。いくつもの触手が彼女を食いちぎろうとした、その寸前!
「よくやった」
 BLOWWWW! タワーシールドのひと振りがルネスを襲う触手を薙ぎ払った!
 虚脱し、横倒しになりかけるルネスを元の姿に戻ったリドリーが優しく抱きとめる。リドリーはルネスの肩を抱き、頭を撫でた。
「頑張ったわね、ルネスちゃん」
「あ、う……?」
 朦朧とする意識の中、ルネスはリドリーは見上げ、続いて前に目を向けた。自分に背を向けて立ちふさがる、大柄な影。タワーシールドと突撃槍を構え、蒼い鱗を備えたそれは――――。
「トカゲさん……?」
「トカゲじゃない。ドラゴンだ」
 言い返したセゲルが槍の穂先を獣躯卿に突きつけ、翼を広げて飛び出した! 同時にリドリーはルネスを横抱きにして立ち上がる。そして大きく息を吸い込み、歌い始めた。
「La―――――――――!」
 リドリーの胸元で真紅のブローチが輝き、彼女の歌声を増幅させる。うっすら紅色の燐光をまとい突撃するセゲルに、獣躯卿は六本足を生やして起立! 肉塊から生やした複数の触手を束ね、一本に融合させて振り下ろした!
「GYAAAAAAAAAAARGH!」
「ふんッ!」
 セゲルが大盾を掲げ、SMASH! 触手の一撃に耐え、真っ向から跳ね返して突撃槍で刺突を繰り出す! 突撃槍は蒼と紅の螺旋光を発射し、触手を貫通! 半ばから断ち切った。獣躯卿はさらに膨張しながらウニめいて全身からトゲ生やす!
「ARRRRRRRRRRRGH!」
 山の如き巨体が風船のように膨らんだ瞬間、肉塊の内側から大きなハサミの刃が突き出した! 裂け目を内側から押し広げて現れたのは、先ほど捕食された火華流!
「悪い獣は鋏で腹を切り裂かれる……って話、知らなかったかなぁ~……?」
 メリメリと肉をかき分ける火華流の体中に、かぎ爪の生えた触手が無数に食らいつく。自身を腹の中に引き戻さんとする力に抗う火華流。肌を引き裂かれ、肉を抉られ、それでも脱しようとする彼女のハサミにフックロープが巻き付いた。ロープの先にはフォーネリアス!
「しっかり捕まっていろ、火華流=サン! イヤーッ!」
 フックロープを思い切り引き、フォーネリアスは火華流を救出! 開かれた傷口には牙が生え、すぐさま唾液をほとばしらせ捕食口に変化する。
「UGYAAAAAAAAAAAAARGH!」
 捕食口が呼気を吸い込み、体を風船めいて膨らます。全体から生えたトゲが筋力で放たれる寸前、ドラムロールじみた銃声が鳴り響いた。薙ぎ払うようにばらまかれた弾幕がトゲを片っ端から打ち砕く! 元の姿に戻ったザザはガトリングを乱射しながら獣躯卿の周囲を疾走旋回!
「ハハハハハハ! やっぱコイツはこうじゃねえとな! ようやく本調子だぜ、バラライカ! 派手にぶちかませ!」
 BRRRRRRRRRRR! 黒い弾丸を矢次早に叩き込み、トゲを破壊しながら肉を穿っていくザザ。トゲの間から何本も伸びた腕が彼を狙うが、間に割り込むように生えた木が触手を片っ端からガード! トーンを少し落としたリドリーの歌に合わせ、大樹が獣躯卿を取り込む!
 360度を樹木が囲うと同時、ザザはバク宙して距離を取る。
「テメェみたいな奴を野放しにしない為のモンだ、逃がしゃしねェ!」
 ザザが指を打ち鳴らすと同時、肉塊に刻まれた無数の弾痕から鎖が飛び出した! 肉塊の表面を這いまわり、雁字搦めにする黒鉄の縛鎖。締め付けを弾き砕かんとさらなる肥大化を開始する不明の獣を余所に、ザザは頭上に向かって叫んだ!
「ジャスパー、イカした炎で派手にヤれ!」
「っしゃ、その技を待ってたぜザザ!」
 上空に翼を広げる悪魔めいた影! 同じくテディベア姿を脱却したジャスパーが暗黒色の炎をまとい、大型の火球へと変貌。そのまま隕石めいて落下していく! フォーネリアスはリドリーを見返った。
「リドリー=サン!」
「Across,into the forest now……!」
 リドリーがフォーネリアスの足元に手をかざすと、そこから勢いよく生えた樹木が鎧の足裏をビリヤードめいて押し出す! 跳躍したフォーネリアスは赤々と燃える大剣を掲げ、縦に裂けた肉塊の捕食口へジェスパーと共にダイビング!
「Dancin' to the jailhouse rock♪ ステップ踏めよ、イカしたダンスを教えてやる。熱い抱擁で燃やし尽くしてやるぜ!」
「イヤーッ!」
 赤黒い炎が二つ肉塊の口へと飛び込み、直後! ザザの零距離射撃を流し込まれた肉塊は、表面を赤橙色に染め上げた肉の塊が大きく膨らんで、KRA-TOOOOOOM! 大爆轟を引き起こして四散した。燃え上がる炎から後ろ向きに跳び出したのは、本来の獣人形態に逆戻りした獣躯卿。
 刹那、炎を突き破ったセゲルが突撃槍を振りかぶって獣躯卿に飛びかかる! 蒼色に光る槍が巨大化した。
「義を見てせざるは勇無きなり。巨城をも穿つ一撃、受けてみろッ!」
 振りかぶった槍を投擲! 塔ほどの大きさとなった槍の穂先が迫る中、獣躯卿は深いそうに舌打ちした。その体が小麦色の体毛に覆われ、即座に肥大! 巨躯の四肢に変身した獣躯卿は頭のひと振りで槍を打ち払う!
「GRRRRRR!」
 唸り声を上げた獅子がセゲルにロケット頭突きをかます。ドラゴンの重装騎士をふっ飛ばした前足が地に降り立つ寸前、滑り込んだ透が地面に手を突き大型トラバサミを召喚! トラップを踏んだ四肢の前脚を鋼の牙が挟み込む!
「GRAAAAAAARGH!」
「大人しくしてろってのッ!」
 叫んだ透は投げ縄を振り回し、獅子の頭めがけて投げつける! 鼻面とタテガミを潜った縄のリングは瞬時に縮み、獅子の首を締め上げた! 激しく苦悶し首を振って荒れ狂う神獣を、透は前後反転から縄を肩に担ぐようにして引っ張り抑え込まんとす!
「くおおおおおおッ! 火華流サンッ!」
 透の合図を聞き、火華流は全身から流れる血にも構わず走り出した。バックパック、鉄パイプ、ハサミを投げ捨て、靴裏から飛び出したローラーを使って一気に加速! 神の獅子ネメアに真正面から挑む彼女の背中に、リドリーは片手を伸ばした。走り幅跳びめいて屈む火華流を、真下から伸びた木が跳ね上げる!
 虚空に跳び出した火華流は虚空でトリプルアクセルを決め、ネメアの首筋めがけて飛び蹴り!
「おりゃあああああああッ!」
 SMAAASH! 流星じみた蹴りが突き刺さり、獅子が絶叫! 前足を捕らえたトラバサミを引き抜き、そのまま透を薙ぎ払って走り出す。その前を塞ぐペトニアロトゥシカ! 喉笛に噛みかかる獅子の胴をつかんで捕らえ、足を踏ん張る!
「そ、れッ!」
 渾身の力で獅子を地面に叩き伏せる! そこへフォーネリアスのフックロープが伸び、ネメアの首を縛り上げた。フォーネリアスはフックロープの巻き上げ機構を用いて砲弾の如く急接近! 剣から盾へと持ち替え、獅子のうなじにシールドバッシュ! 反動で跳び下がりながら四肢を突きつけ、パイルを四本射出した。立て続けに弱点を射抜かれネメアは絶叫!
「ARRRRRRRRRRRGH!」
「どうした。俳句でも詠むか? 実際詠む暇など与えぬがな! イヤーッ!」
 再度の巻き上げ砲弾キックが首筋に直撃! 跳ね起きたネメアはバク宙を決めてフォーネリアスを振り回し、前足で地面に叩きつける。直後、顎下に滑り込んだセゲルが喉笛を槍で突いた! 呻き声をあげ跳ね上げられる獅子の頭を、ペトニアロトゥシカの大きな両手がガシリとつかんだ。
「弱点わかってる分、さっきよりも与しやすよアンタ。あともっかい言うけど、今日は閉店だ!」
 ペトニアロトゥシカはネメアの首に腕を回してグラップリング! 首骨を引き千切る勢いで締め上げられ、獅子は断末魔の悲鳴を上げる。首がギシギシと軋み、露わになった獅子の腹に縦一直線の割れ目が入った。奥の闇から覗く無数の目! 即座にザザがそちらへ走る!
「幕引きの時間だ! ラストオーダーは過ぎました。新たなお客さんはお帰りくださいっ、てな!」
 ガトリングを構え、BRRRRRRRRR! 容赦無き銃撃が獅子の腹、その奥に蠢く者たちに雨あられと突き刺さる! 悲鳴を上げ、それでも獅子のはらわたをかき分けて生まれようとする異形ども。だがそこへ白い糸がネメアの周りを舞い、腹をグルグル巻きにして強制閉門。両手に糸を吐くクモを乗せた透は、傷ついた頬に笑みを浮かべる。
「ところでさ、火華流サン。アタシも知ってるぜ。女の子を騙して食おうとする悪い狼が、最後には腹を割かれて石を詰め込まれ、井戸に沈められて退治されるって話。……ま、アイツの腹に詰まってるのは石なんて生易しいモンじゃなさそうだが、それでも沈めてやる」
「うんっ! ルネスちゃんのためにもっ!」
 リドリーの歌声が重なり、大地から生えたツルが獅子の腹を閉ざす。首を決められ、徐々に動きを鈍くしていく獅子に絶え間なく撃ち込まれる銃弾。そこへ全力疾走した火華流が飛び膝蹴りを繰り出し、セゲルが巨大な槍を振りかぶって投擲!
 喉笛に槍と打撃を食らった獅子の首が千切れ、シャンパンめいて鮮血が噴き出す。首と頭部の間から現れたのは体を上下に千切られた獣躯卿! 燃える大剣を振り上げたフォーネリアスと魔炎化したジャスパーが無防備となった兎獣人に突撃し、二色の爆炎で飲み込んだ!
「サヨナラ……!」
 声が響いた一瞬後、獣躯卿とネメアは同時に爆発四散!
 吹き荒ぶ熱い突風を受けながら、透は帽子を目深に下げた。横目でリドリーに抱かれて眠るルネスを見、小さく呟く。
「……その話の最後はね。女の子も助かって家に帰りメデタシメデタシなんだ。だからルネスサンだって助かるさ。こんな所に居たくないだろ? 狼の腹なんざ此方から飛び出してやろうよ」
 爆風が過ぎ去り、ふわりと揺れた風がルネスの髪をなびかせる。
 疲れ切った少女の目蓋にうっすらと涙がにじんで流れた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年10月11日


挿絵イラスト