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冬葦原

#UDCアース

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#UDCアース


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 少年は冬の葦原へと向かう。
 灰色の雲の下、そこに救いがあると信じて歩いていく。
 七度目の旅だった。少年は懐に小指の骨を抱えていた。
 彼の骨ではない。母親の骨だ。蘇るのだという。
 朔の夜ごとに一つ。
 死者の骨を合わせて七つ捧げれば、愛しい人が黄泉より還る。
 名も知れぬ異界の神が、その願いを叶えてくれるそうだ。
 だから少年は、葦原の彼方へと向かう。
 歌声を夕風に乗せながら。
 かつて母と共に歌った唄を、唯一の友として。

 そのグリモア猟兵は手中に浮かべたグリモアから読み取った光景を居並ぶ猟兵たちに伝えたあと、こう続けた。
「助けてあげて。彼は事故で亡くなった母親を、邪神信奉者の儀式で蘇らせようとしている。でも、それは叶わない願いだわ。儀式が終われば、彼は信奉者たちに殺されてしまう。彼の命を邪神に捧げることが信奉者の本当の狙いなの」
 結い上げた赤毛に、魚鱗を思わす赤いドレス。華やかな見た目はともすれば浮ついた印象を見る者に与えるが、その表情に軽薄さは微塵も感じられない。グリモア猟兵は名を一色・錦と言った。
「場所はUDCアースにある日本という国。その中でも、だいぶ寒さの厳しい地域ね。まずは儀式の場へ向かう前の男の子に接触して、協力を取り付けてちょうだい。邪神復活の儀式が行われている場所を知っているのは、あたしが知る限りではこの男の子しかいないの。彼の案内がなければ、信奉者と接触することすら出来ないわ。ただ……」
 そこで言葉を区切った錦は、顎を指で弄りながら思案する。グリモアで得た情報を整理しているというよりは、もっと感情的なことで言葉を選んでいる様相だった。
「その男の子は、誰にも心を開こうとしない。唯一の家族だった母親が事故で亡くなったあとは、親戚の間をたらい回しにされながら生活してきたみたい。いま身を寄せている家にも、決して温かく迎え入れられたわけじゃないようね。誰からも愛されることのない寂しさ、理不尽で残酷な世の中への怒り、誰も救いの手を差し伸べてくれない失望……そんな負の感情が、男の子の心を凍えさせているのよ。本当は、歌うことが大好きな優しい男の子だというのに」
 協力を取り付けてもらう方法は、みんなに任せると錦は言った。
 親身になって信頼を得るのもいいだろう。ウソをついて騙すのもいいだろう。どのような形で協力を得るにせよ、邪神を滅ぼすことが第一なのだ。
「……でも、これ以上彼の心を傷つけるようなことは避けて欲しいわ。これは、あたしのワガママ」
 そう言って、錦はイタズラっ子のようなおどけた笑顔を浮かべた。そのうしろで、グリモアベースに映し出された景色が、見知らぬ土地の光景に移ろいで行く。
 錆びた工場だらけの田舎町と、郊外一面に広がる葦の湿原。まるでこの世の果てに取り残されたかのような、寂しい光景だった。
「男の子は、まだ町にいる。特に聞き込み調査をしなくても、見つけることは難しくないわ。今から向かえば現地の時刻は朝方かしら。夕方ごろには儀式の場に向かうでしょうから、それまでに案内をお願いできるくらいの信用を勝ち得てね」
 みんなの猟兵魂を信じているわ。錦はそう告げて、猟兵達を遥か遠くの世界へと導いた。


扇谷きいち
 こんにちは、扇谷きいちです。

●補足1
 第一章ではキーマンである少年の協力を取り付けてもらいます。
 協力を取り付けずに尾行しても儀式の場所までたどり着けますが、もし途中で気が付かれた場合はその時点で依頼失敗となります。オススメしません。

●補足2
 少年の名前はジュン。
 年齢は十二歳。音楽が大好きな普通の男の子です。

 同じ町にジュンが身を寄せている家や学校もあります。
 彼についての情報収集も可能です。

●補足3
 第一章の時間帯は朝~夕方。
 天候は曇り。
 時刻と天候による有利・不利は存在しません。
 種族や格好や武器所持での不利判定も存在しません。

 以上、皆様の健闘をお祈りしております。
 よろしくお願いいたします。
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第1章 冒険 『閉じた心』

POW   :    根気よく話しかける、身の上話をする

SPD   :    個人情報を入手する、家族など関係者に近づく

WIZ   :    取引をする、嘘を話す、真実を話す

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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

月隠・望月
男の子に話しかけて、儀式の場所まで案内、してもらう

「ねえ、きみ。死んだヒトをよみがえらせる方法、知ってる?」
怪しまれるかも、ね。でも、根気強く話しかける
「死んだヒトを生き返らせる方法がある、と聞いた。けど詳しいやり方が、わからない。ので、知ってたら教えて、欲しい」
きみの邪魔はしない、から心配しないで。とも、伝えよう
ほんとうは儀式を止めないといけない、けどそれは、内緒
信用が得られないようなら、わたしの母――かあさまの話をする
「わたしの、かあさまは……わたしを産んで、死んで、しまった。……儀式のこと、知りたい」
かあさまを生き返らせたくはない、けどね。かあさまをオブリビオンにはしたくない、から


鴇沢・哉太
ジュンに穏やかな物腰で尋ねる
異界の神様のことで聞きたいことがあるんだ
急に話しかけてごめんと詫びを入れ

…骨じゃないんだけど大丈夫だと思う?
今回初めて向かうから少し不安でさ
そう告げながら掌中のUSBメモリを示す

彼女は俺と同じバーチャルキャラクターだから
物質としての骨は存在しない
でも可能性があるならと思って
スクショやボイスログをかき集めてきたんだ

何度も諦めようと、忘れようと思った
けど
もう一度俺の歌を聞いて欲しい
そして笑いかけて欲しいって
どうしても希望を捨てられなかった

控えめに丁寧に
もし叶うなら一緒に向かっていいかなと申し出る


…っていうことにしておこう
望まれる姿を演じるのは慣れている
皮肉なことにね


神埜・常盤
僕は見ての通り胡散臭い人間だからねェ
ジュン少年の周囲で聞き込みを行うよ
探偵として情報収集の手腕を発揮しようか

身嗜みを立派に整え、礼儀作法も活用して
彼が身を寄せる家に接触を図ろう

取り敢えずはスクールカウンセラーの
自宅訪問という名目で接触を
怪しまれたり学校に裏を取られそうなら
手荒だが催眠術で信じ込ませたく

彼が普段何をして何に関心を寄せるか
また心を解せるようなことがあるかなど
信用を得るための足掛かりに成りそうな事を
中心に聞き込んで行こうかね

集めた情報は邪神討伐の為に使うが
彼が少しでも生き易くなるように
後々活かせたら良いなァ
居場所が無いのは寂しい事だと
己の生い立ちに想い馳せつつ
勿論情報は猟兵達に共有を


立花・乖梨
【SPD・WIZ中心】
まずは彼周辺の調査をしましょう。
彼が何故そこまで母親を蘇らせようとしてるのか。彼の性格や、普段の行動を友人や今の御家族さんから聞いておきましょう。

…分かります、なんて烏滸がましい事は言いません。
私は、生まれた故郷も、家族も分からないので。君の――ジュン君がどれだけの悲しみを。喪失を…絶望を感じてるのか、分かんないです。
私を信用する必要はありません。
けれど、良かったら。
私に、その絶望を覆す手伝いをさせて貰えないでしょうか。
1人よりも、2人。2人よりも多くの。
貴方の味方は、居たら心強くないでしょうか?


ユハナ・ハルヴァリ
街に入って、ジュンについては聞き回らない
助けた後に、街の人と気まずくなったら、嫌だから

彼を見つけたら
少し離れた場所で、歌をうたおう
何が良いかな
朝の光みたいな、優しい歌にしよう
傷付ける為じゃなくて
君の窓を優しくノックするように
僕も歌が好きだし、
歌と魔法だけがよすが
彼が興味を少しでも持ってくれたら
ねえ、一緒に歌わない?
なんて、声をかけてみよう
僕が知らない歌を教えてくれたらいいな
覚えて一緒に歌うから

暫く歌った後に
本当のこと、話すよ
君の命をね、奪おうとしているんだよ、ほんとうは
僕はそんなの、やだな
あのね、もっと一緒に歌いたいし
僕の知らないこと教えてほしい

ねえ、君を、助けさせて
一度だけでいいから


クレム・クラウベル
【WIZ】
ルト/イェルクロルト(f00036)と
予知に居合わせたのも巡り合わせだ、諦めろ

素直に事実を話し案内へ繋げる
人当たりは己も不得手
愛想良く…は難しいが、接する際は険しい顔避け
威圧しないよう姿勢も低く

単刀直入に言うと、死者は蘇らない
何をしても…どれほど、祈っても
けど自分でも薄々は気付いているのじゃないか

形あるものもないものも
遺ったものは、亡き人との大切な繋がりだ
…それは簡単に手放してはいけない
例えもう会えなくとも
想いはそこに在り続けるのだから

何よりお前の身に何かあったのでは
きっと母親も穏やかに眠れない
喪失の痛みは知っている。…空虚も
だからすぐに受け止めなくて構わない
少しずつ向き合えば良い


イェルクロルト・レイン
POW
クレム(f03413)と
ったく、なんでおれが…

第一印象が大事とかいうが、それはクレムが得意だろ
擦れたヤツが話しかけるもんじゃない
ガキがどうなろうが知ったこっちゃないが
お人好しのこいつにケアは任せる
絆すのはこいつの仕事だ
話は聞いておく

別に、言いたかないならそれでもいいけど
アンタ、自分の母親いいように使われるンだぜ
おれは昔なんて分からないから
母親なんてモンも知らないが、大事なヒトなんだろ
あいつら、おまえの拠り所を壊そうとしてんだ
愛ってのは時にヒトを狂わせる

おまえがその手に持ってるもんがまた戻ってくるなら
不幸なんてない世の中なんだよ、このクソみてえな世界はな
逃げんな、悲しくとも世界は止まらない


赤月・夏海
ジュン君の気持ちを聞いてあげる。
また人を期待出来るように。

【POW】
「ねぇ、君ひとり?学校は?お父さんやお母さんは?」
「いい天気だね。」
優しく笑顔で反応しそうな言葉を返事があるまで、根気よく話しかけよう。

反応があったら聞くんだジュン君の事。
でも、すぐに心を開いてくれないよね。
オトナの嫌な面を見続けてきたんだから。

寂しくて悲しくて、期待が消えちゃった?
お母さんがいたらって気持ちが大きくなっちゃった?
聞きたいな。
ジュン君の愚痴や好きなコト、ホントの気持ち。

話してくれたら別れ際に言うんだ。
「話してくれてありがとう。わたしは君を信用してるよ。大丈夫、君は一人じゃないから。何かあったら力になるから。」




 何十年も前からこの町は時代から取り残されているのだろう。セピアに沈む町のなか、風に吹かれて揺れるホーロー看板の軋む音に耳を傾けながら、神埜・常盤は白い息の塊をそっと吐き出した。
 くたびれた団地にある一室の呼び鈴を三度押してから、二十秒。明らかに不機嫌そうな返事のあと、チェーンを掛けたままのドアがわずかばかり開いた。顔を覗かせたのは四十半ばと思しき中年の女だった。
「お忙しいなかお時間を割いていただき誠にありがとうございます。私、先ほどお電話をさせていただきました○○小学校のスクールカウンセラー、神埜・常盤と申します」
 常盤はシワひとつないスーツの胸元に片手を添えて、応対した女に会釈をする。彼は自分のことを胡乱げな人間だと自己評価していたが、身だしなみと礼儀を整えた今の彼を見て、不審者だと断ずる人間はいないだろう。
 もしいるとすれば、常盤が身に備えた陰陽の霊気を嗅ぎつけられる猟兵か、邪神くらいか。少なくとも、ジュンの保護者である眼前の女は、彼のことを学校関係者だと思いこんでいる様子だ。
 もっとも、ドアチェーンを掛けたまま応対している部分に、ジュンが身を寄せる家庭の姿が浮かび上がってくるようだった。常盤が問うソレらしい質問に、女はぶっきらぼうな声音で答えていく。
「ふむ、ジュン君は家庭でもほとんど会話をすることがない、と。一人きりのときに、唄を歌っている姿をよく見かける……なるほどねェ」
 家庭訪問の最中、女は常盤の質問に答えるよりもジュンに対する身勝手な愚痴や不満を口にする時間のほうが長かった。もしかしたら、虐待やネグレクトが行われている可能性も捨てられない。常盤はジュンが抱いているであろう孤独の深さを、この短い会話のなかで察する。
 訪問を終えて団地を後にした常盤は、ひとけの乏しい町中を歩きながら、曇天を仰いだ。
「いやだね、こいつは他人事とは言い切れないかァ。少しでも生き易くしてやれれば、いいんだけどねェ」
 自身の古い記憶が、寝ぼけた灰色の空の下で蘇ってくる気配がした。常盤はそれを打ち消すようにかぶりを振ると、この錆びた町を訪れた仲間たちの元へと歩いていく。
 やはり、ジュンが心の拠り所としているのは歌だ。彼の信頼を得るにも、孤独を癒やすにも、それが鍵となることを常盤は確信していた。
 一方、当事者であるジュンはすぐに見つかった。町を横断して葦原へと繋がっている河原に、彼はいた。
 常盤から聞いた話通り、というのが赤月・夏海のジュンに対する第一印象だった。線は細く、少年へと至る成長の階段を登る途中の曖昧な年頃。なるほど、歌をうたっている。声変わりはまだのようだ。綺麗な声だった。
「上手い上手い」
 ジュンが歌い終わるのを待ってから、夏海は幾らか距離を置いた場所から小さく拍手をする。憂鬱な曇り空の下、彼女の笑顔はその名の通り夏の海のように眩いものだった。
「……だれ?」
「わたしは夏海。旅行者みたいなものかな。ねぇ、君ひとり?」
 声をかけられたことで、そのまま立ち去ることも憚られたのか、ジュンは横目で夏海のことを警戒しながらもその場に留まった。
 よく見れば、少しばかり頬が赤い。歌声を褒められたことが嬉しかったのかも知れない。もしくは、年上の女の子に話しかけられて、緊張をしているのだろうか。
 夏海の問いかけに、ジュンは「友達がつかまらなかったから、今は独り」と答えた。
「ふうん、そうなんだ。でも、今は学校は冬休みだよね。お父さんやお母さんと、お出かけとかしないのかな?」
「……しないよ、そんなこと。母さんは二年前に死んじゃったし」
 笑顔で接する夏海だったが、先程の歌声とは打って変わって沈んだ声音で返された言葉に、しばし沈黙を挟まざるを得ない。
 負の面にせよ正の面にせよ、ジュンが抱く本当の気持ちを知るためには、触れるだけで傷つく錆びた心の扉に手を伸ばさねばならなかった。夏海はあえて「気が利かなくてごめんね! つらいこと思い出させちゃったかな」と努めて明るい調子で応えた。
「もう二年以上も前のことだもん、平気だよ。寂しくないわけじゃ、ないけれど」
「うん、そっか。君は強いんだね。わたしだったら、そうはなれないかも」
「別に、強くなんかない……」
 何事か言おうとして、けれど口をつぐんだジュンの顔を夏海は覗き込む。驚いた少年がそっぽを向けば、さらに回り込んで顔を覗き込む。そんな追いかけっこをしているうちに、ジュンはとうとう顔を真っ赤にしながら声をあげた。
「な、なに? ほっといてよ!」
「ふふふ、小声になってたからさ。さっき歌っていたみたいに大きな声、出してこ。よかったらお姉さんが愚痴でもなんでも聞いちゃうよ」
「そんなの、必要ないし……!」
 夏海の砕けた態度に幾らか心が和んだのだろう。母親の話こそしなかったが、ジュンは河原を歩きながら身の回りの話をポツポツと夏海に語ってくれた。語られた言葉はオブラートに包まれていたが、それでも彼が置かれた状況を思えば、夏海は同情に胸を痛めることを禁じ得なかった。
 小一時間ほどおしゃべりをした後、別れ際に夏海はジュンの背中にこう声をかけた。
「話してくれてありがとう。なにかあったら、わたしが力になるよ。だいじょうぶ、君は独りなんかじゃないから」
「ありがとう、夏海さん」
 手を振って去っていくジュンの背中が見えなくなるまで、夏海はその場で見送るのだった。
 夏海がジュンに接触してから、幾らか時が経った。独りぼっちの少年は、だれもいないうら寂しい場所を選んで歩いているようだ。
 シャッターばかりが目立つ町の商店街にて、二人の猟兵がジュンに声をかけた。
 鴇沢・哉太と月隠・望月である。往くあてもなく冷たい町を歩くジュンに、哉太は「やあ」と柔らかな口調で挨拶をした。
 こちらが足を止めれば、ジュンも足を止める。他人を避けてはいるが、拒絶はしない。そこに彼の複雑な心境が透けて見える。少年がこちらへ十分に意識を向けるのを待ってから、哉太は切り出した。
「急に話しかけてごめんね。俺たち、ある目的があってこの町に来たんだ。いや、正確には葦原に……なんだけど」
 葦原。その一言を耳にしてジュンは哉太たちの訪問の意図と、自分に声をかけた意味を察したらしい。少年の他にも儀式に参加する一般人がいるのだろう。驚いたが、意外ではない。そんな反応だった。
 ならば、と望月は単刀直入に話を進めていく。
「死んだヒトを生き返らせる方法がある、と聞いた」
 自分たちは儀式に参加するために遠路はるばるこの町にやってきた。けれど、詳しい方法はまだ知らず、途方にくれている――という具合に。
「わたしと、同じ境遇の男の子がいるって、耳に挟んでいた。だから、きみに声をかけた」
 望月の言葉に、ジュンは伏せ気味だった顔を上げる。
 自分と同じ境遇。すなわち、亡くした母の黄泉還りを求めるということ。
 少年の瞳を望月はまっすぐに見つめ返す。本当は儀式を止めるために声をかけたことを思えば、少年の純朴な視線はかすかな罪悪感となって、胸にちくりと刺さった。
 ジュンの視線は、望月から哉太へと移る。哉太は話を続ける前に「立ち話もなんだから」と、道沿いにあった駄菓子屋の軒先のベンチに誘う。残念ながら、傍らの自販機は壊れて動かなかった。
「俺が求めているのは母親じゃなくて、想い人でね。遺骨はないから、大切な思い出の品を持ってきたんだ。これで大丈夫なのか、少し不安はあるのだけど」
「……捧げ物は生き返らせたい人に近ければ近いほど良いって聞いてる。一番は遺骨や遺髪らしいけど……」
 哉太が手に乗せたUSBメモリに視線を落としながら、ジュンは答えた。
 まるで恋人の髪を梳くように、優しい指先で哉太はメモリを撫でる。
「それなら良かった。ここに入っているものが彼女の全てだから。姿も、声も、感情も。……忘れられなくてね。諦めることすらできなかった」
 どこか遠くを見つめながら、哉太は自嘲する。もう一度だけ、彼女に俺の歌を聞いて欲しい。その一言に、ジュンは「うん」と小さな同意をした。哉太の言葉と思いは、少年が胸に抱くそれと近いものなのかもしれない。
 ジュンは「僕の母さんも、僕が歌をうたうとすごく喜んでくれた」と、言葉少なに語る。少年にとって、その思い出は何よりも幸せな時間だったのだろう。暗く沈みがちだった表情が、母との思い出を語る間だけはわずかに和らいでいた。
「少し、羨ましい。わたしの、かあさまは……わたしを産んで、死んで、しまった。歌を聞かせてあげることができたら、どんな顔をしてくれるのか、それすらも、わからなかったから」
 望月は首巻きに口元を隠したまま、そっと吐息をつく。怪しまれぬ限りは己の話をするつもりはなかったが、つい言葉が口から零れてしまったのはなにゆえなのか、彼女自身にもわからずにいた。
「儀式の場まで、案内して欲しい」
「叶うなら、一緒に」
 望月と哉太は、それぞれの胸中に複雑なものを抱きながらジュンに願う。少年はしばらく逡巡した後で、頷きを返した。その気持ちが僕にもわかるから、という言葉と共に。
 夕方までには時間があるため、のちに合流する約束をしてから望月と哉太はジュンと別れた。道の向こうへと遠ざかっていくその背を見つめながら、哉太はUSBメモリをポケットにしまう。
「さっきの話、ほんとう?」
「どうかな。大切なのは俺たちの真実じゃなくて、ジュンにとっての真実だ。望月は?」
「……わたしは、ウソをついた」
 望月は母親を生き返らせたいなどと思ってはいない。大切な人を骸の海で汚れた手に触れさせることなど、できようはずもない。
 いずれ、ジュンは真実を告げられるだろう。死者は蘇らず、現実よりなお残酷な邪悪と向き合う時が来る。
「最後まで寄り添ってやろう。ジュンの望む姿のままで」
 哉太は己に言い聞かせるようにつぶやくと、手の中のメモリを強く握りしめた。

 やがて太陽が空の彼方へと下りつつある時刻、町の片隅に柔らかな歌声が響いた。
 葦原に向かって途切れた舗装道に設置された、『このさき通行止め』と書かれた単管バリケードに腰掛けたユハナ・ハルヴァリは、町の外に広がる一面の葦原を見つめながら歌をうたっていた。彼の澄んだ歌声に、共にいる猟兵たちは静かに耳を傾けている。
 歌声に聞き惚れたのか、葦原に向かう途中だったジュンが、ユハナのそばで立ち止まった。その後ろには、望月と哉太の姿もある。
「上手だった。すごく」
「ありがとう。この景色が綺麗だったから、つい、歌いたくなって」
 僕はユハナ。君は?
 彼の問いかけに、ジュンは素直に答えた。猟兵たちのアプローチに、いくらか気持ちが軽くなっているのかもしれない。けれど、孤独に閉ざされた窓がまだ全て開かれていないのは、ユハナにもわかっていた。
「ねえ、一緒に歌わない? きみの知っている歌を教えてよ。一緒に歌ってみたいんだ」
 夕暮れにはまだ少し時間があった。少しだけ迷った素振りを見せたジュンは、同行者の二人が頷いたのをきっかけに、ユハナの隣でバリケードに背中を預けた。
 奏でられた歌は耳馴染みのない童謡だったが、歌をよすがとするユハナにはメロディを掴むのは容易かった。素朴で温かい、陽だまりのような歌声が二つ、夕焼色に輝く葦原を前に響く。
 誰かと一緒に歌うのは、久しぶりだったのだろう。頬をかすかに赤らめたジュンの表情は、明るかった。
 ユハナは胸元を飾る菫色の貴石を指先でなぞったあと、いまだ残っていた迷いを振りほどくように、意を決して口を開く。
「ねえ、君を、助けさせて」
 その言葉に、ジュンが驚きの表情を浮かべる。まったく予想外の言葉だったのだろう。励ましや、お願いの言葉は受けてきた。けれど、助けたいという言葉の意味する所は、すぐには飲み込めない様子だ。
「君の命を奪おうとしている人たちがいるんだ。僕は……ううん、僕たちは、君を助けるためにやってきた」
 ユハナが真実を告げると、ジュンは周りにいる猟兵たちの顔を見遣る。
 それまで遠巻きにやりとりを見守っていたクレム・クラウベルが歩み出る。頭の後ろに手を組んで突っ立っていたイェルクロルト・レインの脇腹を、肘で小突いてから。
「ユハナの言ったことは本当だ。それに、こんなことを告げるのは残酷かもしれないが……死者が蘇るという話も、まやかしに過ぎない」
「……嘘だ」
 告げられた言葉はジュンにとっては受け入れがたいものばかりだった。彼はよろけるようにバリケードから後退ると、唇を噛み締めて爪先に視線を落とす。
 クレムは努めて表情を和らげながら、片膝をついて少年と同じ高さに視線を持っていく。彼は震えるジュンの細い肩に手をそっと置いて、こちらに顔を向けるまで待ったあと、こう続けた。
 このまま儀式を続ければ、全てを失ってしまう。亡き人との大切な繋がりも、幸せな思い出も、なにより、母親が注いでくれた愛情と想いすらも、奪われてしまう――と。
「でも、そんなこと信じたくない! 僕は母さんを生き返らせるって決めたんだ! 母さんがいなくちゃ、僕は、僕はもう……! 生きていくことが……!」
 激しく感情を吐き出すジュンの言葉は、最後のほうは嗚咽混じりとなって聞き取ることができなかった。それまでクレムの後ろで難しい顔をしていたイェルクロルトは、頭をガリガリと掻いたあとで「それでいいのかよ」と口を挟んだ。
「そこのお人好しと違って、俺はアンタがどうなろうと知ったこっちゃねえ。だがよ、生き返らせたいくらい大事な人間なんだろ? そいつを何処の馬の骨ともわからねえカルト野郎に委ねていいのか?」
 ジュンのみならず、場にいる全員の視線がイェルクロルトに集まった。彼はバツが悪そうに少年から顔をそむけると、唇を尖らせながら言葉を続ける。
「俺は母親なんてモンは知らねえ。それがどんだけ大事なモンかもな。だが、少しでもソイツが誰かのいいように使われるとしたら……テメエの拠り所を壊される可能性が少しでもあるんなら、俺だったらそんなモン許したりしねえ」
 乱暴な口調と態度だった。しかし、イェルクロルトの言葉には一切の御為ごかしが無かった。ずっと大人たちの意地汚い面を見続けてきたジュンにとって、それは綺麗に繕われた言葉よりも重く響いたのかもしれない。
 今にも泣き出しそうだった嗚咽は収まり、ジュンは歯を食いしばったまま猟兵たちの言葉に耳を傾ける。
「口は汚いが、ルトの言うことももっともだ。考えてみてくれ。もし俺たちの言葉が真実なら……いや、仮に真実でなくても、例えば儀式に向かう途中でお前の身になにか起きたとしたら、天国にいる母親はどう思う?」
 きっと後悔し、穏やかに眠ることも叶わないだろう。
 誰かを失う痛みはクレムにもわかっていた。胸に空いた穴は埋め難く、心を冷やしていくことも。けれど、託された想いは亡くなったあとも自分のなかで在り続けていくものだ。
 クレムはそれ以上、なにも言葉をかけない。ジュンの肩に手を置いたまま、彼が答えにたどり着くのを待ち続ける。決して独りではないことを、その手の温もりに乗せて。
「……本当は、わかってたんだ。こんなことをしたって、母さんは戻ってこないって。それでも、少しでも可能性があるなら、縋りたかった」
 コートの胸ポケットに骨を忍ばせているのだろう。ジュンは俯いたまま胸元に拳を強く押し当てている。イェルクロルトは、盛大に溜息をつきながらクレムより深く腰を下ろし、ジュンの顔を下から覗き込む。
「このクソみてえな世界には、おまえが喪ったものは何一つとして戻ってこない。だから、逃げんな。いくら悲しんだって世界は止まらないンだ。だったら、這ってでも行くしかねえだろ」
「……」
 三人のやりとりを見守っていた立花・乖梨は、ジュンのもう片方の肩に控えめに手を置く。調査を経て少年の半生を追いかけてきた彼女には、いまジュンの胸中で渦巻いている苦悩が理解できる気がした。
 いや、理解したいと願い、しかしそれが叶わないことを知っていた。
「ジュン君の悲しみも、絶望も、わたしにはわかりません。本当は、わかります、と言うことが出来たらどれだけ良かったか」
 物静かな乖梨の言葉を受けて、ジュンは彼女のほうへと視線を向ける。
 ほとんど同じ背丈であるジュンの瞳を、乖梨は暗夜の瞳で見つめ続ける。紡がれる言葉は決して力強いものではないが、彼女の真摯な気持ちがよく表れていた。
「信用する必要はありません。すぐに納得することも難しいと思います。ですが、せめて、お手伝いをさせて貰えないでしょうか」
「手伝う……?」
「はい。絶望を覆す手伝いを。あなたが抱えている絶望、そして、あなたに降りかかるであろう絶望を覆す、そのお手伝いを」
 生まれ故郷はおろか、家族の存在すらも知らない乖梨にとって、ジュンが抱えている絶望の深さは測り知れない。ならばせめて、大切な人を喪失したことで魂を蝕んだ絶望を取り除いてあげたかった。
 ――出来るだろうか。
 乖梨が見聞きしたジュンが置かれている環境から、彼を救うことなど、一介の猟兵である自分に出来るだろうか。乖梨は迷いつつも、言葉を重ねていく。
「あなたは独りではありません。わたしたちが付いています。一人よりも、二人。二人よりも多くの仲間が。死者を蘇らせるという見えない神よりも、いまジュン君の目の前にいるわたしたちを、少しだけ頼ってもらえないでしょうか」
「僕は、独りじゃない……」
 乖梨のその言葉を反芻したジュンは、ぐっと息をつまらせた。ユハナが再び少年の傍らに立つ。
「僕はもっともっと、君と一緒に歌を歌いたい。僕の知らないことをもっともっと教えて欲しい。君が居なくなることも、苦しんでいる姿も、僕はいやだ」
「言ったでしょう? 君は独りじゃないって。なにかあったら力になるって。いまがその時よ」
 皆に合流していた夏海も、優しい笑顔を浮かべながら頷いてみせる。
 顔を上げたジュンは、周りに立つ猟兵たち一人一人の顔を見渡していった。そして、彼らのなかの誰一人として、いままでジュンが出会ってきた心無い大人たちと同じ目を持つ者がいないことに気がついて、とうとう涙を零した。
「僕は、もう独りぼっちはイヤだ……。誰かに冷たくされて、泣くことしかできないこともイヤだ。いつまでも母さんを想って泣き続ける自分が、イヤだ!」
 お願い、助けて。僕を助けて!
 心からのジュンの叫びを受け止めた哉太と望月は、互いに顔を見合わせて頷きあった。泣きながら震えている小さな背中を優しく撫でてやりながら告げる。
「俺は君の意見を尊重するよ。俺の想い人を生き返らせるのは、お預けにしよう」
「わたしも、かあさまのことは諦める。それに、わたしもきみの力になりたい。きみを騙していた人たちの元へ、案内、してくれる?」
 べそをかいていたジュンは、コートの袖で涙を拭うと、力強く二人に頷いてみせた。彼の視線は、単管バリケードの向こう、夕陽が沈みつつある葦原の彼方へと向けられる。
「ここからが本番、ってヤツですねェ」
 骨まで凍えそうな冬風の下、崩れかけた髪を手で後ろに撫で付けた常盤は、バリケードを乗り越えて葦原へと踏み入れる。猟兵たちとジュンが、それに続いた。
 月のない夜が、訪れようとしていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​




第2章 冒険 『死者は蘇らない』

POW   :    実力行使で儀式の妨害

SPD   :    儀式の現場にコッソリ潜入

WIZ   :    説得する

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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 夕闇のなか、猟兵たちは見渡す限り広がる冬葦原を往く。
 遥か遠くに見える山々と、ぽつりぽつりと生えている丸裸の木々の他に、目を引くものは何一つとして存在しない。
 風が吹くたびに、人間の背丈よりも高くに生った葦の穂がザアザアと波のような音をたてる。ほんの数メートル先も見通せない葦原は、なるほど、案内がなければ踏み込んだだけで迷子になってしまうだろう。
 ジュンが迷わずに儀式の場に行けるのは、邪神の信奉者から渡された特殊なコンパスを用いているためだった。
 ぬかるんだ葦原を歩くこと一時間弱、不意に視界がひらけた。
 葦原を蛇行する河の支流のほとりに、朽ち果てた鳥居と、注連縄が巻かれた磐座が鎮座していた。磐座を中心に半径二十メートルほどの範囲で葦が刈り込まれており、そこだけがぽっかりと開けているのだ。
 磐座の周りを、神職の格好に面をつけた十名ほどの男女が、奇怪な祝詞をあげながら練り歩いている。その人の輪の内側には、四名の人間が磐座に向かって膝をついて祈りを捧げている。彼らもまたジュンと同じく、死者を復活させる儀式に参加している面々なのだろう。
 葦の陰から儀式を見つめるジュンの瞳に、かすかな心の揺らぎを見た猟兵の一人が、気を確りと保たせるように彼の肩に手を置いた。
 完全な形での邪神復活を阻止するためには、今すぐにでもこの儀式を止めさせねばならない。だが、下手に襲撃すれば信奉者たちが祈りを捧げる者たちを人質にする恐れがあった。
 ジュンの紹介という体で儀式に潜入し、襲撃時に信奉者たちの動きを牽制する者が必要だろう、と猟兵の一人が提案する。さらに潜入者の中から、儀式参加者とジュンが信奉者たちに取り込まれないよう、気にかける役目も選ばねばならない。
 信奉者たちを殺す必要はない。だが、儀式の参加者四名とジュンの命だけは何があっても守ろう。猟兵たちは互いに認識を擦り合わせると、それぞれの役目を果たすために動き出した。
月隠・望月
わたしは、儀式に参加している人たちを気にかける、よ

儀式参加者とジュン殿が敵の攻撃を受けそうになったら、【反術相殺】で敵のユーベルコードを打ち消して、守る。無理なら、直接庇う。わたしは普通の人間よりは頑丈、だから平気
念のため、襲撃時に《陰陽呪符》で<オーラ防御>を張って、おこう

儀式参加者が信奉者の口車に乗せられそうになっていたら、声をかける
「騙されては、駄目。死んだ人は、生き返ら、ない。本当はわかってる、よね?」
大切な人が死んでさみしいのも、かなしいのも、当然。生き返って欲しいと思うのも、当然
だから、その気持ちをこんなふうに利用されては、駄目。大切な人を思う気持ちを、こんな奴らに託しては、駄目


神籬・イソラ
磐座を囲むひとの姿
ああ、わたくしにとっては
喪って幾久しい郷愁を覚える光景にございます

神籬たるこの身にかけて
信奉者の動き、牽制してみせましょう

常の装束に、他と同じく面にて顔を隠し
ジュン様の案内にて、この場に辿りついた神職を装う

十名と同じく磐座で祈り捧げ
頃合いをみて【巫覡載霊の舞】で神霊体に変身

十名へ向け
わたくしが神の声を伝える依代として選ばれた旨を伝えます

曰く
参加者を贄とし、我にさしだすこと
葦原から去り、金輪際立ち寄らぬこと
胸底に抱える想いを信頼者に打ち明け、日常に戻ること

万一の場合は、薙刀にて峰打ち
叶わねば、身を挺し「かばう」

神霊体の身でございます
刃のひとつやふたつ、稚児の駄々と受けましょう


神埜・常盤
集められた4人も大事な人を亡くした哀しみを
胸に抱えているのだろうねェ
然し其の痛みは彼等だけのものだ
利用などさせないさ

僕は儀式の現場にこそり潜入試みる
葦原に身を潜めつつ地を這うよう静かに移動
信奉者に気付かれぬよう細心の注意を

彼等から見えず此方からは
様子が伺える程度の距離感維持
襲撃の機会を伺うよ

潜んでいる間、少しでも進行を抑える為に
僕も神に捧げる祝詞を
口の中で唱えておこうかなァ
身に付けた破魔の力が役立つと良いが

独断行動や突出は避け
仲間とタイミング合わせるよ
襲撃の際は七星七縛符を用いたり
催眠術で動くなと命じ信奉者の動きを封じたく
あァ、命まで奪わぬよう気をつけるとも
被害者達が狙われたら身を呈し庇おうか


立花・乖梨
(SPD)
ユーベルコード【オルタナティブ・ダブル】
技能:ダッシュ、かばう、激痛耐性

――よかった。殺す必要は無いのですね。
ユーベルコードで召喚した『私』と共に、参加者をかばえる位置へ。
味方の襲撃に合わせて、確実に2人を助けられるようにします。
信奉者から攻撃を受けても、反撃はしません。
どんな形であれ、信仰というものは存在しますからね…

「ですが、彼らは返していただきます」

※アドリブ歓迎です。


ユハナ・ハルヴァリ
ジュンの紹介という体で潜入
元々乏しい表情を、落ち込んだ風に装って
胸元の菫色の石(本当は形見ではないけど)、それを媒介にしたいと話しながら襲撃のタイミングを待つ

不自然にならないよう儀式の参加者とジュンを守れるような位置を取る
叶うならジュンの手を握り、だいじょうぶ、と声無く

襲撃時には5人を守るため立ち回り
シンフォニックキュアでみんなを援護
でもできれば、命を奪ってほしくはないな
彼らに見せたく、ないんだ

いなくなったひとは、戻らないよ
そのひとが消えてしまったその傷痕だって
君たちにとって大切な記憶になるんだ
いつか振り返る時に
君たちが笑えるように、するために
僕たち、此処にいるんだよ
そう、歌に込めて


鴇沢・哉太
磐座の周囲を見て辟易
…禍々しいって言葉がこんなに似合う光景もないな
希望を削ぐのはそんなに楽しい?

ジュンの紹介という体で儀式に潜入
USBメモリを手に
大切な人を蘇らせたいという嘘をここでも重ねよう
周囲の状況を冷静に見極め
信奉者たちの手が儀式参加者にもジュンにも及ばないよう
涼しい顔して庇う立ち位置を確保

人数的に足りるなら攻撃に転ずるが
基本はジュンや儀式参加者の護衛を行う
彼らの信用に応えるべく柔和で気丈な態度を崩さず
声掛けを欠かさない
大丈夫だ
君たちの希望は手折らせない

飛び火してくる攻撃をいなしたり
身を挺して庇ったり
サウンド・オブ・パワーで援護する

葦原はもう刈り取られるべき季節だ
新しい命が萌す春を待とう


イェルクロルト・レイン
クレム(f03413)と

潜入は任せる
向き不向きは分かってるつもりだ、牽制役のがまだいい
儀式参加者とジュンの5名に被害が及ぶなら割り入っておこうか
別に……無駄足にしたくないだけだ

さっさと終わらせたい、が
目付役が制するものだから時を待つ
守るための戦い方なんて知らないが
少しぐらいは気を遣ってやる
やりづらいな……

積極的に懐に入り牽制
あえて攻撃を外して周囲のものを破壊して力を見せつけ威嚇
なんでもいい、――ただこれ以上邪魔するなら死んでもいいって事だろ?
さっさと行け、見せもんじゃない


境・花世
*SPDで潜入・牽制

ジュンにね、教えて貰ったんだ
わたしにもあいたいひとがいる
禁忌を犯しても、――あいたい

哀しげに囁く声に催眠術を一匙
か弱い女の身で油断を誘ってあげよう

輪の内側、全員に目の届く端に位置取り
祈る振りで頭を垂れる

愛したひとにまたあえるなら、
それが本当のことだったなら、
止めたりしなかったんだけどなあ

仲間の襲撃の気配・合図を
第六感でいち早くキャッチ
殺気を放ち信奉者を怯ませる

祈る人々に触れようとするなら
早業で蹴り落としガード
記憶消去銃も駆使して防ぐ

邪魔してごめんね、だけど焦らなくてもだいじょうぶ
もう一度あえるよ、あえるんだ
きみたちもわたしも過去になって
――あの海に漂う、そのときが来たならば


クレム・クラウベル
ルト/イェルクロルト(f00036)と
潜入役は向いた者が多そうなので任せるつもりだが
もし人数が少なければそちらへ
大丈夫なら隠れて待機し他猟兵と合わせ襲撃

潜入役の場合
普段は首から下げる十字架を外して布に包み
故人の思い出の品に見せかける
襲撃に合わせ信奉者を牽制

襲撃役の場合はルトと共に付近の物陰に潜む
まだ逸るなよ、と勝手に飛び出さぬよう目で制し
後で好きなだけ暴れて良い、それまではおとなしく
……幼いものもいる。加減はしろよ
ルトなりの気遣いに気付けば少しだけ表情を和らげ

信奉者へは【援護射撃・気絶攻撃】等活用
血腥くするのも気が引ける
極力殺さずに済ませよう
やむを得ずとどめをさす場合もジュンの目に入らぬ様配慮


ジル・クラレット
ジュンにも気づいて欲しいわ
現実をどう色づけるかは、自分次第だって

事前に影蜥蜴を召喚
磐座上空から、神職姿のうち最も権力のありそうな者…
不明ならいずれか1人を見張らせておくわ

顔を隠せる布や衣を着用し
ジュンの紹介という体で儀式に参加
私も、もう一度逢いたいのです
…愛しいあの人に
遺品として、宝石の鏤められた装身具を見せて
祈るように

4人に倣って膝をつき祈りを捧げるけれど
影蜥蜴と共有した視界ですべてお見通しよ
襲撃後、信奉者の動きに異変があれば
纏っていた衣を脱ぎ捨て【シーブズ・ギャンビット】で牽制攻撃
すぐ背後に回って、微笑みながら銀短剣を喉元に突きつけるわ

神に命を捧げるんでしょう?
なら、貴方のでも良いわよね?




 粉雪を孕んだ風の下、葦原を割って現れた猟兵とジュンに気がついた信奉者たちの数名が、祝詞を紡ぐ口を閉ざした。
 ユハナ・ハルヴァリは胸に下げていた菫色の石を慎重な手付きで外すと、信奉者の一人に「ジュンに教えてもらったんだ。ここで祈れば、大事な人が戻ってくるんだって」と、儀式に参加したい旨を伝える。
 風に舞う雪華のようにどこか儚げな雰囲気を纏ったユハナの姿は、亡き人を想う演技と相まって、見る者に憐憫を抱かさずにはいられなかった。
 元より儀式の参加者を集めることに苦心していたのだろう。痩男面をかぶった信奉者の一人はユハナを疑いもせず、「そなたの願いは叶うであろう」と大仰な言い回しで頷いてみせた。
 ユハナはジュンとともに、磐座に祈りを捧げる参加者に混じる。無論、すぐにでも彼らを守ることのできる位置にさりげなく。
 儀式の参加者を装って潜入を試みたのは、五名。邪神に捧げる贄が増えたことに、面で表情こそわからないが、信奉者たちが色めき立っているのが鴇沢・哉太には手に取るようにわかった。
 ――なにが可笑しいって言うんだ?
 哉太は神妙な面持ちで信奉者たちに身の上を話しながらも、心のなかでは彼らに対する不快感を募らせていた。
 すべからく人々の理想の存在たるべしと生きる哉太にとって、希望を踏みにじる信奉者たちは決して受け入れられない存在だ。
 歪んだ信仰は必ず刈り取らねばならない。哉太は祈りを捧げる輪に参列すると、手にしたUSBメモリに口づけをした。それは存在しない想い人への別れの挨拶であり、戦いの決意でもあった。
 例え禁忌を犯したとしても、あいたい人がいる。境・花世の物憂い囁き声は、ともすれば風の音に紛れてかき消えそうな調子だったが、信奉者たちの耳にはしっかりと届いていた。
 いや、それはただの言葉ではない。聴覚を通り越したその先にある心を直に掴む、催眠の術だ。
 突如現れた五名の儀式参加希望者に対して、さすがに不信感を抱いている様子だった一部の信奉者を、花世はたちどころに籠絡してみせた。もはや一同を疑う者はいない。
 花世は参列する前に、ちらりと参加者たちの表情を窺った。皆、一心不乱に祈りを捧げている。地に膝をついて磐座に頭を垂れた花世は、彼らと同じように胸中で祈りを捧げ始めた。
 無論、邪神への祈りではない。それは死した人の復活を願う、悲しい人々の安寧を願う祈りだった。
 新たな参加者である猟兵たちを交えて、儀式が再開する。篝火の灯りを受けて血色に煌めく装身具に視線を落としながら、ジル・クラレットは邪神へ祈願する演技を続ける。
 ――私も、もう一度逢いたいのです。……愛しいあの人に。
 顔をヴェールで覆ったジルの姿と言葉は、信奉者の目には夫を亡くした若妻かなにかに見えたことだろう。あるいは、忘却した記憶のなかに、そのような思い出があったともわからない。それゆえに、祈りを捧げるジルの姿は真に迫っていた。
 もっとも、ジルの意識は邪神などではなく、事前に上空に飛ばしていた従者たる影蜥蜴が捉えた視覚に向いていた。信奉者のリーダー格を探し出し、その動きを常に監視するのが彼女の務めなのだ。
 それから、四半刻ほどが経った。
 葦の陰に身を忍ばせている神埜・常盤は、苦々しい思いを抱きながら儀式の様子を窺っていた。
 参加者が倍以上に増えたものの、再開された儀式に大きな進展が無いことに信奉者たちが苛立ちを覚え始めている。
 もっと真剣に祈れ、さもなくば死者の黄泉還りどころか貴様たちが黄泉へ送られることになるぞ、と信奉者が儀式参加者に脅しをかけ始める始末だ。
 ――まったくロクでもないヤツらだねェ。胸に抱えた痛みも哀しみも、当人だけが触れられるものだというのに。そこに土足で踏み入るとは、無粋じゃァないか。
 音を発さずに常盤が口中で唱える言の葉は、神を式する陰陽道の秘句である。万が一こちらの準備が整う前に邪神が復活されては困るため、儀式の進行を遅らせる術を用いているのだ。
 その効果は覿面で、常盤が儀式を封じている間に猟兵達は襲撃準備を整えることが出来た。
 シャン、と澄んだ鈴の音が儀式の場に響く。
 葦原を割って現れたのは、目にも鮮やかな紅白の神官装束に身を包んだ神職の女だ。
 不可解な儀式の停滞に加えて、ただならぬ雰囲気を纏った"本物の"神職の来訪に、信奉者たちは儀式の進行も忘れて顔を見合わせるばかり。
 その神職の女――神籬・イソラは、たっぷりと時間をかけて信奉者たちの顔を見渡したあと、神楽鈴を面々に差し向けながらこう宣言した。
「今宵、我らが奉る異界の神が御降臨なされます。畏れ多くも、わたくしにその依巫たるべしとの御神託が下されました。方々、控えませい。これより先は神前であると心得なされよ」
 磐座の前に進み出たイソラは、薙刀と神楽鈴を流麗な所作で手繰って舞を披露する。その堂々とした振る舞いはまさに神懸かりを思わせて、信奉者たちは、気に飲まれた様子で微動だにできずに居る。
 巫覡載霊の舞でイソラが神霊体に変じて見せれば、それは決定的なものとなった。信奉者のなかでも意志の弱い連中が、彼女を神の化身だと信じて跪いたのだ。
 その好機を見逃す立花・乖梨ではない。
 襲撃の役を担っていた仲間たちに目配せをしたあと、乖梨は葦の陰より勢いよく飛び出した。彼女の隣には、彼女に瓜二つの姿の娘。
 己の分身の肩を軽く叩いたあと、乖梨は信奉者と儀式参加者の間に素早く割って入る。
 ――殺す必要がないのは、よかった。無益な殺生は避けたいから。
 なにしろ、大切な人を喪った人々が後ろにいるのだ。相手が誰にせよ、命が奪われる光景を乖梨は見せたくなかった。
「な、何者だ!? ええい、出て行け!」
 何が起こったのか、まだ理解できていない様子の信奉者が乖梨に掴みかかってくる。さすがにいきなり殺しにかかってくるほどではないようだが、暴力も厭わない敵意に乖梨は溜息をつく。
「私達が何者かは知る必要はありません。ただ……儀式はここでお終いです」
 掴みかかってきた信奉者の一人の手を難なく避けた乖梨は、勢いを利用して相手を無傷で追い返してみせる。その隣では、彼女の分身が同じように参加者を守っていた。
 儀式に潜入して祈りを捧げるフリをしていた月隠・望月は、襲撃と同時に立ち上がって、ジュンを守るように眼前に立ちふさがった。
 ここにきて、信奉者たちは新たな儀式参加者である猟兵たちが、自分たちの敵であることを理解したようだ。
 手にしていた杖を振り上げて襲いかかってきた信奉者の殴打を、望月は避けることすらしない。相殺の術を用いるまでもなかった。只管に武の研鑽を続けてきた彼女にとって、ユーベルコードも持たない信奉者の攻撃など、頬を撫でるそよ風に等しい。
「やめて。怪我をしたくなければ、退いて」
 振り下ろされた杖を片手でいなすと、信奉者の手首を掴んで捻り上げる。なおも襲いかかってくる後続に目掛けて、望月は信奉者を突き飛ばした。ぶつかりあった信奉者が、呻きながら地べたにもんどり打つ。
「か、かっこいい」
 突然の出来事に驚いているのか、すぐ後ろで尻もちをついていたジュンが、望月を見上げながらポツリと呟いた。
「やりづれえな……いつもみたいにブッ飛ばしたらダメなのか」
「ジュンだって見ているんだ。今は我慢しろ」
 共に襲撃に加わったイェルクロルト・レインとクレム・クラウベルは、次第に殺気立ち始めた信奉者たちの抑えにかかった。見れば、信奉者のなかには儀式用の杖を捨て、槍やら太刀やらに持ち替えた連中までいる。
 そういった血の気の多い信奉者に、イェルクロルトは積極的に相対していく。待っている間に冷えた体を温めるように、その場で小さく二度跳ぶと、槍を構えて突進してくる信奉者に真正面から突っ込んでいく。
「遅ぇ」
 突き出された槍を腰をひねるだけでかわしてみせたイェルクロルトは、口の端を軽く釣り上げると、突進の勢いのままに強烈な頭突きをお見舞いした。
 ブサイクな悲鳴を上げて信奉者が倒れ、槍を手放す。それ取り上げたイェルクロルトは、膝で柄をへし折ってから放り捨てた。
 その様を横目で見ていたクレムは、密かに表情を緩める。襲撃開始までの間、隣の相棒が勝手に飛び出さぬよう制止し続けた甲斐があるというもの。
 ――あとで好きなだけ暴れさせてやる。
 そう心のなかで語りかけながら、クレムもまた、短刀をかざして襲いかかってきた信奉者を身を翻してかわし、がら空きになった盆の窪目掛けて手刀を叩きつけた。
 気絶した信奉者を邪魔にならない場所へ放ったクレムは、ちらりと背後に視線を巡らせる。ジュンは、突如始まった戦いに驚きつつも、目をしっかり見開いて成り行きを見守っていた。この幼い瞳に、あまり血腥いものは見せたくはない。
「いいか、加減は忘れるな」
「わかってる、十分気を遣わせてもらってンよ」
 二人は力無き者たちをその背にかばいながら、怒り狂う信奉者たちに立ち向かう。
 哉太は襲撃が上手く行っていることに安堵しつつも、周囲を警戒することをお怠らない。信奉者の抵抗そのものよりも、ジュンや儀式参加者のことを彼は気にかけていた。
 戦いの光景は、まるでテレビで流れる時代劇のようだった。誰一人血を流さず、どこか芝居がかって見える大立ち回り。猟兵と信奉者たちの間に圧倒的な力の差があるがゆえの光景だ。
 それでも慣れぬ者は眼前で繰り広げられる争いに怯えた表情を浮かべる。哉太はジュンの隣で震えている儀式参加者の女性に柔らかな笑顔を向けて励ました。
「安心してくれ。君が危ない目に遭うことは一切ない。俺が約束するよ」
 哉太の端整な顔を見つめた女性は、はっと息を呑んだように固まると、頬を染めながらこくりとうなずき返した。
 その様を見届けた哉太は、夕闇の空の下へ朗々と歌声を響かせる。力が込められた歌唱は猟兵たちにさらなる力をみなぎらせ、不安に怯える儀式参加者たちの心を奮い立たせていく。
 死者を蘇らせたい……その希望を叶えることはできないが、せめて抱いた希望を絶望の手で手折らせないように、祈りを込める。
 ――やがて新しい命が萌す春が訪れる、その時まで。繋いでみせる。
 響き渡る哉太の歌声に力を貰った花世は、自身の知覚が研ぎ澄まされていく感覚を覚えていた。後ろから襲いかかってきた信奉者の一太刀を難なく避けると、踏み出した脚を軸にして後ろ回し蹴りを見舞う。
 腕を蹴り上げられた信奉者の手から太刀がすっぽ抜けて、放物線を描いて葦原のなかへと飛んでいった。
 慌てて側に落ちている得物を拾おうとした信奉者に、花世は無言の殺気を叩きつけて動きを牽制する。か弱い、可憐な女。彼女のことをそう思い込んでいた信奉者たちは、彼女の発する絶対的な力の気に圧されて、身動きが取れなくなる。
「邪魔してごめんね」
 だが、その口調は守るべき者、信じるに者に対しては至って穏やかだ。華やかな牡丹を右目に咲かせる赤髪の娘は、その背にかばった壮年の男に言葉をかける。
 本当に愛する人が戻ってくるのであれば、きっと儀式を止めることはしなかった。しかし、この儀式はそうではない。花世は告げたところで詮無きこととは承知で、言葉を続ける。
「あの海に漂う、そのときが来たならば。あなたもいずれ逢えるはずだから」
 ――いずれ全てが旧い海に還るときまで、焦らないで。
 それが幸せなことか不幸せなことか、わからないけれど。いまの花世が傷ついた人に掛けられる希望の言葉は、それだけだった。
 乖梨は、自らの劣勢を悟った信奉者たちの視線が、猟兵ではなく儀式の参加者に向けられつつあることに気がついた。
 ――敵わないならば、いっそ一人でも多くの命を邪神の贄に捧げる……そのつもりのようですね。
 それまで一切の反撃をせずに信奉者たちを相手取っていた乖梨。信奉者たちも彼女のスタンスを目敏く見抜いたらしい。彼女とその分身が守る老いた女性目掛けて、四名の信奉者が一斉に踊りかかった。
「ですが、渡すわけにはいきません。彼らはあなたたちのものではない」
 たかだが数名の優位性だけで怯む乖梨ではない。襲いかかる凶刃を難なく避け、あるいは逸してみせると、そっと信奉者どもの体軸を手で押して動線をそらしてやる。それだけで、彼らは勝手に地べたに転がっていった。
 ――どんな形のものであれ、信仰を否定はしません。ただ、譲れない一線だけは守らせてもらいます。
 武器を奪われ、弾き飛ばされ、地に転がされていく信奉者たち。だが、猟兵たちは彼らに致命傷を与えないため、邪神復活を目論む狂信者は何度も立ち上がっては挑みかかってくる。
「ちっ、キリがねえぞクレム。もう、いっそのことやっちまうか」
「ルト、落ち着け。無論、やりようはわかっているんだろうな?」
 不機嫌そうに舌打ちをしたイェルクロルトに、クレムは呆れたような視線を送る。すると、イェルクロルトは「……ったり前だろ。此処まで来て台無しにしたら、それこそ無駄足だ」と眉間にシワを寄せて応えた。
「ならば、何も言うまい。フォローは任せろ」
「あいよ」
 狂乱の様相で邪神復活の祝詞を唱えながら、信奉者たちが束になって襲いかかってくる。クレムは彼らを見据えながら、懐から一丁の銃を取り出した。月を思わす銀の輝きを宿すそれは、魔を撃つための精霊銃である。
「見るのは構わん。だが、耳は塞いでおけ。少々騒がしくなる」
 クレムはすぐ後ろで震えているジュンに告げると、無造作に発砲した。三発。それまでの喧騒とは比べようもない炸裂音が葦原に響く。
 弾丸はいずれも地面に向けられたものだ。信奉者たちは恐れおののき立ち止まったが、クレムが当てるつもりが無いことを察すると、表情を歪めて再び押し迫らんとする。
 だが……。
「その銃痕の先は黄泉だ。一歩でも超えてみろ。おまえ、死ぬぞ」
 イェルクロルトの腕の筋肉が異様な形に盛り上がり、瞬く間に獣のそれへと変じる。歩を進めようとしていた信奉者たちの目の前の地面を、彼は力任せに殴りつけた。
 轟音と共に土埃がもうもうと巻き上がり、地雷が爆発したかのように大きな穴が大地に穿たれる。おそらく人智を超える力を目の当たりにしたのは初めてなのだろう。信奉者たちは腰を抜かした様子でへたりこんだまま、情けない悲鳴をあげるばかりだ。
 それでもなおヤケクソで襲いかかってきた信奉者に、クレムは今度はしっかりと狙いを定めて無言で発砲した。
 面で顔を覆われているため確かめることはできないが、信奉者は白目を剥き、口から泡を吹いて倒れた。だが、よく見れば傷は見当たらない。空砲だ。撃たれたと勘違いして、失神したのだろう。
「……お前、俺より容赦ないよな」
「そうか? 慈悲深いと思うが」
 呆れたようにイェルクロルトがつぶやくと、クレムは表情を変えぬまま答えた。
 次第に戦意を喪失し始めた信奉者たちだが、そんな彼らに長と思しき翁面の男が発破をかけている。「不信心者どもを殺せ! 奴らの血で"あの御方"を目覚めさせるのだ! さもなくば貴様らの血を捧げることになるぞ!」と。
「厄介だねェ。信心深さは美徳だけれど、時に狂気にもなる」
 常盤は扇動する翁面を目を細めて睨めつける。見れば、ジュンや儀式の参加者たちもすっかり怯えている様子だ。早めに信奉者どもを黙らせねば、と常盤は腹をくくる。
「ユハナ君、僕ももう少し荒事に本腰を入れないといけないみたいだ。怯えさせてはいけないからねェ、ジュン君たちを任せたよ」
「わかった、気をつけて」
 懐から取り出した黒地の霊符を数枚指に挟んだ常盤は、ユハナにジュンたちを任せて歩み出る。一見無防備にも見える飄々とした彼の姿は、恐慌と督戦で理性が麻痺した信奉者たちの格好の的だ。
 手に手に刃を携えて襲いかかってくる信奉者たちの凶行を巧みにかわしつつ、宵現の霊符を投擲していく。式神の力が宿った霊符を貼られた信奉者たちは、みるみるうちに体の自由を奪われて、その場に倒れていった。
「利用などさせないさ。誰一人として」
 死なばもろともとでも言うのか、我武者羅に突進してきた若男面の信奉者から短刀を奪い取った常盤は、舌に刻まれた刻印に霊気を通す。
「眠れ」
 ただ一言。それだけで良かった。言霊は若男面の信奉者の精神を鷲掴みにし、たちどころに昏倒せしめる。
「お前たち、それでいいのか! お前たちの大切な人間が黄泉還るチャンスが潰えようとしているのだぞ! それを黙って見ているつもりか!!」
 劣勢が覆らないことを察した翁面が、槍をかざしながらジュンたちに吠える。その言葉にジュンはびくりと肩を震わせて、他の参加者たちも困惑した様子で顔を見合わせた。
「ユハナ……!」
「だいじょうぶ、あんな言葉に惑わされないで。君はもう、強い気持ちを取り戻したはずなんだから」
 自分より少しだけ小さなジュンの手を握りしめたユハナは、六花の錫を掲げて内に秘めたる力を解き放っていく。
 それは歌声となり、騒乱じみた戦の場にさざなみのように広がる。怯えていたジュンの手の震えが次第に収まっていき、動揺していた儀式参加者たちも落ち着きを取り戻してきたようだ。
 ――いなくなったひとは、戻らないよ。
 喪失の痛みは古傷のように心に残り続ける。その苦痛に耐えられなくなる気持ちが、ユハナにはわからないわけではない。
 けれど、その苦しみもいずれ時が癒やしてくれる。いつか過去を振り返ったときに、つらい思い出が少しでも和らぐように。少しでも早く笑顔を取り戻せるように。ユハナは雪よりも透いた歌声に、想いを乗せていく。
「僕たちはそのために来た。だから、邪魔はさせない」
 死者は蘇らない。その残酷な事実を受け入れたのだろう。儀式の参加者の幾人かが涙をこぼす。だが、その瞳に浮かんだものは、決して絶望だけではなかった。
「このまま引き下がれるものか。殺してやる……私には"あの御方"がついているのだ……!」
「斯様な戯言をいつまで垂れ流すおつもりなのでしょう。貴方が"あの御方"と呼ばう者こそ、このわたくしに御降臨成された存在。そのことも判らぬとは、神の僕を称するにしては余りにも筋が悪い」
「黙れ! ニセモノめ! ええいっ、殺せ! このニセ巫女を殺して贄とせよ!」
 手にした槍の穂先をイソラに差し向けて怒号を飛ばす翁面。束帯の袖で口元を抑えながら、イソラは楚々とした笑い声をあげる。
 動ける信奉者たちの誰も、イソラに刃を向ける者はいない。事実、この戦いが始まってから一度たりとも、信奉者たちは彼女を畏れて一切手を出さずにいたのだ。
 不意に笑みを消したイソラから、それまでの柔和な気配が断たれる。彼女は神楽鈴をかざしながら告げた。
「御言宣を授ける。ここにいる童子を始めとする祈願者五名の身命は我が預かる。そして紛い者の神官ども、お前たちはこの地より疾く去ね。金輪際、この葦原はおろか町にも立ち寄ること罷り成らぬ。この御言宣を破るものは――」
 イソラが、薙刀を振るった。剣風は嵐となり、地を、葦を、切り裂いた。もはや戦意を喪失していた信奉者たちは、弾かれたように飛び上がり、我先にと逃げ出していく。
「待て、貴様ら、逃げるな!」
「ここまでね。あなたの目論見は全て外れたわ。諦めなさい」
 もはや動ける信奉者は残っていない。ジルは薄暮のなかで仄かに燃える髪を風になびかせながら、翁面へと一歩ずつ近寄っていく。
 ジルは視線だけをジュンに向けた。
 いま、彼の目にこの光景はどう映っているのだろうか。
 悪しき者、紛う者に惑わされない勇気を得てくれるだろうか。どんなに苦しい現実だとしても、自分次第で世界を彩る色は変わる。せめて、彼の現実に一片の希望の色を添えられたら――ジルはそう願う。
「……バカなひと。最初から見えていたのよ。私のルチェルトラはとても良い子なのだから」
 翁面は、ジルの隙を突いたつもりだったのだろう。隠し持っていた短刀で、こともあろうか気絶していた信奉者を手に掛けようとしたのだ。
 だが、事前に偵察に放っていた影蜥蜴の目が全て見抜いていた。即座に短刀を払い除けたジルは翁面の背後を取り、彼の喉元に銀の短剣を突きつけた
「どうせ邪神に命を捧げるなら、貴方の命を捧げてみたらいかが? お手伝いしましょうか」
 冷えた言葉に、冷えた刃。本当に殺されると思ったのだろうか。翁面はブルブルと全身を震わせながら、涙声でジルに命乞いをする。見れば、袴の前が失禁で濡れていた。
「見ての通り、だよ。あいつはジュン殿を、みんなを、騙してたんだ。死んだ人が蘇るなんて、最初から、ウソ」
 呆然としている者、涙を流している者、悔しげに唇を噛む者。儀式に参加していた者はジュンを含めて皆一様に、突きつけられた現実にやるせない思いを抱いている様子だった。
 望月は片膝をついて、力なくうなだれている彼らと視線を合わせる。
「寂しさも、悲しさも、当然。生き返って欲しいと思うのも、当然だと思う。でも……その想いは、あなただけのもの。痛いくらい大切な、たからもの。それをあんな奴らに託しては、駄目」
 それから望月は、口を真一文字にして感情を抑えているジュンの肩に、手を添えた。
「ごめん、ね? わたし、ジュン殿に、ウソをついてた。かあさまの話は、本当だけど……蘇らせるつもりは、最初から、なかった。騙してしまって、本当にごめん、なさい」
「いいんだ。あのとき、望月さんと哉太さんに声をかけてもらって、嬉しかった。ずっと独りで悩んでいたことを分かち合える仲間が出来たみたいで……気持ちが軽くなったのは、本当だもの」
 ジュンは唇を微かに震わせながら、望月と哉太とユハナの顔を真っ直ぐに見つめ返していく。
「ぼくはもう、大丈夫だから。さっき言ったでしょ。もう泣き続けるのはイヤだって。みんなが何者かはわからないし、いま何が起きているのかもわからないけど、ぼくはみんなのことを信じてる。だから……大丈夫」
 涙をこらえたジュンが、がんばって笑顔を浮かべて見せた。猟兵たちは、表に現れる態度こそまちまちだったが、少年の言葉をしっかりと胸に刻んでいる様子だった。
 これで仕事は終わりだ。こんな寒い場所からはさっさとおさらばしよう……皆が顔を見合わせて帰り支度を始めようとした、その時である。
 警察に突き出すために捕縛されていた翁面が、苦悶の表情を浮かべて絶叫した。見れば、彼の体中に臓物のような奇怪な肉輪が絡んでおり、それが肉体をきつく締め上げているのだ。
「見てはだめ」
 とっさに、花世がジュンの目元を手で覆った。直後、重々しい水音が鳴り、鉄錆めいた生臭いにおいが辺りに広がった。
 翁面の血肉が磐座を真っ赤に染め上げている。その上を、肉輪を従えた比丘尼を思わす風貌の胸像が、浮かんでいた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​




第3章 ボス戦 『『黄昏色の啓蒙』祈谷・希』

POW   :    苦痛を受けよ、精神を死へと返せ。救済の日は近い
自身が装備する【『黄昏の救済』への信仰を喚起させる肉輪 】をレベル×1個複製し、念力で全てばらばらに操作する。
SPD   :    黄昏を讃えよ、救済を待ち侘びよ
【紡ぐ言葉全てが、聴衆に狂気を齎す状態 】に変化し、超攻撃力と超耐久力を得る。ただし理性を失い、速く動く物を無差別攻撃し続ける。
WIZ   :    痛みと苦しみが、やがて来る救済の贄となる
【瞳から物体を切断する夕日色の怪光線 】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
👑17
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種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は火奈本・火花です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

月隠・望月
あの比丘尼、贄を以て喚びだされた、のかな。やっぱり、碌なモノじゃない
まずはジュン殿と儀式に参加してた人たちを逃がさないと、ね。巻き込んで死なせては、いけない
ジュン殿たちには、急いで走って逃げるよう、伝えよう。敵の追撃を受けたときのため《陰陽呪符》で<オーラ防御>を張っておく、よ

敵の注意を引くため、真の姿に、なる
もし、敵がジュン殿たちに攻撃しようとしたら、妨害する、よ。<見切り>で敵の動きをよく、見ておく
《無銘刀》に<破魔>の力を込めて【剣刃一閃】、敵を斬りつける。あの肉輪、怪しい。積極的に狙って斬ってみよう

【真の姿】頭の黒曜石の角が大ぶりなものに変化。全身が尖った黒曜石で覆われた黒鬼


神埜・常盤
遂に御本尊のお出ましか
お前達邪神ッて本当に趣味悪いよねェ
願いや祈りが持つ純真さ
其の身に刻みつけてやる

仲間と連携意識
邪神相手だ、精神が汚染され惑わされぬよう
式神に胸中で祈り捧げ、呪詛耐性を確固たる物にしたく

攻撃は破魔を乗せた天鼠の輪舞曲にて
至近距離で無差別攻撃受けるリスク
覚悟の上で捨て身の一撃を

近付き序でだ、敵に自滅齎すような催眠も
付与出来ないか試してみよう

無差別攻撃の兆しに気付けば仲間に周知
被害者達が巻き込まれそうな時は
退避を促したり彼等の壁に成るよ

あの惨状を見た後で気は進まないが
体力危うい時は吸血を
君の血は甘いかな、苦いかな

総て終わった後
もしジュン君が環境を変えたいと願うなら何か力に成りたい




 邪神は何も語らない。磐座の上から、ただただ辺りを睥睨するのみ。だが、無言とて月隠・望月にはわかっていた。目の前の存在が全ての生者にとっての敵であることを。
「逃げて」
 膝を抱えて震えているジュンと儀式の参加者に望月はごく短く告げると、彼らと邪神の間に立った。短く息をつき、護りの術がほどこされた呪符を以って、力無き人々に加護を与えていく。
 次の瞬間だった。猟兵たちを敵と認識したのか、それとも贄を欲したのか。邪神は再び肉の輪を数多産み出して、ジュンたち目掛けて放ってきたのだ。
「……させない」
 望月は短く息を吐くと、その身を立ちどころに変じさせていく。ささやかだった黒曜石のツノが雄々しく伸び、やわかな肌はツノと同じく黒い輝石に覆われていく。
 望月は悪鬼となり、邪な神を調伏せんと駆けた。
 ジュンたち目掛けて飛来する肉の輪に自ら迫り、逆手に構えた刀で一つ、二つ、と穢れを切り落としていく。
 ――いまここで、仕留める。完全な復活を、遂げさせる、前に。
 全ての肉の輪を討ち果たしてみせた望月は、刃を汚す血糊を一振りで払うなり、疾風となりて邪神へと肉薄した。邪神が新たな肉の輪を召喚しようとするが、遅い。悪鬼の眼には邪神の挙動など愚鈍のそれに等しく映る。
 ともすれば力任せにも見える、悪鬼と化した望月の一太刀。だがそれは水をも断つ、研ぎ澄まされた美技だ。
 自らが斬られたことも気が付かなかったのだろう。望月の剣戟から一拍遅れて血を噴き出し、そして、邪神は言葉にならぬ言葉で絶叫した。
 注意深く邪神から間合いを取った望月と、ジュンの目が合う。
 恐ろしい体験におびえている。だが、姿を変じた望月を見ても、少年は小さく頷きを返してみせた。例え姿を変えたとしても、その瞳は彼女のことを、信じていた。
 ――守ってみせる、必ず。
 望月は胸中でつぶやくと、いま再び邪神へと立ち向かっていく。
「まったく、本当に趣味が悪いねェ」
 呆れた様子で小さくかぶりを振ると、神埜・常盤は横手から邪神に迫っていく。望月が産み出した邪神の隙を、無駄にするわけにはいかない。不完全とはいえ神の一柱である。己に与えられた時間がそう多くないことを、常盤はよく理解していた。
 ――だが、それがなんだっていうんだ。今更痛み如きに恐れる身でもなくってねェ。
 邪神が、駆けつけた常盤に気がついて振り返る。放たれたものは、呪詛。いや、説法か。聴く者の精神を冒す言葉を垂れ流しながら、獣が如き俊敏さで常盤に喰らいつかんとする。
 邪神の歯が肉を噛みちぎり、骨をも削る。常盤は激痛に顔をしかめるが、退くことはしない。邪神の首を強引に両手で掴みあげると、呪詛を打ち払う祈祷を紡ぎながら、薄く笑った。
「君の血は甘いかな、苦いかな」
 そう囁きかけながら、邪神の喉笛に食らいついた。
 先程目にした惨劇と邪神の奇怪な姿を見たあとでは、"食事"をする気など起こりはしないが、奪われたものはきっちりと奪い返す。怪我こそ癒えぬが、常盤の身に流れる半吸血鬼としての血潮が、喉を潤す禍々しい味に幽かな歓喜を覚えさせる。
 無論、それだけで終わらせるつもりはなかった。常盤は口元に滴る邪神の血を舌で舐め取ると、邪神を掴んだまま流麗なステップを刻む。あたかもそれは、貴婦人を相手取った舞踏のよう。しかし、齎される結果は邪神の用いる手立てよりも、なお恐ろしい。
 邪神の反撃を、常盤は難なくかわしてみせた。舞踏によりて数多の蝙蝠の姿に変じた常盤の羽音は、虚空を噛んで歯を打ち鳴らした邪神への嘲笑のようだ。
 黒い雲霞と化した常盤は瞬く間に邪神の身を呑み込み、食らいつき、貪っていく。
 血に塗れた邪神が我武者羅に牙を剥くが、苦し紛れの反撃を受ける常盤ではない。再び人の身に戻った"怪人"は、頬を流れ伝う穢れた血を親指で拭い去ると、ただ一言「不味い」と言い捨てた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

クレム・クラウベル
ルト/イェルクロルト(f00036)と

此処まで来たら加減もいらない
さっさと終わらせるぞ
……あの様な悍ましいもの、幼い目に映すべきではない

ああ、我慢した分も存分に暴れると良い
――叩き潰してやれ、ルト
あえて敵の視界を駆け抜け攻撃を【おびき寄せ】
【絶望の福音】で相手の動き読み陽動
ジュンの傍に攻撃が行かぬようにも配慮
【援護射撃・呪詛耐性】等も活用
多少の傷もアレの隙を引き出せるなら十二分だ
反撃には射撃又は【祈りの火】を

そうだな、都合よく思い出してくれれば良い
神様でもなければ奇跡も起こせない
けれど、降りかかる火の粉を払うことなら出来る

今は明るい先が見えずとも
生きる限り未来は続いている
……どうか、良き明日を


イェルクロルト・レイン
クレム(f03413)と

ッ、はは! 自業自得ってヤツじゃねーか!
よかったな、おまえのカミサマはちゃんと出てきたぞ?
じゃ、サヨナラだ
ここはあんたのいるべき場所じゃねーんだよ、帰りな

基本は近接、懐に潜り込んでは物理で殴る
必要なら吠えてやろう
人狼の聲は煩いぞ?
2回攻撃、だまし討ち、なんでもいい
使える技能は使う

遠慮はいらないな?
口の端に笑みを乗せ、戦いに挑む
ああ、やっぱり全力でヤれるのは最高だ
邪魔してくれるなよ
いま、サイコーに楽しいんだ

参加者とかジュンとか、そこらのフォローは誰かやるだろ
こっちは踏み入っちゃいけない世界だ
忘れな、お前たちのためだ
――ただ、まあ、またなんかあった時は都合よく思い出すといい




「よかったな、おまえのカミサマはちゃんと出てきたぞ?」
 足元に転がる翁面の亡骸をちらりと見下ろすと、イェルクロルト・レインは皮肉げに嗤った。信奉者たちがどんな意図を持って邪神復活を目論んだのか、彼には知る由もないし興味もない。思うことはただひとつ、眼前の邪神はこの世には必要ないということ。
「だいぶ待たせたが……此処まで来たらなにも言うまい。ルト、好きにやれ」
「当たり前だ、言われるまでもない」
 胸に下げた十字架に口づけは落とさない。イェルクロルトに声をかけたクレム・クラウベルは、銀の銃砲に浄化の魔力を込めると、口中で聖句を囁きながら銃身をごく短く額へ当てて、祈りの代わりとする。
 二人はなにか打ち合わせるでもなく、短いやり取りを終えるなり同時に駆け出した。先に邪神の目標に捉えられたのは、クレムだ。
 それでいい、とクレムは胸中でつぶやく。駆けながら銃口を邪神へと向ければ、敵はクレムの攻撃を牽制するために肉の輪を撃ち放ってきた。それは、彼にとっては計算内のこと……いや、計算するまでもない。彼にとっては福音によってもたらされた、すでに見えた光景だ。
 異臭はなつ肉輪を地を転がり避け、銃把で殴打して叩き潰す。死角から迫る一手すら、クレムは最小限の身のこなしでかわしてみせた。
 長時間の単独行動は無理なのだろう。肉輪が主の元へと帰還を始めると、クレムは回避のさなかも邪神目掛けて向けられていた精霊銃"シナス・ロリス"に、魔力を込めた。
 ――叩き潰してやれ、ルト。
 狙い違わず放たれた弾丸が、邪神の頬を、喉元を貫いた。完璧とも言える射撃だが、その一手はクレムに満足も笑みももたらさない。すべきことをした、それだけの話だ。彼が真に求める結果は、別のところにある。
 クレムの銃撃にもんどり打つ邪神へと、イェルクロルトは猛追を仕掛けた。さながら鎖を外された獣のごとく、月のない夜闇に犬歯を光らせて、笑う。
「帰りな」
 銃撃で受けた衝撃から立ち直る間も与えず、イェルクロルトは速度と体重を乗せた拳を邪神に叩きつけた。猟兵としての力を込めたわけでもないというのに、その拳は人間はおろか大型動物の命すら一撃で奪ってもおかしくはないほどに重い。
 イェルクロルトはそれだけで終わらせるつもりは毛頭なく、さらに踏み込んで殴打を見舞った。打ち付けた拳から腕に、肩に、胴へと伝わる鈍い衝撃。その戦特有の感触が人狼の血を昂ぶらせるのか、彼が口端に浮かべた笑みはますます深まるばかりだ。
「う……っぜえ!」
 反撃の肉輪に腕を締め上げられ、骨が軋みをあげる。笑みはそのまま、イェルクロルトは不機嫌さをまったく隠すこと無く眉間にシワを寄せると、骨を折られる間際に邪神を膝蹴りで叩き上げ、強引に肉輪を引きちぎって間合いをとった。
 その直後、真白き業火が辺りの空気を焼き尽くしながら邪神を呑み込んだ。クレムが放った祈りの火である。それは恐るべき火勢を誇るものの、巻き込まれた周囲の草葉には焦げ跡一つ見当たらない……魔のみを祓う浄火である。
「邪魔すんじゃない、アレごときに俺がやられると思ったのかよ?」
「邪魔などするものか。ただ、幼い目に一秒でも長くあのような者を見せたくない……それだけだ」
 そう言ってクレムは、ちらりとジュンを見やる。彼らは仲間の猟兵に庇われながら、邪神の眼を引かないよう慎重に退避しているさなかだ。
「まあな。こっちの世界に長居させるワケにはいかない……フォローは他に任せて、俺らはせいぜいダサい姿をアイツの思い出に残さないようにするだけだ」」
 イェルクロルトは偶然目があったジュンの視線をわずかな時間受け止めていたが、すぐに邪神へと立ち向かう。風をも破壊せしめる豪腕が、邪神ごと大地を穿った。
 クレムは荒ぶる人狼の背を頼もしく思いながら、ふたたび神聖な炎を手中に産み出した。彼が背に守る小さく弱い人々に、いずれ訪れるであろう良き明日を願いながら。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

境・花世
ジュンに何も見せないよう
そのまま背に庇って

逃げて、
いつか誰もが死ぬのだとして
けれどそれは今じゃない

――“紅葬”

満開に咲いた右目が軋んで痛むけれど
だから何もかもが良く見える
敵が儀式参加者を狙うなら
高速移動で割り込み庇って

ねえ、救済ってどんなものか
わたしにも教えてくれるかな
真っ直ぐに駆け出して、
敵が次の攻撃に移る前に先制攻撃

世界を覆い尽す花びらで、
紅く染め上げる白い胸像
狂った信仰がもう聞こえないように
囁く唇を塞いであげよう

やっぱりわたしをすくえるのは、
きみではないみたいだ

終えたらジュンの無事を確認したい
何が出来るわけでもない、
そのさみしさを本当にはわからない、
……でも、ただ、そっと頭を撫でさせて


ジル・クラレット
他人に苦痛を強要する貴方自身は
痛みを知ってるのかしらね
記憶のない私でさえも心が憶えてる
大切だった誰かを失った痛みを

ここは危険よ!逃げて!
良く通る声音を生かし、周囲の人々に退避を促すわ
逃げ遅れた人もフォローして退避させたら
陣の後方から加勢

威力も範囲も厄介そうな相手ね…ならば
敵POW攻撃は【ミレナリオ・リフレクション】で都度相殺狙い
それ以外は【シンフォニック・キュア】で仲間の治癒を
他の治癒者にも声を掛けて過剰回復防止

貴方が言葉で惑わすなら
私は言葉で癒やすわ
人を弄び虐げる貴方に、私の歌は負けやしない

戦闘後はジュンにオルゴールをあげたいの
亡き人の、生きる人の幸せを願う曲
どうか、傍においてくれないかしら




「わたしの肩に掴まって。焦らなくても大丈夫、頼もしい男の子たちがバケモノを引きつけているから」
 最前線で暴れまわっているイェルクロルトやクレムたちの背に時おり視線を送りながら、ジル・クラレットは非日常の光景と戦に怯える儀式参加者たちを、自信に満ちた声音で励ます。彼女の澄んだ声がなせる術か、皆パニックになることもなく、誘導に従って身を隠せる葦原へと進んでいく。
 ジルが足腰の弱い老いた参加者に肩を貸すあいだ、ジュンを始めとする参加者を護っていたのが境・花世だ。凄惨さを増していく命の奪い合いの光景を見せぬよう、彼女は常に少年と邪神との直線上に身を置き続けていた。
 不完全な儀式の途中で降臨をせざるを得なかった邪神は、さらなる贄を求めているのだろうか。それとも、ただ単に膠着に陥った前線から離脱せんとしただけなのだろうか。ジルたちの姿を認めるなり、ガラスを掻きむしるような不快な奇声を発しながら、邪神は彼女たち目掛けて襲撃を開始した。
「気づかれた。いこう、ジル」
「ええ、必ず守り通しましょう」
 葦原まではあとわずか。ジルは老人の身を参加者の一人に預けると、花世と共に邪神を迎え撃つ。
 ――厄介そうな相手ね。だけど、退く訳にはいかないわ。
 備えのダガーにはまだ手を伸ばさない。すべきことは、守ること。ジルが用いる手立ては剣呑な刃ではなく、歌だ。
 およそ人語とは思えぬ、しかし黒い汚泥で人の精神を冒していく呪歌を歌う邪神に、ジルは朗々と歌唱を返していく。
 旋律と韻律は互いになにも変わらない。だが、邪神が紡ぐものが死への誘いならば、ジルが紡ぐものは生への望みだ。
 人の命と希望を弄ぶ邪神を、ジルは明確に否定する。忘却の海の彼方に消えた喪失の痛みを胸に抱き、その形なき哀しい記憶を慈しむ心こそが、人間の尊厳だということをジルは知っている。
 ――私の歌は負けやしない。
 ジルが歌声に乗せた見えざる力が邪神の呪歌を打ち砕き、その侵攻を目前で無力化せしめる。
 空中で動きを止めざるを得なかった邪神は、苛立たしげに表情を歪めると、濁った瞳に紅の光を輝かせ始めた。花世は絢爛たる一輪の牡丹の花弁を指先でそっと撫ぜながら、臆すること無く邪神の前面へと躍り出る。
「紅葬」
 花よりも可憐な口唇が、そう告げた。
 右目はひどく痛み、もし眼窩にはまるものが眼球であったならば、花世は血と涙で頬を濡らしていただろう。だが、そうはならない。痛みに震える瞼は開かれたまま、光よりもよく物事を捉える花眼が邪神を見据える。
 身に纏うものは血よりもなお紅き八重の牡丹だ。それは冬の嵐にも似て、刃の雨となって邪神の身を切り刻んでいく。薄暮の葦原に、血が、花が、乱れ咲く。
「わたしにも教えて」
 ――きみが授けてくれる救済を。
 ――さもなくば、その口唇を、塞いであげる。
 花の嵐に洗われた邪神は、文字通りの血塗れとなってぬかるんだ地べたに叩きつけられる。だが、花世の一手からやや遅れて邪神が放った眼閃光もまた、彼女の腹を貫いて臓腑を焼き切っていた。
 口から大量の血を吐き出し、それでも激痛を物ともせず邪神に追撃せんとする花世の耳に、歌声が届く。それは、ジルが奏でる生命賛歌だ。
「私は言葉で癒やす。貴方がどれだけ言葉で人を惑わし、命を弄んだとしても、そんなもの覆してみせるわ」
 ジルの歌声は血と死で汚れた戦場だけでなく、寒々しい冬の葦原に春を招くかのような温もりがあった。力を取り戻した花世はジルに目礼を返すなり、まっすぐに邪神へと肉薄していく。
 手のなかに花びらを一枚、柔らかく握りしめて。花世は呪詛を吠えようと口を開いた邪神めがけて衝撃波を叩きつけた。
 怒声混じりの叫びをあげながら悶える邪神に、花世は甘やかな声音で囁き告げる。
「やっぱりわたしをすくえるのは、きみではないみたいだ」
 ……と。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

鴇沢・哉太
邪神様のお出ましか
悪趣味な教義はお断りだね
失せろ
希望と救いを求める人の思いを踏み躙る真似は終わりだ

【WIZ】
無差別攻撃でジュンや参加者が傷つかないよう
楽園揺籃歌を只管に朗々と歌い続け眠気と倦怠感を付与
少しでも敵の攻撃の矛先を逸らし続ける
いい子じゃなくても眠るくらい出来るだろ?
――眠れ

他行動に移るのは
ジュンたちが直接的な被害を被りそうな時か
畳み掛けることで討伐出来る時のみ
前者は身を挺して庇い
後者は死屍葬送歌の鬼火で襲わせる

戦闘後は
俺たちのことを信じてくれてありがとうと
ジュンや参加者たちに礼を告げる
…なあジュン
母さんが喜んでくれたってのはどんな歌なんだ?
よければ一緒に歌おう
もう泣かなくていいように


ユハナ・ハルヴァリ
これが。根源。
…だめだよ
救いというものは、きっと
君が与えるものじゃない
彼らはもう見つけてる
さよならって、言えるはずだよ
過去じゃなくて
明日を見るために

変わらずジュンたちを守る位置を取りながら
みんなへの援護を重視
気をつけてね。
ジュンたちを巻き込むつもりなら庇って

ひらり風に混ぜる六花
降らせて、降らせて、触れさせて
縛るよ、凍えてしまうよ、さあ
大人しくしていて?

命を削る音すら苦しくはない
仕留めるのは仲間に任せて
僕は抑えるだけ
みんなで、帰ろうね。

終わったら、ジュンたちを送り届けるよ
帰り道、一緒に歌おうか
おうちの人や街の人と
明日もその次も、少しずつ
仲良くなれたらいいね。
今の君ならきっと。
また、遊びに来るよ


赤月・夏海
貴方はもう助からないんだね。わたし達は生きるよ。
明日を生きるために。

【服装】
武具と一体化し黒の全身鎧

【行動】
わたしはジュンくん達を庇いながら戦う。みんなで生きて帰りたいもんね。だから、ジュンくん達にはまず相手から距離を取ってもらおう。動けない人がいたらわたしが運ぶよ。大丈夫、安心してみんなはわたしが護るから。
遠距離からは【エレクトロレギオン】を使って向かってくる攻撃へのフォローや味方のフォロー。
近距離ではもちろん剣で戦うよ。

わたしはジュンくんが前を向いて立ち上がってくれた事がすっごく嬉しいんだ。お母さんとの思い出みたく、大切な思い出いっぱい作れるといいね。




 猟兵たちが用いる手立ては着実に、確実に、受肉した邪なる神を過去の海へと追いやっていく。地に触れるなり儚く失せる粉雪のなか、儀式のために灯された篝火の橙色の光だけがこの世に残った最後の明かりのよう。そのなかで、人と神は葦原のなかで命を喰らい合う戦を続ける。
 もはや邪神は形振り構わず、視界内に映る者を無差別に攻撃してきた。いや、視界内に入ったものだけではない。自身の攻撃の届く範囲ならば、意識しようとしまいと全てを手にかけるつもりのようだ。
「ジュンくん、伏せて!」
 これで何度目だろうか。邪神の虚ろな瞳が妖しく光り、黄昏の残滓のような光線が辺りを薙ぎ払う。その猛威を防がんと真っ先に飛び出したのは、黒い甲冑に身を包んだ赤月・夏海だ。
 ジュンと儀式の参加者たちは葦原に逃げ込んで邪神の視界からは外れているが、遠くまで逃げおおせているとは限らない。ならば、身を挺してでもかばうことに、夏海は躊躇しない。
「絶対に、みんなを巻き込ませたりしない」
「女の子や年下の子だけに、危ない役目を負わせるわけにはいかないからな」
 ユハナ・ハルヴァリと鴇沢・哉太もまた、己の矜持に従い、身を焼き刻まれながらも背負った弱者の命を護ってみせる。
 肉は爛れ骨は断たれ血は蒸発する。痛みを認識できないほどの痛みに心身が泣き叫ぶが、夏海も、ユハナも、哉太も、ジュンたちを不安がらせぬように、奥歯を噛み締めて悲鳴をこらえた。
 これ以上の追撃を許すつもりは哉太にはなく、彼は喉を裂かれていないことを指先で確かめるなり、声楽士としての力を揮う。
 口ずさむ歌は、酸鼻を極める戦のなかにあって何よりも似つかわしくないものだ。子守唄。むずがる赤子を寝かしつけるための、この世の何よりも優しい歌。
 けれど、哉太が歌い上げる揺籃歌がいざなう先は、決して心地よい夢のなかではない。死の淵へと手を引く死神の手管と限りなく等しいそれは、楽園という名の地獄に邪神を導いていく。
 ――眠れ。
 空気はおろか時間の流れをも緩やかに蕩かす美声のなか、哉太は胸中で氷柱の如く鋭い言葉を告げる。常ならば甘い歌声を甘い表情でデコレーションするところだが、いま、眼前でまどろみに落ちる邪神に、彼は一切の慈悲をもたなかった。
 そんな哉太の傍らを、夏海が駆け抜ける。
 光線に焼き切られて赤熱する甲冑は、あたかも身を包む灼熱の拷問具の様相を呈しているが、夏海には自身の苦痛に構っているヒマなどありはしない。
 喚び出した機械仕掛けの兵を携えて、気高き騎士の娘は赤い満月を思わす瞳を煌めかせながら、雄々しく戦場を駆け抜ける。
「わたし達はこんなところで死んだりしない。誰か一人でも置いていったら、明日を生きる意味を失ってしまうのだから……!」
 機械兵の一斉突撃が、眠気を打ち払おうと試みていた邪神の出鼻をくじいた。体勢を整えさせるいとまも与えず、夏海は鞘から剣を抜くと、一瞬、切っ先を下方に向けて、戦に臨む騎士の礼儀作法をとった。
 そして、裂帛の気合と共に、半月の弧を描く剣閃が邪神の顎を半分に断ち切ってみせる。途端に辺りに広がった血の臭いのなか、夏海は剣を振るった勢いを残したまま、独楽のように身体を回して邪神の後頭部に横薙ぎの一閃を見舞った。
 刃が骨を断つ特有の鈍い音が響き、次に、肉の輪がのたくる粘着質な異音が鳴った。
 ユハナの長耳が少しばかり垂れる。あまり、いい音色ではないと彼は思った。少なくとも、戦とは無縁でいるべき人たちに、仕方がないとはいえ、自分たちが響かせる戦の音色は聞かせたくなかった。
 そこには自身が生み出す音も含まれている。だからユハナは、しじまのなかで祈りを捧げた。舞い散る粉雪と風がふれあう音すら、彼が生み出した魔法に比べれば喧騒に等しい。
 ――さあ、大人しくしていて?
 ナイショ話をするように、掲げた六つ花の錫杖を口元に当てて、ユハナは優しい吹雪を招き寄せる。子守唄がもたらした睡魔から立ち直ったばかりの邪神は、いま再びその身を拘束される。
 姿こそ見えないが、ユハナはジュンの視線を背中に感じている気がした。自分が救世主になろうだなんて、ユハナは思っていない。けれど、救いは目の前で絶対零度に凍てつく邪なる者に与えられるものではない、と雪色の少年は信ずる。
 ジュンも、儀式に参加していた人々も、もう答えは見つけているはずだ。
 死者は蘇らない。けれど、それを乗り越えた先にある明日は、過去に縛られていた今日までとは違う日々だということを。
 だからユハナは沈黙を破って口を開いた。
 届け、と願うように。

「みんなで、帰ろうね」

 過ぎ去った黄昏の色彩を模した一閃を、邪神は辺り一面に無造作に放った。
 守りに秀でた猟兵たちが攻撃を受け、癒やしの心得をもつ猟兵が怪我を消し去っていく。搦め手を得意とする猟兵たちが邪神の挽回を阻害すると、生来の戦士たる猟兵たちが一気呵成に猛攻を仕掛けた。
 哉太はポケットに入れたUSBメモリを、布越しに指でなぞった。否、それは戦いのなかで偶然手が触れただけのことだったのかもしれない。
 けれど、ほんの少しの間だけ、彼がただ一人のためだけの王子さまとして振る舞ったひとのことを心の片隅で思う。そして、寒々しい葦の合間から戦の成り行きを見つめているかもしれない、か弱き少年のことを思う。
 背負った希望と救い、それに一握の理想。それらを踏みにじる邪神を、哉太は決して認めない。まどろみに揺蕩うことすらも、もう許さない。
「これで仕舞いだ」
 奏でられたものは、葬送歌だ。
 死を招く邪神の呪歌とは似て非なるもの。青白い冷たい炎が邪神の身を包み込み、焼き尽くしていく。邪神はもはや叫ぶ力も残されておらず、最期に一度だけ反撃を試みようとして、しかし、牙を向いたまま消し炭と化した。
 戦の熱が音もなく降るささめ雪に、冷やされていく。
 まるで悪い夢から醒めたときのように、張り詰めたまま。

 邪神は滅び去り、今度こそ戦は終わった。負った怪我を癒やす時も惜しみ、猟兵たちは葦原に分け入って、逃したジュンたちの無事な姿を求める。
 彼らは、無事だった。戦場からさほど離れていない葦の根本に伏せて、戦が終わるまで耐え忍んでいたのだ。
 各々の思いを胸中に抱きながら、猟兵たちは葦原を後にしていく。
 夏海は、葦であちこちが傷ついたジュンに簡単な応急措置を施した。そんな大げさな怪我じゃないから、と耳まで赤く染めて距離を取ろうとする彼の姿は、出会った当初のうつむき加減な様子もなく、年相応に見栄っ張りで微笑ましいこどもの姿そのものだ。
「うん、その調子。やっぱりジュンくんは表情豊かなほうが魅力的だな」
「魅力的って……べ、別にそんなことないし」
「ふふ、照れなくたって。魅力的って言っても、顔とかのことを言ったわけじゃないよ。こうして前を向いて、立ち上がって、まっすぐ目を見て話してくれるジュンくんの姿が、わたし、嬉しいの」
 戦装束たる甲冑姿ではなく、ジュンと出会ったときと同じ格好で葦を掻き分けながら、夏海は柔和な笑顔をかたわらの少年に向けた。
「これから、さっきの戦いよりももっと大変な出来事がジュンくんに襲いかかってくるかもしれない。でもね。負けないでほしい。……これからさきは、お母さんとの思い出と同じくらい、大切な思い出を作って欲しい。それがわたしの望みだよ」
 夏海の朗らかな顔を見上げながら、ジュンは彼女の話にじっと耳を傾けていた。
「うん、約束する。大丈夫だよ、あんなおっかないヤツらと戦っている夏海さんたちの姿をみたら、怖いことなんてなくなってしまうもの。だから、安心して」
 ジュンの淀みない言葉を受け止めた夏海は、「うん!」と大きく頷いて彼の頭を撫でるのだった。
 母親との思い出といえば、と、コンパスとスマホのライトを掲げて先頭を行く哉太が言葉を継いだ。ジュンは母親とどんな歌をうたって過ごしてきたのか、興味があったのだ。
 質問を受けたジュンが挙げたのは、そのほとんどが小学校で習う唱歌だった。UDCの日本で育った者ならば、取り立てて特別な曲ではない。けれど、母も知らない曲を披露することが、まだ幼かったジュンには何よりも楽しみなことだったのだろう。
「それなら、一緒に歌おう。ジュンの思い出の歌。ぼくも知りたいし、みんなも聞きたいだろうから」
 ユハナの誘いにジュンは少しばかり驚いた様子だったが、周りの猟兵たちの期待の眼差しに背中を押されて、彼は照れくさそうに誘いに応じた。
 月も姿を見せない夜、葦原の旅路にユハナとジュンの歌声が響き渡る。それは故郷を思い、家族を、友を、尊ぶ歌だった。
 歌のさなか、そろそろ町の明かりが見えてくる場所にて、ふいにジュンは足を止めて涙を流し始めた。彼の傍らに寄り添っていたユハナは、その背に優しく手をそえてやる。
 不安もあるだろう。苦しみもすぐには消えないだろう。
 けれど、未来はそんなに不幸と不運だけが待ち構えているわけではない。少しずつ、少しずつ、物事は自分の意思一つで変わっていき、誰かと結び合う絆も強くなっていくものなのだから。ユハナはジュンにそう告げて、彼を先へとうながした。
 やがて猟兵たちは、星空ばかりが目立つ閑散とした町へと戻ってくる。
 儀式に参加していた者たちは口々に、自らが選択しつつあった誤った道から救ってくれた猟兵たちに感謝の言葉を述べて、一人、また一人と去っていった。
 そして最後に残ったジュンとも、別れの時がくる。
 ある猟兵は、いま置かれている環境を変えたいと願うなら力になろうと声をかけ、ある猟兵は、何かあったときは自分たちのことを思い出すといいと告げ、ある猟兵は、少年の寂しさを少しでも分かち合えればと頭を撫でた。また、ある猟兵は、亡き人がこの世に残した人の幸せを願う曲を奏でるオルゴールを、ジュンに贈った。
「みんな、ぼくを助けてくれてありがとう。まだ寂しさは残ったままだし、苦しいことは山積みだけれど……みんなと出会えて少しだけ、強くなれた気がする。明日からは、母さんが生きていたころの自分と同じように、明るくなれる気がするんだ」
 ジュンはそう言って、夜闇のなかでもそうとわかるくらい頬を染めながら、笑顔を見せる。そうして立ち去っていくジュンの背中を、猟兵たちは見送り続けた。

 やがて月日が流れ、春も過ぎようとするころ。
 一通の手紙がグリモアベース経由で、猟兵たちの元に届いた。その手紙には楽しそうな筆致で書かれた近況と共に、明るい笑顔を浮かべるジュンの姿を撮った一葉の写真が添えられていたのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2019年01月12日


挿絵イラスト