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はなよめの純情

#ヒーローズアース

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#ヒーローズアース


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●貌のない怪物
 ――静かなチャペルの客席は、バージン・ロードを塗り拡げたように紅かった。
 椅子の背に、足元の床に、臓物と脂肪が重なるように散乱している。この式の参列者を正確に数えることは、残念ながら最早不可能だろう。
 破壊されたシャンデリアが、十字架を割り砕いている。薄暗い室内を、ステンドグラスから零れる鮮やかな色彩だけが照らしている。一面の死体のキャンバスに、宗教的なモチーフばかりが影となって描き出されていた。

 深紅の絨毯の上を、花嫁姿がゆっくりと歩く。
 ドレスの裾が血に汚れるのも厭わずに。――その右手に、花束ではなく、何の変哲もない剃刀をひとつ握り締めて。
「どうして騙した?」
 花嫁姿の女は、静かに問う。
「言ったはずだ。ボクは『本物は壊さない』と。この式典は本物だった」

 その声に、壇上の影が肩をすくめた。……神父の生首に腰掛けた、長身の男だ。
「シケたこと言うなよ、お嬢さん」
 道化師のような白塗りの顔が、逆光で深い影に沈む。
「――『愛』だなんてとびきりのジョークに、本物も偽物もあるもんかねえ?」

「そうか。よくわかった」
 花嫁は、その手の剃刀を高く男へ突き付けた。
 鈍い金属の刃に、虹色の光が反射した。
「つまり、キミはボクの敵なのだな。――『ノーラフス』」

●まことの愛とは言うけれど
「この女が件のヴィラン、『ピュア・ブライド』。……といっても、この顔は本来の顔じゃあないんだけどね」
 臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)は、一枚のポラロイド写真を猟兵たちに示す。
 ――顔よりも先に目が行くのは、返り血で紅く染まったウェディングドレスだろう。白い枠の中、花嫁姿の女は薄い笑みを浮かべて、何の変哲もない剃刀を握り締めている。
「こいつの手口はシンプル。白昼堂々、結婚式に現れる。顔から体格まで花嫁そっくりの姿に成り代わってね。そうして、誓いのキスの瞬間に、花婿の喉笛を――」
 夏報はその写真で、……自分の喉を掻き切るジェスチャーをひとつ。
「被害件数は、両手の指じゃあもう足りないくらいだね。逮捕されたら即刑務所送りで間違いなし、折り紙付きの凶悪連続殺人犯だ。こいつを――」
 真剣な目で、猟兵たちを見渡す。
「オブリビオンから護ってほしい」

 ――その呼びかけに応えた猟兵が、果たして何人いただろうか。
「どうにも妙な話なんだけどね。この『ピュア・ブライド』の言い分としては、『本物は壊さない』のが信条らしいんだよ」
 たとえば、地位。
 たとえば、金銭。
 ……そうした『間違った』理由で行われる結婚式だけを、彼女は標的にするのだという。真に愛し合う男女の晴れの日は、決して壊したりはしないのだと。
「詭弁だね」
 斬って捨てて、深い溜息。
「単なる社会的契約に本物も偽物もないと思うし、……無関係の他人を殺していい理由にはならないよ。でも、彼女のその信条が強固なことだけは、確かなんだ」
 ――それは何故かと問われれば。
「その信条を守るために、一度は組んだオブリビオンを、彼女は裏切った。……戦うことになれば、適うはずなんてないのにね。今、彼女はオブリビオンの配下に追われてる。……逃げるどころか、そのまま黒幕を殺しに行くぐらいの剣幕なんだけど」
 猟兵たちとしても、この状況に対して色々言いたいことはあるだろう。しかし、このままでは、稀代の連続殺人事件が、被疑者死亡で幕を閉じてしまうことだけは確かだ。
「彼女は、生きて裁きを受けるべきなんだよ。――ヒーローズアースの法秩序は、そういう風にできているんだ」
 正義のかたちは、ひとつではない。

「ああ、そうだ。事件の内容が内容だから、ブライダル業界への被害は甚大でね。……『ピュア・ブライド』を逮捕してくれるならということで、業界の全面的な支援が約束されてるよ」
 つまり、具体的に言うと。
「戦いの後、お楽しみの時間があるってこと。大陸全土の高級ブライダルショップで、試着から試食、具体的なプランの検討まで、ブライダル関連のサービスが受け放題!」
 冗談めかした夏報の笑顔は、口元ばかりのものだった。
「――ま、この事件のあとで、そういう気分になれたらの話だけどね」


八月一日正午
 こんにちは! ほずみしょーごです。今回はスプラッタな戦闘重視シナリオとなります。
 猟兵側のダメージ描写は指定がない限り控えますが、モブや敵はべっちゃべちゃに飛び散ります。また、内容が内容なので、シナリオが問題なく成功してもお話としては後味の悪いものになると思います。そういうのが好きな方はぜひどうぞ(超ポジティブ)。
 1章集団戦、2章ボス戦、3章日常です。各章、冒頭の無人リプレイ投稿がプレイング受付開始の合図になります。

●ヴィラン『ピュア・ブライド』について
 狂った連続殺人鬼です。【ドレスアップ・プリンセス】相当のUCの使い手で、「他人そっくりの花嫁姿」に変身し、武器である「何の変哲もない剃刀」の強化、飛翔能力を得ています。集団戦オブリビオンにはある程度対抗できるようですが、ボスには敵わないでしょう。
 彼女を生かしたまま捕らえるのが今回のサブ目標です。とはいっても、猟兵がしっかりとオブリビオンを討伐していれば、勝手に自衛し、勝手に深手を負い、勝手に逮捕されてくれますのでそこはご安心ください。
 絡んでみたい方は、どうぞ。しかし狂人ゆえ、『会話』『一時共闘』は可能でも、『説得』は不可能とお考えください。

●戦闘のあとのお楽しみ!
 豪華なブライダルショップにて、楽しい見学会にご招待。是非カップルでどうぞ! タキシード同士、ドレス同士のお客様もOKらしいですよ。
 ブライダル業界が全面協力してくれるので、訪れるお店の設備やロケーションなど、ご自由に指定していただいてかまいません。
 あ、いちおう呼べば臥待も出ますが、どうせ似合わんし試着は嫌だって言ってました。虐めないであげてね。
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第1章 集団戦 『スペクター』

POW   :    無音致命の一撃
【その時の状況に最適な暗器】による超高速かつ大威力の一撃を放つ。ただし、自身から30cm以内の対象にしか使えない。
SPD   :    不可視化マント
自身に【生命力で駆動する姿を隠せる透明化マント】をまとい、高速移動と【自身の気配を掻き消す超音波】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
WIZ   :    無法の手管
技能名「【恐怖を与える・傷口をえぐる・恫喝・殺気】」の技能レベルを「自分のレベル×10」に変更して使用する。

イラスト:黒江モノ

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●摩天楼あおあおとして
 それは、うららかな昼下がり。
 一面のガラス窓が青空を反射して、ビル街は光に溢れていた。
 車道より広く鮮やかに舗装された歩道にカフェが立ち並び、少しぜいたくな食事を求めて、お昼休みの人々が賑やかに行き交っている。中央通りの交差点では、ボディラインを黒く縁取った女性が踊る動画が繰り返され、煽情的に消費社会を煽る。どこか生活感のない、オフィス地区。
「嗚呼、絶好の結婚式日和だ」
 天を衝くような摩天楼の電光掲示板の上で、花嫁は空を眺めていた。
 抜けるように澄んだ、九月の空だ。
「やはり秋が一番だね。ジューン・ブライドなんてナンセンスだよ。キミたちもそうは思わない?」
 振り向いて問いかけた先で、――黒い影が、すうと姿を現した。艶めかしい肢体を無骨な拘束具に包んだ少女型のオブリビオン。暗殺や拷問に特化した、『スペクター』と呼ばれる量産型の品種。
 彼女は質問に答えなかった。ただ、暗殺の機会を逃したとだけ判断して、無言で飛びのいて距離を取るだけだ。
「……わからないか、残念。『ノーラフス』のほうがまだ話が通じたよ」
 肩をすくめて取り出したのは、一振りの、何の変哲もない剃刀。
「こんないい日に、殺し合いだなんてな」
 ヴィラン『ピュア・ブライド』は、細い鉄骨を蹴って街へと翔んだ。

 ――お昼どきの街は、見る間に悲鳴に包まれた。
 逃げ惑う人々が恐れているのは、通りの陰から次々と現れる大量の『スペクター』か。……それとも、彼女たちに追われる返り血塗れの花嫁の、異様な姿に対してのものか。
「温いな」
 間一髪で暗器をかわして、花嫁は跳ねる。
「冷めちゃうじゃないか」
 歩くのも難しいハイ・ヒールで飛翔する。
「もっと情熱的に殺しに来なよ!」
 カフェのひさしを、ビア・ガーデンのベランダを、窓掃除のブランコを順番に蹴って、『ピュア・ブライド』は街の空を駆け抜ける。
 背後の見えない気配に対して、ターンして剃刀を一閃。
 ――光に透けるヴェールが、どろりと滴る赤に染まる。
「女とは名ばかりの木偶人形め。……そうして戦うだけ戦って、男も知らずに死にたまえ」

 ――冷静に戦況を見れば、たかがヴィラン一人に、雑魚とはいえ大量のオブリビオン。彼女は徐々に追い詰められているはずだ。
 しかし、その口元の薄い笑みは、そんな事実を微塵も感じさせなかった。悪化していく戦況の中で、狂人は高らかに叫ぶ。
「どこにいる『ノーラフス』! ――ボクは、キミを赦さない」
安喰・八束
魍魎は仕留める。悪党は生け捕り。
……狐狩りのウサギには、長持ちして貰わんとな。

あの剃刀花嫁が親玉の標的だってんなら、泳がせて釣り出すのが得策か。
此方は向こうからあまり悟られんよう、弾の届く距離を保って追いながら花嫁を援護射撃。(目立たない、援護射撃)
姿を消そうが妙な音で隠そうが、血の匂いは誤魔化せん。
スペクターの矛先が此方を向くなら、「人狼咆哮」を超音波に叩きつけて燻り出す。
……咆えたら流石にバレるかね。
俺は、ただの送り狼だ。
今はな。



●赤ずきんと猟銃
 愛銃“古女房”を手に、安喰・八束(銃声は遠く・f18885)は目を鋭く細めた。その視線の先では、白いはずの被り物を赤く染めた花嫁が、不可視の敵を相手に飛び回って踊っている。
 見たところ、あの剃刀花嫁は敵の気配を完全に読めているわけではない。右へ左へと跳ぶことで敵の狙いをできるだけ逸らし、おそらく、単なる経験と勘で虚空に刃を振るっているだけだ。それでよく当たっているのは、やはり女の勘というやつだろうか。
 只人の類にしてはよく戦っているが、敵の数が増えてはそのうち限界が来る。生かしておくには、援護も必要だろう。――あれが親玉の標的である以上、泳がせて大物を釣るのが得策だ。

 向こうからあまり悟られないよう、弾の届く距離を保って、……八束が次に選んだ戦場は、ビル四階ほどのテラス・スペースの植え込みの陰。
 ただ攻めることを考えるならば、もっと高い位置を取ることもできる、ただ、それでは敵に居場所を教えているようなもの。このくらいの渋い位置が、八束好みだ。
 もちろんその分遮蔽は多いが、もう一段と狙いを澄ませばそれでよし。
「変に動くなよ、嬢ちゃん」
 呟きは届かない。
 一発、二発と撃つごとに、『スペクター』の迷彩が解け、『ピュア・ブライド』の花嫁衣装に返り血が増えていく。……女の頭が次々と爆ぜる光景はまあ悪趣味だが、古今東西、化生とは悪趣味な姿をとるものだ。

「――さて、そろそろかね」
 これだけ数を減らしてやれば、気付かれなくては嘘の頃合いだ。
 見つかっていないということはない筈だが、姿も見えず、首筋を撫でる気配すらない。敵の妙な技術は本物らしい。
 ――けれど、狼の鼻を誤魔化せるものか。
 革に染み付いた、血のにおいがつんとする。
 八束は“古女房”を槍へと転じ、懐から銃剣“悪童”を抜いた。この程度、獣の性を顕すまでもない、ほんの、ひと咆えだ。

『お、ォ――――』

 低く、重い人狼の咆哮が大気を洗う。ところどころで、波と波とがぶつかるように可聴域外の音がざわめく。なるほど、これが超音波というやつか。……咆哮を叩きつけて、その位置を燻り出す。
 そこからは簡単だ。ここまでの狙撃に次ぐ狙撃、続いた集中のあとに訪れた息抜きですらある。
 “古女房”を薙げば、すぐそこに胴らしき手応え。その体の重みを銃身に乗せて、勢いのままにもう一体に叩きつける。最後の一体には、花嫁と同じ手だ。振り返りざまの銃剣を一発。
 この三体ですべてか。さて、新手の気配は――。

「――さっきのは、キミがやったのか」
 八束の目の前に舞い降りた女は、黒の拘束着ではなかった。重たそうな白い腰巻が、血に濡れてぞろりと揺れる。――あの、花嫁だ。
 ……この街には本来あるはずもない狼の声だ。流石にバレてしまったか。

「ヒーロー殿かな? 邪魔しないで頂けると助かるのだが」
「そんな大層なもんじゃあないさ。俺は、ただの送り狼だ。――今はな」
「なるほど、好い表現だ」
 今のところは互いに利がある。道中の安全は保証するが、それより後はどうとでも。……意を得たり、と言うように、猟兵と花嫁は静かな笑みを交わす。
「では、お言葉に甘えて。しばらく色男の同伴に預かるとするよ」
「おう、気を付けろよ」

 ――また摩天楼へと跳んでいく後姿を見送って、八束は笠の位置を直す。
 相手に存在が知れたところで、自分のやることは変わらない。
 魍魎は仕留める。
 悪党は生け捕り。
「……狐狩りのウサギには、長持ちして貰わんとな」

成功 🔵​🔵​🔴​

鈴木・志乃
……悪趣味極まりないというか
どうも、ヴィランさん
ヒーローのブラックです
知らないなら覚えて帰ってね!

嗚呼、負の感情が充満してる……
本当、嫌だねこの環境……
オーラ防御常時発動

UC発動
光の鎖を【念動力】で操り、各個撃破を狙うよ
敵の動きを【第六感】で【見切り】【早業武器受け】からの【カウンター】で【なぎ払う】

その負の感情こそ私の力になる
……これ以上戦闘を繰り返さないでくれない?
私、命を傷つけられるのはいっとう嫌いなの

囲まれた場合、自身を中心とした【全力魔法】の【衝撃波】で一切合切を【なぎ払う】

失われた命が戻らなくても
貴方を殺す道理はないよ



●黒は何にも染まらない
「……悪趣味極まりないというか」
 鈴木・志乃(ブラック・f12101)は、大通りの惨状を見て眉をひそめる。
 煉瓦模様の軽やかな歩道は、ところどころが血に染まっていた。本来なら、昼下がりの散歩にうってつけの素敵な場所だろうに。……『スペクター』たちがヴィラン狩りに集中しているため、その血のほとんどが悪党が流したもの。それは、不幸中の幸いと言っていいのだろうか。
 否。決して、そんなことはない。

 志乃は真っ直ぐに歩む。行き先はもちろん、この戦いの中心地。――『ピュア・ブライド』のもとへ。
「どうも、ヴィランさん。――ヒーローの『ブラック』です」
 低く震えた声に、血塗れの花嫁姿がゆっくりと振り返った。今しがた喉を切り裂いた『スペクター』を蹴り転がし、弧を描くその血の向こうで、彼女ははてと首を傾げる。
「すまない、その名は存じ上げないが――」
 少年めいた容姿の志乃を見定めるように一瞥し、微笑とともに剃刀を左右に振る。
「未来の花嫁を傷つける趣味はないんだ。どいてくれないか?」
 その気障ったらしく見透かすような態度が、志乃の怒りに油を注いだ。……こちらは、本気なのに。左腿の聖痕が焼けつくような光を放ち、淡く輝く光の鎖が展開される。
「――知らないなら、覚えて帰ってね!」

 強く念じて命じれば、鎖は意志を持ってのたうった。
 それは木陰に潜んでいた『スペクター』に殺到し、光をもって焼き尽くす。当人には無用な痛みを与えないように、周囲には無用な恐怖を与えないように。一瞬で、『救う』。
 神の加護を受けた神子の姿。その黒い髪から、白く可憐な花がこぼれて揺れる。
 続いて、――背後からの暗器の一撃を、微動だにせず鎖で受ける。もう一体が不意打ちを狙ったようだが、振り返るまでもなく見切ることができた。返す力で薙ぎ払い、この敵もまた灰燼へと返す。
「……嗚呼、」
 負の感情が、空間に充満している。
 それはたとえば、『スペクター』たちが志乃へと向ける嗜虐的な殺気。そして、オブリビオンから逃げ惑う人々の恐怖や悲しみ。大量の呪いが、いらくさのようにしくしくと志乃の肌を刺す。
「本当、嫌だねこの環境……」
 ――しかして、『呪いは祈り』。その負の感情こそが、彼女の力となる。

 静かな歩みで『敵』を各個撃破しながら、志乃はまた別の『敵』に語り掛ける。……独りよがりの基準で多くの命を奪った、目前の連続殺人犯に。
「……これ以上戦闘を繰り返さないでくれない? 私、命を傷つけられるのはいっとう嫌いなの」
「それはキミの芸術論だ。ボクの芸術論じゃあない」
 一瞬息を呑んで、――志乃は絶叫する。
「殺人でアートを騙るんじゃあないッ!」
 神子としての矜持だけではなく、人としての矜持まで侮辱するのか。
 怒りが、全力の魔法が、身体じゅうから迸った。声に乗った衝撃波が、『スペクター』たちも、眼前の『ピュア・ブライド』も、一切合切を薙ぎ払う。

「――っく、」
 よろめいて、しかし花嫁は立ち上がる。
「……腹の底に響く、いい声だ。でも、ボクには殺すべきひとがいる。邪魔、しないで」
「ふざけるな」
 たとえその殺意の剃刀が、今はオブリビオンへ向いているのだとしても。……志乃は、その言葉を赦すわけにはいかない。
「誰が傷つくのも見たくないから。――失われた命が戻らなくても、貴方を殺す道理はないよ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヘンリエッタ・モリアーティ
【鎧坂探偵社】
結婚って契約よね
契約するに必要なのは紙とペンと金
愛情がないのに結婚したいの?
……愛情不足な現代なのかな

ダークヒーローとして生きたまま捕まえたいし
やりたい事はやりたいのは向こうも同じ
そうよね、ピュア・ブライド
「ウロボロス」です、どうぞよろしく

【苦界包せよ円環竜】で私は民衆の救助込みで動きましょう
暴れられるって素敵
でも守る方がもっとやり甲斐あって好き

灯理が殲滅するといったなら
絶対に殲滅する。
だから、心置き無くやる

『応龍』でサーモグラフィー起動
透明になろうが
さすがに熱までは隠せないでしょ

つがいに余計な負担はかけない
助け切ったならあとは怪力で戦う
くたばれ塵芥が、あまり怒らせるなよ――!


鎧坂・灯理
【鎧坂探偵社】
六月の結婚も愛のない婚姻もマイナスでしかない
ピュア・ブライドの思考には共感も納得も出来る
だから彼女の邪魔はしない
今は、まだ

民衆は我が伴侶が守ると言った
だから、そちらは思考から外す
私の役割は敵を絶やすこと
征くぞ――傲れよ私の心

私に恐れろとほざくか過去の残滓 肉塊共め
馬鹿々々しい お話にもならない
お遊戯に必死で哀れだな
図に乗るなよ三下 格の違いを教えてやる

不遜に横柄に高慢に、傲れば傲るほど強くなるのがこの技
念動力で潰し、砕き、弾けさせる
負傷は生命力吸収で治す
瓦礫を退かしついでに投げてやってもいい

ああ、もう飽きたよ
直接分子を動かして熱エネルギーを暴走させよう
焼尽滅相、燃え尽きろ



●ケーキのように征野を分けて
「結婚って契約よね」
 つがいと並んで歩きながら、ヘンリエッタ・モリアーティ(Uroboros・f07026)は落とすように呟いた。
 彼女がここで言う契約とは、旧き信仰や魔術における誓いの概念を指してはいない。形骸化した社会的契約。必要なのは、紙とペンと金。
「愛情がないのに結婚したいの? ……愛情不足な現代なのかな」
「ああ。――六月の結婚も、愛のない婚姻も、マイナスでしかない」
 その横で、鎧坂・灯理(不退転・f14037)は青空を仰いで言葉を浮かべた。ジューン・ブライドとは、元々は挙式の少ない雨の季節を補う商業的戦略だったか。折角の晴れの日なら、文字通りのこんな快晴が一番だろうに。
 ――『ピュア・ブライド』の思考には、共感も納得もできる。だからこそ。
「彼女の邪魔はしない。今は、まだ」
「ええ。ダークヒーローとしては、生きたまま捕まえたいし。やりたい事はやりたいのは向こうも同じ」
 題材ひとつで純愛について語らって、仲睦まじくふたりは進む。
 瓦礫。
 血痕。
 バージン・ロードと呼ぶには少々賑やかすぎる大通り。
「――そうよね、『ピュア・ブライド』」
 その先に待つ、彼女と対峙するために。

「――ああ、」
 ヴェールの向こうの誰かの貌には、さすがに疲労の色が見えた。途切れそうな息を整えて、『ピュア・ブライド』はしかし不敵に笑う。
「今日は妙にヒーローが多いね」
「いや。私はそういう柄ではなくてな」
 灯理が左手で隣を示すと、ヘンリエッタは細い体を軽く折った。
「『ウロボロス』です。どうぞよろしく」
「よろしく。見たところ同じ穴かな。……邪魔は、しないでくれるんだね?」
「勿論。あなたはあなたの成すべきことを」
 その言葉に、『ピュア・ブライド』はしばし俯いて考え込んだ。紅をさした唇に、清楚な白い爪を当てて。
「――次に狙われるのは、このあたりの式場のはずなんだ」
「それは、あなたと追いかけっこをしているオブリビオンの話?」
「ああ。彼は気まぐれなようでいて、下準備に凝るところがある。大きく計画を変更はしないだろう」
「何故、私たちに?」
「どうやら、ボクが辿りつけるとは限らないようだから」
 花嫁は、縁石を蹴って舞い上がった。ほんの少しだけ振り向いて、番うふたりに微笑みかける。
「――キミたちも、この先、佳き生活を」

 情報は脳髄にだけ留めて、灯理とヘンリエッタは周囲を改めて睥睨した。ここは征野だ。推理の時間はもう少し後。
「殲滅する。『焔』で往く」
「なら、私は民衆を護りましょうか」
 作戦はほんの数言、それで通じる。――その取り決めは、旧い意味での契約に似ていた。

「――苦界包せよ円環竜《コール・ミー・ウロボロス》」
 そのコードを呼んだ瞬間、ヘンリエッタの掛けた黒縁の眼鏡――自立型解析支援AI『応龍』がホロディスプレイを展開する。視界を切り分ける線が走り、三次元の図形が頭の底へと叩き込まれる。一瞬で地形を把握。
 ……ヴィラン一人追うには必要なかろうに、オフィス・ビル街はところどころが破壊されつつあった。『スペクター』の持つ嗜虐的な性質ゆえか。逃げ惑う民衆を、手慰みに傷付けようとする個体がいるらしい。
 その排除が、ヘンリエッタの急務だ。
「暴れられるって素敵」
 竜の瞳が輝いて。
「――でも、守る方が、もっとやり甲斐あって好き」
 灯理は殲滅に回ると言った。ならば、絶対に殲滅は為されるのだ。自分は心置きなく、救助に集中すればよい。

 逃げ遅れは多くはないが、無視できる数でもなかった。カフェの屋外席に、恐怖で動けない女性客。大きく抉られた上階で、昇降手段を失った会社員が数名。瓦礫の向こうで、子供の泣く声。
 すぐにでも助けたいが、まずは警戒だ。……熟しに熟した彼らの恐怖を、刈り取ろうとするものが居る筈だから。
「――『応龍』」
 透明になろうが、超音波で気配を消そうが、さすがに熱までは隠せまい。
 サーモグラフィーを起動すれば、視界の一部が極彩色に切り替わり、――昏い熱の影が『視』えた。人の姿をした死が、ひたひたと、女性客の背後に忍び寄っている。
 ヘンリエッタが手をかざせば、その意志に呼応して黒く豪奢な槍が姿を顕す。
 飛竜の一撃が、不可視の『スペクター』の喉を突く。細い顎をかち上げ、その裏の薄い皮膚を射止め、脳漿まで一撃。
 ……その死体が倒れる段になって、女性客は初めてそれを視認する。
「ひ……!」
「あなたは逃げて」
「や、……あ、」
 恐慌するばかりの女に、ヘンリエッタは声を落として、ゆっくりと。
「このビル、七階の廊下に、逃げ遅れた人たちがいる。あなたが救助を呼んで。安全な場所まで移動して、電話をかけるの」
「……ぁ、は、――はい」
 一度思考が空になった人間は、具体的な指示を与えれば素直に動く。……立ち上がって歩み出す女性を見送って、ヘンリエッタは子供の救助に取り掛かる。
 救助が完全に終わったら、自分も敵の数を減らさなければ。つがいに余計な負担は掛けられない。
 細腕で瓦礫を持ち上げて、――背後に迫った『スペクター』に、力任せに叩きつける。
「せめて、標的ひとりに集中するぐらいの矜持を持てばいいのに」
 犯罪者の、風上にも置けない。
「くたばれ塵芥が、あまり怒らせるなよ――!」

「――さて、やるか」
 一方の灯理の側は、大量の『スペクター』を相手にしていた。こちらの集団は特に姿を隠すつもりもないらしい。『ピュア・ブライド』を追い、数で攻めようとする本隊だ。
 民衆は伴侶が守ると言った。だから、そちらは思考から外す。――外さなければ、この術理は最大の効果を発揮しない。灯理の今の役割は、ただこの敵を絶やすこと。
「征くぞ――傲れよ私の心」
 外付魔術、『高慢の焔』。
 黒髪に隠れたイヤーカフに魔術回路が走り、灯理の全身を紫炎で覆っていく。

『――その態度。よほど恐れを知らないと見える』
「ああ、喋れたのかね」
 何事か低く鳴く『スペクター』の一体を、灯理は冷たく見下した。そう、この態度だ。この態度でこそ。
「――私に、恐れろとほざくか。過去の残滓、肉塊共め」
 遊歩道を散歩していた只人どもになら、これで恐怖を与えることもできるのだろう。だが、如何なる異能も、小手先の技術も、この焔の前に意味を成すものか。
 ――『高慢の焔』。その名の通り、不遜に横柄に高慢に、傲れば傲るほど強くなるのがこの技だ。
 この程度の敵に武器は不要。その慢心にすら似た蔑視こそが、最大の武器となる。

 それは、単純な念動力だった。
 眉ひとつ動かさず、言葉を紡ぐ唇さえも涼しいままに――眼前、『スペクター』の首から腰が捻じれ、ごとりと崩れ落ちる。
 ……その一体は皮切りに過ぎない。付近一帯、触れるほどの距離にもない敵という敵が、潰れ、砕け、弾け飛ぶ。
 異常を察した群れは、即座に捨て身の策を選んだようだ。なんとか灯理に一撃を入れようと全力で駆け、……順に膝を折られ、歩道に叩きつけられていく。健気と評してやる気にもならない、心底無意味な選択肢だ。
「馬鹿々々しい。お話にもならない。――お遊戯に必死で哀れだな」
 なんとか辿り着いたナイフの一撃を、右腕で無造作に受ける。単なる人間に過ぎない灯理の肉体は、一度は大きく裂けて血を流す。
 しかし、それすらも些事だ。崩れていく『スペクター』、その筋繊維を片手間にすくってやれば、……吸収された生命力が、見る間に傷を治癒していく。
「図に乗るなよ三下。格の違いを教えてやる」
 手頃な瓦礫を群れへと放り投げて、哀れに轢殺される敵を鼻で笑う。
 ……退かした瓦礫の向こうに、つがいの姿が垣間見えた。あちらも順調そうだ。ふと過った暖かい感情は、今のところは抑えておこう。

「ああ、もう飽きたよ」
 気を取り直して、高慢の焔を再び燃やす。これ以上ニュートン力学の土俵で踊っていても埒が明かないし、大して面白くも思えなかった。いっそ、直接分子を動かして熱エネルギーを暴走させようか。そうだ、その方が効率がいい。

「――焼尽滅相、燃え尽きろ」

 蔑みの言葉ひとつで、膨れて爆ぜる体組織の群れ。その最期は、まあまあ見物だったかもしれない。
 ……式の余興には、御免だが。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

矢来・夕立
ほうほう法的措置。

まずはシゴトです。
終始《忍び足》で行動。
周囲の猟兵さんや花嫁さんに声をかけておきます。
目ェ瞑っててください。耳も塞いどいて。

【紙技・紙鳴】。スタングレネードですね。
集中力・視覚・聴覚を削ぎます。
狼狽えてる間に《暗殺》でできるだけ減らす。
気づかれる頃には敵を掴んで肉の壁にしつつ《だまし討ち》。

花嫁さんの考えを否定する気はありません。
寧ろそういう一種の縛りがある殺しには交換すら持てます。
…ええ、無駄だらけの殺り方ですよ。これは。
殺す相手を選んで、信条に添って殺している(生きている)。
どう思ったところで「狂った人殺し」という客観的事実は変わりませんけどね。



●インサイド・アウト
 ――ほうほう。
「法的措置」
 グリモアベースで言い含められた作戦の意義を、少年はひとり口ずさむ。
 それはつまり、人命のひとつふたつ、その総量が問題にはされていないということだ。あくまで合法、向こうが無法、その建前こそが重要になる。
 ――悪事はご法度。
「普段の流儀には反しますけどね」
 ウソである。
 矢来・夕立(影・f14904)に、普段の流儀は特にない。

 いかにも平均年収が高そうなオフィス街、すっかりひらけた歩行者天国を、夕立は堂々と忍び足で進む。
 音を立てないのは『忍び』足としては初歩の初歩。――ちょうど、あちらのスクランブル交差点で、花嫁が視線を惹いてくれている。ちょろいものだ。敵の視界の合間をくぐり、認識の死角を縫って、あくまで等速を崩さずに。
 もし見つかれば、暇な学生が散歩でもしているようにすら見えるだろう。仮定の話、『もし見つかれば』。
「まずはシゴトです」
 ついでに携帯なども弄ってみせたりして。
 ……周囲の同業者の皆さんには、ひと通り声をかけておいた。ここから先の仕事には、少々根回しが必要である。
 彼ら彼女らが暴れまわってくれたお陰で、もはや『集団戦』というよりも『残党狩り』の様相だ。……ここから一番の大仕事は、ともすれば、この最後の一声かもしれない。
 足を止めれば、植え込みの向こう、――真っ赤になった花嫁姿。
 彼女にも、全く同じ伝言がある。

「花嫁さん」
 虚からの声に、彼女は鋭く振り返った。剃刀を構えてこちらを見て、判断を迷うように目を細めるばかり。
「悪いコトは言いませんので。目ェ瞑っててください」
「なんだいキミは。藪から棒に」
「耳も塞いどいて」
 口で言っても足りないか。敵意がないと示すように空の両手を差し出して、――花嫁の空いた左手を引く。
 挨拶代わりの騙し討ち。
 咄嗟の受け身を取った彼女を傷つけないよう転がして、頭を地面に伏せさせる。そっと。……いや、割とぞんざいに。
 ――仕方ないなと言いたげに、花嫁はこちらの言う通りにした。

「さて、暫しお暇」
 千代紙箱から、ころんと丸い立方体が転がった。
 閃光。
 雷鳴。
 一帯を包む暴力が、視覚と聴覚をつんざいて唸る。

「……なるほど、派手な演出だ」
「スタングレネードですね」
 紙技・紙鳴《カミワザ・カミナリ》。風船の式紙。その概念を彼女に説明している暇はない。これで稼げる『お暇』は、文字通りの『暫し』に過ぎないのだから。
 続きの千代紙がはらはらと舞う。結婚式の紙吹雪にしては少々派手で――物騒だ。狼狽える女たちの首に、眉間に、次々と黒揺の花が咲く。肉に根付いて、破壊する。
 あとは掃除のようなもの。
 ゴミのひとつを拾い上げて、ていのいい肉壁とする。――有難いことに、今日は皆さん骸の海への帰りが遅い。そろそろ敵にも気付かれるし、隣のヒトには盾が要る。

「送ります。行き先があるんでしょう」
「――おや、いいのかい?」
「『本物は壊さない』でしたっけ」
 彼女がそれと定めた使命を、社会の表に出しておけない考えを、否定する気は毛頭なかった。
 殺す相手を選んで、『信条』に沿って殺している《生きている》。進化の過程で獲物を選ぶように。そうしたイキモノであるように。
「そういう、一種の縛りがある殺しには好感すら持てます」
「さっきのキミのような?」
「ええ」
 ――話し込んでいると見せかけて、迫る暗器を肉壁で受ける。
 骨と骨の間に武器をとられた一瞬の隙を、返す刀で一閃。……今崩れたのが、最後の一体か。
「だから、リスペクトしてみましたよ」
 その通り。
 先から今まで、これは無駄だらけの殺り方だ。

「お褒めに預かり光栄だが、それはどこまで本心だい?」
「わりと本心ですけどね」
 曲がりなりにも。
 それなりにも。
「ならよかった。――真実のない演出は、虚しいからね」
 血塗れの微笑みが、やわらかい。
 こうしてゆっくり眺めてみれば、虫も殺せぬ顔の小柄な女性だ。その顔も、体躯も、どこかしらの借り物らしいけれど。――その『信条』は、借り物ではない。
 自分にないものを見たときは、評価しておくに限る。嫉妬だなんて、疲れてしまって、とてもとても。
「このあたりの式場、ですよね」
「ああ。――ボクは、行かなくちゃ」
 光と影は並んで進む。これから少し寄り道をして、おそらく最後は刑務所へ。
 護るも騙すも法的措置だ。
 ――誰がどう思ったところで、彼女が『狂った人殺し』であるという客観的事実は変わらないのだから。

成功 🔵​🔵​🔴​




第2章 ボス戦 『ノーラフス』

POW   :    手品だぜ。ジャジャーン!
【両掌】から【高圧電流】を放ち、【感電】により対象の動きを一時的に封じる。
SPD   :    俺様が、あー……テキトーに調合した特別性さ
レベル分の1秒で【玩具の銃から毒ガス】を発射できる。
WIZ   :    いい顔してるだろ? 死んでるんだぜ、たぶんな
戦場で死亡あるいは気絶中の対象を【ピエロメイクの狂人】に変えて操る。戦闘力は落ちる。24時間後解除される。

イラスト:カス

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠化野・右京です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●大都会の眠れる森
 きらびやかなオフィス街と、閑静な高級住宅街。――ちょうどその間の坂道に、静かな森があった。
 小さなブライダル・リゾートを包む、人工の森だ。

 血塗れのドレス姿、ヴィラン『ピュア・ブライド』。彼女を追う――もしくは伴う猟兵たちは、その木立の中で喧騒を聴いた。祝いの席には相応しくない、戸惑いと、悲鳴。
「遅かったか――?」
 彼女と道を違えたオブリビオンは、未だ結婚式場の襲撃計画を続けているらしい。となれば、此処が『当たり』か。
 石畳の小径を抜けると、真新しい白亜のチャペルがそこに佇んでいた。
 重い扉は、ひとりでに開いた。

 照明の落ちた室内。
 客席に折り重なる人、人、人。
 何かが焦げるような、鼻をつくにおい。
 ――その先に、白塗りの道化師は立っていた。

「……『ノーラフス』!」
 男の名を呼んで、花嫁はバージン・ロードを駆ける。激昂のままに、何の変哲もない剃刀をひとつだけ携えて。
「あくまで『本物』を壊す気か!」
「君が言ったんだろ? 『ピュア・ブライド』。芸術の形は人それぞれ違うんだぜ」
「キミのそれは、ただのヴァンダリズムだ!」

 ――怒りに我を忘れた彼女は、重要なことに気付いていない。
 逆に言えば、君たち猟兵は気付くことができる。この場に倒れている被害者たちは、――皆、『まだ息がある』。電流か、なんらかのガスの類か。彼らは単に意識を失っているだけだ。
 殺そうと思えばすぐに殺せるものを、なぜ、そうしていないのか。

 ……かち、かち、かち。

 天井から、席の下から、窓のふちから、照明の陰から。時計仕掛けの不吉な音が一斉に響きだす。
「これは……?」
「お? 気付いたね。――簡単に言うと、順番にドーン! だ! そこで倒れている参列者、助けなくっていいのかい? ……殺すしか能のない君には、歯ごたえのある設定だろ」

 ――『ノーラフス』。
 かつて、冷酷で残忍な知能犯として名を馳せたオブリビオンだ。その狂気から『笑い』を忘れてしまった彼は、あらゆる事件を、面白おかしく、自分が楽しむために――楽しむという感情を取り戻すために趣向を凝らす。
 猟兵たちのやるべきことは多いが、ひとつひとつはシンプルだ。
 動けない参列者を時限爆弾から護る。
 怒りに燃えるヴィランを止め、生かしたまま逮捕する。
 そして、オブリビオンを倒す。
 ……この状況もまた、彼が仕組んだゲームなのか。
須野元・参三(サポート)
気品高き須野元・参三の輝かしいサポートプレイングコンセプト
『苦労して悲惨な目にあいつつも、気品的活躍でなんかシナリオが成功させている』

気品と光る作戦で華麗的行動力だが
【存在感】強く【挑発】するため敵を【おびき寄せ】るので敵を誘引させるぞ
気品は痛いの嫌いなので悲鳴と罵詈雑言騒ぎながら【第六感】や【見切り】を使って回避したり
ワザと攻撃を受けたように見せかける【パフォーマンス】からの【だまし討ち】とかしちゃうぞ
攻撃は華麗に気品にエレガントに臨機応変的になんか頑張って描写期待してるぞ

性格・設定
気品高く高邁で地位の高い貴族で見栄を張っている
本当は気弱なため小物臭・ヘタレ・負け犬属性という言葉がよく似合う



●高貴なるものの責務
「――全く、事件と聞いて来てみれば」
 修羅場と化した結婚式場を見渡して、須野元・参三(気品の聖者・f04540)は溜息を吐いた。もちろん、気品高く、口元を隠して。
 エルフらしい整った容貌、すらりと長い脚、何より煌びやかな衣装は否が応にも人目を惹くが――彼女は赤い絨毯の上をを歩まない。戦場の中心ではなく、倒れている人々の元へ。
 有事において、まず弱き者たちを救うのが気品ある者の務め。
 ……決して、向こうでヴィランとオブリビオンが一触即発の雰囲気でなんだか怖いから、なんてことはない。そんなことは。絶対。
「さあ! この私が来たからにはもう安心だ。遠慮せず面を上げるといいぞ」
 被害者を助け起こすときにも、参三は気品を忘れない。ゆっくりと片膝をついて、招くように手を伸べる。優しさと上位を同時に示すのだ。
 言葉通りに、相手が床からその顔を上げた。
 白塗りのピエロメイクであった。
「…………?」
 咄嗟には事態を理解できず、周囲とちらと伺う参三。――周囲の被害者たちが、ゆら、ゆらと、覚束ない足取り身を起こす。その全員が、オブリビオンと同じ白塗りの化粧をして。『ノーラフス』の能力、気絶中の対象を狂人に変えて操る力である。
「ぅわ――!!!」
 須野元・参三、怖いのはやっぱり少々苦手であった。
 今気付いて身を隠そうとしても後の祭り。彼女の体から溢れ出る聖者の光は、薄暗い室内で敵集団を引き付けてしまう。
 転がって回避。
 受け身でぎりぎり気品を保つ。
 幸いにも素体が一般人なので、攻撃自体は大したことがない。冷静に考えれば、傷つけるわけにはいかないことが一番の難点のはずなのだが――そもそも見た目が怖すぎる。
 緩慢な包囲を見切って突っ切り、座席の下へ転がり込む。
「び、びっくりした。……びっくりした……」
 丸まって深呼吸。――立て直す。上流階級の自分にとって、下界での生活は驚きの連続。大したことはない。この生まれながらの気品力で、被害者たちを導いてやらなくては――。

 ……かち。かち。かち。

「ん?」
 ふと頭上に目をやると、テープに巻かれた爆弾とデジタル数字が目に入った。
 あと三秒であった。
「ぅわ――!!!」
 本日二度目の全く同じ悲鳴を上げて、参三は慌てて立ち上がる。椅子に頭をぶつけた拍子に、時限爆弾が外れて落ちた。あと一秒。もう迷っている時間はない。掴み、闇雲に放り投げると――。

「――――ッ!?」

 爆音が、戦場の中心で鳴り響く。

「ほう、やるね? 爆弾をこっちに返してくるとは」
 ……右手の袖を焦がした『ノーラフス』が、道化師の化粧を歪めて参三を見返した。
「あっ、」
 全くの偶然であるが。
「――ああ! この私の気品力の成せる業だな」
 その偶然すら味方につけて。
「年貢の収め時というものだ、『ノーラフス』。……道化師は本来、民を愉しませ、尽くすものだろうに」
 流れるように見栄を張れば、その啖呵に呼応するように――全身から聖者の光が溢れて満ちた。富める者の責務が、癒しの力が、操られた被害者たちを浄化していく。
「ふ、……計画通り」
 疲労と安堵の混ざった汗が、参三のこめかみを伝って落ちた。

成功 🔵​🔵​🔴​

鈴木・志乃
早業全力魔法対象オブリビオンのみ
敵視界ホワイトアウト目潰し&爆音炸裂聴力破壊
念動力炭酸水振りまくり爆発スプラッシュ罠使い
直後即UC発動
光をオーラ防御で蔽う
最寄り病院か遠くまでポイ
アド連歓迎

ごちゃごちゃぬかしてんじゃねぇぞアーティスト共が。痴話喧嘩なら他所でやれ
あたしにとっちゃ一人一人の人生そのものが芸術(アート)だ
だがお前らの心情は組んでやらん
片方は錯乱状態片方は過去の存在で論外
端的に言ってムカついた

人命救助最優先
敵UC通ったら第六感で動き見切り光の鎖念動力武器受け後ロープワークで捕縛
魔法で遠くにポイ

爆弾は第六感と音で見切るしかない
くっそまったく破れかぶれだな!
オーラ防御で爆風軽減



●もっと光を、なんて誰かは言うけれど
 ――ステンドグラスが砕け散った。
 こんな催し、扉をくぐってバージン・ロードを歩いてやる価値もない。陰気な空間の風通しもよくなるし、何よりこちらから入った方が敵オブリビオンが近いじゃないか。
 賠償なんてどうとでもなる。
 鈴木・志乃(ブラック・f12101)の思考回路は、怒りに燃えていた。

 手始めは光だ。割れた窓から降り注ぐ太陽にも負けない、熱いぐらいの聖者の光。
 立て続けに、爆音。大量の炭酸水のペットボトルを、念動力で限界まで振り混ぜた即席のスプラッシュだ。二酸化炭素の圧力が、指向性を持つ波となって標的の鼓膜を揺らす。
「ごちゃごちゃ抜かしてんじゃねぇぞ『アーティスト』共――」
 ホワイトアウト。
 親友譲りの大音声。
 視覚と聴覚を破壊して、クソみたいな場を仕切り直す。神の子が、その権能をもって俗物に告げる。
「痴話喧嘩なら余所でやれ!」
 ここは、曲がりなりにも教会だ。

 暴力的な光の後には、癒しの光が座席を包む。
 『ノーラフス』の動きを封じている一瞬の隙に、彼に操られる前に、志乃は被害者たちの魂に触れる。
 心の光《シンパシー》さえ通じれば、彼らは彼女の真の姿とよく似たかたちへ――小さな光球へと、姿を変えていく。
 人命救助が最優先。
 かち、かち。音を立てる時限爆弾がいつ爆発を起こすのか、志乃には読みとる手段がない。すべての光を自身のオーラで包んで護って、あとは少々手荒だが、……窓の向こうへ、ポイだ。大した怪我なく、最寄りの病院に辿り着くはずである。

「――成程、痴話喧嘩か」
 先に立ち上がったのは、花嫁姿のほうだった。オブリビオンを優先してて攻撃したからか、彼女の方がいくばくか回復が早い。……気絶まで持っていけたら、こいつにもユーベルコードを当ててやれたのだが。
「自覚がなかったな。言われてみれば、男と女の追いかけっこだ」
「その通り。みっともないことこの上ない」
「参ったな」
 志乃の怒りを余所に、ベールの向こうの微笑はへらりとしていた。――狂人め。理解してやるつもりもないが。
「人殺しの、何が芸術だって言うのさ。――あたしにとっちゃ、一人一人の人生そのものが芸術《アート》だ」
「おや、ボクの人生は含んでくれないのかい?」
「高尚気取りの駄作だね!」
 そんな駄作だとしても、人の作品を壊したりはしないだろう。そんな分別もつかない奴らの心情なんて、汲んでやらない。
 こいつは錯乱状態。
 もう一方は過去の存在。
 どちらも論外。飾る言葉なんてもういいや。
「端的に言って、ムカついた」
 ――光の鎖が、『ピュア・ブライド』を縛り上げる。剃刀による抵抗も軽くいなして、確保。
 このまま、ステンドグラスの残骸の向こうへポイだ。こいつも最寄り病院に直接叩き込めば面倒がないな。志乃が算段した、その時だ。

 かち。
「――そこまでだよ?」
 低い男の声とともに、時限爆弾のひとつが爆ぜた。

 ……『ノーラフス』が体勢を立て直したのか。身に纏うオーラで爆風を軽減してやれば、ダメージ自体は大したことがないけれど。
「くっそ、」
 念動力への集中を乱されて、光の鎖が揺れてしまった。床に落ちる『ピュア・ブライド』を睨んで舌打ちをひとつ。……もう少し、こいつらの下らない劇場に付き合わなければならないか。
 ここから先の作戦はない。続けて、ひたすら怒りをぶつけるだけ。
「まったく破れかぶれだな!」
 ――けれど、外道相手に怒ることの何が悪い。志乃の表情は、ひたすらに真っ直ぐだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

矢来・夕立
花嫁さんのコトはいったん囮に使わせてもらいます。
《忍び足》で式場内に潜入。
【紙技・真奇廊】の中へ参列者を回収。
お揃いのメイクになられても嫌ですし、しばらくココに隔離しときます。
救助なんてホントにガラじゃないんですけど、
シゴトをミスったって汚点が残るのに比べりゃマシってコトで。

問題は花嫁さんの方です。
説得した程度で止まってくれるとは思えないんですよね。
《暗殺》の要領で気絶させて、彼女も仕舞っちゃえたりしません?
しませんかね…曲がりなりにも人殺しだしな。
スキを見せてくれないならそこは諦めますよ。

あ、…ピエロさん?終始無視しちゃってすみません。
気が合わないそうにないのでシカトさせてもらいました。



●クローズド・シンク
 人の視線なんて簡単なものだ。見たいものしか見ないのだし。
 交錯する闇と光に紛れて、矢来・夕立(影・f14904)は相変わらずの『忍び』足で式場内に潜入していた。さて、堂々と扉をくぐったのか、はたまた割られた窓を使ったのか。――誰にも見られず中にいるのなら、結果は同じだ。
 何にせよ、今は『ピュア・ブライド』が戦場の視線を集めてくれている。花嫁衣装というものには、着用者を『主役』と認識させる力がある。
「いったん、囮に使わせてもらいます」
 聞こえないよう言い置いて、夕立は自分のシゴトに取りかかる。

 手の平で転がすのは、千代紙を組んだ形の小さな立方体。夕立の操る式紙がひとつ。
 ――紙技、『真奇廊《シンキロウ》』。
 それを倒れている参列者に軽く触れさせてやれば、――入口も出口もない立方体の中へ、彼らは吸われて消えていく。気絶している以上、抵抗するも何もない。
 この内側は、見かけよりもずっと広い、果てのない夜空だ。頂点も辺も存在しない。居心地の良し悪しは、まあ個人の好みによるだろうけれど。
「ひと足早い二次会ってコトで、ひとつ」
 先程のように、お揃いのピエロ姿になられても面倒だ。しばらくはここに隔離しておこう。
 ……『隔離』といえば聞こえが悪くてよく馴染むが、結局、これは実質上の『救助』。
「ホントに、ガラじゃないんですけど」
 それでも。グリモアベースを介して猟兵を名乗っている以上は、合法性も注文のうちだ。予知通りのスプラッタ劇場は御免被りたいところ。
 ――『シゴトをミスった』という汚点が残るのに比べれば、マシ、ということで。

「さて。問題は」
 ――あちらの花嫁のほうだ。個人的な好感を吹いてみたところで、彼女は目下、違法性の塊である。
 説得した程度で止まってくれるようなタマとも思えない。あれは、意識を持って『生きている』。その目に光がある限り、彼女はこの『真奇廊』にも抵抗するだろう。
 となれば、ものは試し。
 その意識さえ奪うことができれば。暗殺術を活かしつつ、そこから殺の字を除い。、――下手に殺傷力のある式紙よりも、脇差の柄尻あたりを当ててやるのが得策だろう。

 静かに。
 密かに。
 あらゆる技はこちらが上。
 ――理屈の上では、失敗しようもない一撃だ。

「ッ、……キミか!」
 けれど、『ピュア・ブライド』は踵を返して剃刀を抜いた。そんなもので傷を負う夕立ではないし、攻撃としては成立していない。ただし、こちらの奇襲も成立しなかった。
 さすがに無理か。
「――曲がりなりにも、『人殺し』だしな」
 理由、切っ掛け、技術論。その軽重に関わらず――ヒトを殺すか、殺さないか。その此岸と彼岸には、説明しがたい差異がある。
 少年はそれを良く識っていた。
 殺す方が此岸だ。
「ま、スキを見せてくれないなら、そこは諦めますよ」
「温いな。……『命までは取らない』なんて、そもそもボクたちには似合わないよ」
「仰る通りで」
 
 彼女は、彼女の殺しに戻ればいい。こちらは――そういえば、オブリビオンは雑に殺してもいい筈だったけれど。
「ぁ、……ピエロさん?」
 そういえばあっちに居たか。忘れていたとまでは言わないが。終始無視してしまって申し訳ない気がしなくもない。こともない。
「そちらとは、気が合いそうにないので」
 ――今回はシカトということで。
 その視界に入ることすら選ばずに、影はまた影へと消えた。

成功 🔵​🔵​🔴​

安喰・八束
ウサギは役目を果たした。
……此処からは狼の時間だ。

銃は抜かせねえ。
真の姿、狼の眼でノーラフスを見定め(見切り)
「狼殺し・九連」で体に帯びたままの玩具の銃を叩き落とす。(スナイパー、武器落とし)
誰かが気を引いててくれるんなら尚のこといい。

弾は一発も当てやしねえよ。
ご注文はウサギの生け捕りだからな。
正直祝いの席を踏み躙る悪趣味は、俺にとっちゃあどっちも変わらんが
そこにお前さんの通す筋があるってんなら……
ウサギの刃を拝見するのも、悪くない。(援護射撃)



●幕間と乱痴気騒ぎ
「――あーあ。君と俺とで組み続ければ、もっと楽しい計画が……」
 白塗りの男は、メイク任せの笑顔のままで首をすくめた。
「ないか。でもさ、そんな剃刀で俺は殺せないぜ。ちょっと考えれば判ったろ?」

 問われた花嫁は、しかし一歩も退かずに微笑んだ。
「殺せるかどうかと、殺さなきゃいけないかどうかは違うだろ」
 言葉遊びの、狂人の論理だ。
「ボクは、キミを、殺さなきゃいけない」

 オブリビオンに過ぎない男は、深いため息を真似て見せた。
「君のそういう馬鹿正直なところ、結構好きだったぜ」
 大して本気でもなさそうに、玩具の銃を向けようとして――。

 ――玩具ではない本気の銃弾が、その手を貫いた。

●郷に入りては
 ――猟銃の銃口が、ゆるくたなびく煙を吐いて。

 外れかけた式場の扉に、一頭の人狼が立っていた。安喰・八束(銃声は遠く・f18885)の真の姿だ。――これを送り狼と呼んだのは、少々洒落になっていなさすぎるか。
 キツネ狩りのウサギは役割を果たした。狼は、狩りにウサギなど使わない。
 銃も使わないかもしれないが、これは単なる“古女房”だ。
 ――狼の嫁が、速さで玩具に劣るはずがない。
 此処からは。
「狼の、時間だ」
 玩具の一つは抜かれるより前に叩き落とした。――狼の鋭い眼は、その続きも見落とさない。腰元、襟口、袖の中。男の身体のところどころに、玩具の『予備』が隠されている。すべてを見抜いて、狙いを定める。

 狼殺しの九連撃。
 二発目、三発目、その全弾が武器落とし。
 ――九発目の引鉄を、弾かずに止める。敵の武器はすべて撃ち落としたが、最後の一撃が残ってしまった。
 これを『敵』に撃ち込めば、狼の呪いが身体を蝕むだろう。
 擦り減らされた本能が、血の臭いを求めて叫ぶのだ。敵だけではなく味方の血をも捧げよと、八束に訴えかけてくる。
 ならばこちらも問うてみようか、――長い付き合いになる病だが、未だにお前の物差しが判らないことがある。

 敵とは何で、味方とは何だ。

「ちぇ、ショーの前にタネをバラすなんてなあ」
 己の身体にいくらか空いた穴を気にも留めず、壊れた玩具を不機嫌そうに蹴り飛ばす男――あれは間違いなく『敵』だ。疑いよう無く化生の類だ。
 ……しかし、あの花嫁は、ただの狂った人間は『敵』か『味方』か。自分には決められやしないだろう。彼女を撃たずにいるのは、お偉いさんの注文がウサギの『生け捕り』だからに過ぎない。
 ああ、きっと、それだけだ。

 ただ、その『人間』は振り返って八束へ微笑みかけた。
「狼になった割には、まだ助けてくれるんだね」
「助けやしねえよ。お前さんも大人しくお縄につくんだな」
 形だけ、銃口をウサギへ移す。そのあまりに澄んだ眼を見て、八束は苦々しく牙を噛む。
「――正直、祝いの席を踏み躙る悪趣味は、俺にとっちゃあどっちも変わらん」
 そもそも八束の生まれた国では、祝言なんぞ家同士で取り決めたものが殆どだ。時々、それを嘆く俗っぽい芝居が流行りはするけれど、――あの国の人々の幸福が、紛い物だとは思えない。
 予知の席で聞いた通りだ。それが、人を殺す理由になるものか。
「けれど、な」
 それは、あの国の話なのだ。あくまで自分が見たものにすぎない。ほんの数十年のちっぽけな人生を振りかざして、自分だけが正しいような面をするぐらいなら。
 光り輝く飾りだらけの妙な世界に、お前の苦しみがあったのなら。
 そこに通す筋があるというのなら。
 敵も、味方も、戯言だ。

 最後の弾は、『ノーラフス』の脚を撃ち抜いた。
「――ウサギの刃を拝見するのも、悪くは、ない」

大成功 🔵​🔵​🔵​

鎧坂・灯理
【鎧坂探偵社】
(ステシと容姿が変更されましたが、単に真の姿になっただけです)

なるほど、得心したよ
安心してくれ、何がどうなろうと私は私だ
クールにマイペースに行こうじゃないか
――ありがとう、我が愛

救助は私のヒーローに任せて、
私はヴィランのサポートに徹しようか
使うは【体術:脳髄論】
細胞全て分の念動力で己を強化する
さあ――怪物が来たぞ!

電流をねじ曲げてお返ししようか
今の私には軽いものさ
ピュア・ブライドへの攻撃は片端から防ぐ
天井や椅子を剥がしてぶつけて隙を作ろう
疾くと死ね

ピエロが片付いたなら次は花嫁だ
先ほどは祝福をありがとう
ついでだ、素直に捕まってくれないか?
駄目か

ならば仕方ない
我々の愛に屈してくれ


ヘンリエッタ・モリアーティ
【鎧坂探偵社】

知能犯の多くはサディスト。
支配したがる傾向がある
たとえば――そう、この場。『雰囲気』とかね
惑わされないようにクールで行こうか、灯理
――うん、綺麗なひと

私は【暁光(リンカネイシオン)】でまず参列者たちの救助を
怒り狂うピュア・ブライドの攻撃から守りましょうか
爆発にも背を盾にする。大丈夫――直ぐに治る
「ワトソン」で細胞を活性化
傷つけば傷つくほど、痛めば痛むほど強くなれる
時限爆弾でのチキンレースなんて最高――ピンチはチャンスだから

ひっくり返す!!

お礼は結構、あなたもちゃんと捕まってちょうだい
愛のかたちを押し付けるのも、それを嗤うのも腹が立つ――。
本当の愛を見せてあげましょう
お味はいかが?



●解くまでもない問題と
「知能犯の多くはサディスト。支配したがる傾向にある」
 犯罪心理学者、ヘンリエッタ・モリアーティ(Uroboros・f07026)は静かに語る。
 彼女の知識をもってすれば、最早それは分析というよりも一般論を語るに近い。『ノーラフス』とやらの犯罪履歴を引っ張り出してくるまでもない。
「たとえば――そう、この場。『雰囲気』とかね」
 薄暗い室内。
 奇妙な服装と道化師のメイク。
 心音をせき立てるようなカウントダウン。
 そして何より――神聖な場所、祝いの席をわざわざ汚してみせる禁忌感。そうした要素で、恐怖と怒りを煽ろうとしているのだ。自分が、笑うためだけに。
「――なるほど、得心したよ」
 鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)は、時限爆弾のひとつを片手に相槌を打つ。コードをひとつ引き抜いてやれば、焦燥感を煽る音色は途絶えて死んだ。
 解けてしまえば稚拙な演出だ。挑むべき謎すら含んでいない。
「惑わされないようにクールで行こうか、灯理」
「安心してくれ、――何がどうなろうと、私は私だ」
 彼女たちとて、『つがい』の誓いを交わした仲だ。その上、この世界《アース》の文化にも馴染みが深い。式場という場所が持つ意味に、それを踏みにじる行為に、全く思考が揺らされないわけではないけれど。
「クールに、マイペースに行こうじゃないか」
 愛と愛とを繋ぐのに、『雰囲気』なんて必要ない。どんな瓦礫も喧噪も、自分たちで塗り替えてしまえばいい。乗り越えてきたし、乗り越えていく。
 スタンダードな儀式なら、戦いの後でいくらでも。
 今は、ふたりなりの誓いをとなえよう。
「――ありがとう、我が愛」
「――うん、綺麗なひと」

 バージン・ロードの真ん中で、『ピュア・ブライド』は自棄半分の攻勢に出ていた。『ノーラフス』が脚を撃たれたタイミングを、最後の好機と見たのだろう。
 花嫁衣装はところどころが破れて。
 借り物の顔には血と汗が滲んで。
 それでも。

 灯理は当然の前提をまず思う。――彼女は連続殺人犯、明確な犯罪者だ。
 チャペルを何度も犯行現場に選ぶのは、それだけの思い入れがあるということ。その言葉から察するに、怨恨でも、嫉妬でもない。ただ結婚というものに並々ならぬ美意識を持ち――他の思想で汚されることを許さない。
 そのために、リスクの大きい劇場型犯罪をわざわざ繰り返し、戦って、傷付いて、拒んでいる。
「……そこに、意志があるのなら」
 善悪を論じても意味はない。

 灯理の発達した脳髄が、その機能範囲を拡大する。首筋へ、肩へ、一気に全身の細胞へ。その全てにニューロンに等しい思考とPSIを発現させ、常軌を逸した念動力による肉体強化を可能とする。これは『脳髄論』であり、純粋な意味では体術の一種だ。
 ――たとえば。
 この力をもってオブリビオンを攻撃し、人々を救出するのなら、それはヒーローというやつなのだろう。しかし、その役回りは『私のヒーロー』に任せておく。
 鎧坂・灯理は、ただ、――あの花嫁の、行き着く果てを見てみたくなったのだ。
 向こうが演出頼りで来るのなら、こちらも彼女の幸福論を演出してやろう。ヴィランの悪の美学とやらを、ひとつ全力で援護してやろうではないか。
 だから、今の私は。
「さあ、――『怪物』が来たぞ!」
 そう名乗るのが、きっと適切だ。

 ヘンリエッタは戦場にあって、嬉しそうに微笑んだ。――今の私は、ヒーローの『ウロボロス』。灯理の少し可愛い期待には、精一杯応えなければ。
 そうと決まれば、残った参列者の救助が最優先。他の猟兵たちによってあらかた救助は済んでいるけれど、見たところ取りこぼしがまだ数名。……怒り狂う『ピュア・ブライド』の攻撃にも、『ノーラフス』の暴虐にも、巻きこませやしない。
 それぞれの位置を把握。爆発のタイミングを予測。
 最短ルートを一瞬で構築。
「暁光《リンカネイシオン》。さあ、――竜がお相手しましょう」

 ――かち、かち。
 焦燥を煽るこの音色は、考えを変えれば楽しげな響きでもある。時限爆弾でのチキンレースなんて最高じゃない、なんて。
 参列者を一人抱える。爆弾のメロディを背にして、――あえてカウントダウンを待つ。この背を盾にして、一般人を護るために。

 三。二。一。

「――――ッ」
 爆風が身を焼いた。自らぶつかりに行くなんて、考えてみればチキンレースとしては負けなのだろうけど。
「大丈夫――」
 直ぐに治る。腹の下から熱が溢れる。ヘンリエッタの身体に刻み込まれたUDC ――『ワトソン』が、全身の細胞分裂を加速していく。傷つけば傷つくほど、痛めば痛むほど、……守れば守るほど、強くなれる。
 だって、ピンチはチャンスだから――。
「――ひっくり返す!!」
 この不利こそが、酔狂こそが、私たちの愛だ。

「さて――」
 避難は済んだろうか、と灯理の全身は思考する。そして、つがいへの全幅の信頼を可決する。
 ……巻き込む心配さえ無くなれば、そろそろ決着をつける時間だろう。
 玩具の銃も、操る手駒も、『ノーラフス』の手札にはもう存在しない。『ピュア・ブライド』へ向けられる攻撃は、手の平の妙な装置から放たれる高圧電流のみだ。
 その全電圧を、灯理は念動力によってねじ曲げ、逸らし、――溜め込んできた。練り上げたこの一撃を、支配者気取りの道化師にお返ししてやるために。

「――疾くと死ね!」
 最大級の落雷が、『ノーラフス』の動きを止めて。
 天井が、椅子が、何もかもの構造物が引き剥がされて、導くような道となって。
 血濡れの花嫁が走って。
 そのベールをかきあげて。
 犯行の手口はいつも決まっている。誓いのキスの瞬間に――。

●解けないままの問題と
 祭りの終わったチャペルの中で。
「キミたちには、……礼を言う、べきなのかな」
 花嫁は、骸の海の残骸の中に座り込んでいた。その微笑みには力が無く、しかし、秋の空のように晴れやかで。
「お礼は結構」
「むしろ、先ほどは祝福をありがとう」
 灯理とヘンリエッタが歩み寄っても、『ピュア・ブライド』は逃げる様子も、……立ち上がる様子も見せない。もう、そんな力も残っていないのか。
「ついでだ、素直に捕まってくれないか?」
 灯理の問いに、花嫁はゆるゆると首を振る。
「……そうしたら、反省したフリになってしまうからね」
「では、駄目か」
「駄目でしょう」
 苦笑の灯理と対照的に、ヘンリエッタの反応は多少冷ややかであった。愛のかたちを押し付けるのも、それを嗤うのも腹が立つ。灯理が重んじるものは自分も重んじるけれど、そこのけじめは付けてもらわないと。
 生きて、償うのだ。幸いなことに――反省する機能を持たない異常者にも、償いを表明できるシステムが、この世界の法律には用意されているのだから。
 連続殺人鬼に手錠を掛ければ、この事件は無事解決だ。

「ならば仕方ない。――我々の愛に屈してくれ」
「ええ。――本当の愛を見せてあげましょう」

 殺人鬼が最後に味わった愛の味は、彼女以外が知る由もない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『満喫ブライダル店(Wドレス試着や撮影可』

POW   :    気合を入れてウェディングドレス(やタキシード)の試着と記念撮影

SPD   :    (恋人と一緒に、或いは1人で)種類豊富な色やデザインの中から運命を託す婚約指輪選び

WIZ   :    (選んだ婚約指輪を箱パカしながら)真剣に考えた言葉でプロポーズ(の予行演習)

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●その素顔は今も
「――『ピュア・ブライド』は正体不明。勿論、そのように」
 ガラス張りとは名ばかりの、高層ビルの一室。
 黒革のソファで向かい合い、男たちが談笑している。地上何十階の高度においては、なんてことのない日常の風景だ。
「あれが身内だと知られたら、うちも商売上がったりですから」
「業界全体の混乱も避けられませんしね」

 小洒落たテーブルの上には、一冊の雑誌が広げられていた。
『真実の愛を演出する、天才ウェディング・プランナー』
 そう題された特集記事。当人の顔は、別の雑誌で隠れて見えない。

「……天才、だったんですがねえ。あるいはそれがよくなかったのか」
「狂人を理解しようとしてはいけませんよ」
 下手側の男が笑う。
「何にせよ、あれは単なる殺人鬼。人間社会に適応できなかった社会不適合者です」
「違いない。――では、我々はこの辺りで。お手柄の皆さんをもてなす仕事がありまして」

 雑誌の上に、殺人鬼の逮捕を告げる一面記事が重ねられた。

●お楽しみはこれからだ
 ――さて。
 希代の凶悪殺人犯がひとり『ピュア・ブライド』は、猟兵たちの努力によって、無事生きたまま逮捕された。
 現行犯に近しい状況、犯行の凶悪性、ユーベルコードの攻撃性を鑑みて、捜査上の手続きはほとんど省略。ヴィラン用の特殊裁判を経て、彼女はものの数日で刑務所へと送られる運びである。
 新聞記事やネット・ニュースには、突如現れた『ヒーロー』たちを賞賛する記事が並んで、ほんの一瞬で消え――名誉以上の褒賞として、ブライダル業界とグリモアベースの協賛により、心ばかりの歓待が催されることとなった。

 ヒーローズアース全体、業界団体に加盟する全店舗。
 ドレスやタキシードの試着、食事コースの試食、式場見学、はたまた具体的な挙式のプラン立案まで――あらゆるサービスが、料金なしで受け放題だ。
 もちろん、事件とは関わりのないパートナーの連れ込みも大歓迎。
 陰惨な事件のことなどぱっと忘れて、華やかな舞台に身を委ねようではないか。
安喰・八束
(狼の血を無理やり引っ込めて)
……ああ。
酒が呑みてえ。
(擦り減った命を誤魔化しにかかる)

……おう臥待。
いやしてねえよ、鴨が来たなんて顔は。人聞き悪ぃなあ。
まあまあまあまあ
この異国だって祝い酒はイイやつ出んだろ?
果実酒だろうが泡吹いてようが選り好みはしねえぜ。

こんなところに紛れ込んじまったおっさんを哀れと思って。
な?
一献、付き合っちゃくれねえかね。

異国でも花嫁装束は白無垢なんだな。
……俺は甲斐性無しだったからなあ。
お互いそういう身の上でも無かったもんで
祝言もろくになあ。

すまねえな。
年食うと昔話が増えてよ。



●花に嵐のたとえもあるさ
 物々しく護送されていくヴィランを見送って、安喰・八束(銃声は遠く・f18885)は空を仰ぐ。手の平を夕日に透かしてみれば、もうすっかり元通り、人間の肌の色をしていた。
 こうして狼の血を抑え込むたびに、痒いような痛みが腹の底に溜まっていく。命など、今更誰にいくら呉れてやってもいいのだけれど、――削るその時の感覚だけは、どうにも、慣れない。
 この痛みとは、残りの一生、長く短い付き合いになるのだろう。
「……ああ」
 どうしようもなく喉が渇いた。
「――酒が呑みてえ」
 消せないものは、誤魔化すに限る。

 陰惨な事件が終わったとはいえ、まだ場の空気は生温い。火薬と血のにおいはだいぶ薄れたが、小綺麗に整った木立も、塗り込めたように白い建物も、本来の静けさを取り戻してはいなかった。
 そんな中に、妙に澄んだ声が響く。
「終わった? じゃあ、転送の用がある人は――」
 木陰からひょいと出た顔と、いの一番に目が合った。
「……おう、臥待」
「な、何さ。そんな、鴨が来たって顔して」
「いやしてねえよ、そんな顔は。人聞き悪ぃなあ」
 小柄な少女めいた容姿の娘は、グリモア猟兵の臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)。八束にとっては馴染みの顔で、――こんな見た目の割には『行ける口』だ。事件現場に赴く度に、近くの酒場に入り浸っているのをよく見かける。
「ははー、完全に今から呑む気でしょ。やっさん、ブライダルショップは飲み屋じゃないんだからね」
「まあまあまあまあ……」
 両手を広げ、八束はつとめて陽気に笑う。
「この異国だって、祝い酒はイイやつ出んだろ?」
 ……正直、案内してもらえるかは半々だろう。彼女はどうも、仕事中と思えば真面目ぶってみせるところがある。
 けれど、それでいい。――今はこうして、軽口を叩けることが一番重要なのだから。
「果実酒だろうが、泡吹いてようが、選り好みはしねえぜ」
「別に、ちょっと待ってもらえれば、和風のところも探せるんだけど――」
 思案顔をふっと上げて、夏報は八束の目をじっと見た。
 笠の下から覗くように、物怖じのない瞳を、数度瞬かせて。
「――まあ、お酒が欲しいときって、今すぐに欲しいってときだよね」
「お、話がわかるじゃねえか」
「わかるよ」
 わかっちゃうよ、と繰り返して、彼女は苦笑いで肩をすくめた。
 それ以上の詮索は、ない。――呑むなら、お互い明るく行こう。それが酒飲み同士の無言の合言葉というもので。
「こんなところに紛れ込んじまったおっさんを哀れと思って。な?」
「はい、はい」
「一献、付き合っちゃくれねえかね」
「良いけどね。女の子と呑むんだったら、せめて――」
 こちらの編み笠をちょいと指して。
「この世界の服を着てくれ」

 と、いうわけで。
「酒を呑むのに着物からか……」
「似合ってる、似合ってる。こういうのは形が大事だからね」
 先の騒ぎで、式を挙げる建物自体は化物に襲われてほぼ半壊。
 ……とはいえ、衣装置き場と、この『れすとらん』は無傷だったらしい。なんとか酒の席に着くころには、すっかり着替えさせられた八束の姿があった。
 花婿衣装という柄でもないし、八束が借り受けたのは父親用の正装である。その響きはその響きで、少々むず痒いけれど。
「じゃあ、事件解決に乾杯ってことで」
 対して、向かいの席で果実酒を注ぐ彼女といえば、……ちょうどあの花嫁衣装が似合う年頃だろうか。
 具合の悪いことに、八束が最初に見たあの衣装は、返り血塗れの有様であった。けれど、衣装置き場で改めて見た本来の『それ』は、――故郷とは様式が違うとはいえ、確かに祝いの席を思わせる、美しいもので。
「――異国でも、花嫁装束は白無垢なんだな」
「ドレスのことかな。……うん。そうだよ。白の意味もおんなじ」
 たぷ、と、注ぎ終えた酒を揺らして。
「『貴方の色に染まります』、ってやつだ」
 そこは変わらないのか、と、八束は少し不思議に思う。こんな育ちの良さそうな嫁入り前の娘が、堂々と酒場をほっつき歩いているような世界だというのに。
 そうして故郷を、昔を思い起こせば、――自然と浮かんでくるのは、決まって、家族のことだ。
「……俺は、甲斐性無しだったからなあ」
 彼女には、晴れ着を用意してやることもできなかった。ここまでの人生、おおむね恥じることなく生きてきたつもりだが、それでも小さな後悔というものは降り積もる。
「お互いそういう身の上でも無かったもんで、祝言もろくになあ」
「ほら、形ばっかりが大事じゃないって」
 困ったように首を傾げて、ほんの少し前と真逆のことを言い出す夏報。気楽さを装った気遣いが、いかにも酒の席である。

「夏報さんたち、猟兵だって言われて、今こんな贅沢できてるけどさ」
 洒落た葉っぱの盛り合わせをつついて、彼女は目を細める。
「今が一番幸せかって言うと、違うんじゃない」
「……だあな」
 八束にとっての輝きは過去にある。きっと、過去にしかない。
 今この時の輝きを祝うこの場所が、自分に似合うはずもない。
 ――急に、後ろめたくなった。
「すまねえな。……年食うと、昔話が増えてよ」
「ううん、思い出はあるほうがいいよ」
「……いいや」
 この気持ちは、もしかしたら、――まだ若い彼女に、頷かせてはならないものなのかもしれない、と。

成功 🔵​🔵​🔴​

鎧坂・灯理
【鎧坂探偵社】
言われてみれば式はしていないな
ふふ、実を言うと結婚という「契約」に憧れたことなぞ無かったんだが、
やはり立場が変われば見方も変わるな
見ていこうじゃないか、伴侶殿

美学、か。私は嫌いではなかったよ、彼女
害されもしなかったし
もちろん犯罪者であるから、この結末も仕方ないとは思うがね
きっとそれは、彼女も覚悟の上だろう
あなたが心を痛める必要は無いさ

ふむ……
私もタキシードの方が好みだが、伴侶殿が私のドレス姿をお求めというなら
頭の上から足の先まで完璧以上に着こなして魅せようじゃないか
思う存分見惚れてくれよ。胸はないがな!

(きょとんとしてから照れたように笑って)
――本当に。(あなたも世界一綺麗だよ)


ヘンリエッタ・モリアーティ
結婚式……
そういえば挙げてなかったわね、私たち
籍を入れたのが戦争の最中だったのもあるし、まあ結婚はしておくと「家族」になれるからっていうのもあるから
……あまり式に拘ってなかったかも。見ていく?

ピュアブライドがどうして花嫁衣装に拘ってたのか
大体の知能が高い犯罪者には手口に美学がある
トラウマの克服だったり、染み付いた習慣だったり、――己の存在証明になるからね
……可哀想だとは思うわ。こうして、誰かに売られるだけマシかもしれないけど

さて、じゃあどっち着る?
灯理はドレスが似合うと思うんだけど。私はほら、タキシードで。
ふふ、そんなの気にしないったら
灯理は灯理のままで、いいの。
――真実の愛って、本当に綺麗



●甘い毒なら皿までも
「結婚式……」
 ずらりと並んだ純白のドレスを眺めて、ヘンリエッタ・モリアーティ(Uroboros・f07026)はその概念に想いを巡らせる。その表情が綻んでいるのは、単にひと仕事を終えたから、というわけではあるまい。
「そういえば挙げてなかったわね、私たち」
「言われてみれば、式はしていないな」
 彼女と――鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)とヘンリエッタが籍を入れたのは、八月半ば、かのエイパイア・ウォーの最中であった。
 書類の上でも、法の下でも、……もちろん気持ちの中でも、『鎧坂・ヘンリエッタ』。
 当時は戦争のほうにも力を入れていたし、一般的な体裁で式典を開く必要もないと思っていた。ただ、結婚はしておくと『家族』になれる、という思いがあったから。
「……あまり式に拘ってなかったかも。見ていく?」
「ふふ、……そうだな」
 問いかけを隣で受けて、灯理もまた柔らかい微笑みを返す。普段は怜悧な眼が、細く咲いている。
 実を言うと、結婚という『契約』に憧れたことなど灯理にはなかった。そうするべきなのだろう年頃に、そんな隙もない家だった。
 ――誓いを交わしたのは、形のない何かに憧れたからではなくて、目の前にあなたがいたからだ。
 やはり、立場が変われば見方も変わる。単なる白布の集合体だって、刺繍のひとつひとつが一際きらめいて見えたりもする。
「見ていこうじゃないか、伴侶殿」

 衣装部屋、兼、試着スペース。
 他に比べて演出のないシステマティックな空間を、二人はゆっくりと見て回る。
 ……何故だろうか。裏方めいたこの場所のほうが、チャペルよりもずっと、ウェディング・ドレスへの素直な憧れを呼び起こす。
 勿論、オブリビオンによって破壊された後だったあのチャペルは論外だが。客として訪れる式場より、準備の光景を見る方が、当事者気分が高まるのかもしれない。
「さあ、お立ちになって――」
「わ、ったた……」
 ドレス姿の女性がひとり、試着室から出て行くのが見えた。スタッフに手を引かれ、よたよたと歩いていく。
 ……すれ違い、その姿が見えなくなってから、ヘンリエッタは近くのスタッフに声をかけてみる。
「ドレスって、あんなに動きにくいもの?」
「そうですね。体型の補正とかを入れますから。……皆さん、慣れるまではあんな感じです」
 その返答を聞いて、ヘンリエッタは静かに考え込む。その表情に問いかけるまでもなく、灯理もその疑問を理解する。おそらく、全く同じ人物のことを思い浮かべているはずだ。

 ――『ピュア・ブライド』は、どうして花嫁衣装に拘っていたのか。
 式典の主役に成り代わり、動きにくい衣装で跳ね回る。効率的とは言い難い、けれど決して馬鹿ではない、あの狂った殺人鬼。

「大体の知能が高い犯罪者には、手口に美学がある」
「美学、か」
「トラウマの克服だったり、染み付いた習慣だったり、――己の存在証明になるからね」
 事件解決の報がネット・ニュースに踊っても、『ピュア・ブライド』の素性や動機は謎に包まれたままであった。
 勿論、UDCアースの日本のように、犯罪者の個人情報について大勢で騒ぎ立てるのを善いことだとは思わないが。『その情報』を専門とするヘンリエッタとしては、尚の事。
「私は嫌いではなかったよ、彼女」
 結局、それが自分たちの言える全てなのだと、灯理は思う。
 実際に、彼女と面と向かって、あの妙に澄んだ眼を見て、言葉を交わしたのだ。害されることもなかったし、愛を否定もされなかった。……これ以上、不確定な情報を探る必要などないのかもしれない。
「もちろん犯罪者であるから、この結末も仕方ないとは思うがね」
「……可哀想だとは思うわ」
 彼女の強固すぎる価値観は、この社会には存在を許されなかったのだ。きっとそれは、本人も覚悟の上だろう。
「こうして、誰かに売られるだけマシかもしれないけど」
「……あなたが心を痛める必要は無いさ」
 理解と共感に沈みそうな伴侶の脳を、灯理はその髪越しにそっと撫でた。あなたはあなたなのだから、誰かと重ねる必要も無いのに。
 小さく頷いて、ヘンリエッタも顔を上げる。切り替えるように、ちゃらけて、明るく。
「そうね。――さて、じゃあどっち着る? 灯理はドレスが似合うと思うんだけど」
「ふむ……」
 正直、灯理としてもタキシードのほうが好みだ。男装に近いし、おそらく身に馴染む。その提案は先に言ったもの勝ちという類なのでは、とも思うけれど。
「私はほら、タキシードで」
 悪戯っぽく笑う伴侶殿が、こちらのドレス姿をお求めというならば。――文字通り、一肌脱いでやらなくては。

 さあ、やるからには全力だ。
 ――頭の上から足の先まで、完璧以上に着こなして魅せようではないか。

 自分の身体には何というか女らしさが足りないが、……体型の補正とやらは最低限で行こう。あんな話題の後でもあるし。苦痛で努力を示すなんて、真実の愛には似合わない。
 灯理本来の髪型に、シャープなシルエットのヴェールを合わせて。
 トップスはシンプルに肩を出しつつ、その上に、凹凸のあるレースのボレロを品良く重ねて。
 スカートは楚々として、膨らみすぎないものを。しかし、――ウェディング・ドレスの醍醐味として、裾の長さと広がりはたっぷりと取って。
 あれこれ注文を付けつつも、専門家の意見と擦り合わせ。……そんなやりとりを続けていれば、あっと言う間に数時間は過ぎてしまった。

 随分待たせてしまったな、と思いつつ、灯理は伴侶のもとへと急ぐ。
 ……動きにくさは、PSIである程度どうにでもなる。自分の脚で、かろやかに。
 一足先にタキシードに着替え終えたのだろう。ヘンリエッタは、試着室の鏡の前でゆったりと長椅子に腰掛けていた。彼女の前に颯爽と躍り出て、くるりと一度回ってみせる。
「さあ、思う存分見惚れてくれよ」
 鏡に映る自分を再確認。
「――胸は無いがな!」
 思わず出た茶化し言葉に、丁々発止の返事はなかった。ヘンリエッタは、ただ、まじまじとそのドレス姿を眺める。
「ふふ、そんなの気にしないったら」
 おかしそうに肩を揺らして、腰を上げる。すらりと立てば、長い足に黒がよく映えた。そっと灯理の手を取る時には、その表情は穏やかな微笑に変わっていて。
「灯理は灯理のままで、いいの」
 着こなしの出来映えは、そのまま、……灯理の、灯理らしい判断の全てだ。それが、何より愛おしい。
「――真実の愛って、本当に綺麗」
 きょとん、と、灯理は眉尻を落とす。あまりにも真っ直ぐな言葉に、少したじろぐ。
 ……こういう時は茶化しを入れないと、なんて、言いかけて、止めた。その先を口にするほうが余程の恥だ。
 だから、ただ照れたように笑って、真っ直ぐに伴侶を見返した。
「――本当に」

 あなたも、世界一綺麗だよ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

矢来・夕立
丁度良いな。
タキシードの試着をお願いします。
サイズ感ですとか、材質ですとか、実際に試してみたかったんですよね。

衣類の構造と素材により、音が立ちにくい動き方は変わってきます。
こういうものを着るのはハレの日、それも主役ですから
単に暗ければ目立たないということもなく…うまいこと紛れられそうな色合いも確認しておきたいです。
あとはどうすれば骨格や体格を自然にごまかせるか、とか。
ああ…普段よりだいぶ変わって見える。プロの監修があると違いますね。

―――……いや、本当に丁度良かったですよ。
花嫁のすがたをした殺人鬼がいるんですから、
花婿のすがたをした暗殺者がいてもおかしくないでしょ。

…。
……ウソですってば。



●フリップ・フロップ
 ドレスとタキシード。
 ショウケースに並んだ白と黒。
 仲睦まじいふりで寄り添う、貌のないマネキン達。
 ブライダル・ショップの展示を見上げながら、矢来・夕立(影・f14904)はふと考える。

 殺人鬼にウェディング・ドレス。案外、相性のいい組み合わせだったのかもしれない。
 白い布地に返り血が映えるだとか、儀式めいた劇場型犯罪の主役だとか、理屈はいくらでも後付けできる。――けれど、何より、一目見て『異常』なのが良い。殺人『犯』ではなく殺人『鬼』。その一文字の違いを、出遭った瞬間に叩きつけることができるのだから。
 何にせよ。
 ――そちら側は、夕立の性分ではないけれど。

「お客様も、何かお試しになります? ご優待の方でしたよね」
 今日はオフ。特に気配も消していないので、従業員から声がかかる。『ピュア・ブライド』の逮捕祝いで、サービスが受け放題と聞いている。
「丁度良いな」
 ……選ぶのは勿論、殺人鬼向きの衣装ではなく。
「タキシードの試着をお願いします」

 男性側の試着室は、比較的簡素だ。四畳半ほどの鏡張りの部屋に、動き回る女性スタッフがせいぜい二人。……女性用試着室は右へ左への大騒ぎだというのに、こちらは静かなものである。
 それもまた、都合がいい。
「まずはこんな感じで。どうです?」
「――ありがとうございます」
 とりあえず、叩き台の着付けがひと通り終わった。
 世の大方の男なら、鏡相手に首を捻って終わるシチュエーションである。が、――夕立にとって、ここから読み取るべき情報はいくらでもあった。
 サイズ感や、材質。実際に身に着けて試してみることができるのは有難い。今日は仕事ではないけれど、いつかの仕事には役に立つ。かもしれない。
 たとえば、このシャツの袖。……少し長めの袖を、安全ピンで留めて手首の位置を合わせているようだが。
「これ、調整するのがフツーなんでしょうか」
「レンタルですと、そうですね。何度も着るものではないですし、こうやって済ます方も多いです」
「オーダーメイドはあります?」
「もちろん! 一生に一度のことですからね」
 同じ事象の裏表。
 省ける補正具は省いた方がいいだろう、などと思いつつ、肩を回し、上体を捻り、――衣擦れの音に耳を澄ませる。
 衣類の構造と素材により、音が立ちにくい動き方というものは変わってくる。各関節の動きと、それに応じた布の滑りを検めていく。
 外から見ると分かりづらいが、シャツとの間にチョッキを一枚挟むのが存外厄介だ。単純に布地と重みが増える。いざという時は抜いてしまってもいいのだろうが、シルエットに響く可能性もあり、要検討。
「色は他にあります?」
「男性用だと、黒、紺、灰くらいです。でも、灰色はほとんどご家族用ですね」
「選択肢は少ない、か」
 こういうものを着るのはハレの日、それも主役。――黒というのは、存外目立つ。単に暗ければ良いというものではない。
 うまいこと紛れようと考えるなら、参列者の衣装に多い色合いを調べておくのが良いかもしれない。後でチャペルの方も覗いておこう。
「黒で良いので、もう少しテカりの弱い生地のものを。……あと、体型とかは整えられますかね」
「お客様なら必要なさそうじゃないですか? まあ、女性ほどはやりませんよ。重ね着とパッドだけでも、十分、理想のシルエットに近付けてはいけます、し」
「誰が着ても、似たような骨格や体格に見えると?」
「え、ええ、……そうですね」
 成り代わる必要があるなら好都合か、などと考えていると、スタイリストが若干視線を彷徨わせ始めていた。そういえば、段々回答の歯切れが悪くなっているような。
「……なんだか、ここでそんな真剣に悩む男の子って珍しいですね。もしかして、ご予定がある、とか?」
「いえ未定です。――じゃあ、今言った感じでもう一回お願いします」
 少し質問責めにしすぎたか。一度話を打ち切って、残りの判断はプロに任せておくとする。

 しかし、二度目の着付けが終わってみれば、やはり検討の甲斐はあって。
「ああ……」
 思わず、素直な感嘆の声が出た。――特に、今回の生地はいい。『闇』というほど昏くなく、まさしく『影』という黒だ。
 衣擦れの感覚も掴めてきた。衣服の構造に合わせた所作は、やはりそれに見合った独特の佇まいになるもので。
「普段よりだいぶ変わって見える。プロの監修があると違いますね」
「ご満足いただけて光栄です!」
 スタイリストも、ほっと胸を撫でおろしたようだ。意外と注文の多い客の相手がようやく終わると思ってか。……それを『隙』だなと思ってしまうのは、夕立の一種の職業病だ。
「――……いや、本当に丁度良かったですよ」
 振り返らずに、鏡を見た。
 左右が逆の自分の姿と、ちょうど背後のスタイリストの姿が映っている。

「花嫁のすがたをした殺人鬼がいるんですから」
 裏と表に。
 その逆に。
「花婿のすがたをした暗殺者がいてもおかしくないでしょ」

「…………」
 沈黙が流れた。絶句、と言ったほうが近いか。
 職業意識のたまものか、それとも単に表情筋が止まっているのか、スタイリストはそれでも笑顔のままだ。……むしろ、冗談と見做して笑うべきかを迷っている顔で。
「ええと、お客様」
「……ウソですってば」
 そもそも自分が『そう』だとも、――『そう』ではないとも、言ってはいないのだけど。

成功 🔵​🔵​🔴​

鈴木・志乃
あんなことがあった後に平気な面してご飯が食べられますかってーの
無理無理、まったく困ったよ
まあ彼女にも思うところがあったのかもしんないけどねー

陰謀渦巻く結婚式を演出してたらふつー精神病むんじゃないかなあ
ハッキリ言って、ご飯食べるよりピュアブライドと会話したかったよ
うん、君に訊いてみたいことがあったんだよね

永遠の愛を誓ったカップルが、片方が死んだ後遺された側が別の誰かを愛し再婚するのは
これは、貴方にとって本当の愛なのかな?

……あーあー困ったね
ご飯はいただくけど、ウェディングドレスの試着はけっこう
私は誰かのものには一生、ならない

私の恋は永遠に実らない
そのくせこの心の全ては、たった一人に捧げてるから



●たらればの恋物語
 色あざやかな葉野菜。
 ドレッシングのにおい。
 ほどよく崩れる白身魚。
 ……ちょっと贅沢なランチとしては、完璧なオードブルなのだけど。

「あんなことがあった後に、平気な面してご飯が食べられますかってーの……」
 銀のフォークを持て余しながら、鈴木・志乃(ブラック・f12101)は深い溜息を吐いた。……そういえば、グリモアベースでも最初にそんな忠告を聞かされたっけか。
 全くもってその通り。命に感謝で頂きます、なんて気持ちにはとてもなれない志乃であった。
 臭みの抜かれた魚料理だから、なんとか口に入れられているレベルである。うっかり肉料理のコースを選んでいたら、手を付ける気にすらなれなかったかもしれない。
「無理無理、まったく困ったよ……」
 たぶん、楽しいはずのブライダル・ショップ見学。
 ……しかし、思い出されるのは、あの血塗れの花嫁とオブリビオンが起こした乱痴気騒ぎのことばかり。そもそも事件を解決しに来たのだから、いい迷惑というのも表現が違うかもしれないが。
「まあ、……彼女にも、思うところがあったのかもしんないけどねー」
 口をついて出る言葉は、なんとなく軽かった。――あの燃えるような怒りだって、喉元さえ過ぎてしまえば、腹の底で消化を待つばかり。
 さっき飲み干した、食前の熱いスープみたいだ。

 ……こんな気分でいるからだろうか、華やかなブライダル・ショップの光景も、なんだか嫌な部分ばかりが目に入る。
 男と腕を組んではしゃぐ女性客の、妙に冷たい目。
 客がいないと思ってか、苦言をささやき交わす従業員。
 誰かがキッチンで皿を割る音。
 それを叱りつける、遠い声。

 結婚式というのも、明るく美しい面ばかりではないだろう。それを飲み込まずに、怒りを叫んだ、――その点についてだけは、あの殺人鬼の感情だって正しいのかもしれない。
 あれだけ花嫁衣装に拘っていた彼女が、こういうものを目にしたら。目にし続けていたのなら、精神を病むほうが普通だとすら志乃には思える。
「……ハッキリ言って」
 フォークを置いて、頬杖をつく。
「ご飯食べるより、『ピュア・ブライド』と会話したかったよ」
 その願いを言葉にすると、それはどんな食べ物よりすっと身体に染みて。
「うん、――君に訊いてみたいことがあったんだよね」

 君の言う愛とはなんだろう。
 白亜のチャペルで、ふたりが永遠の愛を誓うとする。富める時も、貧しい時も、健やかなる時も、病める時も、――死がふたりを別つまで。
 だったら、遺された側はどうだろう。たとえば別の誰かを愛して、もう一度、永遠の愛を誓うとしたら。何度も口にされる『永遠』は、本物なんだろうか。
 再婚なんて、この世界じゃありふれているけれど。
 知りたいのは、そんな法律上の答えじゃあない。世界そのものに抗った彼女にこそ、そういうことを訊いてみたかった。
 これは、貴方にとって本当の愛なのかな? ――なんて。

「……あーあー、困ったね」
 もっと、話しておけばよかったろうか。けれどあの時そうしたところで、殺人鬼の言葉なんて受け入れる気にはならなかったかもしれない。
 だからこれは、もしもの話だ。
 もしも、彼女が『ピュア・ブライド』になるより先に――外道に堕ちるより先に、こんなお洒落な食事でも囲んで、話すことがあったなら。
 私はその答えを聞くことができて。
 彼女の心を、刑務所送り以外の何かで救うことだってできて。
 ……詮無い、ただの想像だ。

 自分の気持ちを消化し終えたら、食べようという気持ちも戻ってきた。……このまま、ご飯だけいただいて帰ろうか。
 ウェディング・ドレスの試着は結構。
 黒《ブラック》は何にも染まらない。
「――私は誰かのものには一生、ならない」
 ただの鈴木・志乃として、女心がざわめく時があったとしても、――私の恋は『永遠』に実らない。
 そのくせ、この心の全ては、たった一人に捧げているから。
 死がふたりを別つとも、だ。

「――お客様、なにかお悩みですか?」
「あーいえ、大丈夫、ごめんなさい――」
 声を掛けられて、志乃は苦笑いで振り向いた。祝いの場で辛気臭い空気を撒き散らしてしまったなあ、なんて周囲を気遣う余裕も戻ってきていた。背後にいるだろう女性従業員に、軽く頭を下げようとして。
「あれ?」
 振り返っても、そこには誰もいなかった。

 確かに、――今、確かに、この虚飾だらけのショップの中で、ほんとうに優しい声を聴いた気がした筈なのに。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年10月03日


挿絵イラスト