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砂城の晩夏

#アックス&ウィザーズ


●砂に掠れた名前
「旦那様、ご用意が整いました」
「ああ、もうそんな時間か」
 旦那と呼ばれているが、そう年嵩なわけでもない。しかし穏やかながら理知的な青の瞳は、領主としての知性と才覚を思わせる。父の跡を継ぎセレンギルという領地を治めることとなって以来、誠実で明晰な人柄だと評判は上々。
 書類を整え秘書官に渡し、執務机から立ち上がった。仕事は既に片付けてあるから、あとは身支度さえ済ませればすぐにでも出発出来よう。
 視線を流せば侍従が目礼する。言わずとも出立の準備は出来ているだろうに、その表情は懸念を浮かべている。
 侍従は幾許かの躊躇を挟んだ後、恐る恐る進言した。
「恐れながら旦那様、やはり危のうございます。より多くの傭兵を集めますので今しばらくのご辛抱を」
「心配はいらない。今回警護にあたってくれるのは特に腕の立つ者ばかりだ。ここ数年同行してくれている顔ぶれも多いし、多少のことでは倒れまいよ」
「しかしながらアジム様」
「こら。もう私は領主なのだから、幼い頃と同じように名で呼ぶのは控えろと言っただろう」
 窘められてから気付いたようで、侍従ははたと口許を押さえた。その様子に領主──否、アジムは緩やかな微笑みを向ける。
 品のある佇まい。アジムがそっと己が身を抱くように片手を回せば、二の腕の金の腕輪が光を燈す。
「私もずっと通っているオアシスだ。この時期の身の振り方はわきまえているよ。確かに最近は隊商が魔物に襲われる事件も続いているが、私は私のガーディアンらを信用している」
 いや、信頼しているというほうが正しいか。事実手練ればかりを集めた精鋭部隊だ。
 故にアジムは何の憂いもないとばかりに躱そうとするも、侍従は尚も食い下がる。
「大事なお取引とは聞き及んでおります。しかし件の商人はサラクムにいるとか。そちらに直接向かってもよろしいでしょうに。それにア、……旦那様がわざわざ足を運ぶ必要もございませぬ。代理人をお立てになっては」
「それは出来ない」
 即断する声ははっきりと執務室に響く。細く息を吐いて、アジムは言う。
「私が行かなければ意味がないんだ」
 揺るがぬ芯を持つその声音に、侍従は肩を落とす。
「アジム様はまったく、幼いころから頑固でいらっしゃる」
「またその名を言ったな」
 再び侍従は口を覆った。その様子を見て、アジムは声を上げて笑う。
 明朝にはオアシスへ向かう。駱駝に水と食料、そして対価となる金貨を十分に。
 腕自慢の守り人や傭兵たちに守られて、領主は苦もなく目的地へと到着するはずだった。

 ──しかし。
 その旅路は途中で途切れることとなる。
 もはや護衛たちは肉の塊と化していた。駱駝たちは逃げ出した。血の匂いが一帯に充満する。多くの金貨が散らばり砂に埋もれていく。
 地に投げ出されたアジムの半身は焼け爛れている。それでも最後の力で手を伸ばそうした。
 青の双眸が見遣った影が揺れるのは蜃気楼か。
「……大丈夫。今、向かう、……から、──ア、」
 力を失った手が砂に落ちた。二度と上がることはない。薄く開いた口が声を発することはない。
 砂漠を守護する焔の獣が、残った亡骸すら燃やし尽くそうとしている。

●夏の終わりの挿話
「というお話ですの。まったく、勇敢と無謀は違うものだと、どなたか教えて差し上げたらよろしいのに」
 困ったお方。そんな風にラティファ・サイード(まほろば・f12037)は淡く微笑む。けれど女も守護者だ。高貴な身分の者が時に奔放に飛び出していく様を知っている。
 ラティファは黒百合の扇で口許を隠して続ける。
「今回のお仕事は、こちらの領主様を護衛してカルカラというオアシスまで向かって頂くことですわ。こちらの領主のアジム様は領地経営の腕は確かのようで、領地であるセレンギルもそれは栄えているとか」
 つまるところ褒賞が手厚いことは確実だ。アジムは民にもそれは慕われているらしく、故に護衛を申し出る志願者も多い。
 準備もしっかり整っている、まさか領主に不便を強いるわけにはいかないからだ。屋敷と同等とまではいかずとも日除けは万全、水も貯蔵は十分。側仕えの人間も同行する大所帯となる。
 そのため本来であれば何の問題もなくカルカラまで辿り着けるはずなのだ。事実昨年以前はそうだった。
「けれどどれだけの戦上手と言えども、夜盗や獣の類ならいざ知らず、災魔と相対しては流石に分が悪うございます。どれだけ領主様が金貨をばら撒いたとて、見向きするような輩ではございませんもの」
 焔の虎に半蛇の怪物。既に被害が出ているというのだから諫める臣下もいただろうに、それでも領主は年に一度、カルカラへ行きたがるのだ。
 何か事情がありそうな気がしたしません? とラティファは金の双眸を細めた。
「アジム様がどのような思惑をお持ちかは存じませんが、それに触れるも触れまいもご随意に。けれど護衛以上に役に立てたなら、きっとその後の美酒は美味しゅうございますわ」
 カルカラにはアジムの一族が所有する別荘があるという。到着すればその来訪を祝い、宴席が設けられるのが常らしい。
 滋味深い酒に瑞々しい果物、珍しい香辛料と穀物を用いた料理は地域では評判だ。この時ばかりは無礼講と客をもれなくもてなし、財と贅を尽くした酒宴はいっそ祭りのように、砂漠の夜を喝采で満たすだろう。
「どうせ迎えるのならば、愉しい夜のほうがよろしいですものね? 朗報、期待しておりますわ」
 ラティファは同胞らを送り出す。──まずは灼熱の砂漠を燃え上がらせる、焔の化身のもとへ。


中川沙智
 中川です。
 夏が終わってないと言えば終わってないのです。
 此度は砂漠のリンクシナリオのお届けです。怜悧な領主の訳ありの旅に同道して頂ければと存じます。

●ご案内
 当シナリオは、五月町MS運営の『砂上の蛮歌』と物語がリンクしております。
 1章、2章においてはそれぞれの展開は独立したものとなっていますが、同じ時系列の別の場所での事柄を扱っていますので、気分的にはどちらかを選んでご参加いただくことをお勧めします。
 2シナリオの護衛対象NPCが全員無事で3章までリプレイが進行すると、カラカルの町で二つの盛大な宴席が設けられます。こちらは両シナリオに参加いただくことも可能です。
 少なくとも1章と2章においては、五月町MSと重複参加やシナリオ間の連携プレイングの確認は行いません。3章についてはマスターページ及びTwitterでのお報せをお待ちください。

●シナリオについて
 1章・2章は護衛の旅(集団戦・ボス戦)を、3章では宴席(日常)を扱います。
 NPCたちの物語に興味を持って参加される方のほうが楽しめるかもしれません。
 心情強めの冒険活劇を予定していますが、皆様のプレイング次第です。

●シナリオ詳細
 プレイング受付のタイミングについては、マスターページ及びTwitterでお報せします。
 3章については、お誘いがあればラティファがご一緒します。

●ご参加について
 ご一緒する参加者様がいる場合、必ず「プレイング冒頭」に【相手のお名前】と【相手のID】を明記してください。
 また、プレイングの送信日(朝8時半更新)を合わせていただけるよう、ご協力よろしくお願いいたします。

 では、皆様のご参加を心からお待ちしております。
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第1章 集団戦 『炎の精霊』

POW   :    炎の身体
【燃え盛る身体】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【に炎の傷跡が刻まれ】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。
SPD   :    空駆け
空中をレベル回まで蹴ってジャンプできる。
WIZ   :    火喰い
予め【炎や高熱を吸収する】事で、その時間に応じて戦闘力を増強する。ただし動きが見破られやすくなる為当てにくい。

イラスト:白狼印けい

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●業火の獣
 灼熱戴く砂漠においてさえ、夏の名残が滲む頃。それなのに降り注ぐ日差しは苛烈そのもので、影すらも焦がすよう。
 砂漠の空は砂煙で曇って見える。しかしその向こうに澄んだ青があると知っているのだから、アジムは決して視線を落としたりはしない。
 アジムを守るように構えるは曲刀を掲げる傭兵、弓を番える狩人。頭に巻いたターバンにターコイズを飾っているのはアジム直属のガーディアンだ。砂にあれど紛れぬ気高き城。その主の名に恥じぬよう研鑽を積む者たちだ。
「警戒は怠るな。たとえそれが獣であっても油断しては足元を掬われる。ましてや魔物なら尚更だ」
「わかってますよアジム様。あんたのところには魔物どころか微風すらも届きはしない」
「頼もしい言葉だ。……私はお前たちを信頼している」
「何ですか改まって。ガキの頃はスナネコに飛び掛かられただけでひっくり返ってたでしょうに」
「まだそんなことを覚えているのか……」
 頭を抱えるアジムに周囲が笑い声を飛ばした。父の代、それ以前からアジムの一家に仕えている者は数多い。幼少のみぎりからずっと付き合いのある者たちは、良い意味で遠慮がないし口も悪い。
 元々アジムは身分差を乗り越え誰にでも分け隔てなく接するのが常だ。たまたま領主という責務を負っているだけで、偉いわけでも優れているわけでもない。そんな見解の持ち主だ。
「私の我儘に付き合ってくれる皆には感謝している」
 その呟きは本音の響きを湛えている。何事もなしにカルカラへ着き、すべきことを成し、無事にセレンギルに戻るまでが責務だ。
 そう、すべきこと──否、したいことがどうしてもある。
 アジムは顎を伝う汗を拭う。その時だ、先兵を任せていた傭兵が血相を変えて駆け寄ってくる。
「旦那様!!」
「どうした、……出たのか」
「左様で。向こうはこっちに気付いてます」
 砂漠は遮蔽物がない。つまり隠れてやり過ごすことは不可能だ。
 視線の先、そこには自然に由来しない焔と熱が牙を剥いていた。紅く猛る炎はゆらり、一頭、二頭、三頭──。
「おい、尋常な数じゃないぞ」
 どよめきが起きたのも無理はない。片手程度の数なれば駆除も叶おう、しかし数えることすら放棄したくなるような炎の守護獣の群れ。
 アジムとて丸腰ではない。駱駝から降り曲刀を構える。駱駝に乗ったままでは敵の攻撃のいい的だ。
 護衛が切っ先を向け、熱を喰らう獣へと向き直る。
「……さて、アガラも無事でいてくれるといいんだが」
 領主の低い声は、まるで祈りのような色を孕んでいた。
龍之・彌冶久
呵々、熱砂の果てに紡ぐ何某かがあるか。良い良い、若さ故の無謀も一興。
爺の心も潤う何かがありそうだ!

――なればこそ、助太刀をしてやろうとも。

では、いざ一太刀。
砂漠の奥深く、眠りし水脈より一紡ぎ刃を賜る。これぞ"濔脈"、此度握る我が刃は水のそれ。

そして――"阿僧祇の構え"。
迫り来るケモノどもの燃える身体を水刃の鎬で受け、或いは躱し。
間合いを詰めての刃一閃。水の刃とてなかなかの切れ味だろう?

戦場が燃えて小僧どもが怪我をするのも忍びない。
燃えた大地も昇る焔も水の刃で斬って鎮めてしまおうか。
(属性攻撃:水+防御力特化)

斬っては捨てて斬っては捨てて。
呵々、焔と慈水の乱れ舞う剣戟舞踏!
これもまた悪く非じ!





 風が強い。
 烈風。そんな言葉が相応しかろう。
 砂埃で空の青が薄く見える。而して龍之・彌冶久(斬刃・f17363)の白髪は、さながら晩夏の空に流れる雲のよう。
 龍脈を束ね、彌冶久は前を見据えて豪放に笑う。
「呵々、熱砂の果てに紡ぐ何某かがあるか。良い良い、若さ故の無謀も一興」
 視線を流すは、数多の護衛に囲まれた領主の面差し。
 年の頃はさして変わらぬように見えるのに、アジムは成熟しきらぬ熱意を湛え、彌冶久はしなやかながら老成した雰囲気を纏っている。立場も違えば素性も違う。されど確かな気概を感じ、故にこうして戦線に出る。
「爺の心も潤う何かがありそうだ!」
 ──なればこそ、助太刀をしてやろうとも。
 一歩、二歩。熱砂を確かに踏みしめて、炎の精霊の群れへと相対する。
 あおいろの瞳が眇められた。深く、深く。
「では、いざ一太刀」
 彌冶久がひらり掌を翳す。膝を折り砂の上へ乗せれば、揺蕩い巡るは幽かなる水脈の流れ。それを引き出し、織り成し、刃をこの手へご覧入れよう。
 刀身は澄み渡る。生きるための最も普遍的で必須の源。
「これぞ"濔脈"、此度握る我が刃は水のそれ」
 切先は焔へ。
 眼光は前へ。
「そして──"阿僧祇の構え"」
 その呟きが開戦の合図となった。猛々しい炎の獣が二頭、牙を剥き飛び掛かって来る。
 彌冶久が重心を前に傾けたのは誘うためだ。
 引き込まれるように襲い来る砂漠の守護獣。火焔のかたまりを水刃の鎬で受け止める。一点に力を集中させ燃ゆる身体を弾き飛ばす。
 その間に迫るもう一頭の爪を身を捩じらせて躱す。砂漠に緋の傷痕が残されるも、それを活かす間を与えるわけがない。
 鋭く踏み込み、一閃。横一文字に斬り結べば、炎の残滓が轟と音を立てて倒れ伏す。
「水の刃とてなかなかの切れ味だろう?」
 不敵に宣った後、次の敵が来る前に一歩退く。
 火の痕が残れば他の誰かに危険が及ぶとも限らない。彌冶久は濔脈を逆手に持ち替え、弧を描くように水迅を奔らせる。斬る度に砂が散る。燻る火の粉も鎮めてしまえば、焔の名残はただの熱風となり流れていった。
 今一度顔を上げれば、戦の凄絶が頬を撫でる。
 彌冶久は一足飛びで敵の群れに肉薄し、下段から斬り上げた。唸る炎獣の喉元を斬り捨てる。次。薙いだ刃をそのまま抜き払う。別の一頭が断末魔の叫びを上げた。次。
 次、次、次。
 斬っては捨ててを繰り返す。
「呵々、焔と慈水の乱れ舞う剣戟舞踏! これもまた悪く非じ!」
 不敵にして不遜。手応えは確かにこの手の中にある。
 水の太刀筋はいっそ流麗に、斬り落としては次手を繋いでを繰り返す。

大成功 🔵​🔵​🔵​

胡・翠蘭
※アドリブ歓迎
SPD

まぁ、まぁ…。
殿方の勇ましさは好ましく思いますけれど…ええ、ときに気概だけでは越えられぬ災いもございます
その災いを…人々を襲う災魔を祓うは猟兵の務め、でございますから

防具改造で水・氷の属性を付与、火炎耐性と激痛耐性を活性
敵の攻撃は第六感で的確に見切り、回避か防御

敵に隙が生じましたら、UCで呼び出した触手に水属性とマヒ毒を含ませ、わたくしの視界に捉えた全ての敵に絡みつき…蕩かしてさしあげましょう
…そうして、その生命力を吸収して被弾した身体を治しましょう

炎の守護獣…アナタ方が何を守護なさっているかは存じませんが、わたくしたちの守るべき存在に牙を向けた以上、只の獣として排しますわ


マリス・ステラ
【WIZ】他の猟兵と共闘します

精霊達から『かばう』形でアジム達に割って入る

「主よ、憐れみたまえ」

『祈り』を捧げると星辰の片目に光が灯る
全身から放つ光の『存在感』で精霊達を『おびき寄せ』る
光は『オーラ防御』の星の輝きと星が煌めく『カウンター』

「あなた達は下がってください。彼らは"私たち"が相手をします」

アジム達が攻撃されないよう立ち回りを意識
弓で『援護射撃』放つ矢は流星の如く
響く鉉音は『破魔』の力を宿し精霊達の動きを鈍らせる

「あなた達を骸の海に還します」

傭兵達を含めて負傷者には【不思議な星】
緊急時は複数同時に使用

全身から光線を放てば弧を描く星の『属性攻撃』
重力の性質を帯びて精霊達から空を奪う





 領主の周辺、傭兵や護衛の戦士たちも応戦に入っていた。
 それなりに熟達した者もいるようだが、アジムの一族の安定した統治故に元々紛争とは無縁の領地だ。歴戦の猟兵らに比べれば明確な実力差が生じているのは否めない。
 複数名でようやく一頭の精霊を討った。しかし彼らの背に、別の焔が襲い掛かろうとした。
 その時だ。
 星光の衝撃で弾かれた炎獣が後退する。
 アジムたちの前、庇う恰好で立ちはだかったのはマリス・ステラ(星を宿す者・f03202)と胡・翠蘭(鏡花水月・f00676)だ。
 砂漠の只中、しなやかな佇まいの女がふたり。
 清廉と蠱惑。対照的でありながら、鮮やかに咲き誇る女たちだった。
「まぁ、まぁ……。殿方の勇ましさは好ましく思いますけれど……ええ、ときに気概だけでは越えられぬ災いもございます」
 嫣然晒し、翠蘭は鉄扇を翻してみせる。扇面で蝶が舞い、狙い定めるのは炎獣の群れ。
 金と碧、対の瞳がゆるやかに細められる。
「その災いを……人々を襲う災魔を祓うは猟兵の務め、でございますから」
 左様でございましょう、と視線を流した翠蘭へ、マリスは浅く頷いてみせた。
 胸の前で手を組んで、星の聖者は祈りを捧げる。
 開かれる戦線への餞だ。
「主よ、憐れみたまえ」
 マリスの片目、空色のそれに星が瞬く。指先まで満ちる星辰の気配は淡い光となって、敵の注意を引き寄せる。
 自然と炎獣らの注意が光纏うマリスと、その傍らにいる翠蘭へと注がれる。
 マリスは背に庇ったアジムたちを一瞥し、静かに、しかし真直ぐに言葉を紡ぐ。
「あなた達は下がってください。彼らは"私たち"が相手をします」
 いざ。
 眇めた眼差しこそが合図となった。
 怒涛の勢いで襲い来る炎獣に対し、マリスの鉉音が罅を入れる。神経へ破魔を齎し、その動きを鈍らせる。
 そのため宙を蹴り繰り出された大振りの爪は、翠蘭の喉元に届かない。氷水の涼やかさで迸る炎熱を退け、半身を捩らせ攻撃を躱す。
 懐に入り過ぎたが故に体勢を崩した一頭を狙ったのは、快楽を糧とする触手。
「蕩かしてさしあげます。いかがです、甘いでしょう?」
 絡め取って深い深い泥濘の沼へと誘って、搾り尽くしてしまえばいい。炎獣が痺れたように身を硬直させる。触手を通じて生命力が伝わってくると、翠蘭は陶然とした吐息をこぼした。
 敵に生じた隙を縫い、マリスは流星の矢を射る。
 それは波濤のように炎獣を牽制し、最後の一射で正面の一頭の目を穿った。
 そこに踏み込んだのは一人の傭兵。いくら力量に差があろうと、黙って守られているばかりではいけないという熱意だけで進み出たのだ。傭兵は曲刀での一太刀を喰らわせながら、破れかぶれで反撃に出た炎獣の牙で抉られる。膝をつく。
 即座にそれを見極めたマリスは、全身から眩い星の輝きを放出する。
 注がれる光は出来たばかりの傷を埋める。畏れに似た謝意を眼に宿し見上げてくる傭兵へ、マリスは慈しみに満ちた淡い微笑みを返す。
 戦局の主導権は渡さない。身を反転させたマリスの体躯から、先とは違う星の霊光が迸る。天を埋め流れ落ちる重力の隕星。炎獣らに空駆けする間を与えずに地に這いつくばらせる。
 したたかに奔走するは翠蘭の眷属。触手は水の特質を帯び、捉えて捕らえて戒めて、沸騰する焔の気配を鎮圧していく。
 くすり、微笑みが解けた。
「炎の守護獣……アナタ方が何を守護なさっているかは存じませんが」
 蠢く触手で覆い尽くして呑み込んで。逃してやったりはしない。
 翠蘭の唇が艶やかに持ち上げられる。
 まだ戦いは始まったばかり。砂漠にその存在感を顕わにする焔の精霊の軍団へ、殺意でもなく敵意でもなく、ただ取り除くだけという冷徹を贈る。
「わたくしたちの守るべき存在に牙を向けた以上、只の獣として排しますわ」
「あなた達を骸の海に還します」
 それはあまりにもけざやかに。
 ステラの玲瓏たるささやきが、炎の精霊に対する死の宣告となる。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

オルハ・オランシュ
ヨハン(f05367)と

暑い……
寒いよりよっぽどマシだけど、暑いー
ヨハンの涼しい顔を見たら少しは涼めるかなぁ

それにしてもアジムさん達、本当に仲良さそう
……そんな臣下の言葉も聞いてくれないくらい、
アジムさんはカルカラに行きたい気持ちが揺らがないんだよね
カルカラには誰がいて、何があるんだろう

――話は後だね
いつも通りにいこう、ヨハン!

背中は託して私は前へ
なるべく多くの敵を巻き込んでなぎ払い
撃破の近い敵は多段攻撃で確実に仕留めよう

いくら跳んでも無駄だよ
私だって空を駆けられるんだから!
ヨハンの射程範囲まで叩き落としてあげる
後は頼んだよ!

アジムさん達の様子も気に掛けて
窮地はダガー投擲で助けたいな


ヨハン・グレイン
オルハさん/f00497 と

暑い……
何故砂漠などに住む人がいるんですかね。理解できない。帰りたい
涼しい顔に見えますか? 暑くてげんなりしてますよ……

……どんな理由があるにせよ、無理を通そうとしたお陰で大変な目に遭おうとしている
俺は感心しませんね

文句は言い足りないが、話している場合でもないか
いつも通りに

俺は後ろに下がり、彼女のサポートに徹します
指輪から全力魔法で黒闇を喚び、呪詛を纏わせた黒刃を精製する
彼女に危害が及びそうになれば防御を、それ以外では足止めと牽制を主体に動きましょうか
近くに来る敵はより冴えた刃で切り刻んでやろう

正直領主の面倒まで見たくはないが
何かある方が面倒なので気には掛けておこう





「「暑い……」」
 声が重なった。
 降り注ぐ苛烈な日差し、砂に反射されて足下からも熱が燃え盛っている。目の前が揺らめくのは気のせいではない。
 オルハ・オランシュ(アトリア・f00497)とヨハン・グレイン(闇揺・f05367)、ふたり揃って音を上げそうになるのをかろうじて耐えていた。
「寒いよりよっぽどマシだけど、暑いー……」
「何故砂漠などに住む人がいるんですかね。理解できない。帰りたい」
 いや耐えられていなかったかもしれない。踵を返したいところだがここは敵前であり、そうもいかないのが難しいところだ。
 オルハの耳もへにょりと下がり気味。ちらりと隣のヨハンに視線を向ける。
「ヨハンの涼しい顔を見たら少しは涼めるかなぁ」
「涼しい顔に見えますか? 暑くてげんなりしてますよ……」
 本当に嫌そうな、というよりうんざりした表情をヨハンが呈するものだから、オルハは小さく笑ってしまった。くすぐったい何かが胸裏をあたためていく。
 視線を流せばアジムを囲む護衛と従者の姿が見える。先のやり取り、そして今領主の下で団結している様子を見れば、そこに確かな信頼関係が築かれているのは自明の理であった。
「それにしてもアジムさん達、本当に仲良さそうだった」
 風が吹く。オルハの柔らかい色の髪を撫でる。
「……そんな臣下の言葉も聞いてくれないくらい、アジムさんはカルカラに行きたい気持ちが揺らがないんだよね」
 砂漠にあるオアシスのひとつ。他にもオアシスはあるだろうに、アジムはカルカラを名指しで示し、そして毎年通っているという。
 何気ない問いがオルハの口をついた。
「カルカラには誰がいて、何があるんだろう」
「……どんな理由があるにせよ、無理を通そうとしたお陰で大変な目に遭おうとしている」
 俺は感心しませんね、という声は冷淡としたもの。少なくともヨハンの理解の外にある事象だ。
 ともあれ。
 近づいてくる砂漠の守護者たちの気配。それを確かに捉えたなら、速やかに意識は切り替わる。
「文句は言い足りないが、話している場合でもないか」
 呼吸を整え迎撃の構えを取るヨハンに隙はない。
「いつも通りに」
 気のない口振り。しかしここにも確かな信頼と絆がある。
 だからオルハは頷いた。
「――話は後だね。いつも通りにいこう、ヨハン!」
 弾けるように駆けだした。オルハは前へ、ヨハンはそのまま後方に留まる。
 オルハは愛用の三叉槍を軽やかに掲げ、炎獣が迫る前に一気に肉薄した。
 鋭く薙ぎ払う。三頭の焔の虎を巻き込んで削り取る。もう一段踏み込んで一頭の脳天を穿つ。倒れる様を見届ける。
 その間にも別の炎獣が宙を蹴り襲い来ようとする。が、オルハは更に高く馳せ、太陽を背に宣言する。
「いくら跳んでも無駄だよ。私だって空を駆けられるんだから!」
 上段に構えた三叉槍を振り下ろす。したたかに背を打ち据え、叩き落とすは彼の射程圏内だ。
「後は頼んだよ!」
 若葉の視線と藍染の視線が交差する。言わずとも、という風情でヨハンは闇の気配を爪弾いた。
 指輪から奔るは魔力だ。それは今まさに色濃く落ちる影の色にも似た黒色。
 半円を描き滑り揃う黒刃、呪詛を纏うそれは正しく闇の彩をしていた。
 一閃。
 地に叩きつけられた一頭を貫き、他の炎獣も巻き込むように刺しては斬る。自分たちに、もっといえば彼女を襲おうとした敵には冴えた刃で滅多刺しにする。
 オルハが立ち回り、その隙をヨハンが埋める。多段の攻めを意識した槍術と、足止めと牽制を狙った魔術。
 抜かりはない。油断はもっとない。
「! 危ない」
 オルハが身を反転させてダガーを投擲する。アジムの方向へ突貫しようとした炎獣の身を貫通し、倒れ伏せることに成功する。
 その様子を見遣りヨハンはため息をひとつ。
「正直領主の面倒まで見たくはないが」
 ──何かある方が面倒なので気には掛けておこう。
 眇めた眼差しの向こう側、その涯てにあるものはまだ知れない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

都槻・綾
領主達の遣り取りは和やかで
気のおけぬ仲なのだと微笑ましく

領地についてや幼き頃の逸話など
千一夜物語を読み耽るかのように
胸弾ませて聞き入って

危険を冒してまでも至りたい理由
大切な方との大事な約束なのでしょうか

然れど
談笑の間も
第六感は研ぎ澄ましたまま
風に流れる砂紋まで
違和を逃さず冴え渡らせる

揺らぐ焔を察知したなら
符を挟んだ指で空に描く五芒星
皆の加護と
破魔の祈りを高めるしるし

高速詠唱で編む先制攻撃は
水纏う羽搏きの、鳥葬

嵐雨の如く猛々しい水流が
精霊達を容赦なく喰らい尽くす

炎虎の消えた虚空から
ほとり、零れた滴は清浄な水なれど
喉を潤すまでは行かないから

葡萄酒が恋しくなってしまいました

なんて
悪戯っぽく笑み添えて





 ある意味で微笑ましいともいえる領主と護衛たちのやり取り。
 苛烈な砂漠の前線にあって尚、和やかで穏やかな空気だ。
 側に控えてそれを眺めていた都槻・綾(夜宵の森・f01786)は、気のおけぬ仲なのだと青磁色の双眸をゆるり細める。
 戦地とはいえ、否、だからこそ領主の余裕がなくば士気に影響が出る。
 故に綾は不謹慎にならない程度に話を聞きたがった。勿論第六感を研ぎ澄まし、周囲を、風に煽られ流れゆく砂紋に至るまで、慎重な警戒を怠らぬままに。
 セレンギルの領地について、例えば傭兵たちは普段はどのように過ごしているのか、ひいてはアジムがどのように生活をしているのか。幼き頃の逸話が聞ければ尚良い。
 知らぬ土地の挿話は、あたかも千夜一夜を詠む物語にも似ている。呼気がほどけて微睡んだ先、話題がカルカラへと及んだならば、綾は何気なしに呟いてみせる。
「危険を冒してまでも至りたい理由。大切な方との大事な約束なのでしょうか」
 控えめで押しつけがましくないその口吻。
 だからだろうか、言葉が自然と口を突いたように、アジムは小さく囁いた。
「そうだな。約束というか……ともあれ大事なものであることは確かだ」
 だから往こう。
 領主の青の眼差しの先、業火を纏いし精霊らが一頭、二頭。前線で戦う猟兵たちの隙を縫い本陣へと向かってくる。
 綾の動きに迷いはない。符を挟んだ指が即座に宙に五芒星を描く。これは皆の加護であり、破魔の祈りを齎すためのしるしであった。
 炎獣が宙を蹴り飛び掛かってくるより綾が詠唱を終えるほうが速い。
「おいき」
 顕現するは透き通るみずの青の鳥。流れる羽搏きは最初は微かなものなれど、綾が印を結び終えれば景色が変わる。
 それは豪雨にも似て、嵐にも似て。
 せせらぎと呼ぶにはあまりにも猛々しい奔流。術の相性が噛み合ったのか焔虎に反撃する間を与えない。まるで古代の大蛇の如く、唸る濁流となり敵を呑み、喰らい尽くしていく。
 あまりにも鮮やかな手際だった。羽搏く音と共に水が途切れる。炎獣がいたはずの空白からほとり、滴が零れた。
 綾の頬に落ち、それを指先で拭う。唇に刷く。焔の業を持たず、戒めも呪いも纏わぬ清浄たる水。
 しかし喉を潤すには些か心許ない。
 だから領主たちのほうを振り返りながら言う。
「葡萄酒が恋しくなってしまいました」
 悪戯っぽい響きと笑みに、「後で存分に振る舞うと約束しよう」とアジムも頬を緩ませた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

織部・樒
危険を伴う可能性があっても尚、自ら出向かれる
それは、責任感……それとも何かの約束、でしょうか

アジムさんのなるべく傍にて何気なく周囲に注意しつつ進みます
余裕があれば道々【動物と話す】にて付近の動物たちに
災魔を見かけたか尋ねます
暑さにはあまり強くないので水分補給を忘れずに

敵を感知したら周囲に注意喚起
護衛の邪魔をしないよう気を付けつつ
出来るだけアジムさんを護るように護法を呼び出します
自らへの攻撃は錫杖での【武器受け】或いは
【炎耐性】【オーラ防御】にて耐えます

彼が何のためにカルカラなる町へ行くのか興味が出てきました
……今頃彼(『砂上の蛮歌』参加のザフェルさん(f10233))も
頑張っているでしょうか


泉宮・瑠碧
…火は怖くて苦手だが
砂漠では引火する植物が無いのは幸いか

マントや頭に布を巻き
口元も布で覆った日除けの姿
予め、水と氷の精霊へ願い
周囲の気温や火の気配を少しでも削いでおく

僕は杖を手にエレメンタル・ファンタジア
攻守で第六感を研ぎ澄ませ
範囲攻撃で氷の雨を降らせて属性攻撃
相手の後方等の
多くを巻き込み、味方が居ない位置を狙おう

護衛や味方にも気を付け
炎を受けたなら水を作り出しての鎮火や冷却
危険なら横から水の槍を撃ち出して援護射撃
誰も無事で着く様に

自身の被弾は主に見切り
避け切れない際はオーラ防御と水の精霊の守りによる火炎耐性

砂漠の守護なら、戦わずとも済む道もあったのだろうか
炎の精霊達へ安らかにと祈る
…すまない





 周囲に止められて、危険があることを重々承知で、それでも尚自ら出向こうとするアジム。
「それは、責任感……それとも何かの約束、でしょうか」
 織部・樒(九鼎大呂・f10234)の黄昏を刷いたような金の瞳が、護衛たちに囲まれた領主へと向けられる。
 問いの答えを聞くのは後にしよう。樒はさりげなく、それでいてアジムからつかず離れず、周囲への警戒を怠らぬままに進む。革袋に詰めた水を補給することも忘れない。
 砂塵の影から蜥蜴が顔を覗かせたのを見て、樒は尋ねる。災魔の様子はどうだ、と。
 蜥蜴は教えてくれる。曰く、炎獣は正面から向かってくるものの他にはいないようだ。つまり進行方向の先、炎獣を使役する何かがいるのかもしれない。
 そそくさと撤収する様子の蜥蜴を見遣り、泉宮・瑠碧(月白・f04280)は周囲を見渡しながら呟いた。
「……火は怖くて苦手だが、砂漠では引火する植物が無いのは幸いか」
 集落やオアシスの近くであればまた別だろうが、周囲に燃え移るような植物の存在は見当たらなかった。
 それを確認してから瑠碧は日除けの布を頭に巻く。顔前方に少しだけ影が落ち、目の火傷を防ぐような角度だ。口元も隠し、マントを翻して進もうとする。暑いには暑いが日差しで体力が損なわれ肌が灼けるよりはずっとましだ。
 あらかじめ瑠碧が水と氷の精霊を呼び寄せていたので、いくらか気温の高さや火の気配は緩和されている。行軍には問題がないと言っていい。
 ──ならば、あとは。
「いました、正面左手の砂丘からこっちへ来ます」
 樒が通る声で注意を促す。その言葉通り、砂漠の守護獣が群れを成し向かってくる姿が見えた。
「私がここを守ります。まずは牽制をお願い出来ますか」
「わかった。攻撃が広範囲に及ぶようにしておくから、体力が削られた個体を各個撃破してほしい」
 アジムらを庇える立ち位置を確保した樒の言葉に、瑠碧は頷く。端的に傭兵らに指示を出せば諾意と信頼を宿した眼差しが返ってくる。
 瑠碧は水の精霊が宿りし蒼い宝玉頂く杖を、眼前へと突き付ける。
 宝玉に集約される魔力。弾ける閃光。
 そして迸る氷の戯れ。
 天を埋め降り注ぐ氷柱の驟雨。周辺の気温を一気に零下へと押し下げる。
 炎獣を穿ち抉る。脚を腹を牙を、鋭く射抜いては砕いていく。飛散する氷片が炎天下で水晶のように煌いた。
 それは群れで向かってきた殆どの炎獣を根こそぎ葬っていく。
 数頭がかろうじて死を免れて瑠碧の横を過ぎていくが、それはわざとだ。
 弱った個体であれば傭兵が仕留めるのも不可能ではないし、何よりアジムの防衛の手を損なわずに済む。
 しかもそこには樒が控えている。
「護法! 今です」
 顕現するは腕輪や頭飾りを嵌めた、麗しい容貌の童子だ。幾人も生じてはアジムを中心として防護の陣を組んだ。童子の神霊は襲い来る炎獣から領主を庇い、盾となる。
 その間にも樒も錫杖で爪を受け止め弾き飛ばす。奔る業火を払い、霊光を纏う指先で霧散させる。
「頼もしい。助かる」
 樒の耳に届いたのは、アジムの本心からの労いの言葉。
 ふと吐息を噛み、樒は薄く微笑んだ。
 この領主は何のためにカルカラに向かうのか、そんな興味が仄かに胸で萌していた。
「……今頃彼も、頑張っているでしょうか」
 思い馳せ、而して防御は決して怠ることはない。
「!」
 それでも死角に回り込んだ炎獣の一体が牙を剥いた。
 咄嗟に身を硬直させる傭兵の目の前を──突き抜けていったのは水流の槍。
 その元を辿れば、瑠碧が涼しげな風情で魔力を操っていた。
「大事ないか」
「はい、ありがとうございます」
 瑠碧は敵のみならず、逐次味方へも注意を払っていた。今のように援護射撃をすることもあれば、延焼する炎を見れば水で鎮火することもある。
 誰もが無事で到着出来るように。その思いは確かに目の前の傭兵たちの健在によって証明されていた。
 だが敵の攻勢もやまない。懐に飛び込んできた炎獣を咄嗟に身を翻し避ける。淡い青銀の長髪の先が、僅かに焦げた。
 それを手で払い、瑠碧は深い泉のような青い瞳を眇めた。
 砂漠の守護を担うもの。
 それがもしあくまでそれだけの任を負っているのなら、戦わずに済んだ道もあっただろうか。
 首を横に振る。詮無きことだ。それに砂漠は誰のものでもない。
 ならば引かない。
「……すまない」
 その悲哀を滲ませる囁きに、樒も毅然と前を向いた。
「行きましょう。私たちに出来ることは、まだあります」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

境・花世
見霽かす砂丘、風の紋様、揺らぐ熱
初めて見る砂漠は遠いお伽噺みたい
それなら護衛Aの仕事はひとつ、
主人公を好い結末まで送り届けること――なんてね

ターバン翻して砂を蹴れば
走りにくさに一瞬戸惑って、
それから迷わずに靴を脱ぐ

灼熱の砂を柔く強く踏んで駆け
アジムを護れるように傍らへ
マークなしで自由に動く敵がいないか、
万が一にも炎の余波が当たらないか
戦場全体をよく“視”て対応しよう

猟兵仲間や護衛の人たちと連携して
翻す扇から生む花嵐で敵を退けながら、
いざとなれば捨て身ででもアジムを庇う覚悟

戦のなか垣間見る彼の眸も、仰ぎ見る空も、
手を浸したくなるような澄んだ青
熱気に乾いた世界にはよく映える――いい彩だ





 境・花世(*葬・f11024)の胸裏は弾んでいる。
 勿論仕事はきちんと果たす主義だ。ただそれとは別に鮮やかな景色が女を魅了していた。
 見霽かす砂丘、風の紋様、揺らぐ熱。
 肌に薄ら珠の汗が浮かぶ。そのすべてが花世にとっては物語の一篇のようで、遠い異国のお伽噺めいている。
 なればその登場人物として存分に力を振るって見せようか。
「護衛Aの仕事はひとつ、主人公を好い結末まで送り届けること──なんてね」
 領主を流し見て、彼と彼を護衛する傭兵たちを視認する。
 自分は遊撃手を担うのがいいだろう。他の猟兵や護衛とも連携して、砂埃一粒すら通してなどやらない。
 そんな理解を傍らに駆けようか。ターバンを結んだ裾を翻して砂を蹴ろうとした。
 が、高くなくともヒールがついている靴は砂に埋もれるようで走りづらい。眉をひそめる。
「っ、やりづらいな」
 迷いはなかった。靴に指を引っかけて脱いでそこらに放ってしまおう。回収は後から考えればいい。
 太陽が敷かれているような熱さの砂を、灼けるのも構わずに柔く強く踏んで走ろう。
 領主の傍らで春形見の扇を翻し、炎獣が繰り出した熱爪を弾く。そのまま扇面でしたたかに横っ面を叩き、炎獣を沈める。
 花世は周囲を見渡した。
 他の猟兵には遠距離攻撃で牽制している者もいるようだ。それが広範囲に及んでいるため、こちらは零れ落ちた残り物を各個撃破すればいい。
 間合いを測る。万が一にも炎の残滓が領主へ届いてしまわないように。戦場を注意深く見渡す花世へ、アジムが「頼もしいな」と呟いたのは余談となろう。
 神霊を喚び盾とする猟兵と互いに死角を埋め合って、破れかぶれで突貫してくる炎獣を、軽やかな身のこなしと苛烈な攻撃で翻弄する。
 複数体が同時に襲い来ても、花世のかんばせには焦りの色は浮かばない。
 酷暑の砂漠に於いて、爛漫の春を咲かせよう。おやすみよ、おかえりよ。扇の端から徐々に薄紅の花弁が構築され花の嵐となっていく。
 砂よりも可憐、砂よりも苛烈。炎獣を包み込み斬り刻み、名残の焔すら残してやらない。
 最後のひとひらを掌に載せ、掴む。桜色の光が瞬いて風に乗って消えていく。
 ふと花世はアジムの様子を見遣った。庇う覚悟は何時でも出来ているが、今のところは問題なさそうだ。
 領主の眼に据えられていた青。
 仰ぎ見れば、空も澄み渡る青。
 清涼な泉に手を浸したくなる心地にも似た感慨を得る。
 熱気に満ち、乾ききって潤いなどないこの世界には、際立つほどによく映える。
「──いい彩だ」
 だからそんな青色の下で、女は再び砂漠を馳せる。
 口許に刷かれた微笑みが艶やかだったことは、言うまでもない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
あらあら、また沢山湧いたわねぇ
少しは腹も膨れるカシラ

領主一行を背に『かばう』よう割り込み
即座に『範囲攻撃』で『マヒ攻撃』乗せた【黒影】放つ
ちょいとコイツら譲っちゃ貰えねぇかしらネ
アンタらの身の安全と引き換えに、なあんてドウ?

敵の動き読み『見切り』攻撃は『オーラ防御』展開し敢えて受け、後ろへ通さないようにするわネ
傷は『激痛耐性』併せ凌ぐし後から補給すっからへーき

さあ強くなるといい、その方が美味しいもの
もっと遊んであげて、と再び黒狐を嗾け
『2回攻撃』で『傷口をえぐる』よう『生命力吸収』
その炎、喰らい尽してあげる

危険冒してまで成したい事、イイじゃナイ
オレは狩りを楽しめるし、目的地までご一緒しても?





 砂煙を上げて疾駆してくる炎獣たち。
 その雄々しさを一瞥し、コノハ・ライゼ(空々・f03130)はくすりと笑みを零す。
「あらあら、また沢山湧いたわねぇ。少しは腹も膨れるカシラ」
 指先で己が腹を辿る。勿論比喩だが、今のコノハは言葉遣いも仕草もふわりとしている。
 しかし薄氷の眼差しは、砂漠にあっても尚冷ややかだ。
 敵側もアジム周辺を大将格だと認識して攻めてくる。遠距離で牽制する猟兵の隙をついて突貫してくる炎獣と、アジムらの間に滑り込む。
 万象鉱石の刃で、襲い来る牙を弾き飛ばした。
 同時に黒き管狐に示したのは確かな敵意だ。一匹二匹と増えていく、砂漠に落ちる黒き影から現出したような、炎獣の数に対抗出来る数の黒狐。
 コノハがナイフの切先を翻したのが合図となった。黒狐が奔走する。瞬く間に多数の炎獣に喰らいつき、麻痺を齎し動きを鈍らせた。
 それらを流し見て、コノハはアジムに軽妙な声音で言う。
「ちょいとコイツら譲っちゃ貰えねぇかしらネ。アンタらの身の安全と引き換えに、なあんてドウ?」
 いい条件だと思うんだケド。なんて嘯けば、少なからず張っていた気が緩んだのかアジムが青い双眸を細める。
「いい気概だ。よろしく頼むよ」
「そうこなくっちゃ」
 不敵に笑んだ。再び刃を振るい、構える。
 死角を狙って攻めようとする炎獣の眼前に踏み込んで、霊光の盾を展開しその爪をわざと受ける。耐性を頼りに灼くような痛みを拭い、決して後ろには通さないという意思を証明しよう。
 それに後から補給すっからへーき、そんな呟きは戦場に静かに落ちる。
 駆ける。
 いっそ爛々とした瞳は狩る手応えを知っている。
 獄炎を吸収し強化しようとする様も意に介さないどころか、歓迎するように囁いた。
「さあ強くなるといい、その方が美味しいもの」
 ──もっと遊んであげて。
 コノハの指示を汲み、再び黒狐が炎獣に飛びついた。たまらずたたらを踏む炎獣の懐に肉薄する。
 一閃。
 下段から肩口にかけて鋭い斬撃を放つ。構える間も与えずに逆手に持ち替え、焔の喉元に切先を突き立てた。力を籠めて一段深く抉る。
 ふつふつと伝わってくる生命力を存分に堪能した後、引き千切るように横薙ぎに払った。断末魔の叫びが焔となって消失していく。
 周囲の敵はある程度片付いたか。様子見がてらアジムの元に戻ったコノハへ、アジムがねぎらいの言葉を手向けようとする。
「助かった。これからも力添えを願えれば嬉しい」
 素直な口吻だ。コノハは仕方ないとばかりに肩を竦めてみせる。
「危険冒してまで成したい事、イイじゃナイ。オレは狩りを楽しめるし、目的地までご一緒しても?」
「勿論だとも」
 信を交わす男たちの髪を、灼熱孕んだ風が吹き流していった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

贄村・明日々郎
無論、彼の訳、旅の真の結末に興味もあるが
差し引いても予知を看過できぬと思わされた
つまるところ、好ましい御仁ということだ
褒賞も手厚いらしいしネ

叶うならこの旅の一時、砂城の主に仕りたく

護衛の増員を検討頂くためにも
アジム氏に近づく獣を確実に仕留めてご覧にいれよう
足元は砂だが、なぁに足場なら幸いたくさん燃えている

空駆ける獣を鶏脚で蹴落としてジャンプ
ギアを全開にした金蓮さんで脳天から串刺し
いやはや微風を届かせてしまったなら申し訳ないと笑いかけ

攻撃は見切りでかわすけれど
要人警護なら外套の火炎耐性に任せ体を張るのも良い
カウンターで頭数減らせれば尚良し

アドリブ・連携喜んで
敵は群れ、借りれる手は猫でも借りようね





 贄村・明日々郎(悪漢・f03391)の眼差しはただ前を見据えている。
 後ろは見ない。振り返らない。無論アジムが抱える事情、旅の真の結末に興味が引かれたのも本当の話。
 それを差し引いたとしても、予知を看過できぬと思わされたのも事実だった。
「つまるところ、好ましい御仁ということだ」
 褒賞も手厚いらしいしネ、なんておどけてみせれば、アジムも小さく笑ってみせた。
「助力を得られるのは喜ばしい。よろしく頼む」
 そして同じ方向を見よう。
 予知で耳にした程度だからまだ知らない背景もあるだろう。しかし明日々郎は尚も、誠意をもって相対したいと考えている。
 ──叶うならこの旅の一時、砂城の主に仕りたく。
 なれば実力を見せるのが先決だ。信用を勝ち取るための方策を、打ち出す。
 護衛として増員されるためには、近寄る敵を確実に屠る様を見せるのが一番いい。
「ご覧にいれよう」
 明日々郎は絡繰り仕掛けの太刀を構える。
 地面は砂。踏み込みづらく、足を取られやすい。つまり駆けるならば炎獣に一日の長がある。
 だが明日々郎は不遜にも言ってのけるのだ。
「なぁに足場なら幸いたくさん燃えている」
 炎獣の一頭が牙を剥いて襲い掛かってきたその時だ。
 外骨格の強化を施し、黒装束が馳せる。
 一瞬にして明日々郎の姿が忽然と消えた。否、跳躍したのだ。足場としたのは先の炎獣。宙を蹴ったそれを更に飛び越え、太陽を背に目を眇める。
 ギアを稼働させる。駆動は全開、鋭さを増した太刀に一気に体重を乗せる。
 焔の骨が砕ける音がする。
 文字通りの串刺し。脳天を貫き、刃先が砂に触れるほどに。
 炎獣は大きな叫びと共に消滅する。靴の底を焦がした明日々郎はそれでも涼しい顔。
 顔だけを後ろに向けて。
「いやはや微風を届かせてしまったなら申し訳ない」
 余裕綽々で言ってのけるものだから、アジムのみならず周囲の傭兵らも破顔した。
 良い意味で気安い空気が漂う中、他の炎獣が攻撃を仕向けてくる。
 明日々郎は、飛び掛かって来る一頭を敢えて身を引くことで懐に入れる。体勢を崩したところで上段から一太刀。
 他の傭兵が曲刀で首を狩る様を見届け、そのまま明日々郎はアジムの前に走り出た。
 放射される炎の吐息を外套で受け止めいなす。火花を払ったところで、その背を支えたのはアジムの従者だ。
「まだこれからも戦ってもらわなきゃならないからな」
 その言葉は、主の信を得た者として、背を預けるに値すると傭兵や護衛たちが認めた証であった。
 さあまだご照覧あれ。
 機械仕掛けの太刀が、斬撃を見舞い足りないと欲している。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
ニルズヘッグ(f01811)同道
命懸けも厭わないとは、余程大事な理由が在るのだろう
恐らくは唯の商談だけでは無い、別の何かが

しかし先ずは領主を安全に届けねば話にならん
安心して任せるが良い、云った以上は必ず成す男だ
……合っている
では私は襲う禍の一掃に専念しよう

中空へ逃れ様が、此の眼に映る限りは私の的に過ぎん
破群猟域になぎ払いを加え、纏めて叩き落とす
攻撃は戦闘知識で先読みして見切りで躱し、武器受けで落とす
後ろに逸れたとて心配は要るまい
――この程度、軽いものだろう?
以前の豪語、忘れてはいないぞ(笑

手を貸す理由を語るとすれば
命に等しい程に大事な――護らねばならん約束が在る
其れを知っているから、という所だ


ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
嵯泉/f05845と

行かなくてはならんところ、なァ
ならば手助けをしよう
我々に万事任せておくが良い!

って大見得切ったは良いけど、前に出るのは嵯泉だな
領主たちを庇うのは私に任せとけ
お前が全力で剣振るえるようにしといてやるよ
こういうの、後顧の憂いを断つ、って言うんだっけ?
良し、珍しく合ってた

嵯泉の討ち漏らしは海竜の斧槍で薙ぎ払う
【毒牙の腕輪】はサポートに回そう
嵯泉の死角に入る奴を片っ端から噛めば、毒で動きも鈍らせられるだろ
はは、もっと寄越しても良いくらいだ!

事情は知らずとも思いは分かる
私にも、命と等価の約束があるのでな
何の理由でこんな無茶をするのだか
褒章代わりだとでも思って、後で教えてくれよ、領主殿





 熱風が吹く。
 鷲生・嵯泉(烈志・f05845)の琥珀の髪が揺れ、陽光を映し金色に靡く。
 ニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)の灰燼色の髪は砂塵に紛れず、広がるように流れていく。
 砂漠に立つふたりの偉丈夫。その視線は揺らがない。真直ぐに前を見据えている。
「行かなくてはならんところ、なァ。ならば手助けをしよう」
 豪放に笑うニルズヘッグへ、嵯泉は静かに頷いた。
「命懸けも厭わないとは、余程大事な理由が在るのだろう。恐らくは唯の商談だけでは無い、別の何かが」
 その理由は現状知れぬ。側近以外はわかっているとも言い難かろう。
 耳を傾ける機会があればよいが、まずは領主をカルカラに送り届けなければ話にならない。
 その意を確りと汲み、ニルズヘッグはアジムへ向き直ってはっきりと明るい声で告げた。
「我々に万事任せておくが良い!」
「頼もしい言葉だな」
「安心して任せるが良い、云った以上は必ず成す男だ」
 アジムが青の双眸を細める様に、嵯泉が後押しのように進言した。その堂々とした佇まいに、護衛たちも信を置いているようだ。
 互いに得物を構えて炎獣の群れと相対する。
 他の猟兵が力を尽くしたこともあり、その数はかなり減少していた。群れと言いつつかなりまばらになっていて、残る個体は破れかぶれに本陣に突貫するようなものばかりだろう。
 なれば為すべきことに躊躇はない。
 ニルズヘッグが傍らの隻眼の男にからりと声を向けた。
「って大見得切ったは良いけど、前に出るのは嵯泉だな」
 わかっているならその大口をどうにかしたらどうだ、という風情ながら、嵯泉は躊躇なく進み出る。
 一方でニルズヘッグは炎獣たちとアジムの動線を断つように間に立った。領主たちを守るのは私に任せとけ、といった面差しで。
「お前が全力で剣振るえるようにしといてやるよ。こういうの、後顧の憂いを断つ、って言うんだっけ?」
「……合っている。では私は襲う禍の一掃に専念しよう」
「良し、珍しく合ってた」
 役割分担は的確に。後は目の前の敵を一掃するのみ。
 迷いはない。
 刃を向ける。
 焔の気配が届く前に、こちらから斬ってやろう。
 宙を多段で蹴り、襲い来ようとする炎獣へ。嵯泉は災禍絶つ刃を振り抜いた。
 短く鳴き、中空で身動ごうとする一頭を逃しはしない。そこがどこであろうか、この柘榴の眼に映る限り、何であろうと嵯泉の刀の的に過ぎない。
 それは砂漠の蛇の如くに。
 振るう切先が鋼の鞭へと変化する。瞬く間に眼前を埋める。宙に居れば避けようもなく、周囲にいる炎獣も巻き込んで縦横無尽に叩き落としていく。
 砂に落とされ飛散する炎の名残。しかし敵も意地を見せるのか、潰えた仲間の後を追うように牙を剥いて突進してくる。
 されど嵯泉とて数多の戦地を越えてきた男だ。僅かな身の捻りで牙を避け、その反動のまま刃を走らせ胴を斬る。別の個体が焔の爪を振り下ろせば、鍔で受け止めた後に力を緩め地に沈める。
 一体一体を確実に葬るも、二頭の炎虎が脇をすり抜けた。
 しかし嵯泉は動じない。心配はしていないからだ。
「──この程度、軽いものだろう?」
 以前の豪語、忘れてはいないぞ──そんな風情で口の端を上げる。それを見遣ったニルズヘッグは、金の眼に確かな力を湛えた。
 軽いという証明は、己が攻勢で示すとしよう。
 何時かのアルダワで邂逅した蒼い鱗の海竜が、今は頼もしい斧槍としてここに在る。
 飛び込んできた炎獣へ一刺し。そのまま払い。灼熱の牙を折ったなら一歩踏み込んで心臓を抉る。
 その間にも隙は生まない。腕に巻き付いた朱眼の白蛇に出番だと告げ、足元を這うように忍ばせた。斧槍が及びきれない隙間を縫い、毒の牙を以て砂漠を制そう。
 虎一頭どころか虫の一匹すら通さぬ立ち振る舞い。見たことか、という風情でニルズヘッグは笑い飛ばした。
「はは、見てるか。もっと寄越しても良いくらいだ!」
「そう来なくてはな」
 嵯泉は喉奥で笑気を潰し、最後の一頭に向き直る。
 一閃。
 下段から斬り上げた一撃によって、どうと大きな音を立てて炎獣が倒れ伏した。焔の精霊は火の粉を散らし、砂漠の空の下で散っていく。
 あらかたこの周辺は片付けただろうか。周囲を念のため見渡すものの、残党の気配は見受けられない。
 いや、炎獣らが向かってきた方角。その奥に、忌まわしい存在感を察知する。
 他の猟兵も一度集合して立ち向かったほうが賢明だ。そう判断した嵯泉は、ニルズヘッグと共にアジムの元へと立ち戻る。
「感謝する。まだ戦いは終わらないが……力を貸してもらえるだろうか」
 控えめながら真摯な声音。
 事情をすべて明かしたわけではないのに助力願っている後ろめたさのようなものもあるのかもしれない。
 だがそれを聞いた男二人は鷹揚に頷いた。
「事情は知らずとも思いは分かる。私にも、命と等価の約束があるのでな」
 手の中の何かを見つめるように、ニルズヘッグは噛み締めるように呟いた。
 嵯泉も静かに目を伏せ、それからしっかりとした声で言葉を紡ぐ。
「手を貸す理由を語るとすれば、命に等しい程に大事な――護らねばならん約束が在る」
 其れを知っているから、という所だ。
 大事な。大切な。掛け替えのない約束があると理解しているという共鳴。
 それを感じ取ったのだろう。アジムは目を細めて、ただ、ありがとうと告げた。
 小さく笑って、ニルズヘッグが場の空気を明るくするように、軽妙な調子で嘯いた。
「何の理由でこんな無茶をするのだか。褒章代わりだとでも思って、後で教えてくれよ、領主殿」
「ああ……そうだな。機会があれば」
 そこには、短い時間の中ながら、培われた信頼が確かに横たわっている。

 さあ行こう。
 まだ炎獣を従えていた敵が待っている。
 予知では半蛇の怪物といったか、それを倒さねばカルカラへは向かえない。
 猟兵たちは砂漠を往く。まだ見ぬ果てのオアシスを目指して。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『ミスティ・ブルー』

POW   :    邪の道は蛇
【幻惑】の感情を与える事に成功した対象に、召喚した【青い鱗の蛇】から、高命中力の【猛毒】を飛ばす。
SPD   :    神秘的な青
【艶やかな唇から】から【摩訶不思議な予言】を放ち、【幻惑すること】により対象の動きを一時的に封じる。
WIZ   :    プワゾン
自身の【体から発する甘い香毒】を代償に、【敵】を虜にして、もしくは【既に虜にした者】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【無我夢中】で戦う。

イラスト:オペラ

👑11
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●半蛇の怪物
 炎獣の群れを片付けて暫し。
 敵を統率している頭目へと挑む前に、一旦休憩を挟むことになった。
 水や干し葡萄を口に入れる者、塩の結晶を舐める者、武器の手入れをする者。様々だが、流石領主がいるだけあって備蓄も充実している。猟兵たちにも振舞われたから、体力の回復を図ることも出来ただろう。
 そんな時だ。
 猟兵たちが休息を取っているところに、アジムが近寄ってきたのだ。付き随う従者に下がるよう命じ、それから掌に拳をつける礼の形を取る。
「先の戦いでの奮戦に感謝する。貴殿らの尽力なくば、死傷者を出さずにここまで辿り着けはしなかっただろう。改めて名乗ろう、私はアジム。セレンギルの領主の任を務める者。恩義には必ず報いよう」
 堂々とした、それでありながら品のある佇まい。目礼をしたのちにアジムは続ける。
「引き続き貴殿らには護衛の任、並びに災魔の討伐を頼みたい。先の戦い振りは見事だった。褒賞も上乗せさせてもらうと約束する」
 風が吹いた。
 日除けのターバンの下、アジムの黒い前髪が躍る。
 僅かに躊躇を挟んで、再びアジムは口を開いた。
「……先の戦いの最中、気にかけてくれた者がいただろう。今はすべてを詳らかにすることは出来ないが、黙秘を貫くのも義に欠ける行いだ。貴殿らの功績なくば今後も立ち行かぬだろう、であれば尚更だ」
 伏せられたままの強行の理由。それに触れんとしていると誰かは察しただろう。
 整ったアジムの容貌に差したのは、逡巡と感慨、そして回顧にも似た何か。
 アジムは猟兵たちに向き直って言う。
「私がカルカラに赴くのには理由がある。それこそ、大切な約束があるんだ。しかし私には立場があり、表向いて面会をすることは出来ない。ごく一部の側近たちを除いては、カルカラに私が向かうのはあくまで視察のためだと言い含めている」
 人の口の戸は立てられぬ。だからこそすべてを明かすことは出来ないのだと察した猟兵もいただろう。
 領主の言葉の裏側に、誓いにも似た願いが据えられていることも。
「私が直接赴かなければ意味がない。顔を突き合わせて会わなければ意味がないのだ。……手紙では何とでも繕える。万一政敵に探られては目も当てられないからな」
 だから行く。
 その意思は固く、揺るぎない。
「これ以上はまだ言えない。だが、私はカルカラに行かなければならない。助力を願いたい」
 再び礼の形を取った。
 普段であれば傅かれる側の立場だろう領主が、頭を下げるほどの願い。

 その時だった。
 血相を変えた傭兵が駆け寄ってくる。
「旦那様! 先の焔虎どもの親玉が出てきました」
「何、それは本当か」
 誰ともなく得物を構えて傭兵たちがいる場所へ向かい合流する。
 先の炎獣らがやって来た方角に視線が集まる。
 突風が吹く。砂塵が舞う。
 炎の名残を指先で操るように、舞にも似た艶然を纏う。流浪の占い師を思わす装飾品、目元を隠すようにターコイズ色の布を被り、豊かな肢体を持つ女人。
 ──なのは、上半身のみだ。
 下半身は青鱗の蛇。しなやかに身を捩る様は、ちぐはぐなだけに違和を齎す。
「私の炎を可愛がってくれたお礼をしたいの」
 甘い声を紡いで、それは蠱惑的に微笑んだ。
「うふふ、アナタ方の運命は私が紡ぐ。幸せでしょう?」
 知っていた者もいるだろうか。人を虜にし、影から人界を乱す半蛇の怪物。
 声は心を惑わし、香りは思考を鈍らせ、毒は体を蝕む。
 悪辣の災魔。
 猟兵たちは進み出た。アジムの事情をもう少し明らかにしてもらうのも、まずはこの敵を倒してからだ。
 灼熱の砂漠。
 物語の続きを紐解くのは──討伐を終えた後だ。
境・花世
少しだけ慣れた灼熱の砂の上を、
跳ねるように舞うように駆け
夢現を蕩かす馨を砂塵に混ぜる

仲間が攻撃する機を作れたならば
ひそやかに燔祭を蒔く伏線を張って
敵が再び動き出す前に種明かししてみせようか

砂漠に花を――咲き誇れ!

ようやく凪いだ砂漠の海を渡れば
約束はきっとすぐ其処だろう
オアシス湛える眸にそっと尋ねてみたい

その尊い身を賭すほどの
大切な約束を抱いたひと
それは、生きる証のようなもの?

物語を忘れてしまったわたしには、
遠くて眩いような主人公
だけど今、少しだけ伸ばす指先で
頁を捲って見届けたいと思うんだ

どんなこたえが返ろうと、
うつくしい物語であれと願うよ
理由? ――その青が、とびきりきれいだったからかな


コノハ・ライゼ
へぇ、と口笛ひとつ
勝手に紡がれちゃ有難迷惑よねぇ

「柘榴」で肌裂き【紅牙】発動、敵の懐へ飛び込む
アジム、砂漠の民を『かばう』のは常に留意
反撃の蛇が見えたなら
その牙や毒が届かぬよう『オーラ防御』展開し受けて防ぐわネ
甘く惑わせようって?無粋にも程があるデショ

牙で喰らいつき『2回攻撃』から『傷口をえぐる』よう捩じ込み『生命力吸収』
ああ、あの炎のコ達。とっても美味しかったヨ
ケドちょいとモノ足りねぇの、アンタが埋め合わせしてくれる?
挑発に乗せた『呪詛』じみた『精神攻撃』で
いっそ『誘惑』されてくれないかしらね

口を挟みゃしないケド
理由とやらは聞いてみたいわネ
ソコまで心傾けるその感情
分からないから興味あるもの


マリス・ステラ
【WIZ】他の猟兵と共闘する

「主よ、憐れみたまえ」

『祈り』を捧げると星辰の片目に光が灯る
全身から放つ光は『オーラ防御』の星の輝きと星が煌めく『カウンター』

「領主様をお守りしてください」

傭兵達には万一に備えて貰って前に出る

傭兵達と領主様を『かばう』
負傷者には【不思議な星】
緊急時は複数同時に使用

弓で『援護射撃』放つ矢は流星の如く
響く弦音は『破魔』の力を宿して敵の動きを鈍らせる

「届かなくて良い想いも、果たされなくて良い約束もありません」

彼らが何を願うのか、それはわからない
どれほど困難だとしても諦める理由にはなりません
私は道を見つけるか、さもなくば道を作るでしょう
彼らの至る先に幸いがありますように


胡・翠蘭
※アドリブ歓迎
SPD

あらあら…ふふ、他者の運命を弄ぶのがご趣味でいらっしゃるのでしょうか
でも、残念ながら…わたくし、自分の運命は自分以外には託したくありませんの

防具改造で灼熱の砂漠の気候に順応するようにして、…狂気、呪詛、毒の耐性を付与

貴女様の見えたそれが、…わたくしの運命…で、ございますか

…なんて。
予言による幻惑に惑わされたように演技をし、油断して近付いてきたところを…マヒと媚毒、そして…石化の属性を付与した鉄扇で薙ぎましょう

炎の守護獣が護っていたのは貴女様…でしたか
ケダモノは飼い慣らせても、猟兵相手では…役者不足のようですわね

運命を選ぶのは自分自身、予言に委ねられるほど…軽くはありませんわ


都槻・綾
灼熱の砂漠に
恰も水の悦びを得たかと惑わすが如き青は
毒の香りに満ちて

なぁに
礼には及びませんよ

焔虎を骸海へ還した事への意趣返しや
踊りへ誘うかのように差し出す指先に至るまで
優雅で優美に飄々と

高速詠唱で機先を制し
はらり
手のひらから零したのは
凶つ香気を濯ぐ清浄な花の薫り、馨遙
眠りへ誘い
皆の援護を担う

僅かな隙を作れたら
領主を慕い集いし頼もしき面子が、
そして猟兵達が
過たず敵を討つだろう

同行の輩たちや
領主の真摯さを好ましく感じ
信頼している証に
終始穏やかな笑みのまま

約束が結ばれた先の光景を
私も見てみたいのです
だから
邪魔は無粋ですよ

戦いの後
馨遙と医術で皆を癒し乍ら
領主殿の話を聞けたら嬉しい

約束の地は、もう間もなく


織部・樒
運命とは各々のもの
他人に左右されるものではありません
速やかに退場いただきましょうか

叶うなら敵とアジム殿の導線に立ち位置を修正
何としても近寄らせぬよう留意
仲間を虜とする妖術が厄介ですね
敵の言動を常に注視し、プワゾン発動のタイミングを
見計らい【高速詠唱】を併用し七星七縛符を使用
同士討ちはさせません
必要なら符を複数枚使用
寿命などヤドリガミである身ゆえあまり気にしません
何らかの物理攻撃は錫杖で【武器受け】
躱せなければ【オーラ防御】にてダメージ軽減を狙います

言い澱むようなら深くは伺いますまい
しかし宛ら、誓いのような……それ程の想いを抱いて
おられるのですね
ならば、何としてもこの旅を全う致しましょう


贄村・明日々郎
主の進路を阻む不届きな花は摘んでしまおうね

運命紡ぐとは興味深い、ひとつご教授頂こう
匂い立つような艶姿は懐かしく
不思議な言葉は記憶の底を浚う
ああ、姉さん。姉さんたち――どうぞこの愚弟に慈悲を

幻惑の先は天上花地獄
砂漠に咲く花は阿なければ枯れるが運命だ
だまし討ち?
そう呼ぶ人もいるかもネ
感傷は趣味じゃなしすかさず斬り捨て暗殺

話の続きとはいえ仕ると言った手前
憚ることを無理に聞く由もなし
ただひとつだけ

侍従護衛の皆様、アジム様のことはお好き?

ねぇ、彼らが大切な約束に劣るということはありますまい
どうぞ今をお大事に
失えば取り戻せませぬ故

…こりゃ幻惑されたなーと支えられた背思い出し
焦げた靴底で砂を蹴って独り笑うよ


ヨハン・グレイン
オルハさん/f00497 と

運命を紡ぐなどくだらない。戯言ですね
こんな災魔の甘言に釣られる者がいるなら、余程の間抜けではないでしょうか
余計な心配もされたくないですし、さっさと終わらせましょう

蠢闇黒から闇を喚び、呪詛を纏わせ死角から刺し穿つ
全力魔法で疾く操り、致命傷とならずとも攻撃を重ね
彼女の攻撃が通るよう足止めと援護を担おう
【侵蝕する昏冥】で宣告する。動くなよ、と
後は彼女に託すのみ

……聞きたい事があるのでしたら付き合いますよ
全く興味がないという訳でもないので
特に俺からは言う事もないと思いますけど……まぁ
納得出来る理由であるなら、いい


オルハ・オランシュ
ヨハン(f05367)と

そうだよね、ただの戯言
赤の他人に運命を紡がれて幸せな人なんているわけないでしょ
でもこいつ、油断できない相手みたい
……虜、になんてならないと思うけど……ヨハンに限って

UCで攻撃力を強化して短期決戦を心掛けよう
攻撃のタイミングは可能な限りヨハンと合わせて連携重視
蛇が召喚されたら早目に仕留めて、猛毒が飛ばされないように
香毒は色んな意味で脅威だね……
ヨハンやアジムさん達に近付けさせないようにしなきゃ
宣告を受けた敵の動きが鈍ったら多段突きで一気に攻めるよ

聞きたいことはただひとつかな
危険な目に遭ってまでカルカラに向かう理由になった、約束――
私達にも知る権利があると思わない?


泉宮・瑠碧
…寂しいのならば申し訳ないが
害である以上、討たせて貰う
…すまない

僕は杖を手に天飛泡沫
第六感も駆使して
状態異常への対応を優先

生成した水の鳥は
半数は待機させておき
僕を含め、誰かが幻惑や毒に掛かり次第に浄化して治す
もう半数は災魔を囲う様に散開し
水の礫や矢の様な突撃で攻撃や妨害を

僕は主に風の属性攻撃
香りが届かない様に向かい風や
味方陣営の風上を意識して作り出し
攻撃は風の刃

被弾へは主に見切り
避けられない時はオーラ防御と毒耐性

討伐後
傭兵達にも怪我があれば手当へ

…領主と傭兵達には信と絆がある様に思う
譲れない事があるとはいえ
その為に万一があれば、双方悔やみ切れないだろう
…だから誰も喪われなければ、僕はそれで良い


ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
嵯泉/f05845と

確かに、顔を合わせねば伝わらんことも多いことは理解しているよ
とっとと片付けて、早いとこ約束果たさせてやらねえとな、嵯泉

こういう手合いはさっさと片付けた方が良さそうだ
【死者の毒泉】に『呪詛』を乗せて、選ぶのは攻撃力の強化
嵯泉の動きに――合わせるってほど見ちゃいねえ
直感で斧槍を振ればそれで合うだろ
あいつがやることは、大抵、私がやれねえことだからな
嵯泉が一撃叩き込める隙を作ってやりゃ良い

悪いが自分の運命くらいは自分で紡ぐ
そのための楔はここにある
貴様の寄越すまやかしなんぞで、断ち切れると思うなよ!

訳ありの兄弟なあ
もしそうなら、余計に応援しないとな
家族ってのは、大事だからよ


鷲生・嵯泉
ニルズヘッグ(f01811)同道
直に接してこそ伝わるものも……其の顔を見なければ意味が無い事もある
ああ、加減なんぞ無しで行くぞ

お前如きの幻惑に掛かる筈が無かろう
決して揺らがぬという覚悟の元に振り払う
真逆で在るからこそ、合わせずとも噛み合うと解る
見ずとも知れるニルズヘッグからの攻撃を利用してフェイント使い
死角へ移動しての刀鬼立断を叩き込む
お前の紡ぐ運命になぞ、路傍の石より興味が無い
楔の繋いだ未来の前では全くの無意味と知れ

余計な詮索するのは本意では無いが
表立って会えぬ商談相手とは些か妙だろう
若しかしたら隠さねばならん兄弟なのではないか
まあ、もしそうならば其の男の本気度が上がる事だろうよ


龍之・彌冶久
呵々、邪の類か!
拐かすのが得意と見える。

が、なあ蛇よ。
人の心を惑わすはそれほど易き事ではないぞ。
堅く誓ったモノ程な。
その証左、とくと御覧じろ。

此処に在りしは『那由多』の一太刀。
賜る脈は"陽"と"魄"。
降り注ぐ日の光より、陰邪を祓う為の刃を紡ぎ――

そして、"魄"、則ち魂。
今此処に於いて最も勇敢に、望みを叶える為の旅路を紡ぐ――

アジム!
お前の"想い"、則ち魂をこの老い耄れに少し貸せ!
はは、何痛みなどない、少し疲れる程度よ。
――だが、お前のその強き想い。
幻惑にも邪毒にも屈しはせぬ事を見せてみろ!
(属性:聖×魂="破邪属性"、攻撃力特化)

うむ、淀みなき良い刃だ。

では、いざ一閃。
呵々、見事な斬れ味よ。





「なぁに。礼には及びませんよ」
 諧謔めいた都槻・綾の言葉に、半蛇の怪物は艶やかな笑みを深めるばかり。
 烈火の如き灼熱に浸る砂漠に於いて、まるで水のゆらめきにも似た喜悦を戴くような青の蛇。鼻腔を擽る香りには、毒の気配が漂っている。
 毒を撒き散らす花。その姿に贄村・明日々郎は機械仕掛けの太刀を構えて、切先を突き付ける。
「主の進路を阻む不届きな花は摘んでしまおうね」
「ええ。ご退場願いましょう」
 綾も細い指先を蛇女へと差し出す。
 ──運命紡ぐとは興味深い、ひとつご教授頂こう。
 そんな思惑が砂に落ちる頃、先行したのは綾だった。はらりひらりと掌を操れば、蛇女の凶つ香気を濯ぐが如き、清浄な花の薫りが染みていく。
「夢路に遥か花薫れ、」
 砂漠の熱すら香を際立たせるための舞台装置のよう。蛇女の表情が僅かに微睡んだようないとけなさを持つ。
 しかし技の相性ゆえか、深く昏睡させるまでには至らない。蛇女は浅くかぶりを振る。
「……こんなもので私を押さえ込めるとお思い?」
「いえ。ですが。僅かな隙を作れたならばそれで十分です」
 綾が飄々と告げる。
 頼もしいことを知っている。
 領主を慕い集った傭兵や護衛たちが、この日砂漠に集った数多の猟兵たちが、必ずや蛇女を討ってくれるだろう。
 予言にも祈りにも聞こえる言葉。それを払いのけるように半蛇の怪物が薄く笑む。
「それでは聞いてもらいましょうか。『アナタ方は過去に囚われ我を失う』」
 艶やかな脣から流れ出るは摩訶不思議な予言。そうなるように仕向ける幻惑だ。
 明日々郎がこめかみを押さえる。
 しかし眼差しは蛇女に注いだまま。匂い立つような艶姿に、錯綜するは嘗ての記憶。過去。その正体を探る前に、惑いは胸裏の底を浚おうとする。
「ああ、姉さん。姉さんたち――どうぞこの愚弟に慈悲を」
 懇願にも似た声音だ。
 天上へ手を伸ばし、何かを掴み、それから陶然とした表情のまま、白手袋を嵌めた手を差し出した。
 満開に。
 地獄に咲いて、散らされた千差万別の花が顕現する。
 微笑む女、泣き喚く女、怒り狂う女。明日々郎のよく知る顔ぶれだ。その霊を疾駆させ、絡め取るように蛇女の力を削ごうとする。
「砂漠に咲く花は阿なければ枯れるが運命だ」
 そうでしょう、確認するような口振りでいう。その様子を綾も穏やかな笑みを、信頼を湛え見詰めている。
 蛇女は端正な貌を引きつらせる。
「だまし討ちなんてつれないわね」
「だまし討ち? そう呼ぶ人もいるかもネ」
 明日々郎はまったく意に介していないという風情で口の端を上げる。
 幻惑を拭い捨て、それから砂を蹴る。一気に肉薄する。
 感傷は趣味じゃない。
 絡繰りの太刀で上段から袈裟懸けに斬る。さらに踏み込みもう一撃。横薙ぎに払えば確かな手応えがある。
 蛇女が緊張感を孕むのを、綾はただ眺めていた。
「約束が結ばれた先の光景を、私も見てみたいのです」
 後方の領主、その従者や傭兵らに思い馳せる。
 その真摯を穢させるわけにはいかない。
「だから、邪魔は無粋ですよ」
 邪魔を邪魔するためにここにいる。
 紅の五芒星描いた薄紗翳し、綾は滑らかに術の構築を始めた。



 足の裏が焦げるような感覚も、些か馴染んできた頃合い。
 境・花世は跳ねるように駆ける。それは躱すというより舞踏に似ていた。
 その場にいる誰かは気付いただろうか。花世が砂塵に紛れ、夢うつつの狭間を蕩かすような馨を広げていく。
 皮肉にも最初にそれに気付いたのは、敵である半蛇の怪物であった。
「『アナタ方はこれから沈むことになる』」
 艶やかな唇から紡がれる、摩訶不思議な予言。
 ミスティ・ブルーが操る幻惑に猟兵たちの視界が歪む。輪郭が幾重にも重なる。たまらず膝をついたが、視線だけは落とさない。
 しかし敵が馨によって僅かに指先を痺れさせるのを、コノハ・ライゼは確かに見ていた。
「へぇ」
 口笛はいっそ戦場には場違いなほどに軽やかだ。されどアイス・ブルーの眼差しは皮肉を湛える。
「勝手に紡がれちゃ有難迷惑よねぇ」
 これからを他者に誘導されるなど真っ平御免だ。
 コノハは僅かに後方に意識を飛ばす。アジムや護衛たちは、猟兵たちがこうして間に立っている限り敵の射程圏内には含まれない。
 それでいい。万象鉱石磨いた一対の刃を閃かせ、砂を蹴る。
 馳せる間に己が肌に刃を滑らせる。鮮血が滲む。幻惑に侵された意識がクリアになる。血を真紅の溝に滴らせ、急激に形を変えたそれは捕食形態。獰猛な牙を向ける先は決まっている。
 蛇女の懐に一足飛びで踏み込む。
 コノハは剥き出しの腹に牙を突き立てた。否、喰らいついた。牙の強欲、すべての血肉を啜り命を呑み込むために穿つ。その陰で、血と狂気を糧とする花の種が蒔かれていることには誰も気づかない。
「っ!」
 たまらず蛇女が反撃に移る。しかしその瞬間を、花世は決して見逃しはしなかった。
 種は芽生えるもの、芽生えは花になるもの。
 爛漫に咲き誇る今を御覧に入れようか。
 種明かしの時間だ。
「砂漠に花を――咲き誇れ!」
 身に纏いしは絢爛たる百花の王。放出される薄紅の花弁。幻惑を振り払うように素早く掌を返せばそれが合図となり、轟然と鋭く舞い躍る。
 花の刃は蛇女の身を削る。削ぐ。滴る血を吸い、尚も美しく染まっていく。
 蛇女は身を翻す。体勢を整えようとしたのだ。
 捉えたのはより近くにいるコノハ。未だまぼろしの名残に身を浸す彼へ、青い鱗の蛇を差し向けようとする。
 しかしその青は、届かない。
 届く前に霊光を纏った刃の柄が、薙ぎ払うように砂に落としたからだ。
 身の動きを鈍らせられたとしても、意識までは譲り渡した覚えはない。
「甘く惑わせようって? 無粋にも程があるデショ」
 コノハは嫣然と笑み、再び対の刃を操った。蛇女の上腕に繰り出される牙は二重に。抉った先に、捻じ込むようにもう一撃。それを伝い吸い上げる生命力は、惑った精神をも修復していくようだ。
「生意気ね」
 苦悶の声を上げる半蛇の怪物へ、コノハはああ、と思い出したように告げる。
「あの炎のコ達。とっても美味しかったヨ」
 何を指すかは言わずと知れよう。先に屠った炎獣へ、大した感慨も抱かずに目を細めた。
「ケドちょいとモノ足りねぇの、アンタが埋め合わせしてくれる?」
 それは挑発だ。突き刺していた刃をわざと大振りに抜き払う。迸る血に、精神を蝕む呪詛の気配を感じる。
 真綿で締め付けるようにとは言い得て妙な表現だろう。
 そのくらい緩慢に、コノハはこちらへ靡けと手招いた。



「……面白いわ。最近やって来たただの人間とは違うよう」
 蠱惑の肢体は、傷を受けて尚艶やかに。
 腕に滴る血を舐めて、呪詛すら飲み干そうとする蛇女。たいした傷ではないと言わんばかりのその姿、やはり隊商が魔物に襲われる事件の首謀者は、この半蛇の怪物なのだろう。
 事実をしかと見届けて、胡・翠蘭は紅を刷いた脣を笑みのかたちにする。
「あらあら……ふふ、他者の運命を弄ぶのがご趣味でいらっしゃるのでしょうか」
 猫のような金と緑の瞳は、口吻の割に笑っていなかった。剣呑な色を湛え、鉄扇を口許に掲げた。
 お生憎様ですことと言わんばかりに翠蘭は首を傾げた。
「でも、残念ながら……わたくし、自分の運命は自分以外には託したくありませんの」
「そう言っていられるのは今のうちよ」
 人を虜にすることに長けた者同士、視線がかち合う。吐息は燻り、砂と共に風に攫われる。
 参りましょうか、と翠蘭が声を手向けたのは、先の炎獣戦でも肩を並べたマリス・ステラだった。
 浅く頷き、マリスはいつもと同じ動作を手繰る。どんな敵が相手でも基本的な戦法はほぼ変えない。ある意味で儀礼的とも、ルーティンともいえるその在り方。
 先の炎獣と戦った時と同じ言葉で戦いの火蓋を切ろう。
「主よ、憐れみたまえ」
 祈りを捧ぐのも、また同様。
 マリスの片目が再び輝きを宿した。星が瞬く。頭のてっぺんから爪先まで星辰のささやきが満たしていく。どんな相手でも、その身から放たれる霊光がマリスを守るだろう。
「領主様をお守りしてください」
 控えていた傭兵に静かに告げる。先の戦いぶりを見て信を置いていた傭兵たちは素直に頷き、アジムの周囲を固めるべく駆けていく。
 そして前に出た。マリスとステラは再度並び立つ。マリスはアジムへの射線を阻み、翠蘭は纏う衣装に指を這わせた。瞬く間に構築されるのは砂漠の気候に合わせた防御態勢。狂気、呪詛、毒。そういったものへの耐性を備えていく。
「受け止める姿勢ならば私からいこうかしら」
 先に攻勢に出たのは蛇女だ。
「どうぞ受け止めて。『アナタ方は身動きを取ることが出来ない』」
 声音そのものが異界を思わせる、不可思議ないろをしている。
 それに囚われるかどうかも判断出来ぬうちに、喉から息が漏れた。
「……!」
 身体が動かない。どうにか瞬きをしようとするが、それすら難儀する始末だ。幻惑を跳ね返そうとしても儘ならぬということは、やはり炎獣たちを従えるだけあってそれなりの力量が備わっているということか。
「貴女様の見えたそれが、……わたくしの運命……で、ございますか」
 辛うじて声を紡いだ翠蘭が目を眇める。
 震える手をどうにか前に持ってくることは出来ても、やはりその場から動くことは出来ない。そんな風情であった。
 蛇女はそれは嬉しそうに口の端を上げ、狙いを定めてすらりと近接する。
 マリスが矢を放とうとするが間に合わない。眉根が寄る。
 蒼い蛇が翠蘭の首に喰らいつこうとする。
 その瞬間だった。
「……なんて」
 嫣然は笑みの形になる。
「何ですって?」
 呆けた声は蛇女から出たものだった。
 振るわれたのは鉄扇。半蛇の怪物の腕を穿ったそれは、夥しい紫紺の斑点を齎していた。麻痺や媚毒が及んでいると見目でも知れよう。
 その上、毒を得た個所が石と化していく。それを指先で打ち払い、蛇女は困った子どもを眺めるような面持ちで言う。
「そう。先程防御の技を施していたわね。……だまし討ちだなんて品がないわ」
「左様でしょうか。したたかな知性を持つ女のほうが上等ではありません?」
 翠蘭が服を叩けば、埃が払われるかのように戒めが解ける。
 同じく翠蘭がステラの肩に触れたなら、その強張りも解けた。毅然と前を向く。
 悠然と、烏の濡れ羽のような黒髪を靡かせる。
 これはある意味で女の矜持の戦いであったのかもしれない。
「炎の守護獣が護っていたのは貴女様……でしたか。ケダモノは飼い慣らせても、猟兵相手では……役者不足のようですわね」
「小癪なこと」
 その端正な貌を歪ませたのを見遣り、翠蘭はあえかに微笑んだ。
 嫋やかな振舞いの芯に、確かな戦意を湛えて。
「運命を選ぶのは自分自身、予言に委ねられるほど……軽くはありませんわ」
 そう思いませんこと? と投げられた問いに、ステラも頷く。
 星は巡る。今はまだ日が高くとも、見えなくとも、星は確かに天で瞬いている。
 故に退かない。
「あなたも骸の海に還しましょう。焔の仔らが待っています」
 流星の矢を番え、射る。
 鋭く迸るそれは蛇女の手の甲を撃ち抜いた。



「そう。アナタ方、こうまで対抗するの……」
 蛇女が愉快そうに微笑む。
 戦局は一進一退だ。猟兵たちの攻撃は確かに敵を追い詰めているけれど、撃破するにはまだ足りない。あれほどの数の炎獣を従えていた頭目だ。それに値する実力を持っていることは、むしろ当然と言えるだろうか。
 敵が搦手に長じているのは厄介だ。蛇女の基本戦術は幻惑。そのとっかかりを経て、毒を撒いたり蒼鱗の蛇を差し向けたりするのだから。
「呵々、邪の類は拐かすのが得意と見える」
 龍之・彌冶久はからりと笑い、空色の眸で相手を見据える。
 隣に控えていた織部・樒も符を指の間に挟んで構える。アジムたちを庇うような位置関係を意識し、動線を断つように意識し、その上で蛇女に向き直る。
「運命とは各々のもの。他人に左右されるものではありません」
 ──速やかに退場いただきましょうか。
 決意を籠めた宣告だ。その声を聞き届け、泉宮・瑠碧は長い睫毛を伏せる。
 思い浮かべるのは先に倒した炎獣たち。蛇女は『私の炎』と言った。真意の理解は出来ずとも、それなりに情が垣間見える言葉だった。
「……寂しいのならば申し訳ないが。害である以上、討たせて貰う」
 瑠碧が水の精霊宿す杖を、そっと握り直す。躊躇いを噛むように「……すまない」と囁けば、鼓舞するように彌冶久がその背を軽く叩く。
「なあ蛇よ。人の心を惑わすはそれほど易き事ではないぞ。堅く誓ったモノ程な」
 諭すような声音だった。しかし蛇女は意に介さず笑みを転がすのみ。
「そうかしら。誰もが私の術に抗えず、砂塵となって消えていったのに」
「それは今までの話よ。此度は違う」
 万象の源たる龍脈を擦るよう、光刃を構え、切先を向ける。
「その証左、とくと御覧じろ」
 低い声で告げたなら、それが開戦の合図だ。
 前に出たのは彌冶久だ。
 此処に権限せしめるは『那由多』の一太刀だ。引き寄せた脈は”陽”と”魄”だ。
 真昼の天照。苛烈に差す日の光。陰と邪を祓い清めるためのそれを光刃に乗せる。
 続けて”魄”、則ち魂の息吹を添わせる。生きとし生けるものの命に拠るもの。今此処に於いて最も勇敢に、望みを叶える為の旅路を紡ぐための──。
「アジム!」
 声を張る。それは戦場に在って尚真直ぐに目当ての男に届いただろう。
「お前の”想い”、則ち魂をこの老い耄れに少し貸せ!」
 見目で言えば十分若いか、彌冶久のほうが若年に見えるほど。しかし老成された佇まいに確かな力を籠め、視線を流して告げる。
「はは、何痛みなどない、少し疲れる程度よ。――だが、お前のその強き想い。幻惑にも邪毒にも屈しはせぬ事を見せてみろ!」
「……私に何が出来るかはわからないが、心得た。その刃へ、私の情念を息衝かせて欲しい」
 どうか。
 願いを受け、光刃が脈打つように明滅する。そうして先より更に鋭さを増した刀身は、邪なものを断つ力に満ちている。
 闇を払い、魂を籠める。この戦局を切り拓くに相応しい。
「うむ、淀みなき良い刃だ」
 彌冶久が周囲にいる樒と瑠碧を見遣る。短い錯綜。しかしそれを確かに見極めて、 樒と瑠碧は各々の術を紡ごうとする。
「では、いざ一閃」
 光刃が奔るのが先か。
 砂に落ちた陰影が掠れるのが先か。
 蛇女の懐へ一足飛びで滑り込み、回数より命中よりただ威力を底上げして、真一文字に剣閃を放つ。
「なっ!?」
 蛇女に構える玉響すら与えない。珠の肌に斬り傷を、そして鮮血を齎す。
 その戦果を眼に映し、彌冶久は思いの強さを実感するように深く息を吸い、吐いた。ついでに笑った。
「呵々、見事な斬れ味よ」
 傾きかけた戦局。それに追従するように樒は蛇女の動きを見極める。戦場にいる誰よりも敵の仕草を注視し、即座に反応出来るよう努めていた。
「そう簡単に思い通りになると思わないで」
 幻惑に重ねるように、蛇女は甘い香毒を醸し出す。樒はその気配を察知し、味方が虜にされる前にと身を翻した。
 短い詠唱。疾く印を結ぶ。即座に七星の符を現出させる。
 蛇女の毒が味方に蔓延する前に、宝飾がきらめくその喉元に符を叩きつけた。
「同士討ちはさせません」
 敵は一体、味方は複数。相手の性質を鑑みるに、味方同士の相打ちこそ最も恐れるべき事態だと、樒は正確に理解しているのだ。
 蛇女が喉を押さえ、符を引き剥がそうとするも、渾身の力を籠めたそれは簡単に剥がれはしない。
 身が軋む。命の燈火宿す蝋燭を、徐々に削っていくような感覚だった。樒が痛みに顔を顰める。瑠碧がそれを少しでも緩和させようと、浄化の水鳥を遣わした。
「大丈夫か」
「ええ。寿命などヤドリガミである身ゆえあまり気にしません」
 じわり辛苦を和らげる水の癒しへ、視線だけで礼を述べる。 樒のその様子を見届けて、瑠碧はロッドの先を旋回させる。
「ならば、次はこちらだ」
 治癒に回した水の鳥は半数。残りの半数は蛇女を囲む格好で羽搏いていく。抜かりはない。抜け目もない。瑠碧が促せば、天から水の礫や水流の矢が降り注ぐ。穿つ。蛇女の動きをも阻害する。
 瑠碧の働きはここまでに留まらない。
「……これは」
 彌冶久が気配を察知し喜色を浮かべる。背から追い風が吹く。つまり敵にとっては向かい風。
 毒薫が届かぬよう、味方陣営を風上とする心配りだ。
 急かされるように彌冶久が馳せる。剣先で砂を掬い上げるように、目潰し兼ねて下段から斬り上げる。同時に瑠碧が旋風の刃を迸らせる。蛇女に十字の傷が入った。
「生意気ね、アナタ方」
 未だ樒によって技を封じられている。故に蛇女は使役した蛇を走らせる。牙に毒こそ潜めども、ある種単純な物理攻撃だ。
「そろそろ、己の不利を悟ったらどうですか」
 樒の声は一切の歪みなく、砂漠にあって鮮明に響いた。



 猟兵たちの攻勢は止まない。
 手数で圧倒的に勝るのはこちらなのだ。
 前線を担うのは猟兵らだが、後方で傭兵たちも支援してくれる。矢を射ち牽制するだけでも効果はある。負ける気はまったくしていない。
 そう理解しているからヨハン・グレインは淡々と、事実を声として紡いだ。
「運命を紡ぐなどくだらない。戯言ですね」
 灼熱の砂漠にあって尚冷ややかに、言い捨てる。
 同意の首肯を挟んだのはオルハ・オランシュだ。
「そうだよね、ただの戯言。赤の他人に運命を紡がれて幸せな人なんているわけないでしょ」
 ふたりの声に迷いはない。歪みもない。ただ真直ぐな想いをそのまま言の葉にする。視線も前に差し出したまま。
 ヨハンは肩を竦めて、あり得ないものを目の前にしたように言う。
「こんな災魔の甘言に釣られる者がいるなら、余程の間抜けではないでしょうか」
 そこに驕りはない。思い上がるほど不遜ではない。捻くれているのは自覚があって、それでも確かに息衝く矜持がある。
 ヨハンの怜悧な横顔を見つめて、オルハは懸念を口にする。
 弱らせてはいるものの、搦手で状況を覆されることは大いにあり得る事態だった。
「でもこいつ、油断できない相手みたい。……虜、になんてならないと思うけど……ヨハンに限って」
 ちらりと若葉の眼差しがヨハンに向かえば、仕方ないと言わんばかりの吐息が零れる。
 敵の思惑はどうでもいいが、隣にいる彼女は別だ。
「余計な心配もされたくないですし、さっさと終わらせましょう」
 確かな信を備えた声に、オルハは頷いた。
 間合いを測る。僅かに熱砂の空気を噛む。
 馳せたのはオルハだ。いつも通り、愛用の三叉槍を傍らに駆ける。ただし常と少し異なり、矛先に淡い魔力が宿っている。
「そう簡単にやられないわ」
 先の猟兵の技でユーベルコードを封じられている蛇女は、オルハの一撃を身をくねらせ避ける。
 そこまでは想定内だ。そのまま体重をかけ突っ切る。
 オルハが刺し穿ったのは蛇女の影だ。影に染みる毒香を吸収する。身体に染み渡るそれを魔力に転換し、三叉槍の鋭さを増していく。
 蛇女が反撃に移る前、オルハが体勢を整えるまでに牽制するのはヨハンの役目。銀の指環に頂く黒光石に意識を集中させる。
 闇が轟く。呪詛を孕ませた闇は刃と化し、螺旋を描くように重なり、射出される。
 真正面からではなく、滑り込み死角を狙っての攻撃だ。蛇女もたまらず身を反らして寸前で避ける。
「くっ……!」
「まだ終わりません」
 静かなる予告。言葉通り細やかに詠唱を紡ぎ、そのたびに黒刃が数多と降り注いだ。
 一手では致命傷になり得ない。だがそれが百を超え、疾く宙を埋め襲う度、半蛇の怪物の身動き出来る範囲を着実に減らしていく。
 苦し紛れに蛇女が喚び出したのは、猛毒を持つ青の蛇。
 ただ無理な体勢から放たれたため、その軌道を捉えることは難しくない。オルハは確りと見定めて、その細い身を抉るように刺し殺す。
 香毒は同士討ちを誘発するため特に脅威だ。故にそんな隙を与えないよう手を休めず攻撃し続ける。後ろを窺うどころか、目の前のオルハから目を逸らすことも許さない。
 時折藍染の瞳と若葉の瞳が交錯する。
 言葉にせずとも伝う連携は緻密かつ大胆だ。互いに信じ、互いの役割が十全に果たされるよう力を尽くす。他の猟兵の援護もあり、手応えを得ながら尚退かない。
「まさか。そんなまさか」
 蛇女はかぶりを振る。明らかに表出する、追いつめられているという怯えに似た気配。
 そこに突き付けたのは、ヨハンの影から顕現した、夜より尚黒い闇。死神のような、悪魔のような。
 防戦に回る蛇女に喰らいつく。しるしを残す。
 そこに注がれるは静かなる宣告だった。
「──動くなよ」
 びくり、蛇女の身体が強張った。
 気圧されたように息を詰まらせるも、その間を見過ごすオルハではない。
 肉薄し三叉槍で貫こうとする少女から逃れるように、蛇女は咄嗟に躱そうと身を捩った。
「……!!」
 その瞬間迸るのは脳天を突き抜けるような痛み。闇が脳髄を締め付け、蝕み、生命力を奪っていく。
 後は託します。そんな気概を受け取って、オルハは今一度砂を蹴った。
「はっ!」
 高く跳躍し、重力に体重を乗せて突き刺そうとする。蒼い蛇の尾を貫通し、叫びにならない叫びが上がる。
 しかしそれを聞き流して、オルハは刺さったままの穂先を横薙ぎに払った。敵の傷口が生々しく炎天下に晒される。
 決着は近い。
 ヨハンもオルハも、その事実を正面から受け止めている。



 鷲生・嵯泉は蒼天を仰ぎ見た。
 眩しい陽射し。だからこそ影は色濃く落ちる。熱風が琥珀の髪を攫っていく。
「直に接してこそ伝わるものも……其の顔を見なければ意味が無い事もある」 
 感慨と共に思い馳せるは、炎獣戦の折りに耳にした領主の話。
 それを確かに汲み取ったニルズヘッグ・ニヴルヘイムも、金の双眸を眇めた。
「確かに、顔を合わせねば伝わらんことも多いことは理解しているよ」
 命と等価の約束。そういうものがあるという認識そのものが、決して万人に共通するものではないとわかっている。
 だからこそ。
 背に控える領主の志を完遂させてやろうと、ふたりの男は思っている。
 ふと笑気を零し、 ニルズヘッグは噛み締めるように告げる。
「とっとと片付けて、早いとこ約束果たさせてやらねえとな、嵯泉」
「ああ、加減なんぞ無しで行くぞ」
 得物を構え、蛇女へと向き直る。
 砂漠の焔を燈した災魔を屠る時がやって来た。
 蛇女の体力は既にかなり削られている。仕留めるなら今だ。しかし搦手がある以上最後まで気は抜けない。「こういう手合いはさっさと片付けた方が良さそうだ」というニルズヘッグの言は、真実を示しているだろう。
「『アナタ方は私に攻撃することが出来ない』」
 振り絞った声で蛇女が予言を手繰ろうとする。幻惑に貶めてしまえば、確かに戦局が変わる転機となろう。
 だが。
 嵯泉は臆さない。顔色一つ変えやしない。闇色頂く禍断の刀身を掲げ、気概で惑いを払い飛ばす。
「お前如きの幻惑に掛かる筈が無かろう」
 出会い頭の万全の魔力があればいざ知らず、瀕死の蛇女には、嵯泉の揺らがぬ覚悟を打ち崩すだけの力はない。
「さあ、終わりを始めよう」
 ニルズヘッグが掌を地に、砂に向けて翳してみせた。
 伝わって来るのは死者の無念だ。憎悪。怨嗟。 絶望。思いのほかその深さが染みるのは、それだけ蛇女が炎獣を従え多くの旅商人らを脅かしてきた証左でもある。
 迸る呪詛を身の強化に費やす。海竜の斧槍は今も手の中に。大丈夫。何の憂いもない。
 ふたりが馳せたのは同時だった。
 意識して合わせる必要はなかった。呼吸が、間合いが、直感が、何も言わずとも添い噛み合うのだ。
 視線すら交わさずに馳せ、まず一撃を見舞ったのはニルズヘッグだ。
 体重を乗せ勢いのまま刺し穿つ。蛇女の脇腹抉り、その血肉を砂に吸わせる。
 反動で蛇女は身を揺らさずにはいられない。顔だけを上げ、どうにか体勢を整えようとしたその時だ。
「あいつがやることは、大抵、私がやれねえことだからな」
 ニルズヘッグの呟きは陽光に透け、熱砂に紛れて霞んでいく。
 誰の耳にも届かずとも、何を示すかは明白だ。
 嵯泉が一歩踏み込んだのは陽動だ。強い戦意はニルズヘッグが崩したバランスを立て直させない。
 そのまま身を沈め、懐へ入る。死角から襲い往く純粋かつ強靭な刃。
 剣閃が迸る。
 弾いた光は黄金に似る。脇下から斬り上げ、 半蛇の怪物の右腕を削り落とした。
「ア、あァ、あ……」
 蛇女の口からは、痛みと絶望のためか茫然とした呟きしか漏れてこない。
 されどそこに温情をかける筋合いも、意味もない。
「お前の紡ぐ運命になぞ、路傍の石より興味が無い。楔の繋いだ未来の前では全くの無意味と知れ」
 嵯泉が一歩引いたのは、既に得物を構えた盟友の気配を察したから。
 ただ静かに、静かに。
 ニルズヘッグは冴えた眼差しだけを蛇女に贈る。
「悪いが自分の運命くらいは自分で紡ぐ。そのための楔はここにある」
 抱えた覚悟と祈りは常にこの胸に。
 高く斧槍を持ち上げて、その矛先をミスティ・ブルーへと突き付ける。
「貴様の寄越すまやかしなんぞで、断ち切れると思うなよ!」
 最期の一撃は、太陽と同じ角度で脳天を貫いた。
 蛇女は断末魔の叫びごと青い青い毒素で満ちた砂となり、それすら風に紛れていく。
 領主の旅路が続くと、確定された瞬間だった。


◆◆◆

「かたじけない。この砂丘を越えれば、カルカラはもうすぐそこだ」
 戦いを終え休息を挟むも、旅程が既に終盤に差し掛かっていることを示す。あと出くわすとしても野生の獣くらいのものだろう。であれば、傭兵たちの戦力でも十分に相対出来る程度の脅威に過ぎない。
 日除けに織布の天幕を張り、その下で水を喉に落とす。
 負傷者の手当ては綾と瑠碧が中心となって施した。穏やかな花の馨と、森の恵みの光が、柔らかく傷を包む。
 猟兵が始終敵を圧倒していたこともあり、これまでの怪我は最小限にとどめることが出来たと言っていい。
「ようやく凪いだ砂漠の海を渡れば、約束はきっとすぐ其処だ」
 花世は八重牡丹の眼差しで行く先を見遣る。そう、旅路の果てはもうすぐそこ。約束もそこにある。
 誰もがそう感じたのだろう。特にアジムは、猟兵から言葉を投げかけられるのをきちんと理解している。その証拠に面差しは神妙だ。
 明日々郎は言葉を手繰ろうとする。話の続きとはいえ仕ると言った手前、憚ることを無理に聞く理由はない。暴こうなどとは思わない。
 ただひとつだけ、過った問いを向けたのは領主ではなくその周囲の人間へ。
「侍従護衛の皆様、アジム様のことはお好き?」
 まさか自分たちに問いが向けられるとは思っていなかったらしい。意表を突かれたように瞬くも、彼らは迷いなく告げる。
「勿論。身分差を乗り越え誰にでも分け隔てなく接する、平等で公正な領主様だ」
「他の誰であってもセレンギルを、我らを治めることは出来まいよ」
「お前たち」
 僅かにアジムが息を呑む。そこに漂う信頼と誠実に、明日々郎は鷹揚に笑みを浮かべた。
「ねぇ、彼らが大切な約束に劣るということはありますまい」
 言っている意味はわかりますよね。
 そんな風情で明日々郎は言う。
「どうぞ今をお大事に。失えば取り戻せませぬ故」
「……ああ。そうだな」
 手を伸ばしたい約束はある。願いもある。しかしそれと今を大事にすることは両立出来るはずだ。
 そんな空気を察して、口を開いたのは瑠碧だ。
「……領主と傭兵達には信と絆がある様に思う」
 譲れない事があるとはいえ、その為に万一があれば、双方悔やみ切れないだろうから。
「……だから誰も喪われなければ、僕はそれで良い」
 それがいい。
 言外にそれを汲み取って、樒は控えめに言葉を紡いだ。
「言い澱むようなら深くは伺いますまい。しかし宛ら、誓いのような……それ程の想いを抱いておられるのですね」
 適切な配慮と心配りが滲んでいる。
 橙が滲む金の双眸をアジムに向け、静かな覚悟を添えて言う。
「ならば、何としてもこの旅を全う致しましょう」
「ありがとう。……そう、そうだな」
 まるで言葉を探して迷子になっているみたいだ。
 アジムの様子がそんな風に感じられたから、コノハは努めて軽妙な口吻のまま言ってのけた。
「口を挟みゃしないケド。理由とやらは聞いてみたいわネ」
 まるで呼び水だ。
 気負わなくていいと知らしめるように、コノハは笑みを刷く。
「ソコまで心傾けるその感情。分からないから興味あるもの」
 アジムが瞳を揺らした。それを、花世は見逃さなかった。
 まるでオアシスそのもののような澄んだ青。その眸に尋ねてみたい。ゆっくりと、囁くように。
「その尊い身を賭すほどの、大切な約束を抱いたひと。それは、生きる証のようなもの?」
 小さく綻ぶ花のような問いに、アジムは吐息を噛んでから答える。
「生きる証というのは、少し違うだろうか。むしろ生きているという証を、事実を、確かに伝え己も実感するために、こうして向かっているのかもしれない」
 誰もが耳を傾ける中、ヨハンは傍らのオルハに耳打ちする。
「……聞きたい事があるのでしたら付き合いますよ」
 オルハははたと視線を上げる。
 そこに事実聞きたいという願いを見つけたから、背を押すような声音で言う。
「全く興味がないという訳でもないので。特に俺からは言う事もないと思いますけど……まぁ」
 聞けるものが納得出来る理由であるなら、いい。
 そんな言葉に意を決し、オルハはアジムの前に進み出る。
 聞きたいことはただひとつ。
 誰もが直截的に尋ねなかったその領域に、慎重に踏み込んだ。
「危険な目に遭ってまでカルカラに向かう理由になった、約束――私達にも知る権利があると思わない?」
 アジムは息を呑んで、しばらく沈黙を落とす。
 されど決して視線は逸らすことなく朴訥と声を紡いだ。
「確かに、こうして尽力してくれている貴殿らに話さないのは信義に悖るか。個人的な事情になるから、憚られるのはある……わかっているんだ」
 言いたくないのではなく、どんな言い方をすればいいかわからないという様子だった。
 翠蘭や彌冶久もそれを静かに見守っている。領主が猟兵にきちんと向き合おうとする心持ちであることは伝わってくる。
 自分から打ち明けるには些か抵抗があろう。故に嵯泉が口火を切る。
「余計な詮索するのは本意では無いが、表立って会えぬ商談相手とは些か妙だろう」
 炎獣との戦いの際に、近しい胸裏を戴くと感じた者同士。
 土足で踏み荒らすつもりは毛頭ないが、零さねば本人がつらいだけだろう。
「若しかしたら隠さねばならん兄弟なのではないか」
 まあ、もしそうならば其の男の本気度が上がる事だろうよ──傍らのニルズヘッグを示しそう続けた嵯泉の姿を、アジムの瞳は捉えていなかった。
 瞠目していた。言葉を失っていた。
 そうして暫しの間を置いて、観念したように声を振り絞る。
「察しがいい。やはり同じような心裡を抱えた者には、伝わってしまうのかもしれないな」
 睫毛を伏せる。影が落ちる。
 それでも太陽は日差しを注ぎ続ける。白日の下に晒してしまう。重い沈黙を破って、アジムははっきりとした声で告げた。
「……これから私が会おうとしているのは、実の兄だ」
 息を呑んだのは誰だっただろう。猟兵かもしれないし従者かもしれないし、護衛かもしれない。
 領主であるアジムが表立って会えない兄弟。
 そこに相応の理由があると理解しない者はいないだろう。アジムには領主という立場がある。守るべき領民がいる。
 領主というのは政治家だ。数多の政略を弄し、敵を見極める必要がある。警戒すべきは獣や野盗だけではない。重責を負った立場で、身動きが取れないのは誰しも想像が出来ただろう。
「訳ありの兄弟なあ。もしそうなら、余計に応援しないとな」
 ニルズヘッグは敢えて大股でアジムに歩み寄り、その胸を拳で軽く小突いた。
 金の双眸が共感と同調を示し、光を帯びる。
「家族ってのは、大事だからよ」
 実感の籠った声。わかっているよと言わんばかりのそれに、アジムはようやく口許に笑みを燈した。
「届かなくて良い想いも、果たされなくて良い約束もありません」
 その心のうちのすべてを慮ることは出来ないのだろう。
 だがどれほど困難だとしても、諦める理由にはならない。
「私は道を見つけるか、さもなくば道を作るでしょう。彼らの至る先に幸いがありますように」
 手を組み祈りを捧げるマリスに頷いて、花世は眩しげにアジムを見つめてしまう。
 物語を忘れてしまった自分には、遠くて眩いような主人公。
「だけど今、少しだけ伸ばす指先で、頁を捲って見届けたいと思うんだ」
 熱砂に焦げる願い事。
 濃紅の髪を風に靡かせ、花世はそっと呟いた。
「これから綴られる再会が、うつくしい物語であれと願うよ」
「それは何故?」
 傍らの綾に訊かれれば、花世はとっておきの秘密を紐解くように笑う。
「理由? ──その青が、とびきりきれいだったからかな」
 見仰ぐは領主の眼差し。曇りなき眼。
 それが見出すものが、彼と同胞の望むものであればいい。
「……こりゃ幻惑されたなー」
 炎獣戦の最中で支えられた背思い出しながら、明日々郎も天を仰ぐ。
 領主の志に、護衛たちとの間に培われた絆に、眩しいくらい真っ青な空に。
 焦げた靴底で砂を蹴れば突風に煽られ目に入る。ただ、愉快そうに独り笑った。

 約束の地へ、もう間もなく辿り着くだろう。
 世界は夕映えに覆われ、もうすぐ旅の終わりを告げるはず。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『砂漠の宴席』

POW   :    肉類や魚介類を食べる

SPD   :    穀物・野菜・果物などの農作物をいただく

WIZ   :    ナッツや香辛料を活用した料理を味わう

イラスト:伊原

👑5
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●むかしばなし
 この国は内紛が多いところだった。
 政局が安定したのはここ十数年の話であり、幼い頃は決してひとりで城下を歩くことは許されなかった。
 そして王族や貴族、領主らの上流階級は、長子が跡を継ぐしきたりがあった。セレンギル領主家に双子の男子が生まれたことにより、本人たちの意図しないところで権力争いが勃発していた。
 親類縁者や大商人たちが利権を求め、双子たちを擁立し対立構造を作り出していく。領民や領地が疲弊していくのは自明の理だった。
 それは本意ではなかった。
 そのくらいには、双子はセレンギルを大切に思っていた。
 故に弟に領主としての才覚があると見込んだアガラは、商人として生きることを決めた。元々堅苦しい生活は合わなかったんだとアガラは笑う。
『これで俺は自由を手にし、お前は揺るぎない地盤を手に入れる。ただまあ……会えなくなるな』
『そうだな。……失念してた』
 少なくとも周囲にはアガラとアジムは決別したと、袂を分かったのだということにしておかなければならない。
 策謀うごめくセレンギルにおいて、兄弟は幼馴染でもあり親友でもあり、魂の片割れでもあった。
 父の代から忠誠を誓ってくれる信の置ける側近もいるが、対等な立場で、同じ視線の高さで話せるのは、お互いだけだったのだ。
 離別も最初から計画に入れるべきだったと、アジムは表情を曇らせる。そうすれば今こうして頬を引きつらせなくてもよかっただろうに。
 アジムの悔いを滲ませた声に、アガラは鷹揚に口の端を上げてみせたのだ。
『――生きてりゃ会えないなんてことはない。会えばいい』
 芯のある、言葉だった。
 兄も自分も、それぞれの道でこれからもっと、聡くなっていく。大人になっていく――そうでなければならないのだから。
 何かしら策を講じて会う機会を作ろう。そんな兄の提案に、アジムは青の双眸を揺らした。
『……できるだろうか』
『弱気になるな。そのくらいできるだろ。お前は俺の弟だぞ』
 できない筈がないと胸を張った兄は、砂漠を照らす太陽のよう。
 ならば己は月になろう。アジムは目を細める。
『そうだな。――必ず会おう』
 家から出奔することになるアガラは、顔の知れているセレンギルでの生活は難しい。自分の顔を知らない旅商人に混ざり、この町を離れるつもりだと聞けばアジムも頷く。もうそこに憂いの色はなかった。
『見習いのうちは無理だろうけどな」
『そうだろうな。でも、兄さんなら大丈夫だ。きっとすぐ大成する』
『お前が言うんなら約束されたようなもんだ』
 握手を交わした時の体温を覚えている。
 同じ大きさ、同じ形、しかし違う未来を掴む手だ。
『――また会おう、アジム』
『ああ。約束だ、アガラ』

 実際に会う機会を設けられたのは数年後の話だ。出入りの商人から文を受け取り、段取りを整える。
 カルカラへ赴く理由を、配下には視察だと伝えていた。そのついでに名産品の取引も行うこともあるだろう、そういうことにしておいた。
『お目通り叶い光栄です、領主様』
『此方こそ、名のある商家との取り引きが叶い嬉しく思う』
 仰々しいやり取りに、どちらともなく破顔したのは誰も知らない。
 無事を確認する、世界に存在している。
 互いの息災を認識する年に一度の邂逅は、己の存在を確かめるための術でもあったのかもしれない。

●宴の夜
 満天の星が、夜と砂漠とを繋ぎ止める。
 カルカラのセレンギル領主家の別荘。裏庭が解放され、宴の準備がつつがなく行われていく。灯された明かりに、オアシスの緑が照らされている。
 狼や蠍を描いたキリムが随所に敷かれ、夜空と夜風を楽しみながら酒をかわすのが通例だった。
 この日ばかりは無礼講、身分を問わず贅を尽くした馳走が振舞われるのだ。
 何を置いても羊肉や鶏肉を串焼きにしたシシ・ケバブは押さえておきたい。
 前菜ならそら豆やひよこ豆を潰しスパイスを混ぜ揚げたターメイヤ。
 ムルキーヤと呼ばれるモロヘイヤスープ。鳩の腹に米や緑小麦を詰めグリルした、ハマム・マシュイ。肉団子とじゃがいものトマト煮込みであるキョフテ。
 川魚の腹に詰め物をする料理もある。大蒜やレモンやクミン、唐辛子やハーブを入れて揚げたボルティは、淡白な魚の身と馨しい香草の融合がたまらない一品だ。
 獅子のミルクと呼ばれるラク、ビールに葡萄酒。酒は一晩では飲みきれないほど用意されているという。
 酒を飲まない者にはカルカデという茶がお勧めだ。いわゆるハイビスカスティーのことで、砂糖をたっぷり溶かして飲むのが現地流。
 デザートにはオマーリが良いだろう。パンをココナッツミルクに浸し、レーズンやナッツと共に表面をこんがりオーブンで焼くそれは、優しい味が胃を労ってくれるに違いない。定番のバクラヴァも捨てがたい。
「今年もこうして宴席を囲めることを幸いに思う。遠慮なく味わって欲しい。晩夏の名残に祝福を、砂漠の豊潤に喝采を!」
 アジムが杯を掲げ宴の開始を宣言すると、灼熱を戴く砂漠の熱が引いていくカルカラの古城の一角が、歓声によって満たされた。
 楽が奏でられ、踊り子が舞う。絢爛の夜は朝陽を迎えるまで終わらない。

 夜の陰、賑わいに紛れて動く者がいた。
 連れているのは側近中の側近である侍従がふたり、護衛を担う剣士が一人。
 砦の向こう、濃紺に染められる砂丘を眺める。アジムは四阿でただ、静かに来訪を待ち望む。
 万一、よからぬ輩が嗅ぎつけてこないとも限らない。だがここまで漕ぎ着けただけで上等だ。アジム本人はそう思っている。
 もし隠密を助ける手があれば尚の事、ふたりの時間を守ることに繋がる。しかしそれは余談となろう。
 仮にふたりの邂逅を見届けたい猟兵がいれば。
 今は星だけしか見ていないから、きっとその願いは、叶えられるに違いない。
マリス・ステラ
【WIZ】宴会に参加します

まずはラクという獅子のミルクを頂きます
随分と強そうですが、口当たりは良くアニスの香りがかぐわしい

「実に素晴らしい。それでは料理も頂いていきましょう」

ターメイヤからシシ・ケバブと口に運び舌鼓を打つ
一段落したらアジム様に話しかけます

「アジム様は来年もまたこの旅をなさるおつもりですか?」

私は言葉を続ける
今回は無事に旅を終えたかもしれません
ですが、次もそうだとは限らない

「手を取り合って共に生きる、それは死出の旅よりも困難かもしれません」

無礼をお赦しください
ただ、私は思うのです
時が移り政局が変わったように、二人が誰にはばからず会える日が来ることもまたあるのだと

私は祈っています



●晩餐に星
 篝火が砂漠の夜に煌々と燈る。
 鮮やかに揺れる炎は、昼間に倒した虎のような害はない。楽に合わせて舞う踊り手を、談笑に湧く人々を、あたたかな光で照らすだけ。
 鼻腔を擽る香辛料の匂い。精緻な意匠が施された杯に指先を這わせれば、マリス・ステラの口許に微笑みが浮かぶ。
 杯を傾け喉に落とすのはラクだ。アニスの香草めいた匂いが強く、酒精は強いが口当たりは良い。マリスは淡い吐息を綻ばせた。
「実に素晴らしい。それでは料理も頂いていきましょう」
 供された料理のうち、ターメイヤを割ればそら豆の鮮やかな色が目に楽しい。熱々を口に入れる。焼き目がついたシシ・ケバブは、羊肉の滋味深さが噛むほどに口中へ広がる。
 砂漠の戦いで知らず負っていた疲労もほぐされていくようだ。料理を堪能したマリスは、猟兵たちの様子を見にやって来たらしきアジムの姿を見つけた。
 憂いはない。疲労はあれど落ち着いた物腰だ。だからもう一度ラクを口に含み、嚥下する。そしてアジムへと相対した。
「佳き宴ですね。感謝いたします」
「いや。貴殿らの働きあってのことだ。存分に楽しんでもらえれば私も嬉しい」
「……アジム様」
 マリスの声音が真摯な彩を孕む。
 夜にひとつ星を手向けるように、波紋を広げるように尋ねた。
「アジム様は来年もまたこの旅をなさるおつもりですか?」
 声は宴席のざわめきに呑まれることなく、セレンギル領主へと確かに届く。
 マリスは続ける。今回は無事に旅を終えたかもしれない。だが、次もその『無事』が保たれるとは限らない。
「手を取り合って共に生きる、それは死出の旅よりも困難かもしれません」
 アジムが僅かに口を開け、何かを言いかけてから引き結んだ。星辰の眼差しを僅かに伏せて、マリスは「無礼をお赦しください」と詫びを入れた。
 粛々としたその姿に、アジムは首を横に振った。
「忠言痛み入る。だがそれでも乗り越えられると、今回の件で実感出来たよ。思い上がるつもりはない。慎重にならねばならないし、策を練り実行に移していかねばならない」
 ──やり遂げてみせる。青の瞳にそんな決意の焔が揺れていた。
 また来年貴殿らに護衛を頼むのも一つの策だなとアジムが言えば、マリスは双眸をゆるりと細めた。
 砂漠の夜風が、マリスの金の髪を靡かせる。翻る。
「私は思うのです」
 そこにあったのは懸念というよりは、事実を見据える誠実だった。
 星図を紐解き明日を占うようなその口吻。
「時が移り政局が変わったように、二人が誰にはばからず会える日が来ることもまたあるのだと」
 砂漠の夜にも星は流れる。
 願いを捧げれば、いつかきっと叶うから。
「私は祈っています」
 星の加護がありますように。
 それを受け止めて、アジムは力強く頷いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

織部・樒
ザフェルさん(f10233)と参加
アドリブOK

漸く辿り着きましたね
ザフェルさんもご無事で何よりです

流石に砂漠の暑さは堪えました
ザフェルさんは恐らくお酒を取るでしょうから
私は、あの赤いお茶(カルカデ)を頂いてみましょう
一先ずは甘味抜きで飲んでみますが
う、……酸っぱい……
矢張り郷に入っては郷に従えという事ですね(砂糖入れつつ)
料理も沢山あって迷いますが、何分暑いので
野菜や果物のさっぱりしたものを頂きたい気分です
そう言えばザフェルさんの故郷もこの世界でしたね
と、ふと話を振ってみたりします

アジムさんたちの向かう方向を何気なく確認し
猟兵以外の方がそちらに向かわないか注意だけはしておきます


ザフェル・エジェデルハ
樒(f10234)と行動
アドリブ等OK

お互い旅を無事乗り切った祝杯をあげるとするか!
樒は飲めねぇから茶か果実水だがな
俺のお勧めはナルスユだ。甘すぎるとか言うなよ?

お、ラクがあるのか!これを飲むと地元に帰った気になるな!!
知ってるか?コイツは水を差すと白く濁るんだよ
だから獅子の乳なんて呼ばれてる
コレを飲まなきゃ宴会は始まらねぇな!

酒の肴は旅の話だな
隊商連中の話、出会った魔物、見せて貰った双子のバラ、
アガラの話は…まあ、恐らくアジムの話から察してるだろうから
あえて話すこともねぇかな

酒席でアジムとアガラの邂逅を邪魔しそうな奴らを見かけたら
たんと酒を注がせてもらうか
よけな肝略を巡らせられないようにな



●回顧と願い
 喝采の宴にて、兄弟それぞれの護衛を担った男たちが膝を並べる。
 織部・樒の茜差す金の瞳と、ザフェル・エジェデルハの大地思わす焦茶の瞳がかち合った。笑みが弾けた。
「お互い無事に旅を乗り切った祝杯をあげるとするか!」
「漸く辿り着きましたね。ザフェルさんもご無事で何よりです」
 キリムの上に料理の皿がいくつも並べられる。
 食欲をそそる彩に視線が惑うが、まずは喉の渇きを癒そうか。
 樒はヤドリガミではあるがこの身としては成人前。であればお茶か果実水を。対してザフェルは酒を。互いの嗜好を鑑みれば選択肢は自然と思い浮かぶ。
「俺のお勧めはナルスユだ。甘すぎるとか言うなよ?」
 ザフェルが空の杯を樒に手渡した。ナルスユとは柘榴の果実水のことだ。隣のキリムでそれを楽しむ若い青年がいたし、それも心惹かれるものだけれど。
 砂漠の暑さが堪えたのは事実で、さっぱりしたものを飲みたくはあった。
「ナルスユも後で頂きます。私は、あの赤いお茶を頂いてみましょう」
 樒は給仕の女性に目配せすれば、杯にカルカデがたっぷりと満たされる。赤い水面に星が映る。赤く瞬く光が、揺れる。
 現地では砂糖を溶かすのが定番だと聞けど、そのままの味もせっかくだから試してみたい。
 と、そう考えて杯に口を付けたまではよかった。
「う……酸っぱい……」
 華やかな香気はあるものの、とにかく酸味が際立って仕方ない。先の給仕が残してくれた砂糖の硝子瓶に匙を入れ、そっと杯に溶かそう。
「矢張り郷に入っては郷に従えという事ですね」
「そうだな! 現地の人間でなければ知らない美味の知識が、ずっと受け継がれているんだ。それを楽しまないのは勿体ないしな!」
 一方のザフェルは、「ラクはいかがですか」と甕を抱えながらやって来た別の給仕に破顔する。
「お、ラクがあるのか! これを飲むと地元に帰った気になるな!!」
 杯に満たしてもらえたそれは、無色透明。
 樒が覗き込んで目を瞬いた。
「獅子の乳と呼ばれるお酒でしたっけ。一見そうは見えませんが……」
「コイツは水を差すと白く濁るんだよ」
 見計らったように給仕が小さな器に水を入れたものを差し出してくれた。ザフェルは「見てな」と樒に告げ、器をそっと傾ける。
 途端に白濁する酒。雲が空を覆いつくすように広がっていく。
 おお、と樒は感嘆を零してしまった。
「コレを飲まなきゃ宴会は始まらねぇな!」
「では、改めて乾杯を」
 ふたりが杯を重ねれば、金色の星が鳴るかのようだ。
 煽る。昼間の戦いで火照った身体に染み入っていく。
 続けて食べ物に視線を向ける。豪勢な馳走はどれも格別で、目が彷徨ってしまうのも許されたいところ。
「何分暑いので、野菜や果物のさっぱりしたものを頂きたい気分です」
 樒が選んだのはケレヴィズ・サラタス、要するにセロリと胡桃のサラダだ。さっぱりとした口当たりに胡桃のコクと香辛料の辛みが絶妙だ。そう言えばザフェルさんの故郷もこの世界でしたね、と樒が話を振れば、ザフェルの面差しにも懐古の色が宿った。昔を思い返しながら故郷のそれに似た食事をするのも悪くはなかった。
 美食を腹に収めつつ、酒の肴は此度、別々の道を辿ってきた旅の話。
 先に炎獣と相対したのは同じ。それから砂漠の凶鳥、半蛇の怪物と戦った時の話題へと移る。次第に互いが護衛した依頼主にも言及していく。隊商の話、護衛の話。見せてもらった双子の砂薔薇、青い瞳。
 アガラとアジムの話について、ふたりとも深く語ることはなかった。
 それぞれが事情を聞いているだろうし、必要以上に暴くような真似をするのは憚られたのだ。
 それでも──樒とザフェルの眼差しが、会談の場だと聞く四阿のほうを向いた。何気なく、しっかりと、不穏な影が蔓延らぬよう目を光らせた。
「余計な肝略を巡らせられないようにしないとな」
「同感です」
 せっかく年に一度の邂逅が叶うのだから、悔いのないように、そして次に繋がるものであればいい。
 あたたかく見守るように目許が緩んだのも、期せずしてふたり同時だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

グレ・オルジャン
ラティファ、と呼んで振る手にどうも勢いが足りないのは知れている
…まあ、こんな装いのせいかねえ

城を訪れるにあの格好って訳にゃいかないだろう?
そのくらいの弁えはあるさ
薄紗を被り、大きな織物を肩から纏い垂らして
振る舞いまでは勘弁しておくれよと頭を掻く

領主様に栄えあれ!
ありがちな声と視線をアジムへ投げたら
あとは相棒と気侭に杯交わそう
肴には鳩とトマト煮と
お、いつぞや勧められたバクラヴァもあるじゃないか
宴席ってのはいいよねえ
旨いものも酒も人の幸いを呼ぶもんだ

…さて
目眩ましの宴ならここは一つ
退屈してそうな金持ちでも誑かしにいこうよ、ラティファ
あんたが微笑めば、裏庭に投げる目の一つや二つ
捕らえておけるだろうさ



●朱と嫣然
「ラティファ」
 馴染みのある声に振り返る。ラティファ・サイード(まほろば・f12037)が細めた金の双眸に、グレ・オルジャン(赤金の獣・f13457)の姿が映った。
 力なく振られる手は、常より些か威勢が足りない。その理由を察して、ラティファは口許に微笑みを綻ばせる。
「まあ、ふふ。服に着られている、というご様子ですこと」
「わかってるよ。だからあんまり揶揄わないでおくれ」
 グレが纏っているのはいつもの軽装ではなく、一工夫加えたものだ。翡翠色の大きな織物を肩から垂らすように纏い、飾り帯で腰元を締める。珍しく高い位置でひとつに纏めた髪にも薄紗を被せた状態で、夜風にさらりと翻る様は美しい。
 要するに城での宴席に於いてのドレスコードに気を遣ったということ。それをすぐに察したラティファが「お似合いですわ。楚々とお過ごしくださいましね」と悪びれず言うから、「振る舞いまでは勘弁しておくれよ」とグレが頬を掻く。
 宴の最中、アジムへ献杯する喝采が女たちのキリムにも届く。
「領主様に栄えあれ!」
 他者の声にも重なるように、ふたりも声と眼差しを手向けた。それが済めば相棒と気儘に杯を交わせばいい。言わずとも叶う乾杯に気安い空気が満ちた。
 目の前の皿には、ハマム・マシュイの香ばしい匂いが漂っている。口に含めば穀物のふくよかさと肉汁が勢いよく広がっていく。火傷をしそうだ。熱を喉に落とし込むようにグレが酒を呷る。それを見遣ってラティファはキョフテに匙を沈めた。トマトの酸味にじゃがいものほっくりした旨味が融ける。美味しいものを分け合うさいわいを、女たちは存分に満喫する。
 デザートを振舞いに給仕が回る、よろしければと供されたのは何層も重ねたパイ生地にナッツやピスタチオが挟まれた菓子。たっぷり含められたシロップと薔薇の蒸留水が、甘く芳しい匂いを鼻腔に運ぶ。
「お、いつぞや勧められたバクラヴァじゃないか」
「本当ですわね。是非召し上がってくださいまし」
 ふたりは視線を交わして、悪戯を覚えたばかりの少女のように笑う。
 砂漠に出自を持つ者同士、何かと通じ合うものも多い。嘗ての会話を読み解くのもその一端。今日の記憶も何時か語り合う思い出になるのだろう。
 グレは清々しいくらい真直ぐに、今というひとときを噛み締める。
 宴席はいい。祝い寿ぐ、それ以外であっても、陽の側面を持ち、それを他者と共有することができる場だ。旨いものも酒も人の幸いを呼ぶもんだ、そんな口吻にラティファも頷く。
 腹を満たすのは美食か宴の高揚か。グレは不敵な風情で口の端を上げる。
「……さて」
 兄弟の再会について、縁を案内した女がふたり。目眩ましの宴であれば成せることもあろう。
 キリムから立ち上がったグレが嘯いた。
「退屈してそうな金持ちでも誑かしにいこうよ、ラティファ」
 あんたが微笑めば、裏庭に投げる目の一つや二つ、捕らえておけるだろうさ──そんな軽口を叩くものだから、ラティファもころりと微笑みを転がした。
「悪戯好きでいらっしゃること。もし悪漢に襲われたら助けてくださる?」
「あんたが鉤爪で抉るほうが早そうだ」
 冗談めいたやり取りとて、賑わいに紛れれば火の粉の欠片。
 赤く弾けて、砂漠の夜を鮮やかに彩るものだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
嵯泉/f05845と

自分の分の料理と
ついでに連れて来た竜たちの分も適当に取り分けて
無事に終わったことだし、乾杯といくか、嵯泉!
……野菜嫌いなの?
珍しい料理が多いし、味を覚えつつ食べてみる
今度自分で作って、上手く行ったら振る舞ってやる先もあるし
……もう職業病みたいなもんだな、これ
ははは、私の料理じゃ客は呼べねえって

兄弟の邪魔すんのは無粋ってもんだ
特に私は、隠密で役には立てねえしな

まあしかし、立場があるってのも大変なんだな
兄弟離されるのは辛いもんなあ――
はは、全く、想いの強さは何にも勝るってわけだ
……そうだな、土産でも買って早く帰ってやりたいけど
おまえと――大事な友達と、酒を楽しんでからにするよ


鷲生・嵯泉
ニルズヘッグ(f01811)同道

賑やかな竜達の様子を横目に料理を取り分け
些か種類が偏ったが……まあ、此れ位構わんだろう
嫌いでは無いが好んでは喰わんな
手にするのは葡萄酒の杯
では仕事の完了と……再会に
普段は味の道楽を愉しむ様な身では無いが、珍しい物が多いのは面白い
そういえば妹達が大層な健啖家だったな
転職でもしたら喜ばれるやもしれんぞ

水も影も差さぬが1番だろうよ
そもそも此れ以上の干渉は性に合わん
静かに見送るだけで良い

立場に因る苦労、か……然しそんなものなぞ
互いを想う強さの前には何の枷にも成らなかった様だな
――早く弟妹の所へ帰りたくなったか?
では今少し、此の酒を――
友との時間を味わってから帰るとしよう



●金と追懐
 鶏のシシ・ケバブに食いついたのは蛇竜と海竜。並んで分け合っているその一方で、蛇竜がさりげに尾で白蛇を牽制する。火花の幻が見えた。戦いの予感。
 それもこちらからすればじゃれ合いの範疇か。ニルズヘッグ・ニヴルヘイムが「足りなくなったらまた追加するから」と豪放に笑う傍らで、鷲生・嵯泉が微笑ましげに柘榴の隻眼を細める。
「無事に終わったことだし、乾杯といくか、嵯泉!」
「では仕事の完了と……再会に」
 杯が鳴る。星が降る。
 揃って呷れば、喉奥に葡萄の芳醇と酒精の熱さが滑り落ちる。吐息をついたのはどちらだったか、ともあれ目の前の料理の皿に視線を走らせる。
 正確に言えば、走らせようとした。
 ニルズヘッグが金の双眸を見開く。並んでいるのは羊、鳩、魚──有体に言えば精のつきそうなたんぱく質ばかり。
「些か種類が偏ったが……まあ、此れ位構わんだろう」
「……野菜嫌いなの?」
「嫌いでは無いが好んでは喰わんな」
 ストイックだからこう、バランスよく食べているとばかり。そんな色がニルズヘッグのかんばせにありありと乗っている。友の意外な一面を垣間見た心地で、それも食事の良いスパイスだろう。
 ふたりにとってはあまり馴染みのない、異国の風情を持つ料理ばかり。
 香辛料の匂いだけでも普段の食事とは異なるし、陶器の皿も彩鮮やかだ。トマトや茄子といった見知る野菜も、調理法が違えばそれもまた新鮮だ。
「普段は味の道楽を愉しむ様な身では無いが、珍しい物が多いのは面白い」
 元来この地方では手掴みで料理を食べるようだが、旅人も多く顔を出すという宴の関係上、匙やフォークも用意されている。嵯泉が頬張れば胡椒の辛みが解ける。遅れて羊の滋味深さが口中に広がった。
 ニルズヘッグも興味深げに咀嚼している。噛み締めるように、ひとつひとつの味の要素を確かめながら。この酸味はあらかじめヨーグルトに浸しているのか、思いのほか大蒜が効いている、そんな風に。
 その様子に気付いた嵯泉が水を向けたなら、ニルズヘッグは嚥下してからフォークを置いた。
「味を覚えようと思ってな。今度自分で作って、上手く行ったら振る舞ってやる先もあるし。……もう職業病みたいなもんだな、これ」
 半ば乾いた笑いを漏らして頬を掻く。
 嵯泉も思い当たる節があったから、口に含んだ葡萄酒を飲み下してから告げる。
「そういえば妹達が大層な健啖家だったな。転職でもしたら喜ばれるやもしれんぞ」
「ははは、私の料理じゃ客は呼べねえって」
 零れたのは、どちらの吐息か。
 夜空にゆるりと視線を流した。満天の星の下で、今頃件の兄弟は再会を喜び合っているだろうか。そうであればいい。
 猟兵たちには内密に、どんな段取りで会うかを知らされている。だからこそニルズヘッグと嵯泉はその場に立ち会わない選択をした。
 旅路の途中でアジムの心裡に触れた。触れたからこそ距離を取る。そんなやり方を、ふたりは確かに知っていたのだ。
「兄弟の邪魔すんのは無粋ってもんだ。特に私は、隠密で役には立てねえしな」
「水も影も差さぬが一番だろうよ。そもそも此れ以上の干渉は性に合わん」
 静かに見送るだけで良い。それだけで良い。
 嵯泉の語句に心の声を掬った心地で、ニルズヘッグは首肯を返す。
 宴席の喧騒がどこか遠く聞こえている。天にばら撒かれた星屑を拾うように、呟いた。
「まあしかし、立場があるってのも大変なんだな。兄弟離されるのは辛いもんなあ──」
 実感は密やかに、だが真実味を孕んで、ゆっくりと腑の底へ落ちていく。
 頭の裏で手を組んで天を仰ぐニルズヘッグへ、嵯泉は眼差しを手向けながら言う。
「立場に因る苦労、か……然しそんなものなぞ、互いを想う強さの前には何の枷にも成らなかった様だな」
 それを見届けていた。約束が果たされると理解している。
 故に憂慮はない。
 夜に馳せる流星よりずっとゆるぎないものがある。
 隔てられる距離を肌で味わっているからこそ、その尊さが身に染みている。
「はは、全く、想いの強さは何にも勝るってわけだ」
 反芻するような響きになって、それに気付いたニルズヘッグが苦く笑う。
 その表情の変化を見逃さず、嵯泉が緩く問いを投擲した。
「──早く弟妹の所へ帰りたくなったか?」
「……そうだな、土産でも買って早く帰ってやりたいけど」
 手酌で杯に葡萄酒を注ぎ直して、それを眼前に掲げてニルズヘッグが宣言めいた声を紡いだ。
「おまえと──大事な友達と、酒を楽しんでからにするよ」
 金の瞳はどんな星よりも、あるいは月よりも、真摯な彩を抱いてそこにある。
 それを受け止め、受け取って、嵯泉もまた杯を差し出した。
「では今少し、此の酒を──友との時間を味わってから帰るとしよう」
 この乾杯は再会を祝したもの。
 友との絆に感謝するためのもの。
 そして夜明けの向こうで共に歩くためのもの。
 飲み干して、杯を空にしよう。さあ今日は呑むぞとのニルズヘッグの声に、嵯泉は柔らかに睫毛を伏せた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

胡・翠蘭
※アドリブ歓迎

さぁ…宴では、大変楽しませて頂きましたもの
領主様の秘め事――いえ、密やかな逢瀬のひととき、勝手ながらお守り致しましょう

領主様も、お会いになる方も…何かと、敵と申しますか…よからぬ輩に狙われておられるようですから、ね…ふふ

…オブリビオンではないですから、無慈悲に滅する…までは致しませんが
恐怖を与える演技で、脅すくらいは許してくださいましね
とはいえ、優しく心の傷口をえぐる程度に…トラウマにさせる程度には、お仕置きさせていただきますけれど…ふふ

お二人の蜜月を、聞き耳立てて覗き見…なんて、不躾ですもの
わたくしは離れて、お二人の無事を見守っておりますわね



●再会の畔
 宴席の喧騒がどこか遠くに聞こえる。
 四阿に灯りはない。オアシスの木々に紛れるように、密やかに。待ち人が来たならば幕を張り、それから小さなランプに火を入れるのだ。
 故に周囲はいまだ闇に包まれたまま。ただ夥しく天を埋める星の光が地を照らすから、孤独の影は落ちたりしない。歩むのに支障が出るわけではない。
「さぁ……宴では楽しませて頂きましたもの」
 樹木の陰で胡・翠蘭が艶やかに微笑む。身体の心が未だに熱を帯びているようだ。飲み下した酒精の名残。
 それを糧として女は美しくそこに在る。
「領主様の秘め事──いえ、密やかな逢瀬のひととき、勝手ながらお守り致しましょう」
 他にも警邏を担う猟兵と、分担して四阿の周囲を警戒する。翠蘭が注意を払っているのは城への通り道。アジムが宴の席を離れたことを勘付いている者がいると直感していたのだ。
「領主様も、お会いになる方も……何かと、敵と申しますか……よからぬ輩に狙われておられるようですから」
 ほら、案の定。
 黄金と翡翠の眼差しが捉えたのは、ひとりの影であった。気配を殺しきれていないそれは、恐らく今宵の脅威となるであろう介入者の中でも特に軽率な輩であろう。
 いとけない方。そんな風情で翠蘭が口許を綻ばせる。
「……オブリビオンではないですから、無慈悲に滅する……までは致しませんが」
 しなやかな指先で喚ぶは触手。泥濘に至らしめる甘い罠。
「ひっ……!」
 悪漢が気付いたときにはもう遅い。
 翠蘭とて、別に命を奪おうとまでは思っていない。首を絞めつけ、少々恐怖を植えつけるだけのこと。
 とはいえ優しく傷口を抉るような振る舞いで追い詰めよう。こうして企みを抱いたことを後悔させるように、心的外傷を齎してしまおう。
 お仕置きの時間だ。
「思い知って頂けます? 邪魔なんて、頂けませんわ」
 微笑が綻ぶたびに締め付ける。
 翠蘭は四阿に視線を流す。もうすぐ、待ち人が来る頃合だ。
「お二人の蜜月を、聞き耳立てて覗き見……なんて、不躾ですもの」
 ──わたくしは離れて、お二人の無事を見守っておりますわね。
 笑みを深める嫣然を、星以外に見つけた者はいないのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​


●星ふたつ
「――アガラ」
 喜色の滲む声の響きに迎えられ、アガラは思わず見開いた眼を周囲に配る。
 零れる言葉や眼差しに繋がりを感じさせることは、カルカラでの相見では有り得なかったのだ。――自分だけならば構わないが、弟には立場があるのだから。
 弟らしからぬ振舞いを地につく膝で窘めようとした途端、いいんだ、と体に手が伸びて押し留める。
「この場に人の目が届かないよう、計らってくれている方々がいるんだ。――だから、今年は」
 立場も振舞いも気にしなくていい、と控えめに笑う同じ色の眼差しが、ひどく懐かしかった。
 優しくも厳粛で公正なる『領主』という鎧を得る前の、十代の青年に戻ったような。
「お前も? 実はこっちも……」
「兄さんも?」
「ああ。ここまで色々あって――まあ、話せば長くなるんだが」
「こちらもだ。とても一言じゃ語り尽くせない」
 息を呑んでふたり、黙る。
 動揺と、昂揚と。数年越しの筈の『兄弟』の遣り取りは、昨日まで共に在ったようにはいかない。けれど、ふと。
「……いいか、話そう、アジム。どうやら時間はたっぷりあるみたいだしな」
 揺れた肩も、困ったように笑った顔も同じ。頷いた弟の手を掴み、肩を抱き寄せる。
 触れた掌の熱は、別れたあの日と変わりない熱を帯びていた。
 砂漠の夜空に花火が咲いた。どこかの猟兵によるものだった。宴席の視線はそちらに向き、ふたりの邂逅から視線を逸らしていく。
オルハ・オランシュ
ヨハン(f05367)と

そう簡単には話せない事情だったわけだしね
いつでも会えるわけじゃないなんて、ちょっと可哀想
多少無理をしてでも会いに行くのは
ヨハンにとってお兄さんがそれほど大切な存在だから、だね
アジムさんと一緒

私は……ちゃんと行動に移してて立派だなって思うよ
口先だけで顔を見にも行っていない誰かとは大違いだもの

今日がその年に一度の大切な日
アジムさん達の力にならなくちゃ
ここまで来て会えずじまいなんて、絶対駄目

誰かが近付いてきたら声を掛けよう
宴でこっそり持ち出せた食べ物があれば、それを文字通りの餌に
うざったく絡んじゃう
ヨハンの手荒な真似も今日は止めないよ
それで時間が稼げるのなら本望だから


ヨハン・グレイン
オルハさん/f00497 と

納得できない理由だった訳ではない
……とまぁ、そんなところです
兄弟の形も人それぞれですね
俺は会いたいと思えばいつでも兄さんに会えますけど……
年に一度だけと思えば多少無理をしてでも会いに行く……かな
実際にそんな事になってみないと確かな事は言えませんが

……あなたはどうですか?
弟に対する複雑な感情がありそうだ
窺うように顔を覗いて

……会いたい時に会わないと、次の邂逅までが長すぎる
ま、手引きをするのなら手伝いましょう

四阿に近づく者があれば避けさせましょう
言葉の通じない輩であればねじ伏せる
逆さにつり上げてやろうか
こうして遊んでいる間に二人は長く話せるだろうしな



●夜を繋ぐ
 アガラとアジム、ふたりの再会が果たされた様をオルハ・オランシュとヨハン・グレインが見守っている。オアシスの木々に紛れるように、四阿のやり取りに支障が出ない距離を保ったままで。
 オルハは兄弟の嬉しそうな姿に「よかった」と若葉の双眸を細めた。
「そう簡単には話せない事情だったわけだしね。いつでも会えるわけじゃないなんて、ちょっと可哀想」
 ヨハンもそう思うでしょ? とばかりに視線を向ければ、隣でため息交じりの声が返る。
「納得できない理由だった訳ではない。……とまぁ、そんなところです」
 素直ではない物言いもいつものことなので、オルハは笑みを深めるばかりだ。
 藍染の瞳がふたりの歓談を映す。ヨハンがぽつり、夜に紛れるように囁いた。
「兄弟の形も人それぞれですね。俺は会いたいと思えばいつでも兄さんに会えますけど……」
 僅かに吐息を噛んだ。眩しい兄という存在。もし分かたれたなら、自分ならどうするだろう。
 感傷めいた錯綜はほんの少しだけ。
「年に一度だけと思えば多少無理をしてでも会いに行く……かな」
 実際にそんな事になってみないと確かな事は言えませんが──そう言い添えて眼鏡のブリッジを押し上げる。オルハも淡く微笑み綻ばせて、感慨深げに呟いた。
 そう、そんな風に多少無理をしてでも会いに行くのは。
「ヨハンにとってお兄さんがそれほど大切な存在だから、だね」
 アジムさんと一緒。見守ってきた双子の片割れと比せられて、ヨハンは少々不満げに腕を組んだ。
 ふいに過った思いつきを、そっとオルハに差し出した。
「……あなたはどうですか? 弟に対する複雑な感情がありそうだ」
 そこには胸裏に踏み込もうとするのではなく、ただ様子を窺おうとする控えめな優しさがある。
 顔を覗き込むヨハンに、オルハは困ったように言う。
「私は……ちゃんと行動に移してて立派だなって思うよ。口先だけで顔を見にも行っていない誰かとは大違いだもの」
 見届けてあげたいと、素直に思った。素直に願った。
 兄弟にとっては今日がその年に一度の大切な日だ。力にならなくちゃ、とぐっとオルハは気合を入れる。
 ここまで来て碌に話せずじまいなんてそんなのは絶対駄目だ。せっかくなのだから多少なりとも昔を懐かしみ、これからを分かち合う時間を作ってあげたかった。
 そんなオルハの心意気をヨハンも肌で感じ取る。眇めた視線の先、四阿のふたりに現状脅威は見受けられない。
「……会いたい時に会わないと、次の邂逅までが長すぎる」
 今日と言う日が恙無く終われば、翌年への希望も繋がるだろう。そのためならば多少手伝うくらいは構わない。
 そんなオルハとヨハンが弾けるように振り向いたのは同時だった。
「……!」
「まったく無粋ですね」
 物音を立てぬようそっと、静かに。獣道を辿り、近づく気配を手繰り寄せようとする。
 四阿へと視線を向けていたローブ姿の男へ、オルハの軽やかな声が向けられた。
「迷子? 裏庭は逆、あっちのほうだよ」
 男は肩を震わせ振り向くも、オルハの居住まいはいたって穏やかだ。いっそ積極的に絡みに行く心積もりで。
「プラムや無花果なら分けてあげられるけど……美味しかったんだよ、おすそ分けするね」
「くっ……!」
 しかし男は身を翻そうとする。武器はない。恐らく仲間がいて、情報を持ち帰るつもりなのだろう。
 そんなことを許すほど悠長ではない。
 ヨハンが手を伸ばす。男の手を掴み、そのまま一歩下がって引っ張った。バランスを崩した男が倒れ込むもヨハンは顔色一つ変えず、そのまま腕を背中側で捩じって地に叩きつけた。
 藍の眸が冷ややかな視線を落とす。
「逆さにつり上げてやろうか」
「手荒だなあ。今日は止めないけど」
 淡々としたヨハンの声音に、オルハの口吻も余裕のある穏やかなもの。地に這いつくばる格好で唸る男を見下ろして、ふたりは意識だけを兄弟に向ける。
 こうすることで時間が稼げるのなら、少しでも長く話せるのならそれに越したことはない。
 言わずとも知れた互いの思惑。
「もう少し遊んでやりますか」
「賛成!」
 そう簡単に近寄らせてなるものか。
 オルハとヨハンに迷いはない。ただ、限りある今を続けるために夜を馳せよう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
兄弟、かぁ
分からないから興味ある、そう言いはしたけれど
なんだろうネこの、ほんの少しの息苦しさ

贅沢な宴の、中でも料理にはとても興味があるし
味見だけでも全部しときたいケド
やはり気になるから四阿へと向かう
許されるならその表情が見える程には近くで、邪魔しないように
その代わり【黒管】喚ンで周辺を見回らせ、不審な輩はくーちゃんに驚かさせて退散させましょ

危険を冒してでも、なんて想いはやはりよく分からないケド
人の笑顔を見るのはとても心地良い
あの星空よりも眩しいかも、と目を細めやっと気付く
ああ、この息苦しさは「羨望」だ
不確かな記憶の奥底で確かに感じるモノ
よかった、そう口にすればどこか自分も慰められる気がして



●夜にありて黎明
 別の方角から四阿を見守る影が、もうひとつ。
「兄弟、かぁ」
 コノハ・ライゼは大木に背を預けながら独り言ちる。
 もうすぐでカルカラに到着するだろうという時分のことを思い出す。危険を冒しても会いたい誰か。心傾けるその感情が分からないから興味がある、確かに自分はそう言った。
 そう言いはしたけれど。
「なんだろうネこの、ほんの少しの息苦しさ」
 親指の腹で胃の上を押さえ、ゆっくりと臍にかけて辿る。豪奢な宴はそれは良いものであった。幾らか味見と称して口には運んだけれど料理も素晴らしく、未だに口中に香辛料の風味が残っているような気がする。
 それでもやはり、気になったから。こうしてコノハは四阿の様子を眺めている。
 大きく開けてしまう方向にカーテンのように幕を張り、ランプで浮かび上がるふたりの姿が見られないようにしている。コノハがいる角度は幕とは反対側にあたるところで、中の様子が窺えるくらいの近めの距離感を保っていた。少し離れたところでは他の猟兵たちが見守ってくれているだろうし、兄弟の邂逅が出来るだけ長く紡がれればいい。素直にそう思う。
 大木の陰から視線を向ければ、幕の間から懐かしそうに言葉を交わす兄弟が見えた。互いの青の瞳に信頼と絆が滲んでいる。
「くーちゃん、周り見ておいて」
 指先程度の小さな黒い管狐が姿を現す。端的なコノハの指示に従って、夜のオアシスの木々に紛れていった。
 零れたのは淡い吐息。
 兄弟の会話までは届かない。だから何を話しているかはわからず、どんな胸裏を抱いているのかも、率直に言えば判別出来ない。
 危険を冒してでも──そんな思いはよく分からない。
 胸に過るこの感情は何だろう。感傷に似て、惧れにも似て、しかし明確に異なることを理解している。
 ふたりが笑っている様子が目に映れば心地良いし、ひどく眩しい。薄氷の瞳が眇められる。まるで天を覆う星辰のよう──そこまで考えて、星の代わりに得心が降ってきた。
「ああ、この息苦しさは『羨望』だ」
 言葉にすればかたちを持たない想いが輪郭を得る。
 不確かな記憶の奥底で確かに感じるモノ。惹かれて、焦がれて。コノハが喉元に手を添えたら口から不格好な息が漏れた。
 感情は確かに息衝いている。上手に編み上げることが出来ずとも、存在している事実と向き合おうとする。
「よかった」
 思いのほかするりと喉から声が滑り落ちた。
 言葉にすればどこか、己も慰められるような気がした。
 暁は遠く、紫雲の髪が夜風に攫われ靡いていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

境・花世
宴の熱も冷めやらぬまま、
すこしだけ酩酊に潤む眸は
けれど闇に潜む鼠を見逃しはしない

護衛Aの仕事、最後まで全うしないとね

賊を発見したら催眠術で無力化しよう
音も血の匂いもさせないのは、
やさしい砂漠の夜を濁らせないように

振り向けばふたりの影が見えるだろうか
オアシスの青い眸をきらめかせて
生きてきたこと、生きていること、
互いに誇らしく笑い合えているだろうか

遠く遠く分かたれても、
千切れはしないひかりの糸
今は虚ろな花の右目に、
形のないそれが視えた気がして

ああ、物語はここで終わりじゃないんだ

砂漠の夜を流れる風に髪を靡かせ
ひそやかに笑みをこぼしながら
どうしてだろう、どうしてか、
――心臓の辺りが、仄かにあたたかい



●夜に咲く
 四阿を囲むオアシスの木々に紛れるように女は佇む。
 花脣からこぼれ出たのは、宴の名残の熱だった。領主によって設けられた宴席はそれは見事なもので、料理も酒精も滋味深く肺腑に落ちた。猟兵たちに与えられた褒賞も最初に聞いていたものより随分手厚い。
 思い返せば境・花世の紅水晶の眼に薄ら酩酊が滲む。少しだけ潤む眸は、しかし闇に潜む不穏を見逃したりしない。
 仕方ないなあと言わんばかりに、微笑みを刷いて向き直ろう。
「護衛Aの仕事、最後まで全うしないとね」
 指先で紐解くは花霞。音もなく広がるそれに、間者は足元から絡み取られることに気付いていない。
 惑う、微睡む、夜の果て。
 今は現世と、暫しのお別れ。
「……!」
 間者が状況を悟った時にはもう遅い。がくんと膝が折れ、そのまま地に座り込む。虚ろな瞳。催眠によって意識を捕らえたのは、血の匂いを漂わせたくなかったからだ。
 やさしい砂漠の夜を、濁らせたくなかったからだ。
「いい子だね」
 花世が軽く手を鳴らせば、間者は木の陰に倒れ伏した。夜が明けるまでは目覚めないだろう。木の幹に寄りかかるように移動させてやる。
 これで良し。身を翻して四阿を見遣る。ふたりは商人と領主とではなく、ただ兄弟として話を弾ませているようだ。互いの瞳にオアシスの青を輝かせているのは、今この時間がかけがえのないものである何よりの証左だ。
 生きてきたこと、生きていること。
 それらを抱える互いの自負と誇りが透けて見えるようで、花世は口許を綻ばせた。
「──……」
 不思議な感慨が、爪先からじわりと滲んでいく。
 砂漠に風が吹く。昼間に比べれば随分冷えるそれも、兄弟の絆を隔てたりはしない。むしろ熱を帯びるそれを際立たせるようだ。
 遠く遠く分かたれても千切れはしないひかりの糸。
 今は虚ろな花の右目でそれを見たような気がしたのだ。形は無けれども、四阿に据えられたランプによって浮かび上がるようだった。
 不意に理解が降って来る。胸の真ん中で波紋を齎す。
「ああ、物語はここで終わりじゃないんだ」
 あまりに実感を伴った声だった。
 続いていく。培われていく。
 生きてきたこと、生きていること、そしてこれから生きていくこと。確かに綴られ、何時か読み返す時に笑い合うことが出来るようなそんな物語。
 もう一度風が吹いた。濃紅の髪が靡いていく。頬が緩むような柔い何かが胸裏に宿る。
 どうしてだろう、どうしてか。
 どうしてこんなにも。
 ──心臓の辺りが、仄かにあたたかいのだろう。
 その正体を花世は知らない。けれどそれを噛み締めるように、花の睫毛を伏せた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

泉宮・瑠碧
・後編

太陽の様、か
ふと…姉が過ぎるが
今は生きている彼らの邂逅の方が大事だ

僕は暗視と聞き耳、忍び足で周囲の警戒をしよう
不審者が居れば微睡誘眠
邪魔をしない様に
アジム達の元へは音を散らしてと風の精霊に頼む

離れた位置で背景音楽をしていても大丈夫なら
竪琴と共に演奏しつつ
不審者を意識に捉え次第に眠らせていこう

仲の良い双子なだけで
生きていても周りの思惑に振り回されるのか…

…まだ内紛が多いのならば仕方ないが
もっと落ち着いたら…或いは、現役を退いた後にでも
気兼ねなく
会いたい時に会い、話したい時に話せたら良い

だが、彼らならずっと早くに叶えそうな気もする
この邂逅もそうした一つだろう
…彼らが悔いなく歩いて行けます様に



●希望の岸辺
「太陽の様、か」
 兄弟が言葉を交わす姿を遠目で眺める。
 領主にとって唯一たる兄。明朗で剛毅で、慕わしい光だったのだろう。
 泉宮・瑠碧は、過った感傷を宥めるように胸を手で押さえた。
 思い描くは姉。隠れ里で命を賭して守ってくれた、瑠碧にとっての光。
 胸裏が軋んだからかぶりを振る。今は生きている兄弟の邂逅を尊ぶべきだ。周囲を注意深く見渡す。闇にあっても見透かして、僅かな物音も拾えるよう耳を澄ます。勿論己自身も音を立てぬよう留意する。風の精霊には「音を散らして」と頼んでおこう。他の猟兵たちによる戦闘音のひとかけらをも、兄弟の元に届かぬように。安寧と共に会話が続けられますように。
「っ!」
 瑠碧の青い双眸が気配の動く様を捉える。その佇まいからして兄弟側の人間ではないと即座に判断し、 瑠碧は竪琴に指を滑らせた。
 手繰るは眠りの精霊の息吹。子守唄に乗せたゆるやかな眠りへの誘い。間者らしき男は動きを止めた。幾らか惑うように身体をふらつかせる。瑠碧が一音、弦を爪弾いたなら合図となった。男は木の陰で崩れ落ちるように眠りにつく。
 それを見届けた瑠碧は、奏でる旋律を更に優しく辿っていく。ふたりの再会を寿ぐような、それでいて密やかな夜に添うような、透徹たる音色。他の誰も近づけぬように、穏やかな夜になるように。
 視線を流せば、兄弟が会話に興じる姿が見えた。商談の交渉ではなく、嘗てを懐かしむような話をしているのだと知れる、明るくも嬉しそうな笑みを湛えていた。
 瑠碧は安堵の吐息を零すも、懸念を脳裏に抱く。
「仲の良い双子なだけで、生きていても周りの思惑に振り回されるのか……」
 生まれ落ちた家が領主の一家であったというだけで、他者の利潤のために利用される。逃れたくとも逃れられない。己らの裾野に罪のない民衆がいるのであれば、投げ出すことは叶わなかったのだと自然と知れる。
 目を逸らさず、その上で失いたくない縁がそこにあったのだろう。
「……まだ内紛が多いのならば仕方ないが、もっと落ち着いたら……或いは、現役を退いた後にでも」
 いつかの話。まだ見ぬ未来の話。
 気兼ねなく、会いたい時に会い、話した時に話すことが出来ればいい。
 竪琴を操る指先が一瞬だけ止まり、長い睫毛が伏せられる。交錯する感慨、そして祈念。
 瑠碧の面差しに憂いはない。彼らならずっと早くに叶えそうにも思えたから。今日という日もその一端に過ぎず、これから何度でも重ねられていくひとつになればいい。
「……彼らが悔いなく歩いて行けます様に」
 願いを籠められた演奏は続く。風の精霊がひとたび舞えば、四阿だけに優しい音色が届くはず。
 あなたたちならきっと大丈夫。
 そう伝えるように静かに、水の流れのように涼やかに、哀しみを祓うように清らかに。
 竪琴の音色は、その後暫し柔らかに砂漠の夜を包んでいった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

都槻・綾
【後】

約束通り
誠に美味なる葡萄酒をたっぷり頂戴したから、との名目で
兄弟の再会の場を護衛
邪魔をせぬよう陰ながら、そっと

領主となり
大商人となり
互いに自由を振りかざせる地位になれども
領地や歴史や領民を護ること
雇用者の暮らしを守ること
様々な責務が
彼らの翼を畳ませる

生まれは選べぬ
歩む路を掴んでも望むように在るのは儘ならない

――…「ひと」とは
楽に生き難いものなのですねぇ

瞬く星にあえかな笑みを向け
誰に聞かせるともない呟きを零す

せめて今宵
彼らに吹く風がやさしく穏やかでありますように

ちいさく囁いた祝詞は花筐を編み
雪無き砂漠に真白の葩を舞わせる
誰かの身勝手な思惑や柵に囚われず
先々の邂逅もきっと叶いますよう、祝福を



●白き縁の
 酔いに溺れるほど愚鈍ではなくとも、緩やかな酩酊に浸りながら、夜を渡る。
 約束通り秘蔵の葡萄酒を振舞われたから。そういう理由にしておいて、都槻・綾は兄弟の再会を穏やかな胸裏で見守る。今宵は気が済むまで話すことが出来たらいい、それまで護衛の任を引き受けよう──思案を巡らせて、大木に背を預ける。
 視線を四阿へ向ける。話が弾む様子に青磁色の双眸をゆるりと細める。
 この依頼に応じるにあたり、約束が結ばれた先の光景を見てみたいと思っていた。故に今それが実現している事実がただ喜ばしい。
 領主と大商人。互いに意向を通そうと思えば通せる立場だ。しかし領地や領民、培われた歴史。あるいは商会の人間たち。それらの平穏を護ること、それに連なる責務を果たすこと。それらは重圧として彼らの足元を縛り、羽搏くための翼を畳ませてしまうのだろう。
「儘ならないものです」
 仄かに哀しみを孕んだ声音。生まれは選べない。選んだ道を只管に邁進しようとも、己の尽力だけではどうにもならないこともある。ヤドリガミとして長い年月を経ている綾だからこそ、その事実を確かに受け止めている。
 それでも足掻こうとする者がいることも知っているから、手を貸したのだろう。心通わせる歓びがそこにあるのなら、縁を繋げよう──そんな祈念の結果が目の前に在る。
 猟兵たちの力添えがなくば実現しなかった邂逅。
 困難を知って尚、果たしたかった願いと約束。
「──……『ひと』とは、楽に生き難いものなのですねぇ」
 顎に手を添え、呟いた。天を仰ぎ見れば、オアシスの緑の隙間から一等際立つ星辰が覗く。
 一見儚くも見える光。しかしそれは闇に飲まれず、ずっと真摯に瞬いているのだ。
 口許に刷かれる淡い微笑み。
 綾は願う。明日にはまた別々の道を歩まなければならない兄弟が、今夜は互いを、自分自身を労わることが出来るよう。せめて今だけは、彼らに吹く風が穏やかで優しいものでありますようにと。
「……、……──」
 僅かに開いた脣からは滑り出た祝詞。花の詩。旋律の糸を織りなして、祝福齎す花を咲かせようか。
 昼間の熱とは相容れぬ、夜の涼やかさにあって際立つ白が舞い降りる。
 花弁。それはふたりの道行きを寿ぐもの。憂いは白く塗りつぶしてしまって、ふたりぶんの足跡を刻むことが出来ますように。
 他人の思惑に阻まれず、聳える試練に囚われず。
 これからの『再会』もきっと叶いますように──そんな綾の願いを受け入れたように、夜空に彗星が一筋流れた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

贄村・明日々郎
オアシスの夜は涼しいけれど
皿を空け茶を干すごとに旅程が過ぎり
どうも昼間の熱が冷めやらない

というわけで千夜に勝る一夜を最後のお返しに

蛇の目で周囲を哨戒しよう
水差す客なら礼儀作法とコミュ力活かして
それとなく宴席へお連れする

よからぬ輩なら
…こんな夜に血を流すのは無粋だろう
大立ち回りもご迷惑

幸い俺の衣は闇夜に目立たない
彼女も本来命を絶つが趣向でなし
抜かずとも静音モードで嫋やかに寄り添えば
ビリッと気絶攻撃
おっと、酔いが回られたかな?

この旅で真に尊いものをたくさん見た
貴い椅子を巡り、近しい血を洗わぬことの有り難きも無論
一時でも仕ったこと、やはり至極恐悦と存ずるよ

それでは、どなた様にも佳き明日が訪れますよう



●明くる日
 贄村・明日々郎の頬を、オアシスの涼やかな風が撫でていく。
 腹に手を添える。そこに熱があったから。先程の宴でそれは豪勢な馳走を味わったが、舌鼓を打つ度に砂漠の旅程が胸を過って、じわりと滲むような熱が在ることに気付いたから。
「というわけで千夜に勝る一夜を最後のお返しに、だ」
 誰に聞かせるでもなく飄々と嘯いて、四阿の様子を窺える木陰にて周囲を警戒する。
 ゆるり明日々郎が掌翻せば、影の蛇が滑り落ちるように姿を現す。オアシスの木々に紛れ哨戒するよう言いつける。
 暫く沈黙を落とし兄弟を見守っていた折、不意に明日々郎が片眉を上げた。
「おっと、何か引っかかったかな」
 纏う黒衣は夜にあって闇に溶ける。音も立てずに歩を進め、布で顔を隠した男の背に忍び寄る。
 今にも刃を取り出さんとする男の肩に、それは軽やかに手を置いた。
「やあこれは、散歩にしては些か遠出が過ぎるのでは?」
「!!」
 覗きも悪趣味ですし──そんな軽妙な明日々郎の口吻に男は息を噛む。舌打ちと共に距離を取ろうとした。鋭い敵意を察し、これは素直に宴席にお帰り頂くのは難しそうだと判断を下す。
 祝福されるべき再会に、星が美しい夜に血は似合わない。大立ち回りも同様に。
 なれば。
 桃花の双眸が不敵に細められる。
 注意深くあれと言った彼女は、元より命を絶つのは趣向に非ず。明日々郎本人に注意が向けられている間に、そっと脇から影の蛇が絡み取らんとする。
 静かに、ただ静かに。嫋やかに蛇が寄り添えば、男に迸るのは雷鳴めいた痺れだった。ぐらりと男の体躯が傾き、それから地に倒れ伏す。
「おっと、酔いが回られたかな?」
 ならば少々休憩が必要だ。そういうことにしておいて、男の首根を掴んで周囲に見えないところに引っ張って放置しておく。再会の額縁としてもあまりに無粋だ。
 吐息をひとつ落とす。明日々郎は帽子で眼差しを隠す。ここまで来れば視線すらお邪魔虫だ。後は兄弟ふたりで水入らずで過ごせば良い。
 この旅で、真に尊いものをたくさん見た。
 困難にあって途絶えぬ絆、周囲を慮り決断した潔さ。貴い椅子はひとつしかなく、それを争い血を流すことを良きとしなかった、覚悟。
 それらの有難きは勿論のこと、そんな片割れに、一時でも仕ったその事実が。
「やはり至極恐悦と存ずるよ」
 言の葉を手向けることは許して欲しい。それは寿ぎでもあり、祈念でもあったのだろう。
 砂漠の夜に星が流れる。夜は明け、新しい日々がやって来る。
「それでは、どなた様にも佳き明日が訪れますよう」
 願わくばその明日が、ひととせを過ぎても尚続いていきますように。
 明日々郎は芝居がかった仕草で一礼し、これからのふたりの物語に思いをはせた。

●これからの話
 猟兵たちによって齎された、例年よりはずっと長い時間。
 その有難みを実感しつつふたりの対話は続いていく。
 この四阿に至るまでの危地、現れた魔物たち。道中の護衛を務めてくれた猟兵たちの活躍の物語も、互いの身に訪れた危険を思えばただ笑っては聞けない話だ。
 時勢の話に、行商の旅や領主としての執務に見知った各地の情勢の話。そして、雑談めいた遠い日の昔話。
 舌に上る話は尽きることを知らない。要するにどれもが、『一個人』ならいつだって許される、そして二人には長らく許されなかった気安い話ばかりだ。
 けれど、それでさえも――いや、だからこそ、どの話も二人の心を躍らせた。
「仕事柄内政の話はよく耳にするが、セレンギルについちゃ悪い噂は聞かない。――やっぱりあの時、お前に任せて国を出て正解だった」
「兄さんこそ、もうこの辺りで名を知らぬ者はないほどの豪商だろう? 一代どころか二十年にも満たないのに」
 互いを讃えるそんな話も、会えど口に出すことは叶わなかったこと。互いの無事を確かめ合うのが精々で。
 ふと、ふたりの間に静寂が落ちた。
 感慨と歓びとが淡く重なりあって、互いのかんばせに穏やかな色を刷いていく。
「……夢でも見てるみたいだな。お前の顔を一目見て、声を聞ければそれで充分と思ってたのに」
「そうだな。私ももう、こうしてただの兄弟として、気安く話す日は訪れないものと」
 それがあの日道を分った二人の覚悟だったのに、こうも容易く翻された。
 猟兵たちにはどれだけ感謝しても足りないと笑って――ふと、ランプの灯に浮かび上がる、よく似た悪戯な横顔。
「……なあ。来年も、こうしてゆっくり会えるんじゃないか?」
「実は私もそれを考えていた」
 ただ『会おう』と。道を違える覚悟だけを抱き、何の根拠もない言葉を励みに別れたときと、今とはは違う。
 ここまでの道程を助け、立ち塞がる脅威を越えさせてくれた彼らの手を、次の晩夏にもふたたび借りることがもしも、叶ったなら――その時は。

 ふたりは領主と商人ではなく、双子の兄弟として、再びこの地に笑み咲かせることが出来るだろう。
 幾年月を経て漸く結ばれる、双子の石の花ではなく。
 晩夏の季節が巡るたび、あたりまえの顔で並び花開く、しなやかな野花のように。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年10月12日


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#アックス&ウィザーズ


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種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はウラン・ラジオアイソトープです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


挿絵イラスト