#アリスラビリンス
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●罪責
「制裁を!」
「掟を破るものへ制裁を!」
巨人の怒号が、無人の街に舞う砂埃を震わせ響く。
身が竦むような重低音から、逃げるように男は半壊したレンガの家へと飛び込んだ。崩れた壁と箪笥の隙間に体をねじ込んで、上がった呼吸の音が響かないように両手で口を抑え込む。
履いていたボロ靴は擦り切れ穴が開き、灰色の上着は汗でぐっしょり濡れてしまって気持ちが悪い。空腹を訴える腹がぎりぎりと痛み、視界も白くぼやけてきた。
せめて水が飲みたい。いや、駄目だ。外にはまだあの巨人どもがいる。
ぽたり、ぽたりと癖のある黒髪から汗が滴り落ちる音すらも、今ばかりはいやに耳につく。
「制裁を!」
「罪を忘れたものへ制裁を!」
――うるさい、お前たちに何が分かるんだ!
心の奥底からこみあげてくる感情のままに叫び出したくなるのを堪え、じっと息をひそめる他に無い。心臓が、巨人どもが歩く鎧の音に痛いほどの早鐘を打つ。
確かに自分は許されぬ事をした。
けれど、それが何であったかが思い出せない。
「制裁を!」
「忘却は罪だと掟で定められている!」
違う、そんな事じゃない。
自分の名前すら碌に思い出せはしない。けれど、臓腑の奥底で淀む何かが、それは違うと声を上げている。
ああ、なのに。
「制裁を!」
「罪から逃げる者に制裁を!」
「忘却罪への制裁を!」
「逃亡罪への制裁を!」
男は強く目を閉じた。
自分は本当にすべてを忘れ、罪から逃げようとしたのだろうか。
だからこの世界で気が付いたときに、両手は真っ赤に染まっていて、ポケットに同じ色したナイフがあったのだろうか。
もしかすると――自分はここに、本当に裁かれに来たのだろうか?
●裁きの在処
「罪びとは裁かれなくてはならない。ええ、それは正しいことなのでしょう」
世界にはルールが存在する。
それが無くては社会は成り立たず、それを破らぬ為の戒めは必要不可欠だ。
「ですが、第三者が勝手に罰を与えようとするのであれば、それはただの私刑でしかありません」
本来、不思議の国に迷い込む「アリス」は別世界の人間達。彼らは一様に、元の世界や自分の事を覚えていない。忘れることが罪だというならば「アリス」は罪人と言えるかもしれない。
だがこの男は少し違うのだとキディ・ナシュ(未知・f00998)は続ける。
「トランプ兵から逃げ回っている今回のアリスは、元の世界で実際に何らかの罪を犯したのだと。そう記憶を取り戻しつつあります」
喚び出され、記憶を無くしてしまったのだとしても。それまでの人生というものが彼らにはある。
そして過去は、すべてが綺麗で美しいものではない。忘れてしまいたい、消してしまいたい。辛い記憶は大小有れど、誰しも生きていく上で避けては通れはしないこと。
「本人が罰を望んでいるかは分かりません。けれど彼が己の行いに後悔があるのならば……罪と向かい合う為にも、元の世界へ戻してあげていただけないでしょうか」
無理にとはいいません、と少女は迷うような声で付け足した。
罪をどうしたって許せない人。過去と向き合うことの恐ろしさを知っている人。後悔を、未だ抱えたままの人。そんな誰かを見守る人。猟兵達にだって、そういった者達は少なくはないだろう。
けれど、だからこそ。
皆様はどうすればいいか――どうしたいかを、知っているのではありませんか?
少女の瞳は期待の混ざった問いかけを含んで、眼前の彼らへと。
足元についてくる影のように、過去は消えない。
例えどれほどの悪党であっても、その過去を不当に奪われてはいけない。
「それでは皆さま、行きましょう――消せぬ過去と罪の為に」
砂上
はじめまして、こんにちは。
砂上(さじょう)です。
今回の舞台はアリスラビリンス。
罪びとアリスを助け、元の世界に戻してあげてください。
まずはトランプの巨人を蹴散らして参りましょう。
落ち着いてくれば、帰る世界のことも思い出すはずです。
心情重視になるかと思っておりますが、お好きなように行動していただければと。
第一章のプレイング受付はOP受理後、冒頭部分を挟んで【1/19 8:31~】となります。
以降の〆切・再送願い・次章受付・詳細などはマスターページにて記載いたしますので、お手数ですが都度ご確認いただければと思います。
※体調やスケジュールの都合で、おそらく再送をお願いするかと思います。ご了承ください。
それでは素敵なプレイングをお待ちしております!
第1章 集団戦
『トランプの巨人』
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POW : 巨人の剣
単純で重い【剣】の一撃を叩きつける。直撃地点の周辺地形は破壊される。
SPD : トランプ兵団
レベル×1体の、【胴体になっているトランプのカード】に1と刻印された戦闘用【トランプ兵】を召喚する。合体させると数字が合計され強くなる。
WIZ : バインドカード
【召喚した巨大なトランプのカード】が命中した対象を捕縛し、ユーベルコードを封じる。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
イラスト:はるまき
👑11
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種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●忘却と罪
制裁叫ぶ巨人達が鳴らす地響きに、何かを砕くような音をが混じり始める。隠れた自分を探すのに苛立っているのかもしれない。一撃でも食らえば自分など、すぐにただの肉塊へと成り果てるだろう。
赤いこの手は何をした。
自分はいったいどこから来た。
分からない。思い出せない記憶に至る結末は良くないことだと分かっているのに、分からない事実が男には怖くてたまらない。
破壊音が数度続いて近づいて、ついに隠れていた家の壁を屋根ごと半分吹き飛ばす。
建物が揺れ土煙が舞い、暗かったはずの室内が明るくなる。隠れていた場所ではなく、建物の反対側だったのは運が良かったのだろうか。
けれども消えた壁の向こう。外にいた巨人達の視線は、ついに男の姿を捉えたのだった。
渦雷・ユキテル
『彼』を探して遥々と
だけど、なあんだ
あの人は『彼』じゃないみたい
罪を犯したのは生きるため?
楽しみのためですか?
どっちだって結構、結構
誰だって自分が一番大事ですもんね!
あたし、縛るものが嫌いなんです。息苦しくって
ルールも、罪も、裁きも
全部引っ掻き回しちゃいますね
戦闘に不慣れなもたつく【演技】
油断を誘いカードの動きを【見切り】
建物の陰にくるりと回避
さて、反撃
エレメンタル・ファンタジアで降らせる雷の雨
唯の雷雨じゃありません
絶え間なく降る局所的な落雷ってとこですかね
ふふ、おっきな身体でも続くと堪えるでしょ
【属性攻撃】でコントロールしとくので
周りの人にはそんな飛ばないと思いまーす
※絡み・アドリブ歓迎
四軒屋・綴
アドリブ絡み改変歓迎
確かに罪は罪だろう。
購うべき過去だろう。
ただ……気に入らないな。
手頃な屋根の上からマスク状態で飛び降りつつユーベルコード発動ッ!
防御力重視で変身しつつヒーロー着地ッ!勢いを【衝撃波】に変換し辺りを薙ぎ払うッ!
勇蒸連結ジョウキングッ!咎人の為に出発進行だッ!
『ジョウキングバリア』で巨人の攻撃を跳ね上げ、展開したまま張り手を叩き込むッ!
敵がユーベルコードを発動したら勝負時だなッ!
敵だろうと、罪だろうと、向き合ってこそ『生きる意味がある』ッ!!
懐に飛び込むことで威力の乗らない"手"を受け止め、そのまま一本背負いッ!倒れた敵に【衝撃波】、【属性攻撃】の熱を込めた手刀を叩き込むッ!
エドガー・ブライトマン
忘れることは罪深いかい?
――そう
いやあ、なんともコメントいたしがたいね
私はとても忘れっぽいから
忘却は罪と言い張られると心苦しいモノがあるのさ
まあ、正確には記憶を食われているというか
手記がないと昨日のこともサッパリさ
彼はきっと罪を犯している
彼は償わなければならない
しかし事情も定かでないままに
重すぎる罰を下すこともまた罪なんだよ。巨人君
私の名はエドガー。通りすがりの王子様さ!
ビビりまくりの君、下がっていたまえ
“Hの叡智”を使用。防御力を重視する
ビビり君が狙われた際は《かばう》
《早業》で巨人君の間合いに入る
彼の剣は上げた防御力と《激痛耐性》で凌ぐさ
この距離ならば私の剣だって届くだろう
《捨て身の一撃》
黒鵺・瑞樹
アドリブ連携OK
右手に胡、左手に黒鵺の二刀流
彼が何を思い出すのか、その上でどうするのかわからないけれども。
せめて少しでも悔い無き道を歩めるように。
影の【闇に紛れ】【存在感】を消し【目立たない】ように移動し、隙を見て【マヒ攻撃】を乗せた【暗殺】のUC剣刃一閃を行う。
可能な限り鎧のつなぎ目を狙い、【部位破壊】で中身に攻撃が届くようにする。
マヒが通れば上々、こちらの攻撃も、アリスの逃避もしやすくなるならな。
基本相手の攻撃は【第六感】で感知【見切り】で回避。回避しきれない物は黒鵺で【武器受け】での受け流し【カウンター】を叩き込む。
それも出来ない物は【オーラ防御】と【激痛耐性】でしのぐ。
緋翠・華乃音
【瑠璃と薄紅】
罪とは認識ではなく行為に付随するもの。
故に記憶が無くとも罪は無くならない。
追われている彼がどんな罪を犯したのかは知らないが、それを裁くのはきっと君達じゃない。
裁きを与える正当な権利も無しに勝手な制裁を加えるというのなら、それこそが罪だ。
それに――罪を自覚しないのなら、死さえも罰にはならないものだから。
気配や物音を極限まで消失させて接近。
武装はダガーナイフと拳銃。
狙う箇所は関節や脚部及び構造的欠陥や脆弱点。
死角や攻撃の範囲を見切り、常に自分が優位となるように意識。
距離を取る相手には "弥終の穿" による狙撃で攻撃。
その動きは蝶の不規則な羽搏きにも似て、捉え所も無く掴めない。
ルーチェ・ムート
【瑠璃と薄紅】アレンジ◎
罪ってなんだろうね
わからないけど
決して見ず知らずの誰かが口を出していいものじゃないと思う
ボクが持ち得る罪(彼との記憶)は全てボクだけのもの
罰していいのも赦しを与えることが出来るのも今は亡き彼だけ
事象に罪と名付け、背負うのはボクの意思
ボクの自由だ
アリスを罪人と呼んでいいのも断罪していいのも当事者たちだけでしょう?
邪魔はさせないよ
常に傍揺蕩う陽光蝶々に、敵と華乃音が優位になる地形の情報収集をさせて華乃音に伝えよう
弱点まで伝えられたら御の字
玲瓏の甘やかな声で奏でる
少しでも傷付くならば癒し、キミの強さを更に高めよう
麗しき瑠璃の蝶が邪魔されず羽搏けるように
この祈りの歌声で後押しを
オルハ・オランシュ
犯した罪と、過去と向き合わなきゃと思ってはいる
会いに行かなきゃ
でもまだ行動に移せていない
……私に今回の依頼を請ける資格があったのかはわからないけれど
牽制の一閃
アリスを背に庇うように巨人の群れに立ち塞がる
怪我はない?
こいつらは私達が壊すから
あなたは身を隠して!早く!
敵は明確にアリスを狙っているみたい
一体たりとも突破させるわけにはいかないね
【範囲攻撃】で一体でも多く巻き込みながら攻めて
仕留められそうな敵は【2回攻撃】で確実に撃破しておこう
もし合体を止められなかったら【鎧砕き】で攻撃を通りやすくする
アリスはきっと極限状態
早く敵を全滅させて、彼を落ち着かせなきゃ
……話、ゆっくり聞きたいしね
スキアファール・イリャルギ
(アドリブ・連携OK
まずは存在感がっつり消して
敵に気づかれぬように彼の傍まで行きます
まだ枯れきってはなさそうですね
経口補水液しか用意できませんでしたけど、飲みますか?
剣が振り下ろされる前に敵を呪瘡包帯で縛る
口も塞いでおきましょううるさいんで
さっさと"怪奇"の目と口を潰し裂き【Fakelore】発動
悉く憑き殺してやります
猟兵ではない人の前で"怪奇"をあんまり晒したくないんですけど、
敵が屈強そうなんで……すいませんね
死ななきゃ安いってやつですよ
あれ、違います?
忘却が罪ならば私も罪人です
"私もかつて『アリス』だったから"
……そのことはぼんやりとしか思い出せないんですけどね
それもまた、罪かな
ベルナルド・ベルベット
あらあら、品のない足音に声だこと
制裁を叫ぶならアナタたちが今踏みにじった家や花に跪いて謝りなさい
【アタシノシロキシ】、ホワイトを呼んでその背に乗って立ちはだかるわ
美しさのない巨人やトランプ兵の気を惹き付けましょう
合体させないように鞭を振るって、ホワイトの爪で引き裂いて翻弄するように駆け回る
罪咎は己で負うものよ
背負えてもいない者を裁くのは酷い傲慢だわ
ねえ、アナタ?
素敵な赤を持っているのね
その両手が赤いのは何故かしら
考えもせず死にたいかしら
アナタの罪ごと守ってあげる
死にたくなったら殺してあげる
足掻きなさいな、お好きなままに
さあ、ショーの前座はもう充分
踏みつけて、串刺して
無粋なハートを砕いてあげる
多々羅・赤銅
やっ
ほーーーー!!!!!
大声と派手なモーションでタゲ取り、跳躍、トランプの鉄塊を鎧無視にて叩っ斬る!
アリスをかばう対角線上の位置取りを意識、四方八方に意識を注ぐ。指一本触れさせぬ。
おーおー随分な数と随分な物言いだぁ、何も知らずに罪だ罪だと押し付ける奴らがいるならさあ
何も知らなくとも赦す奴もいないと、バランスは取れねえよなあ。
その手を染める血が見えない訳で無し
罪など嘘と豪語する気もさらさら無し
それでもこの刀は、何も知らぬお前のために、何も知らぬまま振るおうぞ
ま、お前のしたことが私も許せなかったら、そん時はそん時っつー事で!わはは!
多分そん時ゃ、その罪を許せない同士で気も合うんじゃねえの
なんてな!
コノハ・ライゼ
思い出せない罪、ネ
罪が事実だったとして
好き勝手言われて裁かれるなんざまっぴらゴメンだね
敵と男の間に入り『かばう』立ち位置を維持するヨ
敵の攻撃は剣の動き『見切り』避けるケド
男に影響あるなら『オーラ防御』展開し敢えて受け『激痛耐性』で凌ぐわ
多少の傷ならむしろ儲けモノ
自身の血を撒き『範囲攻撃』で【黒涌】を複数生み
攻撃回数重視で嗾けましょ
さあさ、思う存分邪魔してあげちゃって
分かるだナンて簡単に言う気はナイけど
思い出せないその事実が怖い、ってのは覚えがあってネ
罪人だというのなら、罪を知らなくちゃ
その覚悟はあるンでしょ?
影狐の刻んだ『傷口をえぐり』『生命力吸収』
追い討ちと共に受けた傷治しとくヨ
●罪のゆくえ
もう駄目だ。
男が首を垂れて運命を受け入れようとした、その直後。明るくなったはずの視界に再び影が落ちる。
空模様も、すぐ先の未来と同じく暗雲立ち込めたのだろうか。そう思って彼が顔を上げれば、太陽を背に、こちらに跳躍してくる二つの影。
「やっ」
そのうちの一人が、巨人たちの怒号をかき消す程の声量で、叫んだ。
「ほーーーー!!!!!」
音の大きさと似合わぬ軽い挨拶と共に降ってきた、薄紅に空色まじりの髪した人影がその身を捻って一回転。大道芸人もかくやと、手にした刀を大きく上段に振りかぶり、一番前に居た巨人へと斬りかかる。
金属同士がぶつかる高い音、次いでひしゃげる音。悲鳴を上げる暇すら与えずに、巨大な兵士が鎧ごと多々羅・赤銅(春荒れに・f01007)に叩き斬られた。
そして、それが終わるよりも少し早く。
「来れマイボディッ!」
もう一つの人影は、その両肩から蒸気を吹きあがらせて変身する。紫味を帯びた赤褐色のパーツが音を立てて体を覆う、蒸気機関車を思わせるその姿。敵の真っ只中へ、轟音と共にその男は着地した。右足は曲げて、己の身への衝撃を和らげ。左足はピンと伸ばして、全体のバランスを。天へと真っ直ぐ伸ばされた右手に対して、下へと突き出した左手が地面を叩く。
ヒーローらしく格好良く、そして何よりも力強く。近くにいた巨人達を着地の衝撃波で薙ぎ払いながら、四軒屋・綴(大騒動蒸煙活劇・f08164)はその両肩から再度蒸気吹き上げ名乗りを上げた。
「勇蒸連結ジョウキングッ!咎人の為に出発進行だッ!」
突然現れた派手な乱入者達。巨人達も一瞬その動きは止めはしたものの。
「制裁を!」
再び叫んでは、何事が起ったか分からず呆然と立ち尽くす男――『アリス』の方へと進んでいく。
けれど開幕一刀振るった赤銅が降り立ったのは、その道をふさぐ位置取り。
何一つとて飾り気のない刀を上から下へ振り下ろし、そして返す刃で振り上げて。アリスには指一本触れさせぬと、気迫の籠った右目が隙無く周囲を睨め付ける。
鋭い刃と舞い上がる蒸気が巨人を盛大に屠っていく。
しかし流石に二人で数多の敵を完全に防ぐには少しばかり手が足りない。刀を、蒸気の力を振るう彼らをすり抜け、アリスのもとへ巨人が呼び出したトランプ兵達が襲い掛かった。
人の手は二つ。二人で四つ。足りないならば増やせばいい。
横薙ぎ一閃。大きく振るわれた三叉槍が、トランプ兵達を撥ね飛ばした。
「怪我はない?」
やわらかい声が降る。
ふわりと煌めく薄桃色の、結われた髪をなびかせて。オルハ・オランシュ(六等星・f00497)がその細い背で、アリスを守るように立っていた。
跳ね飛ばされたトランプ兵達はその胴をレイピアに貫かれ、影の狐にぱくりと一飲みにされ。何も果たせず消えていく。
「あんた達、一体……」
「私の名はエドガー。通りすがりの王子様さ!」
ようやく我に返ったアリスの問いかけに答えたのは、敵の残滓を愛剣から振り落とすエドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)。所作も見た目も、王子様然とした彼が凛とした声でアリスに告げる。
「ビビりまくりの君、下がっていたまえ」
「こいつらは私達が壊すから、あなたは身を隠して! 早く!」
手にした獲物を大きく振るい、敵が寄らぬよう再度牽制をするオルハにも急かされ、アリスはよろけながらもその場から動き出す。
崩れた家屋を飛び出して、壊れた通りを駆けていく。
疲弊の残る体ではうまく走れはしない。だが、猟兵達が彼に降りかかる剣撃をすべて捌いて防ぎきる。
「忘却は罪だと掟で定められている!」
轟々と糾弾の声はやまない。
その声に、ほんの一瞬エドガーの顔が翳った。
忘れることはそんなにも罪深い事だろうか。何とも言い表しがたい気持ちを抱えたまま、トランプ兵達を愛剣で突き払う。
(思い出せない罪、ネ)
例え彼が罪人である事が事実だとて、見知らぬ世界で見知らぬ誰かに好き勝手に裁かれる事など。
そんなものは、まっぴらゴメンだ。
二人と同様にその身を挺してアリスをかばうコノハ・ライゼ(空々・f03130)が影狐を走らせる。巨人の剣戟にまとわりついては剣先を逸らさせ、駄賃と言わんばかりに巨人の頭部を蹴って跳び回っていく。
まるで雲をも掴むような、捉えどころのない動き。
誰もいない街並みを走りながら二人に続き三人が、巨人達の行く手を阻む。
けれど相手は構わず身勝手な断罪の声を振りかざし続ける。
「アリスを狙っているみたい!」
執拗なその攻撃の先は明白。
トランプ兵が重なる前に引き裂くキマイラの少女が上げた声に、答えるのは二色の蝶。
「邪魔はさせないよ」
割れた煉瓦道、アリスが路地の先に続く細い階段を下れば、晴天の中を、ゆらりゆらりと雅な蝶が舞う。
淡く光るそれはルーチェ・ムート(无色透鳴のラフォリア・f10134)の一端。巨人達が振るう剣にも、踏み鳴らす足にも、決して壊されることなく戦場を確り見つめて飛翔する。
そして、密やかな瑠璃の蝶へと内緒話を伝えようか。
アリスを追う巨人の近くに舞って近づく別の蝶。緋翠・華乃音(終ノ蝶・f03169)が物音一つ立てずにその背後へ回る。
破壊された町並みの、塀の影から銀線が疾った。
「追われている彼がどんな罪を犯したのかは知らないが」
ダガーナイフが巨人の膝裏、鎧の隙間からねじ込まれる。
巨大な体躯を支える片方を失えば、なす術なく絶叫を上げながら崩れ落ち。
「それを裁くのはきっと君達じゃない」
しかしてそれを行った者の声は静かに、穏やかに。風一つ吹かぬ湖面のように凪いでいた。
「アリスを罪人と呼んでいいのも断罪していいのも当事者たちだけでしょう?」
罪とは何かは分からない。
けれど、見ず知らずの誰かが口を出していいものでは決してないはず。
ルーチェは次の敵の隙を窺いて己の分身を揺蕩わせた。
正当な権利すら持たぬような赤の他人が、行う身勝手な裁き。
独裁的なその行い、それこそが罪。
「罪人を庇い立てするものも、また罪人である!」
「制裁を!」
「罪深き者どもに、制裁を!」
制裁を、制裁を。
正しきはこちらであると、間違いはお前達だと。
ここにきて漸く邪魔する猟兵達へ、巨人達が雄叫びを上げて敵意を向ける。
「おーおー随分な数と随分な物言いだぁ」
倒れた鎧踏み付け赤銅が跳ぶ。
「何も知らずに罪だ罪だと押し付ける奴らがいるならさあ」
着地点は最初と変わらずアリスをかばう立ち位置。
乾いた地面に靴底がこすれて耳障りな音を立てる。けれどそれすら、身勝手な断罪者たちに比べれば随分とマシに聞こえるか。
「何も知らなくとも赦す奴もいないと、バランスは取れねえよなあ」
片側だけに重くなった天秤の、浮かんだ方へ赤銅鬼は刀片手に飛び乗った。
そこには何の躊躇も見られない。
愚直なまでの太刀筋で、巨人の首を跳ね飛ばす。
巨体が地面を踏む音に、苛立ちが混ざり始める。
煉瓦の道を砕いて進むその音は声と同じく誰もかれもを責めるよう。
――ぱしん!
それを遮るように、地面を強く鞭が打つ音が響く。
「あらあら、品のない足音に声だこと」
薔薇の香りを纏う真っ赤な男が、同じ色した鞭を手に悠然と微笑む。
裁きが下されるのならば、彼らが今踏みにじったおとぎの国へ。
さぁ、跪いて謝りなさい。
ベルナルド・ベルベット(リーリフラウ・f01475)の鞭が再び地面を強かに打つ。
その音に呼び出されたのは彼の白き騎士。巨大で美しき白い獅子。
「ご機嫌よう、ホワイト」
たてがみを一撫で。いつも通り頼もしい騎士へ挨拶すれば、獅子も一声鳴いて彼へと返事を返す。
その背に乗って、赤い猛獣使いが戦場を駆ける。
全く以って美しさの欠ける巨人とトランプ兵達の真ん中へ、獅子はしなやかに跳躍した。すぐさま猛獣使いの真紅の鞭が振るわれて、避けたところで白い爪が鋭く翻って引き裂いていく。
流石の巨人達も、通路塞ぐ大きな獅子の図体に邪魔されては堪らない。
階段を降り切ったアリスが上を見る。戦いの音は響いているが、先ほどよりは離れたか。そのまま別の路地に入って座り込み、なんとか息を整えようとした時だった。
「まだ枯れきってはなさそうですね」
突如、背後から声をかけられアリスの両肩が盛大に跳ねた。
全身包帯だらけの黒づくめの男が、いつの間にかそこにいた。
驚くこと続きで、何事かと目を白黒させる彼へ申し訳ありませんと謝罪を入れ、包帯の男――スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)が彼へと蓋の開けたペットボトルを差し出した。
「経口補水液しか用意できませんでしたけど、飲みますか?」
ほんの少しの受け取る指に迷いはあったが、差し出された水分は素直に有り難い。
そうしてアリスは久しぶりに、大きく息をついた。
切って斬られて吹き飛ばされて。
半数の兵を失った巨人達のうち、いくつかが階下へと転がり落ちた。
その先にいた、飴を咥えた人物が驚いて転がったがれきに躓き悲鳴を上げる。
隙だらけのその姿へ、トランプ兵達が一斉に飛びかかった。慌てたように躱されて、攻撃は一つも当たらない。わたわたと、鈍い動きで逃げ出したその後を敵が追う。
追いつきそうで追いつかない。もう少し追えば届きそう。
割れた地面に足をとられながらも、攻撃はなんとかぎりぎりの所で逃れた、金色の結われた髪が尾のように建物の角へと曲がって消える。
その後を追って道を曲がった先に見えたのは――ピンク色のロリポップ。
同じ色した目を細めて、渦雷・ユキテル(さいわい・f16385)は反撃を開始する。
ちり、と毛が逆立つような感覚の後、稲光が辺りを白く染め上げた。
轟く雷鳴は巨人達の怒号すらもかき消して、何度も何度も放たれる。
その中心で、遠くの路地にいるアリス達をユキテルは見る。
遥々『彼』を探しておとぎの世界までやってはきたけれど、残念ながらあの人は違ったようだった。
なあんだ、と内心がっかりはしたものの。
今はこの目の前の気に入らない巨人達へ雷を雨のように降らせよう。
精密に操られた電撃に何度も撃ち抜かれ、どうにか逃げ出そうとした個体の足が建物の影へと入ったと同時に、その先が切断された。
いつからそこに居たのだろう。影の中に、佇む一人の少年がいた。
その手には闇と同じ色をした黒く大きなナイフが一振り。
斬られた巨人が動こうにも、痺れたように体が動かない。声をあげようにもその喉は何も震わせない。
かつての主人を真似るヤドリガミ、黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)。そうと使われたわけでは無いが、密やかに命を奪う術は覚えている。
アリスの彼が何を思い出すのか。思い出したのならば、どうするのか。
まだ何もわからない。けれど、せめて少しでも悔いの無い道を、どうか歩んでいって欲しい。
その為にも、今はこいつらの殲滅が最優先。
倒れた巨人の兜のその隙間。喉へと己の本体を刺し込みその生を静かに刈り取った。
黒い羽を羽ばたかせ、元居た高台からオルハが滑空する。
目指すは隠れたアリスに一番近い巨人へ。
ずっと追いかけられ続ける心の負担。きっと、アリスはもう限界に近いはずだ。
敵を早く全滅させて、彼を落ち着かせてあげたい。
(……話、ゆっくり聞きたいしね)
向き合わなきゃいけないのは自分だって同じ。
きゅっと唇を噛み締めて、途中の屋根を足場に跳躍する。
その為にも、一体たりとも自分たちを突破させてはなるものか。
風を切る音をピンと伸ばした耳でとらえ、握った三叉槍の穂先に意識を集中する。
若草の瞳が敵を確りと見据え、槍を振り抜いた。
身軽な彼女に合わせた獲物、けれど軽量だからと侮るなかれ。
風の力を乗せ神速の如く。纏めて数体吹き飛ばす。
爪先で軽く着地をし、地面を蹴って飛びかかるは一番近くにいた手負いの一体へ。
重心を低くし、全体重のせて繰り出す突きは、確かに巨人を一体撃破した。
その彼女から遅れること一呼吸分。
翼持たぬ紫雲が屋根を飛び伝って流れ辿り着く。
一息ついてアリスの方を見たけれど、そちらはまだ無事か。
残った二匹を影狐に任せたところで――近くにあった家屋の一部が吹っ飛んだ。
どうやら敵も最短ルートを辿ってきたらしい。
男の纏う雰囲気と同じく、浮かぶ雲にも似た柔らかなオーラで受け止めて、その勢いを削いでいく。
けれどもそれだけでは逃しきれはしなかった。腕にざくりと刃が食い込む。
奥歯を噛んで息を止め、その痛みをコノハは耐え抜いた。赤い血が、ぱたぱたと乾いた地面に吸い込まれていく。
けれどこの程度ならばむしろ儲け物だ。
血の伝う腕を振るえば、周囲にぱっと赤が散る。
「おいで」
呼び声に、影が鳴く。
彼の血を媒介に影の狐がいくつもその姿を現した。尾を揺らし、狐の形をしたそれらが地を駆ける。
巨人たちの足元の影に飛び込んで。太陽のもとに出て大きさすら変えて。跳ねる狐の群れが纏わり付く。
煩わしさから殴りつけようとしたところで、ぐにゃりと姿を変えてはその刃を届かせない。
その数の多さに、巨人達はトランプの兵を呼び出すが、けれどそれらは横から伸びた影に縛りつけられる。
スキアファールの体から解かれた呪瘡包帯が、細く伸ばした影のように蠢いて。ついでとばかりに己の背後から振り下ろされようとした大剣すらも一纏めに。
「口も塞いでおきましょう」
叫ばれたら厄介だ。更に伸びた影が、巨人が叫ぶ前に隙間なく巻きついた。
そうして曝されたのは、擬態を解いた彼の姿。
無数の口と目が浮かぶ、怪奇そのもの。
あまり人目に晒したいものではないが、頑丈そうな敵にそんなことは言っていられない。
ひっ、と側にいたアリスが短い悲鳴を上げたことに、すいませんね、と短い謝罪を口に出す。
「でもほら、死ななきゃ安いってやつですよ」
あれ、なんか違うな? と口に出してはみたものの。まぁいいかと己が身の目口を代償に力を発動する。
――憑き殺せ。
伸ばした影が、敵の内部へ暗く淀んで染み渡る。正常な思考を奪い、狂気を植え付け、心の芯を絞めつける。
絶叫は包帯に阻まれ外に漏れることすらない。
痙攣繰り返すその体が静かになれば、そろりと戒めは解かれる。
そこには亡骸だけが残るだけだった。
「制裁を!」
「逃亡罪への制裁を!」
「忘却罪への制裁を!」
怒号をやめぬ巨人達に、ううん、と皆に追いついたエドガーは苦い顔をする。
「私はとても忘れっぽいから、忘却は罪と言い張られると心苦しいモノがあるのさ」
正確には、左腕の愛しいレディに記憶を美味しく頂かれてしまっているせいではあるのだが。
おかげ様で、手記がなければ昨日のことすら思い出す事が難しい。
トランプ兵を切り刻みながら、ちらりと、背後にいるアリスを見遣る。
赤く濡れた手。何かに苦しむ様子。
きっと何か罪を犯している。彼はその罪を、償わなねばならないのだろう。
けれど。
「事情も定かでないままに、重すぎる罰を下すこともまた罪なんだよ。巨人君」
素早く、鎧の隙間へレイピアを滑らせた。
大きな巨体が悲鳴を上げる。
闇雲に振り回される巨大な剣。重量の乗ったそれは当たればひとたまりも無いが、手袋のような白拳がその攻撃を跳ね上げた。
「敵だろうと、罪だろうと、向き合ってこそ『生きる意味がある』ッ!!」
ガラ空きになった敵の胴へ、もう片方の手で張り手を叩き込む。
その威力は列車の如く。
誰もいない家屋を数件ぶち抜く勢いで巨人が吹っ飛び、沈黙する。
――向き合ってこそ、生きる意味が。
アリスが大きく目を見開く。
その目に映るのは、晴れ行く砂埃に、淡く光る蝶の影。
光の奇跡が案内するのは敵の位置。
トランプの兵隊達に、猟兵達が相手取る巨人達。
砂埃の向こうから現れた華乃音が導かれるままに銃口合わせ、手にした拳銃の引金を引く。
己の目で見る必要など彼にはない。既に彼には、視えている。
銃弾が時空を歪めて彼らへと跳ぶ。
着弾音だけがと突然の痛みに、巨人達が悶えて転がった。
「制裁を!」
「罪から逃げる者に制裁を!」
それでも減らない口に、ルーチェは凛とした声で反論する。
「ボクが持ち得る罪は全てボクだけのもの」
もういない、彼の人の記憶も。
罰を与えるのも、赦すのも、すべて今は亡きその人だけにしか彼女は認めない。
だから抱える事象に罪と名付けて背負うのも、ルーチェ自身の意思と自由に他ならない。
華乃音もまた、銃を手にしたまま静かに告げる。
「罪とは認識ではなく行為に付随するものだ」
故に、記憶が無くとも罪は無くならない。
けれど、罪の自覚がないのならば、一体その死は罰になりえるだろうか。
いいや、そうはならない筈だ。
華乃音がもう片方の手にダガーを構えて走り出す。
そこに届くは玲瓏たるルーチェの歌声。
――気付かないで 偽物の僕に
甘く甘く、溶けて切なげに。
――気付いて 唯一の本物に
蠱惑的な歌声は夜空の月のように。
――君の幸せを願う心だけがTrue そう Imitation Me 終わらせて
そして、祈りが届いた先へ背中を押す。
瑠璃の蝶がトランプの兵士を切り裂いて、陽光蝶々に教えられて巨人へと銃弾を放つ。
まるで不規則な羽ばたきを繰り返す蝶のように、捉え所のない動きで飛んでいく。
ならば大きな範囲で捕まえようと、巨大なトランプが呼び出される。
けれどそれは、蝶に当たる前に霧散する。
白獅子に跨った赤い猛獣使いが手にした鞭を鞘に納め、鉄鞭に変えて巨大なトランプを切り裂く。
猫化特有の足音の無さで辺りを駆け回った彼ら。上にいた敵達は、そのショーに酔いしれて、みんな二度と目覚めることはない。
「罪咎は己で負うものよ」
何も思い出せず、背負う事すらにすら至っていない物を裁くなど、あまりにも。
傲慢が、すぎる。
獅子が咆哮をあげ、再び地を蹴り残った巨人達へとその牙を剥いた。
鉄の鎧を噛み砕き、振り回して投げ捨てる。
そうしてわずかに息の残ったものを、陰に潜む暗殺者が仕留めていく。
アリスがいない方へと投げられるそれを、瑞樹は視界の範囲外なら直感で避け、避けれないものはその手にしたナイフでいなしていく。くるりと手の中で器用に黒刃のそれを回転させたなら、そのまま力一杯振り抜いて確りととどめを刺す。
皆が皆、その力を存分に振るう。
その真ん中で、アリスがぽつりと佇んでいた。
――わぁんと耳鳴りがする。
彼らは皆、自分を 守ってくれようとしている。
けれど、自分は……嗚呼。
記憶の蓋はもうすぐ開く。けれど、恐ろしいそれを開く手がどうしても止まってしまう。
そんな男の姿をみた巨人達が、一斉にトランプ兵を産み出した。
数を増やせ、もっと増やせ、あいつらの手をすべて潰してやろう。
大漁の兵士達が猟兵達へと襲い掛かる。
斬っても破いても、また出せばいい。そしてそれを盾にして、巨人達が勢い良く突っ込んできた。
けれど、アリスは動かない。
やがて斬れなかったトランプが重なって数字が増えていく。
「忘却は、罪である!」
逃げろと叫んだのは誰だったか。
犯した罪と、過去と向き合うのは怖いこと。
それでも、そこに会いにいかなくてはと思っている。
まだ行動にも移せていないそんな自分が、今回の依頼を受ける資格があったのかは分からない。
それでも。
「――届いて!」
誰かを助けたいと思う気持ちに偽りはない。
オルハが伸ばした三叉槍が、アリスに向かっていかんとした強化トランプ兵の足を裂く。
速度が落ちたそこへ瑞樹が胴を薙ぐ。千切れた体を影の狐達が喰らい尽くす。
けれど、アリスへ向かう巨人が一体残ったまま。
迫り来る巨体に、動かぬアリス。その足を縫い止めるのは恐怖か。それとも逃避だろうか。
そして振り上がった大剣とアリスの間に、王子がその身を投げ込んだ。
エドガーの持つレイピアでは、あの大剣を受け止めきれない。
振り下ろされる大剣を見ながら、深く、息を吸う。青い瞳を瞬かせ、心に浮かべるは祖国の名前。
それから、ちらりと脳裏に浮かぶのは、
「なぁに、これも大切なことさ」
体の中で懐かしい何かが、その力が、その身を守る力をくれる。
覚悟を決めたエドガーはその剣を避けず、その身で受け止めた。血が舞って、彼の白い装束を赤く染め上げる。
その凄まじい衝撃を、彼は耐え抜いた。
「この距離ならば私の剣だって届くだろう」
血濡れの衣装のまま痛みに脂汗を浮かべ、しかして巨人へと常と変わらぬ調子で彼は話しかけ。気を抜けば取りこぼしそうになるレイピアを、再度確りと握り締める。
相手が剣を引き抜くより早く、エドガーのレイピアが巨人の顎下から脳天を貫く。
敵の体がびくりと一度大きく痙攣して、地に倒れる。
身を挺し、アリスを守った王子は長く息を吐き出し――そこで体力が尽きたのか、がくりと彼の体が崩れ落ちた。
このまま放っておくわけにはいかぬと二羽の蝶がひらりと降り立った。
瑠璃が王子を担ぎ上げ、薄紅が美しい歌で傷を癒す。
アリスはそれを見ながら、呆然とその場でへたり込んだ。
「ねえ、アナタ?」
獅子の前足で残ったトランプ兵を纏めてなぎ倒しながらベルナルドがピンクの目を細める。
「素敵な赤を持っているのね」
その視線の先はアリスの手。
「その両手が赤いのは何故かしら。考えもせず死にたいかしら」
優しく穏やかな響き。けれど、その芯は硬くアリスの胸を突き刺した。
「アナタの罪ごと守ってあげる」
死にたくなったら殺してあげる。
だから――足掻きなさいな、お好きなままに。
立ち上がることすらできず、俯くアリスに次にかけられたのは、ユキテルの軽い調子の重い問い。
「罪を犯したのは生きるため? それとも楽しみのためですか?」
けれどそんな事は些事。どっちだって構わないと彼は笑う。
「誰だって自分が一番大事ですもんね!」
ざり、と地面についたアリスの両手が砂を掴む。
震える両肩を、ユキテルは見ないふりをして続ける。
「あたし、縛るものが嫌いなんです。息苦しくって」
知らない誰かが決めたようなルールも、罪も、それらが押し付けがましく与えてくる裁きも。煩わしくって仕方がない。
はっと顔を上げた男に、彼はベリーの色した瞳を向ける。己を己として持つ強さと自由さで、ひどく楽しげに。
――全部引っ掻き回しちゃいますね!
落雷の光と一緒に、軽やかな足取りで敵の元へと向かうユキテルの背は、瞳と同じように輝いていた。
走る稲光と共に、煌めく鋼の一閃も落つ。
「ま、お前のしたことが私も許せなかったら、そん時はそん時っつー事で!」
斬り込む勢いは豪快に上げる笑い声と同じ力強さ。理解できないと、アリスは呆然と女を見る。
赤銅とて、彼の手の赤色が見えていなかったわけではない。
けれど、罪を嘘だなどと豪語する気も、ましてや切っ先を下ろすきもさらさら無い。
忘れてしまって何も知らない男の為に、こちらも何も知らぬまま。
此度刃はおとぎの国で、彼を守る為に振るわれる。
「多分そん時ゃ、その罪を許せない同士で気も合うんじゃねえの――なんてな!」
下から上へ、返す刃が巨人の大剣持った腕ごと斬り飛ばす。
そして残った体へ、スキアファールの影が巻き付く。
「忘却が罪ならば私も罪人です」
なぜなら彼だってかつては、一人のアリスだったのだから。
けれどその事は、ぼんやりとしか思い出せなくなってしまっている。異形に変貌してしまったこの身には、過去の記憶などどれだけ残っているのかも、もう分からない。
それもまた、罪かな。
自嘲含んだ言葉は空気にはのせず、胸の中に落として。スキアファールはその身から解いた影を操り、敵を憑き滅ぼしていく。
何故。
かけられた言葉の数々。
そして最後。一歩踏み出すための言葉は紫雲から。
「分かるだナンて簡単に言う気はナイけど……思い出せないその事実が怖い、ってのは覚えがあってネ」
満身創痍、という言葉がすっかり似合いになったコノハが、その身を糧に狐を呼ぶ。
彼らは皆手負いの巨人へ飛びかかったのなら、その傷口を抉ってその血肉を主人への力へと変えていく。
「罪人だというのなら、罪を知らなくちゃ――その覚悟はあるンでしょ?」
癒える傷に笑いながら、青い瞳が促す答えは一つ。
「覚悟は、ある!」
アリスが、叫ぶ。
そうだ。
一人で逃げて、そしてここまで守られて。
今更それが無いなんて、誰がいえるだろうか。
その声に呼応するかのように、雷鳴が鳴る。絶え間なく降る雷が、巨人達を焼いていく。
電撃操るユキテルの抱える在庫は、只今雷以外は品切れ中。その代わり、痺れてこの世から居なくなっちゃう程、たっぷりサービス致しましょう。
ぱちんとベリー色の片目をつぶって残った巨人達へとお渡しするは、局地的な荒れ模様!
いくら大きな巨体とはいえ、何度も何度も頭上から電流を流し込まれては堪らない。ぐらぐらとふらつくいくつもの巨体に、今度は真白の獅子が飛びかかる。
演者の覚悟が決まったのならば、さぁ、ショーの前座にはご退場願おうか。
獅子の太い前足が敵を踏みつけのしかかり、ベルナルドが手にした鉄鞭が振りかざされる。
鋭く空気を裂き、突き狙うは巨人の胸一点。外からでもよく見える、ガラスの中で動くそれ。
がしゃんと呆気ない音たて鎧ごと、その無粋なハートは貫き砕かれた。
最後に残るは一体のみ。もはや怒号は聞こえず、けれどひび割れた鎧を纏う巨人は残る力で手にした剣を振りかざす。
その懐へ、綴が飛び込む。
力が乗り切る前に剣持つ手捕まえて、その勢いを使って相手を担ぐように持ち上げそのまま全方へとぶん投げる。
見事な一本背負いが決まって、どうと巨体が地面へと叩きつけられた。
「これで、最後だッ!」
噴き上がる蒸気の熱い叫びと共に、巨人の胴へと手刀が繰り出され。
地面に大きく敵がめり込んで、砂埃が舞って。
それが晴れる頃にはもう、この場に制裁を叫ぶものは居なくなった。
●追想
ひどく暗い世界だった。
陽の光なんてどこにも無く、わずかな灯りのもとで誰もが暮らしていた。
男が暮らしていた村も当然のように痩せていた。
意地の悪い領主が思いついた規則のせいで、誰かが首を吊られるのも良くあることだった。
ああ、またか。仕方がないな。だってどうしようも無いんだから。
無力さと諦めが満ちていて、けれど死ぬ勇気すらどこにもない。
領主の気まぐれが当たりませんように。
祈るだけの、飼い殺しの生活。
だからだろう。
姉のように慕っていた幼馴染が罰の対象に選ばれた時に、男は漸く気がついたのだ。
これは仕方がないで諦めてしまっていいものでは、決して無かったのだと。
だが全ては手遅れだった。
彼女の手を取って逃げることも出来ず。
領主に一矢報いる勇気もなく。
促されるまま、命じられるまま。
男は女を刺殺した。
大成功
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第2章 ボス戦
『チェシャ猫』
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POW : キャット・マッドネス
【殺戮形態】に変化し、超攻撃力と超耐久力を得る。ただし理性を失い、速く動く物を無差別攻撃し続ける。
SPD : チェシャ・スクラッチ
【素早く飛び掛かり、鋭い爪での掻き毟り攻撃】を発動する。超高速連続攻撃が可能だが、回避されても中止できない。
WIZ : ストレンジ・スマイル
【ニヤニヤ笑い】を向けた対象に、【精神を蝕む笑い声】でダメージを与える。命中率が高い。
イラスト:小日向 マキナ
👑11
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●記憶の底
言われた通り、結局自分が一番大事だっただけなのだ。
吐き出すように溢される記憶は、別世界での男の罪。
身勝手な掟に従って、いとしい人を殺した末路。
地面に座り込んだ男が震える赤い手で、ポケットから同じ色に染まったナイフを取り出す。
「確かあの時は——」
にゃあ、と猫の声がした。
ぐにゃりと男の足元の影が泡立つ。
「黒猫は縁起が悪いからって……村に居ついたそいつを世話していたアイツが『罪人』になったんだ」
ぶくぶく気泡が弾けて真っ赤な目がのぞく。
にゃあ。
粘ついた笑いを浮かべた猫の顔。ぼごりとあぶくが膨らんで、次第にその輪郭が異形の形をとり始める。
みるみる頭部が膨らんで、大きく端まで避けた口からは鋭い牙が並んで見えた。上がった口角の端を、べろりと青い舌が舐め、赤く大きな瞳が男を映す。長く伸びた手足が猫というよりは人のよう。
凶悪な爪をかちかちと鳴らし、黒猫は薄気味悪い笑みを浮かべ囁く。
「お前もころしたくせに?」
狂気はらんだ赤い目が笑う
「自分は掟に従って、殺されそうになれば逃げるのか」
——嗚呼、嗚呼、哀れでちっぽけなかわいいアリス!
「なぁ死のう。死んでしまおう。ここで罰を受ければ、お前は楽になれるんだから!」
そうすれば、もう苦しまなくていい。逃げなくたっていい。
お前たちだってそう思うだろう?
黒猫が、猟兵達へニタニタと笑いかける。
渦雷・ユキテル
お喋り猫ちゃん、口が滑りましたね
"罰"なのに"楽になれる"だなんて
形無しもいいとこ、笑っちゃう!
建物か巨人の残骸を足がかりに
電撃纏った踏みつけを
さてさて、猫の額には着地成功?
上手くいったならもいちど跳んで
二度目の着地と共に
銃弾を【零距離射撃】でお見舞いします
ずっと接近戦する気はないんで
隙があったら離れましょ
次に狙うのは大きな口か真っ赤なおめめ
どっちのほうが壊れたときに面白い?
そういえば、ねえ貴方<アリス>
武器はその手にあるでしょう
戦う気はどうです、ありますか?
微笑んで問い
闘争か逃走か
どっちだって間違いじゃないと思うんですよね
格好つけたって死んだらお仕舞いですもん
※絡み・アドリブ歓迎です
黒鵺・瑞樹
アドリブ連携OK
右手に胡、左手に黒鵺の二刀流
罰を受けるかどうかを決めるのは彼自身。
誰からその罰を受けるのかも決めるのは彼自身。
決してお前が決める事じゃない。
一気に近づき【マヒ攻撃】【暗殺】を乗せて、二刀でUC菊花で攻撃を仕掛ける。
もしかしたら相手の攻撃の方が早いかもしれないけど、謙信の多刀の攻撃もこれで軌道をそらしてしのぎきって一太刀入れたんだ。爪の掻き毟り程度何とかなる。
基本相手の攻撃は【第六感】で感知【見切り】で回避。回避しきれない物は黒鵺で【武器受け】での受け流し【カウンター】を叩き込む。
それも出来ない物は【オーラ防御】と【激痛耐性】【狂気耐性】でしのぐ。
コノハ・ライゼ
言ったヨ、まっぴらゴメンってネ
両者の間と動き*見切り
敵を遠ざけ男を*かばうよう「柘榴」一閃し割り込む
守るのは誰かお願いねぇ
攻撃は最大の防御でいくカラ
大体ヨソサマが罰を与えようだなんて烏滸がましいコト
知る前に、受け入れる前に選択を迫られたなら
逃げるのもひとつの手
鬼ごっこしておいで、と再び肌裂いて【黒涌】生む
命中重視で*マヒ攻撃乗せ嗾け
素早く駆け回らせ敵の攻撃を引き付け*恐怖を与える*精神攻撃してこうか
*2回攻撃で接敵し*傷口をえぐって柘榴捩じ込んで*生命力吸収もネ
苦しかったンでしょ、忘れたコト
取り戻したその覚悟で、今度は思うまま行けばイイ
自分の世界で
(思い出せない自分)
(少し羨ましい、だナンて)
教楽来・鏡日
アドリブ◎
ーーーよっと、割り込み失礼しますね?
それにしても罪人か。前にも同じような輩がいた国にお邪魔したことありますけど。やれ罰だの断罪だの…アホですか
お前らが決めることじゃない
UC発動
鎖を「一斉発射」「念動力」「属性攻撃」で操り、動きを止めます。当たらなくても雷光で「目潰し」ぐらい狙いましょうか。とはいえ敵の狙いはアリス、彼への攻撃は「オーラ防御」で、それでも来るなら「覚悟」して庇います。
貴方がやったことは正しいか正しくないか、僕にはそれを決めるつもりはありませんけど
少なくとも、生きているから後悔「できる」のでは
死んでしまったら、あなたの愛した人を思い出すことすらできないでしょう?
エドガー・ブライトマン
――そっか
王の血を継ぎ、人の上に立つ責務をもつ者として恥ずかしく思う
彼の村の主は非道い人間だ。主の資格は無い
彼の手の血は消えない。事実だから
でもね、チェシャ猫君
キミが彼に罰を与える権利はないよ
ここは人の世だ
罰せられるのが人ならば、裁くのもまた人だ!
キミらオウガに立ち入る権利はない
回復してもらった体は痛みを感じない
引っ込んでいられないし
鋭い爪にはレイピアで対抗する
あの牙も恐ろしいね
村人君が標的になった際は《かばう》
罪があろうと、キミが人であるならかばうさ
王子様としての仕事のひとつ
素早さ対決なら負けない
《早業》でマントを外し“Jの勇躍”
刃に《破魔》の力を乗せて
キミの罪と向き合うその覚悟
大切なコトさ
緋翠・華乃音
【瑠璃と薄紅】
……どうだろうな、その気持ちは分からないでもない。
罰を受ければ楽になれる。
罪悪感に苦しむ必要も無くなる。
罰という "赦し" はあまりにも甘美な響きだ。
――堕落してしまいそうな程に。
確かに俺は赦しを求めているのかも知れない。
けれど、それはお前に関係の無い事だ。
優しく響く甘い歌声は、淡い抱擁にも似た天啓の音色。
これがただの音だなんて、俺は思わない。
薄紅の蝶の群れに映える瑠璃色の蝶。
やがて――地上に星空が顕現する。
揺蕩う蝶が、星空色の焰が、遍く罪を灼き尽くすように。
罪に微睡む者たちを、夢からそうと醒まさせるように。
ルーチェ・ムート
【瑠璃と薄紅】アドリブ◎
死ぬことが救いだと、罰だと、楽になると
誰が決めたの?
キミ達の言葉はただの雑音にしか聞こえない
そんな笑い声よりももっと良いものを聴かせてあげる
甘く蕩ける歌声で紡ぐ奇跡
溶かす覚悟に華のオーラ防御
おいで、おいで
ボク達の力となり風となれ
数多の薄紅の蝶々
歌詞により具現化させた死誘う生き物
宙泳ぎ、ボクが纏う白百合の花を空から降らせゆく
これはキミ達の力を封じる花弁
餞の花に破魔を宿す
ふわり羽搏き白百合に混ざって瑠璃色の煌めく鱗粉舞わせたならば、敵の目眩しを
華乃音、キミはキミの為したい事を
その為にボクは歌おう
歌う事だけがボクの存在価値
あまりに優しい焔は涙のよう
清らのあたたかな救いに見えた
多々羅・赤銅
なーんだ。罪でも何でもねえじゃん、良かったー!
腹から声を出してあっけら笑い飛ばす。よくよく通れよ鬼の声、地獄の沙汰も情次第。
アリスを庇い立ち、刀を振らば。空気断ち切る風圧の壁、嘲笑など打ち消して御覧入れる。
思考停止して、死んだように生きてたって良かった。
だが。ふざけた責務を、苦しみその手に握った。諦観し切れず、己に出来る一等の生存を行使した
上等よ。
こんな猫に殺されちゃ駄目だぜアリス。死ぬ権利も生きる義務も、アリスだけが握れ。その血ごと。
ところでその領主どこのだれー?斬ったげる。
旋風強化の身体で弾丸のように疾駆、まずはその舌、次いでその脚斬り飛ばす
目は斬らねえでやる
見てえだろ
てめえが笑う命の行先
スキアファール・イリャルギ
頼りになる方が多いですし
彼の傍で援護に徹します
私を怖がってるのにって?
そこはホントすみません
今回は歌うだけだから怖くないですよ、多分
『死は救済』
最初に考えて言ったのは誰なんでしょうね
聞き飽きました
『死人に口なし』とはよく言ったもので
罵倒も援護も侮辱も賞賛も
想像と好奇で撒き散らされる
散々好き放題言われて
興味が尽きたら忘れられてはいさようなら
許容できます?
私は出来ません
自分が一番大事?
当たり前な考え方のひとつじゃないですか
生きなきゃ何も出来ないんだから
だから無様に生きて抗うんです
心無い言葉も束縛もクソ食らえだ
楽になりたいのならご自由にどうぞ
この世は死んだと思えば死ねるし
生きようと思えば生きられます
●罰のゆくえ
だが応えたのは、渦雷・ユキテル(さいわい・f16385)が思わずと吹き出した笑い声。
「お喋り猫ちゃん、口が滑りましたね」
罰を受けよという。
受ければ楽になるという。
けれど果たして、それは罰と言えるのか。
形なしもいいところ、繋がらぬ前後の言葉に笑いが止まらない。
「なーんだ。罪でも何でもねえじゃん、良かったー!」
同じくからりと大きな声で笑い飛ばす赤銅は、けれどこちらはアリスの行いに対しての。
彼女にポンと軽い調子で肩を叩かれ、男は驚きに大きく目を見開いた。
犯した行為に足を止め、自分は悪くないんだと言い聞かせ。心を殺し、受け入れ死んだように生きたって良かった。
けれど彼はそうしなかった。
身勝手な責務を彼は取った。その手が赤くなる苦しみと共に。諦めたくないと思いながらも、出来る限りの己の生存方法を行使した。
上等よ。腹の底から響いて通る、偽り無い大きな鬼の笑い声が、その手に持った刀が振るう風圧が。薄っぺらな猫の嘲笑など打ち消し吹き飛ばす。
さぁ地獄の沙汰も情次第。赤銅鬼の立ち位置は変わず人助けの皿の上か動くまい。
だが黒猫も浮かべた笑みを消しはしない。
「へぇ、そうかい。楽になれるのにねぇ、残念だ残念だ、楽になればいいのになぁ」
何度言われようと、猟兵たちにとっては同じこと。
一つ笑って否定して。
二つ腹から笑い飛ばして。
そうして三つ目に走るは、紅い一筋。
「言ったヨ、まっぴらゴメンってネ」
薄氷の目を細めて、コノハ・ライゼ(空々・f03130)が手にしたナイフで相手の主張を切って捨てた。
もはや話し合う価値など無いだろう。
割り込んだ一閃がアリスから黒猫を引き剥がす。
「守るのは誰かお願いねぇ」
常と変わらぬ声色が投げる、その信は共にある猟兵達へ。
コノハの攻撃を後ろに下がり躱そうと身を捻る黒猫へは、更に距離を詰めもう一撃。今度は確りと刃を突き刺し距離を確保する。
その攻防から、ちらりとユキテルがアリスへ視線をやれば、いつの間にかスキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)の黒い影のような姿が側に佇んでいた。
なら、いいよね。
あちらは任せたと瓦礫を踏んで跳び上がる。崩れた建物の屋根も更に足場にしてもう一度。
電撃が足元で騒ぎ出す。
この痺れはかつては『彼』のものだった。けれど、今はこの身ごとユキテルのもの。
今は自分が電撃使い。宙で電流が笑うように弾け鳴る。
「痛いの一発お見舞いしますよ」
それを打ち下ろす先は猫の大きな額。雷の音と共に焦げ付く音が大きく辺りに響いたのなら、けれど其処に彼の姿は既になく。
再び、高く舞い上がり、ベリーピンクの瞳による二度目の落雷は銃口と共に落ちてきた。焦げた額に麗しい拳銃が当てられて、黒猫がその感触を理解する間もなく、銃弾は無慈悲に打ち込まれる。
猫の絶叫が響く。
鋭い爪を振り回し、厄介な相手を切り刻まんと伸ばされる腕。
しかしそれは横合いから弾かれる。
「罰を受けるかどうかを決めるのは彼自身」
黒猫の紅目に、黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)の青い瞳が爛々と写って輝いた。青は黒猫の爪先を確りと見つめていた。その両手には、黒いナイフと、かつては神社にいた打刀。
「誰からその罰を受けるのかも決めるのは彼自身。決してお前が決める事じゃない」
相手が振り下ろす間に、刃がひらめくは九つ。かつて多刀構える武将の攻撃すら弾いて一太刀入れた技。その斬撃は猫の掻き毟りなどかわいいものだと言わんばかりに、爪の数本をへし折るに至る。
その残滓が風に吹かれて消える前に、今度は細身の青年が黒猫の前へと現れる。
「ーーーよっと、割り込み失礼しますね?」
真っ直ぐに揃えられた黒髪がさらりと音を立てるように揺れ、同時に視界を埋めるほどの光が辺りを一瞬埋め尽くした。
彼の周囲から解き放たれた、無数の鎖が纏う紫電の嘶き。黒猫の視界を白く塗りつぶし、体に巻きついて行動を封じていく。
「やれ罰だの断罪だの…アホですか」
前にも、同じような輩がいる国に訪れたことがあった。その時も同じだった。何ら代わり映えのしない、と鏡日はうんざりとしたように深く深く溜息をこぼし。
紫電がもがく黒猫へ、再度閃光を放つ。
どちらも誰かが勝手に決めることじゃない。
そんな事はきっと誰しもが分かっている。
けれど、蝶の片割れは一人そっと目を伏せる。
(……どうだろうな、その気持ちは分からないでもない。)
罰を受け入れ、世界から消えてしまえば罪悪感に苦しむことはもう無い。
その赦しは間違っている。だからこそ、あまりにも甘く心地よく耳を打つ。懸命に羽ばたくことすら忘れ、堕落してしまいそうな程に。
けれどそんな緋翠・華乃音(終ノ蝶・f03169)の耳に届くのは、傍らの薄紅の声。
「死ぬことが救いだと、罰だと、楽になると。誰が決めたの?」
ルーチェ・ムート(无色透鳴のラフォリア・f10134)のまっすぐに輝く赤い瞳は、猫のにやけた瞳を貫く。
「キミ達の言葉はただの雑音にしか聞こえない」
だったらそんな意地悪な笑い声よりも、もっと良いものを皆の耳へ。
薄紅の蝶が甘く蕩けそうな歌声で奇跡を希う。けれどそれは堕ちていく為の物ではなく、淡く優しく抱きしめるかのように華乃音の薄暗い覚悟を溶かしてく。
これがただの音だなんて、華乃音は思わない。
春の日差しのように降り注いだ天啓が、華やかな壁となって彼を包む。
「確かに俺は赦しを求めているのかも知れない――けれど、それはお前に関係の無い事だ」
耳障りな黒猫の戯言を弾き飛ばし、燃ゆる瑠璃色の蝶が焼き払った。
青い火柱が羽ばたいて高く昇った。そしてそれを見つめる目も、同じ青。
エドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)のその双眸は常よりやや険しく、眉間にほんの少しの皺を刻む。
アリスの村の主は確かに外道だ。領民を導く主に値しない、恥ずべき者。
エドガーの身に流れる王家の血。人々の上に立つ責務を持ったその身が、それを許さぬと叫んで剣を抜く。
男の赤く濡れた手はどれだけ洗い流そうとも、その色が消えることはないだろう。たとえ見えなくなったとて、横たわる真実は消えはしない。
「でもね、チェシャ猫君」
マントを大きく翻えして踏み込む。
先ほど負った傷は仲間の治療で既に癒え、痛みも何も残ってはいない。動きにも支障は無い。
そもそも、引っ込んでなどいられない。
「キミが彼に罰を与える権利はないよ」
今目の前にいる、偽りの断罪者の凶行を止めねばならないのだから。
鋭く突き出されたレイピアが、ニタニタ笑う猫の顔、その鼻っ面を切りつけた。
あの不愉快な口と目。どちらが壊れた時が面白いだろう。
どっちもかな。どうしようか。皆の邪魔にならぬよう、離れて足先を休めるユキテルの目は、されどまだ遊び足りてはいない。
つま先を地面に軽く打ち付け、おもちゃを選ぶようにどちらにしようと棒付き飴振って、止まった先にとよし決めた。
足裏から弾ける電撃で加速し、紅赤のシュシュに束ねられた金髪がきらきらと揺れる。
転がっていた巨人の残骸を踏んで、横にくるりと体を捻り。
黒猫の大きな口へ、強烈な回し蹴りを叩き込んだ。一際大きな雷光と弾ける音が響く。
蹴りつけた勢いのまま飛び退き、素早く体勢を立て直せば。歯の数本が折れたのか、ぼたぼたと口からどす黒い血を流す黒猫の姿。怒りに震える猫の髭がわなわなと揺れている。
――ほらやっぱり、面白い。
「楽になれ。死んで楽になれ」
聞こえる言葉は多少不明瞭になったものの、猫の不快な笑いを一向に取りやめない。
死は救済などと、一番最初にそこへ考え至って口に出したのは誰なのか。何を思って彼らはそれを口にするのだろうか。手放したくなるほどの生の苦しみか、それとも死への恐怖を紛らわせるためか。
「聞き飽きました」
けれどそれはあまりにも使い古し、何度も繰り返されたフレーズだ。
淡々と所感述べるスキアファールに、その横にいたアリスが肩をびくつかせた。そして、ほんの少し怯えた視線がちらりと投げられる。
先ほどまでの怪奇の姿がよほど怖かったのかもしれない。ホントすみません、とスキアファールが厳めしい拡声器を片手に、少しばかり頭を下げた。
「今回は歌うだけだから怖くないですよ」
多分。付け足された一言に妙な不安は残るものの、しかして口を開いた彼の歌声はアリスの耳にも、猟兵達の耳にも何一つ届きはしない。
――踏鞴を踏め。
聞こえぬ声に拡声器が稼働して、蒸気がむわりと吹き出した。
その広げる声は、黒猫のみに。
届く声は猫の耳から三半規管に入り込み、平衡感覚を狂わせその動きを阻害する。
その間にも猟兵達の銃弾が、刃が、電撃が。攻撃は止む事はない。
黒猫はふらつく頭をふって、その赤い目が男を捕らえた。せめて――アリスの命だけでも奪ってやろう。
「罪人はその死でもって楽になれ!」
主張の邪魔ばかりされ、与えられた痛みで増し続ける怒りでもって姿を変えていく。
より歪に、より醜く、よりおぞましく。
大きく裂けた口は耳元まで広がり、残った爪はより禍々しく捩れて巨大に。
威嚇の鳴き声が空気を震わる。後脚が轟音と共に地を蹴り、アリスへと一直線に走り出した。
だが猟兵達とて道を譲りはしない。
雷帯びた鎖を操る鏡日が先を阻む。
黒猫の手足に首に、衝撃を削ぐように巻きつけていく。だがそれでも全て削ぎ取るには些か足りない。
ならば。
腹を括って息を吸い、体当たりで迎え撃つ。正面からぶつかるきつい衝撃に、足裏が擦れる音がする。それでもその場を譲る気はない。
押されたのは距離にして数歩分。けれど鏡日は猫の直進は確りと止め切った。
彼を守るのは、罪の有無ではない。
アリスが人である限り、人であろうとする限り。
守らねばとする心は、エドガーが王子としてある為の矜持だ。
止まった猫から繰り出された鋭い爪を、レイピアで弾き飛ばす。
「ここは人の世だ。罰せられるのが人ならば、裁くのもまた人だ!」
そう、罪人を断罪するのはニヤけて恐ろしく並んだ牙でもない。
愛剣を更に突き出して、ひび割れた牙をへし折った。
「キミらオウガに立ち入る権利はない」
細く軌跡を描くレイピアに、鋭い太刀筋が加勢する。
「こんな猫に殺されちゃ駄目だぜアリス」
絶望の果てに死を選ぶ権利も、苦しんでも生きなければならない事も。
その掌にこびり付いた血ごと、己だけが、己の為に握れ。
爛々と輝く赤銅の目がそう語る、が。
「ところでその領主どこのだれー?」
斬ったげる、と告げる調子は無邪気な子供のように物騒で、けれどその背はどこまでも強く頼もしい。
「そうですよ」
拡声器からの聞こえぬ歌声で黒猫を躓かせたスキアファールが、彼女に同意するように頷いた。
『死人に口なし』とはよく言ったもの。そこにどんな真実が潜んでいようと周囲は幾らでも好き勝手に撒き散らす。
耳を塞ぎたくなるような罵倒も、身勝手な援護も、根も葉もない侮辱も、もう届きはしない賞賛も。
「散々好き放題言われて、興味が尽きたら忘れられてはいさようなら。許容できます? 私は出来ません」
だから抗うのだと再び彼は歌を紡ぎ出す。
揺れる黒猫の巨体。もはや直感に頼らずともその攻撃は避けるにたやすい。
ならば開くは勝利への道行き。瑞樹が黒い刃で猫の爪をいなせば、ガラ空きになる胴体。
「貰った!」
懐に滑り込み、打刀で引き裂くは猫の横腹。分厚い毛皮を斬りて、見えた赤。噴き出す血と怒り混じりの悲鳴。
もはや理性など、どれほど残っているのだろうか。
感情任せに振り回される爪は、どんどんを速度を上げていく。
だが素早さ勝負ならばエドガーにも自信がある。
外したマントが風に乗って地に落ちることを気にも止めず、愛剣を顔の横で地面と水平に構えて見定めるは一点。
「さぁ、ご照覧あれ」
剣先に邪を払う勇気を乗せ、穿つように繰り出される剣戟は踊るように鮮やかに、爪振り回す猫の左腕を貫いた。
掌から肘へ、それから肩へ。裂かれた腕が千切れ落つ。
残った右の腕。痛みで滑った爪が、近くにいたコノハの肌を裂く。けれど落ちた血潮から涌出るはいくつもの狐の影。
「鬼ごっこしておいで」
黒い彼らがそぉれと機嫌よく跳ね回る。目指すは黒猫の耳の中。
狙いすましたそれは振るった手足にも尾にも邪魔されず、小さく小さくその身を整え。そして、すとんとその毛深い内側に入り込む。
――そして一斉に、けたたましく鳴き声を上げた。
耳鳴りよりもなお恐ろしく、内側から食い破られる音が狂った猫の心にも恐怖を灯す。
「罪人どもめ! 己が身可愛さに、罪受け入れぬ罪人どもめ!」
「自分が一番大事? 当たり前な考え方のひとつじゃないですか」
猫の悲鳴じみた糾弾。けれど、スキアファールは淡々とそれを否定する。
楽になりたいのならご自由に。どうぞ止めはしないと彼は言う。
「この世は死んだと思えば死ねるし――生きようと思えば生きられます」
けれど、続いた言葉は生きるためのもの。
どれほど無様で情けなくとも、抗って生きることは出来る。そして生きなければ何も出来はしない。死ぬことすらそうだろう。
だからこちらを傷つけようとする誰かの言葉や束縛など、全てクソ食らえだ。
自分が一番大事で何が悪い。
影人間の歌声は、たとえ耳が聞こえなくともその身に呪いのように染みていく。脚をもつれさせた黒猫に再び耳の奥で、影狐たちが歓声を上げる。
体の内外から、影と黒の浸食は止まず蝕んでいく。
「大体ヨソサマが罰を与えようだなんて烏滸がましいコト」
動きの止まった黒い巨体へ流れた紫雲が、ナイフを突き立て大きく捻る。
えぐられた右腕の付け根からどす黒い赤が吹き出し、刃の真紅と混じりあう。
その命を吸い上げ喰らいて傷が癒えるのと、引き換えるは黒猫の腕。だらりと垂れたままのそれが上がらぬことを確りと確認し、コノハは笑みを浮かべてアリスに片目を閉じてみせた。
「知る前に、受け入れる前に選択を迫られたなら、逃げるのもひとつの手デショ?」
うんうんとユキテルもその言葉に深く頷く。
「闘争か逃走か、どっちだって間違いじゃないと思うんですよね」
格好つけたところで死んだら何も残らないのだ。逃げたところで得られるものだって沢山ある。
でも。
「そういえば、ねえ貴方<アリス>――武器はその手にあるでしょう」
戦う気はどうです、ありますか?
ユキテルのベリーの目が、微笑んで問いかける。
かつての時とは違う。
ここは、今は、選べる時だと。
「――あります」
アリスは大事な人の命奪ったナイフを、今はお守りのように強く握りしめる。
思い出した記憶がつらくても、悲しくても。その罪がいかほどであっても。
手放すなと背中を押してくれた人達がいる。
「死んでなんて、やるものか……!」
まだ諦めぬ黒猫のにやけた奇妙な笑みを、叫んだ否で跳ね返す。その攻撃は敵に何かダメージを与えるようなものではない。
けれど確かな意志は、示して見せた。
「上出来ですね!」
迫りくる黒猫に、アリスの首根っこを引っ掴んでユキテルが後ろに跳んだ。
そして入れ違うように眼前に吹き至る風は、青空写す薄紅梅色。
「嗚呼――上等よ」
銃弾もかくやと素早く駆け付けた羅刹の女が、今の今まで暴れまわった力をのせて刃を繰り出した。
目にも留まらぬ早業でお喋りな舌を。全て断ち切る剛腕にて不快に跳ねまわる脚を。
閃く刀が盛大に斬り飛ばす。
二度の斬撃受けた黒猫の赤が、笑う赤銅鬼の赤茶隻眼とかち合った。
「目は斬らねえでやる――見てえだろ」
てめえが笑う命の行先、さぁ確りと見届けよ。
どう、と地面へ黒猫が倒れ込んで砂埃が舞う。
その見開いた赤い目に、羅刹の女の髪とは別の薄紅が映り込んだ。
ひらり、ひらり。
おいでおいでと招かれ集う薄紅蝶々が、渦を巻いて風になる。
――リリーの色はリアルな彩
これなる者たちが誘うは黄泉へ、手向けに添えられる花は術者が纏う白百合の花。花弁の白に破魔の力乗せ、敵へと降り注げば振り払おうと持ち上げた頭ごと地へと縫い止めた。
――踊り明かすフロアで 止まんないフロウを 一緒にどうだい?
渦巻く薄紅の嵐の中に、ぽつりと一滴、瑠璃色が混じる。
それはルーチェの側にいる華乃音のもの。
彼の思うままに、彼が望むまま。どうか華乃音が為したいことをするために。
歌うことのみが、己の存在意義だとルーチェはその喉を震わせる。
だって、この歌声は――必ず届くから。
煌めく鱗粉の瞬きが地上に星を撒いたように、深く醒めた青が揺らめいて広がり、そうして黒猫へと集っていく。
無垢な涙にも見えるそれは、罪に微睡む者達を優しく揺り起こすかのように、偽りの断罪者を灰すら残さず燃やし尽くしたのだった。
●扉を探して
静かになった街の中。
一先ずの脅威が去ったと息をついた猟兵達と、糸が切れたように静かに泣き出すアリスだけが残った。
「すみません。俺みたいなやつを助けてくださって、ありがとうございました」
嗚咽混じりで聞き取りにくいが、頭を皆に向かって確り下げる。根は真面目なの男なのだろう。
鏡日がんん、と少しだけ唸って言葉をかける。
「貴方がやったことが正しいか正しくないか、僕にはそれを決めるつもりはありませんけど……少なくとも、生きているから後悔「できる」のでは」
命を落として、見知らぬ世界で死んでしまえば。大切だった人の記憶すら。もう思い出すことはできない。
エドガーも、落としたマントの埃を払いながら軽く肩を竦める。
「キミの罪と向き合うその覚悟。大切なコトさ」
後悔できるからこそ、人は人であり続ける。
苦しんで、後悔した。けれど手放したくないという覚悟で持って、彼は記憶を取り戻したのだ。
コノハがとん、と拳で軽く彼の胸を叩く。
「苦しかったンでしょ、忘れたコト」
ならば今度こそ、自分の意思で歩みを続ければいい。
はい、と頷いてぼろぼろと涙をこぼす男の姿に軽く笑って――けれど、ほんの少しばかり胸の奥を刺された。
(羨ましい、だナンて)
自分の中の空白は、まだぽかりと空いたままだから。
ほんの少し休憩して、猟兵達は扉を探す。
けれど半壊した街には建物の扉は沢山あれど、戻るためのものは見当たらない。
一体、どこに。
猟兵達が首を傾げたその時。
ぽかりと地面に、大きな大きな穴が開いた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 冒険
『首切り裁判』
|
POW : ハッタリも辞さずに、理不尽な求刑に真っ向から勢いで対抗する
SPD : スマートな尋問で、「アリス」や証人役をあてがわれた疑似生物達の証言を引き出す
WIZ : 情や思想に訴えかけて、裁判員役をあてがわれた疑似生物達を味方につける
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●開廷
ぽっかり空いた地面の穴。
猟兵達をまるっと一度に飲み込んで余るほどの大きさのそれに皆が吸い込まれた。
落ちて、落ちて、落ちて。
長い落下の先、たどり着くいたのは真っ赤な絨毯が敷かれた広い部屋。毛足の長い確りしたそれが猟兵達を柔らかく受け止める。
上を見れど、真っ暗闇が埋めるだけ。天井には、来た場所すら存在しない。
「静粛に」
木槌の音が響く。
音の下方へ振り向けば法壇の上には先ほど戦った黒猫を模したぬいぐるみ。
その両側を埋めるように巨人の、トランプ兵の、それぞれを形どったぬいぐるみが鎮座する。
「静粛に」
木槌の音。
ぬいぐるみ。
木槌の音。
ぬいぐるみ。
木槌の音。
ぬいぐるみ。
彼らは一様に動きはしない。
されど、わぁわぁと一斉に喋りだした。
——罪には罰を。
——罪には罰を。
——命を差し出さぬというならば、その償いをなんとする?
——死者は蘇らない。
——死者は口を開かない。
——その罪を抱えたままで何とする?
——さぁさぁ、言い分があるなら聞いてやろう。
——犯した罪に対するこれからの生き様をどうするか。
――貴様らの贖いとは一体何であるのか。
——我らを納得させられたならば、この扉を通るといい。
——けれど、この期に及んで逃げようなどと思うなかれ。
——一歩でも下がれば、その首と胴は離れるものだと知れ。
甲高く五月蝿い彼らの向こう。
飾り気のないギロチン台が置かれた、そのまた向こうに。
アリスが帰る光の扉は、静かに佇んでいた。
渦雷・ユキテル
生きたいように生きる人が好き
だから戦う気があるなら
手伝ってあげても、いいかな
俯いた人の背は蹴りたくなって
顔上げた人の手は引っ張ってあげたくなるの
秩序、ルール、閉鎖空間
大嫌いで溜息出ちゃう!
裁判を滅茶苦茶にするのも楽しそうですけど
良い証拠があるんで乗りますよ
ナイフ。忘れたいはずの罪の証を
どうして今も持ってるのか
それにオウガ達の言葉
どれも自分を責めるみたいに
アリスを知らなきゃ出てこない
――判決、貴方自身が決めちゃったらどうです?
あたしにとっての贖いは"自覚"
誰かが与える罰じゃ死のうが苦しもうが
罪の清算は出来やしないと思います
自分で決めたならどんな事でも
きっと誰にも知られなくたって
※アドリブ等歓迎
黒鵺・瑞樹
アドリブ連携OK
目には目を、歯には歯を。命の対価は命だというのは確かに理に適ってるかもしれない。
でも、それで本当に天秤は釣り合うのか?
殺されたものを大事に思ってたものにとって、殺した者の命は塵芥と同じだろう。いくら積まれてもな。
罪には罰を。それは間違ってないと思う。
だけど罪だと認識し、生きてる限り苦しむ事こそが罰なんじゃないか?
さっきも言った通り命で贖っても足りないのだから。死者は死者のまま黙したまま、蘇らない。
足りないのだから、贖いきれないのだから。それでも誰かの悪意の視線に耐えて、罪と傷を抱えたまま生きるしかない。
覚悟を持って残りの人生を過ごす。それが罰だ。
少なくとも俺はそうして生きてる。
オルハ・オランシュ
ねぇ
そっちこそ静粛にしてくれる?
アリスの声が聞こえないじゃない
……外野の言葉は気にしないで
大切なのは君自信の気持ちだよ
ポケットの中のそれ、覚えがあるんだね
全部思い出したの?
そのひとが憎かった?嫌いだった?
それとも、……やむを得ない事情があったの?
私もね
大切なひとに取り返しのつかないことをしたよ
故意じゃなかった
でも、やってしまったことは事実で、消せないんだよね……
どう償うべきなのか、答えはも見付かっているんだ
君はどうかな
償う気持ちがあっても、まだわからなくても
返す言葉は変わらない
こんな所にいたら、君はいつまでたっても前に進めないよ
君の答えの在処はあの扉の先だもの
エドガー・ブライトマン
ねえ、キミ。アリス君
もうビビってなんかいないよね?
そう、気を強くもって
キミはこれからあの扉をくぐるんだ
こんなトコロで立ち止まってなんかいられないよ
裁判官君
彼は確かにひとを殺した。人の世では許されないことさ
しかし、それは彼の村の主に強制されたことでもある
拒めば彼は死に、また彼が殺した彼女も死んだだろう
そのギロチンは重過ぎる罰だ
彼には一生罪の意識を背負い、ひとを殺した後悔と共に生きてもらう
決して忘れてはならない
そして彼の世界に帰ったら、村民と結託して主を倒すべきだ
国も村も、そこの民の手で変えることができる
革命ってヤツさ
忘れないことって、贖いになるとおもうんだよねえ
(きっと私には出来ないコトだけど)
コノハ・ライゼ
ホンットしつけぇネ
ヨソサマが裁こうって時点で烏滸がましいって言ってンじゃん
でもそうね、ソレで彼が進めるってンなら聞かせてあげる
死者は蘇らない
死は全ての終わり
そんなのその瞬間に嫌って程分かってる
それで、じゃあ、死ねば全部償えンの
いいや、死で何が償えるってぇの
全て終わって、何も残らないだけ
ましてやソレが、無関係な余所者が与えたモノならばネ
忘れたくない大切な死だった
苦しむと知っても思い出すべき罪だった
安易に手放せるワケがない
この世の果てまで、この身に刻んで生きてやる
彼にか己にか
もうどっちにだか分かったモンじゃないけど
そうだよ、その死をずっと持っていって
そしていつか見せて頂戴
思い出した先進んだ道を
スキアファール・イリャルギ
罪への後悔が在るなら
罰への覚悟を持つなら
忘れぬと誓えるのなら
『猶予』は必要でしょう?
全部生きてこそ出来ること
だからアリスは立ち向かう勇気を持てた
何故死に急がせるんでしょう
遅かれ早かれ人間は必ず死ぬのに
……私はきっと逃げたんだ
迷宮を抜け出したのに
きっと心が耐えきれない程の罪を犯したから
『アリス』を忘れて迷い子になったんだ
思い出し贖いたい
二度と忘れまいと戒めて背負っていく
そう思えるまで大分経った
何度も苛まれ自問自答を繰り返し
ようやく出来た覚悟です
……この包帯だらけの姿も、また同じ
もう逃げない
身を滅ぼそうとも構わない
――あなたもそうでしょう?
だから死なせません
ギロチンの刃が落とされようとも止めます
多々羅・赤銅
つーーーか「罰」なんてのがナンセンスって話じゃねえの?
どっかり頬杖つきつつ、噛みつくように堂々語ろうか。
見せしめに罰が必要だ。
平和を作る為の圧政だ。
だが違って見える。
てめえらはアリスの死を娯楽として消費したい
違う?
ああ、そーな
そんな屁理屈は置いとこう。
普通に生きてきゃそれで良いじゃん。
普通に後悔して、普通に忘れて、普通に苦しんで、普通に死にたくなりながら生きていく。
苦しみを背負った時点でさ
「生きてしまう」事が最も重い罰ではないか。
そのキツさが、お前達に想像できるかは知らねえがな。
ははは
下がる気は無えよお
歩み出るさ
こちとら
いつでもこの法廷斬り刻めるんだ
さあさ、生きる覚悟がおありのアリスがお通りだ
●贖いのゆくえ
「ねぇ」
最初に声を発したのはキマイラの少女だった。
「そっちこそ静粛にしてくれる? アリスの声が聞こえないじゃない」
その声は振るう槍の閃きにも似て、彼らの声を斬り払う。
若草の目でオルハ・オランシュ(六等星・f00497)がぬいぐるみ達をひと睨みし、アリスへと向き直る。
「……外野の言葉は気にしないで。大切なのは君自信の気持ちだよ」
赤く染まった両手。そして手放すまいと、握り締められているのは同じく血塗れの。
痛ましげにきゅっと奥歯を噛み締めて、優しげに問いかける。
「ポケットの中のそれ、覚えがあるんだね……全部思い出したの?」
――全部。
「何をしたか、何があったかは……きっと思い出しました」
思い出せてはいる、けれど全てというにはまだ、少しだけ足りはしない。そんなアリスの答えに、彼女はそっかと目を伏せる。
「私もね、大切なひとに取り返しのつかないことをしたよ」
溢されるはかつての過ち。故意じゃなかった。けれど、一度起こってしまった事実は消える事はない。
「どう償うべきなのか、答えはもう見付かっているんだ」
だからこそ、どう贖うべきかの道筋を彼女は探し出した。
「――君はどうかな」
それはきっと簡単なことではない。
苦しんで、もがいて、それでも忘れられない何かを手に。
問いかける目は柔らかくも真っ直ぐアリスを貫いた。
アリスは足掻くとは、決めていた。けれどその解答は、未だ定まってはいない。
――ほおら! 無駄だよ無駄! ここで裁かれちゃいなよ!
「ホンットしつけぇネ。ヨソサマが裁こうって時点で烏滸がましいって言ってンじゃん」
わぁわぁと五月蝿いぬいぐるみ達の声に、片手で耳を押さえてコノハ・ライゼ(空々・f03130)が、再度吐き出した言葉。違うのはため息混じりだということぐらいか。
少しばかり眉間にしわ寄せ、裁判の真似事するぬいぐるみ達を一瞥する。
身勝手でどうしようもない言葉ばかりを並べたて、アリスをの足を下がらせて、その首を出せという。
「死者は蘇らない。死は全ての終わり」
そんなこと、口に出すまでもない事だ。
命が途切れるその刹那。喪失の感触。否応無く叩きつけられる現実。
奪ったものがあるのならば、嫌という程分かりきっている事実だ。
けれど、彼を下がらせようとするのなら。
こちらは前へと進めるようにと紫雲の男は言葉を投げ続ける。
「それで、じゃあ、死ねば全部償えンの――いいや、死で何が償えるってぇの」
声が低く、唸るように吐き出された。
「全て終わって、何も残らないだけ。ましてやソレが、無関係な余所者が与えたモノならばネ」
亡って喪って、何も残らないまま己の命すら他者の手で失われてしまうのなら、もうそれはただの無だ。
「忘れたくない大切な死だった」
握りしめた拳に、行き場のない感情が巡って力が入る。
「苦しむと知っても思い出すべき罪だった」
だが爪が食い込むことも構わずに、コノハは断言した。
「この世の果てまで、この身に刻んで生きてやる」
それは彼にかける言葉なのか、それとも自身へと向かっているのか。
最早どちらか分かりはしない。けれど、どちらであっても同じこと。
まだその命があるのなら、消すのではなく灯し続けるものであれと。
その決意に吹き飛ばされたかのように、ぽんっとトランプ兵模したぬいぐるみが暗闇の中へと飛んでいく。
――わぁ、こわい!
一つ減ったところでどうという事はないとばかりに響くぬいぐるみ達の嗤い声の渦。
「目には目を、歯には歯を。命の対価は命だというのは確かに理に適ってるかもしれない」
そんな彼らの発言を、肯定したような黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)の言葉。それに応じる様にぬいぐるみ達がわっと叫び出す。
――有罪! 死を! 罰を!
不穏な声の響きは心を蝕む様、されど彼は静かに首を横に振った。
「でも、それで本当に天秤は釣り合うのか?」
続いた言葉は疑問。それに答えるぬいぐるみは一つとして居ない。
彼らを射抜く青は彼の本質と同じ鋭さ持って、この法廷を見渡した。
「殺されたものを大事に思ってたものにとって、殺した者の命は塵芥と同じだろう。いくら積まれてもな」
命の重さは見る角度によって変わっていく。
誰かにとっては粗末に扱う様な小さな命も、別の誰かにとっては掛け替えの無い命だ。どれ一つとして同じ重さなどというものは有りはしない。
命を奪うその身持つ、けれど心もつ暗殺者が淡々と言葉を紡ぐ。
「罪には罰を。それは間違ってないと思う。だけど罪だと認識し、生きてる限り苦しむ事こそが罰なんじゃないか? さっきも言った通り命で贖っても足りないのだから」
死者は死者のまま、二度と口を開きはしない。
静かに黙したまま、蘇る事は決して無い。
何を差し出しても足りはせず、どれだけ悔いたところで贖いきれはしないのだから。
それ故に、進むのならば誰かの悪意の視線に耐えていくしかない。罪と傷を抱え、誰かに罵られようとも生きていく他ない。
「覚悟を持って残りの人生を過ごす。それが罰だ……少なくとも、俺はそうして生きている」
それが正しいのかは結局のところ彼自身にも分からない。
けれどそうして、手探りでも生きている、生きていく。
罰を手に抱え、釣り合わぬ天秤にも前を向き抱えていく。
犯した罪を悔やみ、その罰への覚悟を決めたのなら。
「忘れぬと誓えるのなら、『猶予』は必要でしょう?」
どれも全て、死んでしまっては出来はしない。生きていなければ罪と向き合う事すら不可能だ。だからこそ、罪の喪失を怖れてアリスは立ち向かう事が出来たはず。
スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)の主張に再びぬいぐるみが喚き出すが、彼はそれに臆すこともなく疑問を提示する。
「何故死に急がせるんでしょう。遅かれ早かれ人間は必ず死ぬのに」
――だったら先に死んだっていいじゃないか! 早い方がお得だよ!
嘲笑混じりの短絡的で乱暴な言葉達。
何も知らずにぶつけられるだけならば、心が削がれていくような感覚にさえ陥る。
「……私はきっと逃げたんだ」
否、それはぬいぐるみ達から投げかけられる言葉達ではなく。
「迷宮を抜け出したのに、きっと心が耐えきれない程の罪を犯したから――『アリス』を忘れて迷い子になったんだ」
影人がこぼした言葉は、幼子のように不安げに。
思い出せない、もしかしたらこの身と同じく怪奇に飲まれてしまったかもしれないかつての記憶。
逃げ出して、置いてきてしまったそれが、どうしたって心に寂しさを呼ぶ。
「思い出し贖いたい、二度と忘れまいと戒めて背負っていく」
だから、金輪際同じ過ちは起こさない。
その決意を手に入れるまで、随分と時間はかかったけれど。
「何度も苛まれ自問自答を繰り返し、ようやく出来た覚悟です」
黒包帯で包まれた、怪奇に塗れたこの体も。
全て、今彼が彼自身である為のものだ。
「もう逃げない。身を滅ぼそうとも構わない――あなたもそうでしょう?」
影人間は男へとゆるく笑む。
例え、思い出した記憶は苦くとも。手放したくない大事な沢山の積み重ねが、今に至るまでにあったはずなのだから。
「だから死なせません」
彼はかつての自分とは別の『アリス』だ、分かっている。
けれど、今ここで助けることができたなら。
置き去りにした心の一部も救われることがあるかもしれない。
たとえあの処刑の刃が震われたとて、失って得た怪奇で止めて見せる。
――そうかなそうかな。それはとっても、しんどいんじゃなぁい?
笑い声は止まない。けれど一つ、二つとぬいぐるみが言葉に負けて飛んでいく。
「つーーーか「罰」なんてのがナンセンスって話じゃねえの?」
なんとも滑稽なぬいぐるみ達の去り様。
それを床にあぐらをかき、頬杖ついて眺めていた多々羅・赤銅(赫奕と咲く・f01007)が、飽きたとばかりに開いた片手でぱんと己の膝を叩いた。
今一度、鞘に納められた刀は黙したまま。
けれど彼女の言葉は牙をむき、隙あらばぬいぐるみ達を噛み千切らんとばかりに発せられる。
「見せしめに罰が必要だ。平和を作る為の圧政だ」
それも確かにあるのだろう。
だが、と細めた目が凄みを増す。
「てめえらはアリスの死を娯楽として消費したい。違う?」
かけられた声に、ぬいぐるみ達が返す沈黙は一瞬。
そうして降ってきたのは笑い声の嵐。
――違うよ違うよ、そんなひどい事する分けがないじゃないか、ここは神聖なる法廷なんだから!
――それにアリスの死なんて、そんな楽しそうなこと! 望んでいるなんて言えるわけがないじゃない!
げらげらげら。耳障りな笑い声が鼓膜を揺らす。
「ああ、そーな。そんな屁理屈は置いとこう」
けれど所詮声はただの声だ。そもそも、相手が素直に答えることなど望んではいない。彼らはアリスの処遇を望んでいて、それが死であれば望ましいと言い続けている。
だから、赤銅が提示するのは。
「普通に生きてきゃそれで良いじゃん」
あっけらかんと告げられる言葉はいたってシンプル。
怒鳴るわけでも、笑い返すのでもなく。ただ大きな声で、胸を張って。
「普通に後悔して、普通に忘れて、普通に苦しんで、普通に死にたくなりながら生きていく」
普通。それだけ聞けば、簡単なことのようにも聞こえるだろう。
けれど犯した罪の重圧に押しつぶされそうになりながら、終わりの分からぬ日々を過ごす――果たして、それは。
「そのキツさが、お前達に想像できるかは知らねえがな」
よっ、と反動をつけて軽々と立ち上がる。
大型の肉食獣もかくやと、しなやかに悠然と。堂々たる足取りでアリスの背を押した。
「ははは、下がる気は無えよお。歩み出るさ」
獣の咆哮のような笑い声と共に宣言し、アリスへ、にっと笑いかける。
それに確りと頷いて、アリスは一歩、前に進む。
「こちとら、いつでもこの法廷斬り刻めるんだ――さあさ、生きる覚悟がおありのアリスがお通りだ」
侮蔑の声にも、奇異の視線にも、決して折れずに踏み出したのならば。
悲鳴を上げてぬいぐるみ達が遠くへ消えていく。
「ねえ、キミ。アリス君」
背を押す赤銅とは反対側。アリスへ近づいたエドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)が歩み始めた彼の背を軽く叩く。
「もうビビってなんかいないよね?」
声は尋ねるそれだけど、青い瞳は確信を持って。
「……はい」
「そう、その調子。気を強くもって」
緊張した様子で返すアリスに、王子は軽やかに告げる。
すっと伸ばしたエドガーが指し示すは淡く光る扉、アリスの帰る場所へと繋がる場所。
「キミはこれからあの扉をくぐるんだ。こんなトコロで立ち止まってなんかいられないよ」
一歩。一歩。早くはない足取りで、けれど引かぬ心は皆同じく。
随分と減った喚くぬいぐるみの声に負けじと進んでいく。
「裁判官君、彼は確かにひとを殺した」
人が人である限り、そして社会で住う限り、それは決して許されざる罪だ。
「しかし、それは彼の村の主に強制されたことでもある」
ただし、理由も聞かずに断罪の刃を振るうのは些か雑過ぎる。
彼は自主的に誰かを殺めようとしたわけではない。
そしてもし拒んでいれば、積み上がった死体が二つに増えて、別の誰かがその手を赤く染めていただけの話。
なのにただ一人に首を差し出せというのは、重過ぎる罰にすぎない。
「彼には一生罪の意識を背負い、ひとを殺した後悔と共に生きてもらう」
命は奪わない。けれど、忘れる事は許されない。
そう宣言するエドガーの言葉には、まだ続きがある。
「そして彼の世界に帰ったら、村民と結託して主を倒すべきだ」
ぽかん、と口をあけた間抜けな顔をする男に、革命ってヤツさ、と片目を瞑っておどけて見せる。
そこに住う者達が、己の手で未来を切り開く。そこにはアリスと同じように後悔と罪を背負う者達もいるだろう。
だからこそ、その手で変えていかなくてはいけない。
理不尽による罪の重さを知るのは、彼ら自身なのだから。
ぬいぐるみが居なくなり、処刑の道具は近づくほどにその刃を錆び付かせ。
「っはぁぁぁぁぁあああ」
溜めに溜めた大きな息を、渦雷・ユキテル(さいわい・f16385)は肺の底から吐き出した。
「秩序、ルール、閉鎖空間! どれも大嫌いで溜息出ちゃう!」
自由を愛する電撃使いにしてみればこの場は嫌なものばかりが並んだフルコースのよう。
けれどもそれももうあと一歩。
残るぬいぐるみは黒猫模した裁判官のみ。
「裁判を滅茶苦茶にするのも楽しそうですけど、良い証拠があるんで乗りますよ」
だから舞台に合わせた完全勝利を掴みに行こう。
アリスの横へと並んで彼の手を指さす。そこには変わらず、真っ赤な掌の中、同じ色したナイフが握られている。
「忘れたいはずの罪の証を、どうして今も持ってるのか」
片方の手は人差し指立てくるりくるりと円を描く真似。
まるで腕利きの検察官のように朗々と告げる楽しげな声が、足取りと同じように軽やかに地下空間に響き渡った
「それにオウガ達の言葉、どれも自分を責めるみたい」
その軽い調子のまま楽し気なベリーの色が、アリスを覗き込む。
「判決、貴方自身が決めちゃったらどうです?」
覆すは自責の念、オウガの娯楽を完膚なきまでに蹴散らすその一手。
にんまりと弧を描くユキテルと対照的に、予想だにしない提案を投げられたアリスはその目を大きく見開いた。
道行は己で決めるもの。
何もかもを自由に生きて進み続けるというのは難しいことだ。
けれども、そうして生きる人は美しくて好ましい。
だから、もしあなたがそうであるならば手を引こう。
俯くならばその背を蹴飛ばして喝を入れよう。
それがユキテルの生き方で――そうして戦う意思があるのならば、手伝ってあげてもいいよと彼は笑う。
「あたしにとっての贖いは"自覚"」
奥底までも見通す様な視線は強くまっすぐにアリスの目から逸らされない。
「誰かが与える罰じゃ死のうが苦しもうが、罪の清算は出来やしないと思います」
皆もそれぞれ口にした、死への否定をはっきりと口に乗せる。
けれどそれは罪から逃げる為ではなく。
「自分で決めたならどんな事でも、きっと誰にも知られなくたって」
何よりもの償いになると信じている。
落とされた祈りのような言葉が背を押した。
緊張でもつれそうになる舌を、一度深呼吸で落ち着かせる。
そのアリス背を、赤銅とエドガーの手が励ます様に一度ずつ叩いた。
「俺は有罪です。でも、死を罰にはしません」
他者からもらった罰で逃れようとするのではなく、己自身で向き合う事。犯してしまった罪を認めること。
「贖いとして命を差し出すのではなくて……元の世界で、奪ったあいつの分の命を抱えて、忘れないように生きていきます」
そうしてようやく、人は顔を上げて進んで行けるのだから。
最後のぬいぐるみがコロリと転がり落ちて沈黙する。
最早アリスを糾弾することも、猟兵達を退ける力も全て失いオウガ達は消え去った。
こうして不思議の国の首切り裁判の幕は、静かに落ちたのだった。
●閉廷、そして
朽ちたギロチンは、錆びた刃を落とすことはもう無い。
薄らぼんやりと輝く光の扉、そのドアノブへとアリスが手をかける。
開いた先は陽の照さぬ世界。夜と常闇に覆われた、異端の神々とヴァンパイア達が制する場所。
「ありがとうございました」
けれど帰る彼の顔はもう暗くはない。
血に濡れた両手は消えずとも、進む為の力は貰った。沈んでばかりなどいられない。
「皆さんの事は決して忘れません」
印象的でもあったし、と付け足す言葉は影のような男に向けられる。けれどその眼には怯えもなく、感謝の念が込められていた。
それから、と向き合うはキマイラの娘の方へ。
「全部思い出しました、あの時、最期にあいつは言ったんです」
――許さないから、どうか私を忘れないで。
思い出の奥底。眠っていた傷に向き合えたのは猟兵達に背を押されたから。
憑き物が落ちたかのように焦りの無くなった彼に、オルハは穏やかに問いかける。
「……そのひとが憎かった? 嫌いだった?」
「いいえ……いつだって敵わないとは思っていましたが、大切でした」
聞くまでもない答えに、娘は笑う。
「こんな所にいたら、君はいつまでたっても前に進めないよ」
持ち得た答えの本当の在処は、あの扉の先にこそ。
「忘れないことって、贖いになるとおもうんだよねえ」
(きっと私には出来ないコトだけど)
手記に書き留めなければ途端に食べられ消えてしまう記憶。だがエドガー自身にその贖いという行為が出来ないのだとしても。
「はい、きっと」
それに希望を見出し、誰かにその術を伝える事は出来る。
死を罰と。生きるを贖いと。どちらが間違いかなんて、終わるその時まで分からないのかもしれない。
けれど背を押されて選び取ったのは命を捨てぬという選択肢だ。
死を受け入れるのではなく、その手に握って離したりなどは決してしない。
そして、その先。
「いつか見せて頂戴。思い出した先、進んだ道を」
捨てずに歩んだ景色は、生きてなくては出会えぬものだから。
揺蕩う雲が尋ねる先行に、アリスはいつか必ず、と短く頷いた。
最後にもう一度猟兵達へと深く頭を下げ、男の足が扉を跨ぐ。
進む足取りに重さはあれど迷いは無く。
だって己の贖いのゆくえは、もう、決めてしまったのだから。
いつか復讐を果たすときには薄紅の鬼の笑いを思い出し、きっと背を押されるだろう。
静かな暗殺者のその足取りを、真似るかもしれない。
そして電撃使いが言うように、自分で選び取った道を歩んでいく。
彼らから受け取ったものと一緒に、罪と共を手放そうとなんて、もうしない。
――握りしめた過去と共に。いつかまた、生きる旅路で会いましょう。
大成功
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