エンパイアウォー㉙~朝をころして
●朝をころして
月の光しか届かぬ闇の中を、女はただひたすらに奔る。
やつれた顔に土気色の膚、やぼったい髪は一見すると男にも見間違えるかもしれない。もし彼女にそんなことを告げれば、手にした大鉞でそいつの頸を刎ねるだろうが。
「あぁ、嫌だ嫌だ」
私に迫るいくつもの手を払いのけたい。
私だけならまだましだ、それよりもおそろしいのは、この胎に宿るあたたかないのちを奪われること。
あの陰陽師を許すことなどできない。けれど、このいのちを宿してくれたことには感謝している。
「あぁ、嫌だ嫌だ嫌だ……ッ」
やわく幼いいのちを、あのおぞましい猟兵共はどうして殺せてしまうのか。
例えこの子が女でなかろうと構わない。
――だってこの子は、私を選んでくれたかみさまなのだから。
●夜をとわに
「戦争がいよいよ終盤に差し掛かってるけど――先に謝っておくね。これは正直、きついお願いだ」
揺歌語・なびき(春怨・f02050)にいつもの笑みはなく、けれど彼は、ごく普通の口調で説明を始める。
「水晶屍人の掃討が終わった奥羽地方で、安倍晴明の拠点らしい研究施設が見つかったんだ。そこはもう廃棄された後なんだけど、晴明は新しいオブリビオンフォーミュラになりうる『偽神』を降臨させる邪法を研究してた。その方法はね、有力なオブリビオンの胎内に、自分自身も含む魔軍将の力や、コルテスが持ち込んだ神の力を宿らせて――その胎内で神を育て、出産させるっていうものだ」
灰緑の男が何を言いたいのか、既に察した猟兵の何名かが顔を顰める。
「その施設から逃走したオブリビオンには、もうその術がとっくに仕込まれてる。神の子を産むために全力で逃げ隠れしてるから、彼女を偽神ごと殺してほしい」
「みんなにお願いしたいオブリビオンは、とにかく男嫌いだ。晴明のことも恨んでるけど……お腹の子のことは、愛してるみたい。まぁ、晴明の術でそう洗脳されてるんだけどねぇ。10月10日の間、隠れ潜み、無事に『神の子を産む』ために最善を尽くそうとするよ」
元の性格ならば、男を見た途端襲いかかってくる筈だが、今は神の子を守ることを最優先事項としている。戦闘中も、隙があれば逃げ出そうとするだろう。
「戦場は山の中、暗い夜の森を全力で走って逃げてる。といっても、お腹の子を第一に考えているから、そうすぐに遠くまではいけない」
グリモアによる転送で、すぐに彼女に追いつくことが出来るだろう。そうしてなびきは、いつものように転送の準備を始め、猟兵達へ手招きをする。
「とおつきとうかであさがくる、って言うけどさ。彼女の胎に宿ったいのちを産ませちゃいけない――絶対に、それはさせちゃいけないんだ」
グリモアの薄紅の花弁が、咲いた。
遅咲
こんにちは、遅咲です。
オープニングをご覧頂きありがとうございます。
●注意事項
このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
1フラグメントで完結し、「エンパイアウォー」の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。
●成功条件
オブリビオンの撃破。
戦争シナリオのため、少人数受付となります。
皆さんのプレイング楽しみにしています、よろしくお願いします。
第1章 ボス戦
『四華衆『男罪破断の曼珠沙華』』
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POW : あぁ嫌だ嫌だ…男、男、男…本当消えて欲しい…
自身の【全世界屈指の男性嫌悪感】の為に敢えて不利な行動をすると、身体能力が増大する。
SPD : あぁ愚か愚か…剣士の目を嘗めないで欲しい…
対象のユーベルコードの弱点を指摘し、実際に実証してみせると、【身体に寄生する曼珠沙華】が出現してそれを180秒封じる。
WIZ : 分かる?分かる?私の気持ち…男なんて糞でしょう?
【呪詛の炎の雨】が命中した対象を爆破し、更に互いを【男性への圧倒的嫌悪感】で繋ぐ。
イラスト:YAB
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「花盛・乙女」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
七瀬・麗治
※闇人格・ロードとして登場
これは興味深い。死んだ女がオブリビオンとなって蘇り、腹に赤子を宿すとは! だが、敵をわざわざ産ませてやる義理も無いな。
奴が守りに徹するのなら、こちらは攻めの一手だ。
【寄生融合兵器】を発動させ、装備した武器を〈武器改造〉で強化させて攻撃する。まずは命中率を重視、足を狙って銃撃だ。
自分(男全般)に対する罵詈雑言も、適当に聞き流そう。
「ああ、自覚しているさ。お前の言う通りだ。だが、改めるつもりはない」
胎内の命を守ろうとする姿を一瞥し、黒剣を寄生体に侵食させ、破壊力を向上させて〈怪力〉で鉞を跳ね上げ、返す刀で袈裟懸けに斬りつける!
※他猟兵との絡み、心境の変化などOKです。
臥待・夏報
うーん、彼女としても本意じゃないんだろ?
なんとかして正気に戻ってもらうのが一番かな。
彼女のためにも、……なんて言ったらあまりにも偽善だ。止めておこう。
さて。
精神まで犯されているのなら、写真で過去の光景を見せるだけじゃ足りないだろうな。
事前に『曼珠沙華』について情報収集しておいて、揺さぶりに活かすとする。
君自身の呪詛と恐怖を思い出せよ。
自らの意志ではないといえ、君は自分の過去を裏切った。
その過去が君に復讐する。それがオブリビオンってものだろう?
【2012/8/19】
あぁ、赤子は無理だな。後悔なんて知らないから。
燃え残ったら撃つっきゃないか。
遅れて悪いね。――母親の心がわかって、おそろしかったろ。
夜に惑う女を追って、猟兵は森の中を駆ける。七瀬・麗治の躰を借りた闇の狂気『ロード』が嗤う。
「これは興味深い。死んだ女がオブリビオンとなって蘇り、腹に赤子を宿すとは!」
しかし此方は敵をわざわざ産ませてやる義理も無い、手にした黒剣は既に母子の血を啜りたがっている。
戦闘が近付くにつれ徐々に白くなっていく黒髪と共に、赤い双眸が青く染まっていく。
「うーん、彼女としても本意じゃないんだろ? なんとかして正気に戻ってもらうのが一番かな」
灰色の髪を靡かせて、臥待・夏報は女についてかき集めた情報を脳裏に浮かべる。全ての男を忌み嫌う程なら、晴明への拒絶反応はどれほどだろう。その嫌悪を上回って、我が子を愛しているのだと錯覚しているなら。
「……止めておこう」
彼女のためにも――と口にする前に、首を振る。それはあまりにも偽善だ、どうしたって結局は殺すのだから。
「あれか」
短く呟いた男の言葉に、夏報も改めて前方を見れば、茂みをかき分けるようにして先を行く人影が在った。ロードの右肩から、深い青色をした寄生体がぞうぞうと湧きだす。あっという間に右腕を覆い尽くしたそれは、掌に収まっていた銃を丸ごと右腕に取り込む。
走る女の背に銃口を向けて、声をかけることなく発砲。精度の高い射撃は狙った通りに獲物の脚に命中し、ぎゃっという悲鳴と共に女が倒れる。此方へと振り返った顔は苦痛と恐怖、そしてあらん限りの憎悪に歪んでいた。
「猟、兵……ッ」
大鉞を杖代わりに立ち上がった女の額には、羅刹の証である黒曜の角が生えている。銃口を向けたままのロードに追いついて、夏報は揺さぶりをかける。
「さて、男嫌いの君が子を宿すというのも不思議だね。晴明は男前らしいし、嫌じゃなかったのかな」
「馬鹿言わないで!あんな糞野郎、私は絶対に許さない!そこに居るお前も同じよ!男は皆、皆死ねばいい!!」
「ああ、自覚しているさ。お前の言う通りだ。だが、改めるつもりはない」
癖のついた髪の隙間から、緑の瞳がロードを睨みつける。そんな眼差しも、彼の心に何の痛みも与えないのは、その返事から誰もが察した。
なら、と夏報が言葉を続けようとした時。
「けど――この子は、ちがう」
「……」
震える手が、膨んでもいない腹をそっと撫でる。先程までめらめらと憎悪に揺れていたはずの緑は、宿ったいのちを慈しむようだった。
「こんなにあたたかい気持ちは、初めて。私にも、守るものができたの」
だから、
「絶対に死なない、死なせないわ」
ごう、と暗闇が一気に明るくなる。呪いを込めた炎の雨が、どしゃ降りのように二人めがけて降り注いだ。は、と短い吐息を、灰色の女が洩らす。
「――そんなの、君本来の呪詛なものか」
ぱらり、夏報が手にした色褪せたアルバムを捲る。貼りつけられた写真の中で戯れる、少女達の顔は暗くてよく見えない。
「君自身の呪詛と恐怖を思い出せよ、あの男にされたことを思い出せよ、偽りの母性なんかじゃ晴らせない屈辱を思い出せよ!」
はらはらと舞い上がる何枚もの写真は燃え盛り、宙で交差した炎の雨を食らう。火の玉と化した写真の群れは、女の顔や着物を焼く。
「アアッ!」
焼ける顔を覆った隙、ロードは黒剣を手に接近。ぞうぞうと群れた青が侵食した剣に力を込め、構えられたままの鉞を跳ね上げる。返した刃はその勢いを殺すことなく、袈裟懸けに女の身体を斬った。
「いや、嫌だ……ッ」
我が子が息づく腹を咄嗟に庇ったおかげで、女の左腕はばっさりと赤く裂けている。一度は止んだ炎の雨は勢いを増し、滝のような焔の壁が、女と二人の間に生まれた。がさ、と向こう側から音がしたのを聴いて、夏報は手にした拳銃を下ろす。
「逃げられちゃったか」
ち、と舌打ちしたロードの奥、彼の躰の本来の持ち主が何か叫んでいる気がした。されどこの戦場に、情など要らぬ。
「あれは……本物だったのかな」
母として子を守るその想いは真実だったのか、藍色の双眸が焔の壁の向こうを見つめる。燃え残るであろう、後悔など知らぬ赤子を迷わず撃つ気でいた掌をぐぅぱぁ開く。もしもあれが偽りだったなら、
――母親の心がわかって、おそろしかったろうと。
大成功
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レッグ・ワート
どうしてってマッチポンプ嫌いだからだよ。生体がやる分には良いけど。
地形上の障害は使うのも使われるのも織込んどく。追跡は暗視と聞き耳、フィルムの緩衝機能使った忍び足で急ぐぜ。接敵後はそう喋らず、糸で細かく仕掛けて逃走防止や拘束狙いの時間稼ぎだ。偽神優先の洗脳術なら同じ不利行動でも守る為に寄ると思うが、性別的な嫌悪感の引出しに注意。追詰めた時に逃げそうなら、抜けないように怪力でとっ捕まえて無敵城塞使おうか。解いてどくかどうかは、抵抗度合いや他面々のやり易さで考える。
オブリビオンがいれば猟兵の仕事は無くならない。偽神は仕事の種だ。だが出来る仕様があるのに先の俺の為に使わないのは心底無いんだなこれが。
御形・菘
私は、例え世界に祝福されなくても、すべてのいのちにはちゃんと生まれてくる権利があると思ってる
成長してからの悪行で叩かれるのは、また別問題だよ
だけど……
天地、接敵までと戦闘後の映像記録は、完全に消去してね
はっはっは、神を産もうとするのか、美しい愛であるな!
ならば妾は試練となって立ち塞がろう! 頼むから、全力で抗ってくれ!
右腕を高く上げ、指を鳴らし、鳴り響けファンファーレ!
周囲の味方の炎は即消すぞ
さて、目を背けるだけでもしんどいであろう?
苦し紛れに逃げようとした瞬間に妾の左腕の一撃をブチ込まれるくらいなら、戦って活路を見出す方が良いのではないかのう
…と、話術で逃走の選択肢を潰していくぞ
さあ来い!
「(私は、例え世界に祝福されなくても、すべてのいのちにはちゃんと生まれてくる権利があると思ってる)」
まだ姿の見えぬ女が抱いた新しいいのちを想って、御形・菘の心は揺れる。成長してからの悪行で叩かれるのは、また別問題ではないか。けれどそのいのちは、いつかは必ず、彼女の愛する総ての世界をこわす。
「……天地、接敵までと戦闘後の映像記録は、完全に消去してね」
高性能AI内蔵の撮影用ドローンに指示した唇は、本来の菘をしていた。派手な装いの彼女の後ろをゆくレッグ・ワートは、その一言を聞き流す。規則性もなく雑多に、無造作に茂る草木によって此方の物音が女に届かぬよう、被膜フィルムの緩衝機能が草木との接触を極力ゆるやかなものにする。
やがて暗視モードの視覚が捉えたのは、よろよろと走るひとつの人影。菘のドローンが先回りして女の前に姿を現せば、大きく跳ねた肩と共に此方へ振り返る。
「なん、で」
自然と後ろへ下がろうとする女の震える言葉に、レッグは答えることなくカーボン糸を動かす。木々を縫うように巻きつけていく極細のそれは、女の目に見えていないだろう。
「はっはっは、神を産もうとするのか、美しい愛であるな!」
ウォーマシンの動きを悟られぬよう、邪神の顔を見せた菘が高らかな笑い声を響かせる。狙い通り、女のみどりの瞳は怒りを孕んで菘へと向く。
「……お前に、何がわかるっていうの。私の気持ちが、わかる訳ないわ」
「なあに、母として子を守ることの尊さは、どんな生物であろうと同じよ! ならば妾は試練となって立ち塞がろう! 頼むから、全力で抗ってくれ!」
最後の一言に、本来の菘の願いが零れていたかは誰も知らない。高く上げた右腕の先、ぱちんと鳴らした指の音を合図に、暗い森には似つかわしい晴れやかなファンファーレが鳴り響く――それはまるで、胎に宿ったいのちを祝福していると、錯覚するほどに。
途端、あかい焔が女の周囲を囲む。めらめらと燃え盛るそれは神聖さに満ちていて、黒曜の角をあかく反射させた。爛れた顔が照らされ、焼け焦げた着物に再び火を灯そうとする。
明るくなったことで、膨らみのない腹を必死に守る左腕から、溢れる血を地面に垂れ流しているのがよく見える。右手に持った鉞で炎を斬り裂き、無理矢理この場から逃げようとしていることも。
ひゅ、とレッグが糸を手繰る。左腕と同じく血を流す脚に巻きついた糸が、女を無様に転ばせる。我が子が潰れる恐怖がよぎったのか、転ぶ瞬間も自分を盾にする姿が痛々しい。鉞で糸を斬ろうとする前に、一気に距離を詰めたレッグが女をかき抱く。3メートル近いその巨体は、移動を代償にあらゆる攻撃に対し無敵となる。
「いや、いやぁ! どうして、どうして!」
「どうしてってマッチポンプ嫌いだからだよ」
じたばたと藻掻く女の喚き声に、一機はやっと言葉を吐いた。紛れもない青年男性の声に、女は目を見開く。
「お前、男……!」
怯えと嫌悪、あらん限りの憎悪を含んだ表情を、レッグのあおい瞳が電子の脳へと届かせる。だとしても、この女の姿を見て痛むような心は持ち合わせていない。
オブリビオンがいれば猟兵の仕事は無くならず、ならば偽神は仕事の種だ。けれど今出来る仕様があるのに、先の自分の為に使わないのは――心底無い。
レッグの腕の中で罵詈雑言を浴びせ暴れる羅刹を見て、キマイラの瞳が一瞬だけ揺れる。しかしその次には、もう蛇神たる邪神の顔で笑い声をあげた。
「さて、実はもう妾から目を背けるだけでもしんどいであろう?」
「ぐっうぅ……」
あかあかと燃える焔に宿るのは、邪神から目を離したくないという情動。男性への嫌悪により一時的に殺がれていた感情が、菘自らの誘いで再び呼び起こされていく。
「苦し紛れに逃げようとした瞬間に妾の左腕の一撃をブチ込まれるくらいなら、戦って活路を見出す方が良いのではないかのう」
長い舌がべろりと口の端を舐める。きんいろの眼差しはどこまでも余裕に満ちていて、どちらが世界を滅ぼす悪なのか、判断がつかない。
ふいに、レッグは拘束を緩める。女の選択肢が、菘によって絶たれたことを理解していたから。
「さあ来い!」
「アァアアア!!」
女は、ただひとつの武器を振りかざした。
大成功
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風鳴・ひなた
晴明の洗脳だと言っても納得はできないだろうな
解いてあげることも短時間では難しい。何よりオブリビオンは存在するだけで、
――止そう。かいぶつの夜目の【暗視】を頼りに駆ける
男嫌い。僕の姿はどう映るんだろう
性別の前に……随分と、ちぐはぐなものになってしまったから
対峙できたら先ずは爪による【なぎ払い】で足を狙うよ
外しても足元が多少崩れるだろうから逃走のリスクを抑えられるかも
反撃されたら牙で喰らい付いての【武器受け】
逃げようとした場合は【サイコキネシス】で掴んでこっちへ引き寄せよう
守りたいのは、一番に想うのは僕の世界
違う生き物なんだ。僕は猟兵できみはオブリビオン
どうしようもない理不尽だけれど、譲れない
多々羅・赤銅
ん、ん、あー
……いんや。
……斬るか。
鍔鳴らし抜刀、普段ならば音も無く抜刀納刀出来るのに、鳴らしてしまうのは心の何処かで逃げろと思ってしまう故か。
されど殺すと決めたのだ
産まれる子に罪は無くとも
生まれた瞬間に、それは我等脆弱な『現在』には罪に見え、
そうでなくとも『過去』であるその女も斬るべきだ
罪無き赤子を、我々の怒りや恐怖、殺意の筵とする前に
海に還すと、私が決めた。
精神集中、力を溜めて
祈るような無我の一閃
やめろやめろ
恨んでる場合かよ
腹の子が死ぬんだぞ
お前だけを頼りに死ぬんだぞ
その子だけを撫でて、愛おしみながら死んでくれ
お前が子を愛した分だけ
その憎悪は私が受け取っていくからさ
私は
誰を斬りゃ良いかいね
ふらふらと、ゆらゆらと、ふらつく足は片方を引きずっていておぼつかない。時々よろけながらも、転ばぬようにと刃毀れした鉞で身体を支える。
ああ、と言葉を洩らしたのは女か、それとも。風鳴・ひなたはかいぶつのむっつの瞳でその姿を見つめた。
晴明の洗脳だと言っても納得してくれない、解いてあげることも短時間では難しい。何よりオブリビオンは存在するだけで、
「――止そう」
先回りした形で女を待ち構えていた此方の姿に気付いて、女の足が止まる。逃げる素振りを見せることもなく、ただ、立ち尽くしている。
その名と同じ彩をした右眼に、無惨な母親の姿が映る。多々羅・赤銅の表情に、普段の快活さはない。んん、ともどかしげに口を動かして、あー……と、言葉にならぬ音を出す。
「いんや……斬るか」
何かを決めた赤銅の隣、かいぶつは駆ける。長く鋭い爪が女の脚を攫う。ぐらりと前のめりに倒れそうになるのを、必死に横向きになって逸らす。
「やめて、この子は、この子はちがうの」
爛れた顔の輪郭が、夜目のおかげでよく見える。ぶつぶつと呟きながらも、ひなたへ向ける緑の眼差しは未だ光を喪ってはいなかった。彼女の目には、この黒狼めいた異形の姿はどう映っているのだろう。性別の前に……随分と、ちぐはぐなものになってしまったから。
「ちがうの、この子は、お前達とは、この子は私の……ッ」
突如、地面に転がっていた女が異常な疾さで起き上がり、ひなためがけて鉞を振るう。しかしそれよりも速く鬼が駆けて、赤銅の拳が女の焼けた頬を穿った。腹を狙えば一撃でその身を崩すことも出来たろうに、梅花咲く羅刹はそれをしなかった。
がぶり、鉞を持つ右腕にかいぶつの牙が深々と突き刺さる。女は激痛にあえぎながらも、今度は倒れまいと使い物にならない脚で地面を踏みしめた。
「ぜったい……守るの……死なない、私は……この子は……」
焼け爛れ、したたかに殴られた顔の右眼は潰れている。時折ぽたぽたと何かが滴り落ちる音が聴こえて、その音の正体を、ひなたの長い耳とむっつの瞳は知っている。
カタカタと、鍔を鳴らして赤銅が抜刀する。普段ならば音も無く抜刀納刀出来るのに鳴らしてしまうのは、心の何処かで逃げろと思ってしまう故か。
されど殺すと決めたのだ、産まれる子に罪は無くとも――誕生の瞬間に、それは我等脆弱な『現在』には罪に見え、そうでなくとも『過去』であるその女も斬るべきだ。
「この子は、ちがうの、ちがうのに」
長い耳がぴくりと動く。女の身体が勝手に、鬼とかいぶつの前へ引き寄せられる。視認できない念力を操って、ひなたの大きな口から少年めいた言葉が紡がれる。
「守りたいのは、一番に想うのは僕の世界」
「いや、こんな、こんな世界」
「うん」
「どうして、」
「違う生き物なんだ。僕は猟兵できみはオブリビオン」
これはどうしようもない理不尽だけれど、譲れない。譲ってはいけない。だから僕はここに居る。
闇夜にひかる大業物の刃が、静かに女に向く。己と我が子の最期がよぎった女が、涙を流してがむしゃらに地面を蹴る。念力によって動きを封じられた身体が出来る足掻きなど、その程度だった。
「こんな、こんな世界、みんな、みんなみんな」
「やめろやめろ、恨んでる場合かよ」
絶望と憎悪に染めあがった女が吐くのろいに、顔を歪ませて赤銅は大きく首を振る。
「腹の子が死ぬんだぞ、お前だけを頼りに死ぬんだぞ」
静かに、それでいてよく通る、怒りを孕んだ声で。
「その子だけを撫でて、愛おしみながら死んでくれ」
罪無き赤子を、我々の怒りや恐怖、殺意の筵とする前に。海に還すと、私が決めた。この理不尽を、誰がつくった。そしてその理不尽を選んだのは、誰でもなく。
あぁ、と吐息を洩らす女の左眼に、薄紅を裂く蒼穹が映る。ただひとつの祈りを込めた無我の一閃が、音もなくまたたく。
ごぼりと口から溢れ出る曼珠沙華の彩をそのままに、女の唇が動いて。
「まもれなくて、」
そこまでで、唇の動きは途切れた。
「――私は、誰を斬りゃ良いかいね」
暗い暗い夜の森が、ぼんやりと白んでいく。
山々の輪郭が見えてきて、木々の隙間から差し込む光は朝が来るのだとうたう。
女が居た筈の場には赤色のひとつも残っていない。
それは、愛されて生まれることを許されなかったいのちの話。
ころされた朝が見ることのなかった、ひかりの果てにあるものは。
大成功
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