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エンパイアウォー㉙~胎に孕むはやや子か鬼か、悪意の神か

#サムライエンパイア #戦争 #エンパイアウォー

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 --やや子や、やや子。何故、笑う。
                   そんなに母が愛しいかーー。

 --やや子や、やや子。何故、嘆く。
                   そんなに世界が怖いのかーー。

 --やや子や、やや子。何故、燥ぐ。
                   そんなに此岸が恋しいかーー。

 昏い、暗い。ただ月明かりのぞっとする輝きのみが、無常の世を照らす夜。
 久しく前に打ち捨てられ、朽ち果て、最早顧みられることのないあばら家の中。
 かつては隆盛を誇ったであろう、一角の楼閣と思わしき廃墟の奥で。

 女が、愛おしげに、切々と、子守歌を歌っていた。
 それは穏やかな慈母の様に、神に縋る盲者の様に、それ以外を知らぬ白痴の様に。
 胎をさすり、その中のやや子を、ただひたすらに慈しんでいた。

 それはともすれば、美しい光景。徒花とはいえ、花は華。
 だが……さて。宿すやや子は、真実人の子であろうか。母の望んだ愛し子か。
 そんなもの、生まれて見なければ分かりはしない。
 或いは。

 ーーーー胎を、裂いてみるか。


「みんな、戦争も佳境に入り、忙しいところすまないね……みんなにお願いしたい案件がまた発生した」
 グリモアベースに集った猟兵たちを前に、ユエイン・リュンコイス(黒鉄機人を手繰るも人形・f04098)は険しげな表情を浮かべたまま口火を切った。
「水晶屍人の掃討を終えた奥羽地方なのだけれど、そこを探索していた徳川武士たちが清明の拠点と思われる研究施設を発見したんだ。既に廃棄されていたとはいえ、それは喜ぶべき事なんだけれど……どうやら、そこには重要なオブリビオンが匿われていたようだ」
 残された資料を読み解いた結果、研究施設には女のオブリビオンが実験体として確保されており、彼女達には『偽神降臨の邪法』、つまりは、オブリビオン・フォーミュラを生み出す為の術式が施されているようなのだ。
「これは女性のオブリビオンを母体に、清明自身も含む魔軍将の力やコルテスが持ち込んだ神の力を宿らせ、その胎内で神を育て出産させ……偽神を生み出そうと目論んでいるらしい」
 無論、超常の力と言えども児を産み落とすまでは通常と同じく、十月十日の時間が掛かる。今回の戦争に直接影響はしない上、フォーミュラが誕生する可能性は決して高くはない。だがフォーミュラとなれなくとも、生れ落ちる子供は強大な力を持っているはずだ。
 ゆくゆくはその落とし子が、新たな戦乱の火種になるだろう。
「そこで君たちは研究施設から逃走し、子供を守るために身を潜めている母親たちを……見つけ出し、討伐して欲しい」
 母体たちは戦闘や勝利よりも、『神の子を産む』ことを至上命題としている。危険を察知したり、不利を悟った瞬間に、彼女達は逃走を試みるだろう。
 戦闘は元より、逃走を防ぐ手立てや、逃げようとする相手を追い掛ける策も考えてから戦いへ赴くのが望ましい。
「まぁ、身重だからそこまで機敏には動けないだろうけど……それでも、用心するに越したことは無いだろうね?」
 そういって、ユエインは説明を締めくくると猟兵たちを送り出してゆく。その際、彼女はどこか愁いを帯びた表情でそっと付け加える。
「……思うところがあるかもしれないが、彼らはオブリビオン。過去の存在だ。だから、どうか心を強く持っておくれよ?」
 そうして、彼女はグリモアを起動させるのであった。


月見月
 どうも皆様、月見月でございます。
 今回は神を孕んだ母の討伐を行って頂きます。
 それでは以下補足です。

=============================
 このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
 1フラグメントで完結し、「エンパイアウォー」の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。
=============================

●成功条件
 母体オブリビオンの撃破。

●採用について
 参加頂ける人数にもよりますが今回は戦争シナリオの為、成功数に達した場合プレイングの締切、返却を行う場合がございます。
 御了承の程、よろしくお願い致します。

●戦場
 かつては豪奢な楼閣であったであろう、朽ち果てたあばら家。周囲に民家はなく、まばらに木々が生えているだけです。視界は月明かりがある為、不便はありません。
 あばら家は朽ち果て脆いので、内部で戦闘を行っても邪魔なものは余波で砕け散るでしょう。外に追い立てて、野外で戦闘を行うことも可能です。


●『徒花太夫』
 愛した男と商売敵に陥れられ、梅毒に病み、金魚と共に火の中へ消えた遊女。清明の術式によって『神の子を産む』ことを最優先としており、戦闘中も隙あらば逃走を試みようとします。
 身重である為そこまで機敏には動けませんが、逃走への対策を考えておけば、有利に戦えるでしょう。

 それではどうぞよろしくお願い致します。
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第1章 ボス戦 『徒花太夫』

POW   :    傘妖扮人魚
【烈々たる炎の雨を降らす人魚態】に変身し、武器「【傘『開花芳烈』】」の威力増強と、【炎の海を泳ぐこと】によるレベル×5km/hの飛翔能力を得る。
SPD   :    指切立心中
自身の【切り落とした指】を代償に、【馴染みの客の亡霊たち】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【各々の職業に即した武器や青白い幽鬼の炎】で戦う。
WIZ   :    怨魂着金魚
自身が【怨み、辛み、妬み】を感じると、レベル×1体の【決して消えぬ怨讐の炎で創られた金魚】が召喚される。決して消えぬ怨讐の炎で創られた金魚は怨み、辛み、妬みを与えた対象を追跡し、攻撃する。

イラスト:古ゐ手

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は多々良・円です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

セルマ・エンフィールド
オブリビオンを撃ち、新たなオブリビオンの発生を防ぐ……ただ、それだけのことです。

亡霊を壁に逃走されては厄介、短期決戦としましょう。
【冬の尖兵】でⅤを3体、Ⅰを38体呼び出します。亡霊全てを倒す必要もありません。以前この世界の本で見た……魚鱗陣でしたか、比較的強力なⅤを先頭に突破陣形を組ませて突撃させ、私はその後ろに付き亡霊の集団を突破します。

亡霊の集団を抜けたら残った兵士は後ろから来る亡霊の足止めを。
私と太夫の間にもう亡霊がいなければ太夫を銃で狙い、まだ亡霊がいれば……邪魔です。使うであろう武器はこの戦争で見慣れた物、『見切り』避けたら交錯と同時に銃剣で薙ぎ、射線が通った徒花太夫を狙います。


胡堂・充
【静かに怒る】
……下衆め、反吐が出そうだ。
例え母体がオブリビオンであろうとも、命を愚弄するとは絶対に許せない行為……
しかし、僕達は胎児である偽神を彼女ごと葬らなければならないのも事実だ
【覚悟】を決めるか……

これより、堕胎手術を行う。

マックスを自律制御モードにし、僕自身が徒花太夫を追うのに合わせて逃走ルートに先回りさせる。
うまく【おびき寄せる】事が出来たのなら、マックスと挟撃を行う。
十全な状況ではないが<黒い霧>と……【憎しみを食らう黒き霧】を使い、炎を金魚によるダメージは【激痛耐性】と【生命力吸収】でカバー。

【医術】で内臓の位置は把握している……せめて苦しまないようにしてあげなければ。



●氷弾は揺るがず、使命は静かに燃え滾る
 さらさら、と。冴え冴えとした白月の下、草葉の擦れる音だけが静かに流れてゆく。その中にひっそりと佇む、かつては豪奢であっただろうあばら家。その近くへ、静謐を乱さぬようそっと猟兵たちが降り立った。
「……下衆め、反吐が出そうだ」
 その内の一人、胡堂・充(電脳ドクター・f10681)は苛立ち紛れにそう吐き捨てる。勘づかれぬよう、極力音を立てるべきでないと理解しながらも、どうしても抑えきれぬ激情が言の葉から滲み出ていた。
「例え母体がオブリビオンであろうとも、命を愚弄するとは絶対に許せない行為……植え付けられたものとはいえ、母子の絆そのものに貴賤はないはずだ」
 彼は医者である。人を癒し、治し、救う存在だ。だからこそ、此度の事態は看過しようが無かった。激情を露わにしないのも、ひとえに猟兵としての責務によって己を律しているが故だ。
「オブリビオンを撃ち、新たなオブリビオンの発生を防ぐ……ただ、それだけのことです。今までの戦い、そう変わりません」
 丁寧に油の差されたマスケット銃へ、揺らがぬ手つきで弾丸と火薬が籠められる。セルマ・エンフィールド(絶対零度の射手・f06556)の所作は激情を押し殺す充とは対照的に、どこまでも淡々としていた。
「……過去は飽く迄も、過去です。だからこそ、未来の為に為すべき事を為す。でしょう?」
 それは狩人としての生き方か、狙撃手としての心構えか……それとも、そう割り切ることが一番負担の少ない方法だと知るからか。一見冷静な言葉も、彼女なりの不器用な気遣いかもしれなかった。
「……ああ、そうだ。僕達は胎児である偽神を、彼女ごと葬らなければならないのも事実だ。例えそこに、どんな感情を抱いていようとも」
 覚悟を、決めるか。長い溜息を漏らしながら、充も戦いへと思考を切り替える。納得はし切れずとも、為すべき事は見定めた。二人は手短に打ちあわせを済ませると、行動を開始した。

 ――やや子や、やや子。何故、笑う。
 ――そんなに、母が愛しいか。
 あばら家の奥座敷の上で、緋色の着物を纏った女は自らの胎を愛おしげに撫でさすっていた。それは場所を考慮しなければ、どこまでも穏やかな光景。中に宿るモノがいずれ災禍を為すなど、悪い冗談にしか思えない。
 そんな、永遠にも思える静謐は。
「以前この世界で読んだ書物に在った……魚鱗陣、でしたか。突破力であれば、中々のものとのこと。一気に距離で詰めさせて貰いましょう」
 セルマの呟きと共に鳴り響いた轟音によって破られた。はっと目を見開く太夫の視界に飛び込んできたのは、出口より殺到してくる氷兵の集団。三体の強力な個体を鏃として、密集し迫りくる四十一の軍勢である。それらは障害物を蹴散らして太夫へと肉薄するや、手にした氷の剣を振るってゆく。太夫も咄嗟に両腕で庇うも、右の人差し指が鮮血と共に舞い散った。
「猟兵、か。わっちのやや子を奪わせるものか。死なせるなぞ……決して許すものか!」
 過去よりの脅威は、一目で相手を不倶戴天の敵と直感する。先ほどの穏やかさとは打って変わり、その表情は般若も斯くやという険しさ。太夫は斬撃によって切り落とされた指を媒介として、かつて馴染みであった客らの亡霊を召還する。
「わっちにまだ懸想しとるんなら壁として、死に物狂いで戦いなんしッ!」
「逃亡の隙は与えません。兵士たちは亡霊の相手を……短期決戦でいきましょう」
 ぶわりと膨れ上がった亡霊たちが、氷の兵群と真正面からぶつかり合う。凍てつく刃が亡霊の群れを斬り祓い、鬼火を纏った玄能や刺又が兵士を砕き溶かす。互いの勢いが拮抗しているうちに、前線から距離を取ろうと太夫は踵を返す、が。
「残念だが……逃がすわけにはいかないんだ。頼んだぞ、マックス」
 ヴォン、という内燃機関の駆動音を曳きながら、一台のバイクがその行く手を遮った。だがその座席に操縦者の姿は無く、持ち主である充の声はまた別の方向から響く。自動制御状態の愛車を先行させながら、彼自身は氷兵に紛れて亡霊群を突破してきたのである。
「準備は整った……これより、堕胎手術を行う」
「医者、だと……わっちの瘡毒ひとつ、碌々治せなかった者どもが今更のこのことッ!」
 想い出したくない記憶に触れたのだろう。迸る赫怒は焔となって金魚の形を為し、充とバイクへと殺到してゆく。それに対し、充は痛ましそうに目を瞑る。
「この世界の医療水準がどうあれ、一人の医者としてそれは申し訳なく思う。だがそれでも、いま優先しなければならないのは……未来を生きる命だ。」
 せめて、苦しまないように。彼が眼を見開くと同時に、右腕から黒霧が吹き上がり室内へと充満する。それらは相手の憎しみを絡め取ると共に、充の身体能力を強化。彼は人機一体となり、医療知識に裏打ちされた狙いを以て猛攻を掛けてゆく。
「こんな、霧程度……金魚を爆ぜさせればっ」
 金魚を手繰り対抗するも、太夫には子を庇わねばならぬという弱点があった。じりじりと押される彼女が金魚の一斉突撃で場を仕切り直そうとした、瞬間。
「……そこです」
 火薬の炸裂音が鳴り響く。刹那、太夫の左足から血飛沫が舞った。がくりと膝を折る彼女の側へ、銃口から硝煙を昇らせたセルマが歩み寄る。見ると、呼び出された亡霊は数を減らしており、ぎりぎりで兵士たちの進出を抑え込んでいる状態であった。
「短期決戦で終わらせられれば最上ですが、念には念を。どんな形であれ、親の情愛は侮れませんから」
「ああ。それはこちらも、身に染みて知っているからな……」
 再装填を終えて銃を構えるセルマに、隙を突き金魚を黒霧で取り込んだ充。二人に囲まれた太夫は、ゆらりと立ち上がる。猟兵を睥睨する瞳に煮え滾るのは、汚泥の如き憎悪。
「だと言いながら、やや子を弑そうとするとは……はっ、とんだ空言でありんすな」
 漏れ出た皮肉交じりの言葉は、寒々しくあばら家の闇へ消えてゆくのであった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

羽月・姫香
うわ、同じ女として同情するわ…
胎の中のややこがそないなことになってるって知ったら、流石のウチでも堪えるわぁ…
可哀想やけど、今後の憂いを絶つために『二人』には死んでもらおか。それに汚れ仕事は忍の…ウチの役目やっ!

まずは仕込みや。【罠使い、毒使い】で周囲に<忍七つ道具>から撒菱を置いとこか
これで逃げ道を封じるのと同時に麻痺毒で足も止めたるっ!

呼び出された亡霊の間を【ダッシュ、フェイント、早業】ですり抜けて…【忍術・颯突】での【串刺し】っ!

ちょっと派手やけど、これがウチなりの【暗殺】や。信心深い方やないけど、生まれ変わったんやったら本当の女の幸せを掴んでな

…ウチにはそないなの、来んかもしれへんけど


セシリア・サヴェージ
本来母子殺しなど騎士にあるまじき行為ですが、新たな災厄の芽を摘むためには致し方のないこと。汚れ仕事は暗黒に堕ちた私が請け負いましょう。

敵は私の姿を確認すれば屋外・屋内問わずまずは逃走を図ることでしょう。お腹の子に負担をかけないことを重視するなら当然の判断でしょう。が、それは許しません。
UC【死翔の黒剣】を召喚・射出して【先制攻撃】を行います。 足を【部位破壊】、あるいは楔のように足を地面ごと貫いて逃走困難な状態にして【時間稼ぎ】します。
金魚を嗾けてくるでしょうが、暗黒剣で【なぎ払って】防御。母子共々トドメを刺すために接近します。

存分に怨むがいい。それを受け止めるのもまた暗黒騎士の務め……御免!



●正しさは冷たく、幸福は地獄の様に
 本来、遊女にとって何よりも優先すべきは己が見目の麗しさ。だが今の徒花太夫は違っている。最も優先すべきは、胎に宿った子を守り抜くこと。例えそれが異形の子であろうとも。
「うわ、同じ女として同情するわ……。もしも、胎の中のややこがそないなことになってるって知ったら……流石のウチでも堪えるわぁ」
「ですがそうと知っても尚、子供を守ろうとしますか。それほどまでに清明の術式が強いのか、それとも……いえ、これ以上の詮索に、きっと意味は無いのでしょうね」
 その姿を目の当たりにし、室内へと踏み込んだ羽月・姫香(災禍呼ぶ忍・f18571)は同情交じりの言葉を零し、セシリア・サヴェージ(狂飆の暗黒騎士・f11836)は力なく首を振る。真実がどうあれ、やらねばならぬことは一つしかない。
「本来母子殺しなど騎士にあるまじき行為ですが、新たな災厄の芽を摘むためには致し方のないこと……汚れ仕事は暗黒に堕ちた私が請け負いましょう」
「そう、やね。可哀想やけど、今後の憂いを絶つために『二人』には死んでもらおか。それになぁ、汚れ仕事と言ったらそれこそ忍の…ウチの役目やっ!」
 抜き放たれるは黒鋼の大剣、袖口からまろび出たのは、無数の暗器や小道具。闇へと身を置く騎士と陽光を厭う忍びの者。この手の依頼としては、正しく適任と言えるだろう。
「ただ、うちのは仕込みにちと時間が掛かるやさかい、先手は頼まれてくれへんか?」
「ええ、任されました。片足を打ち抜かれているとは言え、それで諦めるほど生易しくは無いでしょう……やるならば、徹底的にです」
 その場から飛び出してゆく姫香を横目に、セシリアは手にした得物へと魔力を通してゆく。生み出されるは、二百と三十を数える刃の群れ。薄闇に溶ける漆黒の刃は、あばら家の中を縫って太夫へと殺到する。
「見えぬ聞こえぬ、それがどうした。わっちの愛を、恨みを侮るなッ!」
 音も無く飛翔し、視認も困難。だが、敵がいる事だけは知っている。ならばそれで十分。激情によって生み出された燃ゆる金魚の群れは、ただ其れに従って敵手を追い詰めるのだから。
「捨て鉢な攻撃だが、それだけに鬼気迫る勢い。しかし、技術ではこちらが上回る!」
 数では闇剣が、此処の戦闘力では金魚が勝る。剣群は金魚を次々と串刺しにするも、耐え切れなくなると同時にそれらは自ら爆ぜ、周囲の刃を飲み込み散ってゆく。
 しかし、数は少ないながらもそれらを乗り越えた刃が太夫へと降り注ぐ。狙うはまだ無事な右足。地面へと突き刺さる剣を辛うじて避けながら、彼女はどこかに逃げ道はないかと視線を巡らせる。
「異郷の侍なぞ、真正面から相手になんぞできなんし! どこぞ遠くへ、外へ……っつぅ!?」
 まだ無事な足を必死に動かしながら、広さだけはある屋内を駆け回る太夫。だが不意に、足裏へと鋭い痛みが走った。多少の痛み程度、いまの彼女であれば意に介さず動くことは可能だが……踏んだのが毒塗の巻き菱とあっては、話が変わってくる。
「あっ、が、は……これは、痺れの……ッ!?」
「身重な体に毒をつこうのは気が進まんけど、卑怯無道が忍びの業。堪忍してくれとは言わんよ」
 即効性の麻痺毒によって体の自由が奪われる。無防備となった相手へと挑みかかるのは、セシリアとは別行動を取っていた姫香。室内を機敏に駆け抜けながら、彼女はすらりと刀身の短い直刀を抜き放つ。狙うは速度と体重を乗せた、必中必殺の刺突。
「ちょっと派手やけど、これがウチなりの暗殺や。家業柄、決して信心深い方やないけど、もし生まれ変わったんやったら……本当の女の幸せを掴んでな」
 ウチにはそないなの、来んかもしれへんけど。そんな呟きは切り裂く風に吹き消えて。幸福の陽より背を向く生者が、偽りの愛児をただ渇望する死者へと刃を繰り出し……。
「わっちの今は、やや子はっ……赤子を抱ける時など、今生以外にありなんしっ!」
 過去が未来を宿すという、未曽有の状況。それを守らんとする母の意思が、毒の縛めを無理やり打ち破った。唐傘を叩きつけ、それが弾かれたのなら躊躇うことなく空の手を繰り出す。迫る刃を渾身の力で握り締めると、やや子へと迫る凶刃を辛うじて逸らした。
「切指欲しけりゃ、なんぼでもくれてやるでありんす! だから、とっととおいでなんし!」
 流石に耐え切れなかったか、刀身を掴んだ掌からぼろりと指が二本千切れ墜ちる。それを奪い合う様に、馴染客の亡霊が地の底より這いあがる様にわき出て来た。落とした指の数が増えているせいか、数も質も先ほどより増しているように思える。
「っ、母は強し、か。決して侮ったつもりはないのやけど……予想以上の執念やわ!?」
「数を相手にするならば、私の方が適任です! 切り払いますので、その隙に離脱を!」
 至近距離で湧き出た為、数に押されて姫香が取り囲まれてしまう。仲間を助けつつも太夫へ追い縋るべく、セシリアが大剣を振るって敵中へと飛び込んでゆく。強化されたとはいえ、元々が町人や商人だ。武人たる彼女の足を止めるには役不足と言えた。
 木端の如く薙ぎ倒される亡霊の奥、漆喰が崩れ僅かに月明かりが差し込む土壁の近くに、太夫の姿があった。出口からの脱出は諦め、壁を崩そうという心算なのだろう。無論、それを許す猟兵ではない。
「外に出られると厄介です、動きを止められますか!」
「あい分かった。やられっぱなしは忍びの名折れ、今度こそ決めるで!」
 衆群から抜け出せた姫香が、無防備な背中へと苦無を投擲する。突き立つ冷たい鉄に体をくの字に曲げる太夫。その間に距離を詰めたセシリアが、横薙ぎに大剣を振り抜いた。
「真偽は兎も角として、その愛は強い。それは認めよう。だが、見逃すことだけはどうしても出来ない。絆を裂く我らを存分に怨むがいい。それを受け止めるのもまた暗黒騎士の務め……」
 然らば、御免! 先程と違い、この剛剣を下手に止めんとすれば唐傘ごと胴を断ち切られるだろう。その程度、遊女である太夫でも理解できた――だから。
「ええ、とうの昔より恨み申した。男を、女を、病を世を。だけどそれ以上に、今はこのやや子を愛しているでありんすえ……わっちの、命以上にのう!」
「腹部を庇ってなにを、まさか!?」
 唐傘を腹へ押し当て、足元に金魚を生み出した太夫。避けられぬ、防げぬというのであれば、強引に自らを弾き飛ばせばいい。捨て鉢とも思える考えと共に金魚が爆ぜ、衝撃によってセシリアの刃を弾いた。更には爆風により壁が崩れ、吹き飛ばされた太夫の体がそこから転げ出てゆく。
「逃げるで、ありんす……やや子と、やや子と一緒に……」
 全身焼け爛れ、煙を上げる太夫。だが彼女は怪我を意に介さず、ただ自らの子のみを案じている。そんな母親の姿を、冴え冴えとした月明かりが無言で照らし出すのであった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

五百雀・斗真
【黒蜜】

母親とお腹の子を討たないといけないのか
…思うことがないと言えば嘘になるけれど
今ここで討たないと大変なことになるんだよね
マリアさんも決意を固めて戦いに臨んでるんだ
僕も覚悟を決めて立ち向かおう

母親は子を守ろうと逃げ出す可能性が高いんだよね…
なら逃走を防ぐ為にも【異形の者】を使用し
いつでも飛び立って追跡できるよう構えておこう
そして更に黒雫でUDCの大田さんに魔力を送り
触手で敵をなぎ払い、串刺しで撃破していき
万が一マリアさんが狙われたら
…怨讐の炎に晒される前に盾受けで彼女を守りたい

もし母親が討たれた後
腹部に触れ、微かな鼓動を感じたら
…手刀でお腹を貫き、お腹の子に止めを刺します

アドリブ可


マリアドール・シュシュ
【黒蜜】
アドリブ◎

この依頼もきっと星芒の眸へ隠されてしまう
それでも今は
この悼みを胸に秘めて

なんて、なんて残酷なの
オブリビオンとはいえ一人の母
何故…(目伏せ

…斗真(顔見て決意固め
マリアは、あなた以上にきっと猟兵だから(微笑
任せて頂戴
神は生ませないのよ

拡声器を変え高速詠唱で【茉莉花の雨】使用
金魚と敵へ
逃走経路を狭める
竪琴で光環の旋律奏で囲み動き鈍らせ(追跡・マヒ攻撃
敵の足を狙う
不可視の音刃で鎌鼬の様に攻撃(誘導弾・楽器演奏

マリア達の方がよっぽど生命の息吹を摘む極悪人に見えるわよね
恨まれても、

慈哀溢れる曲と手向けの唄で母子共に一思いに倒す(祈り・歌唱
斗真には殺らせず

本当は
救いたかったの(金の滴は零れ



●金の瞳に雫満ち、黒翼は夜闇を切り裂く
「……なんて。なんて、残酷なの。嗚呼、あんなにも痛々しく」
 崩れ落ちた壁、濛々と吹き上がる土煙とそこに混じる焔の燐光。そして、その中よりまろび出た、徒花太夫の焼け焦げた姿。愛憎怨怒の入り混じった表情は、マリアドール・シュシュ(蜜華の晶・f03102)でなくとも痛切さに目を背けたくなるだろう。
(あんな在り様の母親ごと、お腹の子を討たないといけない……思うことがないと言えば嘘になるけれど)
 その傍らでは、五百雀・斗真(人間のUDCエージェント・f15207)も胸中に苦々しい想いを抱きながらその姿を見つめていた。
 胎児が未来の脅威であることは揺るがない。だがもし、幼子が普通に育つ可能性も、他者を害さぬ可能性もあるのではないか。そんな考えが徒然と浮かんでは消えてゆく。
 無論それが意味を成さぬ仮定であると彼も理解していた。だが、どうしてもそんな想いを拭い入れぬ青年へ。
「……斗真。どうかそんな表情をしないで。マリアは、あなた以上にきっと猟兵だから」
 そっと、宝石たる少女は彼の顔を見つめながら声を掛ける。彼女自身、同じように迷いも痛みもあっただろう。だが斗真をこれ以上逡巡させぬためにも、まずは己が覚悟を決めたのだ。
「マリアに任せて頂戴。神は……生ませないのよ」
「……ありがとうございます。マリアさん。でも、マリアさんが決意を固めた以上……僕も、覚悟を決めて立ち向かうよ」
 対する青年も、己の為すべき事を見定める。その意思を示すように、斗真の肌が薄墨の如く黒へと染まりゆく。背に現れた翼を思わせる黒影も相まって、さながら夜舞う蝙蝠と呼べる様相であった。
「僕は上空から彼女の動きを妨害しようか。マリアさん、地上は任せていいかな?」
「ええ、勿論よ」
 飛びあがった斗真の姿は、瞬く間に夜闇に溶け消え見えなくなる。それを見届けると、マリアドールは再び太夫へと視線を戻した。全身に火傷を負い、動きは極めて緩慢。だとしても、手心を加えることは状況が許さない。
(この戦いもきっと、星芒の眸へ隠されてしまう。時が経てば、想い出すことも覚束ない……それでも、今は)
 せめて、この悼みを胸に秘めて。彼女はそっと茉莉花を模した拡声器を手にすると、鈴の音を思わせる声で大気を震わせ始める。
「ハルモニアの華と共に。咲き匂いましょう、舞い踊りましょう。夜に咲く花弁が、せめてもの手向けとなるように」
 言の葉と共に広がるは、綺羅と輝く水晶の花弁。月明かりを受けて綺羅綺羅と輝く晶華の奔流が、太夫目掛けて波涛の如く殺到する。一方の相手も手負いとは言え、そこまで目立つものは見落としはしない。唐傘を杖代わりに、彼女は花吹雪を睨む。
「外へ出ても、ぞろぞろと……鬱陶しいでありんす!」
 ひらひらと優美な尾ひれをはためかせながらも、触れれば一切を焼却する焔魚が生み出される。負った痛みに比例するかのように、それらもまた個々の大きさを増しつつあった。
 小川の流れの如く、浜辺へと打ち寄せる細波の如く。周囲一帯に満ちる輝きの中を、緋色の魚たちが群れを成して泳いでゆく。それは一見すれば美しく幻想的な光景。だが実際に繰り広げられているのは、食物連鎖よりも尚苛烈な闘争である。
「消えろ、失せろ。何故なんし、わっちはただ、このやや子を産み落としたいだけでありんすのに……っ!」
「貴女からすれば……ううん、他の人が見たって、マリア達の方がよっぽど生命の息吹を摘む極悪人に見えるわよね」
 一方は憤怒を、片や悲哀を。ぶつかり合う感情が分かりあう瞬間など、恐らく訪れはしないだろう。そもそも、子が世に仇為すと知って躊躇うことなく差し出す者を、母とは呼べぬのだろうから。
「だから、例え怨まれたとしても」
「――この行為から目を逸らすことはしない、絶対に」
「っ、これは頭上、がぁっ!?」
 地上で輝きと焔魚が入り乱れる中、一対の翼が上空より急降下を開始した。はっと太夫が目を剥き天を仰ぎ見るも、もう遅い。加速した斗真は一瞬で彼我距離を零へと詰めるや、その身に宿らせた触手で周囲に蠢く金魚ごと太夫を薙ぎ払った。
 ごきりという、骨の砕ける不快な感覚に一瞬顔を顰めるも、彼は力を緩める事無く触手を振り抜く。襤褸雑巾のように転がる太夫目掛け、斗真は心を殺して追撃を試みる。
「嫌な役割を押しつけたかもしれないね、太田さん……でも後ちょっとだけ、我慢して欲しい」
 彼の意思に応ずるように触手はぞるりと表面を戦慄かせると、先端を鋭く尖らせて太夫へと殺到してゆく。無数の曲線を描いて迫る刺突触手の群れ、だが彼女は歯を食いしばって身を起こすと再び金魚の群れを形成、決死の抵抗を続行する。
「そうまでして……そうまでして、このやや子を殺したいのか。後から植え付けられたなどと、異形などと! そんな理由で、母が子を手放すなぞありえなんしッ!」
「――ええ、ええ。きっと本来は、それが正しいのね」
 だが、彼女の気力体力はほぼ限界に近づいている。それに伴う判断力の鈍化も、当然。軽やかな音色が耳朶を打ったもうその時には、輝きを伴った旋律が女の体を拘束し、続く第二旋律が音の刃と化して右足の腱を切り裂いた。
 視界の端に見えたのは、竪琴を携えたマリアドールの姿。目の前の事へ手一杯になる余り、太夫は彼女の存在を失念していたのだ。
「……母子諸共、その命をここで終わらせる」
「っ、トドメは、マリアが……!」
 子の宿る胎を確実に裂き、穿つ為に。汚れ役は自らだとばかりに突撃する斗真と、せめて彼の手を汚させまいと音撃を放とうとするマリアドール。そんなお互いを想い合う両者の姿を苦々しく、忌々しそうに、そしてほんの僅かに妬ましげに。徒花太夫はそれを見るや、一転して防御ではなく攻撃の為に金魚を突撃させた。その目標は……マリアドール。
「義務を選ぶか、親愛を取るか。おんしは……どちらでありんすかなぁ」
「くっ……おおおおおぉぉぉぉっ!」
 攻撃直前の彼女は無防備だ、直撃を受ければただでは済まない。躊躇は一瞬、斗真は軌道を強引に変えるや、身を挺してマリアドールの盾となった。凶炎が爆ぜるのと、手向けの葬送曲が放たれるのはほぼ同時。
「大丈夫、ですか。マリアさん」
「ええ、ありがとう。でも、お願いだから無茶をしないで欲しいの……」
 斗真は自らの傷と引き換えに、少女の身を護り切った。崩れ落ちそうになる体をマリアドールに支えて貰いながら、彼は先ほどまで太夫の居た場所を見やる。
「やりましたか……?」
「……ごめんなさい。あと一歩、届かなかったみたい」
 炎に紛れて不鮮明であったものの、彼女は音圧に打ち据えられた太夫が立ち上がる姿を確認していた。だが生きてこそあれ、もう半ば彼岸へと片足を踏み入れているはずだ。
「……本当は、救いたかったの。貴女も、赤ちゃんも」
 それが勝手な感傷だとは分かっている。だがだとしても、金瞳から溢れ出る雫を彼女は止めることが出来なかった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

フィーナ・ステラガーデン
嫌な仕事ね?こういうのは私がやるわ!
【地形を利用、聞き耳】を使って逃走経路で隠れて待ち伏せをするわね!

説得をするつもりもないし同情も言い訳もしないわ!
あんた達に生きててもらってたら都合が悪いのよ!
汚れ役をする【覚悟】くらい出来てるわよ!容赦なくやらせてもらうわね!

【属性攻撃】などで逃走されそうな所を爆破して道を塞ぐわ!
「怨魂着金魚」にはUCで対応よ!金魚を吸収して
無数の杭で串刺しにするわ!
狙うのはお腹か逃げれないように足ね!
さっさと死になさいよ!イライラするわね!


あーー・・早く皆(顔なじみの仲間の猟兵)所に帰りたいわね・・
(アレンジ、アドリブ、連携大歓迎!)


落浜・語
【ヤド箱】アドリブ、連携可

置き土産まで悪趣味とか本当にさぁ……
まぁ、見逃す理由もないんで、ちゃっちゃかやりますか。
ったく、ヤだな。本当に。

どっちかってぇと、逃走阻止を目的に動くかな。
可能なら地形なんかの【情報収集】をして置き、【第六感】や【戦闘知識】を使い逃げそうなルートの予測を立てる。
そのうえで『人形行列』を使用。召喚した人形をそのルート上に配置し、逃げ道をふさぐ。
出来りゃ、こっち来る前に倒されてくれ、なんてのは自分勝手かねぇ……
来た場合は遠慮なく爆破し、足止めかつ攻撃を。
敵の金魚も、数ならこっちの人形が上だろう。足りなきゃ奏剣で対応

……いつぞやの「箱」も、始まりは「こう」だったりしてな。


ファン・ティンタン
【WIZ】道の外を往く
【ヤド箱】

生まれくる命に罪は無いと言うけれど
蛙の子は蛙、悪からは悪しか生まれないんだよ
…せめて、業を背負う命を現界させないことに注力しよう

【精霊使役術】
消えぬ負の炎が相手なら…泥田坊、呑め
ざぶり、ざぶりとうねり荒れ狂う泥濘の波
数には【範囲攻撃】で対抗だよ
炎金魚を泥波であしらい【時間稼ぎ】しながら、陰で【天華】に【力溜め】
適度に攻め手の隙を演出、逃げられるという思考へ【誘惑】する

仲間の行動を考慮し、機を見て一転反攻
魔力ブーストによる【怪力】をもって、【破魔】の力を込めた【天華】を全力【投擲】
敵の腹を【串刺し】にせんとす

あなたに恨みは無いけれど
過去から黄泉還った事を恨むんだね


桜雨・カイ
※アドリブ連携歓迎
世一(主の息子)がお腹の中に居た頃、主達の嬉しそうなお腹をなでていたのを思い出す。
本当は…ああやって祝福されるものですよね。
でも新たな不幸を起こさない為に…止めると決めたんです、ごめんなさい。

逃げられないように【念動力】【念糸】で絡め取る
攻撃は「柳桜」でうける(味方も【かばう】)
指を切る、その意味は分からなくても覚悟は感じる
それでも…引かない覚悟がこちらにもあります。
後は【破魔】【2回攻撃】で攻撃

討つ事は避けられないけれど、せめて指だけは元に戻してあげたい(柳桜の回復を女性の「指」に使用)
せめて最期は、赤子がいるお腹を優しくなでて上げられるように……。



●やや子や、やや子。果たして何を違えたか。
「……大丈夫で、ありんすから。怖いものは全部、母が遠くへやってしまうから」
 傷ついた足を引き擦りながら。零れる血の痕跡にも気づかないまま。徒花太夫は彷徨う様に月下を歩いている。
 疎らに欠けた指でそっと胎を撫ぜ、血の絡む喉で子守唄を紡ぐ。
 ――やや子や、やや子。何故、嘆く。そんなに世界が怖いのか。
 ――やや子や、やや子。何故、燥ぐ。そんなに此岸が恋しいか。
 このまま母子でどこか遠くへ。十月十日を心穏やかに過ごしたい。だが、そんなささやかな願いは決して叶わない。彼女が過去の存在であり、胎の子が只人で無いが故に。
「正直な所。こっちに来る前に倒されていてくれ、なんてのは甘かったかねぇ……」
 苦々しさの混じった声が響く。それに太夫が足を止めると、周囲の藪草を掻き分けて無数の人形が現れる。それに一拍遅れ、人形群の繰主たる落浜・語(ヤドリガミのアマチュア噺家・f03558)を筆頭とした面々が姿を見せた。
「仕込みが無駄になって欲しかった、だなんて考える日が来るとはな。置き土産まで悪趣味とか……ったく、ヤだな。本当にさ」
「嫌な仕事かしら? だったら、私がやるわよ。避けては通れない以上説得をするつもりもないし、同情も言い訳もしないわ!」
「……いや。事此処に至っちゃ、こっちだって是非もねぇよ。せめて無駄に長引かせないよう、ちゃっちゃかやりますか」
 常と変わりなく快活に、だが露悪的な雰囲気も滲み出て。嘆息する語へフィーナ・ステラガーデン(月をも焦がす・f03500)がそう声を掛けるも、彼は首を振って大丈夫だと応ずる。
「お人形さんが、こんなにぎょうさん……まるで雛人形みたいなんし。やや子が女の児であったなら、いつかこんなん飾れるんでありんしょうか」
 流血と疲労で思考が廻っていないのであろうか。対する太夫はゆるりと周囲の人形を見渡しながら、そう子に語りかける。ただひたすらに子を慈しむその様子に、思わず桜雨・カイ(人形を操る人形・f05712)は在りし日の情景を思い出してしまう。
(本当は……ああやって祝福されるものですよね。無事に生まれる事を願って、その成長を思い描いて)
 まだ器物だった頃に見た光景。子を宿したと確かに分かるお腹を、主と奥方が愛おしげに撫でていた。そうして生まれて、いつしか舌足らずな言葉を紡いで。もし何事もなければ、小さな手に抱かれながら花見をするようなことも、あったのかもしれない。
「――でも、新たな不幸を起こさない為に。……止めると決めたんです。だから、ごめんなさい」
「生まれくる命に罪は無いと言うけれど。蛙の子は蛙、悪からは悪しか生まれないんだよ……傲慢かもしれないけど、せめて業を背負う命を現界させないことに注力しよう、カイ」
 かつて在りし、一つの結末。それを思い起こした痛みが儚い感傷を中断させる。自分へ言い聞かせるようなカイヘ、冷徹ともいえる表情のファン・ティンタン(天津華・f07547)が並び立つ。こ彼の葛藤の様に、この行為は正義と呼べぬかもしれぬ。だが、必要悪であることは確かだった。
「相手はもう死に体。一撃、打ち込めばそれで終わる。いや、終わらせるよ」
「はいよ。それじゃあ……始めるぜ?」
 これ以上時間を掛けても、気が落ち込んでゆくだけだろう。ファンが語へ声を掛けると、彼は静かに頷く。まず先手を仕掛けるのはこの二人だ。
「消えぬ負の炎が相手なら……泥田坊、呑め。消えぬ怨みを地の底へと沈めて」
「こっちもメインは足止めだが、火力に劣るつもりはないぜ」
 ファンが水田に潜む怪異へ助力を請うと地面が濡れそぼり、巨大なうねりとなって太夫の足を絡め取る。更には周囲を取り囲んでいた人形たちが次々と爆ぜてゆき、衝撃で相手を抑え込むと共に爆煙によって視界を奪う。
「火、煙……嗚呼、嗚呼。いやなんし。もうあの時とは、違う。わっちはもう……やや子の為に、死ねないでありんすッ!」
 その情景に、かつての忌まわしい記憶が蘇る太夫。だが今は死ねない理由があるのだ。虚ろだった瞳の焦点が定まると同時に、金魚の群れが呼び出される。それらは猟兵たちを排除すべく、煙を破り泥波を物ともせず殺到してきた。
「誤魔化し無しで、はっきり言わせてもらうわ。あんた達に生きてて貰ってたら、都合が悪いのよ! だから容赦なくやらせてもらうわ!」
 だが炎の扱いとあれば、この場においてフィーナの右に出る者は居ない。最も損であろう役回りを担うと決めながら、彼女は杖を振るい無数の黒杭を射出する。次々と金魚へと突き立って行くそれらは本来決して消えぬはずの炎を吸収、純粋な魔力へと変換して召喚者へと還元してゆく。
「っつ、わっちの金魚らが……ぐっ!?」
 襤褸の如く傷つき、足元は一面の泥濘。更に駄目押しとばかりにフィーナの黒杭が太夫の両足を縫い止めた。全快の状態であれば兎も角、今の彼女に杭を引き抜くだけの余力は残っておらず、文字通りその場へ釘づけとなる。
「生憎だけど、私との相性は最悪みたいね! さぁ、もうどこへも逃がすつもりはないわよ!」
 こうなっては外すことの方が難しい。雨霰の如く射出される杭嵐を唐傘で防ぐも、それらは瞬く間に無残な骨を晒してゆく。逃げ場はなく、こんな状態では先の様な奇策も使えない。その現実に、辛うじて均衡を保っていた彼女の精神は軋みを上げ。
「また、零れ落ちる……この手から、幸福が。男も、輩も。でも、やや子だけは。わっちの五体など、もうどうでもいい。ただ、この子が生れ落ちれば。それなら、もう」
 最後の一線が崩壊した。太夫は躊躇なく自らの手を口元へ運ぶや、残った指に歯を立てる。ぶちりという音と共に指が七本、汚泥へと沈んでゆき、そして。
「――こんな手指なぞ、もう要らなんし」
 刹那、亡霊の群れが飛び出してきた。それまで切り落ちた指は三本。それの倍を超す数が捧げられたとなれば、その勢いと数はこれまでの比ではなかった。
「おっとぉ……数で押し負けるつもりはなかったんだが、これはちと不味いか?」
「肉体が無いからか、泥濘で動きが鈍る様子もないですね……ですが、手は在ります。私が前に出ますから、語さんは気にせず人形の起爆を」
 手にする武器は雑多だが、数が多い上に泥で足を取られる様子もない。だが何よりも、太夫の感情を反映してかその気迫には鬼気迫るものがあった。残しておいた人形をかき集める語の横では、カイが念糸とそれを編み込んだ符を取出し歩み出る。身体を張った足止めならば、彼には幾つか手札があった。
「あんまり無茶はして欲しくないが、そうも言っていられないな。出来る限りこっちで数は散らすぜ、桜雨さん!」
 語の言葉に頷くや、カイは念糸を引き伸ばし敵中へと飛び込む。当然、亡霊たちが殺到してくるも、そこはタイミングを見計らった語が人形を順次起爆させ、敵の圧力を散らしてゆく。
 だが止めきれなかった亡霊の攻撃がカイへと集中し、荒々しく燃え上がる炎が彼の全身へ痛々しい跡を焼きつける。しかし、それも計算の内だ。
(指を切り、あまつえさえ自ら噛みちぎる。そこに籠められた意味は分からなくても……覚悟は感じる。それでも)
 痛みに身をこわばらせるのではなく、敢えて害意に身を委ねる。それはまるで、風にそよぐ柳の如し。完全に脱力した肉体は攻撃の衝撃を受け流し、その全てを手にした符へと集中させて変換する。
「……引かない覚悟が、こちらにもあります」
 苦痛から癒しの力へと。限界まで高まったそれらは、周囲へと解き放たれた念糸を枝として一気に開花した。桜の花片の如く舞い散る呪力は仲間を癒す一方で、肉体無き亡霊たちを破魔の糸で絡め取る。
「討つ事は避けられなくとも、出来ればあの女性にも届けたい。けれど……っ」
 さながら無数の蔦に絡みつかれたか如く、亡霊の群れは縛り上げられ身動きが取れなくなる。それでも糸を引き千切らんと足掻き続けており、カイ単身ではそう長く押し留める事は出来ないだろう。何より相手の数が数だ、糸が足りず太夫の更なる拘束までは望めなかった。
「お願いします! 今の内に、早くっ!」
「分かったわ! でも、これじゃ射線が通らない……なら、しょうがないわね!」
「残る相手の手札は焔金魚だけだ。切り込むなら、私たちが適任だろうね」
 この機会を逃せば、戦況が膠着状態に陥りかねない。相手の攻撃への抵抗手段を持ったフィーナとファンが、動けぬ亡霊の間を縫って太夫の元へと切り込み勝負を掛ける。
「…………どれほど望んだか、主らに分かりんすか? 客と遊女の間柄、真の愛など在りはせず。男と輩に裏切られ、瘡毒の身ではどう足掻いても子を宿せぬ」
 ざんばらに乱れた髪の奥、そこから覗く瞳がどろりとした視線で両者を射抜く。己の保身はもう頭の中から抜け落ちていた。それらが削り取られた今、残っているのは凝り固まった慟哭と、唯一宿した幸福の象徴を守り抜く事のみ。
「紛いであろうが、偽りであろうが。わっちの愛は、この感情は……真実だッ!」
 金魚の輪郭すら覚束ぬ、巨大な炎。それは命を、心を燃やし尽くす徒花太夫の絶叫に他ならない。肌を焼く熱波灼熱、だがそれでも二人が退くことは決して無い。無数の鉄杭を、絶え間ない泥波を。あらん限りを繰り出して焔魚を潜り抜け、太夫の眼前まで肉薄する。
 魔杖を構え、先端を相手の胎へ定めるフィーナ。太夫はもう限界をとうに超えている。後一撃を叩き込むだけ……という刹那、彼女と太夫の視線が交錯した。
「この、さっさと……っ!」
「――――――――ッ!」
 覚悟は決めていた。他の誰でもない、自らが汚れ役を被ると定めたのだ。その意思は決して脆くはない。だから、言葉が途切れてしまったのは、交錯の結果が『こう』なってしまったのは……その瞳に救われる事なき悲哀を見てしまったのは。
「っ、しまっ……!?」
 覚悟の下限ではなく、上限の差。上回られたという、ただそれだけの理由でしかない。ほんの僅かに出が遅れた瞬間、半壊した金魚が最後の力を使って背後からフィーナを襲い、それによって狙いが狂ってしまう。そのままがぱりと口が開き、呑み込まれる寸前。
「糸の一本くらいであれば……これくらい!」
「作れる隙は一瞬だ、きっちり下げをつけてくれよ!」
 カイが何とか撚り出した念糸により引き寄せられた人形が、語によって相手の眼前で火薬を炸裂させた。四散する破片に、大きく仰け反る金魚。
 その僅かな時間を、ファンは決して無駄にはしなかった。溜めに溜めた魔力を燃料に、身体能力を極限まで強化。そのまま彼女は破魔の力を帯びさせた白刀を投擲する。
「あなたに、恨みは無いけれど。手を差し伸べる義理も、また存在しない」
 もしこれが、真実彼女の子供であれば、もう少し救いのある結末に至れたのか。微かでも助けを求めれば、僅かばかりの慰めも与えられたのだろうか。だが全てはもう、栓なきこと。
 ――此度、白き少女は道の外を往くと決めたのだ。
「怨むなら、過去から黄泉還った事を恨むんだね」
 ぐさり、と。太夫の胎部へ刀身が半ばまで突き刺さる。それは誰がどう見ても、致命の一撃だ……母にとっても、やや子にとっても。
「……過去はもう、どう足掻いても変えられないんだ」
 白き少女の言葉を受けて、紅き母は張りつめた糸が切れた様に仰向けに斃れる。口の端から血を伝わせながら、彼女は指の無い掌で串刺された胎へと触れた。
「やや、子や……やや子。そんなに、はは、が……」
 漏れ出た子守唄は、風に溶け消えて……それきり、徒花太夫が動くことは無かった。

 此度の戦いは猟兵たちの勝利に終わった。だがそれを手放しで喜ぶには、どこかほろ苦い空気が彼らの間に流れていた。
「はーー……。やっぱり、柄じゃなかったのかしらね」
 ぽてりと腰を下ろしてフィーナが深い溜息を吐くと、思わずそんな言葉が零れ落ちる。戦いは終わったのだ。悪役の仮面をかぶる必要はもうない。此度の戦いは後々の災禍を防ぐため、必要なものであった。しかしだとしても、決して気分良くとはいかない。
「……早く、皆の所に帰りたいわね」
 そんな呟きこそが、フィーナの偽らざる本心なのだろう。ふと、最後の攻防を仲間達が見ていたら、何というだろうかと考える。明確な答えはないものの、それを弱さと断じられことはきっと無いだろう。そんな徒然とした郷愁が、浮かんでは消えてゆくのであった。
 
「見つけられるか不安でしたが……全部揃って良かった」
 他方では、骸となった太夫の傍らへ膝をつくカイの姿が在った。彼の手に包まれていたのは、千切れた十本の指。
「遅いかもしれないけど……せめて、最後くらいお腹の子を優しく撫でられますように」
 戦闘中に受けた痛苦を変換した癒しの呪力。残しておいたそれを糸編符へと載せ、彼は一本一本丁寧に指を縫い繋げ、胎に開いた穴を塞いでゆく。今回、大の為に小を殺す冷徹さが必要だった。だが、死してなお辱める残酷さは不要だ。
 此度、彼女の発した感情がどこまでが人為的で、どれほどが本心か。それを窺い知る術はもうない。もしかしたらこの行為も、見当違いの気遣いかも知れない。
「もしそうだとしても、それでも」
 カイはあの中で目にした叫び全てが偽りだったとは……どうしても、思いたくはなかったのだった。
 
「いつぞやの箱も、始まりはこうだったりしてな」
 他の仲間たち同様、空を見上げる語も思考に耽っていた。思い出すのはかつての一件。子を取る箱と子を宿す呪い、自らの児を求めるその在り様は何よりも似通っていて。それ故に、結末の差異をまざまざと感じさせられてしまう。
「もしも。もしも仮に見逃していたとして、その先に幸福はあったのか?」
「……語。その結果を、私たちはもう見ているはずだよ」
 思わず口を突いた疑問に、相槌を打ったのはファン。同じ事件を知る者として、彼女は祈る様に紅の左瞳を瞑る。奇しくも、共に止めを刺したのはファンだった。
「あの時は、本当に幸運だったんだよ。全部が全部、救えるわけじゃない」
「まぁ、そうだろうなぁ。それでもやっぱり、気分は良かない訳で」
 親は何より、子が大事。飴を買い、子を守る母霊の噺。その一節がふと思い浮かぶ。せめて骸の海でなら、母子は共に居られるだろうか。確かめる術などないが、そうであればいいと彼は静かに思う。

 ――斯くして。死者は骸の海へと還り、生者は次なる戦場へと赴くのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年08月24日
宿敵 『徒花太夫』 を撃破!


挿絵イラスト