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エンパイアウォー㉙~いついつ出遣る籠の鳥

#サムライエンパイア #戦争 #エンパイアウォー

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 小町は逃げていた。
 藪をかき分け、大きくなくとも確かな脈動を伝える下腹を押さえて、息を切らして走り続ける。
「逃げなきゃ……隠れなきゃ……!」
 無敵と思えた織田軍を追い詰め、徐々にその恐るべき刃を近づけてくる化け物たちから、小町は逃げ続ける。
 猟兵。なんと恐ろしい連中か。織田信長が天下を取り、妖怪の平和が訪れると思ったのに、その夢はもはや蜃気楼のように、揺らいで消えかけている。
 それでも、将軍たちは諦めていない。最後まで勝利を確信している。
 だからこそ、小町は授かったのだ。美麗なる陰陽師、安倍晴明の子を。彼を通じて現れた、神様の子を。
「晴明さま……!」
 あの人が触れてくれた温かな手の温もりが、小さくも大きな幸せを宿してくれたのだ。それだけが、小町の生きる希望だった。
 だから、走る。どこまでも、どこまでも。
 血も涙もない猟兵たちのおぞましい足音が、この子に聞こえないように。
「あぁ――」
 この子だけは、なくさぬように。



「だが、殺せ」
 マクシミリアン・ベイカー(怒れるマックス軍曹・f01737)は表情を動かさず、氷のように冷たく言った。
「狐の小娘に宿っているのは、可愛いベイビーなどではない。正真正銘の、世界を滅ぼすどでかいクソだ。この娘は知っているのか知らんのかは、どうでもいい」
 吐き捨てるように話しながら、マクシミリアンが背後を指さす。そこには、戦の爪痕が残る奥羽地方の原生林が広がっていた。
 息を切らして走る狐耳の少女が、しきりに背後を気にしている。彼女が恐れているのは、ここに集っている猟兵たちだ。
「この小娘が腹に抱えているのは、いけ好かないクソ陰陽師が孕ませた『偽神』だ。研究施設から逃げおおせたらしいから、ベッドで仕込んだわけではないと思うが……な」
 冗談だったのだろうか。猟兵に笑う者はいない。マクシミリアンも、笑っていなかった。
 何が行われたにせよ、ろくな儀式ではないはずだ。だが、それはどうでもいいことだ。
 『妖狐』小町が授かった子は、偽神と呼ばれる強大なオブリビオンである。小町はそれを知ってか知らずか、腹の子を何よりも大切に愛おしく思ってしまっているのだ。
 同情したくなる者もいよう。しかし、マクシミリアンは鋭い眼光をわずかも揺らがすことはなかった。
「狐の小娘も、オブリビオンのクソだ。躊躇うことはない。貴様も俺も猟兵で、世界を守るのが我らの役目だ。この小娘は、世界の敵だ」
 倒さなければならない。例え少女が、戦いを放棄して死に物狂いで逃げたとしても。
 幼き母として、涙ながらに我が子の命乞いをしたとしても。
「世界のために、殺せ。いいな」
 静かに敬礼の姿勢を取ったマクシミリアンのグリモアが、輝く。


七篠文
=============================
 このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
 1フラグメントで完結し、「エンパイアウォー」の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。
=============================

 どうも、七篠文です。
 今回はサムライエンパイアです。
 現在行われている戦争の、ボーナスシナリオとなります。

 舞台は奥羽(東北)地方の原生林。やることは単純です。ボスのオブリビオン一体だけが敵なので、ボコボコにしましょう。
 ただし、ボス敵の「『妖狐』小町」は戦闘に消極的です。自身と「偽神降臨の邪法」によってお腹に宿した偽神を守るためにのみ、ユーベルコードを使います。逃げたり隠れたりもします。泣いて許しを乞うかもしれません。
 しかし彼女を逃がせば、子を宿してから十月十日で偽神が誕生してしまいます。強大なオブリビオンです。最悪の場合、新たなオブリビオンフォーミュラとなりかねません。
 プレイングには「逃走または隠れた場合の対処法」が書かれていた場合、ボーナスがつきます。

 小町は我が子を心から愛し、子を宿してくれた安倍晴明を敬愛しています。説得は不可能です。
 あなたにとって、胸糞悪い戦いになるかもしれません。非道な悪者にされたような気持になるかもしれません。
 どうぞ、信念と覚悟を持って挑んでください。どのような結果でも、正義は猟兵にあります。

 七篠はアドリブをどんどん入れます。
 「アドリブ少なく!」とご希望の方は、プレイングにその旨を書いてください。
 ステータスも参照しますが、見落とす可能性がありますので、どうしてもということは【必ず】プレイングにご記入ください。

 また、成功以上でもダメージ描写をすることがあります。これはただのフレーバーですので、「無傷で戦い抜く!」という場合は、プレイングに書いてください。
「傷を受けてボロボロになっても戦う!」という場合も、同様にお願いします。

 それでは、よい冒険を。皆さんのプレイングをお待ちしております。
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第1章 ボス戦 『『妖狐』小町』

POW   :    妖狐の蒼炎
【青白い狐火】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
SPD   :    クイックフォックスファイア
レベル分の1秒で【狐火】を発射できる。
WIZ   :    コード転写
対象のユーベルコードを防御すると、それを【巻物に転写し】、1度だけ借用できる。戦闘終了後解除される。

イラスト:茅花

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠暁・碧です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

鈴木・志乃
※人格名『昨夜』で参加
必ず敵をこの地に縫い止める
その為なら自身のダメージは厭わない

晴明……ッ!!
なんて狡猾、卑怯、悪趣味
今の私に在る感情はただ虚しさばかり!!
大義? 正義? 知ったことか
私はただ私と世界、志乃の為だけにお前を殺す!!
これより行うは只のエゴ
お前がその子を守るのも只のエゴだっ!!

UC発動
第六感で居所を見切り探し当てる
念動力で周囲の器物を巻き上げ敵を囲むように落とし追い込む
光の鎖で足払いの転倒狙い
そのままロープワークで縛り上げる

敵攻撃には周囲に水あれば巻き上げてぶっかけ対抗
光の鎖で武器受けからカウンターなぎ払いの衝撃波攻撃
オーラ防御常時発動

終わったら泣く



 鈴木・志乃(ブラック・f12101)に憑依した霊、彼女の親友である昨夜は、激昂していた。
「晴明……ッ!」
 オブリビオンとはいえ少女の体に偽神を植え付けるなど。ましてや、女の母たる性を利用するなど。
 敵に人道を求めるつもりなど毛頭ないが、これを外道と言わずしてなんと言おうか。
「なんて狡猾……卑怯、悪趣味……!」
 憤慨に燃える夕日の如き瞳は、広大な原生林の中にあって迷わず一点を見つめていた。
 生い茂る木々の奥だ。姿こそ見えないが、昨夜には視えていた。第六感によって、怯えて逃げ惑う妖狐の姿を捉えていた。
 迷わずに進む足取りが、重い。それは眠りについているはずの志乃の想いの重さか、それとも昨夜自身が抱いている虚無にも近い感情ゆえか。
「……これはより行なうは、ただのエゴだ」
 震える唇で紡いだ言葉は、不思議なほど揺るがなかった。
 安倍晴明の外道が仕掛けた策略は無論のこと、この森で行われる戦いの理由もすべて、エゴだ。昨夜はそう確信していた。
「大義も正義も、知ったことか。私はただ……私と世界、志乃のためだけに」
 例えこの行ないを誰かに責められようとも、視界に入った狐耳の少女にいかなる罵声を浴びせられようとも、昨夜の心はぶれることはない。
 大きくなるのかも分からない腹を押えて走る妖狐を早足で追いつつ、昨夜は叫ぶ。
「志乃のためだけに――お前を殺すッ!!」
「ひっ……!」
 小さな悲鳴とともに、妖狐小町が転んだ。
 瞬間、昨夜の白く変色した髪が、迸る念動力によって激しく揺らめいた。視認できない力の波動が原生林を這い回り、木を、枝を、葉を、大地を巻き上げる。
 立ち上がれずうずくまる小町からすれば、それは地面から風が吹き上がったように見えただろう。
 怯えを隠すこともできず、小動物のように震えている小町へと、昨夜は巻き上げたものを落下させた。
 巨大な枝や凄まじい量の葉と土が、妖狐少女を囲むように地面を叩く。細い腹を抱えるようにして、小町は這いつくばってそこから逃げようとしていた。
「……お前がその子を守るのも、ただのエゴだ」
 昨夜は呟く。あるいは小町が人で、胎内に芽生えたものもまた人であったならば、別の答えを言えたのかもしれない。
 しかし彼女はオブリビオンであり、宿したモノも悍ましい化け物だ。それを守るというのなら、誰になんと言われようとも、エゴと断ずる覚悟が昨夜にはあった。
 降り注ぐ木の枝に打たれながらも、小町は抵抗してみせた。手をこちらに向けたかと思うと、目にも止まらぬ速度で青白い狐火が放たれる。
 しかし、混乱の極みの中で放たれたその炎は、昨夜に届くことなく、舞い散る土に阻まれて消えた。
「あぁ……!」
 絶望に顔を歪める小町へと、昨夜は淡く輝く鎖を投じる。地面を滑るように走った鎖の先端は、小町が逃げるより早く、その細い足首を捉えた。
 悲鳴を上げて地に伏す小町が、光の鎖に縛り上げられる。それでもなお下腹を庇おうとする姿にも、昨夜は決して動じようとしなかった。
 その鎖。本来の持ち主である志乃は、放つ輝きを世界を照らし命を守る象徴としていた。皆の幸福と笑顔のために、と。
「志乃は、何と言うだろう」
 零れた言葉は、鎖を解こうと暴れながら叫ぶ小町の声にかき消える。
「なんで――なんでこんなことするの! わたしは何も悪いことしてないのに!」
「……そうかも、しれませんね」
 だが、それが何だと言うのだ。今更そのようなことを言われて、退けると思っているのか。
 その想いは声に出さず、昨夜は縛られたままの小町に向かって、容赦なく衝撃波を放った。土を抉る力の波動が、小町の体を激しく打つ。
 妖狐少女の体が宙を舞い、再び倒れる。輝く鎖をそのままに、さらなる衝撃波を放とうとしたその時、突如として小町が炎に包まれた。
 青白い狐火だ。同時に、鎖の先にあった手応えが喪失した。逃げられたと分かった時には、昨夜の視界は蒼炎に染まっていた。
 一瞬にして森中に燃え広がった青い炎は、思うほど熱くはない。だが、視界は明らかに悪くなっていた。逃げるための手だろう。
 しかし、即座に他の猟兵が小町を追い詰めていることを、昨夜は第六感で感じ取った。
「長引かせて、何になるというのですか」
 呟きとともに溢れ出しそうになった感情を、昨夜は飲み下す。
 泣くのは、すべてが終わってからにしようと、この森に来てから志乃に憑いたときに、そう決めたから。

成功 🔵​🔵​🔴​

露木・鬼燈
趣味の悪いキツネ狩り。
ホント…クソみたいな仕事なのです。
とは言え、仕事として受けたからね。
いつも通りにオブリビオンを狩るのです。
忍は躊躇わない。
せめて苦しまないように一撃で、なんてものも不要。
確実に殺すのが肝要で慈悲などいらない。
<骸晶>を展開し、空からの光学迷彩をかけて捜索するですよ。
レーダー探査と如意宝珠による解析で位置を割り出す。
気・魔力・マイクロ波を用いたレーダー探査ならイケルイケル!
無事に発見したら棒手裏剣に暴喰之呪法を封入。
長銃型魔杖から電磁誘導にて発射する。
狙撃を開始…の前に参加中の猟兵に通信を送っておくです。
逃がすわけにはいかないからね。
さて、準備はできた。
狙い撃つっぽい!


エーカ・ライスフェルト
敵がオブリビオンなら滅ぼすだけよ

【理力全開】で飛翔能力を獲得し、原生林の上空を、目的のオブリビオンを数百メートル追い越すつもりで通過し【念動力】で枝や葉を押しのけながら着地する
その後、麻痺の【属性攻撃】を地面や木々に対して過剰なほど繰り返す
ここまで追い込まれてきた『『妖狐』小町』が麻痺して痛みを感じられなくなるくらいにね

「安倍晴明か。これで私達の覚悟が鈍るなんて思っていないはず。多分、これは……嫌がらせね」
邪悪な猟兵を最後まで演じてあげるわよ。男にも子にも裏切られていることに気付いて死ぬより、悲劇の女のまま死ぬ方が……マシよ

「痛み無くあの世に送ってあげる。親子」(表情に出かかる)「仲良くね」



 美しき原生林が、青白い炎に包まれていく。
 それが敵たる妖狐のものであることを感じ、同時にその火炎から敵意がほとんど伝わってこないことも知って、露木・鬼燈(竜喰・f01316)は眉を寄せた。
「趣味の悪いキツネ狩り。ホント……クソみたいな仕事なのです」
 どこか陰った声は、彼らしくないと言われるかもしれないが、鬼燈は今の感情に嘘をつく気にはなれなかった。
 そしてありがたいことに、共に上空から敵を探すエーカ・ライスフェルト(電脳ウィザード・f06511)は、鬼燈にしては珍しい声音を気に留めていないようだった。
「敵がオブリビオンなら、滅ぼすだけよ」
 退廃的かつ豪奢な服に身を包んだエーカは、冷たいほどに淡々と言った。しかしその言葉の節々に怒りが込められていることを、長く共闘してきた鬼燈は感じ取っていた。
 だからというわけではないが、鬼燈は頷いた。
「仕事として受けたからね。いつも通りにオブリビオンを狩るのです」
「そういうこと。手心なんていらない」
「せめて苦しまないように一撃で、なんてものも不要」
「大切なのは、オブリビオンが死ぬかどうか、それだけ」
 互いの顔を見ないままに意思を確認しつつ、エーカは眼下の森を見やった。青い狐火に隠れた妖狐、小町の姿は見えない。
 しかし、それは目視の話だ。隣の鬼燈は、展開した化身鎧装<骸晶>による魔力のレーダーと如意宝珠で、その居場所を掴んでいた。二人の飛行には、迷いがない。
 ふと、鬼燈が言った。
「それにしても、気持ちの悪い研究っぽい。オブリビオンとはいえ女の人に化け物を生み出させようなんて。もしかして僕たち、精神攻撃されてる?」
「……安倍晴明ほどの奴が、これで私たちの覚悟が鈍るなんて考えていないはず」
「じゃあ……」
 神妙な顔でこちらを向いた鬼燈に、エーカは真顔で頷いた。
「これは……嫌がらせね」
「なるほど」
 真実は分からないし、分かりたくもなかったが、どちらにせよ許せない所業であることに変わりはない。
 何より、この胸糞悪い戦いを放棄することなど、猟兵の二人ができるはずがないのだ。
「見えた、エーカさん。十一時方向」
「視認したわ。先に仕掛けてちょうだい」
「了解っぽい」
 加速したエーカが小町の位置を追い越していくのを確認し、鬼燈は原生林で敵を探す猟兵たちに、小町の居場所を知らせる信号を送った。
 これで、彼女を取り逃がすことがあったとしても、他の誰かが仕留めてくれるに違いない。
「逃がすわけにはいかないからね」
 長銃型魔杖に、棒手裏剣を装填する。そこに付与された暴喰之呪法が、杖の魔力と同調して唸りを上げた。
 ライフル狙撃の要領で、構える。銃口のはるか先には、狐火を撒き散らしながらお腹を押さえて走り続ける小町がいた。
「狙い撃つ……っぽい」
 銃声のような発射音とともに放たれた棒手裏剣は、風に煽られて方向を大きく変えながらも、電磁誘導によって軌道を即座に修正し、妖狐の少女へ向かっていった。
 そして一秒も経たずして、森の中に悲鳴が響き渡る。
「いっ――いやぁぁぁっ!」
 右肩を貫いた棒手裏剣から解き放たれた呪詛が、百足の形をとって小町の腕に纏わりつく。振り払おうと地面を転げ回る姿を嘲笑うかのように、蠢く呪いは少女が宿す偽神に迫った。
「だめっ! この子は!!」
 愛しい我が子に危機が迫った瞬間、小町は己の放つ青白い炎で、右肩を焼いた。強烈な痛みに涙を零しながらも、歯を食いしばる。
 強制的に傷を塞ぎ、呪詛をも焼き払った小町は、周囲を警戒しながら立ち上がり、再び走り出した。
「……よくもまぁ」
 次弾を装填しながら、鬼燈は呆れたように顔をしかめた。あれではまるで、本当に我が子を守る母親ではないか。
 あるいは彼女にとっては、それこそがかけがえのない真実なのかもしれない。悪漢とはこういう気分なのだなと、心の片隅で考えた。
 魔杖を構えた瞬間、森の奥で轟音が響いた。エーカだ。彼女は小町を数百メートル追い越して、念動力で木々を無理矢理押しのけて着地していた。
 同時に、地面や木、草にまで、麻痺の魔力を散布していく。不可視のそれらは、罠として十二分の役割を果たすだろう。
 あるいは小町が麻痺に侵されたなら、痛みを感じることもなくなるかもしれない。
「……慈悲ではないわ。邪悪な猟兵がお望みなら、最後まで演じてあげるわよ」
 愛した男にも生まれくる子供にも裏切られていることに気付き、その果てに命を落とすなら。エーカはこちらを見つけて身構えた小町を見据えて、呟いた。
「悲劇の女のまま死ぬ方が……マシよ」
「死なない。私は、死ねないの!」
 焼けた右肩を上げることは叶わず、小町は左手に巻物を握りしめた。
 何か術式が施されていると見るべきだろう。下手に仕掛けてこない以上、こちらの罠に誘う必要があった。
 そしてそれは、上空から飛来する。小さな爆発音とともに地面に突き刺さった棒手裏剣が、大地に赤い百足の呪詛を生み出し、小町に向かわせた。
 空から狙う鬼燈は、エーカの罠を察して、彼女を追い込む作戦に出たのだ。それが全く趣味の悪い狩りそのもので、辟易していたが。
 腹の子を食らわんと迫る呪詛を狐火で焼くも、鬼燈が次々に放つ棒手裏剣から生み出される呪詛は、次第に増えていった。
 徐々に後退する小町は、自分が追い込まれていることにも気づかなかった。時々エーカを振り返り警戒はしているが、何も攻撃してこないことで、優先順位を下げてしまったのだ。
「……守るものがあると、視野が狭まるのかしらね」
 エーカの呟きに、小町が振り返る。しかし、もう遅かった。彼女が下げたその一歩が、とうとうエーカの領域に踏み込んだ。
 足の裏から駆け上る痺れは一瞬、小町は目を見開いてその場に倒れた。全身が麻痺して、感覚が薄れていく。近づく呪詛に抵抗もできない。
 敵が麻痺の属性攻撃にかかったと見るや、鬼燈が下りてきた。地面を這う呪詛が消え、棒手裏剣を込めた魔杖を小町に向ける。
「早く決着がついてよかったっぽい。これでもう、お前は動けない」
 今も左手に巻物を握りしめ、肩の焼けた右手でなおも腹を庇いながら、小町が絶望に涙を流す。その口が小さく「この子はやめて」と呟いた。
 心に冷たい棘が刺さったのを、エーカは極力無視しようとした。
「痛み無くあの世に送ってあげる」
 しかし、この一瞬だけ、明らかな同情が心中に膨れ上がり、彼女はわずかに顔を曇らせる。
「親子――仲良くね」
「さよなら」
 忍のあるべき姿として、鬼燈は一切の感情を殺して、魔杖を放とうと構えた。
 何が起きたのか、その瞬間の二人は理解できなかった。突然地面から突風の如き力が吹き荒れ、エーカと鬼燈は吹っ飛ばされたのだ。
「ぐっ……これは、念動力!?」
 受け身を取りつつ、エーカが叫ぶ。紛れもなく彼女が得意とする力で、しかもそれは、エーカのものに非常によく似ている。
 銃声に似た発射音が響く。見れば、鬼燈が魔杖の棒手裏剣を放っていた。しかし電磁誘導されているはずのそれは、不可視の力に絡めとられて、地面に叩きつけられた。
 青白い炎が吹き荒れる。その中をほとんど運ばれるように飛翔していく小町が見えた。痺れる体を必死に抱きしめている。左手の巻物が、輝いていた。
「……やられた。まさか、あの巻物で私の念動力を模倣するなんて」
 呟いたエーカに、追撃をあきらめた鬼燈が頭を掻く。
「狙ったわけじゃないと思うけどね」
「そうだとしても、よ。あの見た目でも、オブリビオンなのね。大した執念だわ」
 空を見上げたエーカは、今度こそ感情を隠すことなく、苦虫を噛み潰したように眉をひそめていた。
 その気持ちはわかると、鬼燈は内心で独り言ちた。決して声には出さないけれど、思いは同じだ。
 ここで仕留めてやれていれば、長く苦しむこともなかっただろうに。
 原生林に揺らぐ青い狐火は、その向こうの青空と比べて、遥かに弱々しく輝いていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

セルマ・エンフィールド
必要であれば、誰だろうと撃ちます。
オブリビオンであるなら、躊躇う理由など……ありません。

場所は原生林、射線を遮るものが多いのは厄介ですが……追い立てるにはいい場所ですね。
逃げる妖狐を藪や木の陰に隠れて『目立たない』ようにしながら『忍び足』で追跡します。

敵が隠れて休もうとしたらフィンブルヴェトで狙撃を。当てる必要はありません。ただ銃声や近くを通る弾丸で「狙われている」と分からせれば休んではいられないでしょう。

休ませず逃げさせ続け、疲弊しきったときがチャンス、『スナイパー』の技術を以って【氷の狙撃手】で狙い撃ちます。

……スコープの向こうにいるのは、獲物だけです。



 スコープの向こう側には、原生林に広がる青い炎が見えた。
 射線が遮られているのは厄介だが、敵を追い立てるには良い場所でもあった。
 息を潜めて、セルマ・エンフィールド(絶対零度の射手・f06556)は森の奥に走っていく妖狐を見つめた。
 猟兵から盗んだ念動力が切れ、着地に失敗したのだろう。頭を怪我したのか、顔の半分が血で濡れている。その右肩口は焼かれ、左手で腹部を必死に抑えていた。
 その姿はまるで、戦時に逃げ惑う町娘のように、哀れだった。しかし、あれは敵だ。
「必要であれば、誰だろうと撃ちます」
 引き金に指をかける。狙撃手としての冷静さを欠かせる感情を、静かな呼吸で追い出していく。
「オブリビオンであるなら、躊躇う理由など……ありません」
 そう声に出しても消えない同情の残滓は、無視するしかなさそうだった。
 周囲を警戒しながら走る小町へと、発砲。放たれた弾丸が、草を散らして妖狐の足元に突き刺さる。
「ひゃっ!?」
 悲鳴とともに飛び上がり、転びかけながらも逃げる少女の行く先に、セルマは再び弾を放つ。
 狙撃されていることを知った小町は、休めない。息も絶え絶えになりながら、見えない狙撃手に怯えている。
「……」
 お腹の子を庇いながら辺り構わず狐火をばら撒く小町の足元に、また発砲。跳ね上がった地面に体を強張らせる姿が、スコープに映る。
「これでは、まるで――」
 人々の命を弄ぶ、故郷に蔓延る吸血鬼の所業だ。浮かんだ己の感想に、セルマは唇を噛む。
 戦う意思すら見せない者を殺めることに、抵抗がないわけがない。冷静たらんとしても、覗いた筒の向こうで泣きながら逃げる少女が、セルマの心に影を落とす。
 銃声を響かせ、その成果を確認せずに次弾を装填する。弾を込めるという作業は身に染み付いてるはずなのに、今はなぜか、違和感を覚えた。
「同情……しているというのでしょうか。オブリビオンに?」
 自問しても、答えは出ない。確かなのは、猟兵たちが感情に飲まれて敵を見逃せば、いつか必ず大勢の人が死ぬということだ。
 息をすべて吐き出し、大きく吸って止める。思考も停止させ、愛銃フィンブルヴェトを構え、撃つ。
 木の葉を散らした弾丸が、小町の頬をかすめた。何かを叫んで倒れた少女が、辺りに狐火をばらまいた。
 錯乱している。攻撃ですらない。原生林を燃やす青い炎が、セルマには小町の涙に見えた。
 少女の姿とはいえ、オブリビオンだ。牽制射撃の度に精神をすり減らしながらも、敵は懸命に走り続けている。
 しかし、その足は徐々にもつれ、速度は目に見えて遅くなっていた。
「……」
 セルマは氷の力を込めた弾丸を、ライフルに籠める。この一撃で決まるだろうか。確証はない。
 だが少なくとも、深手を追わせることにはなる。そうなれば、戦いの終わりは近づく。
 例えこの弾により、小町にどんなにか恨まれようと、セルマは躊躇うつもりはなかった。
「……スコープの向こうにいるのは、獲物だけです」
 いつだって、そうだった。
 相棒のフィンブルヴェトは、繰るセルマの心がどうであれ、狙った者を等しく獲物として穿つ。
 今回も同じことだ。手に馴染む銃に身を任せ、トリガーを、引いた。
 銃声に乗って飛ぶ弾丸は、強力な冷気を伴って、狐火をばら撒き走る小町の左目を貫いた。
 甲高い悲鳴ともに、顔の半分を凍てつかせながらも、彼女は死ななかった。死ねなかった。
 激痛により制御を失った狐火が溢れ、セルマの視界を覆い尽くす。スコープ越しに小町を探すが、捉えられない。
「まさか、まだ抗うなんて」
 右腕に続き左の目を失ってなお、戦意を保つというのか。考えかけて、セルマは頭を横に振った。
「これが、母親、なのでしょうか」
 認めたくはない。化物を身籠る化物に、母の愛があるなどと。
 だが、そう思わざるを得ないほど、小町は今、強かった。
 銃を下げる。森に広がる青白い炎は、木々をほとんど燃やすことなく消えた。
 そこに、小町はいなかった。
「……逃してしまいましたね」
 呟きながらも、セルマはどうしてもこれ以上追いかける気にはなれず、愛銃の銃身を撫でた。
 氷のように、冷たかった。

成功 🔵​🔵​🔴​

グルクトゥラ・ウォータンク
やらねばならぬならやるしかあるまい。元よりオブリビオンとの闘争とは、互いを殺し合う以外終結はないものよ。この胸糞悪さを誰が引き受けるかの違いにすぎんなら、わしが引き受けよう。

ユーベルコードでガジェットボールズを呼び出したなら、部隊を三つに分ける。一つは後方より突撃銃や迫撃砲での【範囲攻撃】で大音を立て冷静さを奪い追い立てる役。一つは左右より狙撃銃の【スナイパー】で威嚇し進路を制限する役。一つは【罠使い】【破壊工作】により進路上に罠を張り、確殺する役。
各部隊は【追跡】【情報収集】専業偵察機を数体置き決して逃がすな。

ああ、なんとも醜い戦場よ。誇り高く戦うも、醜く生死を弄ぶのも、戦争の裏表であれば。



 小町という妖狐は、決して弱いオブリビオンではない。原生林の広範囲に広がる青白い炎の規模を見れば、それは誰でも分かるだろう。
「それにしても、じゃ」
 グルクトゥラ・ウォータンク(サイバー×スチーム×ファンタジー・f07586)は、自身に従うようについてくる金属の球体――ガジェットボールズに目をやりながら、ため息をついた。
 猟兵たちは、確実に小町を追い詰めている。それでも命を奪うに届かないのは、小町の能力に所以するだけではあるまい。
「……あぁ、なんとも醜い戦場よ」
 グルクトゥラは知っていた。戦とはそういうものなのだ。
 世界を守ると言えば聞こえはいい。が、猟兵とオブリビオンの戦いにおいて、多くの場合、互いを殺し合う以外に終結はない。そうでないものもあるかもしれないが、それは例外中の例外、滅多に起こり得るものではないし、不自然なのだ。
 今回もまた、結末は同じだろう。いかに敵が敵意を見せずとも、斃さねばならぬ相手ならば、やることが変わろうはずもない。
「所詮、この胸糞悪さを誰が引き受けるかの違いにすぎん。ならば――」
 グルクトゥラが上げた片手に合わせて、ガジェットボールが機動する。銃口や砲台を露にしたそれらを見ずに、仲間から送られてくる小町がいる方向へと、右手を下ろした。
「わしが、引き受けよう」
 その声を命令とし、ガジェットボールズが走り出す。三つの部隊に分かれ、一つは後方に、一つは小町が目を負傷したことにより死角となった左方に、そして一つは大きく迂回し、敵の進行方向の先へ。
 それぞれの部隊に置いた偵察機が、常に小町の正確な位置を割り出す。そのデータはグルクトゥラのそばに待機するガジェットボールのもとに届き、レーダーのような画面によって彼に状況を知らせていた。
 点滅するいくつもの光点は、妖狐を無慈悲に包囲していることを教えてくれる。
 後方についたガジェットボールズ部隊が、一斉に発砲を開始した。砲撃音と銃声、迫撃砲が着弾した轟音が、森の中に響き渡る。
 戦場の振動と音だ。戦意のない、母たらんとする少女の心が、この中で冷静でいられるはずがない。
 そこかしこに燃え移っていた狐火が、その青い光を失っていく。小町が取り乱している証拠だ。
「せめて怒りを覚えてくれれば、やりやすいというに」
 そうあってくれたなら、こちらの戦う理由にもなる。しかし妖狐少女は残酷なほどに、母の慈愛に目覚めてしまっていた。
 左方に回ったガジェットボールズが、狙撃を開始する。この森の中では、木々に銃弾が阻まれることがほとんどだろう。だが、これもまた威嚇だ。
 本命は、進行方向に回ったボールズが仕掛ける罠だ。設置した地雷原に飛び込めば、さしもの妖狐とてただではすむまい。
 送られてくる情報から、小町はグルクトゥラの陽動されるがまま、罠の方向に向かっていた。周囲には他の猟兵も潜んでいる。
「これで決めたいところじゃが……さて」
 人間ならば瞬時に粉微塵になるほどの威力を、罠に持たせた。罠部隊の目的は、敵の確殺にある。
 しかし、オブリビオンという連中は、それすらも容易に超えてくるものだ。
 爆発音と銃声の最中、グルクトゥラは植物と青白い炎に遮られた世界を凝視していた。その先の戦場――満身創痍になりながらも腹の子を庇い逃げる小町を、見据えていた。
 例え姿が見えなくとも、己が仕掛けた戦から目を離すことは、軍隊屋の彼には出来なかった。
 無数に放たれる弾丸は、小町の体を傷つけているだろう。迫撃砲の余波も受けているに違いない。その中でも、小町は止まらなかった。
 銃声と砲撃の中、唯一の逃げ道を、彼女は真っすぐ進んでいた。
 その先にある、地雷原へと向かって。
「……誇り高く戦うも、醜く生死を弄ぶのも、戦争の裏表であれば」
 わずかに目を細めて呟いた刹那、原生林が爆ぜた。
 凄まじい爆音と熱風が、森の木々をなぎ倒す。爆心地を中心に巨大なクレーターが生まれ、ガジェットボールズが転がりながら攻撃を止め、各々が破壊されない地点へと移動していく。
 何が起こったのかは、分かる。当然だ。そう仕向けたのだから。爆風に揺れる髭を撫でつつ、グルクトゥラはボールズが映すレーダーを見た。
 小町を示す赤い点が動かなくなった。静かに点滅を繰り返すそれを見て、大きな息を吐く。
 安堵の吐息ではなかった。赤い点が、消えないのだ。森に灯る青い炎もまた、消滅していない。
「まだ生きておる……。楽になればいいものを」
 ガジェットボールズたちが、弾丸が切れたことを信号で伝えてきた。これ以上の追い打ちは、出来ないようだ。
 だが、その必要もないだろう。ゆっくりと動く赤い点の軌跡を見れば、彼女が重傷を負ったことが嫌でも分かる。
「引き受けきれなんだか。悔いは残るが――」
 それもまた、戦なればこそ。木の葉に灯る弱く青い狐火を見つめ、グルクトゥラは風に消え入るような声で、そう呟いた。

成功 🔵​🔵​🔴​

フランチェスカ・ヴァレンタイン
まったく… あの腐れ術士は何て置き土産を
女として思うところがないわけではありませんが、後の禍根となるのであれば元から断つのみです

逃げる妖狐を上空から追跡しつつ、砲撃を撃ち込んで進路を誘導して逃げ場の少ない地形へと追い込みます

狐火を砲撃と斧槍での斬り払いで迎撃しつつ【虚空に踊り 繰り爆ぜるもの】の不可視のワイヤーで戦域を包囲し、逃走ないし身を隠した妖狐をワイヤーを巻き締めることで絡め取り、至近距離まで引き寄せを
そのままUCの蹴りを叩き込み、内部諸共の振動破砕をお見舞いしましょうか

過去の残滓たるオブリビオンが十月十日後の”未来”に希望を託したい、なんて…
冗談にしてもタチが悪いったらありませんわね?



 白翼を羽ばたかせて味方が通信で伝えてくれた妖狐のもとへと急いでいると、轟音が聞こえた。
 巨大な火柱が立ち上り、木々と地面を根こそぎ空へと巻き上げている。それが敵のものではなく、味方の攻撃であることは、すぐに分かった。
 フランチェスカ・ヴァレンタイン(九天華めき舞い穿つもの・f04189)は、森の上空に制止して、下方を見た。
「彼女、ですか」
 もはや動かぬ右手をぶらぶらとさせ、左目を失った顔の半面を凍りつかせ、体は火傷だらけの血塗れになりながらも、妖狐の少女は健気に森の中を進んでいた。
 凄まじい生命力だ、と思った。並の人間であれば、何度死んでいるか分かったものではない。
「母は強し、と言いますけれども」
 口から出た言葉と共に脳裏を過ぎるのは、あのいけ好かない陰陽師だ。フランチェスカは露骨に眉を寄せた。
「まったく……あの腐れ術士は、なんて置き土産を」
 聞けば、偽神を植え付けられたのは彼女だけではないという。この奥羽地方では、今もどこかで同じような戦いが繰り広げられているのだ。
 女として、思うところがないわけではない。だが、そうした私情を挟める時ではない。
「後の禍根となるのであれば、元から断つのみです」
 重流体加速砲「アウトレイジ・ブラスター」を展開、フランチェスカは空の上から、たった一人の妖狐に向かって、容赦のない砲撃を開始した。
 ようやく爆発から逃げおおせた小町に、再び爆風の嵐が襲いかかる。立つことも叶わず吹き飛ばされた細い体が、樹木に激突した。
 それでもなお立ち上がり、敵は必死に森の奥へと走っていく。その進行方向に、崖があった。
「気づいていませんのね」
 ただ逃げることで精いっぱいなのだ。己の命だけならば、戦う道もあっただろうに。
 植え付けられた母心とはいえ、守るものがあるというだけで、世界を滅ぼす敵はこんなにも惨めになるものか。
「ですが――」
 同情は、ない。フランチェスカは、小町に対して女としての共感を持ちながらも、憐憫の情を完全に排除していた。
「過去の残滓たるオブリビオンが十月十日後の”未来”に希望を託したい、なんて」
 重流体加速砲が唸りを上げ、再び連続砲撃が始まる。木をなぎ倒し土をめくって、小町の逃げ道を奪っていく。
「冗談にしても、タチが悪いったらありませんわね」
 爆音の中で呟いた声は、当然、フランチェスカ自身にしか聞こえなかった。誰かに聞かせるつもりもないが。
 ただ直進するしかなくなった小町は、先程巨大な罠にかかったことを警戒してか、必死に後ろを振り返り、そして空を見上げていた。
 ふと、その足が止まる。こちらを、見ていた。
「ようやく顔を合わせられましたわね」
 進行方向に罠があると踏んだのか、小町がボロボロの体で踏ん張って、自身の周りに狐火を展開する。ここに来て、彼女は初めて戦意を見せた。
 なぜ今更、などとは問わない。母親が、身を挺して子供を守っているだけの話だ。
 叫ぶ小町の声と共に、青白い火球がフランチェスカに迫る。あまりにも、弱い。
 斧槍の一閃で、火球を払いのける。なおもこちらに左手を伸ばす妖狐少女は、フランチェスカだけを見ていた。
 彼女は気づこうともしなかった。砲撃の最中に展開していた、不可視のワイヤーに。
 フランチェスカが軽く右手を動かした直後、ワイヤーが一斉に動き出し、小町を絡め取った。抵抗する暇もなく空中に持ち上げられ、狐耳の少女の体が白翼の淑女へと引き寄せられていく。
 目が合った。小町は怒っていた。そして同時に、怯えていた。
「猟兵ッ――!」
「はじめまして」
 青い火炎が空を覆った瞬間、フランチェスカは小町の背中に凶悪な威力の蹴撃を叩きこんだ。
 蹴りそのものの外部衝撃と、内部に浸透した振動波が、華奢な妖狐の体を内部から砕く。血を吐き目を見開いて、小町は蹴られた勢いのままに落下していった。
 その先は、崖であった。声もなく一瞬で小さくなっていく姿を、フランチェスカは冷静に見守っていた。
 やがて聞こえてきたのは、小さな水音だった。どうやら崖の下には、川が流れていたらしい。
 息絶えただろうか。確かめる術はないが、フランチェスカにはどうしてか、小町が死んだとは思えなかった。彼女の炎からは、得体の知れない力が迸っていた。
 宿ったおぞましい力が、その生命力を強化している可能性もある。だが、先程の小町の顔を見るに、痛みを消すことはできていないようだった。
 猟兵には、勝てないだろう。そして、逃げおおせることも、出来ない。
「これで死ねていないなら……不幸なことだと思いますわ。本当に」
 偽りの我が子という希望を持ち続ける限り、小町は生きようとするだろう。
 その姿は、あまりにも――。
「惨めで、ちっぽけで、可哀そうな人ですわ」
 フランチェスカの声に頷くように、風に吹かれた原生林の木々が揺れた。

成功 🔵​🔵​🔴​

ニィ・ハンブルビー
宿っているのは新しい命じゃなくて古い屍
だから全力で殺す
…そうすべきだってことは、わかってるよ

敵を視認次第【力溜め】しつつ【ダッシュ】で突撃
そのまま『ウェポンエンジン』を起動して自分を前方に吹き飛ばし
敵の攻撃を加速で回避しつつ接近するよ
多少当たっても【火炎耐性】で耐え凌ぐ
そのまま接近したら【怪力】でもってぶん殴って体勢を崩す
できれば足元や腰を殴って走る速度を落としたいところだね

倒しきれずに逃げるようなら【暴走突撃猛火球】
走るなら追いかけて燃やす
足を止めたら周囲を焼き払って逃げ場を潰す
時間を稼げば仲間も追いつく
そうすればボクらの勝ちだ

…そうすべきだってわかってた
わかってたけど…なんか胸が苦しいな…



 今も小町の居場所は、猟兵が共有する通信によって知らされている。その場所に向かうニィ・ハンブルビー(・f04621)の表情に、いつもの元気はない。
 倒すべきオブリビオン、妖狐の小町に宿っているのは、新しい命などではない。それは古い屍であり、紛うことなき世界の敵だ。
 だから、全力で殺す。それが猟兵の役割だ。
「……そうすべきだってことは、分かってるよ」
 何度目かも知れない言葉を自分に言い聞かせ、ニィは木々の隙間を縫うように飛んでいく。
 小さな体ならば、鬱蒼と生い茂る原生林でも小回りが利いた。さらに、木の枝に身を隠すこともできるので、奇襲にも打ってつけだ。
 気は乗らないけれど、敵を見ればそれも吹き飛ぶに違いない。そう信じて、仲間が知らせる場所へと急ぐ。
 そして、見つけた。草むらの中に身を隠し、全身から流れる血や傷つき焼けた肩、左目を失い氷に覆われた顔を庇いもせずに、腹を優しく撫でる狐耳の少女を。
 全身がずぶ濡れだった。近くを流れる川から這い出してきたのだろう。その右目は虚ろで、正気を失っているようにも見える。
 小町は大きな木の葉に隠れたニィに気づかず、微笑を浮かべてお腹に語り掛けていた。
「あなたも痛いよね。でも、我慢してね……。晴明さまがきっと、わたしを助けてくれるから。元気に生まれたら、お母さんとお父さんと一緒に、たくさん遊ぼうね……」
 その姿は、紛れもなく、慈母であった。
 ニィは唇を噛んだ。行き場のない怒りとやるせなさに、フェアリーの小さな体が震える。小町は純粋に腹の子を愛してしまっていることを、知ってしまったのだ。
 これから、彼女を殺さなければならないというのに。
「……そうすべきなんだ。そうでしょ、ニィ・ハンブルビー」
 拳を握りしめて自分を鼓舞し、改めて覚悟を決める。これは、世界を守る戦いだ。これまでのオブリビオンとの戦いと同じ、勝たなければ世界が滅びる戦いなのだ。
「だから……ボクは……ッ!!」
 溜め込んだ感情を全て力に変えて、ニィは木の葉をぶち破って飛び出した。そのまま背負ったウェポンエンジンを点火、自分を吹き飛ばす超加速に歯を食いしばる。
 一瞬で距離が詰まった小町が、目を見開いている。血塗れの左腕が動く。腹を、庇う。
「ッ! ――そぉぉぉぉッ!!!」
 言葉にならない叫びと共に、ニィは固めた拳を全力で突き出した。なすすべもなく頬を殴られた小町が、もんどりうって巨木に激突する。
 さらに加速。敵が立ち上がる前に接近し、小さくもしなやかな足から、巨木をも倒すほどの蹴りを放つ。膝をついた小町の腰に、ニィのつま先が突き刺さる。
「あぁぁッ!! この……!」
 再び倒れた小町が、左手を掲げる。放たれたいくつもの狐火が、ニィの周囲を青く燃やす。
 弱いと思った。儚げに輝く青い炎は、まるで命乞いをしているかのようにすら見える。
 だが、だからこそ、ニィは叫ぶ。
「そんな火で、ボクたちを燃やせると思うなッ!!」
 不意に燃え上がったニィの体が、凄まじい熱量を撒き散らしながら、巨大な火球に包まれていく。それは、地にある太陽の如し。
 触れれば消えてしまうかもしれない熱波に、小町の涙が乾き、濡れそぼった服が燃える。青白い炎は、明るい火炎の赤にかき消されていった。
「ぅ……」
「これがボクの……猟兵の力だ! アンタに勝ち目はないんだから、大人しく――」
 そこから先は、言葉にならなかった。傷らだけの体を抱えて、歯を鳴らして怯えている小町の姿が、ニィの網膜に焼き付いていく。
 震える唇で、小町が呟いた。
「お願い……助けて……。この子だけは……」
「そんなこと、できるわけないじゃん! ボクは猟兵で、アンタはオブリビオンで! その子も、オブリビオンなんだから!!」
 あまりにも分かりやすい、敵と味方の構図なのだ。それは、ニィの炎を以てしても抗えない。
 天日を思わせる火炎を膨れ上がらせながら、ニィは空に飛んだ。舞い飛ぶ妖精の火によって、森が赤く染まっていく。小町の隠れる場所を奪うように。
 もはや、彼女に逃げ道はない。走ることもできないだろう。妖狐の力がどれほどのものかは分からないが、時間を稼いだ今、仲間は確実に追いつく。
 勝負は決まった。あるいは、初めから決まっていたか。どちらにせよ、ニィのやるべきことは果たしたのだ。
 生きようと逃げ惑う少女が絶望し、すすり泣きながらも狐火を飛ばし抵抗する姿を、空から見下ろす。
 敵を追い詰めた。これが最良の結果なのだ。ニィは役割を果たしたのだ。
「……そうすべきだって、わかってた。わかってたけど――」
 だけど。火球の炎が消え、森を見下ろす小さな妖精は、目を伏せて、重く重い息を吐いた。
「なんか、胸が苦しいな……」
 この苦しさは、すぐに消えてくれそうになかった。

成功 🔵​🔵​🔴​

揺歌語・なびき
泣いて請おうが知るものか
お前は、許されないんだから

小町の後を追跡
地形を把握しつつ気付かれぬよう彼女を追う
【追跡、目立たない、聞き耳、情報収集】

木々に隠れながら小型銃で小町を攻撃
此方の影が見えぬよう
派手に動く味方が居れば援護も含め
何処から狙われてるかわからぬ恐怖を植えつける
【だまし討ち、援護射撃、恐怖を与える】

こわいよねぇ、自分だけじゃない
その子を殺される恐怖がさ
ね、でも大丈夫(ふわりと笑んで
すぐに終わらせてやるよ、二人とも

銃と棘鞭で絡めとり最大限に死の恐怖を植えつけた所でUC
【呪詛、鎧無視攻撃、傷口をえぐる】

これを知ったら
あの子はおれを許さないだろう
それでいい、あの子が子殺しをしなくていいなら


トリテレイア・ゼロナイン
※ボロボロ
ある意味、相応しいのかもしれませんね
母無く、血も涙もない私が母子を殺めるのは
騎士の所業ではない。そんなこと、紛い物が一番理解しています
水晶屍人を始め清明の所業と悲劇は転戦する中で目の当たりにしました
子を逃がせばそれ以上の…
鋼の身、動作に一切の躊躇い無し

森で人が残す枝折れ、足跡や大気中の成分等を●暗視、センサーでの●情報収集を手掛かりに小町の所在を●見切り追跡
スラスターでの●スライディングで追いかけUCの電磁バリアで逃走阻止
●盾受けで防ぎ、狐火の炎の海のダメージは自身を●ハッキングし無視
剣で一息に急所を狙います

貴女のような同情すべき存在を幾度も骸の海に送ってきました
存分にお恨みください



 猟兵の赤い炎は、妖狐小町の狐火を消し飛ばした。
 だが、まだ生きている。決着は近いが、まだ、息がある。揺歌語・なびき(春怨・f02050)の視線の先で、小町は紅蓮に燃える炎の壁を振り払って、なおも逃げ道を探そうとしていた。
 森が燃える音に混じって、彼女の声が聞こえてくる。小型銃「ハローグッバイ」に弾丸を籠めながら、なびきはその声に耳を澄ませた。
「お願い……晴明さま……! この子を、助けて……」
 灼熱の中でも、涙を流している。それは全て、彼女に宿った子供に注がれていた。
 一瞬目を伏せ、なびきは再び顔を上げた。銃口を敵に向け、引き金を引く。
 乾いた音が鳴った。重度の火傷を負っている小町の右肩から、鮮血が飛ぶ。
「あぁッ!」
 よろめき倒れた小町が、振り返る。なびきに向かって、涙に塗れた憤怒の形相を向けた。
 声にならない声を上げて、青い狐火を飛ばす。命を消耗して放たれた敵の攻撃から、なびきは目を背けなかった。
 受けるか、避けるか。考えたのは一瞬だったが、その答えを選ぶ必要は、なくなった。
 機械音と共に突如割り込んだ鋼の巨体が、大盾を以て狐火を防いだのだ。
「ある意味、相応しいのかもしれませんね」
 その巨体、トリテレイア・ゼロナイン(紛い物の機械騎士・f04141)は、美しい飾りが施された剣を左手に、顔だけでなびきを振り返った。
「母無く、血も涙もない私が母子を殺めるのは」
「相応しいも何もないと、おれは思うけどね」
 苦笑しつつ、なびきは庇ってくれた礼を手短に述べた。
 現れた二人の猟兵に、小町はやるせない怒りと絶望を満面に浮かべていた。助かる見込みがないことは、恐らく彼女が一番理解しているだろう。
 だが、諦める気配もなかった。徐々に後ずさりしながら、逃げ出すタイミングを図っている。走れもしないというのに。
 その仕草に気づいていながら、トリテレイアは未だ動かず、言った。
「この戦い、おおよそ騎士の所業ではない。そんなこと、紛い物が一番理解しています」
「個人の誇りや正義感を超えなければならない……か。猟兵の辛いところだ」
 桜色の瞳をわずかに伏せて、なびきが首を横に振った。
 その一瞬を隙と見たのか、小町が二人に背を向けて、血塗れの体で逃げ出そうとした。
 なびきの手が動く。銃声と共に散った血飛沫は、小町の右脚からだった。悲鳴を上げて、華奢な妖狐が地に伏す。
 もし彼が撃たなくとも、小町はもう逃げられなかった。火炎の壁の向こうには、トリテレイアが展開した電磁バリアが張り巡らされているのだ。
「ダメ、この子が、死んじゃう……!」
 喉から絞り出すように言いながら、小町が命懸けで狐火を灯す。猟兵が燃え広がらせた赤い炎が、にわかに青白く染まっていく。
 近づく死期――それに伴う我が子の死を認めない小町の炎を、トリテレイアはあえて盾を捨て、その全身に浴びた。
 弱っているとはいえ、オブリビオンのユーベルコードだ。鋼の体が焼かれ、即座にブレインが危険を知らせてくる。自己をハッキングして、黙らせた。
 贖罪のつもりはない。だが今の自分に騎士の象徴たる盾を掲げる資格があるとは、思えなかったのだ。
 狐火の中を淡々と進んでくる機械騎士に、狐火を次々生み出しながら、小町が叫ぶ。
「やめて、来ないで……! お願い、お願いだから、この子を殺さないで……!」
「……」
 答えられず、トリテレイアは立ち止まった。言いたい言葉は山ほどあるが、言うべき言葉を、選べない。
 猟兵として、オブリビオンの命乞いに返すべき答えは、ただ一つだというのに。
 そしてそれは、トリテレイアの背後で事態を見守っていた、なびきが口にした。
「泣いて請おうが知るものか」
 発砲。小町の左の狐耳が穿たれる。血が飛び、悲鳴が上がる。
「お前は、許されないんだから」
 発砲。立ち上がろうとした右太ももを、弾丸が貫通する。小町が倒れる。
 なびきの言葉が全てであった。妖狐小町がオブリビオンである以上、彼女は世界にとって許されない存在なのだ。例えそれが、同じ染み出した過去に利用された悲しき末路だとしても。
 痛みと失う恐怖に呻く小町へと、トリテレイアは青い狐火の中で言った。
「水晶屍人を始め、晴明の所業と悲劇は転戦する中で目の当たりにしました」
「……晴明さま……」
「あなたを逃がせば、その子を逃がせば、それ以上の――」
 言葉を、止める。もう小町は、トリテレイアの言葉を聞いていない。聞くことが、できなくなっていた。
 尽き欠けた命でもなお、我が子と信じて止まない偽神を庇い、しきりに晴明の名を呟いている。
 その姿を見て、なびきは儚げに目を細めた。
「こわいよねぇ。自分だけじゃない。その子を殺される恐怖がさ」
 我が子の死という単語に、小町の体がびくりと震える。涙目で見上げる少女へと、なびきは優しく微笑んだ。
「ね、でも大丈夫」
 優しい声音だった。そこに何を見たのか、小町が左手を、救いを求めるように手を伸ばす。
 声のトーンはそのままに、なびきは続けた。
「すぐに終わらせてやるよ、二人とも」
 瞬きする間もなく放たれたのは、いつの間にか彼が左手に握っていた、棘の鞭だった。一瞬で小町の体に巻き突き、棘を全身に突き刺して縛り上げる。
 痛みに呻き、裏切られたかのように目を見開く小町へ、銃口を突きつける。
「大丈夫。一瞬で終わるから」
「い、いやぁぁぁぁっ!!」
 我が子を失う恐怖が限界に達し、小町が棘の鞭に囚われた身をよじった。滲んだ血が悉く青白い狐火となって、なびきを襲う。
 だが同時に、なびきも仕掛けていた。空中に現れた頭蓋骨――その内部には、無数の蟲が蠢いている――が、黒い眼窩を小町に向ける。
 彼女が抱く死への恐怖に、髑髏の口が開いた。恐れを貪らんとする蟲の群れが、一斉に小町へと飛び掛かる。
「せいめいさま――!」
 全身をくまなく食い尽くすであろう蟲の群れに、小町が叫ぶ。その声と共に、狐火は一層勢いを増した。
 最後の力だろうか。青白い炎が、天まで上る火柱となって、小町を守った。蟲が、焼き尽くされていく。
「なびき様!」
 トリテレイアは咄嗟に、なびきを庇った。立ち上る蒼炎に身を焼かれ、様々な機関が機能を停止をしていく中、無理矢理なびきを抱えて距離を取る。
 放った蟲が焼かれて落ちていくのを見てから、なびきは身を挺して守ってくれたトリテレイアに頭を下げた。
「これで二度目だ。ありがとう、申し訳ない」
「いえ。あれは……予想外でしたから」
 ブレインが故障箇所を割り出す情報を整理しつつ、トリテレイアは首を横に振った。あれほどの力が残されているとは、思わなかった。
 火柱が消え、森が再び赤く燃え始めたそこに、小町の姿はなかった。仲間が再度探知した彼女の居場所は、ここからずいぶんと離れたところだった。
 どんな理屈かは知りようもないが、逃げられたことだけは分かる。これも彼女の身に潜む晴明の力か。なびきがため息をついた。
「おれたちは……どう足掻いても子殺しをしようとしているんだね。彼女を見ていると、つくづくそれを思い知らされる」
「同情すべき存在を、私は幾度も骸の海に送ってきました。私たちの、役割なのだと思います」
 応えたトリテレイアは機械的な話し方だったが、そこには確かに、何らかの感情が込められていた。
 きっと自分と同じ想いなのだろうと考えながら、なびきはふと思う。共に暮らす羅刹の少女のことだ。
 子を想い、子を守り、子らのための英雄とならんとする少女。
「あの子は……俺を許さないだろうな」
 だが、それでいいと思えた。彼女が子殺しをしなくていいのなら、この手をいくら血に染めても構わない、と。
 奇しくもそれは、隣に立つトリテレイアと同じ誓いであった。彼もまた、この虚しい戦いを終わらせる役目を、機械たる自分に負わせている。
 否、それはこの戦場に立つ誰もが持つ想いだ。
 惨劇の芽を摘み取るためならば、例え心が締め付けられる結果となっても戦い抜く。それが、猟兵なのだから。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ハーバニー・キーテセラ
鬼さんこちら~……は、逃げる方がするものでしたねぇ
うふふ~、間違い間違いですぅ

擬獣召喚にてぇ、人海戦術ならぬ獣海戦術ですねぇ
原生林をくまなくと探していきましょ~
見つけ次第、ダッシュ&ジャンプで森駆け、障害跳び越え、いざ、行かん~

オブリビオンがオビリビオンを生むぅ
不思議な話ではありますがぁ、残念ながらぁ、その命を祝福は出来ませんのでぇ~

周囲の兎さん達も逃亡阻止や攻撃に行動させますがぁ、メインは私ぃ
相手が私より早く動くのならぁ、見切りからのカウンター
遅いのであればぁ、早業からのクイックドロウ
ヴォーパルからの弾丸をプレゼントですよぉ

死出の旅路への片道切符
どうぞ、遠慮なくお受け取り下さいませ


雛菊・璃奈
【九尾化・魔剣の巫女媛】の封印解放…。
空中から【呪詛、高速詠唱、情報収集】探知呪術で小町を捜索…。
発見次第、凶太刀の高速化と飛行能力で進路を回り込み妨害…。
敵の蒼炎やファイアは敢えて【狐九屠雛】で相殺し、抵抗が無駄なのを示すよ…。
逆に進路上に炸裂させて氷の障壁を作って逃げ道を封じたり、足元を凍結させて足を封じたりも…。
小町だけなら生かせると説得…。ただし、子供は絶対見逃せない…どんなに恨まれても、必ず終わらせる…。


お腹にいるのは災いを呼ぶ偽神…真っ当な子供じゃない…。
悪いけど、見逃すわけにはいかない…。
貴女だけなら【共に生きる奇跡】で生きる道もあるけど…
でも、その子は…ここで、終わらせる…。



「鬼さんこちら~……は、逃げる方がするものでしたねぇ。うふふ~、間違い間違いですぅ」
 猟兵の炎が消えた森を、ハーバニー・キーテセラ(時渡りの兎・f00548)が跳んでいく。二十九匹の兎と二匹の猫と共に、原生林を駆けていく。
 敵の場所は特定されている。が、先程思わぬ余力を見せつけられた以上、いつでも捜索に切り替えられるようにする必要があった。
 戦いの余波で倒れた木々を飛び越え潜り抜け、まるで慣れた我が家の庭のように、ハーバニーは原生林を進んでいった。
 ややあって、立ち止まる。右手を上げると、兎と猫もそれに続いて停止した。
「たす――け――」
 少女の声だった。ホルスターからデリンジャー銃「ヴォーパル」を引き抜き、その方向へ向かう。
 巨木の傍ら、生い茂る草の中に、やはり少女がいた。二人だ。
 一人は左目を失い顔を凍結され、全身を血に染めた瀕死の小町だった。その横に、小町よりも遥かに立派な狐の尾を九本持つ、もう一人の少女が立っている。
 雛菊・璃奈(魔剣の巫女・f04218)だ。最後の力を振り絞って自身を転送した小町は、すぐに彼女に見つかってしまっていた。
 同じ狐の身だからか、二人はじっと見つめ合ったまま、動こうとしなかった。ハーバニーは二人を交互に見、そして神妙な顔で顎に手を当てた。
「あらぁ。なんだかすぐに決着って雰囲気じゃないですねぇ~」
「……ちょっとだけ、話をさせて……」
 軽く頭を下げつつ言った璃奈に、ハーバニーは自慢の懐中時計を取り出して時間を確認、意味があったのかは定かではないが、頷いて見せた。
 ありがとう、と呟いて、璃奈は巨木に背を預けて動けない小町の横にしゃがみ込む。
「聞いて……。わたしの力なら、あなただけは生かすことができる……」
「璃奈さん、それはぁ」
 ハーバニーが、難しそうな顔をした。言いたいことは分かるが、あえて、それを目で制する。
 可能性があるならば、賭けてみてもいいはずだ。璃奈は続けた。
「どうかな……。わたしたちと一緒に、来てみない……?」
「この、子は――?」
 もはや満足に動かせない血塗れの左手で、下腹を撫でる小町。その仕草があまりにも母として完成されていて、璃奈は悲し気に首を横に振った。
「その子供は、絶対見逃せない……」
「なん、で」
「お腹にいるのは災いを呼ぶ偽神……真っ当な子供じゃない……。悪いけど、見逃すわけにはいかない……」
 本来の目的は、見失っていないようだ。ハーバニーは安堵の息をつき、いつでも撃てるようにヴォーパルの弾を確認しつつ、頷いた。
「オブリビオンがオビリビオンを生むぅ。不思議な話ではありますがぁ、残念ながらぁ、その命を祝福は出来ませんのでぇ~」
「そ、んな――! この子はッ……」
 せき込み血を吐きながら、小町は蝋燭の如き小さな狐火を呼び出した。それらは全て、璃奈が触れるだけで消えた。
「どんなに恨まれても……その子は、ここで終わらせる……」
「譲れないですねぇ、それだけはぁ。分かってくださいなんて、言うつもりはないですけどぉ」
 理不尽な戦いなど、いくらでもあるものだ。グリモア猟兵でもあるハーバニーはそのことをよく知っていたし、璃奈もまた、己が理不尽の極みにいた経験がある。
 許してくれなどと、都合のいいことを言えるはずがない。小町を何とか救おうと試みる璃奈も、その一言だけは決して口に出さなかった。
「貴女だけなら……一緒に生きる道があるの……。お願い……わたしに、ついてきて……!」
「……ふ、ふ」
 虚ろな――もう見えていないのかもしれない目を空に向けて、小町が笑った。それはあまりにも、あまりにも弱々しい笑みだった。
「この、子が――いない、なら。生きて、なんに――なるの」
「……」
 それは、明確な拒絶だった。璃奈の心が届いていないわけではないだろう。だが、今の妖狐小町にとって、我が子は命よりもかけがえのない存在なのだ。
 例えそれが偽りであっても、晴明を慕う想いすらまやかしであっても、彼女にとってはそれが全て。だから、璃奈の願いは、届かない。
「猟兵は長く、あなた方オブリビオンと戦ってきました」
 ふいに、ハーバニーが凛とした声で言った。小町は目線を動かさず聞いているのかも分からなかったが、胸が上下していて、生きていることだけは確認できた。
 璃奈が振り返る。彼女は、泣いていた。
「長い長い戦いの中で……案内する側としても、される側としても、私は多くの戦いを見てきました。その経験からですが、私は、貴女は被害者なのだと思う」
「……」
「だけれど、私たちは世界を守る者、貴女たちは滅ぼす者。貴女の宿した偽りの命もまた、世界の敵」
 左手に懐中時計を握ったまま、右手のヴォーパルを、小町に突きつける。彼女はやはり、ピクリとも動かなかった。璃奈が手を伸ばしかけ、俯く。
「対極にいる私が貴女とその子に贈れるものは、これくらいしかありません」
 風が、森を駆け抜ける。木々が揺れ、葉がざわめく。数秒に満たない時間だったが、とても長く感じられる、不思議な間だった。
 にわかに、小町が小さく声を上げて笑った。璃奈が目を見開き、その顔を覗き見る。
 小町はやはり、空を見ていた。
「あは――晴明さま――! この子が――いま――動い――たの――」
「……時間です」
 ハーバニーが、懐中時計をしまった。引き金に指をかける。
「死出の旅路への片道切符。どうぞ遠慮なく、お受け取り下さいませ」
 一度だけ響いた空気の爆ぜる音が、慈母たる妖狐、小町の全てを、天へと導いていった。



 日が落ちた森に、僅かに盛り上がった土がある。その傍らで、璃奈はうずくまっていた。
 考えたいことはたくさんあるのに、何一つ言葉にまとまらない。どうしたら、小町を救えたのだろう。そもそも、救うことなどできたのだろうか。
 あるいは、その想いすらも、間違っていたのだろうか。猟兵として、今を生きる者として。
 答えは出ない。この心を否定してしまえば、それは共に歩んでくれている家族たちをも否定してしまう気がして、答えを出す勇気がなかった。
「……どうしたら、よかったのかな……」
 呟いて、ゆっくりと顔を上げる。その先に、一匹の白い兎がいた。わずかな月明かりに照らされた白兎が、璃奈の胸に飛び込む。
 撫でてやると、兎は気持ちよさそうに目を細めた。思わず心が和んだところで、声がかかる。
「懐いたみたいですねぇ。璃奈さん、撫でるのお上手ですぅ~」
 ハーバニーだった。懐中時計を片手に、いつもの様子で――どちらが素なのか、璃奈には分からないが――柔らかな笑みを浮かべていた。
「待っててくれたの……?」
「みぃんな、待ってますよぉ。そろそろ帰りましょうかぁ」
 見れば、ハーバニーの背後には、仲間たちがいた。誰もが思うところはあるらしく、浮かない顔をしている。
 だが、きっと切り替えるのだろう。まだ戦争は終わっていないのだから。戦いは、まだまだ続くのだ。
「……そうだね……。もう、行かないとね……」
 こんな非道を、二度と繰り返させないために。全ての元凶を絶つために。璃奈は振り返らず、仲間のもとへと向かう。
 グリモアの光に包まれて、猟兵たちは奥羽の森から、去っていった。

 戦いの傷跡が残った原生林に、優しき母であろうとした少女が眠っている。
 彼女の愛した子と共に、大地の慈愛に包まれて。
 安らかに。
 永遠に。
 
 fin

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2019年08月23日


挿絵イラスト