エンパイアウォー㉗~いつか在った日
●『初陣』
夜営の火を囲み車座になった五人の顔立ちは、青年とは呼びきらず、けれど少年というのも躊躇うようなものだった。
年のころは、おそらく十五前後。疵らしい疵のない具足が、彼らにとってこの戦いが『初陣』であることを物語っている。
「兼茂はまた本ばっかり読んで」
「兵法は大事です。それに先人の知恵は必ず役立ちます」
膝に幾冊もの書物を乗せる兼茂と呼ばれた少年は、文字を追うことに余念のなかった視線を、ふと上げた。
「そういう佐彦は緊張感がなさすぎるのではないですか?」
「えー、初陣は勢いでのりきるもんだって爺様が言ってたし」
「……や、お前んちの爺様はそれで大怪我したことあるって聞いたけど」
だいじょうぶだいじょうぶ、と刀と槍の手入れを終えて猫のように伸びをする佐彦のお気楽な言い様に、対面に座した一人がひどく神経質そうに眉を寄せて、きっと誰かから持たされたのだろうお守りを握り締める、
「明日には死ぬかもしれない。でも、それ以上に全く役に立たなかったら赤っ恥だ。家名にだって泥を塗ってしまうかもしれない」
「和井は考えすぎの緊張し過ぎだって。せっかく剣の腕はイイもん持ってるのに。ま、安心しとけ。お前等が危ない時はオレが後ろから敵をざくざく射抜いてやっから」
ついには唇を強張らせる友人――和井の肩をばんばんと叩いた少年は、恐れ知らずの笑顔で弓をぶんぶんと振り回す。しかしそんな余裕を、兼茂がちくり。
「春太郎の余裕は慢心というのです。足元を掬われないよう気を付けて下さい。いまのままでは背中を預けるのも不安ですから」
「はーい、わかりましたよー……って、一番の余裕っていったら、鶴音じゃね?」
わかっているようで、おそらくわかっていないだろう返事を兼茂へ返した春太郎が視線を放ったのは、うつらうつらと船を漕ぐ五人の中で一番の偉丈夫。
「鶴はねー、天才だからねぇ。一度見れば、なんだって出来るから。きっとだいじょうぶなんじゃない?」
「いや、一度見ないといけないんだ。その一度が命取りになる可能性もある――」
「だーかーらー、和井は悪い方向にばっか考え過ぎだっつーの」
●誰もが歩んだ道
兼茂は、知識に傾倒した軍師肌。何事にも冷静に対応できるが、不測の事態には弱い。得物は槍。
小柄な佐彦は刀と槍を器用に使い分けるお調子者。むらっけが多いのが玉に瑕。
緊張癖のある和井は、剣の腕はたつが、その緊張のせいで本番に弱いタイプ。許嫁に渡されたお守りを大事にしている。
春太郎は弓の名手だが、すぐに慢心するのが悪い癖。あと、口も、目つきも悪い。
体格に恵まれた鶴音は、あらゆる武具を使いこな武芸の天才。普通の人間相手ならば、一度の手合わせで太刀筋を見抜くことができる。
「まぁ、色んな子がいるよ」
どの子とどんな話をするのか、どんな稽古をつけてあげるのかは皆にお任せね、と連・希夜(いつかみたゆめ・f10190)は、事態を見守る傍観者の笑みを口元に描く。
そんな希夜に託されたのは、幕府軍に属する者たちの訓練だ。
希夜が話を持ち込んで来たのは、いずれも初陣の少年たち五人。
「みんなもさ、猟兵である以上。『初陣』は通ってきた道だと思うからさ。そういうのを思い出しながらってのもいいんじゃないかな」
戦い慣れぬ子らだ。
無事の帰りを待つ誰かがいる子らだ。
彼らが命落とさず、この戦いを終える為にも力を貸してくれないかな、と希夜は笑みを深め。お願いするね、と片眼を瞑ってみせた。
七凪臣
お世話になります、七凪です。
ちょっと涼しくなってきたところで、駆け足気味にひと仕事お届けに参上しました。
●シナリオの流れ
このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
1フラグメントで完結し、「エンパイアウォー」の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。
●シナリオ傾向
心情&思い出語り兼、交流(訓練・指南)。
●要指定項目
『兼茂』『佐彦』『和井』『春太郎』『鶴音』誰を相手にするのか、プレイング冒頭で必ずご指定下さい。
指定がなく、誰相手なのか判断しにくいプレイングはお返しします。
●訓練
どのような訓練(指南)をするかは皆様に一任します。
P/S/Wの選択肢に拘らず自由にどうぞ。
実体験を語って聞かせるだけで充分な場合もあるでしょう。
●その他
プレイングはOP公開時点から募集開始致します。
受付締め切りタイミングはマスターページとTwitterでお報せします。
採用人数は成功(or失敗)達成となる最小限となる見込みです。
予めご了承の上、ご参加頂けますようお願い申し上げます。
皆様のご参加、心よりお待ちしております。
宜しくお願い申し上げます。
第1章 冒険
『幕府軍の大特訓』
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POW : 腕立てや腹筋、走り込みなど、基礎体力を向上させる訓練を施します
SPD : 危険を察知する技術や、強敵からの逃走方法などを伝授します
WIZ : 戦場の状況を把握して、自分がやるべきことを見失わない知力を養います
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
黒門・玄冬
初陣か…
僕は『兼茂』君と話そう
博識な君は承知しているだろう
戦の勝敗を分けるのは
開戦迄にどれだけの備えを終えたか
オブリビオンが関わろうとも
それは変らない
だから備えの一つとして聞いて貰えるかな
僕の経験は
君達に並べられないがと前置き
主不在の屋敷に賊が押入ったんだ
捕まって、抵抗の末に手にかけてしまった
無我夢中で
殺意であったかも定かではない
その男にも
帰りを待つ人が居ただろうに
オブリビオンを除いて
戦場は敵も味方も等しくそんな人だ
不測の事態は、必ず起きる
気持ちが揺らぐ瞬間も、必ず
だからこそ
君がやるべきは
冷静さと決断で
自分と仲間の命を確実に持ち帰る事だ
恐怖に飲まれそうな時
心の折れそうな時は
目的を強く想うといい
●
主不在の屋敷に押し入ったのは、分かり易く『賊』であった。
捕らえられた男は、懸命に抗った。抗って、抗って、抗って――気付いた時には、手にかけていた。
命を手折る音を、耳にしたかも定かではない。
断末魔の叫びがあったかも、不明瞭だ。
なぜなら、ただただ無我夢中であったから。他に気を回す余裕などなかったから。
果たしてそこに殺意があったのかさえ、分からない。
唯一、言えることは。
その男にも、帰りを待つ誰かが居ただろうこと――。
『君達に並べられない』と前置かれた黒門・玄冬(冬鴉・f03332)の語りに、書物から顔を上げた兼茂は、喉に小骨をつっかえさせたような貌で固まった。
その反応に窮する素直な反応に、玄冬は静かに息を吐く。
博識な兼茂は、開戦までにどれだけの『備え』を終えたかが戦の勝敗を分けるかを承知しているだろう。
敵を知らねば、後れをとるやもしれぬ。
些細な後れが命取りになるのが、戦というもの。
それはオブリビオンが関わろうとも揺るがぬ真理。だから、多くの智を求める兼茂の在り様は間違ってはいない。
否定ではなく、まずは少年を肯定し。あくまで『備えの一つ』として聞いて欲しいと求めた玄冬の話が、どのような形で兼茂の内に沁みたかは、玄冬には分からない。
けれど聞き終えて尚、兼茂に頁を捲り始める様子はなく。少年の目からは相当に厳つく見えるだろうにも関わらず、兼茂は玄冬の青を含んだ紫瞳から視線を逸らすことはなく。自らより長じる男の次言をじぃと待ち、その姿にこそ玄冬は胸を撫で下ろす。
「オブリビオンを除いて、戦場は敵も味方も、等しくそんな『人』だ。同時に、不測の事態は、必ず起きる」
――気持ちが揺らぐ瞬間も、必ず有る。
兼茂の喉が、ごくりと何かを嚥下するのを玄冬は心穏やかに見た。
知識に溺れ斜に構えることのない、素直な少年だ。現実をも頼りにするようになれば、彼は更に好き成長を遂げるだろう。
自分のように黒衣に何かを押し込めるような、そんな複雑さを買い殺す必要のない、まっすぐな成長を。
その為にはまず、生きて帰ることが第一。
「君がやるべきことは、冷静さと決断で、自分と仲間の命を確実に持ち帰る事だ」
ぱちぱちと弾ける篝火に頬を赤く照らした少年の表情が、青年のものへ一歩近づく。
「恐怖に飲まれそうな時、心の折れそうな時は、目的を強く想うといい」
「心に、留めます」
自身の手に残る数多の命の感触を確かめるよう拳を握り締め、開き、また握り締める玄冬の助言を、兼茂は書物の裏に素早く書き留めた。
大成功
🔵🔵🔵
雅楽代・真珠
●兼茂
人形たちを伴って
僕は長生きだから
本の世界も愚かな争いも知っているよ
将来は兵法に通じ、策を巡らせたりする軍師になりたいの?
軍師は、とても辛いよ
お前の肩に沢山の命が乗ることとなる
けれど沢山の命を救うこともできる
非情な決断を迫られる時もあるだろう
お前の策のせいだと責められる時もあるだろう
それでも前を向いて新たな策を練らねばならない
時に僕は使用人たちへ非情を命ずる
心が痛まないのかと云われた事もある
痛まない、訳がない
けれど信を得てるならば最善を尽くすだけ
不測の事態が苦手ならば常に最悪を考えておくといい
何が起きても対処できるように
お前の手で沢山の命が救えるように
お前の策が、お前の仲間たちを護るんだ
●
馴染みのない洋装と、少し風変わりな和装と。
けれど何れもとても端正な顔立ちの男と女を従えた、少女とも見紛う雅楽代・真珠(水中花・f12752)の口が発した一言に、兼茂は目を丸めた。
「僕は長生きだから、本の世界も愚かな争いも知っているよ」
「……長生き?」
外見から推察する真珠の年齢は、自分たちより下。おそらく弟妹ほどだろう。だのに語る口調が、騙りではないのを兼茂に知らしめる。
しかも真珠は飾ることなく、慮ることもなく、言葉の刃を抜き放つ。
「お前は、将来は兵法に通じ、策を巡らせたりする軍師になりたいの?」
軍師とは、とても辛い立場だ。
多くの人間の命を肩に乗せ、采配を振るわねばならない。選択一つでそれらを無に帰すこともあるだろう――自らは前線に立たぬ戦場で。
沢山の命を救うことも出来る。同時に、非情な決断を迫られることもあるに違いない。
人の命を『命』ではなく、『駒』として観ねばならない局面もある。最大多数の最大幸福を旨とし、斬り捨てるものを選り択ばねばならなくなることもある。
「お前にそれができる? お前の策のせいだと責められても、それでも前を向いて新たな策を練る覚悟はある?」
徐々に曇ってゆく兼茂の顔を、付き従わせた男――洋装の男も、もう一人の女も、何れも真珠が繰る人形――の腕に身体を抱えさせた高さから、真珠は睥睨する。
夜営に火を受けた黒い眼に、惑いと躊躇いがパチパチと揺れていた。
ようやく初陣を飾る、戦場においては赤子同然の少年だ。その覚悟はまだないのかもしれない。だからと言って、真珠には兼茂を甘やかす義理もなければ縁もない。
いや、義理も縁もないのに――。
「時に僕は使用人たちへ非情を命ずる」
人形たちを交互に見遣ってから、真珠は兼茂を視る。
「心が痛まないのかと云われた事もある」
視線を追いかけ、真珠の言わんとする事を――時に択ぶだろうことを察した兼茂は、分かり易く瞠目していた。
「痛まない、訳がない。けれど信を得ているならば最善を尽くすだけ」
義理も縁もないのに、想いを乗せた言葉をぶつけてくれる真珠に、兼茂は一度、二度とゆっくりと瞬き、唇を真一文字に引き結ぶ。
(「――嗚呼」)
「不測の事態が苦手ならば常に最悪を考えておくといい」
逸らされぬ瞳の奥で兼茂が、今までに蓄えたあらゆる知識を漁っているのが真珠には分かった。
「何が起きても対処できるように、お前の手で沢山の命が救えるように――お前の策が、お前の仲間たちを護るんだ」
「わかった」
(「もう顔つきだけは、一端の軍師だ」)
言うだけ言って気が済んだとでもいうように、真珠は人形に命じて身を翻し。『ありがとう』と続いた兼茂の謝辞は、背中と、滑らかに白く煌めく尾鰭で宙を掻く仕草でのみ受け取った。
大成功
🔵🔵🔵
嘉三津・茘繼
んー、僕は鶴音くんと遊んでもらおっかな?
武芸の天才みたいだし
オブリビオン対策にブラックタールと組手なんてどう?
痛いの嫌いだから本物は駄目だけど
棒とかなら使っていいよー
くねくねタールの手を沢山出して、捕まえ様と伸ばす
おぉー。やっぱり反応がいいね?
でも、
戦は手合わせとは違うからね。
こういう反則技を使ってくるかもだよ?
怪力と念動力で足元にトンネル掘り
手だけ伸ばして足を掴んで
逆さまぶらーんっ
頭に血が昇らない内に下すよ
成功してたら、君は死んでる
鶴音くんが強いのはね
鶴音くんだけじゃなく
鶴音くんを信じてる子達も鼓舞するんだよ
だから反則を使ってくる
悪くて臆病なやつが居ることも憶えておいて?
それで少し、慎重にね
●
「ねぇねぇ、鶴音くん。すこぉし僕と遊んでよ?」
丸太に腰掛け、うとうとと眠りこけていた鶴音は、不意に伸びて来た黒い何かに鳶色の瞳を見開いた。
「あなたは?」
手と思しき黒い影の先を追い、自分たちとは異なる姿形をした『誰か』に鶴音は尋ねる。
「んー、僕は茘繼。この通り、どろどろ溶けるブラックタールだよ」
「ぶらっくたぁる」
耳に馴染まぬ響きだったのか、律儀に復唱する少年に嘉三津・茘繼(悪食・f14236)は「そうだよー」とご機嫌に返す。
武芸の天才だと聞き及んでいたが、どうやら人格も歪んではいないらしい。
「オブリビオン対策だと思ってさ、組手なんてどう?」
痛いのは嫌だから、本物は駄目だけど――と、勝負を誘う内容とは裏腹な、のんびりと間延びした茘繼の口ぶりに、鶴音は暫し思案するよう視線を彷徨わせ、「そういうことなら」と適当な枝を拾い上げて朗らかに笑った。
「一手、お付き合い頂けますか?」
「誘ったのは僕だからねー、もちろんだよ」
言うが早いか、茘繼が先に仕掛ける。『目』が良いらしい少年へは、まずは先手をとって『視せ』てみる。
「おぉー、やっぱり反応がいいね?」
「既に一度、拝見しましたので」
声をかけた時の事を示しているのだろう。事実、鶴音は『人』の身ではあり得ない、くねくねと伸びる茘繼の手の動きに対応しきっていた。
右からくるとみせかけ左へ旋回したものへは、後ろへ跳ねて。真っ直ぐ来たものへは、軌道を変えられる前に間合いを詰めて打ち込んで来る。
けれど茘繼も、こうなるだろうことは予測していた。むしろ、そうなることを望んでいた。
「じゃあ、これはどうかな?」
変幻自在にして伸縮自在の右腕を、不規則な軌道を描かせながら茘繼は頭上から伸ばす。
「上から来ても変わりません」
身構えた鶴音の視線が上向く。その瞬間、茘繼は左手を地面に押し付けた。傍目にはバランスを取って身を支える仕草に視得ただろう。
――しかし。
「う、わっ」
宙づりにされた鶴音は、そこで初めて茘繼の右手が囮で、左手こそ本命だったことを知った。
怪力に任せ土中を奔った茘繼の手は、鶴音の足元に到達するや否やその足首を捕らえ、見事逆さに吊り上げたのだ。
「これが戦場だったら、君は死んでる」
頭に血がのぼってしまう前に鶴音をそっと地面へ下ろし、茘繼は変わらぬ口調で穏やかに言い聞かせる。
「鶴音くんが強いのはね、鶴音くんだけじゃなく鶴音くんを信じてる子達も鼓舞するんだよ。『敵』はそれを分かっているから、反則を使ってくる」
敵は馬鹿正直には来てくれない。
時には『悪く』て『臆病』で『知恵』が回る者もいる。
「憶えておいて? それと少し慎重にね」
おそらく「もう一本!」と再戦を願おうとしていたのだ。だが『少し慎重にね』という茘繼の言葉を噛み締め、地面に棒を置いた鶴音の佇まいを、茘繼は実に好ましいものとして見守った。
打てば響くこの少年は、青年に至る頃にはきっと隙のない武人に成長しているに違いない。
大成功
🔵🔵🔵
菱川・彌三八
【和井】に用だ
…すげぇな、石で像でもこさえたみてェだ
先ずァ飯でも付き合え
今の緊張ぐれェ解けるってもんだ
不安に思ってる事なんか洗いざらいはかせる
…あァ、こいつは頭がいい
そして、頭ァ切れる自分を信用してやれてねェ
お前ェさんの杞憂はいつか、当たる
そん時に皆を救えるなァ、軍師でも楽観でもねェ、お前ェだけサ
緊張上々、生きる為にゃ必要なモンだと忘れずにおくがエエ
後ァそんな手前ェを信じてやんな
ソレ(お守り)も信頼の証だよ
俺からもとっときだ
どこかに吉祥の竜を描かしちくれや
勇気と優しさ、あとは言いくるめ
お前ェは大丈夫だよ
したら、不安が自信に代わるまで稽古に付き合う
それ二対一だ
だが、紺屋の倅にくれぇ、勝てるだろ?
●
まるで石の像でもこさえたようだ。
一拍置いてから『すげェや』と呟いた菱川・彌三八(彌栄・f12195)は、身を強張らせきった少年のことをそう思った。
ようやく動いても、右手と右足を一緒に出しそうな勢いだ。
これでは戦場で棒立ちになった挙句、いの一番に的にされてしまうに違いない。
「先ずァ飯でも付き合え」
月代を剃り本多髷を結った彌三八の姿形は、和井にとっても見馴染んだもの。その甲斐あってか、なんとか誘いに応じて是を頷く少年へ、彌三八は竹皮に包んだ握り飯を放って寄越す。
幕府軍は大所帯だ。飢えるほど腹を空かすことはなかろうが、成長期の少年の腹を十分に満たすほどの食事は配されていまい。証拠に、和井はがつがつと握り飯を平らげて――それから「しまった」と仲間たちへ視線を馳せた。
自分だけ申し訳ないとでも思ったのだろう。察した彌三八は、備えはまだあるから安心しろと和井の肩を叩く。
育ちきったとは言えないそれは、細すぎず、張りのある筋肉に覆われている。
そして仲間たちに漏らしていた不安に、彌三八は和井の利発さを視た。
不安は、先を見通せなければ生まれぬものだ。恐れは現実を知るからこそ、感じられるもの。
(「こいつは頭ァ切れる自分を信用してやれてねェ」)
だからこそ、彌三八は和井の『不安』を肯定した。
「お前ェさんの杞憂はいつか、当たる」
頬に残った米粒を指差しながら発した彌三八の言葉に、ようやく解けかけていた和井の表情が、また険しくなる。
しかし、それでいいのだと彌三八はまた和井の肩を叩いた。
「不安があるってェことは、危険を知るってコトだ。つまりそん時に皆を救えるなァ、軍師でも楽観でもねェ、お前ェだけサ」
前線にいない軍師では、追いつかない。
現場にいるからこそ知って、対応できることがある。
「緊張上等、生きる為にゃ必要なモンだと忘れずにおくがエエ。後ァそんな手前ェを信じてやんな」
ソレも信頼の証だよ、と。胸元から覗くお守りを指差してやれば、和井の目元が和らいだ。そこですかさず彌三八は絵筆を取り出す。
「そうサな。俺からもとっときだ、どこかに吉祥の竜を描かしちくれや」
号は師弥、佐平。絵も描かず町をぶらついているか、長屋でごろごろしている事も多いが、彌三八はれっきとした浮世絵師。何の因果か猟兵になってしまったが、絵筆と絵の具は必携品。そして拠り所になるものを描き上げるのは、朝飯前。
「それでは、この手拭いに――」
「良し来た任せナ! あと、描き終わったら手合わせと洒落込もうじゃないか。紺屋の倅にくれぇ、勝てるだろ?」
怖気づく隙を与えず、彌三八は事を運んで行く。
稽古には隠密を一人召喚するつもりだが、きっとそれは和井が新たな不測に備える糧となると信じて。
大成功
🔵🔵🔵
草野・千秋
和井に対してアドバイス
緊張する気持ちはわかります
戦場に出るって覚悟がいりますよね
人間を殺す覚悟と殺されるかもしれないという覚悟
僕の初陣はサイボーグに改造されてからです
サイボーグと言って
サムライエンパイアの人に通じるかわかりませんが
体の一部がからくり仕掛けと言えば伝わるでしょうか
――あの時は怖かった
自分の振るう強大な力に酔いしれそうにもなった
そして自分がどうしようもなく
ただの人間ではなくなってしまったと
痛感したんです、もう日常には戻れないと
ですか和井さん、あなたには未来があります
可愛い許嫁さんもいるんでしょう
僕にもいます、愛する人は
帰る場所があるって素敵ですよ
そこに帰るためにも頑張りましょう
●
草野・千秋(断罪戦士ダムナーティオー・f01504)の初陣は、サイボーグに改造されてからの出来事だった。
「簡単に言うと、身体の一部を絡繰り仕掛けにした人間――ですよ」
サムライエンパイアの文化しか知らない和井へも分かり易いように一言前置いた千秋は、それから苦い記憶を漁るように眼差しを遠くする。
家族を邪神とその組織に目の前で殺められた千秋。
麻酔無しで改造手術をされたトラウマで髪は白くなり、今は元の金に染めるしかない千秋。
辛く、痛く、苦しい様々を経て、千秋は初陣を経験した。
――あの時は、怖かった。
それまで持ち得なかった強大な力に酔い痴れそうになった自分を、千秋は憶えている。
同時に、自分が『ただの』人間ではなくなってしまったことを痛感し、戻れぬ日常があることを噛み締めた。
何かを得ることで、失う何かがある。
戦場に出る以上、人間を殺す覚悟を決め、殺される覚悟を決めなければならないのと同ように。
殺してしまえば、昨日までの自分には戻れなくなってしまうだろう。
しかし、それでも。彼らは戦場に赴かねばならない。彼らの『正義』を成す為に。
「ですが和井さん、あなたには未来があります」
和井の緊張を解し、千秋は柔らかく微笑む。
「可愛い許嫁さんもいるんでしょう」
「え、あ――はい」
懐に押し当てられた手は、きっとそこに忍ばせているお守りの存在感を確かめているのだろう。初々しい少年の所作に千秋はいっそう目を細め、いいですね、と笑みを深めた。
「僕にもいます、愛する人は。帰る場所があるって素敵ですよ」
――だから。
「そこに帰るためにも頑張りましょう」
ね? と。同意を引き出すように首を傾げてみせた千秋の仕草に、知らず力の入っていた肩から和井は深呼吸で力を抜き、不器用ながら懸命な笑顔を返した。
大成功
🔵🔵🔵
クロト・ラトキエ
・和井
語りは穏やかに。背が威圧的なら膝を折り。
くろと、と言います。どうぞよしなに。
シンプルな話をしますね。
緊張は必ずしも悪では無いです。
怖れは警戒に繋がり慢心を御する。
動けぬのは悩み所でも、貴方は一人じゃ無い。
察知する力を磨き、踏み出す為の支えを忘れずいればいい。
明日には死ぬかも――
それは相手も同じ。
だから、確りとご覧なさい。
相手の動きを、周囲を…
それは太刀筋を視、返す刃の型を思う様なもの。
択び、動きなさい。
貴方にはその力がある。
後はまぁ…
怖れても決して止まらぬ事。
何が何でも、生き延びる事。
生きてこそ次はあるのですから。
初陣?
ええ。あったのでしょうね。いつか。
(だってそんな、物心付く前の事など
●
初陣は『戦』を経験したことがある者ならば、必ず通った道だ。
それをクロト・ラトキエ(TTX・f00472)は『あったのでしょうね』と記憶にないいつかのものとして、他人事のように振り返る。
だって物心つく以前のことだ。歩んで来た道の延長線上の何処かにありはするのだろうが、輪郭さえも見えやしない。
しかし自分は自分、他人は他人。
過去を抱えず、未来を求めず。ただ現在を生きる男は和井の傍らに腰を下ろす。
「くろと、と言います。どうぞよしなに」
見慣れぬ洋装の大人の男に、和井のこめかみがひくついた。けれど礼を失するほど無様ではないらしく、居住まいを正した少年は「和井と申します」とクロトへ頭を垂れる。
そんな和井へクロトは、やんわりと微笑み、声のトーンもいっそう和らげた。
「早速ですが、シンプルなお話をしますね」
何を言われるのだろうかと少年の喉がごくりと鳴る。これは余程な緊張癖だと内心では思いながら、それをクロトは表に出すことなく、萎縮させないように細めた眼で視線を合わせた。
「緊張は必ずしも悪では無いです」
緊張とは即ち、怖れの顕れ。人は何かを怖れるからこそ、怖れに対して警戒をし。取るに足らないことだという慢心を制御する。
つまり緊張も益なのだとクロトは少年へ説き、ですから、と次の段階へと和井を押し上げるべく更に理を重ねた。
「動けぬのは悩み所でも、貴方は一人じゃ無い。察知する力を磨き、踏み出す為の支えを忘れずいればいい」
「やはり動けなくなるのは問題ですよね……」
文脈から、マイナスになる要因だけを拾い上げ、眉根を寄せた和井の様子に、クロトは「重症ですね」と内心でつきかけた溜め息を、続いた一言に飲み込む。
「私はもっと自分を信じなくてはいけない」
「――その通りです。どなたかに伺いましたか?」
「はい、お恥ずかしながら」
「そこは恥だと思わなくて良いんです」
先んじて和井と語らった誰かがいたのだろう。その誰かの言葉を胸に留め、前を向くだけの胆力が和井にはある。それは即ち、成長が著しいということ。
垣間見られた少年の『強さ』に、クロトは安心して先を告げる。
「明日には死ぬかも――それは相手も同じ。いえ、全ての人に言えること。だから、確りとご覧なさい」
必要なのは、対峙する者の動きをよく見ること。
合わせて周囲を見渡すこと。
広がる視野は、余裕を連れて来る。択ぶべき手を、一から十へ増やすことに繋がるもの。選択肢が増えれば、打ち克つ可能性もまた増える。
「それは太刀筋を視、返す刃の型を思う様なもの。択び、動きなさい。貴方にはその力がある」
「あ、ありがとうございます」
出逢ったばかりの大人の断言に、和井は戸惑い乍らも、照れたように頬を掻く。てらいのない少年らしい仕草だった。
だからこそクロトは、最後に一つ――最も大事な事を、シンプルな言葉で和井へ告げる。
「怖れても決して止まらないことです。何が何でも、生き延びること。生きてこそ、次はあるのですから」
大事なのは、家名でもなく名誉でもなく、誇りでもなく。とにかく生きること。
徹頭徹尾、笑みを崩さず。目線の高さを合わせ続けてくれた男の訓示に、――よもや初陣の覚えがないとは知らず――和井はようやくの笑顔をクロトへ返した。
大成功
🔵🔵🔵
ジャハル・アルムリフ
【和井】の所へ
…戦は怖いか
お前は偉いな
俺など、恐れも迷いも知らず
文字通り敵へ喰らいついては
失敗も生傷も絶えず
結果、主君を危険に晒した上
ひどく叱責ばかりされていた
…護るべき主君を思えば
一歩足りねば
一瞬、構えが遅ければ命はなく
背にある主君へ刃を届かせてしまう
お前は、背にしたものらの重さを
よく分かっているのだろうな
それ故に、手を抜かず磨き続けてきた筈だ
…お前の師は、どんな奴だ
もしもお前が戦場に相応しくなければ
送り出してなどくれなかったろう
…和井の前にも
師の、仲間の背がある
大丈夫だ、お前なら
軽んじることもなく
重さに振り回されもせず
胸を張って征き、帰ってこい
●
戦絵巻から飛び出してきたような、いかにも武人なジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)の姿に、和井の腰はいきなり引けかけた。
しかし続いたジャハルの言葉に、少年は完全に呆気にとられた。
「……戦は怖いか。お前は偉いな」
――褒められた。
人からは揶揄られたり、叱責されたりするばかりの短所を、褒められた。
それはまさに青天の霹靂。だからだろうか、今にも闇に溶けてしまいそうな黒い男への畏怖が、一気に薄らいだのは。
「俺など、恐れも迷いも知らず。文字通り敵へ食らいついては、失敗も生傷も絶えず。結果、主君を危険に晒してしまった」
ひどく叱責されてばかりいた、というジャハルの言葉に和井は一度、二度と瞬いた。
見るからに、立派な武人だ。
だのにその男が、失敗を繰り返してきたと言うのだ。
心なしか、伸びているはずの背筋が少し丸まっているように少年の瞳に映る。
されどそんな浮き立つ心地も、続いたジャハルの『覚悟』に鎮められた。
「……護るべき主君を思えば、一瞬の不足が、一歩の未達が、命取りになる。背に在る主君へ刃を届かせてしまう」
俺はそれを理解していなかったのだ、という懺悔にも似た、けれど今のジャハルが抱える『重み』に和井は座していた丸太から腰を浮かせ、ジャハルへと自ら歩み寄った。
「お前は、背にしたものの重さをよく分かっているのだろうな」
僅かに下る視線と、上がる視線。二者のそれが交錯する。黒い瞳の奥に見つけた鮮やかな七彩の耀きにも、和井は怯まなかった。
「それ故に、お前は手を抜かず磨き続けてきた筈だ」
「はい」
是は、凛然と。
少し前の怯えが嘘のような和井の態度に、ジャハルは僅かに目元を弛める。
「……お前の師は、どんな奴だ」
「祖父です。既に隠居の身ではありますが」
「成程。ならば猶の事、お前が戦場に相応しいと思わなければ、送り出しなどしてくれなかったろう」
人の情と、家の誇りと。両方を持つ師だからこそ、生半可な覚悟では弟子に初陣を許すまい。
近しい者を引き合いに出された和井の眼が、力強い炎を灯す。夜営の間中焚かれ続ける篝火にも負けぬそれは、和井の底力の顕れ。
目の当たりにした成長に、ジャハルの裡に不可思議な感傷が兆す。果たして己が師は、こんな風に自分を見たことなどあるのだろうか?
『控えよ、女王の御前であるぞ』
聞こえた気がした声を一先ず幻聴と棚に上げ、ジャハルはまるで自分と肩を並べるように立つ和井を、少し眩しい物のように視た。
和井の前にも、師の、仲間の背がある。
彼は立派に役目を果たすだろう。無為に命を散らすことなく。
「大丈夫だ、お前なら」
染みつき切った癖は、時折顔を覗かせるだろうが。それでも和井は、軽んじられることも、重さに振り回されることはないと、ジャハルは確信した。
「胸を張って征き、帰ってこい」
「はい!」
その応えは、皐月の風より清々しいものであった。
大成功
🔵🔵🔵
アルバ・アルフライラ
『春太郎』
やれ強者であろうと
慢心すれば足元を掬われると云うに
…致し方ない
少しばかり力を貸してやろう
――貴方が春太郎で?
警戒を与えぬようコミュ力を駆使して話掛ける
まだお若いのに弓の名手であらせられるとか
貴方の実力、是非拝見したいのです
最初は煽て、調子に乗らせ
【女王の臣僕】で召喚した蝶を撃ち落させる
彼奴の腕を、弱点を見ておきたい
強かろうと戦場を知らぬ小童
不意討ちに弱い、近距離の注意を疎かにする等
致命的な欠点は見当たろう
其処を敢えて突く事で春太郎に指摘
後方支援を行う点は魔術師も同様
故に教えられる事は幾つかあろう
慢心した際は怪我せぬ程度に厳しく
上手く出来た際は確と褒める
…その身に戦術を刻み込んでやろう
●
――貴方が春太郎で?
問い掛けてきた麗しい貴人に、春太郎は一瞬目を輝かせ、聴こえた声が男のものであるのにあからさまに残念そうに唇を尖らせた。
何とも分かり易い子供である。いっそ過ぎる程の分かり易さに、アルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)は内心のみで嘆息し、けれど貌には親しみやすい笑みを浮かべてみせた。
如何な強者であろうと、慢心すれば容易に足元は掬われる。それが命の遣り取りをする戦場というもの。
そのことを知らぬ子供の未来なぞ、爪の先ほどの想像力さえ必要ない。
時に亡霊をも使役するアルバなれど、率先して冥府の住人を増やしたいわけではないし、何よりこのまま見捨ててしまえば寝覚めが悪そうだ。
(「……致し方ない」)
既に縁は結ばれた。ならば少しばかり力を貸してやるのもまた、道理というものだろう。
「まだお若いのに弓の名手であらせられるとか。貴方の実力、是非拝見したいのです」
「え? オレってばそんなに有名? 眠ィけど、仕方ないなァ」
然してアルバは完全な余所行きの顔で未熟者を釣り上げる。
「控えよ、女王の御前であるぞ」
威圧する音色に「ん?」と片眉を跳ね上げた春太郎は、直後に舞った無数の青い蝶に「スゲェ」と素直な感嘆を口にした。目つきも口も悪いが、根っこ迄は捻くれていないのだろう。
(「なれば鍛え甲斐もあるというもの」)
「これらを撃ち落としてみせて下さい。大丈夫、数だけなら居ますので」
本音はおくびにも出さず促すと、目新しい的に春太郎は玩具を与えられた子供のように声を弾ませ、いそいそと弓を構えた。
「これ、全部射抜いていいんだな? 楽勝楽勝」
そう余裕を嘯くだけあり、確かに春太郎の弓の腕には、アルバから見ても光るものがあった。
狙った獲物は、確かに外さない。けれどアルバが、その『狙い』が右側にばかり偏っていることに気付くのに、そう時間はかからなかった。
とは言え、左へも体の向きを変えて対処はしている。
「しっかりと的が視得ているようですね。夜でこの命中率とは大したものです」
与えられた賛辞に、ふふんと春太郎が胸を反らす――その僅かな角度の変化が、春太郎の手元を狂わせた。
「っち、しまった」
「余所見は禁物ですよ? ほら、敵はすぐそこにも」
「――ゲッ」
アルバの赤い爪が示す先。懐の間合いに舞い込む蝶に、春太郎が舌を打つ。とっさに弓でいなしはしたが、戦場であればこの間に命を獲られていたに相違ない。
「遠距離攻撃を得手とする者こそ、近距離に気を配るのをお忘れなく」
「五月蠅いなぁ、分かってるよ! 今のは偶然、偶然」
「偶然? ならば背中で翅を休めている蝶は幻でしょうか?」
「、!?」
後方支援を行う点では、基礎となるのは弓取りも魔術師も同じ。つまりは己が視点でアルバは春太郎の弱点を指摘して。だが褒めるところがあれば、惜しみない賞賛を与える。
飴と鞭の配分を経験から心得るアルバの匙加減なぞ、まだ卵の殻を被っているようなひよっこの春太郎が察せようわけもなく。
(「……その身に戦術を刻み込んでやろう。それこそ、二度と忘れぬようにな」)
――少年は知らぬ間にアルバのスパルタ教育を受けることとなる。
満身の鼻っ柱をへし折られる、その時まで。
大成功
🔵🔵🔵
華折・黒羽
春太郎を相手に
あなたが春太郎か
腕が立つと聞いたが、ひとつ手合わせ願えないだろうか
竹刀を手に
下手に出て誘えば調子に乗って勝負を受けるだろうかと
立ち合いとなれば真剣で無くとも油断はなく
一礼をした後一気に地を蹴る
鍔迫り合いをしながら
一切の手を抜かずに
被っていた外套を脱げば
見えた獣の其に驚くだろうか
縹の符により冷気を纏った剣を一閃
手加減した氷の刃が彼の間際をはしる
今からあなた達が戦おうとしているのは俺以上の異形がうようよ居る戦場です
強さも見た目には判断できない
己の力を信じ
けれど慢心は捨てろ
死にたくなければ
─友を、死なせたくなければ
家族が、友が、死にゆく様
あれ程に辛い思いなど
もう誰にも
味わってほしくない
●
「腕が立つと聞いたが、ひとつ手合わせ願えないだろうか」
少し前まで誰かと鍛錬でもしていたのだろうか。呼吸を弾ませていた春太郎は、フードを目深に被った男――華折・黒羽(掬折・f10471)の申し出に一瞥を放って寄越す。
下手に出て誘えば、勝負に乗って来るだろうか。
黒羽の読みは正しく、春太郎はにやりと口の端を釣り上げた。
「今夜は面白ぇ夜だな。いいぜ、その誘い受けてやる」
言って春太郎が構えるのは弓。武者として剣が使えぬわけではないだろうが、竹刀を手にする黒羽に対しても、まずは得意の得物でいくことを選んだらしい。
「では、頼む」
「ああ。いざ勝負だ!」
交わす一礼は手合わせ開始の合図。直後、黒羽は一気に大地を蹴った。
打ち込む間合いに飛び込んで来ようとする黒羽へ、春太郎はバックステップを踏みながら立て続けに矢を番える。なるほど、援護は任せろと仲間内で豪語するだけあって、その狙いは確かだ。
接近される前に仕留めようとするように、春太郎は急所である黒羽の頭部目掛けて射掛け。しかし翳した腕を盾とする黒羽の動きに気付くと、今度は動きを止める為に足元へと狙いを変える。
――とはいえ、猟兵である黒羽との経験差は歴然としている。
勝負である以上、手を抜かないと決めていた黒羽はフェイントを交えた加速で春太郎との距離を詰め、春太郎が弓を諦め脇差へ手を伸ばした瞬間、被っていた外套をばさりと脱ぎ捨てた。
「――なっ」
完全に予想外だった黒羽の行動に驚嘆した春太郎が、思わずの体で鑪を踏む。
顕わになった黒羽の獣の耳に、烏の羽翼。猟兵である以上、いずれの世界においても違和感なく受け入れられてしまうが、流石に手合わせの最中に衣服を脱ぐとは春太郎は思っていなかったのだ。
「今からあなた達が赴く戦場とは、如何なる戦法をも、そして卑怯をも辞さぬ者たちが跋扈する処です」
氷を纏わせた刃を春太郎の喉元へ突き付け、黒羽は静かに宣告する。
「己の力を信じ、けれど慢心は捨てろ」
家族が、友が、死にゆく様が。黒羽の脳裏に蘇る。嗚咽が喉に閊える感覚をぐっと堪え、黒羽は春太郎の目を見た。
「死にたくなければ」
――あれ程の辛い思いなど、もう誰にも味わってほしくない。
「――友を、死なせたくなければ」
血を吐くが如き黒羽の想いを春太郎がどこまで正確に受け取ったかは分からない。しかし敢えて氷刃に薄皮一枚を押し当て、戒めを刻むように肌を傷つけた少年は黒羽を真っ直ぐ見返し「心得た」と力強く断言した。
成功
🔵🔵🔴
ブラッド・ブラック
『和井』
不安を決意に、強くあれ
緊張は適度に解してやる
俺の初陣――と呼べるものは、
故郷(スペワ)の村(船)が敵国(帝国)の襲撃を受けてな
抵抗する者は殺され、その他の者は全て、敵国の奴隷となった
当時子供だった俺は奴隷として育ち、丁度お前と同じ年の頃、敵国の兵として初めて戦場に立った
家名の為に戦う、か
お前は立派だ
しかし、家族が、大切な者が居るのだろう?
生きて、帰って、幸せを掴め
何、お前には頼もしい仲間が居る
独りで戦うのではない
仲間を信頼し、仲間が危ない時はお前が護ってやれ
お前ならそれが可能だ
少し肩に力が入っているな
よし、俺が相手になろう
予行演習だ(貪婪の腕
相手が剣を使うとは限らないぞ
好きに打って来い
●
――嗚呼、良い顔だ。
訊いていた『和井』とは様子を異にする少年を目にした瞬間、ブラッド・ブラック(VULTURE・f01805)はそう思った。
ブラッドに先んじこの地へ至り、和井と語らった誰かがいたのだろう。それが一人であるのか、複数であるのかは分からないが、見知らぬ巨躯の男に僅かに慄きこそすれ、視線を逸らさぬ和井は佳き時間を過ごしただろうことが窺い知れる様子だった。
地に足がついている。初対面の男を作りものだとわかるものだが、笑顔で出迎えられるくらいには肝も据わっている。
篝火を映し込む瞳が微かに揺れることだけが、不安の顕れ。だがそれさえも決意に変えられる強さを感じられる。
「少しいいか?」
求められた隣に、和井はやや硬い口調ながら「どうぞ」と座す位置を横へとずらした。
この少年にならば己が経験を語って聞かせるだけの価値が十分ある。誰かの過去を己の糧にして前へ進める気概がある。
信じたブラッドは、黒きブラックタールの身の内に宿す過去を紐解く。
故郷は宙の国。『村』という人々の集合単位は、そこでは『船』であり。襲い来る敵国は、『銀河帝国』という呼ばれる理不尽な支配者であった。
抵抗する者は、尽く殺された。その他の人々は全て奴隷となった――それがブラッドの居た船が襲われた日の天命。
子供だったブラッドが現在まで生きながらえているということは、ブラッドは奴隷になったということ。
当然、豊かな暮らしなど与えられない。数々の不条理を強いられた。
「初陣は、丁度お前と同じ年の頃だ。敵国の兵として、俺は初めて戦場に立った」
「……」
それが如何に望まぬものであったか容易に知れて、和井の表情が一気に曇る。
屈辱だったろうか、内心は怒りに塗れたろうか、それともそんな事を感じる心さえ枯れ果てていただろうか。
微かに振るえる和井の肩に、緊張ではないものを見て、ブラッドは固い声音をほんの少し和らげた。
「家名の為に戦う、か。お前は立派だ。しかし、家族が、大切な者が居るのだろう?」
――生きて、帰って、幸せを掴め。
そう語るブラッドの花色の瞳に、和井は誰かの影を視た気がして、懐に仕舞っておいたお守りを取り出し、ぎゅっと握り締める。
「役目を果たし、必ず帰りたいと――思います」
「大丈夫だ。お前には頼もしい仲間が居る。独りで戦うのではない」
仲間を信頼しろというブラッドの言葉に、和井はそれぞれ過ごしている輩たちの姿を見遣って、ゆっくり頷く。
仲間が危ない時はお前が護ってやれという言葉には、少し自信がなさそうではあったが、続いたブラッドの一言に、視線を真っ直ぐに定めた。
「お前ならそれが可能だ」
「……自分を信じます」
「それで、いい。では予行演習がてら俺が相手をしよう。好きに打って来い」
立ち上がり、猛る腕の封印を解いたフラッドに倣い、鍛錬の構えをとった和井は竜が描かれた手拭いをきりりと額に巻きつける。
それは吉祥の図案。誰かが和井に施した、幸いの加護。
嗚呼、とブラッドは再び嘆息する。多くに護られたこの子供は、多くを護り、そして自分をも護り、待つ人の元へ必ず帰るであろう。それは予想ではなく、確信。
大成功
🔵🔵🔵
一文字・八太郎
佐彦殿、一つ手合わせお願い出来るかな?
撃ち込まれる攻撃を受け流しての長期戦
相手の集中力が切れるのを待って一撃打ち込もう
無意味に肩肘張らぬのは良いことでござるが
戦場は思い通りには決していかぬ
気の緩んだ所へまず攻め込まれる
……拙者も昔やられたものだ
負った怪我は更に焦りを生み勝機は下がっていく
そうして大怪我を負い
後方で見てるだけしか出来ぬとなれば
歯がゆい思いをするだけでござる
敵からの攻撃を、己や味方の状態を
戦況を見極める集中力を保てれば
長く強く刃も振るえる
既に貴殿の太刀筋は見事なもの
だからこそ、生きて死なぬ為の強さも
確りと身に着けて行くと良い
命さえあれば開ける道も必ずある
皆で無事に生きて帰っておいで
●
身が軽いと聞いていただけのことはある。
「惜しい、拙者があと二回りは大きければ今のは危うかったでござる」
「えー、そう? そう? それじゃあ、もう一度!」
ケットシーのしなやかさを存分に活かして右に左に自在な一文字・八太郎(ハチ・f09059)に対し、佐彦も後れをとらずについてくる。
不規則な踏み込みで八太郎から間合いを詰め往けば、後ろへ跳ね。ならばと背面へ回り込もうと走ると、並走に持ち込み自ら飛び入って来る。
そうして繰り出されたリーチの長さを活かす槍撃を、八太郎は身を伏せて躱したのだ。
佐彦が対峙しているのが八太郎ではなく、いわゆる『人』であったならば。致命傷とはいかないまでも、相応のダメージを与えられた可能性はある。
(「成程、器用な少年だ」)
我が身を以て佐彦の力量を測った八太郎は、金色の眼を細く眇め、次手を摸索し篝火が照らす夜を走った。
佐彦と春太郎、長く伸びた二人の影が絡み合う。一度として同じ軌跡を残さぬそれは、まるで舞うようだ。
「なんかすっごい楽しいね!」
八太郎の動きに呼応し速度を上げる佐彦は、今宵は調子が良いのだろう。しかしそれも長くは続かなかった。
「……ふぁ」
「――」
気の抜けた欠伸は、集中力の切れた証拠。十分に間合いは取っていたから、の油断かもしれない。けれども耳聡く聞きつけた八太郎は、高下駄で空へと跳んだ。
「えっ!?」
「遅いでござる、っ」
落下速度を味方につけて、身の丈を優に上回る大太刀を八太郎は突き出す。漆黒の鞘に納められたままの切っ先は、ごつんと佐彦の頭を打った。
「いったあああ!」
「そんなに痛かったでござるか?」
頭を抱え座り込み泣きべそをかく佐彦の傍らへ、八太郎はすとんと腰を下ろし、たすんたすんと揺らす尻尾で地を叩く。
「……拙者も昔やられたものだ」
「え?」
「負った怪我は更に焦りを生み勝機は下がっていく」
大怪我を負ってしまえば、後方で見守る事しか出来なくなる。
その間にも仲間たちの命が失われてゆくかもしれない焦燥に駆られながら、出来ることと言えば歯がゆさを重ねることだけ。
いつかの痛みを思い出しでもしているのか。白黒のハチワレ頭にピンと立った耳を落ち着きなく動かす八太郎の言葉を、いつの間にか真顔になった佐彦はじっと聴く。
敵からの攻撃を、己や味方の状態を。そして戦況を見極める集中力を保つことが出来たら、長く強く刃を振るえる。
「既に貴殿の太刀筋は見事なもの。だからこそ、生きて死なぬ為の強さも、確りと身に着けて行くと良い」
「――うん、わかった。努力する」
約束する、と言えないのは。自分のむらっけを理解しているからか。けれどそこに安易に誓いの言葉を口にしない誠実さを見た八太郎は、肉球の手を佐彦の頭へ伸ばす。
「命さえあれば開ける道も必ずある――佐彦殿。皆で無事に生きて帰っておいで」
むにむにと頭上で弾んだ優しい感触に、佐彦は嬉しそうに目を細め「がんばる」と笑った。
大成功
🔵🔵🔵
花剣・耀子
佐彦くんと訓練
はしっこそうで器用なら、勘を鍛えるのが良いかしら。
持つのは竹光にしておくわね。
打ち負かすのが目的ではないもの。
力量をよく見て、合わせるようにするわ。
偶に隙を作って打たせましょう。
気が逸れたり調子に乗ってくるなら、宙を踏んで背後から斬りかかるように。
――ほら、これで一回死んだ。
何を隠しているか判らないもの。相手が斃れるまで、気を抜いたらだめよ。
さ、もう一度?
どんな時でも前を見ていられるのだって、才能なのよ。
きみの軽やかさは、きっと、誰かのこころを助けるわ。
相応の実力を身に付けて、絶望なんて馬鹿らしいと皆に知らせてあげましょう。
あたしもまだ、その道半ばだから。
一緒に頑張りましょうね。
●
一頻りケットシーの猟兵と佐彦の打ち合いを眺めていた花剣・耀子(Tempest・f12822)は、先客が去り、佐彦の呼吸が整うタイミングを見計らい、ゆっくりと歩み寄った。
佐彦のはしっこさと器用さは、既に実践でもそれなりに通用するものだろう。
勘を磨けば、その腕前は一段上がるに違いない。
「佐彦くん、今度はあたしと勝負してくれる?」
竹光を手にした、齢もそう離れていないだろう少女の誘いに、お調子者の少年は「もちろん!」と勢いよく跳ねた。
打ち負かすことが、目的ではない。
如何に『本番』の動きに目を慣れさせ、佐彦の得意を伸ばすことが狙いの耀子は、剣の速さを、体捌きを、佐彦にぴたりと合わせた。
右から襲い来た刀は受け流し、素早く持ち替えた槍での突きへは、辛うじての間合いで躱す。
緩急をつけた足運びで耀子は佐彦の気を引き、追いついてきたところで気取られぬように敢えての大振りで仕掛ける。
「そこっ!」
餌としてちらつかせた隙を、佐彦は耀子の思惑通りについてきた。伸びて来た槍の矛先を耀子は柄で受け、衝撃に手がしびれたのだと顰めた表情で、成果のほどを佐彦へみせてやる。
――しかし。
「続けて行くよ!」
「とばりをおろすわ」
無駄に調子づかせるつもりはない耀子は短く唱えて、宙をとんとんとんっと軽やかに踏み翔けると、佐彦が振り向く間もなく小柄な背へ竹光を振り抜く。
「――ほら、これで一回死んだ」
「あああああっ」
悔しそうに地団太を踏む少年を、耀子はメガネのレンズ越しに観察し、今かけるべき言葉を正しく選択する。
「何を隠しているか判らないもの。相手が斃れるまで、気を抜いたらだめよ」
不足を責めるでもなく、咎めるでもなく、助言に留める耀子の口ぶりに、微妙な年頃の少年はしっかりと首を縦に振り、
「さ、もう一度?」
「今度は負けないぞ!」
促された次の勝負に、集中力を切らすことなく挑む。
「どんな時でも前を見ていられるのだって、才能なのよ」
どれだけ打ち合っただろうか。少なくとも四半刻は過ぎていたに違いない。
変則的な動きにも『勘』で対応し始めたのを修了の証とし、耀子は佐彦を座って休ませ、己も少年の傍らに腰を下ろした。
「へ? そうなの」
「そう。そしてきみの軽やかさは、きっと、誰かのこころを助けるわ」
飾り気のない耀子の言葉を、佐彦は素直に受け取ったのだろう。ありがとう、とほんのり染まった頬を掻く。
「相応の実力を身に付けて、絶望なんて馬鹿らしいと皆に知らせてあげましょう」
「はは、和井あたりには効果覿面そうだね。うん、がんばるよ」
「あたしもまだ、その道半ばだから。一緒に頑張りましょうね」
「うん!」
夜を照らす花火のような佐彦の笑顔に、耀子は彼がこの先の戦いにきっと生き残るだろうと思った。
大成功
🔵🔵🔵
境・花世
■鶴音
戦うためにその手も足もあるのなら、
きっときみはわたしに似てるね
――それにわたしも、目はいいほうなんだ
打ち込んでごらんよと朗らかに笑って
手にした扇をひらりと翳し
向かい来る少年の俊敏な動きを“視”る
振り下ろされるそのギリギリを早業で躱して、
首筋にぴたり扇を当てるカウンター
才あるきみにはきっと届く域だろう
目を逸らさずにいられるならば、
死や強大な敵への恐れから――
それからもうひとつ、自分の未熟さから
いつか、きみがほんとうに強くなれるときまで
その命は無駄遣いせずにとっておいで
おだやかに笑って扇を下ろし
ぽんとその背を叩いてみせる
いつかきみもわたしも死ぬけれど
生きる限り精一杯に、この花を咲かすため
●
恵まれた体格に、しなやかに育った筋肉。
外見からだけでも見て取れる鶴音の『在り様』に境・花世(*葬・f11024)はくすりと小さく微笑んだ。
長い手も、屈強な足も。戦う為にあるのならば。
それは花世との類似点。
そして何より。
(「――わたしも、目はいいほうなんだ」)
「ほら、打ち込んでごらんよ」
朗らかな笑みで年下の少年を軽やかに挑発し、花世は覇気を漲らせる。
右目に咲き誇る薄紅の八重牡丹が如く華やかなばかりの女ではない。十二分に立ち合える武人であるのだという言外の誘引に、鶴音は「そういうことであれば」と一礼をした後に――踏み込んだ。
戦場では、敵が先に手の内をあかすとは限らないと既に知った少年の動きは、初手からの全力。
必ず勝つのだという気迫を訓練用の模造刀に宿し、背丈に勝るのを活かして上段から振り下ろす。
見事な太刀筋だった。
数多の戦場を駆け慣れた猟兵でなければ、見事に決められていたかもしれない。しかし花世を相手にしての一撃の成就は『if』の域を出ず。
然して花世は鶴音の一閃を寸でで身を捻って躱すと、手にした扇を閃かせた。
おそらく『扇』で相手をされることは、武芸の天才と称される鶴音にとっては屈辱だろう。だが礼を失さぬ少年は、こんなことでは臍を曲げはしないし、『上手』である花世の動きから目を反らさない。
そしてそうであると確信していた花世も、磨き抜いた早業で扇を鶴音の首筋めがけて繰り出した。
鶴音の速度は、“視”て把握できていた。
その鶴音が届く域――そう信じて、花世は肩を、肘を、手首を、全身を風切るように撓らせる。
実践ならば、鶴音の首は飛んでいたはずだ。
しかし鶴音は花世の一撃を具に視ていた。一瞬たりとめ目を反らすことなく、いっそ瞬きさえ忘れたように、花世の速さを瞼に焼き付けた。
迫る死や、強大な敵への恐れ――何より自身の未熟さから逃げることなく。
トンと扇で鶴音の首を打った花世は、一部始終を見止め、満足気に微笑んだ。
「いつか、きみがほんとうに強くなれるときまで、その命は無駄遣いせずにとっておいで」
下ろされた扇を、鶴音の目はまだ追っていた。
不意の打ち込みがあるのではと警戒を続ける少年の背を、花世は「お終い」という代わりにぽんっと叩いて緊張から解き放つ。
「いつかきみもわたしも死ぬけど。生きる限り精一杯を務めるの――この花を咲かすために」
「肝に命じます」
――花世の速さを視た少年が、戦場で『速さ』で遅れをとることはあるまい。
大成功
🔵🔵🔵