エンパイアウォー⑦~廻天水月
●
――ゆらり。
関ヶ原、戦場の青に白い影が揺れている。
――ゆらり。
晴天、明るい空に怪火が灯る。
――ゆらり。
虹の夢、透き通る繻子が回遊している。
――ゆらり。
燃える漣、あなたの心の傷を撫でる手。
●
「サムライエンパイアについては聞いているな」
手元のタブレット端末を操作しながら、周・劉元(日烏・f06323)は猟兵たちを見渡した。劉元は彼らの返答を聞くまでもなく首肯し、その手を滑らせ中空へと文章と画像を出現させる。
第六天魔王『織田信長』の居城へ向かうに当たり、猟兵たちの尽力によって幕府軍は無事に関ヶ原まで辿り着いた。だが、ここで安心することは出来ない。関ヶ原を突破し、再び三手に別れて進軍しなければならないのだ。
「幕府軍が関ヶ原を突破する為、君たちに対応してもらいたいのは、上杉軍の精鋭部隊だ」
上杉謙信率いるその部隊は、関ヶ原にて『軍神車懸かりの陣』と称される陣を敷いている。
これは円陣を回転させることによって、最前線の兵士たちを目まぐるしく交代させるというものだが、重要なのは、この布陣により上杉軍の兵士たちは絶大な防御力と回復力を得ているという点だ。
また上杉謙信自身もこの陣によって蘇生の時間を稼いでおり、『軍神車懸かりの陣』を制圧出来なければ、上杉謙信を倒すことは出来ないと劉元は言う。
「だが逆を言えば――この陣を制圧することが出来れば、上杉謙信にも手が届く」
先に言った通り、車懸かりの陣の最前線にいる兵士は絶大な防御力と回復力を得ている。その為、生半可な攻撃では打ち倒せず、与えた傷も瞬く間に回復されてしまうだろう。
必要なのは、その硬い防御を撃ち砕ける強力な一撃だ。大きな一撃で、陣を敷く敵を一体一体確実に撃破していくのが理想的と言える。
もし一撃で撃破出来なかった場合は、やはりその傷を回復されてしまう。その間を与えぬような連携攻撃でカバーし撃破に繋げることが肝要だ。
いかに強力な攻撃を叩き込み、回復の暇を与えぬ連携攻撃を繰り出すか――。
「君たちなら難しいことではない筈だ。敵は精鋭部隊と言うが、こちらは百戦錬磨、骸を海に還すに長けた猟兵たち。未来へ向かう歩を過去に遮られて堪るかと、奴らに叩き付けてきてくれ」
勝てる相手だ。劉元ははっきりと言い、グリモアの翼を大きく広げた。
ミキハル
このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
1フラグメントで完結し、「エンパイアウォー」の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。
軍神『上杉謙信』は、他の魔軍将のような先制攻撃能力の代わりに、自分の周囲に上杉軍を配置し、巧みな采配と隊列変更で蘇生時間を稼ぐ、『車懸かりの陣』と呼ばれる陣形を組んでいます。
つまり上杉謙信は、『⑦軍神車懸かりの陣』『⑱決戦上杉謙信』の両方を制圧しない限り、倒すことはできません。
= = = = =
というわけでこんにちは、ミキハルです。
今回は戦争シナリオということで、出来るだけさくさくお返し(当社比)したいと思っております。
このオープニングが公開され次第、プレイングを送信していただいて構いません。
万が一執筆のできない期間ができた場合など、マスターページでご連絡することがあります。
内容に関しましては、オープニングの通りです。
大ダメージチャレンジ! お客様のキャラクターらしい工夫と心情を添えていただけると、ミキハルは執筆しやすくて助かります。
お二人以上でご参加いただく場合、合言葉やお相手のidの明記をお願い致します。
複数人参加を歓迎しておりますが、念の為プレイングの失効日も合わせていただけるとミキハルが助かりますので、こちら重ねてお願い申し上げます。
ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます。ミキハル初めての戦争です。やったあ。
皆様のプレイングをお待ちしております!
第1章 集団戦
『水晶宮からの使者』
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POW : サヨナラ。
自身に【望みを吸い増殖した怪火】をまとい、高速移動と【檻を出た者のトラウマ投影と夢の欠片】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
SPD : 夢占い
小さな【浮遊する幻影の怪火】に触れた抵抗しない対象を吸い込む。中はユーベルコード製の【鍵の無い檻。望みを何でも投影する幻影空間】で、いつでも外に出られる。
WIZ : 海火垂る
【細波の記憶を染めた青の怪火】が命中した対象を高速治療するが、自身は疲労する。更に疲労すれば、複数同時の高速治療も可能。
イラスト:葛飾ぱち
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴
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種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
三上・チモシー
アドリブ連携歓迎
クラゲがしっかりした陣形組んでるって、なんかシュール……
とにかく、おもいっきり殴ればいいんだよね?
わかりやすくていいね!
【猫行進曲】で呼び出したるーさんたちを全員合体
35体合体、るーさん本気モード!
敵の一体に狙いを定めて同時にダッシュ。行くよ、るーさん!
怪火は避け、避けられなければ抵抗して吸い込まれないように
敵の動きを【見切り】、逃げられないよう【グラップル】でしっかり掴んだら、タイミングを合わせて同時攻撃
【怪力】を目一杯込めたパンチを叩き込むよ!
せーのぉ!
攻撃後も敵は離さず、撃破できていなかったら即追撃を
●猫ねこ、関ヶ原に立つ
雪原の如く白い関ヶ原の上、ふわとクラゲが漂っていた。ゆらゆらと怪火を纏いながら、青空を泳いでいる。その場から離れる様子がないのは、車懸かりの陣――その陣形を守ろうとしているからだろうか。
「クラゲがしっかりした陣形組んでるって、なんかシュール……」
三上・チモシー(カラフル鉄瓶・f07057)は宙のクラゲを見上げ、思わず呟く。あれは確か、呼称を『水晶宮からの使者』という。上杉謙信がいかに統率力に優れているとはいえ、言葉も通じるか定かでない姿のオブリビオンがこうしてきちんと“兵士”らしくしているのは、確かに不可思議と思わずにはいられない。
まあるい眸を一杯に開いて、チモシーはクラゲを眺めた。きらきらとした躑躅色の双眸に映る透き通ったクラゲと灯された火は、光景としては美しいと言えなくもないのだけれど。
にゃあお。
抗議の声が足元からして、チモシーは瞬く。視線を下げると、そこにいるのは灰色の猫。
「ああ、そうだったそうだった。ごめんね、るーさん」
るーさんと呼ばれた猫は軽く尾を揺らし、再び一声鳴いて応じた。
一見するとただの猫にしか見えないるーさんはしかし、チモシーのユーベルコードによって召喚された存在だ。その名を《猫行進曲》という。そう、読んで字の如く――。
「とにかく、おもいっきり殴ればいいんだよね? わかりやすくていいね!」
ね、るーさん! チモシーが笑めば、にゃおん、と声が返る。
それから。
――にゃーお。
にゃあ。にゃあ。
なあう。なおなお。にゃあーん。
増える増える猫の声。灰色の愛らしい猫たちがぴょこりぴょこりと原の上、鳴き声の合唱は歌のように聞こえなくもない。
「にゃーん☆」
総勢三十五匹の『るーさん』が、関ヶ原に行進す。
そして今再び、三十五匹のるーさんは一匹となっていた。
何故かと言えば、その方がとっても強いるーさんになるからだ。
チモシーはちゃあんと理解している。今自身の前でふわふわと浮いているクラゲがどんなに柔らかそうでも、思い切り強烈な一撃を叩き込まなければいけないということを。
「さあ――行くよ、るーさん!」
今やとっても強い、本気モードのるーさんに一声かけて、チモシーは地を蹴った。
その視線の先、攻撃の気配を察したのか、クラゲはひらりと身を翻す。髪を結わえたリボンのように、長く長く伸びた触手が靡く。ほつほつと溜息のような音を立て、纏う怪火が増えていく。
けれどそれに恐れを抱こう筈もない、チモシーはそのままぐんと遮るもののない原を蹴り、宙を泳ぐクラゲへと肉薄した。
「よっ、と!」
揺れた触手に纏わる灯火を目前に、小さな身体を捻って避ける。触れれば檻に囚われるというのであれば、避けるのが当然のことだ。
視界の端に追従してきた灰色猫の姿を捉え、チモシーは怪火の隙間を縫うようにして手を伸ばした。ぎゅっと触手を握り込み、ロープでも扱うように勢い付けて自身の身体をより上へと投げ出す。それこそ猫のようにくるりと身体を一回転。眼下、まあるく見えたのはクラゲの“頭”だ。
それはまるでクッションのようにチモシーの身体を受け止めた。正確に言うならば、チモシーがこのオブリビオンを身体全体で捕らえたのだ。そうしてもう逃がさないとばかり、幼いその手で強く強く握り込む。
「るーさぁん!」
チモシーの声に、にゃあん、と元気な声が返った。下からだ。次いでザザザッ、と葉を蹴散らす素早い音が近付き、灰色の影が原から飛び出す――るーさんの眼は正しく本気モード、獲物を狩る肉食獣のそれだった。
逃れようとしてか身を揺らすクラゲの頭をぎゅうと片手で握り、チモシーはもう片手で拳を握った。握り込んだのは大連珠。色合いは奇しくも愛らしいパステルカラーで、このふわふわしたクラゲの虹色と少しばかり似ていた。だけれどこの数珠は、敵をしっかりと打ち倒す為の力を高めてくれる武装だ。
「――せーのぉ!!」
一打、渾身。
上からはチモシーが、横合いからはるーさんが。一人と一匹の外見からは想像できない程の威力で以て殴打した。見目こそは猫ぱんちだったが、水袋を高層から叩き付けたような鈍く低い音こそが、その衝撃の強さを表している。
即ち。
――びしゃんっ!
「うわっ!?」
防御力を高められた柔らかな身体をしてなお逃し切れなかった威力に、そのまあるい“水風船”はたちまち弾けた。
足場を無くしたチモシーは慌てて着地し、見上げればひとつずつ、クラゲの纏っていた温度のない怪火が消えていく。はらはら、ぱたぱたと、注ぐ残滓は夏に降る雪のようにも見えた。
「……。……やったよ、るーさんっ!」
振り返れば、灰色の猫はやはり、にゃあお、と律儀なお返事。
一人と一匹、小さな手と手を軽やかに合わせる。柔らかい手の平同士、ぽふんと可愛い音がした。
大成功
🔵🔵🔵
杼糸・絡新婦
さて、一戦といきましょか。
囲まれないように注意しつつ、
錬成カミヤドリで鋼糸・絡新婦を召喚。
【フェイント】を入れ行動し、
敵の翻弄を誘いながら、
【罠使い】で糸を張り敵を拘束・切断。
拘束した【敵を盾にする】ことで、
他の敵から防御に使う。
柔らかそうな見た目なんやけどなあ。
出来るだけ一体ずつ確実に倒す。
防御も回復も高い陣形やったら、
こういう方法が確実なんやろ。
筒石・トオル
【WIZ】
「車懸かりの陣…ね、一か所でも破壊すれば上手く回れなくなるんじゃないかな?」
まあ潰された箇所は補填されるだろうけど、輪が小さくなれば回復もままならなくなるだろう。
僕は敵を消耗させる様に務めるよ。
なるべく多くの敵を攻撃範囲内に入れ『極楽鳥花嵐』を放つ。ダメージは高速治療されてしまうが、治療を行った個体は疲労する。
それが範囲で複数同時に行われれば、全体の疲労を誘う事も出来るかもしれない。
【時間稼ぎ、範囲攻撃、2回攻撃、早業】で広範囲に早期に2回攻撃する事で消耗させ、攻撃に出る時間を減らす。そうすれば味方が攻撃し易くなる筈だよ。
「その輪、崩させてもらうよ」
●花に嵐と蜘蛛の糸
真白の原に、白い裾が微かに揺れた。竜胆色の羽織りが靡き、杼糸・絡新婦(繰るモノ・f01494)はそっと襟を押さえる。
「さて、一戦といきましょか」
見上げる先には、日光を孕んで虹色に滲むクラゲが浮いている。波に流されるように漂いながらも、一定の立ち(或いは浮き)位置を守っているのか、時折思い出したように触手を揺らして方向転換をしていた。その様子を見ただけでは、こちらに対して敵意があるのか、意思があるのかすら判別が付きづらい。
兎角――その数を減らさねば、この関ヶ原を越えることは出来ない。困難を打ち払うことこそが今回の核心だ。
袖でからりと音を立てたのは杼。しゃらりと日光を含むのでなく反射したそれは糸。鋼糸だ。
ヤドリガミは、己の“本体”を自在に操ることが出来る。絡新婦と名の付いたこれは、正に彼自身だった。
音も無く地を蹴り、跳躍し、袖を振るえば糸が舞う。一連の所作は優雅ですらある。追従する竜胆色と真白の裾があれば尚のこと。
これよりこの原は、蜘蛛の狩り場と成り果てる。
漆黒の眸に白々とした原とその宙を漂うオブリビオンを映し、筒石・トオル(多重人格者のマジックナイト・f04677)はその数を数えた。
「車懸かりの陣……ね、確かに大きな円を描いてるみたいだ」
地上からでは全貌は見えないが、緩いカーブが遠くに見えた。敵を全て数えれば切りがないだろう。とはいえトオルの計画の為には、一体のみを相手取るというわけにもいかない。
その円が車輪のように回り続けるというのであれば。
「一か所でも破壊すれば上手く回れなくなるんじゃないかな?」
敵兵が補填され続けるとしても、輪は徐々に小さくならざるを得ず、強力な防御力も回復力も、数多の攻撃の前に意味をなさなくなっていく筈だ。
手早く数を減らす為には、大きな攻撃を次々入れながら、撃ち漏らしのないよう確実に倒していくべきだろう。
その為のトオルの一手。
眼下、宙泳ぐクラゲは恐らく一人で相手にするには些か多い。けれども、それでいい。
「遥かな眠りの旅へ――誘え」
原に舞うのは、葉ではない。目にも鮮やかな花弁は、空を飛ぶべき生き物――鳥の翼によく似ていた。或いは鳥そのものに。
それは《極楽鳥花嵐》――鳥の似姿、ストレリチアの逆巻く美しい暴風。
白い関ヶ原に、群れ成す鳥たちは嵐が如く吹き荒ぶ。
それは多くのクラゲたちを巻き込み、捩り裂くように乱舞した。
荒ぶ花弁の合間、この世ならざる者たちが灯す怪火が、青く明滅したことをトオルは見逃さない。あれは傷を癒そうとする動作だと、既に把握していた。
「もう一度!」
畳み掛けるように、第二の嵐が敵兵を襲う。それは敵をより大きく消耗させ、より味方が『とどめ』を刺す時間を稼ぐ為。
この二撃では“届かない”。けれど。
「――ああ、助かるわあ」
まるで、風に舞い上げられた葉の一枚であったかのように。
絡新婦が原の上へと着地すると同時、極楽鳥花に翻弄され力無く泳いでいたクラゲの透き通る虹色の身体が、ぐにゃりと歪んだ。
「柔らかそうな見た目なんやけどなあ……逆に柔らかいからやろか」
くん、と白い指を曲げれば、クラゲは正しく糸に引かれて宙を奔り、そのまま別の個体とぶつかった。水袋同士のぶつかったような音。クラゲはクラゲということだろうか。絡新婦は微かに笑む。
捕まえた。ここにはもう『巣』が張ってあるのだ。
「そうら。少うし苦労させられたけど、これで斬れるやろ」
初めに捕らえた個体と、それにぶつかった個体。その両方を別の方向へと引き回し、音楽でも奏でるようにその袖を振り上げる。
ぱぁん、と音がした。
次いで、ばしゃり、水の落ちる音。
「……本当にクラゲだったのか」
眼鏡のレンズ越し、トオルは何が起きたのかを見た。
宙に張られた蜘蛛の巣に、糸で引かれたクラゲたちは勢いよくぶつかったのだ。そうしてその糸が本物の蜘蛛の巣のように粘着質なものではなく、鋼糸であったが為に――既に疲弊していた彼らは、ただのクラゲがそうされたかのように、千切れて弾けた。
素早く連携し“限界”を越えさせれば、如何に硬かろうと、如何に回復が早かろうと、倒すことが出来る。これを繰り返せば。
絡新婦が指先でついと宙のクラゲたちをなぞり、トオルはそれを視線で追った。応じるように首肯をする。この陣を破壊し、将の首へと辿り着かねばならない。
「その輪、崩させてもらうよ」
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ファルシェ・ユヴェール
強力な一撃……、
私の本業は商人、戦人ではなく
故に少々、荷が重い気も致しますね
とはいえ、手がない訳でも無いのです
水晶の欠片を元に、UCで呼び出すは「水晶の騎士」のイメージ
我が騎士よ、力を貸してくれますね?
相手は高速移動と怪火を扱えるとの事
そして、私より我が騎士の剣の方が力強いとなれば
騎士に護られると見せかけて、実は囮は私の方
召喚者である私が仕込み杖を構えて不用意に射線に立てば
そのフェイントに誘われてくれるでしょうか
高速にカウンターを合わせ、武器で抑えるようにしてその動きを止め
――今です、我が騎士よ
…炎には多少の耐性があります
騎士の剣が、無防備となったこの災いを貫く迄、抑えたまま耐えてみせましょう
●その怪火を呑み
ファルシェ・ユヴェール(宝石商・f21045)は猟兵としてこの関ヶ原に立っているが、戦いは専門ではない。彼の本業は商人であり――それゆえ、取り取りの色で飾った帽子のつばをちょいと持ち上げては、宙を泳ぐそのオブリビオンたちを見上げた。
「……少々、荷が重い気も致しますね」
その端正な貌に苦い笑みを浮かべつ、ここへ転送される前に聞いた注意を思い出す。必要なのは強力な一撃であると、彼をこの場所へ導いた青年は言っていた。
強力な一撃。ますます以て商人には向かない言葉ではないか。
とはいえ、そんな商人にだって手がない訳では無い。
取り出したるは水晶の欠片。これを触媒として使うユーベルコードは《アリスナイト・イマジネイション》――想像力を源とした創造の力だ。
実際に手元のものを想像力の補強として使い、引き出したイメージは『水晶の騎士』。今正しく宙を舞っているクラゲたちも虹色を孕み美しいが、日光を弾いて透き通るこの騎士もまた、眩いまでに美しい。
「我が騎士よ、力を貸してくれますね?」
かんばせに常の笑みを浮かべ語り掛ければ、跪いていた騎士はそれに応えるよう、立ち上がり己の正面で真っ直ぐに剣を握って見せた。
煌めく騎士を走らせ、ファルシェは敵の出方を見る。
ただ浮遊しているようにも見えたオブリビオンはしかし、自身に敵意が向いていることを理解したのか、宙で身を翻して小さな怪火を纏い始めた。
そのタイミングでこそ、彼は愛用のステッキ――仕込み杖を構える。
立ち位置は騎士の背に隠れるのでなく、それよりやや横合いの後方、オブリビオンに視覚があれば一目で存在を感知できるだろう位置。まるで未熟な魔術師が、己の身の置き場所を間違えでもしたかのように。
たちまち、ゼリーに似た柔らかな身体を震わせて、そのクラゲは空気の中を泳いだ。騎士の振るった剣を避けた身のこなしは漂うようなそれではない、明確な意図を持った動き。透明な触手を靡かせ、見目にそぐわぬ素早さは泳ぎだけなら鮫にも似ていた。自身に剣を向けた騎士でなく、その背後に立つ術者へと向かう――獲物を見定めた捕食者そのものの軌跡で。
(どうやらうまく掛かったようですね)
ファルシェは物事を正しく理解していた。彼自身よりも、彼の生み出した騎士の方が強力であるに決まっている。召喚主の彼と同様煌びやかに、けれども何より強靭かつ力強い。彼の力そのものなのだから、当然と言えば当然だった。
ならば、強力な一撃を敵に喰らわせる為の『囮』になるべきはどちらか?
考えるまでもない。
「――――ふ、ッ!」
高速の泳ぎで向かってきたクラゲの頭に、ステッキのグリップ部分を打ち当てる。水を多分に含んだ柔らかな手応えに、しかしファルシェは怯まずそのまま杖を鋭く振って“仕込み”の刃、その切っ先を突出させる。
必要なのは、一撃を与える為の牽制、敵の動きを止めること。
虹色のオブリビオンが震え、ほつほつと怪火が灯りゆく。それには構わず、露出させた鋭鋒を揺れる触手目掛けて突き込んだ。薄布に似たそれを二、三本を纏めてしまい、そのまま関ヶ原の土へと縫い付ける。
護身術など、商人の嗜みだ。
「――今です、我が騎士よ」
逃れようとしてか無数に増殖する怪火が、きらきらと光を放つ。ファルシェに触れたそれは炎としての熱さを持ちながら、同時に心の柔い箇所を荒れたやすりで撫でられるような強烈な不快感と鈍い痛みがあった。
かつて取り込んだ者の心の傷と、望みの欠片を放射する怪しの炎。人の心を惑わす災い。
柳眉を潜め、奥歯を噛み締めながらも、彼は握った杖のグリップを、拘束した触手を離さない。
心身の燃える痛みと、透き通った“過去”の向こう側。その光を弾く硬質な身体を、そして振り被った切っ先を、ファルシェは見た。
ファルシェの騎士によって貫き両断されたクラゲは、地に落ちてゼリーのようにぐずぐずと溶け消えていく。過去は過去へ――骸の海へ還るのだ。
それを最後まで見送ることもなく、ただ装飾を傷付けぬように衣装と帽子を手早く払って、ファルシェはやれやれと肩を竦めた。彼の傍らに今は跪き控える騎士の肩に手を置き、一息つく。
「戦人でもないのに、身体を張りすぎてしまった気がしますね――」
けれどその功は確かなものだ。揺らめく夢火の漣波ではなく、彼の手にある宝石たちのように。
大成功
🔵🔵🔵
鳴宮・匡
どれだけ強かろうが、関係はない
生きているなら、それは俺にとって殺せるものだ
高速移動は少しばかり厄介だな
相手の動きをよく【見切り】、その動きの先を予測して
進路上を遮るような形で接敵
――というよりほとんど衝突だな
まあ、多少のダメージくらいは想定内だ
心の傷が見えるというなら
きっとそこには、血に塗れて倒れる「だれか」の――
自分を守って死んだひとの姿でも見えるんだろうか
だけどそれはもう俺にとって足を止めるようなことじゃない
……向き合うと決めたんだ
まだ乗り越えられはしなくても
それに捕われて足を止めるなんてことはしない
……捉えたぜ
フルバースト、全弾残らず持っていきな
動かなくなるまでくれてやるよ
●海原に一滴
蒼穹、白き原――特に感慨は無い。此処は戦場だ。
浮かぶ繻子の如き虹色さえも、それがオブリビオンである以上、どのような感情を抱けというのだろう。
それがどれほど美しかろうと。それがどれほど強かろうと。
それが敵なら殺すだけのこと。それが生きているのなら、殺せぬ道理があるものか。
鳴宮・匡(凪の海・f01612)は、ただ静かに愛銃のセーフティの外れていることを確認し、視線を外しながらにハンマーを起こした。
宙を泳ぐだけの敵ならばただの的だが、恐らくはそうもいかないのであろう。その考えを即座裏付けるように、匡が標的と定めた一体へ銃口を向けた途端、それは身を捩り触手を翻した。
灯りゆく怪火が正しく口火を切る。増殖するそれがその身を満たすより速く、白と青の原を波に見立て、クラゲは弾丸のように滑空した。
弾丸ならば見慣れている。とはいえ。
「……少しばかり厄介だな」
何せ、普通弾丸とは真っ直ぐに飛ぶものだ。殺傷力を持つそれそのものより遥かに大きく見やすいが、身を揺らめかせ宙を蛇行されると、怪火の明滅も伴い目を眩ませられる。
一際赤く染まった炎を視界の端で捕らえ、匡は僅か半身を下げる動きで硝子の欠片に似たその放射を躱した。熱さはない。それの“落ちた”箇所にも明確な痕は残らず、ただちりりと鈍い頭痛に似た感覚がした。或いは、指先のひりつくような。
「――ふうん。成る程」
余波を感じた手を一度握り開くことでその影響を確認しながら、遮蔽物の無い原の上、タイミングを見定めるように泳ぎ続ける白い影を視界から逃さないまま横へ、ツーステップ。
呟きは敵の攻撃への感想ではない。それをこちらへ当てる為には、意思の見えないクラゲであっても明確にサインを出す、という観察結果を得たことによるものだ。
匡には見えている。
見えているなら、それを掴むは容易いことだ。
ざん、と。
草原を蹴る音は波を踏む音とよく似ていた。
今度は下がるのではない。横合いへ逃れるのでもない。前へ、クラゲの回遊する宙域その只中へと匡は駆け、そして跳んだ。
狙うはただ一点。気紛れな遊泳に思えど布陣を敷いている性質上、その立ち位置を守っている筈の敵の動きから弾き出した“必ず此処を通る”と確信出来るポイント。
タイミングは誤差を含みながら如何様にでも修正出来る。何故なら匡が最後に意識を向け確認したクラゲの位置と角度、速度、慣性、総合して計算した数パターンの動きどれを取っても。
「ジャックポット」
靴裏に、重たいもののぶつかった感触。蹴飛ばすのでもなく半ば衝突したそれはクラゲの頭だ。匡は片瞼を伏せる――賭け事に喩えるには些か勝率が高すぎたかも知れない。
己の身の危機を、思考希薄なオブリビオンとはいえ察することが出来ぬわけではない。進行を明確に阻害され、全身を裏返すように震わせ触手を――それに纏う数多の怪火を――己がほぼ頭上に位置する猟兵へと殺到させる。
それは包むヴェールであり、纏わる糸であり、孕む炎であり、光る夢だった。
ぞろりと。肉体ではなく『心』を、その『傷』を撫で上げるような。
匡の眸の奥、伏した『だれか』の姿が見える。
濡れて水溜まりに伏している。あれは。あの赤は。あれは血だ。
見慣れた筈の鮮烈な赤が禍々しく思えるのは、そのひとが俺を守って死んだからなのか。
見慣れた筈の光景に酷く背筋が冷えるのは、脳裏に焼き付いて消えないその記憶が深くまで滲み沈み込んだせいなのか。
やけに近い水音は、やはり幻聴だろうか。
明滅するプリズム。さわと優しくそよぐ繻子の隙間へ、匡はその手を差し伸べる。
――彼の手には、紛れもなく銃が握られていた。引き金に触れる指先。よく馴染んだ感触。その黒鋼には既に彼の体温が移っている。
「……捉えたぜ」
侵り込むかのように自身に触れていた糸にも似た触手を空手の方で纏めて掴み、彼は銃口をその柔い虹色の膜に押し付けた。銃底を肩に当てて固定する。――やることは最初からもう、決まっている。
怪火を通し見えた光景は最初から匡の眸に焼き付いていたものだ。それは今でも彼の心の裡に住んでいる。
だけれど。
(あれはもう俺にとって足を止めるようなことじゃない)
向き合うと決めたから。
まだ、乗り越えられはしなくても。
それを目前に突き付けられたとしても、その“過去”に捕らわれたりはしない。足を止めるようなことはしない。
「ちゃんと当ててやる為に待ってたんだ――全弾残らず持っていきな」
この近距離で、最早サイトを覗く必要も無い。握り締めた触手がぶつりと音を立てるほどに引き絞り、匡はトリガーを引いた。
《終幕の雨》――――フルバースト。
文字通り降頻る雨音が如く断続的な射撃が、柔い虹色を、匡の肩を、晴れた原の空気を震わせる。
衝撃に反して音は鈍い。ただその銃口を押し付けられた“過去”とトリガーを引き続ける匡の間で反響し続けている。
やがて。
ぼちゃりと鈍い音を立て、破れた水袋そのものになったそれは、地に落ちた。
匡は殆ど音も無く着地し、暫し撃ち続けたが為に自身の愛銃――Resonance――の銃口から細く揺れ立ち昇る煙を、僅かに見上げた。
空はよく晴れている。
大成功
🔵🔵🔵
アストリーゼ・レギンレイヴ
【妹のセレナ(f16525)と】
胸に刻むは《黒の守誓》
大切な妹を――この世界に暮らす無辜の民たちを
必ず守ると誓うわ
高速移動する敵の射線上に「敢えて」出る
そうでなければ、セレナの方へ累が及ぶわ
そんなことは、許さない
あたしの命ある限り、あの子へは一指たりとも触れさせないわ
……ところで、お前
ひらひらびらびらと随分掴み甲斐がありそうじゃない
触手を片手で掴み
【怪力】で力任せに地面へ叩きつけるわ
硬いのだから大したダメージではないでしょうけれど
動きは一瞬、止まるわね?
――なら、それで十分
頭上で閃く光の軌跡を認めたら
その場を瞬時、飛び退いて
さあ、セレナ
……任せたわよ
【アドリブ歓迎】
セレナリーゼ・レギンレイヴ
アスト姉さん(f00658)と
ここで暮らしている民たちがいるんです
過去の残滓にそれらを奪わせるわけにはいきませんから
姉さんとともに、守っていきますね
【祈り】を力に変える『ミトロンの書』
書に願うのは平穏と敵の制圧
普段ならば広域攻撃の方が得意なのですが、こんかいは一点突破
光の柱を収束させて一点に絶大な威力が集中するよう祈ります
その速さに堅い防御、普段ならば厄介な相手でしょう
けれど、今の私は一人ではありません
大丈夫、姉さんなら私の呼吸はよくしってますから、当たったりしません
さて、
いくら速いと言っても、あなたは光より速く逃れられますか?
天に突き立つ光の塔で
味方を鼓舞して進みましょう
【アドリブ歓迎】
●誓いと祈りを束ね
肩を並べて立つ二人の女。明確に、彼女たちは対照であった。風に流れるは其々が銀と金の髪。この原を見据える眸は左の紅と右の青。
「往きましょう、セレナ」
「はい、姉さん」
アストリーゼ・レギンレイヴ(闇よりなお黒き夜・f00658)が言えば、セレナリーゼ・レギンレイヴ(Ⅵ度目の星月夜・f16525)は応じる。
対照的な姉妹が胸に抱いた意志と願いは、けれどぴったり同じものだ。
白い原から滲み出したように浮遊するオブリビオンを見上げ、アストリーゼは前に出る。胸に刻むは《黒の守誓》――盾や紋章があるわけではない。けれどその誓いは、決して破られることは無い。
この地に自身と共に並び立った大切な妹を。そしてこの世界に暮らす無辜の民たちを。必ず守るという誓いは果たされるべきものであり、そしてそれそのものがアストリーゼの力になる。
だから彼女は、力強く奔った。
セレナリーゼは、雪原にも似たこの原を疾駆する姉の背を見た。
常に前に立ち進み続ける姉を、心配でないと言えば嘘になる。けれど、過去の残滓なんかに、ここで暮らしている民たちのかけがえのない生活を奪わせるものかと思ったから。何よりも、姉の強さを信頼しているから。
「――……姉さん」
今は、自分も姉と共に在る。自分にしか出来ない役割がある。
それを果たす為、セレナリーゼは自身の祈りに力を与えてくれる――祈りを力そのものにしてくれる『ミトロンの書』を開き頁を捲った。
敵を強力な一撃で屠らねばならない。となれば、元より広域を灼く強烈な力を、只一点に集中させれば確実に足りる筈。
人の心を惑わし今は行く手を遮る災厄を討ち倒す為、彼女が書に願うのはこの地の平穏と正しく敵の制圧だ。
持ち主の祈りに呼応するよう、黒に銀細工の施されたその書は魔力を放つ。ばらばらと捲れていく頁は契約に従い、持ち主の願いを叶えるだけの力を荒れ狂う程に与えてくれる。
この力を敵ただ一点に命中させなければならない。
本来ならば宙空を自由に泳ぐオブリビオンにそれを確実に当てるという自信は抱きづらく、身軽でありながら堅牢という敵は厄介の一言に尽きるだろう。
けれども今のセレナリーゼには、この一撃で絶対にあの敵を葬ってみせる、という意志と自信があった。
だって今は一人ではない。
私は今ここに、この世でたった一人の姉と一緒に立っているのだ。
猟兵の攻勢を悟ってか、水晶宮からの使者と呼ばれたその虹色のクラゲは、震わせた身に怪火を纏い、自身に向かってくるアストリーゼを――もしその身に視界があるとすれば――捉えたかのように思われた。
仄かに色付き纏うその炎は恐らく、高速の移動をするに当たってある種盾の役割を果たすものでもあるのだろう。
けれどそのようなことは、アストリーゼの関知するところではない。それは関係がなく些末な問題であり、たとえこのクラゲの全身が激しく燃え盛っていたとしても、彼女は同じ行動をしただろう。
空気を孕み吐き出すような、海中で水を蹴るようなその動作。クラゲの“走り始め”を見て取って、彼女はその行く手へと躍り出た。
妹が――セレナが背後で魔力を編み上げているのだ。彼女の方へ累が及ぶようなことを、アストリーゼが許そう筈もない。
「あたしの命ある限り――あの子へは、一指たりとも触れさせないわ」
かろうじて衝突を避けたオブリビオンは纏った怪火から光を散らし、どこか慌てたように身を翻してそのひらめく薄布のような触手を、目前の猟兵へと殺到させた。それに纏わる、夢のような灯火たち。
「ああ、ちょうど思っていたのよ。お前の“それ”――ひらひらびらびらと、随分掴み甲斐がありそうだって」
アストリーゼは怯むことなく、触手を避けるどころか自ら腕を伸ばし握り込んだ。怪火から弾ける光が僅かに胸の奥をざわめかせるより先に、その腕を振り被る。
あろうことか片手で。その身に宿る力に任せた乱暴なまでの怪力で、踏ん張ることも出来ないそのクラゲを、全力で関ヶ原の地面に叩き付けた。びたん、という何処となく不快な音。
強化された強固さの前では大した痛手ではなかったのかもしれない。だがそれは肉体的な意味合いであって、タイムロス、或いは動作の制限や拘束という意味合いでは、致命的なそれだった。
アストリーゼは十二分に、為すべきことをしたのだ。
ちかり。と空に瞬く。
それは星ではない――いや、星と呼ぶべきだったのかも知れない。その流れゆく光明は。
セレナリーゼが合図や声を掛けるまでもなく、アストリーゼは天に光の在るを知ってその場から飛び退った。互いの呼吸は互いがよく知っている。その光が、どんな祈りに基づくものであるのかも。
「さあ、セレナ――」
任せたわよという姉の声が、実際にこの距離で届いたわけではない。
けれどもそうであることを、セレナリーゼは確信していた。強く結び編んだ祈りと魔力を、解放する。
「どうか、力を――――!」
その青空にかかる、雲を貫いて。
光は落ちた。
――《刻器神撃:『長針のⅥ:裁光降天』》。
罪を焼き尽くし災厄を浄化する為に束ねられ、今地から天に突き立つかの如く聳える光の塔。
『今』を侵害する『過去』に染みすら残すことを許さず、『未来』を見る者に、それはまるで標を示すようでもあった。
敵を倒せたか否か、最早確認するまでもない。
花のように赤い裾を翻し、姉は群青を纏う妹の下へと確かな足取りで戻って行く。
「さすがね、セレナ。跡形も無いわ」
「いいえ……いいえ、姉さん。十分に時間を作っていただいたので」
その美しいかんばせに、仄かな笑みを乗せ合って。
「さて。これが最後ではないわね」
「ええ、――往きましょう」
前へ進むのだ。
成功
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花剣・耀子
貰った信には、応えましょう。
勝つわ。
周囲の状況はよく見て、合わせられるなら合わせましょう。
穿たれた傷があるなら無駄にはしない。
誰かに託されたものを、果たすように。
傷口を押し広げるように刃を叩き込むわ。
加速は全て、目の前の海月を押し斬るために。
そう易くは逃がさない。
鋼糸で彼我を結んで、どこへもサヨナラなんてさせないから。
夢なんて、みないわよ。
――嗚呼、でも、ここは。このせかいは。
確かに、なくしたあの日の続きだわ。
手が届かないことも、力が及ばないことも、あたしのせいで死ぬことも。
傷ではないと言ったら嘘になる、けれど。
だからこそ進まないといけないのよ。
自分の過去に負けるなんて、御免だわ。
さようなら。
●明日を託し
白き関ヶ原に、冴え冴えとした青黒が立つ。風に靡く黒髪は、額からすらと伸びた角同様、艶やかに晴れ空の光を呑んだ。
ふわと宙空を舞う虹色の繻子を眺め、その数をかぞえる。回遊するそれらは、確かに数を減らしている。車懸かりの陣、その瓦解は目前に見えていると言えた。
かといって、花剣・耀子(Tempest・f12822)は油断したり安堵することはしない。彼女をここへ送り出したひとは「勝てる相手だ」とはっきり背を押してくれた。その信頼に応えたい。
その為には――一切の驕り無く、勝つ。
駆けるまま横目にそのクラゲたちを確認した。まるで解放された水族館のようで、そういえば今は夏だと思い出す。あれらは宙空に揺れながらも、風鈴のように涼やかな音を鳴らしてはくれないのだろうけれど。
一体。陣形の隊列を崩しつつある個体へ切迫する。スターターを引けば、駆動音と共に慣れた振動が手に伝わり、同様にその戦意はおそらくクラゲへと伝わった。灯りゆく怪火、今が夜であればさぞ美しかろうに。生憎、今は月も出ていない真昼なのだ。
驕らず、恐れず。この戦場を託した声に背を押されるがままに。耀子はそれを果たしに往く。
空気の中で自在に泳ぐその虹色を殆ど胆力のみで捉え、ぐおと鳴る風切り音を置き去りに最短の直線で刃を叩き込んだ。手応えは柔らかな水袋のそれであるにも関わらず、まるで硬い壁にでもぶち当たったかのように、高速に回転する刃は只唸りを上げる。
その高く声を上げる獰猛を厭うように、クラゲは自身に連なる繻子を揺らし、宙を掻いて逃れようと、した。
「……そう易くは逃がさないわ」
けたたましい駆動音に紛れ射出されていた鋼糸は、網のようにそのやわい身体を捕らえた。彼我を結び繋ぎ、その“終わり”まで逃さない。サヨナラにはまだ早い。
柔をして尚押し斬ろうと、耀子は霊妙なる蛇の剣、その名を冠した己が機械剣の駆動を高らかに回す。本来高速機動の為の加速を全て、絶大と表現された堅牢を切断する為だけに費やす。
――藻掻くように。薄布に似た触手がはためいた。明滅する怪火が冷たく燃える。ただ前を、『敵』を見据える耀子の肌を、その裡を撫でる漣波の手。
いつか、取り零したものがあった。
この手から滑り落ち、この手が届かず、ただ、ただ、心に遺ったもの。遺された“あたし”。
ちかりと瞬くプリズムのような光。波の音が聞こえていた。
夢なんてみないと耀子は言う。
――嗚呼、でも、ここは。このせかいは。
(確かに、なくしたあの日の続きだわ)
世界は地続きだ。
あの日から。喪失から。
この手が届かなかった。力が及ばなかった。ではそれはきっと、あたしのせいで死んだのだ。
その記憶を、事実を、過去を。傷ではないと言えば嘘になるのだろう。
けれど世界は地続きだ。耀子はここまで歩いてきた。今、ここまで、足を進めてきたから。
波の向こうに、唸り声が聞こえる。
お前の過去を平らげろと、花散らす嵐が咆えている。
これは耀子の剣。これは耀子の手に、確かに在るもの。
「自分の過去に負けるなんて、御免だわ」
渾身の力を込め、裂いた。
それが如何に硬かろうと。それが如何に夢のようであろうと。在るものならば斬れぬ道理はない。
耀子の名は花剣《テンペスト》――夢を醒ます、彼女は嵐。
轟くような駆動音の終わりと共に、その『過去』は地に落ちた。びちゃり、と重たい水音を立ててしまえば後はあっけない。宙にあれば優雅とも思えたが、今やそれはただの水溜まりだ。
そよと吹く風に黒髪を揺らし、細縁眼鏡の位置を整える。死んだ海月は染みと似ていた。そして世界の外の海へ還るように、やがて蒸発し跡形も無く消えていくのだ。
耀子の裡にある疵は、この忘却の染みのように容易く消えることはないのだろうけれど。
それでも、それは『過去』だから。歩いてゆけば、遠くなる。時も、痛みも、想いさえ。廻りゆくものであるから。
「――――さようなら」
白い白い原に一片、剥がれ落ちる心のように。花弁が舞い上がった。
成功
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