エンパイアウォー㉕~陽盗み鴉〜
●霊峰富士火口付近、儀式場にて
――あちらは失敗に終わったか。
表情伺えぬ黒面が、樹海を見下ろす。
波のようにうねる木々の間からは、騒乱の音すらもう聞こえない。
――まぁいい。
贄を捧げての噴火に至らぬとて、こちらの目的は果たされた。
黒尽くめの、鋭い爪が付いた大きな手が『それ』を掴み上げる。これさえ手に入ったのならば、この場に用はない。
背に生えた大きな黒翼をぶるりと震わせる。いち早く下山するのであれば、空を飛んで行く方法だろう。けれども、まだ忌まわしい敵どもがこの富士山中のどこかにいる以上――目立つ真似はせぬ方が、良い。
高下駄が地を蹴る、甲高い音が響く。
そうして黒い影は、風のように山頂から駆け下りていった。
●盗み出されたもの
「此度の戦、皆様方の活躍は実に見事なものでござる」
今、サムライエンパイアで起こっている、織田信長へとその牙届かせんとする大規模な作戦。幕府軍と共に戦う猟兵達へと、一文字・八太郎(ハチ・f09059)は労いの言葉をかけた。
「さて、皆の快進撃のおかげで、一つ新たに分かったことがある」
いくつか打ち破った敵の作戦のうちの一つ。仔竜の命を捧げ、霊峰富士を噴火させようとしていた虐殺渡来人『コルテス』の企み。それは既に猟兵達の手により阻止されているが、どうやらまだ一つ、向こうは手札を隠し持っていたらしい。
「富士に眠りし太陽の力、それを『霊玉』へと転じさせて盗み出すなどという算段……霊峰の強大な力、その一端とはいえ敵の手に渡れば、新たな悪事の火種にしかならぬだろう」
だからこそ、それが完全に敵の手に落ちる前に奪い返してきてほしい。
今から向かえば、霊玉を手に撤退する敵を山中で迎え撃つことが出来る。
「敵は鴉天狗。山伏のような姿をした、翼をもった人型のオブリビオンでござる」
一体だけだが、手にした錫杖の威力は地面を叩き割るほど凄まじい。また、大風を起こす団扇を振るい、火を起こす妖術まで使いこなすという。
決して弱くはない。だが猟兵達の手にかかれば大した脅威では無い筈だ。どうか無事に撃破をして、霊玉を奪い返して来てもらいたい。
「一つだけ注意して欲しいのでござるが、奪い返した霊玉は富士の火口へと投げ込んできて欲しいのでござる」
一時的に持ち運びができる形になっているとはいえ、霊玉は太陽の力そのもの。放っておけば、元のマグマへと変化してしまうだろう。
そうなってしまえば、恐ろしい災害でしかない。
自然の力は、どうか元にあった場所へ戻してきてほしい。
持ち帰りは厳禁だ、と猫人は冗談めかして付け足し、猟兵達へと深く一礼する。
「それでは陽の力秘めし霊玉の奪還、皆様どうぞよろしくお頼み申す」
砂上
はじめまして、こんにちは。お久しぶりです。
砂上(さじょう)です。
※このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
※1フラグメントで完結し、「エンパイアウォー」の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。
今回の舞台はサムライエンパイア、大きな戦の一幕。
敵を撃破し、霊玉の奪還したならば、コルテスの次の一手を阻む力になります。
純戦シナリオとなりますので、皆様の格好良いプレイングお待ちしております!
※再送をお願いしていただくことがあるかもしれません。ご了承いただけると嬉しく思います。
第1章 ボス戦
『鴉天狗』
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POW : 錫杖術
単純で重い【錫杖】の一撃を叩きつける。直撃地点の周辺地形は破壊される。
SPD : 大風起こし
【団扇から大風】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
WIZ : 天狗火
レベル×1個の【天狗火】の炎を放つ。全て個別に操作でき、複数合体で強化でき、延焼分も含めて任意に消せる。
イラスト:V-7
👑11
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「式神・白雪童子」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
アーサー・ツヴァイク
※何でも歓迎、🔵過多なら不採用可
おいコラそこの鳥野郎…
何勝手に持ち出してんだ、とっとと返しやがれ!
敵の棒攻撃には【ダイナミック・ストライク】で真っ向勝負だぜ! 同じパワー型の技だが…玉っころ抱えた敵の技に負けてやるつもりはねぇ! 【怪力】を込め、足腰に【気合い】を入れて構えて全力の一発をぶちかましてやるぜ!
上手くいけば、敵の武器をぶっ壊すことも狙えるかもしれねぇな、そうすれば敵の動きを一部封じることが出来そうだぜ!
玉は回収して富士山の火口に投げておけばいいんだっけ? まあ、戦闘が終わって余裕があればやっておくか
終夜・嵐吾
キトリ(f02354)と共に
ここから去るのはえんじゃが、その手にある宝玉は置いてってほしいんじゃよ……と、言うても
置いてってはくれんよな。ならば、力づくにもなろう
や、汝も炎を扱うか
わしも狐火をよう扱うんじゃけど、さてどちらが上手か――まぁ、わしじゃな
キトリの攻撃にわしの炎を混ぜてもらお
分かたれておる炎を操るのもそれはそれでええんじゃけど、わしは一つに束ねてしまう方が好きじゃから、そのまま燃えてしまえ
ふふ、キトリに綺麗と褒められたわしは絶好調じゃ
それにわしの友には攻撃させんよ
攻撃はかばうように動く
もし宝玉手にしたならわしがもとう
キトリは持てんものな
…綺麗じゃな
ちょっと投げ込むの惜しいの、でもそい
キトリ・フローエ
嵐吾(f05366)と一緒に
待ちなさーい!
おひさまの力を盗んで持ち運ぶなんて、罰当たりもいいところだわ
オブリビオン、あなたはお仕置きよ!
さあベル、派手にやっちゃって!
手にした杖に呼びかけて、しっかりと狙いを定め
嵐吾の狐火と合わせ夢幻の花吹雪で目眩ましを
それにしてもオブリビオン、あなたの炎はちっとも綺麗じゃないわ
嵐吾の狐火のほうがずっと綺麗だし、何より強いんだから!
敵の炎は嵐吾が守ってくれるとわかっているから
嵐吾の側からなるべく離れないように、躱すことを考えずに全力で攻撃に専念
そろそろ骸の海に還る時間よ
八太郎とあたし達に見つかったのが運の尽きだったわね
その手に持ったおひさまの力、返してもらうわ!
夏目・晴夜
残念ですねえ、こちらも失敗に終わりますよ
天狗火は妖刀での斬撃で【なぎ払い】ますが、
まあ確実にそれだけでは防ぎ切れませんよね
なので『憑く夜身』の操り糸で敵を拘束し、
遠心力で周囲の天狗火目掛けてブン投げて【敵を盾に】します
勢いのまま己の火に焼かれたら実に愉快ですし、
幾つか消されても動きやすくなるだけなので御の字です
敵が飛んで逃げようとしたら妖刀を黒翼へ投擲し【串刺し】にして落とします
このハレルヤを前にしてさっさと帰ってしまおうだなんて、随分つれないですね
太陽がここにある限りはずっと昼間なのですから、夜が来るまで遊びましょう
霊玉は指示どおり火口へ
太陽に近付き過ぎたら地に落ちてしまうかも知れませんしね
ヨハン・グレイン
オルハさん/f00497 と
こそこそと、まるで卑しい盗人のようですね
霊玉など烏が持つには分不相応が過ぎる
さっさと取り返して火口に放り込んでやりましょう
俺は後方から援護に徹します
オルハさんは防御よりも攻撃に重きを置いてください
信頼していますから……とは、言葉にせずとも伝わるだろう
『凍鳴蒼』から昏い水を喚び出し、<呪詛>と<全力魔法>で強化
天狗火は端から飲み込み凍らせる
氷の刃を生成し牽制も忘れずに行おう
大風には氷の壁を作り出し身を守らせる
削られようと水に戻し再び凍らせるまで
地に足ついた隙を逃さず【蠢く混沌】で足止めを
あとは託しましたよ、オルハさん
オルハ・オランシュ
ヨハン(f05367)と
正々堂々盗むには分が悪い、って自覚があるんじゃない?
霊玉になってるのは一時的なんだっけ
のんびりしてられないね
ありがとう、ヨハン
背中は預けたから!
それは全幅の信頼あってこそ
前を任せてくれた彼もきっと同じ
自ら策を練るまでもなく
攻撃はヨハンが防いでくれてる
今のうちに【力溜め】とUCの併用で攻撃力を高めておこう
極力敵の攻撃の合間、体勢を整える前
僅かに生じた隙を突くように
間合いを取りつつ槍を振るい続けて
――!応えてみせるよ!
敵の足が縫いつけられた時に大勝負に出る
危険を顧みず敵の懐に飛び込んで
まず【鎧砕き】次いで【捨て身の一撃】の【2回攻撃】
何も恐れてなんてない
私は独りじゃないもの
玖・珂
鎮まった霊峰を徒に起こそうとした次は忍込みとは
悪党らしいことだ
戦場は山の中か、樹が在れば
死角を取られぬよう敵の動きは逐次追跡し
予備動作などの情報を収集
攻撃は可能な限り回避、防御するぞ
右目に翠色の花を咲かせ、羽雲を手元に寄せたなら
放たれる天狗火には全力魔法で水の幕を張り対抗
抜けてくる炎あれば長杖で打ち消そう
……万が一、草木に火が移ろうとも
水の術ならば素早い消火が叶う筈だ
水幕を割き接敵、骨を砕く心算で怪力をのせ
翼の付け根、或いは足を狙い杖で薙ぎ払う
移動手段を潰そう
霊玉隠した場所が判明しているなら其処を狙い
仲間の方へ打ち飛ばしてもよいな
岩漿の災厄は成らなぬぞ
お主は此処で潰えるのだからな
アラン・サリュドュロワ
マリー(f19286)と
アレンジ歓迎
マリー様、我々は空を抑えましょう
危機に陥れば飛んで逃げようとするやもしれません
しっかり掴まっていて下さい
氷竜ジゼルに主と共に騎乗し、空中から追跡
木が邪魔ならブレスで払わせ攻撃が通るようにし
上空から竜の爪や斧槍で攻撃を仕掛ける
どうした、その背の翼は飾りか?
淑女の持つ羽扇のほうが使い途がありそうだ
背後から一声、止める間もなく飛び出され舌打ち
――馬鹿かあいつは!
宙を滑り落ちる影に向かって竜を駆けさせ
抱えるように手を伸ばす
マリー、無事か?まったく…
君は俺の心臓を止めさせたいようだが、その話は後だな
広範囲の術を察すれば高く遠くへ離れるよう、回避行動
ジゼル、振りきれ!
マリークロード・バトルゥール
アラン(f19285)を伴に
アレンジ絡み歓迎
アランの策に従いましょう
盗人が持つ霊玉はどちらにあるのかしら?
ジゼルの背に乗り敵の様子を伺う
此処からじゃ分からないわね、と外套と靴を脱ぎ置いて微笑んだ
アラン、後はお任せしますわ
敵を追うように空へ。小言を聞く前に飛び降りる
風吹く前に駆け落ちて一点を穿ち抉つ
狙うは片翼の付け根
突き立てた刃を起点に、強引に懐へ潜り込んで更なる一刀を
……なんて、攻撃を警戒されれば御の字
真の狙いは霊玉の窃取
うふふ。わたくし、実は手先が器用なのよ
痛手を喰らう前に敵を蹴り上げ離れては戦果と共に落ちていく
まあ酷い言い草
抱え留められた内で微笑む
誰よりも信頼しているのよ、わたくしの騎士
ルーナ・リェナ
綾華(f01194)と
大事な力、勝手に盗んでいかないでよね
待てっていって待ってくれるようなのじゃないだろうし
こっちも実力行使、っていうのだね
うん、わかった
綾華のことばに甘えて、背中に隠れるように服もつかませてもらう
あとはタイミングを計って目立たないように移動
作ってもらった隙をついて槍にしたソルを振るう
ソル、リアマ、頼んだよ!
ふたりの炎が敵を燃やし尽くしてくれますように
霊玉を回収出来たら忘れずに火口に投げ込むね
浮世・綾華
ルーナちゃん(f01357)と
――待てよ、お前ら
へえ、その玉が
ま、そー簡単に盗み出せるなんて思うなよ?
団扇を手にする様子をみて、次の行動を予測する
嗚呼、成程な
そんじゃ、こっちはこーだ
ルーナちゃん、飛ばされないように掴まっとけよ?
絡繰ル指で複製するのは夏ハ夜
自分とルーナちゃんを囲うように浮遊させ
無差別の攻撃に対処すべく風の属性・範囲攻撃で打消しを狙う
握るのは鍵刀
おい鴉、光物は好きだろ?
ピアスを光らせ誘惑
足元で扇を仰ぎ
相手の高さや素早さにも負けぬよう
飛び上がったり駆けたりし
刀を振るうが、基本は囮
ルーナちゃんの攻撃する隙が多くできるように状況を読んで動く
目配せしさっと身を引いて
相変わらず心強いな
●霊峰富士、その山中
木々の間を、跳ぶように駆ける悪しき影。
――待ちなさーい!
その尖った耳に、不意に制止の声が届いた。若い娘の声だ。
己に向けられたものだろうか。しかして、誰が待てと言われて素直に待つものか。影はふんと鼻でその声を笑い飛ばし、只管に山を降り行く。
だが今度は、確かな質量持って行く手を遮った。
「おいコラそこの鳥野郎……何勝手に持ち出してんだ、とっとと返しやがれ!」
怒声とともにもたらされた予期せぬ横殴りの衝撃。
雄々しき一角獣、その意匠が施された巨大な盾。アーサー・ツヴァイク(ドーンブレイカー・f03446)がふるった物理的一撃に、鴉天狗は為すすべなく吹き飛ばされた。だが、進行方向に生えてきた木々の一本にぶつかるより早く、その大きな黒翼を使いくるりと体勢を整える。手に持った錫杖を構え、アーサーへと反撃を試みんとしたその時。
大きな影が、頭上に落ちた。
青々と茂る木々ではないそれに、鴉天狗が飛び退く刹那。巨大な竜のかぎ爪が、鋭く空を裂く。
上空の攻撃から逃れるように、木の幹に隠れるように滑り込んだ時には、鴉天狗も気がついていた。先程の盾を持った男と、上空にいる巨大な竜。それから、すぐ側にひとつ、ふたつ、みっつ……いや、それ以上の数のもののふの気配。
噴火の阻止した、その一派。
憎き敵軍が、今こうして己の目的を阻むために来たのだと。
●盗人烏
――否。
太陽の力を盗まんとしている鴉天狗らオブリビオンこそが、今この場においての憎む敵。盗人逃すまいと、取り囲むように陣を組む猟兵達が鴉天狗と相対する。
「ここから去るのはえんじゃが、その手にある宝玉は置いてってほしいんじゃよ」
それでもと、先ずそんな声をかけたのは灰青毛並みもつ妖狐の男。じっと琥珀の右目で相手を見据える終夜・嵐吾(灰青・f05366)のその問いに、返す鴉天狗の答えは一つ。手にした霊玉を懐へ仕舞い、そして。
しゃん、と音立て向けられる錫杖の先端。
隠すことなく向けられる敵意に、彼は肩をすくめ小さく息を吐いた。
「……と、言うても置いてってはくれんよな」
快い返答など、最初から何ら期待はしていない。彼らは過去の化身であり、己ら猟兵はそれを倒す為の者。どうあがいても相入れぬ、生まれ持っての敵同士。
ならば、力づくになるのも止む無しか。
錫杖の先、黒い炎がぱっと弾ける。鴉天狗が打ち出す天狗火は、打ち出し花火のように宙を真っ直ぐに、嵐吾の方へと熱量を増しながら迸った。
「や、汝も炎を扱うか」
けれど、迫り来る熱量に彼は臆す事無く。ほんの少し目を見開いて常と変わらずゆるりと笑み浮かべ。
「わしも狐火をよう扱うんじゃけど、さてどちらが上手か」
ゆらり振るった腕の先、現れた狐火が敵の炎を迎え撃った。飄々とした口調とは裏腹に、その火はまるっと天狗火を呑み相殺する。
――まぁ、わしじゃな
二つの炎の残滓を満足げに眺め、嵐吾の耳がピンと立つ。
「おひさまの力を盗んで持ち運ぶなんて、罰当たりもいいところだわ」
そんな彼の影から飛び出す小さな妖精の少女が一人。一番最初に鴉天狗を見つけ、制止の声をあげたキトリ・フローエ(星導・f02354)が、その愛らしい眉をきりりと吊り上げご立腹。
「オブリビオン、あなたはお仕置きよ!」
今度は負けず嫌いの彼女が、先程無視された鴉天狗へと、手にした杖をぴしりと突きつける番。
「さあベル、派手にやっちゃって!」
花蔦絡むその杖が、呼びかけに応えて花弁を喚ぶ。魔力で出来たそれは、輝きを放ちながらその数を増やし、そこに再度嵐吾の狐火が混ざって鴉天狗へ襲いかかる。それは敵の視界を遮り舞い踊った。
突然封じられた視界。慌てた鴉天狗は天狗火を周囲へと分け放つ。黒い炎は、不規則な動きで辺りを焼払わんと飛んでいく。
だが、分割し威力が落ちたそれは恐るるに足らず。アーサーは構えた盾で弾いて防ぎ、夏目・晴夜(不夜狼・f00145)は難なく妖刀で大半を大きくなぎ払った。
「こそこそと、まるで卑しい盗人のようですね」
「正々堂々盗むには分が悪い、って自覚があるんじゃない?」
盗人に火付け、どちらも重罪。そのような盗人烏が持つには、太陽の力など分不相応がすぎると言うもの。それぞれの術で、武器で、炎をいなすヨハン・グレイン(闇揺・f05367)と、オルハ・オランシュ(アトリア・f00497)の言葉に、玖・珂(モノトーン・f07438)も深く頷く。
「鎮まった霊峰を徒に起こそうとした次は忍込みとは。悪党らしい事だ」
白い羅刹の女の右目から、翠色の花が咲く。おいで、と声をかければ羽撃きの音響かせ彼女の手には一振りの杖。常ならば猛禽の姿をとるそれが、彼女の命に応えて水の幕を張る。
炎が当たれども、その熱は一つたりとて通す事はない。水が蒸発する微かな音だけを響かせ天狗火は消えていく。
その音を頼りにか、まだ塞がった視界のまま鴉天狗はその場から跳躍する。一先ず体勢を立て直そうとしたか、離脱しようとしたのかは分からない。
けれども、それを立ち塞がんとする男が一人。
「――待てよ」
鍵刀を携え、唐紅纏う浮世・綾華(千日紅・f01194)。羽織と同色の目をすっと細めた。取り返すべきは、先程確かに仕舞うのを見た、あの玉か。
「ま、そー簡単に盗み出せるなんて思うなよ?」
「大事な力、勝手に盗んでいかないでよね」
彼の言葉に同調するように、飛んできたのは再びの炎。けれどそれは妖術のどれとも違う、小型の竜が纏う赤き炎。その背に乗った小さな竜騎士、ルーナ・リェナ(アルコイーリス・f01357)が敵への抗議を口に出す。敵の目的は、お日様好きの彼女にとってみれば許しがたい行為に他ならない。
けれど、待ってと言ったところで待ってくれるようなものでは無いと彼女らも知っている。ならばこちらも実力行使あるのみだろうか。
そんな考えが過った時。鴉天狗の空いた手に、八手の団扇が握られる。
――嗚呼、成程。
「そんじゃ、こっちはこーだ」
相手のその行動に、おおよその次手が綾華の脳裏に浮かんだか。彼の声に合わせ、ぱっと闇夜と金が舞う。
「ルーナちゃん、飛ばされないように掴まっとけよ?」
「うん、わかった」
その言葉に甘え、綾華の背後に隠れるように、ルーナの小さな手が紅色の背を掴めば、はらりはらりと、いくつもの扇が彼とルーナの周囲で漂い浮かびあがる。そうして増えた扇が、演舞のように渦を巻く。
その一呼吸後、突風が吹き荒れる。
鴉天狗が振り下ろした団扇から巻き起こったそれは、本来ならば木々や人を全てなぎ倒す程。けれど浮かんだ扇がぱしり、ぱしりとかぜうけとめて音立て、その威力を削いでいく。そうして大風は、せいぜい強く木々をしならせる突風へ。
だがそれは、鴉天狗の視界を晴らすには十二分に役立ったか。
再び、ばら撒かれるは天狗の炎。今度ばかりは正確に、その意思持って猟兵達へと牙を剥く。
「俺は後方から援護に徹します。オルハさんは防御よりも攻撃に重きを置いてください」
先程とは違うその動きをレンズ越しに見たヨハンが、蒼石はまった銀指輪を撫でながら淡々と呟く。
「ありがとう、ヨハン! 背中は預けたから!」
それを聞き届けた傍の少女は、言外に秘められた素直じゃない彼の思いも全て、間違えずに受け取って。少女は真っ直ぐに駆け出した。飛んでくる炎を、自ら打ち落す事など考えなくたって大丈夫。視線をやるまでも無い。握りしめる三叉槍に、ありったけの力を溜めていく。
そんな彼女を、オルハを焼こうとするものを、ヨハンは指輪から喚び出した昏い水に飲み込ませる。呪詛を纏わせたその水は炎すら凍てつかせて封じていく。傷つけさせなどするものか。力は惜しまず全力で、正確無比に近づく炎を消し去った。
彼もまた、そうして彼女の言葉に、思いに確かに応える。
互いに同じ、信を胸に。最短距離を走り抜けたオルハが、魔力宿した三叉槍が鴉天狗の影を突く。吸い上げるは、より強く槍振るう為のその力。ゆらり、天狗火の勢いが削れていく。
皆が躱し、相殺する炎。けれど、周囲の動かぬ草木にはそれらのすべは無い。
そんな天狗火飛び交う中、枯れ木の一本がついに燃え出した。放っておけば、霊玉奪還よりも前に山火事騒ぎとなりかねない、が。
水幕がその枯れ木を包み、そのまま何事もなかったかのように鎮火する。
炎を長杖で打ち消しながら、玖珂放った水の術。敵に死角を取られぬように、戦場全体を敵の動きと把握していた副産物。
それは上から見ていた者達からも齎される。敵へと爪を振るった竜が一匹。今度は氷の吐息を戦場へとばら撒いた。それは草木の、そして猟兵達へ向かう天狗火を確りと消し去っていく。
そして再び舞うは、花弁と狐火。
「あなたの炎はちっとも綺麗じゃないわ」
消えゆく天狗の炎を見やって、杖を構えたキトリが断言する。
「嵐吾の狐火のほうがずっと綺麗だし、何より」
煌めく星々の菫青石の瞳が、相手を確りと睨みつける。その力強さに呼応するように、花吹雪の勢いは増していく。
「強いんだから!」
小さな友人に褒められて、嵐吾が繰る炎も絶好調。へらり、と戦闘中に顔が緩んでしまいそうになるのもご愛嬌。ごう、と上がる焔は妖精の言葉通りに優しい色をすれど、力強く。分かたれる事はなく、さりとて友の花弁を燃やすこともなく。ひと束となりて、今度は鴉天狗を燃やしていった。
燃える炎に包まれた鴉天狗は狐火とは対極に、更に細かく小さく天狗火を割り放つ。
更に威力は落ちようとも、ここまで来ると流石に避けるのも骨がいるか。小さな友に攻撃させてなるものかと、花弁操るキトリへ向かう火を、嵐吾はその身を呈して庇った。
広がる暗き炎が不穏に揺れる、燃え上がれと、彼らへ鴉天狗が追撃を試みる。
だが、それが叶うことは無い。
「残念ですねえ、こちらも失敗に終わりますよ」
噴火の儀式と同様、今この時の攻撃も。
そして、霊玉持ち帰ろうというその企みも。
鴉天狗を指差す晴夜の指。その十指に繋がるは不可視の繰り糸。放たれたそれは、鴉天狗の影操り、本体へと操り絡み付けては締め上げる。だが、彼の目的はただ拘束するだけでは無い。
刹那、羽ばたきもせぬのに鴉天狗のその身が宙を舞う。
糸操る晴夜の指輪。その宝石が妖しく輝きながら、大きく腕ごと横へと振られれば、刻まれた狼のレリーフが吠えるに似たか。繋がる糸の先、拘束された鴉天狗が遠心力にて投げられる。風切る音立て投げた先は、天狗自身が漂わせていた数多の炎。
燃えて、火花が散って咲く。ぶつかる前に消しきれなかった天狗火の大半を巻き込みながら、遠心力消えた鴉天狗は為すすべなく地に叩きつけられた。
消えて御の字、焼かれて愉快。
さして変わらぬ表情のまま、けれど内心感情豊かな人狼は、ふさりと尻尾を揺らした。
幸か不幸か、焼けて外れた腕の糸。鴉天狗は残りを錫杖で引きちぎり、そのまま獲物を振りかぶる。狙うは近くにいた戦士、盾構えるアーサーその人。炎では、どのみちあの盾を溶かすことはできぬと踏んだからか。
しかし硬質な音を立て、錫杖を受け止めるのは盾では無い。バスターホーンと名付けられた大盾。今、その姿を大きな槌へと変形させ、彼は敵の打撃を迎え撃つ。
姿変われども抱えた質量はそのままに、ただ重く。単純明快に防御から攻撃へと力を転じさせ、悪の力と拮抗する。
「玉っころ抱えた敵の技に負けてやるつもりはねぇ!」
悪に屈しぬ男の咆哮。
柄握る腕には強靭なる力込め。支える足腰にはありったけの気合を乗せて。
全心全力の一撃を、暁の戦士は振るい抜く!
「バスターホーンの馬力……受け止めてみろおおおおお!!」
真っ向勝負、純粋なる力と力のぶつかり合い。双方とも、踏みしめた地面が耐えきれずに抉れ飛ぶ。
そうして、勝ったのは。
みしり、と耳障りな音がなり、次いでガシャンと金属が地面に落ちる音。
真っ二つに砕き割れたのは、鴉天狗が持つ錫杖の方。
正義の鉄槌は、見事に悪の力を叩き折るに至る。
その折れた柄だけを持ち、アーサーから受けた衝撃を受け流すように鴉天狗は大きく後ろに逃げ下がる。だがそれを追うように、素早く綾華が間を詰める。ひらりと舞う扇の風を足元にうけ、鍵の男は刀を振るう。けれど、その近くにいた筈の、七色光る蜻蛉羽の煌きは今は無い。
だがそれを探すほどの余裕は敵にはなかった。続くは上空からの銀の一線に、その身をひねって回避するのが精一杯であったからで。
「どうした、その背の翼は飾りか?」
空の上、竜の背から投げかけられるは、若き騎士の声。
――マリー様、我々は空を抑えましょう。
危機に陥れば飛んで逃げようとするやもしれません。守護する姫へとそう声かけ、氷竜ジゼルに騎乗し空からの援護を行なっていたのはアラン・サリュドュロワ(王国の鍵・f19285)。氷竜はその優美な姿とは裏腹に、氷の吐息で木々を開き、爪にて鴉天狗を追いかける。そうして竜の攻撃を避けた所へ、今度はアランの振るう斧槍が素早く弧を描いた。
その彼の手を取って、マリークロード・バトルゥール(夜啼き鶯・f19286)も共に上空に。騎士にしっかりと掴まりながらも、姫は確りと盗人鴉の様子を伺う。
霊玉の在り処は何処か。確かに懐へしまうのは、上空からでも見えはした。だが、今までの攻防で霊玉の光は一度たりとも見えはしない。
「……此処からじゃ分からないわね」
紫の目を凝らすマリークロードとは裏腹に、アラン達の攻撃も声も途切れはしない。
「淑女の持つ羽扇のほうが使い途がありそうだ」
その挑発に、鴉天狗は黒い翼をばっと広げて空へと飛び上がる。折れた錫杖と、もう片方の手に握られるは八手の団扇。
そこまで言うのなら、望み通り落としてしんぜよう。そうなれば、悠々空から逃げることも容易かろう。
だがそれを許さず、追いかけ飛ぶは晴夜の妖刀が一振り。青い飾り紐と提灯揺らすそれは、真っ直ぐに右の片翼へと飛んでいく。
「このハレルヤを前にしてさっさと帰ってしまおうだなんて」
それは随分とつれないこと。
口振りとは裏腹に、ひどく強引な引き止め方。否、逃す気など毛頭ない。投げられた刀は名付けの通り、黒々とした翼へと食らいついた。
さぁさぁもっと遊びましょう。
其処に太陽がある限り、ずっと昼間なのだから。だからどうぞ――夜になるまで。
予期せぬ一撃に、中空で大きく傾く鴉天狗。
その隙を見逃さぬのは、上で見ていたマリークロード。
「アラン、後はお任せしますわ」
外套と靴を素早く脱ぎ捨て、身軽になった姫はその身を宙へと投げ出した。騎士の制止の言の葉より早く、金の髪がふわりと広がる。聞こえてきた舌打ちに、くすりと笑みを零しながらも、その目は標的から逸らされない。
狙うは一点、まだ無事な片翼。その付け根。握りしめた懐剣は正確にそこを穿ち抉る。片翼ですら飛べぬのに、此度両翼使えぬ鴉天狗は落下する他ない。空を切る音と共に、仮面の奥から絶叫が放たれる。
勇ましく飛び込んだ姫とて、ここから共に落ちれば危ないだろう。けれどマリークロードはそのまま懐からのもう一撃を加えんと、強引に相手の懐へと潜り込む。慌てた鴉天狗が、その手を押さえ込もうともがいたその時。
小さな笑いを零して、姫が囁く。
「わたくし、実は手先が器用なのよ」
短剣持たぬ手が、いつの間にやら相手の懐から引っ張り出した、まあるい霊玉。これこそが、マリークロードの本当の狙い。取り返そうとする鴉天狗を蹴り上げて、そこから離脱を試みる、
けれど、鴉天狗とて負けてはいられない。届かぬ代わりに伸ばすのは、折れたばかりの錫杖。本来よりも短いそれが、カツンと霊玉を弾く。
姫と、霊玉と、鴉天狗。飛ぶ術持たぬ三つが、空から滑り落ちていく。
――馬鹿かあいつは!
叫びを飲み込み、アランは騎乗する小型竜で空駆ける。そうして届けと伸ばされた腕は、落ちゆく姫をしかと抱きとめた。
「マリー、無事か?」
心配げに覗き込む彼の表情と対照的に、マリークロードはいたって平気な、常と変わらぬ顔色で。その様子に、アランは安堵の息を吐く。
「まったく……君は俺の心臓を止めさせたいようだ」
「まあ酷い言い草」
抱えられた腕の内、すっかりと安心しきった様子でマリークロードは微笑んだ。
例え互いに偽りだとしても――誰よりも信頼しているのよ、わたくしの騎士。
さて、助ける手などなく落ちたのは翼のもがれた鴉が一匹。折れた錫杖を打ち捨てて、落ち切る直前に再び掴んだ霊玉。だが今度はしまう暇など無く、地へと叩きつけられる。間髪入れず転がり起きた鴉のその手には、大風起こす八手の団扇。
「ジゼル、振りきれ!」
それを見た騎士はお転婆姫を抱えたまま、その場から離れるように高く飛ぶ。
ごう、と吹き荒れる二度目の大風。
それは竜に届かず終わるが、地上にいる者たちへも襲い来る。
だが、一度目ほどの威力は既にない。鴉天狗の影貫くオルハの槍が、幾度とその力を吸い上げていたから。
そしてその彼女は、ヨハンが作り出した氷の壁の内にて守りこむ。風がを削り、空中で煌めき散った。だがそれも、直ぐに溶けては強固な氷へと戻っては刃となりて、敵の動きを阻害せんと放たれる。
大風が収まれど、鴉はもう飛ぶ事は叶わず。
そこへ、綾華が鍵刀を叩き込まんと刃を翻す。いち、に、さん。ひどく大振りのそれは避ける事は容易かったが、さて。何かがおかしい。そう疑問を浮かべかけたその時。
「おい鴉、光物は好きだろ?」
髪をかきあげた綾華の耳元、柘榴石のはまった鍵形ピアス。
果たして、その挑発に憤ったのか。それとも、本当に石の煌めきに心奪われたのか。けれど確かに、鴉天狗はその瞬間、意識を緋色に奪われる。
その積み重なる不自然な動作。その異に気がついたとて、もう遅い。
此度二度目の目配せで交わるのも、紅と木苺の色。だが今回は紅が、蝶のように纏ったその身ごと引いて下がる。
そこへ入れ替わるように飛び出してきたルーナが構えるは、赤く燃ゆる槍。先程まで乗っていた小さな竜が変化した槍は、豪炎纏て鴉天狗へと真っ直ぐに飛翔する。
「ソル、リアマ、頼んだよ!」
遣い手の少女の声に、槍と炎の二匹の竜が吼え応えた。火は嵐となりて、巨大な竜と成り、巨大な顎を開いて盗人烏に喰らいつく。燃やし尽くせと祈られたその力は、敵の折れた翼を、黒衣を、無慈悲に灰へと変えていく。
「相変わらず心強いな」
ポツリとこぼされた、友のからの心からの賞賛。それにルーナはえへんとその胸を張った。
●奪還
まだ、まだ。
その身を炎に炙られながらも、使命を諦めんとするのは意地の成せる技か。
鴉天狗の喉奥から、唸るような声が出る。最後の力を振り絞り呼び出された天狗火の数はもはや両手で足りる程。
「そろそろ骸の海に還る時間よ」
だから、もうそろそろ終わりにしよう。
「八太郎とあたし達に見つかったのが運の尽きだったわね」
友の守りで攻撃に専念できた。けれど、これ以上傷つけさせることを、もう許しはしない。キトリが逸らさぬ杖の先。吹き止まぬ花弁を操りながら静かに告げる。
「その手に持ったおひさまの力、返してもらうわ!」
花の杖が、綻ぶ花を纏う精霊が、その声を聞き届ける。魔力の花弁が一際その光を増し、嵐吾の炎と濁流のように吹き荒れて。ゆめまぼろしのような、美しい光の奔流となる。
妖精と狐の踊る炎の花吹雪が、敵を天狗火ごと飲み込んでいく。
ぱしゃりと、水が弾ける音。
開けぬ視界、そこに浴びた水しぶきに、燃える鴉天狗が得るは涼しさだったろうか。
「岩漿の災厄は成らなぬぞ」
告げる声もまた、涼しげに凛と響く。水幕を開きて敵の眼前へと現れた玖珂が、霊玉持つ手を強かに打ち払う。それは見事に弧を描き、キトリと嵐吾の方へと飛んでいく。慌てて受け止めようとする妖精を制し、嵐吾の大きな手が危うげ無く手に収めた。
当然、追おうと鴉天狗の足がそちらへ向く。
だが、させまい。玖珂が振るった長杖が、低い位置から薙ぎ払うように打ち付けられる。
羅刹のその剛力。その威力。骨の砕ける音が、辺りに響く。
「お主は此処で潰えるのだからな」
片足奪った白い女の声が、翠咲かぬ黒い石の片目が、無慈悲な硬質さで鴉を射抜いた。
けれども、往生際の悪い鳥はそれでも跳び立った。片足で、カン、と響くは高下駄の音。しかして、飛び続けるにはその翼は既に喪われている。短い飛行距離を、おちて、おちて。
着地した先は己が影。
そこへ、向けられるのは冷めた藍。ヨハンの視線受け、途端にドロリと影から湧き出す暗闇。混沌としたそれが、無事な片足を絡め喰らって離さない。
「あとは託しましたよ、オルハさん」
一陣、風が吹く。
「――! 応えてみせるよ!」
薄桃色した金の髪がたなびく。地を蹴る足も、得物握りこむ手も、今この時の為に蓄えた持てる全ての力を乗せ。キマイラの少女が鴉天狗の懐へ飛び込んだ。
もはや何も持たぬ盗人は苦し紛れに腕伸ばし、伸びた爪で少女の顔を裂こうとする。
けれども、それを映す若草色の瞳に恐れなど一切浮かばない。
邪な爪が彼女に届くより早く、伸びた暗闇が天狗の腕を打ち払う。そう、何を恐れることなどあるものか。
――私は独りじゃないもの。
背に感じるは、大切な人との確かな絆。
槍の石突きで、黒い面を叩き割る。ばきりと割れる音がして、大きく天狗がのけぞった。手に伝わる衝撃でそのままくるりと槍を回す。そうしてがらりと空いた敵の胴体を、今度は刃が深々と刺し抜いた。
ぱっと、黒い鴉天狗の、焼けた羽が弾けて舞う。
断末魔すら起こさず、黒がばらけて消えて逝く。けれどそれも、すぐに跡形もなく消え去って。
こうして、盗人鴉は見事討伐なされたのだった。
●再び、霊峰富士火口にて
「火口に投げておけばいいんだっけ?」
「そうね、忘れずに投げ込まないと」
無事に取り返した霊玉。つるりと丸く、仄かに光を放つそれをしげしげと眺めるアーサーの横で、ルーナが確りと頷く。
此度最後の、けれど大事な一仕事。
「ちょっと投げ込むの惜しいの」
おどける様な嵐吾の声。けれど、確かにその手からころりと霊玉が放られる。
あるべきものは、あるべき場所に。
晴夜も、淡い光を目を細めて見送った。
「太陽に近付き過ぎたら地に落ちてしまうかも知れませんしね」
そうでなければ、きっと罰が下るだろう。翼を奪われ落ちた、あの鴉天狗のように。
皆が見守る中、淡く光る霊玉は火口の中へと落ちていく。やがてそれも、見えなくなる。
――陽の力は、再び霊峰の中で再びの眠りへ。
大成功
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