エンパイアウォー⑳~光るものすべて金ならず~
●怨念渦巻く花の御所
その館は華やかにして優美。
贅の限りを尽くして建造されたその佇まいは正しく富の結晶。
嘗て遠き過去にそうであったように、蘇った今も惜しげもなくその威容を誇る豪邸だ。
そんな『花の御所』の奥にて、女が一人。
女は怒っていた。ひたすらに怒り狂っていた。
「ただ、アタシは大好きな財を溜め込んでいただけだ……」
オブリビオンとして蘇ってみれば、寝ても覚めても憎悪と嫌悪の入り交じった腹立たしさばかりが込み上げる。はらわたが煮えくり返るとは、こんな感情のことを言い表すのだろう。
「だいたい、どいつもこいつもアタシから金を借りる時だけヘーコラしやがって……。いざ取り立てれば悪女だの銭ゲバだの好き放題に言いやがって……」
吠えれば吠える程鮮やかに蘇る記憶が、彼女の怒りに一層の油を注ぐ。
「アタシの金だぞ! 利息をつけて取り立てて何が悪い……! 蓄財もロクにできねェ貧乏人が寄ってたかって調子づきやがってよォォォォ……」
「猟兵だかなんだか知らねェが……アタシの邪魔をするなら、お前たちからも取り立ててやる! 命って名の財貨をなァァァァ!!」
●All that glitters is not gold.
「いやはや……。世の中おっかないものは沢山ありますが……ガチで怒っている女性ほどおっかないものはそうありゃしませんよねェ……?」
信楽・黒鴉(刀賊鴉・f14026)は開口一番、すっとぼけるようにどう嘯いた。
「あ、女性の方は怒らせてしまったらすみません。けどね、昔から言うじゃないですか……。女の情念は恐ろしいって。宿業や怨念が人を鬼に変えるのですが、鬼女とか般若とか……おっと、横道に逸れてしまいましたね」
失敬失敬、とかぶりを振って糸目の男は肩を竦めて見せる。
「大悪災『日野富子』の居場所が分かりました。これも皆様のおかげですね」
言いながら腰に佩いた刀をすらりと鞘から引き抜けば、翳したその白刃が煌めき―― 虚空に浮かび上がらせるようにして、財に物を言わせて建築されたと思しき豪壮な屋敷の姿を映し出した。
「京都は『花の御所』……。足利将軍家の邸宅にして、今回の決戦の舞台になります」
こんな豪邸に僕も住んでみたかったなあ、とボヤいてもう一度肩を竦める青年は、続きを促すような猟兵たちの視線に苦笑しながらグリモアとしての力を宿した刀を操り、虚空にひとりの女の姿を映し出した。
「……日野富子。間違いなく強敵ですが、これを討ち果たさない事には織田信長の討伐も叶わない。……厳しい戦いになるでしょうが、そこは皆様の奮戦力闘を期待させて頂きます。……悪辣な彼女は、確実に皆様の先手を取って仕掛けてくるでしょう。薩摩示現流ではありませんが……その一太刀目をまずどうにかして凌いで反撃に繋げてください。その後が楽ちんとも言えませんが、この戦いを乗り切るにはその最初の第一歩が肝要です」
「……さて、それではゲートを開きますよ。転送したらもう敵地です。ですから、覚悟はゲートを潜る前に済ませておいてくださいね」
手にしたグリモア刀が空を奔る。大きな円の軌跡を描くように虚空を斬りつけた刀が、彼方と此方を繋ぐ門(ゲート)を開く。
「――……皆様の武運長久を願わせて貰いますよ。……金の事しか信じられない哀れな彼女に、どうか救いを」
毒島やすみ
毎日が休日だったらよかったのに。
MSとしては初めまして。猟兵としては毎度お世話になっております、新米の毒島やすみと申します。
今回は魔軍将の一人である日野富子との決戦になります。
もちろん、強敵です。
彼女の繰り出す先制攻撃への対処をくれぐれもお忘れなきように……。
大悪災……もしかして、大悪妻とかけてあるんでしょうか……なんて、ふと今気づきました。それはさておき、どうぞ楽しいイェーガーライフを。
このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
1フラグメントで完結し、「エンパイアウォー」の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。
大悪災『日野富子』は、先制攻撃を行います。
これは、『猟兵が使うユーベルコードと同じ能力(POW・SPD・WIZ)のユーベルコード』による攻撃となります。
彼女を攻撃する為には、この先制攻撃を『どうやって防いで、反撃に繋げるか』の作戦や行動が重要となります。
対抗策を用意せず、自分の攻撃だけを行おうとした場合は、先制攻撃で撃破され、敵にダメージを与える事はできないでしょう。
対抗策を用意した場合も、それが不十分であれば、苦戦や失敗となる危険性があるので注意してください。
第1章 ボス戦
『大悪災『日野富子』』
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POW : アタシの前に立つんじゃねぇ!
【憎悪の籠った視線】が命中した対象を燃やす。放たれた【爆発する紫の】炎は、延焼分も含め自身が任意に消去可能。
SPD : アタシのジャマをするな!
自身の【爪】が輝く間、【長く伸びる強固な爪】の攻撃回数が9倍になる。ただし、味方を1回も攻撃しないと寿命が減る。
WIZ : 誰かアイツをぶっ殺せよ!
自身が【苛立ち】を感じると、レベル×1体の【応仁の乱で飛び交った火矢の怨霊】が召喚される。応仁の乱で飛び交った火矢の怨霊は苛立ちを与えた対象を追跡し、攻撃する。
イラスト:みそじ
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
「貴人の…… よりにもよってこのアタシの御所にずかずかと汚ェ土足で上がり込みやがって――……」
開かれたゲートから次々と降り立つ猟兵達を前にして、心底不機嫌そうに女は吐き捨てる。
徐々に完成しつつある包囲網を目の当たりにしながらも、たった一人で彼らを迎え撃つであろう彼女に焦りは微塵もない。ただ、純粋な憤怒と驕りが其処にはある。
日野富子。日本三大悪女にも名を連ねた稀代の悪妻にして、大悪災。
生前に貪欲なまでに蓄え続けた富と権力に加え、オブリビオンとして蘇った今の彼女には、武力までもが備わっている。そんな彼女が恐れるものなどあろうものか。いや、あるまい。
…………たったひとつの例外。即ち、猟兵たちを除いては。
彼女は今、そのたったひとつの例外をも討ち果たさんと、己の内に渦巻く底無しの怨念を存分に燃え上がらせようとしていた。
「……どうせ大した金も持ってないんだろ、おまえら。……このアタシに無礼をかましてくれた代価はせいぜいそのつまらねェ命で払ってもらうよ、貧乏人ども……!!」
ルトルファス・ルーテルガイト
(アドリブ連携絡み歓迎)
(POW)
…醜い者だな、人非ざるとは言え…金に執着する女など、底が知れる。
…まぁどうでもいい、此処で朽ち消えるのは変わらん。
(行動方針)
…あらかじめ、手に持てる袋2つに小判等の金目の物を入れて用意する
金は徳川にせびらず自分で用意する。
…敵の先制・火矢の怨霊の攻撃は恐らく火炎に属する筈
『武器受け』と『火炎耐性』を防御、多少は『激痛耐性』で耐える
その際…一袋目の小判で防御し、「わざと」小判を周囲に飛び散らせる
…金の亡者ならこの状況(誘惑)、無視できまい?
…そして『欲しいならくれてやる』と、もう一方を敵に投げつけ、そちらに気を取られた隙に、『精霊剣』で一刀に斬り倒す。
イフェイオン・ウォーグレイヴ
アドリブ歓迎
お金はお金。
血と肉が通わない経済の道具よりもっと良いものがあると思いますよ。……カレーとか。
苛立ちを感じたのならごめんなさい。謝罪してもダメ?
ならしょうがありません。可哀そうだけどブラックレギオンを召喚し、肉の盾になってもらいましょう。
火矢が迫る中、棒立ちは他殺志願者のすることです。広い邸宅を存分に駆け回り矢の数を少しでも減らせるよう障害物も利用して落としていきます。
敵の矢の数が勝るか、私の奴隷の数が勝るかチキンレースです。
実力が上の敵には『暗殺』しかありません。奴隷を囮にして『目立たないよう』動き、ブラックホープで強化した動きとブラックレインの毒で『だまし討ち』したいですね。
ンァルマ・カーンジャール
お金を得るという事は、その代価で何かを得るための手段でしかありません。
手段が目的となってしまったのですね・・・。
お金だけではお腹も膨れません。
この方を救う手段は倒す他ないのでしょうか。
致し方ありません・・・参ります!
風の精霊さんのお力で空気抵抗を減らして移動速度を向上です!
並列処理で電脳魔術で運動速度も加速させますっ!
土の精霊魔法で盾を生成しつつ迫りくる火矢の怨霊を防ぎチャンスを伺いますよ~!
電脳魔法で攻撃パターンを分析しつつ躱せる物は回避ですっ!
多少の負傷は覚悟の上・・・!攻撃を凌ぎ切ったらこちらの番です!
UC《[複合接続]【電磁気学制御】大地の剣》で攻撃です!
成仏なさって下さい~っ!
「……醜いものだな。人非ざるとは言え……金に執着する女など底が知れる」
ルトルファス・ルーテルガルド(ブレード・オブ・スピリティア・f03888)は彼女を一目見るなり、一言で切って捨てた。
同時に、彼の中での日野富子という存在への興味は『ただ屠るべき敵』へと向けるモノとして固定される。
「……おいおい。人の屋敷に踏み入るなり、とんだご挨拶してくれるじゃねェかよ貧乏人……!」
「どうでもいい。……此処でお前が朽ち消えるのは変わらんのだ」
ぎりぎりと歯噛みして苛立つ富子を前にしても、ルトルファスのペースは乱れない。
ゲートを潜る前から予めその手に携えていた布袋の中身。そのずっしりとした感触と確かな重量を感じながら、それを使うべきタイミングを静かに待つ。
「お金はお金。血と肉が通わない経済の道具よりもっと良いものがあると思いますよ。……例えばカレーとか」
「お金を得るという事は、その代価で何かを得るための手段でしかありません。この方は手段が目的となってしまったのですね……。けれど、お金だけではお腹も膨れません。……ところでカレー、お好きなんですか……?美味しいですよね!」
そんなやり取りを他所に、イフェイオン・ウォーグレイヴ(濡鴉の死霊術士・f19683)とンァルマ・カーンジャール(大地と共に・f07553)はそんな他愛もない言葉を交わすのだが……それすらも富子にとっては癇に障るものでしかなかったらしい。
「カレーだかなんだか知らねェけど、金と権力よりも良い物なんてこの世にある訳ねェだろ!……何、食い物だァ?貧乏人の癖にアタシの知らねえ食い物の名前出すとか、マジふざけんなよ。羨ましくなんかねェからな……!!」
「……来るぞ!!」
膨れ上がる殺気。叫ぶように言うなり、ルトルファスは手にしていた布袋を富子に向けて掲げる。
ほぼ同時に―――― イフェイオンとンァルマも歴戦の猟兵らしく、戦闘態勢を整え終えていた。
『地に伏した我が奴隷たちよ。その肉を血を、その生き様を我に捧げよ』
イフェイオンが呼び出す、黒い影。
それぞれが頭部を麻袋に包み、手には牛刀、槌、鎌――思い思いの得物を握る異様なる集団だ。
ウォーグレイヴの家に嘗て使役されていた奴隷兵がずらりと富子を取り囲む。
イフェイオンのユーベルコード『ブラックレギオン』によって召喚された奴隷兵の総勢は125体にも及ぶ。
「……もう良いッ!! もう沢山だ!! 誰かアイツをぶっ殺せよ!!」
喚くように絶叫する富子の声に呼応するが如くに一本の火矢が虚空より現れ、ルトルファスの手に握られた袋を射抜く。
矢によって無惨に引き裂かれた袋から飛び散ったのは大小様々の小判。サムライエンパイアにて流通する金貨だ。
ルトルファスは予め自分の財からこの備え整えていたのだ。必要経費と言えば徳川家は気前良く用立ててくれたであろうが、其処を頼らずに自力でどうにかしたのは日野富子……死んで蘇った後にまで、みっともなく金に執着し続けるこの女に対しての、彼なりの答えだったのかもしれない。
「……なァ、にィィ……っ!?」
飛び散ったきらびやかな財貨に富子の目は泳ぐ―― が、如何に金の亡者である富子であっても、今自分を脅かさんとする猟兵への対処こそが最優先であった。
一瞬の動揺こそあれど、最初の目的を遂行する事に代わりはない。
しかし、その一瞬は猟兵たちが一太刀目を凌ぐ試みを許すには十分な間隙であった。
彼女の叫びが呼び起こすのは、遠い過去―― 応仁の乱で戦場を飛び交った無数の火矢の怨霊。
鬨の声が聞こえる。戦場の怒号が、悲鳴が、血と火の粉の匂いが豪華絢爛なる将軍家の御所を戦場さながらに染め上げる。
無数の死と嘆きを帯び、怨霊と化した火矢は、嘗て兵に、民草に対してそうしていたように猟兵たちへと降り注ぐ。
富子が苛立ちを覚えた対象をこの世から跡形もなく焼き尽くすために。
「風の精霊さん、土の精霊さん! よろしくお願いします!」
物言わぬレギオンたちが、その数を活かして文字通りにその身を盾に立ちはだかる。
ンァルマの使役する精霊が虚空に浮かべた岩盤の盾が合わさる事で、その防護能力はより強固なものとなる。
けれども、降り注ぐ火矢は無尽蔵。無慈悲に射抜かれ、一体、そしてまた一体……着実に人垣が削り取られていく。
(……チキンレースですよ……! その矢が尽きるか、私の奴隷が尽きるかの……)
削り取られていくレギオンと、邸宅の構造そのものを盾として、火矢の雨の中を縦横無尽に駆け回るイフェイオン―― 狙うはただ一つ。
その瞬間を待ち、確実に行動すること。イフェイオンはそれを果たす為、静かに影となる。
「あなたを救う手段は、倒す他ないのでしょうね。 ……致し方ありません…… 参ります!」
ンァルマは居並ぶレギオンをすり抜けるようにして小柄な身体を前傾気味に、低く床上を疾走。
風の精霊と電脳の加護を受けた加速は、殺到する火矢たちを次々に突き立つ床へと置き去りにする程だ。
土の精霊による盾と風の精霊による加速、そして其処に並列で処理される電脳魔術による身体強化及び、火矢の攻撃コースを瞬時に読み切る分析の合せ技によって瞬く間にンァルマと富子―― 彼我の距離は詰められていく。
その分の無茶は身体に決して軽くはない負荷を刻みつけて行く。けれども、泣き言を言う暇などなかったし、ンァルマにもそんなつもりは毛頭なかった。
『複合接続(マルチアクセス)!電磁気学制御!強磁界(ローレンツフィールド)展開……!!』
ンァルマの眼前に次々と生み出されていく、富子の視界を埋め尽くさんばかりの剣が虚空に浮かび上がる。それら一振り一振りには全て、母なる大地の加護が与えられていた。
「ああ、クソが……! しゃらくせェ!! しつこいンだよ、テメェら!!」
火矢の雨を潜り抜けてきたンァルマを打ち倒さんと身構える富子――。
その虚を突くように響く声と共に、後方より富子の眼前を横切る袋。
放物線を描いて飛んだそれは、床上に重たい音を立てては緩んだ口より再び小判を周囲に撒き散らす。
がらんがらんと転がる小判に、目を見開く富子はその直後に迫るその気配を見過ごしてしまった。
「――……金が欲しいならくれてやる」
焼け崩れ落ちていくレギオンたちの残骸をすり抜け、後方より疾駆するルトルファス。
手にした剣で火矢の尽くを撃ち落として耐え忍びながら、彼はこの瞬間を待ち続けていた。
踏み込みながらに、弓を引き絞るように大きく振りかぶった長剣に精霊の力が収束し、その刀身を眩く輝かせる。
『…精霊よ…この声に耳を傾け、その力を剣に示せ!』
オブリビオンの台頭により、己の居場所を奪われた土着の精霊たちの嘆きが、ルトルファスの振るう剣に力を与える。
袈裟に振るわれる一閃。続けて先の火矢の意趣返しが如くに、稲妻の如き轟音と共に撃ち放たれる剣の雨。
「……っが、ぁぁぁぁぁ!!!!!!」
焼け焦げ、無惨に抉れた畳の上に飛び散る血の雫。
胴を袈裟に斬られ、電磁誘導によって超加速を得て降り注いだ無数の剣によって身体の彼方此方を抉られ、豪奢だった着物は無惨に辱められていた。
「クソがァ……! クソがクソがクソがクソがクソが!! ……こんな、これっぽっちの端金なんざ要るもんか! ……アタシを舐めやがって……!! 殺す! 絶対に殺してやる!!」
痛みにか。屈辱にか。
吠え猛る富子の背後からその声は聞こえた。
「……苛立たせたのなら、ごめんなさい。……謝罪したら許してくれます?」
ぞぶり、と。
富子の背に深々と突き立てられた暗い色のナイフ。『淑女』というその銘はどこか皮肉のようでもある。
「誰が、許す……かッ……!! さっさと離れろ……!!」
血混じりの咳を溢しながらも、周囲を睨み付ける富子の眼光に衰えはなかった。
大きく身を捩ってがむしゃらに腕を振り回し、イフェイオンを追い払いながら、ぜぇはぁと荒げた息を整えていく。
……しかし身を離す刹那、突き立てていたナイフの刃を捻り、傷口をより深く抉っていくイフェイオンも強かな暗殺者であった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
バルディート・ラーガ
へーエ、こりゃまた金ピカの御殿でございやすねエ。
ちょいとばかしちょろまかしてえモンですが……
怒られっかなア、あすこのおっかねえお人に。
ご挨拶もそこそこ、まずは両手へ短剣を構え。
飛びかかりながら、ぎゅうと目を閉じやす。当てずっぽう?いえいえ。
口の端へ咥えてきた葉巻。ただの葉巻じゃアなく
マグネシウムやらを巻いた閃光弾にございやして。
やっこサンのカッと見開く目が向き燃え上がった、その瞬間に
強烈な閃光を放ちやす。「だまし討ち」の「目潰し」、如何でしょ。
燃やされた分は「火炎耐性」で堪えつつ
「激痛耐性」頼りに手元の短剣で全身に傷を付けてUCを発動。
火イを火イで吹き飛ばし、コッチも燃し返してやりやしょ。
マディソン・マクナマス
……あんたの言は正論だし、気持ちは分かるぜ富子さん。だが俺ぁ傭兵で、仕事を受けてきてるんでな……あんたの命、金に変えさせて貰う。
門から転送され次第即座に【早業】で蒸気爆発手榴弾を可能な限り投擲、発生した蒸気に小柄な体を忍ばせて敵の視線を切り、【トンネル掘り】・【逃げ足】で床下に退避し視界外へ。
蒸気が残っている内に掘った穴の脇にパイプ椅子タレットを設置し、自動タレットが【時間稼ぎ】している間に再度蒸気爆発手榴弾投擲。
再び蒸気が立ち込めている間に【早業】でUC:【手軽で便利な殺害方法】による簡易爆弾を設置。
挑発しながら10mmサブマシンガンを乱射、ワイヤー設置地点まで敵を【おびき寄せ】、爆破する。
自慢の装束は無惨に傷つき、無様に血反吐を吐く屈辱と激痛に呻きながらも、日野富子は未だ健在である。
何せ魔軍将としての彼女に与えられたその力は、並のオブリビオンを遥かに凌駕しているのだ。
フォーミュラーたる織田信長すらをも殺してやると息巻いているのも決して伊達ではない。
「……ああ、もう……ホントにムカツク貧乏人どもだよ、全く……! いちいちアタシの邪魔ばっかしやがって……!」
口の端を伝う血を拳の甲でぐしぐしと乱暴に拭う。
腐っても貴人である富子が生前には一度たりとてした事もないような野蛮な仕草である。
それは彼女にとっては甚だ腹立たしい事ではあった。……それに、まだ終わりではないのだ。
「……なんだかんだアタシって結構付き合い良いじゃねーか……。マジやんなるわ……。でも絶対ェロハにはしてやんねえからな……! おまえら全員ぶっ殺してやる……! 信長の野郎を真似してよォ、テメェらの頭蓋骨を金箔で綺麗に飾ってやるのも良いかもなァ……!!」
吼えながら、富子は新たな気配に鋭い視線を向ける。とにかく腹立たしいのにも関わらず、口元に浮かぶのは歪な笑みだ。
戦場と成り果てた屋敷の広間を悠々と葉巻を咥えて歩む者がいる。
「へーエ、こりゃまた金ピカの御殿でございやすねエ。……ちっとばかし、派手にやり合って壊れちゃいやすが、まだまだ金目のもんは多そうでさァ」
竜派ドラゴニアン特有の強面とはギャップを覚えるような軽薄そうな物言い。バルディート・ラーガ(影を這いずる蛇・f06338)である。
「おいおい、蛇までアタシの財に群がろうってか? しかも人ん家で堂々とヤニキメやがって……。ったく、マジほんとマッポーの世だな……。信長ぶっ殺したらアタシ蛇もぜってー絶滅させてやるわ……」
「へへへ……。こんだけありやすし、ちょいとばかしちょろまかしてえモンですが……流石に怒られやすかねえ、このおっかねえお人に」
「当たり前だよバカ! ここにあるのは全部アタシのだ。テメエら貧乏人にくれてやるものなんざ、ビタ一文たりともないね……!!」
言葉でのやり取りも程々に、バルディートが地を蹴った。
失われた本来の腕を補完する、ブレイズキャリバーの地獄の焔で紡いだ腕がすらりと鞘より引き抜く短剣。
彼我の視線が交錯する――――― いや、しない。
バルディートはその両目をきつく瞑っていたのだ。
「……あ゛?」
相手を燃やし尽くさんとその眼を大きく見開きながらも、富子はつい注視してしまう。
バルディートが無造作に吐き捨てた葉巻と。その後方―― バルディートよりも更にその後ろから転がり込んできた数個の手榴弾を。
まず葉巻に火が付き―― そして炸裂し、富子の視界は純白に染め上げられた。同時にその周囲で立て続けに爆音が響き―― その身体を立ち込める濃密な蒸気の煙が覆い隠していく。
同時にそれまで富子が視認していたバルディートもまた、紫の爆炎に包み込まれる――― 勢い余った焔は遥か後方までをも焼き尽くさんと唸り、盛大に爆ぜては掻き消える。
「あ゛あ゛ぁ゛ぁ……ッ!? くそ、目がッ……!! この蛇野郎! ……何を、しやがったァ……!!」
闇雲に腕を振り回しながら、熱気の霧の中を泣き叫ぶように吼え狂う富子を他所に、焔に包まれたバルディートの声が悪戯っぽい響きを帯びる。
「ありゃ、ただの葉巻じゃアなくマグネシウムやらを巻いた閃光弾にございやして。へへぇ……ちょいと強烈過ぎやしたかねぇ……!」
未だ燃え続ける焔の柱に取り巻かれながら、蛇と呼ばれた男の声が嘲笑う。
竜とは火と縁深きもの。その鱗は、焔に対しても幾らかの防護力を備えている。
ましてやバルディートはブレイズキャリバー。地獄の炎を操る竜が、焔に焼かれて死ぬ筈もなく。
燃え盛る紫の焔の内側で、肉を裂く生々しい音が響く。
徐々に蘇る視力を頼りに、邪魔っけな蒸気の煙を腕で切り裂き、富子は紫の火柱を睨みつけた。
「……テメエ、その中で一体何をしていやがる……!!」
これはまずい。危険を悟った富子が身構えるよりも早く―― けたたましい銃声が鳴り響く。
「ぐがっ……!?」
突き刺さる銃弾の痛みに堪らずに地に膝をつきかける、のを堪えているのを尻目に間断なく降り注ぐ射撃―― 威力は先の電磁誘導で撃ち出された剣の雨の方が遥かに優る……が、小サイズの弾丸が、冷徹な機械動作によって切れ目なく撃ち続けられるのだ。如何にオブリビオンとして巨大な力を得たとしても、生前はただの超銭ゲバに過ぎず、生身での戦闘経験に乏しい富子にとって銃器というものは矢張り恐るべき未知の兵器であった。
「……おっと、悪いね富子さん。そのままそのまま」
唐突に響く声は思いの外近くより。いつの間にか……正確には先に手榴弾が炸裂したタイミングで床に穴を開けて床下に避難していたマディソン・マクナマス(アイリッシュソルジャー・f05244)は抜け目なくパイプ椅子で拵えたタレット(全自動式の固定銃座)を設置しつつ、仕掛けるべき機を静かに伺っていた。
長年地獄のような戦場を渡り歩いた傭兵として培った才覚は、この女の相手はマトモにするだけ不毛だと判断している。
タレットによる執拗な銃撃による牽制で富子を釘付けにしながら、床孔より顔だけ出していたサングラスの猫は、悠々と床上へと這い上がり――
「……よっこらせ、っと……。あー、ヒヤヒヤしたわ」
「……あんたの言は正論だし、気持ちは分かるぜ富子さん。だが俺ぁ傭兵で、仕事を受けてきてるんでな……あんたの命、金に変えさせて貰う」
「……ッ…… いい度胸じゃねえか化け猫コラァ……!!」
血まみれの五指を大きく拡げ、マディソン目掛けて掴みかかろうとした富子は、やはり戦闘経験というものには乏しいのだと言わざるを得まい。
「いやいや、俺だけに気ぃ取られてちゃダメでしょ。なぁ、バルディートさんよ」
「――――……ええ、ええ。まったく、その通りでさァ」
紫の炎が内側より爆ぜ飛び、其処から飛び出した蒼白い焔が富子を飲み込まんと襲いかかる―――!
「があああああッッッ!? 熱い、熱い熱い熱い熱い熱い……!! アタシが、焼ける……!?」
「……どうやらそちらさんは、あっしほど火には強くねェご様子で。……よそ見はいけねェなァ」
ブレイズキャリバーの十八番、ユーベルコード『ブレイズフレイム』。
短剣により傷付けた傷口より溢れ出す焔の火力は、富子のそれを凌駕せしめた。
富子の油断も大きな要因であろうが。――――……そもそも竜を相手に火遊びで敵う訳もなし。
「……っ、クソが…… せめて、そこのクソ猫だけでも三味線の皮にしてやる……!!」
身体の彼方此方に焔を纏わり付かせながら、じわじわと躙り寄る富子を前に、マディソンは何処までも涼しげだった。
「悪いね、どっちかと言えば洋楽の方が好きなんだ」
からかうように引き抜いたサブマシンガンを肉球のついた手で器用に操り、疲労困憊の富子をあざ笑うかのように10mm弾の洗礼を浴びせかけていく。身体に突き刺さる弾丸に、不格好に踊らされながらも、富子は一歩一歩、じわじわと歩みを進める。
……その一歩を踏み出した時、マディソンがサングラス越しに向ける視線は憐れみだったかも知れない。
富子の足が、何かに引っかかった。
それがバルディートの焔に焼かれている間に仕掛けておいたトラップだという事を知っているのはマディソンだけだ。
『KABOOM』
ワイヤーの接続が切れると同時に仕掛けられた爆薬が起動―― それを呼び水に、その他大量に仕掛けられた無数の爆薬が連動し、次々と轟音と爆炎を伴い炸裂した。
手軽で便利な殺害方法(チキンキャットノキリングメソッド)。そのネーミングの軽快な響きとは裏腹に、冷徹に練り込まれた悪辣なトラップであった。
燃え盛る爆炎の中で、富子の影がゆっくりと倒れ込みそうになり―――
しかし、まだ倒れない。肉体の頑丈さだけではない。その身に深く深く染み付いた怨念が、そのボロクズのようになった悪鬼の身体を突き動かしていた。
「……ふざけんじゃ、ねえぞ……! このアタシが、なんでこんな目に遭ってんだ……? ホントもうおまえら……許さねえからな……! アタシをバカにする奴は、アタシの財を奪う奴は…… みんな、みんな、許さねえ……! なんなんだよおまえら! ホントにもう…… どいつもこいつも、アタシをコケにしやがってよォォォ……!!」
「……やれやれシュワルツェネッガーも真っ青だね、こりゃ」
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ゲンジロウ・ヨハンソン
○アドリブ歓迎
○連携ご自由に
あ?徳川の財の大半がお前さんの集めた金だってのか?
てーことは徳川の埋蔵金貰ってるしよ、礼でも言った方がええんか?
○先制対応
視線か…。
【怪力】でその辺の障子やら畳やら床板やら天井やらひっぺがしながら、
遮蔽物を増やしてわしができるだけ見られず動けるフィールドを作っちまおう。
もしドジって敵のUCが発動したら【激痛耐性】で耐えつつ【覚悟】決めて爆発の衝撃を利用して、富子さんに飛び込み組み付こうかのぅ。
○富子戦
組み付ければ一回くらい近接攻撃してくるじゃろ、そこで【選択したUC】で【カウンター】じゃ。
この娘さんは戦士じゃねえじゃろ、こういうののが効くんじゃねーかな。
刹羅沢・サクラ
貴女の金をどう使おうが勝手ですが、それに踊らされ辛苦を食んだ人も居る
金に飽かし、力に飽かし……そのように誰かを使って争いを生む者
あたしは、そういう権力者が大嫌いです
ひとつこの身を賭して、拳を見舞ってやらねばならぬようですね
いかに優速を誇れど、あの視線より逃げるは至難
ならば、見えていることをこそ利用するのみ
正対するは我が【残像】、視線の全てを躱せぬまでも、ありったけのこんぺいとうと手裏剣を投げつけ視界を散らす
それで味方の援護となれば好し。あわよくば間合いを【見切り】、渾身の拳を叩きこむのみ
信用を伴ってこそ、財に価値は出るもの
金より価値のあるものを、貴女はご存じか
アドリブ等、お任せいたします
リリィ・アークレイズ
【SPD】
うッわ。想像してたよりおっかねェ顔してんな
般若面着けてた方がまだマシだぜ、ありゃ
……とか言ったらキレるよな
上等!そのつまらねェ命に殺される覚悟ぐらいはしてもらわねーとなァ!
ドローンを自分の周囲に配置
即席のバリケードを作る
27機も居りゃどれかには当たってくれるだろ
もちろんドローンが壊れる危険もある
…だからこそ好機は無駄にしねェ
爪が触れた瞬間に周囲のドローンを強制合体させて動きを止める
一瞬だけで良い。僅かな隙さえありゃ撃ち抜ける【クイックドロウ】【早業】
…怯んだら上々!
残りのドローンが四方八方からテメェをハチの巣にしてやらァ!
遠慮すんな、弾なら余ってるぜ!
【2回攻撃】
【アドリブ、連携可】
「……ああ、ああ……イラつくわ……! アタシのかき集めた財をガメただけじゃあ飽き足らず
こんな連中まで送りつけてきやがって…… ホントもう信長の次くらいにぶっ殺してやりてえわ徳川……!」
彼女の身を包んでいた地獄の蒼焔は何時の間にか消えていた。焼け焦げた肉体を妖力と瘴気で覆い、支えながら恨めしげに富子が呻く。
その身を焼き苛む忌々しい焔はもう存在しない。けれども憎悪、そして憤怒という名の焔は彼女の中で今も燃え続けていたし、寧ろ更に勢いを増して燃え盛っている。
相対する猟兵たちは、いよいよこの死闘の終幕が近付いていると感じ取ったかも知れない。
けれども到底侮れるものではない。彼女には既に慢心はない。追い詰められた手負いの獣こそが、最も恐ろしい相手なのだ。
日野富子のその姿は、凄惨な程に傷付いて尚……猛々しく、美しかった。
「あ? ……徳川の財の大半がお前さんの集めた金だってのか?……てーことは徳川の埋蔵金貰ってるしよ、礼でも言った方がええんか?」
「……いや、それはちょっと違うのでは……?」
ゲンジロウ・ヨハンソン(腕白青二才・f06844)の何処か暢気とも取れる言葉に、刹羅沢・サクラ(灰鬼・f01965)は思わずそんな相槌を漏らしてしまうのだが、彼とて無数の修羅場を潜った歴戦の猟兵だ。軽口のようなものだろうと思い直しながら懐へと手を忍ばせる。
「貴女の金をどう使おうが勝手ですが、それに踊らされ辛苦を食んだ人も居る。金に飽かし、力に飽かし……そのように誰かを使って争いを生む者……あたしは、そういう権力者が大嫌いです」
「ああそうかい! アタシも嫌いだよ、ウジャウジャしつこく群がってくる貧乏人どもはよォ……!踊るならずっと踊ってろ……! 辛苦? 米がねェなら、そいつを好きなだけ食ってりゃあ良い!アタシはそういうの、全部イヤだから溜め込んで搾り取るガワに立ってんだよォ……。オマエらは皆仲良くのたうち回ってアタシを楽しませてりゃあ良いんだよ。なのにいちいち突っかかって来やがって……!ああうぜェ、マジでうぜェ!てめェらのつまんねェ命なんざ、幾つ嬲ろうとアタシにとっちゃあ、さしたるタシにもなんねェってのになァ……!」
「うッわ。想像してたよりおっかねェ顔してんな。般若面着けてた方がまだマシだぜ、ありゃ……とか言ったらキレるよな? いやァ、もうとっくにキレてたわー……」
サクラの真摯な言葉を嘲笑うようにのたまう富子を呆れたような半眼で眺めつつ、それまで遠巻きに見守っていたリリィ・アークレイズ(SCARLET・f00397)は自分の後頭部をボリボリと掻き回しつつ、前へと無造作に歩み出る。
「……悪ぃね、先に仕掛けるよ」
「ほほォう……?どうやらオマエから殺して欲しいみてェじゃねえか……。こっちも好い加減一人くらいは血祭りに上げてやろうと思ってたトコなんだよなァ……」
ゆらり、と富子が歩き出す。ぼろぼろに傷付いた着物の袖を翻すようにして、血と煤に汚れて尚白いその手を翳せば―― 細く華奢なその指の先が妖しく輝き―― 整えられていたその爪が、禍々しい剣が如く、一斉に長く鋭く生え揃う。
「……これ以上、アタシのジャマをするなァッ!!」
力強く踏みしめた床が大きく陥没し、次の刹那には爆ぜる。
その踏み込みの勢いに、富子の姿が掻き消え―― 同時にリリィは不敵に笑みを浮かべるのだ。
「……上等! けどよ、てめェの言うその……つまらねェ命に殺される覚悟ぐらいはしてもらわねーとなァ!」
不遜に言い放つリリィの周囲を取り巻くように展開されていく27機の武装ドローンが織りなす戦列。
Bravo・Delivery・Scramble(ブラボー・デリバリー・スクランブル)
それは即席のバリケードへと早変わりし、間合いを詰めた富子の腕ごと乱暴に叩きつけるようにして振るう五指のコース上に立ち塞がった。
がぎぎ、ぎぃんっ……!!
「……っ、ちィ!!」
飛び散る火花は鮮やかに。金属を力任せに引っ掻く耳障りなその異音、明らかにひとの爪で立てられるものではない。
富子の爪は、今や妖刀にも匹敵する切れ味を備えていたが、ドローンを斬り裂くには至らない。
「……こいつらさ、合体するんだよね。そこそこの数を纏めっちまえば、そのご自慢の爪でもそうそう切り裂けやしねェだろォ?」
其処にはリリィの言葉を裏付けるかのような光景があった。富子の五指を機体にめり込ませたドローンを支えるように、数体のドローンが寄り集まり、強引にその爪を抑え込んでいたのだった。数体がかりの力に、富子はなかなかそれ以上爪を押し込む事が出来ずにいた。
「あ゛ァッ!? なんだよこりゃあ、気持ち悪ぃな……。離れろ、離れろっての……!!」
ぶんぶんと腕を勢いよく振り回す富子。それでもガッチリと爪に食い込んだドローンを振りほどくのは困難を極める。
もちろん、そんな隙を晒す相手を見逃してやるほどリリィはお行儀の良い少女ではない。
「……余所見、してんなってさっきも言われてたよなあ!」
無造作に翳したリリィの前腕部が展開し、其処からまるで魔法のように飛び出し、その手へと握り込んだ拳銃を突きつけられ、富子は悪態のひとつを漏らす事もできなかった。
RED PEPPER。その名通りの赤いカスタムガンが弾けるように火を噴き、肩に食い込む激痛によろける富子。
続けて頭上を飛び交うドローン達が、四方八方より富子を取り囲む。
「配置には付いたな―――外すなよ」
富子は呆然と見上げていた。まるで虚無の目のような沢山の銃口を。
「……くそったれ」
次々と吐き出される怒涛の連弾。文字通りの鉛弾の雨が降り注ぐ。……彼女の手に傘はない。
「……このっ、びん……ぼう、にん……ども……がッ……!!」
鉛玉の通り雨をやり過ごし、その身を濡らすのは雨水ではなく、血の赤だ。
血に濡れた髪を振り乱し、ただ敵を睨み続けて炯々と燃えるその眼光は禍々しい。
般若のそれにも劣らぬ表情で富子は叫ぶ。
「自分の好きに、生きて……何が悪い! 好きでもない男に嫁がされ、最初に産まされた子は産んだその日にくたばりやがった………!!」
「……まともな子も産めぬ女に、価値はない……! 競争相手は山程居る! アタシは、こうでもしなきゃ……財も力も得られなかった……!!」
「アタシは……成り上がるために、なんでもやるって決めたんだ……! そんな覚悟もねえ連中がピーチクパーチク好き勝手わめきやがってよォォォォ……!!」
「……言いたい事は言いきったかの?」
「……そろそろ終わりにしましょう。あたしはやっぱり、貴女は大嫌いです」
富子へと向けられる視線は冷ややかでこそなかったが、彼らの意志は微塵も揺らぎはしなかった。
並び立つサクラとゲンジロウ。決着をつけよう。彼らの視線はそう富子に告げていた。
「そう、だよなァ……! 別に期待なんざしてなかったわ……!そういうの嫌いだからさ、アタシが一番強かったら、慈悲を乞うなんてみっともねえ真似しねえで済むだろ?……アタシは好き勝手に生きて、そして死んだんだよ……!何度蘇っても、アタシは日野富子だ。アタシらしく在り続けるだけだってぇの……!」
「……来ますよ」
「おう」
「ぶっ殺してやるよ、猟兵ども……! アタシの前に立つんじゃねぇッッッ!!!!!」
最大限の熱と殺意を込めて、富子の双眸がふたりを睨む。
「はァッ!!」
咄嗟に跳ぶサクラ。視界そのものが攻撃範囲ならば、回避は困難……せめて直撃はさせまいと、幻惑することに一縷の希望を見出した。
その身のこなしを最大限に活かし、緩急自在の足運びにて舞うように立ち回れば、彼女の通り過ぎ去った後には、その残像を幾つも残し。
同時に投げ放つは鋭い手裏剣、ありったけ。
そして――……色とりどりのこんぺいとう。とにかく、相手の狙いを出来るだけ散らして掻き乱さんと、とっておきのおやつまでをも躊躇なくかなぐり捨てる。
「どぉぉぉっこら、しょぉぉぉぉぉう!!!!!」
見据えたモノを焼き尽くす熱視線により、吹き荒れる熱風、巻き起こる爆炎。
ほぼ同時にゲンジロウが振り降ろした豪腕が畳の端を掴んではめりめりと力任せに床板ごと引き剥がして無造作に放り投げる。
一枚だけではない、二枚、三枚、四枚、五枚―― それで足りなくなれば、障子戸、屏風、天井板――
富子の築き上げたありとあらゆるものが、まるで富子の支配を拒むかのように、ゲンジロウを守る盾となる。
「……しゃらくせェなァ!! アタシのモノさえ、アタシのジャマをするんならもういらねェ!! 全部燃えちまえ!! 燃えろ! 燃えろ! 燃えろォォォォッ!!!!」
即席の防壁は容易く焔に飲まれ、次々と焼け焦げ灰と化して行く。
けれども、彼らにとってはそれで十分に事足りる。
(……どんだけ強かろうと、この娘さんは戦士じゃねえだろ……)
だが、ゲンジロウは戦士だ。哀れみを覚えようとも、敵を前にして手を止めるような素直さは何処かに置き忘れてしまっていた。
防壁を焼き散らして尚、威力を殺し切れぬ焔に構わずに、前へと突き進む。
その隣を駆けるサクラ。焼け崩れていく遮蔽物と共に、焔に飲まれた残像たちが散り消えていく。
手裏剣は焼け溶け、こんぺいとうに至っては灰すらをも残さない。動き回り続けた事が幸いし、焼かれたのは手足の先などのごく僅かな部位で済んだ。然し、富子の意志ひとつで燃え続けるこの焔、放っておけば火傷は広がるばかり。
「……信用を伴ってこそ、財に価値は出るもの」
「だのう。銭使う相手がいなきゃ、意味なんてねえものなァ……。んで、信用できねえ相手に財布の中身預けたりも出来ねえわなぁ」
並走から、左右に分かたれ富子を挟むようにして踏み込む両者。
「……チッ、まずはテメェから」
伸ばしたままの鋭い爪を振り翳し、富子は反射的に最も間近に迫ったゲンジロウ目掛けて斬りつけ――
「おおっと」
――ようとしたその手首を無造作にゲンジロウの掌が握り掴んで動きを止める。
「なっ! このっ! 離せ、このやろ――」
「ほれ、掴んだ。もー逃さんぞぉ……覚悟してくれや」
富子の身体が宙を舞う。掴んだ腕を基点に、まるでズタ袋でも振り回すかのように軽々と、ゲンジロウは女の体を思い切り振り回す。
必殺の『豪腕スイングアラウンド(アームストロングフリマワシ)』が唸りを上げる。
「がっ、ぐはっ!? おふっ……!! や、やめっ…… うぎっ……!!」
ただ力任せに振り回すだけでは飽き足らず、合間に床へと叩きつけ、その度に床板が割れ砕ける音と強制的にバウンドさせられる女の漏らす苦悶の呻き声が響き渡るのだ。
「……このくらいかのう。……そら、続きは任せたわい」
一頻り振り回された女の体が放り投げられる。放物線を描いて飛ぶその落下点には、大きく拳を引き絞り待ち構えたサクラの姿。
富子を見上げながら、サクラはぽつりと呟いた。
「……金より価値のあるものを、貴女はご存じか」
「……知らねえよ、そんなもん…… 知るもんか……!!」
でしょうね。そう、声に出すことなく胸の内で呟きながらサクラは渾身の力を込めた拳を大きく弧を描くような軌跡にて、富子の鳩尾へと叩き込み――
その拳に宿る衝撃で御所全体がまるで断末魔の如く鳴動し―― 背中から富子を叩きつけた床板は大きく膨れ上がりながら無数の亀裂を走らせると、そのまま一斉に砕け散り、剥き出しになった地面を大きく抉り吹き飛ばし、まるでクレーターが如き陥没痕を深々と刻み込む。
「……だから、貴女はそこに居るんです」
もう指一本動かせぬ富子を見下ろしながら、サクラはひとつ溜息を溢した。
その命に届いた、確かな手応え。……勝利の高揚よりも、ほんの少しむなしさを感じつつ。
「…………わからねえよ。どうすりゃ、良かったんだ……。あの子を、アタシはどうすりゃ抱いてやれたんだ……?」
そんな呟きと共に富子は空へと手を伸ばす。激闘によって破壊された屋敷は最早見る影もない。
天井から屋根までぶち抜かれ開いた大きな穴―― 其処から見える空は青かった。
「……どれだけ、金を溜め込んだって……おまえらが最後は、ぜんぶ持ってっちまう……」
「けれども…… 今の、この気持ちだけは…… 今、此処に居るこのアタシだけの、もんだ……。誰にも、やらねえぞ……」
そう小さく呟いて、富子は静かに目を閉じた。
それきり動かなくなった身体は末端より少しずつ灰と化して、風に溶けるように散っていく。
「……険が取れて少しいい顔してたかもな」
「昔はこんな寝顔をするような女だったのかもしれんのう。……それをああも歪ませる情念ってえやつは……いやはや、恐ろしいもんだわ」
残ったのは、最早廃墟としか呼べぬ程に破壊され、今にも崩れ落ちそうな御所の成れの果て。
それもきっと、彼女と同様に跡形も残さずに消えていくのだろう。
けれども、日野富子は確かに此処に居た。何度も蘇り、無数に存在する日野富子の中の、ただひとりの日野富子が此処に居た。
…………それを知るのは、勝利した猟兵たちだけである。
大成功
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