19
ヒュパティアの愛餐会 【悪衣】

#UDCアース

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#UDCアース


0




●LOVERS
 あの人の形を此処に残すためならば、何でもしようと思った。
 この世には、要らない命が多すぎる。
 あの人の魂よりもこの世には要らないものがある。
 ナイフを、切りつけた首から入れれば脂肪と筋肉の間に差し込んで、皮をぐうっと引っ張ってやる。
 ああ、あの人が求めるのが人の皮でよかった。
 もしこれが魚なら、うろこを取り除かねばならなかった。
 そのほうが、血抜きをするよりもずっと面倒だ。
 血ひとつ無駄にはできない。あの人は、人間が好きだ。今日はこの赤でどんなソースを作ろう。
 胸があの人の喜ぶ顔でいっぱいになったら、力がこもってしまって胸元で皮が途切れてしまった。
 ああ、いけない、いけない。
 きれいに、全てはがさないと。
 あの人を包んでしまえるように。

●Why do you love?
「君たちは、頭がおかしくなるほど人を好きになったことがある?」
 こてんと首を右肩に寝かせながら、ヘンリエッタ・モリアーティ――の人格のうちひとつ、『マダム』は事件を求めてやってきてくれた猟兵たちに問うた。
「私はあるのだけど、二度とああいうのはごめんだなぁ」
 君はどう?と聞きながら、会話が脱線していくのを彼女の赤い蜘蛛の巣が、人形のような白さをする彼女を窘めるように顔に張り付いた。
「UDCアースで殺人事件が起きている」
 ぺりぺりと口を封した赤をはがしながら、事のあらましを説明しだした。
「シリアルキラーをご存知かな。いや、もしかしたらこの場にはシリアルキラーよりも怖い人がいるかもしれないね。え?笑えない?それもそうだ」
 事件は、UDCアース日本にて起きた連続殺人である。
 被害者はいずれも20代から30代の働き盛りの彼らだ。そして、さらには一人暮らしが共通項にある。
 働く場所の為に田舎から都会へと出てきたものたちだというのだ。
「警察へも連絡が遅れるし、田舎であればあるほどいい。本人たちも実家とのやりとりなどたまにしかできないだろうからね」
 つまり、この事件の犯人はかなりの知能犯であるのだと思われている。
 ただ、どうしてこの事件に猟兵が関与しなくてはならないとかというと――あまりにも、その手口が残忍であった。
「君たち、三枚おろしってしっているかい?魚でもやるだろ。あれみたいに、ずるんとね、全部皮が剥がれているんだよ」
 楽しげに語る教授が、猟兵たちの顔をじいっと見てつぶやく。
「この事件には邪神が関わっている」
 ヒヤリと空気が凍った。
「あらかじめ私が予知したことを言っておけば――犯人は、二人だ」
 悪徳教授曰く、――二人組の犯人といえば、その仲には上下関係がある。
 計画犯と、実行犯だ。
「君たちに今回退治をお願いしたいのは、実行犯のほうでね。どうやら住宅街に在る大学の生徒のようだがどうやって個人情報を掴んだのか――。」
 にやりにやりと微笑む口もとを隠せていない。
 悪徳教授が楽し気に、猟兵たちに視線を這わせていく。
「ともかく、こっちを止めないと、呪具を構えた自分を憑代として邪神を召還してしまうのだ」
 完全体で呼び出されてはいくら猟兵たちといえど、手を焼くだろう。
 だからこそ、その前で手を打ってしまいたい。
「好きに捜査をしていいだろうし、それぞれがお得意の方法でやってくれよ」
 今回は警察もUDC組織の息がかかっている、積極的に猟兵たちを助けてくれるだろうと説明をして。
「計画犯のブリーフィングは、私の生徒である三千院・操(ヨルムンガンド・f12510)がやってくれているよ。興味があるのなら見てみると良い」
 話は以上だ、と切り上げてゆったりと立ち上がれば――マダムのそばで赤い輝きが増す。
「この事件のヒントは『愛』かな。え?それ以上のヒント?それを言っちゃあ、面白くない。人間と愛は、謎に包まれているのだよ」
 不敵に笑う猫のような瞳が、君たちを一通り眺めてから、色つやのいい唇でささやくのだった。

「謎を楽しみたまえ、猟兵(Jaeger)」
 招くように、赤い蜘蛛の巣が広がる。猟兵たちを、めくるめく狂気の世界へと導いたのだった。


さもえど
 六度目まして! 好きな肉は牛肉、さもえどです。
 今回はちょっとジューシーでサスペンスなシナリオになります。おにくウマーイ。

●はじめに
 こちらのシナリオはヒガキミョウリMSの「ヒュパティアの愛餐会【悪食】」との共同シナリオになっております。

●第一章
 シリアルキラーが潜む住宅街での聞き込み調査です。
 その近郊の大学の生徒が犯人というのが予知にありましたが、前提程度にしていただいて自由な調査をしていただければと思います。
 お好きな方法で調査をしていただければ、如何様にも物語が進みますので本当にご自由にお考えくださいませ。

●第二章
 導き出された回答から、在るビルに訪れることとなります。
 このビルにはホラー描写やサイコ描写が含まれますので、苦手な方は『×』とプレイングにお書きください。
 控えめな描写でご案内させていただきますね。

●第三章
 実行犯『???』とのボス戦。
 かみさまが大好きな人間との最終戦闘です。
 おおよその犯行動機はOPに記載のある通りになります。
 不完全ではありますがとても強く、愛を妄信しています。

●注意!
 本シナリオにはやや過激な残酷描写が入る可能性が高いです。お気をつけください。

 内容は以上になります。
 プレイング募集は『6/28(金) 8:30~』とさせて頂きます。
 それでは皆さんの熱いプレイング、お待ちしております。

 ※フラグメントに記載されているPOW・SPD・WIZの行動は一例です。
218




第1章 冒険 『住宅街での神隠し』

POW   :    地域ボランティアの活動員としてパトロール。怪しい人物がいないか捜索等。

SPD   :    行方不明になったと言われる場所から捜索。奇妙な痕跡が残っていないか調査等。

WIZ   :    行方不明者の家族や友達から聞き取り。不可解な点がないか考察等。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●ヒトモドキ

 今日も、街は穏やかだった。
 ――胸糞悪い。
 己の胸にかかる、もみあげの毛先をいじって横断歩道の切り替わりを待っていた。
 蒸し暑い、梅雨の事である。

 今日の講義は、確か二限目からだったのだ。
 友達というものは必要ないし、これからも作らないが――友達ごっこと言うのは大切だから。
 通知を知らせる耳障りな音波が、己の学業用にと且つて誰かが買い与えた古びた鞄から聞こえた。
 慣れた手つきで、鞄を漁る。
 いちいち、中身など見なくても大体の位置は分かっていた。あっけなく捕まえたそれの画面に明かりをともす。

 「友達ごっこ」の相手たちが、今日の予定について話していた。
 信号の明かりが切り替わるのは、画面を見ていても耳がその音を拾う。
 ゆったりと、女らしくない姿をした今日の己が歩くのを影が再現する。
 己の影が。
 ――まだ、人のままであった。
 歯噛みする。思わず、力強く液晶を握ってしまった。つよく指紋が残って、余計に腹が立つ。
 何が薄型だ、指紋なんて目立たないようにするほうが大事なんじゃないかなんて頭の中で文明にあたりながら、少し歩調は早くなる。
 これほど身の毛を逆立たせるような衝動で、己が腹の中で煮える想いを抱えていても、歩道ですれ違う誰もが気に留めない。
 やはり、この世など要らないものが多いのだ。レンガを敷き詰めたような偽物の床だって、日本の技術がどうのこうのだの理由をつけたこの壁だって、空を遮る電線ひとつすら無駄だ。
 そして、今この場を歩く大なり小なり、人間と言うのは全部、餌に見える。すべて、肉でしかない。
 間抜けな顔をした平和ボケの鹿どもだ。
 追われるだけの羊だ。叩かねば尻も動かさない牛どもだ。
 醜い豚だ、哀れな雌鶏だ、喧しい雄鶏だ。
 己の手に――今、得物があれば何人でも殺せたのだ。
 
 自己陶酔ながらに破壊的な妄想だとは、よくわかっていた。だけれど、それでようやく己の欲と言うものが落ち着く。
 ようやく横断歩道を渡って、学び舎の前へとたどり着いたのを息を吐いて確認した。

 ――人間であるままは、こうして人間らしく過ごさないと。

 軽快な音と共にまた通知音が鳴った。――「友達ごっこ」の仲間たちは本当に、「餌」の話が好きである。
 隣のクラスの○○が、この前SNSで炎上したとか。
 ▽▽って会社の◆◆さんの顔がよいのだとか。
 どれも、己にとっては「獲物の品種説明」にしか見えなかった。
 では、その中で一つ選ぶことにしよう。意気込んで、学び舎の門を歩く。
 今日の講義のことなど、どうでもよかった。早く、早く。早くあの人に、食べさせてあげたい。
 
 早く、その皮を削いでしまいたい。
 あの人を、包んでしまいたい。己が――人の形をしているのなら、あの人を「ひと」にしなくては。
 ――今日は、どんな「獲物」の話が聞けるだろう?


 猟兵たちが転送されたのは、とある住宅街である。
 大きな国立の大学をその構内に置いた範囲で、予知通りの殺人が起きているのは間違いなかった。
 UDCアース、日本において。その情報を得るのはあまりにも容易い。

 猟兵たちは、あらゆる方法でこの犯人を特定して構わない。
 警察や調査機関も、この国立大学におそらく犯人がいるのではないかとある程度予想をしているようだ。
 ただ、――あまりにも生徒数は多い。しかも、知能犯だ。
 十中八九、上手く隠れているのだろう。

 得意な方法だからと少しばかり騒ぎを起こしたところで、猟兵たちにはUDC組織の恩恵がある。
 くまなく、すべて、なかったことにしてくれるに違いない。

 さあ、愛の行方というものを追え。
            ・・・・
 ――何物にもなれない、人もどきがこの学び舎に潜んでいる。

(※フラグメントの行動は一例です。)
(※人数によっては再送をお願いすることや、不採用になってしまうこともございます。
 なるべく、採用させていただけるように尽力致しますが、どうかご了承くださいませ。)
(※プレイング募集は6/28 8:30~です。再送が必要になる場合はマスターページでお知らせいたします。)
上野・修介
※絡み・アドリブOK
「捜査の基本は、脚、といいますし」

〇聞き込み【情報収集+コミュ力】
先ずは怪しまれない身分を『殺人事件を調査する新米刑事』としておく。
UDC組織に要請し警察手帳を用意。
またスーツと、目付きを和らげるための伊達メガネ着用。
また顔の傷で相手が怖がらない様に絆創膏で隠しておく。

態度は常に丁寧に。
相手が年下でも基本的には敬語で。

接触する人物は被害者宅の近くに住んでいる住人。
犯人はおそらく相当下調べをしているはず。
怪しい人物や車など目にしなかったか話を聞く。

話を聞きながら相手の様子を観る【視力+第六感+情報収集】
果たして言っていることに嘘や隠し事はないか。

得られた情報は他の猟兵に共有。


ナハト・ダァト
さテ、情報収集にハこの姿ガ最適だろウ

普段ノ姿でハ警戒されテしまうからネ
こちらの方ガ動きやすくテ助かるヨ

六ノ叡智で周辺の聞き取り

世界知識、情報収集から
もっとも精度の高い情報を選別

「啓示」の助言と、真贋見抜く「瞳」の効果も合わせ
発生源の調査に当たる

…この姿ニ、痛みヲ感じなイといウ経験ガ
無いといえる過去ハ送っテいなくてネ

もどきデ結構、不気味デ結構
それデいいのだヨ

したいようニ、するだけサ

――だからこソ、私ハ
私ノ許せない者ヲ始末しよウ

その者ガ感じる悔いモ痛みモ、どうでモいいモノ
あア、だかラ
よク分かル
よク聞こえル

――最モ忌み嫌う類ノ声ガ、響いテくるヨ



●First,hearing survey.
 
 ――猟兵たちは、様々な手法でこの異常な愛の行方を追う。
 あるものは己の話術を活かそうと、そもそも探偵であるというものもいる。
 果ては、「加害者側」であるからこそ共感できるものたちだって、この捜査においては誰もが主役であり手法はどれも「正当」だ。

 とかく、この事件というのはどうも己に似合わないものがカギとなる。
 どういう因果か、まためぐりあわせか。自嘲めいた笑みが押さえられない男がいた。
 美しい顔つきをした、人外の血を半分引く彼――薬師神・悟郎(夜に囁く蝙蝠・f19225)もまた、この事件に引き寄せられたうちの一人である。
 不健康そうなまでに白い肌はいっそ憂いめいていてどこか艶っぽい。アッシュの髪は整えられているわけでなく、彼の性格を表しているようだった。
 フードを深くかぶった容姿は、太陽を嫌うのか彼の肌を隠している。――さいわい、今日は曇天だった。
 梅雨であるのは彼にとっては救いであり、また面倒である。
 ――知能犯だとすると、痕跡を探すのも難しそうだが。
 悟郎が目線を細めて、『立ち入り禁止』と書かれたとあるマンションの部屋に入った。
 そこそこの家賃と敷金礼金。管理費もおまけでその日暮らしの人間では生きていけないだろう部屋である。
 事件の痕のまま出来る限り残しておきたいのですが、と此処まで案内した警官が言った。
「夏が近いし、雨も降るしで」
 ――腐食が早いのです。

「ああ、畜生。」
 思わず吐き捨てたくなるほど、その場所が死のガスと腐ったなにかのにおいを残していた。
 これは、現場に居られない。
 ひとよりも発達した鼻が余計なものを拾ってしまいそうだった。
 ただでさえ、彼は――半分、血を好む魂を持ち合わせている。手早く部屋から抜けて、聞き込みにあたることにする。
 カンカンと足早に非常階段を下りていけば、まだ新しいこの事件現場には警察と猟兵の出入りが忙しない。
(俺がもしここに住んでいたなら――)
 うんざりしただろうな、と思う。
 だが、住人たちはマンションに長らく住んでいるからか、人の出入りというものに敏感ではなさそうだ。
 どちらかというのならば、好奇心が勝っているのだろう。おぞましい死体があがったという事実だけならば、他人事であるかぎり人間と言うのは楽しめるものだ。
 ――薄情な話だ。
 おしゃべりが好きな人間――コミュニケーションを得意とする種族の会話を、フードの隙間から悟郎は拾い続ける。
 どうでもいいものは、頭の中で捨てておけばいい。必要な情報を。誰か、この場で何かを見ていないだろうか。
 それは砂漠で宝石を見つけるよりは容易い――案の定、直ぐに引っかかった。
 喚くしゃがれた声の方向へ、フードをかぶったまま歩いて行った。

「失礼、――関係者ですか」

 初老の女性が、恐ろしいものを見たのだと全身で隣人に語っているところへ割り込むことにする。
 
 ところ変わって。
 己が情報収集に適したかたちをとるべきならば、この姿が適任であろうと黒猫の黒油が一体。
 ナハト・ダァト(聖泥・f01760)は神性を持つブラックタールだ。普段の姿ではグリモアの加護があるとはいえ、宗教勧誘なんかと間違えられてはたまらない。
 だから、今日は黒で猫の姿を取ることにしたのだ。しゃなりしゃなりと歩きながら、彼が使うのは――叡智のコードである。
「『IHVH ALVH VDOTh』」
 ――みゃあと鳴き声。それに乗せた呪文が、あたりの希望を吸い上げてその耳へと運んでいく。
 六ノ叡智・美麗(セフィラ・ティファレト)と呼ばれた一種の救済であり、彼の情報収集網が展開された。
 ただし、その数はやはりこの現場となったマンションだけでもかなり膨大だ。余計な希望に今は時間を割けない。
 ありとあらゆる知識を以て、取捨選択をしていく。

 ――痛みヲ感じなイといウ経験ガ、無いといえる過去ハ送っテいなくてネ

 ナハトが、この事件を追う上で。
 想起するのは狂気にあてられたからではない。彼が――聖なる泥であるから、凄惨さに共感するのだ。
 ほかの猟兵が話する、初老の女性が荒げながらも何かを伝えたがっている思念を聞きとる。
 ――おそらく、この場で一番「生きたまま悔いて嘆く」誰かなのだろう。
 ヒトモドキと形容された、かの犯人の嘆きが混じろうがナハトは聞く耳は持たない。

「したいようニ、するだけサ」

 目星をつければ、ひらりと黒猫が降りたつ。

 足元にやってきた黒猫に、己と同じ意志を悟れば。悟郎はそれ以上意識を向けなかった。

 初老の女性が言うに。
「私、私ねぇ、最近ちょっと、変な子を見てたのよッ。でもね、女の子だったの、髪の長い」
 己の腰までの位置になんどか忙しなく掌を降ろして、女性は悟郎に訴える。
「女の子?」
 ――若い、という表現だ。女性が五〇才前後であるように見受けられるから、おそらく20代後半から10代後半にかけての体をさしている。
「その子が、ねぇ、ここの子じゃないと思うの。だって、私、旦那とこっちに住んでからずっといるんだもの」
 結婚してから、の意味だろうか。
 ナハトがひげをひくひくさせて、そして悟郎が頷いて考える。
「この辺で、見ない子だから目立った――とかですかね」
「そう、そうなのよ!ああ、言っておけばよかった、きっとあの子、私たちに教えたかったんじゃないかしら」
「何故、――教えたかったと?」
 初老の女性が、些か引っかかるところがあったのだろうか。
 彼女の動揺から真意をさぐろうと、黒猫のナハトがその叡智を使う。
 震えた音よりも、ナハトが視るものを一緒に見たほうがいい。相槌を打ちながら、悟郎は――ナハトを視た。
 
 聖と聖を通して明確に浮かんだのは、とあるビジョンだ。
 
 女性が、あまり見慣れぬ「女の子」に声をかけていた。
 此処のマンションに、最近よく訪れるのね。と。
 だれかお友達でも、ここにいるの?だとか聞いてみたら、明確に答えが返ってきた。
 ――三〇七の、植田さんに。
 被害者の名前を口にした。
 女性の思念を映像として再現する、完璧なプロファイルに悟郎が半魔の瞳を絞る。
 黒髪だ。ただ、顔だけは再現があいまいである。
 ――おそらく、起源として使った女性の記憶に欠けがある。
 半狂乱と言っても差し支えないほどの、動揺は見て取れていた。こればかりはナハトの『処置』が及ぶものではない。
 だが、手がかりは多かった。黒い髪で、腰までの長さ。
 女っ気がないと言えば、そうかもしれない。――服装からして、中性的ではあるだろう。
 細身だった。そして、この蒸し暑い日に、黒いジャケットを着ていた。

 悟郎がその情報をメモに書き留めていく。
 聞きだしたことは全て他の猟兵にも共有したほうが効率がいい、案の定「そういう」手段を持つ猟兵は多い。
                  カ ミ
 ――彼の元に、どこからか一枚の黒い蝙蝠がやってくる。
 その蝙蝠をほどいて、持ち合わせのペンでさらさらと情報を書きだしておいた。

 身体的特徴は、おそらく皆の役に立つに違いない。
 悟郎がしかと書き留めるのを見て、ナハトは次の手掛かりを探そうと別の場所へと進み始めていた。
「ありがとうございます」
 まだ狂乱収まらぬ様子の女性を、警官たちに預けておく。
 ――あれほどの狂乱には間違いなく『狂気性』を煽られた何かがあったのだろう。
 だから、ナハトは女性に纏わりつく『それ』を痕跡として歩み始めていた。
 黒猫のうしろを、別の黒猫が歩む。

「俺も、いきます」
 ようやく、――院長の後ろ姿に声を掛けられた。
 黒猫のナハトの後ろに歩むのは、召喚【壱】(ショウカン・イチ)で呼び出された同じく黒猫である。
 極めて好意的な音で、にゃあんと鳴いたナハトがまたてしてしと痕跡を辿るのだった。
 
「『逃げられると思うなよ』」

 編み出された猫と、聖泥の猫と共に、半分鬼の彼は歩いてく。
 その方向から――聞こえてきた気がしたのだ。最も忌むべき、嗤い声が。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​


(※先ほど返却させていただいた方と選択が入れ替わっておりました、該当されますお二方、まことに申し訳ございません。)
(※成功度に差異はございません。)
(※再発防止に努めてまいります。重ねて、お詫び申し上げます。)
薬師神・悟郎
実行した奴が知能犯だとすると、痕跡を探すのも難しそうだが
とりあえず行方不明になったと思われる現場を捜索するだけしてみようか

現場に到着後、聞き耳
今回の事件について噂をしている人物がいれば話を聞きたい
些細な事でも気付いた事がないか、上手く言いくるめながら情報収集

障害物の影等も暗視で捜索
働き盛りの彼らが抵抗もせず、ただ黙って攫われるだけとは思えないんだよな…
何処かに彼らが残した何かがあるはずと、野生の勘、第六感で捜索

痕跡を見つければ、UCで猫の姿に変えさせた追跡者を召喚、痕跡からの追跡を試みる

ヒントが愛と聞い時は自分には似合わない言葉だと笑ったけど…
まぁ、それはともあれ
新しい事実が何か分かれば良いが



●Secound Attack.

 ――さて。なるようになるだろう。
 いかにもな真面目な顔立ちをよりきりりとさせて、上野・修介(ゆるふわモテスリム・f13887)は組織から渡された警察手帳を閉じる。
 強面であっては誰も心を開いてくれまいと彼なりに工夫を凝らしたうちのひとつ、大きな絆創膏を己の横っ面に貼りつけて『それらしく』現場に乗り込んだ。
 伊達メガネをした瞳は、いつもよりもレンズの分だけ印象が柔らかい。
「お疲れ様です」
 一つ丁寧な敬礼と共に、現場を守っている同僚――というていのUDC職員にあいさつをしてから修介は改めて己の来た土地を観察した。
 ここは、連続殺人事件――今のところ、最後の被害者――が住んでいた。
 いわゆる、社宅と呼称されるところである。
 現場は未だ新しい。
 修介がたどり着くころには、まだ野次馬が多くあったし報道陣だって漬物石のようにカメラを置いていた。
 だが、あえて修介はその凄惨なままの現場には立ち入らなかった。
 ――己より、犯罪に詳しい猟兵など「本業」が何人もいる。
 その自覚があったからこそ、不用意に現場は荒らさない。
 修介は『殺人事件を調査する新米刑事』をうまく演じて周囲に溶け込むことに成功するのだ。
 どうやら、大企業の社宅ではあったらしい。
 ここに住んでいる住人達は、野次馬となってしまっているがその服装は明らかに――少なくとも、くたびれたシャツであるものなど一人もいなかった。
 ――金持ちを狙ったのか?
 家族で一緒に住んでいる一般人もちらほらと見かけられるが、どれも「まさかこんな近くで」と何も知らないような顔をしている。
 ――聞きまわすだけ、損かもしれない。
 肌に貼ったシールのそれをかりかりと掻きながら、きっちり着込んだスーツ姿であたりを見回す。
 そんな修介を、ぽつんと喧騒から離れた場所。
 社宅の中で、唯一子供たちの楽園となった小さな公園のベンチにひとり座っている少年が見ていた。

「はじめまして」

 躊躇いなく、しかし優し気に。
 相手が子供だからと大きな声を上げてじゃれつくのはよろしくないと修介は判断した。
 ベンチに座る子供に近づく。一歩ずつ修介が歩いていくたびに、子供はびくりびくりとはするがそこに根でも張ってしまったかのように動けない。
(『――力は溜めず――息は止めず――意地は貫く』)
 己の中で、まじないのようにコードを唱える。
 【拳は手を以て放つに非ず(ケンハテヲモッテハナツニアラズ)】それは、修介にとっては呼吸と同等の心構えであり、技であった。
 明らかに、目の前の子供は怯えている。
 それだけは、確かだった。ならば己は、せいいっぱい子供に信頼される警察を徹底してやらねばならない。
 修介が確信をもって己の呼吸を整えてから、ゆっくりと片膝をついてやる。
 ベンチに座る子供が、何かを訴えたいのは戦慄く視線の動きが語っていた。
「こういうものです」
 蒸された地面がほんのりと修介の右ひざを温めた。傷だらけの手のひらでゆっくりと『偽物』の手帳を開く。
 まるで、子供の感情の蓋でも開いてやるかのように――その目を見ながら、丁寧にしていた。

「おま、わりさん」
 子供が、口を開いた。
 わずかに警戒が解けたらしい小さな彼を、よく観察する。
 ――洋服はやはり修介が街中で観るような安いアパレルのものではなさそうだ。
 何度も洗濯はしているらしいが、それがほつれたりしている様子もない。高級な服ということは、今この場にいる野次馬の子供だろう。
 子供を放り出してまで、喧騒に紛れたいのか。
 もし――修介が犯人だったなら、次に皮をはがれたのはこの少年かもしれないというのに。

 まばたきをひとつして、もう一度呼吸を整える。
「何か見ましたか?怪しい車とか」
 ゆっくりした言葉で、あくまで子供にも礼儀正しく。
 怯える子供には丁寧に接するからこそ、まだたどたどしい舌がもつれずに話せるというものだ。

「あのね、あの、ね、――鏡をもってる、おねえちゃんがいたの」
「鏡?」

 頷く少年が言うには。
 鏡を持っている、少女がいたのだという。
 お姉ちゃんと言うからには、どれくらいの年齢だろうか。
「あれくらいのひと?」
 目星をつけて、一人。女性警官を示して言ってみる。
 年齢は20代後半くらいの容姿をした彼女は、懸命に野次馬から現場の均衡を保っていた。
 ふるりと、子供は首を横に振る。
「この、このまえまでね、スカートはいてたの」
「この前?」
「桜、あったときくらい」

 桜が咲いたときまでは、スカートだった。
 そこからは、ズボンを履いているのだという。――いつも、真っ黒な姿で。

「こわかった、まっくろで」

 真っ黒であるということは、目立たないのだ。
 たとえ人ごみの中にいたとして、遠くから見てみれば全身蛍光色よりは真っ黒のほうが影に潜んで目立たないように。
 修介は想像する。
 いつもいつも、鏡を持った――少なくとも、桜が咲くまではスカートをはいていた女性。
「ご協力、感謝します」
 頼もしく微笑んで、柔らかく敬礼をした。
 修介に倣って、少年がゆるゆるとそれを真似する。

 ――子供の第六感というのは、正直なところ侮れない。
 何も知らないこどもが「こわかった」という相手なのだ。しかも、女性の姿をしているのに。
 立ち上がって膝についた砂埃を払っている修介が、先ほど目を付けた女性警官に声をかける。
「すいません、このあたりに学校はありませんか。」

「学校?――学校は、あります。大学が中央に一つと、それから大学付属の中高一貫が」

「それだけ?」
「ほかにもいくつか。でも一番――かかわりがありそうな場所は」
 すべてを語らずとも、彼女の目には自信があったのを修介も悟る。

「ありがとうございます。」
 頭を下げて、一度喧騒から離れた。
                 カ ミ
 ――とある猟兵が、彼にもたらした蝙蝠をずっとポケットに入れていたのをごそごそと取り出して、近くの警官から借りたボールペンで書き留める。

『犯人と思われる情報を入手。
 女性。
 おそらく、今年から大学生か。
 大学付属中高一貫校の卒業生。
 鏡をいつも、目立つように所持している模様。
 服の色は黒かと思われる。』


 黒の蝙蝠にそれをしたためて、また元通りに折ろうとする。
「……まあ、大丈夫だろう」
 ――なんとかなるさ。
 口癖のように言ったのは、元の千代紙から作られた蝙蝠よりも折り目が雑になってしまったからだ。
 無骨でありながら鍛えられた彼の指には、細かい作業は少し難しい。
 パトカーのボンネットで折ったそれが――命を吹き返して、飛んでいくのだった。

成功 🔵​🔵​🔴​

コノハ・ライゼ
◎★△

ヒト、モドキ
今ある自分以外になるというコト
愛だとかいう言葉の意味するトコ
三枚おろしの手口だって
イイね、どれもこれもとても興味深い

囮を試みて、一度大学へ潜入
他猟兵とは出来るだけ連絡取れるようにしとこ

華やかで性格学年問わず繋がりがありそうな、そんな人物を数人探し接触
情報伝播の調査で~等と丸め込んで
友達の友達が住むトコ無い彼氏家から追い出した、いつも○○で野宿してるらしい等
犠牲者共通の特徴も加えSNSで面白おかしく噂話を拡散して欲しい、と依頼
モチロンお礼は弾むとも(UDC職員が)と暫くの口封じも忘れずに

さて、餌に掛かるかしら
後は噂話の人物演じて待ち、接触してくる人物や情報から絞っていくネ



●Third Liar.

 自分以外になるということは――彼にはかつて、決断したこと。
 コノハ・ライゼ(空々・f03130)。空っぽの彼はいわゆる、『誰かのなり替わり』だ。
 だからこそ、興味深い。彼が明るい色をした髪で入ろうと、この大学はさほど気にしないらしい。
 UDC組織から聞いた事前情報によれば、この国立大学はやはり偏差値も高く周りの知能指数と言うのも著しく高い。
 奇人は天才にこそ多いと聞いてはいたが、実際彼のような派手な色をした生徒も多かった。
 ――皆、何かに成りたい。
 コノハだからこそ、それは理解できたのかもしれない。
 何物にもなれないから、皆此処でモラトリアムになってから経験を積んで社会に出るのだという。
 ――妖狐でありながら、それを捨てた彼にもまたここは居心地がいいのかもしれない。
 今此処で己と犯人が共通するのは何物にもなれない、がらんどう。だが、――コノハのほうがずうっと、この犯人よりも業が深いのは確かだった。

「ねエ、ちょっといいカナ?」
 軟派な声で話しかけてやれば、派手と言うよりは少々清潔感のあるきりっとした女子が振り向いた。
 彼女が、どうやらコノハの訪れた研究室において――カーストが最上位であるらしい。
 この頭のいい学校の、一部において。『女王様』であるということはきっと、『頭がいい』のだろうと思う。
 ということは。
「なあに?」
「情報伝播の調査でさぁ、手伝ってほしいンだけド」
 へらりと“馬鹿である”顔をしたライゼにあからさまに目の前の女子は微笑んだ。
 ――やっぱり。
 ライゼの見込み通り、この女子は非常に知能が高く、またそのため「できる」タイプだ。
 つまり、人に頼られやすく――プライドが高い。この手合いは、気分をよくさせてやればうまくライゼの術中に入るのだ。
 
 狐であることは明かさない彼であるが、やり口はまさに「狐」そのものである。

「いいよ、やったげる」
「アリガト!あのサ」
 「狐」が化かす対象は、この学園内には多い。
 研究室の数だけ、講義が行われる数だけすべてにおいて人を見定める目利きが働く限り、対象者がいる。
 それはすなわち、流行り病の脚よりも早く狐の術が広まっていくということだ。
 狐に噛まれた誰かが狐の口となって、別の誰かに「噂」を流す。

 ――友達の友達が、住むトコ無い彼氏家から追い出した、いつも◆◆という漫画喫茶で野宿してるらしい。
 特徴は、――20代で、そこそこ働き盛り。大手の会社にも勤務していて、お金はあったみたいだけれど。
「っていうのをSNSでばばーっと面白おかしく拡散して欲しいンだよネ」
 ほかにも情報が欲しければ、このオレにまで。
 “問い合わせ”があった場合のことも、支給されたスマートフォンで受け取れるようにしておく。
 面倒なことをと渋る相手には、UDC職員から口封じとして渡される「お礼」のことをちらつかせてやる。
 ――人間って単純。
 きらきらとした瞳になって学生の割りには高い報酬ににんまりとする他のクラスでの“カースト上位”が、薄いタブレットに勢いよく描きこみを始めたところで。
 人が多いであろう食堂で、学生に手が届きやすい値段に調整された自販機にUDC職員から“駄賃”を受け取った財布の硬貨を入れて水を飲む。
 話し続けて喉はかなり乾いていたし、これからもまた話術の見せ所なのだ。
 この食道にたどり着くまでに、実際何人かの野次馬と興味本位と、善意が入り混じった誰彼にも会話をしてきた。 
 今のところ収穫としてはよろしくないが、やはり認識としては「だれもかれもが、他人のことを知りたがる」のだ。
 ここなら確かに、犯人も犠牲者の選定には事欠かないだろうとコノハもうなずく。
 人を騙すのは生業であれど、それが――「あの人」もやっていた事かと言うと。


「あの」

 ――声をかけた、黒髪がいた。
 自販機が吐き出したペットボトルを拾うコノハが瞳の動きをそちらに映して、瞬時に微笑んで向き直る。
「なァに?」
「あなた、ここの学生、ですか」
 その瞳に浮かぶのは、怪訝だ。
 コノハに真っ黒な視線を突き付けたのは、腰までの黒髪をした――初夏にふさわしいとは思えないが、少し厚いパーカーとスキニージーンズを履いた女性である。
 パッと雰囲気が女性らしいから、「体を冷やしやすいのだろうか」とも思った。
 ただ、化生っ気はない。コノハが接触した「カースト上位者」の傾向とは大きく外れる。

 ――だけれど、どうにも向けてくる視線は異常だ。警戒心と言うものが強すぎる。

「ナンデ?」
 単純に、単刀直入に向き直った。
 今この場で、この会話を聞いているのはコノハと対象になる少女だけだ。
 雑踏に紛れることができていた狐に、目的をもって少女もまた雑踏で話すということは――お互いに、“紛れたい”身分の者同士である。
 実際、少女の姿をちょうど一歩下がった位置でやや距離を取って眺めていたライゼは、彼女のどこにも学生用の名札がないのを知る。
「――あなたみたいに、美しい人だったら」
 ・・・・・
 もっと早くから目立ってる。
 それだけを言って、踵を返す少女にライゼは追いの一言をかけない。
 ――警戒されている。
 小さな黒い後姿がそれを物語っていた。歩く姿は勇み足にも近いが、この雑踏ではなるほど確かに少女は目立たない。
「ねエ。君たち、あの子の名前知ってる?」
「えー、誰?どれ?」
「いっぱいいすぎて、わかんないし」
 尋ねてみたところで、ここに居るほとんどは――彼女のことを知らなかった。
 コノハが目を離したすきに、やはり黒は派手なものに囲まれて消えていったのだから余計だろう。

「ンー、情報共有かな」

 だからこそ、彼女が「騙している側」であったのなら、これほど好条件の狩場もあるまい。
 ほぼ本能的なものだが、捜査線上に浮かんだ多数の点の中で唯一「真っ黒」に近い存在である。
 これを逃してはいけないだろうとコノハは、別の猟兵が周囲に泳がせているという黒い蝙蝠を手にした。

 人を欺き、唆し、今もなお――『誰か』を演ずる。
 詐欺師としてなら、この妖狐のほうがずうっと考えることは上手だったのだった。
  

大成功 🔵​🔵​🔵​

矢来・夕立
◎★
愛ね。愛。『食べちゃいたいほど』って?…思い当たるな。

《忍び足》で潜伏します。拷問なら兎も角、聞き込みとか向かないんで。
【紙技・禍喰鳥】を放って
“人間の血の臭いがする人物”を探します。
三枚おろしなんてハデな殺し方を続けてるんじゃ、簡単には消せない。
ごまかせはするでしょうけど、それにも限界がある。…筈です。普通なら。

禍喰鳥は調査済みのポイントに待機させておきましょう。マーカーと監視カメラを兼業できます。
全46匹。1フロア単位で配置して足りるかどうかってトコでしょうか。
他の猟兵さんの目印になりますし、気づいたことがあればお互い式紙越しに伝達できますし。

…最初見たときいなくても、通るかもですし?



●Forth Assasin.

「愛ね。愛。『食べちゃいたいほど』って?――思い当たるな。」
 と、いうか彼の前に居た悪徳だってそうだったはずであるから。
 猟兵にとって、“マイノリティ”は“マジョリティ”になり得るのである。
 矢来・夕立(影・f14904)もまた、UDCアースにおいてはマイノリティな存在であった。
 思春期の細身な少年らしい彼が、大学に紛れるには些か幼い。苦労の数だけ老けるというが、どちらかというなら夕立はより美しくなるばかりであった。
 彼は、猟兵でありながら忍びである。
 暗殺家業であるから、彼こそこの雑多な学生が織りなすモラトリアムのサラダボウルの“影”となるのは容易い。
 だが、表に出てしまえばそれは一転する。猟兵がどこの世界でどのように活動したとしても、外見の違和感だけはどうしようもない。
 化粧をして変装してみる選択肢がないわけではなかった。端正な顔立ちを少し変えるだけで、印象と言うのは大きく変わる。
 だけれど――聞き込みは、彼に向かない。

「――おかえり」

 だから、彼は。
 普段は誰も立ち入ることが出来ない、大学の閉鎖された棟にいた。
 真新しい閉鎖ではない、もう5年とかそれくらいは『耐震補強工事のため』と言って禁じられている場所だ。
 いつか工事をする予定だったが問題が見つかったか、それとも――当たり前の一部となって忘れられている場所なのか。
 なんにせよ。
「いい場所です、隠れるには」
 帰ってきた黒い蝙蝠の紙たちに話しかけながら――その体をほどいてやった。

【紙技・禍喰鳥(カミワザ・カクイドリ)】たちは夕立を起点として全46匹飛び立ったのである。
 うち、大学の外で現場検証を行いたいと言った猟兵たちにはそれぞれ予め渡しておいた。
 彼らが向こうで観たものを、夕立が頭の中で無数のモニターに囲まれたような視界で観るだけでは処理が追い付かないから。
 蝙蝠の内側に、それぞれがメモを書くようにお願いしておいたのだ。
「へえ――案外さっくりと解決しそうな気がします。」
 実際、手がかりは多い。
 というよりは、恐らく猟兵たちに『出来る』者どもが多いのだ。
 夕立が暗殺家業であるように、“特殊”な職業をした猟兵は多い。
 詐欺師だったり、軍人だったり、住所不定無職だったり――探偵であったり。
「頼もしいことで」
                          オペレーター
 だから、夕立は彼らの邪魔にならないようなところで“通信”の役割を担う。
 世の中にはデジタルが普及して、僅か十年と少しで現れたスマートフォンという画期的な発明品があったものだけれど。
 有象無象数多の世界からやってくる猟兵たちすべてに、その扱い方がわかるかと言うならば保障できかねる。
 以上を踏まえて夕立は“誰でもできる”であろう“アナログ”の手段を取ったのだ。

「“人間の血の臭いがする人物”を探して」

 そして、手にした情報をもとにまた蝙蝠たちに指示を下す。
 猟兵たちが調査をした場所には、ぺたりと蝙蝠の千代紙が壁に、床に、窓に、消火器の上に、防火扉に貼りついていく。
 ――意識しなければ、わざわざ視界にも入れない。
 人間の血、というのは正直大雑把な指定ではある。
 それこそ、けが人からそうでない女性まで幅広く対象となるのだ。ただ、皆『怪しい』と踏んだ対象は、黒髪の女性。
 夕立の行いは、結果的に多くの猟兵どうしのやりとりをスムーズにする。

 縁の下の力持ち、陰の功労者。

 ――誰かがそう思ってくれれば救われますね。
 なんてまた、モニターの数が増えていく視界で。嘘だか本当だかわからない気持ちのうち、限りなく本当を嘆いた。

 そんな彼の視界に映ったのは、先ほどの狐との視点である。
 ほどいた千代紙の中で、折り目が寄れたひとつを手繰り寄せた。
 中継がつながっている今のうちに、リアルタイムで確認する。――特徴、黒髪。女性。年齢は化粧っ気がないのでわかりかねるがまだ幼い顔立ち、中性的な姿、黒。
 ただ――。

「鏡がない」

 呟くように夕立が言った。
 事実、狐と対峙している少女は明らかに「怪しい」のだけれど唯一あてはまらないのが「鏡の有無」だ。
 ただ、放った蝙蝠は彼女に反応しているから「血」の匂いはさせている。だけれど――、見えないところを怪我しているから厚手の服なのかもしれない。
 リストカットや、自傷癖などこの年代ならでは耽ることでもある。
 大人になるにつれて社会に出るから、そのようなことを続けるのは難しくなっていくから――結論を言うのならば、そういった意味で「該当者」は多い。

 疑わしきは罰せずである。
 ただ、夕立が蝙蝠の視界でもう一度彼女の瞳を見上げた。一瞬だった、それは踵をすぐ返してどこかに行ってしまう。
 追いかけるのはよろしくない、警戒度が高くなった手合いに『動く千代紙』など見せればあきらかに己らの存在を知らせることになるからだ。
 狐の彼が情報を描いて、蝙蝠を手放すのを脳裏に――夕立が先ほどの光景をリピートしていた。

 ――あの目は。

「ひとごろし」

 蝙蝠がまた、煤と埃に塗れて小さく開けられた窓から飛んでいくのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

加里生・煙
◎★
これが、愛?
そんなことがあっていいものか。
こんな、猟奇的な殺しが 愛のだなんて。
そんなものを認めてしまったら、俺は…
いや、これは 愛じゃない 正しくない 正義じゃない。
いくぞ、アジュア。これは俺たちが止めなけりゃならない話だ。

警察の調査ではこの大学の中に犯人がいるらしい。
アジュアは影の追跡者として学内を調べてきてくれ。狂気や血の匂いに敏感なお前なら、犯人にたどり着くかもしれない。
俺は聞き込みで情報を集めねェとな。
大学生って歳じゃないんだが…まぁ、紛れ込もうと思えば、なんとかセーフだよな?

愛…愛…?
考えるな。理解なんてしちゃいけない、けれど。
気になって、頭から離れない。
これが愛というならば―


鎧坂・灯理
人の皮、か。そういえば、そんなものを表紙に使っていた邪神も居たな。
人間の起こす事件は、時にオブリビオンにも劣らんな。
ふむ……知能犯とはいえ、舞台は都会。
監視カメラの視界を完全に避ける事など出来はすまい。
それに、紛れているならば交流もしているはずだ。

UCを使い、住宅街全域の監視カメラ映像を蒐集し、分析。
並行して一体のスマートフォンにハッキングを仕掛け、送受信データを蒐集分析。
ある程度絞り込めたら、テレパシー(受信のみ)で思考を読みとる。
ハッキングと言うほどの事はしないよ。表層だけでいい、それで充分だ。
気付いてもすぐには動かず、他猟兵の端末へメッセージを。

飴玉を忘れずに買う。低血糖予防だ。



●Fifth crime squad.

 安楽椅子探偵など、彼女の姿を見て思うのならばきっと三流以下だ。
 鎧坂・灯理(鮫・f14037)は一つ飴を取り出す。
 包装紙に包まれたそれを、慣れた手つきで中身を晒させ口に含んだ。
 こりこりと歯に接触をしながら口内で溶け始めるそれを愉しむつもりはない。
 がりりと力強くかみ砕いて、己の舌を破片が切るよりも早く呑み込んでいく。口に少し濁った透明をしたスポーツ飲料を含んで、口の中を液体で満たしてからまた飲む。
 『彼女』という電脳者が座るのは、出来る限り大学内――電波が確立していて、よりタイム・ラグが発生しないように――において静かな場所が好ましいと思われた。
 これから『脳』を使うのだし、できれば涼しい場所がいい。
 だから彼女が選んだのは――先の忍びとは場所を変えて大学の図書館である。
 彼女の外見からでいえば、さほど周囲との違和感はない。仕掛けだらけのトレンチコートをひざ掛けのようにして、本を読んでいるふりをする。
            ルール
 ここならば――沈黙は、規則だ。
 勉学に励んでいるのやら、夢想に耽っているのやら。彼女の周囲に座する学生たちは皆が己の世界へと入っている。
 だから――灯理は目立たないのだ。

 ――人の皮、か。
 そういえば、そういうものを本の表紙に使う邪神とやらにも巡り合ったことがある灯理である。
 超常の恐怖よりも身近で、「人間」が今回は皮を使っているのだ。
 異常知能の行く末と言えばいいのか、頭が良すぎるから一周廻って愚かになったというべきなのか。
 勿体ない頭の使い方だと思えるし、時に怪奇よりも恐ろしいものを人が作るのを電子の海につなげる己の脳で思う。
 鞄から取り出すのは、薄型のノートパソコンだ。
 はたから見ればただただレポート作業に耽る真面目な生徒に見えているだろう。
 灯理が――暇つぶしに触っているようで、そうでない。
 もう、すでに。この場所で。
 サ イ キ ッ ク
 電脳探偵の戦いは始まっていたのだ。

 さて、灯理の戦場とは少し離れたところで。
 この事件の異様さに張りつめた顔をする男が一人。
(――これが、愛?)
 そんなことがあっていいものか。愛の形は様々であるけれど、これは認められるべき形か?
 ショッキングで、グロテスクな写真を「元・刑事」であるからこそ加里生・煙(だれそかれ・f18298)は容易に手に入れることが出来た。
 警察と言うのは相変わらず、身内に優しい組織だななんて苦笑いめいて受け取ったデータをある程度覚悟はしておきながらも視界に入れてしまう。
 ――、やはり正気の沙汰ではいられないのだ。
「う、ェ」
 思わず、目じりに涙も浮かんでくる。
 煙は、無意識の狂気を孕みながらも感性は「ひと」そのものだ。
 死体の写真というのは見慣れてはいるが、これは明らかにこのUDCアースの日本において異常すぎる。
 三枚おろしだと嗤う誰かがいたけれど、煙にはこれが、笑い事には思えない。

 まず、被害者の首にナイフを差し込んでいる。これがおそらく致命傷だったのだろう。
 それ以上の外傷が視られない、なぜならば――『皮に傷がついてしまう』からだ。
 ていねいに脂肪と筋肉を避けて、皮を引っ張っていく作業工程が煙には想像できる。
 魚ならばきっと面倒だったろうなとまで思えてしまうほど――この死体の出来は「よかった」。
 いっそ清々しいまでの技術だった、いったいこの犯人は「何人」で試してきたのだろう。
 最初の被害者の写真を見たときにはある程度クオリティが完成されていたから。間違いなく――ほぼ、間違いなく人以外でもやってきたに違いない。

 異常だ。異常、異常、異常、異常――!

「いくぞ、アジュア。これは俺たちが止めなけりゃならない話だ。」
 邪神が絡んでいるにちがいないのは分かっていた。だけれど、それが――こんな、猟奇的な殺しが。
 【影の追跡者の召喚】で呼び出された白い狼である相棒は、ぐるると喉を鳴らして尾っぽを振った。
 ――狂気と正気のまぎわに居る飼い主を喜ぶように。
「愛だって?」
 煙には認められない。こんなものを認めてしまったら、己の何かが砕け散ってしまいそうになる気がする。
 かぶりを振って、否定する。脳裏に焼き付いた光景を拒絶する。

 その煙の表層意識を、たまたま別の目的で脳波から蒐集していたのは灯理だ。
 ――なるほど。
 UDCエージェントでもないながら体に獣を飼う煙の脳波は、はっきり言って「異常」だった。
 というよりは灯理の電脳世界においては目立ちすぎるほどの波紋があった。間違いなく、狂気に蝕まれている。
 ――でも、今は助けてやらない。
 灯理の目的はそれではないから。害がおよびそうであれば接触するとして、彼の脳波から得たビジョンは思わず灯理の口角を上げた。
 凄惨な殺人現場で笑うのは2パターンのみである。
  ク ロ    シ ロ
 犯 罪 者 か 探 偵 か。

 確かに、この犯人は予行練習含め――動物といい人といい、練習してきたのだろう。
 そういった意味では計画的であり非常に知能犯めいている。そこは灯理も概ね異論がない。
 がりりとまた、甘ったるい味のする飴を喜悦を含んだ顔でかみ砕く。
「――『人間を舐めるなよ』」
 ヒトモドキめ。
 囁くように小さくつぶやいた一言など、ページをめくる音にすらかき消える。
 発動されるのは【小人の智慧(ザ・ヒューマニティ)】だ。
 たとえ知能犯と言えど、舞台は都会である。――犯行現場には避けただろうが、監視カメラに100%どんな姿の時であれうつっているはずだ。
 だからまずは、監視カメラから洗う。そんな灯理の険しくなった瞳に、『勝手に』受信している煙の脳波が飛び込んだ。

「蝙蝠?」
 ――内なる獣、アジュアは狂気や血の匂いに敏感だ。
 大学内にはさすがに連れていけないが、一緒に散歩をしている体であればその周囲を歩いていても怪しまれまい。
 そう思って煙が沈痛な面持ちで歩いていけば、一つの黒が落ちてきた。
 折り紙だ。
 丁寧に折られたそれは、猟兵のからの使途らしい。ほかの猟兵が怪しいと踏んだ誰かの特徴が描かれている。
 煙の視界を通して、灯理もそれを手に入れた。
 ――わかっててやりましたか、お得意様。
 彼女が知る、その千代紙の主の“粋な計らい”かどうかはわかりかねるが。
「黒髪で、若くて――黒い服、血の匂い。」
 煙が反復した。
 その情報をもとに、灯理の電脳は駆け巡る。監視カメラからどんどんターゲットを絞り込んできた。
 男、除外。茶髪、除外。派手髪、除外。老齢、除外。
 確かに木を隠すならば森とはいうが――わざとらしく隠れているだれかなど、突き詰めるのは容易い。

 アジュアがぼんやりとした視界で千代紙を眺める煙に吼える。
「わっ、なんだよ」
 思わず驚いて、煙も飛び上がった。
 宿主をどこか呆れたように耳を平行にしてみせてアジュアが視線を変える。
 煙もつられて同じ方向を向けば――黒髪の少女が、別の棟へと歩いて行った。
 本人に声をかけてみるべきか?いいや――。
 張りつめた空気が、漂っている。彼女のことを誰もが気づかないから、彼女を意識しないとそれは分からない。
 隻眼の表情が固まって緊張させながらも、煙はこうした場面には『慣れている』。
 ――さっきの死体写真よりも、ずうっとリアリティがあった。
 だから、彼女とすれ違っていった集団に声をかける。
「ねえ、君たち。これ、あの子の落とし物なんだけど」
「あの子?」
 でっちあげたのは、“善人”の煙だ。
 手にしたどこかの土産物なのかわからないキーホルダーは、本当にこの大学内でたまたま手にしたものである。
 届けようとは思っていたのだから――正義であろう。
 振り向いた彼女らが、辛うじてその黒の後姿をとらえた。
「ああ、ええと確か――」

 同時並行で、灯理は一体のスマートフォンから「交友関係」を洗っていた。
 ハッキングなんてお手の物だ、超常の頭脳を持つ彼女の前ではすべて、からくりのない宝箱に等しい。
 送受信データをあるていど蒐集して、ようやく――目立たない存在を意識しているグループを見つけた。

 会話数が異常に少ない対象者が含まれるSNSツールである。
 なんてことはない、只の世間話を交換しているようで――人間の品評会というべきか。
 格付けをして楽しんでいる、おもしろおかしいながらにひどく倫理から外れた話題で盛り上がるグループだ。
 皆が仲良しなのかは灯理の意識外であるが、其処に居るということは「人を見下したい」らしい人物たちである。
 ――○○ってかわいいけど、ヤリマンなんだってね。
 ▽▽って別れたのホント?
 ◆◆さんってあんなにいい顔してるのに、家が貧乏だってきいたんだけど。
 
 人を見下して粗を探して、己の地位を己の中で高める。
 ――表に出さないだけ、宜しいと思うべきかもしれないのだが。
 ただ、彼らがそうやって見下す対象は全て「年上で卒業生、権威があって、造詣がいい」とされる人間たちだった。
 ――被害者と、共通項が多い。
 唯一、発言の少ない人物がいるのを灯理は調査の上で悟る。
 この集団に居ようものなら気が大きくなって誰もかれもしゃべりたがるものだろうに、平和主義と言うわけでもなさそうだ。
 その人物が語らないのは。

 ――己はとっくに、皆よりも優れている。

「佐伯――夏」

 それが、きっとヒトモドキの名前だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルカーシャ・モロゾフ
あれまあ。随分と賑やかだ。
お伽の国ではない世界に足を踏み入るだなんて、僕には可笑しな事の様。
雪が無い。寒く無い。けれど指先も、胸の内側も冷たいままのは何故なのか。
知っているよ。知っているとも。
愛の話であるならば、僕にも覚えはあるものだ。

【POW】
人を殺すのが過程に過ぎないなら、単純な事だとも。
獲物に狙いを定めたら目で追って、脚で追って、仕留める。
僕が狩人であったなら、いったい誰を選んだだろう。きっと質の良いものだ。
僕はぐるりと見渡して、獲物を見定める狩人の目が無いかと探すこととしましょうか。

カフェに珈琲とケーキだなんて、随分とお上品なお国だ事。喉を焼くウォッカが恋しいものだ。

◎★



●Sixth soldier.

 随分と賑やかな場所だ。
 ルカーシャ・モロゾフ(冷たい指先・f19809)は――心臓のない、軍人である。
 もとより、UDCアースにおいては肌の白い雪の国生まれの美形であることしか重要視されないだろうが。
 その指先は、酷く冷たいものだ。
 ――血の通わぬ彼は、この世界のあたたかさに微笑んでしまう。
 フ ァ ン タ シ ゙ー リ ア リ テ ィ
 お伽話の国からやってきた彼と、この現実味あふれる世界は細かく見れば、不釣り合いだ。
 ルカーシャの世界に映っていたものとは大きく違う。まず、この国には雪がない。
 寒くないのも、不思議だった。新しい発見だった。面白いと思った。
 寒いから喉を焼く必要のあったウォッカも、今では手放してよいのだ。
 こうして今、彼は事件が起きた大学内に設置されたカフェでくつろいでいる。――正しくは、仕事をしている。
 その手元に在るのは、あたたかな珈琲ととけてしまいそうなほど柔らかなケーキ。
 この「大学」と呼ばれた場所では、多くの人間がのびのびとしている。
 ルカーシャの生きていた世界にいたならば、きっと誰一人逃げ切れないで腹の中におさまってしまうのだろうと思うほど、警戒心がない。
 彼らを咎めるつもりはなかった、だけれど――少し、微笑ましくもありながら不思議である。

 お伽話より、この世界はずうっと不思議だ。
 ルカーシャは未知のものに、無いはずの胸から心が躍ったのに――食べても飲んでも、ちっとも温まらないのを感じ取る。
 ――知っているよ。知っているとも。
 己の疑問に己で応える。言い聞かせるようにフォークを握りなおした。
 空いた胸に相応しいものは、きっとこの世界では補えない。
 もしこの狂気の事件が、本当に愛の話であるならば、“心臓のない”彼こそ――覚えがあったのだから。
 空っぽの胸がきりりと、温かさで氷が解けて鳴いた。

 ――人を殺すというのなら、きっと犯人の目に「人」は「人」でなく映っているのだ。
 それも、ルカーシャには共感できる。
 ルカーシャは軍人だ。それも――戦争でないのに己の空白を埋めるために殺して殺して殺しつくしたヒト殺し。
 だからこそ、獲物を見つけるのはきっとこのヒトモドキよりもずっと上手い。
 何故、被害者たちを選んだのか。
 まず獲物のことを知ることから始めようと思っていた時に、ルカーシャの元に訪れたのは黒の蝙蝠たちだ。
 誰かがそれを配っているとは聞いていたけれど、綺麗に折られた黒をほどくのに少々手こずる。
 ようやく開いたら、どこかの誰かが被害者のことを洗ったらしかった。
 ――少し、ケーキとは違う甘い香りがする。
 すんと一度ルカーシャが鼻を鳴らして、その文字を読んだ。
 どこかで印字されたらしい無機質な文字だった。きっとこれは、――インクだ。
 猟兵になってから、わからない世界の文字も読めるようになってわくわくするものの、やはり胸の孤独はおさまらないのだけれど。

『被害者はこぞって、20代から30代。
 働き盛りでありながら、田舎から出てきている。
 大学の卒業生であり、成績が優秀であったが実は――』

「おや、おや」
 なんだか、見てはいけないものを見てしまった気がした。
 一度、黒い手紙を伏せてみる。口をちょっととがらせてから考えて三拍、もう一度開いた。
「そうか、そうか」
 ――彼らは、顔立ちが良いがゆえに『交際関係』はただれていたらしい。
 世間知らずのお坊ちゃんお嬢ちゃんが、金に浮かれてやったことだと言えば納得もされそうなものではあるが。
 ひとの心を弄んでは、皮をはがれても仕方あるまい。

 佐伯、夏。
 今のところ第一候補として挙がったのは、彼女だった。
 ただ――ルカーシャには名前と特徴がわかっても、少女が本当に黒か白かと言われれば悩ましいところにある。
 なぜ、この少女が獲物に狙いを定めてから目で追って、脚で追って、仕留めたのだろう。
 中々骨の折れる作業だったに違いない。
 被害者は男も女もまばらだった、即ちだれでもよかったのだったと思う。
 ――しいて言うならば狩りやすいものがいい。
 聞こえないはずの声が、ルカーシャの頭の中で再生される。
 いつのまにやら彼女に共感しきっていたらしい。少し冷めたコーヒーを口に入れて、また仮初の温もりで現実に戻る。
 そして共感したからこそ――何を考えているのかは分かった。
 かたりと席を立って、己の手元にあったナプキンを捨てるような足取りで動く。
 自分の斜め前の席は空白だった。おもむろにルカーシャが椅子を引いてやる。

「見つけたよ」

 きらりと光る鏡があった。
 己が「用意されている」獲物の中から「これ」と決めた誰かを狙うのであれば、調べておく必要があるとルカーシャは思う。
 だから、きっと――彼女もそうしたに違いない。
 鏡には、明らかに呪詛が宿っているのがわかる。その鏡はルカーシャを映さなかった。
 ナプキンで包んで、ほどいた蝙蝠を上に乗せておく。
「きっとこれが、狩人の目だ」

 ――聞こえるかい。わが隣人たち。

大成功 🔵​🔵​🔵​

千桜・エリシャ
己を狂わすほどの愛ですの?
ふふ、どうかしら
――嗚呼、でも
愛する方の首を落とす高揚感は知っているかしら
…なんて、冗談ですわよ?

私は大学の校門で聞き込みをしようかしら
出入り口がここにしかないのなら、犯人も通るかもしれませんもの
ふわり、蠱惑するように事件のことを聴いてみましょう
そうですわね…被害者の妹を名乗ってみようかしら

お兄様…恨まれるような人ではありませんのに…どうして

泣き真似なんかすれば健気に見えるかしら?


――こっそりと
校門を通る方に呪詛の気配がないかも探っておきますわ
呪具を持っていたらわかるかもしれませんし
私の蝶にも同じように呪詛の気配がないか探してもらいましょう


さて、何か引っ掛かるかしら?



●Seventh LOVERS

 己を狂わす愛とは――この彼女にとっては冗句にもならないほど、覚えがある。
 何度も討ち落としてきた。どんな首でも慈しんで愛して求めて欲のまま、刀が刃こぼれしないように丁寧に。
 今や彼女の桃色の瞳に、どろりと潜む狂気ばかりになって彼女を乾かせる。
 狂おしいほどの衝動とさだめにこの「ヒトモドキ」が勝るとは思っていないが、それでも、共感は出来るところがあった。
 なんて、決して表では言えない悪い冗句だけれど。

 千桜・エリシャ(春宵・f02565)は退屈を嫌う。
 皆のように歩き回るのは着物の彼女にとって疲れるばかりであるし、どうしても目立ってしまうのだ。
 ――それは彼女が可憐だからには違いない。だけれど、おとなしく調べものをしているのも性に合わない。
「――お兄様」
 つう、と水滴がエリシャのきめ細やかな肌に流れ落ちる。
 だれもが、その光景に息を呑んだ。
 漆黒を頭に、それからそれを着物にしどけなく流して艶やかに。
 お上品なエロスを纏う小さな夜となった顔に浮かぶ桜色の唇が放った一言は、優しくそして甘美である。
 大学の校門前で、エリシャは着物に隠れるようにして鼻をすするようにした。
 その音も小さく、そしてか細く。今にも彼女が消えてしまいそうな印象を振り前いて。

 エリシャの考えは。
 大学の校門が一つでしかないことを、UDC職員と警察に確認を取っておいた。
 ならば此処にしか犯人は通るまい、――大正解である。
 ただ、その特徴をエリシャが知っているかと言うとまだ彼女の元に蝙蝠は最初の一羽しか届いていなかったのだ。
 ならば。
「『仮初の命をここに、』」
 泣きそうな声を真似て、まるで本当に心の底から何かを嘆くような顔でコードを紡ぐ。
 【春夜ノ夢(エフェメラル・プシュケー)】は、空中を舞う水滴のような小ささで煌めいてエリシャの美しさを演出したのち、そのまま光の屈折で消えてゆく。
 額から伸びた真っ黒でありながらも周りの空気を吸って反射を映す角が、その魔術の発動をうけてより輝いた。
 ――誰よりも、何よりも今彼女は美しい。
 どうやっても目立ってしまうのであれば、彼女が出来ることと言えば「あえて目立つ」という作戦だった。
「恨まれるような人ではありませんのに――どうして」
 この一句だけは目立つように声をあげておく。
 ざわりとエリシャに見とれて足を止めた周囲が震えた。

(――あら)

 エリシャは、涙を流す己の手を両手で覆った隙間から――外界を視る。
 この場にいる皆が足を止めていた。偶然「誰もが」おそらく、この事件に関与しているらしい。
「何か、御存じですの?」
 うつろな瞳に涙を浮かべた顔を演ずるまま、あえてエリシャは彼らのうち――一番この状況に強張る青年に縋るように抱き着いた。
 わあ、と情けない声を上げた青年の声色が、まだ若い。
 エリシャの食指が動かない手合いだった。あまりにも、弱弱しすぎる。
 だからこそ、彼を選んだのだけれど。
 そのままぎゅうと服を掴んで、どうかどうかと懇願するのだ。
「教えて、教えてくださいませ!――兄は、どうしてあんなことに!」
 わざと言葉を崩したのは、そのほうがより『悲しんでいるように』聞こえるからだ。
 若い彼に掴んだエリシャの肌に、恐ろしいほどはやい動悸が伝わってくる。もちろん、この羅刹からではない。
 ――目の前の青年からだ。
「ああ、あ、あ、あ」
 驚く青年がいる。その彼を取り残して――そのほかが蜘蛛の子を散らしたように走って行った。
 躓く女性、足をもつれさせる男性。その他悲喜こもごも。
 喜んでいるのは、エリシャだけなのだが。それでもエリシャは最期まで演技を続ける。
「違う、違うんだ、おれは、おれじゃ」
 ぶんぶんと首を振っても、それでもエリシャは目線をむけたままだ。耐え切れずにおそらく自責から叫ぶ彼をまるで蔦の如く腕で縛って離さない。
「違う?」
「俺のせいじゃない、佐伯が!!」
 ――サエキ。
 その名前に込められた呪詛に、ひらりと蝶が舞う。
 その呪詛を吸った翅が飛んでいく方向を見ていれば、青年が好奇心を喪ったエリシャから逃れるのは容易かった。
 背後で転げたりしながら逃げる先ほどの弱弱しい生き物よりもずっと、目の前の呪詛のほうが強くて惹かれたのだ。
 あっけなく手放した確かな質量よりも蝶が導く強さのほうが気になってしょうがないエリシャが蝶と共に、校門横で切りそろえられた緑へと踏み込んだ。

 盲目的なまでにそれを求めたのは、彼女のいつかと少し重なったかもしれない。

「鏡、が」

 ここにも、鏡。だけれど、もう「割れている」。
「――罠、ですわね」
 鏡を拾い上げて、ため息を吐くもののその目はやはり恍惚としはじめている。
 それでもエリシャの読みは当たっていた。この場所に猟兵たちが来たことをすでに犯人は悟っている。
 だけれど蝶たちはエリシャの手元からはまだ飛び立ってゆかない。ということは、――まだ、ここにいる。
 出入口を封鎖されたことを理解した犯人が、次に出るのはどこからか。
「鬼さんがこちら」
 鳴らせるものなら、手を鳴らしてごらんなさい。
 この敷地内に張り巡らされた呪詛の糸を感知してゆっくりと口角が上がる。
 歪な呪詛と、それから狂気に――ただただ己のこころが振るわされるのだった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

エレニア・ファンタージェン
先生(f04783)と調査します
エリィ囮調査をする!

予めUCで技能強化
誘惑で人の目を引き、催眠術で設定を信じ込ませる

後見人に初日だけ付き添われた身寄りのない留学生という設定
先生に引き合わせられた派手な学生達の前で
「ワタシ、日本語上手クなイから…」
恥じらうように顔を伏せ、先生の後ろに隠れる

隙を見て離脱、囮捜査開始
一人でいかにも寂しそうに校内を散策
サークルの勧誘ポスターとか友達と楽しそうにする学生とかを眺めたり
目が悪いのは隠さないわ
その方が釣れそうでしょ?

誰かに話しかけられたら少し嬉しそうに対応
「…誰モ知り合いがイないかラ、お友達、欲しカったノ」
第六感的に怪しい人ならこっそりと先生の携帯に1コール


神埜・常盤
助手のエリィさん(f11289)と調査を

異国の令嬢に付き添う後見人と云う設定
礼儀作法で身なりを整え一芝居
怪しまれた時の為、組織には身分証でも偽装して貰おうか

接触するのは華やかで交友関係広そうな女子たち
――君達、ちょっと良いかな
此方の御令嬢は最近日本に来たばかり
身寄りも友人も無く可哀想で、良ければ友達に……おや

済まないねェ、彼女は恥ずかしがり屋なんだ
あァ、僕は怪しい者ではないよ、彼女の身元引受人さ
せっかく綺麗所とお近づきに成れたんだ
――暫し僕の話相手に成ってくれ給え

ダンピールの容貌を活かした誘惑と催眠術で
大学周辺で起きている事件について心当たりがないか尋ねよう
念の為、携帯は頻繁に確認しておこう



●Eighth Detectives.

「――ワタシ、日本語上手クなイから」
 白い髪をふわりと、蒸れた空気に流させる。
 エレニア・ファンタージェン(幻想パヴァーヌ・f11289)はいつもの表情と打って変わって、あどけない顔で長身の男の背に隠れていた。
 普段の彼女は怖いもの知らずで、藪から蛇だろうが鬼だろうが出てきたとしても真正面から迎え撃つし、なんなら流暢にしゃべることが出来る。
 だけれど、今日の彼女はそれではいられないのだ。
 美しくも愛らしい、そして幼いエレニアに“なぜか”惹かれた存在達が声をかけて、それから少ししたころの話である。
「済まないねェ、彼女は恥ずかしがり屋なんだ」
 そう、盾代わりに前に突き出されたのが神埜・常盤(宵色ガイヤルド・f04783)だった。
 彼は、探偵だ。そして、エレニアはその助手である。
 いつもはもっとディレッタント調で――はっきりいうのならば、どこか退廃的な雰囲気がある生活をしているのだけれど。
 今日の彼はきっちりと服を着て、あくまで紳士的であることを徹底していた。
 毎日を傲慢にもふてぶてしく、そしてなお楽しんでいた彼らがこうなっている理由は――少し前に、さかのぼる。

「エリィ、囮調査をする!」
「は?」
 この事件を二人で聞いたとき、真っ先にエレニアが転送されてから目を輝かせて放った一言だった。
 囮調査。それは、自らが犠牲者との共通点に踏み込んで危険を代償に犯人を捕まえる、と言うものである。
 エレニアに危険と言うものは――正直、無縁ではあるのだが。
 ともかく、探偵らしい調査と言えばと彼女の唇を突き破って出てきた言葉に常盤は頷くしかなかった。
「エリィ君、――君は本当に、スリルが好きだねェ」
「そう?ふふふ!そうね、エリィ、スリルが大好きよ。先生!」
 “やりたい”と少女が想ったことを否定してやる必要もあるまい。
 常盤が深く息を吐きながらも、それでは準備をしようと声をかければあとは手早いものだった。
 囮調査をするには、――エレニアは少し外見が若すぎる。
 ひらりと舞った“通信蝙蝠”が常盤の手にたどり着いて、エレニアと“役”の設定をあっちこっち脱線しながら決めていたのだった。
 被害者は、皆。
「20代~30代というくくりである。これは、犯人のフェチズムというべきなのかな」
 震えた文字で書かれたそれは、どうやら死体を写真なり何かなりで直視をしてしまったらしい猟兵のものだ。
「フェチズム?」
「こだわり、だネェ。こういった知能犯の多くは」
 ――己の美学と言うものを人に伝えたいものである。
 己の考えを、己のすごさを、己の美しさを、はたまた己の欲を理解してほしい。
 そう言った意味でわざわざ手の込んだ死体損壊をする犯罪者というのは、極めて多い。
 誰かにホラーを与えるために、誰かに異常性をもたらしたいがための細工であるのだと常盤は言う。
 エレニアは、なるほどなるほどと首をかしげながらそれを聞いていた。
「じゃあ、この鏡と言うのは――呪具ね!」
 鏡を使った拷問なんて、エレニアが知る限りではアイデンティティの崩壊でしか使われないような気もした。
 その言葉に探偵が頷けば、助手は破顔する。
「――この鏡、いっぱいあるみたい」
 別の蝙蝠がエレニアの手に渡って、少しよれたそれを開けば。
 文字とも何とも言い難いそれが、エレニアに情報を伝えてくるのだった。
「では、探してみよう。拾ったていで破壊しても構わないだろう」
「?、相手にわかってしまわないかしら」
「わかってしまっていいのさ。――宜しいかな?」
 こういう頭のいい手合いには、焦りという異常を与えてやらねばならないのだよ。
 ち、ち、ちと三回ほど紅い瞳の前で指を振ってやれば、助手が探偵を称賛した。
 それから、二人で組んだ“設定通り”で動き始めたのが現在の事である。
 
 探偵が目を付けたのが、華やかに身なりを飾っていて活発そうな女性たちだった。
 ボランティアのグループに属しているのだという――きわめて利己的“でない”彼女たちに狙いをつけたのは理由がある。
「――君達、ちょっと良いかな」
 一つは、設定に齟齬なくやれそうだったからだ。
 献身的な思想で動く人間には、哀れなものを差し出してやればその能力を発揮しやすくなる。
 今日のエレニアと常盤の“設定”は『異国の令嬢留学生とそれに付き添う後見人』という――この国立大学でも極めて珍しい訪問人である。
 ただ、実際にここ数年でそういった例があったということは調査済みだった。
 常盤が嘘を恐れる必要もない。
「身寄りも友人も無く可哀想で、良ければ友達に――」

 そして、現在に至る。
 隠れてしまったエレニアに微笑みかけながら、
「大丈夫だよ、最近もそういう子がいたし」
「仲良くなれますよ、すぐに。外国語学科系のほうが馴染みやすいかなぁ」
「あ――どうだろうね?私、ケンちゃんに聞いてみよっか。うち幅広いからなァ」
 きゃいきゃいと仮初の新たな仲間にはしゃぎつつもどうしたら馴染めるかを考えだした女性集団である。
 やはり、と常盤も思わず目を細めた。
 女性と言う生き物は――脳の構造からして、話すのがうまいのだ。
 男性が力に発達するのならば、女性はコミュニケーションに発達した生き物になる。発語が早く、それから孤独でありたがらないのが多い。
 困ったことがあったらそれを解消するために人脈を作っておく彼女らなどは特に、“そういうパターン”なのだ。
 ――生きる情報網である。
「あァ、僕は怪しい者ではないよ、彼女の身元引受人さ」
 改めて、己に注意を引いた。背中に居たエレニアに対する合図でもある。
 常盤に目線が集まれば、エレニアがこの場を離れていっても問題はない――思う存分“囮”となる。
 ダンピールであるために美しい貌を活かす常盤が、女性集団に優しく微笑みかければ彼女らは全員がその虜だ。
 知的で、ミステリアスで、清潔感があり美しい生き物を徹底して常盤は演ずる。
「せっかく綺麗所とお近づきに成れたんだ」
 ――暫し僕の話相手に成ってくれ給え。

 美しき探偵が女性たちを催眠している間に。
 エレニアはあの場から離脱して、校内を寂し気な顔で散策していた。
 かりかりと杖を前に擦って、何度か地面を小さく叩きながら歩いていく。
 エレニアは、確かに弱視なのだ。人間でいえばアルビノである彼女の視界は、彼女が煙管のヤドリガミであるのもあって靄がかったような曖昧さしかない。
 だから、――目が悪いのは隠さない。
 【阿芙蓉の雫(オピウム・レメディ)】を発動した彼女は、今や歩く甘味のよう。
 リズムよく、とんとんと地面を突いて歩いていたエレニアに声をかける男は多い。
 手伝おうか、どちらまで。
 その声全てにはたどたどしく返すばかりで、エレニアの発語する異音に力になれそうにないのを悟ると「がんばって」と無責任な言葉だけをかけては消えていく。
 執念がない。だからこそ――今までエレニアが対話した彼らは“違う”のだろう。

「大丈夫ですか」

 もし、犯人がエレニアに話しかけるのなら。
 よいと思った獲物をそうそう離すまいと思ったのだ。

「――えエ」
 
 エレニアの前に現れたのは、黒だった。
 彼女が知っている黒とはよく似ているが――明らかに違うところがある。
 髪の毛が長い彼女が、黒髪を束ねていないのだけは分かるのだがエレニアは目が悪い。
 だが、接触を図ることが出来た。ためらいなくかけられた声からは非常に落ち着いた振動を感じる。
 明らかに、今まで接触した誰かれとは違うのだ。
「今日は、――ここにお客さんが多いんです。迷ってしまいましたか」
「そウ、そウなノ。」
 ――何故、学園に出入りが増えたことを知っている?
 大学は広い。たとえ猟兵たちが30人前後紛れ込んだところで、見知らぬだれかが関係者であるか否かなんてそうそう理解できるものではない。
「……保護者のかたは?」
 ――なぜ、エレニアに“保護者”がいることを知っている?
 “どこからどこまで”を見ていたのだろう。何から何までを知っているのだろう。
 エレニアがどれもこれもつつきまわしたかったのだが、犯人が扱うのは呪具と異常性だ。
 つかめない煙と同じで、その恐ろしさと言うのはよくよくこの阿片の使途だってわかっている。
「ちょッと、待っテ」
 相手もエレニアがどういう生き物かを怪しんでいるのは分かる。視線が先ほどから警戒が増した。
 だけれど、エレニアはそれで動揺してはならない。
             セ ン セ イ
 与えられた通信機器に、“保護者”を探して――電話をかけた。
 目の前で、堂々とかけてやったのだ。

 黒が、微笑んだ。息を吐いて、噛み殺すようにしているのを音で察知する。
「じゃあ」
 そうして、黒はエレニアが進む方向に踵を返して帰っていく。


 常盤は、エレニアからの呼び出しがあるまで女性の集団とくだんの事件について会話していた。
 やはり学校内でも『誰かの仕業では』という噂が立っているらしい。
 怪しいどころは、みんな『いかにも』怪しいので――常盤は除外する。
 だが、一人の女性が口をきゅうっとつぐんでいるのを見て、話しを振ってみたのだった。
「――これも、噂っていうか。どうなのか、わかんないんですけど」
「勿論だとも、話してすっきりしそうだ。」
 だから、言って御覧。ここだけの秘密にするよ。
 そう甘く囁いてやれば、喉につっかえていたものを吐き出すように――女性は話し出した。

「私の友達が、――被害者、っていうか、植田さんのこと」
 あるグループに紹介したんです。
 震えた声で懺悔のように語る女性の言葉は、大きな手掛かりとなる。
 そのグループが、どういうグループだったのか。
「なんてことないんです、普通に。よくあるサークル仲間っていうか、陰キャっていわれちゃう人たちの集団っていうか」
 コミュニケーション力は低いが、話すのは好きな人たち。
 彼らは目立つほど派手ではないが、皆で集まって話すのは好きなのだという。
 今日の政治の動きとか、それから人間観察だとか、そういうたぐいでしばしば世間を馬鹿にする。
 だから、そういう彼らのうち、誰かに彼女の友人が――被害者を紹介したらしい。
 大手の企業に勤める誰かを自慢したかった、というのが根底にあってその傲慢さに赤っ恥をかかせてやろうと思ったのだと。
 それでも、詳しいことは何も言わなかった。名前だけで、あとは軽い挨拶だけ。
 講義の合間にやっただけのことで、それ以上の接点はなかったけれど。
「みんな、みんな――一度は、そのグループに会ってるって」
 でも、友人はそれが誰かもグループの所在も教えてくれなかったらしい。
 怯え切って最近では休学をしてしまったという。

 ――十中八九、脅迫されているのだ。犯人に、お前のせいだぞ。と。
 支配的で権威的な手合いのやりそうなことは、だいたい常盤も想像がつく。
 そんな常盤のポケットから、音が鳴る。

「失礼」

 躊躇いなくそれを手にして、耳に当てた。

「先生、いたわ」
「わかった」

 短い会話と共に切断する。
 集団を残して常盤がエレニアの元に駆けていった。
 エレニアが接触できた誰かと、常盤が手にした情報を――照らし合わせねばならない。
「大きい事件となりそうだ」
 まるで、きっと蟲毒かのように。
 狂気は、この学び舎を蝕み続けて居たのだった。 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ステラ・アルゲン
人を好きになったことですか、ありますよ
でも頭がおかしくなるほどはないでしょう……きっとね
まだ人の感情を全て知っているわけではありませんから
元は剣でしたので

さて事件の聞き込みと行きましょうか
犯人は大学生というなら、私もまた大学生に【刻の装束】にて【変装】します
街中を歩いて【情報収集】し噂好きの女子大生辺りを探しましょうか
【コミュ力】と持ち前の容姿を生かして【存在感】を出し【誘惑】します
道に迷ったという形で話しかけて何か情報がないか聞きましょうか



●Ninth SWORD.


 人を好きになったことがあるかと問われれば。
 騎士の剣である彼女に、まだヤドリガミとしても――人の心としても確立したものは少ない。
 でも、それであっても、彼女は人のために振るわれてきたのだ。
 
 ステラ・アルゲン(流星の騎士・f04503)は鉄隕石が惑星に流れ落ちたのをきっかけに造られた流星剣である。
 とある英雄の誇りと共に国を守り、世界を守り、主の死後は国宝として葬送の剣になった。
 巫女に振るわれ、彼女という剣は国で大事にされ続け海沿いの国をいまだに愛す。
 この事件の犯人とは対照的に、極めて“まとも”もに世界を思いやれる――そういう、麗人なのだ。

 ファンタジックな世界からこの、UDCアースという混沌に苦しむ世界に訪れた彼女は――事件と聞いて皆のように聞き込みをすることにした。
 何分、学生と言う経験はない。だからこそ、“学生初心者”として振る舞うのはちょうどよいだろう。
 人間の感情をすべて知っているわけではない、剣のように真面目な彼女であるから。
 己の個性と言える鎧をまず刻の装束と呼ばれるものに変える。
 UDCアースで購入した衣類であるそれは、町中に彼女のような存在がいても違和感を与えなかった。
 だが――彼女の容姿は、本体の如く美しい。
 ステラの本体である流星剣は、ステラが放つ輝きそのものだ。
 人間の肉と包みである服を重ねても、彼女の美貌を隠し切れはしない。――今回は、其処を活かす。
 きりりとした顔であたりを見まわした。 
 学園都市たるここでは、ステラも歩き方は悩みそうではある。
 役に入りこむことが聞き込みは大切なのだ。息を吸って、吐いて整えてから戦場に立ち入る。
 
「失礼。――道に迷ったのですが」

 目線を合わせたのは、先ほどからこちらを見てはきゃあきゃあと今にも黄色い声をあげたかっただろう集団だ。
 わざわざ大学の門より少し離れた壁にもたれて、さてどの人間に聞きこもうかと考えていたステラの前を通ったのである。
 存在感のある彼女の美貌に、男か女か、いやどっちでもいいかとざわめきながら美しさを餌に釣れた魚たちだ。

 蝙蝠の千代紙を、ステラはすでに見ていた。
 黒髪。該当者なし。
 この集団にそういった色はみられない。
 どちらかというなら、“お姫様”もびっくりな簡単なドレスでも着ているような――華美な集団である。

「お、お姉さんも。探してるんですか」
 ――犯人を。

「ええ――その調査に次の場所へ行こうと思って」
 嘘偽りなく答える。
「きょう、そういう人多くってェ」
「やっぱりうちに犯人いるのかなぁ」
 わざとらしい声には、確かに――恐怖が混じっているように見えた。
「やっぱり?」
 片方の眉を上げて、ステラがまばたきをする。
 ゆるりとかしげた首すらもまた、鋭利な刃のような輪郭をしていて女性たちを虜にするのだ。
 まるで催眠でもかかったかのように、恐れを口に出す。
「はい、はいっ!あの、あのですね――最近、っていうか結構前から出てる被害者。うちのOBとか、その知り合いが多いんです」
「この前も一人亡くなったじゃないですか!あーあ、あの人きれいだったのになあ」
「ていうか、皮?とか何に使うのよって、うええ!」
 ぴいちくぱあちく。
 やかましい。それでも、それが彼女たちにとってはストレスの発散であり恐怖の打ち消しなのだろうなとステラも悟る。
 笑いながら話す彼女らの眉は、ずうっと困りがちだったのだ。
 聞くに堪えない悲鳴が、笑い声となっているのなら――守護者として生きてきたステラの本能がざわりと波立つ。
「ちなみに、サエキ。サエキ、ナツさんってご存知ですか?」
「佐伯さん?」
「えっ、知らないなぁ。ごめんなさい」
「その人が犯人!?」
 ――いいえ、そういうわけではないのですが。
 なんて、一応取り繕っておいた。
 間違いなく佐伯・夏と呼ばれる人物が犯人であるのだが、こうしてはぐらかせておけば――この学び舎にいるであろう彼女が自動的に追い込まれていくのだ。
 犯人かもしれない、という噂は瞬く間に広がっていくだろう。
 息苦しい想いを皆にさせてしまうが、黒い羊をあぶりだすにはちょうどいい。
「もし見かけたら、私の仲間がおりますのでご協力下さい」
 ぺこりと恭しく頭を下げた、凛々しい麗人に――思わず息を呑む女性たちである。

「私と同じくらい、彼らもまた美しいので」
 すぐ、わかるでしょう。
 きゃあっと湧いた黄色い歓声にステラが口角だけで微笑んでおく。
 この集団に背を向けて、彼女が急いで黒い蝙蝠に描きこんだ。
 まるで剣を視えぬ謎に突き刺したような感覚がしたのだ。いくら雑踏に紛れて、誰にも検知されないように潜んでいたとしても――数の暴力には勝てまい!

『サエキ・ナツ。
 社交性は低い。
 ただ、情報のありそうな集団に根回し有効。
 情報を待て。』

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロカジ・ミナイ
目星を付けて近付くのは、被害者の恋人、友人、
被害者の臭いを残した人物

お盛んな年頃ながら、警戒心も一丁前なんだよねぇ、彼らは
だったら時間も体力も存分に使おうじゃないの
そっちの方には自信があるんだ

おもしろい話を聞かせておくれよ
君を守ってあげよう
何の心配もない
お薬もある

そうやって渡り歩けば
共通点やら何かしら気付ける事も出てくるでしょ
パズルを解く様な思考の時間は、結構好きなんだ

――あ、ここ禁煙?


鹿忍・由紀
聞き込みって言ったって見当つけなきゃキリがなさそうだね

事前にUDC組織から出来るだけ今ある情報をもらっておく
ざっくりとでも対象を絞れたら良いんだけど
あとは追躡に散歩でもしてきてもらおうか

大学構内を影の黒猫で散策
野生の勘と第六感で、きな臭い話をしている人達を探してついて行きながら話を聞く
アテが外れたら次へ

自分はどっか出入り自由の涼しい場所で待機
出来るなら学生も出入りして休憩してるところが良いね
情報を拾える可能性は多いほうが良い
いらない情報も多いなぁ、なんてうんざり思いながら飲み物でも飲みつつゆったり

ある程度情報を揃えたら他の猟兵と情報共有して照らし合わせ
大体こんなとこかな



●TENth MENTALISTs.

 ――聞き込みといえど。
 この広い大学内を途方もなく探すのは面倒なものだ。
「ざっくりでいいんだよ」
 だから、俺に教えて。
 鹿忍・由紀(余計者・f05760)は面倒くさいのはごめんだからと一番手っとり早い方法に及ぶことにしたのだ。
 UDC組織の職員を前に、ふてぶてしい猫のようなまなざしで手を広げる。
 この手に渡すものがあるだろうと言いたげなそれに、職員は慌てふためいて刻印のあるタブレットを彼に渡した。
 ――黒の蝙蝠が届く前に、すでにある程度情報を仕入れておく。
 蝙蝠は、ほかの猟兵がじかに見たものを直接的に、そしてリアルタイムで届けるチャットツールだ。
 リアリティもあるしこれならば文明の発達していない出の猟兵でも扱えるだろう。
 だけれど、タイムラグというのは惜しい。――由紀は面倒ごとが嫌いだ、だから極めて合理的だった。
 一通り、事件のあらましを見る。
 行方不明扱いされている数件をあわせていまのところ10名近くの犠牲者がいた。
「よくもまぁ」
 隠せたものだ。
 期待していたはずもないが、UDC組織というのは表立って動かねば積極性にも欠けるのだなと評価する。
 どの写真も凄惨なものではあった。ただ、本来人の命――血を吸う由紀にとっては子供の作ったようなオムライスでも眺めるよう。
 被害者たちの経歴については、まだどの猟兵も洗えていないらしい。
 加害者については特定できたのなら、あとは気持ちよくこの事件を終えるためにも。
「被害者についての資料は?」
 知るべきは、――そちらかと思った。
 さらりと借りたペンで蝙蝠に名前を書いて、空へと飛ばす。気だるげな瞳は、それを追うことはなかった。

 さて。
 ちょうど同時刻で別の場所へと歩いていたのはロカジ・ミナイ(薬処路橈・f04128)。
 すんすんと敏感な鼻を鳴らしながら、彼はある――男性のもとへとやってくる。
「なに泣いてんの」
 静かに泣く男が、人気のない階段でうずくまっていたのを見つけるのはたやすかった。
 この男からは――悲しみと怒りを感じ取る。
 人間の姿に化けているとはいえ、ロカジは妖狐なのだ。かつて、人を騙してむさぼると称されたこともあるような超常の種族である。
 神通力を使わずとも、人間の考えていることは――生きてきた数だけ、よくわかっていた。
 階段でうずくまっていたそれがゆっくりと顔を上げる。
「おおこわ」
 ひどいにらみをきかされてしまった。
 ――年齢が年齢なだけに、警戒心も旺盛だろうとはあらかじめ踏んでいる。
 だから、ロカジはあえてこの青年を選んだのだ。

「なあ、君――佐藤さんと付き合ってたでしょ」

 まるで、煙に巻かれたように。
 かあっと目を見開いた青年の赤い目がよけいに充血する。
 佐藤、――佐藤里香。ヒトモドキの犠牲となった内の一人だ。
 回されてきた蝙蝠に乗った情報が、ロカジの手元にある。
 面倒だったのかいろいろと端折られた出来損ないの蝙蝠の中を開けば、犠牲者の名前が書いてあったのだ。
「なんで、知って」
「なんでだろうねー。でも、おもしろい話を聞かせておくれよ」
 ――君を守ってあげよう。
 青年の目には、ありありと刻まれた後悔がある。
 きっと誰かに助けてほしい、どうか自分を罰しないでほしい、どうか、どうかと迷う瞳がすべてを語ってしまったのだ。
 佐藤里香と、この青年は付き合っていた。
 男女交際に至るには早く、出会ってから数度遊んで早くも交わった赤裸々な経緯もある。
 でも、軽々しいと思われるかもしれないがそれほど燃え上がって――好きだったのだ。
 大企業に勤める彼女の相方になるために、生半可にしか手を付けていなかった何もかもに手を出し始めたところだった。
 デートのたびにきれいにしてくる彼女に申し訳なくて、身なりにも気を付けるようになった。
 かっこよくなろうと思った。
 もっと好きになってもらおうと思って、彼は努力を本気で、人のためにしようと思っていた。

 だけれど――次に会った彼女は、骨をさらして変わり果てた姿になっていたのだった。

「第一発見者、ねえ」
 つまりは、この青年が。
 恋人の残り香を探して歩いているというのである。
 この大学にまた来たところで、ただただむなしい気持ちになるには違いなかった。
 でも、ここで。
「ここで折れたら、俺、――俺の、里香を本当に」
 魂まではがれて殺されてしまうみたいで。
 嗚咽を漏らしながら泣く彼に、処方する薬はこのロカジにはない。
 神経に効く薬はあれど、心に効く薬というのは丁寧に扱わねばならないのだ。

「どうして狙われたか、わかるかい」
 それを訪ねるロカジの視界の端で、黒い動物が陰にたたずんでいる。
 ――問題あるまい、ほかの猟兵の使途であろう。
 
「遊んでおいで」
 そう、ささやくようにして己の服の陰で作った【追躡(レプリカ)】を外に出してやった。
 由紀はうんざりとした顔で余計な情報ばかりが視界と耳に入り込んでくる世界を堪能する。
 キナ臭い話、というのは――皆、恐ろしいほどしていない。
 退屈そうな、学び舎だな。とは思った。
 だけれど、きっとこの清潔感は「この事件」によってもたらされたのだろうなとも猫の視界で判断できる。
 誰もが皆、何か思いつめたり興奮したときはスマートフォンに触れている。
 何かを書き込んで、何かを共有して、それからようやく緊張から逃れている。
 ――絶妙な、秘匿。
 これこそ、犯人が仕組んだ完全犯罪のトリックだろうか。
 電脳については由紀の範疇外になる。無数に広がる文字を読み続けるなど、面倒で退屈で、それから疲れるだけなのだから。
 ふわあとあくびをした彼が座るのは、程よく人がいながらも涼しいところである――先ほどは軍人の彼がいたカフェテラスだ。
 今は呪詛の気配がない。きっとくだんの鏡は軍人の彼が持って行ってしまったのだろう。
 ――そのほうが、落ち着けていいけど。
 できる限り自分は、無関心ながらほどよく事件の解決に役立てればそれでよい。
 そう思って平和を飾った校内を散策していた時に――薬袋の彼が歩み寄る姿とかちあったのだ。

「わからないけど、絶対佐伯のせいだっ」
「サエキ」
 佐伯。佐伯・夏。
 彼女が犯人であることは、だいたいの猟兵も察している。
 だけれど、だれもが彼女を見つけるのに時間がかかるのは、――どこにでもいて、どこにもいないような雰囲気であるからだと青年は言う。
「佐伯は、頭がいいんです」
 恐ろしいほど。
 かちかちと震える彼がこれ以上を喋れるとは思えない。
「じゃあ、ここからは僕の推理ね。」
 にぃ、と笑うロカジが己のキセルに火をつける。
 ふわりと沸いた煙が、彼の推理の時間を演出した。――ロジカルに物事を見るのが、得意な彼を。
 
「サエキって人は、すごく頭がいい。」
 頭がいい人は、人心掌握がうまい。
 どのタイミングでどのように声をかけ、どのように笑えばいいか、どう言葉を刺せばいいのかを知っている。
「おおかた、君も話術にのせられただろ?」
 ――青年が、愛しの故人と知り合ったきっかけが『サエキ』だった。
 とても良い人だよと口数の少ないサエキが言うたのだ。写真を見せながら名前を唱えて「この人は君のためになるよ」と。
 珍しいなと思った。めったに人をほめたりしないし、前に出ることもないサエキがほめる相手だったから――興味がわいた。
 そこからの衝動は、前述通りである。
「最初から、君と彼女をくっつけて――どっちを殺すか考えてたんだと思うよ」
 犯罪者が、サディストである限り。
 より悲しみそうなほうを選んで殺すのだという。
 そして、己の痛みに共感ができそうな「似ている」対象を残しておいて「どうだ、見たか」と言いたいのだ。
 
 ――私の気持ちを、わかってくれるか。

「わからない、こんなの、おかしい」
「わからないだろうね」

 ――わかったら、異常だ。
 泣きじゃくる青年に、何の落ち度もなかった。
 ただ、最初から佐伯・夏の手足になってしまっていただけ。
 これは――大きな計画犯罪であっただけのことだったのを、だれが責められるのだろう。
 せめて慰みにでもなればいいと、ロカジが彼にしゃがみこんで微笑んでやった時に。

 黒猫が、咎めるようににゃあんと泣いた。

「――あ、ここ禁煙?」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヴァーリャ・スネシュコヴァ
UDC組織の協力で、大学の生徒として潜入するぞ!
え!?大学って18歳から!?
…大人っぽい格好をすればいけるだろう!

でも生徒の数が多過ぎるのは確かだから
編入生のふりをしつつ、大学の生徒と交流を深めて
さりげなく、大学で何か殺人事件について妙な噂がなかったかを訊いてみるぞ

標的になり得る人物をこの学校から選んでいるなら
きっと犯人への手がかりがあるはず
大学の近所や生徒に被害者が出ているなら
話題や噂にならないわけがないと思う

噂を聞いて被害者の共通点が掴めたなら
次に標的になりそうな人の情報を訊き

その人を『無邪気な川獺』でこっそりと追跡

犯人が犯行に及ぼうとしたら
駆けつけて阻止し、逃走するなら川獺を飛ばすぞ



●Eleventh Ice.

「え!?大学って18歳から!?」
 あどけない声と、それからその表情を振りまいてしまったのは――ヴァーリャ・スネシュコヴァ(一片氷心・f01757)。
 氷のような美しい髪と、吸い込まれそうな紫いろの目が片方ぱちぱちと何度も瞬いてUDC職員たちを見やる。
 大学で事件があったというのなら、ヴァーリャは喜んで大学生の真似をしようと思ったのだ。
 氷で演ずるように己の体で精いっぱい、舞台という名の学び舎で踊ればきっとばれまいと思っていたのだが。
 ――年齢と成長の壁と言うのはどうしても、高い。
 だが、其処で折れるのがヴァーリャではないのだ。
 気を取り直して、UDC職員に手配させた衣装を別のものにする。
 ようやく己の体に馴染んで、かつ――多少、大人に見えるそれを羽織った。
「なに。発育不良の大人も多い?じゃあ、大丈夫だな!」
 己の不安をかき消すような明るい微笑みは、まるで雪景色に差し込んだ太陽のよう。
 UDCの職員たちの懸念も置き去りに、ヴァーリャは事件の捜査へと――滑りだしたのだった。

「へえ~!スケーターなんだ」
「ああ!俺の滑りはかっこいいぞっ」
 エッヘンと胸を張るヴァーリャは幼いが――それは、世間知らずの外国選手が仲良くしようと必死になっているのを見ているようで少し微笑ましい。
 ヴァーリャの周りを囲むのは、同じくスケートや体操競技に打ち込む大学生たちである。
 彼らこそ、将来国を背負って代表選手になるやもしれない金のタマゴであるが。それを言ってしまえばヴァーリャはすでに「完成品」なのだ。
 確かにしなやかで柔らかな体の動き、素早い動作と反応速度にはひいき目なしにしても驚かされている彼らである。

 彼らの前でぴょんぴょんと身軽に跳ねては精一杯話すヴァーリャが思うに。
 ――確かに、大学は人が多すぎる。
「そういえば、みんなは気にならないのか?」
 だからこそ、この事件にまつわる被害者たちの共通項である『この学校の関係者から選んでいる』と言う点に注目したのだ。
 幼い情緒ながらに、単純に疑問に思ったというのもある。

「殺人事件、いっぱい起きてるんだろう?」

 この学園内は、いやに“落ち着いている気がする”のだ。
 まるで、その事件のことは忘れようとしているように。だれも思い出したりつつきまわしたりしないでおこうと思っているような。
 ひょっとして。とヴァーリャが想ったのは『鏡』との関係性であったが、それは――ほかの猟兵からの蝙蝠で否定される。
 鏡は人を操る道具ではなくて、人を監視する道具として使っていたのだ。

 では、どうしてこの人物たちを狙ったのか?
 共通する項目が他にもあるはずなのだから、――先回りができればいい。

 正々堂々というのが性根から叩きこまれているスポーツマンの大学生たちを選んだのは、ヴァーリャもまたその信念には覚えがあったのだ。
 選手、というのは。
 己の技術を真正面から不正なく行い、また不正であることは恥じ、拒絶し、己をステージの上で最大限魅せるエンターテイナーでもある。
 ヴァーリャはそれをよくわかっていた。彼女もまた、氷上の奇跡であるように目の前の卵たちだって間違いなくそうなのだ。
 何人かが顔を見合わせて。
「ヴァーリャ、それ。ここの学園じゃタブーなんだ」
 と一人が彼女に忠告をした。
 外国人だから、知らないんだろうけど。
 続けた口は少し大柄な男からである。
 おそらく、――被害者に対するプロファイリングには当てはまらない。空手競技をやっていると言っていた彼は、ごつごつとしていて華美でない。
 そして、交際関係も堅そうだった。
「関わった連中は、みんな自分の友達とか恋人をやられたって聞いてる」
「ともだちや、こいびと?」
 わざと、狙っている。
 人の大切なものを、その愛の形を奪って皮を誰かに渡しているのか、己がその愛に包まれたいがためにやっているのかは――ヴァーリャにもわからないのだが。
 大男がこくりと頷いて、ヴァーリャにさらに告げた。
「だから、何かを知っていても言いたかないんだと。」
 思い出してしまうし、己のせいだと釘を刺されているらしいとも聞いている。
 誰かがその対象をつつきまわしたりでもすれば、その一突きで次は目の前の友達を殺されるきっかけを作ってしまうやもしれない。

 この犯人は――スポーツでいうならば、プレッシャーのかけ方が上手いのだ。

 一人がミスをすれば、全員のせいになるぞと言い聞かせる指導者がいるように。
 一人がこの事件のことを漏らせば、連鎖反応ですべてが殺戮の対象になるのだぞと脅している。
 それが、たった一人で出来ないことであるとはわかっているのに。
   メダル
 ――実績を、「まず一番に」見せていたとしたなら。

「……『さあ、無邪気に行ってくれ!』」
 先ほどの集団とは離れて、ヴァーリャが己を鼓舞するように極めて明るく呪文を唱えた。
 きゃうんとかわいらしい鳴き声を上げて現れたのは、彼女の冷気で作ったカワウソだ。
 【無邪気な川獺(ヴィードラ・ニヴィーンヌィ)】。きわめて幻想的でかつ、美しい彼女のユーベルコード。
 その愛らしい魔術の結晶を、きゅうと抱きしめるヴァーリャである。
 ――あの大男の彼は。
「生憎、おれにはそういう相手がいないから。殺されたとしても、傷つくのは親くらいだ。だからわざわざ見せてやる手間もないだろうな」
 と言って細い瞳を戦慄かせていたのだ。
 その原因は、鍛えあげて恐怖にも立ち向かおうとする彼にも伝わるほどの悪意である。
 ヴァーリャは、その姿が小刻みに震えているのを見逃せなかった。彼だけでない、その話をした途端にその場全員の顔つきがかわった。
 
 おそらく。
 ――知らない人と、知っている人がこの学園には分けられているのだと知る。
 どうしてその線を引いているのか、なぜそのために分ける必要があったのか。
 犯人は――何を求めているのか。

「わからないな」
 何一つ。
 その心の内は読めやしない。だけれど、無邪気ないきものを抱いた脚は止まってはいけない。
 カワウソの彼と共に、幼い情緒は歩き出す。
 ――めくるめく、狂気と愛憎の世界へと舞台はうつっていったのだった。

成功 🔵​🔵​🔴​

辰神・明
ダチのディフ(f05200)と
(常時姉人格:アキラにて行動)

とりま、例の国立大学に
学校見学についてきた従兄妹ってコトで行動すっか
ニンゲンにゃ、何かしらソレらしい理由が必要なんだよ
……怪しまれる前に行動するぜ(ん、とディフに手を伸ばして)

茂みに潜んで、獲物の品定めとか
アタシみたいな獣と変わらねぇなァ、マジで
歩いている間も【野生の勘】【第六感】で獲物を狙う視線を探る
……んじゃ、さしずめ神様に従順な狩人気取りか

ディフ、何か違和感あるヤツとかいるか?
こう……人間らしさっつーのが見えないヒトみてぇな
お前だから判るコトだ、頼りにしてんだぜ?
友人関係に消極的でも獲物が多そうな場所に敢えて、って可能性もあるか


ディフ・クライン
友達の明(f00192)と

学校ってアルダワしか知らないんだ、オレ
アキラがそういうならそうしよう
どうせオレの表情は変わらない
きょろきょろしたりしなければ然程浮いたりはしないだろう
いいよ
じゃあ行こうか、学校見学に
伸ばされた手を確りと握って

アキラは人、食べないでしょ?
…オレが感じる印象は、ちょっと違う
多分犯人にとっては、オレたちこそが獣なんじゃないかな
犯人が獣なら、肉を食べはしても皮は剥がないと思う

共有された情報を基に【情報収集】【失せ物探し】を活用し学内を探索

違和感?
あぁ…人らしくない、か

なら目つきを注視して探そう
目は雄弁だ
それから友人関係が薄い人
人を獣と見るなら、友人関係には消極的だと思うから



●Twelfth STUDENTS

「今日は、見学で。」
 最近はめっきり見学者も少なくなったらしい。
 立てかけてあった大学説明のパンフレットに埃が積もり始めていたからと、事務員が急いで真新しいのを手渡してくれたのだった。
 穏やかながら、冷静に。ディフ・クライン(灰色の雪・f05200)はそれを受けとって軽く会釈する。
 その隣で頭の後ろで腕を組み、興味もなさそうにちらりと薄い冊子を一瞥したのは辰神・明(双星・f00192)だ。
 といっても、正しくはこの緊迫した世界に順応が出来そうな人格――姉である、『アキラ』がその体を支配している。
 仏頂面――というか、人形であるから。
 顔の変わらないディフに周囲が違和感を覚えぬように、流れるようにアキラが手を握る。
 握られた温もりに恥じるそぶりもなく、ディフは抵抗しないどころか信頼するように手をたしかに握った。

 ディフの頭部に刻まれた知識では、学園と言うのは蒸気と魔法の世界のものしか知らない。
 それにくらべれば、この学園と言うのは思ったよりもアンニュイなものだった。
 ディフの知るアルダワ魔法学園にくらべれば、この世界の学生というのは希望に満ち溢れてはいないし――今だって仮初の仮面を皆が付けられている。
 それに、一つの箇所に留まる生徒の数が多い。
 食堂、図書館、教室。どこもかしこも必ず集団で人はそこに座って本だか通信機だかを眺めているし、その顔に希望などはなくどちらかというなら、「そうあるべきだからそうしている」という印象しかディフは抱けないのだった。
「ハ、こんなのばっかかよ。そりゃァ殺されるっつーの」
 少々毒づいた笑みを浮かべて、アキラはこの学び舎を評する。
 犯人が狩場として選んだここは、獰猛な獣だと称されるアキラにはよくよく利点がわかっていた。
 一つ。この学び舎は人が多く、そして広い。
 黒い蝙蝠の千代紙によると、黒を徹底した服を着ている犯人――『佐伯・夏』は知能犯だ。
 自分の狩場を整えることがうまいし、獲物たちの中に隠れて過ごすことが出来る傲慢さもある。
 だけれど、ある一定のラインを越えた相手にはあえて“気づかれないようにしている”あたりが小賢しい。
 アキラには、『佐伯・夏』のことが狼ではなく狐に見えていた。邪神と言う虎の威を借る狐である。
「邪神に気に入られて、――気が大きくなってんじゃァねぇか」
 狂気にあてられて、この事件を始めてしまったのだろうか――。
 アキラと共に渡り廊下を歩きながら、ディフも無機質な顔のままで何と無しに廊下以外を目に入れる。
 この学園は、惨劇を前にして黙秘を続けているばかりだ。だが、猟兵たちがつつきまわせばどんどん情報はあふれてくる。
 まるで――張りつめた何かが今にも壊れてしまいそうな緊張感だけが蔓延っているようだなと考える。

「茂みに潜んで、獲物の品定めとか。アタシみたいな獣と変わらねぇなァ、マジで」
「アキラは人、食べないでしょ?」
 歩きながらも周りに視線を配って、犯人を警戒するアキラはまるでディフの犬のようだった。
 ディフが歩けば傍にピタリとついていくのは、猟師と猟犬さながらである。
 だけれど、それをディフは拒絶するのではなく否定する。――アキラは、ひとだから。
 アキラが目をぱちぱちとさせながらディフを見上げれば、まっすぐディフが彼女を見ていた。
「オレが感じる印象は、ちょっと違う」
「――へぇ」
 話してみろよ。と言いながらアキラが共に歩く。一度腰を落ち着けて、誰にも聞かれないよう二人で言葉をかわすべきだった。
 渡り廊下を歩み終わり、階段を下りた先の防火扉にディフが背を凭れさせる。彼らがたどり着いた棟は人がほどほどに少ない。
 今日は講義がなかったのか、それとも研究に忙しいかはわかりかねるが好都合だった。
 アキラが周りの音に気を配りながら、誰も近くにいないのを悟る。そのまま、腕を組んでディフに向いた。

「――多分犯人にとっては、オレたちこそが獣なんじゃないかな」
 腕を組んだアキラとは対照的に、ディフはだらんと腕を垂らしたまま思案する。
 思考に没頭はするものの、防御の姿勢を取るアキラが己を守るとわかっているから彼は無抵抗なままで考えることが出来た。
 ――余計なノイズが、その頭には無いのだ。

「犯人が獣なら、肉を食べはしても皮は剥がないと思う」
 想像する。冷たい世界の中でも、そういう獣はいたのだ。
 四つん這いで走り回る獣が、口の周りを真っ赤にして愛らしい草食獣を喰っていた。
 その姿は「いのち」そのものを感じさせるし、僅かな恐怖よりも自然と言うものに圧倒されるばかりだ。――だけれど、皮をはいだりして獲物を愉しむ様子がない。
 「いのち」を貪ることを生きることとするならば、その行為は限りなく「無駄」なのだ。
「んじゃ、さしずめ神様に従順な狩人気取りか?」
 おめでたい頭だな。
 と、毒づくアキラが嗤う。それに関しては、ディフも概ね同意だった。
 神の使途だと言っていたずらに命を奪っている――狂信者ではあるだろうが、おそらくそれだけではない。
「狩りが――好きなんだと思う」
「笑えねえ」
 アキラも何となく悟っていた。
 この場を狩場にしている、狩人の立場だと仮定すれば。
 この学園に居るあの仮初だらけの顔をした生徒たちの様子もうなずける。――飼いならされている。
 もし、この場にはじめからアキラがいたとするならば、犯人には殺してでも刺し違えてでも防衛してたたき出していたはずである。
 それをしなかったがゆえに――今こうやって、見えるけれど見ないようにした恐怖に震えているのだ。
 しかも、猟兵たちが犯人のことを嗅ぎまわっているからいつその怒りが冷静でいれなくなって己たちに向くのかを、恐れ始めた表情も何人かからはうかがえる。
 泣きはらした顔をした青年や、どこか覚悟を決めた厳つい彼だって、――たった一人の『佐伯・夏』に怯えているというのだから。
「平和ボケっつうのは怖いね」
 ディフはそれに頷かなかったが、沈黙は肯定であるとアキラが勝手に納得をした。

 では、狩人というのなら。
「ディフ、何か違和感あるヤツとかいるか?」
 おそらく、己のことを人だとは思っていない。
 アキラがディフに尋ねたのは、理由がある。ディフのほうが他人の変化に敏感でかつ、審美眼が整っているのだ。
 触れてもあたたかさを持てないディフの心は氷でない。
 けれど、だからこそ冷静なまでに死霊や精霊と会話をしてきた人形である。
 限りなく人に寄り添えるように努力を彼なりに惜しまないからこそ、「人の変化」というのには敏感だと知っていた。
「違和感?」
「こう……人間らしさっつーのが見えないヒトみてぇな」
 ディフと再びアキラが手を繋いで歩きながら、周りを注視する。人の少ない研究棟にきたのはいいものの、人が少なすぎて――影から刃を突き立てられそうな気がした。
 ひりりと肌を焼きそうなほど、緊張感と静寂が二人を襲う。
 人らしくない――ならば。
「目つきを注視して探そう」
 己たちを見る視線こそ、雄弁に語るだろう。私はお前たちを狩る側なのだと。
 ディフが無機質な表情ながらに、この場の空気が変わったのを悟って真剣身を増す。
 その表情の些細な、本当にごくわずかな変化だった。

「――あぶねぇッ!!」

 瞬間、アキラがディフの体を腕を引いて抱き寄せ、尻もちをつく。
 その直後に、ディフの本来頭部があった場所を――刃が駆けて、窓ガラスをぶち破って飛んでいったのだった。
 一瞬の事で何が起きたかわからないディフが、瞼をぱちぱちとさせているのを確認して一先ずアキラは無事を悟る。

「あの、やろッッ!!」
 二人に向けられる殺意にアキラが反応できたからこそ、防げた一撃だった。
 視線を感じた方向に振り向いたアキラが追えたのは――走ってゆく後ろ姿のみである。黒い髪があざ笑うかのようにひらりと空を舞っていた。
「だめだ、アキラ」
「なんで!」
 今にも追いかけて絞め殺しかねないアキラの手を握って、ディフが首を横に振る。
 ――衝動に任せて、知能犯である『佐伯・夏』が二人に接触を起こしたとは思えない。
「罠だと思う。何か、対抗できる手段があったからオレたちに手を出したんだよ」
 ――例えば、呪具である鏡を使ったりとか。
 あたりに散らばった窓ガラスが、淡く天井と二人を反射する。
 アキラが舌打ちをして、ようやく衝動を抑えて初めて来たのを確認して二人が黒い千代紙でできた蝙蝠を手にした。
 パンフレットについてきていた使い捨てのボールペンを使って、二人で書き起こす。

『佐伯・夏からアクション有り。
 ナイフを投げてきた。
 おそらく、猟兵に抵抗できるという意志の表れ。
 間違いなく犯人』

 最後の行だけはアキラが気合を込めて何重にも重ね書きをしていたのはともかく。
 それをディフが器用に、冷たい指先で手折ってやればたちまち空に浮かび上がって蝙蝠は割れた窓から飛んでいったのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヴィクティム・ウィンターミュート
◎★

なるほど、シリアルキラーね
頭のおかしいイカれた奴はどこにでもいるもんだ
サイコパスか、それとも何かに操られているのか…
ま、どうでもいいか

まず第一に、この手合いは目立つことを嫌いがちだ
自分の行いを自覚してんだから、埋没して目に留まらないようにしてるはず
となれば、平凡な容姿に平凡な振舞いをしてる奴に絞って探す

【Balor Eye】起動
40以上の目を同時操作しながら情報収集
生徒の会話は録音しておいて、後で内容を確認
所有してる個人端末にハッキングを仕掛け、内部のデータを抜き取る
監視カメラの類があれば、それの録画も見ておこう

──逃がさないぜ
Arseneは戦うよりも、「暴く」方がずっと得意なんだからな


穂結・神楽耶
◎★
わたくし自身、そこまで調査の類いが得意という訳ではないのですけれど…
それでも放っておく訳にはいきません。
微力を尽くしましょう。

これでもUDC組織の職員として籍を持っております。
ですのでそちらが集めた情報と、猟兵様方が収集しているであろう情報を統合・解析。
いくら人数が多い大学であろうと、ここまでいけば片手程度にまでは絞り込めるでしょう。

そこからの特定は…難しいようなら力業で参ります。
羽根を拡げて、【赤鉄蛺蝶】。
蝶による追跡で現場を押さえられれば御の字。
そうでなくても凶器や獲物の写真等、証拠を見つければ特定は叶います。

愛していればそれ以外を害してもいい?
だったらわたくしにも、愛はわかりません。



●Thirteenth profiler.

 ――正直なところ。
 穂結・神楽耶(思惟の刃・f15297)はUDC組織の職員ではありながら、調査の類と言うのは得意ではない。
 それはもちろん、彼女は『刀』である。そのようなことを行う必要などないのだ。
 怪異を斬りはらい、人々を守る。ただそのために生まれたし、これからもあり続ける存在であるから――苦手であっても、放っておくわけにはいくまい。
 友人が飛ばした黒い蝙蝠を手にして、一つ一つを確認する。
「ヴィクティム様」
 声をかけた相手が、ヴィクティム・ウィンターミュート(impulse of Arsene・f01172)であったのは、ちょうどよい塩梅だった。

 ヴィクティムは情報社会たるUDCアースにおいて、先の電脳探偵と同様に支配者である。
 超一流の端役でありたがる彼が、けして眼光鋭い彼女の邪魔をしないようにうまく先ほどから電脳にふけっているのを神楽耶が手助けしていたのだった。
「お、また来たか。わりィ、予想以上にロークでさ」
「ろーく?」
 聞きなれない単語に首を傾げた神楽耶に、気にしなくていいとヴィクティムが苦笑いを返した。
 シリアルキラーたった一人の経歴を洗うことなど、彼にとっては容易い事であったはずなのだが――どうも、この存在と言うのはひどくあやふやなのだ。
 自己主張がこの事件以前に関しては驚くほど薄かった。
 サイコパスであるのならば、ナルシストであり、サディズムであるだろうとヴィクティムも思う。
 だから、恐らくこの年齢になって精力的でありながら行動力もついてしまったのやもしれない。
 邪神に操られているにしては――頭が良すぎる気もするから、きっと邪神とは関係が良いのだろうかとも思う。
「ま、どうでもいいか」
 そこまでは、ヴィクティムの勝手な推理であるから。

 瞳を一度閉じてから、再び見開いたヴィクティムの目の前に広がるのは、空気に浮いた仮想モニターたちである!
 【Balor Eye(バンジョウヲオドルマガン)】。それこそ、今この場においては最強である情報網であり、全てが紛れもなくヴィクティムの『目』であった。
「──逃がさないぜ」
 たとえどれほどその存在を秘匿することに尽くしていたとしても。
 『Arsene』は戦うよりも、「暴く」方がずっと得意なのだから!


 情報というのは正か誤しかありえない。
 余計なことを考える暇もなく、さっさと洗い流したほうが賢明である気もした。
 忙しなく電脳を、空に浮いた映像めいたモニターを叩きながら働かせるヴィクティムに神楽耶が文明の差というのをまざまざと見せつけられる。
「何か、――何かできればよいのですけれど」
「いや、助かってるぜ。アナログを読み取るのは結構面倒だしな」
 事実、神楽耶が電脳や調査を苦手とするように。
 ヴィクティムはその逆であるのだ。
 特に今回は、幅広い猟兵たちが依頼に尽力することになったので誰もが使えるであろう「紙に書く」という手段を用いて情報共有することが良いとされていた。
 ――流石、頭がいい。
 なんて“主役”の作戦に満足したものの、アナログのモノをいちいちスキャンして取り込む作業の非効率さを、さて、どうしたものかと考えているときに神楽耶から声がかかったのだ。

 神楽耶がちょっと申し訳なさそうに、ヴィクティムの用意した機器の前に立って指定通りの手順で蝙蝠たちを読み取らせていく。
 こうすることで画像データとなってヴィクティムの作業が何倍も早くなるのだとは説明を受けていたけれど。
 ――やはり、もっと出来ることがあるはず。
 UDC組織から受け取ったファイルをスキャナにかけながら、ヴィクティムは『佐伯・夏』の薄い情報を深堀しながら追い詰めていく。
 ならば、神楽耶は。
 せめて分析(プロファイル)に回ろうと――スキャンにかける一枚一枚を見た。
 一枚、めくる。
 被害者の経歴だった。
 ――この被害者は、確か三番目になるらしい。高学歴、高収入を体現しようとして努力をしていた田舎の出である。
 家族構成を見れば、父と母と弟がいる。佐藤と書かれた女性の写真は生前のものとそのあとのものがあった。

 ――惨たらしい。
 思わず、神楽耶は眉根を寄せる。彼女の顔に不快を刻み付けるそれは、惨状の写真とそのレポートであった。
 切り刻む手順については知っていたものの、いざその結末を見ると痛々しくてたまらない。
 これを、邪神でなく「ひと」が行ったのだとは、信じたくなかった。
 いったい、どうして。どういう人生を歩めばこういう残酷なことに手を出そうと思えたのか――神楽耶には理解できない「人の子」だった。
 一枚、もう一枚、さらに一枚。
 ヴィクティムもこれを見ているというのに、彼には別の目的があるから必死になっている。
 神楽耶のように死んだ誰かを憂いている様子はない。今この場に、猟兵としてはヴィクティムの姿勢が正しいのは明らかだった。
 だけれど。
「ヴィクティム様、聞いてくださいますか」
「いいぜ、そっち向けないけどな――耳はちゃあんと、聞いてる」
 神楽耶だって神であるし、猟兵なのだ。
 世界を救うためには、まずこの人の子を知っておかねばならない。その行動の結果を情報の支配者たる彼に伝えることにした。
「犯人は、きっと――片親です。」
「へえ、どうして?」
 間髪入れずにヴィクティムから返事が来たのを、直ぐに打ち返す。
「彼女――『佐伯・夏』が狙っている被害者たちは、みんな家庭環境がいい」
 神楽耶の一言にヴィクティムが一度、手を止める。
 それから徐々に口角を上げて、何度か指をワキワキとさせて運びを整えてから。
「それで?」
 促した。
「おそらく、ターゲットに選んでいる人たちの傾向から真反対の人物像のはずです。」
 ――こうありたかった。
 神楽耶の視界に、仮想の『佐伯・夏』が現れる。それはヴィクティムの計らいであった。
 こうすることで想像がしやすいだろうと、監視カメラや写真など僅かな情報をもとに復元した彼女のホログラムである。
 神楽耶が、その前に立って憐れむような視線で虚ろな仮想を見た。
「彼女は、孤独。」
 ゆっくりとホログラムが回る。
「誰にも気づかれないけれど、努力家でもあります。片親で貧しかったでしょう」
 ホログラムの『佐伯・夏』の服がよれる。
「でも、頭がいい。貞操観念がしっかりしていて、被害者たちのような……言葉が宜しくはないでしょうが、『色恋』を嫌悪している」
 目を細めて神楽耶が言う。
「おそらく、『愛』というものに自信がありません。幼少期から足らなかった。」
 ――だから、この事件のヒントが『愛』だった。
 ヴィクティムがまるでピアノでも弾いているかのように楽し気な背中を見せている。
「彼女は、きっと被害者たちに理想を感じていたんです。『私こそこうあるべきだった、私こそこうなるべきだ』と」
 実際、知能が高く行動を起こしやすい。
 貧乏ながらに熱心に勉学に励んで、国立大学に受かるまでの仮想をホログラムが再現する。
「だけれど――そうは、ならなかった。」

 『愛』を知ってしまった。

「彼女は、『邪神』に恋をしたのです。」

 呪具である鏡を無数に抱いたホログラムが、うっとりと微笑んだ。
 そこから、元から持っていただろうわだかまりや狂暴性を掻きたてられたのだろう。
 愛してくれる誰かがいるから、何も怖くはない。やりたかったことをやれば、愛してくれるなにかに褒められる。
 嬉しい、楽しい、満たされる。承認される。
 とっくに、救えないところまできっと心を蝕まれていったのだろう。
 ――暴いた。
 『佐伯・夏』の人物像を、そしてその事件の始まりを暴いた。
 猟兵である己らにとって、事件のトリックや何もかもよりも大切なのは『邪神』との関連性である。
 ヴィクティムが満足げに、仮想モニターから目を離して神楽耶に振り向く。
 神楽耶もまた、己の分析に役立った無数の蝙蝠を机にちりばめたままでヴィクティムに頷く。

 ――友人の蝙蝠を沢山開いてしまったから。
 その補充にと神楽耶が己の魔術でコードを紡ぐ。

「『花の袂へ、羽根を拡げて』」
 発動するのが、【赤鉄蛺蝶(アカガネタテハ)】。
 ふわりと火の粉のような蝶たちが舞い、次なる猟兵たちへと分析結果を届けに行く。
 ヴィクティムがその光景を見て、思わず感嘆した。 
 神楽耶はただただ、被害者の遺体写真を手放せないままそれを見送る。
 もしこれが、愛の結果であるのなら。
 神である神楽耶にだって――愛がなにかなんて、わからなくなってしまいそうだった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

境・花世
◎★

見慣れたUDCの街角は平穏で
だけどひそんで蠢くものを知っている
狂気、妄執、救われない魂――

なんて、この世界がどうであれ
わたしはただ仕事を果たすだけだ

黒髪の彼女が知能犯なら
一見接点のない標的を選ぶだろう
被害者たちの端末に痕跡は?
アプリ、アクセス履歴、何でもいい

催眠術で警察から聞き出し、
或いは仲間の齎してくれる情報を集めて
叶わないなら気が進まないけれど
UDC組織に借りを作ってでも見つけてみせる

あは、わたしはいつでも仕事熱心だよ

かろやかに笑って覗く端末に
求める答えは映るのか否か知れない
ただひとつ確かに言えるのは、
狂うほどの愛も何もかも全部消える結末

――わたしたち猟兵が、やってきたのだから


ティオレンシア・シーディア
◎★△

あたし、正直探し物とかあんまり得意じゃないんだけど。
だいぶ目立つ特徴が分かってきたし、これなら多少は役に立てそうかしらぁ?

中高一貫の卒業生ってことは、おそらく6年は日中この近辺で生活してたってことよねぇ。
なら、〇情報収集する対象はお店…それも、コンビニとかじゃなくて個人商店。
人の入れ替わりが激しいところより、こっちのほうが情報ありそうかなと思うのよねぇ。
鏡を以前からつけてたのか最近つけ始めたのかは分からないけど、どっちにしろ目に留まるわよねぇ。
そこから交友関係まで引っ張れれば楽なんだけど…
少しでも情報補強できたらいいわねぇ。



●Fourteen agents.
 
 UDCアースを見慣れている猟兵も多い。
 単純に訪れた回数が多かったり、またたまたま選んだ依頼が多かったりするだけかもしれないが。
 何の因果か、境・花世(*葬・f11024)はその身に“絢爛たる百花の王”をいう名を冠にするUDCを住まわせている。
 ――ゆえに、この世界のいびつさがよくよくわかっているのだ。
 刹那主義でいつでもどこでも、なんでもを愛する彼女が支給される謝恩が少なくたって、今日も彼女が立つ街角は平穏であり影に狂気を孕んでいる。
 それがまた、――いとおしい。
 世界のいびつさを知っているからこそ、この犯人のいびつさすら楽しめてしまうように。
 今日もまた、花世は世界を救うだけなのだ。片目の牡丹が立派に咲いたかんばせが楽し気に微笑んでいるのは、催眠をかけた法の番犬どもを座らせた簡素なパイプ椅子である。
 花世が真っ先に訪れたのは、この事件を直接担当している某警視庁であった。
 数々の蝙蝠が運んできた情報と、炎の蝶が伝える刀のプロファイル結果に些か驚かされながらもその顛末を聞いた。

 知能犯である『佐伯・夏』。
 彼女の被害者たちには接点が無さそうで――多くあった。隠されていた。
 ここまでは花世の読み通りである。満足げに片目を細めて頷く花世が、次の情報を手に入れようと艶めかしく己の前に傅く犬たちに声をかけようとした。

「やったわねぇ。読み通りじゃなぁい?」
 ――耳元の蝶から穏やかな声がする。
「ああ。上々だ」
 機嫌よく返してやれば蝶越しに語る女もまたころころと笑うのだ。
 ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)は、探し物に疎い。
 もっぱら、人に接客をするかその拳で誰かを護ってきた彼女である。動くのであれば皆が手がかりをある程度掴んでからのほうが、己が捜査の邪魔にならないうえに役立てるのではないかと思っていた。
 ある程度情報が出そろえば、ティオレンシアが行えることと言うのも決まってくるのだ。
「君は、そのまま外を?」
「ええ!がんばっちゃうわよぉ」
 花世が問いかければ、ティオレンシアがえっへんと胸を張って楽し気に応えるのだ。
 ――探すのは苦手であるが、こういうことを考えるのは好きである。
 事実、ティオレンシアはすでに己の捜索についての目星をある程度つけていた。
 『佐伯・夏』という人物について、未だに知られていないのは『深い過去』のことだ。
 戸籍、片親、知能レベル、残虐性すら全て猟兵たちがプロファイルしたものにすぎない。だから、――実際に触れ合って知り尽くした例というのはその土地にあるのではないかと思って。
「こんにちはぁ」
 ティオレンシアが訪れることに決めたのは、中高一貫の学校近くにあった少しさびれた商店である。
 アンティーク調と言えば聞こえはいいが、年代を感じさせる引き戸を手にすれば埃っぽい中に招待される。
 独特のにおいに――おばあちゃんの香りというのだったかどうかをティオレンシアが思い出そうとしているうちに。
「いらっしゃい」
 少々、歯の足らぬ老婆がカウンターと思わしき狭い机に座っていた。

 店内は、前世紀にはやったようなお菓子と文房具、それから玩具が並べられている。
 おおよそ今の子にはそぐわないからこそ、――万引きされることもないだろうし、忙しくなることもないのだろう。
「どうも。おばあさん」
 ティオレンシアが穏やかに微笑んで、その店主の近くへとゆったり歩み寄ってみる。
 小刻みに震える身体からうかがえるのは、たいていは糖尿病患者に見られる『薬やけ』だ。
 おばあさん、お元気?大変そうね。
 なんて、まずはどうでもいい言葉で距離を詰めていく。ティオレンシアの言葉がちゃんと補聴器要らずの耳に届いているらしい老婆が、彼女のペースで返事するのに満足するのだった。
 ――では、ここで。
「おばあさん、『佐伯・夏』ちゃんって知ってる?」
「ナツちゃんかえ」
 返事が早い。
「此処に良く来てたのぉ?」
「うん、来とったよぉ。ナツちゃんはねェ、よく手伝ってくれて」
 ――つい先日も、ここに来ては老婆の世話をして帰ったのだという。

 老婆曰く、佐伯・夏は哀れな子供であった。
 家に帰っても片親となった母親は男の下で腰を振るのに精いっぱいな女であったという。
 夏が学校に行って帰ってきたところで、家には誰もおらず。これでなんとかしろと置かれた子供に対しては巨額すぎる『お小遣い』で幼少期はよくふらふらとこの店に訪れたのだ。
 ここからここまでぜんぶください、と子供ながらの無邪気さと、若かりし店主が驚くほどの巨額を突き出してきたしたたかさというのもあったらしい。
 ――よその子だから、手厚くするのはどうなのか。
 そうも考えたことはあったが、老婆は家に誰も帰らないのならとたびたび店の中にまで上がらせてはたびたび一緒に飯を食べていた。
 最初は箸の持ち方も知らないような子だったから、家庭内の崩壊をまざまざと見せつけられて老婆はこそりこそりと夏に教養をつけてやった。
 宿題や勉強などは、老婆に構われるようになってから余裕ができた夏にとって貪欲になり得るものだった。
 まるで、初めて見た玩具で遊びつくそうとするように以上に集中力があり、理解の及ばない問題を相手したときにはぐずってでもやろうとするところもあったという。
 年端もいかないころからプライドも高く、我の強い夏は――学校でもよく喧嘩をしては帰ってきたりもしていたらしい。
 
 そこまでを、蝶を通して聞いてた花世である。
「なるほど」
 プロファイルには、恐ろしいほど当てはまる。
 佐伯・夏の問題行動についてはたびたび学校から報告があげられていたのを行政機関の端末を拝借して知った花世だ。
 何度か補導され、指導され――男好きの母親が裕福であったために金でなかったことになってばかりで彼女に反省の機会が与えられていないのもまた、この事件へのタイムリミットを示しているようだった。
 なるべくして、怪物は――生まれる。
 佐伯・夏が起こした問題は数多い。
 小学生のころ、友達と喧嘩したことをストレスにクラスで飼っていたハムスターを切り刻んで殺している。
 皮を剥いではいなかったが、中をほじくり返して喧嘩した相手の上履きにつめてやったらしい。
 残虐性は思春期に差し掛かるにつれてひどくなるばかりだった。
 花世が思わず眉根を寄せたのは。

 佐伯・夏が中学二年生の夏において――同学年の少女に性的な暴行を加えている。
 ファイルに残る写真は、包帯塗れの顔をした被害者の女子生徒である。ふたりは、親友関係であった。
 被害者となった少女は、夏とは正反対の環境にあった。
 両親の仲はよく、家は裕福ではないがそこそこにやっていける収入があった。
 家に帰れば誰かがいて、テストの点数がわるければ怒ってもらえ、当たり前のように晩餐にありつける。
 そんな生活を送る相手を親友に選んだ夏は、帰り道に彼女をいきなり襲う。
 同性愛者の兆候はもとからあったらしいし、本人も自覚はしていたらしい。
 だけれど、それが――性的でありながらも、尤も惨たらしい『サディズム』になってしまうとは誰もが思っていなかった。
 親友のまず鎖骨を砕いている。息もできないように、抵抗も出来ないように的確に狙った一撃は呼吸困難にするためのものだった。
 持っていたカッターで親友の制服を皮膚事ズタズタに切り裂いて、何度も何度も泣き喚くたびに殴りつけて辱めた。

 ――それ以降は、見るに堪えないが。
 花世はそれを見届けるように読み続ける。これもまた、受け入れるべき狂気のうち一部だ。
 うずく牡丹に苦笑いを浮かべながら、いつのまにやらはやっていたらしい呼吸が蝶を伝ってティオレンシアに届く。
「大丈夫ぅ?真面目さんだから、疲れちゃったんじゃなぁい?」
「あは、――わたしはいつでも仕事熱心なんだ。これくらい大したことないよ」
 声が上ずる。すっかり想像の世界を楽しんでしまっていた。

 邪神よりももっと恐ろしいのは、おそらく人間そのものだ。
 ティオレンシアが蝶ごしに震えた声に心配そうに顔を歪ませて、直ぐに戻ると伝えておく。
「おばあさん、ありがとう。最後にぃ――鏡って、持ってた?夏ちゃん」
 老婆の口調に合わせるようにして、ティオレンシアがヒトモドキの名前を呼んでやる。
 お話のお礼にと、古びた小さな冷蔵庫からラムネを一本取り出して小銭を払う間に、老婆は考え込んでいたようだった。
「あぁ、もってたよぉ。」

 ――鏡が現れたのは、おととしの夏祭りの後のこと。
 さぞ楽しかったのか、頬を上気させて老婆に夏が自慢したのを、忘れられるはずがあるまい。
 あんなに――人間らしく笑った彼女を見たのは、きっと老婆が最後の生き証人となるのだろうから。 
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

レナータ・メルトリア
わたしが血を必要とするように、犯人は皮を必要としているんだよね。
パッチレザーじゃダメで、一人分丸々なんて、何に使うんだろう?
……そういえば、おにいちゃん、知ってる? 綺麗な毛皮って生きたまま剥いじゃうんだって

わたしは現場検証をして、犯人を絞り込もうかしら
犯行時間とその時不在証明の無い学生さん達を犯人である可能性が高い人達としてリストアップするよ

聞き込みする必要が出てきたら、探偵と助手という偽装で『コミュ力』を使って『情報収集』だね
流石にマスクを外して深く帽子をかぶって人形の顔を誤魔化すよ

そういえば、愛がヒントと言っていたね…う~ん、いろんな愛の形があるけれど、犯人はどんな愛を抱いているのかな?


花剣・耀子
◎★
愛、……愛ね。

現場と犯行時間、被害者の体の詳細。
可能であれば、UDCから融通してもらうわね。

なんのために三枚におろしたのか、
どんな手段でそれを可能としたのか、
残されたものから推察できれば。

剥がされた皮は、持ち去られているのだったかしら。
ヒトひとりぶんをどうにかしようと思うなら、
道具や運搬手段も限られてくるのではないの。
それが『愛』だというのなら、雑には扱わないでしょう。

全てをチャラにできるのが超常的な存在だけれども。
居所が掴まれている以上、
普通のヒトの目に留まる痕跡があるのではないかしら。

……今更、揺らぐような心は持ち合わせていないわよ。
いないけれど。――こんな目論見、叩き潰してやるわ。



●Fifteenth Searchers.
 
 ――そろそろ探索も終盤だろうか。緩やかに穏やかに、時刻は昼過ぎと夕方の間である。
「わたしが血を必要とするように、犯人は皮を必要としているんだよね。」
 レナータ・メルトリア(おにいちゃん大好き・f15048)は“おにいちゃん”と称される割に、彼女の手にしかと握られ地面で頭を擦る人形へと語り掛けた。
「皮っておいしいのかなぁ、おにいちゃん」
 パッチレザーでは物足りなくて、一人分まるまる使って一体何に使っているのだろう。
 レナータの想像力で描くのは、めくるめく退廃的な世界で実際に行われていたそれである。
 人の皮を使って鞄にしたり、本の革にするのもあればコートの裏地に使ってやったりして楽しんでいた吸血鬼たちだっていた。
 さて、そろそろ人目にもかかれるだろうか。街につながる線路下をトンネルが走る。そこを抜けるメルトリアが、“おにいちゃん”を立たせてやった。
 もう、おにいちゃんったら。なんて世話を焼く妹のように、人形の後頭部やら燕尾服やらを叩いてやって土埃を落としてから。
 ――塔にいたころの世界と言うものを思い出して唐突に、人形に話しかける。
「そういえば、おにいちゃん、知ってる?」
 きれいな毛皮って、生きたまま剥いじゃうんだって。
 無邪気に笑うレナータを、無機質なペストマスクの黒が見下ろしていたのだった。

「愛、……愛ね。」
 花剣・耀子(Tempest・f12822)の手に握られているのは、UDC組織から貸し出されたタブレットだった。
 画面に映るのは今回邪神が関わると思われているその情報である。
 ――皆があらかた探し終わっていたから。
 耀子が訪れたのは、事件現場だった。まだ新しいと言われるその場所は、鉄さびたにおいが充満していてある猟兵などは気分を悪くしていたものである。
 彼がけして、不十分なのではない。ただ些か、UDCメカニックである耀子のほうがこの狂気とグロテスクな世界には慣れていただけのことだった。
 気の毒そうに後姿を見送ってから、ふわりふわりと耀子の元に訪れたのは黒い蝙蝠たちである。
 人差し指と中指で、まるで箸でつまむようにして受け取って見れば中にはたくさんの情報が詰まっていた。
 タブレットに映る情報と共に照らし合わせてゆけば、お互いにお互いの情報の補完が可能となる。
 主観的なところは省きながらも、事実、これは猟兵たちがあくせく歩いて手にしてきたものである。
 
 さて、では耀子が『佐伯・夏』と呼ばれる彼女の過去も徐々に暴かれ始めて、次は何を求めるかと言うと。
 「三枚におろした」意味だ。
 首に斬りこみを入れてから、すうっとまるで包丁を通したかのように鮮やかな切り口である。
 元から刀と言うものを取り扱う耀子には、その光景は残酷さよりも巧みな捌き方のほうに夢中になる。
 ――一体、どんな獲物を使っているのかしら。
 それは、純粋な興味だった。
 標的とされた彼らは、成人している男女――主に女性が多いのは、佐伯・夏の好みかもしれないが。
 少なくとも、襲うのも解体するのも手間暇かかるもののはずである。 
 夥しい血の形跡と、遺体に実際刻まれている致命傷の数々は最低限のダメージが的確に与えられた証拠だった。
 頸動脈、肝臓、心臓、脳。確実に血の巡りが多いであろう箇所ならば背面にある腎臓すら貫いていた。
 半自動的とはいえ完全な血抜きにはならなかっただろう。解体する刃が実質“鋭利な刃物”と言う扱いであるというのなら、これが超常の力ではないかと耀子が仮定してみればぴったり当てはまる。
 問題は、その皮をどうしたか。
「――そっちはどう?」
 耀子の周りをひらひらと飛び回る炎の蝶は、火の粉の鱗粉を振りまきながらテレパスを誰かに伝える。

「はーい!いま、頑張ってるとこだよー!」
 底抜けの明るい声で答えたのは、レナータだ。
 レナータは今“おにいちゃん”のマスクを外してやって、深々と帽子をかぶりなおさせていながら――探偵とその助手です!と明るく人々に聞き込みをしていたのだった。
 現場検証においては耀子のほうが手慣れているのもあって、調べておいてほしいものは事前に共有済みである。
「――探しておいたわよ、言われていたもの」
「わあっ、ありがとう!教えて教えて!」
 外を歩くレナータが、耀子にあらかじめ委託をした依頼というのが。
 『犯行時間とその時不在証明の無い学生。――犯人である可能性が高い人達』の検証である。
 佐伯・夏がこの期に及んで逃げ出すような人物像に見えないのは確かだったが、これからの己らが『正義らしく』あるためには、必要な裏付け作業であった。
「――間違いなく、佐伯・夏。」
 帰ってきた耀子の声が、よりあやふやだったヒトモドキの輪郭をたしかにするのだ。
 うんうんと満足げに頷いたレナータが、“おにいちゃん”と共に蝶に頷いていた。
「こっちもね、収穫があるんだよ。」
 レナータが微笑みかけながら「ねー」と“おにいちゃん”と一芝居するのを特に止める様子のない耀子である。
「近くのホームセンターで何かあったかしら」
 仲睦まじい様子など確認しなくてもよい。ばさりと質問で斬ってきた耀子に目をぱちくりさせるレナータだ。
「うん。本当はダメなんだけどって言われたけど!」
 なんとか押し切って店内に設置された防犯カメラ映像を見て回ったのだという。
 耀子が彼らに頼んだのは、事件現場よりも大学に近いであろうホームセンター数件の映像だ。
 もちろん、他の猟兵もすでに『別の方法』でチェックしてあるだろうが、蝙蝠が届くまでのタイムラグは出来る限り己たちの手段で埋めておきたい。
 もしこの方法が徒労に終わった時に、他からで報告は受ければいいと思っていたからだ。
 
 ――そして、やはりその映像の中に。
「いたよ。佐伯ちゃん」
 まるで、友達の名前でも呼ぶかのように。事実、グールドライバーであるレナータとヒトモドキは似ているようで少し違うだけの存在なのだった。
「カメラの映像で見る限りは、大きいものは何も買ってないみたいだった」
 レシートも控えのデータで確認したが、彼女が買ったのは――大きめのビニール袋とマスクだけである。
 怪しまれないようにあえて、少ない備品だけを手にしているのはなぜだろうか。それを、何に使うだろうか。

「エプロンだわ」

 耀子が、その狂気のふちにふれた。
 ――レナータが、ああなんだとつまらぬクイズの答えを知ったかのようにため息を吐く。
 対し、耀子はその光景をまざまざと想像した。
 大きめの袋を、頭からかぶる。あらかじめ頭の形に切り抜いておいて、其処に己の頭を通す。
 ゴムで髪を束ねて、落ちぬように気を付ける。
 それから、マスクをつけた。まだ息のある被害者は、床に寝転がせて椅子の脚や机の脚で縛り上げておく。
 ――耀子は、すっかりヒトモドキと同じ視点で、同じことをしていた。
 叫ぶことが出来ないようにナイフを唇に当てて、優しく傷をいれてやる。
                                 ヒトモドキ
 恐怖と戦慄でまともに声が出ない。今、この場で最強になったのは――耀子だ。
 想像する。その場にいたヒトモドキと己が共感する。
 浴びる血しぶきを隠すために、頭から足までビニールをかぶったてるてる坊主が血の雨を降らせたのだ。
 生きたまま皮を剥がれ、その体から生きているあかしを奪われていく彼らは――自分よりもずうっと価値のない、食べることもできない肉となる。
 あとは燃やされて灰になって埋められるだけの物体になった彼らを見下ろして、ようやくはいだ皮を見た。

「ああ――わかった」

 思わず、頭痛がする。
 頭を押さえて舌打ちをした耀子の音に、レナータが驚いた。
「ねえ、大丈夫?気分が悪いの?」
「ええ、そうね。最悪よ。」

 ヒトモドキと同調した耀子が考え付いた、最終結論は。
 おそらく、ヒトモドキは。
 そのはいだ皮を、丁寧に洗う。
 ビニール袋に新聞紙をつめて、血を吸わせておきながら、さらにどこかでそれを清潔にする。
 引っ張りすぎて破れないように、だけれど興奮しきってそれを丁寧に洗ってやる。
 誰かのためなのだ、誰のためにやっているのだ。
 
「これが、『愛』のかたちだったのよ」
 ――邪神に、その皮を捧げる。

「この犯人、もしかして――邪神を、ヒトにしようとしてるってこと?」
 レナータが、蝶に向かって戦慄する。
 超常の存在を、人の皮で包もうというのだ。
 己が人で在りきれないように、邪神もまた神で在り切れないというのなら、その夢を二人でかなえようと思った。
 だから、巨大な存在を隠して愛し続けるために『己の理想』の皮ばかりを使ってつぎはぎしているのだ。
 余った肉や、己の作業場に迷い込んだ誰かは邪神の糧とする。
 それは、まるで『つがい』をただただ幸せにしたい獣の行いそのものに――愚直で、傲慢なものだった。

「――こんな目論見、叩き潰してやるわ。」
 揺らぐような心は持ち合わせていない。だけれど、このようなことは許せない。
 たった一人の盲目的で愚かな偶像への愛で世界が壊されてなるものかと花剣の彼女が怒りに震える。
「じゃあ、きっと――どこかで作業をしていたってことだよね」
 そうだよね、おにいちゃん。
 今やペストマスクも意見も取り上げられた操り人形が、それでもしっかりと――妹に向かって、頷いた気がした。

「作業場を探しましょう、皆に伝えなきゃ」
 燃ゆる蝶を全体通信型のテレパスに切り替えてもらいながら。
 多少蒼くなった顔で耀子が奥歯を噛む。

 ――ああ、なんて。
 愛なんて、おぞましいんだか。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

喜羽・紗羅
アドリブ連携可
SPD

人を食べちゃうの? 何か怖いなぁ……
(ってお前もこの前散々食ってたろ、肉)
そうだけど、人肉じゃないわよ。スプラッタじゃあるまいし
(そのスプラッタが相手だろうよ。精々気張りな)

組織に偽装身分を用意して貰って
件の大学キャンパスに向かって
見学に来た受験生を装うわ
これなら色んな事を聞いても早々怪しまれないだろうし

あ、売店で売ってるノートかわいい

何かオカルトなサークルとか恐い噂話とか聞きまわって
あとは一人暮らしの学生をおびき出すような張り紙の確認ね
奨学金とかアルバイトとか、そういうの

これで怪しそうな人を見つけたら後を追うわ
愛、私にはまだ分かんないな
(色気より食い気だもんな)
うるさい!


狭筵・桜人
大学内で聞き込みです。
私服姿で潜入。偽造の学生証も用意して貰いましょう。

他の猟兵の話だと黒い服着て鏡を持ち歩く女、でしたっけ?
女子生徒に聞いて回れば名前くらいはすぐ拾えそうですね。
ほら、女子って人の格好とか良く見てたりするので。

名前がわかれば【ハッキング】で大学のデータベースから
個人情報を引き出すくらいは出来るでしょうけど。
この辺は専門家に任せてもいいですね。
手柄は人に譲るタイプなので。

入手した情報は他猟兵と共有、と……。
そうそうコレに書いて送るんですよね。ね?

カミに読みにくーいギャル文字で情報を書いてー……
かわいいイラストもたくさん添えてバッチリデコります。
ンッフフ、これは殺意湧きますねえ。



●Sixteenth Message.

 人の皮を剥いだのなら、人を取って食ったのではないか。
「何か怖いなぁ」
 喜羽・紗羅(伐折羅の鬼・f17665)は、大学構内に潜入することに成功したところであった。
 意識すれば、この領域をすでにほかの猟兵たちがありとあらゆる手段を用いて事件について手を尽くした痕跡がある。
 すでに壁に、防火扉に、廊下に貼りついている蝙蝠の千代紙が――猟兵たちが訪れたことを表していた。
 ――ってお前もこの前散々食ってたろ、肉。
 頭の中に、多少荒々しい己の声が響く。
「そうだけど、人肉じゃないわよ。スプラッタじゃあるまいし――あ、売店で売ってるノートかわいい」
 紗羅の中には、無頼漢の『ご先祖様』が住んでいる。
 鬼婆娑羅。それは、沙羅の実家てある寺でも奉られているほどに有力な御仏。
 かつて、平凡な暮らしを送っていた紗羅が、いつものように学校が始まって終わる毎日に連休が訪れようとしていたころ忌まわしき事件に巻き込まれることになる。
 その時に、“ご先祖様”は宿ってしまった。
 紗羅のくくりを「多重人格者」とするのならば、彼女は体の中で“超常”と一緒に暮らしていることになるし実際それになれきりはじめているのだった。
 故に。御仏である相手にだって、兵器で軽口をたたく。
 ――そのスプラッタが相手だろうよ。精々気張りな。
 合いの手を入れるように頭の中で響いた声は、紗羅の頭の中でだけその荘厳な姿で笑うのだった。
 己の子孫があくせくと世界のために働いているのを見守るのは、楽しいのだろうか。
 いい趣味してるなぁなんて思いながら頭の中にいる存在に頷く。

 ところ変わって。
「黒い服着て鏡を持ち歩く女、女っと」
 様々な女子生徒に声をかけては、偽造の学生証の力を使って沢山声をかけておいた。
 甘いマスクの狭筵・桜人(不実の標・f15055)が微笑んで挨拶をひとつしてやれば、年下の男が趣味である女子たちからもそうでないものからも反応が良い。
 若い――女盛りの年代には桜人の存在と言うのは愛らしいのだろう。
 だから、その集団に取り入るのは早かった。
「真っ黒い服で、鏡をよく持ち歩いている人を知らないですか?」
 オカルトとかに興味があるから、お話してみたいんですけど。
 ――にぱりと明るく笑って見せる桜人に対して、女性の集団には緊張が走った。
「や、やっぱ――佐伯って、何かしたの?」
「何か?」
「だって、結構有名なのよ。佐伯、怖いんだってみんな言うの」
「中学の時、その、問題があったんでしょ?」
 猟兵のそばを飛び回るよう組み込まれた燃える蝶が――此処にたどり着くまでに桜人に聞かせていたのは。
 『佐伯・夏』の人となりである。
 桜人はそれに同情などしなかった。
 シリアルキラーの大半は、けして恵まれた存在ではない。
 己のアイデンティティを否定され、サイコパスの親やそうでない親からの虐待があり、子供ながらに誰にも愛されず孤独で生きるために行ってきたことがたまたま“不幸”であっただけで。
 ――同じ境遇であっても、克服して社会で全うに生きる人もいる。
 だから、残虐性に胸焼けしそうにはなったが、桜人がその存在が哀れだとはちっとも思ってやらなかった。
 ――むしろ。
「可哀想、よね。怪しいって前から思ってる人多かったのに。誰も止めたりしなかったのかな」
 可哀想だなんて思ったほうが、シリアルキラーにとってはおもうつぼなのだから。
 
 桜人がいる位置は、構内の右端――すなわち、東棟である。
 その場にたまたま居合わせた紗羅は、『オカルト研究部』なんて漫画やアニメでしか見たことのないグループと会話をしていた。
 人間と言うのは、不可思議なことにうるさいものである。
 取り入るのは簡単だった、寺生まれであるということをさらっと教えてやれば、暗い顔もちで一生懸命都市伝説を調べる面たちがいっせいにこちらを向いたのだ。
 ――人間のほうがホラーより怖くねぇか?
 頭の中に響いたご先祖様の声に、思わず反射的に頷くほど。
 そこからは、まず彼らがこの一室でいかに研究していたかを語り始めて――ある点で、紗羅が会話を遮ったのだった。

「ちょっと待ってくれる?――夏祭り?」
 去年の夏祭りで、近くの商店街にだんじりがあったのだという。
 出店と人ごみで皆が警戒心を薄くしていたのもあったし、人はそこそこ集まって――特にこの、大学のメンツなどはほとんど皆が遊んでいたそうだ。
 だけれど、それがあだとなった。
「ご神体が盗まれたって、それ、大丈夫じゃないわよね?」
 ある神が宿るという――鏡が、盗まれたらしい。
 その鏡は確かに神性が高いのだろう、美しいまま何百年と人々が大事にしてきた物体である。
 ヤドリガミなんて種族がいるくらいだから、ひょっとしたらそこに本当に神様が宿っていたやもしれないお伽話のそれが、祭りの騒ぎに乗じて消えてしまった。
 オカルト研究部の間ではそれを、異世界へのパラレルだとかなんだとか座標軸がどうだとかで解析を進めているところだったらしいが。
 ――佐伯・夏が持ち去ったに違いない。
 炎の蝶がひそりと紗羅たちの空間に紛れている。
その音を拾って――桜人に届けたのだった。

「へえ。随分罰当たりで怖いもの知らず」
 るんるんとそれを聞きながら桜人が、その場に貼りついていた黒い千代紙を取り外す。
 ぺりぺりと容易くはがれれば、そのまま中身を開いて白紙であることを知った。
 大学のアンケートを描くふりをして、設置された芯の少ない鉛筆で今手に入れた情報を描きこむ。
 間違いなく、神性が高いものを盗んだのなら。おそらく呪詛ではなく加護めいた痕跡を探したほうが良い。
 その情報を。
「読みにくーいギャル文字で情報を書いてー……かわいいイラストもたくさん添えてっと」
 きわめて、ふざけて。
 ゆったりとまた蝙蝠を折ってやる。この蝙蝠の主と桜人は知り合いなのだ。だから、あえて。
「ンッフフ、これは殺意湧きますねえ。」
 年齢相応の戯れ程度にとどめておいて。蝙蝠を宙にはなした時だった。

「あ」

 桜人の前で、ある女性がよいしょと壁を乗り越えている。
 黒い髪だった。黒い服だった。肩にかけている鞄には、まあるい鏡がチェーンにつながれて揺れていた。
 きらっとそれが光ってしまったから――桜人に見つかった。

「佐伯さん」

 口許だけで、名前を呼んでやれば。
 呼応したように笑った佐伯・夏が――塀を乗り越えてしまったのだった!
「ああっちゃー……逃げました。おーい佐伯さんが逃げましたよ」
 桜人の周りを浮遊していた炎の蝶に声を掛ければ、だれかしら他の猟兵が間に合うのではないかと思い気だるげに声をかける。
 ――ていうか、こんな高い塀を乗り越えるって思わないですし。
 言い訳だとはわかっていながらも、彼女の執念と言う点においては恐ろしさを感じた。

「そこまでして、――愛ってなに!?私にはまだわかんないよっ」
 桜人からの音が届いて。
 急いでその場に駆けつけて佐伯・夏を追う紗羅である!
 出来る限りの疾走で逃げ出した彼女を、まるでパルクールでもしているかのような素早い動きで階段を、壁を、時にはゴミ箱すらも足場に走り続けて居た。
 ――色気より食い気だもんな。
「うるさい!あーもう!!」
 逃げだしたと思われるところには、すでにその姿はなかった。

 だけれど、まだ真新しい神性の痕跡がある――。
 ため息を一つついて、他の猟兵たちを集めることにした紗羅だった。
 そのまま荒くなった息を整えながら、ゆるゆると追跡を始める。
「――アジトがあるのかも。家はもう抑えられてあるから多分、加工場ってやつじゃないかな」


 猟兵たちが次に訪れるべき場所は、彼女と神が住まう『愛』の加工場である。 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『テナントビル探索指令。』

POW   :    めんどくせぇ、ぶっ壊しちまおうぜ!

SPD   :    内部を秘密裏に探索してみよう…

WIZ   :    組合というからには元締めが居るハズだ。何かを知っているかも知れない。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●Mirror,mirror. 

 ――本能の赴くまま、親友を殴った。
 泣きじゃくる親友が愛らしかった。
 理想だった。彼女こそ「そうなりたい私」だった。
 打った、打った。辱めて、傷つけて、裂いた。
 私がそうなれないのに、あなたがそうなるのはおかしいから。
 手で殴ってはこちらの骨が折れるから、手ごろに転がっていた石で殴る。
 醜く顔面の骨がひしゃげて、砕けて、顔がどんどん醜くなっていくのが楽しかった。
 ――その姿のほうが、あなたにふさわしい。


 猟兵たちがたどり着いたのは、『佐伯・夏』が拠点とする『加工場』だった。
 テナントビルである。人も店も存在しておらず、かつて好景気のときに栄えた装飾のまま放置されている。
 取り壊すのにも金が要るから、不景気となった今ですら放置され続ける過去の産物だ。
 ここにたどり着いた猟兵たちの中で――呪詛に通ずるものたちは悟っただろう。

 無数の呪詛が、ひしめいている。

 ドアをけ破って、まずエントランスに入れば。足元は鏡でできた床だ。
 柱も、よく見れば全面が鏡だ。
 ――内部は鏡の迷宮と化していた。

 猟兵たちが足を踏み入れれば、そこはぱりぱりと音を立てて簡単に割れる。
 割れた鏡を――見てみれば。

 鏡に映るのは君だ。
 君がいる。何人もいる。
 割れた鏡に反射して、またその奥に反射して、君が、君で、君こそ。

 そうあるべき、君が映るかもしれない。
 はたまた、猟兵たちの目標となるべき誰かが映るかもしれない。
 愛したけれど、今はもう届かない誰かがそこに現れたかもしれない。

 ――君たちが望む姿は、今のそれではない。
 だって、未来に生きるのだろう?


 夏は、君たちをビルの屋上で待ち構えていた。
 猟兵たちの足が止まったのを感じて、笑う。
 つっきろうとする者、足を止めて鏡をのぞき込むもの。
 どれもこれも――今は彼女の術中だ。

 愛した邪神に授けられた愛の力である。
 特殊な呪具の基盤となった、神性の鏡を抱いて夏は猟兵たちの雄たけびを聞いた。


 ――その姿のほうが、君たちにはふさわしい。

◆◆◆

 『佐伯・夏』が愛した邪神の恩恵をあずかって、猟兵たちを惑わせます。
 猟兵の皆さんは以下のもののうちだれかを部屋中を造る「鏡」に見ることがあります。

・理想の自分
・かつて愛した誰か
・乗り越えるべき相手

 呪術から逃れるためには猟兵自身が映る「鏡」を破壊することがが必要ですので、フラグメントの行動は一例とさせていただきます。
 ※お好きな手段でこれを乗り越えて先に進んでいただいて構いません。
 ※もし、乗り越えることができなかったりまだ難しいという描写が欲しい場合は
 『苦』をプレイングの最後にご記載お願いいたします。
  苦戦判定になってしまいますが、精一杯苦しんでの脱出となります。

 ※そういった描写をご希望でない場合は「×」をご記入くださいませ。

 ぜひ、皆様のご自由なプレイングを楽しみにお待ちしております。


(※プレイング開始日時は、7/5(金曜日)8:30~です。これ以前に来てしまわれた場合は恐れ入りますが採用できかねますのでご承知ください。)
(※多数の方々に有難くも来ていただいた場合は、再送をお願いすることがございます。また、不採用になってしまうこともございます。なるべく、採用させていただけるように尽力致しますが、どうかご了承くださいませ。)
レナータ・メルトリア
骨格はカルシウムを主成分に、綺麗な内臓を詰めこんで、筋繊維は一本一本丁寧に、血管と神経を編み込んで、脂肪で柔らかさを出した後、皮をぐるっと巻き付けて、仕上げに顔を整えたら…
じゃーん、貴方はXXXX個目のおにいちゃんです

鏡の中のわたしは、足元に転がるパーツの供給元には目もくれず、わたしを守ってくれる絡繰りも凶器も何もない。でもきっと、そんなのに頼らずとも、私を守り通してくれる
そんな、最高傑作のお兄ちゃんに、すごく満足気に頭を撫でてもらっていて

……ずるい
だって、鏡の向こうのわたしはそんなおにいちゃんを作れるんだもん

これを壊しちゃったら、おにいちゃんの作り方まで失われそうで、私にはこわせないよ


『苦』





 屋敷の中は、鏡だらけだった。
 銀髪がさまざまな個所から、光の屈折で照らされてキラキラと輝く。
 いっそ、幻想的で――ここが、まるで現実ではない気がしていた。
 どこを見ても、鏡、鏡ばかりの場所にどこか遠くの己を見出すのはレナータ・メルトリア(おにいちゃん大好き・f15048)である。
 紛れもなく『佐伯・夏』は愛する邪神から恩恵を受けて己の呪具をより強力なものにしていたのだろうということは、周りの猟兵たちが発する殺気でも理解していた。
 「おにいちゃん」の今にも崩れそうな掌を祈るように、きゅうっと握ると。
 軋みながらも「おにいちゃん」は握り返してくれる。
 その感触がレナータにとっては唯一、現実へと戻る鍵なのであり確かなものだったのだ。

 ――だけれど。
 目の前に映るこれは、何だというのか。
「骨格はカルシウムを主成分に、綺麗な内臓を詰めこんで」
 まるで、歌うかのように唱えて。目の前には自分がいる。
 ――鏡の反射だ。
 わかっていた。頭の中ではわかっていたのに、反射される光が無数のレナータを映している。
 鏡の世界は背景を変える。
 どこか薄暗いところになっても、「この己」はまったく気にしていない。
 それどころか、より楽しそうにすり鉢を抱えている。
 まるで、お菓子作りでも始めた年頃の女子のように見えたやもしれない。これからの結果など誰よりもよくよく知っているのだという顔で、鏡の中にいるレナータがレナータを見る。
 ――うっとりとして、微笑んだ。
 思わず、自分の口許をおさえる。己がまさか、この狂気のありさまで「笑った」のか?
 いいや。
 笑っているのは、鏡の世界だけだ。
 見ればわかる、それは。だけれど、現実のことなんてひとつもわかりはしない。
「筋繊維は一本一本丁寧に、血管と神経を編み込んで」
 ――これは。
 泣きそうな顔で、レナータはその所業を見る。   レ シ ピ
 鏡の中にいる自分はすごく楽しそうだった。最初から調理法を知っているから。
 白を溶かしたすり鉢に、次は液体を注いでとろみをつけている。そのまま、『型』に流し込んでいた。
 まるで、セメントでも敷き詰めるかのように大きなへらでそれを撫でつける自分の手にはためらいがない。
 ――孤独でないから。
 鏡の自分が、今の自分を見つめ返す。
 そこに、近づいてすべてを見ていたかった。レナータが体を前にやって、鏡の中を食い入るように見つめている。
 きれいな内臓はどこから手に入れたのだろう、と思って初めて背景にピントをあてればそこには多くの「誰か」が寝ているばかり。
 よくよく見れば、鏡の中の自分の足元は泥のように赤黒いのに、全く気にも留めていない灰色があるのだ。
 糸を繰るように、筋繊維の束を作っている手元すら美しい。
 鏡の世界のレナータは赤を三日月のようにして微笑んでいるのに、現実世界のレナータは赤を見開いてすっかり小さな満月にしていた。

 呼吸が、早い。

「脂肪で柔らかさを出した後、皮をぐるっと巻き付けて」

 これは、なに?
 鏡の中の自分に、そう問いかける前に。
 鏡の中の自分もまた、己に問いかけている気がした。
      ・・・・・・
 ――その『できそこない』は何なの?

 嘲笑めいた表情が、鏡の中のレナータにあった。
 全身がみるみるうちに熱くなる。体中の肌が痛いほど敏感になって、ざわざわと毛穴から生えた毛たちが沸き立つ。
 ――辱められた。己自身に。
 戦慄く現実にそれ以上問いかけも要らないと、鏡の中は次の作業にうつる。

 持ち出してきたのは、頭蓋骨なのだ。
 これも、先ほどの型でつくったものだろう。
 まだ綺麗で、一つもかけはなければ罅もない。
 つるんとした後頭部を愛し気に撫でてから、それにキスを落とす鏡の中のレナータは本当に、幸せそうだった。

「仕上げに顔を整えたら――」

 そして、その顔に先ほど作った筋線維を束ねたものを張り付けていく。
 ちゃんと上あごと下あごがかみ合うかどうかを動かしながらも確かめて、微笑んだり悲しんだりできるかどうかもチェックをする。
 それを崩さないように、脂肪を塗っていく。
 まるでカスタードクリームのように塗りたくられる粘り気のあるそれが、ほどよい厚さであることが大切なのだと言いたげに頭蓋を回しながら満遍なくへらを這わせたなら、次はそれを包むべき皮を持ち出した。
 まるで、パイでも包んでいるかのように。
 はぎとったにしては、この皮があまりにも美しい。――洗っていた。
 この事件の犯人も行ったであろうその所業が、己にだって流れていることをまざまざと見せつけられる。
 
 やめて、と言いたかった。
 だって、これは――この、レナータは。

「じゃーん、貴方はXXXX個目のおにいちゃんです」

 『模範解答』ではないか。

 思わず、レナータは己が立つ鏡の床を見た。
 鏡の向こうのレナータは、微笑んでいる。現在の己は、きっと顔を真っ赤にしているだろう。
 うなじに沸いた汗粒が気持ち悪い、めまいがする、呼吸の仕方も忘れて、小さく震え続ける。

「――、ずるい」

 泣きそうな声だった。いや、もう泣いていたかもしれない。
 鏡に映る己が、絡繰りにも凶器にも守られていないのに完成した「最高傑作のお兄ちゃん」に頭を撫でられて微笑んでいる。
 現実の己が、どんな顔をしているのかすら見せてくれない。
「ずるいよ」
 できなかったことを、当たり前のようにやって見せた。
 鏡の世界が憎かった。こうなれれば、よかった。こうなるべきだった、こうあるべきだった!
 心臓の音がうるさくて、余計にレナータの世界は混合される。
 攻撃的な衝動が、無いわけではなかった。この鏡を壊せば何もかも綺麗に、丸く収まると分かっていた。
 己はこの呪いから逃げ出して、次に進めると理解していたのにそれが出来ない。
 この――この鏡の世界を壊してしまったら。

「私にはこわせないよ」
 おもわず、膝をついて丸まってしまう。
 うずくまるようにして呻きと泣き出しそうな腹のうちを抱えながら、蚊の鳴くような声で言った。
 「おにいちゃん」は操り主である妹が力を抜いたばかりに、くらりと立つのをやめてしまう。
 そのまま、うずくまる妹の上に覆いかぶさるようにして柔らかく彼女を抱いた。
 偶然だった、そして――いまのこれが、運命だった。

 出来損ないの愛に抱かれて、妄執の妹はただただのしかかる重さに現実を見たのだった。

 ――もう、鏡の世界は見えない。

苦戦 🔵​🔴​🔴​

エレニア・ファンタージェン
先生と

鏡がこんなにたくさん!
そうね、エリィも理想の自分って今こうして鏡に映って…
あら…誰?

鏡に写り込む影のような者共は
阿片に溺れた亡国の后を最初に、エリィの曰くに惹かれた蒐集家や好事家達
…これだけ人手を渡り歩いたエリィも殆ど呪物よねえ
ええ、確かに皆愛していたわ

UCで幽鬼を召喚
何だかんだで引きずるものね
懐かしいあの人の姿だけは鮮明に鏡に映ってしまうから
「全部、砕いて」
エリィが鏡を砕けなくても

…あら、気がついたら終わっている
流石先生、お仕事が早い
「…少しぼんやりしていたわ。大丈夫よ。エリィ探偵助手だもの」


神埜・常盤
×

エリィさん(f11289)と

あァ、此の趣向は知っている
遊園地にあるミラァハウスと云うヤツだ

見渡す限りに僕、僕、僕、私
刻印彫んだ禍の舌を得た、私の姿が写っている
……そう、今此処に居る此の私こそ理想
ならば何も恐れる事は無い

――さァて、それじゃァ仕事と行こうか!
此の地に纏わりつく呪詛を、陰陽師らしく払ってあげよう
瘴気に当てられないよう呪詛耐性を意識
口中で祝詞を紡ぎ式神に祈りを捧げながら
破魔の護符を視界に存在する鏡へ投擲していこうかなァ

さてさて、僕は此の通り全然平気なンだが
エリィさんの方は大丈夫かね
必要とあらば破魔の護符で呪詛を祓うが……
あァ、平気ならば何よりだ
それでは、真犯人の元へと参ろうか





「鏡がこんなにたくさん!」
 感嘆の声と共に、その館に入った二人の人影がある。
 床に埋め込まれた鏡のそれが、エレニア・ファンタージェン(幻想パヴァーヌ・f11289)の姿であった。
 くるりくるりと踊るように前へと足を進めながら、無数に反射するエレニアの姿を鏡たちはたちまち映し出す。
「あァ、此の趣向は知っている」
 ぽつりと神埜・常盤(宵色ガイヤルド・f04783)が呟く。
 遊園地にあるミラァハウスと云うヤツだ――。
 常盤が連想するそれこそ、まさにこの場を表すのにふさわしかった。
 どこを見ても、鏡、鏡、鏡。ゆったりとため息を吐く常盤には、常盤しか映らない。
 いっそ現実的すぎるからこそ生み出された――この狂気的な空間をあの女学生は好んでいるというのだから――。
 常盤の瞳は面倒ごとに憂うばかりだ。
 知能犯である彼女がこんな大掛かりな場所を用意したということは、つまりこの事件の答えも近い。
 “あとが無い”のだろう。
 そして、この鏡たちを甲斐甲斐しく床に壁に柱に天井に彼女が敷き詰めたのだろうと安易に連想も出来る。
 神経質ながら、恐ろしい執着の所業であった。
 
 実際、佐伯・夏がここで何を目論んでいたのかといえば――『失認』だ。
 常盤が知る忌むべく過去の記録によれば、実際に行われた人体実験でその成果が立証されている。
 完全に外部から遮断されたこの「加工場」で、鏡に映る自分に向かって「お前は誰だ。」と問いかけ続ければだんだん問いかけた人間の自我が崩れて「お前こそ誰だ。」と鏡が聞き返してくるというものだった。
 ――ゲシュタルト崩壊。
 そのようなことを試すから狂うのだと馬鹿馬鹿し気に常盤が己を映す柱を見た。

 やってはならぬことをやりたくなるのが人の性とは言うものの。
 ――これで人を従えようというのならいただけないなァ。
 ましてや、呪詛による強制度が高いのだ。これはもとより、真犯人の組み立てた加工場で在りながら「装置」である。
 楽し気に前へと歩む助手の白き彼女が舞うのを、視界の端に含めながらちらりと横の鏡を見た常盤だ。
 刻印を彫んだ禍の舌を得た、常盤の姿が写っている。
 舌を唇からはみ出させて、まるで現実を嗤うかのように常盤を見ているばかりの常盤が、今視界には溢れていた。
 実際、このようなチープすぎる呪詛は常盤には通用しない。この程度で狂えるような、己などを持ち合わせてはいなかった。

 さて、それでは目の前にいるはずの助手にはどうだったろうか。
 エレニアは、今がもう理想の自分であったから。
 こんな空間などいつも通り砕いて回ってしまおうとおもっていたくらいには楽天的だったのだ。
 だけれど、足が止まっている。
 ――その後姿は、常盤にも見えただろうか。
 
 誰?

 エレニアの頭の中が、真っ白なキャンバスに塗り替えられていく。 
 その中でじわりと灰色がにじみだすのだ。
 まるで、空気を揺蕩う煙のようにたちのぼっては脳を冒していく灰色をようやく「煙」だと理解する。
 この煙は――エレニアの煙だ。いいや、正しく言うならば阿片の煙だ。
 ゆらりと現れた最初のにじみから、徐々に濃淡をつけて影が顕現する。
 真白な肌は死者の証で、うつろな瞳は紛れもなくそこに魂など無いことを示していた。
 美しく束ねられていた髪はすっかりいたるところで切れはじめて、ほつれて解けてみすぼらしい。
 豪奢だった服はすっかり煤に塗れて、それでも着付けなおされることなどはなく、彼女は生きながらにして死体になったのをまざまざと語っていた。
 その脳をずうっと幻想の檻に閉じ込めてしまったのだろうと思う。――誰が?

 エレニア・ファンタージェン
 曰くつきの煙管。

 彼女の噂は鏡の中ですら、煙が立ち込めると同時に広がっていく。
 言葉は見えないし、聞こえない。だけれどわかっていた。――結末を知っている。
 様々な亡者が現れる。
 どれもこれも、エレニアを求めては幻想に口づけた哀れな亡者たちだ。
「これだけ人手を渡り歩いたエリィも殆ど呪物よねえ」
 皆を滅ぼした。
 皆を苦しい現実から、過酷な労働から、非道の極みめいた戦争から守っては滅ばせた。
 あまりにも苦しい現に耐え切れずに、殺してくれと心のどこかで願った誰かを――幻想の中で優しい拷問へ導いていった。
 
 ――ええ、確かに皆愛していたわ。

 だけれど、エレニアの『お気に入り』――いいや、もっと衝動的な、言葉には表せないほどの熱を持った人が其処に居る。
 懐かしい、と紅い瞳を細めた。
 見えないはずなのだ。
 どの鏡に映る亡者も、みな彼女の弱視にはほぼ灰色のにじみとしか映らない。だけれど、たった一人だけ。
 明確で、鮮明に――生きているかのようにその姿が在った。

「全部、砕いて」

 その姿を、首を左右に振って拒絶する。
 発動されたのは【死者たちの残夢(オワリナキレクイエム)】。
 ぞろりと彼女の呪詛から溢れる霊が、呪詛を叫びながら鏡にべたりべたりと貼りついてはたちまち周囲を割っていく。

「――さァて、それじゃァ仕事と行こうか!」
 その発動を悟って、常盤も声をあげた。
 彼は陰陽師である。だからこそ、呪詛には強い。
 満ちる瘴気にはエレニアのものも混じっている。甘いにおいには常に意識をしておいて、油断しない。
 己の上着から、待っていましたとばかりに宙に浮く白い紙たちと常盤が見つめあう。
 そのまま――口を小さく動かした。

 祝詞が、流れる。

 エレニアの亡者ごと、祝詞に乗せられた式紙が呪詛を貫いてその場を浄化する。
 鏡の割れた床にべたりと貼りついたそれが一切の呪詛を赦さなかった。
 たちまち、周囲の鏡は破魔の矢となった護符によって貫かれていゆく!
 どうどうどうと衝撃を立てながら、鏡に群がって呻く呪詛ごとそのまま割った。
 エレニアの眼前に浮かんだであろう――誰やも知らぬ呪詛すらも!
         ユメカラサメル
 ――破砕音で、意識が戻る。

「――、あら。気がついたら終わっている」
 ぼんやりしていた。
 両頬を自分の両手で抑えながら、今この場。現実に己の意識が戻ってきたことを確認するエレニアである。
「大丈夫かね」
 もし、まだ――呪詛に脳を冒されているのならば祓ってやってもよかった。
 常盤のほうに向きなおる鮮やかな紅の瞳が、夢と現のはざまからかえってきたばかりで何度か瞬きをしている。
「――、少しぼんやりしていたわ。大丈夫よ。エリィ探偵助手だもの」」
 さすが先生、お仕事が早い。
 なんていつも通りの調子に成って穏やかに微笑む彼女が、明らかに日中よりも雰囲気が変わったのなど。
 名探偵にとっては迷い猫の所在を探すよりも簡単に見抜けていた。
 だけれど、指摘するのは野暮だから常盤はあえて触れない。
「あァ、平気ならば何よりだ」
 あたりは常盤の張り巡らせた護符ですっかり清らかな気で満ちている。
 このまま前に進みながら、どんどん式紙を撒いていけば簡単に鏡は破れるだろうと壁に貼りついたそれをぺろりとはがしてみた。
 どうやら、其処まで鏡の強度は高くないらしい。
 ――割れやすいようにしているのか、持ち主の気質か。半々というところか。
 反射する光がなくなったために、二人の空間は暗い。助手が今どのような顔をしているのかなど、判然としない。
 しかし、沈黙と言うのは正直なのだ。
 常盤がうっすらと口元に笑みを浮かべて、助手のエレニアに告げる。

「それでは、真犯人の元へと参ろうか」

 エレニアが扱うだけの幻惑よりも、もっとリアルに頭に響くこの空間には明らかな悪意がある。
 阿片のために在ったエレニアに悪意がないのとは、対照的だ。だからこそ、エレニアには『効いた』のかもしれない。
 ――どちらにせよ、『有難迷惑』と言う話ではあるから。

 常盤は、頷くエレニアに満足してから足を進めたのだった。

 さあ、失礼な輩の顔を拝みに行こう。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

辰神・明
ダチのディフ(f05200)と

理想のアタシ
元の姿、猛々しい虎として思うがままに地を駆ける姿
ディフのもまァ、随分と感情豊かな『お人形』だコトで
――くっだらねェよ、全部

【咄嗟の一撃】【先制攻撃】【2回攻撃】を乗せて
【覚悟】を決めた『ブラッド・ガイスト』で
アタシとディフの鏡をブチ壊す、粉々にしてやる
その後に跳躍して、本物のディフの横っ面を思いっ切りぶん殴る

目ェ覚ませ、バカ
あんな作りモンの笑顔が、泣き顔が、怒ったツラが欲しいのか?
……感情っつーのは肌で感じて、学ぶモンだろうよ

少し待て、と言われれば【野生の勘】で周囲を警戒
アタシもヒトのコト言えないんだケドね
まっ、この身体の生活も楽しいし?


ディフ・クライン
明(f00192)と

鏡に見えるのは、理想のオレ
感情豊かで
泣いて笑って怒って
表情が豊かな

思わず顔を両手で覆った
呼気が早い
アキラが割ってくれて
と思ったら殴られて、吹っ飛ばされて
…痛いよ、アキラ

【オーラ防御】を展開しつつ
起き上がる時も片手で顔を隠したまま
手の下の表情なんてきっと変わってないんだ
けれど今は、見せられない

…オレがあんな風だったら
あの人(製作者)は、喜んだのだろうな…
…オレは作り物だよ、アキラ
ただの、事実だ

いや……
大丈夫、大丈夫だから
すこし、待ってくれ…

アキラの言葉には答えられず、無言で
オレは空っぽだ
今が楽しいとか感じたり、感情を学ぶなんて、本当に出来るんだろうか

…ごめん、問題ない、行こう




 
 二人で、この場所に来たのは正解だったかもしれない。
 そう真っ先に悟ったのはディフ・クライン(灰色の雪・f05200)だ。
 その隣に寄り添うように立っているのは、辰神・明(双星・f00192)――もとい、アキラである。
 彼らは今、猟兵たちが切り開いたエントランスから見える限りの部屋を暴いていっている。
 廃ビルというのだから――最上階におそらく佐伯・夏がいるのだろうとアキラが唸るのをディフもうなずいた。
 佐伯・夏は知能犯であるがプライドが高い。
 馬鹿ではないが愚かだとは思っている。二人の上を取りたい気持ちなんてきっとこの場の誰よりも持ち合わせているのだ。
「ケッ」
 吐き捨てながら、アキラが扉を蹴破る。
 とはいえ、もしかするとどこかのテナントに紛れているやもしれないからひとつひとつ暴くことにしたのだ。
 それにしても――どこも、鏡だらけである。
 いっそ人間の感情の割りには恐ろしすぎるそれに、ディフは凍り付いた顔を変えることはなかったのだが。
 
 二人が立ち入ったのは、元は飲食店で在っただろう部屋だ。
 多少散った血痕が鏡を濁らせている。どうやら、ここの機材で皮を洗っては整えていたらしい。
 その光景を想像するよりも早く、やはり目に飛び込んできたのは呪われし鏡たちだ。
「ゾッとしねえな」
 吐き捨てるアキラと、沈黙したディフの前には――食卓に歩めぬよう立ちふさがる大きな姿見だった。
 それが無数の鏡を反射して、多数の角度から見たアキラとディフを映し出す。
 どこにも、彼らがいる。
 どこにも――彼らがいないかもしれない。
 これは罠だと心して二人が立ち入ったとしても、脳と言うのは正直だった。
 二人の認知が、早々に歪む。

 アキラの視界に映ったのは、虎だった。
 猛々しい虎である。瞳は煌々としていて、牙を隠せずに好戦的に唸っていた。
 爪はしまいきれずに床を傷つけ、地を駆けて足跡を刻んで行く。
 自由な姿だった。
 木に登り、獲物を見定めて追いかけ、獲物をしとめて口の中を赤でいっぱいにする。
 美しい密林の川で涼みがてら、身を清めてまた走る。
 それが、理想だった。それは本来アキラがあるべく姿だった。

 どれもこれも、華奢な少女の体では――できないことばかり。
 もう、諦めていることばかりを映される。だから、余裕があった。友人であるディフを横目で見てやるくらいには。

 ――ディフは。
 鏡の中に理想の己がいた。
 そのディフは、忙しない。感情を体全部で精いっぱい表現できる。
 笑うときは全身から笑うし、泣く時も怒るときもそうだ。それが、『当たり前』にできている。

「――――ッッ!」

 呼吸が、うまくできない。
 めいいっぱい手を広げて、たとえ人形であっても「人よりも人らしく」できている理想があまりにも、綺麗すぎた。
 ディフが同じ真っ黒の服に身を包んでひそりと生きるのとはあまりにも反対すぎる。
 鏡の中のディフは、まるで己を誇っているかのように現実のディフを見つめた。
 ――どうだ、参ったか。
 そんな口の形をして、現実のディフを制す。
 ディフは、――ディフ・クラインは、こうであらねばならなかった。
 わかっている、わかっている。すべて、全て理解している。
 何度も頭の中で虚構を肯定した。何度も何度も何度も。だけれど、その姿にこのディフはなれやしないのだ。
 頷いても認めても悲しんだり苦しんだりしても、こころに「穴」が開いていて、きっとそこから感情が流れ落ちてしまっている。
 止まらない、止めれない、留まれない。
 何物にも、ディフはなれやしない――。
 両手で、顔を覆った。もう、全てが溶けだしそうなくらい色々なものがいろいろなところから流れ出てしまいそうで。
 どうか、せめて己の脳だけは逃すまいと思った反射の抵抗だった。

「――くっだらねェよ、全部」

 渾身の力で――【ブラッド・ガイスト】を発動する。
 アキラが殴りつけた鏡に、切られた手の皮から紅い血しぶきが出れば、ディフの体が揺れた。
 そのまま血液を纏って、アキラはもう一度己の右こぶし一つで姿見を割りつくす。
 きらきらと輝いて砕け散った破片すら、踏みつける脚で粉々にしてやる。
 ディフのほうに振り返ると、まだ彼は己の顔を覆っていてアキラを見ない。
 舌打ち一つ繰り出して、身長差を埋めるようにアキラが跳ねる。

 その整った顔を、左の拳で左頬を――打った。

 吹っ飛ぶ。
 渾身の一撃に変わりはない、床を低空飛行して脆い床の鏡はディフがバウンドを二度すればぐちゃぐちゃに砕け散っていった。
「――痛いよ、アキラ」
 小さな抗議だった。
 二度同じ呪詛にはかかるまいとディフが弱弱しく彼のオーラを纏う。
 殴られた左頬を隠すように、片方の手で覆う。――見られたくなかった。
 尻もちをついた己が座る床は、とうに砕け散っていてそれがアキラの威力を物語る。
 呪詛などもう発動できないほど、細かく割れすぎて鏡やらなにやらわからなくなった只のタイルだ。
 理解はできている。
 己の隠したほうにある顔だって、きっと少しも変わっちゃいないのだ。
 ――凍てついた人形であるから。
 でも、アキラには見てほしくなかった。きっと、友達にあるまじき酷い有様だろうとはディフもわかっていた。

「オレは作り物だよ、アキラ」
 ただの、事実だ。己にも相手にも言い聞かせるように告げた。
 絞り出すように出た声は、懺悔ともとれる。
「は?目ェ覚ませ、バカ」
 いら立った口調を隠しもしないで、アキラは足元に転がる破片を踏み砕く。
「あんな作りモンの笑顔が、泣き顔が、怒ったツラが欲しいのか?」
 ぐしゃりめしゃりと音を立てて歩む彼は――友は、やはり強かだ。
 それが、それこそが、そう言った姿が欲しかった。ディフは、己のために“そう”なりたいわけではないのを気付いていただろうか。
 ディフの製作者は、今目の前にいる虎の彼女のようにディフが感情を理解できて当たり前のように放てれば愛してくれただろう。
 そう、信じてしまう。
 ――信じて、やまない。
「もう一発ぶち込んでやろォか」
「いや……大丈夫、大丈夫だから」
 短い応酬の中に、友の優しさも魅せつけられる。
 何もかもが、今のディフにとっては刺激になってしまうのだろう。少し待てと言われたアキラが腕を組んで、あたりを見回すことにした。
 ――少しでも、ディフを見ないように。
 ディフの理想も、密接していたアキラは見ていた。見てしまっていた。
 それはディフのありたい姿で、もっと早くになっておきたかったものだったのは彼の態度が明らかに物語っていた。
 だけれど、――それは、ゴールではないのか。
「……感情っつーのは肌で感じて、学ぶモンだろうよ」
 アキラは、友人に説く。
 けして今の表情が感じられない友人を否定などしない。否定したら、どうして友人などやっているのかわからないからだ。
 ディフがディフなりに考えて、毎日をしかと噛みしめて生きて、己の在り方を考えている。
 それを知っているから――応援こそすれど、悲観的に見ることなどはアキラにとってあり得なかった。
 道に迷ったのならこうして教えてやりたいし、止まってくれと言うのなら満足するまで傍にいてやる。
 友人なのだ。どこまでも、どこまでも――隣人想いの優しい虎である。
 だから、この生活だって悪かない。アキラはアキラであり続ける手段を知っていたのだ。
 
 強い友人を持つディフは己の矮小さを知った。
 じゃりりと砕けたガラスが床に散らばるのを、伸ばしたかかとが蹴って擦れる。
 アキラの言葉には、未だ答えられない。きっと今日だって明日だって答えられない。
 疑念が、渦巻いていたのだ。

 たのしいなんて、感じられるのだろうか。
 感情を学ぶなんてことが本当にできるのだろうか。
 足らないものをゼロから作ることなんて、どうしてどうやってできるのだろうか。

 己の歩む意味を――振り返るべきなのかもしれない。
 誰かのために、本当に感情が必要なのか。誰のために、感情が必要なのか。

「ごめん、問題ない、行こう」
 
 ディフがようやく動き出すのを、アキラがため息をつきつつも歓迎する。
 ――ここで、立ち止まらないからこそ友なのだ。
 アキラは視えただろうか、無機質な人形である彼の顔を悟れただろうか。
 体を起こして、立ち上がる顔から左手が離されたのは――どんな意が、あったのかを。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鎧坂・灯理
【UC無し】
(十代前半の少年が映る。黒髪紫目、優しそうな垂れ目、底なしの暗い瞳)

……まさか、あなたが映るとは。
お久しぶりですね、灯真(トウマ)兄様。『嘉衣坂』を捨て、私にすべてを押しつけた半身。
ちょうど良い。私はあなたの鼻をへし折ってやりたかったのですよ。
何か言いたい事がおありで?

(変わらないね。夢想家でおばかさんな僕の妹
何度も教えたのに。命に意味は無くて、人間は弱くて、世界は変わらないって
見せたげただろ? 家から出て行ったなんて大嘘、僕は)

――しまった。
つい“カッとなって”スーツケースで殴ってしまった。
まあいいさ、鏡は砕けた。あとは進むだけだ。

……家を出て行ったのでは、ない?





 ――電脳探偵、鎧坂・灯理(鮫・f14037)は。
 なんとも、この空間の効率の悪さに眉をひそめた。
 確かに、ここに関係者を連れてきたのだろうなとあたりの痕跡をレンズ越しに見てやる。
 愛する誰かを喪った、そのきっかけを作ってしまった、獣のような佐伯・夏に獲物を差し出してしまった隣人たちを此処に招いて気をおかしくしてやったのだろう。
 圧倒的な脅威、圧倒的な恐れなど猟兵でない一般人にとっては身近なもので起こり得るのだ。
 超常である恩恵がまさかここにあるとは――。
 鼻で笑い飛ばしてやりながら、灯理はコートを靡かせながら前へと進む。
 蒸し暑いのは確かだった。
 季節は梅雨と初夏の間。むわりとした熱気はおそらくこの空間を反射し駆け巡る日光のせいである。
 ――電脳探偵の脳を鈍らせる目的ではないだろうが。
 もしそうだとしたなら、小賢しい彼女らしい。
 灯理が敵性を見出すには充分すぎる理由だった。天然の悪意ではなく、恣意なのだから。

 わざわざ高等な技術を使うほどでもないが、当たり前のようにこの場所には呪詛が渦巻いていた。
 この呪詛には灯理の前に、多くの猟兵たちが幻想を見せられたのだろう。
 あちらこちらで発生する破砕音には、明らかに破壊の目的ではない何かが含まれているのはとっくの昔に超常の頭で受信した音波で聞き分けた。
 だから、もし――自分にもそのような呪詛が降りかかるとするなら。

「まさか、あなたが映るとは。」

 歩みを進めた灯理の前に立ちふさがったのは、壁と天井と床から灯理を見つめる――少年である。
 十代前後のあどけなさと、灯理とそろいの黒髪と紫のひとみ。
 それから、正反対ともとれる垂れ目と、光を喪ったその中身。
 ――お久しぶりですね、灯真(トウマ)兄様。
 告げる、灯理の口許からは呪詛めいた悪意が染みた。
 『嘉衣坂』、は。
 灯理とその片割れ、灯真の血筋である。
 由緒正しい家であった。生まれながらに金で苦労したことはないほど、優秀な人材のそろう家だった。
 ――ただ、古き悪習というべきか。
 「才能」と「性別」を混ぜてしまう家でもあった。
 灯理は、生まれながらにして意志が強いたちではある。今はもう、『意志の怪物』といっても過言ではないほど強靭であり狂人なのだが。
 はっきり言って、幼少期からさほど女性らしいわけではない。
 女らしくしろと言われる理由もわからなかったし、片割ればかりが期待されて灯理には何の恩恵も与えられやしなかった。

 だが、灯理が性能の良い頭を持ち腐れていた日々の中で――片割れは、消えた。

 それが、彼女の転機となった。
 鬼ばかりが潜む世界に急に放り出され、やれ礼儀だのやれ次だの一気に押し付けられる。
 灯理の才能を誰もが認めていなかったのに、「お前しかいないから」と誰もが強制し始めて、とうとう――灯理も家からは飛び出した。
 誰の恩恵も無くてよい、誰かに上げ膳据え膳されてやるものか。
 意志のけものが怪物になるまでの過酷な道は、きっと想像するよりも――酷くて、えぐい。

 その、すべての起点が――『嘉衣坂・灯真』である。

「ちょうど良い。私はあなたの鼻をへし折ってやりたかったのですよ。」
 虚構?妄想?――知った事か。
 この起点が嘘であっても、己の記憶と感覚は嘘ではない。
 偽物を殴ったところで構いやしないのだ、鎧坂・灯理の頭が良すぎるのは己が一番よくわかっている。
 限りなく再現度の高い――鏡の中の片割れに、真正面から向き直った。
 ・・       ・・
 これを殴ることは、本物を殴ることとほぼ同義である。
 以上、証明終了。それ以上を考える必要などはない。そう――灯理が眼鏡のずれを戻したところで。

 鏡は、言う。
「変わらないね。夢想家でおばかさんな僕の妹。」
 声まで、あの日のままだ。
「優秀な己の脳に、感動しているところですよ。」
 侮蔑には自己肯定で返してやる。
 鏡の中の片割れは、垂れ目の紫はより暗くしてみせた。
「何度も教えたのに。命に意味は無くて、人間は弱くて、世界は変わらないって。」
 奥歯を噛む。
 吊り上がる己の口許の皺が深くなる。
 灯理の瞳がぎらぎらと殺意に満ちているのを、鏡の中の――兄は、嗤う。
 無駄なことばかりを考えて、無駄な事ばかりをして、高級な脳がかわいそうだと兄は言う。
 ――所詮は、なにひとつ変わらないのに?とその目が問いかけてくるのをずっと、ずっと嫌っていた。
「見せたげただろ? 家から出て行ったなんて大嘘、僕は」
 ――そしてそれは、恐らく兄も。

 空気ごと、鏡に質量が叩きつけられる。
 それは、灯理のスーツケースであった。ぐしゃりと容易く割った輝きに灯理は思わずまばたきをする。

 ――しまった。

 つい、激昂に身を任せて砕いてしまった。
 だけれど、結果は変わらない。踏み込んだ重心を証明するように床の鏡も割れているし、風を切りながら繰り出した一撃がひとつならずあたりの鏡も割っていく。
 ぱらぱらと舞うガラスの破片を見上げて、結果が『良』であることを確認する。

 ならば、あとは進めばいい。そう判断して――計算して、足を前にやったとき。

 ――家を出て行ったのでは、ない?

 電脳探偵の頭に、ざりりとノイズが走る。
 どこの調子が悪いのやら、一度調べてみる必要があるなと己の首を撫でた。
 うなじにじわりとにじんだ汗が粘っこい。片手を振って、ため息を吐く。

 ――兄の声が、まだ『良すぎる頭』と耳に纏わりついていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

薬師神・悟郎
鏡、鏡、鏡って…
俺の頭もおかしくなりそうだ
防具改造、呪詛耐性、激痛耐性で備えておけば、少しは耐えられるだろうか?

こちらに向けられた悪意は気分が悪い
…俺は付き合うつもりはないからな
UCで苦無を複製、堂々とした理想の俺を映す鏡に向けて範囲攻撃
視界に捉えきれない分は呪詛、存在感を第六勘、野生の勘で探り一気に破壊する

鏡に映ったものが理想の姿だったとして、俺からしたら「だからどうした」
少なくともこの歪な状況を作っている”今を”終わらせられるのは”もしも”の俺じゃない
”今の”俺だと理解しているつもりだからだ

やるべきことがはっきりしているのは助かった
今は集中しよう
これが終われば、考える時間はたっぷりあるんだ





 異常な空間に訪れてしまったなと、今更ながらに振り返る。
 どこを見ても鏡、鏡、また鏡で――なるほど、こんなところにいれば誰だって頭をおかしくするだろう。
「俺の頭もおかしくなりそうだ」
 己の額を抑えながら、ため息をひとつついたのは薬師神・悟郎(夜に囁く蝙蝠・f19225)である。
 わざわざこんな場所を根城にするのだから、どうかしている。殺人を起こしたのだって、呪具がどうとか出自がどうとかじゃなく、本人の問題ではないのかと悟郎は空間を見やった。

 几帳面にそして繊細に、どこから取り寄せたのやらわからぬ板状の鏡たちは目線を悟郎に合わせてくる。
 明確な悪意が、その鏡たちにはあった。
 実際に、ここで行われたことは「作業」以外にもおおそうである。
 ある先行した猟兵の情報によれば、ここではおそらく被害者の縁者を歪ませてしまったのではないかというものだった。
 確かに、己がもし半魔でなくて何も知らない民間人としてこの場にやってきたのならば、間違いなく狂っていたかもしれない。

「俺は付き合うつもりはないからな」
 ため息交じりに、四方八方に映る自分を見た。
 其処にいるのは――『理想の』薬師神・悟郎である。
 こちらに胸を張って、フードを外して不敵に微笑む彼は冷たい夜の色を誇りに思う月のようだった。
 気の弱そうで毎日の改革よりも平穏無事を祈る現実の悟郎とは正反対にも思える。
 悟郎がその様を、己のフードと前髪で狭められた視界に収めながらも不健康な色をした顎を撫でつつ受け入れた。
 
 きっと、この悟郎は「仕事を失敗しなかった」。
 
 失敗知らずのまま自尊心は高く、現実の悟郎が持つ鈍い金色に対して鏡の中の悟郎はぎらぎらとした金を持つ。
 好きでないな、と。
 お互いに視線を交錯させながら思ったことだろう。
 鏡の向こうの悟郎が目で訴えているのだ。そこに在るべきはこの俺なのだと。
 ――しくじったお前が其処で生きていくよりは、俺の方が仕事がよりできて相応しいのだ。

「だからどうした」

 お前がそんなに――俺を見つめて、どうしようというのか。
 鏡の中の悟郎が満月であるならば、現実の悟郎は新月だ。
 太陽に照らされることはない、しかし確かにそこにあるのは本人しかわからないような存在である。
 ひとつ息を大きく吸って、それからゆっくりと吐いた。

 ――今は、それでよいではないか。

 悟郎は悲観的でありながらも、冷静な生き物なのだ。
 それは彼が20年生きてきた人生で覚えた生きるすべかもしれない。
 己の使命と言うものに対して、彼は意志が強くまた理解力がある。
 鏡に映っている、この完璧な悟郎は。

「所詮鏡から出てこれないだろ」

 ――鏡でしかない。
 鏡の向こうの悟郎が、不快感に表情を歪ませた。
 言いたいことは現実の悟郎ならばいやと言うほどわかっている、彼は彼なりに「己のことを理解している」から。
 少なくとも、この歪な状況を作っている”今を”終わらせられるのは”もしも”の悟郎ではない。
 ――”今の”俺だと理解しているつもりだからだ。
 弱弱しいながらに、周囲からの変化に過敏であれど、『自我』と言う点においては譲れない!
「『行け』」
 短い詠唱と共に展開されたのは、悟郎が持ち合わせる苦無である。
 【召喚【弐】(ショウカン・ニ)】は魔力を吸い上げて今、――成就された!
 宙を浮く苦無が、鏡に映る。まったく同じ方向で相殺せんと威圧をかけるが所詮、鏡の世界である。

 悟郎が瞳孔を狭めれば、瞬く間に周囲の鏡は砕け散った!

 きらきらと目障りに視界で瞬く粉々の破片に目を細めて、悟郎は己の身から去った脅威を確認する。
 ――今は集中しよう。
 己に向き合う時間は、仕事の時間ではなくて私の時間にたっぷりとればよい。
 冷静でありながら、彼もまた影で生きてきた隠密のそれである。確かな仕事への使命を思い出しながら、前へと進んだ。
 そこからは、しかと己の中に在る技術と技能を駆使していく悟郎である。
 流石元、仕事人というべきか。彼は呪詛にも激痛にも耐性があるよう鍛えられてきたし、この狂気的なまでの異常空間に煽られることはなかった。
 階段を見つけた悟郎が足を乗せれば、一段目が彼の質量で罅を走らせる。
 破砕音と共に、足元を見た。
 いっそ美しいまでの罅には、悟郎を映すどころではなかったのだろうか。そこには、何もなかった。
    ・・・・・・・・・・
  ――吸血鬼は鏡に映らないように。

 気にも、留めていられない。
 一刻も早くこの場から仲間と共に抜け出して、きっと最上階にいるであろう「佐伯・夏」の顔を拝んでやりたかった。
 後ろで数々の猟兵たちが叫び声をあげたり、鏡を憎らし気に砕く音がする。
 助けたくはあった、――肩に手を添えてやりたくあった。
 だけれど、それは悟郎の使命ではない。 
 現実の悟郎は、今この場で誰よりも冷静で在らねばならないのだから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロカジ・ミナイ
鏡の中の僕の後ろに立つ、僕以外の誰か
長い黒髪で、青い瞳がきれいな、死んじまったみたいに色白で
半分僕にも似ている、とってもきれいな顔で
触れて欲しそうに僕を見ている

鏡の中に向けて手を伸ばした
僕らの間にある障壁を壊すために殴って、殴って殴って、
おやおや、ようやっと鏡が砕けたってのに、君は消えちゃった

まぁまぁ、あれは君じゃあなかったし
だって本物の君ならば、自分の足で立ってるはずがないんだもの

拳に刺さった鏡の破片をつまみ出して、面倒な分は手を振って払って
血はそのうち止まる
止血剤はないのかって?あれまぁ忘れてきた

過去なんていうゴミを他人に投げつけるような
嫌ぁな趣味を持った嬢ちゃんのお仕置きに行こうか





 鏡の中のロカジ・ミナイ(薬処路橈・f04128)の後ろに、誰かが立っていた。
 その姿を、思わず食い入るように目に入れる。
 ここが大掛かりな罠だらけの場所で、その術中に飛び込んでいくことなどわかっていた。
 ある程度は情報を耳に入れて、へえと余裕を崩さないロカジだったのである。
 ――実際に、こうして鏡に映った誰かを見る感覚と言うのはさすがに想像出来やしなかったのだが。
 ああ、なるほどと思う。
 ほかの場所で砕かれる音に呪詛よりももっと猛々しいものが混じる理由がまざまざとロカジの前に現れていたのだった。
 階段へたどり着くまでに、全ての場所を一度調べておこうと。一階にあったのであろう元薬局は多くの鏡が設置されている。
 床面も天井もさることながら、ご丁寧に鏡で立て看板まで作ってしまうほどの――執着と呪詛が立ち込めていた。
 それほどまでに丁寧に繰られたこの場であれば、致し方あるまいと向かい合う。
 鏡に映ったのは、確かにロカジと女性だったのだ。

 長い黒髪は、鏡の世界と現実世界に差す夕焼けと同じ色で照らされている。
 まるで、今本当に後ろにいるようだった、振り返ってみれば後方に映ったロカジの姿と共にやはり『居る』。
 脊椎動物の体である限りは、首が真後ろまで振り向ききれないから。
 この背後にいる彼女が嘘かどうかなど、どこを見ても証明しようがなかったのだ。
 振り向いたロカジを無数に映す360度全方位からの鏡である。床面も、天井も、背後も、前も、左右もすべて彼女とロカジを映す。
 嘘だ、虚構だ――過去だ。
 わかっていたけれど、もう一度己の前にある壁を見た。
 壁は、大きな一枚の鏡だった。頭のてっぺんからつま先までしかとロカジを、そして彼女を映す。
 
 やはり、青い瞳が綺麗であったのだ。
 空よりもずっと青い、海よりもずっと鮮やかな瞳と「死んじまったような」肌をした彼女はどことなくロカジにも似ている。
 呆けた。
 その再現度の高さに、どこか冷静になる自分と衝動的なまでに煮えたぎる自分が居る。
 鏡世界にいるロカジの表情は、現実そのものだった。
 黒髪の彼女と視線があう。どきりとした心臓だった。
 鼓動が早くなる、まるでこの空間だけが切り取られたような感覚がして、全ての音が遠くなった代わりに鼓動の音色が近い。
 己が興奮しているのがわかる、それは欲からではなく、紛れもない緊張。
 彼女の瞳は、ロカジに訴えるような色を孕んでいた。
 ――思わず手を伸ばす。
 鏡の中を掴めるかのように思っていたのに、無機質な板に遮られた。

 触れたい。

 黒髪の彼女が、長いそれを垂らしたまま青の瞳を伏せた。
 単純な欲望と、複雑な歴史と心がぐちゃぐちゃと掻きまわされた気がして――目の前の鏡を殴った。
 殴った、殴った。もっともっと殴った。
 憎らしい無機質を破壊しつくしてやろうと思ったから、拳が砕けたってかまわない。
 この障壁がなければ鏡の奥にいる彼女を触れてやることができた。
 だから、ひび割れる彼女の顔など気にも留めない。これがなければ、これが壊せればきっと彼女は解き放たれる。
 嘘である、偽りである、わかっている。
 だけれど、――そうしないといけない気がして粉々に鏡を砕いた。

「おやおや、ようやっと鏡が砕けたってのに」
 正気に戻ったのか、初めから正気だったのかもしれないが、現実めいた飄々とする口ぶりでロカジが話したのは己の拳が血まみれになったあとである。
 肘を伝わず、その代わり破壊された破片たちを真っ赤に染めてしぶきを垂らさせた赤は、紛れもなく現実だった。
 それを――理解して。
 穏やかに、目を細めるのだ。

「あれは君じゃあなかったし」

 言い聞かせるように、口にした言葉があった。
 ――だって本物の君ならば、自分の足で立ってるはずがないんだもの。
 嘘だという確信がずっとあった。だからロカジはこの幻想に長くは苦しめられなかった。
 理想だった、これが――理想だったのは。
 彼女が足をつけて立てていたことも、全てそうである。
 拳に刺さった鏡の破片を、冷静につまみ出す。
 手を何度か触れば床に敷かれた鏡たちに赤が散って、呪詛はロカジのそれで消え失せる。
 放っておけば、血はそのうち止まるだろうと己で確認してから。
 止血剤はそういえば忘れてきたなと思い出して、一つ大きく伸びをする。
 
 ――切り替えた。

「過去なんていうゴミを他人に投げつけるような」
 吐き捨てるように、伸ばした己の体と共に出た呼吸に乗せてロカジは瞳を細める。
「嫌ぁな趣味を持った嬢ちゃんのお仕置きに行こうか」
 瞳を見開いたロカジの青は、青空よりもずうっと青い。
 拳の痛みが、赤が、もう呪詛に彼を引っ張らない。
 その痛みこそ現実で、この虚しさこそが真実だ。
 荒療治ではあるかもしれないが、これが一番今の自分には『特効薬』になり得る。
 そのまま、ロカジは振り向きもせず、どこの鏡を見ることもなく歩き続けて言った。
 鏡に映る彼に寄り添う、黒髪の彼女のことなど――二度は受け入れてもやらなかった。

成功 🔵​🔵​🔴​

加里生・煙
―鏡に写る姿は 俺自身の姿をしていた。
ソレは誰かに覆い被さっていて。
その両手は 誰かの首元に伸びていて。

絞めていた。

反射的に拳で鏡を叩き割る。

そんなものは認められない。
胸に抱くのは強い拒絶と ほんのすこしの高揚感。
まだ 認めるには早すぎたかと 獣の声が聞こえた気がして。割れた鏡を握りしめる。
痛みだけが思考を塗りつぶしていく。

まだ、まだ、気づいてはいけない。
その境界を越えてはいけない。
しあわせになるには早すぎる。
だから、

あぁ、まだ 大丈夫。俺は正しい。怖いのだから 恐ろしいのだから はやく はやく 正しいことをしなければ。
悪を倒さなければ。

口許を手で覆う。でないと、何故だか笑ってしまう気がした。




 
 戦慄である。
 加里生・煙(だれそかれ・f18298)の前に現れたのは、紛れもなく煙自身だった。
 理想の己が見える、打倒すべき障害が、かつての何かがそこに在るだろうと仲間たちが苦しみながらも報告するのを、内心少し怯えて聞いていた。
 何もかもを、暴かれてしまいそうで。それでも、彼は正義であるから。
 今更何を暴かれたところで、何にもなるまいと思っていたのだ。
 加里生・煙のその半生は一般人そのものであった。
 たいそれた苦労はしていないし、人並みの経験と成長を積んでUDCアースにて生きてきた彼である。
 猟兵に選ばれたのもつい最近の事で、それまではこの狂った事象のことなど「未解決事件」で済ませてきたのだ。
 よくある誰かの人生と、そう変わらない。だから、今更何かを見せられても気恥しいだけに終わるだろうと思っていた。
 むしろ少し滑稽で、面白おかしい話になってしまうだろうなとすら考えていたのに。

 何もかもが、違った。
 それでは、何が違うかと問われれば――まず、鏡の中の煙は現実の煙を見ていない。
 立ち尽くす煙に対して、鏡の中の煙はその顔をこちらに向けていないし、誰かの馬乗りになっていた。
 誰の?――佐伯・夏だ。
 この事件の犯人に馬乗りになって、覆いかぶさっている。
 何をしているのかなんて一つも理解したくはなかったのに、煙は直感してしまう。
 
 いのちを、むさぼっている。

 小さな少女に跨って、その首を絞めていた。
 その表情は煙からは見えない。だけれど、鏡の世界に広がる地面が鏡であるから。
 少女の首を締め上げる煙の、顔が見える。
 その姿も、煙が真正面からとらえた鏡の中の煙の背中は、まるで獲物を喰らう狼のようなものだ。
 吐息が聞こえる。
 少女のものでない。紛れもなく鏡の中のそれは息絶えていた。
 首の骨を折られて、白目をむいて、口の端から血泡を吹いているそれをまだ手放さない。
 むしろ、味わうように確かめるように五指にひとつずつ力を籠める煙の顔は――。

「あ」
 気が付いた時には、拳で鏡を割っていた。
 激しい打突と割れる音と共に噴出する赤である。
 拳が砕けたかもしれない、それでもよかった。
 ――あの光景を、煙は認めたくない。
 痛みで思考を取り返したかった。この痛みさえあればいい、これで現実にたどり着けるのなら。
 煙が己の拳にぶちまけられた赤を見ながら、片目の瞳孔を狭めたのなら。
 ――まだ、認めるには早すぎたか。
 楽しむような、獣の声がこだまする。
 獣?いいや、これはきっと煙の声なのだ。己の喉に触れる、震えている。
「くそ、くそ、クソッッッ!!!」
 頭がおかしくなりそうだ――いいや、きっともう、おかしいのだ。
 黄昏を目に入れたあの時から、ずっとそうだ。呪詛を壊したいまでだって、先ほどの光景が頭から離れないではないか!
 割れた鏡をたまらずに手にして、己の手のひらに深く深く食い込ませるように握る。
 がたがたと震える右手と左手が、痛みと煙の衝動を物語るのを視界に入れてからぎゅうっと目を瞑るのだ。

 ――まだ、まだ、気づいてはいけない。
 吼えだしてしまいそうだった、今にも人で在ることをやめてしまいそうだった。
 あの細い首はどのような感触がしたのだろう、どんな脈拍で、どんな力加減で、どんな温もりが、どんな、どんな――!!
 頭の中で警笛が鳴り響く、そこで止まれと叱られるような鋭い理性が彼を律しようとする。
 ――その境界を越えてはいけない。しあわせになるには早すぎる。
 認めてはならない。この己を認めてはならない向き合ってはならない!!

「『あぁ、頭がスッキリしてきた。』」

 そして、炎が――群青のそれが、鏡の部屋を熱で覆う。
 爆発するように煙から出たのは【狂気を喰らう(マッド・イーター)】だ。
 ごうごうと燃える炎が鏡を熱してはいとも簡単に歪ませて砕いていく。煙には、その破砕音すら心地よかった。
 ぱりん、ぱりん。
 景気よく無数に割れていく世界で、輪郭を青く照らされる。
 開かれた両目は色が違うが、青の灯はひとしく彼を照らすのだ。

 ――あぁ、まだ 大丈夫。俺は正しい。

 この光景を、恐ろしいと、悍ましいと己が想う限り。
 それでもおおよそそうとは取れない表情を浮かべているのに、煙の心は体から離れていた。
 じくじくと痛む掌のみが、唯一からだとこころを繋ぎとめていたのかもしれない。
 ――暑くなってきた。
 ただでさえ蒸し暑い日のことである。煙が一度世界を意識すれば全身から汗がにじみ出ていた。
 はやく、早く正しいことをせねば。
 大股で歩いて探索し終えた部屋から出ようと、熱で歪んだ出入り口を蹴飛ばす。
 そもそも、――どうして此処に来たのだっけ?
 覚えてはいない。だけれど、己は正しい。己がここに来たということは間違いなどなく、罪などない。
 やるべきことは最初から、たった一つではないか。たった一つの道に何を迷っていたのだと煙は己の口を手で覆う。 
 鉄臭い、匂いがした。
 べっとりと掌が血に塗れていて、彼の口許を汚しても気にするそぶりはない。
 ――悪を倒さなければ。
 どことなく、煙の足取りは軽くなる。それはまるで爪音を鳴らしながら四本の脚でリズミカルに駆ける狼のように。

 今にも、鼻歌が流れそうだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴァーリャ・スネシュコヴァ
見渡す限りの鏡
敵の術中だとしても
今まで乗り越えてきたんだ
…いや、本当に乗り越えていたんだろうか?
乗り越えられたのは、もしかして
俺が何も『知らない』からじゃ?

相対する鏡
優しげに笑うその人
本当に、貴方は一体『誰』なんだ?
「ヴァーリャ」
「いや、ヴァレーリヤ」
そんな名前、知らない!
本当に知らない!
何も知らない!!!

鏡に映るその人は悲しそうな表情を浮かべ
柔らかな髪に乗る狼耳と尻尾を揺らし、それでも笑った
「忘れても構わない」
「僕は知っているよ。ヴァーリャ。お前はいい子で、頑張り屋さんで、泣き虫で」
「そして……愛すべき僕の妹だ」

…壊せなかった
無理だった
あの時見せられたトラウマの記憶
あれは俺自身だったんだ

*苦





 見渡す限り、鏡だらけの空間はいっそ神秘的だった。
 これが敵の術中であろうとしてもヴァーリャ・スネシュコヴァ(一片氷心・f01757)が訪れればどこでだって氷上のステージとなり得るのだ。
 乗り越えてきたのだ、今までだって。どんな酷い舞台であっても最後まで踊ってきた。
 彼女こそ氷上の奇跡であるし、その奇跡で在り続けるために努力を惜しまなかった。
 記憶がないこと以外は、彼女が彼女で在れる方法で生きていたように堂々としていた。

 ――のだけれど。
 どうしてこの部屋に、どんな目的で訪れたのやももう思い出せないくらい体は緊張しきっていた。
 自分に自信があったのに、こうして多角的に己を見せられてしまうと揺らぐものがある。
 乗り越えてきた恐怖は、果たして本当に乗り越えられていたのだろうか?
 持ち前の底なしの明るさをほこる心の太陽に、暗雲が立ち込めるように――この鏡の空間はヴァーリャを包み込むのだ。
 どこを見ても、どれをみても、存在するのは自分ばかりだった。
 だから余計に不安になる。ここには観客もフォロワーもいない。仲間もいない。
 ――俺が何も『知らない』からじゃ?
 今、己を支えられるものがないのはきっとヴァーリャの何かが欠落しているからなのだ。
 本能的な恐れもある、拒絶もある。それはどうして?ほかの猟兵たちと、ヴァーリャは何が違う?
 頭を働かせたのは、幼いながらの「成長」のためかもしれない。
 本能的に備わった機能を動かした脳が、現実と言う冷えによって『正常』であろうとするのだ。
 ――いつまでも、ステージの上にいるヴァーリャではいられない。

「ヴァーリャ」

 誰かに、名を呼ばれたから。
 躊躇いなく振り向いた。それは、どうしてだったろうか。
 対面した鏡が壁だと理解できないままにヴァーリャは反射的にそうしたのだ。――声すら知らない、誰かだったのに?
 
「いや、ヴァレーリヤ」

 感じたのは、――脳からの命令だった。目の前の誰かを拒絶しろと叫んだ。
 視界にようやく収めたのは、ヴァーリャによく似た誰かである。
 柔らかなふわふわとした髪に、美しい顔があって、それからそれに乗るのは狼耳。
 尻尾はゆらゆらと虚構ごしに再開を喜んでいるようでありながらも、ヴァーリャからの拒絶には傷ついたらしい顔をしている。
 対するヴァーリャは、耳がすっかりピンと張っていた。緊張しきって、瞳孔も開いている。
 こんなプレッシャーは、どの氷上でも感じたことがなかったというのに。

「そんな名前、知らない!」
 たまらず叫んだ。
「忘れても構わない」
 それに帰ってくるのは、優しい声色だ。
 これは、何だ?
 ――ヴァーリャは己の何を疑えばいいやらわからない。
 記憶がない自覚はあった、それでも構うもんかとアルダワの魔法学園に通っていた。
 扱える氷の力と己の名前だけは大事に、それから生活最低限の記憶だけ持って生きていた。
 学園に拾われてからの人生は、記憶を取り戻すために希望に満ちたものとなっていたはずなのだ。
 そんな彼女の人生が、演目であったというのか――? 
「本当に知らない!」
「僕は知っているよ。ヴァーリャ。お前はいい子で、頑張り屋さんで、泣き虫で」
 鏡の中の彼は、まるで己を励ますようではないか。
 呪詛など、どこにあるというのかもわからない。己の脳が何の嘘を吐いているのかも、これが事実であるのかどうかも、追いつかないばかりだ。
 おかしくなる、可笑しくなる。
 ほつれて、ほどけて、氷上の奇跡は道化師へと姿を変えてしまう。
 思わず足を内またにして、体を委縮してから己の頭を抱えたヴァーリャである。柔らかな水色の髪が垂れて、彼女の顔を隠すのに地面の鏡はそれを許さない。
 まざまざと今の表情を、ヴァーリャ自信にたたきこむかのような――冷たさは、氷とは違う。

「 何 も 知 ら な い ッ ッ ッ ッ  ! ! ! 」

 絶叫だった。
 これ以上、己の深みに居る誰かを起こしてほしくなかった。
 今までのように、氷上で踊るだけではいれなくなってしまう気がした。
 この事件の犯人をどう倒すか、どう暴くかわくわくして日中は明るく輝いていたというのに、すでに――もう、その光は暴かれたのだ。

 そうあるべきだ。君には、――。

「そして……愛すべき僕の妹だ」

 その姿が相応しい。
 遠くで、穏やかながらにヴァーリャを笑う誰かの声が聞こえたのだった。
 すっかり可愛らしい耳は真横に伏せられて、ヴァーリャを置き去りにする。
 壊せない、壊せなかった。
 鏡は壊されないまま、全てをヴァーリャに思い知らせては満足して現実へと引き戻した。
 ヴァーリャは、虚像だった。
 ほかの猟兵には嘘や偽り、記憶の端から抗うべき誰かを、かつて望んだ誰かを、そうあるべき己を映し出して痛めつけたというのに。
 「偽物」であるヴァーリャは本物にいたるべく、脳を掻きまわされてようやく気付いた。
 ――本当に、役立たずね。
 ヴァーリャがぶるりと震えた肩を、抱いた。
 寒い、寒い。胸が、寒い。
 知らない誰かからの罵倒だと思っていた、知らないだれかからの暴力だった、記憶になかった。思い出したくなかった。

 認めたく、なかった。
 歩みだす。ほかの鏡も満足したのか、ヴァーリャを映してももう、くだんの彼を映すことはない。
 優し気に微笑んで、己を思い出させようとした彼は、こうあることを望んだのだろうか。

「あれは――俺自身だったんだ」

 受け入れるべき現実は、氷よりもずうっと暗くて冷たい。
 ゆるりとドアノブに手をかけて、他の猟兵がそうしたように階段を昇って行ったのだった。

 ――ただの奇跡では、もう居られまい。

苦戦 🔵​🔴​🔴​

ナハト・ダァト
◇鏡に映る者
理想の自分

不気味な姿でなく、話し方も人間に近く。
表情が豊かで、第一印象から信頼される容姿

…あれハ、そうカ。
私ハ、そんナ事ヲ……

何テ。
実ニ下らないヨ。
オブリビオンの力ニ、斯様ニ惑わされるなんてネ
しかシ、問題ニなドならなイ

「啓示」と無限光は全てを導く

歩むべき道を、確実に進めるように
常にその力を十全に発揮し続ける

――あア。
どうでモ良イ
私ハ私の事ヲ考える事ガ、心底どうでモ良イ
迷う事なド無イ
解決しタ事ダ
何者カ分からずとモ、導く声ハ確かニ聞こえル

叶えたい夢モ叶えタ
今更、望む物モ無イ

だかラ、猶更虫唾ガ走るヨ

この相手ハ、許さなイ事にしタ

先ヘ進むヨ
お説教ヲ、しなけれバいけないからネ

【アドリブ歓迎】





 ナハト・ダァト(聖泥・f01760)は、ブラックタールである。
 異形であってもその他であっても、今の姿ですら彼を頼る患者たちは多い人気の医者だ。
 彼のもつ叡智が人を救うために動く美徳である限りはこれからも心や体を病んだいのちが――時には、猟兵だってすがりつく。
 だけれど、彼は医者として致命的な点も持っていた。
 ――完璧には、なり得ないのがいのちだとはわかっていても。

「あれハ、そうカ。」
 これはオブリビオンに共鳴した人間がもたらした力であり、罠である。
 最上階からの呪詛反応があまりにも強い。それは聖者であるナハトにとっては察知するに容易かった。
 ――だけれど、其処に至るまでの部屋にだって同等の悪意と呪詛が籠められているのならば祓わねばなるまい。
 猟兵たちの意見は合致して、ひとつ残らず破壊して回ることにした。
 ほとんどのものはまずテナントビルの1Fに備わった空き施設を責めていく。
 中々に大きな廃ビルであるから、長丁場になってしまうだろうなとは推測出来ていたから。
 鏡の部屋に立ち入ったナハトだってこの呪詛を予め理解してはいたのだ。
 理論をわかっていても、実際に体験してみると――苦痛は違うものである。
 変身願望を、擽られてしまうのだ。
 病気の症状はわかっていても、患者ごとに感じ方が違うように。
 とくにこの――精神的な根幹に触れるようなものは、人それぞれ痛みが違う。
 鏡に映ったナハトは、同じくローブを着ていた。シルエットはそう変わらないし、金箔のようにきらめく触手の先端はいつも通りだった。
 では、どこが異なるのかといえば。

「実ニ下らないヨ。」

 どろりとした黒の内部で思わず吐き捨てながらも、鏡の自分を見る。
 上からも下からも横からも、四方八方全ての鏡が少し先に進んだ空き部屋に入るナハトをとらえているのだ。
 ――それは輪郭がはっきりした、精巧な人間の姿をしていた。
 ブラックタールは、宇宙の液状生命体だ。
 言葉を話し、コミュニケーション能力を所持しながらも、人間と同程度の体積を変更しない範囲で姿かたちを切り替える。
 だけれど――『造形の精密さは不十分』なのだ。
 真っ黒で、おぞましいものになってしまうものがほとんどであり、完全な人間として顕現するのは難しい。
 よって、第一印象では「怖い」と言われてしまうことも少なくはなかった。
 慣れている同族もいたやもしれない。それでも、――ナハトは極めて他利的であるから、大きな問題点としていた。
 異形の種族と言えども、クリスタリアンのように生まれついて輝いているわけではないし、ウォーマシンのように人に生みだされた存在と言うわけでもない。
 生まれついて、泥なのだ。
 泥は、人になれない。よくわかっている。もう理解していた。

 だから、この鏡の世界――「偽りの」異形の花畑に映る己を一掃する。
 ――あア。どうでモ良イ。
 流暢に人と会話できるその様も。
 ――私ハ私の事ヲ考える事ガ、心底どうでモ良イ。迷う事なド無イ。
 細やかで人を愛し愛されるその姿にだって、とうに見切りをつけたではないか。
 ――何者カ分からずとモ、導く声ハ確かニ聞こえル。
 彼が聖泥である限り、「啓示」は在り続ける。
 彼が迷えるいのちにならぬように、歩むべき道を常に導かれているからこのようなまやかしには囚われない。
 だけれど、これこそお前の欲であると突きつけられたならばこれほど、腹立たしいこともないのは確かだった。
 かなえたい夢はほかにもあった。今更この姿を望んだりはしない、していない、――はずだ。
 表情豊かに笑って見せる鏡の中の己により嫌悪感ばかりが湧いてくるのを、触手で薙いだ。
 ふつふつと煮え始めた心と共に、あっけなく虚像は砕け散る。
 ――蒸し返すな。
 そう言いたげな一振りが、一つの鏡を割ったなら。
 十字架の形に罅が走って、床や天井の鏡も連鎖反応を起こして割れて言った。
 ぱらぱらと土埃と共に舞う輝きは、名残惜しそうにナハトのローブの上を滑って落ちていく。

 ――この相手ハ、許さなイ事にしタ。

 世界が、赦すなと言っている。
 「啓示」が許すなと言っている。
 ――己が、ユルすなと言っている。

 そも、悪辣な人体実験を使って何人をも狂わせてきたこの呪詛施設である。
 跡形もなく壊してしまっても、構わないだろう。
 前へ進む、泥じみた己の心を抱いたまま、確かな選ばれし光を受けてナハトは歩む。

 人の願望や課題をほじくり返してはそれが正解だと決めつける、極めて悪辣な所業には罰を与えてやらねばなるまい。
 ジワリとにじむように黒い体を擦りながら、ナハトもまた他の猟兵と一緒に次の階へと歩むのだった。
 
 ――さあ、この悪趣味なヒトモドキに『人で在らず』の聖泥がお説教をしてやろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルカーシャ・モロゾフ
愛も理想も至って明確。
なのに、どうしてそうもお顔が真っ黒?
僕の愛しいアリス(心臓)にしてはちっともお顔が見えないの。
物語の語り部がいたならば、きっとこう言うに違いない。
何故なら愛しいアリスは見つからず、みんなみんな冷たい亡骸になったのよ。

けれど、なればこそ。君が僕の理想であるならば……僕の心臓。愛しいアリス。君の内側に忘れてきた、僕の心臓に触れたいの。だから、だから死なないで。僕が君の胸を引き裂いても。その心臓を引きずり出したって。死なないで。だって僕の心臓なんだから。

嗚呼、やっぱり。
この心臓も違うんだ。手に残ったのは血塗れの鏡の欠片のみ。
はて……僕の心臓はいずこかな。





 ルカーシャ・モロゾフ(冷たい指先・f19809)は、鏡の前でにこやかに立っていた。
 ――というよりは、張り付けられた笑顔をはがす気にはなれなかった。
 ルカーシャには、心臓がない。
 冷たい指先が語るように、彼の胸はすでに凍てついてる。
 寒い寒い、血みどろのお伽話に登場する彼が望むものは――このテナントビルに張り巡らされたチープな悪意によっていとも簡単に顕現された。
「愛も理想も至って明確。」
 ――なのに、どうしてそうもお顔が真っ黒?
 こてりとかしげたルカーシャの、屈強で丸太のような首である。
 彼はテナントビルに入ってたちまち――そこに理想を見ていた。
 ほかの猟兵たちの声など諸共しないで、一目散に鏡のはりめぐらされた部屋のすみに映る愛しの少女へかけて言ったのだ。
 会えた、会えたのだと。
       アリス
 ようやく己の心臓と再会できたのだと思って。
 重い体を軽やかに跳ねさせて走っては来たのだけれど。

 彼は――物語の断片に過ぎないから、アリスの顔を思い出すのを許されない。
 彼の愛しい心臓であるのに、その顔は真っ黒になってしまう。彼の頭にその情報はないからだ。
 事実、ルカーシャは軍人でありながら「戦争以外」で人を殺していた殺人鬼である。
 その動機は何かと問われれば、彼は今と大差ない笑顔で答えていただろう。

「僕の心臓(アリス)を探している」と。
 
 破綻者だ。不思議の国で生きてきた彼に、その理論がちゃんとあるはずがない。
 すべてはあいまいで、それから狂わされたままに物語を紡いでいく登場人物に過ぎない彼なのである。
 もし、物語の語り部がいたのなら、彼の話の終わりは残酷に締めくくられるのだ。
 ――何故なら愛しいアリスは見つからず、みんなみんな冷たい亡骸になったのよ。
 最初から、心臓なんてなかったのかもしれない。
 そういう「物語」だったのかもしれない。
 はたまた、本当に心臓をどこかに失くしてしまって虚しくも寒い世界で探し続けているのかもしれない。
 ルカーシャは、己はただの物語に生きる登場人物でしかないと理解していたのに――。

「君が僕の理想であるならば」

 ひたりと、掌を鏡に押し付けて少女の影へと視線を這わせる。
 二人を遮るこの障壁など、他愛ない。押し付けた場所からひび割れて、虚構はぼろぼろと崩れ落ちる。
 だけれどそれを気にするそぶりはルカーシャにはなかった。
 それよりも、どんどんと期待に輝いていく彼の顔である。
 それは、まるでずうっとほしかった玩具を目の当たりにした少年そのもののようでありながらも、もっと激しい熱情を孕んでいるのである。
 ――けして、おとぎ話などでは終わらせられないほどの。

「僕の心臓。愛しいアリス。君の内側に忘れてきた、僕の心臓に触れたいの。」

 奪われたこころを取り戻すためなのだ。
 愛しの少女。たったひとりに殺戮の軍人はハートを奪われた。
 だから、返してもらわねばならない。
 その胸に軍人の心臓を隠していることなど、わかっているのだ。逃がしてたまるかとルカーシャが喜悦ですっかり開いた瞳孔のままがりがりと二人を隔てる鏡を割く。
 少女の胸元に――両指をめりこませた。
 こじ開けるように、ばらばらとその胸を開いてやる。暗闇が広がっていた、真っ暗のそれを、おのれの影がつくっているだなんてわからない。
「だから、だから死なないで。」
 返して。
「僕が君の胸を引き裂いても。」
 返せ。
「その心臓を引きずり出したって。死なないで。」

 ――だ っ て 僕 の 心 臓 な ん だ か ら !

 これは、そういう物語だ。
 ばらばらぼろぼろと呪詛とともに削げ落ちた鏡が、次にルカーシャにもたらしたのは壁だった。
 長らく日にあたっていなかったのだろうそれは、やけに真新しく武骨なコンクリートであいさつをする。
 やはりとルカーシャもため息交じりで己の手を見る。
 血まみれだ。しかも、アリスのものではない。まぎれもなく、おのれの血だ。
 あまりにも現実めいた結末に、がっかりとする。すべて偽りすべて幻。だけれど、その胸に沸いた想いだけは――。
「――はて」
 では、僕の心臓はいずこかな。
 鏡の世界の少女になければ、あとはやはり不思議の国にあるのだろうか。
 それとも、その答えが――まだ、この混とんとした世界に潜んでいるのだろうか。
 わからない、わからない。だけれど、わかるために彼の掌が赤いのならば。
「よし」
 また、微笑んで見せる。
 さあ、次に進もうと軍人がどすんどすんと質量をもって歩いてゆけば、彼の足元の鏡は砕けていく。
 もう鏡に振り返らない。
 鏡の世界のアリスに用はない。
 だって、ルカーシャがこじ開けたところで広がるのは闇ばかりであったではないか。
 ――この鏡に映る彼女だって空洞ならば。
「やあ」
 手を振って挨拶をしてやってもかまわないくらいだと、ルカーシャが楽し気に歩んでいく。

 まだまだ、冷たい軍人の物語は始まったばかり。
 ここで終わっては――きっと読んでいる誰かだって、つまらない。  

大成功 🔵​🔵​🔵​

鹿忍・由紀
◎★△

鏡には何も映らない
愛した誰かも、乗り越えるべき相手もいないし
理想の姿もない
望むものも何もない

それとも
どこにもいないことを望んでいるのか

呪詛耐性も無意識に作用
ただこの鏡が本能的に、
なんとなく気に入らないから
それだけの理由で蹴り割って進む
何かしらの呪いがついてるなら片付けといたほうが良いだろう、くらいの軽さで
飛び散った破片が身を裂けど表情も変えずに

そのまま進めば目に入るのは血に塗れた姿の花世(f11024)
傷は気にせず街角で偶然あったかのような気軽さで声を掛ける

あれ、花世も来てたんだ

感傷も感慨もなく
億劫な仕事を済ませるためだけにただ進む

横で花世が言いかけた言葉を
問わずに、うん、とだけ返して


境・花世
◎★△

鏡に映る幾百のわたしは、
右目の花がない偽物のかたち
……なんだ、こんなものが理想の姿?

さわれば存在する右目の花を
握り潰すようにして、
仕掛けた怪物をあざわらう

欲しい何かを願うことも
出来ないほど空っぽなんだ
だからすこしも、痛くない

捨て身の体当たりで迷わず割る鏡
抜け出でて進む先に、
由紀(f05760)がいれば目を丸くして

きみも仕事? そっか、

破片に血に塗れたままでも
互いに何でもない顔をして
ただ、当たり前みたいに一緒に昇ろう

愛執も理想も渇望も知りやしない
きっと何の感慨もなく斃すだけ
わたしも――多分、きみも

由紀、あのね、……
言い掛けた言葉は形にならず
代わりに、終えたら呑みにいこうかと
常の調子で呟いて





 拍子抜けだなと、思う。
 鹿忍・由紀(余計者・f05760)はうつろな顔で、己の前にあった鏡を見てやった。
 その鏡は、わざわざほかの床や壁とは違って、そのためにそなえてあったような――姿見である。
 仲間たちがあらかた1Fに行ったから、ひらりと由紀は2Fへとあがったところである。
 階段がそのまま上へとつながっていないことを確認して、もう一度外観を思い出せば。
 そういえばもう二段ほど、上にあったことを思い出した。
 ――めんどくさい。
 シンプルな思考である。
 なぜ一つの場所に階段をまとめなかったのか、余計な労力を強いるばかりではないかと頭の中でぶつぶつと文句を浮かべながら。
 かつて洋服店があったそこに――来てみた。
 コートとコートの隙間に、隠れてやいないだろうが。
 カーテンの後ろにはいるやもしれない「佐伯・夏」を垂れた目線で追っていたときに「それ」と出会う。

 由紀が目にした鏡は。
 ――何も映らない。

 それもそうだろうな、と納得する。
 感傷的になる必要などひとつもない。なぜならば由紀には、愛した誰かも理想の自分もないのだ。
        ・・
 ――ましてや、半分は吸血鬼である。鏡には映れない。
 望む者すら何もない、揺蕩うようにつかめぬ煙がごとく生きてきた彼を鏡が映さない。
 ――それとも。
 それを望んでいるとでも、鏡は言うのだろうか?
 己の思考はそこで途切れる。
 ただ、気に入らないという感情が沸いたから瞬時に鏡を蹴破った。
 気に入らない、ということは――腹が立つということでもあるが。
 だけれど、それがなんだというのだ。それが、何をもたらしてくれる?
 飛び散った破片が彼の美しい顔に赤い線を走らせる。右ほほに伝う赤が、己の熱を逃がしても気にしない。
 気にする余裕が、ないかもしれない。
 己の心のかたちはあいまいだ。いいや、感じないようにしているのかもしれない由紀である。
 まるで、感情にふたをするかのように。
 悲しいという気持ちをふさいでしまえば、呼応して嬉しいという感情も塞がれるように人間の体はできている。
 ――ちょっと調べればわかることだったそれを、どことなく思い出していた。
 それ以上は、考えてやらないが。

 どこにも、居たくない。
 どこにも居られない。
 何もない、何も望んでいない、何も。

 ぐしゃりと割れた破片を踏み潰した由紀の青い瞳が、ぎらぎらと輝くのは呪詛への抵抗だろうか、それとも。
 彼の人間らしい――感傷も感慨も捨て置いたこころが沸いたからだろうか。



 由紀がやってくる前に、境・花世(*葬・f11024)は同じフロアにいながらも別のテナントに咲いていた。
 そこは、どうやらこのビル内では芸術を担当していたらしい。
 大きな額縁がいたるところにあって、中身はすべて鏡にすり替えられていた。
 ――前衛的すぎるその場所の中央に、吸い寄せられるように花世がいたのは。
 きっと、“絢爛たる百花の王”が彼女の根をそこへもっていったに違いない。

 花世が目の当たりにしたのは。
 すべてを鏡で映された彼女に、すっかり右目の花が取り除かれていた姿だった。
 ――偽物だ。
 己の右目があった場所に、思わず触れる。
 視神経を通して脳にまで根付いているであろうその怪奇はさらりと柔らかな音を立てて存在を主張した。
 実感する。この程度が――こんなものが、理想だと。
「はは」
 思わず、乾いた笑いが出た。
 情けない己は、しょせん人間であるなと理解する。
 握りつぶすようにして、八重牡丹をつかんだところでそれが散ることはないように。
 この鏡の中にいる花世もまた、――悲しいほどに美しい、虚だ。
「偽物め。」
 突きつける。己にそれを突き付ける。まるで、この場にいる己を真横で見ているような感覚がした。
 現実の己に向き合ってやれば、その顔はこわばっている。
 鏡の中の己に目を向ければ、その顔は何も考えてやしない。
 花世は――二つを見て、現実へと意識を返した。

「欲しい何かを願うことも、出来ないほど空っぽなんだ。」

 ――だから少しも、いたくない。
 【偽葬(マガイモノ)】を発動した体で、花世は力任せせいいっぱいに額縁の中にあった鏡を壊した。
 ぱりんとあっけなく砕けたそれに目もくれないで、また右肩から別の鏡へと体当たりを繰り出す。
 魔術でも、道具でも、何でも使えばよかったのに。
 痛くないことを証明したいから、――今の己が、己であることを教えるために人間側の花世を手放していた。
 大義名分にあやかった高等な、自傷行為かもしれない。
 だけれど、迷いはなかった。血まみれになる右肩に痛みがなければそれでよかったのだから。
 この場にあった鏡が、人間の己を映し出すのをやめさえすればもう用はあるまい。
 ぐっしょりと濡れた右肩と、それからガラスの破片が乗った服や、深紅の美しい髪に気を使わないまま逃げるように部屋を飛び出した。



「あ」
「あれ、花世も来てたんだ」

 まるで、街角で出会わせたかのように。
 由紀が肩から血にまみれた花世を見つけた。同時に――顔に赤を走らせた由紀を花世も見つける。
 一緒に仕事の場にいたなど、お互いに思ってもみなかった。
 むしろ、すっかりこの混沌に巻き込まれてそのことなどてっきり脳から失せさせていたのやもしれない。
「きみも仕事?」
 当たり前だ、と花世が思いながらも苦し紛れの言葉を口にする。
 ――彼に、悟られなく無い気がした。
「うん」
 丁寧に由紀はその問いに答える。
 それ以上を、聞いたりはしない。
 お互いの姿に、お互いが特別な感情を持つことはない。
 不快でない。お互いにゆらゆらと現世を歩むUDCエージェントである。
 この状況において、余計な言葉は交わさずに何でもなかったかのように。
 だけれど、歩く速さは自然と同じなのだ。一緒に、次のフロアへの階段へと足を出す。
 
 愛執も理想も渇望もない。
 ――この事件の犯人のほうが、よほど二人よりは中身が詰まっていることだろう。
 どこにもいない、なにものにもなれないのは彼らのほうがずうっと経験があったのだから。

「由紀、あのね――。」
 ヒールを、階段の一段目に置いたところで。
「うん。」
 由紀の足を止めさせた花世である。
 沈黙。
 いいや、遠くでほかの猟兵がまた虚実を打ち壊した音もした。
 背の高い由紀が、見下ろすようにして花世を瞳に映しているのを花世も片方の瞳でとらえる。
 言いたいことがあったのに、――言葉にならない。

「終えたら、呑みにいこうか。」

 いつもの調子で、言えたのだろうか。
 苦し紛れの一言は、ずいぶんと彼女に不相応だったなと思う由紀である。
「――うん。」
 頷いて、言うのをやめた彼女の言葉をせっついたりはしてやらない。
 きっと、彼女も己も疲れているのだ。憑かれているように――だなんて思いながらまた歩き出す。
 どこにもいない、どこにも在りたくない。
 そんな自分はもういない、空っぽな自分しかいない。
 よくよくわかっている、だから気にくわないだけでそばにあった鏡をそれぞれが壊した。
 後続の猟兵たちの迷惑になってはいけないからと「わざわざ」言い訳まで作って、この彼らがである。
 ――それほどまでに、ばかばかしいのだった。

 何者にもなれない、無名の怪物たちは――未来へ往く。
 ただ、己たちにこのような仕掛けをほどこした“ひともどき”を心のどこかであざ笑ってやりながら。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

矢来・夕立
◎★
コレ系、誰が出てくるか知ってますよ。オレです。本人。
まるで普通の鏡と変わらない。
理想の自分か、乗り越えるべき相手かは知りませんけど。
刀を抜くのもあほらしい。
理想の自分。残念ながらオレはいつでも極めて理想的です。
乗り越えるべき相手。1分1秒先を生きてるオレの方が強い。

…ウソですけど。
どうもオレには足りないことばかりのようです。
知っているつもりで知らなかった事も多い。
ソレを全部知ってそうなんで、きっと理想のオレでしょうね。
今の自分に足りないものを全て持ってる様子を見せてこようなんざ―――喧嘩売ってんですね?
虚像の分際で。このオレに対して。理解しました。
正拳突きで全部ブチ割ります。殺すから死ね。





 種のある手品など、忍術にも劣る。
 ――矢来・夕立(影・f14904)は鏡の前にいた。
 正しくは、2Fに上がって、3Fに至る階段が真反対の位置にあることに欠陥だなんだとぶつくさ思いながら面倒を振り切ってやってきた元雑貨店のテナント。その内部にいた。
 わけもわからぬままたまたま力任せに扉を蹴破ったその部屋に、緊急のはしごがあるやら書いてあったのだから。
 正面突破なんてあほらしいと思いながら、そのはしごでも使って壁伝いに上へあがってやろうかと思っていたころである。

 無数の鏡が、夕立を見ていた。
 夕立もまた、無数の鏡を見る。

「コレ系、誰が出てくるか知ってますよ。」

 答えなど、そういった“系”の依頼を何度か踏んだ夕立ならば想像に易い。
 鏡には、ほぼいつも通りの彼が映っていた。
 佇んでいる彼は、現実も鏡も全く利き腕が正反対であること以外いつも通りである。
 刀を抜くのもばかばかしいなと夕立が腕を組んでみたら、鏡の夕立はそもそも腕を組まなかった。
 ――理想の自分。
 夕立は、いつでも極めて理想的だと己を自称するが、それは紛れもなく嘘である。
 いつだって理想にままならない己を引きずって、過去の傷や欠けごと影に溶けたまま歩んでいるのだ。
 それで苦しんだ依頼を、経験しているのがまぎれもなく事実である限り彼の詐術は通用しない。
 ――乗り越えるべき相手。
 それは、己である。だけれど、一分一秒先を生きているオレの方が強いと自負する夕立である。
 その認識は、間違いなく虚勢である。
 夕立も理解しているように、鏡の中の時間と現実の時間は全く同じものなのだ。

 “コレ系”の依頼では、何より求められるのがたとえ虚実であっても偽であっても心の影が反映されても、折れぬ心である。
 精神干渉に事欠かない邪神たちのおぞましさに、実際頭は何度も悩ませてきたのだ。
 そのたびに虚勢、虚実、偽証で乗り切ってきたものの。
 ――鏡の中の夕立が、それを許さないという視線で現実の夕立を見ている。
 だから、こういったときはどうすれば良いかといえば。

「ウソですけど。――どうもオレには足りないことばかりのようです。」

 あっけなく、現実を認める。
 現実の夕立は、確かに理想の夕立と比べて知らないことが多いだろう。
 だって鏡の中の彼が、瞳をきらきらとさせて真面目そうに己と向き合っているのだ。
 ――夕立ならば、そんな態度ではいられないのを知っているかのように。
 だから、現実の嘘は通用しない。まして、その相手が矢来・夕立であるのならば余計に無駄でしかない。
 己の「そうであったなら」優秀な様に、思わず黒髪をかき回すようにして己の頭を撫でた現実である。

「――――喧嘩売ってんですね?」
 理想の己が、先ほどから夕立を見つめるさまはいたって冷静でありながら口元が微笑んでいる。
 哀れんで、いるやもしれない。
 それは、一番「夕立には」効く顔であることを理想は知っているのだ。だって、紛れもなく「あるべき夕立」なのだから。
 すべての課題を克服して、これからの人生を希望に満ちた魂で歩もうとする理想である。
 まるで後光でも背負うんじゃないかと思われるほどの清々しさで――この部屋に舞う埃だらけの窓が反射した黄昏色でお互いを照らした。
「虚像の分際で。このオレに対して?」
 理解に至る。
 ならば正面から――現実の強さというものを証明してやらねばならない。
 ごそりと持ち出したのは包帯だ。先の電脳探偵からいつの日にか譲り受けたそれである。
 鏡の中の夕立は、それを持ち合わせていないのかご丁寧に己のハンカチを取り出した。
「そうでしょうね、持ってないはずです」
 ――だってこれは、今の己が。
 ぼろぼろに傷つきながらも前へ前へと泥のような体を引きずって、現実という地獄に抗い続けていた日々で手に入れたものである。

 そのまま、現実の両手に包帯をぐるりぐるりと巻いた。
 理想もまた、ハンカチで両手をぐるぐると巻く。

 己が己であることを、証明するならば。
 己が矢来・夕立で、現実の己こそ確かに理想の己よりも一分一秒を同じに生きていたとしても、「知らないことを知っている」という今の己の強さを証明してやるならば。
 胸を大きく動かして深呼吸した。
 ――ずいぶん、この部屋は蒸し暑い。西向きの位置にあるのだなとぼんやり思う。
 なら、今までの鈍りだってしょうがあるまい。日和ったわけではないのだから。
 肺の空気を入れ替えて、一度目を閉じて呼吸を止めてから――。

「殺すから死ね。」

 足を大きく踏み出して、まず目の前にあった鏡の夕立に殴り掛かった。
 理想もまた、足を大きく前に出して――お互いにこぶしを突き合せれば、あっけなくぱりりと鏡は砕ける。
 ならば次、と床に向かって突きを放てば、すでにそこに居た理想が同じスピードで突きを繰り出してくるのを当然のように砕く。
 横に飛んだ理想を現実が、頭上にあらわれるなら穿って、左が埋まれば次は右だとまるで、影踏みでもしているかのようなこの狂気の沙汰を。
 殴って、穿って、穿って!

 ――訪れるは、すべての破壊を終えた沈黙である。

 ようやくまともに息ができた夕立が、じっとりと汗の湧いた己の額に黒髪が張り付いているのを不快に思う。
 もう、どこにも理想の彼はいやしない。なぜなら、現実の彼がこのたった数分で上回ったからだ。
 砕け散った輝きたちが、まともに機能しないことを確認して――包帯まみれの手で、ポケットからハンカチを出して額を拭う。
「こうなるって、わかってたでしょ」

 勝ち誇った声色とともに、ついでにうなじに沸いた汗粒もぬぐってやった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

穂結・神楽耶
◎★△

鏡なのに何も映らないではありませんか。
自分の姿もないなんて、いっそ罠を疑います、が……
ああいえ。よく見れば何か黒いものが舞って……?

…………
これ。
灰ですか。
わたくしがかつて愛した、都市と人々の成れの果て。
そこに混ざってしまえばいいと?
そう。そういう呪詛ですか。

──【朱殷再燃】。

媒体を潰せば呪詛も消える。分かりやすい話ですね。
まとめて壊してしまえば他の猟兵様方の助けにもなるでしょう。
本命はこの先です。進みましょうか。

……ええ。
この身はいつか灰になるでしょう。
けれどそれは今ではないですし。
そもそも、「そこ」には混ざれませんもの。
届かないことが分かっている理想なら…惑う通りは、ありません。





 はて、欠陥品だろうか?
「鏡なのに何も映らないではありませんか。」
 愛らしい顔のまま、こてりと首をかしげるのは穂結・神楽耶(思惟の刃・f15297)である。
 どうやら目の前の鏡に、自分の姿が一つも映らない。
 ――吸血鬼ならまだしも、神楽耶は神であるのに。
 おかしいなと思いつつも、その鏡相手に目を細めていたのだった。

 というのも、神楽耶もまた後続の猟兵たちとともに2Fへと昇ったのである。
 エレベーターの電気がすっかり止められていて、動かぬ箱であったから。
 着物で包む割には身軽そうに階段を上って、みながそれぞれ次の階段を探していたのに従ってまた彼女もそうしたのだ。
 そしてたどり着いたのが――元呉服店だと薄れた文字が語るテナントである。
 広いビルであるから、小規模なデパートだったのだろうか?とも思う。
 ともあれ、非常階段でもあれば経路の短縮になるだろうと思って、その扉を押し開けたのだった。

 着物をかけるはずだった竿の真下に、大きな和風の姿見があった。
 たったそれだけの部屋に、それ以上の鏡は見受けられない。
 だから――欠陥品というよりは、わかりやすく呪詛が憑いているのを察する神楽耶である。
 鏡の中から虎が出るか竜が出るかはさておき、警戒しておくに越したこともあるまいと。
 己自身であるしなやかな刀に手を這わせながら、じりりとそれをにらんだ。

 ――凝視したから、わかったのやもしれない。

「これ。」
 鏡の世界に、舞っている埃のようなものが。
 黄昏の光を窓から吸う部屋に照らされて、何度か視認できる。
「灰ですか。」

 ――それが、理想であった。
 こうあるべく姿が、乗り越えるべき障害が映るのだと、情報は神楽耶も手にしていた。
 舞う灰が、そうであるとは聞いていなかったのだけれど。
 踊るように宙を舞っていくばかりのそれは、わずかな火種を含んだま鏡の世界に映るのだ。

 ――あの時に、燃えていればと?

 神楽耶は、かつて愛した都市の守り刀である。
 いいや、言及するならば守り刀“にはなれなかった”。
 崇められ奉られ、人の子を慈しんで神として彼らを守ろうと誓ったとしても、形ばかりの誓いを嘲笑うがごとく炎がすべてを奪っていったのだ。
 その記憶ばかりは――今の彼女をつくっているのだから、忘れたりなどもできやしない。
 いまだに、たまに耳に響くのだ。
 どうして裏切ったのだ、なぜ救ってくれなかったのだと嘆く人々の声が。
 草根が、土地が。
 黄昏よりもずうっと真っ赤に燃えたあの空が嘆くのを夢に見るほどに。
 己がこれを引きずっているのはよくよくわかっていたし、それが罰であるのならば喜んで引き受けようと思っていた。
 いたって前向きに、いたって真面目に――だけれど。

 神楽耶がこのはらはらと舞うばかりの灰になることを望んでいるというのは。

「そう。――そういう呪詛ですか。」
            ネガイ
 持ち合わせてならない、欲望だ。
「『燃え盛れ、我が悔悟──』」
 祝詞を、唱える声が震えていた。
 ――【朱殷再燃】。
 唱え終われば、当然のように瞬く間に広がったのは真っ赤な炎である。
 彼女の身の内を焼きながら焦がしながら、刀身をまた焼かん勢いで広がった炎が鏡を燃やした。
 熱でゆがんで、鏡が割れる。
             ユメ
 あっけない、呪詛の魅せる悪夢の終わり――。
 これではまるで、神話にもならないだろうなと神楽耶が自嘲気味にしてから目を伏せた。
 媒体が燃えてしまえば、呪詛も聖なる炎の前では息もできやしまい。炎は火種さえあればすべてを燃してくれるのだから、理想から逃げれない猟兵たちの手助けもなるだろう。
 炎は、床面を伝っていく。燃やすべき呪詛を火種とした神聖がまるで液体のように広がってしみわたる。
「この身はいつか灰になるでしょう。」
 鏡の中の己を、肯定はした。
 ――そしてその欲望も、願望も、理想などきれいな言葉で済ませないほどの衝動を認めた。
 いつか、灰に『成ってしまいたい』。
 それは、否定しない。世界のために燃え続けた先に残るのが明るい多数の未来ならば喜んで燃えよう。
 救えなかったかつての世界と人々よりも、今から救う人々の数を多くできねば――理想には至れない。
 愛したすべてとともに燃えるには遅すぎる現在が世界となってこの刀を求めるのならばきらめき続けるべきだ。
 
 だから、いまではない。
 灰になってしまうには、あまりにもこの熱は――ぬるすぎる。

「進みましょうか。」
 己への確認だった。
 歩けるか、進めるか。刀身が歪んだか、それとも未だにかつてのままか。
 殻である人の体が、足を動かせたのを認識して――ゆっくりと、息を吐いた。
 神であるといえどどうにもこうにも、心というものにはいつだって悩まされる。
 ――悩んでよい時間など、与えられているあたりやはり現実は地獄だったなと思わされる女神であった。

 本命はこの先にある。
 偽りの人間未満を、穿たねばと「己」を握りなおしたのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ステラ・アルゲン

これ以上犠牲者が出ないようにしなければ
血の連鎖を断ち切って

――わたしがそれをいうの?

鏡に映る灰色の少女が言う

わたしは何も変わってない
今も昔も孤独は嫌でしょ?
だからまた繰り返す
海底で人々を沈ませ殺していた
歪んだ願いを叶えていた
絶望を呼ぶ災厄の星に

綺麗に見繕った私
でもわたしは血塗れのままなのよ

狂気の灰が私の意識を飲み込みそうになり
封ずる白が今の記憶ごと灰を消そうとする

でもそれでは私が真実を知れないと分かる
白を追い払い溢れ出た灰の記憶を辿る
意識を持っていかれないように私を保つように鞘に触れる

私は剣だ
もう孤独の隕石じゃない
だがそれも紛れもなく私だったのだろう

泉門坂鞘に入った私を引き抜いて鏡を叩き斬る





 彼女は、正義であらねばならぬ。
 ステラ
 星の名を授かる彼女は、誰かを導く夜空の一等星のごとく曇りなく輝くのを使命とする剣だった。
 ――ステラ・アルゲン(流星の騎士・f04503)。
 彼女こそ、正義の代理人であり国を守るつるぎである。
 その出自は隕石だったといわれるのが信じられないほど、美しい蒼の刀が彼女であった。
 人に願われ祈られ顕現してみせたるしたたかさに、この場の誰もが彼女に責め苦が効かぬであろうと思ったに違いない。

 これ以上犠牲者を出すまいと、きりりと瞳を瞬かせて足を進める彼女である。
 立ち止まったのは、3Fへと至るための階段。――その、少し手前にあったテナントである。
 先に行った猟兵たちは、皆がそれぞれ近道を選ぼうとしてついでに呪詛を焼いて砕いていたころだ。
 だから――ステラがここに留まったのもまた、その使命感と。

 己の塗りつぶされた過去に、興味があったことを隠せなかったからかもしれない。

 大きな本屋だったようである。
 フロアの七割近くはそれがあったのか、さすがに中に置いていた書物はないが棚はそのまま放置されていた。
 よりにもよって、これらはすべてガラス張りである。
 一体どこから――執念だけでこれほどまでの施設を作ったのか。何日何時間かけたのか。
 ステラは、人の念というものの力をよくよく知っている。彼女もまた、その念に恩恵を受けて未来の守護者となった存在だからだ。
 だが、まあ――。
 ここに備えられた鏡に閉じ込められた呪詛を感じて、思わず美しいかんばせをゆがませる。
 
 これがヤドリガミにでもなったら、たいそう――悲劇だろう。

 憐れみと、己とこれらは違うと画する決別の視線を鏡に向けたのだ。
 そうすれば、たちまち現れたのは。

 灰色の、少女である。

 ステラによく似ていた。
 違うところといえば、青を基調とするステラとは相反して鏡の彼女は赤ばかりを被っている。
 美しいステラと、醜く泥と鉄にまみれた赤を被った少女はお互いを視界に含んだ。
 ――誰だ。
 そう、問う前に。
「わたしは何も変わってない。今も昔も孤独は嫌でしょ?」
 歌うように灰色が話しかける。ステラはまるで、呪いでもかけられたかのように呼吸を止めた。
 必要であれば抜こうとしていた己自身を握る手が、そのままで静止する。
「だからまた繰り返す」
 きっと?いいや、絶対に。灰色の少女が視線をそらさないように、ステラもまた瞬き一つできやしなかった。
 時間が止まったような感覚に襲われる。ここはどこで、今は何時で、どうして剣を握っているのだったか――自我の認知はいともたやすくねじられていく。
 これは暗示だ、まやかしだと己の中で白い魔術がちかちかと警告を繰り返す。
「きれいに見繕ったって、無駄なの」
 疎まし気に赤の灰色がステラを見る。
 ステラは、返事ができない。
「――、」
 問いたいことはあった。だけれど、その声すら、のどの震えも白が封じている。
「何をしてきたか、わかってるでしょう」
 同じ、いいや――認めざるを得ないほど、似た声だ。
 海底で人々を沈ませ殺していたのを、覚えているでしょう。
 歪んだ願いを叶えていた、身勝手な神様にだってなってあげたでしょう。
 絶望を呼ぶ災厄の星であったことを、その身でよく主張していたでしょう。

 ――覚えていないなんて、言わせない。

 鏡の狂気が、ステラの意識をまるで見えぬ腕でからめとるように立て続けに覚えのない罪を吐く。
 ならば。
 ――現実の、ステラが立ち向かわねばならない。
 これは、理想の己であり、越えるべき己ではないかと推測する。
 見るな聞くなと頭の中できらめく白たちを、今はやめてくれと己の鞘に触れることで黙らせる。
 これは、英雄譚の続きなどではない。
 だから、封ずる彼らの魔術には従えないのだ。

    孤独な隕石
 ――ステラ・アルゲンの一生なのだから。

 真実は、きっと残酷だった。
 先に至るためにはその光景を受け入れるしかあるまいと鏡の中の灰色だって思っているに違いない。
 血にまみれていても、汚れていても。現実の星を見る鈍色の隕石の瞳は――今のステラの色と変わらなかった。

 だから、己の剣を抜く。
 すらりと勢いよく抜いた蒼を、隕石に見せてやった。

「私は剣だ。――もう孤独の隕石じゃない」

 隕石は、うらやましそうに眉根を寄せて蒼をにらんだ。
 蒼は、この場に差し込む黄昏を反射して色を混ぜる。蒼と、黄金が輪郭を同じにして――白くまばゆく輝いていた。

「だが、それも紛れもなく、私だったのだ」

 認めた。認めざるを、得なかった。
 肯定の一撃を振り下ろして――星を映していた本棚をたたき割った。
 いびつにゆがんで衝撃で砕ける隕石の瞳は、最後まで蒼いまま。
 軌跡を描いて消えていく幻は、流れ星そのものに見えた。

 ――いかねばならぬ。
 たとえ業を背負っていても、それでこそ正義であり続けるのならば止まってはならない。
 真っすぐとはいかない道であっても今この場だけは――未来の蒼として彼女が往くのだった。 

大成功 🔵​🔵​🔵​

千桜・エリシャ

そういえばこんな小説を読んだことがあったかしら
鏡張りの球体の中に入って最後には発狂してしまって
ふふふ、私はどうなるかしらね?

――嗚呼、あなたが出迎えて下さりますの
鏡の中にいたのは愛していた夫の姿
他国に嫁ぐ私を気まぐれに拐って己の者にした不届き者
鳥籠を模した座敷牢に囚われた籠の鳥
だから私はあなたのことを好きになった振りをした
この身を好き勝手されるのは嫌だったし怖かったから
でもいつの間にか本当に愛してしまっていた
ねぇ、現代ではそういうのストックホルム症候群と言うそうよ

――嘘よ、そんなの
夫の首を一閃
鏡を壊す

…やっぱり
私はあなたの首じゃないと満たされない
一瞬の恍惚の後
訪れる虚しさ

偽物じゃこんなものね





 歴史的な実験行為を、極めて残酷だと理解したうえで模倣する物語は多い。
 きっと、千桜・エリシャ(春宵・f02565)の一幕だってそういうものに違いなかったのだ。
「ふふふ、私はどうなるかしらね?」
 鏡で人を狂う話ならば、現実以外にもよくよく知っている。むかしむかしに読んだことがあった。
 エリシャは、もとはといえば教養のある美女である。
 ――他国に嫁ぐよう、育てられてきたから。
 教養はあったし、もっと言うのなら己の身を守れるようにだってしてきた。
 話はうまく、刀を握らせれば舞うように人を刺す。ためらいのない羅刹としてこの乱世を生き抜く女であるから迎える側の国も安どしたものである。
 だけれど――傾国の女にはなりえなかった。

 好奇心だった。
 退屈を嫌う彼女は、気まぐれに訪れた空いた部屋へと入り込む。
 ひいふうみい、と頭の中で上った階層を数えれば、今が3Fであることを思い出した。
 己の足元にある鏡が、いつまでたっても皆のような呪詛を映してくれないから。待てずにずんずんと、どんどんと呪詛の濃いほうに歩いてゆく。
 強き鬼であるエリシャをそこいらの鏡が映せませぬというのなら、たたき割りながら前へと進んでより強いそれに向かえばよい。
 映さぬのなら映してみせるまで割るだけのこと。幸い、腐るほど――腐るような想いが満ちている鏡どもは在るではないか。
 足をすすめて、刀で輝きを割る。
 一つの部屋を割りつくしたなら、次はまた別の部屋に至る。
 割って、割って、割りつくす。

「――嗚呼、」

 そうして、ようやく一つの鏡が彼女の理想を映したのだった。
 もはや、何枚割ったのかを数えるのも飽きたころである。
「あなたが出迎えて下さりますの」
 恍惚としたため息とともに出た声は、多分に色を含んでいる。
 甘いかおりすら立ち込めてしまいそうな音色でエリシャがささやいたさきには、一人の男がいたのだ。
 エリシャが国を揺るがしかねぬ美貌と力にあふれた年頃のころである。
 その男は――エリシャが行くべき場所から彼女を手折った。
 他に嫁ぐくらいならば我が腕に抱かれていよと、身勝手でそして気まぐれにエリシャを抱きとめてさらったのだ。
 そこからは、籠の鳥と呼んで差支えのない生活を強いられてきた。
 実際、彼女を封ずる座敷牢は鳥かごのように細やかだった。
 お前にはもうこの世界しか与えられぬとささやく男に、おびえる日々が始まった。
 朝が来れば己の現実が照らされ、夜になれば月の光で畳の上に男の影が広がっていく。
 恐ろしかった。
 ――頭の良い女であるから、エリシャは己の生き残るすべを編み出した。

「あなた」

 ささやく声色は、かつて魂を売った時と同じものである。
 合意なく、成長し往くエリシャの体を勝手にまさぐられるのは恐ろしかった。
 生物的な本能でありながら、生理的な嫌悪感もある。まったく――心のうちも顔も知らぬ男を、夫として迎え入れるふりをはじめた。
 それは、生きるためだった。生き残るための戦略だ。

 鏡に寄る。
 何枚目になるやらわからぬそれは、さほど大きな鏡ではない。
 大きさとしてはエリシャの半分程度で、足元まで映せるような代物ではない。
 だけれど、――だけれど。
 偽りの愛の炎を呼び起こすのは、十分だった。

 煮えるような胸の内で、冷たくささやく己の声がする。
 ――ねえ。知っている?
 真実の愛など、最初から存在しないのを。
 夫と誰かを重ねて、何度も刀を振るいその首を払い落としても埋まらない空虚の正体が一体何だったのかを。
「何も、言わないで。」
 鏡に映る夫への懇願でもある。
 教えないで、愛しているとささやいたりもしないで。
 今、――エリシャの耳に至るのは、冷たいかつてのエリシャがささやく呪詛だ。

 ――現代ではそういうの「ストックホルム症候群」と言うそうよ。

 知識としては、知っていた。
「嘘よ、そんなの。」
 思わず食い気味に出た声に震えがあった。
 認めたくなかった、これを狂った美しい女の物語で終えたかった己があった。
 知らなくていい、知識があった。知らなくていい、正気がかつて己にもあった。
 かたかたと己の桃色を宿す愛らしい眼球が震えるのは、頭蓋越しによくわかる。

 生き残ろうとした己の選択に、間違いはなかった。
 事実、己は今この場に生きている。理想であるはずの――憎らしいまでに愛しい彼は、死んだ。
 死んだのだ。死んだ。確かに、首を斬りはらってやった。

 だのに、この目の前で立つ木偶はなんだ?

 ためらいなく、鏡を割る。
 その理想の首めがけて一閃振るえば、いとも簡単に両断された虚実だった。
 呪詛が消えうせるまでに、胴と離れた首を一目見れば尾てい骨から脊椎までぞわりぞわりと快感が駆け抜ける。
 とろけそうな華美をもう一度、たった一瞬味わって己の中の熱ははじけた。

「やっぱり――」

 偽物では満たされない。
 高ぶって昂って、そのあとに訪れるのはいつも変わらぬ虚実ばかりなのだ。
 本当の彼はどこにいたか、それとも最初からなかったのか。いいやそんなはずはないと自問自答を繰り返してふらりふらりと歩いてゆく。
 ずりりと引きずる刀は、エリシャを美しく映すばかりで答えへと導かない。
 だけれど、それでよかったのだ。

 最上階からにじみ出る、大きな呪詛の渦ににたりと口角を吊り上げる鬼がそこに居た。
 ――もう、エリシャに余計な答えはいらない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

喜羽・紗羅
二人に分かれた紗羅と鬼婆娑羅は
それぞれスクールバッグに偽装した銃火器/太刀を手にして進む

鏡だぁ? 何だこの部屋は……

何だか、気分悪くなってきた……

成程ねえ、呪詛を込めた呪いの建物ってか
だがまあ、元々死んでた俺には関係――
(鏡に映ったのモノは――俺だ。そう、本来の俺)
(何故その姿が映っているのか。原因は呪いか?)
(それで、そんなんでどうしようってんだ、ええ?)

鬼婆娑羅の足が止まる。目も虚ろだ
こういう時はこうするしか……
地多爾得無で得たろくでもないこの地の情報より
非常に危険を感じた紗羅は全てぶち壊す事にする
手にした偽装スクバの機関銃が火を噴いて
道を塞ぐ鏡を粉々に砕くしか、彼女には出来なかった

『苦』





「せぇ、の」

 呪文ともいえぬ、合図ともいえぬ声を皮切りにして。
 喜羽・紗羅(伐折羅の鬼・f17665)はその体を【オルタナティブ・ダブル】で二つに増やして見せた。
 ――外観からしてわかるように、ここは大きなテナントの集合体。ビルと言っているものの、デパートと形容してもそこまで違和感がないほどである。
 事実、この場に集まった二十を超える猟兵たちがそれぞれの力を使い探索を始めてみればお互いがお互いの居場所などほぼわからぬ広さだ。
 ならばと『鬼婆娑羅』と紗羅はお互いの体を増やすことにする。
 人数が多いほうが、攻略も早いだろう。
 単純なようで真実をついている判断である。ここに訪れたはよいものの己らの足は多いほうが早いにきまっていた。
 スクールバックの形を模した凶器を互いに手に取る。
 重火器を手にした紗羅の顔は緊張していたが、『鬼婆娑羅』を宿した同じ顔は震える相棒にため息をついて太刀を握る。
「大丈夫かよぉ」
「だ、大丈夫っ」
 ――なはずがあるまい。
 相棒が震えながらも前に進むのは、猟兵としての使命感からではある。

 紗羅の前には何人もの猟兵たちからの情報で、「この先には精神干渉がある」と警告がご丁寧に告げられていたし、それを恐れないというのも彼女には似つかわしくない。
「だろうなぁ、行くぞ」
 情けない顔をした相棒を責めるようなこともあるまいと、『鬼婆娑羅』たる彼が先陣をきれば後ろからついていくばかりの紗羅があった。
 
 そうして、ひいこらと嘆く紗羅とともに訪れたるは――壁も天井も床もなにもかもが鏡で覆われた部屋である。
「何だこの部屋は……」
 さすがの無頼漢たる彼もこの光景にはおののいた。
 どこを見ても、何を見ても。
 己と子孫とを四方八方から映す鏡しか存在しない。
 狭さからして、従業員用の更衣室だったのだろうか。やけに天井が遠いわりに、狭苦しく詰められたこれは――鏡に覆われていまいち機能しないロッカーらしい。
 真紅の瞳で冷静にあたりを見回すご先祖様と、その後ろでいつでも銃器を放てるように腰あたりに構える子孫である。
「何だか、気分悪くなってきた……」
 紗羅が弱音を吐くのも無理はない。
 内また気味になって、先進的なプリーツスカートを揺らしながらじりじりとすり足であたりを確かめた。
 その怖がりな足音を聞きながらもずんずんと前に歩んでいく鬼婆娑羅である。
 この場には――呪詛があまりにも満ちている。
 ここを使っていたかつての従事者ではなく、持ち物とした「佐伯・夏」の想いだ。
 ――あまりにもむごい半生の怒りでも、ここに詰め込んでやったのだろうか。
 
 なるほど、苛烈だ。
 
 思わず、鬼婆娑羅が己の鏡に映る姿を見てしまうほどに。
「鬼婆娑羅?」
 ――子孫の声なんて置き去りにしてしまうほどに。

 その鏡には、理想が映った。

 ――俺だ。
 そう、かつての彼である。
 日和ってなどはいなかったが、もう死人であった鬼婆娑羅には今更未来も理想もないと思っていたからどちらかというのならば。
 狙われるのは――わが子孫の方だとも思っていたくらいだ。
 生きてきた年数の分だけ、人は抱く夢の数が多い。
 だからより呪詛の強い鏡は、かつて生きた夢を抱いた鬼婆娑羅を選んだのだった。
(何故その姿が映っているのか。原因は呪いか?)
 思考は、やけに冷静であろうとする。
 今の紗羅の姿を借りた己ではないそれが、鏡の中で堂々と立っている。
 同じ歩幅で、そして同じ重心の傾け方を反転させたそれのまま。

 ――それで、そんなんでどうしようってんだ、ええ?

 鏡から出てこれやしないくせに。
 己をにらみつけては見下ろすそれは、「己であらず」と突きつけるようだ。
 ――確かに、この存在は今や不定だ。
 本当に鬼婆娑羅である証明などはできない。なぜならば体はないし、魂は見えない。
 紗羅に証言させたところで、彼女が勝手に蔑まれるだけである。一族の恥にしてまで――己の自我を保ちたくはない。
 ならば、捨てるか?
 ――鬼婆娑羅であることを、この鏡の己に託すべきか?
 己の記憶も、偽りではない。だけれどそれを証明はできない。
 どうしようってんだ、は――鏡の中の己が放った言葉でもあっただろう。
 結局は、鬼婆娑羅が鬼婆娑羅である可能性など主観を取り除けば――無いようなものなのだ。
 己は、もしかすれば紗羅の記憶と歴史が生んだやもしれない偶像かもしれないし、紗羅が多重人格という「超人類」に分類されるからこそ、己は存在できている。
 ――この体から、出てこれやしないくせに。
 どうしてお前が鬼婆娑羅を名乗るのだと、鏡の中の己が口を動かしたのを見た。

「鬼婆娑羅ッッッ!!!」

 立ち尽くした勇猛な彼を、――撃ち抜かないように!
 どどうと鉛球を無数にはなったのは紗羅であった!
 相棒である彼の不振を察知すると同時に、この地にはびこる呪詛の解析を終えれば――理想を見せられているのは判断に及んだ。
 無茶苦茶だと火を噴きながらも思う。だけれど、こうすることでしか紗羅は彼を助けてやれなかった!
 ばりばりばりと激しい音を立てて鬼婆娑羅の理想は砕かれる。
 何を突っ立ってんの――と怒号を放ちそうになって、踏みとどまった。

「ひどい顔」

 代わりに出たのは、小さいながらに嘆いた声で。
 己の前を歩んでいた超常に至る彼が――まったく同じ顔をして、うつろな瞳のまま振り向いたのだった。

苦戦 🔵​🔴​🔴​

狭筵・桜人
◎★

おっと足を止めちゃいましたか。
とはいえーすぐに助けるのも、ねえ?
フフ、お楽しみ中かもしれませんし!

少し先を歩いて鏡を小突いてみたり。
彼女は力を得てからずっとワンサイドゲームを続けてきたんでしょうね。
だから識ってはいても理解はしていない。

なんと困ったことに。
呪詛なんて生易しいものでくたばってくれる人たちじゃないんですよ。
こわーい人たちを敵に回しましたねえ、佐伯さん。

エレクトロレギオン全機、砲撃を鏡面へ【一斉発射】。

邪魔するのも野暮かなって思いましたけど
ちゃんと待ってあげたでしょう?
“何も映さない”鏡を眺めるのも飽きちゃいました。

それに一人で先に行くとか嫌ですよ、私。
心細いじゃないですか。





「おっと足を止めちゃいましたか。」
 猟兵たちの各フロアの進捗状況を己の手足である傀儡たちで見てやれば。
 ――知った顔もそうでない顔も、一度はみな静止している。
 おそらく理想に囚われているし、それを助けてやるべきだとはさすがの狭筵・桜人(不実の標・f15055)も理解が及んでいる。
 ただ、それに「はいそうですね」と救いの手を無償で差し伸べてやるのなら、きっとそれこそ偽物なのだ。
「すぐに助けるのも、ねえ?」
 ――お楽しみ中かもしれませんし!
 過去との逢引、理想の己との対談の邪魔をしたら、馬に蹴られるどころで済みそうにないではないかと。
 事実、どうしても桜人は「人をいじる」たちなのだ。
 過去を殺しながらどうしようもない経歴を抱える猟兵たちが、心的外傷をいじくりまわされて過敏になっているこの時に。
 桜人が気安く声をかけようとすればきっと、ひび割れた心をいよいよ砕いてしまうだろう。
 だから。
 ――桜人はこんこんと、鏡を右手の甲で小突いてみる。
 あどけない愛らしい顔で、まるでご機嫌いかが?と尋ねるかのように歩き回りながら遊ぶ彼がいるのは、3Fだ。
 精神汚染からの干渉を、一切受けているようには思えない。
 穏やかなしぐさとともに、うっすらと笑んだ顔で考えているのは「佐伯・夏」のことだ。

 精神汚染、過去の蒸し返し、大いにどれも皆に有効だろう。
 だが、この桜人には――こんなもので干渉しきれないのだ。これだけは、きっと彼女も想定できていなかった。
 そして、呪詛そのものといってよいほどの業を背負っている彼には、この主に寄り添うこともできなくはない。
 実際、こうしてフロアを無駄に歩き回ってみてちゃんと「待ってやった」のである。
 ――狂気と正気のはざまに、叩き落せるものならやってみろ。
 けしてそれは、挑戦的な思考で考えていない。傲慢に。見下しながら桜人は彼女の力量をはかっていた。

「力を得てからずっとワンサイドゲームを続けてきたんでしょうね。」
 つう、と撫でる鏡には反射する桜人がいない。
 撫でる鏡だけではない、その場のどの鏡にも――桜人はいない。
 ミラーハウスだったか、なんだったか。こういう施設をうまく形容した探偵が、そういえば私の前にいた。と思い出しながら。
 どんな部屋にも入っていたるところの「可能性」に触れてやったというのに、鏡は“何も映さない”。

 ――桜人が。

「識ってはいても理解はしていない。」
   ・・・・・・・
 ――どこにもいない。

 ヒトモドキは人間の業というものを識ってはいるだろう。
 その経歴は悲惨かどうかといわれれば、間違いなくそうだ。桜人も納得をする。
 彼女こそありとあらゆる地獄を踏破したと桜人もそばで言ってやれただろう。
 しかし、呪詛を扱うとなると識っているだけではよろしくないのだ。
「呪詛なんて生易しいものでくたばってくれる人たちじゃないんですよ。」
 呪詛は、致死にはなりえない。
 彼女がナイフで人の皮をはぐために、首元にそれを突き立てるように。
 呪詛は人を弱らせる毒にしかなりえないのだ。しかも、生易しく――致死毒にならない程度のものである。
「薬だって、もとは毒ですしね」
 こんな生易しいものでは、猟兵の「薬」になってしまうばかりだ。それを理解しちゃいない。
 特に――桜人のような、「呪詛の体現者」じみた因果を背負う彼には、こんなものは通用しない。
 同様に、彼の見知った黒い彼も。
 愛らしくもある業火の女神ですら。
「こわーい人たちを敵に回しましたねえ、佐伯さん。」
 ――理想を克服し、受け入れただろう。
 よりによって、この方法は最悪手といっても過言でない。
 どうして彼らが「猟兵」であるのかをしょせん、「佐伯・夏」にはよくわかっちゃいないのだ。

 呪詛よりももっと恐ろしいのは、生きているひとだというのに。

 その一言を皮切りにして、展開されたのは【エレクトロレギオン】だ。
 電脳を操る桜人が脳内で指示を出してやれば羽音を立てて勢いよく飛んでいく。
 小さな体に乗せられた砲台をきりきりと音を立てて稼働し、命じられるがままに光を放つ。
 無数の鏡が――割れていく。

 かつての己の理想を見ていた誰かを助けているだろうし。
 己を信じていたのにすべてが虚構だった彼女を救っただろう。
 ――破砕音が心地いい。
 ゆったりと目を閉じてそれを耳で味わいながら、足取り軽やかに埃をかぶった待合ソファーを見つける。

 一人で行きはしない。行けないことはないのだ。
 
 よいしょとわざとらしく宣言してから、ソファーのほこりを掌である程度取り払って尻を乗せた。
 改めて事実確認を頭で行っても、この手合いは明らかに“桜人”より呪詛の扱いには劣る。
 その気になればありとあらゆる呪詛の干渉を断ってやってもいい。いまこうして電脳を乗せられた機械兵器たちが、砲撃を展開しはじめるように。
 だけれど――それじゃあ、おもしろくない。

「それに、心細いじゃないですか。」

 誰に言った嘘か真かなど、“推理してみれば”わかるだろう。
 鏡の向こうに映らないから、鏡にむかって言ってやった。たっぷりの皮肉と侮蔑を乗せて、呪詛が言ってやったのだ。

 ――たちまち、きらきらと砕けて散っていくそれに、思わず笑いが込み上げたのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

上野・修介
※◎

この鏡に乗り越えるべき相手が映るというなら、自分にとって最強の敵が映るだろう。

身体を鍛え、技を磨き、幾多の戦いを超え、どんなに強くなっても手強い相手。
むしろ強くなればなるほど、そいつも強くなる。

恐れも、迷いも、侮りもすべてそいつからもたらされる。

呼吸を乱し、体を強張らす。

それは自分の一番近くにいて、そして常に前に立つ者。

詰まる所は『俺自身』

では、どうやって乗り越える?

――吸って、吐く
――無駄な力を抜く
――そして敵を観据える

いつだってそいつと戦ってきた。
何度だって相手をしてきた。

「だから、いつも通りにやるだけだ。」

この拳を以て、ただ推して参る。

『苦』





 真面目が服を着て筋肉をまとって歩いているような男である。
 上野・修介(ゆるふわモテスリム・f13887)はUDCとの因縁も深い。
 なにより、彼がこうして猟兵の道へと歩んだのはその左ほほの勲章をもたらされたからだ。
 ――楽観的ではあるが、考えなしでない彼である。
 喧嘩屋として生きたことのある拳で、また一枚の鏡を殴り破ったところであった。
 多くの猟兵たちが苦しむ、1F。エントランスにて。

 ――彼の呼吸が、乱れている。
                          ・・・
 ほかの猟兵たちとともに訪れたはよいが、彼はいささか真面目過ぎた。
 いくら身体を鍛え、技を磨き幾多の戦場で生き残ってきた彼であっても、超常からの精神干渉には性格ゆえに抗いにくい。
 割った鏡が痛み分けといわんばかりに、彼の中指とその骨に深々と破片を突き刺していくのを受け入れていくばかりだ。
 修介の瞳に、理想が映っている。
 ぼたぼたと血を垂らして目をぎらつかせる現実の彼と対照的に、背後に映る理想の修介には血の跡ひとつない。
 澄んだ瞳をしていた。
 呼吸の速さは一定で、取り乱すまでの修介とその姿はほとんど変わらない。
 未来を生きる、未来を守る――『一歩先』を往く己を見た。

 上野・修介という男はとてもストイックだ。
 戦闘には至って真面目で、そうでなくても毎日を糧として己を磨いている。
 強く、あらねばと。
 毎日そればかりに頭を使っているような男だ。だから、彼の口癖は。
「なんとかなるさ」
 ――己がなんとかしてみせよう。
 そう、言えるために強くあり続けるまじないでもある。
 無意識かもしれないその鍛え方は、修介が『正気で』あるからこそ行える沙汰だった。
 少しでも心が弱ければ、己が与える己への鞭を前に砕け散ってしまうほどの厳しさを常に感じながらこぶしをふるっていた。
 恐れも、迷いも、侮りもすべて――己が己で作ってしまうものだと。

 わかっているのに!

 喘鳴を響かせながら、修介は今一度己の周りを視認する。
 乗り越えろ。強く在れ。
 ――やらねばならぬ、為せば成る!
 己の頭を焦燥と恐怖に塗りたくられるよりも早く、鏡の己への憤りを一度目を伏せることで断った。
 しょせん、鏡の中の存在は現実の修介に拳を当てたりはできぬ。
 冷静になってきた頭に、ようやく乱れた呼吸からの酸素が回ってきた。
 己の顔を、鼻面を汗が伝う。いやな汗だと思う修介である。粘っこいそれは、明らかに己への「くせ」で出たものだ。

 いつでも、どんなときでも戦ってきた。

 修介は、真面目でストイックで――冷徹でありながらも獰猛を隠せぬ男である。
 相反する要素を抱いたまま、あまたの戦場で己としのぎを削ってきた。
 激しくも充実し、そしていつも焦りながら納得してきた日々である。
 誰かを相手に喧嘩をするときだって、果たしてこの一歩が最適解だったのかを振り返る。
 一歩先に進んだ彼が試合の己を見るときに、さらなる改善点を見つけられるように。
 ――今この場にいる修介だって、常に一歩一歩先を行く『未来の己』を超えたくてたまらない!

「おおおおッ!!」

 また鏡を破砕した。それでも砕け散るは破片ばかりで、すぐ隣の鏡へと理想の己が逃げ出した。
 ――一歩先を行く!
 己がまた、この呪詛に蝕まれた世界の恩恵を受けて己の先を往く。
 当然だが、「現在」でしかないこの修介が「未来」の修介を追い抜くというには論理的に考えれば方法がない。
 それでも、過去は消費される。先ほどまでこぶしをふるっていた己は海へと消えて、ステップを踏んでから靴をきゅきゅっと鳴らして鏡と早退する己が現在で――現実だ!

 すでに両手は血まみれだった。
 慣れて使う右腕などはもはや感覚もない。
 めくれた皮の向こうに骨が出てやしないかどうかを考えられる余裕が出てきた。
            リソウ
 では――どうやって。「未来」を乗り越えよう。
 修介がいつも通りの呼吸を思いだして、戦うことに敏感な脳髄を活性化させる。

 ――吸って、吐く。
 ――無駄な力を抜く。
 ――そして敵を観据える。

 もとはといえば、なんてことはない。
 彼に武術を教えた『先生』の口癖だったのだ。
 今や修介のアレンジと経験が加わって、『総合素手喧嘩術』という名になってはいるがベースの格闘技法では特に呼吸を重視された。

『――力は溜めず――息は止めず――意地は貫く』

 【拳は手を以て放つに非ず(ケンハテヲモッテハナツニアラズ)】。
 最初聞いたときはなんとめちゃくちゃかとも思ったものだ。
 喧嘩など、殴れて蹴れて殺さずに。なおかつ、己の強さが証明できれば良いものだとも思う。
 だけれど、それではいられないのだ。修介はごろつきなどでない。今や、――『世界』を背負う覚悟を持った猟兵である。

 なんとかなる。なるようになる。
 ――なぜならば!

「だから、いつも通りにやるだけだ。」
              ・・・・・・
 決意を込めて、今度の一歩は鏡よりも早い!
 踏み出した左足とともに、突き出された右腕を鏡の修介は察知できなかったらしい。
 なぜか、どうしてか。驚愕の顔をした冷徹なそれが、初めて――人間らしい動揺を見せてから砕け散った。

 たった、この一瞬で。
 焦りに満ちた己の頭をまっさらにしてみせた。己の思考を読んで鏡の中に具現化しているのならば、一度何も考えずの反射の一手など予想はできまいと踏んだのだ。
 ある種、賭けでもあった。だが――賭けられるには慣れている。

 修介は未来を変えて――超えてみせたのだ!
 完全な、意地の一手であった。理想などの偽が描く未来に、意地というもので負けるはずがないとはわかったから行動に至った。
 とはいえ――やはり。

「いってェ」

 拳は、ひどいものとなっていた。
 それでもこの痛みを嘆かない。きゅうと口を一文字に結んでやって、修介はまた己の向かうべき場所――上へと足を進めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レイニィ・レッド

自分、嫌いなんスよ
宛がわれた役目も果たせねぇポンコツ
鏡は姿をそっくり写すモンでしょーが

赤くない
白髪でもない
品行方正で優秀な餓鬼
改造されなかった自分

過去に未練があるとでも?
平和に暮らせた筈の未来が
理想だったとでも?

下らねェ
ふざけやがるのも大概にしてほしいですね
たらればの話は嫌いなンですよ
まして自分の話なんざ

◼️◼️◼️◼️という餓鬼は死んで
クソの役にも立ちゃしねぇ
失敗作の改造人間が生まれた
この事実は変えられない

ヒトの枠に収まろうなんて思っちゃいません
自分、立場は弁えてるンで

雨の中の赤ずきん
そうあれかしと囁かれた都市伝説の怪物
そう噂されるままに勝手気儘に裁くだけ

怪物に過去はいらねぇ
ブッ壊してやる





 強化人間、とは。
 その過程においてユーベルコードを体に埋め込まれた生物実験の代物である。
 それがどのような大義で、誰のために行われたかはそれぞれの出自に寄るのだが。
 ――UDCアース、狂気と混沌の渦巻く世界においてはその謎を暴かれる。
 
 レイニィ・レッド(Rainy red・f17810)はUDCアースと異なる、ヒーローズアースからやってきた。
 よく似ているが――この世界はどうやら「間違いだらけ」なのだと赤は悟る。
 彼の世界は、彼のものであるから。彼の規律で両断されるべきであった。
 その利己的がすぎていっそ自己中心的な正義を「悪」だと呼ばれもしたし、どんどん回数の増える所業に「怪物」を見出したものもいた。
 
 ――好きに呼びゃァ、いいでしょう。
 
 ダークヒーローとして己を知るものどももいれば、その数は多くない。
 だから、彼は「雨の中の赤ずきん」とよばれた都市伝説になった。
 真っ赤なレインコートを着て、まるでそれが彼の屠った命の証だとでもいわんばかりのいでたちに。
 美しいかんばせをした真っ赤を宿す顔がある。
 いっそ神経質なまでに切りそろった白い髪に、皆が――尋ねられるのだ。

「――アンタは、『正しい』か?」

 そう、彼は訪ねる側だった。
 しかし、どうやら今日ばかりはそうもいかないらしい。
 善と悪がはっきりと分けられたがる栄華のヒーローズアースに比べれば、この世界はずいぶんと「リアリティ」に富んでいるようだ。
 事件の経緯を追いながらもその残酷さに明確な「悪意」を感じ始めたころである。
 親玉の場所がわかったのなら、攻め入ってしまえばよいと断ち鋏を手にして悠々とミラー・ハウスもびっくりな空間に飛び込んだ。
 礼儀作法など彼の前では必要がない。悠々と飛び上がって窓から転がり込んでやったのである。
 窓ガラスにどうやら――呪詛がないらしいことを知ってためらいなく蹴った。
 高さと落下の下限から、到着できるのは3Fからだと踏んだとおりにそうなった。

 ――だけれど。

 「過ち」だった。
 転がり込んだ彼が悠々と立ち上がれば、待ち構えるように在ったのは鏡。
 床も、天井も、机も椅子も、ここがどうやらビル内にあった病院だったらしい痕跡すらも――すべて!
 巻き起こる呪詛は未知のものだ。何が出るとしても、彼の前では等しく裁くべきものである。
 さあ、何が来ると赤を睨ませてみれば。

 現れたのは、「美しいままの」レイニィ・レッド。
 正しくは、――改造されていない姿の。
 怪物になり果てる前の、平和で明日の希望を根拠もなく絶対だと信じた生ぬるいままの己が、現実の赤と同じほどの姿になっている。
「ッ――下らねェ」
 ふざけやがるのも大概にしてほしいですね。
 思わず、口から出た毒である。
 湧き上がるのは、嫌悪だ。こんなものを――こんな己を!いまだに、勝手な断罪者である現在ですら捨てきれていないとは!

「◼️◼️◼️◼️という餓鬼は死んで、クソの役にも立ちゃしねぇ」

 言い聞かせるように、赤は虚構の赤へとささやく。
 ◼️◼️◼️◼の名を捨てなかった赤は、血まみれの己を見てびくりと体を震わせた。
 それがまた、――腹ただしい!
 ぎりりと奥歯を噛みしめて、精神への干渉と己への侮辱を働いた黒幕へと怒りが向かう。
 己の経歴は偽れない。この失敗作の改造人間が生まれる事実も捻じ曲げることは許されない。
 だから、ならば、だからこそ!
 こうして――欠陥だらけの体を引きずって怪物となっているというのに。

 彼が許せない世界を、彼が罰してはいけない道理などありえない。
 なぜなら彼は、雨男のレイニィ・レッド。鮮血を被りながらも前へ前へと行く彼は、その手で世界を切り取って作ってきた。
 だから今回もそうするだけだ。――噂されるままに勝手気儘に裁くだけ。

 己の経歴にも、過去にも、理不尽にも――ヒトであることを奪われてきたとしても。
 ならば人に戻りたいと思うことは無い。むしろ、いい「あきらめ」となったのだ。

「怪物に過去はいらねぇ」

 ヒトの枠には収まりきらないこの衝動を、感情を――怒りを!

「ブッ壊してやる」

 我慢せよと彼を縛る法律など、「彼の世界」においてはどこにもないのだ!
 乱暴に振りかざした裁ち鋏が、豹変といっていいほどの――己の動きに驚いて口を情けなく開けて目を見開く小動物の顔をした順に切る!
 ばちりと音がして鏡は断たれた。
 ばぎりと鳴って投げつけられた個所からまた鏡は砕け散る。
 傷だらけになって使い物にならないまま、呪詛とともに壁から落ちるものもあった。
 皿をまるで割ったかのようなその顛末に、誰もがきっと目線を追いつかせなかっただろう。

 部屋中の鏡を破砕してから、肩で息をする彼が中心にあった。
 荒い息を肩でも語りながら、ぎゅうとレインコートを深くかぶりなおす。

「自分、嫌いなんスよ――宛がわれた役目も果たせねぇポンコツ。」

 吐き捨てるような、彼の宣言に。
 誰も――ああ、そうだねとは応じてやれなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティオレンシア・シーディア
◎◆△

まるでミラーハウスねぇ。
先が見通せないし、ちょっと面倒――

写りこむのは当然自分の姿。
黒服、黒髪。黒、黒、黒、黒、黒、赤、黒、黒…赤?

顔を向けた先で見返すのは瑠璃の瞳。真紅の髪に自分と同じ三つ編み。
――今はもういない、あの子。

…ああ、そういうこと。進みたいならこれを壊せ、と。
中々いいシュミしてるじゃない。
…けど、お生憎様。

――●封殺一閃、鏡像を撃ち抜く

この程度の幻で足を止めてあげるほど、アタシ優しくないの。残念だったわね?
ただ、まあ…あの子の姿を見せてくれたお礼と、アタシにあの子の姿を撃ち抜かせたオレイと。心情諸々相殺して…ブッ殺す、ってとこかしらね?
(無自覚ながら半ばマジギレモード)





 どんなに朗らかであろうとしても、背負う業の重さというのはごまかしきれまい。
 まるでミラー・ハウスだとのんきに立ち入りながらも、周囲への警戒は怠らないのがティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)その人である。
 やはり、こうも反射ばかりされては足取りもどこに向ければよいかよくわからない。
 呪詛をまき散らしたこの空間で、ある程度の平衡感覚を狂わされているというのに。さらにまだ――心理的なダメージをあたえようとするなど。
 話に聞いた「夏ちゃん」はどうにもこうにも性格が悪いらしいのを苦笑いしながら歩む。
 なんとか先に進んだ猟兵たちの後ろを歩いて、彼らがまた散会したのを皮切りにして一人で歩いてはいるものの。
 真上に満ちる呪詛にたどり着くためには、この3Fから4Fへとあがるための階段を探さねばならぬ。
 頭上に向かって攻撃を放ってみようものなら、一気にシャンデリアが可愛いほどのきらめきの破片に襲われるのも想像にたやすいこの空間であるが。
「うーん、ちょっと面倒――」
 いつも通りの甘ったるい声に笑みを乗せたまま、さあてどうしたものかとティオレンシアが微笑んで見せれば。
 やはり映るのは、無数の彼女の姿である。
 このテナントらしき空間は一体、何に使われていたのやら。ずいぶん狭いところに迷いこんだと思いつつ、当然のごとく反射される己を見る。
 黒服、黒髪。
 当然だろうと確認しながらもはびこる呪詛には警戒を続ける。
 薄く赤い瞳をのぞかせながら、その有様を凝視した。
 ――黒、黒、黒、黒、黒、赤、黒、黒。

「赤?」

 思わず、張り詰めた声になる。
 はきりと放った己の声が久々だなと――どこか他人ごとに思えながら仲間外れの色を見る。
 そこには、瑠璃色の瞳をした真紅の彼女がいた。

「エスィルト」

 懐かしい名を、よくもまぁすらすらと言えたものだ。
 己の記憶力と、それから図々しさに嫌気をさしながら鏡の中に呼び出された真紅の髪をした彼女を見た。
 ティオレンシアと同じく三つ編みを結んだ彼女は、華美なドレスで飾られている。
 ――なんてことはない、関係から始まった二人の女であった。
 ティオレンシアは、その昔はいまよりもずうっと「やんちゃがすぎる」女であった。
 ありとあらゆる組織からは恐れられたし、面倒だとも思われ襲われたこともある。彼女の心臓と脳が正常に現在も在るところが、その壮絶さを勝ち抜いた証明になるだろう。
 ともかく、あまり治安のよいところで生きてはこなかった。
 そういう気性だったといえば――それまでなのだけれど。たまたま行き倒れていた女を拾ってやったことから運命は彼女を導いていく。
 エスィルト、と名乗る赤が、女にとっては初めて「守るべき対象」となるのだった。
 気まぐれで拾ったそれを、色町に連れて行って面どおしでもさせてやろうと思ったならば。
 「お前が拾ったのだから」とそこを締めるものの口車が働いて、面倒を見る責任とともに、うまく高級娼館で働かされることとなった経緯がある。
 それでも、その生活は悪くなかった。
 エスィルトは頭がよく、傾国も夢ではないほどの才がある美しい女であったし。
 また、ティオレンシアもたかだか男の三人や四人に怯えるような肝を持ち合わせてはいなかったのだ。
 赤の彼女も、黒の彼女も――お互いにこの運命を呪いはしなかったし、笑うばかりで仲良くなり始めていたころに。

 英雄となるには、どうしても悲劇が付きまとうのだった。

 鏡の世界に囚われているエスィルトが、赤の髪を無造作に垂らしているのがもどかしい。
 いますぐにでも、この薄い壁を突き破って髪を結いなおしてやりたいものだった。
 ティオレンシアの今の髪は、彼女をまねたものである――忘れないように、かんじていたくて。
「エスィルト――、」
 名を呼んだ。
 それでも、うつろな赤は返事をしない。
 瑠璃色の瞳はすっかり濁っていて、ティオレンシアを現実に引き戻す。
 息を止めた黒が、伸ばしたものの何も触れられなかった右腕を己にぎこちなく寄せるころには。

 エスィルトの腹部に、大きな亀裂が走る。
 じわりと赤がにじんで、美しい衣服は亀裂の通りに割けていく。
 彼女がごぽりとより、真っ赤を吐き出して見せれば内臓がその傷口からこぼれてあふれた。
 びちゃびちゃと耳障りな音を立てて、あふれる臓物にティオレンシアの何もかもが――止まる。
 時間も、呼吸も、思考も。

 とめどない赤がようやくあふれ終わったかと思えば、つぎに傷口から現れたのは。
 まがまがしい、竜のかぎづめであった。

 口の端から血泡を吐きながら、血涙を流して濁る瞳がティオレンシアを見る。
 ひとつも、己は傷ついていないのに。
 ――鏡の彼女は、また。

「ああ、そういうこと。」

 己の目の前で、命を壊される。

「進みたいならこれを壊せって?」
 結論に至れば、行動は早かった。抜き放った拳銃で、鏡像を【封殺】に任せて撃ち抜く。
 ばりりと音を立てて砕け散る惨劇が、あたりに舞ったなら。
 ほかの鏡にも同じように撃ち抜いていく。どこのかしこの赤にも、ティオレンシアの銃口がぶれることはない。

「この程度の幻で足を止めてあげるほど、アタシ優しくないの。残念だったわね?」
 ――中々、いい趣味をしているとは思ったが。
 けれど、おあいにく様。このような光景など、ティオレンシアはもう何万回と想起してきたのだった。
 悲しみには慣れない。どうやっても、いつまでも傷は傷だ。だけれど、――過去は過去だと割り切ることはできるようになる。
「あの子の姿を見せてくれたお礼と、アタシにあの子の姿を撃ち抜かせたオレイと。心情諸々相殺して――」
 指を手折りながら、鏡の砕け散った薄暗い世界を歩む。
 悲惨な過去?恵まれない境遇?――だから何だというのか。

「ブッ殺す、ってとこかしらね?」

 ティオレンシアが、己の気持ちを理解できないまま凶悪に微笑んだのをどの鏡ももう映せまい。
 砕け散った輝きたちが、彼女の煮える背中を黄昏に染めていたのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴィクティム・ウィンターミュート
◎◆△
ちっ、悪趣味だなオイ…
どこ見ても俺が映って……あァ?
お前は…■■■■

──懐かしいな
お前とずっと馬鹿みたいな夢を見続けた
仲間を集めて死ぬ気で頑張ってさ
馬鹿みたいな夢が、「叶うかもしれない夢」だと思えて

だけどお前は、その夢を投げ捨てた
倒すべき悪に恭順した。仲間をみんな連れて…従わない仲間は殺した
意地になった俺は夢を一人で追い掛けて…取り返しのつかない失敗をした
その結果、お前も仲間も…破滅に追い込まれた

「お前のせいだ」
「お前は英雄になれない」
「独り善がりのクズ野郎」

俺はその言葉を否定できない
今は、まだ

あぁ、また乗り越えられなかった
まだ否定できない

いつか、きっと…

悪いな、今は逃げるぜ
──走るか







「ちっ、悪趣味だなオイ」
 舌打ちとともに、歩む。
 電脳の支配者たる彼でも、この空間というのはどうも支配できそうにない。
 侵入できた3Fに、上階からのおびただしい呪詛を感じるばかりである。どこかのテナントに入るよりも早く、すでに廊下からそれが満ちていた。
 物理的に、そして視覚に作用せざるを得ないもの――鏡というのを書き換えるには、あまりにも現実的でありすぎる。
 ヴィクティム・ウィンターミュート(impulse of Arsene・f01172)は『超一流』の端役だ。
 主役ではなく、端役を務めることに己を燃やす彼にはそれに至る経緯があった。

 ――主役にはなれない。なりたくも、ない。

 数々の業を、齢十七にして背負いすぎている。
 背負いすぎて、身長まで伸び切らないのかもしれない気もしてはいたが――それもまた端役に至るにはふさわしいとも考えながら生きてきた少年だ。
 少年の割には、夢を見れない。
 そんな彼がこの悍ましき呪詛にかかるとするのなら、きっと表舞台にあげられてしまうのだろう。
「――あァ?」
 無数に己ばかりが映る。
 鏡の中の己をにらみつけてやれば、明らかにこの異常に警戒心があった。
 その瞳の中にも己がいる。そしてその瞳にも、また次の瞳にも、ずうっとヴィクティムの視界には己があり続ける。
 認知のゆがみを利用した――失認性の自我消失。
 情報は出そろっていたし、そういう手合いが好きなサイコパスがわざわざこんな施設まで作り上げて今も愉しんでいることなどは分かっていた。
 だけれど、優秀な解析をはたきだす脳に、まだ若く未熟な彼の心は追いつけない。
 だんだん呼吸のはやりだす己の網膜に、エラーコードが浮かんでいるのは分かるのに。
 今考えるべきはそれへの対処方ではない気がしてどんどん致命的なエラーを起こされていく。
 ――ERROR.
 ――A>COMMAND:Recovery System For Arsene.
 ――YES.
 望んでいない命令が、自動的に彼の優秀な演算器である頭脳からはたきだされる。
 考えたくない、思い出したくもない、よせ――。
 心が叫ぶのに、やはり『よすぎる』脳にとって、そのタイムラグはあまりにも長すぎた。
 ぐにゃりとヴィクティムの前に映る理想が現れる。視界の中いっぱいに赤で警戒を知らされる。
WARNING!!WARNING!!WARNING!!WARNING!!WARNING!!WARNING!!WARNING!!WARNING!!WARNING!!

 かつて誰もが、己を夢見た時代を――理想と、するのならば。
「■■■■――」
 名前を、己の耳が聞き取れなかった。己の声帯を震わせて、確かにスピーカーから吐き出したのを、改造した耳では拾えなかったらしい。
 だけれど、脳はやけにすっきりとしている。まるで、ずうっと考えていた何かの答えをようやく出せたかのような快感があった。
 目の前にいる“誰か”を、誰であったかを心が理解するよりもずっと早く。
「──懐かしいな」
 憧憬ばかりが、ヴィクティムの脳を支配した。
 完全に――心はおいてけぼりのままに追憶は始まる。
 夢を、見ていたことがあったのだ。
 端役である彼が、「叶うかもしれない夢」を相棒と一緒に追いかけ続けていたのだ。
 今振り返れば、頭はいいが情緒の幼い生意気な子供らしい抜け漏れだらけの一過性な野心であったと思える。
 カナダの北東。非公式独立企業都市国家スプロール・ライーナ。
 もとより閉鎖的な国のつくりであったが、現在はより――鎖国状態といってもいいほど、ひどくなった彼の出身国である。
 そこで、毎日己が主人公だといわんばかりに夢を毎日追っていた。
 相棒がいた、仲間がいた。
 階級社会であり、最底辺の位置で泥のような毎日を強制されながらも、彼らは一度も己たちの価値を見損なわないように戦い続けていた。

 英雄の、つもりだった。
 弱きを助け、いたずらに弱き者を貪る強者と勘違いした存在に鉄槌を下す。
 彼らが隠密である限り、そして――下流階級の、文字の読み書きも知らぬような子供らが国を揺るがせているとは、誰も思い付きやしなかった。
 それが、いけないのだ。
 子供は一度の成功体験から己の才能をより伸ばしてゆく。
 集団でミッションをこなすたびに、成功度は上がっていって、本当に死ぬ気になればなんでもできてしまう。
 『バカみたいな夢』を叶えられそうだと、――錯覚を起こした。

 相棒は、ある日突然夢を投げ捨てた。
「その時の、顔のままかよ」
 鏡に映る相棒の顔は、険しい。
 意志の強いお互いであるから、確かに衝突することはあったけれど。
 でもお互いに――「馬鹿じゃないバカ」ということはわかっていたから、考えというものに妥協しあいながら話し合いだってできた。
「お前のせいだ」
 倒すべき悪に恭順した。この相棒は仲間をみんな連れ――従わない仲間は殺した。
「お前は英雄になれない」
 意地になったヴィクティムは夢を一人で追い掛けた。そして、取り返しのつかない失敗を起こす。
 “Arsene”と呼ばれた、大悪党の彼が起こした人生最大最悪の一件は。
「独り善がりのクズ野郎」
 結果、誰も救えなかった。

 指をさされながら、罵倒を受け入れる。
 受け入れざるを、得なかった。何一つその主張に間違いは見られない。
 ――過失か、殺人かと言われれば己でもはっきりとは答えられない罪なのだ。
 鏡の中から、かつての相棒の視線がまだ色濃く残っている気がして目を細める。最後の一言を吐き捨てた彼が消えていったのを、見ていたのに。
 まだ、其処に――呪いがある気がした。
 Scanning...ALL GREEN.
「わかってるよ」
 当たり前の演算結果に。
「――わかってる」
 まだ己の中に巣食う、“あの時のままの己に”言い聞かせるように絞り出した声があった。
 乗り越えられなかった、また。けれど、いつか――いつかきっと。

「走るか」

 逃げ出すように、鏡の部屋からためらいなく走る。
 少年の体はどこかしこも傷ついちゃいないのに。どうしてか、胸のあたりに大きな赤黒いしみが広がっている気がしてならなかったのだった。

 ――An unrecoverable error has occurred.
 Press <Enter> to shutdown the memory.

苦戦 🔵​🔴​🔴​

花剣・耀子
◎★△

理想のあたし。

もっと強かったら。
もっと聡かったら。
もっと大人だったら。

寮に空き部屋が出来たりはしなかった。
ずっと笑っていられたはずだった。
――、師匠が死ぬ必要なんてなかった。
あたしは《花剣》にならなかった。

分岐点は無数に。

躊躇わず斬ることが出来ていたら。
接触したのがあたしだったら。
先に気付くことができれば。
世界を渡らなければ。
剣を持たなければ。
拾われなければ。

生まれなければ?

そう。そうね。
後悔をしたくないのなら、生きないのが正解なのでしょう。


――なんて、大人しく諦められるなら最初から生きていない。
理想も後悔もあたしのものよ。
なにを目指すかは、あたしが決めるの。

おまえ、煩いわ。
消えなさい。





 ――理想というのは、誰もが抱く自由である。
 花剣・耀子(Tempest・f12822)は、生真面目な視線で鏡と向き合っていた。
 正しくは、『Tempest』としての己がこの呪詛の調査をしているというべきであろうか。
 彼女は、UDCメカニックである。ある程度の呪詛耐性はあるものの、ここまで狂気と人の情念に満ち作り上げられた施設は――報告書で見た数のほうが多い。
 実際に、狂気と対面する。
 蝕むようににじむ黒が、己の脳を支配しようとするのを耀子はあえて受け入れた。
 視界の端に、最上階へと至る階段を視認できたから――立ち向かうことを決意したのもある。

 理想の耀子が、脳から鏡へと映された。
 ――もっと強かったら。
 鏡の中の耀子は、きりりとした視線は現実と変わらないがより一層瞳の光が強い。
 眼鏡越しにあるにも関わらず、張り詰めたような印象はむしろ氷に近かった。
 意志が揺らがないのだろう。
 これほどまでに張り詰めた姿になれていたのならば、彼女の寮に“空き部屋”が出来たりしなかった。
 巣を持たぬ蜘蛛の巣に、欠落なんてなかったはずだったのに。

 ――もっと聡かったら。
 現実の耀子は、学校の成績があまりよろしくない。
 だけれど、戦闘に関してだけの頭はよく働いていた。
 もしこの才が万物にはたらいていたなら、どんなことができただろうか。
 きっと皆の笑顔を守れたまま、耀子も笑顔だった。
 理想の耀子がゆったりと勝ち誇るように微笑んでみせる。現実の耀子はそれに対してますます唇を強く結んだ。
 
 ――もっと大人だったら。
 今ですら、理知的ではある。
 だけれど現実の耀子は衝動的でもあった。
 人の心には当たり前ではあるが共感するし、己の自己中心的な考えだって捨てきれない。
 でも、鏡の中の耀子は先ほどから現実に在る彼女にささやき続けている。
 その声は、ずうっと落ち着いていた。
 合理的になれていた。静かな水面のような心で、荒れる海のような現実の耀子に恐れない。

 そう、あれたなら。
 ――、師匠が死ぬ必要なんてなかった。
 ぎりりとこぶしを握る。あまりにもその力が強く、己の掌から流血を呼び起こした。
 ――あたしは《花剣》にならなかった。
 ありもしない理想をまざまざと見せつけられる。
 この理想に至る分岐点はきっと、多々あったのだ。
 数多の狂気との闘争において、けしてその不穏に負けずに躊躇わず斬ることが出来ていたら。
 失われた“空き部屋の主”ではなく、怪異に接触したのが耀子だったなら。
 ――その誰かの代わりに先に気付くことができれば助けられたのに。

 がらがらと己の中で、何かが崩れていく。
 積み上げた虚勢と自己を正当化し続ける土台が、心の荒波にもまれて削がれていった。

 ――世界を渡らなければ。
 守るべき世界を彼女が守り続けていたら、きっと多くの誰かを救えた。
 ――剣を持たなければ。
 こんな世界を知ることもなく、きっと平穏無事で余計な犠牲は出さなかった。
 ――拾われなければ。
 蜘蛛の子になることもなかった。きっと、普通の女の子として生きていた。

「――生まれなければ?」

 最後の問いは、侮蔑めいた声で届く。
 鏡の中の理想は、無数にあった。ありとあらゆる個所に反射して、無数の「そうであったならば」という耀子たちが笑い出す。
 何もかも、もう遅いのだと。
 これ以上生き恥を晒してまで何をしたいというのかを笑う。
 ――“可能性(わたしたち)”に至れなかったくせに。

「そう。そうね。」

 認める。
 この場に存在する、どの耀子よりも現実の彼女は「最悪の可能性」だ。
 こうあるべきではなかったし、こうなるべきでなかったのは彼女がよくわかっている。
 己の姿をしたから反射する鏡に、ぽたりぽたりと握った左手から赤が落ちるのを見た。
 ひりひりと痛む左手の痛みは、今この場において――現実の耀子にしか無いものだ。

「――なんて、大人しく諦められるなら最初から生きていない!」
 咆哮めいた、拒絶である。
 明確な呪詛への反逆だった!びくりと鏡の中の耀子たちが震える。
 何を考えている、もうやめてくれ、余計な未来を生み出すなと――喚く彼女らを突き放すのをやめない。
「理想も後悔もあたしのものよ!なにを目指すかは、あたしが決めるの。」
 だから、これで遊んでくれるなと。
 耀子はぎらつく瞳を隠せないままに、剣を抜いた。
 チェンソーのような刀身をしたそれが、ぎゃるぎゃると耀子の血を吸ってより出力をあげていく!
 喚く己たちがあった。
 ――後悔しろ!し続けろ!
 指さして抗議をする己らだって、己の側面であるのはもう見抜いてある。

「おまえたち、煩いわ。消えなさい。」

 ならば、もう――克服した課題に、用はない!!
 【《黒耀》(スパークル)】は発動される!ぐおおと哭いた彼女の剣が、空気もなにもかもを斬りはらう!
 慟哭も、憤怒も、傲慢さも、なにもかも虚像だと証明してやるために――撓めた足をばねにして、突っ切るように幅広く一閃!
 ひどい音を立てながら、あっけなく弾けるように理想は消えていった。

「『――左様なら、』」

 ありもしない、理想へ。
 せめてもの己の主張である。もう、そんな後悔はいらない。
 再度、己の強かさを確認して見せた耀子だったのだ。

 どうしようもない過去があっても歩みを止めるには至らないほどに、少女は「大人に」なっていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ


鏡だらけ
以前遊びに行ったミラーハウスってのみたい

呪いの気配を全身に感じながら
鏡に映る無数の自分を一瞥する
知ってるよ
こういう時に見るのは決まって――

染めてない銀の髪
幾分やわな体躯
飢えを知らない凪いだ瞳
知ってる、あり得たかもしれない自分を、理想とも呼ぶ事も

そう、それでもね
変えられない事も分かってるし
何より今を、気に入ってる
あの人の「好き」を何も持たない「自分」なんかより

決意も気合いもなく
自然に振るう拳で鏡を砕く
さあさ、オレを呪おうナンていう物好きの顔を拝みに行こうか





 鏡だらけの迷宮が終わるのだろう。
 ありとあらゆる箇所で、破砕音やら呪詛を燃やす炎やらが広がり始めていた。
 以前遊びに行った娯楽施設のようだなあとぼんやりあたりを見回しながら、コノハ・ライゼ(空々・f03130)は其処にあった。

 ――妖狐であるから。
 より、ぞわりと全身を撫でる禍々しい呪詛には敏感である。
 こういう場所には、いつもといっていいほどに精神汚染が待ち受けているのはすでに経験から察知していた。
「知ってるよ」
 無数の己が映る世界が、煌々とし始めたのは上階からの炎のおかげだろうか。
 多少呪詛を減らそうと燃える火の粉たちのおかげで、極めて「正気」のまま、コノハが鏡たちと向き合った。
 床も、天井もどこもかしこも。
 多角的にコノハを見ては、その正体を暴いてやろうと躍起に呪詛をめぐらせる。
 対して、コノハは――これから起きるであろうことに予想をつけていた。

 銀の髪を、視界にとらえる。
 きらりきらりと鏡の中の世界で、黄昏色を受けて輝く絹のようなそれを連れるからだは華奢だ。
 飢えを知らない凪いだ瞳は、真っすぐに今のコノハを見た。

 ――コノハは、「あの人」の真似事をずうっとやっている。
 「あの人」を殺めてしまった。
 そんな罪の意識から、始めたことだった。
 大好きだった「あの人」を殺めた己が殺されるべきだったのだと、振り下ろされぬ世界からのギロチンを待てないまま己の意志から首を吊る。
 とうに、――コノハの自我など、喪失されている。
 「あったかもしれない」理想のコノハを「あの人」で染め上げたのが今の姿なのだ。
 気分次第で態度も口調もコロコロ変えて、どこにでもいてどこにも居ないを徹底して見せる彼の姿かたちはいつも「あの人」のもので歴史を埋めていく。
 ――延長線なのだ。
 ついえた命の、奪ってしまった紫雲の続きを、作っている。
 大好きな空模様のように、一つの形であり続けることは難しい彼にとって、「あの人」を演ずることは苦でなかった。
 「あの人」であることを、気に入っているから。

 では、目の前のこの理想はコノハの理想でないのか?と問われれば。
 それには、首を横に振っただろう彼である。
「あり得たかもしれない自分を、理想とも呼ぶ。」
 事実、きっとこの鏡に映る理想の己というのは――「本来の姿」のまま「あの人」とともにいる姿なのだ。
 普段は隠しきっている狐耳も、その主張の激しい尻尾だってさらけ出して。
 抑圧も矛盾も何も抱えないまま、正直に生きている姿が今のコノハを見ていたのだ。
 ――一体何に飢えているの、といいたげに。

 だから、言い聞かせてやる必要がある。
 現実のコノハが、つかつかと壁にいる己に向かって近寄ってやった。
 そのまま、同じ位置にある額どうしをくっつけるようにして。たぎる蒼と凪ぐ蒼を交わらせる。
 ――現在に至るまでを変えられないことなど、痛いほどよくわかっている。
 瞳は、理想の己を射抜くような強さでずらした眼鏡を飛び越えて奥を見る。
 ――なにもありゃしない。
 あの人の「好き」を何も持たない、理想の「自分」なんかより。
「今を、気に入ってる」
 何よりも、――現在を愛している。

 だから、振るわれる拳に余計な考えを伴わなかった。
 この仕掛けの主が一番嫌がるであろう方法だろうともわかっている。
 当たり前のように、こぶしを押し付ければ。
 いとも簡単に、虚像は砕け散る。

 ――理想に、特別などない。
 誰もが持ってよい考えであり、誰もに許された夢見る権利だとコノハは思う。
 己が「己」を捨てたことを「理想」としているように、それもまたいつか「理想」でなくなるかもしれないから。
 そんなものに、いちいち心を揺さぶられる必要もないことを――今の己が「好き」なコノハだからこそ結論付けられる。

「さあさ、オレを呪おうナンていう物好きの顔を拝みに行こうか」

 一枚割れば、もう呪詛にはひっかかってやらない。
 相手も、してやらない。
 無数の銀色をしたままのコノハが彼の視界に映っていても無視を決め込んで歩き続けてやる。
 ――何よりも、いやでしょ?
 せっかく仕掛けたもので、「遊んで」もらえないのだから。
 どこかでこの光景を覗いているであろうヒトモドキには、鏡への視線だけで訴えてやる。
 口元に笑みを浮かべたまま、悠々と歩いてやるのだ。
 建物を聖なる炎が、呪詛求めて走りゆくのとすれ違い。呪詛そのものである彼が放った機械が銀髪のコノハを打ち砕いてゆく。
 
「人の心をもてあそぶだなんて、いけない子だ」

 恍惚めいた、やけに色っぽい声のまま。
 それは「己」が「あの人」に限りなく近づいたままのことを再認識できたからだろうか――真意のほどは、彼のみぞ知るのだけれど。
 呪詛に囚われた仲間に声をかけて、現実に引き戻してやる。
 「あの人」ならきっとこうしてやったであろう笑みで、難なく助け出しては最上階へと導いていった。
 
 ――呪いなら、「己」でもう「己」にかけ続けている。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『ユァミー』

POW   :    かつてわたしだったひとたち
【自分が成り代わって消滅させた人達】の霊を召喚する。これは【忘れ去られてしまった嘆きの声】や【忘れ去られてしまった嘆きの声】で攻撃する能力を持つ。
SPD   :    あなたたちにはもうあきちゃった
戦闘力のない【自分が成り代わって消滅させた人達の霊】を召喚する。自身が活躍や苦戦をする度、【鏡を通じて邪神に喰わせる事】によって武器や防具がパワーアップする。
WIZ   :    つぎはあなたになりたいな
対象の攻撃を軽減する【鏡に映した相手の姿】に変身しつつ、【相手の存在を邪神に喰わせ抹消する事】で攻撃する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠ミコトメモリ・メイクメモリアです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●せかいでいちばん、不幸なのは。

 たどり着いた最上階は、やはり鏡が張り巡らされている。
 天井から吊り下げられた「犠牲者」をつぎはぎさせた皮は未来の使途を見下ろした。
「ああ――来ちゃったんですね」
 “ヒトモドキ”でありながらもヒトの皮を捨てられない。
「これ、ね。『あのひと』にあげるものなんです。」

 うっとりと己の所業を見上げる佐伯・夏は最上階にて猟兵たちと相対した。
 数々の理想を、おのれの虚実を、在り方を疑った険しい面持ちを前に、特にひるんでいる様子もない。
「正直、乗り越えてくるとは思っていました。」
 そしてきっと、私がこのまま“現行犯”で殺されるということも。
 何もかもをあきらめた、まるでそこに穴をあけたかのような黒い瞳が猟兵たちに向けられる。
 ――鏡と違って、「何も映さない」黒だった。

 彼女が手にする鏡が、ぎらりと光る。
 本来神性を宿していたそれは、持ち主の呪詛とそれが愛する邪神の瘴気によってすっかり呪詛にまみれていた。
 UDCに詳しい猟兵たちが「離れろ」と叫べば。

「なら、――私が「私で」なくなれば。」

 捕まえられないでしょう。だってどこにもいないのだから。

 とつぶやいて微笑む悪しき罪人である!
 手にした神具に宿された呪詛を呼び起こす。
 たちまち彼女の――佐伯・夏の痕跡は「消えてから弾けた」。

 静寂。

 のち、張り詰めた呪詛が空間に染み出る。
 ――不完全な成就であれど!

 鏡の中に不完全な邪神『ユァミー』となって顕現を果たした佐伯・夏の姿は反射の数だけ増えていく!
 
 そして彼女は、君たちの姿をかたどっていくのだ。
 鏡に映された紛れもなく彼女の意志を混ぜられる猟兵たちが、ちょうど猟兵たちを襲わんと――ずるりとはい出てくる。
 未来の使途の姿をした過去の怪物は、君たちの皮を被って無数に笑うのだ。

「何者にもなれない、あなたたちへ。」

 存在の照明を、はじめよう。


***

 ◆佐伯・夏が神具(もはや呪具)を使用して不完全な邪神へとなりました。
 ◆呪具で鏡の反射を用い、おのれを増やしています。
 ◆猟兵たちの「理想」や「なりたい自分」、もしくは今現在のままの皮を被って(変身して)攻撃をしてきます。
 ◆お好きな方法で倒してください。
 ◆佐伯・夏を人間に戻して捕まえたい、という場合はその旨プレイングにご記載ください。

★プレイング受付は7/13(土)8:30~からになります。 

 ※多数の参加がありがたくも見込まれますので、再送をお願いしたり不採用になる可能性もございます。
 尽力させていただきますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。
 
神埜・常盤
エリィさん(f11289)と

……酷い光景だ
幸せな人生を送ることは、こんな風に死体を弄ぶ事よりも罪深い事なのかね
僕には分からない哲学だ、理解したくも無い

自身の偽物と戦うのは2度目だが
成り代わりは矢張り不快だなァ
僕は僕の相手をしよう、愉しませてくれ給えよ

召喚するは無貌婦人
彼女に僕の鏡像を牽制させ足止めを狙う
僕もマヒの護符を投擲し、婦人をフォローする傍ら
暗殺技能で隙を突き接近、自身の鏡像を影縫で串刺しに

エリィさんは君に甘い夢を贈ったようだ
それじゃァ、僕からも1つ贈り物を
串刺した鏡像の耳元で呪詛を囁くとしよう
――ほぅら、君を呪う怨嗟の声が聞こえるだろう
喩え生き永らえても、其の魂が安らぐ時など無いと知れ


エレニア・ファンタージェン
先生(f04783)と

その態度、情状酌量の余地なしね
先生、エリィ達幸せだからこの人を理解するのは無理よ
幸せを妬むことしかせずに自ら不幸を選んだ人だもの

エリィはエリィと戦う
さっきの意趣返しをするわ
UCの阿芙蓉の煙で至福の幻覚を見せてあげる
両親からの深い愛情、満ち足りた暮らし、社会的地位や尊敬
貴女が望み奪った…貴女と真逆の全て

呪詛纏う短剣で貫き幻覚に終止符を
隙あらば鏡は壊す
「貴女、奪われるものすら持っていなさそうだから与えてあげたわ。惨めな人ね」
反撃は第六感で見切り、躱しながら生命力吸収を繰り返す

さて、貴女には惜しいその「衣」を返して貰いましょう
「凌遅という刑があるの。貴女が好きそうな死に方よ」



●問一:証明

「……ひどい光景だと思った?」
「あァ、とてもね」
 邪神の少女が、姿を変えた結果が――ある一つの解だった。
 神埜・常盤(宵色ガイヤルド・f04783)と対面するのは、これまた神埜・常盤である。
 これは、ある少女の哲学とその結果であるのだが、どうにもこうにもこの惨状に常盤が理解を示せない。
 常盤では成しえない表情を、佐伯・夏だったそれが皮を被って示すのは――やはり、不快でしかない。
 眉根を寄せている気品ある青年の顔とは正反対に、全く同じ顔であるにもかかわらず「絶対に常盤の表情ではない」顔をする佐伯である。
「成り代わりは矢張り不快だなァ。」
 ――うれしいはずもあるまい。
 常盤は、先ほどの舞台において。己の代わりなどいないと示して見せたのだ。
 己の理想は今の己であるとすでに解を導い野にもかかわらずこの女はしつこいまでに常盤の皮を被る。
 性悪め。
 心の中で吐き捨てるようにして、赤い瞳で偽物をにらむ。
 やはり、女である。肩幅に開いて見せる脚は外をむいていないし、まるで歩み寄りたいかのようなしぐさのままだ。
 後ろで手を組むのなど、確かに胸を張る常盤はいるが女々しいしぐさ過ぎてみていられない。
 不快が、顔のすべてに表れてしまうばかりで己の美しさすら汚されているような気がした。
 出来の悪い、――人形を見ている気分ばかりに襲われる常盤である。

 対し、その相棒であるエレニア・ファンタージェン(幻想パヴァーヌ・f11289)は今の己とさほど変わらない姿を視界に収めていた。
 美しい白と、それを被っただけの白は対峙する。
 どちらも、しおらしいようでそうでない雰囲気のまま向かい合う姿はまるで多角的な鏡で再現されたショーのようだ。
 だけれど、――片方のエレニアがまとう呪詛は、あまりにも「深すぎる」。
「その態度、情状酌量の余地なしね」
 もし少しでも、――もし、ほんの少しでも反省しようものなら今からの仕置きは手ぬるくなったやもしれない。
 エレニアは、拷問と幻想の魔女だ。
 幻惑も彼女にとっては拷問にしか思えない。
 向かい合わなくていい現実からさらってやるこの魔術が――かりそめの幸せを与えて不幸をより深めるこの業こそが、『生き殺し』の代物だ。
「先生、エリィ達幸せだからこの人を理解するのは無理よ」
 幸せであることをあきらめて、不幸に酔うだけのこの少女に共感などはできない。
 ばさりと目の前で皮だけ被って余裕をマネする佐伯を決別をする。――本物のエレニアは、そのような表情はしない。
 同じ紅を瞳に宿していても、偽物の色のほうがより「濃い」色をしていた。
 希望を知らぬ、赤なのだ。

「理解?――もとから望んでないわ」
 まったくもって、エレニアと同じ声で。同じ発音の仕方で。
 耳障りだと思ったエレニアが思わず右耳の外耳を人差し指で触れる。薄い手袋がさほど温かでもない体温でその形を滑って行った。
「理解してほしいわけではないというのなら、わざわざここまでやる理由は果たして?」
 わざわざ、回りくどく。
 次は常盤の顔をして佐伯が嗤う。――三流芝居もいいところだと鼻で笑うのは真実の探偵であった。
「ありはしないよ、そんなもの」
 そんなものに、答えなどはない。
「「――愉しませてくれ給えよ」」
 その点においては、同じ考えであったらしい。
 満足したように笑む常盤と、険しい顔つきのまま拒絶する常盤が同時に唱えた!

  「 「 『 踊 れ 』 」 」 

 【無貌婦人の円舞曲(マヌカンワルツ)】――。
 阿吽どころでない、そのがたがたとはずれた音階で唱えられたのは鹿鳴ドレスのマネキンたちである!
 うぞりと湧いてからかたりかたりと笑うように音を立てて、婦人同士が踊りあうようにぶつかった。
 本物と、虚偽。その証明はずばり能力だ。
 しょせん、佐伯には常盤の完全な模倣はできない。夫人を操る糸をまねしたところで、鏡合わせのようにまるで指先をトレースしたころで。踏み出した足を交互に動かしたって、動きは追いつけたところで経験には勝てまい。
「君には――無理だろうなァ」
 しょせん、この常盤にはなれやしない。
 ぶつかり合いながら火花を咲かせた貴婦人たちは、楽しそうにお互いの体をばらばらと鳴らしていく。
 佐伯の魂をした常盤が、それにまごつくよりも早く――虚像の視界に飛び込んだのは!

 護符である。

 ひらりと舞い込んだそれが、顔に張り付いた!
「あ゛ッッッ―――が、」
 口から唾液を垂らすほどのしびれが、虚実を襲ってその体を伏せさせる。
 勝負とは、いつもスマートにそして、クールに決まるものだから。常盤がその一瞬を逃すはずがあるまい。
 足をまず前に出して、ひとつ息を吸う――そして、呼吸を止めてから!

 影が――虚構の常盤を貫いた。

「ひゅ、」

 呼吸が止まる音がする。

 それを澱む視界におさめてから――エレニアが赤を吐く己の虚実めいた探偵には振り返らずに彼女に似合う拷問を考えついていた。
「さっきの意趣返しをするわ。」
 エレニアは、――笑わない。
 彼女の不幸を、笑ったりはしない。
 不幸である生き物を面白いとは思えなかったエレニアが、右腕を後ろにひいてからふりかぶるようにして呪詛をためる。
 それと全く同じ動きをして見せる佐伯が、エレニアにしては下品な顔つきで言うのだ。
「同じ結果になるだけよ。」
 まったく同じ息遣いで。
 だけれど、エレニアにはそう思えない。
「――そう?」
 エレニアよりもよく見えているだろう、その暗い紅に潜んでいる呪詛は一体何が見えているのだろう。
 何も見えて、いないのだろうか――。
 考えるだけ無駄だなとゆるく頭を横に振ってから、先生をする女神である!

「「『憂き世のことは全て忘れて』」」

 【我が懐かしの阿片窟(オピウム・ファンタージエン)】はその場に満ちる。
 エレニアに届くのは、やはり先ほどの焼きまわしだ。
 エレニアを求める前の「あるじたち」と、その中心にいる「あの人」がまたこの場に現れたところで。
 杖で凪いでしまう。エレニアの技であればエレニアに効果は薄い。
 ――彼女こそ、阿片窟の女王である限り。
 舞う幻惑など、ただの灰にしかなりえない。杖で凪げばその風圧にまきついて、灰は幻にもならずに消えゆくばかりだ。

 対して。
「――あ、ぁあ、あ」

 エレニアの顔をした少女は、真っ白な掌で己の口元を押さえていた。

「貴女、奪われるものすら持っていなさそうだから与えてあげたわ。惨めな人ね」

 侮蔑めいた赤がある。
 それは、見えていた。佐伯にも見えてはいた。
 だけれど――その目の前に展開された幻は、彼女にしか見えまい。
 愛情だった。
 優しい両親がその場にいたのだ。幼い佐伯の頭を撫でてやる二人がそこに居る。
 ――私のお父さんは、ああいうひとだったっけ。
 一緒に長くいたはずの母親の顔すら、もう思い出せないのに。
 幼いころの記憶など思い出したくても、錠をかけたままにしていて腐らせていたのに。
 まだ、――頭の中に。
 ホ ネ
 記憶が残っていたのを、掘り起こしたのがエレニアの煙であった。
 ――幸せな生活を送る幼い少女は、新品の制服を着せられている。
 ――桜色のかけらをのせて、卒業証書をもって友達と歩いている。
 ――愛しい誰かと一緒に、歩いている。その姿は、まだ顔のあったころの親友だろうか。

 ――ああ、あの子との想いが、もし。


 もし、こうなっていなかったのなら。

「どうして、あきらめてしまったの。」
 ――こうなってしまう前に、何もかもをかなえられなくてもどれかはかなえられたのに。
 短剣を掲げる。
 呪詛をまとったそれを、視界の端に常盤が入れた。

「凌遅という刑があるの。貴女が好きそうな死に方よ」

 お前には美しすぎるその白い衣を、幻惑の女王に返せと振り下ろして――真紅の薔薇は硝子の空間に大きく咲いた。

「エリィさんは君に甘い夢を贈ったようだ」
 ――それじゃァ、僕からも1つ贈り物を。
 穏やかなテノールで、くし刺しになった己の虚像に語り掛けてやる。
 耳から脳まで犯すようにしみわたるのは――無数の、呪詛だ。

 ――あなたが自分の生まれに、負けていなかったのなら。

 事実だ。突きつけられる鏡像に、罅が入る。それを、常盤は眺めている。
 札を貼られた出来のいい顔――元がいいから当然だ――に、亀裂が刻まれてゆがむ。

 ――あなただけが、何もにもなれなかったのなら。
 ――どうして巻き込んだの。
 ――なんで俺たちの未来を奪ったんだ。
 ――これは自分たちで導いた、手に入れた栄華だったのに。

 ――私たちだって、けして毎日幸せだったわけじゃなかったのに!

「う゛るさぁ゛アああ゛あい゛ッッッ!!!!!」 

 知るものか、知っているものかと。
 首を振るもはや己の形すら保てなくなった哀れななりそこないに――とどめをささやいてやるのだ。
 ぼろぼろの体になってまで、亀裂から魂をこぼして灰にしてまで。

「喩え生き永らえても、其の魂が安らぐ時など無いと知れ」

 ――きっとこの未来で彼女が助かりは、しない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

レイニィ・レッド


――テメェを殺す理由がまた一つ増えた

アンタが自分の過去の姿をとるのなら
問答は不要だ
指を鳴らして『クロックアップ・スピード』
物陰を渡り騙し討ち…と見せかけ
敢えて正面から突っ込み
ブッた斬ります

部屋を跳び回り
血飛沫に紛れながら
騙し討ちとフェイントを駆使して
ズタズタにしてやりましょう

お陰様で諦めはついてる
躊躇なんざ欠片も無ェ

アンタの愛を縛るものが無かったように
自分の衝動を縛るものは無い
あってイイ訳無ェでしょう

自分は雨の赤ずきん
勝手気ままな怪物

過去もテメェも目障りなンですよ
有無を言わさず全て、総て
ブッ潰す

奴の生死なんてどうでもいいです
自分は裁くだけ

これで死ぬならそれまでだ



●問二:証明

 ただただ、この利己的なまでの巨悪を相手にこの所業。
 ――殺す理由が増えただけだ。
 そう、判断したのはレイニィ・レッド(Rainy red・f17810)だ。
 薄い銀髪に赤の色を落としたまま、目の前の佐伯だった何かをにらみつけている。
 問答は行わない。
 それもよりも、ただそれよりも――今は殺意だけがこみあげている彼である。

「あは、これが理想ですか」

 丁寧な物腰で、怪物のふりをして話すのは「そうあるべきだった過去の人間」だ。
「テメェ――」
 思わず、叫びそうになる。
 羞恥だ。これは、屈辱だ!
 己のかつてそうであった、美しい姿を形どる佐伯はこれみよがしに同じ造詣であるのに血に濡れていない鋏を向ける。
 ――その顔で。
 ――その姿で!
「向けてんじゃねェよ」

 こ の 赤 ず き ん に 鋏 を 向 け る な 。

 生死はどうする、という声をこの場に至るまでに聞いてた。
 彼女は人間で、UDCアースの世界に生きる命だ。ならば、――助けられるなら、しかるべき場所で罪人として裁くのが猟兵である己たちの最適解ではないかと。
 それが、この赤ずきんにとっては「間違い」ではないことはわかっていた。
 猟兵であるだけならば、確かに満点の回答である。だから、深くは意見をしなかったし――もし気に入らなくても勝手気ままに彼は裁くだけの断罪者だ。
 鋏をふるう己を信じ続けている赤ずきんの攻撃が、もし本当にその命を絶ってしまったとしても、それならばそれまでの命であると割り切っていた。

 だけれど、どこまでも――「間違っている」。

 もはや正しさなどは問わない!
 ぱちんと指を鳴らせた怪物が、赤の軌跡を描いて前に突っ込んだ!
 【クロックアップ・スピード】は高速を手に入れる代わりに己の生命力を削ってゆくコードである。
 しかし、口から零れる鮮血などは気にしていられない。舞う赤の飛沫すら置き去りにして――!!

 同 じ 速 さ で 突 っ 込 ん で き た 鏡 像 と 接 敵 !

 鈍い音がして、同じはさみ同士がぶつかり合う。
 色違いのそれは、きっと歩む未来が違った――だけのものだ。
 間近で見つめあってみれば、赤ずきんは理解する。この鏡像は、己の外側ばかりをなぞるだけで内側などひとつも理解しちゃいないのだ。
 ――その顔で、そんな顔してンじゃ無ェ。
 何も知らない、人間だったころのはずの。美しい少年の顔は今の赤ずきんと背丈も同じくらいになっている。
 はじきあって、二度目の攻撃に出た。
 床を蹴って、壁に飛んでからやはり速さを落とさないように突っ込んでやる!
 真正面から受け止めた追撃を受けて、鏡像の足元が波状に割れた。
 すかさず、三撃目へと移ろうとすれば――。
「へぇ、そうやって動くんですね」
 ――偽の、まだ何も知らぬそれが同 じ 速 さ で 追 い か け て く る !
 まるで、影のよう。
 月を追う獣のように、太陽を呑もうとするそれのごとく――いいやそれでは終われないのだ!

 ――自分は雨の赤ずきん。
 レイニィ・レッドは決して、月でも太陽でもない。
 ――勝手気ままな怪物。
 己の判断で世界を両断し、世界を決めては彼の正義の下で世界をかたどる断罪者。
 エゴイストだと言葉を投げればいい、だからなんだというのだ――その程度では止まれない怪物(モpンスター)として生きてきた!

 ソ レ
「過去もテメェも目障りなンですよ」 

 追いかけてきた鏡像とあえて接敵して、高速のまま空中で重なり合う。
 なるほど鏡像といわんばかりのその複写に出来の良さを感じざるを得ないが、しょせん、鏡像なのだ。
 3度目の接触で、相手の腕が震えているのを見た。

 ――当たり前だ。

 レイニィ・レッドは、強化人間だ。目の前の理想は――人間なのだ!

「あッ」
 情けない声を上げて、鋏を掌から取りこぼした。
 強化人間と人間は、絶対的にその力に差が生まれる。かたや超常を文字通り「命を削って」埋め込まれた身でありながらなおのこと正義のために血を吐いてでも戦う執念の怪物である。
 ごぷりと血を吐き出した平穏の生き物が、「そう」なってしまうのは時間の問題だった。
「調子乗りすぎなンですよ――」
 たかだか、人間の癖に。
 何者にも成れない?馬鹿を言うなと念を込めて、赤ずきんは鏡像の胸に深々と鋏を突き刺した。
 赤黒く彩度の落ちた銀の一閃は、容赦なくその肺に叩き込まれて。

「が、――っひゅ」

 醜い音を立てながら黒霧となって消えていく。
 まだ、猟兵の数だけ「佐伯・夏」は分裂してるのだ。だから――たった一人の雨男を模したこの呪詛が消えたところで何も問題はあるまい。
 たかだか一つ欠けた程度で死ぬいのちなら、それまでで。
 同様に、この程度で尽きるこころならばいっそなくしてやったほうがよかったのだ。

「アンタの愛を縛るものが無かったように、自分の衝動を縛るものは無い。」

 ――そんなものが、あってたまるか。
 満足したように笑ってから、赤ずきんが頭からずり落ちたフードを手に取る。
 赤黒く濡れた銀は、やはり――色褪せたりはしていなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

辰神・明
ダチのディフ(f05200)と

ん?手加減したケド、痛かった?
ディフは大丈夫そうだし、アタシはアタシをブッ潰す

草原の匂いを感じながら、風を切って駆け抜ける
メイ、かけっこ苦手だし?今の身体じゃ、ムリムリ
……クソみてぇな実験のせいでも、メイや兄貴、ダチ達に会えた
過去を振り返って、しがみつくつもりはねぇ
アンタがアタシの理想なら、ソレすらも叩き潰してやるよ!

『猛虎の顎』で掴み、消えるまで何度も地面に叩きつける、反撃も【覚悟】の上
ディフも終わったか、お疲れさん(跳躍、背中をバシバシ叩く)

……テメェは、テメェだ
どんだけ見た目が変わろうと、佐伯・夏でしかねぇ
佐伯・夏として生きるか、死ぬか――さっさと決めとけよ


ディフ・クライン
明(f00192)と

眼前に立つ理想のオレから目を逸らさず
アキラ
さっき、結構痛かったけど
…ありがとう。お陰で考えが纏まったよ

理想のオレ
君のようであれればよかったと、今も思う
でも忘れていた
こんなオレでも、あの人は大切にしてくれた
表情も感情もない人形でも、愛しいと言った
…キミの顔、覚えておく
いつかオレが、そうなれるように

淪落せし騎士王よ、オレを乗せて
王の剣を借り、理想を斬る
多分、これでいいんだ

アキラは大丈夫?
…アキラ、痛い

…佐伯夏
君は何物にもなれるのに
君自身にはなれないのかい
人に戻るも戻らないも自由だけれど
人は結局、自分以外にはなれないんだ
君が、オレにそう教えた
それとも君は、自分が誰か知らないのかい



●三問:証明

 ――次は、目をそらしてはならない現実である。
 ディフ・クライン(灰色の雪・f05200)の双眸には蒼の輝きが増していた。
 さきほどまで己の居場所などどこにあるのだろうと迷子になっていた彼とは違う。
 それは、確かに――この場に、今現実にいるというのを隣の友人が教えてくれたから。
「アキラ。さっき、結構痛かったけど――」
「ん?手加減したケド、痛かった?」
 悪びれる様子のない辰神・明(双星・f00192)――アキラはディフの隣で屈伸運動をしていた。
 今から盛大に暴れてやろうと、もうすでに未来を得るために頭を働かせている虎の彼に与えてもらった痛みがあった。
 ――うれしい、贈り物だと思う。
 被虐趣味なのではない。これが、ディフをディフたらしめる証明の痛みとなったからだ。
 先ほどまでは、地面に足がついている気すらしていなかった。
 まるで、歩いているはずなのにどこ歩いているのかわからないような――狂気というよりは、存在するのかもわからない「こころ」という不定形がから回っているような、そんな気がしてしょうがなくて、ただただ気がはやっていたのだ。

 ――でも、今は。

 目の前に立つ、ディフと全く同じ格好をした佐伯が――理想のディフの姿をしている。
「ああ、君、人形だったのか」
「ああ――。」
 肯定するディフは、その虚像にも、そして話し方にも動揺するところはない。
「佐伯、夏」
 すぐさまに、ディフの理想を被った女の名を呼んだ。
 ――偶像を、否定するのが早すぎる。
 動揺が、偽の蒼に広がったのを作りものの瞳で悟った。
「君は何物にもなれるのに、君自身にはなれないのかい?」
 ――なれたはずでは、ないのか。
 ディフ親切な問いかけであった。それは、罪を償えとも後悔しろというものもない。
 ただただ、説得だった。
「人に戻るも戻らないも自由だけれど、人は結局、自分以外にはなれないんだ。」
 それを教えたのが、この事件の一連だったではないか。
 邪神のために皮をはいで、その皮をつなぎ合わせては包めなかったのだろう。
 愛する邪神のために、生きていたのに目の前の命は邪神のなりそこないではないか。
 ――この怪物ともいえる所業が、それをすべて物語っているのに、どうしてわからない。
 ディフが、悲し気な色を宿したままに偽物の彼を見る。

「もちろん、成れない。だから君たちの居場所をわけてくれよ。かわいそうなんだろ――?」
「バカかよ、まだわかんねぇのか」

 偽の友の皮を被る虚実に思わず笑ってしまう。
 含み笑いで済まなかったそのため息が出てから、きゃははと大きく鼻で笑い飛ばしてやった。
 小さな体をそのままトレースしたような、不出来なアキラの偽物が視界に映っていたところで臆した様子もない。
 つまらなさそうな顔をする鏡像に、なんでか教えてやろうかとアキラがいうのだ。
「テメェは、テメェだ」
 ――逃げるなよ。
「どんだけ見た目が変わろうと、佐伯・夏でしかねぇ」
 ――もう、辛い過去を理由に、現在から逃げるなよ。
「佐伯・夏として生きるか、死ぬか――さっさと決めとけよ」
それだけを突きつけて、咆哮したアキラがどどうと鏡の床面を蹴って脚があった場所から抉って土を駆けていく。
「『アタシの餌、みーつけたァ!』」

いたずらっこのような明るさも孕んだままに、虎は駆けていく!
望んだ手足のような姿ではない、とはいえ鏡像が生み出したような儚い手足でもないのだ。
アキラは、悲しき実験動物である。
悠々とした雄々しくも優しき虎であった彼女が、【猛虎の顎(ハンティング・タイム)】の成就とともに幼女の体のまま顕現してみせた!
たしかに、この体に至る経緯までは非常に痛ましいものだったとアキラも思う。
与えられなくてよかったはずの苦痛がそこにあったのだ。
こんな命の辱め方を受けるのも納得できないままに、彼女と妹の明は一つの体に閉じ込められたのだ。
何一つ、納得できなかったのに。これがなければこうして――今!

「うぉおおおおおおおおおああああああああッッッッ!!!!!!!」

この姿を見守ってくれる、蒼の彼とも、出会えていなかった!!

「――ぎゃ」

理想の己の姿だという佐伯少女の首根っこを掴む。ちょうど、親猫が仔猫を躾ける時のような慣れた手つきで彼女を持ち上げたまま――その体を、腕力と跳躍のまま振り回して地面に叩きつける!
「弱ぇなァ、弱ェ!!」
――こんな弱々しい己が、理想だというのならば。

そ の 理 想 ご と ! ! 打 ち 砕 か ね ば な る ま い ! !

雄々しい虎の咆哮が、その小さな体から出たなど誰が信じなくとも。
ディフが其れを肯定するように見守ってから、己の魔導を見に宿していた。

「「『――王よ。』」」

真っ黒に身を包んだ人形から、顕現されたのが【淪落せし騎士王(シュヴァリエ)】である!
黒馬の嗎とともに、荘厳にそして悠々とその場に現れた騎士王は人形の彼を躊躇いなく馬の背へ乗せた。
ちょうど、王の前に座らされた黒だ。ディフが決意とともに、騎士王から手渡される剣を握る。
――これを振るう資格が、あるだろうか?
眼前でディフの真似事をしてみせる佐伯がいるのだ。
彼女がディフの理想の皮のまま、偽りの騎士王とともにディフに対峙をする。
蒼が此方を射抜くが、また此方からも厳しく睨み返してやる。

――臆したりなどは、しない。

信ずるしかないのだ。
「こんな俺でも、大事にしてくれる人がいた。」
それは思い出の中のまやかしかもしれない。
都合のいい記憶の変換と、過去の美化なのかもしれない。だけれど、事実なのだ。
己とともに、理想だと言われる己を破壊せんと小さな体を振り回している少女たちのように、今現在をディフと共に生きてくれる仲間たちは非常に頼もしい。
「表情も感情もない人形でも、愛しいと言った」
そんな人だって、確かに存在してくれていたのだ。
愛される事が全てではない、己を完全に愛せるのが己だけであるのと同じように。
「だから、キミの顔、覚えておく」
今は、それだけ。
いつかディフが完全の形に至るのならば、目の前にいる佐伯が被った皮は紛れもなく正解なのだ。
こうなりたかった、今だってそうなりたい。でも、今じゃない。

――いつかでいい。

どどうと二頭の馬が駆ける。
互いに、馬の首近くに座る大将たちが火花を散らして剣を重なり合わせた!
鈍い音と共に、均衡が始まるかと思われていたのに――。
「はは、猟兵って、ズル――。」
「前に進んだ」ディフが、「過去のディフが望んだ姿」を凌駕するなど。
誰も予想していなかった。佐伯はもちろん、ディフだってどうにかなるだろうとは思っていなかったのだ。
「最後に、もう一つ質問させてくれ。」
ぎりぎりと耳障りな音を立てながら「過去の理想」の姿をした少女にの腕が押し曲げられていくのを、申し訳なさそうな顔のままにディフは問うた。

「君は、自分が誰か知らないのかい」

ぱきん、と破砕音がして。
ようやっと鏡像の己が息絶えて黒煙に変わるのをやれやれと溜め息ひとつでアキラが見送った。
次の手に切り替えようとくるくるあたりを見回してみれば、王たちを引っ込めたままいつもの後ろ姿で立つ友の背があった。
「ディフも終わったか、お疲れさん!」
ジャンプを三度ほどしてから前に進んで、労いをこめてばしりとひと叩き。
いつもの頼りないその背中ではなくて、どこか一回り大きくなったような彼のボディに微笑んだアキラだ。
そのアキラの表情を視界に入れたディフが。
「……アキラ、痛い。アキラも、大丈夫?」
ただの愚痴では終わらない一言を吐き出したのを、満足げに虎が頷く。
「おうよ。これ如きで病んじゃうアタシじゃねーからな」

ぴょんと一跳ねして、黒人形の彼の首に抱きついたなら。
黒の細身が少し大きく揺れて――それでも、しかりと小さな友を背に乗せながらゆったりと、戦場を歩いていったのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ステラ・アルゲン
◎★

相対するのは白い私
希望の星として人々を導く聖母のような理想の私
けして穢れの一つもない白を纏いし者

穢れなき星?
私はそんな存在じゃなかった

私は一度道を誤った
本当だったらあの時、隕石は破壊されるはずだったんだ
でも今私はここにいる
災厄の中にいたわたしを止めて海底から引き上げた、我が主のお蔭で
今度は人の役に立て、そう主に言われたじゃないか

それを忘れていた私に今の私は負けない
一度間違ったからこそ、二度とそうならないと戒めろ
過去の罪を背負って私はこれからを行く

その上で私は【希望の星】となろう
【祈り】を込めた光【属性攻撃】を放ち、敵を打ち払う

佐伯夏、お前も罪を償うべきだ
黒を払って彼女を引きずり出そうか



●四問:証明

聖母のような己がそこに居た。
こうあるべきだったのはよくわかっている。
飾られながらにして誰もを許して、白を纏いながらにして神性を誇る己が居た。

そんなものが、ステラ・アルゲン(流星の騎士・f04503)のはずがない。

穢れなき真白をを纏って、さも己が潔白であることを主張する白が。
たとえ世界に望まれたステラの形であったとしても、許せない。
偽りの己の影を被って悠々と微笑むステラの皮を楽しむ佐伯を、煌めく蒼で睨みつけていた。
「この穢れなき貴女が」
「私はそんな存在じゃなかった」
偽物が次の言葉を放つよりも早く。ギロリと睨んだステラである。

もう、己の過去を偽るのはこの蒼に相応しくないのをよくわかっていた。
煌めく音とともに美しく輝く己の体を、人の体で見下ろす。

本当だったらあの時に、ステラは破壊されるはずだった。

この蒼の輝きは、まかり通ってしまった結果だ。

災厄をもたらしたステラは女騎士が如くに戦場を立ち回る事となる。
あたり一面を地獄に変えてから、それでも海底から引き上げた、主の声に従って戦い続けた。

「今度は人の役に立て。そう、命を受けたのだ!」

二度と忘れぬ、主人の命を再び胸に宿して!
ごう、と輝きを増したステラの魔術が鏡の空間に渦巻いて行く!
初戦、佐伯の被ってみせた潔白のステラなどは偽物でしかないのだ。
贋作の美しさが、本物の強かさに敵うはずがない。だから!

「『我は剣にして星。願いを叶え、迷いし者を導く、災厄より生まれし希望の星なり』」

【希望の星(ステラ・マリス)】は降り注ぐのだ。
数多の希望となるには、いささか屠すぎた命の数だけ己の身に光を宿して煌々と星の魔術を燃やしゆく。
それが、彼女の罪の形であり、そして罰であると受け入れたステラの瞳は。
彼女の奇跡が展開されし今であってもけして、曇る事がない
「いいな、猟兵。強くなってばかり」
「そうかな。そうかもな。いいものだよ」
――未来を救うという、ステラへの罰が永遠と繰り返されるこの現実を嫌っては居ないのだ。
もし、今目の前で佐伯が成ってみせた姿が本当にステラの理想であったとしても。
それを拒絶する権利もまた、ステラの中にあるのだ。
――彼女が、ものではない限り。

二対。
かたや、嘗ての英雄が手にした災厄のつるぎ。
血にまみれ、絶望を愛し、それに屈しながらも主人に恵まれた。
かたや、つるぎがなるはずだった未来のつるぎ。
血に塗れることはなく、その代わりに使われることもなくただ人に消費される存在だ。

同じ魔術を、鏡であるからと――お互いに噴出して激突をした。

鈍い音を立てた二つの異なる蒼は交錯する。
こうあれよ、と誰もに願われるはずだった妄想の姿で、佐伯が鏡である利点を使って挑んできたのは些か胸が踊ったステラである。
だけれど、――直ぐに己の目的はこれでない、と悟った。
もう届かぬ理想など何処かへやってしまうべきだ。だけれど、それだけを破壊すればいいのであって。

「お前も――罪を償うべきだ」

中身の「佐伯」は破壊すべき対象ではない。
ステラは、判断した。かつて災厄だった時に無差別に命を破壊したものだったから、だから彼女のように飢えてはいない。
そして、――この業の先に待ち受ける罰は、死んだところで逃げれないことも。

剣を、弾いた!

甲高い音を立てて、仮初めの石で出来たうつくしい剣はくるくるとその身で踊りながら空をかけていくばかりで。
「あ」

手から、滑り落ちた刀身をどうすればよいかなんて、「ただの」ヒトモドキにはわかるはずもないまま。
ほんの、一瞬だった。
時間と空間と思考の間に、蒼の剣戟が刺して――。

クン、と刀身が「皮」の衣服を貫いたあとに穂先を持ち上げれば!
「わ、ぁあああッッ!!?」
ばりばりとけたたましい音を立てて、「佐伯・夏」から見事――呪具である鏡の一枚を取り上げてみせた。
その衝撃でぱりんと割れたそれから、もう恩恵は与えられない。
仮初めの星の姿をした佐伯の一部が――ステラの足元で倒れ臥すのだった。

「全ては、戻らないかもしれない。けれど、――生きて、償え。」

希望の蒼が、宣告を下す――!

成功 🔵​🔵​🔴​

狭筵・桜人
◎★△

自分の贋物と戦うって不思議な気分ですねえ。
でもまあ役者が悪い。
私はもっと品性のある顔をしてるでしょう。

生きたまま捕まえます。努力目標ってやつです。
人を裁くのは司法に任せればいいですし。
生き恥を晒したほうが、より無様でしょう?
だからあなたのこと助けてあげますよ。救いはしませんが。

依り代に死なれる前に呪具本体を壊したいところですが、さてさて。
『名もなき異形』。
佐伯さんを抑えている内に拳銃で周囲の鏡を撃ち壊していきます。
UDCを模倣されたら化け物同士で勝手に共食いさせときましょう。

ひとつだけ正解をあげますよ、佐伯さん。
――私は何者にも成れない。
だからこそ、『どっちつかず』は私の役割です。



●五問:証明

「いやあ、自分の贋作と戦うって言うのは不思議な気分ですねえ。」
けらりけらりと、嗤う。
狭筵・桜人(不実の標・f15055)は完全に顕現した「今のまま」でしかない模造品を見てもいつも通りの笑みを崩さない。
それを悟った佐伯は、不思議そうにしながらも愛らしい顔をした皮を被ったままに、彼に問うた。
「顔がちゃんとある人は、いいですねぇ。そんなに不思議ですか?」
「ええ、不思議ですよ。普通の人はそれが恐ろしいと思うのでしょうね。」
「あなたは、普通でない?」
「少なくとも、この鏡だらけの場所にいて、微笑んでいられるくらいといえば誤解がないと思いますよ。」
側から見れば、同じ顔である。
けれど桜人は、この贋作の出来悪さに嗤いを堪え切れないのだ。
だから、優しく微笑んでやるし優しく語りかけている。いまや多数の猟兵によって割られ始めた鏡の空間には亀裂が増えて、亀裂の数だけ反射するのだから必然的に自我の崩壊は進む。
それでも、猟兵たちは諦めないし、前に進んで各々の自我から自我を取り戻していく。
桜人ももちろん、「そんな猟兵たちのうちひとり」なのだが。
「とても、現実的なんですね。」
どこか、彼はドライな生き物なのだ。
「そういうのが好きなんですよ。」
どうして「桜人」が「桜人」に問うのか。
そんな、「桜人」たらしめん考えを知ろうとするのか。
「あなたの事は、生きたまま捕まえます。」
いつの日だったか、ドラマでみた宣言のように。
びし、と人差し指を突きつけながら、桜人は演技がかった声色で睨め付ける。
人を裁くのは司法の役割で、猟兵のするべきことではないのだと言いながらもこの状況を楽しんでいるのは、佐伯でなくともわかったかもしれない。
現実にいるようで、現実にはいない存在であるから。
この事件の重大さなど、知ったことではないのだった。
宣言が終われば、お互いの体に粘っこい呪詛が纏わり付いていく。
お互いに涼しい顔をしてそれを操ろうとするあたりまでは、全く同じであったが。

――依り代に死なれる前に呪具本体を壊したいところですが、さてさて。

鏡像の桜人が殺意に満ちているのに対して、現実の桜人はあまりにも現実的な策略家であった。
佐伯・夏という人物に対する考察はある程度済んでいる。
まず、適応力があるのを見抜いた。
「誰かになり変われる」というのは変身願望でもあるが、「その場に応じた姿かたちに己を変えられるということ」でもある。
彼女は――カメレオンなのだ。
その時点で、既に。この桜人には成りきれない存在であるにもかかわらず。
「「『起きろ化物。餌の時間だ』」」
全く同じタイミングで、同じ詠唱を同じ音量と声の高さで放てる。
――極めて人を注意深く観察しているのだ。
重なった声に応じて、異形どもは湧き出る!【名もなき異形(ディスポーザブル・クリーチャー)】は大きな雄叫びをあげてお互いに取っ組み合いを始めていた。

衝突、爆風。それからまた衝突。

「お相撲さんじゃないんですよ。」
「ああ、その皮肉はいいですね。私っぽいです。」

片方は苛立ち交じりに吐き出したのだが、本物の彼はからりと笑ってやるのだ。
この狂気と狂気の衝突においても、精神的な干渉を桜人は――桜人ならば、受けない。
「あなた、今とても気分が悪そうですね。」
指摘した。まるでステップを踏み間違えた踊り子に叱るように彼女に釘を刺してやる。
「女性らしくて良いと思います。恥ずかしいことではありませんから! 繊細なんですよね?」
繊細、というのは。
呪詛の影響や狂気の影響を受けやすいのだよなという意味で問うたのだ。
どうして鏡に執着をして、それを依代にして邪神の小間使いとなったのか?
答えはきっと――この佐伯の脳にはあるに違いない。
キッ、とキツくなった贋作の瞳に合わせて。その僕である異形が勢いを増して本物の異形を引き倒す!
だけれど、淡い桃色の柔らかい髪がふわりと舞った程度では桜人は動じないのだ。
喚きながらも本物の異形が、その腕に爪を深々と立ててからもう片方の手で脇腹をえぐろうとするのは、当たり前のことであったから。
「ひとつだけ正解をあげますよ、佐伯さん。」
だから、この状況でも銃を抜くのだ。
「は――?」
偽の桃が震えた声を出すように、彼らをとりまく呪詛はあまりにも膨大だ。
「『どっちつかず』は私の役割です。」
だから、佐伯はここに立っているだけで精一杯である。今にも気を抜いたり他の動作をすれば、己の精神は「もっていかれそう」になるのだから。
其れは、目標達成とは少し違う。というのを桜人は――もう読み取っていた。
この状況で引き金を引けるのは、本当の――。

「――私は何者にも成れない。」

がうんと吼えた鉄槌である。
偽物の右膝と左肩を貫いて壊してみせてから――その周囲の鏡を砕いた。
呆然としたまま、虚実を割られた「桜人」にしては欠陥だらけのその顔を、本物が指摘してやる。

「あと――、私はもう少し品のある顔をしているでしょう。」

お前では私に成れない。
だって、私ですら――。

成功 🔵​🔵​🔴​

ロカジ・ミナイ
次は僕か

朝、鏡で見た僕がまた目の前にいる
ちょいと髪が乱れているね、直した方がいい

摑みかかるのも斬りつけるのも躊躇せず
それは逆も然り、攻撃を受ける事も躊躇出来ないから危ない危ない
ああ、そうだね、“僕”は一番殺しやすい存在かもしれない
だってねぇ、何度殺したか分からないもの

その代わり誰かに何かされるのは許し難い
僕の姿を勝手に使ってるんじゃないよ、ムカつくなぁ

要するに、怯んだり戸惑ったりしたらお前は僕じゃないって事だ

自分が何者かなんて言ったもん勝ちよ
実際は何だっていいのさ、最期の後には僕以外の何でもなくなるんだから
夏ちゃん、アンタは何者だい?
邪神の女なんて奇抜でとっても素敵だよ
あとは趣味さえ合えばねぇ


喜羽・紗羅
アドリブ連携歓迎

元に戻したい……って思うのは、いけないかな?
かつての戦い、東欧で見た邪神に弄ばれ戦闘玩具とされた少女達を思う

……やってみろよ、出来るならな

切り札の神霊体、異形の鎧を召喚して立ち向かうわ
アレの力は借りない。私自身の手で、やってみる!

鞘を変形・合体させた薙刀で距離を取りながら、
衝撃波を放って牽制を続ける
鏡に映した私? 私が、食べられる……?

んな事だろうと思ったぜ。一瞬意識を鬼婆娑羅に

だから割っちまえ、んなモノ
遠隔操作でスクバを起動、地形を利用して死角から発砲
このスマホって奴にお願いすりゃ勝手に撃ってくれるんだ
テメェも機械は触れねえだろ

意識を紗羅に

今度が私が、あなたの中の邪神を斬る!


コノハ・ライゼ


価値ないと蔑むモノを纏わせようだなんて
オレならせめて、自分の皮剥ぐね

現れる自分に懲りないねぇと笑う
しかし中々斬新な鬼ごっこだコト、逃げてどうすンだか
愛するモノにも出来損ないの衣を着せ、血肉を喰わせ
――ホントは殺し続けたいだけなんじゃあナイの

化かし惑わすなんざお手の物
先の鏡同様殴ると見せかけ、勢いよく突きつけた拳から【黒影】放ち命を啜る
愛すべき「現在」なら手が鈍るとでも?
何処にも居ないオレを、真似るなんてできないデショ

衣を着るだけでナニカに成れるだなんてお粗末もイイトコ
真似るなら忘れないで欲しいモンだネ
相手への敬意と、愛とやらを

全部を殺したげる程お優しくなくてネ
ナニにも成れなかった夏に、戻りな



●六問:証明

朝、仕事に出る前そっくりの己がいる。
丁寧にシェーバーをつけて、肌に刃が入らないように気をつけてから顎のラインを守りつつヒゲをそる。
清潔感があるとないとでは、印象が大きく違うものだから。仲間と仕事をするのであれば丁寧さを出して行かないと、己でも仕事を任せようとは思わない。
極めて社会的な妖狐は、そうして今まで鏡に向かい合ってきたのである。
そういえば今日は一段と身なりを気にして外に出たのだった。
いつも通りでありながら、ちょっとした彼のこだわりである。
ロカジ・ミナイ(薬処路橈・f04128)は、だからこそ直ぐに偽物の欠陥を見つけてしまった。
「ちょいと髪が乱れているね、直した方がいい」
律儀に、鏡の中の己に声をかけてから――!
駆け出した。そして、刃を振るう!

「うわうわうわっ、ちょ、ちょっと!すご、あれ――」
その剣呑に気圧されたのが、喜羽・紗羅(伐折羅の鬼・f17665)だ!
彼女は、この人にもなれぬ怪物となったこの少女を助けてやりたいと思っていた。
できれば、邪神の呪詛から引き剥がしてやりたいのだ。この鏡に無数に映っているということは――、そのぶんだけ、彼女も自我を撒いてしまっている。
「いけないかな?」
かつての戦いでは、苦い思いをした。
邪神の傀儡となってしまった命のことを思い出す半身に、彼女の中の神性は応ずる。

 ――、やってみろよ。出来るならな。

どこか吐き捨てるように、そして諦めるような声色に紗羅は口をへの字に曲げてから――戦闘へと望もうとする。
隣で戦うロカジは、嗤いながら己の体をお互いに傷つけ合っている。
それが、彼なりの「彼」との向き合い方であるのならば、紗羅は目を瞑ろう。
【巫覡載霊の舞】をゆったりと纏いながら、紗羅も己の偽と向き合った。
「――いいよ、やろう」
偽物の紗羅は挑戦的で、かつ同じ獲物を構えている。
変形合体をするメカニックな薙刀をまったく同じ構えで。
ロカジのように、躊躇いなく己に震えるだろうか。それは自我(アイデンティティ)の否定につながったりして、狂気に蝕まれやしないだろうか。
――恐ろしい。
でも、その感情を恥じたりはしない。
「参るっっっ!!!」
紗羅は、ヒトなのだ!!

価値がない、と言い捨てた割にそれを着たがっては元の存在を辱めるなんて、随分この男にはセンスのないようなことに感じられる。
――いいや、そもそもこの感性は「彼」のものだったのか。
「オレならせめて、自分の皮剥ぐね」
それがたとえ、コノハ・ライゼ(空々・f03130)の感情であったとしても「あの人」だって「そうだね」と頷いたには違いないのだ。
「いやホント、アンタも懲りないよねェ」
「アンタと一緒だからねェ」
狐同士の騙し合いにしては、随分と「こざかしい」。
コノハの「いまの」姿を皮を被っているからと言って、完全な騙し屋にはなれやしないだろうになかなかどうして自信たっぷりに虚像の彼女が笑うのだ。
「あの人」にも、なれていないのに。
「愛するモノにも出来損ないの衣を着せ、血肉を喰わせ――ホントは殺し続けたいだけなんじゃあナイ」
「それはアンタの愛も同じなんじゃナイのぉ?」
煽り合いと、お互いへの謎掛け合い。たった一つの深い傷をどこまで抉ってやれるのかはほんの――ライゼにとっては小手調べである。
口だけでは相手を倒せやしない。まして、自分相手であるならより容赦はしない。
「じゃァ、一番早い方法できめましョ」
――一体どうあるべくが、正しい未来への一歩だったというのか。
今、己の姿をした虚実との証明しあいがここに果たされる!!

「――っきゃあ!」
「っとぉ」
ロカジの足元に転がされたのは、紗羅だ。
偽物の紗羅が放つ一撃は、なかなかどうして今の紗羅を上回ってしまう。
対するロカジはお互いに切りつけ合った赤まみれになっていて、息は上がるものの顔に絶望すら宿していなければいっそ、楽しげでもあった。
「大丈夫かい?生憎、傷薬は持ってきてなくって」
「ああ、いえ、大丈夫!」
のんびりとしたロカジの気遣いなど最後までは聞いていられなくて、紗羅ががばりと起き上がる。手のひらには飛び散った鏡のかけらが突き刺さっていて、彼女が手をついた鏡の床には赤がべったりとついていく。
まるで、穂先の荒い筆で描いたような命の軌跡をみたロカジなのだ。
痛ましい――、と仲間の傷を想像し始めたところで、偽の一撃が降ってくる。
「僕の姿を勝手に使ってるんじゃないよ、ムカつくなぁ」
仲間ごと斬りつけようというのなら、そうはさせてたまるかと剣を抜く。
【名椎の約束(ヤメゾコナイ)】。ガードした剣に纏わせたコードが、ばきんと偽の薬箱の一撃を割った!
「退きなよ、そういうのは――僕らしくない。」
だからお前は、なりきれないのだと。
失格印を刻むように、ロカジが突き放す一撃を叩き込んだ!
「――ぅ、ぉあ」
突きの一撃で吹っ飛ばされた佐伯の一部が――いいや、ひとつの人格とも言える部分が今度はコノハの影に受け止められる。
「あは、大混戦。」
「楽しんでる場合じゃないでショ。」
先に拳を突きつけて【黒影(クロカゲ)】を放ったのはどっちだったか。
コノハがコノハの脇腹を貫かんと漆黒の狐を纏い一撃を放つ!
二つの鏡像が揉みくちゃとなって、地面に転がっていく。二つの偽りを飛び越えて紗羅の虚像が飛び出した!
 なぎなたを優雅に振り回すそれを、本物の紗羅が受け止めたのを確認してから狐二匹は己たちへの戦場へと向かい合う!

「――くぅ、ゥッ!!」
 口を噛みしめすぎて、下唇のはしが少し切れた。口の中に広がる鉄の味を感じたころには――衝撃波のラッシュが紗羅を襲う!
 鏡の紗羅と、現実の紗羅。明確な違いがひとつあったのだ――。
 明確な殺意と、救いを差し伸べたい善意。
 この二つは、相いれない。まして、後者は前者をねじ伏せてから成し遂げることのできるものであって。
 最初から防戦に徹してしまった紗羅は苦境を迎えていたのだ!
 ――どうしよう、どうしよう。
 このままでは、己の体もいずれ削られて、いずれ皮をはがれて――いずれ、食われて。

「んな事だろうと思ったぜ。」

 だから、さっさとこんなものは割ってしまえばよいのに。
 鬼婆娑羅が見るに見かねて、意識の後ろに紗羅を突き飛ばす。そしてコックピッドに乗ったように、視界を奪い取る。
 取り出したのは、振るっていた刀にまつわるものでもなんでもなく――女子高生の必需品である機械だった。だが、ただのマシンではあるまい。
 絡繰りというにはあまりにも近代的すぎるのだが――先ほど吹っ飛ばされた場所に放置したままの、スクールバッグがそれに呼応する。
 追撃の一撃を頭を下げることで交わしてやれば、次のもう一振りが来る前に!

 鏡たちの後ろで、爆発――いいや、 集 中 銃 撃 ! ! 

「ぎゃ――」
 断末魔ともいえる、短い悲鳴だった。
 体中に鉄でできた豆粒のようなそれを与えられた鏡の紗羅は、その体に「もろ」に浴びてしまう!
 ばぎりばぎりと亀裂を広げていく体を守ろうとしたのか、前転をしぞこなった動きで地面に伏せる偽物を見下ろしてから!
「いけ、紗羅」
 鬼婆娑羅が――紗羅に意識を返す。
 握りなおされたなぎなたに、間違いなく己の現実を確かめた少女が!

「今度は――私が、あなたの中の邪神を斬るッッッ!」

 守れなかったいつかの地平線のむこうを、思い出しながら。
 その身に宿る邪気を払うように振るわれたなぎなたが――透明を砕いていた。

「――駄目だったみたいだね。一番勝てそうな相手だと思った?」
 残念でした。と影の己を砕きながら見下ろすのはロカジだ。
 馬乗りになって胸倉をつかんで、殴って殴って、まだ殴っていた。
「自分が何者かなんて言ったもん勝ちよ。」
 聞こえているのかいないのか。打ち砕けてしまった顔面にまだ一発ぶち込んでやる。
 もう何度殺したやわからぬ自我と同じ方法で、また殺す。
「夏ちゃん、アンタは何者だい?」
 もう、ロカジでなくなったその顔面はひび割れだらけの浅黒さをしていて、誰の顔かも判別がつかぬ。
 息をようやく、長くついて――。
 返事をする口すらもつぶしてしまったことを理解する。
「邪神の女なんて奇抜でとっても素敵だよ。」
 その首を、慰めるようにして抱いてやった後で。
「あとは趣味さえ合えばねぇ」
 ごきんと、骨をはずしてしまったのだった。

「衣を着るだけでナニカに成れるだなんてお粗末もイイトコ。」
 ――そして、異なる狐であるコノハも。
 彼の「あの人」の姿を真似た下世話な鏡を黒で壊しつくしたところだった。
 瞬きだけはせめてできるように、額から頬骨にかけてはきれいに残してやった。
 だけれど、それ以上は――ゆるさないといわんばかりの暴虐の跡である。
「真似るなら忘れないで欲しいモンだネ。」
 こういう目に合うのだ。
 二度とこのようなことはしてくれるなとまるで釘をさしただけのような口ぶりで――。
 下あご半分を砕かれて恐怖に戦慄する瞼が、己の今の姿をとらえているのを確認して。
 幻影で作られた血しぶきを麗しの顔面に浴びながらなお微笑んでやる。
「相手への敬意と、愛とやらを」
 ――この顔を被るためだけに、どれだけ己が苦労したのかもわからぬままにまねをされては。
 単純に、私怨が湧いても仕方あるまい?
「ナニにも成れなかった夏に、戻りな」

 振り下ろされた一撃とともに、鉛球がめり込んだ個所に振動が伝えられて――ばりばりと周囲の鏡が砕けていく。

「なによ、これ」


 怪物と恐れられたできそこないも、これには驚かされた。
「なによ、どうなって――こんなの!!」
 顔面を押さえながらヒステリックに叫んび、皮から引きはがされた彼女の自我たちが集まって、鏡の中を逃げるように走っていくのを――後続の猟兵たちは逃さない! 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

境・花世
◎★△
由紀(f05760)と

存在証明も、動機の愛とやらも
何もかもわたしには理解不能だけど

自分と同じ姿に転じた彼女を見て
朗らかな笑みを刷いて問う

一番殺しやすい姿になってくれるなんて
わざわざありがとう、って言えばいい?

躊躇いもなく抜いた記憶消去銃を
早業で撃って、撃って、撃って、
裂けて壊れてく自分の姿を見ても、
何も感じない、感じるわけがない

隣で戦うきみが視界に入れば、
いつも以上に淡々とやる気なさげで
やっぱりおんなじだと薄くわらう

本物かどうかの存在証明は持ってないけど
さっきの約束を憶えてくれてるきみとわたしなら
偽物だってなんだっていいよ

――あは、そうこなくっちゃ
ばかばかしい仕事は、もうこれでお終いだ


鹿忍・由紀
◎★△
花世(f11024)と

犯人の事情なんてどうでも良いんだけど
人を羨んでおきながら何者にもならない選択をしたのは無責任だね
邪神なんかに頼っちゃってさ

自分と同じ姿の物を躊躇いなく向かい打つ

この俺はどの俺を映したもの?
自分の偽物に軽い口調で問いかけながら
一切感傷なく斬りかかる
答えられないんだ、つまんないね
自分の意外な一面を知ることが出来るかと思ったのに
思ってた通り、解ってた通り、期待通りの期待外れ、なんて内心
存在証明なんて、俺には不要だ

ちゃんと本物?
花世のほうへ声をかけて確認
俺はちゃんと俺だよ、多分
別に信じなくてもいいけど
大した拘りもなく軽い声色で話して

とりあえず仕事を終えようか
飲みに行きたいし



●七問 ×××

 ――存在証明も、愛とやらも。
 理解に及ばないのは、きっと論理的なものではないからなのだ。
 持ち合わせていないわけではない。己が己であり続けてしまうことなど、心を削らずとも理解できるのだから。
「一番殺しやすい姿になってくれるなんて――わざわざありがとう、って言えばいい?」
 片方しかない桃色のそれを細める。
 境・花世(*葬・f11024)の目の前には、ほぼそのまま反射したような己がいた。
 ――惜しむらくは、鏡であるから。
「逆だ、花。やっちゃった」
 朗らかに笑って見せて、失態を詫びるかのような口調をするのは佐伯だ。
「それにしても、『あの人たち』と――一緒に暮らせてるのね」
 暮らせている?冗談じゃない。
 ぴくりと己の眼の下、何もないはずのそれが疼いたのを花世は感じ取る。
 これが、相手の手段だとはわかっている。だてに彼女もUDCエージェントではないのだ。もとより、呪詛への耐性はある。
 もう長らくも――呪詛を、飼っているのだから。
「うらやましいよ。私も、ああ、こうだったらいいな。君の皮が一番欲しいかもしれないね。」
 花世そっくりの口調で、だけれど花世では絶対に口にもしないことを。
 被った皮の指先が美しくて、佐伯はうっとりとそれを眺めている。

「でも、――片目がないのは嫌だな」

 我慢ならない。
 思わず勢いよく、記憶消去銃を抜き出していた。
 ――エネルギーを転換する。記憶の消去は必要がない。
 ただただ、目標を破壊せんとそのためだけに構えた武装である。
「余計な会話は嫌い?」
 返事をしてやらない花世の瞳が、わなないている。現実の彼女は、どうやら根は正直らしい。
 それも、同居しているUDCのおかげなのだろうかとやはりうらやましそうにする佐伯である。

 その隣で。
 沈黙の視線が交差するのは――鹿忍・由紀(余計者・f05760)とその鏡であった。
 由紀の皮を被った佐伯も、由紀と同じような表情をして見つめている。
 由紀を真似ようにも、彼は一言もさっきから話をしてくれないばかりか眉根を下げてどこか憂鬱そうだ。
 うつ病か――?
 とも思ったが、それにしては「焦点」が合いすぎている。
 まるで、靴のよごれから服のよれ。ふわふわと好き放題にうねる髪の毛の一本一本までを確かめるように見定めているようにも見えた。
 そして――。
「この俺はどの俺を映したもの?」
 ようやく吐き出された声は、佐伯にとってヒントになる。
 己の首の後ろに手をやりながら、ごきりごきりと首の筋肉をほぐすようにして問う彼に、同じ声で返す。
「――それは、俺のほうがよく知ってるんじゃないの」
「答えられないんだ、つまんないね」
 ゆったりとした問答だった。
 そのテンポで、これから語り合おうというのならあくびが出そうになる。――と、思わされた。
 
 目の前に、由紀が迫っている。

「無責任だね。」

 どのことについて、触れられたのかすらもわからない。

「 『 絶 ち 切 れ 』 」

 一 閃。
 きらめいた破魔の光が、攻撃を悟らせる。
 ほぼ反射だった、だからその動きは由紀らしい動きではない!
 同じく【絶影(ディスアピアランス)】で攻撃を、あわや額に突き刺さるかというタイミングで弾いた佐伯である。
 ――ああ、俺、そんな顔をしようと思えばできるのか。
 目を見開いて歯を食いしばり、そして後ろに身を引いて、胸を張ってのけぞって攻撃をかわした鏡像の由紀は。
「まるで、少年漫画」
 由紀らしくない顔をして、攻撃を凌いで――反撃に出る!
 平静さがその顔に表れていないのは、生命の危機を。そして、この由紀への恐怖を確かに感じたからだ。
 それが。己の「顔」にそなわった筋肉があれば為せる表情なのだと――現実の頭は知る。
 だけれど、それは「佐伯・夏」の表情なのであって、由紀の顔ではないのだ。
 踊るようにダガーが繰り出されて、そしてお互いに布を裂きながら――いいや、ほぼ一方的だった。
 貌のあるほうの由紀が、血しぶきを隠せないままに破魔の力できりつけられていく。
 ――思っていた。
 一閃。肩を斬りつけて筋肉を断った。もう腕はあがるまい。
 ――解ってた。
 また一閃。次は、振り下ろしたダガーを逆手に持ってから手の甲を突き刺してねじってやる。手首が折れた。
 ――期待通り、期待外れ。
 そのまま、前蹴りを繰り出せば。
 ぼぎりといやな音を立てて、体をくの字に曲げて吹っ飛んだ由紀にもなれない何かが吹っ飛んでいった。
 がしゃん!と勢いよく鏡の壁にたたきつけられた己の姿が意識を失う姿だけが――それらしい。
 望んじゃいない。存在証明など、必要ない。
「つまんないね」
 どこにも居て、どこにも居ない彼を誰も証明出来はしない。
 こんなのは――茶番でしかなかった。

 静かながらに猛攻を繰り広げた由紀を、視界に収めながら。
 片方しかない世界に友を見る。やはり、彼はいつも通りにやる気がなくて――花世のことを気にもしない。
 やる気なく、面倒そうにダガーでとどめを下そうとするすがたは「いつも通り」だった。
 ――やっぱり、おんなじだ。
 安心感が、胸に沸いた。
 これが、どうして湧くのかは二人だけの約束のおかげである。
 なんてことはない、ただの仕事あとのねぎらい会。だけれどそれは、一人じゃ――できないことだから。
 お互いに構えた銃口から確かに火薬を放ちながら、鏡を散らしあう花世と佐伯である。
 砕けた鏡は、お互いに射線を回避しながら動いた産物ばかりであり、それが砕けるたびによりあたりに呪詛が撒かれるのを悟る花世だ。
 ――だけれど。
「――っ、早」
 ただの、人間。
 佐伯・夏は猟奇的な殺人犯であれど、超常である花世の技能までは丸写しできない。
 それは、もとより――彼女が邪神に愛されてはいたとしても、「共生」できないことの証明だったのかもしれない。
 皮肉なことだな、と花世は冷静に。そして、確実に屠るための連撃を放つタイミングを計っていた。
 弱らせてから、撃ち殺してしまおうと。
 そのために、先ほどから彼女の足元ばかりを狙っては誘導していたのだ。――この鏡の世界の、「端っこ」に。
「あ」
 かわすことばかりを考えていたし、この二人を取りこぼしてもまだほかの猟兵があったから。
 油断していたのは事実だった。
 この花世が――邪神と共生する花瓶であるのも、その理由であるのならしょうがないかと思えたのに。
「『わすれたら、わすれても』」
 佐伯・夏を屠るのは――悲しいまでに、「境・花世」だったのだ。
 【忘葬(ヌケガラ)】が、連続で放たれる。
 文字通り、蜂の巣だった。顔も首も心臓も肝臓も腎臓もどこだって、急所になりえるところはすべて打ち尽くしてから――最後に、花を貫いてやった。
 ――決別を、伝えられただろうか。
 
「ちゃんと本物?」
 銃器を下した花世に、こてりと首をかしげてから幻影の血にまみれた腕を隠しもせず。
 由紀がゆったりと歩きながら、声をかけてきた。
「偽物だってなんだっていいよ」
「何それ。俺はちゃんと俺だよ、多分、別に信じなくてもいいけど」
 ほらやっぱり――君は本物じゃないか。なんて。
 軽い声色同士が交わされながら、お互いの約束を確かめる。
「とりあえず仕事を終えようか」
「――あは、そうこなくっちゃ。うん、ばかばかしい仕事は、もうこれでお終いだ。」

 さあ、残りの猟兵たちが戦っている間にできる限り増やした鏡は破壊してしまおう。
 宿る呪詛を払ってやれば、もう――ただの鏡に成り下がるばかりだろうからと笑いあうのだ。
 まるで、友達のように。

「「飲みに行きたいし」」

 ああ、隣にある命は――間違いなく。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

矢来・夕立
◎★△
何者にもなれない。
知ってます。“草《シノビ》”はそうして死ぬものですから。

…そういうコト言うのは、間違いないな。
コイツは『忍びとしての』オレの理想像です。
『全ての課題を解決した』んじゃない。『全てを諦めた』。
どうもオレからはまだ抜けきってないらしいです。
忍び衆特有の、奴隷根性が。

包帯を巻き直す。
【神業・否無】。

殺した数は、諦めなかった数だ。それならオレがずっと上回る。
名無しの草が何者にもなれなかったとしても。
前へ進み続けたなら『止まった自分』にはならない。
自分の名前も何となく気に入ってきたし、…わかりかけてるところです。
真《ホント》の理想も、目標もね。
偽《ウソ》の理想は、ここで殺す。


ヴィクティム・ウィンターミュート
◎★△

「何者にもなれない」か
そうだな、その通りさ
俺を構成している何もかもは、俺という源泉から湧き出たもんじゃない
何にもなれず、ただ生贄であれと己に願って…ここにいる

けど、そんな俺でも誰かの為に生きていけるなら
ヴィクティム・ウィンターミュートは唯一無二の存在になれる

だから──理想の俺には負けられない
たとえお前が英雄になった俺だとしても
「独りぼっち」のお前じゃ、俺には勝てねえよ

始めよう
時間がたてばお前は強くなるんだろ?
だったらお前の強化を「反転」して弱体化させてやる
長期戦になるほど弱体化するお前となら──
地獄のような持久戦で勝てる

英雄が勝つの必定さ
だから俺はそれを「反転」させる
ここからは俺の脚本だ


穂結・神楽耶
◎★△

形を真似ただけの皮に神は宿りません。
その皮だって、本当に「その人」が這入れるのですか?
…あら、怒りました?
それでは正々堂々真っ向から。断ち散らせ──
なんて、ウソですよ。

挑発も、《だまし討ち》も。
理想からはかけ離れていますけれど。
ここまでを歩いた「穂結・神楽耶」が得たものです。
鏡の中の、焼かれなかった理想像が持っていないものです。
理想が焼け落ちた先で、新たな希望が見つかることもあるのです。
あなたにはそういうものがありませんでしたか?

…救いを求めないあなたを、わたくしは助けられません。
燃えて、弾けて。──さようなら。



●八問 理想証明

 何者にもなれない。
 この三人に共通するのは、――その言葉だった。
 今が在るのは、わかっていたのだ。
 この場に足をつけて、武器を構えて。そして見知った顔とそうでない顔と同じ気持ちになって戦う己が、誰であるかなんて言うのは。
 わかっていた――のに。

「知ってます。“草《シノビ》”はそうして死ぬものですから。」
 そう、肯定する。
 矢来・夕立(影・f14904)は、己の目の前にいる己が何なのかはすぐに悟って見せた。
 ――『忍びとしての』理想像が、そこにあった。
 中身はもちろん、佐伯である。だけれど、あまりにも『名演技』だった。
 きっと、夕立の頭に染み付いた理想をうまく吸い取ってしまったのと――先ほどから破壊されては蔓延っていく呪詛のせいなのだろう。
「でしょう。」
 頷いて、穏やかに微笑んでいる夕立がある。
 ――憎らしいほど、うまくやりやがって。
 現実の夕立が、舌打ちを隠せないままに皮と向き合っていた。
 すべてを諦めた。『全ての課題を解決しなかった』。そういう――世界線があったとしたら、まるでそのままの夕立がそこにいるのだ。
 もし、夕立が。
 本当に心の底から――『矢来・夕立』を諦めていたのならこうなっていた。
 いいや、これからももしかしたら、こうなる未来がやってくるのかもしれない。己の果ての姿かもしれないし、そうでない悪夢で終わるかもしれない。
 今、――対峙している。名無し草どうしが、その大きさを競うように。

「そうだな、その通りさ。」
 同じく、受け入れたのはヴィクティム・ウィンターミュート(impulse of Arsene・f01172)だ。
 彼の体は、とうに――彼のものではなくなっている。
 全身を、電脳のために改造した。地獄のような日々だった。神経を差し替えるときなど、どうして己は己なのだと嘆いた日もあった。
 気が狂いそうな日々は、何にも成れないのなら――せめて。
 生贄であれと、端役であれと己に願って。彼は今、ここにいる。
 だけれど、――生贄であったとしても、うまくそれを餌に使ってくれる誰かがいつも言うのだ。
 ヴィクティムこそ、頼りになる隣人であると笑ってくれる仲間たちがいる。
 もちろん、そんな素直な気持ちを口にするような素直な彼らではない。今この場にはいなくても、心はいつも彼らとともに交信し続けている。
 友の裏切りを経験した。そしてその身の驕りによって発生した破滅があった。すべてが――すべてが、あった。
 それは、認める。否定しない。それこそ、現在の彼を作る要素だ。
 理想の「英雄」たるヴィクティムの姿をした佐伯は、見下している。
 ――理想になろうともしない、向上心のない馬鹿だとこの――この超一流の端役を侮っていた。
 彼の中に宿る、確かな息吹を感じ取れないままに!

「そもそもの話をしますが。」
 ――こてりと愛らしい顔を傾けて、偽物に聞いたのは穂結・神楽耶(思惟の刃・f15297)だ。
 隣に並んだ二人の様子を、ちらりと見てやる女神もどきの彼女は。
 二人が自我を――欠いているようには見せないそぶりに微笑んだまま尋ねるのだ。
「形を真似ただけの皮に神は宿りません。その皮だって、本当に「その人」が這入れるのですか?」
「だから、あなたの皮を着てみたのですよ。神様の皮なら神様に適応できるでしょう?」
「では別に、お二人の皮は必要ないのでは?」
「万が一のスペアになりますし、彼らも彼らで――素敵なものですから。そうでしょう?」
 どこまでも、神を煽るのがうまい女だなと思う。
 それでは、とぴしゃり一言投げつけてから――戦いの幕を開けようかと隣に立つ少年らの瞳をちらりと見た。
 ぎらつく彼らの視線は、理想に立ち向かう「猟兵」そのものの光がある。
 「英雄」に、なれなくても。
 「理想通りの忍」に、なれなくても――よいではないか。
 かまうもんか、ああ。かまうもんか。彼らはだって、こんなにも強かで美しい――「猟兵」なのだ!

「残念ですが、貴女の愛した神様にはすでに猟兵が送り込まれているんですよね。――もうじき、壊される未来があります。どうします?」

 その欺瞞と傲慢で余裕をかました表情に平手打ちでも叩き込むかのような「事実」を投げつけてやったのだ。

「うわ、エグ。それ言っちゃいますか」
「いーのか。でもいいか。ここでこいつも止めるしな」
「大丈夫ですよ、止めれるにきまってます。しょせん――『殺されるような過去に恋をした哀れな』生き物です」
 わたしが、見捨てるほどの。
 
 佐伯は。
「――はい?」
 この事実を、知らなかった。
 知らないのだ、だって彼女は未来に愛されるような人間でもない。
「バカなことを、――言わないで」
「あら、怒りました?それでは正々堂々いきましょうか」
 震えた女神もどき・もどきの声色に。真の女神もどきが応えてやるのだ。
 刀を抜いて、構える。
「忍び衆特有の、奴隷根性――あなたに似合ってるのがまた、皮肉ですよ。」
 主を穿たれるやもしれぬと聞いた時の夕立の顔が、ずいぶんとそれらしい。
 現実の夕立ではもう、おそらく二度とできないような表情をしてみせるのだ。
「俺もそういう顔してたかもなァ――」
 だから──理想の俺には負けられない。
 英雄であるヴィクティムもまた、いつか「相棒」に裏切られた時のような顔をしていたかもしれない。
 あの時は――そんな顔を自分でも見れなかったし、見なかったからわからなかったけれど。
「もう、「独りぼっち」のお前じゃ、俺には勝てねえよ」

 ヴィクティムの宣告とともに。

「「「あ あ、 ァ 、 あ ゛ ッ 、 あ ――――!!!!!!!!」」」

 雄たけびを上げた三人の鏡たちが攻撃をそれぞれ繰り出した!
「断ち散らせ──、なんて、ウソですよ。」
 最初にその太刀筋をくるんと体を翻すことで避けたのは神楽耶である!
「あ、パクりましたね」
 その動きを視界の端でとらえた夕立が、何を言おうと。
 確かに、この攻撃手段は ――神楽耶らしいものではない。だけれど、それでもかまわなかった。
 この動きは、ここまでを歩いた「穂結・神楽耶」が得たものである。
 焼かれなかった偽りの、――もし、でしかない存在などには備わっていない財宝だ。
 理想が焼け落ちて、確かに絶望をした。
 確かに、嘆いた。悲しんで、今もなお熱には怯える。

 だけれど、だけれど!だからといって――!足 だ け は 、 止 め な か っ た !

「理想が焼け落ちた先で、新たな希望が見つかることもあるのです。」
 ――あなたにはそういうものがありませんでしたか?

 問いかけに、不意を突かれたような顔をした理想があった。
 そののどに――深々と、突き立てるのは「女神」たるそのものだ。
「――か、ひゅ」
 返事もできないままに、だけれどその瞳孔からにじんで零れ落ちる血の涙が業の深さばかりを表す。
 あったはずなのだ、生きていたならば。
 こうなるまでに、彼女自身が変わるべきだった。今なお進化し続ける、猟兵たちのように!!
「救いを求めないあなたを、わたくしは助けられません。」

 ――だから、燃えて、弾けて。──さようなら。

 【鉛丹光露(エンタンコウロ)】が、炸裂する。

 その灯を、背に受けながら。
 地獄のような争いを続けていたのが超一流の端役なのだ!!
 時間がだいぶたっていた、この鏡の世界を猟兵たちが破壊し始めてもはや何時間と戦場には呪詛があふれている。
 だから、これは――はっきり言って、ヴィクティムの脚本にはぴったりの状況だった。
 お互いに、電脳世界を展開してはぶつけあっている。
 お互いの脳波をジャックしてその体を壊してやろうと――幾何学が視認できる強大な演算が始まっていた!
 現実も理想も、その顔に油断の一切がないどころか。
「はは、カウボーイ。やるじゃあねェか。」
 焦らされる。あまりにも、相手が――上回る!
 佐伯の力ではない、呪詛がヴィクティムの理想像から技能を与えてしまっているのだ。
 余裕の笑みを浮かべて空間を照明のように彩る電脳に触れながら、英雄は――端役を見下す。
「ぶっ殺すぜ」
「お口が悪いな、どこの言葉だ?あ?」
 だから、煽る。あえて、虚を突かれるようなプログラムを流し込むことで誘導する。
 そう、――佐伯には、プログラムの心得もなければ、ハッカーとしての考え方もない。
 これは、誘導されているということもわからない初心者を相手にするようなものだ。――だから!
「英雄が勝つのは必定さ、そりゃァしょうがねぇ。」
 ばちりばちりと己の構成したプログラムが破壊されては再構築を繰り返している。
 頭は常に動いているから、熱がこもってヴィクティムの鼻から血を垂れ流させていた。――かまわない、これは必要な排出だ。

「だから俺は――それをッッッ!!「反転」させるッッッ!!!!」
 

 持久戦に持ち込んだのは、この時を待っていた。
 蟻地獄に蟻がかかるのを、その中央めがけて滑り落ちてくるその瞬間を!たった一つのキーで巻き起こすこの時を!

【Attack Program『Reverse』(ウンメイヲヒックリカエセ)】。

 すべてが、――端役の色に染まった。

 皆が勝鬨をあげはじめているのを、夕立も視界の端でそして背中で受けながら。
 ぎり、と歯で包帯を噛みしめて引っ張ってやる。
 これは――この包帯だけは、今を生きる彼の「証」だ。
 覚悟を、決める。
 己の「理想」を破壊する覚悟だ。
 成長するというのは、大人になるというのは――こんなにもつらいことだったろうか。
 じゃあ、これを超えてきた彼の憧れたちはきっともっと地獄を味わったのだろうなと思う。
 ――殺した数は、諦めなかった数だ。 
 矢来・夕立であることを諦めなかった、歴史の数だけ命を奪った。
 諦めたのなら、とうにこうなっていたか、死んでいた。それこそが彼の宿命である。
 だけれど、前へ進み続けた。諦めて、投げ出して、わんわん泣いて、みじめになってしまってもよかった。それも、人生だったろう。
「自分の名前も何となく気に入ってきたし、 ――わかりかけてるところです。」
 人生には、先がいくつもある。
 枝分かれしたどれかに立ち入って、ではほかの道に今更いけやしないのかといわれればそうではない。
 覚悟と、信念をもって――幸せを得ることもできれば、その逆だって許されている。
 自由なのだ。偽るも偽らないも、人生も、すべてが。
 ――矢来・夕立のものである限り!
「真《ホント》の理想も、目標もね。だから、偽《ウソ》の理想は、ここで殺す。」

 そこに、嘘はない。

 理想を超えるために、構えた一撃は、今までよりもずっと早かった!
 鏡合わせであるから、その一撃を迎え撃てるだろうと思った女が甘すぎたのだ。
  常 に 、 常 に 前 へ ! ――この影は進み続けている!

「『否応無く、死ね』」

 【神業・否無(カミワザ・イナナキ)】が、成就された。
 無数の影は、鏡に映ることもなく――音もなく、理想をばらばらにする。
 いろんな手段を使った。巻きなおした包帯を宿した掌で、ありとあらゆる暗殺の集大成を行使した。

「ああ、――すっきりしました。」
「唯一無二の存在になっちまったな。」
「良いじゃないですか、――次の理想は、何にします?」

 三者三様。やいのやいの。
 彼らが彼らであり続ける限り、その未来はきっと――世界に導かれている。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

上野・修介

「神様というには芸がないな」

またしても自身の姿を観るだろう。

だがそれはもう観たモノだ。

――否

もう超えたモノだ。

例え、今の己の先にあるモノだろうと。

今の延長線上にあるのなら。

「いつも通りやるだけだ」

呼吸を整え、無駄な力を抜き、敵を観据える。

――恐れず、迷わず、侮らず
――熱はすべて四肢に込め、心を水鏡に

狙うは鏡に映る『虚』ではなく『実』
即ち『鏡』

敢えて【視力】を捨て、己の勘【第六感+戦闘知識+情報収集】を信じる。

UCで攻撃力を強化。
防御回避は最小限。ダメージを恐れず【勇気+激痛耐性】、【覚悟】を決めて最短距離を駆け【ダッシュ】、至近での渾身の拳【グラップル+捨て身の一撃】を叩き込む。


ヴァーリャ・スネシュコヴァ

目の前に自分が立っている
いつもの自分……意気揚々とオブリビオンを倒し、確固たる意志で自分を貫く

あれが自分の本当の姿のはず
だけど今は、あれが自分なのかわからない
本当の自分はどこなのか
今の自分が本当に自分なのか
わからない…何もわからない

相手はきっと、自分と同じ氷を使った戦い方をしてくるはず
…今までの俺は、きっと同じような敵が来たとしても、きっと逞しく立ち向かっていただろう
でも…見失った俺は、自身に満ち溢れた俺を倒すことができるのか?

……いや、できる
だってあれは紛い物だ
今いる俺が本物の俺だ
最悪の事実を突きつけられても
たとえ今までの自分が嘘だとしても

今は乗り越えなきゃいけない
だって俺は猟兵だから


ナハト・ダァト
真の姿を開放
白く輝く異形へ

私ハ、憤っているヨ
人であるのニ、何故それヲ捨てるのカ

……君ハ自分ノ事ヲ『ヒトでなし』
と言っている様だネ

それハ私ニ言わせれバ間違いダ
悩み苦しむ姿ハ、正しク「人」そのモノだヨ

過去よリ這い出タ邪神ニ
魅入られテしまうのモ人故の愚かさダ

そもそモ、人がなんであるかラ理解しているかラ
君ハそれヲ拒んだのだろウ

犯した罪モ、生きる痛みモ
消えハしないヨ
けれド
私ハ君ヲ助けル

君ガ「人」だからネ
理由なドそれデ十分ダ

この鏡モ、君の写しト捉えるなラ
きちんトなりたい「ナニカ」ガあるのだろウ?

それガ分かったラ、早ク戻ってくル事ダ

受難の左手で鏡から現れた自分自身は
弱点部位、聖痕を攻撃する事で動きを封じる



●九問 理想解明

「わぁ、あ、あっ!!」
 吹っ飛ばされた。
 小さな体を鏡の床に打ち付けたのは、ヴァーリャ・スネシュコヴァ(一片氷心・f01757)である。
 まったく同じ姿かたちをしたヴァーリャが、ざまぁないぞと笑っているのを背中に受けて、恐ろしいほど屈辱を感じていた。
 ――いつもの自分。
 意気揚々として、落ち込む皆を励ますような存在だったというのに。
「なんだ、そのざまは!」
 けらけらからからと笑いながら、本物であるはずのヴァーリャが獣耳のように跳ねていた横髪を伏せるさまを見下す。
 ――もちろん、中身が誰かはわかっている。
 ――だけれど、さっきまでそうだった。
 ヴァーリャだって、本物だって、ああなれていたのに。
 わからなくなっていたのだ。記憶を閉じ込めて演じ切っていた、さっきまでの――この理想のような天真爛漫で無垢でありながら残酷な少女に。
「うぁ、あ」
 聞きたくない。
 笑い声も、反響する戦いの音も、次にふるわれるだろう氷の魔術の音だって、もう、ステージの歓声すら今は聞きたくないのに。
「逃げるなよ!」
 無邪気に笑う目の前のヴァーリャが、それを許さない!
 ごうごうと片腕に氷をまといながら、大きな氷塊をつくりあげようとするのが見えて――思わず、片目をきつく閉じてしまった。
 この一瞬だけ、未来を諦めそうになったのを。

 ――拳が貫いた!!

 何が起きたのかはわからなかった。
 だけれど、閉じられた瞼ではなく空いていた耳がちゃんと拾ったのは――氷の破砕音。
 何か大きな塊が、あの凍てつかせる魔術をどうやって砕いたのかは分からない。だけれど、誰かが助けてくれたのを聞き逃したりはしなかった。
「大丈夫ですか。」
 真面目な声で。
 ――上野・修介(ゆるふわモテスリム・f13887)は、ヴァーリャの前へと現れた!
 尻もちをついて床で泣きそうになっているヴァーリャと、自信に満ち溢れて自分が正義だと疑わないヴァーリャを交互に見比べる。
 本物であるほうは、どちらか。
 落ち着いた呼吸のままに、冷静に判断を下そうとする彼を――白く輝く異形が導くのだ。
「そちらの少女だヨ」
 ナハト・ダァト(聖泥・f01760)は白となったからだとその触手でこぶしの男を導く。がたがたと身を震わせていたほうが、本物であると声をかけた。
「わかった」
 それを一つも疑わなかったのは、修介が真面目でありながらも第六感が優れているところにある。
 獣のようでありながら、そうでない修介が後ろ姿に拳をふるった偽の己の一撃を防ぐ!
「神様というには芸がないな」
「アンタも拳ばっかで芸がない」
 ヴァーリャの頭上で交わされた言葉と、こぶしのぶつけ合いは一瞬で。
 叡智の手が差し伸べられようものなら、くるんと鏡たちは身を翻してかわすのだ。
「オヤ、バレてしまったかナ」
「――一番、俺たちが怖いと思ってるものだな!」
 偽のヴァーリャが、偽の修介に抱えられながらその触手を喩えるように。
 【受難の左手(マトリクス・レフト)】は今ここに至るまでにナハトの理想を【打ち消した】のだ。
 完全に無効化をはかることのできるユーベルコードは、まさに神性が扱えるそのものであり、そして鏡たちにとっては触れられるだけでもも恐ろしい脅威である!
 修介が、そしてヴァーリャがその光景を見ながら仕組みを理解する。
「鬼ごっこか」
 それならば、ヴァーリャも心得がある。
「そうだネ、タッチされら負けダ」
 朗らかに笑いかける白の光があったような気がする。修介が心得たと頷いて。
「――いつも通りやるだけだ。」

 修介は、先ほど理想を超えた。
 ――否、今も超え続けている。
 ずん、と前に出た勇み足は偽のヴァーリャが現実の彼女をいじめようとして張った氷を砕く。
 この鏡像は、もう超えたのだ。
 ――恐れず、迷わず、侮らず。
 目の前に在る今の修介よりもいささか人間らしい顔をしているそれは、修介の延長線上にあったとしても。
 ――熱はすべて四肢に込め、心を水鏡に。
 打ち砕く。必ず打ち砕く。打ち砕かねばならない。
「『――力は溜めず――息は止めず――意地は貫く』」
 呼吸も、力も、いつも通りの最高のコンディションで。敵を見つめる視線だけは変えないままに、前へと進む。

 その背を、見ていた。
 理想に怯え切ってしまっていたヴァーリャは、その背を見ていたのだ。
「理想は、越えるモノなのだヨ。」
 心を委縮させる少女に声をかけるナハトが、よりその成長を。そして傷の治りを急がせる。
「越えて――いいのか?」
 それが、ほんとうにできるのか?
 然りと頷く白い叡智に、ヴァーリャは紫の瞳を瞬かせた。
 まがい物だ。わかっていた。ぎりりと己の手を握りしめるもとより白い手が真白くなる。
 最悪の事実を突きつけられた――自分で自分を信じられなくなってしまうほどには、ひどい傷を与えられた。
 だけれど、それで苦しんでいるほうがきっと、間違っている!
 ――乗り越えなきゃいけない。
 口の端から洩れる冷気が、彼女の心を吹雪かせている。
 それは、すべてを凍らせる吹雪ではなくて――すべての、誰かを守るための!
「できるよな、だって」
 きらめく大気には、修介が砕いただけでない鏡の破片ではない別の何かが在った。
「ダイアモンド・ダスト。綺麗ダ――」
 白銀に輝くそれが、ナハトの恩恵を受けてよりきらきらと輝いていく。

「――俺は、猟兵だからッッ!!」

 小さな命が、今!
 飛び出した。修介よりも早く、誰よりも早く――靴裏に氷の剣を構えて!
 文字通り滑るようにやってきた現実のヴァーリャが、理想のヴァーリャへと突っ込んで、エッジを利かせた動きで軽く跳ねてから回し下痢を一本くらわせてやる!
「う、ぁっ!?」
 あまりにも、予想外に早い。
 まるで足にでもエンジンを乗せたかのような鮮やかな動きと速さのあとから、襲い掛かってくるのが――偽物のヴァーリャの皮膚を凍てつかせる冷気だ!
「遅い!!」
 続いてもう一撃!
 遠心力を活かしてそのままトゥ・ループ。鋭い氷の剣が放たれれば偽物に傷跡を残す!
 噴き出した血も、しょせんヴァーリャのものではないのだ。だって、この鏡像は先ほどから――追いつけていない。
「俺じゃないから、わからないだろ。」
 滑り方を。
 氷との付き合いかたを、ただただ放つばかりでないということを知らない。
 美しく滑っていくヴァーリャの足元には、常に冷気をまとわせている。これは、「足場」をつくるためでもあった。
 この鏡の世界を彼女の――いつだって『独壇場』であり続けたスケート・リンクに変えるために。滑り出せばそこを氷の世界に変えてゆく!
「お前は俺じゃない」
 決別でもありながら、これは確認でもあった。
 いつだって、――たとえ記憶や気持ちが嘘であっても。
 彼女の戦う場所はこうした事件だけではなく、スケート・リンクだってそうだった。
 そこで一心不乱に踊り、滑っていた時間は嘘ではない。どの瞬間だって、全力で己のやり方と向き合ってきた。
 あの瞬間だけは、そしてこれからのこの瞬間だけは――絶対に、そこに居たのは!
 主張するように、己の胸を右手でしかりと抑えた。
 宣 誓 す る !

「俺が、ヴァーリャ・スネシュコヴァだッッッ!!!!」

 【亡き花嫁の嘆き(ゴーリェ・ルサールカ)】の演目を果たせるのは――この存在以外にあり得ない!

 小さな命の咆哮を聞き届けた。
 然り、と修介もまた頷く。
 ――打ち砕く必要があるのは、『虚』ではない。
 同じ歩調で歩んでくる己のそれを見る。真正面から見て、特に防御の姿勢では望んでやらない。
 歩き方は、もちろんむこうもうまくそろえているが――やはり歩調が乱雑だ。
 誰かの代わりを、演じ切る気のない二流三流がやりそうな模造であったとしても、この修介は真正面から向き合う。
 油断は、一切しない。
 なぜなら――彼が打ち砕くのは、『虚』ではないのだ。
 映し出された超えた理想の内部にある、『鏡』――『実』を、砕くのを最優先とする。
 
 【拳は手を以て放つに非ず(ケンハテヲモッテハナツニアラズ)】。

 いつも通りの呼吸とともに――爆発的な速度のあげ方で、虚像に迫った!
 速さに驚いた顔をしたそれに、勝ち誇った笑みを浮かべてやることもない。
 修介が、肩からこぶしを腹に突き刺してやった。
 えぐりこむように――まだ、まだだと奥まで、奥までこぶしを突き入れてやる。
 腹筋を貫いて、飛び出す血も臓腑も無視して、腰の骨のひとつ前にあった、――修介にない『実』を破く!!
 ばきゃんと音を立てて、殴られた衝撃で体を浮かせた偽の体が黒煙となっていく。
 残された現実の修介に与えられたのは――確かな、存在証明と、「進化」だった。

「おかしいだろ、こんなのッッ!!」

 ヴァーリャのまねをして見せる偽が、なんとか逃げおおせようと鏡の空間に同じく氷を張って、命からがら現実の追撃を避けていたころ。
「……君ハ自分ノ事ヲ『ヒトでなし』と言っている様だネ。」
 憤りを隠せないままに、ナハトは言う。
「それハ私ニ言わせれバ間違いダ。悩み苦しむ姿ハ、正しク「人」そのモノだヨ。」
 怒りの矛先は、もちろんガワの少女にではない。
「そもそモ、人がなんであるかラ理解しているかラ、君ハそれヲ拒んだのだろウ。」
 触手を広げるようにして、『左手』の範囲を広げていく。
 ――佐伯・夏という少女の攻撃を無効化するには。
「犯した罪モ、生きる痛みモ、消えハしないヨ。」
 この叡智は、知り尽くしておく必要があった。
 今もなお「ガワ」の技術のなりそこないで逃げおおせようとする瞳が、こちらを憎らし気ににらむのを受け入れる。
「君ガ「人」だからネ。理由なドそれデ十分ダ。」
 ――邪神に、なれなかった。なりきれていない。
 必要な犠牲も払ったし、必要なことはしつくしたはずだった。なのに、今やその愛した邪神もとりあげられそうになって、己も「どっちつかず」の宙ぶらりんになってしまっている。
 恋する、哀れな思春期のそれとなんら変わらない顛末があった。
 人の心をほどくことのできるナハトには、それがよくよく見えていた。
「――、早ク戻ってくル事ダ。」
 「人」としての望みは、「邪神」になることではなかったのを思い出すように、ささやいた。

 ――愛されるような、存在になりたかっただけ。

「う、ぁ、あああああッッ!!!」
 叡智の言葉に耳を傾けてしまったがために!
 がしりとその『左腕』に氷の奇跡の姿のまま縛られてしまった。
 ――しまった、と思うよりも早く!!
 氷の剣が、その頸めがけて振るわれて。あっけなく、破砕音とともに鏡の女は意識を手放したのだった。
 
 赤い血煙が、白銀の氷に交じって、舞う。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リーオ・ヘクスマキナ
◎△
(偽物の姿はノイズだらけ+赤頭巾さんを模倣出来ていない)
(『追憶キネマ』id=7442でも同じモノが出現。今現在の姿さえ曖昧だ、とでも言わんばかり)

うーわー。「また」?
……ホント、俺って何なのかなぁ
赤頭巾さんなら、きっと何か知ってて……も、教えてはくれないよね
話したいことしか話してくれないのは何時もの事かぁ

ウン、まぁ良いよ。俺は「俺」として、邪神を討/撃つだけ、って事で

室内だし、銃は跳弾と流れ弾が怖いから封印
ナイフと、魔弾化機能を切った拳銃にゴム弾を装填したCQCスタイル

基本は俺だけで相手をして、牽制と撹乱をメインに
フェイントのナイフ大振りを合図に、赤頭巾さんに鉈鋏でトドメを刺してもらう



●十問 理想究明

「うーわー。「また」?……ホント、俺って何なのかなぁ」
 嘆くように、いつかの戦場でもこうして向き合ってきたものの。
 リーオ・ヘクスマキナ(魅入られた約束履行者・f04190)の偽物は、姿がノイズだらけだ。
 それに、彼が連れている赤ずきんの彼女のことなどまるで模倣出来てはいない未完成の何かが、背中に在った。
「――自分のこと、よくわかってないの?」
「うん。――赤頭巾さんも、教えてくれないからね。」
 話したいことしか、この赤の怪物は話さないのを知っているから。
 リーオは、この虚像に慄いたりはしなかった。それは、「別の仕事」でもう経験したことだし、いまさら突きつけられてもさほど動揺しない。
 ――攻略済みなのだ。
 さあて、どうやって此度は撃ち抜いてやろうかと考えるリーオに、ノイズだらけのそれが語り掛けてくる。
「怖くはないの?」
「どうしてさ。だって、しょうがないよ。」
 思い出せないものは、しょうがないと。
 そう思わないと、今現在の姿すら怪しくなってしまうのだから。
 これは――見ようによっては、逃避かもしれない。
 美しい少年の姿をしながら旅装束に武器を仕込む彼が、彼でも驚くほどに多彩であるのを受け入れる行為は。
 己の記憶にない己がいて、この信頼し得る武器たる赤い頭巾の彼女が、何もかもを秘匿したがるのならば。
 つつきまわすよりも、いつか自ずと真実の方から姿をひょっこり表せばよいと、思っている。
 ――向き合うのが怖いというより、存在が恐ろしくなりそうだから。
「急ぐことじゃない。」
 リーオが、ナイフを構えた。
 拳銃には跳弾と流れ弾を恐れて、ゴム弾を装填してある。
 かつて見た、あの映画で。映画の中の己が血まみれの少女を抱いていた。
 金髪は、このそばにいる赤頭巾のものであったのだろうと思う。
 ――その事実は、見つかってほしくはない。
 この彼女が、リーオにささやくべきことだと思っている現在である。
「ゆっくり時間をかけていい、そういう問題だからね。」
 己の存在が、己の中であやふやなように。
 ――この「ヒトモドキ」の自覚がある猟奇的な佐伯・夏にもそういう時間はもっとかかってよいはずだと。
 同じく「リーオもどき」の「彼」が挑戦的に、だけれどどこか穏やかに微笑みかけてやる。
 たとえあの映画が、悲劇のものであっても。
 これからの「リーオと赤頭巾」には続編があるのだから。
「俺は、俺のことを――ゆっくり、知るつもりなんだよ。」
「何それ。」
 同じ顔を、してみたのに。
「なんだよ、それ。」
 この不定形である猟兵ならば、己の気持を少しは理解できるのだろうかと期待もあったのに。
「どうして。」
 同じところで足を止めてくれないのか。
 ――なんで、わかってくれないの。
「そうだなぁ――強いて言うなら。」
 俺は、人に成り代わったりはしないよ。
 己の課題とは、己で向き合う。そこにずるも隠し事もナシで、真摯にやっていくと決めたのはリーオ自身だ。
 
 話すことは、もうあるまい。分かり合えない平行線のそれは、もしかしたらリーオの選択肢が違った結末やもしれない。
 ならば、ここで穿ってやろうと――ナイフを大振りに振った!
 反応が遅れたのは、理想を捨てきれない「佐伯・夏」がリーオで在ることをやめようとしたからだ。
 ノイズまみれの姿のままでは、少なくとも邪神に存在すら認められない「なりそこない」でしか在れないと考えていた――ところを容赦なく!
 叩き込むようにゴム弾を放って、継続してダメージを与えてやるリーオである。
 存在が、ブレる――。
 佐伯・夏の自我にかかわる問答だったのかもしれない。
「ねえ、どうして急いじゃったの。」
 まだ、生きる時間も長くて成功するチャンスは今までにいっぱいあったかもしれないのに。
 どうして、邪神に巣食われてしまうまで己を傷つけてしまったのか。
「――悪いって、わかってたんだよね。」

 リーオの赤い瞳が、狭められた。
 それは、興奮からではなく。哀れに思った気持ちからだった。

「赤頭巾さん。」

 リーオが振るった追撃のナイフをなんとか躱して、体制を崩した虚実に――!
 どすりと蛇鋏が突き刺された。
 ――こう、俺にしたかったわけじゃ、ないよね。
 視線で尋ねてみても、赤頭巾の少女は振り返らない。それを責めたりはしない、リーオもまた「知らない己」の罪を自覚していたから。
 虚実の旅人は、体を黒煙へと変えて鏡に反射できないまま、消えていく。

「――行こうか。」

 受け入れて、次へ。
 この旅路はきっと、険しい。だけれど、――悲劇にするのも喜劇にするのも、彼ら自身であるから。
 前へ進むのだけは、やめないのだった。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

千桜・エリシャ

まだ鏡がありますの
そろそろ見飽きてきましたけれど

理想の私
鬼の角も
鋭い爪も牙もなく
身の裡に修羅もいない
穏やかな普通の女の子の私

嗚呼…薄々気付いてはいました
私はただ
人の真似事をしている化物
どんなに人を真似ても
本性は戦狂いで
首を狩り人を喰らう悪鬼羅刹
それは変えられませんの

…いっそのこと
あなたに喰われた方が楽になれるのかもしれない
私の欲は人の世では満たされない
人として生きていくなら許されない

私が私のまま生きられたなら
こんな飢えに渇きに悩まされることなんてなかったのに
間違っているのは世界の方だわ!

見切りで回避しつつ隙を突き
怯えた目で私を見る偽物の首を
己の呪詛を籠めた刃で一閃


…これではただの八つ当たりね





 もう、鏡は飽いたのだけれど。
 鏡たちはそういうわけにはいかないらしい。――千桜・エリシャ(春宵・f02565)の前には、一人の少女がぽつんと現れていた。
 中身は、もちろん佐伯の思念や人格の一部だ。だけれど、その姿は。
「あら、あら。まぁ。」
 思わず、エリシャが感嘆してしまうほど、理想の姿だった。
 ――きれいな、少女なのだ。
 穏やかに微笑んでいて、エリシャのようには飢えた視線をしておらず。
 きっと人間の親かなにかに餌を与えてもらえているのだろう健康的な姿で美しい着物をかっちりとしている。
 鬼の角はなくて、つるりとした額があった。
 凶悪な印象を与えないだけで、これほど外見というのは違うのだなと思う。
 鋭い爪も、口の端から時折零れる牙もない。
 愛しい人を抱きしめても、その瞬間に赤を弾けさせることのない優しさがそこにあった。
 なにより――身の裡に修羅もいないのである。
 悪鬼羅刹ではなければ、修羅もない。普通の、女の子がそこに居た。
 こう、なれればよかったのだと思う。

「なりたかったのでしょう。」

 だから、なってあげたのですよ。
 代わりに、貴女の人生を生きてあげましょうと――佐伯は理想のエリシャの顔で微笑んだ。
 エリシャは、その姿を光のない桃色で見つめている。
 善いな、と羨んだ。
 心のどこかで、薄々気づいていたことがあったのだ。
 自分は――人の真似事をしている化け物なのだとわかり始めていた。
 人は、殺したくなるほど誰かを愛するなんて「ヒトデナシ」か「ヒトモドキ」しか行わないのであって、大部分のそれは苛烈で在れど他人の首を求めたりはしない。
 どんなに、色ごとに通じたって。
 誰かを受け入れたって、愛したって、愛されたって、ぽっかりと浮き出る穴が己に在るのをずうっと不思議に思いながらもわからないふりをし続けていた。
 認めるより――狂ってしまったほうが、マシだったから。
 けれど、それは今の彼女にとっては間違いだったと悟る。
 偽りの愛で、己を美化し続けた。
 これは、哀れな女がたった一人の男に狂わされた悲恋の話などではおさまらないのである。
 本性は戦狂いで、――首を狩り人を喰らう悪鬼羅刹であることは、もう今更否定できない。
 あの首狩りが愛する誰かのために行ったことではなくて、己の欲が赴くままにいたずらに刀を振ってしでかしたことであるのならば。

「――いっそのこと、あなたに喰われた方が楽になれるのかもしれない。」

 鏡が割れて呪詛の満ちる空間で、改めて己の業の深さを振り返る。
 きっと、今ここでこの鏡像を下したところでエリシャは救われない。
 ――彼女は、どこの枠にもおさまらないほどの欲深き生き物なのだ。
 人として生きていくにしてはあまりにも強大すぎる本能が、人の世界を食いつぶしてしまう。
 丸のところに四角がうまく収まらないような、そういう歯がゆさを感じさせられるだろう。――人として、生きていくとしたら。

「じゃあ、楽にしてあげますわ。」

 エリシャのそれと同じでありながら、まだ人を血を吸っていない処女の剣を高らかに掲げたのが。
 ――邪神の御使いでなかったのなら、きっとその一撃を受けていた。
 一瞬の振り下ろしには、足を後ろへ引いて体を傾けることで回避する。
 髪の毛が2,3本断ち切られただけで、エリシャのかんばせにも着物にも、どこにも傷すらつけれないほどの身のこなしだった。

「私が私のまま生きられたなら、こんな飢えに渇きに悩まされることなんてなかったのに。」

 佐伯は、見てしまう。
 本物のエリシャの瞳の奥を、見てしまう。
 佐伯が、人を喰らう「ヒトモドキ」であるならば。
 ――この悪鬼羅刹は!

「 間 違 っ て い る の は 世 界 の 方 だ わ ! 」

 万物の捕食者なのだ!
 ぞ、っと背中に悪寒が走った。その羅刹の桃色に、泥どころではない本能の渦巻きを感じた。
 絶対に、殺されるとわかっているのに動けない。頭がパニックをおこして、脳の信号と体がうまくつながらない。
 そして、その桃色は――佐伯を見ていない。 
 だけれど、「目の前の肉」のことはよく見ていた!

 どう、どう、どう、どう、どう。

 空気を裂いて、紅い花を理想の体に生けてやる。
 そして、それが――理想の体のいのちを劇的な速さで吸いつくして枯れて散っていく。
「――これではただの八つ当たりね。」
【散華繚乱(スカーレット・リッパー)】で、散らされた偽物の顔を思い出してはまたぞくりと首筋に快感が走っていた。
 人でないのなら、悪鬼羅刹であるのならばとことん。
 ――外道ならではの生き方があるように。

 この鬼女もまた、己の生き方を見出さんと世界によって未来へと導かれたのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レナータ・メルトリア


体が重い
でも、あの鏡面の底に、没しかけた心を引きずってでもここに来たのは、目の前の…鏡写しの自分を殺すために

鏡写しですって?おかしな事を言うのね。全然違うじゃない
今のわたしは、目の前の自分を見上げて、打ちひしがれる事しか…

いえ…わたしは、あのお兄ちゃんは完璧でないと証明しないといけないの
だから、殺さなきゃ
殺して、壊して、バラバラにして
あれをこの世から消さなきゃ、わたしは…

…血晶の槍を引きずって捨て身の一撃で当たりに行くわ
でも、それはフェイント
私に気を取られている隙にUCを起動して

…おねがいだから、おにいちゃん
おにいちゃんの方がすごいって、わたしを守ってくれるって、わたしに証明してみせてよぉ





 壊しかけた、こころを引きずって。
 体はすっかり重くなって、戦う仲間たちの音は遠い。
 世界の存続ももちろん恐ろしいが、何よりも己の――こころが、壊れてしまうのが怖くて。
 殺意を隠せなかったのは、レナータ・メルトリア(おにいちゃん大好き・f15048)だった。
 鏡写しの自分を否定せねばなるまい。己の存続のために、――証明のために、やらねばならないと鉛のような重さをする中身を引きずってここまでやってきたのに。
「また――全然違うじゃない。」
 絶句するレナータの前に映ったのは、やはり理想通りのレナータと「おにいちゃん」だった。
 もちろん、演者は佐伯であるがそんなことは今の彼女にとってどうでもいい。
 灰色の髪がすっかり乱れて、表情の半分を隠しているのに絶望の色は隠せないままだった。
「おにいちゃん」
 自分の隣に立っている人形に行ったのではない。
 目の前の「完成品」に声をかけたのだ。
 どこからどう見ても、その「おにいちゃん」は完成されていた。
 まず、人の顔を持っている。
 美しい人の顔だった、こまやかな皮膚からして、きっと育ちのいい人間のそれを使って裏から縫い合わせたのだろう。
 革製品を作るような動きに似ていたのを、思い出す。
 ほつれた後も一切ない。己のそばに立っている案山子のようなそれとはわけが違う。
 綿のかわりに「ワタ」を入れられて、腐らないように処置もされて、毎日きれいに保たれて、そして、死にながらにして生きている。

 ――「おにいちゃん」は。
 現実の、「おにいちゃん」は。
 レナータの作った不出来なそれだ。
 手作り感のあるほつれた黒い着物だって、それに被されたシルクハットだってけして丁寧な誂えではない。
 むしろ戦場に連れまわして戦いに突き合せていつもどこか壊れては一つ一つ甲斐甲斐しく、そして不出来に直してばかりだ。
 ――だけれど。
「だから、殺さなきゃ」
 それは、果たして「不正解だった」か?
 確かに、レナータはこの理想よりも人形を彩る知識も技術も劣る。
 この理想に比べれば人形師としては二流も三流もいいところやもしれない。
 でも、毎日そうしてきた。
 毎日、この「おにいちゃん」を手入れしてきた。ほつれた縫い目を己の指を刺してしまいながらも針で縫い合わせるのが好きだった。
 すすけた布を洗ってやるのが好きだった。本当に一緒に暮らしているような気がしていた。
 「おにいちゃん」はまだまだ完成に遠いだけで。
 これから――これからも、手を加え続けていれば、いつかは「完成する」のではないか。

 ならば、この「理想」は破壊せねばならない。
 
 これを、「完成品」だと認めてはならない。
 こんな穢れひとつもないような、命を吸ったかどうかもわからない「できすぎた」人形など!
「殺して、壊して、バラバラにして――!!」
 アッシュグレイの髪がぶわりと広がって、その手は結晶兵器が宿った!
 ぎりりと呼応した「おにいちゃん」はその中身を震わせて、妹の行動を予期する。
 捨て身で、飛び出した。
 レナータは、――己らの存在証明のために槍を抱えて理想に飛び込んでいった!
「あは!ヤケになっちゃったんだね!!」
 げらげらと笑って、理想のレナータは同じく槍で抵抗する。
 ぶつかり合う赤の武装が、「完璧ではない」ことをレナータに証明していた。

 ――ああ、やっぱり。

「おにいちゃん――わたしに証明してみせてよぉ」
 完璧のはずの、お兄ちゃんを狂気に満ちた赤で見る。
 理想のレナータが生んだそれは、ぴくりとも動きやしないのだ。
 それは、そうだろう。だって――「あまりにもきれいすぎる」。その腹から殺りく兵器など飛び出せそうにもあるまい。
 あくまで、「人間」ベースで、「よわっちいおにいちゃん」なのだ。
 レナータの望んだ「おにいちゃん」ではない。

 ――完璧では、ない!!!

「『ぜんぶ、ぜ〜んぶ、ぐちゃぐちゃになっちゃえ』」
 
 呼びかけとともに現れたのは、現実の「おにいちゃん」だった。
 ぐちゃぐちゃに裂いた胸部から飛び出した鉤針は――理想の「ふたり」を貫く!

「ヴっ、――ア」

 呻いた理想の人形師は、己の視界に兵器を見る。
 ぎゃるぎゃると音を立てる、裁断機を見た。見てしまったのだ。これから、それがこちらに向かってきて――どうなってしまうかなんて、すぐに想像ができたのだった。

「わ゛、ぁああああアアアアアアアッッッッ!!!!!!」

 【No.44『腸食いの歯車』(ストマック・シュレッダー)】。
 それがけたたましい音を立てて、骨も皮膚も肉も何もかもを裂いていく。
「よかったね、おにいちゃん。」
 理想の二人を、食い散らかしていく機械を、兄妹ふたりで見下ろした。

 繋いだぎこちない手と手が、――お互いの存在を、確証し続けている。

成功 🔵​🔵​🔴​

花剣・耀子
◎★△

とっくにヒトを手放したようだから
やることは決まっていたのだけれど。

――気が変わったわ。
征きましょう。

あたしが最悪の果てだというのなら、あとは斬り果たしていくだけだもの。
邪魔よ。


愛したかったの。愛されたかったの。
無数の皮を剥がして被って、何を証明したかったの?

こんな問答に意味はない。
意味はないけれど、価値はあるのよ。
腹立たしい。忌々しい。なかったことになんて、させないわ。

何者でもなくなるなんて、出来ると思っているの。
ばかね。
いないことを証明するのは酷く難しいけれど、
いることを証明するのは易いのよ。
あたしは忘却を赦さない。

その皮を脱ぎなさいな、佐伯・夏。
あたしは「おまえ」を捕まえに来たのよ。



●十一問 存在証明

 周りの様子は、やはり剣呑としていた。
 割られた鏡の数は多い、もはや儀式の再演も不可能だろう。そして――漏れ出した呪詛の数も夥しい。
 だけれど、猟兵たちはあきらめない。諦めない仲間がいるから――花剣・耀子(Tempest・f12822)は、冷静だった。
「――気が変わったわ。」
 この犯人が、ヒトであることを手放したのだから。
 やることはたった一つだと思っていた。いつものようにただただ切り刻んでやればいい。
 だけれど、――それじゃあ、この嵐は収まれないのだ。

 鏡の世界が終わるのはもはや目前だった。
 どこかしこでも最悪の果てが存在して、現実がそれを打ち砕いていく。
 だから――宿命のように。
 耀子の姿を被った佐伯・夏と対峙することとなった。
 二人の耀子は、沈黙する。
 どちらとも、剣は抜かない。まだ、抜いていない。

「ねえ――無数の皮を剥がして被って、何を証明したかったの?」
 先に、口を開いたのは現実の耀子だ。
 確固たる蒼の意志で、目の前の己を貫く。瞳だけでその心を量ってみせる。
「意味あるのかしら、これ」
 この会話に。
「意味なんてないわ。でも、価値はあるの。」
 抵抗は許さない。理想の皮を被り切れていない、そんな耀子――もとい、佐伯・夏に耀子はただただ向き合っていた。
 耀子は、忘却を許さない。
 この行為を、その命をもって償わせたところで「なんでもない事件のひとつ」にするわけにはいかないのだ。
「愛したかったの、愛されたかったの?」
 じゃあどうして、己の存在を証明しなかったのよ――。

 佐伯・夏という生き物は。
 忌々しく、そして腹ただしい。小癪で、頭がよすぎるあまりに人を見下すきらいがある。
 だから、彼女は勘違いしていたのだ。「自分は人間ではない」と。
 だが、「神」に出会ってしまったがために、自分は人間でもなければ神でもないと思わされてしまったのだ。
 ――おのぼりさんなら可愛いもので済んだのに。
「何者でもなくなるなんて、出来ると思っているの。」
 中途半端なポジションで、邪神によって価値観の狂いを助長されたにすぎない。
「あたしは――わたしは」
 一人称が変わったのを、耀子は聞き逃さなかった。
「わたしは、佐伯・夏が嫌だった。」
 己のことが嫌いだったと、罪人は言う。
 少女らしいといえば、それらしい理由だった。
「ばかね。」
 耀子にそういわれて、佐伯もまた笑う。
 心のどこかで、もう邪神とは添い遂げられないとわかっていた。
 人間と神様だからではなく、きっと見ているものが違うことなんてちょっと考えればわかってしまうのに。
 愛や恋という盲目的な言葉で、美化をし続けてきたのを肯定する。
 ――誰かに成り代われば、この業から逃げられると思っていた。
 どうして、同じタイミングで生まれたのに。親友は家族からも隣人からも愛されていて己にはそんな環境がなかったのだろう。
 嘆いた日々は、きっと耀子と同じくらいの日数があったのだ。
 どうして、どうして――なんで、あの時に。
 後悔の日々ではなくて、周囲をうらやむ嫉妬の怪物になってしまったのがこの二人の大きな相違点である。
 耀子の皮を、保てていないのは現実の耀子から見ればよくわかった。
 その悲壮とあきらめの顔は、少なくとも「理想」にあってはならない表情だ。
「人間らしい顔が、できるじゃない。」
 変身願望、という言葉ではもう収まらない。
 この醜くも激しい衝動に、彼女は負けたのではなくて「操れなかっただけ」なのだ。
 もし――こうなっていなかったら。邪神などに、出会っていなければ。
「――貴女に、すべての責任がないとは言わない。」
 はっきり、それだけは突きつける耀子である。
 残骸剣《フツノミタマ》を呼び出して、手に握る。布は巻いたままで、その神性を掌の中で確かめていた。
 耀子の言葉を受け止めて、剣を構えることは無かった佐伯の姿に瞼を細める。

「いないことを証明するのは酷く難しいけれど、――いることを証明するのは易いのよ。」

 だから、それを思い出せと祈る。
 耀子は、選択したのだ。
 斬り伏せるべきはこの呪詛であり、「佐伯・夏」の命は守られるべきである。
 蝕まれた心の中身が、たとえ悪辣な獣であったとしても。その人生がどれほどえぐいものだったとしても。
 彼女が、「ひと」である限りは。
 奪った命の数だけ、考えさせなければならない。己の罪の大きさではなく、その罰と――向き合い方を。

「その皮を脱ぎなさいな、佐伯・夏。」
 その命は、この花嵐の女にとって――「救うべき対象」だった。

「あたしは「おまえ」を捕まえに来たのよ。」

 亡くした、夏を。その身にまとう呪詛をすべて引きはがしていく一撃をこめて。
 救うための一閃を振り下ろし――その呪われた皮をきれいにはいでやった。
 佐伯・夏の薄れゆく視界で咲いた羅刹の彼女こそ、【《花剣》(テンペスト)】。

「――きれいね。」

 か細い声で。
 けだものになりきれなかった人間は、哭いた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

鎧坂・灯理
こんにちは、佐伯夏。
こうして会えて嬉しいですよ。

私は鎧坂灯理。他の何者にもならない。
ガワだけ被っても私にはなれない。偽物《キサマ》では私に勝てない。
なぜかって? 私が決めたからだよ。

腕時計でバイクを操り後方から偽物を轢き、頭を44口径で吹き飛ばす。
霊は破魔の塩弾で再殺。
鏡を破壊して、人間に戻す。
顔を蹴り倒して靴の刃で手足の腱を切り、馬乗りになる。

これから被害者の数だけあなたの皮を剥いで、
鎖骨を折って、
顔の骨を砕いて、
全身を切り刻みます。

ご安心を。気絶も死なせもしません。
体と心に致命的な後遺症を残すだけです。
皮剥は初めてですが、やっている内に慣れるでしょう。
長生きして下さいね。


薬師神・悟郎
呪詛耐性、激痛耐性、狂気耐性で備える
地形の利用、戦闘知識、逃げ足で有利な立ち回りを意識し、破魔の力を乗せた攻撃で霊共を吹き飛ばしつつ応戦

敵の攻撃は見切り、カウンター、咄嗟の一撃で返す
もし回避が出来なければ耐性を施した個所でかばう

交戦中、他の猟兵に注意が向いた時を狙い視力、第六感、野生の勘で判断し一番成功率の高いタイミングを狙い佐伯夏へUCを放つ

もし佐伯夏を人間に戻すことが不可能と判断すれば、周囲に従い方針を切り替える

俺も佐伯夏を人間に戻して捕まえたいと考えている
愛には障害がつきもの…というわけでもないが、このまま彼女の思い通りになるのは癪だろう?
もし同じ考えの猟兵がいれば、協力と連携を求めたい



●証明終了

 佐伯・夏を――人間に戻せる可能性はそろっている。
 多くの猟兵たちが、選択した。
 理想ごと彼女を壊す方法、人格を取り戻させる方法。どれも、薬師神・悟郎(夜に囁く蝙蝠・f19225)は間違いだと思わない。
 フード越しに見つめる視界は、どこもかしこも美しいものだった。
 ――愛には障害がつきもの、というわけでもないが。
 このまま、彼女を美化するのも、そして思い通りになるのも癪なのだ。
 皆がきれいな結末を望むように、彼もまた「彼なりに」結末を探していた。
 ――現実的なまでの、冷徹な彼女を視界に入れるまでは。

「こんにちは、佐伯夏。こうして会えて嬉しいですよ。」
「こんにちは、――鎧坂・灯理。」
 もう、気持ちは救われたようなものなのだろうか。
 穏やかな声で皮を被ったまま、鎧坂・灯理(不退転・f14037)の姿をして彼女そっくりの物腰になりきれない佐伯である。
 対し、灯理はその光景に満足していた。
 ――身の程をわきまえているではないか。
 ほかの何者にも、このカメレオンのような女が成れないことをようやく自覚したらしい。
「その皮、――脱いだほうがいいのでは?」
 腕時計をかちりと鳴らして、相棒を呼ぶ。この動作は、あまりに発達しすぎた脳髄をもつ彼女にしか意味のないものだ。
 まねをするように、佐伯・夏も繰り返すが何も変化は起きないのを不思議そうにする。
 ――手順を踏んでいない。
 ひとつひとつの道具に仕掛けを施してある探偵の道具である。並大抵の知識では扱えないとは思っていたが。
「まだ、もう少し。抗うよ」
 にぃ、と口角をあげたその人格が――彼女の悪辣が最後であるならば。
 加減はいらぬと電脳探偵も笑うのだ。地 獄 の 鬼 が ひ る む よ う な 笑 み で !
「よろしい――ガワだけ被っても私にはなれない。偽物《キサマ》では私に勝てない。なぜかって? 私が決めたからだよ。」
 それを、叩き込んでやる。
 宣言とともに現れた己の白い相棒にまたがって、静かに――そして確かに、よ り 悪 辣 に ! 
 銃弾よりも凶暴な女が駆け出したのだ!

 ああいう、向かい方もよいのだと。
 悟郎は苛烈すぎる女の姿を視界に収めてから、己の鏡と向き合った。
 ――倒す算段はすでに頭の中で組み立ててある。
 ぎゅ、と背中に背負った棺桶の感覚を確かめるかのように、ほぼ己と同じ姿をしたそれに立ち向かう瞳は揺らいでいない。
「自信がある?」
「半々ってとこだな。」
 揺らぐ自我は無い。悟郎の精神はいまや鉄壁の備えで守られている。
 ――それに、もう。
 悟郎の皮を被っている彼女だって、皮を被り切れてはいないのだから今更惑わせる力もない。
「どうして、立ち向かう?」
 攻撃をふるう前に、「降参」という手段を提示するのは彼なりの善意である。
 先の電脳探偵と違って――この半魔の彼は、あくまで彼女を救う姿勢は見せているのだ。
「罪人には、罰がいるだろう。」
 ――なるほど。と頷いて。
 超常の力を授かって自由気ままに本能のまま、殺しつくしたのだ。
 だから、次は――己がそうなる番であるというのを、この劣勢が悟らせていた。
 佐伯・夏という怪物に終わりを告げて、人として罰を受ける覚悟を決めていたのだという。
 ならば――咎人を殺すべき悟郎は、「怪物」を穿とうと一度、目を細めた。
「お前を、捕まえる!!」

 悟郎は、派手に動き回れない。
 むしろ、そういったことは苦手としていたし目の前で鉄の虎をうならせて派手な発砲音をかき鳴らす女のほうが目立っていた。
 だから、悟郎は――己のできる範囲のことに集中ができる。
 互いに陰に潜む者の動きはできる。佐伯・夏とて今まで人間の中に紛れてきたのだ。
「生きづらいと、思ったことは!?」
 後ろの棺桶を遠心力で振り回してきた彼女の一撃を、地面すれすれまで顔をこすらせようとしながらしゃがむことで回避する。
「――あるよ!たくさんな!」
 だからといって、お前のように怪物になり切ったりはしなかったのだと。
 叫んでやりながら、同じく棺桶を振り回せば同じ質量で相殺される!
 相殺、で済んだのが――この悟郎にとっては逃せないツキだった。
 じゃらりと哭いた鎖どもが、佐伯の心を持った主に絡みつく!
「!!っが、ァッ――」
 息を吐くのも苦しいほどの力で、そののどを締めあげるのは。

 【咎力封じ】の恩恵を授かった、絶 対 捕 縛 の 一 撃 で あ る ! 
 そして、勢いを乗せたままの鎖を引っ張り込んで――肘で、悟郎は鏡像の胸を打った。
 薄い、胸板だったと思う。
 ぱりんと軽い音がすれば――「皮」の衣服だけをまとった少女が、そこに居た。
「お前が」
 佐伯・夏その人が、其処で縛られていた。
 彼女の罪に応じて食い込んでいく鎖に、顔をしかめている。だけれど、素直にうなずいた。
 視線は、少し宙をさまよってから――悟郎を見る。
「そうか、じゃあ来てくれ。」
 鎖を引っ張って、歩き出す悟郎の後ろをついていく佐伯は素直だった。
 ――ほかの鏡に分裂した「彼女」は、彼女という個体の一部だったのだろう。
 破壊された「彼女」だってあったということは。
「今更、完全には戻れないけれど。」
 ――罪に向き合う時間くらいは、手渡してやってもいいだろうと。
 それが、咎人を殺す宿命にある悟郎の判断だった。心の傷には、心の傷で立ち向かわせる。
 それがどれほど地獄であろうと、罪人にふさわしい刑罰を与えるために。

「ああ、今私も準備を終えたところです。」

 灯理のもとに、「彼女」を連れてきた。
 佐伯は、光景を目の当たりにする。

 灯理は。
 ――手早く、己の皮をしたそれをバイクで追いかけてはまず『轢いて』頭を口径の大きい銃で吹き飛ばした。
 そののち、すぐさま「死なれる前に」【墓場鳥の侍女(ナイチンゲール)】で修復させる。
 灯理そのものの骨格をしている怪物が瞬時の再生に虚を突かれた間に、馴染んだ客から授かった破魔の塩を改良した弾丸で呪詛をすべて貫いた。
 計算ずくの行動は、無計画ともいえた悪辣のあがきには「何もかも予定通り」に進んで――今、鏡を壊して「佐伯・夏」に戻してやったのだ。
 蹴り倒して、馬乗りになった灯理が悟郎と彼の連れる「佐伯・夏」を見る。
「離せ、ッ、この」
「おっと、しぶとい」
 靴を脱いで、仕込んだ刃で手足の腱を慣れた手つきで切り落とす。
「―――――ッッッ!!!!!!」
 声にならない、絶叫が響いた。
 悟郎は目を細めて、己の連れた「佐伯・夏」を見る。
 目を見開いてはいるものの、その光景に嫌悪をしているようではなかった。
 それもそうか、と納得する悟郎は罪人慣れをしている。
「よろしいですか?」
 灯理の下で、あがくことも許されなくなった彼女の悪辣のかけらと、悟郎の連れた「切れ端」を交互に見て、灯理は淡々とした表情で語る。
「これから被害者の数だけあなたの皮を剥いで、鎖骨を折って――」
 手慣れたようにナイフを一本取り出して、くるんと弄んでやる。
 言いながら、掌底で鎖骨を砕いた。
 灯理の掌できらめくそれは、鏡などではできていない。純粋な、殺意と――鉄で出来ていた。
「顔の骨を砕いて、全身を切り刻みます。」
 ぺち、ぺち、と顎の骨をたたいてやりながら、悪辣の彼女へ宣言した。
「――は?」
 顔をゆがませたのは、灯理に跨られているほうで。
 瞳を閉じて頷いたのは、悟郎に縛られたほうだ。
「見届けるのか。」
「これが罰なら。」
 もう一度、悟郎は念のために合意を得る。
 これから起こることが、どれほど惨たらしいものかは――先に、煙の女神が言っていた刑よりもひどいのをわかっていた。
 深いため息とともに、悟郎が瞼を閉じる。
「なるほど、怪物になりきったほうと。そうでないほうと。ああ、よかった――これで、私が責められるリスクもうんと減る。」
 責められたところで、止める気もないのだが。
 やると決めたら、とことんやるのがこの女なのだ。ナイフをあてがうために、怪物の顎を持ち上げる。
「――ッなせ!!はなせ!!はなしてッッ!!馬鹿じゃ、ないのッ!?」
「なぜ?――貴女よりずうっと優しいですし、素人です。それに、ご安心を。」
 気絶も死なせもしません。体と心に致命的な後遺症を残すだけです。
 まるで内緒話をするかのように、ささやく灯理の顔は。
 悟郎からも、その刑を見守る「佐伯・夏」の人格からも見えはしなかったのに。

 ――怪物めいた笑みを、「怪物」に向けてやっていたのだ。
 
 三枚おろしだったか、どうだったか。
 持ち上げた顎から、ナイフをゆっくりと突き入れる。
 脂肪と筋肉の層に気を付けながら。あふれ出る血に酸素が混じって泡立つのを見つめる三人だった。

「――、 長 生 き し て 下 さ い ね 。」

 「怪物」を殺してやるのだから、「人間」として――生きろよと。
 執行人たちは、「罪人」の罪と向き合ってやったのだった。




 悲劇の日々が終わる。
 穏やかな大学に元通りとはいかなかったらしいのを、少女は清潔すぎる独房にまわされた新聞から知った。
 ――だろうな、と思う。
 いまだに――猟兵たちに与えられた存在証明のあとが、体に残っているような気がした。
 首と、顎の付け根が疼く。

「佐伯」

 すべての罪は、認めた後だった。
 今更助かる気にもならなかったから、『死』というものに恐れはない。
 それでも、死なせることは救いになってしまうからと法律と民意が彼女に刑を下した。
 ――無期懲役、精神鑑定、入院。
 聞きなれたような、そうでないような言葉が頭上で飛び交うのはもう聞き飽きた。一度で、彼女は理解できたのだから。
 外の世界にも、未練はない。
 羨んだ、愛したものだってたくさんあったが、今はもう――それを求めてはいない。
 鏡に映る、己に呼び掛けてやった。

「佐伯、夏」

 鏡の己は、それを繰り返す。
 
 ――それで、もう。
 彼女の存在証明には、なったのだから。

 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年07月16日


挿絵イラスト