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【備忘録】とある鳥籠の記憶【セリオス】

セリオス・アリス 2019年1月30日

 城の中に密やかに存在する鍵のかかった部屋。厳重に閉じられたその部屋には大きな白い鳥籠があった。蔦を絡めたような装飾。豪奢な天蓋のベッドとソファーを内包し、天辺から星飾りのような灯りがいくつも吊るされたそれは、美しさに特化したオブジェのようであり。その実、非常に頑丈で実用に耐えうるモノであった。―…一部がひしゃげている事を除けば、だが。
 元々この城にあったのか、誰かが運び込んだのか。それは物であるが故に黙して語らず。ただひっそりと佇むのみ。


 これは―…そんな鳥籠に、まつわる物語。




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セリオス・アリス  2019年2月27日
鳥籠の中に少年がひとり。両の足を白銀の鎖に繋がれそこにいた。数日前に街から拐われた齢14ほどのその少年は、ただ姿と声が美しいという理由で豪奢なその檻に押し込まれた。それはこの城の主であるヴァンパイアの嗜好。綺麗なモノを集め飾り愛し壊す。歪んだその欲を満たす為に、少年は生涯をこの鳥籠で終えることになるのだ。◆◆だが少年は怯えも泣きもしなかった。生まれ育った街が遠退いていっても。冷たい鎖が足首を絡めとった瞬間も。鳥籠の扉が閉められた後も。細い手足を最大限に暴れさせ、目の前のヴァンパイアを睨み付け、悪態をついた。ーーその度にヴァンパイアが愉しげに口許を歪める事に気づかぬまま。
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セリオス・アリス  2019年2月27日
それは少年が拐われて3日目のことだった。食事にも手をつけず、用意されたベッドを嫌がり床に踞り、ひたすらに威嚇を繰り返す。そんな少年の生活にヴァンパイアが終止符をうったのだ。「今日は土産を持ってきてやったぞ」機嫌よく鳥籠へ歩みを進めると、彼は無造作にナニカを床へと投げた。ゴロリと転がるソレは……、少年の母親の首だった。艶やかな濡れ羽色の髪は血に染まり、乾き、固まってごわごわと縺れ。星をちりばめたような輝く青い瞳は大きく見開き。生前の穏やかな、太陽のような笑みは既に無く、ひきつった表情を浮かべたまま。首から下を失い、母が、ただのモノとしてごろんと床に転がる。絶望が少年の心の内で膨れ上がった。
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セリオス・アリス  2019年2月27日
「アアアアアアアアアアアアああああァッッ!!」 抱き上げようと手を伸ばすも、足首に絡み付く白銀の鎖がそれを阻む。鳥籠の外に手は届かない。それでも、例え足首が千切れてもそのままにはしたくなくて。少年は軋む鎖が肉に食い込むのも構わず力を込め続けた。白銀を赤が彩る。慟哭と金属の音が混ざりあう。
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セリオス・アリス  2019年2月27日
「ははっ……!プレゼントは気に入ったか」 現れた足が少年の母だったモノを蹴飛ばした。瞬間に絶望は同じだけの殺意へと変わる。少年は衝動のままに、格子のすぐそこまで歩みを進めたヴァンパイアへ怒り任せに殴りかった。しかしいくら少年がダンピールとはいえ、なんの力も持たない少年の抵抗などヴァンパイアの前では鳥の羽ばたきにも満たない。逆に腕をとられ引き寄せられる。「その目だ。嗚呼……その声だ。美しい……」 恋人に口付けるような距離で、恍惚とした表情で。ソイツは、そのヴァンパイアは囁いた。クツクツと喉の奥で嗤う。怒りでカッと腹の奥がアツくなったが少年の腕はピクリとも動かない。圧倒的な力の差に唇を噛み、血を滲ませながら、少年は降ってくる言葉を聞いた。「歌え。囀ずれ。美しい鳥の様に。お前が私を楽しませるうちは……、お前の住んでいた街を滅ぼさずにおいてやろう」
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セリオス・アリス  2019年2月27日
そこから先はただ耐えながら殺意をもやし続ける人生だった。自ら命を断つなど許されない。唯一の肉親である母を失ってなお、街には絶対に守りたいと思える相手がいたのだ。兄弟のように育った幼馴染。それ故に、ヴァンパイアの言葉は足元の鎖よりずっと強固に少年を繋ぐ楔となった。敵の用意した食事で命を繋ぎ、悪戯に繰り返される責苦に耐える。例えば所有の証を埋め込まれ、血を啜られたり。例えば飢えた獣を鳥籠の中に放たれたり。例えば気紛れで組みしかれ、辱しめを受け、啼くことを強要されたり。1番少年の精神を削ったのは時折連れてこられた街の人と戦わされたことだ。街をまだ滅ぼしていない証拠だとヴァンパイアは嗤い、街の人間に剣を持たせて少年の檻にいれた。怒りや殺意が沸いてきてもそれを向けたい相手は剣の届かない位置にいる。生きるためには、目の前の知人と戦わなければならなかった。そうして少年は知人を殺した。
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セリオス・アリス  2019年2月27日
同じように拐われてきた人もそれなりにいた。それは少女であったり青年であったり様々だったけど、どの人も一様に美しく、そしてどの人も最期には狂い殺された。生き残ったのは少年だけだった。やがて少年が青年になり、【望みを叶える呪い歌】に魔力が応えるまでの長い間。少年は鳥籠の中でただ一人。攻め苦に耐え、歌を歌い、体を鍛え続け。ーーそうして漸く、10年かけて自由をてにいれた。その時にはもう……故郷は滅んでいたのだけれど。
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セリオス・アリス  2019年2月27日
…ー少年だった彼が10年と、さらに2年の時を経て、再び幼馴染と巡り会うのは。また、別のお話。
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