【ロランイベント】プロローグ
ロラン・ヒュッテンブレナー 5月1日20時
~~子狼の帰郷~~
ダークセイヴァーのとある森の中、薄暗い中を3人が歩いて行く。1人が一歩先を歩き、2人がその後に控えるように付き従う。3人は迷いなく森の中を進み突然足を止める。先頭を歩いていた少年が左手に魔術円を描き術式が立体を組み四角錐を作り出す。少年は鍵穴に差し込むように四角錐を突き出す。四角錐は展開して回転し何も無かったその空間に人一人分の|穴《・》が出現する。
その穴に順番に歩を進め、最後の1人が潜った後には穴は消え去った。
「6年ぶりくらいだね。変わってなくて安心したの。」
先頭を歩く少年ロラン・ヒュッテンブレナーが目の前に広がる景色を見渡して懐かしさに息を吐く。そこは森の中ではなく開けた土地であり、畑と小規模の牧場に家屋が数軒、泉の畔に2階建ての大きな屋敷が建っている。そしてそこは|明るかった《・・・・・》。ここはヒュッテンブレナーの隠れ里。古き貴族で魔術師の家系が生みだした|世界《ダークセイヴァー》から隔離された場所である。
ロランは後ろに付き従う2人、執事のアルベールト・プロースペリこと『じぃや』とメイドのマリアンナ・ヘンネフェルトこと『マリア』を振り返って目配せする。2人の従者がそれに応えるとロランは屋敷へと歩みを進める。途中、牧場の厩舎から出てきた男女が来訪者に気が付く。2人は驚いたように駆け寄ってきてロランに頭を垂れた。
「ロラン様、おかえりなさいませ。」
どこか距離があり怯えが滲む挨拶に、ロランは心中の寂しさを押し殺して笑顔で返事をする。背後に控える従者たちには主の気持ちが伝わってしまっている事だろう。察したじぃやが前に出る。
「出迎えご苦労様です。先んじてご連絡はしてあるのですが、旦那様にお知らせ願えますかな?」
穏やかなじぃやに促されて夫婦はもう一度ロランに礼をして屋敷の方へと急いで行った。
「坊ちゃま、お気になさらずに。ここの者たちにとってみれば、変化の無い日々だったでしょうから。」
じぃやは言外にこれから会う里人たちの感覚ではロランが里を出る前のままだと伝えたのだ。ロランはただ頷く。分かっていたことだから。むしろ、それから逃げていたからこんなにも帰ってくるのが遅くなった。だが、帰ってきた。ロランには胸に期するものがあるから。
「うん、大丈夫。ありがと。それじゃ、お家に帰ろ?」
改めて口にすると少し緊張が走り尻尾がピンと張り詰めてしまう。が、しっかりと実家を見据えてロランは力強く一歩を踏み出した。
お屋敷の入り口の前で一行は足を止める。扉を前に軽く息を整えるロランを見て、じぃやとマリアが進み出て扉の取っ手を握る。
「ロランお坊ちゃま、今まで付き従っていました私たちですが、この言葉をお伝えさせて頂きます。」
じぃやがマリアに目配せするとマリアは頷く。
「「ロラン坊ちゃま、おかえりなさいませ。」」
同時に2人が頭を垂れながらゆっくりと両開きの扉を開く。大きな屋敷のエントランスには使用人たちが整列し、その先に男女が待っていた。並ぶ者たちの中には表情を引きつらせたり俯いたり複雑そうであったりと歓迎とは言えない雰囲気の者が多い。それを感じても臆するわけにはいかないロランは息を飲込み屋敷に踏み入っていく。左右で並ぶ里人たちの間を通過して奥の男女の前までもう少しと言うところで、
「ロラン、おかえりなさい。」
女性がバッと進み出てロランを抱き締めた。エルレイン・ヒュッテンブレナー、ロランの母親だ。屋敷を出た時はまだ見上げる程だったが今ではロランの方が背が高く、その為母はちょっと背伸びしているが、頭を撫でる手つきはあの頃のままでロランは少し泣けてきた。
「良く帰ってきたね、ロラン。」
優しい笑みを湛えて近づいてきた男性がロランの頭を撫でる。カミル・ヒュッテンブレナー、ロランの父親は自身の目線に追いついてきた息子の頭を狼耳ごと撫でる。2人共に変わっていなくてロランは目尻を拭って微笑む。
「ただいま、パパ、ママ。」
「積もる話もあるし、ロランも早く話をしたいところだろうが、まずは自室で休息を取りなさい。疲れを取ったら食事をして、その後で話をしよう。」
ロランを解放して下がってからカミルが口を開いた。ロランは頷きながらカミルたちの背後に並んでいる人たちに目をやった。その中には1歳未満の赤ん坊を抱いている人が何人かいた。
「気になるかな?新しい里の家族だよ。12人いる。あの子たちをずっとあのままにしているわけにもいかないからね。」
この里は結界の内側に存在している関係上、土地も資源も有限な為に人口制限がある。故に、新生児は20年に1度の周期で出産としているのだ。里の掟を思い返したロランは頷いた。
「うん、そうだね。それじゃ、お先にお部屋に行くね?」
「ええ、ロランの部屋はあの日のままになってるわ。食事までゆっくりしてて。」
エルレインはロランの頬にキスして送り出す。使用人たちは道を空け、その中の1人がロランの荷物を持って先導してロランを導いていく。
「アルベールト、ご苦労だった。ロランにはああ言ったが、ある程度は事情を聞いておきたい。人心地着いたら執務室に来てくれ。」
じぃやは恭しく頷く。その隣ではエルレインがマリアと向き合う。
「マリアもロランをありがとう。私も落ち着かないといけないわね。あなたのハーブティが飲みたいの。お願いできる?」
「はい、奥様。後ほどお持ち致します。」
エルレインもマリアも満面の笑みを向け合っていた。
6年ぶりの自室は埃一つ無く、最後に見たままの様子だった。ハードカバーの本が収められた書棚も、天板に魔術陣が描かれたデスクも、ふわりと大きな抱き枕が置かれたベッドも。懐かしさに目を細めていると、背後では使用人が荷物を片付けているのに気が付く。
「あの、ありがと。えっと…、置いておいてくれたら自分でやるから。…怖いでしょ?」
その使用人が先導している間もずっとロランを意識しているのは分かっていた。それは怯えの匂いであることも狼の鼻が感じている。だから、悲しいけど早く解放してあげようと思ったのだ。
「滅相もございません!坊ちゃまは成長されても坊ちゃまです。その、ご立派になられまして…。」
その声は震えている。小さい時から世話をしてくれている人だった。そんな人がこんなに怯えているのは自分が人狼になったからだ。暴れている姿を間近で見たのだから無理もない。なにせこの里には外敵がいない、要するに生まれて初めてで一生に一度の恐怖だったはずだ。やはり親しい人からこういう感情を向けられるのはきつい。
「その、やはり恐ろしいと思うところはあります。でも、今は優しく穏やかなかつての坊ちゃまの雰囲気であるのは、分かります。」
続けられた言葉に顔を上げる。ぎこちなくも微笑む使用人は恭しく頭を下げる。
「お帰りになられて姿を見た時に分かりました。きっと、克服されたのですね。私は信じます。ですので、我々にも馴れる時間を下さいまし。」
この人は自分を見ようとしてくれた事に、張り詰めていた気が少し緩んだ。この里の人たちはロランが生まれた時から一緒に過ごしてきた人ばかりだ。もはや家族同然の相手の目には、数年里の外に出ていたロランの成長がよく分かったのかもしれない。それはロランにとってとても大きな希望だ。
「うん、ありがと。その…、ここにいる間は、また、よろしく、ね?」
おっかなびっくりおずおずと様子を窺う。相手は「もちろんでございます。」と返事をして部屋を辞していった。
それを見送ったらワンドを立て掛け、ジャケットをハンガーに掛けて椅子に座る。懐かしい我が家、そして自室は落ち着く。背もたれに体重を預けて目を閉じ、深く息を吐き出した。
両親との話し合いで伝える内容を反芻しながらロランはしばしの休息を取ったのだった。
ーーto be continued
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