【メタNG】Sphenic Number
南・七七三 2021年7月31日
●0731某時 四方山商会研究棟にて
決戦近しの空気に浮きたつ島の一角で。
白衣の女、主任研究員サトーは、修復中のYMY-00の前にいつのまにか立っていた、図書委員、南・七七三と対峙していた。
制服の上から何やら見慣れない軍服風のコートを羽織り、静かに笑う南・七七三の顔は、いつも通りのようでいて、どこか皮肉げで。
「猫被るの、やめたの?」
「何のことぉ?」
サトーの嫌味にも、当然のように、笑い返してくる。
あまつさえ、
「なんかさ。アタシにやらせたいことあるんじゃないかと思って、来てみたよ。お母さんのことも、話さないとだし」
と、きたもんだ。
笑顔のクセ、まるでこちらを信用していない、目。何か腹案あって、交渉にきた……か?
サトーは、ヤなガキ……という言葉を飲み込んで、頭をかいて、溜め息一つ。
「――あのね、南ちゃん。
私は別に、アンタの友達じゃない、ただの雇われ研究者。
この戦争だって、負け戦だと思ったらケツまくるつもりでいるし。
アンタみたいなヒネたガキの相手、仕事でなきゃゴメンだけど」
「…………」
驚いた顔もせず、普段とまるで違う、静かな黒い瞳が、探るように私を見つめ返す。
……ムカつく。
ムカついたから、その胸倉を掴んだ。乳でけーなこのクソガキ。
初めて驚いたような表情をする南・七七三の顔を、その事実に少しだけ溜飲を下げながら、サトーはにらみつけ。
「ヘマした子供の前で。
はい残念、もうお母さん助けられないねぇ~……ってカマすほど、腐ってもないわよ」
「…………、…………は?」
ぽかんと。
本当に不思議そうに見つめ返してくる少女の顔に、うわ本気で疑ってやがったこいつマジか……と、溜め息交じりに手を離す。
「なに。うちのこと悪の組織だとでも思ってたわけ? お母さんが心配で戻ってきたんでしょ? 医療セクションにはとっくに連絡してるわよ。
まーあ残留毒物の研究は難航するだろけど、プラン変えて現状維持優先で対応させてる。っつか、委員会の心象考えたら、横から口出さなくても延命は続けたでしょうけど……実際、圧力もあるって話ね」
「…………どう、いう」
「後始末くらいはしたげるから、委員がこんなトコいないで、とっととやることやれって言ってんの!
YMY-00プロジェクトはお蔭で凍結だろけどさ……アンタは、猫被るのやめてデカメロンにでも乗りゃ、少しは戦力になるんでしょ。私だってアンサーヒューマンの繁殖施設行きなんざ勘弁だし、学園が勝つ分にはその方が――」
「……ま、待って待って、待ってよ。マジで本気?」
「……あん? 何がよ」
信じられない、というように腕で制してくる少女の表情を、サトーが訝しく見つめれば。
「あなたがほんとに、研究員はただの仕事で、このプロジェクトは終わりだから好きにしろ、って思ってるなら――」
返事は、大真面目な声で、
「全員じゃ、なかったんだ。……たぶん、商会のもっと上の、普段表に出ない誰かが。オブリビオンマシンに洗脳されてる」
「………………は?」
そう、言った。
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南・七七三 2021年7月31日
「あなたの仕事は、終わってないよ……そのはずだって思ってた。だって」
サトーを手で制して、七七三は『そちら』に歩み寄る。
形ばかりの修復が施されつつある、物言わぬ赤のオブリビオンマシン。
ブラダー・チェリー……否。
南・七七三 2021年7月31日
「『アンタの方』が、まだ生きてる。そうでしょ?」
南・七七三 2021年7月31日
. ・・・・・・・・・
「オブリビオンマシン――『鬼灯』」
ブラダー・チェリーではなく。その残骸にぶら下がる『鎧』の名を、呼ぶ。
ぎち、と。銀の装甲が、蠢いた。
南・七七三 2021年7月31日
オブリビオンマシンを制御するクロムキャバリア――を装った、オブリビオンマシン。
制御、だけではない。オブリビオンマシンの炉心をパスに骸の海へ接続、引き出した力で別の機体を染め上げ、『更なるオブリビオンマシンを生み出す』寄生・増殖型オブリビオン。
南・七七三 2021年7月31日
そうやって無限に量産したオブリビオンマシンを――リアクターとして活用し、骸の海から都市機能維持用のエネルギーを汲み上げる。いわば、オブリビオン発電。
それが四方山商会の目指す果ての果て。
「よりよい明日を作るためのクリーンなエネルギー」。
言うまでもなく、妄言だ。恐らく最初は、綺麗な理想だったのだろう。
プラントの恵みに頼らず、人の手で人の夜を照らす――そのささやかな願いをオブリビオンマシンに歪められ、狂ってしまったロードマップ。
南・七七三 2021年7月31日
でも多分、こいつも『大本』じゃない。
何かが、フーガの構成材を利用してコイツを作って、コイツがブラダー・チェリーをオブリビオンマシンにした。その瞬間に出くわしたのが、アタシとお母さん。
――以上が、七七三が、疑って、探って、集めた情報を重ねて導いた推論だった。
南・七七三 2021年7月31日
ただ、――商会の全てが一丸だと疑っていたのは、間違い、だったのだろう。
何か言いたげなのを飲み込んで見守るサトーを横目に。
それから脳裏に、心配させたジゼル、あかり、イーリス――それに、何かの秘密を察しつつも見て見ぬ振りしてくれている何人かの顔を思い浮かべて、少し、苦笑する。
最初から報告して、相談していたら、もっと事態はスムーズだったのかもしれない。
南・七七三 2021年7月31日
いや。頭を振って思考を追い払い、後悔を心の隅に追いやった。
今の問題は――こいつも自由自在に動けるわけじゃない、未完成品だってこと。
ブラダー・チェリーの際は何かしらの好条件が重なったのだろう。再現性のない成果。
……もしかしたら、永遠に完成なんかしないのかもしれない。
この機体を取り巻く状況は、それだけ歪で、チグハグで。
他のオブリビオンマシンを新たに拘束する、そうした使い道を求められると、予想していた。その中でなんとか裏をかいて、「この状況」を作ろうと。
南・七七三 2021年7月31日
でも。――はなから、裏をかく必要が、ないのなら。
唯一のアドバンテージ。アタシは、ありうべからざる完成品の存在を、知っている。
主なきルサールカを、ブルーテイル・エクスを、自在にオブリビオンに染め上げ従え、姿を変えてその能力に適応した『アルブレヒト・ローズ』。
旧きに消えた物語の果て。
南・七七三 2021年7月31日
きらきらと、青い、ハニカム状の光が瞬いて。
七七三の手の内に、仄暗い青の結晶が現れた。
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「取引しよう、『鬼灯』。アンタの完成品、その成果が焼き付いた残滓を食わせてあげる。だからそれを取り込んで、アンタ自身を組み替えて。それから――」
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「チェリーの残骸を、もう一度、オブリビオンマシンに染め上げろ」
南・七七三 2021年7月31日
ガタガタのコクピットを開いて、慣れた椅子に座る。
サトーは退避した。
……が、離れて状態をモニターして、通信もつないでくれている。
その事実に、思わず一つ、苦笑する。
研究者としての興味――だけなのだろう、か。
一つ、息を吐き。
南・七七三 2021年7月31日
「仮想炉心・オブリビオンリアクタ―『輝血』励起。再構築した『ブラダー・チェリー』の炉心をパスに、骸の海へ強制接続。『ブラダー・チェリー』自身へのエネルギー供給、開、――ッッ」
南・七七三 2021年7月31日
思考を一瞬で押し流しかける情報の圧。0と1の無限の羅列。
あたまが、割れる。制御しろ。相手は「相棒」じゃない。手放せば、ただでは済まない。
南・七七三 2021年7月31日
べきり、べきりと、くろい闇が溢れ、砕けた装甲が再生していく。
膨大な渦からサルベージを試みるのは、骸の海に沈む過去――あるオブリビオンの、情報。
……ダメだ、これ、2度はできないな。冷静に呟くのも半ば自己暗示。頭の中で騒ぐ、自分のものでない無数の思念。本当に気が狂いソう。
本来「これ」は、完成したキャバリアや装備をオブリビオンマシンとして染め上げる工程だ。ある程度の応急処置が施されるのを待ち、地図と燃料を兼ねたエーテル塊があるからこそ手を付けられた横紙破り。けれど、それも――
南・七七三 2021年7月31日
足りない。足りない。足リない。
やはり無理があったのか、それとも「後天的なオブリビオンマシン」だからなのか。求める情報が、まるで足りない。
幾らエネルギーを注いデも、鬼灯に残留したエーテルに残留した最後の面影までもが流れ込んでも。
膨大な力が、一つの形にマとマラナ――。
南・七七三 2021年7月31日
『――名前です』
南・七七三 2021年7月31日
一瞬意識が飛びかけた時、不意に、そんな言葉が浮かんだ。
『名付けることで、曖昧な輪郭を定義する』
『人はそうして、その本質を瞳に捉えるんですよ』
……へえー、って、聞いていたのは、アタシと……ハナカと、マユラ。
購買のレジの前、4人で話した時。
正体不明のオカルトが苦手だって漏らしたら、そう、教えてくれたっけ――。
南・七七三 2021年7月31日
スフィーニク
「楔」
南・七七三 2021年7月31日
「アンタは楔。もう誰も飛んでいかせないための、アタシが飛んでいかないための」
「だから、起きてよ。アタシの相棒――ブラダーチェリー・スフィーニク」
南・七七三 2021年7月31日
びしり、びしりと。
ややいびつながらも形の大半を取り戻したブラダー・チェリーの毒嚢に――罅が走り。どす黒い瘴気が、漏れ出して――
南・七七三 2021年7月31日
カメラアイが、瞬いた。
南・七七三 2021年7月31日
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【後日提出された報告書より抜粋】
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南・七七三 2021年7月31日
(前略)――、同時刻をもって南・七七三、及び修復が完了したブラダー・チェリーが戦線に復帰。
後日、YMY-00 Bladder Cherry は、登録名称をYMY-288329i BC-Sphenic と正式に変更。同時にYMY-EP-B01 拘束機鎧『鬼灯』の登録区分がオブリビオンマシンに訂正されている。また、――(中略)
なお、四方山商会代表、四方山晃がこの時点で既に数機の研究用キャバリア及び理事会メンバーと共に島から脱出していたことが、後の【風紀委員活動】の結果判明している。今後の同商会の扱いについては、――、(後略)