調整室(IRi-α09)
イリア・ナイン 2021年7月20日
研究棟に隣接する、小部屋の並んだ区画。
どの扉も重厚な銀色で、底冷えする様な雰囲気を放っている。
「IRi-α01」と記された扉から始まり、09と記された部屋が最後の様だ。
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イリア・ナイン 2021年7月20日
(地下に存在するこの部屋は、やはりまだ動力が生きているらしい。
室内灯が瞬き、無機質な室内を照らし出す)
(中央に鎮座していたのは、ケーブルやら何やらと繋がった診察台の様なもので)
……っ!
(記憶に無い筈なのに、それを見て身震いしてしまう。
何故だかわからないし、わかりたくない…否、わかってはいけない気もする)
あれには、用は無いの…私の目当ては……
(床に這うケーブルを目で追った先。
壁際に、パソコンがあった。
これだ、と近付いて電源を入れて)
イリア・ナイン 2021年7月20日
(診察台を視界に収めない様にしながら、キーを叩く。
やはり、幾重にもセキュリティが掛かっている様だ。
若干うんざりしつつも、先の様に浮かんで来た文字列を打ち込んでみて)
イリア・ナイン 2021年7月20日
(ピーッと電子音が鳴り響く。
同時に画面に並ぶのは、何れも「IRi-α09」という文字列の含まれたファイル群。
開かずとも、大体の内容は想像出来る。
開きたいが、開きたくない。
そんな気持ちに、指先が迷っていたが)
イリア・ナイン 2021年7月20日
(意を決して、キーを押す。
そして、表示された「実験体IRi-α09」とやらの写真を食い入るように見つめて)
やっぱり、私だ…。
髪の長さが違うし、こんな写真を撮られた記憶も無いけど…やっぱり、記憶を無くす前の…?
(うーん、と考え込む。
が、幾ら思い返しても思い出せないものは思い出せない)
イリア・ナイン 2021年7月20日
(うんうん唸りながらも、次々にデータを閲覧していく。
レントゲンらしき映像もある。
パッと見た感じでは、普通の人間の骨格にしか見えない。
ほっと一息ついて、文章の方に目を通せば)
…強化セラミック、チタン…、…。
(骨格材、と記されていた。
深い溜息を漏らし)
見た目は、人間なのに…。
(露出している腹部を撫でる。
その滑らかな肌触りは、完全に人間のそれなのだが…)
イリア・ナイン 2021年7月20日
血とか、出るのかな…?
確かめたい気もするけど、わざわざ痛い思いもしたくないし…。
(もにょもにょ呟きながら、他のデータへと視線を移す。
どうやら、実験体個々に特有の能力を調査した資料らしく)
IRi-α01…反射神経及び筋力を強化した、近接戦闘特化モデル。
IRi-α02…01のバックアップに主眼を置いた、遠距離狙撃特化モデル。
…
……
IRi-α09。
索敵・指揮管制・ジャミング・ハッキング等の電子戦に主眼を置いた、後方支援特化モデル。
イリア・ナイン 2021年7月20日
…
(自身の事だが、正直実感が湧かない。
へぇ、と他人事の様な呟きが漏れそうになり)
…あ。
電子戦云々って事は…さっき、セキュリティコードが何となく浮かんで来たのも、知らない間にハッキングしていたから…?
それにしては、あんまり精度が良くなかったけど……。
イリア・ナイン 2021年7月20日
(あの程度で特化などと宣うから、ひょっとして負けてこんな廃墟になってしまったのでは…?
顔も覚えていない製造主達に対して、あんまりな感想が頭に浮かぶも)
他の子達…どこに行っちゃったんだろう。
私以外に、8人もいる筈なのに。
キャバリアも、残骸は残ってたけど…。
イリア・ナイン 2021年7月20日
そういえば、キャバリア…
(自身達とキャバリア各機はセットで開発されたらしい事は想像出来ていた。
格納庫に保管されていた未稼働の1機、あれが自分の機体なのだろう。
だが、操作方法など学んだ覚えも無い…忘れているだけかもしれないが)
うーん…電子戦云々という割には、そういった装備が無くてデコボコしてなかった様な…
(アンテナでも背負っていそうだが、シート越しに見てもその類は無さそうだった。
別の箇所に装備は置いてあるのだろうか?)
キャバリアに関するデータ、無いかな…?
イリア・ナイン 2021年7月20日
もう、面倒だなあ…
(また現れたセキュリティ画面に、大きく溜息をつき)
イリア・ナイン 2021年7月20日
(今度は、しっかりとパスコードが浮かんで来た…気がする。
難なくセキュリティを突破すると、今度は生体認証コードが云々と表示され)
……あ。
これに、手を?
(PCに繋がったスキャナーのモニターが発光し、催促している。
掌を広げて、そっと置くと)
イリア・ナイン 2021年7月20日
(スキャンはすぐに完了した。
無機質な機械音声が、「IRi-α09のコードを確認」と告げる。
そして、開示されたのは─)
私に関する、より詳細で、より機密性の高いデータ……?
(専門用語も多く、タイトルを見ただけでは把握し辛いものばかりである。
流し読みしながら画面をスクロールしていくと)
…あっ、これ…!
(IRi-α09専用クロムキャバリア、と記されているファイルを見つけたのだった)
イリア・ナイン 2021年7月20日
(震える指先で、キーを叩く。
展開されたデータには、機体の詳細な設計図と。
「CCX09 ヒミングレーヴァ」という機体名が記されていた)
イリア・ナイン 2021年7月21日
(そして、そのデータの最後に音声データが添付されていた。
もしかして、自身の製造者が?
そう思い、データを再生する)
「─
──波の乙女達よ。
宙に燃える忌まわしき炎剣を、その大いなる力で以て消し沈めん事を─」
イリア・ナイン 2021年7月21日
…????
(何を言っているのか、全くもって理解不能である。
宙に燃える炎剣とやらが例の暴走衛星というのは何となく察しがついたが…)
波の、乙女…??
え、何だろう…私達の、コードネームか何かだったの?
イリア・ナイン 2021年7月21日
うーん、読めば読むほどに謎が増えてくるよぉ…。
まぁ、この何とかの乙女とかはとりあえずおいておくとして…
(さて機体はどんな物かと、設計図に目を通す。
…が)
あ、れ?
えっえっ、なんで??
電子戦とか後方支援とか書いてたのに、なんで武器が近接装備だけなの…??
(武装として登録されていたのは、長剣二振りだった。
否、「それだけ」だった)
えっおかしいよね、これ他の子の機体と間違ってるんじゃない!?
01ちゃんが近接向きとか書いてたし…!
(怒涛の独りツッコミをぶちかましながら、必死でデータを追う。
だが、何度読めども、武器は「剣二振り」だった)
イリア・ナイン 2021年7月21日
…。
どうせ、この剣も建材の余りか何かで作ったんでしょ…?
9人も作ったのは良いけど、結局色々足りなくて…特化だとか大見得切っておきながら、こんな武器を……うぅぅっ…。
(製造主達への不信感が猛烈に湧き上がって来る。
あんな意味不明な吹込みをする暇があるなら、せめて銃器のひとつでも作っておいて欲しかった…)
ひどいよ…さっき見つけた9人の身体能力比較データでも、私ぶっちぎりで最下位だったのに…!
イリア・ナイン 2021年7月21日
(暫くさめざめと泣いていたが)
…新しい謎や、疑問も増えちゃったけど。
とりあえず、私の為の「剣」がある事はわかったし。
モーションプログラムを組めば、多少はカバー出来るだろうし…頑張らなきゃ。
(目元の涙を拭う。
決意を固めたのか、去ってゆく歩みはしっかりしたものだった)
イリア・ナイン 2021年8月6日
戦い方もわかって来たし…もう少し、私に関する詳細なデータがあれば、もっと上手く出来るようになるかな…?
(パソコンを立ち上げると、ぽちぽちとコードを入力してファイルを呼び出していく。
以前見たものも多いが、他には…)
……あれ?
こんな画面、前に出て来たっけ…。
(実験体IRi-α09の学習経験が一定値を越えた時、このファイルは開示可能となる。
そういった説明書きと共に、“CONNECT”というボタンが点滅している)
イリア・ナイン 2021年8月6日
えい。
(ポチッと押してみるが、何も起きない)
んん…?
(もう一度押すと、ブーッとブザー音が鳴り)
えっと、……あ、あのケーブルを接続しないといけないんだ。
場所は、首の後ろ…未だに有線接続なんだ、古いなあ。
(ポップアップしてきた警告画面の指示に従い、首の後ろに隠された端子にケーブルを挿し込む。
むず痒い感覚と共に、パソコンの画面には残り時間を表示するバーが現れていた)
イリア・ナイン 2021年8月6日
残り、21秒。
中途半端な時間だなあ…多いのか少ないのか。
でも、少なすぎても学習経験が全然無い様な感じだし。
(と言っている間に、データリンクが終了した。
ファンの音が一際高鳴ると。
システム再起動の旨が表示され、さっさと画面はブラックアウトしてしまった)
あらぁ…大丈夫かな?
壊れてもう起動しない、とかは困るなぁ…。
イリア・ナイン 2021年8月6日
(暫く待っていると、何事も無かったかの様にPCは再起動した。
特段、閲覧出来るファイルが増えている様子も無い)
おかしいなあ、学習経験が増えると云々って書いてあったのに…。
(気落ちしながらも、画面を流していく。
そして)
…あれっ?
私の名前が、IRe-α09になってる…?
IRi-α09って表示されてた筈なのに…!
(先程まで閲覧出来なかったファイルを開いてみる。
その中には、まだ数は少ないものの、自身が経験した戦闘データが格納されていた。
先程のリンクで、こちらにコピーされたらしい)
イリア・ナイン 2021年8月6日
「─このデータを閲覧出来ているという事は、α09が無事に緒戦を突破出来たという事であろう。
よって我々は、これを─更なる激闘を戦い抜く為の力と共に、真の名を、彼女に託す。
IRi-α09ではなく、IRe-α09。
即ち、EIRの名を。
全てを慈しみ、死すらも覆せ。
それが我々の─私の、願いである。
──」
イリア・ナイン 2021年8月6日
(以前の声と同じ、音声データだった。
再生が終わった室内には、パソコンのファンが回る音だけが響いている)
…真の、名?
やっぱり、これを吹き込んだのは……。
イリア・ナイン 2021年8月7日
……。
(更なる激闘を戦い抜く為の力。
そのデータが電脳に確りとインプットされたのを確認し、首からケーブルを引き抜いて)
…、うん。
わかってる、その為に作られたんだから。
親子なんて関係性じゃないけど…それでも、託されたものがあるなら。
応えて、みせないと。
(いつになく、強い意志の籠った言葉を呟くと。
電源の落ちたパソコンに背を向けて、歩き出した)