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File0:探偵コロシアム

柊・はとり 2020年9月29日

 ある朝、きみは目覚めた。

●舞台
???

●被害者数
???

●犯人
???

●犯行動機/その後
???

https://tw6.jp/garage/gravity/show?gravity_id=124725




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柊・はとり 2020年9月29日
『名探偵の皆様 おはようございます 探偵コロシアムへ ようこそ。 朝食の準備が整いましたので 食堂まで お越しください』
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柊・はとり 2020年9月29日
…………。
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柊・はとり 2020年9月29日
(聞き覚えのある、無機質な女の電子音声。だが、どこで聞いたのか思い出せない)
探偵コロシアム……?
(恐らく、この館のことを指しているのだろう。だが、まったくいわれのない場所だ。昨夜は拠点の自室で就寝した筈だ。いつのまにかこんな所に居るのがそもそもおかしい)
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柊・はとり 2020年9月29日
……おい、拠点はどうした。白雪坂は。
夜間も交代で監視をつけていた。全員の目を盗んで、俺だけ拐ってきたって事はまずありえないだろ。
……(『敵』がユーベルコード使いである可能性に思い至る。あんなものを犯行に使われては、どんな推理も意味を為さない。最悪の可能性は想像したくないが、現に『こうなっている』以上は覚悟すべきだ)
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柊・はとり 2020年9月29日
(……『呪われた名探偵』の一族として)
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柊・はとり 2020年9月29日
『食堂までお越しください』
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柊・はとり 2020年9月29日
(不審な電子音声は無機質なアナウンスを繰り返すのみだ)……。行きゃいいんだろ。
(クローゼットの中やベッドの下、バスルームの中などを手早く調べる。残念ながら、武器になりそうなものは転がっていなかった。注意深くドアノブを回し、扉を開ける。廊下に人の気配はない)
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柊・はとり 2020年9月30日
(いや、人の気配などよりはるかに、明らかに不審な点がある。探偵じゃなくても気づく。あまりにもあからさまな、)……どういうことだ。ここは……。
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柊・はとり 2020年9月30日
(……『柊藤梧郎記念館』……俺の実家じゃないか)
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柊・はとり 2020年9月30日
(柊・藤梧郎。俺の曾祖父。地元では名の知れた偉大なる『名探偵』。あの男が遺したキセルを押し付けられてから、平凡だった俺の人生はおかしくなった。
周りで次々に事件が起き始め、謎を解かなければ無実の誰かが疑われた。疑われるのは俺自身だったり、家族や友人であったりした。
ただ謎を解くことを強いられ続けた、その結果が『白雪坂のホームズ』だった)
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柊・はとり 2020年9月30日
(そして、あいつが……夏海箱音が。俺と出会ってしまった。その後からだ、ただの『事件』が『殺人事件』になり始めたのは。
ホームズとワトソンが出会えば殺人事件のトリガーは引かれる。なんだって?そんな馬鹿な呪いがありえる筈がない。
現に、誰も俺達の事を疑わなかった。夏海でさえも、俺から離れようとしなかった。
それどころか、皆が探偵の力を頼ろうとさえする。あきらかな異常現象を巻き起こしている俺の存在に、なんら疑問を持つことなく……俺以外は、誰一人として)
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柊・はとり 2020年9月30日
(それが……『探偵』であるということだ)
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柊・はとり 2020年9月30日
……ああ、もう。これ以上どうしろってんだよ……(見取り図など見せられなくても館の構造は頭に入っている。悪態をつきながらも、指示された通り食堂へ向かう。露骨に苛立ちがあらわれた足取りは速い)
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柊・はとり 2021年8月31日
(食堂の扉を開くと、そこに集められた『探偵』たちがいっせいにこちらを見た。ひとつだけ空席がある。どうやらあそこが俺の着くべき席のようだ。
『探偵』たちは、俺が見れば一目で探偵とわかる顔ばかりだった。業界では有名な探偵事務所の所長。これまでの事件の中で関わってきた刑事や自称探偵たち。
そして……俺自身がその名を関する存在であることを知ってから出会った『猟奇探偵』。猟奇事件専門の奇妙な探偵、と定義される、猟兵だ)
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柊・はとり 2021年8月31日
あの。寝てたみたいだ。遅くなって悪かった。(刺すような視線。居心地の悪さに耐えかね、心にもない謝罪を述べる)
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柊・はとり 2021年8月31日
(変装と潜入捜査を得意とする女探偵が、召使いに扮し食事を給仕していく。こんな所まで『探偵』を揃えるとは、手の込んだ、そしてたちの悪い冗談だ。
俺の謝罪を無視した『探偵』たちは、いっそ気味が悪いほどに何も言葉を交わさなかった。
彼らが機械めいた精密さで食事へ手をつける中、俺だけがナイフとフォークも持たずに静止している。
理由は明白。怪しい集会の参加者が一同に会しての食事。であるならば、必ずと言っていいほど『あれ』がついてくる筈だから)
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柊・はとり 2021年8月31日
おい。待て、あんた達。その食事には恐らく毒が――
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柊・はとり 2021年8月31日
(ああ――言わんこっちゃない。一人の『探偵』が椅子から立ち上がり、苦しみ悶えながら息絶える。
周りの『探偵』たちは人が変わったように死体に群がって、これは何々の中毒症状だの、何に毒が混入していただの、入れるチャンスがあったのは誰だだの……この場でイニシアチブを取るのは自分だと主張するように、口々にまくし立てている)
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柊・はとり 2021年8月31日
(奴らがそうせざるを得ない理由は分かる。この集団で主導権を握れなかった『探偵』は、『被害者』の欄に名を連ねる、使い捨てのゲストへと降格させられるのだから。
事件が起きてからのこのこ現場へやってくる『探偵』なんて、皆こんな連中ばかりだ。だから、俺は……俺は……)
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柊・はとり 2021年8月31日
おい。あんたたち、何言ってんだよ……人が死んでるんだぞ。
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柊・はとり 2021年8月31日
(『お前こそ何言ってんだ』とでも言うような、黙殺。殺意すら感じる鋭い目線がまた、突き刺さる。この場で唯一『もう死んでいる』、この俺に……ああ、この中に一人は殺人犯がいるんだったな)
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柊・はとり 2021年8月31日
『私の名がわかりますか? 柊 はとり』
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柊・はとり 2021年8月31日
(いくら名のある探偵が集まったって、所詮起きることはいつもと同じ。
誰かが館の孤立を確認し、誰かが助けが来るまで皆一ヶ所に集まっているべきだと言い、誰かがそれを拒否して一人で部屋にこもる。そういう『呪い』にかかる。
単独行動は死亡フラグと謳われて久しいからか、最近は部屋にこもった奴が真っ先に死ぬとは限らない。
ああ――食堂のシャンデリアが落ちてくる。硝子の砕ける音が派手に響いて、何人かが下敷きになって死んだ。あんなのは、俺ならただ痛いだけで死ななかったのに)
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柊・はとり 2021年8月31日
『私の名がわかりましたか? 柊 はとり』
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柊・はとり 2021年8月31日
(そこからも、もうほとんどルーチンワークのようなものだ。俺達は、俺達の中にいるはずの殺人者に怯えながら、不可解な状況で次々に他殺体となって発見される。
密室殺人。人間には不可能と思われる殺人。不幸な事故による殺人と、それを悔やんでの自殺。全員にアリバイがある状況下での殺人、自動装置による無差別殺人、一人二役、二人一役、エトセトラ、エトセトラ。
トリックは破られたり、破られなかったりしながら、どれほど頭脳明晰な探偵であろうが死という圧倒的暴力の前では無力だ。この場を支配するのは……)
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柊・はとり 2021年8月31日
「未だ小生の名が解らぬか、はとり」
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柊・はとり 2021年8月31日
(……そう、俺だ。『名探偵』という宿命に呪われた探偵、柊はとりに他ならない)
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柊・はとり 2021年8月31日
(最後の『探偵』が、自殺に見せかけた他殺体となって発見される。すべて、何一つとして、止めることができなかった)
(つまり……犯人は俺以外ありえない。俺だけは犯人ではありえないと、俺自身が証言しているにもかかわらず。
多重人格? 笑えない。そんなのは『フェアじゃない』で一蹴される。殺人は一定の公平性をもって行われるべきだと、信じている『探偵』は驚いたことに大勢いる)
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柊・はとり 2021年8月31日
(血と臓物の臭いが充満した食堂に掛けられた巨大な肖像画が、氷のように冷たい眼で俺を睨み付けている)
……この期に及んで自白かよ、柊藤梧郎。
分かってる。全てをあんたのせいにして、投げ出してしまいたかった時は何度もあったよ。事実、それが真相の一部であることに揺るぎはないとも、今でも思ってはいる。
だがな、死体蹴りは趣味が悪いぜ。
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柊・はとり 2021年8月31日
「では何故死体は蹴られたか? その意味を考えよ。はとり、主は既にもう」
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柊・はとり 2021年8月31日
……犯人を知っている。そう言いたいんだな。
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柊・はとり 2021年8月31日
『!警告! その推理はアンフェアです。正しい手順を踏んでください ホームズ』
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柊・はとり 2021年8月31日
(この曾祖父と実際に口を利いた覚えはないから、この芝居がかった喋り方も、全部俺の想像の産物だと思うと笑える)
……あんたが俺に何をさせたかったのかははな、実はもうなんとなくわかってるんだ。
名探偵ってのも難儀な職業だな。俺が言うけど。
あばよクソジジイ。俺は……
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柊・はとり 2021年8月31日
『ヒントは既に描かれています。目をこらして 柊 はとり』
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柊・はとり 2021年8月31日
(それは……いつも聞いている気がする『無機質な女の電子音声』とは明確に違っていた。
男の声と、女の声と、老人の声が重なって聴こえる。真犯人は一人だけ。その名は。その、名は)
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柊・はとり 2021年8月31日
『私の名がわかりましたか? 柊 はとり』
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柊・はとり 2021年8月31日
……ああ。それこそアンフェアだ。
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柊・はとり 2021年8月31日
(その瞬間、館は土砂崩れで全壊した)

(ただひとり、生き残ったのは、)
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柊・はとり 2021年8月31日
『ERROR:この事件は解決されていません』
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柊・はとり 2021年9月1日

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柊・はとり 2021年9月1日


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柊・はとり 2021年9月1日
……!!(跳ね起きる。そこはいつもの学び舎の、見慣れた教室の床の上だった)

ゆ、夢……またか……。
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柊・はとり 2021年9月1日
(いつも、いつも、同じ悪夢を見ていた気がする。けれど何だ? 今日は……『終わった』感じがする。
実家が、あの忌まわしい柊藤梧郎記念館が、土砂に飲み込まれて……その前に、俺は何を言おうとしていた?
駄目だ。夢の内容は断片的に欠けていて、すべてを思い出すことは不可能に思われた)
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柊・はとり 2021年9月1日
(ただ、曾祖父の思惑は……恐らくだが察した。所謂『トロッコ問題』だったのだ。
トロッコのレールを切り換えれば5人が助かるが、代わりに死ななかった筈の1人が死ぬという、あの究極の選択……死に瀕した柊藤梧郎は、『名探偵』の第六感で、未来に大いなる死の予兆を視たのだ。
そして、奴は世界の為なら、曾孫のこの俺ごときは血塗られた『名探偵』役に仕立て上げることを厭わなかった!)
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柊・はとり 2021年9月1日
(……恐ろしい。
『名探偵』は世界の謎すらも解くと信じて疑わぬ傲慢さも、『名探偵』という宗教じみた概念を成就させる為だけに、俺を生贄に捧げることなど微塵も躊躇わない冷酷な心も。
あの記念館に掲げられた数々の証拠品が、柊藤梧郎が解決してきた事件の勲章が、奴はそういう人間であることを物語っている。
だが……悔しいことに、曾祖父は本当に優秀な『名探偵』であったのだと思い知らされる。
神に、オブリビオン・ストームに反逆するためには、『殺しても死なない探偵』でも生み出すしかない……俺は、俺達は、切り換えられたレールの先にあった命。死は曾祖父にとって必然だったのだ)
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柊・はとり 2021年9月1日
(まあ、無論ジジイの亡霊が墓から這いずり出てきて俺を殺したなんて思っちゃいないが。物理的な死はまた別の話だ……)
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柊・はとり 2021年9月1日
(……。自分の境遇には受け入れ難いものがあるが、産まれてしまったのだから文句を言っていても仕方がない。
この世の中、与えられたカードでなんとか戦えなければただの殺され損だ。いつまでもクヨクヨするなんてダサい事は俺はごめんだ)
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柊・はとり 2021年9月1日
……安らかに眠れ、名探偵。
真犯人を暴いて、俺はいつかあんたを超えてみせる。例え神に歯向かうことになってもな。
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柊・はとり 2021年9月1日
【了】
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柊・はとり 2021年9月1日
『名探偵』柊藤梧郎ノ肖像
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