金は回る
落浜・語 2019年7月26日
一席、お付き合いお願いいたします。
先日、ここの楽屋でごろ寝してたのですが、ふっと目を覚ましたら十分ほど経ってまして。
あぁそんなもんか、と思ったのですが、直後に妹分に怒鳴られました。
十分ではなく、夜七時ごろから朝七時ちょっと過ぎまで、きっちり十二時間。時計一回り寝てしまったらしく、そら、怒鳴られますな。邪魔だ、と。
ぐるっと回るものは、色々あるようでして…
「おはようしげちゃん!おっ起きてた。朝っぱらから良い話じゃないんだけれどね、お前に十万円って金貸してたの、あれ覚えてるかい?覚えてる?あ、そう。ある時払いの催促なしなんて貸したんだけどさ。でさあこれね、金の事で二人の関係が、こうなっちゃうの嫌だからさ。これ、前もって断っておくけど、請求に来たんじゃないからね。催促じゃないよ。これ間違えないで。返してくれとそう言う事は言わない。ちょっと回して貰えないかな?」
「おんなじじゃねぇかおめぇ。いやね、俺も気にはしていたんだよ。まぁ急に言われても懐都合が悪いから。月末まで待ってもらえないかな」
「月末まで待てないんだそれが」
「あ、そう?じゃあ今週一杯」
「今週駄目なんだ」
「じゃあいつまで?」
「今夜」
「え?」
「今夜!頼む!今夜俺十万って金が出来ないってぇと、首くくらなきゃいけねぇんだよ。恩に着るから!ね!本当に無理言ってすまないと思ってる!何とかしといてくれ、夕方顔出すから。さよなら」
「おいおいおい。なんだあれ…んたく、寝たふりしときゃよかったよ。そしたらあいつ、他行っちゃうんだろう。ちぇ、面白くねぇや、まったくな。朝っぱらから借金取りだってよ。よそうもう。今日は仕事いくのも、一日寝てよう」
「おはようしげちゃん」
「色んな人が来る、お、吉川さん、こりゃどうも、おはようございます。どうぞ入ってください」
「入ってくださいじゃないよお前、え、この時間だ。また仕事行かねぇな?良くないな。あーあ、汚ねぇな、埃だらけだ、万年床だろう。どうしてそうなんだ。お前幾つになるんだ?35?いい歳じゃねぇか。男が35にもなって一人でいるからこういう、暮らしをしてなきゃいけないんだ。駄目だ、こういう事じゃ。な、かみさんもらいな。」
「…はは、借金取りの後はかみさんもらえだって。仏滅かい今日は?あたしもその気がないわけじゃないんですがねぇ。こんな暮らししてますからね、あたしと一緒になろうなんて酔狂な女、世の中にいませんよ」
「いやいや、縁談持ってきたんだよ、お前に。この縁談はね、お前がうんってぇとまとまるよ」
「面白い縁談ですね。世の中にそんな安直なやつがあるんですか?面白れぇ。今日仕事やすんじゃったからね。話だけでも聞こうかな」
「あ、そうかい。聞いてくれる?そりゃありがたいな。うーん、でも気に入らなかったら、私の顔が立つとか立たないとか一切気にしなくていいからね。すっぱり断ってくれて結構。仲人口なんてことを言われるのも嫌だから、粗方の事は話をしておくがね。お前幾つってそう言ったっけ?35?あ、そう。先方の娘さんがね。30になるかならないか。年回りはいいやな。で、いま、女の人は皆背が高いや。この娘さんもね、すらぁっと」
「背が高いんですか」
「低いんだ。自信をもって低いよ。もう、これ以上低くはならないな。ああ。それから顔の色が透き通るように黒いんだ」
「ビール瓶みたいな女だな」
「上手い!うまいなお前。そう、私もあの娘の顔色を見て、こりゃ何かに似てるなと思ったんだ。お前に言われて気が付いた。そうそうビール瓶だ。あの色だ、間違いない。どちらかっていうと、純生でいくらか黒味が強いんだ。おでこが出っ張っていて、頬骨が張ってて、顎がしゃくれてて、その代わりといっちゃなんだが鼻が低いよ」
「待って貰いてぇな。んなの代わりに鼻が低くなくたっていい」
「そうでないさ、お前。女の子が鼻の頭に傷なんて作ったら大変だよ。気になるよ。そこいくってぇと良いね、この娘は。俯せにばさぁって倒れてもね、おでこと頬骨と顎でもって地べたから鼻の頭を食い止めるんだ。そこに僅かな隙間ができる。理想的な鼻だな。鳩胸でっちり偏平足で噂のよるとべそってんだがどうだい?一緒にならないかい?」
「バケモンじゃねぇのかその女」
「なんて失礼なことを言うんだ、化け物なんて。人間だよ。その証拠に今つわりがあるんだ」
「おいおいおいおい!?なんつったね、今!?つわり?!」
「ああ、犬とか猫がさ、お腹の中に子供ができたからって、炊き立てのごはんの匂いかいで、おえっ、なんてことはやらないだろう。今盛んにやってるんだ。妊娠三か月。どうだい、一緒にならなんな。悪い話じゃないだろう」
「よかねぇそんなもの。良く言うねそんな事。見くびんじゃないよ。あたしだってね、誰だっていいって訳じゃねぇんだよ。好きなタイプってのがあるんだよ」
「…嫌か?嫌、ああ嫌か。嫌ならいいよ。無理にとは言わないよ。こういうものは縁のもんだからな。ああ、お前の友達のたっちゃん、あれは一人もんかい?ああ、そう。じゃあたっちゃんのほう行って話してみるよ。残念だなこの女には10万円って金がついてるんだが、嫌ならしょうが」
「ちょちょちょ、吉川さん!吉川さんちょっとそこ座ってくださいよ!今なんて言いました?この女に十万円てぇ金がついてる?!」
「まぁ、そらそうだ。出産費用の足しだよ」
「ちょい止まってください、ちょいと!ちょいと考えますからね!十万ね…よし!貰います」
「現金だなぁ。十万ったら貰うて。まぁなんでもいいよ。理由なんざどうでもいい。お前が貰ってくれるなら私も肩の荷が下りるってもんだ」
「ちょいとね。これ聞いてみるだけなんだけどね。多分駄目だと思うだけれどね。金と女ってのは、別にはならねぇだろうね」
「なんだいその、金と女は別々にはならないだろうねって」
「つまり……金は今夜きて、女は三十年後」
「そんなのないよ。金と女はついてんだから」
「そうだろうな。でな、今夜いるんだその十万が。明日の朝になるといるかいらないか、解らねぇからね。んーだから間違いなく今夜。間違いなく今夜ね。十万円とその女」
「お前ねぇ、汚いよ。十万十万って金の事ばかり言いなさんな。間違いなく、そらぁね。持ってくるよ。んでね、まぁ一緒に住んじまえばいいよ。また日の良い時にあたしが間に入って盃の真似事だ。ちょいと部屋の中掃除して綺麗にして。ひと風呂浴びて、湯屋にでも行って髭あたって、綺麗になってなよ。夕方連れてくるから」
っていって行ってしまう。夕方になって
「しげちゃん!今朝は無理言っちゃってすまなかったね。あの、多分駄目だろうけど、十万円」
「おう、十万。できたよ」
「え?え?できた?十万?だってお前、朝からずっとその形で座ってただけだろ?ただただぼぅっとしているだけで、十万円が右から左に何とかなっちゃうの?隠れた才能があるんだね。ちょいと上がらせてもらうよ……実はね、お前にこんな無理言ったってのはね、んー去年の忘年会でね。店のさ、俺酒飲めないだろ?みんなに面白がって無理やり飲まされちゃってね。へべれけになってわかんなくなっちゃった。で、うちにあのイイダコテンコって女がいるの、知らないかな」
「イイダコテンコ?知らねぇなそんな女」
「いや、名前じゃ呼ばねぇんだ。みんなETってんだ、頭文字とって。でね、背がスラっと低くて顔が透き通るように黒くてね、おでこが出っ張っていて、頬骨が張ってて、顎がしゃくれてて、その代わりに鼻が低いって女。知らねぇかな。ま、ま、いいんだ。知らないならそれでいいんだ。その女がね、嫌に親切にしてくれてね。うん、でこっちは酔ってるんだ。なんだかわからないし、天井がグルグル回ってるし、気が付きゃ吐いてんだ。で…うん…この、ETがなんかしてくれてんな、ってのは薄ぼんやり覚えてる。あくる日の朝、目ぇ覚ましたら隣寝てんだよ。俺に惚れてたってんで、知らないよ、そんな事。二度三度って通ってくるうちに、とうとう腹の中子供ができちゃった。俺の子が。こんなこと店にバレたら俺、一発で首だもん。何とかしなきゃいけねぇって、お前も知ってんだろ、吉川さん。あの、面倒見のいい。吉川さんすみません、実はこれこれこういうことになったんでね、何とかなりませんか。ってったら、そらタダでカタつけるわけにはいかねぇ。十万位の金つければどっかの間抜けが金に目がくらんで貰わねぇとも限らねぇってそう言うんでね。へぇ何とかしますからよろしくお願いします!ってんで、さっき吉川さんの所寄ってきたらさ、僅か十万の金で、そのめちゃくちゃな女貰うってんだよ。俺ぁ思わず吉川さんの所でガッツポーズしちゃったよ。ばんざーいってなもんだ。一命をとりとめた。で、その十万円がいるって、こういう訳なんだ。できたんだろ?すまね、こっち渡してくれ。向こう急いでんだよ。とにかくね、十万、こっちに渡してくれねぇか」
「……めまいがしてきたな俺……そうか、俺今夜かみさん貰うことになったんだ」
「お前が?おい、水くせぇなぁ。言ってくれよ、それだったらいろいろ物入りだろ?他で都合したよ、十万ぐらいの金。そうかよ、はぁ、いたの?こんなのが。しらなかったなぁ。あそう、まぁ、親しき中にも礼儀あり、だ。お祝いだけ言わせてもらうよ。しげちゃん、良かったね。結婚おめでとう」
「めでたくねぇんだそれが。吉川さんの世話でもらうことになったから」
「吉川さんのって…おい!まさかうちのこれじゃねぇだろうな!?」
「お前の言う事と吉川さんの言う事おんなじだもん。背がすらっと低くて、顔が透き通るように黒いってね。そんな条件が同じような女、世の中に二人いねぇんじゃねぇか?多分同一人物だろ?」
「よせよ、おまえ!だってあいつの腹の中には俺の子供がいるんだよ?」
「お前の子だろそれ?んな訳の分かんねぇ噺家の子じゃないだろ。いいよそれ、もう色んな事すんの面倒くせぇから。お前の子だってことがはっきりしてりゃいい。俺が育てる」
「……お前って…良い奴だなぁ!」
「変な世辞言うな馬鹿野郎!!」
「でで、向こうで十万待ってるんだ。十万渡してくれねぇか。吉川さん待ってるんだよ十万。あるんだろ?できたんだろ渡してくれよ」
「俺、吉川さんが持ってくるの待ってんだよ。十万」
「いや、吉川さん俺が持ってくるの待ってんだ」
「変な話になったな!?ちょっと、仮にここに十万あったとすっと、俺はお前に渡すよ」
「俺は貰うよ。そんで俺はこれを吉川さんの所持ってくんだ。で、吉川さんが女と一緒にお前の所にもってきて……金がぐるっと一回りしただけだな」
「あ、なるほど。金は天下の回り物だ」
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落浜・語 2019年7月26日
上方の噺。まったく同じような噺で、「持参金」ってのがある。おそらく、「持参金」のが大元。滑稽噺で、江戸へは三代目桂米朝師匠から教わった立川談志師匠が広め、「金は回る」の形では、四代目三遊亭圓馬師匠が上方から東京へと移した。本来は、「好みのタイプ~」って所で、女優さんを年代バラバラで並べ立てるんだが、今回は割愛。