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指這わせるは青藤の痕

亀甲・桐葉 2019年5月26日

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身一つ。
本当に身、ひとつだけ。
だらしのない格好で、街中に寝ていた。
――解るのは、かえれないことだけ。

保護された研究施設。与えられた真白な自室。
胸を掻き毟るほど苦しいのに、何かも分からないまま。
すきなものを、あつめて、あつめて、かかえて、いきる。
息をする。


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・〝桐葉〟たちの日記




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亀甲・桐葉 2019年5月26日
(望んで与えられたキャンパスノートに、すきないろを誂えてもらった万年筆。何故これを望んだのかは分からないけれど、きっとこれも昔の私があいしたもの。青藤色の、飾り気ない表紙。したためるインクは杜若。軋むからだで、なぞる軌跡をたのしく思う。――以前の習慣なのだろうか。特筆すべきことが滑り落ちる前に、紙の上へと拾い上げた。)
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亀甲・桐葉 2019年5月26日
――解ることは、名前とすきなもの。 それ以外はわからない。そんな私を、この国の施設は拾ってくれた。 何でも、『猟兵』と呼ばれる力を得ているらしい。過去と戦う為に、私はここに住まわせてもらっている。……何となく、覚えがあるのは、きのせい? 見知ったような気がする国。街。世界。猟兵の間では『UDCアース』と呼称されている世界。UDCと呼ばれる過去に、UDCと呼ばれる組織。 よく分からないのに、銃の扱いをからだが覚えていた。ものの調べ方も分かっていた。何処かで覚えたんだろう。分からない。 頭が痛い。昔から識っているような気がするのに、少し違う。誰かが、頭を割って出ようとするみたい。……疲れた、おやすみ。 ――桐葉.
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亀甲・桐葉 2019年5月26日
――よく分からないうちに、自分とよく似た女の器に入れられていた。不愉快、とっても不愉快だわ。 好みが全くおんなじところが、増々不愉快。何よ、趣味だけは良いわね。ほんっとに不愉快。 相似どころか合同なのは、その名前も。……不愉快。 とっても、とっても!腹が立つけど、身体はきっとこいつのなんでしょう。私はこんな貧相な格好、しないもの。鏡を見ないと私のものにならない身体なんて、知らないもの。 同じ名前を名乗るなんて心底イヤだから、こっちが名前を変えてあげる。 あんたの身体で過ごすなんてまっぴらだから、普段は寝てるわ。死にかけたら呼びなさい、私まで死んだらたまらないから。 ――kirika/桐華.
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亀甲・桐葉 2019年5月26日
――寝て起きたら、女の身体になっていた。何で?よく分からない。しかも同居人がいるらしい。めんどくさい。 分からないしめんどくさいけど、とりあえず鏡を見たら俺の身体になった。 このノートは交換日記かな。とりあえず書いてみてる。大体は、そう、『桐華』といっしょ。これでいい? 呼び分けしないとめんどくさいから、俺も名前を変えておく。この名前に、愛着以上のものは多分ないし。……ないよな?何だか胸がちくっとする。病気かもしんないから、後よろしく。 ――とうが. ←桐芽ってことで
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亀甲・桐葉 2019年5月26日
――桐芽へ. 言われた通り、検査してもらってきたけれど、元がよく分からないものばかりだから進展は無し。死なないことだけ伝えておく。お疲れ様、おやすみなさい。 ――桐華へ. よく分からないまま不快にさせてしまってごめんなさい。私もよく分からない。もしかしたらもう二度とこのノートを見ないかもしれないけど、言い逃げしておく。……困ったら呼ぶかも。おやすみ。 ――あしたのわたしへ. すごくねむいけど、『ぐりもあ』の話を聞かないといけないから、起きたら職員さんにきくこと。みらいよちできるかもしれないんだって。がんばってね。
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亀甲・桐葉 2019年5月27日
(ぽすり。ふかふかじゃないけど、柔らかいベッド。……まるで、積もりたての雪に沈むみたいに。ひんやりしていて、少し気分が良くなる。)(夜中に起きてしまって、手持無沙汰で部屋を出て。見つかった職員さんには怒られこそしなかったけど、翌朝の予定だった『グリモア』のことを叩き込まれた。限定された未来予知に、たたかうチカラ。知らない気がしなかった。)
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亀甲・桐葉 2019年5月27日
……つかれた。(新雪の上に、薄墨色の感情をおとす。直接話せないらしい〝桐華〟と〝桐芽〟。――本人も分からないままに私のことを嫌う女の子と、めんどくさがりで言葉足らずな男の子。身体が私だから、ふたりとも余計に疲れるのかもしれない。ずっと、ねむっている。……別世界の〝私〟は、ふたりは、私より元気な身体だったのかな。それならこんな不便な身体に押し込められれば、不機嫌にもなるかも)
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亀甲・桐葉 2019年5月27日
(ねむたい身体、落ちきってくれない不便な瞼。記憶をなくす前は、どうやって寝てたんだろう。……背中がすーすーする。何だか、穴があいてるみたいな。……くるしい、さむい。)(痺れた頭で、がんばって手足に信号をおくる。何でもいいから、この穴を埋めてくれるものが必要だった。――あまいものが飲みたい。お砂糖いーっぱいの紅茶なんて、どうだろう。)
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亀甲・桐葉 2019年5月27日
(雪いろのベッドでちょっとだけごろごろして、伸びて。背筋の痺れた痛みがらくになって。左手甲のよく分からない模様から、謐かに輝るちょうちょが飛ぶ。……かわいい。虫は苦手なはずだけど、この子は何だかそう思った。――宝石みたいな、オオルリアゲハ。名前は、どうしようかな。)
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亀甲・桐葉 2019年5月27日
……宝石、だからジェム、なんてどうだろう。安直かな。(呼べば、名を与えられた蝶光が指へ留まる。ゆっくり翅をゆらして、私のまわりを飛ぶ。追いかけるように起き上がれば、また身体へ留まって。次は、扉の方へ。) お供してくれるの?ありがとう。名前、気に入ってくれたのかな。
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亀甲・桐葉 2019年5月27日
――いつのまにか飼ってたちょうちょの名前を決めたよ。ジェム。Jem、でいいのかな。呼んだらよろこんでくれたから、ふたりも何かあったら呼んでみて。優しくて、いいこ。  桐葉.   ――やってらんないからひとつ教えてあげる。あんた馬鹿でしょう。その意味なら綴りは"Gem"よ。早く訂正してやんなさい。……ねえ、ところで、私が呼んでも全然来ないんだけど。あんた何かしてないわよね?  kirika/桐華.   ――多分だけど、綴り間違ったままのが気に入ってたんじゃないかな。俺には懐いてくれたよ。桐華は親切なくせに損な性格してるね。ま、しーらないっと。  とーが.
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亀甲・桐葉 2019年5月29日
(ノートの左下、ページの端に、少しだけ。茶色のシミと、くしゃくしゃした痕)←ごめん、ちょっと紅茶こぼした。拭いたし他のページは無事だけど、乾かしておいて。 桐葉.
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亀甲・桐葉 2019年5月31日
(ふと、己に宿るふたりの姿に、興味を持った。平行世界の自分だと聞かされた彼らは、自分の姿でないとすぐに気付いていたようだった。――本来の彼らを、見てみたい。そう思って、カルテを管理する職員へたずねてみた、けど。)……そんなの、聞いてない…(このノートに書かれたふたりの証言。〝鏡を見たら自分の体になった〟。嘘じゃないのに、見えないもの。そう、〝鏡にしか映らない〟――) これじゃあ、職員さんに教えてもらうのも出来ない、かな。……ふたりは、私みたいに絵を描くのかな。聞いたら、描いてくれるかな。ジェムが教えてくれたらいいのに(宙に溶けて消える独り言を掬うように、光でカタチづくられた大瑠璃揚羽がひらひら翔んだ。)
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亀甲・桐葉 2019年5月31日
――ねぇ、ふたりは絵って描ける? 私、ふたりの顔見てみたい。でも写真には撮れないみたいだから、聞きたくて。鏡の中ではどうやって自分の姿に戻したの?  桐葉.    ――俺は人並みかなぁ。似顔絵はあんまり得意じゃないけど、俺が描くかは置いといてその内どうにか頑張ってみようか。他ならぬ自分の頼みだし。……桐華は描けないって。呼んでも出てこないから伝言。  とーが.
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亀甲・桐葉 2019年5月31日
――デタラメ言わないでよ、ちょっと!コイツ私たちと違って直接話せないんだからいい加減なこと言わないで!訂正も出来ないでしょう!……描けなくはない、ないけど、私の専門は医学方面なの。絵の方向性が違うの!自分の見目は、別に鏡見ていつも通りにしてたらなったけど。  kirika.    ――ああ書き忘れてた、俺もそんな感じ。いつも通り起きたら違う身体で、まぁそんなこともあるかーっていつも通りピアス探して、鏡見て付けようとして。他の人からは桐葉にしか見えないんだね、不便だ。  とうが.
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亀甲・桐葉 2019年5月31日
(自分の体を使うふたりは、それぞれ好きに意思疎通出来るらしい。また仲間外れか、いいなぁ。……また?浮かんだ疑問に首を傾げて、渡された診断書に理解を示す。『多重人格者/適正タイプ:探索者、死霊術師』……己が望んでも〝神絵師〟とやらになれないのは、どうやら全世界での運命で無かったかららしい。生き甲斐というのは、呆気ない。)(それはそれとして、職員さんの言ってた〝トリガーピース〟とやらにも宛が出来る。――あんな身なりで持っていた、唯一の光り物。白藍の硝子が付いた、片耳ピアス。月を象った銀色。)随分と、あおに縁があるんだね、私は。(投げっぱなしの言葉は、柔く馴染んで。夜空に浮かぶ、月星蝶。記憶にない光景を簡単に浮かべる己の脳味噌に、自嘲の笑みを零した。)
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亀甲・桐葉 2019年6月3日
(うつらうつら。梅雨の気圧に殴られて、頭があらぬ方向へ揺れる。前後左右に、ぐらぐらり。押し潰されるような空気が、肺に痛い。けれど、手を止めるわけにも行かなかった。)――報告書、ここまで書いた。次おきたひとが続きよろしく。(後ろに、桐華と桐芽だと思われる文。自分たちは予知や観測をしていないので書けない旨。これは〝桐葉〟の仕事。)
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亀甲・桐葉 2019年6月3日
「……なるほど、そんなところまで独りぼっちなんだ。いいよ、ひとりで終わらせちゃうから」 部屋に響いたソプラノ。いつもはハーフアップの髪も、全部でひとまとめ。顔を洗って、職員さんからたくさん糖分、もといラムネをもらった。やさしい。おいしい。――大変だけれど、頭脳労働はたのしい。これも、昔の習慣だろうか。
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亀甲・桐葉 2019年6月4日
(出来上がった報告書。書いているうちは、綴るのに夢中だったけれど。校正の為に読み直したら。)……こういうオブリビオン、も、いるんだ。(悲痛な叫びが折り重なるだけの匣。殺められた人も。殺められたヒトガタも。嗚咽を叫びに変える偶像も。想うだけで苦しい。――猟兵たちには、随分と酷なことをさせたのかもしれないと、今更胸の奥がちくりと痛んだ。)
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亀甲・桐葉 2019年6月7日
(梅雨の気候にぐったり、ベッドの上で潰れている。青藤のノートに綴られた杜若のインクが、ミミズのように紙を這っていた)――つゆ、しんどい。(桐葉の筆跡のその横、紫陽花らしき花が、ぽつぽつ描かれている。開いたノートの上、端に、植物図鑑。)
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亀甲・桐葉 2019年6月8日
(ベッドの上でちょっとだけ飛び跳ねる。落ち着いてからノートに大きな文字で、)――私のお写真、撮ってもらった!(書きつけてもうずうずしてしまって。常は体調の悪い身体をよそに、写真片手に部屋中歩いた。)(桐華と桐芽の祝辞が並ぶ。ちょっと呆れてる桐華、一緒に喜んでくれる桐芽。何だかとっても嬉しかった。)
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亀甲・桐葉 2019年6月11日
(ひろくなった世界の記録。からだが良くないとはいえ、健康の為に外出許可をたくさんもらうようになった。職員さんは皆、やさしい。お散歩もたのしい。……けれど。滅多に出てこないまま眠っている〝ふたり〟のことが、少しだけ気がかり。だから、その分。)(見たことを、毎日ノートに書き付けて行く。)(些細な喜びから、大きめの怪我まで。全部、ぜんぶ書く。まるで伝言帳だ。だってこのノートは、『私』の日記じゃない。『私たち』の、交換日記。)
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亀甲・桐葉 2019年7月15日
(とあるひとに向けて、電話のような、伝言のような)――ごめんなさい。季節の変わり目は、どうしてもからだが優れなくて。お返事、もう少しお待たせしてしまいます。……出来るだけ早く復帰しますので。ええ、はい。叱ってくださって構いません、構いません。ほんとうにごめんなさい。
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亀甲・桐葉 2019年10月11日
【お知らせ/中の人より】
数日前から高熱と炎症で入院しており、現在復帰目処が立っていません。復帰次第お返事してゆきますので、それまでしばしお待ち頂けましたらさいわいです。お手数お掛け致しますが、何卒ご了承ください。
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亀甲・桐葉 2020年2月22日
ねこ、ねこ、ねこ、ねこ、にゃんにゃんにゃー。(けろけろけろけろぐぁっぐぁっぐぁっ)(久方ぶりに起き上がれたので嬉しそうな足取りで、厨房へとネズミに向かった)(夜食を見咎められるのは、また数分後のおはなし)
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